ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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カテゴリー「ダイエット&エッセイ」の記事

毎週のダイエットの記録と、私の生活エッセイです

2017年9月24日 (日)

犬に噛まれました

 先日、休日の昼間の事ですが、妻と散歩をしていました。私は散歩が趣味で、よく近所をブラブラ歩くのです。まあ、いかにも老人的な趣味でしょ(笑)。で、その日も散歩をしていたわけです。

 散歩をしていると、色々な人たちとスレ違います。土地柄でしょうか? 犬を飼っている人が多いので、犬連れの人とは、よくスレ違います。大型犬もいれば、小型犬もいます。洋犬もいれば、日本の犬もいます。ウチの近所の傾向的な事を言うと…洋犬の大型犬が多いかな? いわゆる、レトリバー系のワンコは、本当にたくさんいます。シェパード系もよく見かけます。後は中型犬になるけれど、ボステリとかビーグルとかダックスフンドとかも見かけます。日本の犬はあまり見ません。見ても、柴犬ぐらいかな? 昔々の私が子どもだった頃は、和犬をベースにした雑種犬がたくさんいたのですが、最近はみんな、ペットショップで購入してくるせいか、ちゃんと犬種が分かる犬、それもたいていは洋犬を飼っている人ばかりになりました。

 とにかく、やたらとワンコを飼っている人が多い土地柄で、ワンコの散歩とすれ違うなんて、ほんと、意識することすらない程に、ありふれた日常なのです。

 で、その時も、いつもの日常だったのです。私と妻が道を歩いていました。たまたま、道路に立ち止まって、路傍ののゴミ捨て場を片付けていた老人がいたのです。彼は犬(柴犬)を連れていて、おそらく散歩の途中だったのでしょうが、ゴミ捨て場が気になったらしく、ついついゴミ捨て場の片付けをしていたのです。

 私も、ゴミ捨て場の片付けをしている老人の姿を見ながら『ご苦労な事だな』と思いながら、その側を歩いていきました。すると、突然、いきなり老人の側にいた柴犬が、私の右足に噛み付いてきました。事前に威嚇する事もなく、いきなりです。それもほんの少し離れていたのですが、犬の方から飛びかかってきて、ガブリ…ですよ。

 私、何十年に渡って当地に暮らし、今まで何百匹何万匹ものワンコとすれ違ってきました。

 私自身はワンコラブな人ですが、ワンコには嫌われるタイプの人間です。例外的に大型犬たちには、むやみに関心を持たれ、愛されるのですが、中型犬以下にはサッパリなんです。大抵の中型犬は、私を見ると、離れていきます。頭ぐらいなでてやりたいのですが、スーと逃げていくので、無理強いはしません。極端な子になると、離れた上で、私に向かって唸ります。ウーとか声を荒げて「それ以上、近づくなよ」と警告してきます。さらに極端な子は、離れた上でワンワンと大きな声で吠え掛かります。さらに極端な子は、飼い主を引きずって私から逃げようとします。

 ほんと、中型犬以下には、全く人気のない人なんですよ、私。それは自覚していますから、別にいいんです。その代わり、大型犬たちは、私を見ると、たいてい寄ってきて「なでて、なでて」とやってくるからいいんです。ああ、大型犬って、かわいいなあ…。

 それはともかく、何の警告もなければ、事前予告も無しに、中型犬である、その柴犬はいきなり私に飛びかかってきて、私の右足をガブリと噛んで、ピヤーと逃げ出しました。ヒット&アウェーってヤツです。

 さすがに犬に噛まれると痛いので「痛っ!」と言って、我が足を見ると、実に見事にズボンが切り裂かれていました。かなり本気で噛みついて、噛みちぎったようです。肝心の足の方は、ワンコのクチに対して、私の足の方がだいぶ太かったために、上手に噛みつく事ができず、いわゆる擦過傷を残しただけで、数カ所皮膚が裂けただけです。出血はしましたが、それほど大したキズではありませんでした。

 私が犬に噛まれた事は、すぐに飼い主の老人も気づき、妻も気づきました。

 私は事を荒立てるつもりもなく、怪我も大した怪我では無かったけれど、スボンは派手に切り裂かれていて、これは修理も難しいほどに破損してしまった(20cm×30cm程度の穴が開いてしまいました)ので、私、老人に「怪我は大した事はないので、気にしなくてもいいけれど、このズボンはさすがにダメになってしまったので、スボンは弁償してください」と言いました。

 そうしたら老人が、家がすぐ近くだから、ひとまず家に来てくれ…と言うので、行きました。家まで本当にすぐでしたが、その間、老人は、ポカスカと飼い犬を殴っていました。しつけのつもりでしょうが…たぶん、このワンコ、なぜ殴られたか分かっていないと思う。私が見るに、このワンコ、かなり頭が悪そうだもの。こういう天然系のワンコには、きちんと教えてやらないと、何も分からないと思うよ。老人が言うには、このワンコには噛み癖があって、飼い主ですら、頻繁に噛みついてくるんだそうです。だからと言って、赤の他人を噛みついて良い理由にはなりません。

 私としては、ズボンの弁償代…実はまだまだ新品だったけれど、そんなに良いズボンを履いていたわけじゃないので、五千円も貰えれば(新品は買えないけれど)OKってするつもりでしたが、老人は「保険を使うので大丈夫」と言いました。どうも、きちんと対応したい?みたいで、事を大きくしたいみたいです。

 私自身は大げさにしたくはありませんでした。私にすれば、道を歩いていたら、いきなり犬に噛まれて、ズボンがダメになってしまったのだから、そのズボンを弁償してもらえれば良いわけで、それ以上の手間とか時間とかを使いたくは無かったのです。だから、保険を使うなんて、面倒でイヤだったのですが、老人が保険保険と言うので、任せることにしました。

 そのワンコは、毎年きちんと狂犬病予防注射は打っているのだそうです。ま、それは信じる事にしました。狂犬病への対策はきちんとしていて、噛まれたキズ自体は大した事はなかったので、怪我自体は放置するつもりでしたが、老人がどうしてもヨーチンを塗りたいと言って聞かなかったので、ヨーチンを塗らせて、バンソコウを貼らせてあげました。「今時、ヨーチンかよ?」とは思ったものの、相手は老人ですから、昔の治療法しか知らないので仕方ありません。「私(老人)も、こいつ(柴犬)によく噛まれるけれど、たいていはこれ(ヨーチン)で治りますよ」と誇らしげです。

 とにかく、互いに連絡先を交換して別れました。実はこの後、軽く外食をしてから映画を見ようと思っていたのですが、ズボンがビリビリで、このままでは外食も映画も無理なので、一度家に戻って、ズボンを履き替えることにしました。

 歩いているうちに、だんだんとキズが痛くなってきました。これはキズの痛みなのか、それともヨーチンが沁みて痛いのかは、よく分かりませんが、とにかく痛くなってきました。さらに相手は保険を使うと言っていた事を思い出し、たいしたキズではないけれど、後で何か起こっても嫌だなと思ったので、スボンを履き替えたら、外食は取りやめて、そのまま病院に行くことにしました。

 休日だったので、病院の救急外来に行きました。救急外来は、その重症度に応じて受診する順番が決められますので、病院はたまたまスカスカだったけれど、私は約2時間ほど待ちました。ま、しょうがないね。

 先生には、犬に噛まれた事と、相手の犬が狂犬病予防接種済みである事と、相手が保険対応をするつもりだと言う事を伝えて、見てもらいました。あれほど傷んでいた傷口も待ち時間のうちに痛くなくなってしまいました。ヨーチンを洗い流して、傷口をみてもらいました。一つ一つのキズは小さいけれど、それなりに深いキズとなっています。でも、全体としては、狂犬病の心配さえなければ、大した事はない…と言われました。私も同意見です。ただ、その犬が狂犬病でなくても、様々な雑菌は当然持っているわけだから、キズが化膿しないように気をつける必要はあるとの事でした。また、怪我をしたからと言って、絆創膏貼るのは良くないそうで、今はキズを洗ったら、傷口を開放して、キズの中から体液をドンドン出させるのが良いそうで、絆創膏を貼るなら、昔ながらのガーゼのついたタイプではなく、シリコンタイプの絆創膏の方が良いそうです。

 さて、その日は休日で、ここは救急外来なので、診断書は書けないそうで、翌日(平日です)の午前中にもう一度来院して、外科を受診して、そこで診断書を書いてもらうように言われました。

 なんか、二度手間。なんか、面倒くさい。でも、相手が保険を使うなら、診断書は必要ですと、お医者さんに言われちゃいました。「保険会社は加害者の味方であって、被害者のために動いてくれるわけじゃないから、診断書は絶対に必要ですよ」との事です。ああ、確かにそりゃあそうだよね。

 キズが化膿しないように、抗生剤とステロイド系の塗り薬をもらいました。ちなみに、抗生剤はかなり強めの薬のようで、こいつを飲むと、いきなりカラダがダルくなって眠くなります。でも、頑張って、当初予定どおり、映画は見に行ったよ(笑)。ただし、食事抜きで映画を見たので、空腹で目が回っちゃいました。

 翌日は平日だったけれど、お休みをもらって、病院に行く直前までグーグー寝て、それで病院に行きました。病院は割とスムーズで、ほとんど待ち時間もなく、診断書をいただきました。キズは大したことないけれど、診断書では「全治一週間」という事になってました。ほー“全治一週間”って、こんな感じなんだ。全治一週間の怪我って、今までは大きな怪我だと思っていたけれど、実は大したことない、小さな怪我って意味なんだね。たしかに、この程度のキズだったら、一週間あればキレイに治るよね。

 で、病院終わって家に戻って昼ごはんを食べたら、また夕方までグーグー寝ました。いやあ、普段はこんなに眠れない人(当たり前か)なのに、その日は一日中、寝てばかりいました。よほど、抗生剤がシンドイみたいです。

 で、その翌日から普通に出勤。当然、抗生剤を飲んでますから、なんとも気分はアンニュイだし、ダルいし、眠い…けど頑張りました。

 保険関係は、一応保険会社から連絡はありましたが…どうせあれこれ時間がかかる事でしょう。まあ、うやむやにされそうになったら、記事にするかもしれませんが、普通に弁償してもらったら、記事にはしない…ってか、してもつまらないでしょうから、これでお終いです。まあ、“ひとこと”欄でご報告ぐらいはするつもりです。

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2017年9月17日 (日)

戦争が再開するかもしれませんね

 私は、紙の新聞を取っていないので、ニュースは主に、テレビとネットから仕入れています。特に出勤までのひとときは、朝の情報番組をつけっぱなしにして、ニュースを垂れ流して、それで日々の情報を仕入れています。

 私が毎朝見ている、その情報番組は、某半島が大好きなようで、毎朝毎朝、半島関係のニュースをたっぷりと放送してくれます(おかげで半島情報に詳しくなりました)。当然、最近は、ミサイル関係やら軍事関係のニュースがばかりです。まあ、北の国関係のニュースは、その番組にかぎらず、どこの放送局でも、どこの番組でも、長時間報道しています。半島の話でなければ、誰と誰が不倫関係だとか、そんなゲスな話題ばかりです。

 それはともかく、最近はその北国が、きな臭い事は事実です。

 考えてみれば、隣の半島って、1950年6月25日に始まった、あの戦争が、まだ終わっていないですよ。今は単に“休戦中”なだけで、戦争状態は未だ継続中なわけで、北国とアメリカとの間には平和条約なんて結ばれていないし、当然、北国と南国は、未だに敵国関係だったりするわけです。中国とロシアが北国の制裁に非協力的なのも、そりゃあそうで、あの国たちは、そもそもが北国チームの一員なんです。

 日本には、これを忘れていたり、知らなかったりする人たちがいます。いや、政治家やマスコミですら忘れてんじゃないの?って思う時があります。

 つまり、アジアの極東地域は、ここ70年近く、ずっと戦争状態なんです。我々日本は、たまたまアメリカの核の傘の元、軍事的にはアメリカの属国になって、安穏とした生活が送れたに過ぎません。周囲の国々は、常に戦争に備え、活動をし変化してきたわけです。

 未だに戦争は終わっていないのだから、再開するのは当然であり、後はいつ再開するのかという時間の問題だけだと言えます。それがたまたま60年近く再開しなかっただけの話なのです。

 実はすでに水面下ではあの戦争が再開していると言っている人たちがいます。そういう人たちは、今のこの状態を“北○鮮戦争”という名称で呼んでいます(○には“あさ”という漢字が入ります)。

 すでに戦争が始まっていると言う人は、実は北国のミサイルがうまく飛ばないのだって、彼の国の技術力が低いのではなく、アメリカからのサイバー攻撃を受けているために、うまくミサイルを飛ばせないのだという説だってあります。

 まあ、何はともあれ、水面下ではなく、リアルな武力を用いた戦争再開の時期が、なんとなく近づいているような気がします。

 それに加え、テレビが毎日のように隣国の脅威をあおるから、私の周辺にも、戦争が始まるのではないか、自分たちの頭の上にミサイルが降ってくるのではないかとか、大変心配している人もいます。つい先日もミサイルが北海道の上を飛んでいったしね。

 そういう人って、日頃は「憲法9条があるから日本は平和だ」と言っている人だったりするのですが、だったら、憲法9条があるんだから、戦争なんて起こらないはずだし、隣国だってミサイルなんて打たないはずなのにね。憲法9条さえ守っていれば日本や世界は平和になるはずなのに、何を心配しているんでしょうね?

 私は憲法9条なんて、屁のつっぱりにも成らない妄言だと思ってますし、世界はかなりシビアなものだと思ってますから、いずれは戦争は再開するだろし、ミサイルは飛ぶだろうし、そのうちの数発は日本にも飛んで来るだろうと思ってます。

 北国が本気で日本を潰す気なら、ミサイルは首都圏を、とりわけ東京を狙って打ってきます。

 彼の国に、そこまでの覚悟がなく(あとで言い訳ができるように)単純に軍事作戦としてミサイルを打つなら、日本はアメリカの同盟国だし、在日米軍の基地だってあるわけだから、米軍の基地を狙ってミサイルを打つでしょう。

 ただの脅しでミサイルを打っているなら、首都圏や関西圏を外して、北海道とか九州四国などの上を飛ばしてくるでしょう。その場合、決してミサイルを落とす事はありません。だって、脅しなんですから。

 私は首都圏に住んでいるけれど、東京に在住在勤をしているわけではないし、米軍基地のある県に住んでいるとは言え、決して隣接地域に住んでるわけでもないので、本来ならば、北国のミサイルなんて心配する必要はない(ほんと、他人事でごめんなさい)のですが、問題は、北国のミサイル性能なんて、全く信頼できないわけで、狙ったところに当たらないだろうし、そこから微妙にだったり大きくだったり、どっちみちズレた地点にミサイルが落ちるだろうと思うから、まがりなりにも首都圏に住んでいて、米軍基地の広い意味での周辺域に住んでいる私としては、目標からそれたミサイルが飛んでくる事を覚悟してます。

 ミサイルなんて、めったに当たることはないけれど、当たったら、仕方ないよね。それは道を歩いていたら、車に当たって、交通事故にあうのと似たようなもんです。確率的には、ミサイルに当たるよりも、車に当たる方が、ずっと高い確率だろうから、日頃、交通事故の心配もせずに道を歩いている私ですから、ミサイルが当たる心配なんて、してもしょーがないと思ってますし、そう思ってしまうのも当然と言えば当然です。

 私の周辺の人は、ミサイルに核弾頭を積まれる事を恐れているようですが、核に限らず、爆弾なんて、着弾地点の周辺を破壊するだけです。巻き込まれたら死んだり、大怪我をしたり、財産を失ったりするだけですから、覚悟決めちゃえば、そんなに怖くないです。

 それより怖いのが、毒ガスや病原菌かな? 死ぬにしても即死ではなくて苦しいだろうし、毒ガスだと脳がやられるし、病原菌に罹患すれば苦しみます。そういう事に伴う苦しさは…怖いなあ。覚悟なんて簡単に決まらないよ。

 爆弾もイヤだけれど、私には、毒ガスや病原菌の方が比較にならないほど怖いです。

 もっとも、怖い怖いと言っても、だからと言っても、私に何かが出来るわけでもないので、たとえ隣国で戦争が起ころうとも、私は心を落ち着けて、日常生活を淡々と過ごすしかないかなって思ってます。

 現状、北の国が日本にミサイルを打っているのも、恐怖によって、日本を精神的にコントロールしようというつもりであって、やっている事はテロリズムそのものなのだから、大切な事はビビらない事です。ミサイルを恐れない事、怖がらない事です。ま、自分が死んでも仇は必ず取ってもらえると信じて死ぬだけの話です。死ぬのが恐ろしかったら…売られたケンカを買うしか無いでしょう。野蛮なやり方ですが、これがグローバルスタンダードってヤツです。憲法改正をしましょう、日本軍を持ちましょう、核武装しましょう…って話です。

 たとえ日本がヘラヘラして、北国の言いなりになって手を出さなくても、いずれ北国とアメリカはぶつかるでしょう。今は北国も威勢がよいですが、実際問題、北と米では戦力に差があり過ぎます。直接当たれば、数時間から数日で決着が着きます。もしかすると、日本を攻撃している間もなく、戦争が終わっちゃうかもしれません。1950年代とはアレコレ状況が違うのです。

 だから、無駄に騒ぐのはやめようと思います。だって実際問題、どうなるか分からないじゃない? 騒いで戦争回避できるなら、いくらでも騒ぐけれど、単に自分が不安だから騒ぐと言うのは、どうにもかっこ悪いでしょう。弱い犬ほどよく吠えると言います。私、これでも関東の人間なので、すぐにカッコつけたがるんですよ(笑)。

 無論、争いごとは無い方が良いし、話し合いで物事が解決するなら、それに越したことはありません。でもね、世界は我々日本の庶民の常識とはかけ離れていて、愚かで利己的で粗野で野蛮なんです。話し合いは暴力の序曲でしかなかったりします。いや、話し合いですら、言葉の暴力や陰謀でしかなかったりします。

 歴史を見れば分かるけれど、人間の歴史って、戦争の歴史だし、戦争をするのが人間的だと言えるし、人間なんだからついつい戦争しちゃうんだよとも言えるかもしれません。

 現実を見つめて、それを受け入れて、前に進む。それがオトナのやり方でしょ? 現実から目を背けて、泣きじゃくって騒ぎ立てるのは、愚か者のやり方です。ましてや、サイコロは我々の手には無いのです。ならば、どんな賽の目が出ようと、肝を据えて対処していくしかないじゃん。

 ほんと、憲法9条の力で、世界が平和で、戦争のない世の中になればいいけれど…ねえ。北の首領様が、日本の憲法第九条に免じて、核開発を止めて、核放棄をしてくれたら、私は憲法改正反対運動に身を投じますよ。

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2017年9月10日 (日)

あなたは趣味を隠していませんか?

 「あなたの趣味はなんですか?」と尋ねられたら、なんと答えますか?

 もちろん、尋ねた人や団体、問いが発せられた場所や状況などを考え合わせて、なんか正直に答えるのって、躊躇しませんか? だって…趣味って、思いっきりプライペートな事じゃないですか? それをなぜ、見知らぬ人、あるいは見知っている人に、正直に答えないといけないのでしょうか?

 別に悪事を働いているつもりはないけれど“勤労は美徳である”という価値観がまだまだ優勢な我が国において、趣味三昧なプライバシーを公表する事は、ちびっと背徳な香りがしないでもないのです。

 違いますか?

 なので、多くの人は「あなたの趣味はなんですか?」と尋ねられると「読書です」「音楽鑑賞です」「旅行です」「食べ歩きです」などと言った、当たり障りのない趣味を答えるのだ思います(ほんとうにこれらが趣味の皆さん、ごめんなさい)。

 実際私も「趣味はなんですか?」と尋ねられた時、ちょっと警戒しつつ「音楽鑑賞」って書く事多いです。実際、クラシック音楽、ボピュラー音楽問わず、毎日、浴びるほど音楽を聞いて生活していますから、嘘じゃないし、音楽関係の話題を振られても、大抵答えられるし…まあ、大きく間違った答えではないと思います。

 あと、運動系の趣味を答えないといけないなあ…と空気を読んだ時は「昔、柔道をやっていました」とか「最近は散歩が趣味です」とか答えます。決して「ボケモンGOが大好きです」なんて言わないよ(きっぱり)。

 相手がロハスな人(もはや死語だな)なら「金魚を飼ってますよ」って言うかも。

 でも、せいぜいここまでだね。よほどの事がないかぎり、声楽の事とか、フルートの事とか、ブログの事とか、社交ダンスの事とか、アニメの事とか、ポケGOの事などは言いません。言わないから、ブログに書いているんだとも言えますが…。とにかく、まずクチに出す事はないです。

 よほど親しい人だったり、安心安全な相手であると「実はフルートをたしなみます」と答えるかもしれません。ポイントは“フルートをたしなむ”のであって“フルートを吹きます”とは言わない事。だって、フルートを吹けると公言できるほどの腕前なんて、私、持っていないもの! あと「フルートを吹く」=“吹奏楽が好き/やっていた”と誤解されることが多いので、そのあたりにも気をつけて話をするようにします。

 あくまでもフルートは“たしなんでいる”だけで吹いてはいないし、吹奏楽とも無縁なんです…というポジションを取ります。でも、そんな事をいちいち説明するのも面倒だし、吹奏楽命な人だと、敵性人とみなされることもあるので、だったら最初っからフルートを持ち出さない方が懸命なんだな。

 相手が歌好きな人なら「昔々、ちょっとだけ合唱をやってましたが…だいぶ前に止めてしまい、今はもうすっかりです、へへへ」なんて答えるかもしれません。でも、今現在、独唱をバリバリ学んでいる事はおくびにも出しません…たぶん。だって、相手の歌好きのレベルやジャンルが分からない以上、下手なことを答えて、気まずくなってもマズいじゃない? それにガチな合唱人だと、独唱者は敵性人ですから、そのあたりにも気をつけないといけないしね。

 ブログをやっている事は、まず言いません。私、ネットとリアルは切り分けたい人なんです。それに、ネットの知り合いとリアルに知り合うのは平気だけれど、リアルな知り合いとネットでつながるのは、なんかイヤなんです…この感覚、分かるかな?

 それにブログをやっている事が分かると「じゃあLINEで…」とか「Facebookで…」とか言われるじゃない? でも私は今のところ、ブログを管理するだけで精一杯で、その他の事には手を広げたくないし、そんな事を説明しても分かってもらえるとも限らないので、リアルな世界では「パソコンとかネットとか苦手なオジサン」のふりをしちゃう事が多いです。だって、面倒くさいんだもの。

 社交ダンスの事も言いません。今現在、ほとんど踊れなくなってしまっているという悲しい現状があるので、とても趣味ですとは言えないというわけなんだけれど、それ以外にも、多くの世間の人は社交ダンスの事なんて、ちっとも分からないので、うっかり「趣味は社交ダンスです」って答えちゃうと、社交ダンスの説明から始めないといけないし、なまじ社交ダンスの事を知っている人は、たいがいディープな人が多いので、こんどは仲間に誘われちゃうわけで、それも結構面倒くさいでしょ? 別に私は、妻と踊れればいいだけで、ダンス仲間はいらないし、サークルにも入りたくないんだけれど、それをディープな人の前で言うと、敵性人になっちゃうし…。

 アニメやボケモンGOの事も言いません。これらは私の楽しみであって、趣味ではないからです。実際、趣味と呼べるほど詳しくないし、趣味の人たちほど深くもないからです。実際“趣味の一歩手前”ぐらいな感じなんです。

 と、まあ、あれこれ屁理屈を書きましたが、要は、これらのガチな趣味は、他人に言うには恥ずかしいってわけです。まるで、他人に身内の話をすると、思わず照れてしまうような感じで、趣味の事を語るのは恥ずかしいのです。

 で、リアルな生活では、趣味を隠す…というか、言わずに済ませてしまう事が多いのです。そんな人って、私だけでしょうか? いやたぶん、私同様に、自分の本当の趣味について、他人には語らない人って、案外たくさんいるんじゃないかって思うのです。

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2017年9月 3日 (日)

貧乏人ほど太っている…?

 私が子どもの頃は、今ほど太っている事のイメージって悪くなかったです。

 例えば、学校で一番太っている子が、全校朝礼などで、健康優良児として表彰されていました。今じゃ、健康優良児なんてのが表彰される事自体ありえないし(だって障害者差別!って言われかねないじゃん)、第一、太っている子が“健康優良児”だよ。今なら、ただの“肥満児”なのに、昔は健康優良児だったんですよ。

 その残滓が、ドラえもんのジャイアンじゃないかな? 彼、よく見ると、肥満体型でしょ?

 子どもだけでなくオトナのイメージでも、太っている事は良いイメージでした。

 例えば、太ったオジサンは、それだけでなんか立派に思われていました。お金持ちのイメージがだいたい、太ったオジサンだったしね。女性も、やせた人よりも、小太りぐらいで、腰がパンと張っているような人が、美人として、もてはやらされていた…と思います。

 少なくとも、太っている事が美徳で、ヤセている事は貧相であり、みっともないと思われていた時代があったわけです。

 昭和だよね、20世紀だよね。

 それがいつしか“デブは病気になりやすい”“デブは自己管理能力がない”“デブはかっこ悪い”と言われて、太っている事は悪徳であるかのように言われるようになりました。

 デブ差別じゃね?

 まあ、確かに肥満によって引き起こされる病気ってのはあるわけで“デブは病気になりやすい”は正解と言えば正解だけれど、じゃあヤセていれば病気にならないのかと言えば、それは違うわけで、ヤセていても病気になる人は病気になります。

 糖尿病なんて、デブの病気のように思われているけれど、別にヤセていてもなる人は糖尿病になるわけで、デブの方が糖尿病のリスクが、とっても高いだけの話です。

 逆に、結核はヤセているほど罹患率が高くなることが分かっています。つまり、デブは結核にとっても成りづらいのです。結核も死に至る病です。ちなみにエイズはデブほど罹患率が高いんだそうです。結核もエイズも伝染病ですが、原因が菌とウィルスの違いがありますが、それは関係するのでしょうか? よく分かりません。

 まあとにかく、だいたい人と言うのは、病気になって死ぬ場合、最後はたいていヤセて、骨と皮のようになって死ぬわけで、病気になって太って死ぬ人というのは、例外的な存在なわけです。それを以てしても、人間、ある程度太っていた方が良いと思います。もちろん、ある程度であって、極端なデブは極端なヤセ同様にダメなんだけれどね。

 さて、とにかく現状を受け入れるならば、デブはダメ…は、先進国ではほぼ常識です。日本も先進国ですから、デブはダメです。でも経済的に貧しい国や地域では、デブよりもヤセの方がダメです。某北の国の首領様がデブデブなのは、デブは素晴らしいという価値観の地域の首領様だからです。つまり、あの国は先進国ではない…貧しいって話です。

 言われてみると、私の子どもの頃の日本は、まだまだ貧しかったです。某北の国ほどでは無かったけれど、やっぱり貧しかったわけです。

 例えば、1950年代の日本人の一人あたりのGDP(国内総生産)は2000ドル程度であり、現在は34000ドル程度だそうですから、単純計算すると、17倍も豊かになっています。すごいね。2000ドル程度の豊かさと言えば、現在のベトナムがそのくらいですから、当時の日本は現在のベトナム程度の豊かさだったわけです。ベトナムをどうこう言うつもりはありませんが、先進国ではないし、暮らせないほど貧しくは無いとしても、決して豊かとは言えない人々が大勢暮らしている国であります。

 そのくらいの経済レベルだと、貧しい人はたいていヤセていて、豊かな人は太っています。確かに昔の日本は、そんな感じでした。

 でも、現在の日本は先進国だし、いわゆる先進国と言われる国々では、逆に貧しい人は太り、豊かな人ほど均整の取れたカラダをしています(決してヤセてはいません)。

 なぜ、そうなるのか言えば…食事の影響でしょう。

 貧しい国では、貧しい人は食事に事欠く事が多く、結果として太れません。豊かな人は逆に過食気味となり太ってしまいます。

 一方、先進国では、いくら貧しいと言っても、食事に事欠くほど貧しい人は、ほぼいません(つまり日本には貧困が、ほぼ存在しないってわけです)。ただし、貧しいゆえに、炭水化物や脂質に偏った食事(ジャンクな食事ですね)を取りがちになります。と言うのも、炭水化物や脂質に偏った食事って安価なんですよ。安い金額でお腹いっぱいになるわけです。豊かな人たちは、タンパク質や野菜を中心とした食事を取ります。これらの食事は栄養バランスが良いけれど、安価ではないので、経済的に豊かでないと、食べ続ける事ができないのです。よって、先進国では、貧しい人は太り、豊かな人は均整の取れたカラダを持っているわけです。

 って事は、貧しい国の金持ちってのは、先進国の貧乏人と、食生活的にほぼ一緒で、だから両者ともに太っている…と言えるのかな? ならば、某北の国の首領様は、日本のボンビーな人々と同じような生活レベルの方…って言えるかも(笑)。

 ちなみに、私が太っているのは、王侯貴族のような食生活…ただし、某北の国の首領様程度ですが…をしているから、太っているんでしょうね。ケケケ…。

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2017年7月30日 (日)

冷やし中華は、お好きですか?

 私は麺好きです。特にラーメンが好きです。でも、ラーメンは基本的に熱い料理なので、夏場に食するのは、ちょっと勇気がいります。

 そこへ行くと(日本)そばは良いですね。基本の食べ方が、ざるそばとか、盛りそばなどの“つけ麺”ですからね。暑い夏でも美味しくいただけます。また、最近は汁を冷やした“冷やしそば”というメニューもあります。最初は「どうかな?」と思ったのの、そば汁は冷やしてもイケますね。

 うどんもそば同様の夏のラインナップがあって、うどんはうどんで、夏でも美味しくいただけます。

 で、私の好きなラーメンですも“冷やしラーメン”という料理がありそうで…無いですね。一部の地域では、冷やし中華の事を“冷やしラーメン”と呼んでいたり、また別の地域では、ローカル料理としての“冷やしラーメン”があるそうですが、全国的な普及には至っていないし、私も食べたことはありません。

 ちょっと考えてみると、冷やしラーメンって、難しい料理だと思います。と言うのも、ラーメンのスープって、動物性の油が大量に入っているじゃないですか? だからスープを単純に冷やしてしまうと…油が固まってしまって、とても食べられる状態にはならないわけです。だからと言って、油を取り除いてしまうと…スープの旨味が消えて、ラーメンとは別の料理になってしまうわけです。

 だからラーメンの場合は、単純に冷やせばいい…とはならなかったのだと思います。そこで色々と工夫を重ねて出てきたのが、冷やし中華なんだと思います。

 冷やし中華…日本の夏の代名詞みたいな料理ですね。私も子どもの頃は、結構食べました。店でも食べたし、母の手作りでも食べました。正直、料理として美味しいのかと言われると「人、好き好きだね」としか言えないかな? と言うのも、冷やし中華のタレって、あくまでもタレであって、酸っぱいばかりで旨味が無いんですよね。そこが好き嫌いが分かれるポイントかなって思います。食事にアクセントを加える副食だったら問題ないのだけれど、主食で一品料理で…となると、結構厳しいものがあります。

 それでも子どもの頃は選択肢が無かったので、喜んで食べましたが、オトナになった今は、積極的に食べたいとは思いません。

 代わりに、夏のラーメンとして食べるのが、最近よく見かけるようになった“つけ麺”と“まぜそば”です。

 つけ麺は、かけそばや盛りそばのように、そばと汁が分かれていて、そばを汁につけながら食べる料理です。ただ、そばと違うのは、つけ麺の汁は基本的に温かいって事です。あと、通常のラーメンスープよりも、つけ汁の旨味が濃いって事も特徴でしょうね。正直、かなり美味しい料理です。

 一方、まぜそばと言うのも、よく見かけるようになりました。別名を“油そば”とも言うように、麺に油を主体としたタレをかけた料理です。このタレが、冷やし中華とは違って、旨味たっぷりなんです。イメージとしては、カップ焼きそばのソースの代わりに、味付けされた油を垂らして食べる…って感じでしょうか? 食べる時に、丼の中で麺と具材を混ぜ合わせるという作業が汚ならしくて、個人的には、ちょっと引いてしまうのですが、そこを除けば、なかなかに美味しい料理です。

 ちなみに、丼に食材を入れて、かき混ぜて食べるというのは、大陸系の食べ方なんだそうです。そう言われてみると、カツ丼も親子丼も牛丼も、ご飯に具材を載せて食べるけれど、それをかき混ぜてから食べたら…ちょっと周りから引かれますよね。たぶん、そういう事なんだと思います。

 ちなみに、私の場合、納豆を食する時は、たまにご飯と混ぜます…ってか、ご飯茶碗で納豆をこねた時は、後からご飯を入れるので、混ぜるしかなくて、やむなく混ぜて食べるのですが、たかが納豆でも、混ぜて食べるよりも、ご飯の上に載せて食べた方が美味しく感じるんだから、よっぽと混ぜて食べるのが苦手みたいです、私。

 さて、結論。夏にもラーメンを食べたい私ですが、やっぱり汗をかきながら食べるのは、ちょっと遠慮したいので、そんな時に食べるのは…最近では、圧倒的につけ麺ですね。つけ麺、美味しいです。まぜそばも決して嫌いじゃありませんが、麺と具材をまぜるのが苦手です。でも、冷やし中華は…だったら熱いラーメンを食べちゃうかもしれない私でした。

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2017年7月23日 (日)

蛇口からお湯しか出ません!

 毎日毎日暑いですね。

 先日の事です。金魚の水槽に水を足してやろうとして、妻が水道のレバーを上げてところ、蛇口からお湯がでてきました。ウチの水道は、レバーを左側に上げるとお湯が出て、右側に上げると水が出て来るタイプなので、単にレバーを上げるだけだと、普通にお湯が出てしまいます。

 そこで、水が欲しい時は、レバーを水側にひねるわけです。ひねれば、やがて水温が下がって水が出てくるのですが…その日は、いつまで経ってもお湯しか出てきませんでした。

 あれ? 不思議だなと思ったそうだけれど、それでもお湯しか出てきません。間違えたのかと思って、反対側にレバーをひねると、さらに熱いお湯が出てきました。やっぱり、最初が合っていたわけで、水側のレバーをひねっても、水温の高い水…つまりお湯しか出てこなかっただけなのです。

 そのままでは金魚水槽に入れることはできないので、結局、蛇口から出てきたお湯を2リットルのペットボトルに汲んで、しばらくクーラーのかかった室内に放置して水温を下げてから、金魚水槽に入れてみました。

 どうやら、連日の暑さで水道水の水温がかなり熱くなっていたようです。おそらく、我が家に来るまでの間に、ひなた水のようになってしまう場所があるんでしょうね。太陽熱、バカにしちゃいけないようです。

 夜になってしばらくしたら、水道の蛇口から水が出てくるようになりました。

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2017年7月16日 (日)

一番効果的な罵倒語は何か?…考えてみた

 先日、ヒマに任せて、私に浴びせたら一番効果的な罵倒語は何か?…と考えてみました。

 まず、全く効果のない、心が微動だにしないほど無力な罵倒語を考えてみました。

 まずは“チビ”ですね。私は全然チビじゃないですから。反対語の“デカッ”とか“巨漢”とかって言葉は…罵倒語とは違うよね。ノーダメージです。

 よく使われる“バカ”とか“アホ”なども、私には効果がありません。だって私、バカでもなければアホでもないので、そんな言葉を浴びせかけられたとしても「何言ってんだ、この人は」ぐらいにしか思いません。

 そうそう、以前、ネットでケンカをふっかけられた事がありましたが、その人は罵倒語として“インポ”という言葉をよく使ってましたが、これには私、ビックリしました。まあ、ビックリしただけで、事実無根なので、罵倒語としての効果はゼロだったのですが、こういう下ネタ系の言葉を罵倒語として使うなんて、誰もが知っている有名一流企業にお勤めな方で、普段はお上品なフリをしている人なのに、その本性は結構お下劣なんだと認識を改めざるを得なかったくらいでした。

 …ってか、本気で相手の心を折ろうと思ったら、下品な罵倒語を使うよりも、慇懃無礼にネチネチやった方が、確実に心を折れるんだけれどなあ…。

 閑話休題。次は、心に届くけれど、ダメージはほとんど無い罵倒語を考えてみました。

 まずは“貧乏人”です。今の私は、さすがに裕福とかセレブとか富裕層とかでは全然ないけれど、でも貧乏とか貧困とかとは無縁な生活を送っていますので“貧乏人”という言葉にはダメージを受けませんが、でも子どもの頃の私は、貧乏な家に育ち、見事なくらい赤貧な日々を過ごしていたわけで、その頃の事を言われると「ああ、確かに私は貧乏人だったなあ」と思い出して、ちょっぴりお金がなくて悲しかった事を思い出します。

 “ケチ”と言われると…確かにケチな面もありますから、否定できませんが、でも普段の暮らしぶりは、ケチと言うよりも浪費家の側面が強いかもしれません。とにかく、お金は、あればあるだけ使っちゃう人だからさ。

 “屑(くず)”と言われても、私は屑な人間じゃないと思ってますので、気にしませんが、それでも私にだって欠点はあるわけで、そこを凝視すると、全面的に屑では無いとは言い切れないかもと思って、ちょっぴり生き様を反省したりします。

 多少は心に刺さる罵倒語もあります。ジャブ程度には効果のある罵倒語って感じでしょうか。

 まずは“デブ”ですね。実際、私はデブですから。それも“ふくよか”程度ではなく“恰幅が良い”ほどであり“貫禄がある”くらいにデブってます。でも、単に“デブ”と言われるくらいなら「知ってる」とか「デブですが、なにか?」って思うくらいですが、使い方によっては、結構、グサって刺さる時もあります。“ブタ”という罵倒語も、同様に、使い方によっては効果があります。

 “愚図(ぐず)”とか“ノロマ”とか言うのは“デブ”より、ちょっぴり深めに心に刺さるかな? 実際、私は、何をするにしてもスローモーです。まあ、自分としては、事を慎重に進めているだけで、稚拙を避けるための方便なのですが、それを理解しない人たちからは、しばしば“愚図”とか“ノロマ”とか言われます。実際、私自身、もっとスピーディーに出来ないものかと思う時もあり、そんな時に罵倒されると、更に深く心に刺さります。

 “音痴”という言葉は、以前は深く深く私の心をえぐった罵倒語です。私が歌う理由に『歌が好き』はありますが『音痴脱出』も当初の目的にありました。まあ、何を以て音痴というのかは難しいところですが、当時の私は自分で自分を音痴だと思っていましたから、他人から“音痴”と罵られると、グッサリと深く深く傷ついたものでした。

 今ですか? 今はもう自分の事を音痴であるとは思ってません。世間レベルの話をすれば、むしろ歌上手の部類に入るんじゃないかと鼻タカ(笑)なので“音痴”と言われても、カエルのツラになんとやら…です。

 “音痴”に代わって、私の心に深く突き刺さるようになった言葉は“ハゲ”です。

 そう、私、ハゲなんですよ。ハゲだし、デブなんです。でも、デブと言われても「知ってる」と言い返せますが、ハゲと言われると「知っている」と言う前に、心が痛みます。

 と言うのも、私は自分がデブであるという自覚がありますが、ハゲに関しては、自分がハゲである事を忘れている事も多く、そこで改めてハゲている事を指摘されると、心のスキを突かれたような気がして、ダメージ受けます。

 いや、ハゲは言葉だけでなく、たとえば床屋に行って、自分のハゲを見つめただけでも、結構来ますよ。

 私のハゲが、額からハゲるような、自分でも自覚せざるをえないハゲなら、おそらくデブと同様な感覚になれるんだと思います。他人から「ハゲ」と言われても(毎日鏡で見慣れているので)「知ってる」と受け流せると思います。

 でも、私のハゲは、頭頂部が薄くなるカッパハゲなのです。それも頭の後ろの方がハゲているのです。だから、鏡で自分を見ても、ハゲは見えません。合わせ鏡にして後頭部を見つめると…立派にハゲている頭を直面する事になります。普段、ハゲている事を忘れて生きていますので、ハゲている現実と向き合うと、凹むんですよ。

 なので“ハゲ”という罵倒語は、結構、キマス。

 あと“臭い(くさい)”も、かなり心削られる言葉です。

 自分のニオイって自分には分からないじゃないですか? でも私は、自分が無味無臭ではないくらいの自覚はあります。だから、自分から何らかのニオイが発せられているぐらいの自覚はあります。そして、そのニオイが、他人に不快感を与えている可能性がある事も自覚しています。だから、入浴はマメにしますし、自分が臭わないように、ある程度は気を使っていますし、状況に応じてはオーデコロン等も使用します。。

 だからこそ、たとえ本当は臭くなくても、言いがかりとして“臭い”と言われたとしても、結構きます。“臭い”と言われると「ああ、自分は臭いんだ…」と感じてしまうのです。心にグッサリと言葉が刺さります。

 結論。私に効果的な罵倒語は“ハゲ”と“臭い”でした。いやあ、ほんと“ハゲ”と“臭い”は、めっちゃ心にダメージ受けますよ。“そこの、臭いハゲ”とか呼び止められたら、その場で心臓が止まるかもしれません。それくらい、こたえます。

P.S. ただし“臭い”や“ハゲ”が有効なのは、リアルワールドにおいてです。ネットの中では、ニオイも容姿も相手には認知不能な、関係のない事だと承知していますので、書き言葉で“臭い”とか“ハゲ”とか言われても「だから?」という薄い反応しかできません。

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2017年7月 9日 (日)

少子化の原因は、恋愛至上主義なんじゃないの?

 一体、いつから恋愛しないと結婚してはいけない世の中になってしまったのでしょうか?

 昔々…と言っても、そんなに昔の話ではありません。少なくとも私が若い時はまだ残滓があったし、私の親世代では、ごくごく当たり前の話でしたが、その頃の結婚ってのは、親とか家とかが決めるものであり、結婚相手は、親とか親戚とか、あるいは地域の世話役(“見合いババア”とか呼ばれていた人たち)が“お見合い”というカタチで結婚の世話をしてくれたものです。恋愛を経て結婚に至る人たちもいたけれど、全体的には少数派だったかな? だから明治~昭和前半の文学作品のテーマに「親がすすめる見合いのために、愛し合う二人の仲が割かれる」ってのがあったわけです。

 つまり、ほんのちょっと前までの日本では、恋愛と結婚は別物だったわけです。だから、恋愛しなくても、多くの人は結婚して家庭を作っていたわけです。

 戦争に負けて、アメリカ的な文化が入り込み、いつしか結婚は『“愛し合う二人”による愛の完成形』という事になり、恋愛を経なければカップルとなれず、カップルになれなければ結婚できない、という事になってしまったようです。

 でしょ?

 陽気なヤンキーにとっては、恋愛なんて日常茶飯事でしょうし、それこそ「愛のない結婚生活なんてアンビリーバボー!」って事なんだと思うけれど、日本人にとっては、有史以前からつい最近まで、結婚は周囲のオトナたちが準備してくれるモノであって、結婚式の当日まで結婚相手の顔も見たことない…なんて事だって、あったわけです。

 そんなやり方で、つい最近まで、私たちが暮らす社会は成り立っていたわけです。

 つまり、ごくごく最近まで、多くの日本人にとって、恋愛は必要不可欠なものでなく、しなければしなくても全然構わないモノだったのです。それこそ、仕事一筋、あるいは趣味に没頭した生活をしていても、年頃になれば、適当な相手を見繕ってもらって、結婚して、家庭を営み、その中で相手に対する情愛が生まれ、子どもも生まれて、家族として育っていく…わけです。別に恋愛感情なんてなくても、結婚できたし、家庭も作れたし、社会生活も営めたわけです。

 でも昨今は、まず恋愛でしょ? 恋愛結婚こそが結婚へ至る王道であり、かつてのような、親とか親戚とか見合いババアの紹介による見合い結婚はすっかり廃れてしまいました。代わりに、同世代たちによる合コンなどの集団見合い的な催しは行われるようになったけれど、合コンと結婚は別につながらないし、業者による結婚仲介サービス業もあるけれど、成婚率もそうだけれど、そもそもこれらのサービスを利用する人たちって、どれくらいいるんでしょうね。また、地元振興の名目で各自治体が各種お見合いサービス(例えば“街コン”のようなモノ)もしてますが、これだってどうなんでしょうね。

 私が思うに、日本人の基本的な性格って、決して陽気ではないし、外交的でもないんだと思います。どちらかと言えば、見知らぬ人を警戒する用心深さと、仕事などの自分の役割に没頭する真面目さを兼ね備えた、ヲタク的な性格の持ち主が多いと思います。その上、結婚適齢期の、まだまだ人生経験の少ない若い世代では、他人とコミニュケーションを取る事自体に慣れていない事もあり「恋愛? ムリムリ」と思っている人も多いことでしょう。

 実際に若い人たちと話をしていても、男女問わず、自分が将来結婚できるとは思っていない子って、本当の本当に多いです。自分が恋愛をしている姿が想像できないそうで、恋愛しない以上、相手がいないわけですから、結婚も無理…って思うそうなんです。

 …だよね。私も若い人たちを見ていると、この連中が恋愛できるとは思えなかったりするもの。コミュニケーションが下手くそで、人間関係を構築するのが不器用で、顔見知りの同性同士で遊んでいるのが楽しくて居心地が良くて、ほどほどに真面目だから仕事に勉強に熱心だったりして…そりゃあ、恋愛するチャンスなんてないし、仮にチャンスがあっても、それを活かせるとは、オジサン、全く思わないわけです。

 おまけに、それらの難題をクリアしてカップリングに成功しても、若い世代は経済的にも恵まれていない子が多いから、結婚を先送りにしているうちに仲が冷めて、別れちゃったりするわけでしょ? で、一度失恋すると、いつまでもそれを引きずってしまうのも今の若い子の特徴のようで、なかなか次の恋愛には踏み出せないようです。

 結局、恋愛なんて、我々日本人には、ハードルが高いんだと思います。恋愛を日常的に行うためには、オープンマインドと巧みなコミュニケーション能力が求められるわけだけれど、残念ながら、それらを標準装備している日本の若者って、ほんと、少ないよね。

 我々は、与えられた人間関係を維持するのは得意でも、新規の人間関係を作り上げるのは苦手なんです。だって、与えられた人間生活を維持しつつ新規の人間を排除するってのは“村社会”の特徴だもの。結局、先進国となった今でも、我々のメンタルは昔ながらの“村社会”のままなんだと思うわけです。

 日本人はやっぱり日本人なわけで、陽気なヤンキーにはなれないわけです。それを無理して恋愛至上主義みたいなモノを取り入れちゃったから、多くの若者が恋愛できずに、結婚にたどり着けず、高齢独身となって出産する事なく人生を終えるわけです。

 そりゃあ、人口だって減るよね。

 恋愛なんて趣味的なモノであり、やりたい奴はやればいいけれど、恋愛しなくても、きちんと結婚をして家庭を築いていける、かつての日本のような社会を取り戻さないと、ドンドン日本人が減っていき、やがて絶滅危惧種になって、この世から日本人と日本国と日本文化が無くなってしまうよ。

 そうしたら、きっと、この日本列島には中国人たちが住むんだろうなあ…。だってあの人たちの繁殖力たるや、実はすごいもの。半端ないよね。やがて世界人類の大半が中国人になってしまうんじゃないかしら…って思う時、あるからなあ。

 それもなあ…、なんかなあ…。

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2017年7月 2日 (日)

ラーメンとそば、どっちが好き?

 私が住んでいる湘南は神奈川県にありまして、麺類系の飲食店と言えば、圧倒的にラーメン屋だったりします。ラーメン専門店はもちろん、中華飯店であったり、一般食堂(ただしメインメニューはラーメン)であったりはしますが、我々が通常「ラーメン屋」と呼んでいる店ばかりであって、たまにそば屋があって、たまにたまにスパゲッティを出してくるイタ飯屋があって、駅周辺などにわずかながらのうどん屋やちゃんぽん屋があります。

 つまり勢力的には…

  ラーメン屋>>>>>そば屋>=イタ飯屋>>>うどん屋=ちゃんぽん屋

 …って感じでしょうか? それくらい、あっちこっちにラーメン屋ばかりがあります。昔ながらの中華そばを出しているところもあれば、今風の家系ラーメン屋だってあります。チェーン店もあれば、地元密着型の頑固おやじの店もあります。いわゆる“ラーメン激戦区”と言われる地域ほどではありませんが、かなり多くのラーメン屋があります。

 なぜ、こんなにラーメン屋ばかりなのか…と考えてみました。

 単純に言っちゃえば、湘南の人間はラーメンが好き…なんだと思います。これは湘南の人間に限らず、神奈川県の人間全般に言えるかもしれません。なにしろ、日本一の中華街がある県ですから、県民性としてラーメンが好きなのかもしれません。

 湘南は関東地方にあるわけですから、当然、うどん文化圏の外の地方ですから、うどん屋が少ないのは、ある意味、当然です。そば屋やイタ飯屋がラーメン屋と較べて少ないのは…やはり、ちょっぴり地方だからかもしれません。そばとかイタ飯とかって、やっぱり都会の食事ってイメージだもの。かっこいいじゃん。

 そばは、なんか渋い感じがするし、昔っからの都会で食べられるものってイメージがあります。イタ飯はバブルあたりからこっちの、小洒落た街で食べられてる女子向けのランチ…みたいなかんじでしょ? 海と太陽の街、湘南のイメージじゃないよね。だいたい、海の家でラーメンは食べられるけれど、そばとかスパゲッティとかは…無い無い(笑)。

 あ、最近の海の家の二大メニューと言えば、ラーメンとロコモコなんだな。そう、ロコモコ。都会じゃロコモコってオシャレな食事のようだけれど、湘南だと割に普通にあるんだよね。海の家に限らず、海岸近辺の食堂だと何気にメニューに入っているんだよね。ロコモコは、ちょっぴりおしゃれでハワイアンなメニューじゃない? アロハを普段着にしている人が多い湘南だと、そういうハワイアンな感じって日常なんだよね。

 と言う訳で話を戻すと、ラーメンとそばでは、ラーメンが好き…と言うか、ごく普通に日常的にラーメンを食べる生活をしている私でした。これはたぶん、湘南在住という地域性が大きく関係しているような気がします。

 だって、讃岐に住んでいたら、うどんばかり食べるでしょ? 長野に住んでいたら、そばばかり食べるでしょ? ミラノに住んでいたら、スパゲッティばかり食べるでしょ? つまり、そんなモンなんだと思います。

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2017年6月25日 (日)

ネトパヨの特徴と対策について

 ネトパヨとは、私が今作った造語です(笑)。ネットに大勢いらっしゃる愛国主義者の方々を、その反対陣営(反日&売国主義)の方々が“ネトウヨ”と呼んでいるので、ならばそう呼んでいる方々でネットを主戦場としている人々を、ネットパヨク、略してネトパヨと呼んじゃえばいいじゃん…という発想です。

 私は自分の事をネトウヨだとは全く思っていません。だいたい、考え方が愛国主義と言うには、あれこれヌルすぎます。それ以前に、私自身、思想的には中立でありたいといつも考えていますので、思想的には盤石とはとても言えない状況で、何事にしても足元だってグラグラな感じで、すぐに他人の影響をウケまくるし、日和るし、弱気なので、とてもネトウヨと呼べないし、仮にネトウヨだとしたら、まだまだ序の口程度の、かなり弱っちい存在であり、やはりどう考えても、私はネトウヨの範疇には入らないと思っています。あえて言えば“小市民”あるいは“雰囲気に流されるヤツ”ぐらいかなあと自覚していますが、それでも“日本大嫌い”な人々の視点で私を見ると、こんな私でもネトウヨに見えるらしく、あれこれちょっかいを出してくる人がいないわけではありません。

 私がバリバリのネトウヨなら、それはそれでバトル歓迎に思うかもしれませんが、誤解された上で噛みつかれるなんて、誤爆もいいところです。まあ、あれもこれも一種の有名税なのかな…なんて思ってます。

 そんなわけで、少なからぬネトパヨの方々に関わらせていただいたので、私なりに彼らの特徴と、そんな彼らにどう対処したら良いかって事を記事にしておきます。

 この記事が何かのお役にたてれば幸いです。

ネトパヨの特徴

 一番大きな特徴は『自分の主義主張を声高に発言するが、相手からの反論は聞かない』という点かな? 彼らが何を考えていても、それはそれで良いと思いますが、はっきり言って、この姿勢はダメです。独善的です。だから、議論にはなりません。それなのに、こちらにはしっかりイチャモンつけてきます。

 イチャモンに対して、きちんと対応して、真摯に議論を持ちかけると、話題を巧妙にはぐらかして、自分の主義主張を再度声高に発言してきます。まるで、壊れたレコードのようにね。

 また、彼らの主張って、そのベースにある事柄のすべてが事実ってわけでもなく、事実だったり事実でなかったりする事を根拠に、あれこれ言ってくるわけです。

 で、その事実でなかったりする事…はっきり言っちゃえばデマなんですが、そのデマを巧みに織り込んでくるのも彼らの特徴です。これが厄介なんですね。

 さらに言えば、デマを話の根幹の部分ではなく、周辺事実? 枝葉の部分に巧みに織り込んでくるんです。そこを軽視したり、無視して議論を進めてしまうと、そのデマが否定されなかったという事を以て事実認定し、次の議論の前提条件になってしまう事もあります。かと言って、反論すると、反論することでデマが強調されます。おそらく、これが彼の狙いなんだろうと思います。つまり、話の中にデマを混ぜて、それに触れられなければ、デマを事実化して自分たちに有利に話を進め、デマが否定されるなら、こんどはそのデマについて話しだし、話題を巧妙に自分たちに有利なモノへとすり替えていくんですね。

 ここで言い負かされてしまうと、相手の勝ち(?)になってしまいますが、そもそもデマはデマであり、虚偽ですから、きちんと筋立てて反論すれば、容易に論破できますし、論破できれば、相手も窮地に追い込まれますので、彼らのデマに関しては、一つ一つ簡潔に完璧に論破していく必要があります。

 またネトパヨの方々の発言には、マニュアルでもあるのでしょうか? よく「のび太のくせに生意気だ」的な論調でこちらを攻めてくる事があります。もちろん、本当に“のび太”と言っているわけでなく、この“のび太”の部分には、こちらが反論できないような事実を入れてくるわけです。その事実は無茶でも何でも良いし、一見、攻撃をしているの?と思われるようなへんちくりんな事でもいいのです。

 例えば「ジジイは黙ってろ」とか「ハゲのくせに生意気だ」とか「デブはデブらしく飯でも食ってろ!」とかね。この手の類の、話にもならないような暴言を浴びせてきます。「なんかもう~」と思うこともありますが、おそらくリアル場面なら、大声出して怒鳴り散らして、その場の空気を支配するという手法をネットでやっていんだろうなあって思います。

 とにかく、何でも良いんですよ。彼らにとって大切なのは、攻める事。攻め続ける事なのです。なにしろ、攻撃は最大の防御ですから。彼らは、とにかく攻撃する事で、相手を防御(つまり反論)に専念させて、話題をすり替えていくのが目的ですから、ちょっとでも自分が不利になったら「のび太のくせに生意気だ」と叫び出すんです。

 正直、彼らのこのやり方には、心理的に引いてしまう私(非論理的な人間、つまりバカが嫌いなんです)ですが、そこで一歩も引かずに、防御しつつ、チクリチクリと相手を攻めていければいいのです。ボクシングに例えて言うなら、ガードを固めながら、時折ジャブを打つわけです。ジャブも数当たれば、それなりのダメージになります。

 また、彼らは絶対に謝りません。「しまった! 失敗した!」と思っても、まず謝りません。彼ら的には、謝ったら負けなのです。謝ったら、相手方の言い分を丸呑みしなければいけないと思いこんでいるようなので、絶対に謝りません。それでも追い込んでいくと、先程の「のび太のくせに生意気だ」発言をしてきたりします。それが通用しないとわかると、今度は攻撃の矛先を変えて、周囲に悪口を撒き散らしたり、こちらの身内とか友人とかを攻撃し始めます。

 卑怯なやり方ですが、ネトパヨって、基本的に卑怯な連中なんです。ですから、卑怯な手法を取ることに、なんの躊躇もないんです。困った事です。

 またネトパヨの方々は、複数のハンドル、アカウント、IDを使用するのが常態です。たまにそれらを駆使して、自作自演をしたり、マッチポンプをやったりします。ただし、そんなに頭がよろしくない方も多いので、複数の人格を演じるのが下手くそで、すぐに馬脚を現しますので、お話になりません。

 とにかく、汚い手でも卑怯な手でも、勝てばそれで良いと思っているのが、彼らネトパヨの特徴です。

ネトパヨ対策

 彼らに対処する時の姿勢の基本の基本として、話題の変更やはぐらかしなどを許さないようにしましょう。彼らは自分たちが不利になると、簡単に話題をはぐらかして、自分たちの土俵に話を持ち込んでいきますので、それを拒絶して、最初から最後まで、何について話しているのかを明らかにして、話題をそらさせないようにします。それだけでも、かなり効果的です。

 彼らの垂れ流す小さなデマや嘘に対しても、一つ一つはっきりと「それは嘘です」と否定し、相手が嘘つきである事を周囲に印象づけるのも効果的です。さらには、彼らが無茶な事やデタラメを言い出したら、一つ一つ「それはおかしい」と否定し、相手が論理的な人間ではない事を周囲に印象づけるのも手です。

 相手が攻めてきても、こちらは最低限の防御だけをするよう心がけましょう。過剰に反応すれば、相手の思うつぼだし、相手を攻める事は同じ土俵に上がることになるので、それは避けましょう。最低限の防御をしているだけでも、そもそもがデマによる攻撃なのですから、相手は勝手に自滅します。

 よく相手に謝らせる事にこだわる人がいますが、彼らは絶対に謝りませんかから、そこにこだわるのは不毛なことです。むしろ、謝るチャンスを与えつつも、彼らが謝らない事を逆手にとって「この人間は謝ることの出来ない狭量な人間である」と周囲に印象づける方が効果的だと言えるでしょう。

 ネトパヨの方々は、すぐに相手の言質を取りたがります。ですから、彼らと議論をする際には、失言はもちろん軽口にも注意を払う必要があります。決して揚げ足を取られないように注意深くなることが肝心です。

 ネトパヨの方々は、とてもとてもメンツを大切にするので、彼らをやっつけたければ、彼らのメンツをつぶせば良いのです。嘘つき、卑怯者、愚か者と行った扱いをしてあげれば、それだけで相手は火病ります。実際に、あるネトパヨの方を卑怯者扱いをしてあげたら、それが原因で、リアルに血圧があがって入院騒動になってしまった事もあります。私には全く理解できませんが、彼らにとってメンツって、それくらいに大切なようなのです。

 なので、ネトパヨに勝ちたければ、基本的に彼らは卑怯者なのですから、彼らを卑怯者扱いをすればいいのです。彼らは卑怯者のくせに、何より卑怯者と言われることを恐れていますからね。だったら卑怯な事をしなければいいじゃん…と私は思うのですが、行動と思想信条が一致しないのも、ネトパヨの特徴ですから仕方ありません。

 つまりネトパヨ相手なら、論理的に勝てなくても問題ないのです。相手を卑怯者だと印象付ければ、それでネトパヨ対策として、十分です。

 一番良いのは、彼らに絡まれない事です。しかし、こちらがいくら気をつけていても、噛み付いてくる時は噛み付いてきます。それがネトパヨです。そうなったら、交通事故にでもあったとでも思って諦めて、ネトパヨの駆除に励んでください。

 私は思想信条の自由を信じています。他の人々が、個人的にどんな事を考えて、どんな人や団体を支持していようと、それはそれで自由です。私は何も文句言いませんし、誰にも文句を言ってほしくないです。

 でもね、自分の思想信条が尊重されるのと同様に、他人の思想信条も尊重しないといけないという市民社会における基本的合意事項を理解できないのが、ネトパヨの方々なのです。彼らネトパヨの方々は、基本的に独裁主義者のようで、自分と異なる意見の人間の存在を許しません。それこそ、言論封鎖であり、ファッショなのですが、そこに気づいていないのもネトパヨの特徴なんだと思います。

 自分と異なる意見の人間とも、一緒に笑って暮らせる社会が、成熟した市民社会だと私は信じています。まだまだ日本社会もネット社会も、成熟からは程遠い社会なんだなあって思います。

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