ひとこと

  •  いよいよお盆休みもお終い。なんか残念。あの楽しかった夏の日は、もう終わり。また日常生活が始まるわけだけれど…ううむ、発表会とクラシックコンサートの準備が…。生活はいつもの日常生活に戻るけれど、その中で、着々と発表会とクラシックコンサートの準備に備えていかねば…。がんばろーっと。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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カテゴリー「歌劇」の記事

オペラおよび歌劇団に関するエッセイです。オペラ鑑賞記録もここです。

2017年8月 3日 (木)

『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』を見てきました

 やっと、やっと見てこられました。舞台中継版(つまり“ライブビューイング”って呼ばれる舞台中継を映画化したヤツね)の『ミス・サイゴン』! 見たかったんだよ、これ。でも、なかなかスケジュールが合わなくて(だって、どこの劇場でも1週間程度しか上映してくれないんだもの)、DVDになってから見るか…と半ばあきらめていたところ、東劇で上映してくれるという情報を得たので見てきました。

 とは言え、この上映は、明日(2017年8月4日)で終了予定です。だって、8月5日からは、メトのアンコール上映が始まるからね。だから、見たい人は急いでね。

 公式ホームページを貼っておきます。東劇以外では、まだやっている映画館もごく少数ですがありますので、チェックよろしく、です。

 まあ、そもそも、この『ミス・サイゴン』、東宝配給なんですよ。だから、今年の春に、全国の東宝系の映画館で上映されていました。その時には、忙しくて、うっかり見逃した私です。ああ、残念。

 こんなに時期をズラして上映する東劇は…実は松竹系ですから、いわば2番館扱いでの上映だったのかもしれません。ほら、東宝の映画を松竹で上映するってわけだしね。でも、どこであれ、大きなスクリーンで見ることができて感謝だし、今は昔と違って、映画もフィルムではなくデータでしょ? 昔の映画だと、フィルムって上演する度に劣化するから、きれいな絵で見たかったら、なるべく早く、ロードショーのうちに見に行くのが吉で、二番館上映ってなると、さんざん劣化したフィルムで上映するわけで、ちょっぴり残念になるわけです。私は地方在住者ですから、子どもから青年期にかけて、映画は常に、二番館、三番館で見てました。地元で映画を見るって、そういう事でしたから、そういう事には慣れていたのだけれど…ね。それにしても、映画がデータ化されて、地方と都会の格差が無くなった時は、ちょっぴり嬉しかったものです。

 ちなみ『ミス・サイゴン』、DVD等は10月に発売予定になってます。

 『ミス・サイゴン』ってミュージカル、名前ばかり有名だけれど、これまでは日本では、実はなかなか見ることが難しいミュージカルでした。と言うのも、舞台での上演は、東宝製作で、帝劇を中心に、全国興行もしているとは言え、そんなに頻繁に舞台が上演されるわけでもなく、なかなか実際の舞台を見に行くチャンスと言うのは多くなく、実際に見るのは、お好きな方でないと難しかったのです。

 ま、それはその他のミュージカルでも同じ事です。

 多くの日本人にとって、ミュージカルってのは、やっぱり映画なんですよ。ミュージカルって、映画化されて、始めて日本中で気軽に映画館で見ることができるし、テレビ等でも放送してもらえる…って感じでしょ?

 まあ、海外の有名ミュージカルは、たいていハリウッドあたりが映画化してくれるので、それでも問題はないのですが、実はこの作品、有名なだけれど、これまで映画化されていませんでした。まあ、作品のテーマ(ベトナム戦と現地妻とブイドイだもの)的に、アメリカでの映画化は難しいのかもしれませんね。だってこのミュージカル、見る人が見れば、人種差別だとか女性差別だとか、なにしろアメリカ人が嫌う事柄が、てんこ盛りの作品だから、そういう事にシビアなハリウッドでは、恐ろしくて手が出せなかったというのもあるでしょう。

 とにかく、映画化されなきゃ、日本の一般市民が気軽に『ミス・サイゴン』を見るってわけには行きませんよね。

 で、今回(アメリカのハリウッドではなく、イギリス製作だけれど)舞台中継版だけれど映画化され、日本の歌芝居ファンの方々にも、気軽に見ることができるようになったわけで、ほんと、めでたい事です。この舞台中継版が世界に受け入れられたら、いよいよ本格的な映画化がされるんじゃないでしょうか?(単なる私の憶測です)

 今回の映像化は、ここのところ、キャメロン・マッキントッシュ(イギリスの有名プロデューサー)が手がけている、有名ミュージカル25周年記念公演の流れの一環として製作されています。

 最初に映像化されたのが『レ・ミゼラブル』の25周年記念公演で、次は『オペラ座の怪人』の25周年記念公演でした。今作はそれらの次の“25周年記念公演”になるわけです。…とは言え、日本では、レミゼやファントムとは異なり、実は『ミス・サイゴン』の映画は、当初、お蔵に入っていたんだそうな。海外で製作されて、間もなく日本で封切られたのではなく、製作当時は上映を見送られたそうです。まあ、ミュージカル作品としては『ミス・サイゴン』ってのは、トップクラスの人気作品ってわけじゃないからね。とは言え、人気ミュージカルである事には間違いないので、日本での上演25周年の今年に合わせて、蔵出し上映が決まったのだそうです。良かった、良かった。

 25周年ライブとしては、第三作目にあたるので、『ミス・サイゴン』では、それなりの製作ノウハウが溜まってきたようで、前2作と比べると、映像作品の完成度としては、なかなかのモノがあります。そこが単なるライブビューイング作品とは違うわけです。

 もちろん、劇場での舞台中継がメインですが、そこに後日、別撮りした映像を加えて編集したため、ミュージカル全体がスピーディーに進行するし、客席からでは見られないアングルにカメラが置かれたり、実になかなか良い感じです。

 今回の『ミス・サイゴン』は、なんと言っても良いのが、それぞれの役柄が、きちんと正しい人種の役者にキャスティングされているって事です。

 『ミス・サイゴン』は、オペラ『蝶々夫人』のミュージカル・リブートなわけで、現地妻の悲劇がテーマの一つなわけです。そうなると、そこにはどうしても人種問題が絡んできます。ましてや『ミス・サイゴン』は、そこにベトナム戦争まで絡んできますから、役者の人種って大切なんですね。

 東宝製作の日本版だと…当たり前だけれど、すべての役を日本人俳優が演じてしまうため、人種対立が分かりづらいのですが、この映画では、ベトナム人やタイ人などのアジア系の役は、ちゃんとアジア系の役者が演じているし、アメリカ人は、いかにもアメリカ人的な白人や黒人たちが演じているわけです。これ、とっても大切です。これができているから、物語の悲劇性がより深まるわけだし、これをやっちゃうと…アメリカ人的には、実に居心地悪い感じになるんだろうなあ…って思います(ファンタジー性が薄れ、リアルっぽくなってしまうからね。だからハリウッドでの映画化が避けられてきたんだろうと思います)。

 という訳で、今回のこの映画は、なかなかよろしいですし、歌芝居がお好きな方は、ぜひ一度はご覧になると良いと思います。ほんと、歌も芝居も良いです。もちろん、上演の質は、25周年だから悪いはずはありません。

蛇足 で、思ったのは、人種の違いがうまく表現できていない日本版の『ミス・サイゴン』(当然、帝劇版を前提に考えてます)は、その点に関しては残念なんだけれど、それ以外は、結構頑張っていたんだなあ…って、改めて思いました。翻訳ミュージカルって、どうしてもオリジナルと日本版を見比べちゃうと、日本版ってあれこれ残念だったりする事が多いのだけれど、ミス・サイゴンに関しては、東宝も頑張っていたなあと思うし、このミュージカルって、日本人俳優には演じやすい演目なのかなとも思いました。なにしろ、物語の舞台はベトナム&タイだからね、モロにアジアが舞台だし、登場人物の大半もアジア人だからかもしれないし、主人公のキムが、蝶々さんに重なるからかもしれないけれど、日本版も良いので、チャンスがあったら、ぜひ帝劇版もご覧になると良いと思いました。

 私個人的には、DVDが発売されたら、即購入で永久保存盤になると思ってます。

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2017年7月24日 (月)

シアタークリエに行って「レント」を見てきた

 表題にあるとおり、日比谷にあるシアタークリエに行って「レント」を見てきました。シアタークリエに行くのは始めてだけれど、ここは以前、みゆき座があった場所だよね。みゆき座(映画館)は、今は向かいにある宝塚劇場の地下に移動したけれど、昔はシアタークリエのある場所(3D的にも同じ場所)にあったのを覚えています。私はそこで「永遠のマリア・カラス」という映画を見ました。すごく混んでいて、普通席が購入できなくて、やむなく(名称は忘れてしまったけれど)リクライニング式の大きなソファーの高額席で見た覚えがあります。映画代とは別に座席代がかかって、それがすごく高かったので、今でも忘れられません(笑)。

 シアタークリエの入っているビル自体は、隣の日比谷シャンテのビルとつながっていて、なかなか便利です。劇場のロビーは狭くて、正直、居心地良くないのですが、シャンテとつながっているので、シャンテに逃げる事ができますし、シャンテで休憩とれます。なかなかいいです。

 足の便も良いですよ。有楽町駅のすぐそばだし、我々は新橋から劇場に向かったのですが、新橋からでも歩いて行けちゃったくらいですからね。宝塚劇場の向かいで、帝国ホテルの隣です。ほんと、良い場所にあります。

 さて、シアタークリエで上演されている「レント」は東宝製作のミュージカルです。東宝ミュージカルと言うと、帝国劇場で上演されているミュージカルもそうなのだけれど、テレビで見かけるような有名タレントがよくキャスティングされています。

 そういう有名タレントさんが主役や脇役にキャスティングされるのですが、そういうミュージカルって、たいていの場合、主役とモブは上手なんだけれど、脇役さんたちが今ひとつというイメージがあって、キャスティングにスキがあるなあと…と私は思っています。まあ、演技や歌にスキがあっても、彼ら彼女らの集客力はバカにできないわけで、客寄せパンダとしての役目を負わされているのだから仕方ないやと諦める事もあります。いやいや、時によって、上手なのはモブだけで、主役も脇役もパンダだったりすると、見ているのがつらい上演もあったりします。

 そういう点では、今回の「レント」も東宝製作と知った段階で、ミュージカル的には全然期待していなかったのでが、それはいい意味で裏切られました。

 いやあ、いいんですよ。モブの方々はもちろん、主役も脇役もみんな、上手いんです。全然、キャスティングにスキがなくて…まるで劇団四季のミュージカルを見ているみたい(笑)。

 もちろん、従来通り、このミュージカルにだって、客寄せのパンダさんもキャスティングされているわけです。例えば、ケミストリーの堂珍嘉邦さんや、カラオケ★バトルの宮本美季さんなども出演しているんですが、彼らがまた本当に上手なんですよ。パンダさんが上手なんですから、他のガチのミュージカル俳優の皆さんたちは、そりゃあ当然凄腕ばかりなんです。いやあ、いいパフォーマンスを見せていただきました。

 じゃあ素晴らしい舞台だったと手放しで喜べたのかと言うと…かなり辛口な感想になるけれど、ごめん、そうではなかったです。

 出演者も良くて、音楽も良くて、演出も良くて…じゃあ、どこが問題かと言うと、ストーリーと脚本に難があると思いました。

 まずはストーリーだけれど…これは日本版と言うよりも、原作にそもそも起因している問題なんだけれど、このミュージカルに登場する人物たちって、ほぼ全員、ゲイかレズかバイセクあるいはHIV患者ばかりなんです。おまけに、正直、クズ野郎ばかり。いわば、特殊な世界の特殊な人たちの話なんです。

 たいていのストーリーを受け入れる私ですら、この「レント」のストーリーに関しては、正直、若干引きます。共感できる人物が皆無なんです。共感どころか「それはナイだろ!」と思わず突っ込んでしまうような人物ばかり登場してくるんです。

 おそらく、これは私だけの問題ではなく、多くの普通に暮らしている日本人には、かなり異質な人たちの物語であって、たとえ物語であると分かっていても、それを受け入れるのは、なかなか厳しいなあって思いました。20世紀後半のアメリカ人にとって、リアリティーのあるストーリーでも、21世紀の“ミュージカルでも見に行こうか”と考える日本人にとっては、想像を絶する世界の話なんです。

 だから(ビデオ)カメラオタクで、狂言回しであるマークが普通の人に見えてしまうのです。でも客観的に見れば、マークだって、普通に変人です。ただ、アクがそんなに強くないだけの話で、彼だって、決して普通の人ではないのです。でもそんな彼が普通に見えてしまうくらいに、登場人物全員のアクが強いわけです。これはほんと、厳しいストーリーです。

 でも、音楽は実に絶品なんだよ、これが。だから世界中で大ヒットしているんだよね。
 日本版の場合、さらに脚本の問題がここに加わります。

 日本版の脚本…正直、厳しいなあ…と言うのも、舞台を聞いていて、役者の皆さんたちが一体何が言いたいのか、聞き取れないのですよ。

 最初は彼らが下手くそで、そのために聞き取れないのかと思ったのですが、いやいやいやいや、役者さんたちは頑張ってますよ。うまく伝わらないセリフを頑張って客に伝えようとしています。

 つまり、そもそもの脚本があまりうまく出来ていないのだと思いました。

 まず、音楽に言葉を詰め込み過ぎだと思いました。そのため、役者の歌がすごい早口になっているんです。

 そもそも日本語と英語では、同じ音節に込められる言葉の意味の量が違います。同じ音節なら、英語の方がたくさんの意味が入ってます。だから、英語の歌を日本語に翻訳する時は、言葉を選んで、少ない言葉数でも、的確に芝居の内容を伝えられるような歌詞を書いていかなければいけないのですが、今回の「レント」の歌詞は、言葉の厳選がうまく出来てなくて、とにかく言葉が多すぎます。歌詞の言葉が多いので、歌の中で、言葉が上滑りするんですよね。

 さらに英語そのままのセリフもたくさんあります。たとえ元が英語であっても、すでに日本語化している外来語になり、発音も日本語のアクセントであるなら問題は無いのですが、全然英語のままのセリフもたくさんありました。それもちゃんとした英語発音で話されるんです。つまり、日本語と英語のチャンポンなセリフが多くて、まるで、頭の悪い帰国子女の子と話しているような気分になります。彼らのセリフを聞きながら「日本人はそういう言い方しねーよー」というツッコミをバンバン入れたくなりました。

 どうにも、脚本のローカライズと言うか、日本語への翻訳がうまくいっていない…と言うか、未完成な感じというか、翻訳途中なんですって感じの脚本だったのです。ほんと、耳で聞いて理解するには、かなりのハードルの高い脚本だったと思います。

 ほんと、聞いているだけでは何が話されているのか分からないのです。字幕…欲しいなあ。

 それでも私は、そもそもの「レント」のストーリーもセリフも知ってますから、舞台の言葉が聞き取れなくても、全然問題ないのですが、そうでない人たちもたくさん観劇に来ているわけで、そういう人たちがとても困っている姿をたくさんみました。幕間の客席の混乱具合を脚本家さんは知っているのかしら?

 もっと言葉を選んで、少ない言葉で的確に芝居を伝えられるような脚本だったらいいのになあ。

 ミュージカル「レント」は、オペラ「ラ・ボエーム」のミュージカル・リブートです。かつてのオペラを元ネタとして新作ミュージカルを作るわけです。有名な例だと、ミュージカル「ミス・サイゴン」はオペラ「蝶々夫人」のミュージカル・リブートだし、劇団四季で上演する「アイーダ」はオペラではなく、ミュージカルとして作られた「アイーダ」です。まだまだ他にもあるかもしれません。

 ミュージカル「レント」は、オペラ「ラ・ボエーム」のミュージカル・リブートです。ただし、ボエームのミミに相当するのは、レントではミミではなく、実はエンジェルです。背負っているエピソード的には、エンジェルはボエームのショナールのそれを数多く引き継いでいるけれど、キャラクターの立ち位置的にはミミだと言えるでしょう。

 そして、ボエームのムゼッタは、レントではモーリーンになります。ではレントのミミは…と言うと、ボエームのミミとムゼッタの両方の性格を引き継いでいると思われる。つまり、ボエームのミミとムゼッタの二人は、レントでは、エンジェルとミミとモーリーンの3人に振り分けられているわけで、レントのミミは、その中ではボエームのミミであり、ムゼッタであり、そのどちらとも違う、レントのオリジナル色の極めて強いキャラクターと言えるでしょう。ラストシーンで、死にかけて生き返っちゃうシーンなどは、私はコメディであり、アメリカ的なハッピーエンドなんだろうと思ってます。実にアメリカ的な味付けの濃いキャラであると言えるでしょう…日本人的には、、、台無しって感じのキャラなんですが(苦笑)。。

 まあ、言いたいことは山のようにあるけれど、それでもやっぱり、面白くて素晴らしいミュージカルでした。気に入ったからこそ、文句も言いたくなるわけで…2年後にまた上演するようですが、次もまた見に行きたいかもなあ…。

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2017年5月30日 (火)

ロイヤル・オペラのライブ・シネマ・シーズン『蝶々夫人』を見てきました

 オペラのライブビューイング(という名の映画上映)は、今までアメリカのメトロポリタン歌劇場と、フランスのパリ・オペラ座のものを見てきましたが、今回新しく、イギリスのロイヤル・オペラ(昔は、コヴェント・ガーデンと呼んでいた歌劇場です)のライブビューイングを見てきました。

 オペラの映画上映のスタイルは、ロイヤル・オペラでは“ライブビューイング”と呼ばずに“ライブ・シネマ”と呼んでいるようです(差別化ですね)。

 実は、ロイヤル・オペラのライブビューイングは、以前から日本で上映されていました。昨年までは、イオン系の映画館でやっていました。その事自体は知っていたのですが、上映期間が、木曜日の夜にたった一回きりの上映…というスタイルだったので、私は見に行けなかったのですよ。だって、いくら夜の遅い時間とは言え、仕事が終わってから、遠方の映画館(近所ではやってなかったんです)出掛けるんじゃ開始時間には間に合わないし、翌日もあるから、平日にオペラ見ちゃうと寝不足で翌日仕事にならないし…ね。なので、面白い演目がやっている事は知っていましたが、見に行けなかったのですよ。

 おそらく契約の問題なんでしょうが、今年からロイヤル・オペラは、イオン系ではなく東宝系の映画館で上映する事になり、さらに木曜の夜一回切りの上映ではなく、メトやオペラ座同様、一週間の連続上映になったわけです。よかったよかった。

 そもそも東宝系では、これまでパリオペラ座のライブビューイングをやっていたのですが、それも一昨年までで、昨年はオペラ座のライブビューイングは、日本では無かったんですよね。ですから、イオン系では今までやっていたオペラ上映を止めて、東宝系ではパリ・オペラ座からロイヤル・オペラに乗り換えた…形になったわけです。

 で、ロイヤル・オペラのライブビューイングです。なかなか見に行くチャンスがなくて、ようやく見に行けたのが(日本では)今シーズン最後のオペラとなる『蝶々夫人』だったわけです(イギリスでの今シーズン最後のオペラは、カウフマンの『オテロ』ですが、日本では…東宝の契約が継続するなら…来シーズンのオープニングとして上映されるようです)。

 メトとオペラ座もかなり違いましたが、ロイヤル・オペラもだいぶ違って面白かったですよ。

 まずはスタッフと出演者は以下の通りです。

指揮 アントニオ・パッパーノ
蝶々夫人 エルモネラ・ヤホ
ピンカートン マルチェロ・プエンテ
シャープレス スコット・ヘンドリックス
スズキ エリザベス・デ・ション

 歌手の皆さんは…ごめん、誰も知らない。でも、歌唱に不足はなかったです。今の時代、歌手も上手い人達が増えてますから、私ごときが知らなくても、素晴らしい歌手は山のようにいるって事です。ってか、音楽としては、歌手のみならず、指揮もオーケストラも合唱も、高水準の演奏で、とても素晴らしかったですよ。

 例によって、問題は…演出ですね。『蝶々夫人』は、なまじ日本を舞台にしているだけあって、我々日本人が見ると、常にあれこれ問題を感じる演出ばかりなんです。で、ロイヤル・オペラの今回の演出も…日本人目線で見ると、あれこれ腑に落ちない事だらけの演出でした。

 衣装が和風と言うよりも、中華風に沖縄風味を混ぜたような感じだったけれど、まあ良いでしょう。障子が左右ではなく、上下に可動するのも演出と考えましょう。床が畳ではなく、フローリングなのも許します。

 でも、許せないほど気になったのは、主役の蝶々さんのメイクです。これ、絶対におかしいです。まあ、彼らイギリス人から見た日本の芸者さんって、こう見えるのかもしれないけれど、ほぼ“バケモノ”になってました。色々おかしい蝶々さんを見てきた私ですが、今回の蝶々さんのおかしさは、たぶん群を抜きます。いわゆる“花魁”をイメージした白塗りメイクなんでしょうが、実にあれこれ違っていて、おかしいと言うよりも、醜悪なんです。見るに堪えない…歌唱が良いだけに、実に残念です。

 蝶々さんを演じた歌手のヤホの名誉のために書き添えておくと、彼女は決して不美人ではありません。スタイルも良いし、リハーサルシーンを見る限り、容貌もおそらくは並以上だと思われます。要は、メイクがダメなんです。彼女の顔に、あのメイクは合わないのです。

 ただし、いわゆる白塗りのメイクが全くダメかと言うと、そうでもなく、ヤマドリ氏のメイクはむしろカッコよくて、惚れ惚れしました。いわゆる“歌舞伎”のメイクなんですが、これは衣装とあいまってカッコよく決まっていました。ヤマドリ氏に限らず、男性の白塗りメイクはまあまあ見れる感じだったのが、蝶々さんに限らず、概ね女性の白塗りメイクが全滅だったのは…一体なぜだったのでしょうか?

 舞台の前に行われていた、女優さんによる解説は、メトとは違って、お勉強風味が強くて、これはこれで楽しめました。動くプッチーニ(当時の映像です)がたくさん見れたのは興味深かったです。

 今回は、蝶々さんのメイクにドン引きしちゃった私ですが、メイク以外には及第点を与えたいと思います。今後も日本で上映してくれるのなら、私、メト同様、ロイヤル・オペラにも通ってみたいと思ってます。それくらい、良かったんだよ。

 ちなみに、来シーズンの上映予定の演目は…オテロ、魔笛、ボエーム、リゴレット、トスカ、カルメン、マクベス、マノン、なんです。わりと定番の演目が並んでますよね。楽しみです。

蛇足 ロイヤル・オペラは、パリオペラ座同様、オペラだけでなく、バレエのライブビューイングも行っています。来シーズンでは『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』などをやるようですが、私はバレエが分からないので、そこには興味が惹かれません。

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2017年5月22日 (月)

なんか、とってもうらましかった

 時間は少々さかのぼります。先日…と言っても、GWよりも前なのですが、久しぶりに趣味の“見知らぬ人たちの発表会”を見てきました。

 場所は、横浜のフィリアホールでした。実はここ、一度は今年の門下の発表会の候補会場になったところでした…が、その時はメンバーがあまり乗り気ではなくて流れてしまった会場なのです。実施されていれば、今年の1月あたりにそこで歌っていたはずの場所でした。ですから、どんな場所なのか、興味津々でしたが、実に良いホールでした。問題は…500名程度の中ホールだったって事ぐらいかな? 私は大きなホールで歌うのが好きなので、中ホールであろうと大ホールであろうとかまわない人です。まあ、発表会程度の話なので、500席もあれば、当然客席はガラガラになりますが、それもいいんじゃないの?って思うわけですが、みんながみんな、そう考えるわけではなく、とにかく広いホールはイヤって人たちも大勢いるわけです。そう考える人たちには、フィリアホールは確かに大きいホールで乗り気がしなかったのでしょうね。良いホールなのに残念です。

 それはともかく、発表会を見に行きました。発表会は第一部と第二部に分かれ、第一部は通常の発表会形式で、第二部はオペラ上演(!)でした。

 第一部の通常形式の発表会から見たのですが、まず、ここの門下の人たちはすごいなあと思いました。今まで素人の声楽発表会はたくさん見てきたつもりですが、ここはほんと、異色というか、ずば抜けていました。何がずば抜けていたのかと言えば、みんなすごい声で歌ってました。あ、もちろん、誉め言葉です。

 まずは声量が半端ないです。プロも顔負けって声量の人ばかりでした。さらに言うと、どなたも高音がピヤーと出ていて、なんかもう、私なんてタジタジになってしまいました。声量があって、高音が得意で…なんともうらやましい限りです。「ここの先生に習うと、こうなるのか…」と先生の声楽コーチとしての腕前に感心してしまいました。

 無論、アマチュアさんたちですから、満点ではありません。あれこれ欠点が無いわけではありません。共通して苦手とする点も多々ありましたが…別にヨソの門下をディスつもりはないので、欠点に関しては書かないでおきます。とにかく、豊かな声量&伸びる高音には、私、感服しました。

 さらに…ここの門下は生徒さんを募集しているみたいなんですよね…習いに行っちゃおうかしら…なんて、思ったりしちゃました(実際問題としては、時間がないので、無理なんだけれどね)

 で、第一部だけでも、一人一人が大きな曲を2~3曲歌います。一人の持ち時間って、どれくらいなんだろ? 10分以上はありそうな感じがします。

 さらに、第二部のオペラ上演が加わります。演目は…やったね!…『メリー・ウィドウ』でした。

 『メリー・ウィドウ』自体はハイライト上演って事で、数曲をカットしてましたし、ストーリーも単純にして枝葉の部分をカットして、自分たち用に脚色していましたが、歌だけでなく、しっかり演技もダンスをしていて、普通に1編のオペラとして鑑賞できました。

 歌だけならともかく、芝居をして、ダンスをして…すごいなあって思ったわけです。プロの助演も多数あったりし、そもそも門下生にも専門教育を受けた人(音大卒は当然として、元宝塚の人もいるし、女優さんもいるし…って感じ)が何人もいたりして、通常のアマチュア声楽愛好家たちの発表会とは、そもそも色々違うわけですが、それでもすごいなあって思いました。カミーユ(テノール役)の人は(純粋)アマチュアさんでしたが、すごくいい声でした。ああ、あれこれうらやましい。

 歌は…日本語と原語(ドイツ語)がチャンポンでした。まあ、私は『メリー・ウィドウ』を熟知していますので、全然気になりませんでした。

 あんまり、ヨソの門下の発表会を見ても、うらやましいと思うことは、まず無い私なのですが、ここの門下の発表会は、ほんと、うらやましいかったです。それにしても、皆さん、お上手だよなあ。私の実力では、ここの門下に加わっても、お話にならないだろうなあ…。

 まあ、『メリー・ウィドウ』に関しては、私も自分ところの発表会で歌うつもりですが、やはり発表会の中の1曲として歌うのと、こうして(ハイライト上演とは言え)オペラとして歌うのでは、大違いです。それに…「女・女・女のマーチ」は是非歌いたいですよ…男性6重唱なので、オペラでないと歌えないのですが、ああ歌いたい歌いたい。

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2017年5月 9日 (火)

メトのライブビューイングで『イドメネオ』を見てきたよ

 メトロポリタン歌劇場のライブビューイング(松竹系映画館で上映中)で、モーツァルト作曲の『イドメネオ』を見てきました。キャスト等は以下の通りです。

 指揮:ジェイムズ・レヴァイン
 演出:ジャン=ピエール・ポネル

 イドメネオ:マシュー・ポレンザーニ(テノール)
 イダマンテ:アリス・クート(メゾソプラノ)
 イリア:ネイディーン・シエラ(ソプラノ)
 エレットラ:エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー(ソプラノ)

 まず、このオペラは、モーツァルトが残した、数少ない“オペラ・セリア”であるという事です。実はモーツァルトのオペラで有名なのは、ほぼ“オペラ・ブッファ”だったりします。『フィガロの結婚』しかり『ドン・ジョヴァンニ』しかり…です。

 まあ、セリアとブッファの違いは、能楽で言えば“能”と“狂言”のような違いと言えます。つまり、シリアスものとコメディものの違いってわけです。

 つまり、モーツァルトって、コメディ作家として有名なんだけれど、じゃあシリアスものが苦手なのかと言えば…別にそうではなくて、彼もプロの作曲家だから、オペラ・セリアの依頼があればオペラ・セリアを書き、オペラ・ブッファの依頼があればオペラ・ブッファを書くわけで、全盛期の彼のところにはブッファの注文が殺到、セリアの注文がほとんど来なかっただけの話です。

 ちなみに、モーツァルトとほぼ逆の立場だったのが、ヴェルディです。彼の場合、彼の資質や好みももちろんあったのだろうけれど、彼の元にはオペラ・セリアの注文ばかりがやって来て、ブッファが求められなかったので、ヴェルディの作品の大半はオペラ・セリアなわけです。ちなみにヴェルディはブッファも書きたかったので、最晩年に『ファルスタッフ』というブッファを書いたわけです。

 モーツァルトのセリアとして有名なのは、やっぱり今回の『イドメネオ』です。これは彼が24歳と言うから、全盛期入り口の時期の作品です。翌年には『後宮からの逃走』を書いているしね。悪いわけがありません。

 モーツァルトのセリアには、他に2作品あります。『ポントの王ミトリダーテ』と『皇帝ティートの慈悲』です。彼が長生きをしていれば、もっともっとオペラ・セリアを書いたかもしれません。もしもそうならば、ワーグナーが行ったオペラ改革をモーツァルトが行っていたかもしれません…とまあ、想像ならばいくらでも言えますが、事実としてモーツァルトのオペラ・セリアは『イドメネオ』を含めても、3作品しかありません。

 『ポントの王ミトリダーテ』は彼が14歳の時の作品です。天才モーツァルトの作品とは言え、14歳の少年の作品です。

 もう一つが『皇帝ティートの慈悲』ですが、これは彼の最晩年の作品であり、『魔笛』を作曲中に、急ぎで作曲(たった18日間で作曲終了)したとか、レチタティーヴォの一部は弟子のジュースマイヤーが書いているとか、まあ色々と言われている作品です。

 そういう点では、ケチのつかない、唯一のオペラ・セリアが『イドメネオ』だったりするようです。実際、モーツァルトは『イドメネオ』に大変な自信があって、当時はあっちこっちに売り込みをかけています(が、当時はまだ作曲家としては駆け出しだったので、うまくいかなかったようです)。

 それにしても、モーツァルトのオペラ・セリアがなかなか上演されないのは、別に作品がダメだから…ってわけではないと思います。おそらくは…カストラートの問題でしょう。当時のオペラ・セリアにはカストラートは欠かせない歌手だったからです。

 実際、『イドメネオ』の初演にもカストラート歌手が登場しています。主役のイドメネオと、彼の息子のイダマンテは、カストラート歌手のために書かれています。もちろん、モーツァルトは彼らが演じる前提(つまりアテ書き)でオペラを完成させています。

 カストラートは、現在は存在しない声の歌手であり、現在はカストラート歌手の役は、カウンターテナーかメゾソプラノかテノールが歌いますが、それはあくまでも代用であって、いずれもカストラートの声ではないわけですから、色々と難しいわけで、それがセリアの上演を阻んでいる原因の一つになっていると思います。

 実際、初演の時はカストラートに歌わせたイドメネオとイダマンテの二役ですが、それでは上演が色々と難しかったようで、再演の時は、モーツァルト自らがこの二役をカストラートからテノールに変更して歌わせています。まあ、モーツァルトが活躍していた18世紀末ですら、すでにカストラート歌手に歌わせるのは、かなり難しい状況だったようです。

 ちなみに『イドメネオ』は、現在の上演では、イドメネオはテノールが、イダマンテはメゾソプラノまたはテノールが歌うのが通例です。ちなみに、パヴァロッティは若い時にイダマンテを歌い、キャリアの後半時期にはイドメネオを歌っていました。今回のメトの上演では、イドメネオをテノールが、イダマンテをメゾソプラノが歌っているわけです。

 実は私、メト版を見る前に家で『イドメネオ』の予習をしていたのですが、その時は『イドメネオ』にあまり良い印象を持っていませんでした。と言うのも、話もなんとなく分かりづらいし、音楽的にはダラっとして、とっ散らかっているような気がしたからです。しかしメト版を見たら『イドメネオ』が好きになりました。

 まずポネルの演出がとても分かりやすい演出で、これを見ると、オペラのストーリーがとても良く分かります。さすがはメトのオペラです。あと、レヴァインの音楽づくりも、メリハリを効かせていて、音楽がキビキビしています。

 あれこれ予習せずに、いきなりメト版を見ても良かったかもしれない…と、今は思ってます。メト版の『イドメネオ』は実に良い出来です。おかげさまで、今となっては『イドメネオ』は、モーツァルトのオペラの中でも、好きなオペラになったかもしれません。少なくとも『フィガロの結婚』よりも好きかも(笑:実は私『フィガロの結婚』があまり好きではありません)。

 とにかく、このオペラ、テノールがたくさん出演します。主役のイドメネオはもちろん、脇役のテノール(イドメネオ王の腹心、アルヴァーチェ)にも、立派なアリアがあったりします。またアリアはなくても、ストーリーのキーパーソンの一人、大司祭もテノールが演じます。メト版ではイダマンテはメゾでしたが、上演によってはイダマンテもテノールが演じますから、そうなると、舞台上の男性はほぼテノールになります。ああなんと、『イドメネオ』って、テノール三昧が出来ちゃうオペラなんですよ。ちなみに、女性はほぼソプラノだから、ソプラノとテノールばかりのオペラなんです。

 今回のメトの話に戻ります。

 イリアを歌ったネイディーン・シエラは、どこの国の人かは分からないけれど(でもカラードです)、声もテクニックもハイレベルだし、すごい美人です。年も驚くほどに若い(たぶんまだ二十代?)ので、これからが楽しみな有望なソプラノさんです。

 歌唱面では、エレットラを歌ったエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーが、頭一つずば抜けていたと思います。とにかく、彼女の歌を聞くだけでも『イドメネオ』を聴く価値があると思います。

 イダマンテを歌ったアリス・クートは悪くなかったけれど、やはり私的には、イダマンテはテノール、またはカウンターテナーに歌ってほしかったな…と言うのも、イダマンテという青年は、これで結構骨のある若者なんですよ。オペラには視覚も大切なわけで、そんな骨太青年をオバサン歌手にやらせちゃダメでしょ。私はそう思いますよ。

 ポレンザーニは良かったと思います。モーツァルトを歌うテノールは、パワーよりも美声が必要だ…と改めて思いました。ポレンザーニって、なかなか良い声しているなあ。

 それにしてもレヴァインって、今年何歳なんだろ?(今年73歳です) 幕間にドキュメンタリーを上映してたけれど、昔製作されたドキュメンタリーフィルムなんだけれど、そこに出てくるレヴァインが若い若い。

 今回、ホストをしていたエリック・オーウェンが、舞台ウラでネプチューンを歌ったそうですが、登場時間はなんとたったの2分なんだそうです。それもオペラの最終場で歌うだけなので、番組のホストもできるわけです。

 とにかく、ほんとのほんと、今回の『イドメネオ』はお薦めです。ただし、上演時間は4時間半の長丁場だから、見に行くなら、覚悟が必要かもね(笑)。でも、私は全然長くは感じなかったよ。

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2017年5月 4日 (木)

“気軽にオペラ”で『ラ・ボエーム』を見てきた

 約一ヶ月ほど前の話になりますが、横浜のみなとみらいホールの小ホールで毎年行われている“気軽にオペラ”シリーズの『ラ・ボエーム』を見てきました。廉価なお値段(全席指定で5000円なら、オペラとしてはかなり安い)で、ドレスコード無しの上、原語上演日本語字幕付きは、なかなかに優秀な上演だと思いました。もちろん、上演内容や歌手さんたちの実力にも大満足でした。

 なにゆえ、これほどの廉価な上演が可能になったのかと言えば…、一つにはオーケストラを止めてピアノ伴奏にした事。時代を現代に移し、近隣のアパレル(と言っても、みなとみらいだよ)から衣装の提供を受けている事。合唱団を使わずに、アンダーの若手が必要最低限の合唱を担当した事。ストーリーに不必要な場面や曲を大幅にカットして人員を大幅に削減した事…などが上げられます。

 フルサイズのオペラ上演にこだわる人には向きませんが、あっちこっちカットした事で経費節減をめざした上演と言えます…と書くと「なんだー(ガッカリ)」と思う人がいるかもしれませんが、カットは通常のオペラ上演でも普通に行われる事ですし、CDなどの録音でも珍しい事ではありません。オペラ(に限らず、長尺ものの音楽作品)と言うものは、様々な都合によって、通常はカットされたカタチで上演される事が多いのです。で、今回の上演では、通常よりもかなり多めにカットされたカタチで上演された…ってわけですね。それで経費を抑えた…ってわけです。

 さらに、オーケストラを止めてピアノ伴奏にした事は、費用的にかなり影響があるでしょう。なにしろ、ピアノならピアニスト一人のギャラで済みますが、オーケストラとなると百人の弦管打楽器奏者のギャラが発生します。これは大きいです。もっとも、オケであってもピアノであっても、指揮者は必要です。指揮者はギャラが高いし、ピアノ伴奏なんだから指揮者は不要…にしても良さそうですが、ボエームの音楽ってかなり複雑で、やはり現場を指揮者に仕切ってもらわないと、アンサンブルがぶち壊れてしまうタイプの音楽だから、ピアノ伴奏なのに指揮者が演奏に加わるのは、仕方がないのでしょう。

 大道具を最小限にするのは、日本のオペラ上演の基礎基本ですから、大道具に費用をかけないのは、改めて言うこともないのですが、それでも衣装や小道具って、結構かかるわけです。舞台専用の専門レンタル業者から衣装を借りてくるのが、日本では当たり前のようですが、衣装を専門業者からのレンタルでなく、協賛者から提供してもらえるなら、かなり費用は浮くわけで、アパレルさんたちが上演協力をしてくれるのは、オペラ上演にとってありがたいわけだし、アパレルさんたちの宣伝にも良いわけで、なかなかのWIN-WINな関係だと思いました。実際、私はオペラ終演後に、衣装協力をしたアパレルさんのロゴが気になって、どこにあるのか調べちゃいましたもの。

 合唱の問題は大きいです。ボエームの第二幕は合唱団の見せ場であって、大規模な混声合唱と児童合唱、脇役テノール(パルピニョール)の活躍、黙役の軍隊のパレードなど、派手でパリの華やかさを演出する場面ですが、ここがオペラ上演的には費用がかさむわけだけれど、この第二幕のこれらの場面をバッサリとカットして、これらの出番を不要にしてしまったのは、すごいと思いました。確かに、こういうやり方もアリと言えばアリですね。もちろん、第三幕の冒頭部の合唱のシーンもカット。こうやって、合唱の見せ場をカットする事で(合唱好きには残念だけれど)上演にかかわる人数を減らし、廉価な舞台を作ったわけです。、このやり方を思いついた人を、私は尊敬します(マジです)。

 だってね、なにしろ合唱って経費がかかるんだよね。人数が多いから、その分ギャラとしての支出が増えるのは、オーケストラと一緒なんだけれど、実は合唱に携わる歌手さんたちのギャラって、案外高いんですよ。上演によっては、ソロを歌う歌手さんたちよりも、合唱を歌う歌手さんたちの方が、ギャラを高めに設定してあったりするんです。これ意外でしょ? でも、割りとよくあるんです。おまけに仕事そのものもソリストよりも合唱の方が数が多いので、実は合唱メインで仕事をやっているプロ歌手さんって、ソリストさんたちよりも仕事としては成り立っているし安定していたりするわけです。まあ、合唱メインで仕事をするのも、なかなかの狭き門ではあるそうですが…。

 まあ、今回の上演は、オケや合唱の人員削減で実現した廉価版のボエームでしたが、歌の部分はホンモノなわけで、私はこういうオペラ上演が普及してくるといいなあと思いました。ここ数年継続されている“気軽にオペラ”シリーズですが、色々と大変な事もあるのでしょうが、来年も演目を変更して行って欲しいなあと思います。もちろん、私も見に行きますよ。

 最後に苦言をいくつか。たぶん、経費を節約するために、練習回数をかなり少なくしたんじゃないかなって思いました。と言うのも、ピアノと歌の息があまり合っていなかったのです。もちろん、これは歌手たちとピアニストの問題だけではなく、歌手たちと指揮者の問題でもあるわけです。ボエームって、ワーグナー以降の音楽であり、半分ぐらいは現代音楽だから、聞いた以上に複雑な音楽であり、これをバッチリ合わせるためには、それなりのリハーサル時間が必要だと思われるからです。歌手たちは割りとまとまっていたので、歌手たちと、指揮者やピアニストたちの合わせが不十分だったかな…って感じられた事です。とにかく、歌手たちはもっと前へ前へと行きたいのに、ピアノが(って事は指揮が)歌手たちに付いていくのに、やっとこさって感じだったからです。細かな事だけれど、ちょっと残念な部分でもありました。

 あと、字幕スーパーが付いていたのは、とても嬉しかったのですが、その翻訳が…字幕の字数制限もあるのだろうけれど、かなり意訳がキツく、ところどころ日本語として“?”な部分があった事です。言語明瞭意味不明な事も多く、読み流してしまう事もできるわけだけれど、なまじ引っかかってしまうと、途端に頭の中に“?”が湧き出るような日本語訳だった事。意訳も過ぎると別物になってしまうからね。そこも残念でした。

 でも、残念なのは、そのくらいかな? 後は大満足。私の中では、かなりの高得点な上演だったわけです。

 ほんと、来年も実施されるなら、ぜひ行きたいものです。

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2017年2月27日 (月)

メトのライブビューイングで「ロミオとジュリエット」を見てきました

 「ロミオとジュリエット」というストーリーは、古典的なストーリーで、知らない人がいないくらいに有名なストーリーです。

 もちろん、オリジナルはシェークスピアの演劇で、これのパロディとかオマージュとかリブートとか、それこそ亜流はたくさんあるわけです。これを真っ向正面から取り組んでオペラにしたのが、今回私が見た、グノーによるオペラ作品なのです。

 ですから、ストーリーはあの有名なストーリーそのままです。だから、面白い。音楽は…と言うと、グノーの音楽って、メロディアスで素敵ですね。特にこの作品は、オペラ第1幕にあるジュリエットのアリアが有名ですが、それ以外の曲もなかなか素敵です。特に、ロミオとジュリエットの二人による二重唱が、ほぼ各幕ごとに一つずつあるので、重唱ファンには、たまらないかもしれません。

 歌っているのは、ロミオがヴィットーリオ・グリゴーロ、ジュリエットがディアナ・ダムラウです。おそらく、現時点でのベストなキャストでしょう。声も容姿も動きも若々しくて、とても良いんです。特にグリゴーロはイケメン・テノールですから、もうバッチリですね。タッパがもう少しあれば尚良いのでしょうが…贅沢は無しにしましょう。ダムラウは…出来ればもう少しスリムだと良いのですが…なにしろジュリエットって、今風に言えばJCですからね。でもまあ、あのくらいの体型のJCもいないわけではないので、贅沢は言わない事にしましょう(笑)。

 周りを固めている人たちも、とても良いです。個人的には、ローラン神父は若々しい人よりもお爺さんの方が良いのですが、これは私の個人的な趣味ですね(笑)。

 そういうわけで、今回のロミジュリは…、なかなか良いです。お薦めですよ。

 さて、私、実はフランス物って、そんなに詳しくないのです。やっぱりオペラはイタリア物が中心ですからね。フランス物には、最近手を染めたところなのです。

 フランスオペラは、私もY先生もフランス語が苦手で、まず歌うことがないだろうから、なかなか手が出づらかったのです。実際、今回の「ロミオとジュリエット」のテノールアリアなんて、聞いてみると良い曲だから、歌いたくなるわけですが、言葉がからっきしなので、それはまず無いわけです。良い曲なのに、自分には歌うチャンスが回って来ないというのは、なんか蛇の生殺しみたいな感じがして、それでなかなか手が出なかったわけです。

 そこんところに割り切りが出来たわけではないのですが、それでもある種の諦めのような物がないわけでもなく、それでようやくフランス物を見るようになったわけです。でもやっぱり…ああ、ジレンマジレンマ。

 そんなわけでロミジュリも、オペラとしてはよく知らなかったのです。そういう時は、やはり事前に勉強してから見に行くことが多い私でして、今回は勉強のために、以下のDVDを購入したのでした。

 これ、いわゆるオペラ映画です。輸入盤ですが、ちゃんと日本語訳も付いているんですよ。歌っているのは、アラーニャとゲオルギューという、一昔前のゴールデンカップルでして、悪いはずはないのですが…一つ誤算があるとすると、実はこれ、カットの嵐なんです。オペラ本編から比べると、時間的に、約半分のサイズになっています。つまり、大半の音楽はカットされてしまっています。登場人物も整理されて、ストーリーの骨の部分と、それに付随する音楽だけで構成されています。まあ、実際の話、半分に削っても、これはこれで結構楽しめます(笑)。

 半分のサイズになって気づいた事は「ウェストサイド物語って、ロミジュリだったんだな」って事です。実際、半分のサイズになると、ほぼウェストサイドです(笑)。いやあ、なんか新鮮。

 で、ハーフサイズのオペラ映画で予習をして、フルサイズをメトのライブビューイングで見たわけだけれど…やっぱりフルサイズのオペラの方が、ずっといいや。カットされた音楽だって、みんな結構美しいし、ストーリー的には余分な音楽も多いけれど、それはそれで楽しい音楽だし、実際、フルサイズのオペラを見ていても、退屈しないし、時間的にも長いとは感じません。改めて、グノーって天才なんだなって思ったわけです。

 次は…「ファウスト」を見たいですね。実はまだ、この有名なオペラ、見たことないんですよ。以前、メトでやった時は見逃してしまったので、次のチャンスをうかがっている最中なんです。夏のアンコールでやってくれば、見に行くんだけれどなあ…。

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2017年2月 8日 (水)

メトのライブビューイングで『ナブッコ』を見てきました

 表題の通り『ナブッコ』を見てきました。今回の目玉は、レヴァイン指揮&ドミンゴ主演ってところでしょうか? レジェンド二人がタッグを組んでの登場なのです。

 『ナブッコ』はヴェルディの初期の作品で、彼の出世作であります。主役のナブッコ王は、史実で言うところのネブカドネザル2世で、オペラは彼が行ったバビロン捕囚にまつわる話ですが、オペラのストーリーはあまり史実には忠実ではありません。オペラの原作は、聖書のダニエル書という事になっていますが、ダニエル書とはストーリーが全然違います。まあ、バビロン捕囚とネブカドネザル2世という枠組みを借りて作ったオリジナルストーリーのオペラと思っても間違いないと思います。

 ストーリーをごく簡単に説明すると、ナブッコと上の娘であるアビガイッレがエルサレムを占領するが、ユダヤの大祭司ザッカーリア(聖書で言うところのザカリア)は、ナブッコの下の娘であるフェネーナを人質に取っているので大丈夫だと民を落ち着かせる。しかし、フェネーナを危ない目に合わせたくないイズマエーレ(ユダヤの王子にしてフェネーナの恋人)がユダヤを裏切ってフェネーナを助けたためにエルサレムは占領され、神殿は破壊されてしまう。その後、フェネーナはユダヤ教に改宗し、ユダヤ人たちに受け入れられ、イズマエーレの裏切りもチャラとされた。一方、バビロンではアビガイッレによるクーデターが勃発して、ナブッコは精神落乱状態となり、王座を追われる。アビガイッレはユダヤ人の皆殺しを命じる。ユダヤ教に改宗したフェネーナも殺されてしまうと知り、正気を取り戻したナブッコはユダヤ教に改宗し、王座を奪い返して、ユダヤ人たちの故郷への帰還を宣言する。アビガイッレは毒をあおって死んでしまう。まあ、こんな感じのストーリーです。

 ほら、史実とも聖書とも全然違う話でしょ?

 二人の娘のうち、上の娘のアビガイッレはオペラの実質上の主役で、ストーリーは彼女を中心に動きます。下の娘のフェネーナがいわゆるヒロイン役となります。なぜアビガイッレがクーデターを起こしたのかと言えば、彼女はいわゆる庶子で女奴隷の娘であったのに対して、妹であるフェネーナは正妻の娘だったので、このままでは王位はフェネーナが継承してしまう事と、実はアビガイッレは実力者であり、王宮の家来たちの人望もあって、彼らもフェネーナではなくアビガイッレを次期の王として期待していたというのもあるみたいです。まあ、しょせんフィクションなんですがね。

 『ナブッコ』は、ヴェルディの初期の出世作として有名ですし、イタリアでは人気演目だそうですが、他の国での上演は滅多にない、どちらかと言えばマイナーな演目です。メトでも50年ぶりの上演なんだそうです。まあ、作品自体は、悪くはないけれど、特にウリはありません。キラーソングが合唱曲の「行け、我が想いよ、金色の翼に乗って」であって、アリアには有名な曲はありません。このオペラは、重唱と合唱で引っ張っていくアンサンブルオペラだと思います。

 メトの演出はストーリーに沿った分かりやすいモノで、いかにもメトだなあ…という感じの演出でした。

 出演歌手は、ソリストも合唱もみんな巨漢ばかりでした。特にソリストは、女性も含めて、ほぼ皆ビヤ樽体型でした。なので、ビジュアル的にはすごく難がありました。合唱団が大勢いるので、彼らに負けない歌声の歌手を揃えようとすると、巨漢体型の歌手にならざるをえなかったのかもしれません。

 歌の出来は合唱を含めてよかったです。ただ一つの難点がテノールのラッセル・トーマスかな? とは言え、彼の責任というよりもキャスティングの問題でしょう。トーマスが演じるイズマエーレはユダヤの王子様なんだけれど、トーマス自身は黒人なんですよ。別に人種偏見うんぬんは無いつもりだけれど、さすがに黒人が黒いままでユダヤの王子を演じるのは、違和感バリバリでした。おまけにトーマスは声が重いテノールなので、バリトンを歌っているドミンゴと、ほぼ同じ音質(笑)…って、ほぼ同じ(大笑)。ドミンゴとの差を出すためには、イズマエーレ役にはもっと声の軽いテノールの方が良かったんじゃないかと思うわけです。

 さて、ここから本題。注目はドミンゴの歌唱でしょう。一時代を作った3大テノールの一人であるドミンゴがバリトンに転向してのオペラです。彼がバリトンに転向したのが70歳になった2010年ですから、もう7年もバリトンをやっているわけですが、私はほぼ始めて見ることになりました。なお、世間的には彼のバリトン転向には、毀誉褒貶色々あります。

 ドミンゴは、そもそもがバリトンだったそうです。学生時代はバリトンとして勉強を重ねて、オペラ歌手になったわけですが、彼が駆け出しの頃、バリトン役でオーディションを受けたところ「君はバリトンではなくテノールだ」と言われて、テノールで合格してしまったのだそうです。そこで、一生懸命テノールの勉強を重ねて、テノールになったのがドミンゴなのです。

 そもそもがバリトンとして勉強したドミンゴなので、彼がテノールとして活躍していた頃も「まるでバリトンのような声だ」とか「高音は不安定だ」とか散々言われていたわけですが、それらの悪評を乗り越えて、美しい中低音と甘いマスク、安定した演技で一時代を作ったわけです。

 その彼が年を取ってテノールからバリトンに転向したわけです。元々高音に不安があったわけですが、いよいよ高齢に達して、高音に無理を感じてバリトンになったと、巷では言われています。まあ、それ以前にドミンゴは今年で77歳になるんです。普通の歌手、特にテノールは50代で引退しますから、歌っている事自体が奇跡みたいなものです。高音に無理があっても仕方ないです。

 …そんな情報を仕入れて、バリトンを歌うドミンゴを聞いた私です。以前、『エンチャンテッド・アイランド~魔法の島』でバリトンのドミンゴを聞いてますが、あれはカメオ出演みたいなものだし、あのネプチューンという役そのものが、ドミンゴのために作られた役なので、あれは除外です。本格的バリトンとしてのドミンゴを聴くのは、実は今回が始めてな私でございました。

 バリトンのドミンゴを聞いた私の感想は「これはバリトンじゃないよ、テノールだよ」です。ドミンゴが歌っている音域はもちろんバリトンの音域なのですが、音域がバリトンなだけで、声そのものはテノール時代のドミンゴの声と同じです。つまり、ドミンゴはテノールの声でナブッコというバリトン役を歌っていたわけです。

 だいたい、テノールとバリトンって、音域的には高音(五線上のラシドの3音)があるかないかだけで、後はほぼ一緒なんですよ。じゃあ、高音が出ればテノールで、出なきゃバリトンなのかと言えば、それは違うわけです。やはりテノールとバリトンを分けるのは、声の音色であって、だからこそ“高音の出ないテノール”とか“高音大好きなバリトン”などがいるわけです。

 ドミンゴの歌声は今でもテノールです。リリコスピントという種類のテノールの歌声です。実際、彼はオペラの舞台ではバリトンを歌いますが、コンサートでは今でもテノールの歌を歌います。高音は…おそらく若い時よりも厳しくなっているのかもしれませんが、出ないわけじゃなさそうです。

 ではなぜ、ドミンゴはバリトンを歌うのか…いや、質問を変えましょう。なぜドミンゴはリサイタルではテノールの歌を歌うのに、オペラの舞台ではテノール役を歌わないのか?

 そう考えると、自ずと答えが出てきます。ドミンゴはすでに70歳を越えました。誰がどう見ても老人です。もはや、それは舞台化粧でごまかせるモノではありません。

 普通のストレートの役者なら、年を取るにつれ、自分の年齢にふさわしい役を演じるだけです。でも、オペラ歌手には声種という縛りがあり、異なる声種の役を歌うことは基本的にしません。しかしテノールという声種には、基本的に若者の役しかないのです。70歳を越えた老人が若者の役をやる…さすがにそれは無理でしょう? 自分の孫よりも若い年齢の歌手の恋人役ができるわけもありません。だから、70歳を越えたドミンゴには、テノールの歌は歌えても、テノールの役はできないのです。

 大半のテノール歌手にとって、それは大きな問題ではありません。なぜなら、大半のテノール歌手は、年を取って老人になる前に引退するからです。50歳を過ぎたあたりから、体力が衰え、仕事のオファーが減ってきて、自然と引退するものです。だから、老人のテノールが歌う役など無くても全然構わないのです。

 ちなみに、3大テノールは売れっ子で、仕事のオファーが途切れなかった事もあって、いずれも現役時代が長く、カレーラスは62歳で、パヴァロッティは69歳で引退しています。ドミンゴが70歳でテノールからバリトンに転向し、77歳の今でも引退せずに歌っているのは、ほんと奇跡みたいなものです。

 さて、オペラの老人役は、たいていバリトンかバスです。だから70歳を越えたドミンゴは、バリトンに転向した…のだと思いました。つまり、声が出なくなったから…と言うよりも、老人役を歌うためにバリトンになったわけです。

 実際、ドミンゴがバリトンに転向してから歌っているのは、今回の『ナブッコ』をはじめ、ヴェルディ作品でバリトンを主役にしたオペラばかりです。で、そのバリトンはたいて、父親役であって、老人のドミンゴが演じてもさほど違和感のない役ばかりなのです。

 で、さらに言えば、それらのバリトン役は、父親役であるがためにバリトンに振られた役ですが、同時にオペラの主人公でもあります。主人公ですから、ただ単に低い声なだけではダメであり、低い上に、力強くて華やかな声でなければなりません。リビング・レジェンドであるドミンゴの声が力強くないはずはなく、華やかでないわけがありません。ある意味、ヴェルディのバリトン役は、主人公の声を持った老歌手がやるべき役なのかもしれません。そう考えると、ドミンゴがヴェルディのバリトン役にこだわっているのも分かる気がします。従来は存在しなかった、老テノールの役として、これらのバリトン役を歌っているのではないかと、私は思うのです。

 実際、ドミンゴのナブッコは良かったですよ。声は全然テノールだったのですが、それでも全く違和感ありませんでした。もちろん、他のバリトン歌手の歌声と較べてしまえば軽い声なのですが、それがナブッコという役を演じるのに何か不足があるかと言えば、特に無いと言えるでしょう。それくらい、彼は彼なりにナブッコを自分の役として歌い演じていました。

 ドミンゴはバリトンに転向したのだけれど、それは身も心もバリトンに成り切ったわけではなく、老いたテノールとしてバリトン用に作曲された役を歌っている…というふうに私は感じました。

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2016年11月15日 (火)

劇団四季の「アラジン」を見てきました

 「アラジン」…すごい人気ですよね。新作ミュージカルという事もあって、物珍しさも手伝いますが、それでも人気が高いミュージカルだそうで、チケットはなかなか入手できないんだそうです。まあ本国アメリカでも「ライオンキング」と人気を二分するほどの人気ミュージカルだそうですから、さもありなんです。

 で、そんな話題のミュージカルを、海劇場の一階センターブロック、前から10列目なんいう、驚くほど良い席で見てきた私でございます(はっきり書きますが、自慢してます:笑)。

 さて感想ですが…劇団四季は、ほんとレベルが高いね。役者さんたちは、主役はもちろん、脇役やモブの方々に至るまで、歌も演技もダンスもピカイチですよ。ほんと、プロの集団です。舞台装置も派手派手のゴージャスで作品世界とマッチしているし、今回は煙や火花などもたくさん使っているし、魔法のじゅうたんに載って、宙乗りしちゃうし…そりゃあもう、派手派手のド派手な舞台でした。

 また作品そのものも、いかにも「アメリカのエンタメ」って感じでした。物語の舞台が中世のアラビアって設定のはずなのに、現代のニューヨークが舞台でも、全く違和感がないようなストーリー展開で“昔話の皮をかぶったファンタジー”であって、終始、ダンスダンスダンスとまくし立ててくるなんて、ほんと、アメリカの典型的なショービズ作品って感じです。とにかく、最初っから最後まで、歌い踊りまくってます。

 アメリカ人って、こういうショーっぽいのを、好むんだよね。実に夢々しいステージでした。

 ストーリーとか、主なミュージックナンバーは、おそらく映画と同じだと思います(私は映画を見ていないので断言できないのですが…)。まあ、ミュージカルでは、さらに新曲を何曲か追加してあるそうです。そういう意味では、映画版よりもさらにパワフルになっている…って事でしょうね。

 つまり、この「アラジン」というミュージカルは、誉め始めだすとキリがないほどの作品です。そういう事なのです。

 でも、あまり誉めると誉め殺しになるので、この辺で誉めるのを止めておきます。

 個人的に残念だなと思った事が二点あります。

 一つは、おもちゃ箱をひっくり返したようなミュージカルなので、すべてがドンドン流れていってしまう事です。せっかく「ホール・ニュー・ワールド」という、ビルボード1位になり、グラミー賞やアカデミー賞の歌曲部門の賞を授賞しているほどの名曲が歌われるのですが、じっくり聞かせるという雰囲気ではなく、劇の流れの中で流されるように歌われてしまった事が残念でした。特にこの歌は、魔法のじゅうたんでの宙乗りのシーンで歌われるので、私なんかは宙乗りそのものをハラハラドキドキしながら見ていましたので、歌なんてロクに聞けてません。だいたいミュージカル全体が、歌を聞かせると言うよりも、ショーを楽しませるという構成になっていて、歌が聞きたい私には残念だったです。

 もう一つは、作品の根幹に関わるのですが、主人公のアラジンの職業が泥棒だった事です。それもチンピラ程度の泥棒。つまり、コソ泥の小悪人なんですよ。これが私には受け入れられませんでした。

 主人公は常に正義の味方の善人でなければならない…なんて事は言いませんが、悪人の主人公ならば、ダークヒーローになれるほどに、ヒールとして吹っ切れていないとダメです。なのに、アラジンときたら、ただのチンピラの兄さんなんですよ。こんな人物にシンパシーを感じられるか…ときたら、そりゃあ無理ですって。でもそれを言い出したら「アラジン」というミュージカルを根本から否定する事になりかねないのですが…私個人的には、主人公の人物設定が本当に納得できません。こんな兄ちゃんが主役なんて…ああ、嫌だ嫌だ。

 なので、良い出来のミュージカルだとは思うものの、私的には「一度見れば十分(でも、一回は見た方が良いかな)」って感じました。

 それにしても「美女と野獣」「ライオンキング」「アイーダ」「リトルマーメイド」と来て「アラジン」ですね。近年の劇団四季は、本当にディズニーづいてますね。ファミリー向けのミュージカルとしては、ディズニーは間違いないですから、分からないでもないのですが、ディズニーミュージカルは、所詮ファミリー向けかな…なんて毒づいている私がいます。

 素晴らしいミュージカルなんだけれど、ディズニー臭さが私の趣味とは合わないかも…って思いました。

PS でも「ライオンキング」は、ディズニーミュージカルだけれど、普通に面白いミュージカルだと思ってます。さすがは手塚治虫の原作だよね(笑)。

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2016年9月26日 (月)

メトのライブビューイングで「ウェルテル」を見てきました

 毎年、お盆の辺りからシルバーウィークぐらいまで、東京築地にある東劇という映画館で、メトのライブビューイングのアンコール上映が行われています。つまり、今まで上映した中からのセレクション・リバイバル上映って奴です。

 今年も例年のように行われました。最近アップした「マリア・ストゥアルダ」とか「連隊の娘」も、そのアンコール上映で見たわけです。で、そのアンコール上映の最後の最後の方に上映された「ウェルテル」を、今回見てきましたという話なのです。

 「ウェルテル」は、フランスオペラです。マスネという作曲家の作品です。ワーグナー以降の作曲家ですから、アリアとレチタティーヴォの区別がなく、演劇性もかなり高いオペラなのです。原作は、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」でございます。この物語をフランス語に翻訳した上で戯曲化して音楽を付けたわけです。そりゃあまあ、つまらないはずはないですよね。

 ストーリーはごく簡単で…、

 若者ウェルテルが始めて恋した女性(シャルロット)には婚約者がいました。やがてシャルロットは結婚し、ウェルテルは失恋…のはずだけれど、諦めきれずに旦那のいない時にシャルロットを口説き続けます。抗し難くなったシャルロットは「じゃあクリスマスに会いましょう(それまでは会いません)」と言って、遠回しに拒絶します。ウェルテルは、その彼女の言葉を真に受けて、クリスマスまでの間、シャルロットには会わず、だけど手紙をバンバン書いてシャルロットに迫ります。送られた手紙を読んでいるうちに、あれだけウェルテルを拒絶していたシャルロットが、少しずつウェルテルに心ひかれていきます。やがてクリスマスとなり、ウェルテルがシャルロットの元にやってきました。ひかれあう二人、しかしシャルロットには最後の一線を越える勇気はなく、最後の最後でウェルテルを拒絶します。悲しみ、立ち去るウェルテル。自室でピストル自殺をします。虫の息となったウェルテルの元にシャルロットが現れ、最後の言葉を交わし、ウェルテルは死に、シャルロットはウェルテルの命を断ったピストルで後追いをします。

 ストーリーだけを語ると「なんじゃ、これ」って思うかもしれませんが、原作は18世紀の大ベストセラー恋愛小説だし、それにマスネの美しい音楽が載っているので、ウェルテルというキャラさえ受け入れることができたら、実に素晴らしい恋愛ものオペラなのです。まあ、問題は、主役であるウェルテルのキャラ設定だね。演じているカウフマン自身が「彼は、きっと何かの(精神的な)病気なのだろうけれど、それを客に感じ取られて、引かれたらダメだよね」みたいな事を言ってますが、実際、ウェルテルはかなり変わった人物です。その点さえ乗り越えられれば、ほんと良いオペラですよ。

 このオペラ、フランスオペラだけれど、原作はドイツもので、音楽はまるでイタリアのヴェリズモのような激しさがあります。それでいて、やはりフランスモノ特有なアンニュイで美しい音楽だったりします。色々な点で、よく出来たオペラだと思います。

 やはり主役であるウェルテルを演じるテノール歌手次第で、このオペラの出来は相当に変わりますが、今回のテノールは、泣く子も黙る、ヨナス・カウフマン。当代随一の渋めのイケメンテノールです。ウェルテルを歌うには不足はありません。『春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか』という超有名アリアも、完璧に歌います(この曲は、めっちゃ難しい曲なんです)。まさにはまり役です。

 ヒロインのシャルロットは、ソプラノではなく、メゾソプラノなのが面白いです。若い女性だけれど、人妻だから、作曲家はメゾにしたのかもしれません。ここではソフィー・コッシュが歌っています。やはり、美人が歌うと説得力があります。

 私、今までオペラはイタリアものを中心に見ていました。で、ドイツオペラを少々、その他のオペラは超有名作品だけを嗜む程度にしか見ていなかったわけです。まあ、その基準は「自分がそのオペラの曲を歌うことはあるかな?」という基準だったわけです。フランス語のオペラを私が歌うことは、まずないので、今まではあまり見なかったのですが、たとえ自分が歌わなくても、やっぱり評判の高い素晴らしいという評価のオペラは見た方が楽しいという結論に今回達しました。いや、実際楽しいし。

 マスネは良い作曲家ですね。他にも「マノン」とか「タイス」などの有名作がありますので、いずれは見たいと思うようになりました。

 そうそう、幕間に次回作の予告をしていたのだけれど、当時「ウェルテル」の次の演目は「ボエーム」だったようです。この「ボエーム」は、すでに私見ています

 この「ボエーム」でミミを歌うことになっていた、アニタ・ハーディングの「私の名はミミ」が聞けました。なかなか清楚な歌いクチで、良いですね。この人、本当はこの舞台がメトのデビューだったんだそうです。でも、実際は、当日の朝に発熱して、急遽舞台を降板しちゃったわけで、代わりを歌ったのがオポライスだったわけで、ハーディングさんは、その後、きちんとメトでデビューできたのかしら…とちょっぴり不安になった私でした。

 それにしても、カウフマンってかっこいいわ。声が良くて、身長もあって、痩せていて、イケメンで、演技力もあって…、彼以上のテノール歌手なんて、もういないよと断言できるほど、素晴らしい歌手だよねえ。男の私が見ても、ほれぼれしちゃう歌手ですって。

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