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  •  急に寒くなりましたね。気候の変化に体調が追いつかず、風邪をひいてしまいました。ああ、ノドが痛い(涙)。
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2018年10月の記事

2018年10月31日 (水)

チキンだから、ちゃんと歌えない(汗)

 声楽のレッスンの続きです。ドナウディ作曲の「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」の練習をしました。

 この曲は二重唱なのですが、ここでも気が抜けた状態で歌ってしまった私です。気が抜けているので、法則性もないまま、割と歌えている部分と、アレアレという部分があって、先生もどこをどう指摘しようかと悩んでしまったようです。ははは(汗)。

 ちなみに言い訳すると、私、レッスン日の前日と当日、風邪で寝込んでました。なので、まだ風邪が抜けきらず、熱も残っているような状態だったわけですが、そういう体調不良な状態でも、気を抜かずに、ちゃんと歌えないダメですね。だって、本番の時に風邪をひいていて、頭がボーとしている事だってあるわけで、そういう備え…というか、訓練もしておかないとダメだなってわけです。

 で、二重唱ですが、基本的に、一方的に、私が責められまくりました。まあ、ダメなのは私だけ…って感じです。

 歌って、気を抜いて歌うと…ピッチが下がるみたいですね。集中して歌えば、きちんと歌えるのに、なんとなくボケーと歌ってしまうと、フラットして、うまくハモりません。そうでなくても、私の歌声は(ノドに力が入った発声という事もあって)フラット気味になりがちなので、自分としては、少し上ずった感じで歌って、ちょうど良いという感じのようです。

 この歌は何度か転調するのですが、特に、短調から長調に転調する時、その切替えた音を私が歌うのですが、その時に“長調になりました”という事を感じさせるように、特に“高め”に歌わないといけません。意識して、そうやらないとダメだな。

 あとは、妻の歌をよく聞いて、私があちらに寄り添って歌うようにしないといけません。自分のことだけで、アップアップしていては二重唱にはならないわけだしね。

 さて、最後はオペラアリアです。ヴェルディ作曲「椿姫」の「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。

 とにかく、悪い癖をどうにかしないといけないって話になりました。どんな悪い癖…かと言うと、高音でビビる癖です。

 特に、曲の最高音とか、フレーズの頂点の高音とか、聞かせどころの高音とか、とにかく、目立つ箇所の高音って、意識しすぎて失敗しがちな人なんです。

 今回のアリアなんて、前半部の最高音が高いG、後半部の最高音がA♭で、決して歌えない高さの音じゃないのです(私の声域的には、高いAがギリギリで、A♭はまず大丈夫、Gは安心の高さ、なはずなんです)。なのに、このアリアでは、GやA♭でコケまくるわけなのです。

 もちろん、同じ音でもフレーズの流れで、歌いやすい音とか歌いづらい音とかありますし、オペラアリアというのは、やたら難しいのが当たり前なので、発声練習で出せる音と、アリアで歌える音は、必ずしもイコールではないのだけれど、それにしても、もう少し楽に歌える歌のはずなんですが、決まって失敗をかましてしまう私なのです。

 失敗の原因は、高音が近づくとビビってしまって、高音の直前まで流れていた息が、急に止まってしまって、ノドだけで歌ってしまって失敗するってわけなのです。

 声って、別に息が流れていなくても出せるわけだけれど、息が流れていない状態で出る声は、ノドの声です。ノドに力が入った声です。息がしっかり流れていれば、出るはずの声が、息が止まってしまい、ノドに力が入っての発声だから、そりゃあ高音(に限りませんが)なんて出ないわけですよ。

 だから、高音だという意識がなければ、ビビる事もないので、案外、ピャーっと歌えるものが「次に高音が来る…」って意識してしまうと、それでビビってしまって、息が止まって、歌えなくなってしまうのです。

 いやはや、チキンだね。ビビリだね。

 だから対策としては、高音の前になっても、ビビらずに息を流し続けて歌うことなんだけれど、ビビるのは理屈じゃないからね、感情だからね。本能だからね。ビビっちゃいけないと思っても、ついついビビってしまうわけなんですよ。

 ダメじゃん。

 ビビらずに歌えるようになるには、どうしたらいいのでしょうか? いやあ、これはメンタルの問題だから、なかなかに難しい問題です。

 息をしっかり流す -> クチの奥をしっかり開ける -> ビビらずにしっかり歌う

 これがきちんとできれば、この曲は本来、さほど苦労せずに歌えるはずなんだけれどなあ。

 あと、もっとベターと歌えると、もう少し楽になるとも教えてもらいました。ベターと歌うとは…曲の最初っから最後まで、息を支えっぱなしで、休まずに歌う事です。こういう曲は、歌っている最中になまじ休んでしまうと、息を立て直すのに、却って疲れてしまうそうなのです。休んで疲れてしまうなら、休まずに頑張る方が現実的って話なのです。
 色々と難しいです。本番も間近なので、とりあえずは、ビビらずに歌えるようになりたいものです。

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2018年10月30日 (火)

そろそろ本番なのに、まだ暗譜が完璧ではないのです(涙)

 声楽のレッスンに行ってきました。

 ぼちぼちと発表会の打ち合わせなどもし始めました。

 本番前のリハーサルは、例年は我々がトップバッターで、一番最初に行っていました。これは住んでいる場所とか、年齢とか、その他モロモロの条件で、そう決めているわけですが、今年は…ラストバッター? 会場直前の一番最後にリハーサルをする事になりました。理由は単純で、我々は先生が用意されたプロのピアニストさんに伴奏をお願いせずに、我々専属のピアニストさんを持ち込むため、プロのピアニストさんとリハーサルする方々を最初にまとめて行って、プロのピアニストさんが休憩に入るタイミングで、我々のリハーサルを行う事になったからです。なので、いつもは余裕しゃくしゃくで楽屋入りする我々ですが、今回は本番直前のギリギリのタイミングの楽屋入りで全然OKになりました。

 なんか、勝手が違うんだよなあ…。

 ちなみに、本番前のリハーサルが開場直前なので、リハーサル後の時間に余裕がないのにも、勝手の違いを感じてます。だって、リハーサルが終わったら、すぐに着替えて、本番に向けて待機しないといけないわけで、まるでリハーサルから本番が始まっちゃうようなタイムスケジュールなんだもの。余裕をぶちかましている余裕(?)が無いんだな。それはともかく、昼食を食べている余裕もないので、昼食はリハーサル前に食べるのかな? それはそれで、ちょっと早い食事になるわけだねえ…。

 本番は自分も歌うので、他の生徒さんの歌を落ち着いて聞けないのだけれど、それでも以前は、リハーサルが一番最初だったから、自分のリハーサルが終わったところで、準備に取り掛かるまでの時間に、他の生徒さんの歌を聞けたんだけれど、今回は自分たちのリハーサル前に皆さん歌ってしまうわけだから、皆さんの歌を聞けないんだと思うと、少し残念です。

 ちなみに歌う順番だけれど、発表会の一週間前に行われるクラシックコンサートでは、私は自分が歌う3曲をまとめて歌いますが、こちらの発表会では、第一部で歌曲(独唱と二重唱)を歌い、第二部でアリアを歌います。まあ、分けてもらえた方が楽は楽です。もっとも、歌曲とアリアを分けて歌うことになったので、妻はちょっと困ってしまったようです。なぜなら、今回、妻は夜女(モーツァルトの夜の女王のアリア)を歌うのですが、その直前にノドを温める感じで歌曲を歌うつもりだったのですが、それができなくなってしまったのです。まあ、アリアを歌う直前に、声出しの部屋に行って、ノドを温めておけば、それで済む話なのですが…。

 あと、ピアニストさんの持ち込みって、今回が始めてなので、その部分も勝手が違うわけで、まあ、あれこれ初めてづくしの発表会になりそうです。ま、それはそれで楽しみですけれど。

 時間とお暇がある方は、応援に来てくださると感謝です。

 さて、レッスンです。発声練習はチャチャっとやりました。全体的に腹圧が弱くて、息が必要な音程にまで届いていない事を注意されました。うむ。そういうつもりは無かったのですが、この日の私は、なんか気が抜けていたんだよなあ…。

 まずは、レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」を歌いました。

 今回、歌詞をあっちこっち大幅に間違えながら歌っちゃいました。なまじ、暗譜が大雑把に終わっているので、あまり真面目に楽譜を見ないで歌っていたら、あっちこっち間違えてしまった…というわけです。歌う直前に、さらっと歌詞の復唱でもできていれば、そんなに大きな間違いはしなかったのかもしれませんが、まだまだ暗譜が不完全なんですね。頑張らないと。

 と言う訳で、楽譜をガン見しながら歌うことにしました。

 先生から言われた事は、イタリア語をきちんと歌うこと。今はなんとなくイタリア語っぽい歌詞で歌っているわけですが、そうではなく、きちんとイタリア語として歌うことをしてもいいんじゃないかって話です。例えば、言葉のアクセント。今はベタッとした感じで歌ってしまっているわけですが、それをきちんとしたイタリア語のアクセントで歌えば、自然とワルツのリズムになるように作られているので、そこを意識しながら歌うと良いですという話です。

 それと前々から言われていた事だけれど、フレーズの出だしをもっとしっかり歌わないと、ちゃんと歌詞が聞こえない…のだそうです。これに関しては、自覚があります。歌い出しの子音があまりに短すぎるんだよね。これを防ぐには、意識的に早めに歌い始め、子音をちゃんと歌う時間を確保するべきなんだけれど…ついつ短めに歌ってしまうんだよね、悪い癖なんだよなあ。

 歌い出しと言えば、曲の歌い出しを丁寧にやりすぎ…という注意を受けました。曲の歌い出しが丁寧すぎるので、それにピアノがつられて、全体のテンポがかなり遅くなっていると指摘されました。実際、そうなんです。で、先生からは「すとんさんはもっと速く歌いたいんじゃないの?」と言われたけれど、実は案外、そうでもないのです。

 別にゆっくりでもいいと思っているわけではありませんが、私がテンポアップして歌えば、ピアニストさんはそれにしっかりついてきてくれますので、あえて、そのゆっくりめのテンポで歌い始めている部分もあります。歌の入りはゆっくりめで、徐々にテンポアップして歌っています。と言うのも、最初のゆっくりなテンポのままだと、途中、所々で息が足りなくなるので、それもあって、途中でテンポアップして歌っているわけです。

 ピアニストさんとは、結構密に練習をしていますので、こちらの意思も伝わりやすく、色々な事に即座に対応してもらえるのです。そこは、いくらプロとは言え、ほぼ初対面で、1,2回合わせて本番に向かうプロピアニストさんに伴奏をお願いするのとは違うわけです。

 あと、この曲は、ところどころにピアノ伴奏がなくて、歌だけになる箇所がいくつかあります。そういう部分の歌い方をもう少し考えましょうと言われました。具体的には、色気を出して、もっとネチッこく歌ってもいいんじゃないの?って話なのです。確かにそりゃあそうなので、もう少し自覚的にネチっこく歌ってみますか。

 それにしても、本番間際だというのに、まだ暗譜が完璧でないのは、ほんと、マズイですね。

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2018年10月29日 (月)

2018年秋の本番のお知らせ

 今年の私の秋の本番の詳細がようやく決まりましたので、ご報告します。遠い空の彼方で無事に歌えることをぜひ祈ってください。よろしければ、現地まで足を運んでいただき、無事に歌えるように応援いただけると、とてもうれしく思います。

 では最初は、クラシックコンサートです。

 2018年11月10日(土) 茅ヶ崎市民会館小ホール
 私の出演予定時刻は、17:00頃です。

 こちらは大勢の方が出演されるし、コンサートの初めの方は、子どもたちのピアノ発表会にもなっていますし、大人の部もピアノから始まります。ピアノから聞きたい人は14:00から、声楽を聞きたい方ば16:00から聞くと良いと思います。

 で、門下の方の発表会は、以下の通りです。

 2018年11月18日(日) 横浜市神奈川区民文化センター かなっくホール
 13時開場 13時30分開演です。

 こちらは一番下手っぴなのが私なので、最初から聞いても面白いと思います。全体で2時間程度の発表会です。ちなみに、全体の1/3はソプラノ(生徒さん)とテノール(プロ歌手)の二重唱です。そう、二重唱を歌う方が多いのが、ここの門下の特徴です。

 私の出番は二回に分けてますが、最初の出番は14時前後になる予定です。

 二回の本番とも、歌う曲は同じです。ピアニストさんも同じです。

レスピーギ作曲「Invito alla danza/舞踏への誘い」
ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」
ヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」

 一応、音源はアップするつもりですが、同じ曲なので、どちらか片方の音源をアップするつもりです。

 そういうわけで、一つよろしくお願いします。

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2018年10月28日 (日)

そりゃあ、本屋も潰れるわな

 先日、何気なく、私のipadに入っている電子書籍の数をチェックしてみたら、なんと、約1600冊ありました。いやあ、最近、たくさんあるなあ…と思っていたものの、まさかそんなにあるものとは思っていませんでした。

 約1600冊…。ipadを電子書籍リーダーとして使い始めたのが、2014年の10月からですから、なんだかんだ言って、もう4年も使っているわけです。つまり、この4年間で購入した電子書籍が約1600冊って事です。

 4年で1600冊と言う事は、1年で約400冊。1年で400冊と言う事は、1ヶ月で約33冊。つまり、1日1冊以上の割合で、電子書籍を購入していたわけです。驚きだね。

 もちろん、全部を読破したわけではありません。たぶん、全体の半分ぐらいは「そのうち読むから買っておこう」って感じで積読になっています(これが実はipadのハードディスクを圧迫しているのです:涙)。平日はなかなか読書できませんが、休日などに結構まとめて読んだりしているので、1週間で3~4冊程度のペースで読んでいます(だから積読が増えていく…わけです:涙)。

 まあ、硬派な書籍も無いわけではないけれど、大半は軽いエッセイとか実用書やマンガの類だから、結構なハイペースで読めたりするんです。

 若い時は、専門書も含めて、1日2冊は読んでいたので、だいぶ読書量は落ちたと思います。

 それにしても、ずいぶんと購入したものだなって思います。紙の書籍を購入していた時も毎月の書籍購入費は1万円を下らなかったものだけれど、電子書籍は保管場所を必要としない事もあって、気軽にガンガン買ってしまうので、毎月の書籍購入費なんて…考えたくもない私です(笑)。

 たぶん、私のような人って、日本中に何千何万といるんだろうと思います。客が紙の本の購入を止めて電子書籍にシフトしても(電子書籍を発行していない会社は別として)出版社は痛くもないでしょうが、印刷業界とか街の書店は厳しいですよね。実際、私は、地元の書店で書籍購入を止めただけなぐ、書店そのものに行かなくなりましたもの。かつては休日の度に書店めぐりをしていた私が…ですよ。自分でも驚きです。

 で、たまに何かのついでで書店に行って、興味深い本を見つけたら、その題名を暗記して、家に帰ってから、電子書籍で購入しています。電子書籍で見つけられなかったら…紙の本を購入するのではなく、購入そのものをやめちゃいます。だって、読みたい本/読まなきゃならない本なんて、山のように抱えているので、買えない本を頑張って買うほどエネルギーを使えないんですよ。

 なので、今の私は、紙の書籍も雑誌も購入せず、新聞の定期購読も止め、電子書籍やネットの情報やテレビのニュース番組で生きています。たぶん、これが21世紀の標準的なライフスタイルなんだと思います。

 そりゃあ、街の本屋が潰れても、仕方ないわな。

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2018年10月27日 (土)

ルデンは大きい

 つい先日の事です。ついに私、気が付きました。

 ほんの先日まで、本当に小さかったルデンです。ヤヨイの頭くらいの大きさしかなかったほど小さかったルデンですが、わずかな期間にみるみる成長してしまいました。

 この前は、ベルちゃんよりも大きくなった…かな?と書きましたが、今では確実にベルちゃんよりも大きくなりました。それどころか、アセビよりも大きくなってしまいました。いや、体長的にはアセビと変わりませんが、カラダの厚みが全然違います。どうみても、ルデンの方が、アセビやベルよりも大きいのです。

 現在の我が家の巨大金魚ランキングは、

 第1位 ヤヨイ
 第2位 シズカ
 第3位 ルデン
 第4位 アセビ
 第5位 ベル

 となってしまいました。つい先日、我が家に来たばかりの新参者のルデンなのに、この成長スピードには驚きです。この速度のまま成長しつづければ、やがてシズカやヤヨイも抜いてしまうのではないか…と心配しています。我が家にはかつて、ブヨという超巨大魚がいましたが、このまま順調に育っていけば、あれくらいの大きさになりかねません。いやあ、心配心配。

 ルデンは雑種な金魚だから、フィジカルがたくましいのかもしれない。

蛇足 先日、道を歩いていたら、庭で金魚を飼っているお宅を発見。庭で飼っているので、どの子もめちゃめちゃ大きいのですが、その家の黒出目金が、まるで大根のような大きさだったのにはビックリしました。大きさ的には、すでに金魚じゃなくて、鯉のサイズだし、出目金だったので、目がとても大きくてビックリでした。ほぼ、ピンポン玉だったよ。あんな金魚、見たことないです。でも、金魚は、あんまり大きくない方が、絶対にかわいいと思うよ。

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2018年10月26日 (金)

プチエチュード、終わりました!

 フルートのレッスンに行ってきました。ロングトーンは…バッチリでした。最近は毎回バッチリなので、なんか面白くありません(って贅沢だね)。

 まずはエルステユーブンゲンですが、例によって、25番と26番。全然暗譜してません、もう笑うしかないですね。実は暗譜どころか、まだ細かい箇所が、きちんと吹けなかったりします。残念です。

 で、プチエチュードの20番ですが、先生から合格をいただきました! これでプチエチュードこと“フルートのための20の小練習曲”は終了です。テキストの最後のページに先生に、サインをいただきました。やったね。

 次回からは、同じガリボルディのエチュードで“フルートのための20の旋律的練習曲”ってヤツです。フランス語のタイトルは私には読めない(汗)ので、このエチュードは、“旋律的エチュード”と呼ぶことにします。で、次回は、この旋律的エチュードの1番をやりますが…楽譜、真っ黒じゃん。できるのか、自分?

 40リトルピーセズは、例によって18番の、ヘンデルのガヴォットです。いい感じに吹けるようになってきたなあ…と自分で思ってレッスンに臨みましたが、こちらは全然駄目でした。とりあえず、音は拾えているのだけれど、アーティキュレーションがダメダメなんだそうだし、実際ダメなんです。スラーをちゃんとスラーとして演奏できないとダメなんだな。簡単そうで、案外難しいのです。

 今回の雑談は、今年の夏は暑かったねえ…という話。山中湖でも真夏は暑かったとか、暑すぎて蚊に刺されなかったとか…まあ、そういう話。別にネットで書くほどの話じゃないよね。

 それよりも、プチエチュードが終了した事が嬉しい私です。アルテ1巻終了から、すでに4年と3ヶ月経ってます。たった20曲のエチュードを終了させるのに4年3ヶ月は…かかりすぎですね。でも、それが私ですから、仕方ないです。次の旋律的エチュードは…もっともっと難しいみたいですからね…5年で終了できるかしら? とにかく頑張っていかないといけませんね。

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2018年10月25日 (木)

頭声の正体について考えてみた

 実は私、以前から“頭声”“胸声”という言葉は知っていましたし、なーんとなくのイメージも持っていましたが、それをビシッと説明できる言葉は持ち合わせていませんでした。

 それが最近、自分なりに腑に落ちるようになったので、それをここに書いてみたいと思います。

 まず、頭声と、それに対になる胸声について、以前は誤解していました。

 私は単純に「頭声は頭に響く声、胸声は胸に響く声」と思っていましたし、そのように理解して歌っていましたが、それではダメな事に気が付きました。と言うのも、単純に「胸に響く声」として歌ってしまうと、それはただの地声になってしまうからです。

 地声はダメです、絶対にダメです。

 そこで「頭声VS胸声」という対立軸だけでは足りない事に気が付きましたが、その足りないモノは何なのか…が長いこと分からなかったのです。

 最近は、そこに“ポジションの高い低い”を加えてみたらどうだろうか…と考えるようになりました。ポジションの高い声とは、オカルト的に考えるならば、頭蓋骨の上部から出てくるような声であり、感覚的に言えば、ノドの奥から声帯にかけての部分を十分に引っ張った時の声のことです。ちなみにボジションの低い声とは、オカルト的に言えば、アゴの下から胸にかけての部分から出てくる渋い声であり、感覚的に言えば、ノドの奥から声帯にかけての緊張が低くて、その引っ張りが足りない、楽に発声できる声の事です。

 で、まずは最初にこのポジションの高低が問題になるのです。ボジションの高い声ほど音楽的な声(つまり歌声)であり、ポジションの低い声ほど世俗的な声(地声とか話し声とか)となります。ちなみにポジションの高低に関しては、デジタル的に二分割されるものではなく、アナログ的に無段階でその高さが変わっていくと思われます。

 で、ポジションの高い声のうち、主に鼻腔共鳴を使って響きを与えられる声を“頭声”と呼び、胸腔共鳴を使って響きを与えられる声を“胸声”と呼ぶのであると、私は個人的に考えました。もちろん、完全なる頭声とか胸声とかだけで歌う人はいませんので、多くの歌手は、程度の差や割合の差こそあれ、その歌声には鼻腔共鳴と胸腔共鳴の両方が付加され、豊かな響きで歌っているわけです。

 つまり、歌で使う声は、常にポジションが高い声でないとダメなのです。低いポジションの声は、少なくともクラシック声楽ではダメです。低いポジションで高音は出ませんし、低いポジションで低声を出そうとすると、声が胸に落ちて、地声発声になってしまいます。歌で使う声は、鼻腔であれ胸腔であり、声に響きが与えられるものであるという事です。響きのない声は歌声じゃない…とも言えるわけです。

 ただし、ポピュラーではそれらの欠点も個性の一つですから、低いポジションの声で歌うのもアリです。

 これが2018年の私が考える、頭声とか胸声とかです。

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2018年10月24日 (水)

オは楽勝、アは簡単、ウはまあまあ、エが結構難しい、イは極端に難しい

 今回は声楽関係の話です。

 ええと、何の話かと言うと、母音ごとに発声の難しさが違う…という話です。これは人によって違うのかもしれないけれど、私の場合は、表題の通り…、

 オは楽勝、アは簡単、ウはまあまあ、エが結構難しい、イは極端に難しい。

 …と感じています。

 理由は…クチの横開き、縦開きの件と関連しているのかな?…なんて考えています。

 声楽では、クチは原則的に縦開きが理想です。どの母音であっても、クチは縦開きにするものなのです。

 しかし、私は日本人。普段は日本語を話していますので、どうしても日本語の発音に引っ張られてしまいます。母音をカタチ作るのに、日本語はクチビルを主に使い、西欧語は舌を主に使います。なので、構音図を見ると、日本語の場合は、正面から見たクチビルのカタチが書かれているのに対して、西欧語の場合は、頭部を縦にかち割って、舌の位置が書かれているのは、それぞれの言語の特徴によるものです。

 西欧語は、母音の構音を主に舌で行うので、クチビルはあまり構音とは関係しません。ですから、歌に有利な“クチは縦開き”は容易にできるわけです。

 一方、日本語はクチビルで構音しますから、クチビルのカタチがとても重要なわけで、アはクチを全開、ウとオはクチをやや縦開きにする一方、イとエに関しては、クチビルを横開きどころか、横に引っ張って出すわけで、そりゃあなかなか縦開きにはならないわけです。

 声楽では、たとえ日本語の歌詞を歌うにしても、構音関係は西欧語式にやらないといけないのですが、私はイタリア語の歌詞であっても、母音をついつい日本語式に発音しようとしてしまうので、クチビルを横に引っ張りがちな、イとエが苦手なのだと思います。

 一応、そのあたりの理屈はよく分かっているし、理性では理想に近いカタチで行おうとしていますが、どうしても無意識レベルで、ついついイやエの時に日本式になってしまい、クチビルを縦開きにしづらいのです。

 で、結果、イやエに難しさを感じるわけなのです。実際に、高音にせよ、低音にせよ、イやエは、その他の母音と比べると、半音~全音ぐらいは音域が狭いですし、発声そのものに苦労しています。

 ああ、苦手だ、苦手だ。

 クチビルを縦に開きながらも、美しいイやエの母音を発声するための練習をするしかないよね。とにかくこれは、場数を踏んで、自分に癖を付けていくしかないわけで、ああ、頑張ろう頑張ろう…だな。

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2018年10月23日 (火)

最近(?)ネットで見かける“レスナー”って何?

 ネットで見かける、よく分からない専門用語(?)の話です。

 ピアノ系のブログを見ると“レスナー”という用語が飛び交っていたりします。まあ、すべてのピアノ系ブログではなく、ある傾向を持ったピアノブログで見られるわけですが…たぶん、それらのブログのブログ主さんたちは、きっとお友達関係にあるんだろうなあって思われます。

 ブログは閉鎖空間ではありません。閉鎖空間で友人とだけ話したければ、いわゆるフェイスブックなどの身内しか見ることができないタイプのSNSを利用するべきであって、ブログに書き込むべきではありません。ブログは、世界に発信している開かれたメディアであって、全く知らない第三者が見ることを前提とし、奨励しているメディアですから、そこで“仲良しこよし”をやるべきではありません。

 とまあ、オジサンは苦言をついつい言っちゃうわけですが…、本音では「まあ、好き好きにすればいいじゃん」程度にしか思ってなかったりします。

 それはさておき、第三者である私がそれらのブログを拝見させていただいて感じるのが“レスナー”という用語です。もちろん、ブログ内でレスナーという言葉の定義はないので、文脈から判断するのですが、どうやらレスナーという言葉は…

  lesson + er

 で、レスナーのようなのです。レッスン(lesson)に動作者を表す接尾辞(er)をくっつけているわけです。

 そこで考えるのは…まず“lesson”って何?です。

 辞書を見ると“授業”とか“お稽古”とかを指すようです。まあ、それは私にも分かります。で、それに“er”が付くと、全く分かりません。だって“lesson”って名詞だもの。名詞に“er”は付かないでしょう? 付けると気持ち悪いでしょ? 原語明瞭意味朦朧って奴になります。実際、私程度の英語力の持ち主であっても、違和感を感じるほど奇妙な言葉です。そもそも“er”ってのは、動詞に付いて落ち着くものです。

 日本語にはサ行変格動詞というのがあります。「“名詞”+“する”」という動詞ですね。例えば“授業”という言葉は名詞ですが、これに“する”を付けて“授業する”になれば、普通に動詞になります。名詞に接尾辞をつけて動詞にする事ができるわけです。

 でもね、英語にはサ行変格動詞はないから、名詞に何かをくっつけても、それは動詞にはならないわけです。

 まあ、たぶん、レスナーって、和製英語なんだと思います。つまり、一種の専門用語ね。符牒かもしれない。

 和製英語は日本語だから、それはそれで立派な言葉であって、別にそこに文句を言うつもりはありません。それでも仲間内でしか通用しない言葉を、ネットで書いちゃうのは、実は…。

 レスナーという言葉、レッスンをする人(先生)という意味で使う人もいれば、レッスンを受ける人(生徒)という意味で使う人もいるのです。実は最初のうちはここに気づかなくて、それらのブログを読む度に「???」になっていました。

 ってか、結構多くの人がレスナーを“生徒さん”の意味で使っていてビックリだったのです。

 だって、レッスンをサ変動詞的に考えれば、当然“レッスンをする”になるわけでしょ? それに行為者を表す“er”を付けるなら、その意味は“レッスンをする人”になるわけで当然“先生”の事を指しているのかと思ったら、どうやら“生徒さん”を指しているわけです。

 英語(っぽいカタカナ)で言うなら、先生はティーチャーですね。では生徒は…スチューデント? ピアノの生徒さんをスチューデントと呼ぶのはどうなの?って考えれば、ラーナー? 違うよね。スカラー? もっと違うよね。 ピューピル? なんじゃそれ?

 そんなわけで、レスナーという和製英語が登場しちゃったのかな?って推測するわけです。

 で、なんでそこでカタカナ和製英語が登場しちゃうのかな? “生徒さん”でいいじゃん。そこが分からない。

 ちなみに私が仮にピアノの先生で、英語で自分の生徒さんたちを表現するなら…ピアノ教室の生徒さんって、幼稚園からせいぜい小学生たちでしょ? だったら私は“Puppy”って言っちゃうと思います。パピー…“仔犬ちゃん”だね。恋人を“honey(はちみつちゃん)”って呼んじゃう言語だもの、自分のかわいい生徒たちを“仔犬ちゃん”って呼んでも大丈夫だよね? それともダメ?

 閑話休題。とにかく、レスナーという和製英語に、落ち着きの悪さを感じてしょうがない私でした。少なくとも、和製英語を使うにしても、意味が推測しやすい言葉にしましょう。

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2018年10月22日 (月)

書斎の椅子を新調しました

 2014年1月と言えば、今から4年と9ヶ月ほど前になります。あの時に購入した、デクシアという、いわゆる“社長椅子”を購入して、自宅で使っていた私ですが、毎日毎日私の巨体を支え続け、ついに壊れてしまいました。

 壊れてしまったとは言え、この椅子、良い椅子でした。本当に良い椅子です。座り心地は満点だし、ほとんど文句はなかったのです。ただ、壊れてしまったのです。どこが壊れたのかと言うと、椅子本体から軸が一本出ていて、その軸を足の部分に差し込んで全体を支えているのだけれど、その差し込む部分が壊れちゃったのです。具体的に言えば、差し込んだ椅子本体の軸が足の部分から下にはみ出して、直接床面に接するようになってしまったのです。

 そもそも、この軸は足の部分からはみ出していたのです、そういう仕様なのです。はみ出していたとは言え、当然ですが、床面には接していませんでした。1cm程度は床から浮いていたのです。それが4年と少々の時の流れで、だんだんと床に近づき、つい先日、床と接するようになってしまったのです。

 ダメじゃん。それじゃあ。足の部分は5つに分かれているので、正常なら実に安定しているのですが、軸がはみ出してしまい、事実上の1本足になってしまったので、いつもグラグラして不安定極まりなくなってしまいました。おまけに床にも負担が大きいしね。

 そこでやむなくイスを買い換えることにしました。いつもネットで買い物している私ですが、今回は実店舗に行って、現物を確認して買いましょうという気分だったので、近所の家具屋さんに行きました。

 家具って、全然売れてないのでしょうね。近所に2軒あった家具屋は、一軒が廃業し、残った方のもう一軒に行ってみたのですが、売り場がかなり縮小していました。ちなみに売り場を縮小して、そこに入ったのは100円ショップなのです。家具が売れずに、100円ショップを開店する…デフレだねえ…

 今回、購入したのは、これです。『アームアップチェアー マスター3 メッシュ 跳ね上げ式アームレスト』と言います。まあ“マスター3”だよね。

 実店舗で購入しましたが、ネットでも販売していました。これ、定価は1万5千円程度ですが、値引きで1万円弱で売っていたので、ネットとほぼ同じ。配送料が掛からなかった分だけ(ってか、自分で運びました)実店舗の方が安かったです。

 もっとも、実店舗で配達をお願いすると、配送料が二千円もかかります。その代わり、組立サービス付きだから、女性や老人には親切かもしれません。私は…自分で組み立てました。

 こういうメッシュの椅子って、今の流行りみたいですね。お店にあった椅子は、どれもこれもメッシュでした。メッシュは…好みがあるでしょうね。見た目の高級感には乏しいのは事実です。その代わり、前の椅子よりもだいぶ軽量です。そのため、動きがとてもなめらかです。

 座り心地ですが、最初はあれ?と思いました。と言うのも、背もたれが結構垂直なんです。腰の悪い人には優しい作りだけれど、くつろぐ時にはダメだろ?と思ってましたが、この椅子、リクライニング機能があるので、背もたれを後ろに倒せるんです。で、倒してみると、結構いい感じです。おまけにヘッドレストがあるので、なんかそのまま寝ちゃいそうなくらいくつろげます。

 高級感と言った点では、全然デクシアの足元にも及ばないマスター3ですが、これが今の流行りなら、まあ仕方ないです。別に他人に見せるものでもないし、ヘッドレスト付きは結構有能ですよ。アームレストの位置がデクシアよりも低めなので、現在使用しているパソコンデスクとの相性も良いです。デクシアはパソコンデスクの机面とアームレストが同じ高さだったので、椅子をきちんと仕舞えなかったのですが、マスター3はきれいに仕舞えます。

 なんと言ってもマスター3は、椅子本体の軸が全く足からはみ出しいてません。このまま、壊れないといいなあと思ってます。デクシアを4年以上使った私としては、少なくとも、5年くらいは使いたいものだと思ってます。

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2018年10月21日 (日)

たぶん支持されないだろうけれど、私が考える“ふるさと納税”の在り方

 最近、ふるさと納税の話題をちらほら耳にします。どんな返礼品があるとか、どこの返礼品がいいとか、返礼品あげ過ぎとか、返礼品に法規制をするとかしないとか…

 ぜんぶ、返礼品周りの話題じゃん(笑)。

 私が思うふるさと納税の問題って、次の3点なんだろうなあって思います。

1)ふるさと納税をする事で、本来地元に支払われるべき地方税が納められない事。
2)実質無料で返礼品がもらえる事。
3)より多くのふるさと納税を集めるために、多くの自治体が還元率の高い返礼品を用意し始めた事。

 私、ふるさと納税に関して…自分が応援する地方自治体に寄付をするのは、とても良い事だし、麗しい事だし、ノブレス・オブリージュだと思っています。つまり、ふるさと納税には原則的に賛成しています。

 ただ、問題をややこしくしているのは、地方公共団体等に特定寄附(ふるさと納税って、実は納税ではなく寄附行為なんですよ)をした場合、寄附金控除と言って、税金の控除が受けられる事です。具体的には寄附をした分、その金額に応じて、所得税と住民税の支払いが少なくなります。もっとも、所得税は国税、住民税は地方税となります。所得税の控除分は還付されるので国の減収となり、地方税に関しては、現在住んでいる地元への納税は減りますが、ふるさと納税した分はふるさと納税先の収入になります。

 つまり、ふるさと納税をすると、国とあなたがお住まいの市町村は一方的に税収が減り、あなたとあなたがふるさと納税をした市町村は収入を得る…という構造なわけです。あなた自身に関して言えば、還付金だけでなく、返礼品まで入手するわけだから、ふるさと納税って二度お得なわけです。

 だから、猫も杓子もふるさと納税に走るわけだな。

 収入が増えてホクホクになる方は、別に問題ないでしょうし、ふるさと納税バンザイなわけです。

 問題は、ふるさと納税によって痛手を食らう側です。実際、少なくない自治体で、大幅に税収が落ち込んでいるわけです。その数は約500団体ほどなんだそうです。

 2017年度の統計によれば、横浜市が55.5億円、名古屋市が31.9億円、世田谷区が30.8億円などと、都会と呼ばれる地方自治体の減収は、実にびっくりするほどの巨額なんだそうです。

 だいたい、55.5億円の税金があれば、一体いくつの保育所が作れるんだろうなあ…なって、ぼやって考えてしまう私だったりします。

 公平を期するために書くと、ふるさと納税で税収が増えた団体は1750団体ほどで“損”をしている市町村の三倍も“得”をしている市町村が多い勘定になります。なので、ふるさと納税は、全体的に見れば、成功していると言えます。

 ふるさと納税は麗しい事だけれど、それをする事で、地元へ収める地方税が減ってしまうのは、個人的には、問題だと思ってます。横浜の55.5億円は極端にせよ、少なくとも500の団体で、税収の不足が発生しているわけで、そういう地域に住んでいる人は、ふるさと納税をする事で、自分と自分の家族および周囲の人々が不利益を受ける事に気づいていないのです。

 税金って、特に地方税って、自分たちの暮らしの質を維持するため(道路整備、河川整備、公園整備、都市整備、図書館整備、警察、消防、保健所、役所、公立老人ホーム、公立音楽ホール、公立保育園、公立学校、子どもたちの教科書代等々に使われます)に収めているわけで、税収が不足する地域に住んでいると、十分な住民サービスが受けられなくなります。

 だから、ふるさと納税が考えられたわけだけれど、それがちょっと行き過ぎてしまっているのだと思います。

 ウチの地元も、ふるさと納税で減収しています。その金額は…ふるさと納税で得られる税収が約2000万円で、ふるさと納税で失う税収が約2億円なんだそうです。ただでさえ赤字地方公共団体として有名なのに、その上ふるさと納税で2億円も減収しているので困っているようです。福祉サービスを減額し、いくつかの大型事業を中止し、市有地は売却して、当座を乗り切っているようですが、それもいつまで続く事やら…。

 今までも、税収が厳しいから文化事業は規模縮小しろって、よく議会で取り上げられていたようですが、それでも今までは市長が頑張ってくれていたので、現状維持をしていたみたいだけれど、その市長も先日亡くなってしまったので、今後の文化事業はどうなるんでしょうか? クラシックコンサートなんて廃止されちゃうのかな? 年末の第九も無しになるのかな? とか、どうでもいい心配してます。

 本当はまず、税金で整備しないといけないライフラインの心配をしないといけないのですが…。ライフラインの心配の次は、不足気味の福祉関係の整備だね。ウチの地元は、近隣の市町村と比べて、福祉が貧しいからなあ。これも税収が少ないから仕方ないらしいのだけれど…。

 なので、自分が応援したい地域に寄付をするのは良いことだけれど、だからと言って、地元へ収める税収を減らしてしまっては、良くないと思います。私もふるさと納税をしたい地域がありますが、地元の税収が減ってしまうのはマズイと思っていますので、遠慮しています。

 やはり、地元に収めるべきものはしっかりと収めた上で、地方を応援するべきだと思います。自分の足元は、しっかり固めておかないとダメだよ。

 なので、ふるさと納税をした場合の寄附金控除に関しては、国税の還付だけにして、地方税はきちんとそれぞれお住まいの市町村に収められるようにした方がいいかなって思います。

 国税の還付だけにすると、金銭的なお得感が減るけれど、その代わり、返礼品は金銭的な制限は取っ払って、それぞれの市町村で知恵をしぼってもらって、うんとお得感が出るようなものにしてもらうのはいかがでしょうか?

 まあ、本来、ふるさと納税は、応援したい地方を金銭的に応援するためにするものであって、返礼品目当てなんて、実に邪な考えなんだけれど、人間の本性は邪なんだから、返礼品でコントールしていくのは、仕方のない事だと思うわけです。

 もしも、こういうシステムに、ふるさと納税を変えてくれたら、私なんて、バンバンふるさと納税しちゃうよ。いや、マジです。

 それに、みんながみんな、ふるさと納税をして、国税が減ってきたら…地方交付税とか、あの辺りをいじればいいし、それくらいの事は、国税に関わる人々は賢いから、すぐにどうにでもするでしょうから、国税の不足なんて、全然心配していない私でありました。

 実は税収なんて、景気さえよくなれば、あっという間に増えるんだよね。だから、本来的には増税したり、新税を作ったり、税金のシステムを変えたりする以前に、景気対策をしないといけないし、そのためにはお金が社会で回るようにしないといけなし、そのためには公共事業をバンバンやんないといけないんだよね。一見無駄に見える公共事業をたくさんすると、景気が良くなって、税金問題解決するんだけれどなあ…。

 ま、こんな考え、世間から支持されないだろうなあ…。

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2018年10月20日 (土)

最近は、楽屋に引っ込んでいる事もあります

 “楽屋”と言うのは、水槽中央奥のオブジェの裏側の場所を指して言います。疲れた金魚たちが、その楽屋に入り込んでは居眠りをしている事が結構あります。それも一匹二匹ではなく、たまには集団になって眠りこけております。

 最近は水槽の中央部に水草が固まっています。水槽の電灯は水槽の手前側になるので、ちょうど楽屋の付近は、水草の塊の陰になるようで、電灯の光が直接刺さない場所なのです。

 金魚って、まぶたが無いので、いつも目が開っきぱなしなので、眩しいのに弱いみたいなのです。特に眠たい時は光を避ける傾向があります。で、色々な場所に頭を突っ込んで光を遮るのですが、最近は楽屋に入る事で眩しさから逃げられるようで、よく楽屋に引っ込んでいるのです。

 それにしても金魚たち、蛍光灯の頃よりも、LEDにしてからの方が日陰に入りたがるようになりました。蛍光灯よりもLEDの方が眩しいのでしょうね。人間には分からない金魚たちの悩みのようです。

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2018年10月19日 (金)

痛い所自慢をしました(笑)

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は、珍しく、姉様と鉢合わせをしました。最近、いつもどちらかがレッスンをお休みしているので、なかなかお顔を拝見できなかったのですよ。姉様と先生との二重奏は、レッスンとは言え、いつもお見事なんです。

 で、私のレッスン。いつもバッチリなロングトーンを終え、さっそくエルステユーブンゲンの25番と26番です。暗譜どころか、まだミスブロー無しでは吹けません(涙)。難しいですよ…。

 プチエチュードは20番です。たぶん、前回よりも吹けなくなっていました。ああ、そう言えば、前回のレッスン後、家で全く練習していなかったっけ…。とにかく、吹けないのを無理して吹いていたせいもあって、あっちこっちに力が入っていたようです。

 で、先生から一言「吹き過ぎ!」と言われて、ジ・エンドです。

 私、余裕が無くなると、一生懸命になり過ぎて、息を吐き過ぎて、ついつい吹き過ぎになるんです。声楽でも、一生懸命になると「ノドを鳴らし過ぎ!」って言われますが、おそらく、根本は一緒なんだろうと思います。

 なんかうまくいかないと、ついつい、パワーでどうにかしようと(無意識で)やってしまうのが、私の悪いクセなんだと思います。ガサツ? 暴力的? ま、基本的に、格闘系の人間なので、ついつい“最後は力づく”ってなってしまうのですよね。いかんいかん。

 で、40リトルピーセズは、18番のヘンデルの「ガボット」です。五連符がうまく吹けなかった事と、プラルトリラーの吹き方を誤解していた事と、F♯の替え指をど忘れしていた事等々で、不合格になりました。ま、次回、頑張ります。

 さて、今回の雑談は、痛い所自慢です(笑)。

 最近の私は、左の人差し指と右肘が痛いんです。ぶつけた痛さではなく、筋肉が傷んでいるような痛みなんです。だからと言って、それらの箇所を過度に使用した記憶もなく、理由も分からずに痛くて困ってます。まあ、フルートを吹くのに支障はないのだけれど、カラダが痛いのは嫌ですねって話をしました。

 先生は、左ヒザが、ついこの前まで痛かったんだそうです。何でも、数ヶ月前にヒザをひねってしまって、それ以来痛くて困っていたそうです。歩くのも支障が出るくらいに痛かったので、すぐに整形外科に行ってみてもらったそうだけれど、レントゲンでは何の異常もなく、痛み止めと湿布をもらっただけだけれど、それで治るわけもなく、ここ数ヶ月、ヒザが痛くて困っていたんだそうです。

 そのヒザは痛いだけでなく、きちんと曲がらなかったんだそうです。おまけに触ると、ちょっと横に何かがはみ出しているような感じで、なんとも変な感じだったんだそうです。

 で、先日、あんまりヒザが曲がらなかったので、エイヤーと勢いを付けてヒザを曲げたら、パキンという大きな音がして、急にヒザの痛みが取れ、スムーズにヒザが曲がるようになってしまったのだそうです。

 つまり、ヒザが脱臼していた(?)ようだったのです。それを勢いよくヒザを曲げたら、元のところに戻って、無事解決…となったんだそうです。

 「ヒザの脱臼って、レントゲンでは分からないのかね?」 分からないんでしょうね。あるいは、その整形外科さんが、ビックリするほどのヤブ医者だった可能性も否定できませんが…。とにかく、数ヶ月に渡るヒザの痛みが、エイヤーの掛け声で治っちゃうんだから、ほんとビックリです…っていうか、いくらヒザが動かないからと言って、それを無理やり曲げちゃうなんて、先生、結構乱暴な人だと思いました。でも、ヒザが痛いと、大好きな登山ができなくて、本当に難儀していたそうで、登山ラブな気持ちが、エイヤーにつながったんだろうなあって思いました。

 人間のカラダは、不思議なもんです。

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2018年10月18日 (木)

一音ごとにポジションを変えて歌うのは良くないです

 先日、テレビを見ていて気づきました。世の中には、一音ごとにポジションを変えて歌う人がいるんですね。

 (プロアマ含めて)多くの人は歌う時に、そんなに極端に声のポジションは変えていきません。と言うのも、声のポジションと音色は関係が深く、頻繁にポジションを変えて歌えば、当然、頻繁に声の音色も変わってしましため、あまり声のポジション移動は行いません…ってか、そんなに細かく声のポジションを変えながら歌えるほど、みんなそんなに器用じゃないのです。むしろ、声の音色の統一を保つためにも、歌っている時は、なるべくポジションは固定して歌うべきなのです。

 でもね、一音ごとにポジションを変えて歌っちゃった人をテレビで見ちゃったんです。それもその方、ポピュラー系のプロ歌手だったから、二度ビックリでした。素人ならともかく、歌のプロがそんな事をするなんて…って感じでした。

 もっとも、一音ごとにポジションを変えて歌うなんて芸当は、素人ではできない、ある種のテクニックと考えれば、やっぱりプロの方じゃないと無理なのかな…とも思いました。

 一音ごとにボジションを変える理由は色々あるでしょうが、私が思うに2点の理由が考えられると思います。

 まずは、すべての音域で自分の声を最大限に張るため…です。やはり低い音域は太めの音色の方が声が張れるし、高い音域は軽い音色の方が声が張れます。すべての音域において、張り上げた声で歌いたくて、微妙にポジションを変えながら歌っている可能性があります。

 次に考えられるのは、たまたまその人が、声色と音程がリンクしている人だったのかもしれません。音程を音の高さではなく音色で覚えている人…って、たまにいるのですが、そういうタイプの人なのかもしれません。昔あった、メロトロンという楽器(磁気テープを用いた、アナログ再生式のサンプル音声再生楽器です)のような発声をしちゃう人と言うべきか、声まね、ものまねとして、歌を学んでしまった人…って感じなのでしょうか?

 まあ、ポピュラー系の歌手さんでしたから、どんな歌い方をしても、それは“個性”で片付けられてしまうわけで、それはそれで良いのですが、我々のようなクラシック声楽を学んでいる人は、彼のような歌う方って、絶対にしてはいけないわけです。

 確かに音色を変えながら歌えば、高音や低音は歌いやすくなり、発声しやすくなるだろうし、テクニックとして音色を変えて歌うのはアリだろうけれど、それを常態としてはいけないと、私は思うわけです。

 統一された音色で歌うのが、クラシック声楽の歌い方でしょ? でなきゃ、声種なんて意味ないしね。

 で、振り返って、私の発声はどうなのよ?って話ですが、流石に1音ずつポジションを変えるような技量はありませんが、技量が無い故に、低めのポジションで歌い始めるとか、歌っているうちに、どんどんボジションが下がっていくとか。音程が低めの旋律を歌うとポジションが落ちてしまい、それっきり高めのボジションで歌えなくなるとか…色々と問題を抱えていたりするわけです。

 私の場合は、何度もY先生から指摘されているように、腹圧の弱さがポジションを高めに維持することを困難にして、ポジションが落ちてしまう…という感じなんだろうなあって思うわけです。

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2018年10月17日 (水)

モバイルSuicaにしました

 私は遠出をする時は、たいてい鉄道を使います。ですので、割と早い段階でSuicaを使うようになりました。Suicaというのは、交通系ICカードの一種で、JR東日本のカードです。これを私は愛用していました。

 Suica使用以前は、もちろん切符を買っていたわけですが、切符を買わずに改札をくぐれるってのは、良いですね。とにかく、電車に乗る前に切符を買うのは、ストレスの一つでしたから…。

 で、Suicaには一定金額を入れておいて、足りなくなりそうだと、その度に入金していました。入金方法は…券売機を使っていました。なので、電車に乗る際の切符購入の手間が全く無くなったわけではありませんし、たまに券売機の前で並んだりしますが、毎回毎回長蛇の列に並んでいた昔と比べると、だいぶマシです。

 で、そのSuicaも、世間では、交通系ICカードからモバイルSuica(スマホのSuica)へと時代とともにシフトしていきました。妻はだいぶ前からモバイルSuicaを使っていましたが、私は(古い人間なので)ずっとカードのSuicaを使っていて、電車に乗る時に、たまに入金の必要があって、それが手間だと、よく妻にぼやかれていました。

 で、スマホも替えた事だし、妻のぼやきを無くすためにも、SuicaをモバイルSuicaにすることにしました。

 SuicaをモバイルSuicaにする手順は以下の通りでした。

 1)現行のカードのSuicaをアップルペイに登録する。
 2)Suicaアプリをインストールする。
 3)Suicaアプリに任意のクレジットカードを登録する。

 以上です。これでSuicaをカードではなく、スマホで使えるようになりました。簡単な手順かなって思いましたが、若干の手間が掛かりました。

 まず1)ですが、これはいわばカードのSuicaをスマホの中に電子的に移し替える作業で、元のカードがビューカード(JR系のクレジットカード)と連携しているならば、これだけで十分のようですが、私はビューカードを持っていないし、当然連携もしていませんので、ちょっと面倒くさかったのかなって思います。1)の作業だけでもSuicaは使えますが、このままではSuicaへの入金が簡単ではありません。駅の券売機では入金できませんが、その代わりにニューデイズ(JR系のコンビニ)のレジで入金する事ができますが、わざわざコンビニで入金するなんて、券売機で入金するよりも面倒なので、これは避けたかったので、2)以下の手順が必要なのです。

 1)の作業は、いわばスマホ内にSuicaのカードを電子的に作る作業であるのに対して、2)の作業こそが、モバイルSuicaの本体である…と言えます。なので、2)をする事で、スマホのSuicaが便利になり、色々な事ができるようになります。例えば、事前にグリーン券を購入したり、特急券を購入したり、スマホ内で入金したり…って事です。

 そのためにも3)の作業は大切です。3)の作業をしないと、Suicaでお金のやりとりができないからです。お金のやりとりができなければ、モバイルSuicaも本領を発揮できません。

 モバイルSuicaを導入して便利になった事。まず、Suicaの残高がすぐに分かるようになった事。カード時代は、Suicaの中にいくら入っているのか分からず、いつも困っていましたが、今はSuicaアプリを開けば、いくら入っているか分かるので便利です。おまけに入金もどこでもタッチ一つでできるし…ね(オートチャージじゃないのが残念です。妻はビューカードを持っているので、オートチャージなんだそうです)。

 あと、外出の時、スマホって必ず持って歩くので、必然的にSuicaも持ち歩くことになるので便利です。実はカードの時代は、カードを財布に入れて持ち歩いていた私ですが、外出する時に、財布を持たずに出歩くことって、私、実はたびたびあって、それで電車に乗れなかった…という事がありますが、今ではそういう事もなく便利です。

 あと、Suicaって、電子マネーですから、小銭の代わりに買い物ができるので、便利ですよ。

 使っていければいくほど便利さを実感できるんだろうと思いますが、今ぐらいでも十分に幸せを感じている私でした。

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2018年10月16日 (火)

バカなヤツほど専門用語を使いたがる

 別にこれは音楽の世界だけでなく、どんな世界でも言えることなんだけれど、やたらと専門用語を使って話す人は、基本的に信用なりません。

 専門用語と言うのは、いわば業界用語であって、業界人同士の符牒であって、それを業界人同士で使う分には何の問題もないけれど、業界人が素人さんに対して使うとか、それは不誠実のそしりをまぬがれません。まして、素人さんが業界人を真似て、その本当の意味も分からず、説明もせずに/できないままに、業界用語を使って話をしているのを側で聞いていると、片腹痛くて仕方ありません。

 本人は、通ぶっているつもりなんだろうけれど、痛い痛い。

 専門的な事柄を、専門用語を使わずに、一般用語を使って、誰にでも分かりやすく説明できるのが、知識人と呼ばれる人です。逆に、大したこと無い事を、わざわざ専門用語を使って大げさに言って、大勢を煙に巻いてるのは、バカか嘘つきか詐欺師だろうと私は睨んでいます。

 プロ(本職)の方は、そのあたりの事をわきまえているので、やむをえず専門用語を使って話をする(その方が彼ら的に楽なんですね)時は、予め、その専門用語の説明をしてくれるものです。

 なので、例えばブログなどの場合、専門用語を多用しているブログは、その用語説明をきちんとしてあるのかどうか、私はまずチェックします。というのも、専門用語って、符牒ですから、使う人によって微妙に内容が違うのが普通です。だから「私は◯◯という言葉を××として使います」と断りが入っているのは誠実なブログです。こういうブログに書かれている内容は、正誤はともかく、正直なブログです。

 なので、私は、ブログを書く際に、なるべく専門用語は使わないで書くようにしています。やむなく、それっぽい用語を使わざるを得ない時は、その言葉を定義づけしてから使うようにしています。それは私が常に正直でありたいと願っているからです。別にこれは格好つけているわけでなく、嘘をつき続けるのが面倒でね。面倒なのはイヤなので、嘘は言わないだけです。

 あと、私自身がよく内容を分かっていない事を、受け売りで書く時は、やむなく専門用語を使っています。だから、私が専門用語を使っている時は「この人は、このあたりの内容について、実は分かっていないなあ」と思ってくれて結構ですし、実際、そうなんです。

 例えば“響き”とか“アクート”とか言う言葉がありますが、実は私“響き”って、よく分かっていないんですよ。だから簡単な一般用語で表現できず、先生に言われた“響き”という言葉をそのまま使っているからです。ネットで見かける“アクート”という言葉も、私自身よく分かっていないから、そのまま“アクート”と言ってます。“スクイッロ”とか“アポッジョ”とか“マスケラに響かせる”とかも同様ね。分かっていなくて、それを一般用語に置き換えることができないから、専門用語しか使えないわけです。

 素人が専門用語を使っている時は、こんな感じで、たいてい、話者が内容を理解していなくて、それを一般用語で言い換える事ができないために、やむなく専門用語を使っていたりするわけです。だから、バカか嘘つきか詐欺師になるわけですね(私の場合は、バカになっているわけです)。

 嘘つきとか詐欺師は、悪意があるので分かりやすいです。問題は、バカですね。バカには悪意がありませんから、かえってタチが悪いのです。なので、私は、なるべくバカにならざるをえないような話題は避けるようにしています。

 まあ、レッスン記事に関しては、レッスンというモノの本質が、できない事をできるようにし、知らない事を理解するためのモノなので、たまに私、バカになっていますが、それはご勘弁願いますようお願いします。

 ネットには、目立ちたい(自己顕示欲)、他人に認められたい(承認欲求)、偉ぶってみたい(支配欲)などの動機だけで、平気で嘘を言ったり、限りなく嘘に近い話をしたりする人がいます。リアルな世界よりも多いかもしれません。

 そういう人の毒に染まらないようにする事もネットリテラシーの一つかもしれません。ま、そういう人って、たいてい私生活が不幸せなんですが、別にその不幸せに付き合う義理は我々には無いって事を知らないといけません。特に心優しい人は、ついついそういう連中をかまってしまい、その人の毒に染まりがちです。ほんと、気をつけないといけないです。

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2018年10月15日 (月)

一週間に3度行く

 何の話かと言うと、オペラ鑑賞の話です。

 実は私、この秋、ほぼ一週間(正確には8日)で3度、生のオペラを見るチャンスがありました。普段はオペラ鑑賞を始めとした、音楽鑑賞の話は、ブログには書かない(一々書いていたら、音楽鑑賞ブログになってしまいますからね)のですが、一週間に3度も生オペラを見るという体験は、私的にも極めて稀なので、記録として書いておきたいと思った次第なのです。

 まず最初が、東京芸術大学の奏楽堂で行われた『魔笛』です。いわゆる大学オペラという奴です。

 大学オペラと言うのは、大学のオペラ専攻科が主催して行う、授業の一環として行うオペラ公演です。入場料は極めて安価で、舞台装置や衣装は豪華、演出はオーソドックス、出演者は、ソリストは大学院生か卒業生(もちろん若手)、合唱や黙役、舞踏、各種裏方スタッフは学部生という布陣で行うモノです。オーケストラは先生方や外部のオーケストラを使う場合もあれば、大学の学生たちや卒業生を使う場合もあります。芸大の場合は、ソリストはほぼほぼ大学院生のようですし、オーケストラは先生方のようでした。

 学生および卒業生たちの学びの場としてのオペラ公演ですから、出演者たちは皆熱心ですが、その出来具合には多少のばらつきがあります。これは仕方がありません。観客サイドも教育の場としてのオペラ公演であると認識していますので、皆さん、暖かい目で見守るわけですし、親御さんたちは何はともあれ、感激しちゃうし、受験生たちは憧れの眼差しで舞台を見つめるわけです。そういう暖かさに包まれているのが、大学オペラなんです。

 で、『魔笛』の話ですが、よかったですよ。押しなべて女声が良かったです。水準高いですね、さすが芸大。合唱も分厚くて良し良しです。演出は、実にオーソドックスすぎるほどで、私は気に入りました。チケット代のお手軽さを考えると、見る側にとっても、初心者向けのオペラ公演と言えるかもしれません。妻は今度の発表会で夜女を歌うのですが、とても参考になったそうです。

 芸大で一つ気になったのは、奏楽堂のすぐそばの池の鯉たちです。ここの鯉は、どうも人間が嫌いみたいなのです。ここの鯉は、人影の無い方無い方に動くんですよ。鯉と言うのは、基本的に人懐っこい魚で、普通は人のいる方いる方に寄ってくるものなんですが、それがここの鯉たちは違うんです。そこが(オペラとは関係ないけれど)気になりました。

 その翌日に『ファルスタッフ』を昭和音大で見ました。こちらも大学オペラです。こちらのソリストやオーケストラは卒業生たちが中心でした。この卒業生たちが、普通に上手だったのにはびっくりしました。昭和音大、立派に人材を育ててます。

 こちらのオペラは演出が面白かったです。基本的にはオーソドックなんだけれど、第一幕では舞台を左右2つに割って小さな舞台で演じ、第二幕では全面を使うものの、あまり奥行きを強調しない舞台とし、第三幕の第1場では、舞台の手前に大道具無しの狭い狭い舞台で演じ、最後の第三幕の第2場で、舞台を広々と使った迫力のある場面を作り出しました。で、最後の場面は、舞台が広いだけでなく、出演者たちも合唱および黙役を含めて、大勢の出演者たちで舞台を作って、本当に迫力のある面白い芝居になっていました。

 演出がよかったんですよ。

 そんな面白かった『ファルスタッフ』ですが、実は私、第二幕の記憶があまり定かではないのです。オペラが始まったばかりの頃は元気いっぱいだったのですが、オペラを見ているうちに徐々に弱っていき、第二幕、特に第2場のあたりでは気持ち悪いし、気持ちは集中できないし、だいぶ参っていました。

 第二幕後の休憩で、ペットボトル2本ほどの水を飲んで正気を取り戻しましたので、第三幕はとても楽しめたのですが、第二幕の私は、後から思うに、熱中症になっていたみたいです。オペラを見ていて熱中症になるなんて、人生始めての体験でした。

 会場のテアトロ・ジーリオ・ショウワの館内が、むやみに熱くて熱くて…それが原因で熱中症になってしまったと思います。いやあ、ほんと、とにかく熱かったんですよ。なにしろ、汗が流れるままに観劇していたんだもの。

 この日の暑さがまた特別だった事に加え、観客たちから発せられる熱が結構強烈でした。特に私の真後ろにいたお兄さん(には罪はありませんが)が放出する熱はかなりなもので、まるでストーブの前で観劇しているような気分でした。あのホール、冷房は入っていたのかな? とにかく、デブには辛い熱い熱いオペラだったのです(涙)。

 三つ目は隣町の市民オペラ主催の藤原歌劇団の『椿姫』を見に行きました。これは普通のオペラ公演です。なので、大学オペラと比べてしまうと、大道具が最低限で貧弱と言えば貧弱だし、こんな舞台装置でもオペラはきちんとできると言えばできるのです。ちなみに、オーケストラは昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワのオーケストラでした。合唱も(大学オペラと比べると)そんなに多くはないし、バレーダンサーは最低限の二人だし…とまあ、経費的に節約できるところは大胆に節約しつつも、歌手の皆さんは一線級を揃え、それは実に聴き応えのあるオペラでございました。私は次の発表会でアルフレードを歌うので、今回の公演を勉強目線で見ていたのですが、正直に申し上げて、これはちっとも勉強になりません。あれを真似したり参考にしたら、私、ノド壊すって(笑)。

 アマチュアとか若手歌手の歌は、勉強になったり参考になったりしますが、一線級のオペラ歌手の歌唱は、あまりに私と違いすぎて、参考にもなりません。あれを参考にするには、まだまだ多くを学ばないといけないなあって思いました。うむ、残念。

 ま、とにかく、生のオペラ公演を見に行くのは、これで一段落です。世間では毎日のようにオペラ公演が行われているのかもしれませんが、私は、しばらく聞きにいけません。その変わり、この秋は、オペラ以外の各種演奏会が目白押しで、私、毎週のように、あれやこれやと出かける予定です。ほんと、秋は忙しいのよ(涙)。

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2018年10月14日 (日)

バスは便利!

 すでに“ひとこと”欄に書きましたが、先日、普段づかいのスーツを作りました。今回はその時の話です。

 タキシードを作ったあたりから、オーダーで衣装を作ってアゲアゲな気分になった我々夫婦でした。

 そんなところへ、某大型スーパーからダイレクトメールがやってきました。その内容は…格安でスーツのイージーオーダー承ります…って奴です。アゲアゲ気分な我々のハートを直撃のメールじゃないですか! それもかなりの魅力的なお値段。もちろん、専門店ではなく大型スーパーのスーツだし、値段も値段だし…そうなると品質に不安を感じないわけでもないですが、まあ普段づかいだし、多少ヨレヨレでもいいかって気持ちもあるし、良い仕上がりならめっけもんだし…というわけで、お試しの意味も込めて、ぜひ作ってみようという話になりました。

 だって、吊るしのスーツ1着分の値段で、イージーオーダーのスーツが2着も作れるんだよ。嘘みたいでしょ? そりゃあ騙されてもいいやって気分になります。

 この大型スーパーと言うのは、もちろん、先日トラブった銀座山形屋さんが入っている大型スーパーで、そのスーパーの本部からのダイレクトメールだったのです。銀座山形屋さんではスーツを作らない事に決めた我々は、地元の店には行かず(ってか、正直に言えば、銀座山形屋さんが入っている地元の店舗は、なぜか、対象外だったので)隣町の駅側の支店に行ってスーツを作ることにしました。

 普段なら隣町へは、地元のJRの駅までトボトボと歩いてから電車に乗って行くのですが、この日は、連日のお出かけの影響か、とても疲れていたので、電車ではなく、家のすぐ前のバス停からバスに乗っていく事にしました。いやあ…楽。お値段は、電車より多少かかりますが、なにしろ door to door みたいなモノですから、疲れている時は、バスは有り難いです。

 で、隣町の大型スーパーの紳士服コーナーに行ったところ、その店舗の紳士服コーナーは驚くほど小さくてビックリしました。店員さんに話を聞いたところ、その店では紳士服の取扱を止める予定で、現在、売り場を縮小している最中なんだそうです。道理で、こんなに小さいんだね。今回のセールにしても、本当は除外店にしてもらいたかったんだそうですが、本部の意向もあって外してもらえず…って事らしいのです。なので、店員さんからは、丁寧に、この店ではオーダーは受けられないという説明を受けました。事情が事情だし、現状も見てますので、それはやむをえないなあと思いました。

 ちなみに、その店舗では、紳士服から撤退する代わりに、すでに、かつて紳士服売り場だったところに、別の紳士服系のアパレルさんが専門店として入っていました。つまり、紳士服を直売から、外部業者へ委託していくというやり方に変えるわけです。

 地元の店舗も、小さな紳士服売り場+銀座山形屋というカタチになっているわけだし、それと同じ事なんだろうなあって思いました。紳士服って…売れていないんだねえ。直売でやるには採算が取れないんだろうね。

 で、その店員さんからは、近所で紳士服売り場が充実していて、オーダーを受け付けている別店舗を教えてもらいました。そこは、まあ遠くは遠くなんだけれど、せっかく紹介をしてもらった事だし、行ってみるだけ行ってみる事にしました。

 その店は同じ市内にあるものの、いわゆる郊外店で、最初の店から電車に乗って最寄り駅に行き、その駅からはバスかタクシーで行く…って感じでした。歩いていくのは…最寄り駅から30分以上かかるので、現実的な距離じゃないんだよね。

 とりあえず紹介された事もあったので、ひとまず向かった我々でしたが、その店は、我が家からだと、電車に2本乗った上にバスに乗っていくわけで、乗り換えも含めて、一時間程度かかってしまうほどの距離で、だったら横浜や川崎と変わらないじゃん…って話になりました。時間的には横浜や川崎と変わらないけれど、乗り換えの手間を考えると、もっと不便じゃん…って結論になり、とりあえず店には行くけれど、そこでは買わないでおきましょうって話でまとまりかけました。

 とりあえず、電車にのって、その最寄り駅に行きました。そこからバスで大型スーパーに向かうわけだけれど…そのバスを見てビックリです。と言うのも、そこから乗るバスは、ウチの近所を走っている路線のバスだったからです。つまり『最寄り駅-目的の大型スーパー-ウチの近所のバス停』となるわけで、電車で行くとかなり不便な店舗ですが、バスだと直通で、案外便利で近い事を知りました。

 実際、ウチの近所からバスに乗ってしまえば、30分程度で到着するんだよ。これなら、隣町へ行くのと時間的に変わらないです。自宅と店舗がほぼ door to door です。なら、ここでスーツを作ってもいいじゃんって事になりました。

 で、目的の店舗に行って、紳士服売り場に行ったら、すでにさっきの店から連絡が入っていたようで、スムーズに話がまとまりました。採寸もごく簡単にささっと終了し、あっという間にスーツの注文が終わりました。

 ええとお値段の方は、基本料金はダイレクトメール通りでしたが、それにキングサイズへの割増料金(つまり、デブ料金)と替えスボン(スペアパンツ)代を加えると、だいぶ増え、普通のイージーオーダーで1着作る程度のお値段になりました。ま、オプションを付けて、お値段が増えるのは、日本式の商売ですから、仕方ないです。それでも1着分のお値段でスーツが2着作れるんだから、まだ安いけれど、当初は吊るしのスーツ1着分の値段だった事を考えると、倍近くも、お値段増えました。

 とにかく、仕上がりが楽しみです。お安いモノを買っているのだから、値段なりの仕上がりなら、別に文句はありません。むしろ、値段以上の品質で仕上がってくれば、今後は愛用してもいいかなって思うわけです。ま、海外の廉価な生地を使い、海外の工場で作るから実現できる値段ですから、多くは期待しません。でも、自分のカラダにばっちり合った服を着るのは、うれしいものです。

 帰りは、その大型スーパーから自宅近くのバス停まで、バス一本でサッサと帰宅しました。いやあ、便利便利、バスって本当に便利だと思う。バスって、その路線図が、鉄道ほどは知られていないので、うまく利用できないのだけれど、知れば知るほど、便利に使えるのがバスだなあって思いました。

 ちなみにバスは、ボケモンGOをやるのに、最高の交通機関でもあります(笑)。

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2018年10月13日 (土)

お皿に残った最後の一つには、手を出しにくい?

 そう言えば、金魚たちって、エサを必ず食べ残すんだよね。

 典型的な例がメダカです。たまに生き餌としてメダカを百匹単位で水槽に入れると、喜んでメダカを食べます。あっという間に、そのほとんどを食べてしまうのだけれど、残り数匹になると、誰も手を付けず生き残るメダカがでてきます。お正月にあげたメダカが、実は今も一匹、残っています。もう10ヶ月も生き残っているので、まるまると太ってしまいました。そんなまるまると太った、動きの鈍くて、平気で金魚の鼻っ面を泳いでいるメダカを誰も食べないのです。

 また水草もそうです。水草がたくさんある時はバクバク食べるくせに、残り僅かになると、急に食が細くなって、水草がいつまでも残っているんです。とは言え、水草の場合は、葉が本当になくなって、茎だけになると、別のモノという認識なのでしょうか? そこからまたバクバク食べ始めたりします(笑)。

 通常のエサもそうで、必ず食べ残しがあります。まあ、金魚がエサを食べ残すので、それをドジョウや貝たちが食べられるという事もあるのですが…それにしても、金魚って、本当によくエサを食べ残すんです。

 エサを必ず食べ残すというのは、金魚の習性なのかしらね?

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2018年10月12日 (金)

たまには一発合格の日もあるんです

 フルートのレッスンに行ってきました。フルートのレッスンは良いのだけれど、行き帰りが疲れちゃってねえ…。とにかく、元気を出してレッスンです。

 最初のロングトーンは、もはやバッチリ過ぎて書くことはありません。

 エルステユーブンゲンは、25番と26番です。暗譜どころ、まだまともに吹けません。いやあ、難しいですね。

 プチエチュードは20番ですが、いやあ難しい。それでもなんとか曲がつながって吹けるようになったので、先生に合わせてもらいましたが、いやあ、それでもあっちこっちミスブローで止まってしまいます。ダメじゃん。

 今回、20番を吹きながら分かった事。不思議な事だけれど、演奏中、楽譜を見ているじゃない? それもガン見しているじゃない。かなり真剣に気合を入れて見ているじゃない。瞬きもせずに楽譜を見ているじゃない。

 そうすると、音符が見えなくなるんだよね。いや、目には写っているのだけれど、頭に入ってこないというか、ちゃんと音符として認識されないのよ。で、それを防ぐ方法は、きちんと瞬きをするとか、眼球を動かしていくとか、そういうちょっとした事。そういうちょっとした事をすると、頭の中の配線が急につながって、今見えているものが、きちんと暗譜として認識されます。

 皆さんには、そういう事ってありませんか? それとも私だけのバグなのかな?

 40リトルピーセズは、17番のシューベルトの「アンダンテ」なのですが、一発合格をいただきました。いやあ、こういう音楽は得意なんですね。やったね。次回は18番のヘンデルの「ガヴォット」なんですが、なんのガヴォットなんだろ? 今度は、トリルがあったり、五連符があったりと、私の苦手なタイプの曲かもしれない。頑張らないと…ねえ。

 今回の雑談は、いまさらだけれど、某日大のお話。色々スキャンダルはあったろうし、受験生も減っちゃうだろうけれど、でっかい大学だし、系列校もたくさんあるから、経営的には全然大丈夫だろうけれど、経営陣があんな感じってバレちゃったから、今後はしばらくダメだろうねえって話をしました。

 どこの私立大学もそうだけれど、理事会と教授会のパワーバランスが大切で、それが崩れているような学校は、色々と厳しいって話をしました。おそらくだけれど、某日大は、理事会の権限が強いんだろうねえって話をしました。理事会の権限が強すぎる学校は、現場で働いている先生方に色々なしわ寄せが来るんだよねえ…と、なにやらH先生、見に覚えがあるらしい話をしてくださいましたが、それはオフレコって事で書きません。

 ま、大学も、私立大学は商売だからね。経営がちゃんとしないと、給料払えないから、金儲けに走るのはやむをえないのだけれど、それで甘い汁を吸っちゃダメだよねって事です。

 それにしても、今の日本。スポーツ関係から、色々と溜まった話が出てきてますが、これって偶然なのかしら、それとも裏で誰かが情報操作をしているのかしら…? それとも東京オリンピック関係の利権争い…? あれこれ考えてしまいますわん。

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2018年10月11日 (木)

自分で上げたハードルに苦しむ

 私のような趣味の音楽人は…とりわけ年をとってから演奏を始めたような人は、演奏を始める前歴史に、音楽愛好者を長くやっていた…という人がいらっしゃいます。もちろん、この場合の“音楽愛好者”とは“聞くだけオジサン”の事です。CDなどで発売されている一流のプロの演奏を繰り返して愛聴しているだけで、リアルな音楽演奏体験の無い人の事を言います。この“聞くだけオジサン”の特徴として、耳が肥えている…事があげられます。ま、一言で言えば、評論家タイプのオジサマなんですよ。

 この“聞くだけオジサン”の前史を持った人間が趣味で演奏を始めると、あれこれ大変です。何が大変かと言うと…まずは『自分の演奏がとても不満足』なんです。いつでも、いつまでも…です。

 そりゃあそうだよね。ピアノが好きで大好きで、世界の超一流のピアニストの録音ばかり聞いてきた人が、年をとってからピアノを始めたとしても、絶対に世界の超一流ばりの演奏なんて、一瞬たりともできやしないもの。おまけに、ピアノ始めたばかりのオッサンと世界の超一流を、比較しなきゃいいのに、ついつい比較しちゃって、凹むわけです。

 馬鹿だね。

 我々、アマチュア音楽家は音楽演奏の楽しさを味わうために演奏しているわけで、本来、他者との比較なんて意味のない事です。まあ、それでも技術的な上達も楽しみの一つですから、過去の自分と今の自分を比較するのは、悪いことではないと思いますが、他人と自分を比較しても、何もなりません。ましてや、世界の超一流と比べるなんて…バカも休み休み言って欲しいものです。

 でも困った事に“聞くだけオジサン”って、世界の超一流の演奏が“ごくごく普通の演奏”だと思っているんです。

 そうなると、自分の拙い演奏なんて(実際にはキラリと光る良いところが多々ある演奏であっても)ゴミ同然にしか感じられないのです。いくら頑張って練習してもゴミしか生産できない自分と、うまく折り合いがつけば、自己評価が低いまま、音楽演奏を続けていくのでしょうが、折り合いがつけられなければ、やがて嫌気がさして音楽演奏から離れてしまうわけです。

 なので、音楽演奏を趣味とする人の中に、元“聞くだけオジサン”って、案外いそうでいないんですよ。その多くは脱落しちゃうんですよ。

 その結果、音楽演奏を趣味とする人って、演奏するのは大好きだけれど、聞くことに興味のない人たちが意外なほど多かったりするのは、そんなわけだったりします。実際、練習に練習を重ね、趣味の時間の大半を練習にささげていたら、音楽を聞いている時間が無い…って事にもなります。それほど、音楽を聞く趣味と、音楽を演奏する趣味の両立は、色々と大変なようなのです。

 で、私の話ですが…声楽に関しては、私は『折り合いをつけた“聞くだけオジサン”』になると思います。まあ“聞くだけ~”と言っても、本格的なクラヲタのオジサマたちと比べると、全然聞けていない部類なんですけれどね。持っているCDだって、たかがしれているしね。それでも聞くことに興味のない人たちからすれば、音楽鑑賞に費やしてきた時間は膨大なものだし、持っているCDだって、それなりです。

 つまり、私は、実に中途半端なクラヲタなので、なんとか演奏も楽しめるのかもしれません。

 でもやっぱり“聞くだけオジサン”なので、なかなかにハードルは高いんです。

 例えば、オペラアリアを歌う場合、カデンツァも込みで歌いたいと思う人です。もちろん、カデンツァは難しくて簡単には歌えません。だけど歌いたいんですよ。

 別にカデンツァなんてオプションですから、本来は歌わなくていいし、多くのカデンツァは作曲家の手によるものではありませんから、カデンツァを歌うのは、作曲家の意図を無視した行為だし、ある意味、自己顕示欲を満たすだけの行為とも言えます。そうであっても“聞くだけオジサン”にとっては、カデンツァはオペラアリアにば標準装備であって、無くてはならないモノなのです。だから自分で歌うなら、必ずカデンツァ込みで歌いたいのです。

 でも、それは無理だよね。でも、歌いたい。でも、やっぱり無理。で、強行すると、当然、撃沈。そりゃあそうだよね。そもそも歌えないモノを歌おうとしたって、そりゃあ歌えないわな。

 ほんと、元“聞くだけオジサン”は厄介なんです。

 ちなみに、フルート音楽に関しては、私、ほとんど知りません。おまけに聞くことにも、それほど興味もありませんし、執着もありません。CDはそこそこ持ってますが、ほぼ聞きません。フルート音楽を聞く事に喜びを見出せずに、フルートを演奏することを楽しんでいるのです。

 なので、フルートで演奏する曲に関しては…実はこだわりも抵抗もありません…ってか、理想が無いのかもしれません。他人にとやかく言われたとしても、自分が楽しく吹ければいいんです。

 ダブルスタンダード…まさにそうです。声楽ではあれほどこだわりがあるのに、フルート音楽には、全くと言っていいほどいい加減なのです。だからと言って、声楽と比べてフルートはあまり好きではないのか問われれば、それは決してそうではなく、声楽もフルートも好きだし、両者を比べる事はできません。時期とかタイミングとか色々あって、声楽に集中している時期もあれば、フルートに専念している時もありますが、どちらが好きで、どちらが二の次とか、そういう感覚はありません。

 とは言え、私、自分の事をアマチュア歌手だとは認識していますが、アマチュアフルーティストであるとは…ちょっと認識できてません。だって、フルート、下手すぎるもの。これは興味と言うよりも、演奏力の違いね。“アマチュアフルーティスト”ではなく“アマチュアフルーティストを目指す者”なんですね。通常の運指をど忘れしちゃう程度の人は、フルーティストじゃないよね。

 つまり何が言いたいのかと言えば、演奏活動って事で言えば、フルートに関しては、只々楽しいだけの私ですが、声楽に関しては、元“聞くだけオジサン”だった事もあって、自分で自分の首を絞め、素直に楽しめなくなっている、ちょっとかわいそうな存在だったりするわけです。

 ほんと、厄介。ほんと、面倒くさいです。

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2018年10月10日 (水)

声をフックする?

 声楽のレッスンの続きです。ピアニストさんも到着したので、さっそく曲の練習に入りました。

 まずはヴェルディ作曲「椿姫」より「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。歌うのに大変な曲から歌いたいのです。

 発声練習の時に受けた注意を再度受けました。曰く「声が重くなりがち」、曰く「息が前から出がち」、さらに「口先ばかりで歌っている」とか「もっと良い声で歌いなさい」とか…、まあ大変なんです。

 今回、特に注意されたのは、フレーズの歌い出しです。最初から声を開かずに、フレーズの出だしは(むしろ声は閉じ気味にして鼻で声を)フックしてから、ブアーと開いて歌うというスタイルで行きましょうって事です。最近の私は、最初から最後まで全開の声で歌いがちだけれど、それは駄目って事です。閉じた声でも開いた声でも色々な声で歌えることが大切なのです。

 特に声を開いていくタイミングが大切で、あまり早めに全開にしてはいけません。特に高音があるフレーズの場合は、高音の直前で開くくらいで、ちょうど良いのです。

 その時の開く方向だけれど、もちろん上下に開いていくわけだけれど、両方一度に開ければ、それが理想だけれど、それが難しければ、まず最初に下に開いていくのが良いとの事。今は、高音を意識しすぎて、上にばかり開こうしているのだけれど、上ばかりに開こうと意識していても、ノドって開けるものじゃないんですよ。下が十分に開いていないと、上の開きに釣られて下が狭くなってしまうものです。だから、まず下を開いてから、上を開くと、比較的に楽に開けるわけです。

 でも、それはなかなか本能が許さないのです。だって、下に開くと、声は太くなるし、響きが落ちるし、音程もフラットしてしまうので、あまりに高音発声のベクトルとは逆でしょ? で、そこでそれを恐れて、上ばかり開いてしまおうとして不十分な開きになるのです。声が落ちる事を恐れずに、まずは下を開き、それから上を開き、十分に息の音程が目的の音程に届いてから、声を出していく…これが正しいテクニックなのです。この手順をしっかり身に着けないといけないのです。

 ただ、声をフックし続けていくと、当然、疲れてしまうので、フックせずに流して歌う事も大切です、つまり“休む”わけですね。そうやって、メリハリをつけると同時に、長時間の歌唱に備えるわけです…まあ、我々アマは長時間歌い続ける事はないのですが、オペラアリアって、長時間歌い続けるオペラ歌手向けに作られているわけで、そうであるなら、我々も休ませてもらえばいいじゃって事です。

 ちなみに、声は休ませても、腹筋は休ませちゃいけない…との事です。ううむ、私的には、声は全開でもいいけれど、腹筋を休ませてもらえる方が助かるのだけれど…。

 次は、レスピーギの「Invito alla danza/舞踏への誘い」です。楽に歌える歌ほど、良い声で歌うこと。先の椿姫と比べると、だいぶポジションを低くして歌わざるをえないので、なんか変な感じです。でも、その分、楽と言えば、だいぶ楽です。

 ここでも声をフックする事を強調して習いました。楽に歌える歌でも、やるべき事はきちんとやりましょうって事です。特に音域が低めの曲なので、声をなるべく軽くして歌うのが吉です。低い音程の音は、決して鳴らさずに楽に歌うこと。キング先生がよく言っていた「低い音は捨てる」というのが正しい感覚なのかもしれません。Y先生的には「バリトンのような声では歌わない事」でもあります。すべての音域をしっかり鳴らそうとせずに、鳴らすべき音域と鳴らさない音域をしっかり分けて歌うべき…なのかなって、ぼやっと考える次第です。

 お次は二重唱の「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」です。とにかく軽く歌う事。音程は高めに取る事、できれば音程の上っ面を舐めるように歌えると良いです。あとは、しっかりと支えのある声で歌えば、ハモるのも難しくはない…って話です。

 まあ、やるべき事をただただしっかりやるだけです。

 それにしても、クラシックコンサートにしても、発表会にしても、もう一ヶ月先だと言うのに、まだ細かい部分が発表になりません。なので、これらの本番について、詳細が分かり次第、お知らせしますので、ひとつよろしくお願いします。

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2018年10月 9日 (火)

歌えるカラダを作るのが大切なんです

 声楽のレッスンに行ってきました。最初のハミング練習は、最近にしてはいい感じです。まあ、自分で思うに、よく響く声で歌えていたと思います。もっとも、先生からは「あまり下に掘らない事」と注意を受けてしまいました。なるべく重い響きは付けないようにしないといけません。

 どうにも私は、すべての音を鳴らそうと(無意識に)してしまいがちなのですが、その結果(発声練習は低い音から始めるので)声が重くなりがちです。で、その重い声のまま上の音程まで行ってしまうわけです。たとえ、最初の音の音程が低くても、響きは高めに。常に、胸の響きはそこそこに、鼻の響きを強めにしていきましょう。先生から「バリトンのような重い声はいらない」と言われました。ダメだな。

 今回の発声練習では、高いG♯を出す練習をしました。私、Gまでは楽勝なのですよ。で、G♯になると、途端に困難になります。まあ、手順を踏めば出せないわけではないのですが、手順を踏んで出す以前に、先生曰く「G♯になると、息の方向が変わってしまう。本当は、Aまでは息の方向を変えずに出したい」との事です。つまり、Gまでの発声方法で、G♯やAを楽に出せるようにしましょうって事です。

 で、その息の方向だけれど、Gまでは息は後ろに向かって出ているそうです。だから、声は息と一緒に後ろに行ってからグルンと回って前に出てくるのです。でも、G♯になると、息は直接前に出てしまうのだそうです。で、息が直接前に出てしまうと、クチの奥を十分に引っ張りきれず、そのため高音は難しくなるので、G♯とかAとかの発音に苦労するわけだし、それ以上の音は出せないわけです。

 なので、息を前に出さないように歌う練習をしたわけだけれど、やはりG♯になると、息が無意識に前に出てしまいます。

 あれこれやってみて分かった事は…やはり筋力の問題でした。クチの奥を開ける筋力がGまでの分しかなく、G♯を出せるほどクチの奥を開く筋力がない…って事でした。筋力が無いだけで、G♯を出せるほどの余裕は口内にありそうだけれど、そこまで開く筋力がないため、G♯になると、クチの奥が開ききれず、途端に狭くなってしまって、息が前に出てしまい、高音が難しくなる…という分析です。なので、クチの奥を開く練習をしました。と言っても、あくびのクチの練習ですが(笑)。とにかく、もっともっとクチの奥を大きく開けるようにしましょう。クチの奥がもっと開いて、その上さらに腹圧が高くなれば、G♯もAも行けるんじゃないかって事です。

 もちろん、クチの奥をいくら開いても、腹筋が足りず、腹圧が低いままだと、息がG♯まで届かずに、響きが低くなってしまうので、同時に腹筋も今まで以上に鍛えないといけません。

 結局、筋トレなんだよね。呼吸筋や口腔内の筋肉のトレーニングが必要なのです。歌は体が楽器だから、体を変えていかないと歌えないんだよね。歌え練習も大切だけれど、その前に歌えるカラダを作る事がもっと大切なんだよ。

 ああ、難しい、難しい。

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2018年10月 8日 (月)

廉価な中国製にはご注意を…

 通販で買い物をすると、ついつい安値に惹かれます。特に工業製品等は、私の生活的には、しばしばオーバースペックな製品が多いので、安価な品でも実用上十分だったりするので「それでいいかあ…」みたいな感覚で購入する事があります。

 さて、今回の本題に入ります。

 iPodの時代に愛用していた、お風呂スピーカー(お風呂で音楽を聞く時に使ってました)は、スピーカー内部にiPodを入れて、iPodとスピーカーを有線でつないで使うものでした。結構便利に使ってました。何台か買い替えて、つい最近まで使っていました。

 ところがiPodが壊れて、音楽携帯としてiPhoneを使うようになってからは、お風呂スピーカーが使えなくなりました。と言うのも、iPhoneってiPodよりもだいぶ大きいため、お風呂スピーカーの中に収納できなくなってしまったからです。防水仕様のスピーカーの中に入れられなければ、お風呂では使用できません。

 なので、ここしばらくは風呂スピーカーの使用を中止していたのですが、iPhoneを買い替えた事(SE -> 8Plus)もあって、従来の音楽携帯内蔵型のお風呂スピーカーではなく、Bluetooth接続のお風呂スピーカーを導入してみました。

 で、購入したのが、1000円程度の中華なお風呂スピーカーです。国内メーカー品が五千円から二万円程度するのと比べると、だいぶ安いですね。

 で、他にも500円程度の中華なお風呂スピーカーもあったのですが、わざわざ、この1000円のお風呂スピーカーに決めた理由は、いくつかあります。一つは、“音楽専用高音質”と書いてあった事。“ステレオ再生”が売りだった事(たいていのお風呂スピーカーは、小型を売りにするため、たいていはモノラル再生です)。軽量小型で、お風呂場の壁に吸盤で貼り付けられる事。これらに惹かれて、このスピーカーを購入しました。

 で、確かに小型軽量で、お風呂場の壁に吸盤で貼り付けられました。これはホントね。便利です。

 しかし“音楽専用高音質”ってのは、どうだろ? はっきり言っちゃえば、音質はかなり悪いです。でも、お風呂場で聞く音楽なら、この程度の品質でも問題ないっちゃあ問題ないし、私が今まで使っていたスピーカーと比べても、まあ許容範囲ですが、決して高音質ではありません。全然違います。

 さらに言うと、ステレオ再生と歌ってますが、全然ステレオではありません。どう聞いてもモノラル再生です。ただし、モノラル再生の機器の中には、ステレオの右チャンネルの音を捨てて、左チャンネルの音だけを再生する機器もありますが、このスピーカーはしっかり左右のチャンネルから信号を拾って、それらをミックスしてモノラル再生しています。つまり、ステレオ再生ではなく、ステレオ音源をモノラルミックスをして再生する機器なのです。

 お風呂場スピーカーって、ステレオでもモノラルでも、大差ないです。少し前まで使っていたスピーカーはステレオ再生でしたが、お風呂場ではステレオ再生の恩恵に預かった事はありません。モノラルで十分です。

 なので、売り言葉に大きな誤謬が含まれていましたが、値段を考えれば、まあ許容範囲だし、実用的である事には間違いないので、そのまま受け入れる事にしました。

 実は一番困ったのは、品質ではなく、付属説明書です。説明書を読まないと使えないくらい、マンマシンインターフェースは良くないのですが、その説明書が読みづらいのです。まず、字が小さい、小さすぎます。裸眼で見るのは無理で、ルーペを使って拡大しても、かなり厳しいです。私は写真をとって、それを拡大して読みました。

 で、拡大して読んだ説明文の日本語が全く意味をなさないのです。これ、機械翻訳だと思うけれど、ほんとダメなんです。で、英語の方の説明書を読んだのですが、これも機械翻訳なのかな? 私の英語力ではほぼ解明できませんでした。仕方ないので、中国語の説明文を読んで(私、大学の第二外国語は中国語だったんですよ)、やっと得心した次第で、いやあ、ほんと不便。

 なので、今回は皆さんが誤って購入されないように、わざとリンクを貼りません。

 いやいや、お風呂スピーカーはまだ良いのです。もっと注意しないといけないのは、へッドフォンです。

 iPhoneは買い替えた時に、今まで使っていたワイヤードのヘッドフォンが使えなくなりました。と言うのも、iPhone 8Plus にはヘッドフォン端子が廃止されて、ヘッドフォンは原則、Bluetooth接続にする事になったからです。

 で、Bluetooth接続のヘッドフォンって、少々お高いじゃないですか? だいたい五千円から二万円ぐらい? 今まで使っていたヘッドフォンが三千円程度の国内メーカー品だったので、せめてその程度の価格のモノを購入したいと思っていたのです。

 で、ネットを漁ると、380円(!)の中華なヘッドフォンを発見しました。もちろん、音楽専用高音質でステレオ再生のヘッドフォンです。ま、音楽用のヘッドフォンですから、そりゃあ当然ですよね。

 さっそくポチして、品が届くのを待っていました。到着まで三週間ほどかかりました。で、早速使ってみたところ、こりゃダメだと思いました。全然使えません。

 まず、音質が…お風呂スピーカー並。あれはお風呂場だから許容範囲であって、普通のヘッドフォンとしてはダメダメです。おまけに両方の耳にスピーカーがあるのに、再生はモノラルでした。音楽用のヘッドフォンにモノラル再生のモノがあるなんて、夢にも思いませんでしたよ。

 見た目はかっこいいし、価格も魅力的なんだけれど、使えないものは使えないね。

 そこで仕方なしに、国内メーカーの最安値のBluetooth接続のヘッドフォンを購入しました。四千円弱でしたよ。こちらは普通に使えました。ま、当たり前か。ちなみに、今は私が購入した時よりもだいぶ値が下がって、約二千円ですね。買いですよん(笑)。

 お風呂場スピーカーはともかく、ヘッドフォンは“安物買いの銭失い”でした。

 とにかく、安値にひかれて中華なメーカー品に手を出す時は、本当に注意と覚悟が必要だと、今回は学びました。広告の文句は信用しちゃいけないし、品質だって想像の斜め上を行くほどの低品質かもしれないし、何よりも、ダメなモノを買っちゃって笑えるくらいの余裕がないと、中華なモノには手を出さない方がいいですね。

 良い勉強になりました。おそらく、ここでアメリカ人とか中国人だと、返品をするとかの手を打つんだろうけれど、それもなんか面倒くさいんだよね。このまま泣き寝入りしちゃえと思ってしまう私は、気の弱い日本人なんだろうなあ。

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2018年10月 7日 (日)

私は都会っ子?

 よくテレビで、田舎暮らしの方々の生活や田舎に住む男性の婚活の様子とかが放送されます。あれを見て「田舎暮らしもいいなあ」と思う人も大勢いらっしゃる事だと思います。「年を取ったら田舎で暮らそう」と勧めるリタイア関係のビジネス書もあります。確かに職場に束縛されなくなったら、そういう生活もアリかもしれません。

 まあ、そういう方々の意図も主旨も分かるし、気持ちも分かります。なので、自分にそれが出来るのかと…考える事がないわけではありません。

 が! いくら考えても、いつも結果は同じです。たぶん、私は田舎では暮らせません。ほんと、申し訳ない。

 たぶん、遺伝子的に無理なんじゃないかって思うんですよ。私の家は、だいだい東京住まいで、私自身、東京の下町生まれですし、親の世代まではチャキチャキの江戸っ子だったわけです。それが色々あって、私が幼少の時に(私が喘息持ちだった事もあって)湘南に越してきたわけで、それ以来、ずっと湘南の中を転々と移動しながら暮らしているわけです。

 湘南は…都会ではないけれど、いわゆる田舎ではないし、地元に閉じこもっていても特に不自由のない生活ができるし、電車に30分乗れば横浜に、1時間乗れば東京に出られるので、都会の楽しみも享受できます。地元自体は観光地…ってか、リゾート地域なので、空気はキレイだし、海もあれば温泉もあるし、食べ物は美味しいし…なので、そういった部分は都会とは違うけれど、首都圏なのでテレビは東京と同じだし…ね。

 欠点を上げるなら、物価が高いこと(涙)。いや、ほんと、物価は都心並みに高いのよ。不動産関係(家賃とか土地とか)も都心並みに高い(涙)。東京でも、ちょっと都心から離れた地域の方がむしろお安いのよ。まあ、何にせよ、暮らしていくのに、それなりにお金が必要な地域であることは間違いないです。

 あと、税金、高いよ(涙)。住民サービスも良くないよ。ゴミ回収なんて週2回だよ。道はたいてい渋滞しているし…。

 いつも外部の人々が大勢遊びに来ているのが当たり前なので、毎日がお祭り状態なんですね。ほんと、街に落ち着きがない…ってか、活気があって、いつもうるさい。

 テレビや映画の撮影もよくやっているし、芸能人を始めとする有名人たちもたくさん住んでいて、なので自然に知り合いにも有名人がいたりして、特に夏場の浜辺は、お祭り騒ぎどころか、毎日カーニバルでもやっているの?って具合に、人があふれていたりします。他人の中で生活している…という感覚は、都会と同じだろうなあって思います。

 でも、その割には、治安はいいんですよ。当地で生活していて、身の危険を感じた事は、あんまりないです。窃盗団がたまに暗躍するくらいかな(汗)。でもそれも数年おきぐらいの話です。

 たまに「湘南って、不良や暴走族がたくさんいるんでしょ?」って言う人がいますが、あれは某マンガの話です。確かに私が若い頃は、週末になると他所の地域の不良たちがバイクに乗って集まってきて、色々と迷惑行為をしていました(地元の人間は冷ややかに、そして困ったものだと思ってました)が、警察が頑張ってくれたおかげで、今はそんな事も全くありません。

 だいたい、湘南って、街全体がノーテンキだし、グレるような人間は海に行って波とたわむれちゃったり、結構ダンスが盛んなので、みんなして踊っちゃったりしているので、グレている暇がありません。せいぜい、オカサーファーがかっこつけているくらいです。
 毎日太陽がさんさんと照っているので、案外、健全なんですよ。

 なので、そんな湘南に住んでいる私が、どこか地方…ってか、僻地とか離島とか山奥とかで暮らすなんて、ちょっと考えられないです(田舎暮らしの皆さん、ごめんなさい)。

 まず一番無理だなって思うのは…オペラが見られなくなるって事です。生の舞台上演はもちろん、メトのライブビューイングを始めとする映画館上演のオペラですら見ることができない生活というのは…相当にキツイです。地方でも、BSとかCSで放送されるオペラは見られるし、DVDを購入すればいいじゃんって言われるかもしれないけれど、家庭用テレビで見るオペラと、生はもちろん、映画館で見るオペラでは、そりゃああれこれ違うわけです。

 でも、オペラは最悪、テレビやDVDで我慢できるかもしれません。

 地方に住んで無理かも…って思うのは、音楽趣味が続けられなくなるかも…という危機感です。地方に移り住んで、同じ集落に、フルートの先生っているかな? 声楽の先生っているかな? ああいう職業の人って、やはり東京近辺に住んでいる人ばかりだから、地方では、かなり厳しいよね。地方に全くいないわけではないけれど、そこに通うのに、かなりのエネルギーが必要になってくるわけです。

 問題は移動に必要なエネルギーです。私、基本的に乗り物が嫌いなんですよ。なので、移動は原則、徒歩な人です。どこに行くのでも、基本的に徒歩。徒歩で行けない場所は、仕方がないので、公共交通機関を利用します。なので、自家用車はもちろん、自転車に乗って移動するのも好きじゃないし、なるべく利用したくないのです。ま、自転車移動は好き嫌いの話だけれど、自家用車利用に関しては、ちょっとしたポリシーがあるので、それはなるべく避けたいのです。

 地方に行くと、車のない生活って無理でしょ?

 私が湘南に住んでいる理由の一つに、すべてが徒歩圏にあるってのがデカイんですよ。職場はもちろんだし、スーパーも、ショッピングモールも、病院も学校も映画館も、海外の引っ越し公演でオペラをやってくれるような劇場すら、全部徒歩圏内にあります。コンビニなんて、徒歩1分かからないんだよ。徒歩で生活していて、何の不自由もないのです。徒歩ライフを満喫しているのです。でも、地方に移住して徒歩生活をしようものなら、あっという間に詰みます。無理です。

 というわけで、生活面の諸条件を鑑みるに、私が田舎で暮らすのは、ちょっと無理っぽいです。

蛇足  生活面から考えると田舎暮らしは無理だけれど、仕事的には、私は教育関係の仕事なので、最悪、ガッコのセンセをすればいいんだから、どんな僻地に行っても、仕事はある…と言えばあるんだよね。仕事だけで考えれば、田舎の分校のセンセと言うのも、悪くないのだけれど、そこでの暮らしが私には無理なんだよね。

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2018年10月 6日 (土)

ルデンの近況

 ルデンは、ウチにやってきた当時は背中が漆黒で、腹が輝くばかりの金色という、実に美しい金魚でした。それがやがて退色の変化が生じて、お腹の金色は残っていますが、背中の黒かった部分は、赤みがかった金色と言うか…正直オレンジ色になってしまいました。かつてはかっこよかったルデンが、今ではパッと見“オレンジ色”の金魚になってしまいました。ああ、残念。いや、オレンジ色に見えるかもしれないけれど、これは赤みかかった金色の金魚なんだと思うことにしています(強がり)。

 それにしても、ルデンは、全く違う金魚になってしまったわけで、なんかタチの悪い詐欺にかかったような気分でした。

 まあ、ルデンは稚魚だったのだと思います。おそらく、栄養状態が極めて悪くて、成長がかなり遅れていた子なんだと思います。当時は、稚魚の印である黒い体色も残っていた上に、まるで木の葉のように薄い体でしたから。

 それが大人の体色(オレンジ色:涙)に変わっただけでなく、体がだいぶ分厚く、丸くなりました。ルデンは雑種金魚(お店では“MIX金魚”という名称で売られていました)ですが、基本形はらんちゅうだと思います。つまり“らんちゅうの出来損ない”って奴です。らんちゅうには無いはずの背びれがあるし、顔はらんちゅうというよりも肉瘤のないオランダって感じです。なので、全然らんちゅうっぽく無いのですが…まあ、いわゆる“ハネもの”というヤツです。

 そんな雑種なルデンですが、我が家に来てから、むくむくと大きくなり、当初はただのチビ助だったのですが、今やベルちゃんを明らかに追い抜き、おそらくアセビも抜き去ってしまうほど、大きく成長しました。ヤヨイやシズカと言った二大巨魚にはまだまだ追いつきませんが、確実に第三位をキープするほどになりました。

 とにかく、ルデンはデカいのよ。

 ルデンは、なんでそんなにデカイのか…と言えば、しょっちゅうタニシを食べているからです。タニシ食いと言えば、シズカの専売特許だったはずですが、最近は、シズカよりもルデンの方がたくさんタニシを食べています…ってか、二匹でタニシをバクバク食べているので、タニシの減りが本当に速いのです。このペースでは、タニシは一年と持ちません(涙)。

 と、図体ばかりデカくなったルデンですが、行動そのものは、まだまだ子どもで、あっちこっち可愛い仕草を見せてくれたりしています。どんな動物も、子どもは可愛いんだよね。

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2018年10月 5日 (金)

まだ頑張ってます

 フルートのレッスンに行ってきました。

 ロングトーンはもうバッチリ。特に書くことはありません。

 エルステユーブンゲンは24番を暗譜してきたので、一発合格になりました。うっしゃー。なので、次は25番と26番ですが…この2曲はもう普通の曲なので、演奏するのが難しい難しい、その上暗譜だよ、頑張んなきゃ。

 プチエチュードは最終曲の20番です。当然、不合格です。だって難しいんだもの。先生からは「先週よりも良くなったね」とは言われたものの、それはあくまでも比較の話であって、ダメなものはダメなんです。ああ…。

 で、40リトルピーセズは、16番、ハイドンの小舞曲ですが、こいつも一発合格です。うふふ。次は17番、シューベルトのアンダンテです。どんな曲だろ?

 と言うわけで、なんと2曲も合格を頂いちゃいました。近年稀に見る、好成績! まあ、今はまだ余裕があるからね…。やがて、仕事も忙しくなるし…というわけで、今回の雑談は仕事の愚痴になっちゃいました。いやほんと、そのうち、また練習しないでレッスンに行ったり、何週もレッスンをお休みしたり…と、そういう日々がやってくるわけです。ああ…。

 歌もそうだけれど、仕事が忙しいのだから、趣味はお休みして、趣味だけに専念していくというやり方もあるけれど、それをやったら、私、ストレスが溜まって死にそうになるだろうし、回り回って仕事にだって悪影響が出ると思うんだよね。だから、忙しくても音楽趣味は続けていきたいし、忙しいなりに練習積み重ねていく事で、仕事のみならず、色々な方面に良い影響が出てくると思うんだよね。

 本当に忙しかったら、音楽趣味以前に、ブログを辞めろよって話もあるし…ね。

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2018年10月 4日 (木)

歌曲はなるべく原調で歌いたい

 歌曲は…楽譜屋に行けば、高声用、中声用、低声用って感じで、声に合わせて、同じ曲が調性を変えて売られています。歌手たちは自分の声に合った楽譜を購入して、それで歌います。また、自分の声にあった楽譜がなければ、自分で移調作業をして歌ってしまう人もいます。

 別にそれで何の問題も無いと思います。歌手が最高のパフォーマンスを行うために、自分の声に合わせて歌うなんて、ごく当然な話です。むしろ、自分の声に合わない曲を無理して歌う方が、見苦しいし聞き苦しいと思います。

 私も基本的には、自分の声に合った調/声域で歌いたいと思います。

 最近は、それに合わせて、別の事も考えています。それは“作曲家の意図”です。なぜ、作曲家は、その調で曲を書いたのか、なぜそのメロディーをその音高で書いたのか…おそらく、そんなに軽い気持ちで、その調性や音高を選んだわけではないと思うのです。作曲家には作曲家の意図があって、その調性や音高を選んでいるんだと思うのです。

 以前、キング先生の元で、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」を勉強した時、私は高声用の楽譜でレッスンを受けました。はっきり言ってしまえば、わざわざ粋がって高声用でレッスンを受けちゃったんだと思います。キング先生は、それでもしっかりレッスンはしてくださいましたが、先生的には納得していなかったようです。

 この曲に関しては、高声用の楽譜(ソプラノ用です。私はこの楽譜を使用していました)ではなく、原調の楽譜(メゾソプラノ用です)で歌った方がいいと、やんわり教え諭してくれましたが、当時の私には聞く耳がありませんでした。

 先生がなぜ高声用でなく原調の方を良しとしたのか…と言えば、原調ならば月光が、タイトルどおり“優雅な感じ”なのですが、高声用にしてしまうと“ギラギラな感じ”になってしまうのです。曲としては同じだけれど、そこから受ける印象はかなり別物になるんですね。

 当時はそんな事よりも、少しでも高い声を出したい気持ちでいっぱいで、先生のアドヴァイスは心に留まらなかったのです。

 でも今は違います。少しでも高い声を出したい気持ちに変わりはありませんが、作曲家の意図を少しは大切にしたいという気持ちも、少しだけれど持てるようになりました。可能で無理がなければ、なるべく作曲家が指定した調性で歌った方がいいかなあ…と思うようになりました。

 もちろん、原調が自分の声に合わなければ、話は別です。声に合わない曲は歌わないのが一番ですが、それでも歌いたい時は、自分の声に合わせた移調譜を使っちゃうと思います。あくまでも、自分の声優先です。で、自分の声のキャパシティーの中で、最大パフォーマンスとは違うかもしれないけれど、原調で歌えるなら、自分を押し出すよりも、作曲家の意図を大切にしよう…と思うようになりました。

 私にはよく分からないけれど、調性が違うと、和音の色が違うっていうじゃない。色彩って大切だよね。移調する事で、その曲の色が変わっちゃうのは、あまり良くないと思うのです(ただし、私にはよく分かりません)。

 それと、声楽的に言えば、調性だけでなく、声域が変わると、声の支え方が変わるでしょ? 作曲家的には、声を張ってほしくないと思って、低めの音域で書いたフレーズを、勝手に移調して高くして、思いっきり声を張って歌ったら…作曲家さん、がっかりするよね。逆もそうで、声を張って欲しいと思って高く書いたのに、低く歌われても、また違うと思うし…。そんな事も、たまに考えるんですよ。

 なので、歌曲はなるべく、原調で、作曲家が指定している音高で歌えるのなら、なるべくそのままで歌ってみたいと思うわけです。

 ちなみに、オペラアリアを移調して歌うのはありえないと思ってます。オペラアリアは、自分の声色を優先して選ぶべきだし、声域なり技術なりが足りなければ、頑張っていくしかないと思ってます。それゆえ、オペラアリアを歌うのは難しいのです。

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2018年10月 3日 (水)

あるある詐欺から一転、お取り寄せしてもらって、現物を手に入れました

 で、あるある詐欺みたいなモノにひっかかって、私が仏頂面していると、困り果てたその店員さんが提案してきました。別の店員が今すぐ別の店舗に行って、私の希望する機種を取り寄せてきますので、その間に購入手続きをしましょう。手続きが終わる前には品物も届くので、それなら時間のムダもありませんし…。また、データ移行などのサービスも責任をもって行いますので、ぜひ当店でお願いします…って言うわけです。

 本当に今すぐ別の店員が行って、希望機種を他所の店舗から持ってくるのかと確認したところで、持ってくるというので、じゃあ、まあいいだろうと言うので、購入手続きに入りました。購入手続きが約45分ほどで、その間に希望機種も届くでしょうから、ぜひそれでお願いしますってわけで…私も鬼じゃないですからね。文句ばかり言っても仕方ないので、歩み寄りをしたわけです。

 で、その購入手続きってのは、回線契約の変更なんだよね。とにかく、今のプランを変更させて、より便利なプラン(って事は、高いプランなんだな)に変更させようするのです。それもあれこれオプションを載せてくるわけです。あんまり、うるさいから「とにかく、電話とボケモンGOしかやらないんだから、今のプランのままでいいよ」と言っても、機種変更に伴って旧プランの継続はできないので、今のプランに変更してくれと言ってきました。高くなるのは嫌なんだよね。

 あんまりうるさいので、ソフトバンクのホームページを見せてやりました。そこには、私が今利用しているプランの新規契約は中止したけれど、契約の継続は今もしているし、機種変更しても契約の継続はできますよって、はっきり書いてありました。

 客の無知につけこんで、高い商品(この場合は回線契約)を押し売りするのって、いけませんね。商売は、正直でないといけません。

 まあ、ソフトバンクのホームページを見せたついでに、別のもっと安いプランを見つけたので、結局はそのプランに変更しました。これで翌月から、携帯料金が少しだけ安くなります。

 で、前回は2年縛りの契約だったんだけれど、今回は4年縛りの契約です。その方が安いから(笑)。

 で、以前は2年経てば、使っていた端末は自分のモノになったのだけれど、今回は4年経った端末はお店に返却しないといけない契約になりました。つまり、以前は、2年間かけて端末料金を分割して払っていたという感じだけれど、今度は4年間かけて端末のリース料を支払うって感じになります。さらに、通常のリース品だと、支払いが終われば、品物は自分のモノにしてもいいし、返却してもいいし…というオプションが付くのが普通だけれど、今回のスマホに関しては、必ず返却しないといけないって事になりました。

 まあ、4年も使って、電池のヘタった電話なんて、使い物にならないから、返却でもいいのだけれど、気に入らないのは4年縛りだね。別に4年間ぐらい使い続けるから縛られても実害はないけれど、それでも縛られるのは、心理的に気持ちの良いものではないです。でも安くなるので、気に入らなくても我慢我慢です。

 と、購入手続きとやらをほぼ終えたところ(時間にして1時間を少し過ぎたあたりです)で、品物さえあれば、ここで帰宅できるはずですが、取りに行ったはずの品物が出できません。

 しばらくして、やっと若いお兄さんが裏から登場してきました。なんでも、店長さんのようで、それは丁寧に挨拶と謝罪をしてくれましたが…あんた、今までどこにいたの?

 さらにその店長さんが言うには、今から別のお店に行って希望機種を取り寄せてきますので、お待ち下さいと、しゃあしゃあと言うじゃありませんか? おい、すぐに出掛けるって、購入手続きが終わる頃にはモノが来る…って約束だったんじゃないの? 約束と違うじゃん。重ねて書くけれど、購入手続きしている間に取り寄せてくれるって約束だったじゃないの?

 おそらく、別の店に…と言ってから、在庫確認を掛けたんだと思うんだよね。で、なかなか在庫のある店が見つからなくて、それでここまで時間が掛かっちゃったんだろうなあって思います。

 ここまで4時間近く経っていますが、もう契約も済ませたので、とにかく待ちです。待ちです。待ちです。あんまり待ち時間が長いので、隣のファミレスで夕食を食べてくるから、品物が届いたら電話してくれと店員に伝えて、隣でスパゲッティとハンバーグを食べてきました。食べ終わってお茶をしているくらいのところで電話が掛かってきました。

 ほんと、待たされる(怒)。

 で、隣のソフトバンクに行って、ひったくるように品物を受け取ってきました。全部で5時間近く掛かりました。機種変更って時間がかかるものだけれど、5時間は、さすがに時間掛けすぎです。ほぼ一日仕事じゃん。

 ちなみに、最初に「データ移行などのサービスも全力でやらせていただきます」って言ってたので、データ移行をお願いできるのかと確認したら「それはちょっと…」と言われました。つまり、無理ですってわけだね。まあ、そんな事だろうと思ってたし(基本的にこのお店の人たちは、口先ばかりのその場ごまかしの人たちばかりなんです。ま、世間的には嘘つきって言えるのかもしませんが、まあその程度の人たちです)、店に任せるよりも、自分でデータ移行をした方が確実で速いからいいんだけれど、出来ないサービスを責任もってやりますって言っちゃうのもアレだね。その場ごまかしは、言わない方がいいね。ソフトバンクという会社の信用が無くなっちゃうからね。

 現物が手に入ったとは言え、これって、在庫あるある詐欺だよね。在庫無いのにあると言って、別の機種を売りつけようとしたり、今契約している安めのプランを契約続行不可と言って、高い別のプランを押し売りしようとしたり、ほんと、情弱な人を食い物にするような商売のやり方だと思います。なんとしても、スマホを販売したかったんだろうね。在庫ありませんと答えたら、他所の店に行かれちゃうから、それを何としても回避したかったんだろうね。

 私が折れなかったから、やむなく他店から取り寄せたんだろうけれど、私が途中で心が折れて妥協していたら、お店の思う壺だったと思うと、それこそ、あるある詐欺だよね。許せない…。

 ソフトバンクのお店と言っても、この販売店はフランチャイズかもしれませんし、そうでなく直営店かもしれません。どちらにせよ、販売店の悪印象は、ソフトバンク本社の悪印象になります。それが世間一般の常です。だってその店、ソフトバンクの看板を背負って商売しているわけだもの。販売店がいい加減な商売をしていると、ソフトバンクそのものに悪い印象が付くのは当たり前です。

 私はソフトバンクが好きなんです。と言うのも、ソフトバンクは、ウチのかつての店子だからです。店子だった時代にソフトバンクに乗り換えて、それ以来ずっとソフトバンクを使ってます。だから、ソフトバンクには情があるんですよ。

 そうでなかったら、別に他のスマホ会社にしたっていいし、むしろ機種変更よりも新規の方が安かったするし、格安スマホにしたっていいわけだしね。それをしないのは、ソフトバンクが好きだからです。なんか関係者じゃないけれど、関係者っぽい気持ちがあるからです。それが無かったら…ねえ。

 ソフトバンク本社は、ソフトバンクの看板背負っている販売店でいい加減な商売がされないように、気を使っていた方がいいと思います。大きな堤防も、蟻の穴一つで決壊するんですからね。

 ちなみに、この記事は店長さんに、今回の件はネットに書いてもいいかと、ちゃんと許可は受けています。ま、私視点の記事なので、読む人はそのあたりは了解してほしいと思います。

 嫌な目にあったので、さすがに元は店子だったとは言え、次はソフトバンクから別の会社に乗り換えるかもしれない。それくらいには、怒っています。

蛇足 私が購入した iPhone 8plus 256GB って、端末のお値段だけで、約13万円なんだそうです。それに回線使用料とかも支払うわけで、買い物とすると、高価な買い物だよね。そんな高価な買い物をしてくれるお客さんを、販売店は、もっと大切にし、誠実に商売をるべきだよね。それにしても、13万円って…スマホって高いんだなあ。

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2018年10月 2日 (火)

ソフトバンクで、あるある詐欺に引っかかってしまいました

 銀座山形屋に続き、今度はソフトバンクですか? すとんさんも受難続きですね…って思われた方へ…それは誤解です。銀座山形屋さんの話は、つい先日の事ですが、このソフトバンクの話は、先週アップした“iPhoneを買い替えた”の続きで、それこそ一ヶ月以上…ってか、ほぼ二ヶ月前の話なんです。人間、そんなに頻繁にトラブルにはあえないものなんですよ。

 で、今回の件ですが、実は私、あるある詐欺に引っかかっちゃいました。何のあるあるなのかと言えば、スマホ在庫ありますの詐欺です。

 前回の記事で、私がスマホを iPhone 8plus 256GB モデルに買い替えた事は書きました。実は、このモデル、当時、なかなか店頭在庫には無い、人気薄モデルだったのです。まあ、世の中の大勢は、私がiPhoneを買い替えた8月当時なら「最新iPhone買うなら iPhone X でしょ」ってなるわけだし、もう少し待てば、iPhoneの新機種が発売されるわけで、人気の薄い(需要の少ない)機種の在庫なんて、あまり置いてないわけですよ。

 それは最初から予想できたので、まずは地元のスマホ屋さんを何軒かハシゴして、在庫があれば良し、たぶん無いだろうから、その時は通販で買いましょうって心を決めて出かけたわけです。

 で、最初は近所のソフトバンクのお店に行きました。はい、私はソフトバンクの電話を使ってます。ほら、ウチの実家は、以前、某地方でソフトバンクのお店の大家さんをしていた(今はソフトバンクはより広いビルに引っ越しして、今はマッサージ屋さんが入っているんですけれどね)ので、かつての店子を贔屓にしちゃうわけですね。

 ソフトバンクのブランド店なら在庫あるかな?って思って真っ先に行ってみたわけですが…その店は、ちょうど棚卸しの日だったので、スマホの機種変更は受け付けていなかったのです。残念。そこで、今度は量販店に行って在庫を尋ねたところ、やっぱりありませんでした。残念だけれど、まあそんなモンでしょう。

 在庫がなければ、最終的には通販で…と思ったものの、二軒連続で機種変更が出来ないと、今すぐ機種変更をして現物を手に入れたくなるのは、人間のサガです。

 三軒目に行ったのは、市内にもう一軒あるソフトバンクのお店です。湘南地方のお店で、国道1号線に面している路面店と言えば、分かる人には分かるかな? 地元じゃ有名な社交ダンス教室がオーナーさんをやっているビルの一階部分で営業しているお店ですよ。そこに行ったと思ってください。

 ダメ元で在庫の有無を確認したら、在庫はありますと言うじゃない! やったね。不人気機種だし、前のお店では在庫なしだったので、きちんとモデル名を何度も伝え、お店の人も、カルテのようなモノを書きながら、きちんと機種確認をし、その上で在庫確認をして、確実に在庫はありますって言ってくれました。

 ただし、今は別のお客の接客中だから、30分ほど待ってくれ…というじゃないですか? その店は入り口で整理券を発行して、整理券の番号順に接客するシステムになっているわけです。なので、30分待て…は理解できないでもありません。それにまあ、在庫があって、本日中に現物が入手できるなら、それくらい待てないわけじゃないので、待っている間、少し外出してきますと言い残して、別の量販店(さっき行ったお店)に行って、スマホケースを買って戻ってきました。

 もう気分はワクワクですよ。

 30分経たずにお店に戻って「今戻りました」と店員さんに伝えたところ、そこから30分以上待たされて、結果1時間超待ちになりました。

 まあ、なんか時間を無駄遣いしてしまったけれど、本日中に機種変更できるなら良しです。

 で、呼ばれて手続きに行ったら、さっきとは別の店員さんが出てきて、シラっとした顔で、手続きを開始しはじめたのですが、よく見れば、このスマホ、別の機種じゃん。これ、私が欲しかった機種じゃないよ。

 私がそう言ったところ、一度バックヤードに戻って「ご希望の機種の在庫が無いので、これではダメですか」って言ってきました。良いわけないじゃん。

 在庫はある、何度も確かめて確認したのに、今さら在庫がないって、どういう事?

 なんで、そんな事になったのかと尋ねたら、なんでも、私が欲しかった機種は、今さっきやってきた別のお客(私が外出中に来たお客)に売ってしまったので、今日はこれでお願いしますって言うわけです。最初に私と話をして「在庫あります」と言った段階で、ちゃんと取り置きしておいてくれなかったの? そう尋ねました。

 何も言わなかったですね、あやまりもしない。あなたじゃ話にならないから、店長さんを呼んでよと言っても、店長さんは出てこない。ちなみに、この段階で、最初に在庫がありますと返事をした店員さんと、私が外出から戻ってきた時に受け付けてくれた店員さんと、今こうして実際に接客してくれている店員さんは、全部別の人ね。この店、私が何か言うたびに、店員さんはバックヤードに引っ込んで、別の店員が出てくるというシステム(人を変える事で責任の所在をうやむやにするという、クレーム対応の基本ですね)のようですが…それでも店長さんは、全然出てきません(後で考えると、絶対にバックヤードにはいたはずです)。

 普通、在庫ありますって返事をして、お客を待たせているなら、そこで在庫の取り置きをするものでしょ? 特にその在庫が数少ないモデルなら、なおさらです。それを別の、それも最初の客の後から来た客に売っちゃうなんて、もしそれが本当なら、ソフトバンクという会社は、接客の基礎もなっていない、従業員教育の出来ないダメ会社だと、私は思うよ。

 でも、ソフトバンクがそこまでダメ会社だとは私には信じられません。

 おそらく、在庫は最初っから無かったんだと思います。それを、あるって勘違いしていただけで、最初っから在庫は無かったんだだと思います。つまり、在庫管理が甘いと言うか、まあ一種のケアレスミスだよね。

 で、在庫が無い事に、私への接客準備をしている時(私が外出中か、あるいは戻ってきたところ)に気づいたんだと思う。で、どうしようかと善後策を店員同士で相談して、現場の判断で「似たような機種を売りつけちゃえ」ってなったんだと思うわけです。違う機種だと、客である私が気づかなかったら、それでOKじゃない。

 そんなわけで、私は余計に待たされていたんだと思うわけです。

 でもね…私は職業柄、人が嘘をついていたり誤魔化していたりすると、ピンと来るんだよね。誤って、別の人に売ってしまって、それに今気づいた…のではなく、在庫が無いにあるって答えちゃったよ、どうしよう(涙)、ええいいいや、違う機種で誤魔化しちゃえってのは、もう雰囲気で分かるんですよ。

 まあ、iPhoneなんて、どの機種だって、似たような外観だもんね。色さえ同じなら、誤魔化されても不思議じゃない…って、情弱な人なら、たぶん騙されるね。

 でも私は、それこそ職業柄、そういう小さな違いがすぐに気づいちゃう人なんだよね。おまけに人の悪意にもすぐに気づいちゃう人なんだよね。

 なんかなー、もうこの段階で、1時間半ぐらい、時間を無駄使いしているわけですよ。気分的にやりきれないです。今から他のお店を巡るわけですか? ああ気が重い。

 この後、どうなったかは、明日書きます。だって、長くなりそうなんだもの(ぷんぷん)。

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2018年10月 1日 (月)

秋は体調を崩しがちです[2018年9月の落ち穂拾い]

 年をとって感じるのは、若い時よりも体調が天候に左右されやすくなったなあ…って事です。特に気圧の上下動はこたえます。気圧が比較的高くて安定している(つまり、晴れ続き)の時は良いのですが、毎日毎日天候も気温も変動していると、それだけでカラダがダルくなって発熱してしまいます。また、気圧が低く安定している時は、それだけなら問題はないのですが、雨が降り続くと、傘を差して歩いたり、乗り慣れない交通機関に乗ったり、日頃とは違うタイムスケジュールで動いたりと、何かと気を使って、結構疲れますので、雨が続くと、必然的に体調を崩したりします。

 ああ、弱くなっているなあ…(涙)。

大家の演奏を真似る

 私はレコ勉をよくやりますが、あくまでも一人の人の演奏ばかりを聞くのではなく、多くのプロの演奏を聞くようにしていますし、その曲の本質を掴むようにし、決して意識的には真似をしないようにしています。

 と言うのも、プロ演奏家、特に大家と呼ばれるような方の演奏って、案外、楽譜通りではないんですよね。

 大抵の場合、その演奏家の個性がにじみ出るような演奏になっているのですが、それらの楽譜通りでない部分も、基礎基本があっての応用編でしょうし、業界での地位が確立した人だからこそのお遊びであるとも言えるし、売らんがためのパフォーマンスであるとも言えるし…色々な事情があるにせよ、学習者が真似ていいものではないと知ったのは、歌の勉強を始めてしばらくしてからでした。それ以来、楽しみのために聞くモノと、勉強のために聞くモノは、きちんと分けないといけないなあって思うようになりました。そうすると、自然と、以前は聞かなかったような歌手たちの歌もたくさん聞くようになりました。

 もちろん、楽譜に忠実は大切ですが、楽譜だけで歌えるほど楽譜が読めるわけではないので、どうしてもレコ勉はせざるをえません。いかに上手にレコ勉をしていくべきかは、アマチュア歌手(に限らないかもしれませんが)の最重要課題ではないかと、個人的には考えています。

フルートにも性差はあるの?

 私のフルートの音は、かなり太めの音…なんだそうです。

 これは、H先生ではない、別のフルートの先生(女性の先生)から言われました…ってか、羨ましがられました。

 曰く、どんなに頑張っても、フルートの音色には男女の性差ってのがあって、私の音は男性フルート奏者に多く見られるタイプの音なんだそうな。いわゆる、巨体タイプ(とまあはっきりとは言わなかったけれど)の音なんだって。

 曰く、奏者のカラダの容積とか、筋肉量とか脂肪量とかが、フルートの音色にも関係するって話なんだそうです。ううむ、体験的にそう感じられていらっしゃるんでしょうね。理屈では、フルートの音と奏者の性差や体格差は、ありえない話なのですが…が。

 声楽では声と体格には密接な関係がありますが、フルートの音色にも性別とか体格との関係がある…んだそうです。ほんとかな? いや、ほんとなんだろうな?

「ロングトーン」って和製英語?

 ロングトーン…私は、この言葉を何の疑問もなく使ってますし、周囲の人たちも普通に使ってますので、フルート界ではごく普通の用語だとばかり思っていました。ネットを見ても、色々な人たちが普通に使ってますね。

 でも、ちょっと考えてみると、変な言葉ですよね、ロングトーンって。

 まあ、心を落ち着けて考えてみれば、「ロングトーン」=「長い音色」ってわけで、なんか変ですね。でも、ネットを見ると、英語圏で全く使わないってわけでもなさそうですが、普通に使う言葉でもなさそうです。となると、ロングトーンって…和製英語なのかな?

 日本人が使う「ロングトーン」を普通の英語に直すなら“long note”が言葉のニュアンス的に近いでしょうが、それでも単に“long note”だと、ただの白玉音符程度の意味にしかなりません。となると、やっぱり“Breath control”と言うべきなのかな? でもこれは声楽用語であって、木管用語じゃないんだよね。となると、やっぱり、ロングトーンって、ただの“blow”でいいのかも?

 普段、何気に使っているカタカナ語である「ロングトーン」って、カタカナ語特有の意味不明な言葉みたいですね。少なくとも、英語ぽいけれど英語じゃないですね。

今月のお気に入り OHM CDハンドシュレッダー HS-118B 

 個人情報(主に住所と氏名)付きの紙ゴミの始末って、困りますよね。職場なら、即座にシュレッダーにかけてしまうのだけれど、家庭ではなかなかそうも行きません。シュレッダーがある家庭って、そうそう無いですからね。

 ウチにも以前は、ハンドシュレッダーという機械がありました。妻が購入したのですが、これがあまり良くなかったのです。ストレートカットという仕組みで、シュレッダーに掛けても、その後の紙くずを見ると、案外、元の情報が読めてしまうような、なんともなカットをしてくれるシュレッダーで、おまけにハンドルが重くて、妻には使い切れなかった割に、簡単に壊れてしまったという、一体何のために買ったのだ!という感じだったのです。

 で、その後は個人情報の部分を見えなくする、ローラーケシポンというスタンプを購入して、それで見せたくない部分を黒塗りにして捨てていました。確かにこれなら妻でも簡単に使えます。

 で、私にもそれを使えというのだけれど、私はやっぱり秘匿すべき情報が完全に粉々にしたい人なので、ローラーケシポンでは物足りなかったのです。シュレッダーがいいのです。

 それで買ったのが、このハンドシュレッダーです。

 私はこのシュレッダーを826円(配送料無料)で買えました。今はどうだろ? 時々チェックすると、少し値段が高くなっている時もあるし、プライム会員限定商品になっている時もあるけれど、私が買った時点では、そうではありませんでした(その代わり抱き合わせ2000円以上のお買い上げって条件付きだったので、CDと一緒に買ったのです)。値段が中途半端なせいか、アマゾンでの取扱が安定していないみたいです。

 でも、これ、いいと思うんだ。

 とにかく、私がガンガン使っているにも関わらず、壊れていません。ハンドルも軽いです。まあ、私の感覚は、世間一般の人たちの感覚とちょっと違うかもしれませんが、おそらく妻でも普通に使える程度の抵抗しかありません。それでいて、カットはクロスカットで、普通の業務用のシュレッダーと同じように細かく裁断してくれます。

 なので、一度シュレッダーを使い始めると、なんか楽しくなって、いつまでもいつまでもハンドルをぐるぐる回して紙を裁断し続ける私がいるわけです。なんか病みつきになるんだよね。

 ハンドシュレッダーを探している人は、これ、いいと思うよ。

今月の金魚

 みんな元気。特筆すべき事はありません。

今月のひとこと

 年を取ると、汗をかくだけで疲れます…なんてっこたい。(2018年8月30日~9月3日)

 ついにポケモンGOでレベル40になってしまいました。つまり“あがり”ってわけです。お終いってわけです。ああ、残念。もっとも、ゲームそのものはレベル40になっても、継続する事は可能です…が…経験値というゲーム内では大切な数値が全く意味をなさなくなるのですよ…。ううう…、ううう…。(2018年9月3~6日)

 最近気づいたんだけれど、来年のゴールデンウィークって、4月27日(土)から5月6日(月)の十日間だって? まだ決定ではないらしいのだけれど、ほぼ決定のようです。キーワードは天皇の代替わりって奴です。何はともあれ、うれしいなっと。きっと、左翼な方々は天皇大嫌いだから、ゴールデンウィークは休まずに働くんだろうねえ…、うっしし。(2018年9月6~11日)

 北海道が電力不足なんだそうです。2割節電を目標にしているそうですが、現在、電力の2割削減は実行されていないそうです。このままだと、計画停電になる恐れがあるそうです。計画停電…東京の人は分からないだろうけれど、これ、絶対にやっちゃダメですよ。東日本大震災の時に、私は経験しましたが、市民社会に影響大きすぎます。工場は止まります。溶鉱炉とか冷凍庫とか絶対に止めちゃいけない施設が止まります。スーパーもコンビニも営業中止だし、すべての病院に自家発電装置があるわけじゃないし、道路の信号も消えちゃいます。電車も止まっちゃうんだよ。個人的には、水槽で泳いでいる魚たちが、あっちこっちで酸欠で死んでしまうのが悲しいです。こんな事になるのだったら、きちんと原発を稼働して、その余力な電力を北海道に回せればよかったのに…あっちこっちの原発が止まっているので、本州からもそんなに多くの電力が回せないんだよね。とにかく、電力は社会の基本なので、そこは頑張ってもらうしかないと思うのです。(2018年9月11~18日)

 本日、都会を歩いていたら、向こうから来た人とすれ違う時に、すごく汚らしいモノを見るようなガンを飛ばされた。で、その悪意を感じたので、相手を確認したら、タレントさんのような若くて美人さんだっただけに、なんかショック。ま、私は確かに美しい生物ではないけれど、そういう悪意を不躾にぶつけてくるのは、いくらなんでもヒドイと思いました。心が折れた、なんか立ち直れない(涙)。(2018年9月18~21日)

 最近、読みたいなあと思ったビジネス書とか実用書は、たいてい紙だけでしか出版されていない(涙)。なので、買えないし、読めない。それにあれだけ読んでみたいと切望していたのに、一週間もすれば、私の興味が次に移っているので、その本の事など、どーでもいい気分になっていたりします。以前は、週末ごとに書店に行って、ごっそり本を買っていたのに、昨今はそんな感じで読みたい本が電子書籍化されていないので、読めず、買えずで、読書量が落ちている私です。紙の本を買えばいいじゃんと思われるかもしれないけれど、一度電子書籍に親しんでしまうと、もう紙の本には戻れないんだよ。紙の本を販売しちゃいけないとは言わない。ただ、電子書籍版も同時に発売してくれよ~と声を大にして言いたいだけなのです。(2018年9月21~27日)

 私が思うに、大相撲周辺で起こっている数々のトラブルなんて、日本相撲協会の首脳陣を、親方衆からビジネスマンに変えれば、すぐに解決すると思うんだよね。…ってか、なんで親方衆が相撲の経営に関わっているのかが、全然分からない。彼らは相撲取りであって経営者じゃないし、そんな才能も才覚も無いと思うわけよ。そんな人たちが仕切っているから、あれだけガタガタするんだと思います。(2018年9月27~29日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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