ひとこと

  •  マンガのアニメ化は吉と出る場合と、凶と出る場合がある。私が思うに「ちはやふる」などは吉と出たケースだと思う。実際、アニメは、動きが加わる分、原作のマンガ以上に面白いと思う。で、問題は音楽アニメの場合。「ピアノの森」が現在放送中だが、私には、カイの演奏はもちろんだが、阿字野の演奏も、劇中で誉められているほどに素晴らしいとは思えないんだよね。だから、彼らの演奏シーンになると、アニメそのものがシラケてしまうんです。「この人たち、上手は上手だけれど、天才でもなんでもなく、普通のピアニストさんじゃないの? いくらアニメでも大げさだろ…」って思うわけです。つまり、マンガでは実際の演奏音は聞こえないから、そこは読者が脳内補完をするので、最高の演奏が聞こえるわけだけれど、アニメでは実際の音楽を聞かせてしまうから、それをどう感じるかで、感動もすれば、シラケてもしまうわけです。「ピアノの森」毎週楽しみに見てますが、音楽が鳴ると…ダメなんだよなあ。
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カテゴリー「音楽一般」の記事

音楽ネタだけど、ノンジャンルなものはここです

2018年5月23日 (水)

やっぱり、ピアノとオーケストラなんだろうな

 LFJの過去三年間のマスタークラスで開講された講座を、特別講座という名の講演会を除いて、楽器別にカウントしたら、以下のようになりました。

 21回 ピアノ
 7回  ヴァイオリン
 4回  チェロ
 3回  ヴィオラ
 1回  ヴィオラ・ダ・ガンバ,ギター,ハープ,クラリネット,ソプラノ

 全部で40講座ですから、なんと過半数がピアノのマスタークラスだったのです。また、ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,ヴィオラ・ダ・ガンバなどの弦楽器たちは、合わせると15クラスで4割弱。それら以外の楽器は、ギター、ハープ,クラリネット,ソプラノで、それぞれ各1回という状態でした。

 マスタークラスと言えども、LFJで行うわけであって、音楽大学等で行っているわけではありませんから、どの楽器を行うかを決める基準の一つに、客の入りがあります。つまり、多くのお客さんたちに来てもらえる楽器のマスタークラスを開催するわけで、そう考えると、LFJの客層的には、何と言ってもピアノが一番人気で、次がヴァイオリン,チェロなどのオーケストラの弦楽器たちという事になります。

 つまり、LFJのお客って、ピアノ好きとオーケストラ好き…と見られているわけです。

 ピアノは鑑賞好きはもちろん、自分で演奏する方も大勢いるでしょうから、分かります。オーケストラ好きは、演奏する人もいないではないでしょうが、専ら鑑賞好き、つまり“クラヲタさん”たちがターゲットだろうと思います。

 不思議に思ったのは、LFJの主催者側は、大勢いる吹奏楽関係の人たちを軽視しているらしいって事です。

 と言うのも、もし吹奏楽を普通に扱っていたら、トランペットとかサックスのマスタークラスが常設されると思うのですよ。でも無いでしょ? だいたい、それ以前に、そもそも吹奏楽というジャンルの音楽が、LFJ…特に東京では滅多に聞かれないでしょ? そこが、案外気になるのですよ。

 今はやっていない、地方のラフォルジュルネでは、吹奏楽って活躍してましたよね。たくさんの吹奏楽関係のプログラムがあったのに、ここ東京は、吹奏楽は冷飯食らいです。ほんと、カゲ薄いんです。

 それくらい 吹奏楽ファンはナメられているんだと思います。ほんと、扱い、軽すぎるよね。

 合唱や声楽に関しては、有料無料のコンサートは、毎年一定数行われているのに、マスタークラスは今回始めての登場でした。ここもちょっとおもしろい傾向だろうと思います。おそらく、合唱や声楽の場合、客の入りが不安視されているのではなく、マスタークラスを開催するためのハードルが高いために、なかなか行えなかったのかもしれません。

 さてさて、つまり結局、日本のクラシック音楽って、なんだかんだ言っても、ピアノとオーケストラなんだよね。もう少し突っ込んで言っちゃえば、日本のクラシック音楽の中心はピアノ音楽であり、そのカウンターパートとしてオーケストラ音楽がある…って感じなんだと思います。

 まあ、実際、そうなんだよね。

 声楽はともかく、吹奏楽と合唱がこんなに盛んなのは、日本の特徴かもしれないけれど、でも、その特徴をうまくすくい上げられなかった事が、地方のLFJ離れに繋がっていったのかもしれません。

 マルタンは、吹奏楽を好きではなさそうだしね。合唱は好きそうだけれど、あくまでも古楽の合唱が好きで、現代合唱曲(それも邦人作曲家の作品)は好みじゃないんだろうね。

 まあ、そんな感じ、そんな感じ。

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2018年4月23日 (月)

ゴダイゴのコンサートに行ってきました 2018年

 たまたまチケットが入手できたので、東京文化会館で開催されたゴダイゴの“The Great Journey 2018”に行ってきました。

 知らない人がいるとアレなので、一応書いておきますと、ゴダイゴってのは、日本のロックバンドです。1975年から約10年間、日本のロック&ポップシーンをリードしてきたバンドです。全盛期はトップ10に同時に3曲もランクインするなど、すごい人気を誇っていたバンドです。もちろん私は、当時からの大ファンです。

 ゴダイゴは今も現役で、それほど頻度は高くないけれど、それでもコンスタントにコンサートをやり、新曲もリリースしている現役のバンドです。で、そのコンサートチケットは…私のような不真面目なファンだと、なかなか入手できないわけで、それで私はたまにしかゴダイゴのコンサートに行けないわけです。

 ちなみに前回私が行ったのは2012年のコンサートですから、6年ぶりですね(こちらに記事を書いてます)。ほんと、不真面目なファンだこと。

 今回のコンサートは…なかなか良かったです。バックにクワイヤやストリングスも加わり、実に豪勢なステージになっていました。もちろん、いつものホーンズや、タケコシ氏加わっております。

 ちなみにセットリストは、以下の通りです。

1. Pomp And Circumstance(威風堂々)
2. The Sun Is Setting On The West
3. We’ve Got To Give The Earth A Chance
4. Coming Together In Kathmandu
5. Leidi Laidi
6. Holy And Bright
7. Monkey Magic
8. Gandhara
9. Piano Blue
10. Somewhere Along The Way
11. Guilty
12. Millions Of Years
13. Dead End - Love Flowers Prophecy
14. Mikuni(御国)
15. The Great Sea Flows
【アンコール】
16. Portopia
17. Beautiful Name
18. The Galaxy Express 999(銀河鉄道999)
【アンコール2】
19. Celebration

 私はファンなので「とにかく良かった」の一言ですが、それでも…ちょっと…と思った事はあります。

 私が日頃、クラシックばかり聞いている事もあり、その音量に参ってしまいました。今回は、割と前の方の良い席で見たのですが、とにかく音が大きくて、耳がボーっとしてしまいました。それでも、普通のロックコンサートと比べると、だいぶ音量は控えめだったと思いますが、それでも私の耳には厳しかったです。

 あと、演奏の音も…ね。すべての音がP.A.を通して、会場のスピーカーから拡声されるんですが、そこでミキシングされた音が、すべて軽く歪んでいるんです。これは、昨今のポピュラー系のミキシングが概ねそうなので、別にゴダイゴだけの問題ではないのですが、私はクリアな音が好みなので、演奏音のほぼすべてが歪んでいると、これまた耳がボーとしてしまいます。

 あと、ライブならでは…と言うか、レコード音源と生演奏ではあれこれ違うのですが、大きく違っていたのは、11曲目の“Guilty”と14曲目の“Mikuni(御国)”。なんと、リードヴォーカルが違っていました。レコードではどちらもリードヴォーカルはタケさんなんですが、今回の“Guilty”のリードヴォーカルはトミーでした。“Mikuni(御国)”のリードヴォーカルに至っては、バッククワイアの女性ヴォーカルの方が歌っていました。まあ、それもライブならではですね。私的にはアリです。あと“Somewhere Along The Way”はゴダイゴの楽曲ではなく、タケさんのソロでの楽曲ですね。ゴダイゴのコンサートでやってくれるのは、うれしいです。

 恒例の“Beautiful Name”の歌合戦は、今回はフロア別でした。私も「ウワウワ~ララララ」と歌っていました。

 バンドメンバーも高齢ですが、ファンも皆さん高齢です。ですから、オールスタンディングなんて事はなかったのですが、それでも、要所要所ではスタンディングはありましたが、私はなるべく立たないようにしていました。だって、私が立ってしまうと、私から後ろはみんな立たないと見えなくなっちゃうでしょ? ファンの中には、足腰の悪い人もたくさんいますから、なるべく立たないように頑張っていましたが、さすがに最後の“Celebration”はオールスタンディングになってしまったので、私も立ちました(ごめんね、後ろの人たち)。

 私の隣に妻がいたのですが、その妻の隣の方は、コンサートが始まるやいなや、号泣し始め、コンサートが終わるまで、ずっと泣きっぱなしだったそうです。ゴダイゴって、すでに“リビング・レジェンド”だからね。そういう人もいるよね。この東京のコンサートのために、日本各地(一部、海外)からファンの方々が集まったわけで、なんか私のような不真面目なファンは、ちょっとばかり居心地が悪かったりしました。だって、みんな、熱量、高いんだもん。

 でもね、やっぱりゴダイゴは私の青春なんだよね。ほんと、私の若い日々はゴダイゴの音楽とともにあったわけで…ゴダイゴに関しては、良いも悪いもないんですよ。ただただ、感激なんですね。それにしても、ゴダイゴもメンバーの高齢化が激しいよね。あと何年、コンサートをやってくれるのかな? そして私が見る次のゴダイゴのコンサートは、何年後なのでしょうか(笑)。

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2018年4月 2日 (月)

作曲の手順について

 標題は難しそうですが、そんなに難しい事を語るわけではありませんので、あまり期待しないように(笑)。

 作曲…と言っても、歌の作曲の話です。

 私、こう見えても若い時はバンドを組んでいました。ギターを担当していました。

 バンド自体は、当時よくある、ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムという、ごくありふれた編成のバンドで、音楽的には、ロックとフォークとゴスペルの中間あたりのサウンドを目指していました。カバー曲もいくつかやったけれど、基本的にはオリジナル曲を演奏していました。で、作詞作曲はギターである私と、キーボードの彼が、それぞれに書いたり、たまに合作したりして、それをみんなでアレンジして演奏していたわけです。

 で、我々のバンドの作曲方法は、まず私が歌詞を書いて、それを私とキーボードの彼がそれぞれに、または一緒にメロディーとコードを書いて仕上げるというやり方をしています。いわゆる“詞先”というやり方です。クラシック声楽曲も、大半が詞先ですから、オーソドックスなやり方と言えるでしょう。歌謡曲や演歌の作曲でも詞先だと聞いています。

 詞先と言っても、私の場合は、出来上がった歌詞を読みながら歌って、それを楽譜に書いてメロディーを仕上げ、出来上がったメロディーに対してコードを付けていくというやり方をしました。つまり、メロディーは感性で作りますが、コードは知性と理性で付けていったわけです。キーボードの彼の場合は、歌詞に対して、メロディーとコードを同時に付けていくというやり方をしていたと思います。

 ちなみに、今のJ-POPの世界では、詞先ではなく曲先の方が主流なのだそうです。曲先とは、先に作曲家がメロディー(と伴奏)を作ってデモテープに吹き込み、それを作詞者(たいていの場合はヴォーカリスト)が聞いて、そのメロディーに歌詞を入れて、曲を仕上げていくというやり方です。つまり、歌詞の世界に合わせてメロディーやサウンドを作っていくのではなく、メロディーやサウンドに合わせて、歌詞を書いていくというやり方なのです。

 サザンオールスターズの桑田佳祐氏などは、自分で歌詞も書いちゃう作曲家ですが、作曲をする時は、ひとまず歌詞は横に置いて、まずはギターを弾きながらデタラメの歌詞で歌いながらメロディーを作っちゃうんだそうです。で、出来上がったメロディーに対して、本物の歌詞を付けていくんだそうです。

 メロディーに合わせて歌詞を書くなんて…私には到底出来ない芸当です。また、歌詞も何も無いところからメロディーを作り出すなんて、これも私には出来ません。私は、あくまでも歌詞が先で、歌詞の持っているイントネーションを発展させてメロディーを作るので、曲先という作曲方法自体が信じられないのです。

 まあいいや。

 曲先の場合も、色々なやり方があると思います。まあ、普通は桑田氏のように、メロディーとコード進行を同時に作っていくか、あるいはメロディーだけ先に作って、後から別の人(編曲家さん)がコード進行を含めた伴奏を作っていくやり方が主流だろうと思われます。でも、そうではない手順を踏む作曲家も多々いるわけです。

 例えば、スウェーデンのポップスター、アバの作曲チーム(最近では、ミュージカル「マンマ・ミア」の作曲家としての方が有名か?)は、作曲をする時に、まず最初にコード進行を決めるんですよ。ギターとピアノの二人で、ああでもないこうでもないと議論しながらコード進行を決め、出来上がったコード進行に、メロディーとリズムを加えていくんだそうです。で、最後に歌詞。だから、曲先であるアバの未発表曲には、発表済みの曲と全く同じで歌詞違いの曲ってのがあるわけです。

 アバのようにコーラスワークに特徴のあるグループならではの作曲方法と言えるでしょう。

 もっと面白いのが、マイケル・ジャクソンの作曲方法です。彼は、まず最初にリズムトラックから作曲するんだそうです。それもドラムを叩くのではなく、クチドラムでズンドコズンドコ歌ってリズムトラックを作り、それに合わせて、メロディーを歌い、他の楽器も、クチ楽器で歌って作曲しちゃうんだそうです。で、バックミュージシャンたちは、録音されたクチ楽器から譜起こししたものを、リアル楽器で演奏してバックトラックを作るんだそうです。面白いやり方ですね。なので、時折、仕上がったトラックの中に、マイケルのクチ楽器が残っていたりいなかったりするんだそうです。

 マイケル・ジャクソンの作曲の師であるポール・マッカートニーの場合は、事前に歌詞を書いておいて、スタジオに入って、そのメロディーを歌いながらギターやピアノを弾いてデモテープを作り、そのデモテープを元に、プロデューサーやプロのアレンジャーに依頼して、曲を仕上げるんだそうです。オーソドックスなやり方ですね。

 作曲と一言で言っても、その作曲家ごとに、色々な手順があるんですね…というお話でした。

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2018年3月22日 (木)

ビートルズ界とカーペンターズ界

 先日、お蔵入りしていたブログ記事の点検をしていた時、この記事を発見しました。実はブログ開始時に書きかけたもので、そのまま10年近くお蔵に入っていたようです。そのままお蔵に入れたままにしてよかったのだけれど、今回、ほんの少しだけ書き足して、世に出す事にしました。

 内容はなんてこと無い、ビートルズとカーペンターズの再発、リミックス、リマスター、再録音(追加録音)の一覧です。

ビートルズ

 1960年代 オリジナルのミックス(ステレオとモノ)
 1987年 最初のCD制作(1~4はモノ、5と6は1987年ステレオミックス、7以降ステレオ)
 1993年 「赤盤」にて一部モノラル曲をステレオミックス
 1999年 「イエローサブマリン・ソングブック」発売
 2000年 「1」発売 24bit  リマスター
 2003年 「レット・イット・ビー・ネイキッド」発売
 2006年 「ラブ」発売 初のマッシュアップ
 2009年 オリジナルアルバム 全面的にリマスター
 2015年 配信サービス(iTunes Store)開始
 2014年 オリジナルアルバム SHM-CD盤として再発売
 2015年 「1」再発売 全曲リマスター&リミックス
 2016年 「ライブ・アット・ハリウッドボール」 リミック&リマスター盤発売
 2017年 「サージェント・ペバーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」 リミックス盤 発売
 
 
カーペンターズ

 1970年代 オリジナルのミックス
 1973年 「シングルス」発売 「涙の乗車券」を再録音
 1985年 「イエスタデイ・ワンス・モア」(ベスト盤)発売 追加録音&リミックス
 1991年 「フロム・ザ・トップ」(アンソロジー)発売 リマスター&リミックス
 1994年 「インタープリテーションズ」(ベスト盤)発売 リマスター&リミックス
 1995年 「青春の輝き」日本発売(日本で一番売れた洋楽アルバムとなる)
 1996年 カレンのソロアルバム「カレン・カーペンター」発売
 1998年 オリジナルアルバム 全面的にリマスター&リミックス
 1999年 オリジナルアルバムをオリジナルミックスに戻す
 2004年 「ゴールド」(ベスト盤)発売 リマスター&リミックス
 2001年 未発表音源集「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」発売
 2009年 スタジオ火災のためオリジナルマザーテープが焼失
 2009年 「40/40」発売(ベスト盤)リマスター
 2013年 「シングルス」再発売 リマスター

 ビートルズは1960年代に、カーペンターズは1970年代に活躍したアーチストで、どちらもオリジナル・アルバムは、その10年間で制作されています。つまり、ここに書いたのは、再発売時代の記録って事になります。ベスト盤と未発表音源盤の話になるわけです。

 簡単に用語説明をすると、ビートルズの欄になるステレオミックスと言うのは、ビートルズのオリジナル盤はモノラルだったため、それを時代に合わせてステレオ盤を製作したという事。

 リマスターと言うのは、オリジナルマスターテープ(当然アナログ録音)に起因するノイズなどを取り除き、アナログからデジタルに変換して新しいマスターテープを作る事です。

 マッシュアップとは、全然違う複数の曲を編曲編集作業を加えて、力技で1曲に仕上げる事です(笑)。

 リミックスというのは、マザーテープ(アーチストが録音して最初に作ったテープ)から、もう一度新しいマスターテープを作る作業です。リマスターが既発売品をブラッシュアップしただけのものに対して、リミックスは当初発売されたモノとは全然別の音源を作る事になります。ですから、カーペンターズの欄にかかれている“マザーテープ焼失”と言うのは、とんでもない事だという事が分かると思います。

 …てな記事を約10年前に書きかけていた私でした。

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2018年3月20日 (火)

私は知りたい! 音大の指定校推薦ってヤツを!

 音楽大学にも指定校推薦があるそうな。

 指定校推薦と言うのは、通常の大学の場合、大学側から指定を受けた特定の高校から、合格したら入学する事を条件に生徒を募集する方法です。一応、学業成績のハードルもあるし、人柄についても高校側からの推薦(つまり保障)が必要なわけで、大学側の視点で考えると、評判の良い高校から、人柄と成績の良い学生を早期に確保する入試方法であり、高校側の視点で考えると、生徒の合格が確約される嬉しい入試方法であり、受験生の視点で考えると、憧れの大学に無試験で入れる絶好のチャンスなのが、指定校推薦ってヤツです。

 まあ、入学試験も無く、作文提出と面接ぐらいで決まっちゃうわけで、受ければ受かるのが指定校推薦ですから、大学も高校も受験生も、誰もがうれしいwin-win-winの入試が、指定校推薦なんです。

 まあ、これが一般大学で行われる際には、私も理解します。大学だって経営しなきゃいけないわけだし、色々な方法で学費を納めてくれる学生を確保しないといけませんからね。

 でも、音楽大学にも指定校推薦があると聞いた時には、ビックリしました。いくら経営が厳しくても、それってアリなの?

 音楽高校からの指定校推薦なら、百歩譲って理解できますが、一般の高校からの指定校推薦って、何? それって大丈夫? って単純に考えちゃいました。

 一般大学なら入試はありません。音大も入試は無いの? でも音大の入試って実技試験でしょ? いくら学校の成績が良くても、音楽の力の保障がない生徒を入れちゃっていいの? やっぱり入試はやるの? やらないの? やるとしたら、どんな内容なの? 一般入試とは、どれくらい違うの?

 皆さんも興味津々でしょ? 私は、そこが知りたいです。

 ネットでググっても、この手の情報はなかなか出てこないんですね。関係者なら、直接大学にお電話で尋ねることもできますが、単なる冷やかしの門外漢では、それも出来ないわけで…ああ、でもでもでも、知りたいんだよぉ。知ってどうなるものでもないのだけれど、私の知的好奇心が止まらないのだよぉ。

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2018年3月 7日 (水)

なぜ、一生懸命に練習するのでしょうか?

 この記事は、オトナから始めた音楽趣味のレイトスターター限定話です。

 なぜ我々は、一生懸命、音楽の練習をするのでしょうか?

 上達したいから…? それはある意味、当然です。誰もが上達したいのです。

 では、上達してどうするつもりなのでしょうか? プロを目指している?…わけはないですよね。だいたい、音楽趣味のレイトスターターさんが一生懸命練習したからと言って、簡単にプロになれるわけではないし、だいたい、プロになりたいと思って練習しているわけじゃないですよね。

 ヒトという生き物は、目的がなければ行動し続けられないものです。そんなにメンタルが強い生き物ではないのです。

 例えば、何かを始めても、たいてい三日坊主に終わる人…少なくありませんが、これらの人々に共通するものがあります。それは、特別な目的も無く、ただ何となく、そんな気になったので、つい始めてみました…という感じだったりします。

 何となく始めてみた人は、そんなに長続きはしないものです。始めるのに理由がなかったのだから、止めるにも、特別の理由はいらないからです。気軽に始めて、気軽に止めちゃう。そんなノリなのです。

 ヒトというものは、○○をするために/○○になるために、やっていないと継続しないものなのです。

 つまり、趣味の継続には目的が必要なのです。目的がなければ、継続できないのです。目的がなければ、一生懸命練習はしないものだし、上達も厳しいものです。

 つまり、モチベーションの継続には、目的が不可欠だという事です。

 では音楽趣味のアマチュアさんの場合、その目的は何でしょうか?

 直近の演奏会? だから、アマチュア音楽団体は、定期的に本番を入れるわけです。常に「次の演奏会に向けて、頑張ろー」を目的とし、モチベーションの源泉としているわけです。

 では、個人のプレイヤーの場合はどうでしょうか? おそらく、個人と言っても、何らかの音楽団体に所属している事が多いので、そうであれば、その団体の本番が定期的にあるでしょうし、あるなら、それが励みとなり、モチベーションとなるわけです。

 「私は本番が好きではないけれど、練習は不思議と好きで、練習だけしていても、結構楽しくて、ついつい練習しちゃうんですよね」という人、まれにいます。私もそのタイプの人かもしれません。

 練習が楽しい…そういう人にとっては、練習こそがモチベーションを保つ秘訣になってくるわけで、練習が目的だから、常に一生懸命練習しちゃうだろうと思いますが、おそらく、そういう人って、稀有な存在なんだろうと思います。

 やはり、練習は好きではない人の方が圧倒的な多数でしょうし、そのために本番という目標が設定されているのだろうと思います。

 あなたはなぜ、一生懸命に練習するのでしょうか?

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2018年3月 6日 (火)

耳って、良くなるのか?

 いわゆる聴覚の話です。おそらく、医学的な聴力に関して言えば、どんなに訓練しても、そんなに良くはならないと思います。と言うのも、これはハードウェアの性能の話であって、いわば「訓練次第で視力は良くなるのか?」とか「訓練次第で嗅覚は鋭くなるのか?」と言えば、同じくNOだからです。

 ただし、我々は経験的に、訓練することで耳が良くなったり、目が良くなったり、鼻が良くなったりする事を知っています。

 我々は機械ではありませんから、センサーを交換して、それらの感度を上げる事はできませんが、ある意味、ドライバソフトの更新をして、ハードウェア性能はそのままで、高性能化する事は可能です。

 ざっくり、オカルト的な書き方をすると、感度は変わらなくても、分解能は良くなる…って感じでしょうか?

 例えば、音楽耳に関して言うと、全く音楽的な耳を持たない人でも、音楽は聞けるし、楽しめます。ただし、普通はそこで彼らが聞いているものは、音の塊であって、一種のバイブレーションのようなものです。なんかよく分からないけれど、心地よいものとして音楽を感じているわけです。ですから、感じているのだけれど、よく分からないので、なんと表現してよいのか、言葉が見つからず、歌で言えば、メロディーやリズムやコードではなく、歌詞の素晴らしさに感動するわけです。

 ほら、だって、歌詞って、言葉でしょ? 歌という音楽の塊の中からでも、言葉は聞こえるし、拾い出せるんです。なので、音楽を聞いて、歌詞のうんちくばかりを垂れ流す人って、音楽が聞こえていないのだなあ…と私は勝手に推測しています。

 音楽を意識的に聞き続けていくと、音楽的な耳が作られてくると思います。ただの音の塊だったものが、いくつかのメロディーが合成されたものであったり、複数の楽器が同時に鳴って響き合っている様子であったりするのが、聞き分けられるようになります。

 おそらく、多くの人の場合、まず聞き分けられるようになるのが、一番大きな音で紡がれるメロディーでしょう。次に下支えをしているベース音。音程の一定している(つまり音程が無い)打楽器たちが作り出すリズムも聞き分けやすいでしょう。そうして、かつてはただの心地よいだけの音の塊を、ひとつひとつ解きほぐして、塊ではなく、音が紡がれたものとして聞こえてくるようになります。

 やがて、音程の高い低い、音色の細い太い、リズムの軽い重いなども分かるようになり、音大の入試に出てくる、聴音の問題が解けるほどに鍛え上げられた耳になるのだと思います。

 もちろん、そうやって鍛え上げられた耳だからと言って、別段、聴力としては、凡人たちの耳と大差はなく、聴音の問題が常に100点満点が取れたとしても、1Km先に落ちた針の音など聞こえるようにはならないのです。

 つまり、絶対的な能力が上がったわけではなく、聞こえた音をどう認識していくかが変わっていくわけです。耳…と言ってしまいますが、べつに耳の能力が向上したわけではなく、耳で聞こえた、音のイメージを脳が認識する時に、訓練する事で、より詳しく、より繊細に感じられるようになるって話です。

 ほら、だって、脳って学習が得意じゃない?

 結論。訓練したところで、聴力は良くならないが、音の分解能は向上し、認識力はだいぶ高まる…ようです。

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2018年2月 8日 (木)

アマチュアも、やはり幾つかの種類に分けられますね

 昨日はプロ音楽家をいくつかの種類に分けてみましたので、返す刀で、我々アマチュア音楽家も幾つかの種類に分けて考えてみました。

 1)プロの卵。将来プロ音楽家になるべく、修行と研鑽を積んでいる最中の人。

 2)習い事(主にピアノ)の子ども。1)と部分的にかぶるけれど、特に将来音楽家になるつもりもなく、習い事として学んでいる人たち。ある時ふと「音大に進学しよう」と思い立って、1)になる人も、それなりにいます。

 3)専門教育を受けたアマチュア音楽家。アマチュア音楽家の中には、音大卒業の資格こそ持っていないけれど、プロの音楽家から数年に渡って専門教育を受けてきた人がいます。実力的には、音大卒にも匹敵する演奏力を持っていたりする人たちで、いわゆる“セミプロ”とか“ハイアマチュア”とか言われる人たちです。音大卒で、その後音楽業界に入らなかった人も、本来はこのジャンルに入るアマチュアさんだろうと、私は思ってます。

 4)ピアノ教育を受けたアマチュア音楽家。2)の子どもが成長すると、ここになります。幼少時からのピアノ教育のおかげで音楽が特技となり、オトナになった今、音楽活動を趣味としている人たち。3)の人たちほど本格的な専門教育は受けていないけれど、音楽演奏に必要な技量は物心付いた時にはすでに身についていたという人たちです。

 5)部活動として音楽をしている学生と、卒業後も音楽を続けているアマチュア音楽家。3)と6)の中間的な存在で、とりわけ熱心に続けてきた人たちは、限りなく3)に近い存在になります。

 6)音楽を趣味として真剣に取り組んでいるアマチュア音楽家。多くは大人になってから始めたスロースターターで、ある程度の年齢になって、時間とお金に余裕が生まれた事で、音楽を始めたという人たち。中高年に多いタイプ。世間一般の人が思う「趣味で音楽をやってます」というイメージ通りの人たちです。音楽を楽しみとして享受し、ある意味、本当に音楽好きな人たちが、この人たちです。ただ、好きだという気持ちが先行して、技術がなかなか伴わないのは、ご愛嬌だったりします。

 7)目的達成の手段として、音楽活動をしているアマチュア音楽家。目的にも色々あります。例えば、友達/仲間づくりのために音楽団体で活動をしていたり、異性にもてたいために音楽をやっていたり、目立ちたいから、チヤホヤされたいからという気持ちで音楽をやっていたり…と、真面目に音楽をやっている5)の人たちから白い目で見られがちな人たちです。しかし、目的はどうであれ、音楽活動をコンスタントにしている以上は、アマチュア音楽家であり、彼らは目的をもっているがゆえに向上心はめざましく、しばしばプロやプロ同様になってしまう事すらあるのが、ここの人たちです。

 もちろん、アマチュアの場合、純粋のこれら7つのパターンに分かれるのではなく、それぞれの特徴をいくつか併せ持つ人たちがほとんどだろうと思われます。ちなみに私は、純粋に6)のタイプです(笑)。典型的なアマチュア音楽家で“下手の横好き”タイプです。

 ここを読んでいる方の多くは、アマチュア音楽家でしょうが、皆さんは、どのタイプになるのでしょうか?

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2018年2月 7日 (水)

プロにも幾つか種類がある

 私はよく、このブログで、我々アマチュア音楽家のカウンターパートとしてプロ音楽家を取り上げますが、我々アマチュア音楽家にだって、色々な人がいるように、プロ音楽家にも色々な人がいて、必ずしもまとめてひとくくりに言えるような存在ではありません。
 一つの事実として、我が国では、音楽大学を卒業した人を(クラシック音楽における)プロ音楽家として扱う習慣があります。これは、我が国には、諸外国のような、音楽家の国家資格(あるいはそれに準ずる資格)がないため、音大卒を一つのプロの資格として取り扱っているからです。

 これがうまく機能していれば良いのですが、現実は全く違います。

 もちろん、音楽大学を卒業した人の中には、バリバリと音楽業界で活躍している、本物のプロ音楽家の方も大勢いらっしゃるわけですが、その一方、音楽大学卒業後、音楽業界とは無縁な世界で生きている人もいらっしゃるわけで、そんな生活の中で、音楽は趣味として嗜む程度の人もいるわけです。ほんの数年、専門教育を受けただけの趣味の人を“プロ”…と呼ぶ現状は、やはり音大卒がプロの資格として、うまく機能していない事の証だと思われます。

 私の書いている事、何か間違っているでしょうか? 話を音楽に限らずに、一般業界に置き換えてみると、分かりやすいと思いますよ。学校を卒業して資格を持っているだけで、現場経験もなく、何も実績を積んでいない人がプロを名乗れる業界なんて、音楽業界ぐらいでしょ?

 さて、本題です。

 私、プロの音楽家にも幾つかの種類があると思います。

 1)演奏活動を生計の主にしているプロ音楽家。まあ、我々が通常“プロ”として思い浮かべるのが、このタイプの音楽家です。

 2)教育活動を生計の主にしているプロ音楽家。先の演奏主体の音楽家から移行してくる人(例えば音大教授などね)や、街のピアノの先生たちが含まれます。いわゆる“レッスンプロ”に相当する位置付けです。演奏を主体に活躍している人たちと比べると、地味な存在ですが、立派なプロ音楽家である人たちです。

 3)上記の1)2)を兼業しているプロ音楽家。いわゆる“街の音楽家”と呼ばれる方々です。地方都市では、大切な音楽文化の担い手であります。

 4)上記の1)2)を行いつつも、それらの収入だけでは生活が成り立たない音楽家。つまり、生活のために別の仕事に就いていたり、家族の収入があったり、不動産収入などがあるなど、有償無償の音楽活動はしているものの、これらの収入だけでは暮らしていけない人々です。このあたりから、プロとアマのグレーゾーンに突入してくるかな…と私は思ってます。たとえ収入的に厳しくても、演奏であれ、教育であれ、一定水準の技術を有していれば、プロと名乗るのもおかしな話ではないのですが、そこがどうにもあやふやな方もいるわけで、このクラスの音楽家が日本には多いのが、我が国の音楽業界のあやふやさの原因の一つなんだろうと思ってます。そういう意味でも、音楽家の国家資格のようなモノがあっても良いのかもしれないと思います。

 5)音楽大学を卒業しただけの、自称プロ音楽家。特別なキャリアは積んでおらず、音楽活動も、我々アマチュア音楽家と大差なかったりします。それでも音大卒というだけで、プロを自称しているのです。

 6)音楽大学を卒業していない、現場叩き上げでキャリアを積んできたプロ音楽家。主に演奏現場にいます。音大を卒業していないけれど、高度な演奏技術を持ち、そのためにプロの現場で活躍している音楽家の方々です。ポピュラー音楽の世界でのプロ音楽家は、大半がこのタイプの方ですが、クラシック音楽の世界でも、ごく少数ながら、このタイプの音楽家の方はいらっしゃいます。すでに演奏家としてのキャリアを積んでいたので、あえて音楽大学には進学しなかった…というタイプの方々ですね。

 私は、プロ音楽家を以上の6つのタイプに分けて考えていますが、皆さんはどう思われるでしょうか?

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2018年2月 6日 (火)

音楽関係の本は、なぜ電子書籍化しないの?

 実は、かねてからずっと不思議に思っている事です。

 最近の私は、楽譜以外の紙の書籍を買わない事にしています。と言うのも、家の中が本だらけで、足の踏み場もないし、本が生活空間を圧迫しているので、もうこれ以上、本を増やすわけにはいかないからです。

 でも、本は読みたいのです。そこで、電子書籍なんです。電子書籍はデーターですから、場所を取りません。何万冊あっても、すべてiPadの中に収まってしまいます。ほんと、収納場所を必要としません。おまけに拡大が自由自在ですから、老眼な私にとっては、大型活字本にも匹敵するほど、目に優しいので、大変便利にしています。場所的な問題と、老眼的な問題の二つから、私は電子書籍だけを読むことにしているのです。

 でも、世の中の本のすべてが電子書籍化されているわけではありません。電子書籍化されていないモノについては…読むのを諦めることにしました。最初から、この世に存在しないモノと考える事にしました。だって「この本、電子書籍になっていないから、紙の本を買いました」なんて事を繰り返していたら、今までの生活と、何にも変わらないからね。

 なので、本屋に行って、書棚を眺めて、読みたい本を見つけたら、その場で買わずに(ごめんなさい>本屋さん)、電子書籍版を探して、それで購入するようにしていますが、以前は、電子書籍として販売されている書籍は限られていましたので、多くの本を諦めていた私ですが、最近の新刊は、大抵、電子書籍版も同時に販売しているので、読みたい本を諦めるという事は、あまりしなくて済むようになりました。なにしろ昨今は、雑誌だって、電子書籍で販売しているくらいですよ。

 もちろん、その一方で、今でも電子書籍としては販売されず、紙の本のみで販売されているモノがあります。

 その代表的なのが、音楽関係の書籍です。音楽関係の書籍って、ほんと、電子書籍化されませんね。声楽系の本も、合唱系の本も、発声系の本も、フルート系の本も、音楽家のエッセイ本も、音楽雑誌も、本当に電子書籍化されません。

 ちょっと調べたところ、音楽之友社の場合、ほんの数点の書籍のみ電子書籍化されているようです。だいたい、昨年の6月から月1冊のペースで、ちょぼちょぼと出てます。ほとんど“焼け石に水”状態です。他の音楽系の出版社について調べたところ、やはり同じような感じで、どの出版社も、電子書籍化されている書籍は、指で数えるほどしかありません。

 大半の音楽関係の書籍が電子書籍化されないので、購入したくてもできないし、読みたくても読めません。

 まあ、私に残された人生の時間も短いので、音楽関係の書籍を読めなくても、他に読みたい本は、ヤマのようにあるので、別に困らないと言えば、全然困らないし、平気なんだけれど、可哀想なのは、本当だったら私が購入をしたはずの本を発行している出版社だよね。売れるはずの一冊が、売れなかったわけだから。

 私は、本を古本屋、とりわけ“新古書店”で買うことをポリシーとして避けています。本は必ず新品を街の本屋で買っていました。ただし、絶版本のみは、さすがに旧来の古書店(たいていの場合は、古書専門店に行きました)で購入するというやり方をせざるをえなかったです。で、街の本屋で購入していた本を、ネットの電子書籍を購入する…に変えたわけです。

 まあ、私のような人は、まだまだ少数派だとは思うけれど、世の中には確実にいるし、少しずつ数を増やしていると思うんですよ。

 昔の本は、活字を拾って版を組んで印刷していたわけで、そんなものを電子化するには、一度印刷したものを、1ページ1ページごとにスキャンしなければいけなかったので、その手間ひまが大変な事は想像できますし、古い本を簡単に「電子書籍化しろ!」とも言えなかったと思いますが、最近の書籍は、大半が電子入稿ですから、スキャンの必要もなく、電子データを紙に印刷するか、電子書籍データに変換するかの違いぐらいしかないはずなので、実は電子書籍化するのは、そんなに手間なんて掛からないはずなんです。

 ただ確かに、今まで紙の本で出版していたモノを電子書籍化することで、傾く業界はあります。

 具体的に言えば、印刷業界ですね。印刷屋とか製紙会社とかインク会社とかは、紙で本を印刷しなくなったら、商売あがったりです。

 しかし、肝心の出版会社は、直接印刷をするわけじゃないですから、別に電子書籍にしたところで、何か困ることがあるかと言えば…特にないはずです。むしろ、電子書籍の方が、書籍化のコストは(印刷のみならず、流通の経費も不要ですから)低いはずで、価格を同じにすれば、それだけ利益が増えるし、電子書籍の方を安い定価で販売したとしても、やはりマージンを多めに取ることで、利益を若干多めに確保できるわけだし、何より、私のように「紙の本は買わない」って決めている人でも電子書籍なら購入してもらえるわけだから、電子書籍にしない手はないはずなのです。

 それもあって、多くの出版社では、紙の本と同時に電子書籍も販売しているわけです。

 もう一つ傾く業界が、街の本屋さんですね。これに関しては、本当に申し訳ないと思ってます。今まで散々お世話になっていたわけですが、それを電子書籍購入へ切り替えたために、街の本屋さんからネット書店へ購入先を変えてしまったわけですからね。

 閑話休題。ほんと音楽関係の書籍って、見事なくらいに電子書籍化してくれないので、私、全然音楽関係の書籍を購入することができてません。これ、本当に残念なんです。

 音楽関係の書籍って、出版しているのが、音楽関係の専門出版社ばかりであるって事と関係あるかなって思います。専門出版社であるため、そもそも商売の規模が小さく、会社自体も小さいため、電子書籍化に必要な人員を割くことが難しいので、電子書籍化が後手後手にまわっているのかもしれません。

 世の中、すでにちらほらと、流通やコストの関係もあって、電子書籍だけの出版で、紙の本は販売されません…なんて本も出始めたのに、未だに紙の本に固執している(固執せざるをえない?)音楽専門出版社って、商売的にはかなりマズイんじゃないかなって…他人事ながら、ちょっぴり心配しちゃいます。おそらく、もっと商売がジリ貧になって、にっちもさっちも行かなくなるまでは、本格的に電子書籍化の方向には舵を切らないんじゃないかなあ…って思ってます。

 電子書籍化が遅れれば遅れるほど、潜在的読者を失っているんです。それが商売のジリ貧につながっていく事に…おそらくはすでに気づいているのでしょうが、効果的な手が打てないのだろうと思います。そこは会社規模が小さいがための、余裕の無さってヤツなんだろうと思います。

 頑張れ、音楽関係専門出版社のみなさん!

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