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  •  急に寒くなりましたね。気候の変化に体調が追いつかず、風邪をひいてしまいました。ああ、ノドが痛い(涙)。
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カテゴリー「発声法のエッセイ」の記事

発声に関する様々な事柄について書いてみました。グループレッスン時代の話もここです。

2018年12月 6日 (木)

元気が良いのはダメなのです

 まずは声楽の話をしましょう。声楽では、元気の良い歌声はダメな声なのです。

 よく小学校あたりの音楽の時間に、先生が児童たちに向かって「元気にハキハキと歌いましょう」とか言っているけれど、あれはダメなのね。「ハキハキ」はともかく「元気に」はダメ、絶対にダメ。

 人は元気に歌おうとすると、全身に力をみなぎらせて歌ってしまいます。結果として、軽く怒鳴ってしまうわけです。で、そんな怒鳴った声(軽く歪んだ声だったりします)を聞いて、多くの人は「元気だなあ」と思うわけで、それを良しとするのは、日本人の感覚なのかもしれないけれど、少なくとも、クラシック声楽の世界では、元気な声はダメなのです。

 「じゃあ、声は腑抜けていた方がいいのかよ」

 いえいえ、そんな力みと一緒に魂まで抜けてしまったような声はダメです。じゃあ、どんな声がいいのか言えば…純粋な声(?)。教会堂に響き渡るとかっこよい種類の声が良いのです。柔らかいけれど密度の濃い声です。日本古来の発声のパターンにはない声なので、イメージ難しいね。日本人は詩吟の声とか義太夫の声、競りの声など、歪んだ声がDNA的に好きだからねえ…。

 次にフルートの話をしましょう。フルートで、元気の良い演奏は決して悪い演奏ではありません。曲によって、元気で快活な演奏は必要です。しかし、元気の良い音で演奏してはいけません。元気の良い音とは、息を吹き込み過ぎな音になりがちです。金管楽器なら、音が厚くなって良いかもしれませんが、フルートでは過剰な息は、音が割れてしまう原因になります。破鐘のような音でフルート演奏したら興ざめだものね。

 かように「元気が良い」という言葉は、普通の生活の中ではプラスの意味を持つ言葉であっても、これが音楽関連に向かって使われた時は、その指し示す内容をきちんと吟味して考えないといけません。モノによっては「元気が良い」が必ずしもプラスな結果をもたらすとは限らないのですから…。

 少なくとも、声楽とフルートにおいては、元気はそこそこで、美しさを余力で探し求める事ができるくらいが、ちょうど良いのかもしれません。なんとも難しい話です。

 “元気が良い”事よりも“美しい”事の方が優先順位が高い…と考えていれば、間違えていないと思います。

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2018年11月12日 (月)

そこまで鼻に声を入れて良いのだ!

 私はよくコンサート等、生演奏を聞きにいきます。プロの演奏も聞けば、アマチュアの発表会にも行きます。プロのコンサートは、自分のは耳を幸せにするため、楽しみのために聞き、アマチュアは勉強のために行きます。

 プロの方々の演奏は、みな完成されていて、すごいな、素晴らしいなとは思うものの、あまりの完成度に、学ぶべき点というのは、あまりありません。

 例えば先日聞きに行ったプロ歌手のコンサートで、レスピーギの「舞踏への誘い」を歌っていました。ちょうど、私もこの歌を練習していたので、興味深く聞き、ああ、こんなふうに歌うと良いのだなと思い、ぜひ真似してみようと思ったものの、いざ真似しようとしたところで、全然近づけませんでした。真似どころの騒ぎじゃありません。いくら真似しようと思っても、私が歌うと、全然別物なんですね。

 で、その話を声楽のY先生にしたところ「一流の歌手の真似が出来る人は、その人自身も一流の歌手なんだよ」との返事が返ってきました。まあ、そうだよね。ものまねが簡単にできて、それで通用するなら、誰も真面目に声楽なんて学ばないって。

 そのようにプロの演奏は、聞いて楽しむものであって、学ぶ事はあまりないのですが、それでも最近は多々思う事もあります。

 “レコ勉”という勉強の仕方があります。レコード…つまりプロの音源を聞いて勉強をするというやり方です。私もよくレコ勉をしますが、レコ勉では録音の限界というのを感じます。

 多くのプロ歌手の場合、音源の声と生のコンサートの声って、実はかなり違います。これは歌手自身が発声を変えている…わけではなく、単純に歌手の声には、録音される部分と録音されない部分があるって事だと思います。

 例えば、声にまとわりついた、ビリビリした感じとかフワッとした感じとか、そういうのって、録音されないんですよね。なので、録音で聞き慣れた人のコンサートに行くと、その声に違和感を感じたりしますが…コンサートでの声の方が本物なんです。

 で、最近、私が気になり始めたのは、鼻腔で響く感じなのです。

 以前は、私の耳がちゃんと聞けなかったのでしょう、プロ歌手の声を聞いても、それほど感じなかったのですが、最近の私は、この鼻腔で響く感じをすごくよく聞こえるようになりました。音源では、ほとんど感じない、鼻腔で響く感じですが、生のコンサートに行くと、たいていのプロ歌手の方が、ビンビンに響かせているわけです。

 逆に言えば、あれくらい鼻腔に響かせて歌わないといけないのだなとすら思います。

 翻って私は…と言えば、あまり鼻腔に響いた声では歌っていないなあ…と思います。だからと言って、私が今の状態で鼻腔に響いた声で歌おうとすると、きっとやりすぎて、鼻声になったり、声が前に出過ぎたりするんだろうと思います。

 プロの演奏は素晴らしいのですが、それを真似る事は至難の業です。せいぜいよく言っても、ヒントになる程度…ですね。とにかく、プロの演奏を聞けば聞くほど、我彼の差を強く感じる私なのでした。

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2018年10月25日 (木)

頭声の正体について考えてみた

 実は私、以前から“頭声”“胸声”という言葉は知っていましたし、なーんとなくのイメージも持っていましたが、それをビシッと説明できる言葉は持ち合わせていませんでした。

 それが最近、自分なりに腑に落ちるようになったので、それをここに書いてみたいと思います。

 まず、頭声と、それに対になる胸声について、以前は誤解していました。

 私は単純に「頭声は頭に響く声、胸声は胸に響く声」と思っていましたし、そのように理解して歌っていましたが、それではダメな事に気が付きました。と言うのも、単純に「胸に響く声」として歌ってしまうと、それはただの地声になってしまうからです。

 地声はダメです、絶対にダメです。

 そこで「頭声VS胸声」という対立軸だけでは足りない事に気が付きましたが、その足りないモノは何なのか…が長いこと分からなかったのです。

 最近は、そこに“ポジションの高い低い”を加えてみたらどうだろうか…と考えるようになりました。ポジションの高い声とは、オカルト的に考えるならば、頭蓋骨の上部から出てくるような声であり、感覚的に言えば、ノドの奥から声帯にかけての部分を十分に引っ張った時の声のことです。ちなみにボジションの低い声とは、オカルト的に言えば、アゴの下から胸にかけての部分から出てくる渋い声であり、感覚的に言えば、ノドの奥から声帯にかけての緊張が低くて、その引っ張りが足りない、楽に発声できる声の事です。

 で、まずは最初にこのポジションの高低が問題になるのです。ボジションの高い声ほど音楽的な声(つまり歌声)であり、ポジションの低い声ほど世俗的な声(地声とか話し声とか)となります。ちなみにポジションの高低に関しては、デジタル的に二分割されるものではなく、アナログ的に無段階でその高さが変わっていくと思われます。

 で、ポジションの高い声のうち、主に鼻腔共鳴を使って響きを与えられる声を“頭声”と呼び、胸腔共鳴を使って響きを与えられる声を“胸声”と呼ぶのであると、私は個人的に考えました。もちろん、完全なる頭声とか胸声とかだけで歌う人はいませんので、多くの歌手は、程度の差や割合の差こそあれ、その歌声には鼻腔共鳴と胸腔共鳴の両方が付加され、豊かな響きで歌っているわけです。

 つまり、歌で使う声は、常にポジションが高い声でないとダメなのです。低いポジションの声は、少なくともクラシック声楽ではダメです。低いポジションで高音は出ませんし、低いポジションで低声を出そうとすると、声が胸に落ちて、地声発声になってしまいます。歌で使う声は、鼻腔であれ胸腔であり、声に響きが与えられるものであるという事です。響きのない声は歌声じゃない…とも言えるわけです。

 ただし、ポピュラーではそれらの欠点も個性の一つですから、低いポジションの声で歌うのもアリです。

 これが2018年の私が考える、頭声とか胸声とかです。

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2018年10月24日 (水)

オは楽勝、アは簡単、ウはまあまあ、エが結構難しい、イは極端に難しい

 今回は声楽関係の話です。

 ええと、何の話かと言うと、母音ごとに発声の難しさが違う…という話です。これは人によって違うのかもしれないけれど、私の場合は、表題の通り…、

 オは楽勝、アは簡単、ウはまあまあ、エが結構難しい、イは極端に難しい。

 …と感じています。

 理由は…クチの横開き、縦開きの件と関連しているのかな?…なんて考えています。

 声楽では、クチは原則的に縦開きが理想です。どの母音であっても、クチは縦開きにするものなのです。

 しかし、私は日本人。普段は日本語を話していますので、どうしても日本語の発音に引っ張られてしまいます。母音をカタチ作るのに、日本語はクチビルを主に使い、西欧語は舌を主に使います。なので、構音図を見ると、日本語の場合は、正面から見たクチビルのカタチが書かれているのに対して、西欧語の場合は、頭部を縦にかち割って、舌の位置が書かれているのは、それぞれの言語の特徴によるものです。

 西欧語は、母音の構音を主に舌で行うので、クチビルはあまり構音とは関係しません。ですから、歌に有利な“クチは縦開き”は容易にできるわけです。

 一方、日本語はクチビルで構音しますから、クチビルのカタチがとても重要なわけで、アはクチを全開、ウとオはクチをやや縦開きにする一方、イとエに関しては、クチビルを横開きどころか、横に引っ張って出すわけで、そりゃあなかなか縦開きにはならないわけです。

 声楽では、たとえ日本語の歌詞を歌うにしても、構音関係は西欧語式にやらないといけないのですが、私はイタリア語の歌詞であっても、母音をついつい日本語式に発音しようとしてしまうので、クチビルを横に引っ張りがちな、イとエが苦手なのだと思います。

 一応、そのあたりの理屈はよく分かっているし、理性では理想に近いカタチで行おうとしていますが、どうしても無意識レベルで、ついついイやエの時に日本式になってしまい、クチビルを縦開きにしづらいのです。

 で、結果、イやエに難しさを感じるわけなのです。実際に、高音にせよ、低音にせよ、イやエは、その他の母音と比べると、半音~全音ぐらいは音域が狭いですし、発声そのものに苦労しています。

 ああ、苦手だ、苦手だ。

 クチビルを縦に開きながらも、美しいイやエの母音を発声するための練習をするしかないよね。とにかくこれは、場数を踏んで、自分に癖を付けていくしかないわけで、ああ、頑張ろう頑張ろう…だな。

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2018年10月18日 (木)

一音ごとにポジションを変えて歌うのは良くないです

 先日、テレビを見ていて気づきました。世の中には、一音ごとにポジションを変えて歌う人がいるんですね。

 (プロアマ含めて)多くの人は歌う時に、そんなに極端に声のポジションは変えていきません。と言うのも、声のポジションと音色は関係が深く、頻繁にポジションを変えて歌えば、当然、頻繁に声の音色も変わってしましため、あまり声のポジション移動は行いません…ってか、そんなに細かく声のポジションを変えながら歌えるほど、みんなそんなに器用じゃないのです。むしろ、声の音色の統一を保つためにも、歌っている時は、なるべくポジションは固定して歌うべきなのです。

 でもね、一音ごとにポジションを変えて歌っちゃった人をテレビで見ちゃったんです。それもその方、ポピュラー系のプロ歌手だったから、二度ビックリでした。素人ならともかく、歌のプロがそんな事をするなんて…って感じでした。

 もっとも、一音ごとにポジションを変えて歌うなんて芸当は、素人ではできない、ある種のテクニックと考えれば、やっぱりプロの方じゃないと無理なのかな…とも思いました。

 一音ごとにボジションを変える理由は色々あるでしょうが、私が思うに2点の理由が考えられると思います。

 まずは、すべての音域で自分の声を最大限に張るため…です。やはり低い音域は太めの音色の方が声が張れるし、高い音域は軽い音色の方が声が張れます。すべての音域において、張り上げた声で歌いたくて、微妙にポジションを変えながら歌っている可能性があります。

 次に考えられるのは、たまたまその人が、声色と音程がリンクしている人だったのかもしれません。音程を音の高さではなく音色で覚えている人…って、たまにいるのですが、そういうタイプの人なのかもしれません。昔あった、メロトロンという楽器(磁気テープを用いた、アナログ再生式のサンプル音声再生楽器です)のような発声をしちゃう人と言うべきか、声まね、ものまねとして、歌を学んでしまった人…って感じなのでしょうか?

 まあ、ポピュラー系の歌手さんでしたから、どんな歌い方をしても、それは“個性”で片付けられてしまうわけで、それはそれで良いのですが、我々のようなクラシック声楽を学んでいる人は、彼のような歌う方って、絶対にしてはいけないわけです。

 確かに音色を変えながら歌えば、高音や低音は歌いやすくなり、発声しやすくなるだろうし、テクニックとして音色を変えて歌うのはアリだろうけれど、それを常態としてはいけないと、私は思うわけです。

 統一された音色で歌うのが、クラシック声楽の歌い方でしょ? でなきゃ、声種なんて意味ないしね。

 で、振り返って、私の発声はどうなのよ?って話ですが、流石に1音ずつポジションを変えるような技量はありませんが、技量が無い故に、低めのポジションで歌い始めるとか、歌っているうちに、どんどんボジションが下がっていくとか。音程が低めの旋律を歌うとポジションが落ちてしまい、それっきり高めのボジションで歌えなくなるとか…色々と問題を抱えていたりするわけです。

 私の場合は、何度もY先生から指摘されているように、腹圧の弱さがポジションを高めに維持することを困難にして、ポジションが落ちてしまう…という感じなんだろうなあって思うわけです。

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2018年9月24日 (月)

そう言えば、以前はよく「音がぶら下がっている」と注意されました

 今日の記事は、恨み言です。いや、愚痴かな? とにかく、そういう種類の話です。

 以前、キング先生に歌を習っていた時、私はよく「音がぶら下がっている」と注意されました。結局、それはキング先生から離れるまでは治らなかったのですが、当時の私はとても苦しんで悩んだものです。

 キング先生は「音がぶら下がっている」と指摘はしますが、その解決方法と言うか、指導に関して言えば、ほんと、今思えば、的外れな指摘でした。

 例えば「伴奏をよく聞け」…伴奏なら、嫌になるくらいガッツリ聞いた上で声がフラットしているんだよぉ。

 「音叉を聞いて、その音を覚えなさい」…一時期、結構真剣にやりましたし、実際、音叉の音は覚えちゃったよ。でも、声がぶら下がる件に関しては、全然解決しませんでした。

 「音程は上から取りなさい」…じゃあ、音程を上から取るやり方を教えてください。やり方も教えずにやれやれと言われたって出来るモノではないですよ。

 結局、キング先生に指導されているうちは、音程がフラットする癖は治りませんでした。

 今は割といい感じで歌えるようになりました(うっかりしてると、まだフラットしちゃいますが…)。それはY先生のご指導のおかげなんだけれど、Y先生のご指導のどこが良かったのかを考えてみました。

 「音がぶら下がる」ってのは、あくまでも結果なんですよね。だから、その原因を直さないと、いつまでたっても、音はぶら下がったまんまなんです。その原因を指摘せずに、音がぶら下がっている結果ばかりを指摘しても、そりゃあ治るわけないわな。

 「音がぶら下がる」原因には色々ありますが、私の場合は、様々な原因が複合的に関連していたようです。Y先生は、それをひとつひとつ解決してくださろうとしたわけです。

 まず“声を鳴らしたら、音程は下がるものなのです” これ、真理ね。

 声を鳴らすためには、かなりノドに力を入れる必要があります。ノドに力を入れると、声帯の動きが(若干)悪くなり、それに伴って、音程が下がるのです。私はついついノドを鳴らしてしまうわけで、ノドを鳴らして歌っている時は、本人は気持ち良いのですが、そんな時は、たいていピッチが低くなっているわけです。

 “声を押すと、音程は下がります” これも真理ね。

 声を押しても、やはり声帯に力が入ってしまいます。ほら、押した声って、力んだ声…とほぼ同じでしょ? なので、声を押してしまうと、ピッチが下がるんですよ。

 “腹圧が弱く、息の勢いが弱いと、音程は下がります” 残念な事に真実なのです。

 この場合は、正確に言えば「音程がぶら下がる」のではなく「音程が届かない」のです。ま、結果は同じだけれどね。解決策としては、単純に腹筋を鍛えて、腹圧を強くして、息をきちんと吐いて、声を支えられるようにすればいいのです。腹筋が弱いから、音程が届かないんだからね。

 これに関連して、キング先生がよく言っていた「音程は上から取れ」なんだけれど、キング先生はそのやり方をついに私に教えてくれませんでしたが、これも音程の問題と言うよりも、実は腹筋の問題なんだよね。。

 Y先生から教えていただいた、音程を上から取る方法では、腹圧をうんと高めて…特に腹筋の動きは後ろと上の二段階に動かして、高く吹き出す息に声を乗せて、それで一旦高めに取った音程を狙い所にはめていくやり方です。やり方そのものは簡単(できるかどうかは別)なので、なんでこんな簡単な事をキング先生は教えてくれなかったのかと、今となっては、正直恨んでいます。レッスン料返せよって言いたい気分です。

 なので、音程が下がり気味でお悩みの皆さん。音程が下がっているからと言って、音程を上げようとしても、それでは問題は解決しません。

 なぜなら、下がった音程で歌っている本人は、実は正しい音程で歌っているつもりなのだからです。正しく歌っているつもりでも、ただ、ちょっとばかり、ノド周辺に力が入りすぎていたり、お腹周りがユルユルのままだったりしていて、それで本人の意図とは違って、つい、音程がちょっぴり下がってしまうからです。

 「自分で歌っていて、音程がぶら下がっている事に、なぜ気づかないの?」

 そういうもんですよ。歌っている時の自分は楽器になっているわけですからね、自分の声が体中に鳴り響いているわけで、大きく音がズレていれば、さすがに気づくだろうけれど、少々フラットしている程度だと、気づかないものです。

 でもね、ノドは脱力、しっかり腹筋で声を支える…これを心がけるだけで、あら不思議、今まで低かったあなたの声のピッチも、ジャストミートするようになります。それに、微妙な音程は気づきづらくても、ノドの力みとか、腹筋の緩みは、割と簡単に自覚できるものです。だから、音程うんぬんで考えるよりも、脱力系の話として考えた方が現実的なのです。

 ただ、ノドを脱力させる事。腹筋を強くする事。言葉で言うのは簡単ですが、実際に実行するのは、結構難儀だし、時間も掛かりますよ。だから、それに気づいた指導者は、いの一番に、この問題に着手するべきだと思うし、それを見て見ぬふりして放置するのは、指導者として、どうだろうと私は思います。

 未必の故意…だよね。隠れた悪意とも言えるよ。そういう指導者にあたった人は、ほんとう、不幸だと思うよ。

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2018年9月21日 (金)

男声の高音ってのは、結局、ファルセットなんだな その2

 昨日の記事の続きです。

 でも、ある時、ふと思い出したのです。何を思い出したのかと言えば、ある日のキング先生のつぶやきです。この先生、先生としての教える能力に関しては、私、疑問に思っていますし、少なくとも私と妻に関しては良い教師ではなかったと思うけれど、歌手としては、良い歌手であったと思います。そもそも美声だしね。声はイケメンなんですよ。

 彼は良い歌手なんだけれど、トレーナーとしては?なタイプの人だったというのが、今の私の見解です。「名選手、必ずしも名伯楽ならず」というタイプなんだと、今は思います。なにしろ、彼は自分でも自分の事を“天才”と言ってしまうほど、他人からあれこれ学ぶという事をせずに、あそこまで歌えるようになったんだそうです。つまり、いわゆる“自然歌手”なんだと思うのです。

 で、このキング先生が、世界的に有名な歌手さんのマスターコースであれこれ勉強してきて、それからまもなくのある日、ぽつりとつぶやいたのは「高音なんて、ファルセットからノドを開けていけば良いだけじゃん」だったのです。

 その言葉を聞いた時は、何を言っているのか、当時の私は分かりませんでしたが、今なら分かります。ファルセットの状態って、声帯の半分が閉じているように、声帯以外のカラダのあっちこっちも閉じていたり閉まっていたりしています。もちろん、クチの中も狭まり、息が鼻腔に行く道も閉じているんです。鼻腔が閉じているし、口腔も狭いし、カラダも閉じているから、声は弱々しいし、コントロールも難しいのです。それがファルセットなんです。

 だったら、閉じているところを開けばいいのです。ファルセットのまま、カラダ中の閉じているあっちこっちを開けばいいのです。そうすると…声量も増すし、響きも加わるし、コントロールも効くようになる。キング先生が言っていたのは、こういう事だったのでした。

 ありがとうございます、キング先生。先生の教え(つぶやき?)もたまには役立ちます。

 で、カラダのあっちこっちを開いていく…というと、これってハミングでしょ?

 ハミングって、別に鼻声で歌う事が目的ではなく、カラダを開いて、息の通り道を確保していくのがハミング練習の目的だと思うのです。ハミングはクチを閉じているからこそ、カラダのあっちこっちが開いていないといけないわけです。だからこそ、歌う人はハミングの練習を一生懸命やるわけです。

 ファルセットで高音を作り、ハミングの要領でそれを増幅して響きを加えてコントロールできるようにする。つまり、テノールの高音ってのは、ファルセット+ハミングの声なわけだと、私は考えます。

 ただ、ファルセットとハミングは、先程から述べているように、カラダの動き的には、ある意味、逆ベクトルです。だから、この2つを同時に行うのは、難しいのです。簡単にはできません。なにしろ、声帯は閉じようとし、カラダは開こうとするわけですからね。相反する2つの動きを同時に封鎖し、同時に実行しないといけないのです。

 私も実験的に声を出すだけなら、両立も不可能ではありませんが、曲の中はもちろん、発声練習中でも、これら2つを両立させながら出すのは、実に困難です。

 だってまだまだ未熟だもの。

 私の未熟さは横に置いて…ハミングのフォームを維持して、息の通り道を確保したまま、ファルセットの声帯で歌う…と、男性は高音が出せるし、コントロールできるし、響きも加わるし、音量もマシマシになるというわけです。

 こういう声をアクートと呼ぶかどうかまでは、私、分かりません。と言うのも、男声の高音と言っても、それは一種類しかないわけではなく、バッハやヘンデルの曲で使う高音と、モーツァルトで使う高音と、ロッシーニで使う高音と、ヴェルディやプッチーニで使う高音と、ワーグナーで使う高音って、それぞれ高音なんだけれど、発声方法が違うと思うのです。なんでもかんでもアクートと呼んで、ひとくくりにするのは乱暴だなって思ってます。

 ちなみに私がここで書いている、ファルセット+ハミング的な声って、おそらくヴェルディやプッチーニあたりの高音なんじゃないかなって思います。少なくとも、私の体感的には、そんな感じです。じゃあ、モーツァルト的な高音の出し方ってどうなんだよ…とは今は聞かないでくださいね。まだ私、分からないんですよ。

 モーツァルト~ロッシーニぐらいまでの、当時のテノールの高音って“ヤギ声”という呼ばれ方(悪口?)をされているのですよ。悪口かもしれないので、理想形を表現しているわけではないかもしれませんが、どこかヤギの鳴き声のような音色を感じさせるような高音って事になりますが、一体どうやって出すのでしょうね?

 まあ、現代でも“モーツァルト歌い”“ロッシーニ歌い”という呼び方があるように、それぞれの音楽に適した音色と発声法があるみたいで、現代でも、これらをメインに歌う専業歌手さんがいるわけです。確かに、ヴェルディやプッチーニをメインに歌う歌手さんとは、多少の違いは感じます。もちろん、兼業する人もいないわけじゃないですが。

 それはさておき、私的には『男声の高音ってのは、結局、ファルセットなんだな』という結論に達しましたって話です。

蛇足 女声の高音ってのは、ほぼファルセットでしょ? ただのファルセットを鍛え上げて、コントロール可能にした声が女声の高音なわけです。だったら、男声の高音がファルセットをベースにしていても、なんの問題もないわけでしょ。

蛇足2 アベルトな声とか怒鳴り声とか以外に、健康的に無理なく実声で高音を出す方法があれば、知りたい私です。それがアクートだよと言うのなら、じゃあアクートの出し方を教えて欲しいです。

蛇足3 私がたどり着いた答えなんて、たぶん、プロのヴォイストレーナーな方々には常識なんだろうなあって思います。少なくとも、キング先生は(教えてくれなかったけれど)気づいていたわけだしね。プロの人々から見れば「こいつ、何を今さら言ってるんだ」って感じかもしれないけれど、趣味の素人オジサン的には大発見なわけですよ。

蛇足4 私の出した結論が間違ってても勘弁してね。所詮は素人の戯言ですからね。

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2018年9月20日 (木)

男声の高音ってのは、結局、ファルセットなんだな その1

 ここ数日、ずっとずっと、男声の高音…まあ、それをアクートと呼びたければ呼んでもいいと思いますが、こいつの正体を考えていました。

 理屈はともあれ、声は声帯からしか出ません。声帯から出てくるのは、声帯をフルに使って鳴らす“実声”か、声帯の半分を閉じて鳴らす“ファルセット”か、その2つしかない…と言うのが、私なりの結論です。

 胸声とか頭声とかは、実声のバリエーションだと考えてます。

 で、声帯の全長を使って豊かな声のまま高音に行く…と言うのは、弦楽器で言えば、弦の張力を高めて高音を出す事に等しく、物理的な限界が当然あります。弦なら切れちゃうし、声帯は…切れないまでも痛めてしまい、やがて声をつぶしてしまうでしょう。それに、声帯の全長を使って高音を出すには息の力も必要だし、限界近くまで伸びた声帯にむりやり息を通そうとすれば、ノドに力も入るし、結果的には怒鳴り声になりかねません。つまり、声帯の全長を使って高音を出そうとすると、それは喉声にしかならないのですよ。それをどんなに美的に磨いたとしても、ポピュラー音楽用語で言うところの“シャウト”にしかなりません。

 こんな声はダメね。ポピュラー音楽なら十分魅力的な声として使えますが、クラシック系声楽では、ダメダメです。持ち声が素晴らしければ、怒鳴り声ではなく、アペルトな声になるかもしれないけれど、まあ普通の人なら、ただの耳障りな怒鳴り声にしかなりません。

 男性なら分かると思いますが、ノドを脱力したまま、楽に高音にいくと、声って簡単にひっくり返ってしまいます。これは、高い声は声をひっくり返して発声するのが自然だし、カラダに楽だよって事なんだと思います。このひっくり返るという現象は、声帯的に言うならば、声帯の半分を閉じて振動しなくしてしまい、残った半分の声帯を振動させて出す声なんだそうです。

 つまり弦楽器で言うなら、張力はそのままで、弦の真ん中を左人指し指で押さえて、1オクターブ高い音を出す…に似たような事をやっているわけです。弦の全長ではなく半分の長さしか使わないわけですから、当然音色は変わりますが、楽に高音は出るわけです。

 で、このひっくり返った声ってのが、ざっくり言っちゃえば、ファルセットなんです。つまり、高音はファルセットで歌うのが、自然と言っちゃえば自然なんです。

 でもね、怒鳴り声がダメなように、ただのファルセットもダメなんです。だって、ただのファルセットだけでは、実声との音色の違いは明らかだし、限りなく声は弱々しくて使い物にならないからです。

 で、しばらく私の思考はここで止まったままでした。

 さて、長くなってきそうなので、続きはまた明日にします。

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2018年7月23日 (月)

アニメ声とイケボ

 私もアマチュア歌手の端くれなので、声については、いつもあれこれ考えています。

 私がいつも感心しているのは、最近の声優さんたちの凄さです。何がすごいって、彼ら彼女らはアニメでは、いわゆるアニメ声でアフレコをしているわけですが、そのアニメ声でキャラソンも歌っているわけで、こりゃあすごいなあと感心しているわけです。

 アニメ声って、ざっくり言っちゃえば,作り声なわけで、作り声って、たいてい声域が狭いし、声としてのコントロールが難しいのに、そんな作り声で普通以上の上手さで歌っちゃうんだから、声のコントロール能力がすごぶる高いなあ…って思うわけです。

 さすがプロだよなあ、見事だよなあ…。声のコントロール能力に関しては、ほんと、見習いたいものです。

 我々、クラシック系声楽の人だって、歌う時の声は話し声とは違うわけで、ある意味、作り声で歌っていると言えなくもないわけですが、それはあくまでも歌用の作り声なわけですが、いわゆるアニメ声は歌うための作り声ではないわけで、それを考えても、声優さんはすごいと思います。

 でも、アニメ声はいただけないし、マネしない方がいいです。少なくとも、アニメ声とクラシック系声楽の相性は良くないです。

 と言うのも、アニメ声の出し方って、クチの中をなるべく狭くして、息もなるべく多く鼻腔を通して(ってか口腔へはあまり息を通さない)、息漏れの多い声で、滑舌悪く舌っ足らずな感じでしゃべる事で出している声なんですよ。アニメ声は別名“ロリ声”とも言うわけで、オトナが幼女の声を真似して出している声なんですね。そりゃあ、声楽との相性悪いです。

 アニメ声はいただけませんが、アニメにはもうひとつアニメ特有の声があります。それは、イケボと呼ばれる声です。

 イケボというのは、イケメンヴォイスの略で、かっこいい男声の事を言います。これはおそらく、女声のセクシーヴォイスに相当するものだろうと思います。

 イケボの特徴は、低くて若々しくて吐息混じりの声…なんだそうです。吐息混じりはいただけませんが、低くて若々しいのは、確かにかっこよいですが、クラシック声楽的には…おそらく「まだ声が熟成していないバリトン」あるいは「高い声が全然出ないテノール」って扱いになってしまうかな…とも思います。ハイバリトンにすら成らないと思います。

 と言うわけで、アニメに特徴的な、アニメ声にしても、イケボにしても、クラシック声楽とは相性が良くない事が分かりました。

 でも、アニメ声にしてもイケボにしても、日本人には人気の高い声なんですよね。だから、アニメで受けるし、この種の声の声優さんがたくさんいるんです。逆に、クラシック声楽系の声なんて「オペラっぽくて、おおげさで」というイメージで捉えられがちだし、しばしばお笑いネタにさえされちゃうわけで…一般人に対しては受けが良くないなあ…なんて思ったりもします。

 だから何だと言われると困るのだけれど、日本人が好む(?)声と、声楽で美しいと呼ばれる声って、全然違うんだよなあ、ちょっとショックだなあ…って話です。

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2018年6月25日 (月)

声種の決定は…好き好きでいいんじゃないの?

 私は以前、『声種と声域』という記事で「声域で声種を決めるなよ」という趣旨の記事を書きました。で、結論としては、声種は声質に着目して判断しましょうとしました。

 この記事に書いた事は、私の主張としては揺るがないものなのだし、プロの方とか、プロ志望の方は、そうあるべきだけれど、アマチュアさんの場合は、それだけじゃ済まないかなって、あの記事を書いて以来、考えるようになりました。

 つまり、アマチュアさんには、もう一つ別の尺度があって、それで声種を決めてもいいのかなって事です。

 そのもう一つ別の尺度とは…「自分の好み」(笑)です。ざっくり言えば“歌いたいパートが自分のパート”でもいいかな?って事です。

 今、パートと書きましたが、この前提条件の一つに“市民合唱団で歌う”という暗黙の了解を設定しました。と言うのも、ソロで歌うなら、いくら自分の好みがあろうと(特にオペラアリア等は)やはり歌えないものは歌えませんから、自然と自分の声質にあった歌に落ち着くわけですし、歌曲は自分の歌える音域に移調すればいいわけだから、あまり自分の声種とかを意識しなくても良いわけです。

 アマチュアシンガーさんが、一番自分の声種を意識するのは、やはり合唱団でのパート分けではないかと思うわけで、で、そのパート分けだけれど、団の方針でオーディションなどがあったりするところもあるわけで、そういう団に所属しているのなら、団の方針に従わないといけないとは思うものの、そうでなく、割と自己申告とか周囲との相談で成り立っているような団に所属しているのなら、まずは自分の好みをクチに出して主張してみるのも良いのかなって思います。

 実際、ソプラノとアルト、テノールとバス、それぞれ両方歌えますよって人、いるじゃないですか? あるいは初心者や初学者などは両方とも歌えないじゃないですか? だったら、歌いたい方を主張するのも、アリかなって思うわけです。

 第三者的には「え? その声でそのパートを歌うの?」って思うことあるかもしれませんが、アマチュアさんなら、ますは「やりたいことを、悔いなくやってから死ぬ」というのがあるわけで、残り少ない人生、自分の歌いたいパートを思いっきり歌ってみるのが良いかな…って思うようになりました。

 もちろん、希望したパートがあまりに自分の声とは合っていない場合もあるでしょうが、そんな場合、そうそう無理は続きませんから、やっぱり自分の声とは合っていないパートを歌い続けていくのは、いくら歌いたいと思っていも、やがて歌っている事が苦痛に感じるようになりますから、そうしたら、もっと楽に歌えるパートに移動すればいいのです。

 やるだけやったら、人生、悔いは残らないでしょ?

 と言う訳で、あくまでもアマチュアさん限定だけれど、声種の決定は、まずは自己申告を優先し、やりたいパートにチャレンジしてみる…でいいかなって、個人的には思ってます。

 まあ、こんな意見、合唱団の運営サイドの人から見れば「ありえない!」って思われるかもしれませんが、団中心ではなく、歌う個人に焦点を当てて考えてみれば、私の言ってる事も、そんなに的外れではないと思っていただけるかな…なんて思ってます。

 もちろん「ウチは市民合唱団だけれど、プロのような合唱を目指しています」という団は、その限りではないでしょうね。

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