ひとこと

  •  いよいよお盆休みもお終い。なんか残念。あの楽しかった夏の日は、もう終わり。また日常生活が始まるわけだけれど…ううむ、発表会とクラシックコンサートの準備が…。生活はいつもの日常生活に戻るけれど、その中で、着々と発表会とクラシックコンサートの準備に備えていかねば…。がんばろーっと。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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カテゴリー「フルートのエッセイ」の記事

フルートに関する様々な事柄について書いてみました

2017年7月27日 (木)

実力以上の難曲に取り組む事って…どう思う?

 ピアノって、習得がかなり難しい楽器だと思います。そのために、教え方とか学ぶべき教材なども、かなり整理されているし、順番がある程度決まっています。まず初心者は、この教則本で学び、それが終わったら、こっちの曲集に移り、それも終わったら、この教則本とあの曲集を併用して学び…と実にシステマチックに学習が進んでいきます。そのシステムは、ある程度、世界共通だし、グローバル化され、スタンダードが存在しているとも言えます。

 ですから、ピアノブログなどを読んでいると、たまに出てくる先生方の悩みが「今度来た生徒さんは、前の先生のところで、実力以上の曲を勉強してきたので、あっちこっち(技術的に)抜けていて、困ってます」って話です。今学んでいる曲の、その前の段階で学び習得しておかなければいけない事が、全然学べていなくて、身にも付いていないのに、なまじ曲集が進んでいるので、実力不相応な難しい曲ばかりを弾きたがる…とかね。良心的な先生ほど、悩むかもしれません。

 でも、生徒の立場で言わせてもらえば…前の先生がOKと言ってくれたから、今の自分はこの曲集に取り組んでいるわけで、今更「あそこが抜けてます」「ここがダメです」と言われても…って感じかな。先生も悩むだろうけれど、生徒だって困るんです。

 だからと言って、前の曲集に戻るのは…理屈で納得できるオトナの生徒ならともかく、子どもの生徒にとっては、成長を否定されたような気になり、良い結果にはならないと思いますし、曲集はそのままで、発表会などで、曲の難易度が戻ってしまうと、これまた成長の否定を感じるだろうし…。それに向上心の強い人ほど、大きな目標に…って事は、自分の実力以上の曲に、挑みたくなるものです。

 私の場合は、ピアノではなく、フルートだけれど、やっぱり自分の実力以上の曲に取り組みたいという誘惑には、常に取り憑かれています。だから吹けもしない曲の楽譜も結構持っていますよ。

 まあとりわけ、趣味のオジサンオバサンと言うのは、実力は低くても志は高いですからね。死ぬまでに“あこがれのあの曲”を演奏してみたいと思って、先生に「あの曲やらせてください」と言い出しても、誰にも文句は言えません。その思いに、うっかり応えてしまう先生を責めることも、簡単にはできないかもしれません。

 しかし、自分の実力以上の曲に、仮に取り組んだとしても、まともに演奏できない事は火を見るよりも明らかだし、やる前までは「なんとなく自分でイケるんじゃねえ?」とか思っていても、いざ実際に取り組めば「こりゃあダメだ」と分かるわけだから、現実問題として、実力以上の曲に取り組む人って、そうそう多くないと思います。

 やってみて、ダメなのに出来ているつもりの人は…それこそが、ピアノ先生方を悩ませているタイプの生徒さんたちで…ううむ、これは確かに根深いモノがあります。出来ていない事に本人が気づいていない以上、とりあえず気づくまでは前に進ませてあげるしかないかな…って個人的には思います。

 まあとにかく、器楽の場合、学ぶ方も、ある程度自分で“出来る/出来ない”がはっきり分かるわけだし、教える方もシステマチックだし、教える/学ぶ順番も決まっているから、その生徒が実力以上の難曲に取り組んでいる事に気づくわけです。

 振り返って、声楽の場合は、どうでしょうか? 生徒が実力以上の難曲に挑む事って、あるんでしょうか?

 まず声楽の場合は、器楽とは違って、基準となる教則本ってのがありません。一応、コールユーブゲンとかコンコーネなどの声楽教則本がありますが、コールユーブンゲンは声楽の教則本と言うよりも、ソルフェージュの教則本だろうし、コンコーネは良い声楽教則本なんだろうけれど、歌詞が無い事もあって、これを使われない先生も大勢いらっしゃいます。

 声楽の場合、多くの初心者は、イタリア古典歌曲を単独で、あるいはコンコーネと併用して学ぶ事が多いと思います。そのイタリア古典歌曲だって、学ぶ順番があるわけではなく、先生がその生徒を見て、適宜必要な曲を与えて学ぶという段取りの事が多いと思います。イタリア古典歌曲をそこそこ学んだら、次はイタリアのロマン派歌曲をやったり、ドイツ歌曲や日本歌曲をやったり、オペラのアリアに取り組んだり…って感じになっていくと思います。

 つまり、大雑把に学ぶ順番はあるにせよ、器楽ほどシステマチックではありませんし、学ぶ順番が決まっているわけでもありません。

 それに加えて、声楽の場合は、持ち声というモノがあります。性別の違いはもちろん、声色の違いもあって、みんながみんな同じ声質であるとは限りません。また、歌を学び始めた段階で、声が楽器として、全然作られていない人もいれば、すでに生活の中でかなり出来上がっている人もいるわけです。声質が違って、楽器としての完成度もそれぞれ違う人たちが、雑駁にまとめられて“初心者”という括りで歌を学ぶわけです。

 極端な話、始めたばかりであっても、すでに夜の女王のアリアを歌える声を持っている初心者もいるわけです。そういう人が、キャリアが浅い中、夜の女王のアリアに取り組んだからと言って、実力以上の曲に取り組んだ…と言えるでしょうか? 実は実力相当の曲を選んだだけなのではないでしょうか?

 その一方で、10年学ぼうが、プロとしてデビューしようが、夜の女王のアリアが歌えないソプラノさんだっています。これは実力うんぬん以前に、声が夜の女王向きでは無いとも言えます。そういうソプラノさんは、どれだけ力を付けたとしても、夜の女王はずっと歌わない/歌えない事でしょう。

 そんなふうに考えていくと、声楽の場合は“実力以上の難曲に取り組む”と言うよりも“現在の自分の声に合わない曲に取り組む”と言い換えた方がいいかもしれません。つまり、自分の音域に収まらない曲や、自分が持っているテクニックでは歌いきれない曲とか、性別や声の質に合わない曲を歌う…そういう“現在の自分の声に合わない曲”に取り組んでいく事が、器楽で言うところの“実力以上の難曲に取り組む”事と同義なのだと思います。

 器楽の場合は、学習順番の問題なのだけれど、声楽の場合は、先生の能力不足とも言えます。器楽にせよ声楽にせよ、その根本には“先生の手抜き”を感じるなあ…。

 そう考えてみると、以前の私なんて、いつも実力以上の難曲に取り組んでいたと思います。キング先生時代の学んだ曲と言うのは、私の実力不足もあるけれど、常に私のその時の声には合わない曲ばかりで、だからレッスンでもきちんと歌えなかったし、発表会などの本番では、必ず決まって失敗し続けてきたわけで、曲の最初っから最後まで歌いきれた曲なんてありません。皆無です。私はそれはイヤだったけれど、先生はそれで良いと思っていたみたいだし、生徒としては、先生がそれで良いと思っている以上、事を荒立てる事はできないし、声楽を学ぶという事は、失敗経験を積み重ねていくものだと錯覚すらしていました。

 その感覚が染み込んでいたので、Y先生のところに移ってからも、しばらくは撃沈前提の曲ばかりを選んで歌っていたと思います。だって、どんな曲であっても、ちゃんと歌えなかったんだもの。どうせ歌えないなら、歌いたい曲を歌って撃沈しちゃえばいいじゃん。

 でも、Y先生のところに移り、歌も上達してきて、普通に歌える曲が増えてくると、歌えない歌を歌う事が苦痛になってきました。なにしろ「失敗することがチャレンジする事」とか思ってましたからね。

 今はそういうチャレンジ精神が失われたとも言えます。だって、自分の声に合わない曲を無理に歌うことがイヤになったんだもの。

 やはり、自分の声に見合った歌を歌いたいです。自分の声に見合った歌を歌いきると、実に気持ちいいですしね。歌えない歌を無理して歌っても、全然楽しくないですし、楽に歌える歌ばかり歌っているのもフラストレーションが溜まるものです。自分の実力相応か、ちょっと難しい曲に果敢に挑んでいきたいです。

 そういう意味では、器楽などで自分の実力以上の難曲に取り組む事って、きちんとは演奏できないわけだから、やはり不幸な事なんだと思います。

 ただ、私がそうであったように、その渦中にいる時は、自分が実力以上の難曲に取り組んでいるという自覚がないかもしれません。出来ない自分が普通であると受け入れてしまうのは、悲しい事だし、音楽が楽しくないって事です。それは、不幸です。趣味なのに楽しくないなんて、ありえませんよね。

 そういう意味でも、趣味のオジサンオバサンの希望やリクエストはあるにせよ、教える側の先生は、うまく折り合いをつけて、実力どおり、あるいは実力に近い曲を選んであげて、音楽の楽しさを教えてあげて欲しいなあって思います。

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2017年7月26日 (水)

吹奏楽だと当たり前の事なんだけれど…

 私が常々違和感を持っている事の一つに、H先生からいただく譜面が必ずパート譜な事があげられます。パート譜…そう、フルートのパート譜なのです。たとえ、ソロ曲(ピアノ伴奏)であっても、合奏曲であっても、自分が担当するパートだけが載っているパート譜が手渡されます。

 これって吹奏楽だと当たり前ですよね。オーケストラなども同様でしょう。おそらく、器楽の人には「こいつ、何を言ってんだ?」的な話だろうと思います。

 だって、自分が担当するパートだけがコンパクトにまとめられたパートの譜の方が実際の演奏の時に便利です。ページをめくる回数が減りますし、うっかり他所のパートを演奏してしまう事もありません。仮に演奏者一人ひとりに総譜を渡したとしたら、演奏の時に、えらく邪魔くさいし、面倒くさすぎて、実際の演奏の足を引っ張りかねません。だから、パート譜が渡されるのは、理屈で分かるんです。

 でもね、そこに若干の不安を感じている私がいることは否定できません。

 歌関係は、ソロ曲であれ、デュエット曲であれ、合唱曲であれ、ヴォーカル譜というのを使用します。このヴォーカル譜は、歌のパートは自分のパートを含めて、すべて掲載され、伴奏はピアノ伴奏ならば、そのままで、オーケストラ伴奏の曲ならば、オーケストラ部分がピアノ伴奏に編曲されて掲載されています。

 つまり、歌関係の人は、総譜あるいはそれに準じた楽譜で常に勉強して歌っているのです。だから、自分のパートはもちろん、他の人たちの動きも熟知し計算しながら歌っているわけです。

 そのため「ピアノがこういうフレーズを弾いたら、歌い出す」とか「ここはソプラノを追っかけて歌う」とか「ここはバスの1オクターブ上をなぞるように歌う」とか「ここからはアルトの三度下をハモりながら歌う」とか「次のフレーズの出だしの音は、直前のソプラノから取ればいいや」とか、あれこれ考えながら歌うのです。

 だから、自分のパートしか載っていないパート譜を見ると、そういうヒントの一切が無いわけですから、途端に不安になるんですよ。

 歌の場合は、両手が空いてますから、どれだけ楽譜が分厚くなっても関係ないし、実際の舞台では、暗譜で歌うことが大半ですから、楽譜をめくる回数なんて関係ありません。ならば楽譜は情報量が多いに越したことはありません。

 一方、器楽の場合は、楽器を操るので両手は塞がっていますし、本番でも楽譜をガン見して演奏することが多いので、楽譜はなるべく見やすいカタチでコンパクトにまとまっているに越したことはありません。

 そういう違いから、器楽ではパート譜が、声楽ではヴォーカル譜が使われるのでしょうが、普段からヴォーカル譜に慣れている私にとって、パート譜は、あまりに情報不足で、ほんと不安の塊なのです。

 ああ、パート譜、怖い。

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2017年6月23日 (金)

棒吹きを改善する方法

 アマチュア笛吹きさんたちに共通する大きな悩みの一つとして“棒吹き”というのがあります。どんなモノかと言えば、何も考えずに(あるいは、余裕なく)吹いているだけの状態です。楽譜に書かれている音符をちゃんと吹いているのだけれど、ただそれだけで、特に音楽的に感じるものはあまり無い…演奏です。初学者や若い学生さんに多く見られる演奏です。

 正しいか間違っているのかと言えば、ひとまず正しい演奏なんでしょうが、面白い演奏なのかと言われれば、極めてつまらない演奏です。

 音符をただ音にして並べているだけで、そこには奏者の感情が入っていなくて、それでは面白みってモノが感じられないのです。

 「だったら、感情を込めて演奏すればいいじゃん」と言うでしょうが、それがなかなか難しいわけです。

 では、どうすれば棒吹きから脱却し、感情豊かな演奏ができるようになるのでしょうか?

 私が思うに、歌を参考にしてみると良いと思いますよ。

 フルートを吹く前に、音符を歌ってみると良いと思いますし、その際に階名で歌うのではなく、でたらめでもいいから歌詞をつけて歌ってみると良いと思います。もちろん、原曲が歌ならば、正式な歌詞でも良いです。とにかく、歌詞をつけて歌ってみると良いです。歌詞をつけた段階で、その歌はすでに棒吹きではなくなっているはずです。それが言葉の力という奴です。

 何度か歌ってみて、歌の様子が分かったら、今度はフルートで歌ってみる。フルートを吹くのではなく、フルートで歌ってみる。そうすると、棒吹きから卒業できると思います。

 歌う歌はなんでも良いです。好きな歌が良いでしょうね。できれば感情の起伏の激しいタイプの曲が良いです。絶唱系の歌なんていいですね。演歌も捨てたものではないですよ。一般的には洋楽よりも日本語の歌の方が、歌詞の意味がダイレクトに分かるので、この練習には向いていると思います。

 そうやって歌心を手に入れれば、二度と棒吹きにはならないと思います。お試しあれ。

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2017年3月10日 (金)

フルートの音色を良くするために必要な事

 ネットでフルートの記事を読んでいると、アマチュア笛吹きの方々に共通する悩みとして「音色を良くしたい」が、高確率で上がってきます。それくらい皆さん、音色に悩んでらっしゃるんですね。私は音色よりも、楽譜をクリアに見える視力が欲しいです…。あと、高速に動く指も欲しいです。

 で、音色で悩んでいらっしゃる方は、その原因として『クチビルがガサガサしているのが原因じゃないのか』『アンブシュアが悪いんじゃないか』と悩まれていたりしますが、それはたぶん、違います。

 クチビルのガサガサが原因だったら、毎回リップクリームやらリップグロスやらを塗って、クチビルをスベスベにしてフルートを吹けばいいだけの話です。もし、それらをせずに「クチビルがガサガサだから…」と言っているのなら、それは単なる怠慢です。

 『アンブシュアが悪いんじゃないか』なんて事は、まー、ありませんよ。本当にアンブシュアが悪かったら、音が出ませんから(笑)。音が安定して出ているなら、アンブシュアは、それでOKです。第一、プロ奏者のアンブシュアを御覧なさい。ほんと、皆さん違いますよ。教本には理想のアンブシュアなんてのが書かれていますが、実際は皆さん個性豊かで、三者三様、十人十色のアンブシュアでやっているわけで、フルートを吹きながら、皆さん、自分にベストなやり方を自然に見つけているんです。だから、アンブシュアを必要以上に気にかけるのは良くありません。

 フルートを手に持って、歌口をクチビルに当てて息を吹き込めば、笛が鳴る…このシンプルさが正しいのであって、そこで小細工を弄するから、返って変なことになるのです。シンプル・イズ・ベストでやんす。

 じゃあ、フルートの音色を良くするために、何に気をつけたら良いのかですが…、フルートの音色が良くないと悩んでいる方で、録音をアップされている方が数名いらっしゃいますが、それらの方々に共通しているのが…吹き過ぎなんですね。楽器に息を入れ過ぎているのです。つまり、楽器に本来のキャパ以上の事を求めているので、音が飽和して、音色が濁ってしまう…と言うわけです。

 楽器に息を入れ過ぎてしまうには、様々な理由があると思います。

 1)腹筋が弱くて、息のコントロールがうまくできずに、ついつい息を入れ過ぎてしまう。

 2)大きな音で吹こうとして、ついつい息を入れ過ぎてしまう。

 3)息を入れ過ぎた音がフルートの音だと間違えて学習してしまった。

 1)の人は、ロングトーン練習などをして、フルートを吹くカラダを作れば、やがて問題は解決されるでしょう。厄介なのは、2)や3)の人です。

 2)の人に言いたいのは、楽器にはそれぞれの限界があって、大きな音が出せる楽器と出せない楽器があります。それぞれの楽器の限界手前の音量で吹くのがベストであって、決して限界を超えた音量を求めてはいけません。音量を重視したいのなら、頭部管のカットが音量重視タイプのモノを選ぶべきだし、管体が重い楽器を使用するべきです。プロ奏者がなぜゴールドフルートを愛用するのか言えば、もちろん理由は様々ありますが、大きなホールでの演奏が求められる事が多いから、大きな音量を出すことができるゴールドを選択しているだけ…という点があげられます。

 基本的に、フルートに限らず、楽器ってのは、高価なものほど、大きな音量が出るように作られているものです。ですから、大きな音量が欲しければ、それなりの高級フルートを手にしないといけません。

 もっとも、それ以前に、フルートという楽器は、そもそも大音量では鳴らせない楽器であるという事も知っておかなければいけません。そんなに大音量が欲しければ、トランペットでも吹けばいいのです。

 3)の人は、真面目な方に多いと思います。練習に熱心で、自分の音や、自分の周囲のアマチュアフルーティストの音ばかりを聞いて、それがフルートの音であるとカラダに染み込んでしまった人なんだろうと思います。練習に熱心すぎて、鑑賞が足りないタイプ…なんだと思います。そういう方は、プロの生の演奏を浴びるほど聞くと良いです。おそらく、たくさん聞けば、それだけで音色が良くなります。大切な事は、生演奏を聞くことですね。録音はダメです。美しいフルートの音色の美しい部分って、案外録音から漏れてしまいますからね。

 フルートって、その楽器に応じた、適量の息で吹いた時に、もっとも美しく鳴るように作られているわけだし、おそらくその“適量の息”って、びっくりするくらいに少ない息だと思います。

 ロングトーン練習ってのは、長い時間フルートを鳴らし続けるのが目的ではなく、いかに力強くて少ない息でフルートを美しく鳴らせるようになれるかという事が目的の訓練だと、私は理解しています。

 そうやって、楽器からベストの音を引き出せたなら、そこに“奏者の音”をかぶせてあげればいい、それもとびっきりの美しい“奏者の音”を…です。

 ポイントは、口腔内の容積だと思います。口腔内の容積が大きいほど、フルートの音色は(なぜか)マイルドになり、優しい音になっていく…と私は信じています。

 後は、耳を常にそばだてて自分の音を聞く…って事でしょうね。人間のカラダって不思議なもので、音を聞いて音色に神経を使ってやれば、それだけでカラダが無意識に調整して、ベストな音色でフルートを吹けるようにしてくれるものです。

 とにかく、美しい音色でフルートを吹きたければ、息を入れ過ぎない事。しっかり息を支える事。フルートに音量は求めない事。自分自身の奏者の音を磨く事…それらに尽きるのではないかと…私は素人ながらに、そう思うわけであります。

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2017年2月10日 (金)

フルートを習い始めて世界が広がった

 フルートを習い始めて、今年の5月で9年になります。いやあ、よく続いた。中学入学とともにフルートを習い出したなら、今年は大学3年生になるわけだ。ほんとによく続いた。学生から始めた人なら、ここまで続ける人って珍しいでしょうね。もっとも、学生から始めた人なら、もっと上手になっているだろうけれど(笑)。

 さすがに10年前の私からは考えられないのが、現在の私の状況です。とにかく、フルートを習って、私の人生、色々変わりました。その中でも、大きな変化が3つありました。

1)得意な楽器が出来た

 もちろん、この場合の“得意な楽器”と言うのはフルートの事ですが、私の人生で、こんな本格的な楽器を真剣に学んだのは始めてなわけでして、大きく胸を張って「得意な楽器が出来た」と公言できます。10年前には考えられないよね。

 もちろん、10年前の私でも演奏できる楽器はありました。例えば、ギターです。でもギターは独学だし、いわゆるフォークギターであって、ざっくばらんに言えば、コードをかき鳴らすだけで、クラシックギターの奏法ができるわけでもなければ、エレキギター(ロックギター)のようにグイングインに弾けるわけでもなく、ただただコードをかき鳴らして歌の伴奏をするくらいです。

 他にはキイボードが出来ますが、腕前はたかが知れていて、大人用のバイエルの真ん中ぐらいで終了していまので、その程度のモンです。だって、大学の授業で学んで、そこまでやったところで単位(“器楽演習1”という授業だったと思う)をいただいちゃったんだもの。独学みたいなモノだったので、それ以上は学びませんでした。

 小学生の頃に、鼓笛隊でドラムスをやっていたので、当時はドラムを叩けたのに、今では全然からっきしダメですので、これは出来る楽器のうちに入りません。

 大人になってからは、クロマチックハーモニカもやってみたけれど、すぐに挫折。ヴァイオリンは、先生について本格的に始めてみたものの、時間がきびしかったのと、東日本大震災のうやむやで先生が移住されてしまったので、初歩の段階で挫折。あえて言えば、義務教育で習ったリコーダーが少々吹ける程度だけれど、リコーダーという楽器そのものに制限がありすぎて、自由に音楽演奏ができるというわけではありませんでした。

 そこへ行くと、10年近く習ったフルートは、私の人生史上、一番得意な楽器になったかもしれません。私基準だと、かなり吹けるようになりました。そんな得意な楽器が私にできるなんて、うれしい変化です。

2)いつの間にか楽譜が読めるようになっていた(驚)

 以前の私だって、全く楽譜が読めない…というわけではありませんでした。だからと言って、楽譜が読めるのか…と言えば、どちらかと言えば読めない方に属する人間でした。だって、知っている曲の楽譜を見ても、メロディが思い浮かばなかったくらいですからね。

 でも今は違います。たとえ初見の楽譜であっても、その楽譜に書かれた曲が知っている曲だったら、すぐに曲名を言い当てられるほどに、楽譜が読めるようになりました。もちろん、知らない曲でも、さほど複雑でなければ、初見でもフルートで吹ける程度に楽譜が読めます。

 本来、楽譜を読めるようになるには、ソルフェージュを勉強する必要があるのでしょうが、私の場合は、楽典はそもそも学校の授業できちんと習っていたので問題なく、後は五線のオタマジャクシの扱い方なのですが、その部分がかなり上達したと思います。

 一番の恩人は、やはりH先生でしょうね。H先生のレッスンでは、とにかく楽譜通りに吹くのが、まず第一。私とて例外ではありません。クラシック音楽演奏家として、ごく当たり前ですが「楽譜通りに吹け!」という指導、これが効きました。

 笛先生に習っていた頃は、楽譜は参考程度に見るだけで楽譜通りに吹いたら負けって雰囲気だった(まあ、即興を良しとするジャズでしたからね)し、楽譜にも階名を振っていたんですよ。それが今じゃあ、エルステユーブンゲンの曲なんて、初見で吹いちゃうんですよ。いやあ、ほんと、楽譜がかなり読めるようになりました。ありがたいことです。

3)ブログを通して多くの人たちと知り合えた

 フルートを始めて、フルート関連の記事をブログにアップし始めて、多くのフルート仲間と知り合いになりました。今でこそ、私のフルート熱も平常となり、せいぜい週に1~2度程度、フルート記事をアップするくらいですが、一番熱心だった頃は、週5でフルート記事をアップしていたくらいですからね。

 フルートのオフ会(演奏会だったり、お茶会だったり、セッションだったり…ね)にも出席したし、フルート関連のブログにも相互訪問をしていたり…懐かしがってはいけないのかもしれないけれど「何もかも懐かしい」気がします。昨今は、日常生活が忙しすぎて、他所のブログをなかなか見に行けないからなあ(涙)。

 また、フルート関連の人たちを通じて、他の世界についても知ることができました。アマオケとか、吹奏楽とか、クリスタルフルートとか、フルート合奏団とか、尺八とか…ね。世界が広がると、自分が拡大したような気になるものですね。

 ブログを通して世界が広がりました。10年前には考えられなかった事です。

 こんな感じで、私の人生にフルートが加わってから、あれこれと変わったのでした。

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2017年2月 3日 (金)

乾燥の季節となりました

 乾燥の季節となりました。笛吹きの皆さんは、いかがお過ごしでしょうか?

 私は自慢ではないですが、乾燥肌です。それでも夏は汗まみれなので、適度に肌は潤っておりますが、冬に見ると汗はかかないし、空気は乾燥しているし…ってわけで、私の体表はパリパリに乾燥してしまうわけです。手はガサガサ、クチビルもガサガサで困っています。

 今年の私は、乾燥対策して、手指を手始めとして、カラダのあちこちに馬油を塗ることにしました。これがなかなか良いのですよ。馬油はあっという間にカラダに染みとおり、ベタつきなどほとんどなくて快適です。

 市販のハンドクリームなんて、塗ってからしばらくはベタベタしているので、フルートに触れませんし、乾いたかな?と思っても、手を洗ったりして水分を加えると、またまたベタベタのドロドロになるじゃない? そうなると、フルートを汚したくないので、またお預けになるわけです。そこへいくと馬油は、手に塗れば、塗ったそばからベタベタが無くなってサラッとするし、手を洗ってもベタベタになりません。フルートを汚さないのがいいです。いやあ、ナイスナイス。

 問題は、馬油って、市販のハンドクリームと比べると、圧倒的に高価だという事かな(笑)。

 と言う訳で、乾燥肌対策に馬油はなかなか良いのですが、一箇所だけ満足していないのが、クチビルの乾燥です。

 実は冬になると、私のクチビルは乾いてガサガサになるのですが、そのクチビルに馬油を塗ると、あっという間にサラッとしてしまい、クチビルの表面のガサガサは、馬油を塗ったところでガサガサのまんまなのです。

 クチビルがしっとりしつつも、表面はガサガサのまんまなのです。なんとも不思議な感覚です。

 馬油は、皮膚の表面と言うよりも、皮膚そのものに効き目があるみたいです。塗ると、あっという間に染み通り、表面は素通しっぽい感じになります。

 なので、馬油は万能油とは言え、クチビルには合わないかな…って思ってます。

 クチビルがガサガサのままだと、歌は困らないけれど、フルートじゃあ困るんだよね。なんか、気のせいかもしれないけれど、クチビルがガサガサしていると、フルートの音が美しくないような気がするんですよ。

 やっぱり、クチビルは定番のリップクリームだね。ワセリンを直接塗っても良いのだけれど、ワセリンは美味しくない(笑)ので、適度に香料が加えられているメンソレータム系のリップクリームを愛用しています。

 なので、フルートの練習の前には、リップクリームをグリグリ塗っています。リッププレートにクリームが付いてしまいますが、気にしない気にしない。付いたものはティッシュで拭き取ればよろしい。レッスンの時は、家を出る前にグリグリ塗っていきます。そうすると、ちょうど良い塩梅で、フルートにクリームがほとんど付かないのです。やっぱり、リップクリームも馬油ほど速くはないけれど、時間が経つと肌に浸透していくんでしょうね。

 と言う訳で、冬場は、めっちゃやたらとリップクリームを消費してしまう私なのでした。

P.S. リップクリームはちゃんとドラッグストアで購入した方が良いです。ついつい近くで便利だからコンビニで購入しようとしてしまいますが、コンビニのリップクリームはやたらと高価です。1本300円程度でしょ? ドラッグストアだと、2本で100円だったりすくじゃない? この差は大きいよね。

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2016年11月25日 (金)

フルート演奏における成長や加齢の影響や状況について考えてみた

 子ども、青年、中年、老人へと加齢を重ねる事で、フルート演奏がどう変わっていくのか、考えてみました。

 まず、子ども…と言っても、フルートの場合は、ピアノとかヴァイオリンのような英才教育は難しいですね。U字管の頭部管を使っても、せいぜいが小学校中学年くらいからでないとフルートは難しいでしょう。それは楽器を保持する体力と、息を吹き続ける体力、および楽器演奏に必要な腕の長さ等が不足しているからです。まあ、一般的に、フルートは中学生あたりから始める人が多いと思います。

 中学生でフルートを始めた人は、指導者次第でしょうが、ぐんぐん上達します。多少の才能不足も成長って奴で、案外カバーできたりします。3年間も吹けば、もう一人前で、趣味で吹くのには不足ないほどまで上達できるでしょう。少なくとも、指はとてもよく動くので「黒い楽譜も何のその!」って感じです。元気の良い演奏ができるでしょう。

 多くの人は、この段階で一旦フルートを辞めてしまうと思いますが、それでも高校に入って、もう3年間フルートを吹く人もいるでしょう。6年間若者がフルートを吹き続けているのですから、かなり上達をします。本人の才能と指導者次第では、フルートの難曲もバリバリ吹きこなせるようになるでしょう。

 ここで残りのメンバーの大半もフルートを辞めてしまうでしょう。プロ志望の子が音大に入って、プロ奏者になるための勉強を始め、アマでもフルートを極めていこうとする子は、何らかのカタチでフルートを吹き続け、いわゆるセミプロになっていきます。

 大学を卒業し、就職をして、プロの演奏家になれた人やセミプロとしての活動を継続できた人たちを除いて、ここでほとんどの人が、一旦、フルートからは足を洗うことになります。社会人として、家庭人としての生活が優先されるからです。

 無事にプロあるいはセミプロの演奏家になれた方にとって、20代から50代までは安定期です。高い演奏技術と音楽解釈によって、素晴らしい演奏が可能となります。自覚するかどうかは別として、さすがに60代に入ってくると、指が動きづらくなったり、息が持たなくなったりという話を聞きます。もちろん、人によって程度は違うでしょうし、指が動きづらいと言っても、それはその人の全盛期と比較した時の話であって、一般人から見れば、まだまだ神業のような演奏技量を保っていたりはするのでしょうが。

 指が動きづらくなるのと、息が続かなくなるのと、どちらが先かは、人よって違うようですが、演奏家になった方々は、上手にレパートリーを入れ替えて、自分の衰えを他者に悟らせるような事はしません。

 むしろ影響があるのは、目と耳の衰えの方かもしれません。目は…老眼ですね。早い人は30代から、遅くても40代には老眼が始まり、楽譜が見づらくなってきます。老眼に関しては、50代で安定するようですから、現役バリバリの頃に目のトラブルと戦っていく事になります。まあ、暗譜してしまえば、老眼は関係ないのですから、皆さん、暗譜をしていくようですが、オケ奏者の方とか、スタジオミュージシャンの方など、初見演奏の多い方々は、人知れぬ苦労がありそうですね。

 耳の衰えは…難聴ですね。50代から顕著になってくるようです。耳鳴りは難聴の入り口だと言っている人もいますが…そう言えば、私、最近、たまに耳鳴りがするんだよね。順調に老人性難聴の道を歩いているようです。

 老人性難聴は高い音から聞こえづらくなってくるようで、いきなり全体の音が聞こえなくなるわけではないし、高い音と言っても、いわゆる“高周波”から聞こえなくなってくるようですから、楽音が聞こえなくなってくるというのは、かなり先の話になりそうで、その頃は、指やらなんやらが衰えだす頃ですから、そういうのと、合わせて色々と考えてゆくことになるのでしょうね。

 難聴と言うのは、騒音にさらされ続けていると早く発症するんだそうです。クラシック音楽の騒音レベルなんて、たかがしれてますからいいのだけれど、ポピュラー音楽に携わる人たちは、ほんと、耳を大切にしてほしいなあって思います。特に、ライブやツアーを中心に活動している人は、大きな音の中で仕事をし続けているわけで、ほんと、大切にしてください。

 まあ、このように、プロやセミプロの方々は、成長とともに技術が向上し、老化とともにあれこれ不自由を感じるようになるわけです。

 さて、世の中には、私のような趣味人がおります。私はオトナになって、ゼロからフルートを始めた部類です。私のようなオトナスタートの組も、フルートの世界は少なからずいるでしょうが、やはり多いのは、中学生や高校生の頃にフルートを吹いていて、オトナになって辞めちゃった人たちが、ひょんなきっかけで再びフルートを始めるパターンで、いわゆる再開組ですね。

 再開組の人たちは、若い時の貯金がありますから、再開をしたところで、ある程度演奏できると思います。でもやはり、若い時と同様な演奏は…まあ無理ですよね。それは何と言っても、カラダが違うからです。人格は継続していても、カラダは細胞レベルで入れ替わっているわけで、中学生の自分と中年の自分は、同じ自分と言っても、ほんと、カラダが違うのです。そこは加齢の事実を受け入れないといけません。

 ある程度の演奏ができるわけですから、衰え方は…プロやセミプロの方々同様、年齢に応じた衰え方をするのでしょうね。

 オトナスタート組の方々は、老化の前に、成長とか上達とかをしないといけません。

 どんな事であれ、何歳からであれ、人は順序よく学び、適切な努力を積み上げる事で、成長とか上達をしていきます…が、オトナはオトナです。若者のような急ペースでの成長は、もはや期待できません。『三百六十五歩のマーチ』ではありませんが「三歩進んで二歩下がる」の世界です。なかなか上達していきません。昨日できるようになった事も、今日はできなくなっていた…なんて珍しくもない事です。ほんと、上達しないですよね。

 子どものように短期間では上達はしませんが、それでも時間さえかければ、オトナでも上達はします。上達はしますが、頂上は…再開組の方々と比べてしまうと…低めとなります。しょうがないよね、貯金がないんだもの。

 技術の定着もあやしいものですから、すぐに忘れたり、できなくなったりするわけです。ああ、オトナって、悲しいね。成長と老化のせめぎ合いだもの…ね。だから、本当にフルートが好きでないと続きません。

 好きこそものの上手なれ…とも言います。オトナスタート組の人たちは、私も含め、古人が好きだという気持ちを忘れずに、日々、努力と向上をしてゆきませう。

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2016年11月11日 (金)

フルートの高音発音の仕組み

 ええと、実は先日、声楽のレッスンの中で、Y先生に「フルートでは高い音はどうやって出すの?」と尋ねられて答えたので、その答えを今回の記事にしたいと思います。普段は無意識にやっている事なので、これが正解かどうか分かりませんので、あえて記事にしてみたいと思います。思いっきり間違った事をやっていたなら、きっと、心優しいどなたかが訂正してくれるのではないか…と期待がこもっていたりするわけです。

 フルートの高音発声の仕組み…ってか、低音と高音の吹き分けは、基本的に息のスピードを変えることで行います。低い音はゆっくりとしたスピードの息で吹き、高い音はピャッとした素早いスピードの息で吹きます。

 もちろん、人間の息の量は有限ですから、素早いスピードの息を吐くために多量の息を使っていたら、あっという間に息が足りなくなってしまいますし、低い音が続くからと言って、ゆっくりしたスピードをキープするために、息を少しずつ出していたら、息が吐ききれなくなり、古い空気が体内にいつまでも停留して酸欠になってしまいます。

 それを防ぐためにも、息は、音の高低に関わらず、腹からは(胸からは)一定の量と速度で、常に吐き続けます。

 腹からクチビルの手前までの息は、常に一定の量と速さをキープし、それをクチビルに開けたアンブシュアの口径で、息の速度を調整します。つまり、高音を吹く時はクチビルの口径を狭め、低音を吹く時はクチビルの口径を広げて、息を吐くスピードを調整するわけです。

 ざっくり言えば、水道のホースの先端を野放図に広げておけばボタボタと水が垂れ、先端をキュッと潰せばピューと勢い良く水が飛び出る…のと一緒です。

 このようなやり方で、フルートの高音低音を吹くわけです。だからスピードに着目すれば、高音ほどスピードが必要になり、低音ではむしろ緩やかな息が必要となります。また、息の量に着目すれば、低音はたっぷりの息を豊かに使って鳴らしますが、高音は少しの量の息だけで遠くまで響き渡る音を鳴らすわけです。

 まあ、こんな感じに説明をしたわけですが…この私のやり方って、普通のやり方かな? それともかなりの我流でしょうか?

 こんな事、さすがに怖くて、H先生に確認できなかったりする、小心者の私だったりするわけです。

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2016年11月 9日 (水)

ピアノやフルートは、どこまで演奏できればOKなの?

 すごく曖昧なタイトルですが、つまりのところ、どれくらいの演奏力があれば「私はピアノが弾けます」「私はフルートが吹けます」と言えちゃうのかって事だし、その演奏力の有無って、何を物差しにして言えるのかな? って事です。

 まあ私は、ピアノは弾けませんし、フルートだって怪しいので、私の書く事なんて、たかが知れてますが、物事を考えるきっかけぐらいにはなるでしょう。

 まず、演奏力の有無は、何を物差しにして言えるのか…だけれど、これについては、…

1)どこまで学び終えたのか?
2)どんな曲が演奏できるのか?

 …の2つの物差しがあるかな?って思います。

 1)の「どこまで学び終えた」というのは、教則本とか練習曲で考えると分かりやすいのかな?って思います。ピアノで言えば、バイエルとかツェルニーだし、フルートならアルテでしょう。これらの、その世界での標準的な教則本で、どの程度まで学び終えていたら「演奏できます」と言えるのかって考えるのが、手っ取り早いと思います。

 もちろん、バイエルを学ばないで別の教則本でピアノを学んだ人や、フルートだってアルテを使わなかった人がいますが、それでもどこまで学んだかは、換算とか翻訳…って言うと変だけれど「私はバイエル終了程度」とか「私はアルテ1巻の前半終了程度」とかは、だいたい分かると思いますので、問題無いでしょう。

 で、私のアタマでグチャグチャ考えても仕方ないので、ネットでサクッとググってみると、ピアノはソナチネ終了程度、フルートはアルテ1巻終了程度で“演奏できる”と考えられているようです。

 ソナチネ…って、バイエルから始めて、ブルグミューラー、ツェルニーと学んで、ソナチネの順番でしょ? その“ソナチネ終了程度”って、ごく普通のピアノ学習者(って、たぶん子供だろうけれど)で、どれくらいかかるのかな? ネットで見ていると、だいたい4~5年ぐらいかかるようですが…子どもの4~5年ですから、結構時間がかかってますね。

 フルートのアルテ1巻終了と言うのは…私は6年かかりましたが、これは才能が無い上にジジイだったからであって、ごく普通のフルート学習者(学生などの若者)の場合は、だいたい1~2年程度で終了できるようです。1~2年でフルートが吹けるようになるというのなら、吹奏楽部にいた方々は2年半、ほぼ毎日フルートの練習をしているので、吹奏楽部でフルートをやっていた方は、間違いなく“フルートが吹ける”ようになるとも言えます。

 話は横にそれますが、単純に学習期間だけを考えると、ピアノは、その習得にフルートの2~3倍の時間がかかる計算になるので、楽器としての習得の難しさの程度も、それくらい違うのだと言えるかもしれません(ホントかな?)。

 次は、2)の「どんな曲を演奏できるのか?」ですが、ピアノは、ベートーヴェン作曲の『エリーゼのために』が弾けたら一人前というのを、あっちこっちで見かけました。どうやら、この曲がピアノ演奏力の試金石のような扱いを受けているようです。この曲は、ブルグミューラー終了程度で弾けるそうなので、1)の基準よりも、ちょっとユルイ基準になるのかも…。

 一方、フルートの方では、そういう定番の曲って…無いよね。ただ、ドレミ出版の『フルート名曲31選』は有名な楽譜なので、その中の数曲がレパートリーになって、人前で披露できる程度になったら“フルート吹けます”と言ってもいいんじゃないかなって、個人的には思います。もっとも、この楽譜集に収録されている曲は、比較的演奏が容易な曲から、かなり難しい曲までピンキリだったりはしますが…。

 まあ、こんなところでしょうね。

 となると、私、ピアノは弾けませんが、フルートはアルテの1巻を終了していますので「フルートは吹ける」という事になりますが『フルート名曲31選』の曲は、どれも吹けませんので、そういった点では「フルートが吹けるとは言えません」。はは、中途半端な野郎ですね。

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2016年11月 8日 (火)

息はどこから吸いますか?

 …って、そりゃあ、鼻かクチか、あるいは両方からか…ですよね。まさか「私は目から吸います」とか「当然、耳から吸いますよね」という人がいれば、別ですが…。

 歌とか吹奏楽器の場合、吐く息で音を出しますので、その前提として、息を吸うのは当然です。で、しばしば問題になるのが「息は鼻から吸うの? クチから吸うの?」です。
 まずは歌の話から。

 私の昔々の声楽の先生であるT先生(この先生の話は、いずれそのうちにします)は「息は鼻から吸います」と断言していました。その理由としては、鼻から息を吸った方が、より深く息が吸えるからだそうです。ただし、鼻だけから息を吸っていたら、間に合わない事もあるので、そういう時はクチから吸うのも補助的に使うのだけれど、それでもやはりメインは“鼻から”吸うんだそうです。

 ちなみに、このT先生はメゾソプラノの方です。

 私はこのT先生に習っていた当時、私は鼻が悪かった(今は特に問題ありません)ので、鼻から息を吸うのが、うまくいかず、時にはズズズ…と音をたててしまい、その度に先生に嫌な顔をされていました。今となっては笑い話です。

 その後、数十年してから習ったキング先生からは「息は鼻とクチと両方で吸うけれど、クチから吸うのがメインだよ」と教わりました。息をクチから吸うと、クチの奥が大きく開くので、息を吸ったら、そのままのクチで歌い出すのが良いとも教わりました。

 さて、どちらが正解なのでしょうか?

 今の私は、T先生よりもキング先生寄りかな? ただし『息を吸う』という感覚はあまりなく、どちらかと言うと『息を吐き出す』方に重点を置いてます。

 歌い出す時も、なるべく息は吸わずに(でも軽くは吸います。その時は…鼻から吸っているなあ)、体内にある息だけでフレーズを歌い切り、歌い終われば、自然と息が体内に入ってくるので、その入ってきた息で次のフレーズを歌うという感じです。で、自然と息が体内に入ってくる時は、クチからか鼻からかと言えば…クチからです。

 ですから、あまり意識はしていないのだけれど、どうやら私は息を、クチから吸っているようです。

 次にフルートの話をします。

 フルートでは…私は専らクチから息を吸ってます。声楽とは違って、演奏前にたっぷり息を吸って、フレーズを吹き終わると、積極的に息をクチから吸ってます。おそらく、使用している息の絶対量的には、フルートよりも声楽の方がずっと多いはずですが、感覚的にはフルートの方が息の消耗が激しい気がします。

 そのくせ、フルートではよく息が余ってしまうので、フレーズの終わりに余った息を吐き出すという作業もしています。これをしないと、次第に息が吸えなくなって、苦しくなるんですよ。まあ、フルートの呼吸に関して言えば、私はまだまだ息が下手くそなんだと思います。

 そうそう、フルートでも息を鼻から吸えれば、循環呼吸などの特殊奏法ができるようになると思うのですが、息をクチからしか吸わない私には循環呼吸は、まず無理です。

 とにかく、歌にせよ、フルートにせよ、息のコントロールが大切である事は間違いないです。息を吸うのが、鼻からであれ、クチからであれ、それが上手な演奏につながるなら、本当はどっちでも良いのかもしれません。

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