ひとこと

  •  仕事が忙しすぎて、カラダがバテバテです。メトのライブビューイングで「ルサルカ」を見に行こうと思っていたのに、カラダが言うことを聞かずに、出かけられませんでした。ああ、ちょっぴり残念。今はオペラ鑑賞よりも休息を第一としましょう。
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2017年3月23日 (木)

ブログを無期限停止とします

 いやあ、参った。
 
 
 
 今まで、どれほど忙しくても、如何に体調が悪くても、毎日毎日更新してきた老犬ブログだけれど、ついに限界を迎えてしまいました。

 もう、更新できない。記事、書けない(涙)。
 
 
 
 
 
 ブログを書くネタは、まだまだたくさんあるのだけれど、もはやブログの記事を書く時間が捻出できない(汗)。忙しい、忙しすぎる。仕事が一年で一番忙しい時期に差し掛かった上に、先日体調を崩して、仕事を先送りにした分が今頃雪崩のように襲いかかっているわけで、マジでシャレにならない状態です。仕事を家に持ち帰っても、なかなか終わりが見えない。

 で、こんなに忙しいのに、さらにしばらく当地を離れないといけない事情もあり、ますますブログに時間を割く余裕がなくなってしまいました。

 苦渋の決断だけれど、このブログを無期限停止とします。
 
 
 
 
 
 一応、仕事が一段落して、心とカラダに余裕が生じて、まとまった時間が取れるようになったら、ブログを再開するつもりでいますが…今はそれがいつになるのか見当つきません。少なくとも2~3日ってわけには行きそうもありません。1週間か、10日か、1ヶ月か…。復帰期日の約束ができないので“無期限”停止なのです。

 それなりの期間、ブログを停止せざるをえないので…たぶん、ブログのランキングがダダ下がりになるだろうなあ(涙)。休みたくないなあ…。ほんと、残念。

 まあ、休んでいる間も、スキマの時間を見つけて、ネットはチェックするつもりだし、一応、コメントにも返事を書くつもりですが…いよいよとなったら、コメントも放置しちゃうかもしれないので、最初に謝っておきます。ごめんね。

 と言うわけで、このブログを無期限停止とします。次に皆さんにお目にかかれる日は…私にも分かりませんが、なるべく早く戻るつもりでいますが…いつ戻れるかは、お約束できません。

 それでは皆さん。さようなら。しばしの別れとなります。

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2017年2月28日 (火)

花粉が飛び始めました[2017年2月の落ち穂拾い]

 例年の事ですが、花粉が飛び始めましたね。さっそく、連日、目が痒い私です。ほんと、目を取り外せて、じゃぶじゃぶ洗えたらいいのになあ…と思う、今日このごろです。一時期飲んでいた養命酒を止めちゃっいるので、症状がちょっとヒドイのかな…って思ってます。養命酒…結構、効果的なんだよな(体質にもよるみたいだけれど)。

歌えない時はどうする

 楽器の演奏者は、超が付くほどの大真面目な方が良いのですが、歌の場合、適当でアバウトな人柄の方が良いと思います。だって歌なんて、どうやったって、そんなに精密な演奏はできないもの。どこかで妥協が必要だからね。そういう意味で、程々で妥協できる方が良いと思います。

 とは言え、いくら“妥協できる方が良い”とは言え、実際にちゃんと歌えないのは、もちろんダメなわけで、じゃあ歌えない時はどうすれば良いかだけれど、これは合唱と独唱では対処方法が違うと思います。

 合唱の場合は…歌わない。これに尽きます。もちろん最初から手を出さないもアリだけれど、部分的に歌わないでもいいんじゃないかなって思います。例えば、歌えないフレーズは口パクにしちゃうとか、歌える音だけ歌うとか…自分が歌えなくても、歌えている人の邪魔はしないのが、合唱の基本ですからね。

 独唱の場合は…自分を貫く。これに尽きます。独唱の場合は、歌い崩しが認められますから、自分なりに歌えばいいのです。その際に大切なのが、いかにも失敗しましたって感じにするのではなく「私はこのように歌いたいのです」という自信と言うか、ハッタリと言うか、演技力があれば、それで通っちゃいます。独唱なんて、そんなもんです。

ネコのかわいらしさ

 私は、イヌ派、ネコ派と尋ねられるとイヌ派なんです。イヌは大好きです。じゃあ、ネコは嫌いなのかと言うと、実はよく分からないのです。

 私の母親がイヌ偏愛主義者で、イヌばかりを飼っていたので、ネコを飼うなんてありえなかったのですね。

 長じて、独立して、さてペットを買おうとなった時、実はネコは選択肢にあがりました。と言うのも、ネコって、イヌよりも人との距離が近そうな気がしたからです。でも、結局飼わなかったのは、私がネコアレルギーだからです。

 子どもの頃は自分がネコアレルギーだとは知らなかったので、チャンスさえあれば、ネコを飼っていたかもしれませんが、大人になって、自分がアレルギー体質で、ネコとカニとスギ花粉はアウトだと分かったので、パスするようになったのです。

 なので、ネコは、猫好きな皆さんのブログを読んで「はぁ~」と溜息をつきながら、楽しませてもらっているのです。

 たぶん、ネコの良さは動きの可愛らしさかな…って思います。ネコって、曲線的に動くでしょ? 他の動物はたいてい動作が直線的です。イヌなんか典型的な直線動きで、見ていて動作がカクカクするんです。これはウマもそうだし、キツネやイタチもそう。爬虫類や鳥類もそう。多くの魚類もそう。もちろん人間もそう。でもネコは違うんです。そこがネコの魅力かなって思ってます。

 ちなみに、魚類も直線的に動きますし、金魚も和金系は直線的に動きますが、琉金系は泳ぎが抜群に下手くそなので、結果としてヨレヨレと曲線的な動きをします。まあ、ネコとは本質的に動き方が違うのですが、金魚(琉金系)のヨレヨレした動きもかわいいものです。

和音と感情

 私にとって和音って、うねりとか波動なんです。美しくうねうねしているのか、うねうねの具合が気持ち悪いのか…どうも、世間一般とは感覚がズレているような…。

 世間一般では、ドミソ(長調)から受ける印象は「陽」「明」「喜」であり、ラドミ(短調)は「陰」「暗」「悲」というのは、まあ、全世界共通なんだろうと思います。少なくとも、日本の学校教育ではそう教えます。だから多くの日本人はそう思っていると思いますよ。

 でも、私はそんな風に感じた事ないです。ドミソはドミソでCだし、ラドミはラドミでAmです。私にとってはそんだけです。まあ、それもこれも音感が無いからかもしれませんが(笑)。

 でも実際、映画等では、明るい場面では長調ベースの音楽、暗い場面では短調の音楽が当てられることが多いのです。明るい場面にふさわしい音楽を選んだら長調ベースの音楽となったのか、長調ベースの音楽だから明るい場面に使ったのか…まあ、どちらでもいいのですが(笑)。おそらく「長調=明るい、短調=暗い」という感覚は、割りとポピュラーな感覚なのかもしれません。

今月のお気に入り ウィンナー

 実は私が無知なだけだったのですが、いわゆるウィンナーソーセージってあるじゃないですか? スーパーで袋に入って、安いモノで100円前後、ちょっと良いモノになると300円とか500円とかになる奴。小さいものはひとくちサイズで、多少大きくても、せいぜい10cm程度に加工された棒状の肉製品です。ま、材料も昔ながらの魚肉のモノもありますが、最近は豚肉系のモノが増えた感じです。

 子どもの頃は、このウィンナー、たいてい加熱して食べていたんですよ。肉代わりに野菜炒めに入れてみたり、煮込んでポトフに入れてみたり、おでんに入れても美味しいし、弁当などには、炒めたウィンナーをそのままの形で入れてみたり…。まあ、そんな風にウィンナーには親しんでいたのです。

 だから、ウィンナーって、加熱しないと食べられないもの…って思い込んでいたんですね。

 ですから、実はウィンナーって、非加熱でも食べられる、袋から出して、直接そのまま食べられると知って、驚きました。考えてみれば、同じ肉製品であるハムやベーコンだって、そのまま食べられるわけだから、ウィンナーだって同様なはずなのに、なぜか「ウィンナーだけは加熱しなきゃダメ」って思い込んでいたわけです。

 いやあ、ウィンナーが生食OKと知って以来、ウィンナーラブになっている私です。加熱しても生でも美味しいウィンナー。結構イケます。

 昨今の好みは、カップラーメンに生ウィンナーをドーンと入れて食べること。つまり、生ウィンナーをトッピングして食べるわけですよ。これが結構、イケるんです。

今月の金魚

 みんな元気です。相変わらず欠食ですが(笑)。

今月のひとこと

 アメリカではトランプ大統領に対する反発が激しく、反対デモの類があっちこっちで行われているとか? 私も個人的にはトランプ大統領って「???」とは思うものの、彼は正式な選挙を勝ち抜いて就任したアメリカ大統領なのです。あんな人を自分たちが大統領に選んだくせに、今更四の五の言っているようじゃ、アメリカの民主主義もいかほどのモンなのかなって思います。これじゃあ民主主義政治ではなく、衆愚政治だよね。せいぜい、しっかりと鈴と縄をつけて、他所に迷惑をかけないようにしてほしいものです。(2017年1月30日~2月11日)

 ポケモンGOの話。本日ようやくラプラスをゲット。これで、カイリュー,カビゴン,シャワーズ,ラプラス,ウィンディ,サイドン,ギャラドス,フーディン,ナッシー,ゴローニャ,ベトベトン,リザードン,フシギバナなどの「強い!」と言われるポケモンを揃える事ができました。後は手元でゆっくり育てているゴーリキーをカイリキーに進化させれば、ほぼほぼ無敵なチーム編成が出来る…ってわけだ。ふふふ。(2017年2月11~17日)

 昨年12月に、愛知県常滑市のサークルK(コンビニ)の店内で、陳列しているおでんを指で何度も突っついて、その様子をネットにアップしていた日本スノーボード協会公認の元プロボーダーの 豊嶋悠輔(28)さんが、威力業務妨害と器物損壊の疑いで逮捕されていました。まあ、そりゃあ、おでん鍋に指を突っ込まれたら、おでんはすべて廃棄、鍋は洗浄消毒をしないとダメだよね。客商売だもの。いたずらにしては、かなり悪質だと思います。で、先日、この男の事件について、名古屋地検半田支部は不起訴処分にしたんだそうです。簡単に言えば「裁判をするまでもなく、この男は無罪!」って、名古屋地方検察庁が決めたって事です。ちなみに容疑者を逮捕するのが警察で、逮捕された容疑者に罪があるかどうか調べて、罪人であると思ったら裁判にかけるのが検察です。裁判所はその罪人に対して(無罪を含めて)どれくらいの刑罰がふさわしいかを決める役所です。と言う訳で、地検が不起訴を決めたら、裁判にかける前に無罪が決まるわけです。みなさん。コンビニのおでんを指で何度も何度も突っついて、おでんを廃棄させて、店に損害を与えても無罪だという事が証明されてしまいました。さあ、日本全国にいる皆さん、いますぐコンビニに行って、おでん鍋に指を何度も何度も突っ込んで遊びましょう。あなたがたは罪には問われませんから、大いに遊びましょう。さあ、祭りだ、祭りだ。(2017年2月17~20日)

 追加。元プロボーダーの件は示談となって事件にされなかっただけかもしれません。ごめん、私の思慮が足りなかったかも。まあ、という訳で、おでんツンツンはやっぱりいけません。祭りじゃないぞ、気をつけよう。

 ポケモンGOの話。先日、アップデートがあって、新しいポケモンが増えたり、ワザの強さが変わったり、若干ルールが変更になったり…今までのゲームのやり方を多少見直さないといけない状態となり、なんか新しいゲームに取り組んでいるような気がします。うまいなあ、こうやって客を飽きさせないように運営側が気を使っているわけだ。さあ、さっさとラッキーを育てて、ハピナスにしないとな。(2017年2月20~23日)

 またもポケモンGOの話で恐縮なのですが、ハピナス、強すぎ。どう攻略すれば良いのか…ああ、悩ましいぞ。(2017年2月23~24日)

 時が経てば明白になりますが、金正男暗殺事件(?)は、まさかこれほど大騒ぎになるなって、首謀者の方々は思っていなかったんでしょうね。これほど話題になり、マレーシアやインドネシア、ベトナムとの国交問題にまで発展するなんて夢にも思っていなかったんでしょうね。21世紀はITと情報の時代なんだよね。20世紀のスパイ映画じゃあるまいし、人一人殺して、隠密に事が運ぶわけないのに…ねえ。感覚が古いんだよな。(2017年2月24~27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2017年2月23日 (木)

アゴが痛いのです(涙)

 先日、朝起きたら、アゴが痛くなっていました。前夜までは何とも無かったのに、朝目覚めたら、ザムザは虫になっていた…のではなく、すとんはアゴが痛くなっていました(涙)。

 朝食の唐揚げ(私は朝から肉&揚げ物を多量に食べる人です)を食べるにも、クチがうまく動かずに苦労しました。

 クチをきちんと閉じたり、アゴの骨を外してクチを大開きすると、アゴ関節のあたりがボヤーと、しかし強く痛みます。中途半端にクチを開いている分には、鈍痛がするくらいで、どってことないのですが、クチを閉じたり、大開きをすると、強い痛みがジワーンと広がります。

 鈍痛には慣れてしまいますが、やっぱり痛いは痛いので、寒いのに、朝から冷や汗をかき続けました。

 アゴが痛いくらいじゃ仕事は休めないので、頑張って出勤して、職場の医療関係者の方に、相談してみたら、今日一日は様子を見ても良いけれど、翌日になっても、今以上に痛みが強くなるなら、すぐに病院に行かないといけない。もちろん、痛みが引いてしまえば問題は無いし、今のような緩めの痛みが継続するくらいなら、仕事の都合を見ながらでも良いけれど、なるべく早めに病院を受診するのが良いという事だったので、その日は、ひとまず様子を見ることにしました。

 顎関節症の可能性があるので、あんまり悠長に構えていてはいけないそうです。

 そこでさっそく顎関節症なる病気についてネットで調べました。

 基本的には若い女性の病気のようですが、管楽器奏者とオペラ歌手の職業病でもあるそうですね。管楽器奏者とオペラ歌手ですか…ピンポイントで来ますねえ(汗)。

 原因は不明。歯ぎしりが原因とも言われるし(ちなみに私は歯ぎしりしません)、頬杖が原因とも言われるし(頬杖はよくつきます)、あくびが原因とか(あくびは…結構するなあ)、ストレスが原因とも言われます。クチを無理に縦開きにしても起こるそうで、私の場合は、これが直近の原因かもしれません。とにかく、高音を発声しようとして、ここんとこ、むりやりクチを全開していたから…なあ。アゴの関節に過度の負担がかかってしまったようです。

 治療法は無いわけではないけれど、あまり芳しい治療法があるわけでもなく、すっかり治ってしまう人もいれば、持病として長く付き合う人もいるそうです。症状も様々で、ひどくなると、まともにクチが開かなくなり、歌えなくなるのはもちろん、食事も難しくなってくるそうです。

 そんな事になったら、やせてしまうじゃあないか!

 とにかく、ずーっと痛いので、午前のおやつの時間にアスピリンを飲みました。アスピリンには、解熱、鎮痛、消炎の作用がありますが、これら3つの効能に期待して飲んでみたわけですが…これがずばり当たって、昼頃には熱も下がり、痛みを引いて、アゴも少し楽に動くようになりました。昼食以降は、なんとか通常運転できるようになりました。もっとも、クチを閉じる事はさっそくしましたが、クチの全開は…ちょっと怖いので、やめておきました。

 それでも全快したわけではないので「明日は病院かな…」と思い、さらにネットで調べてみると、顎関節症って…歯医者で治療するのが普通みたいですね。ええ? 歯医者なの? 外科じゃないの? アゴの関節が痛いんだから口腔外科かとばかり思ってましたが…口腔外科なら、近所の大病院にあるし、病院自体には何度も手術などでお世話になっているので、行くのは躊躇ないのですが…歯医者って、あんまり行きたくない病院ですよね、だって、歯医者って町医者じゃん。虫歯とか歯槽膿漏とかならともかく、アゴが痛くて歯医者に行くのって…なんかちょっと違う感じがします。

 少なくとも、私の場合、アゴの痛みは、歯のかみ合わせではなく、顎関節の酷使が原因で、顎関節が炎症を起こしているってのは、自分のカラダなので、よく分かってます。なのに…歯医者に行くの? なんか違うよなあ…。

 で、その日の夜はフルートのレッスンだったので、H先生に「アゴが痛いのです」と言ったところ、先生はその症状を尋ねられたので、答えたところ「グルコサミンを飲みなさい。それも国産の高い奴! それで良くなるよ」と言われました。

 グルコサミンって…膝の関節が痛くなった時に飲むサプリですよね。ん? 待てよ? 膝もアゴも、関節って意味じゃ同じか! じゃあ、グルコサミンを飲んで見るか…。

 そんなこんなで、その翌日を迎えたところ、痛みはほぼ収まっていた(良かったなあ…)ので、さらにグルコサミンを飲んで、様子を見ることにしました。

 これで痛みがずっとずっと収まってくれればいいのですが…正直、顎関節症にはなりたくありません。病気が原因で、歌やフルートを止めるのは、ちょっと残念すぎるでしょ? という訳で、グルコサミングルコサミン…。頑張って、グルコサミンを飲み続けるぞぅ。

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2017年1月31日 (火)

まずはチェーンソーの購入から始めてみるか[2017年1月の落ち穂拾い]

 このブログは、私の人生の記録…と言うと大げさですね(笑)。私の音楽の習い事の記録として、自分自身のために書いているものを、ブログとして公開しているわけで、だから、誰が読んでくれようと読んでくれなかろうと関係ないし、人気の有無も全然関係ないのだけれど、さすがに人気が落ち始めてくると、私も人の子なので、気にならないわけではありません。

 ってか、気にしないようにしていても、気になるものです。いやあ、チキンだね。

 何の話をしているかと言えば、ブログランキングの話です。

 昨年の年末ぐらいまでは、ランキングの順位もまあまあな感じだったのですが、お正月休みを挟み…まあ、お正月休みは毎年順位が下がるので気にしてませんでした…が、お正月休みが終わっても、全然順位が上がらず、現在のところ、まるでお正月休みが継続しているかのような感じになっています。

 飽きられたね、こりゃ完全に。新年を迎えて、皆さんが読んでいるブログを整理する際に、リストラされちゃったようだね。

 栄枯盛衰、驕れる者は久しからず…まあ、かつてほどの人気をいつまでも維持なんて出来るわけないし、上がったものは必ず下がるわけだから、このブログにもそういう時期がやってきただけ…なんだろうけれど、結構、動揺している私がここにいます。

 自分のためにブログを書いてます…なんて公言していたくせに、現実問題としてブログランキングが下がると、あたふたしちゃうなんて、自分で思っていたよりも私って小物なんだなって思い知らされました。

 まあ「人気が下がった、人気が下がった」と言っても、客観的に言えば、まだまだ上位グループに属しているのだから、贅沢は言いっこなしなんだけれど「何かテコ入れせねば…」などど考え始めている私がここにいたりします。

 テコ入れったって、所詮は日記ブログだからね。私の音楽人生で何か事件が起こりでもしない限り、このブログは平々凡々なままなのだけれどなあ…。

 いっそ、事件でも起こしてみますか? チェーンソー持って宅配業者を襲ってみると…って、それじゃあ二番煎じだしダメだな。チェーンソー持って楽器店でも襲ってみるか…って、そんな事をしたら、楽器店から出禁を食らっちゃうよ。なにか、チェーンソーで穏便に出来る事ってないかな?

 あ、それ以前に私、チェーンソーを持っていなかったよ。妻が庭木を切るのに、小型でパワーのあるチェーンソーが欲しいと言っていたので、まずはチェーンソー選びから始めてみるか(笑)。

 ん? 何か間違っているような気がしま…す?

これからクラシック音楽は廃れていく?

 私はポップスと言うか、流行歌の業界は廃れないと思います。もちろん、個人で見れば、浮き草稼業ですし、安定性なんて、これっぽっちもありませんが、それでも常に世間からのニーズは一定してあるわけだし、世の中が好況になろうが不況になろうが、平和であろうが戦時であろうが、流行歌は無くなりませんし、その業界は生き続けるでしょう。

 一方、クラシック音楽の業界は…そもそもクラシック音楽が、同時代のものでもなければ、我々日本人のものでもありません。今は受け入れられすぎている…と言えなくもありません。

 従来は「舶来品はすべて素晴らしい」と信じていた世代(主に戦前の世代)と「日本のモノはすべて駄目だ」と思い込んでいる世代(団塊の世代)がクラシック音楽を持ち上げてきたわけですが、だんだんと世代は進み、今の人たちは「外国のモノよりも国産品の方が好き」という考え方の人も増えてきました。クラシック音楽が早晩無くなるとは思いませんが、段々とニッチな音楽になっていくだろうと思います。

 学校教育が我々とクラシック音楽を結び止める縁であったわけで、それはこれからも変わりませんが、その学校教育の中で、クラシック離れ…と言うが、日本回帰が進んでいますので、これから先、相対的にクラシック音楽の人気が廃れていく事は予想できます。

 と言う訳で、これからクラシック音楽は徐々に廃れていく…と個人的に思っています。

なぜプロ歌手の歌マネをしてはいけないのか

 まず、これから書く事は、声楽学習者さんを対象にしています。別に純粋に楽しみとして歌っている方は、歌マネでもモノマネでも何でもして、音楽を楽しめば良いと思います。それどころか、その歌手のファンであるならば、その歌手のモノマネして歌う事こそが正義なんだと思います。

 と、前置きをしてからお答えします。

 プロ歌手の歌マネをして生じる弊害について考えて見るならば…

1)声を壊す可能性があります。

 学習者がマネをするプロ歌手と同じ声質の方であったり、もう少し重い声の方ならば、問題が無いわけではありませんが、ひとまず良しです。でも、歌マネをする対象のプロ歌手よりも軽い声質がわざわざ重い声で歌ったり、本来バリトンの声の人が頑張って歌マネをするなら、それはかなり無理をして歌っている事になりますので、声に良いことはありません。

 プロ歌手の多くは、簡単そうに歌っていても、実は各種のテクニックを駆使して歌っているものです。マネする側がプロのテクニックを理解せずに表面的な歌いぶりだけをマネると、これまた無理をして歌うことになるので、声に良くありません。

2)プロ歌手の多くの歌唱は、楽譜に忠実とは言えなかったりします。

 プロの歌手の多くは、自分なりの歌い方をします。その歌手特有の歌いまわしって奴です。人によっては、作曲者が聞いたら、どう思うかなと疑われるほどに原曲をあれこれ変えて歌います。

 特に有名な歌手ほど、その傾向が強いと見受けられます。音を加えたり、音程を変更して歌っている箇所すらあります。声楽学習者であるならば、楽譜をよく検討分析し、作曲家の意図を汲み取った上で、自分なりの個性を込めて歌うべきであって、有名歌手の耳コピ(つまり歌マネ)をするべきではありません。それでは勉強になりません。

 どうせ耳コピをするのならば、数多くの歌手たちの歌唱を聞いて、その最大公約数的なところを取り入れてた上で、楽譜に立ち返って歌うのが良いと思います。

 まあ、あくまでも声楽学習であるならば…という前提の話です。楽しみのために歌われるなら、どう歌おうと、楽しんだものの勝ちです。

プロの定義

 職業音楽家(つまり、プロ)の資格ですが…ドイツには国家演奏家資格というのがあって、有資格者のみが音楽家の職が得られます。しかし我が国日本には、そのような国家資格はなく、あえて言えば“音大卒業”が職業音楽家の資格要件であるような感じになっています。

 もっとも、どんな資格であっても、資格云々だけでは生活の保証はされません。いわば資格は、その職業のスタートラインに立てるだけで、そこからどう走っていくのかは、その人にかかっているからです。資格を持っているだけで食えるほど、世の中、甘くないのです。

 しかし、資格を持っているというのは、技量や品質の保証なので、顧客の立場からは安心して仕事の依頼ができるので、全くの無意味ではありません。でも、商売繁盛うんぬんは、自由市場経済である以上、難しくて楽しいところです。

 要は、資格を持った上で、どれだけやれるか。それが出来て、始めてプロなんだと思います。

 となると、プロの定義が問題になります。私は個人的には、どんな分野であれ、プロとは専業家であって、それだけで生活の糧が得られる人だと思ってます。単に有資格者というだけでは実務経験のない人は、プロでは無いと思います。さらに実務経験があったとしても、誰かに経済的に養ってもらったり、副業のある人は「どうかな?」と思ってますが、それを言い出したら、賞金の少ないマイナースポーツの方々はプロと呼べなくなってしまうし、過去の有名音楽家たちはたいていパトロンが付いてましたが、そうなると彼らはプロじゃないの?という事になりかねません。

 なので、最近は「“プロ”と名乗っている人はみんなプロ」というふうにも考えるようになりました。食えようが食えなかろうが、有資格者だろうが無資格者だろうが、プロと名乗ったモン勝ちって考えてます。

 ちょっと乱暴かな?

今月のお気に入り レトルトカレー

 今回はレトルトカレーなんだけれど、これは正確に言うと“お気に入り”ではなく“お気に入り候補”って感じです。

 私の中では、レトルトカレーと言うと、長いこと、ボンカレーとククレカレーでした。とりわけ、ククレカレーは買い置きの食品として、我が家ではサッポロ一番塩ラーメン(袋ラーメン)と二大巨頭でした。ラーメンの方は大好きでしたが、カレーの方は私の好みとはちょっと違っていました。それは別にククレカレーだけの問題ではなく、ボンカレーも似たり寄ったりだったので、レトルトカレーはさほど好きではありませんでした。

 長じてからも何度か別のレトルトカレーを食べる機会がありましたが、スーパーの安売りレトルトばかり食べていた事もあって、私のお気に入りにはなりませんでした。

 ある時から私は、レトルトカレーに期待しなくなりました。

 ところが最近、レトルトカレーって多種多様化したんですよね。ある日、スーパーのカレーの棚を見てビックリしました。いわゆる“カレールー”よりもレトルトカレーの方が種類が多いんじゃないかと思うほどです。

 食べず嫌いはいけないので、ほんのいくつか試したところ、私の認識はだいぶ古くなっていたと言わざるをえない状況となっていました。いやあ、レトルトカレーがだいぶ美味しくなっているねえ。

 「これが私のお気に入り!」と言い切れるレトルトカレーにはまだ出会っていませんが、これなら普段から食べてもいいなあと思えるレトルトカレーがありましたので、ご紹介します。

 最初は、江崎グリコ社の『LEE ブラックカレー辛さ×5倍』です。

 これはなかなか美味しいですよ。ただ、ゴマ風味が強いので、私の感想としては「カレーによく似た美味しいかけ汁」って感じかな? なかなかゴマ風味をカレーとして受け入れる事ができない私なのでした。ちなみに、このブラックカレーはフルートのH先生の大好物なのです(豆知識)。

 私の持っている美味しいカレーのイメージに、今のところ一番近いのが、S&B社の『ゴールデンカレーレトルト 辛口』です。とりあえず、暫定一位ってところでしょうか?

 このレトルトカレーが、割りといい感じです。私はこういうカレーが好きなのです。でも、まだまだ違うんだよね。これ以上辛くなくてもいいのだけれど、もっとスパイシーであって欲しいし、こんなに油脂ギッタギッタでなくてもいい。もっともっとおダシを効かせて欲しいし、もう少し硬くてもいいんです。

 このレトルトカレーも美味しいんだけれど、これならば、まだココイチのカレーの方が好きだし、何と言っても、妻が作ってくれるカレーの方がずっと上手いです。

 でも、昨今のレトルトカレーがだいぶ美味しくなった事は理解できました。本来ならば、どんどんレトルトカレーを食べ比べて、自分の好みのレトルトカレーを見つけるべきなのでしょうが、実はなかなかレトルトカレーを食べるチャンスが無くてね…。まあ、時間をかけて、ゆっくりと自分好みのレトルトカレーを見つけてみたいと思います。

今月の金魚

 みんな元気ですよ。

今月のひとこと

 江ノ島、楽しい。楽しすぎる。(2016年12月25~30日)

 昨年(2015年12月28日)日韓外相会談で結ばれた、慰安婦問題日韓合意で、日本が韓国に10億円支払う代わりに、韓国は元慰安婦像を撤去し、今後慰安婦問題を蒸し返さないという約束がされたわけです。日本はすでに10億円を支払い終えたにも関わらず、韓国は相変わらず慰安婦問題で騒いでいるし、元慰安婦像の撤去どころか、本日(2016年12月30日)には、日本総領事館前に新たな元慰安婦像を設置したそうです。約束一つ守れないのが、韓国と韓国人なんだな。出来ない約束なら最初からしなきゃいいのに、カネさえ貰えるなら何でもOKなんだろうね。こういう人たちがすぐ近くにいるのが、我々の不幸せなんだな。恥を知れ。恥を。(2016年12月30日~2017年1月1日)

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。(2017年1月1~5日)

 日本老年学会とかいう、お医者さん関係の寄り合い団体さんが、現在、65歳以上とされている高齢者の定義を、75歳以上に引き上げるべきだと言っているそうです。まずは牽制球だろうね。こういう情報を流して、世間がどう反応するを見ようという魂胆でしょうね。つまり「75歳まで年金出したくないし、福祉サービスとかやってられないから、働けよ」って事にしたいと考えている人がいる…って事だよね。まあ、確かに団塊の世代の人たちが、現在70歳あたりでしょ? 彼らが老人になって、あれこれ大変だと分かったから、「老人の定義、引き上げして、色々とリセットしよ」って事なのかもしれないけれど、どうなんでしょうね。言っちゃあ何だけれど、60歳過ぎると、個人差は大きいとは言え、カラダはまだまだ元気でも、あれこれ神経系は衰え、物忘れは激しくなるし、頑固になるし、判断ミスは増えるし…老害を撒き散らしているのに、それを75歳まで現役? なんとも恐ろしい時代になるですね。ああ、クワバラクラバラ…。(2017年1月5~11日)

 人件費はボランティア活動について回る問題だけれど、それにしても、ちょっとひどいなあと思うのが、NPO法人「エコキャップ推進協会」の件。ポリオ撲滅を旗頭に、ペットボトルのエコキャップを全国から集めて、それを彼らがリサイクル業者に売っぱらって、その利益を発展途上国の子どもたちのワクチン代としてNPO法人「世界のこどもにワクチンを日本委員会」という別NPO法人に寄付してきました。ここまで聞くと「立派な団体だなあ…」と思います。でもね「エコキャップ推進協会」はここ数年「世界のこどもにワクチンを日本委員会」への寄付をしていなかったんだそうです。ワクチン団体に寄付するからとエコキャップを集めておきながら、ここではなくヨソ(障害者支援事業団体だそうです:アバウトだね)に寄付をしていたんだそうです。ワクチンのための寄付を集めておきながら、別団体に寄付を贈るなんて、それはダメ。詐欺と言われても仕方ないです。ちなみに(昨年か一昨年は)9000万円近い収入があって、そのうちの1900万円をその障害者支援事業に寄付したそうな。じゃあ、残りの7100万円は…と言うと、自分たちの給料と事務所の家賃なんだそうな。集めた金額の約20%を寄付に回し、約80%を自分たちのために使ったわけだ。エコキャップを集めた側としてはゲンナリする金額だよね。もっとも本来の寄付先である「世界のこどもにワクチンを日本委員会」は…と言うと、集めた寄付金でワクチンを買うわけではなく、集めた寄付金を日本ユニセフに寄付していたんだそうな。もちろん、100%寄付したわけじゃないだろうし、どれくらいを自分たちのために使ったかは、この団体は公表していません。さらに言えば、日本ユニセフってのは、いわゆる“アグネスの方のユニセフ”であって、国連のユニセフ(いわゆる“黒柳徹子の方のユニセフ”)とは別団体だからね。「世界のこどもにワクチンを日本委員会」からの寄付金でワクチンを買ったかどうかなんて(もちろん)公表してません。なんか、あっちこっち胡散臭くて、嫌になるよ。(2017年1月11~12日)

 我が家のすぐ前の道路に、火のついたままのタバコが投げ捨ててあった。ふざけんじゃないぞ。こんなに乾燥しまくっている、風の強い日に、火のついたままのタバコが建物と接触したら、たちまち火事になって、町ごと大災害じゃないか! シャレにもならんよ。さっそく火をもみ消したけれど、ほんとマナーが悪いというか、タバコ吸う奴、絶滅しろ! プンスカプン!(2017年1月12~21日)

 息子君が「もう何年も焼肉を食べさせてもらっていない。もう焼肉がどんな味だったのか忘れた!」とか文句を言いだしたので、数年ぶりに焼肉を食べに連れて行った。私が息子君の年齢の時は、忘れた以前に、焼肉なんて食べたことなかったなあ…。私が焼肉なんて料理を食べるようになったのは、ガッポガッポ稼いでいた大学生の時からで、親に焼肉に連れて行ってもらった事なんて一度もなかったよ。私の頃は、外食と言えば、デパートの大衆食堂が相場だったからなあ…今で言えばファミレスだな。子どもが親に堂々と「焼肉に連れて行け!」だとか、今の子たちは、ほんと、豊かな社会の中で暮らしていると思うわけでありますよ。(2017年1月21~24日)

 韓国の国会第1党(ただし野党。日本とは政治システムが違うので、与党が必ずしも第1党とは限らないのが韓国)である「共に民主党」に所属し、現在城南市長である、李在明(イ・ジェミョン)氏が、正式に次期大統領選に出馬宣言をしたそうだが、その際「日本は隣国ではあるが、敵性国家と思う」と公式に発言したそうだ。ま、彼に限らず、これが韓国人の本音であり常識なんだろうね。ちなみに多くの日本人が勘違いしていますが、日本と韓国は同盟国ではありません。日本とアメリカは同盟を結んでいます。また、韓国とアメリカも同盟を結んでいますので、いわば同じ陣営に所属しているだけで、日本と韓国は(基本的に)無関係なのです。まあ、日本的には、日本と韓国はアメリカを介して関係を持っているわけだから準同盟国って思っているわけですが、韓国はそうは思っていないってわけです。たまたま同じ陣地にいるだけの敵国としか思っていないわけです。だから、平気で反日もするわけだ。(2017年1月24~27日)

 中国が、西アフリカのブルキナファッソ(ガーナの北にあります)に対して「500億ドル(5兆6600億円)やるから、台湾と縁を切って、俺と友達になろうぜ」と言ったんだそうです。ブルキナファッソは台湾と数少ない正式に外交関係にある国です。ちなみに、台湾と正式に外交関係を結んでいる国は現在21カ国だそうです。なぜこんなに少ないのかと言えば、中国が「俺と仲良くやりたきゃ、台湾とは手を切れ」と言っているからです。もちろん、日本も台湾とは正式な外交関係にはありません(残念)。ブルキナファッソは中国の申し出に対して「俺たちは台湾とはマブダチだから、カネにつられて友達を裏切ったりしないぜ!」と言ったそうです。カッコイイなあ。なお、去年に12月に、ナイジェリアの南の海に浮かぶ、サントメ・プリンシペというアフリカの島国がブルキナファソ同様のラブコールを中国から受けて、台湾と縁切りをしたんだそうです。なんとも残念な話です。しかし「カネをやるから、アイツと縁を切って俺と友達になれ」なんて、中国、かっこ悪すぎ(クスクス)。(2017年1月27~30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2017年1月11日 (水)

すとん前史 その8

 声楽の先生から破門を言い渡され、ショックで音楽ができなくなってしまった私でした。

 そこから約15年ほどの月日が経ちました。自分では演奏活動などは全くせず、音楽は専ら聞くばかりになっていた私です。それもクラシック関係の音楽ではなく、専ら昔のロックを中心に聴いていました。たまにカラオケなどに行っても、当時の新曲を追いかける気持ちもなく、80年代のロックばかり歌っていましたね。例えば、こんな曲です。

 アーハーの「テイク・オン・ミー」ですね。

 バンド活動もせず、楽器の演奏もせず、歌うと言ってもカラオケぐらいしか歌わなくなっていた私でした。この時期、何をしていたのかと言えば…専ら仕事仕事仕事でした。仕事人間に成り切って生きていた時期でした。30~40代は仕事だよね。

 そんな私が、ある時、仕事の関係で地元の音楽協会に出入りせざるを得なくなりました。

 で、数回目の音楽協会での会合を終えた時に、懐かしい人から声を掛けてもらいました。その人は、私が若い時にお世話になった合唱団の人で、当時も今も合唱団の幹部の方でした。で、その方から、今、新曲に取り組んでいて、新団員を募集しているから、もし良かったら参加してみないかと…と誘われたのでした。

 T先生に破門されて、心の傷を負っていた私でしたが、さすがに15年もすれば傷も癒えるわけで、誘われた事をきっかけに、私はさっそく合唱団への復帰を目論見ましたが…それは失敗に終わりました。

 その合唱団は、昔は誰でもウェルカムだったのですが、私が復帰を考えた頃は、すでにそれなりの実績も積み、団員たちも上達していたので、そこへポンとトーシローが混ざれるような団ではなくなっていたのでした。

 再入団に当っては、簡単なオーディションがあって、私はそれに落ちてしまいました。

 理由は「声が目立つ」ので、ダメって事です。私が歌うと合唱団が私の声だらけになってしまうので、それでは困るってわけです。おまけに、T先生のところを中途半端な状態で辞めた上に15年のブランクがあったので、声のコントロールなんて全然できず、音程も全然ダメになっていました。

 そりゃあ私が指導する立場でも、断るでしょうね。それくらい当時はひどかったと思います。

 まあ、指導者の方々も知らない間柄ではないので、しばらくトレーニングをして勘を取り戻したら、考え直さないでもないとは言ってくれました。

 そこで合唱団復帰のために、ヴォイストレーニングの個人レッスンをしてくれる先生を探す事にしました。と言うのも、本来ならT先生を頼るべきなんでしょうが、ほら、私、破門されているから(笑)。合唱団の方々が良い先生を紹介してくださるとは言ってくれましたが、それは私の方で断りました。

 だって、先生をご紹介されたら、どんなに遠くの先生であっても、どれだけ謝礼が高価な先生であっても、断れないじゃない? 当時の私は、合唱に復帰するのが第一であって、正直な話、ヴォイストレーニングのために、時間やお金をかける気になれなかったのです。

 だから、ヴォイストレーニングはさっさと修了して、すぐにも合唱に戻ろう…そのためには、必要なことだけ習ったら、いつでも辞められるような、縁の薄い先生を探すことにしました…今思うと、当時の私は、声楽やら合唱やらをなめていましたね、まことに申し訳ないです。

 とにかくヴォイストレーニングの先生を探しました。あれこれ情報を収集して見つけたのが、キング先生だったわけです。安かったし、近かったし、当時の私の条件にはピッタリの先生でした。

 今でこそ、あれこれ批判がましいことも書かざるをえないキング先生ですが、当時の先生は、実に親切で真摯で熱血な声楽教師でした。で、キング先生の元でヴォイストレーニングを受けながら、何度か合唱団のオーディションを受けましたが、ことごとく落ちました。いやあ、それは実に見事なものでした。

 落ちた理由は、色々ありますが、声が悪くて悪目立ちする上に、音程が甘かったのですね、それに尽きます。

 T先生のところで、音程が取れなくなってしまった私は、キング先生の元であれこれ頑張ってみたものの、ますます声は出るようになり、ますます音程問題は改善せず、さらに悪い事にノドで歌うことを覚えて、声の音色まで汚くなってしまったのです。

 声の改善どこか、改悪ですな。そりゃあ合唱団から断られるわけです。

 なにしろキング先生が教える発声方法は独特すぎるんですよ。キング先生に習って、ビックリした事は、それまで合唱団の指導者の方々や先輩から教えてもらった事や、T先生から学んだ事が、ことごとく否定され、ぜんぜん違うアプローチでの発声方法を学んだ事です。まあ、それで私はノドを壊しかけたんだけれどね。合唱に復帰するどころか、あやうく歌えないカラダになるところでした。

 まあ、キング先生のご指導は、熱心だったけれど、とても個性的なメソッドで教えられる方で、常識的な発声指導とは違っていたし、それでも適性があって、効果が出ればともかく、私に限っては効果も見られず、結論的には、私には合わない発声方法であり、指導方法だったわけです。

 ちなみに、今のY先生は、合唱団やT先生から学んだ事の延長線上にある、いわば常識的な発声方法を教えてくださいますので、カラダにも楽だし、安心して学べますし、私自身グングン上達しているしね。私のような凡人は、常識的なやり方が一番合うみたいです。

 とにかく、今はキング先生に良しと言われた事を避け、ダメと言われた事を積極的に行うようにしています。そうするとY先生から「良いですね」と誉められるのです。それもなんか変な話だけれど…。

 さて閑話休題。結局、音程やら音色なんて発声なんですよ。無理のない自然な発声をすれば、音程は自然と正しくなります。ノド声で無駄な力を込めて歌っていては、音程はフラットして当然ですよ。楽に正しい方法で歌えば、そんなに音程なんて外さないものです。音色も同様です。無理のない楽な発声が一番美しい発声なのです。

 発声方法が劇的に変化したT先生時代には、その変化の大きさに声のコントロールがおぼつかず、結果的に力任せな歌い方にならざるをえなくなったので、音痴になっても仕方なかったし、ちゃんと音程が取れるようになるまで学ばなかったのだから、音痴が固定してしまっても仕方なかったのです。キング先生のところでは、大声の出し方は習いましたが、楽で自然な発声に関しては学べず、いつまでたってもノド声で歌っていたし、ノド声歌唱が奨励されていたのだから、いつまで経っても正しい音程やら美しい声やらで歌えるようにはならなかったのでした。

 結局、私の音程問題は、現在のY先生のところで、徹底的に発声方法の見直しをしてもらって、ようやく人並みになったわけです。それでも昔の癖が出て、うっかりノド声になってしまうと、すぐさま音色が悪くなり、音程もぶら下がってしまうわけなのですが…。

 とにかく、キング先生の元で懸命にヴォイストレーニングに励み、合わせて合唱団のオーディションもチャンスがあるたびに受け続けましたが、受ければ落ちて、受ければ落ちてが連続すれば、自然と覚悟も決まります。

 更に、キング先生は合唱が嫌いな人だったし、私の合唱復帰にも反対していた人だったし、事あるごとに私に「合唱なんて辞めて、独唱にしなさい」とクチ酸っぱく言ってた事もあって、ある時、私は合唱で歌う事をやめて、現在のように独唱中心に歌う事に決めたわけです。

 そんなわけで、合唱を諦めた私は、キング先生の元で声楽を学ぶ事を決心したわけです。

 キング先生からは、独唱の素晴らしさと楽しさを教えてもらいました。とりわけ、それまで私は、独唱と言えばオペラアリアしか知らなかったのですが、歌曲の素晴らしさを教えてくれたのが、キング先生でした。その辺は大変感謝しております。

 これ以降の事は、このブログに書かれていますので『すとん前史』は、これでお終いです。ここまで読んでくれて、ありがとうさんね。

 蛇足だけれど、先日、妻に尋ねてみました。今の歌唱力なら合唱団への復帰は可能かな?…と。

 妻の答えは「まず無理なんじゃないの?」でした。理由は「声が全然合唱向きじゃないからね。もっと軽く、Y先生がおっしゃるような、本当に響きだけでも歌えるようになったら合唱もイケるかもしれないけれど、今は全然無理」との事でした。

 そうか、まだ合唱は無理か…。音程もだいぶ改善したし、細かなリズムにも対応できるようになったし、楽譜もそこそこ読めるようになったけれど、声がまだまだダメか。ならば、仕方ない。今しばらくは、やっぱり、独唱に励みますか(笑)。やがて上達して、軽く響きだけで歌えるようになれば、独唱も合唱も両方いけるようになる…んだろうなあ。それを楽しみに頑張って練習に励みましょう。

 という訳で、次回から通常運転に戻ります。

P.S. フルートの事が書かれていないではないか…とお嘆きなあなたへ。フルートはブログを書くようになってから始めたので、左欄の『フルートのレッスン&活動記録』とか『フルート購入顛末記』などをご覧いただけると幸いです。ヴァイオリンに関しても『ヴァイオリンの学習記録』や『ヴァイオンリの購入(&製作)顛末記』にあります。社交ダンスも『社交ダンスのレッスン』にありますので、よろしく。

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2017年1月10日 (火)

すとん前史 その7

 合唱を辞めて、個人レッスンを受けようと思ったのは、もちろん力不足を感じてというのが一番の理由だったけれど、団の指導者さんから「君の声は合唱じゃなくてオペラ向き」と言われた事も理由の一つです。まあ、当時は「オペラ向きうんぬんって言うけれど、実は体よく追い出されただけなんじゃないの?」と思わないでもありませんでしたが、今思えばそれは私の“下衆の勘繰り”で、当時はまだまだ貧弱な声の私だったけれど、その中に光るものを見つけてくれて言ってくれたんだと思います。

 実際のところ、私の声は合唱ではなくオペラ向きなんだよなあ(笑)。つまり基本的な声の声質が“溶け合う声”ではなく“突き抜ける声”って事ね。実際、歌声でなく、話し声であっても、音量を抑えたヒソヒソ声であっても、結構遠くまで届いちゃうし、人混みの中でも声が飛んで行くから、たいして大きな声を出さなくても、人を呼び止めるくらいはお茶の子さいさいだったりして…まあ、便利と言えば便利な声だよね…内緒話はできないけれど(溜息)。

 それにしても、プロの声を見抜く力は凄いね。

 さて、合唱団を辞めて、声楽の先生を探しましょうとなった時に、私の身近にいたペラキチの彼女に「どこかに良い先生はいませんか~?」と相談をしたところ「じゃあ自分が習っている先生を紹介してあげる」と言われて紹介していただきました。

 それがT先生でした。

 T先生はメゾソプラノの方で、まだ若い先生でした。もっとも“若い”と言っても、私よりは、だいぶ年上でしたけれどね(笑)。

 T先生、今思うに、本音で言えば、私を引き受けたくなかったのかもしれません。初レッスンの時に「私は基礎は教えるけれど、基礎をマスターしたら、すぐに男性の先生とチェンジしますよ」と言われたらくらいです。おそらく男性…と言うか男声の生徒を教える自信がなかったのかもしれません。だって、女声と男声って、発声方法が全然違うからね。今の私なら、そこんところも分かりますが、当時はそんな事も分からなかったので「この先生、何を言っているだろ?」って思っていたくらいでした。

 T先生のところには毎週レッスンに通いました。やったのは、コンコーネ50番とイタリア古典歌曲と言う、典型的な初心者学習セットのような組み合わせです。

 それまで合唱団の練習前のヴォイストレーニングってのが発声を良くする訓練だと思っていた私でしたが、いやあ、個人レッスンは全然違いました。合唱団のヴォイトレなんて、ただの準備運動だよね。声をきちんと育てようと思ったら、やっぱり個人レッスンは必須だな。

 T先生の元で、熱心にレッスンに励みました。そうしていくうちに、どんどん声が出るようになりました。そして声が出るようになるとともに、どんどん歌えなくなってしまいました。どういう事かと言うと…声は出るんですよ。大きな声も力強い声も高い声も低い声も良い方向にドンドン声が出るようになりました。でも、その一方で、音程をガンガン外すようになりました。

 それ以前も、そんなに精密な音程で歌える人ではなかったのですが、それでもバンドで下手くそなヴォーカルをやれる程度には歌えた私でしたが、T先生に習い始めてからは、全然正しい音程で歌えなくなりました。だって当時の私は、実際に声を出してみるまで、どんな声が自分から出てくるのか、見当もつかなくなっていたからです。

 急速に私の声が変化をし、私の感覚がそれに追いつかなくて、急性音痴になってしまったわけです。ざっくり言えば“自分の声をもてあますようになった”わけです。

 でもまあ、それでもレッスンを続けていれば、急成長した自分の声のコントロールの仕方も体得して、やがて急性音痴も治る…はずだったのですが、その急性音痴が治る前に、T先生に放り出されてしまいました。

 実は、破門されちゃったのです(驚)。

 破門の原因は…当時、全然分かりませんでした。とにかく破門されちゃったのでした。レッスンの終了時に「あなた、破門だから! 次回からレッスンには来ないで!」と、言葉を投げつけられて終了でした。つい直前までレッスンしていたのに…。私はすぐには状況が飲み込めませんでした。それくらい唐突な出来事だったわけです。

 これは一大事件であり、門下に激震がハシリました。もちろん、私を紹介してくれたお姉さまも驚いていました。「あんた、先生に何をしたの!」って、怖い顔して責められたもの…。でも、私、何にもしてないのよ。これはほんと、嘘偽りなしで何もしてません。

 破門とはおおごとなので、お姉さま以外にも、同門の方々から散々心配されてしまいました。なにしろ私、門下では黒一点でしたから、門下のお姉さまたちに可愛がられていたんですよ。それが破門ですよ。そりゃあ、みんなビックリしますよね。で、大騒ぎになったわけです。それくらいの出来事だったのですが…私が破門されて、一ヶ月もしないうちに、門下生全員が次々と破門されちゃいました(笑)。私を責めていたお姉さまも自分が破門されるとは思っていなかったらしく、自分が破門されてから、私に「あの時はごめんね」と謝ってきましたからね。

 で、T先生。生徒を全員破門して、どうしたのかと言うと、海外に行っちゃいました。要するに、自分の活動拠点を海外に移すために生活や仕事をリセットして、当時教えていた生徒たちを全員切ったわけです。

 …だったら破門にせずに、理由を話して、円満解決をすれば良かったのに…なぜかそれをしなかったT先生でした。なぜでしょ?

 T先生は、多少癖のある人だったけれど、概ね常識のある人だと思っていましたが、きっと何か生徒には言えないような事情があったんでしょうね。でも一切何も話さないままで消えてしまったので、たくさんいた女性の生徒さんたちはブーブー言ってましたし、結構口汚く先生を罵っていました。女の人の口撃って凄いよね…。

 私は、人生最初の破門を喰らい、真面目に落ち込んだのでした。あれだけ音楽が好きだったのに、憑き物が落ちたように、そこでぷっつりと音楽を辞めちゃいました。

 これ以降、約15年ほど、音楽とは無縁な生活をしたわけです。

P.S. T先生時代に、一回だけ発表会に出演しました。そこで歌ったのが、スカルラッティ作曲の「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。当時は歌曲のなんたるかも分からずに、ただ与えられたから歌っただけでした。

 こちらは、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。いい曲ですよね。でも、当時の私はこの曲の素晴らしさが分からず、ただただ「上手く歌いたい」と願っていただけなんです。上っ面だけで気持ちの入っていない歌い方しか出来なくて…なんかモッタイナイ話だよね。

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2017年1月 9日 (月)

すとん前史 その6

 私が入団した合唱団は、当時は出来たばかりで、誰でもウェルカムな状態でした。なので、クラシック系の歌など歌ったことの無い私でも入れてもらえたのだと思います。ちなみにその合唱団は現在もありますが、現在ではそんなトーシローは入れてもらえないくらいに精力的に、結構ガチに活動しております。

 その合唱団には…約1年半ほどいました。ちょうど新曲のために新規団員を募集している所で入団し、その曲の演奏会まで在籍していたわけです。つまり1シーズン在団したって事になります。

 その団は、オーケストラ付きのクラシック系の合唱曲を演奏するという、クラシック音楽専門の合唱団でした。で、私が入団した当時に取り組んでいたのが、この曲です。私もこの曲でステージに上がったんですよ。

 モーツァルトの『大ミサ曲ハ短調』です。全部聞くと小一時間ぐらいしますので、注意してください。ポピュラー音楽しかやっていなくて、楽譜もロクに読めないような青年には荷が重い曲でしょ? だから私は、真面目に練習に参加し、一生懸命に勉強しました。

 当時は、クラシック系合唱曲の事なんか全然分からなかったし、楽譜もロクに読めなかった(バンドはやっていたけれど、ポピュラー音楽なんて楽譜読めなくても出来ちゃうからね)し、クラシック系の発声がなんなのかも分かっていませんでした。

 団から支給された音取りテープを暗記するまで聴き込んで耳コピで歌っていましたが、それでも大勢の人たちの中で歌うというのは、私には難事業でした。ほら、バンドじゃソロであれコーラスであれ、少人数で自分のパートを歌うわけで他人と合わせる必要はないし、自分の歌うパートは自分流に歌えば良いわけで、音楽として成り立っていれば、オリジナルと異なっていても、それは個性として認められるわけで、全然OKなわけだけれど、クラシック音楽は、そんなモンじゃないわけです。とにかく楽譜通りに歌わないといけないわけで、それがユルユルのポピュラー音楽上がりの青年には厳しかったのでした。

 私はいつも(勉強のために率先して)指揮者のすぐそばで歌っていましたので、結構、手厳しく指導されました。懐かしい思い出だし、今でも感謝です。

 まあ、今思うと、当時の私は、とんでもなくでたらめな歌を歌っていたと思いますが、当時の私の発声なんて蚊の鳴くような声だったし、マイク前提の歌しか歌えなかったわけだから、たかが知れているわけで、大勢の中で歌えば、客席に聞こえることは無かったわけで、私が何をしようと、迷惑もさほどはかけていなかったと思います。ですから当時の私は“向学心溢れる(けれど下手っぴな)団費納入者”って立場だったと思います。とにかく『今は下手でも若いから…』という事で見逃してもらえたのだと思います。

 それに今では高齢者となってしまった団の幹部の方々も、当時はまだ中年~初老ぐらいの年齢で、血気盛んでしたし、新人育成にも力が入っていた…というのもあります。

 私は、この団で真剣に合唱を学びました。合唱団での活動と平行して、第九の合唱をやったり、某プロ歌手(ってか、チェリッシュ)のバックコーラス(市民の皆さんと歌いましょうって企画でした)をやったり、市役所のロビーコンサートに参加して歌ったり…と、かなり充実した合唱ライフを過ごしていました。

 と言う訳で、私がチェリッシュのステージの後ろの方の隅っこで歌わせてもらったのは、昭和の大ヒット曲でした。

 「てんとう虫のサンバ」ってすごくヒットしたんだよ。最近はこの曲を耳にする事はほとんど無いので、若い人には想像つかないでしょうが、ホントのホントに大ヒット曲でした。この曲って、当時の老若男女のほぼ全員が知っていたし、口ずさんでいた曲なんですよ。

 さて閑話休題。真面目にやればやるほど、自分の下手くそさと基礎力の無さを実感した私でした。考えてみれば、他の団員さんたちは…若い人はたいてい中学高校大学の合唱部上がりだったり、中年以上の人は音楽喫茶から流れてきた人たちばかりで、私のような基礎のない、遊びでバンドをやっていたような素人は珍しかったわけです。

 だから私、たくさんの事を真剣に学びましたし、多くの指導者の方々、団員の方々にお世話になりました。今でもその時の感謝を忘れていません。

 この合唱団で1シーズン歌ってみて、更に自分自身を鍛える必要を感じて、もっともっと学ばなければならないと考えたわけです。

 でまあ、このままこの団にいて良いものかと考えたわけです。毎週の練習にはきっちり参加して、真面目に取り組んではいたものの、それで上達できるのか? それで周りの人たちと同じレベルまで歌唱力が向上するだろうか? あるいは歌唱力が向上するにしても、長い時間かかってしまうのではないか?…などと考えたわけです。

 そこで、合唱団を一度辞めて、自分なりに次のステップに行く事にしたのです。それは、個人レッスンです。合唱団の中で自分を鍛えていくのも悪くはないけれど、それよりも個人レッスンを受けて、自分の欠点を集中してみっちりと治そう。そして個人としての歌唱力を上げていこう。自分に投資していこう…と考えたわけです。

 ほら、いつもの前向きな私でしょ?

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2017年1月 8日 (日)

すとん前史 その5

 Y君の英才教育によって、いっぱしのクラヲタに成長した私でしたが、実はまだオペラは全く知らなかったのでした。

 Y君とは彼が大学を卒業するまで、濃厚にお付き合いをしました。私は良い生徒だったと思います。やがて彼は卒業して就職し、私は研究者を目指して大学院に進学して、別れ別れになりました。

 大学院時代は、研究一筋で頑張ったよ(笑)。で、院を終えて「さあ、次はどうしようか?」と考えているうちに、今の職場の偉い人から一本釣りをされてちゃいました。研究を続けていくのもいいけれど、現場で実践を積み重ねて、若い人たちを育てる方が世間様のお役に立てるんじゃないかな…なんて説得されたわけです。…ってか、まだまだ私自身若かったしキャリア不足だったので、いきなり大学や研究機関への就職は現実的ではなかったので、実績を積むために現在の職場に就職するのも悪くないかな…なんていう打算もあったわけですが…踏み台のつもりで就職したら、あまりの居心地の良さに、いつの間にか抜け出せなくなって…今に至ってしまったわけなんだけどね。へへ、人はぬるま湯に漬かると抜け出せなくなるんだな(若い人への警告だよ)。

 さて就職すると、キャリアバリバリの仕事がすっごーく出来るお姉さまが私の教育係になりました。で、このお姉さまが、実はペラキチ(熱狂的なオペラファン)だったのですよ(笑)。いやあ、音楽の神様も洒落た事をなさるものです。

 最初は単なる“指導者&徒弟”という関係だったのですが、あれこれ話しているうちに、私がクラヲタである事が分かり、ならば…というので、お姉さまがペラキチである事をカミングアウトして、仕事を教えてくれながら、オペラを教えてくれたのです…ってか、仕事3割、オペラ7割くらいの勢いでした…が(笑)。

 彼女は、マリア・カラスの大ファンであり、プラシド・ドミンゴの現役ファンでした。なので、私は当然ですが、カラスとドミンゴを中心にしたオペラの楽しみを教えていただいたわけです。休日ごとに彼女のご家庭にお邪魔しては、彼女のコレクションであるドミンゴのLDを見せてもらいました。この時に、オペラの基本的なレパートリーの鑑賞を終えた私でした(ほぼテノールものに偏っていましたが:笑)。

 生のコンサートやオペラにも連れて行ってもらえたし、本当にあれこれ良くしていただきました。ほんと、彼女には感謝の言葉しかありません。合掌。

 カラスとドミンゴを中心にオペラの世界を学ぶと、やがてカラスの時代におけるドミンゴのようなスターテノールの存在にぶち当たるわけです。それがマリオ・デル・モナコだったのです。

 私が最初に買ったオペラの全曲盤が、実はモナコの「道化師」だったのです。

 実は、モナコを始めて聞いた時に思った事は、不遜ながら「同じだ!」って事です。不遜と言うよりも、不謹慎と言うべきか、身の程知らずと言うべきかも(笑)。とにかく“同じ”だと思ったのですよ。

 何が同じなのかと言うと“声”が私と同じだと思ったのです。もちろん、モナコと私では、声そのものは“月とスッポン”ほどの違いはあるけれど、声の方向と言うか、ジャンルが一緒だと、一瞬でピーンと理解したのです。

 私が若い時って、日本の流行歌って、特に男性の歌って、キーが低かったんですよ。歌っている歌手もバリトン~バスぐらいの声域の人が多かったと思います。だから、私には当時の流行歌って、歌いづらくてね…。当時の流行歌には、私の気を引くような歌もあまりなかった事もありますが、洋楽の方が男性歌手のキーが高くて(洋楽の男性歌手は、たいていテノール音域です)無意識に親しみを感じていたのかもしれません。

 そんな素地があったので、モナコを聞いてピーンと来て「ああ、私はテノールという人種だったのか(納得)」となったわけです。

 で「テノールなら歌える!」と根拠もなく思い立って、まだ若かった事もあって、それをさっそく実行にうつし、新設されたばかりの某市民合唱団の扉を叩いたわけです。

 「なぜモナコを聞いて合唱を?」と思うかもしれませんが、私の音楽趣味の入り口はカーペンターズでありアバであったわけで、当時はまだ、オペラの朗々とした独唱よりも、美しいハーモニーの方が好物だったからです。それに習い事を、学生時代の部活の延長のようなものと思っていたからと言うのもあります。ですから、合唱部に入部するような感覚で、市民合唱団に入団したわけです。

 ちなみに、今でもハーモニーは大好きですよ。自分がハーモニー向きの声で無いだけで、ハーモニーは大好物です。合唱は、特に上手な合唱は大好きなんですよ。

 というわけで、オペラに目覚めて、なぜか合唱を始めてしまった、若き日の私でございました。

P.S. この頃、職場の若い連中でバンド活動みたいな事をやりました。私はギターを…と言いたい所だけれど、ギターは先輩たちに取られてしまったので、エレキベースを弾きました。おかげさまで簡単なベースプレイなら出来るようになりました。感謝ですね。

 で、当時どんな曲をやったのかと言うと…これです。

 ハウンドドッグの「フォルテッシモ」ですね。ちなみにこの曲は、ヴォーカルの方の趣味で選曲されました…ってか、私はまだ職場でもバンドでもペーペーだったので、与えられた曲をただただ演奏していただけです。私の趣味なら…まず選ばない(笑)。だって私、こういう不良っぽい感じって苦手なんだよ。でも、さんざん練習で、ヴォーカルがいない時は代理で歌っていたので、今でも歌えたりします(笑)。もっとも私が歌うと、もっと端正な歌になるけれどね。

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2017年1月 7日 (土)

すとん前史 その4

 さて、ここまでクラシック音楽の話が出てこないじゃん! と思っていた皆さん。いよいよですよ(笑)。

 大学に進学した私は、今までの貧乏学生から突然のリッチマンになりました。

 私の親は学費を支払ってくれない人だったし、高校無償化なんて夢のまた夢って時代でした。ウチの親は「中学までが義務教育だから中卒で就職が当たり前。高校なんて贅沢」という考えの人でした。

 私の場合は、中学の担任が私の親を説得してくれたので、高校へ進学することができました。なにしろ、私、学年でもトップクラスの成績だったからね。高校へ行かないなんて、当時はすでに親の考えと世間の常識は違っていて、中学卒業したら゛ほぼ高校全入時代でしたから、私のような優等生か中卒で就職なんて、ありえない話だったわけです。

 中学からの申し送りがあったのでしょうか? 高校時代は、当時の担任の先生のお気遣いで、3つほどの奨学金を手にしていたので、学費&修学旅行費&大学初年度納入金などは、奨学金でなんとかなりました。それはとても感謝しています。

 高校時代も常に成績優秀者だったので、大学進学の際は、もう親は文句を言わなくなりました。で、文句は言わなかったけれど、例によって、カネは出さなかったわけです。

 奨学金で高校を卒業した私は、大学生になって、再び奨学金を手にする事を躊躇したわけです。だって、ほら、奨学金って返済しないといけないでしょ? 奨学金って、名前はカッコいいけれど、要は借金なわけで、若い時分で借金を背負うなんてイヤじゃない?

 幸い、高校時代の奨学金は、2つは返済不要の奨学金だったし、もう一つは返済免除になったので返さずに済んだけれど、大学生になって改めて奨学金を貰って、これを返済するのは「…ああああああ~嫌だあ~」と思ったわけです。カネに苦労していましたので、借金なんてイヤでイヤでたまらなかったのです。

 そこで大学時代は、奨学金に頼らずに、一生懸命アルバイトをしてカネを稼ぐ事にしたのでした。

 頑張ったよ、アルバイト。やったのは、ライター(もちろん無署名での執筆または代筆:守秘義務有り)と家庭教師と塾講師ね。毎月の手取りは30~40万円ほどで、当時の新卒サラリーマンよりも良い収入でした。おまけに学費の方はほぼ免除になった(ウチの大学は各期ごとに成績優秀者を学費免除にしてくれるシステムがあったのですよん)ので、突然私はリッチマンになっちゃったわけです。

 バンドは…なんとなく組まなかったのです。大学のサークルは、手話サークルとボランティアサークルに入り、バイトも忙しかったし、大学院の先輩の助手のような事も始めたし、大学のゼミにも1年生の後期から入って真面目に勉強していたので、ほんと、バンド活動どころではなかったのです。

 バンドはしなかったけれど、小遣いに困らなくなった私は、洋楽に本格的にハマり、カーペンターズやアバやビートルズ以外の洋楽も聞くようになり、気に入ればバンバンLPレコード(笑)を購入していました。例えば、ビリー・ジョエルとか、プリンスとか、マイケル・ジャクソンとか。あまり通っぽいバンドではなく、王道な人気者に行っちゃうのが私らしいんだけれど…ね。

 高校まではギターしか弾けなかった私だけれど、大学に入って、ピアノの授業を選択したので、バイエルをやりました。キーボードに親しめるようになると音楽の幅が広がります。

 で、そんな時に出会ったのがY君でした。彼は他校の学生でしたが、ボランティサークルの大学連合みたいなところで出会いました。二人ともその連合の幹部だったので、あれこれ顔を合わせて話をしているうちに、気が合う事が分かり、友情を深めていくうちに、私は彼に感化されるようになりました。

 何に感化されたのか? そりゃあクラシック音楽ですよ。なにしろ、彼はガチガチのクラヲタだったからです。

 私、ここまでクラシック音楽に関して興味がなかったわけではありませんでした。中学生~高校生時代だって、なけなしの小遣いをはたいて、廉価版のクラシックレコードを数枚買ってました。例えば、ワルター指揮の運命とか、ヘブラーが弾いているモーツァルトのピアノソナタとかね。でも、導き手がいなくて、漫然と聞き流すだけでは、クラシック音楽を楽しむポイントも分からず、当時は「クラシックをもっと楽しみたいのになあ…」という気持ちだけが空回りをしていたのです。

 そこへY君の登場でした。彼は良いクラシック音楽の伝道者だったと思います。我々は他校の学生同士と言うこともあって、会うのはせいぜい月に1回あれば良いくらいの関係でしたが、彼はその度に私に対して、クラシック音楽に関するレクチャーをし、宿題を出してくれました。私は実に良い生徒だったと思います。私のクラシック音楽に関する基礎教養は、この時にY君という師匠によって身に付けたものでした。

 もっとも、Y君自身はクラヲタと言っても、いわゆる“交響曲馬鹿”でした。私にも交響曲の素晴らしさをあれこれ教えてくれたし、宿題もたくさん出してくれました。最初の頃は「ベートーヴェンの交響曲を全部聴いてこい」ぐらいだったのですが、やがて「モーツァルトの後期6大交響曲を全部聴いて感想を言え」とか「ブルックナーの交響曲(馬鹿みたいに長いのが9曲もあるんだよ)を全部聴いてブルックナーの素晴らしさを言え」とかの難題に変わりました。まあモーツァルトの交響曲は“リズムも軽快で素晴らしい作品だなあ”と思いましたが、ブルックナーは“ワンパターンだし退屈で仕方なかったよ”と答えた覚えがあります。ちなみに、未だにブルックナーは退屈さを感じる私です(へへへ)。

 Y君に導かれて知った曲の中で、感動してしまったのが、これです。

 いわゆる「パッヘルベルのカノン」という、通俗名曲ですが、この曲の、ミュンヒンガーによる弦楽合奏版の演奏です。たぶん、この演奏に感動したから、私、クラシック音楽に深くハマってしまったんだと思います。で、演奏があまりに気に入ってしまい、他の団体による演奏(だいたい原典版)では物足りなくなってしまいました。「ああ、クラシック音楽って、演奏家によって、こんなにも違うんだ」と肌で感じたのでした。

 あと、Y君に教えてもらった演奏家で感動したのが、ピアニストのサムソン・フランソワでした。このピアニストは、かなり恣意的な演奏をし、演奏もどこか危なげという事で、ピアノを本格的にやっている人たちからは評価の分かれる演奏家なのだそうですが、Y君に「これ、いいよ。絶対に感動するよ」と言われて聴いたわけですが、ほんと、私のハートに直撃でしたね。

 彼よりも上手くて正確なピアニストって、たぶん掃いて捨てるほどいるだろうし、それにだいたい彼は昔の演奏家なので、残っている録音も音が悪いのだけれど、それでも私は好きなんですよ。

 こうして、Y君の英才教育によって、ポピュラー音楽一辺倒だった私も、いっぱしのクラヲタに育ちました…が、残念な事にY君の教育には偏りがあったのでした。実は彼自身が、器楽偏愛主義者であって、交響楽至高主義者だったので、声楽やオペラは全くの守備範囲外だったのです。

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2017年1月 6日 (金)

すとん前史 その3

 高校に入学しました。実は私、音楽関係の部活に入りたかったのですよ。

 私が進学した学校には、吹奏楽部や合唱部があるのは当然で、さらに軽音楽部もあれば、アメリカ民謡部(簡単な話、カントリー&ウエスタンを歌う部活)もあり、中学時代にフォークをやっていた事もあって、アメ民に入りたかった私ですが、親の命令で運動部以外に入れなかったので、私は柔道部に入りました。高校にはバスケットボール部も当然ありましたし、私はバスケなら経験者だったけれど、靴がなければ試合には出れませんからね(残念!)。そこへいくと、柔道部は柔道着があればOKだし、柔道着は学校に入学した時に全員が買わないといけない事になっていた(ウチの学校は柔道が必修だったのです)ので、さすがに我が親も私に柔道着を購入してくれたので、必需品問題は解決でした。

 あと柔道をやって腕っぷしをあげれば、親父に殴られないで済むかな…という打算もありました。なにしろ、私、毎日のように親父に殴られながら生活していたわけで、さすがに高校生にもてって、親に殴られながら生きていくのも、もう懲り懲りだと思うようになっていたからです。

 実際、私が柔道を始めても、しばらくは殴ってきましたが、私が柔道の試合で勝つようになって、賞状やらトロフィーやらを持って帰ってくるようになると、自然と親父は私には手を出さなくなりました。私の思惑通りだったわけで、柔道を始めてよかったなあと思いました。

 結局、武力なんだよね。私はいくら殴られても、親に対して暴力的な事はせず、専守防衛(笑)に徹していたわけだけれど、専守防衛だけでは我が身を守りきれないわけです。小さな怪我はしょっちゅうだったし、たまには大きな怪我だってしていたわけで、武力を保持する事で、やっと暴力行為とか威嚇行為から無縁の生活にたどり着けたわけです。

 現憲法、とりわけ9条はダメだよね。専守防衛だけでは国は守りきれないと思うよ。やはりきちんと武装して、行使するのは論外だけれど、いつでもイケるぜという姿勢を見せなければ、我々日本人が安心して暮らせる日々はやってこない…と、私は経験上思うわけです。現実はキレイゴトじゃ済まないからね。あと、スパイ防止法も作んなきゃだめだし、売国禁止法も必要だよね。北朝鮮に拉致された人々がお元気なうちに、さっさとやらないとダメだと思うんだよね。

 さて閑話休題。高校の友人たちも、やっぱり音楽が好きな連中ばかりでした。高校に入ると、クラスメイトのT君の影響で(遅ればせながら)ビートルズを知り、あっという間にビートルズに夢中になりました。T君の影響で、フォークギターは投げ捨てて、エレキギターを始めました。安物のおもちゃみたいな奴だったけれど、頑張ってエレキギターを買いました。アンプは余裕が無くて買えなかったので、T君の使っていないアンプを借りました(ちなみに、このアンプはまだ我が家にあります。返したいのだけれど…T君と連絡取れません:涙)。エフェクターは…当然ですが、お金がないので買えませんでした。なので、ギターとアンプを直結して弾いていました。

 T君は音楽好きでギターも弾くけれど、バンド志向ではなかったので、バンドは別の友人たちと組みました。最初に組んだバンドはビートルズを演奏するバンドで、コピーバンド…と言いたいところだけれど、それは違っていて、ビートルズの曲を自分たちの精一杯の演奏力で演奏する…というタイプの、コピーをやりたいバンドって感じでした。だから、誰が誰の役をやる…とかいう決まりはなくて、私はサイドギター&コーラスを担当していました。そのバンドは、ヴォーカル、リードギター、サイドギター&コーラス(これが私)、キーボード&コーラス、ドラムスという5人編成でした。例によって、ベースギターはいなかったんだな(ビートルズやっているのにね:笑)。ベース音はキーボードが左手で演奏してました。

 で、そのバンドは一年くらいで何となく解散して、私はキーボードのM君(もちろん中学時代のギターのM君とは別人)と二人で、他校の音楽好きな連中と組んで、今度はゴスペルバンドをやりました。私はそこでもギター&コーラス。で、たまにヴォーカルをやるって感じでした。他のメンバーはキーボード(二人)、ヴォーカル&ドラムスで、このバンドにもベースはいませんでした。なので、M君の左手がベース音を担当していました。

 で、ゴスペル…と言うと、大迫力で歌う音楽を連想しがちだけれど、私たちがやっていたのは、ゴスペルはゴスペルでも、ゴスペルフォークというジャンルの音楽で…つまり、ざっくり言っちゃえば、今風の讃美歌で、こんな感じの音楽でした。

 こんな感じの音楽をやっていた(とは言え、この音源よりも、もっとロック寄りのアレンジで演奏してました)ので、当然、練習場には困りませんでしたし、演奏場所にも困りませんでした。ゴスペルをやっているという事で、練習は近所のキリスト教会でさせてもらえたし、近隣を含めてキリスト教会からのオファーがちょくちょくあったので、あっちこっち出かけては演奏させてもらいました。この時期にライブをうんと経験できた事は人生の宝となりました。

 楽しかったな…。このバンドはメンバーが大学に進学するまで続きました。と言うのも、それぞれ進学した大学が違っていて、進学先で新しい友人たちと新しいバンドを組み始めたからです。

P.S. この頃は、ビートルズにもハマりましたが、アバにも夢中になりました。おそらく、カーペンターズの延長線上にアバを感じたのだと思います。女性ヴォーカルさえなんとかなれば、アバのような音楽をやりたかった…のかなあ? まあ、そんな事は当時、考えもしなかったのでした。なにしろ、男子だけで遊んでいるのが楽しい時代でしたからね。

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