ひとこと

  •  急に寒くなりましたね。気候の変化に体調が追いつかず、風邪をひいてしまいました。ああ、ノドが痛い(涙)。
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2018年8月の記事

2018年8月31日 (金)

今年の残暑は特別暑いです(涙)[2018年8月の落ち穂拾い]

 日本全国の皆さんが同意していただけると思いますが、今年の残暑は特別暑いです。特に、都会部の暑さは、もう半端ないです。自然の暑さだけでなく、ヒートアイランド現象の影響が強いと思います。つまりは、アスファルトの地面の照り返しと、乗用車やエアコンの排熱と、人間から放出される体熱…これらが加わることで、気温の上昇に拍車がかかってます。いやあ、もう暑い。暑いからエアコン掛けっぱなしになるけれど、これがまた気温を上げる原因になるわけで、暑さのスパイラル現象に突入しているよね、絶対。

真似るべきプロと、真似しちゃいけないプロ

 私がオペラに最初に親しみだした時に、よく聞いていたのが、マリオ・デル・モナコとマリア・カラスでした。つまり男声的に言えば、モナコとステファーノが最初のオペラ歌手って事になります。

 今思うに、この二人は最初に聞くべきテノールじゃありません。この二人の天才を聞いちゃうと、絶対に発声がおかしくなっちゃいますって。さらに私の場合、その次に聞いて、しばらくハマっていたのが、オテロを歌い始めた頃のプラシド・ドミンゴですから、ほんと、発声の参考になりません。

 好き嫌いは別として、テノール志望の初学者は、なるべく軽い声のテノールの歌をたくさん聞いた方が良いと思います。例えば、昔の歌手で言えば、フェルッチョ・タリアヴィーニとか、若い時のパヴァロッティなど、昨今の人で言えば、ファン・ディエゴ・フローレスとか、ヴィットリオ・グリゴーロあたりでしょうか? なので、今はなるべく、そんな感じで軽めの人を聞くようにしていますが…やっぱり私の好みは、重い声なんですよ(困ったものです)。

イタリア古典歌曲

 そうそう、イタリア古典歌曲って、大半がバロック~古典派の時代のオペラアリアばかりなんですよね。とは言え、純粋なアリアではなく、19世紀の作曲家であるバリゾッティが、当時忘れ去られていた名曲たちを、19世紀ロマン派寄りにアレンジして、歌曲として発表した作品なんですよ。だから、オリジナルはアリアなんだけれど、発表段階では、19世紀風の歌曲なんです。

 ちなみに、ドナウディの歌曲集は、バリゾッティが昔の曲を元ネタとして使用したのに対して、ドナウディはオリジナルの曲を使っただけで、やっている事は同じなのです。だから、ドナウディの歌曲集が歌曲集であるならば、バリゾッティが発表したイタリア古典歌曲集もやっぱり歌曲集なんですよ。

読譜と歌心

 譜読みのうまい人は歌が下手だ…という俗説があります。これはおそらく、譜読みが得意だと、音符の通りには歌えるけど、それはあくまでも機械的な歌い方で、情緒というか情感がこもってない…と言いたいのだろうと思います。

 まあ、半分くらいはこの俗説に同意します。と言うのも、情緒の無い歌い方をするのは、別に譜読みのうまい人だけではないし、譜読みがうまい上に情緒豊かな歌い方をする人も大勢いるからです。

 ただ、譜読みは一般的に、声楽の人よりも器楽の人の方が得意じゃないかなって思います。で、情緒のない歌い方をする人は、おそらく、器楽出身の人なんじゃないかな?って思います。あるいは、音楽に対する感覚が器楽的…とも言えるかな? なので“譜読みのうまい人は歌が下手だ”って言われてしまうのでしょう。

 と言うのも、結局、上手い歌…つまり、情緒のある歌い方って、歌心があるかないかの話になると思うのです。歌心があれば、楽譜が読めようが読めなかろうが、良い歌を歌うからです。

 最近では少なくなったそうだけれど、昔のオペラ歌手、特にテノール歌手は、楽譜が読めない人が多かったそうです。今でも、コレペティのお世話になりっぱなしのプロ歌手もいますから、あちらの歌手には、読譜がかなり苦手な方が大勢いらっしゃるようです。

 パヴァロッティは譜面が読めなかったという話です。もっとも、彼自身は「指一本でピアノが弾けるぐらいには(楽譜を)読める」と、あるインタビューで言ってましたから、そんな程度だったのでしょう。もっとも、それすら、見栄をはっている可能性がありますが(笑)。

今月のお気に入り ごるトレ ゴルフ練習器具 ストレッチ体操用具 ジェリーチューブ(ゴムチューブのエキスパンダー)

 色は三色あって、ピンクはソフト、グリーンはミディアム、ブルーはハードとなっています。女性ならピンクで十分でしょう。妻はピンクを愛用しています。私はブルーを使っているけれど、正直、自分には物足りません。体育会系…と言うか、格闘系の人間には、この倍の強度があるとうれしいですね。でも、これくらい楽なモノでも無いよりはだいぶマシだし、低負荷のトレーニングを気楽に何度もするのも、筋肉には良いやり方かもしれません。とにかく、気楽に胸や背中の筋肉に負荷をかけられますよ。

今月の金魚

2018年8月7日(火)黒出目金のウルシが星になりました。

今月のひとこと

 毎日毎日、休むこと無く咳をし続けています。起きている時も寝ている時も(涙)。ノドが痛いのはもちろん、腹筋も筋肉痛で痛いです。あれ? 腹筋が筋肉痛と言う事は…知らぬ間に腹筋を鍛えているって事?? これはもしかしたらチャンス? 腹筋の弱い私に、強制的に腹筋強化タイムがやってきたという事? 物事は何でも前向きに考えましょう(えへん)。(2018年7月31日~8月3日)

 また数日ばかり、ネット社会から離脱します。ブログは毎日見ているから、おいたしちゃ嫌だよ。(2018年8月3~8日)

 やっとネット社会に復帰します。今後は日帰りで遊びに行く事はありますが、家を空ける事はないので、ネットでの反応も普通どおりに行けるんじゃないかと思ってます。とりあえず、外泊で使ってしまった体力の復活を目標に、しばらく大人しくしているつもりです。(2018年8月8~21日)

 学生さん以外は、夏休み、終わっちゃいましたね。私も終わりです。しかし、まだまだ暑いですね。涼しくなるまで休んでいたいのが本音です。(2018年8月21~24日)

 最近、家の中で、大きなアシダカグモを見かけます。彼らの主食はゴキブリだそうですから、現在の我が家にはゴキブリがいる…って事になります。ウチはゴキブリのいない家だったはずなんだけれどなあ…ううむ、そりゃあ困ったなあ。(2018年8月24~30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2018年8月30日 (木)

東京音楽コンクール(声楽部門)を見てきました

 えっと、標題通りです。いつもの年なら、音楽コンクールを見てきても、記事にしたり、ましてやアップするなどしていないのですが、今年は特別です。どこが特別なのかと言うと…今年は二次予選と本選と両方見てきたからです。

 実は数年前から、東京音楽コンクールを見てきました。最初の年は、本選だけ見てガッカリして…と言うのも、本選がつまらなかったからです。上手いのかもしれないけれど、全然面白くない人たちが面白くない曲を歌うだけの、実に退屈なコンクールだったからです。

 まあ、コンクールなんだから、つまらなくても仕方ないよね…と当時は思っていたものでした。で、その年の予選の表を見てみたら、予選の方が色々な声種の人たちが出場していたし、中には面白そうな曲を歌っている人もいるし、本選はオペラアリアだけだけれど、二次予選は歌曲も歌わないといけないし…というわけで、本選よりも面白そうに思えたのです。

 で、次の年は二次予選(一次予選は非公開なのです)を見に行きました。実に面白かったですよ。なんだ、コンクールと言っても、とても上手な人たちのガラ・コンサートとして楽しめるじゃんって思ったわけです。で、わくわくして結果発表を待っていたら、本選に進んだのが、面白くない歌を面白くなく歌った人だったので、ガッカリして本選は見に行かなかったわけです。

 そんな感じで、それ以降も、二次予選を楽しんだら、本選はパス…という楽しみ方をしていたわけです。で、今年も例年通りのやり方で楽しもうと思って、二次予選を見に行ったわけです。

 で、二次予選です。例年の通り、お上手な方々が揃っていました。ま、そりゃあそうだよね、コンクールだもの。オペラアリアあり、歌曲ありだし、色々な声種の方が歌っていて、例年のように楽しみました。

 私は、私自身がテノールですから、テノール歌手さんの歌を楽しみにしています。でも、コンクールに出てくるテノールさんって、例年、コンクールでは勝ち残れそうもない(ごめんなさい)方が多くて「まあ…ね」って感じで、正直「テノールってきっついなあ…」と思っていたのですよ。

 でも、今年はちょっと違いました。テノールさんはお二人出場していたのですが、小堀勇介氏が、めっちゃ良かったんですよ。何が良かったのかと言えば、声です。正直言うと、コンクールの二次予選に出てくる段階で、みんな上手なんですよ。少なくとも、素人の耳では、判断がつかないくらいに、皆さん上手なんです。だから、素人的には、声の凄さでしか感動できない…という状態なんですよ。いや、それくらいに皆さん、実力的に拮抗しているんです。

 で、声が凄い…ってタイプの歌手さんは、あまりコンクールには出てこないのですね。コンクールに出てくる人たちは、みなさん「歌が上手」というタイプの方々で「声が凄い」タイプの人って…たぶん、コンクール向きじゃないんでしょうね。

 で、この小堀氏は、実に声が素晴らしかったのですよ。いや、ビックリしちゃいました。ここ数年、コンクールを見てきましたが、小堀氏はピカイチじゃない? そう思いました。

 でもね、もっと凄い人がいたんですよ。

 コンクールの最後から2番目に歌った、ザリナ・アルティエンバエヴァ(ソプラノ)氏、今回(おそらく)唯一の外国人だと思うのですが、この人が第一声を聞いて、びっくりしました。いやあ、レベルが違うんですよ。この人が歌った途端に、今までの出演者の事を忘れちゃいましたもの。それくらいに、声の凄さのレベルが違うんです。

 二次予選のチケット代って500円なんですよ。でもね、このアルティエンバエヴァ氏の歌だけで、500円以上の価値があるなって思いました。それくらいに、私、感動しました。コンクールでは感心する事はあっても、感動する事なんて無かった私ですが、たぶん始めて、コンクールで感動しちゃいました。

 なので、このアルティエンバエヴァ氏の後に歌う人(登場順で言えば最後の人)は、可愛そうだなって思いました。だって、こんな凄い声の持ち主の後だもの、何をどう歌ったってダメじゃっ…ってね。

 確かに、次の人(ソプラノの種谷典子氏)は、声ではアルティエンバエヴァ氏にはかなわないかな…って思いましたが、その妙な雰囲気に惹かれました。なんだろ、歌っている姿に気持ちを持っていかれるんですよ。フリや簡単な演技を付けて歌うのは、皆さんやっているんだけれど、この人の場合は、なんか違うんですね。歌も演技も含めて、なんか心に残るんです。

 で、当然、本選出場者の中には、上記3名の方が残りました。なので、今年は本選を見に行くことに急遽決めました。だって、この3名が歌うなら、絶対に本選は面白いに決まっているじゃないですか。

 この段階の私の予想では、テノールの小堀氏とソプラノのアルティエンバエヴァ氏の一騎打ちかな?って思っていました。

 で、本選です。この日は仕事でしたが、早退して会場に向かいました。地方勤務だと、定時まで働いちゃうと、東京のコンサートには間に合わないんだよね。

 本選は、この3名を加えた5名で争いました。結果は…

第1位&聴衆賞
ザリナ・アルティエンバエヴァ(ソプラノ)

第2位
小堀 勇介(テノール)
種谷 典子(ソプラノ)

第3位
(なし)

 いやあ、だって、アルティエンバエヴァ氏の歌唱は、最初っから最後まで凄かったもの。あれにはなかなか簡単にケチは付けられません。私は一騎打ちかなって思っていた小堀氏は、最後の方で、声に輝きがなくなってきて…たぶん、ペース配分を間違えちゃったんだろうなあって思います。失敗は無いんだけれど、声にキラキラがなくなってしまいました。そこでアルティエンバエヴァ氏と差が着いちゃったなあって感じました。種谷氏は声とか歌とかは(ごめんなさい)上記の二人ほどではないのだけれど、やっぱり不思議なオーラを感じさせる人で、歌い始めると心を持っていかれてしまいます。小堀氏と同順位だったのも納得です。残りの二人の方は…例年のコンサートの出演者でした。上手いんだけれど、素人ウケはしないよなあ…って感じで、ごめんなさい。

 それにしても、アルティエンバエヴァ氏(舌を噛みそう…)は凄いソプラノさんでした、ファンになっちゃいそう…。小堀氏もなかなかのテノールさんで、ファンになっちゃいましたよ。いやあ、この二人の歌唱を1000円(本選のチケット代です)で聞けたのは、ほんと、お得でしたよ、マジ感動でした。

 というわけで、例年は書かない、コンサート感想記を書いちゃったわけです。

 なお、東京国際音楽コンクールのホームページはこちらです。

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2018年8月29日 (水)

メトのライブビューイングで「ロメオとジュリエット」を見てきた

 えっと、アンコール上映で、2007年上演の「ロメオとジュリエット」を見てきました。もう、10年以上も前の上演です。

指揮:プラシド・ドミンゴ
演出:ギイ・ヨーステン

ジュリエット:アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)
ロメオ:ロベルト・アラーニャ(テノール)
マキューシオ:ネイサン・ガン(バリトン)
ステファーノ:イザベル・レナード(メゾソプラノ)

 グノー作曲のフランスオペラなので“ロミオ”ではなく“ロメオ”ね。ジュリエットは英語でもフランス語でも“ジュリエット”なので変化しません…ってのは、どうでもいい話か(笑)。

 この演出での上演は、すでにメトでは行われていません。2016年にバートレット・シャーの演出に変更されてしまったからです。

 で、この上演なのですが、あれこれいわく付きの上演のようですが、私は気に入りました…が、そこは賛否両論かもしれませんね。

 まず、そもそも、ロメオはアラーニャではなく、本来はローランド・ヴィラゾンだったそうです。それが、ヴィラゾンのキャンセルで、アラーニャに代わったのだそうです。当時、ネトレプコもヴィラゾンも30代半ばですから、ロメオとジュリエットは…多少トウが立っているとは言え、まあ、やれない年齢ではありません(ロメオもジュリエットも十代半ばという設定)が、アラーニャはすでに40代半ば。ちょっと年齢的に厳しいかもしれません。なにしろもう十分、親の年齢だしね。

 第二に、この演出は、そもそもがナタリー・デセイのために考えられた演出で、デセイが演じるという前提があっての演出であって、デセイほど演技ができるわけでもないネトレプコには、そもそも厳しい演出を無理に無理を重ねてなんとかしている(ようで、結構物足りない)わけです。

 第三に、指揮者が、当時はまだテノール歌手だったプラシド・ドミンゴが担当している事。つまり、素人…と言うと言いすぎかもしれませんが、テノール歌手としてはリビング・レジェンドであったとしても、まだ指揮者修行中のペーペーがメトの大舞台で指揮台に上がっちゃったって事です。

 というわけで、あれこれあったわけですね。

 まずテノールがアラーニャに変更した点ですが、私は賛成です。別にヴィラゾンよりもアラーニャが素晴らしいというつもりはありません。ヴィラゾンにはヴィラゾンの、アラーニャにはアラーニャの素晴らしさがあるって話です。

 確かにアラーニャは、すでにロメオを歌うには、当時、年を取りすぎていたのかもしれませんが、ロメオは彼にとっては十八番の役であって、若い時に散々歌ってきた役の一つであって、歌に関して言えば、悪いはずはありません。実際、すごく良かったし…。そういうベテランのワザを見るのも、素敵な経験です。

 まあ、残念と言えば、これはアラーニャのせいではなく、メトの技術スタッフの失敗なんだけれど、今回のライブビューイングでは、アラーニャの高音がすべて割れて収録されてしまっていた事です。いわゆる“過入力”ってやつで、声にディストーションがかかっちゃっているんですよ。これ、ロックならいいんだけれど、オペラではダメだよね。声がジャリジャリしちゃうんだよね。この過入力は、別にアラーニャの歌だけでなく、オーケストラのトゥッティにも、ソプラノのffでも聞こるんだけれど、一番目立ったのがアラーニャの歌声の過入力でした。まあ、テノールの歌声ってオーディオ機器には負担で、テノールばっかり再生していると、スピーカーが早くヘタるとも言うしね。それだけ力強くアラーニャは歌っていたって話です。

 メトのライブビューイングって2006年スタートだから、このロミジュリの段階では、まだ2年目で、今と比べると、あれこれノウハウ不足だったわけで、それでこんな音声収録になっちゃったんだと思います。ちなみに、カメラワークの方も結構ガタガタしていたし、インタビューのやり方とか幕間の見せ方とかも今とは全然違います。黎明期のライブビューイングは色々まだまだだったわけですね。

 ネトレプコの演技は…とても頑張っていたと思います。でも、この演出はやっぱりデセイで見たかったな。ネトレプコが演じるなら、もっと棒立ち演技でもよかったと思います。ネトレプコもプロのオペラ歌手だから、全然演技ができないわけじゃないけれど、そこは最初っから歌手であるネトレプコと、舞台女優あがりのデセイでは比較にならないわけで、それなのに同じ演出でやっちゃダメでしょって話です。当時のネトレプコはまだ若くて美しかったわけだから、そんなに難しい事させなくても、十分、ジュリエットを演じられたと思うんだよね。なんか、中途半端な感じがしました。

 ドミンゴの指揮は…オケが素晴らしかったと思います。メトほどのオーケストラになったら、指揮者は誰であれ水準以上の演奏はしちゃうでしょ? だからドミンゴの指揮でも問題はなかった…と私は思うし、あくまでも指揮やオーケストラは歌手たちを支える側なんだから、まああんなもんでいいんじゃないの? ただ、テノールのキャリアの終わりに、あれだけ頑張って指揮活動をしていたドミンゴが、今では指揮はやらずにバリトンに転向したという事実を見ても、指揮者ドミンゴは…あまり需要がなかったんだろうね。そんな気がします。

 で、今では上演されなくなったヨーステンの演出だけれど、これ、ロミジュリでなかったら通用しないかもしれませんね。なにしろ、舞台装置が象徴的で、舞台だけを見ていると、時間と場所の特定が全然できません。舞台中央に回り舞台があるんだけれど、なんかこれが意味不明なんです。でも、ロミジュリだからね。ストーリーは世界中の誰もが知っているわけだから、こういう象徴的な演出でもいいのかもしれません。

 それに衣装は、現代風ではなく、なんちゃって中世風だったのは、私的には良かったかなって思います。なんちゃって中世風というのは、男女の衣装とも、一見、中世っぽいんだけれど、現代人の目から見て「これ、どーなの?」的な部分は、一部現代的にしている衣装デザインが“なんちゃって”だなあって思いました。

 簡単に一例を上げて言うと、当時の男性貴族の衣装って、特に下半身は“タイツ+ちょうちんブルマ”でしょ? でも、そんな格好をしているヤツはほとんどいなくて、大半は、ジャージ地のジーンズっぽい作業ズボンでした。そんな生地、中世にねーよ。でも、カッコいいかな? すべてがこんな感じでした。

 それにしても、ロミジュリって、良いオペラだな。美しいメロディにあふれるオペラです。これで歌詞がフランス語でなければ、ぜひ私も歌ってみたいオペラです。いやあ、眼福ならぬ、耳福でしたよ。

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2018年8月28日 (火)

さて、今回から本番に向けて始めていきます

 声楽のレッスンの続きです。具体的なレッスンの内容に入りたいと思います。

 ハミング練習は、声を押さずに、かと言ってノドで歌わずに、ちょうど良いポジションで声を出し続ける練習をしました。ま、私もノドが完治していないので、あまり声を押せず(と言うのも、声を押すとノドが痛いんですよ)、このちょうど良いポジションに声を置いていくというのは、とても分かりやすいレッスンでした。

 発声練習は、ひたすら声を温める系の練習をしました。声は温めていく事で、少しずつ歌声っぽくなっていきました。中低音域は割とすぐに歌声っぽくなっていきましたが、高音はなかなか難しいです。自分でも、まだまだ高音は違和感があります。

 今回から、いよいよ発表会に向けてのレッスンです。新曲です。まずはレスピーギ作曲の「Invito alla danza/舞踏への誘(いざな)い」です。実はこの曲、レッスンの前日に始めて譜読みをしました。なので、歌い込みが足りないのは当然として、歌詞もまだ読み間違いがあれこれありそうな感じでした。

 まず、ブレスの位置を確認して決めました。変な所でのブレスはアウトですからね。全体的にベターと歌う感じになりがちな曲なので、ところどころでリセット…ってか歌い直すところを決めて、そこに来たら、改めて音を取り直して歌いましょうって感じにしていきます。また、何箇所がリタルダンドがあるのですが、それぞれのリタルダンドの掛け方を確認しました。もちろん、ガボットのリズムも確認です。こういう基本的な部分や箇所の確認をしたわけです。

 で、後は自宅で歌いこんできなさいって感じですね。

 次はヴェルディ作曲の「椿姫」より、テノールアリアで「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。1年半ほど前にレッスンで取り上げて歌っていたので、その続きです。一応、音は取れていますし、あの時はGよりも高い音はダメダメでしたが、今はAまでいけちゃうはずなので、それなりに形にして歌えるはずでしたが、いやあ、全然ダメダメ。以前もダメだったけれど、今回もダメ。ダメな理由は、高音がダメなんです。

 ま、高音に関しては、声帯の状態を元に戻したり、声帯周辺の筋肉の動きを元に戻すなどのリハビリめいた事をして、声が回復するのを待つことにしました。

 声以外では、私の歌い方は、少々前のめりになっているので、もっと落ち着いてゆっくりと丁寧に歌いましょうと言われました。特に休符はしっかり休む事。フレーズの切れ目は、一息入れる感じで区切りをつけて歌う事。急いで歌っても、誰も得をしない事を忘れないように…です。休めるところは、しっかり休むのが、上手に歌うコツなわけです。後は、丁寧に歌う事。母音をつなげてレガートに歌っていく事です。

 まあ、歌のリハビリ初日のレッスンとしては、まあこんな感じでしょう。ゆっくりと焦らずに、少しずつ歌いこんで、早く声帯を元の歌手の声帯に戻していきたいと思っています。

 二重唱(ドナウディ作曲「Amor s'apprende/ 愛は取り付いてしまう」)は、今回やりませんでしたが、Y先生がこの曲が見た目以上に難しい事を心配されていました。つまり「しっかり音を取ってからレッスンしましょう」って事なわけです。まあ、難しいかもしれないけれど、その難しさを乗り越えるのが、上達とか成長とか言うわけだから、頑張っていくしかないのです。

 どうしてもダメなら、土壇場で演奏曲変更だって出来ないわけじゃないしね(へへへ)。

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2018年8月27日 (月)

白い声帯から出てくる声は、歌声ではないのです

 声楽のレッスンに行ってきました。これはお盆休みの前の話です。

 この時の私はまだノドが若干腫れていました。前回のレッスンの時にすでにノドが痛くて、レッスン後はずっと歌を歌っていませんでした。それでも良くならなかったので、途中で耳鼻咽喉科の専門医に見てもらったところ(このあたりの事はすでに『自分の声帯を見てきた』で記事にしています)はアップしましたが、あの後、まあそろそろと良くなってきた感じだったので、レッスンの前日に軽く発声練習をして、レッスンに臨んだわけです。

 たぶん、二週間ぶりぐらいのレッスンだったわけです。二週間ほど、歌声を出していなかったわけです。

 まだノドは完治したわけではありませんが、だいぶ良くなりました。咳もかなり収まったし、痛みもだいぶ楽になりました。ただ、痰はまだまだ大量発生しています。痰が出ているという事は、まだノドが腫れているってわけです。

 前日に自宅で発声練習した時には、なんか変な感じでした。一応、声は出ているけれど、なんとも艶のない歌声で、まるで自分の声ではないみたいな感じでした。むりやり声を出せば、声の質も変わるのかもしれませんが、いわば病み上がりの状態ですから、そこで無理は禁物です。違和感のあるままの声で発声練習ですが、中低音はともかく、高音はなんともな感じでした。ダメはダメでも、以前とはなんかちょっと違う感じでダメなんです。まあ、だいぶ長い間歌っていなかったので、あっちこっちが衰えてしまった…と思っていました。

 そんな感じでのレッスンだったわけです。

 ハミング練習に続いて、発声練習を終えたところで先生が私の今の声についてコメントくださいました。

 一通り私の声を聞いたY先生は「きれいな声帯の声になっている…」とおっしゃいました。声帯がきれいになり、そんなきれいな声帯から出てくる声になってしまっていると言うわけです。

 実は歌手の声って…言うか、歌手の声帯って、決して“きれい”って状態ではなく、全体的にうっすら充血していると言うか、少しばかり腫れているのが当たり前なのです。なので、声帯もきれいなピンク色をしているのが常なのです。そういう、少々充血気味の声帯から、あの密度の高い声が出てくるわけなのです。

 私の場合、たっぷり声帯を休ませてしまったので、声帯がきれいになり、全体的に白っぽい声帯になってしまったのでしょうねと、Y先生はおっしゃるわけです。

 正解です。耳鼻科のストロボ撮影で見た私の声帯は、面白い具合に真っ白だったんですもの。Y先生、正解です。なるほどね…。つまり、私の声帯は、長期休養のために“歌わない人の声帯”に戻ってしまっていたってわけです。ああ、なるほど、それで声に違和感を感じたわけなんだ…。

 声帯の使用感…ってのは、実は難しいわけで、今回の私の場合のように、休ませすぎて白い声帯になってしまうのは、休ませすぎです。これではうまく歌声を出せません。かと言って、ピンクを通り越して、真っ赤に充血してしまった声帯は使いすぎなわけで、これでは声帯に傷がついたり結節ができてしまったりして、ノドそのものを壊してしまうわけです。

 何事もほどほどが大切なわけです。

 さて、高音がうまく出せないのも、考えられる原因としては2つあるんだそうです。一つは、声帯を引っ張り上げる筋肉が衰えてしまったかもしれないって事です。うまく声帯を引っ張ることができなくなって、それで高音がダメになってしまった恐れがあるわけです。

 もう一つの原因が、何らかの事情で高音になった時に、うまく声帯が閉じることができなくって、それで高音が出せなくなったかもしれないって話です。何からの事情…ってのは、声帯が腫れてしまったため…ってわけです。

 ううむ、どちらだろうか? とりあえず、完治ではないけれど、まあまあノドも回復してきたので、そろそろリハビリ代わりに歌っていかないと、本当に歌えなくなってしまうので、今回のレッスンを一つの区切りとして、これからは少しずつ歌っていこうと思ったわけです。

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2018年8月26日 (日)

フルートのあれこれについて語ってみよう その12 フルートの魅力

 まずは私が考えたフルートの魅力を列記します。

 1)ピカピカ  まずはこれでしょうね。フルートって、貴金属のようにピカピカだし、高価な楽器は実際貴金属で作られていますから、ピカピカですね。このピカピカに魅了される方は大勢いらっしゃいます。

 2)メロディー楽器  フルートって、メロディーを演奏すると様になるのです。これは大切な事ですね。とにかく、フルートなら、ソロでメロディーを吹くだけでも、それだけで音楽が成り立つわけで、それは大きな魅力になります。

 3)合奏楽器  オーケストラであれ、吹奏楽であれ、その手の合奏ではフルートは欠かせざるメンバーであり、またフルートさんにとっては、合奏もまた大きな音楽の喜びなわけです。昨今では、ポピュラーバンドにもフルートさんが加わるケースも増え、合奏の楽しみの幅が広いのも、フルートの魅力です。

 4)お嬢様っぽい たとえフルートが全然吹けなくっても「ご趣味はなんですか」と尋ねられだ時に「フルートを少々…」と答えると、それだけで、なんともお嬢様っぽいですよね。そういう、女性を箔付けする楽器でもあるわけです、フルートは。

 
 
 
 とまあ、フルートの魅力を列記していくと、なんともフルートって、女性的な楽器と言うか、女性が好む楽器だなあと、私なんかは思うわけです。

 1)は、ヒカリ物好きな女性の心を捕らえて離さないでしょうし、2)はメロディーを奏でるが故に、伴奏系の楽器の皆さんたちからはチヤホヤされがちで、チヤホヤされたいという気持ちも、なんとも女性的だし、3)はコミュケーションを好む女子向けの特徴だし、4)に至っては、男子的には「なにそれ?」的な魅力だしね。

 だから日本では、フルートさんの大半は女性だったりするのも、仕方ないよなあと思うわけだったりするのです。

 じゃあ男性には魅力の無い楽器なのかと言えば…そうでもないわけです。現に男性のフルートさんも大勢いらっしゃるわけだし。ただ、フルートが好きでも、すでにフルート界は女性社会だったりするわけで、その中に男性が入っていくには、かなりの勇気が必要なわけで、男性にとっては、フルートは「楽しげで魅力ある楽器だけれど、女性たちの中に入っていかないと学べない、心理的な壁の高い楽器」という位置づけになるんだろうと思います。

 まあ、そんな女性社会に飛び込むぐらいなら、男同士で野球やサッカーをやっている方が何万倍も楽しいやって思うのが、普通の男子の発想だもの。物心付く前に親にやらされて、いつの間にか弾けちゃうようになったピアノ男子よりも、思春期の最中に楽器を始めざるを得ないフルート男子の方が、勇気いるからね。女性としゃべるだけで緊張しちゃう…って言う男の子、まあ大半の男子がそうだけれど、フルートは無理めな楽器だよね。

 つまり、そんな女性社会に飛び込んで、大変な思いをしても学びたいと思える事自体が、大きな大きなフルートの魅力って事になるのかな。

 とまあ、これで今年の夏の連載は終了です、お疲れ様でした。

蛇足 フルートブームみたいなのが起きて、フルート男子がモテる時代が来れば、きっと男子もフルートを吹くようになると思うんだよね。モテたいは、男子のやる気の源だもの。でもまあ、そんなブームは、あと100年待っても来ないと確信していますが…。

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2018年8月25日 (土)

フルートのあれこれについて語ってみよう その11 クラシックと吹奏楽とジャズと…

 たぶん…人数的に言えば、日本のプロアマフルート奏者のうち、一番の多数派は、吹奏楽のフルートさんなんだろうと思います。

 学校の数だけ吹奏楽部はあるし、どこの街にも、市民吹奏楽団はあるし、吹奏楽団があれば、その数に、×2とか、×3とか、×4とか、あるいはもっと多くのフルート奏者がいるわけです。数えてみれば、すごい数のフルートさんが吹奏楽にはいるわけです。

 もっともそのほとんどがアマチュアのフルートさんばかりで、3年間または6年間の学校吹奏楽部を経験した後は、フルートから離れてしまう人がほとんどですから、常に若くフレッシュな方々ばかりで構成されているわけです。

 学校吹奏楽部を終えても吹奏楽をやり続けたい方々が市民吹奏楽団に入るわけです。学校吹奏楽部ほど多くはありませんが、それでも市民音楽団体としては、かなりの数の楽団があるわけで、そこに、×2とか×3とかのフルートさんがいらっしゃるわけで、やっぱりアマチュア吹奏楽団のフルートさんって、莫大な数のフルートさんがいらしゃるわけです。

 ちなみにプロの吹奏楽団はおよそ10団体程度しかありませんから、吹奏楽の世界はほぼアマチュアの世界であると言っても過言ではないと思います。それも大量のアマチュア音楽家たちが棲む世界なんだよね。

 そこへ行くと、クラシック系のフルートさんは、かなり少ないでしょうね。プロで言えば、オーケストラの数に、×2とか、×3とか程度のフルートさんはいらっしゃるでしょうが、だいたい日本のプロオケの数なんて、日本オーケストラ連盟によれば、36団体。この36に2を掛けようが、3を掛けようが、たかがしれているわけです。

 オーケストラプレイヤーの数なんて知れたものですから、多くのプロフルーティストの皆さんは、ソリストさんなわけですが、こちらの数は分かりませんが、自称の方は別として、きちんと音楽事務所に所属して、きちんと定期的に仕事をして生活を成り立たせていらっしゃる方となると、さほど多くはないでしょう。おそらく、オーケストラプレイヤーさんと同じ程度の数しかいらっしゃらないかな?

 後は大学などの音楽学校の先生とか、街のフルートの先生方ですね。中には、商売としては街のピアノの先生だけど、依頼があればフルートを吹きます…なんて方も、地方に行くとチラホラいらっしゃるようです。ま、吹奏楽と違って、クラシック系フルートにはプロ奏者が大勢いらっしゃるし、プロである以上、色々な稼ぎ方があるわけです。ま、フルートのプロは、ほぼクラシック系であると言っても良いと思います。

 ちなみに、毎年多くのフルート奏者さんたちが、音楽大学等を卒業されますが、当然そういう方々の就職先など、ほぼ無いわけです。学校卒業後、数年のうちに、オーケストラに就職できたり、ソリストとしての居場所を確保できたり、学校の先生になったり…すれば御の字で、やはり多くの方々は音楽家を廃業されて、きっぱり音楽をお止めになるか、市民オーケストラや市民吹奏楽団等で趣味的にアマチュア奏者として音楽活動なされるわけです。

 私の知り合いにも、音楽大学卒業後、数年は演奏活動をしていたけれど、やがて廃業して、今では不動産屋さんをやっていたり、家具屋さんをやっていたり、ウェブ制作会社を経営しながら、趣味で音楽活動をされていらっしゃ方々がいるくらいです。いやむしろ、そんな人たちばっかりです。

 音大などを卒業していない…いわば、純粋アマチュアなフルートさんたちで、クラシック系のアマチュアさんたちの大半は、街のフルートの先生に師事されている方々です。私もそうです。この方々、それなりの数はいらっしゃるでしょうが、とても吹奏楽の比較にはなりません。

 ジャズやポピュラー系のフルートさんとなると、プロ奏者の場合、たいていがサックス奏者さんの兼業って事になると思います。サックス奏者さんのうち、何人かが、持ち替えでフルートを吹きます。あと、クラリネット奏者さんあたりが持ち替えでフルートを吹く例もあります。純粋にフルートだけって人は、日本では数えるしかいないでしょうね。

 私がかつて習っていた笛先生も、こちらにいる時はフルートの仕事だけでしたが、今は地方に引っ込んだので、フルートだけでは仕事が足りないらしく、フルートよりもサックスを吹く仕事の方が多い…と聞きました。フルートだけ吹いて生きていられるほど、日本の音楽業界は甘くないんですね。生徒さんもクラシック系と比べると、かなり少ないわけで、3つの中では、圧倒的少数派に属すると思います。

 ちなみに、ジャズ系フルーティストも少ないですが、ボサノヴァ系(ブラジル音楽系)のフルーティストは、日本には皆無ですよね。ほんと、ごくごく少数しかいませんが…ボサノヴァ系のフルートって、いいですよね。私、大好きです。

 私自身は、ジャズフルートから入って、今はクラシック系をやっているわけですが、少数派に身を置くのも、なかなか乙ですよ。

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2018年8月24日 (金)

フルートのあれこれについて語ってみよう その10 メッキと無垢

 金メッキ、銀メッキ問わず、メッキのフルートをお使いの方は大勢いらっしゃると思いますが、大切にされていますか? メッキラブな方は、今日の記事は読まない方がいいです…ってか、読まないでくださいね。うっかり読んで、気分を害されても、当方は責任を負いかねますので、よろしくお願いします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、これから書くのは、メッキフルートの話になりますが、結果的にメッキフルートをディスる内容とも解釈されますが、私にはそのつもりがない事を、最初に書いておきます。よろしくね。

 なぜ、世の中にはメッキフルートがあるのでしょう? 理由はただ一つ。誤魔化すためです。

 何を誤魔化すのか…一つには、腕が未熟な職人の仕事の痕跡を消して誤魔化すためです。

 誰でも始めがあるわけで、最初から上手な人はいません。それはフルート職人だって同じ事です。最初は誰でも稚拙なのです。あっちこっちヘマをするものです。うまくいかないものです。それが時には、フルートの管体に跡を残したりするわけです。で、若手職人の仕事の跡があっちこっちに残ったフルートも、最後の仕上げの時にメッキしてしまえば、あら不思議、そんな未熟な腕が残した仕事跡もきれいさっぱり消えてなくなってしまうわけです。もちろん、未熟な職人の作品だって、メーカー品として市場に出すのだから、最終的にはベテラン職人による修正が入っていますから、品質的には問題ないし、メッキをかけてキレイにすれば外見的にも問題はありません。人件費の安い若手の作品ですから、市場には安い価格で出せるし…ってわけで、銀メッキフルートって重宝されるんですよね。

 もう一つの理由は、価格をおさえるために、素材を、結果的に、誤魔化すってわけです。

 ゴールドフルートって高価ですよね。でも、欲しい。欲しいけれども高価だ。高価で買えないけれど、ゴールドが欲しい。仕方ないですね、人間には物欲がありますし、ゴールドフルートを吹いている私が好きという方もいるし、世間に対して見栄だって張りたいし、ちやほやされたいし…。でも、本当に高価なゴールドフルートは高くて買えないし…。

 そこで、一見ゴールドフルートに見えるフルートには、一定の需要があるわけです。そんな市場に向けて発売されているのが、金メッキのフルートです。

 金メッキのフルートは、総銀フルートに金メッキを施したものが大半です。洋銀フルートに金メッキをしてもいいのでしょうが、さすがにそれでは安すぎて誰も購入しないのか、そういう製品は知りません。

 お値段は総銀フルート+αで購入できます。無垢のゴールドフルートとは比較にならないくらいの安価に入手可能です。

 銀のフルートに金メッキしただけで、高く売れるわけですから、メーカー的にはウハウハですよね。買った人だって、その実態は銀のフルートなのに、メッキのおかげで金色にピカピカ輝くフルートが買えるわけですからウハウハです。要は、win-winなんですよ。第三者があれこれ言う事はないのです。

 でもね、メッキって、所詮、メッキだからね。取扱は注意しないといけませんよ。

 メッキには経年劣化があります。いずれは浮いてきたり、剥がれたりするものです。まあ、それはだいぶ先の話だろうし、その頃までフルート吹いているとは限らないから、あまり考えなくてもいいのかもしれません。

 それよりも傷に注意しないといけません。金せよ、銀にせよ、柔らかい金属です。そんな柔らかい金属でメッキ加工しているわけですから、ちょっとぶつけただけでも傷になりかねません。無垢(ここではメッキをしていない楽器って程度の意味です)な楽器なら、傷なんて磨いて落としてしまえばいいのですが、メッキフルートは磨けません。だって下手に磨いたら、メッキが剥がれちゃいますもの。なので、メッキフルートは傷つけられないのです。

 メッキフルートはぶつけて、傷をつけたり、凹ませたりすると、そこからメッキが傷んでいきますので、本当に扱いには注意してくださいね。

 日々のお手入れの際も、ポリッシングクロスとかシルバーポリッシュとかの磨き系のグッズは使わない方がいいですよ。磨くと言う事は、メッキを薄く薄く剥がしていく事と同義ですからね。

 あと、オーバーホールの時にも、メッキフルートは磨きは掛けられません。つまり、オーバーホールをしてもピカピカにはならないってわけです。だって、ピカピカにするために磨きを掛けたら、メッキが剥がれてしまいますからね。その代わりに再メッキは可能です。再メッキをすればピカピカにはなりますが、再メッキの時は、一度、以前のメッキを全部剥がしてから、再度メッキをするそうなので、それなりの費用がかかります。フルートのランクによって、再メッキ込みのオーバーホールではなく、新品を買ってしまった方が安くなるかもしれません。

 でも、取扱いにさえ注意すれば、メッキフルートも悪くないモノだと思います。まあ、私のようにガサツな人間は、あっちでぶつけて、こっちでこすって…をよくやりますので、無垢の楽器の方が楽だよって話です。

 長く使うつもりなら、メッキではなく、無垢の楽器をおすすめします。どんなに使い古してボロボロになっても、磨けば、あっという間に新品同様になっちゃいますからね。無垢の楽器は、メンテさえちゃんとすれば、子々孫々まで使える長寿命楽器ですから。

 でもね、人生は長いし、10年もフルートを吹き続ける人なんて、全体から見れば、ほんの僅かで、たいていの人は、学生時代の3年間だけフルートを吹くくらいですから…であれば、メッキの楽器であっても、全然問題ないと思うわけです。

 要は、どんな楽器であれ、吹いているその時に幸せを感じられる楽器が一番だと思います。

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2018年8月23日 (木)

フルートのあれこれについて語ってみよう その9 廉価な中国製フルートについて

 まあ、結論を言えば、廉価な中国製のフルートは、あまりに粗悪なので、使用するべきではないし、購入してはならない楽器だと思います。

 とは言え、私もそうだけれど、最初に買う楽器としては、中国製のフルートって、どうしても候補に入ってしまうんですよね。だって安いんだもの。いや、中国製フルートが安いのではなく、普通のフルートが高価なんですよ。

 普通の金銭感覚で言えば、中国製フルートと言えども、一番安くても1万円ぐらいはします。笛吹きの方は「フルートが1万円? 安すぎる」と思われるでしょうが、普通の人の感覚では、楽器に1万円も出すなんて、正気の沙汰ではありません。だって、リコーダーが100円ショップで買えるんですよ。リコーダーが100円なのに、多少ゴテゴテした金属製だからと言って、1万円はボリすぎだろ…というのが、正直、普通の人の感覚です。だから、いくらフルートを吹いてみたいとは言え、最初はこの1万円を出すのすら、冒険なんですよ。

 だから、安い中国製のフルートを購入しても、決して安物を購入したという感じではなく、高い買い物をしたなあ…という感覚になるのです。

 私もそうだったもの。私の場合、衝動買いだったのだけれど、中国製のフルートをエイヤーと思って買ってしまったのですよ。もちろん、高価な贅沢な衝動買いをしちゃったと思いました。

 でも、フルート業界では、1万円のフルートなんて、安物も安物だし、中国製と言えば、粗悪品の代名詞みたいなものだと言うことを知ったのは、フルートを買ってしばらくしてからでした。そういう人、結構いると思いますよ。

 でも、その安い中国製のフルートを吹いて、フルートに親しみを感じ、本格的に学ぼうと思い、今に至ったのです。

 なので、いくら粗悪な安物とは言え、中国製フルートがこの世になかったら、私は今フルートを吹いていないでしょうから、中国製フルートも捨てたものではないのです。

 それにしても、中国製フルートは、程度の差こそあれ、粗悪品のオンパレードです。私の知っている限り、まともに吹ける中国製フルートってありません。

 昔、喜望峰という楽器輸入販売店がありました。そこはフルートに限らず、色々な中国製の管楽器を輸入して、日本人技術者たちが、普通に使えるように調整したり修理したりして、それを自社ブランド品として安価に販売していたのです。十分使える楽器を、驚くほどの安価で提供していた輸入販売店だったわけですが、今はもうありません。

 おそらく、きちんと調整して普通に使用できるようにするための手間暇が経営的に割に合わなかったのかもしれませんし、いくら普通に使えるように調整しても、全体に漂うチープ感(なんかデザインがダサかったり、メッキの品質が極度に悪かったり…とか)が敬遠されたりとか…まあ色々あったんだろうと思いますが、やはりいくら頑張っても中国製は中国製だったのかもしれません。

 まあ、安価が魅力な中国製フルートですが、私に言わせれば、せいぜいがお試し品程度の楽器です。はっきり言っちゃうと、使い捨てです。修理はもちろん、調整すらする価値のないフルートです。

 それでも一般人の感覚で言えば、高価なお買い物なんですよね。だから未だに中国製フルートは大手を振って流通しているわけです。つまり、いかに普通のフルートが、高価な楽器なのかって話なんですよ。

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2018年8月22日 (水)

フルートのあれこれについて語ってみよう その8 アルテについて語る

 アルテ…アルテスとも言います。フルートの代表的な教則本の一つ。著者はアンリー・アルテスで、著者名からアルテ/アルテスと呼ばれています。多くの人が使っている黄色い表紙のアルテは、JFC版のアルテで、通称『黄色いアルテ』と呼ばれ、かなりローカライズされています。そこを嫌う人は、原著を素直に翻訳したシンフォニア社の通称『白いアルテス』を使用する傾向があります。

 私が最初に学んだ教則本が、この『黄色いアルテ』です。皆さんも、たぶんそうでしょ?

 少しばかり古い教則本なので、色々と問題があるようだし、現代奏法には対応していないのだけれど、アルテには根強い人気があります。個人的には、エチュードなのに、美しい曲が多いというのが、その理由かな?って思ってます。あと、レッスンが先生と生徒のフルート2本で進むというのも良いかもしれません。これがピアノ伴奏とフルートだと、フルートの先生って、必ずしもピアノが得意というわけではありませんから、困ってしまいます。なので、フルート2本でレッスンが出来ると言うのは、何かと都合が良いのでしょう。

 別の言い方をすれば、先生に付いて学ぶには良いけれど、フルート2本が前提になっているので、独学には向かない教則本だとも言えます。

 よく問題にされるのが、黄色いアルテのローカライズされている部分です。ローカライズの内容は、基本的に練習課題の増補です。つまり原著にあるエチュードに、訳者である比田井洵氏が(よかれと思って)あれこれ付け足しているわけです。それもちょっとやそっとというレベルではなく、実にたっぷり付け足しているわけで、黄色いアルテは、原著のアルテスとはかなり違った教則本になっているんだそうです。

 だいたい、黄色いアルテの後半は、アルテじゃなくて、ガリボルディのミニヨン・エチュードだし…。

 これは私の個人的意見だし、私は黄色いアルテで育ったから…というわけじゃないけれど、私はアルテのローカライズされた部分をありがたく思ってます。と言うのも、アルテって難しいんですよ。エチュードとエチュードの難易度の上昇度が結構半端なくって、ちょっとの練習で、ガンガン難しい曲に移っていきます。なので、私的には、ローカライズされて、原著にないエチュードが付け足された事で、難易度の上昇が多少なりとも緩やかになり、それで私も落ちこぼれずに学べた…と思っています。いやあ実際、アルテって難しいですよ。

 まあ、余計なものが付け足されたおかげで、終了するのに時間がかかる…とも言えます。

 原著に近いとされている白いアルテスは、終了までにだいたい1年かかるんだそうです。でも私は黄色いアルテを終えるのに6年かかったよ。特に時間がかかったのは、最終課である15課ね。白いアルテスだと、15課は1ページだから、下手すると1回のレッスンで終了だけれど、黄色いアルテスだと、15課が20ページ、その後のミニヨンエチュードが約20ページで、私の場合、そこだけで3年という年月を使っています。1年と6年も差が大きいけれど、1回と3年では、その差が大きく違いすぎるよね。

 私個人の資質の問題もあるけれど、かようにローカライズされた黄色いアルテは終了までに時間がかかるんです。でも私は好きだな。皆さんも好きでしょ? アルテ。

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2018年8月21日 (火)

メトのライブビューイングで「トリスタンとイゾルデ」を見てきた

 メトのアンコール上映に再び行ってきました。今回は、2016年の当時、新演出で、シーズンのオープニングアクトとして話題になったワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を見てきました。

指揮 サイモン・ラトル
演出 エリウシュ・トレリンスキ

トリスタン スチュアート・スケルトン(テノール)
イゾルデ ニーナ・ステンメ(ソプラノ)
マルケ王 ルネ・パーペ(バス)
ブランゲーネ エカテナーナ・グバノヴァ(メゾソプラノ)

 まず歌に関して言うと…どうなんだろ? 映画館で見ている分には良かったけれど、実際の劇場ではどうだったろうとは思わないでもなかったです。と言うのも、テノールのストルトンの声は、あんまりワーグナーテナーっぽくなくて、役と声が合ってないんじゃないかな…と少々心配しました。無理していなければいいのだけれど…。逆にソプラノのステンメはパワフルなんだけれど、終始パワフルで…まあ聞いていて飽きちゃいます。それ以外の歌手の皆さんは、歌う箇所が少ないという事もあるけれど、まあ水準以上って感じかな?

 とにかく、このオペラは主役の二人がずっと歌っているというイメージです。実際、常にどちらかが舞台で歌っていますし、この二人の二重唱もすごく多い。ずっとずっと歌っているわけで、体力勝負だよなあ…って思います。二人の主役にばかり負担がかかるように作曲されているオペラなわけで、それゆえにこの二人に良い歌手が当てられれば素晴らしい上演になるんだろうと思います。今回の二人は…まあ、こんなモンでしょう、ご苦労さまって感じです。実際、最後まで歌い切る事が、そんちょそこらのプロ歌手じゃ難しいって事は私にも分かります。なので、最後まで破綻なく歌いきった二人の歌手に脱帽です。

 で、肝心の演技とか演出とかの話になるわけだけれど、この上演は、いわゆる、現代的な演出でした。時代は…20世紀後半? 設定はアメリカ海軍? 舞台は、第一幕が軍艦の船室。第二幕の前半が管制塔、後半が格納庫。第三幕が病室。トリスタンと男たちは軍服着用。イゾルデはコート着用(下にパーティードレス)、侍女のブランゲーネはおしゃれじゃない外出着…って感じで、全体的に地味でした。

 台本と演出にはかなりの乖離があります。はっきり言って、あっちこっちに無理があります。それでも第一幕と第二幕の前半の演出は、私の中では、我慢できる程度の読み替えだったと思いますし、そもそも伝統的な演出だと、このオペラは登場人物が突っ立っているだけで、ロクな演技をしないので、それと比べると、まあ説明的で、今日的で、これはこれでアリかも…って思ってましたが…第二幕の格納庫のシーンは演出の意図が全然分からないし、説明も放棄しているし、第三幕の病室のシーンになると、台本と演技が全くの別物で、見ていて意味不明でした。

 なぜ、子供のトリスタンが病室に舞台にいるわけ? 血まみれのマルケ王の生霊が全編通してたびたび出てくるのはなぜ? トリスタンは第二幕の最後に、裏切り者として仲間たちに胸を拳銃で撃ち抜かれて即死しているはずなのに、なぜ三幕では病室にいるの?

 いやいや、それ以前に、この演出ではマルケ王は、トリスタンの上司でしょ? おそらくは元帥あたりの地位だろうけれど、上司の女を寝取ったからと言って、射殺は無いんじゃないの? 現代なら、軍を首になってお終い…後は慰謝料の支払いでてんてこ舞いって程度でしょ(もちろん女も元帥から捨てられるだろうし)。それ以前に、第一幕で、上司の土産に女性を届けるって…人身売買? 女性の人権ってあるの? とか、ほんと、この演出には無理しかありません。

 だいたい、好きだ惚れたとか言っている二人が、実際にはキスをする程度で、それって現代劇じゃありえないでしょ? この程度は、現代では、たぶん問題にすらならない。それに媚薬って…現実に媚薬に近い覚醒剤はあるけれど、その効き目はせいぜい半日程度でしょ? 設定を現代にした事って、大失敗だと思うわけです。

 イゾルデは、本来はアイルランドの王女だから、凛々しくて当然なはずだけれど、この演出では、ただの街の女でしょ? ブランゲーネだって侍女じゃなくて、ただの友達でしょ? トリスタンに至っては、真面目男が薬盛られて、女に心を奪われたってだけなのに、それで射殺よ? ありえない。

 そもそもワーグナーの諸作品は、彼の中二病的素質が根本にあるんだから、あまり現実的に、現代的にする事自体が間違いだと、私は思うんだよね。ワーグナー自らが指定しているように、大昔に時代設定するとか、あるいは神話にしちゃうとか、いっそSFにしちゃうとか…そういうありえない設定にしないと、話そのものがありえないんだから、話が収まっていかないんだと思うわけです。

 と言う訳で、今回の上演は、見て後悔しました。歌唱と演奏は水準以上だから、金返せとは言いません(それにアンコールなので、ちょっと安価で見ているわけだし…)が、皆さんにはお薦めしません。この演出は、ほんとダメだと思います。

 実際、メトでも激しいブーイングがありましたね。特に第二幕終了直後は、すごいブーイングが聞かれましたが…私は、そのブーに同意しますよ。

 …ってか、「トリスタンとイゾルデ」って、そもそも楽しく舞台で見れる作品なのかな? ストーリーなんて、あって無いようなものだし、トリスタンとイゾルデの二人が終始グズグズしているだけだし、音楽はおおげさで飽和しまくっているし…。「ワルキューレ」と「マイスタージンガー」の間に作曲された作品だけれど、難解で退屈なだけで、エンタメとして成立していないような気がします。「ワルキューレ」や「マイスタージンガー」が良質なエンタメであるのに、「トリスタンとイゾルデ」って退屈過ぎるんだよね。

 と言う訳で、個人的には、今回の上演はお薦めしません。この上演を見るお金があったら、別の演目を見た方が、絶対に楽しめると思います。お金は貴重だから、大切に使わないといけないよね。

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2018年8月20日 (月)

フルートのあれこれについて語ってみよう その7 タファゴベの効用について

 タファゴベ…正式書名は『17のメカニズム日課大練習曲』です。著者はクロード・ポール・タファネルと彼の弟子のフィリップ・ゴーベールです。二人の著者名を取って“タファゴベ”と呼ばれるわけです。フルートの基本的な教則本の一つです。フランスのリデュック社のものが愛用されていますが、実は国内版の楽譜もあり、比較的安価に入手も可能となっています。

 ソノリテと並び称される基本教則本の一つです。ピアノで言うところの『ハノン』に相当する教則本と言うとイメージしやすいと思います。指を鍛えるエチュード集です。ですから、その効用として…

1)指が鍛えられる。 指が速く動くようになります。またアルペジオなどの定型的動きをカラダに叩き込む事ができます。

2)音が美しくなります。 指を速く動かすと、指を速く動かす事ばかりに集中してしまい、音が汚くなりがちです。しかし、タファゴベを徹底的に練習して、自動的に演奏できるくらいになってくると、練習にも余裕が生まれ、速く指を動かしても、音を美しく保つ事ができるエチュードとして使えるようになります。

 タファゴベは指の練習曲であり、別にタファゴベでなくても、指の練習の教則本は多数ありますので、そちらを使っても指の練習はできますが、タファゴベはソノリテと違って、比較的安価なので、類書を使って練習するくらいなら、評価の定まった定番教材である本書で練習するに越したことはないと思います。

 フルートを吹くにあたり、指が速く動かせるに越したことはないし、割と初学者のうちから取り組ませる先生もいますし、やればやるだけ効果の現れやすい教則本だと思います。

 ただ、私はやっていません。やらない理由は単純で、H先生から禁止されているからです。今の私の技術レベルでは、タファゴベに限らず、指の練習曲はご法度なのです。まあ、いずれ上達してきたらやるそうですが、現状(アルテ1巻を終えた程度)では、指の訓練はまだ不要と言い渡されています。ちなみに、ヴィブラートも「まだ早い」と言われております。今はまだ、ひたすらに美しい音で吹くことだけに集中する時期なんだそうです。

 先生の方針だし、現実的には練習時間の不足もあって、タファゴベはやっていません。だから…と言ってはなんですが、私、指はあまり速く動きません。もっとも、指以前に、楽譜を速く読み込む事ができないので、指よりも速く楽譜を読めるようになるのが先決かもしれません。

 私はやっていませんが、タファゴベの大切さは理解しています。やれる方はやってみると良いと思いますよ。

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2018年8月19日 (日)

フルートのあれこれについて語ってみよう その6 ソノリテの効用について

 ソノリテ…マルセル・モイーズが著したフルート教則本の一つ。正式書名は『ソノリテについて 方法と技術』です。フランスのルディック社から出ていますが、値段が約6000円と高価な割にペラペラ(たった28ページしかないんですよ)なので一部で不評ですが、フルーティストにとって基礎基本の教則本であるという評価なので、皆さん、文句を言いながらも購入して利用している教則本です。

 私も一冊持っています。初学者の頃に、フルートへの憧れと一緒に購入しました。で、購入したことを当時の先生に報告したところ「なんで、そんな高いモノを買うの!」と呆れられてしまいました。今は先生のおっしゃる意味が分かりますが、当時は高い買い物をしたのに叱られるなんて…と、ちょっぴり凹んだものです。

 で、ソノリテをすでに持っている人は、ぜひ一生懸命練習して、元を取ってください。まだソノリテを持っていない人は…無理に購入する必要はないと、私は個人的に思っています。実際、私もソノリテは購入当初は熱心に練習しましたが、今では書棚のどこにしまったか忘れてしまったくらいですから(笑)。

 ソノリテは、音階をロングトーンで吹いていく練習です。数回練習すれば、暗記できる内容です。いや、暗記する必要もないほど、単純な内容です。でも、これを日々行っていく事は、効果的だと思います。

 私が考えるソノリテの効用は以下の通りです。

1)呼吸筋が鍛えられる。 基本的にロングトーン練習ですから、きちんと練習すれば、呼吸筋が鍛えられます。ただし、腹式呼吸をマスターしているという前提は必要です。腹式呼吸がまだ不完全な人がやっても、効果はなく、むしろカラダを痛めるだけなので気をつけるべきでしょう。

2)音色が整えられる。 基本的にロングトーン練習ですから、きちんと練習すれば、フルートの音色が美しく整えられます。ただし、演奏している自分は吹くことに一生懸命で、なかなか音色にまで気が回らないものです。必ず、先生とかコーチとかと一緒に練習する事をお勧めします。一人で練習しても、自己満足に終わりがちですよ。

 と言うわけで、ソノリテは基本的にロングトーン練習なので、別にソノリテ通りに練習しなくても、ロングトーン練習を継続的に行っていれば、同様の効果は得られると思います。なので、ソノリテの購入は好き好きだと思っているわけです。

 実際、ソノリテを使わないと身につかない事ってないし、他の教則本にも、ソノリテ同様の効果のあるエチュードが掲載されているし、いや、別に教則本を使わなくても、毎日ロングトーン練習していれば、それで十分だし…って感じです。あと、ソノリテの課題をそのまま実直にやるのは…かなりハードな練習内容になるかもしれません。よく、練習全体のウォーミングアップとしてソノリテをやっている人がいると聞きますが…ソノリテって真剣にやると、とてもウォーミングアップどころか、へとへとになりませんか?

 でも、ソノリテって人気ですよね。筆者のマルセルも、訳者の吉田雅夫氏も、フルート界の重鎮と言うか、アイドルですからね。推しが関わっている教則本なら、ぜひ練習してみたいと思うのが、人の常ですしね。

 これで安価(ってか、本のボリュームにふさわしい価格)ならば、気軽に勧められますが、ソノリテって、どう考えても、高価すぎると思います。コストパフォーマンス、激悪です。そこを受け入れられるか…ってところじゃないでしょうか?

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2018年8月18日 (土)

フルートのあれこれについて語ってみよう その5 C管とH管

 この“C管”とか“H管”とかいう用語は、フルート業界の特殊用語であって、一般的な音楽用語との使い方とは違います。

 一般的な音楽用語には“C管”とか“E♭管”とか“B♭管”などがあります。これらは管のすべてのトーンホールを塞いだ時に出る実音が管名になります。C管ならCが、E♭管ならE♭が、B♭管ならB♭になり、その音を楽譜上ではCとして表記して演奏するわけですね。つまり“~管”という表記はC管以外は移調楽器って扱いになり、管名になっている音を“ド”と呼ぶわけです。

 しかしフルートの場合は、ちょっと違います。C管は問題ないのですが、H管は、実際にはC管のようなものです。違うのは、最低音が半音拡張されているというだけの話です。そういった意味で言えば,すべてのフルートはC管であって、低い方に半音拡張されているのがH管なのです。ちょっと変だし、特殊な言葉の使い方ですが、慣れてしまいましょう。

 と言うわけで、フルートはC管もH管も、本質的には同じで、単純にオプションとして半音拡張されているのがH管、拡張なしの標準スタイルなのがC管って事になります。

 フルートを買い替える際に、C管にするべきなのかH管にするべきなのかは…これも好みだと思いますよ。フルートで低いHまで必要とする曲は多くはありません。ドップラーの作品とか、オーケストラ作品のいくつかにHまで必要とされる曲があるそうですから、そういう曲を積極的に吹きたいなら、是非H管を、そうでもなければ、好みで選べばいいと思います。

 あと、C管とH管の違いと言うと…H管の方が高音域の発音が安定するとか、C管の方は華やかな音色であるとか、H管の方が右小指の操作が面倒くさいとか…あるみたいですが、それらはそんなに大きな問題ではないと思います。

 まあ『大は小を兼ねる』という事もあるので、少しでも悩むようならH管にしておくのが無難だと思います。

 ただ、H管はC管と比べると重いので、そこは検討材料になるかな…って思います。実際、C管のフルートだって、長時間吹いていると疲れちゃいますからね。体力のない人やカラダの小さな人は、よくよく考えたほうがいいです。

 ちなみに、私が使っているフルートはC管です。特に不足はありません。別に重さに負けたわけではなく、買い替える時にH管にするという選択もなかったわけではありませんが、H管の楽器って少しばかり高価なので、H管の楽器を購入する予算で、ワンランク上のC管を買った…のですね。そういう買い物の仕方もあります。

 最終的には、やっぱり好き好きになるのかなって思います。

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2018年8月17日 (金)

フルートのあれこれについて語ってみよう その4 カバードとリング

 フルート関係のサイトを見ていると「フルートを買おうと思っているのだけれど、カバード式とリング式、どちらのフルートの方がいいですか?」みたいな質問が結構あります。たしかに、カバード式とリング式、見た目も大きく違うし、フルートは高い買い物だから、一度購入したら、そうそう買い替えるわけにいかないし、どちらを選択するべきか、そこは慎重になるのは分かります。で、悩みます。で、ネットで相談するわけだ。

 私なりの結論を言えば…正直、どっちでもいいです。指が細かったり短かったりして、リング式に不安を感じる方やフェミニンな手の持ち主は、無理せずカバード式でいいと思います。それ以外の人はリング式でいいと思います。

 ざっくり言えば“女性やカラダの小さめな男性はカバード式で、カラダが西欧人並のサイズの男性はリング式で”が理想かな…って思ってます。と言うのも、フルートって、そもそも、西欧の白人男性のサイズに合わせて作られているわけなので、そこまでカラダが大きくない人は、無理する必要はないと思います。

 ところが楽器屋さんに行くと、初心者向けの安価な楽器はカバード式で、中級者以上を対象にしている楽器はリング式が大半だから「上手くなったらリング式なんだ…」と思われる方もいらっしゃるでしょう、それはあながち間違いではないのですが、実はプロでもカバード式のフルートを吹いている人は大勢いらっしゃいますので、あまり気にしない方が良いです。

 あくまでも、中級者~上級者はリング式フルートと言うのは、一つのイメージでしかありません。

 例えば、プロ奏者である高木綾子氏は、へルムートハンミッヒ社のC管カバード式の楽器を使用されています。カバード式のフルートだからと言って、高木氏の演奏に問題があるか…と言えば、あるわけないので、楽器の選択は、自分の趣味とかカラダとかに合った楽器を使った方がいいです。

 カバード式のフルートを選ぶ時の、現実的な問題としては、楽器屋さんに並んでいる楽器のうち、中級者~上級者向けの良い楽器のほとんどはリング式であるという事です。カバード式は初心者モデル用のものしか用意されていないという事です。

 もちろん、注文してカバード式の良い楽器を仕入れてもらえば問題ないのですが、やはり店頭にある楽器の中から選択するのが、一般的だし現実的だったりします。そうなると、店頭在庫から良い楽器を選ぶと、必然的にリング式になってしまうので、カバード式の楽器を欲しい人は、カバード式の楽器を探す放浪の旅に出ざるを得ない事でしょうか?

 ほんと、カバード式の良い楽器って、店頭在庫にないんですよ。それ以前に、メーカーも多く作っていないんですね。

 これは楽器店および楽器メーカーのイメージ戦略なんだと思いますよ。わざと初心者向けはカバード式にして、その上のクラスの楽器をリング式にする事で、買い替えを暗に勧めているわけです。「上手くなったら、リング式の楽器を吹かないと、かっこ悪いよ…」ってね。

 でも、それは誤ったメッセージであって、実際、カバードの楽器でプロをやっている人もいるわけですから、そこは気の持ちようだと思います。

 カバード式の楽器からリング式の楽器に持ち帰るのは大変…と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大きな問題ではありません。

 リング式でもカバード式でも、フルート演奏上の基礎基本は変わりません。あえて言えば、リング式は、カバード式よりも、より正確にキーの中心を押さえないといけない(でないとキーに空いている穴が塞がらない)ので、そこらへんをいい加減にしていた人には大変なだけです。キーの中心を正確に押さえないといけないのは、フルートの基礎基本ですから、そこができていないからリング式が難しいと言うのは、本末転倒な話であって、それならば、まずはきちんとキーを押さえるように努力していくべき話です。と言うのも、それができないと、フルートの演奏そのものが上達しないからです。

 なので、指や手の問題がなければ、フルート買い替えの際は、現実的に考えるならば、素直にリング式にしておくのが無難と言えば無難なのです。その方が、楽器選択の幅が広がりますからね。

 実は私、普段の練習ではカバードのフルートで練習しています。それもプラ管フルートです。この楽器で日々の練習をして、レッスンの時だけ、総銀のリング式のフルートを吹いています。混乱しないか? 全然しません。問題ありません。慣れてしまえば、カバード式もリング式も、そんなに違わないんですよ。

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2018年8月16日 (木)

メトのライブビューイングで『エルナーニ』を見てきた

 連載を中断して、この記事をぶっこみます。

 今、東劇ではメトのライブビューイングのアンコール上映を行っています。アンコール上映とは、以前の上演目の中から、見逃した上演や、もう一度見たい上演を連日上映してくれる、有り難い企画です。私は毎年アンコール上映に行ってるくらいです。

 で、今年も何回かアンコール上映に行くつもりなのですが、まず今年最初に見てきたのが、ヴェルディ作曲の『エルナーニ』です。

 この上演は、2011-12年のシーズンのものなので、もう7年前のモノになります。目玉は、まだ元気なホヴォロストフスキーを見れる事かな?

 ディミトリー・ホヴォロストフスキー。昨年(2017年)の11月に55歳で亡くなった、ロシアのバリトンです。銀髪で、とにかくイケメンなバリトンです。たいていのテノールが容姿では彼に勝てません。声も芝居も水準以上ですから、長生きしたならばレジェンド歌手になれたはずの逸材です。惜しい人を亡くしました。

 その彼がまだ50歳になったばかりの上演を見てきたわけです。

 指揮 マルコ・アルミアート
 演出 ピエール・ルイジ・サマリターニ
 
 エルナーニ マルチェッロ・ジョルダーニ(テノール)
 エルヴィーラ アンジェラ・ミード(ソプラノ)
 国王カルロ ディミトリー・ホヴォロストフスキー(バリトン)
 シルヴァ フェルッチオ・フルラネット(バス)

 まず『エルナーニ』という作品の感想から。このオペラは実に無名なオペラで、ほぼ上演されるチャンスのない珍しい作品です。実際、日本でも21世紀になるまで上演される事の無かったというくらいに不遇な作品なのです。

 巨匠ヴェルディの作品なのに…ね。

 巨匠の作品なのに、なぜ上演されないのか? よほどの駄作なのか? …いいえ、違います。むしろ良作です。ただ、ヴェルディの他の作品と比べてしまうと、見劣りするというだけでの話で、これが他の一発屋オペラ作曲家の作品だったら、もっと上演されるチャンスもあったろうになあ…と思われるくらいの良作です。

 実際、ヴェルディが30歳の頃の、まだ駆け出しの頃の作品で、名作『ナブッコ』の次々回作として作曲された作品で、『ナブッコ』がイタリア国内でヴェルディの名前を知らしめた作品であるならば、『エルナーニ』はヴェルディにとって、最初に各国で翻訳版が上演されたオペラであって、いわば彼を国際的なオペラ作曲家として認知せしめた作品なのです。そんな作品が、悪いはずはありません。

 ストーリー的には少々複雑で分かりづらいオペラですが、とにかく、全編、歌いまくりです。メロディアスなオペラアリアはもちろん、パワフルな重唱や合唱がオペラ全体を導いていきます。悪いはずがありません。ただし、上演に際しては、歌手を選ぶことは必定でしょう。とにかく、歌いまくりですから、歌える歌手を揃える必要があります。

 ある意味、同じヴェルディ作品である『トロヴァトーレ』に似た作りのオペラと言えるかもしれません。

 さて、今回のメトの上演は、歌手たちを揃えた…という点では合格と言えるでしょう。特に主役のテノールのジョルダーニが素晴らしいと私は思います。そもそもジョルダーニは、この上演の三ヶ月前に交通事故死をしたサルヴァトーレ・リチートラの代役だったそうです。確かに、他のメンバーと比べて、実力はともかく、スター性に欠ける彼がここに入っているのには違和感がありますが、それはそういう理由だったからです。それにしても、ジョルダーニの声も歌も(バカっぽい)芝居も、実に良かったと思います。

 お目当てのホヴォロストフスキーは、例によってイケメン過ぎます。バリトンって、一部の役を除いて、そんなにカッコよくてはいけないのです。少なくとも、テノールの引き立て役じゃないと説得力がないのです。今回の『エルナーニ』においてもそうです。エルナーニ役のジョルダーニも(肥満体だけれど)まあカッコいい人ですが、ホヴォロストフスキーとは比較になりません。バリトンの方が、数段イケメンって、なんですか、これ? そのイケメンなバリトンが劇中で“王様 -> 皇帝様”に大出世しちゃうんだよ。そんなスーパーなバリトンを振って、ソプラノがお馬鹿なテノール(皇帝様のお慈悲で、山賊の頭から貴族に昇格)に走る必然性が分かりません。エルヴィーラって、ダメンズなの? まさか…。

 カッコ良すぎるホヴォロストフスキーには、トロヴァトーレのルーナ伯爵か、カルメンのエスカミーリョがお似合いですって。それ以外の役には、彼はイケメン過ぎるって。

 シルヴァを演じたフルラネットは、素晴らしすぎます。ラストシーンでの彼の演技は…演出家の意図だろうが、納得いきませんが、それ以外は素晴らしいです。

 問題のラストシーンでは、エルナーニのみならずエルヴィーラも自殺してしまうのが、この演出のキモなんだけれど、エルナーニはともかく、エルヴィーラの自殺も冷ややかに眺め「これでワシの復讐が終わりだ…」ってシルヴァが言うのは、絶対におかしいです。エルヴィーラが自殺した段階で、シルヴァは取り乱さないといけないし、彼女の救命に走るはずです。彼にとって、エルナーニはクソ生意気な小僧かもしれないけれど、エルヴィーラは最愛の姪にして、自分の元婚約者にして、今だって妻にしたい女性ナンバーワンなんだから、その死を冷静に受け入れられるはずはないのです。だから、演出がオカシイと思うわけですよ。最後にエルヴィーラを殺しちゃった演出家は、そこが甘いんですよ。エルヴィーラは、生き残って、シルヴァの嫁になって、悲劇が完成するんですって。

 そのエルヴィーラを演じたソプラノのミードは、容姿以外は及第点です。容姿は…3人の男を狂わせるほどの美貌もセクシーさも彼女には無いので、説得力に大いに欠けます。今の時代、オペラには役にふさわしい容姿も大切だからね。少なくとも、もう少し痩せてないと、この役を演じるには不足だし、もっと痩せていて歌の上手い、若手ソプラノなんて掃いて捨てるほどいるわけだから、そういう意味でも、ちょっと残念かな?

 マイナーオペラだから、レパートリーに入っている美人ソプラノがたまたまいなかっただけなのかもしれませんが…。ああ、残念。

 演出の一部には疑問がありますが、今回の上演は、概ね良い出来だと思います。1983年にオリジナル演出が作られたそうだけれど、やはり70~80年代のメトの演出はいいですね。ゴージャスで分かりやすいです。最近のメトの新演出はダメな演出が多いですから、たまに行われる、昔の演出での上演って、本当に楽しみです

 メトにも色々な都合はあるのだろうけれど、20世紀後半のようなテイストの演出を復活させてほしいなあって思います。そういう豪華さとわかり易さがメトのウリだと思うんだよね。

 とにかく、今回の『エルナーニ』の上演は、良かったですよ。

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2018年8月15日 (水)

フルートのあれこれについて語ってみよう その3 高いミと高いファ♯

 フルート初心者が最初の頃にぶつかる壁には色々ありますが、高いミとかファ♯も壁ですね。とにかく出ないんです。

 なにしろ、Eメカなんてギミックを搭載しているフルートがあるくらいですからね。たまたまEメカが無いフルートを吹かなきゃいけない時など、なんかもう軽く絶望しちゃうくらい、最初の頃は高いミとかファ♯を出すのは難しいです。

 でも、難しいのは初心者のうちだけで、やがて高いミとファ♯なんて、大抵の人が、全然気にも留めなくなってきます。別に普通の音になっちゃいます。むしろ、私などは、高いミとかファ♯よりも、高いシとかドなどの、めったに使わない音の方がきれいな音が出しづらいくらいです。

 つまり高いミとかファ♯というのは、初心者限定の壁なんです。

 ではなぜ、みんな吹けるようになるのかと言えば、実はカラダの問題なんです。筋肉の問題なんです。腹圧の問題なんです。

 フルートって優雅なイメージのある楽器ですが、実は結構、体力勝負な部分がある楽器です。だいたい、楽器を横向きに長時間地面に水平に持ち続ける事自体、無理ゲーでしょ?

 フルートって、息を大量に消費する楽器なんです。吐き出した息の半分以上を捨てないとうまく鳴らない楽器なんです。つまり、思っている以上に、たくさんの息を吐き出さないと吹けないのがフルートってわけです。

 ある人曰く「フルートは、構造上、高いミとファ♯は出づらい」のだそうです

 まあ、そうなのかもしれません。実際、初心者の頃って、この2つの音には苦労するものね。その出づらい音を出すために必要なのが、息の強さ…なんだと思います。

 息の強さ、であって、息の多さとか息の速さではありません。あくまでも息の強さです。強い息が楽に吐けるようになると、構造上無理がある高いミとファ♯が比較的楽に出せるようになるのです。もちろん、高い音ですから、他の音よりも速い息も必要ですし、息を出しすぎないようにセーブしながら息を吐かないといけません。それらに必要なのが、呼吸筋の強さです。

 つまり、なぜ初心者は、ほぼ例外なく高いミとファ♯に苦労し、それがやがて気にならなくなるのかと言えば、フルートの構造にそもそも無理があるのは前提として、その無理を乗り越えるためには、筋力が必要で、その筋力を身につけるためには、ある程度の時間、フルートを吹く経験をしてカラダを作っていくしかないのです。

 逆に言えば、ある程度の期間、フルートを吹き続けていたら、いやでも笛吹きのカラダができるわけで、笛吹きのカラダさえできてしまえば、高いミやファ♯は、さほど無理に感じなくなるってわけなのです。

蛇足  だからと言ってEメカが不要だとは思ってません。Eメカがあれば楽だと感じるなら、積極的に使えばいいと思います。あって邪魔になる事って…無いわけではないらしいけれど…無くて不安になるよりも、ずっとマシだと感じるからです。ま、一種のお守りみたいなものです。実際、プロの奏者の方も、その多くがEメカ搭載のフルートを愛用されていますしね。替え指の都合があるので、Eメカをノッチで切り替えるなんてギミックもありますよ。お財布に余裕があれば、そういうギミックも素敵ですよね。

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2018年8月14日 (火)

老犬ブログが、12年目に突入しました

 さて、毎年の事ですが、連載を中断してまでぶち込んじゃう記事とは…そう、本日8月14日は、老犬ブログのお誕生日なのです。老犬ブログの開始は、2007年の8月14日ですから、昨日で丸11年を迎えて、本日より12年目に突入したわけです。

  ★★★ 祝! 老犬ブログ、12年目、突入~! ★★★

 カウンターは…と言うと、460万を越えですね。昨年は400万を越えましたと書きましたから、この一年で60万ほどのアクセスがあったという勘定になります。感謝ですね。この数字は、昨年は例年よりも多くの人に訪れていただいたって事になるわけです。だって、60×11は660だもの。460じゃないもの。すごいよね、感謝ですってば、感謝です。

 昨今、ブログの順位があまりふるわなくて、やる気をかなり喪失していた私ですが、こうやって純粋にカウンターの数で考えてみると、多くの人に読んでもらっているわけで、落ち込んでいたり、ブログやめちゃおうかな~なんて拗ねてみたりしていた自分が、ちょっぴり恥ずかしく感じます。

 あとは、読みに来てくださった方々が、気持ちよくポチってできるような記事を書くように頑張ればいいだけ…って、それが難しいのですがね(汗)。

 とにかく、今回のカウンターの件を励みに、もうしばらく頑張っていくつもりなので、皆様には、どうぞお見捨てなきように、よろしくお願いします。

 というわけで、例年やってますが、この一年間の月間トップ3の記事を発表します。老犬ブログでは、こんな記事に皆さんの注目が集まっていたんですね。それではスタートします。

2017年 8月

1位 そういえば、最近はきちんとレッスンに通えています…ね

2位 手術の付き添いをしました

3位 ちょっとブログをお休みします

2017年 9月

1位 何のために音楽をやるのか?

2位 あなたはどこで練習していますか?

3位 先生って大変なんだと思う その2

2017年 10月

1位 ルイロットは本当に良い楽器なのか?

2位 言いたくないけれど…下手な歌を聞くと、苦しくなります(涙)

3位 喉声って、そんなに非難されるような声なのでしょうか?

2017年 11月

1位 高価なフルートは何のためにあるのか?

2位 知ってましたか? 日本の音楽大学って、全部私立学校なんですよ

3位 自己顕示欲の強い人間しか歌わない(?)

2017年 12月

1位 音楽演奏力にも段位認定があってもいいよね

2位 下手くそな音源でもアップする理由

3位 アンブシュアについて悩む人が多いのだけれど…

2018年 1月

1位 さて、今年[2018年]の抱負でございます

2位 第九の合唱はプロがいい? それともやっぱりアマチュア?

3位 声は賜物、ならば平凡な声しか持たない者は歌うべきではないのか?

2018年 2月

1位 プロにも幾つか種類がある

2位 人はなぜフルートを買ってしまうのでしょうか?

3位 アマチュアも、やはり幾つかの種類に分けられますね

2018年 3月

1位 フルートの場合、材質の差が音質の差となるのでしょうか?

2位 私は知りたい! 音大の指定校推薦ってヤツを!

3位 墓場に持っていくつもりです

2018年 4月

1位 高音の正体は…やっぱりファルセット?

2位 練習していないと、当然、下手になる

3位 やっぱりドレスって着たいみたいのですかね

2018年 5月

1位 あれこれ細かくご指導いただきました

2位 LFJ2018 その11 歌は楽に歌わないといけない

3位 LFJ2018 その3 “現代音楽”と“現代の音楽”は違うような気がする...

2018年 6月

1位 久しぶりのレッスンでは…なかなか上達しません

2位 帝国劇場で「モーツァルト!」を見てきました

3位 なぜ私はフルートの練習ができないのだろうか?

2018年 7月

1位 努力は必ずしも報われるものではない

2位 高いAを楽に出せたのが、うれしかったです

3位 ついにネタが切れました[2018年6月の落ち穂拾い]

 例年、どこかに入っていた“ヌーボのプラスチックフルートの記事”ですが、ついに見えなくなりましたね。さすがに時代はもう『プラスチックフルート』とか『安価なフルート』とかではないのかもしれません。

 でも私は、毎日、プラスチックフルートを吹いておりますが(笑)。

 前回同様、今回も、特に人気のある記事というのがなく、人気記事は、月替りとなり、実に健全な感じです。これは検索でやってくるご新規さんよりも、定期的にこのブログを訪れて読んでくださっている方が増えてきたという事なのかなって思ってます。有り難い事です。

 今年も拙文を書き連ねていく所存です。今後もぼちぼち頑張っていくつもりですので、12年目に突入した老犬ブログを、ぜひ、今年もご贔屓によろしくお願いいたします。

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2018年8月13日 (月)

フルートのあれこれについて語ってみよう その2 アンブシュアについて考える

 アンブシュアとは…簡単に言っちゃうと、フルートを吹く時のクチビルの形の事です。ネット検索をかけると、嫌になるくらい、あっちこっちのサイトで話題にしています。それくらい、初心者の皆さんには大きな関心事なんでしょうね。

 フルートを始めたばかりの初心者で、なかなか音が出ない人は、当然あれこれ悩むわけで、あれこれ悩んだ結果、クチビルの形とか息の出し方とかが悪いんじゃないのかな? つまり、業界用語で言うところのアンブシュアが上手くいってないんだな…って考えに至るわけです。

 まあ、ハズレじゃないです。およそ正解です。

 で、そこで、アンブシュアを良くしようと、あれこれ試行錯誤を始めるわけです。クチビルを尖らせたり、ほっぺを膨らませたり、口角をあげてみたり…そりゃあ涙ぐましい努力をするわけです。で、上手く行く人もいれば、上手く行かない人もいるわけです。

 そりゃあそうだよ、アンブシュアがいくらマズいからと言って、簡単にアンブシュアなんて直せるものじゃないんだから。

 確かに、初心者がいくらフルートを吹いても、フルートの音がうまく鳴らないのは、アンブシュアが上手く行っていないからです。だからと言って、理想的なクチビルの形に仕上げたところで、フルートは鳴らないものなのです。

 だいたい、プロの口元を見れば分かるけれど、皆さん、結構、独特なクチビルの形をしてフルート吹いてますよ。誰もが教科書どおりのアンブシュアってわけじゃないです。いやむしろ、教科書通りじゃない人があまりに多すぎます。アレを見ると分かるけれど、結局、いくつかのポイントさえ押さえちゃえば、後は自由にしちゃってもいいし、個性を発揮してもいいのが、アンブシュアなんですよ。だから、クチビルの形にばかりこだわっても、フルートは鳴らないわけです。

 要は、方向性のある息が、フルートの歌口の斜め上から、歌口の縁に当たるように吹ければ良いわけです。それ以上でもそれ以下でもないわけで、そこさえ守ればいいのです。だからフルートを吹くロボットなんてものが存在しちゃうんですよ。アンブシュアは大切だけれど、二の次三の次なんです。

 まず必要なのは、クチビルを軽く閉じたまま、一箇所から方向性のある息を吐き出せる事です。その箇所は正面だと良いけれど、別にクチビルの側面からでも全然構いません。クチビルの任意の一箇所から方向性のある息さえ出せれば、それでいいのです。

 息を吐き出すには頬とかノドの筋肉を使うとクチビルが固くなるので、息は腹圧で出します。たぶん、フルート初心者さんがうまくフルートを鳴らせない理由の多くは、これができないからです。息を頬とかノドとかの筋肉で出すと、息の方向性は保てないし、息を長く出せませんし、強くも弱くも出せません。うまく行かないのですよ。息は腹圧で出し、それが自然とクチビルから出てくるのが良いのです。

 息の方向性も大切です。息は上から下に出します。初心者の方は、息を前に出すと思っていますが、息を前に出したら、うまくフルートに息が当たりません。息は上から下に出します。そのためには、下アゴを引き気味にして息を出す必要があります。これも初心者には難しいです。と言うのも、最初のうちは誰もがアゴなんて、そんなに自由には動かせないものだからです。でも、やがてアゴを自由に動かせるようになると、音も楽に出るだけでなく、音程も自由に曲げられるようになりますよ。

 と言うわけで、アンブシュアは大切ですが、そればかりにこだわっていては、フルートを良い音では鳴らせません。アンブシュアだけでなく、腹圧とか、息の方向性、息の太さ、息の速さなどにも注意を払いたいものです。

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2018年8月12日 (日)

フルートのあれこれについて語ってみよう その1 管体の素材で音は変わるのか?

 今年も夏の連載を始めます。ここ数年…連載と言えば、声楽ネタが連続していたので、今年はフルートネタで攻めたいと思います。で、今年は、今まであっちこっちで書き散らしたことをベースに、フルートの小ネタ的な話題をやってみたいなと思いました

 で、初回の今回は、最近もあれこれ語った「管体の素材で音は変わるのか?」です。

 管体の素材で音は…変わって欲しいですよね。だって、素材が変わると、お値段、ググっと変わるしね。せっかく高いお金を出して買ったマイ楽器なのに「素材が変わっても音は変わりませんよ」なんて言われたら、ガックリしちゃうしね。

 …と言うわけで、ガックリしてください。フルートは管体の素材が違っても、音は変わりません。理由は簡単。フルートの音色と管体の素材は無関係だからです。

 弦楽器は弦が振動して鳴ります。だから弦を変えると音が変わります。金管楽器はクチビルを振動させて音を出します。クチビルは替えられませんが、クチビルを押さえるマウスピースは替えられます。マウスピースを替えると、クチビルの振動の仕方が若干変わるので楽器の音が変わります。フルート以外の木管楽器はリードを鳴らして音を出します。当然、リードを変えれば音が変わります。

 で、フルートは…って話になるのですが、フルートって、管の中の空気が鳴っているんです。管が鳴っているわけではありません。だから、管の中の空気を替えれば音が変わります…って、空気が変われば、我々の健康に害が出ます。わかりやすく言えば、ヘリウムガスの中で演奏すればフルートの音は変わるでしょうが…演奏している我々が酸欠で倒れちゃいます。

 管体ってのは、ただの空気の入れ物にしか過ぎないのです。例えて言うなら、水槽のガラスの壁面みたいなのが楽器なんですよ。大切なのは、水槽じゃなくて、水槽の中の水や金魚や水草でしょ? 金魚を飼うには水槽は必要だけれど、水槽で金魚の可愛らしさが変わるわけじゃなくて、金魚の可愛らしさは金魚自身の可愛らしさに頼っているわけです。

 なので、フルートの音って、楽器による違いじゃなくて、楽器はただの空気の入れ物にすぎなく、管体の中で振動している空気がフルートの音の正体なのです。

 試しに、友人にたくさんのフルートを試奏してもらってください。たぶん、どのフルートを吹いても、同じような音しか出ないと思います。

 次に古今東西の名フルーティストのCDを聴き比べてみてください。皆さん、同じフルートという楽器を吹いているのにも関わらず、結構音色のバリエーションってあるでしょ?

 これってフルートの場合、楽器の違いよりも、奏者の違いの方が音色に与える影響が大きいって事です。

 結論。フルートの場合、管体の素材の違いでは音は変わりません。あなたのフルートをあなたでは無い人が吹けば、あなたとはガラっと違った音色で鳴っちゃいますよ。

 さて、フルートって管体の素材では音色は変わりませんが、管体の素材が変わると、楽器の重量が変わりますので、音量は変わりますよ。全く同じつくりの楽器なら、重い楽器ほど遠鳴りするものです。これはオーディオの世界で「スピーカーは重いほど良い」というのと同じ原理です。はい。

 それと、フルートって楽器を買い換えなくても、奏者自身が腕を上げていけば、音色もそれにふさわしく美しくなっていく…とも言えます。

 あと、フルートの音は空気の振動なので、空気をどう振動させるかで、若干、音が変わります。具体的に言えば、頭部管の歌口のカットの違いで、若干の音の違いは発生します。ただし、これは振動のしやすさうんぬんには大きく関係しますが、音の違いはかなり微妙です。演奏者自身にはその音の違いが分かりますが、観客には違いが聞き取れないくらいの差異です。なので、頭部管を取り替えたくなったら、音色よりも歩きやすさを重視した方が現実的だと思います。

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2018年8月11日 (土)

ウルシが星になりました

 そうなんです、転覆を患っていたウルシが星になってしまいました。

 転覆って死病ですが、転覆そのもので死ぬのではなく、長期患いによる体力喪失が原因で徐々に衰弱して死んでしまうという厄介な病気なのですが、ウルシはどうやら体力を失う前に星になってしまったようなのです。

 実は私、詳しい事は知らないのです。

 ブログ記事にいずれ書きますが、フルート合宿から帰って、金魚水槽を見たらウルシがいなくて、よく探したら、水草の中で息を引き取っていたのでした。

 ウルシは体色が黒くて、以前から目につきづらく、元気な時から人の目から逃れた生活をしていましたし、転覆病になってからは、より人目を避けるように生きていたわけですし、私はフルート合宿に行っていた事もあって、誰も知らないうちにウルシは星になっていたようでした。

 死んだウルシは、誰かに食べられた様子もなく、ヒレもきちんとあったので、死後間もなく、私に見つけられたようでした。もしかしたら、私が帰ってきた時は、まだ生きていたのかもしれません。おそらく、死因は心臓関係だろうと思います。金魚って、そんなに心臓が強くないんですよ。金魚の突然死って、大抵は心臓なんです。びっくりしたり、どっきりしたり、あるいは極端に興奮すると、いきなり心臓が止まって、さっきまで元気だった子が急死しちゃうんです。おそらくウルシもそのパターンだったんだろうと思います。

 転覆になって、10日前後ですから、疲れもストレスもたくさんあったと思います。そこに、ウルシを驚かすような何かが起こって、それでビクっとして心臓が止まってしまったんだろうと思います。

 死んでしまった事は悲しい事ですが、長患いにならなくてよかったと思います。

 ウルシは元気な時から、あまり人に姿を見せなかった子ですが、もともとそんなにカラダの強い子ではなく、実は病気がちの病弱だった子なのかもしれません。それにしても、黒出目金は長生きしないなあ…。

 バイバイ、ウルシちゃん、あっちでも達者でね。

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2018年8月10日 (金)

実は四国に行ってました その5 今回のメインイベントは、観光ではなく帰り道だったのです。

 実は二日目と言うか、最終日は、台風12号がやってきた日だったんですよ。なので、朝から我々が飛行機で無事に帰れるかどうか、ヒヤヒヤだったのですが、お昼ごはんを食べるまでは、添乗員さんが言うには「我々が乗る飛行機は飛びます」という事で、予定通りの行動をしていたのですが、お昼ご飯を食べ終わったあたりで「我々の乗る予定だった飛行機の欠航が決まりました」と言うじゃない? ちなみに、台風はこちらに向かっているので、予定の飛行機が飛ばない以上、それ以降の飛行機も飛ばないし、明日もまず飛行機は飛びません。じゃあってんで、その一つ前の飛行機も欠航が決まったそうだし、そのもう一つ前の飛行機はもうすぐ飛んじゃうそうで、とても間に合う時間に空港にたどり着く事ができない事が判明です。

 で、どうするかって話になったのだけれど、添乗員さん曰く、悪天候の時の帰路については免責事項ってのがあって、航空会社も旅行会社もお客さんに損害賠償しなくていいんだそうな。つまり、こうなった以上、自力で勝手に帰ってくださいって事らしいです。なんか腑に落ちないけれど、ここで添乗員さんと喧嘩しても良いことは一つもないので、黙って添乗員さんの言うことを聞いてみました。

 添乗員さんが言うには、飛行機が飛ばない以上、松山空港に行っても無駄になるし、松山に延泊しても、明日飛行機が飛ぶ保証は無い…というか、まず明日は飛行機は飛ばないだろう。飛行機が再開するのは明後日になると思うので、松山延泊は現実的ではない。なので、早急に岡山に行くのが現実的な解決策となるはず。そこで、バスは急遽、松山駅に向かう事に決めたので、松山駅から鉄道で岡山に向かってほしいとの事です。

 松山から岡山までは、特急しおかぜが走っていて、それに乗れば、約3時間で岡山に着き、岡山から新幹線のぞみ号に乗れば、3時間半で東京に着きます。つまり、合計7時間で、なんとか今日のうち(この段階で午後2時過ぎてました)に東京まで帰れます。確かに時刻表的には、これから1時間ほどかけて松山駅について、切符を買って、待ち合わせとか乗り継ぎ時間とかを入れても、日付が変わるギリギリで東京駅到着の予定だし、それなら終電でなんとか帰れそうなんだけれど…。

 添乗員さん、この前の集中豪雨で予讃線が一部区間不通になっている事を忘れているよ。

 そこで、私、添乗員さんに、そのルートでは今日中に帰れないと伝えました。だって、特急しおかぜは、松山から多度津までしか走っていないもの。多度津から先の観音寺までは、集中豪雨のために電車が止まってしまって、そこから先は不定期の代行バスに乗らなきゃいけないし、バスで観音寺に着いたら、また特急電車に乗って、それでやっとやっと岡山に到着になるわけです。直通電車なら3時間でも、乗り継ぎ乗り継ぎで時間はロスするし、バスでどれくらい時間が消費するか全然分からないし、時間とお金と体力がかかるし、やっとの思いで岡山にたどり着いた頃には、もうどっぷり夜になっているだろうし、本日分の東京行の新幹線は終了しているはずだから、台風迫る夜半に岡山で宿探しになってしまう。

 運休情報を含め、各種情報は本社が把握しているはずだから、現地で添乗員さんが判断して決めるのではなく、本社と相談してみたら…と提案してみました。

 それでも添乗員さん、本社と相談したのかな? しばらくして、高松から特急は走っていないので、電車で帰るのは現実的ではありませんと説明し、その代わり、高松~岡山間は高速バスが発達しているので、その高速バスに乗れば、本日中に東京にたどり着く新幹線に間に合うので、そうして欲しいといってきました。

 おそらく、そう言ってくるだろうと、こちらも予測していたので、予め高速バスの運行状況を調べてみたら、確かに高速バスが頻繁に走っているし、便利みたいだけれど、本日分のチケットはすでに全席売り切れだと言う事も分かりました。なので、添乗員さんに、高速バスは良い手だけれど、すでに全便チケット売り切れだから、乗れないよと教えました。

 そんなはずはないと思います…と言ってたけれど、ここでようやく本社に連絡を入れて、上司と相談しはじめたようでした。私、添乗員さんがこれ以上つべこべ言うようだったら、客を代表して、直接運転手さんと交渉して、このバスをこのまま岡山まで走らせてもらうつもりで考えました。だって、それが一番現実的だもの。松山~岡山間の高速バスに乗れないなら、このバスをそのまま松山~岡山間の高速バスにしてしまえば、我々は問題なく岡山までたどり着けるし、その時間なら、東京行きの新幹線に余裕で間に合うもの。だからそう言おうと思っていたら、添乗員さんが本社の指令を我々に伝えてくれました。その内容は、私が考えていたのと同じで、このままバスを岡山まで走らせ、岡山で解散にしましたって事です。

 バスの中で歓声と拍手が巻き起こりました。私と添乗員さんのやりとりを皆さん見ていたわけだし、一応現実的な解決にたどり着いたわけだからね。実際、最初の添乗員さんの言う事を信じて、松山駅で解散になっていたら、みんながみんな、適切な情報をゲットして電車に乗れるわけじゃないから、ほんと、大変な事になっていたと思います。

 でもまあ、よしよしです。ただ、ツアー料金は、本来、帰りの羽田まで含まれていたはずだけれど、それが岡山までになって、岡山から先は自費で帰宅してくれというのは、いくら免責事項とは言え、なんか納得いかないです。後で帰りの飛行機代を精算してくれるんだろうけれど、だいたい飛行機のツアーチケット代なんて、たかがしれているわけで、それよりも新幹線代の方がずっと高いはずなので、余計な出費は、あんまりうれしくないです。

 そうと決まれば、ひとまず安心です。松山に寄る予定だったけれど、そのまま素通りし、愛媛から香川に入り、瀬戸大橋を渡って、岡山に行きました。今回の旅行で、通っただけだけど、ほぼ四国一周したような気分です(徳島は通ってないけど:笑)。

 岡山に着いて、新幹線の切符を買おうとしたけれど、結構満席で、最初に乗る予定だった新幹線はほぼ完売。バスの中で座席チェックをした時は、まだまだガラガラだったんだけれどな。山陽新幹線は登録してあればスマホでチケットが買えるけれど、私は登録していないので買えません、ちょっと残念。で、あれこれ座席を探したけれど、妻と座席が離れ離れになるのはイヤだったので、予定の便を諦めて、次の便にしました。少しでも早く帰りたかったんです。

 で、新幹線も決まったので、まだ出発まで1時間近くあったので、車内で食べる夕食を買いました。こんな時はケチっても仕方ないので、ドドーンと、さぼてんの三元麦豚ロースかつ弁当とミックス弁当にしました。美味かったです。

 岡山を定時に出発した新幹線は、途中、浜松付近までは快調に飛ばしていましたが、浜松付近で車内放送が入り「掛川~静岡間で強風が吹いているため、浜松で停車します」との事だったので、いよいよ台風圏内に入るわけで、そこから時間がかかっていくんだろうなあ…最悪、車中泊になるかな…仕方ないかな…と覚悟を決めたら、スルッと浜松駅を通過。車内放送によれば、強風が止んだので、このまま進みますとの事。いい感じじゃん。

 ところが、しばらくして新幹線が止まっちゃいました。理由は「掛川~静岡間で強風が…」ってわけで、まあ仕方ないよね。で、しばらく止まっていたと思ったら、割とすぐに走り始めました。なんでも、風が弱くなったから…って、JRって頑張るね。なんとしても、ちょっとでも、新幹線を前に進めようとする、その心意気がいいね。でも、結局、またしばらくして、停車しちゃいました。2度目の停車です。でも、これもしばらく休んだら、また走り出し、その後は順調に進んで、品川(私たちは東京ではなく品川で降りました)には、約25分の遅れで到着です。そこから東海道線に乗って、無事に帰宅しました。当初予定の羽田空港経由で帰るよりも、1時間ぐらい早かったかなって感じです。まあ、その分、お金がかかって、体力を消耗していますが…。

 そんなわけで、最後はハプニングだらけでしたが、無事に四国から帰ってまいりましたとさ。

 お終い。

蛇足 それから一週間もしないうちに、旅行会社から精算の案内が届きました。なんでも、帰りの飛行機に乗らなかったので、一人につき7千5百円の返金なんだそうです。ううむ、返金してくれるのはうれしいけれど、これって帰りの新幹線代の半額程度だよね。なんか納得しないけれど、まあ揉めるほどの金額ではないから、これでいい事にします。

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2018年8月 9日 (木)

実は四国に行ってました その4 やっぱり魚類が好きなんだな

 本日のお宿は、足摺岬のホテルでございました…とは言え、足摺温泉郷ではなく、そこから一軒だけ孤立した、周囲には本当に何もないホテルに宿泊したわけなのですよ。

 バスから降りて、ホテルに入って、部屋について、やっと休んでいるところに、妻が展望場に行きたいと言い出しました。このホテル、周りに何もないだけに、プライベート展望場があるんですよ。さっそく行ってみた所、これがなんとも絶景なんです。たぶん、この日一番の感動スポットだったりします。どれだけ絶景かと言うと…絶対に人間が死んでいそうな感じするほどの絶景なんです。なにしろ、海に向かって切り立った崖の上なんですもの。それも海から数十メートルもの高さがあるんです。おまけに、展望場は狭い上に、足場は超絶悪いです。床面がつるつるの岩で、海に向かって下がっているんです。手すりも何もありゃしない。足を滑らせたら、一巻のアウトです。ほんと、洒落にならない環境です。でもでも、ただただ絶景。青い空と青い海。波立つ岩々。なんだろうね、船越英一郎がいないのが不思議なくらい、2時間ドラマのロケ地っぽい展望場でした。

 私的に、このプライベート展望場が、今回の旅で、一番心に残った観光地でした。それくらいの、見事な絶景だったんですよ。

 展望場から戻ると夕食でした。夕食は、郷土料理の卓袱(しっぽく)料理との事でしたが、まあ簡単に言っちゃうと、大皿料理ですね。大皿に、その日のおかずが人数分盛られているわけです。で、食べる時は、そこから小皿に移して食べるのですが、小皿に移しちゃうと、小皿2枚分程度の量のおかずなわけで、見かけが豪華な割には、内容は案外質素な夕食だったわけです。でもまあ、宗田ガツオが名産という事で、カツオ系のおかずは美味しかったし、お吸い物もお出汁が濃くてよかったです。

 食事の後はお風呂ってわけで、温泉に入りました。お湯は…弱放射能冷泉ってわけで、俗に言う“ラドン温泉”です。もっとも、冷泉だから厳密には温泉じゃないんだけれどね。でも、お湯の温度は絶妙で良かったです。で、露天風呂に入ったのだけれど、露天風呂は真っ暗でした。電灯はあったのだけれど、お飾りのようで付いていなくて(スイッチもなければ、電線にもつながっていないのです)、お風呂場あたりは本当に真っ暗だったんですよ。月が出ていたので、月を見ながら、真っ暗なお風呂に浸かるのも、乙なもんです。泊まり客はそこそこいるはずなのに、誰もお風呂に来なかったので、私一人の貸し切り風呂っぽい感じで、なんとも贅沢な気分になりました。

 とまあ、私はお風呂で贅沢気分を満喫したのですが、妻はと言うと…お風呂で火傷をしてしまうというハプニングに会いました。なんでも、蛇口からいきなり熱湯が出てきたそうです。まあ、旅館風呂あるあるだよね。大事には至りませんでしたが、ちょっとドタバタしてしまいました。

 で、その日の夜は、妻は火傷した足が痛くて、私は気管支炎で咳が止まらずにゲホゲホゴホゴホとまあ、情緒もへったくれもなかったわけです。

 翌朝は、6時起床で、7時朝食。妻の火傷は一晩冷やしたせいか、だいぶ良くなっていました。私の気管支炎は全然良くならないのだけれど…ね。朝食は、普通の和定食。ただ、高知は西国なので、納豆はありませんでした。残念。あと、海苔が味付け海苔でした。おお、珍しい。あと、生卵にかける出汁醤油が、やたらと美味しかったです。さすがはカツオの名産地だけあるわな。

 朝食食べたら、ホテルを出て、足摺岬に向かいます。まずはジョン万次郎さんにご挨拶です。ジョン万さんも良い男でした。そこからてくてく森を歩いて、足摺岬に出ました。絶景…のはずですが、昨日のホテルのプライベート展望場の方が絶景だったので、ちょっぴりガックリです。でも、四国南端まで来た事には変わりありません。公式サイトは閉鎖中なので、こちらの観光サイトにリンクしておきます。

 足摺岬を見たら、その足で、金剛福寺へ参りました。金剛福寺は立派なお寺でした。蓮池の蓮がキレイで感動し、境内の池の魚類たち(鯉と金魚)たちが愛想よくて、なんともほのぼのしちゃいました。魚類たちを見ているだけで、一日が過ごせそうなくらいでしたが、心を鬼にして、時間ギリギリまでしか魚類たちとは遊びませんでした。お寺の公式サイトはこちらです。

 足摺岬の次は竜串海岸へ行きました。で、我々は竜串にある海底館に行きました。まず、駐車場にいた猫たちが可愛かったです(妻的には、今回の旅の一番の思い出が、竜串の猫たちなんだそうです。それくらい、超絶的に可愛かった…そうです)。で、その駐車場から海底館まで、500mほどありました。暑い日差しの中、この距離はちょっとキビシイです。で、やっとたどり着いた海底館は、この世の天国かと思うほど素晴らしい場所でした。なにしろ、天然の熱帯魚が見放題なんですよ。いやあ、素晴らしい、実に素晴らしい。このまま一日いても、絶対に飽きない自信があります。それくらいにお魚天国、魚類好きにはたまらないスポットです。でも、魚類に興味のない人には、実に退屈な場所なんだろうなあ…。公式サイトはこちらです。

 海底館でたっぷり時間を使ってしまったため、後は売店で紫蘇ジュースを飲んで、ここはお終い。まだ午前中だったけれど、これで本日の観光はお終い。後は帰るだけとなりました。なにしろ、まだ足摺岬周辺にいるのだけれど、帰りの飛行機は松山空港発だもの。遠くの空港だから、観光を切り上げて、さっさと空港に向かわないといけません。それでも帰宅は真夜中頃になってしまう予定なんですもの。

 で、バスは竜串海岸から、一路、松山空港を目指したわけですが、昼食を食べないわけにはいかないので、途中の愛媛の宇和島で、郷土料理の鯛めしをいただきました。これが美味しくてビックリ。このツアー中、一番美味しかったのがこの“鯛めし”だったのです。関東で鯛めしと言うと、炊き込みごはんですが、宇和島の鯛めしは漁師めしで、生の鯛で食べる鯛めしなんです。こちらのサイトにレシピが乗っていますので、これでお味をご想像くださいませ。

 ちなみに、鯛めしだけでなく、サメの刺し身とかもいただきました。美味しかったよ。
 で、昼飯も食べ終わり、いよいよ本格的に帰路に着こうという我々でしたが…続きはまた明日。

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2018年8月 8日 (水)

実は四国に行ってました その3 初日の観光は、こんなもん

 空港から最初に向かった観光地は、伊尾木洞でした。たぶん、観光地としては超マイナーってか、ほぼ無名なんじゃないか? でも、その分、手付かずの自然が残されていて、なんとも神秘的な場所でした。

 バスを近くのスーパーの駐車場に停め、徒歩で小川沿いに近寄り、洞窟に入って…その洞窟もなかなか良いのですが、そこを抜けた先の風景が素晴らしいのです。まるで深山だよ。深山の渓谷ですって。小川とシダと苔と湧き水とカニとカエルと岩の世界です。公式サイトがあるので、そちらを紹介しようかと思ったけれど、高知のマイナースポットを紹介しているこちらのサイトの方が、伊尾木洞の魅力を上手に伝えていると思うので、そちらをリンクさせていただきます。

 最初っからディープな観光をしてしまいました(汗)。ちなみに、私は結構奥まで行きましたが、足場が悪かったため、妻は洞窟を抜けたところでリタイヤ。ちょっと残念ですが、そういう場所なんです。万人向けの観光地とは、とても言い難い伊尾木洞でした。

 伊尾木洞の次は桂浜です。まあ、高知に来たら、何は無くとも桂浜ですわな。とにかく、龍馬さんに挨拶しないといけません。

 桂浜は、始めて来た場所のはずなのに、ちっとも始めてという気がしません。考えてみたら、そりゃあそうで、大河ドラマで何度も見た風景だし“水曜どうでしょう”でも、たびたび見ている風景だし、こりゃあ確かに始めてじゃないわな。

 桂浜の龍馬さんは、なかなかの男前でした。天下の桂浜ですから、もっと人がうじゃうじゃいるものかと思っていましたが、案外少なくてビックリ。ま、先の集中豪雨もあって、高知は観光客の足が減ってますからね。集中豪雨で被災して、観光客まで減ったら二次災害だよな。ほんと、気の毒ですよ。それにしても、きれいな海岸でした。桂浜は、海岸の景観と龍馬像の2つを見たらオシマイって場所なんだけれど、個人的には桂浜水族館を尋ねてみたかったです。でも、見学時間がなくて残念でした。こちらが(たぶん)桂浜の公式サイトです。

 桂浜からバスに乗り続けて、次に来たのは四万十川でした。佐田沈下橋のあたりです。

 四万十川は日本一の清流って事で有名ですが、実際に大きくて立派な川でした。水がきれいなのはもちろん、魚もたくさんいて、浅瀬にも小魚がウヨウヨしていました。手づかみできそうな感じなんです。

 四万十川も立派ですごいのですが、その周辺には四万十川本流に負けないくらいに立派支流もたくさんあって、四万十川流域は、本当に水量が豊かな土地柄だなって思いました。とにかく、みずみずみず…って感じなのです。おまけに周囲は平らな土地だし、さぞやお米がたくさん取れるんだろうなあ…。

 沈下橋と言うのは、欄干の無い橋で、大水の時には、そのまま川の中に沈んでしまう橋なんだそうです。橋に手すりが無いってのは、ちょっとビビります。

 この佐田沈下橋は、生活道路なので、我々が観光していても、土地の人の車が通ります。で、橋の上で、車と人がすれ違うのですが、欄干が無いと…ほんと、心細いものだよ。で、人と車のすれ違いもヒヤヒヤだけれど、個人的にヒヤヒヤしたのは、人と犬のすれ違いね。ほら、私、先日、犬に噛みつかれたばかりなので、犬が近くに来ると、また噛まれるのではないかと、無意識に構えてしまうのですよ。ま、普通の犬が意味なく人を噛み付いたりしない事は知っているのですが…。佐田沈下橋を含んだ四万十川の公式サイトはこちらです。

 これでこの日の観光はお終い。正直、観光している時間よりも、道の駅等で休憩している時間の方が長かったし、それより何よりバスに乗っている時間がやたらと長かったけれど、そんな事に文句を言っても仕方ありません。

 これで一路、本日のお宿に向かったわけです。続きはまた明日。

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2018年8月 7日 (火)

実は四国に行ってました その2 飛行機はいいけど、バスは無理

 朝5時に起きて、ホテルの隣のコンビニに行って、のど飴(旅行中大活躍)とパンとトマトジュースを(たぶん朝ごはん足りないから)買って、予約した6時のシャトルバスに乗って、6時半に空港到着。で、空港のレストランで朝食。空港のお店って、やたらと朝早いんですよ。特に出発ロビーのお店は朝6時ぐらいからやっているところが大半らしいです。なので、我々も朝ごはんをホテルで食べるという選択肢もあったけれど、そこはあえて空港で食べることにしたわけです。で、私は和定食、妻は洋定食を食べたわけです。朝から焼鮭とか納豆とか豆腐とかヨーグルトとか食べちゃうわけです。

 空港のレストランの食事ですから、当然、コストパフォーマンスは悪いわけで、私のような大食漢向けのメニューなどはないので、レストランで食べ終わったら、空港のベンチで、パンとトマトジュースで朝ごはんの続きです。

 で、ツアーの添乗員さんに挨拶してツアー手続きをしてチケット受け取り、荷物を空港に預けました。で、ここがめっちゃ混んでたんですよ。実は後で知ったのだけれど、荷物をカウンターに預けるのではなく、自動荷物預かりの機械があって、そっちはスカスカだったので、そちらで手続きをすれば、朝の貴重な時間を無駄にせずに済んだわけですが…旅慣れていないと、こういう所がダメなんですね。

 今回のツアーは、初日のお昼ご飯が付いていないので、空港で空弁を購入。私は天むすとカツサンド、妻は天むすです。バスの中で食べる事を考えると、まあこんなところが妥当でしょう。

 さて、搭乗前にやるべき事をやったら、搭乗ゲートをくぐってセキュリティーチェックを受けます。いつもそうなのですが、私は必ず、このチェックに引っかかります。いつも引っかかるのですが、今回もやっぱり引っかかりました。金属製品なんて、ベルトのバックルぐらいした身につけていないのですが、必ず引っかかるのでした。

 で、列の横に弾かれて、巨体な女性係員の方にボディチェックをされました。たぶん、格闘技系の方でしょうね。でも、若い女性にボディチェックをされるのは、悪い気はしません。ちょっとしたご褒美でした。

 で、セキュリティーチェックを無事に終え、時間になるまで搭乗口で待って、さあ搭乗だあ…と列を作って矢印の指示通りに進んでいったら、やがて通路を逆走してくる人々と遭遇。「はは、入り口間違えてやんの(笑)」と思ったら、なんと、我々が進んでいた通路は行き止まりで、飛行機につながっていませんでした。つまり、空港職員のポカミスですね。仕方がないので、私もすごすごと来た道を戻って、別の通路から飛行機に入りました。別の通路から入ったと言っても、飛行機自体は小さな飛行機だったので、すぐに自分の席に到着できました。

 それにしても最近のエコノミー席はいい感じだね。昔々は、エコノミー席って、狭くてちっちゃくて大変でした。横も縦も狭くて…私などは隙間に押し込まれるような感じで、窮屈で窮屈で大変でしたが、今どきのエコノミー席は私のようなデブが座っても横にも縦にも余裕があって、ほんといい感じでした。窓際の席は妻に譲ったので、外は見れず、機内のモニターも遠くで見えないので、飛行が安定したら、iPadを機内モードに設定して、読書をしました。で、一時間も乗っていたら、高知龍馬空港に到着です。

 高知空港で、始めて今回のツアー仲間(?)たちと合流です。30名前後の小さな団体でした。それに添乗員さん(おっさんです)が一人。高知龍馬空港は、たぶんローカルな空港がどこでもそうなように、規模的には鉄道のターミナル駅ぐらいで、あまり大きくはなく、バスプールまでは、あっという間です。で、全員バスに乗ったら、いよいよ出発です。

 バスは普通の観光バスでしたが、車内の内装を見ると、ブラウン管モニターがあったり、シャンデリアっぽい電灯があったり…と、やや古い車体のようでした。で、一番難儀したのは、座席が狭い事。飛行機のエコノミー席は良くなりましたが、バスの座席は狭い狭い。「えっと、観光バスの座席ってこんなに狭かったけ?」って、改めて認識させられたのでした(たぶん、古い車体なので、座席が狭かったんだと思う。今どきの都会の観光バスは、もう少しデブに優しいです)。

 ちなみに、人数に余裕があったので、後ろの座席はスカスカでした。なので、後ろに座っている人たちは、適当に散らばって、ゆうゆうと座っていました。座席は初日と最終日(二日間の旅行です)で席替えをする事になっていたので、しばらく狭くても我慢していたのですが、旅行が始まって間もなく、添乗員さんが席替えはしませんと言い出したので、じゃあ個人的に席を変えてくれと交渉して、かろうじてまだ空いていた後部座席に、妻と移動させてもらいました。いやあ、狭くて辛かったです。私は二人分の座席に座って横に余裕ができたものの、前後の余裕は当然なかった(特に前の座席人がこれでもかってくらいに、座席を倒していた)ので、それでも横向きに座っていました。バス車中は快適とは程遠かったのですが、まあそれはデブにはデフォルトなので、そういうモノとして諦めました。

 と言う訳で、最初の観光地に向かった我々でした。続きはまた明日。

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2018年8月 6日 (月)

実は四国に行ってました その1 蒲田に前泊っす

 実は前回、ネット社会から離脱した時には、四国に行ってました。もちろん、観光&遊びです。つい先日、集中豪雨で被害を受けた地域に遊びに行くなんて、実に不謹慎だと考える方もいらっしゃるでしょうが、四国のすべてが被災したわけではなく、被災しても、すでに日常生活に戻った地域もあるわけで、それなのにすべてをまとめて被災地扱いにしちゃうのは、ちょっと違うと思うし、何よりも被災周辺地域だからこそ、災害の煽りを受けて、経済活動が滞っていたりするわけで、そういう地域だからこそ、積極的に遊びに行くことが私に出来るせめてもの事かなって考えました。

 災害ボランティアは、気力体力財力が充実した方に任せ、私は私なりの活動をしていきたいと思ったわげてす。

 ま、そんなわけで、気力も体力も財力も全然充実していない私は、四国旅行と言っても、格安ツアーでの参加にしたわけです。いやあ、基本、オタクですから旅行スキルって、実に低いので、ツアーに参戦ってのが精一杯なんですのよん。

 妻と二人でツアーに参加です。息子くんは大学のテスト期間中なのでお留守番です。

 今回の旅はツアーの集合時間がやたらと早いので、羽田近郊の蒲田に前泊する事にし、その日の仕事をさっさと終えて、夕方から、のこのこと出発しました。若い頃なら、早起きして羽田に向かうという芸当も出来ないわけではありませんが、夫婦ともに御老体ですし、日頃の仕事の疲れも溜まっているし、そうそう無茶はできません。

 JRで蒲田まで電車で行って、ひとまずそこからホテルまで徒歩移動です。ホテルは妻が適当に予約したのですが、良いホテルでしたよ。そのホテルは、我々のように、羽田に向かう人たちが前泊するために利用するホテルのようで、ホテルから空港までシャトルバスのサービスがあるホテルだったのです。それも午前4時からね。もちろん、我々は早い早いと言っても、そこまで早くなかったので、午前6時出発のバスを予約しました。

 夕食は「旅行中は贅沢をしよう!」と妻と決めていたし、体調もすぐれなかった(気管支炎&腹痛)だったので、生物(なまもの)は避けようと思っていたので、まあ焼き肉かな…って気分でした。実際、蒲田駅からホテルに行くまでの道筋には、焼肉屋さんがたくさんあったからね…。で、ホテルにチェックインをして「さあ夕食だ!」と勇んで街に出てみたもの、人間の気分なんて急に変わるもので、さっきまで焼き肉気分だったのに、急に酸っぱいものが食べたくなっちゃったわけです。で、酸っぱいものと言えば…甘酢あんかけ系の料理ってわけで、そこで思いついたのが(中華料理店ではなく)大戸屋さんでした。ああ、庶民ライフが身にしみているなあ…。

 普段はめったに大戸屋さんには行かない私ですが(基本、外食はしない人なのですが、外食しても中華か洋食が大半で、和食系には行かないんです)、その時は無性に大戸屋さんに行きたくなって…で、行っちゃいました。旅行中なのに(笑)。自宅の近所にもあるのに(大笑)。

 食べたのは『鶏と野菜の黒酢あん定食』と『チキンかあさん煮』と『大戸屋風ばくだん小鉢』の三品。黒酢とネバネバを食べたかったんですよ。

 で、ホテルに戻ってテレビ見て、寝て、翌日になりました。

 こんな感じで旅行記を書いていきます。続きはまた明日。

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2018年8月 5日 (日)

自分の声帯を見てきた

 気管支炎がひどいという話をチョボチョボとしていますが、ほんとひどいのです。もちろん医者にかかっているのですが、それでもあんまりひどいので、妻の勧めもあって、専門医に見てもらうことにしました。万が一でも、変な病気だったらイヤだからね。

 で、先日、妻も以前お世話になった事のある、横浜の大倉山の先生のところに行ってきました。公式サイトはこちらです。

 で、先生と色々話をして、声帯の検査を受けました。使用した器具は…たぶん、ストロボ式電子スコープって奴。金属製の棒(カメラと照明が仕込んであります)をノドに突っ込んで、リアルタイムに声帯の動きを記録するって、すぐれものです。

 金属棒を突っ込まれたまま、高い声低い声あれこれ発声させられました。で、その様子をビデオ撮影したわけです。

 ここにそのビデオ映像を貼ろうかと思ったけれど、内臓のビデオなので、ちょっとグロいかもしれないので、止めておきます。

 ビデオで見た私の声帯は、とにかく痰がたくさん絡んでいたのと、声帯の下部(肺に近い方)が腫れていました。

 声帯そのものはキレイなものだし、声帯の使い方も、なかなか上手だと褒められてしまいました(へへへ)。

 痰は、病変がある時に、細菌等から声帯を守るために出てくるものだから、痰が絡んでいる時と言うのは、あまり声帯の状態が良いわけではないそうです。実際、声帯は腫れていたし…。でも声帯そのものに傷も怪我も結節もないし、声帯の左右は偏り無く振動しているし、腫れている以外に異常はないそうです。

 なので、治療法としては(投薬を受けながら)乾燥を避け、入浴してカラダを温めるくらいで治るそうです。まあ、大した事はないって話です。

 投薬も、今現在、主治医にしてもらっている投薬で正解で、それを続けていくと良いでしょうというわけでした。

 今は咳に悩んでいるけれど、それは声帯に痰が絡んでいる以上仕方ないわけで、やがて声帯の腫れが取れれば、痰も減り、そうすると咳も収まるって事で、まだまだ気長に治療を続けないといけません…って事なんだなあと理解しました。

 それにしても、自分の声帯なんて、なかなか見れませんから、良い経験をしました。

 最近、書店で見かけなくなった先生のご著書(そのうち買おう、そのうち買おうと思っているうちに消えちゃったんだね)も受付で売ってたので、買って帰りました。近頃は電子書籍以外の本は買わないと決めていた私ですが、たまには例外もあるものです。

 それにしても、ノドが痛い。咳が止まらない。全然、歌えない(涙)。

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2018年8月 4日 (土)

ウルシが転覆しちゃいました(涙)

 本日から、また数日、ネット社会から離脱します。ブログは見ていますが、コメントは付けられませんので、ごめんね。

 さて、本題は標題の通りです。なんと、黒出目金のウルシが転覆しちゃったのです。

 つい先日まで、アセビやベルの立ち泳ぎを心配していました私でした。

 その時は、全然ウルシの事は心配していなかったのですよ。だって、普通に泳いでいたもの。その時は「ウルシは、どこにも怪我も傷もないし、体色はとてもしっかりしているし、カラダのバランスは良いし、年齢の割に小柄なくらいで、ほんと、欠点のない子だなあ」と夫婦して話していたくらいですから。

 それがいきなり転覆ですから、ビックリしてしまいました。

 本人(本魚)も転覆してビックリしたようで、ひっくり返ると、泳いで元に戻ろうとするのですが、正常位置では落ち着けないので、一瞬だけ正常位置に戻って、またすぐに転覆…を繰り返して、まるで錐揉み状態で泳ぎ続け、やがて疲れて転覆状態で休憩…となりました。こうやって体力を無駄に消耗していくんだよねえ…。

 転覆そのもので金魚が死ぬことはないのですが、転覆を続けていくと、どんどん体力が落ち、エサも食べられなくなって、それで死んでしまうのです。そういう意味では、転覆は死病なんですね。それも闘病期間がかなり長い病気なんです。

 一説には、浮袋の炎症が転覆病の原因だと言われています。内臓の炎症ですから、人間のように、抗炎症剤等を薬物投与できればいいのかもしれませんが、金魚相手にそれはなかなか難しいですから、基本的には手をこまねいて見ていくしかないわけです。

 ああ、心配だ。今まで転覆から帰ってきた子はいません。ウルシが始めて転覆から帰ってきた子になってほしいです。それが無理ならば、苦しみの日々が少なくなってほしいという、2つに裂けた願いをしている今日このごろの私です。

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2018年8月 3日 (金)

結局、吹けないのは譜面が読めていないから

 フルートの曲がうまく吹けない場合…多くの人は次のように考えます。

 「曲がうまく吹けないのは、指がうまく動かないから吹けないのだ。つまり、指のトレーニングが足りないから吹けないのだ。だから、指のトレーニングさえすれば、吹けるようになるんだ」

 間違ってはいません。堂々と正解です。私も実は、ほんの少し前まで、そう考えていました。

 だから、指のトレーニングって大切なんだろうなあ…、私がちっともフルートが上達しないのは、指のトレーニングをきちんとやっていないからだろうなあ…なんて考えていました。

 たぶん、私がこれからする話は、かなりレベルの低い話だろうと思いますが、現実的に私にとっては、真実な話なのです。

 おそらく、私の場合、いくら指のトレーニングをやっても、フルートは吹けるようにならないと思います。今のレベルから一歩も前に進めないと思います。

 と言うのも、私の場合、指がうまく動かない以前に、譜面が読めていないのです。譜面がちゃんと読めないために、次に吹くべき音が何なのか分からなくて、それで演奏が止まったり、譜面を読み間違えて、それでミスブローをしてしまったり…が、私がフルートを吹けない理由だからです。

 速さに対応できないのは、指ではなく(ってか、指以前に)目であり、脳であるのです。

 なので、譜面が楽に読める箇所は楽に吹けます。譜面を読むのが大変なところは演奏するのも大変です。譜面を暗譜していれば、まず間違えることはありません。これが私です。

 ですから、フルートがロクに吹けない現状を打破するために必要なのは、私の場合、指のトレーニングではなく、ソルフェの勉強であり、読譜力向上&暗譜力向上なのです。

 なんて事を書いても、同意してくださる人って、どれくらいいるんだろうなあ…。

 おそらく指のトレーニングが必要な人って、演奏する速度よりも速く楽譜を読める人であって、読譜のスピードに指が追いつかないから、指のトレーニングが必要なんだろうなあって思います。私の場合、演奏の速度に読譜が追いつかなくて演奏が止まるので、まずは譜面を正しく素早く読むことが必要なのでした。

 ちなみに声楽は、基本的に暗譜なので、フルートのように「譜面が読めないから歌えません」という事はまず起こりません。フルートも声楽のように暗譜できれば問題ないのだろうけれど…どうも“指を動かす”ために脳みそを使ってしまうために、なかなか暗譜ができないのですよん(悲しい現実です)。

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2018年8月 2日 (木)

今月は頑張って拾ってみました[2018年7月の落ち穂拾い]

 先月のこのコーナーでは、拾うべきコメントが見つからずに失礼しました。今月は頑張って拾ってみましたよ…でも正直、以前と比べると小ネタが多い感じかな? でもネタがあるとないは、全然別世界ですからね。今月はまあ…勘弁してください、お願い!

声種はパッサージョで分けるんだけれど…

 声種は、その人のパッサージョとかチェンジとかの位置の違いで分けます。これは歌の世界では常識だし、ちゃんとした合唱団などでは、この方針に従って声聞きをしてパートを分けています。

 ちなみに“パッサージョとかチェンジとか”と言うのは、高音に行くに従って、声が出しづらくなる音程がありますが、そこをどう越えていくのかとか、その声が出づらくなる箇所とか…そういう任意の箇所を指していいます。一般的には、低音歌手(アルトとバス)では五線譜の上の方のC#~D、中音歌手(メゾソプラノとバリトン)だとE♭~Eのあたり、高音歌手(ソプラノとテノール)になると高いF~F♯あたりになるそうです。
 ちなみに、そのパッサージョを越えた高い声を“アクート”と呼んでいる人もいますし、ここで書いたパッサージョよりも高いところに、もうひとつパッサージョがあって、そこを越えたら“アクート”だと言う人もいますし、いやいやそこは“ソプラクート”だと言う人もいますし、ソプラクートはHi-Cより高い音だと言う人もいます。

 かくのごとく、声楽関係の専門用語って、私にはよく分かりません。

 でだ(笑)。パッサージョなりチェンジなりで、声種が分かれる…という音声学的な分類の事は知っていますが、それでもなお、やはり気質とか好みとかで声種は分かれていくかな…って(少なくともアマチュアの場合は)思ってます。だって、みんな、歌いたいパートを歌いたいでしょ? たとえ歌えなくても、なんとかしちゃうでしょ? なんとかならなくても、合唱なら、歌えないところはクチをつぐんじゃばOKだしさ。

 まあ、声楽…とりわけオペラアリアとなると、歌える曲歌えない曲ってのが、モロに出てきますから、そう簡単な話ではありません。実際、歌えない歌は歌っても楽しくないですから、やがて自然に落ち着くところに落ち着いていくと思ってます。そういうところまで含んで、声種はその人の好き好きで決めちゃえばいいと、私は思ってます。

腹圧のかけ方

 最近の私の腹圧のかけ方は(フルート、声楽問わず)以下のとおりです。

 まず、ノドとかクチとか首とか、つまり胸よりも上の箇所では、特別なことはしません。高音に移行する際は、中音と同じ状態のまま、腹圧だけを上げて、息を前ではなく、上に高く持ち上げる感じにします。言葉で書くと簡単ですが、やってみるとかなりキツイです。

 吐く息に腹圧をかけるなど、日常生活の中ではやらないような動きなので、その理解と習得はなかなか大変です。

 大雑把に言えば“腹式呼吸”なのですが、より具体的には、私の場合、以下のようにやっています。

 まずは脇腹と下腹を絞り込むように内部方向に圧力を掛けながら、横隔膜(っぽく感じるところ:笑)を上の方向に圧力を掛けていきます。その時に、ノドがついつい上がりそうになるので、がんばって上がらないようにキープしていきます。で、この動作を一挙に行って筋肉を固めるのではなく、ニュートラルな感じから、徐々に動かしながらやっていきます。筋肉はなるべく止めないで、つねに少しずつ動かしていきます。動かして動かして動かして…でもやがては終点にたどりついて、それ以上動かなくなりますが、まだ曲の途中でそうなったら…仕方ないので諦めます(笑)。

 フルートにしても、声楽にしても、腹圧を掛けなくったって、それなりに歌えるし演奏もできます。でも、腹圧を掛けなくては歌えない歌もあるし、吹けない曲もあります。そういう曲だって歌いたいし、吹きたいので、頑張って腹圧を掛けられるように自分のカラダを改造しているわけなのです。

やっぱり人種の差はある…んだよね

 器楽の人には分かりづらい事なんだけれど、声楽では、人種の違いって、越えられない壁なんだよね。

 人種が違うと、体格が違います。この体格ってのは、単純に大きい小さいの違いだけでなく、骨格そのものが違ってきます。この骨格の違い、楽器的に言えば、楽器のフォルムの違いってのは、あたかも楽器の設計が違うくらい、大切で大きな違いなんです。

 クラシック声楽は西欧で生まれましたが、そこに住んでいる人たちって…高い身長、分厚いボディ、凹凸のある顔面を備えています。いずれも平均的な日本人にはない身体的特徴です。で、このカラダで歌う事が前提となって、名曲は生まれ、声楽テクニックも磨かれてきました。そういう意味では、日本人が声楽をやるというのは、色々と大きなハンデがあるんだと思います。

 努力じゃ、体格は変えられないからね。少なくとも、オトナになっちゃったら、体格はどうにもなりません。こればかりは、越えられないハンデなんだと思ってます。

 でもね、私は趣味の人なので、あまりハンデの事は考えないようにしてます。だって、ハンデの事を考えたら、何もできなくなっちゃうものね。

 人種の違いはあるけれど、その違いをプロの方々は乗り越え飛び越えていかないといけませんが、我々アマチュアは、その違いを受け入れて、今の自分ができる最大限の事をしていけばいいじゃんと考えています。

 ちなみに、体格の違いって、悪い方向にしか働かないわけではないそうです。

 日本人の歌手は、西欧の人たちと比べると、カラダが小さく、それに伴って、声帯も短くて小さな方が多いわけなんだけれど、それってソプラノにとっては、良い方向に影響するそうです。

 ソプラノのアリアのうち、いわゆる「夜の女王のアリア」と呼ばれるものがあり、これって難曲中の難曲の扱いを受ける歌だし、実際、びっくりするくらいに発声的に難しい歌なんだけれど、日本人ソプラノだと、アマチュアも含めて、この曲をしれっと歌っちゃう人が多いんだそうです。なぜそれが可能なのかと言うと、声帯が小さめなので、そもそも高音発声に向いているからなんだそうです。

 実際、日本人女声って、いくら声が低めな人であっても、歌ってみると、そのほとんどがソプラノなんだよね。たまにメゾはいても、アルトはまずいません。西欧人女声だと、日本人並みに声の高い人もいるけれど、その一方で、日本人男声ぐらいの音域で歌ったりしゃべったりする人も大勢います(海外ドラマを見れば、一目瞭然)。

 私は身長は約180cmなので、日本では大柄な部類に入りますが、白人社会に行けば、全然大きくありません。チビ…とまでは行かないにせよ、せいぜい普通サイズか、ちょっと小柄な人って扱いになると思います。なので、テノールなんですね。なので、合唱団等でテノールを歌っている人って、私よりも明らかに小柄な人が多くて、高い声を楽に出せるわけで、、これも日本人の人種的特徴であり、有利な点だと思います。

今月のお気に入り 金魚のマスキングテープ

 これ、可愛いです。私はこのマスキングテープを買って、発表会などの時に使用する、小さめの旅行用スーツケースにベタベタ貼り付けました。金魚のスーツケース、なかなかいい感じですよ。

 妻はこのテープをスマホケースに貼りました。夫婦で愛用しているのです。

今月の金魚

2018年7月4日(水) タニシさんたち150匹が我が家にやってくる。
2018年7月29日(日) ウルシが転覆しちゃいました。詳しい話は、次の土曜日にアップします。

今月のひとこと

 今日、休日出勤を終え、暑い日盛りの時間に帰宅しました。空を見上げて思いました。確かに梅雨ってあけたんだなあ…と。ああ、すっかり夏の日光だな(涙)。(2018年6月30日~7月5日)

 梅雨があけたはずなのに、天気は悪いし、雨ばっかり降る…。(2018年7月5~11日)

 今まで御大層な御託を並べていた方が、ブログを削除して消えちゃった…って事は、今まで大声でおっしゃっていた事が間違いだったという事を認めたって理解していいんだよね。単に忙しくなっただけなら、ブログの過去の発言を削除するって事は…ないからね。あれこれヤバイ発言があるから削除しちゃったんだよね。別に私は彼と対峙していたわけではなく、むしろ愛読者として、時折、生暖かく見守っていたわけだけれど、痛くて面白いブログが一つ無くなって、ちょっぴり残念です。復活しないかな?(2018年7月11~17日)

 東京に行った。ボケモンGOをやった。東京じゃあ、時間中ずっとレイドバトルが出来るんだよ。いつでも人がたくさんいるから、いつでも多くの人がジムにいるんだよ。すごいなあ。当地じゃ、人がいなくて、レイドバトルが不成立(ってか、勝てるほど人が集まらない)なんて事はしょっちゅうなのに…やっぱ、都会の方がボケモンGOは楽しめるなあ(涙)。(2018年7月17~19日)

 FOXテレビの某インタビュー番組において、トランプ大統領がインタビュアーからこんな質問を受けたのだそうです。「モンテネグロを攻撃から守るため、なぜ私の息子が(米兵として)行かなければいけないのか」それに対して大統領は「おっしゃることは理解できる。私も同じ質問をしたことがある」と答えたそうです。モンテネグロは旧ユーゴスラビアの一国で、2017年6月にNATOに加盟したばかりの国です。NATOに加盟したという事は、とりもなおさずアメリカの同盟国になったということです。「加盟国への攻撃は全体への攻撃にみなす」というのがNATOの基本的な考え方です。なのにトランプ大統領はそこに疑問を挟み込んだわけです。この“モンテネグロ”を“日本”に置き換えて考えた時、果たして憲法は現状のままで良いのか? 日本は自前の軍隊を持たなくて良いのか? と考えてしまう私です。憲法9条だけじゃあ国はもちろん、日本の子どもたちも、私の家族も守れないよ。(2018年7月19~20日)

 ソフトバングの孫会長が、某講演会で「日本はライドシェアを法律で禁じている。こんな馬鹿な国は無い」と発言されたそうですが、ライドシェア(つまり“白タク”)は、日本を始めとする多くの先進国で禁止だよね。少なくとも、イギリスとフランスとドイツでは禁止で、先進国じゃないけれど韓国(孫氏の母国です)も禁止。ま、きっと、イギリスとフランスとドイツと韓国も日本同様に馬鹿な国なんでしょうね。逆にライドシェアOKなのは、アメリカと中国とインド、ブラジル、ロシア、イスラエル等です。ライドシェア業者って、データを配信するだけなので、地元の業者でなくても全然OKのようだし、世界的にみると、アメリカのUberと中国の滴滴出行がライドシェア業者としては、世界のトップ2なんだそうです。ま、日本で白タクOKに法改正をするにしても、すでに実行している他の国の実情をしっかり踏まえてやらないとなりません。商売で儲ける事も大切ですが、日本と日本人の安全が脅かされることがない事を願います。特に、海外企業が儲けるばかりで、日本人から働き口が奪われるような事になってしまってはいけないと思いますよ。(2018年7月20~21日)

 野党の皆さん方が散々反対していた、統合型リゾート施設整備法案(カジノ法案)が可決成立しました。まあ確かに、ギャンブルを勧めるような法案を通すなんて…という気持ちは分からないでもないけれど、ならばなぜパチンコは野放しなんでしょうか? パチンコって、ほんと質の悪いギャンブルだと思いますよ。パチンコがOKで、カジノがOUTと言うのが、私には分かりません。カジノがOUTなら、当然パチンコだってOUTでしょ? でも野党の皆さんはカジノはOUTだけれど、パチンコはOKってんだから、これじゃあ、パチンコ業界のためにカジノに反対しているようなものじゃないですか? で、パチンコ業界守って、パチンコで稼いだお金は、一体どこに行っているでしょうか? 売国するのもいいかげんにしなさいって感じです。(2018年7月21~26日)

 ちょっとこの週末はネット世界から離脱します。ブログのコメントなど、遅れてしまうかもしれませんが、ご勘弁を。でも、毎日ブログはチェックしているから、コメントはご遠慮なく、よろしく。(2018年7月26~29日)

 とりあえずネット社会に復帰しました。それにしてもノドが痛すぎます。もう一週間近く気管支炎を患い、四六時中、咳ばかりしています。ああ、そのうち、ノドから血を吐くんじゃないかしら(涙)?(2018年7月29~31日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2018年8月 1日 (水)

高いAへの恐れが消えました

 声楽のレッスンの、さらに続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、ベッリーニ作曲の「Almen se non poss'io/もし私ができないなら」です。

 発声練習では平気でしたし、歌う前は大丈夫だと思ってましたが、実際に歌ってみると、腫れたノドで歌うのは、やっぱりキツイですね。特に曲の出だしは音が低いため、ノドがガリガリしてしまいました。先生からは、なるべく声帯に負担のかからない声(具体的に言えば、真綿のような柔らかい声)で歌わないといけないとの事です。

 普段の私は、ノドが強い事もあって、結構声帯に負担のかかる声、つまり“ノドを鳴らした発声”で歌っています。こういう発声では、声が重くなってしまうし、声帯に負担はかかるし、何よりも高音に制限が出てしまいます。それを回避するために、また調子が悪くても歌えるようになるために、普通に歌う声から、声帯に負担のかからない軽めの声で歌うように、シフトしないといけません。そのためにも、声のポジションをもっともっと高くする必要があるでしょう(ポジションの高い声で歌うと、そんなにノドには来ないのですよ)。

 ノドの負担を減らして歌うには、ノドを使わない分、カラダをたくさん使わないといけません。実際、ノドが痛くならないよう、痛くならないように歌っていたら、腹筋背筋が疲れてしまい、動きが悪くなるほどです。いつも書いてますが、私、ノドで歌えちゃうものだから、あまりカラダを使わずに歌う癖がついています。ですから、今回のように、ノドが使えなくて、カラダを使って歌わざるを得ない状況になって、初めて、カラダを使うしんどさを改めて感じてます。

 ああ、ほんと、カラダを使わずに歌ってきたもんだなあ(涙)。ちょっとだけ、反省しよっと。

 体調が悪い日ほど、自分の欠点と向き合わなければいけないのは、仕方のないこととはいえ、ちょっとメンタルに来ますね。

 次は、ドナウディ作曲の「Vaghissima sembianza/かぎりなく美しい絵姿」です。この曲の最高音は高いAです。Aをきれいに出すためには、Aの出番が来るまで、しっかり声を温存しておく事が大切なのです。

 声って減るものなのです。もちろん、減った以上、回復もするわけですが、歌っている限り、どんどん声って減っていきます。曲の間奏とか、二重唱などでは相手が歌っている間の休憩で、減った声を回復していくわけですが、声が減っていく速度に比べると、声が回復する速度って遅いのです。だから、なるべく声が消耗しないように、減っていかないように、最新の注意を払って歌い、余力をもって、その曲の最高音(ここではA)に向かっていくわけです。

 この曲は有節歌曲で二番まであります。高いAも、一番と二番の最後にそれぞれ一回ずつ出てきます。当然、一番のAは、まだ余力があるせいか、きれいに出ました。しかし、二番のAは、見事に声も減り、疲れてしまい、手順もうまくいかず、ちょっぴり届きませんでした。ドンマイ、こういう事もあるのさ。

 声が減って、こりゃを次の高音は届かないぞ…と感じた時に、むりやり声を出そうとするのは良くないそうです。その声で曲が終わってしまうならともかく、そうでなければ、無理やり高音を出すと、一挙に声が減り、声帯に多大な負担がかかってしまいます。なので、届きそうもない時は、すっぱり諦めてしまうのが肝心なんだそうです。

 逆に届く時も、ビタッと合わせて歌うよりも、その音を撫でるように、サラっと歌っちゃうのが良いのだそうです。とにかく、声の消耗を常に考えて、備えながら歌わないといけないんだそうです。

 頑張りましょ。それにしても、高いAがちっとも怖くないというのは、新しい世界に突入したって感じで、我ながら、いい感じなんです。

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