ひとこと

  •  毎年の話だけれど、どうして成人式となると、ごくごく一部だけれど、イキってしまって暴れてしまうオノコが出てしまうのだろうか? たぶん、あれがカッコいいと思っているのだろうけれど、暴れるオノコは極めて少数で誤差の範囲程度しか存在しないんだよね。もしかすると、マスコミがいちいち暴れるオノコたちを報道するから、それに乗じて暴れているんじゃないかと、オッサンは勘ぐってます。マスコミが暴れるオノコたちを無視すると、案外数年で収まるんじゃないかと思っていたりします。
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2018年12月 9日 (日)

日本の貧困層が全然貧困じゃない件について

 世界銀行による貧困の国際定義というのがあって、現在の定義では「1日1.9ドル以下で暮らしてる事」を“貧困”と呼びます。1.9ドルとは、日本円にして約200円で、年収に換算すると、7万2千円です。年収7万2千円…確かに少ないです。驚くほど少ないです。私なら、1週間も暮らせない…。これが世界標準の“貧困”の定義です。

 実は世界には、このレベルにすら届かない人たちが、7億人以上います。世界人口は約70億人ですから、10人に1人が年収7万2千円以下の暮らしをしています。我々日本人の感覚で“年収7万2千円”と言うと、少なすぎて、基準としては非現実的に感じますが、この基準以下の人が7億人以上もいるのですから、この貧困の国際定義というのは、妥当と言えば妥当なラインなのです。

 一方、日本で“貧困ビジネス”に携わる人々が言う貧困の定義は「国民所得の中央値の半分以下の収入で暮らしている」事なんだそうです。これを相対的貧困というそうです。これに基づくと、日本人の所得の中央値は年収250万円だから、その半分ってわけで、年収125万円以下が貧困者って事になります。

 確かに年収125万円って聞くと、とても少なく感じます。

 では具体的に考えてみましょう。例えば、夫婦に子ども二人という典型的な家庭のパターンで考えるなら、4人家族ですから、年収500万円以下の家庭が、ここに該当する事になります。

 年収が500万円しか(?)なくても、毎日3食の食事は可能だし、雨露をしのげる家で暮らせるでしょう。さらに、その家の子たちは普通に学校に通えるでしょう。義務教育はもちろん、高校にも行けるだろうし、頑張れば大学にも行けるかもしれない。でも、塾や予備校に通うのはさすがに厳しいかな? まあ、この年収の家庭なら、子どもを塾に通わせるために、お母さんがパートを始めて収入を増やして…というのが、一般的ですが、ここでは年収500万円を越えない事を前提に考えると…その年収で現実的に考えると、高校卒業後、家計を助けるために、子どもは高卒で就職…というパターンになるかもしれません。

 高卒で就職して独立して生活を営む…別に普通の事だし、特に不都合はないと思います。

 たとえその家の子が、頭が普通によくて、将来はお医者さんになろうという希望があったとしても、医学部進学にはお金がかかるわけで、この程度の収入の家の子では、家の収入だけでは医学部に進学する事は、まず無理でしょう。まさに「希望した進路先に、金銭的な理由で、進学できない」わけで、それをもって、貧困であるって、貧困ビジネス関係者は声高に言うわけだけれど…。

 でも、それって本当に貧困なの? 確かに裕福な生活…とは言えないけれど、こんなの普通じゃん。家が貧乏だから学校に行けない…なんて、別に普通じゃないの? 自分の分を知れ!って事じゃん。

 それにもしもこの子が本当に優秀で、医者になる気持ちが強いのなら、奨学金でもなんでも使えばいいのです。確かに実家が裕福な方が医者になるには有利だけれど、本当に優秀な子ならば、色々な手段があるわけです。「希望した進路先に、金銭的な理由で、進学できない」なんて理不尽な事は、現実にはありません。

 かく言う私は、義務教育期間はもちろん、高校や大学やその上でさえ、ロクに授業料を払っていません。それどころかお小遣いすらもらいながら学校に行ってました。意欲と能力があれば、給付の奨学金や授業料免除等々、貧乏だけれど優秀な子を助けるための色々な手段が日本社会にはありますので、それらを活用していけばいいのです。

 もちろん“金銭的な理由”ではなく“本人の能力的な理由”で進学できないケースは多々あるでしょうが、それは貧困とは無関係です。貧困ビジネスの方々が言う、貧困のモデルっておかしいんですよ。

 そもそも、相対的貧困とか言い出す事自体が十分におかしい事だと思います。相対的貧困の定義で行けば、日本人の約16%が貧困になるそうです。16%と言うと、大雑把に言えば、6人に1人の割合ですよ。日本人の6人に1人が貧困? そりゃあ、絶対におかしいって。

 でも、そうじゃないと貧困ビジネスをしている人たちは困るんです。なんとしても、日本にも貧困な人がいてくれないと困るのです。そこで、こんなユルユルの変な定義を持ち出してきたんだと思います。

 やはり貧困の定義には、世界銀行が定めた貧困の国際定義である「1日1.9ドル以下で暮らしてる事」が適切だと思います。

 で、日本で貧困の国際定義を持ち出したら、該当者はほぼゼロ…ってか、そんな生活をしている人がいたら、生活保護の対象になってしまいます。

 ちなみに、夫婦に子ども二人の場合、生活保護の支給額は(地域によって違うけれど)年収ベースで考えると、約360万円になります。貧困の定義ラインである“年収7万2千円”なんて、かるく越えてしまいます。

 そもそも生活保護って、最低限の文化的生活を送れる程度の収入なわけで、そんな生活保護のラインよりも、相対的貧困とかで言う貧困ラインの方が、ずっとずっと上ってのはおかしいのです。

 つまり、相対的貧困という定義が、デタラメなんですよ。

 結論、世界の1割相当の人が貧困で苦しんでいるにも関わらず、ほぼほぼ貧困者のいない日本って、とても豊かな国なんだと思います。そんな国に生まれて、生活している幸せに感謝しています。

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