ひとこと

  •  最近、読みたいなあと思ったビジネス書とか実用書は、たいてい紙だけでしか出版されていない(涙)。なので、買えないし、読めない。それにあれだけ読んでみたいと切望していたのに、一週間もすれば、私の興味が次に移っているので、その本の事など、どーでもいい気分になっていたりします。以前は、週末ごとに書店に行って、ごっそり本を買っていたのに、昨今はそんな感じで読みたい本が電子書籍化されていないので、読めず、買えずで、読書量が落ちている私です。紙の本を買えばいいじゃんと思われるかもしれないけれど、一度電子書籍に親しんでしまうと、もう紙の本には戻れないんだよ。紙の本を販売しちゃいけないとは言わない。ただ、電子書籍版も同時に発売してくれよ~と声を大にして言いたいだけなのです。
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2018年2月20日 (火)

歌曲は原調で歌うべきか?

 つまり、歌曲は作曲家が作曲したオリジナルの調性のまま歌うべきか、それとも歌手の声に合わせて自由に移調して歌うべきか…という命題でございます。

 一般的な解答としては「歌曲は自由に移調して歌って良し」です。

 でも、本当にそれでいいのかな?と私は思うわけです。

 確かに、歌手本位で考えるならば、その歌手が一番良いパフォーマンスを発揮できる音域というのは、歌手毎に決まっているわけだから、どんな曲であれ、その音域の範囲に納めて歌った方が良い結果が出るに決まってます。

 だから歌曲を移調して、歌い手の得意な音域に納めて歌うのは、一見、理にかなっているように見えます。実際、歌手本位ならば、それで正解です。

 でも、何か釈然としないのです。

 まず1つ目の釈然としない理由は、これは歌曲のみに適用され、オペラアリアには適用されないって事です。

 歌曲は歌手の音域に合わせて、自由に移調されて歌われるのに対して、オペラアリアは作曲家が書いたオリジナルの調性のまま歌わないといけないのです。その理由として、歌曲は単独で歌われる事が多いけれど、オペラアリアはオペラ全体の中の一部として歌われるから、他の曲とのバランスを考えると、移調して歌うのはふさわしくない…って言うわけです。

 でも、これ、ごまかしだよね。

 確かに、オペラ上演の最中、一部の曲だけ移調して歌うと、不自然な感じがしないわけでもないから、オペラ上演の中では、アリアの移調は禁止…は分かります。でも、コンサートなどで、そのアリアだけ取り出して歌う時も、移調禁止は…分かりません。歌手本位で考えるなら、その歌手の音域に合わせて、オペラアリアも移調して歌っても、何の不都合もないからです。

 私は実際、素人さんの発表会で、オペラアリアを移調して歌われたのを聞いた事があります。有名なテノールのアリアを、低く移調してバリトンの方が歌われていました。破綻なく、見事な歌唱でしたたよ。特に、歌としての不都合はありませんでした。この歌唱を聞いて以来、歌曲が移調されて歌われるのと同様に、オペラアリアも移調して歌っても、まあ、アリかもしれないなあって思いました。

 歌としての不都合はないのに、オペラアリアの移調はダメで、歌曲の移調はアリってのが、私が釈然としない理由の1つです。

 理由はもう1つあります。やはり、その低く移調されたオペラアリアを聞いた時に感じた事です。

 オペラアリアを低く移調して歌われても、確かに歌としての不都合はありませんでした。不都合は無かったのですが…違和感はありました。移調されていても、同じ歌は歌なのですが、なんか違うんですよ。具体的に書けば「歌を聞いた後にカタルシスが解放されない」と言うと…分かるかな? なんか、聞いていて不完全燃焼だったのですよ。

 テノールのアリアって、たいてい最後に聞かせどころの高音があって、そこをアクロバチックに歌うことで、聞き手のカタルシスは解放されるように作られています。バリトン用に移調された時も、全く同じように歌われ、高音部分も移調されて歌われたのですが、テノールが原調で歌った時に感じたカタルシスの解放が、バリトンが移調して歌うと、特に感じられずに、普通の歌として聞こえちゃったんですよ。

 テノールのオペラアリアの高音って、絶妙に作曲されています。テノール歌手のギリギリの音域で、破綻直前の危うい音程で、見事に歌えるように作られています。それを低くしてバリトン歌手が歌うと、バリトン歌手にとっては、破綻寸前の危うい高音であっても聞く側からすると、テノールでの歌唱ほどのヤバさは感じられず、普通の高音にしか聞こえないのです。

 歌の音程と歌手の声質って、関係あると思うのです。で、作曲家はそこを考えて、調性を決めて作曲していると思うのです。それを考えると、オペラアリアを移調して歌っちゃダメという理屈に納得しちゃう私なんですよ。

 で、オペラアリアはダメなのに、なんで歌曲は良いの? って思ってしまうわけで、なんかモヤモヤが残るわけです。

 「君と旅立とう」という歌曲があります。オリジナルはイタリア語の曲で「Con Te Partirò」というタイトルで、アンドレア・ボチェッリというテノール歌手のために書かれ、実際、彼のシングルレコードとして発売され、ヒットしています。

 この曲は、後に、歌詞の一部を英語にして、英語のタイトル「Time To Say Goodbye」に付け替えられて、ソプラノ歌手のサラ・ブライトマンによって歌われ、大ヒット曲となりました。

 この曲は、男女の二人の歌手によって歌われています。同じ調性で歌われていて、移調されているわけではないのですが、実は歌っている歌手の男女の差もあって、実質的には1オクターブほど音程が違っています。実際の音程が違うので、同じ調性でも、歌の印象が少し違います。私が特に違和感を感じるのは、最後の聞かせどころの高音部分です。

 ボチェッリの、音域ギリギリで歌う高音に対して、ブライトマンの楽々歌う威風堂々たる高音は、曲の印象を大きく変えます。

 これは私の好みですが、ブライトマンが美しい声で楽々と歌うバージョンよりも、ボチェッリが朴訥でギリギリに歌うバージョンの方が好きですし、この曲は、そもそもがボチェッリの持ち歌という事も考えれば、作曲家はこの危うさを出したくても、この音域で曲を作曲したんだと思われます。でも、ソプラノであるブライトマンにとって、この音域は楽勝なんだと思います。楽勝すぎて、高音が安心で安定してしまうのです。

 歌手本位で考えれば、ブライトマンの歌もアリだろうけれど(だから大ヒットしたわけです)、作曲家本位で考えると、ブライトマンの歌唱は、本来の意図とは違うんじゃないかなって思うわけです。オペラアリアを違う声種の歌手が歌うと違和感を感じられるように、歌曲だって本来対象にした声種以外の歌手が歌うと、やっぱり違和感を感じる…んだと思います。

 そして、昔の作曲家の歌曲は、皆さん、結構自由に移調して歌われているけれど、現代作曲家のソングは、移調して歌われたり歌われなかったり、そもそも移調された楽譜が販売されていなかったり…。

 ああ、考えれば考えるほど、頭が混乱する。

 移調問題については、歌手本位で考えるのと、作曲家の意図を汲み取って考えるのと、結果が異なってしまいます。これは、ある意味、立場の違いだけであって、どちらも正解と言えるし、どちらも不適切とも言えます。

 ああ、分からん。私的には、作曲家の意図を最大限に尊重しつつ、時には移調された楽譜で歌うって事になるんだろうなあ。少なくとも、私が楽譜を選ぶ時は、なるべく移調譜ではなく、原調の譜面を利用したいなあって思うわけです。また女声用に作曲された曲はなるべく避けて、男性用に作曲された曲をなるべく歌うように心がけているわけです。ただし、それを他人に強要する事はしないけれどね。

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コメント

こんばんは。すとんさん!アリアでも男性テナーのアリアを女性が歌う、や、また 夜の女王のアリア、一番高いハイFがハイesにして、したがってそれに合わせて少し下げて歌うアリア、聴いたことあり。やっぱり抵抗ありますね。アリアはやっぱりしちゃダメかもね(笑)歌曲も本当は楽譜どおりが美しいよね、

アデーレさん

>アリアでも男性テナーのアリアを女性が歌う

 私もあります…ってか、同じ歌手の同じアリアを念頭に置いているかも(笑)。

 実際のところ、記事にも書きましたが、音程を多少下げて歌ったところで、歌としての良さに影響をあたえるほどではありません。ただ、違和感はあります。でもそれは我々が正しい調性で歌っている曲のイメージを持っているからで、そういうイメージを持っていなければ、違和感もたぶんないんだろうと思います。

 もしかすると、移調うんぬんよりも、男女の性別を変えて歌う方が違和感が強いかもしれません、私の場合。


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