ひとこと

  •  今日は、近所の田んぼにカルガモの親子がいた。別にカルガモ農法をやっているわけじゃなさそうなので、単純に近所に住んでいるカルガモの親子が水遊びにやってきていただけなんだろうと思う。それにしても、田んぼの周辺は風が涼しくて気持ちいい。地球温暖化の原因は、二酸化炭素うんぬんではなく、単純に減反政策が原因なんじゃないからしら…って思ったりした私です。まあ、それ以前に、地球温暖化なんて嘘っぱちだと思ってますけれど(笑)。
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カテゴリー「ピアノ」の記事

ピアノ関係のエッセイです

2017年3月15日 (水)

ピアノはなるべく早めに辞めさせた方が良い

 ピアノは、子どもの習い事としては、代表的な存在だと思います。水泳、英語・英会話に続いての、堂々第3位にランキングされる(こちらのサイトを参照しました)くらい、ポピュラーな習い事だと思いますし、実際に多くの子どもたちが、街のピアノ教室でピアノを学んでいると思います。

 4位や5位の体操や学習塾(つまり勉強だね)まで含めて考えても、ピアノって、ちょっと異質な存在だと思います。

 ピアノって、異様にハードルが高くないですか?

 水泳にせよ、英会話にせよ、体操にせよ、達成感を得るというか、ひとまずのゴールにたどり着くと言うか、ざっくり言えば「泳げるようになった!」とか「(その年令なりに)英語が話せるようになった!」とか「体操得意になった!」と言えるまでにかかる期間と、「ピアノが弾けるようになりました!」と言えるようになるまでの期間が違いすぎるような気がするのです。

 一例を上げれば、水泳なら、子どもが息継ぎを上手にして25mを泳げるようになったら、ひとまず「ボク、泳げるようになったよ!」と本人も思うし、親だって喜べるわけです。

 で、この25m泳げるようになる期間を考えるなら、個人差はあるにせよ、小学生くらいならば、早い子で数日から1~2週間ぐらい、普通の子で1ヶ月ぐらい、遅くとも3ヶ月も水泳を習っていれば、大抵の子は25m泳げるようになるようです。3ヶ月を過ぎてもまだ25m泳げるようにならない子は…泳げないまま水泳を辞めてしまうか、数年間頑張ってやっと泳げるようになるようです。そう、たった25mであっても、泳げるようになるまでに数年かかってしまうわけです。

 つまり、水泳ならば、3ヶ月とか半年習えば、その子が泳ぎに向いているかどうかが分かるわけで、そこから先は、本人の意思や家庭の経済事情で決めればいいのです。場合によっては、方向転換だってありです。人間、泳げなくても死にません。才能、あるいは適性が無いのに、時間とエネルギーを費やして、何も得られないよりは、その子の才能が発揮できる別分野のモノに時間とお金を使えばいいのです。

 これは水泳に限らず、英会話だって、体操だって、3ヶ月とか半年とか習えば、だいたいその子の適性は分かるものです。適性が無いのなら、もっとその子を活かせる道を親子で探すべきです。

 たかが3ヶ月と考えてしまうでしょう。たった3ヶ月で何が分かるんだってね。

 確かに、オトナにとっての3ヶ月とか半年なんてのは、ごく短い時間ですが、子どもにとっての3ヶ月とか半年って、実はかなり長い年月なんですよ。

 例えば、8歳の子(小学校3年生)にとっての3ヶ月と言うのは、人生の1/32の期間にあたるわけです。これを50歳のオトナの人生に換算すれば、約19ヶ月…1年半強の時間に相当するわけです。1年半って、そんなに短い期間じゃないし、適性を判断するには十分な時間でしょ?

 ここで問題なのは、水泳や英会話や体操なら3ヶ月とかせいぜい半年とかで、その子の適性が判断できるとしても、ピアノは3ヶ月とか半年とかで適性が分かるものなのか…って話です。

 ピアノって、ある程度弾けるようになるまで…、つまり、本人も親も「ピアノ? はい、弾けますよ」と即答できるようになるまで…って、たぶん時間がかかるんじゃないかな? 小学校入学と同時にピアノを始めて「部活が忙しい」とか「勉強が大変」などの理由で中学に入る頃にピアノを辞める子が多いと聞きますが、この子たちが、ピアノを弾けるようになってから辞めたのか?…と言えば、かなり厳しいんじゃないかな? 6歳から始めて12歳までのピアノを習っていたと言う事は、12歳の子にとっては、人生の半分の時間を費やしてピアノを学んでいたわけだけれど、人生の半分を捧げたにも関わらず、ピアノから、それにふさわしいだけの見返りを受け取ったのかと言えば…バッチリピアノが弾けるようになった子もいるだろうけれど、いやいや全然弾けるようにはならなかった子だって、たくさんいるわけで、そんな子にとっては、ピアノに費やした時間を、もっと適性のある別の事に使って、本来持っている才能を開花するチャンスが逃してしまったとしたら、それは不幸でしかないわけです。

 ピアノは習得に時間がかかります。ほんと、ピアノはある程度弾けるようになるまで時間がかかる、ある意味、厄介な芸事です。その子に才能や向上心があるなら、多少時間がかかろうが、最終的にはモノにするでしょうから良いとしても、そうでないのなら…例えば、明らかに適性も才能もないのに、親の見栄のためとか、子守代わりにピアノをやらせているのなら、なるべく早めに辞めさせた方が良いと思います。特に子どもがピアノに大した興味もなく、ただ惰性で習っているだけなら、今すぐにでもピアノは辞めさせた方が良いと思います。

 習い事なら他にもたくさんあるわけだし、ピアノ以外に、その子の適性や興味にあったモノがあるはずです。

 ピアノを長い間習って、でも結局ロクに弾けるようにならなかった子なんて、掃いて捨てるほどいます。

 実はウチの息子君がそう。小学校入学から中学校卒業まで9年間、まあ、そこそこ真面目にピアノをやったけれど、全く弾けるようにはなりませんでした。小学生の頃は、音楽大学に行きたいみたいな事を言ってた子だし、歌は人並み以上に歌えるから、音楽の才能が無いわけでは無いと思うのだけれど、ピアノの才能が無かったんだと思います。

 しかし、15歳でピアノを辞めるまで、人生の半分以上の時間をかけてピアノを彼なりに頑張ったわけだけれど、結局、ピアノは弾けるようになりませんでしたし、本人に「お前、ピアノ弾けるだろ?」って尋ねると「弾けるわけないじゃん!」と強く否定するほど、何の達成感もピアノからは得られなかったわけです。

 ほんと、息子にとって、ピアノを習ったていた事は、人生の浪費だったかもしれないし、親のフトコロ的には明らかに大きな損失でした。

 まあ、親としては、息子を見ていて、3~4年生あたりで「こいつ、ピアノの才能、無いな」と見切ったのですが、本人がぜひピアノを習い続けたいと言い張ったので、中学卒業までヤラせたのだけれど、やっぱりモノになりませんでした。才能がないヤツは、いくら頑張ってもモノにはならないね。

 まあつまり、私が息子のピアノの才能を見限るまで、3~4年かかったというわけです。息子は水泳も習っていたし、こっちも全然才能が無かったのだけれど、まあ半年ほどで見限って、1年習って、やっと25m泳げるようになった所で辞めてもらったけれどね。ほんと、ピアノは水泳と違って、習得にも見限るに時間がかかる厄介な芸事だと思います。

 だから「ああ、こりゃダメだ」と思ったら、できるだけ早期にピアノを辞めさせて、次に駒を進めるのが、子どものためだと私は思います。ウチの場合、ピアノを切り捨てるのに、ちょっと時間がかかってしまって、それで次に進めさせてあげられなかったのが、親として心残りです。他にも試すべき事は色々あったのにね。まあ、救いは、歌の才能を見つけてあげられた事…かな。歌は今でも歌ってますし、コンスタントに舞台もやってます。プロにはなって欲しくないけれど、人生の彩りとして歌えることは彼にとって幸せだろうと思います。

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2017年3月14日 (火)

練習は無理強いするべきなのか?

 よく話題になるのが『ピアノを習っている子が全く練習しない』ってのがあります。これはある意味、自然な姿であって、自分から率先してピアノの練習をする子は、本当にピアノが大好きなのか、ピアノしか楽しみがない子なのか、あるいは親の顔色をうかがえるだけの知恵のある子なのか、ただの変人なのか…まあ、そんなところでしょう。

 今の世には娯楽がたくさんあります。一方、時間には限りがあるわけで、今時の子どもたちは結構忙しい毎日を過ごしているわけで、自由に過ごせる時間なんて、案外少ないわけです。その少ない時間に、ピアノの練習をしないといけないと分かっていても、ついついテレビ見たり、マンガを読んだり、友達と無駄話をしたり…なんて、しょーもない事に時間を使ってしまうのが、普通の健全な子どもなんです。だから、ピアノを習っているのに練習しない子がいても、それはピアノがキライというわけではなくて、ただ優先順位的にどうしてもピアノの練習が後回しになってしまい、練習がなおざりになってしまうというだけの話で、これは普通にあるわけです。

 でも、親としては、それはダメですよね。月謝払ってピアノ習わせているのに、練習をちっともしなかったら、なんか月謝がもったいないような気がするし、第一、母親ってのは子育てに真面目な方も多くて、そんな我が子のちゃらんぽらんな姿を見ていると、言い知れない怒りがフツフツと湧いてくるようです。

 で、怒り心頭し、子に練習を無理強いしてしまうわけです。

 子どもにも色々なタイプの子がいます。言われて始めて気がついて「ああ、そうだ。私はピアノの練習をしなければいけないんだっけ」と思い出して、いそいそと練習を始めるタイプの子もいるでしょう。そういう子に練習をしなければいけないと伝える事は必要な事です。でもね、単純に、優先順位の問題でピアノが後回しになっている子に対して、練習を無理強いすると言うのは、要するに、その子の優先順位を強制的に変更させる事であって、そんな事が度重なれば、子どもの中に不満やストレスが溜まっていきます。

 直接的に反抗的な態度に出る子もいるでしょうし、面従腹背な子もいるでしょう。どちらにせよ、ピアノを習っているために嫌な思いをするわけですから、強制的に練習をさせ続けていたら、やがてピアノ嫌いな子になるだけです。それじゃあ、本末転倒です。

 要は“強制”とか“強いる”とかがダメなわけで、練習そのものを子にさせる事は、ピアノを学んでいる以上、必要だし大切だと思います。

 ではどうするべきか? 待っているだけじゃ、子どもって絶対に練習を始めません。

 一つの方法として、生活の中に練習を組み込むのは、いかがでしょうか? 例えば、学校から帰ってきたら、まずはピアノの練習をして、次に宿題をして、それから遊びの時間が始まるとか…、ピアノの練習をしてからオヤツにするとか…、毎日午後5時になったら必ずピアノの練習をするとか…。ピアノの練習をそういう生活習慣の中に組み込むというのはいかがでしょうか?

 あるいは、子どもが遊びで夢中になっていてピアノの練習を始めないなら、親が楽しくピアノを弾き始めてしまうというのはいかがでしょうか? 特に幼い子どもは、オトナが楽しげにしていると、それ自体に興味を持ってやってきますから、やってきたところでピアノの練習を始めるという手もあります。

 それでもピアノの練習をしてくれない子もいるでしょう。そんな子を見ると、親もイライラしますが、ピアノの練習って、毎日しないといけないのでしょうか? 別に職業ピアニストになるわけじゃないのなら、毎日練習しなくても大丈夫でしょ? もちろん、練習しなければ上達しません。これは仕方がないです。ピアノのレッスンは、その子のペースで行うしかないと思いますよ。

 普通の子なら、ずっとずっと練習をしないままって事は、たぶん無いと思います。子どもにも良心がありますから、あまり練習をサボっていると、なんか悪い気がしてきて、そのうちに練習を始めるものです。それでも一向に練習をしないのなら…ピアノが向いていない子なのかもしれません。それはそれでまた別の問題ですね。

 とにかく、子どもに練習を無理強いしても、良い事は一つもありませんから、無理強いはするべきではないと思います。

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2017年3月13日 (月)

習い事の先生に求めるモノを明確にしましょう

 今週は、オトナも子どもも含めて、習い事について考えてみたいと思ってます。で、まず最初のお題は「習い事の先生に求めるモノを明確にしましょう」です。

 子どもにピアノを習わせたいとします。もちろん、子ども自身が「アタシ、ピアノを習いたい」と言ってくる場合もあるでしょうし、そんな気配は微塵もなく、単純に親が我が子にピアノを習わせたいと思って始めさせる事もあるでしょう。

 とにかく、始めるとなったら、先生探しをするわけです。で、先生が見つかれば、そこに子どもを預けるわけですが…実はそこでミスマッチが起こることって、たびたびあるんですよ。

 教室の方針と言うか、先生のピアノに関する考え方に、親として同意できているでしょうか? 子どもの教育って、教室だけでは完結しないし、親だけでも成り立たないし、両者の協力体制があって始めて成り立つわけです。その点で合意してますでしょうか? 教室側の方針に徹底的に従っていく覚悟が親側にあるんでしょうか?

 もちろん、習い事を始めるに際して一番大切なのは、ピアノを習う本人の意思ですが、今回はこれを横に置いておくことにします。すると、次に大切なのは、親が習い事に対して何を求めているか…となります。教室の意向だとか先生のピアノに関する考え方なんて、その次の次です。この順序を間違えると、互いの不幸になります。

 で、我が子をピアノ教室に通わせるとします。その時に親は、何を一番に求めていますか? 『我が子を将来世界的なピアニスト…いやいや、そこまでは求めないけれど、少なくとも職業ピアニストにしたい』ですか? 『ピアノ教室は結婚して家庭に入ってもできるから、手に職を付けるという意味で、将来はピアノ教室でも開ける程度になって欲しい』とか考えてますか? あるいは『私たちの子どもだから、勉強が得意にはたぶんならないだろうけれど、でも大学には行って欲しいから、将来の進路の一つに音楽大学を加えるために、今のうちからピアノぐらいは弾けるようになって欲しい』ですか? さもなければ『夕方の忙しい時間、テレビばかりに子守をさせるのも不憫だから、ピアノを習ってピアノの練習をして時間を潰してくれると親として助かる』ですか? 『将来、特技の一つとしてピアノがあってもいいし、楽しみとして音楽に関われる子にしたい』でしょうか? もっと簡単に『近所の子たちもみんなピアノ習っているし、ウチの子もそろそろかな?』ですか? 案外『私、子どもの頃、ピアノを習いたかったのに、習えなかったから、ウチの子にはピアノを習わせたい』でしょうか?

 どれも子どもをピアノ教室に通わせるには、必要にして十分な理由だと思います。

 でもね、ならばその願いを叶えてくれる先生の所に子どもを通わせないとダメですよ。親の願いと先生の教育方針が合っていないと、ほんと不幸になりますって。

 最初の『子どもを職業ピアニストにしたい』と言うのなら、習い始める前に、その事を先生に伝えないといけません。と言うのも、すべての街のピアノ教室の先生が、教え子をプロとして鍛えることができるわけではないからです。先生本人の力量の問題もあるし、その先生が次に紹介できる先生(職業ピアニストにするのなら、子どもの上達に応じて、先生をグレードアップしていく必要があります)にだって限度があります。

 ですから『ウチの子は将来プロのピアニストにしたいのです』と最初に先生に伝える必要はあります。親として、その先生の反応を見て、子どもを預けるべきか否かを考えないといけません。ある意味、子どもの人生を預けるわけですからね。そこは妥協してはいけないと思いますよ。

 『ピアノ教室を開けるといいな』とか『音大進学への選択肢を子どもに与えたい』は、音大進学を目指すという点において同じ事だと思います。

 こういう事を考える親御さんって、自分やその周辺に音大卒業生がいない事が多いのだと思います。と言うのも、音大出身者を身近に見ていたら、こんな事を思うはずないもの(笑)。

 まずはピアノ教室の職業としての可能性とか、音大卒業生たちの大学卒業後の進路とか、音大進学にかかる経費などを、ザックリでいいですから、調べてみるといいですよ。きっと驚きますよ(笑)。世の中、そんなに甘くないし、音大なんて庶民の子が行ったら、大変な事になるって事が分かりますよ。まあ、そんな現実(茨の道ですよぉ~)を知って、それでも我が子に音大進学をさせたいと願っているなら、ピアノの先生に『ウチの子は将来音大に行かせたいのです』と伝えてください。で、その先生の反応を見てくださいね。

 『子守としてピアノ教室に通わせたい』と『ピアノを将来の特技の一つにできたらいいな』の二つは、ピアノを教養の一つとして学ばせたいという点において同じ事です。これらの願いで子どもをピアノ教室に通わせようと思っているのに、教室の方針がスパルタだったら…ダメですよね。だからと行って「子守代わりにピアノを習わせようと思ってます」なんてことを先生に言っちゃダメですよ。ピアノの先生なんて、たいてい真面目人間ですから、そんな事を言ったら、たぶん怒り出します。

 でも教室を見学させてもらったり、体験レッスンを受けたり、その先生に習っている先輩の子たちを見ていると、だいたい分かるものです。大切なのは、その先生に母性(あるいは保育者としての適性)があるか、円満な人格の持ち主であるか、一般的な社会常識を持っているか…です。はっきり言っちゃえば、ピアノの腕なんて二の次三の次で十分です。子どもに優しく寄り添ったレッスンができ、親とも普通にコミュニケーションが取れる先生なのかどうかが大切ですよ。案外、そこらへんがダメな人がピアノ教室をやっている事って…たまに?…ありますからね。つまり、親としてその先生に安心して子どもを預けられるかどうかです。そこの見極めは親として大切ですよ。

 『近所の子が習っている』 …良いきっかけだと思います。出来るならば、その近所の子たちが習っている先生のところで習えるといいですね。生徒が集まる教室には“何か”があるんです。その“何か”は教室ごとに違うでしょうが、その“何か”が魅力的だから生徒が集まるのですから、その“何か”のために自分の子を通わせるのは、ありだと思います。

 『親である自分がやりたくてもできなかったからピアノを習わせたい』 理由としてはダメではありませんが、習わせる前に必ず子ども本人の意思確認は必要でしょう。あなたがピアノを習いたかったように、子どもも実はピアノが習いたいのかもしれません。それならば渡りに船です。しかし、子どもはあなたではありません。あなたが子ども時代にピアノを習いたかったからと言って、あなたの子どもがピアノを習いたいとは限りません。もしかすると、水泳をしたいのかもしれないし、英会話を習いたいのかもしれません。あなたが習いたくても習えなかったのだから、あなたのお子さんも本当に習いたいものをやらせるべきであって、それがピアノとは限りません。そこは注意しましょう。

 それにあなた、子ども時代にピアノが習いたかったんでしょ? 今はどうなんですか? その夢、子どもに託す前に、自分で叶えてしまうのは…ダメですか?

 今の時代、オトナの習い事も珍しくありませんよ。そんなにピアノが習いたかったのなら、いっそ、オトナになった今、誰の遠慮もいらないじゃないですが? ご自身がピアノを習うのはありですよ。子どもではなく、自分がピアノを学んでしまえばいいのです。ぜひ、そうしましょう。

 という訳で、ピアノを題材に話を進めてみました。これはピアノでなく、他の習い事でも同じことです。習い事に何を求めるかで、先生選びは変わります。これは大切な事ですから、決して軽んじてはいけません。求めるモノが変われば、求める先が変わるのは当然です。ですから、習い事の先生に求めるモノを明確にしましょう。

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2016年12月22日 (木)

オジサンは嫌われ者?

 世間が思っているよりも、オジサンには音楽好きが多いんじゃないかと、私はにらんでいます。とは言え、その大半は音楽を鑑賞するのがメインで、演奏する人は少ないとも思います…が。

 女性は、幼い頃からピアノを習ったり、鼓笛隊とか吹奏楽とかに身を投じたりして、音楽を学ぶ人が多いし、事実、日本の音大はほぼ女子大化している事から分かる通り、女性と音楽は親しい関係にあります。その一方で、男性は音楽よりも勉強、音楽よりもスポーツと思われがちで、男性は音楽趣味なんて持っていないと思われるのですが、男性にも音楽趣味を持っている人はいます。

 まあ、女性のように、幼い時からピアノを習ったりなどという、本格的な学び方はしなくても、カラオケ大好きな男性はたくさんいるし、バンド経験者も少なからずいます。ギターやドラムスなどのポピュラー系のアマチュア奏者は、女性よりも男性の方が多いと思います。

 おそらく、幼い時から音楽をきちんと学ぶ事の多い女性は、クラシック系でもポピュラー系でも、どちらの世界にも行けますが、音楽をきちんと学ぶチャンスの少ない男性は、どうしてもポピュラー系の音楽に偏りがちなのです。

 かく言う私も、学校教育を除けば、音楽と正面向いて付き合いだしたのは、中学に入ってからだし、その時に手にした楽器はフォークギター…お店に吊るしで売られていた三千円のギター(ほぼおもちゃだね)でした。ちなみに、そのおもちゃギターは、私があれこれ手を加えて、ごく普通に弾けるように改造(私にはたぶんに木工の才能があるのかもしれません:笑)しました。ちなみにそのおもちゃギターは、オトナになって10万円のギター(奮発しました!)を手に入れるまでは、メインギターとして活躍してもらいました。

 ギターから音楽に入った事もあって、私はベースも弾きますし、キーボードも弾きます。ただし、キーボードを含め、どの楽器もコードで演奏します。五線譜では弾けないのです(汗)。まあ、純粋ポピュラー人間なんて、そんなモンです。

 私のようなオジサンは、案外たくさんいるんじゃないかなって思います。

 私はポピュラー音楽も好きですが、皆さんもご存知の通り、一番好きな音楽は、やはり西洋クラシック音楽なんですね。だから、ギターしか弾けなかった時代も「ギターで弾くクラシック」みたいな楽譜を買っては、クラシック音楽を楽しんでいました。

 そう、私は本当は、ポピュラーじゃなくて、クラシックをやりたかったのです。

 幸い、私は幸運に恵まれ、現在、クラシック声楽とフルートを学ぶことが出来ていますし、一時はヴァイオリンだって学んでいました。ああ、本当に恵まれた人生だなあと思いま。でも、私のような幸運なオジサンは少数だろうと思います。

 本当はクラシック音楽をやりたくてもやれないオジサンの方が多いと思います。

 おそらく、多くのクラシック音楽をやりたいオジサンは、まずはピアノを弾きたいと思うのだろうと思います。やはりクラシック音楽と言えば…ピアノですよ。まあ、オーケストラをイメージする人も大勢いるでしょうが、そこで指揮者になりたいなんて思う人はいませんから、やはり始めるならピアノなんです。

 私の場合、ポピュラーピアノは弾けますし、大学の授業でピアノの基礎は学びました(バイエルを2/3程度やりました)し、マイ電子ピアノも持っていますので、ピアノ欲はほどほどに満足しているのですが、多くのクラシック音楽志望のオジサンは、ピアノが弾きたくて弾きたくてたまらないのだろうと思います。

 で、そうなったところで、ピアノは独学で弾けるほど簡単な楽器じゃありません。バンド経験などがあって、そこそこ音楽に親しんだ人なら、その程度の事は、すぐに察しがつきます。で、どうするのかと言えば、先生を探して、基礎からバッチリ学ぼうって考えるわけです(案外、男性は真面目なんですよ)。

 で、近所のピアノ教室とかネットで見つけたピアノ教室などに当たってみるわけですが、たいていはご丁寧に断られるわけです。曰く「成人男性はお断りしています」ってね。

 そうなんです。たいていのピアノ教室は成人男性お断りなんです。オジサンは嫌われ者なのですよ。

 まあ、ごくごくマレに成人男性を引き受けてくれる先生もわずかながらいますが、やはり、そういう先生は珍しいわけで、なかなか初心者の男性を引き受けてくれるピアノ教室はありません。

 「先生が男性の教室を探せばいいじゃん?」

 まず男性の先生がいるピアノ教室そのものが数少ない上に、地方にはまずいません。都市部にいる男性の先生は、大抵の場合、初心者を引き受けません。都市部の男性の先生が引き受けるのは、音大志望のガチ学習者だけだったりするのです。

 ほんと、オジサンには世知辛いピアノ教室事情なのでした。

 じゃあ、どうする? あきらめる?

 そういうわけにも行きませんよね。一度火がついた熱意は、そう簡単に消えるものではありません。

 私が薦めるのは、大手楽器店やカルチャースクールのピアノ教室です。こういう教室は、原則、誰でもウェルカムですから、成人男性も受け入れます。ただし、これらの教室は、たいてい平日昼間の時間帯に開業しています。そもそもが、ピアノ教室ってのは子どもがメインの顧客ですからね。やはり学校帰りの子どもが通いやすい時間が主な営業時間なのです。

 ですから、平日休みが取れる人でないと、勤め人には正直厳しいです。でも、土日に教室を開いているところも若干ありますし、夜8時近くまでやってくれる教室もあるので、諦めずに探してみるのが良いでしょう。

 それでも見つからなければ、いっその事、奥様やお嬢様に習ってみるのも可です。なに、最初のうちの基礎の基礎だけでいいのです。とにかく、すでにピアノを習い始めている、初学者かもしれないけれど初心者ではないという事実が必要なのです。その事実があれば、最初に断られた数々のピアノ教室の中に再度問い合わせをしても「経験者ならば…」「真面目にピアノを学びたいのなら…」と言って、受け入れてくれる教室が出てくるかもしれないからです。

 「そんな事を言われても…妻も娘もいないんですよ」

 じゃあまず、婚活から始めましょうか。「男やもめにウジがわき、女やもめに花が咲く」と言います。男の独り身の老後は厳しいですよ。それに男性は、たとえ高齢であっても、たとえハゲチャビンであったりデブデブであっても、きちんと生業を持っていて、衣食住の保障があるなら、結婚できるものです。だから、ピアノを学ぶよりも、嫁さんを獲得する方が先決ですって。

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2016年11月 9日 (水)

ピアノやフルートは、どこまで演奏できればOKなの?

 すごく曖昧なタイトルですが、つまりのところ、どれくらいの演奏力があれば「私はピアノが弾けます」「私はフルートが吹けます」と言えちゃうのかって事だし、その演奏力の有無って、何を物差しにして言えるのかな? って事です。

 まあ私は、ピアノは弾けませんし、フルートだって怪しいので、私の書く事なんて、たかが知れてますが、物事を考えるきっかけぐらいにはなるでしょう。

 まず、演奏力の有無は、何を物差しにして言えるのか…だけれど、これについては、…

1)どこまで学び終えたのか?
2)どんな曲が演奏できるのか?

 …の2つの物差しがあるかな?って思います。

 1)の「どこまで学び終えた」というのは、教則本とか練習曲で考えると分かりやすいのかな?って思います。ピアノで言えば、バイエルとかツェルニーだし、フルートならアルテでしょう。これらの、その世界での標準的な教則本で、どの程度まで学び終えていたら「演奏できます」と言えるのかって考えるのが、手っ取り早いと思います。

 もちろん、バイエルを学ばないで別の教則本でピアノを学んだ人や、フルートだってアルテを使わなかった人がいますが、それでもどこまで学んだかは、換算とか翻訳…って言うと変だけれど「私はバイエル終了程度」とか「私はアルテ1巻の前半終了程度」とかは、だいたい分かると思いますので、問題無いでしょう。

 で、私のアタマでグチャグチャ考えても仕方ないので、ネットでサクッとググってみると、ピアノはソナチネ終了程度、フルートはアルテ1巻終了程度で“演奏できる”と考えられているようです。

 ソナチネ…って、バイエルから始めて、ブルグミューラー、ツェルニーと学んで、ソナチネの順番でしょ? その“ソナチネ終了程度”って、ごく普通のピアノ学習者(って、たぶん子供だろうけれど)で、どれくらいかかるのかな? ネットで見ていると、だいたい4~5年ぐらいかかるようですが…子どもの4~5年ですから、結構時間がかかってますね。

 フルートのアルテ1巻終了と言うのは…私は6年かかりましたが、これは才能が無い上にジジイだったからであって、ごく普通のフルート学習者(学生などの若者)の場合は、だいたい1~2年程度で終了できるようです。1~2年でフルートが吹けるようになるというのなら、吹奏楽部にいた方々は2年半、ほぼ毎日フルートの練習をしているので、吹奏楽部でフルートをやっていた方は、間違いなく“フルートが吹ける”ようになるとも言えます。

 話は横にそれますが、単純に学習期間だけを考えると、ピアノは、その習得にフルートの2~3倍の時間がかかる計算になるので、楽器としての習得の難しさの程度も、それくらい違うのだと言えるかもしれません(ホントかな?)。

 次は、2)の「どんな曲を演奏できるのか?」ですが、ピアノは、ベートーヴェン作曲の『エリーゼのために』が弾けたら一人前というのを、あっちこっちで見かけました。どうやら、この曲がピアノ演奏力の試金石のような扱いを受けているようです。この曲は、ブルグミューラー終了程度で弾けるそうなので、1)の基準よりも、ちょっとユルイ基準になるのかも…。

 一方、フルートの方では、そういう定番の曲って…無いよね。ただ、ドレミ出版の『フルート名曲31選』は有名な楽譜なので、その中の数曲がレパートリーになって、人前で披露できる程度になったら“フルート吹けます”と言ってもいいんじゃないかなって、個人的には思います。もっとも、この楽譜集に収録されている曲は、比較的演奏が容易な曲から、かなり難しい曲までピンキリだったりはしますが…。

 まあ、こんなところでしょうね。

 となると、私、ピアノは弾けませんが、フルートはアルテの1巻を終了していますので「フルートは吹ける」という事になりますが『フルート名曲31選』の曲は、どれも吹けませんので、そういった点では「フルートが吹けるとは言えません」。はは、中途半端な野郎ですね。

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2016年10月25日 (火)

カラダのサイズに合わせた楽器を使いたい?

 楽器と言うものは、特にオーケストラで使われているような西欧の楽器は、基本的に西欧人、とりわけ西欧男性のカラダのサイズに合わせて作られていると思います。

 例えばフルート。インライン&リングキーのフルートの操作で苦労している方がよくいらっしゃいますが、それはたいてい日本の場合、女性の方で、男性がリングキーで苦労しているって話は(実際はいるのかもしれませんが)ネットではあまり見かけません。私も別に何の苦労もなく、最初っからリングキーのフルートをごく普通に吹いてました。

 女性がリングキーの操作で苦労するのは、単純に指が細くてホールを塞ぎきらない事と、指が短くて無頓着に操作したら、指の腹でキーを押さえられないからです。だから、かなりの訓練とか慣れとかが必要だし、それだけ頑張っても、結局押さえられない人がいたりするのですが、男性の場合、特に私のようにガタイだけなら西欧人並の人間ならば、無頓着に操作しても、指は適度に長いため、きちんとホールに届くし、指の太さもホールを塞ぐのに十分なほどありますので、普通に演奏できるのです。つまり、手の大きさとフルートの大きさがマッチしているわけで、ほんと、操作しやすいのです。

 ヴァイオリンなども、無頓着にフルサイズの楽器のネックを握っても、楽にした指の間隔が自然と全音の間隔になっていますので、音程を取るのが割と楽です。そういう意味では、カラダの大きさがヴァイオリンに合っているわけです。他の楽器も大半は、楽器の大きさとカラダの大きさの釣り合いが取れている事が多いので、操作の巧拙はともかく、操作は本当にし易いものです。

 そもそも、セレナーデの例に出すまでもなく、いわゆるクラシック音楽の演奏は、あちらでは男性が中心になって行われてきました。男性が女性のために心を込めて(あるいは、モテたいがために一心に)演奏するってのが基本にあるわけです。演奏は男性のやるべき事だったわけですから、名門オーケストラのメンバーになるのだって、つい最近までは男性しかなれなかった…なんてところもゴロゴロあるわけです。つまり、音楽の演奏は紳士の嗜み…だったわけです。

 ですから、音楽ホール等の舞台上は、男性だらけ…というのは、そんなに珍しい光景でもありませんでした。まあ、最近では、音大の卒業生のほとんどは女性となっていますから、将来は大きく変わるのかもしれませんが、ともかく、それでも現状ではまだまだオーケストラプレイヤーの多くは男性だったりするわけです。

 だから、そういう歴史的経過を見るならば、オーケストラで使う楽器が、男性サイズしかないのは、道理といえば道理なわけです。

 じゃあ、女性は音楽を嗜まないのか、あるいは楽器を演奏しないのか…と言えば、そんな事はありません。日本ではお琴が、西欧ではピアノが、女性が嗜む楽器という位置づけでした。

 お琴やピアノが女性に嗜まれた理由は…完全楽器だったからじゃないかな? つまり一人で音楽を演奏できるので、家にいる事が多かった女性に好まれたのだと思います。だって、管楽器にせよ弦楽器にせよ、それらの楽器単体だけで音楽を楽しむのは…難しいよね。大抵の楽器は、アンサンブルをするのが前提なわけで、そうなるとアンサンブルのために、ちょくちょく外出できることが必須になってくるわけで、昔から洋の東西を問わず、男性は気軽に外出をするのだけれど、女性はなかなか外出しづらかったので、どうしても女性は家庭で一人で音楽を楽しむ方向にならざるをえなかったわけです。

 ならば、オーケストラの楽器が男性サイズであるように、ピアノなどの鍵盤楽器は女性サイズになっているのかと言えば…それは全然違うわけで、ピアノもやはり、手の大きな男性サイズになっているような気がします。

 「鍵盤楽器なんて、別に手の大きさは関係ないじゃん」 一応、オクターブ奏法が出来るか…つまり、1オクターブの広さを片手で楽に叩けるかって、私は考えます。ちなみに私は、ピアノはロクに弾けませんが、何気にピヤっと左手を広げて、鍵盤をガツン!と叩くと、親指と小指の関係が、たいてい1オクターブになっています。無理すれば、もう少し開くかもしれませんが、無理する状況になった事がないので分かりません(笑)。まあ、ピアノも私のカラダのサイズに合っているのだと思いますので、ピアノの鍵盤も男性サイズなんだと思います。

 なぜなのかな? 1つには、ピアノを楽しむ層に女性が多いとは言え、やはり昔からピアノのトッププロは男性だったし(日本はともかく西欧では)教会のオルガン奏者も男性が多かったわけだし…。

 男女では、カラダの大きさが違うのは当然なわけで、こればかりは、いかんともしがたいでしょう。そこで女性用の小型楽器というのがあっても良いかもしれません。個人持ちが前提となる楽器なら、男性は男性サイズを、女性は女性サイズの楽器を使用すればいいわけで、実際、ヴァイオリンやギターなどの弦楽器では、通常の標準サイズよりも小さなサイズの楽器が用意されていますし、トッププロであっても、女性の奏者の中には、それらの小型楽器で演奏される方がいます。管楽器の場合は、楽器の大きさと調性に関係があるので、女性だからと言って小型楽器を使うわけにはいきませんが、フルートならばカバード式があるように、あれこれ工夫をして、手の小さな人でも演奏しやすくなっているものもあるわけです。

 問題はピアノを始めとする鍵盤楽器です。

 実は鍵盤のサイズには、標準的なモノの他に、トイピアノや一部の電子キーボードで用いられているミニサイズのものがあります。標準サイズのキーボードで演奏困難を感じていても、これらのミニサイズの鍵盤ならOKという人も大勢いらっしゃいますが、ではミニサイズのピアノやオルガンが普及しているかと言えば、答えはNOですね。おそらく、今後も普及しないでしょう。

 答えは簡単。ピアノは個人持ちの楽器ではないからです。ホールなりステージなりの、設備として備え付けが前提となる楽器だからです。施設備え付けが前提の楽器ですから、ホールごとに鍵盤サイズが異なっていてはいけないのです。鍵盤のサイズは世界共通でないと、あそこのホールでは演奏できるけれど、こっちのホールでは演奏できない…などという困った事になりかねないからです。

 つまり「私は手が小さいから、普段、家ではミニサイズの鍵盤のピアノで練習しているの」なんて人がいたとしたら、その人は自宅でしかピアノが弾けないわけで、他所の家やホールの標準サイズのピアノの前では、何も出来なくなってしまう事になります。また、ホールのピアノがミニサイズの鍵盤ならば、普段は標準サイズのピアノで練習している人たちが、そのミニサイズの鍵盤のピアノを嫌って、そのホールを使わなくなるだけです。それも困った話です。

 しかし、昔は昔、今は今だし、将来は将来なのです。ピアニストは洋の東西を問わず、女性が多いです。トッププロにも女性が増えてきました。教会のオルガニストだって、今はおそらく女性の方が多いかもしれません。音大なんて、ほぼ女子大化しています。そろそろピアノを始めとする鍵盤楽器も、何らかの方法で平均的な体格の女性でも普通に楽に弾ける工夫が必要じゃないかなって思います。一つの可能性は電子ピアノの普及かな? 電子ピアノなら、奏者ごとに“マイ鍵盤”を用意し、それを目的の楽器につなげればいいわけだしね。

 とは言え、クラシック音楽を電子ピアノで演奏するようになるには、まだまだ時間と科学の進歩って奴が必要だろうけれどね。

 でもね、手が小さいからと言って、手を大きくする手術(みずかきの部分を外科手術で切って、指を大きく開けるようにする手術が有名)をするよりも、ミニ鍵盤で演奏する方が、健康に良いし、健全だと思うわけです。でも、生のグランドピアノにミニ鍵盤は…普及しないだろうなあ。何か良い方法はないものかしらね?

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2015年3月 2日 (月)

年を取ったら、ピアノを習いたい

 そうなんです、実は私、ピアノを習いたいんです。でも、それは“今”ではなく、未来の話。今でも十分にジジイな私ですが、もっともっと年を取って、身も心も高齢者となって隠居生活に突入したら、ぜひピアノを習いたいと思ってます。

 もちろん、そんなジジイになってからピアノを始めるのだから、ロクに上達もしないだろうし、ヘタすると、まともな曲の一つも演奏できるほどには上達できないかもしれません。それでもいいのです、ジジイになったら、ピアノを習いたいのです。

 なぜ、そんなにジジイにこだわるのかと言うと…ピアノって、習得に手間暇かかる楽器だからです。上達に要する時間がむやみにかかると言うべきか、やたらめったらに練習しないと目に見えた上達が不可能な楽器だからです。

 要するに、時間に余裕のある人(あるいは、時間の余裕を作れる人)でないと、ピアノは学べないからです。毎日を忙しくクルクルと回りながら生活しているような人がピアノを学ぶなんて…ちょっと難しいからです。ましてや、私のように、声楽とかフルートとかをすでにやっていて、ピアノを学ぶとしたら、三番目の楽器として学ぶわけで、そんな三番目扱いの楽器の練習時間程度でピアノが上達できるのか…と言えば、そりゃあ無理でしょ?

 どんな楽器だって、習得には時間がかかるし、たくさん練習しないといけませんが、ことピアノに関しては、その時間とか練習とかが、絶対に他の楽器と比べると、むやみやたらに多大なんです。だから、現役時代には、絶対手出しできないわけです。隠居して、毎日が日曜日にならないと学べないんです。

 いわゆる“ピアノの先生”って、そこんとこ分かってるのかな? って時々思います。
 物心つくかつかないかの時から、毎日毎日ピアノの稽古をして、音大などに入学して専門教育を受けた方って、自分たちが人生の大半の時間をピアノに費やしてきた事の自覚があるのかな?って思うわけです。それこそ、音大入学までに、何千時間、いや、何万時間という膨大な時間をピアノの前で費やしたのか…の自覚ですね。割合で言えば、ピアノの前で費やした時間が、人生という時間の中で、どれくらいの高い割合だったのか…という自覚だったりするのです。

 ザックリ計算します。3歳から18歳までの15年間、1年のうち350日ほど、毎日毎日3時間ずつ練習したとしても、約1万6千時間だよ。毎日5時間だと、約2万6千時間です。もう、嫌になるくらいの時間でしょ。もちろん、5/24時間なら、人生の約20%にあたるわけです。それってスゴイよね。

 たぶん、他の楽器で音大に入学した人って、ここまで人生を音楽に捧げていないでしょ? 管楽器なんて、中学校のブラバンで音楽に目覚めたって人も多いし、声楽なんかだと高校に入ってから始めましたなんて人もたくさんいるくらいだし…。

 とにかく、ピアノって、習得に時間がかかる楽器なんです。

 もちろん、私はプロ並の演奏技量が欲しいなんて、夢にも思っていないから、そんな何千時間とか何万時間とかの練習は無理としても、ピアノが他の楽器と較べて、やたらと習得に時間がかかる楽器である事は理解してます。

 実際、ピアノって、楽器の中でも難しい楽器だと思いますよ。

 だから、ピアノを習うなら、隠居して練習三昧が出来るような環境が整えられてから、時間に追われることない環境の中で学ぶべきだなって思うわけだし、そういう環境が与えられたら、ぜひピアノを学びたいと思うのです。

 というわけで、ピアノを学びたい私でした。

 でも、実際は、ピアノを始める前に、ヴァイオリンに復帰したいかな…とも思ってます。となると、声楽、フルート、ヴァイオリン、ピアノって順になって、ピアノは第4の楽器って感じになるけれど…。いくら隠居生活だと言っても、4つも習うのは、無理かな?

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2015年2月18日 (水)

音大卒業しているからピアノが弾けるとは限らない…みたいですね

 クラシック声楽を趣味として学び始めてから、色々と知った事があります。今回の記事は、そんな事柄の一つを記事にしてみました。

 私たち一般人は、音大を卒業した人を“音楽の達人”であると認識しています。おそらく、その誤解を与える原因の一つが、学校の音楽の先生でしょうね。

 音楽の先生って、ピアノも弾けば、歌も歌うし、合唱指導もやっちゃうわけで、それを小学生とか中学生とかの子どもの目で見れば“音楽の先生=スーパーマン”とか思っちゃうわけです。で、そんなすごい音楽の先生は、他の先生たちとは違っていて、音大なる学校を卒業しているわけで、そこから『音大を卒業していると、音楽はなんでもできる』とか思っちゃうわけなんです。…誤解なんですけれどね。

 でも、現実は、ちょっと違うわけです。確かに、音大を卒業して、音楽に関する事なら何でもOKな人もいますが、音大の卒業資格を持っているにも関わらず、歌も歌えなければ、ピアノもロクに弾けない…という人も少なからずいるんですね。この現実を知った時は、私、驚いたものです。

 でも、ちょっと考えてみれば分かるわけです。音大なんて、たかが大学なんですよね。例えば、大学の法学部を卒業したからと言って、全員が全員、六法全書を暗記しているわけでもないし、みんながみんな、法曹界で活躍できるわけではないのです。中には、やっとの思いで大学を卒業した人だっているだろうし、自分の適性の無さを思い知って、早々に別の道に進路変更した人だっているわけで、でも、そんな人でも法学部出身だったりするわけです。また、大学にもレベルの違いって奴があるわけで、多くの司法試験合格者を出す学校もあれば、結果の芳しくない学校だってあるわけです。

 音大だって、実は似たようなもので、やっとの思いで卒業した人もいるだろうし、適性の無さを思い知って、早々に別の道に進みだしてしまった人もいるでしょう。また、学校のレベルの差だってあるわけです。

 音大を卒業して、バリバリの演奏家として活躍している人もいる一方、バイトをしながら音楽活動をしていたり、レッスンプロで生計を立てていたり、一般的な仕事をしながら趣味やボランティア的に音楽活動をしている人もいるわけです。まあ、ピンきりなんです。

 でも、そんな事実は、我々一般人は知らないのですから、そういう人を見るたびにビックリしたりしなかったりするわけです。

 で、私が驚いたのは、バイトをしながら音楽活動をしている、あるピアニストさん。

 正直な話、いくらプロの音楽家と言っても、なかなか音楽活動だけで生活を成り立たせるのは大変です。特に、キャリアもなければ人脈もまだまだな若い人だと、実力があっても、音楽活動だけで生活を成り立たせるのは困難です。

 具体的な話は避けますが、そんな若手のピアニストさん(もちろん、某音大のご卒業の方です)に伴奏系の仕事を依頼したと思って下さい。事前に、その日演奏する曲の楽譜は送っておきましたので、とりあえずは、ひと通りの演奏をしてもらいましたが、その演奏が実にあんまり上手ではないのです。あっちでボロボロ、こっちでボロボロ、音を落としたり、和音を間違えたりするんです。人間は機械ではありませんから、ある程度間違えるのは仕方ないですが、それでも限度があります。さらに、移調をお願いすれば、さらにボロボロな演奏になってしまうし、テンポの変更をお願いしても、最初のうちだけは指定のテンポで弾いていても、やがて元のテンポに戻ってしまったりとか、ちょっとアレアレな演奏をするんですね。これでも一応、ツテを頼って紹介してもらって仕事を依頼したはずなんですが…。

 私は甘い人間だし、紹介してくれた人の顔をたてる意味もあったので、そのピアニストさんには、出来る範囲で頑張ってもらう事にしました。でも思った事は「この程度で、ピアノが弾けると言えるのか? この程度の技量なのに、ピアニストとして仕事を引き受けるか!」って事です。

 いやあ、参りました。もちろん、その方に二度と仕事を依頼することはありませんでした。でも、実はそんな事は、そのピアニストさんだけの話ではなく、その後も、依頼したピアニストさんが同じようなタイプの方だった事が何度もありました。私も慣れてしまったので「また、弾けないピアニストを雇っちまったよ…」とやさぐれるようになりました。

 おそらく、一番の問題はギャラなのかなって思いました。ピアニストさんには、その団体の規定どおりのギャラでお願いしたのですが、そのギャラが、私個人から見ると、破格に安いんですよ。こんな安いギャラで来てくれる人なんているのかな?と思っちゃうくらいに安かったんですね。結局、安いギャラで仕事の依頼をかけると、その程度のギャラでも仕事を引き受けてくれる人(つまり、自分を安売りする人)しか仕事を引き受けてくれなかったんだと思います。

 ギャラって大切ですね。でも、それはそれ。これはこれです。でもでも、そんな事があって以来、私は音大卒という肩書を信用しなくなりました。

 今、私が個人的に依頼しているピアニストさんはアマチュアで、音大なんか卒業していませんが、これらのピアニストさんと比べるのが失礼なくらい、ちゃんと普通にピアノを弾いてくれます。音大を卒業していなくても、音大卒業生以上にピアノが弾けるアマチュア・ピアニストさんもいるわけで、そうなってくると、音大という教育機関の存在意義って何? とか思ってしまったりします。

 …てな話を、先日の声楽の勉強会の後、その日のピアニストさんを捕まえて、グダグダと語ったわけです(オジサンってイヤね)。そうしたら「すいません、それは私達の力不足です」って謝られてしまいました。あちゃー、そう言えば、この日のピアニストさん、音大の先生だった(汗)。

 でもまあ、音大卒業しているからピアノが弾けるとは限らない…みたいですね。

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2014年7月28日 (月)

財布が寂しいけど、音楽をやりたいなら…

 発展途上国とか先進国でもスラム周辺とか、つまり貧しい人々がたくさんいる場所では、スポーツと言えば、まずサッカーなんだそうです。決して、野球とかゴルフとかでは無いそうで、貧しい地域ではサッカーが盛んなんだそうです。

 理由は…サッカーはボール一つあれば、他の道具がいらず、大勢が遊べるから…なんだそうです。おまけにサッカーボールと来たら、かなり大きいから無くなる事もまず無いし、バスケットボールやバレーボールのように、よく跳ねるボールでなくてもいいので、極端な話、ボロ布を丸めてまとめたようなものをボール代わりに使っても全然かまわないのだそうです。

 さらに、正式な試合となれば話は別だろうけれど、遊び程度なら、コートの大きさもゴールの大きさもいいかげんでいいし、人数もアバウトでいいし、ユニフォームだっていらないし、空き地にラインを書いて、ボールを持って、みんなで集まれば、それでOKなんだから、ほんと、金がかからないわけです。

 そこへ行くと、野球ならバットにボールにグローブが必要だし、ボールはすぐに無くなるから予備が必要だね。ゴルフならクラブとボール(予備含む)と…ゴルフ場が必要だね。他のスポーツでも、ネットが必要だったり、よく弾む良いボールが必要だったり、ラケットなどの専用の道具が必要だったり、専用の競技場が必要だったり…ね。乗馬なんか、馬を飼っていないとできないんだよね。ほんと、お金がかかります。

 つまりスポーツには、お金がかかるスポーツとかからないスポーツがあるわけです。

 そこへ行くと音楽は…基本的にお金がかかるものばかりです。まず、楽器が必要でしょ? で、その楽器というのがピンきりだけれど、そこそこ高価だったりします。ポピュラー音楽に使う楽器は、それでも常識的な価格でおさまっていますが、クラシック音楽で使う楽器は、基本的に非常識な値段なのがほとんどです。

 総銀フルートが一本100万円? グランドピアノが1台150万円? ヴァイオリンが時価??? 絶対に奇怪しいでしょ?

 でも高いからと言って、楽器無しというわけにはいきません。まあ、初心者用に廉価な楽器、例えばフルートなら洋銀フルートが、ピアノなら電子ピアノが、ヴァイオリンでも安い輸入楽器セットがあったりしますし、それで最初は十分かもしれないけれど、腕が上達すれば、すぐにそれらの楽器じゃ物足りなくなって高価な楽器に買い換えたくなるわけで、最初はなんとかなっても、やがてそれなりのお金がかかるようになるわけです。

 結局のところ、なかなか貧乏人では音楽を学ぶのは、とりわけクラシック系の音楽を学ぶのは、難しいです。

 安くて良い楽器があればいいのだけれど、楽器の世界って、きちんと市場が確立しているので、楽器の値段と楽器のグレードはキレイに関連しています。楽器を見極める力がない人はともかく、ある程度真面目に音楽をやっていれば、良い楽器と悪い楽器の区別がつけられるようになるわけだし、そうなった時に、良い楽器(=高価な楽器)を入手できないのは、とてもとても悲しい事です。

 そんな事は、皆さん薄々知っているわけです。だから、例えばヴァイオリンなら、ヴァイオリンを自分が始めるにしても、子どもに習わせるにしても、数年おきに楽器を買い換える必要がある事を頭の片隅にインプットして、経済的な負担がかかる事を覚悟してから手を伸ばすわけです。つまり、音楽を始めるには、経済的な覚悟が必要だって事ね。覚悟が出来ないなら、演奏を諦めて、鑑賞の方に身を置くしかないのです。

 さて、金持ちしか音楽は学べないのかと言えば、実はそんな事はありません。

 音楽に、お金がかかる一番の理由(と思われているの)は、楽器の購入とそのメンテナンスなんですね。だから、そこをパスできれば、それなりにお金をかけずに音楽を学べるわけです。

 つまり、楽器を使うからお金がかかるんだから、楽器を使わなければいいんです。

 楽器を使わない…そうです、歌です。歌えばいいんですよ。声帯はすべての人間に標準装備されていますから、改めて購入する必要はないんです。「ヴァイオリンはお金がかかる~」と嘆いたり「安い楽器でも大丈夫」とホラを吹くくらいなら、ヴァイオリンでなく、歌を始めればいいんですよ。

 もちろん、才能の有無はありますから、生まれた時から素晴らしい歌が歌える人もいるけれど、練習に練習重ねて、やっとなんとか歌えるようになる人もいます。でも、歌えない人って(脳や耳に障害がない限り)いません。苦労はするかもしれないし、たいして上手くはなれないかもしれませんが、どんな人でも最終的には歌えるようになります。少なくとも、趣味として楽しめる程度には歌えるようになります。

  お金もかからないし、努力さえすれば誰でもソコソコには上達するのが、歌なんです。だったら「音楽やりたいけれど、お金がない」とか「お金がかかるので音楽できない」と言っている人たちは、ぜひぜひ歌をやってみてください。

 お手軽なところではカラオケがあります。もう少し本気を入れるなら、バンドのヴォーカリストを目指してもいいでしょう。私のようにガチなクラシック音楽が好きなら、オペラとかリートなどのクラシック声楽もいいでしょうし、肩肘張らずに、ポピュラーとクラシックの中間あたりをお望みだったり、一人で歌うのは恥ずかしいと思われるなら、合唱をやってみるのもアリです。

 案外、歌う場所ってあるもんです。

 でも(あえて言うけれど)日本の、とりわけ男性にとって、音楽って楽器演奏なんだよね、決して歌じゃないんです。バンドなんかでも、メンバーのほとんどは男性なのに、ヴォーカルだけは女の子ってのはよくあるパターンです。「日本男子と言うのは歌わないもの」という取り決めでもあるんじゃないかというくらい、男性にとって、音楽とは楽器演奏の事であって、決して歌ではないのです。

 でも、それってどうなんだろうね。楽器もいいけれど、歌も楽しいよ。楽器には楽器の楽しみがあり、歌には歌の楽しみがあると思います。これは笛と歌の両方をやっている私だから感じることかもしれないけれど、どちらもそれぞれに違っているけれど、それぞれに楽しいです。

 だから、経済的な理由で音楽を躊躇しているなら、ぜひぜひ歌をやってほしいと思うんです。特に日本男子は、歌うべきです。食べず嫌いならぬ“歌わず嫌い”はダメだと思いますよ。

 「少年よ、お金に余裕がないなら、歌を歌いなさい!」

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2014年5月14日 (水)

LFJ2014 その7 フルートサロンとピアノ小品と今年のまとめ

 東京国際フォーラムに戻ろうとした私は、その途中に見かけた銀座山野楽器に、ついフラフラと入ってしまいました。

フルートサロン

 いつものように、フルートサロン(フルート売り場)に行った私はビックリしました。いやいやいや~、エレベーターで5階に上がると、まずはヴァイオリン売り場があって、そこから管楽器売り場を経由して、一番奥にフルート売り場があるはずなのに…今までヴァイオリンが売っていた、5階の入り口付近にフルートサロンが引っ越ししていました。

 どうやら店内改装をしたついでに、一部の楽器の売り場が変更になったようです。

 フルートサロンは、5階奥の狭苦しい場所から、今までヴァイオリンがあった広々とした場所に変更ですよ。いやあ、驚いた。

 で、5階の残りのスペースはすべて管楽器売り場になってました。ヴァイオリンはどこに行ったの? と思ったら、3階の楽譜売り場の奥。つまり、今までジャズCDを売っていた場所に引っ越していました。

 じゃあ、ジャズCDはどこに行ったの?って話ですが、これは2階に引っ越してました。

 2階は今まで、フロア全部を使って、クラシック音楽のCDを扱っていたわけですが、これからは、クラシック音楽とジャズの両方のCDを取り扱うようになったわけです。まあ、これは仕方ないかな? 今はCDが売れない時代だからね。特に、クラシックとかジャズとか、買う人はいるんですか?って世の中だものね。かく言う私も、クラシック音楽のCDを毎年たくさん買いますが、そのほとんどはアマゾンで買ってます。だって、アマゾンって便利なんだもん。…ごめんなさい。

 それにしても、山野楽器銀座店の店舗改装には驚きました。

ピアノ小品(ピアノ:三浦友理枝)

 で、東京国際フォーラムに戻ってきた私は、一路、展示ホールに向かいました。展示ホールでピアノの演奏会があったからです。なにしろ、今回のラ・フォル・ジュルネでは、私、まだちゃんとしたピアノの演奏を聞いていなかったから、一つぐらいは聞いておこうと思ったわけです。

 演奏曲目は以下の通りでした。

シューベルト作曲「楽興の時第3番」
シューマン作曲「幻想小曲集より“飛翔”」
ショパン作曲「ノクターン第2番」
ブラームス作曲「バラードト短調」
チャイコフスキー作曲「四季より 11月トロイカ」
ラフマニノフ「楽興の時第4番」

 演奏曲目はいいでしょ? 大曲も良いけれど、こういう小曲も味わいがあってなかなかでしょ? でも、実際の演奏は…今一つでした。別にこれはピアニストさんに非があるわけではありません。会場の都合なんですよ。

 会場の都合…つまり展示ホールはピアノ演奏には大きすぎる…というわけで、P.A.が入っていたんです。P.A.とは、マイク&アンプ&スピーカーのシステムです。電気的に音量を拡声する装置の事です。まあ、ポピュラー音楽では普通に使われている装置なんですが、通常クラシック音楽では使いません。

 P.A.を使うと、ありえないほどの音量となり、かなり広い会場でも隅々まで音を届かせることが可能になる一方、音色が本来のモノとは変わってしまったり、音が平板になったり、音が均一化されてしまったりという特徴があります。つまり『まるでCDを聞いているかのような音』になってしまうんですよ。せっかく、目の前で生演奏してくれているのに、聞こえてくる音がCDっぽいんです。これにはガッカリでしょ? でも展示ホールは、確かに広くて、ピアノを生で演奏しただけでは、舞台近くの人にしか聞こえないとい事実もあります。まあ、P.A.はやむを得ない措置だったのだと思いますが、やはり客としては、ガッカリなわけなんです。

 良い選曲、良い演奏だっただけに、ぜひ生で聞きたかったものです。

 まあ、一日中アレコレと行動して、なんか疲れてしまったのと、その次の展示ホールでの演奏もまたピアノだったので、そこはパスして、今年は早々に帰宅する事にしました。と言うわけで、これで今年の私のラ・フォル・ジュルネは終了となりました。おつかれさまです。

今年を振り返って

 散々、ラ・フォル・ジュルネに行く前から、ノリノリではない事を書きつらねた私です。その気持ちには嘘はないし、実際、今年は会場に着いても、ノリノリってわけには行きませんでした。でも、音楽には力があるわけで、ノリノリでなくても、実際の演奏を聞けば、それなりに感動もすれば喜びも得られるわけです。そういう意味では、今年もラ・フォル・ジュルネに行けてよかったです。でもまあ、やっぱり2日も行かなくてよかったというのも、正直な気持ちです。ラ・フォル・ジュルネを1日で楽しみつくす、いわば腹八分目の楽しみでよかったような気がします。2日間もラ・フォル・ジュルネに行ってたら、すっかり飽きてしまって、やんなっていたかもしれません。

 来年は東京でラ・フォル・ジュルネをやるのかしら? やるなら、来年も参戦したいと思いますが、無ければ無しでもいいか…って気もします。でも、やるなら、ピアノとオケばかりではなく、室内楽にも力をいれて欲しいなあって思うし、個人的には、声楽とフルートを増やしてほしいと思ってます。

 あと、お祭りっぽい雰囲気に戻ってほしいなあって思います。それこそ、祝祭でしょ?みんなで、盛り上がるような企画がたくさんあるといいなあって思います。

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