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2019年5月31日 (金)

コーラ飲んで花火見ているようじゃあ、まだまだなんだろうね

 フルートのレッスンに行ってきました。今回の私のレッスンの前にいたのは、いつもの姉さまではなく、一時期、私とレッスン時間がかぶっていた方でした。まあ、最近の私はレッスン休みがちなので、私の時間に別の方のレッスンが入っていても仕方ないよなあ…。

 それはまあ、さておき、ロングトーンを3人でやったら、私のレッスンです。

 エルステユーブンゲンは、私が暗譜をしていないので、何の進歩もありません。25番と26番なのですが、先生からは「音はいい」とは言われましたが、この練習曲は音色の追求が目的ではなく、暗譜するほど練習して来いが目的なのですから、暗譜できていない段階でダメなんです。いやあ、ほんと、いい加減、暗譜してこなきゃダメだよね>自分。

 旋律的練習曲は2番です。ソルフェージュ的な部分でつまづきました。譜面が納得して読めないのです。なんかねえ、変になっちゃうんだよね。先生からは「きちんと数えていけばいいんだよ」と言われるのだけれど、数えて吹いても、心の底から納得できないのです。なんか違うんだよね。

 というわけで、先生と合わせて吹いてみたのだけれど、やっぱり納得できませんでした。この割り切れない感じが正解なのかしら? いやいや、そんなはずはありません。どこか微妙で決定的なミスや勘違いをしているんだろうと思うのだけれど、そこすら分からないのです。なんかなー、分かんないなあー。

 40リトルピーセズは、24番のハイドンの小品です。別に難しい曲ではないけれど、リピートが多くて、どこに戻るのか、分からなくなってバタバタしてしまいました。ダメっすね。あと、途中で何調の曲を吹いているのか分からなくなってしまいました。ダメじゃん。要は練習不足ってわけで、もっと練習してこないといけませんね。簡単な曲だけに、もっと気合を入れないといけません。

 で、本日の雑談は、花火大会の楽しみ方。実は今年の某湖の花火大会、私も先生も見る予定なのです(もちろん、別々に見ます)。で、どうやって花火大会を楽しむのかって話になりました。

 ま、某湖の花火大会は…私は、おそらく湖畔に行って、突っ立ったまま上を見上げて楽しむんだろうなあって思います。某湖は私にとってアウェーなので、そんなに大胆な事はできません。これが地元の花火大会だったら、砂浜にござ引いて、その上に寝っ転がって花火を楽しむでしょう。で、グイグイとコーラを飲む(笑)。花火とコーラはよく合うんだよね。

 で、先生は…と言うと、レイクビューのホテルの部屋を予約し、そこから花火をつまみにウィスキーを楽しむ…んだそうです。あ、それいいなあ。私もやりたい(笑)。なんか、いかにも大人のオトコって感じで、かっこいいじゃん。

 

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2019年5月30日 (木)

音は高めから取る…のは、私には難しい(汗)

 さて、声楽のレッスンの続きです。やっぱり大変なのは子音です。特に“ss”とか“nn”とか子音がダブっている箇所は、ダブっている分だけ、しっかりと子音を発声しないといけません。子音なんて、ついつい飲み込んでしまいがちな私なのに、ダブっているから余計にしっかり発音しろ…ああ、難しい注文だなあ。

 とにかく今は、全体的に朗読をしながら歌っているような感じです。朗読なんだから、無闇に声は張り上げないのです。朗読なんだから、一つ一つの音を明確に滑舌良く発音していかないといけないのです。朗読なんだから、役に没入して歌わないといけないのです。とにかく声を節制してコントロールしながら歌っていくのです。

 基本的に、朗読は得意な私なので、言わんとする事は分かりますが、声を節制していくのは、難しいなあ。声なんて、あればあるだけ、出せるなら出せるだけ出していきたい人なんだよ、私って。歌とは解放であり開放であり、声とは解き放たれるべきもの…だと信じている私ですから。ああ、ドイツリート、難しい。

 レッスンの残り時間は、ドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」の「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」に使いました。

 とにかく、支えが大切です。支えさえあれば、この曲は歌いきれるので、しっかりと支えましょう。支えが足りなくなると、息が足りなくなるし、音程も届かなくなります。とにかく、支えていくのです。

 フレーズの出だしは、必ず上から音程を狙って出す事。下から狙って出してはいけないのです。

 私の場合「…ここらへんだろう?」と思って、適当に声を出して、それを微調整して音程を合わせに行く(絶対音感がないから、まあこんな感じ)のだけれど、たいていの場合、ターゲットの音よりも低い音で入るので、そこからずり上がって音を取っていく事が多いのです。これって結果的に“下から狙って”いるわけです。これはダメなやり方です。

 音程を上から狙うのには、そもそも最初の発声を、かなり高めにしないといけないわけで、高い音を発声するのってエネルギーがいるわけで、ううむ、大変。

 そもそも声を出す前に音程のイメージをしっかり固めてから少し高めの声を出せば済むのかもしれないけれど、その音程のイメージが“なんとなく”なのが私なんだな。基本、出たとこ勝負? そんなんだから、ダメなんだよね。

 まあ、自分なりには、常にフライング気味に小さめに声を出して、当たりをつけてから発声しているのですが、それじゃあダメなんだな。

 曲の後半になると、最後のカデンツァの部分にどうしても意識が行ってしまいます。それまでリラックスしていたのが、段々と緊張してきて力が入ってしまいます。力が入ると、音程ってフラットするわけで、その力が入ったままの状態でカデンツァ部分に突入すると…当然、失敗します。もっと気楽に歌わないと、きちんと歌えません。ダメだよね。ああ、残念。なので、曲として歌うと緊張してダメだけれど、その部分だけ取り出して歌えば、緊張している暇がないので、たいていうまくいきます。

 技術よりもメンタルの問題でカデンツァが歌えないというのは、なんか悔しいです。技術なら練習して身につけられるけれど、メンタルは…どうにもならないじゃん。

 ってわけで、アリアの勉强が「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」に入ったので、次のアリアを決めなければいけません。

 で、次はあっさり決まりました。ドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」のテノールアリアの「Sogno soave e casto/青春の甘く清らかな夢よ」です。ドニゼッティって、ベルカントオペラの作曲家なので、決して簡単ではない(「愛の妙薬」は例外的に簡単)のですが、勉强には良いので、チャレンジしてみます。

 こんな感じの曲です。

 オペラの中ではバリトンとの二重唱(?)ですが、このうちのテノールの箇所だけをソロ曲として歌います。ビデオの中で歌っているのは、稀代の名テノール、フローレスです。こんなに歌えたら、今すぐに死んでもいいくらいですが、実際の私は、当然、こんな感じには歌えません。

 試しに軽く歌ってみたら…曲の最後までたどり着けませんでした。途中で声を浪費して歌えなくなってしまいました。いやあ、発声的にめっちゃ難しい曲ですね。自宅練習では、声の浪費を抑える歌い方を探さないといけません。

 でも、いい曲でしょ? 有名な曲ではないし、めっちゃ難しいのですが(汗)。

 

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2019年5月29日 (水)

低音を発声するのは難しいぞ

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。息をたくさん流して、息をいっぱい吐く。そしてそれを支える。これだけに集中して、丁寧に行いました。ただ、それだけ。でもそれが大切な事なのです。

 発声練習です。どの母音でも、同じ場所で歌う(つまり、同じ音色で歌う)練習をしました。これは意図的に行わないと難しいです。無意識に発音しやすいところで歌っていると、各母音はそれぞれ自分にとって楽な場所で発声しがちで、その結果、母音の音色に統一性が失われてしまいます。でも、それじゃあダメで、どの母音で歌っても、同じ音色で歌えないと歌がガチャガチャになってしまいます。クワバラクワバラ。それを防ぐ目的の練習なのです。

 しかし、すべての母音を同じ場所で歌うには、かなり腹筋を使わないと無理ですね。なので、腹筋が割れたような気がします(あくまでも“気のせい”です:笑)。

 さて、シューベルト作曲「美しき水車小屋の娘」の2曲目の「Wohin?/どこへ?」です。レッスンでは初めて歌います。今回はお経のように、歌詞だけを取り出して歌ってみました。

 ついうっかり、スペルに書いてあるままに読んでしまいがちです。でもそうなると、ほぼ文語になってしまいます。私は口語で歌いたいので、それではダメです。

 ちなみに私が考えるドイツ語の口語の特徴を書きますと…

 1)発音が英語っぽい(笑)。特に母音が英語っぽいので、発音しやすい。
 2)“r”を巻き舌にせず、曖昧母音(ほぼア)にするので発音しやすい。

 まあ、確かに書いたまま読める文語はとっつきやすいのですが、単語の発音を電子辞書等で調べると、そこに書かれていたり、発音されていたりするのは、たいてい口語です(そりゃそうだ)。勉强するなら、圧倒的に口語の方が楽だし、正しく学べます。

 なので、歌詞をドイツ語の口語にして、読み直します。ドイツ語は口語にしても、子音を飲み込んだりはしないので、読んでいて忙しいです。結局、クチが間に合わないと、ついついいくつかの子音を省略して発音してしまいますが、本当はそれではダメなんです。どんなに忙しくてもきちんと子音を発音しないといけないのです。子音の発音で頑張れないと、ドイツ語じゃあ歌えないってわけです。大変だあ。単独で使われている“t”とか“d”とかなんて、ついつい飲み込んでしまいますが、それは厳禁なのです。ああ、大変だあ。

 低音の練習をしました。低音と言っても、絶対的な低音ではなく、私にとっての低音です。具体的に言えば、五線譜の下から真ん中へ向かってのド~ファあたりです。バリトンさんなら、立派に中音ですが、私には低音です。このあたりの音程は、普通の人には歌いやすい音程なのですが、私にはかなり歌いづらい音程なのです。

 歌いづらい音程なので、ついつい頑張って発声してしまうのだけれど、その頑張りが良くないのです。そんな押した声で歌ってはいけないのです。もっと軽く歌わないといけません。音程が低いからと言って、響きまで低くしてはいけません。たとえ音程は低くても、響きは高めに歌わないといけません。つまり「この音、低いなあ…」という意識を捨て「低くない、低くない」と自分に言い聞かせながら、まるで高い音であるかのような気持ちで歌っていかないといけないのです。

 音色の統一ですよ。低い音程も高い音程も、同じような高めのキラキラした響きで歌う事が大切なのです。

 ううむ、低音を発声するのは、難しいぞ。

 

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2019年5月27日 (月)

ロイヤルオペラのライブで「運命の力」を見てきた

 ロイヤルオペラ(コヴェントガーデンのこと)では、映画館での上演を“ライブビューイング”ではなく“ライブ”という言葉を使っているんだけれど、普通日本では“ライブ”って、生で直接コンサートを見る事を言うんだよね。事前に収録したものを映画館で見るのは“ライブ”とは言わないわけで、そこんとこ、関係者の皆様には考えていただきたいなあ…と思ったり思わなかったりします。

 まあ“ライブ”って“生中継”のつもりで使っているのだろうけれど(実際、日本以外では生注意らしいし、以前イオン系で配給されていた頃は生中継だったらしいけれど…東宝系に配給が変わってからの)日本じゃあ生中継じゃないし、日本語の(カタカナ語の)“ライブ”には生中継って意味は無いし…。最近は“ライブ中継”なんて言葉も見聞きしますが、まあせいぜいそんなところだよね。

 と、表題を書くのに悩んでしまったので、ついついグチが出てしまいました。

 それはさておき「運命の力」です。

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:クリストフ・ロイ

レオノーラ:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)
ドン・アルヴァーロ:ヨナス・カウフマン(テノール)
ドン・カルロ:ルドヴィク・テジエ(バリトン)

 この「運命の力」というオペラは、ヴェルディの中期~後期にかけての作品で、音楽的には充実したピカイチの作品ですが、上演機会には恵まれない、ちょっぴりマイナーな作品になっています。でも、音楽的にはピカイチなんですね。ほぼ、捨て曲はありません。オペラ全曲での演奏はあまりありませんが、序曲やアリアなどは取り出して演奏されるチャンスもあり、オペラファンなら結構聞き知っている音楽だったりします。実際、とても聴きごたえのある面白いオペラです。

 特に今回の上演は、主人公の二人にスターを迎えた事もあり、本当にお薦めです。これ、DVDで発売されるのなら、マストアイテムになると思いますよ。

 オペラ好きにはたまらない公演ですが、じゃあ万人向けのオペラなのかと言うと、そうでは無いし、上演機会が極端に少ない理由も分かるオペラが、この「運命の力」なのです。

 まず、お話が分からないのです。これ、致命的ですね。登場人物たちの説明がオペラ内で圧倒的に不足しているうえに、幕が変わるたびに時が飛び、登場人物たちの立場が代わります。おまけに、お話はシリアスっぽいのに、実は荒唐無稽だし、ご都合主義だし、ストーリーなんて無いものと思わないと、とても見ていられません。それくらいに分からないストーリーのオペラなのです。これじゃあ、上演されなくても仕方ないです。

 おまけに劇場にとって、このオペラを上演するのは、かなりの負担になるんだろうなあと思いますし、それゆえに上演されづらいんだろうなあとも思いました。

 だって、ちゃんと歌えるソリストが11人も必要なんだよ。普通のオペラでは、ソリストなんて5~6人いれば十分なのに、このオペラはその倍のソリストが必要なのです。ギャラが掛かって仕方ないよね。おまけに合唱団とバレエ団は、そこそこ大規模に必要だし…。ああ、人件費がかかりそう。

 さらに言うと、このオペラは場面が7つあるのですが、それがほぼ全部別の場所なので、ト書きに忠実に舞台を作るなら、大道具のセットが7つも必要なのです。たいていの歌劇場では、構造上、大道具なんて3セットしか用意できません。メトのような大劇場でも5つが限界。7つのセットなんて…どないせいいうねん、って感じです。

 つまり「運命の力」というオペラは、音楽だけが突出して素晴らしいオペラであって、その他は金食い虫の上に、訳わからない感じになってます。ざっくり言えば「とても美しくて残念な駄作オペラ」という範疇に入ると思います。

 それをロイヤルオペラは頑張って上演したんだよ、そこを私は評価したいです。

 まず、歌手に関しては…ギャラを支払えるの?ってくらいに頑張ってます。ソリスト11人、皆、実に達者な歌手を揃えています。主役二人は大スターだしね。それも声と役が実にピッタリと合っている二人を選んでいます。今の時代、確かに「運命の力」をやるなら、この二人が一番の適任でしょうね。それくらい、歌手に関しては充実した公演になっています。ほんと、音だけなら、永久保存版ですよ。

 金のかかる大道具(舞台セット)に関しては、演出が頑張って、たった1つのセットですべてを乗り切っています。もちろん、あっちこっち無理はあるんだけれど、その無理の中でとても頑張っていると思います。でも、こうでもしないと、現実的には難しいだよねえ…。

 分からづらいお話も、演出家が頑張って、分かんないところは演技や映像で補って、なるべく観客に分かりやすくしています。それでも限界はあるものの、この演出は、まあお薦めかなって思うくらいです。

 ただ、根本のストーリーそのものは、やっぱりダメですね。

 このオペラのテーマって「魂の救済」なんです。いかにも19世紀的なテーマですが、そのテーマが、教会批判という辛口のオブラートに包まれて表現されています。ですから、ぱっと見だと、ただの教会批判のオペラに見えてしまいます。これじゃあ、西洋社会じゃあ受け入れられないよね。

 そのオブラートの部分を剥ぎ取って「魂の救済」に目を向けても…現代社会に生きる我々には、どうなんでしょう?ってテーマじゃない。今の人たちって、そこまで魂の救済なんて求めてないしね。そうなると、やっぱりお話は無視して、音楽だけを楽しむしか無い…って結論になります。

 でも、その音楽が絶品なんですよ。ほんともう、素晴らしいったらありゃしないんです。そんな、色々と残念なオペラだったんですよ、運命の力って。

お知らせ 明日はココログのメンテがあるので、念のためにブログはお休みします。明後日以降も、メンテの具合によってはお休みしますので、別にブログが更新されなかったとしても心配しないでくださいね。よろしく。

 

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2019年5月26日 (日)

実はすごいぞ、ファーウェイ!

 現在、アメリカと中国との間で起きている、貿易摩擦?/貿易戦争?で一躍注目を浴びるようになった、ファーウェイですが、実は結構すごい会社なんですよね。

 いわゆる通信機器メーカーで、そもそもは中国でインフラ整備やプロバイダー運営などをやっていた会社で、そこから発展して、スマホやタブレット、ノートパソコンなどの端末の販売にまで手を広げた会社です。社名を漢字表記するなら“華為”で、英語表記(ってか、ローマ字表記)をするなら“Huawei”となります。新聞などでは字数制限からか“華為”と表記されているのが、このファーウェイです。

 どれくらいすごい会社なのかと、スマホの販売台数で見てみると、こんな順位です。ちなみに、これは日本国内の2018年夏の順位です。

 第1位 アップル(38.4%)
 第2位 ファーウェイ(15.2%)
 第3位 シャープ(12.8%)
 第4位 ソニー(10.9%)
 その他(22.7%)

 なんと、アップルに続いてシェア第2位の会社だったのです。そんなに売れているんですよね。ちなみに、この会社の製品の強みは、コストパフォーマンスなんだそうです。値段が圧倒的に安いのに、スペック的には高価なスマホとほとんど同じ…なので、格安スマホの普及とともにシェアを伸ばしてきたんだそうです。

 つまり、安くて性能の良いスマホを作る庶民の味方がファーウェイってわけで、そりゃあ売れるよね(私は買わないけれど:笑)。でも、私の周囲の人でファーウェイを使っている人って皆無なんだけれど、そんなにたくさん売れているなら、どんな人たちが買っているのか、興味あります。

 ちなみに、日本国内ではなく、世界市場という規模で考えると、こんな順位になるそうです。

 第1位 サムソン(20.9%)
 第2位 ファーウェイ(15.8%)
 第3位 アップル(12.1%)
 第4位 シャオミ(9.3%)
 その他(41.9%)

 シャープもソニーも消えてなくなります。日本企業全敗! これが現実なんだな。もっとも、シャープはだいぶ前から日本企業ではなくなっていますが(涙)。

 第1位のサムソンは、韓国の家電メーカーです。サムソンって、こんなに世界で売れているのに、日本じゃ、そんなに売れてないわけです。残念。第4位のシャオミはファーウェイ同様、中華なメーカーさんです。漢字が書くと“小米”、ローマ字にすると“Xiaomi”なんだそうです。つまり、世界的な視点で見ると、スマホは韓国製か中国製がデフォルトなんだね。

 いやいや、アメリカのアップルがあるじゃないですか? 確かにアップルはアメリカの会社ですが、アップルは企画と販売だけで、製作はしていません。だいたい、工場持ってないし…ね。かつては日本の東芝がアイフォーンを作ってましたが、現行モデルは台湾のホンハイ(鴻海精密工業)が作ってます。ただし、ホンハイは台湾と言っても外省人の会社、つまりは中国共産党配下になる会社なわけで、台湾にある中華な会社と言えます。つまり、アイフォーンだって実質的には中国製みたいなモノなんです。そう考えると、世界のスマホは、やっぱり韓国製か中国製なんだな。

 サムソンが韓国を代表するメーカーなら、ファーウェイは中国を代表するメーカーってわけです。スマホの売上高だって、2017年で約10兆円だし…ね。で、スマホのような端末もすごいけれど、ファーウェイのすごいのは、基地局で使われている機材でのシェアなんだそうです。今でもかなりの数の基地局でファーウェイの機材が使われているのだけれど、今度、電波の規格が5Gに変わるわけで、そこで機材の一斉入れ替えが行われるのですが、そこでの一番手がファーウェイで、電波が5Gに変わると同時に、世界の基地局の機材がほぼほぼファーウェイ製になってしまう…という近未来がつい最近まであったそうです。

 で、中国は韓国を含む我々とは、経済体制が異なる国なわけで、ファーウェイは民間企業の皮をかぶっていますが、完全に民間企業とは言えず、せいぜい国策企業、もっとはっきり言っちゃえば、中国共産党が経営している民間企業(実質的には国営企業)とも言える会社なわけです。

 そうそう、ファーウェイの創業者は、中国人民解放軍の出身者だそうです。軍人さんが作った会社なんです。そもそも、ファーウェイは1980年代前半に、当時の最高指導者だった鄧小平の命令で作られた会社なんだよね。だから人民解放軍の人が創業者なんだよ。

 もっとも、中国人民解放軍の出身者が作った会社としては、他に、レノボやハイアールなどもそうなんだよ。ファーウェイがヤバイ会社なら、レノボも同程度にはヤバイだし、かつては日本パソコンの代表だった、NECも富士通のPC部門も(もっと以前にはアメリカを代表するIBMのPC部門も)今やレノボに買われてしまい、レノボの1ブランドでしかないのです。ちなみに、東芝のPC部門はホンハイに買われてしまっています。シャープなんて、会社ごとホンハイに買われちゃったわけだし…。なので、かつて世界でブイブイ言わせていた日の丸パソコンは、今や立派な中華なパソコンになってしまったのです。

 ブランドにだまされちゃいけません。

 安全なPCが欲しければ、今や自作にするか、立川製のパソコンぐらいしか無い時代になってしまったのです。日本メーカー、ダメじゃん。

 とにかく、そんなわけで、ちょっと前まで大成功していたのがファーウェイなのです。

 でも、今後はどうなるんでしょうね。多くの会社がファーウェイの取引を止めたり、中断したりしています。グーグルがそうだし、マイクロソフトやインテルもそう。アマゾンもファーウェイ製品の取扱を止めたそうです。日本でもパナソニックが取引を中止したそうです。こんなに世界中からいじめられたら、いくら中国共産党がバックについているファーウェイとは言え、潰れちゃうかもしれません。そんな事が起こったら…かつてのABC包囲網じゃないけれど、中国とアメリカでリアルな戦争が起こるかもしれません。

 もっとも、今の時代、色々な会社がつながっています。ファーウェイが潰れてしまうなら、ファーウェイと商売をしている日本の会社だって、潰れちゃうよ。なにしろ、ファーウェイは日本の会社から部品を毎年7千億円ほど買っているんだって。つまり、ファーウェイとのお付き合いを止めると、7千億円の赤字が生じるわけで、おそらく、ファーウェイが潰れる前に、多くの日本企業がつぶれてしまうような気がします。

 それくらい、ファーウェイって大きな会社なんだよ。それにあっちは国家がバックについているけれど、こっちはそうじゃないわけで、そこはルノー(フランス政府が最大株主)と日産の関係みたいなものかもしれません。ヤバイのは常に日本側なんだよね。

 とにかく、ファーウェイって、耳慣れない会社なんだけれど、実はあれこれすごい会社なわけで、だからアメリカ大統領が率先して潰しにかかっているわけです。

 年寄りは古い情報を後生大事に頭の中にしまいこんでいますが(それを世間では“頑固”と表現するわけです)、これからの時代、たとえ年寄りと言えども、情報は常にアップデートし続けていかないと、世間の常識から放り出されてしまう時代になっちゃったと言えます。

 

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2019年5月25日 (土)

気がつけば…一番デカイ

 なんの話かと言えば、ルデンの事です。

 ルデンなんて、つい最近(とは言え、実は1年半前に)、我が家にやってきた金魚で、一番のおチビさんだったはずなのに、あれからブクブク大きくなり、体色も変わり、今では、おそらく、我が家の水槽で、一番大きな子になりました。

 いやあ、シズカはもちろん、ヤヨイよりも大きいのよ。いや、体長的に、胴体の大きさだけなら、この三匹は大きく変わりません。ヒレの長さは、ヤヨイやシズカが圧倒的に長い(ルデンは短尾なんです)ので、バッと見ではまだまだヤヨイやシズカの方が大きく見えますが、実のところ、よくよく見ると、ルデンって太いんですよ。ヤヨイは案外スリムで、大きいけれど太くはないのです。まあ、シズカは太いのですが、それでも背部は割と筋肉質でスッキリしています。ところがルデンは、どこもかしこも丸くて太いのです。なんか、太巻きか握り寿司が泳いでいる感じなのです。

 体重的に、一番重いのは、明らかにルデンなのです。それくらいに、デカイのよ、ルデンは。

 まあ、雑種金魚だからね…雑種って強いし健康なんだよね。だから、ここまで短期間で大きくなれたのだろうと思うけれど、あんまり短期間で巨大化した子は、健康面で不安が残るので、ちょっと心配です。とは言え、今の所は全然元気です。

 ルデンはまだ若い金魚なので、まだまだ大きくなるかもしれません。もしかすると、以前、我が家にいた、ブニョのような大きさに育ってしまうかもしれません。それは、ちょっとカンベンです。

 一番の新入りなのに、一番態度がデカいルデンでした。

 

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2019年5月24日 (金)

合宿に行かない、発表会にも出ない

 フルートのレッスンに行ってきました。連休明け初です(笑)。実はここには書いてませんでしたが、連休の最後あたりから体調崩して、寝たり起きたりを繰り返していて、フルートのレッスンに行けなかったのです。ダメっすね。

 久しぶりのレッスンは、姉さんと時間的にかぶってました…ので、たっぷり姉さんのレッスンを見学させていただきました。いやあ、先生との二重奏、いいよね。私も先生と合わせモノをするけれど、曲の本格度が違うせいか、姉さんのレッスンは、ちょっとした演奏会のようです。

 ロングトーン練習も3人でやりました。だいたい、音が濁る時は、私が原因です(涙)。

 エルステユーブンゲンは、25番と26番です。結局は暗譜しきれなかったのですが、今回は暗譜に向けて、ちょっぴり頑張ったんですよ。でも、それも実を結ばなければ、意味は無いっと。

 旋律的練習曲は1番。ようやく合格いたしました。やっとやっとだね。「家できちんと復習してきなさい」という条件付き合格です(微笑)。次の2番は、楽譜が大幅に間違っているようで、いくつかの音程と、ほぼすべてのブレスを訂正しました。この楽譜のまま演奏しちゃいけませんって事ですね。

 40リトルピーセズは23番、シューマンの「刈り入れ人の歌」ですが、一発合格。やったね。次は24番のハイドンの「小品」です。何の小品なんでしょうね?

 で、雑談ですが、今年の合宿の話になりました…が、今年の合宿は、どうやら私行けそうにないんですね。仕事と合宿の日程がかぶってしまいました。そうなると、仕事優先なわけで、ああ、合宿に行けないなんて、残念だなあ。合宿に行けないと、発表会的なモノにも参加できないので、今年のフルートはひたすらレッスンに邁進って事になります。まあ、それはそれで仕方のない話です。

 日頃の練習不足を合宿で補っていた私なので、その合宿に行けないとなると、今年は本当に練習不足な年になりそうです。

 

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2019年5月23日 (木)

どうして、歌っているとノドが痛くなるんだろ?

 これは私個人の問題なので、皆さん方には何の役にもたたない話かもしれません。

 私、歌っていると、ノドが痛くなります。と言っても、いつも痛くなるわけではなく、ある一定の条件のもとで歌っていると、必ずノドが痛くなるのです。

 1)音域が低くて狭い曲
 2)間奏が無くて、歌いっぱなしの曲
 3-1)屋外または広くて反響のない会場
 3-2)モニタースピーカーの無い会場

 こんな感じです。

 1)は、音域が1オクターブちょっとで、下のシからミまでの約10度程度の曲です。それでも音が音域に満遍なく散っていればいいのですが、その大半がド~ラの中に収まっているような曲は、かなりキツイです。その程度の音域なら、楽に思えるかもしれませんが、私には地味にキツイです。

 2)は文字どおり間奏がなくて、最初っから最後まで歌いっぱなしの曲です。特に1)と条件がダブルで来ると、途中で咳き込んでしまう事すらあります。

 3)は、3-1)または3-2)って事ですが、結局、音の跳ね返りがなくて、自分の声が聞こえない状況だと、ノドが痛くなってしまうのです。たぶん、無意識に頑張っちゃうんだろうと思います。

 イメージしやすいように、具体的に言っちゃえば…野外で讃美歌を歌うとノドが痛くなる…と思っていただければ、間違ってはいません。なので、キャロリングは苦手です。

 まあ、実際のところ、讃美歌でなくても“誰でも歌える”ようにアレンジされている曲は、私には鬼門なんですね。みんなが歌いやすくても、私にはちょっぴりキツイんですね。つまり、私の声に合わない…んだと思います。

 私の場合、特にト音記号の五線譜の下の方(ド~ラ)に集まっているメロディーよりも、上の方(ソ~ミ)に集まっている曲の方が、断然歌うのも楽だし、ノドが痛くなりません。

 おそらく、メロディが五線譜の下の方に集まっている歌は、ちょっぴり無理をして歌っているんだろうと思います。自分でも感じるのですが、そのあたりの音域の曲を歌うと、息が出過ぎてしまうようです。必要以上の息が声帯に当たっていくようなのです。声帯もカラダの一部ですから、必要以上に大量の息が強めに当たり続ければ、痛くなっていくのは当然です。

 それでも間に休憩が入れば、また話が違うのでしょうが、休憩無しで、ずっと歌い続けると(讃美歌って、本当に間奏が無くて[間奏どころか休符すらない曲もゴロゴロあります]、最初から最後まで歌いっぱなしなんですよ)ノドが痛くなるんです。ほんの4小節でもいいから、間奏があれば、本当にかなり違うのですが…。

 とまあ、そんな感じで、低めの曲をずっと歌い続けていると、いつのまにかノドが痛くなってしまう私なのです。で、ノドが痛くなって、歌の途中で咳き込んだり、歌えなくなってしまうのです。なんとも悲しい事です。

 私もバカではありませんので、一応、対策は考えています。それは

 A)息は弱めで、軽く歌う
 B)独唱でなければ、途中で適当に休む
 C)そもそも声に合わない曲は歌わないで済むように逃げる

 ま、こんな感じです。私、そんなに歌が上手なわけではないので、何でも歌えるってわけじゃないんですよ。痛みと言うのは、カラダからのメッセージなわけで、痛いのを無理して歌っていると、絶対に声に支障が出てくるので、なるべく痛くならないように工夫しながら、歌ったり、逃げたりをしていきたいと思ってます。

 

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2019年5月22日 (水)

作曲家と演奏家、偉いのはどっち?

 たまに音楽ブログで話題に上がる鉄板ネタですが、皆さんはいかがお考えですか?

 この場合“偉い”の定義が難しいですが「より多くの人々にリスペクトされている」を“偉い”と定義したいと思います。“リスペクト”というカタカナ語で分かりづらければ“重要視されている”とか“良い仕事をした”とか読み替えてもらってもOKです。

 そうなると、私の答えは単純で、お二人とも現存されている場合は、ギャラの高い方が偉いと判定します。単純でしょ? この世はお金ですから、多くのギャラをもらえる方が、世の中から多くリスペクトされている…と私は判断するのです。

 では、片方が鬼籍に入っている場合はどうでしょうか? 鬼籍に入っている方はギャラがもらえないので、比較検討ができません。いやいや、両者ともに鬼籍に入っている場合も、二人ともギャラはもらえませんから、当然、ギャラでは比較できません。

 その際は、音源で考えます。“Aという作曲家の作品をBという演奏家が演奏している音源”を探し/思い浮かべ、その音源は、AまたはBのどちらの名前が前面に推されているかで判断します。

 ポピュラー音楽の場合は、ほぼほぼ演奏家が前面に推されているので、作曲家よりも演奏家の方が偉いと言えます。例えば、プレスリーの音源を入手した時に、それがプレスリーの音源だから入手したわけであり、その音源の作曲家が誰であるかなんて…ほとんど気にしないでしょ? そういう事です。

 では、作曲家至上主義であるクラシック音楽の場合は、どうでしょうか? 例えばベートーヴェンの「運命」なんて、超有名な作品の音源の場合、やはり人々は「運命」だから購入するわけで、そういう意味では、作曲家は偉いのです。

 でも、その「運命」ですら“カラヤンの運命”とか“クライバーの運命”とか“フルトヴェングラーの運命”とか言われて売られているモノもあるわけで、そうなってくると、いくらベートーヴェン御大であっても、カラヤンやクライバーやフルトヴェングラーに負けていると言わざるを得ません。

 このようなケースの場合、作曲家よりも演奏家の方が偉いと判断されます。ああ、ああ、作曲家と演奏家、どっちが偉いのか、もう分かんない。

 となってくると、私の場合、次に判断基準となってくるのは、ジャケットです。ジャケットで演奏家がアップになっているのは、演奏家が偉い。作曲家がアップになっている時は、作曲家が偉い。

 では風景写真などがジャケットになっていて、作曲家も演奏家もアップになっていない時は…作曲家が偉い…と考えるようになりました。と言うのも、そういう音源って、作曲家も演奏家も推されていないのですが、それって「ひとまず、この曲を聞いてくれ」というのが音源発売者の姿勢かなって思うからです。つまり、そこで推されているのは作品そのものであり、作品が推されているのですから、それは作曲家が偉い…と私は考えるからです。

 こんな感じで、私は作曲家と演奏家の偉さを考えています。なので、たいていの場合、作曲家よりも演奏家の方が偉いって事になりがちだったりします。

 

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2019年5月21日 (火)

声部と声域について、ちょっと気づいた事

 声部ってのは、ソプラノとかテノールとかってヤツの事で、四部合唱なら、4つに分かれているそれぞれのパートの事を言います。声域ってのは、その人が歌として使える最低音から最高音までの事です。その声部と声域の2つの関係について、今までは以下のように考えていました。

1)男女の音域の差は、基本的に1オクターブ。
2)高音歌手と低音歌手の音域の差は、4~5度。

 つまり、ソプラノ、アルト、テノール、バスと4つの声部で考えるなら、それぞれの声部は、約1/2オクターブずつ離れ、ソプラノとテノール、アルトとバスは、それぞれ1オクターブ程度離れている…ってね。

 たぶん、これは合唱では正解なんだと思います。で、私は今まで、合唱のノリで声部について考えていたわけです。

 でも、独唱をするようになって、自分はテノールだけれど、ソプラノ用の曲やアレンジを、1オクターブ下で歌うのは…案外キツイ事に気づきました。キツイどころか、曲によっては、ほぼ無理って思うほどです。だって、独唱ソプラノって、めっちゃ高いんですよ。

 1オクターブ下で歌うなら、ソプラノよりも、メゾソプラノだなって思うようになりました。実際、メゾソプラノの曲やアレンジだと、テノールの自分は歌いやすいのです。

 同じ目線で独唱曲で考えてみると、アルトの1オクターブ下は、バスではなくバリトンになるみたいです。

 合唱ならば、ソプラノとテノールは1オクターブ差の関係。アルトとバスも1オクターブ差の関係になるけれど、独唱だと、メゾソプラノとテノールが1オクターブ差の関係。アルトとバリトンが1オクターブ差の関係になるんじゃないかと思います。

 じゃあ、ソプラノやバスはどうなの?って言えば、ソプラノの2オクターブ下がバスなのかな?って思います。

 つまり、独唱でも、各声部は約1/2オクターブずつ離れているわけです。ただし、合唱が基本4部なのに対して、独唱は6部が基本になります。

 ですから、メゾソプラノの1オクターブ下がテノールであって、アルトの1オクターブ下がバリトン。ソプラノやバスは、メゾソプラノやバリトンよりも、1/2オクターブがもう少し、上下に離れているって感じになるのです。

 で、音域的には、合唱ソプラノ=独唱メゾ、合唱バス=独唱バリトンって感じかな? アルトとテノールに関しては、合唱も独唱も基本的な音域は同じ(独唱の方が、若干上下に広いかな?)。で、独唱ソプラノと独唱バスは、合唱のソプラノやバスよりも1/2オクターブほど、上下に広い音域を歌う…って感じですね。

 まあ、私の私感なので、間違っているかもしれませんが…。

 

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2019年5月20日 (月)

LFJ2019 その10 鈴木慶江さんのコンサート

 訳の分からない民族音楽を聞いた後は、東京国際フォーラムを後にして、京橋に向かいました。京橋のホテルで行っているエリアコンサートを聞きに行きました。

ソプラノコンサート
 京橋エドグラン 地下1階大階段
 鈴木慶江(S)、北原照久(ナビゲーター)

 1)アメージンググレイス
 2)ディズニー プリンセスメドレー
 3)シューベルトのアヴェマリア
 4)瑠璃色の地球
 5)カッチーニのアヴェマリア
 6)宇宙のファンタジー~威風堂々
 7)Time to say goodbye
 8)乾杯の歌(アンコール)

 場所は、京橋エドグランと言うホテルの地下広場ですが、客席部分は、その地下広場に至る階段なんです。外の公道から地下広場に降りる階段ですから、ほぼ吹きっさらし状態です。階段は石で出来ています。ホテル側がクッションや毛布を用意してくれますので、風がビュービュー吹いていたけれど、寒くて困る事はないのだけれど、これで雨が降ってきたら…濡れるなあと、ちょっぴり心配しました。

 まあ、無料コンサートなので、贅沢は言いっこなしです。

 肝心のコンサートですが、歌手と、ナビゲーターという名の司会者がいるだけで、ピアニストさんはいませんでした。会場は石造りの空間なので、音はよく響きます。実際、1)はマイク無しの伴奏無しのスタイルで歌われましたが、それで音響的には十分でした。しかし、やはり伴奏が無いのは、音楽的な広がりが失われますので、2)以降ではカラオケ伴奏で歌われました。伴奏がカラオケなので、その音とミックスする必要もあるのでしょう、歌もマイク使用となりました。オペラ歌手の声って、マイクを使うと、声の美しさのひだのような部分が失われてしまうんですよね。たぶん、声の微妙なところまでは、うまく拡声できないのだろうと思います。せっかくの鈴木慶江さんの美声を堪能できないのは残念でした。

 1曲歌うごとに、鈴木慶江と司会者のトークが挟まれるのですが、あれは一体、誰得なんでしょうね? トーク部分はつまらないというよりも、不愉快でした。有名人どうしの内輪話のような話ばかりで、うんざりしました。内輪話なら楽屋でやって欲しいものです。観客目線でトークができる司会者さんにお願いするか、いっそ司会者無しでやってくれればよかったのに…。

 司会者のギャラで、ピアノをレンタルしてピアニストさんを準備した方が、客的にはうれしいし、歌手的にも有難かったんじゃないかな? 次からは主催者さんに頑張ってもらいたい部分です。クラシック歌手がカラオケで歌うなんて、なんか悲しいでしょ?

 2)は、こういう無料コンサートでは、幅広い客層を相手にしないといけないので、これはこれでアリでしょう。ただし、ディズニーソングはポピュラーソングですから、オペラ歌手の歌声が曲に合っているか…と言うと、私はかなり疑問を感じました。

 3)は、再びマイクカラオケ無しで歌っていました。とてもよかったと思います。

 4)松田聖子の歌です。カバー曲と言うよりも別物でした。歌謡曲ではなく、日本歌曲として聞けば、これはこれでアリですが、カバーとして聞けば、圧倒的にオリジナルの松田聖子の勝ちです。歌の上手さなら鈴木慶江に軍配が上がるでしょうが、歌って上手さだけじゃないからね。特にポピュラーソングでは個性が大切なわけで、松田聖子の圧倒的な個性がこの歌の良さを支えているわけで、松田聖子を超える個性が無いと、なかなかカバー曲としては成功しません。

 あと、これは辰巳真理恵さんの時も感じたのだけれど、ソプラノの高い声と日本語は、相性が悪いのかもしれません。もっとも鈴木慶江さんの場合は、何を言っているのか分からない…なんて事はありませんでした。きちんと歌詞は伝わりました。それでも聞きやすい日本語かと言われると、返事に窮します。そこが松田聖子とは違います。松田聖子は歌詞うんぬんではなく、歌の世界を彼女の人間性を通して、きちんと伝えてくれますからね。

 考えてみれば、オペラでも、ソプラノの高い声は、歌詞をのせずに、母音だけで歌われることが多いわけです。歌詞を歌っているのなら、たとえ自分が高い声のソプラノであっても、あまり高い声は使わない方が良いのかもしれません。ソプラノの高い声は、言語伝達には向いていない、楽器のようなモノなんだろうと思います。

 実際、ポピュラー歌手って、女声であっても、そんなに音域は高くないしね。言葉を伝えたいなら、ソプラノの高い声は向いていないのかもしれません…ってか、ソプラノさんは、オペラ発声では、日本語の歌は歌わない方がいいのかも。

 オペラ歌手とカラオケと言えば、カラオケ★バトルが思い浮かびます。あのカラオケ★バトルに出場されている時の、オペラ歌手の翠千賀さんは、発声こそオペラ発声のままだけれど、舞台でソプラノとして歌う時と比べると、音域はかなり低めにし、響きも減らして歌っているでしょ? あれくらい大胆なことをやらないと、ソプラノがオペラ発声で日本語を伝えるのって難しいって事なのかもしれませんね。

 5)は一般のカラオケマシンに入っていない曲なので、鈴木慶江さんが自腹でピアニストを雇って作ってきたカラオケを使用して歌っていました。歌手に自前のカラオケを作らせるくらいならば、主催者がピアニストを用意すればいいじゃん!って、思わず心の中で叫んでしまいました。

 ポピュラー歌手じゃないんだから、クラシック系の歌手さんをお呼びする時は、必ずピアニストさん同時にお呼びください>主催者様。

 マイクを使うと、歌手の声がそもそも持っているビブラートに、カラオケが電気的に付加したビブラートとエコーがかかってしまい、なんか変な声になってしまいます。聞いていると、エコーに酔ってしまう感じ…って書くと分かるかな? ディズニーとか松田聖子を歌っている時は、あまり感じませんでしたが、気合を入れて、真面目にクラシック曲を歌うと、発声もクラシック的になるわけで、それと今回のカラオケマシンの相性があまり良くなかったのでしょうね。ちょっぴり残念な感じになっていました。歌そのものは良かっただけに…ねえ。

 6)は最初は日本語で、途中から英語に歌詞が変わりました。日本語歌唱の時は、少し残念な感じでしたが、歌詞が英語に切り替わった途端に、いい感じになりました。やはり、日本語とオペラ発声は相性が悪いのかもしれません。英語の場合は、ミュージカルっぽくなるので、むしろオペラ発声は大歓迎かもしれません。そう言えば、ミュージカルだって日本で上演する時は、日本語で歌うけれど、ミュージカルの日本語って、多少不思議な響きはあるものの、十分許容範囲内でしょ? ミュージカル発声とオペラ発声、いったいどう違うんだろう?

 7)ここからアンコールです。伴奏はカラオケですが、途中から歌のメロディーを3度上げて歌っていました。そういうのって、大好きです。8)はマイク&カラオケ無しで、ソプラノパートだけを歌ってました。これはこれでアリだし、最後は生声だったので良し良しです。

 これで私の今年のLFJは終了です。楽しかったです。来年はやってくれるのかな? 年々規模縮小しているから、来年はどうなんでしょうね。もっとも、規模縮小と言っても、42万5千人も集まったそうですから、ぜひ粛々と継続していってほしいなあと思います。ほんと、よろしくお願いします。

 

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2019年5月19日 (日)

LFJ2019 その9 オペラと民族音楽

 さて、マスタークラスが終わって、ホールEに降りてきました。今しがた、コンサートが終わったばかりだと言うのに、あまり人が動きません。仕方がないので、正面席だけれど、舞台からはかなり遠くの座席をキープしました。まあ、どうせ音はマイクで拡声されるだろうから、遠くても良しとする事にしました。

 なぜ、こんなに人が動かないのかと言うと…次の演目がオペラだからでしょう。

オペラ「椿姫」(ハイライト)
 東京国際ホール ホールE
 
 丸の内フェスティバルシンガーズ&丸の内交響楽団
 岸本祐有乃(総監督・指揮)
 田中維子(演出)
 高品綾野(ヴィオレッタ)
 浪川佳代(フローラ)
 直野良平(アルフレード)
 直野資(ジェルモン)
 志摩大喜(ガストーン)
 菅生悠太(バローネ)
 平賀僚太(マルケーゼ)
 アンジェロ デ ローザ(ナレーション)

 あのホールEが満席どころか、立ち見もたっぷりいるというほどの大人気公演となりました。座れただけ私は運が良かったのかもしれません。字幕無し(解説あり)、ミュージカルマイクによる拡声付きというシステムでの演奏ですが、まあ、この会場なら、それもアリだし、解説が面白いし上手だし有名曲だし…で、字幕無しもアリって感じです。

 とにかく、すごいハイライトでしたよ。何しろ、普通に演奏すれば2時間半のオペラを50分でやろうってんだから、そりゃあ、あっちこっちバッサバッサだよね。

 この公演の主体は合唱団(丸の内フェスティバルシンガーズ)なんでしょうね。合唱が登場する場面はカット無しです。その分、アリアや二重唱がバッサリです。一番驚いたのは、三幕を丸々カットした事。え、そこでぶった切っておしまい? びっくりしちゃいました。

 合唱団はアマチュアさんですから、その出来について野暮な事は言わないでおきます。それでも女声は水準に達した素晴らしい歌唱でしたとだけは書いておきます。男声は…私は好きだよ、ああいう歌も。

 1幕や2幕で歌われたソロ系の有名曲は「乾杯の歌」と「ヴィオレッタの一幕のアリア(そはかの人か~花から花へ)」「プロバンスの海と空」ぐらいかな! テノールのアリアはカットだし「乾杯の歌」以外の二重唱もほぼカットでした。

 ヴィオレッタを歌った高品綾野さんは素晴らしかったし、フローラの浪川佳代さんも良かったけれど、他のソリストさんたちは色々と問題アリだなあと思いました。バリトンの直野資氏は全盛期を知っているだけに、その衰えぶりが、とても残念だなあと思いました。全盛期を知らなければ、これはこれでアリなんだろうけれど、若い頃と比べると…ねえ。息子さんでテノールの直野良平氏は、まだまだ勉強をしてもらわないといけません。親父さんのバーターなのかもしれないけれど、世の中には無名だけれど良いテノールなんてゴロゴロいます。親の七光りが無くなったら、かなりヤバイと思いますよ。

 まあ、それでも楽しめたのは事実です。歌の上手さはさておき、ニコニコ歌っている合唱団の人たちを見ているだけでも、こちらも愉快な気分になるものですからね。また、来年もオペラやるなら、ぜひ見たいものてす。

 で、オペラが終わると、まるで波が引いていくように、人々が去っていきました。ガラガラのホールEになったので、私はもっと前の見やすい席に移動して、次の演目まで待ちました。

地中海系民族音楽バンド
 東京国際フォーラム ホールE
 カンティクム・ノーヴム(地中海系民族音楽バンド)

 曲目不明

 とにかく、摩訶不思議な人たちが摩訶不思議な音楽をやっていました。何もしゃべらない人たちだったので、何にも情報はありません。

 見たことのない楽器を使って、聞いたことのない音楽をやっていました。最初はインド系や中東系の音楽バンドかと思ったのですが、地中海系のバンドなんだそうです。ううむ、よく分かりません。

 あえて使用楽器の説明をすると、太鼓とチェロっぽい楽器、ビオラっぽい楽器、鍵盤ヴァイオリン、お琴っぽい楽器に尺八っぽい笛、それにティンフルートだよね、あれは…。そんな楽器で奏でる音楽で、想定の範囲外の音になっていました。

 楽器の音が極めて小さいためか、どの楽器も拡声していました。歌も入りましたが、なんかよく分かりませんでした。有料コンサートでは、日本人や中国人のアーチストたちとコラボをして、シルクロードの音楽として演奏したそうだけれど、無料コンサートでは東洋人たちがいなかったので、シルクロードの片側だけの音楽になったみたいです。

 面白いか面白くないかで言えば…興味深いけれど、すぐに飽きてしまう音楽でした。私の心の琴線には触れないタイプの音楽だったなあ…。

 というわけで、続きはまた明日っす。

 

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2019年5月18日 (土)

LFJ2019 その8 歌曲伴奏のマスタークラス

 日付が変わってから帰宅して、布団に入ったのが午前2時過ぎ。8時過ぎには起き出して、あれこれやる事やって家を出て、東京国際フォーラムに到着したのは、11時少し前でした。そのまま、真っ直ぐにガラス棟の会議室に行って、マスタークラスの整理券を入手してから、お昼ご飯を食べました。メニューは昨日と同じ、吉野家さんの牛丼です。昨日は大盛り牛丼だったけれど、今日は超特盛牛丼(笑)です。なんかすごそうだけれど、超特盛と言っても、ごはんの量は大盛りと実は同じなんです。ただ、上に乗っている牛肉が大盛りよりも倍増しているってだけの話です。肉はいっぱい食べたいじゃない? なので、これに生卵をかけて、タンパク質を増やしてからいただきました。で、食べ終わると、時間的にちょうど良い感じになったので、会場に向かいました。

マスタークラス
 東京国際フォーラムガラス棟 G402
 ヨアン・エロー(伴奏ピアノ)

 1)リスト「ローレライ」

 なんと珍しい、歌曲の伴奏ピアノのマスタークラスです。なので、生徒さんは、当然ですが、伴奏ピアノの人です。もちろん伴奏だけじゃ演奏は成り立ちませんので、歌手さんも同伴です。よく、歌手のレッスンにピアニストを同伴するってのは聞きますが、ピアニストのレッスンに歌手を同伴するってのは、なかなか珍しいなあと思いました。

 例によって、先生がおっしゃったあれこれの指示の中から、私の心に響いた事柄を書き残しておきます。

 リートは歌詞が大切。この詩はハイネが作詞したもので、ローレライとは、ライン川に棲んでいるセイレーン(人魚、川の神)の事です。彼女がよくいる岩山のすぐそばは、川下りの難所で、昔は多くの船が難破したそうです。ちなみに、この岩山のすぐそばに、ニーベルングの指輪のお話の原因となったラインの黄金があったという設定になっています。まあ、そういう有名な伝説系のお話です。なので、マスタークラスの一番始めに、歌手さんが歌詞の日本語訳を読んでくれました。

 で、ピアノの演奏になりますが、先生曰く「歌詞に即して、ピアノはもっと演劇的に弾いてください」との事です。具体的に言えば、もっと神秘的に…って事らしいです。

 この曲の伴奏部分は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」に通じる部分があるので、それを意識して弾くのもアリという話です。もちろん、リストはワーグナーの義父(リストの娘のコジマがワーグナーの妻)なので、この曲の方が古い(約20年前)のだけれど、ワーグナーが「トリスタンとイゾルデ」を作曲する際に、この曲が念頭にあったのかもしれない…と思われるそうです。実際、リストとワーグナーは、お互いに影響を与え合う間柄でした。

 イントロ部分は欲望のフレーズです。セイレーンの魔的な雰囲気の中に、欲望を持った人間が飛び込んでくるのです。

 この曲にはオーケストラ版があるけれど、それは聞いたことがあるのか? と先生が生徒さんに質問をしました。音色に関しては、オーケストラ版を大いに参考にするべきとの話です。いや、参考にするどころか、自分のピアノがオーケストラになったかのように、豊かな音色で演奏するべきだとも言ってました。ピアノの音は、常にオーケストラの音色や発音の仕方を参考にするべきなんだそうです。例えば、クラリネットのフレーズなら、いきなり強い音で吹けるはずはないのだから、やさしく吹き始めて、徐々に音が強くなっていくのを、ピアノでも表現しないといけないとの話ですが…それって難しくない?。

 この曲にはピアノソロのバージョンもあるけれど、それは聞いたことがあるか?とも尋ねていました。ピアノソロ版は、歌曲のピアノよりもさらに細かな指示が書かれているのだそうです。それらの指示も頭に入れた上で演奏するべきだそうです。

 ピアノを弾いているとは言え、五線譜ばかり見ないで、歌詞もきちんと見ましょう。伴奏ピアノは、常に歌詞の世界に寄り添って弾かないといけないのです。

 一つのフレーズは、しっかりと一つのフレーズとして聞こえるように弾かなければいけません。もちろん、歌手のブレスの問題もあるけれど、音楽を延々と演奏してはいけないのだそうです。これは音楽に対する意識の問題でもあるのです。

 この曲は、基本的に霧の中が舞台なので、具体的なピアノの音が聞こえてはいけません。あくまでもピアノで霧のモヤモヤを表現しないといけないのです。歌がピアノと同じ音域で入ってきたら、ピアノはよく深くぼんやりとした霧の中に埋没していかないといけません。

 楽譜には、八分音符と三連符が混在しているけれど、その違いが聞いて分かるように弾いてはいけないそうです。その理由として、ソルフェージュの試験をしているわけではなく、ピアノで霧の演技をしているのだから、表現を優先するべきであるというのです。

 この曲は、実は舟歌なのです。

 楽譜に忠実で正しい演奏するのは、当たり前の話であり、その上で、より演劇的に、より感情を込めて演奏しないといけません。だからと言って、ピアニストが感情のおもむくままに、無闇に音楽のテンポを落としてはいけません。歌手がテンポを落としてきたら、それにつきあうのは大切だけれど、ピアニストの方からテンポを落とすのは厳禁です。なぜなら、テンポを落として苦しいのは歌手だから。ピアニストは歌手を助ける立場であって、苦しめてはいけないのです。

 同伴してきた歌手さんも、ピアニストさんと同世代という事もあり、先生は歌手さんにもいくつかのアドヴァイスをしていました…と言っても、そのほとんどは、ドイツ語の発音関係でした。歌手さんのドイツ語は、我々日本人の耳で聞くと、立派にドイツ語なのですが、ヨーロッパ人(先生はフランス人)の耳で聞くと、あっちこっち引っかかるようで、子音を中心に直していました。その違いは、カナでは書き表せないような微妙な違いなのですが、先生的にはすごく気になるようなのです。

 とにかく、歌曲伴奏のマスタークラスなんて、なかなか見れないモノですからね。とても楽しく勉強させていただきました。

 続きはまた明日。

 

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2019年5月17日 (金)

LFJ2019 その7 ディーヴァオペラ

ディーヴァオペラ
 東京国際フォーラム B7ホール

 モーツァルト「後宮からの誘拐」
  ベルモンテ(スペインの貴族):アシュリー・カトリング
  オスミン(太守の監督官):マシュー・ハーグリーヴズ
  ペドリッロ(ベルモンテの召使):リチャード・ダウリング
  太守セリム:デイヴィッド・ステファンソン
  コンスタンツェ(ベルモンテの婚約者):ガブリエラ・キャシディ
  ブロンデ(コンスタンツェの召使、英国人):バーバラ・コール・ウォルトン

 さて、お楽しみのディーヴァオペラです。今年の私は、これが見たかったんです。

 こちらのオペラは、ピアノ伴奏のオペラです。出演者はみな白人さんで、演目とヴィジュアル的に合っています。まあ、トルコ人役もいますから、オリエンタルな人がいても、リアルかもしれませんが、オペラはファンタジーですから、オール白人キャストは大歓迎です。

 大道具はほとんどありません。ついたてと、ソファと、小机と、植木4つぐらいです。実に簡素な大道具です。その代わり、衣装とかつらは、かなりきちんとしていました。なので、あまりチープな感じはしません。

 問題が大アリだなと思ったのは、原語(ドイツ語)上演なのに字幕がない事。訳詞は小冊子にして入り口で配布しているんだけれど、舞台が始まると舞台は暗くなってしまうので、小冊子を読みながらの鑑賞はかなり難しいです…ってか、小冊子に目を落としていたら、舞台の芝居が見れないから現実的ではありません。それに、LFJって、初心者向けの音楽祭のはずで、だったら字幕サービスぐらい、当然付けないとマズイでしょ?

 字幕がない…とは事前に知っていたので、私は事前にしっかり勉強しておきました。少なくとも歌詞に関しては、何を言っているのか分かる程度に、丸暗記しておきました。ただ、このオペラ、シングシュピールなので、セリフの部分があるんですよ。レチタティーヴォじゃなくてセリフなんです。で、このセリフってのは、大筋というか原案的なものは当然あるのだけれど、上演のたびに舞台監督が作っていくので、細かい部分は上演団体ごとに違っているわけです。当然ですが、ディーヴァオペラ版のセリフは、標準的なものとはだいぶ違っていました。問題は、違うのは分かるんだけれど、どう違うのかが、私のドイツ語能力では全然分からない事です。ああ、残念。まあ、ヨーロッパでオペラ見物しているつもりになって見ていました(ヨーロッパの歌劇場では、当然日本語字幕なんてないもんね)。

 しかし…暗い中、皆さんはしっかり小冊子を読んでいたようで、一斉にページをまくる音が場内に響くのも…なんか興ざめです。仕方ないけれどねえ。

 肝心の演奏の方は、実にすごかったですよ。B7というホールはかなりデッドで、正直、歌には向かない会場なので、後ろの方で見たら、また印象が変わると思います(B7ホールは縦に長くて平らなホールなので、音が聞こえづらいはもちろん、歌手たちの姿も後ろだと見えない…と思います)が、私は幸運な事に最前列でご鑑賞だったので、しっかりとオペラを堪能させていただきました。

 ディーヴァオペラという団体は、室内楽オペラの団体ですが、歌っている方々はかなりパワフルに歌っていました。モーツァルトのオペラというと、良くも悪しくも大人しめの上演スタイルが思い浮かびますが、この人たちは、特に変わった事はしないけれど、歌はかなりパワフルに歌うので、今までのモーツァルト上演とは、ちょっと印象が違いました。もっとも、彼らがパワフルに歌っていたのは、会場がデッドだったせいもあるかもしれませんが…(でないと、後ろの方まで聞こえないからね)。

 で、音量もさる事ながら、技巧的にも上手な歌手さんが揃っていました。どれくらいお上手かと言えば、歌いながら演技をしたりダンスをしたりと…誰一人として立ちん坊な歌手がいなかったんですよ。また、その演技も上手(ダンスは…まあ踊れていますよね程度でしたが:笑)

 ちなみに、このオペラ団、裏方とか合唱団とかがいないんです。ですから、大道具の移動は、出演者たちが小芝居しながら移動していましたし、合唱は、最後のフィナーレ以外はカット。最後のフィナーレの合唱(実は、格付けチェックのテーマソングとして使われています)は、合唱ではなく、出演者たちが声楽アンサンブルとして歌っていました。

 で、カットされていたのは、合唱だけでなく、アリアもあれこれたくさんカットされていました。まずもって、脇役のアリアはザックリとカットです。主役のアリアも繰り返しはカット。セリフも大幅カットです。なにしろ、普通に上演すれば休憩無しでも2時間半かかるオペラを、休憩込みで2時間にしての上演ですから、全体の1/3程度はカットしなきゃいけないのだから、そういう大胆なカットにならざるをえません。

 それだけカットしても、オペラとしてのストーリーはきちんとしていましたよ。ただ、私的には、脇役テノールのペドリッロのアリアをたくさん聞きたかったのですが、ほとんどカットされてしまったのが残念でした。まあ、脇役なんて、そんな扱いだよね。

 それにしても、出演者たちは、カットのせいもあって、ほとんど休み無く、入れ代わり立ち代わりアリアや重唱を歌い続けているわけで、これはなかなか大変なオペラだなって思いました。

 それにしても、期待を膨らませて見に行った私ですが、期待通りに素晴らしい公演で、大満足でした。このレベルのオペラがLFJで見られるなら、毎年やって欲しいと思いました。

 ただ、上演終了時間がほとんど午後11時ってのは、遠方からやってきている私にとっては、ちょっと遅かったです。まあ、終電にこそなりませんでしたが、家に着く頃は、当然日付が変わっていたんですよ。ふう。

 というわけで、私達にとっては初日のLFJは、こんな感じでした。続きはまた明日。

 

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2019年5月16日 (木)

LFJ2019 その6 ようやく東京国際フォーラムに入りました

 辰巳真理恵さんのコンサートが終わったところで、夕飯の時刻になりました。再び地下に降りて、サブウェイ(サンドイッチ屋さん)によって、ローストチキンチーズのフットサイズを持ち帰りにしてもらって、次の会場に向かいました。

 次の会場は…いよいよ東京国際フォーラムです。地下にある、いつものEホールです。私が会場に着いた時は、ちょうど前のコンサートが終了したばかりの頃だったので、空席を見つけて(それでも良い席は全然なくて、正面であるものの、少し舞台から遠い席になってしまいました)1時間ばかりある休憩時間中に、先程買ったサンドイッチを取り出して食べて待っていたわけです。で、さらに余った時間は…読書です。出先での読書では、ほんと、電子書籍は便利ですね。私はタブレットをリーダーとして使っているので、字が大きいので、老眼に優しいです。その時の気分で、読みたい本を決められるのがいいですし、読み終わっても、すぐに次の本にいけますし、なんなら、その場で本を購入することだってできるわけだしね。電子書籍は最高だよ。タブレットの重ささえ苦にならなければ(笑)。そうやって時間を潰しているうちに、次のコンサートが始まりました。

オーケストラコンサート
 東京国際フォーラム ホールE
 Ludwig Camerata(小編成オーケストラ)

 1)モーツァルト「交響曲第35番 ハフナー」

 この団体は、一体、どんな団体なのだろうか? まずオーケストラなのに指揮者がいません。それなのに演奏は息ピッタリで、練習量の多さが伺い知れます。一部の楽器を除き、基本的に立ったままで演奏をします。何か意味があるのだろうか? あと、演奏者の平均年齢がかなり若いのです。若干、中年っぽい人もいるけれど、大半が若い人たちで、中には学生にしか見えない人もいます。なんで、こんなに若い集団なんだろう? あと、小編成オーケストラと紹介されたけれど、よく見りゃ、普通の二管編成で、モーツァルトを演奏するなら標準サイズのオーケストラだよな。

 とまあ、あれこれ疑問は生じるのだけれど、目をつぶって音楽だけを聞いてみれば、とても良い演奏をしています。指揮者もいないのに、これだけの音楽を演奏できるなんて、実に面白い団体です。

 楽器に注目してみると…ちょっと年配だろうなあって思われる人は、なかなか良い楽器を手にしているように見えますが、多くの若い人たちは、かなりお手頃な楽器を使っているようです。ソリストでもなければ、楽器なんて、ちゃんとした音さえ出れば、どんな楽器でも関係ないと思うし、実際関係ありませんでした。まあ、ヨーロッパの有名オーケストラでも、団員さんが使っている楽器は、そんなに高級品ではないそうだし…ね。日本のオーケストラは、プロアマ問わず、楽器は自分持ちってケースも多く、そのために高級な楽器を使っているところが多いようです。ここもおそらくは楽器は個人持ちの人が多そうだけれど、ここはそんなにお高い楽器を使っている人は少なさそうですが、それでも演奏上の支障はなさそうです。

 それにしても、この団体、何者だったんだろ? プロなのかな? アマチュアなのかな? それすら分かりませんでした。なぞ、なぞ、なぞ…です。

 それにしても、ハフナー交響曲は(当たり前の話だけれど)どこで切り取ってもモーツァルトですね。生演奏ではなかなか聞けない交響曲なので、ちょっぴりうれしかったです。

 今回は短めの記事だけれど、この連載は、こんな感じで、まだまだゆるゆると続いていきます。続きはまた明日。

 

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2019年5月15日 (水)

LFJ2019 その5 辰巳真理恵さんのステージ

 さて、連載再開です。

 そんなこんなでお茶を飲み終えて、いい時間になった私は、上にあがり、次の公演に備えました。

ソプラノコンサート
 丸ビル1階 マルキューブ
 辰巳 真理恵(S),髙木 由雅(p)

 1)グノー「白いキジバトよ」~「ロミオとジュリエット」より
 2)ヨハン・シュトラウス2世「伯爵様、あなたのようなお方は」~「こうもり」より
 3)薮田翔一「小倉百人一首」より3曲
 4)薮田翔一「令和の歌」
 5)カッチーニ「アヴェ・マリア」
 6)グノー「私は夢に生きたい」~「ロミオとジュリエット」より
 7)プッチーニ「私のお父様」~「ジャンニ・スキッキ」より

 歌手の辰巳真理恵さんは、タレントの辰巳琢郎さんの娘さんです。二世タレントだからとナメちゃいけません。かなりきちんとした実力派の若手ソプラノさんでした。ピアニストさんは、二期会のバリバリのピアニストさんで、こういう組み合わせなのに、無料コンサートでいいの?って感じの公演でした。

 1)は聞き慣れない曲ですが、彼女は最近、歌劇「ロミオとジュリエット」に小姓役(いわゆるズボン役です)で出演したそうですが、これはその小姓のアリアです。そう言われると、こんなアリア、歌っていたかもしれない(笑)。ロミジュリって、好きなオペラだけれど、なかなか全曲通しで聞くチャンスって無いから、脇役のアリアまでは記憶にない私でした。まあ、こういう舞台では、普通は歌われないアリアです。

 2)これは普通にコロラトゥーラソプラノさんが歌う有名アリアです。これを聞くと分かりますが、彼女、なかなかの実力者です。技巧がしっかりしているし、声もとても良いです。演技もしっかりしているし感情もきちんと込めて歌っています。それに何より彼女自身に華があります。きちんとお金のいただけるパフォーマンスをしています。実に将来が楽しみなオペラ歌手さんです。

 3)は、最近作曲された曲です。何でも、彼女のアルバム(すでにCDも出しているのです)に収録されているそうです。しかし、フランス語のアリアを歌った時は、あんなに素晴らしかった彼女ですが、これら日本語の歌は…はっきり言って、何を歌っているのか分かりませんでした。歌詞が聞き取れないんですよ。3曲歌った中で、2曲目の「ひさかたのひかりのどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」と「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ」は、断片的に推測できましたが、1曲目は「君がため…」しか聞き取れませんでした。百人一首には「君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな」と「君がため春の野に出でて若菜摘む 我が衣手に雪は降りつつ」の二首あるんだけれど、どっちを歌ったのか分かりませんでした。とにかく、彼女は声が良いし、何語であるかを気にしなければ、歌だって良い。ただ、この曲が日本語の曲であるのに、歌詞が聞き取れず、何を歌っているのか分からないのは、実に残念でした。新曲ですからね。すべてが歌手さんの責任とは言い切れないかもしれません。作曲されたメロディ自体が日本語に即していない可能性だってありますが…それでも、それを何とかするのも歌手の仕事です。まあ、それだけ、日本人の客に向かって、オペラ発声で、日本語の歌を歌うのって、難しいんだろうなあ。

 4)も新曲です。何でも、4月1日の新元号発表のその日に、彼女みずからが作曲家さんに依頼して作ってもらった新曲だそうです。で、その新曲の初演を行ったわけです。感想ですか? 例によって、何を歌っているのか全然分からなくて…ねえ。歌詞は万葉集の梅花の歌の前書き(令和の典拠部分ですね)なんだそうだけれど…。外国語歌詞の歌なら、何を歌われているか分からなくても全然平気なんだけれど、なまじ日本語歌詞だと、何が歌われているか分からないと、すごくイライラするものですね。

 5)は、装飾音符の入れ方が実に絶妙でした。これを聞くと、歌い手の音楽的なセンスが良い事が分かります。装飾音符って、その入れ方で、ほんと歌の印象が変わるのだけれど、私はこの人の装飾音符が好きです。こういう歌詞の無い曲は、歌い手のメロディーの歌わせ方の上手い下手が出てしまいますが、本当にこの人は歌が上手なんだと思います。

 6)は、コロラトゥーラソプラノさんなら、誰もが歌う超有名曲だけれど、この人が歌うこの曲は、実に熱い歌でした。最近、聞いた中では、ピカイチだと思ったよ。上手く歌うだけなら、この人以上に上手い人はいるけれど、ここまで熱く歌える人はなかなかいません。こういうのって勉強して手に入れられるものではないのかもしれません。才能…なんだと思います。二世タレントさんの良い面が作用しているんだろうなあって思いました。凡人じゃあ、なかなかここまで出来ないよ。

 7)は、半分シャレですね。自分のお父さんにかけての選曲です。自分がタレント二世だとしっかり自覚しています。この歌は、声楽初学者の歌でよく聞きますが、やはりプロ歌手が歌うと、全然違いますね(当たり前)。こんなにも情感的で悲しい曲だとは思いませんでした。

 とても良い公演でした。結果的には、二日間に渡る今年のLFJの公演の中で、私が一番感激したのが、この公演でした。私、辰巳真理恵さんのファンになってしまったかもしれません。それぐらいに、よかったんだよ。

 続きはまた明日。

 

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2019年5月14日 (火)

ほぼ10年ぶりに取り組んでみた

 声楽のレッスンの続きです。

 プッチーニ作曲の「マノン・レスコー」のテノールアリア「Tra voi, bello, brune e bionde/美しい人の中で」を歌いました。

 この曲はプッチーニの曲なので、緩急が割と自由に動きます。なので、しっかりと緩急を付けてしまう方が歌も映えるし、伴奏もやりやすいのです。中途半端は厳禁です。高音(A)は、その音を意識するのではなく、その前での準備が大切。もはやAは準備なしでも出せるようになっていますが、やはり準備なしで出すのは危険。失敗する可能性も高いし、何よりノドが消耗してしまいます。それらのリスクを回避するためにも、しっかりと準備をして高音に臨むことが大切です。

 具体的に、しっかりノドを開けて、速い速度の息を送って、声を支える…です。

 高音Aを出した後、放心状態になりがちで、その後のフレーズがとっ散らかってしまいがちなので、その後もしっかり歌えるように、気を抜かないようにしましょう。

 この曲は全般的にイケイケで、ノドに負担がかかるタイプの曲なので、こればかりを歌ってはいられません。なので、次回もまだこの歌を歌っていく事にして、次のアリアに取り掛かる事にしました。

 次のアリアは…ドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」にある、有名なテノールアリア「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」です。

 実はこの曲、キング先生時代の2010年にレッスンでやり、翌年の発表会でも歌ってます。最初に歌ってから、ほぼ10年ぶり、厳密には9年ぶりに、レッスンで取り上げるわけです。

 当時は…全然歌えていませんでしたね。今思えば、そりゃあ無理ってモンです。あの頃はF♯までが実用音域だった頃です。その頃に、A♭が頻出するこの曲を歌えって、そりゃあ無理ゲーですね。でも、先生の命令なら仕方ないわけで、先生の指導を信じて取り組み、見事に撃沈した曲です。やっぱり無理なものは無理なんです。

 高い音も発声練習なら、スコンスコン出せるようになった現在、ようやく取り組むべき曲かなと思い、今回、改めてこの曲に取り組む事にしました。発声練習で出せるから、曲の中で使える…ってわけじゃないしね。こういう曲で、少しずつ高い音のある曲も歌えるようにしていかないと…ね。

 とは言え、実はこの日「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」は、楽譜を持ってきただけで、まだきちんと譜読みをしていませんでしたが、以前も歌った事があるので、その時の記憶を元に、サラッと1番だけだけれど、歌ってみる事にしました。

 歌い始めると…以前の悪い癖が出てきます。悪い癖を直しながら学び直さないといけません。そういう意味では、全くの新曲の方が楽に歌えるのかもしれません。

 とにかく、あの当時の歌い方がバンバン出てきます。ほんと、面白いように出てくるんですよ。まるで、タイムマシンで昔に戻ってしまったかのようです。こういうのは、事前に自宅練習で潰しておかないといけないのですが、今回は譜読みすらせずにレッスンに臨んでいるので、こういう事になってしまうのでしょう。自分の事ながら、実に面白いです。

 各フレーズは、常に高い音から始まるので、しっかり息を支えて、息を止めて待っているくらいの準備が必要です。逆に言えば、それが出来ていれば、それほど難しいフレーズではありません。いわゆる“音は上から取る”をしっかり実践していればいいわけです。

 曲の中に頻出する高音Aは、そこまでの音と同じように連続性をもって歌う事です。つまりAもそれ以外の音と同じ音色で歌いましょうって言われました。と言うのも、どうも私、Aだけ、全然別のところから持ってきて歌っているようなのです。

 まあ、以前は高音Aなんて無理ゲーだったので、なんとかやりくりして出そうとした、その名残で、全然別のところから持ってきて歌っているんだろうと思います。今や、高音Aも、そんなに大変ではなく出せるのだから、音色をキープしていく事にも気を使いながら、連続性のある声で歌えるように、気を使って行きましょう。

 それに、高い音を全然別のところから持ってきて歌うと、声の消耗が激しいのです。低い音と同じ音色で連続性をもって歌えた方が楽だし、ノドの消耗も抑えられるのです。なら、そうするべきだよね。

 さて「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」は有名なアリアなので、皆さん、ご存知でしょうが、念のために音源を貼っておきます。

 これはロイヤル・オペラでのグリゴーロの歌唱です。この曲は、色々なテノールさんが歌っていますが、案外、自分用のオリジナルのカデンツァで歌っている人も多いのですが、グリゴーロ君は標準的なカデンツァで歌っているので、勉強になります。私も、このカデンツァで歌うんだよ。

 それにしても、約10年ぶりだし、私もあの頃と比べると、だいぶ上達しているはずだけれど、今取り組んでみて思う事は、この曲、結構、難しいです。今の私が歌っても、結構ギリギリだし、手に余る部分があります。なのに、よく10年前の私がチャレンジしたものです。また先生もよく与えたものです。当時は、お互い怖いもの知らずだったんだよなあ…。

 

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2019年5月13日 (月)

ドイツリートに江戸庶民の価値観を感じた私です

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習から。ハミングの響きをうまく鼻に入れることができた私でした。鼻に響きが入ったので、先生からの注文は、その響きをさらに上に持っていって、そこから前に出してくださいって内容でした。響きをさらに上に、さらに前に…。頭で考えても分かりませんので、感覚で、それっぽくやってみました。たぶん、正解。ただし、感覚でやってしまい、言語化していないので、次も同じようにできるかは…かなり不安。私の場合、言語化出来ないものは記憶できないんだよなあ…。

 発声練習、息を支える。息を上まで上げていく。ノドを上下に開いていく。これを丁寧にやりました。このやり方で高音B♭まで出るそうです…逆に言えば、高音BやHi-Cには音程的に届いていないってわけです。これらの音を出すには、クチの奥の開き方と息の支えがまだ足りないようです。クチの開き方にせよ、息の支えにせよ、すべては筋肉の問題ですから、鍛錬を続けていけば、いずれ出るようになる…んだろうと勝手に思ってます。

 焦らない、焦らない。

 それにしても、ほんの少し前まで、高い方はGが限界で、それも割とギリギリで、その上は長い間博打状態だったのに、Gはもちろん、A♭やA、B♭はスコンスコン出ちゃいます。で、今現在はBが博打状態、Hi-Cは無理めって感じです。なんか急に音域が広がりました。カラオケ的な表現をすれば+3広がったわけです。これってすごくない? あんまり急に高音が出るようになったので、メンタルが付いていけません。カラダは十分高音に対応しているのに、メンタルがまだビビっちゃっています。なので、まずはAあたりをビビらずに出せるように、心と体を鍛えていくのが、当面の課題です。つまりAまでを実用音域にしましょうって感じです。で、Aが実用音域になったら、B♭を実用音域にして、それが終わったら、その次ってやっていくつもりです。そんな事をしているうちに、BやHi-Cも出せるようになったら、うれしいな。

 ちなみに、どんな高音が出ているのか、自分では分からないので妻に尋ねてみたところ…私の声は、苦しげでもなく、かと言って柔らかめの声でもない。キラキラ系でもなければギラギラ系でもない。あえて言えば、伸びやかな声なんだそうです。なんだい? 伸びやかな声って?

 さて、曲の練習になりました。まずは、シューベルト作曲「美しき水車小屋の娘」より「Der Wandern/さすらい」です。この曲は、今回でひとまず終了です。まあ、二ヶ月近くも取り組んだ成果でしょうね、ドイツ語のさばき方が多少なりともマシになってきました。通常の速度でも、突っかからずに歌えるようになりました。まあ、当然と言えば当然なんだけれど、その当然が出来るようになるまでに二ヶ月という時間が必要だったわけです。

 で、ドイツ語のさばき方…と言うか、発音ばかりに気がいってしまったので、肝心の音楽練習が少々不足気味で、今回は、音楽的な注意(音程とか表情記号とかの注意です)を受けてしまいました。とにかく、しゃっべってばかりいないで、歌にも気を使えって事です。

 “Das”などの冠詞にアクセントを置かないこと。フレーズの出だしの歌詞が冠詞ってのは、ドイツ語に限らず、西洋語ではよくあるわけだけれど、その際、冠詞部分はアウフタクト(弱起)で作曲されているので、それを忠実に守ること。つまり、冠詞部分ではなく、その次の単語にアクセントを置いて歌うわけです。また、高い音は感情を解き放して歌うのではなく、慈しむようにして歌います。開放よりも節制を重んじると言うか、喜びを見出すというか…まあ、キラキラに輝く黄金の世界ではなく、いぶし銀の世界です。なので、高い音は、あえて抑えて歌います。

 ドイツリートって、江戸庶民に通じる価値観があるんじゃないの…って、ちょっぴり頭をかすめました。きっとドイツ人も、服の裏地に金をかけるタイプなんだろうなあ…。

 まあ、そんなこんなで「Der Wandern/さすらい」は終了です。

 次回から2番の「Wohin?/どこへ?」になります。ちなみにこんな感じの曲です。

 

 歌っているのは、テノールのヴンダーリヒです。動画なのに動いていないのは残念ですが、歌はいいでしょ? 私もこんな感じで歌えたら最高だけれど…まあ「何を言ってんだい唐変木が!」って感じっす。それにしても、テンポが速い…ドイツ語で苦労しそうだ…。

 

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2019年5月12日 (日)

LFJ2019 その4 オペラ系四重唱と喫茶店

 KITTE、遠かったなあ。私はパソナから地上を歩いて、KITTEに入って、1階から地下に降りて、KITTEから出ました。実は演奏会場は、KITTEではなく、その前の地下広場で行われるからです。地下を通っていくと、かなり遠回りをしないといけないんですよ。

 私が会場に着いた時には、まだ誰もいませんでした。一番乗りです。他所なら「やったー」と思う私ですが、ここは違います。なぜなら、この会場には椅子席がないのです。すべて立ち見。立ち見なら、別に早く来る必要はありません。必要はないどころが、むしろ暇です。

 やがて人が集まってきます。分かっている人は、自分で椅子を用意して座っています。私は…周囲の無言の圧力に負けて、座る事にしました。ほら、私のような縦にも横にも広い人間が前にいると、邪魔でしかないからね。仕方ないので座りましたが、ここ、下は石畳なんですね。すごくお尻が冷えます。健康には良くないです(涙)。

旅するオペラ(オペラ系四重唱コンサート)
 JR東日本東京駅 KITTE前 地下広場
 森川史(S)、本多都(Ms)、宮脇臣(T)、塙翔平(Br)、青木ゆり(p)

 1)プッチーニ「誰も寝てはならない」~「トゥーランドッド」より
 2)グノー「私は夢に生きたい」~「ロミオとジュリエット」より
 3)コルンゴルド「憧れと空想は蘇る」~「死の都」より
 4)ビゼー「ハバネラ」~「カルメン」より
 5)プッチーニ「それでは本当に終わりなんだね」~「ボエーム」より
 6)ディ・カプア「オー・ソレ・ミオ」(アンコール)

 尻は冷えたけれど、なかなか熱のこもったコンサートでした。やっぱりオペラはいいね。

 1)はテノール、2)はソプラノ、3)はバリトン、4)はメゾの、顔見世的な歌唱となりました。

 1)のテノールさんは、実に輝かしい男性的な声で「これ、これ、テノールはこうでないと!」と思わず、相槌打っちゃいました。2)のソプラノさんも声に合った選曲でした。それにしても装飾音符の多くて技巧的な曲だなあ…。3)はマイナーオペラのアリアで、もちろん私的には初めて聞くアリアでした。LFJのような初心者対象音楽祭向けの選曲じゃあないなあ…と思いました。歌手本人が歌いたいアリアではなく、観客が聞きたがるようなアリアを選曲しないといけないでしょ…って思いましたよ。曲自体は、なんとも幻想的なアリアで、おそらくかなり深い声のバリトン向けのアリアではないかなって思いました。たぶん、声と曲が合っていないんじゃないかな…とも思いました。とにかく、若いバリトンが歌うような曲ではないというのが、私の個人的な感想です。4)はメゾなら誰もが歌う名曲で、LFJなら、こういう選曲が喜ばれます。

 ここまで一人ひとりソロを取ったところで、5)で四重唱となります。ボエームの第三幕の後半部です。ここは私もぜひ歌ってみたい(テノール的には)しっとりした良いシーンです。

 6)はアンコール曲でした。これは本来、テノールの曲なので、テノールが一人で歌えばいい曲なんだけれど、バリトンとメゾがテノールの邪魔をして、歌を取ってしまい、テノールは最後の部分をみんなと一緒に歌う程度…という演出でした。ちなみに、ソプラノは終始苦笑しているという、不思議な立ち位置の役でした。こういう芝居がかった演出も面白いですね。

 で、この公演が終わるや否や、次の公演会場である、マルキューブに整理券をもらいにいきました。少し並んで、整理券をもらうと、公演まで1時間以上の空き時間ができたので、下の階でお茶でも飲んで時間を潰しましょうという事になりました。

 店名は…店名を伏せたところで、ちゃんと読めば分かってしまうので、この際だから、はっきり書いてしまいましょう。スターバックスの丸の内ビル店での話です。

 スターバックスという喫茶店は、基本的にどこも大人気で混雑しています。混雑していても、いや混雑しているからこそ、客さばきは上手で、大勢やってくる客を上手にさばいて、客を歓迎してくれるのがスターバックスという喫茶店に共通した特徴とも言えます。私のお気に入りの喫茶店の1つです。

 そんなスターバックスにあって、ここの店は、例外的に、客さばきが下手くそだったんです。

 まずは入り口に看板が出ていました。それにはこういう趣旨の事が書かれていました。

『お店は大変混雑しています。お客様はまず最初に席をご自分で確保した上で、ご注文ください』 

 …なるほど、そういうシステムなんだね…。

 なので、私は店内に入って、空いている席(実は看板には混んでいると書いてありますが、席はそこそこ空いているんです)を確保したところ、妻に注意されました。並んでいる人がいるよ…と。

 これは私の失敗です。店頭の看板に、自分で席を確保しろって書いてあったので、まさか並んでいる人がいるとは思わなかったのです。それに自分で席を確保するのがルールなら、店内に空席がある以上、並んで待っている人なんていないはずだし…ねえ?

 とにかく並んでいる先客がいるのは確かなので、バツの悪い思いをしながら、列の後ろに付きました。並ぶと言っても、私の前にはほんの4~5人の客がいただけです。一応、そばにいた店員に、看板の指示だと並ばないで自分で勝手に席を取れって読めるけれど、それでも並ばないとダメなの?と尋ねたところ、並んでくれというので、じゃあ看板の指示が違うんだから、看板を引っ込めたら?と提案したけれど、それは無視されて看板は出たままでした。

 座席は並んでいる客の数よりも多く空いていますから、すぐに座れると思ったのですが、全然列は縮まりません。と言うのも、案内をする店員の動きが緩慢なんですよ。なので、座席は空いていても、全然列は短くなりません。それどころがだんだん列は長くなっていきます。

 列は店の外にまで出てしまうくらいになりました。やがて私たちが列の先頭になったところで、緩慢な動きをしていた店員たちが、いつのまにかいなくなってしまいました。

 それでも客は増えてきます。入り口に席を自分で確保しろって書いてあるわけで、当然後からやってきた客たちは、空いている座席(まだ結構空いているんですよ)に座っていきます。数人には、妻が「並んでいるんですけれど…」と言うと、ごめんなさいという顔をして私達のうしろに並んでくれる人もいますが、そんな事を全然気にせず、座席をとって、堂々と注文している客もいます。フロアには店員がいないので、好き勝手な事をする客もいるわけです。

 フロアに店員がいないため、誰も列に並んだ客の面倒を見る事はせず、空いた席は空いたまま放置され、カウンターの店員は、次々にやってくる客の注文をさばくのに一生懸命です。

 やがて列は長蛇となり、店の外にも延々と列が続く状態になりました。それでもそんな客をさばく店員はいません。でも、人手が足りないわけじゃないんです。バックヤードから店員たちの楽しげな私語がドアを締めているにも関わらず、聞こえるもの。休憩時間なのかもしれないけれど、お客をほっといて休憩は無いんじゃないの? それに私も30分近く並ばされていて、ちょっと腹も立っていたので、カウンターの店員に「席は空いているんだから、勝手に座ってもいいよね」と宣言したところ、あわてた店員がバックヤードの中に飛び込んできました。中から3~4名の店員があわてて出てきたものの、なんとも動きが緩慢で…わざといやがらせをしているんじゃないかと思ってしまうほどでした(決してそんな事はないんだろうけれど)。

 長々と待たされた挙げ句、ようやく席に座り、注文したところ、出てきた飲み物…フラペチーノですが、とてもブサイクでした(こういう言い方で分かる人は分かるでしょ?)。

 どうにもうまく店が機能していないようでした。店員の大半はバイトだろうけれど、彼らをコントロールする人がいないようで、実に無秩序な状態で、仕事に対する誠実さの見えない、とてもスターバックスに来たとは思えないような有様でした。

 ちなみに、我々が座った後も、列はまだあって、店員さんたちは、我々数人を案内したら、やっぱりまたバックヤードに入ってしまい、列の客は放置されていました。空席がまだあるのに…ねえ。ここは立地条件がよくて、黙っていても客がやってくるし、真面目に客の相手をすると、疲れるだけだし、バイトは時間給で働いているわけだから、客なんて少ない方が楽だし、真面目に働いていても疲れるだけでバイト代が増えるわけでもないし、サボっていたってバイト代がもらえるならサボっていたいのかもしれないし…って、考えているのかな?

 とにかく、こんなスターバックスは初めてでした。私、スターバックスという喫茶店、割と好きなんだけれど、この店に来たおかげで、イメージがすっかり変わってしまいました。丸の内ビル店以外のスターバックスは、これからも贔屓にしていこうと思っているけれど、この店だけは、もう来ない事にしました。別に喫茶店なら、他にもたくさんあるしね。隣の新丸ビルにだって、スターバックスはあるしね。だから、もう、ここには来ない事にしました。それにお店の方だって、あんまり客が来ない方がいいみたいだしね。ならば、これはwin-winの関係でしょ?(笑)。

 明日はLFJの連載はお休みにして、声楽のレッスンの記事をアップするつもりです。

 

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2019年5月11日 (土)

LFJ2019 その3 パソナコンサートの続きです

 さてさて、パソナコンサートの続きです。

フルートコンサート
 パソナグループ JOB HUB SQUARE 1階エントランス会場
 武田早那花(fl)、大久保愛(p)

 1)ベーム「グランド・ポロネーズop.16」
 2)ボルヌ「カルメン幻想曲」

 実はこのコンサート、今回唯一のフルートコンサートなのです。今年のLFJは、声楽は聞くチャンスがたくさんあったのですが、フルートのコンサートはタイミングが合わなくて、このコンサートだけしか聞くチャンスが無かった私です。

 使用フルートは銀のフルートで、音から察するに、ムラマツのDSだろうと思われます。実にいかにも「ムラマツフルートの音」って音だったのです…とは言え、これはディスっているのではなく、むしろ感心しているのです。だって、楽器の能力をしっかり引き出しているんですから、さすがだなあって思いました。演奏は、技術とか歌謡性がかなり高いレベルで両立しています。ただ、技巧が先走り、情念とか気迫とかが、やや乏しいかも…って思いました。とにかく、上手すぎて上手さばかりが目立つ演奏でしたってわけなんだけれど…ああ、贅沢な事を要求しているなあ。

 なので、その演奏スタイルは、典型的な日本人プロ奏者だなって思いました。とにかく、上手なのよ。技巧的にも上手だし、よく音楽を歌っているんです。ただ、小鳥のように軽やかに歌っているだけで、情念ドロドロって感じじゃないんです。1)も2)も、そんなに軽やかな曲ってわけじゃないと、私は思うのです。もっと、情念ドロドロに吹かないと、見えてこない世界がある曲だろうと思うのです。とは言え、ほんと、私、とても高いレベルの要求をここに書いているなあとは、自覚しています。たとえ情念ドロドロな演奏でなくても、これだけ軽やかに演奏できれば、もう十分以上じゃんとも思います。

 さて、1)はいかにもフルートの技巧をみせつけるタイプの曲で、もっともっとデモーニッシュな演奏だと良かったのになあ…と、これまたすごぶる贅沢な感想を書いちゃいます。

 2)は、歌と違って、歌詞がない分、楽器は大変だなあって思いました。曲の冒頭部で、メロディの基本形を示すのですが、歌詞が乗っていないメロディーって、実に単調なんだなって思いました。で、そこから、ドンドン変奏していくのです。トリルと装飾音符が山のように加わって、原型なんて留めていられないくらいに音楽は変わっていきます。おそらく楽譜は真っ黒になっていくと思います。

 変奏曲って、疾走する音楽なんだなって思いました。そして、ジャズとどこか通じるところがある音楽だなあとも思いました。

 色々贅沢な事を書きましたが、1)も2)も、かなりの難曲だと思います。これらの難曲を涼しい顔して演奏しちゃうんだから、本当に技巧派フルーティストさんだなあって思いました。これだけの腕を持ちながら、演奏で食べている音楽家ではなく、実はパソナの社員さんだってところに、日本のクラシック音楽業界の厳しさがあるんだなあって思いました。

ピアノ連弾コンサート
 吉海美帆(p)、川蔦那奈(p)

 1)チャイコフスキー「くるみ割り人形op.72aより」
  「行進曲」、「トレパーク」、「あし笛の踊り」、「花のワルツ」
 2)デュカス「魔法使いの弟子」

 1)はコンサートとしては失敗でしょう。スタッフのミスです。トークではマイクを使い、演奏は生音で聞かせる…というスタイルで、ここまで進んできたのですが、おそらく、トークで使ったマイクを切り忘れ、マイクをオンのまま、ピアノの低音側に置いてしまったようなのです。なので、客席から聞いた音は、ピアノの低音ばかりがかなり拡声されていました。で、そんな拡声された低音に対抗するかのように、高音を担当する奏者がキンキンピアノを弾くんですよ。ああ、実にバランスの悪い音楽でした。

 あんまりにヒドイので、演奏中、私は耳を塞いでいました。耳を塞いで聞くのが、ちょうど良いくらいです。絶対に、あれは、スタッフのミスだと思います。それにしても、これだけのミスに気が付かないのか、あるいは気づいていたけれど「まあいいか」と放置してしまったか…。どちらにせよ、かなり辛い時間でした。

 2)では、しっかりマイクはオフにされ、ピアノは生音で演奏されました。1)と比べて、実に美しいピアノの響きです。ピアノ連弾って、こうじゃないとね。

 って感じで、パソナのコンサートは終了しました。次のコンサートは丸の内南口にあるKITTEで行われます。かなり距離はありますが、電車に乗るほどではないので、諦めてテクテク歩くことにしました。

 続きはまた明日。

 

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2019年5月10日 (金)

LFJ2019 その2 パソナコンサートを聞きました

 バロック四重唱を聞き終えた我々(私と妻)は、吉野家さんで昼ごはんを食べました。ちなみに私は牛丼の大盛りです。LFJの時は、食事にはこだわらない事に決めています。とにかく、時間をかけずに食べられれば良し、お金もかけずに済むならそれで良し、という方針なのです。

 食後はパソナに移動です。今までなら、東京交通会館からパソナ本社まで歩いて移動をした私ですが、今年はなるべく疲れないようにしようという考えもあり、電車に乗って移動する事にしました(有楽町→東京)。で、東京駅の駅ナカを歩いている時に、美味しそうなおむすび屋さんを見つけてしまったので、鮭のおにぎりと辛味噌のおにぎりを買ってしまいました(笑)。

 パソナ本社で行われているパソナコンサートの午後の部を聞きました。午後の部は、パソナの社員さんによるコンサートです。全部で5つのコンサートがありましたが、私が会場に着いた時は、最初のコンサートが終わったところだったので、二番目のコンサートから聞きました。

クラリネットコンサート
 パソナグループ JOB HUB SQUARE 1階エントランス会場
 丸木一巧(cl)

 1)ドビュッシー「クラリネットのための第1狂詩曲」
 2)モンティ「チャールダッシュ」

 実はこのコンサート、急遽ピアニストさんの交代があったそうで、本番のピアニストさんは予定されていたピアニストさんとは違いました。そのために、演奏曲目も変更になってしまいました。実は、モンティの代わりに、ホロヴィッツの「ソナチネより 第3楽章」と、モーツァルトの「クラリネット協奏曲より第1楽章」が演奏されるはずでした。「チャールダッシュ」はよく聞く曲だし、そもそもクラリネットの曲ではないので、当初予定の曲が聞ければよかったのに…とグチっても仕方ないです。ちなみに、ピアニストさんの交代理由は体調不良だそうです。ほんと、仕方ないです。

 今年の会場は…舞台の位置が昨年とは変わり、昨年よりも見やすくなっていてよかったです。

 肝心の演奏は言うと、私がクラリネットの事をよく知らない事もあって、とにかく「指が動くなあ…」とか「結構、クラリネットって楽器もカッコいい楽器じゃん」とか「結構、音、大きいなあ」とか、まあそんな感想です。ごめんなさい。

 クラリネットのコンサートが終わったところで(もう)休憩になりました。私は、ブラッドオレンジジュースを飲みました。ブラッドオレンジって…果肉が真っ赤なオレンジで、味は結構酸っぱい感じです。目をつぶって飲んでみると、少しマイルドなグレープフルーツジュースって感じでした。

ピアノコンサート
 川蔦那那(p)

 1)ブラームス:6つの小品op.118 No.1,2

 あっという間のコンサートでした。本当に“小品”でした。穏やかな曲だったので、ゆったりと構えていたら、あっという間に終わってしまいました。あんまり短くて、ビックリしちゃいましたよ。

 パソナコンサートの話はまだまだ続きますが、ひとまず続きは…また明日(笑)。

 

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2019年5月 9日 (木)

LFJ2019 その1 バロック四重唱から聞き始めました

 さて、今年もラ・フォル・ジュルネ音楽祭(以下、LFJと表記)に行ってきましたので、その事をゆるゆると連載していきます。

 今年のLFJは、全般的に、低調なのが定着してきたかなって感じです。全盛期と比べると、かなり寂しいですし、あっちこっち「お金かけてないなあ…」って感じがしますが、まあ、こんな感じでしょう。これからも、低調ながらも続けてほしいなあと個人的に願うばかりです。

 そんな低調なLFJでしたが、私個人に関しては、結構充実していました。これは意外で、当日の予定を考え終わった時に、今年は予想外に楽しくなりそうだと思ったくらいでした。

 実は先行発売される有料プログラムを眺めていた時、例年なら、面白そうな公演を、2日間に渡って、2~4公演のチケットを購入するのですが、今年はたった1つの公演にしか食指が動かなかったんですよ。それは何かと言うと、ディーヴァ・オペラという団体が行う「後宮からの誘拐」でした。つまり、オペラね。LFJでオペラなんて、まあなかなか無いんですよ。どんなオペラになるだろうという期待もあって、それは見に行こうと思いましたが…それ以外は…ねえ…。

 ちなみ、この「後宮からの誘拐」は、会期中毎日上演するんですよ。なので、ひとまず中日の二日目の公演を買いました。2日間に渡って行く時は、初日と最終日(三日目)を、1日しか行かない時(滅多にないのですが…)は、だいたい中日(二日目)を買うので、今年もそうしたのです。

 なぜ、数多くある公演たちに食指が動かなかったのかと言うと…まずは今回のテーマと選曲の関係性がよく分からないのです。一応、旅がテーマらしいのですが、プログラムを見ると、ほぼゴッタ煮状態です。カオスですよ。どこが旅なんだいって感じで、なんかなあ…って思ってしまうわけです。

 気になるミュージシャンたちは、あまりピンとこない演目にばかり出演するし、じゃあ新人発掘をしましょうかと思っても、ピンと来るような演目がないんですよ。作曲家をテーマにしていた頃が懐かしいです。

 で、そんなわけで、ちょっとばかりダウンした気分で迫ってくるLFJを待っていたわけです。やがて、周辺プログラムも発表されてきました。毎年期待していたパソナのコンサートが規模縮小してしまうし、今年はどうなってしまうのだろうかとグチりながら、当日の予定を組んでいったのです。そうしたら、結果的にかなり面白そうな予定になったのです。それどころか、当初は、一日しか行くつもりがなかったのに、最終日の無料公演がこれまた面白そうな事に気づき、急遽、二日目と三日目に行くことにしました。連日でLFJに行くなんて、もしかして始めてかもしれません。

 そんなわけで、ちょっぴり覚悟を決めて、期待を高まらせて、LFJに向かった私だったのです。

 で、当日の話に行きます。まず最初に向かったのは、声楽のコンサートでした。

バロック四重唱
 東京交通会館1階ピロティ前コンサート
 大田茉里(S)、横瀬まりの(A)、市川泰明(T)、小池優介(Br)、加藤美季(p)

 1)バッハ「来たれ、急げ、そして走れ 急げる足よ」~復活祭オラトリオより
 2)バッハ「主よ、民を見捨てないでください」~「主なる髪は日なり、盾なり」より
 3)バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」~「心と口と行いと生き様をもって」より
 4)テレマン「ダビデの子にホザンナ」
 5)ペルゴレージ「悲しみの聖母」~「スターバト・マーテル」より
 6)ヘンデル「暁がよるに忍び込み」~「快活の人、沈思の人、中庸の人」より
 7)ヘンデル「ハレルヤ」~「メサイヤ」より
 8)ラモー「夜の賛歌」(アンコール)

 1)は男声二重唱から始まって、混声四重唱へと変わっていった、自己紹介的な役割の曲でした。バッハには詳しくないので、よく知らない曲でした(残念)。2)はソプラノとバリトンの二重唱。3)は混声四重唱で、割と有名な曲です。出演者は若い人で、声も若いです。女性の若い声はともかく、男性の若い声は少々物足りなさを感じてしまいます。4)はソプラノ、アルト、バリトンの三重唱。5)はソプラノとアルトの二重唱。この曲、大好き。場所が場所なので、電車の音がうるさい。こんなうるさい中で、歌える人も偉いが、聞いている我々もかなり偉いと思いました。ほんと、うるさいのよ。6)はソプラノとテノールの二重唱。珍しい曲だけれど、かなり地味な曲でした。残念。7)は混声四重唱で超有名曲。合唱で聞くもの良いが、声楽アンサンブルで聞くのも、なかなかオツだと思った。実にすっきりした感じになります。最後の8)はアンコールとして歌ったもので、アカペラの曲でした。男声はかなり低い音を歌います。落ち着いた良い感じの曲です。

 実は、この日はパソナコンサートがあって、例年なら、最初っからパソナに直行する私ですが、今回はパソナの午前中のコンサートをパスして、こちらのコンサートにやってきました。だって、パソナのコンサートはオーケストラだったんだもの。オケよりも声楽アンサンブルの方が好きな私なのでした。

 実は現場到着が予定よりも30分遅れてしまった私ですが、コンサート開始時刻が30分遅れに変更になり(我々はその情報を掴んでいなかった)、ちょうど良い感じになりました。しっかり座ってコンサートを楽しめました。

 続きはまた明日。

 

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2019年5月 8日 (水)

某声楽コンクールを見てきました

 ゴールデンウィークの中頃に、東京で行われた、某声楽コンクールを見てきました。実は、このコンクール。当初は私が出場しようかなと思った、アマチュア向けの声楽コンクールだったのでした。ちょうどその準備期間に、私はインフルエンザになってしまったので、エントリーを断念したのですが、もしも私がこのコンクールに出場していたら、どうなっていただろうかという思いも込めて、見に行ったわけです。

 考えてみれば、どんなコンクールかも知らずにエントリーしようとした私って、バカかもしれませんね(笑)。

 そのコンクールはアマチュア向けのコンクールで、ピアノと声楽のコンクールを予選無しの(つまり、エントリーすれば誰でも出場できる)タイプのコンクールでした。一応、年齢と、音楽の専門教育の有無(つまり音大卒かどうか)で、クラス分けをして、その上で全部をゴッチャにして賞を与えるといった、ある意味、乱暴なやりかたをしたコンクールです。小学生も、音楽活動をしているセミプロも、同じ土俵で戦うという、格闘技で言えば、無差別級的なコンクールだったわけです。

 ちなみに賞の区分けはこんな感じです。

 最優秀賞(グランプリ)…第1位
 審査員特別賞…第2位
 金賞…第3位
 銀賞…参加賞(ほぼ全員、この賞をもらえます)
 銅賞…努力賞(舞台で何かをやらかした残念な人たちがもらいます)

 これを、ピアノと声楽で、それぞれに与えられるわけです。

 昼過ぎからピアノのコンクールが、昼下がりから夜にかけて、声楽のコンクールが行われました。私は、ピアノには興味がなかったので、声楽コンクールだけを見ました。

 出場者は30名ちょっと。約半分の人が一般クラスと呼ばれる、オトナの趣味人たちでした。後は子どもたちが5名程度、音大卒の人が10名程度でした。男女別で言えば、10名程が男性で、残りは女声でした。女声はほぼソプラノ、メゾの人がちょっこっといました。男性はほぼバリトンで、ボーイソプラノとカウンターテナーが一人ずつで、テノールはいませんでした。

 出演者の方々は、予選なしとは言え、皆さん、熱心に上手に歌われていました。

 それでも感じたのは、子どもを含めて、一般の方々と、音大卒の人たちは、全然歌のレベルが違っていた事です。やはり人生の多くの時間と多大なる金銭を使って音大で学んだ方々と、旦那芸や有閑マダムの習い事じゃあ、全然違っていました。当然と言えば当然なんだけれど、こうして並べてみると、残酷なくらい、如実に違っていました。やっぱり、皆さん、伊達に専門教育を受けていませんね。

 なので、歌の上手い下手だけで比較しちゃうと、上位者は音大卒ばかりになってしまうでしょうが、実際の賞は、そうではなく、音大卒、一般クラス、子どもの部から、バランスよく受賞していました。つまり、歌の上手い下手だけが審査基準ではないって事ですね。おそらくは、まずは各クラスからバランスよく第3位まで決めてしまう。あと、何かをやらかしちゃった人を銅賞にする。で、残りはみんな銀賞…って感じなんだろうと思いました。

 コンクールに出ている人の特徴を言えば、皆さん、ソルフェージュ的には上手な方ばかりでした。リズムは多少の揺れがあっても問題にはなっていなかったようですが、音程が正しい事は必要最低限のようで、音程が甘めの人は、皆さん、銅賞になっていました。なので、このコンクールに出場するなら、音程に関しては、きっちりしないとダメなようです。

 声に関しては、ホールが実に響きの良いホールだった事もあり(誇張ではなく)蚊の鳴くような歌声でもなんとか聞こえました。そんな小さめな声でも、きちんと銀賞をいただいていましたので、声が小さい、楽器が良くないという理由では、銅賞にはならなかったようです。とは言え、音大卒の人たちで、発音に問題のある人はいませんでした。

 声に問題と言えば、一般クラスには、結構見受けられました。大半の人が、声が小さくて、ここのホールでなければ、歌声は聞こえないかもしれないってレベルの人がとても多くいました。おそらく、普段は合唱を歌っているんでしょうね。ソルフェージュ的にはほぼ完璧で、ただただ音量が小さいと言った人たちです。

 また、声に合った選曲をしていない人も多く、その声で、このアリアを歌うのは、無しだろう…って人も、結構いましたね。

 男性はほぼ全員バリトンだったわけですが、実際のところ、バリノール(または、テノリトン)の方がいました。こんな細くて軽い声で、どうしてこの曲を選んじゃったのかな…って感じで、自分の声にあった選曲をすれば、結果も、もしかしたら違っていたかもしれないのになあ…って思いました。

 1位も2位も、バリトンの方で、きちんと自分の声に合った歌を歌われていました。やはり自分の声質に合った曲を歌うのは大切です。

 女声はとても上手な方も大勢いらっしゃったのだけれど、ソプラノは数も多くて、どうしても埋もれてしまいがちで、賞レースとなると、少数で目立つ男声の方が有利になってしまうのだろうと思いました。

 あと、審査の先生も講評でおっしゃっていましたが、アマチュアはどうしても、自分の実力以上の選曲をしてしまいがちだけれど、こういうコンクールでは、自分の身の丈に合った、実力なりの選曲をして、それをきちんとミスなく歌うのが良いのだそうですし、実際、聞いていて、ちょっと無理めな曲は、やはり印象はよく無かったです。もしも自分が出場するなら、無理のない選曲を心がけないといけないなあって思いました。

 とは言え、アマチュアの出演者の出場目的には「ぜひホールで歌ってみたい」「プロのピアニストで歌ってみたい」「人生の思い出づくりのために歌ってみたい」などがあるでしょうから、そうなると無理めな選曲も無理のない話かなって思いました。

 おそらくですが、もしも私が、今年のこのコンクールに出場したとしたら…たぶん、銅賞でしょうね。良くて銀賞です。そんな感じかな? と言うのも、私は今までのステージで、必ずと言っていいほど、何かをやらかしていますからね。で、そんなやらかし野郎は、ここでは銅賞なので、私が出場したとしたら、やっぱり銅賞でしょう。もしも何もやらかさなかったとしても、上位3名に食い込めるとはとても思えないので、良くても、やっぱり銀賞でしょう。

 目指せ、銀賞。って感じで、来年のこのコンクールに出場するか、どうか、一年かけて考えてみようと思いました。

 

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2019年5月 7日 (火)

秩父に行ってきたよ。その5 宝登山に登って、本当のツツジを見てきた

 長瀞駅についた私は、そこから宝登山(ほどさん)を目指しました。

 宝登山とは、長瀞の駅そばにある山で、神社やお寺があって、いわゆる観光名所なのです。で、その山の中腹までは、ロープウェイに乗って行くのですが、ロープウェイの駅が鉄道の駅から、多少離れています。観光案内によれば、徒歩20分だそうです。そこでロープウェイ会社は、駅からロープウェイまでの無料送迎バスを用意し、乗客たちをロープウェイの駅までピストン輸送してくれているのですが、これに乗るには、長瀞駅で少々待たないといけません。結構列が長いんですよね。そこで待つのが嫌な我々は、ロープウェイの駅まで、送迎バスに乗らず、徒歩で向かう事にしました。だって、徒歩20分って案内されているし、20分なら軽い軽いと思ったわけです。

 いやあ、秩父の道をなめてました。鉄道の駅からロープウェイの駅まで、途中の神社のラウンダバウトまでは、緩やかの上り坂でしたが、なので徒歩でも行ける…と思ったのですが、そこから左折して、長瀞の駅から見えない道を通ってロープウェイの駅までは行くのですが、この見えない道が、結構な急坂で、とても後悔しました。こんな話、聞いてないよ…の世界です。

 なぜ無料送迎バスが用意されているのか、理解しました。これは歩いては行けないなあ。

 いやあ、ついつい湘南の感覚で歩き始めてしまう私が愚かなのです。ちなみに、徒歩20分ではなく、実際は30分かかりました。30分、ずっと坂を登っていたわけです。

 で、へとへとになって、ようやくバスの発着場までたどり着いた私は、そこにロープウェイの駅が無い事にビックリしました。実はロープウェイの駅は、そこから更に急坂を登っていかないとたどり着かないのです。で、その坂が、またまた見上げるような急坂だったので、思いっきり、心が折れました。いやあ、ほんと、ポキンって音が聞こえたような気がしたもの。

 でも、ここまで来たからには、行かないわけにはいきません。折れた心をしっかり支えて、一歩一歩急坂を登りました。

 で、やっとの思いでたどり着いたロープウェイの駅は…さほど混んでおらず、少しだけ待って乗りました。これはラッキーです。

 ここのロープウェイは、向こうとこっちを往復するタイプで、その大きさは50人乗りと大型です。私にとってのロープウェイってのは、箱根のロープウェイなので、ゴンドラなんて6人乗りで、それぞれの団体ごとに乗り込むわけだし、あそこのロープウェイは循環式なので、次々とゴンドラがやってくるわけだから、すぐに乗れるし…。

 でも、こちらのロープウェイのゴンドラは大型で、1台のゴンドラに50人も乗ると、ただの移動手段でしかないです。人間でギューギュー詰めのゴンドラに乗ってしまえば、車窓を眺める余裕なんて、ほぼ無いね。実際、私、ゴンドラの外はロクに見れてないもの。それに私も含め、多くの人が立ち乗りだったけど、安全面的にはどうなんだろ? あの中で転ぶ人がいたら、大惨事になるよ。

 まあ、そんなこんなで、宝登山にロープウェイで登った我々でした。

 ロープウェイの駅から先のルートは2つあって、1つは、山頂にある神社の奥の院を目指すコースと、もう1つは、隣の峰にある小動物公園を目指すコースです。我々は、ひとまず小動物公園を目指したものの、あまりの遠さ(一度下ってからまた登る別の峰にあるんですよ)と、道のアップダウンに負けて、折れた心がさらに折れてしまい、途中にあった休憩所でみそポテトを食べて戻る事にしました。

 みそポテト、本当に美味しいです。

 で、ロープウェイの駅と、その休憩所の間の道すがらに、ツツジが咲いていました。

 ツツジって、都会じゃあ、キレイに刈り込んであって、膝の高さとか、生け垣ならば目の高さぐらいになっていますが、山に自生しているツツジって、我々の身長よりもやや大きめで、枝も大ぶりで、何と言っても派手にキレイに力強く咲き誇る樹花なんですね。いやあ、これがツツジの本当の姿なんだなって思いました。そんなツツジ、見たことないよ。

 で、疲れた上に、心が折れた我々は、やっとの思いで、ロープウェイで下界に降りたのでした。ああ、シンド。

 宝登山からの帰りは、もちろん、素直に無料送迎バスに乗って、長瀞駅に行きました。そろそろ夕方になりかけていたので、もうどこにも行かずに、長瀞から熊谷経由で帰る事にしました。熊谷に着いたあたりで夕飯時になったので、夕飯を食べました。もう、土地の名物ではなく、普通に食事をとりました。某ラーメン店に入り、担々麺を食べた私ですが、これがエラく不味かったです。ずっと美味しいものばかり食べていたので「最後の最後はこれか!(涙)」と思ったものです。

 担々麺って、店によって、本当に味の傾向が違い、美味しい店と不味い店の落差が激しい料理だなって思いました。それにしても、食べていて、悲しくなるくらい不味かったです。担々麺は辛ければいいというものではないよ。私は辛さには強い方なので、別に辛くて閉口するという事はないけれど、担々麺ならば、辛さの向こうに旨味がないとね。ただ、辛いだけで薄っぺらな味だと、ほんと不味いのよ。

 辛くなくても美味しいのが、まずは原則。その美味しいラーメンに辛さを加えないと…ね。

 そんなわけで、一泊二日の秩父旅行でした。ああ、楽しかった。しかし、あまりの疲労で、翌日はほぼ寝たきりになってしまいましたとさ(笑)。

 

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2019年5月 6日 (月)

秩父に行ってきたよ その4 長瀞観光はとても良かった

 お宿を出発して、バスで一路、秩父駅に向かった我々でした。この日は、旅行のメインである、長瀞(ながとろ)観光の日だったのです。

 秩父駅から秩父鉄道で長瀞駅まで向かった我々でした。長瀞駅に着いたのは、10時ぐらいだったので、観光としては、ちょっと出遅れた時間でした。まあ、お宿が辺鄙な場所にあったのだから、これは仕方がない。とにかく、身軽に行動するためには、荷物をどこかに預けなければいけないのですが、すでにこんな時間なので、コインロッカーはダメだろうから、どこか別の場所を探さないといけないだろうなあ…と覚悟を決めていました。

 でも、念の為と…一応、駅のコインロッカーを探したところ、スーツケースの入る大きさのロッカーは4つあって、そのうちの1つは故障中にもかかわらず、使用済みだったのは1つだけで、2つも空きがありました。我が家はスーツケース2つなので、ちょうど良しです。実にラッキーでした。

 名物の長瀞の荒川ライン下りは、渇水のために行われおらず、石畳周辺を船でぐるりと回るだけの一周船だけが運行されていました。話を聞けば、荒川は渇水続きで、今年はたった一日だけライン下りをしたそうですが、それ以外はすべて一周舟だったんだそうです。今年はそういうハズレ年のようです。

 そのためでしょうか、オンシーズンにもかかわらず、お客さんは全然いなくて、我々的にはブラボーでございました。普段のこの時期なら、舟に乗るだけで、数時間も待つそうですが、ライン下りがやっていないと聞いて、行き先を変える人が続出だったようで、待ち時間ゼロで舟に乗りました。

 ライン下りをしたくなかったわけではありませんが、私の目的は、長瀞の岩々を見ることです。私、タモさんほどじゃないけれど、地学大好き、岩大好き人間なので、長瀞の緑色片岩を直に見られただけで、ワクワクドキドキなんですよ。それを一周舟でゆっくりと見ることが出来て、ほんとラッキー。ああ、楽しかった。

 それにしても、荒川ライン下り…略称、ライン下りですが、ライン川でもない荒川を下るのだから、荒川下り、あるいは単純に、川下りでいいのに、それをわざわざライン下りって言っちゃうあたりが、昭和的感覚だよなあ…。ちなみに、単なる川下りをライン下りって言っちゃうのは、長瀞だけの話ではなく、日本中のあっちこっちにあるそうです。ほんと、そういうところ、昔の日本人の恥ずかしいところです。外国コンプレックスをこじらせちゃっているんだよなあ…。

 さて、一周舟の後は、岩畳の上を散歩して、県立博物館に向かいました。博物館には、たくさんの岩々があって、実にうっとりしました。私、岩、好きなんだよね。さすが、長瀞、岩が充実してます。ジオパークって名乗るだけあります。地学好きにはたまんないよねえ…。

 博物館の見学を終えたら、ふたたび石畳付近の観光街に戻って、昼食です。

 ここでもまた、おもてなし気分の少ない食堂で、実に美味しい料理をいただきました。私は、鮎めしと味噌カツ重をいただきました。

 鮎めしは、鯛めしの鮎版です。鮎をまるまる一尾、炊き込んだ飯で、実に美味しかったですよ。私は湘南の人間なので、鯛めしは割と頻繁に食べますが、鮎めしなんて食べたことないもんなあ。いやあ、美味しかったよ。味噌カツ重は、昨日、息子君が食べていた、わらじカツ丼が美味しそうだったので、そのバージョン違いだろうと推測して食べました。実に美味しかったですよ、こんな料理、湘南じゃあ食べられないもんね。

 それにしても残念だったのは、秩父滞在中に、おっきり込みが食べられなかった事。それだけは、今回の旅行の心残りです。ううむ、残念。

 昼食を終えた私は、途中、きゅうりと生姜の串刺し(これが絶妙に美味しいのです)を食べ歩いて、ひとまず長瀞の駅に戻りました。

 さて、この日の午後の話は、また明日。

 

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2019年5月 5日 (日)

秩父に行ってきたよ その3 お宿の料理はとても美味しかったです

 秩父駅からバスに乗って、本日のお宿に向かいました。

 お宿の予約を取ったのは妻なのですが、発注したのは私です。「秩父温泉に行きたいから、宿取って」…で、妻が宿を取ったのですが…。

 私のイメージの秩父温泉は、長瀞(ながとろ)周辺の温泉街です。私の中では“秩父=長瀞”なんです。だって、タモさんが秩父に行った時は、長瀞ばかりをピックアップしていたじゃん。なので、私の中の秩父のイメージは「タモリが行った長瀞」なんです。決して、たい平師匠のふるさとを見たかったわけじゃないし、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の聖地巡礼をしたかったわけじゃないよ(「あの花」は良いアニメなので、未視聴の方は是非御覧ください)。一応、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」のBlue-rayボックスのリンクを貼っておくけれど、購入するよりも、レンタルとかオンデマンドの方が安価で済みます。北米版のDVDとかがあれば、それが一番かもしれないけれど、アマゾンでは見当たりませんでした。

 でも、そんな私の期待を裏切って、妻が予約したお宿は、秩父でもなく長瀞でもなく、小鹿野(おがの)の温泉の宿でした。奥秩父? でもバスで1時間も行ったら、そりゃあもう全然違う場所じゃないの?

 私のイメージする場所とは全然違いました。思いっきり田舎のお宿だったのですが、とにかくそこに向かいました。

 お宿のイメージは…江戸時代の旅籠?って感じ。実際、宿のメインの階段は江戸時代のモノだそうで、私にはとても危険でした。だって、小さいし、低いし、上り下りには苦労させられました。命の危険すら感じましたよ(マジです)。

 まあ、宿の構えは江戸時代でしたが、中身は…昭和な感じで、まあまあ良い宿でした。あ、Wi-Fiは完璧でしたよ。トイレは共同だけれどキレイ。部屋は十畳間で広々していました。温泉はなかなか良いお湯で、気に入りました。

 夕食は普通に美味しかったです。郷土料理だったようですが、何の説明も無いので、楽しくなかったです。こういう料理なら「これは○○という料理で、地元の××を使っているんですよ」とかの解説は欲しいよね。知識は極上の調味料だもの。なので、美味しい郷土料理をいただきながら、頭の中は???だらけで、あまり料理は楽しめませんでした。勿体ない…。分かったのは、焼き魚は川魚で、イワナだったのかヤマメだったのかは、私には分かりませんでした。まあ、アユじゃない事だけは確かです。あと、たぶん、イカっぽいのはコンニャクだったような気がします。あと、お好み焼きみたいなのも郷土料理なんだろうけれど、あれは何だったんだろ? 和え物などの小鉢も郷土料理なんだろうけれど、あれは何だったんだろ? 質問しようにも、お宿の人はそばにいないし…。食事は、食堂に用意してあるので、時間になったら、適当に食べて部屋に戻ってください…って感じでした。

 せっかく、美味しくて珍しい料理なのに、ちょっとばかり、おもてなしの気分が足りない感じですが…それは、ここのお宿に限らず、秩父では、あっちこっちで感じました。不親切…とは違うのですが、物足りないのです。なんかなあ…旅情が足りない…って感じなんですよ。せっかく旅に来たのに、旅気分を味わいづらい…って感じなのです。もっと旅人を煽れよ、旅気分を盛り上げてくれよ(涙)。まあ、放置されるのは、嫌いじゃないのですが、程度問題だろうと思いました。

 お宿周辺の夜は本当に静かで、暗かったです。買い出し兼夜のお散歩で、近所のコンビニに行きましたが、本当に町は静かで、物音しなかったですよ。道を車も走ってないしね。コンビニは広くて、地元のモノがたくさん売ってました。ヘタなお土産屋さんに行くよりも、コンビニの方が面白いお土産が買えるかも…って思ったくらいです。

 夜は早々に寝て、翌日に備えました。

 秩父に行くためのバスは、本数がとても少ないので、バスの時間に合わせて、朝ごはんを食べたので、とても遅い時間にゆっくり食べました。あれこれ急いでも、バスが走っていないんじゃあ、何も出来ません。どこにも行けません。

 朝ごはんも美味しかったですし、やはり郷土料理らしいのがたくさん出ましたが、例によって何を食べているのかが分からなくて、残念でした。

 で、時間になったので、バスに乗って、秩父駅に向かった我々でした。

 続きはまた明日ね。

 

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2019年5月 4日 (土)

秩父に行ってきたよ その2 芝桜と野鹿のケバブ

 昼食をとった後は、さっそく、併設されているお土産コーナーを冷やかしました。夜食として、私はイワナのなれ寿司を買いました。美味しかったですよ。たぶん、イワナの寿司を食べたのは、人生初かもしれません。

 外の屋台では、みそポテトを食べました。これはじゃがいもを串に挿して揚げたものに、甘味噌をかけてあります。これ、実に美味しいです。じゃがいもを揚げて食べるという事自体、まあ無いし、それに甘味噌をかけるのですが、甘味噌なんて、湘南じゃ食べないし、見かけないものね。湘南じゃあ、カツにかけるのは、味噌じゃなくてソースだし、イモ料理なら塩ふって食べるわけだし、色々と人生初です。それにしてもみそポテトは美味しいよ。

 隣の大型スーパーでちょっと買い物をしました。店の入り口に特設会場ってのが設置されていて、そこで芸能人の方が歌っていましたが、それがまあ(ごめん)素人以下の歌唱力で…、最初は私、素人のカラオケ大会をやっているのかと思いましたが、どうやらそうではなかったようです。たぶん…ローカルタレントさん? それにしてもユルイなあ。いくら若くてかわいい女の子だからと言って、あの歌唱力で舞台に立っちゃうなんて、実に勇気あるというか、主催者や事務所もよく立たせちゃうというか…もう少し、レッスンをこなしてから舞台に出ないと…昨今のアイドルは、かわいいだけじゃダメだからね。少なくとも、素人である私以下の歌唱力の人が、プロとして舞台に立っちゃあマズイでしょ。

 それはともかく、そこから徒歩で羊山公園を目指しました。目的は、芝桜です。

 本来なら、秩父駅に戻って、そこからバスに乗って行くべきでしょうが、なんかそれも面倒くさかったので、ひとまず歩いてみましたが…やっぱり、結構距離がありました。それと、道が全然平坦じゃなくて…。私はよく地元では徒歩移動をしますが、湘南地方は基本的に真っ平らで、坂というものがほとんど無いわけですが、秩父は山の中で、むしろ平坦な道の方が珍しくて、たいていの道はアップダウンがありました。で、道の駅から羊山公園までは、ぐんぐん登っていくわけで、とても良い運動になりました。

 たぶん、一時間ぐらい歩いて、羊山公園の芝桜のエリアに入りました。羊山公園は入園料のかからない公園だし、芝桜のエリアもオフシーズンは無料らしいのですが、今の時期だけは入園料がかかります(とは言え、一人300円だけどね)。

 羊山公園の芝桜は…実に見事でした。家の妻が言うには「まるでイルミネーションみたい…」だそうです。まあ、気持ちはよく分かります。

 あたり一面、ピンクの絨毯を敷き詰めたようで、それはそれは見事なものでした。ほんと、呆気にとられるとは、正にこんな感じ。これ、すごいよ。

 とは言え、5分も見れば十分といえば十分。まあ、出落ちモノだよね。

 なので、5分ほど芝桜を見たら、入り口で日光サル軍団の方が猿まわしをやっていたので、それを堪能しました。おサルさん、賢いよ。

 帰りは、地元の屋台が大量に出ていたので、そこで野鹿のケバブを食べました。野鹿の肉を食べたのも始めてだけれど、ちょっと癖のある牛肉っぽい感じがしました。

 羊山公園から(ショートカットをして)急坂を降りて、西武秩父駅に行きました。で、西武秩父駅から秩父駅までバスで移動しました。西武秩父駅と(秩父鉄道の)秩父駅は、駅名こそ一緒ですが、場所は全然違います。この2つの駅は連絡していないどころか、全然違う場所にあるのです。

 西武秩父駅に一番近い秩父鉄道の駅は、実は秩父駅ではなく、御花畑駅です。その御花畑駅ですら、徒歩10分程度は離れています。で、その御花畑駅と秩父駅は、一駅ほど離れているわけで、羊山公園で散々歩いた我々は、さすがに羊山公園から秩父駅まで徒歩で戻る元気もなく、公園から一番近い鉄道の駅である西武秩父駅に向かったわけです。

 西武秩父駅は、人でごった返していました。周囲のお土産屋さんも人人人で、とても立ち寄る気分になりませんでした。駅のアナウンスは、特急レッドアロー号のチケットが売り切れだと何度も行ってました。とにかく人混みだらけの西部秩父駅で、秩父地方の観光の入り口は、やはりこちらの駅なんだろうなあって思いました。

 でも、我々は秩父駅を目指します。バスに乗って、秩父駅に戻って、当初予定では、余裕があれば秩父神社とかまつり会館とかを尋ねるつもりでしたが、なんか疲れちゃったので、それらはパスして、駅に預けた荷物を受け取って、そこから本日のお宿に向かう事にしたわけです。

 そこから先は、また明日。

 

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2019年5月 3日 (金)

秩父に行ってきたよ その1 郷土料理は豚肉

 表題の通りです。私はゴールデンウィークの前半の休みを使って、秩父へ家族旅行をしてきました。実に、なかなか、良かったですよ。

 それにしても、秩父(ちちぶ)は遠い。何しろ、埼玉県でありながら、山梨県や長野県と境界線で接しているわけで、どんだけ遠いんだいって話です。

 私は電車で行きましたが、それでも約4時間かかりました。いや、正直に言えば、3時間程度で行けるルートもありましたが、そちらは選ばなかったのです。

 3時間で秩父に行こうと思うと、湘南からなら、池袋を経由して特急レッドアロー号に乗れば済む話です。ただ、このルートを選択するためには、レッドアロー号のチケットを予約しなければいけません。で、私は「それは嫌だなあ」って思ったわけです。と言うのも、今回の旅行はのんびりしたい、時間に追われたくない、という思いもあり、基本、ノープランで過ごしたいと思ったわけです。なので、事前にチケット購入してしまうと、特急の発車時刻にしばられた行動をしなければいけなくなるので、それはパスしたいと思いました。で、プラっと池袋に行って、レッドアロー号のチケットが買えればいいのですが、秩父は今がオンシーズン(秩父に限らないか:笑)なので、レッドアロー号の当日券なんて、買えるはずも、こちらのルートは却下となりました。

 その代わり、4時間かかるけれど、のんびりゆったり行けるルートを選択したわけです。それは湘南から熊谷を経由して秩父に行くという、いわば遠回りをするルートなのです。遠回りをするので、余計に時間がかかるわけですね。具体的に言えば、JR湘南新宿ラインで、一挙に熊谷まで行き、そこから秩父鉄道を利用して秩父に向かうというルートです。湘南新宿ラインはグリーンに乗ればラクラクだし、秩父鉄道はさほど混まない鉄道なので、座って行けるし…。実際、行きも帰りも途中の移動も、秩父鉄道ではすべて座って移動しましたし…。まあ、そんなわけで、時間とお金は掛かったけれど、カラダに楽なルートを選んだ私だったのです。

 朝はゆっくりと出発して、秩父駅に着いたのは、すでにお昼をだいぶ回ったあたりでした。持ってきたスーツケースを預けようとコインロッカーを探したけれど、ここの駅には、手荷物程度のカバンしか入れられないロッカーしかありません。やべえなあ…と言うので“困った時の観光案内所”ってわけで尋ねてみたら、大荷物は駅で預かってくれるという事なので、さっそく駅の改札に行って荷物を預けてきました。これでほぼ手ぶら状態です。

 まずはお昼ご飯を食べましょう…という訳で、やっぱり食べるなら地元の名産でしょ?ってわけで、ひとまず道の駅に行きました。ローカルな場所だと、道の駅が観光の中心地になっているわけで、駅のすぐそばに秩父の道の駅があったので、さっそく行ってみました。

 道の駅の周辺は、ちょっとしたモール街になっていて、このあたりの実質的な中心街のようでした。

 まずは道の駅の食堂(セルフサービスでした)に直行っす。食べたのは、豚味噌丼とざるそばのセット。両方とも郷土料理って聞いたものでね。そばの方は、郷土料理とは言え、どこでも食べられる、ただのそばでした。美味しかったけれど、ちょっと残念。豚味噌丼と言うのは、どんぶりごはんに薄くキャベツの千切りを乗せて、その上に豚肉の味噌漬けを焼いたものを乗せた料理です。要となるのは、味噌なわけで、この味噌が甘くて美味しくて、豚肉によく合います。これはGOODですね。

 それにしても、秩父に限らないのでしょうが、田舎料理の美味しいものって、たいてい甘いんですよね。昔々“甘い”と“美味い”は同義語だったそうですが、郷土料理って昔々の料理でしょうから、それを身をもって感じます。ほんと、甘いのよ。

 ちなみに、息子君は、わらじカツ丼とおっきり込みを食べました。わらじカツとは、わらじ型というか小判型のカツです。息子君曰く「このカツは味噌味がする…」との事ですから、豚味噌丼の豚肉同様に、豚肉の味噌漬けをカツにしたのかもしれません。食べてみたかったです。おっきり込みとは…見た感じ、山梨のほうとうのような料理と思いました。まあ、地理的に近いですからね。

 食後の話は、また明日です。

 

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2019年5月 2日 (木)

テノールは、カメのようにゆっくりした歩みで成長していくのです

 声楽を学んで、ある程度になると、オペラアリアを歌います。

 世の中には色々なアリアがあるわけで、中には超絶技巧が必要な難曲もあれば、初学者が取り組みやすい、比較的簡単なアリアもあるわけです。学習の順番としては当然、その手の簡単なアリアから学び始め、そこから段階を踏んで難しい曲に挑戦していくのが、普通です。

 で、比較的簡単なアリアと言うのは、多くは脇役の歌手のために作曲されたアリアです。オペラには、若い駆け出しの歌手を念頭においた脇役が用意されていて、それらの役のアリアは比較的簡単なのです。

 バリトンやメゾは、そもそも脇役が多い声種です。なので、初学者用のアリアがそれなりにあります。ソプラノは主役が多い声種ですが、実は脇役も多い声種です。ですから、初学者は念入りに脇役のアリアを選んで学んでいけばいいわけです。

 そこで難しいのはテノールです。実はテノールって、脇役があまりありません。テノール役は、そのほとんどが主役です。だいたい、一つのオペラにテノールは、主役一人しか参加しない…なんて作品ばかりです。また、たまにテノールが二人いると、もうひとりは、脇役というよりもチョイ役だったりして、アリアすらなかったりするのです。つまり、テノールのアリアは、そのほとんどが主役用のアリアであり、どれもこれも難しいアリアばかり…だったりします。

 ですから、とても軽い声質で最初から高音がラクラク出てしまう人であったり、そもそも天才で、何の苦労もなく歌える人たちは別として、多くの凡才テノールたちは、初学者レベルでは、歌えるアリアがなくて、本当に困ります。同程度のキャリアの他の声種の学習者たちがアリアをバンバン歌い始めても、テノールさんたちは、ずっとずっと歌曲ばかり歌っていたりするわけです。

 歌曲は歌曲で難しいのですが、オペラアリアほど高い音はありませんし、自分の現在の音域に合わせて移調して歌えるので、初学者なテノールさんでも、歌曲なら歌えるってわけです。

 というわけで、テノールは難しい…と言うよりも、テノールのアリアは難しいために、テノールはいつまでも進歩していないように見られがちだって話でした。

 テノールはカメのようにゆっくりした歩みで成長していくのです。

 蛇足? 私個人の話をすると、現在の私のレベルでは、テノールの簡単なアリアが歌えるか歌えないかのギリギリの立ち位置です。なので、よくよく選曲をして、難しい曲々の中からでも、比較的歌いやすい曲を選んでチャレンジしている最中です。当然、キング先生に習っていた頃は、アリアなんて歌えるほどの技量もなかったけれど、それでも先生に曲を与えられて歌っていました。当然、どの曲も、当時の私には難しすぎて、ちゃんと歌えるはずはなく、失敗ばかり積み重ねてきました。自分的には凹み、先生からは指導をしているのに何故歌えないと言われ続けていました。今思えば、無理ゲーを何度も何度も強いられていたのだなあと思います。

 よく、歌を嫌いになって、歌うのを止めなかったものだと、当時の自分に感心してしまいます。当時の私、偉いなあ…。

 

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2019年5月 1日 (水)

改元…と言うか、ゴールデンウィーク真っ最中ですね[2019年4月の落ち穂拾い]

 ゴールデンウィークも真っ最中ですが、皆さんはいかがお過ごしですか? 私は休息を第一として、その合間を縫って遊んでいます。遊びについては、おいおいブログにも書いていきたいと思ってます。

 最近、本当に公私共に忙しくて、ブログに集中できません。よそのブログにコメントを付けるなんて、ほんと、数ヶ月もやっていないし、自分のブログのコメント欄にも何かを書くというのは、珍しくなってしまいました。以前は、毎日毎日コメントの返事を書くのに、たくさんの時間を使っていたのにね…。時代は変わるし、人気も移ろうものです。寂しいは寂しいですが、今の忙しさを考えると、これもアリなんだろうなあって思ってます。

今月のお気に入り セイコー トラベル用目覚まし時計

 先日来、薄型で携帯可能な卓上時計を探していました。いわゆる、トラベル用時計ってヤツです。で、ググってみたところ、安くて良さそうなものが、たくさんありましたが、どれもこれも中国製だったりします。まあ、中国製で悪い事は別にないのですが、時計製造業は、日本のお家芸だったりするわけで、ここはやはり、国産メーカーを応援しないといけないと思い、多少お高めですが、セイコーの製品を購入しました。

 それにしても、時計業界も厳しいでしょうね。安価な中国製品は市場を席巻していますし、スマホの普及で、時計そのものを購入しない人々も増えていると思います。なので、私は、たまに時計を買う時は、なるべく日本のメーカー製品を購入するようにしています。同じ理由で、白物家電も日本のメーカーで買い揃えようと思ってますし、実際、そうしています。日本製がダメな時は、アメリカ製にしています。まあ、同盟国だからね。

 とは言え、チャイナフリーな生活は、なかなか難しいのが実情です。安さに負けちゃう時があるもんね。

 実際、今私が使っているBluetoothのヘッドフォーンは中国製品です。特に問題なく使えています。中国製品に対して、安かろう悪かろうというイメージを持っている私ですが、そのイメージが偏見であると、胸を張って言える日が来るまでは、こわごわと中国製品を使い続けていくのだろうと思います。安くて良い品を我々消費者に提供してくれるのなら、それは大正義だものね。

今月の金魚

 今月は、みんな元気でした。まあ、たまにベルが死んだふりをするくらいかな? それでも普段は元気いっぱいなので、特に問題はない…かな?

今月のひとこと

 寒の戻り…ですか? ちょっと寒すぎませんか? でもまあ、そのおかげで桜の期間が長くなるのは良いことだけれど…ね。今年は入学式まで桜が保つかな?(2019年3月31日~4月3日)

 新しい元号の“令和”は良いと思います。基本的に賛成です。でもね、ローマ字表記が“Reiwa”なのは、ちょっと引っかかります。いやあ、私の発音だと“令和”は“Leiwa”であって“Reiwa”じゃないんだけれどな…ってね。(2019年4月3~10日)

 私はひとまず元気です。でも、ちっとも忙しさが収まらず、余裕ができません。ネタはあっても、記事を書く時間が捻出できそうもありません。復帰予定日の15日を目指して頑張っていますが…復帰が遅れたら、ごめんね。(2019年4月10~15日)

 まずはブログを再開させてみました。まだまだ仕事が忙しくて、時間もなかなか作れないので、自転車操業となりますが、頑張っていくつもりなので、応援のほど、よろしくお願いいたします。(2019年4月15~17日)

 先日は、Ping送信について、にほんブログ村は大丈夫だけれど、人気ブログランキングはダメと書きましたが、ここ数日、両方ともダメになってました。休止以前は、にほんブログ村はOKだったために、ココログの対応が後退しています。うう、ほんと、ダメになったなあ、ココログ。このまま、ダメなまま定着してしまうのだろうか? ほんと、色々と使い勝手が悪くなって困っています。(2019年4月17~21日)

 桜の花が散ったあたりから、みるみる気温が上がり始めました。カラダはまだまだ冬仕様なのに、この急激な気温の上昇についていけません。まだまだ春の盛りのはずですが、もう夏に近づいているような気がしてなりません。季節の移ろいはいいのですが、穏やかに移行してくれる事を、切に願います。ああ、暑い暑い。(2019年4月21~27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

 

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