ひとこと

  •  毎年の話だけれど、どうして成人式となると、ごくごく一部だけれど、イキってしまって暴れてしまうオノコが出てしまうのだろうか? たぶん、あれがカッコいいと思っているのだろうけれど、暴れるオノコは極めて少数で誤差の範囲程度しか存在しないんだよね。もしかすると、マスコミがいちいち暴れるオノコたちを報道するから、それに乗じて暴れているんじゃないかと、オッサンは勘ぐってます。マスコミが暴れるオノコたちを無視すると、案外数年で収まるんじゃないかと思っていたりします。
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カテゴリー「ダイエット&エッセイ」の記事

毎週のダイエットの記録と、私の生活エッセイです

2018年12月23日 (日)

元気でないと病院には行けない?

 私は、おそらく、病院好きな人間だと思います。子どもの頃から、具合が悪くなると、せっせと病院通いをしました。薬局で薬を買って飲むよりも、病院に行って薬をもらった方が安い…と言うので、親も病院に行かせてくれたわけです。

 ちなみに私の親は、内科や外科の病院には行かせてくれたけれど、歯医者は高いと言う理由で行かせてもらえなかった(「歯が痛いぐらいて死んだ人間はいない!」とよく言っていました)ので、私の歯は、ほぼ虫歯でガタガタです。それに詰め物をしたり、銀歯(?)をかぶせて使ってます。まあ、入れ歯じゃないだけ、マシって感じだね。

 さて、そんなわけで、子どもの頃からの病院好きな私ですが、年を取ってから、なかなか病院に行けなくなりました。

 一つには仕事が忙しいというのがあります。なにしろ、病院って、私が働いている時間でしかやってくれないので、病院に行くには、仕事を休むとか早退するとかしないといけないわけなのです。で、具合が悪くても、仕事ができる状態なら、目一杯働いていますので、病院に行けませんし、本当に具合が悪くて働けない状態になれば、病院には行かずに、まっすぐに帰宅して寝込みます。病院に行くほどの体力と精神力が無くなっちゃうんですよ。

 つまり、ある程度の元気が無いと病院には行けませんが、ある程度の元気がある時は働いているので、時間的に病院には行けず、ある程度の元気すら無くなった時は、体力的および精神的に病院に行けない…って事になるわけです。

 それでも以前は、職場のそばの病院に行っていたので、具合が悪い時は、仕事終わりに病院に行くという選択肢がありましたが、その病院には行かない事にした私(そこの先生を信頼できなくなったのです)は、今では具合が悪い時は、専ら自然治癒力に頼り、ある程度元気になってから病院に行くというライフスタイルになってしまいました。

 なので、風邪気味の時は、ひたすら寝る。寝ただけではすっきり治らない時は、やむなく仕事を調整して、むりやり時間を作って病院に行く。仕事の調整には数日かかるのが普通ですから、風邪をひいたとしても、こじらせてから病院に行くので、たいてい、医者には呆れられます。

 怪我をした時は、絆創膏を貼ってごまかすか、湿布をしてごまかす。ごまかしても、ごまかしきれない時は、仕方がないので、時間を作って仕事を抜けて病院に行く…だいたい怪我をして10日とか2週間ほど経っているので、医者に「なぜ早く来ない!」と叱られます。骨が折れた時も、折ってから2週間ほどして病院に行っているわけですからね。

 なんかまるで、医者嫌いの人みたい。本当は病院大好きな人なのになあ…。

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2018年12月16日 (日)

定住外国人にも生活保護が支払われている事について

 定住外国人と書きましたが、いわゆる“在日”の方々です。

 彼らは外国人です。日本に住んで、日本名を名乗り、日本人として地域社会で暮らしていますが、彼らの国籍は母国にあり、彼らは日本人ではありません。

 生活保護というのは、憲法25条に基づき、日本国民に対して支給されるものであり、外国人は、それぞれの母国から福祉サービスを受けることになっています。もちろん、難民などの母国から福祉サービスを受けられない人は、在留国での福祉サービスを受けられる事になっている(国際法である難民救済法による)のですが、日本は難民の受け入れを基本的に行っていないので『生活保護は日本人にだけ支払われるもの』という認識で良いと思います。

 でも、現在の日本では、在日の方々が、外国人であるにも関わらず、生活保護を受けられる事になっています。一説には、日本人の生活保護受給者は「50人に1人」であるのに対して、在日の方々の生活保護受給者は「5人に1人」だそうです。

 なぜそうなのかと言うと、朝鮮戦争の際に、密入国してきた彼ら(在日一世ですね)
が、朝鮮戦争が停戦になっても祖国に帰らずに、そのまま日本に不法滞在をし続けたわけで、そんな彼らを、当時の厚生省の役人が、在日一世たちを“難民に準ずる者”として扱いなさいという“通達”を出したからなんですね。つまり、はっきり言っちゃえば、在日一世たちを難民扱いするのは違法なんだけれど、日本人特有の憐憫の情で、特例として緊急の措置として、難民扱いをして彼らを助けてあげましょうという優しさが、そうさせたわけです。

 これも憲法が改正されず、移民の扱いがアバウトだから、仕方なかった行為なんだと思いますし、実際、密入国してきた人たちの中には、戦火を逃れてきた人たちもいたわけで、この事自体は、やむをえない処置であったと言えなくてもないです。

 でも、これはあくまでも在日一世に対する特例であったはずなのに、今や在日二世や三世、いやいや、四世も五世も、生活保護を受けているんです。憐憫の情から出された通達が、ズルズルと慣習というカタチになって、今も継続されているわけです。

 在日一世の方は、戦火を逃れてやってきた人もいるわけで、日本政府は認めなかったけれど、ある意味戦争難民に準ずる人々と言ってもいいし、彼らが日本に生活基盤を作ったため、朝鮮戦争停戦後も母国に帰らずに日本で暮らし続けたのも、分からないでもない。また二世の人たちも全部が日本生まれとは限らないわけで、一世の方と一緒に朝鮮から逃れてきたかもしれない。もしかすると三世にも、それに該当する人がいるかもしれない。

 でもね、在日四世と五世とかは、明らかに朝鮮戦争とは、何の関係もないじゃん。彼らは全く難民ではなく、ただの移民です。すでに親子代々日本で暮らしているわけだし、日本語しか話せなかったりするわけだし、暮らし向きはほぼ日本人なのに、それでも日本に帰化することを拒んで、外国籍のまま暮らしているわけで、そんな彼らにも、生活保護を支給しちゃう日本って、お人好しのお金持ちだと、私は思うわけです。

 「あんたらの事は大嫌いだけど、金だけくれよ」と言われているような気がします。

 この自体を改善するためにも、きちんと移民や外国人労働者に関する法律を整備する事が急務だと思うし、そのためにも性急に憲法を改正する必要があると、私は思うのです。税金の無駄遣いを指摘するのに熱心な方々がいますが、外国人に生活保護を支給するなんて(そんな事は彼らの母国がやるべきことであって日本国がやるべき事ではないわけで)そんな税金の無駄遣いは、本当に止めてほしいと思ってます。

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2018年12月 9日 (日)

日本の貧困層が全然貧困じゃない件について

 世界銀行による貧困の国際定義というのがあって、現在の定義では「1日1.9ドル以下で暮らしてる事」を“貧困”と呼びます。1.9ドルとは、日本円にして約200円で、年収に換算すると、7万2千円です。年収7万2千円…確かに少ないです。驚くほど少ないです。私なら、1週間も暮らせない…。これが世界標準の“貧困”の定義です。

 実は世界には、このレベルにすら届かない人たちが、7億人以上います。世界人口は約70億人ですから、10人に1人が年収7万2千円以下の暮らしをしています。我々日本人の感覚で“年収7万2千円”と言うと、少なすぎて、基準としては非現実的に感じますが、この基準以下の人が7億人以上もいるのですから、この貧困の国際定義というのは、妥当と言えば妥当なラインなのです。

 一方、日本で“貧困ビジネス”に携わる人々が言う貧困の定義は「国民所得の中央値の半分以下の収入で暮らしている」事なんだそうです。これを相対的貧困というそうです。これに基づくと、日本人の所得の中央値は年収250万円だから、その半分ってわけで、年収125万円以下が貧困者って事になります。

 確かに年収125万円って聞くと、とても少なく感じます。

 では具体的に考えてみましょう。例えば、夫婦に子ども二人という典型的な家庭のパターンで考えるなら、4人家族ですから、年収500万円以下の家庭が、ここに該当する事になります。

 年収が500万円しか(?)なくても、毎日3食の食事は可能だし、雨露をしのげる家で暮らせるでしょう。さらに、その家の子たちは普通に学校に通えるでしょう。義務教育はもちろん、高校にも行けるだろうし、頑張れば大学にも行けるかもしれない。でも、塾や予備校に通うのはさすがに厳しいかな? まあ、この年収の家庭なら、子どもを塾に通わせるために、お母さんがパートを始めて収入を増やして…というのが、一般的ですが、ここでは年収500万円を越えない事を前提に考えると…その年収で現実的に考えると、高校卒業後、家計を助けるために、子どもは高卒で就職…というパターンになるかもしれません。

 高卒で就職して独立して生活を営む…別に普通の事だし、特に不都合はないと思います。

 たとえその家の子が、頭が普通によくて、将来はお医者さんになろうという希望があったとしても、医学部進学にはお金がかかるわけで、この程度の収入の家の子では、家の収入だけでは医学部に進学する事は、まず無理でしょう。まさに「希望した進路先に、金銭的な理由で、進学できない」わけで、それをもって、貧困であるって、貧困ビジネス関係者は声高に言うわけだけれど…。

 でも、それって本当に貧困なの? 確かに裕福な生活…とは言えないけれど、こんなの普通じゃん。家が貧乏だから学校に行けない…なんて、別に普通じゃないの? 自分の分を知れ!って事じゃん。

 それにもしもこの子が本当に優秀で、医者になる気持ちが強いのなら、奨学金でもなんでも使えばいいのです。確かに実家が裕福な方が医者になるには有利だけれど、本当に優秀な子ならば、色々な手段があるわけです。「希望した進路先に、金銭的な理由で、進学できない」なんて理不尽な事は、現実にはありません。

 かく言う私は、義務教育期間はもちろん、高校や大学やその上でさえ、ロクに授業料を払っていません。それどころかお小遣いすらもらいながら学校に行ってました。意欲と能力があれば、給付の奨学金や授業料免除等々、貧乏だけれど優秀な子を助けるための色々な手段が日本社会にはありますので、それらを活用していけばいいのです。

 もちろん“金銭的な理由”ではなく“本人の能力的な理由”で進学できないケースは多々あるでしょうが、それは貧困とは無関係です。貧困ビジネスの方々が言う、貧困のモデルっておかしいんですよ。

 そもそも、相対的貧困とか言い出す事自体が十分におかしい事だと思います。相対的貧困の定義で行けば、日本人の約16%が貧困になるそうです。16%と言うと、大雑把に言えば、6人に1人の割合ですよ。日本人の6人に1人が貧困? そりゃあ、絶対におかしいって。

 でも、そうじゃないと貧困ビジネスをしている人たちは困るんです。なんとしても、日本にも貧困な人がいてくれないと困るのです。そこで、こんなユルユルの変な定義を持ち出してきたんだと思います。

 やはり貧困の定義には、世界銀行が定めた貧困の国際定義である「1日1.9ドル以下で暮らしてる事」が適切だと思います。

 で、日本で貧困の国際定義を持ち出したら、該当者はほぼゼロ…ってか、そんな生活をしている人がいたら、生活保護の対象になってしまいます。

 ちなみに、夫婦に子ども二人の場合、生活保護の支給額は(地域によって違うけれど)年収ベースで考えると、約360万円になります。貧困の定義ラインである“年収7万2千円”なんて、かるく越えてしまいます。

 そもそも生活保護って、最低限の文化的生活を送れる程度の収入なわけで、そんな生活保護のラインよりも、相対的貧困とかで言う貧困ラインの方が、ずっとずっと上ってのはおかしいのです。

 つまり、相対的貧困という定義が、デタラメなんですよ。

 結論、世界の1割相当の人が貧困で苦しんでいるにも関わらず、ほぼほぼ貧困者のいない日本って、とても豊かな国なんだと思います。そんな国に生まれて、生活している幸せに感謝しています。

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2018年12月 2日 (日)

日本って豊かだよなあって思うとき

 私は現代日本に生まれ、そこで生活できることに幸せを感じていますし、この幸せを自分の子どもや子孫たちにも享受してもらいたいと思ってます。とにかく、平和である事、経済的に豊かである事は、とても大切でとても幸せな事だと思ってます。

 特に、豊かである事で得られる恩恵には感謝するしかないと思ってます。ほんと、日本って豊かだよね。

 で、こんな私が「日本って豊かだよな」と思う瞬間って、あれこれあるのですが、その中から、私が特に「日本って豊かだよな」と感じる事を3つばかり書いていくのが、今回の記事の趣旨です。ほら、自分たちが幸せである事を自覚し、感謝するって、大切な事だものね。

1)引きこもりが許される事

 引きこもり…いわゆる“ニート”ですが、彼らの存在が許されてしまう日本って、ほんと豊かだと思います。もちろん、家族に引きこもりがいる家庭は、本当に大変だと思いますが、大変だ大変だと言いながらも、引きこもった家族の生活(と遊興)の面倒をみられるほどに、日本の社会は豊かなんだと思います。

 貧しい社会なら「働かざるもの食うべからず」です。日本だって、バブル経済期以前なら、そうだったと思います。学校を卒業した“いい年した大人”が「働いたら負け」とか言いながら、毎日遊んで暮らせるなんて、ほんと、リッチでゴージャスな生活ですって。貧しい社会なら、そんな遊び人を養えるような余裕は社会にないし、家族だって、そんなゴク潰しを養えるような余裕はないし、そもそも貧しい社会には遊びだってあってないようなモノですから、本人も働くしかないし…。

 引きこもりって、褒められた存在ではないけれど、彼らが存在出来る社会って、極めて裕福で余裕のある社会なんだと思います。

2)子どもでもiPhoneを持っている事

 日本の一般的な家庭の場合、子どもが中学生や高校生になると、スマホを買い与えるようです。統計によれば、高校生の95%はスマホを所持しているそうですし、ウチも息子に高校生の時にスマホを買い与えたと思います。

 で、ウチの子には、iPhoneを買い与えました。別に深く考えたわけでもなく、親たちもiPhoneを使っているから、息子にもiPhoneを…程度の考えです。これまた統計によると、高校生が所持しているスマホのうち、iPhoneが占める割合は60%超であり、女子は70%ほどにもなるそうです。つまり、大半の高校生はiPhoneユーザーであると言えます。

 でもね、iPhoneって、Appleという意識高い系の会社の高級なブランド品なんですよね。

 スマホには、iPhone以外にもAndroid系のモノがたくさん販売されていますし、実際、世界では、圧倒的にほとんどの人は、iPhoneではなくAndroid系のスマホを使っています。そのシェア率は90%前後にもなるんだそうです。

 Android系のスマホは、OSがオープン規格なので、世界中のメーカーが製造していますので、高級機から廉価機までラインナップは広く、価格の幅も広く、我々日本人は滅多に見ませんが、中国製のスマホなんて、本当に安いんですよ。スマホを実用本位で考えれば、別に中華なスマホでも問題はないわけで、世界中の人たちは、そういった安いAndroid系のスマホを使っているんです。

 でも日本人は、先の高校生じゃないですけれど、国民の70%超の人たちがiPhoneを使っているんです。これって、日本だけに顕著な現象なんですって。iPhoneの本国であるアメリカですら、iPhoneユーザーは40%前後で、残りは当然Android系です。だいたい、Android系のスマホユーザーよりもiPhoneユーザーの方が多いのは、日本ぐらいなのです。

 つまり、日本人はみんな、高級ブランド品であるiPhoneを愛用している。それも大人だけでなく、子どもたちもiPhoneを持っている。それほどに、日本は豊かである…って事なんです。

 すごいよね。

3)出入国管理法が野党の反対を押し切って改正されちゃうほどに、外国人労働者が増えちゃう事

 出入国管理法については、私も言いたいことや心配することが山のようにありますが、今回はそれには触れません。ただ、法律を改正する事で、これからの日本には、多くの外国人労働者が増えるでしょう。それは日本が外国人労働者を必要としているという事実がある一方で、外国人たちも日本で働きたがっているという側面があります。

 豊かな国には、周辺諸国の貧しい国から仕事を求めて多くの人が集まってきます。ヨーロッパやアメリカは現にそうであるし、日本もそっちへ舵を切るんだろうなあって思うわけです。

 逆に貧しい国からは国民が逃げます、脱出します。あるいは避難したり、捨てられたりします。かつての日本がそうだし、隣国の半島の国がそうだし、今も昔も近所の超大国じゃあ人民が国を捨てて海外に逃げちゃうのはデフォルトです。

 貧しい国からは人々が逃げ、豊かな国には人が集まってくる…なんとわかりやすいのでしょう。

 つまり日本は、出入国管理法が改正されちゃうくらいに、豊かって事なんです。

 ああ、わかりやすい。でも、不足している労働力を補うために外国人労働者を入れるのは全然構わないけれど、日本人の職場を奪ってしまうほど外国人労働者を入れるのは、ちょっと困りモノです。

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2018年11月18日 (日)

今更だけれど電子レンジはすごい

 本日は、門下の発表会です。頑張って歌ってきます。遠くの空からでも、応援をお願いします。発表会の様子や音源に関しては、先日のクラコンとまとめて、後日アップしますので、今しばらくお待ち下さい。

 さて、最近、冷凍食品を始めとする、電子レンジで調理するタイプのお惣菜や料理が、とても美味しいなあと感じています。

 もちろん、妻の手料理は美味しいし、プロの料理人が作ったものはさらに美味しいです。

 スーパーやコンビニなどで売っているお惣菜や料理は、昔はあまり美味しいものではありませんでした。だって、冷めているんだもの(笑)。どんなに美味しい料理であって、冷めてしまえば、さほど美味しくはありません。もちろん、冷めても美味しく食べられるように作っているのだけれど、それだって限度があるってものです。

 電子レンジが家庭に普及し始めた当初は、それらの冷たいお惣菜を簡単に温める機械として役立ちました。冷たい料理をほんの数分でホカホカにしてくれる…ほんと、魔法の機械でした。

 電子レンジのおかげで、冷たいものだけではなく、やがて凍ったもの(つまり冷凍食品だね)も美味しく食べられるようになりました。一般的に、常温保存よりも冷凍保存の方が美味しさを保てるわけで、電子レンジの普及が、冷凍食品の普及と発展を促したわけです。

 やがて、人間はさらに上手な電子レンジの利用法を考えるわけで、それが電子レンジを使った調理です。火や蒸気を使わない放射線による調理法です。

 例えば、ラーメン。昔は美味しいラーメンってのは、美味しいと評判のお店に行かなければ食べられませんでした。うっかりそこらの店に行くと、マズいラーメンが平気で出てきたりしました、そんな時代の話から始まります。

 当時、家庭でラーメンを作る事もありましたが、その頃のラーメンは、今で言う生ラーメンでしたので、それを家庭で美味しく作るのは、なかなか難しかったのです。それに手間もかかりましたしね。特に麺は、家庭ではツルツルシコシコに茹でることが難しかった記憶があります。

 やがてインスタントラーメン(袋麺)が普及し、家庭で手軽にラーメンを作って食べる事ができるようになりました。当初は油揚麺しかなかったので、おなじ“ラーメン”と呼んでいても、お店で食べるラーメンとは、全く異なった料理でしかありませんでした。

 少し経って、ノンフライ麺と呼ばれる麺が登場しました。これはなかなか美味しかったと思います。少なくとも、お店で食べるラーメンに似た感じに作る事が出来るようになりました。でも時代はすでにカップ麺の時代に移り、ノンフライ麺はそれほど普及しなかったと思います。そして、カップ麺にもノンフライ麺タイプの製品はありましたが、油揚麺のものと比べると、待ち時間が長くなりますので、こちらもあまり普及しなかったし、私自身も待ち時間が長いカップ麺は嫌なので、いつも待ち時間と麺の美味しさを天秤にかけて悩んでいました。あとカップ麺では、コストの問題もあって、トッピングの具材がどうしても貧弱なものにならざるをえないのが残念でした。

 そこに登場したのが、電子レンジで調理するタイプのラーメンです。色々なタイプのものがありますが、一番普及しているのが、プラ製の丼に、麺と具材とスープが入っていて、食べる直前に丼の中に麺と具材を入れて、その上からスープをかけて、電子レンジで調理をして食べるというタイプでしょう。これは実にお手軽だし、なんと言っても、美味しいのです。普通にお店で食べるラーメンと、ほぼ同レベルのお味と言っても過言ではありません。すげえなーって個人的に思います。ただし、カップ麺と違って、お値段も高めで、お店で食べるラーメンと同じくらいと言ってもいいくらいのお値段です。まあ、味が同レベルなんだから、お値段も同じでも仕方ないわなあ…って感じです。

 ちなみにインスタントラーメンも、マルちゃん正麺などの新しい乾麺タイプのものが出てきました。これは電子レンジではなく、鍋で作るタイプのラーメンですが、これもなかなか美味しいですよ。

 電子レンジ食品の次に来るのは、おそらくフリーズドライ食品だろうと思ってます。電子レンジすら使わずに美味しい料理を手早く作って食べられる時代がやがて来るだろうと思ってます。

 実はカップ麺って、フリーズドライ食品なんですよね。ただ、あまり美味しくない(ごめんなさい)のは、やはりコストの関係だろうと思います。おそらく、値段を高くできれば、すごく美味しいラーメンを作る事ができるのだろうと思いますが、高価なカップ麺なんて、どこにも需要はありません。なので、今後も家庭で美味しいラーメンを食べたければ、電子レンジで調理するタイプのラーメンにならざるをえないのかなって思ってます。

 最後に、電子レンジでの調理って、食品を加熱するわけですが、その加熱って、放射線(この場合、狭義には電磁線を指します。放射線とは電磁線を含んだ広義の粒子線と電磁波の総称です)を食品にぶつけて、食品の分子を振動させて熱エネルギーを発生させて温めるわけで、原理的には、原爆や劣化ウラン弾で人や街を爆破させるのと、仕組み的には全く同じです(もちろん規模は全然違う)。つまり、電子レンジで調理するってのは、食品を(小規模とは言え)被爆させて食べるわけなのです。なので「放射能こわい!」と言っている人の家庭に、電子レンジがあったりするのって、ちょっとした茶番だと思ってます。

蛇足 IH調理器具も電子レンジ同様に放射線を使って加熱しています。電子レンジはレンジから放射線が外部に漏れないように作られていますので、一応安全と言えば安全なんだけれど、IH調理器具の方は、放射線はダダ漏れ状態です(恐)。ある意味、IH調理器具を使って暮らしている人は、毎日被爆しているとも言えます。なので「放射能こわい!」と言っている人の家庭に、IH調理器具があったりするのって、茶番どころか、笑えないホラーだよね。もちろん、メーカー側は健康に影響のない程度の放射線しか出ていませんと言っているわけなので、それを信じるしかないのだけれど…ね。

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2018年11月11日 (日)

年金問題は悩ましいね

 ちょっと前の報道だけれど、こんなニュースがありました。

 ざっくり言っちゃえば、年金ってのは、60歳まで働いて、65歳からもらい始める(これが標準モデル)よりも、70歳まで働いて70歳からもらい始めると、月額にして約10万円ほど多く年金もらえるよ…という報道です。つまり「なるべく高齢まで働いてね、で、年金はなるべく遅くもらってね」という国からのメッセージだろうと私は思うわけです。

 この報道が正しいという前提に立って考えるならば、65歳の年金支給額が月額で約22万円、70歳からの支給だと月額約32万円で、そりゃあ確かに数字だけ見れば、70歳からもらった方がお得っぽいですね。

 ちなみに、このニュースにはありませんが、60歳まで働いて、60歳から年金を支給してもらうと、年金支給額は月額で約15万円ほどになってしまいます。だいぶ減ってしまいますね。少ない感じがしますが、それでも生活保護よりは高額に設定されています。

 年金と言うのは、死ぬまでいただけるものだから、長生きすればするほどたくさんもらえるわけだし、すぐに死んじゃえば、たいしてもらえないものです。いくら70歳から年金をいただけば、32万円もらえると言われても、70歳前に死んじゃえば、いくらももらえないわけです。

 年金は生きて生活するためにいただくものですから、死んでしまえばもらえないのは当然だし、生きていても生活するのに不足を感じるようでは、ちょっと実力不足なわけです。まずはいつまでも元気に働いて、年金の支給額よりも多めの給料をもらい続ければ、年金は不要なんですが、年を取ると、なかなかたくさん働けないし、そうなると収入も少なくなるわけで、なかなか難しいです。体力的な問題とか健康上の理由とかで働けなくなる事もあります。人それぞれ事情もあるわけだし、どのみち、人はいずれ働けなくなるものだしね。年金は必要です。

 仮に、平均余命まで生きられたとして、どのパターンが一番お得かという話だけれど、それはやっぱり“70歳まで働いて70歳から年金受給”ってパターンです。

 ちなみに、平均余命は、60歳の人は82歳、65歳の人は84歳、70歳の人は85歳なんですね。だから、その年まで生きているという前提が考えるのが妥当でしょうね。ならば、70歳でもらうのが一番お得って話になるのです。

 年金受給は、たとえ金額が少なくとも、早くからいただいていれば、それなりの額にはなります。もっとも、後からいただいた方が多くもらえるので、やがて先にもらっていた人の年金受給総額を越してしまいます。

 平均的な65歳受給からの視点で考えると、70歳32万円の人に年金受給総額が越されるのは81歳の時です。平均余命(84歳)まで生きる人なら、70歳からもらった方がお得になります。でもそんなに長生きする自信がなければ、65歳からの受給の方が良いかもしれません。

 また、65歳22万円受給の人が、60歳15万円を越すのは76歳頃です。平均余命よりもだいぶ手前で追い越しちゃうので、60歳15万円よりも65歳22万円の方がお得と言えますが、これも76歳まで生きていたらという前提付きです。

 76歳まで生きる自信のない人は、60歳から受給した方が良さそうだけれど、76歳よりも長生きするつもりの人は65歳まで、バイトでもなんでもして食いつないで、65歳から年金をいただいた方がいいです。まあ、これは60歳になった時の自分の様々な状況を考慮して考えればいい事だと思いますし、平均余命平均余命と言っても、あくまでも“平均”であって、約半数の人はそこまで生きられないという意味でもあるので、自分の健康と体調によく相談するべきでしょう。

 問題は、70歳受給の方です。国の出したモデルでは、70歳まで普通にお給料をもらっているという前提があります。60歳で引退して、後はバイトで食いつなぐ…というパターンではなく、70歳まで現役でバリバリ働くというケースなんです。月額32万円は魅力だけれど、たぶんおそらくほとんどの人は70歳までバリバリ働くわけにはいかないでしょうから、こんな月額にはならないんじゃないかな? そもそも、70歳まで現役で働けるサラリーマンなんて、天下り天下りで渡っていく公務員でもなければ、難しいでしょう。

 国のモデルって、最初っから無理めな話なんです。

 そもそも、現役引退が60歳なのに、年金支給開始の標準モデルが65歳というのが、ひどいと思います。その5年間「バイトしろ」「貯金を切り崩せ」って話でしょ? 国は年金の支給開始年齢を65歳から70歳に、ゆくゆくは引き上げたいのだろうけれど、70歳までの10年間バイト生活をして、年金は70歳からもらってね…って、滅私奉公して身も心もボロボロになった、普通のサラリーマンの最後の10年間の生き方としては…かなり酷な話です。

 ですから、年金に関しては、本来的には、そこをきちんと見直すべきだと思うのです。年金支給開始年齢は遅くするのではなく、むしろ早めるべきです。早めた中で、どうやって年金を維持していくか、その方法を考えるべきでしょう。世の中には、まだまだ60歳退職って職場は多いんですからね。

 現実の庶民の生活をよく見た上で、年金制度をよりよく運用してもらいたいものです。

 まあ、現実問題としては、年金を何歳からもらったら得か?…なんて考えるのではなく、いつまで元気に働けるのか?…って話なんだろうと思います。

 で、今の年金モデルでは、定職であれバイトであれ、65歳まで働く前提なんですよ。なので、現在のシステムの中では、まずは健康第一。で、65歳まではちゃんと働いて収入を得る。その後は自分の健康と体力と職場の事情を鑑みて、引退する時期を考えればいいんじゃないかなって思います。

 ちなみに私の職場は60歳で退職なので、残り5年間はバイトで食いつないでいくしかないんだよね。デブで、体力不足で、健康にも不安があって、手に職なんて特にない、パっとしない60歳の爺さんを雇ってくれるバイトって、どんなんだろ? 今から、ちょっぴり不安です。

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2018年11月 4日 (日)

そろそろ日本も移民問題に正面から向かっていかないといけないんだと思う

 国会では、外国人労働者問題が盛んに議論されていますね。

 さて、都会に行くと、本当にたくさんの外国人労働者の方々が働いています。飲食店でお運びをしている人はたいてい外国人だし、コンビニのレジにいるのも外国人労働者の方です。駅前でティッシュ等を配っているのも外国人だし、工事現場で汗まみれになって働いているのも外国人です。日本人は、どこで働いているのかと不思議に思うほど、都会には外国人労働者が数多くいます。

 地方では、都会ほど目立ちませんが、それでも工場に行くと、下請けや孫請け会社にはたくさんの外国人労働者の方が働いていたりしますし、公立学校などに行くと、多くのクラスに外国人労働者の子弟が学んでいます。街を歩いている人の中にも、よく見ると、゛相当数の外国の方がいらっしゃいます。また日本人にしか見えない近所の人の中にも、実は外国人だという人は、結構います。

 日本で働いている外国人/元外国人をどのように呼ぶのか、政府の見解によれば、次のようになります。

 移民…日本の国籍取得をした人
 永住者…日本国籍を取得しないで住み続ける外国人
 外国人労働者…永住することを考えず、職のために来日して働いている外国人

 言葉を付け足すと、移民はいわゆる“帰化人”です。生まれ育ちは外国だけれど、ある時に日本に帰化をして日本人になった人たちを“移民”と言います。実は、この“移民”という言葉の定義が、日本と世界標準とでは違うのが、問題をややこしくしてます。世界標準では、帰化をしたら、その国の国民であって、移民とは呼びません。

 永住者は、いわゆる“在日”な方々を指します。つまり外国籍のまま日本人同様の暮らしをしている人を言います。それも本人のみならず、何代にも渡って外国籍のまま日本人同様の生活をしているわけです。日本人同様と言うのは、単に日本人並の生活をしているというだけでなく、日本人名を名乗り、福祉サービス等も日本人同様に受けて生活しているという事です。日本人と違うのは、パスポートが日本のモノではない事と、選挙権がない事と、母国に納税や募金をすると、その分、日本の納税が軽減/免除される事ぐらいです。

 世界標準で考えると、外国籍のまま何代にも渡って外国で暮らし続けるという事はありえない事のようで、その地に暮らし続けるのなら、普通は帰化するものです。これは我が国というよりも、在日の方々のメンタルが世界標準から離れているって事だろうと思います。もっとも、それを許している我が国にも責任がないわけではありません。まあ、これに関しては、またいずれ稿を改めて書きたいと思います。

 で、最後の外国人労働者…これらの方々は、いずれ帰国する予定の外国人たちの事を言います。つまり外国籍の“出稼ぎ労働者”を指します。世界標準では、すぐに帰国するかどうかは別として、ある程度の期間(5年とか10年とか、国によって違います)、その国にとどまって生活する人を移民と呼びます。我が国では、つい先日まで外国人労働者の在留資格は最長3年間でしたが、5年に延びたし、これを10年間に法改正をしている最中です。10年間日本にいれば家族だって母国から呼び寄せるだろうし、そうやって生活基盤を日本に作ったら、もう母国には帰らないですよね。そのまま日本に在留しつづけるだろうし、そういう人をむりやり母国に返すのも人道的に問題があるのではないでしょうか?

 そして母国に帰らずに、不法滞在者となった人たちは正規に働くことができなくなり、やがて犯罪に手を染めるようになる…事だって無いとは言えません。

 それでも日本は移民の受け入れを行わない…なんて事を言っていいのかと私は思うわけです。受け入れていないと言いつつ、実際は移民ウェルカムな状態になっているのではないでしょうか? ウェルカムなら、きちんと彼らの生きる道を法的に確保して、互いの幸せを模索するべきなのです。でも、それは全然できてないわけです。

 これらはみんな、日本の公的な機関が使っている言葉と、現実がかなり乖離しているって事を示しているだろうと思います。

 ちなみに政府の方々が公的に使っている言葉と、国会議員の先生方が国会で使っている言葉(どうやら世界標準の方のニュアンスらしい)の違いも、これまたニュースを分かりづらくしているようです。

 言葉をすり替える事で、問題を隠している…のかもしれませんね。なにしろ、国政に関わる人って、賢い人が多いから。

 日本は、公的には移民(=外国人労働者)の受け入れを(一部を除いて)していない国ですが、実質的には(一部の人が多すぎて)すでに数多くの移民が入り込んでいる国だと思います。

 つまり、建前と実態が違うと言えます。建前では「我が国では移民は受け入れてません(安心してください)」であるけれど、実態は街中に外国人労働者(=移民)が溢れているし「今後はもっと多くの外国人労働者を受け入れていきます」なんですね。

 日本人は移民に拒否反応が…あるんだと思います。その気持を汲み取って、野党の人たちが外国人労働者問題に関して拒否反応を示しているわけです。

 で、私が思うに、日本人が移民に関して拒否反応を示す理由は3つです。

 1つめは「気味が悪い」という感覚です、ま、はっきり言っちゃえば“差別”意識なんだけれど、自分たちとは外見も違うし、使う言葉も違うし、生活習慣も違って、ああ気味が悪い…って感じるので、拒否るって事です。これは、感情なので、子どもの頃から教育して、そういうネガティブな感情を持たないようにしないといけません。まあ、今の学校教育は、そういう意味では割と成功していると思いますので、あと50年くらいしたら、この問題は解決すると思います。

 2つめは「犯罪が増える/治安が悪くなる」です。犯罪に関しては、日本人も外国人も犯罪率には違いはないという統計があります。ただ、外国人が罪を犯すと目立つので、外国人の犯罪が多く感じる…というのが事実かもしれません。もっとも、別の統計では日本人よりも外国人の方が犯罪率が高いという結果のモノもあるそうです。特に、特定の国の外国人の犯罪率が高いとか高くないとか? それに不法入国者などは、どうやって統計に上がってこないし…ね。まあ、統計なんて、どう取るかで結果も変わるものですし、日本人と比べると外国人の人数の方が少ないので、外国人の犯罪率うんぬんと言っても、絶対数的には問題になりえない…とも言えます。

 そうは言っても、外国人が増えると「犯罪が増える/治安が悪くなる」と感じるのは、私でも(差別意識はないつもりですが)肌感覚では理解します。とりわけ、治安が悪くなるのは…外国の方々とは生活習慣が違いますから、犯罪とまではいかなくても、街の中に外国人が増えると、ご近所でのトラブル発生率は確かに増えるでしょうね。それをもって「治安が悪くなる」というのなら、それはそのとおりかもしれません。“郷に入っては郷に従え”は、多くの外国人には通用しないことわざですから…。多くの外国人たちは“リトル○○”を作って、その地域を自分たちの縄張りのようにしてしまいがちなわけで、そういう習慣も、我々日本人からすれば、困った習慣に感じざるを得ないわけです。

 そのアオリを受けるのが、我々日本人社会に溶け込もうと努力する外国人たちなんだよね。数で多いのは、やはり“リトル○○”を作っちゃう人たちで、そういう人たちと、パッと見、同じ感じだから誤解されちゃうんだよね。で、彼らは日本人とうまくやっていこうと努力をするのだけれど、なかなか居場所が作れず、居心地が悪いままなんだよね。

 3つめは、外国人労働者が増えると「日本人の雇用が奪われる」です。確かに、都会では外国人の働く姿が目立っていますし、そのために日本人の雇用が彼らに奪われているというイメージはあります。でも、実際はどうなんでしょうね。雇用者側からすれば、本音じゃ日本人の若者を雇いたいのに、誰も働いてくれない。仕方ないので、外国人を雇っている…ってところじゃないかな? 別に外国人だからと言って、給料を安くしていいという決まりはないからね。最低賃金は誰であれ、守らないといけません。ただ、外国人なら最低賃金でも働いてくれるけれど、日本人は最低賃金では働いてくれない…ってだけなんだと思います。

 ならば「日本人の雇用を奪っている」のではなく「不足している日本の労働者を(最低賃金で)補っている」と言えるのかもしれません。また一方で、外国人労働者が最低賃金で働いてしまうので、外国人労働者でもできる仕事は一向に賃金が上がらず、そういう仕事に就きたい(けれど、最低賃金では働きたくない)日本人の仕事を奪っている…と言えなくもないです。

 でもこれからの世の中は、外国人労働者でもできる仕事は外国人労働者が担い、ロボットでもできる仕事はロボットが担い、日本人でなければできない仕事を日本人が行っていく…という世の中にならざるをえないのだろうと思います。

 アメリカにはだいぶ前から、Poor white/White trash問題がありますが、やがて日本にも、類似した問題が発生するかもしれません。

 人件費というのは、大きな問題です。

 私達が豊かな生活を過ごせる要因の一つに、安い人件費で働いてくれる、彼ら外国人労働者の存在があるわけです。それによって社会全体があれこれ安価で動くようになり(結果デフレが継続するんだけれど)色々なものが安価に提供されるわけです。

 なにしろ、外国人は最低賃金で働いてくれるし、技能研修生というカタチを取れば、最低賃金以下の給与でもOKなので、人件費をかなり安く抑えられます。雇う側からすれば、あれこれ労働条件に贅沢を言いたがる日本人よりも、安価で従順な労働力として重宝されるわけです。

 じゃあ彼らがなんで、そんなに安い値段で働くのか言えば、日本人から見れば“安い給料”であっても、それが彼らの母国の水準と比べると“破格に高給”だからです。飲食店で注文取りをするだけで、夢のような高給がもらえるんですよ。そりゃあ働きたくもなるものです。

 外国人労働者(=移民)が大勢いる国は…豊かな国で間違いないです。ある意味、豊かな国に移民問題は付き物です。日本は世界でも有数の豊かな国であって、すでに、彼ら外国人労働者の存在がなければ、回っていかない社会になっていると思います。

 それにしても、現在、外国人労働者の法的な位置づけでアバウトなんですよね。今国会で審議している法案にしても、かなりザルなわけで、だから野党の人たちがあれこれクレームをつけているわけです。

 どうも外国人労働者問題はすっきりしません。

 これも我々日本人が持つ偏見と、古い憲法と法体制のせいです。我々の心にある偏見を取り除き、きちんと憲法を改正して、彼ら移民の法的な位置づけをきちんと定めないといけないと、私は考えます。そうしなければ、我々も不幸だし、彼ら外国人労働者、つまり移民の方々も不幸になるんだと思います。

 移民だって、日本の社会を構成するメンバーの一人なんです。そこは忘れちゃいけないと思います。

 あと、移民関連の問題として、帰化要件とか永住者に関する件とか、あれこれ法的に見直す必要がある問題は山積していますが、これまたいずれのかには別稿で。

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2018年10月28日 (日)

そりゃあ、本屋も潰れるわな

 先日、何気なく、私のipadに入っている電子書籍の数をチェックしてみたら、なんと、約1600冊ありました。いやあ、最近、たくさんあるなあ…と思っていたものの、まさかそんなにあるものとは思っていませんでした。

 約1600冊…。ipadを電子書籍リーダーとして使い始めたのが、2014年の10月からですから、なんだかんだ言って、もう4年も使っているわけです。つまり、この4年間で購入した電子書籍が約1600冊って事です。

 4年で1600冊と言う事は、1年で約400冊。1年で400冊と言う事は、1ヶ月で約33冊。つまり、1日1冊以上の割合で、電子書籍を購入していたわけです。驚きだね。

 もちろん、全部を読破したわけではありません。たぶん、全体の半分ぐらいは「そのうち読むから買っておこう」って感じで積読になっています(これが実はipadのハードディスクを圧迫しているのです:涙)。平日はなかなか読書できませんが、休日などに結構まとめて読んだりしているので、1週間で3~4冊程度のペースで読んでいます(だから積読が増えていく…わけです:涙)。

 まあ、硬派な書籍も無いわけではないけれど、大半は軽いエッセイとか実用書やマンガの類だから、結構なハイペースで読めたりするんです。

 若い時は、専門書も含めて、1日2冊は読んでいたので、だいぶ読書量は落ちたと思います。

 それにしても、ずいぶんと購入したものだなって思います。紙の書籍を購入していた時も毎月の書籍購入費は1万円を下らなかったものだけれど、電子書籍は保管場所を必要としない事もあって、気軽にガンガン買ってしまうので、毎月の書籍購入費なんて…考えたくもない私です(笑)。

 たぶん、私のような人って、日本中に何千何万といるんだろうと思います。客が紙の本の購入を止めて電子書籍にシフトしても(電子書籍を発行していない会社は別として)出版社は痛くもないでしょうが、印刷業界とか街の書店は厳しいですよね。実際、私は、地元の書店で書籍購入を止めただけなぐ、書店そのものに行かなくなりましたもの。かつては休日の度に書店めぐりをしていた私が…ですよ。自分でも驚きです。

 で、たまに何かのついでで書店に行って、興味深い本を見つけたら、その題名を暗記して、家に帰ってから、電子書籍で購入しています。電子書籍で見つけられなかったら…紙の本を購入するのではなく、購入そのものをやめちゃいます。だって、読みたい本/読まなきゃならない本なんて、山のように抱えているので、買えない本を頑張って買うほどエネルギーを使えないんですよ。

 なので、今の私は、紙の書籍も雑誌も購入せず、新聞の定期購読も止め、電子書籍やネットの情報やテレビのニュース番組で生きています。たぶん、これが21世紀の標準的なライフスタイルなんだと思います。

 そりゃあ、街の本屋が潰れても、仕方ないわな。

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2018年10月21日 (日)

たぶん支持されないだろうけれど、私が考える“ふるさと納税”の在り方

 最近、ふるさと納税の話題をちらほら耳にします。どんな返礼品があるとか、どこの返礼品がいいとか、返礼品あげ過ぎとか、返礼品に法規制をするとかしないとか…

 ぜんぶ、返礼品周りの話題じゃん(笑)。

 私が思うふるさと納税の問題って、次の3点なんだろうなあって思います。

1)ふるさと納税をする事で、本来地元に支払われるべき地方税が納められない事。
2)実質無料で返礼品がもらえる事。
3)より多くのふるさと納税を集めるために、多くの自治体が還元率の高い返礼品を用意し始めた事。

 私、ふるさと納税に関して…自分が応援する地方自治体に寄付をするのは、とても良い事だし、麗しい事だし、ノブレス・オブリージュだと思っています。つまり、ふるさと納税には原則的に賛成しています。

 ただ、問題をややこしくしているのは、地方公共団体等に特定寄附(ふるさと納税って、実は納税ではなく寄附行為なんですよ)をした場合、寄附金控除と言って、税金の控除が受けられる事です。具体的には寄附をした分、その金額に応じて、所得税と住民税の支払いが少なくなります。もっとも、所得税は国税、住民税は地方税となります。所得税の控除分は還付されるので国の減収となり、地方税に関しては、現在住んでいる地元への納税は減りますが、ふるさと納税した分はふるさと納税先の収入になります。

 つまり、ふるさと納税をすると、国とあなたがお住まいの市町村は一方的に税収が減り、あなたとあなたがふるさと納税をした市町村は収入を得る…という構造なわけです。あなた自身に関して言えば、還付金だけでなく、返礼品まで入手するわけだから、ふるさと納税って二度お得なわけです。

 だから、猫も杓子もふるさと納税に走るわけだな。

 収入が増えてホクホクになる方は、別に問題ないでしょうし、ふるさと納税バンザイなわけです。

 問題は、ふるさと納税によって痛手を食らう側です。実際、少なくない自治体で、大幅に税収が落ち込んでいるわけです。その数は約500団体ほどなんだそうです。

 2017年度の統計によれば、横浜市が55.5億円、名古屋市が31.9億円、世田谷区が30.8億円などと、都会と呼ばれる地方自治体の減収は、実にびっくりするほどの巨額なんだそうです。

 だいたい、55.5億円の税金があれば、一体いくつの保育所が作れるんだろうなあ…なって、ぼやって考えてしまう私だったりします。

 公平を期するために書くと、ふるさと納税で税収が増えた団体は1750団体ほどで“損”をしている市町村の三倍も“得”をしている市町村が多い勘定になります。なので、ふるさと納税は、全体的に見れば、成功していると言えます。

 ふるさと納税は麗しい事だけれど、それをする事で、地元へ収める地方税が減ってしまうのは、個人的には、問題だと思ってます。横浜の55.5億円は極端にせよ、少なくとも500の団体で、税収の不足が発生しているわけで、そういう地域に住んでいる人は、ふるさと納税をする事で、自分と自分の家族および周囲の人々が不利益を受ける事に気づいていないのです。

 税金って、特に地方税って、自分たちの暮らしの質を維持するため(道路整備、河川整備、公園整備、都市整備、図書館整備、警察、消防、保健所、役所、公立老人ホーム、公立音楽ホール、公立保育園、公立学校、子どもたちの教科書代等々に使われます)に収めているわけで、税収が不足する地域に住んでいると、十分な住民サービスが受けられなくなります。

 だから、ふるさと納税が考えられたわけだけれど、それがちょっと行き過ぎてしまっているのだと思います。

 ウチの地元も、ふるさと納税で減収しています。その金額は…ふるさと納税で得られる税収が約2000万円で、ふるさと納税で失う税収が約2億円なんだそうです。ただでさえ赤字地方公共団体として有名なのに、その上ふるさと納税で2億円も減収しているので困っているようです。福祉サービスを減額し、いくつかの大型事業を中止し、市有地は売却して、当座を乗り切っているようですが、それもいつまで続く事やら…。

 今までも、税収が厳しいから文化事業は規模縮小しろって、よく議会で取り上げられていたようですが、それでも今までは市長が頑張ってくれていたので、現状維持をしていたみたいだけれど、その市長も先日亡くなってしまったので、今後の文化事業はどうなるんでしょうか? クラシックコンサートなんて廃止されちゃうのかな? 年末の第九も無しになるのかな? とか、どうでもいい心配してます。

 本当はまず、税金で整備しないといけないライフラインの心配をしないといけないのですが…。ライフラインの心配の次は、不足気味の福祉関係の整備だね。ウチの地元は、近隣の市町村と比べて、福祉が貧しいからなあ。これも税収が少ないから仕方ないらしいのだけれど…。

 なので、自分が応援したい地域に寄付をするのは良いことだけれど、だからと言って、地元へ収める税収を減らしてしまっては、良くないと思います。私もふるさと納税をしたい地域がありますが、地元の税収が減ってしまうのはマズイと思っていますので、遠慮しています。

 やはり、地元に収めるべきものはしっかりと収めた上で、地方を応援するべきだと思います。自分の足元は、しっかり固めておかないとダメだよ。

 なので、ふるさと納税をした場合の寄附金控除に関しては、国税の還付だけにして、地方税はきちんとそれぞれお住まいの市町村に収められるようにした方がいいかなって思います。

 国税の還付だけにすると、金銭的なお得感が減るけれど、その代わり、返礼品は金銭的な制限は取っ払って、それぞれの市町村で知恵をしぼってもらって、うんとお得感が出るようなものにしてもらうのはいかがでしょうか?

 まあ、本来、ふるさと納税は、応援したい地方を金銭的に応援するためにするものであって、返礼品目当てなんて、実に邪な考えなんだけれど、人間の本性は邪なんだから、返礼品でコントールしていくのは、仕方のない事だと思うわけです。

 もしも、こういうシステムに、ふるさと納税を変えてくれたら、私なんて、バンバンふるさと納税しちゃうよ。いや、マジです。

 それに、みんながみんな、ふるさと納税をして、国税が減ってきたら…地方交付税とか、あの辺りをいじればいいし、それくらいの事は、国税に関わる人々は賢いから、すぐにどうにでもするでしょうから、国税の不足なんて、全然心配していない私でありました。

 実は税収なんて、景気さえよくなれば、あっという間に増えるんだよね。だから、本来的には増税したり、新税を作ったり、税金のシステムを変えたりする以前に、景気対策をしないといけないし、そのためにはお金が社会で回るようにしないといけなし、そのためには公共事業をバンバンやんないといけないんだよね。一見無駄に見える公共事業をたくさんすると、景気が良くなって、税金問題解決するんだけれどなあ…。

 ま、こんな考え、世間から支持されないだろうなあ…。

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2018年10月14日 (日)

バスは便利!

 すでに“ひとこと”欄に書きましたが、先日、普段づかいのスーツを作りました。今回はその時の話です。

 タキシードを作ったあたりから、オーダーで衣装を作ってアゲアゲな気分になった我々夫婦でした。

 そんなところへ、某大型スーパーからダイレクトメールがやってきました。その内容は…格安でスーツのイージーオーダー承ります…って奴です。アゲアゲ気分な我々のハートを直撃のメールじゃないですか! それもかなりの魅力的なお値段。もちろん、専門店ではなく大型スーパーのスーツだし、値段も値段だし…そうなると品質に不安を感じないわけでもないですが、まあ普段づかいだし、多少ヨレヨレでもいいかって気持ちもあるし、良い仕上がりならめっけもんだし…というわけで、お試しの意味も込めて、ぜひ作ってみようという話になりました。

 だって、吊るしのスーツ1着分の値段で、イージーオーダーのスーツが2着も作れるんだよ。嘘みたいでしょ? そりゃあ騙されてもいいやって気分になります。

 この大型スーパーと言うのは、もちろん、先日トラブった銀座山形屋さんが入っている大型スーパーで、そのスーパーの本部からのダイレクトメールだったのです。銀座山形屋さんではスーツを作らない事に決めた我々は、地元の店には行かず(ってか、正直に言えば、銀座山形屋さんが入っている地元の店舗は、なぜか、対象外だったので)隣町の駅側の支店に行ってスーツを作ることにしました。

 普段なら隣町へは、地元のJRの駅までトボトボと歩いてから電車に乗って行くのですが、この日は、連日のお出かけの影響か、とても疲れていたので、電車ではなく、家のすぐ前のバス停からバスに乗っていく事にしました。いやあ…楽。お値段は、電車より多少かかりますが、なにしろ door to door みたいなモノですから、疲れている時は、バスは有り難いです。

 で、隣町の大型スーパーの紳士服コーナーに行ったところ、その店舗の紳士服コーナーは驚くほど小さくてビックリしました。店員さんに話を聞いたところ、その店では紳士服の取扱を止める予定で、現在、売り場を縮小している最中なんだそうです。道理で、こんなに小さいんだね。今回のセールにしても、本当は除外店にしてもらいたかったんだそうですが、本部の意向もあって外してもらえず…って事らしいのです。なので、店員さんからは、丁寧に、この店ではオーダーは受けられないという説明を受けました。事情が事情だし、現状も見てますので、それはやむをえないなあと思いました。

 ちなみに、その店舗では、紳士服から撤退する代わりに、すでに、かつて紳士服売り場だったところに、別の紳士服系のアパレルさんが専門店として入っていました。つまり、紳士服を直売から、外部業者へ委託していくというやり方に変えるわけです。

 地元の店舗も、小さな紳士服売り場+銀座山形屋というカタチになっているわけだし、それと同じ事なんだろうなあって思いました。紳士服って…売れていないんだねえ。直売でやるには採算が取れないんだろうね。

 で、その店員さんからは、近所で紳士服売り場が充実していて、オーダーを受け付けている別店舗を教えてもらいました。そこは、まあ遠くは遠くなんだけれど、せっかく紹介をしてもらった事だし、行ってみるだけ行ってみる事にしました。

 その店は同じ市内にあるものの、いわゆる郊外店で、最初の店から電車に乗って最寄り駅に行き、その駅からはバスかタクシーで行く…って感じでした。歩いていくのは…最寄り駅から30分以上かかるので、現実的な距離じゃないんだよね。

 とりあえず紹介された事もあったので、ひとまず向かった我々でしたが、その店は、我が家からだと、電車に2本乗った上にバスに乗っていくわけで、乗り換えも含めて、一時間程度かかってしまうほどの距離で、だったら横浜や川崎と変わらないじゃん…って話になりました。時間的には横浜や川崎と変わらないけれど、乗り換えの手間を考えると、もっと不便じゃん…って結論になり、とりあえず店には行くけれど、そこでは買わないでおきましょうって話でまとまりかけました。

 とりあえず、電車にのって、その最寄り駅に行きました。そこからバスで大型スーパーに向かうわけだけれど…そのバスを見てビックリです。と言うのも、そこから乗るバスは、ウチの近所を走っている路線のバスだったからです。つまり『最寄り駅-目的の大型スーパー-ウチの近所のバス停』となるわけで、電車で行くとかなり不便な店舗ですが、バスだと直通で、案外便利で近い事を知りました。

 実際、ウチの近所からバスに乗ってしまえば、30分程度で到着するんだよ。これなら、隣町へ行くのと時間的に変わらないです。自宅と店舗がほぼ door to door です。なら、ここでスーツを作ってもいいじゃんって事になりました。

 で、目的の店舗に行って、紳士服売り場に行ったら、すでにさっきの店から連絡が入っていたようで、スムーズに話がまとまりました。採寸もごく簡単にささっと終了し、あっという間にスーツの注文が終わりました。

 ええとお値段の方は、基本料金はダイレクトメール通りでしたが、それにキングサイズへの割増料金(つまり、デブ料金)と替えスボン(スペアパンツ)代を加えると、だいぶ増え、普通のイージーオーダーで1着作る程度のお値段になりました。ま、オプションを付けて、お値段が増えるのは、日本式の商売ですから、仕方ないです。それでも1着分のお値段でスーツが2着作れるんだから、まだ安いけれど、当初は吊るしのスーツ1着分の値段だった事を考えると、倍近くも、お値段増えました。

 とにかく、仕上がりが楽しみです。お安いモノを買っているのだから、値段なりの仕上がりなら、別に文句はありません。むしろ、値段以上の品質で仕上がってくれば、今後は愛用してもいいかなって思うわけです。ま、海外の廉価な生地を使い、海外の工場で作るから実現できる値段ですから、多くは期待しません。でも、自分のカラダにばっちり合った服を着るのは、うれしいものです。

 帰りは、その大型スーパーから自宅近くのバス停まで、バス一本でサッサと帰宅しました。いやあ、便利便利、バスって本当に便利だと思う。バスって、その路線図が、鉄道ほどは知られていないので、うまく利用できないのだけれど、知れば知るほど、便利に使えるのがバスだなあって思いました。

 ちなみにバスは、ボケモンGOをやるのに、最高の交通機関でもあります(笑)。

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