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  •  京アニ放火事件、ただただご冥福を祈るばかりです。優秀な日本の職人さんたちが、一人のキチガイによって殺されたのだと思うと、なんとも無念で言葉がありません。世の中は理不尽で不条理なのだなと、改めて思い知らされるばかりです。
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2019年6月の記事

2019年6月30日 (日)

ブログじゃあ、昔の記事は読まれない

 特に最近はねえ…。ブログの記事は消耗品って考えれば、昔の記事なんて読まれないのは当然なんだけれど、筆者的には、それはちょっぴり寂しいのね…。どうも見ていると、ブログ記事の寿命って、せいぜい3日なんですよ。アップされて、最初の3日間は、まあまあ読まれるのだけれど、3日を過ぎると、途端に読まれなくなるんですね。

 あ、これ、いわゆる“ランキング”の話です。老犬ブログは、2つのブログランキング(人気ブログランキングと日本ブログ村)に参加していますが、それらのランキングに共通する傾向なのです。

 まあ、その程度の内容の記事しか書いていないからだと言われれば、その通りなんだけれど、どの記事もせいぜい3日で読まれなくなるのを見ると、なんとも言えない思いになります。

 他の人のブログの記事は、老犬ブログとは異なる様相を示すブログも多く、結構、寿命が長い記事もある一方、最新記事なのに、ランキングすら上がってこない記事もあります。ランキングに上がってこないのは、とても寂しい話ですが、ずっとずっとランキングに居続ける記事もあって、それは私にとってはうらやましい限りです。

 実は老犬ブログでも、かつてはずっと読まれていた記事があるんですよ。それは…

『ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた』

 …です。割と最近も、プラスチックフルートの事は書きましたが、そもそも最初の記事は、こちらの記事で、これは2012年に書かれたモノですが、2016年ぐらいまでは、結構頻繁に読まれていた記事です。さすがに昨今は読まれていないようですが(なので、先日書いたわけです)一時期は、最新記事よりも、よく読まれていた月もあったくらいで、それくらいの人気記事でした。

 この記事以降、ずっと読まれ続ける記事が書けずにいる私なのです(涙)。ああ、寂しい。

 読み続けられるというのは、検索され続けるというわけで、ググって、この記事を見つけて、読んでいた人たちがたくさんいたって事です。

 検索…と言っても、この記事が読まれていた時期は、ブログというメディアが元気だった時代であって、各種の情報もブログで探していた時代です。今の人たちは、情報を探すなら、ブログじゃなくて、ツイッターとかインスタとかを、まず漁るでしょ? もう、ブログでどうこうする時代じゃないわけで、それゆえに長期間読まれる記事が減ってきたのかなとも思います。

 今でも、資料的に面白い記事をたまには書いているつもりだけれど、まず検索されていないものね。ああ、残念。

 最新の記事を読んでもらうのも、励みになるけれど、昔の記事を読んでもらうのも、とても、嬉しい私なのでした。

蛇足  実は最近の私は、時間的に一番たくさん吹いているのが、記事にも書いた、ヌーボのプラスチックフルートだったりします。だって、練習用フルートだもの、そりゃあたくさん吹くよね。毎日毎日吹いているので、今の私にとっては、ヌーボのプラスチックフルートって、とても吹きやすいフルートになりました。音色も深くて良い感じですよ。結局、フルートって素材じゃないんだよね。だって、エアリードの楽器だもの。管体が鳴るのではなく、管体の中の空気が鳴るんだよね。だから大切なのは、その楽器をきちんと鳴らせられる腕前があるかどうかの話で、たとえプラスチックフルートであっても、中に入っている空気は金属製のフルートと同じだから、こちらにそれなりの腕前があれば、たとえプラスチックのフルートであっても、立派に鳴ってくれるんだと、今の私は思いますよ。

 

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2019年6月29日 (土)

梅雨ですね[2019年6月の落ち穂拾い]

 本来のスケジュール的には、落ち穂拾いには一日早いのですが、まあ勘弁してください。

 健康って大切ですよね。健康じゃなければ、元気じゃなければ、あれもこれも出来ません。毎日を楽しく生きるためには、まずは健康第一。健康は命よりも大切…なんてね。

 若い時は、放っておいても、だいたい健康でしたし、若干不摂生でも、なんとか健康は維持できていたと思います。でも、年を取ってくると、そうはいきません。だいたいデフォルトの状態が不健康だし、医者通いは当たり前だし、薬に支えられて生きていたりするわけです。そうであっても、状態として元気であれば、まあ健康って言っちゃっていいかなって思ってます。

 持病の一つや二つ、そいつらと共存できなくて、老人やってられるか!

 という訳で、文字通りの“健康”でなくても、ひとまず元気なら“健康”って思い込んでいる私です。

 で、そんな“健康”であっても、維持をするのは大変です。私の場合は、それを“歩く”事で維持しています。私は通勤を徒歩で行っています。毎日片道1時間の道を歩いています。毎日2時間歩いているわけです。なので、ポケGOの毎週の課題「50Km歩く」はたいていクリアしています。

 とにかく、毎日歩いています。歩かないと、すぐに体重増えちゃうし、体調もすぐれなくなります。私にとって、徒歩って生命線なんですよ。

 なのに…入梅です。梅雨です。雨降りです。

 雨が降ると、徒歩通勤は中止です。職場にぐちゃぐちゃの状態では入れませんからね。雨の日はやむなくバス通勤です。バスは速いし楽だけれど、運動にはなりません。梅雨時は雨が続き、バス通勤が増えます。そうなると、私の体重は増え、体調も芳しく無くなります。

 ああ、梅雨が恨めしい。雨が降る事には文句は言わないけれど、せめて私の通勤時間だけでも、雨を止めてくれないかな…と切実に願っています。

選挙、近いですね

 選挙が近づくと、政局とやらが、にぎやかになります。

 「政局って何?」 野党の皆さんが作り出す、ちょっとした政治的な小ブームです。選挙のためだけの論点作りと言いますか、もっとはっきり言っちゃえば、現政権への悪口三昧です。

 まあ、野党の皆さんは、与党とか政府とか国民とかにダメ出しをするのが、ある意味役割ですから、まあ仕方がないとして、良くないのはマスコミだね。公正中立であるべきマスコミが、選挙が終わるまで、完全に野党陣営の味方になり、与党をコケ下ろすキャンペーンを繰り広げるわけで…一方的に与党や現政権を批判するだけってのは、フェアではないよね。自分たちは安全地帯にいながら、他人の悪口を言いたい放題って、卑怯だなあって思います。

 そうか、マスコミって卑怯な存在なんだな。そう理解すると、色々納得します。あとは、その卑怯者の戯言に、我々が耳を貸すかどうかってだけの話です。

 大切なのは政局ではなく、現在の日本が抱える諸問題なわけで、特に国政ってのは、外交と安全保障が要なわけで、そこで以て、政治の良し悪しってのを判断するべきだと私は思います。

 たぶん、これから参議院選に向けて「年金2000万円不足問題」が政局になって、盛り上がるかもしれないけれど、それはとても愚かな話だと思っています。

 年金だけで贅沢な暮らしができると信じている人って、この日本にどれだけいるんだろうか?

 2000万円不足と言っても、月額にすれば、一人5万円相当なんだそうです。これに関しては、生活を切り詰めるなり、アルバイトをするなり、投資をするなり、貯金を切り崩すなりをすれば、どーにでもなる金額でしょ? つまり、年金生活になったら、現役時代とは同じような生活ができるわけないだから、年金ぐらしになったら、身の丈にあった生活をしなさいって事なだけでしょ?

 それにね、ここがマスコミの卑怯なところなんだけれど、あの白書ってヤツに、年金が2000万円不足すると書いた、すぐ横に「老人世帯の平均貯蓄は2500万円ある」とも書いてあって、確かに2000万円不足だけれど、2500万円の貯金があるから、プラスマイナスで500万円の余裕のある生活ができますよって書かれているわけだけれど、そこは無視して報道するわけよ。ほんと、マスコミって卑怯でしょ?

 で、そんな卑怯なマスコミの尻馬にのって野党の皆さんが大騒ぎしたわけですが…貯金うんぬんは横においても、月五万ぐらい、どうにかする甲斐性ぐらい、皆さんお持ちだよね。なのに、それを大声で騒いだり、その大声に踊らされたりして、肝心要のところを見失ったまま選挙に突入しちゃえば…また、悪夢の民主党政権の二の舞だよ。

 まあ、そんな事にならないだろうと思っているけれど、世の中、何が起こるかわからないからね。イギリス人だって、まさか国民投票でEUを本当に脱退することになるなんて思っていなかったそうだし…ね。何が起こるか分からないのが選挙だから、いい加減な気持ちではなく、しっかりと考えて投票しないといけませんよ、

 本当にね。案外、風って吹くものなんだよね。

今月のお気に入り 100均の老眼鏡

 今回はアマゾンへのリンクは貼りません…ってか、アマゾンの老眼鏡は…高いなあ…ってか、中途半端な値段だなあ。きちんと検眼してちゃんとしたものが欲しいなら…まあ通販で買っちゃダメだよね。多少割高でも、眼科医に相談して処方箋を書いてもらって最寄りの眼鏡屋で作るべきだと思うよ。そんなきちんとしたものでなくていいなら…100均の老眼鏡でいいじゃん…って私は思ってます。

 100均の老眼鏡。もちろん100円です。オシャレではありません。レンズの質もちょっと低いかもしれません。落とせば、フレームからレンズが外れます。まあ、ザ・安物って感じですが、家の中で使う分には不便ありません。

 私も老眼ですから、近くはほとんど見えません。手元やパソコンの画面を見る時は、老眼鏡が不可欠ですが、テレビを見る時は老眼鏡はいりません。食事や入浴などの時も不要…ってか、むしろ邪魔です。

 外出時には、遠近両用の度付きの乱視矯正も入った老眼鏡を掛けています。フレームもお気に入りのイタリア製ですから、高いよ(笑)。オトナですから、外出時はそれなりのメガネを掛けているわけです。

 でもね、家にいる時は便利が一番。安さは正義なんですね。

 私は家にいる時は、メガネは掛けません。基本的にメガネは嫌いなんです。メガネ無しで暮らせるなら、その方がずっと良いと思ってます。でも、たまにメガネが必要になる事がありますが…そのたびにメガネを探すのは嫌だし、そのためにメガネをかけっぱなしにするのも嫌なんです。

 だから私は、トイレを含めた各部屋に一つずつ、100均の老眼鏡を置いています。普段はメガネ無しで生活し、メガネが必要な場面の時に、そこにあるメガネを使うわけです。で、使い終わったら、元に戻せば、それでOKです。だから、オシャレなメガネでなくていいし、ピカイチの性能ではありませんが、使えればいいと割り切ってますので、このレベルの老眼鏡で十分です。

 一時、ハズキルーペが欲しくてたまらない時があったのですが、度数の高めの老眼鏡を新規購入したら、それで足りてしまいました。老眼鏡って、老眼鏡としての役割だけじゃなく、拡大鏡としても使えるんだよね…って思ったら、自分には100均の老眼鏡で十分じゃんと悟ってしまったわけです。

 なんとも安上がりな爺様です(笑)。


今月の金魚

 今月の金魚たちも元気でした。金魚たちはね…。衝撃的な事は起こりましたが、まだ事の最中だし、ここの小さなスペースでは書ききれないので、それは来週あたり、記事にします。

 で、金魚が元気なのはいいのですが、いよいよ、暑くなってきて、水温も上がり始め、彼女たちも無駄に元気に活動しています。元気なのは良いのですが、あまり疲れすぎないようにしてほしいなあって思います。ルデンや緋ドジョウなどの若い子たちはともかく、他の子達は、そろそろ立派なオトナだからね。体力的にはそんなに余裕があるわけではないだろうからね。

今月のひとこと

 新型iPod発売決定!…だそうだけれど、今更誰が買うんだろう。私も2年前なら購入したかもしれないけれど、iPhoneに完全移行した現在、もうiPodには戻れないよなあ。(2019年5月30日~6月2日)

 今年のビワを初収穫した。庭に生えている我が家のビワ。今年も美味かった。まだ木にはたくさん実がなっているので、しばらくはフルーツには困らないんだろうなあって思う私でした。(2019年6月2~6日)。

 チケット不正転売禁止法が、今年(2019年)の6月14日より、いよいよ実施されます。ダフ屋行為はもちろん、ネット転売などでもアウトという法律です。また、興行主はチケットが転売されないように工夫しなさいとも定められています。ちなみに罰則は、売り主に対して「1年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金」と書かれています。ま…クラシック業界は関係ないかな? 転売されるほどの人気チケットなんて、まず無いもんなあ…。(2019年6月6~11日)

 立憲民主党が女系天皇賛成を名言したそうな。ちなみに、共産党も女系天皇賛成なんだよね、天皇制反対のくせに(クスクス)。これで立憲民主党と共産党は同じ穴のムジナという事が分かりますね、そう言えば、参議院選挙が近いそうですから、皆さん、こういう事は忘れないようにしましょうね。(2019年6月11~17日)

 人生初。タピオカドリンクというモノを飲んでみた。ミルクティーにグミがたくさん沈んでいた…という感想。やたらと甘い。どことなく中華な風味。たぶん、もう二度と飲まないと思う。(2019年6月17~21日)

 高知県の人口が70万人を切ったんだそうです。ちなみに、人口の少ない県トップ3は、島根県・鳥取県・高知県なんだそうです。で、湘南地方の中心である藤沢市と茅ヶ崎を合わせると69万人です。つまり、高知県と湘南地方は、ほぼ人口が一緒って事になります。いや、周辺地方(自称“湘南地方”ってヤツね)も合わせたら軽く100万越しちゃいます。なら、湘南も県を名乗っても良いのかしら? 湘南県…って、なんか海しかない県みたい(笑)。(2019年6月21~22日)

 犯人蔵匿罪という罪があります。犯罪を犯した者と知りながら、それを隠匿し逃亡を手助けした者に科せられる罪です…なんて事を、知っていながら、彼らは逃しているんだろうなあ。それにしてもしっかりしろよ、神奈川県警!(2019年6月22~24日)

 ビックリした~。6月24日(月)、関東地方でやや大きめの地震がありました。津波もなく、特に大きな被害もなくて良かったですが、久しぶりに大きな地震だったので、ビックリビックリです。なにしろ、体感的には当地での揺れは、あの“東日本大震災”の揺れと同じくらいだったんだもの。また、日本の何処かで巨大地震が起こったのではないかと心配すると同時に、湘南は海のそばなので、津波の有無が気がかりでした。(2019年6月24~25日)

 気圧が低いと、カラダがだるい(涙)。(2019年6月25~26日)

 立憲民主党から夏の参院選比例代表として、「モーニング娘。」元メンバーの市井紗耶香氏(35)、「RAG FAIR」元メンバーの奥村政佳氏(41)、元格闘家の須藤元気氏(41)、筆談ホステスとして知られる斉藤里恵氏(35)の4名を参議院比例候補として擁立するとの新聞報道がありました。私はこの4名については、あまりよく知らないし、タレント候補がいけないとは言わないし、今まで真面目に政治活動をしていた方ならむしろ歓迎だけれど、実際どうなの? 彼らを応援したいと…と思って、彼らに票を入れちゃう有権者がいるだろうけれど、彼らが立候補するのは比例区なんだよね。比例区には比例順位というのがあって、彼らに入れた票で彼らだけが当選するわけではなく、彼ら以外のその他の立憲民主党の候補者が当選しちゃいます。つまり、彼らを応援したつもりが、実のところ、立憲民主党を応援しちゃうのが比例区ってヤツなんだよね。ファン心理につけこんだ選挙戦だけれど、方法としてはアリだから文句も言えません。せめて、ファンの方に、ファン心理とは別に、今の日本の政治についてよく考えた上で投票する事を、私は願います。歌が上手くても、外交やら経済やらが分かるわけではないのです。かつての“悪夢の民主党政権”の二の舞は、なんとしても防ぎたいと思ってます。ノー・モア・フクシマだし、消費増税だって、民主党政権(野田首相)時代に決められたわけで、安倍さんはそれを今まで先延ばしにしてきただけなんだよなあ。(2019年6月26日~27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

 

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2019年6月28日 (金)

フルートの支持について

 フルートの支持…つまり、フルートをどう持つかという話。むろん、演奏中の話ですが、基本は三点支持だと思います。

 三点支持…右親指、左人差し指付け根、下アゴ、の三ヶ所でフルートを支持する

 「なあんだ、当たり前じゃん」とおっしゃるけれど、皆さん、きちんとやってますか?

 私が初学者だった頃、盛んだった話題の一つに、フルートは三点支持と四点支持のどちらが良いかというのがありました。四点支持? はい、当時はそんな支持があったみたいですよ。で、話題的には、四点支持を押していた人の熱量もあって、四点支持が優勢だったような気がします。

 ちなみに四点支持とは、三点支持+右小指です。具体的には、右手の親指と小指でフルートをつまむように持って、それを左腕でくちびるに押し当てる…と言った支持方法です。

 おそらく、初学者や初心者の中には、知らず知らずのうちに四点支持をやっている人がいるような気がします。フルートを吹いていて、右の小指が痛くなる人、いませんか? そういう人は、おそらく四点支持をやっていると思いますよ。

 老婆心ながら、四点支持は止めたほうがいいと思います。理由ですか?

 1)カラダが痛くなるような持ち方は、そもそも間違っています。
 2)右小指を楽器の支持に使ってしまったら、低音ド~ド♯がうまく吹けないし、低音レを吹くと、楽器が落ちます(笑)。

 中音ド♯(つまりほとんど押さえない)時でも安定して楽器が支持できなきゃダメなんですよ。

 さて、では三点支持なら何でも良いのかというと、違います。左の人差し指はほとんど使いません。そもそも左人差し指は運指で使っていますので、この指が気持ちよく動くためにも、左人差し指には力は入れないし、楽器の支持でも脇役でないといけないのです。

 三点支持の主役は、右の親指です。この指が楽器を支持する上での主役なのです。右親指は、適度に軽い力で、楽器を自分から離す方向に押していきます。

 左人差し指は、テコで言うところの支点になります。つまり、右親指の力を反対方向に変換するだけです。ですから、この指はあまり力を入れてはいけないし、動かしてもいけません。支点が動いちゃうテコなんて使い物になりませんからね。

 で、下アゴが作用点になるわけです。

 よく下アゴでなく下唇で楽器を受け止める人がいますが、それってどうなんでしょうね? 下唇で楽器を受け止めてしまったら、楽器で下唇を思いっきり潰してしまうことになりませんか? あと、下唇のある場所って、下の歯のある場所になるわけで、そこで楽器を受け止めていたら、歯や歯茎を痛めるし、骨格的にも凸な部分だから、楽器の安定も悪くなりませんか?

 私は、下唇のすぐ下の、下アゴにある、ちょうどフルートの太さにぴったりのくぼみでフルートを受け止めます。ここは下アゴですから、歯には負担がかからないし、凹な部分なので、楽器も安定するし、ここで楽器を支持すると、唇を潰すことなく、自由にフルートを吹けるでしょ? フルートに吹き込む息の距離や角度も、アゴを動かす事で簡単にコントロールできますし、唇を潰さずにフルートを吹くので、無意識にフルートをヒョイとアゴに当てれば、もうフルートが吹けるといった利点もあります。

 フルートは、下唇ではなく、下アゴで受けとめた方が、何かと便利だと思います。

 とは言え、フルートをどこで受け止めるかは、色々なやり方があるので、下アゴにこだわる必要はないと思います。

 例えば、人によっては(ランパルがそうだったので)頬で楽器を受け止める人もいますし、それもアリと言えばアリなんでしょうね。頬でフルートを受け止めるなんて、吹きづらくないでしょうかね? 特に頬を押さえてしまったら、循環呼吸がやりづらくて仕方ないんじゃないかしら? でも、その人がそのやり方でベストパフォーマンスを発揮できるなら、それが正解って事になるわけです。

 というわけで、フルートの支持方法としては、三点支持が標準的だし、特段の理由がなければ、三点支持でフルートを支持するのが良いと思います。

 

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2019年6月27日 (木)

「アラジン」を見てきた

 ここで言う「アラジン」は、只今絶賛上映中のディズニーの実写版映画の「アラジン」の事です。ちなみに私は、劇団四季のミュージカル版「アラジン」は見たことがありますが、オリジナル(?)のディズニーアニメ版の「アラジン」は見たことが無い事を白状しておきます。

 というわけで、私の「アラジン」のイメージはミュージカルだし、ディズニーアニメって、ミュージカル仕立てのモノも多いので、当然、今回の実写版「アラジン」もミュージカル映画だと思って見に行きました。結果は…まあ、ミュージカルだったかな? ただ、あんまり歌っていなかった印象があります。ストレートプレイがかなり多いミュージカル?だったような気がします。

 なので、音楽に期待して見に行くと、ちょっぴりガッカリするかもね。

 ちなみに私が見たのは、字幕版だったので、話題のプレミアム吹替版についてはコメントできませんが…字幕版で思ったのは「ウィル・スミス、歌、上手~い」って事。アラジンとジャスミンの俳優さんは、そもそも歌える人をキャスティングしているだろうから、歌が上手くて当然だけれど、ジニー役のウィル・スミスは、ウィル・スミスありきのキャスティングだろうから、彼の歌の能力って、期待していなかったのだけれど、彼、歌がめっちゃ上手じゃない? すげーな。あんまり上手すぎて、歌はダブルの人が歌っているんじゃないかと邪推しちゃいます(ほんとはどーなんだろ?)

 キラーソングである「A Whole New World」は、普通に良かったですよ。まあ、この曲は「アラジン」の挿入歌と言うよりも、今や普通にスタンダード・ナンバーになってる曲だから良くて当然か。

 で、映画そのものにはあまり期待していなかったのですが、実際に見て、感心したのが、映画ならではのスケール感とか、アクションやダンスとか、特撮(CG)の部分です。

 いやあ、劇中の世界が広い広い。たぶん、オリジナルのアニメ版も世界が広いんだろうけれど、私が知っている「アラジン」はミュージカル版だから、所詮舞台の上なんだよ、そこと比べると、目がくらむばかりに世界が広いんです。

 ミュージカル映画だから、ダンスはフィーチャーされて当然だけれど、そのダンスが実にキレキレなんですよ。あれ、本当にリアルに踊っているの? と思ってしまうくらいに、みんなキレキレなダンスを踊るんです。実際、どうなんでしょうね? あれはリアルなダンスなの? それとも特撮仕掛けのダンスシーンなの?

 アクションシーンは、当然CG&スタント満載なんだろうけれど、実に手に汗握る迫力です。ほんと、目が喜びまくるアクションシーンの連続なんです。イアーゴと空飛ぶ絨毯の空中戦なんて、ほんと、すごいよ。

 そうそう、舞台が王宮だから、あれこれゴージャスでカラフルなんだけれど、実写だと、本当にゴージャスでカラフルに見えるからすごいよね。

 ちょっぴり残念だったのは、オウムのイヤーゴが年寄り鳥だった事かな? CGとリアルなオウムをダブルで使っていたんだろうけれど、オウムの年齢が分かる人なんて少ないんだから、もっと若くてキレイなオウムを使って欲しかったかな…。虎のラジャーは、実に見事で立派な虎だったけれど、あれはきっと100%完全にCGだったから、あれだけ立派になったんだと思う…ってか、リアルな虎を俳優さんたちと同じステージには立たせられないよね。

 アラジンとジャスミンの俳優さんは、実にアラジンとジャスミンでした。イメージどおりだよね。ウィル・スミスのジニーは…やっぱり、チャラ男バージョンのウィル・スミス…かな? ウィル・スミスってアクの強い役者さんだから、役が彼に引き寄せられちゃうんだよなあ。まあ、あのジニーに関しては、好き嫌いがあるかも?

 私、正直な話、あまり期待せずに見に行った「アラジン」だけれど、期待していなかった分、満足しました。うん、面白い映画でしたよ。ミュージカル映画としてみると、ちょっぴり寂しいけれど、普通のファンタジー映画として見るなら、まあ上質な映画だと思いました。

 なので、しばらくしたらまた実写版を見てもいいかなって思うけれど、だからと言ってアニメ版を見たいとは思わないんだよね。アニメ版のあの絵柄が、私を遠ざけるんだよね。だから、あの頃のディズニーアニメって、良作が多いという評判だけれど、どれもこれも実は見ていないんだよね。

 あ、「美女と野獣」だけは、仕事がらみでアニメ版を見たっけ。で、アニメ版を知っているから、実写版は期待しなさすぎて見なかったんだけれど、「アラジン」の実写版がこんなにおもしろいなら「美女と野獣」の実写版を見なかった事に、いまさら後悔している私なのでした。

 今年の夏休みは「ライオンキング」の実写版が公開されるんだよね。ふふふ…。

蛇足  やっぱり、アラジンという若者には共感できないなあ。主人公がコソドロってのが、この物語の大きな欠点だと私は思います。貧しい行商人とか、雇い止めされたばかりの青年とかじゃ、いけなかったのかしら?

 

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2019年6月26日 (水)

あと何回演奏できるだろうか?

 人生の後半戦を生きる私としては、常に頭のどこかで人生の残り時間を意識して行動している事に、しばしば気付かされます。

 残り時間って、案外、長くないんだよね。

 あと何回、ご飯を食べられるだろうか? あと何回旅行に行けるだろうか? あと何回桜を見ることができるだろうか? …あと何回本番で歌を歌ったり、笛を吹いたりできるだろうか?

 あと何回…って意識した時から、なるべく歌いたい歌から歌っておきたい、吹いてみたい曲から吹いておきたいと思うようになりました。もちろん、技量不足で演奏できないものは断念せざるを得ませんが、背伸びすれば手に届きそうな曲ならば、多少背伸びしても、今のうちに、元気なうちにやっておきたいと思うようになりました。なにしろ、生きていたって元気じゃなけりゃ、音楽なんてできないものね。元気なうちに出来る事はやっておきたいのですよ。

 フルートに関しては、発表会が合宿の最中で、その日程が仕事とよくぶつかるんですよ。今年もダメだし…、ほんと後何回できるのか、ジリジリしちゃいます。

 歌に関しては、今の声楽の先生であるY先生は、発表会等の本番では、なるべく生徒さんが歌いたい歌を優先して歌えるようにしてくれる先生なので、その点では助かっています。

 先生によって、発表会で歌う曲は、生徒本人が決めるのではなく、先生が与える…ところもあります。「今年の発表会のテーマは○○です」なんて言っているところは、たいていそうです。

 先生が、生徒さん一人一人の力量を見定めて選曲するのは、ある意味正しい事かもしれませんが、あと何回歌えるか不安な人間にとっては、とても迷惑だったりするわけです。

 残された数少ない本番のチャンスに、なぜ歌いたいとは到底思えない曲を歌わないといけないのか? それよりもこっちの曲の方が歌いたいのに…。もしかして、今、自分は、先生からいじめられているではないか…と思ってしまう事があるんだそうです。

 あ、これ、私の話じゃないですよ。私がグチとして聞いた話です。でも、かなり思いつめたグチでした。重い話です。

 アマチュアなのに、楽しさを横に置かされて、苦行を強いられるなんて、あってはならない話だと、今なら強く思いますが、当時はその人をなぐさめる事しかできませんでした。だって、私も不満足な曲を与えられて、いやいや歌っていた、いわば同類だったからです。まあ、私は歌いたくない曲でも、気持ちを切り替えて歌っちゃいますが、世の中、そんな人間ばかりじゃないのです。

 なるべく元気なうちに、歌っておきたい歌を歌ってしまいたいものです。で、人生の終わり近くでは、あの歌もこの歌も歌えてよかった…と言える人生であれば良いと思っています。

 問題は、人間って欲深いし、特に私は強欲であるって事かな? 1曲歌いたい歌を歌ってしまうと、さらに2曲歌いたい歌が増えてしまうので、歌いたい歌が全然減らないという事実が、私の目の前にあるんです、ああ困った困った。

蛇足  フルートは、本当によく仕事と発表会がぶつかるので、全然レパートリーが増えませんし、本番経験も増えません。なので、とても発表会以外のアウェーの舞台での演奏なんて無理無理無理状態なので、他所の舞台でも吹けません。なんか、悪循環に陥っているのかもなあ…。毎週のようにジャズ喫茶で吹いていた頃が懐かしいです(涙)。

 

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2019年6月25日 (火)

丁寧に歌っていきましょう

 さて、声楽のレッスンの続きです。ドニゼッティ作曲の「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」の練習です。

 まずはすべてのフレーズの出だしに、ちょっぴりずつハミングを入れて歌ってみました。これをやる事で、声の響きを高くするんですね。響きが高くないと、高い音の多いテノールアリアは歌いきれませんからね。とにかく、ハミングを入れて、響きと支えを入れていかないと…ね。

 ドニゼッティにも、今さっき歌ったヴェルディにも、曲中に普通に高いAが出てきます。ちょっと前の私なら、そのあたりで声がつまってうまく歌えなかったのですが、今では何の違和感もなく、ひゃらっと歌えます…ってか、何の違和感も無しでないと、歌えません。ちょっとでも違和感を感じたり感じさせたり…とにかく、そこまでとは別物として歌おうとすると、失敗してしまいます。高いAだからと意識しない事が肝心なんです。意識せずに、特別扱いもせずに、ただの高いAと思えれば、楽に歌えるのです。つまり、Aが歌えるかどうかは、テクニックの問題ではなく、メンタルの問題です。メンタルさえ大丈夫なら、Aは大丈夫。メンタルに不安があると、声にも支えにも不安が生じて、失敗してしまいます。

 これでようやく、高音Aが実用音域に入ってきたなあと感じています。Aが普通に歌えると、歌える曲が格段に増えるのがうれしいです。今まで、Aに自信がなくて、避けていた曲にチャレンジできるのがうれしいです。

 で、そんな感じで丁寧に丁寧に歌っていきました。それでも穴はあるわけで、高音が歌えるようになった私でも、まだまだ落ちてしまう穴は、下降音型ってヤツです。それも跳躍音型です。

 だいたい五度以上離れた下降音型があると…たいてい失敗してしまいます。音程が下がりすぎて、声が落ちてしまいます。これも支え不足が原因なんだそうです。支えが不足していて、跳躍した下降音型に耐えられなくて、ついつい声が行き過ぎてしまうのです。これを防ぐには、支えをしっかりするのは当然として、一番は、下がった先の音のイメージをしっかり持って、そこに目掛けて意識的に下げていく事です。イメージがいいかげんだと、声の落ち着く先もいいかげんになってしまうわけで、息とイメージの両方が大切なんですね。

 それにしても、この曲は、テノールのアリアの中では、格段に簡単なアリアとして有名だけれど、そもそもテノールアリアって、どの曲もどの曲も格段に激難なわけで、そういう曲と比べると、このアリアは簡単って感じられるだけで、このアリア単独で考えるなら、これはこれでやっぱり難しいアリアなんだな…って思います。だから、気を抜かずに丁寧に歌っていかないといけません。

 丁寧に歌えば、最後にカデンツァだって、きちんと決まるサ!

 

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2019年6月24日 (月)

最後の曲も決めました

 声楽のレッスンに行ってきました。まずは発表会の曲決めです。まだ歌曲を、何を歌うか決めていませんでしたからね。妻は選曲に難航しましたが、私はあっさり「Il pescatore canta!/漁夫は歌う」に決まりました。「これでいいの?」と言われたくらい問題のない曲選びです。単純に歌い飛ばし系の歌で、アリアを歌う前に声を温める感じで歌う歌です…って書くと、あんまり面白くなさそうに聞こえますが、いやいやそんな事は無く、実に痛快で爽快な曲です。

 知らない人のために音源貼っておきますね。歌っているのは、カルロ・ベルゴンツィです。たぶん、トスティのテノール音源としては、かなり有名な音源ですから、知る人ぞ知るといった名演です。いやあ、こんな感じに歌えたらいいですね。

 これで次の発表会で歌うのは…

 歌曲は、トスティ作曲の「Il pescatore canta!/漁夫は歌う」
 アリアは、ドニゼッティ作曲の「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」(愛の妙薬)
 二重唱が、ヴェルディ作曲の「Un di felice, eterea/思い出の日から」(椿姫)

 …の三曲です。ま、これでだいたい12分ぐらいですね。前に習っていたキング門下なら、発表会ではなく、ガラ・コンサートレベルの演奏時間です。とにかく、さっさと暗譜しないとね。頑張るぞっと。

 まずはハミング練習からです。声を後ろに回す事、後ろを大きく開ける事。耳の後ろの関節を開いて歌う事などを注意受けました。そうは言われても、日常生活で耳の後ろの関節なんて開かないから、なかなか上手に開けないんだよね。

 発声練習では“息で支えてから声を出す”の練習です。具体的に書けば、ド-レという音列を出す時に、まずドを出しているじゃない? で、ドを出したまま、息をレにするんですよ。で、息をレにしてから、声をレにします。つまり、

(息も声もド) -> (息はレ、声はド) -> (息も声もレ)

 というのをやっていきます。ドレの次は当然、レミだし、ミファだし、ファソだし…って感じです。これがね、コツを掴むとできるけれど、最初はなんのこっちゃって感じですね。でも、これが上行音型を歌う時の基本だから、ガンガン練習していかないとね。ちなみに、今回で言えば、ドニゼッティもヴェルディも、このテクニックをガンガン使って歌っていくのです。

 というわけで、さっそくヴェルディ作曲の「Un di felice, eterea/思い出の日から」を歌ってみました。今回は、難しい後半はやめて、ソロパートしかない前半部を歌ってみました。

 最初に歌った、先生の感想は「とにかく音痴!」だそうです。息の支えがないために、どの音も不安定で聞いていられなかった…というわけで、さっそく息の支えをしっかり入れて歌い直します。

 息の支えがあれば、間違えて覚えていない限り、音程はジャストになります。息の支え、とても大切です。

 音程は風船のようなモノなのだそうです。で、この風船には紐がついていて、その紐をコントロールする事で、音程を確かにしているのです。その紐は丹田のあたりの腹筋とつながっているので、そこでしっかりと風船の紐を握りながら歌っていくのです。音を下げる時は紐を下に引っ張るわけだし、上に上げる時は、紐をにぎりしめたまま、息を上に送って声を上げていくわけです。ちなみに風船の位置は、たいてい目線よりも上にあります。

 全くオカルトな話ですが、こんな感じです。

 

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2019年6月23日 (日)

ブラウザの検索窓で日本語変換ができなくなりました

 誰かの役に立つかもしれないので、書いておきます。ちなみに結論だけ知りたい方は、この記事の終わりの方に書いてあるので、そこまでスクロールして見てください。

 さて、このブログはパソコンで書いてアップをしています。私が、パソコンで使っている日本語入力システムは“Google 日本語入力 + やまぶきR”です。ちなみに、主に使っているブラウザは“Chrome”です。

 “Google 日本語入力 + やまぶきR”に“Chrome”…こういう組み合わせでパソコンを使っている人って、たぶんごくごく少数なんだろうなあって思います。おそらく大半のパソコンユーザーなら、日本語入力システムは、何も考えずに“Microsoft IME”だろうし、ブラウザだって何も考えなきゃ“Microsoft Edge”だもんな。この組み合わせで使っている人が、ほとんどでしょう。

 私が、そういう大正義な組み合わせのソフトを使っていない理由は、別に私が反骨心あふれる人間であるとか、他人と違っているのがカッコいいと勘違いしている坊やであるとか…そんな理由ではなく、単純に私が、今や化石にも等しい“親指シフトユーザー”だからです。親指シフトで快適に入力したいがために、このような組み合わせのソフトを使わざるをえない…って事情があるだけなのです。

 親指シフトおよび親指シフト入力と言うのは、特殊な入力方法で、多くの皆さんはローマ字入力をしていると思うのですが、私は、ローマ字入力ではなく、親指シフト入力という独自のルールに沿って入力作業をしています。なぜ、そんな独自ルールのモノを使っているのかと言うと…圧倒的に楽だからです。

 私も昔はローマ字入力をしていたのですが、入力の速さに手が追いつかずに、手を壊しかけてしまうといった状態になっていました。そこで、手に負担をかけずに、楽に速く入力できる方法を探していた時に、親指シフトと出会い、今に至るわけです。

 親指シフトに関する詳しい説明は、私がここであれこれ書くよりも、こちらのサイトをご覧になってください。上手に説明されていますよ。

 実は親指シフトを使用するなら、本来的には“Japanist”という、富士通が製作販売している日本語入力システムを使用するのが前提です。そもそも、親指シフトというのは、“Japanist”の前身である“OAK”で運用するのが前提として作られたモノだからです。私も以前は“OAK”や“Japanist”を使って日本語入力をしていました。

 ところが“Japanist”は2003年のバージョンアップを最後に、しばらく開発が止まってしまったのです。その間もWindowsのバージョンアップはドンドン進み、Windowsが8.1になった頃には、開発が止まってしまった“Japanist”での親指入力では、にっちもさっちも行かなくなり、多くの親指ユーザーが純正品である“Japanist”から離れ、その他のソフトに乗り換えだしたわけです。かく言う私も、その頃に“Japanist”を見限り“Google 日本語入力 + やまぶきR”に乗り換えました。

 “Google 日本語入力 + やまぶきR”…つまり、日本語入力システムの本体としては、“Google 日本語入力”を使い、“Google 日本語入力”で親指シフト入力をするための補助ソフトとして、個人の方が善意で作って公開してくださっている“やまぶきR”を使用しているわけです。

 “Google 日本語入力”はいいですよ。動作が軽いですし、新語や時事用語に強いし、口語表現にも強いです。動作が軽いは、入力の速い人間にとっては、とても大切な要素なんです。あと、無料ソフトというのも魅力ですね(安いは正義です)。無料ソフトなので、お試しで使っていたら、離れられなくなってしまった…って感じです。

 “やまぶきR”というのは、キーボードで入力した文字を“Google 日本語入力”に渡す前に文字を変換してくれるソフトです。本来、“Google 日本語入力”というソフトは、ローマ字変換しかできないソフトなのですが“やまぶきR”が、親指シフト入力したものをソフトウェア的にローマ字に変換して“Google 日本語入力”に渡しているので、“Google 日本語入力”を使って親指シフト入力ができるってわけなのです。

 スグレモノなのよ“やまぶきR”って。これが個人の善意で作られ配布されているわけで、本当に作者さんには感謝感激なのでした。

 しかし、この“Google 日本語入力 + やまぶきR”という組み合わせでは“Microsoft Edge”は使えません。文字化けしてしまうのです。まあ、“Microsoft Edge”に限らず、UWPアプリと呼ばれる、Windows10からの新しい規格に沿って作られたソフトには使えないのです(残念)。

 そこで、私はメインのブラウザを“Chrome”に、サブのブラウザを“Internet Explorer”にして、親指シフト入力のできるブラウザ環境をキープしているわけです。別に“Microsoft Edge”に対して反発しているわけではなく、使えないので仕方なく別のブラウザを使っているだけなのです。

 とまあ、“Google 日本語入力 + やまぶきR”と“Chrome”で、つい先日まで、幸せなインターネット生活を楽しんでいたわけです。

 さてさて、ここからが本題です。

 ところが、つい先日…2019年6月中旬頃から、メインブラウザである“Chrome”では親指シフト入力ができなくなり(ローマ字変換なら可能)サブブラウザである“Internet Explorer”では、日本語入力そのものができなくなってしまいました。

 これは実に由々しき問題です。おそらく、2019年5月22日から順次開始された“バージョン1903”に自動アップデートされた結果、このような問題をもたらしたのだろうと推測されます。

 うーむ、まずい。とにかく、ブラウザ上ではまともに日本語が使えなくなってしまったので、当面、エディタ上で書いた文章をブラウザに貼り付けるという、実にまどろっこしいやり方をしていましたが、ほんと、それって、とっても面倒くさいのよ。いい加減、どーにかしたくなってしまい、解決策を模索していたのですが…そんなことはググってもヒットせず、ほとほと困っていました。

 実は、私が“Google 日本語入力 + やまぶきR”に逃げ出した後、富士通はようやく重い腰を上げて“Japanist”の大幅バージョンアップを行い、現在ではWindows10に正式対応した“Japanist10”が発売されています。

 再び“Japanist”に戻る日が来たのか…と、そんな気分になった私ですが、なんか負けっぱなしみたいなまま“Japanist”に戻るのも、なんか卑屈な感じがするので、“Japanist”への帰還は最終手段として、どうにか“Google 日本語入力 + やまぶきR”で、再び快適日本語入力ができないものかと、さらに解決策を模索していた私です。

 で、ようやく私が見つけた解決策は“やまぶきR”を最新バージョンにアップグレードするという、とてつもなく平凡な解決策でした。

 当時の私が使っていた“やまぶきR”は、ver.1.10.0でした。最新バージョンは、ver.1.11.1です。ちなみに、ver.1.10.0は2013年リリース。最新版のver.1.11.1でも2015年リリース。もう4年も前の最新ソフトなんだな(涙)。で、古いバージョンを削除し、最新バージョンをインストールしたら“Chrome”でも“Internet Explorer”でも快適に日本語入力ができるようになりました。

 使っているソフトは、こまめに最新版にアップグレードしなきゃダメだよね。

 しかし“やまぶきR”の開発が2015年から止まっているのか…。次に日本語入力に支障が生じたら、いよいよ“Japanist10”への帰還を本気で考えないといけないかも。うーむ…。

 ああ、親指シフトという十字架は、重い重い。でも、もはや私は、ローマ字入力には戻れないカラダになってしまったのだから、これは仕方がないのです(涙)。

 

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2019年6月22日 (土)

今がかわいらしさの旬なのです

 何の話かと言うと、二匹いる緋ドジョウたちの話です。

 どんな動物であれ生長します。生まれたばかりの赤ん坊の状態から、幼子の段階を経て、若い成体になり、やがて成熟した成体になります。人間で言えば、赤ん坊、少年少女、青年、大人って段階を踏んで成長していくのと、同じです。

 我が家の緋ドジョウたちは、メダカ並の大きさだった赤ん坊の状態から、とても小さな(しかし金魚のクチには入らない程度の大きさの)緋ドジョウに生長しました。これでようやく、金魚たちに食べられる事はないだろうと、妻と二人で安堵しています。なにしろ、今までの緋ドジョウたちは、金魚たちに食べられてしまっていましたからね…。

 で、そんな緋ドジョウたちですが、この子たちの動きを見ていると、本当に幼子なんですよ。見るからに、動作が幼いのです。人間で言えば、幼稚園~小学校低学年ぐらいの感じなのです。なんとも不器用だし、怖いもの知らずだし、そのくせして疲れ知らずだし…。いやあ、可愛い~。

 そう言えば、ルデンも小さかった時は、動きが幼くて可愛かったなあ。まだまだ幼いはずだけれど、カラダが大きく育ってしまったので、同じ事をしても可愛らしさは半減です。そこへ行くと、緋ドジョウたちはまだまだ小さいので、彼らの幼い動作は可愛いのです。

 このままずっと、生長しないで、可愛いままならいいのになあ…。

 一方、真ドジョウ(普通のドジョウ)の方は…と言うと、めっきり老けていますねえ。最近では、カラダがボコボコになり(全身複雑骨折とその後遺症…なんだろうと思ってます)なんとも痛々しい限りです。

 また銀座に行くチャンスがあったら、緋ドジョウを買い足してこようかな?

 

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2019年6月21日 (金)

NUVOのプラスチック製フルート、良い点悪い点

 私はプラスチック製のフルートが大好きです。私が愛用しているのは、NUVO(ヌーボ)のフルートです。

 ほぼ毎日吹いています(笑)。そこで気づいた良い点悪い点を列挙していきたいと思います。まずは悪い点から。

【悪い点】

 1)安っぽい  実際、安っぽい外見をしています。プラ製だし、実際安物なので、どうしても安っぽいんですよね。正直、所有している喜びってのはあまりないし、他人に自慢もできません。

 2)演奏に息を多量に使う  私はこいつを“うわばみフルート”と呼んでいます。いやあ、本当に息をたくさん使うんですよ。総銀フルートなら一息でラクラク吹けるフレーズも、こいつだと絶対に息が不足します。逆に言うなら、こいつで息が足りるなら、総銀フルートでも余裕で演奏できます。ブレスコントールに厳しいコーチが付いているようなフルートです。勉強になります。そういった意味では、決して初心者向き楽器ではないと断言しましょう。

 3)メカキーの反応がやや鈍いかな  なにしろ材質がプラスチックで柔らかいのです。材質的にメカがたわむのかもしれません。金属製のメカと比べると、明らかに反応が遅いです。なので、速いフレーズの演奏には向かないかも…。

 4)レッスンに持っていくと…たぶん叱られます  おもちゃだと思われます。実はおもちゃではなく立派な楽器ですが、安っぽい外見なので、楽器だとは思われないようです。

 5)壊れても修理してくれる楽器店はたぶん無い  もしも壊れた場合は…使い捨てを覚悟しなければなりません。

 6)基本的に中級者以上が対象  値段が安いので、初心者の入門楽器に良いかも…と思われるかもしれませんが、楽器としては、だいぶ難しい部類になりますので、初心者には向きません。中級者以上の方のセカンドフルートが、この楽器にはふさわしい取扱だろうと思われます。

 では次に良い点を列挙していきましょう。


【良い点】

 1)安価  とにかく安いです。値段は時期によって違います(たぶん為替レートの影響だろうと思いますが)が、今はだいたい2万円前後です。安さは正義です。中国製の洋銀フルートとほぼ同じ値段ですが、中国製の洋銀フルートは、楽器の姿をしたオモチャである事が多いのに対し、こちらのフルートは、プラスチック製とは言え、きちんとした楽器です。きちんとした楽器がこの値段で買えるのは素晴らしい事です。

 2)音色は決して高価なフルートに劣らない  見かけは安っぽいですが、音は立派です。目をつぶって聞けば、プラスチックだとは分かりませんし、そんなに安いフルートだとも思われません。音色の傾向は、金属管よりもむしろ木管に近いかもしれません。

 3)扱いがザツでも全然オーケー  かなり丈夫な楽器です。扱いがかなりザツでも全然平気です。基本的にメンテナンスフリーで、お手入れは不要です。もしも壊れても、安価なので、修理せず、新品購入をした方が良いでしょう。また、壊れても惜しくない値段なので、野外演奏もオーケーだし、旅のお供に良いかもしれません。

 4)軽い  実に軽いです。また、楽器本体に滑り止めのゴムが貼ってあるので、とても持ちやすいです。

 良い点悪い点を数えてみると、悪い点の方が多くて残念ですが、良い点に価値を見いだせる方には、プラスチックフルートはオススメです。私は練習用フルートとして使ってます。組み立てたまま、フルートスタンドに挿していますので、吹きたい時にすぐに吹けて、止めたいときにすぐ止められるのがいいです。メンテナンスフリー、バンザイって感じです。

 

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2019年6月20日 (木)

自分の声は好きですか?

 以前の私は、自分の声が嫌いでした。なんか変だし…。だから録音された自分の歌を聞くのは、ちょっと嫌でした。

 今は…と言うと、まあまあ良しと思ってます。少なくとも嫌いじゃないし、こういう声もアリだよなあと思ってます。

 別に自己愛が深くなったからではありません。自己愛は、もともと深い人ですからね(笑)。では、何が変わったのかと言うと、私の声そのものが良い方向に変わっただけです。良い方向に変わり、自分の声に好感を持てるようになった…それだけの話です。

 好きにはなったものの、未だに「なんか変だな」という感覚は残っています。まだ、録音された自分の声には慣れません。でも、嫌じゃなくなった…んです。

 なぜ自分の声が、良い方向に変わったのかと言えば、もちろんY先生のご指導のおかげなのですが、自分でも、自分の声を美しい方向に変える努力をしてきたからでもあります。時間は掛かったけれど、少しずつ少しずつ変えていって、今の声があるし、今もまだ改善改良の途中ですから、将来的には、もっと自分の声が好きになっていくと思います。

 蛇足 Y先生の元で声楽を学ぶようになって7年になりました。声が良い方向にグングン変わり始めたのが、ここ1~2年なんです。キング先生時代がグループレッスンも含めて5年ですから、Y先生に習い始めて、最初の5年は足踏みだったわけです。5年掛けて作ったものを壊してスタートラインに立てるようになるまでに5年掛かったわけです。ああ、時間がもったいない! そういう意味で、先生選びって大切なんだなって切実に思うし、ちょっぴり後悔しています。

 蛇足2 実はフルートも同様かもしれません。フルートの音色は、楽器による違いももちろんあるけれど、奏者の違いって大きいです。自分のフルートの音色が気に入らない時は、確かにフルートを買い換える事も方法としてはアリだけれど、それよりも自分自身の音を変えていく方が、より効果的だと思います。地道に、ロングトーン練習を繰り返して、自分が理想とする音色に近づけていく…と言ったやり方が、実は理想の音色を求める王道ではないかと思います。そこまでやった上で、さらにより理想の音色に近付こうとした時に、初めて楽器の買い替えって選択肢が生まれてくるような気がします。

 

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2019年6月19日 (水)

練習は録音していますか?

 皆さんは、自分の練習を録音していますか? 私は、先生方の許可を得て、レッスンは録音していますが、日々の自宅練習は…以前はたまにやっていましたが、ここ数年はやってません(汗)。

 まず、レッスンを録音する事は良いことだと思います。もちろん、先生の許可は必要ですが、レッスンの最中にノートを取るのは難しいですし、習った事をすべて暗記できるわけではありません。レッスンを録音する事でノートを取る事の代わりになります。ですから、レッスンが終わったら、レッスンを振り返るために(私は要所要所ですが)その録音を聞くと良いでしょう。録音を聞き直す事で、レッスンで学んだ事が定着しやすくなります。

 また、レッスンでの演奏を、自宅練習の時の伴奏として使うことができます(私はしていません)し、レッスンの録音も溜まってくると、自分の成長記録になります。

 自宅での日々の練習も録音するとよいでしょう。と言うのも、自分の演奏って、自分ではよく分からないし、演奏に一生懸命になっていると、演奏の細かい部分の様子も分かりません。歌の場合は、どんな声が出ているか、なかなか分からないものです。なので、録音をして、それを再生しながら練習をしていくのは、良い事です。

 ただ、これを真面目にやっていると、あっという間に録音が溜まってしまい、大変な事になるので、録音しては消し、録音しては消し、を繰り返す必要があります。

 と言いつつ、私はやっていないんですよね(汗)。以前はやっていたのですが、今はやっていません。やっていない理由はいくつかあります。

 一番大きな理由としては「録音をしても録音を聞き返す時間がもったいない」です。仕事が忙しくて練習時間の捻出に困難を覚える昨今なので、せっかく作った練習時間を録音を聞く作業には、もったいなくて、使いたくないんですよ。練習時間中はひたすら練習したい…録音しても聞き返さないなら、録音する必要はないじゃん…って感じなのです。ですから、たっぷり練習時間がある環境ならば、しっかり練習を録音して、それを聞き直しながら練習を進めていくのが吉なのです。

 じゃあ、練習中の音は聞かない?って話ですが、なるべくリアルタイムで聞くようにしています。音楽の練習をしている書斎には、かなり大きな姿見の鏡があります。日頃はこの鏡に向かって練習をしています。自分の出した音がこの鏡に反響して、リアルタイムで自分の音が聞こえますので、今はそれを参考にしています。もちろん、これができるためには、自分の耳を開くという訓練を終えていないといけません。初心のうちは、なかなか耳を開くことはできませんので、これは難しいのですが、少しずつ上達してくると、耳を開いて演奏する事で出来るようになります(ってか、これが出来ないとアンサンブルは出来ません)ので、自分自身とアンサンブルをしているような感覚で練習していくわけです。

 ま、それでもフィードバックのしやすさという点では、姿見の鏡は、録音にはかなわないのですが…ね。ただ、鏡は鏡として、録音以外の点で十分に有用なので、ぜひ練習室には置いておいた方がいいですよ。自分の歌っている姿をチェックするのって、音を聞くのと同様に、大切な事だと思います。何しろ誰でも“無くて七癖”ですからね。

 

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2019年6月18日 (火)

ロイヤル・オペラ・ライブで「ファウスト」を見てきた

 グノー作曲の「ファウスト」を映画で見てきました。演奏していたのは、ロイヤル・オペラ(コヴェントガーデン)です。映画のオペラと言えば、今まではメト中心な私でしたが、今年は案外、ロイヤル・オペラを見る回数が多くて、自分でもビックリしています。

 さて、今回の上演のスタッフは、以下のような感じでした。

指揮 ダン・エッティンガー
演出 デイビット・マクヴィカー

ファウスト:マイケル・ファビアーノ(テノール)
メフィストフェレス:アーウィン・シュロット(バリトン)
マルグリート:イリーナ・ルング(ソプラノ)
ヴァランティン:ステファン・デグー(バリトン)

 ちなみに、マルグリートは、本来はディアナ・ダムラウが歌う予定でした。キャンセルされちゃって代役の歌手さんが歌ったわけですが…ダムラウを見たくないわけではありませんが、別にルングさんでも十分でした。そもそも、マルグリートって役は、そんなに主張の強い存在感のある役じゃないし、スターが演じなくても十分と言えるし…ねえ。

 で、ファウストというオペラそのもののの感想ですが、なんでしょう…まるで高級旅館の夕食のようなオペラでした。とにかく、ご馳走感あふれるオペラです。さすが、フランスグランドオペラですね。すべてのソリストにキラーソングのアリアはあるし、合唱も重唱も豊富にあるし、バレエもたくさんたくさんあるわけです。五幕にある「ワルプスギスの夜」なんて、独立したバレエ演目としてやれるレベルのバレエ曲だよね。

 で、どの曲も水準以上なので、オペラを見終わると、もう満腹です。19世紀に大流行した理由も分かります。

 このオペラの欠点は…あえて言えば…長い事かな? なにしろ五幕ものだからね、休憩抜きの演奏時間だけで3時間越え! 休憩時間を入れれば…なかなかの演奏時間になっちゃうでしょ? 普通に30分の休憩を4回入れれば、それだけで+2時間だもの。ほぼワーグナーオペラ並の時間になるわけで、忙しい現代人向けではないのかもしれません。その上演時間の長さ以外には目立って大きな欠点のない名作オペラなのでした。

 作曲家はグノーだし、ストーリーはゲーテだもん、悪いわけないよね。後は演出家次第だけれど、今回の上演のデイビット・マクヴィカーの演出って、ゴージャスで分かりやすくて私は好きです。彼の演出って、どことなくゼフィレッリの演出に通じる部分もあって、いいよね。

 歌手はみんな水準以上で良かったですが、特筆すべきは、ネトレプコの元旦那のシュロットですね。ヨーロッパで悪魔役をやるというのは、我々日本人には分からない“何か”があると思うのですが、なんとも肝の座った悪魔を演じていました。すげえよ。

 それにしても、ストーリーには救いがないねえ。メフィストフェレスは悪魔だからクズなのは当然として、主人公のファウストも陰キャの上にクズなんだよね。クズ二人組に食い物にされちゃうのが、世間知らずな小娘であるマルグリートなわけで、マルグリート可愛そう過ぎます。妊娠させられて、心を病んで、子どもを殺して、監獄入り…だよ。悪魔と関わると、ロクなことがないわけです。ま、そもそもカタルシスの開放なんて無いストーリーだからこそ、最後の最後に神様が登場してマルグリートを救っちゃうんだけれど、これって19世紀的にはアリなんだろうけれど、21世紀の日本人にとっては「???」なわけで、まあ無いよね。

 まあ、オペラのストーリーって、救いのないバッドエンドが多いんだけれど(それが悲劇ってヤツなんだろうね)その中でも、なかなかに後味の悪いのが、ファウストかもしれませんね。

 ちなみに、今年の9月に、ロイヤル・オペラが日本にやってきます。その時の上演演目が「オテロ」と「ファウスト」です。来日公演に持ってくるほどの自信演目ってわけですね。ちなみに、来日公演ではファウストを歌うのはグリゴーロです。グリゴーロが陰キャのクズを演じるのはどうかと思うけれど、声的には適役ですね。ま、私は行きませんが(笑)。だって、高いんだもの。S席が約6万円だよ。二人で行けば12万円。12万円支払うなら、オペラ鑑賞ではなく、女房と二人で温泉旅行に行きたいですって。

 

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2019年6月17日 (月)

男性が声楽を学ぶのは難しいのか?

 先日、私の趣味である、全く知らない赤の他人の発表会を見てきました。今回見に行ったのは、声楽の発表会で、複数の教室の合同発表会でした。合同発表会ですから、かなり規模が大きくて、男性の生徒さんもそれなりにいました。

 もちろん、素人の発表会ですから、上手さのレベルは様々で、つい最近始めたんだろうなあ…という人から、この人絶対に音大を卒業している…という人までピンキリでした。概ね、女性は普通にアマチュア歌手の皆さんでした。

 問題は男性陣です。そんなに数は多くないのだけれど、奇妙な発声をしている人がとても目立ちました。割合にすると、約半数の人が「なに、これ、こんな発声しちゃっていいの?」って感じでした。なんだろうなあ…下手じゃなくて、奇妙なんです。下手なら、やがて上手になると思うのですが、奇妙なのは、その先どうなっていくのか分からないじゃないですか? そういう意味では、奇妙と言うのは、下手よりもタチが悪いのかもしれません。

 奇妙な発声の方々の特徴は、裏声がとても強いって事です。まあ、突き抜けてカウンターテナーになっちゃっている方々もいましたが、それはまあ、それでいいのですが、そうでなく、テノールの音域をほぼすべて裏声で歌っている人も少なからずいました。むしろ、よくそんなアクロバチックな事ができるなあと感心するものの、それはクラシック系の男性の発声とは異質なものです。裏声が強い代わりに…ってわけでもないでしょうが、響きはほぼありませんでした。キンキン声になるか、逆に飲み込んだような声になっていました。

 じゃあ、下手なのかと言うと、必ずしもそうではないのです。少なくとも、ソルフェージュ的(リズムとか音程とか)には上手だったりするんです。あくまでも、奇妙なのは発声なのです。

 あんまり、おかしな発声の方々が多かったので、不思議に思っていたのですが、最後の最後に「ああ、なるほど」と納得する事がありました。それは、その合同発表会の先生方は、すべて女性の先生だったのです。

 声楽の発声って、男性と女性では、基礎基本は同じでも、そこから一歩踏み出すと、全然違うんです。奇妙な発声をしている男性生徒さんは、もしかして、女性の発声をしている…のかもしれません。それもかなり未熟な形で…。もし、そうなら納得します。

 実際、女性の先生が、女性の生徒に教えるように男性に発声を教えたとしたなら、まあ、あんな感じの奇妙な声になっても仕方ないようなあと、理解しちゃった私なのです。と言うのも、私自身、女性の先生に習って、女性の発声を学んだ経験があるからです。私の場合は、私自身が不器用ですから、自分にとって不自然な女性の発声なんて、できるはずもなく、むしろソルフェージュ的にもおかしくなり、かなり筋金入りの音痴になってしまった事があります。だいたい、当時の私は、裏声の発声自体がすごく困難だったんですよ。

 もちろん、女性の先生であっても、男性の発声方法に理解があって、それを指導できる方なら、問題はないでしょうが、多くの街の声楽教師というのは、歌手の成れの果て(ごめんなさい)であって、声楽教育のプロではありません。歌手の成れの果てですから、自分が学んできた事しか知りません(その代わり、その分野ではプロです、当たり前か)。

 それに、街の声楽教室に集まる生徒さんのほとんどは女性ですから、別にご自身が女性の発声しか教えられなかったとしても、特に問題はありません。男性の生徒が門を叩いてきたら、断ればいいだけの話です。以前、私を教えてくださった女性の先生は、断る事はしなかったけれど、基礎基本だけ教えたら、男性の先生にバトンタッチするから…という約束だったんです(が、バトンタッチをしてもらう前に、ご縁が切れてしまったんですね)。

 色々な教室事情があるでしょうし、何でもかんでも男性生徒を断ってしまったら、男性が声楽を学ぶチャンスが著しく小さくなってしまうので、男性を受け入れてくださる女性の先生はありがたい存在なのですが、教える以上はきちんと男性の発声を教えてくださる事を強く望みます。

 実際、その合同発表会にも、しっかりとした男性の声で歌っていた方もいらっしゃったので、先生方のすべてが男性の発声を教えられない…ってわけではないのでしょうが、奇妙な方々が目立ってしまっただけなのかもしれません。

 もっとも、しっかりした男性の声で歌われていた方も、必ずしも声と歌が合っていたとは言えなかったのが残念です。特に私が違和感を感じたのは、テノール用のアリアや歌曲を3度下げて歌ってしまった方々です。アリアを移調するのは、私的には無しですが、そこはどうなんでしょうね。歌曲は移調して歌っても全然問題の無い曲もありますが、曲によってはアリア同様に「高音を一発で決めるのがキモ」というタイプの歌曲もあって、それを下げちゃダメでしょう…って気分なんですわ。たぶん、男性の先生なら、彼らの声質からそんな選曲は許さないだろうけれど、そこは生徒も先生もよく分かっていないんだろうなあって思いました。

 歌って、音程とリズムが合ってなきゃダメなんだけれど、音程とリズムさえ合っていれば良いってわけじゃなくて、声とか発声とかって、大切な歌の要素だと思います。作曲家は、歌を書く時に、前提としている声があるわけで、やはりそれは尊重していかないといけないのだと思います。私だって、バリトン用の曲は、音域的に楽だけれど、声質が全然合わないから、まず歌わないしね。

 とは言え、アマチュアは楽しんだほうが勝ちなんだよね。だから、どんな声でどんな曲を歌おうが、楽しければいいとは言えますが、より楽しむならば、やはりきちんとした発声で歌えたほうが楽しいし、自分の声にあった曲を歌った方がもっと楽しいと思います。

 女性は女性教師に、男性は男性教師に習うのが、ある意味理想なんだろうけれど、だからと言って、軽いコロラトゥーラの先生が重いスピントのソプラノの生徒に自分のやり方を押し付けたら、やっぱり生徒はうまく歌えないと思います。大切なのは、先生の性別よりも、先生がどれだけ教えることに心を砕いて、勉強しているかって事だと思います。どんな分野でも「できる事と、教える事は別物」なんですね。だから私は単なる『歌手の成れの果て』が声楽を教えるのは、どうしたものかなと疑問を持っています。教える以上、ご自身が歌えるは当然として、やはり教えるための勉強もしていなければ、きちんと教えられないだろうなあと思ってます。

 女性の先生は女性の生徒さんを教えていれば、案外、それでOKって部分があります。男性の先生って、ただでさえ数が少ないのに、音大受験生は熱心に教えても、アマチュアさんを教えてくれる先生は、なかなかいなかったりします。そういう意味では、男性が声楽を学ぶのは難しい世の中なのかもしれません。

 

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2019年6月16日 (日)

“都”と“府”の違い

 大阪で選挙があるたびに話題になるのが“大阪都構想”です。大阪府を大阪都にしましょうって話で、湘南に住んでいる私には、全然ピンと来ない話題で、全く興味のない話です。なので、今まで“大阪都”に関して、興味関心なんて持っていなかったです。

 なので、言葉ヅラだけ捉えて「“大阪都”? 天皇陛下もいらっしゃらないのに“都”ってのは変じゃない?」程度の認識でした。

 でも、いつまでも無知ではいけないので“都”と“府”の違いから、門外漢にも理解できる程度に“大阪都構想”について調べてみました。

 現在、大阪は、大阪府と大阪市の2つあります。この2つは、名前は似ていても、全然イコールではありません。神奈川県と横浜市程度の違いがあるわけです。

 まず、大阪府は都道府県の一つです。大阪市は政令指定都市で、機能的には県とほぼ同じ扱いです。つまり、大阪府と大阪市は、同じ場所にあって、行政的には同格であり、ライバルであり、大阪は、府と市の二極体制と言えなくもないわけで、この2つの行政の方向性が同じなら問題はないでしょうが、異なる場合も当然あるわけです。地方自治ですから、府の見据える行政と市の見据える行政が違うのは、ある意味、当たり前です。

 そこで大阪府を大阪都にしてしまうと、大阪市がなくなり、東京同様の特別区となって、旧大阪市だった地域は、直接大阪都が治めるようになります。そうなれば、旧大阪市が持っていた行政的な権限は、すべて大阪都に移行され、二重行政が解消され、二極体制も解消されるでしょう。すっきりした地方行政が行えるというわけです。

 移行されるのは、行政的な権限だけでなく、税収も移行されます。大阪市の税収って、年間約2200億円だそうですが、それが大阪都に入るようになります。これだけの税収を、もちろん大阪都は旧大阪市民のためにも使うでしょうが、当然、大阪都全域とか、旧大阪市以外の大阪都の地域にばら撒く事もあります。旧大阪市以外の地域の人たちにとっては、良い事かもしれませんが、旧大阪市民にとっては、これはどうなんでしょうね?

 旧大阪市は特別区となり、それぞれに区長を選出する事になります。地域が小さくなる分、より地域住民の声が政治に反映しやすくなるし、行政そのものも行いやすくなるでしょう。しかし、今までは大阪市が一括して行っていた事を、それぞれの区ごとに行うわけで、行政コストは、当然、以前よりも掛かるようになります。税収は都に持っていかれた上、行政コストが掛かるようになれば、旧大阪市民の方々には、特段のメリットは無いように思われます。

 つまり、大阪都構想とは、大阪府による大阪市の解体が目的であり、大阪市民以外の大阪府民のための政治と言えなくもないです。

 それにしても、日本第二の都市(人口の多さの話です。ちなみに第一位は横浜です)
である大阪市を弱体化させて、良い事なんて、あるのかな?

 横浜市を抱える神奈川県には、神奈川都構想なんて無いよ。でも都構想を考えるなら、3つの政令指定都市(横浜、川崎、相模原。これだけで神奈川県の人口の2/3なんだよ)を抱える神奈川県こそが、都になるべきだと思います。でないと、これら3市以外の地域が、あれこれキツイんだってば…。それでも、神奈川県には都構想はないんです。

 それにサ、大阪にある政令指定都市は大阪だけではなく、大阪市の隣町である堺市だって政令指定都市ですよ。大阪都になって、大阪府と大阪市の二極体制は解消されても、大阪府と堺市の二極体制は、それでは解決できません。ここはどうするんだろ。これを解決するには、堺市も大阪市同様に特別区にして、大阪都の直轄地にするしかないよね。実際、東京都には政令指定都市はないものね。でも、それでいいのかな? 堺市民からは文句が出ないかな?

 私が大阪市民、または堺市民なら、大阪都構想には反対するけれど、別に私は大阪関係者じゃないので、どうでもいいです。大阪都にしたけりゃすればいいのさ。でも、大阪府を大阪都にしても、政治家レベル、行政府レベルはともかく、住民レベルではあまりメリットはなさそうじゃん。

 メリットはないけれど、東京同様の“都”になる事に価値を見出しているのかな? だとすると、それってかなり“めんどうくさい”話になります。つまり“コンプレックスの解消”が目的? それほど大阪の人って、東京に対してコンプレックスを持っているわけ? まさかね…。

 別に幸せならいいじゃん、暮らしやすければいいじゃん、東京と肩なんか並べなくったって、みんな大阪が都会だって事は知っているんだし、なにも“都”にこだわらなくてもいいじゃん。もっと、オトナになって、実利を取る方を選んだ方がいいよって、オジサンは考えます。

 

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2019年6月15日 (土)

ポンプのストーンを交換した

 ポンプと言うのは、いわゆる“ブクブク”の事です。ウチの水槽には、ろ過装置を兼ねているメインのポンプが一つ。それに補助として2つのブクブクが入っています。

 本来、金魚水槽には、メインのポンプが一つあれば、それで十分です。十分だけれど、その水槽にはあまり多くの金魚を入れる事はできません。酸欠になっちゃうからね。

 水槽の中で呼吸をしているのは、別に金魚だけではありません。ドジョウもタニシも呼吸をしていますし、砂利に棲んでいるバクテリアだって呼吸をしています。そうそう、なんと言っても水草が結構激しく呼吸しています。水槽には酸素を消費する奴らばかりいます。なので、水槽の中には呼吸するモノがたくさんいるので、金魚はあまりたくさん水槽には入れられないのです。

 もっとも、水槽の中に金魚しかいないような水槽ならば、メインのポンプだけでも案外たくさんの金魚が入るんですよ。

 そもそも我が家の水槽には、メインのろ過器が一つと、ブクブクが一つの、2つのポンプで酸素を供給していました。で、この2つのポンプが供給する酸素で足りている時は、金魚たちも元気なのですが、金魚の数を含め、呼吸をする連中の数が増え、酸素が足りなくなると、弱い個体から天に召されてしまいます。

 なので、ルデンを我が家に迎える時に、ブクブクをもう一つ追加する事にしたのです。そうしないと、誰かカラダの弱い子が召されてしまう…と思ったからです。

 ブクブク2台体制は成功したようで、その後、誰も天に召されることなく過ごしています。それどころか、あんなに小さかったルデンが元気いっぱいでみるみる大きく育ってしまうほどです。

 今回取り替えたのは、その2台の補助のブクブクの空気の吐出部であるストーンです。このスートンに、黒髭苔という、見かけが悪くて、食べてもマズイ(なので金魚やドジョウもも食べない)、ノリのような苔が生えてしまったので、それを排除するためにストーンを交換しました。

 今の所はいい感じですが…ポンプそのものが、あまり元気ではない事に気づきました。ブクブクのポンプって消耗品なんですよね。そろそろ次のポンプを用意しておかないとダメなんだろうなあと思いました。

 

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2019年6月14日 (金)

アルトリコーダーって変な楽器だと思ってます

 たまにやってくるリコーダーネタです(笑)。ちなみに、私、リコーダーは大好きですし、ソプラノリコーダーは、自分でも遊びでしばしば吹いているくらいに好きですし、身近です。

 でも、吹くのは専らソプラノリコーダーで、アルトリコーダーは持っていますが、まず吹きませんし、吹きたいとも思いません。

 学校でアルトリコーダーの授業はありましたが、私は貧しい家の子だったので、アルトリコーダーを買ってもらえず、ソプラノリコーダーでアルトリコーダーの譜を吹いて怒られていた(ま、当然だね)というくらい、アルトリコーダーとは縁ない人生を過ごしてきました。

 実はアルトリコーダーは、オトナになってから、衝動買い(笑)で購入してみたのですが…いやあ、いくら頑張っても吹けないし、嫌になってしまったので、納戸に投げ入れてしまいました。もう、吹きたいとも思いませんし、二度と見たくないです。

 今では、ソプラノリコーダー以外のリコーダーなら、テナーリコーダーを吹いてみたいと思ってます。テナーは、ちょっと高価なので、気持ちがアゲアゲな時でないと、衝動買いできないので、未だに所有していません。ま、でも、きっと、そのうちに…衝動買いしちゃうんだろうと思ってます。

 リコーダーは、学校ではソプラノがメインですが、実はリコーダー好きな方々には、むしろアルトの方が愛されているそうです。ある意味、リコーダーの魅力にあふれているのがアルトリコーダーなので、リコーダーを楽しむなら、ぜひアルトを吹かないといけないみたいですが、私、全く、食指が動かないのです。

 その理由は…アルトリコーダーが変な楽器だからです(だから、納戸にぶん投げちゃったんです)。

 はいはいはいはい、ここで怒りのメーターがぶっ飛んだ方は、もうちょっと読んでから、怒ってくださいね。

 私がアルトリコーダーを変な楽器だと思う理由は、リコーダーは管楽器なのに、管楽器の常識の中にいないからです。

 管楽器って…原則、どれもこれも移調楽器でしょ? そうでないと、楽器の持ち替えが容易じゃないわけで、例えば、サックスは、どのサックスでも、トーンホールを全部塞いだ時の音は、ド(C)って表記されるわけです。そういう世界にいるのです。サックスは。

 だからアルトサックスはE♭管なので、楽譜上にCと書かれた音は、実際に吹いてみるとCではなく、E♭が出るわけです。つまり、E♭がCになっているわけだけれど、それで無問題なのが、管楽器なのです。それゆえに、サックス奏者は、一つのサックスが吹ければ、他のサックスも容易に吹けるわけです。それが管楽器の常識。

 でも、リコーダーって違うんだよね。でも、ソプラノとかテナーはC管だから、まあ良しです。問題は、アルトリコーダーだね。

 だってね、アルトリコーダーはF管でしょ。だから、全部のトーンホールを塞いだ時にはド(C)って表記されて、ファ(F)の音が出ないといけないのに、アルトリコーダーの場合は、全部のトーンホールを塞いだ時の表記が、ド(C)ではなく、ファ(F)になっているのですよ。トーンホールを全部塞いだのに、楽譜の表記上はファ(F)?なんですよ。全くなんですか、それ! 奥さん。信じられますか?

 「トーンホールを全部塞いでいるのに、ド(C)じゃなくて、ファ(F)って何?…そこが変だよ、アルトリコーダー!」って思うわけよ。

 てなことを、リコーダー吹きの人と話していたら、逆に不思議な顔をされました。曰く「ファが出るんだから、ファって書いてあるのが、当たり前じゃないの?」

 むしろ、私がビックリです、え、そんな発想があるの!

 その人は、基本的にはピアニストで、副業(?)的にリコーダーを演奏しますが、他の管楽器は吹けないどころか、吹いた経験が全く無いのだそうです。

 つまりピアノ目線でリコーダーを吹いているわけです。ああなるほど。それなら、ファ(F)の音を出したければ、楽譜にファ(F)と書くべきだろうなあ。

 でも、管楽器的には違います。管楽器ならば、F管の楽器は、楽譜にド(C)と書いて、ド(C)の運指で、ファ(F)の音が出します。それが管楽器なんです。

 つまり、運指優先主義で運指と楽譜の表記の一致を優先したのが、普通の管楽器であり、リコーダーは、実音優先主義であり、実際に鳴る音と楽譜の表記の一致を優先したわけです。

 私は管楽器奏者ですからね。管楽器奏者目線で考えると、アルトリコーダーって、めっちゃ変な楽器なんですよ。だから、吹きたいけれども、吹かない。アルトリコーダーを変な楽器だと思うのは、そういうわけなのでした。

 実音主義? そこが教育楽器なんだよなあ…なんて、ゲスい事を言っちゃたりしています。

 さて、ここまで読んでも、まだ怒っちゃっている人は、どうぞコメントでもして、うさを晴らしてくださいませ。

 

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2019年6月13日 (木)

楽譜が読めないと、音楽を始めてはいけないのか?

 知り合いと話していて、こんな事を聞きました。

 「私は、本当は吹奏楽をやりたかったんだけれど、楽譜読めないから、やんなかったんだよね」

 もちろん、中学校あたりの部活の話です。楽譜読めないから吹奏楽をやらなかった? そんな馬鹿な! と思うと同時に、そう考える人もいるんだな…とも思いました。それにこんな話は、今回が初めてではなく、機会あるごとに、ちょくちょく聞きます。

 楽譜が読めないと、音楽を始めてはいけないのでしょうか?

 もちろん、楽譜は読めないよりは読めた方が絶対にいいです。これは断言しますが、じゃあ読めないからと言って音楽を始めてはいけないのか言えば…それはちょっと違うような気がします。

 まず、乱暴な話ですが、音楽をポピュラー音楽と日本伝統音楽とクラシック音楽の3つに大きく分けて考えてみます。

 ポピュラー音楽に関して言えば、楽譜は読めた方が良いですが、読めなきゃ読めないなりにやれます。実際、プロミュージシャンにだって楽譜の読めない人は大勢います。楽譜の読み書きよりも、コードが分かる方が大切だし、耳コピできるほど耳が良い事の方が全然大切です。各種教則本も、楽譜が読めない事を前提に書かれていたりしますし、楽譜が読めない事が音楽を始められない理由にはならないと思います。

 日本伝統音楽に関して言えば、楽譜が読めなくても全く問題ないと思います。と言うのも、日本伝統音楽で使われる楽譜は、いわゆる五線譜ではないので、音楽を始めると同時に、その音楽で使われる楽譜の読み書きを習うからです。なので、楽譜(五線譜)が読めないからと言って音楽を始められない理由には、なろうはずがありません。

 さて、クラシック音楽ですが、このジャンルの音楽は、楽譜が読めることが演奏の前提にあると思います。なので、楽譜が読める事は必須です。しかし、最初の段階から、バッチリ楽譜が読めなければいけないのかと言えば、そうではないでしょう。

 誰だって、最初は初心者です。出来ないのは当たり前です。だから楽譜は読めなくて当たり前なのです。音楽を学びながら楽譜を読めるようになれば、それでいいのです。最初から楽譜が読める必要はありません。

 というわけで、一般論として、音楽を始めるにあたって、楽譜が読めなければならないという事はなく、楽譜が読める事が前提の音楽であっても、それは音楽を学びながら楽譜の読み書きを学べばいいだけの話で、楽譜が読めなくても、音楽を始めたいという志があれば、どうにでもなるはずです。

 だから、私の知り合いのように、中学生レベルの吹奏楽で楽譜が読めないからと言って、吹奏楽を始めなかったというのは、吹奏楽をやらなかった理由に「楽譜が読めなかったから」という言い訳をしているだけで、本当に吹奏楽をやりたかったのなら、楽譜が読めなくても、吹奏楽の世界に飛び込んだと思います。

 要はやる気の問題で、やる気がそれほど無かった事を楽譜が読めない事に、問題をすり替えて、言い訳をしていただけね。

 一般論としては、楽譜が読めなくても音楽を始めていいとは言えるのだけれど、オトナが趣味として、吹奏楽とか合唱とかを始めるとなると、話は少しややこしくなるかもしれません。…と言うのも、あなたが入団したいと思う団のレベルによって、そのあたりが変わってくるからです。

 たとえ趣味とは言え、オトナの団体ともなると、目指しているレベルがあります。団員は皆、ある程度の演奏力があり、新人にも即戦力を期待しているような団に、楽譜が読めない人が入るわけにはいかないでしょう。

 しかし、音楽は二の次で、親睦優先の団体なら、新人歓迎だし、楽譜が読めない人にも親切な対応があるので、そういう団体なら、楽譜が読めなくても入団できます。

 これから音楽を始めたいという、割と真面目に考えているオトナに対しては、親睦系の団体は合わないでしょう。となると、楽譜が読めないとチャンスが得られませんから、まずは楽譜の読み書きくらいでできる必要があるでしょう。

 もっとも、楽譜の読み書きができる団体は、そもそも音楽経験がある程度ある事を見越していますし、経験者しか入団できないケースも多々あります。ならば、その団体に入る前に、音楽経験を積む必要があるわけだし、個人レッスンを受けておく必要だってあるかもしれません。

 オトナになってから、音楽を真面目に始めるのって、実は大変な事なのかもしれませんね。別にプロになるわけでもなければ、音大に進学するわけでもなく、ただただ個人の興味関心だけで真剣に音楽を学ぼう…というのは、周囲に理解してもらいづらいし、何より世間の俗事が真面目な学びの妨げになりやすいし…ねえ。

 

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2019年6月12日 (水)

8年ぶりに取り組むわけです

 声楽のレッスンの続きです。さて曲の練習に入りました。ドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」から「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」です。この曲は、発表会で歌う曲です。つまり、さっそく発表会の準備に入ったわけです。頑張りましょう。

 さて、最初に、フレーズを歌い出す前に準備をしっかりしましょうって言われました。特に出だしの子音をたっぷり時間をかけて発音する事…子音の段階で目的の音程に到達している事が大切との事です。

 また、同じ音程が続く箇所は、意識して後ろの音符ほど音程を高めに歌う事。また、子音の音程は高めに取り、母音へのつなぎは、音程を高く上げながら歌っていく事。つまり、アゲアゲな気持ちで歌う事が大切って話かな? 高い音を歌う時は、勢いで声を前に出す事なく、しっかりゆっくりと声を後ろに回してから出す方が楽だし、キレイに聞こえるので、必ずやる事。

 音取りをもっとちゃんとする事。このアリアは、昔歌った事があったので、実は音取りがいい加減…ってか、してないのですが、やはりそれでは不完全で、どうも、昔の音取りの記憶を頼りにしてはいけないみたいです…ってか、昔行った音取りが、どうにも不完全のようで、かなり部分的に低く、ぶら下がっているんだそうです。やはり、今歌う歌は、今の実力でしっかりと音を取り直さないと駄目みたいです。歌えない時に行った音取りのイメージでは、歌えない時のイメージになってしまって、きちんと歌えないまま歌ってしまうようです(って、何を言っているか、分かりますか?)。とにかく、改めてきちんと音取りをし直さないと駄目みたいです。

 転調している部分ほど、音程をクリアに歌う事。半音の違いがとても大切。

 ドニゼッティなので、不要なルバートはなるべくかけない事。プロ歌手の中には、この曲を大幅に揺らして歌う人もいるけれど(それも相当数…)、なるべく楽譜通りにスタイリッシュに歌うように心がける事。長い音符は、しっかりと回して出すこと。下降音型は、ゴールを見据えて、しっかりと音程を納める事。そこで音程が納まらないのは…筋力不足を承知する事。

 ま、こんな感じでしょうか? とにかく、以前歌った歌(それも発表会で歌ったんだよ、キング門下時代の話ですが…もう8年前になりますが)だからと言って、手を抜いちゃダメッて話です。あの頃と今では、あれこれ違うわけだし、あの頃の自分に戻ってしまってはダメダメなのです。今の自分の力で、このアリアを歌わないといけないわけで、そのためにも、全くの新曲に取り組むような気持ちでいかないと…昔の悪いクセとかが出てしまうし、良い事はありません。

 おニューでバージョンアップした私なりに、このアリアを歌えるかが、今回の見どころ(?)なのかもしれませんね。

 とにかく、頑張っていきます。

 

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2019年6月11日 (火)

今年の発表会が決まりました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 発表会が決まりました! 今、告知できる事は、9月7日(土)に横浜の杉田劇場で行うという事だけです。また詳細は決まり次第、お知らせします。よかったら、応援にいらしてくださいませ。

 なので、先生と発表会について打ち合わせをしました。

 まずは、何を歌いましょうか?…です。ウチは持ち時間制だし、発表会の中での曲のダブリはダメだし、選曲は早いもの勝ちなので、曲に関しては、早く決めた方がいいのです。今回の持ち時間は一人10分です。二重唱を歌う場合は、プロの方とデュエットするなら、全部自分の時間としてカウントされますが、門下生同士のデュエットだと、持ち時間的にはデュエット相手の方と半分ずつ負えばいい事になります。なので、私は妻と二重唱を歌うので、持ち時間的には(二重唱の時間にもよりますが)10分ではなく、実質、12分とか13分とかになります。なにしろ、二人合わせて20分以内に収まればいいからです。ウチの門下の発表会って、結構歌えるんですよ。

 で、二重唱は、ヴェルディの「椿姫」の「Un di felice, eterea/思い出の日から」にしました。第一幕の中盤あたりで歌う二重唱です。例によって、アリア同様、目が飛び出るくらいに難しい曲です(汗)。頑張りましょう。

 ちなみに、こんな歌です。ここで歌っているのは、ネトレプコとヴィラゾンです。演出は一時期、世界の色々な有名歌劇場で上演されまくったデッカー版です。ちなみに私はこの演出が嫌い(笑)で、メトもずいぶんこの演出を使ってましたが、今年から別の演出に切り替えたんですよね。いやあ、ほっとした(笑)。演出が嫌いとは言え、それは歌手の責任ではないし、歌の出来とも関係ないので、これをそれに貼っちゃいます。

 オペラアリアに関しては、今学んでいるドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」のテノールアリア「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」にしました。これを歌っても、まだもう1曲分の時間が余っていますので、何か歌曲を歌うことにしました。それは次回のレッスンで決める事にしました。

 発表会が急に決まり、先生も急いでピアニストさんの依頼をしたところ、ピアニストさんもすでに色々とお仕事が入っていて、ピアノ合わせの日時にあれこれ制約が生じました。で、問題は、そのピアニストさん(公式ピアニストさんと呼んじゃいましょう)の予定と、我々の予定が全く合わず、発表会近くの日程が取れず、直近でも発表会の2週間前が最後のピアノ合わせにならざるをえない状況なのです。

 それじゃあ、ちょっとねえ…ってわけで、Y先生から、ピアニストを自前で用意できませんかと相談を受けました。つまり、去年同様、我々は公式ピアニストさんではなく、自前で頼んでいる、いつものピアニストさんで歌う…ってわけですね。さっそく、ピアニストさんに連絡を取ったところ、快い返事をいただきましたので、今年も昨年同様、ピアニストさんの持ち込みをする事になりました。本番にピアニストさんを持ち込むとなると、当然、レッスンにもピアニストさんを持ち込むわけで、そうなるとピアノ合わせが不要になるので、忙しい社会人歌手にとっては、ありがたいことです。

 さあ、頑張るぞ。歌曲は何を歌いましょうか?

 さて、レッスンです。ハミング練習から入りました。響きは上へ…と、そこに注意して行いました。ハミングの振動でクチの中がかゆくならないように、響きを高く高くしていきます。

 発声練習です。声を真っ直ぐに前に出すのではなく、一度後ろに回してから前に出すをたくさん注意されました。とにかく、しっかり支える、後ろを開ける、声を回す。今日の注意ポイントは、この3つです。

 高音も、あら不思議、後ろから回して出した方が楽だね。音色も良いし…問題は、私に後ろ回しにする習慣がない事くらいかな? 常に前に真っ直ぐに声を出したがるんです。ああ、意識改革が必要です。

 

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2019年6月10日 (月)

外国語の歌をカタカナで歌ってもよいのだろうか?

 クラシック系の声楽曲って、日本歌曲以外は、外国語歌詞が付いています。当然か。

 じゃあ、クラシック系の声楽曲を歌う人ってみんな、外国語が堪能かと言えば…必ずしもそうじゃないでしょ? プロはともかく、アマチュアの歌手の皆さんは、まれに外国語が堪能な方もいらっしゃいますが、その多くは、そんなに外国語が得意ってわけではないと思います。

 私も、そんなに外国語は得意じゃないですよ。まともに喋れる外国語は、日本語ぐらいです。あ、日本語は母語か(笑)。

 まあ、なんとかなりそうなのは…英語? 一応、学校教育はきちんと受けましたからね。

 私同様、多くのアマチュア歌手さんは、なんとかなるのは、日本語と、せいぜい英語ぐらいでしょうね。でも、クラシック系の声楽曲の主戦場は、イタリア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語なんです。もっとも、日本ではスペイン語の歌は鬼っ子扱いを受けていますので、除外して考えてもよいかもしれませんが(笑)。

 言葉を生活の道具として使えるレベルではなく、歌詞を読んで歌として歌えるレベルで良しとしているアマチュア歌手さんは多いのではないかしら?

 そのレベルであっても、皆さん、なんとかしているのは、イタリア語とドイツ語までじゃないかな? というのも、これらの外国語の曲の楽譜には、カタカタが付いているのは見たことありませんが、フランス語やその他の外国語の曲の楽譜だと、日本の楽譜出版社のものだと、カタカタが付いていたりするモノもあるからです。つまり、そういう需要があるって事です。

 フランス語の歌って、憧れますよね。カタカナ付きの楽譜も販売されているので、それらを購入して、カタカナで歌ってしまう事も可能です。

 可能ですが…それをしちゃっていいの? という思いが、私にはあります。

 ちなみにカタカナ楽譜は、Y先生的にはアウトです。もし、カタカナ付きの楽譜を使うなら、カタカナの部分は黒塗りして見えないようにしてから使いましょうとおっしゃっていました。もっともY先生的には、カタカナはアウトですが、発音記号はセーフなので、外国語が読めないのなら、発音記号が振ってある楽譜(探せばあります)を使いましょうって、よく言ってます。妻は、そうやって、楽譜を探して、チェコ語の歌を歌ってました。チェコ語なんて、普通の日本人にとって、読める方が不思議だよね。

 私的には…カタカナ付きの楽譜って、すごく魅力的です。カタカタが付いている事で、全然手の出ない曲が歌えるようになるなら、それはとても素晴らしい事です。

 でもしかし、カタカナが振ってあると、どうしてもカタカナばかり見てしまいますし、カタカタに引きづられるのも事実です。私、今、ドイツリートの勉強をしていて、実は最初、読めない単語にカタカナを振っていましたが、途中でそのカタカナを消して、今に至っています。というのも、読めないからカタカナを振っていたわけですが、そのカタカナを振ってある部分は、ついついカタカナを読んでしまうのです。で、カタカナで歌ってしまうのです。

 ドイツ語なのに、カタカナのおかげで、まるっきり日本語発音になっちゃうんですよ。これはダメですね。それに気づいたので、途中で振ってあったカタカナを消して、頑張ってドイツ語の歌詞で歌っています。ドイツ語の歌詞を見て歌うなら、稚拙ながらも、頑張ってドイツ語っぽく歌ってみようと頑張れるんですよ。でも、カタカナだと、最初っから完璧日本語になっちゃうんですね。

 カタカナには、あれこれ問題があるようです。

 妻は今、日本歌曲を勉強してますが、彼女の楽譜は歌詞が、日本語とローマ字で書かれています。歌詞の意味は日本語を見ないと分かりませんが、歌う時は、日本語ではなく、むしろローマ字を見て歌った方が、結果が良いようです。不思議ですね。

 日本語の表記って、カタカナだけに限らず、母音とか子音とかを意識しないんですよ。ですから、そのあたりがいい加減になってしまうわけです。厳密性がないんです。

 でも、クラシック系声楽曲で使われている多くの外国語は、母音と子音がしっかり表記されているわけです。母音と子音を無意識に意識して歌っているわけです。日本語だってカナを使わずにローマ字表記になると、母音や子音を無意識に意識してしまうのです。それが結果につながってくる…ってわけです。

 それを思うと、外国語のカタカナ表記だけでなく、日本語のカナ表記にも問題がありそうですが…今回は、そこは深掘りしません。

 外国語にカタカナを振って歌う事に関しては…とても魅力的だけれど、止めた方がいいかな…と、2019年時点の私は、そう考えます。カナを振るよりも、その言葉の正書法を勉強して、カナを使わずに読んで歌えるようになった方がいいかな…って思ってます。

 もちろん、勉強も大切ですが、耳コピも大切です。カタカナ振るよりも、ネイティブシンガーの音源を聞いて、その発音や歌いクチを覚えてコピーしちゃう方が、よっぽど、その歌を自家薬籠のものとするには、近道だと思います。ちゃんと聞けなきゃ、ちゃんと歌えないものね。だから、外国語歌唱に関しては、耳を鍛えるのは、とても大切な事です。

 だからと言って、皆さん方がカタカナ振って歌うのは反対しません、容認します。だって、人それぞれだからね。外国語の勉強が間に合わないから、その歌を歌うのを諦めるなんて、楽しくないじゃない? それはダメだよね、まずは楽しさ追求。それが私の考えるアマチュアリズムですから、楽しくなるためにカタカナが必要なら、ドンドンそれを使えばいいと思うわけです。

 私だって、いつカタカナ礼賛派に変わるか、自分でも分からない…しさ。

 

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2019年6月 9日 (日)

女性天皇と女系天皇の違い(全然違うんだよね)

 なんでも某所の調査によると、我々庶民ってやつは、女性天皇と女系天皇の違いが分かっていない人が大勢いるんだそうです。

 皆さんは、女性天皇と女系天皇の違いって分かりますか? また、マスコミや一部の政治家さんは、そのあたりの説明をあえてせずに論を進めていたりしますが、それに騙されるのは危険だと私は思ってますので、この機会に、女性天皇と女系天皇の違いについて知ってしまいましょう。

 違うものは違うのです。言葉が似ているからといって、混同してはいけません。「みりん」と「きりん」は言葉が似てますが、全然違うモノでしょ? 女性天皇にしても女系天皇にしても、その実像を知らなければ話になりません。女性天皇と女系天皇の違いをしっかり把握した上で、女性天皇を支持したり、女系天皇を支持したりすればいいんだと思います。

 とは言え、まず、現在の我が国には女性天皇も女系天皇も、ありえない話だという事は、前提として知っていてください。

 我々日本人が日本国憲法の元にいるように、天皇を始めとする皇族の方々は皇室典範という法律の元にいます。その皇室典範で、

>皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する(第一章)

 とありますので、天皇陛下には男系男子しかなれません。具体的に言えば、

  1位 秋篠宮文仁親王(53歳)…天皇陛下の弟君
  2位 秋篠宮悠仁親王(12歳)…天皇陛下の甥君
  3位 常陸宮正仁親王(83歳)…天皇陛下の叔父君

 これら3人の殿下方しか次の天皇陛下にはなれないのです。女性天皇? 女系天皇? 何の話ですか…というのが、現実です。

 これら3人の殿下方しか天皇になれないのは…あれ?ってわけで、もっと天皇陛下になれる人を増やしましょう…とか。現在の天皇陛下のお子様(敬宮愛子内親王殿下)はなぜ天皇になれないの…とか。俺だって天皇になりたいや…とか。まあ、いろいろな思いがあってもいいのだけれど、そういう色々な思いの中から、女性天皇とか女系天皇とかの発想が出てきているわけです。

 なので、現在、女性天皇とか女系天皇とかは、単なる空想の存在であって、ファンタジーのようなものであって、真面目に取り上げるのは不謹慎な話題とも言えます。だって、3人も皇位継承者がいるのに、それらの方々をすっとばして、別の方を天皇陛下にしてしまいましょうって話だもの。ほんと、失礼な話なんです。

 現実的には、女性天皇も女系天皇もありえない話なんです。そのありえない話を、あえて、したい人たちがいるって話です。

 まあ、なんでそんな話が出てきているかという理由は、様々ありますが、皇位継承者が3人いらっしゃるとは言え、実際問題として、1位の秋篠宮文仁親王殿下と3位の常陸宮正仁親王殿下は年齢的に、次の天皇陛下になるって事は…まず無いわけだから、実質的には2位の秋篠宮悠仁親王殿下しか皇位継承者がいないとも言えるわけで、次期天皇候補がたった1人ってのはヤバイし、その1人が息子さんじゃなくて、甥っ子さんってのはマズくない?って話になっているんだろうと思います。

 だったら、天皇陛下のお子様である敬宮愛子内親王殿下にも皇位継承権を差し上げましょうって運動なわけです。甥っ子よりも娘さん優先だし、傍系よりも直系優先だし…って感じでしょうね。

 一見筋が通っている感じがする話です。

 で、敬宮愛子内親王殿下が男性だったなら、問題なく皇位継承1位になるわけですが、女性ゆえに皇位継承権がないのなら、皇室典範を改正して、敬宮愛子内親王殿下を皇位継承1位にしましょうってわけで、敬宮愛子内親王殿下を皇位継承1位とするなら、女性天皇になるんでしょ? いやいや女系天皇になっちゃうんですよ…とかまあ、そんな話なんです。

 「女性差別、反対!」って事なんです。

 で、ここまで話をして、ようやく女性天皇、女系天皇の話になるわけです。

 仮に皇室典範を改正して、敬宮愛子内親王殿下が天皇陛下になれば、女性天皇になるわけです。

 日本には過去8人10代の女性天皇(1人で2回も天皇になった人が2人いるので数が合わないのです)がいたわけです。なので、敬宮愛子内親王殿下が天皇陛下になれば、9人目11代目の女性天皇になるわけです。この場合は、女性天皇だけれど、男系天皇になります。なにしろ、お父様が天皇陛下なのですから。

 そして、過去の女性天皇も、実は皆、男系天皇なのです。日本の天皇陛下は、男女問わず、すべて男系天皇であって、ただの一人も女系天皇はいなかったのです(ここ、ポイントです)。これは歴史的事実です。

 女性天皇は過去にいたけれど、女系天皇は過去にいなかったのです。つまり、女性天皇と女系天皇は、言葉は似てますが、全然違う存在なのです。

 では、女系天皇とは、どういった天皇陛下なのでしょうか?

 簡単に言ってしまえば、女性天皇というのは、天皇陛下の性別が女性であるというだけで、その他は歴代の天皇陛下と何ら変わりません。一方、女系天皇とは、父親が皇族ではなく、平民や外国人であるという事であり、天皇陛下ご自身の性別は関係ありません。つまり血統的には、それ以前の天皇陛下とは関係のない人が天皇になるという事なのです。

 例えば、敬宮愛子内親王殿下が天皇陛下になったとします。この陛下は男系女性天皇になります。で、敬宮愛子内親王殿下が、恋愛をされ、韓国籍の文在寅さんと結婚され、お子様が生まれたとします。ここでは仮に男の子としましょう。お名前も仮に太郎親王とします。

 で、敬宮愛子内親王殿下の次の天皇陛下に、この太郎親王殿下が即位されたとします。

 ここで初めて、女系天皇が生まれるのです。この太郎親王殿下は天皇陛下になったならば、男性ですが、日本最初の女系天皇になるのです。つまり、女系天皇とは、ご自身の性別が問題なのではなく、母方が天皇家である(当然、父方は天皇家ではありません。父方が天皇家ならば、母方の血統は問題とされずに、男系となります)から女系天皇と呼ばれるのです。

 で、女系天皇が誕生した瞬間に、今までの天皇家は滅亡してしまいます。だって、血統的には従来の天皇とはつながっていないからです。

 で、新しい天皇家、文王朝が誕生します。現在の天皇家は、敬宮愛子内親王殿下でお終い。次代の太郎親王は、新しい初代文王朝の第1代天皇になるわけです。

 つまり、女系天皇を良しとする事は、王朝の交代を良しとするのです。

 今まで日本では王朝の交代などした事がないので、ピンと来ない人が大勢いらっしゃると思いますが、ヨーロッパの王朝では、王朝の交代というのは、実はままある事です。例えば、イギリスのエリザベス女王は、ウィンザー朝の第四代女王様です。ウィンザー朝の前がハノーヴァー朝で、その前がテューダー朝…という感じで、イギリスを始めとするヨーロッパの王室は、たびたび王朝が交代しています。その理由は2つあって、一つは、王家の断絶に伴い、養子を迎え入れたから。もうひとつは女王陛下のお子様が新王になった時です。その時に王朝が交代します。

 もっとも、ヨーロッパの王家たちは、いわゆる王族と呼ばれる方々で、みんな親戚なんです。だから、養子に迎えるとか、婿さんを迎えるとか言っても、全然血のつながりがないわけではないし、王朝の交代と言っても、分家が本家を相続しているような感覚なのです。

 で、日本ではこの王族に相当するのが皇族なのですが、日本には皇族はほとんどいません。また、ヨーロッパには、皇族と庶民の間に貴族がいますが、日本には貴族がいません。つまり、皇族以外はみな庶民というのが日本という国なのです。

 実際、皇族…つまり天皇家には親戚なんてほとんどいません。なぜそうなったのでしょうか?

 実は日本にだって、かつては宮家と呼ばれる天皇のご親戚である皇族の方々がいらっしゃいましたが、アメリカに戦争で負けた時に、彼らは強制的に皇籍離脱をさせられてしまいました。彼らは我々と同じ平民になり、天皇家は一気に親戚を減らしてしまったのです。

 ですから、皇族の極端に少ない日本で、もしも王朝交代を行うならば、決してヨーロッパでの王朝交代のような王族間での交代にはならず、リアルに全然無関係な平民の血統の天皇家が誕生してしまう…って事になるわけです。

 昨今、世間では眞子さまと小室圭氏の恋愛問題が話題ですが、もしも眞子さまが次の天皇陛下になった時に、その次の天皇陛下が小室圭氏のお子様でいいのですか? 小室王朝が誕生して良いのですか…と、女系天皇を認めるというのは、わかりやすく言うと、そういう話なのです。


 つまり平たくいえば、女系天皇を良しとする方々は、日本でも王朝(皇朝?)の交代を望んでいるってわけで、王朝の交代とは、現在の天皇家の断絶を願っているとも言えます。女系天皇賛成と言っている人たちの顔をごらんなさい、彼ら、現在の天皇家が嫌い人たちばかりでしょ? 天皇家をぶっ潰せ!とは言えないものだから、女系天皇賛成と言って、間接的に現在の天皇家をぶっ潰そうとしているだけなんです。

 ですから、女性天皇は過去にもいらっしゃったので、ありうる選択肢かもしれませんが、女系天皇は、日本の歴史的に見るならば、言語道断、ありえない選択肢なのです。そして、女性天皇そのものは良くても、そこから女系天皇が生まれる可能性があるのなら、その芽である女性天皇にも反対する…というのが、女性天皇反対論者の理屈です。彼らは別に女性蔑視なわけではなく、女系天皇への芽を摘むために女性天皇に反対しているのです。

 過去にいた女性天皇たちは、生涯独身を貫くか、皇族の男性と結婚して男系のお子様をお生みになられていたわけです。もしも敬宮愛子内親王殿下が天皇陛下になったならば、その夫君は秋篠宮悠仁親王殿下でないと、男系は維持できないのです。まあ、いとこ同士の婚姻は可能とは言え、現代の国民の感覚では、これはなかなか受け入れられないかもしれません。そうなると、やはり敬宮愛子内親王殿下のご結婚相手は平民にならざるをえないわけですし、それはどうなんでしょうねって話なのです。

 もっとも、現在の皇室典範によれば、天皇陛下は、男系男子に限ると定められているので、女性天皇も女系天皇もありえない話なのですよ。なので、みなさんが法治を旨とする近代市民であるならば、女性天皇も女系天皇も、その舌先にはあがってこないはずの話題なのです。

 女系天皇への道を開くくらいならば、その前に、戦後アメリカさんに皇籍離脱を強要された、旧宮家の方々の皇族復帰の方が先なんじゃないかなって、私は考えます。

 昔、光孝天皇の第7皇子であった定省王は臣籍降下して、源定省となったけれど、その後、皇族に復帰し親王宣下を受け、宇多天皇になられたという歴史があります。一度、皇籍を離脱されたとは言え、このように皇族復帰をされた先例があるんだから、旧皇族の方々の皇族復帰も、また良しだと思います。少なくとも、過去に一度もなかった女系天皇をうんぬんよりも、ずっとずっと日本&皇室の伝統に則していると思います。

 

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2019年6月 8日 (土)

結局、全部食べた

 何を食べたのかと言えば、水草です。

 近所のスーパーのガボンバと、ホームセンターのガボンバと、スーパーのアナカリスでは、それぞれに金魚の食いつきが違うという話をした事があります。食いつきが良いのは、圧倒的に近所のスーパーのガボンバです。これを食べている時の金魚の目つきが違うんですよ。

 次にイヤイヤ食べているというか、なるべく食べないようにしているのが、ホームセンターのガボンバです。と言うのも、よく見ると、このガボンバ、色が悪いんですよ。どうも、水草に苔が生えているみたいなのです。で、この苔、黒髭苔というらしいのですが、これ、水槽関係の人たちには不人気の苔なんです。と言うのもは、見た目は悪いし、魚たちに不人気の美味しくない苔なんだそうです。そりゃあ、クチのおごったウチの子たちは食べたがらないよね。

 ちなみに、この黒髭苔は、ポンプの空気の吐出口であるストーンに群れを作って生え始めました。繁殖力がすごいねえ…。まあ、見てくれは悪いのですが、別に悪さをするわけではないので、焦る必要はありません。近い内にストーンは交換する事にしましょう。

 で、その黒髭苔付きのガボンバよりも人気がないのが、アナカリスです。アナカリスも一応金魚藻なんですが…ねえ。でも、なかなか食べてくれません。

 で、どうなったのかと言えば、やはり最初は見た目も緑で美しいスーパーのガボンバを食べ、それを食べ尽くしたところで、ホームセンターの黒髭苔付きのガボンバを食べ、それも食べ尽くしたところで、アナカリスを食べていました。

 さすがにアナカリスを食べ尽くさんとしていたので、新しい水草を入れてやりました。そうしないと、金魚たちがタニシを食べ尽くしてしまうからです。

 新しく入れたのは、近所のスーバーのガボンバとアナカリスです。さすがにホームセンターのガボンバは購入しませんでした。

 なぜ食べたがらないのに、わざわざアナカリスを買うのかと言えば…食べたがらないからこそ、水槽の中に残って、日陰を作るのに良いからです。

 どうも金魚にとって、今の水槽の電灯って、まぶしいらしいのです。でも金魚にはまぶたがありません。だから目をつぶる事ができません。そこで、日陰に頭を突っ込んで休んでいるのです。つまり、金魚たちには日陰が必要なのてす。で、アナカリスがあると、ちょうどよい日陰が出来るようなのてす。

 もっとも、そのアナカリスも食べちゃえば、日陰が無くなるんですけれど…。

 ちなみにこの一ヶ月で、二種類のガボンバとアナカリスの全部を食べてしまいました。どうも、水温が上がると食欲が増すんだよね。変温動物だから仕方ないけれど…。そんなわけで、金魚にも好き嫌いはあるのだけれど、背に腹は代えられないってわけで、結局水草を全部食べちゃったという話です。

 

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2019年6月 7日 (金)

郷に入れば我を押し通す

 フルートのレッスンに行ってまいりました。今回も私のレッスンの前の方は、いつもの姉様ではありませんでした。この方を何とお呼びしましょうか? とりあえず、妹君とお呼びする事に致しましょう。実際、入門時期は私よりもずっと後なのですから…ね。

 で、その妹君と先生と三人でロングトーンをやってから、私のレッスンになりました。

 例によって、最初はエルステユーブンゲンです。相変わらずの25番と26番です。全然暗譜できてませんので、一向に仕上がらないわけです。ダメっすね。

 旋律的練習曲は2番です。まだ、納得いってません…が、納得いかないまま吹いています。先生からは「ちゃんと吹けているよ」と言われていますが、なんかピンと来ません。きちんと練習すれば、ピンと来るのかな? なんか、全然つかめない曲なのです。

 40リトルピーセズは、24番、ハイドンの小品です。これは合格しました。まあ、そんなに難しくないからね。で、次は25番、モーツァルトの「デュポールのメヌエット」です。YouTubeを見ると、幼い子がフルートで吹いているのがたくさんあるから、かなり簡単な曲なんだろうと思います。頑張ろうっと。

 で、今回の雑談は、観光地での外国人の方々のふるまいについて…。外国人と言っても、ヨーロッパ系やアメリカーンな人々の話ではありません。彼らは、お行儀良いし、マナーを守る人が多いので、大いに歓迎なんだけれど、特定アジアの方々は、声はデカイし、公共のマナーは守らないし、自分たちだけで大騒ぎするし、案外ケチだし…私も先生も、いわゆる観光地に暮らし、観光地で生活しているので、海外からの観光客なんて、実に身近な存在なんだけれど、それだけに物言いは、かなり辛辣になってしまいました。

 我々だとて、あらゆる国々からやってきた観光客は歓迎したいですよ。それが観光地で暮らす人間のアイデンティティーさ。でもね、正直、来なくていいよ…って言いたくなるような観光客もいてさ…。それも大量にさ…。ほんと、困ってますって話です。

 来年はオリンピックだよね。きっと、彼らがやってくるんだよ。きっと来るんだよ。それも大量に、群れをなして…ね。ああ、恐ろしい恐ろしい。湘南でもオリンピックは開催されるから、そんな彼らが町中を闊歩するんだよ。想像するたに恐ろしいです。なんとか、オリンピックまでに、彼らのマナーは向上しないかしら。少なくとも、大声で騒ぐ事と、ゴミを道に捨てまくる事と、食べ物の持ち込みをする事の、3つだけでもしないでくれたら、大いに助かるんだけれどなあ…って、こんな事は観光客に向かって言う事じゃないよな。

 郷に入れば我を押し通す…そんな彼らが苦手な私と先生でした。

 

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2019年6月 6日 (木)

そう言えば、もう長い間、ギター弾いてないや

 本当にもう長い間、ギターを弾いていません。いや、触ってもいないか。

 ギターと一言で言っても、色々な種類があります。私がメインで弾くのは、いわゆるフォークギターです。今風に言うなら、アコースティックギターって奴です。金属弦の生ギターです。

 この楽器は、主に、歌の伴奏に使います。単独でソロを取ることは、ほとんどありません。伴奏で使うので、特に難しい技法もなく、気軽に手軽に弾けます。楽譜が読めなくても、歌詞にコードが書いてあれば、それで十分という、かなりお手軽な楽器です。コードをジャカジャカかき鳴らしながら弾くわけです。

 若い時はバンドもやっていたので、当然、エレキギターも弾きました。最近は、単に“ギター”と言うと、こちらのエレキの方を指すようですね。音を電気的に歪ませて、単音でグイーングイーンと弾いていきます。主にリフを弾きますので、同じ音型をコードに合わせて移調させながら弾き続けます。たまに気の利いたソロも弾きます。フォークギターと比べると、かなり技巧が必要とされます。ただし、あくまでもバンドの中の楽器なので、バンドに入っていないと、全く面白くない楽器です。

 さらに技巧が必要なのが、クラシックギターと呼ばれる、ナイロン弦の生ギターです。「アルハンブラの思い出」とか「禁じられた遊び」を弾くためのギターと言うとイメージしやすいでしょうね。ソロ演奏が前提なので、一人で低音、リズム、メロディを同時に奏でます。そういう意味では、ピアノに近い楽器です。いわゆる“完全楽器”って奴です。その分、めちゃめちゃ難しいです。私は一時期、独学でクラシックギターをやってみました。クラシックギターは独学でどうこうなるような簡単な楽器ではなかった(汗)ので、結局、モノになりませんでしたが、そのおかげで、当時はだいぶ技巧的なギターが弾けるようになり、エレキギターの演奏がだいぶ楽になりました。

 さて、私は歌いたかった人なので、専らフォークギターでした。なので、ギター自体はそんなに上手である必要はありませんし、実際、上手ではありません。だって、コードで弾ければ、それで十分なんだもの。全然上達する必要無いんだよね。

 じゃあ、ギターを弾きながら、何を歌っていたのかと言うと…だいたい、ビートルズかな?

 じゃあ、なぜ最近はギターを弾かなくなったのかと言うと、ポピュラー系の歌を歌うなら、カラオケに行くようになったからです。歌の伴奏として考えるなら、ギターよりもカラオケの方がゴージャスだし、歌いましたって気分にもなるじゃん。

 あと、歌う歌も、ポピュラーからクラシックにシフトした事も原因の一つかも。ギターはあくまでもポピュラー音楽の伴奏楽器であって、クラシックでは基本的に使わないものね。

 ギターの親戚でリュートという楽器があります。音色はほぼクラシックギターと同じなので、昔のリュート曲をクラシックギターで弾く人は多いです。バロックやルネサンスの時代の歌曲(つまり古楽)は、ピアノではなくリュートで伴奏するのが普通だったので、その頃の歌を歌うならば、ギターで伴奏をしても良いのだけれど…まず古楽系の歌は歌わないものね。私の場合は、2014年に、ダウランド作曲の「Come again/来たれ、今いちど」を歌ったきりだなあ。

 ギターを弾くたくないわけではないし、ポピュラーソングだって歌いたくないわけじゃないです。ただ、時間がないんだよね。生きる事と働く事に忙しくて、そもそも音楽をしている時間が少ないし、その少ない時間は、フルートと声楽のレッスンの準備に忙殺されているわけで、とてもとてもポピュラー音楽で遊んでいる時間の余裕がなくて…結果、ギターを全然弾かないという事になってしまったわけです。

 もう少し、人生に余裕があったら、ギターも弾けるんだろうなあ。でも、ギターを弾く余裕があったら、ヴァイオリンのレッスンを復活したいし、ピアノの勉強も再開したいし…ああ、人生、やりたい事だらけじゃないか!

 あ、時間があったら、まず眠りたいか。万年睡眠不足だものなあ…。

 

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2019年6月 5日 (水)

ほんとはピアノを弾きたい私なのです

 実は私、ピアノを弾きたい人なのです。歌よりも笛よりも、本音ではピアノが弾きたいのです。

 以前も書いたけれど、私、小学校に入学する前から「ピアノを習わせて欲しい」と、ずっと親にお願いをしていました。それも一度や二度ではなく、結構頻繁、結構しつこくお願いしていました。たぶん、中学入学してしばらくするまで、ずっとお願いしていたと思います。

 子どもながらにピアノに惹かれるものがあったんでしょうね。私、本当にピアノを習いたかったのです。でも、貧乏だったので、もちろん却下です。

 なぜ、中学生になって、ピアノを習いたいと言わなくなったのかと言えば、もはや手遅れ…と感じてしまったからです。今からピアノを習っても、もうピアノなんて弾けるようにならない…そう感じてしまったからです。実際、中学生になると、周囲でピアノを習っていた子たちが、ピアノをやめ始めるんですよね。周りの子達がドンドンピアノを止めていく中「いまさらピアノ?」って思ってしまったのです。

 その時点で、ピアノを学習したいという気持ちが、ポキンと折れてしまったわけです。それ以降の私は、ピアノの代わりにギターを手にして、ピアノとは関係の無い人生を歩き出したわけです。ギターなら子どもの小遣いでも買えましたからね。

 再びピアノ熱が燃え始めたのは大学に入って間もなくでした。音楽の授業があって、その授業では、ピアノと声楽と音楽史をやったのですが、ピアノと声楽は実技だったのです。なので、授業の復習も兼ねて、大学のピアノ室に一年間、ほぼ毎日通いました。無論、独学です。バイエルを半分ぐらい終えました。ちなみに、声楽は出たとこ勝負で臨んでいましたので、全く練習しなかったんです。それくらい、ピアノと歌では、入れ込む熱量が違っていました。

 いやあ、あの一年間は楽しかったですよ。なにしろ、毎日ピアノが弾けましたから。やっぱり、全然上達しなかったけど、ピアノが弾ける喜びを満喫していたのです。ちなみにその音楽の試験は、よく覚えています。実技試験で、試験当日、いきなり童謡のメロディー譜を渡されて、そのメロディーを階名唱しながらピアノ伴奏を即興で付ける…というものでした。専門教育を一切受けていない私には、結構難しかった試験です。で、私が受け取った楽譜は「さくらさくら」でした。イ短調だったし、すぐに曲はわかったので、なんとかなったのを覚えています。

 そんな事もあって(大学生になっていたので、バイトの給料を注ぎ込んで)自宅にエレピを購入して、授業が終わっても、自宅でピアノを弾くようになりました。もちろん、上達する事は、とっくの昔に諦めましたので、完全に遊び弾きでした。クラシックよりも、ポピュラー音楽をコードで弾いて歌ってましたね。ほぼ、ギターでやっている事をピアノでやってみました…程度の演奏です。

 社会人になると、時間もなくなってしまい、エレピも片付けてしまい、ピアノと縁のない人生に再び戻ってしまいました。で、そのまま今日に至るわけです。

 ピアノを弾きたいなあ。弾けるようになりたいなあ。もう無理だけれど。上達しない事は、すでに分かっているので、無理なんだけれど、ピアノ弾いてみたいなあ。私、モーツァルトのピアノソナタをガンガン弾いてみたいんだよね。無理だけれど。

 客観的に考えると、ピアノを弾きたいけれど、弾けないので、その情熱を、歌とかフルートとかに向けているんだろうなあって思います。いわば、歌もフルートも、私にとってはピアノの代用品に過ぎないのかもしれません。それほど、ピアノが弾きたいわけよ。

 でもまあ、今となっては、歌もフルートも、私にとっては、自己表現をするための、大切でかけがえのないツールになっているのだけれどね。ピアノが弾けない分、歌とフルートを頑張っていこうと思っているわけです。

 ああ、でも、やっぱり……ピアノ弾きたいなあ。弾けるようになりたいなあ。

 

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2019年6月 4日 (火)

ブログ時代の終焉

 今年に入って、割と有名どころのブログサービスが終了する/したというニュースが飛び込んできました。

はてなダイヤリー 2019年2月28日終了(→はてなブログへ統合)
ジオシティーズ 2019年3月31日終了
Google+ 2019年4月2日終了
BBIQブログサービス 2019年7月31日終了予定
ヤフーブログ 2019年12月15日終了予定

 もう少し小粒なサービスは、これ以前にもいくつもサービス終了していましたが、さすがにグーグル系やヤフー系のブログが終了するとなると、これはオオゴトだなと思いました。

 ちなみに、私も老犬ブログ以前にやっていたブログがジオシティーズにありましたが…何年も放置していたのですが、この度、そのブログとそこにあったデータが雲散霧消いたしました。困った…と言うよりも、消す手間が省けてよかった…と言った感じです。いやあ、IDとかパスワードとか忘れちゃって、消すに消せない黒歴史状態だったので、ブログサービス廃止&データ消失は、かえって都合が良かったりしました(エヘヘ)。

 今の時代、ツイッターもインスタグラムもあるわけです。文字ばかりのブログなんて流行らないよね。字を読むのは、かったるいよね。せいぜい140字が限界。それ以上は頭が疲れちゃうよね。いや、できれば字なんて無い方がいいよ。写真がバンバン乗っていれば、それでいいじゃん。写真なら見るのも楽だし、アップだって楽だし…。

 …って感じなんでしょうね。

 まあ、確かにブログは一昔前のSNSと言えます。利用者も減ってきたでしょう。当然、ブログ運営会社からすれば、儲からなくなったコンテンツになりつつあるのでしょう。儲からなくなれば…かつての電子会議室サービス(知らない人も多いでしょうね:涙)のように、いずれ消えて無くなってしまうべきサービスなのかもしれません。そうなったら、そうなったで、諦めるしかないんだろうなあ…って思ってます。

 私が使っているココログも、この春から、ブログ作成ソフトが、TypePad から TinyMCE へ変更されました。で、今現在、あれこれトラブルが勃発しているわけです。なぜ、ブログ作成ソフトを TypePad から TinyMCE へ変更したのかは、公式はその理由を発表していませんが、おそらくはココログ自体の収益の問題がからんでいるんでしょうね。つまり、ココログ自体があまり儲からなくなってきたので、TypePad を使用し続けるよりも TinyMCE へ乗り換えた方が会社として収益をより確保できそうだ…って事でしょう。たぶん、TinyMCE の方がココログにとって経費節減につながるのだろうと思います。

 ココログの場合、サービス終了を選択しないで、ブログ作成ソフトの変更で乗り越えたわけだから、ありがたいと言えば、ありがたいです。

 でもね、ココログって、無料サービスじゃないよ。いや、無料ブログサービスもあるけれど、有料サービスもあります。ちなみに、私は有料サービスの人で、毎月ココログにブログ使用料を支払っています。有料会員から言わせてもらえば、ブログ作成ソフトを、使い慣れたTypePad から よく分からないTinyMCE へ変更せずに、ブログの使用料金を値上げする方が良かったって思ってます。

 まあ、これは私の個人的な意見です。世の中には、サービスの質が落ちても安い方が良いという人がたくさんいることは知っていますので、今回のココログの会社としての判断の方が正しいということも理解はしています。

 そうそう、言っておくと、私は有料会員なので、老犬ブログはPC版は広告無しです。が、スマホ版の方が広告ばかりで読みづらくて困ってます。昔のスマホ版は…広告がありましたが…今ほどではありませんでした。少なくとも、老犬ブログにアクセスしたら、記事よりも先に広告が飛び出してくるような、エゲツない仕組みではありませんでした。それに、かつては、スマホからもPC版の画面が見られたので、スマホで広告無しの老犬ブログを見られたので、私はそちらを推奨していたのですが、今のココログのスマホ版は広告だらけで見づらい上に、スマホからPC版の画面が見られません。これには実に困ってます。

 広告だらけのブログなんて、読みづらいよね…。どうにかならないものかしらね。こちとら毎月ブログ代支払っているんだぞ(怒)!

 閑話休題。ブログは今や、落日のSNSです。何事にも始まりがあれば、終わりがあります。それは仕方のない事です。なので、もしもココログがサービスを終了するとなったら、それは受け入れるつもりです。受け入れた上で、余所のブログに移動するか、それとも、これを機会にブログを辞めてしまうか…それはその時になったら考えればいいと思ってます。

 でも誰も読まなくなったブログを書き続けるモチベーションなんて、たぶん私には無いから、辞めるもアリだよな…と今は思ってます。

 

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2019年6月 3日 (月)

時代背景を考えながら演奏するべきだろうか?

 具体的に例をあげて言えば、バロック時代の曲を演奏する時に、バロック時代の音楽様式などの時代背景を考えながら、当時のオリジナルの演奏スタイルで演奏するべきだろうか?という話です。

 学術研究をしている学者さんや演奏団体は、そうするべきです。

 問題は、エンタメとして演奏している方々や、人生の潤いとして演奏している我々のようなアマチュア音楽家ですね。

 エンタメとして演奏している方々…ほとんどのプロ音楽家がそうだろうと思いますが、彼らの場合は、自分の客が喜んでくれる方向で演奏するのが良いだろうと思います。

 つまり、当時の時代背景を重視して、現代のスタイルとは異なったスタイルで演奏する事を、自分たちの客が望んでいる場合は、そのようにするべきだろうし、客がそこまで望まないのならば、自分たちの(現代的な)スタイルで、自分たちの(現代的な)アプローチで演奏し、自分たちの音楽家としての個性を前面に出して演奏した方が良いと思われます。ずばり、古楽専門演奏団体と認知されているようなら、そのようなスタイルで演奏するべきだし、一般的なオーケストラ団体としてしか認知されていないようならば、自分たちのスタイルで演奏すれば良い…というのが、私の考えです。

 アマチュア音楽家の場合は、客よりも、演奏する自分中心で考えればいいと思います。自分は何を望んでいるのか、何がやりたいのか、そこがはっきりしていれば、どんなスタイルで演奏するべきかが、自ずと知れます。古楽っぽく徹したいなら、そうすればいいし、ロマン派っぽくやりたければやればいいし、ジャズのノリでやりたいなら、思いっきり弾けちゃえばいいのです。

 だって、アマチュアってのは、自由が服を着て歩いているような存在なんだからね。

 クラシック音楽は、すべからく、その時代性を重視し、その曲が作曲された当時の音楽を再現する事が正しいのだとお考えなら、ご自分はそのお考えで突き進めばいいのだけれど、音楽の楽しみ方は人それぞれで千差万別なので、他人の楽しみ方にアレコレ言うのは(私も含めて)野暮ってもんだと思います。

 

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2019年6月 2日 (日)

8050問題ってご存知ですか?

 これは、親が80歳の年金生活者、子が50歳の無職の引きこもり…っていう家庭が、多数あるって問題です。

 内閣府の調査だと、全国の40~64歳のうち、推計61万3千人が引きこもり状態であるらしいのです。この年令の総人口は約4240万人ですから、約1.4%の人が引きこもっている事になります。しかも、この数は内閣府の調査ですからね。当然、お役所では把握しきれない人々もいるわけで、おそらく実数としては1.4%では済まず、この数倍はいるでしょう。下手するとこの年令の総人口の5%ぐらい(約210万人ぐらい?)は引きこもりかもしれないわけです。少なく見積もっても、これくらいはいると私は睨んでいます。

 おおげさじゃないよ。

 ちなみに、5%という数字は、具体的に言えば、学校で言えば、クラスに2人程度いる…って感じの数字です。子どもの頃の教室を思い浮かべてください。あの教室の中の2人が引きこもっているんですよ。決して少ない数じゃないんですし、決してありえない数字でもないのです。

 無職の引きこもりと言っても、今は親の年金やらなんやらで生活できているわけだけれど、やがて親だって死んでしまうわけだし、そうなると彼らは無収入になってしまうわけです。ロクに働いていないわけだから、当然、彼らには年金はありません。それでも彼らだって生きていかなきゃならないのです。

 生活保護? 現在、すでに生活保護を受けている人が約210万人いるそうですから、そこに引きこもりの人が加わると、少なく見積もって61万人の人が…、おそらくは5%程度の人数の210万人がそこに加わるわけで、生活保護受給者が、現在の210万人から400万人近くにまで達してしまう事は、火を見るよりも明らかです。400万人も生活保護って…大変だよ。

 さらに、現在は普通に働いている人でも、年金不払い者さんとか、労働期間不足で年金が支払われない人とかも若い世代にはいるわけで、そういう人たちも、年金世代になっても年金をもらえないので、生活保護になるわけで、そうなるともう大変な事になります。生活保護費の負担で、その責任を負っている地方自治体がパンクしちゃうかも…。

 だったら、働けばいいじゃん…と言っても、年取ってからフルタイムで働くのは大変よ。それでも今まで身を粉にして働いてきた人は、まあなんとかなるかもしれないけれど、ずっと引きこもっていて、今までの人生の中で働いた事がない、あるいは働いても長続きできなかった引きこもりさんたちは、まず働くこと自体が無理でしょう。

 ただでさえ、高齢者問題で我が国の福祉の将来も大変なのに、それに8050問題も加わるわけで、ほんと、どーしましょーって感じですね。

 それに悲しい事実だけれど、親が死んだ後、後追い自殺をしてしまう引きこもりさんも少なからずいるようです。親もいない、収入もない…で絶望してしまうのでしょうが、なんとも、やり切れない話です。

 そもそも論で言えば、彼らは本来、労働者人口に属する人たちであって、社会で働いてお金稼いで、お金使って、経済を回しているはずの人たちなんです。それが労働もせず、自分で稼がず、ただただ親の年金にすがりつき、細々と消費活動だけしているわけで、全然経済をまわしてくれていないわけです。

 もしかして、日本の景気が悪いのも、こんなにたくさんの引きこもりさんたちがいて、ロクに経済活動をしてくれなくて、お金の循環が悪いので、景気が悪いのかもしれません。景気なんて、みんながお金をバンバン稼いで、バンバン使えば、あっという間に良くなるものです。稼がない人がいたり、使わない人がいたり、貯金に励んだり、節約に励んだりする人がいると、景気って悪くなるものなのよ。

 とは言え、彼らだって、好き好んで引きこもりになったわけじゃないから、彼らに責任を押し付けてしまうわけにもいかないと思います。

 まあ、救いなのは、無職の人って生活が苦しくて犯罪に手を染める人も少なからずいるけれど、引きこもりさんは引きこもっているだけなので、一般的には、犯罪とはあまり関係ない事ぐらいかな?(川崎の小学生襲撃事件のような例外は、もちろんいるけれど) 一般的に彼らは犯罪とは無関係と言っても、それは、老親という安全弁あっての話で、親が死んでしまえば、引きこもりさんも、ただの無職さんになるわけで、そうなると社会的に安心な人たち…とは言えなくなってしまうかもしれない。

 私ごときがアレコレ言っても、何の解決にもならないけれど、なんで、こんなになってしまったのだろう? 彼らだって、好きで引きこもっているわけじゃないでしょう。おそらくは、人生手詰まりなんだよね。きっかけは人それぞれ(登校拒否とか、進学の失敗とか、就職が出来なかったとか…で)だったのでしょうが、そこから引きこもりになって、そのまま年月を重ねてしまって、ふと気づいたら、老人になってしまった…ってだけの話だものね。人生の楽しい時を、うっかり子供部屋で過ごしてしまったわけで、ある意味、彼らも悲しい人たちなんだよね。

 8050問題、根深いなあ…。我々はどうして行くべきなんだろうなあ…。

 

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2019年6月 1日 (土)

トランプ大統領と日本[2019年5月の落ち穂拾い]

 トランプさんって、大胆だよね。いくら、中国との情報戦に勝たなければいけないからと言って、ファーウェイをアメリカ市場から締め出してしまうってのは、ほんとすごい豪腕です。

 会社って…特に国際的に展開しているような大企業は、どこもグローバルな存在で、ファーウェイという中国の会社であっても、世界中の企業との関係の中で商売をしているわけで、ファーウェイに打撃を与えるって事は、中国政府に打撃を与えると同時に、ファーウェイに部品をおろしている、アメリカや日本の関連会社にも打撃を与えるわけで、それはつまり、アメリカや日本の経済社会にも打撃を与えるってわけです。

 まさに、肉を切らせて骨を断つってやり方なんですね。だから、豪腕だと思うのです。

 日本でも、昨今、韓国に舐められたマネをされ続けておりますし、一部の政治家の皆さんを始めとして、韓国に経済制裁を加えようという意見もありますが、現実問題として、彼らに経済制裁を加えると、返す刀で自分たちにも経済制裁を食らわせることになってしまい、結局及び腰になってしまって、韓国になめられっぱなしになっているのが現状です。

 そういう覚悟の違いが、アメリカと日本の違いなんでしょうね。ま、どっちが正しいやり方なのかは、私には分かりませんが。

 そんなトランプさんが、5月の下旬に日本に観光旅行に来て楽しんでいた事が世界中に伝えられていました。それに関して、一部の野党の方々があれこれ文句を言ってましたが、野党の方々が文句を言うほど、政治の世界では影響の大きかった出来事だという事です。で、野党の方々が文句を言うほどに、日本や世界にとっては良いことだったのだろうと思います。

 アメリカって、なんだかんだ言って、軍事的にも経済的にも世界ナンバーワンの国だけれど、大統領がアレ(笑)だから、相談やら話し合いやらは出来ないし、米国内の政治家や官僚と関係を作って米国とコミュニケーションを取ろうと思っても、すぐに首切られちゃう(笑)し、ツイッター大好きのワンマンだし、すぐに暴走しちゃうし、世界の治安的にも、アメリカが案外危険な存在になっているのが、昨今の世界情勢だと思います。

 今回のトランプ大統領の日本観光は、そんなアレな大統領と良好な関係を築き、意見が言える、ほぼ唯一の国が日本ですって事を世界にアピールできたわけで、これって、ある意味、核武装よりも強力な武器になるわけです。

 だいたい…一緒にゴルフで内緒話をしちゃったし、テロの標的になりかねない大相撲観戦もできちゃったし、一般人も食事をしている街のレストラン(炉端焼きだけど…ね)で大統領と首相が夕食食べちゃうし、天皇陛下にもご拝謁できちゃったし、拉致被害者家族とも面会してくれたし、同盟国とは言え他国の空母にも乗り込んじゃったし…ほんと、日本とアメリカ、安倍首相とトランプ大統領の距離の近さと、日本が安全で豊かな国である事を、大々的に世界にアピールできたわけで、これは外交的に大きな出来事だと思います。

 もっとも、トランプさんは、6月の大阪サミットにも来るのだから、約一ヶ月で再来日するわけで、どんだけ日本が好きなんだい!って話です。

今月のお気に入り デスクアームスタンド

 デスクアームスタンドとは何か? 一種の書見台であり、その書見台が机の両脇から腕のように生えていて、自由な位置で使えるというスグレモノなのです。私の場合、結構便利に使っています。

 10年ほど使っていたデスクアームスタンドが経年劣化で壊れてしまいました(プラスチックの部品が割れちゃったんですね)ので、この度新しいヤツを購入することにしたわけです。いいですね、新品は。フルートは座って吹くことが多いので、このデスクアームスタンドが譜面台として大いに活躍しています。ちなみに、声楽は立って歌うことが多いので、パソコンデスクのプリンタ置き場に卓上用譜面台を置いて使っていたりします。これもまた便利です。

 そう言えば、最近はめっきりプリンタを使わない生活になってしまいました。インクジェットプリンタは、年賀状作成などで使わないわけではないけれど、熱転写型のプリンタなんて、インクリボンがそもそも入手困難なわけで、もう絶対に使わないよなあ(笑)。

今月の金魚

 みんな元気です。暖かくなってきたせいか、食事量が増えています。水草なんてあっという間に食べてしまいますので…最近妻が「この子たちにお金がかかってしょうがない」と言ってますが、安い水草とは言え、たびたび買い与えていたら、それなりの値段になってしまいます。だからと言って、食べてはいけないとも言えないし…ちょっぴり困っています。

今月のひとこと

 いよいよゴールデンウィークに入りました。今年のGWは陛下の即位に絡んで十連休でございます。まずはカラダを休めつつ、合間合間にレジャーなどを入れていきたいと思ってます。まあ、若くないので、遊びも休み休み…って感じです。(2019年4月27~5月3日)

 ようやく“人気ブログランキング”へpingが通るようになりました。まったく、ココログさんめ、仕事、遅すぎ(呆)。(2019年5月3~6日)

 ああ、疲れが取れないよぉ(涙)。GWの疲れが取れない…。疲れないように、休み休み遊んでいたのに、ガッツリ疲れてしまった。で、その疲れが全然取れない。若い時は、連日遊びまくっていても、一晩寝れば、元気いっぱいになれたのに…、もう若くないのは知っていたけれど、ここまでヒドいとは思わなかったよ。(2019年5月6~11日)

 ゴールデンウィークが終わり、皆さんは通常モードに戻れましたでしょうか? 私はダメでした。二日間は普通に働きましたが、三日目には熱がでてしまい、そのまま週末に倒れ込む始末です。どうもカラダが労働を拒否しているようです。困ったものです。(2019年5月11~15日)

 「ロシアと戦争しなければ北方領土は帰ってこない」というのは、ある側面から見れば正論かもしれないが、諸外国との外交と我が国の安全保障を常に考えていなければいけない国会議員の発言としては、甚だ不適切…と言うか、政治家としての資質を疑われかねない発言だと思う。プロの政治家ならば、戦争をせずに北方領土の返還を実現するための運動をアレコレしていかないといけないのに…ねえ。そういう意味では、プロ意識の低い…と言うか、ほぼほぼアマチュアな政治家さんなんだろうなあって思います。でもね、素人は政治にタッチしちゃダメだよ。かつての民主党政権の不甲斐なさを思い出しましょう。(2019年5月15~19日)

 GWが終了し、二週間以上が過ぎました。ようやく体調が戻ってきたみたいです。10日間の休みの後、10日間のリハビリ期間か…。やっぱり私は、労働には向いていない人間なのかな? 早く引退して年金生活に入りたい…。(2019年5月19~20日)

 グーグルがファーウェイにソフト提供を止めるんだそうです。つまり、ファーウェイでAndroidが動かない、ChromeもGmailも動かない。つまりファーウェイでスマホを作っても、それを動かすソフトが無くなるって話です。まあ、中国製のソフトを開発すれば問題ない話だけれど、ソフトなんて簡単に短期間で開発できるものではないわけで、いよいよファーウェイやばくない?(2019年5月20~27日)

 暑い…暑すぎる。なのにまだ仕事服は春秋モノを着ています。だって、衣替え前だもの。通勤時は上着着用、汗だくです。もっとも、オフィスに入ってしまえば、冷房が効いていて、むしろ上着がないと寒いくらいなのですが…。世の中、ままなりません。(2019年5月27~30日)

 今朝(5/30)は失礼しました。きちんと記事を予約登録し、何度も確認した(ココログを信用していません)のに、肝心の記事をアップではなく、削除されてしまいました。気が付き、すぐに手動で対応しました。メンテ後って、色々あるんだよね。とにかく、ココログのシステムは…本当に信用なりません。(2019年5月30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

 

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