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  •  私が愛用していた龍角散の細粒が、どうやら随分前に販売中止になっていたようです。今飲んでいるヤツが無くなったら、もうお終いです。ああ、残念。次は、粉末の龍角散にしようか、それも龍角散ダイレクトにするか悩み中…。自宅では粉末を飲んでますが、細粒は主に職場で飲んでいます。職場だと、お手軽に飲めるのが大切だからなあ…。どっちにしようかな…。
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2018年6月 3日 (日)

そりゃ、慶喜さんにはなかなか回ってこないわい

 最近、NHK大河の「西郷どん」を楽しみに見ています。このドラマを見ていて思うのは、あれほど人望厚い“ひーさま(一橋慶喜)”がなぜ、なかなか将軍になれなかったのか?です。

 実際のところ“ひーさま”は、15代将軍徳川慶喜になったわけだけれど、歴史を紐解くと「西郷どん」のお話でよく出ていた、14代将軍(家定の後継者)になれなかっただけでなく、その前の13代将軍の時も、家定を将軍にしようか、慶喜を将軍にしようか…争いがあって、結局、家定に負けて将軍になれなかったという、黒歴史を持っている“ひーさま”だったわけです。

 なので、ドラマに初登場した時の“ひーさま”は、すでに将軍の跡目争いに一回負けて、やさぐれていたのです。で、再度のチャンスも負けてしまって、現在、ドラマの中では蟄居中だったりするんですが、その後に訪れる三度目のチャンスをモノにして、ようやく最終的には15代将軍になります。

 なんで“ひーさま”は、人望があって能力もあるのに、二度も待たされたのか…。歴史に詳しい方なら、あれこれ理由を言えると思いますが、私は、そんなに歴史に詳しいわけではありません。ただ、当時の将軍家って、実力とか人望とかも大切だけれど、何よりも血筋を重んじるわけでしょ? 正しい血筋の方でないと、どんなにすごい人であっても将軍様にはなれないわけです、でしょ?

 そこで、徳川宗家(つまり歴代将軍)の血筋ってやつを調べてみました。

01 家康
02 秀忠(父:家康)
03 家光(父:秀忠)
04 家綱(父:家光)
05 綱吉(父:家光)
06 家宜(祖父:家光)
07 家継(父:家宜)
08 吉宗(曽祖父:家康)
09 家重(父:吉宗)
10 家治(父:家重)
11 家斉(曽祖父:吉宗)
12 家慶(父:家斉)
13 家定(父:家慶)
14 家茂(祖父:家斉)
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15 慶喜(家康の子孫:11代孫に当たる)
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16 家達(吉宗の子孫:6代孫に当たる)
17 家正(父:家達)
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18 恒孝(曽祖父:松平容保)

 こんな感じです。基本的に全員、徳川家康の子孫で、将軍の子か孫、たまにひ孫が将軍になっています。で、これが14代家茂まで続きます。

 これを見ると“ひーさま”は血筋的に遠いなあ、薄いなあ…。11代も遡らないと将軍様が出てこないよ、それも出てきた将軍様は家康さんだよ、始祖だよ初代だよ。最後の将軍様の血筋的に直系となる将軍様が初代将軍様とは、いやあ遠い遠い。そりゃあ、なかなか将軍職が回ってこなくても、仕方ないなあ。

 いくら人望が厚く、能力が高くても、これだけ血筋的に薄ければ、もっと血の濃い人に将軍様になっていただこうという意思が働いても不思議じゃないし、当時の常識なら、そりゃあ“ひーさま”は将軍無理だって…。

 ちなみに“ひーさま”は、待ちに待たされた将軍職を約1年で引退してしまいます。あっさりしたもんです。“ひーさま”がやった仕事は、大政奉還と言う徳川幕府の店じまいだったわけです。

 で、将軍職とは無関係になった徳川宗家の家督を、次代の家達に譲るわけです。というわけで、この家達さん、世が世なら16代将軍になられたかもしれないはずの方だったりします。でも、この家達も“ひーさま”ほどではないけれど、血筋的に遠いですね。吉宗の6代後の孫だもの。

 当時の徳川宗家って、ほんと、人材不足だったわけなんですね。だから、家定のようなアレな人でも、家茂のような子どもでも、将軍にせざるをえなかったわけだし、それでも弾が尽きて、やっと“ひーさま”にお鉢が回ってきたわけです。なんかねえ…。

 でもまあ、結果として徳川幕府は滅んだわけですが、徳川宗家は続いていったわけです。

 現代の徳川宗家の当主は18代目の恒孝さんです。この方は、曽祖父が会津最後のお殿様である松平容保なんです。松平容保は水戸徳川家の血筋の方なので、直系の将軍は、これまた家康になるわけで、ありゃー本当に遠い。

 ちなみに、19代目(予定)となる家広さんは、恒孝さんのご子息なので、まあここは問題無しとして、この家広さんにはお子さんがいないそうなので、このままではお家が断絶してしまいそうなのです。まあ、一族の方から養子をもらってくれば、家は続きますが、今の所、そんな気配もないそうです。だいたい家広さんの奥様は日本人ではないそうですし、お家の継続ってあまり重視されていらっしゃらないのかもしれませんね。

 やがて徳川宗家も断絶なんだな…。

 ちなみに、吉宗や家茂を輩出した紀州徳川家も、現在の当主は女性で、独身で、お子さんもいらっしゃらないようなので、こちらも断絶の危機ですし、慶喜さんの家も、現在の当主の慶朝さんは独身でお子さんはいらっしゃらないようで、こちらも断絶の危機です。

 もっとも、尾張徳川家と水戸徳川家は、まだまだお元気だそうです(少し安心)。

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