ひとこと

  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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カテゴリー「音楽一般」の記事

音楽ネタだけど、ノンジャンルなものはここです

2017年11月14日 (火)

すべての音楽は騒音である

 音楽を学んでいると、騒音問題とは縁が切れません。特に私は、昭和の時代に起こった、『ピアノ騒音殺人事件』の地域に住んでいるので、騒音問題は決して他人事ではありません。

 なにしろ、アップライトピアノの音がうるさくて我慢ならずに殺しちゃうわけだからね。ピアノ程度の音で殺人事件が起こるわけです。ピアノよりも大きな音の楽器は、ほんと、気をつけないと危ないです。金管楽器はほぼアウトでしょう。実は声楽も、正しい発声で歌うと金管並の音量になりますから、これもアウトです。

 人間が「うるさい!」と感じる要素は、もちろん音量は大切な要素ですが、なにも音量だけに限ったわけではありません。音量がそこそこでも、不快に感じる音は、やっぱり騒音です。特に甲高い音は一般的に不快です。(下手くそな)ヴァイオリンの音が不快に感じられるのは、音が高いからであって、フルートも音量そのものは可愛いものですが、音が高いので、結構、癇に障るわけです。

 打楽器は、音量に関わらず、耳についた段階でまずアウトです。打撃音というのは、人の神経を逆なでするモノですからね。

 問題は楽器の音だけではありません。音楽の再生装置の音量も問題になります。いわゆるステレオの音が大きいのは、やはり騒音扱いになります。今や音楽の再生装置はステレオだけでなく、パソコンやテレビなども問題になります。最近のパソコンやテレビは、かつてのオーディオ機器にも劣らぬほどの高音質で鳴りますからね。低音も高音もよく響きます。

 私のパソコンの場合、付属のスピーカーではなく、音楽再生用のスピーカーを接続しているので、パソコンでもなかなか良い音で音楽が楽しめますが、そのために騒音度はかなり高いようです。特にウーハーを一緒に鳴らすと、一発でアウトのようです。

 家の中だけでなく、外出先でも、最近はスマホ+ヘッドフォンで音楽を聞く人が増えましたが、これもヘッドフォンから漏れ聞こえる音が結構問題になります。音量的には大したものではないのですが、一度耳につくと、なかなか離れないもので、気になると言ったら、気になるものです。人によっては殺意を覚えるほどだそうです(怖いですね)。

 道を歩いていても、カーステレオの音量をガンガンにして走っている車などが、信号待ちなんかをしていると、たまったもんではありません。私の友人で、走っている車の中で発声練習をしたり歌の練習をしたりしている人がいます(器用ですね)が、その人なんかも、信号待ちの時は、周囲に多大な迷惑をかけているんじゃないかと心配します。

 騒音に関しては趣味の問題も関係します。ランパルの神ががった演奏であっても、アンチクラシックの人(世界中の人々の大半がそうですね:汗)には、耳障りの騒音にしか感じられません。逆も真なりで、例えば、ロックの名曲「紫の炎」だって、クラオタが聞けば、ただの騒音だからね。いい曲なんだけれどね…「紫の炎」って。

 ちなみに「紫の炎」って曲はこんな曲です。ボリュームをアゲアゲで聞くのが、正しい楽しみ方ですよん(笑)。

 結局、どんな音楽であれ、音楽という音楽はすべて、聞く人によって音楽であったり、騒音であったりするわけで、興味のない人間にとっては、どんなに素晴らしい音楽であっても騒音でしかない…ってわけです。それゆえに我々音楽学習者は、自分たちが出す音に細心の注意を払っていかないといけないわけです。だって、ご近所から「うるさい!」ってクレームつけられたら、音楽を趣味には出来ませんからね。

 我が家の場合、家を建てる段階で、防音の事を考えて作っていますので、多少の音は問題にはなりませんが、それでも練習する時間を決めて、深夜(笑)は音を出さないようにしています。フルートやヴァイオリンはともかく、声楽は本当に大音量になりがちですからね、気をつけないと。

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2017年11月 2日 (木)

伴奏者は、どうやって見つけますか?

 今回の記事は、ある方からメールをいただいたのがきっかけです。まあ、この方は、実にあっちこっちの方々に同様なメールを送っているようですが…(苦笑)。

 それさておき、アマチュア音楽家が人前で演奏を披露するという状況を想像してみてください。

 フルートならば、無伴奏での演奏ってのがありますので、必ずしも伴奏者が必要というわけではないでしょう。でも、無伴奏で演奏するのって、聞いていて寂しいし、1曲2曲ならともかく、それなりの曲数を一度に演奏するとなると、すべてを無伴奏曲ってわけにはいきません。そんな事をすれば、どうしてもプログラムの単調さからは免れませんし、音楽的な広がりもありません。そうなると、やはり、伴奏者をお願いすることに越したことはありません。

 合唱も同様です。無伴奏での合唱も良いですが、やはり伴奏ピアノがあった方が音楽の幅が広がります。

 声楽となると…伴奏無しはありえません。必ずピアニストを帯同しての演奏とならざるを得ません。

 つまり、いくらアマチュア音楽家とは言え、人前での演奏を前提とするならば、伴奏者を必要とするでしょう…ってわけです。

 となると、どうやって伴奏者を探して依頼するかが問題となります。

 おそらく、合唱の人たちは、普段の練習時から伴奏ピアノは必要ですから、普段伴奏をしてくださるピアニストさんにお願いするだろうし、それがダメでも、ピアニストさん経由で、別のピアニストさんを紹介してもらうという事できますし、合唱団の場合なら、指導をしてくださる先生がいらっしゃるだろうから、その先生経由でピアニストさんを紹介してもらえばいいのです。

 どちらにせよ、合唱は人が集まって音楽をやっているわけですから、誰かしらピアニストのアテがあったりするわけで、それほどピアニスト探しに苦労はしないと思います。

 問題は、個人で活動しているアマチュア音楽家の場合ですね。

 クラシック系のフルートや、声楽を学んでいる人は、基本、普段は一人で活動していると思います。門下の発表会等なら、伴奏者は先生が用意してくれるでしょうから、特に問題ないでしょう。問題となるのは、個人で何かの演奏会(例えば私なら、クラシックコンサート)に参加したり、慰問活動をしたり…って場合です。つまり“私”が個人的に伴奏してくれるピアニストさんを用意しないといけないって場合です。

 そんな場合に、あなたならどうしますか?

 私は…別に慌てません。一応、お願いできるピアニストさんは二人確保していますので、まずはそのお二人のどちらかに声をかけさせていただきます。もしもそのお二人がダメでも、まだ他にもプロアマ問わずピアニストさんの知り合いはいるので、そういう方々に声を掛けてみることも出来ます。

 でも、皆が皆、私のようにピアニストさんの知り合いがいるわけじゃないですね。

 ピアニストさんに知り合いはいないけれど、ピアニストさん急募!って方は、どうすればよいのでしょうか?

 どこかにピアニストさんを斡旋してくださる方はいないのでしょうか? まあ、私なら、ダメ元で近所の音楽教室やピアノ教室に問い合わせてみると思います。ほとんどの方は、どこの馬の骨とも分からないようなオッサンからの仕事の依頼なんて断ってくるでしょうが、中には物好きな方もいらっしゃるかもしれませんからね。それでピアニストさんを見つけられればラッキーです。

 でも、そんな片っ端から問い合わせしてみるような勇気を持ち合わせない人もいるかもしれません。まあ、その程度のハートの強さが無い人が人前で演奏を披露するとは考えづらいのですが、仮にいたとします。知らない人に、いきなり問い合わせするなんて無理!って思ってしまうわけですね。

 そういう人はどうするのでしょうか? 今はインターネットの時代ですから、ネットを利用して探すかもしれません。

 そこで記事の冒頭に書きました、ある方からのメールです。普段の私は、その手のメールをいただいても無視をするのが普通なのですが、今回は、ちょっと興味が沸いた事と、こうやってブログネタにもできたので、例外的に、そのサイトをご紹介したいと思います。

 “伴奏者募集広場”というインターネットのサイトがあります。

 ここは、その名のとおり、伴奏者を見つけるためのサイトです。伴奏したい人と伴奏してもらいたい人を取り持つサイトです。ま、健全な出会い系サイトと言えるかもしれません。

 用途としては、一応、音楽コンクール等の、マジだったりガチだったりするような時にピアノ伴奏を依頼できる、本物のピアニストさんを紹介してくれるサイトです。仕事の依頼の方法は、サイト経由でピアニストさんに直接メールで依頼するカタチです。こんなやり方で、サイト運営者は儲かるのかしら?

 まあ、一応、マジガチ系の仕事を前提としているようですから、アマチュア音楽家には無縁なサイトに思えますが、相手のピアニストさんはプロですから、依頼のやり方と謝礼の取り決めさえ、ちゃんとしておけば、もう少し緩い感じのお仕事であっても、依頼できるんじゃないかな…なんて思います。アマチュア音楽家であっても、そこんとこさえきちんとしていれば、それほどマジガチ系の仕事でなくても、依頼するのは可能だと思うよ。

 それはさておき、このサイトの良いところは、明朗会計な事かな? 音楽関係の仕事って、口約束も多く、多くは信頼関係で成り立っていたりするので、金銭的にアバウトだったりする事もあり、その業界の人間ならともかく、門外漢から見れば、寿司屋で時価の寿司を頼むような怖い感じはしますでしょ? でも最初っから明朗会計ならば、安心してお願いできるし、こちらの予算に応じて伴奏者さんを依頼する事もできます。

 ダメなところは…別にこのサイトの責任じゃないけれど、伴奏者さんが都会に集中しているって事かな? 都会の人なら、このサイトも便利に使えるかもしれないけれど、地方の人には…あまり役にたたないよなあ。だって、地方のピアニストさんがあまり登録していないからね。

 おそらく、本当に需要があるのは、地方の方なんじゃないかな? 都会の人って、周囲にたくさんピアニストさんがいらっしゃるから、この手のサイトを利用しなくて、すぐにピアニストさんは見つかるでしょ? でも地方って、音楽ネットワークが都会ほど広くないし、ピアニストさんがそもそも地方には少ないから、伴奏してくれるピアニストさんの情報って貴重だと思います。

 プロの音楽家さんって、ほんと、地方だと数少ないんだよね。学校の音楽の先生ですから、地方では人手不足だからね。都会は音楽家がたくさんいすぎて、仕事が足りなくて、音楽の仕事にありつけないプロの方も大勢いらっしゃるのに、地方だと音楽家そのものが少ないんだよね。

 音楽家さんって、何故か、地方に住みたがらないんだよ。たとえ仕事にあぶれていても、地方には行きたがりません。でもね、地方にいけば、それなりに仕事があるのにね。

 私が以前フルートを習っていた笛先生は、今、某地方にいるのだけれど、そこでもフルートをバリバリ教えているんだけれど、今ではフルートを教えるだけでなく、演奏活動も充実しているみたいだし(なにしろ、その土地では唯一のプロフルーティストでから、地域独占で活動しているようです)地元のテレビ局にも出入りできるようになり、ローカル番組等で使う音楽を演奏したり、作曲したりと、結構忙しいみたいです。こちらにいた時はなかなか難しかった、自分のための海外でのフルートの勉強も、今では定期的に行っているみたいで、羽振りがよくなったんだなあって、端からは見えます。

 私の見えない部分でのご苦労も当然あるでしょうが、押しなべて言えば、地方移住大成功ってパターンのようです。

 閑話休題。おそらく他にも似たような伴奏者紹介サービスはあるかもしれないけれど、これも何かの縁なので、こちらの“伴奏者募集サイト”をご紹介させていただきましたが、私自身はここを利用する予定はないし、何かトラブル等が発生しても、サイトのご利用は自己責任って事で、よろしくお願いしますよ。

蛇足 本当にガチマジ系の仕事を依頼するなら、こういうサイトではなく、ちゃんとした音楽事務所と話をして、そちらからピアニストさんを派遣してもらう方がいいような気がします。何か不測の事態が起こった時、個人的な依頼だとどうにもならない事があっても、事務所経由なら、事務所が何とかしてくれるでしょ。ガチマジ系なら、その辺のリスクもちゃんと計算に入れて、仕事の依頼をするべきだと…私は思います。

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2017年11月 1日 (水)

知ってましたか? 日本の音楽大学って、全部私立学校なんですよ

 実は私、知りませんでした。先日、日本中の音大のホームページをチェックしたれ…と思ってサーフィンをしていた時に気づいたんですよ。日本には、国公立の音楽大学って存在しないんです。私立学校しかないんです。

 ほら、だって…、桐朋学園、国立音大、武蔵野音大、東京音大、洗足学園、昭和音大等々、みんな私立学校じゃん。

 道理で、音大って、お金がかかるわけだ。

 「あれ、東京芸術大学って国立大学じゃなかったけ?」

 東京芸術大学って学校は、確かに国立大学だけれど、音楽大学ではありません。その名のとおり、芸術大学なんです。学部としては、美術学部と音楽学部の2学部があり、大学院としては、美術研究科と音楽研究科、映像研究科、国際芸術創造研究科の4つの研究科がある大学なのです。我々、音楽ファンは芸大を音大であると思いがちですが、あの大学は音大ではなく、音楽学部のある芸術大学だったんですね。

 「じゃあ、公立大学に音大って無いの?」

 音楽大学はないんです。でも芸術大学なら、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学、沖縄県立芸術大学の3つもあるんです。いずれの学校も、東京芸術大学同様に、美術学部と音楽学部の2学部があります。また、大分県立芸術文化短期大学は公立の芸術系の短期大学ですが、音楽科があります。

 「国公立大学で、芸術大学以外に音楽の勉強できる学校はないの?」

 実はあります。代表的なのが、各都道府県に一つはある、教員養成系の大学にある音楽教員養成課程がそれです。特に俗に“ゼロ免課程”と呼ばれる、教員免許を取得しない課程で学ぶと、一般の音楽大学や芸術大学の音楽学部並の勉強ができるようです。また、お茶の水女子大学の文教育学部には芸術・表現行動学科があり、その音楽表現コースでは、音楽の専門教育が受けられるようです。

 というわけで、我が国には国公立の音楽大学は存在しませんが、音楽の専門教育を受けられるような音楽系の学部学科は存在するわけです。さすがに国公立大学ですから、これらの大学の学費は私立の音大と較べると、かなり安価となっているようです。

 私立の音楽大学は、経済的に裕福でないと我が子を通わせ切れませんが、これらの国公立系の大学なら庶民の家庭でも、ちょっと頑張ると我が子を通わせることが不可能ではありません。ただし、どこの学校も(音楽的なレベルであったり、学力的なレベルであったり)レベルが高いので、それなりの準備が親にも子にも必要となるようですが…。

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2017年10月30日 (月)

素人笛吹きはヴィブラートにこだわり、素人テノールはアクートにこだわる

 なんか、後ろから刺されそうな気もするけれど、正直、私はそんな気がするんですよ。

 アマチュアフルーティストは、ヴィブラートが出来る出来ないに、やたらとこだわるし、アマチュアのテノール歌手は、なんかアクートにこだわりたがります。少なくとも、ネットに巣食っている人たちは、押しなべてそんな感じです。

 別にこだわる事自体は悪いことではないし、出来ないよりは出来る方が良いに決まっているし、私自身は両方ともマトモに出来ない人なので、出来る人を、単純に、尊敬します。

 まあ、もっとも私の場合、両方とも“出来ない”というよりは“やらない”とか“目指さない”ってのが、私の本音だったりします。なので、ちょっと冷めているんですよ。だから、これらを闇雲に目指している人を傍目で見ていると、正直「他にやるべき事があるんじゃないの」って感じになってしまいます(ごめんなさい)。

 まあ、負け惜しみとも、負け犬の遠吠えとも、受け取ってもらっても、全然構わないのだけれど、私の正直な気持ちは、そんな感じなのです。

 と言うのも…。

 フルートのヴィブラートに関して言うと、まあ私もフルート初心者だから、当初はヴィブラートに対する憧れのようなモノがあり、ぜひ私も出来るようなりたいものだと思った事があります。で、ある日、H先生に「私もヴィブラートの練習を始めたいです」って言った事があります。

 そうしたらH先生曰く「私はヴィブラートなんて教えたことないよ。教えなくても、上達すれば自然とヴィブラートなんて出来るようになる」んだそうです。つまり、ある一定以上のレベルに達すれば、ヴィブラートは特別に習わずとも出来るようになるわけで、それをわざわざ練習して習得するというのは、まだそのレベルに達していないのだから、あまり意味はないよ…ってわけです。

 なので私に対しても「ヴィブラートは教えないよ。でも必ず出来るようになるから、焦っちゃダメだよ」と言ってくださいます。まあ、私は自分の先生を信じるしかないわけで、だからネットなどで懸命にヴィブラートの練習をしている事をアップしている人を見ると、色々とまあ複雑な気分にはなります(やっぱりヴィブラートは出来ないよりも出来る方が良いに決まってますからね)。

 今の私はヴィブラートを身につけるよりも、きれいな音でまっすぐに吹くことを求められています。これが現在の私の優先課題なのであり、今やるべき課題なのです。

 アクートも似たような感じです。Y先生曰く「まずは高いAまでは普通に歌える事。これが大切。それが出来てから、Aよりも高い音の発声を学びましょう」とおっしゃっています。一つずつ一つずつ階段を登っていきましょうって感じです。

 私もテノールですから、中低音を横においても、高い音を出したいです。ピヤーっとHi-Cなんて出してみたいです。それがアクートと呼ばれる発声法ならば、ぜひ体得したいものです。これは本音です。実際、今だって、そういう気持ちがかなり強いですし、以前はそういう歌の学び方をしていました。

 でも、今はY先生の指導に従って、まずは中低音で確実に歌える事を目指しています。中低音で確実に歌うのって、実はやるべき事が多くて難しいです。中低音って、歌っていても地味なんだけれど、曲の大半は中低音で書かれているわけで、高音なんて、一曲に一つか二つしかないわけで、その一つか二つしかない高音に全力を注いで、その他をなおざりにするのか、あるいは、たった一つか二つしかない高音を、たとえ失敗したとしても、残りに全力を注いで良い歌を歌うのか…という選択をせざるを得ない状況ならば、かつての私は前者を選んだと思いますが、今の私は後者を選びます。

 高音を失敗するだけなら、私はアマチュア歌手ですから「ごめん」で済ませちゃいます(世の中はテノールに甘いし…ね)が、歌全体を失敗したら、そりゃあ“音痴”でしかないものね。さすがに音痴はパスです。

 そう思うと、アクートを目指して学習するよりも、今は基礎である中低音を固めたいと思うし、その中低音の延長にある高音で歌いたいから、高い声で歌うようになったとして、それがアクートであろうがなかろうが、必要条件を満たしていれば、たぶん、気にしないのではないかって、今は思います。

 要は、アクートという特殊技法であるかどうかよりも、歌として必要十分な声で歌えればいいやって感じです。まあ、私は音楽ファンだし、オペラヲタクだけれど、発声オタクではないので、そういった技巧面には惹かれないだけのかもしれません。

 それでもやっぱり、本音で言えば、アクートで歌えるものなら歌ってみたいし、それでハナタカになってみたいものです。ただどうやら、私はまだアクートという特殊技法を身につけるよりも前に、身につけなきゃいけない基礎的技法が山ほどあるわけで、そちらを優先しなきゃいけない…という現実もあります。

 ってわけで、なんだかんだと言っても、フルートのヴィブラートや声楽のアクートに憧れている私です。憧れているけれど、こだわりは…無いですね。まあ、そんな私です。

 出来る範囲で全力を尽くす…が、私のモットーなんだな。何しろ、私にとって、音楽は趣味であって、道楽じゃあないから、そんなに一生懸命にはなれないのですよん。

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2017年10月26日 (木)

趣味と道楽の境目は…?

  趣味も道楽も、広義で言うところの『遊び』であり、基本的には同じモノです。英語に訳せば、両方とも“hobby”です。

 でも、我々が耳にする感じでは、趣味と道楽は、なんとも違うモノのような気がします。

 ではどう違うのか? 私の個人的な感覚で言えば、趣味は“健全なモノ”、道楽は“後ろめたいモノ”です。

 例えば、お見合い等の席で「あなたのご趣味はなんですか?」と尋ねるのは、まあある事でしょう。しかし「あなたのご道楽はなんですか?」なんて聞くわけないですよ? 仮に尋ねたとして、相手はなんと答えるでしょうか? 趣味なら答えられるけれど、道楽はなんですか?と尋ねられても、答えに窮するだけでしょ?

 だって「趣味は音楽鑑賞です」なんていう当たり障りのない答えはあるけれど、「道楽は音楽鑑賞です」って何か変でしょ? 一体、道楽と呼べるような音楽鑑賞って、どんな音楽鑑賞なんだろう? ってあらぬ妄想を抱きかねません。

 かくの如く、趣味ってのは、健全で、他人にも公言できるものです。一方、道楽というものは…健全でもなければ、他人には公言できないもの? あるいは他人に迷惑をかけてしまうモノ、迷惑をかけていると自覚できるモノなのではないでしょうか?

 趣味人と言うと、なんかカッコいいイメージがありませんか? 趣味によっては、知的であったり、健康的であったり、さわやかであったり…そういうイメージがついて回ります。

 でも道楽者と言うと…いけません。なんか“人間のクズ”と言われているような気がします。

 道楽者と言って、私が最初にイメージするのは、落語『寝床』の旦那です。落語のあらすじは、こちらのサイトにまとまっていますので、御覧ください。この寝床の旦那が、私にとっての道楽者のイメージなんですね。はた迷惑で、自己中心で、周りの迷惑なんて考えない。おまけに嫌がる人たちに自分の下手な芸を見せつけるし…ああなんてひどい人なんだ。

 この旦那、たぶん普段は有能で良い人なんだと思います。それが、こと義太夫になってくると、どうしてこんなに、ポンコツのクズになってしまうのか? そこが道楽者の道楽者たる所以ってやつです。

 最初は、この旦那にしても、義太夫は趣味であったはずです。自分も楽しく、周りも微笑ましく見ていてくれたのだと思います。義太夫仲間もでき、人間関係も広がり、楽しくやれていたはずなのです。それがどこでどう間違えたのか、旦那の義太夫は、周囲の人たちら避けられ疎まれ嫌われるようになり、それを薄々自分でも感じながら、旦那は義太夫を止められない。その業の深さが、趣味と道楽を分けるものではないかしら?

 つまり、理性でコントロールされて愉しんでいるのが趣味。理性が吹っ飛んでしまい夢中になってしまったのが道楽。だから、道楽者の道楽を止めさせることは難しいのです。

 そう考えると、何も道楽って、趣味の世界だけの話じゃないし、ダメダメばかりでもないかもしれません。趣味という非生産的な事を理性を吹っ飛ばすから、人間のクズ扱いを受けるだけで、経済生活であれ家庭生活であれ何であれ、生産的であったり、社会や経済への貢献度が高いモノに対して、理性をふっ飛ばしてガムシャラに、身を粉にして働きかけていくのであれば、それはダメなのではなく、むしろ評価が高くなりますよね。

 日本人の持つ勤勉性って、道楽者の性質と似てます。ただ、理性をふっとばす対象が仕事なのか遊びなのかの違いじゃないでしょうか? 仕事に対してガムシャラになれば、モーレツ社員(ああ、古い言葉だ!)であり、遊びに対してがむしゃらになれば、道楽者と呼ばれるわけです。

 振り返ってみて、私は趣味人なのかな? 道楽者なのかな? 音楽趣味に関して言えば…フルートは全然余裕で趣味ですね。うん、全く趣味過ぎて、H先生には申し訳なく、H門下の中では本気度が低すぎて恥ずかしくなるばかりです。でも歌に関して言うと、やっぱり趣味人なんだろうけれど、半歩ぐらい道楽に踏み込んでいるかも…。少なくとも、下手くそな歌を、ネットで公開しているんだから、寝床の旦那とそんなに大きく変わらないかも(涙)。

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2017年9月28日 (木)

生徒だって大変なんだ

 昨日までは、先生の立場から見た生徒さんのタイプ別の話をしましたが、今回は逆に、生徒の立場から先生のタイプを見てみました。

 まあ、はっきり言っちゃえば、生徒から見た先生のタイプと言うのは、大きく3つに分かれます。それは『疑問を感じる先生』『人間的に好感の持てる先生』『師として尊敬できる先生』です。まあ簡単に言っちゃえば、先生の格付けであり、松竹梅なわけです。

 まず最初は『疑問を感じる先生』です。松竹梅で言えば梅クラスの先生です。

 疑問を感じる…の“疑問”には色々あります。例えば「この先生について数年経つけれど、一向に上達しないのはなぜだろう?」とか「この先生に教えてもらっても、ちっとも楽しくないのはなぜだろう?」とか「この先生、会う度に言うことが違うけれど大丈夫かしら?」とか「生徒によって態度がコロコロ変わるけれど、それはなぜ?」とか「レッスンの時に雑談ばかりで時間が過ぎてしまう事が多いけれど、いったいレッスンはちゃんとやってくれる気があるのかしら?」とか「なんでこの先生は、いつもいつも威張ってばかりいるのかしら?」とか「私の言う事なんて、ちっとも聞いてくれないけれど、それはなぜ?」とか「レッスンの日時の変更が頻繁なのはなぜ?」とか、それはもう、音楽的な事から、人柄や人格、金銭問題まで、ありとあらゆる事に関して、色々な疑問があります。それらの一つでも疑問が生じれば、それは先生への不信感につながって行きます。そういう意味で、梅ランクの先生なのです。

 そういう梅ランクの先生に学んでいても、あまり良いことはありませんから、早急に先生を変えた方が良いのだけれど、実際に習っていると、情もわくし、簡単には切れないんですよね。そこが悩ましいところです。

 次は『人間的に好感の持てる先生』です。まあ竹ランクの先生です。

 こういう先生も、その実態は、先の『疑問を感じる先生』と大きく変わりません。違いは、『疑問を感じる先生』は生徒に不信感しか持たれていないけれど、『人間的に好感の持てる先生』というのは、生徒に好かれているので、色々と疑問はあっても、生徒が先生の事を好きなので、疑問はあっても、それが許されているだけなのです。つまり「色々あるけれど、ひとまず及第点かな?」って感じの先生です。

 私にとって、キング先生はこのタイプの先生でした。まあ、習い始めた当初から、色々と疑問に思ったり不満に思ったりする事はたくさんありましたし、この先生について学んでいても、一向に上達した気になれなかったし、実際に上達しなかったのだけれど、それでもキング先生に師事していたのは、彼のお茶目な性格が好きだったし、なにより“遊ばせ上手”だったし、生徒たちとよく遊んでくれた事が…気に入ってました。彼の元で学んでいると、実に楽しいのです。そこは彼の美点だと、今でも思ってます。ま、当初は人間関係も良好でしたし…ね。

 で、最後は『師として尊敬できる先生』です。松タイプの先生です。このタイプの先生には解説は不要ですね。本来の先生としての役割をきちんと果たしている先生方の事です。

 お金をとって教えている以上、すべての先生が松タイプでなければいけないのですが、街の音楽の先生は免許制でもなんでもなく、自己申告制と言うか、名乗ったモノが勝ち、開業してしまえばプロ教師って世界ですから、実際の先生のレベルは玉石混交だし、うっかり石ころを掴んじゃう生徒さんもいるわけです。

 掴んだ先生が、宝石なのか、貴石なのか、それともただの石ころなのか、アマチュアである生徒にはなかなか分からないものです。ましてや初心者ならば、なおさらです。

 だから、疑問があっても、迷いながら、先生に付いていくのです。

 都会ならば、先生ショッピングもできるかもしれませんが、地方には選択肢がありませんから、先生が宝石であろうが、ただの石ころであろうが、そこに食らいついていくしかないかもしれません。

 先生も大変でしょうが、生徒だって大変なのです。

 結局、自分の地元に、まともな先生がいなければ、電車バスを利用して、それどころか、人によっては、長距離バスとか新幹線とか飛行機とかを使って、都会のまともな先生に習いに行く人だっているのです。趣味だからこそ、時間とお金に糸目をつけずに学べる人もいるわけで、その情熱たるや、実に素晴らしいわけです。

 生徒だって、本当の本当に、大変なのです。

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2017年9月27日 (水)

先生って大変なんだと思う  その2

 話は昨日の続きです。問題は、私のような趣味のオジサンオバサンを教える場合なのです。と言うのも、この“趣味のオジサンオバサン”を教えるくらい、厄介で面倒な事はないだろうと…教える立場になって考えると、思うわけです。

 まず趣味のオジサンオバサンには、3つのタイプの人がいます。まずはそこを見極めないといけません。

 最初のタイプは、音楽よりも人間関係を拡げる方に重点を置いている人がいます。俗に言う“友達づくりのために音楽を習う”っていう人です。もちろん、先生と友達になりたいという人もいるでしょうが、それよりむしろ、習い事を通して、同好の人との人間関係を広げたいって考える人です。実は数としては、このタイプの人は結構いるんですよ。変な意味ではなく『出会いを求めて、習い事を始める』というわけで、こういう人の目的は、習い事そのものではなく、そこでどんな人と出会えるか…が目的なのです。

 こういう人にシビアに接してはいけません。そもそも、音楽が好きなのかどうかすら怪しいのですからね。レッスンが厳しければ、簡単に辞めてしまうでしょう。楽しくなくても辞めちゃうでしょう、もちろん、友達が出来なきゃ辞めちゃうし、友達が出来れば、その友達と一緒に辞めちゃうかもしれません。

 音楽を学びに来ているのではなく、社交の場を求めてやってきているのですから、先生としては、大きな期待もできなければ、真剣に教えてあげるわけにもいきません。なんとも、割り切れないモノが心に溜まっていくでしょうが、そこは先生業という商売として割り切るしかありません。

 次のタイプは、自分探しのために来ている人です。こういう人は、基本的に真面目です。先生の指示に従い、コツコツと練習もしてくるでしょう。音楽を学ぶ事で、自分の中の新しい自分を探しに来ているわけですから、本当に真面目だし、真摯な学習態度の方が大半です。先生としては教え甲斐のある良い生徒と言えるかもしれません。

 ただ、こういう人って、永遠に自分を探しているわけですから、いつまでも同じ場所にはいません。音楽だって、ある程度やったら、自分なりに見切りをつけて辞めちゃいます。それは実にスパッと切り替えるんです。先生としては、目をかけて教えていただけに、辞められてしまうとガッカリします。裏切られたような気がするかもしれません。そんな生徒が数人連続すると、先生のメンタルにだって影響を与えるでしょう。やがて「趣味の人に真剣に教えても…無駄」と思うようになる先生だっているわけです。ある意味、先生は被害者(?)なわけで、同情しますが、生徒の立場になれば、そんな生徒ばかりじゃないんですよ…と言ってあげたくなります。

 3番めのタイプは、音楽が好きな人です。このタイプの生徒さんは、一見は良さそうですが、実は教える立場で考えると…必ずしも歓迎できる生徒さんではないわけです。

 このタイプの人は、基本的に熱心です。熱心で行き急ぎます。自分の実力を顧みずに、大曲に挑みたがります。先生としては、段取り踏んで順序よく教えていきたいのですが、そのあたりの細かいところをすっ飛ばして来るわけです。はっきり言って、教えづらいでしょうね。

 おまけに…特に趣味のオジサンに多いのですが…あれこれご意見を言ってきます。教えるのは先生なのに、その先生の教え方にあれこれ意見を言ってきます。挙句の果てに、名演奏家を例にあげて演説を始めたりします。先生としてはウザい生徒でしょうね。

 またこういう人は、自己流であれこれやってきたらしく、変な癖が付いている事も多く、先生としては、新しい事を教える前に、これらの癖を直してあげなきゃいけないわけで『ゼロからの出発』どころか『マイナスからの出発』なわけで、先生的には正直「難儀だな…」と思っても仕方ないタイプの人たちです。

 また、音楽が好きな事は確かだけれど、たまに好きなだけで、音楽的な才能が皆無な人もいます。いわゆる“下手の横好き”タイプの人です。で、こういう人は「自分には音楽の才能が無い」「いくらやっても芽が出ない」と分かっても、音楽愛が強いので、いつまでも諦めずに食らいついてくるんですね。まるで、寝床の旦那の義太夫みたいなモンです。こういう人を“愛らしい”と思ってくれる先生ならいいのだけれど、中には“うっとおしい”と考えてしまう先生もいるようです。

 でも、なんだかんだ言っても、最後まで残るのは、このタイプの生徒さんなんです。そりゃあ、教える側から見れば、あれこれ面倒くさいタイプかもしれないけれど、本当の意味で、教室を支えてくれるのは、この人たちです。この人たちを大切にしてあげられる教室は繁盛すると思いますよ。なにしろ、音楽に対する愛にあふれていますからね。

 愛は人を裏切りませんから。

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2017年9月26日 (火)

先生って大変なんだと思う その1

 街の音楽の先生方って、生徒さんを教える時に、どんな事を考えながら教えているのでしょうか? もちろん、人によって違うわけですが、そんな先生方の腹の中を、ちょっとばかり勘ぐってみました。

 まずは一番多くいると思われる、街のピアノ教室の先生方。そういう先生方が対象としているのは、ほぼ幼児~小学生程度のピアノ初心者たち。中にはプロを目指している子もいないわけではないでしょうが、ほとんどの子は、習い事の一つとして、将来的の教養や趣味のために習っているわけです。プロを目指す子は、ある程度のところで、自分の師匠筋に当たる先生に譲ってしまえばいいわけだから、この先生方が教えている生徒の大半は、習い事としてピアノを習っている子たちです。

 まあ、ピアノは教則本どおりに教えていけば問題はありません。だから先生がするべき事は、その子に合った教則本の選択と、教則本中のエチュードの合格ライン(どれくらい弾けたら次の曲に進む)を、適切なところに定めておくって話です。

 習い事の子のハードルをむやみに高くしても仕方ないし、あまりハードルを高くしてピアノが嫌いになられても困りますから、基本的にはそこそこ弾けたらOKにして、まずはピアノの楽しさを知ってもらい、そこから音楽の喜びを感じられるようになってくれたら…って程度で上出来なわけです。だから、楽しくて継続可能な(この部分は商売として大切)ピアノのお稽古を、小学校卒業まで続けてくれればいいのです。大抵の子は、中学校になったら、部活と勉強を理由にピアノ辞めちゃいますから。小学校卒業までの数年間を、楽しくピアノを弾いてもらえれば良いわけです。

 だから、街のピアノの先生に大切な事は、生徒が楽しくピアノを学び続けられる工夫と、その成長が親御さんに分かってもらえるようなイベントの実施でしょう。その上で、生徒には、ピアノ弾きとしての基礎的だけれど、しっかりした力量を身に付けてもらう事。そのために、ピアノ教師として真摯に子どもに向き合う事でしょう。

 ピアノ以外のマイナー楽器の先生も、子ども相手なら、ほぼ同じような感じだろうと思います。音大受験を目指している子なら、ある程度できるようになったら、師匠筋の先生にまかせればいいし、習い事の子たちは、小学校卒業まで、面白おかしく楽器を学んでくれればいいわけですからね。

 子ども相手の音楽の先生なんて、半分は音楽教師だけれど、残りの半分は保育者なんですよね。飽きっぽい子どもをいかに飽きさせずに上達させるか、そこが腕の見せどころだろうと思います。

 さて、問題はオトナの生徒さんを教えている先生方です。このブログ的にも、このあたりの話は外せません。

 もちろん、音大受験とか、音大をすっ飛ばして、いきなりプロを目指している生徒さんもいるだろうけれど、そういう生徒たちには、ガチで教えればいいだけです。相手はオトナですから遠慮はいりません。ガンガン教えればいいのです。それで弱音を吐くようなら、潰れてしまえばいいだけの話なんですから。

 問題は、私のような趣味のオジサンオバサンを教える場合です。

 というわけで、話が長くなってきたので、続きはまた明日。

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2017年9月14日 (木)

あなたはどこで練習していますか?

 アマチュアの音楽演奏家の場合、練習時間と練習場所は、常に我々を悩ませる大きな問題です。特に練習場所の確保に関しては…音楽の練習は、たいてい音が出ますので、色々と問題となる事が多いです。

 電子楽器ならば、アンプ経由でヘッドフォンをして練習すれば、生活音程度の音しか出ませんので、一般住宅であっても自由に楽器練習ができますが、歌やドラムの練習は…生音ですから、まず無理です。クラシック音楽関係の楽器は、すべてアコースティックですから、必ず音が出ます。金管楽器のような爆音が出ちゃう楽器もありますから、なかなか自宅で練習するのも難しかったりします。

 たとえどんなに美しい演奏であっても、興味のない人にとっては、単なる騒音でしかありません。昔、近所のピアノの練習音がうるさいと言って殺人事件にまで発展した事だってあるじゃないですか! 楽器の練習音って、気になる人には気になるのです。練習する側は、その点に関して、気を使っていくべきです。もっとも、騒音に関する感覚ってのは、人それぞれだし、住んでいる地域によって考え方が違うので、一概にこうすれば良いと言えない点も難しいです。一般的には、人口密集地域ほど騒音には敏感になる傾向があります。ま、そりゃあそうだよね。

 特に賃貸住宅だと、隣室との壁が薄くて音が筒抜けの場合もあるでしょう。そういう場所での音楽の練習は厳しいでしょうね。逆に、都心部の住宅地域であっても、最近の防音対策をしっかりしたマンションならば、隣近所への迷惑は考えなくても、あまり考えなくても良いかもしれません。戸建住宅ならば、その家がちゃんと防音対策をしていれば、あまた問題にならないかもしれません。

 家の中に防音室を作ってみたり、地下室を作って、そこで音楽練習をしていたりと、それなりに工夫をして自宅で練習できる人は、用意周到だし、それに越したことはありません。

 一方、自宅で音楽練習が難しい人は、外部の施設を利用して練習せざるをえません。安価なのは、公共施設の音楽練習室ですね。安価なのはうれしいですが、予約などの手続きがちょっと面倒かもしれません。その点、カラオケ店は、多少値ははりますが、気楽に使えます。大型マンションなどだと、マンション内に共有スペースとして音楽練習室があったりします。そういうのは恵まれていますね。

 音楽は、継続的に練習をしていかなければ上達しませんので、練習場所の確保は、本当に大切な問題だと思います。

 ちなみに私の場合は、戸建てで、自室(書斎と呼んでいます)があるので、そこで練習をしています。書斎は洋室で、変形ですが広さ6~8畳間程度あります。住んでいるところがピアノ殺人事件が起きた地域の隣接地域なので、家を建てる時に、市の条例で、防音と防災の対策をしないといけない事になっているので、自然と防音室の造りになっています。

 書斎の中には、机が二つ(一つが物書き用の机で、もう一つがパソコンデスクです)と、本棚が4台と電子ピアノが1台と姿見が1つ入ってます。椅子は、いわゆる“社長の椅子”と足台があります。で、床には衣装ケース(服ではなく本が入ってます)とそれでも収納しきれなかった本が床に積んでありますので、ほんと、足の踏み場も無いほどに狭くてギュウギュウした空間になっています。まあ、たくさんある書籍は、いい感じで防音材になっていると思います。

 いわゆるオーディオ機材は入っていませんが、パソコンのスピーカーを音楽用のモノに変えているので、音楽なども普通に聞けますし、歌の練習で使うカラオケも、パソコンで作成して使用しています。

 で、ここで私は歌とフルートとヴァイオリンの練習をしています。音が完全に漏れない…という程の完璧な防音室ではありませんが、少なくとも、隣近所の家の中にまで音は届きませんので、安心して音楽の練習が出来ます。それでも、一応のマナーとして、深夜~早朝にかけては、音楽の練習を自粛しております(汗)。

 たぶん、私は恵まれていると思います。これで広ければ、ダンスも練習もできるのになあ…とさらに贅沢な事も言ってますが(笑)。

 皆さんは、どこで音楽の練習をなさっていますか?

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2017年9月10日 (日)

あなたは趣味を隠していませんか?

 「あなたの趣味はなんですか?」と尋ねられたら、なんと答えますか?

 もちろん、尋ねた人や団体、問いが発せられた場所や状況などを考え合わせて、なんか正直に答えるのって、躊躇しませんか? だって…趣味って、思いっきりプライペートな事じゃないですか? それをなぜ、見知らぬ人、あるいは見知っている人に、正直に答えないといけないのでしょうか?

 別に悪事を働いているつもりはないけれど“勤労は美徳である”という価値観がまだまだ優勢な我が国において、趣味三昧なプライバシーを公表する事は、ちびっと背徳な香りがしないでもないのです。

 違いますか?

 なので、多くの人は「あなたの趣味はなんですか?」と尋ねられると「読書です」「音楽鑑賞です」「旅行です」「食べ歩きです」などと言った、当たり障りのない趣味を答えるのだ思います(ほんとうにこれらが趣味の皆さん、ごめんなさい)。

 実際私も「趣味はなんですか?」と尋ねられた時、ちょっと警戒しつつ「音楽鑑賞」って書く事多いです。実際、クラシック音楽、ボピュラー音楽問わず、毎日、浴びるほど音楽を聞いて生活していますから、嘘じゃないし、音楽関係の話題を振られても、大抵答えられるし…まあ、大きく間違った答えではないと思います。

 あと、運動系の趣味を答えないといけないなあ…と空気を読んだ時は「昔、柔道をやっていました」とか「最近は散歩が趣味です」とか答えます。決して「ボケモンGOが大好きです」なんて言わないよ(きっぱり)。

 相手がロハスな人(もはや死語だな)なら「金魚を飼ってますよ」って言うかも。

 でも、せいぜいここまでだね。よほどの事がないかぎり、声楽の事とか、フルートの事とか、ブログの事とか、社交ダンスの事とか、アニメの事とか、ポケGOの事などは言いません。言わないから、ブログに書いているんだとも言えますが…。とにかく、まずクチに出す事はないです。

 よほど親しい人だったり、安心安全な相手であると「実はフルートをたしなみます」と答えるかもしれません。ポイントは“フルートをたしなむ”のであって“フルートを吹きます”とは言わない事。だって、フルートを吹けると公言できるほどの腕前なんて、私、持っていないもの! あと「フルートを吹く」=“吹奏楽が好き/やっていた”と誤解されることが多いので、そのあたりにも気をつけて話をするようにします。

 あくまでもフルートは“たしなんでいる”だけで吹いてはいないし、吹奏楽とも無縁なんです…というポジションを取ります。でも、そんな事をいちいち説明するのも面倒だし、吹奏楽命な人だと、敵性人とみなされることもあるので、だったら最初っからフルートを持ち出さない方が懸命なんだな。

 相手が歌好きな人なら「昔々、ちょっとだけ合唱をやってましたが…だいぶ前に止めてしまい、今はもうすっかりです、へへへ」なんて答えるかもしれません。でも、今現在、独唱をバリバリ学んでいる事はおくびにも出しません…たぶん。だって、相手の歌好きのレベルやジャンルが分からない以上、下手なことを答えて、気まずくなってもマズいじゃない? それにガチな合唱人だと、独唱者は敵性人ですから、そのあたりにも気をつけないといけないしね。

 ブログをやっている事は、まず言いません。私、ネットとリアルは切り分けたい人なんです。それに、ネットの知り合いとリアルに知り合うのは平気だけれど、リアルな知り合いとネットでつながるのは、なんかイヤなんです…この感覚、分かるかな?

 それにブログをやっている事が分かると「じゃあLINEで…」とか「Facebookで…」とか言われるじゃない? でも私は今のところ、ブログを管理するだけで精一杯で、その他の事には手を広げたくないし、そんな事を説明しても分かってもらえるとも限らないので、リアルな世界では「パソコンとかネットとか苦手なオジサン」のふりをしちゃう事が多いです。だって、面倒くさいんだもの。

 社交ダンスの事も言いません。今現在、ほとんど踊れなくなってしまっているという悲しい現状があるので、とても趣味ですとは言えないというわけなんだけれど、それ以外にも、多くの世間の人は社交ダンスの事なんて、ちっとも分からないので、うっかり「趣味は社交ダンスです」って答えちゃうと、社交ダンスの説明から始めないといけないし、なまじ社交ダンスの事を知っている人は、たいがいディープな人が多いので、こんどは仲間に誘われちゃうわけで、それも結構面倒くさいでしょ? 別に私は、妻と踊れればいいだけで、ダンス仲間はいらないし、サークルにも入りたくないんだけれど、それをディープな人の前で言うと、敵性人になっちゃうし…。

 アニメやボケモンGOの事も言いません。これらは私の楽しみであって、趣味ではないからです。実際、趣味と呼べるほど詳しくないし、趣味の人たちほど深くもないからです。実際“趣味の一歩手前”ぐらいな感じなんです。

 と、まあ、あれこれ屁理屈を書きましたが、要は、これらのガチな趣味は、他人に言うには恥ずかしいってわけです。まるで、他人に身内の話をすると、思わず照れてしまうような感じで、趣味の事を語るのは恥ずかしいのです。

 で、リアルな生活では、趣味を隠す…というか、言わずに済ませてしまう事が多いのです。そんな人って、私だけでしょうか? いやたぶん、私同様に、自分の本当の趣味について、他人には語らない人って、案外たくさんいるんじゃないかって思うのです。

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