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2019年4月30日 (火)

ほぼほぼ、高音Aが実用音域に入ってきました

 声楽のレッスンの続きです。次は新曲のプッチーニです。「マノン・レスコー」の「Tra voi, bello, brune e bionde/美しい人の中で」です。

 新曲…と書きましたが、実はこのアリア、キング先生に習っていた2011年(なんと8年前だ!)に、一度習って歌っています。歌っています…と言っても、当時の記事を読んでも分かるけれど、全然歌えていません…ってか、あの頃の私に、この歌が歌えるはずもないわけで…キング先生なりに狙いがあったにせよ、確実に背伸びをしすぎた選曲だったなあと思います。

 で、あれから8年たって、ようやく、この曲が歌えるかな…?って感じになってきたので、改めてチャレンジしてみました。

 プッチーニなので、音楽自体がかなり難しいです(当時はそれすら分かりませんでした:呆)。だいたい、テンポは揺れまくるし…。

 まずは歌ってみました。先生からは「すとんさんは、だいたいの感じで歌っているので、リズムがよく分かりません」と言われました。確かにそのとおり、だいたいの感じで歌っておりました。そこで次はしっかりビートを感じながら歌うようにしました。そうする事で、伴奏もしやすくなるわけです。

 で、ビートを感じるだけでなく、長い音では、その音の結末を知らせるような声(ブログで説明するのは難しいのだけれど“はい、おわり”って感じで声を出します)を要所要所で使って歌っていきます。ボエームの時にもやりましたが、この場には指揮者がいないので、歌手が指揮者の役割も果たしながら歌っていかなきゃいけないわけです。

 この曲は、ナンパをしている曲なので、“brune”も“bionde”も同じく“bella”なので、“brune(茶髪)”も“bionde(金髪)”も同じ熱量で歌わないといけません。楽譜だけ見ると、ついつい金髪ばかりを贔屓して歌いたくなってしまうけれど、しっかり茶髪も素敵だよって気持ちで歌わないといけません。

 ドイツリートの後だと、なおさらキラキラ輝いている感じる曲だなあ。

 この曲の最高音は五線の上のAです。以前は全然出なかったAですが、インフルエンザ後の私だと、割と普通に出せるようになりました…ので、この曲でも、全然臆する事無く、ピャーっとAを出してみました。

 いやあ、実に楽にきれいに出ました。自分でも分かるくらいに、音程も良いし…なんで、今まで、Aで苦労していたんだろ? インフルエンザになって高音が楽に出せるなら、また来年もインフルエンザに罹りたいくらいです。

 なんて、ご満悦な気分でAを出していた私ですが(テノールですから:汗)、先生がおっしゃるには、Aは確かに出ているけれど、それでは側鳴りの声です…って事です。せっかくAが出ているなら、もっと深い声で響きをたくさん乗せて歌えば、もっと遠くまで聞こえる声になりますのに、残念ですね…って事です。

 なので、その次は、思い切って響きを乗せて発声してみました。側鳴りの声よりもシンドイけれど、出ないわけじゃありません。Aなんて、何度だって出しちゃうよ…って気分で歌っていました。

 しっかり、息で声を支えて、深くて響き豊かな声で歌えるように、特に高い音こそ、深くて響き豊かな声で歌えるように、心がけて歌いましょう。

 それにしても、Aが楽に出せる日が来るなんて、なんかうれしいですよ。高音Aが、ほぼほぼ実用音域になったわけで、ああ、うれしい。

 

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2019年4月29日 (月)

美しき水車小屋の娘をどんなふうに歌うべきか

美しき水車小屋の娘をどんなふうに歌うべきか

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。鼻の中がかゆくなるくらいに、鼻に響きを入れて歌いました。

 次に、発声練習では、しっかり息を支える。たっぷり息を流す、吐く。その上で、息に蓋をしないように気を使う。常に息を上に貫くように吐いて歌う…など、息の支えと流れに注意しながら、行いました。息、大切です。

 さて、まずはシューベルト作曲「美しき水車小屋の娘」の第1曲「Der Wandern/さすらい」です。

 レッスンのポイントは…メロディ歌唱よりも、まずはドイツ語です。ドイツ語は、歌うのに難しい言語です(涙)。

 お経のように、ゆったりしたテンポで、すべての母音と子音をきちんと発音しながら、音程変化を入れずに歌ってみました。ドイツ語の発音そのものも難しいけれど、それ以上に難しいのは、子音をしっかり正しい音程にして歌っていく事です。

 本来、子音はノイズですから、音程など気にしなくてもいいはずです。しかし、歌ともなると、音程があるものですから、ただのノイズである子音も、しっかりと音程を付けて発音しないといけないわけです。子音をノイズとして扱い、子音の音程がいい加減だと、いくら母音の音程が正しくても、歌が音痴に聞こえてしまうので、子音にまで神経を行き届かせて歌わないといけません。

 プロの歌唱でも、ドイツリートだと音痴に聞こえてしまう人は、この子音の扱いがうまくいっていないからなんだそうです。

 ドイツリートは、イタリア歌曲以上に、メロディーが動きますので、それだけ音程にはシビアにならざるをえません。そこで子音の音程に気をつけるわけだけれど、このやり方は、フィッシャー=ディスカウの歌い方に端を発します。日本人はフィッシャー=ディスカウが大好きなので、このやり方でリートを歌っていくのが王道と言えば王道なのです。

 もちろん、フィッシャー=ディスウとは別のアプローチもあります。子音を単なるノイズとして扱い、発音よりも感情などその他の要素を重要視して歌っていくやり方です。このやり方は、どうかすると音痴になりやすいのですが、それでも母音にたくさん響きを載せて歌うと、歌(子音+母音)の音程が多少甘くても、聞いていて許せてしまうのだそうです(ただし、ちゃんと聞くと安定の音痴なのが分かっちゃいますが:笑)。

 つまり、ドイツリートをきちんと歌うためには、1)子音に気をつける 2)響きに気をつける 3)その両方を行う、があるわけで、私としては、1)に軸足を置きながら3)を目指していこうというわけです。

 まあ、この件に限らず、リートという種類の歌は、10人いれば10通りの歌い方があるわけで、そこがオペラのアリアとは違うわけです。オペラアリアは“配役”の歌であり、その役柄のキャラクターは、台本作家によって、きちんと決まっているわけで、乱暴な言い方をしてしまえば、誰が歌っても大きく変わらないのが理想です。つまり、オペラアリアなんて誰が歌っても一緒…でないといけないわけです。だから、我々ファンは、やれ高音がどうのとか、あそこがパワフルだとか、感情のこもった歌であるとか…、そういう枝葉末節の部分の違いに着目するわけです。

 そこへ行くと、ドイツリートの場合、歌の主人公には決まったキャラクターがあるわけではありません。歌の主人公に血肉を通わせるのは歌手の歌い方であり、歌手がその主人公をどんな人物として設定していくかで、そのリートの歌い方が変わってくるわけです。

 私が今挑んでいる「水車小屋の娘」に出てくる、若い粉挽き職人の彼は、一体どんな人間なのか? ネクラなのか、チャラ男なのか? 都会の出身なのか、田舎モノなのか? どんな生育歴なのか? 今までの女性経験はどうなのか? カラダは大きいのか小さいのか? 腕っぷしは強いのか弱いのか? 自信にみちあふれたタイプなのか、劣等感に悩まされている人間なのか? そう言ったキャラ設定をきちんと決めると、自然と歌い方も決まってきます。

 確かに、勉強のために、色々な歌手の「水車小屋の娘」を聞きましたが、どの歌手、それぞれに違いました。「良いなあ」と思った歌手もいれば「なんか違う」と思った歌手もいました。

 私はどんなふうに歌っていこうか…まだ歌い始めたばかりなので、何も決めていないけれど、歌っていく中で、見えてくるものがあるだろうから、それを大切にしていきたいと、今はそう思っています。

 それにしても、ドイツ語。難しい(涙)。ちょっと前の時代まで、声楽を学ぶと、まずはドイツリートから始めたそうです…が、こんなに難しい言語の歌を初心の段階でやらなきゃいけないなら…私なんかは、早々に挫折してしまったかもしれません。ああ、ドイツ語、難しい。

 

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2019年4月28日 (日)

似て非なるもの…パラサイトシングルと子供部屋おじさん

 昨今、私の中で絶賛沸騰中ワードが“子供部屋おじさん”です。まあ、私自身は“子供部屋おじさん”ではないけれど、結婚していなけれど、きっと私も“子供部屋おじさん”になっていたかもしれないと思うと、彼らに強くシンパシーを感じてしまうのです。

 で、そんな“子供部屋おじさん”ですが、似たような言葉に“パラサイトシングル”という言葉がある事に、先日、ふと気づきました。

 “子供部屋おじさん”と“パラサイトシングル”…確かに高齢独身者を指す言葉ですが、なぜこの2つの言葉が、即座に私の中でつながらなかったのかを考えたところ、この2つは似ているけれど、あれこれ違っていて、その違いの方に意識が行ってしまい、これらが縁語である事に気づかなかった…というわけです。

 では、これら2つの言葉のどんな点に、私は違いを感じていたのか?

 まずは“パラサイトシングル”ですが、これは“パラサイト”=“寄生”という言葉から分かる通り、自立したいけれど自立できない…というニュアンスが言葉に込められていると思いますし、当時、ニュース等で取り上げられたパラサイトシングルの例が、低収入女性が多かった事もあって、この言葉を聞くと、低収入で親元から独立できず、かと言って、結婚するわけでもなく、両親の扶養の元で生活している女性の姿が思い描けます。若いうちは、親にただ養ってもらうだけですが、やがて両親も年を取り、現役引退をすると、両親の年金で家族が生活するようになり、やがて両親の介護生活が始まり…というのが、私の持つパラサイトシングルのイメージです。

 一方、“子供部屋おじさん”には、低収入のイメージはありません。もちろん、収入の無い人もいれば、実質的には、パラサイトシングルと内容的に変わらない人もいると思いますが、そればかりでなはく、案外、在宅ワークをしてそれなりに稼いでいる人もいるでしょう。つまり収入的には、稼いでいる人もいればそうではない人もいるので、必ずしも定収入ってわけじゃないのです。

 なので“子供部屋おじさん”のイメージって“便利だから自宅に下宿している独身男性”というイメージしかありません。自立できるとかできないとかの問題ではなく“子供部屋おじさん”である事が、便利だから、自立したくない人たちなんです。

 中にはひきこもっているオジサンもいるでしょうし、親の年金を当てにして暮らしているオジサンもいるでしょうが、一方で(意外な事に)平日は普通に社会生活を過ごしている“子供部屋おじさん”も大勢いるそうです。そうなると“ひきこもり”とも違うって話になります。

 なんでそんな人も“子供部屋おじさん”をやっているのか…と言えば、息子にとって親元って楽でしょ? 子供部屋という自室があれば、何も他所でアパートなんか借りなくてもいいじゃん。自宅なら、家賃掛からないし、好き勝手に時間も使えるし、家事一般面倒みてくれる母親という存在はいるし…なら、自立できても自立したくないじゃない?

 “パラサイトシングル”が失業者の一形態だとしたら“子供部屋おじさん”は親離れしていない坊やなだけなんです。

 これは大きな違いです。もちろん、両者ともに“高齢独身者”という枠組みの中の存在だし、パラサイトシングル化している“子供部屋おじさん”もいるでしょうが、本来的にこの2つは似て非なるものだと、私は思っているわけなのです。

 

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2019年4月27日 (土)

ガボンバにも、味の差がある?

 ウチに今いる金魚たちのクチは、あまりおごっていない事は、今まで何度も書きました。実際、安いガボンバをよく食べますし、ガボンバが無くなってしまえば、アナカリスだって食べてしまいます。それほど、安い水草でも平気なのです。

 …と水草なら何でもいいんだろうなあ…的に考えていた私ですが、そんな彼らにも、彼らなりのこだわりと言うか、好き嫌いがある事が分かりました。

 実は先日、いつものスーパーでガボンバを買おうと思っていたら、その日は品切れで、やむなく、別のホームセンターでガボンバを少量買ってきて、水槽に入れました。

 そしたら、全然ガボンバに見向きもしないのです。いつもなら、入れた途端に食いつくのに、なんか、水草から微妙な距離を保っているのです。

 数日して、いつものスーパーにガボンバが入荷したので、購入して水槽に入れたところ、いつものように食いつき始めました。なんなの、これ?

 実はホームセンターのガボンバとスーパーのガボンバ。同じガボンバでも、人の目で見ても分かるほどに違いがありました。スーパーのガボンバは明るめの緑色、一方、ホームセンターのガボンバはかなり濃い目の緑色なのです。おそらく、スーパーのガボンバは新しいけれど、ホームセンターのガボンバは、少々古いのではないかと思われます。

 古いガボンバって、美味しくないのだろうか?

 あれから数日たっていますが、ドンドン食べているのはスーパーのガボンバで、ホームセンターで購入したガボンバは、全然食べられていません。丸々残っています。

 で、スーパーで買ってきたガボンバは、そろそろ無くなりますので、そうなったら、金魚たちは、何を食べるのでしょうか? ホームセンターのガボンバでしょうか? それとも、スーパーで(日陰用に買ってきた)アナカリスでしょうか? 実はウチの金魚たちは、アナカリスがあまり好きではありません。なので、いつもはガボンバを食べつくすと、やむなくアナカリスを食べているようですが、今回は、まだまだホームセンターのガボンバが残っているわけで、金魚的には、どちらを先に食べるのか、ちょっぴり楽しみだったりします。

 

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2019年4月26日 (金)

あれこれダメでした

 フルートのレッスンに行きました。

 その日は、仕事でちょっと嫌なことがあって、心がささくれておりました。そんな状態でフルートのレッスンに行ったものだから、フルートの音が実に汚かったのです。心の状態が笛の音に表れてしまうなんて、私も人間的にまだまだ未熟なヤツです。

 ロングトーン練習からさんざんでした。今回のロングトーン練習は、姉様もいらしての三人で練習したのですが、私、本当にダメダメで、吹き始めが良くても、すぐに音程が上がったり下がったりしてしまいました。おそらく、息が一定ではなかったのだろうと思います。とてもフルートが吹きづらかったんです。フルートを吹いていて、何度かフルートを投げ捨ててしまいたい気分になってしまったほどです。別にフルートに当たっても仕方ないわけで、ダメなのは楽器ではなく自分なのに…ねえ。

 それにしても息がダメダメで、そのために音程も実に不安定で、先生からも何度も音程を注意されてしまいました。

 ダメなのは、音程だけでなく、音色もダメだったし、タンギングもスラーもダメでした。たぶん、客観的に聞けば、すごく荒い演奏になっていたのかもしれません。ほんと、あれこれダメでした。で、そんなダメな状態って、ちゃんと自分で分かるんですよ。自覚できるんですよ。でもでもうまく自分をコントロール出来なくって…。ああ、未熟だなあ。そして、こんなに自分の心の状態をむき出しにしてくれるフルートが恐ろしく感じました。

 エルステユーブンゲンは、25番と26番ですが、暗記できていないばかりではなく、ちゃんと曲が吹けていなかっです。指が回らない…という事は、さすがにありませんが、音が全然ダメでした。突飛な音を出してしまったり、逆に音が出なかったり…。先生からは、今日はえらく調子っぱずれだねと言われる始末でした。

 旋律的練習曲の1番は…というと、今回で合格終了となる予定でしたが、そんなわけで、全然きちんと吹けず、先生をがっかりさせてしまいました。とにかく、息がダメだと、あれもこれもダメになるんですよ。

 そんな中、40リトルピーセズの22番は、ようやく合格をいただきました。たぶん…お情けだろうなあ。息のコントロールはうまくできず、普段と比べても、散々な出来でしたが、ひとまず指は間違えませんでした。それにレッスンもだいぶ後ろの方だったし、多少は息も落ち着いていたのかもしれません。とにかく、一曲でも合格がいただけて、うれしかったです。次回は23番、シューマンの「刈り入れ人の歌」です。

 それにしても、本日の私は、全然ダメでした。

 さて、いつもはここで先生と雑談をするのですが、実は私もフルート合宿ではお世話になっていたSさん…先生のお弟子さんの中では、かなり古株になるお姉さまですが、その方が交通事故でお亡くなりになってしまいました。ほんの数日前のレッスンでは元気ハツラツだったと先生はおっしゃっていました。

 私のレッスンの翌日がご葬儀だったそうで、先生は頼まれて一曲吹くことになったそうで、その曲を私に聞かせてくれました…と言うよりも、先生がやおら練習を始めて、私がそれを聞いていた…という感じでした。

 明るく見送りたい…という先生のお気持ちで、ヴィヴァルディの「忠実な羊飼い」からの数曲を選んでの演奏でした。

 今回のレッスンは、私の心がささくれて、あまり良いレッスンにはなりませんでしたが、私以上に、先生は心が乱れていたでしょうに、それはフルートの音には表れていませんでした。ただただ、美しいばかりのヴィヴァルディでした。

 フルート奏者のはしくれとして、こうでありたいと、先生の演奏を聞いて思ったものです。

 

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2019年4月25日 (木)

合唱と独唱の発声は、本当に同じなのでしょうか?

 たぶん、プロレベルになると同じなのかもしれないのだけれど、アマチュアレベル…それも私程度のレベルでは、合唱(市民合唱レベルを想定)と独唱の発声は、基本テクニックこそ同じだろうと思われるものの、実際の姿は、かなり違う状態になっているのではないかと思われます。

 どれくらい違うのかと言えば、独唱の方が合唱に入って無邪気に歌うと、たいてい声が浮いて合唱の邪魔になります。また、合唱の方が頑張ってソロを歌っても、何か物足りなさを感じさせる歌になる事が多いです。そういうのを見ていると、やはり合唱と独唱の発声は、アマチュアレベルでは、実は違うのではないかと思わざるを得ないのです。

 アマチュアレベルでは…つまり、アマチュアはテクニックが未熟ですから、その未熟さが、合唱と独唱では、それぞれ異なる方向に現れ、本来は同一であるべきものだけれど、アマチュアレベルでは“実は発声が違うのでは?”と思ってしまうほど、違った状態になっているのだろうと思います。

 独唱の方の未熟さは…アンサンブルに不慣れな事に尽きると思います。周囲の音をよく聞いて、そこに音程とか音色とかを合わせていくというのが、うまく出来ない人が多く、ただただ「大きくて美しい声で歌おう」という意識ばかりが高くて、そのために、周囲の声とは異質の声で歌ってしまい、結果、周囲から声が浮いてしまうというわけです。はっきり言っちゃえば、独善的なんです。

 一方、合唱の方の未熟さは…心の強さが足りない事かな? 独唱をする人たちの“前へ前へ”という心意気はみんなすごいですからね。合唱の方の多くは、そういう心の強さを持ち合わせていないわけで(だから合唱をやっているんだろうと思います)、いざ自分が独唱を歌うという場面になると、前へ出るどころか、一歩二歩心理的に引いてしまうわけで、それが声にも現れ、観客にも伝わってしまうわけです。つまり、弱気なんですね。

 無論、独善的であったり、弱気であったりとする、心理的な問題も抱えていますが、アマチュアですから、それ以外にも、発声的な技術不足がそれぞれにあるわけです。そういったものが複合的に作用して、独唱と合唱では、ほぼ、発声が違ってしまうのだと思います。

 

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2019年4月24日 (水)

フルートを学ぶのは難しい(涙)

 昨日「歌を学ぶのは難しい」という話をしましたので、今回はそれのフルート版の話をします。

 まあ、基本的に歌は誰でも歌えます。歌など特別に学ばなくても、プロ歌手が裸足で逃げ出すほどに見事に歌ってしまえる人もいます。ある意味、人は皆歌手なのです。ですから「歌を学ぶのは難しい」と言っても、お前何を言っているんだと思われがちです。

 でも実際の話、習わずとも見事な歌を歌いこなしてしまう“天然歌手”なんて、ごくごく一部の恵まれた人たちであって、多くの人は、しっかり歌を学ばないと、なかなか一定レベル以上の歌唱は難しいです…というふうに私は考えています。だからと言って、歌は学ばないと歌えないというわけではありません。実際、カラオケボックスで絶唱している人たちのうち、どれだけの人が歌を習っているでしょうか? おそらく、それはごく少数であり、別に歌など学ばなくても、カラオケで楽しめる程度の歌は、誰でも歌えるのです。それくらい、身近な音楽活動が“歌うこと”なんだと思います。

 それに比べると、フルートを学ぶというのは、明らかに“特別なイベント”であり、世間一般の人には縁のない、別世界の話になります。それゆえに「フルートを学ぶのは難しい」と言えば「そうでしょうね…」と納得顔をされてしまいます。

 歌とフルートでは、それくらい状況が違いますが、違うは違うなりに、なぜフルートを学ぶのは難しいのかと考えてみたいと思います。

1)楽器を入手しないと始められない。

 これは別にフルートに限らず、器楽は楽器がないと始まりません。でも、普通の家庭にフルートが転がっている事など、まずありません。なので、まずはフルートの入手から始めないといけません。

 もちろん、最初はレンタルでも良いし、何なら最初っからフルートを購入してしまうという選択肢もありますが、それにしてもタダというわけには行きません。それなりの金額が掛かってしまいます。

 普通の人の感覚で言えば、フルートって楽器は、高いです、高価です。続けられるかどうか分からない段階では、とても購入できる金額ではありません。だからと言って、レンタルだって、決して安いとは言えません。

 楽器を入手する…まずはここが第一ハードルだったりします。主に経済的な問題ですが、ここをクリアしてフルートを学び始めるのは…かなりの強い気持ちと大きなお財布が必要で、ほんと、フルートを学ぶのは難しいと思います。

2)音を出すのが難しい

 ピアノは鍵盤を叩けば音が出ます。ギターは弦をつま弾けば音が鳴ります。ヴァイオリンですら、たとえシズカちゃんレベルであっても、弓で弦をこすれば音が出ます。

 でも、フルートは、ごく一部の人を除いて、いくら楽器に息を吹き込んでも、音は出ません。たまに音が出ても、それを安定的に鳴らし続けるのは難しいです。

 横笛を鳴らすのは、難しいです。ここは才能と努力が必要とされます。

 実はフルートを学ぶ人の何割かは、ここで挫折してしまうのです。私の知り合いの音大生も、フルートを学び初めて、音が出るまで三ヶ月かかったという人がいます。その人は、副科だったので、いくら音が出なくても止めるわけにはいかなかったようですが、普通の人なら、三ヶ月も真面目に取り組んで、うんともすんとも言わない楽器なんて、やってられないですね。なので、せっかくフルートを入手できても、音が出せずに止めてしまうというパターンがあるんですね。ああ、難しい。

3)それ以外の難しさは…あれ?

 フルートの運指は、基本的にリコーダーとほぼ一緒です。楽譜もト音記号です。歌の楽譜を持ってくれば、それでたいていの曲は吹けます。楽しめます。

 そう考えると、フルートの場合、1)と2)の難しさはあるにせよ、そこを越えてしまうと、後はひたすら努力あるのみで、特に難しくはないと思います。

 もちろん、自分がどのレベルまで演奏できるようになりたいのかという、ゴールの設定次第で、いわゆる修行期間は変わってきますが、だからと言って、特にこれは難しいとかあれが難しいとかは無いような気がします。真面目に練習を積み重ねていけば、たいていの問題はクリアできるはずです(初心者が悩む高いミも、必ず出せるようになります)。

 そう考えると、フルートの難しさは、楽器の入手と音出しという、入門期に極めて困難な点があり、それゆえに学ぶのが難しいとは言えますが、そこを乗り越えてしまうと、後は、それなりの苦労しかなく、むしろ、学ぶのに簡単な楽器…と言えるのかもしれません。

 なんか、拍子抜けな記事でごめんなさい。

 

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2019年4月23日 (火)

歌を学ぶのは難しい(涙)

 昨今、声楽のレッスン帰りに思うことは「歌って難しいなあ」って事です。ほんと、難しいです。

 私などは、声楽を継続的に習い始めて、もう10年を越えました。実は学習歴12年ですよ、学校で言えば、声楽を習い始めたのを小学校1年生に例えるなら、今や高校3年生です。来年はいよいよ音大受験なんですよ(って、嘘です)。

 12年も習っていて、現在の実力は…と言えば、たかが知れています。ほんと、たかが知れているわけで、たまに音源をアップするからお分かりでしょうが、まあ、あんな程度です。自分的には、だいぶ進歩していますが、世間的にはまだまだ全然と言ったレベルです。

 私の場合は、そもそもの音楽的な才能がかなり不足していた上に、音楽的な経験も皆無だし、音楽的な専門教育ももちろん受けていなかったし、ただただ「歌が好き」という気持ちだけでやってきた、いわば“旦那芸”なわけですから、そりゃああんまり上達はしないわけですが、それでも毎日のように歌の練習をして、命の次に大切なお金もつぎ込んできたわけだから、もうちょっと上手くなっていても良いような気がするけれど、現実は、あんな程度だったりするわけです。

 ああ、歌って難しいなあ。

 そこで、悔し紛れに、なんで歌を学ぶのは難しいのか、その理由を考えてみました。

1)自分で音程を作らないといけない。

 ピアノならキーを叩けば、ギターなら正しいフレット位置を指で押さえて弾けば、管楽器なら正しい運指で吹けば、ほぼほぼ正しい音程が出ます。歌は、キーもなければフレットもないし、運指なんて便利なものもありません。耳で聞いて、それを覚えて、声で出す。ただ、それだけ。いやあ、難しい。

 最初は耳で聞いても、正しく聞けなかったりするし、聞いて覚えても、思い通りの高さの声なんて出ませんよ。いやあ、ハードル高い。音程を作ると言った点では、歌って、ヴァイオリン(つまり弦楽器)並に難しいわけです。

2)自分のカラダの動きをコントロールできなゃいけない。

 横隔膜のコントロールだとか、ノドまわりを脱力するとか、軟口蓋を上げるとか、自分のカラダ…それもいわゆるインナーマッスル(体内の筋肉)の動きをコントロールしないと歌えません。同じ筋肉でも、手足の動きなら、他人の動きを見て参考にしたり、自分自身の目で見て確認しながら学ぶ事ができますが、インナーマッスルって、自分のモノも他人のモノも見ることができません。他人のインナーマッスルの動きを推測し、自分のインナーマッスルを理想的な状態になるように動かしていく。そんなコントロールが出来なきゃいけないわけで、こりゃあ難しいよね。ほんと難しい。

 でも、これが出来なきゃ、声楽的な美しい声では歌えないわけだから、頑張るしかないわけです。

3)外国語…英語じゃなくて、イタリア語とかドイツ語とかフランス語とかに慣れ親しまなきゃいけないんだよ。

 歌って、音楽と言葉で成り立っているわけで、私が学んでいる声楽の場合、どうしても、イタリア語は不可欠なわけだし、進歩してくると、ドイツ語(今苦労しています)やフランス語にも手を出さないといけなくなります。

 外国語って、難しいよね。我々は学校で英語を習いましたが、声楽では、そんな親しみのある英語ではない外国語で歌わないといけないわけで、ああ難しい。難しいよね。

 外国語が難しいなら、日本語専科で歌えばいいじゃん…って思うだろうけれど、声楽の場合、日本語って、イタリア語よりもずっと難しいわけで、そんな難しい日本語で歌えるほど、まだ進歩もしていなければ、上達もしていないんだよ。

4)所詮、我々は顔の平らな日本人なんだよ。

 それなのに、立体的な顔を持つ西洋人と同じような声を出さなきゃいけないわけで、こんな平べったい顔の中に、擬似的に立体顔の西洋人のような形を構築して、その上で声を出さなきゃいけないのです。西洋人と比べると、スタート位置が全然違うわけです。

 まあ、クラシック声楽なんて、所詮、彼らの音楽であり、彼らにしてみれば、自分たちのご先祖様の音楽だし、伝統文化は今に脈々と続いているわけです。

 でも我々日本人にとっては、肉体的にも精神的にも西洋人に近づかなきゃ、歌えないのです。もちろん、肉体的にも精神的にも、我々は西洋人とは全く異質な人類なわけで、彼らがたやすく出来る事が我々には無理難題だったりもするわけです。それでも、日々、西洋人の猿真似(ウッキー!)を目指していくしかないのです。

 ハードウェアの違いを、ソフトウェアと努力と根性と要領の良さで乗り越えていかないと、いかんとです。ああ、難しい。

5)おまけに完璧主義の日本人なわけだし。

 ちょっとでもミスがあると全否定しちゃうのが、日本人の悪い体質です。減点方式なんだよね。だから、超一流のオペラ歌手の歌をレコードとかで聞いて、あのレベルで歌えないと「ああ、自分なんて、全然ダメなんだ」と落ち込むのです。ああ、面倒くさい。そんな面倒くさい日本人の一人だったりするのですよ、私だって。一年前の自分よりも、だいぶ上手になっていたとしても、とてもとても、パヴァロッティやドミンゴとは比較にならない程度の歌しか歌えない(当然の話です)わけで、無意識のうちに彼らの歌と比べて、無駄に落ち込んでいたりする私は、やっぱり完璧主義な日本人なんですよ。

 一体、誰と戦っているつもりなんだろ>自問自答だなあ…。

 そんなこんなで、歌って難しいです。自分には難しいです。いつになったら、自分で納得するレベルの歌が歌えるのか…そんな機会は一生与えられないものなのか? それを考えると、わけもなく凹むんだよね。

 

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2019年4月22日 (月)

実はもうじきラ・フォル・ジュルネなんですよね…

 表題の通り、もうじきラ・フォル・ジュルネ(以下LFJと表記)が東京で開催されます。ま、私は今年も行くつもりでいるのですが…それにしても、LFJもだいぶ寂しくなりました。

 以前は、東京だけでなく、新潟やびわ湖、金沢、鳥栖でもやっていたのですが、昨年からは東京開催のみになりました。それでも昨年は、丸の内と池袋の二箇所でやっていた(移動が面倒でした…:汗)のに、今年は丸の内だけ。開催期間も、以前は5日間もやってい事もありましたが、最近は3日間。以前は、各地でLFJをやっていて、それぞれ日程を少しずつズラしていたから、東京が3日間になっても仕方ないなあと思っていましたが、その各地での開催がなくなっても、東京はやっぱり3日間です。

 たぶん、集客力が無いんだよね。そんなにたくさんコンサートを開いても、客が来ないんだろうなあ…って、実際、会場に行ってみると、以前ほど、人がたくさんいて…という印象は全くないしね。お祭りなんだけれど、以前と比べるとパワーダウンしている事が否めないです。

 やってくる海外アーチストもだいぶ変わりました。まあ、これはLFJそのものの責任と言うよりも、東日本大震災の影響の方が強いかな? 音楽家って意識高い系の人が多くて、放射能まみれの日本になって来たくない…って感じだったそうだしね。そのおかげで、日本人アーチストが多く出演してくれるようになり、それはそれで嬉しいのだけれど、そうなると、お祭り感が薄れるのもやむなしです。

 LFJをやらなくなった各地では音楽祭をやっていないのかと言えば、そうではなく、それぞれ自主的にLFJ的規模で音楽祭をやっています。もちろん、以前のように海外アーチスト中心ではなく、日本人アーチスト中心でプログラムを組んでいるようですが…そのプログラムが案外、魅力的で、私も東京と地方を比べてしまうと、地方の方が面白そうと思ってしまいます。つまり、LFJはルネ・マルタンが主催で、彼が選曲し、プログラムを作っているわけですが、それが、少なくとも、私の好み、そして平均的な日本人の好み、とはちょっと違うって感じなんでしょうね。

 さあ、そろそろLFJでの動き方を考えないといけないのですが、どうしましょう? 

 

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2019年4月21日 (日)

ワインの生産量日本一は、実は山梨県じゃなくて、湘南です

 日本のワイン…と言うと“山梨”というイメージが強いです。実際、ワインの蔵元…と言うか、ワイナリーの数は山梨が日本一です。実際、国内のぶどうを使って作る国内産ワインの生産量も出荷量も、山梨が日本一です。

 でも、単純に“ワインの生産量日本一”とか“ワインの出荷量日本一”と言うと、実は山梨ではなく、神奈川なんです。それも神奈川の湘南地方。もっと狭めると藤沢市なんですよ。

 国税庁の「国内製造ワインの概況(平成28年度調査分)」の「果実酒の都道府県ランキング(上位10位)」から、それが分かります。

 そんな事、知ってましたか? 実は湘南に住んでいる私は、知りませんでした。なので、今は「うひょー」という気分です。

 で、この統計のからくりなんですが、簡単に言っちゃうと「メルシャン藤沢工場」が日本一の生産量/出荷量を誇るワイン工場だという話なんです。ちなみに、日本で流通しているワインの1/3ほどが、ここの工場で作られたワインなんだそうです。

 もちろん、国産高級ワインのほとんどは山梨で作られているわけで、じゃあ藤沢で作られているワインは何なのさ…って事ですが、ここで作られているワインの大半はデイリーワイン。つまり、日々みんなが普通に飲んでいるワインなんです。

 デイリーワインだから、国産ぶどうなんて使ってません。海外から安く大量にぶどう液やワインを輸入して、この工場で発酵させたり加工したりして、ワインにしているのです。

 ここで作られたワインは、もちろんメルシャンのブランドでも発売されているけれど、OEMもたくさんあって、他のメーカー品としても、ここの工場のワインが売られていたりします。安くて美味しいワインは…案外、ここの工場製品だったりしてね。

 ちなみに、地場産業って事もあるけれど、地元湘南では、メルシャンワインって、めっちゃくちゃ安く販売されています。ワインがペットボトルの飲料並の値段で売られているんですよ、信じられないでしょ?

 ジュースが無ければ、ワインを飲め。

 実は湘南地方はワイン大国だったわけです。

 

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2019年4月20日 (土)

目が覚めたら、朝なんだよ(By しずか)

 我が家の金魚たちの食事タイムは、朝です。

 朝になって、夜のウチは暗くしていた水槽の電灯をつけてやると、それまで熟睡していた金魚たちが起き出して、騒ぎ出すので、そのタイミングで、毎日、エサを与えています。ちなみに、エサやりは一日に一回だけです。

 つまり、金魚的には、寝て起きると朝なんです。とは言え、金魚も動物だし、体内時計というのがあるので、昼寝をして起きても、普通は騒ぎません。まだ朝ではないと知っているようなのです。

 そこが鈍いのが…シズカなんです。うたた寝ぐらいでは、さすがに勘違いしませんが、熟睡した後は、それが昼だろうと夜だろうと、どうやら朝だと思ってしまうようなのです。ですから、熟睡して目覚めた後は、元気よくエサをねだります。

 「朝だ、朝になったから、エサをおくれよ」

 まるで、こんな感じなんです。でも、周りの子達は「まだ朝じゃないから、いくら騒いでも、ウチの飼い主は絶対にエサくれないぜ…」って感じで覚めております。

 ああ、目がくらむくらいに、おバカなシズカさんです。でも、そんなバカなところが、可愛かったりするんですよ。

 

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2019年4月19日 (金)

人生は決して楽じゃない

 フルートのレッスンに行ってきました。たぶん、一ヶ月ぶり…かな? 挨拶する前に、先生に「久しぶり!」って言われちゃうくらいですから(汗)。

 まずはロングトーン練習だけれど、今回はなんだかダメでした。音の立ち上がりが、かなり不味いことになっている…。立ち上がってしまえばいいのだけれど、立ち上がりは汚いのです。イカンですね。

 エルステユーブンゲンは、全く練習せず、楽譜を見もしなかったので、とても新鮮でした。暗譜どころの騒ぎじゃないです。25番と26番なんて、あんなに簡単な曲なのに、もう吹き飽きているくらいなのに、ちっとも覚えられませんのです。ああ、イカンなあ…。

 旋律的練習曲は、まだ1番ですが、細かい部分がてんでダメです。先生からも「だいたい良いんだけれど…もう一回かな?」と言われる始末。練習が足りていないので、譜を読み間違えて大変なことになってしまいます。やっぱり、きっちり練習して、カラダに曲を染み込ませてからじゃないと、色々難しいよねえ。

 40リトルピーセズは、前回のレッスンと全く同じ間違いをして、その間違いがリカバリーできないままでした。つまり、なんの進歩もないという、体たらくです。ああ、情けない。前回指摘されたミスをきちんと練習してこなしていないから、こうなるわけです。ああ、情けない。

 という訳で、今回は一つの合格も無しな私でした。

 で、今回の雑学は「バイトのセンセって、どれくらいもらっているんだろう」という話をしました。バイトのセンセと言っても、いわゆる中学校や高校にいる、非常勤講師という、時間給で働いているセンセたちのことね。

 勤務している学校事情や地域、そのセンセのキャリアなどで、あれこれ変わりますが、相場的な話をすると、1コマ(授業1時間ね)が3千円から1万円程度ですね。まあ、計算しやすくするために、1コマ5千円としましょう。つまり、時給5千円です。

 でも、センセの場合、給料は拘束時間ではなく、こなした授業の数(コマ数)で支払われるので、一週間の授業が14コマだとすると、週給7万円って話になります。ならば、月給換算すれば28万円ですね。年収なら336万円。バイトにしてはいいじゃんと思った人は、残念でした。夏休みなどの長期休暇中は無給というガッコも多いので、実労は10ヶ月程度ですから、年収280万円ってところでしょうね。ここから税金やらなんやらが引かれちゃいますから、実は大した金額ではないのです。年収250万円程度でしょうか? もっとも逆に、手取りで考えると、交通費などが加算されるでしょうから、金額的にはもう少し増えるでしょうが、所詮バイトですから、各種手当ては付きませんし、福利厚生もなく、各種保険も厳しいかな? 

 生きていくのは大変だねと、先生と二人でため息をつきましたとさ。

 

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2019年4月18日 (木)

子音と戦っています

 声楽のレッスンの続きです。シューベルトの「美しき水車小屋の娘」の1番「Der Wandern/さすらい」です。

 今回のレッスンも、ドイツ語に始まり、ドイツ語に終わる…って感じでした。とにかく、慣れていないドイツ語に早く慣れて、ドイツ語をスラスラと歌えるようになる事…それが目標ですが、実に今はたどたどしく歌っているわけです。特に子音の取扱にてんてこ舞いしているわけです。

 ドイツ語って、子音を多用する言語です。少なくとも、日本語よりもたくさん使っているようです。日本語は、母音の前に一つの子音を付けるくらいだけれど、ドイツ語は、母音の前後に複数の子音を付けるわけで、我々的には“複数の子音の取扱い”と“母音の後につく子音の取扱い”に苦労するわけです。

 とは言え、それらの事って、私達は英語学習の際に苦労し、実は乗り越えているはずなのです…が、英語よりもドイツ語の方がより難しいのか、それとも単に慣れていないだけなのか、なんかうまくできません。

 こればかりは理屈じゃ、うまくいきません。何度も繰り返して、カラダで覚えるしかないので、毎日歌っております。

 そんなわけで、子音に苦労している私です。

 今回は、子音と、その音程の問題に気をつけるように言われました。子音には有声子音と無声子音があります。有声子音(LとかVとかね)は音程があるので、しっかり正しい音程で発声しないといけません。一方無声子音(SとかTとかね)には音程がありませんが、音色があります。音程はないけれど、高い音に付いている子音ならば、それっぽい音色で、低い音に付いている子音ならば、それなりの音色で歌わないといけません。

 昨今の私は、有声子音は音程を付けようと努力している跡が見えるそうですが、無声子音に関しては、常に同じ音色の子音しか使っていないので、音程が感じられないのだそうです。

 だって、無声子音なんて、ただのノイズじゃん…なんて考えちゃうからダメなんだよね。子音にも音程が感じられるように、頑張って歌ってみようっと。

 で、全然出来てない、母音の後の子音をしっかり発音するを注意してみました。いやあ、難しい。まるで外国語初心者のように、子音に無駄な母音(う)が付いてしまいがちです。母音を付けずに子音だけをしっかりと音程を感じさせながら発声しなきゃいけないわけで、ううむ、ちょっと無理ゲーのような気がしてきました。

 特に気をつけないといけないのは、子音を発声する時は(特に無声母音は)声を付けちゃいけないのだけれど、それでも息だけは吐き続けなければいけないという事です。

 ドイツ語歌唱の難しさは、子音が多すぎて、その子音を発声する時に、ついつい息を止めてしまう事です。息を止めて歌えば…そりゃあ苦しいわけだし、発声的にすごくエネルギーを使いますし、声帯も消耗します。なので、歌い出しは元気良かったのに、だんだん元気が無くなる人の歌い方は、子音の捌き方に問題があって、息が吐けなくなってしまうからなんだそうです。

 子音はしっかり発音しなきゃいけないし、声は止めてなきゃいけないけれど、息は流し続けなければいけない。ああ、難しい難しい。

 母音の歌い方にも注意を受けました。短い母音はまあまあよし。長い音符についている母音は、歌いながら音色を変えていくのがドイツリートの基本なんだそうです。つまり、長い音符は、声で円弧を描きながらキラキラさせて歌っていかないといけないのだそうです。まあ、なんとなく分かります。

 さて、先生との話し合いで、次のレッスンから歌うイタリア語のオペラアリアが決まりました。プッチーニの「マノン・レスコー」の第1幕のテノールアリアで「Tra voi, bello, brune e bionde/美しい人の中で」にしました。短いし、高音も出しやすいアリアなので、たぶん、そんなに時間は掛からないかもしれません。

 そんなに有名な曲ではないので、知らない人のために音源を貼っておきます。

 なかなか良い曲でしょ? 歌っているのは、ジュゼッペ・フィリアノーティという、イタリアのテノール歌手です。やっぱ、テノールはイタリア人がいいよね。この曲は、オペラアリアだから、オーケストラ伴奏が正しいのだけれど、たまたまピアノ伴奏の音源を見つけたので、それでアップします。実際、私が歌う時もピアノ伴奏だからね。

 短いけれど、いい曲でしょ! ドイツ語ばっかり歌っていると、気が滅々してしまいますので、こういう晴れ晴れした歌を歌って、精神のバランスを取っていきましょう(笑)。

 

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2019年4月17日 (水)

結構高い声が出たそうです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 最初はハミング練習からです。今回は最初っから、しっかりと鼻に響かせてハミングしました。その事自体は良いのですが、鼻に入れる声が、太かったのでアウトです。ハミングの時は、なるべく軽くて薄い声を鼻に入れて行うのが吉なのだそうです。

 私は軽いテノールのはずなんだけれど、ついつい癖で、重くて太い声で歌いたがろうとしたがります。これが実はあらゆる悪癖の元凶なんだけれど、なかなか治らなくてねえ…(デル・モナコに憧れている私だったりします:汗)。

 発声練習は、クチの奥を開ける練習(いわゆる、あくびのクチ)を行いました。クチの奥を開けるとは、軟口蓋を持ち上げて歌う事を指します。で、軟口蓋を上げるのも筋肉による運動なので、その部分の筋肉を鍛えればできるようになる!…というわけで、頑張って、軟口蓋付近の筋肉の筋トレっぽいフレーズをたくさん歌いました。でもまあ、なかなか、持ち上がってくれないんだよね。

 そうやって、クチ(の奥)の開閉の練習に集中している私です。歌では原則、テクニックとして、クチの開閉やノドの開閉に気をつけます。しかし、声の開閉は絶対に行いません。原則的に、声は閉じたままで歌うのが正しく、声が開いてしまっては、残念無念なのでした。

 実は日本語って、開いた声で話す言語なんだよね。一方、イタリア語を始めとするヨーロッパ語は閉じた声で話す言語であり、そういう意味では、日本人が声楽をやるのは、結構なハンデになるよね。いくらレッスンで閉じた声で歌っても、日本語で会話しちゃえば、すぐに声が開いてしまうからね。

 開いた声の特徴は「うるさく感じる」「そば鳴り」「硬い声」だそうです。一方、閉じた声は「柔らかい声」「よく響く声」「声楽っぽい声」なのだそうです。

 確かに外国人(ってか西洋人)が日本語を話していると、声自体は柔らかくて、ちょっぴり奥に入った感じの声なので、違和感を感じる事がありますが、それは彼らの母語が閉じた声で話す言語なので、その発声方法で日本語を話すから、ああなるのでしょうね。なので、彼らにとって、声楽的な発声と言うのは、我々が思う以上に自然体でナチュラルな発声なんだろうなあって思います。一方、我々ときたら…ああ、ハンデだねえ。

 支えの注意も受けました。支えが弱いと、声が落ちるし、音色も落ちるし、音程も落ちるので、それらが落ちないように、しっかりと支えて歌いなさいと言われたわけです。

 疲れていましたが、インフルエンザ以降、なんか発声の調子が良い私でした。今回の発声練習では、どうやらHi-Cまで挑戦したようです。先生がおっしゃるには、Hi-Cまでチャレンジしてみたけれど、Hi-Cはギリギリ届いていない感じがして、やはりまだ無理っぽいそうです。けれど、その下のHとかBとかは、しっかり音程を感じられる発声だけれど、ちょっと無理している感じがするそうです。Aは、まあ安定した使える声なのだそうです。

 テノール的に、今私が行っているような、通常発声のやり方ならば、Aまで安定して出ればOKなんだそうです。だから、今はひとまず、Aを安定して発声できることを目標に頑張りましょうって事です。BとかHとかHi-Cとかは、それぞれに発声テクニックがあるので、それはまたいずれ勉強する事にしましょう、って事ね。

 インフルエンザと喘息になって、一ヶ月以上、歌わなかった事が、私から悪い癖(ノドの力み)を取り除いてくれたのでしょう。災い転じて福となすですわな。たまに病気になるのは、悪くはないし、悪癖を忘れるって大切な事なんだなあ…って思いました。

 後は、せっかく忘れたモノを思い出さないようにしないといけません…ね。

 

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2019年4月16日 (火)

ロイヤル・オペラ・ライブで「椿姫」を見てきた

 私がブログを休んでいる間に上演終了してしまったのだけれど、先日見てきた、ロイヤル・オペラ・ライブの「椿姫」に関して書いておきたいと思います。それにしても、メトのライブビューイングは見逃しても、夏にアンコール上映があるから、たとえ上映期間中に見逃す事があっても、お盆休みに再び見るチャンスが与えられるけれど、ロイヤル・オペラ・ライブは、その手のアンコール上映がないので、一度見逃したら、もう見るチャンスがないのが残念です。一部の作品はDVD化されるのかもしれないけれど、大半の上演に関してはDVDにもならないので、もう見る事はできません。残念です。

 さて、この上演には2つの見どころがあります。一つは、名演出の誉れ高いリチャード・エアの演出である事。もう1つが、プラシド・ドミンゴが(バリトンとして)出演している事、です。

 まず、リチャード・エアの演出だけれど、これは今年で25年続いている演出で、その25年前の上演(ゲオルギューの出世作)のDVDが、かつて発売されていました。今は、中古(アマゾンなら、マーケットプレイス)でないと入手できませんが、興味のある方はどうぞ。

 この演出は、かなり良いです。椿姫は数多くの異なった演出があり、どの演出もなかなか良いものが目白押しなのですが、この演出は、かなり私好みで気に入りました。

 エアの演出の特徴は、21世紀に入ってから、オペラ演出の常識とも言われる“読み替え”が一切無い事です。楽譜に書かれている事が、そのまま舞台上で表現されています。これはとても良いと思いました。特にオペラ初心者が見るなら、こういった演出で見てもらいたいものです。

 もう1つの特徴が、リアル志向である事です。これは演劇志向と言ってもいいかもしれませんが、オペラ的な夢々しさを取り除き、映画や演劇を見ているような、地に足の着いた演出がされています。

 例えば、ヴィオレッタは結核なので吐血するわけですが、舞台上(特に3幕)にはヴィオレッタが吐血したと思われる痕跡が舞台上に残されています。また、ヴィオレッタは病気の性質上、よく咳をするはずですが、今まで見た他の椿姫では、ヴィオレッタが咳き込むシーンなんて見たことはありません(だいたい、オペラ歌手にとって、咳というのはノドを痛める行いですから、舞台はもちろん、日常生活でも咳をしないように、極力努力している方がほとんどです)が、この上演では、ヴィオレッタは折りに触れ、咳き込みます。さらに病床で寝込んでいるヴィオレッタはスッピン(に見える化粧かな)です。考えれば、そりゃあそうで、ベッドで死にかけている患者が、きちんとメイクしている方が可怪しいのです。

 という訳で、私はこの演出がとても気に入りました。

 ここで、キャスト等を書いておきます。

指揮 アントネッロ・マナコルダ
演出 リチャード・エア

ヴィオレッタ:エルモネラ・ヤオ(ソプラノ)
アルフレード:チャールズ・カストロノボ(テノール)
ジェルモン:プラシド・ドミンゴ(バリトン)

 音楽面の話をすると、ドミンゴの歌唱について触れないわけにはいきません。

 私はドミンゴが大好きです。テノール時代はもちろん、バリトン時代のドミンゴも好きです。だいたい、ドミンゴに関しては言えば、テノールとかバリトンとか、そんな事はあまり関係ないのかもしれません。ドミンゴほど、数多くのキャラを感じた歌手はいません。自分のレパートリーというものを固めずに、常に新しい作品、新しい登場人物を歌い続けてきました。テノール時代だって、軽めの役から重厚な役まで、歌ってきたわけで、そんな彼だから、バリトンの役を歌うのは、ある意味当然なのです。そして、ドミンゴはあくまでもドミンゴだから、どんな役を歌うときも、いつもの彼の声で歌ってきたわけで、当然、バリトン役もいつものあの声で歌っちゃうわけです。

 今回は、テノールのカストロノボがやや重いテノールだった事もあって、例によって、ドミンゴとカストロノボの声のコントラストは、あまりありませんでした。むしろ、アンサンブルで歌うと、テノールのカストロノボの歌唱よりも、バリトンのドミンゴの声の方が浮き上がって聞こえるほどです。ドミンゴは、バリトンと言えども、かなり声が軽いですからね。声の軽重で言えば、テノールのカストロノボよりもドミンゴの方が声が軽いと思いました。まあ、ある意味、こんな声の軽いバリトンを使っちゃうのは、キャストミスとも言えますが、ドミンゴ見たさで集客されるわけだし、ドミンゴの歌が聞きたいという人がまだまだたくさんいる以上、これはキャストミスではなく「まあ、そういうモノだ」って事になるのだと思います。

 結論から言ってしまえば、ドミンゴはバリトンではなく、あくまでもドミンゴなんです。つまり「プラシド・ドミンゴ…声種:ドミンゴ」って事になるんだろうと思います(笑)。

 で、そんなドミンゴですが、歌っている様子を見ていると、なんとも苦しげでした。全身全霊を使って、全力で歌っていました。そんな役柄じゃないのに…。もしかすると、体調が悪かったのかもしれませんが、なにしろ、かなりの御老体(78歳!)ですからね。お達者でいらっしゃるだけでも大変なのに、長時間の舞台をこなしているのですから、そりゃあもうビックリポンですって。もう、オペラの舞台は、体力的に厳しいのかもしれません。ドミンゴのお元気な舞台姿を見られるのも、もう長くはないかもしれません。

 主役の二人の歌唱は…私的には、ちょっと残念でした。いや、立派に歌っていましたよ。ただ、慣習的に歌われているバリエーションは避けられていたようで、あくまでもヴェルディの譜面通りの歌唱だったのが…実に実に、残念なわけです。やっぱ、スパンと抜けた高音を響かせてほしいじゃん。私は単純にそう思っただけです。それを除けば、とても良くて上手な歌唱でした。さすがに世界に配信される歌手さんたちだけありますって。

 あと、残念なのは…別に人種差別のつもりはないのだけれど、黒人歌手が貴族の役って、どうなの? 読み替えなしの演劇路線な舞台だっただけに、舞台は見た目重視で、貴族は白人キャストで固めてほしかったというのが本音かな? オペラはヨーロッパ文化だからね、黒人や東洋人が白人の役をやるのは無し…というのが、私の個人的な考えです。ま、偏見と言われれば、その通りなんですがね。

 とても良い上演だっただけに、もう見られないのは残念ですね。

 

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2019年4月15日 (月)

さて、ブログを再開します

 …とは言うもの、仕事の忙しさってヤツは、あまり変わりません。たぶん…GWまではこんな感じなのかな? 今はなんとか、ごまかしごまかしでも、GWにさっさと突入したいと願う毎日です。

 で、お休みをしていた私の近況ですが…そんなわけで、あまり大きくは変わりませんでした。ただ、土日はしっかり休ませていただきました。で、その土日に何をしていたのかと言うと…湯治(笑)。

 毎週土曜の夜に、近所の温泉に行って、しっかり湯治を致しました。やっぱり続けて温泉に通うと、カラダのあっちこっちの不具合が良くなるような気がします。元気な時は別に温泉に行かなくてもいいのだけれど、元気じゃない時って、色々心の余裕がないので、温泉に行く事を忘れがちです。実際、今回の湯治も、ほんっと、久しぶりだったのですよ。でも、行って良かった、温泉。せっかく徒歩圏内に温泉があるんだから、もっとしっかり活用しないとダメだな。

 後は、ひたすら眠りました。で、夕方は運動も兼ねて、ポケGOをしたくらいです。なにしろ老人ですからね、ポケGO大好きです。夜は、溜まった録画の消化ですね。そんな感じです。あ、そうそう、ロイヤル・オペラ・ライブで「椿姫」を見てきたんだっけ、その感想は明日の記事にします。

 お休みをいただいている間に、老犬ブログ内の“人気記事ランキング”は、ちょっとおもしろい事になりました。たいてい上位の記事は、最近書いた記事がやってくるのですが、10日間も新しい記事を書いていないと、以前の記事の人気が上昇してくるみたいで、今現在は、なんと、2015年8月15日(4年前のお盆の時の記事だよ!)に書いた“私の好きな歌曲 その5 La Danza/踊り”が第1位です。いやあ、びっくり。でも、うれしい。私、ロッシーニのこの曲、本当に大好きだし、それを紹介した記事が1位に来るなんて、本当にうれしいです。

 さて、ランキングと言えば、老犬ブログ自体の外部ランキングサイトでの順位ですが…みるみる下がりましたが、そりゃあ新しい記事を上げていないのだから、仕方ないです。これから、挽回するぞっと。

 で、以前は不都合があった、外部ランキングサイトへのping送信(新着記事のアップをそれらのサイトへ知らせる信号)ですが“にほんブログ村”へのpingは復活しましたが、もう1つのランキングサイトである“人気ブログランキング”の方は、未だにダメなままです。あちらのサイトに用意されている代理ping送信を行ってもダメなのです。こりゃあ、本格的にダメなのかな? ココログさんは、人気ブログランキングさんを相手にしていないようなので、ちょっと頭を抱えています。

 ココログのリニューアルに関する不具合も、あれこれ解消されつつあるみたいですが、結果として、かなり使い勝手の悪いブログサービスになりそうです。以前出来た事のあれこれが、仕様とやらで、できなくなりそうです。ほんと、不便ですね。有料会員なのに、サイトには広告をガンガン入れられるのも、気に入らないし…。親会社が、パソコン&通信系会社から、家電量販店に変わったから、扱いが雑になったとしか思えません。

 と、まあ、そんな私と老犬ブログの近況でした。

 明日から、通常運転に戻しますので、よろしくお願いします。

 

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2019年4月 5日 (金)

やっぱり,しばらくブログを休みます

 ううむ、忙しい。忙しすぎる。なので、ブログを書いている暇が捻出できない(涙)。

 10日間ばかり、休暇をください。

 ブログ再開予定日は、4月15日(月)です。それまでには、なんとか仕事をやっつけて、平和な日常生活を再び我が手に握るつもりですから。

 お待ちくだされ。

 

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2019年4月 4日 (木)

ドイツ語の壁にぶちあたりました

 声楽のレッスンの続きです。

 さっそく、ドイツ語の壁にぶちあたりました。

 ドイツ語の母音は、日本語はもちろん、英語やイタリア語とも違います。特に“u”は“ウ”ではなく“ウ+オ”って感じです。まあ“u”に限らず、ドイツ語の母音は一般的に深い音色の母音なのです。

 ドイツ語の子音は、英語のように飲み込む事はせず、みんなしっかりと響きに載せて発声します。

 なので、語尾の子音の捌き方が英語とは全然違います。英語の場合、語尾の子音は往々に飲み込まれて、省略されるか、あいまい母音に変換されて発音されますが、ドイツ語の場合、語尾の子音は、次の単語の語頭の子音として発音されます。具体的には“Das Wandern”ならば、感覚的には“Das-Wan-dern”ではなく“Da-sWa-nde-rn ”となります。この発想は、とても大切で、こう考えて歌う事で、子音をしっかり立てて歌えるだけではなく、母音をしっかり伸ばしてレガートに歌うことにつながっていきます。

 それもあって、まず最初に、歌う前に、歌詞を読経のように読んでみました。音程は変えず、リズムも加えず、ただただ母音と母音を伸ばしながらつなげて、その間に子音を挟み込んでいく読み方をしていきました。これをやる事で、ドイツ語でのレガートの感覚をつかみながら、ドイツ語の読みをチェックしていきます。

 これがある程度できるようになったところで、ゆっくりしたテンポで歌ってみます。ゆっくりしたテンポと言っても、ドイツ語の発音に苦労していますので、もう必死です。で、このゆっくりしたテンポに慣れたところで、通常の標準的なテンポに直して歌います…が、もう、それは無理ってモンです。標準的なテンポに追いつけずに、いくつかの単語はいい加減な発音になってしまうし、明らかに舌が歌に追いついてません。いやはや、なんとも。

 というわけで、歌詞に関しては、めっちゃくっちゃ苦労していますが、音楽に関しては、特に問題はありません。メロディそのものは素朴で簡単ですし、音域も中声用を使っている事もあって、ほぼ鼻歌レベルの歌唱で十分だからです。ですから、私の集中力の大半を歌詞の読みに使っていますが、それで十分ってところなのです。

 歌詞読みに必死になって歌っていると、その単語の発音にばかり気がいってしまいます。肝心の発声に関しては、ちょっとおろそかになってしまいます。

 気をつけなければいけないのは、ドイツ語の場合、子音をしっかりはっきり歌うのですが、その際の子音は、必ず上向きに響かせて、前に飛ばしながら歌う事が大切なのです。ついつい、言葉の発音に気を取られて、発声がおろそかになると、子音が下に落ちがちとなります。そういう歌い方もあるけれど、それをやってしましと、声の消耗が激しくなるのだそうです。その歌い方で1時間歌えるなら(『美しき水車小屋の娘』の演奏時間は、かなりざっくりと考えると約1時間ほどです)、それもアリだけれど、まあ声は消耗しないに越したことはないので、なるべく子音を上に飛ばして歌うように心がけるわけです。
 さて次は、ビゼー作曲の「Agnus Dei/神の子羊」です。

 この曲は宗教曲だから宗教曲っぽく歌うのが前提だけれど、メロディの作り方を見ていると、ところどころプッチーニ的なロマン派っぽく歌うことも求められているのです。だから、声もただただ真っ直ぐに前に出すだけではなく、ところどころでしっかりと回して色気を出して歌っていきます。要は「良い声でたっぷりと歌う」って感じなんでしょうね。

 この曲は、しばしばメロディの途中と言うか、伸ばしている最中の音に対してクレシェンドがかかっています。このクレシェンドを音量の変化と捉えて、声を押してしまってはダメです。このクレシェンドは音色の変化と捉えて、クチを開いて、音色を明るく変更していく事で付随的に音量を増すというやり方で歌うべきでしょう。とにかく、声を押してしまうと、ノドに来ますし、音楽的ではありません。音色の変化を伴った音量の変化で乗り切るわけです。これが歌のコツってわけです。

 で、この曲は今回で終了です。次回は別のイタリアオペラのアリアになりますが、この曲を今回で終える予定はなかったので、曲決めができませんでした。ひとまず、私が温めておいたアリアを先生には伝えました。それで良ければ良しだし、ダメなら、先生とメールでやり取りして決めることになると思います。

 

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2019年4月 3日 (水)

ドイツ語は、どっちで歌う?

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。ハミングをやる時は、最初っからしっかり響きを鼻に入れて歌いなさいと言われました。つまり、声でハミングをするのではなく、響きでハミングをする感覚です。で、響きでハミングをするために気をつけることは、しっかり息を支える事でしょう。息をしっかり支えさえすれば、自然と響きで歌えるものです。

 次は発声練習です。ハミング同様、しっかり息を支える事が肝心です。響きのある声とは、よく支えられた声なのです。支えが足りなくなると、声が落ちてしまい、ノドが鳴ってしまいます。支えをしっかりとし、息をよく通して、声をアゲアゲで歌うと、自然と響きの豊かな声になっていきます。

 心構えとして大切な事は、決して英雄的なカッコいい声で歌おうとしない事でしょう。それをやると、私の場合、声が落ちがちなのです。むしろ、頭の中を空っぽにしたバカっぽい声で歌う方が結果が良いみたいです。

 テノールの声には2つのタイプがあるようで、一つはマッチョな王子様タイプで、もうひとつは肥満体でアホな坊やタイプなのですが、私の声は…残念な事に、肥満体でアホな坊やタイプの声なのかもしれません。私が好きなテノールは王子様タイプなので、ついついそのように歌いたがるわけですが、自分自身がアホな坊やタイプならば、自分の好きは諦めて、自分の声の個性に従って歌っていくべきなのです。

 というわけで、発声練習はたっぷりやりました(ほぼ筋トレです)が、そろそろ歌のレッスンの話に移りましょう。

 今回からドイツ歌曲です。シューベルトの「Die schöne Müllerin/美しき水車小屋の娘」の第1曲「Der Wandern/さすらい」です。

 とにかく、ドイツ語難しいです。ドイツ語で歌うの、難しいです。

 私は学生時代、第3外国語としてドイツ語を学んでいますので、ドイツ語は出来ないわけではないのですが、学生時代に学んだきりなので、すっかり錆びついていて、歌うのにも苦労しているわけです。

 ちなみに、学生時代に学んだ第1外国語はもちろん英語です。で、第2外国語は中国語[北京語]だったりします。これは当時、中国がまだピカピカの優良国家に見えた時代だったし、中国語を学ぶことで未来が開けるような気がしていた時代だったので、積極的に中国語を選択して学んだわけです。で、中国語を学んだ事自体は後悔していません。別に卒業後、中国語を使うことはありませんでしたが、漢文を読む時に、中国語を知っていると、実にスラスラと読めるんですよ。書き下し文などを経由せずに、ダイレクトに漢文を現代文に翻訳できますから、とても助かりました。

 ドイツ語は、大学院受験のために、特別に第3外国語として勉強したわけです。なにしろ、私が希望する学科は、中国語での受験は皆無で、外国語の試験は、英語は必須で、後はドイツ語かフランス語の選択だったので、受験準備のためにドイツ語を学び始めたわけです。なので、ドイツ語は出来ないわけじゃないけれど、受験という人生の一瞬でしか使っていないので、ある意味、中国語以上に使っていませんでした。だから、私のドイツ語って、本当に錆びついて崩れてしまっていました。

 そんなドイツ語を歌うために、再び使い始めたわけです。

 歌い始める前に、Y先生から、歌は文語で歌うか、口語で歌うかを尋ねられました。

 音楽史的には、シューベルトの時代は文語の時代ですから、シューベルトの歌曲は文語で歌うのが正しいと言えば正しいわけです。実際、往年の名歌手たちは文語で歌っています。また、日本人歌手の皆さんは、ドイツ語はほぼ文語で歌います(合唱の第九を思い浮かべてみると分かりやすいです)。

 実のところ、文語のドイツ語は、ほぼローマ字読みでいいので、年を取ってから学ぶなら、文語は楽だと思います。例えば“Wasser”という単語を「ヴァッセル」と読むのが文語で「ヴァッサア」と読むのが口語なんです。ほら、文語の方がローマ字っぽいでしょ? それに文語の方が、我々の感じるドイツ語っぽくもあるでしょ? 口語は耳で聞いていると、確かにドイツ語なんだけれど、なんか英語っぽい感じもするんですよ。それは母音の響きが文語と口語では違う事と、ドイツ語の特徴である“r”を文語ほど強めに巻かないと言う事もあり(全然巻かないわけではないんですよ:念の為)、ドイツリートを歌う時は、文語で歌う人が多いわけです。

 でも、今時の若い歌手たちは、ドイツ歌曲を口語(つまり現代ドイツ語)で歌う人が増えてきたそうで、ドイツリートと言えども、必ずしも文語で歌わないとダメという時代ではなくなったそうなのです。ただ、文語で歌うなら文語で、口語で歌うなら口語で統一して歌うべきでしょうとの事でした。

 で、私は…文語ではなく、口語で歌うことを選びました。つまり、現代ドイツ語で歌おうと決めたわけです。

 理由ですか? 単純な話で、大学で学んだドイツ語が現代語だったため、私のカラダに入っているドイツ語が現代語である事と、持っている辞書にせよ参考書にせよ、現代ドイツ語に基づくモノばかりなので、ドイツ語の勉強をするには、現代語の方がら楽だからです。あと、私の声的にも、重々しい文語よりも、軽めの口語の方が似合うだろうし…ね。そんなわけで(なるべく)口語でシューベルトを歌うことにしました。

 

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2019年4月 2日 (火)

いちご狩りに行ってきた

 今回の記事は私の備忘録としての記事です。音楽関係ないっす。

 春は年度末&年度初めって事で、死ぬほど忙しい私です。それでも、毎年、一日程度は休みを捻出して花見に行くわけですが、今年は花見はさておき、もう一つのこの時期のお楽しみである“いちご狩り”に行ってきました。

 いちご狩りって…ハウスでやっているせいもあって、結構長い時期やっているんですね。だいたい、2月~4月ぐらい? なので、ある意味、3月末ってのは、いちご狩りのオンシーズンとも言えます。

 場所は隣町で、農協関連施設に連絡をして、いちご狩りの予約を入れて行きました。自宅からだと、公共交通機関で1時間もかからない、辺鄙な場所でした。そりゃあそうだよな、農業地区じゃないと、いちご狩りできないよね。ああ、空が広かった。神奈川県って、都会っぽいイメージがあるけれど、これでも結構農業地区があって、温暖な地域である事もあって、実はあっちこっちでいちご狩りができます。まあ、わが町は海しかないので、いちごは無理なんですけれど(笑)。で、隣町まで出かけたわけです。

 本来は予約をしなくても、いちご狩りはOKのようですが、その日の朝、予約を入れてから現場に向かいました。さすがにオンシーズンだけあって、現場に到着してみたら、その日は予約で一杯という事で、ぶらり客はお断りしていたようです。よかった、予約を入れておいて。いいやいいやとぶらりと訪れていたら、いちご狩りはできなかったんですよ。

 さて、午後1時の予約なのに、うっかり12時に到着しちゃった我々です。ダメ元でお願いしたら、全然OKでした。やったね。で、受付会場から、ハウスのある契約農家さんまで、徒歩で…10分くらい? 歩き慣れている我々は何ともない距離ですが、普通の人だとちょっと躊躇してしまう距離かもしれませんね。もっとも、このあたりまでやってくる人って、車がデフォルトだろうから、徒歩で10分だろうと20分だろうと、別に問題はなさそうです。むしろ、徒歩でいちご狩りにやってきた我々が異端者なんだろうと思います。

 で、いちご狩りは、子ども連れの団体(10人以上の団体で、そのうちの半分が幼児)と一緒になってしまいました。なので、すごく賑やかでした。子どもって、予測不能の行動をして危ないので、なるべく近寄らないようにしました。いきなりぶつかれられて転んでしまうと、こちらも大怪我しちゃいますからね。なにしろ、老人ですから。

 練乳のサービスもありましたが、私は使いませんでした。ってか、今どき、いちごを食べるとき、練乳をかける人っているのかな? 練乳かけちゃうと、いちごの味が楽しめないじゃん。確かに昔のいちごは酸っぱかったので、練乳も必要だったと思うけれど、今どきのいちごは甘いから、練乳不要だと私は考えています。

 とにかく、食べましたよ。30分という時間制限もあるので、真紅になったいちごを選んで、バクバクと食べました。ええ、いちご大好きですから。ちなみに、後で計算したら、1粒30gの勘定でいくと…たぶん1.5Kgぐらい食べたと思います。道理で手に持ったヘタ入れが溢れそうになったわけだ。指先もいちごで真っ赤に染まってしまったし…。ほぼ、30分間、休みなく食べていたもんなあ。

 帰りは、近所の植物園の併設レストランで昼食をいただきました。たくさんいちごを食べたので、たった二人前しか食べられなかったよ(って、それじゃあ食べ過ぎですね)。

 で、植物園に行ったわけだから、一応、花見もしてきました。園内の桜の花に挨拶してきましたが…桜よりも桃の花の方が派手で自己主張が強かったです。桜と桃は近くに植えてあるので、桜ではなく、桃ばかり見ちゃいました。いやあ、桃の花って、きれいだねえ…。

 近所の農家さんの直売所っぽい、道の駅っぽい施設で、お土産を買いました。ハッサクが一袋(大粒が6個入り)で180円でした。ビックリだね。

 で、そこから電車バスに乗って、家の近所の温泉に行きました。近くだとなかなか行かないもので、ほんと久しぶりでした。温泉、いいね。また近い内に行きたいな。

 と、まあ、貴重な休日をこんな使い方をした私でした。

 

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2019年4月 1日 (月)

今年も花粉症にやられてます(涙)[2019年3月の落ち穂拾い]

 ピエール瀧というタレントさんが薬物使用で逮捕されて、ずいぶん経ちました。彼は本来ミュージシャンなのですが、昨今は脇役俳優さんとして活躍されていたようで、彼の逮捕で、多くのドラマや映画が再放送しないとか、配信停止とか、お蔵入りとかになってしまったようです。

 世の中には、まっすぐ正義くんもいますから、逮捕者がテレビに出ているのはけしからん!と怒る人もいるだろうし、テレビ局やスポンサーに抗議の電凸をする人もいるだろうから、残念ながら、テレビでの放送とかが中止されちゃうのは、仕方ないかもなあ…って思ってます。テレビ局も企業だからね、クレームは怖いもんね。

 まあ、テレビは、スイッチ入れれば誰でも見えるモノだから、こちらの意図とは関係なく放送が垂れ流されるわけで、そこに逮捕者が出ていれば、怒っちゃう人がいるのは分かります。

 でもね、映画とか配信とかは違うじゃん。自分から能動的に見に行くわけでしょ? お金を支払って見に行くわけでしょ? その作品に逮捕者が出演しているからけしからんとか思っている人は、最初っから見ないじゃん。なので、映画が上映されないとか、配信が中止されちゃうのは、かなり違うと思ってます。頑張れよ、動画サービス会社&映画会社。

 ピエール瀧はミュージシャンだったわけで、当然、ライブもすれば、音楽も配信&販売しているわけです。ライブの中止も、私的には理解できませんが(だって基本的にライブってファンしか行かないじゃん)“現場での混乱”ってヤツを避けるために中止というのなら分からないでもないです。でも、音楽の配信&販売中止は、どうなの? 別に売ればいいじゃん。逮捕者の音楽を売ったところで、誰の迷惑にもならないし、社会的悪というわけでもないでしょ? それとも逮捕者の音楽を販売するのって、不謹慎って怒られるのかな? ところで、不謹慎って、どんな罪なんだろうね。

 人と作品は違うんだよ。俳優が逮捕されたからと言って、ドラマが逮捕されたわけじゃないし、ミュージシャンが逮捕されたからと言って、音楽が逮捕されたわけじゃないんだよ。

 「罪を憎んで人を憎まず」…という言葉があるくらいなんだから「罪を憎んで作品を憎まず」じゃダメなのかな?


保護者っていい言葉だな

 昔は普通に保護者という意味で“父兄”という言葉が使われていました。

 まあ確かに“父兄”だと、どちらも男性だもんな。母親無視と言われても言い訳できない。で、今は時代の流れもあって“父兄”という言葉は段々使われなくなり、ほとんど“保護者”ですね。これは別に母親うんぬんだけではなく、世の中には、両親に育てられていない子、例えば、姉に養われている子、親戚の家で厄介になっている子、養護施設等で育てられている子…等々いるからね。すべての子どもに保護者は必ずいる(いなければ、国が面倒見る仕組みもあるし)ので、保護者が無難なんだと思う。

 “父兄”ってのは、家父長制度の時代には適した言葉だったのだと思うけれど、時代も法律も変わった現在、適切な言葉ではないわけだ。

 そういう意味でフランスは“父母”という言葉を止めようって事なんだろけれど“1号2号”は、ほんと、やりすぎだと思います。フランスって文化の国ってイメージだけれど、こういうところは、ほんと、ガサツだよなあって思います。


今月のお気に入り ワイヤレス・ヘッドフォン

 前のiPodが壊れ、音楽を聞く機械として、今のiPhoneに乗り換えてまもなく、ヘッドフォンをワイヤードからワイヤレスに変えました。アイフォンとヘッドフォンが線で結ばれていなくて、音楽データはiPhoneからブルートゥース経由でヘッドフォンに飛ばされていきます。これ、今までと比べると、格段に便利になりました。

 しかし、人間と言うのは、一つの便利に慣れると、そこが基準になって、また新たな不満が生まれるものです。私の場合、ヘッドフォンをワイヤレスにして、iPhoneとヘッドフォンがフリーになって便利になったにも関わらず、今度は右耳と左耳がつながっているのが不便に感じるようになりました。つながっている線を前に垂らすとアゴにひっかかるし、後ろに回すと襟にひっかかります。なんとも微妙な不快感が伴います。

 で、今度は、全く線のないタイプのワイヤレス・ヘッドフォンを購入しちゃったわけです。

 ごらんのとおり、補聴器のような構造で、右耳と左耳、それぞれに別々のヘッドフォン…ってか、イヤフォンを差し込みます。

 このタイプのものは、本来は高価で1万円前後しても不思議ではないのですが、こいつは廉価版で、とてもお安くなっています。今のところ、特に不便なく使っています。音質も私的には合格点です。中国製なので、品質に関しての不安はまだ完全には消え去っていませんが、ひとまずは良い買い物をした…と今のところは思ってます。

 一応、欠点らしき点を挙げておくと…充電の完了と言うか程度と言うか、そのあたりがとても分かりづらいです。充電はヘッドフォンに直接するのではなく、収納ケースに一旦充電した電気を、ケースからヘッドフォンに自動的に充電する仕組みになっているわけで、ユーザー的にはケースに充電すればオーケーなのですが、そのケースの充電の程度を示す(バケツリレーみたいな感じです)。充電完了のランプがケースの内部にあって、ケースに空いている穴(驚きでしょ?)から、それをのぞき見て判断するのです。で、それがとても見づらいのよ。充電ランプぐらいケースの表面に付けろよと言いたくなるほどのダメ設計です。まあ、充電ランプの仕様はヘッドフォンの本質とは関係ないし、充電ランプが見えなくても「まあ、2時間ぐらい充電しておけば、フル充電でしょ!」というノリでやってますが、気になる人には気になる仕様だと思います。

 全く“無問題”なチャイナ仕様です。文句は言っても、安いので不満には思ってません。


今月の金魚

 たまに丹頂のベルが死んだふりをしています。これはボケなのか? それとも本当に体調が悪いのか? 判断に困ってます。というのも、ベルは普通は普通に普通なんです。でもたまに死んだふりをしているのです。まあ、要観察レベルなんだとは思ってます。

 

今月のひとこと

 今年の大河ドラマの「いだてん」が低視聴率だそうで、このままだと大河初の打ち切りの可能性もあるとかないとか…。ああ、残念だなあ、あんなに面白いのに。私は毎週、ワクワクしながら見てますよ。通常の大河って、水戸黄門とか遠山の金さんとかと同じで、毎回毎回おなじみの人物が、みんなが知っている事をやっているだけの、歴史確認作業って感じで、連綿と既視感が続くだけの退屈なドラマで、ちっとも新鮮じゃないし、マンネリでしょ? そこへ行くと「いだてん」は、ゴール(日本人初のオリンピック選手)は知っていても、その途中は全く知らないわけで、そこがドラマとして楽しいんじゃない? みんな、もっと、腰を据えて見た方がいいよって…それじゃあ好みの押し付けか(笑)。(2019年2月27日~3月3日)

 愛用していたアタッシェケースが壊れてきたので、次のモノを買おうと街中を探してみたけれど、どこにもアタッシェケースが売っていない。カバン屋はもちろん、モールやデパートで探しても…無い。東京に行けばあるのかもしれないけれど、地方都市くんだりではアタッシェケースは見つけられなかった。ビジネスバッグはどこにでもあるんだけれど…みんな、パソコンとかタブレットを使うようになって、書類なんて持ち歩かなくなったのかな? でもオジサンは、まだまだ書類を持ち歩く人だから、アタッシェケースは必要なんだよなあ…。(2019年3月3~5日)

 結局、アタッシェケースはネットで買いました。実店舗で売っていないんだから仕方ないです。ネットでは、ケースの質感とか作りの具合とかが分かりませんので、変なものには手を出せません。実店舗なら、手にとって良い品だと確信できれば、どこの国の製品でも構わないのですが、ネットではそこらへんが分からないので、高価になるのは諦めて、国産のアタッシェケースにしました。おかげさまで、届いた品の品質には満足しているのですが、思っていたよりもケースが小ぶりだったのにビックリ。確かにサイズは書いてあって、現在使用しているケースよりも、厚みが2cm小さいのは分かっていたけれど、ケースの2cmって、こんなに違うんだとビックリしました。おそらく、実店舗なら、この薄いケースは避けてしまったかもしれません。やはり、お買い物はネットではなく、実店舗でしたいオジサンなのでした。(2019年3月5~7日)

 セブンイレブンにおける24時間営業の是非が話題になっています。フランチャイズ店のオーナーさんたちは24時間営業を止めたいのだけれど、それを本部が認めてくれない。そこで一悶着あって、本部が直営店で試験的に深夜営業を止めて、本来の7時-23時の営業を行い、それで24時間営業との比較をしようとしています。で、私の個人的な意見。深夜営業を止めたいというオーナーさんたちの気持ちは分かるし、私は深夜にコンビニを利用することはないし、もしも深夜にコンビニに行ってやっていなかったら、あきらめる程度の人間なので、深夜営業は止めてもらっても全然OKです。でもね、朝7時の営業開始は、ちょっと遅いよ。せめて6時には営業を開始してほしいです。と言うのも、職場で食べる朝食と昼食を、出勤前にコンビニで買っておきたいのよね。そのためには、朝の7時ではなく、遅くとも6時には営業してほしいのです。だって、私、毎日、日の出前に出勤しているんだもの。朝7時なんて、すでに職場に入って、お仕事始めているしね。だから、7時よりも前にコンビニがやっていないと、私的には朝メシ抜きになってしまうのよ。それはつらいので、深夜営業は止めても、早朝営業は続けてほしいと、切に願う私です。(2019年3月7~16日)

 例によって仕事の繁忙期に入りました。毎日、泣きながら働いています。今年はブログを休まずに書けるでしょうか? 頑張ってますが、お休みしちゃったら、ごめんね。(2019年3月16~19日)

 ごめんなさい。本日(2019年3月19日)は、私のブログの運営会社であるココログの大規模メンテでした。メンテ中だったので、朝のブログ記事の投稿ができなかったのですが、そこから夕方5時までメンテが続き、メンテが終わっても、予約した記事は投稿されず、サーバーもだいぶ不調のようで、私はプログの管理画面にすらたどり着けませんでした。なので、やむをえないので、本日はブログをお休みする事にしました。本当にごめんなさい。楽しみにしていた皆さん、勘弁な。(2019年3月19~20日)

 ココログの不具合はまだまだ続いています。本日(2019年3月20日)の記事のアップが遅くなったのは、予約投稿をきちんとしたにも関わらず、やってもらえずに、仕方なく手動アップをしたので、遅くなりました。他にも、記事中の改行がちょっと変だったり、ブログ村に記事をアップした連絡が届いていない(つまりランキングに何も反映しない)とか、まだまだあれこれあるんです。落ち着いたら、これらの点は改善されるのかな…?(2019年3月20~21日)

 まだまだココログのリニューアルのためのメンテの影響を受けています。未だにブログ村へのpingの送信方法が分かりません。ひとまず今回(2019年3月21日)は、手動で送ったけれど、こんな事、毎回出来ないよなあ。未だに予約投稿もうまく動いてくれないので、記事のアップも結局手動で行ったし…。そう言えば、スマホからPC版の画面で見れないのも、すごいストレスです。PC版とスマホ版では、圧倒的に情報量が違うんだよね。とにかく、現状はリニューアルして、使い勝手がかなり悪くなっています。単純に私が新しいシステムに慣れていなくて、適切な方法が見つけられずにいるための不都合なら良いのだけれど…。それにしても、今はかなりのストレスと不具合を感じて参っています。(2019年3月21~24日)

 どうやら、新ココログでは、Pingの送信手段が無い事が判明。今後は常に手動でPingをブログ村に送らないダメな様子。ああ、心が重い。予約投稿も不安定で、出来ている時と出来ていない時があるのだけれど、その法則性が未だに不明。スマホからPC版の画面もどうやら見れない仕様になっているみたい。それにサーバーが不安定過ぎて、自分のブログにアクセスできない事も結構あります。大丈夫なのか? ココログ。このままココログを使い続けていていいのか、悩みます。かと言って、よそに引っ越すのもアレだし、もはやブログの時代ではない事も考えると、いっそブログを辞めて、他のメディアに移行するのもありだな…なんて考える我でした。(2019年3月24~25日)

 新ココログの不具合状況には、まだ慣れません。改行を認識してくれないので、あっちこっちにたくさんの改行を入れないといけません。結構、面倒です。PCの方は問題ありませんが、スマホ版のここのブログのアドレスに変更がありました。なので、以前のショートカット(スマホ的にはアイコンか)から行くと、私のブログにたどり着けず「ここにあったブログは辞めちゃったよ」的なメッセージが出ちゃいます。これは、ちょっとヒドイ仕様だよなあ…。スマホからここのブログを見ていた人たちは「すとんさん、ついにブログ辞めちゃったんだ…」って思っちゃうじゃないの。折れそうな心を何とか支えながらブログ書いているのに、ちょっとココログさん、ヒドイなあ(涙)。(2019年3月25~29日)

 海外からこのブログを見ている皆さんへ。ただいま、ココログがバグっていて、海外からのコメントを受け付ける事ができません。私のせいじゃないけれど、ごめんなさい。(2019年3月29~31日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

 

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