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2019年7月31日 (水)

少しばかりブログをお休みしますね

 ええと、本日7月31日(水)から8月4日(日)まで、ブログをお休みします。その間、老犬ブログを観察していますが、基本見るだけなので、コメントしてくれても、たぶん返事はできません。ごめんね。

 8月5日(月)に再開予定ですので、ひとつ、よろしくお願いします。

 

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2019年7月30日 (火)

ホワイト国除外って、そんなにいけない事なの?[2019年7月の落ち穂拾い]

 テレビや新聞では大騒ぎしていますが、日本が某隣国をホワイト国から除外する事について、日本国に対して非難の声が上がっています。

 ちなみに世界には約200の国と地域があり、日本のホワイト国は現在、某隣国を含めて、たったの27国です。そのほとんどがヨーロッパ諸国であり、あと、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージランドにアルゼンチンです。アジアは某隣国が1国だけホワイト国だったのですが、それが除外されれば、アジアには日本のホワイト国は無くなる事になります。

 つまり、ホワイト国から除外され非ホワイト国になるというのは「特別扱いを止めて、普通の国扱いするよ」という事なんですね。ざっくり言えば、某隣国を台湾やシンガポールやインドなどと同じ扱いをするよってだけなんです。

 ホワイト国であるなら、キャッチオール規制対象外になるけれど、非ホワイト国の場合、キャッチオール規制が働き、輸出の際に、個別に許可が必要になりますって話です。別に禁輸ってわけじゃありませんから、許可さえ出れば普通に貿易ができますし、大抵の場合、許可は出るものです。

 ただ、某隣国からすれば、今までの特権を剥奪されるのですが、不愉快でたまらない…って感じなんでしょうね。今まで親友扱いを受けて、あれこれ便宜を図ってもらっていたのが、いきなりただの知り合い程度の扱いに変わるわけですからね。それで不愉快で反発…つまり、感情論ですね。

 国民レベルではそうだとしても、実は某隣国の経済的には問題が2点あります。某隣国の方々はそれに気づいているかどうかは知りませんが。

 1点目は、個別許可の場合、最初の許可を得るのに時間が掛かるっ事です。それはおよそ三ヶ月ほどだろうという報道がありましたが、通常ならこの三ヶ月というのは、あまり大きな問題にはならないそうです。と言うのも、どの企業も三ヶ月程度の材料の備蓄はあるはずだからです。しかし、今回、某隣国の企業は、どこも一ヶ月程度の備蓄しかなく、なぜかあるはずの二ヶ月分の材料がどこかに消えているって事です。

 もう1点は、許可を得るためには、某隣国がクリーンであるばかりでなく、それを次にどの国に輸出するのかといった、その先の先までクリーンであるという証明が必要で、某隣国の輸出先が、クリーンでなければ、某隣国への輸出がストップするといった事情があります。こうやって、いわゆる西側諸国は武器の転用や開発につながるおそれがあるものを規制し、世界平和を維持してきたという経緯があるわけです。

 もし某隣国が、北の国や油の国に日本からの輸入品を横流ししていたら、当然某隣国への輸出はストップしてしまうわけだし、実際、日本が今回某隣国をホワイト国から除外する理由の一つに、ここらへんの懸念があるわけだし、だから世界の他の国々も日本の行いに文句を言わないわけです。いやむしろ、もっと早くに手を打てよって話です。

 なので、ホワイト国から外されたとしても、某隣国さえちゃんとしていれば、単純にちょっとの間だけ輸入が止まり、すぐに再開するはずなので、本来は問題ないはずなのですが、そういう安全保障上の問題があれば、そこからしばらくの間禁輸状態になってしまうわけです。もしかすると、日本のテレビや新聞が騒いでいるのは、なにか良からぬ情報を持っていて、日本から某隣国への輸出が止まってしまう事を懸念しているのかしら?

 というわけで、ちょっと早目ですが、今月の落ち穂拾いです。


もしかすると、私の声は極端に鳴らない声なのかもしれません

 私はよくレッスンで「声、鳴らし過ぎ!」と注意を受けますが、じゃあこの鳴らしすぎな声が自然な声なのかというと…実は違うような気がします…ってか、鳴らし過ぎな歌声は、私の場合、かなり作為的と言うか、意図的なんですね。

 そもそも私、話し声からして自然には話してません。もしかすると、これって今まで書いた無かったかもしれないけれど、私の自然な声…と言うか、楽に声を出して話したら、ほぼ嗄声です。たぶん、地声は、極端に鳴らない声なのかもしれません。それでは歌どころか日常生活にも支障があるので、普段から意図的に頑張って声を出して話していたり、歌っていたりするわけです。

 なので、普段から使っているこの声は、決して自然な声でもないし、楽な声でもないのです。でも、自然な声ではないけれど、大きな声で歌えるのは、気分は良いです。ただ、カラダには正直負担がかかっています。

 つまり、普段の日頃から、大声の自主トレをやって生きているようなものなのです。だから、私はノドが人並み以上に強いし、声も大きいんだと思います。

 「声が大きくて、ノドが強いのなら、声を鳴らし過ぎでもいいんじゃないの?」

 それはそうです。そのとおりです。それが自然で楽な声ならば全然問題はないでしょう。しかし私の場合は、それは自然な声でも無ければ、楽な声でも無いのが問題点なのです。

 実はこの声だと歌える時間に限りが生じます。今の声では…短ければ5分、せいぜい頑張っても10分ぐらいかな? これでもキング先生のところで学んでいた頃と比べると、驚くほど歌える時間が伸びていますが、それでもまだまだ足りません。もしもオペラアリアを歌いたいなら、5分じゃ短すぎ。せめて60分は歌い続けられる声が必要だなとは思ってます。60分でも、オペラ全幕歌うには短いわけで、60分は最低限の話です。とにかく、目標はオペラ全幕通しで歌えることです。通しで歌える声があればこそ、オペラアリアも必要十分な声で歌えると、私、信じているからです。

 とにかく、超短期で見れば、声が鳴る事自体は、決して悪くないのだけれど、それで歌える時間に制限があるのは、とてもとてもマズイんです。

 例えば、9月の発表会の場合、一人の持ち時間は約10分で、私の場合、二重唱も歌うので(二重唱の場合は、デュエット相手と時間を折半するので、その半分の時間だけを自分が負担すればいいのです。つまり、私の場合、妻とデュエットをするので、二人の歌唱時間[舞台専有時間]が合計20分以内であれば、問題無しとなります)私が歌う時間は約12分になります。長いですね。キング門下ならば、すでに発表会ではなくガラ・コンサートのレベルになります。

 本来ならば、この12分を通しで歌えるのが理想だけれど、私の鳴り過ぎる声では、そんなに声は持ちません。ですから、今回は通しではなく、途中に何度も休憩を入れ、舞台に出入りをして歌うことになります。これだって、声が鳴り過ぎでなければ、通しで歌えるんですけれど…ね。

 閑話休題。声が鳴らし過ぎで困っている弊害は、まだあります。実は私の場合、声を鳴らしてしまうと、音程が下がる傾向があります。声を抑えて、鳴らさずに歌えると、音程バッチリなんですが、鳴らしてしまうと音程が下がるんです。そういう意味でも、鳴らさない声が私本来の声なんだろうと思うし、音程を重視するなら(普通は重視します)声は鳴らさずに歌った方が絶対にいいんですよ、私の場合。


ディスクが買えない(涙)

 昔から、CD-RとかDVD-Rって、書き込む際のエラーが多いという印象があります。特に最初期の頃は、とても工業製品とは思えないくらいにエラーが多くて、不良品が多かったのです。それは日本の大手メーカーのブランド品と言えども、残念な事に例外ではありませんでした。ですから私は、昔から、その手のものは、信頼性第一だったので、太陽誘電社製品一択だったのです。なにしろ太陽誘電社製の光学ディスクは、ほぼほぼエラー無しで信頼性抜群だったからです。

 最近の私は、CD-Rをほぼほぼ使わなくなって、業界の最新情報に疎くなっていたのですが、今回調べてみたら、太陽誘電って、もうディスクを作っていないんですよね。

 実にビックリしました。

 だから今発売されている太陽誘電のThat'sブランドのディスクは、在庫限りのモノしか存在しないのです。で、いわゆる新古品なので、めっちゃ高いんですよ。かと言って、他のメーカー品なんて、怖くて買えないし…。まあ、実際、私もほとんどCD-Rを使わなくなったので、実害は無いと言えばないのですが、もはやそういう時代じゃないんだなあ…って肌で感じました。


JASRACは確かに悪だけれど

 JASRACの所業には行き過ぎな部分もあり、私も「それ、どうなの?」って思う事は多々ありますが、その存在価値を実は認めてます。

 と言うのも、著作権者に著作権料を支払うのに、各作詞家&作曲家ごとに支払っていたら、溜まったもんじゃないからです。

 音楽はJASRACがまとめているから簡単だけれど、文筆の世界はそうではないので、著作権料の支払いって、結構面倒なんですよ。管理団体に任せている作家さんは、ほんと神です。出版社にまかせている人、芸能事務所に任せている人、挙句の果てに個人事務所にまかせている人、いやいや事務所じゃなくて、個人でやりくりしている人…本当に大変なんですよ。実は文筆の世界では、著作権使用料に関する相場もなくて、作家それぞれに吹っかけてくるお値段が違うし、お支払い方法も違うし、何より困るのが「許諾いたしません」とかいう返事をくださる作家先生も相当数いらっしゃいます。つまり、先生の作品の一部を使用したいので許可をお願いしても「いくら金を積まれても使わせねーよ、ボケ」っていうお返事をくださられた日には、こちらはいかんともしがたいわけだったりするんですよ。ほんと、涙目ですって。

 そこへいくと音楽は簡単。ほんと、簡単。きちんと相場は決まっているし、案外(文筆と比べて)安価だし、使用が断られる事もまずありません。JASRACは独占だから、汚いことも平気でやりますが、独占だからこそ、利用者はその恩恵を受けているわけです。

 叶うならば、JASRACが良心を以て、良き独占をしてくれればいいのですが…それがなかなか難しいから、面倒な事になっているわけですな。

今月のお気に入り トスティ歌曲全集

 これらは“お気に入り”と言うよりも“マストアイテム”という言うべきモノかもしれません。

 トスティの歌曲全集です。作品番号順に収録されています。現在までのところ、3巻まで発売になってます。残り作品数から考えると…おそらく、あと1巻で完結、全4巻になるんじゃないかなって思います。ちなみに、1巻がCD5枚組で、後は4枚組ですから、全部でCD21枚組になる作品集になると思われます。

 この歌曲全集、ピアノも歌唱もちゃんとしています。歌っている歌手は…ソプラノとバリトンが目立ちますね。トスティの歌曲集だからテノールばかりが歌っていそうなイメージがありますが、実際はそうでもなく、全般的にソプラノとバリトンが歌っている曲が多く、テノールがチョボチョボ、たまにメゾが歌っているという感じです。ただし、バリトンとは言え、割と軽い声のバリトンさんが歌っているので、あまり違和感がありません。まあ、観賞用と言うよりも勉強用のアイテムだと思います。

 残りの4巻目の発売は…おそらく2020年の春ぐらいじゃないかしら?

今月の金魚

2019年6月27日 水槽が小破? 水が漏れ出す。金魚たちはバケツへ緊急避難。次の水槽を購入するまでの3日間、バケツの中で暮らしました。詳しい話はこちらです。

今月のひとこと

 いよいよG20大阪サミットが開催されますね。世界中の要人たちが日本にやってくるわけです。事故もテロも無い平穏なサミットが行われる事を祈っています。(6月27~29日)

 G20大阪サミット、なんとか無事に終わったようですね。それにしても、トランプ大統領と安倍首相と習近平主席が1つの長机に収まった写真は…実に暑苦しかったです(笑)。あの場の担当者は、若い人なんだろうね。もしかすると女性かもしれない。若い女性なら、長机に3人もアリだけれど、オッサンたちはカラダのサイズが違うんだから、長机にはせいぜい2人でしょ? 大勢いて会場が狭くてすし詰めにせざるを得なかったんだと言うなら、もっと広い場所を借りればすむわけだから、やっぱり担当者のミスだね。でもこんなミス、実物を見ながら考えれば起こりえないわけで、机上の空論ってだけの話なのでした。それにしても、警備上のミスでなくて良かったよ。(2019年6月29日~7月1日)

 春風亭昇太師匠。ご結婚および落語芸術協会会長就任、タブルでおめでとうございます。(2019年7月1~7日)

 せっかくの七夕祭りだと言うのに、お天気が良くない…。だいたい、なぜ七夕祭りを梅雨真っ盛りの新暦でやるのか理解できない。そもそもの七夕って旧暦でしょ? 旧暦の7月7日ならお天気カンカンじゃない? 新暦で七夕をやる理由と意味が全然分かりません。節分とかは旧暦でやるんだから、本来七夕だって旧暦でやりゃあ良かったんだよ。(2019年7月7~9日)

 “Pokemon GO Fest 2019 横浜”に当たった! うれしい! 一昨年は落選して、去年は横須賀だったので応募しなくて、ようやく今年は当選です。(2019年7月9~11日)

 本日(7/11)の記事「曜日時間固定制とワンレッスン制」のアップが3時間ほど遅れて申し訳ありませんでした。今回の記事が遅くなったのは…私の人為的なミスです。ごめんなさい。(2019年7月11~13日)

 期日前投票ってヤツに行ってきました。これで当日になって「投票行きたくないよー」と騒ぎながら投票に行くなんて事がなくなりました。しかしなんで、お休みの日が投票日なんだろ? お休みの日は、お休みするのに全力投球で投票に行ってる心の余裕なんてないのに…。(2019年7月13~16日)

 7月も中旬なのに、まだ梅雨があけない…。そろそろあけてもいいのに、全然気配すらなく、余裕で雨空が続いてます。(2019年7月16~19日)

 京アニ放火事件、ただただご冥福を祈るばかりです。優秀な日本の職人さんたちが、一人のキチガイによって殺されたのだと思うと、なんとも無念で言葉がありません。世の中は理不尽で不条理なのだなと、改めて思い知らされるばかりです。(2019年7月19~26日)

 いやあ、暑い日々が続きます。こんなに毎日暑いのに、まだ梅雨があけないって何故? それといくら暑い暑いと言っても、客観的には例年ほどは暑くないけれど、今年の農作物は大丈夫なのかしら?(2019年7月26~29日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

 

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2019年7月29日 (月)

立派な声で歌いたがる…のはダメなんです

 基本的に人前で歌いたがる人間は、自覚の有無はともかくとして、目立ちたがり屋で自己主張の強い人間です。かっこいい自分を見てもらいたいのです。できれば称賛してもらいたいのです。たとえ他人に褒めてもらえなくても、自分で自分にご褒美をあげたいし、自分を褒めそやしたいのです。まあこれも承認欲求の一種であり、その発露であるとも言えます。

 それもあって、歌う人は、歌が上手くなりたいし、上手くなったと実感したいのはもちろん、自分でそれを感じたい人間でもあります。

 特に、ソリストさん、特にソプラノとかテノールとか派手なメロディを歌う人は、概ね、そんな感じです。同じソリストさんでも、メゾさんとかバリトンさんだと、そこまで承認欲求は強くないかもしれません。合唱歌手さんだと、もっともっと控えめかもしれません。

 というわけで、テノールさんたちの話です。

 テノールさんは、基本的に目立ちたがり屋だし、輪の中心にいたい人だし、カッコいいのが大好きな人です。歌う声も、誰よりも大きくて、誰よりも高くて、誰よりも響く声で歌いたいものなのです。

 彼らにとって、歌は声であって、声さえ響き渡れば、それだけで気分は上々なわけです。

 ですから、テノールさんは、プロであれ、アマチュアであれ、ベテランであれ、初心者であれ、朗々とした立派な声で歌いたがるものです。実際に、そんな立派な声で歌える人なら、朗々と歌えばいいのです。問題は、大半のアマチュアテノールさんは、そんなに立派な声じゃないし、朗々とは歌えないのです。いや、それどころか、色々と発声に問題を抱えている事すらあります。ま、だからアマチュアなんだとも言えますが…。

 発声に問題を抱えているのなら、謙虚になって発声を学べばいいのだけれど、それが難しいのがテノールという人種なのです。別に彼らが謙虚ではないとは言いません。謙虚に発声を学ぶ姿勢がない…なんて言いません。ただ、彼らは常に立派な声で歌いたがるだけなのです。

 発声を学習している最中でさえ、ついうっかり立派な声で歌ってしまいます。その立派な声とは、客観的に“立派な声”というよりも、自分にとって“立派な声”だからタチが悪いのです。で、すぐに、ついうっかり立派な声で歌ってしまいますから、全然正しい発声が身につかないのです。

 ダメだなあ…。

 自己流の立派な声で歌い続けると、どうなるかと言えば、早晩、声が壊れます。実際、私、キング先生のところで、危うく声を壊してしまうところでしたから。まあ、私の場合は、壊れる前にキング先生から離れたので、今があるのですが、そうでなければ、今頃は声を壊してしまい、歌を辞めて、フルート一直線なオジサンになっていたと思います。

 それはさておき、テノールが希少種だと言われる理由の一つに、テノール初学者たちが、その学習過程でドンドン壊れてしまい、モノになる人が少ないので、結果として希少種になってしまうというのがあります。ま、そもそも、男声は基本がバリトンであって、テノールなんて最初から人数が少ないのに、それがどんどん壊れちゃうんだから、そりゃあ希少種にしかならないわな。

 声を壊さないためには、立派な声で歌わない…というのが大切なのですが、それが出来ないのがテノールと呼ばれる人々の気質なんですよね。レッスンで、立派な声を自制できるくらいなら、テノールやってないだろうし(笑)。

 なので、テノールを指導される先生方って、ほんと大変だろうなあって思います。

 かく言う私も、レッスンでは、ついつい大きくて、自分基準で立派な声で歌っていまいます。鳴りが強い…ってのは、まさにそんな状態の声です。

 ダメだなあ、分かっちゃいるけれど、全然できない(涙)。

 

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2019年7月28日 (日)

芸能事務所って、何か変?

 世間のエンタメ系の話題は、吉.本興業で持ち切りですね。まあ、あそこの事務所のやり方は、私のような一小市民から見れば「???」なのですが、ああいうやり方が芸能事務所(それも大手)の普通のやり方なのでしょうね。

 で、今回の件で、芸能事務所の存在(特に企業としての存在)に、一般人も注目をし始めたと思います。で、芸能事務所を企業として考えた場合に、我々一般人から見て、理解しがたい点が多々あるなあと思いました。

 今回は、そんな芸能事務所の理解しがたい点を、報道から知りうる範囲で書いてみたいと思います。まあ、誰得やねんって記事になるかもしれませんが、そこはご勘弁ね。

 まず、芸能事務所って、業種的には、人材派遣業だよね。ただし、登録した人に仕事を紹介するのではなく、専属契約をしたタレントさんに仕事を与えるタイプの人材派遣業なんだわさ。専属契約ってところが、一般的な人材派遣業とは違います。

 で、すごいなあと思ったのは、今回話題の吉.本興業さんって、専属契約をしているタレントさんが6000人(!)もいるんですねってね。すごい、すごい。で、事務所は、その6000人のタレントさんに、きちんと仕事を与えて、ちゃんとお給料を支払っているのかと言えば、全然そうではないのです。これが驚きです。専属契約をしているのに、ロクに仕事を与えていなかったり、ロクにお給料を支払っていなかったりするんです。驚きだよね。

 だから、大半の芸人さんがバイトをして生活費を稼ぐわけだよ。芸能事務所と専属契約を結びながら、バイトをしなきゃ生活できない。そこがまず理解しがたいのです。

 これは吉.本興業さんだけでなく、その他の芸能事務所でも同様らしいのだけれど、まあ、分かりません。

 だって、タレントさんが事務所と専属契約を結ぶって事は、仕事は全部事務所経由で行うという契約であって、その事務所を経由していない仕事はしないって契約でしょ? タレントさんは、事務所経由以外の仕事をしない代わりに、事務所は責任を持ってタレントさんに仕事を与えていくわけです。

 なのにタレントさんがバイトをしないと生活できないという現状は、事務所が契約をまともに履行していないって事になります。専属契約をしている以上、事務所はタレントさんがバイトせずに生活できるように仕事を与え続けなきゃダメだし、もしそれが出来ないなら、そもそもそんなタレントさんと契約しちゃダメでしょ?

 いい例がプロ野球の球団と選手の関係だと思うよ。選手は球団と専属契約を結んで、その球団の一員になるわけです。契約をした以上、選手は球団から衣食住が保証され、給料が支給されます。さらに、契約期間中は、バイトなどせずに、野球に専念します。で、選手として十分な活躍が出来たり、将来性を見込まれたりすれば、契約更新ができ、翌年も野球に専念できるわけです。残念ながら、十分な活躍が出来なかったり、将来性なしと判断されれば、契約解除となり、野球選手から一般人に戻るわけです。

 なぜ野球でできて、芸能ではできないのか? 私は一般人として理解に苦しみます。

 「いやいや、芸能事務所ってのは、仕事をタレントさんに紹介するだけの斡旋業だから、選手の生活を丸抱えする球団とは違うんだよ」

 仕事をタレントさんに紹介するだけなら、専属契約そのものがおかしいでしょ? ごく普通の人材派遣の会社のようにしてあげないと、タレントさんが死んじゃいますよ。

 だって働くタレントさんの側からすれば、生活できるだけの仕事が欲しいのだから、それがある特定の一社から提供される仕事で十分なら、それでいいだろうけれど、そのある特定の一社からの仕事だけでは足りないなら、別の会社からだって仕事が欲しいものですし、個人的な関係で自力で仕事を探してきたりもしたいわけです。一般的な人材派遣業の会社と、その登録者のような関係なら、問題はないと思うのです。

 でも、専属契約を結ぶことで、他の芸能事務所からの仕事は受けられない。自分の個人的な関係で仕事を探してきたら、それは“闇”だと言われるわけです。そこが理解できません。

 きちんと契約を守って、事務所経由の仕事だけで生活できないなら、専属契約そのものが“死の契約”になるわけです。だから、売れないタレントさんたちは、死にたくないから、バイトを含め、事務所経由以外の仕事で食いつなぐわけだ。

 やっぱ、おかしいよ。

 芸能事務所がタレントさんと専属契約を結ぶなら、バイトせずにタレント業だけで食えるようにしてあげなきゃダメだし、闇営業だか直営業だかをせずに済むように、経済的な保証はしてあげる必要があるんじゃないのかな? そうする事で才能のある若手はぐんぐん伸びていくだろうし、逆に、才能がない人には、契約を打ち切って、きちんと早めに引導を渡して上げられるわけでしょ?

 そこが全然ダメだから、中堅からベテランの年齢になっても売れていない芸人さんたちがいるわけで、彼らにだって生活があるわけで、そんな人たちがバイトしたり、闇営業に走ったりするわけで、そこは事務所の営業努力の不足とタレントさんの管理不足だと言えるんじゃないかな? そもそも、一つの芸能事務所で6000人のタレントさんって…絶対に管理していないよね。

 たぶん、事務所にとってタレントさんは、身内や家族ではなく、ただの金づるなんだと思うのです。人間扱いしていないよね。彼らの夢や希望を搾取するだけ搾取して、何の保証もしないわけで、そりゃあ事務所は美味しいよねえ。

 で、タレントなんてただの自社の金づるだから、他社がそのタレントさんを使って儲けるのは腹立たしいわけで、だから自分の事務所から離れたタレントさんには嫌がらせをして、仕事をさせないわけだ。SM.APの3人もCM以外で地上波のテレビにはほとんど出てないし、能.年玲奈ことの.んさんは、テレビも映画も舞台にもなかなか出られないわけだしね。他にもそんな人、たくさんいるわけだし。

 というわけで、芸能事務所って、人材派遣の会社なのに、なんか特殊。ほんと、私のような一般人には理解しがたい存在だと思います。

 そんな契約内容なんだから、タレントさんが反社の人たちから仕事をもらったとしても、本来は文句言えないし、それで契約解除、タレント業を廃業させるってのも、なんかトカゲの尻尾切りみたいで、嫌だなあって思うわけです。

 タレントさんが反社の人を始めとする不適切な人たちの仕事を受けなくても済むように、芸能事務所は彼らの生活保障をするべきだと思います。で、生活保障をした上で、そういう人たちからの闇営業をしたならば、そこで始めて、契約解除になるんだろうと私は思うのであります。

 あ、あと、契約書を取り交わしていないのに、口約束だけで専属契約を成立させるのって、法的には問題ないのかもしれないけれど、それってタレントさんを事務所の言いなりにさせる奴隷契約と一緒じゃないかな? だいたい、ギャラの取り決めとか、仕事の内容とか、休養日に関する取り決めとか一切ないわけじゃない? 私の感覚では、ほんと、信じられないんです。ひとまず、吉.本興業さんでは、今後は“原則的に”契約書を取り交わすことが発表されたけれど、この“原則的”って、どれだけやる気があるのかな?って思います。契約書を交わすのがまず最初でしょ? そういうところも理解し難いなあと思います。

 きっと、まだまだ我々には理解し難い、あの世界特有の商慣行があるんだろうなあと思います。

 そう言えば、タレントさんって、労働組合ってあるの? 無いんだとしたら、まずは労働組合の結成から始めないと、事態は何も打開しないよね。

追伸 一応念の為、固有名詞は単語の中に“.”を打って検索逃れを施しておきました。なんか読みづらくなってごめんなさいね。

 

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2019年7月27日 (土)

見られない事を希望します

 ペットとペットではない生き物の差とは、人間の愛玩に耐えられるか否かだろうと思います。魚類に関しては、人間の視線への抵抗力で分けられるのではないかと思われます。

 人間の視線と言うか、人間の眼力は、動物にとっては、かなり脅威のようで、大抵の動物は人間が睨みつけて視線を外さずにいると、向こうの方から逃げてしまうという話を聞いたことがあります。たとえ相手が、野犬であれ、熊であれ…だそうです(試したくないなあ…)。なので、ペットと言うか、観賞魚に適する魚類というのは、人間の視線にビビらずに、堂々と生きていられるという事になるだろうと思います。

 まあ、そういう意味では、金魚は、観賞魚にとても適していると思うし、貝類もそうです。彼らは人間の視線に全然ビビりません。それどころか、金魚の中には人間を意識して生活している子もいるくらいですから(ウチのシズカなんて代表例です)。

 そこへ行くとドジョウ類は、どうかな…って思います。

 ペットショップで販売されている、緋ドジョウやその他のドジョウは、人間に姿を見せる事もあるドジョウです。もちろん、身を隠す場所があれば、程度の差こそあれ、そちらで身を隠している事が多いのですが、いつも隠れたままというわけではなく、案外、姿を見せてくれる時間も多く、ツンデレっぽく、ペットとしての業務を遂行していると思われます。

 その一方、ペットショップではなく魚屋で販売されている、本来食用目的の真ドジョウたちは、ペットの自覚がないし、ほとんどペットではありません。なにしろ、水槽に入れても、まず人間の目に触れる事はありません。ほとんどの時間を物陰に潜んでいるか、砂の中に隠れていて、目立たないように生活しているからです。ほぼ、ペット失格です。

 もし、真ドジョウを身を隠せない環境で育てたら、どうなるのかしら? 諦めてペットとして生きるのか、それともストレスフルで早々に星になってしまうのでしょうか? 試したくはありませんが、知りたいです。

 

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2019年7月26日 (金)

潮風は楽器の天敵?

 フルートのレッスンに行って参りました。今回は姉様のレッスンが無かったようで、先生、ロビーでコーヒーを飲みながら、私を待っていてくれました。

 さて、レッスンです。ロングトーン練習は、もうバッチリです。

 で、エルステユーブンなのですが、今週も暗譜出来てませんでした。いやあ、申し訳ない。マジ今週は、ちょっと頑張って暗記に専念していたのですが、実になかなか覚えられないものです。という訳で、25番と26番は不合格なままです。

 旋律的練習曲は2番です。自宅練習では、この上もなく完璧に吹けたのに、レッスンでは、ちょろちょろとミスブローをしてしまいました。いやあ、先生の前で吹くのって、難しいなあ。でも、そんな気配を察してくださったのか、2番は今回で終了となりました。次回から3番に突入です。3番は…なんとも忙しない曲です。私に吹けるのだろうか…?

 40リトルピーセズは、26番のシューベルトの「メヌエット」です。これはもう、きちんと吹き切りましたよ! なので、この曲は合格っす。次回は27番のハイドンの「アンダンテ」です。さて、なんのアンダンテなのかしら? よく分かりません(汗)。

 それにしても、うっかり新曲を2曲もいただいちゃいました。次回までに譜読みはできるのだろうか? 吹けるようになるのかしら? 特に旋律的練習曲の3番は、譜面が真っ黒だよ。ああ、怖い、怖い。

 今回の雑談は、海辺は何でも錆びるって話です。特に南風が吹いている日は、湘南地方は塩っぽくて塩っぽくて…。息をするだけで、血圧上がりそう(笑)。

 まあ、血圧はともかく、実際に何でも錆びます。鉄はもちろん、アルミだって粉を吹いて錆びます。普通、アルミなんて、あれ以上は錆びないはずなんだけれど、潮風、なめちゃアカンぜよ。

 まあ、私などは「なんでも錆びる~」とか言ってるぐらいで、特に大きな実害はないのですから、特に困っていませんが、音楽家の皆さんはかなり深刻のようです。特にピアノは大変みたいです。潮風で、ピアノはなんとなくベッチョリするし、弦も錆びやすくなるし…。なので、湘南在住の、マジなピアニストさんたちは、お庭にこれでもかってぐらいに樹木を生やすんだそうです。潮風よけですね。ほんと、そうしないと、あっという間にピアノがダメになってしまうんだそうです。

 あと、絶対に窓は開けない…という方もいらっしゃるようで、皆さん、ご苦労されているようです。

 私、ピアノを弾かないので、全然知りませんでした。

 ちなみにフルートは海辺よりも山の方が錆びるんだよね。特に温泉地のフルートは、あっという間に真っ黒に錆びます。実はフルートは、塩分よりも硫黄で錆びるんだよ。でもまあ、黒いフルートってかっこいいから、個人的には錆びても良しと思ってます。

 

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2019年7月25日 (木)

結論。骨格が違うんだから出来ない!

 日本人の骨格は、どこもかしこも平べったいのです。左右の幅と比べて、前後の幅が極端に狭いのです。これは、胸も腹も、そして頭についても言えます。おまけに背も低いし…とにかく、平べったくて、薄くって、ちっちゃいんです。容積的にとても少ないカラダなんです。

 一方、クラシック音楽の地であるヨーロッパ系の人たちの骨格は、どこもかしこも太いです。一本一本の骨も太くて頑丈なだけでなく、骨格自体も厚みがあって、正方形というか円形というか、前後左右どの方向にもカラダの厚みがあるし、背も高い。容積的にはかなり大きいカラダなんです。

 違うよなあ…違うよねえ…。日本人を基準にして考えると、彼らは基本的に巨人ですよ。そばにいると、同じ人類とは思えません。何かが根本から違うと感じてしまいます。

 で、そんな巨人たちが嗜む音楽がクラシック音楽なんですよ。

 「ヨーロッパ系の人と言っても、色々いるよ。確かにゲルマン系の人たちは大きいけれど、声楽の国イタリアの人々はラテン系だから、日本人と比べて、そんなに極端に大きなわけじゃないよ」

 イタリア人は、身分差でカラダの大きさが違う(これホントね)ので、確かに小さな人も多いけれど、歌手になろうなんて考える人たちは、きちんと教育を受けなければなれませんから、そんなに小さい人たちではありませんし…仮に身長が日本人と変わらなかったとしても、人種的な特徴が違うわけで、彼らは身長の高低に関わらず、カラダは分厚いのです。日本人とは比べ物にならないほどに、良いガタイをしています。日本人のような、ペラペラでヒョロヒョロなカラダをしている人はいないのです。

 つまり、おしなべて、ヨーロッパ人は、日本人よりもカラダが分厚く、容積的に大きいのです。そんな彼らが、吹奏楽器を演奏すれば、日本人よりもパワフルになるに決まっているのです。歌えば、深くて良く響く声が出るに決まっているのです。

 これはハードウェアの違いだから、どうにもなりません。はあ…。

 なので、我々が彼らのように出来ないのは当然であり、そこは諦めなければいけません。結論。骨格が違うんだから出来なくても仕方ないのです。

 残された道は、この平べったいカラダを最大限に駆使して、少しでも容積的に大きく使えるようにしていくか…って事なんだろうと思います。全く同じには出来ないにせよ、少しでも近づけるように努力しつづける事、それがクラシック音楽を学ぶ者に求められている事なんだと思います。

 であるならば、まずはクラシック音楽を志すモノとしては、器楽を目指すというのが賢いやり方です。器楽であるなら、楽器を使って音楽をするわけで、楽器そのものは彼らの使うものと同じものが入手できます。つまり、同じ土俵で相撲が取れるわけです。後の不足分は、努力と根性と科学的トレーニングでどーにかすればいいのです。

 問題は声楽だよね。これはもう、ほんと、どーにもしよーがありません。正直な話、為す術なし、です。でも、そこで諦めて、歩みを止めたら、そこで終わりです。

 イタリア人のようには決して歌えない我々ですが、それでも彼らに少しでも近づけるように、彼らのマネが上手にできるように、前を向いて前進し続けていかなければならないのです。所詮、クラシック音楽は彼らの民族音楽なのです。我々には色々とハードルが高くて、うまく出来なくても、それはそれで仕方ないのです。

 あるいは、我々は彼らとは違うという弱点をむしろ長所にして、ヨーロッパ人とは違った切り口で、我々なりのクラシック音楽を演奏していくというやり方もあります。

 私個人的には後者で貫いていきたいですが…アマチュアはともかく、プロの方々はそんなに簡単には行かないのだろうなあと、あれこれお察し申し上げちゃいます。

 ま、とりあえず、できないものはできないのです。でも、そこで諦めるのではなく、できる事を最大限にやっていきましょう。

 はい、ポジティブ思考で行きましょう。

 

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2019年7月24日 (水)

どこからでも行けます!

 別にフルートに限った話ではないですが、私個人的にはフルートの話になります。

 練習が不足している…とよく言いますし、実際、私もブログで書きます。

 この“練習が不足している”状態とは、別に完璧に演奏できるようになっている事を指しているわけではありません。完璧に演奏できるようになったなら、練習が足りているどころか、違う練習をするべきであって、量の問題ではなく質の問題になるからです。

 “練習が不足している”とは、あくまでも練習の量の問題であって「もっとたくさん練習していれば、当然クリアしているはずの問題がクリアしていないのは、単純に練習の量が不足しているからだ…」と自覚しているって話なんだろうと思います。

 練習不足の解決方法は、練習をするだけの話です。量の話ですから、量を満たせば良いだけの話です。

 とは言え、練習量ってのは目で見えるものではありませんから、何を以て、不足しているのか、十分なのか、余っているのか、分かりません。困ったものです。

 H先生がおっしゃるには「練習をきちんとやっていれば自然と暗譜できる」んだそうです。つまり、暗譜するほど練習しないと、練習した事にはならないし、練習不足だ…という事なのでしょう。頭が上がりません。だって私、今までフルート曲で、一曲たりとも、きちんと暗譜できた事、ないんですもの。今のエルステユーブンゲンなんて、完璧に暗譜課題なのに、ちっとも暗譜できないので、前に進まないくらいだもの。そのラインで言えば、私の練習不足は明々白々なのでした。

 別の方がおっしゃるには、暗譜まではともかく…楽譜を見ながらなら、任意の場所からいつでも演奏ができる…くらいまで練習しないと、練習不足なのだそうです。具体的に言えば、フレーズの切れ目はもちろん、たとえフレーズの途中からであっても、指定された箇所から、すぐに演奏が始められるほどに吹き込んで、始めて練習十分と言えるって話です。この感覚なら、分からないでもないです。でも、フレーズの途中から演奏を始めるのって、楽譜がきちんと読めなかった頃は出来なかったなあ。今は、それなりに楽譜も読めるようになったので、まあなんとか対応しちゃうけど…。って考えると、これは練習量の多寡ではなく、読譜力の問題かなって気もしないではないです。

 もっと近視眼的な感覚で言えば、その日の目的が達成されれば、その日の練習は十分だ…と言えなくないです。例えば、今日は、曲の出だしの4小節をばっちり吹けるようになればいいや…と考えて練習始めて、その練習の終わりには、その4小節がばっちり吹けていれば…もちろん合格です。これは悪い感覚ではないと思います。ただ(私だけでしょうか?)練習開始時に、本日の目標みたいなモノを決めないよね。ただ、漫然と練習を始めて、ある程度時間が過ぎたから、本日の練習終了みたいな感じになっている…から、全然進歩しないわけだ。ああ、そうだったのか。

 何をどう言ってみたところで、私の練習不足は逃げることのできない現実です。いや、自分の気持ち的には、決して練習をしていないわけではないのですが、結果として、私程度の練習量では、全然成果につながらないわけで、それをもって“練習量が足りない”と言い訳してしまうのでした。

 ああ、色々残念だなあ。

蛇足  じゃあ声楽は練習十分なのかと言えば、やっぱり練習不足です。ただ、声楽は楽器を持たなくても練習できるので、フルートほど極端な練習不足にはなりません。例えば、道を歩きながら、鼻歌交じりに歌ってみたって、風呂に入りながらの鼻歌だって、目的さえ履き違えなければ、これはこれで立派な練習になるけれど、フルートではそんなにお手軽にはいかないものね。

 

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2019年7月23日 (火)

やっぱり筋トレが必要?

 声楽のレッスンの続きです。発声練習をしているうちに、ピアニストさんが到着したので、曲のレッスンに入りました。

 まずは、トスティ作曲「Il pescatore canta!/漁夫は歌う」からです。ピアニストさんとこの曲を合わせるのは、今回が始めてです。最初はテンポのすり合わせからです。

 この曲はかなり速い曲です。3/4拍子だけれど、三拍子の曲と考えずに、1小節を1拍として感じて歌う(つまり、三拍子ではなく、三連符の曲だと考えるわけです)方が良い感じです。とにかく、推進力を持って、前へ前へと歌っていくと格好良い曲です。格好良くと言っても、スカしちゃダメで、楽しげに歌っていかないといけません。なにしろ、舟歌ですから。漁師はカッコいいんですから。(ちなみに、この曲は楽しげな曲ですが、実は失恋ソングだったりするんです)。

 強弱の指定があちらこちらにありますが、クレシェンドは声を大きくするのではなく、声を開けていく感覚で、ディミニュエンドは声を小さくしていくのではなく、声を絞っていく感覚で、声そのものは常に強く大きく歌っていきます。だって舟歌だもん。だって漁師だもん。fであろうが、Pであろうが、常にエネルギッシュな歌唱が求められるのです。

 次はドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」のテノールアリア「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」です。この曲は、ついついゆっくりめで歌いたがってしまう私ですが、ピアニストさんの提示するテンポはかなり速めです。で、前回の先生とのレッスンでも、この曲は少し速めのテンポで歌う方が良さそうなので、今回はピアニストさんのテンポで歌ってみたいと思います。

 とにかく、この曲の歌唱ポイントは“常に支える”です。支えていれば歌えます。支えが抜けると失敗します。特に、高音のあるフレーズは、高音の手前でしっかり支えた上できちんと引っ張る事が求められます。引っ張らなきゃ高音は出ませんが、支えずに引っ張っても、やっぱり出ません。支えた上で引っ張らないといけません。これをY先生風に言うなら「手前の音をきちんと串刺しにする」のです。低い音で串刺しにした上で、ノドが脱力していると、きちんと引っ張れるのです。脱力していないと、引っ張れません。脱力するためには、しっかり支えていないといけません。…なんか堂々巡りだなあ。

 特にこの曲は、高音と言っても、せいぜいAまでです。で、私の場合、Aは確実に出る音です。それが失敗してしまうのは、出せる音なのに、出せる状態に持ってこれないのが原因なのです。もっと分かりやすく言うと、準備が遅いってわけだし、それはつまり、筋肉の動きが遅いって事なのです。敏捷性に大いに欠けるってわけです(涙)。

 「筋トレだよ、筋トレ。筋トレして、もっとすばやく腹筋が動くようにしないと…」

 はい、その通りだと思います。頑張って筋トレして、すばやく動ける腹筋を手にしたいと思います。そうすると、この曲が安定的に歌えるようになるんだよなあ…。

 ちなみ、この曲は5分近くもある、結構長い曲です。曲の最後の方になると、疲れちゃっています。疲れちゃっている時に、カデンツァに高音Aが出てきます。疲れちゃって腹筋が動かなくなっていると、高音Aを失敗してしまうわけです。疲れないように腹筋を温存して歌う…のでは、そこまでの歌の切れがなくなってしまうので、疲れないように腹筋を温存するのではなく、疲れないように腹筋をタフにしておくのが正しい道のようです。

 やっぱり筋トレが…。

 レッスンの残り時間も少ない中、さらっと二重唱曲、ヴェルディ作曲「椿姫」の「Un di felice, eterea/思い出の日から」を合わせてみました。

 時間が足りなくて、きちんとは合わせられませんでした。また次回のレッスンで合わせないとダメだな。特にこの曲はインテンポで歌うのは難しいので、あっちこっちで小休憩を入れながら歌いたいので、その部分をピアニストさんと打ち合わせしないといけません。

 先生からは「出来ているところは素晴らしいけれど、出来ていないところは、全然ダメ」と言われました。いやあ、自覚はあるんです。どうやっても、全然、音が取れない箇所があるんですよ。ほんと、どーしましょう(涙)。音取りをしっかりやったつもりでも、歌い始めると分からなくなっちゃうんですよね、ああ困った困った。

 あと、音程は、いきなり当てようと思わずに、目的の音程に滑り込ませるように歌っていくのが吉だと言われました。つまり、声を出した後からでも微調整をして音程を合わせていきましょうってわけです。声とかフルートとかヴァイオリンとかって、音を出してからでも、いくらでも音の調整が出来るんだよね。出来るんだから、積極的にやりましょうってわけです。

 とにかく、二重唱は難しい曲なのです。

 

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2019年7月22日 (月)

クラシックコンサートの曲を決めたよ

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはクラシックコンサートの曲を先生と決めました。結論から言えば、二重唱は、発表会と同じヴェルディ作曲「椿姫」の「Un di felice, eterea/思い出の日から」です。で、この二重唱曲は、短い曲なので、他にもあれこれ持ち時間の中で歌うことができるのですが、問題はこの曲自体が難しい曲なので、その他の曲があまり難しい曲だと大変なので、そこは考えないといけません。

 で、色々考えて、他に2曲歌う事にしました。ベッリーニ作曲の「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」と、ビゼー作曲「Agnus Dei/神の仔羊」です。これらの曲は新曲というわけではなく、レッスンでは歌っていた曲ですが、まだ人前では歌っていないので、今回のセットリストに入れてみたわけです。本音で言えば、十分な準備期間があれば、全くの新曲にしたかったのですが、それほどの準備期間があるわけではないし、かと言って発表会と同じ曲目で歌うのもどうかな?って感じになったので、今までレッスンでは歌った事はあるけれど、人前では歌っていない歌を取り上げる事にしたわけです。これらの曲ならば、すでに譜読みを終えていて、暗譜もだいたい済んでいるので、準備にもあまり時間がかからないだろうと踏んだわけです。

 「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」は、レッスンでは全音の中声版の楽譜で学びましたが、今回はRicordi社の原調版(高声版)を使用します。やっぱりテノールな人としては、人前で歌うならば、オリジナルで歌ってみたいのです。

 「Agnus Dei/神の仔羊」は割と最近レッスンで歌った曲ですが、この曲はきちんと仕上げて、人前で歌えるレパートリーにぜひしようと、かねがね思っていたので、今回がちょうど良いチャンスだと思ってます。「なんか歌って!」と言われた時に、この曲が歌えるといいなあと考えているのですよ。

 さて、レッスンです。ハミング練習から始めました。注意された事は「声を鳴らし過ぎ」「音程がちょっと低い」の2点です。これは同じ事が原因になっているわけで、ノドに力が入っているのがダメなんです。ノドを脱力して、声の鳴りを減らすと、自然に音程がちょっと高くなって、ジャストな感じになります。つまり、私の場合、音程がちょっと♭している時は、たいてい、ノドに力が入りすぎて、声が過剰に鳴っているってわけです。

 声が鳴り過ぎていても、音程がジャストな人って、たくさんいます。でも、私は、声が鳴りすぎている時は、たいてい音程が♭しちゃっているみたいです。つまり、私の声は、鳴り過ぎる傾向があるけれど、その鳴っている状態がデフォルトではなく、あくまでも私の声の基本は、あまり鳴らさない声だという事が、私の音程の取り方で分かるわけです。まあ、鳴らし過ぎな声は、やりすぎな声であって、私の場合、自然な声では無いって言えるわけです。

 でも、やっぱり、鳴らさない声で歌うのは、まだまだ難しいです。無意識だと、ついつい声を鳴らしたくなってしまうみたいです。ああ、ダメだな。やっぱり私は“お馬鹿なテノール”なんだな(涙)。

 続いて行った発声練習では、腹筋をしっかり使う事と、口腔をしっかり縦開きにする事の2点を注意深く行いました。

 毎回毎回、同じような事を注意されつづけているのだけれど、少しは上達しているのかしら…ねえ。

 

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2019年7月21日 (日)

やっぱり病院で死ぬんだろうなあ

 まあ、死ぬなら畳の上で…と常日頃から思ってますが、おそらく現実的には病院のベッドの上で私は死ぬんだろうなあ…とぼやっと考えてます。

 日本人の死に場所を統計にすると、2016年の統計で、病院で死ぬのが75.8%、自宅で死ぬのが13.0%、施設で死ぬのが9.2%となっているそうです。ちなみに施設というのは、老人ホーム等の施設です。なので、日本人の大半は病院で死ぬんだそうです。

 実際に病気であれ事故であれ、健康でなければ病院に搬送され入院して治療を受け、それでも死んでしまうのが、今の日本人の死ですから、おそらく私もそんな感じになるんだろうなあって思います。

 あるいは健康であっても、要介護者になって家族の手に余るようになれば、施設に入って、そこで死ぬことになるわけです。施設に入っても、十分な介護の元に暮らせれば、それはそれで良いのかもしれないけれど、できれば介護が必要になる前に死んでしまいたいという思いがないわけではありません。

 そういう意味でも、健康で元気でピンピンしているうちに、自宅で死にたいものだと願うわけです。

 で、日本人の死亡原因の統計を見ると、第1位が「がん」、第2位が「心疾患」、第3位が「脳血管疾患」、第4位が「肺炎」と続くわけで、いかにも病院で死にそうな原因が並んでいます。

 で、第5位に来るのが「不慮の事故」ってヤツで、その実態は入浴中の事故なんだそうです。実は入浴中に亡くなる人って、交通事故の5倍にもなるんだそうです。つまり、風呂場って道路よりも危険な場所なんですね。

 風呂場がかなり危険な場所であるというのは、知る人ぞ知るわけで、その一番の原因が“ヒートショック”だと言われてきました。ヒートショック…つまり寒暖差によるショックです。冷えたカラダで熱い湯船に入って血圧が上がって死んじゃう…ってわけです。怖いですね。

 ところが最新の研究で、人は簡単にヒートショックにはならないし、それが原因で入浴中に亡くなるわけではないという事が分かりました。では、何が原因で人は入浴中に死ぬのかと言えば…実はその大半が熱中症が原因なんだそうです。つまり、熱い湯に長い時間つかって体温が上がって、それで死んじゃうってわけです。実際、入浴中の事故死のうち、熱中症で亡くなる人が約85%程度、ヒートショックは約7%程度なんだそうです。熱中症、怖いねえ。

 年寄りって、熱い湯で長湯ってのが好きだから、熱中症になりやすいのかもしれません。ちなみに、湯温が41度だと33分、42度だと26分で体温が40度になるそうです。体温が40度になると、重度の熱中症の症状が出て、かなりヤバくなるようです。そのまま入浴を続けて体温が42.5度を越えると、突然死をする人も出てくるそうです。

 かなりの熱湯に長時間入っていないと、死なないので、それほど危惧する必要もないけれど、実際多くの人が入浴中に死んでいる事実を考えると、この程度の事って、案外普通なのかな?という気もします。年を取ると、感覚が鈍くなるそうだし、ちょうどよい湯温を求めていたら、43度とか44度とか45度とかになっちゃったりして…。で、いい湯だな…とか思って、そんな湯に10分とか15分とかつかっていたら、ヤバイことになるわけで…。

 私は江戸っ子モドキな人なので、熱い風呂が好きだし、基本、長湯だし、ちょっとヤバイのかもしれません(汗)。

 そう言えば以前、スーパー銭湯で倒れた事があります。あれもきっと熱中症だったんだろうなあ。意識が飛んじゃいました。なんかヤバイぞという予感がしたので、その状態ですでに意識は朦朧としていたのですが、なんとか湯船から出て(でないと溺れて死ぬじゃん)、脱衣所までたどり着き、全裸でびしょびしょのまま、ベンチに倒れ込んで…意識が無くなりました。

 どれくらい意識が無かったのかは分かりませんが、ふと我に返った時、周囲があまりに何事も無かったかのような感じだったのはビックリでした。だって、脱衣所でオッサンが全裸のまま倒れているのに、誰も気にかけない…きっとここなら入浴中にでも死ねる…と確信しました。

 とは言え、全裸で倒れて、全裸のまま介抱され、全裸のまま救急車で病院に連れられて、全裸のまま治療を受けて、全裸のまま入院? ちょっと全裸すぎて、恥ずかしいです。やはり風呂場で倒れたら恥ずかしいなあ。

 

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2019年7月20日 (土)

石巻貝は不味い

 ウチの子に限らず、案外、金魚って好き嫌いがあります。つまり、彼女らなりの味覚を持っているようです。例えば、エサ。実は金魚のエサって、美味しさに違いがあるんですよ。美味しいエサは金魚の食いつきが違います。始めて我が家にやってきて、始めてエサを食べると、どの子も明らかに態度が変わります。それくらい、ウチのエサは美味しいみたいです。その程度の味覚は持っているんです。

 美味しいモノは、喜んで食べますが、美味しくないものは、見向きもしません。なので、見ていると、この子達の食の好みが分かります。

 さて問題です。以下のモノを金魚たちの好きな順番に並べなさい。

 1)メダカ
 2)ドジョウ
 3)水草(ガボンバ)
 4)水草(アナカリス)
 5)水草(マツモ)
 6)タニシ
 7)石巻貝
 8)ヌマエビ
 9)毎日のエサ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、お分かりになりますでしょうか? 答えは以下の通りになります。

 9)毎日のエサ
 8)ヌマエビ
 1)メダカ & 2)ドジョウ
 6)タニシ
 5)水草(マツモ)
 3)水草(ガボンバ)
 4)水草(アナカリス)
 7)石巻貝

 エサは、やはり一番好きみたいですね。エサさえあれば、他は何もいらないみたいです。しかし、金魚という生き物は、満腹がない生き物なので、いくらエサを食べても、少しすると、すぐにお腹がすくみたいで、いつも何かしら食べています。

 で、エサの次に好きなのは…ヌマエビです。エビって、人間だって好きだものね。エビは金魚の大好物なので、水槽に入れると、あっという間に食べられてしまいます。なので、エビも必死で食べられないように、身を潜めて生活するわけですが…見つかると、すぐに食べられてしまいます。

 エビの次に金魚が好きなのは、メダカとドジョウです。やはり、動物性蛋白質って美味しいんでしょうね。ただ、メダカにせよドジョウにせよ、これらをハンティングするのは、金魚的には大変みたいで、食べるのに苦労しています。あと、メダカはいくら大きくなっても、たかがしれているので、食べちゃいますが、ドジョウはある程度大きくなると、金魚のクチには入らなくなり、食べることができなくなります。逆に金魚が弱ってくると、ドジョウに生きたままま食べられてしまう事もあります。いやあ、弱肉強食だよなあ…。

 その次はタニシです。タニシは貝類で動きも遅いので、金魚的には食べるのは簡単みたいです。よくタニシを突っついて身をほじくり返して食べてます。たまに、タニシの取合いをしているくらいですから、よっぽどタニシって美味しいんだと思います。

 その次に来るのは、食べるのがとても簡単な水草たちです。で、水草にも味の違いがあるみたいで、マツモ、ガボンバ、アナカリスの順に好きみたいです。今の子達は、この3つとも食べますが、以前いた子たちは、クチがおごっていたせいか、マツモしか食べませんでした。ガボンバやアナカリスを入れても、絶対に食べませんでした。

 ちなみに、今の子たちだって、ガボンバとアナカリスを入れておく(マツモは高価なので、今は水槽に入れてません)と、まずガボンバから食べます。ガボンバを食べ終わって、食べる水草が無くなると、仕方なしにアナカリスを食べるようです。

 で、その次に来るのが、石巻貝…というか、たぶん、石巻貝は金魚にとっては、美味しくない食材のようで、金魚たちはめったに石巻貝を食べることはありません。タニシは大好きで取合いをするくらいなのに、石巻貝は食べないのです。不思議ですね。

 あと、食べないと言うと、金魚は藻の類は食べません。藻は嫌いみたいです。で、その藻が大好きなのが貝類なので、水槽に貝類は必要なのです。ウチの水槽のタニシは、現在、絶滅状態なので、早く次のタニシを入れないと、水槽の中で藻がわがままに育っちゃうんだよなあ。

 

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2019年7月19日 (金)

まあ、いつもの感じで、前進は全く無しです

 フルートのレッスンに行ってきました。まあ、いつもの感じです。

 姉様はアンコールピースの練習をし、その後のロングトーン練習は、いつものようにバッチリでした。

 で、エルステユーブンゲンは、25番と26番ですが、例によって、全く暗譜できていないので、これまた次週に継続なのです。先生からも、しっかり吹けているから、あとは暗譜だけ…と言われてますが、その暗譜が出来ないんだから、仕方ないです。

 旋律的練習曲は2番です。まだ六連符の部分のリズムが甘いという事で、今回はそこを徹底的にさらいました。これを一週間でマスターしてくれば、次は合格?するかもしれませんが、好事魔多しです。世の中そんなに甘くないって。

 40リトルピーセズは、26番のシューベルトの「セレナーデ」です。あっちこっちで、ちょっとしたミスブローをしてしまいました。練習不足だね。あと、前回注意されたアーティキュレーションのミスも、気を抜くと、また繰り返してしまいます。ダメだなあ。なので、この曲もまた次週に持ち越しです。ふう。

 今回の雑談は、私のグチです。ちょうどレッスンの日に、いわゆる“野球応援”ってヤツに吹奏楽部の顧問として行ったわけで、そのグチを言ったわけです。つまらぬグチだし、ネットに書くほどでもないので、内容は割愛しますが“野球”+“野外演奏”+“大雨”+“コンクール間近”って、まあどこも似たような感じなんだろうけれど、実にあわわな組み合わせだと思います。まあ、今年は冷夏なだけ、まだ例年よりはマシだけれど、いやあ、グチりたくなるって。ああ、疲労困憊、ヘトヘトだよぉ。

 誰もが熱心で一生懸命なだけに、タチが悪いと言えます。

 

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2019年7月18日 (木)

なぜ高い声が出ないのか?

 昨今、高い声が出始めてきた私です。で、高い声が出るようになって、なぜ高い声が出るようになってきたのか、分かるようになってきました…ってか、高い声を出せるようになってから、なぜ今まで高い声が出なかったのかが分かってきた…って感じですね。

 で、そんな2019年現在の、私の感じている事を覚え書き程度に書き残しておこうと思いました。

1)脱力…ってか力まない
2)速い息を適量送り続ける
3)鼻の調子が良い
4)腹筋が“内→上”方向によく動く
5)クチの奥を縦によく伸ばす
6)インフルエンザにかかった

 1)脱力…ってか力まない。 どこが? ノドが…です。ノド以外は結構必死ですが、ノドはダランとしています。声って、ノド…ってか、声帯で鳴るわけです。だから、ここを力を込めて押さえつけちゃいけないんだろうと思います。それこそ鳴るモノも鳴らなくなるわけです。

 その代わり、一生懸命、喉仏を下げてみたり、うなじを上げたりはしてますよ。でも、ノドはだらしないくらいにダランとするようにしています。でも、緊張したりして、うっかりノドに力が入ると、途端に高音って出しづらくなるんだよね。だから、ノドを力まない事って、すっごく大切なんだと思います。

 2)速い息を適量送り続ける。 声は息に乗って出ます。だから、息を吐かないといけません。で、ゆっくりと息を吐くと、低い声は出やすくなりますが、高い音は出ません。出やすい声の高さと息の速度には一定の関連があるようです。だから、高い音を出したければ、息を速く吐き続ける必要があります。しかし、息をたくさん吐いてしまうと、息の勢いでノドが固くなってしまいます。だから、息は適量だけ吐かないといけません。

 この適量ってヤツが難しくて、私の感覚的には、かなり少量なのです。分量としては少しだけれど、速い息を通し続ける。これ、大切です。

 3)鼻の調子が良い。 2)との関連ですが、速い息をどこに送るか…ですが、行き先は、感覚的に言えば、目です。目頭です。息を目頭から吐き出すつもりで息を送ってます。もちろん、息は目頭からは出ません。実際の息は、ほとんどがクチから出ます。でも気分は目頭から息を吐き出します。だから、この感覚は全くのオカルトです(笑)。

 目頭から息を吐き出すために、息が鼻を経由して目に到達しないといけません。つまり、息が鼻に入らないといけないのです。

 実は私、アレルギー性鼻炎なんですよ。アレルギー体質なので、花粉症の時期は苦しんでいますが、そうでない時期もアレルギーにやられています。今も、特に意味もなく、いつも泣いています。いやあ、アレルギーで涙が止まらないんですよ、困ったもんです。

 実は、割と最近まで、いつも鼻がグズグズ言ってましたし、たいてい詰まっていました。これもアレルギーのせいなのですが、ある時から、鼻がアレルギー症状を出さなくなりました。ま、その分、目のアレルギー症状が激しくなったような気がしますが…。なんであれ、鼻の調子がいいんです。で、鼻の調子が良くなってきたのと、高音が出始めてきたのが、ほぼ同じ時期でした。

 よく分かりませんが、高音と鼻の調子は、関係がありそうです。

 4)腹筋が“内→上”方向によく動く。 これは前々からY先生の指導を受けて言われ続けてきた事ですが、なかなかうまくできませんでした。言われたからと言って、すぐにできるようになるわけではなく、何度もトライしているうちに、神経がつながってきて、筋肉が覚醒してくるのです。そこに至るまでには時間が掛かるんですね。

 それが最近、ようやく、割と動くようになりました。まだまだ筋力そのものは弱く、すぐに疲れてしまうし、そんなにすばやく動かす事はできませんが、それでも自分の意思道理に動かすことができるようになりました。それと高音が出せるようになったのは同じ時期でした。ちなみに、腹筋をこのように動かすのは高音発声の時だけです。中音発声の時は“前→後”だし、低音発声の時は(腹筋ではなく背筋を)“上→下”に動かすと、楽に発声できます。

 5)クチの奥を縦によく伸ばす。 逆に言えば、中音程度では、クチの奥は縦開きにこそすれ伸ばさない。ここ一発って時にグインと伸ばすと高音が出るみたいです。中音程度の時に、うっかりこのあたりを伸ばしてしまうと、もうそれ以上の高音は出ませんので、ここを伸ばすのは、最後の最後まで我慢しないといけません。高いFあたりで伸ばしちゃうと、その後がキツイんだな。

 6)インフルエンザにかかった。 インフルエンザそのものが大切なのではなく、インフルエンザにかかって、約一ヶ月ほど、全然歌えなかった事が良かったのだろうと思います。一ヶ月も歌わなかった事で、それまでにあった、歌う時の変な癖が抜けていました。変な癖を、カラダが忘れてしまったんですね。で、その忘れてしまったところに、今学んでいる正しい発声法が入ったわけで、それもあって、高音が出せるようになったのだろうと思ってます。つまり、テクニックの立て直しというか、入れ替えが行われた…って事です。

 学ぶ事と忘れる事のバランスが、なんであれ、上達のためには必要です。学ばなければ、どんどん忘れていってしまいます。しかし、学ぶばかりで忘れなければ、間違った学習が定着して、上達できません。第一義的には、日々しっかりと練習をする事が大切ですが、たまにドカンと休んで、自分のテクニックの棚卸しをする必要があるんじゃないかと思います。

 ま、今考える事は、こんな事です。しかし、これだけではまだまだ不足がありますね。一番不足と感じるのが、筋力です。もっともっと筋力が必要だろうと思いますが、どの部位のどの方向への筋力が不足しているのかが分かりません。まだまだ課題の多い私です。

 

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2019年7月17日 (水)

耳を大切にしたい

 現在、某ガッコの吹奏楽部の顧問ってヤツをやってます。これで三度目だよ(爆)。前回の顧問から4~5年ぶりなので、あれこれ新鮮なのはいいのですが、感じる事は「老いたなあ…」って事です。

 たまに連中の練習に付き合うのですが、練習の最中から練習後しばらくは、耳がボーっと鳴っていて、その後、明らかに難聴になっています。老人性難聴がそもそも始まっているだろう上に、物理的に耳が痛くなったりもします。大きな音に耳のハードウェアが耐えられなくなってきているようで、連中の練習に付き合うのも、カラダに負担がかかるようになりました。

 冷静に考えてみても、吹奏楽の演奏音って、爆音だよね。どれくらい爆音かと言えば、普段は補聴器をして生活をしている難聴の方で吹奏楽をやっている人が私の知り合いにいるくらいですから、吹奏楽って(程度にもよるけれど)難聴者でもできる音楽ってわけです。ちなみに、ロックバンドをやっている知り合いもいますよ、ロックも爆音だからね…。

 もっとも、彼らは音楽の練習中は、補聴器をしているのかな? それとも練習中は補聴器を外すのかな?(今度会ったら、尋ねてみようっと)

 閑話休題。演奏している人はもちろん、指揮者とか指導者とか、耳は大丈夫なのかしら? 日常的に爆音に接していると、耳って早くダメになるのは事実なんだけれど、何か耳を守る手段とか習慣とかあるのかしら?

 私の場合は、顧問であってコーチではないので、練習には毎日付き合うわけではないし、付き合うにしても短時間なので、その時間だけ我慢すればいいと言えば、そうなんだけれど、日常的に吹奏楽と付き合う人はどうしているのでしょうね?

 慣れれば平気? まさか…ね? 学生時代しか吹奏楽をやらない(つまり人生の短い期間だけしか吹奏楽をやらないから)別に気にする必要はない…と言うのかな? まあ、生徒はそうであっても、指導者は長期間指導するのが普通だから、やはり耳を守るなんらかの対策をしていてもいいよね。

 市民吹奏楽団など、大人の団体さんは、それなりに長い期間吹奏楽をやるわけで、耳の保護とか、どうしているんでしょうね?

 この記事は愚痴と言うよりも、みなさんどうしているの? 私はちょびっと困ってますって話なのですよん。

 

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2019年7月16日 (火)

なぜアマチュアの歌は下手くそに聞こえるのか?

 ここでなぜ“歌”と限定したのかと言えば、器楽の場合、別にアマチュア・プロの差はなく、上手い演奏は上手に、下手な演奏は下手に聞こえるからです。ここで言う、上手い下手は、主に技巧的な話になります。つまり、練習をたくさんして、楽譜の指示通りに、スキのない演奏をすれば、たとえ演者がアマチュアであっても、それなりに上手な演奏に聞こえるというわけです。

 まあ、そんな上手な演奏でも、やはりプロの演奏とは違って、越えられない谷間が存在はするのですが、アマチュア演奏家と言えども、そんなに下手くそな演奏って、案外、できないのです。おそらく、楽器に助けられている部分があるからだろうと思います。

 そこへ行くと、歌は楽器の助けがありませんから、器楽と違って、下手くその穴も多く、そこにうっかりハマってしまう事もあり、なかなかアマチュアの歌が上手に聞こえる事って、難しいし、稀なんです。

 これが素人さんの発表会にたくさん足を運んだ私の感覚です。だって、たまにいる発表会でやたらと上手な人って、ゲストのプロだったり、音大卒業生(つまりセミプロだな)だったして、純粋アマチュアの人って、なかなか上手に歌ってくれないんだよ(涙)。

 門下によっては、みんな目を覆わんばかりに下手…なんてところも(ブログには書かないけれど)たくさんあります。

 閑話休題。さて、本題である“なぜアマチュアの歌は下手くそに聞こえるのか?”について考えてみたいと思います。まず話の前提として、本当に“下手な歌”は除外です(笑)。少なくとも、ソルフェージュ的には正しい歌なのに、下手くそに聞こえる…こういうアマチュア歌手にありがちな問題について、ここでは考えてみたいと思います。

 1)声が揺れる…多くのアマチュア歌手の歌声は、たいてい揺れています。これがヴィブラートなら問題ないのですが、ヴィブラートと呼べるほどに規則正しくもなければ美しくもなく、ただただ音程が揺れるばかりで、それが不快に感じられ「下手くそ」と思われてしまうのです。特に音程が揺れながら下がっていく人が多く、そうなるとますます「下手くそ」って思われてしまうのです。

 音程が下がる…と言っても、チューナーで測れば、かろうじて、その音程の中にいるのに…それでもダメなんですよ。人間の耳って、チューナーよりも敏感だからね。

 2)声がブチブチ切れながら歌う…私もやりがちなんですが、他人の歌でこれをやられると、ほんと残念に思います。本人は無意識なのが残念です。

 ある種の人たちは、歌をマルカートで歌う癖があるみたいです。マルカートとは、音を粒立てて歌う事で、歌の場合、歌詞を滑舌良く歌う事を目指して行われる事が多いのですが、これをずっとやっていると、声がブチブチ切れちゃうんです。それでもポピュラー音楽とか合唱では、マルカート唱法(?)って、結構推奨されるんですよね。でも、クラシック声楽の基本はレガート。もちろん、レガートで歌うのと滑舌良く歌うのを両立させるのは難しいですよ。で、マルカートで歌っちゃうと…残念にしか聞こえないのです。

 3)話し声で歌う…さすがに100%話し声で歌っている人は、クラシック声楽の発表会では見かけませんが、それでもかなり話し声に近い声で歌っている人は大勢います。特に、男性(困)。話し声って話声であって、歌声じゃありません。少なくとも、ベルカント(美しい歌)ではないわな。

 4)声が小さい…アマチュア歌手の最大の特徴が“声が小さい”です。よく聞けば、上手に歌われているような歌であっても、声が小さくて、よく聞こえなければ、良い印象は与えられません。ボサノヴァ歌手の囁くような歌声はマイク使用が前提であって、クラシック声楽はノーマイクが原則ですから、会場に響き渡るような朗々とした歌声でなければいけません。それが最低条件ですよ、でも、その最低条件をクリアできないわけですから、低評価になってしまうのも甘んじて受け入れなければいけません。

 …って感じで、ザッと考えるだけでも、アマチュア歌手の歌が下手くそに聞こえる理由は4つもありました。ううむ、実に残念です。

 で、この4つのうち、最初の1)と2)は歌唱テクニックの問題、3)と4)は発声テクニックの問題です。

 1)は純粋に筋力の問題だと私は考えます。我々アマチュア歌手は、ただでさえ年配者が多く、体力的に不利な状況にある人が多い上に、歌の練習はしても、筋肉を鍛える方向の練習はしないモノね。歌はカラダを楽器として使うわけだから、運動選手並でなくても、ある程度はカラダを鍛え、筋トレをしていく必要があるわけだけれど、そこが不足している以上は、なかなかこの問題は解決しないよね。

 2)は純粋に歌唱テクニックの話ですから、きちんとした指導者について学ぶ事で解決できると思いますが、問題はきちんとした指導者が、必ずしもきちんと指導してくれるわけじゃないってところに問題があります。「アマチュアなんだから、この程度でいいや」とか「基礎トレーニングをすると、生徒が辞めてしまうから、必要だとは思うけれど、なかなか教えられないなあ…」とか、指導者側の思惑もあるけれど、趣味で学んでいるアマチュアに対して、きちんとした指導をしてくれる指導者そのものが多くはないわけで、そこは“縁”なんだよね。ご縁に恵まれないと、なかなかこのあたりは解決できません。

 3)と4)は発声テクニックの問題だけれど、2)の問題と状況&解決方法はほぼ一緒。きちんとした指導者からちゃんとした指導を受ければ、おそらく解決しますが、そこまでの指導をアマチュアが受けるチャンスが少ないのが悩みです。

 要するに、歌の場合、歌声という楽器を自分で作るところから始めないといけないのだけれど、この歌声という楽器を上手に作れない/作ってもらえないために、アマチュア歌手の歌は下手くそに聞こえがちなんです。

 そこが器楽との一番の違いですね。楽器って、ある程度完成されていますから、その楽器を用いて、楽譜通りに演奏すれば、それなりに聞こえますが、歌の場合、いくら楽譜通りに歌唱しても、未完成な歌声で歌うなら、それなりどころか、下手くそにしか聞こえないわけです。

 そう言ったわけで、声楽って器楽よりも困難なのかもしれません。しかし、逆を言えば、声楽の歌声は、個人差があります。才能に恵まれ、声に恵まれた人もいるわけで、そういう人の歌声は、簡単に楽器の限界を越えてしまうでしょう。ごくごくたまにいる、妙に上手なアマチュア歌手さんって、そういう恵まれた人たちなんじゃないのかな…って、ちょっぴりうらやましく思う私でした。

 

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2019年7月15日 (月)

そう言えば、ドイツ唱法って、なんじゃらほい?

 最近、声楽のレッスンでドイツリートを学び始めた私です。まあ、昨今は発表会準備で、ちょっとばかりお休みしていますが、それが終われば、またまた着手予定です。

 まだ合格した曲も1曲きりという、ほんと初学で、稚拙で、ヨロヨロやっておりますが(笑)。

 で、ふと思った事があります。そう言えば、ドイツ唱法ってのがあったなあ…ってね。ドイツリートを歌っているんだから、ドイツ唱法で歌わないといけないのでは?…ってね。でも、ドイツ唱法って何ですか? 美味しいんですか?

 というわけで、ググって見ました(笑)。

 まあ、身も蓋もない事が書かれているサイトですが、まあ、真実はこんなところにあるのかもしれません。

>歌唱時に腹壁を外側へ張る方法(ベリーアウト)と腹壁を内側へ凹ませる方法(ベリーイン)の両者が存在し

 で、そのベリーアウトがドイツ唱法ってヤツで、ベリーインがベルカント唱法ってヤツになります。すごく納得です。

 確かに、昔々、合唱団でボイトレと称して散々やらされたのが、腹式呼吸で息を深く吸い込んで、息をお腹に溜め込んだら、なるべくそれをキープしたまま歌うってやり方で、それってドイツ唱法だったんだなあ…。あと、笛先生にフルートを習っていた時、息を吸い込んだら、腹筋の前面を固めて息をキープしていくんだよ…とも教えてもらいましたが、あれもドイツ唱法の流れだったんだなあ…って思います。

 なあんだ、ドイツ唱法って、私が昔習ったやり方じゃん。

 とすると、今、Y先生から習っている発声法とは、相いれないなあ。だって、今習っているのは、ベリーインのやり方、つまりベルカント唱法ってヤツだもの。

 この両者、カラダの使い方が、ほぼ真逆なんだよね。いや、結果はほぼ同じ(伸展した声帯に、よく支えられた息で歌う)なんだけれど、そこに至るやり方が全然違うのです。私が器用ならともかく、残念な事に不器用なんだよね。なので、真逆のやり方を2つマスターして使いこなすなんて、無理だな。となると、私の場合、歌うのがイタリアオペラであっても、ドイツリートであっても、今学んでいるベリーインのやり方を貫いて歌った方が良いって事になります。

 それにまあ、昨今の流行りはベリーインのようなので、私はそれで行きます。

 ちなみに、どちらが正しいとか間違っているとかは、ないんじゃないかと思います。

 大昔の名テノールであるカルーソーは、発声練習(のデモンストレーション?)の時にグランドピアノを腹につけて、息を吸って腹筋だけでピアノを動かしたという伝説が残っています。もしもそれが事実なら、カルーソーはベリーアウトだったと言えます。また、ちょっと前の名テノールであるパヴァロッティは、高音を出す際の感覚として「クチの中から心臓が飛び出てしまうような感覚」と言ってますので、これは明らかにベリーインです。カルーソーもパヴァロッティも、どちらも歴史的な名テノールですから、ベリーアウトであれ、ベリーインであれ、極めれば世界を取れるわけで、そうなると、どちらが正しくて、どちらが間違っているとは言えないでしょう。ただ、昨今の流行りはベリーインなので、私はそっちに行きますよって話です。

 

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2019年7月14日 (日)

ヤヨイはパパ派、シズカはママ派

 ペットの、それも金魚相手に、パパだママだと気色悪い事を書いている自覚はあります。ご勘弁ください。でもまあ、そんな感じなんですよ。

 金魚は人間に懐くかと言われれば、答えはNOなんだけれど、でもね、懐いているように見えるんだよね。

 もちろん、ルデンやアセビ、ベルと言った連中は、特に人間に懐いている素振りは見られません。しかし、ヤヨイとシズカは懐いている…と言うか、人間と関係を持とうとしているような素振りが見られます。

 で、ヤヨイはパパ派(つまり私が好き)で、シズカはママは(妻が好き)って感じなんですよ。

 ヤヨイは、私が部屋にいる時は、たいてい私を見ています。私はいつもヤヨイの熱い視線を感じざるを得ないのです。で、時折、視線をくれてやると、全身でフルフルします。たぶん、ヤヨイを見たので、うれしい…のかもしれません。ちなみに、金魚って、すごく視力がいいんですよ。

 シズカは妻が、明らかに好きです。なにしろ、時折、二人で遊んでいますから。何をしているのかと言えば、妻が水槽に指を付けるとそこにシズカがクチをつけるのです。で、妻が指を動かすとシズカも移動する…と言った、他愛もない遊びなんですが、これを時折やっているのです。この遊びに乗ってくるのはシズカだけなんです。他の子は「???」って感じで、妻の遊びに乗ってきません。

 というわけで、ヤヨイはパパ派で、シズカはママ派なんです。

 

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蛇足 本来は金魚の記事が土曜日で、エッセイが日曜なんですが、今週はうっかりしていて、土曜にエッセイをアップしてしまったので、金魚の記事は日曜にしました。ごめんなさい。

 

2019年7月13日 (土)

JASRACは隠密を雇っていたようだ…

 話題的にちょっと古くなるのですが(やっぱりアレコレ考えちゃうよね)やはり書くことにします。

 実はJASRACとヤマハは現在、著作権法関連で法廷対決をしています。

 現行の著作権法では、音楽を演奏してお客さんに聞かせる権利を「演奏権」とし、これは作詞家&作曲家の権利であると定めています。なので、演奏家が音楽を演奏した際に、定められた著作権料を作詞家&作曲家に支払わなければなりません。

 コンサートとかリサイタルとかライブとかなら、当然の話です。

 で、多くの作詞家&作曲家から著作権料の徴収を代行しているJASRACが、これをコンサートやリサイタルやライブばかりでなく、ヤマハを始めとする音楽教室でのレッスンでの模範演奏からも著作権料を徴収すると決め、それを音楽教室に求めているのに対して、ヤマハ等は、音楽教室でのレッスンでの模範演奏は、コンサートとかリサイタルとかライブとは別モノであって、その演奏から著作権料を求めるのはオカシイので支払うつもりはない…と言っている次第なのです。

 で、現在の争点は、演奏活動であるならば、そこにはお客さんがいるはずなので、レッスンを受けている生徒さんは、演奏を聞きに来ているお客さんなのか、そうではないのか…という点になっているのだそうです。これを難しく言うと、生徒への模範演奏は「公衆への演奏」に当たるのか否かという話です。

 JASRACが言うには、そこで音楽が演奏され、それを聞く人がいるんだから、そこに「公衆への演奏」が成り立つというわけだし、ヤマハ側は「教室での演奏は、音楽を聞かせる事が目的ではないので、そこに「公衆への演奏」は成り立たないので、著作権料の支払い義務は生じない」というわけです。で、裁判沙汰になっているわけです。

 そういう状況下において、JASRACが自社の職員をヤマハ銀座店の音楽教室に潜入させて、あれこれ情報を入手した上で、その職員が近々行われる裁判に証人として出廷する予定がある…って話なのです。どう思いますか? ちなみに報道された記事はこちらです。つまり、JASRACが裁判を自分たちに有利に進めるために、ヤマハに対して隠密調査をしたって話だね。

 で、その隠密さん、女性のようで、音楽教室に入会するにあたり、自分の職業を“JASRAC職員”ではなく“主婦”として登録したそうです。まあ、既婚女性はすべからく主婦かもしれないけれど、JASRACに勤めている人は、普通は“主婦”ではなく“会社員”って登録するべきだよな。なんかズルい気がします。

 隠密さんが入会したコースは“ヴァイオリン上級者向けコース”だったそうです。ヤマハでは、レッスンを初級者・中級者・上級者と分けるようなので、一番上のコースとなりますが、ヤマハはグループレッスンだし、上級者向けコースとは言っても、それはお月謝のランクであり、テキストの進み具合の話であって、一般に想像される“上級者”とはだいぶ違うとは思います。とは言え、実際、隠密さんのヴァイオリンの腕前がどれくらいなのかは分からないけれど、ひとまず、素人さんではないようです。

 そもそもJASRACという音楽関係の団体に就職しているわけだから、隠密さんは音楽関係者の可能性もあります。少なくとも、ヴァイオリンの基礎基本はマスターしているから上級者向けコースだったわけだし、もしかすると音大ぐらい卒業している可能性だってあります(音大卒業だからと言って、専攻楽器が上手とは限らないんだよね)。

 で、隠密さんは、月に数回ずつ2年間もレッスンに通い、発表会にも参加したそうです。真面目にヴァイオリン学んでんじゃん。教えてくださる先生とも、人間として親密になった事でしょう。

 いくら親しくなったからと言って、隠密さんは隠密だから、自分の雇い主に役立つ情報を見つけて持っていくわけです。曰く「先生の演奏は(ヤマハが用意した伴奏音源と一緒に演奏したので)とても豪華に聞こえ、まるで演奏会の会場にいるような雰囲気を体感した…うんぬん」とか、曰く「生徒は全身を耳にして講師の説明や模範演奏を聞いている…うんぬん」とか、ね。そういう言い方で、レッスンの場でも「公衆への演奏」が行われたと言いたいわけなんだよね、JASRACは。

 でもさ、実際のクラシック系の有料コンサートで、演奏者がカラオケと一緒に演奏したら、お客さんはブーイングするんじゃないかな? カラオケ伴奏って段階で、すでにコンサートとは別物でしょう。また、レッスンの場で、生徒が全身を耳にして講師の演奏を聞くのは、講師の説明を真剣に聞くのと同じレベルの話であって、学ぶ者として当然の姿勢じゃないの?

 そう考えると、レッスンにいるのは生徒であって、公衆なんていないし、公衆への演奏も行われていないと考えられるわけです。まあ、少なくとも私はそう考えますよ。

 それらは横に置いたとしても、隠密さんは隠密だから、そういうモノなんだけれど、せっかく親密になった先生や、学ぶ場所と機会を与えてくれたヤマハに対して、後ろ足で砂をかけるような事をしたわけです。心は傷まないのかな…って、私は心配しますが、そんな事にいちいち心を傷めていたら隠密活動なんてできないか(笑)。でもね、おそらく一生懸命に教えてくださった先生は、今頃激しくショックを受けていると思うよ、だってある意味、裏切られたんだもの。人間不信になっても仕方ないレベルの仕打ちだと思います。私は、隠密さんを教えていた先生に同情しますよ。

 さて、そうは言っても、私は個人的には音楽教室は作詞家&作曲家に著作権料を支払うべきだと思ってます。ただし、それは演奏料として支払うのではなく、教材使用料として支払うべきです。で、それはすでに教材に楽譜が印刷された段階で、著作権者に楽譜(=教材)使用料として支払われているわけだから、もうそれで十分ではないかと思います。

 それをJASRACは、楽譜使用料の他に、演奏料としての著作権料の支払いを求めているわけで、そこに無理があるのです。だって、二重取りだもの。

 だいたい、レッスンでは、先生の模範演奏は必須ではないし、なければ無いでもレッスンは成り立ちます。実際、模範演奏しない先生だっていないわけじゃないです。また演奏しても、部分しか演奏しない事もたびたびです(これはレッスン時間の関係から)。それなのにレッスンから演奏料の支払いを求めるのは行き過ぎだと思います。

 仮に先生による模範演奏があったとしても、生徒はその演奏を楽しむために聞くのではなく、先生の演奏法に注意して聞いているわけで、音楽を聞いているのではなく、演奏そのものを聞いているわけで、乱暴な言い方すれば、曲は何でも良いわけで、大切なのは先生の演奏技法なわけです。そんな姿勢で演奏を聞いている生徒は、コンサートに来るお客さんとは別物であり、レッスンでの演奏は「公衆への演奏」とは明らかに違うと私は思います。

 とは言え、現実的な問題として、すでにカルチャースクールはJASRACに対して、著作権料を支払っている事実があります。カルチャースクールは支払っていて、音楽教室は支払わないのはオカシイと言われれば、まあ言い返せないわな。音楽教室なんて、カルチャースクールのようなものと言うか、音楽専科のカルチャースクールだものね。JASRACの言い分としては「カルチャースクールが支払っているんだから、音楽教室も支払え」って気分なんでしょうね。

 ああ、難しい。でも、今回の隠密調査は、法的にはアリっちゃあアリだけれど、かなり汚い手口だなって私は思います。それに隠密さんの人間性を疑っちゃうよね。いくら仕事とは言え、やって良い事といけない事ってあるわけで、今回のような潜入調査は、人として許されないと、私は心情的にそう思いますよ。

 先生から破門されたり、捨てられたのなら、話は別ですが、そうでない限り、先生はあくまでも先生であって、常に尊敬を持って敬わなきゃいけないと、私は思っているし、そう行っているつもりです。だから、今回の隠密さんの潜入捜査って、心情的に許せないなあ、ほんと、許せない。

 

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2019年7月12日 (金)

赤字なんだそうです…

 フルートのレッスンに行ってきました。例によって、姉様がレッスンをしていましたが、今回もまた先生と、アンコールピース系の名曲の練習をしていました。姉様、そっちの路線で頑張っているのでしょうか? アンコールピース系の名曲なら、私が吹きたいくらいです。

 三人で行ったロングトーン練習は、まあ良しです。途中で自分の音が低いことに気づいた私は、ちょっとだけ頭部管をしまったら、それ以降はバッチリとなりました。

 さて、エルステユーブンゲンは、例によって25番と26番です。今週は、割とフルートの練習をしました。特にエルステユーブンゲンはそろそろマジで暗譜しないといけないと思って気合をいれてやっていたのですが、結局、全然(笑)暗譜できないんですよ。もう、泣きたくなってしまいます。どうしても、中間部が覚えられないのよ。

 旋律的練習曲は、先生から「まだリズムが甘いけれど、よく吹けてますよ」との事です。とにかく、もっとリズムをはっきりさせて吹けるようにしましょう…との事だけれど、この曲、よく見ると…ポリリズムなんじゃねえの? ちょっとかなり難しいよ…でも、頑張るしかないので、頑張っていきたいと思います。

 40リトルピーセズは、26番のシューベルトの「セレナーデ」ですが、不合格になりました。指的にはまあまあ吹けていたのですが、アーティキュレーションがダメダメだったみたいです。H先生はアーティキュレーションにシビアだからね。とにかく、40リトルピーセズの曲にしては珍しく、先生がお手本を吹いてくれました。それくらい、アーティキュレーションがダメだったみたいです。次までに、しっかりアーティキュレーションを直さないと…なあ。

 私は参加しないのですが、今年のフルート夏合宿の話題を先生に振ったところ、今年の合宿は赤字が決定したんだそうです。と言うのも、夏合宿って、生徒さんが20名以上参加するという前提で、先生は予算を立てているんだそうですし、実際、毎年合宿参加者が20名を下回ることって、まずなかったんだそうですが…今年の参加者は、20名を下回るどころか、たったの8名なんだそうです。最低開催人数の約1/3で、そりゃあ、赤字になるわな。

 赤字になりそうだからと言って、今更合宿を中止にはできないし、依頼しているピアニストさんのギャラを渋るわけにもいかないので、赤字を覚悟して今年は合宿を決行するんだそうです…なんか合宿に参加しない私は、申し訳ない気分で一杯ですが、仮に私が参加したところで、大赤字は赤字なので、焼け石に水なのでした。

 今年はみんな忙しいみたいなんだな…と先生はおっしゃっていましたが、そういう年回りの時もあるんですね。まあ、参加者が少なければ、少ない参加者で先生を独占できるので、うらやましいですが、会計を担当する先生的には、ほんと、ため息ものだよね。

 

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2019年7月11日 (木)

曜日時間固定制とワンレッスン制

 レッスンの形式(?)の話です。

 曜日時間固定制と言うのは、例えばレッスンを、毎月の第1と第3の月曜日の午後3時から…とか決めて、その日のその時間に定期的にレッスンに通うやり方です。子どものピアノ教室なんかは、たいていこのパターンです。謝礼もたいてい定額制で、大抵は月謝ですね。

 一方、ワンレッスン制と言うのは、一回ごとにレッスンの日時を決めていくやり方です。レッスンの終わりに次のレッスンの日時を決めたり、電話を入れて予約してレッスンに行ったり…というやり方です。

 どちらのやり方にも一長一短があると思います。ちなみに、私の場合、フルートは曜日時間固定制で、声楽はワンレッスン制です。

 フルートは曜日時間固定制で、決められた曜日の決められた時間にレッスンに通っています。日時が固定されているので、通いやすいと言えば通いやすいのですが、その時間に不都合が生じると(ま、仕事が入ってしまう事が一番多いのだけれど)レッスンを休まざるを得ません。振替とか補講とかをやる先生もいらっしゃるようですが、ウチの場合、生徒の都合で休んだレッスンの振替はありません。先生の都合で休んだレッスンの場合は…レッスンは年40回という契約で、先生は年47~48回くらいレッスンしてくれるので、たまにお休みしても振替無しです(ま、当然だな)。

 曜日時間固定制なので、私がレッスンに行こうが休もうが、先生は毎回必ずお教室にやって来られます。月謝も固定制なので、私がレッスンに行こうが休もうが、先生には謝礼が支払われますので、レッスンをお休みすることへの罪悪感は、少なくとも金銭的な面ではありません。

 習いはじめの頃は、仕事もそれほど忙しくなかったので、毎回毎回レッスンに通えて楽しかったのですが、最近は仕事が忙しくなり、レッスンには行ける日よりも行けない日の方が増えてきました。だったら、もっと別の都合の都合の良い曜日にレッスンを移せばいい…とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれませんが、私のレッスンは出張レッスンで、先生は週に一度しか当地に来られないので、別の曜日に変更するわけにはいかないのです。先生のご自宅に行ければいいのかもしれませんが、先生のご自宅…これがまた遠いんだ。それも結構半端なく(笑)。遠い場所でのレッスンって、以前習っていたヴァイオリンで懲りていますので、今の自宅に近い教室で、可能な限りレッスンに行く…というやり方にしています。

 声楽はワンレッスン制です。私と先生の両者の都合の良い日を選んでレッスンをしていますので、レッスンをお休みするという事が(急病とかを除けば)まずありません。そういう意味では、確実にレッスンができるのですが、レッスン日がどうしても変則的になりやすいですし、間隔だって空いてしまう事が多々あります。今は月2回をベースにしていますが、それでもレッスン日を決めるのに、両者のスケジュールが合わず、毎回苦労がありますし、どうしてもスケジュールが合わない時は、まる一ヶ月レッスンが無い時だってあります。

 レッスンがなければ、先生へ謝礼を支払う事はありません。なので、たまにレッスンの間隔が空いてしまうと、なんか申し訳ない気分になります。

 あと、私も先生も積極的に次のレッスンを決めたがりますので、ウチは大丈夫ですが、ワンレッスン制で、次回のレッスンを決めないまま、時間が経過し、やがて音信不通になってしまうと、そのまま縁が切れてしまい、学びが自然消滅してしまう事もあるようです。そういう点では、レッスンの継続性が、曜日時間固定制よりも難しいのかもしれません。

 とは言え、忙しい人には、ワンレッスン制って魅力ですよね。あと、レッスンがなければ謝礼が発生しませんから、お金にシビアな人にも良いかもしれません。

 曜日時間固定制にせよ、ワンレッスン制にせよ、それぞれ一長一短あるわけで、自分のライフスタイルに合わせた形式で無理なく学び続けられるのが一番良いと私は思います。

 

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2019年7月10日 (水)

クラシックコンサートは新曲で行くつもりです

 声楽レッスンの続きの続きです。

 まずは、歌曲であるトスティ作曲の「Il pescatore canta!/漁夫は歌う」から歌ってみました。まずは息が続かない部分に、うまくブレスを増やしてみました。これで、息継ぎさえちゃんとできれば、この曲は何とかなります。

 この歌は舟歌で、どこか民謡っぽいノリがあります。実際、イタリアでは、クラシック歌手だけでなく、ポピュラー歌手もこの曲を歌うのだそうです。そこで問題になるのは、この歌に何度も出てくる“こぶし”の歌い方です。イタリアのポピュラー歌手の“こぶし”は日本の演歌歌手のそれとほぼ同じなんだそうです。つまり、アゴを使って、音程と音色と音程を同時にまわしてしまうやり方です。でも、クラシック歌手として、この“こぶし”を歌うなら、音量や音色は変えずに、音程だけを回さないといけません。アゴではなく、腹筋で回すわけで…ああ、声の敏捷性ってヤツが必要じゃん、私はこれが苦手だあ!

 この歌は舟歌で、舟歌というのは、イカしたお兄ちゃんが歌う歌なので、シャレオツでなければいけません。シャレオツに歌うには、色気がなければなりません…ってわけで、あまり声をバーンと出してしまったら、シャレオツな感じにはなりませんから、声は控えめにして、色気をムンムンにして歌わないといけません。色気かあ…食い気なら自信があるんだけれどなあ。

 上行音型を見ると、ファイトが湧きます。頑張って歌おうという気分になります。一方、下降音型を見ると、正直、雑な気持ちになります。…ってか、下降音型って好きじゃないし、興味もありません。なので、上行音型ばかりに気を取られて、グングン歌って、下降音型はおざなりでいい加減に歌ってしまい勝ちです。もちろんこれはダメで、下降音型も上行音型と同様に…は無理でも、少なくとも雑に歌ってはいけません。

 この歌は、まあまあ行けそうなので、次はアリア、ドニゼッティ作曲「愛の妙薬」の「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」に参ります。まあ、この曲は、まあまあ行けそうだと先生は思ってくださっていますので、ひとまず一回だけ歌ってみましょうって事になりました。

 今回はテンポ設定をどうしようかという事で、可能な限り速いテンポで歌ってみました。分かっていた事ですが、このテンポではカラダがついていけません。声が敏捷性に欠けます。でも、速いテンポの方が声は楽なんだよね。なので選択肢は2つとなりました。一つは、楽に歌うために、声の敏捷性をあげてチャレンジしてみるか、もう一つは、やるべきことをしっかりやりながら歌うために、テンポを落として歌うのです。ただし、テンポを落とすと、今度は声が大変になります。

 実はこの曲は、早めのテンポで歌っても、実は声は、それほど楽ではありません。きちんと考えながら歌っても、最後には声がなくなってしまいます。それなのに、テンポを落として歌えば、曲の途中で声が無くなってしまうわけのは、火を見るより明らかなので、それは避けないといけません。ああ、難しいです。

 要は、私のカラダが追いつけるギリギリのテンポ設定を考えて、声の敏捷性とスタミナの両立を狙うわけです。頑張りましょう。

 で、最後は、先生が一番心配している二重唱、ヴェルディ作曲「椿姫」の「Un di felice, eterea/思い出の日から」を歌ってみました。

 とにかく妻と合わない(笑)。まあ、この曲は難しいからねえ…。それぞれの個人のパートも難しい上に、それを合わせるだから、そりゃあ難しいのは当然だけれど、まあ、とにかく歌えないわけではありません。ハモる箇所も、あちらに釣られることなく歌えているので、後は個人練習をしっかりする事と、合わせの練習をしていく事で、なんとか乗り切れそうだと分かりました。

 というわけで、クラシックコンサートは、新曲でもいいですよと、先生のお墨付きをいただきました。よっしゃあ、じゃあ何を歌いましょうか? 次回のレッスンまでに、何曲か候補を決めてきたいと思います。

 さあ、あれこれ忙しくなってきましたよ。

 

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2019年7月 9日 (火)

声は後ろに回します

 声楽のレッスンの続きです。鳴りの少ない声を目指してレッスンは続けられましたが、鳴りの少なさだけを学んだわけではありません。

 今回のレッスンは、同時に「声を後ろに回して歌うこと」もやりました。

 私は声をまっすぐ前に出してしまう癖があります。これはダメです。声をまっすぐ前に出してしまうと、声の響きが少なくなるし、色気も少なくなってしまいます。声は必ず一度、後ろに回す事で、豊かな響きと色気がマシマシになるのです。

 で、声を後ろに回すためには、声に敏捷性がないといけませんし、テノールたる者、声に敏捷性ってヤツが不可欠なわけですが…私の声には敏捷性が大いに欠けています(涙)。敏捷性ってのは、要は筋肉の運動速度なのです。つまり、私の筋肉は動きがトロいってわけです(涙)。筋力が不足してトロいのならば、筋トレ的な練習をしていけばいいのですが、筋神経伝達速度がトロいのなら、それは老化現象なので、ある程度は諦め、現状を受け入れつつ、何とか打開策を考えなければいけません。

 簡単に“老化”とは考えたくないなあ。だって、老いには勝てないもの。

 軽い声で、すばやく動けないと、テノールとしてはキツイのは事実ですから、なんとかしないと…ねえ。

 さて、毎年地元で開催しているクラシックコンサートが、今年も開催される事になりました。もちろん、私は今年も参加するつもりです。で、問題はその開催時期です。実は、門下の発表会の5週間後に開催になりました。いやあ、5週間だよ。なんとも微妙だよね。これが去年みたいに1週間後なら、もう全く同じセットリストで行っちゃいますし、2ヶ月ぐらい空いているなら、頑張って新曲に挑んで、全く新しいセットリストで臨みます。しかし、5週間だよね…全部新曲にしてしまうと準備が大変だし、かと言って同じセットリストでは、たぶん私が練習に飽きてしまいます。さあ、どうする…?

 という訳で、先生と相談しました。今、発表会用に準備しているセットリストを仕上げるのに、どれだけ時間が必要か…って問題だろうという話になりました。今のセットリストが早めに仕上がるなら、次の準備にも早めに取り掛かれるだろうから、次のクラシックコンサートは新曲でも良いだろうけれど、今のセットリストの仕上がりがギリギリだったり、あるいは仕上がり切らなかったならば、同じセットリストでクラシックコンサートに臨んだ方が無難だろうって事になりました。

 なので、今のセットリストの仕上がりがどれくらいになるか…を考えなければいけないので、ひとまず現段階での仕上がり具合を聞いて、それでクラシックコンサートのセットリストを考えてみましょう…となりました。

 で、歌曲、アリア、二重唱をひとまず歌ってみたわけなのでした。

 続きはまた明日。

 

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2019年7月 8日 (月)

声が鳴り過ぎる件について

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは声が鳴り過ぎる件について注意を受けました。

 クラシック声楽の歌声で使う声には、大きく“鳴り”と“響き”の特徴的な2つの性質を兼ね備えているものです。もちろん、初学者などの場合は“鳴り”も“響き”もまだまだで、とにかく「声を鳴らしていきましょう」「声を響かせてみましょう」という指導が入りますが、ある程度歌ってきた人の場合は“鳴り”と“響き”のバランス調整が必要になってくるわけです。

 多くの場合“鳴り”の多い声に対しては“響き”を増やす指導し“響き”の多い声に対しては“鳴り”を増やす指導をしていきます。と言うのも“鳴り”を増やしていくと自然と“響き”は減っていき“響き”を増やしていくと“鳴り”が減っていくのが普通だからです。ですから、このような手法で声のバランス調整をしていくわけです。

 で、私の場合は「とにかく声がよく鳴る」んだそうです。これは稀有なパターンで、一種の才能とも言えるそうだけれど、とにかく本当によく声が鳴るんだそうです。これを支えているのが、天性のノドの強さってヤツなんだそうです。つまり私は、ノドが強くて、それで声がよく鳴る人なんです。

 で、声がよく鳴る事自体は悪い事ではなく、迫力のある歌唱には向いているのですが、これしか出来ないのは、色々マズイよねって話なんです。

 なので、ここしばらく、ずっと響きを増やしていく練習をしてきたのですが、普通は響きを増やしていくと鳴りは減るのですが、私の場合は、いくら響きを増やしても、鳴りは一向に減らなかったのです。むしろ、鳴りは変わらないのに、響きがドンドン付いてくるので、ますます大音量になってしまうのです。

 普通の人は、そんな大きな声では歌えないのだけれど、私はノドが強いので、それが可能になっているのだけれど、そんな無茶な歌い方は、いつまでもできるモノではないのです。やがてこの発声にノドがついてこられない日が、必ずやってくるわけです。そうなったら、歌はオシマイになってしまうのだけれど、それでは悲しいので、今から鳴りの少ない、響きの多い声で歌えるようになりましょうって事で、響きを増やす練習をしてきたわけです。しかし、いくら響きを増やしても鳴りが減らないのが私だったというわけで、ついにY先生の指導も、方向変換を余儀なくされ、今回からは響きを増やすのではなく、鳴りを減らす声で歌うという指導に切り替わりました。

 普通、鳴りを減らす…なんて指導はしないのです。なぜなら、人の声のデフォルトは鳴りが少ないものだからです。だから、鳴りを増やす指導があるわけだし、鳴りが多すぎる人には響きを増やす指導をする事で、間接的に鳴りを抑えるわけで、直接的に鳴りを減らすとか響きを減らすという指導はしないのです。

 で、その普通はやらない禁断の指導に、ついに突入しちゃった我々なのです。

 しかし、鳴りを減らす…つまり“鳴らない声で歌う”ってのは、難しいです。私、そんな事、意識的にはできないよ(涙)。でも、それを意識的にできないとコントロールできないわけだから、頑張って、そのやり方を見つけて、意識化して、コントロールできるようにしないといけません。

 試しに鳴りの少なそうな声で歌ってみると…支えがなくなるのでダメ。で、その状態から支えを入れると、今度は声が鳴ってしまいます。あれあれ、どうすればいいの?

 先生がおっしゃるには、時折、私、鳴りの少ない声で歌っている時があるんだそうです。だから、鳴りの少ない声で歌えないわけではないのだけれど、そのやり方が無意識過ぎて、自分で分かっていないのが問題なんだそうです。

 鳴りの多い声は、声をバーンと出したいテノールの人に多い現象なんだそうだけれど、鳴りが多い声は、どうしても声が重くなってしまうし、声が重くなってしまうわけで、そんな声で歌っていると、高音発声が難しくなるし、ノドの負担も増えるので、基本は鳴りの少ない声(=響きの多い声)で楽に軽い声で歌うのが良いのです。

 うむうむ、実に難しい話なのでありました。

 

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2019年7月 7日 (日)

イマドキの若者たちが知らないモノ

 私はオジサンです。ですから、イマドキの若者と話をしていると、時折、ジェネレーション・ギャップってのを感じます。特に、こちらは当たり前だと思っている事を、相手が知らなかったりすると、ビックリしてしまいます。今回は、そんな感じでビックリされた事を列記してみたいと思います。

1)LP&ドーナッツ盤

 イマドキの若者は、音楽をYouTubeで見たり、配信で購入するんだそうです。音楽なんて聞ければいいわけで、ブツとして手元に無くても平気なんだそうです。オジサンは、やっぱりブツが手元にないと不安で仕方ないので、音楽はCDじゃないと買えません。で、そんなCDも、割と最近、世に出てきたモノだと思っていたりします。なにしろ、若い時はCDではなく、レコードを買い漁っていた世代ですからね。音楽と言えばLPですよ。
 でも、そんな“LP”なんて言葉、イマドキの若者には通用しません。LPと言えば、LGだと勘違いされます。LGは、韓国の電機メーカーでしょ?

 ドーナッツ盤と言っても、全然通用しません。「昔のシングル盤だよ」と言うと分かるみたいです。ドーナッツ盤が分からないのにシングル盤が分かる理屈が、私には分かりません。

2)LD

 言わずと知れたレーザーディスクです。“大きなDVD”と言うと、理解してもらえます。本当は“絵が見えるレコード”なんですが…ねえ。LD全盛期の頃、オペラのLDがたくさん世に出て、たくさん見たものです。ドミンゴファンになったのも、LDのおかげです。

 LDが通用しないのですから、VHDは全く通用しないし、こちらも通じるとは思ってません。

3)銭湯

 昔の家には風呂がなかったから、みんなで通ったんだよ…なんて言っても、理解してもらえません。だいたい、家に風呂が無いというのが理解できないようです。昔は、風呂はおろか、便所すらない家だって、たくさんあったんだよね。戸建てなら、便所は離れに作ったものだし、集合住宅だと共同便所を使うのが当たり前だったわけです。

 あの頃は、入浴なんて、2~3日に一回で全然平気だったのに。頭髪を洗うなんて、週に1回で平気だったのに。なんで、私は毎日入浴して、毎日洗髪しているんだろ? 思えば、不思議なもんです。

4)ガス炊飯器&ガスストーブ

 ちょっと昔までは、炊飯器とストーブはガスがブイブイ言わせてませんでしたか? それがいつの間にか、ガス炊飯器はマイコン制御の電子式の炊飯器に、ガスストープは石油ストーブやエアコンに置き換わってしまいました。

 今やガスは、お風呂で使用する給湯器と、台所の煮炊きで使うガスコンロぐらいにしか使わないかな? それらですら、電気に置き換わろうとしている今日このごろです。でも、リスクヘッジはしておかないとね。すべてを電気エネルギーに頼ってしまうと、停電の時にヤバイよ。東京の人は分からないだろうけれど、計画停電の時に困ったでしょ?

5)マック

 “マック”と言っても、マクドナルドの事ではありません。マッキントッシュの事です。アップルだからマッキントッシュなのです。

 ああ、憧れのマック! 当時は選ばれた人しか使えないモノで、私のような下々の者はウィンドウズを使うしか無かったのでした。

 ちなみに“マッキントッシュ”と検索したら、紳士服屋さんがヒットして、マックは全然ヒットしませんでした。ちなみに“マック”と検索したら、iMacがヒットしました。おお、あのマッキントッシュは、今はiMacって呼び名を変えて存在しているんだね。よかった、ハンバーガーが最初にヒットしなくて。

6)フロッピー

 パソコンで、データーを持ち運びする時に使ってた、ペラペラなフィルムでできた円盤の事です。最初のフロッピーは、レコードと同じサイズだったんだよ…と言っても、フロッピーもレコードも知らないので、全然分かってもらえません。8インチとか5インチの時代は、一枚ずつのバラ売りしてたんだよねえ。箱売りになったのは、3.5インチから…と言っても、全然通じませんが…私はフロッピーを愛用していたんだよね。使わないのに、USB接続のフロッピーディスクドライブを未だに持っています。いやあ、フロッピーから離れられなくて…ねえ。

 フロッピーにはせいぜい1MBぐらいしかデーターは入らなかったけれど、当時はその1MBが無限に感じられたんだよね。

7)青写真

 青焼きコピーとも言ってました。とにかく、安かったんだよね。感光紙と薬品を使ったコピーのようなもので、今のコピーと比べると、あれこれ手間がかかるけれど、昔はこちらが主流でした。コピーを少数作るなら青写真で、多量に作るなら謄写版ってのが、当時の選択でした。ああ、謄写版と言っても、通じないか…。ガリ版の事だよ…と言っても、ガリ版ももはや通じないか(溜)。

8)白黒テレビ

 白黒の映画は、今の若い人も見るので、分かるようですが、テレビ受像機が白黒だった事は、なかなか理解してもらえません。でも、昔のテレビは白黒しか映らなかったんだよね。

 昔々、我が家にあった白黒テレビは、真空管だったので、よく壊れました。で、壊れてしまうと、テレビを叩きます。叩くと直る事がありますが、叩いても直らなくなると、電気屋を呼んで、テレビの中のダメになった真空管を交換してくれました。それで当時の機械は直ったものです。

 そうそう、昔の機械は、よく火を吹いたんだよね。ウチも白黒テレビから火が出た事があります。ビックリしたものです。

 この手の話は、なかなか止まりませんね。年を取ると、昔を振り返るのが楽しくて楽しくて、ほんと、仕方ないですね。

 

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2019年7月 6日 (土)

水槽が壊れた(涙)

 先週の落ち穂拾いでは書かなかった事を書きます。

 実は落ち穂拾いの原稿を用意していた時に、事件は起こりました。あまりにリアルタイムでの出来事だったので、あの時は文章化して記事にする余裕がなかったのです。

 それは、金魚水槽が壊れて、水槽の水漏れが始まった事です。

 原因は分かりません。数日前にあった地震のせいかもしれないし、何かがぶつかって水槽が壊れたのかもしれませんし、水槽のそばに炊飯器が置いてあるので、その熱のせいで水槽がダメになったのかもしれません。あるいは、単純に経年劣化かもしれません。とにかく、水槽の水が漏れ出しました。

 漏れたのは水だけでなく、水槽の砂利も出てきましたし、いないとばかり思っていた沼エビも水槽の外に出ていました(エビに関しては、発見が遅かった事もあって、結局星になってしまいました)。水の漏れ方も、ザザーって感じではなく、ジワジワって感じでした。水槽は食卓に置いてあるのですが、気がついた時には、食卓だけでなく、その床までびっしょりと濡れてしまいました。

 漏れた水量はペットボトル数本分で、その水が辺りに漏れていたわけです。たまたま、テーブルの下にバケツ(金魚用品が入ってます)が置いてあって、テーブルからあふれた水は、運良く、そのバケツの中に垂れていったので、大惨事にはならなかったものの、やはり結構なオオゴトとなっていました。

 さっそく、周辺の掃除と片付け、金魚の避難を開始しました。

 避難先は、普段は金魚の水替えで使っている12リットルのやや大きめなバケツです。ここに、普段の水替えの要領で、水槽の水を移し、金魚たちを入れました。金魚の移動は…手づかみです。網ですくうよりも人の手でつかんだ方が、金魚に優しいからです。もっとも、ドジョウは手づかみできませんので、網ですくいましたが…結構苦労しました。で、そこに水草も加えて避難完了です。

 酸欠が予想されるので、ブクブクも一緒に投入しました。ドジョウの飛び出しを警戒して、バケツの上にはラップを貼って(もちろん、空気穴として、ちょっとだけ隙間を作りました)、中が暗くならないように電灯もつけました。水が汚れるので、金魚たちはしばらく断食です(でも、たぶん水草は食べるはず)。

 水と金魚がいなくなって、軽くなって移動可能になった水槽は、貝と砂利と一緒に、ひとまず洗面所の水場に移動です。ここなら水漏れがあっても大丈夫だからです。

 新しい水槽はすぐにアマゾンに注文しました。

 水槽が壊れたのが平日で、私が買い物に行ける休日までは日にちがあったので、リアル店舗で買い物をすると購入が遅くなってしまうという判断と、水槽って大きいので、家まで運ぶのが大変だし、アマゾンなら自宅まで運んでもらえるので便利だから…って事で、今回はネット通販をチョイスです。ちなみに、現物が確認できないのは、ちょっと不安でしたので、今回はケチらずにちゃんとしたブランド品を購入しました。

 さて、水槽が届くまでの間、金魚たちは狭いバケツ生活となりました。普段、病気等で水槽から取り出す時は、一匹ずつですから、小水槽に移動させるのですが、さすがに5匹全部+ドジョウとなると、入れられる水槽もないので、やむなくバケツ生活になりました。

 バケツ………本当に狭いですね。時折、上からのぞいてみると、みんなじっとしています。動き回れるほどのスペースがないんです。バケツそのものは、容量的には割と大きめなんですが、金魚を入れたら、それだけでもういっぱいなんです。一番底の部分にルデンとアセビとベルがいます。ルデンはカラダは大きいのですが、尾が極端に短いので、そんなに場所を取らないようです。なので、アセビやベルと共存できます。ベルなんかは、バケツの底にドジョウと一緒になって、沈んでいます。

 その少し上にはシズカがいます。シズカはカラダがデカイので、一匹だけで一面全部占拠してしまいます。で、その上にはヤヨイが、これまた一匹だけで全面占拠しているわけです。まあ、狭いバケツですが、上下にうまく棲み分けているようです。で、一番上には水草があって、それが蓋のような役割を果たしています。

 とにかく、狭いバケツですが、新しい水槽が来るまでの辛抱です。それまでフンで水が汚されるのを警戒して(なにしろ、ろ過器はありませんから)絶食ですが、金魚たちは、その事を理解していませんので、翌朝なんかは、激しくエサをねだっていましたが…無視しました。

 で、予定では、翌々日に到着するはずだった水槽が、なんと翌日、ちょうど私がフルートレッスンに行っている間に到着しましたので、レッスンから帰るとさっそく、金魚のお引越しを始める事にしました。

 まずは新しい水槽を軽くぬるま湯で洗い流します。ホコリとか油とかを落とすためです。で、きれいになった水槽を設置します。場所は以前と同じ、食卓のテーブルの上です。

 その新水槽を設置した場所のすぐそばに、作業をしやすくするために、旧水槽を置きます。

 まずは旧水槽に残った貝の移動です。一つ一つ調べてみたら、元気な貝はぜんぶ石巻貝でした。タニシは…すべて食べられていました。そう、金魚たちはタニシをすぐに食べてしまうのだけれど、石巻貝は食べないんだよね。

 で、残った石巻貝たちを隔離したら、砂利の移動です。底が網になっている砂利用のスコップですくって移動です。移動する際に、軽く水槽内で砂利を洗います。水替えのたびに砂利掃除はしていたのですが、それでも砂利って汚れていて、ビックリです。

 砂利移動が終わったら、旧水槽の水が落ち着くのを待ってから、旧水槽の上側のきれいな水を新水槽に移動です。

 次に金魚バケツの水草を移動し、バケツの水(上の方のきれいな部分)を水槽に戻しました。そのあたりで、ようやく水槽の水位もほどほどになってきたので、金魚やドジョウたちを水槽に戻します。それでもまだ水は足りないので、足りない分は新しい水を足します。旧水槽やバケツに残った汚水は、庭のビワの木の肥料にしました。

 これでひとまず、金魚の引っ越しは終了です。引っ越し直後は、驚くくらいに水槽の水も濁っていたのですが、ろ過装置を動かしたら、ものの30分でキレイになりました。ろ過装置、すげーなー。

 というわけで、水槽がこわれて、金魚たちが大変でしたという話です。あれから約一週間ほど経ちますが、金魚たちは以前と全く変わらず、普通に元気に暮らしています。水槽が変わるというのは、環境が激変するわけで、何匹か星になる事を覚悟していましたが、砂利も水も以前のモノをなるべく流用するように心がけたこともあって、みんな元気に暮らしています。

 金魚を飼うことは、水を飼うことなんですね。

 これは金魚飼育の先輩から教わった言葉ですが、今回、なるべく水を変えなかった事が、金魚たちの延命につながったのだろうと思っています。

 次は水槽の水漏れが始まる前に、新しい水槽を用意しましょう。目安は…2030年頃かな?

蛇足  新しい水槽にしたら(当然ですが)水槽のガラスが透き通っていてきれいなんです。で、金魚たちの姿が5割増しほど美しく見えます。本当だよ。ガラス、大切だな。

 

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2019年7月 5日 (金)

お外は嫌い?

 フルートのレッスンに行ってきました。今回、私の前の時間にレッスン受けていたのは、いつもどおりの姉様でした。で、普段はなにやら小難しい曲を先生と吹いているのですが、今回はアンコールピースのような、私でも聞き知っている曲を数曲、カラオケに合わせて演奏していました。使っているのは、普通に楽器店で販売されている楽譜なのですが、何箇所か先生が楽譜の訂正をしていました。そうか、市販の楽譜にも、それなりに間違いってあるんだな…。

 で、3人でロングトーン練習です。バッチリです。

 レッスンの最初は、エルステユーブンゲンです。はっきり言って、全然練習していないので、暗譜は全くできてません。まだ25番と26番ですが、当然合格はありません。先生がおっしゃるには「もうきちんと吹けているし、音もキレイなんだから、早く暗譜して終わらせよう」ですが…、暗譜が難しくてね。ただ練習しているだけでは、全然暗譜できないので、わざわざ暗譜作業をしているのですが、覚えたそばから忘れてしまうので、ちょっと練習の間隔が開くと、途端に脳みそ白紙状態になります。ダメっすね。

 おジイちゃんには、暗譜前提の課題は、かなり厳しいです。

 旋律的練習曲は、相変わらず2番です。こちらもしばらく練習できなかったのですが、練習しなかった間、あれこれ熟成してきたようで、前回吹けなかったところのいくつかは、サラッと吹けるようになっていました。

 しかし、相変わらず吹けないものは吹けません。特に、裏打ちの六連符は難しいね。これは指の問題で吹けないのではなく、譜面がちゃんと読めないので吹けないというパターンです。もっと落ち着いて、一拍をきちんと把握して吹けば、できないわけじゃないんです。落ち着いて丁寧に楽譜を読んでいきましょう。

 40リトルピーセズは、25番のモーツァルトの「デュポールのメヌエット」です。今回が初披露なのでしたが、あっさり一発合格です。私は、こういう合わせものは得意みたいです。次の26番はシューベルトの「セレナーデ」ですが、耳慣れない曲です。何のセレナーデなのかしら?

 (学校の)夏休みが近づいてきました。今年の私は、なんという事か、某高校の吹奏楽部の顧問でして、今の時期は、コンクールと野球応援の準備で忙しかったりします。

 野球応援などの野外での演奏(?)って、ほんと楽器を痛めつけるんですよね。金管は良いとしても、フルートを始めとする木管楽器は、環境的に厳しいモノがあります。なので、今年の野球応援では、木管楽器はすべてプラ管を使用する事にしました。プラ管はタフだものね。プラ管の無い楽器の奏者は、臨時に打楽器奏者に転向してもらう事にして、野外演奏から木管楽器の追放に成功しました。

 そんな話を先生にしたところ、それは正しい判断だと褒められました。と言うのも、先生、先日、お仕事で某デパートの野外ステージ演奏会にゲストで呼ばれて吹いてきたそうですが、野外ステージで途中から雨も降ってくるような、湿っぽい時にフルートを吹いたので、湿気にやられて、フルートの調整が狂ってしまったのだそうです。フルートの調整って、普及品はネジ締めで行いますが、高級フルートは紙で行うんです。で、外の湿気に紙がやられてしまって、調整紙交換になってしまったのだそうです。

 フルートの調整って、それなりに費用がかかります。

 仕事してフルートの調子がおかしくなって修理に出しているようじゃあ、ギャラが合わないよ…とぼやく先生でした。そりゃあそうだよね。

 

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2019年7月 4日 (木)

どんなふうに演奏/歌唱したいのか?

 実は音楽を演奏/歌唱する上で、とても大切なことが“どんなふうに演奏/歌唱したいのか?”という、演者の気持ちではないのかと思ってます。

 これは“楽譜通りに”“ミスなく”“ソルフェージュ的に完璧を目指して”演奏するだげでは足りないって事でもあります。ミスなく楽譜通りに演奏するのは、まず最初にクリアすべき課題であって、もちろんこれは目指さなければいけないのだけれど、それで良しと思ったら、その音楽は、とてもつまらないモノになってしまいます。

 コンクール等を見に行くと“とにかくミスさえしなければ良い”と言った姿勢がミエミエの演奏にぶち当たる事があります。まあ、コンクールは減点主義だったりするわけで、そこでミスがあるのは致命的だから気を使う…というのは分かります。でも、そういった演奏は、しばしば聞いていてつまらないのです。そういう人は、上位入賞をするかもしれませんが、決して聴衆賞的なモノは取れません。コンクールで上位入賞をするのが人生の目的ならば、それも良しでしょうが、その後、プロの演奏家としての活躍を目指しているのだとしたら、観客に気に入られない演奏を平気でしちゃう人って、どうなんでしょうねって思うわけです。

 別にこの話は、プロに限ったわけではありません。アマチュアだって同じです。

 あなたが演奏する音楽に、あなたの意思は加わってますか? って話です。あなたはその音楽を演奏する事で、何を表現したいのですか? って話でもあります。

 子どものピアノ発表会は、微笑ましいのですが、概ねつまらないです。自分の子や、知り合いの子が出演しているならばともかく、そうでなければ、あまりに退屈で、とても聞いていられないのが常です。と言うのも、子どものピアノって、正確に演奏することだけでアップアップで、そこに演奏者の意思や感情なんて入っていないのですから、聞いていてつまらないのですよ。ま、これは仕方がない。

 オトナの声楽発表会やフルート発表会でも、ただただ演奏/歌唱するのに精一杯な人もいますが、そういう人の演奏/歌唱は、たいていつまらないです。ま、これも仕方がない。発表会は発表会であって、演奏会ではないのですから、つまらない演奏であってもアリと言えばアリです。

 オトナの発表会でもたまに、プロの演奏会なら必ずあるのが、そういった意思が感じられる演奏/歌唱です。

 そういった意思が感じられる演奏/歌唱は、聞いていて引き込まれます。耳が奪われるし、魂が抜かれます。楽譜通りにミスなく演奏した上で、そこに演奏者としての自分の意思や感情を込めていく…簡単ではないけれど、そこまでやって初めて、音楽を演奏/歌唱していると言えるのではないかと、最近の私はそう思うのです。厳しい感想ですが、観客サイドに立って考えるならば、まさにこの通りなのです。

蛇足  まあ、アマチュアの場合は、意思と言うか、思いが溢れて、しばしばやりすぎて臭くなっている演奏/歌唱もありますが、それもまた、愛すべき演奏/歌唱です。

 

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2019年7月 3日 (水)

脱力って大事、ほんと大事

 先日、例によってアマチュアの声楽発表会を聞きに行きました。割とよく発表会を聞きに行く団体なので“見知らぬ人の発表会”と言うよりも“見知った人たちの発表会”なわけで、その成長ぶりを確認するのが楽しみな発表会でした。

 で、その団体の発表会を…実は今回、数年ぶりに聞きに行ったわけです。最近、聞きに行っていなかったので、さぞや皆さん上達をしただろうと思って聞きにいったわけですが、実際問題としては、上達した人もいれば、現状維持の人もいるし、却って下手になっている人もいたりして、全般的には「あまり変わらないなあ…」という印象でした。アマチュア歌手が歌を上達するのって、色々と難しいんでしょうね。

 で、その団体の特徴は2つあって、…

 1)声量が極端に小さい事
 2)力の入った声で歌っている事

 …でした。で、この2つは実は同じ事が原因なんだろうと思います。それは「ノドの脱力不足」だと思いました。

 声の支えをノドで取り、音程もノドで取り…という、いわゆる“ノド声”で歌っている方が実に多くいました。ノドで歌っているので、中低音は太めの力みすぎな声で、高音は苦しげな声で歌うのが、その団体の特徴にすらなっていました。

 おそらく、こういう声が(指導者の)好みなんでしょうね。一聴すると、ヴェリズモオペラ向きの声に聞こえますが、一種の作り声なので、ちょっと無理があるように私には感じられました。

 もっと伸びやかに歌えれば、もっと上手になるのになあ…と他人事ながら、ちょっぴり残念な思いになりました。ほんと、脱力って大事、ほんと大事だよ。

 理想とする声を目指して、その声に近づけていくのではなく、自分の声を素直に美しく出していく。これが発声では大切な事だと思います。しっかり声を支えて、ノドを脱力して、きちんと響きをのせて歌う。その結果、自分の理想とする声とは違ったとしても、それは受け入れないとね。自分は自分、なるようにしたならないのです。

 私だって、マリオ・デル・モナコのような、重厚なテノールの声が好きだし、ああなったらいいなあと思うものの、現実の私は、それとは全然違う声なわけで、モナコのマネをしたって、何にもならないわけです。それより、私自身の声を磨いていって、自分の声で歌えるようにする方が、全然マシだと思ってます。

 あと、選曲は大切ね。私が聞く限りでは、声に合わない歌(チェンジの付近の音が多い歌や、低音が多くて音程を取れていない歌)を歌っている人も目立ちました。一般的には、音域の低い曲は簡単な曲という扱いを受けやすいのですが、それも程度があるわけで、低くても、自分の声に合っていない歌は、簡単そうに見えて、実は難しく、アラが目立つんですよね。

 ノドの脱力と選曲の大切さ、私も決して他人事じゃないんだよね、気をつけていかないと…。

 

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2019年7月 2日 (火)

なぜ音がぶら下がるのか?(声楽編)

 思えば、以前習っていたキング先生からは、歌声がぶら下がっている(♭している)と言われ続けました。簡単に言えば「君、音痴!」って事ですね。ですから、よくピアノの音を聞いて歌えとか、毎日音叉を聞き続けろとか、音感…ですか?を正すというか、鍛えるというか、そういう注意を日々受けて練習していました。歌っている私自身、音が微妙にズレているという自覚はありました。でも、自覚はあっても、それをどうにかする手段が分からなかったのです。だから先生に相談したわけですが…。

 まあ、確かに私には絶対音感はありません。でも、ジャンルを問わず、音楽は好きだし、楽しんでいます。音楽を楽しめる程度の音感はあるわけだし、ピアノだって聞かずに自分勝手に歌っているわけじゃないです。自分なりにピアノをよく聞いて、それに合わせて歌おうとしているのに、なぜか音程がぶら下がってしまうのです。

 悩みですよね。当時、かなり真剣に悩んでいました。もちろん、先生に相談をしました。その結果、言われたアドヴァイスは「耳が悪い」で、だから毎日音叉を聞きなさい…だったわけです。

 耳が悪い…と言われても、聴力的には問題ないし、毎日音叉を聞いて、Aの音を覚えても、だからと言って、私の歌が常にぶら下がっていた事については、何の改善もありませんでした。

 キング先生の門下にいた間は、私の音痴(?)は全然治りませんでした。

 治るわけないです。だって私の音痴の原因は音感の悪さではなかったんだもの。原因の特定が間違っているから、その指導法も間違っていて、結果的に音痴と言う症状は、ちっとも改善されなかったわけです。

 では、原因は何だったのかと言えば、発声が悪い事だったのです。

 キング先生の教室は『ボイス・トレーニング』を看板に掲げていましたが、だからと言って、きちんと発声を学んだ記憶はありません。歌は習ったし、よく遊んでもらったけれど(この点に関しては感謝しています)、発声に関しては何も教えてもらっていません。なにしろ「発声にコツはない。何度も何度もチャレンジするだけ。百回やってダメなら千回やる。千回やってダメなら一万回やる」と言われてました。つまり「我流を貫け」ですね。もっとも、その我流の結果に対して、一応、ダメは言ってくれてはいました。だから、全く指導がないわけではないのだけれど、発声の正しいやり方そのものは、教えてはくれませんでした。自分(キング先生)のマネをしろとは言われたけれど(たぶん、それが彼流の“指導”)そのマネがうまくはできないんだよね。だって、人間が違うんだからサ。それに、ものまねができる人/できない人がいるし、上手な人/下手な人もいるわけじゃない? ちなみに私はものまねって、めっちゃ下手だよ。言葉で説明されないと、全然分かんないんだよ。

 だから、キング先生に習っている間に、ドンドン歌は下手になっていきました。仕方ないよね。

 閑話休題。音程の悪さは音感が悪いからではなく、発声が悪いのが原因です。私はよく音がぶら下がりましたが、これはノドに力が入りすぎているからです。脱力して歌えるようになれば、自然と音程は正しくなります。私とは逆に、音程が上ずってしまう人は、息が抜けてしまう人です。支えをしっかりとして、しっかり声を捕まえるようにすれば、自然と音程は正しくなります。

 要するに、耳が聞こえないなどの物理的な制約がなく、普通に音楽が好きで音楽を楽しんでいるような人の場合、音程の悪さは、音感の悪さと言うよりも、発声の悪さが大きな要因となります。ですから、発声がちゃんとしてくれば自然と音程も正しくなるわけで、音程が悪いからと言って、音程だけを取り上げて、ああでもないこうでもないとやる事自体が間違いであり(木を見て森を見ず…だね)歌の勉強をしているのに、いつまでたっても音程が悪いのは、きちんと発声を学んでいないからなのです。

 結論。なぜ音がぶら下がるのか? それは脱力がきちんとできていないからです。音痴で悩んでいる人は、きちんと発声を教えられる声楽教師とかヴォイストレーナーなどの元で学べば、早晩正しい音程で歌えるようになります。ガンバ。

 

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2019年7月 1日 (月)

なぜ音程が安定しないのか?(フルート編)

 アマチュアの発表会は、声楽の発表会に行く事が多い私ですが、それは情報が入手しやすいからであって、別にフルートの発表会に行かないわけではありませんってか、機会があればフルートの発表会にも顔を出したい私です。

 フルートの発表会の情報が入手しずらいのは、おそらく声楽人口よりもフルート人口の方が少なく、発表会の数そのものが少ないからという事と、声楽の発表会は音楽ホールでやるのがデフォルトですが、フルートの発表会って、別に音楽ホールばかりで行われるわけではなく、会議室とか飲食店とか音楽教室のレッスン室とかでも行われるので、本当に情報を得るのが難しいからです。

 そうであっても、フルートの発表会に行かないわけではありません、結果的にごくたまには見に行くんですよ(汗)。

 アマチュアのフルート発表会に行って感じる事は、アマチュアと言えども、指がすごくよく動く人が大勢いらっしゃる事。真っ黒な楽譜を難なく吹いちゃう人が相当数いる事です。これ、単純にすごいなあって思うわけです。

 一方、おそらく初学者さんたちだろうけれど、音程が不安定な人も少なからず見受けました。ビブラート?ならいいのですが、そういうわけでもなく、なんとも音程が定まらず、せっかく吹いているのに音痴な演奏に聞こえてしまうというパターンであったり、高音になると、音がひっくり返ったり、1オクターブ低い音になってしまったりというパターンもあります。

 これらは単に呼吸筋の筋力不足が原因なんです。筋力がまだ弱くて、一定の強さで息を吐き続ける事がまだ困難で、その結果、音程が不安定になってしまうのです。ほら、フルートの音程って、歌口に吹き込む息の速さでも変化するでしょう? 

 だから、呼吸筋が鍛えられていくと、自然に音程も安定し、ある程度練習時間を積み上げていくと解決する問題なのです。

 よく息を鍛える系のギミックが楽器屋さんで売っていますし、それらを愛用している方もいらしゃるようですし、それらのギミックの効果を否定するつもりは、私には全くありませんが、それらのギミックを使うよりも、単純にたくさん練習すれば筋肉は鍛えられると思います。それに、それらのギミックを使ってトレーニングする時間があったら、楽器を吹いていた方が楽しいし、よっぽど練習にもなると思うのですが…そうでもないのかな?

 

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