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2019年1月29日 (火)

インフルエンザになりました

 表題通りです。インフルエンザになりました。いやあ、参った。弱っています。とにかく、あれこれ苦しいし、モノを考えるのも億劫になっています。こんな時に、ブログを書いても、舌禍事件を起こしそうなので、一週間ほどブログのお休みをいただき、治療回復に専念したいと思います。

 ブログの再開時期は、2019年2月5日(火)としたいと思ってます。まあ、また何か変更事項があったら、ここで連絡します。

 しばらく、お休みしますので、よろしくお願いします。

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2019年1月28日 (月)

iPhoneのホームボタンが使えなくなって困りました

 昨年、iPhoneを買い替えた私です。現在の私のiPhoneは新型のiPhone X ではなく、旧型のiPhone 8Plus だったりします。

 それはさておき、iPhoneを買い替えて困ったのが、ホームボタンがうまく使えなくなった事です。

 別に故障したわけでもなく、寒くなるまで、何の不自由もなく使えていたのですが、ついぞ寒くなってきたので、手袋をするようになったら、途端にホームボタンが反応しなくなりました。

 私が使っている手袋は、手袋をしたままスマホが使えますというタイプの奴で、いわゆるスマホ対応手袋って奴です。これ、便利ですよ。で、このタイプの手袋なら、手袋をしたまま、スマホの画面をタッチしても、きちんと反応してくれるんですよ。ええ、iPhone 8Plus でも、ちゃんと画面操作できます。

 問題は、ホームボタンね。昨年まで使っていたiPhoneでは手袋をしたままでも問題なかったのに、今のiPhoneだと、この手袋をしたままだと、全くホームボタンが反応しません。あれあれと思って、気合い入れてビシバシ押してみても全然ダメ。で、結局、ホームボタンを使う時は、いちいち手袋を脱いて操作しなければいけなかったのです。めんどーくせー。

 そこで調べてみたら、今までのiPhoneのホームボタンは、リアルに機械式のボタンだったのに、このiPhone 8Plus のホームボタンは、ボタンに見えるけれどボタンではなく、、感圧式センサーに変更になったのだそうです。つまり、今のホームボタンは見かけはボタンでも、実際は感圧式のセンサーなので、いくら押しても、ある一定の圧力を感じないと反応しないわけですが…手袋をしていると、指先が毛糸で覆われていて、いわば“とっても柔らかい”状態なので、これでビシバシ押しても、iPhoneは押された気がしないので、全然反応しないってわけです。

 なので、この寒空の中、ホームボタンを操作する時は、仕方なしに手袋を脱いで操作するのは、寒いし、なんか負けたような気がして、内心グチグチしていました。

 何か良い方法は無いものかと思っていたら、ふと思いついたのが、最新型のiPhoneにはホームボタンが無い事を思い出しました。私は最新型のiPhoneを使った事はないのですが、最新型のiPhoneでは、ホームボタンがなく、その代りのモノが画面の中にあるそうです。

 つまり、最新型のiPhoneでは、ホームボタンの機能が、ハードウェアであるホームボタンではなく、ソフトウェアで対応しているというわけで、ならばきっと、最新型の一つ手前の、私のiPhone 8Plus にも、大きな声で言ってないけれど、ホームボタンの機能がソフトウェアで実現されているかもしれない…と思って、とりあえず探してみました。

 ありましたよ(笑)。それも、ソフトウェア版のホームボタンが!

 「設定」->「一般」->「アクセシビリティ」->「Assistive Touch」

 ここでAssistive Touchを有効にすると、ソフトウェア版のホームボタンが出現します。

 いやあ、便利。これなら、スマホ対応の手袋をしたまま、スマホの操作が出来ます。やったね。

 iPhoneには、我々の知らないたくさんの機能が、まだまだありそうです。

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2019年1月27日 (日)

国会議員の給料はもっと下げなきゃダメ?

 これはしばしば聞かれる声です。「国会議員の先生方の給料は高すぎる。もっと安くしないといけない。議員の給料は、国民の税金から支払われているのだし、国民の生活が苦しいのだから、議員ももっと安月給にして、国民と同じ苦しみを味わわなければ、本当の政治なんてできないのだ!」

 この言葉は、全面的に正しいとは思えないものの、じゃあ間違っているのかというと、そうでもない部分もあって厄介だなあと思ってます。

 日本の国会議員の歳費(国会議員の場合“給料”ではなく“歳費”と言います)は、世界最高水準だと言われています。一般議員さんで、月額約130万円です。これに各種手当てが含まれるので、年額では約2200万円になるんだそうです。すげえなあ…。

 もっとも、これは給与ではなく歳費であるという点には気をつけないといけません。給料であれば、全額個人の収入になりますが、議員さんの場合は歳費なので、すべてが自分の収入になるわけではありません。

 例えば、国会議員さんは何人もの秘書さんを抱えているのが当たり前ですが、彼ら秘書は、3人の公設秘書とその他の私設秘書に分かれます。公設秘書の給料は国費から支払われますが、私設秘書の給料は議員の歳費の中から支払われます。3人の公設秘書だけで活動している議員さんはいないので、数名の私設秘書さんが必ずいます。仮に私設秘書さんが3名いたとして、彼らへの給料の支払いに1000万円使ったとしたら(私設秘書さんの給料って、結構安いんですよ)、歳費の残りは1200万円になります。

 政治活動をするには拠点(事務所ですね)が必要です。東京での事務所は議員会館があるから良いとして、それぞれの選挙区にも事務所が必要です。この地元の事務所の維持費が、議員さんによって違うのですが、人件費込みで、年間で約1000~2000万円ほどかかるそうです。この段階で、すでに歳費は吹っ飛びます。あらまあ。

 さらに議員を続けていくためには選挙で勝ち続けなければいけませんが、選挙にはお金がかかります。選挙のために、常日頃から選挙資金を貯めておかないといけないし、なによりも議員本人と家族の生活費だって必要なわけです。

 そう考えると、国会議員さんのお財布は、世界最高水準の歳費であっても足りないわけです。なので、現実の議員さんたちは、赤字補てんに走っているわけです。

 まあ、献金ですよね。いわゆる企業献金とか団体献金であったり、各種パーティーで資金集めをしたりするわけで、副業(本業?)があれば、そちらの収入にも頼るだろうし、派閥のボスからお恵みをいただく事だってあるそうです。これらの活動で、足りない分を補っているわけです。

 そうやって、政治家のお金の使い方を見ると、確かに派手に使っているものの、決して、私服を肥やしているとは思えないし(そんな事をしていれば、選挙で落とされちゃうでしょうし、もしも落とせないのたら、そこの選挙区の市民の皆さんの目が節穴ってだけの話です)、あんまり歳費を下げて、議員さんが政治活動よりも集金活動に熱心になってししまうのも、本末転倒です。

 経費の事だけを考えたら、民主主義を辞めてしまうのが、一番経費が掛かりません。中国のように、国の政治は政治家ではなく官僚たちが行うようにすれば、議員歳費は不要になり、官僚の給料だけで済みます。だって、選挙しなくていいんだから、秘書もいらないし、地元の事務所もいらないし、あれこれ政治活動なんてしなくていいわけです。お金掛からないよ。その代わり、選挙が無いので、官僚の皆さんのあれこれやりたい放題になって、汚職が蔓延るでしょうし、何事にも付け届けが必要になってくるかもしれません。国民の声が政治に反映しづらくなります。

 いやいや、いっその事、独裁制はいかがですか? 清廉潔白な独裁者なら、ほとんどお金は使いませんよ。中東諸国のように「税金はいりません」って事にだってなるかもね。その代わり、独裁制は…おバカちゃんが独裁者になった時は、目も当てられなくなるというリスクもあるんだけれど…ね。

 とりあえず民主主義を継続していくのなら、民主主義って、非効率的なシステムなわけで、何事にもお金も掛かれば、時間も掛かるって事を知っておかないといけません。それを民主主義のコストとして考えられれば良いのだけれど、そうでないのなら、民主主義を辞めるしかないのかなって思います。

 とは言え、議員歳費が世界最高水準って言われてしまうのも、不名誉な話です。議員の歳費関係は、あれこれ整理されるべきで、もっと国民の理解を得やすいカタチにしていった方がいいとは思いますが、別に私、具体的な案を持っているわけではありません。

 あと世の中には、国会議員にあれこれ文句を言いたい人がいるわけですが、文句があるなら、ぜひその人自身が国会議員になってもらって、色々と改革をしてもらうのが一番良いのになあ…って思ってます。外野からヤイノヤイノと言っても、何も変わりません。結局、中に入らないと分からない事って、たくさんあるものね。

 たぶん、一番の問題は選挙なんだよね。選挙をやらなきゃ、私設秘書もいらないし、地元の事務所だって小規模でイケちゃうと思う。結局、選挙を考えると、地元を大切にしないといけない、地元で働く人間と事務所が必要になってくるわけだ。だから、選挙がなければ、案外そんなにお金は掛からないのだと思うけれど…選挙は民主主義の根幹だからね、無しってわけにはいかないよね。ならば、お金のかからない選挙のやり方を考えないといけないわけで、何か良い方法って、無いものかしらねえ。

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2019年1月26日 (土)

ベルの調子が悪い

 ベルは丹頂という種類の金魚です。たぶん、我が家では一番小さな金魚です。我が家に来た当初の子どもだった頃は、愛らしい顔つきをしていましたが、成長するにつれ、顔のバランスが崩れ、今では鬼瓦のような顔つきをしています。

 それでもまあ、元気ならば問題ありません。最近のベルは、あまり元気ではないのです。よく一匹だけで単独行動を取り、水面近くに浮いていると言うか、漂っていると言うか、あまり調子が良くなさそうなのです。それも普通の姿勢で浮いていればいいのですが、たまに横になったら、もっとたまには転覆して浮いているのですよ。ちょっとマズイ気がします。

 とは言え、決して、転覆病になったわけではなく、一日の大半は普通の姿勢で過ごしていますので、今はまだ調子が悪くなったとは言え、まだまだ初期の段階なのかもしれません。今の段階で、体長を戻して、元気になってほしいと思ってます。

 それにしても、金魚の転覆病って冬の病気なんですってね。水温が低いとなりやすく、水温が高いとなりにくいのだそうです。じゃあ、今の時期はある程度は仕方ないか…。真夏は金魚のために冷房を入れている我が家ですが、冬は人がいる時間しか暖房を入れていません。湘南だから、そんなに寒くない…というわけで、どうかすると、人がいても暖房を入れなかったりします(その分、厚着でやり過ごすんですね)。

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2019年1月25日 (金)

フルートって、バリエーション有り過ぎ!

 私は別に楽器博士ではないので、他の楽器について、そんなにたくさんの事を知っているわけではありません。それでも感じる事があります。それは…

 フルートって楽器は、バリエーション有り過ぎ!

 一言で“フルート”と言っても、楽器としては、あれこれちょっとずつの違いがあって、ハードウェアとしては、かなりバリエーションが豊富で、個性が豊か過ぎるのではないかと思うのです。

 例えば、フルートは管楽器で、管楽器の素材は、通常木材です。もちろん、フルートには木材で作られた楽器もありますが、基本は金属で作られています。銀が標準ですが、白銅や洋銀も多いし、金や白金を使ったものもあります。特に、金や白金は貴金属です。フルート以外に、貴金属で作られた楽器で…ありましたっけ? さらに昨今では、プラスチックで作られた楽器すらあります。

 普通は金属なら金属で、木材なら木材で楽器が作られるものですが、金属でも木材でもプラスチックでもOKなんて、なんてバリエーション豊かなんでしょ!

 他の楽器にも調性の異なる複数の管楽器はあります。E♭管とかB♭管とか、同じ楽器なのに、管長を変えて、異なる調性に対応しているってパターンです。一方、フルートは基本的にC管です(まあ、G管であるアルトフルートとか、1オクターブ低いバスフルートもありますが…)。フルートにはC管なのに、C管とH管と呼ばれる管があります。この場合のC管はC管なのですが、H管は低い音が半音拡張されているC管の楽器をそう呼びます。なので、フルートには、低音が拡張されている楽器と拡張されていない楽器がある…というわけです。

 あと、気にする人は気にしますが、リングキーとカバードキーの二種類があります。本来、管楽器はトーンホールを指で塞いで音程を作るという事から考えれば、すべてのフルートはリングキーでいいんじゃないかと個人的には思いますが、実際は数多くのカバードキーのフルートが流通しています。たぶん、数で言ったら、リングキーよりもカバードキーの楽器の方が多いかもしれません。なら、全部カバードキーにしちゃえばいいのに…って思うのだけれど、なぜか2種類の楽器が流通しているわけなのです。

 Eメカなんて、そもそもフルートは構造的にEが出しづらいのならば、すべての楽器にEメカを搭載しても良さそうなものなのに、Eメカを搭載している楽器と搭載していない楽器があります。

 あと、搭載頻度はかなり低いようですが、G/AトリルキーやCisトリルキーを搭載している楽器もあります。

 クラシック音楽で使われる楽器…例えば、ヴァイオリンなんて、数万円の楽器も数億円の楽器も、構造は同じだし、素材だって同じだよね。管楽器ならば、調性の異なる複数のタイプの楽器は存在するけれど、それって基本的にはサイズ違いなだけで、後は基本的に同じです。

 ポピュラー音楽で使われる楽器は、クラシック音楽で使われる楽器と比べると、バリエーションが豊富です。でも、エレキギターならば、楽器としての基本的な構造は同じで、デザインの違いでバリエーションの違いを出します。キーボードなどは、ピアノとかオルガンとかシンセとか…そもそも楽器が違うわけだし…。

 そこへ行くと、フルートの場合は、クラシック系の楽器であって、同じフルートという楽器であっても、それぞれの楽器ごとに、ちょっとしたギミックが違い、楽器としての機能もちょっと違うというのです。こういうバリエーションの付け方って…フルート独特ではないかと私は思ってます。

 つまり、フルートって楽器は、個性豊かな楽器であると言えますし、そういう楽器を選んだ笛吹きという人種は「自分は他の人とはちょっと違う」を大切にする性格の持ち主が多そうな気がします。

 それって私の思い込み?

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2019年1月24日 (木)

歌曲は正確に歌いましょう

 声楽のレッスンのさらに続きです。今回は、ベッリーニの「Per pieta, bell'idol mio/私の偶像よ」をやりました。

 まず、歌詞の読み間違いを直されました。“ bell'idol”を私は「ベライドル」と(無意識に)読んでいましたが、これ「ベリドル」が正解。“idol”は、イタリア語では「イドル」なんだよね、「アイドル」と読むのは英語読みで、これだけ長いことイタリア語の歌を歌っているのに、未だにアルファベットを見ると英語読みしちゃうダメな私がここにいます(汗)。

 今回、徹底的にしごかれたのは、リズムです。特に付点がついている箇所と付点がついていない箇所を明確に歌い分ける事です。付点がついていようとついていなかろうと、そこらはアバウトになんとなく歌ってしまいがちですが(って、それは私だけ?)、そうではなく、付点アリは付点アリとして、付点ナシは付点ナシとして、きちんと歌い分けましょうって事です。

 もしも、コンクールで歌曲を歌うことになったら、歌曲は正確さが大切なので、こういう箇所を丁寧に歌うことが要求されるので…って事らしいです。すでに先生的には、コンクールモードに半歩ほど踏み込んでいるようです(私はまだまだなんですが:汗)。

 この曲は中声用で歌っている事もあって、最高音は高いGで、私的にはまあ苦労がなく、なんとなく出せているのですが、そのなんとなくさが、音程の甘さを出しているようで、聞かせどころの高音は、確実にバシっと出さないといけないわけで、このGを確実にバシっと出す練習をしました。要は、早めに高音準備をするだけの話ですが、腹圧をかけるタイミング、ノドを開けるタイミング、ノドに頼らずに発声する事等々、まあやる事はたくさんあります。なんとなくでも歌えるのだけれど、なんとなくじゃあダメってわけです。

 あと、無駄にポルタメントを掛けているところは、そんなに粘って歌わないようにするなど、全体的に“楽譜が見えるように”歌うように指導されました。

 もしも歌曲でコンクールに出るなら、強弱記号や発想記号、その他アーティキュレーションなども厳密に楽譜通りに歌えるように指導するそうです…って、それじゃあまるで、フルートのH先生のレッスンみたいじゃん…って、そうかH先生のレッスンって、コンクール出場レベルの事を毎回要求されていたんだなあ…。

 コンクールを歌曲で出るなら、より精密で正確な歌唱が求められるし、オペラアリアでいくならば、もっと声に磨きをかけて安定的で魅力的な声で歌えないといけないし…どちらも難しいなあ…って、そりゃあ当たり前だよね。クラシック声楽って、プロが存在するジャンルなわけで、そこに趣味のアマチュアの人がどれだけ出来るのかって言えば、そりゃあロクに出来ないわな。で、その出来ないで開き直っちゃコンクール出場の意味も意義も無いわけで、届かないながらも、できるだけ遠くに手を伸ばして、背伸びをしていかなきゃいけないわけです。

 つまり、今の全力を尽くす…ってわけです。これを「うわあ、大変だ!」と思うか「成長するチャンスじゃん」と捉えるかで、あれこれ変わるだろうけれど、私はなるべく後者で行きたいなあって思います。

 だって、実際、チャンスだしね。

 とにかく、正確さに気をつけて歌っていきたいと思ってます。

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2019年1月23日 (水)

体調が悪い時の方が、むしろ発声は良い

 声楽のレッスンの続きです。

 まずは発声練習からです。しかし、今回のレッスンはつらかったです。とにかく、この日の私は、原因不明だけれど体調が激悪だったんですよ。

 その日の夕方までは元気だったんです。でもね、夕方からお腹に違和感を感じるようになり、夜、レッスンに行く頃には、ドーンと重たくなっていました。先生のお宅に伺う前に、道端で何度も“マーライオン”になってしまいました。いやあ、あんなに激しく、あんなに何度も吹き上げちゃうなんて、人生初めてかもしれません。

 でも、レッスン中に“マーライオン”になるわけにはいきませんから、そこはグッと我慢してレッスンを受けたわけだけれど、いやあつらかった…。

 ちなみに、レッスンを終えて、先生のお宅を出た途端に、再び“マーライオン”になり、そこから歩けなくなって、結局、タクシーを呼んで帰宅しちゃいました。それくらいに体調が悪かったのです。

 それほど体調が悪かったので、かえって声は良かったようです。体調が悪いと、あれこれ無理はできないわけで、声一つ出すだけでも、きちんとメソッド通りに全身を使わないと出ないわけで、それが返って功を奏して、今回のレッスンはなかなか良い声で歌えていたそうです。

 今回の発声練習では、腹圧を掛けるタイミングの練習をバッチリやりました。歌う音程によって、腹圧を掛けるタイミングと強さと深さをコントロールする練習です。あんまり強く腹圧を掛けちゃうと“マーライオン”になっちゃっうって(笑)。

 そんな練習を散々やったので、腹筋はともかく、腹筋背筋など体幹の筋肉がおかしくなってしまうのではないかと思ってしまいました。いやあ、歌うって、筋肉運動なんだなあ。

 腹筋を強く使って歌っていく事で、声のポジションと響きを高く持っていって歌うことができます。

 ちなみにハミングでの響きを高く持っていく、できれば鼻よりも上の頭蓋の中に持っていけると、声の響きも高めに持っていけるようです。ですから、ハミングでいい感じの響きを得られたら、同じような感じで発声していくと、高めの響きで歌えるようです。そのためには、強い腹圧とヌケの良い息の通り道が必要な気がしますです。

 他にもたくさん習ったはずなんだけれど…体調が悪いと記憶力が低下するのか…よく覚えていません。残念。

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2019年1月22日 (火)

コンクールに参加する際の心構えみたいな事について教えてもらいました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはコンクールの参加について、あれこれ教えていただきました。コンクールに参加するなら「結果に一喜一憂しない事」が大切だと言われました。とにかく、コンクールというものは、参加者にとっては、たいてい納得のいかない結果になりがち…なんだそうです。「なぜ、あの下手くそが私よりも上位なんだ!」とか「私の実力で、この順位はおかしい!」とかね。それで実際に壊れてしまう人もいるんだそうです。

 また逆に良い成績をもらって、有頂天になって、思い違いの考え違いをしちゃう人もいるんだそうです。具体例は…あまりに痛い話を聞きましたので、ネットに書かないでおきますが、とにかくコンクールで上位に食い込んだとしても、喜んじゃいけないのだそうです。

 良い成績をとって喜んじゃダメ、悪い成績になって腐ってもダメ…って、難しいですね。なんか、話を聞いていると、音楽をやっている人って、メンタルが弱すぎるんじゃないの…なんて思ったりもします。でも、それが人間…なのかもしれませんね。

 私はたぶん、大丈夫。そんなに自分を買いかぶっちゃいません。でもまあ、上位に食い込めたら嬉しいけれど、世の中、上には上がいるし、一般の部だからと言っても、訳のわからない怪物のような人もいるだろうし…ね。

 後はコンクールの特徴も大切だと言われました。今回、私が出場する予定のコンクールは、魑魅魍魎の世界というか、なんでもアリのコンクールなので、皆目見当がつかないのだけれど、普通のコンクールでは、暗黙の審査基準ってのがあって「歌が正確」である事が最優先されるコンクールもあれば「声と才能」が見られるコンクールもあるし「売れるか売れないか」で判断されるコンクールもあるそうです。まあ、コンクールによって大切にされる事はマチマチだって事ね。

 選曲についても教えてもらいましたが、いやあ、難しいです。

 選曲のコツは2パターンあるそうです。1つ目は、審査員が知らないようなマニアックな曲を歌うこと。審査員が知らないような曲は、多少失敗しても低い点が付きにくいのだそうです。もちろん、上手に歌えれば良い点が付きやすいわけだし…。

 もう1つのパターンが、コンクールでよく歌われるような、ありふれた曲を完璧に歌うというやり方です。一つのコンクールで同じ曲を何人も歌っていたら、その中で一番上手に歌えば、全体の中でもかなり上位に食い込めるはずなんだそうです。定番曲だからこそ、それを完璧に歌えば高得点になる…って話です。

 つまり、誰も知らない曲をそこそこのレベルで歌うか、みんながよく知っている曲を完璧に歌うか…がコンクールで勝ち上がる選曲なんだそうです。難しいねえ…。

 それでもなによりも大切なのは、今、自分が一番歌いたい歌を歌う…ってのが、実は一番結果が良い…とも言えるそうです。だって、歌いたい歌なら、熱心に練習するし、気持ちがより強く入り込むからね。それと、無謀な選曲はダメだけれど、調子が良ければ歌える…というレベルの“ちょい難しめ”の曲が良いのだそうです。その日の調子が良ければ良い結果になるだろうし、調子が悪ければ、それはそれで諦めもつくだろうから、少し背伸びをした選曲が結果的に良いんだそうです。

 そうね、そうなんだよね。

 と言う訳で、次回のレッスンまでに、コンクールの曲の選曲をしてくる事になりました。何を歌ったらいいかしら…ねえ。

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2019年1月21日 (月)

2019年 プラハ国立劇場の『フィガロの結婚』を見ました

 なぜ、タイトルの冒頭に“2019年”と付けたのかというと、実は2013年にもプラハ国立劇場の『フィガロの結婚』は見ているからです。なので、タイトルに“2019年”と付けました。

 どこで見たのかと言うと、自宅から徒歩10分の地元の市民会館です。徒歩10分で、本格的な海外歌劇団の引っ越し公演が見れるというのは、幸せな事です。もっとも地方の悲しさで、この公演でのメインであるエヴァ・メイの伯爵夫人は無しで、別の歌手さんが演じます。ま、たいてい、当地にくる海外歌劇場引っ越し公演は、東京公演では目玉になっているスター歌手抜きでの公演なんだよね。もっとも、その分、かなり格安な価格設定になってはいるんだけれど…。

 さて、今回知った事だけれど、一言で“プラハ国立~”と呼んでしまうけれど、実際は3つの歌劇場があるんだそうです。日本語で言うと、1つ目が“プラハ国立歌劇場オペラ”、2つ目が“プラハ国立劇場”、3つ目が“プラハ国立歌劇場”だそうです。で、今回、当地に来ているのは、1つ目の“プラハ国立歌劇場オペラ”で、通称“スタヴォスケー劇場”さんです。ちなみに“スタヴォスケー劇場”とは“貴族劇場”という意味で、プラハでは最古参のオペラ劇場なんだそうです。さらに、1つ目と2つ目は、ホールとしての歌劇場は別だけれど、これを運営している歌劇団は同じなので、プラハ国立歌劇場オペラの公演を『プラハ国立劇場』の公演と名乗っても、全然問題はないようです。ちなみ、プラハ国立歌劇場さんは、その設立経緯も運営団体も違うので、これはゴッチャにしてはいけないようです。

 で、今回やってきたプラハ国立劇場は、6年前にやってきたプラハ国立劇場と同じ、スタヴォスケー劇場なんだそうです。

 「同じ歌劇団が同じ演目を上演するの?」

 そうなんですよ。それに気づいたのは、実はオペラ当日だったりします。まあ、事前に知っていたからと言って、きっと見に行ったと思いますが、6年ぶりとは言え、同じ歌劇団の同じ演目を見るなんて、テレビの再放送を見るような感じかな…と、ちょっとしょんぼりしたのは本当です。

 でも、行ってみたら、同じ歌劇場が同じ演目をやっていましたが、演出が全然違っていたので、全く別物として楽しめました。そうだよ、そうじゃなくっちゃ残念だよね。

指揮 ズビネク・ミュラー
演出 マグダレーナ・シュヴェツォヴァー

フィガロ ミロシュ・ホラーク(バリトン)
スザンナ ユキコ・キンジョウ(ソプラノ)
伯爵 ロマン・ヤナール(バリトン)
伯爵夫人 マリエ・ファイトヴァー(ソプラノ)
ケルビーノ アルジュベータ・ヴォマーチコヴァー(メゾソプラノ)
マルチェッリーナ スタニスラヴァ・イルクゥ(メゾソプラノ)

 前回の演出は、多少時代背景を現代寄りにした、演劇色の強いシリアスな演出でしたが、今回の演出は、極端にコメディーに振り切った演出となっていました。なにしろ、登場人物のヘアスタイルが、みんな変(笑)。また、無声映画時代のお笑いのような、極端で類型的な演技が多様され、いかにも「笑ってください」って感じのノリでした。

 今回の演出の特徴の一つに、5人のダンサーの活躍があります。男性1人、女性4人なのですが、彼らが(男性ダンサーも含めて)メイドの格好(つまり、男性は女装をしているわけです)をして、黙役でありながら、黒子のような働きをして、オペラを進行していくのです。

 さらに、フィガロの結婚というオペラは4幕ものですが、これを2幕ずつまとめて、いわゆる2幕ものとして上演していたのですが、当然、本来の1幕と2幕の間、3幕と4幕の間には、舞台装置の移動などの時間が必要なのです。そのために、一度舞台の緞帳を下ろすのですが、その際に、彼らダンサーたちが幕前に立って(チェコの歌劇団なのに)イタリア語でコントをやるんですが、これもまた面白いんです。ただ、笑いのツボが日本人とは違うので、会場には今ひとつ受けないのですが、私はクスっときましたよ。

 さらに、この演出の面白いのは、ケルビーノがダブルキャストだった事です。つまり、ケルビーノという役を二人の人が演じていたって事です。

 もちろん歌唱の部分は、メゾソプラノの方が男装をして演じていたのですが、ケルビーノって、劇中で2回女装するんです。そもそも、ケルビーノというのは、役柄としては男性なのですが、いわゆるズボン役なので、女性歌手が演じます。女性歌手が演じる男性が女装をするというのが、このオペラの面白さなのですが、その女装部分になると、演者が変わるんです。男性ダンサーがケルビーノになります。なので、最初の女装シーン(伯爵夫人の部屋の場面)では、着替えをして、衣装を脱ぎかけますが、実際には女装はせずに、リアルな男性が、着替えの途中なので、半裸な男性として演技をします。歌の部分は舞台の後ろで女性歌手のケルビーノが歌いますので、女装はせずに半裸な男性が部屋で伯爵夫人を誘惑するというシーンになります。これはなかなか目新しい演出だと思いました。

 二度目の女装シーン(バルバリーナにノセられて村娘になる)では、本当に男性ダンサーが村娘の女装をして登場をします。いやあ、これが実に違和感バリバリの女装で、思わず笑っちゃいました。こういう演出もあるんだなあと関心しました。

 舞台が始まる前に、今回の出演キャストを見た時に、ちょっぴり残念な気がしたのは、キャストに日本人が入っていた事です。それもスザンナというほぼほぼ主役に日本人歌手が抜擢されていた事です。

 なんで、外国の歌劇団の引っ越し公演で日本人を見ないといけないの?…と、正直、最初はそう思いました。日本人の歌は、日本の歌劇団で見るから、海外引越公演は、オール外人で見たいじゃない…って思いました。

 でもね、始まったら、そんな気持ち、どこかにすっ飛んじゃいました。ユキコ・キンジョーさん、いいよ。いいソプラノさんです。外人に混ざって歌っていても、存在感はあっても、違和感はありません。さすがに、主要キャストを演じているだけあって、安心安定の歌唱&演技でした。

 他のキャストも、皆、若手~中堅の歌手ばかりで、エネルギッシュで良かったです。あえての文句を言えば、マルチェリーナが若くて、フィガロの妹に見えても、フィガロの母親には見えない事。出演者のほとんど若々しいので、バルバリーナが全然小娘には見えない事。フィガロがかっこよすぎる事…ぐらいかな?

 会場となった、当地の市民会館は、リニューアルしたばかりなのですが、どうやらリニューアルに伴う改装は、良い方向で成功したようです。市民会館には、3つのホールがあって、そのうちに、ミニホールと小ホールでは、私、リニューアル後に歌っていて、響きが豊かになって、よりクラシック音楽向きになったなあと思っていましたが、どうやら大ホールも響きが豊かになってクラシック音楽向きになったようです。と言うのも、見ていて、歌手の皆さんが楽に歌っているのが分かるからです。楽に歌っているのに、声は十分に届いているわけで、良いホールに生まれ変わったんだなあと思いました。

 そうそう、舞台に配置してあった、数々の孔雀のオブジェは何だったのでしょうか? おそらく、笑いの小道具としての機能が与えられていたようですが、笑いのツボが違うせいか、全然笑えませんでした。外国のコメディーって、難しいよ。

 今回の上演は、コメディーに振り切っていたせいか、会場から、結構ゲラゲラ笑い声が上がっていました。私の3つ隣に座っていたオジサンなんて、身を捩って笑い転げていたんだよ。あまりにオーバーアクションで笑うので、私は引いてしまったくらいです。いやあ、フィガロの結婚であんなに笑っている人、初めて見ました。

 とにかく、楽しいフィガロの結婚でした。

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2019年1月20日 (日)

平成は未婚者が増えた時代

 昨今の報道では、勤労統計問題がやたらと話題に上がっていますが、それでも私は統計が好きです。当然ですが、正しく調査された統計が好きです。

 昔は統計を見るために、国勢図会等を購入していましたが、ネットの発達とともに、それらを購入せずとも、いつでも最新の統計を見ることができるようになりました。ほんと、いい時代になったものです。

 で、本日のお題は『性別生涯未婚率および初婚年齢』って統計です。初婚年齢ってのは分かるけれど、生涯未婚…って何?って感じですね。これ、50歳の時の未婚率を言います。つまり「50歳過ぎたら、もう結婚しないだろうから、50歳の段階での未婚者は生涯未婚者とみなしていいよね」って話です。

 まあ、少数の例外的事例はあるにせよ、概ね、そうだよね。しかし、改めて「50歳の段階での未婚者は生涯未婚者」と言われると(自分は該当しないけれど)ドキッとします。

 この統計を見ると、男女問わず、生涯未婚率にせよ、初婚年齢にせよ、年を追うごとに上がっていると言えます。とは言え、1980年までの生涯未婚率は、概ね横ばいと言えなくもないです。問題は、男で1985年から、女で1995年から、生涯未婚率がグイグイと上がっています。特に2000年以降は男女ともにすごい上がり方です。

 1960年の段階で、男の生涯未婚率が1.29%、女が1.88%と言った誤差程度の数値で、ほぼ0%だったのに、50年後の2010年だと生涯未婚率が、男で20.14%で、女では10.61%になってます。つまり、2010年の段階で50歳の人にとっては、彼らが生まれた時代は、男女ともに、ほぼ全員結婚していたのに、彼らが50歳になった時には、男性の2割が、女性の1割が結婚していなくて、その時点で結婚していない人は、おそらく、そのまま結婚しないで人生終わりそうって事です。

 もちろん今は2019年なので、生涯未婚率は、もっと上がっているでしょうね。なんか恐ろしいです。

 少子化少子化と言いますが、まずは少子化を憂う前に、生涯未婚率の引き下げを考えないといけないような気がします。

 今の若い人たちって、別に結婚したくないわけではなく、お金がないので、結婚したいけれどお金が貯まるまで待ってから結婚しましょうって感じの人が多いと聞きます。なので、働いて貯金して生活に余裕が生まれてから結婚…って考えているので、自然と初婚年齢も上がるわけだし、貯金をしているうちにあれこれあったりして、結婚相手とも結局別れてしまって、お金が貯まった頃には独り身で、結婚しそびれたりするわけです。

 初婚年齢が上がっていくのって、ほんと、問題だと思うのです。

 特に女性の平均初婚年齢が、今やほとんど30歳になっている事は大問題かもしれません。結婚適齢期という言葉が死語になって久しいですが、出産適齢期(あるいは妊娠適齢期)という言葉は頑然としてあります。実は出産適齢期ってのは、女性の25-30歳を指すとか、いやいや18-29歳を指すんだとか、色々ありますが、いずれにせよ30歳の手前までが適齢期なわけで、つまり初婚年齢が30歳では、妊娠出産するのにはやや遅いわけです。ですから、実際、お医者さんの中には「30歳になったら、不妊治療を始めましょう」という人も出てくるわけです。

 30歳で不妊治療? 新婚早々不妊治療? 早すぎない?

 それでも30歳で不妊治療をして妊娠できる確率は、すでに20%程度まで下がっているそうです。つまり、案外女性が出産に適した年齢って、そんなに幅広くはないようです。現に、不妊治療に通う夫婦っは(言っても仕方ないのだけれど)たいてい年配のご夫婦が多く、不妊以外に問題の無い方々が大勢いるわけで、そういう方々は、少なくとも5年、10年若ければ、不妊治療なんて不要だったのに…残念って感じがします。

 生物としての理想は、女性は20代で産み終えておくこと。少なくとも初産を20代で済ませておく事は大切だと言われています。なので、平均初婚年齢が上がる事は、女性の妊娠出産の確率が大きく下がる事を意味し、それがひいては少子化に拍車をかける事になるわけです。

 別に私は「女は子どもを産むマシーンである」とは全然考えていないけれど、女性しか子どもを産めないのも事実だし、そこに生物としての年齢制限があるのなら、先端医療に頼る前に、生物として適する時期に出産して欲しいと思ってます。

 少子化問題を解決したいなら、男女ともに、まずはもっと若い時に結婚をし、若い時に妊娠出産できるような世の中に戻っていかないと行けないのだろうと思います。

 戻る…と書きましたが、かつての日本は平均初婚年齢も低く、生涯未婚率なんて誤差程度しかなく、両親が20代のうちに多くの子どもたちは生まれたわけです。そんな世の中こそが、少子化問題のない世界だ…と言ってしまえば簡単だけれど、じゃあ世の中をそんな昭和の時代に戻せばOKかと言えば、水は逆さまには流れないわけで、今更我々に昭和の社会に戻っちゃえというのは、あれこれ酷な話です。

 少なくとも、昭和の時代には、スマホもネットもパソコンも無かったわけで、それらの無い社会なんて、今の若者たちには想像もできない太古の昔なわけで、そんな社会に今更戻れるわけもないです。

 我々はどうすればいいのでしょうね。

 社会が悪い? そう言っちゃえば簡単だよね。でもね、今よりも昭和の時代の方が人々は貧しかったんだよ。貧しかったけれど、みんな結婚して家庭を作ったわけで、お金が無い事が結婚できない理由にはならないわけです。

 たぶん、今の若い人たちは、そこを履き違えているんだと思うのです。つまり「結婚するならお金がなければいけない」ってね。だから、お金が貯まるまで結婚を延期してしまうのかもしれません。あるいは年収が増えるまで結婚を延期してしまうのかもしれません。

 でもね、昔から「一人口は食えぬが二人口は食える」というわけで、実は一人暮らしよりも二人世帯の方が暮らしは楽なんだよ。お金がなくて厳しいからこそ結婚して世帯を一つにした方が経済的に楽に暮らせる…んだけれど、そう思わないのだろうね。

 具体的に言えば、男の年収が300万円、女の年収が200万円だとして、それぞれの収入で一人暮らしで…苦しいけれどなんとかあるのかもしれないけれど、やっぱりこの年収だと苦しいよね。しかし、この二人が結婚して世帯収入が500万円となると、楽ではないだろうけれど、なんとか生活できる収入になるわけです。

 でも、一人暮らしで生活が苦しかろうと、それでもなんとか暮らせていける…のが今の世の中で、なんとか暮らせちゃうから、結婚が後回しにされてしまう…のかもしれません。昭和の時代では、一人暮らしを支える、コンビニもコインランドリーもネットショッピングもスーパーの深夜営業も無かったからね。世の中が良くなって便利になったからこその一人暮らしであり、それで結婚しないでもなんとかなって、その結果、結婚に踏み切らない若者が増えているのであれば、社会が悪い…どころか、むしろ社会が良い事が結婚の阻害要因でなってしまっているとも言えます。

 つまり、社会が良くなったから、結婚しない? 実際、人口減って、豊かな先進国の話であって、生活の苦しい発展途上国には無縁の話だものね。

 とは言え、今の若者たちは(客観的には豊かであっても)主観的には貧しいと感じているわけで、だからお金を貯めたり年収が増えてから結婚しましょう…って考えるわけで、平均初婚年齢が上がってしまうのだろうと思います。

 でもね、結婚生活って、1+1=2 じゃないんだよね。むしろ、0.5+0.5=2 になるのが結婚生活なんだ。

 今、経済的に厳しくても、それは結婚を延期する理由には、本来はならないわけです。ましてや(男性に多いのだけれど)、結婚生活を 2+0=2 って考えちゃうと、どうしても若い時代の結婚なんて無理無理無理って考えてしまって、結婚が遠のくんだよなあ。

 若い時代は、二人で家計を支えていけばいいじゃない。

 ま、統計から言える事は、平成という時代は、未婚者が増えた時代であるという事です。社会が悪いと言うのなら、平成という時代は、悪い時代だったって事になるだけです。

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2019年1月19日 (土)

2019年、緋ドジョウが我が家にやってきた

 お正月休みに青薔薇海賊団の新春コンサートに行ってきました。それはそれで楽しかったですよ。コンサートの最後に“マリオ・ランツァ・メドレー”をやってくれたのに、アンコールで“アラウンド・ザ・ワールド・メドレー”もやってくれて、サービス満点のコンサートでした。

 会場が浜離宮ホールだったので、帰りに銀座の熱帯魚屋さんをのぞいてみました。

 いやあ、広い! デカイ! 品揃え豊富! ここにはお金持ちの家の水槽で泳いでいるような、南方系のお魚もたくさんいて、なかなかビックリしました(熱帯魚屋さんだから、当たり前と言えば当たり前)。店の奥には、金魚専門店にも負けないくらいにたくさんの金魚たち(それも高グレードな子たちばかり)がいました。

 心を鬼にして、「私を連れて帰って!」と叫ぶ可愛い金魚たちからのラブコールを振り切って、ドジョウコーナーに行きました。そうなんです、ドジョウコーナーがあったんですよ。で、そのドジョウコーナーには、各種ドジョウたち、それも普通のお店では見かけられないようなドジョウたちもたくさんいて、思わずワオーって叫びたい気分になりました。

 最近、普通の金魚店やペットショップでは見かけない緋ドジョウも、ここにはたくさんいました。都会のお店は違うね。なので、そこから2匹、我が家に迎える事にしました。

 ちなみに、緋ドジョウは、どの子も小さいです。売れ行きが良くて、回転が早くて、個体が大きくなる前に売れちゃうようなのです。ですから、私的には、なるべく大きな子が欲しかった(メダカサイズだと金魚に食べられちゃうからね)のですが、仕方なく、水槽の中では比較的大きい、マッチ棒サイズの子を2匹、我が家に迎える事にしました。

 お値段は、1匹1280円。まあ、緋ドジョウとしては普通の値段だと思います。昨年、六角橋で買った緋ドジョウも似たような値段でしたが、あの子たちは、あっという間に金魚に食べられてしまったからなあ…。ああ、高い生き餌だった事(涙)。

 そんなわけで、我が家に緋ドジョウがやってきました。個体識別ができないので、まだ名前は付いていません。緋ドジョウはドジョウなので、本当に水底に沈んでいるのが普通の姿なのですが、下にいると金魚に突っつかれて(食べられて)しまうためか、この2匹は、常に水槽の水面の方で水草にまぎれています。おそらく、そっちの方が安全なのでしょう。

 とりあえず、いつも2匹一緒にいます。なんとか早く育って、金魚に食べられないくらいの大きさになって欲しいと思います。とにかく、今のサイズだと、うっかりすると金魚にアタマから食べられてしまいそうですからね。ああ、心配だ。

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2019年1月18日 (金)

なぜフルートを購入する時に、師事している先生の名前を聞かれるのか?

 なぜでしょう? 私の場合、最初のチャイナなフルートを購入する時は先生の名前なんて聞かれなかったけれど、二本目の総銀フルート(アゲハちゃんです)を購入する時は、ばっちり先生の名前を尋ねられました。

 そんなのは私だけ? 銀座の高級店だから聞かれたのかな? と思っていましたが、どうやらネットを見ていると、銀座のお店だけでなく、地方の楽器店でも総銀クラスのフルートを購入する時には、たいてい尋ねられているようなのです。

 どうやらお店のシャレオツ度(失礼)ではなく、総銀フルート以上の楽器を購入する時に、師事している先生の名前を尋ねられる傾向があるみたいなのです。

 でも、なんでなんだろ? 知り合いに楽器店勤務の方がいれば、直接尋ねちゃうのですが、残念なことに楽器店勤務の知り合いはいないので、自分が楽器店の店員になったつもりで、あれこれ考えてみました。

 まず、私が最初にチャイナなフルートを購入した時には、先生の名前を聞かれませんでした。ここから考えるに、廉価な楽器を購入する人は、初心者や独学者が多いだろうから、先生の名前を聞いても仕方がない…と思われたんだろうなあと推測します。実際、先生に師事されている方は、間違ってもチャイナな楽器は購入されないでしょうしね。

 フルート業界的には安価だけれど、世間一般的には十分高価な、スクールモデルの楽器を購入される方は、吹奏楽関係者だと思われているんじゃないかな? 若い子なら本人だろうし、私のような年配者だと、親御さんだと思われるだろうなあって思いました。吹奏楽愛好者ならば、特定の先生と師事関係が無いのが普通だものね。

 で、フルート業界的には標準的な価格となる総銀フルート(世間的には、プロの道具、または道楽者の楽器)を購入する人は、きちんとした先生に付いて、かなり真剣にフルートを学ばれている…と判断されるんだろうと思います。

 でもなぜそこで、先生の名前を聞くんだろ? ここからはあくまでも推測の話になるけれど、もしかすると、楽器店から先生にキックバックがあるのかもしれない…。H先生が「私は楽器店からの礼金は受け取らないよ」と言ってましたが、中には楽器店からの礼金(つまりキックバック)を受け取る先生がいるので、そのあたりを楽器店的にはチェックしたいのかもしれません。

 ちなみにH先生は楽器屋さんに「私への礼金はいらないから、その分を値引きしてあげてくれ」と言っているそうです。ならば、フルートを買う時に、H先生の名前を出すのは、ちょっぴりオトクな事になりますね(でも、当面フルートを買う予定はないのだけれど)。

 キックバック云々は無くても「あの先生のお弟子さんですか!」って事で、あれこれサービスがあるのかもしれません。だって、プロのフルート奏者って、楽器店から見れば、太い客だものね。私は利用しないけれど、某店ではH門下だと名乗ると、年1回のフルート調整は無料でやってもらえるらしいです。私の場合は、購入店で無料調整サービスを受けていますので、H門下と名乗ってはいませんが…。

 あと、有りそうなのが、先生の名前を言うと、店の奥から特別な楽器が現れるとか…? これはフルートではなく、ヴァイオリンを習っていた時に、当時の先生から言われた事です。「楽器を購入するなら、私(先生)の名前を言わないと、吊るしの楽器を売りつけられちゃうよ…」的なニュアンスでした。まあ、私の場合、楽器は自作(笑)でしたが、弓は先生の名前を出して購入しました。よくある既成品の弓を購入したのだけれど、あれはとっておきの弓だったのかしら?(まさかね)

 とにかく、音楽の世界って狭いですからね。だから、あるレベル以上の楽器を購入しにきたお客の師匠を把握するってのは、楽器店的には、かなり大切な事なのかもしれません。

 以上、トーシロの妄想でした。

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2019年1月17日 (木)

声より性格が大切

 私の知り合いで、合唱メインで時折独唱もしますという方がいます。その人を仮にAさんと呼ぶことにします。

 Aさんは、今でもまだまだ十分若い方なのですが、もっともっと若い時から、合唱を始め、合唱を一通りやってみたので、独唱にも手を伸ばしました…という人で、とても上手に歌われる方です。

 で、そんなAさんの合唱でのパートはバス。独唱の時はバリトンと名乗って歌っていますが、その声は、どう聞いてもテノール。それもかなり軽い声なのです。体格もかなり小柄で、高い声ならいくらでも出ます…という感じなのです。その分、バリトンの歌を歌っている時、低い音の鳴りが悪いなあ…とも感じてます。

 つまり、私はAさんをテノールではないか? 合唱ではバスを歌っているけれど、本当はテノールを歌うべきではないのかと、いつも思っていました。

 で、ある日の事。Aさんと二人になったので、思い切って「なぜAさんは、声がテノールなのに、バリトンを歌っているのですか? テノールをやればいいのに…」という、忠告というかアドヴァイスというか意見の押し付けをしたわけです。

 彼の答えは実にシンプルでした。「…忙しいからね…」

 確かに彼の毎日は忙しい毎日です。それは傍で見ていても分かるほどに忙しい日々を送っています。

 彼は元々テノールの声を持っていますので、声の響きの良し悪し(って大切な事ですが…)を除けば、バリトンの歌は歌えます。歌えますが、全然美しくないし、カッコよくもないです。だいたい声がバリトンじゃないんですよ、でも声域的には歌えます。

 そんな彼でもテノールの声で歌おうと思えば、それは確かに大変だと思います。と言うのも、元々持っている声がテノールであっても、テノールの声として鍛えていないわけですから、声域が狭いんです。特に高い声で歌うのは難しいでしょうね。で、それを可能にするためには、テノールとして研鑽を積まないといけないのだけれど、毎日忙しく過ごしている彼にはそれができません。そこで、ひとまず「バリトンでいいや」って事のようです。

 実際、バリトンもテノールも、声域の下の方はそんなに変わらないのです。低いAやせいぜいGまででしょ? でも高い方はかなり違います。バリトンの高音は高いFまでです。Gまで出れば立派です。でも、テノールの高音は高いAまでです。できればHi-Cが欲しい感じだし、さらに可能なら、もっと上まで出せたほうが良いです。つまり、声のレンジとして考えるなら、テノールの方が上に広いのです。

 なので、声域を上に広げるのを横においているテノールさんにとって、バリトンを歌うという事は、音色を除けば、実に気軽なモノなのです。音域を上に広げていくのって、実に大変な事だもの。

 純正なバリトンの方々にとっては失礼極まりない話ですが、テノールの声を持っている人間にとっては、バリトンの音域で歌うのは、かなり楽な話なんです。

 で、そこで楽を選択しちゃう人は、声はテノールであっても、性格はテノールじゃないです。性格がテノールな人は、何はともあれ、高みを無意識に目指してしまうものです。忙しかろうが忙しくなかろうが、常に高音にチャレンジして、成功したり失敗したりを日常的に繰り返していくのが、テノールなのです。

 つまり、テノールにとって大切なのは、テノールの声を持っている事は前提として、まそれより何より大切なのは、性格がテノールである事。つまり“バカ”であるという事です。歌に関することには、簡単にバカになってしまうのがテノールであって、そういう性格でないとテノールはやれません。

 Aさんは賢い人で、バカにはなれない人です。そういう人は、たとえ声がテノールであっても、テノールにはならないモノなのです。そういうモノなのです。

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2019年1月16日 (水)

ロイヤル・オペラ「ワルキューレ」を見てきました

 いわゆるライブビューイングです。いつものメトではなく、ロイヤル・オペラ(以前は、コヴェントガーデンと言ってました)の「ワルキューレ」です。今回は、日本橋ではなく、日比谷に見に行きました。そうです、東京ミッドタウン日比谷に新しくできた、TOHOシネマズ日比谷に行ってきました。

 このTOHOシネマズ日比谷は、有楽町マリオン(日劇)にあった TOHOシネマズ日劇の閉鎖に伴い、後継館として作られた映画館なのでした。それにしても、日比谷には東宝系の映画館が多いよね。今回作られたTOHOシネマズ日比谷のほぼ真向かいにTOHOシネマズシャンテがあって、合わせて16スクリーンもあるわけで、都会は違うなあ…。

 それにしても納得いかないのは、向かいにあるTOHOシネマズシャンテはTOHOシネマズ日比谷とは別の映画館扱いなのに、隣にあったTOHOシネマズスカラ座とTOHOシネマズみゆき座は、TOHOシネマズ日比谷になってしまった事です。だったら全部TOHOシネマズ日比谷にしちまうか、シャンテ同様に、スカラ座やみゆき座を残してくれればよかったのに…と思ってます。

 それにしても久しぶりの日比谷です。パリ・オペラ座のライブビューイングを見に、スカラ座(みゆき座だったかも)に行って以来の日比谷です。ああ、パリ・オペラ座のライブビューイングは日本じゃやらなくなったんだよね、やっている時は文句ブーブーな私でしたが、見れなくなると悲しくなります。

 で、ミッドタウン日比谷とシャンテの間の広場でビックリ! かつてそこにあった50cm程度のゴジラ像が無くなって、代わりに2mクラスの大きなゴジラ像がありました。それも以前のゴジラは昭和のフォルムだったのに、今度のゴジラは平成のフォルムをしていました。ううむ、かっこいい。

 なんでも、今度のゴジラ像は、平成のシン・ゴジラかと思ったら、初代ゴジラの当初のオリジナル設定図から作ったゴジラ像なんだそうです。つまり、今日比谷にいる奴がオリジナルのゴジラってわけです。ただし、オリジナルのゴジラは…どう考えても、着ぐるみでは再現できないので、映画化するさいに、昭和のデザインに変更になったのだろうと推測されます。それにしても、オリジナルゴジラ、かっこいい!

 で、以前あった昭和ゴジラ像が無くなってしまって残念…と思っていたら、TOHOシネマズ日比谷のロビーに移動していました(笑)。ああ、よかった…。私的にはゴジラと言えば昭和ゴジラですよん。ああ、懐かしい。

 さて、オペラの話にやっと入ります。

指揮 アントニオ・パッパーノ
演出 キース・ウォーナー

ジークムント:スチュアート・スケルトン(テノール)
ジークリンデ:エミリー・マギー(ソプラノ)
ヴォータン:ジョン・ランドグレン(バリトン)
ブリュンヒルデ:ニーナ・シュテンメ(ソプラノ)
フンディング:エイン・アンガー(フンディング)
フリッカ:サラ・コノリー(フリッカ)

 ワーグナーの作品は、見る側も体力勝負だね。今回の「ワルキューレ」の上映時間は、約5時間だよ。普通の映画なら3本見れます(笑)。

 演奏の出来は、映画で見ている限りにおいては十分に素晴らしかったと思います。劇場で生で聞いている人には、声量不足を感じさせる歌手もいたそうだけれど…まあ、我々には関係ないわな。

 今回の上演で頑張っていたのが、バリトンの二人です。ヴォータンを演じていたジョン・ランドグレンとフンディングを演じていたエイン・アンガーは歌唱・演技・容姿ともに満点を上げたくなるほどの出来栄えでした。特にヴォータンはほぼほぼ主役ですからね、そこにこれだけの歌手が演じてくれたのは、実にありがたい事でした。

 ジークムントを演じていたスチュアート・スケルトンと、ジークリンデを演じていたエミリー・マギーの頑張りは映画館のスクリーンを通して、とても強く感じられました。おそらく、この二人は、歌に特化した歌手で、演技はそんなに上手じゃないんだろうと思います。それでも、一生懸命に演じている事が感じられて、なんか「頑張れ!」とスクリーン越しに応援してあげたくなるほどでした。

 ワーグナーの楽劇って、歌うだけでも大変なんだろうと思います。作曲家のワーグナーの頭の中では、ジークリンデやブリュンヒルデは若くて美しい娘だろうし、ジークムントもジャニーズ体型の青年なんだろうなあと思います。でも、あれだけ歌うのが大変なので、実際に演じるのはビヤ樽体型のオッサンオバサン歌手なんだよね。ああ、残念。脳内補正をしながら鑑賞しないといけません。

 ブリュンヒルデなんて、おそらくは、ほぼほぼセーラームーンみたいな子だろうに、こうしてオペラにしちゃうと、ニーナ・シュテンメが演じる事になっちゃいます。まあ、シュテンメの良いところは、極端な肥満体ではないって事かな? あれだけ歌えて、極端な肥満体ではないというのは、ワーグナー歌手としては稀有な存在なのかもしれませんが…だからと言って、美しいわけではないので、そこは評価が分かれます。私はもう少し太っていてもいいので、かわいらしい人の方が好みだったりします(ごめんなさい)。

 まあ、なんだかんだ言っても、歌手の皆さんは、水準以上の歌唱をしていたと思うし、この曲をあれだけ歌っちゃうんだから、皆さん、超人レベルにすごい歌手なんだと思います。

 歌手と言えば、第三幕の冒頭部で歌われる「ワルキューレの騎行」は脇役ソプラノ8人で歌うのだけれど、ここに出てくるソプラノさんは、ほぼここでしか歌わないので、その一曲入魂さがすごかったです。いやあ、私達はこの一曲で燃え尽きてもかまわない!的な覚悟が感じられるほどに、迫力満点な歌唱でした。本日の白眉はここにあるって感じでした。

 さて、問題は演出かな? ほんと、この演出は好き嫌いが分かれそうです。

 私の個人の感想を一言で言えば「地味!」です。もうちょっと大道具や衣装にお金をかけられなかったのかな…って思います。だって、神様が出てくる話だよ。そこらの路地裏の庶民の話じゃないんだよ。もっと神々しい部分があってもいいし、舞台上も明暗のコントラストがあってもいいんじゃないかなって思います。とにかく、舞台が暗いし、大道具が地味だし、衣装も地味です。

 それでも、演出…とりわけ大道具に関しては、メトのルパージュの演出よりは、数段マシです。あれは…ヒドイよね。

 それでも、やっぱり地味だなあ…特に地味すぎて、こりゃダメだと思ったのが、ラストシーンで、眠るブリュンヒルデを取り囲むローゲの業火です。あまりに炎が地味すぎて、私でも容易に侵入できそうなくらいなんだもの。ありゃダメだよ。もっと派手に燃やさないと…。

 まあ、今回のロイヤル・オペラに限らず、最近のオペラ演出は(メトも含めて)地味で貧相になってきてます。全然、夢々しくないんだよね、そこが本当に残念だし、ワーグナーの楽劇なんて、夢々々々しいくらいでちょうどよいのにさ。本当に残念です。

 ワルキューレの演出は、20世紀のメトで行われていた、オットー・シェンクの演出が、今でも私の中ではベストな演出だと思ってます。

 と言うわけで、演出は好き好きがあるとは思うのものの、演奏&歌唱は水準以上だと思いますので、音楽が聞きたい方にはオススメなオペラ上演だと思います。

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2019年1月15日 (火)

なぜ現役世代にクラシック音楽は普及しなかったのか?

 クラシック系のコンサートに行くと、お客はたいていジジババばかりです。いわゆるシニア世代とかシルバー世代とかプラチナ世代とか言われる方々がブイブイ言わせているわけです。

 昔からこうだったのかと言えば、違います。私が若かった頃のコンサートは、現役世代の方々がひしめいていました。ジジババなんて、ほんのちょっとしかいなかったんですよ。ましてや、私のような若者世代なんて、ほとんどいませんでした。

 あれから30±α年。あの頃ブイブイ言わせていた現役世代がジジババになり、コンサートホールでブイブイ言わせています。当時ジジババだった人たちは、おそらく天国に召されていなくなり、若者世代だった私のような現役世代の終わりかけの半分シニアに足を突っ込んでいるような人は、相変わらずちょっとしかいません。

 で、我々よりも若い、いわゆる現役世代の人たちは、コンサート会場では、ほぼほぼ皆無と言って良い状態となっています。

 結局、今も昔もクラシック音楽を支えてきたのは、今のジジババ、つまりシニア世代の方々であって、その下の世代には、クラシック音楽は普及しなかった…と言えるんじゃないかなって思ってます。

 このままでは、ジジババのシニア世代の方々が死に絶えたら(ごめんなさい)、クラシック音楽を支える人がいなくて、日本のクラシック音楽も死に絶えてしまいます。

 冗談ではなく、かなりマジな話です。クラシック業界は、若い世代をファンとして取り込むのに失敗し続けた結果、現役世代をファンとして取り込むのに失敗してしまったと言えるのです。

 では、なぜ現役世代にクラシック音楽ファンは少ないのか?

 「現役世代は忙しくて音楽なんて聞いている暇ないから?」

 ならば、なぜ、昔の現役世代の方々はクラシック音楽を聞いたのでしょうか? 今の現役世代も忙しいけれど、昔の猛烈社員時代を経験した今のジジババたちの現役世代の忙しさは、我々の忙しさどころではないはずです。それでも彼らは音楽を嗜んだ。忙しいから音楽を聞かない…と言うのは、言い訳に過ぎません。

 昔の人はハングリーだった…と言うのは、言えると思います。彼らは、何事にもハングリーで、音楽だって、自分から食らいついて楽しんでいったわけです。当然、クラシック音楽だって、なんだかよく分からなくてもガツガツと貪っているうちに、楽しくなってしまったんだろうと思います。

 一方、今の現役世代は、ゆとり世代とかさとり世代とか言われる人たちが大半です。まあ、有り体に言えば“欲が無い”わけで、全くガツガツなんてしていなくて、ハングリーとは方向性が真逆な人たちです。よく知らないものには興味を示しませんし、欲しがりません。クラシック音楽のような、自分たちの生活の中には無いものには、特段の興味を示さないだろうし、欲しがりませんし、楽しもうとはしません。

 クラシック音楽は、学校の音楽の時間に勉強して、卒業したら、それでお終い…って感覚なんだろうと思います。終わったもの、つまり、クラシック音楽は彼らにとって“オワコン”なんだろうと思います。

 それじゃあ、聞くわけないよな。コンサートにも行かなきゃ、CDも買わないよね。

 別に私はクラシック業界の人ではないので、この業界が先細ってダメになっても、まあいいやと思ってます。この世の楽しみはクラシック音楽だけじゃないので、これがダメになったら、別の楽しみを見つければいいだけと思ってます。なので、現状をどうにかしようとかいう思いも特にありません。

 ただ、少しでも長く楽しめたらいいなあとは思ってます。そういう意味では、多少なりとも、若い世代にクラシック音楽が浸透してくれたらいいなあって思います。

 では、どうすれば、若い世代にクラシック音楽が浸透できるのか? それはまず、オワコンで無くなる事です。学校の音楽の授業で学ぶモノではなく、日常生活の中に普通にある音楽になればいいのです、今のポピュラー音楽のように…って、無理か?

 仮面ライダーもウルトラマンもガンダムも昔のコンテンツだし、スーパーマンやバットマンだって、昔のコンテンツです。でも今でも新作が作られ続けています。日本のヒーローたちは(並行世界が前提なんだろうね。前作までが全くなかったかのように)新作が作られ続けている(おそらく輪廻転生だ)し、ハリウッドのヒーローたちは、リブートというやり方(こちらはある意味、時間の巻き戻しです)で、何度も何度も再生産されつづけています。クラシック音楽も、新作が作られたり、リブートされて再生産されるならば良いのでしょうが、なぜ、特撮ヒーローには可能な事が、音楽だと無理なのか?

 鍵は、プロデューサーの不在…なのかもしれない。と私は考えます。

 それでもクラシック音楽は、ヨーロッパでは自分たちの文化だから細々と残るだろうけれど、少なくとも日本では壊滅状態になるんじゃないかしら? 当然、国内のクラシック音楽家のうち、相当数は廃業せざるをえないだろうし、私立の音大はバッタバッタ倒産するんだろうねえ…。まあ、そんな未来もありうるって話です。

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2019年1月14日 (月)

歌の歌い出しって、どうやって歌えばいいの?

 歌を歌うって、考えれば考える程、技術的に難しいです。

 もちろん、鼻歌レベルの話ではなく、音楽として、芸術として、歌うレベルの話です。

 まず、深めで響き豊かな美しい声で歌う事自体、めっちゃ難しいし、高音や低音をきれいに響かせて歌うのも難しい。おまけに滑舌良く歌うこととメロディーをなめらかに歌うのを両立させるのもは難しい。外国語で歌わにゃならんとくれば、さらにさらに難しさが増します。

 そんな、あれこれ難しさを感じている今日このごろの私ですが、特に難しさを感じているのが、歌い出しです。歌って、どうやって歌い始めたらいいのかなって…分からなくなっています。

 つかみは大切…なんです。それは歌も同様で、歌い出しがバッチリ決まれば、その後は案外スムーズに流れていくものなのです。でもそれが結構難しいんだな。

 私の場合歌い出しにおいて、声の響きやポジションがダメな場合が結構あります。つまり、声の響きが浅かったり、ボジションが低かったり…って事です。で、歌いながら、響きを増やしたり、ボジションを上げたりするわけですが、それって結構見苦しい事です。

 ブレスが足りなかったり、ロックのように歌い始めてしまったり、声を支えずに歌い始めてしまったりと、色々やらかす私です。

 テンポが安定しない…という事もあります。歌い始めてからテンポを探る…とでも言うのでしょうか? 伴奏者泣かせです。本当は、割と速いテンポで歌いたいのに、なぜか歌い出しは遅いテンポになってしまって、歌いながらテンポを上げていく事が往々にあって…ダメじゃん。丁寧に歌おうとして、テンポが遅くなってしまうのかもしれませんが、だったら最初から速いテンポで丁寧に歌えばいいだけなのに、それができない私でした。

 最近はだいぶ減りましたが、歌い出しの音程を間違えちゃうって事が続いた時期もありました。だいたい、3度低く歌いだしちゃうという不思議な事をしていたわけです。3度低くても、ちょっと聞いた感じ、うまく歌えているような気がするのですが、それはちょっと聞いた感じなだけで、当たり前ですが、きちんと聞けば、全然おかしいし、部分的に和音からはみ出して現代音楽みたいになっちゃっていますので、すぐに気づくのですが…ああ恥ずかしい。

 歌い出しが難しいから、きちんと注意して、心を落ち着けて歌いだしても、それでもあれこれやらかしてしまう私です。ああ、ほんと、歌い出しって難しい。

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2019年1月13日 (日)

年末は千葉に遊びに行ってきました その3 ドイツ村に行ったんだよ

 私達が乗ったバスは、千葉県袖ケ浦市にある東京ドイツ村に向かいました。千葉県にあるのに“東京”ドイツ村とはなぜ?と思ったのですが、同じく千葉県にあるのに“東京”ディズニーランドもあるわけで、千葉県には飛び地で東京があるようなのです(まさかね:笑)

 それはさておき、ドイツ村です。ドイツ村名物はイルミネーションです。2017年までは『関東三大イルミネーション』の一つとして、その名を轟かせていました。確かにLEDの物量はすごいです。ちなみに、2018年に、東京ドイツ村は関東三大イルミネーションから落選し、新しく関東三大イルミネーションには、さがみ湖イルミリオンが入りました。なので、現在の関東三大イルミネーションは“あしかがフラワーパーク”“さがみ湖イルミリオン”“江の島 湘南の宝石”の三施設なんだそうです。私は、あしかがフラワーパークは行った事ありませんが、さがみ湖と江ノ島は行ってますし、あの2つは、確かに半端ないですよ。

 それはともかく、元関東三大イルミネーションなだけあって、イルミネーションはなかなかのもので、そんなイルミネーションが売りのドイツ村に行ったわけです。

 今年のドイツ村は、二箇所でイルミネーションをやっていました。一つは無料ゾーンのイルミネーション(無料とは言っても、ドイツ村への入園料や駐車代は別途で掛かるんだよ)。もう一つは「チャイナランタン」と呼ばれる有料のイルミネーションでした。ちなみにお値段は2000円です。時間的な制限もあって、私は無料ゾーンのイルミネーションだけを楽しみました。でもね、有料の奴が一人1000円だったら、頑張って見に行ったかもしれません。しかし、一人2000円では家族三人で6000円…四捨五入すれば一万円になるので、パスしました。入場料が1000円なら見に行ったし、有料ゾーンでお土産も購入したろうけれど、2000円はいくらなんでも高すぎるかな? 価格設定、間違ってない?

 で、ドイツ村の無料イルミネーションの感想は…最初にも書きましたが、投入されているLEDの物量はすごいです。やはり先代の関東三大イルミネーションなだけあります。後は、趣味とかセンスとかの問題で、ドイツ村のイルミネーションはすごいんだけれど、私の趣味とはだいぶ違いました。残念。なんだろ、もっと3D感が欲しいし、動きや変化があってもいいかなって思いました。チラチラと見える有料イルミネーションの方が、たぶん私の趣味には近いんじゃないかと思ったけれど…一人2000円では見に行けませんよ。

 イルミネーション以外の話をします。

 観覧車がすっごい人気でした。確かにここのイルミネーションを眺めるなら、観覧車に乗って見るのが良いのでしょうね。ただし、本当に激混みなので、観覧車に並んでいるだけで、帰りの時刻になりそうだったので、我々は乗りませんでした(マザー牧場で観覧車には乗ったしね)。

 ドイツ村現地で生産しているわけではないでしょうが、お土産で売っているバームクーヘンの美味しいこと、いや本当に美味しいんだよ。これはかなりオススメです。

 逆にオススメではないのが、かきあげそば。ドイツ村内に一軒だけある、そばスタンドのそばは、オススメしません。高価なのは観光地なので仕方ないとして、そばは茹ですぎでグズグズだし、かきあげは揚げ過ぎで焦げ気味だし…。失敗してこうなったのではなく、どうやら狙ってやっているようです。つまり、ここの店は、グズグズの麺に焦げ気味のかき揚げという組み合わせがデフォルトってわけなのでしょう。確かにそういうのがお好きな方も大勢いらっしゃる事は理解しますが、少なくとも私の好みではありません。でもね、目の付け所はいいんだよね。冬のイルミネーションは寒いから、温かいうどんそばってのはカラダが温まるからね。これで味が趣味に合えば、超絶オススメなんだけれどなあ…。残念です。

 てなわけで、ドイツ村を満喫して、帰路につきました。海ほたるには寄らなかったので、あっという間に新宿到着です。

 ああ、面白かった。日帰りのバス旅行ってのは、楽しいね。

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2019年1月12日 (土)

年末は千葉に遊びに行ってきました その2 マザー牧場に行った

 浜焼きで、そこそこお腹を満たした私は(時間をかけて、白ハマグリをチマチマ焼いて食べても、そんなに腹は膨れないって)、再びバスに乗り込み、次の目的地、マザー牧場に向かいました。

 マザー牧場には入り口がふたつあって、そのうちの一つ、山の上ゲートにバスは到着しました。ガイドさんの案内では、マザー牧場は広く、マザー牧場で長居は出来ない(とは言え、2時間程度は遊べます)ので、山の上ゲート周辺の“山の上エリア”でマザー牧場を楽しんで頂き、離れている“まきばゲート”には行かないように言われました。

 まあ、確かにマザー牧場はめちゃくちゃ広く、私は足が悪いこともあって、そんなに長くは歩けないので、最初は我々も山の上エリアだけで楽しもうとしました。

 マザー牧場の山の上エリアって、実は浅草の花やしき的なノリの遊園地なんですよ。なので、我々的にはあまり楽しめる場所がないのです。唯一楽しそうなのが、バンジージャンプとファームジップ(いわゆるターザンロープです)なのですが、私は体重制限を軽くオーバーしているので、どちらも楽しめず、妻はそもそもこういうアトラクションが苦手なので、最初から敬遠し、息子くんがファームジップを1回しただけでした。まあ、どちらのアトラクションも別料金なので、そんなに何度も遊べないんですよね。

 その他のアトラクションだと、マザーファームツアーという牧場めぐりのツアーが楽しそうだけれど、予約がいっぱいで乗れなくて、アグロドームというショーをやっているシアターも、タイミング悪くて何も見れない。その他のアトラクションも、たいがいタイミングが悪くて、何も楽しめなくて、結局、お土産コーナーで買い物をするぐらいしかやる事がないのです。

 ああ、マザー牧場。つまんねえー。

 そこで、ガイドさんから止められていた、まきばエリアに行くことにしました。だって、まきばエリアの方が楽しめそうなんだもの。

 ただし、私の足が悪い上に、マザー牧場が広すぎる()ので、まきばエリアへの徒歩での移動は断念し、場内バスに乗って移動することにしました。

 バスに乗ってみたら…本当に、山の上エリアとまきばエリアって離れているし、高低差もあって、徒歩で移動していたら、確かに移動だけで終わってしまったかもしれません。ガイドさんがまきばエリアに行ってはいけないと言った事は正解かもしれないけれど…バスで移動すれば、さほどの時間はかかりません。

 まきばエリアは楽しかったですよ。いわゆる牧場系の動物たちがたくさんいて、彼らを眺めたり、なでたりして楽しみました。

 “ふれあい牧場”では、ヤギたちがいい味出してました。なんか、この子たち、自分たちの仕事を理解しているようで、気安く触らせてくれるし(ってか、こっちが遠慮していると、自分の方からグイグイ来るし…)、すぐにインスタ映えするようなポーズで写真を取らせてくれるし、いやあ、なかなかのタレントぶりでした。そこへ行くと、ヒツジやアヒルやカピバラは、まだまだ修行不足を感じました。

 最初は子どもだましと思っていた“うさモルハウス”もなかなか良かったよ。ここはうさぎとモルモットがたくさんいて、そのもふもふしたカラダをなでまわせる施設なんだけれど、うさぎは本当にマフラーにでもしてしまいたいくらいにもふもふでした。ま、リアルな獣皮&獣毛を衣服にするのは最近ではご法度なので、実際にはやりたくてもやれないのだけれどね。それにしても、うさぎって本当にもふもふなんです。もしかすると、うさぎは“キングオブもふもふ”なのかな?

 “こぶたスタジアム”で仔豚を見て“うしの牧場”に行きました。そこでは仔牛たちが我々を熱く歓迎してくれました。いやあ、うしを可愛いと思う日が来るなんて想定外でした。あの子たちは、やぎ以上に自分たちのタレント性を自覚しているようです。

 ああ、マザー牧場、たのしー。

 動物たちとひととおり遊んだら、牧場のアイスを食べて、バスに乗って、山の上エリアに戻りました。ちょうど観覧車の前にバスが到着したので、観覧車に乗って、それでマザー牧場はお終い。バスに乗って、次の目的地のドイツ村に向かいました。

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2019年1月11日 (金)

年末は千葉に遊びに行ってきました その1 浜焼きを食べた

 記録のために、年末に家族で千葉に遊びに行ってきた話を書きます。

 昨年の私は、年末付近に骨折してしまい(と言っても、軽症ですが)、それで遠出は出来ないなあ。今年の正月はおとなしくするしかないなあ…と諦めていたのですが、妻がバス旅行を提案してきました。バス旅行なら、ほぼバスに座ったままのはずなので、足に不安があっても平気かな?と思って、OKを出して、千葉方面に妻と息子君を連れて、家族でバス旅行をしてきました。

 バスの集合場所は…新宿でした。なんか、むちゃくちゃ朝が早かったです。普段の仕事の時のように、夜明け前に家を出発しました。で、行きの電車の中で日の出を拝み、新宿に到着です。

 特にトラブルもなく、バスに乗ったら、一番後ろの座席でした。それは良いのですが、私の前の先のオッサンがリクライニングシートを倒していて、なんか狭くて、嫌でした。一言「背もたれ倒していいですか?」と聞いてくれたら、快く受け入れたものを、無言で倒してくるわけで、なんか文句の一つも言いたい気分でしたが、そこはグッと文句を飲み込みました。日本人ですから(涙)。

 で、バスは新宿を出発し、アクアラインに入って、海ほたるで最初の休憩を取りました。海ほたるは…東京湾でした(笑)。土産物屋で売っていたワカメの試食をして、ワカメではなく、味付けをしているポン酢が美味しかったので、ポン酢を自家用に買いました。これで、お鍋が美味しくいただけます(実際、メッチャ美味しくなりました)。

 海ほたるを出て、房総半島に入って、しばらく南下し、途中でトイレ休憩と称して土産物屋に寄り、自家用の海苔餅と車内で食べる用のビワゼリーを買いました。海苔餅なんて、別に珍しくもなんともないと…私は思っていましたが、妻も息子君も見た事がないというので、購入しました。海苔餅というのは、海苔を練り込んだ、ただの餅です。普通に緑色をした餅で、湘南地方では昔から普通に食べてました(ま、海苔羊羹なんてお土産もあるくらいですから、海苔餅なんて、当たり前も当たり前なんです)。で、後日焼いて食べましたが…別に普通の海苔餅でした(笑)。ほんのり塩味が付いているし、海苔の風味もするので、ただ焼くだけで美味しくいただきました。

 閑話休題。トイレ休憩から、ほんの10分ぐらい走って、昼食会場に到着し、早めのお昼ご飯を食べました。どうやら、土産物屋と昼食会場は同じ業者さんで、土産物屋の方は、個人客向けの食事は提供しているけれど、団体さん向けは別の場所で行っていて、団体さん向けの食事場所は、食事場所に特化しているので土産物は販売していない…というわけで、先に土産物屋で買い物をさせてから、昼食という段取りになっていたようです。

 バス旅行とは(大人の事情もあるのでしょうが)土産物屋を巡るツアーでもあるわけです。

 昼食は11時ぐらいで(本当に早い昼飯です)、メニューは“浜焼き食べ放題”でした。
 バイキング形式になっていて、貝類と刺し身と魚類と肉類とスイーツ類を欲しいだけ取ってきて、食卓に設置してある焼き網で焼いて食べるというやり方でした。飲み物は、ソフトドリンク飲み放題(アルコールは別払いです)なので、私は冷たい緑茶をガッパガッパ飲みました。

 食べ放題の貝類は、ホタテとサザエと白ハマグリでした。白ハマグリってのは、ハマグリではなく、ホンビノス貝であって、最近は食品偽装にうるさいので、食堂の方から「この白ハマグリはハマグリではなく、ホンビノス貝ですよ」と最初にアナウンスがありました。で、この白ハマグリがめっちゃ美味しんですよ。

 好みもあるけれど、私は本物のハマグリよりも白ハマグリの方が好きだな。そもそも、ホタテはあまり好きではないし、サザエに関しては、むしろ嫌い(だって苦いじゃん)なので、白ハマグリばかりを焼いて食べました。たぶん、その数、20個前後(笑)。時間に余裕があったら、もっと食べていたなあ。白ハマグリは、ハマグリほど大きくなく食べやすいサイズです。味に関しては、ハマグリとはかなり違いますが、旨味そのものは濃い目で苦味は少なめだと思います。なので、見かけはハマグリに似てますが、味はハマグリとは全然違います。吸い物にするならハマグリだけれど、焼いて食べるなら、白ハマグリかなって個人的には思いました。ハマグリと名乗ってますが、味的には極上のアサリを食べているような感じです(分かるかな?)。

 刺し身の中に、クジラの刺し身があって、これが臭みが全く無くて、上等なクジラだったので、たらふくいただきました。それにしても、食べて感じるのは、クジラは魚類ではなく、やはり哺乳類だなって事です。食べた感じは、上等な馬肉って感じかな? そう言えば、馬肉も最近、食べてないなあ…。寿司飯がたくさん用意されていたので、刺し身は海鮮丼にしていただきました。

 魚類は、カマスとシシャモでした…とは言え、シシャモは普通にスーパーで“シシャモ”と言って売られているカペリンでした。本物のシシャモは北海道のむかわで食べましたが、カペリンとはかなり違う魚なんですよね。シシャモとカペリンは、顔が全然違うので、ちょっと見るだけで違いが分かります。だいたい、本物のシシャモは今や高級魚ですから、こんな食べ放題に出てくるはずもないし…ねえ。ちなみに、シシャモとカペリンは、味が違いますが、そこは好き好きですし、カペリンも十分に美味しい魚なので、私的には文句はありませんが、昨今食品偽装もあるので、カペリンをシシャモって呼んじゃあマズくないのかな…って感じかな。

 で、カペリンも良いのですが、私的はカマスが美味かったですよ。カマス、グッジョブっす。

 で、白ハマグリを食べて、海鮮丼を食べて、たまにカマスを食べて…とやっていましたので、肉類はほとんど食べませんでした。おそらく、この肉類は、魚介類が苦手なのに、うっかりこの食堂にやってきてしまった人のために用意されているものでしょうから、私は食べる必要はないなあ…と考えて手を出しませんでした。実際、ツアー客の中には、肉ばかり焼いて食べている人がいましたからね。おそらく、あの人は魚介が苦手なんでしょうね。

 スイーツに関しても、白ハマグリを食べるのに忙しかったので、杏仁豆腐を食べたくらいで、その他のモノには手が出せませんでした。ああ、食事時間が短いのが悔しいです。

 白ハマグリことホンビノス貝、サイコー!

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2019年1月10日 (木)

上より下が厄介かも…

 で、声楽のレッスンは曲の練習に入ったわけです。前回のレッスンでは、ベッリーニの「Per pieta, bell'idol mio/私の偶像よ」をやってタイムアップになってしまったので、今回は手付かずのビゼーの「Agnus Dei/神の子羊」をお願いしました。

 さて、毎度の事ですが、次の音を予感させるように歌っていきましょうと言われました。つまり、常に次の音の準備を早め早めにしながら歌っていきなさいって事ですね。特に、次の音が高く跳躍しなければならない時は、必ず、跳躍前に「次は高音に跳びますよ」という事を感じさせるように歌わないといけないわけで、次の音になって、ピョーンと高く飛ぶのは無しって言われました。

 具体的にはどうするのかと言えば、低い音のうちに、次の音の高さにふさわしい響きと息の量に、事前に持っていってから、高音に跳べというわけで、そういうのって、器楽では絶対にない(ってか出来ない)事ですね。そういうふうに頭を切り替えるというか、無意識にそれが出来ないと、歌は歌えないって事です。

 何事にも予備動作は大切です…というお話です。

 この曲の最高音はA♭の白玉音符なんだけれど、それは(音形的な都合もあって)さほど苦労はしません。まあ、たまに失敗はするけれど、基本的には普通に歌えます。まあたぶん、このA♭が現在の私の常用音域の上限なんだろうと思います。半音高いAだと、出せなくはないけれど、信頼度がA♭と比べると、かなり下がってしまい、ちょっと常用…とは言えなくなるかなって感じなのです。まあ、A♭に関しては、無理に出そうとして、ノドを締めてしまわなければOKです。ちゃんと肝を据えて、息を流し歌いさえすれば、なんとかあるんです。

 むしろこの曲で厄介なのは、低音Cの方です。つまり、曲の最低音だね。こっちの方が全然大変です。

 私の常用音域は、下の他は低音Aなので、Cは一応守備範囲の音なのだけれど、音形的に、高いところを歌っているところから、滑り込むようにズルズルと下がって低音Cになるので、音程はともかく、音色的になんとも不安定というか、ついつい声がノドに落ちてしまいます。まずはそれが第一の問題です。

 次に問題となるのが、低音を歌うのって、高音を歌うよりも、息の消費量が格段に増えるんだよね。なので、息が不足しがちなのですよ。特に低音Cの少し前に、それよりも三度高いEがあるのだけれど、このEを歌ってしまうと、かなり息を使ってしまい、Cにたどりついた時には、息がすっからかんで、それなのにしっかりCを歌わないといけないのが、実に大問題なのです。

 先生からは、他の人たちはここを高く歌っていないかと聞かれましたが、私が各種音源を聞いている限り、音程を上げて歌っている人(例えば、CをE♭あたりに高くするのは、和音的にはアリです)はテノールにはいませんでした(メゾソプラノの人は、曲全体を高く移調して歌っている人が幾人かいましたが)。ただ、どなたも低音Cを誤魔化しめ…と言うか、短めにあっさりと歌う人ばかりでした。楽譜を見ると、アラルガンドがしっかり掛かっている終着点近くの音なので、たっぷりゆったりと歌わないといけないのだけれど…この音形は、テノールには無理めな音形なのかもしれません。

 この曲に関しては、高音発声よりも低音発声の方が難しい…ような気がします。

 まあ、どちらにせよ、ガツンガツンと歌うのではなく、曲想的にもゆっくりと穏やかに歌っていきたい曲です。

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2019年1月 9日 (水)

要するに(やっぱり)ノドを伸ばしていかないといけないのです

 で、今度こそ、私の声楽のレッスンの話に入ります。

 まずはハミング練習から入りました。響きを常に頭の中に置くように、響きを高く高くしました。で、ハミング練習はそこそこに、さっそく発声練習に入りました。

 今回の発声練習は、

 1)高音Aをノドを鳴らさずに出すこと。
 2)高音Aを中音域と全く同じ音色で出すこと。

 以上の2点を目標にあれこれ繰り返しました。

 やり方は、そんなに難しくなく(でもなかなか出来ない)、まずは中声のDをノドを鳴らさずに出し、そこからポルタメントで高音Aまで、ノドを伸ばして出す…を繰り返して行い、カラダにこれを染み込ませるというやり方です。もちろん、いきなりDから始めてもうまくいきませんから、もっと低い音程から5度の上行音程をポルタメントで挙げていくというのを繰り返し行って、最終的にDからGへの跳躍音程を、ノドを鳴らさずに同じ音色で行うというのをやったわけです。

 ノドを伸ばす時に、声をしっかり支えて、強く息を吐き出す事。これがなかなか難しいです。そもそも、ノドを鳴らさないように歌う段階で、かなり息は弱く吐き出しているわけで、そこからノドを伸ばすと、弱い息がむしろ無くなってしまうのです。なので、ノドが伸びるよりも前から腹圧を強め息圧を高くして、ノドを伸ばしても息が弱くならないように(そして、過剰に強くならないように)して歌っていくのです。

 大切なのは、ブレスのコントロールという事です。

 で、これを何度も何度も繰り返して行ったわけです。と言うのも、このやり方ならば、実は声の消耗は最小限に抑えられるので、何度も何度も練習できるわけです。

 そして、これらの運動は、発声する以前の予備運動して完璧に行えないといけないのです。つまり、高音は発声するならば、それ以前にしっかりとノドを伸ばして、腹圧を強めて息をしっかりと強く吐き出せるように高めておき、それらの準備が整ってから、発声するわけです。こういう手順を短時間で自動的に行えるようになる事が、高音発声のテクニックであり、それがいまだ無意識で行えず、頭の中であれこれ考えながら、手順を一つ一つ確認しながらこなしているようでは、まだまだなのです。

 大切な事は、無意識で必要な事ができるようになる事。それを可能にするのは、反復した練習だけなのです。

 さて、これで本日の記事を終わりにすると、ちょっと短いので、もう一言書きます。

 実際は、レッスンが終わってから先生に相談したのですが、来年(この時点の話で、実際は2019年ですから、今年の話になります)は、某コンクールに出場してみようかなって思っているのだけれど、先生的にはどうですか?という話をしてみました。先生的には、問題は無いので、どうぞどうぞって話でした。で、私が出場を考えているコンクールは、以前同門の方で出場している人がいるので、どんな様子なのか聞いておいてあげましょうとまでおっしゃってくれました…ってわけで、まだ正式にはエントリーしていないのですが、今年は某コンクールに出場するかもしれないし、出場しないかもしれません。

 そんな感じなのです。

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2019年1月 8日 (火)

息子君が体験レッスンを受けたわけで…

 という訳で、ようやくレッスンの話に入ります。これは、2018年の年末のレッスンの話だったりします。

 で、表題の通り、私のレッスンの前に、実は息子君がY先生の声楽体験レッスンを受けたのです。息子君は、ご存知の通り、合唱団で歌っているのですが、声楽の個人レッスンに関しては、以前(変声前に)キング先生に数回レッスンを受けただけで、変声後は特に個人レッスンを受けていないので、声楽上の悩みも色々とあるようだし…というので、単発でレッスンを受けてみたのでした。

 息子君の合唱歴はかなり長いのですが、やはり合唱団で歌っていても、発声そのものは、あまり高いレベルにはなっていないようです。まあ合唱団では「男の子は、声を出して歌ってくれれば、それで良し」状態で、あまり発声に関する細かい指導はなされていないようなのです。まあ、それに関しては、オトナ対象の市民合唱団だとて、似たようなものです。発声練習と称する筋トレ的な練習はしても、合唱団で集団の一部として歌っているだけでは、なかなか細かな発声テクニックの指導はないし、発声テクニックも上達しません…と言うのも、結局、発声って個人的に細かく見てもらわないと上達しないんだよね。

 という訳で、息子君の場合、合唱歴の長さに比べて、ほぼ全然声楽的には学んでいないという事で、実に素直で手付かずの発声をしているというのが、Y先生の感想でした。なので、息子君の声に関しては、今後レッスンをしていく中で大きく変わっていく事が予想されるので、今の段階では、なんとも言えないのだそうです。

 とは言え、今の現状で言うならば、極めて声域の狭いバリトン…って事になるようです。息子君自身は、自分はバリトンからソプラノまでの音域で歌えると言ってますが、それはファルセット込みの話であって、すでに成人した男性であるので、歌う時にファルセットは使うべきではないというのが、Y先生の意見であって、ファルセットを使わないとなると、息子君は、極めて声域の狭いバリトンって事になるわけです。

 つまり息子君は(元ボーイソプラノという事もあって)今までファルセットを多用して歌っていたので、全然高音の発声が出来ない人になっています。具体的に言えば、E♭を超えると、無意識にファルセットになってしまうのです。ですから、まずはファルセットを封じて、高音発声の練習をしてみないと、どれだけ高音が伸びてくるのか、つまり、バリトンになるのか、テノールになるのか、その判別が付かないってわけです。

 でも、合唱団で歌うなら、息子君の発声って正解なんだよね。多くの合唱団では、どんな声域であっても、張りのある高音って、原則、ダメなんだよね。張った声は合唱を壊す…って言われちゃうわけで、高音は上品にファルセットで出すのが普通というか、奨励されている合唱団も多いわけで、そこらへんに合唱歌いと独唱歌手の発声の違いがあるのかもしれません。

 なので今後とも、高音はファルセットで…というやり方で、合唱バリトンとして歌っていくか、声楽修行をして、バリトンまたはテノールになるか、いっそファルセットを鍛えてカウンターテナーになるか…という道が彼には開けているのだそうです。

 私が息子君の年頃の時は、すでにテノール一択の道しかなくて、選択肢が無かった事を比べると、彼はなかなか恵まれているような気がします。ちなみに、親の欲目で見た場合、Y先生の指導で出した低音の声がかなり美声だったので、きちんと声楽修行をして、バリトンになるのが一番いいんじゃないかなって思ってますが、本人はどう考えているのかな? 親子と言えども、別人格なので、そこまでは分かりません。

 息子君の話を書いているうちに、記事が長くなってしまいました。私のレッスンの話は…ええい、やむをえない、次回まわしだ!

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2019年1月 7日 (月)

水車小屋は中声で決定(涙)!

 さて、本日より通常運転に戻ります。話は、昨年の最後の声楽レッスンの話になります。

 と言う訳で、声楽のレッスンに行ってきました。まずは懸案のシューベルトの『美しき水車小屋の娘』を学ぶ際の楽譜問題について、先生と相談して決定しました。

 そもそも、日本版の楽譜が絶版状態にあり、なんとか入手できた日本版の楽譜は原調版(つまり高声版)だった事もあり、私がそれで歌う事について、Y先生が少し悩まれた事もあり、使用楽譜の決定を先延ばしにしていたのですが、結局、楽譜は中声版を使うという事で決定しました。

 理由は2つ。一つは原調版は音程が高い事(そりゃそうだ)。二つ目は初めてまともにドイツリートを学ぶわけで、当初は音楽よりもドイツ語に苦労する事が見えているので、まずは言葉に注意が行き届くように、音楽的には苦労のない音域で歌ってもらいたいという事…です。

 実際、大抵の楽譜の場合、高声版と中声版の違いって、せいぜい全音程度(カラオケ的に言えば“-2”程度です)の違いしかありません。だから、本来、さほどそれらの違いを気にする必要はないのかもしれません。もちろん、曲によって3度ほど低くなっている曲(つまり“-4”)とか、もう少し低くなっている曲もたまにある一方で、まったく違わない(つまり原調のまま)の曲もあります。なので、本来的には、高声版であるとか中声版であるとか、こだわる事は間違っているのかもしれません。

 むしろ、その歌手の声質とか、歌う目的とかで、もっと柔軟に楽譜を選んでも良いのかもしれません。

 先生的には、高音A(高声版になると一曲だけ出てきます)を避けたかったので、高声版ではなく中声版を選択されたのだろうと思いますが、私的には、中声版になると低音Bが出てくるので、それがちょっと心配です。低音Bはテノールの音域よりも下の音だし、実際、私、低い音って、高い音以上に苦手だからなあ…。

 ま、それはともかく、先生が中声版でレッスンをしましょうと決めた以上、私はそれに従います。

 で、ここからはレッスン後の話になるのですが、じゃあ、楽譜を購入しましょうという事になりました。シューベルトの曲は、著作権がとっくの昔に切れているので、ネットに転がっている無料楽譜を使っても、全然問題はないのでしょうが、リアルな楽譜を購入することで、少しでも音楽業界にお金を落とせたらいいなあというオトナの気持ちで、楽譜を購入する事にしました。

 選択肢は3つになりました。

1)ベーレンライター社の最新版の『美しき水車小屋の娘』

 今、一番新しい楽譜なので、学術的にも最新だろうし、ベーレンライター社の楽譜はとても見やすいのが特徴です。欠点は、高価な点でしょう。3000円ほどして、水車小屋しか収録されていません。

2)ペータース社の新版の『シューベルト歌曲集1』

 これは、かの大歌手である、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが編集した楽譜です。かなり彼の手が入っているそうで、私達がイメージするシューベルトの曲とは、あれこれ細かく違っているそうです。おそらく、彼の晩年の歌唱は、この楽譜に基づいて歌われているんでしょうね。内容的には、3大歌曲集がまとめられていて、お値段は4000円弱です。ベーレンライターの楽譜と比べると、かなりお得感があります。

3)ペータース社の通常版の『シューベルト歌曲集1』

 これはフリートレンダー氏の編集で、初版がいつかは明記されていないので分かりませんが、かなり古い楽譜です。Y先生曰く、プロの皆さんが使っているのは、たいていこの楽譜で、この楽譜は比較的、歌詞の間違い、音符の間違いが少ないのだそうです。ま、版を重ねるうちに、間違いも訂正され尽くしたって感じなのでしょうね。お値段的には5000円程度か…。私が買った時は8500円したのになあ(涙)。まあ、輸入本は時期で値段が変わるので仕方ないか。この楽譜は、3大歌曲集の他に、有名どころの単品の歌曲が33曲も収録されています。ある意味、一番コストパフォーマンスが高い楽譜と言えます。

 で、私がどれを購入したのかと言えば、すでにお分かりでしょうが、3)のペータース(フリートレンダー編集)です。一番、初期投資がかかるのだけれど(お財布的に痛いです:笑)。でも勉強するなら、業界的に標準的な楽譜で勉強するのが一番ですからね。

 うむ、楽譜の話をしていたら、レッスンの内容に入れませんでした。すいません。

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2019年1月 6日 (日)

昨年[2018年]映画館で見た映画 その5

 この連載も、今日でお終いです。

41)ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション

 2005年(14年も前だよ)にテレビ放送されたアニメ『交響詩篇エウレカセブン』の二度目のリブート作品の第2作です(なんか分かりづらいね)。

 ここで、エウレカセブン小史を(笑)。

 まず2005年にすべての始まりである『交響詩篇エウレカセブン』が1年間テレビ放送されます。

 2009年に最初のリブート作品である『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』が映画として上映されます。

 2012年には続編である『エウレカセブンAO』が半年間テレビ放送されます。

 2017年には二度目のリブート作品(三部作)である『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』が上映され、2018年には、その続編である『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』が上映されました。で、私が見たのが、この二度目のリブートの第2作の『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』ってわけです。ちなみに第1作目は、映画館じゃなくて、アマゾンプライムで見ました(笑)。

 エウレカセブンというアニメは…って、見たこと無い人に説明するのは難しいのでやめておきます。エウレカセブンは日本ではそこそこヒットしたアニメだけれど、世界的な規模ではかなり有名な作品です。日本よりもむしろ海外(特にヨーロッパだね)で有名な感じのアニメです。なので今でもこうして新作が作り続けられるわけですね。今回映画で新作が展開しているのも、海外に進出するなら、テレビシリーズよりも映画の方がやりやすい…って事なんだろうと思います。

 このアニメはジャンル的には、意識高い系の世界系のアニメです。あえて言えば、エヴァンゲリオンに近い感覚のアニメです。もっとも、エウレカセブンはエヴァンゲリオン程こじらせていません。そこが日本ではイマイチで、海外で受けている理由なのかもしれません。ちなみに、今現在(まだ)アマゾンプライムで見れるので、興味ある方はどうぞ。はまっても責任持ちません。

 それにしてもアネモネが日本人だったとは知りませんでした(!)。

42)続・終物語

 西尾維新の大ヒットラノベ『物語シリーズ』のファイナル・シーズンの最終作をアニメ化した映画です。前作の『終物語』でストーリーは完結しているので、今作はその後日談と言うか、ファン向けのエピローグといった体裁です。『物語シリーズ』は時間軸で言うところの、一番最初の『傷物語』と一番最後の『続・終物語』は映画で、その途中の作品はTVシリーズという変則的な作りのアニメシリーズなのです。とは言え、原作はファイナル・シーズンである『続・終物語』の後に、オフシーズンとかモンスターシーズンとか銘打って、ぞくぞく続編が出ているし、アニメの制作会社であるシャフトは、物語シリーズのすべてをアニメ化すると広言しているので、商業的に旨味があるうちは、まだまだ続くんだろうなあと思われます。

 お話は…それこそファン向けの楽屋落ちのネタばかりで、お好きな方以外にはおすすめできない内容です(笑)。

43)ボヘミアン・ラプソディ

 今年の大ヒット映画です。まだ見ていない人はぜひ見ると良いですよ。たいていの人が感激しちゃうくらいに、よく出来た映画です。

 クイーンというロックバンドのヴォーカリストのフレディ・マーキュリーの伝記映画と書いても間違いありませんが、そんな事よりも、ミュージカル映画として、実によく出来た映画です。まあ、それだけフレディ・マーキュリーという人が(文字通り)劇的な人生を送った人であると言えるでしょう。

 それに何より、彼らの音楽の素晴らしさに心が奪われます。多くの人が、この映画をきっかけにクイーンファンになるでしょう。

 ただ、私は、すでにクイーンファンなので、映画の中で役者たちが演じているクイーンのよりも、彼ら本人の方が好きなので、この映画を見るくらいなら、クイーンのビデオ集を見たほうが、正直楽しめる事は白状しておきます。

 なにはさておき、未見の人は、今すぐに映画館へ行こう!

44)ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生

 ハリーポッター系の映画で、ファンタスティック・ビーストシリーズの第2作目です。。ダンブルドアが初登場する映画です。このシリーズも、スター・ウォーズ同様、地球人類の基礎教養となりつつある感じがします。このシリーズを見ないという選択肢は、たぶん無いんだと思います。なので、未見の方は、諦めて、さっさと見てしまいましょう。

 主人公のニュートは、ハリーをオトナにした感じのナイーブでどこか影のある青年です。読者的には、ニュートとハリーは同一人物と考えても構わないというか、そういう受け取られ方を製作者側も暗に提示しているような気がしますね。

 物語的には…現代風味を加えた童話です。ハリーポッターがジュブナイル系の物語であるなら、こちらはオトナ向けの童話ってところでしょう。

45)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『西部の娘』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

46)シュガー・ラッシュ:オンライン

 田舎に住んでいる少年少女が、都会に遊びに来て、都会の楽しさと恐ろしさを感じ、少年は田舎に戻って平和に暮らす事を選択し、少女は都会にとどまり、新しい世界で自分の可能性を広げてみる…という話を、田舎をアーケイドゲーム、都会をインターネットに置き換えて表現してみましたって映画です。つまり味付けは新しいけれど、本質は古典的なストーリーの映画ってわけね。

 なので、大ヒットした前作の続編として考えなくても、全然構わない映画です…ってか、前作とキャラが共通しているだけで、お話的には全然つながっていないので、いきなりこの映画から見ても問題ありません。

 私的には、実名で登場したり、類似名で登場する、インターネットの各種サービスにニコニコしっぱなしでした。

47)私は、マリア・カラス

 この映画に何を求めるかで評価は大きく変わる映画だと思います。まあ、どちらにせよ、オペラオタク、声楽マニア、カラスファンの3種類の人間しか見に行かない、極めてニッチな映画である事だけは、間違いありません。

 動いているマリア・カラス。喋っているマリア・カラス。歌っているマリア・カラスを見たい人には大満足な映画です。あと、マリア・カラスに関するスキャンダラスな部分に興味津々な方にもイケる映画ですね。

 私は…ガッカリしちゃったかな? ドキュメンタリーであるとは事前に知っていたので、もっと音楽的な話やオペラの話、それこそ歌唱上の苦労とか、演技の心得とか、そういう事をマリア・カラス自身の口から語られるのかな?って思っていたら、そういう方面は全く無しだったので、私的には期待はずれでした。

 この映画はマリア・カラスの芸能生活に関するドキュメンタリー映画であって、音楽映画ではありません。ただ、それだけです。なので、わざわざ映画として公開するほどのモンかな、これ? 百歩譲って、テレビ放送でいいんじゃないの?

 という訳で、これで昨年見た映画は終了です。実はまだ、見たいお正月映画のすべてを見たわけではないので、残りは今年になってから見ます(ってか、見ました)。それらの話は、また来年ね(笑)。

 では、明日からは、通常運転に戻りますので、よろしくお願いします。

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2019年1月 5日 (土)

昨年[2018年]映画館で見た映画 その4

 さて行くよ。

31)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『トリスタンとイゾルデ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

32)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『ロメオとジュリエット』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

33)マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー

 いわゆる続編モノです。それにしても前作は10年前の映画なんだね…。

 前作は素晴らしいミュージカル映画でしたが、今作はあくまでも続編であって、それ以上でもなければそれ以下でもないって感じです(でも、私は好きですよ、こういう映画)。使っている曲も、ほぼ共通しているしね。ま、成功した前作の続編ですから、大物出まくりです(笑)。いやあ、金かかってますよ。もっとも、前作を知らない人でも楽しめる作りになっていますので、いきなりこちらの映画を見ても、全然問題ありません。

 あくまでも続編であって、蛇足と言えば蛇足なんです。

34)アントマン&ワスプ

 アベンジャーズ系のマーベル映画です。「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」を見終えた後は絶望してしまいましたが、この「アントマン&ワスプ」もそう。この映画の結末も絶望です。この先、一体どうなるのでしょうか?

 とは言え、この映画そのものは、おバカで楽しいSFアクション映画です。

35)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『オリー伯爵』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

36)プーと大人になった僕

 リアルな世界に片足つっこんだファンタジー映画です。大人になって、世の中そんなに甘くないよねって感じで生きているクリストファー・ロビンの(あえて言っちゃうけれど)現実逃避の物語です。でも結局、現実に戻ってくるんだけれどね。

 そう、ファンタジーの本質って、現実逃避なんだよね。私は、その事をこの映画を見て、強く思いました。子ども時代は現実逃避をしたままでも空想世界に遊んでいても許されるけれど、オトナになると、現実逃避をしたままじゃダメで、たとえ一時、現実逃避をしたとしても、やっぱりそれでも現実の中でも、たくましく生きていかないといけないわけです。

 この“リアルな世界に片足つっこんだファンタジー”ってところが、如何にも西洋文化っぽいですね。日本なら、死んで異世界に転生しちゃうだろうに(笑)。

 それにしても、イギリスの田舎の風景って…味があるよね。

37)パパはわるものチャンピオン

 この映画、たぶん見ている人なんてほとんどいないだろうけれど、私は大好きですよ、気に入りました。

 同名絵本を原作とした、親子モノの映画です。お父さんが悪役レスラーで、それをなかなか受け入れられない息子のお話…って書くと、なんか安っぽくなって嫌だな。

 実質的な主役は、息子役の寺田心君でしょうね、彼がまたいい味出しているんだよ。また、脇を固めている木村佳乃や仲里依紗もいい感じです。

 大勢出てくるレスラー役は、すべて新日プロレスの現役レスラーたちです。だいたい、主役のゴキブリマスクを演じているのか棚橋弘至だよ。エース棚橋だよ、百年に一人の逸材だよ。ハイフライフローもバンバン使います。ちなみに、ベビーフェイスであるドラゴンジョージを演じているのが、レインメーカーことオカダカズチカです。ゴキブリマスクとドラゴンジョージの対戦なんて、リアルにプロレスだからね。すごいよ、最近のプロレスは。アニメや特撮のアクションシーンが生ぬるく見えるくらいに迫力満点です。特にオカダのドロップキックは、信じられないくらいにすごいんだよ。当然、映画の中でも翔んでますよ。

 その他にも、大勢レスラーが出てきて、プロレスファンにはたまらない映画になってます。私の目線で語るなら、棚橋弘至の魅力が炸裂って感じの映画かな。彼はレスラーの中でも、しっかり話ができる人なんだけれど、その彼が演技の世界に足を踏み入れたって事が注目です。まだままだお芝居そのものはぎこちないけれど、あの肉体で役者になれば、それこそ唯一無二の存在になれると思うのですよ。そんな彼のデビュー作がこの映画なのです。

 いい役者になってほしいなあ。

38)日日是好日

 なんとも良い日本的な映画です。一人の女性がお茶を学び、お茶とともに人生を過ごしていく、まったりとした話です。黒木華って、全然美人じゃないけれど、良い女優さんだよね。お話としては全く地味なんだけれど、じわっと心に染みてくるタイプの映画です。お茶の先生役の樹木希林は、キャスティングの妙に尽きます。樹木希林以外の誰がこの役を演じることができただろうか…なって思ってしまいました。それほどのはまり役…ってか、それほどの演技力っていうべきなのだろうか。

 ほのぼのした日本映画を見たい人にはお薦めです。

39)音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!

 ええと、クソ映画です。阿部サダヲ主演の音楽映画だと思って見に行った私が馬鹿でした。いえいえ、阿部サダヲ主演の音楽映画である事には間違いありませんでしたが、それ以前に映画としてのクオリティが…(涙)。CSの無料放送で見るならともかく、わざわざお金払って見るほどの映画じゃないなあと…個人的に思いました。あまりに滑稽無糖すぎて、呆れ返ってしまいました。

 たまには、そんなハズレを引くこともあるんです。

40)スマホを落としただけなのに

 タイトルを聞いただけで恐ろしい話ですが、実際、映画の中のストーリーもかなり恐ろしいです。仕掛けが二重三重にも重なったホラーものです。スマホを落とす…ここまで極端でなくても、怖いものです。セキュリティをしっかりし、絶対に落としたり忘れたりしないようにしようと、固く心に誓いました。それほど、現実味のありそうでなさそうな恐怖を描いた映画なんですよ。決して無いとはアタマではわかっていても、なんかありそうな恐ろしさなのです。いやあ、ほんと、おっかない話です。

 さて、まだ続きますよ。

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2019年1月 4日 (金)

昨年[2018年]映画館で見た映画 その3

 さて、続きに参りましょう。

21)ランペイジ 巨獣大乱闘

 ハリウッド版“三大怪獣 地球最大の決戦”です。ゴリラ対オオカミ対ワニです。こういう映画を見るたびに思うのは「アメリカ人って、怪獣が苦手なんだな」って事です。なにしろ、ゴジラをただのトカゲにしちゃった人たちですから、三大怪獣の戦いをやりたいのだろうけれど、どうしてもゴリラ対オオカミ対ワニになっちゃうわけです。日本なら、モチーフがゴリラやオオカミやワニであっても、しっかり怪獣にしちゃうんだけどなあ…。

 映画のジャンル的には、パニック映画…でしょうね。ただし、深みには欠けます。いわゆる、おバカ映画です。何も考えずに、巨獣が街中を大暴れするシーンを見て、スカッとすればいいだけの映画です。難しい事は考えちゃダメなんだな。

22)デッドプール2

 これもハリウッド製おバカ映画です。一応、マーベル映画だけれど、アベンジャーズとは無関係で、どちらかと言うと、X-MEN方面のキャラです…とは言え、私はX-MENはちゃんと追っかけてないので、よく分からないんだよなあ。コメディーと言うよりも、アメリカンなセンスのギャグ映画です。だいたい、ヴィランのケーブルを演じているのが、ジョシュ・ブローリンで、この映画の直前には「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」でサノスを演じた人で、絶対に狙ったキャスティングだと思うんだよね。

 ちなみに、同じマーベル映画でも、アベンジャーズはディズニー製作で、X-MENは20世紀フォックスの製作なんだよね。だから、キャラ同士が関係を持たない…んだろうと思います。で、そこをうまく利用してネタにしているんだろうと思うわけです。

 さらに言うと、あのスパイダーマンも、ソニーで作っていた時代はアベンジャーズと無関係だったけれど、ディズニーに移籍してからはアベンジャーズに絡むようになりました。2018年9月に、20世紀フォックスがディズニーに買収されてしまったので、今後のX-MENシリーズはディズニー製作になるだろうから、そうなると、デッドプールもX-MENも、アベンジャーズと絡んでくるのかな…なんて、ちょっぴりワクワクしています。

23)終わった人

 今年一番、ハートに直撃した映画…かもしれません。いやあ、身にしみるんだよねえ。

 定年退職後の男の話です。厳密に言えば、彼はエリートで生活に不安がない…という部分は、私とは違うだろうけれど、でもでも定年退職をし、生活がガラリと変わってしまった男…って部分では、誰にでも当てはまる話なんだよね。何しろ、男は環境の変化に弱い生き物だからね。それまで何十年も人生を捧げてきた会社とは無縁になったら、明日からどうやって生きていったらいいんだい!ってなるのも、まあ分かるし、多分私だって、似たような感じで迷うだろうからね。

 ジジイ映画…という新ジャンルの映画なんだろうけれど、これからの日本は老人があふれかえる時代になるわけだから、映画も若者向けばかりでなく、こういったジジイ向け映画も増えてくるのではないかなって、予感したりします。

 実際、小銭なら、若者よりも年寄りの方が持っているものね。

24)羊と鋼の森

 若いピアノ調律師の成長物語です。ハートフルで普通に良い映画でした。デート映画にもいいかもね。

25)ダンガル きっと、つよくなる

 インド映画です。ただし、誰も歌わないし踊りもしません(笑)。ミュージカルではなく、ストレートプレイの映画です。で、実在のレスリング選手であるフォーガット姉妹の伝記映画だそうです。たぶん、彼女らはインドの英雄なんだろうと思います。ま、日本には同じ女子レスリングにもっと大物がいますから、フォーガット姉妹と言われてもピンと来ません。

 お姉ちゃんのギータが優勝するのはコモンウェルスゲームズです。コモンウェルゲームズって何?って感じですが、これってオリンピックみたいな国際スポーツ大会なんですね。ただし、参加できるのはイギリス連邦の国々(52カ国もあるそうです。世界の1/4はイギリス連邦なんだな)だけなので、日本やアメリカは無関係なのです。ま、我々が知らなくても不思議はないですね。

 今どき珍しいスポ根ものです。笑っちゃうくらいにスポ根です。今の日本じゃ、作ろうと思っても作れないタイプの映画です。だって、今の日本なら、児童虐待になりかねないもの。それにゆえに、見る価値ありの映画…とも言えます。ほんと、面白いよ。

26)ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー

 はいはい、お約束のスター・ウォーズです。今回はスピンオフ映画で、ハン・ソロの若い時代を描いてます。面白いとか面白くないとか、そんな事を考えてはいけません。地球人類ならば、スター・ウォーズに関する映画は見なければいけません(断言)!

 ま、そこまで肩に力を入れなくても、普通に面白い映画だと思います。内容的には…宇宙を舞台にしているけれど、西部劇なんだろうなあって思います。ま、本編のスター・ウォーズが、宇宙を舞台にした時代劇だから、これはこれでアリですね。

 普通にデート映画ですよ。

27)劇場版ポケットモンスター みんなの物語

 ポケモン映画は、前作でリブートしたわけで、今回は新シリーズとしては2作目にあたります。前作がとっても良かったので、とてもとても期待していましたが、ちょっと期待しすぎたみたいでした。それでも水準並の出来で、そこはやっぱりポケモン映画なんだな。ウソッキーがいい味出してます。

 前作はホウオウが、今作はルギアが、話のキーを握るポケモンでした。ちなみに自作はミュウツーがメインを張るそうです。今から楽しみです…って期待しすぎると失望しちゃうので、次はほどほどに期待して待っています。

28)ジュラシック・ワールド/炎の王国

 ジュラシックを冠する恐竜映画も、これで5作目です。怪獣と恐竜の違いはあれど、日本がゴジラなら、アメリカはジュラシックなんでしょうね…ってか、ここに出てくる恐竜たちって、ほぼ怪獣だよね。空は飛ばないし、光線も熱戦も吐かないけれど、たぶん怪獣だよね。アメリカ人も怪獣映画を作りたいんだろうと思うのだけれど、うまく怪獣が作れなくて、恐竜になっちゃうんだろうなあって思います。どうしても、リアルから片足が抜けないんだよね。

 内容はお約束どおりのジュラシックな映画です。難しい事は考えちゃダメな映画です。できれば、大スクリーンで見たい映画です。これもいわゆるデート映画です。

29)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『エルナーニ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

30)ミッション:インポッシブル/フォールアウト

 トム・クルーズのインポッシブルシリーズも6作目です。今どきのスパイモノって、まあこんな感じなんですね。本家スパイモノの007が、すっかりシリアスっぽくなってしまった現在、往年のスパイ映画のテイストをうまく引き継いでいるのが、トム・クルーズのこちらのシリーズなんだろうなあって思います。それだけに、ほんと楽しみな映画シリーズです。

 それにしても、トム・クルーズはいつまでイーサン・ハントをやるつもりなのかしらね。彼もそろそろアラカンですから、アクションものはキツくなっているはずなんだけれど…ね。ま、私は彼が演じ続ける限りは見に行くつもりですが。

 ってなわけで、続きはまた明日。

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2019年1月 3日 (木)

昨年[2018年]映画館で見た映画 その2

 さて、昨日の続きです。

11)ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル

 1995年にロビン・ウィリアムス主演で作られた『ジュマンジ』の続編と言うか、リブートと言うか、確かに同じ題材なのですが、ほぼ別作です。まあ、ボードゲームとコンピューターゲームじゃあ、そりゃあ違うってモンです。

 基本的には私が大好きなおバカアクション映画なわけで、遊園地にでもやってきた気分で楽しめます。ただ、それだけ。見終えた後に残るものは無し…という潔い映画です。

12)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『セミラーミデ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

13)パシフィック・リム:アップライジング

 アメリカ製の、巨大ロボ対怪獣の映画。円谷をリスペクトしているのがよく分かる映画だけれど、ううむやっぱり2作目なんだよね。1作目ほど面白くはないです。残念。

14)レディ・プレイヤー1

 将来の体感ゲームはこうなるのかな?という映画で、プレイヤーがゲーム内のアバターとなって、仮想現実の中が大暴れする映画です…と説明しても、たぶんこの映画の面白さは伝わらないでしょうね。

 むしろ、近未来SF映画…と言った方が理解しやすいかも。SF好きでゲーム好きでバトルモノが好きなら、楽しめます。あと、パソコン好きなら、映画内の小ネタにクスクス反応できるかも。私はもちろん気に入りましたよ。まあ、どちらにせよ、頭をからっぽにして楽しむタイプの映画です。良くも悪しくも、ハリウッド映画ですよ。

15)いぬやしき

 日本製のSF映画です。よく出来てますよ。原作は漫画なんだけれど、私は原作を読んでいなかったけれど、先行してアニメを見ていたので、ストーリーは知っていて、楽しめるかなと不安を抱えて映画を見ましたが、アニメはアニメ、映画は映画って事で、結構楽しめました。良作ですね。

16)リズと青い鳥

 アニメ映画です。とは言え、全然子供向けではなく、青春を回顧したいオトナ向けの映画です。『響け!ユーフォニアム』というアニメシリーズの劇場版ですが、本編を全然知らなくても十分に楽しめます。そういう意味では、スピンオフ作品と言うべきかもしれません。ちなみにテレビシリーズで活躍したキャラたちは、ほとんど活躍しません。本編では脇役でしかなかった、みぞれちゃんと希美ちゃんの、どうしようもなく女の子な物語です。

 私は音楽映画として見ましたが、見終えた感想は青春映画でした。

17)アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

 これはアベンジャーズ版『帝国の逆襲』です。見終えた感想は、ただただ絶望。「一体、この先、どうするねん」です。まあ、キャプテンがどうにかするんだろうなあという希望は見えるのが、それこそ希望です。もちろん、ここでいうキャプテンとは、キャプテン・アメリカではなく、キャプテン・マーベルの方ね。

 それにしてもサノスは強いです。まるで、ダース・ベイダーだな(笑)。

18)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『コジ・ファン・トゥッテ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

19)ロイヤルオペラ『カルメン』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

20)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『ルイザ・ミラー』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

 本日はここまで、これでもまだ半分まで来てないんだよぉ(笑)。

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2019年1月 2日 (水)

昨年[2018年]映画館で見た映画 その1

 さて、恒例の年末連載の“今年見た映画”を、今回からお正月連載に移動し、タイトルも“昨年見た映画”とリニューアルしての登場としました。今回も、私がわざわざ映画館まで出向いて見た映画を記録してみました。ただ記録するのではつまらないので、私なりの簡単なコメントもつけてみました…って事で、皆さんの参考になるかどうかは…ならんわな(笑)。では、いきますよ。

1)プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード

 ううむ、雰囲気を楽しむ映画かな? モーツァルトが生きていた時代や土地の雰囲気を楽しむ映画…として私は見ました。モーツァルトが生きていた頃、街の空気はこんな感じで、町並みはこんな感じで、人々はこんな感じで…ってのを味わいました。なにしろ、近代ヨーロッパってのは、現代日本人とは全く違った世界に生きていた人たちですからね。そんな時代の雰囲気を知ることで、より深くモーツァルトの音楽を楽しむ事ができる…なんてところでしょうか?

 別に映画そのものは、ごくありふれたコスチュームもの(しかしお金はかかってます)だと思いました。

2)ジオストーム

 いわゆるパニック映画…ってジャンルに入るのかな? とにかく地球に大気象変動が起こって、津波やら寒波やらが襲来して、人類がメタメタになっちゃうわけで、それらの災害シーンが実にすごいです。これ、映画館で見てよかったなあ…って感じの作品です。大画面じゃないと、あの凄さは通じませんよ。

 ストーリーは…完全におバカ系なので、そこにツッコミを入れちゃいけません。しかし、アメリカ人はファミリー大好きなわけで、この映画もある意味、兄弟喧嘩映画なわけで、仲違いをした兄弟が仲直りをする映画…というふうにも楽しめます。とにかく、好きな人は好きってタイプの映画で、私はこういうパニック系おバカ映画って好きなので、結構お気に入りだったりします。

3)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『トスカ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

4)グレイテスト・ショーマン

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

5)ダウンサイズ

 映画って、見たことのない世界を見せてくれる魔法のツールである…のならば、まさにこの映画は、そんな感じに仕上がっています。人間が13cmのミニチュアサイズになって暮らす。それだけで、なんかワクワクしてきませんか? 基本的にはコメディーなんだけれど、時折貧富の問題を絡めてきて、結局人間って、サイズの問題じゃないんだなって、ありきたりの結論に到達したりして、まあ結局、意識高い系の映画になっちゃいます。

 まあ、マッドサイエンスもので、ある意味、異世界モノでもあるんだけれど、ちょっぴり人生を考えたりもします。コメディー映画にしては、笑えない描写もあり、なんかどっちつかずな感じもします。つまり、真面目に悩みながらも、ほどよく笑いたい人向けのコメディー映画って感じで…ああ、やっぱり中途半端な感じのする映画だな。

6)ブラックパンサー

 マーベル映画で、アベンジャーズシリーズの一つです。細かいツッコミは横において、ひたすらかっこいいブラックパンサーをを楽しむべし…です。典型的なヒーローものだよ。アクション、すごいよ。理屈抜きで楽しんじゃおうぜ!

7)ロイヤルオペラ『リゴレット』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

8)ちはやふる ~結び~

 日本の映画が、役者を見せるためのモノであって、作品は二の次と言うか、役者を見せる道具の一つに過ぎないというのがよく分かる典型的な映画です。

 広瀬すずはかわいいよ。その他の俳優たちもイケメンだったり美女だったりするさ。で、彼らが一生懸命に演技をしているよ。それは瞬間的には感動的だったりするよ。そういう刹那的な楽しみがこの映画にはあります。

 前作「ちはやふる ~下の句~」が、主人公のちはやちゃんが、高校1年生の夏までのお話なのに、今作「ちはやふる ~結び~」は、いきなり高校3年生の夏のお話になります。つまり、その間の2年間のお話が省略されます。高校3年間のお話なのに、その間の2年間が飛ばされるって何?って感じの、乱暴なストーリー展開になっております。

 もちろん、飛ばされた2年間には(原作によれば)すごいお話がいっぱい詰まっているのだけれど、映画じゃそれらは無いことになっているわけで、いやそれどころか、原作とはちょっとパラレルな話になっていて、この映画は、広瀬すず目当ての人には楽しみな映画だろうけれど、「ちはやふる」という物語や世界が好きな人に“ガッデム!”な映画となっております。

 つまり、広瀬すずが目当てな人には眼福な映画ってわけだ。別に作品が「ちはやふる」であってもなくても関係ないよって人向きの映画です。なので、「ちはやふるって何? すずちゃん可愛いからいいじゃん」って人向けの映画かもしれません。

 で肝心の「ちはやふる」だけれど、原作は休載が多くてヨロヨロとしてますが、それでも単行本は40巻、ちはやが高3の秋~冬のお話になっています。で、今年の春にはアニメ3期が放送されますが、アニメの新シリーズは、前シリーズと時系列がつながっているのでしょうか? アニメは高2の夏までお話が進んでいたので、ぜひその続きから始めてほしいなあと個人的には願望しております。

9)シェープ・オブ・ウォーター

 暗くて真面目で不可解なモノが好きな人にはオススメです。決してデート映画に選んじゃいけません(笑)。なんだろ、この映画は、エンタメ系ではなく、アート系ですね。うん、アート系。楽しくはないんです。面白くもないんです。でも、なんかジーンと来るし、後味悪いし…。たぶん、他人に薦めるタイプの映画じゃないと思います。この映画を楽しめる人は、他人に薦められる前に自分のアンテナに引っかかるだろうし、自分のアンテナに引っかからなかった人は、たぶん見なくても全然構わないようなタイプの映画なんです。

 実に見る人を選ぶ映画だと思うよ。

10)ロイヤルオペラ『トスカ』

 この映画に関しては、すでにブログに書きましたので、そちらを参照してください。

 というわけで、ひとまず10本ほどご紹介しました。続きはまた明日ね。

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2019年1月 1日 (火)

さて、今年[2019年]の抱負でございます

 あけましておめでとうございます。今年も、私ならびに、この「老犬ブログ」をよろしくお願いいたします。

 ちなみに昨年の抱負はこんな感じでした。

1)エルステユーブンゲンをさくさく進めたい

2)ガリボルディのプチエチュードを今年こそは卒業したい

3)高音Aを常用音域にしたい

4)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

5)ブログを続けていきたい

6)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 結果としては、○は2)と5)と6)で、×は1)と3)と4)でした。つまり、3勝2敗のイーブンとなりました。ううむ。

 というわけで、今年も「新年の抱負」から老犬ブログをスタートさせたいと思います。
 まずはフルート関係から。

1)エルステユーブンゲンをさくさく進めたい

 ええと、昨年と同じ抱負です。実は仕事の状況が変わり、以前のように毎日たっぷりフルートの練習時間が取れるようになれば、簡単に達成できるので、仕事次第という部分はありますが、人間何事も諦めたらお終いなので、今年も性懲りもなく同じ抱負を掲げさせていただきます。

 ちなみに昨年のお正月段階で23番に取り組んだところでしたが、そこから合格したのが23番と24番の2曲だけで、現在はその次の25番と26番に取り組んでいるところです。いやあ、ほんま、さくさく進みたいですわ。

2)ガリボルディの旋律的練習曲もさくさく進めたい(5番まで終わらせたい)

 昨年までは、ここの抱負は「プチエチュード…」でした。で、無事プチエチュードを終え、次の旋律的練習曲に取り組み始めたわけです。ちなみに、プチエチュードは、2014~2018年の4年がかりでした。旋律的練習曲もプチエチュード同様に20曲ありますので、同じペースで行けるかなって思ってます。ならば、1年で5曲上がればさくさくと言えるかなって思いますので、ひとまずの目標としては5番まで終わらせたいとなります。さて、この抱負は実現できるでしょうか?

3)40リトルピーセズもさくさく進めたい(30番まで終わらせたい)

 40リトルピーセズは、一昨年の2017年9月から開始しました。

2017年は、1番~7番。
2018年は、8番~20番。

こんなペースだし、後ろに行けば行くほど、曲の難易度も上がってくるでしょうか、冷静に考えると、1年で10曲、残り2年で全曲終了というのが、無難なところかなって考えましたので、ひとまず40リトルピーセズに関しては、2019年中に30番まで終わらせたい…という抱負にします。がんばるぞー。

4)高音Aを常用音域にしたい

 さて声楽関係の抱負です。なんか、この「高音Aを…」というのは、ここ数年、ずっと掲げている抱負です。それだけ、私の歌唱は発声的には足踏み状態にあると言えます。うーむ、ゆっくり丁寧に手順を踏めば高音Aは出せますが、曲中で使用するためには、無意識に出せないといけません。そうでないと、常用音域の中には入れられません。手順を踏まずに高音Aを出せるようになるには、必要な手順を無意識で踏んでいけるように、しっかりと身体で発声方法を覚えて癖にしておかないといけませんが、まだまだそこまでのレベルに達していないってわけです。

 問題は、新しい技術を癖にできるほど、練習時間が取れないって事かな? これはフルートにも通じるけれど、今の私は、地味で継続的な練習が必要なものほど、達成が難しい状況にあるからなあ…。と弱音は吐いても、今年も例年以上に頑張ってゆきたいですよ、ほんま。

5)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 毎年、同じ抱負をあげていますが、ほんと、いつもいつも願っている事です。以前はよく“夏の暑さが鬼門”と書き続けてきましたが、一昨年から、夏場も金魚ために自宅のエアコンをつけっぱなしにするようにしたので、夏の暑さが鬼門というわけではなくなりました。それでもやはり金魚は星になってしまうわけで、昨年は、ウルシを星にし、三匹入れた真ドジョウのうち1匹が行方不明に、もう1匹を星にしてしまいました。また、緋ドジョウは2匹入れましたが、翌日には行方不明になりました(たぶん、ヤヨイが食べた)。

 今年こそ、誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせてやりたいと願っています。

6)ブログを続けていきたい

 とにかく続けていきたいですね。そのためにも無理は禁物です。なるべく毎日アップし続けたいとは思ってますが、厳しい時には期限付きでお休みをし、可能な範囲でブログを継続していきたいと思います。一番忙しいのは、春…なんですよ。そこはどうしても、長期に渡ってお休みせざるを得ないかな? 次はお正月ですが、今年はたぶん、なんとか乗り切れそうです。後は、夏のお盆の頃ですね。まあ、ブログが休載しそうな時期は決まっていますから、そこに向けて、記事を書き溜めておきさえすればなんとかなるんですが…本当に忙しくなると、それも難しくなるって寸法です。

7)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 ま、いつものことですが、当然の抱負ですね。昨今は、私自身の健康が一番の不安材料になりつつあります。いちいちブログに書いてませんが、病気や怪我が多くなりました。身体には気を使わないといけませんね。

 と言うのが、今年の抱負です。

 そんなわけで、老犬ブログ、今年もよろしくお願いします。

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