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2018年3月 6日 (火)

耳って、良くなるのか?

 いわゆる聴覚の話です。おそらく、医学的な聴力に関して言えば、どんなに訓練しても、そんなに良くはならないと思います。と言うのも、これはハードウェアの性能の話であって、いわば「訓練次第で視力は良くなるのか?」とか「訓練次第で嗅覚は鋭くなるのか?」と言えば、同じくNOだからです。

 ただし、我々は経験的に、訓練することで耳が良くなったり、目が良くなったり、鼻が良くなったりする事を知っています。

 我々は機械ではありませんから、センサーを交換して、それらの感度を上げる事はできませんが、ある意味、ドライバソフトの更新をして、ハードウェア性能はそのままで、高性能化する事は可能です。

 ざっくり、オカルト的な書き方をすると、感度は変わらなくても、分解能は良くなる…って感じでしょうか?

 例えば、音楽耳に関して言うと、全く音楽的な耳を持たない人でも、音楽は聞けるし、楽しめます。ただし、普通はそこで彼らが聞いているものは、音の塊であって、一種のバイブレーションのようなものです。なんかよく分からないけれど、心地よいものとして音楽を感じているわけです。ですから、感じているのだけれど、よく分からないので、なんと表現してよいのか、言葉が見つからず、歌で言えば、メロディーやリズムやコードではなく、歌詞の素晴らしさに感動するわけです。

 ほら、だって、歌詞って、言葉でしょ? 歌という音楽の塊の中からでも、言葉は聞こえるし、拾い出せるんです。なので、音楽を聞いて、歌詞のうんちくばかりを垂れ流す人って、音楽が聞こえていないのだなあ…と私は勝手に推測しています。

 音楽を意識的に聞き続けていくと、音楽的な耳が作られてくると思います。ただの音の塊だったものが、いくつかのメロディーが合成されたものであったり、複数の楽器が同時に鳴って響き合っている様子であったりするのが、聞き分けられるようになります。

 おそらく、多くの人の場合、まず聞き分けられるようになるのが、一番大きな音で紡がれるメロディーでしょう。次に下支えをしているベース音。音程の一定している(つまり音程が無い)打楽器たちが作り出すリズムも聞き分けやすいでしょう。そうして、かつてはただの心地よいだけの音の塊を、ひとつひとつ解きほぐして、塊ではなく、音が紡がれたものとして聞こえてくるようになります。

 やがて、音程の高い低い、音色の細い太い、リズムの軽い重いなども分かるようになり、音大の入試に出てくる、聴音の問題が解けるほどに鍛え上げられた耳になるのだと思います。

 もちろん、そうやって鍛え上げられた耳だからと言って、別段、聴力としては、凡人たちの耳と大差はなく、聴音の問題が常に100点満点が取れたとしても、1Km先に落ちた針の音など聞こえるようにはならないのです。

 つまり、絶対的な能力が上がったわけではなく、聞こえた音をどう認識していくかが変わっていくわけです。耳…と言ってしまいますが、べつに耳の能力が向上したわけではなく、耳で聞こえた、音のイメージを脳が認識する時に、訓練する事で、より詳しく、より繊細に感じられるようになるって話です。

 ほら、だって、脳って学習が得意じゃない?

 結論。訓練したところで、聴力は良くならないが、音の分解能は向上し、認識力はだいぶ高まる…ようです。

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コメント

不思議ですが、昔好きだった歌手が、あんまり上手ではないと、今頃わかったり、または、声楽的に軽めの声がやけに薄く感じたり、反対に以前なら、なんて重い声と敬遠していたオペラ歌手が今は好きであったり、で、はたまた、自分の少し前の声より断然、その先程の歌手より?つまり質量が重くなり、それが心地よかったりする不思議。耳が肥えたのか?声の質量や音色、またどの辺のポジションで歌ってるいるかが、おおよそわかるようになってきた、ここ半年くらいで、色々と関心をもって真剣に聴けば聴くほど、声は奥深く面白いです。そういう意味では耳が良くなったのかしらん(笑)

アデーレさん

 分かる分かる。それもやはり“耳が良くなった”って事でしょうね。あるいは“耳が肥えた”ってヤツです。

 しかし“肥えた”という表記、なんか太ったみたいな感じがして、ちょっとアレですね。

>声の質量や音色、またどの辺のポジションで歌ってるいるかが、おおよそわかるようになってきた

 たぶん、これが上達の第一歩なんじゃないかって思うんです。出来なかった頃って、聞いても分からないんです。でも、聞いて分かるようになると、その時はできなくても、やがて出来るようになる…んだと思います。

 私も以前は聞いても分からなかった事が、今はなんとなく分かるようになりました。きっと、そのうち出来るようになる…と信じているんです。はい、頑張ってますよ。

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