ひとこと

  •  私が愛用していた龍角散の細粒が、どうやら随分前に販売中止になっていたようです。今飲んでいるヤツが無くなったら、もうお終いです。ああ、残念。次は、粉末の龍角散にしようか、それも龍角散ダイレクトにするか悩み中…。自宅では粉末を飲んでますが、細粒は主に職場で飲んでいます。職場だと、お手軽に飲めるのが大切だからなあ…。どっちにしようかな…。
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2018年4月の記事

2018年4月30日 (月)

指はまだまだ痛いですが、頑張ってブログ記事を書いてます[2018年4月の落ち穂拾い]

 標題の通り、指は相変わらず、痛いですが、頑張っています。しかし、原因がスマホゲームのやりすぎと分かっていますし、激痛というほどの痛みで無いため、医者に行かず、自然治癒にまかせていますが…ああ、それにしても、痛い痛い。

アマ団体のチケット販売に反対な理由 その2

 傲慢と言われるかもしれませんが、私は、アマチュアがアマチュアである条件というものがあると思ってます。その条件の一つに、アマチュアリズムというモノをあげたいと思います。

 百科事典マイペディアによると“アマチュアリズム”の定義は『金銭の授受を目的にある特定の行為をしたり,それを職業としてはならないとする考え方。とくに,スポーツの分野で用いられる。つまり,スポーツをすることによって金銭の授受が行われたり,賞金を得たり,生計を営んだりなど,経済的利益を追求してはならない,とする主義。』となります。私の考えは、これに比較的近い考えです。

 音楽はスポーツじゃないと言うかもしれませんが、プロたちが、チケット売って観客に見せるという商行為を行っている点において、音楽もスポーツと同じエンタメのジャンルに入ると私は思ってます。

 私は傲慢な人間だけれど、アマチュアはどこまで行ってもアマチュアなのです。そこを忘れちゃいけないし、プロの真似事なんて出来ないのだから、するべきではないと思ってます。

 私の中では、あくまでもプロはプロだし、アマはアマなのです。だから、アマチュアリズムも持ち合わせていない自称アマチュアさんたちが嫌なんです。彼らを生理的に毛嫌いしています。なので、アマ団体のチケット販売には反対する私です。

フルートの材質の違いは音色に影響を与えているのか?

 私は感覚的には、フルートは材質で音色は変わると思っていますし、そう感じています。なので、フルートの試し吹きって楽しくてたまりません。

 それと同時に他人の試し吹きってつまらないです。どのフルートを吹いても、似たような音しかしません。演奏者によって、多少の音色の違いはあっても、同じ人なら、どのフルートを吹いても、そんなに違った音はしません。このあたりの検証動画は、YouTubeを漁れば、いくらでも出てきます。

 なので、私は以下のように考え感じています。

 1)フルートの個体差は、吹いている本人には、とっても大きな違いに感じられる。
 2)フルートの個体差は、聞いている他者にとっては、それほど大きな違いには感じられない。
 3)聞いている他者にとってフルートの音色の違いは、楽器の違いよりも、演奏者の違いの方が大きい。

 たぶん、材質の違いは、骨伝導ってヤツを経由した時に顕著に現れるのかもしれない…と今はぼんやり思ってます。でも、誰もこの点を科学的に検証した人がいないんですよね。

フルートのハンドメイドとは

 私はフルートメーカーが言っている“ハンドメイド”って言葉は、単なる商売上の煽り文句だと思ってます。

 と言うのもフルートは、一般的な工業製品(例えば乗用車とかね)のように、オートメーション生産なんてされていないもの。21世紀になって、フルートは熟練された職人たちによる工場制手工業でしょ? いわば、すべてのフルートは職人さんたちによって組み立てられているわけだから、すべてがハンドメイドなんです。

 もっともハンドメイトの定義をもっと厳しくして、組み立てだけではなく、パーツの製造や主管の鋳造まで手工業に頼ったものを“ハンドメイド”と呼んでいるのなら、すべてのフルートはハンドメンドではないと言えます。どこのメーカーだって、自社でパーツ製作や主管の鋳造なんてやっていないもの。

 機械で作ったモノを人の手で調整しながら組み立てているのが、現在のフルート…ってか、すべての楽器がそうやって作られているわけだから、楽器って、すべてがハンドメイドであって、すべてがハンドメイドではないんです。

 だから、フルートのカタログに書かれている“ハンドメイド”って言葉、ただの商売上の煽り文句だと思ってます。

今月のお気に入り Godiego Collectors'DVD BOX

 今月は、私自身がゴダイゴのコンサートに行き、その影響もあって、久しぶりにゴダイゴのCDを聞いたり、DVDを見たりしています。で、ゴダイゴのDVDと言うと、今や定番と言うか、必需品となっているのが、このコレクターズボックスです。

 お値段は3万6千円と、ファン以外の方にはお高い値段ですが、ファンの方なら、たぶん、買っちゃうでしょうね…ってか、もう持っているか(笑)。

 DVD8枚組ですが、そのうち5枚は、以前、VHSビデオ(最初の3枚がそれ)やDVD(その次の2枚)で発売されていますが、終わりの3枚は初映像化作品ってわけで、当然私も、最初の5枚はVHSビデオなりDVDで持っていますが、今やVHSビデオを見る環境も無いし、8枚中2枚ダブってもいいか…という気持ちで、このDVDセットを妻に買ってもらいました(妻もゴダイゴファンです)。

 良いですよ。

 ちなみに、コレクターズボックスには続編もあります。

 こちらはDVD3枚組で1万5千円です。三枚の内容は、1)中国ライブ 2)シルクロードの旅 3)ポートピアライブです。ファンなら垂涎モノでしょ? 1)と3)は以前、テレビで放送されました(当時はビデオなんて持ってないので、当然録画なんてしてません)。2)は、当時LDだけで発売されましたので、LDを持っていなかった私は見たくても見れなかったんですよね。これらの貴重なライブがお手軽に見れるなんて、いい時代になりました。

 ゴダイゴのDVDボックスと言うと『Godiego 40th Anniversary Live DVD BOX』もあります。こちらは最近のライブです。還暦過ぎたおじいちゃんたちのライブです。若い頃とはあれこれ違いますが、これはこれでアリだし、ファンとしては、これもまた楽しです。

 あと、ゴダイゴ関係のDVDで忘れちゃいけないのが『キタキツネ物語』ですね。これの最初のバージョンの音楽は、まだ売れる前のゴダイゴが担当しています。ちなみに、最近リメークされたヤツは音楽が違うので、ご注意を。

 とまあ、ゴダイゴ関係のDVDを4種類紹介しましたが、始めて買うなら、やっぱり最初に紹介したボックスでしょうね。高価だけれど、内容は実に良いですよ。押さえるべきライブをしっかり押さえてあります。

 たぶん、権利の問題で難しいのでしょうが、個人的には、彼らの“アフリカの旅(テレビ放送されましたが、その後パッケージ発売はありません)”や、ミュージカル「モンキー・マジック」をDVDにして欲しいなあって思います。アフリカはなぜ発売されないのか分かりませんが、ミュージカルの方は、主演は坂上忍なので、なかなか許可が取れないんでしょうね…。あと「ディズニーランド組曲」とか「In You 勧進帳」などのライブでしかやっていなくて、正式発売されていない曲のライブビデオとか…発売されないかしら?

今月の金魚

2018年4月1日(日) ルデン、何者かに頭をかじられて顔の皮が剥がされる…しかし、約3週間ほどで回復する。よかったよかった。

今月のひとこと

 ポケモンGOがまたアップデートをして、今回からリサーチ機能が付きました。いやあ、やる事が増えて大変(笑)。でも、楽し。(2018年3月31日~4月2日)

 「ゲゲゲの鬼太郎」の新作が始まったわけだが、今回の目玉おやじの声が、まんま、ドラゴンボールの悟空だった事にビックリ! 声優さんが変わったんだから、前と全く同じというわけにはいかないのだろうけれど、皆がイメージする目玉おやじってのがあるわけで、そこから、あんなに遠くに行っちゃうのは、違和感しかないです。あんなヒーロー声(?)の目玉おやじに慣れる事ができるのだろうか?(2018年4月2~6日)

 “土俵に女性”問題だけれど、あれは相撲協会の危機管理意識の無さが生み出した赤っ恥だと思う。土俵に女性を上げてはいけない…という伝統は、相撲がスポーツではなく神事である以上、きちんと守られなければいけないと思う(宗教と言うのは、時に理不尽なモノなのです)。であるならば、なぜ常に土俵際に、男性の救命士なり医師なりを常駐させておかないのか? プロレスでもボクシングでも、常にドクターが控えているじゃないですか? 相撲だって、格闘技の側面を持っている以上、いついかなる事故や怪我が起きても不思議じゃないのに、そのための備えが疎かだったという点が、実にお粗末だと思う。やっぱりお相撲さんがフロントをやっているような相撲協会じゃあ、ダメダメなんだと思う。やはりフロントは、野球やサッカーなど他のスポーツ団体同様に、他業種を経験している専門の経営者たちによる運営じゃないとうまくいかないと思う。名選手(関取)は名コーチ(親方)になれるとは限らないし、名コーチは名経営者(協会幹部)になれるとは限らないのに、そんな簡単な事も分からないのかな?(2018年4月6~13日)

 政府から民間プロバイダーに対して、著作権侵害を行っている悪質なサイト(“漫☆村”とかね)への接続遮断が要請される事になったんだそうな。今のところは“要請”であって、法的根拠はありませんが、来年の通常国会で関連法の成立を目指して、法律で接続遮断を決めるようです。本来は接続遮断ではなくサイト削除が適当だと思うけれど、管理しているサーバーが国外にあるため、日本の法律ではどうにもできなくて、やむなく“接続遮断”なんだろうと思います。痛し痒しだね。まあ、接続遮断をすれば、日本国内からは閲覧できなくなるけれど、海外のプロバイダーからは相変わらず閲覧可能なわけで、手段はここには書かないけれど、ごくごく簡単な方法で、今までどおり日本国内からでも悪質サイトへアクセスは可能なわけだから、要請の効果の程はどーなんだろーね? まあ、これらのサイトの利用者が情弱であれば、今回のやり方でも効果があるだろうけれど…、普通の知識を持っていれば、状況は全然変わらないんだよなあ。(2018年4月13~21日)

 モリカケ問題で辟易としている所に、最近ではセクハラ疑惑ってヤツで、マスコミ報道は大賑わいです。マスコミがそんな事を報道している間に、北朝鮮と韓国は仲良くし、中国と北朝鮮が接近し、日本は日本でアメリカとの関係確認をし…今、世界は動いている真っ最中じゃん。一歩間違えると国が滅びるかもしれない国難ってヤツじゃないの? そんな緊張しまくっている国際情勢から、なぜマスコミは我々日本人の目を背けさせるような事ばかり報道しているんだろ? 今、日本がヤバイって事を、どうしても隠したい人たちがマスコミにいるって事なの? ねえ、どうなの? 今、報道されるべきは、些末な国内問題じゃなくて、歴史的変動を迎えている国際問題でしょ? そんな事ばかり繰り返しているから、拉致問題一つ解決できないんだよ。(2018年4月21~27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2018年4月29日 (日)

指が痛い(涙)

 実は私、数日前から右の人差し指が痛くて痛くてたまりません。どう痛いのかと言えば、人差し指で何かを叩くような動作をすると痛いです。人差し指をぐるっと回す動作をすると痛いです。あと、何もしなくても、ほんのりと痛いです。他の指は全然平気で、右の人差し指だけが痛いのです。

 まあ、涙が出るほど痛いわけじゃないですが、顔をしかめる程度には痛いです。フルート演奏に、多少影響があるかな…ってくらいには痛いのです。

 最初は冷えかな?と思ったのです。カラダって冷やすと良くないじゃないですか? 実際、右人指し指はちょっと冷えていますし…。実際、他の指と比べると、右人差し指だけは少し冷えているような気がします。たぶん、血行悪いです。

 実は今も指が痛いです。パソコンのキーボードは、十本指で打っていますので、右人差し指の使用頻度って、そんなに高くないのですが、それでも右の人差し指を使う音…まあ「ち」とか「に」とか「と」とか「お」とか「そ」とか「ら」とか「ら」とか「ぱ」とか「み」とか「め」とか「ぬ」とか…あ、結構あるじゃん。他にも「ぢ」とか「ど」とか「ぞ」とか「よ」とか「ば」とか「ぷ」とか…、ああ、いっぱいあるじゃん。これらの文字を打つ度に、右人差し指がズキズキします。

 ちなみに、私の入力方法は、ローマ字入力でもかな入力でもなく、今となっては絶滅危惧種とも言われる、親指シフト入力だったりします(笑)。ちなみに、ローマ字入力もタッチタイプは出来ますよん。でも、親指シフト入力の方が、圧倒的に速くて圧倒的に楽なので、今でも親指シフト入力をしている化石野郎だったりします。なので、例にあげた音が、ちょっと変わっているのは、そのせいなのです。

 それはともかく、右人差し指が痛いのです。

 よくよく考えみたところ、原因は冷えじゃなさそうです。だって、心当たりがあるもの。

 その心当たりって…ポケモンGOですね(笑)。はい、今は日本中のオジサンの心をわしづかみにしている(ってか、もはや若者は飽きてしまって、とっくの昔に辞めてしまって、今じゃオジサンしかやっていないといわれる)ポケモンGOに、ご多分に漏れず、私もハマっております。毎日毎日、街中をウロウロしてポケ活しています。

 たぶん、そのせいだな(笑)。なにしろ、ポケモンGOって、右人差し指を酷使するもんなあ…ってか、右人差し指しか使わないじゃん。

 なので、本日から、試みに右人差し指を使わないでポケモンGOをしてみました。右人差し指の代わりに右中指を使ったんですけれど(笑)。多少の違和感はあるけれど、大きな支障はありませんでした。まあ、私の場合、右手の指は、人差し指だろうが中指だろうが、それぞれ器用に動きますからね(楽器をやっている人なら、たいていそうだろうけれど)。

 右人差し指を使わずにポケモンGOをやってみたら…結構楽になりました。この調子で、二三日指を休めたら、右人差し指の痛みも取れそうな気がしています。

 しかし、スマホゲームのやりすぎで指を痛めるなんて、お恥ずかしい次第です。

追記 キーボードも辛いけれど、一番辛いのは、マウス操作です(涙)。

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2018年4月28日 (土)

ルデンの怪我がほぼ治りました

 いやあ、以前記事にしましたが、ルデンがひどい怪我をしました。あの時は、治癒不能になってしまうのではないかと諦めていました。だって、皮が剥がれちゃったんですよ。その範囲も広いので、よもや皮膚が再生するとは思わなかったんです。人間だって、小さなキズなら治るけれど、広範囲の怪我って、修復しきれずに傷跡として残るじゃないですか? だから、ルデンの大怪我も後が残って、ひどい顔になるんじゃないかって思ってました。

 今、ルデンの顔は九割方治ってしまいました。以前のような顔つきに戻りました。治りきれていない部分は、おそらく噛みつかれた場所ではないかな? そこだけキズが深くて、一番ひどい時は、皮膚の下の中身が見えて内容物が出ていた場所です。そのキズもだいぶ良くなり、内容物の流失は収まり、皮膚はまだ戻らず、その箇所はまだ凹んでいますが、だいぶ回復してきました。

 すごいなルデン。驚くべき回復力だよ。

 まあ、金魚の回復力が凄いのか、ルデンの若さがそうさせたのかは分かりませんが、良い意味で私の予想を裏切ってくれたわけで、そこにちょっぴり驚いています。

 たぶん、あと2週間もすれば、あれだけひどかったキズもきれいに治ってしまうのではないかしら? いやあ、すごいすごい。

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2018年4月27日 (金)

オーケストラの楽器の中で一番簡単な楽器は…フルート?

 先日、音楽友達との会話の中で「オーケストラで使われる楽器の中で一番簡単な楽器はなんだろう?」という話題になり、結論として、フルートが一番簡単じゃないのかとなりました。

 「叩けば音が出るパーカッション系の楽器の方が簡単だろ?」

 まあ、確かにね…。でも、音が出るだけじゃ寂しいので、一応、メロディが演奏できる、音階が演奏できる楽器に限って考えてみたので、多くのパーカッション系の楽器は横に置いて考えてみたのです。

 音階が演奏できるパーカッション系の楽器と言えば、真っ先にピアノが思い浮かびますが、ピアノは…鬼のように難しい楽器だと思います(別に異論はありませんよね)。マリンバとかビブラホンとかも、やってみると、これが案外難しいです。ティンパニー? ティンパニーだけでメロディを演奏しようと思ったら(まず思わないでしょうが)、すごくすごく大変だと思いますよ。

 というわけで、残ったのは弦楽器と吹奏楽器になりました。

 弦楽器と吹奏楽器では、やっぱり弦楽器は、ちょームズイという事でみんなの意見が一致しました。ヴァイオリンとかチェロとかハープとか…やっぱり難しいよね。

 吹奏楽器と言っても、あれこれあるわけで、大きく分けて、木管楽器と金管楽器があるんだけれど、どっちが難しい…というか、どちらが親しみやすいかで考えると、やっぱり木管楽器の方が簡単じゃないのかな…となりました。なにしろ、木管楽器ってのは、所詮、笛ですからね。笛なら、多くの人が小学生の頃から吹いているわけで、どうにかなると思ったわけです。金管楽器はラッパですから、大抵の人はやった事ないし、あのマウスピースから音が出るとは思えない…という結論になったわけです。

 で、数ある木管楽器の中で…となった時に、リードを使う楽器は音を出すのが難しくない?って話になり、移調楽器は頭が混乱するよねとか、あんまり大きすぎたり小さすぎたりしても吹きづらいよね…となり、最終的に残ったのが、フルートだったわけです。

 確かにフルートって、お手頃な大きさで操作しやすいものね。おまけにC調の楽器で移調はなしだし、運指はほぼリコーダーと一緒だし…。問題があるとしたら、最初の音出しで苦労するかもしれない…って事くらいです。

 確かに人によっては、安定して音が出るようになるまで、数ヶ月かかる事もあるけれど、でもまあ、普通はそんなに時間は掛からないので、その最初の音出しの難しさは、あまり考えなくてもいいんじゃないかって事になりました。実際、私は、最初っから音出たし…。

 と言う訳で、オーケストラで使う楽器の中で、一番簡単な楽器は、フルートという結論となりました。異論反論は大いに歓迎します。

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2018年4月26日 (木)

声と響きの正体

 最近の私は、歌声のことばかり考えています。まあ、アマチュア歌手としては、ごく当然の事なのかもしれませんが、ほんと、歌声のことばかり考えています。

 で、このところ考えるのは、声と響きの話。一体、声って何? 響きって何? って考えてます。

 まず大前提なんだけれど、声にせよ、響きにせよ、それらの発信源は声帯です。それ以外の部位からは、これらの音声は出ません。

 つまり、声にしても、響きにしても、根っこは一緒。声帯の振動で生まれた音なんです。じゃあ、その違いは何? どこにあるの? って考えるわけです。

 共鳴腔の中の響かせ方の違い? 支えの問題? 多少は関連あるだろうけれど、ここらに問題の答えがあるようには思えません。

 そこでピンと来たのが、幼女の話し方。幼女全般と言うよりも、割とおとなしめのお姫様タイプの幼女(幼稚園児あたりをイメージしてます)の話し方です。彼女たちって、ヒトなのに、まるで小鳥がさえずるような声で話すんですよ。同じ幼女でも、活発な子は違います。彼女たちは、少年たちと同じように、しっかりした声で話します。でも、お姫様タイプの幼女たちは、小鳥がさえずるように話します。この小鳥のさえずりのように聞こえる声が、いわゆる“響き”の声ではないかと思ったわけです。

 では、なぜ彼女たちの声が小鳥のように聞こえるのか…もちろん、その音高も関連しますが、一番の原因は、彼女たちの筋力不足。根本の筋力が不足気味なので、少年や活発な幼女たちとは違って、しっかりとした声が出せなくて、ふわふわ話すわけです。この筋力不足気味のふわふわした声が、小鳥のように聞こえる原因なのではないか…と私は考えました。この幼女たちも成長に伴い、やがて筋力増強してくれば、ふわふわ話さなくなるわけですし…ね。

 つまりお姫様タイプの幼女たちのような、ふわふわした声で歌えれば、響き多めの声で歌えるのではないかと思ったのです。

 しかし、オトナは幼女と違って、必要にして十分なだけの筋力を持っています。ですから、素のままの声では響き多めの声にはなりません。

 そこで必要なのが、リラックスだとか脱力だとかのテクニックなんだろうと思います。

 声帯から力を抜いてリラックスさせた状態で、声帯を振動させられたとしたら、お姫様タイプの幼女のように、響き多めのふわふわした声になるのではないかしら?って…。だから、声楽のレッスンでは、常に“リラックス”とか“脱力”だとかが言われ続けているんじゃないかしらって…思うわけです。

 ああ、なんか、納得。

 で、響きの声がリラックスした声であるならば、響きと対義語として使われる“声”は、逆に声帯をしっかりと鳴らした時の声…って言えるのではないでしょうか?

 つまり“響きと声”と言いながら、実は“響き”にせよ“声”にせよ、それらが単独で存在している事はなく“響き”と“声”は連続した一続きのものであると考えたわけです。

 で、我々の声のニュートラルな状態は…やっぱり“声”と呼ばれる状態だろうと思います。そして、そこよりも、声帯の脱力度が高ければ、声は芯を失って“響き”になります。また逆に“声”の状態よりも、声帯がしっかりしすぎる程に鳴ってしまえば、それは“鳴り”と呼ばれます。「声がよく鳴っているよね」って言われる時の状態がこれです。

 さらに“鳴り”の状態よりも声帯に力を込めて、しっかりしすぎるほどに声を鳴らしてしまえば、それはやりすぎとなり“怒鳴り声”になり、この“怒鳴り声”は、ほぼ“ノド声”と呼ばれるものになるのではないか…と考えました。

 そうなると…

  響き > 声 > 鳴り > 怒鳴り(ノド声)

 となります。

 で、これらの違いは、声帯周辺の筋肉のリラック具合なんだろうと思います。リラックスして声帯が脱力してくれば、声は響きになっていくし、緊張して声帯に力を込めてしまえば、声は鳴りや怒鳴りになっていくと考えています。

 そして、これらとダイレクトに関連してくるのが、ノドの強さかもしれません。

 ノドがあまり強くない方は、そもそも声を鳴らす事が苦手です。ノド声なんて無理も無理です。こういう方が軽く歌うと、ふわふわな声になり、まるで小鳥たちのような軽々とした声で歌えるわけで、それは響きをメインにした声で歌っているからです。

 一方、ノドが強い方は、声を鳴らすのが普通だし、鳴らしすぎてノド声になっていたりします。こういうヒトが響きの声で歌おうと思うと、振り子を逆に振っていかないといけないわけで、そりゃあ大変な仕事になるのだろうと思います。力を込めるのは簡単な事だけれど、力を抜くというのは、名人や達人の行いだもの、簡単にはいきません。

 そうなると、響きメインで歌うには、ノドは弱い方が良いのかもしれません。少なくともノドの強い方よりもスタートがずっと有利ですよね。もっとも、ノドが弱いと、声量は少なめになるし、声の通りも良くなくなるので、そもそもは歌向きな声ではないとも言えます。でも一人で歌えなくても仲間と合唱を楽しむ分には問題はないでしょうね。

 実際、響きの方が多くいる合唱団のハーモニーって、すごぶる美しいですものね。

 ソロで歌っていこうと頑張っている方って、程度の差こそあれ、ノドは強い方が多いと思います。そういう方が響きの声で歌うためには、脱力・脱力・脱力…ってなるわけで、皆さん、泣きを見ているわけです(涙)。

 というわけで、ノドに力をどれくらい入れるかで、我々の声は“響き”“声”“鳴り”“怒鳴り”に分かれていくというふうに私は考えました。

 いかがでしょうか?

蛇足 …と言うよりも追記ですが、今回の記事内容は、すべてノドの脱力うんぬんの話に終始しています。もちろんの話ですが、息そのものはしっかりと支えて、必ずちゃんと発声しないとダメですよん。

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2018年4月25日 (水)

やっぱりドレスって着たいみたいのですかね

 声楽のY先生門下の発表会って、今年は6月に行われるのです。私はどうしても外せない仕事とバッティングしていますので、涙ながらに本業優先…というわけで参加できないのです。だから、今年はこのブログに発表会関連の話題があがってこないし、私も悠長にベッリーニの歌曲集に取り組んでいたりするわけです。

 で、今回の発表会って、実は開催場所が音楽ホールではないのです。なので、楽屋は無いのだそうです。つまり、舞台衣装に着替える場所が無い…ってわけで、原則、ステージ衣装で来場し、そのままの恰好で舞台で歌うという段取りのようなのです。

 「着替える場所がないなら、トイレで着替えればいいじゃん」と考えがちですが、そこは事前に先生から「トイレは一般のお客様も使うので、トイレでの着替えはNGです」と
告知されています。

 つまり、せいぜい訪問着程度のよそ行きの晴れ着を家から着てきて、その衣装のまま舞台をつとめる事になるわけです。

 私の場合、フルートの笛先生に習っていた時代の発表会って、だいたいそんな感じだったので「着替える場所ないよ、ステージ衣装でやってきて」と言われれば、はいそうしますって感じなんです。特に違和感はありません。

 でもなんかこれ、出演者的には評判悪いみたいなんです。

 で、この話を妻にしたところ「そりゃあそうでしょ! ドレスを着られない発表会なんて、ありえない!」んだそうです。

 そもそも妻も今回の発表会には出演しません。まあ、私が参加しないので、一人で参加するのもなんなんで…って感じで出ないのですが、もしも今回、私が参加したとして、妻は…と言うと、まあ結局は私が参加するなら妻も参加するでしょうが、ドレスが着られない点で、かなり悩む…んだそうです。

 やっぱりドレスって着たいらしいのです。日常生活ではドレスを着るチャンスって無いわけで、そういう意味で、発表会ってのは、年に数回しかない貴重なドレスの日なのに、そこでドレスを着られないとなると、かなりモチベーションが下ってしまうんだそうです。

 実際、今回の発表会では、ドレスが着られないという事で参加を取りやめたとか取りやめなかったとかの話も耳にします。まあ逆に、ドレスを着ずに済むから参加しますというケースもありうるだろうし…ね。

 衣装って、大きな問題なんですね。男である私には、全然理解できません。

 個人的には、ドレス着用可の発表会を年内に、もう一回、開催してもらえると(別に私はドレスはどうでもいいのだけれど)私も参加できるので、うれしいなあ…って感じです。でも、年に2回の発表会って…まあ無いよな。

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2018年4月24日 (火)

歌は中低音が命

 私はテノールという事もあって、歌においては高音にこだわりがあります。高音命です。高音さえ出せれば、それでいいとすら、時折、思うこともあります。

 これは極端な例ですが、まあ、歌を志す者、趣味とする者は、多かれ少なかれ、高音にこだわりがあると思います。なにしろ、歌の難しさの要素の一つに“音程の高さ”ってのがあるくらいですからね。

 ですから常に“高音が出ない”という悩みがつきまといます。しかしY先生に言わせると、私の場合、高音が出る出ない以前に多くの問題を抱えているわけです。

 つまり、私自身は“高音が出ない”という事を悩みとして自覚しているわけですが、先生から見れば“高音はもちろん、高音以外もちゃんと出てない”って事になるわけです。高音に悩む前に、高音以外の音をしっかり歌って欲しいってわけです。何しろ、歌の9割9分は高音以外の音で成り立っているわけですからね。

 じゃあ、高音が出ている人は中低音もしっかり出ているのか…と言うと、プロはともかく、趣味の素人レベルだと、高音しか出せていない人って、実はたくさんいるんですね。むしろ、高音が得意だからこそ、高音ばかり練習をし、人前で歌えば「高い声が出るんですね~」と感心されてしまい、中低音がおろそかになっているなっているというパターンの人、実に多くいます。

 そもそも、素人でプロ並に歌える人って、ごく少数ですからね。なぜなら、プロ並みに歌える人は、そもそもプロになっているわけだし(笑)。

 素人で、趣味として歌っているアマチュア歌手は、程度の差こそあれ、なんらかの問題を抱えていて当然なわけです。

 でね、男性の場合、やっぱり歌の上手な人は…バリトンに多いんです。バリトンの人って、ある意味、高音を特別扱いしていないわけで、低音も中音も高音も等しく勉強して、曲全体としての上手さを追究していくわけで、そりゃあ歌ウマにもなるよね。テノールは、どうしても高音を飛び道具(アクートなんて、ほんと、飛び道具だよね)として考えちゃうし、飛び道具が手に入ればうれしくなっちゃうし、飛び道具が使えるようになれば、それで遊んでしまうわけで、なかなか歌手としての上達は二の次三の次になりがちです。

 これって、女声の場合は、アクートをコロラトゥーラに置き換えてみると分かりやすいかも…。

 アクートもコロラトゥーラも、それらを使う曲よりも、使わない曲の方が圧倒的に数多いわけだし、アクートもコロラトゥーラも、あくまでも飛び道具であって、歌の本質とは関係ない歌唱テクニックであって、それが出来ないからと言って、歌が歌えないわけじゃないのです。いやむしろ、アクートが得意、コロラトゥーラが得意と言っているアマチュアさんは「この人、ちゃんと歌が歌えないかも…」と、歌が分かっている人たちに思われているかもしれません。

 歌のほとんどは中低音(つまり五線譜の中の音)で出来てます。高音にこだわって学ぶよりも、地味に中低音を磨く勉強をした方がよっぽと歌が上達するし、理知的な学習者と言えるでしょう。

 だけど、やっぱり、高音にこだわるんだよね、私は。テノールだもん。だからテノールって“バカ”って言われるんだよな(汗)。

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2018年4月23日 (月)

ゴダイゴのコンサートに行ってきました 2018年

 たまたまチケットが入手できたので、東京文化会館で開催されたゴダイゴの“The Great Journey 2018”に行ってきました。

 知らない人がいるとアレなので、一応書いておきますと、ゴダイゴってのは、日本のロックバンドです。1975年から約10年間、日本のロック&ポップシーンをリードしてきたバンドです。全盛期はトップ10に同時に3曲もランクインするなど、すごい人気を誇っていたバンドです。もちろん私は、当時からの大ファンです。

 ゴダイゴは今も現役で、それほど頻度は高くないけれど、それでもコンスタントにコンサートをやり、新曲もリリースしている現役のバンドです。で、そのコンサートチケットは…私のような不真面目なファンだと、なかなか入手できないわけで、それで私はたまにしかゴダイゴのコンサートに行けないわけです。

 ちなみに前回私が行ったのは2012年のコンサートですから、6年ぶりですね(こちらに記事を書いてます)。ほんと、不真面目なファンだこと。

 今回のコンサートは…なかなか良かったです。バックにクワイヤやストリングスも加わり、実に豪勢なステージになっていました。もちろん、いつものホーンズや、タケコシ氏加わっております。

 ちなみにセットリストは、以下の通りです。

1. Pomp And Circumstance(威風堂々)
2. The Sun Is Setting On The West
3. We’ve Got To Give The Earth A Chance
4. Coming Together In Kathmandu
5. Leidi Laidi
6. Holy And Bright
7. Monkey Magic
8. Gandhara
9. Piano Blue
10. Somewhere Along The Way
11. Guilty
12. Millions Of Years
13. Dead End - Love Flowers Prophecy
14. Mikuni(御国)
15. The Great Sea Flows
【アンコール】
16. Portopia
17. Beautiful Name
18. The Galaxy Express 999(銀河鉄道999)
【アンコール2】
19. Celebration

 私はファンなので「とにかく良かった」の一言ですが、それでも…ちょっと…と思った事はあります。

 私が日頃、クラシックばかり聞いている事もあり、その音量に参ってしまいました。今回は、割と前の方の良い席で見たのですが、とにかく音が大きくて、耳がボーっとしてしまいました。それでも、普通のロックコンサートと比べると、だいぶ音量は控えめだったと思いますが、それでも私の耳には厳しかったです。

 あと、演奏の音も…ね。すべての音がP.A.を通して、会場のスピーカーから拡声されるんですが、そこでミキシングされた音が、すべて軽く歪んでいるんです。これは、昨今のポピュラー系のミキシングが概ねそうなので、別にゴダイゴだけの問題ではないのですが、私はクリアな音が好みなので、演奏音のほぼすべてが歪んでいると、これまた耳がボーとしてしまいます。

 あと、ライブならでは…と言うか、レコード音源と生演奏ではあれこれ違うのですが、大きく違っていたのは、11曲目の“Guilty”と14曲目の“Mikuni(御国)”。なんと、リードヴォーカルが違っていました。レコードではどちらもリードヴォーカルはタケさんなんですが、今回の“Guilty”のリードヴォーカルはトミーでした。“Mikuni(御国)”のリードヴォーカルに至っては、バッククワイアの女性ヴォーカルの方が歌っていました。まあ、それもライブならではですね。私的にはアリです。あと“Somewhere Along The Way”はゴダイゴの楽曲ではなく、タケさんのソロでの楽曲ですね。ゴダイゴのコンサートでやってくれるのは、うれしいです。

 恒例の“Beautiful Name”の歌合戦は、今回はフロア別でした。私も「ウワウワ~ララララ」と歌っていました。

 バンドメンバーも高齢ですが、ファンも皆さん高齢です。ですから、オールスタンディングなんて事はなかったのですが、それでも、要所要所ではスタンディングはありましたが、私はなるべく立たないようにしていました。だって、私が立ってしまうと、私から後ろはみんな立たないと見えなくなっちゃうでしょ? ファンの中には、足腰の悪い人もたくさんいますから、なるべく立たないように頑張っていましたが、さすがに最後の“Celebration”はオールスタンディングになってしまったので、私も立ちました(ごめんね、後ろの人たち)。

 私の隣に妻がいたのですが、その妻の隣の方は、コンサートが始まるやいなや、号泣し始め、コンサートが終わるまで、ずっと泣きっぱなしだったそうです。ゴダイゴって、すでに“リビング・レジェンド”だからね。そういう人もいるよね。この東京のコンサートのために、日本各地(一部、海外)からファンの方々が集まったわけで、なんか私のような不真面目なファンは、ちょっとばかり居心地が悪かったりしました。だって、みんな、熱量、高いんだもん。

 でもね、やっぱりゴダイゴは私の青春なんだよね。ほんと、私の若い日々はゴダイゴの音楽とともにあったわけで…ゴダイゴに関しては、良いも悪いもないんですよ。ただただ、感激なんですね。それにしても、ゴダイゴもメンバーの高齢化が激しいよね。あと何年、コンサートをやってくれるのかな? そして私が見る次のゴダイゴのコンサートは、何年後なのでしょうか(笑)。

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2018年4月22日 (日)

ああ、だから良いニオイがするんだな

 ちょっと古い記事ですが、こんな記事を見つけました。

 かいつまんで説明すると、若い女性の体臭にはラクトンという匂い物質が含まれているんだそうです。で、ラクトンの匂いは、桃やココナツのような香りなんだそうな。

 で、このラクトン。若い女性に特有な香りで、10代、20代の頃はプンプンに出しているのだけれど、30歳を過ぎた所から減少しはじめるんだそうで、35歳を過ぎると、急速に減ってしまうんだそうです。

 つまり、妊娠可能…ってか、妊娠適齢の女性にのみ発生する匂い物質であり、ある意味、若い女性の特徴でもあるわけです。

 面白いなあと思ったのは、男性の場合、40歳を過ぎたあたりからノネナールという匂い物質が発生しはじめるんだそうです。ノネナール…いわゆる加齢臭の原因物質ですね。

 つまり、女性は若さを象徴するラクトンで若さを強調し、男性は老いを表すノネナールで老いを強調する。

 これが何を意味するのかと言えば、男性は若い女性に惹かれ、女性は老いた男性を忌避するように作られているって事です。

 やっぱり、この仕組みには生殖が関係するんだろうね。そして、生殖のイニシアチブを取っているのは、女性側だという事です。

 妊娠可能年齢の女性は、男性を引きつけるためにラクトンをたくさん出して、そこに集まった男性の中から、老いた男性(つまり、もうすぐ死にそう…自分の出産育児に関わってもらえそうもない年齢って事)を排除するために、神様は男性にノネナールという若い女性に嫌われる匂いを出すようにしたわけです。

 かくして若い男女が自然とペアリングできるようになっているわけです。若い男女がペアリングすれば、やがて繁殖するわけだしね。

 そう考えると「お父さん、臭い」と言って、娘が父親を毛嫌いするもの、老いた男性を排除するという自然の摂理に沿った行いとも言えます。

 それはそうと、たしかに、昔は妻も良い香りがしていたもんだよなあ…。

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2018年4月21日 (土)

ヤヨイの××にはビックリ!

 三色琉金のヤヨイは、かなり健康で、ゆっくりゆっくりと成長していき、今や大型金魚から巨大金魚への道へ踏み込んでしまったと思われます。とにかく、ヤヨイは大きい金魚です。

 まあ、カラダの大きさだけなら、過去にも何匹も巨大魚を飼育していた私ですから、それには驚きませんが、ヤヨイにビックリするのは、カラダよりも、××の大きさです。

 ××とは…いわゆる“金魚の××”と呼ばれる、あの長いヤツです。あの××があるから、金魚は嫌い!という人もいるくらいの、××です。

 で、ウチで今まで飼っていた子たちは、もちろん生き物ですから、普通に排泄しますが、それでも××をお尻にくっつけたまま泳いでいるなんて、無作法な子はいませんでした。みんな短いところで千切っていました。

 もちろん、今の子たちも、そんなに長々としたものは出しません。ヤヨイにしても、アセビにしても、ベルにしても、ウルシにしても、ルデンにしても、そんなものをぶら下げて泳ぐなんて事は、めったにしません(一応、金魚なので、ごくごくたまにそんな時もあります)。

 でもね、ヤヨイの場合は、むしろ××を付けて泳いでいる方が多いんじゃないかって思うほど、たいてい××を付けて泳いでいます。

 まだ、その時の××が!なんですよ。太さといい、長さといい、もはや“金魚××”なんていうレベルじゃないんです。ほぼ、チビた鉛筆サイズです。あのカラダで、あの太さと長さの××なんです。おまけに水草ばかり食べていますから、色はキレイな真緑、抹茶のような色なんです。もう、嫌になっちゃいますよ。

 それだけ太くて長いと、お尻からちぎれて落ちていても、とても××とは見えず、始めのうちは、青虫? なぜ水槽の中に、青虫?…と勘違いしたくらいですからね。

 まあ、私はそんなヤヨイの××がイヤではないのですが、でもやっぱり、そんな大きな××は、見るたびごとにビックリしてしまうのです。

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2018年4月20日 (金)

練習していないと、当然、下手になる

 フルートのレッスンに行ってきました。例によって、久しぶりです。いやあ、今の時期は、ブログもなかなか書けないくらいに忙しいわけで、気持ちはあっても、フルートのレッスンには行けない時期なのです。

 それでもなんとかかんとか頑張ってレッスンに行ってきたわけです。

 最初のロングトーンは…まあなんとかなりました。でも、エルステユーブンゲン(23番と24番)はダメダメ。プチエチュード(19番)は…ダメどころか、むしろ下手になっていました。いやあ、残念。40リトルピーセズ(13番と14番)は…ほぼ初見でしたが、初見が通じるほど簡単ではなかったです。

 いやあ、ダメすぎて、ブログに書けるような事はありませんでした。残念すぎます。

 やっぱり練習はサボり過ぎちゃいけません。でも、まだ当分は練習できない感じが続きそうです。この遅れは…夏のフルート合宿で取り戻すしかないか! 

 今回の雑談は“シューマンの音楽はキチ○イの音楽だ”と言う話(シューマンさん及び、そのファンの皆さん、ごめんなさい)。シューマンの音楽って、メロディは先が読めないし、和音も内声が変な事になっているし、健全な精神の持ち主が書いた作品とは思えないという点について、私と先生の意見が一致しました。実際、シューマンの音楽って、美しいけれど、変だよね。まあ、変なところが癖になる…というか、彼の魅力なんだよね。

 ちなみに、シューマンの真逆にいそうなのが…ヨハン・シュトラウスね。健全を絵に描いたような音楽を作ってます。そのほかにもワルツ系の作曲家たちは、割と健全だと思います。当時のウィーンの聴衆達が、彼らの健全さを好んでいたんだと思います。

 ですから、モーツァルトの人柄は変態だけれど、彼の音楽が割と健康っぽいのも、ウィーンという土地柄のせいなのかもしれません。おそらく、健康な音楽を書かないと、ウィーンの人たちに受けなかったんだろうなあと邪推したりします(笑)。

 記事が短くて、ごめんね。今日はこれでお終い。

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2018年4月19日 (木)

案外、合唱での歌い方も正しいものなんだな…と思いました

 今回の標題は…ほんと、失礼な書き方ですね。ごめんなさい。

 私は声楽(を含んだ音楽演奏)を人生最後の趣味としているので、どうしても声楽視点でモノを考えがちで、その視点から見ると、合唱での歌い方は、時折物足りなかったり、方向性が違っていたりするわけで、それについて時折意見を述べたりします。それが時によって人によって、反対意見を書いているように受け取られるし、実際反対意見を書いていたりする事もあるわけで、今回もそういう視点からの記事だとご理解ください。

 さて、私はテノールで、合唱でもテノールパートを歌うわけですが、私が今まで属した合唱団ではたいてい、高音(と言っても、五線の上の方のEとかFとかの話ですが…)を歌う時は、無理に叫んで出さずに、ファルセットで軽く出せという指示がよくありました。

 叫び声よりも裏声で行けよ…って事なのです。もちろん、叫ばなければ裏声でなくても良し…と言ってくれた指導者もいれば、たとえ実声で楽に出せたとしても、必ず高音はファルセットで出さないといけないという指導者もいました。

 私が尊敬していた指導者は「ファルセットは負けだから…」といい(音程を外していけないのは前提として)多少叫んだとしてもファルセットを使わない方が良いという考え方でしたが…そういう考え方の合唱指導者って、やっぱり少数派なんですよね。多くの指導者は「叫ぶよりもファルセット」「高音は必ずファルセット」なんですよ。

 当時の私は、先の指導者の言葉を盲信していた上に、ファルセットが苦手という事もあり、なるべくファルセットを使わずに歌っていたので…まあ、後は何度かブログに書いたとおりです。

 そんなわけでファルセットを毛嫌いしていた私でしたが、先日の記事で書いたとおり、テノールの高音(よく“アクート”と呼ばれる領域の声です)がファルセットの延長線上にあるならば、合唱でテノールがファルセットを多用して歌うのも、分からないでもないなあ…と思いました。

 もちろん、アクートとファルセットは、全く同じモノではありませんし、単純にファルセットを強化したからと言ってアクートにはならないのは明白ですが、アクートがファルセットの亜種であり、進化系であり、アクートの中にファルセットがあるのならば、合唱におけるテノールがファルセットを用いて歌い、その音色を合唱の中に加えるのは、案外、正しいやり方なのもしれないなあ…って思います。

 以前の私は、たとえ合唱とは言え、テノールにファルセットで歌わせるなんて…と全く納得していなかったのでした。市民合唱団等のテノールにファルセットを使っ歌わせるのだって、単純に高い音が出せない(または、不安定)だから、ファルセットに逃げているだけだろうと思っていたし、高い音をすべてファルセットで出させるのも、単純に音色の調整が目的であって、ある人は実声で楽に歌い、ある人は叫び、ある人はファルセットで歌っているなら、そこは誰でも出せるファルセットに統一した方が音色の統一感が出せるわけで、そんなやり方は、高い音を出せない人間に合わせたやり方ではないかと、ぐずぐず思っていたのです。

 今の私は違います。合唱で大切なのは、個々人の声ではなく、合唱団としての集団の声であり、響きです。テノールが個人でファルセットで歌うのはどうなのかなと思う私ですが、集団の中で、内声として和声の響きの中でテノールがファルセットの声で歌い、あの響きをハーモニーの中に加える事で、その響きに輝きが加わるなら、それはそれでアリって思っています。

 一人ひとりのファルセットはか細く弱い声であっても、大人数で発声すれば、それなりの力強さも得られるというものです。なら、ファルセット歌唱も合唱ではアリでしょうね。

 どちらにしても、叫び声はノンです。ファルセットはウィです。

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2018年4月18日 (水)

アンサンブルとソロ、合唱と声楽で違う点

 先日、あるプロ奏者の方と話した時に教えてもらった事です。

 オーケストラの中で演奏する時とソリストとして演奏する時では、演奏上、わざと変えている点はありませんか?という質問をしたところ、次のような答えをいただきました。

 まず1点目は、楽器を変えるのだそうです。オーケストラの中で演奏する時と、ソロを演奏する時は、違う楽器を使うようにしているのだそうだけれど、どう違うのかと言うと、音量の問題なんだそうです。オーケストラの中で演奏する時は、標準的な響きの楽器を使うんだそうですが、ソロの時は、バカ鳴りする楽器を使うんだそうです。一曲の中で、ソロとオーケストラをやる時は、オケの時は控えめに演奏し、ソロの時は目一杯で演奏するんだそうです。

 つまり、アンサンブルの時とソロの時では、音量の違いが大切だって事のようです。ま、アンサンブルならば、その集団のみんなの音が合わさって大音量になるけれど、ソロは一人で、そのアンサンブルと戦うわけですからね。音量、大切です。でないと、後ろの音にかき消されてしまうわけですし…。

 次にあげられたのは、ピッチです。ソロで演奏する時は、バックで演奏しているオケよりも、ほんの少しだけ、気持ちだけピッチを高くして演奏するんだそうです。そうする事で、オケの中でもソロの音が埋もれずに聞こえるんだそうです。へえー、です。

 あとは…衣装。まあ、男性はあまり関係ないだろうけれど、女性の場合は、オケの中で演奏する時と、ソロで演奏する時は、衣装が全然違うので、そこは(当たり前だけれど)注意するそうです。オケの時は、黒のロングドレスでシックな感じですが、ソロの時はカラーのハデハデなドレスですし、装飾品で身を飾る事も必要だし…。

 ここから分かる事は、ソリストにとって必要な事は“大きな音”で“ピッチは若干上げて”で“衣装はハデハデ”って事です。とにかく、音楽的にもビジュアル的にも目立つことが大切ってわけです。

 これは器楽の人に尋ねたので、楽器の世界の話ですが、歌の世界にも通じるなあと思いました。つまり、合唱とクラシック声楽の違いね。

 合唱人よりも、声楽人の方が、大きな声が必要…なのは当然ですね。

 ピッチを高めに歌う事は…さすがにダメでしょう。合唱であれ声楽であれ、ピッチは正確が旨だと思いますが、声の中に含まれる倍音、つまり音色に関して言えば、声楽人は声の響きを豊かにし、高音成分を多く含んだ声で歌うのが良いわけだし、合唱で高音成分を多く含んだ声で歌うと…たぶん周囲の声に溶けづらい声になって、ダメかもね。

 衣装は…個人が目立つのが禁忌な合唱と、スポットライトを浴びて目立ってナンボな声楽とでは、やっぱり違います。

 アンサンブルとソロの違いは、器楽の世界も、歌の世界も案外、似ているものだなと思いました。

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2018年4月17日 (火)

高音の正体は…やっぱりファルセット?

 最近は忙しくて、他所様のブログをなかなか拝見できない私です。すっかり読む頻度も落ち、たまに読んでも、いわゆる“読み逃げ”をしてしまい、なかなかコメントまでは残していません。ごめんね。

 なので、最近はブログ村で気になったタイトルの記事を拾い読みする事が多い私でした。

 で、先日、気になったタイトルの記事を読んでいたら、面白い事が書かれていました。ちなみに、そのブログの著者さんは、ここのブログにもたまにコメントくださる青子さんのブログだったりします(コメントできなくて、ごめんね)。

 私が気になった部分(青子さんの先生のセリフです)だけを引用しますと

>「低い声の時、声帯は全部が震えています。」
>「高い声の時、声帯は上だけ震えています。」

 ふむ、つまり、大雑把に言えば、低い声は地声で、高い声は裏声で歌えって事ですね。

 なんだ、女声の高音って、ファルセットじゃん。

 まあ、厳密にはファルセットではなく、頭声とかミックスヴォイスなのかもしれませんが、大きなくくりで言えば、やっぱりファルセットじゃん。

 そこで、ピンと閃いた事は、男声の高音、とりわけアクートって呼ばれるモノって、ファルセットなんじゃないの?

 もちろん“アクート=ファルセット”と言い切ってしまうのは、あまりに乱暴すぎます。厳密には、我々がイメージする、裏声に類似したファルセットと、アクートとでは、その音質、音圧、音量ともに、全然違うわけで、単純な意味で“アクート=ファルセット”とは言えないのは重々承知の上で、やっぱり“アクート=ファルセット”なんじゃないかと思いついてしまったわけなんです。

 例えば“YUBAメソッド”という発声理論がありますが、あそこではウラ声(ファルセットのことね)を「息漏れの有るウラ声」、「息漏れの無いウラ声」の二種類に分けて考えています。で、そのうち「息漏れの無いウラ声」を練習して、高音発声を可能にしていくのですが、そうやって獲得していく声こそが、女声の高音であり、男声のアクートなんじゃないかって思ったわけです。

 ま、私の閃きでむりやりつなげているので、関係者の皆様、間違っていたらごめんなさい。

 つまり、ファルセットを未訓練のまま(ポピュラー歌手のように)弱々しい声で歌ってしまえば、ただのファルセットに過ぎませんが、ファルセットを訓練して、鍛える事で、ファルセットが強い声で歌えるようになり、それが女声では高音、男声ではアクートになっていくのではないかしらって思ったわけです。

 …思っただけで、自分はちっとも出来ないので、間違っているかもしれないけれど、とにかく、そう思ったんですよ。

 ならば、ノドの強い人ほど、高音発声が苦手というのも、理屈としては分かります。というのも、ノドの強い人って、往々にしてファルセットが苦手だし、声がひっくり返るのを筋力で押さえつけて、なおかつ、かなりの高音まで地声で歌っちゃうものね。で、結果、ノド声発声って言われるわけです。それじゃあ、本当の高音は歌えません。

 だから、高音ほど、ノドの脱力が必要だと叫ばれるわけです。ノドが脱力すれば、声って、簡単に裏返りますからね。問題は、裏返る前と裏返った後での音色の統一なんです。ノドが弱くて、かなり低い音で声がひっくり返ってしまうなら、音色の変化は気づきづらいですよね。ノドが強くて、かなり高い音まで声がひっくり返らないならば、音色の変化は…とても大きくて、使い物にならないわけです。

 高音をスムーズに出すには、ノドを脱力して、かなり低い音から積極的に声をひっくり返していく事で、高音部を違和感の少ないファルセットで歌うことです。で、その違和感の少ないファルセットを鍛えていく事で、アクートになっていく…だろうと思うのです。
 で、ノドを脱力する事で、ノドの力で声は出せなくなるので、声を出すエンジンを腹圧に変えていくわけだし、そのために腹式呼吸が必要になっていくわけです。

 合っているかどうかは別として、私の中では、あれこれつながって、結構スッキリしました。

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2018年4月16日 (月)

メトのライブビューイングで「セミラーミデ」を見てきた

 標題通り、ロッシーニ作曲の「セミラーミデ」を見てきました。「“セミラーミデ”? なにそれ、美味しいの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。まあ、それほどに上演機会の少ない、マイナーオペラなわけです。

 なぜ、このオペラの上演機会が少ないのか? それには色々な理由があります。

 1)歌唱が難しいから。
 2)ストーリーの進行が遅く、上演時間が長く、今の時代に合わないから。
 3)母殺しで解決されるストーリーって、どうなの?
 4)主役がカストラートだから。

 まず1)の歌唱が難しいから…について。このオペラの歌唱部分の楽譜って、どのパートもおそらく“真っ黒”なんだと思います。つまり、装飾音符やらメリスマやらがやたらと多くて、すべてのパートにコロラトゥーラ歌手が必要とされるからです。つまり、細かい音符を正確に転がしていくのが得意な歌手が必要なのです。

 コロラトゥーラという歌唱技法って、実はかなり難しい技法なのです。だから、コロラトゥーラが得意な歌手を、わざわざ“コロラトゥーラ歌手”と呼んでしまうくらいに、コロラトゥーラが得意な歌手って、珍しいし、それだけ希少価値な歌手なのです。

 で、コロラトゥーラという技法は、コロラトゥーラ歌手の大半が、声の軽いソプラノ歌手である事から分かるように、声が高くて軽い事が必要条件となってきます。つまり、声が低い歌手であったり、重い声の持ち主では、声が転がりにくく、なかなかコロラトゥーラが出来ない…という事情があったりします。

 で「セミラーミデ」ですが、オロエ役のバス歌手以外のソリストさんたちには、これでもかってくらいに、やたらとたくさんの…と言うよりも、ほぼすべてのフレーズにコロラトゥーラが付いているのです。コロラトゥーラ標準仕様…ってわけです。はい、ソプラノだけでなく、メゾにもテノールにもバリトンにもコロラトゥーラが得意な歌手が揃わないと成り立たないのが、このオペラなんです。

 そりゃあ、上演されないわな。まあ、今回みたいに無理やり(?)敢行しても、揃える歌手は技量第一優先となるから、スター歌手を揃えることは難しいだろうし、スター歌手が揃わないと、オペラの興行的には厳しかったりするので、そうなると、ますます上演機会が減るだろうね。

 あ、ちなみに今回はこんな感じのキャスティングでした。

指揮 マウリツィオ・ベニーニ
演出 ジョン・コプリー

セミラーミデ(ソプラノ) アンジェラ・ミード
アルサーチェ(メゾソプラノ) エリザベス・ドゥショング
アッスール(バリトン) イルダール・アブドラザコフ
イドレーノ(テノール) ハヴィエル・カマレナ
オロエ(バス)ライアン・スピード・グリーン

 ほら、スター歌手はいないでしょ?

 2)について書くと、まず上演時間は、2幕ものにも関わらず、休憩入れて約4時間かかります。つまり、普通の映画を2本連続して見ているような感じです。で、ストーリーの描写がかなり丁寧で、オペラを見ていて、お話はとても分かりやすいのですが、いかんせん、ストーリー進行が本当にゆっくりで、見ていてキツイものがあります。オペラなのに、丁寧にストーリーを描写しちゃっているんです。いやあ、見ていて疲れますよ。

 さらに3)について書くと、このオペラのストーリーって、結局“母殺し”なんです。父の仇として母を殺すという「え? なに、それ??」って話なんです。国民総マザコンなイタリア人ならともかく、日本人だと…いや日本人に限らず、他の国々の人たちに共感してもらうのって、キツイんじゃないかな?

 で、トドメが4)になります。このオペラの実質的な主役であるアルサーチェという役は、若い軍人なんです。たぶん年齢設定はハタチ前後。軍人だから、屈強な感じで、雄々しさと繊細さが同居しているような青年なんですよ。で、音域とか時代背景や当時の上演スタイルなどを考えてみると、この役、カストラートで演じられることを前提としていると思うのです。カストラートが演じれば、おそらくすっきりするんだろうと思うけれど、今の時代にカストラートがいないので、ズボン役のメゾソプラノがやるんだけれど、これが実に残念なんですよ。

 メトでこの役を演じているエリザベス・ドゥショングは、メイク等を頑張って、見かけは(とても青年軍人には見えないけれど)少年に見えるようにして、オバサン臭さは出していませんが、やはり声がメゾなのが残念なのです。

 楽譜に書いてある音はメゾで歌うのがちょうどよいのだろうけれど、メゾで歌うと、どうしても声がくすみがちになります(まあ、それがメゾの声だからね)。声に輝かしさがないんです。青年軍人役だし、ヒーローなんだしイケメン役なんだし、もっと声に輝きが欲しいよね。そういう点では、メールアルトやカウンターテナーで、声が(女声っぽかったり中性的な声ではなく)男声的な歌手の方に歌ってもらいたかったなあ…って思います。まあ、メトで歌える男声っぽいカウンターテナーの人って…そもそもいるのかしら?

 とまあ、残念点ばかりをとりあげてしまったけれど、歌好きには、なかなか楽しめる演目でした。だって、最初っから最後まで、歌いっぱなしなんですもの。それもやたらと難しいフレーズを歌っているわけで、声のサーカスを見ているような気分になります。そういう意味では、このオペラは、オペラ通の人たちのための演目なのかもしれません。

 私? 私はたっぷり楽しみました。でも、もういいや。二度は聞かなくていいです。少なくとも、あと10年ぐらいは大丈夫です。満腹になりました。そういう感じのオペラでした。

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2018年4月15日 (日)

口中調味…って、皆さんしてますか?

 私、最近知ったのですが、日本独自の食文化の一つに“口中調味”というのものがあり、これをしているのは、世界でも日本人だけなんだそうです。

 で、口中調味とは何かと言うと、米の飯と他の食材(つまりおかず)を両方ともクチの中に入れて、口の中で味を整えて食するという食べ方なんだそうです。つまり、まずおかずをクチの中に入れ、それを飲み込む前に、すぐさま飯をクチの中に放り込んで、両方を一緒にクチの中で混ぜ合わせて、楽しんでから食べるという食べ方の事です。

 皆さん、これ、やってますか?

 実は私、やってません。てか、クチの中で味を混ぜる…ってのが、ちょっと理解できません。私、おかずをクチに入れたら、きちんと食べて飲み込んでから、次に行きます。次がご飯なら、ご飯を味わって食べて、きちんと飲み込んだら、次に行きます。たぶん、おかずを食べて、ご飯に行く前に、水やお茶、汁物を飲んで、口中調味どころか、クチの中をリセットして次に行っていると思います。

 だいたい、クチの中にまだ食べ物が入っているのに、そのクチを開いて、別の食べ物を入れるというのは、マナー的な方面で、心理的な抵抗があるんですよ。…気持ち悪くない?

 でも、口中調味の主旨は理解するし、だから和食では、飯は主食で、その他のおかず類が副食になるわけなんですね。で、おかずを食べながら、飯をガンガン食べていくわけだから、飯ばかりを食べてしまうわけだし、口中調味が前提だから、おかずの味付けが濃いのも納得。

 でも、私はやらないなあ。だから、私は白い飯が嫌いなのかもしれない。だって、白い飯って、それ自体の味付けが淡白なんだもの。

 今はオトナになって、それなりに良い米を食っているので、白い飯も美味しいので平気だけれど、子どもの頃は、家が貧しかった事もあって、米は安い米を食べていたので、当然美味しくなくて、つらかった思い出があります。

 で、子どもの頃は、そんな不味くて味の無い飯を食べるのがイヤで、よく飯に味付けをしていました。ふりかけがあるならふりかけで、無ければ、味噌汁かけたり、味噌汁なければ、醤油や塩でもなんでもふりかけて、飯に味付けをして食べていました。

 口中調味をしていれば、安くて不味い飯でも、おかずの力で美味しく食べることができたのに、それに気づかなかった子どもの頃の私って、今思うと、不幸な食生活をしていたのかもしれない…。

 それにしても、学校でもどこでも、口中調味なんて習わなかたっし、子どもの頃は、基本的に孤食だったから、お手本になるオトナもいなかったし…。それでやっとジジイになった今、口中調味という食べ方を、知識として知りました。

 今更知っても、どうにもならないよね。

 口中調味をする人って、米の飯の時は口中調味をするんだろうけれど、パン食の時はどうしているんだろ? やっぱり口中調味をしているのかな? あるいは洋食でライスを頼んだ時は、やっぱり口中調味をしているのかしら? ちなみに私は洋食の時は、ライスに塩を振って食べることが多いです。だってファミレスあたりだと、ライスの米って、そんなに美味しくないものね。

 それにしても、食文化に関しては、私は平均的な日本人じゃないのかもしれない(汗)。

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2018年4月14日 (土)

ルデンの頭が噛みちぎられ、顔の皮が剥がれてしまいました

 そうなんです。事は今月の始め、1日の事でした。朝、水槽の中にいるルデンを見ると、頭部の左半分の色が変わっていました。濃いめ…というか、黒に近い金色だったルデンの頭部が、白っぽくなっていたのです。

 で、よく見ると、頭の表皮が剥がされている…と言うか、噛みちぎられたようなのです。目の上あたりには、少し深いキズもあり、そこから白い内容物が出ているようです。

 誰にやられたのかは分かりませんが、どうやら顔を正面から噛みちぎられたようです。

 噛み付くやつもやつだけれど、ルデンもルデンです。普通、顔を噛みつかせるかね?

 あれから10日ほど経ちました。キズらしいところは治りましたが、噛まれて表皮が剥がれてしまったところの皮は戻らないみたいです。黒に近い金色だった箇所は、腹部同様の輝かしい黄色っぽい金色になってしまいました。頭部全部がきれいに金色になったのなら、それはありですが、きれいな金色になったのは左半分だけで、右半分は従来どおり、黒に近い金色だったりします。

 まるでキカイダーのようなツートンカラーだね。いや、今なら風都探偵ダブルって言うべきかな! とにかく、顔だけツートンカラーになってしまったルデンなのです。

 それにしても、金魚には痛覚が無くて、ホッとしました。だって、痛覚があったら、顔の皮を半分剥がされたんだよ! 大騒ぎしちゃうだろうし、熱だって出ちゃうだろうし、ほんと大変な事だと思います。でも、金魚には痛覚がないので、そんな大怪我をしても、本人は全然平気な顔をしていたりするんです。

 鈍いって…いいなあ。

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2018年4月13日 (金)

結局、フルートにとって材質の違いとは何なのか?

 フルートにとって、材質の違いは、音質の違いとは、ほぼ無関係であるという記事を以前書きました。

 自分で書いておきながら、心情的には材質の違いと音質の違いには、結構関係があるんじゃないかと、今でも感じている私です。実際、吹き較べると違いを感じるし…ね。でも、その違いを第三者的には感じられない事も理解しています。

 奏者には感じられても、観客には決して伝わらない違い…。

 おそらく、そこには、骨伝導が大きく影響していると、私はにらんでいます。自分で自分のフルートの音を聞く時は、空気の振動とともに骨伝導された音も同時にミックスして聞きますが、観客は空気の振動となった音しか聞くことができません。おそらく、材質の違いは骨伝導に影響を与えるのだと思います。別の言い方をすれば、フルートの材質が違うと、アゴの骨へ与える振動が変わってくる…って事なのかもしれません。

 まあ、今回はこの問題に深入りするつもりはありませんので、話題を変えます。

 結局、フルートにとって、材質の違いとは何なのでしょうか?

 一つには、材質が変われば、材料費が変わり、材料費が変われば、販売価格も変わるわけで、より高価な材質を使用すれば、結果としてより高価なフルートとなり、高価なフルートには高価なりの付加価値というか、楽器としての上質さが求められるわけで、そのために、高い材質を使ったフルートは、楽器として、より高級なモノに仕上がっていくというカラクリがあります。

 風が吹けば桶屋が儲かる…の理屈です。高級な材質を使ったフルートは、高級な楽器になり、より良い音を鳴らすことができる…ってわです。

 二つ目には、材質が変われば、使用される材質の比重が変わります。まあ、フルートとしてのカタチは決まっていますので、比重と言うよりも、重さが違うと言った方が分かりやすいかもしれません。

 振動体ユニットの重さというのは、オーディオ的には大きな違いがあります。振動体ユニットが重ければ重いほど、そこで発生する振動がロス少なく音声に変換されていきます。つまり、フルート的に言えば、重い楽器ほど、大きな音が出ます…って事ですね。

 実際、プロ奏者がゴールドフルートにこだわる理由に、もちろん見栄えの問題もありますが、実は大きな会場で演奏することが多いプロ奏者にとって、大きな音で鳴ってくれる楽器(遠鳴りしてくれる楽器)というのは必需品であって、そのために比重の大きなゴールドフルートや、プラチナメッキのフルートを使用したがるわけです。

 その他に考えられる理由は…特に思い浮かびません。でも、大きな音が鳴るというのは、楽器としては、大きな特徴であり、アドヴァンテージであるので、そのために高価な楽器を使用するというのはアリだと思います。

蛇足  ヴァイオリンの値段の違いも、最大音量の違いなんだそうです。特別な骨董品のような楽器は別として、一般的なヴァイオリンは、大きな音が鳴るものほど高価で、逆に大きな音が出せない楽器は廉価で販売されているんだそうです。音量、大切なんだな。

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2018年4月12日 (木)

標準的な手順を踏んでいこう

 声楽のレッスンの続きです。

 まずはベッリーニ作曲の「Bella Nice,che d'amore/美しいニーチェよ」です。

 まず、長い音符はしっかり支える事。たとえその音が低い音であっても、決して安心してはいけません。安心して支えが抜けてしまうと、音がずり下がってしまうので、決して油断せず、しっかり支えて音程をキープする事。下降音型の時など、支え無しで降りてしまうと、往々にして降りすぎて、音程が下がりすぎてしまいます。音程が下っても、支え的には水平運動をし続けるような感じで、決して支えをやめない事…です。

 ちなみに、支えは常に半拍前に入れていく事。これを“準備する”っていうわけです。だから、支えはメロディーの半拍前にずらして入れていくわけで、慣れてしまえば何ともないでしょうが、慣れるまでは、結構大変なタイミングになります。

 あと、譜読みが不正確で、何箇所がメロディーが違ってしまっている箇所があったので、そこを修正しました。特に、同じ歌詞だけれど、出てくる場所が違うとメロディーが微妙に違っているような箇所などは、しっかり意識して歌いわけないといけません。

 次はドナウディ作曲の「Vaghissima sembianza/かぎりなく美しい絵姿」です。

 この曲は高音Aをいかにきれいに出すかが学習ポイントになるわけです。で、高音を出す際に、決して押して出してはいけないのです。高音の1つ手前の音をしっかり歌うことで、その流れで高音を出すと、比較的楽に高音が出るんだそうです。つまり、高音自体を押してはいけないけれど、その1つ前の音なら(必要に応じて)押してしまい、その勢いで高音を出すのはアリって事です。

 高音を出すには、決められた標準的な手順というのがあります。

 1)手前の音で腹圧を十分に高める。
 2)高音の子音だけで、まずは目的の音程に上がる。
 3)子音が目的の音程に達してから母音を発声する。

 結果的に、1)ができたら2),2)が確認できたら3)と、バカ正直に手順を踏んで発声していくわけです。で、今の私の課題は、2)の部分です。ここがうまくできていないので、音程が達していなかったり、スっぽ抜けてしまったりという状態なのです。ですから、自宅練習でも、1)と2)を重点的に練習すると良いと言われました。

 と言うのも母音で高音を発声すると、声とノドが消耗してしまいますが゛、子音で発声練習をしていても、声もノドも消耗しないので、たくさん練習できちゃうからです。とにかくたくさん練習して、カラダが覚えないといけないのです。

 高音は勢いではなく、手順通りに出していくのが肝心ってわけです。

 さて今回でベッリーニの「Bella Nice,che d'amore/美しいニーチェよ」は、ひとまず終了になりました。歌いたければ、次のレッスンで歌っても良いけれど、次は次の曲に取り組みましょうと言われました。

 次って…「Almen se non poss'io/もし私ができないなら」です。例によって音源を貼っておきます。

 日本のソプラノ歌手、加地早苗氏の歌唱です。この曲は、男性歌手ももちろん歌いますが、細かな装飾音符が多用されている事もあって、声の軽い人が得意な曲ですし、テノールよりもソプラノが歌った方が楽(!)って感じの曲です。転がる…とまではいかなくても、結構音符が細かいですからね。

 私は中声版で歌うので、最高音はGとなるので、音程的には問題ありませんが(原曲の最高音はAです)、とにかく細かな音符の羅列で苦労しそうです。ああ、譜読みをきちんとしないと、メロディーがどこかに跳んでいってしまいそうです。

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2018年4月11日 (水)

自分が思ったように自分のカラダって、動いてくれないんだよね

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からですが、今回のハミング練習では、声を出しながら、徐々にノドを開いて発声していく練習をしました。練習では、最初は声をわざと鼻に入れた声(なにしろハミングですから:笑)から始めて、そこから鼻の響きを感じさせない声へと変化させていきます。その時に肝心なのは、ノドの開き方です。開く方向は、もちろん“上”!です。これを間違えて“下”に開いてしまうと、声はいつまでたっても鼻声のままなのです。しかし、上に開いていく事で鼻声から離脱できます。つまり、名付けて「鼻声離脱ハミング」を練習したわけです。これで、上に開いていくという感覚を養っていこうというわけです。

 さて、発声練習です。発声であっても、常にハミングを意識して歌うのです。それも、ノドは上に開いていく鼻声離脱ハミングを意識していき、鼻声離脱ハミングと同じ道で息を通していくわけです。

 発声する際は、常に息を支えて歌います。たとえ楽な音程であっても、息は支えます。なぜなら、支えのない声では音程がふらつくし、外すし、上ずるし、落ちるからです。正しい音程で歌うためには、常に息を支えてあげる必要があります。

 さて、息を支えて、ノドをしっかり開いて歌っていくわけです。ノドを開くと声も変わります。しかし、その変わり方は、自分が感じているほどではないようです。自分では結構たくさんノドを開いて、十分すぎるほど声が変わっただろうと思っていても、他者が聞くと、たいして変わっちゃいないのです。つまりノドを開いたと自分が思っている程度の開き方では、自分が思うほどに声に変化はないんです。声に変化を与えるには、自分が思っているよりも、おそらく、その倍程度は極端にやらないと、他人に分かるようには変わりません。

 たぶん、骨伝導が邪魔しちゃうんだろうなあ…って思います。自分の声って、骨を通して聞くことで、ある種のフィルタを掛けて聞こえちゃうからね。まるで、フルートの音色が材質で変化するかしないかの問題みたいです。

 高い音は、ノドの奥を開けて出します。でも私は、高い音をノドを狭めて出す癖があります。私のやり方は、正しい手順の間逆なやり方であって、なかなか正しい手順では発声できません。それゆえに、高音が楽に出てないわけです。理性では、ノドを広げようとしても、カラダはノドを狭めてしまうわけです。マズイね。正しい手順ならば、もっと楽に高い音が出るはずだろうに…何を苦労して遠回りしているんだか…。

 ああ、自分が思ったように自分のカラダって、動いてくれないんだよね。

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2018年4月10日 (火)

ロイヤル・オペラのライブビューイングで「トスカ」を見てきました

 さて、お約束どおり、一週間で復活してきました…が、まだまだ仕事が忙しいので、また休むかもしれませんが、その時はご勘弁ね。

 本日の記事は、標題の通りです。ロイヤル・オペラ(通称、コヴェントガーデン)で「トスカ」を見てきました。つい先日、メトの「トスカ」を見てきたばかりなので、ついつい比較してしまいました。

 ちなみに、ロイヤル・オペラの配役等は以下の通りです。

演出 ジョナサン・ケント
指揮 ダン・エッティンガー
出演 アドリアンヌ・ビエチョンカ(トスカ)、ジョセフ・カレヤ(カヴァラドッシ)、ジェラルド・フィンリー(スカルピア)他

 さて、メトとの比較を簡単に言うなら「目に優しいメトロポリタン、耳が嬉しいロイヤル・オペラ」って感じでしょうか? とにかく耳が嬉しいのです。

 オケにせよ、合唱にせよ、もちろんソリストも、すべて水準以上の出来です。これ以上を望むなら、もう後は好みの問題になってしまいます。

 例えば、フィンリーのスカルピアの歌唱はとても良いのですが、私的には、声にもう少し低音成分が強い太めの声の方が好きです。でも、この役はバスの役ではなく、バリトンの役なので、世間一般的にはフィンリーの歌唱で上出来でしょう。カヴァラドッシの声も、もっとヒロイックな声だとうれしいのですが、そもそも彼は画家なので、カレヤの声でも上出来です。ビエチョンカのトスカだって、もっと若々しい声の方が私は好きですが、そんな声でトスカ役は歌われたことがないので、私の言い分はあまりに贅沢です。

 つまり、そんなわがままな好みを言い始めてしまうくらいに、実にすぐれた歌唱だったという事です。世間的には問題ないレベルです。

 しかし、耳が嬉しくなるために、目は閉じないといけない事になりました。

 オペラって目をつぶって見るものだなあ…と、以前から思っていましたが、今回も強くそう思ってしまったわけです。そう、ビジュアル的には、かなり厳しめのトスカだったんです。

 なにしろ、主役3人と指揮者の4人で並ぶと、一番美しい顔の持ち主が…指揮者のエッティンガーなんです。歌手よりも美しい(ってか、イケメンな)指揮者って、どうなの?って思うし、指揮者に容姿で負けちゃう歌手ってもの、残念なモノです。

 特に声は素敵だけれど、トスカ役のビエチョンカの容姿は…年齢相当で、かなり残念です。これが舞台だったら、遠目で見るので「太めのトスカだなあ…」ぐらいで済みますが、ハイヴィジョン収録ですから、あれやこれやをくっきり映し出すので、トスカが若くて美しいというのが、とっても無理に感じてしまうのです。そこがとっても残念です。

 でも、ビエチョンカの努力はスゴイんですよ。今回の上映では、リハーサルシーンもたくさん見せてくれますが、リハーサルのビエチョンカはほぼノーメークなんです。ですから、年相応どこか、あきらかにお婆ちゃんトスカなんですが、本番舞台では、ばっちりメイクをして、若さと美しさをボトムアップしてくるわけです。リハーサル姿から見れば、本番の彼女は一世代ぐらい若返っています。それは実に見事だし、女は化粧で化けるんだなあと思うわけです。だから、舞台の彼女は、あれで精一杯だし、かなりうまく化けているんです。

 でも、ハイビジョンだと、そこまでしても、アップがツラいんですよ。そういう事なのです。

 それに…ビエチョンカも太めだし、カレヤも巨漢ですから、愛の二重唱を歌って、互いに抱き合うと、まるでお相撲さんの取り組みみたいになっちゃいます。いやあ、残念。

 ですから、ヴィジュアル的には、メトの圧倒的な勝ちになります。でも、サウンド的には、絶対にロイヤル・オペラの勝ちです。ソリストの出来が全然違います。特に私が感心したのは、二幕でのカレヤの歌唱です。高らかに勝利宣言をする箇所では、彼の歌声が歪んでしまっているんですよ。つまり、機械の想定以上の音量で歌ってしまったんです。それってすごいでしょ? ああ、生で聞きたかったなあ…と思います。きっと、すごい迫力なんだと思います。

 そう言えば、歌劇場と言っても、メトロポリタンとロイヤルでは、全然劇場の規模が違うんですよね。3800人も入るメトに対して、ロイヤル・オペラは2256人です。ロイヤル・オペラはメトの6割程度の大きさなんですよ。半分ちょっとの大きさしかない歌劇場なんです。だから、メトで劇場を震わせるような大声で歌うなんて、まあ無理なんです。

 ちなみに、スカラ座は2030人、ウィーンの国立歌劇場は1709人なんだってさ。日本の新国立劇場も1814人で、ヨーロッパの劇場並なんです。つまり、メトがやたらと大きいって事ですね。

 そんな大きな劇場で歌う歌手って、つらいでしょうね。だから、メトとロイヤル・オペラの歌唱を比較するのは、ちょっと可哀想なんだけれど、まあ、仕方ないね。

 それにしても、日本にいながら、メトとロイヤル・オペラの比較が最新上演作の比較ができるなんて、なんて贅沢な世の中になったんでしょ。

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2018年4月 4日 (水)

やっぱり一週間ほどお休みします

 ううむ、年度初めはやっぱり忙しい。まともに落ち着いて机に座ってブログを書いている暇がない…ので、申し訳ないけれど、一週間ほど休むことにします。

 再開は、2018年4月10日火曜日の予定です。それまで、ちょっくら実人生に全力を注いでいきますので、ひとつよろしくお願いします。

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2018年4月 3日 (火)

今日はお休みします

 いやあ、年度初めは忙しいね。とてもとても忙しいね。ブログ書いている暇ないね。なので、今日はお休みです。明日は…どうだろ? でもネタはあるので、時間が作れたら頑張って記事書きますんで、期待せずにお待ち下さいませ。

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2018年4月 2日 (月)

作曲の手順について

 標題は難しそうですが、そんなに難しい事を語るわけではありませんので、あまり期待しないように(笑)。

 作曲…と言っても、歌の作曲の話です。

 私、こう見えても若い時はバンドを組んでいました。ギターを担当していました。

 バンド自体は、当時よくある、ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムという、ごくありふれた編成のバンドで、音楽的には、ロックとフォークとゴスペルの中間あたりのサウンドを目指していました。カバー曲もいくつかやったけれど、基本的にはオリジナル曲を演奏していました。で、作詞作曲はギターである私と、キーボードの彼が、それぞれに書いたり、たまに合作したりして、それをみんなでアレンジして演奏していたわけです。

 で、我々のバンドの作曲方法は、まず私が歌詞を書いて、それを私とキーボードの彼がそれぞれに、または一緒にメロディーとコードを書いて仕上げるというやり方をしています。いわゆる“詞先”というやり方です。クラシック声楽曲も、大半が詞先ですから、オーソドックスなやり方と言えるでしょう。歌謡曲や演歌の作曲でも詞先だと聞いています。

 詞先と言っても、私の場合は、出来上がった歌詞を読みながら歌って、それを楽譜に書いてメロディーを仕上げ、出来上がったメロディーに対してコードを付けていくというやり方をしました。つまり、メロディーは感性で作りますが、コードは知性と理性で付けていったわけです。キーボードの彼の場合は、歌詞に対して、メロディーとコードを同時に付けていくというやり方をしていたと思います。

 ちなみに、今のJ-POPの世界では、詞先ではなく曲先の方が主流なのだそうです。曲先とは、先に作曲家がメロディー(と伴奏)を作ってデモテープに吹き込み、それを作詞者(たいていの場合はヴォーカリスト)が聞いて、そのメロディーに歌詞を入れて、曲を仕上げていくというやり方です。つまり、歌詞の世界に合わせてメロディーやサウンドを作っていくのではなく、メロディーやサウンドに合わせて、歌詞を書いていくというやり方なのです。

 サザンオールスターズの桑田佳祐氏などは、自分で歌詞も書いちゃう作曲家ですが、作曲をする時は、ひとまず歌詞は横に置いて、まずはギターを弾きながらデタラメの歌詞で歌いながらメロディーを作っちゃうんだそうです。で、出来上がったメロディーに対して、本物の歌詞を付けていくんだそうです。

 メロディーに合わせて歌詞を書くなんて…私には到底出来ない芸当です。また、歌詞も何も無いところからメロディーを作り出すなんて、これも私には出来ません。私は、あくまでも歌詞が先で、歌詞の持っているイントネーションを発展させてメロディーを作るので、曲先という作曲方法自体が信じられないのです。

 まあいいや。

 曲先の場合も、色々なやり方があると思います。まあ、普通は桑田氏のように、メロディーとコード進行を同時に作っていくか、あるいはメロディーだけ先に作って、後から別の人(編曲家さん)がコード進行を含めた伴奏を作っていくやり方が主流だろうと思われます。でも、そうではない手順を踏む作曲家も多々いるわけです。

 例えば、スウェーデンのポップスター、アバの作曲チーム(最近では、ミュージカル「マンマ・ミア」の作曲家としての方が有名か?)は、作曲をする時に、まず最初にコード進行を決めるんですよ。ギターとピアノの二人で、ああでもないこうでもないと議論しながらコード進行を決め、出来上がったコード進行に、メロディーとリズムを加えていくんだそうです。で、最後に歌詞。だから、曲先であるアバの未発表曲には、発表済みの曲と全く同じで歌詞違いの曲ってのがあるわけです。

 アバのようにコーラスワークに特徴のあるグループならではの作曲方法と言えるでしょう。

 もっと面白いのが、マイケル・ジャクソンの作曲方法です。彼は、まず最初にリズムトラックから作曲するんだそうです。それもドラムを叩くのではなく、クチドラムでズンドコズンドコ歌ってリズムトラックを作り、それに合わせて、メロディーを歌い、他の楽器も、クチ楽器で歌って作曲しちゃうんだそうです。で、バックミュージシャンたちは、録音されたクチ楽器から譜起こししたものを、リアル楽器で演奏してバックトラックを作るんだそうです。面白いやり方ですね。なので、時折、仕上がったトラックの中に、マイケルのクチ楽器が残っていたりいなかったりするんだそうです。

 マイケル・ジャクソンの作曲の師であるポール・マッカートニーの場合は、事前に歌詞を書いておいて、スタジオに入って、そのメロディーを歌いながらギターやピアノを弾いてデモテープを作り、そのデモテープを元に、プロデューサーやプロのアレンジャーに依頼して、曲を仕上げるんだそうです。オーソドックスなやり方ですね。

 作曲と一言で言っても、その作曲家ごとに、色々な手順があるんですね…というお話でした。

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2018年4月 1日 (日)

今年は頑張ってます[2018年3月の落ち穂拾い]

 今年も忙しいけれど、日々頑張ってブログを書いてます。昨年の今頃は、仕事でパンクして約一ヶ月ほどブログをお休みしてしまいましたが、今年は…今の所、お休みをするつもりはありませんが、それでも仕事が繁忙期なので、プログの方は自転車操業である事に変わりがありません。

 もしもある時「ブログをしばらくお休みします」と言っても、必ず復帰しますので、どうぞ私をお見捨てにならないようにお願いします(ペコリ)。

 しかし、去年一ヶ月ブログをお休みしたら、愛読者が激変したよ。で、愛読者が激変すると、ランキングの順位もマイルドに下がりました。まあ、愛読者が減少する事は予想していたけれど、いやあ激変激変、やっぱり継続って大切なんだな…と思ったけれど、ブログ継続よりも実生活をきちんとする事とかの方が大切なので、愛読者激変であっても、昨年のお休みは正しい選択だったと思いたいです。

 ランキングの順位は、愛読者の激変によって、こちらも劇的に落ちる…と思っていたけれど、まあ落ちるには落ちたけれど、さほど劇的ってわけでもなく、マイルドに落ちる程度でした。まあ、愛読者の数に対して、ポイントをINしてくださる方の比率の問題があるんだなあ…って思いましたし、今でも読んでくださる方々がポイントをINしてくださっているんだなあ…と思うと、この人たちのためにも、頑張って書き続けようと思うわけです。

 まあ、ランキングのためにブログを書いているわけではないけれど、ランキングが上位の方が、そりゃあ誰だって(もちろん私も)励みになるわけだしね。ランキングは大切よ。

タブレット楽譜

 タブレット楽譜…たまに見かけます。たいてい、外国の器楽奏者の方ですけれど。声楽の方でタブレット楽譜を使っている方って、なかなか見かけませんね。

 と言うのも、オペラは原則暗譜で歌うものだし、オペラアリアって、暗譜するくらい練習しないと、プロでもなかなか歌えるものではありませんから、オペラ歌手のタブレット楽譜の使用ってのは、まず無いと思いますよ。

 じゃあ、声楽のコンサート等では…って話になりますが、これって、曲によるんじゃないかなって思います。まず、タブレットって案外重いですよ。確かに紙の楽譜も分厚くて重い楽譜がありますが、所詮は紙ですから、タブレット程は重くないと思います。器楽の人なら、楽譜は譜面台に置いちゃうから、重さは関係ないけれど、声楽の場合、基本的に楽譜は手持ちが多いですから、重い楽譜は案外ツラいのです。

 それに、タブレットは縦置きにすると1ページずつしか見れない(紙なら見開き2ページ見れる。タブレットも横置きにすれば同時に2ページ見れるけれど、そうなるとかなり画面が小さくなる)し、そもそもタブレットの画面って紙の楽譜ほど広くない(日本の楽譜は大きくてもA4程度ですが、輸入譜はもっと大きな楽譜がゴロゴロしています)ので、タブレットだと視認性は劣るし…。ただ、タブレットの方が圧倒的に便利なのは、フットスイッチを併用することで、足で譜面がめくれる事! 両手を使う器楽の人には垂涎の機能だと思いますし、実際にフットスイッチを使って譜めくりをしている人(弦楽四重奏楽団でした)は快適そうでしたよ。

 もっとタブレットやら周辺機器やらが進化すれば話は別かもしれませんが、現在のところ、タブレット楽譜は書き込みができないんですよね。楽譜って書き込みできないと…ツラいでしょう? 書き込み不可という点だけで、私なんかはタブレット楽譜を使う気になれません。

 あと、やっぱり視認性の悪さは困りますね。紙の楽譜よりも、一回りも二回りも小さく表現されちゃうし(これ、老眼には大問題です)、一度の1ページずつしか見れないのは、やはり不便です。かと言って、それらを克服するために大型タブレットが販売されたとしても、大きい上に重くて、きっと使い物にならないと思いますし…。電池ももたないだろうし…。なので、楽譜だけは、電子書籍に移行できない私でした。

 やっぱ紙刷りの楽譜って、便利だよね。

正気の沙汰じゃない

 フルートを吹き始めてから、私、金銭感覚が変わったと思います。

 そもそも、まともな金銭感覚なんて持っていたら、フルートなんて買えませんよ。だって、どんなに良い楽器だって、よくよく考えてみれば、70cm程度の金属パイプですからね。それに装飾と加工が施されて、楽器として機能するとは言うものの、たかが70cmの金属パイプに何万も、あるいは何十万も、さらに言えば何百万円も出費するなんて、正気の沙汰ではないと思われても、言い訳できません。

 でしょ? いくら美しい音楽を奏でることができるとしても、たかが金属パイプです。そんなものに大金を掛けられないというのが、普通の庶民感覚ってもんです。

 でもね、所詮、アマチュアの楽器演奏なんて道楽ですからね。そこは理屈じゃないんです。道楽は、軽々と庶民感覚を越えちゃうんですよ。

アマ団体のチケット販売に反対な理由

 プロ・アマの定義に金銭の授受を含めるかどうかとは別問題で、アマ団体が無自覚に金銭を客からもらっている事には、大反対な私です。と言うのも、私はアマ団体が得たチケット代をどのように使っているかを(かつては何度も運営側にいたため)よく知っているからです。

 アマ団体がチケットを売るのは、単純に、演奏会にかかる経費を自分たちで負担したくないだけの、ケチな精神だったりします(全部とは言いませんが、大半がそうです)。会場費だって、先生方への謝礼金だって、観客側が負担するいわれはありません。さらに言えば、チケット代で余剰金(つまり利益)が生じたら、それはたいてい“打ち上げ代”に消えるんです。多くの観客はそこまで知りませんから、快くチケットでもなんでも購入してくれるんでしょうが、そういう裏事情を知ったら、どうするでしょうね…って、いつも私は思うわけです。

 だいたい、アマ団体の演奏会なんて、その団体の演奏が素晴らしいから行くわけではなく、大半は縁故の客であり「日頃の付き合いがあるから仕方なく…」行くだけです。行きたいから行く…なんて人は、観客の中の、ほんの数%の人たちであって、大半は世間づきあいで出掛けているだけなのです。

 プロの演奏会ならば「チケットが高い」「演目がつまらなそう」「そもそも演奏者に興味が無い」「他に用事があって忙しい」などの理由で、行かないという選択肢があります。でも知り合いが出演するアマ団体の演奏会ともなると、たとえチケットが高かろうと、演目が超絶つまらなそうでも、出掛けざるを得ないものです。まあ、本当に外せない用事が入っていれば「ごめんなさい、その日は先約があって…」と断ることもできますが、日頃のお付き合いを考えると、それも簡単には言えなかったりします。

 アマ団体の演奏会って、観客からすれば、せっかくの休日が潰されるだけではなく、余計な出費まで強いられるだけなんです。これ、みんなクチをつぐんでいるけれど、色々と腹の中では思っているわけです。そんな彼らの出費が飲み代に使われていたら、快く思わないのが人間だと思います。

 せめて、その演奏で得られる喜びが、そのチケット代にふさわしいだけのモノならば、商取引としては可なのかもしれません。しかし、馴染みの無い曲で、演奏水準もたかがしれているようなコンサートの場合、果たして商取引として公平であるのかどうかも疑問です。プロのコンサートのチケット代を基準にして考えるならば、アマ団体のチケットなんて、一部の限られた団体を除いて、観客の皆さんのコンサート会場にやってくる労力を考えるならば、ロハか、むしろ手土産付きでもいいくらいなんじゃないの?

 音楽演奏を趣味としている人たちは、そういう部分にも敏感でなければならないし、その程度の他人の気持ちも分からないようでは、音楽解釈やら表現にも疑問を持たざるをえないというのが、私の個人的な意見です。

 なので、チャリティやら、マーケッティングや経費うんぬんの話を言い出した段階で、そのアマ団体は『胡散臭い』と思うし、経費ぐらい自分たちでどうにかしろよと、声を大にして言いたいです。

 自分たちの演奏がチケット代にふさわしい演奏かどうか、冷静に考えてから、チケット代を設定している団体なんて、どれくらいいるんだろう。冷静に考えて、プロの人たちが設定している値段と比べたら、とてもとても恥ずかしくてチケットなんて販売できないのが、普通の神経なんじゃないかなって、私は強く思います。

 悪意が無いのが、一番、タチが悪いんです。

今月のお気に入り 冷えピタ

 いわゆる冷却シートですね。類似品に“熱さまシート”とか“マジクール”とかあります。細かい仕様は違うんでしょうが、私的にはどれでも構いませんが、いわゆるカップ麺をついつい「カップヌードル」と呼んでしまうように、私は冷却シートを「冷えピタ」と呼んでしまうだけです。

 実際、一番よく使うのは「冷えピタ」と言いながらも、小林製薬の“熱さまシート”だったりします(ダメじゃん)。

 これ、いいんですよね。

 私は知恵熱体質の人で、疲れると発熱してしまう人なんですね。まあ、原因が疲れだったりするので、寝れば大抵直るのですが、いつもいつも睡眠が確保できるわけじゃありません。そんな時は、冷えピタをおでこに貼ってオデコの熱を取るだけで、だいぶ楽になります。対処療法なんですが、結構、いいです。

 もちろん、冷えピタを貼った上で、睡眠を取ると、バッチグーだったりします。

 昔、この手の冷却シートが無かった時代は、知恵熱が出ると、氷枕をしましたが、氷枕って、後頭部を冷やすんですよね。知恵熱は前頭部が発熱するので、後頭部を冷やしても、あまり効果ないんですね。

 前頭部を冷やすには、通常は氷嚢(ひょうのう)を使うのでしょうが、あれって仰向けで寝る人のためのものであって、私は子どもの頃から、絶対に上を向いて寝るなんて事はしなかった人(大抵は横向きかうつ伏せ寝です)なので、氷嚢は使えない人だったのです。

 だいたい、寝返りが激しいタイプの人なので、最初は仰向けで寝ていても、やがてコロコロ転がっていくので、氷枕も氷嚢も役に立たない人なのてす。

 だから、冷えピタが出来た時は歓喜雀躍したものです。

 大人になった今では、子ども時代ほど頻繁には知恵熱を出さなくなり、冷えピタの登場回数もぐっと少なめですが、子どもの頃にこれがあったら…私の人生は大きく変わっていた事でしょう(…なんてね)。

今月の金魚

 今月は特別な事もなく、みんな元気に暮らしました。

今月のひとこと

 現在、ボクシングのバンタム級のWBC世界チャンピオンはメキシコのルイス・ネリ選手なんだけれど、この選手が先日王座を剥奪されてしまいました。別に試合に負けたわけではなく、タイトルマッチ戦での計量に失敗して、体重をオーバーしてしまい、タイトルマッチ(ネリ選手にとっては防衛戦)に失格したからです。なんとも、残念で、白けてしまう話です。(2018年2月28日~3月4日)

 伊調馨さんのパワハラ問題は、どうやって落とし前をつけるんでしょうね。パワハラってのは『つまり立場の上の人間が立場の下の人間に対して、法に触れないギリギリのイジメを仕掛ける』ってヤツですから、極めてタチが悪い。おまけに、イジメている本人にはパワハラをしている自覚は全くないだろうし、イジメている人間の立場が上であればあるほど、周囲はパワハラを認識していてもクチを閉ざしてしまうわけです。結局、イジメられている人間が辞める以外の解決策って無いわけで、だから伊調馨氏が引退する以外の解決策って無いと思うんだけれど、本人は東京オリンピックに出てメダルを取りたいわけでしょ? でもこんなドタバタをやっているようじゃあ練習に集中できないだろうし、そうなるとメダルも厳しくなってくるわけで…門外漢としては「なんかなー」という感じです。羽生結弦氏のオリンピック2連覇も凄いけれど、伊調馨氏はオリンピック4連覇だよ。東京でも勝てば5連覇だよ。そんな選手がそんな問題に巻き込まれているなんて、なんともやるせないです。(2018年3月4~13日)

 梅の花が満開ですね。先日、日本橋を歩いていたら、早咲きのサクラが満開でした。いよいよ、花のシーズンに突入ですね。(2018年3月13~26日)

 はっきり言って、森友問題・加計学園問題なんて、どーでもいいんです。あれって、首相夫人を巻き込んだ公私混同の問題と、官僚たちの不透明な認可行政の瑕疵であって、首相の進退を問うような問題ではないはずなんです。要は、このまま安倍政権が続くと改憲されてしまう可能性があるから、それを何とかして阻止したいという反日勢力(野党&マスコミ&プロ市民:護憲派とも言います)の暴走なわけでしょ? 改憲するかどうかは別として、まずは憲法問題について話し合いをするべきだし、政府の言い分や国民の意見を確認しないといけないでしょ? 日本国憲法って、世界で一番古臭い憲法なんだよね。時代に合っていないのです。どこの国でも憲法なんて、もっと頻繁に変えていくわけで、日本も時代に合わせて憲法をアップデートしていかなけれはいけないわけで、そのための話し合いはしなきゃいけないのに、反日勢力の方々は、それをも邪魔するわけです。ほんと、反日勢力な方々って、日本の未来のため、次世代の日本人のためにならないです。彼らは誰のために働いているのやら…。(2018年3月26~31日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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