ひとこと

  •  本日、都会を歩いていたら、向こうから来た人とすれ違う時に、すごく汚らしいモノを見るようなガンを飛ばされた。で、その悪意を感じたので、相手を確認したら、タレントさんのような若くて美人さんだっただけに、なんかショック。ま、私は確かに美しい生物ではないけれど、そういう悪意を不躾にぶつけてくるのは、いくらなんでもヒドイと思いました。心が折れた、なんか立ち直れない(涙)。
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カテゴリー「声楽のレッスン&活動記録」の記事

声楽の[個人]レッスンで学んだ事や、声楽関係の活動を集めてみました。

2018年9月14日 (金)

二重唱の時の声で、ソロ曲も歌ってください

 さて、声楽のレッスンの続きです。実は今回から発表会が終わるまでの間のレッスンには、本番ピアニストさんをお呼びして、毎回ピアニストさんと一緒にY先生のレッスンを受ける事にしました。

 ここで言う“本番ピアニストさん”とは、門下の発表会等で伴奏してくださるプロの先生ではなく、ここのところ毎年、クラシックコンサートで私達夫婦と共演してくださるピアニストさんの事です。実は今回、クラシックコンサートと門下の発表会の日程が近いため、両方とも同じセットリストで歌いますし、ならば両方とも同じピアニストさん(クラシックコンサートで伴奏してくださるピアニストさん)にお願いしちゃえって事になったわけです。

 で、ピアニストさんと相談した結果、ならば、割と早い段階からレッスンにも同行して、歌とピアノを合わせましょうって事になり、今回のレッスンからピアニストさん帯同レッスンとなったわけです。

 まずはレスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」からです。ひとまず通して歌ってみました。

 で…合いません(涙)。とにかく歌とピアノが合わない(涙)。私はテンポよく歌いたいのに、ピアノはゆったりとメロディアスに弾きたい…という、性格の不一致(笑)。で合わないわけだから、どちらともなくテンポを合わせに行くと…音楽がつまらなくなるわけです。そりゃあね、歌とピアノのテンポが合っているだけの音楽なんて、確かにつまらないよね。

 こういう時は、どちらかが音楽をリードするべきであり、歌とピアノなら、当然、歌がリードしなきゃいけないのです。例えピアノとテンポが違っていても、歌手は頑固に自分のテンボで歌い続けて、その演奏での“あるべき音楽の姿”を提示し、それにピアノを合わせてもらうというのが、本来のやり方なんだそうです。要は、指揮者の役割も歌手がしましょうって話なのです。

 しかし、合わないピアノに抗いながら、歌っていくのって、エネルギーいるんだよね…。

 さて、ピアノと合わないのは合わせるものとして、歌としては、ただ歌うのではなく、色気を出しながら歌っていかないといけません。で、歌手が色気を出したならば、ピアノはその色気に合わせて情熱的に歌い、歌は情熱的なピアノに合わせて、さらに熱情的に歌うのです。そうやって、音楽を作っていきます。

 で、なんとかテンポを合わせて行っても、今度はリズムがうまく合いません。ワルツのリズムって単純な三拍子じゃないからね。

 強拍は一拍目だけれど、ダンサーは二拍目でカラダを伸ばすので、ちょっとリズムを溜めるんですが、その溜め方を合わせるのが難しいのです。

 私は、ワルツはワルツでも、社交ダンス等でよく踊られるブリティッシュなワルツは踊れるけれど、ウィーンなワルツは難しくて踊れません。同じワルツでも、ブリテッシュなワルツとウィーンなワルツはダンスそのものが違うんですね。先生からは、この曲のワルツはウィーンのワルツではない…と言われているので、安心してブリティッシュなワルツの溜めで歌っているわけだけれど、ピアニストさんは踊らない人だから、そこのところで今ひとつ私とは合わないわけです。

 舞曲って、結局、演奏者が踊れないとリズムが分からないんだよね。楽譜通りに弾いても、舞曲って成立しないんだよなあ…。だから、踊れないダンスの舞曲を演奏するなら、きちんとそのダンスのリズムをカラダに入れておかないとダメだし、パートナー(この場合は歌手とピアニスト)とのリズム感のすり合わせって奴も、ダンス同様に必要なんだと思います。

 もっとも、この曲のワルツは、ブリティッシュではなく、イタリア~ンなんだけれどね(笑)。

 次は、ヴェルディ作曲「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。

 今回は指揮者無しで歌う(当然)なので、歌手が指揮者の役割を果たしながら歌わないといけません。そこはレスピーギと同じなのだけれど、こちらは指揮者がいるという前提で曲が書かれているので、それを指揮者無しで演奏するのは、歌曲であるレスピーギ以上に困難さが伴います。

 具体的に言えば、歌いながら、各種のきっかけ(あっちこっちにたくさんあります)をピアノに教えていかないといけません。それは、ブレスで教えたり、身振りで教えたり、ある部分のフレーズをカチっと歌う事で教えたりと…常に歌に迷いなく、場をリードしながら歌わないといけません。

 …しかし、この曲は歌うこと自体が難しいのよ。で、あっちこっちでミスったりするんだけれど、そのたびに動揺しちゃいます。でもそんな事ばかりして、ピアノにきっかけを送りそこなって、ピアノも迷って、二人でドボンって感じになってしまいます。

 それにしても、難しい…。譜面上はインテンポで書かれていても、実際は全然インテンポじゃないわけで、あっちで緩んで、こっちで溜めて、向こうでは煽りながら歌い、テッペンでは時間すら止めて歌う(オペラアリアだもの、そりゃそうだよね)のだけれど、それを上手にこなしてこその音楽なわけです。そういう意味では、歌手は自由気ままに歌って音楽を作っていくのだけれど、こう見えて控えめな性格の私には、それが案外難しいのです。で、私が控えめだと、ピアノも控えめになってしまうわけで、控えめな歌に控えめなピアノを載せても、そりゃあつまらないわな。

 あと、私の歌は、少し前のめり過ぎ…だそうです。もっと、あっちこっちで休みながら歌わないと疲れちゃうよって話です。で、歌が休み休み歌っていくのは当然として、ピアノもあまり前のめりに弾かずに、あっちで歌を休ませて、こっちで歌に一息入れさせて…と工夫しながら伴奏していくわけです。なにしろ、歌はピアノほどタフじゃないからね。

 あと、このアリア、全体的には歌えているし、曲の暗譜もほぼほぼ出来ているので、後は上手く歌えない数箇所を重点的に練習する必要があります。とにかく、本番に向けて、帳尻を合わせていかないといけないのです。でも、それが一番の難問だったりします(汗)。

 最後はドナウディ作曲の二重唱「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」です。

 まあ良し…だそうです。ひとまずカタチになっているようです。もちろん、細かいところはまだまだだけれど、歌のカタチになっているのですよ。先生からは「いっぱい練習したでしょ?」と尋ねられましたが、そりゃあもちろんですって。

 私の歌の、フレーズの末尾の声の処理が残念なんだそうです。フレーズの最後の音程が必ず下がってしまうのだそうです。フレーズの最後で息の支えがなくなってしまうとか、フレーズの最後でクチを閉じてしまうとか、まあそんな事のようです。一人で歌っているならば、それもまあ個性の一つというか、許容範囲のうちとして勘弁してもらえますが、二重唱…それも全編ハモリまくっているわけで、そういう曲で片方が音程がぶら下がっちゃあ…指導者としては許せないのだそうです(そりゃそうだよね)。

 とにかく、フレーズの最後までクチを開いたままで歌うように調整してきます。支えは…頑張ります。

 この曲に関しての私の発声は良いのだそうです。それどころか「どうして、他の曲でもこの声で歌えないんですか!」と叱られてしまいました。いやあ、一人きりで歌う時の声と、妻と合わせて歌う時の声だと、そりゃあ無意識にあれこれ調整して、別モノになってしまうのは仕方ないじゃないですか? でしょ?

 明日はフルート合宿の記事に戻ります。

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2018年9月13日 (木)

プランクを始めることにしました

 フルート合宿の連載中ですが、今回は声楽レッスンの記事を差し込みます。

 声楽のレッスンに行ってきました。まずはハミング練習からです。ハミングはただの鼻声ではなく、目の上で回してハミングをします。つまり、高いポジションでハミングをするわけで、それを癖にしていく事が大切です。

 引き続き発声練習では、高いポジションで声を回していく練習をしました。首の後ろで回すのではなく、いわゆる後頭部で回します。具体的には、チョンマゲの位置と言うか、一つ縛りの位置と言うか…まああのあたりです。

 上行音型と下降音型の組み合わせのフレーズならば、前半の上行音型では、声は後ろに引っ張って回して出しますが、後半の下降音型では、むしろ声を前に向けて出すようにします。音型によって、声の出し方が変わってくるわけです。

 “m”の発音の時は、なるべくクチビルを薄く使うように心がけます。上下のクチビルをたっぷり付けるのでなく、軽くふわっと合わせる程度にします。

 声は(いつもの事だけれど)鳴らさない。声の鳴りに頼らない。声が鳴ってしまうのは、息の弱さを補うためにノドが頑張ってしまうから。だから、もっともっと息を吐いて歌えば、ノドの鳴りを押さえることができるわけです。

 と言う訳で、息の強くするために、プランクをするように言われました。

 プランク…体幹強化のための基礎トレーニングの一つであって、詳細についてはググってみてください。とにかく、このプランクをやりなさいと言われました。

 最初は、一番単純な“腕立て”っぽい姿勢(腕の肘は床に付けるので、腕立てよりも姿勢的には低いです)で、30秒プランクをするというだけの指令です。試しに、言われたその場でやってみましたが、10秒やって…参りました。いやあ、キツイ。まだ腕立ての方が楽かもしれない(汗)。

 これを毎晩寝る前に、一日一回ずつから始めるように言われました。

 ポイントはやりすぎない事。一度にやる時間を延ばしたり、回数を増やすのは、慎重に…と言われました。なんでもプランクは、やっている時はそうでもなくても(いや、結構キツイです)、終わってしばらくしてからクるものなんだそうです。いい気になってハッスルすると、あっという間に腰を壊してしまうので、慎重にやりましょうって事です。はい、最近の私は、腰に自信がないので、慎重にやらせてもらいます。

 最終的には、一回5分ぐらいでやれるようになればいいそうです。

 と言う訳で、体幹強化に励まないといけない事になりました。頑張るぞ。

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2018年9月 8日 (土)

フルート合宿2018 その3 日本画と錦鯉

 長野駅に着いた私は、水野美術館(公式サイトはこちら)に向かいました。予定していた東山魁夷美術館に行けなかった代わりに行った美術館ですが、こちらの美術館もなかなか味のある美術館で、行けてよかったです。

 善光寺や東山魁夷美術館とは反対方向にある美術館で、駅から徒歩で向かうにはちょっと遠い場所にあります(土地の人なら車で移動するから問題ない距離でしょうね)。バスでの移動となりますが、バスの乗り口は善光寺と同じ“善光寺口(西口)”から乗ります。1番線が善光寺行なので、2番線の日赤病院方面行に乗ります。バスは結構頻繁に出ていますし、乗ってしまえば、あっという間(まあ15分ぐらいかな)だし、東口からタクシーで行けば5分程度でしょうが、30分の時間の猶予があるなら、バスでもいいんじゃないって感じです。実際、私は時間に猶予がありありだったので、バスで行きました。

 水野美術館は、比較的小さな美術館で、日本画専門の美術館なのですが、常設展というものがありません。常に展示物を入れ替えていく美術館です。やり方としては、皇居にある三の丸尚蔵館みたいな感じ。もっとも、三の丸尚蔵館の20倍ぐらいは広いのだけれど(笑)。

 私が行った時は、安野光雄の企画展をやっていました。そこが残念。水野美術館所蔵の日本画は(500点もあるのに)わずか16点しか展示していませんでした。残りのスペースはすべて安野光雄展になってました。ああ、残念。

 でも、たった16点だけだったけれど、展示されていた日本画は、どれもこれも素晴らしくて、私はしばし足を留めて、じっくり見ちゃいました。いや、ほんと、美しい作品ばかりでした。土産に、こちらの美術館の作品目録を購入しましたが、そこに収められている日本画の素晴らしい事…。ああ、印刷ではなく、現物をぜひ見たいものです。

 それにしても、作者によって、色使いも、線の使い方も、面の表現方法も違うんですね。共通点は…墨と日本画専用の絵の具(岩絵具)を使っている事かな? でも画材の違いによる画風の違いってのは、明確で、やはり日本画は洋画とはひと味もふた味も違うし、日本の浮世絵も漫画もアニメ絵も、日本画の延長線上にあるものなのだなあと思いました。

 ここにある作品は、我々に連なるモノ…そう肌で感じました。

 今度は、企画展ではなく、こちらの収蔵物だけを展示している時に、また来たいと思いました。さっそくのリベンジ希望です。やっぱ、絵画は現物を見て、ナンボだよね。

 企画展をやっていた安野光雄ですが、こちらは絵画ではなく、イラストです。絵本の挿絵です。美しさではなく諧謔さを求めて描かれた作品です。印刷される事を前提とされた原画が展示されていましたが、私が見た感じ、日本の印刷術の凄さに感服したくらいで、これほどの再現性があるなら、別に原画にこだわる必要もないなあと思いました。実際、作者も印刷される事を前提として書いているわけだしね。なら、別に印刷された絵本でいいじゃんって思いました。浮世絵の時代のような、稚拙な印刷術しかない時代なら、原画の価値も分かりますが、戦後の昭和からこっちの時代の印刷術って、むしろ原画の傷やくすみなども修正されて、原画よりもより美しく印刷されちゃうわけだし、言っちゃなんでけれど、商業イラストなんだから、原画は完成品ではなく、あくまでも素材の一つであって、印刷されたコピー品の方が完成品じゃなかろうかって、私は思うわけだしね。

 まあ、今年の企画展は、私にとっては残念でした。来年もまた水野美術館に行って、今度こそは、日本画を満腹するまで拝見したいものです。

 あと、水野美術館は…お庭が素晴らしかったですよ。個人的には、お庭にあった大きな池の鯉たちが素晴らしかったです。錦鯉…って、本当に錦なんだなあって思いました。立派なお庭にある大きな池でないと、錦鯉って、その美しさが発揮できないのだなあって思いました。ありゃあ、水槽で見てもダメだよ。立派なお庭が似合う観賞魚なんだよ。そう強く思いました。実際、私、庭の鯉を見ているだけで30分以上は時間を使っちゃったものなあ…それほど鯉たちを見惚れていました。いやあ、美しい鯉たちでした。

 金魚って、鯉を飼えない貧乏人たちのための、劣化版錦鯉なのかもしれないなあ…って、思いました…し、そう言われても私は言い返せないなあ。それほどに、錦鯉って、美しくて立派なんだよ。

 まあ、あそこの鯉たちに会いに行きたいなあ。

 美術館を出て、一度長野駅に戻って、戸隠系の田舎そばを出す店で蕎麦を食べたけれど、ああ、美味しかった。蕎麦汁で食べても美味しかったけれど、何もつけずにそのまま食べても美味しかったし、実際、私は最後の方は、蕎麦汁につけずに食べてしまいました。で、残った汁に蕎麦湯を入れて飲んだわけだけれど、こちらも美味しかったです。たかが蕎麦だし、我が家の近所にも蕎麦屋はあるんだけれど、旅行先で食べるせいか、なんかとても美味しく感じてしまった私です。

 で、蕎麦を食べて、さらにローカル線に乗って、そこからバスでようやく今回の合宿所にたどり着きました。

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2018年9月 4日 (火)

メンタルの弱さを自覚せざるを得ないのです

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 最初の曲は、レスピーギ作曲の「Invito alla danza/舞踏への誘い」です。

 まずは楽譜に書かれた表情記号に注意しながら歌いましょう。息をしっかり吐いて、一音一音を大切にしながら歌いましょう。

 音域的には全く問題の無い曲なので、すでにざっくりとは歌えちゃうわけだけれど、歌はざっくり歌えれば良いわけではなく、丁寧に美しく歌わないといけないので、細かい所にもしっかり神経を配って歌わないといけないのです。

 ワルツの曲なので、イタリア人の曲(レスピーギはイタリア人です)だけれど、少しだけ、ウィーン風味を加えて歌うのが良いですが、やはりイタリア音楽だからやりすぎは禁物だそうです。また、途中でリズムがワルツからガボットに変わるので、そこは明らかにリズムが変わった事を意識して歌うことです。

 また“rit. molto”は、やりすぎなくらいにやって、丁度良い感じだそうです。

 次は椿姫のテノールアリアの「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。この曲の最高音はA♭なので、落ち着いて丁寧に楽な気分で歌っていけば、必ず歌えるはずの曲なんだそうです。それをついつい忙しさにかまけて、準備不足のまま当該箇所に突っ込んで、勢いだけで歌おうとするから、失敗してしまうのです。

 力まず焦らずに手順通りに準備ができればいいのですが、そんな余裕は私には無いのです(これが問題です)。力まずに最後まで余裕を持って歌っていけば、必ず歌える歌を、歌の途中で無駄に力んで台無しにしてしまう…あれ、こんな事を今まで何度も繰り返してきたような気がする。

 私って、自分が思うよりもずっとメンタルが弱いのかな? メンタルが弱いから、高音が来るぞと思うだけで、緊張して力が入ってしまい、頭が真っ白になって、結果、練習してきた事もできずに、ただただ勢いだけで乗り切ろうとして、逆にドツボにはまってしまって…後半は、声を使い切って、ガサガサな声で歌うしかないわけです。

 ああ、やだやだ。実力磨く前に、メンタルを鍛えなきゃ。でも、どうやってメンタル鍛えたらいいんだろ?

 緊張を回避するために一番良い方法は練習を積み重ねる事だと言います。練習をして良い結果を積み重ねる事で自信を身につけて緊張を回避する、あるいは練習をする事で、行動そのものをカラダに染み込ませルーチン化させ、本番ではパニクったとしても、カラダは自動運動をして、練習の時のように確実に結果を出していく。

 どちらにせよ、練習をいっぱいして、良い結果、成功体験をたくさん積んでいかないとダメだな…と真剣に思いました。

 高い音が近づいた時、失敗しちゃいけないと思って、身構えて、カラダに力が入ってしまうのがいけないのです。先生がおっしゃるには、高い音が近づいた時に失敗しそうな予感がしたら、そこは声をひっくり返しちゃって(つまり失敗しちゃって)次に進んだ方が結果がいい…との事ですが…そこまで私は割り切れないんだよね。だから、失敗しちゃうんだ。

 最後は二重唱。ドナウディ作曲の「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」です。自宅でもずっと一人で練習してきただけなのですが、とりあえず、いきなり妻と合わせてみました。

 結果は…大雑把に良しです。妻の方は完璧だけれど、私の方の音程が甘かったり、音色が硬かったりして、あっちこっち見直さないといけない箇所はたくさんあるんだけれど、とにかく、大雑把に良しです。

 あとは、終始、声のポジションを高くし、上ずった声で歌うくらいに音程を高めにする事と、息を優しく吐いて丸い声で歌っていく事を心がけていく事。それと、要所要所で、妻とキレイにハモっているかを確認しながら歌っていく事。特に長い音符のところのハモリに気をつける事。まあ、こんな感じかな? 初めて合わせたにしては、まあいいんじゃないの? 後は、ここからどれだけ精度の高い歌に仕上げられるか…だけど、それは専ら私の歌にかかっているわけで…頑張れ、私。

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2018年9月 3日 (月)

息の速度をコントロールする練習をしました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。声は上に飛ばすようにする事。どこかを狙って出さないようにする事。

 発声練習は、音程に応じた息で歌うように意識する事を中心に行いました。歌声の息には、音程ごとに適する息の速度があるわけです。なんでもかんでも勢いよく息を吐き出して歌えばいいってわけじゃないよって話です。で、そこのところは、大抵の人は無意識で調整しているので、あまり意識しないわけです。で、息の吐き出す速度や量を意識しないからこそ、普通の方々は、中音域はともかく、低い音や高い音が苦手でうまく出せないわけです。

 低い音には低い音をキレイに出せる息の速度があり、高い音には高い音に適した息の速度があるわけです。一般的には、低い音はゆっくりした速度で息を吐かなければいけないし、高い音は速い速度で息を吐かなければいけません。低い音なのに息の速度が速ければ、声は低くなりませんし、高い音なのにゆっくりした速度の息では、必要な高さまで声が上がっていきません。

 また量に関しても、低い音高い音には、それぞれ必要な息の量があって、低い音にはたっぷりとした息が、高い音にはさほど多くはない息が必要となります。低い音では息の量が足りなければ、声は音になりません。つまり出ません。多すぎると、ノドを痛めます。高い音では、息の量が足りなければ、声はひっくり返ってしまいます。息の量が多すぎると、声が割れてしまいます。

 何事も適度な事がベストなのです。

 まあ、私はテノールですから、低い音は捨ててますので、低音に関しては「無理に出さない」方針です。いや、無理に出しちゃうとノドを痛めるので、積極的に低音は回避です。

 で、問題は高い音ですね。よく、ここのブログでも「腹圧が…」と書いてますが、これは専ら、息の速度を上げるために、腹圧を上げる必要があるからです。腹圧を上げて、吐き出す息の速度を上げていくわけです。

 もちろん、ノドは開けっ放しにして歌わないといけないのですが、だからと言って、ノドを開けっ放しの太い息のままでは歌っていては、高音に限界が生じるわけです。で、その限界を超えるために必要なのは、太い息を細める事です。息を細める事で、息の速度を上げるわけです。

 で、誤解されやすいので、息を細めると言うと、ノドを絞めてしまいがちになるって事です。ノドは絞めてはいけません。常にノドは開放したまま、全開で歌うのですが、しかし、息は細めないと高い声は出ません。じゃあ、どうするのかって話です。

 一つの方法が“引っ張る”っやつです。声帯を前後(あるいは上下)に引っ張る事で、声帯の張力を増すと同時に、息の出口を狭めて、息の速度を上げます。これは王道で、今までずっと、このやり方で高音を目指してきたわけです。

 で、私の現状をお話すると、高いGまでは、今のやり方および今の筋力で安定して歌えるわけです。で、現在は、GとA♭の間に壁があって、ここをひょいと越えられる時もあれば、壁にぶつかって上手く越えられない時もあるわけです。以前のように、A♭やAが全く出せないってわけではなく、ひょいと出ちゃう時もあるわけだけれど、うまく出せない時もあるわけです。まあ、手順を踏んで丁寧に歌えば、Aまではなんとかなっちゃうわけだけれど、それはGまでのように気軽に無頓着に出せるわけではないわけです。A♭やAが無頓着に出せるようになれば“壁を越えた”って言えるのだと思います。

 で、当面の目標としては、Aまでは無頓着に出せるようにしましょうって事です。

 Aより高い音は…どんなテノールだって、無頓着には出さないので、そこから先は、また別のテクニックが必要になってくるわけです。

 閑話休題。GとA♭の間に壁があるのは、もちろん、私の筋力不足が一番の原因ですから、腹筋や呼吸筋を鍛える事で、さらに高音を楽に出せるようにはなるでしょうが、さらにプラスアルファも考えていく必要があるかもしれません。

 というわけで“引っ張る”以外の息の細め方にもチャレンジする必要があるかもしれません。

 別の方法とは“つまむ”です。オカルトな書き方になってしまいますが、ノドは開けたまま、ノドの上の方を、ちょっとだけ“つまむ”のです。つまむ事で、息が速くなるわけです。庭の水撒きで例えるなら、ホースの先をちょっとつまむと水流が細くなって、水の流れる速度も速くなって、より遠くまで水が飛んでいくじゃないですか? あのイメージです。

 で、試行錯誤を繰り返したわけです。難しいですね。高い音になって、決して力んではいけません。ノドを絞めたり、ノドに力を入れて声を鳴らしてはいけません。ただ、つまむだけです。いやあ、難しい。

 で、試行錯誤の最中、声を鳴らしてはいけないと言われて、ノドを緩めて声を出したら、うっかり高い声が出ちゃいましたが、それはクラシック声楽で使う声ではないと注意されちゃいました。たぶん、この高音は、ポピュラー系で使う高音なんでしょうね。息は細いのですが、息の速度はさほど速くありません。声量が不足しているので、その息の速度でもポピュラーならOKなんでしょうが、クラシック声楽では音量が絶対条件ですから、芯があってパンと張った声で歌わないといけないので、そこが難しいわけです。

 どうすれば、ちょっとだけノドがつまめるのか? いやいや、つまむ前にもっとちゃんと引っ張らないといけないだろうし、引っ張る前に、しっかり腹圧をかけて、息のそもそもの速度を速くしないといけません。

 悩みは多いのです。

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2018年8月28日 (火)

さて、今回から本番に向けて始めていきます

 声楽のレッスンの続きです。具体的なレッスンの内容に入りたいと思います。

 ハミング練習は、声を押さずに、かと言ってノドで歌わずに、ちょうど良いポジションで声を出し続ける練習をしました。ま、私もノドが完治していないので、あまり声を押せず(と言うのも、声を押すとノドが痛いんですよ)、このちょうど良いポジションに声を置いていくというのは、とても分かりやすいレッスンでした。

 発声練習は、ひたすら声を温める系の練習をしました。声は温めていく事で、少しずつ歌声っぽくなっていきました。中低音域は割とすぐに歌声っぽくなっていきましたが、高音はなかなか難しいです。自分でも、まだまだ高音は違和感があります。

 今回から、いよいよ発表会に向けてのレッスンです。新曲です。まずはレスピーギ作曲の「Invito alla danza/舞踏への誘(いざな)い」です。実はこの曲、レッスンの前日に始めて譜読みをしました。なので、歌い込みが足りないのは当然として、歌詞もまだ読み間違いがあれこれありそうな感じでした。

 まず、ブレスの位置を確認して決めました。変な所でのブレスはアウトですからね。全体的にベターと歌う感じになりがちな曲なので、ところどころでリセット…ってか歌い直すところを決めて、そこに来たら、改めて音を取り直して歌いましょうって感じにしていきます。また、何箇所がリタルダンドがあるのですが、それぞれのリタルダンドの掛け方を確認しました。もちろん、ガボットのリズムも確認です。こういう基本的な部分や箇所の確認をしたわけです。

 で、後は自宅で歌いこんできなさいって感じですね。

 次はヴェルディ作曲の「椿姫」より、テノールアリアで「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。1年半ほど前にレッスンで取り上げて歌っていたので、その続きです。一応、音は取れていますし、あの時はGよりも高い音はダメダメでしたが、今はAまでいけちゃうはずなので、それなりに形にして歌えるはずでしたが、いやあ、全然ダメダメ。以前もダメだったけれど、今回もダメ。ダメな理由は、高音がダメなんです。

 ま、高音に関しては、声帯の状態を元に戻したり、声帯周辺の筋肉の動きを元に戻すなどのリハビリめいた事をして、声が回復するのを待つことにしました。

 声以外では、私の歌い方は、少々前のめりになっているので、もっと落ち着いてゆっくりと丁寧に歌いましょうと言われました。特に休符はしっかり休む事。フレーズの切れ目は、一息入れる感じで区切りをつけて歌う事。急いで歌っても、誰も得をしない事を忘れないように…です。休めるところは、しっかり休むのが、上手に歌うコツなわけです。後は、丁寧に歌う事。母音をつなげてレガートに歌っていく事です。

 まあ、歌のリハビリ初日のレッスンとしては、まあこんな感じでしょう。ゆっくりと焦らずに、少しずつ歌いこんで、早く声帯を元の歌手の声帯に戻していきたいと思っています。

 二重唱(ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」)は、今回やりませんでしたが、Y先生がこの曲が見た目以上に難しい事を心配されていました。つまり「しっかり音を取ってからレッスンしましょう」って事なわけです。まあ、難しいかもしれないけれど、その難しさを乗り越えるのが、上達とか成長とか言うわけだから、頑張っていくしかないのです。

 どうしてもダメなら、土壇場で演奏曲変更だって出来ないわけじゃないしね(へへへ)。

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2018年8月27日 (月)

白い声帯から出てくる声は、歌声ではないのです

 声楽のレッスンに行ってきました。これはお盆休みの前の話です。

 この時の私はまだノドが若干腫れていました。前回のレッスンの時にすでにノドが痛くて、レッスン後はずっと歌を歌っていませんでした。それでも良くならなかったので、途中で耳鼻咽喉科の専門医に見てもらったところ(このあたりの事はすでに『自分の声帯を見てきた』で記事にしています)はアップしましたが、あの後、まあそろそろと良くなってきた感じだったので、レッスンの前日に軽く発声練習をして、レッスンに臨んだわけです。

 たぶん、二週間ぶりぐらいのレッスンだったわけです。二週間ほど、歌声を出していなかったわけです。

 まだノドは完治したわけではありませんが、だいぶ良くなりました。咳もかなり収まったし、痛みもだいぶ楽になりました。ただ、痰はまだまだ大量発生しています。痰が出ているという事は、まだノドが腫れているってわけです。

 前日に自宅で発声練習した時には、なんか変な感じでした。一応、声は出ているけれど、なんとも艶のない歌声で、まるで自分の声ではないみたいな感じでした。むりやり声を出せば、声の質も変わるのかもしれませんが、いわば病み上がりの状態ですから、そこで無理は禁物です。違和感のあるままの声で発声練習ですが、中低音はともかく、高音はなんともな感じでした。ダメはダメでも、以前とはなんかちょっと違う感じでダメなんです。まあ、だいぶ長い間歌っていなかったので、あっちこっちが衰えてしまった…と思っていました。

 そんな感じでのレッスンだったわけです。

 ハミング練習に続いて、発声練習を終えたところで先生が私の今の声についてコメントくださいました。

 一通り私の声を聞いたY先生は「きれいな声帯の声になっている…」とおっしゃいました。声帯がきれいになり、そんなきれいな声帯から出てくる声になってしまっていると言うわけです。

 実は歌手の声って…言うか、歌手の声帯って、決して“きれい”って状態ではなく、全体的にうっすら充血していると言うか、少しばかり腫れているのが当たり前なのです。なので、声帯もきれいなピンク色をしているのが常なのです。そういう、少々充血気味の声帯から、あの密度の高い声が出てくるわけなのです。

 私の場合、たっぷり声帯を休ませてしまったので、声帯がきれいになり、全体的に白っぽい声帯になってしまったのでしょうねと、Y先生はおっしゃるわけです。

 正解です。耳鼻科のストロボ撮影で見た私の声帯は、面白い具合に真っ白だったんですもの。Y先生、正解です。なるほどね…。つまり、私の声帯は、長期休養のために“歌わない人の声帯”に戻ってしまっていたってわけです。ああ、なるほど、それで声に違和感を感じたわけなんだ…。

 声帯の使用感…ってのは、実は難しいわけで、今回の私の場合のように、休ませすぎて白い声帯になってしまうのは、休ませすぎです。これではうまく歌声を出せません。かと言って、ピンクを通り越して、真っ赤に充血してしまった声帯は使いすぎなわけで、これでは声帯に傷がついたり結節ができてしまったりして、ノドそのものを壊してしまうわけです。

 何事もほどほどが大切なわけです。

 さて、高音がうまく出せないのも、考えられる原因としては2つあるんだそうです。一つは、声帯を引っ張り上げる筋肉が衰えてしまったかもしれないって事です。うまく声帯を引っ張ることができなくなって、それで高音がダメになってしまった恐れがあるわけです。

 もう一つの原因が、何らかの事情で高音になった時に、うまく声帯が閉じることができなくって、それで高音が出せなくなったかもしれないって話です。何からの事情…ってのは、声帯が腫れてしまったため…ってわけです。

 ううむ、どちらだろうか? とりあえず、完治ではないけれど、まあまあノドも回復してきたので、そろそろリハビリ代わりに歌っていかないと、本当に歌えなくなってしまうので、今回のレッスンを一つの区切りとして、これからは少しずつ歌っていこうと思ったわけです。

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2018年8月 1日 (水)

高いAへの恐れが消えました

 声楽のレッスンの、さらに続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、ベッリーニ作曲の「Almen se non poss'io/もし私ができないなら」です。

 発声練習では平気でしたし、歌う前は大丈夫だと思ってましたが、実際に歌ってみると、腫れたノドで歌うのは、やっぱりキツイですね。特に曲の出だしは音が低いため、ノドがガリガリしてしまいました。先生からは、なるべく声帯に負担のかからない声(具体的に言えば、真綿のような柔らかい声)で歌わないといけないとの事です。

 普段の私は、ノドが強い事もあって、結構声帯に負担のかかる声、つまり“ノドを鳴らした発声”で歌っています。こういう発声では、声が重くなってしまうし、声帯に負担はかかるし、何よりも高音に制限が出てしまいます。それを回避するために、また調子が悪くても歌えるようになるために、普通に歌う声から、声帯に負担のかからない軽めの声で歌うように、シフトしないといけません。そのためにも、声のポジションをもっともっと高くする必要があるでしょう(ポジションの高い声で歌うと、そんなにノドには来ないのですよ)。

 ノドの負担を減らして歌うには、ノドを使わない分、カラダをたくさん使わないといけません。実際、ノドが痛くならないよう、痛くならないように歌っていたら、腹筋背筋が疲れてしまい、動きが悪くなるほどです。いつも書いてますが、私、ノドで歌えちゃうものだから、あまりカラダを使わずに歌う癖がついています。ですから、今回のように、ノドが使えなくて、カラダを使って歌わざるを得ない状況になって、初めて、カラダを使うしんどさを改めて感じてます。

 ああ、ほんと、カラダを使わずに歌ってきたもんだなあ(涙)。ちょっとだけ、反省しよっと。

 体調が悪い日ほど、自分の欠点と向き合わなければいけないのは、仕方のないこととはいえ、ちょっとメンタルに来ますね。

 次は、ドナウディ作曲の「Vaghissima sembianza/かぎりなく美しい絵姿」です。この曲の最高音は高いAです。Aをきれいに出すためには、Aの出番が来るまで、しっかり声を温存しておく事が大切なのです。

 声って減るものなのです。もちろん、減った以上、回復もするわけですが、歌っている限り、どんどん声って減っていきます。曲の間奏とか、二重唱などでは相手が歌っている間の休憩で、減った声を回復していくわけですが、声が減っていく速度に比べると、声が回復する速度って遅いのです。だから、なるべく声が消耗しないように、減っていかないように、最新の注意を払って歌い、余力をもって、その曲の最高音(ここではA)に向かっていくわけです。

 この曲は有節歌曲で二番まであります。高いAも、一番と二番の最後にそれぞれ一回ずつ出てきます。当然、一番のAは、まだ余力があるせいか、きれいに出ました。しかし、二番のAは、見事に声も減り、疲れてしまい、手順もうまくいかず、ちょっぴり届きませんでした。ドンマイ、こういう事もあるのさ。

 声が減って、こりゃを次の高音は届かないぞ…と感じた時に、むりやり声を出そうとするのは良くないそうです。その声で曲が終わってしまうならともかく、そうでなければ、無理やり高音を出すと、一挙に声が減り、声帯に多大な負担がかかってしまいます。なので、届きそうもない時は、すっぱり諦めてしまうのが肝心なんだそうです。

 逆に届く時も、ビタッと合わせて歌うよりも、その音を撫でるように、サラっと歌っちゃうのが良いのだそうです。とにかく、声の消耗を常に考えて、備えながら歌わないといけないんだそうです。

 頑張りましょ。それにしても、高いAがちっとも怖くないというのは、新しい世界に突入したって感じで、我ながら、いい感じなんです。

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2018年7月31日 (火)

舌根を盛り上げてはいけません

 声楽のレッスンの続きです。

 とにかく、高い音は息の通り道を確保するのが大切です。現在の私は、息の通り道さえ確保できれば、高いAは楽に出せるし、出ているのだそうです。実際、自分でも、手順さえ間違えなければ、Aは出せるという自信もあります。

 どうやら日々の鍛錬のためか、高いAを出すための筋力が私に備わってきたそうなのです。筋力があっても、実際にうまくいかない事が多いのは、息の通り道がふさがってしまう事が多いからなんだそうです。

 歌う時は、ノドの奥を開きっぱなしにします。それで、高音に行けば行くほど、奥の開きをさらにさらに大きくしていくわけです。しかし私の場合、そこそこまでは奥が開いて歌えるのだけれど、ある程度まで音が高くなってくると、だんだんノドの奥が狭くなってしまい、高いAの手前でノドの奥が閉じてしまうので、高いAが歌えないというわけです。

 ノドの奥が塞がるのは、舌根がクチの中で盛り上がってしまうからです。そこで舌根が盛り上がらないように練習をしました。

 最初にやったのは、鏡を見ながらの発声。しっかり目でクチの奥が見える事を確認しながら発声しました。確かに、クチの奥が見える(=舌根が盛り上がっていない)時は、高音は出ます。クチの奥が見えるほど開いている感覚を覚えることが大切です。

 次は舌を出しっぱなしにして歌う練習です。舌を出しっぱなしにする事で、舌根の盛り上がりを防ぎましょうって事で、これもこの時の感覚を覚える事が大切です。

 人間の仕組みとして、高い声を出そうとすると、舌根が盛り上がっていくのは自然なんだそうです。で、その自然な行為に意図的に逆らえるようになると、自由に高音が出せるようになるわけなんだそうです。でも、自然に反した行為をするわけだから、それを身につけるのは大変な事でしょう。先生曰く、かなりストイックに追い求めていかないと身につかない…のだそうです。でしょうね。

 さて、クラシックコンサート&発表会の時に歌うセットリストの話をしましょう。実際にはレッスン開始前に話したのですが…。

 前回のレッスンの時に、歌曲(レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」)と二重唱(ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」)は決めましたが、オペラアリアは何を歌うかが未定でした。それをようやく決めました。

 クラシックコンサート&発表会では、ヴェルディ作曲の歌劇「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」を歌う事にしました。

 実はこのアリア、昨年(2017年)のお正月あたりから発表会準備に取り掛かる6月まで、レッスンで歌っていた曲です。5ヶ月も取り組んでいたのに、結局仕上がらないまま、なんとなく中途半端にペンディングしたまま、今日に至ってしまった曲です。なので、一度取り掛かった曲なんだし、きちんと仕上げてしまいましょうという気持ちもあって、今一度、この曲に取り組む事にしました。

 この曲は、テノールのアリアとしては、さほど難易度が高い曲というわけではありません。なにしろ、最高音はA♭です。最高音がさほど高くない代わりに、この音が何度も何度も登場します(数えたら8回もありました)。高音が地味に効いてくるタイプの歌なのかもしれません。でも、まあ何とかあるでしょうし、何とかしたいと思ってます。

 聞かせどころのカデンツァは、ヴェルディが作曲したカデンツァのまま歌うつもりです。もちろん、別のカデンツァもありますが、別カデンツァはあまり有名ではない上に、実は別カデンツァの方が音が低くて簡単(笑)なんです。おそらく、何らかの理由でヴェルディ作のカデンツァを歌えない歌手向けに作ったのでしょうが、私の場合、特に歌う必要はなさそうです。

 さて、クラシックコンサート&発表会のセットリストも決まった事だし、ぼちぼちと練習を始めたいと思ってます。

 レッスンの続きはまた明日。

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2018年7月30日 (月)

息の通り道を確保しよう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 実は今回のレッスン時、私、重篤な気管支炎を患っていました。ほんと、ひどかったのよ。

 原因は…たぶん冷房病。寝る時に冷房をつけっぱなし…は、まあいいとして、風量をマシマシにして寝落ちしてしまったために、気管支がやられてしまったのだと思う。あんまり暑かったから冷房の風量をマシマシにして、納得したら、風量を自動設定にするつもりだったのに、つい寝落ちしてしまって、風量をマシマシのまま寝てしまったのが今回の敗因です。

 ああ、ノド痛い。とにかく、レッスンの前日に医者に行って、あれこれ薬をもらって、それでレッスンに臨んだわけです。痛み止めは偉大だよ。

 病状的には、多少話しづらいけれど、話したり歌ったりはできる…けれど、咳き込む事が多く、その咳のためにノドが痛すぎるって感じです。あと、常に息苦しい事。やたらとノドが乾く事、あきらかにノドが腫れている事…ですね。

 Y先生がおっしゃるには、歌手はノドを酷使するから、気管支炎になる人が多いけれど、気管支炎になっても、病状次第で、歌っちゃダメな時と、むしろ歌った方が良い時があるんだそうです。

 歌っちゃダメなのは、声帯が腫れている時と、声帯周辺の筋肉が動かなくなっている時。むしろ歌った方が良い時は、声帯周辺の筋肉が動きづらくなっている時。動きづらくなっている時は、歌う事でむりやり筋肉を動かす事が必要なのだそうです。

 あと、私はゲホゲホ咳き込むのだけれど、咳の仕方にも注意が必要との事。私の咳は、ダメな咳の仕方で、こういう咳き込み方は、声帯を痛める(実際に痛いです)のでダメなのです。咳にも色々なやり方があるので、自分で声帯に負担の少ない咳の仕方を見つけるべき…なんだそうですが、どうすれば声帯に負担のかからない咳が出来るようになるのかしら? ああ、ノドが痛い(ので、痛み止め飲んでます)。

 さて、レッスンはハミング練習からです。気管支炎で咳き込むせいで、ノドが痛いのです。特に低音を歌おうとすると、ノドがガリガリ言って、とても痛いです。ノドがガリガリ言っているのは、ノドに力が入りすぎているからなんだそうです。普段は、ノドの強さもあって、力が入っている事に無自覚だけれど、今のようにノドの調子が悪い時は、自分の欠点がよく見えている時なので、見えている欠点をつぶしましょう。さしあたって、ノドから無駄な力を抜きましょうとの事です。

 だいたい、テノールなんだから、そんな低音がバリバリ出るわけないのに、普段は出ないはずの低音を無理やりノドを鳴らす事で出しているだけで、気管支炎でノドを痛めて無理ができないのに無理をしようとしているから、ノドがガリガリ言って痛くなるわけです。

 出ないモノは出ないという割り切りが必要であって、出ないから言って無理に出さずに、軽く流して楽に出していくことが大切。これは別に低音に限った話ではなく、高音だって無理に出すのは禁物なのです。なまじノドが強いので、無意識に無理をしちゃうのが、私のダメなところなのです。

 まあ、確かに病気になって、無理ができなくて、自分の欠点と向き合うのも、スケジュールに余裕がある時などは、大切な学習プロセスであるかもしれません。

 で、低音を歌うとノドが痛むけれど、中音になってくると、かなり楽になり、高音になると、さらに楽になります。そういう意味では、私は本質的に高音歌手なんだな。ただ、高音はノドは楽になるけれど、声は出しづらくもなります。声が出しづらくなるので、ついついノドの力を借りて、無理に出しちゃうのは、本来はダメなんだけれど、やっちゃうんだよね。。

 高音が出しづらくなるのは、ノドが腫れていて、息の通り道が狭くなっているからです。そこで発声練習では、ノドを開きっぱなしにして、息の通り道を確保して歌う練習をしました。

 まずはイメージ戦略からです(笑)。ノドを開きっぱなしにするイメージは…クチにトイレットペーパーの芯を咥えるイメージです。それもクチの奥までたっぷりと…。先生的には、本当はトイレットペーパーの芯よりもさらに太いモノの方がイメージ的には良いそうですが、まずは身近なところからイメージを膨らませましょうって感じです。

 で、ノドを開くイメージを作って歌うと、確かにノドは開くのだけれど、無意識にノドを開くと、私は、ノドを下の方向にばかり開いてしまうのです。重力もあるから、ノドを下に開くのは簡単だけれど、上に開くのはなかなか難しいのです。ノドは、上にも下にも両方向に開かないといけないのです。

 そこでさらにイメージを付け加えます。それは、鼻からたくさんの息を出すイメージです。歌う時、クチから息を吐くのは当然だけれど、それと同じくらいの量の息を鼻からも出すイメージにすると、自然と息もたくさん吐けるし、鼻もよく開いて、鼻の力が利用できるようになるわけです。

 まあ、これはイメージのみならず、実際、声楽的な声ってのは、クチからも鼻からも出していくわけです。もちろん鼻声はダメだけれど、クチ声もダメなんです。クチ声って、ただの地声だからね。ロックを歌うなら、それでもいいんだろうけれど、テノールの発声としては(そうやって歌う人もプロにはいますが)少なくとも、教科書的な発声ではないわけです。

 とにかく、ノドは開くわけです。上にも下にも大きく開く事で、声を楽に出せるようにするべきなのです。

 長くなってきたので、続きはまた明日です。

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