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2018年1月24日 (水)

キング先生に習っていた期間よりも、今のY先生に習っている期間の方が長くなりました

 ふと気がつくと、そんな事になっていました。

 キング先生 グループレッスン  2007年1月~2009年1月  2年1ヶ月
 キング先生 個人レッスン  2009年2月~2012年6月  3年5ヶ月
  -> キング先生に習っていた期間 5年6ヶ月

 Y先生 個人レッスン  2012年7月~現在(2018年1月) 5年7ヶ月

 レッスン期間はほぼ同じとは言え、ついにY先生に習っている期間の方が長くなりました。正直、感慨深いものがあります。

 もう少し言うと、レッスン期間はほぼ同じと言えども、レッスン時間そのものは…すでにY先生に習った時間の方が多いと思います。

 なにしろ、両先生とも、レッスンは原則、隔週 or 月2回だけれど、キング先生の場合、グループレッスンの時は、個人的に見てもらえるは、一回のレッスンではせいぜい5分程度だったし、個人レッスンになっても、レッスンの半分は休憩時間(&雑談時間)だったので、表面上の時間よりも実際にレッスンで学んでいる時間は少なかったです。だから、ブログでは、一回のレッスンの内容は、一回の記事で書き切れたわけです。

 そこへ行くと、Y先生はレッスン中に休憩時間を入れませんし、雑談もしません。レッスンは常にビッチリやりますので、正味のレッスン時間では、すでに倍以上の差が付いていると思います。ブログの記事も、かなり内容は端折っていますが、Y先生の場合、1回のレッスン内容は、記事にすると、どうしても2~3回になってしまいます。

 私自身の歌い方にしたって、キング先生時代に習った事は、だいぶ抜け、まだ悪い癖は完全に取り除けたとは言えませんが、かなりY先生が教えてくださる、オーソドックスな発声法に馴染んできたと思います。なにしろ、キング先生の教えてくださった発声法って、かなり個性的で画期的で革新的だったからなあ…。

 今はキング先生がダメと言った事を積極的に行い、キング先生が指摘されなかった事を重点的に意識して歌うようになりました。

 まあ、富士山登頂にしたって、色々な登山路があるように、おそらく、キング式発声法であれ、Y先生が教えてくださるオーソドックスな発声法であれ、山頂に到達すれば、それはそれで良いわけで、だから個性的なキング式発声法がダメだとは思わないのだけれど、私的には、誰もが登る、オーソドックスな登山路の方が性に合っているような気がします。

 習っていた期間だけでなく、習った曲数も、すでに違います。

 キング先生 グループレッスン  7曲
 キング先生 個人レッスン  29曲
  -> キング先生に習った曲  36曲

 Y先生 個人レッスン(現在まで) 71曲

 すでに倍近く違います。これは期間は同じでも、レッスン内容やレッスンの濃度の差で、これほどの違いが出たんだと思います。それにしても、思っていたよりも、大きな差だったので、私自身がびっくりしてしまいました。

 キング先生時代は、レッスンや発表会で歌う曲はすべて先生が決めていましたが、Y先生になってからは、私が曲を提案したり、Y先生が曲を推薦したりして、常に相談しながら決めているので、曲数も多いですが、内容も、それなりに幅広いです。自分セレクトの曲を歌うので、歌っていて楽しいですよ。

 あのままキング先生に習い続けていたら、絶対に歌わなかっただろう歌も、今は歌っています。いや、それ以前に、キング先生は私にはテノールは無理だから、バリトンに転向しろと散々言ってましたので、今頃は、半分腐りながらバリトンをやっていたかもしれません…私の声は明らかに軽いテノールなんですが(笑)。それを思うと、Y先生の指導の元、少しずつだけれど、テノール歌手として成長させてもらっているのは、感謝です。

 幼稚園を終えたら、小学校に進学するように、キング先生からY先生へ、師事する先生を変えた事は、偶然だったのですが、結果的に良いことだったと思います。幼稚園では学べない事も、小学校では学べますからね。実際、キング先生ご自身が、声楽の学習は複数の先生を渡り歩いて学ぶものだと教えてくださっていたし…ね。

 次の問題は、いつ小学校を卒業して中学校に進学するか…ですが、その時期はY先生と相談する事になっています(次の先生はY先生がご紹介してくださる事になってます)が、それはまだまだ先の話になりそうです。

 私的には、今しばらくはY先生の元でじっくり学んでいきたいと思ってます。

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声楽のエッセイ」カテゴリの記事

コメント

声楽って。先生次第では声壊すし、、でも、習い始めはよい先生や合ってる合ってないの判断もできないから厄介ね。更に、先生それぞれメソッドが違うから、転換点とか、ポジションが微妙に皆違う。ほんとに難しい。できたら、美声の努力型の先生がよいけど、。生まれ持って美声の持ち主では天才型であり、あまり声は恵まれず努力で獲得した先生は残念ながら、ハッとするような美声の持ち主とまではいかないから、ほんとに困り者です。生徒は先生を見定める眼を持つ。実に難しいのだ。

アデーレさん

>美声の努力型の先生

 これ、Y先生がそう。そもそも私がY先生を見つけたのは、彼に歌を学ぶ以前、まだキング先生と蜜月だった頃、彼の出演するオペラを見て「こんな美しい声の人がいるんだ…」と思ったのが最初。私、最初は単純にY先生のファンだったんですよ。で、キング先生とあれこれあった時、たまたまY先生とのツテを見つけて、ダメ元でお願いして拾ってもらったんです。

>美声の持ち主では天才型

 これ、キング先生がそう。本人もよく言っているけれど、彼は本当に、歌に関しては天才なんだと思う。ただ、天才である事をカサにきているトコロがあって、すぐにマウントしてしまうのが、彼がうまく世渡りできない点なんだよね。ほんと、歌は天才的に素晴らしいだけに、色々とモッタイナイ人なんです。

>習い始めはよい先生や合ってる合ってないの判断もできないから厄介ね

 その通り。まあ、私は恵まれていたと思います。キング先生は、ごくごく初歩の人には楽しく学べて良い先生だと思うし、きちんと歌に取り組むなら、Y先生のように真面目に勉強してきた方が良いです。後悔するのは、もっと早く、キング先生からY先生に移動できたら良かったなあって事かな。少なくとも1年、できれば2年早く移動していたら、だいぶ違っていたと思うんだよね。

すとんさん、こんにちは。
よく、歌のレッスンって、先生によってメソッドが違うので、「頂上は同じだけどルートが違う」と登山に例えられることが多いですが、「どんな山を登りたいのか」という所が肝心ではないのかなって思います。
単に「山登り」と言っても、息切れしないように高尾山を何度も登り続けるのと、1回富士山に登ったらもう満足してしまうのと、あるいは誰も登ったことがない絶壁だらけの岩山に登るのと、あるいはエベレストまで目指すか・・・さあ、どんな登山がしたい?ということと思います。
それによって、心得も、準備しなくてはいけない用具から、必要な体力の種類も違いますよね。
そして、どんな山を登るための指導なのか、という点で認識が合わないと、これまた師弟関係は不幸になります。
前の先生の時、「ヨーロッパのオペラハウスではこういう声を求めている」なんて言って指導していましたが、身近な合唱団の指導者に言わせれば「ヘンなクセ」の一言で終わってしまいました。
先生も変えたいと思ったって、次の先生がもっと良い先生だとは限らないし、お互いの相性も違うし、今はSNSで人間関係も筒抜けになりがちなので、難しいですね。

ドロシーさん

 先生との出会いと言うのは、仰る通り、大切で大変な事だと思います。大事な事は、その先生との出会いを“良い出会い”にしていく事なんだろうと思います。

 山登りのたとえで考えると、私のフルートの場合、今も始めも、私はクラシック志向でしたが、習い始めの先生はジャズの先生で、そういう意味では当初の登山道は私の希望していた道とは全く違ったわけですが、ジャズを勉強した事は、それはそれで楽しかったし、良い経験で有益な学びだったと思っています。

 でもこれを回り道とか余計な足踏み期間として捉えてしまったら、不幸な出来事だった、無駄な学習だったという事になりかねません。要は、何をどう学び受け入れるか…学習側の心の持ちようで変わる…かもしれないって事です。

 もっとも、先生の中には、明らかなハズレも(悲しいことだけれど)ある事はあります。なにしろ、学校の音楽の先生以外には、音楽の先生って無資格ですからね。演奏技量と教授技量は別物です。良い演奏ができても、教える方はカラッキシという方もいないわけじゃないです。往々にしていらっしゃるのが、演奏がダメなので教えることで生計を立てる…というダメなパターンの先生です。そういう先生とは…出会いたくないものです。

 何事であっても、人との出会いって、大切ですね。そういう意味では、良縁を求めていきたいです。

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