ひとこと

  •  もしも私が北の首領様で、日本や韓国やアメリカに喧嘩を本気で売るなら…韓国には風向きの良い日に風船爆弾のようなもので化学兵器(サリンとかああいうヤツ)をぶっこんで、日本には漁民に装わせた兵士(伝染病に罹患済み)を送り込んでバイオテロを引き起こし、アメリカには…サイバー攻撃だな。銀行とか株式市場とか経済方面の施設を一斉に襲うとか、いっそ原発を遠隔コントロールして大惨事を引き起こすとか…そういう手立てを考えます。そんなわけで、別に北の国が核爆弾とかミサイルとか持つ必要なんてないじゃん。むしろ、そんなモノを持っていると「北のくせに生意気だ!」って言われて、ジャイアンにボコボコにされちゃうよ…ってわけで、ジャイアンはいつコブシを振り上げるのでしょうか? 産経新聞は…12月18日が開戦日かも…って言っているけれど、だとしたら、もう来週じゃん。
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カテゴリー「声楽のレッスン&活動記録」の記事

声楽の[個人]レッスンで学んだ事や、声楽関係の活動を集めてみました。

2017年11月29日 (水)

武満は現代音楽

 声楽のレッスンの続きです。まずは、武満徹作曲の「恋のかくれんぼ」からです。

 この曲にかぎらず、武満の歌は、別にクラシック歌手専科というわけではなく、むしろ、ポピュラー系の歌手、とりわけフォークソング系やジャズ系の歌手たちもよく取り上げます。実際、武満の歌の楽譜を見ると、武満が作曲したのは、メロディーとコードのみで、ピアノ伴奏の部分は他の作曲家が書いてます。まあ、ピアノ伴奏譜が無いとクラシック系の人は演奏できないからね。別に武満はピアノの譜面が書けなかったわけではなく、歌に関しては、書く必要を感じていなかったから書かなかったんだろうと思います。

 実際、初演者を見てみると、映画の挿入歌として発表していたり、フォーク系の歌手のために書いていたりして、純粋にクラシックの方を見て書いていたわけではない事が分かります。

 そういう点では、武満はまごうことなく現代音楽の作曲家さんなわけです。

 だから、武満の歌を歌う場合、案外大切なのは、必ずしも楽譜通りに歌う事ではなく、歌詞の世界を表情豊かに表現していく事でもなく、歌う歌手のアイデンティティが問われるのかもしれません。平たく言えば「あなたはこの歌を歌う事で、何を表現したいんだい?」って事なんだろうと思います。

 歌に寄り添いながら、歌を素材として、歌手自身を表現していく…現代音楽だもの。作品性も大切だけれど、表現者の表現性が問われるのが、現代芸術ってヤツでしょ? ああ、厄介だ。

 と言う事を踏まえて、現状の私が出来る範囲で可能な表現をしていきましょうってスタンスで歌ってみましたが、自分が思っている事のほんの数十分の一程度しか、実際に表現できない自分が情けなく感じるわけです。

 表現するって難しいよな。あふれる思いを、どうやったら、カタチにしていけるんだろ? そのためには、呆れるほどテクニカルに歌えないといけないんだろうなあ…。

 まずは歌詞に寄り添い、その情景を思い描きながら、それにふさわしい色の声で歌う。よく、ポピュラー系の人たちが、この曲を歌い崩して、それで己の個性の表現をしながら歌っているけれど、私のアプローチはクラシック系で行くので、歌はあくまでも楽譜尊重で、歌い崩しは最低限に留めていこうと思います。では、どこで個性を出すのかと言えば、歌詞を尊重すること…かな? サウンド的な事は、作曲家と編曲家(ピアノね)に任せて、あざといほどに歌詞に寄り添って歌っていく事で、歌手としてのアイデンティティを発揮していけたらいいなあという思いで歌ってみましたが…やっぱり難しいね。

 有節歌曲なので、1番と2番があるわけだけれど、1番と2番では当然歌詞が違うわけで、歌詞が違えば、同じメロディでも歌い方が変わるわけで、そういう意味でも、あまり音楽に寄り添っては歌えないなあ…という気がします。

 2番の2カッコの2回目の「ふたり」の「ふ」は、ここだけメロディーがシンコペーションになっていて喰っています。つまり、強調されているわけで、ここをどう歌うかは一つのポイントとなります。楽譜に書かれている以上のスピード感を以て歌いたいです。そのためにどうするか? 私は例によって、子音を変えることで対応してみました。つまり「ふ」を“Hu”ではなく“Fu”と歌うことでスピード感を増してみたわけです。実際“H”よりも“F”の方が、前に出ていくスピードは速いものね。

 さて、次はドナウディ作曲の「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。

 Lento(遅く)になってからのvagamente(曖昧に)は、いくら曖昧であっても、ビート感を崩してグダグダにしてはいけません。そのためには、vagamenteの直前の“che un”でしっかりテンポを決めて、そのテンポでビートを取りながらvagamenteに歌っていきましょうって事です。

 という事で、この部分を手を叩きながら歌いました。手を叩くことでビートを意識して、ビート間にあれこれ詰め込んで歌い、正しいテンポと曖昧さの両立を目指していくわけです。と書くと、何やら面倒くさそうですが、これってポピュラーソングの歌い方そのものだよね。そう思えば、出来ないわけじゃないわけです。vagamentoの後のallargando(だんだんゆっくりしながら次第に強く)も、息の長いフレーズなので、あまりテンポを落とすと歌いきれないので、あまりテンポを落とさずに歌うのが吉です。

 と言う訳で、「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」は次回も歌いますが、「恋のかくれんぼ」は今回で終わり。どこかの本番で歌うなら、また仕上げなきゃいけないけれど、レッスンで取り上げるなら、このくらいで手を打ちましょうって事です。

 次回は、同じ武満で「死んだ男の残したものは」を歌います。Y先生曰く「この曲は、音楽的に書かれているから、歌うのは楽だよ」との事なので、頑張ってみたいと思います。

 この曲を知らない人のために音源を貼っておきます。

 歌っているのは、メゾソプラノの林美智子さんです。この歌、本当にたくさんの歌手が歌ってますが、私はこの人の歌は結構気に入ってます。しかし、本当にいい歌だな。特に谷川俊太郎の歌詞がいいね。ちなみに、この音源、全部で6番まである歌の3番でカットされています。ううむ、全曲あれば、もっといいのにね。ああ、残念。

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2017年11月28日 (火)

だから、他人のメールは読まなきゃダメなんだよ

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは忘年会の話からです。今回のウチの門下の忘年会/新年会は、Y先生のコンサートの後に有志でやりましょうって事になっていました。で、Y先生のコンサートは年内に2回、年明けに1回あるので、宴会無しコンサート、忘年会付きコンサート、新年会付きコンサート、の3つがあって、その中から好きなコンサートを選んで(もちろん、コンサートに行かないという選択肢もあります)参加するというシステムになっていました。

 私は忘年会に参加する事にしました。

 で、私は忘年会をgenkinogenさんとおしゃべりがしたかったので、忘年会付きのコンサートに行くと決めた時(って約一ヶ月ぐらい前)からgenkinogenさんにメールを送って「私は忘年会に出席するから、genkinogenさんもいかが?」とお誘いをしていたのです。

 ところが全然、genkinogenさんからお返事がありません。

 で、前回のレッスンの時に、Y先生に「genkinogenさんにメールを送ったんですけれど、返事がないんですよ」とか「genkinogenさんは、どちらのコンサートに行かれますか?」とか愚痴ったり尋ねたりしていたのです。その時の返事は、genkinogenさんは前回のレッスンをお休みされたので、まだコンサートの事は伝えていないので、次のレッスンの時に、その話をしてみます…って事でした。

 で、今回のレッスンになりました。実は今回、我々のレッスンの直前にgenkinogenさんのレッスンが入っていました。ですから、genkinogenさんと直接顔を合わせることができたので、genkinogenさんに「メールの返事をくれないけれど、どうなっているさ!」と尋ねたわけです。

 どうやら、彼、私のメールを見ていなかったようなのです。まあ、いいよ。私もそのくらいの事は、たまにやらかすから(笑)。大きな気持ちで許します。で、忘年会新年会、どっちに参加するの?って話をしたのですが、どうにも話が通じないのです。

 どうやら、genkinogenさん。忘年会の事も新年会の事も知らなかったみたいです。ううむ、先生、ご自分のコンサートを熱心に薦めないからなあ…。きっと、うっかりgenkinogenさんに話をするのを忘れてしまった…かもしれないと思いました。

 「じゃあ、今からどっちに参加すればいいのか、決めちゃえば…」と私が話しかけたところ、先生からストップがかかりました。実は3回のコンサートとも全部、すでにだいぶ前にソールドアウトになってしまったのだそうです。なので、今からではコンサートはもちろん、忘年会も新年会も参加できないのです。

 genkinogenさんにコンサートの話をする前に、チケットが無くなってしまっ…つまり、宴会は締め切りました…って事だったんだそうです。なので、先生は、genkinogenに忘年会の話をしなかったんだそうです。

 ああ、そういう事態(Y先生のコンサートって、普通に一般の方もお買い求めいただくので、結構早く売り切れちゃうんです)を恐れた事もあって、私は早めにgenkinogenさんにメール連絡をしたわけですよ。ほんと、ウカウカしているとチケット無くなっちゃうんだよなあ。ううむ、遅かったかあ…。

 まあ、仕方ないです。genkinogenさんの分まで、私、楽しんでくることにしましょう。

 さて、レッスンです。ハミング練習からです。

 今回注意されたのは、ハミングのポジションを常に高めにするという事です。具体的には鼻のあたりでム~と鳴らすわけです。決して、ノドとかクチとかクチビルとかでム~と鳴らすわけではなく、鼻のあたりでム~と鳴らすのです。そのためには、ノドは開放して、広げたままにして、そのカタチを変えないようにし(むしろ、高い音になればなるほど、より広げていく感覚)、そこへ息を入れていきます。

 息を入れると言っても、鼻に息をたくさん入れるわけはなく、また勢いよく入れるわけではなく、速い息で入れるのでもなく、力強い息(トルクのある息)で入れます。力強い息を生み出すのが腹筋の緊張であり、だから腹筋を鍛えないといけないわけです。そして、程度の差こそあれ常に腹筋を緊張させつづけて息を吐くことを平常運転とする事で、歌に息の力強さを与えるわけです。

 さて、発声練習です。いつもの事ですが「鳴りは少なめに、響きを多めに」と言われました(汗)。また、クチを開ける時は(意識としては)上に開けるのをメインとし、下へは開けないようにする。音程が変わっても(原則的に)クチのカタチは変えずに、息のスピードで音程の変化を作り出すようにする。これもいつも言われている事ですね。

 今回、新しく言われた事は「声帯を薄く使ってください」です。(これも意識としてですが)発声する時は、声帯を分厚いままではなく、なるべく薄く伸ばして発声をする。高い音になればなるほど、声帯を薄くしていく…実際に薄くなっているかどうかは、私には不明だけれど、まあそんな印象の声を出していくわけです。まったくオカルトだね。

 でも、確かに声帯を薄くするというイメージで発声すると、いかにもテノールっぽい声が出て、軽薄さが炸裂していい感じの声になります。なんか、ノータリンな気分です。

蛇足 genkinogenさんの名誉のために書き添えておくと、彼はレッスンの後にすぐにメールの返信をしてくれました。彼は今、メールをパソコンメールからスマホメールに軸足を移しているそうで、私はパソコンメールの方にメールしたので、気づかなかったそうです。まあ、ありがちだね。

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2017年11月 9日 (木)

声をチェンジさせて歌っちゃいけない

 まだまだ声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 最初は、今回で終了である、武満徹作曲の「○と△の歌」です。まずは声の色の確認からです。とにかく、歌詞のイメージと声の色をつなげていくのです。丸い声、赤い声、広い声、尖った声…これらをどう発声していくか。そのためには、まずしっかりと声のイメージをして、そのイメージを表現するのにふさわしい声を出していくわけです。そのためには、声のポジションを変えなければいけないだろうし、クチのカタチ、息の速さだって変えていかなければいけないし、変えた先は必ずしも理想的な状態ではないかもしれない。しかし、悪声と言えども声は声という割り切り方だって必要かもしれません。

 とにかく、色々な色を持った声で歌わないといけません。きれいな歌い方だけが良いわけではありません。演劇的な要素も大切なのです。音楽的な美しさと演劇的な表現の折り合いをどうつけていくか、その折り合いの付け方こそが歌の美しさにつながるわけです。

 これらは一朝一夕で出来るわけではありません。これからも頑張っていかなければいけませんが、まずは出来る範囲でやっていきます。

 次はドナウディ作曲の「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。

 前回のレッスンでは、最初にある1オクターブの跳躍がうまくできずに、跳んだ先の音がフラットしてしまうという醜態をさらした私でしたが、今回はきれいに1オクターブ跳んだは跳んだのですが…先生曰く、それではダメなんだそうです。

 どうダメなのかと言えば、音が跳んでいる最中に声がチェンジしてしまっているのです。これはダメなんですね。たとえどんなに音が離れていても、その間は細かなポルタメントでつないで歌わないといけないのです。デジタル式でピョンと跳んでしまってはいけません。ましてや、跳んでいる最中にポジションが変わる(声の発声法が変わる)のは、ダメ中のダメなのです。

 とは言え、この曲での冒頭の1オクターブの跳躍は、テノールにとっては難しい跳躍なのです。と言うのも、この跳躍は、五線下のCから五線中のCへの跳躍だからです(つまり、低音のドから中音のドへの跳躍です)。テノールだと、低いCの少し上に低音のチェンジがあるわけです(私の場合は、Dのあたりにチェンジ箇所があります)。なので、普通に歌うと、最初の低いCと次の中音のCでは声をチェンジしますので、当然あれこれ発声方法が変わってしまうのだけれど、それではダメよって話なんです。

 特に私の場合は、中音のCはまあまあだけれど、低音のCは、明らかに掘った声になっているそうなのです。それじゃあダメだね

 ちなみに、バリトンだと低いCから中音のCへの跳躍はチェンジがないので、とても簡単なようなのですが…。

 では、テノールである私(というか、テノールの声帯を持つ私の場合は…と言った方が正しい言い方でしょうね)は、この箇所をどう歌うべきかという話になりますが、やっちゃいけないのが、低いCをいきなり出すこと。これをやっちゃうと次の中音のCに行く時に必ず声がチェンジしてしまうのです。それを回避するためにやるべき事は、最初に中音のCを出してしまうこと(!)。

 つまり、楽譜上は“低いC -> 中音C”と書かれていますが、それを“中音C -> 低いC -> 中音C”と歌ってしまうってわけです。もちろん、最初の中音Cは一瞬だけ出して、発声するや否やそれをポルタメントでググっと1オクターブ下まで下げて歌って、すぐにそれを元の音程まで戻して次の中音Cを歌ってしまえという、ある意味テクニカルでトリッキーな歌い方をしましょうってわけです。

 感覚的には、中音Cにヒモを引っ掛けたら、そのヒモをグイっと下に引っ張って低音Cを出し、出し終えたら、ヒモから手を離して、元の中音Cに戻す…という感覚です。ですから、そんなに低音で頑張ってはいけないわけだし、そのために音量的に不足していても、響き的に貧弱であっても、それそれで良しと割り切らないといけません。

 この曲の曲想を考えると、フレーズの開始(ってか曲の開始だけれど)を安定的に歌うよりも、若干の不安要素を内包しながら歌った方が結果的に正しい…と言うか、作曲家はそこまで考えて“低いC -> 中音C”の跳躍を書いたのではないかと思われます。つまり、この曲は、楽にバリトンやメゾソプラノが歌うのではなく、何ともならないところを何とかしてテノールやソプラノが歌うことを念頭に置いているのはないと、私は思うわけです。

 また曲中に何度も出てくる、いきなり高い音から下降音型で始まるメロディーも、いきなり高音をストレートに発声するのではなく、まずその高い音程のハミングで鼻を鳴らしてから声を出すのが良いのです。つまり「準備は早め早めに」って感じです。

 細かい音符が動く箇所は、その音の動きをノドで動かすのではなく、ブランデーをグラスの中で揺らすようなイメージに、同じポジションで動かして歌うのが吉です。

 と言う訳で、今回のレッスンは終了です。

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2017年11月 8日 (水)

大切な事は、息を流し続ける事です

 さて、声楽のレッスンの続きです。

 ハミング練習ですが、いつも通り…いや、いつも以上に高いポジションで歌うことを意識しました。いつもそうなのですが、ハミング練習は上行音程を使って練習しますが、私の声的には、3番目の音がいつも一番良い感じなんだそうです。なので、最初っから、3番目の音の響きで歌えるようにしましょうって言われました。

 つまり、最初の音と次の音の響きはあまり良くなく、いつも2番目と3番目の音の間で、ポジションが変わっていて、その変わった先の3番目以降の音のポジションが良いらしいのです。…確かに確認しながら歌ってみれば、2番目と3番目の間で、声がグイっと高みに登っているのが分かります。確かにポジションチェンジをしていますね。

 音程に合わせて、ポジションが移動するのは、クラシック声楽においてはダメです。ダメなんです。クラシック声楽では、すべての音を同じポジションから歌うのが理想なのです。

 だから、よく音痴の方の音程指導の中で、音程に合わせて手を上げ下げして、音程の高さと声の高さを意識的に連動させて歌わせて、それで音痴脱却を図るというやり方がありますが、あのやり方だと、手を上げ下げする事で、音程だけでなく、声のポジションも変わってしまうので、クラシック声楽的には望ましいやり方ではありません。クラシック声楽的には、手は常に同じ高さで、むしろ手は上下ではなく前後に動かすのが良いかなって思います。低い音は手前に、高い音は遠くに動かす感じ? まあ、それはともかく、声のポジションが動いちゃダメなんです。

 でも、ポジションが変わってしまうのは、声が出しづらいから無意識に動くわけです。声が出しづらい理由は、一つは単純に低い音だから。もう一つが腹圧が低いために声が支えきれていないから。と二つの理由が考えられます。

 だから、しっかり腹圧をかけ、低い音であっても意識的に高いポジションで歌うようにする必要があります。当然、出しづらい低音ですから、そこを頑張ってはいけないのです。むしろ、しっかり鳴らない、声にならない…で良いのだそうです。だってテノールだもの。バリトンやバスの方のような立派な低音が出るはずもなく、むしろそんな低音を出しちゃいけないのです。

 ですから、低い音は貧弱で貧相な声でいいわけです。それなのに、そんな低い音を頑張っちゃうと、私のように、フレーズの途中でポジションチャンジをしてしまったり、低い音に引っ張られて高音が出づらくなったりするわけですから、低い音を頑張るのはダメなんですね。

 とにかく、鳴ろうが鳴らなかろうが、息をしっかり通すことだけを気にかけて歌っていく事が大切なのです。

 さて、次にやったのが『馬のいななき』練習です。ヒヒーンのヒーンで練習です。ちなみに女声の場合は、子犬のキャンキャンのキャンで練習するそうです。

 とにかく、ヒーンです。このヒーンで音型練習をするわけですが、これが案外、難しいのです。普通に、アーだとかマーだとかなら簡単にできるのですが、不思議な事に、ヒーンだとできないのです。ヒーンになった途端、声が詰まったり、声に伸びがなかったりと難しいのです。話し声ならできるのに、これが歌声になった途端にうまくできなくなります。つまり、歌声の時に何かが起こっていて、それがヒーンがうまくいかない原因になっているってわけです。

 まず、ノドに力が入っている事。無駄に大声を出そうとしている事。自然な発音でなく、どこかに不自然な動作が入っている事。…などが予想されます。

 この馬のいななき練習は、声をやたらと消耗するので、たくさん練習してはいけないそうだけれど、必要な練習なので、毎日やりなさいと宿題として出されました。まあ、忘れない限り(笑)毎日やるようにしましょう。

 とにかく、ポジションを動かさずに歌うにせよ、馬のいななきにせよ、大切な事は、息を流し続ける事です。特に高い音ほど多くの息を流して歌うようにする事が大切です。

 高い声を出すには色々なやりかたがあるわけで、必ずしも息を流さなければ出せないわけではないけれど、まず最初は息を流して高音を歌う事を身につける事が大切。なぜなら、このやり方が一番声を消耗しない発声方法だからです。

 私の場合、発声練習ならば、この息を流す発声方法では、今現在でも、若干低めながらもHi-Cまで発声できているそうです。だから、このやり方で練習を重ねていけば、Hi-Cまでは歌えるようになるはずなんだそうです。Hi-C以上の高い音に関しては、また別のやり方が必要になってくるわけですが、それはもっとずっと先の話なので、今はそこまでは考える必要はないわけで、今はひたすら息を流し続けて高音を歌っていくやり方に集中するべきなのです。

 “高い音=アクート”と考えがちですが、私のように中低音の発声方法のまま、息を流し続けていって高音を歌うやり方もあるわけです。どちらがいいかは、簡単に言えないけれど、初心者に毛の生えた程度の私にとっては、アクートのように鋭く高音を歌うよりも、息を流して歌うやり方の方が、リスクが低くて使い勝手がよさそうなわけです。

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2017年11月 7日 (火)

まだしばらく武満を歌っていきます

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは次の曲決めからです。とにかく、約束では今回で武満の「○と△の歌」は終了という事になっていますので、次回からは新しい曲に取り組まないといけません…が、なんとなく忙しくて、次の曲を決め兼ねている私でした。

 ドナウディで歌曲の勉強をしているので、本来のもう一曲はオペラアリアを学ぶ予定なのですが、今は武満をやっています。次回も武満で行くか、あるいは別の日本歌曲で行くのか、それとも従来通りオペラアリアを勉強するのか。どちらにせよ、私がある程度選曲をして、それで先生と相談するのですが、そこを迷い迷っていました。なんとなく…今はオペラアリアを歌うって気分じゃないんですよ。

 たぶん、門下の発表会~クラシックコンサートと連続して舞台を踏んで大曲を歌ってきたので、ちょっと大曲から離れたい…って気持ちがあったりします。だから、ドナウディとか武満とかが良かったわけです。

 なので、ひとまずドナウディと武満の楽譜を持ってレッスンに行きました。まだ、この二人の歌を歌いたい気分だったのです。

 Y先生的には…もう少し武満をやってもよいとお考えのようでした。「○と△の歌」は今回で終わりですが、武満には他にも良い曲はあるし、次から次へと歌っていっても良いと思っていたようでした。

 と言う訳で、次の曲も武満に決まりました。いや、まだしばらく、少なくとも私が飽きるまでは武満を学び続ける事になりました。つまり、これからしばらくは、イタリア曲と武満って組み合わせでレッスンが進行していく事になったわけです。

 今回も先生からあれこれ武満のオススメソングをご紹介いただき、最終的に、次は「恋のかくれんぼ」を歌うことにしました。いい曲ですよ。

 ギターとソプラノという組み合わせの音源です。武満のソングでは割と多い組み合わせです。私はもちろん、ピアノと歌います。この音源では「恋のかくれんぼ」の後に「雪」が演奏されます。「雪」も良い曲ですね。でも、歌詞がフランス語なので、私が歌うことはないでしょうね。

 さて、次回からこの曲で頑張る事にしました。さらに、その次に歌う曲もなんとなく決めました。先生的には、次のレッスンには武満を2曲持ってきてもいいよと言われましたが、さすがにそれだけ自宅で練習してくる余裕はないので、お断りしました。武満は、ゆっくりゆっくり一曲ずつたっぷり歌い込んでいきたいと思ってます。

 私が今の段階で武満を学ぶ理由は二つあります。一つは、武満は現代音楽なのでソルフェージュ的に難しいので、楽譜をしっかり読みこんで忠実に歌う良い勉強になるからという理由。もう一つは、歌詞が日本語なので、声に色をつける勉強になるっていう理由です。

 特に二番目の理由が大切で、イタリア語の歌を歌っていると、声がよく出るようにはなるけれど、歌詞のイタリア語は、いくら勉強したからと言って、よく理解できるわけでもなく、ましてや歌詞のニュアンスや感情表現となると、隔靴掻痒の感を免れないわけです。例えば“嬉しい”と歌詞に表現されていても、その嬉しさがどんな嬉しさで、どの程度の嬉しさで、だからどんな声で表現しないといけないのか…ってのは、外国語の曲だとそのあたりが分かりづらくて、結果として一本調子に歌いがちですが、そこは母語である日本語歌詞の歌だと、そのあたりのニュアンスもよく分かるわけだから、その“嬉しさ”の内容に合わせた声で歌うという事が可能になってくるわけです。

 歌詞の内容に合わせて、声を変えていく…それを『声に色を付ける』と表現するのですが、声に色を付けていくには、歌詞の内容がよく分かる日本語歌詞の曲が良く、とりわけ武満は歌手の歌声に色を求める作曲家なので、その手の勉強にはうってつけってわけです。

 武満の曲は音域的には難しくなく(ってか、むしろ私には低いくらいです)、高音チャレンジの機会がなくなってしまうのです(それはテノール的には、とっても残念なのです)が、声に色々な色を付けて歌うことで、音色の幅を増やすという勉強は、高い音が出せる以上に、歌手としては大切な事なので、頑張っていきたいと思います。

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2017年10月25日 (水)

難しい…本当に難しい…

 さて、声楽のレッスンの続きです。発声練習では目からウロコがボロボロ落ちた私でした。

 曲の練習に入りました。当然、新曲です。まずは武満徹作曲の「○と△の歌」です。私にとって、実質上、始めての日本歌曲となります(始めての日本歌曲が武満ってのも、なんかいいでしょ:笑)。

 「チキュウハ」の「ハ」は、通常ならば弱く発音するところだけれど、この場合は、主題を表す助詞「ハ」なので、心持ち強めに発音するのが吉です。また、その後に続く述部は、それぞれ内容に応じて歌い方を変えていくと、単調さを避けられるし、個性も出せますので、是非しないといけません。

 2ページ目の第1段目にある“ウミハフカイ”の“フ”は、ふりがな(?)として“Hu”が振られているけれど、ここは“Fu”と発音する方が日本語的に自然ではないだろうか…と悩みました。もしも、このローマ字による振りがなが、武満本人によって振られたモノならば、それを尊重しないといけないけれど、この曲に関して言うと、メロディーは武満自身によるものだけれど、ピアノ伴奏は他者によるアレンジものだし、振りがなも誰が振ったのか不明なので、そこは歌い手の感性で“Hu”でも“Fu”でも良いのではないだろうかという結論になりました。“Hu”で発音すれば優しい音になるし“Fu”で発音すれば音がまとまって印象的になります…ってわけで、私は“Fu”で発音する事にしました。

 2ページ目の第3段目にある“チキュウハマルイ”の部分が歌いづらいです。特に和音がF6になる部分の音が取りづらいです。まあ、F6と言う和音は、展開するとDm/Fでもあるわけで、長調とも短調とも言える中途半端な和音であって、その中途半端さがメロディーの音を取りづらくさせているんじゃないかなって思います。まあこの歌は現代音楽だからね、一筋縄には行かないのですよ。

 先生的には、これで上がり…ってしても良いような感じでしたが、私的には、まだちょっと納得行っていないので、次回もこの曲を歌うことにしました。でも、次回でこの曲は終わりになりますので、次にレッスンで取り上げる曲を考えないといけません。さて、次は何にしましょう?

 後半はドナウディ作曲の「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。音楽的には武満の方が全然難しいのですが、歌としてはこちらの方が難しいかもしれません。とにかく、テンポがユレユレなので、歌手が指揮者並の強い意思をもって歌わないといけません…って言うか、この曲、指揮者がいた方が歌いやすいって!

 まずは出だしの1オクターブの跳躍音程ですが…無伴奏でいきなり1オクターブ跳ぶわけで、練習不足が露呈してしまいました。ちゃんと練習しておけば何ということもないはずですが…いやあ、難しいです。自分じゃあ1オクターブ跳んだつもりでも、ちょっとでもノドに力が入っていると音程がフラットしてしまいますからね。脱力、まだまだ難しいです。

 テンポ設定が、やはり難しいです。楽譜に(大雑把に)指定されている通りに歌おうとするだけでは面白くないのです。その中でも、音程が高いところはテンポを速めに、音程が低いところはゆっくりと歌った方が情感がこもりますし、上行フレーズはアゲアゲに、下降フレーズは慎重に歌っていくわけで、なんかドナウディって難しい…。特に“vagamente”と指定されている所は、一体どーすればいいんじゃい。“vagamente”と言うのは「曖昧に」という指定なんだけれど、何を曖昧にすればいいんだろ? 音程ですか? リズムですか? テンポですか? 言葉の譜割りですか? ああ、分かんない! それにいくら“vagamente”だからと言って、きちっとやるべきところはきちっとやらないと、伴奏のピアノとズレズレになってしまうわけだし…最低限、拍頭は合わせないといけないけれど、拍の切れ目と言葉の切れ目が全然一致していないし、何とも何ともじゃありませんか!

 またその箇所を含めて、フレーズが長くて、1ブレスで歌うのは(私的には)ちょっと難しいです。じゃあ、どこでブレスをするべきかとなると…“tutto”の後になるわけだけれど、音楽的には何とも中途半端な箇所でブレスをしないといけないわけで、それがまた難しいのです。ああ、たくさん練習しないと歌えないじゃん。

 曲の後半、テンポがLentoと指定されているけれど、本当にLentoで歌ってしまうと、歌がベターとした印象になってしまうので、テンポはLentoでも、気持ちはAndanteぐらいで歌っていかないといけません。そういうところ、ドナウディって、古典歌曲のスタイルで書かれているけれど、やっぱり半歩ぐらい現代音楽に足を踏み入れているんだろうなあ…。

 で、レッスン終わりは、今年の忘年会の打ち合わせです。今年の忘年会は…先生の年末のコンサートが終わったところで、コンサートの打ち上げを兼ねての忘年会って事になりました。もちろん、私、コンサートを見に行って、その足で忘年会に参加します。で、新年会は…先生の新年のコンサートの打ち上げと兼ねて行う事になりましたが、そっちは仕事の関係で私出席できません、ああ残念、残念。

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2017年10月24日 (火)

久しぶりに自分の欠点と向き合っちゃいました

 声楽のレッスンに行ってきました。クラシックコンサート後、初のレッスンです。これからしばらくは本番が無いので、地道に歌唱力を上げられるように努力していきたいと思います。

 さて、今回のレッスンも、テーマは「腹筋をきちんと使っていこう」です。毎度毎度テーマが同じで、先生にも、ここを読んでくださっている読者の皆さんにも、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 私が腹筋を使おうとして、グイっと腹筋を動かすと、その瞬間にググっと首が肩に埋まるんだそうです。おそらくは無意識に息を圧縮しているんだろうと思いますが、もちろん、これはダメなんです。首は逆に伸びていかなければいけないのです。意識としては、背を伸ばす方向にカラダを伸ばしていく必要があり、そんな、背を伸ばす方向の動きをしながら、腹筋をグイっと体内にしまい込むような動きをする必要があるのです。

 まあ、腹筋を意識的に使わずとも、背を伸ばしていく方向に動いていくと、自然と腹筋が伸びて、結果オーライな感じになりますので、まずはそうやって腹筋を使用し、これ以上背が伸びなくなった段階で、意図的に腹筋をグイグイ入れていくのが吉なのです。

 実は、腹筋を使っていくのは方法論なわけで、本来の目的は、息を流し続ける事なのです。ですから、腹筋を使おうが使わなかろうが、息を流し続けられるなら、それはそれでOKなのです。

 要はそこなんですね。息を流し続けるために、腹筋を使わなければいけないし、息を流し続けるために、ノドに力を入れてノドに蓋しちゃいけないのです。あくびのクチも、ノドに蓋をしないための工夫なんですね。

 目ウロコでした。

 実は私、今までなるべく息を節約するように、少量の息で歌えるようにしていました。だって、それが良い事だとキング先生に習ったんだもん。

 キング先生に習う以前の私は、息をたくさん出しながら歌っていました。それこそ息を流し続けて歌っていたのです。でもそれはキング流の発声方法ではダメな発声方法なわけで、なるべく息を使わずに声を出せるように、少量の息でも長く歌えるように、要は息ではなく、ノド自体を振動させて歌える(いわゆる“ノドを鳴らす”です)のが良いとされ、その方向で努力していって、なんとかそれを習得したわけです。まあ、このあたりの私の苦労は、以前書いた記事を見れば、分かると思います。

 とにかく、キング先生の元で習った、この歌い方は、Y先生の元(って事は、いわゆるスタンダードな発声方法)ではアウトなわけで、私は息の使い方をリビルドしないといけないって事に、ようやく気づきました。

 参ったなあ…。だからY先生は、腹筋腹筋腹筋と言い続けていたわけだ…。

 以前のように、キング先生に歌を習う前のような感じで、息を流して歌えればいいのだけれど、そんなやり方、忘れちゃったよ。今ではすっかり、少量の息で、声を鳴らして歌う、キング流の発声方法が身についちゃっているよ。おお、どうしよう。

 とにかく、息を流し続ける事。不用意にノドを鳴らさない事。これが現在の私の課題となりましたが、いやいやいやいや、これ、難しすぎます。だって、少量の息でしっかりとノドを鳴らして歌う方法を、私は命の次に大切なお金を使って習得したんだよ。それを忘れろ、リセットしろと来たもんだ。ふえー、私の大切なお金と時間を返して欲しいよぉ。

 と、まあ、ひとしきり愚痴ったところで、気分をリセットです。

 とにかく、息を流し続ける事。特に高音に行けば行くほど、息のスピートを増して流していく事。うむ、このあたりはフルートと一緒だね。納得納得。

 ノドは鳴らしすぎない事。ノドが鳴ってしまうと、自然と声が重くなってしまいます。声が重くなってしまうと、高音が出づらくなります。発声練習をする時、当然ですが、低音から始めて高音へと少しずつ移行しながら練習していくのだけれど、最初の低音の発声を頑張ってしまうと、声が重くなりがちなんですね。私の声帯はテノールなんだから、本来は低音なんて鳴らないはずだし、鳴らす必要もないわけです。それを無理無理鳴らすのが習い性となってしまったために、高音で苦労する羽目となっているわけなのです。

 特に問題なのが、本来はちゃんと出ないはずの低音を無理して出すために、ある音(って、具体的に言えば、五線の下の方のレとかドのあたり)から、自然な発声ではなく、掘った声になっているんだそうです。確かに、あのあたりって声が出しづらくて、無意識に発声方法が変わっているって事は、薄々気づいていました。いくら音が低くて出しらくても、声を掘っては元も子もありません。あくまで自然な声のままで、それで出なければ、それはそれで諦める。だってテノールだもん、低い声なんて必要ないもの。それよりも、無理して低い声を出して、高音が出せなくなる方がダメなんです。

 そのためにも、息は流し続けなければいけないし、音が高かろうが低かろうが、クチの中のカタチは変えずに、発声しつづけなければいけないのです。無理して低い声を出すために、掘った声で発声しちゃダメだし、無理して高い声を出すために、薄くて平たい声で発声しちゃダメなんです。低音も中音も高音も、同じクチのカタチで、同じ音色で歌い続けなけばいけないし、そのためには息を流し続けないといけないし、そのためには腹筋をグイグイ使っていかなきゃダメなんです。

 ようやく自分が取り組んでいる事の原因と結果が分かりました。後は、それを実行できるようにすることなのです。分かったからと言って、それが出来なきゃ、意味がありませんからね(評論家になるなら話は別なのですが…)。

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2017年10月18日 (水)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その5 歌いました

 さて本番です。まずは私の歌からです。上手側から舞台に上がって…って、上手から舞台に上がると、歌手はまあ良いとして、ピアニストさんは舞台上手から舞台中央を横切って舞台下手に行ってからピアノに座るわけで、やっぱりなんか変です。少なくとも、ピアノという楽器は、ピアニストが舞台下手から登場して演奏するという前提がありそうです。

 まずは、トスティ作曲の「Tristezza/悲しみ」です。すでに音源を聞いていただけたように、まああんなもんです。舞台から見ると、客席の一番うしろ、舞台から真正面の位置に映写室があります。この映写室と客席の境のガラスが、舞台から見ると、まるで鏡のようになっていて、歌っている自分の姿がよく見えました。まあ、無様な姿ですが、私は練習の時に、よく姿見を使って自分の姿を見ながら練習するので、歌っている時に自分の姿を見られると、なんか自宅練習をしているような気分になって、却って落ち着いたりします。

 もっとも姿見なら、私の声を気持ちよく反射してくれますが、映写室のガラスだと、声が突き抜けて吸われてしまうみたいですね(残念)。

 声の調子は…まあ、悪くはないみたいです。声が減っている感じがしません。これなら次のレオンカヴァッロ作曲の「Mattinata/マッティナータ」もいけそうな気がしていました。

 ピアニストさんに合図して曲に入ると…ピアニストさんが打ち合わせよりもだいぶ速いテンポでピアノを弾き始めました。まあ、私も打ち合わせと違うテンポで歌うことは、ままある事ですから、お互い様ですが、ピアニストさんが打ち合わせのテンポと大きく違うというのは珍しい事です。後で聞いたところ(私自身は気がついていませんでしたが)私の声が減ってきている事に気づいたピアニストさんが、声に負担がかからないように、わざとテンポアップしてくれたそうです。ううむ、ピアニストさんの心遣い、感謝です。

 確かにテンポが遅いと、それだけでノドに負担がかかります。でも、私の場合、速いテンポで歌うと、歌いクチが雑になり、声がノドに落ちてしまうという悪いクセがあります。今回は、なんとしても声をノドに落としてはいけません。そうは言っても、この曲を歌っていくと、ガンガン声が減っていくのが自分でも分かりました。そもそも声が減りやすい曲ですからね。最後は、ご存知のとおり、怒鳴ってますね。すでにこの段階で、本日の声は終了って感じでした。

 ここまで歌って、一度舞台から降りました。次は妻の出番です。妻が「ヴィリアの歌」を歌っている間に、ふたたび声の調整してポジションを高くし直さないといけません。とにかく、ノドをリラックスさせて、一度絞めてしまったノドを緩め、上がってしまった喉仏を下げました。

 ノドのリセット完了! いよいよ二重唱です。

 歌そのものは、一ヶ月前の発表会とほぼ同じです。今回は(私が怪我をしているので)演技をせずに、歌に集中して歌いましたが、声がすでに無くなった状態からの歌唱は、いくらノドをリセットしたとは言え、やはりツライですね。おかげさまで、私、途中で一回、落ちています(分かる?)。後、前回はすっぽぬけた高いBですが、今回スっぽぬけではなく、本当に裏変えっちゃいました。ああ、みっともない。まだまだ高いBは難しいですね。博打にすらなりません(汗)。

 とりあえず、これで私達のクラシックコンサートは終了です。舞台から降りて、最後の方の歌を聞いて、応援に来てくださった方々に感想を聞いてみました。

 去年と較べて上達していると言われました。一年ごとにしっかり歌が上達しているのが感じられると言われ、本当にうれしかったです。自分が上達している事は、自分でも自覚していますが、他人にそれを指摘されると、本当にうれしいものです。

 今年の歌声は、例年と較べて、目立って細い声だったそうです。いつものオスっぽい太めの声で歌うんだろうと思って聞き始めたら、声が細くて中性的な声だったので、びっくりしてしまったんだそうです。声が細かったと言っても、実際には細い声では歌っていません(それは録音を聞いても分かるでしょう)。実際には、歌声の中から、声の成分を減らして、響きの成分を増やして、ノドへの負担を減らして歌っていただけです。

 録音では分かりづらいでしょう(響きの部分は録音されませんから)が、私が意図的に高いボジションで歌っていた事もありますが、私の意図通りに、響き多めに歌えていたようです。録音を聞くと、声そのものは、例年のような私の声ですが、生で聞いた人たちは、だいぶ印象が違っていたようで…録音って(私の場合、録音機材もそんなに良くない事もあって)あんまり信用しちゃダメですね。

 まあ、私はテノールです。それも軽めのリリコなテノールですからね。軽めのキラキラした声が本来の目指すべき声なのですから、オスっぽい声で歌うよりも、中性的で細い感じの声で歌えた方が良いのかもしれません。ゲネプロで声を使い切っちゃった事は、結果的に発声に気を使わざるを得なくて、怪我の功名となったのかもしれません。

 褒められるばかりではありませんでした。ダメ出しもいただきました。声が前にばかり出ていて、ちっとも上に出ていないと言われました。声は一度、上から出て、それかキュッて感じで、頭の上で方向転換をして前に向かっていくのが良いのだけれど、私の場合、直線的に真っ直ぐな感じで前に出ちゃっているそうです。つまり、声に深みが足りないってわけです。

 課題は満載です。頑張っていきましょう。

 クラシックコンサートが終了し、行きはタクシーで会場までやってきましたが、帰りは気持ちがハイになっている事もあって、頑張って、歩いて帰ろうとしました。少し歩いたところで、妻が疲労でダウンしてしまったので、結局タクシーを呼んでしまいました。行きも帰りも車を呼びつけるなんて、ほんとセレブだな(笑)。

 それにしても、とても、楽しかったですよ、クラシックコンサート。どんな会場であれ、歌ってしまえば、私のステージだからね。また来年のコンサートに向けて、さらに上達めざして頑張っていきましょう。

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2017年10月17日 (火)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その4 ポジション調整をしました

 私は他のアマチュア歌手の歌を聞くのが大好きです。上手な人には感心し敬意と憧れを持ち、私と同じようなレベルの方には心からのエールを送り、まだまだ未熟な人の歌を聞いては、どこがダメで、どうすれば良くなるのか考える事で、自分自身を見つめることにもなります。誰を聞いても、どんな曲を聞いても、自分の勉強になるのが、他のアマチュア歌手さんたちの歌唱なのです。

 自分の声出しの前に、会場で数人の歌を聞きましたし、声出しの後、自分の出番の前の人たちの歌も聞きましたが、当地のアマチュア歌手さんたちの特徴は、本業(?)は合唱をやっている人が多いんだろうなあという事です。普段は市民合唱をやっていて、こういうクラシックコンサートの時に、ソロを歌いに来るという人々の姿が目立ちました。

 と言うのも、当地の合唱団の中には、ソロ歌唱を推奨する指導者が何人かいて、そういう指導者が指導する団は、団内発表会があったり、こういうアウェーの場に出演させたりするからです。もちろん、普段は合唱をやっている人だから、私のように独唱ばかりをやっている人とは、アレコレ違うわけで、本番のピアニストさんが、普段は合唱の指導をしてくださる先生だったり、歌も、音程とアーティキュレーションを第一とし、声の美しさとか響きとかは二の次だし、歌の表現もさほど重視していないようです。また息の使い方もレガート寄りもマルカート寄りの使い方をなされます。まあどちらにせよ、あれこれ歌へのアプローチが私とは違っていて、それはそれでいい勉強になります。

 一方で、地元の音楽教室の先生や音大受験生なども出演して、それは見事な歌唱を聞かせたりしてくれます(さすがに専門教育を受けている方は一味違います)。おそらく、私のような、純粋アマチュア声楽家(専門教育を受けず、合唱もせず、ただソロで歌っているだけ…って程度の意味です)と言うのは、案外、少ないのかもしれないなあ…なって思ったりしました。

 さて、自分たちの時間になったので、音出しに行きました。音出しは、ホールのすぐ前にある音楽室です。ここは以前、アマチュア歌劇団を主催していた時に、よく練習会場として使っていた場所で、勝手知ったるなんとかだったりします。

 この音楽室は…今回の本番会場と違って、とても歌いやすい部屋なんです。決して響きが多いとは言えないけれど、それでも目で見た広さと、音響的な広さが一致していて、割と歌いやすいのです。

 さて、部屋に入って最初にしたのは、声の調整です。響声破笛丸を飲み、たっぷり休憩したと言っても、声が疲れてしまった事は事実です。このままでは、舞台で歌っても、声が1曲持つかどうかって感じです。大切な事は、ノドに負担をかけないように歌うことです。声を意図的に響きの領域に入れて、響きが過剰と思われるくらいのポジションで歌えるように調整してみました。

 ノドの健康のためには、いつもそれくらいの事をやらないといけないのですが、ついつい低めのノドを酷使するポジションで歌いがち(それゆえにいつまで経ってもノド声なんですわ)な私です。ほんと、これは悪いクセだよね。

 声を高いポジションに設定して…それでも声の消耗を防ぐために、声出しは本当に声出し程度にして、軽く調整する事にしました。

 ゲネプロで歌った曲はやらない事にして、まずは「Mattinata/マッティナータ」を合わせてみました。この曲は、声が消耗するので、私的にはあまり歌いたくない曲なのですが、テンポの揺れが激しい上に、私の気分でガンガン曲調が変わってしまう曲でもあるので、ピアニストさん的には何度も合わせておきたい曲のようでした。ですから、私が真面目に一回だけ歌って、後は、鼻歌やファルセットで歌いながら、ピアノと合わせる…と言うのをやりました。妻は妻で「ヴィリアの歌」を一度だけ歌いました。結局、声出しだったにも関わらず、時間の大半はピアニストさんのピアノ練習の時間となりました。

 指は声と違って減らないからね。何度も何度も、直前であっても、練習したいものみたいです。

 で、時間になったので、再び会場に戻って、自分たちの出番を待つ我々でありました。
 では今回も音源を貼ります。今回は本番2曲目の、レオンカヴァッロ作曲の「Mattinata/マッティナータ」です。

 足りない声で必死に歌っているのですが、それは音源を聞いても…たぶんバレバレですよね。最後の高いAなんて、ほとんど怒鳴り声だもの。自分でも「やっちまったなー」って思ったくらいです。ダメだよね、歌では叫ぶのはアリでも、怒鳴るのはナシだよね。結果として、実力相応な仕上がりとなりました(ああ、穴に入りたい…)。

 それにしても、キング先生のところにいた頃は、本番の出来は、たいてい練習を上回っていたものだけれど、今は、本番は練習通りに歌えれば上出来で、大抵の場合、練習ほどには歌えなくなりました。奇跡が起こらなくなったと言うか、博打に負けるようになったと言うか、つまり本番に弱くなった…と言えるのかもしれません。

 ちょっと残念だな。

 続きはまた明日。

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2017年10月16日 (月)

2017年クラシックコンサートで歌ってみた その3 お昼は牛丼でした

 ゲネプロを終え、ひとまず解散して昼食を食べに出かけた私でした。

 いやあ、ノドが痛い。声が無くなりました感がマックスです。そもそも、前日に1時間ほど歌っていて、声に余力が無かったところへ、あの会場で不安にかられて力任せに歌ってしまった事もあって、ほんと、声なんて無くなってしまいました。

 どうしたら良いか…と善後策を考えながら、昼食を食べにいきました。勝負メシは…牛丼です。いやあ、会場の一番近くにある食べ物屋が牛丼屋だったからね。今の私、長距離なんて歩けない人だから(へへ)。

 牛丼は、肉増量+生タマゴ+しじみ汁で、タンパク質マシマシにしました。とにかく、減ってしまった声の回復には、まずはタンパク質補充でしょ?

 で、牛丼を食べながら思い出したのは…ゲネプロの様子を録音していたのに、その録音機を録音状態のまま、回収し忘れてしまった事です。あらら、やっちまったぜ!って感じで妻に話したのだけれど、妻はニコニコしながら牛丼を食べ続けるので、仕方なしに、脚の不自由な私が食事を中断して録音機の回収に向かいました。ううむ。

 会場は第一部の子どもたちのピアノ発表会が始まるところで、舞台の上には、本日出演予定のお子様たちがズラリと並んで挨拶をしているところでした。会場は…なんと満席。立ち見の人もチラホラいる状態でした。このクラシックコンサートって、3部構成で、第1部は、某ピアノ教室の発表会で、第2部がオトナの器楽演奏、第3部がオトナの声楽発表会となっていました。

 満席なのは…やっぱり子どもたちの集客力ってすごいな。で、私の録音機ですが…無事にありました。よかった。それにしても、立ち見の人もいるのに、録音機だけで一人分の座席を占拠していたわけで、申し訳ない気分になりました(ごめんなさい)

 すぐに録音機を回収して、牛丼屋に戻りました。妻は相変わらず、美味しそうに牛丼を食べていました。全く…。

 食事を終えて、声の回復のために響声破笛丸を飲んで、楽屋に戻りました。声出しの時間までは、おとなしく休憩です。和室である事を良い事に、畳にゴロ寝でリラックスです。楽屋が和室…と聞いて、最初は戸惑った私でしたが、ゴロ寝でリラックスできるのは、和室の特権です。洋室だと、ここまでのリラックスはできません。ただ、リラックスは良いのだけれど、決して寝ないように心がけました。寝てしまうと、声まで一緒に寝てしまいますからね(くわばらくわばら…)。

 楽屋は基本的に私一人です。時折、ギターアンサンブルの人やバリトンさんが出入りしましたが、彼らは彼らで忙しそうです。

 バリトンさんから「本番まで時間が余って、手もちぶさですね」と言われましたが「本番までやる事がたくさんあるから、そんなに暇じゃないですよ」と答えました。確かに私的にはやる事がたくさんあるわけだし、今だって積極的に休憩を取っているのだけれど、端から見れば、暇持て余してゴロ寝しているわけだし、バリトンさんとしては、おしゃべりのきっかけが欲しかったのかもしれない…と今は思うけれど、その時は、私は私なりに余裕がなくて、ちょっとぶっきらぼうになっていました。いかんね…。

 でも、おしゃべりしちゃうと減ってしまった声が回復しないからね。楽屋じゃあ無言が一番…同じアマチュア歌手なら、そこんとこ分かって欲しいなあ…と思いました。

 とにかく、1時間ほど横になって休憩をしてから、起き上がって、iPodを取り出して、本日歌う曲のカラオケを聞きました。カラオケを聞きながら(楽屋で声を出すわけにはいかないので)頭の中で歌って歌詞の確認しました。

 それからタキシードに着替えると、ちょうど第3部の開始時刻となりましたので、会場に入って、他の出演者方の歌を聞きながら、自分たちの声出しの時間を待つことにしました。

 さて、ここで音源を貼っておきます。本番で私がトスティ作曲の「Tristezza/悲しみ」を歌っている音源です。これが本番の1曲目だったわけです。色々あっての歌唱なのですし、あれこれ欠点もアラもありますし、何より声のコントロールにばかりかまけて音程が甘々なのが、自分でもイヤになりますが、それでもまあいい感じに歌えていると思います。今の私の歌唱力は、まあこんな感じです。

 私の歌はこんな感じですが、ピアニストさんがいい感じでしょ? このピアニストさん、アマチュアさんなんですよ。アマチュアでもこれくらい弾ける人で、下手なプロよりもずっと上手だし、歌いやすいピアノを弾いてくれるんですよ。私がクラシックコンサートに出演し続けられるのも、このピアニストさんがいるからです。ほんと、ピアニストさんには感謝してもし尽くせません。

 続きはまた明日。

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