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2019年3月18日 (月)

“下手”という言葉は、使いづらい

 我々は日常生活の中で、割と簡単に“下手”という言葉を使いたがりですが、音楽の世界では“下手”という言葉は、本当に使いづらいなあって思ってます。

 まずは私のようなアマチュア音楽家の演奏に“下手”とは言いづらいです。なぜなら、アマチュアは、基本、道楽であり、旦那芸ですから、下手くそが大前提にあり、そんな彼らに“下手”と言うのは、野暮というものです。なので、私は、“技術的に未熟”とか“上手いとは言えない”という表現を使いがちです。

 実際、下手な人に向かって、キミは下手だね…なんて言えるほど、空気の読めない人ではないからね。

 次は、音楽オタクとして、無責任にプロの演奏に対して“下手”と言っちゃう人もいるけれど、私はやっぱり、プロの音楽家に対して“下手”とは言いづらいのです。いやむしろ、プロには下手な人はいない…とすら断言しちゃいます。

 実際、プロなのに下手な人がいたら、音楽業界は厳しいですから、あっという間に淘汰され、プロとしてやっていけないはずなのです。ですから、プロとして活動できている人に、下手くそはいないのです。

 もちろん、プロであっても、演奏でミスをする人はいます。いや、ミスをしない人はいません。ミスの少ない人もいますが、盛大にミスをする人だって、プロにはいます。いや歌いながらピアノ弾いちゃう人なんて、ミスどころの騒ぎじゃなくて、ピアノよりも歌の方が耳についたりしちゃいます。ある意味、ミスよりもひどい話なのかもしれません。

 じゃあ、ミスの多い彼らは下手くそなのかと言えば、そうではないでしょう。無論、コンクールなどの場面では、ミスの少ない方が良いに決まっていますが、通常のコンサートでは、ミスの多寡なんて問題にはなりません。いくらミスが多いと言っても、音楽のカタチが崩れるほどのミスを連発する人はプロとしてやっていけませんから、ミスが多いと言っても「他のプロと比べるとミスが多い」程度のはずです。

 プロの場合、ミスの多寡よりも大切なのは『その演奏で金が取れるのか』って事でしょう。そういう意味では“上手な演奏=金が取れる演奏”であるわけです。

 じゃあ、金が取れないような演奏は下手くそな演奏なのかと言えば、それも違うと思います。金が取れない演奏と言えども、技術的には一定水準をクリアしているはずですから、技巧的に下手なわけはありません。ただ言えることは“金が取れない演奏=人々に好まれない演奏”であるという事です。

 人々に好まれない…つまり、好かれない、愛されない…ってだけの話です。少なくとも、お金を払ってまでは聞きたいとは思わないって事です。ざっくり言っちゃえば、好みの問題なのです。

 好きな演奏にはお金を払うけれど、嫌いな演奏にはお金は払いたくない…ってだけの話なのです。で、嫌いなタイプの演奏をするプロに向かって「下手くそ!」と、ついつい言ってしまいたくなるけれど、それは技術的に下手なのではなく、自分の好みの演奏ではないってだけで、それに対して“下手”と言うのは、違うんだなあって思うわけです。

 そう考えていくと、ほんと、下手という言葉は使いづらいのです。

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コメント

トルストイが「幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う。」と言っていますが、良いもの、完全なものより悪いもの、不完全なものの方が個性的なのだと思います。
つまり長所よりも短所の方がバリエーションが多いのです。
だからアマチュアに「下手ですね」というくらいなら、音程とか発声とか具体的にどこが良くないか言うのではないのではないでしょうか?
どこが良くないか具体的に説明できず、それでもけなせない場合は「頑張っていますね」「これからが楽しみですね」とかが多いのではないでしょうか?
「上手ですね」はプロにはちょっと失礼だけど、「さすがですね」「素晴らしいです」「感動しました」「きれいに歌えていますね」なんかが良いですかね。

ドロシーさん

 そうですね。「下手だ」と言うよりも、どこが不足していて、どこが間違っているのかを指摘してあげるのが親切なのかもしれませんが、人間の中には、そんなに親切にはなれないタイプの人もいるので、下手な演奏を聞かされて、イライラして不愉快な気分になったのを「下手くそが!」と言って、うさばらしをしちゃっているのかもしれません。

 私はそんな人にはなりたくないと思ってますが…。でも、怒りの沸点が異様に低い人って、いるからね。すぐに舌打ちしたり「死ね!」とかつぶやいたりする人って、案外大勢いるんだよなあ。

>「上手ですね」はプロにはちょっと失礼だけど

 そうなんです、プロはできて当たり前だから、褒めちゃ失礼なんですよね。私の場合「感動しました」とか「憧れます」とか言うことにしています。

こんばんは、

> “下手”という言葉は、使いづらい

プロ、アマチュアどちらに対しても下手とか上手という感覚はなくて単に好き嫌いです。極端にいうと録音技術の成果もありますがまた聴きたいとおもうかそうでないかでしょうか。好きなとき何があったのかビックリしてしまいまた聴きたいとおもってしまいます。繰り返し聴くことで一回性を否定していますが。
音楽コンクールの是非はおいといて、入賞者の方の演奏をコンクールの会場、ライヴ放送、入賞後のリサイタルなどで聴くとなんとなく違いがわかります(コーヒーではない)。これも旦那芸でしょうが。
ピアノを触らなければ数分はピアノレッスンできると言われたこともあります。

失礼しました。

tetsuさん

 tetsuさんのように、色々な要因はあるにせよ、聞く側からすれば、音楽には、上手下手があったとしても、それが決定的な問題ではなく、むしろ好き嫌いが一番の問題になるんだろうと思います。

 そうは分かっていても、ついつい上手いとか下手とかいう基準で(特にクラシック)音楽を聞く人たちが一定数いるようです。これは、上手い下手で評価される世界にいた人たちに見られるような気がします。

 それこそ、音楽コンクールの是非はおいとくとしても、そういう世界の周辺のスズメたちには、上手い下手は大切な価値基準になるわけだし、そういうスズメに憧れる人もいるわけですし、影響される人もいるわけです。

 後は学校教育の影響かな? クラシック音楽ってのは、学校教育とは無縁ではないですからね。

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