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2019年5月22日 (水)

作曲家と演奏家、偉いのはどっち?

 たまに音楽ブログで話題に上がる鉄板ネタですが、皆さんはいかがお考えですか?

 この場合“偉い”の定義が難しいですが「より多くの人々にリスペクトされている」を“偉い”と定義したいと思います。“リスペクト”というカタカナ語で分かりづらければ“重要視されている”とか“良い仕事をした”とか読み替えてもらってもOKです。

 そうなると、私の答えは単純で、お二人とも現存されている場合は、ギャラの高い方が偉いと判定します。単純でしょ? この世はお金ですから、多くのギャラをもらえる方が、世の中から多くリスペクトされている…と私は判断するのです。

 では、片方が鬼籍に入っている場合はどうでしょうか? 鬼籍に入っている方はギャラがもらえないので、比較検討ができません。いやいや、両者ともに鬼籍に入っている場合も、二人ともギャラはもらえませんから、当然、ギャラでは比較できません。

 その際は、音源で考えます。“Aという作曲家の作品をBという演奏家が演奏している音源”を探し/思い浮かべ、その音源は、AまたはBのどちらの名前が前面に推されているかで判断します。

 ポピュラー音楽の場合は、ほぼほぼ演奏家が前面に推されているので、作曲家よりも演奏家の方が偉いと言えます。例えば、プレスリーの音源を入手した時に、それがプレスリーの音源だから入手したわけであり、その音源の作曲家が誰であるかなんて…ほとんど気にしないでしょ? そういう事です。

 では、作曲家至上主義であるクラシック音楽の場合は、どうでしょうか? 例えばベートーヴェンの「運命」なんて、超有名な作品の音源の場合、やはり人々は「運命」だから購入するわけで、そういう意味では、作曲家は偉いのです。

 でも、その「運命」ですら“カラヤンの運命”とか“クライバーの運命”とか“フルトヴェングラーの運命”とか言われて売られているモノもあるわけで、そうなってくると、いくらベートーヴェン御大であっても、カラヤンやクライバーやフルトヴェングラーに負けていると言わざるを得ません。

 このようなケースの場合、作曲家よりも演奏家の方が偉いと判断されます。ああ、ああ、作曲家と演奏家、どっちが偉いのか、もう分かんない。

 となってくると、私の場合、次に判断基準となってくるのは、ジャケットです。ジャケットで演奏家がアップになっているのは、演奏家が偉い。作曲家がアップになっている時は、作曲家が偉い。

 では風景写真などがジャケットになっていて、作曲家も演奏家もアップになっていない時は…作曲家が偉い…と考えるようになりました。と言うのも、そういう音源って、作曲家も演奏家も推されていないのですが、それって「ひとまず、この曲を聞いてくれ」というのが音源発売者の姿勢かなって思うからです。つまり、そこで推されているのは作品そのものであり、作品が推されているのですから、それは作曲家が偉い…と私は考えるからです。

 こんな感じで、私は作曲家と演奏家の偉さを考えています。なので、たいていの場合、作曲家よりも演奏家の方が偉いって事になりがちだったりします。

 

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コメント

こんばんは。

> 作曲家と演奏家、偉いのはどっち?

この問いがでてくる前提としてコンクールの誕生があるとおもいます。

ショパン国際ピアノコンクール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%91%E3%83%B3%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB

ショパンはこちらの好きなほうの作曲家ではなくてプレリュードとエチュードだけで十分です。でもここの受賞者の方々(全てではありませんが)の演奏は録音でもコンサートでもメチャオモロイです。

神戸国際のフルートコンクールは会場でも最近のyoutubeでもメチャオモロイです。フルート業界では作曲家はモーツァルトとイベールあたりで演奏家によってしまいますが。

失礼しました。

tetsuさん

 なるほど、作曲家の縛りのあるコンクールだと、作曲家と演奏家の、ある意味、真っ向勝負の場とも言えますね。観客は、その作曲家の作品を熟知し、その理想の完成形を求めているわけで、それを演奏家が超えられるかどうかが、コンクールの上位に行けるかどうかって話になってくる…超えてきた時に演奏家は作曲家を凌駕する…と私は理解しました。優勝者無しのコンクールなどは、さしずめ、誰も作曲家に勝てなかったのだ…と言えるのかもしれません。

お久しぶりです。

>“カラヤンの運命”とか“クライバーの運命”とか“フルトヴェングラーの運命”

DECCAがまだLONDONだったころの店頭チラシに、こんな小話が載っていました(ン十年前、まだレコード店でレコードとCDが併売されていたころの記憶なので、細部は曖昧です)。

客「運命のレコードください」
店員「誰の運命ですか?」
客「うちのかーちゃんのや!」
(有名な落語家のネタらしいですが、落語にはうといので落語家の名前は覚えていません)

クラシックを知っている人には「誰が演奏しているのか」が重要になる場合がありますが、一般人にはそんなことどうでも良いのですね(笑)。

というわけで、私は「どちらが偉いか?」という疑問には
・ポピュラー音楽:演奏者
・クラシック音楽:作曲家
だと思っています。

Hiro.MTBさん

>というわけで、私は「どちらが偉いか?」という疑問には
>・ポピュラー音楽:演奏者
>・クラシック音楽:作曲家
>だと思っています。

 私も、クラシック音楽のCDなどを購入しない一般人が相手なら、Hiro.MTBさんと同じ答えになります。

 で、なぜそんな一般人が、クラシック音楽だと作曲家の方が偉いと思ってしまうのかと、つらつら考えてみました。多分、答えはとても簡単で、クラシック音楽は学校で勉強した音楽であって、その学校では作曲家の事は習うけれど、演奏家の事は習わないから…ではないでしょうか? だから、一般人は演奏家に関しては、全然知らないので、偉いも何もない…というのが私なりの解答です。

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