ひとこと

  •  仕事が忙しすぎて、カラダがバテバテです。メトのライブビューイングで「ルサルカ」を見に行こうと思っていたのに、カラダが言うことを聞かずに、出かけられませんでした。ああ、ちょっぴり残念。今はオペラ鑑賞よりも休息を第一としましょう。
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カテゴリー「声楽のレッスン&活動記録」の記事

声楽の[個人]レッスンで学んだ事や、声楽関係の活動を集めてみました。

2017年3月 2日 (木)

思い込みだけで判断しちゃダメです

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。カッチーニ作曲の「Amarilli/アマリッリ」です。いわゆる、イタリア古典歌曲です。

 いわゆる“レコ勉”してきた私ですが、そもそもこの曲がカストラートの曲ですから、教材として聞く音源も低声の女性歌手のモノが多かったのです。自宅練習での最初期は、この歌を歌おうとすると、低めの女声的な声(つまり、カストラートっぽい声?)を出そうと無理に身構えてしまい、ノドを締め付けて歌っていました。しばらくして、それはマズイ事に気づき、女性歌手をレコ勉対象から外して、テノールの歌唱だけでレコ勉を続けた結果、少しずつ楽な発声で歌えるようになりました。

 レコ勉も、声種を選んで聞かないとダメだな(笑)。私は女性でもなければ、カストラートでもないんだから、彼らのような声は出るわけないし(汗)。

 男性的な太めの深めの声で歌う練習をして、ようやくそれが板についた頃にレッスンとなりました。ああ、間に合ってよかった。

 発声練習の続きで、ノドの奥を常に開いて、深い声で歌う事を注意されました。この曲は、なんとなく弱々しい声で歌うというイメージがありますが、そこは軽く無視をして、全力全開で歌いました。いやあ、世間の『アマリッリ』とはだいぶイメージが違う歌い方ですね。

 とにかく、腹筋を使いまくる。声は頬骨に乗せたまま、響きは落とさない。これを徹底的に行う。

 まあ、曲そのものは簡単なので、そう言った発声技巧に注意をして歌ったわけです。

 声の響きの上の方の薄い所を使って、楽に歌うと、古楽っぽい声(?)になるようです。自宅練習でやっちまったような、ノドを締めて歌っちゃダメなんだな。

 あと、高い倍音をいっぱい出して歌うように言われました。と言うのも、私の歌は、音程が正しくても、しばしば音程がぶら下がっているように聞こえるんだそうです。それは単純に、倍音が少なめ…と言うか、貧弱な声で歌ってしまうからで、もっと倍音、それも高い倍音をいっぱい出して歌えば、もっと音程正しく聞こえるようになるそうで、だからたくさん倍音を出して歌いなさい…ってわけです。

 まあ、高い倍音をたくさん含んだ声は、音が実際よりも高く聞こえるからね。そりゃあそうなんだね。そのためにも、鼻腔の響きをもっと活用しないと…。

 さて、今回は、以前から先生がおっしゃっていた、マイアベーアの「おお、パラダイス」の楽譜をようやく入手したので、それを二人で見ました。

 マイアベーアの「おお、パラダイス」という曲は、オペラ「アフリカの女」という、なかなか上演されないオペラの中の一曲で、このアリアだけ取り出して歌われることが多いのです。いわば、扱いとしては“コンサートアリア”なわけですが、なんかイメージ的には、初学のテノールが歌う…というイメージを、私も先生も持っていたわけで、じゃあ次に歌ってみるか…と思って、真面目に楽譜や音源を漁ってみたら、ちゃんとした歌手が歌っている音源は、ほぼフランス語歌唱なうえに、日本で発売されている主な楽譜も歌詞がフランス語なんですよ。

 あれ! 私のイメージじゃあ、この曲はイタリア語歌唱が普通じゃなかったのかな?

 あれこれ楽譜を探してみたら…ありました。こちらの楽譜に収録されている「おおパラダイス」は、英語(笑)とイタリア語の歌詞が付いてました。ちなみに、イタリア語は“原語”という扱いでした。マイアベーアの「アフリカの女」というオペラは、フランスオペラですから、原語はフランス語なのです(笑)が、昔はヨーロッパでも外国のオペラは自国語の歌詞で歌うのが普通でしたから、元がどこの国のオペラであっても、イタリア人歌手はイタリア語で歌ちゃっうわけで、その頃の古い音源のイメージで、私なんぞは、この曲が…イタリア語歌唱が普通じゃない?…って思っていたわけです。

 同じようなケースに、フロトーが作曲した『マルタ』というオペラの中の「夢のごとく」というテノールアリアがあって、この曲、実はドイツ語で作曲されているにも関わらず、イタリア語で歌われるのが普通で、日本で発売されている楽譜もイタリア語の歌詞のモノが大半…なので、根拠なく「おおパラダイス」も似たような状況にあるんじゃないの?っと勝手に思っていたわけです。

 思い込みだけで判断しちゃダメですね。

 で、ようやく入手した、イタリア語の歌詞付きの「おお、パラダイス」でしたが、案外、音が高くて難しいでやんの(笑)。これじゃあ、さすがに今の私の手には負えません…って事で、ペンディングになりました。ま、しょうがないね。

 ちなみに、先程の楽譜ですが、掲載されているアリアのすべてに英語の歌詞が付いています。オペラアリアを英語で歌うチャンスって、まずは無いかもしれないけれど、つらつらと眺めてみると、なかなか面白いですよ。あと、選曲されているアリアも、日本のモノとは一味違うのも、お国柄かもしれませんね。

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2017年3月 1日 (水)

裏声、始めました

 声楽のレッスンに行きました。

 まずは先日、アゴが痛くなってしまった事を話しました。なにしろ、推定される原因がアゴの開き過ぎですから、明らかに歌の(自分勝手な間違った)練習の結果なので、アドヴァイスを貰おうと思ったわけです。

 先生、開口一発「病院へ行った?」…行かずにアスピリンで治しました…と答えたら、唖然としてました。まあ「ありえない!」って顔をされちゃいました。いやあ、だって、アゴが痛いくらいじゃあ、仕事休めないじゃん。

 Y先生からは、やっぱり、アゴの開き過ぎを注意されました。アゴは…もちろん限界近くまで開くことが大切なのですが、あくまでも限界近くまでであって、限界を越えてまで、無理に開けちゃいけないのだそうです。「リハビリがそうでしょ? 痛くなる直前まで動かして運動機能を回復させるわけで、無理に動かして、痛くなってしまったら怪我がひどくなるだけじゃないですか!」 ごもっともです。

 毎日毎日限界近くまで開き続ける事で、少しずつ少しずつ限界が広がっていくわけで、それを一時的に根性を出して無理をして壊してしまったら、元の木阿弥どころか、覆水盆に返らずになってしまうわけです。ああ、危ないところだった。

 なまじ、根性を出して何とかしようとするから、結果が悪くなる…のは、私のいつもの事です。反省です。

 さて、ハミングの練習ですが、今回はノドを閉じずに、開きっぱなしで歌う事に注意して行いました。

 発声練習は、ハミング練習の延長で、開いたノドに息を途切れずに流してレガートに歌う事に留意しました。とにかく、ノドは開きっぱなし、息は流しっぱなし。もちろん、息は腹筋で支え続けないと、あっという間に途切れてしまいます。これが楽にできるようになれば、もっと高い声も楽に出せるようになります。と言うのも、私が高い音が出ないのは、…

 1)高音直前で息が途切れてしまう(息を貯めてしまう)ため。
 2)ノドに力が入って閉じてしまうため。

 …だからです。そこに注意を払うのは大切な事なのです。

 次に行ったのは、高音で音程を維持したまま音色を変える練習。具体的には五線の上のミを明るい声で発声したら、その音程と響きをキープしたまま、音色だけを暗くするという練習。これが結構難しいのよ。最初は音色を暗くしようとすると音程が下っちゃうのよ。音程のキープを優先すると、音色があんまり変わらないし…ホント難しい。

 さらに行ったのは、裏声(弱々しいファルセット)の練習。私は、そもそも裏声が苦手なんだけれど、それはあまり自慢できた話ではなく、裏声が苦手と言うのは、必要以上にノド(声帯)に力が入って、ピタっとくっついていて、そのために裏声が発声できないわけです。まあ、それでも最近はノドの脱力も徐々にできるようになってきたので、裏声の発声も出来ないわけじゃないのだけれど、うまくコントロールは出来ないわけです。

 まずは裏声を低い方(中央ド)から高い方(Hi-E)まで自由に出す事と、裏声と地声の切り替えを同じ音程でスムーズに出来るようにする事。この2つを徹底的にやりましたが…どちらも十分には出来ませんでした。特に裏声と地声の切り替えは難しい(汗)。宿題としてお持ち帰りとなりました。

 とにかく難しいのよ。だって、私が裏声のつもりで高くて弱々しい声を出しても「それ、裏声じゃないから」と即座にダメが出されます。

 裏声と地声は、声帯の使う場所が違うから、聞いていて、すぐに分かるんだそうです。私の高くて弱い声は、裏声ではなく、地声なんだそうです。つまり、私には強い地声と弱い地声があるわけなんですね。普段の歌で使っているのは、強い地声なんですが、これが実はダメな声で、歌は、普段使わない、弱い地声の方で歌わないといけないらしいのです。で、この弱い地声から裏声につなぐことができないと、高音は出せないってわけです。

 だからと言って、テノールの高音は、弱々しい裏声ってわけじゃないのよ。まあ、高音を出せるようになるまでは、まだまだ必要なテクニックがあるみたいです。

 頑張ろうっと。

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2017年2月15日 (水)

アゴを全開して声帯を伸ばそう

 さらに声楽のレッスンの続きです。今度はアリアです。ヴェルディ作曲「椿姫」のテールのアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。

 まだ、歌い込みが全然足りないので、部分的にリズムがいい加減だったり、音程が怪しかったりする箇所があるので、それらを間違えずに一発で歌えるように、音を取りながら、しっかりと歌い込んでこないといけません。

 さて、この曲はレチタティーヴォから始まるわけですが、先生曰く「なぜ、この曲は、こんなに軽く歌えるのか!」とビックリしていました。なにしろ私、無自覚に歌うと、バリトンよりも重い声で歌ってしまい(汗)、毎回のように注意されている人なのに、この曲に関して言えば、無自覚に歌い始めても、かなり軽めの声で歌っているのだそうです。

 良い事なんだけれど、それが無自覚って部分が残念なわけで、しっかり自覚をもって軽い声でいつも歌うことが必要なわけです。それにしても、なぜこの曲だけ軽い声で歌えるのでしょうね。本人にも分かりません(そこが私のダメなところなのです)。

 “scordo ne'gaudi suoi”の“suoi”がE♭-A♭という上行跳躍音形なのですが、このA♭でいつも失敗する私です。ちなみに、他の箇所のA♭はまあまあ歌えるわけだから、A♭が出ないわけじゃないのです。単純に出し方が悪いのでしょう。

 結論から言えば、E♭-A♭という4度の跳躍で、跳んだ距離が4度に届いていないってだけです。だから、4度に届くような跳び方をすればいいだけの話です。

 私の音程跳躍力が4度に足りないのなら、飛び跳ねる前に足を溜めて跳べばいいのです。

 足を溜める…と言っても、リアルに息を溜めてしまっては力づくになってしまうのでダメです。では何を溜めるのか? 音を上に飛ばすわけですから、単純に考えるとノドを上に引っ張り上げることで実現できますが、それをするための溜めですから、ノドを下に引っ張る事が必要となってきます。“scordo ne'gaudi suoi”というフレーズは上行音程なのですが、ノドは逆方向に下に引っ張って歌い“suoi”の“suo”まで思いっきり下に引っ張って、そこから“i”で、下に引っ張ったノドはそのまま下に溜めたままで、そこから思い切って上に引っ張り上げるのです。そうしないと、跳躍の箇所は歌えません。音は上行させながら、ノドは下降させていくのって、案外むずかしいものです。もちろん、ノドを上に引っ張り上げる時には、腹筋は嫌になるほど体内にめりこむように押し込みます。順番的には…

 1)ノドを下に引っ張る
 2)腹筋を体内にめり込ませる
 3)ノドを上に引っ張る
 4)実際にA♭の音を発声する

 …って感じです。こういう難しい箇所ほどテクニカルに歌うことが大切だし、もしもテクニカルに歌おうとして歌えなくても、それはあきらめるしかないのです。

 私は本来あきらめが悪い人間なので、失敗しそうになると、なんとかしようとしてしまいがちです。例えば、この箇所にしても、テクニックで上手に歌える時は良いのですが、うっかり音が届かない時も、諦めきれないので、力づくで何とかしようとしてしまいがちですが…それは絶対にやってはダメと先生に念を押されました。

 力づくの苦しげな声で歌う癖が付いてしまった人よりも、失敗は失敗のままにできる人の方が、早く上達するのだそうです。そして、同じ失敗なら、力づくで歌うのではなく、声がひっくり返ってしまった方が、まだ未来は明るいのだそうです。

 とにかく『その“力づくの声”は使うなよ』って事です。反省です。

 さらに言うと、高音を出す時は、クチを全開にしないといけません。私はめったにクチを全開にしないのですが、そこがダメなんだそうです。高音を歌う時は、しっかりとアゴの関節を外して、頬に縦筋が現れるほどに極端にクチを開かないといけないのです。

 そう、アゴの関節を外さなきゃダメなんですよ。アゴの関節を外すと言っても、完全に本当に外してはいけません。実は、アゴの関節って、二段階で外れるんですよ。クチって大きく開くと、普通はあるところまでしか開きません。多くの人がその状態です。これが普通で健康な状態です。しかしアゴは、そこからもう一段階、カクって感じがして、さらに大きく開きます。これは出来る人と出来ない人がいるし、できるけれどアゴに痛みが走る人もいます。そういう人は無理をするべきではありません。

 私の場合は、痛みこそがありませんが、違和感がありました。ですが、これを違和感なく、スムーズにできるようにしないと高音が出ないとY先生に言われて、時間をかけて、なんとかスムーズにできるようにしましたが、やはり以前の癖が残っていて、ガクってなる前まででアゴの開きをやめてしまうわけです。せっかくできるようになったのだから、アゴは全開で歌いなさいって言うわけです。

 アゴを全開にして、クチを大きく開く動作は、声帯を思いっきり引っ張る事とつながるのだそうです。クチの開きが中途半端な人間は、声帯の引っ張りも中途半端なのです。それじゃあダメなんです。それにアゴを極限まで開いてしまうと、ノドに力が入らないので、お腹で歌わざるをえないわけです。そうやって、しっかりアゴを大開にして声帯伸ばして腹筋を使って歌えるようになれば、Hi-Cも夢ではないわけです。

 後半のアリア部分は…メタメタでした。全然歌い込みが足りないので、本当にあっちこっち穴だらけです。特にアリアの後半になってくると、疲れてしまって、あっちこっちがダメになり、支えも無くなって、力任せな歌になってしまいます。

 後半は高いA♭が連発しますが、そこを楽に歌わないと、ドンドンHPを削られてしまって、カデンツァまで声が持ちません。声が疲れてくると、ドンドン音程がぶら下がっていきます。もちろん、そこで力づくになってはいけません。では何か出来るのか?

 対処療法的には“軟口蓋を上げる”事で音程のぶら下がりに対応できます。軟口蓋を上げて歌えば、音程が多少あがりますので、音がぶら下がり気味になってきた時は、意識的に軟口蓋を上げていくことで対応できます。それでも対応しきれない時は…どうにもなりません。ですから、そういう事態を招かないように、事前の対応が大切なのです。

 事前の対応とは、脱力して楽に歌っていく事です。ついついノドを始めとするカラダの各所に力を入れて歌ってしまうから疲れるわけで、疲れるのは腹筋だけにしておかないと、声が長持ちしないのです。

 音がぶら下がる…キング先生に師事していた時に、さんざん言われた事です。キング先生からは「耳が悪いから音が下がるんだ」と言われて、音叉の持ち歩きを命じられたり、ピアノの音当てを散々やらされました。確かにキング先生のおっしゃるとおり、耳の悪い人は正しい音程では歌えません。しかし、だからと言って、そういう人は常に音が下がるわけではなく、耳が悪ければ、音がとっぱずれるだけなので、常に音程がぶら下がる場合は、耳の良し悪しとは無関係です。

 音のぶら下がりは…Y先生に言わせると、ノドに無駄な力が入って、ノドが硬直する事で起こるのだそうです。ノドが硬直すると、声帯ってちょっと縮むんだそうです。その縮んだ分だけ、音が下がるわけです。だから、音のぶら下がりを解消するためには、縮んだ声帯を伸ばせばよいので、対処療法的には軟口蓋を上げるのが良いわけですが…それ以前に、ノドが硬直して収縮しないようにすれば、なお良いわけです。

 対処療法よりも根治療法の方が良いわけで…そういう意味でも、無駄な力みを加えないように歌わないといけませんね。

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2017年2月14日 (火)

歌はテクニカルに歌わないといけない

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。まずは、トスティ作曲の「Penso!/僕は思っている」です。

 この曲に数回出てくる高音は、ネチっと歌うのではなく、投げ捨てるように息を吐き出して歌うこと。私の歌い方は、いつまでも音を握ったまま抱えているような発声なので、そうではなくポーンと投げ出すように歌うわけです。

 逆に後半の“Ma tu,…tu l'ai scordato”から始まる箇所は、テンポも遅くなるので、ねちっこくネバネバと歌って、前半部との雰囲気の違いを表現するのが吉です。

 “come in quel di beato”のフレーズは“beato”の“a”が最高音のG♯になります。私はこの箇所を、フレーズに入ったあたりから声をかぶせ始めて歌っているそうなのです(無自覚です:汗)が、それはダメなんだそうです。と言うのも、確かに声をかぶせると高音が出しやすくなるのだけれど、かぶせた箇所からせいぜい1~2音程度までしか高くならないのだそうです。だから、声をかぶせるのは早すぎてはダメなのです。ぎりぎりまで待ってからかぶせるの効果的…というわけで、フレーズに入った箇所からではなく、単語(beato)に入ったところから声をかぶせましょうという事で、そうやって歌ってみました。つまり“di”でかぶせる準備を始め“be”でかぶせ始めて“a”できちんとかぶせて“to”で声を戻すわけです。ほんの一瞬だけ、ヒョイとかぶせておしまいなのです。

 無意識に勢いで声を出すのでなく、こんな感じで意図的にテクニカルに発声する事は大切なのです。それに勢いで出した声は聞き苦しいしね。

 “Ah!”もC♯-Eという音型なのだけれど、これを馬鹿丁寧にC♯を歌ってEにつなげて歌うのではなく、C♯を歌ったら、そのまま何も変えずにC♯に声をかぶせてEにして歌う方が、よりレガートに聞こえるわけだし、何より声が楽で休まるのです。こういう所もテクニカルに歌うと良いわけです。

 さて、この曲は今回で終了となりました。ご苦労様です。次回からは何を歌いましょうか…というわけで、たまたま妻がイタリア古典歌曲の楽譜を持っていたので、その中から“ある曲”を歌いたいと先生に申し出たところ、その曲は難しすぎてレッスンには適さないというわけで却下となりました。いずれそのうち歌うことにして、再度イタリア古典歌曲から選び直すことにしました。

 先生の感覚では、私はイタリア古典歌曲(のうち学ぶべき曲はすでに)学び終えている段階なんだそうです。だから、そういう人のためにイタリア古典歌曲から選曲するのは、なかなか難しい…とこぼしておられたので「私、あんまりイタリア古典歌曲を学んでいませんよ」と言いました。実際、私、そんなに多くのイタリア古典歌曲をやっていないんですね。なにしろ、キング先生のレッスンって、レッスン回数は多いのですが、一つの曲をいつまでもいつまでもねちねちやっていくパターンなので、数多くの曲の勉強は出来ないんですね。せいぜい年に4~6曲学ぶ感じです。ですから、キング先生に師事していた時は、もっとたくさんのイタリア古典歌曲を学びたいと直訴して…軽く無視された記憶があります(笑)。とにかくそんなわけで、初歩の段階で学んでいないといけない曲も抜けていたりするのが私なんですね。

 とにかく、まだやっていない曲はどれなのか教えて欲しいとおっしゃるので「まず、1番のアマリッリはやってないです。2番は…やったなあ…、3番もまだで…」と言い始めたら「じゃあ(1番の)アマリッリをやろう」って事になりました。まあ、そりゃあそうだよね。アマリッリって、割りと早い段階で学ぶ曲だよね。まだやっていない事がビックリなんだと思います。

 と言う訳で、次回からは「アマリッリ/Amarilli」です。この曲を知らない人のために音源を貼っておきます。

 歌っているのはカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーです。たぶん、この曲はこういう形態(男声が女声音域で歌う+ギター伴奏)で歌うのが正しいのだと思います。

 と言うのも、この曲は、歌詞の内容から考えれば男性の曲なのですが、元々マドリガーレ(つまり歌曲)として作曲されているし、メロディの音型を考えると、男声よりも女声の方が適していると思われるし、実際、今では多くの女性歌手たちに歌われています。メロディの音型に加え、この曲が作曲された時期(ルネサンス期)という事も考え合わせてみると、たぶん、この曲は本来、プロ歌手であるカストラートが歌うことを念頭に置いて作曲されたんじゃないかなって思います。ならば、男性向けの歌詞の曲が女声の音質用に書かれているのも納得です。でも、現在はカストラートなんていません。また、時代背景を考えると、ピアノはまだ無いし、通奏低音による伴奏ならば、リュートが一般的だった時代なわけです。となると、現在ならば、クラシックギターによる伴奏でカウンターテナーが歌うのが、最善って事になるわけです。で、この音源を選んでみました。

 この曲がカストラート(女声)向けの曲ならば、この音源での歌唱のように、極めて軽く軽く歌う必要があります。そういう意味では、私が苦手とするタイプの曲なわけで…良い勉強になりそうだなあ(汗)。

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2017年2月13日 (月)

自分の癖を知って、その癖を無くしましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。今回はしっかりお腹を使うことを目的に行いました。とにかく、外見からでも分かるほどにしっかりお腹を動かす事をやりました…が、私のお腹の動き方が、どうも先生が納得できるほど動いているわけではありませんでした。それもまた無理のない事で、実は私、100%の力でお腹を動かしてはいなかったのです。

 と言うのも、満身の力を込めてお腹を動かすと、ノドが痛くなるんですよ。だから、ノドが痛くなる手前までの力でしかお腹を動かしていないのです…と答えたところ「それは、お腹以外にも力が入っているからでしょう」と言われました。で、先生が観察したところ、私の場合、お腹を動かすと、カラダのあっちこっちに力が入るのだけれど、特に胸の筋肉にかなり力が入っているみたいなのです。発声する時は「ノドは脱力、胸も脱力」を心がける事となりました。

 また腹筋の動かし方にも注意が入りました。私の場合、最初の一撃でかなり力が入ってしまうのだけれど、これはあまり良い動かし方ではないそうです。お腹は徐々に徐々にフワッとした感じで緩やかに動くのが良いそうです。腹筋がゆっくりと入っていって、ゆっくりと抜けていく感じがベストなんだそうです。

 さて、発声練習です。腹筋での息の支えに重点を置いた練習をしました。

 腹筋を上げる際、抵抗を感じないまま、グイっと上げるのは良くないのだそうです。腹筋に重さ(抵抗)を感じながら、動かすのが良いのです。ゆっくりゆっくり重みを感じながら腹筋を動かしていくわけです。

 自分の癖を知る事は大切です。私が高音へ行く時の癖を書くと…

 1)高音の直前で息が切れる/引っ込む
 2)クチが上下に少し閉じる
 3)クチが横に少し開く

 これはすべて悪い癖です。1)の高音の直前で息が切れるのは、本当に無自覚なのですが、おそらく高音に向けて“息を溜めている”のかもしれません。一瞬、息を止めて、次の瞬間に発射するわけですが、これは勢いで声を出すやり方ですね。歌は常にレガートが大切ですから、高音だろうと低音だろうと、常に前の音とは息がつながっていないといけません。

 2)と3)も無自覚なのですが、要するに、高音を意識すると、クチが縦開きから横開きに変わってしまうって事です。声が平たくなる…とも言えます。もしかすると、無意識に声を平たく出そうとしているのかもしれません。クラシック声楽では、高音でも低音でも、平たい声で歌っては美しくないので、この私の癖は悪い癖なのです。

 とにかく、声は縦開きに。決して息を溜めずにレガートで歌う。なかなか難しいですが、意識しない事には改善されませんから、まずは自分の悪い癖を見つめて矯正していきましょう。

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2017年2月 2日 (木)

奇跡の一声が出ちゃいました

 さて、声楽のレッスンの続きです。トスティ作曲の歌曲「Penso!/僕は思っている」です。

 この曲、最初思っていたよりも、かなりの難曲のようです。速いし、高いし、ピアノは難しいし…。まあ、レッスンの課題曲としては、学ぶことが多くて良いのかもしれません。

 ついつい速さに引きずられ歌ってしまいますが、速さに負けずに、一音一音丁寧に歌わないといけませんし、何よりも響きを忘れちゃいけません。そこで、せっかく習った腹筋のアクセルを使って、1フレーズごとにその踏み方を確認しながら歌っていきました。

 で、アクセルを踏むのと連動して、ノドを開いていく練習をしました。アクセルを踏んで息が吐き出されたら、それに合わせて、喉仏を下げて、軟口蓋を上げていくのです。言葉にすると簡単ですが、実際にやってみると、なかなか難しいです。

 速さに負けないためには、準備を早めにする事と、色々な事を考えずにできるようにしておく事が大切です。歌詞を読むことに神経を使ってしまうと、歌わずについついしゃべってしまいます。歌詞を丸暗記する事で、歌詞が自然とクチがら出てくれば、歌詞の事に気を使わずに歌い続けることができるわけです。早めの準備と、歌詞をクチにつけるためには…練習が必要です。たくさん歌いこむ事で、これらの事が確実になっていくのですから。

 発声練習では、上昇音型でのアクセルの踏み方を中心に練習しましたが、実際の歌では、下降音型もたくさんあって、そんなフレーズでもしっかりアクセルを緩めながらも踏み続ける事を学びました。アクセルを緩めすぎると、声に響きがなくなります。アクセルを緩めないで下降音型を歌うのは無理です。だから、緩めながらも踏み続けるという矛盾した行為をやり続けるのです。

 今回、アクセルの踏み方に注意を払いながら歌っていったのですが、そんな事もあって、たった一度だけ、最高音のG♯を驚くほどの美声で歌ってしまいました。たったの一度きりでしたが、私もびっくりしましたが、先生もびっくりしました。アクセルさえ正しく踏めれば、プロ並みの声で歌えるものなのだなあ…と我ながら恐れ入ったのでした。先生も、今回は1回しか出来なかったけれど、1度できたなら、これからも出来るので、その出来る確率をドンドン上げて、出来るのが普通になるように目指しましょうって事なのです。

 そのためには、最高音の事ばかり考えずに、今歌える音域の音を楽に楽に歌えるようになることが大切で、そうやって楽に歌える音域を確実にして大切にしていく事で、音域の拡大ができるわけです。その先に、今回のような美声があるのだから、楽に歌う事と、テクニカルに歌う事の2つを大切にしていきましょうなのです。

 とにかく、アクセルをきちんと踏んで、息を吐き続けるのが、とてもとても肝心なのです。

 さらに、自分のクチが金管のベルだと思う事が大切だそうです。クチのカタチが歪むと、声の響きが歪みます。私はクチのカタチに無頓着すぎるので、そのために音色が犠牲になっている部分があります。もっと、スカッとかっこよくクチが開ければ、もっと良い音色で歌えるようになるそうです。ああ、ならば頑張らないとね。

 奇跡のG♯が出たので、その後も高音を狙って歌ってしまいましたが、やはり高音は狙って出そうとするものではないみたいです。高音を狙えば狙うほど、胸に力が入ってしまい、うまく息が吐けなくなりました。ダメだな。

 クチの奥を開く…のも四苦八苦しながらやってますが、やはり言い古された「嘔吐のつもりで歌う」と言うのは、かなり正解なのではないかと、オエーと思いながら歌ってみる私でありました。

 とにかく、今回のレッスンでは、多くの事を学びました。「Penso!/僕は思っている」に集中して学んでしまい、時間を使ってしまったので、今回アリアはパスです。

 最近書いていなかった、妻の話をちょっとだけ。

 妻は、以前所属していた合唱団ではアルトを担当し、キング先生のところでも、アルトやメゾを歌っていました。なにしろ、発表会ではカルメンを歌ったくらいですからね。メゾもメゾ、真正なメゾソプラノという扱いでした。そんな事もあって、妻は自分の声種は独唱なメゾ、合唱だとアルトだと思っていたのですが、Y先生に声を聞いてもらって「ソプラノに間違いない」と言われて、それ以来ソプラノに転向していた妻でした。ソプラノに転向した直後は「ソプラノになったと言え、アルトと大して変わらないなあ…」と私は思ってました。声の響きも良くないし、声量もないし、なんかうまく行ってない感じが続いていました。アルトの歌が彼女に合っていないように、ソプラノの歌も、そんなにしっくり来るわけではなかったのです。

 そんな日々がしばらく続いたところで、ある日ふと、妻の声が、ソプラノはソプラノでも、コロラトゥーラではないかしらと先生が気づき、試しにコロラトゥーラのアリアにチャレンジしてみたところ、これがうまくはまったようで、妻の声がみるみる良い方向に変わっていきました。今はドニゼッティ作曲の「シャモニーのリンダ」の小難しいアリアを歌ってますが、このアリアを歌っている時の妻の声は良いですよ。声の響きも整い、声量も増し、声がビンビン飛んでいく感じがします。

 妻は話し声がやや低めで、それゆえに今までアルトだと思われていたわけですが、実はコロラトゥーラだったようです。話し声と歌声は、ほぼ無関係という良い実例でした。

 紆余曲折有りましたが、どうやら妻はコロラトゥーラソプラノのようです。でも、今まで誰もそれを見抜けなかったし、本人も想像だにしていなかったわけだし、プロの声楽教師ですら見誤っていたわけですから、声を見つけるというのも、実に難しい事なのですね。

 そんな彼女を見ていると、私は一応、リリコレッジェーロのテノールって事になってますが、本当の本当はどうなのだろうか…と思わないでもありません。私の声って、そこまで軽くないような気が、本人的にはするんだよね。

 でも、どうなんだろうね?

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2017年2月 1日 (水)

アクセルの踏み方を習いました

 声楽のレッスンに行ってきました。まずはハミングの練習からです。

 今回のレッスンに至るまで、私、頑張って宿題の腹筋運動をコツコツと続けてきました。その結果、以前よりもずっと楽に腹筋が動くようになりました。ただしそれは“筋力がついた”と言うよりも“神経がつながってきた”って感じです。今までは、腹筋を動かそうとして、うまく動かせなかったのが、今は以前よりも簡単に自分の意思で腹筋が動くのが分かります。それもかなり軽快に動きます。いやいや、自分の意思でも動くけれど、意思とは関係なしに、無意識でも自然に腹筋が動いているのが分かります。

 なかなかの進歩じゃない?

 そこで今回は、腹筋が動くという前提の元、響きを多めに歌う癖をつける練習をしました。ちなみに、ここで言う響きとは、イタリア語で“ティンブロ”と呼ぶものなんだそうです。

 さて、その響きを多めにする方法ですが…

 1)息をたくさん吐く。
 2)クチの奥をしっかり開ける。  以上です。

 今回はとにかく、息をガンガン吐きながら歌うのを練習しましたが…これが難しい。私はキング先生の元で、徹底的に息を節約しながら歌う事を学び、今やそれが癖になっているので、息をたくさん吐いて歌うのが苦手です。ちなみに、息を節約して歌うためには、胸で息を支える事が必要で、そのために胸の筋力が必要なのですが、私は息を節約するために胸を使いすぎています。なので、胸を脱力しないと、息をたくさん送って歌う事ができず、胸を脱力しながら、息をたくさん吐いて歌う…これが本当に大変でした。

 あんまり大変なので、ついつい眉間にシワを寄せて歌ってしまうと「眉間を開いて!」と注意が飛びますし、息を吐き過ぎて足りなくなると、ついつい胸を使ってしまうのですが、それもアウトなのです。

 間違った事を学んでしまうと、それを直すのに、習得する事の何倍もの労力が必要になるので、なるべく最初から正しい事を学ぶべきだ…と痛感しました。

 次に腹筋の使い方を、アクセルを踏む感覚で練習しました。アクセルをちょっとだけ踏む。少しずつ踏んでいく。踏んだアクセルを、ちょっと戻す…とかね。もちろん、アクセル全開の練習もしました。腹筋をアクセルを踏むように、自由に扱えたら、もっと上手く歌えるようになれるんだろうなあ…って思いました。

 腹筋を使って、響きで歌っていくと、声は楽で、ちっとも充実感がない代わりに、やたらとカラダが疲れてきます。カラダは疲れてきますが、声は楽なので、あまり消耗しません。声が楽だと聞いていて心地よいですし、声が楽なので、高い声も楽に出せます。

 プロ歌手でも、鳴りを多めに力技で歌っている人も結構いますが、歌はなるべく力技ではなく、テクニックを駆使してテクニカルに歌うべきだというのがY先生の方針です。と言うのも、テクニカルに歌えば、失敗する可能性は低くなるし、万が一、失敗しても大きく外すことがないからです。力技だとハマればバッチリかもしれませんが、外せば空振りなのです。野球で言えば、ヒットやバントや盗塁でコツコツと点を稼いでいくやり方でいくか、ホームラン狙いの大味なやり方で点を取っていくやり方でいくか、そんな感じなのかもしれません。

 それに鳴りの声で歌うには、特別な才能が必要なのです。私は比較的、鳴りの声は得意なのだけれど、別に豊かな才能があるわけでなく、鳴りの声だけでは歌いきれていないので、やはり響きを交えて、テクニカルに歌えるようになるのに越したことはないのです。

 それに、私の場合、鳴り中心の声で歌うと、どうしても声は尖るし、平べったくなるし、軽薄になるし…音色としては、全然美しくなくて、ただ単に、大きな声で歌えるだけの人になり兼ねません(でも歌っていて充実感はあるんですよ)。

 なので、元々持っている鳴りの声に、響きの声をプラスして自由に歌えるようになりたいのです。難しいなあ…。

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2017年1月18日 (水)

レチタティーヴォは難しい

 声楽のレッスンの続きです。

 曲の練習に入りました。今回から新しい歌に取り組みます。

 まずは、トスティ作曲の「Penso!/僕は思っている」からです。

 この曲、実はすごくテンポの速い曲です。なにしろメトロノーム的に言えば“152”が基本テンポです。約2秒に5拍の速さです。三拍子の曲ですから、1小節が約1秒で演奏されるわけで、これはかなりの速さです。で、それがどれくらいとんでもない速さなのかと言えば…“プロ歌手であっても、この速度で歌う人はほぼいない”ぐらいの速さです。

 プロの方々も、ほぼ“120”ぐらいまでテンポを落として歌われる事が多いです。もろん、理想的には、楽譜に書かれているとおり“152”で歌うのが望ましいのです。それにかなりの速いテンポで歌われる事が想定されて作曲されていますので、テンポを落とすと、実は却って歌いづらくなります。それでも皆さんテンポを落として歌うには理由があって、それはこのテンポで歌うのが、単純に難しいからです。

 速くてクチが回らない? はい、私はそうですが、プロの方々は違います。プロの方々がテンポを落として歌う理由は、実は、テンポが速すぎて、あれこれ発声が間に合わないために、やむなくテンポをおとして歌うのだそうです。

 実は“声”という楽器は、比較的反応が遅い楽器なのです。反応が遅いとは、息を吹き込んでから、実際の音が鳴り始めるまでにかかる時間が長い…っ事です。もちろん、音域によっても反応速度は違いますから、男声と女声を比べれば、女声の方が反応が速いですし、女声の中でもソプラノが、ソプラノの中でもコロラトゥーラが、反応が速いです。だからコロラトゥーラの方々は、あんな真っ黒な楽譜の曲を歌えるのです。

 でもトスティを歌うのは、主に男性歌手、とりわけテノール歌手が多いですが、テノールって、そんなに反応が速い楽器じゃないのです。もちろん、あれこれ犠牲にして歌えば、速いテンポでも歌えるのかもしれませんが、声の美しさを優先して歌うならば、テンポは、ある程度抑えないと歌えないのです。

 とりわけ、私のような未熟者の場合は、テンポに振り回されて、あれこれぶち壊してしまうこともあるわけで、私もテンポは“120”ぐらいに落として練習をする事にしました。もちろん、可能ならば、最終的には“152”のテンポに上げて歌いたいと思ってます(きっと無理だけれど…)。

 と言う訳で、さっそく通して歌ってみたところ、声に滑らかさがなく、全くレガートとは縁遠い歌い方をしてしまいました。明らかに曲のテンポに振り回されているわけです。おまけに、滑舌が悪すぎて、歌詞を噛みすぎています。反省です。

 それと、基本テンポを“120”に決めた事は良いのだけれど、この曲は、結構めまぐるしくテンポチェンジをする曲なので、部分部分をどれくらいの速度で歌うを決めておく必要があります。無論、プロの中にはほぼテンポチェンジをしないで歌いきってしまう人もいますが、私は(勉強のためにも)なるべく大きくテンポチェンジをして歌いたいと思います。

 この曲の最高音はG♯です。この音を出す時は、勢いで乱暴に出すのではなく、フレーズの流れの中で、ごく自然に「出ちゃいました」という感じで、楽に地味に出す事が大切です。絶対に、狙いを定めて出してはいけないのです。だって歌曲だもん。高音発声が目的ではないのですからね。気をつけないと。

 次は、ヴェルディ作曲の歌劇「椿姫」の中で歌われている、テノールの代表的なアリアである「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。

 この曲は、プロ歌手はまず楽譜通りには歌いません。リズムもメロディーもテンポも、皆さん、それぞれの歌いまわしがあるわけです。ですから、まず大切なのは、今まで聞いてきた歌手の皆さんの歌は、一度忘れて、拍子を取りながら、楽譜に忠実に歌うことです。とりわけ、レチタティーヴォの部分は、楽譜が細かくて真っ黒ですが、それにめげずに、まずは楽譜通りに歌えるようにします。自分なりの歌いまわしを加えたいとしても、まずは楽譜通りに歌えるようになってからの話です。

 しかしそれにしても、レチタティーヴォは難しいです。昨年の「ラ・ボエーム」でレチに関しては、かなり練習を重ねましたが、それでもやっぱり難しいです。

 私が思うに、プロ歌手とアマチュア歌手の力の差が一番出るのが、このレチタティーヴォの歌唱部分でしょうね。ほんと、プロの方々のレチタティーヴォは(全然楽譜通りではないけれど)見事です。それこそ名人芸ですよ。一方、アマチュアは楽譜通りに歌う事に苦労するわけです。自分の個性の表現なんて、まだまだずっと先の話です。

 まあ、これには仕方のない部分もあって、アマチュア歌手は、オペラを歌うことはまずないし、歌ってもアリアだけってケースがほとんどです。一方、ちゃんとしたプロはオペラを丸々歌うわけだから、そりゃあレチタティーヴォ能力に大きな差があって当然と言えば当然です。

 まあ、言い訳はそれくらいにして、私はレチタティーヴォに苦労しました。とにかく、細かい音符の一つ一つにまで神経を行き届かせて歌う事が大切です。

 一方、アリア部分は、息の流れを大切にして歌うように注意されました。また、全編を歌うのでなく、しっかり歌う部分と、語ってノドを休める部分を明確に分けて、ノドを休ませながら歌うことを注意されました。オペラは長丁場です。声にもメリハリをつけて歌っていかないと、とても持ちません。全力歌唱なんて、もってのほかです。

 私は常に全力で歌ってしまうからね。反省です。

 この曲の最高音はA♭です。実は「Penso!/僕は思っている」と同じ音程なのですが、アリアでは「Penso!/僕は思っている」よりも頻繁にA♭が登場するし、そうでなくても高音安定の曲なので、「Penso!/僕は思っている」よりも高音に苦労してしまいます。

 このように高音安定の曲の場合、最高音であっても、声は常に開けっ放しで歌う方が歌いやすいのだそうです。近視眼的に見るならば、高音は声を閉じて歌った方が楽なのですが、一度声を閉じてしまうと、次はもうその音程では歌えなくなってしまうからです。高い声で歌い続けるためには、声を開きっぱなしにする必要があるのです。でも、声を開きっぱなしにして高音を出すのは、ほんと難しいです。難しいので、ついついガツンと出してしまいがちですが、それをすると、ノドには悪いし、音程もぶら下がりがちになるので、極力避ける必要があります。高音は、楽に下からひょいと軽く持ち上げる感じで出すのです。…難しいのだけれどね。

 カデンツァの部分は、楽譜はあっても自由に歌うことが大切です。楽譜に縛られちゃダメなんですね。たとえ休符が書かれていなくても、休むべき所はしっかり休む事が必要です。ああ、それにしてもカデンツァは難しいです。今回はヴェルディ自身が書き込んだカデンツァで歌う私ですが、ああ、難しい難しい。楽譜で見る以上に難しくて、イヤになってしまうかも(でも、たぶんならないでしょうね)

 とにかく、両曲とも、もっと歌い込まないと…ね。

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2017年1月17日 (火)

シックスパックはいらないけれど…

 声楽のレッスンに行ってきました。

 先ず、先生から「今年はコンサートを開かないのですか?」と尋ねられました。

 コンサート? そう、コンサートです。どこかの会場を借りて、ピアニストを用意してリハーサルをし、チラシを作って宣伝して行う、いわゆる“コンサート”をしないのですか?という主旨の投げ掛けが、いきなり来ました。

 寝耳に水…ですね。そんな事、考えてもいませんでした。

 でも、確かに今年は歌うチャンスが少なさそうなんですね。まず、新春の勉強会は…なんとなく流れてしまいそうだし、秋のクラシックコンサートはやるかどうか不明だし、となると、発表会だけ? 確かに寂しいと言えば寂しいです。どこかで歌うチャンスがあればいいのだけれど…ね。

 で、他人の馬に乗る事ばかり考えずに、歌う場が欲しければ、自分たちでやっちゃえばいいじゃんって話なのですね。

 うーん、コンサートか? 色々ハードルが高いよね。

 まあ会場は、オシャレで小さなホールが駅前にいくつかあるから、それらの一つを押さえれば、なんとかなるだろうし、ピアニストもアテがないわけじゃない。

 問題は、歌い手の実力と集客力だよね。つまり私自身の問題があります。

 私だって、アマチュアさんのコンサートに行って、あまりの稚拙さに途中で退席した事あるし、同じような思いを自分たちのお客にさせたくないと切実に考えます。もっとも、それ以前に、お客さんが来るかどうか…大問題だよね。ゼロならゼロで良いのだけれど、ほんのちょっとだけ来ちゃった場合は大問題だと思います。そういうごくごく少数のコンサートって、お客に無用のプレッシャーを与えちゃうからね。お客さんが「来ているって、私だけ?」とか思ってしまうと、それは本当に心苦しいです。

 まあ、歌える歌だけでコンサートを構成すれば、内容的には、さほど酷いことにはならないだろうけれど、集客力の無さは如何ともしがたいですわな。そこが問題だよ。

 …と言う訳で、コンサートの件はペンディングにして、さっそくレッスンに入りました。

 最初に行ったハミング練習では、声に響きを載せる練習を中心に行いました。声を出す際に、まず声を鼻腔に入れて、それからクチの奥を縦に拡げるという練習を繰り返したわけです。声を鼻腔に入れないと、声が太くなりすぎるし、倍音が乗りにくくなります。クチの奥を広げずに声を鼻腔に入れてしまうと、不快な鼻声になってしまいます。さらに、声を軽く細く出すように意識付けもします。ほんと、あれもこれも…という感じで色々と大変です。

 とにかく、声を細く軽く出す事は大切です。私は無意識に、声を重く太く出す傾向があります。そういう癖の持ち主だから、ノドが鍛えられて強靭になったのだろうけれど、声を重く太く出すのは(それがその人の自然な声なら問題ないのだけれど、そうでないなら)ノドを痛めつけることになるわけです。私が無意識に出す声が、どれほど太くて重いのか言えば、バリトンのY先生よりも太いわけです。

 テノールなのにバリトンよりも太い声で歌う…ドラマティコとかヘルデンとかいう種類のテノールなら問題ありませんが、私の声はレッジェーロからリリコにかけての軽い声なのです。軽い声の持ち主が、重い声で歌う…ならば、いくらノドが強靭だからと言っても、やがてノドの健康を害するのは必至です。なので、重い声で歌うのは、早急に回避したいわけです。そのためにも、まずは声を鼻腔に入れて、頬骨よりも高い位置でキープしながら歌う癖を付けたいわけで、そのための練習をしました。

 発声練習です。軽く細い声でレガートに声を出す練習です。レガートに歌うためには、声を息に乗せて、息を送り続けて歌うわけです。で、息を送り続けるには、強い腹筋が必要なのです。

 もちろん、ここで言う腹筋とは、腹筋運動をして鍛えられる、いわゆる“シックスパック”ではなく、インナーマッスルとしての腹筋です。だからお腹が割れている必要は無いのですが、強い腹筋は必要なのです。

 前回のレッスンでは、息を出さずにする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を圧縮するために必要な動きを鍛えるためです。今回は声を出しながらする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を出し続けるための筋肉を鍛えるためです。とにかく、今の私に一番欠けているのは、音感でもなければ、声楽テクニックでもなく、単純に筋力。それもいわゆるインナーマッスルが弱いのです(ちなみに、アウターマッスルは…柔道をたしなみますので、そこそこ強いです)なので、集中的にインナーマッスル攻略が行われているわけです。ああ、シンドイ。

 とにかく、腹筋を鍛えないと。インナーマッスルを鍛えないと。

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2017年1月13日 (金)

ああ、残念だ残念だ

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、トスティの「Malia/魅惑」から。この曲は、歌そのものは、すでに歌えるので、特に注意することもないそうです。でも歌うからには…と言うことで、この曲を題材として、支えの勉強をする事になりました。どういう事を学んだのかと言えば、フレーズの中で音の動きに合わせて、支えの拮抗点を動かしていく練習です。

 支えは、基本的には低い音程の時は低い場所で拮抗させ、高い音程の時は高い場所で拮抗させ、上行音型ならば徐々に拮抗点を上げていき、下降音型ならば拮抗点を下げずに頑張るか、ゆっくりと下げていくのです。いきなり高い音程から始まるフレーズならば、休符のうちに拮抗点をいきなり高いところに持っていき、歌いながら徐々に下げていく事も必要となります。ロングトーンを歌うのなら、拮抗点は無意識のうちに下がってしまうのだけれど、そこは頑張ってキープするべきだし、当然、フレーズの途中で拮抗点の方向が変わることだってありうるわけです。それらを理屈ではなく、実際に行いながらやってみたわけです。

 いやあ、しんどい。ちゃんと歌が歌える人たちは、こんな事を意識的/無意識のうちにやっているんだなあ…。ああ、しんどい。自分がいかにちゃんと歌えていなかったか、そして歌うって、実に大変な身体運動なんだなと、改めて感じ入ったわけです。

 次は、ジョルダーノ作曲の「フェドーラ」のテノールアリアの「Amor ti vieta/愛さずにいられないこの思い」です。

 この曲も、危なっかしいところがないわけじゃないけれど、高音Aの部分以外はまあまあ歌えているというのわけで…今回は、高音Aに集中してレッスンを受けました。

 結論から言えば、私は、高音Aを発声できる声帯を持っているし、それに必要な発声テクニックもマスターしています。なのに、高音Aがうまく発声できないのは…単純に筋力不足だからです。支えの拮抗点を、高音Aにふさわしいだけ高い場所に設定する力が足りない(つまり、下からの支えが決定的に弱い)のです。

 先生の指導の元、支えをしっかりと高いところに設定して歌えば、高音Aは当たるのです。問題は、高音Aは当たるだけで、筋力が無いために持続性に欠けるわけで、すぐにぶら下がってしまう事なのです。これは、先生も、レッスンを聞いている妻もガックリなんだそうです。せっかく高音Aが出せているのだから、それをもうちょっとの時間だけキープできればOKなのに…って事らしいです。

 ああ、残念。私も残念に思います。

 その他にも、ロングトーンは、ただ伸ばしっぱなしにするのではなく、声の中に必ず躍動するエネルギーを入れて歌うことを注意されました。また、フレーズの終わりは必ず、次のフレーズの始まりの音を予感させるように、支えを入れて終えるようにする事。また、声は常に支え、途中で息を抜かない事。休符は休みではなく、次の音の準備をする時間であると心得る事。特に高い音程の音を発声する時は、十分に準備に時間をかける事。時と場合によっては、伴奏者を待たせても必要な時間をたっぷりとかけるのです。

 支えは最初っからMAX状態にしないで、必要に応じて、その軽重を使い分ける事。息はデジタルのように階段状にボンボンと上げ下げするのではなく、アナログ的に滑らかにグリッサンド状態で、すべての音を経由しながら上げ下げしていくのです。この息のグリッサンドがテノール発声の要諦であり、要は「高音は腹筋の力で出す」って事なんだそうです。

 だからと言って、力任せはダメなんだけれどね。

 さて、知らない人(っているかな?)のために、次回から取り組む、ヴェルディ作曲「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」の音源を貼っておきます。

 歌っているのは、ジュゼッペ・フィリアノーティです。この人、前世紀末では、ロランド・ビリャソンやヨセフ・カレイヤと共に、次代を担うテノール三羽ガラスと言われたそうですが、他の二人と比べると、現在のところ、ちょっとばかり地味な感じです。でも、さすがに三羽ガラスと言われただけあって、すばらしい歌唱ですが…どこもかしこも楽譜通りに歌おうとしていて、通常はもっと高い音で歌うところも低い音で遠慮して(?)歌っています。まあ、その方が教材としてはGOODなのですが、オペラの舞台的にはどうなんでしょうね。

 この音源では一曲丸々歌ってますが(当然)、途中でアンニーナ(女性)が出てきますが、その直前までを、今回私を歌います。残りの後半は、そのうちまたチャンスがあったら…って事になりました。

 頑張ろ。

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