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  •  急に寒くなりましたね。気候の変化に体調が追いつかず、風邪をひいてしまいました。ああ、ノドが痛い(涙)。
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カテゴリー「ラ・フォル・ジュルネ」の記事

ゴールデン・ウィークになると見に行く音楽祭の話です

2018年5月22日 (火)

LFJ2018 その12 結局、歌は筋力なんですよ

 さて、声楽のマスタークラスのさらに続きです。

 ここで先生は面白い事をし始めました。それは何かと言うと…鉛筆をくわえたまま歌う…という練習方法の紹介です。本当に鉛筆(ペンでもなんでも細長い棒なら可)をくわえます。くわえ方は…サザエさんのマンガでネコがお魚をくわえる、あのくわえ方です(って、分かる?)。両方の犬歯のあたりで鉛筆をかみます。で、そのまま歌う練習をするのです。

 これは上アゴを上げっぱなしにするための練習なんだそうです。で、上アゴが上がりっぱなしになると、自動的にノドが下がるんだそうです(結局、目的はノドを下げる事のようです)。

 私的には、鉛筆をくわえてしまうと、クチが横開きになってしまうので、ちょっと無理かな?って気がします。クチを縦開きにしつつ鉛筆をくわえるには、かなり前方で鉛筆をくわえないといけないので、そんなクチの先端で鉛筆をくわえると…“鉛筆をくわえる”ではなく“鉛筆をかじる”って感じになります。なので、ちょっと無理かも。たぶん、私はクチビル周辺が小さいのかもしれません…。つまり、おちょぼ口なのかもなあ…。

 歌手は自分の声を内耳で聞いているので、自分の声や響きが分からないし、録音しても響きは録音されないから、結局自分では自分の声は分からないのです。とりわけ、響きに関しては、他人の耳を信用するしかないわけで、そこが歌を学ぶのに、独学が適さない理由であり、歌を学ぼうと思ったら、ちゃんとした先生について学ばないといけないのです。

 でも、良い先生の元で学べたとしても、先生のいない場所や時間の自習は大切なわけで、その時間を有効に使うためにも、自分の声を外耳でも聞けるようになると、本当はいいんでしょうね。そのためには、反響の良い部屋で、声と反響音に多少の時間差がある場所で練習できればいいのでしょうが、そんな練習環境のある人って…まずいないよね。

 歌う時に「さあ、歌うぞ」って感じで身構える人が大勢いるけれど、そんな事は決してしてはいけないのだそうです。と言うのも、身構えるって事は、カラダを硬くしてしまうだけであって、歌う時は、カラダを柔らかくしておかないといけないので、決して身構えてはいけないのです。フワっと歌い始めるのがベストなんだそうです。

 高音を歌う時は、狙って出そうとしたら、まず出ないのだそうです。と言うのも、狙うという行為も身構える行為の一種であって、狙った瞬間にカラダが硬くなってしまうからダメなんだそうです。高音を歌う時は“Wow!”ってイメージで出すんだそうです(ほとんどオカルトですね)。

 装飾音符は見せびらかしのために歌うんだと自覚し、しっかりたっぷり見せびらかして歌わないといけないのです。ピンポンダッシュのように、チャチャってやり過ごすのは絶対にダメなんだそうです。

 歌手は顔が命です。その人の顔色をうかがうだけで、その人が高音を出せるかどうか分かるんだそうです。真面目くさった真剣な顔つきの人は絶対に高音を出せません。高音は、キラキラの笑顔からでないと出ないんだそうです。

 で、歌で一番大切なのは、息であって、その息をしっかり鼻腔まで届かせ続ける事ができないと歌は歌えないのです。そのために、筋トレが大切なんだそうです。で、先生自身もスキマ時間に筋トレをし続けているんだそうです。なにしろ、ゴム製のエキスパンダーを常にカバンに持ち運んで、発声練習の度毎に筋トレしているんだそうです。

 このエキスパンダーを縦に持って、声帯を引っ張る感覚と連動させながら筋トレしているそうです。ちなみに、妻はさっそくその気になって、このマスタークラスの翌日に、近所のスーパーでゴムのエキスパンダーを買い込んでいました。

 舌根がかたくなる人は、基本的に支えが弱いのだそうです。支えが弱いからと言って、横隔膜を硬くしてはダメで、支えが弱い人は、ひたすらインナーマッスルを鍛えないといけないのです。

 とまあ、声楽のマスタークラスはこんな感じでした。他にも「いい男を見つけた時の顔で歌う」ってのも何度も言ってましたが、私には理解できないので、うまく書けなかったし、その他にも色々たくさんの事をおっしゃっていましたが、私が理解できなかった事は書けていません。残念です。それでも、声楽のマスタークラスで、私は多くの事を学べました。あとは、学んだことをいかに実践できるか…ですね。

 あと、マスタークラスの客層的には、ソロで歌っている人よりも、合唱で歌っている人の方が多い感じでしたが…天羽先生の教えは、その多くは、あくまでもソリスト向けの話ばかりで、これをそのまま合唱でやったら、たぶん、合唱をぶち壊してしまうような気がします。だって「いかに声を飛ばすか、いかに大きな声を出すか、いかに高い音を出すか」って内容のレッスンだったからね。高い音はともかく、合唱で声を飛ばしたり、大声だしたら…怒られちゃうよね。

 LFJのマスタークラスって、音楽ファンとかアマチュア音楽家を対象にしているわけで、結局、そういうアマチュアさんの中には、歌を志す人は少ない上に、かろうじている歌う人も、そのほとんどが合唱なわけで、そういう中で声楽のマスタークラスをやるってのは、運営側の英断であって、私はそれを支持しますが、来年も(先生は変わっていいので)声楽のマスタークラスをやってくれないかな…なんて期待していたりします。

 声楽のマスタークラスも良いけれど、合唱、あるいは声楽アンサンブルのマスタークラスをやると、たぶん、大入り満員になるんじゃないかしら…って、ちょこっと妄想しました。

 さて、これで私の今年のLFJは終わりです。声楽のマスタークラスに大満足で、帰りはすごくいい気分になったので、銀座に出て、牛タン食べました。贅沢だね(笑)。

 どんどん規模が縮小していくLFJですが、来年はあるのかな? 私的には、なんだかんだ言っても、今年も楽しめたので、来年も期待しているんだけれど…さあ、どうなんだろうなあ。

 継続希望! LFJ!

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2018年5月20日 (日)

LFJ2018 その11 歌は楽に歌わないといけない

 声楽マスタークラスの続きです。

 声の響きは鼻腔で作るものです。だから、息は前に出さずに鼻腔に届かせます。あくまでも“届かせる”のであって“入れて”はいけないのです。なぜなら、声を鼻腔に入れてしまうと鼻声になってしまうからです。じゃあ“届かせる”というのは、どういう感覚なのかと言えば、鼻の頭に付いているホコリをフッと吹き飛ばすような感覚で、息を鼻まで届かせるって感覚なんだそうです。

 クレッシェンドは、単に音が大きくなるだけでなく、アッチェレランドも一緒にかけていくのが、ベルクのやり方なんだそうです。つまり、音楽記号って、作曲家ごとに、癖のある使い方をするケースもあり、そういう作曲家の作品を演奏する時は注意しないといけないって事です。

 息は積極的に使っていきましょう。息の使い方が分かりづらければ、それを可視化すると良いのです。例えば、腕を平泳ぎのように動かして、息と腕の動きを連動させて歌うと、息の使い方がうまく可視化できるわけです。で、その可視化された息を意識化させるわけです。

 目は常に見開いて、鼻も常に開いて歌うのです。また息は、勢いよく出すのではなく、常に温かい息として吐くように心がけます。

 二重母音の発音に関しては、後の母音は曖昧母音で全然OKな代わりに、音程的には前の母音よりも高めに歌うのがコツなんだそうです。

 ポジションが下がりやすい人は息が弱い事が多いので、常にポジション高く歌うためには、息をいつでも鼻腔まで届かせるように、勢いよく(ただし温かい息で)出していく事が肝心です。

 結局、ベルクの「夜」に関しては、曲の解釈や歌い方ではなく、終始、発声発音のレッスンとなりました。で、残り時間がだいぶ少なくなってきたので、ここでコルンゴルトに曲を変え、生徒さんが一度通して歌いました。

 歌い終わって、開口一発、先生が興味深い事を言いました。それは「ペットボトルを慈しむように歌ってください」です。分かります? 実際に先生が、ペットボトルを手に持ち、それを慈しむような動作をしながら歌った時に、私は天羽先生の真意が分かりました。これって、Y先生が常々「歌は粘っこく、粘るように歌う」と言っているのと同義だなと思ったわけです。

 どうも、このマスタークラスで天羽先生がおっしゃっている事と、私が普段のレッスンでY先生から言われている事は、その表現方法は違っていても、その内容はほぼ一緒だと思いました。そして、私とマスタークラスの生徒さんでは、全然歌のレベルは違いますが、それでも注意されることは一緒って事は、それだけ歌の発声ってのは、難しくて、同じことを毎度毎度注意されながら、一歩ずつ前進していく事なんだなって思いました。

 母音の話がありました。ア母音を歌う時はオを、イ母音を歌う時はウを、エ母音を歌う時はアを、それぞれ感じながら歌わないといけないのだそうです。特に音程が上がっていく事は、これが大切で、そうしないと、声が前に飛び出してしまうのだそうです、桑原桑原…。

 上行跳躍音型では、準備は早めにしないといけません。で、その準備とは、クチから突っ込んだ腕が腹の中にまで届くほどに、そこまでカラダ全部を開けっ放しにした上で、事前に息を鼻腔まで届かせておく事です(あくまでも比喩表現です)。それくらいに、あっちこっち開けておき、腹圧を高めて、鼻の頭のホコリを吹き飛ばすくらいやって、準備完了ってわけです。こりゃあ大変だ。

 息は声が音程に届いたからと言って、そこで止めず、常に流し続けます。その流し方も、ただ単に流すのではなく、息を回しながら流していきます。その回す回転速度は、一拍で一回転ぐらいのようです。大切なのは、息のヴァイブレーションなんだそうです。(分かります?)

 で、なぜここまで何度も何度も“開ける”という事を言っているのか…それは、カラダに負担をかけないためなんだそうです。別にカラダが閉じていても、声は出ないわけではありません。ただ、閉じたカラダから声を出すには、かなりの負担をカラダにかけていかないといけないわけで、それでは歌っていてシンドイし、聞いているお客さんもシンドイし、何よりも長い時間歌い続けられません。だから、楽に歌うために、カラダは開けっ放しにし、息は送りっぱなしにして歌うのだそうです。

 さて、今回も長くなってきたので、ここらでお終いにします、続きはまた明日。

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2018年5月18日 (金)

LFJ2018 その10 (おそらく)LFJ初の声楽のマスタークラス聴講してきました

 バリトン氏のコンサートの後は、標題通り、声楽のマスタークラスを聴講してきました。

 それにしても、声楽って…人気ないなあ。マスタークラスは整理券方式で、開講の90分前から整理券を配布し、大抵の場合、その整理券はすぐに無くなり、もらえなかった人は、キャンセル待ち(整理券は会場5分前で効力を失います)の列を作って並ぶ…というのが、最近のマスタークラスの常套です。

 実は私たち、整理券配布の時間は、バリトン氏のコンサート開始時刻と重なってしまい、整理券をもらうことを諦めていたのです。で、バリトン氏のコンサートが終わってからでは、すぐに開講時間になってしまうので、キャンセル待ちにしても、かなり後ろの列になってしまい…おそらく会場に入る事はできないだろうけれど、まあダメ元で列に並んでみよう…と思って、コンサートが終わってから、ぼつぼつとマスタークラスの会場に向かったのです。

 そうしたら、会場には人があまりいないんですよ。列はありましたが、短いのが1列? 普通は、会場入りを待っている整理券を持っている人の列(座席は自由なので、良い席をゲットするために並ぶんです)と、キャンセル待ちの列の2列があるんですが、ふと見たら、列は1列しかないんですよ。

 あれあれ? もしかしたら…と思って受付に行ったら、まだ整理券が残っていました。はい、もちろん、整理券をいただきました。開講まで、そんなに時間もなかったので、そのまま入場の列に並んだのですが、思いっきり前の方でした。開場して座席をゲットしたら、前方中央部の良い席が確保できました。ううむ、ラッキー…だよね。

声楽マスタークラス

 ソプラノ:天羽明恵

 生徒の方は…大学院生じゃないかな? 用意していた曲目は、コルンゴルトのオペラ「死の都」のアリア「私に残された幸せ(マリエッタの唄)」と、ベルグの「7つの初期の歌曲」から「夜」と「夜のうぐいす」の3曲でした…が、結局歌ったのは、ベルグの「夜」とコルンゴルトの2曲だけでしたが…。

 ちなみに「夜のうぐいす」の“うぐいす”はナイチンゲールの事らしいです。そりゃあそうだ、うぐいすって日本にしかいない鳥って事で有名だからね。それにしても、うぐいすとナイチンゲールは全然違う鳥だし、鳴き声も全然違うのに、ナイチンゲールをうぐいすと訳してしまった先人の方は…ちょっと乱暴だよなあって思います。

 では、レッスンの内容に入ります。生徒さんはまず、ベルグの「夜」を歌いました。歌い終えたところで、先生は楽譜を閉じさせて質問します。この曲は、何拍子の曲で、何調で書かれていますか?と。

 なぜそういう質問をしたのかと、先生から解説が入りました。歌手の中には、自分の歌うメロディーと歌詞しか見ない人がいるけれど、それではダメで、少なくとも、この歌は何拍子で何調なのかぐらいは意識して歌って欲しいから…だそうです。確かに、この質問、私がされたら、まず答えられない(汗)。

 次に歌詞に関する質問をしていました。どんな内容の歌詞なのか、どこで歌われているのか、どんな情景なのか、季節はいつで、時刻は何時頃なのか? 最後は歌詞の逐語訳を求めていました。歌う前に歌詞の内容をしっかり把握しておけって事で、これは私もダメだなあ。

 さて、いよいよ歌の注意に入りました。

 まず歌い出しは大切だから、そこは気をつけて歌うようにと言っていました。これは単純に、フレーズの出だしを大切に歌えという話だけではなく、ドイツ語やイタリア語では、最初の語を言った途端に、文章全体が決まってしまうので、文章の最後まで見通してから歌いださないといけないのだそうです。ちなみに日本語は、言い終わるまで文章は決まらないという言語で、話しながらいくらでも結末を変更できるという、超フレキシブルな言語なんだけれど、そういう柔軟性は西欧の言葉にはないわけで、だから歌い出す前に、しっかりと結論を見据えて歌わないといけないんだそうです。言われてみれば、その通りかもしれません。

 歌はレガートで歌うこと。これは私が毎回Y先生に注意される事と一緒です。天羽先生は、これを「歌を草書体で歌う」という言い方をします。子音を入れる度に母音がブツブツ切れるのではなく、すべてが一筆書きのようにつながった草書体のイメージで歌うのだそうです。具体的には、息を切ることなく、息をつなげて歌うわけです。もちろん、草書体では字に大小があるように、歌の中ではそれぞれの音に強弱を付けていくわけですが、それでも息は切らない…これがレガートだと言うわけです。なるほどね。

 子音をたっぷり時間をかけて歌う事、子音を楽しんで歌うとも言ってました。その際、これはソプラノ特有のやり方なんだそうだけれど、子音を前に出すのではなく、上に流すようにして発音すると結果が良いのだそうです。

 また子音の音程は、母音よりも高くしておく事と注意されていました。これが逆に、子音の音程の方が母音の音程よりも低いと、音程が合っていても、何だからぶら下がった感じの音に聞こえるので、常に子音は高めの音程で歌うわけです。子音の音程が大切だとは、私もY先生に毎回のように注意されています。

 “りんご ごりら らっぱ” 常にフレーズの開始音は、直前に歌い終えたフレーズの声で始める事。そうでないと、レガートにはならないわけです。フレーズごとに声を変えて歌ってはいけないわけです。つまり、最終的には1曲まるまる同じ声で歌うわけです。生徒さんは言われてすぐにできるようになりましたが、我々アマチュアだと、これは難しいかもね。特に音域で声が違う人って、結構いるものね。私の場合、低い音域だと声が胸に落ちてしまうし、高い音域だと、ノドの奥が閉じてしまいます。で、Y先生に注意されるわけです。だって、これって音程を優先して、声を二の次にしてしまうため、声が変わってしまうからダメなんだよね。そこまで極端に変わらなくても、普通の高さの音でも、ちょっとした意識の違いで声が変わってしまう事って、結構あります。常に、同じ声をキープしたまま歌えるようにしないといけません。

 横隔膜の使い方にも言及していました。天羽先生のやり方は、横隔膜は常に下向けに張っていたいそうです。そうする事で、ノドが常に下がった状態をキープできるんだそうです。ちなみに、横隔膜の使い方に関しては、天羽先生とY先生が教えてくださるやり方は、ちょっと違っています。Y先生は「テノール特有の使い方だよ」と言って教えてくださっているのは、最初は天羽先生と同じなんだけれど、それだけでは不足で、横隔膜の中央部に関しては、上に引っ張り上げるのです。横隔膜は最初は下に、しかし中央部だけは上に、やがて全部を上に思いっきり引っ張りあげる…というのをやっています。

 声楽のマスタークラスはまだまだ続きますが、記事が長くなってきたので、今回はここまで。続きはまた明日。

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2018年5月17日 (木)

LFJ2018 その9 実はシナトラの曲が一番うれしかったします

 さて、LFJ最終日に、私は再び丸の内のLFJに行くことにしました。とは言え、GWは日々忙しいので、丸の内に直行するのではなく、メトのライブビューイングを地元の映画館で見てから、丸の内に行くことにしました。メトで見たのは「コジ・ファン・トゥッテ」でした。すでに記事に書きましたので、興味ある人はご覧ください。

 で、メトが終わったら、すでに2時過ぎでした。で、駅の立ち食いそば屋で昼飯(わさび菜とごぼうのかき揚げそば)を食べ、電車に乗って東京駅に行き、徒歩で丸の内の新丸ビルに着いたら、もう夕方(笑)。すでに夕日がギラついていたんだよね、もう今日は終わりって感じなんだよ、私はこれからなのに…笑っちゃうね。

ピアノ二重奏

 ピアノ:井村 理子,コウ 芽里沙

 1)サン=サーンス作曲:「動物たちの謝肉祭」(4手ピアノ版)
 2)サティ作曲:「ジュ・テ・ヴ」(アンコール)

 場所は、新丸ビルの3階アトリウムでした。LFJのコンサート会場って、東京国際フォーラムは(キオスク会場を除き)まずまずなんですが、その周辺で行われている無料コンサート会場は、実に千差万別で、落ち着いた良い響きの会場もあるし、戸外だけれど良い雰囲気の会場もある一方、騒音だらけの会場だったり、とても音楽を聞くような雰囲気ではない会場もいくつかあります。私の場合、たとえ無料コンサートであっても、良い会場で良い音楽が聞きたいので、なるべく良い会場でのコンサートを選んで聞いているつもりです。

 新丸ビルの3階アトリウム…以前は、もう少し静かで、良い響きのある会場だったような気がしたんだけれどなあ…。買い物客の騒音と、店内放送が賑やかで困りました…私が立っていた位置が悪かったのかもしれないけれど、ちょっと残念な会場になっていました。ほんと、残念。

 なので、曲紹介などはピアニストさんがマイクで話してくださったのだけれど、外の騒音の方がうるさくて、ほとんど聞けませんでした。これも残念。

 肝心の演奏の方は…さすがに良かったです。多少、周囲がうるさくて聞きづらい部分はあったけれど、まあ、聞こえない部分は脳内で補って(笑)、良い感じに楽しめました。それにしても、4手ピアノってのは、音数が多くて、にぎやかでいいね。ただ、原曲の室内楽版と較べると、音色が単調にならざるをえないので、その点でも脳内での補いが必要だったりします。

 演奏していたのは、ミニグランドピアノで、本当にミニサイズのグランドピアノでした。会場が賑やかなのに、ミニなピアノで音量が少なめだったのが残念です。おまけに、アートピアノって催し物で使っているピアノなので、サイケなペイントが施された上に、キラキラやフワフワでデコレートされていて、正直、とてもダサかったです(笑)。おもちゃ屋で売っている出来損ないのトイピアノみたいで、なんとも残念です。

 こういうグチャグチャな模様って、景気が悪くて、世の中が閉塞的な時に受けるんだけれど、今はそこまで景気が悪くないし、むしろ少しずつ少しずつ立ち直っている最中なんだし、そういう意味では時代と合ってないアートだよなあって思いました。今どきの女子高生だって、ここまでデコデコにはしないよね。

 で、新丸ビルから東京国際フォーラムまで、地下道を通って行きました。やっぱり夕日は染みるんだよね。

バリトンコンサート

 バリトン:エドウィン・グローリー=マーサ
 ピアノ:ヨアン・エロー

 1)アイスラー作曲:「ハリウッド・ソング・ブック」より

 「冬の旅」があんまり素晴らし過ぎたので、また聞きに行っちゃいました。

 今回はシューベルトほど歌いこんでいないと見えて、バリトン氏は楽譜をガン見で歌っていましたが、そんな事は気にならないほどに、素晴らしいコンサートでした。

 美しい声で歌われるならば、曲目なんて関係ないです。有名な曲であれ、無名な曲であれ、その声を味わえるならば、なんでも良いのです。私はアイスラーの歌曲なんて、全く知りませんが、シューベルト同様にたっぷり楽しんでしまいました。

 アイスラーの歌曲は、二十世紀の曲と言うこともあって、和声的には難しく、メロディーも決して美しくないです。しかし、だからと言って、決して歌いづらいわけではなさそうで、芝居のセリフにメロディーが乗りました程度の歌が多いです(つまり、全曲、レチタティーヴォっぽい感じでした)。

 おそらく、歌詞のドイツ語に寄り添ってメロディーを書きました…って感じなんでしょうね。ドイツ語話者には歌いやすいのかな…って思いました。バリトン氏はフランス人なんだけれど、音楽教育をドイツで受け、卒業したのも、ベルリンのアイスラー音楽院だそうだから、アイスラーの音楽は、きっと十八番なんだろうなあ。

 2)アイスラー作曲:(英語で“カリフォルニア・ウィンター”って言ってましたが、本当の曲名は何でしょうね!)
 3)「ストレンジャー・イン・ザ・ナイト」

 以上はアンコールで歌いました。2)の方は、歌い忘れてしまったので、アンコールで歌いますって感じでした。

 3)は、フランク・シナトラのヒット曲です。いいね、いいね。シナトラも美声歌手だけれど、バリトン氏はさらに美声ですから、もうしびれちゃいます。うへー。

 続きは、また明日。

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2018年5月15日 (火)

LFJ2018 その8 有料コンサート2つ

 さて、池袋で見たのは、名ソプラノ、バーバラ・ヘンドリックスによるゴスペルコンサートでした。

バーバラ・ヘンドリックスのコンサート

 ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス
 バンドの皆さん:ピアノ1名,ギター2名

 とにかく、席に座るや否や、照明は落とされ、真っ暗な中、手元の資料も読めず、通訳も字幕も無しで、メモを取ることもできず…という状況でコンサートを楽しみました。

 まあ、薄々は分かっていましたが、もうバーバラ・ヘンドリックスはクラシックを歌わないのです。今回のコンサートも、彼女の最新アルバムのプロモーションなのでした。バーバラは、クラシック歌手を引退した後、ゴスペルシンガーになったようです。ゴスペルシンガーと言っても、日本人が想像するパワフルな合唱スタイルの音楽ではなく、むしろカントリー音楽の演奏形態に近いカタチの、最小限のバンドをバックに、一人トツトツと歌っていくというスタイルの音楽です。ちなみにバックミュージャンたちは、おそらくジャズ系の方々です。バーバラ自身もハンドマイクを使用して、普通のポピュラー歌手のように歌っていました。

 コンサート自体は、普通の素朴系ゴスペルコンサートと考えれば、悪くはなかったと思います。むしろ、普通のゴスペルシンガーと較べると、発声はキレイだし、英語の滑舌は妙にクリアで聞きやすいし、何よりも歌が上手でした。その代わり、ゴスペルにありがちな情念のようなモノは、とても薄めでした。ま、元クラシック歌手が歌うゴスペルだもの、畑違いなんだもの、そりゃあ仕方ないよね。

 一応、バーバラ的には、キング牧師によって黒人社会は新しい局面を迎えることが出来た…って事を歌いたかったようです。

 バックの人たちの演奏は、実に地味だったけれど、なかなか味わいのある演奏だと思いました。

 本音で言えば、バーバラのクラシックソングを聞きたかったのだけれど、もはやそれは無いんでしょうね。諦めましょう。それにだいたい、あんな大きなホールで生歌で歌うなんて、現役バリバリの歌手でも厳しいのに、すでにあの年齢のソプラノに、それを求めるのはわがままってことだって事も分かってます。

 まあ、リビング・レジェンドの元気なお姿を拝見出来て、幸せでした…って感じです。
 で、バーバラのコンサートが終わるやいなや、ちょっとだけボケモンGOをやって(笑)、すぐに地下鉄で有楽町に向かいました。地下鉄の中は、明らかにバーバラのコンサートを見た人たちばかりで、みんな一緒に有楽町で降りました。東京国際フォーラムに到着です。

 移動時間として90分ほど見越していたのですが、今回は食事をしなかったので、多少の時間的な余裕がありました。そこでホールEを冷やかしたのですが、今年のホールEは、例年以上にスカスカでした。いや、スッカスッカでした。協賛する企業も少なければ、ホールEにいる人たちも少なめでした。大丈夫なのかな?

 ホールEで時間を潰して、この日最後のコンサートに出掛けました。

冬の旅

 バリトン:エドウィン・グローリー=マーサ
 ピアノ:ヨアン・エロー

 1)シューベルト作曲:歌曲集「冬の旅」

 とにかくすごく良かった。ほんと良かった。

 バリトンのグローリー=マーサは、オペラも歌えるほどのスケールの大きな声の持ち主でした。おまけにイケメンだし…。ピアニストのエローも、ピアノを上手に歌わせられる凄腕の上に、グローリー=マーサとはタイプの違うイケメンさんでした。二人とも若くてイケメンで、こんなに素晴らしいミュージシャンなんです。たぶん、これから有名になるミュージシャンたち…なんだろうな。とにかく、鬼気迫る「冬の旅」でした。

 とにかく、グローリー=マーサの声の美しいこと…。深くてよく響いて美しくて…理想的なバリトンヴォイスですよ。この声を聞くだけで、もう悦楽っす。何を歌っても満足満足なのに、歌っているのがシューベルトの「冬の旅」ですよ。そりゃあもう、鳥肌モノのコンサートでした。

 会場は小さなホールでしたが、グローリー=マーサは、まるで大ホールで歌っているかのように、全身全霊で歌っていました。熱量の高い歌唱でした。私はすぐそばで見ていたので、彼が会場なりに楽して歌っているわけではない事が、すぐに分かりました。全力で歌っているのです。全力なのに、声は楽に出しています。さすが、プロ。そして、観客はその声に酔いしれてしまうわけです。

 それにしても、おそらく多くのクラヲタは「冬の旅」を中声版で聞くのが普通だろうから違和感ないだろうけれど、私は普段から「冬の旅」をテノール歌唱による原調版で聞く事が多いので、ピアノのイントロが流れた途端「低っ!」って思ってしまいました。テノール歌唱に慣れた私でも、グローリー=マーサのバリトン歌唱は渋くて良いです。「低っ!」と思ったのも、最初の数秒だけで、すぐに慣れてしまいました。

 とにかく、グローリー=マーサ、良かったです。バリトンは、美しいです。

 すっかり彼の声に酔っ払ったまま、まっすぐに帰宅しました。家に着いたら、もう日付が変わっていました。いやあ、東京は遠いなあ。もうそんな時間なので、夕食(ってか夜食だよな)は、コンビニで買ったカップ焼きそばでした。で、寝たのは夜中の3時過ぎ。でも、翌日は7時には起きて、たっぷり近場で休日を楽しんだのでした。で、LFJには、その翌日、つまり最終日にもう一度出掛けたのでした。

 それでは、続きはまた明日。

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2018年5月13日 (日)

LFJ2018 その7 パソナが終わって、池袋に移動しました

 さて、いよいよパソナでのコンサートは最後のステージとなりました。

マリンバとピアノのコンサート

 マリンバ:野木 青依
 ピアノ:下田 絵梨花

 1)ピアソラ作曲:「天使の死」

 マリンバって、いわゆる木琴ですが、現在のような完成された楽器になったのは、実は割と最近なんだそうです。ですから、マリンバのために作曲された曲って少なくて、どうしても他の楽器用に作曲されたモノをアレンジして演奏する事が多いわけですが、このピアソラに関して言うと、マリンバという楽器とは、かなり親和性が高いかな?って思いました。マリンバの音って、打撃系の音だけれど、案外渋いんだよねえ…。

 2)安倍圭子作曲:「山を渡る風の詩」

 作曲者の安倍圭子氏は、マリンバを現在のような楽器として完成させた方で、いわば、マリンバ界の開祖みたいな方なんだそうです。で、演奏された曲も、マリンバのために書かれたマリンバのための曲なのです。マリンバという楽器の良さを、これでもかと表現している事がよく分かる曲です。たぶん「マリンバって、こんな表現もできる、ちゃんとした楽器なんですよ」というショーケース的な曲なんだろうと思いました。

 ショーケース的な曲…と言っても、バカにしているわけではなく、その楽器の持つ可能性を十分に出してくれる専用の曲であって、こういうオリジナル曲が、どんな楽器にも必要なんだと思いました。アレンジものしかないんじゃ、まだまだなんだよなあって思ったわけです。

 3)ガーシュイン作曲:「パリのアメリカ人」

 この曲って、こんなに脳天気な曲だっけ?と思いました。

 マリンバの音色が(渋いけれど)明るいせいもあるわけで、楽器の音色って大切だねと思った次第です。ま、アメリカ人と言うか、ヤンキーってのは、滅法明るい人ってイメージがあるから、これはこれで良しなんだと思いました。

 と、これでパソナでのコンサートは終了です。ご苦労さまでした。

 で、私たちはパソナのビルから出て、地下に降りて、地下通路を通って(信号が無いので、速く移動できるんですね)地下鉄丸の内線の大手町駅から、一路池袋に向かいました。

 「なぜ池袋に? LFJは、有楽町の東京国際フォーラムでやっているんじゃないの?」

 確かにLFJは、有楽町と言うか、丸の内と言うか、東京国際フォーラムで例年のようにやっているのですが、今年から、地方会場(金沢とかびわ湖とか新潟とか…)でのLFJが終了してしまった代わりじゃないのかもしれませんが、東京は、丸の内だけでなく、池袋でも開催されるようになったのです。

 私は、もちろん、池袋でのLFJは行ったことがないので、試しに池袋でのコンサートも見てみようと思って、今回、パソナでのコンサートの次に池袋のコンサートを予定に入れたわけです。

 パソナから徒歩で地下鉄の駅に行き、地下鉄に乗って、駅に着いたら会場まで徒歩で行き…小一時間使っちゃいましたよ。これだけの時間があったら、エリアコンサートの一つや二つ、見れちゃうじゃん(残念)。

 池袋に着いたら、もう暗くなっていたので、夕食を食べました。ラーメンです(笑)。池袋は丸の内と違って、庶民的な繁華街ですから、夕食には困りません。価格も池袋価格なので、思いっきり庶民的だしね。ただ、街の雰囲気が(当然ですが)丸の内ほど、落ち着いていません。なんか、クラシック音楽って感じの雰囲気じゃないんだよね。

 ラーメン食べて、会場である東京芸術劇場の大ホールに行ったら、時間ギリギリ。いやあ、やばいやばい。座席に座るや否やコンサートが始まっちゃいました。パソナを出て90分じゃ、時間的な余裕なんて、ちっとも無いよ。ほんと遠いよ(涙)、東京~池袋間は…!

 というわけで、続きはまた明日。

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2018年5月12日 (土)

LFJ2018 その6 まさか「スペイン」が聞けるとは思わなかったよ

 ソプラノさんのコンサートが終わったら、再び休憩になりました。おやつとして、会場で販売していたレモンのパウンドケーキとコーヒーをいただきました。美味しかったですよ。

 先程歌ったソプラノさんには、ファンの方がたくさんいるようで、この休憩時間が、まるでファンミーティングのような状態になっていました。なので、聞かずとも色々な事が聞こえてしまいました。まあ、ブログに書きませんが、へーとか、ほぉーとか思うような会話もたくさんありました。全く知らない人同士の会話って、詳細はよく分からないのですが、分からないが故に面白いものだなあと思いました。

 休憩の後は、チェロとピアノのコンサートでした。

チェロとピアノのコンサート

 チェロ:長谷川 晶子
 ピアノ:植野 愛

 1)ブラームス作曲:「チェロとピアノのための6つの歌」より「野の寂しさ」「メロディーのように」「子守唄」「愛の歌」

 私が思うに、ブラームスってヴィジュアルで損をしているような気がします。

 彼が作るメロディーって、これらの曲に限らず、とてもメロディアスで、イケメンな旋律でしょ? ブラームスって、本当に優れたメロディーメーカーだと思うのです。

 でも、あのヴィジュアルなんですよ。毛むくじゃらのクマさんのような容姿でしょ? あの容姿を見てしまうと、彼のメロディーの良さとつながらない…と言うか、ロマンチックからは程遠い彼の容姿は、彼の音楽の良さを忘れさせてしまう…と言うか、足を引っ張る…と言うか、とにかくマイナスに作用しているような気がするんです。

 ショパン…とまでは行かなくても、せめてリストぐらいの容姿をブラームスが持っていたら、世界は大きく変わったかもしれないって、そんな気になるほど、実に耽美なメロディーの曲だったのでした。

 ちなみに、ワーグナーの場合は、容姿はともかく、その奇人っぷりが有名だったようです。となると、当時盛んに論じられていた“ブラームス対ワーグナー”ってのは“醜男対奇人”という、どちらにせよ目も当てられない究極の選択だったのかもしれないし、醜男であれ奇人であれ、作った作品さえ素晴らしければ、それで評価された良い時代であったと言えます。二人とも現代に生きていたら、容姿やら奇行やらが妨げになって、世に出られなかったかもしれませんよ。

 2)ラフマニノフ作曲:「チェロ・ソナタ」第3楽章

 やっぱりラフマニノフの書くメロディーって美しいと思いました。ほんと、美しいのです。ラフマニノフって、優秀なメロディーメーカーなんだなと思いました。器楽曲でこれだけ美しいメロディーが書けるなら、歌曲はきっと素晴らしいだろうなあと思いました。私、ラフマニノフの歌曲、あまりよく知らないのですよ。なにしろ、ロシア語歌唱だからね。言葉の壁を越えて、聞いてみたいと思いましたし、可能なら歌ってみたいかもっ…って思いました。でも、ロシア語はアルファベットすら読めないから、まあ無理だよね。日本語か、せめて英語の歌詞が付いていたら歌えるんだけどなあ…って、ちょっぴり思ってしまいました。

 3)ショパン作曲:「序奏と華麗なるポロネーズ」

 チェロの方がMCで話していたとおり、チェロもピアノも音数が多くて演奏が大変そうでした。

 私が観客の立場で音楽を聞く時は、音数とか、楽譜の黒さとかは全然気にせず、それよりも奏でられる音楽が美しいかどうか、自分の趣味と合うかどうかで判断していますが、アマチュアと言えども演奏家の立場で聞いてしまうと、奏者の演奏テクニックとか、楽譜の音の密度であるとか、フレージングの取り方、音程の正確さなどが、すごく気になります。そういう観点で見ると、ショパンって、よくもこんなに演奏したくない?曲を書くなあ…って思います。だって、どう聞いても難しいもの。ショパン自身がかなりのテクニシャンで、そのテクニックを見せつけるために曲を書いたという部分があるんだろうけれど、観客として聞いても、音楽の美しさに圧倒され、演奏者として聞いても、そのテクニシャンぶりに圧倒される…ショパンって、すごい作曲家なんだなって思いました。

ピアノ二重奏

 ピアノ:関屋 茉梨子 、多羅 紗恵子

 さて、お次はピアノ二重奏でした。二重奏と言っても、二台ピアノではなく、四手ピアノです。つまり、一台のピアノに二人並んで弾く…というパターンです。

 1)ヒナステラ作曲:「三つのアルゼンチン舞曲集」より「年老いた牛飼いの踊り」「ガウチョの踊り」

 何ともおどろおどろしくて楽しげな音楽でした。いかにもラテンな感じです。私はこういう音楽は好きだけれど、会場にいた乳児さんは、この音楽が怖かったらしく、演奏が始まった途端に大泣きを始めてしまいました。まあ、気持ちは分かります。ちなみにこの曲はお一人で演奏されていました。

 2)ピアソラ作曲:「リベルタンゴ」

 リベルタンゴって、チェロとかバンドネオンやアコーディオンで聞く事が多いです。四手ピアノで聞くのは始めてかもしれません。新鮮でした。なにしろ、チェロにせよ、バンドネオンにせよ、その音色って深い響きを伴う渋いものですが、そこへいくとピアノってキラキラじゃないですか? キラキラな音色で奏でるリベルタンゴは、だいぶ印象が変わりますが、これはこれでアリだなって思いました。ただ、だいぶあっさりした仕上がりになって、ラテンぼさが薄くなったような気がします。

 3)チック・コリア作曲:「スペイン」

 こちらはお一人で演奏されました。

 私、スペインって曲、大好きなんですよ。ピアノが主役とは言え、フルートもたくさん聞ける曲ですからね。ジャズフルートを勉強していた頃に知って、それ以来のお気に入り音楽です。

 通常はジャズバンドで演奏される曲ですが、それをピアノ独奏で演奏しました。しかし、この曲、改めて聞いてみると、えらく難しい曲だなあ…と思いました。ジャズって、クラシックよりも一般的に言って、音数が多く、変リズムが多いのですが、この曲って、まさにそんな感じです。クラシックピアノではショパンは難しいと思うけれど、この曲の難しさはショパンとは別ベクトルを向いていると思います。クラシックの人が演奏するのは、本当に大変なんだろうなあって思います。楽譜を見て演奏されていたけれど、楽譜だと、どんなふうに書かれているのかしら?

 ちなみに、チック・コリアを含め、ジャズの人たちが演奏するメロディーと、今回の演奏は微妙に違っていたのですが、それも楽譜に記載されてしまったからかなって思います。ジャズって、基本的には耳コピの世界なんですよね。楽譜はあっても、必ずしも忠実には演奏しないし、楽譜も演奏されたとおりに書かれていないわけで…だから楽譜通りに演奏すると、ちょっと変な感じになってしまう事が多いのです。でも、そんな小さな違いでも、その曲がお気に入りだと、結構気になってしまうわけです。

 4)カプースチン作曲:「シンフォニエッタ」第1楽章、第4楽章

 これは四手ピアノで演奏されました。

 またも出ました、カプースチンって感じです。いやあ、今回はカプースチンを聞くチャンスに恵まれているなあ…。で、曲の印象は…カッコイイの一言です。私はピアノを弾きませんが、もしもピアノ弾きだったならば、こういう曲に憧れるかも。でも、カッコイイけれど、とても難しそう(汗)。色々と勉強になります。

 というわけで、続きはまた明日。

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2018年5月11日 (金)

LFJ2018 その5 アメリカ歌曲もなかなか良い

 アラカルトなコンサートが終了し、また1枠30分のコンサートが再開しました。

ヴァイオリン独奏

 ヴァイオリン:芝田 愛子
 ピアノ:佐藤 友衣

 1)クライスラー作曲:「愛の喜び」
 2)クライスラー作曲:「愛の悲しみ」

 まず、今回のヴァイオリニストさんは、たぶん狙っているんだろうけれど、今回のLFJのキービジュアルの絵姿にそっくりな方でした。あんまりそっくりなので、思わず笑ってしまいました。

 それはさておき、ヴァイオリンという楽器はフルート等とは違って、奏者の音と言うのはなくて、あるのは楽器の音だけ…なんです。だから、ヴァイオリニストさんたちは、自分の理想の音を出してくれる楽器を追い求めるわけだし、そういう理想の音が出る楽器は、高価な値段で取引されるわけです。

 で、今回のヴァイオリニストさんなんだけれど、演奏力はちゃんとしている奏者さんなんだけれど、彼女の弾いているヴァイオリンの音色がねえ…。演奏会場がコンサートホールではなく、オフィスのホワイエ的な場所であるという点を差っ引いても、私の好みではないんだなあ…。華やかな音色なんだけれど、私的にはもう少し太い音で鳴ってくれてもいいかなって感じました。まあ、あくまでも私個人の好みの問題なんだけれどね。

 これでも私、ヴァイオリンも弾きますので、音色の好き嫌いが結構あるんですよん。

 3)ラフマニノフ作曲:「ヴォカリーズ」

 この曲に関しては、このヴァイオリンの音色でも良いかなって思いました。

 クライスラーを演奏した時は物足りなさを感じたのですが、ラフマニノフの時はまるでソプラノ歌手が軽やかに歌っているような印象を受けました。曲によって、必要とされる音色って違うんだなあ…としみじみ思いました。良かったと思います。

 4)ドヴォルザーク作曲:「ユーモレスク」

 足りない! クライスラーの時よりも、物足りなさを強く感じました。この方、ほんと、上手なんです。メロディーの歌わせ方なんて本当に巧みだし、和音奏法のところなんて、実にきれいにハモリを作れていて、絶妙な演奏をしてくださるのです。十分に技巧的な方なんですが、演奏している楽器の音が、私の好みではないのです(涙)。ああ、残念…。

 5)プロコフィエフ作曲:「3つのオレンジの恋」より「行進曲」
 6)プロコフィエフ作曲:「ロミオとジュリエット」より「モンタギュー家とキュピレット家」

 すごく良い! 楽器がすごくよく鳴っていて、力強い音でグイグイ弾いてくれました。この人が使っている楽器は、もしかするとロシア音楽と相性がいいのかもしれない…なんて思いました。とにかく、良いのですよ。ほんと、良い。

 7)チャイコフスキー作曲:「懐かしい土地の思い出」より「メロディー」

 お見事! さすが最後に持ってくるだけあって、なかなかの名演奏だったと思います。やっぱ、ロシア音楽向きの楽器をお使いなんでしょうね。ほんと、良かったです。会場では赤ちゃんがぐずっていたのが残念ですが…まあ、それも仕方ないです。子どももOKってのが、LFJの主旨ですからね。それが嫌なら、ここに来るなって話です。それに、赤ちゃんのぐずり声を飛び越えて、心に刺さってくる音楽でした。

ソプラノ独唱

 ソプラノ:岡村 正子
 ピアノ:紗弓

 ヴァイオリンの次は、ソプラノです。今回のパソナでのコンサートでは、ミュージックエイトのコンサートを除けば、歌手さんは二人だけなんです。貴重なソプラノのコンサートでした。

 1)紗弓作曲:「新しい世界へ」

 ピアニストさんの紗弓の作品でした。ヴォカリーズでした。それが残念でした。

 と言うのも、メロディーが実に歌謡的で、全然器楽的ではないのですよ。ヴォカリーズって、これは私の勝手な思い込みかもしれませんが、器楽的なメロディーが良いと思うのですよ。と言うのも、歌手の声を楽器として扱うがゆえの、ヴォカリーズなんだと思うのです。だから、歌詞が乗りづらい器楽的なメロディーが良いのです。なのに、この曲ときたら、実に歌謡的で、歌詞がないのが残念な気がするのです。

 誰か、この曲に歌詞を乗せてください。

 2)ヘンデル作曲:歌劇「リナルド」より「私を泣かせてください」

 私はこのソプラノさんの声が好きかもしれない。歌に過剰な思い入れをさせない、極めて素朴な声(素朴さを感じさせるほどに巧みな歌唱テクニックによる歌声)が、本当に好きです。声が美しいので、ヘンデルのような(ロマン派以降の楽曲と較べて)単純なメロディが際立つんだと思います。この人は、自分の歌声の活かし方をよく知っているのかもしれません。

 3)コープランド作曲:「シオンの壁」

 この曲は、ちょっと面白かったです。ピアニストさんは、左手でピアノを弾きながら、右手で太鼓を叩き、ソプラノさんもベルを鳴らして歌います。まずはそういう趣向にびっくりしながらも、ウケてしまいました。

 いわゆるアメリカ歌曲というジャンルです。アメリカ歌曲って、よく知らないんですよ。なかなか耳にしないしね。でも、英語圏の歌手さんたちは、よく歌っているようです。

 日本国内にいると、アメリカ歌曲って、なかなか耳にできません。日本だと、やはり歌曲は、日本とイタリア、ドイツやフランスで、ほぼすべて。たまにイギリス歌曲を歌う人がいるかな…って程度で、アメリカ、スペイン、ロシア、ポーランドの歌曲って、歌う人が少ないせいもあって、なかなか耳にできません。良い音楽もあるだろうに、残念です。歌曲には、言葉の壁がありますから、器楽のように音楽が国境を越えるって、なかなか難しいようなんです。

 4)バーバー作曲:「この輝ける夜に」

 この曲もアメリカ歌曲です。アンニュイな感じの曲で、始めて聞きましたが、とても良いです。私、この曲を歌ってみたいかもしれません。

 5)アメリカ民謡:「シェナンドー」

 建国して二百年ちょっとのアメリカに民謡なんてあるの? って思いましたが、あるようです。誰が作ったのかは分からず、いつのまにか人々が口ずさんでいた歌なんだそうです。ちなみに、シェナンドーと言うのは、ネイティブアメリカンの女の子の名前なんだそうです…って事は、インディアン系の音楽なのかしら? この曲も知らない曲でしたが、良い曲だと思いました。

 6)武満徹作曲:「小さな空」

 最後は日本の歌でした。この曲の直前までの曲は良かったのですが、この曲に関しては、ちょっと歌いすぎだなって思いました。歌詞よりもメロディーが耳に残る歌唱でした。言葉を解さない外国語の歌なら、観客的には、それもアリですが、日本人に対して日本語の歌を歌うならば、言葉を大切に、しっかり意味が伝わるように歌ってほしかったなあと思いました。この曲、歌詞が良いんですよ、だから残念。そして、改めて、日本歌曲を歌うことの難しさを感じました。

 では、続きはまた明日。

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2018年5月10日 (木)

LFJ2018 その4 アラカルトなコンサートも楽しいものです

 さて、お昼です。昼食です。パソナは日本橋にあるので、どこででも昼食くらいは食べられるのですが、無料でコンサートを楽しませていただいているので、せめて昼食代くらいはパソナに落としていきましょうというわけで、同じフロアにある売店で昼食を購入して食べることにしました。

 私が購入したのは、ケバブサンドとトルコライスです。ケバブサンドはピタの中にケバブを入れたもの。トルコライスはご飯の上にケバブを乗せたもの。要は、パンかライスかの違いだけで、基本的に同じものです。ケバブというのはトルコの郷土料理で、ラム肉の薄切りを焼いたものに、各種生野菜(タマネギ、トマト、レタスなど)を、謎のソースであえたものです。いわゆるエスニックな料理であって、好き嫌いはあると思いますが、私は割と好きな味です。

 パソナって本社ビルの中で農業をやっている事ある関係するのかどうかは分かりませんが、とにかく売店の食事が美味しいんですよ。ラム肉も美味しいけれど、野菜が美味しいんです。まあ、その分、お値段は日本橋価格なんだけれど、ミュージックフィー込みだと考えれば、タダみたいな値段です。

 で、昼食終わりの午後の一発目のコンサートは、パソナ・ミュージックメイト・コンサートで、パソナで働きながら音楽活動をしている音楽家の方々のアラカルト・コンサートでした。

テノール独唱

 テノール:田中 尚志

 1)ビゼー作曲:「真珠採り」より「耳に残るは君の歌声」

 私にとっては、本日の午前中のメインイベントでした。テノールの歌唱、それも難曲中の難曲である“真珠採りのアリア”です。これは期待値がぐんぐん上がります。

 で、思った事は、やはりこの曲を歌うには、聖別されたノドが神様から与えられていないと難しいのかな…って事です。実はテノール氏、話し声(つまり地声)がかなり高いのです。ほぼ、女性と同じで、テノールと名乗っていらっしゃるけれど、音域的には、ほぼメールアルトではないかしらという程でした。なので、この曲の高音(並のテノールでは、たとえプロであっても歌えません)を実に軽々と歌っていらっしゃいました。いやあ、実に見事なんです。本当にうらやましいです。

 私も地声は、男性としては比較的に高いのですが、それでもやっぱり男性音域ですから、並か、並以下のテノールでしかありません。この曲が歌える日が来るとは、到底思えません。

 ちなみにテノール氏の高音の出し方なんですが、一度ファルセットで入って音程を掴み、そこからグイっと実声に持っていくやり方をしていました。いわゆるアクートとは違うのですが、この曲に合った実に美しい発声です。こういう発声もアリなんだなって思いました(まあ、私には出来ませんが…)。

 この素晴らしいテノール氏の難をあえて言えば…中低音が弱い事かな? 高音を気持ちよく発声する一方、中低音、とりわけ低音は出しづらそうでしたし、時折???って思う瞬間もありました。高音に特化したテノールなんだなっと思いました。でも、やはりあの高音は、値千金だと思います。

フルート二重奏

 フルート:三浦 千佳,武田 早耶花
 ピアノ:大久保 愛

 1)ケーラー作曲:「花のワルツ」

 使用フルートは、おそらく、お一人がプラチナメッキで、もうお一人が14金だと思います。14金の音は、密度の濃い、硬いけれど柔らかな音でした。プラチナの方は、太めで華やかな感じで、この音の違いって、やっぱり素材よりも奏者の違いかなって思いました。だって、一般的には14金って華やかな感じの音だろうし、プラチナってのはどっしりした感じの音になるわけじゃない。そういう意味では、このお二人はそれらのイメージとは多少違う音色だったわけだし…。とは言え、お二人とも、実に美しい音でフルートを奏でていました。楽器って、なんだかんだ言っても、美しい音色であるべきで、美しければ、もうそれだけで十分って部分はあるわけです。至福の時間でした。

ピアノ独奏

 ピアノ:室井 悠季

 1)バーバー作曲:「ピアノ・ソナタ」第4楽章

 たぶん、始めて聞く曲です。そもそもバーバーという作曲家が、私の守備範囲には無いわけだし、そもそもピアノ・ソナタという音楽ジャンルが、私の守備範囲には無いわけだし…。たぶん、ピアノ音楽好きには、好かれるだろうなあって感じのソナタでした。

クラリネット独奏

 クラリネット:丸木 一巧

 1)サン=サーンス作曲:「クラリネット・ソナタ」 第4楽章

 クラリネットの音色は美しいです。フルートよりも、太くて、低音の響きは本当に豊かです。フルートが女声的な楽器ならば、クラリネットは美しい男声を模しているのだろうと思われるほどです。曲がどうこうと言うよりも、クラリネットの音色に酔いしれました。

ヴィオラ独奏

 ヴィオラ:秀岡 悠太

 1)ヴォーン・ウィリアム作曲:「グリーンスリーブスによる幻想曲」

 ヴィオラ、渋い! この曲は、そもそもが小編成オーケストラ…ってか、弦楽合奏+ピアノ+フルートという編成の曲で、それをヴィオラ用に編曲しているわけで、ヴィオラじゃなきゃ演奏できないという曲ではありません。実際、独奏曲として演奏するなら、ヴァイオリンでも弾けるだろうし、チェロでも弾けると思いました。そう思わせるのも、ヴィオラの音色が、時にヴァイオリン的であったり、時にチェロを彷彿させるような音色だったりしたからであって、両者の良いところどりであって、それがヴィオラという楽器の特徴なのかもしれないけれど、じゃあヴァイオリンのような華やかさがあるかと言えば無いし、チェロほどの深みも無いわけです。そこがヴィオラの辛い所なんだろうなあって思ってしまいました。渋いだけじゃ、物足りないんだよね。ああ、残念。演奏そのものは見事なんですが、やっぱりヴィオラって、独奏楽器としては、物足りない楽器なんだよなあ…。

 という訳で、続きはまた明日。

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2018年5月 9日 (水)

LFJ2018 その3 “現代音楽”と“現代の音楽”は違うような気がする

 さて、次のコンサートは、ちょっと珍しい楽器の組み合わせでした。

ヴィブラホーンとマリンバ

 ヴィブラホーン:田中 里枝
 マリンバ:蓮實 志帆

 ヴィブラホーンっと言うのは、いわゆる“鉄琴”で、マリンバは“木琴”です。とは言え、小学生が演奏するような簡易な感じの楽器ではなく、中高の吹奏楽部あたりで時折見かけるり立派な楽器でした。

 やはり、一般的な知名度は低いと見えて、奏者さんが「マリンバという楽器を始めてみる方(手を上げてください)!」とやってみたら、おずおずとそこそこの人数が手を上げました。やっぱり楽器としては、かなりマイナーなんですね。それに木琴と言えばイメージ湧くんでしょうが、マリンバと言われると、よく分からないって人はクラシックファンであっても、いるんでしょうね。

 実は私、ヴィブラホーンもマリンバも知っているどころか、指導経験があるんだよね(笑)。まあ、そもそも学生の頃は吹奏楽部で(トラで)パーカッションやってたので、その腕を買われて…なんだよな。でも、ヴィブラホーンもマリンバも専門に勉強したわけじゃないので、弾けるメロディーは同時に一つだし、マレットも同時使用は、各腕一本ずつの2本までなので、実は弾けるうちに入らない程度の腕前だったりします(テヘペロ)。

 1)カプースチン作曲「8つの演奏会用エチュード」より「第1番」

 カプースチンという人は、旧ロシア(現在はウクライナ)の作曲家で、現存している作曲家です。いわゆる“現代音楽の作曲家”なんでしょうが、音楽は全然カッコよくてイケている感じです。「8つの演奏会用エチュード」は、彼の代表曲(原曲はピアノ曲で、今回はそれをヴィブラホーン&マリンバ演奏用にアレンジしてあります)だそうですが、すでに楽譜は絶版なんだそうです。ま、現代音楽って、そういう扱いだよね。

 カプースチンの音楽がカッコよくてイケているのは、彼が純粋クラシック作曲家ではなく、若い時代は、ジャズ・ピアニストとしても活躍していたそうで、だからクラシックとジャズの融合なんてのが、自然となされていたのだろうと思います。頭でっかちな音楽じゃないのが、カプースチンの魅力なのかな…って思いました。

 2)ベートーヴェン作曲「喜びの歌」(交響曲第9番第4楽章から)

 たぶん「喜びの歌を演奏します」と事前に知らされていなかったら、元歌は何なのか気づかなかったかもしれません。それくらいに(良い意味で)原型をとどめていないアレンジでした。聞いた感じは「ベートーヴェンの曲をアレンジしました」と言うよりも「B'zの曲をアレンジしました」と言われた方がしっくりするようなアレンジでした。カッコよかったです。

 3)浜田均作曲「SORACHI」

 ジャズのヴィブラホーン奏者さんが書いた、ヴィブラホーンのオリジナル曲です。北海道の空知周辺の風景を音楽で表現したそうです。日本人作曲家の作品のせいでしょうか、川のせせらぎ、空の広がりなどを音楽で表現した感じが、すっと心に染み込んできました。

 カプースチンにも言える事だけれど、これらの曲は“現代音楽”ではなく“現代の音楽”と言ってあげるべきなんじゃないかなって思います。だって“現代音楽”って、難しくてかっこ悪くて誰も聞きたくないようなケッタイな音楽の事を言うわけじゃない? でも、カプースチンにしても浜田氏にしても、親しみやすくてカッコよくて、いつまでも聞いていてような普通の音楽だもの。これらを“現代音楽”でくくっちゃうのは、良くないような気がします。

ソプラノ独唱

 ソプラノ:人見 桂子
 ピアノ:清水 綾

 さて、いよいよ、待ちに待った歌の時間となりました。

 一昨年までのパソナのコンサートは、歌手の方々ばかりのコンサートで、私的にはとても嬉しかったのですが、今年のコンサートでは器楽もバランス良く加わり、その結果、ちょっぴり声楽の比重が少なくなってしまったのは残念です。まあ、仕方ないよね。

 1)ビゼー作曲 歌劇「カルメン」より「ジプシーの唄」
 2)ビゼー作曲 歌劇「カルメン」より「何も恐れるものはない(ミカエラのアリア)」

 ソプラノさんが歌い始めて、すぐに私は「ここってもしかしたら、とても歌いづらいのかな?」と思いました。舞台の後ろはガラスだから、音は反響するどころか抜けてしまうし、天井は低いし、天井板はなくて天井裏の設備やら配管やらがむき出しだし、吹付けもしてあって、音は吸われそうだし、左右や奥行きは案外あるし、お客さんは結構入っているし、気にはならないとは言え、騒音雑音は結構あるからそれなりの音量で歌わないといけないし…そうなると歌手さんは、かなり頑張って歌ってしまいますよね。ああ、大変そう。

 それが関係するかどうかは分かりませんが、私にはソプラノさんのヴィブラートが、とても気になりました。声をどの程度揺らすべきかは、それぞれの美意識や趣味が関係するので、一概にこれは良くてこれはダメとは言い切れないと思いますが、このソプラノさんのヴィブラートは私の好みではなかった…というわけです。特に聞かせどころの高音周辺のヴィブラートは「これ! これがいいよー!」と感涙する人もいるんだろうなあと理解しますが、私はダメでした。

 趣味が違うんだよなあ…ってか、クチうるさい客だな、私。

 3)ドニゼッティ作曲 歌劇「ラ・ファボリータ」より「私のファルナンド」

 フランス語からイタリア語に変わった途端、一転して、ヴィブラートが気にならなくなりました。これはヴィブラートが無くなったというわけではなく、あるけれど悪目立ちしなくなったという意味です。やはりカルメンの2曲は歌い始めで歌いづらかったのかな? 普通に良かったです。

 4)ヴェルディ作曲「ドン・カルロ」より「むごい運命よ」

 こちらも普通に良かったです。だんだん、調子を上げてきたのかしら?

 5)シュトラウス2世作曲 「こうもり」より「侯爵様、あなたのようなお方は(アデーレのアリア)」

 こういう流れで聞いてくると、声的にどうかな(カルメンとアデーレを同じ歌手が歌うって、アリなの?)と思ったけれど、歌手的にすごく上手くて、なかなか技巧的な歌手さんだなって思いました。ここまで来て、ようやく見直した…って感じです。ステージの始めの頃目立ったヴィブラートが本当に気にならなくなりました。やはり声が温まってきたからでしょうか? あるいは本来的には、こちらのような曲を歌う歌手さんであって、カルメンがレパートリー外なのかもしれません。有名な曲の一つや二つを歌ってあげようというサービス精神なのかしら?

 正直、歌い始めた時は「この人って、どーなの」って思いましたが、聞き終わった時には「最初は調子が出なかったようだけれど、良い歌手さんじゃないですか?」という感想に変わりました。と同時に、最初の印象って大切だから、コンサートの最初で何をどう歌うのかって、とても大切だなって思いました。だって、最初にかけた色眼鏡で最後まで見られる事だってあるわけだから、いくらコンサートの後半が良くても、最初がうまくいってないと、最後までダメじゃんって見られることだってあるわけで…。そこがナマモノであるステージの難しさってわけだなって思いました。

 続きはまた明日。

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