ひとこと

  •  ソフトバングの孫会長が、某講演会で「日本はライドシェアを法律で禁じている。こんな馬鹿な国は無い」と発言されたそうですが、ライドシェア(つまり“白タク”)は、日本を始めとする多くの先進国で禁止だよね。少なくとも、イギリスとフランスとドイツでは禁止で、先進国じゃないけれど韓国(孫氏の母国です)も禁止。ま、きっと、イギリスとフランスとドイツと韓国も日本同様に馬鹿な国なんでしょうね。逆にライドシェアOKなのは、アメリカと中国とインド、ブラジル、ロシア、イスラエル等です。ライドシェア業者って地元の業者でなくても全然OKのようだし、世界的にみると、アメリカのUberと中国の滴滴出行がライドシェア業者としては、世界のトップ2なんだそうです。ま、日本で白タクOKに法改正をするにしても、すでに実行している他の国の実情をしっかり踏まえてやらないとなりません。商売で儲ける事も大切ですが、日本と日本人の安全が脅かされることがない事を願います。特に、海外企業が儲けるばかりになってしまってはいけないと思いますよ。
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2018年1月の記事

2018年1月31日 (水)

やっぱりやっぱり…日本語で歌うのは、ちょー難しい(汗)

 声楽のレッスンの続きです。歌の練習に入りました。まずは、武満徹作曲の「小さな部屋で」です。

 いやあ、難しい。ほんとにこの曲、楽譜通りに歌うのは難しいです。先生からは、楽譜に忠実に歌うことに集中をしすぎて、日本語の歌詞なのに、歌が多少不自由になっていると言われました。

 日本語の歌は、話し言葉の延長のように自然な歌いクチで聞こえないといけない…わけで、楽譜が見えるような歌い方は、あまり感心できないようです。もちろん、楽譜通りに歌うのが第一義だけれど、そのために日本語として不自然に聞こえては、何にもならないのです。

 つまり、楽譜通りに歌うのだけれど、楽譜から離れて歌う事が大切なんです(って、分かる?)。だからと言って、まるっきり話し言葉で歌うわけでもありません。あくまでも、クラシック声楽として(私は)歌うわけですから、そこはポピュラー音楽的なアプローチは禁物であります。

 まずはレガートに歌うことに注意してみました。母音だけで、楽譜通りに歌ってみる。何度か繰り返して、それが何とかなるようになったら、母音の邪魔をしないように、子音を入れてみる。その際に、日本語(ひらがなとか漢字)を見て歌うよりも、ローマ字を見て歌ってみるのが良いのだそうです。なぜ、ローマ字を見て歌うのかと言えば、その方が、子音や母音を意識して歌えるからです。ひらがなや漢字を見て歌うと、子音や母音の発音がついついなおざりになりがちだからです。

 確かに私の場合、ローマ字を見て歌った方が、しっかりと子音が発音できるし、母音も滑らかに歌えます。歌ってみるまでは「なぜ、ローマ字?」と思っていましたが、いやいや、ローマ字歌唱って大切ですね。

 そうやって、ローマ字歌唱をしながらも、日本語としての不自然さを排除しつつ歌っていくのです。いやあ、日本語の歌曲って…難しいわ。

 それと再度言われたのは、絶対にノドを鳴らして歌ってはいけない…って事です。私はついついノドを鳴らして歌ってしまうのですが、しゃべっている時にノドを鳴らして喋る人は…いないわけです。まあ、義太夫でも唸っていれば話は別でしょうが、まあ、普通の人は、そんな喋り方はしないわけで…そう言われてみれば、確かに私の歌い方って、義太夫とか詩吟とか…西洋音楽と言うよりも、無意識に純邦楽っぽいやり方をしちゃっているのかもしれません。

 いやあ、DNAのなせる業…なのかな? カッコよくはないですね。

 あと、フレーズを歌い終えたら、その都度、必ず歌い直すように言われました。で、その際は、必ず音を上から取り直すことを忘れずに…です。

 高い音は息の支えが大切ですが、低い音もしっかり息の支えがないと、音程がすっ飛んでしまいます。楽に歌える中音域はともかく、低い音も高い音も、しっかり息で音程を支えないといけないわけです。

 とにかく、今回で「小さな部屋で」は終了。次回からは「歌うだけ」にチャレンジをし、それでひとまず武満は終了にします。武満が終わったら、次は…ベッリーニの『6つのアリエッタ』を学ぶ事にしました。何曲かは原調で学びましたが、今回は歌曲集として6曲全部をやります。ただし…原調ではなく、中声用の全音版で、です。

 つまり、高い音にチャレンジをするのではなく、私にあれこれテクニカルに歌う事を学んでもらおうという事らしいです。まずは中声用の楽譜で一通り学んでおけば、必要な時に、それを原調に上げて学び直せば良い…って事らしいです。

 確かに、以前、原調で学んだ「Malinconia, Ninfa gentile/マリンコニーア」も「Ma rendi pur contento/喜ばせてあげて」も「Vanne, o rosa fortunata/お行き、幸せなバラよ」も、きちんと歌えたわけではありません。そういう意味でも、今一度、中声用でしっかりと学んでおいた方が良いかもしれません…が、たぶん今の私なら、原調でも歌えそうな気がするんだけどなあ…、あの頃とは違うんだけれどなあ…って、思わないでもありませんが、先生には先生なりの意図があって、中声用の楽譜で『6つのアリエッタ』を学ばせようと決めたのだから、それに従う事にしました。

 まあ、私の歌の実力的なモノは、私自身よりも先生の方がきちんと把握しているだろうから、先生のご指導に従って学んで行くのが、一番間違いないのです。

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2018年1月30日 (火)

力の入れすぎは、全てをぶっ壊す

 声楽のレッスンに行きました。

 実はこのレッスン日の私は、明らかな練習不足でした。何しろ、前回のレッスンからこの日まで、自宅練習が出来たのは、たったの1回ですからね。フルートと違って、楽器の組み立てとか片付けとかの面倒が無い分、短い時間でも、ちょこちょこ練習できる声楽なのに、今回は仕事の都合の上に体調不良もあって、たったの1回、それも時間にすると10分程度の練習しかできないまま、レッスンを迎えてしまいました。

 声楽の場合、日々の練習は、そのまま、日々のトレーニングにつながっていきます。その点は、スポーツなどと一緒で、あんまり練習していないと、筋力が衰えていきます。おまけに、体調不良もあって(レッスン当日は、実は午前中いっぱい寝込んでました)、本当に歌の調子も悪かったのです。

 なので、ハミング練習から始めたのですが、筋力不足のためか、カラダがなまってしまったためか、どうしても息が上に上がっていかないのです。ダメなのはいつも通りとも言えますが、いつも以上にダメなのが自覚できるほどにダメでした。半月ほど歌っていませんでしたから、仕方ないと言えば仕方ないのですが、だからと言って、良しとしてはいけません。ですので、しっかりと息を上の方向にしていく事を意識化してみました。カラダが自動的に動かなければ、意識的に動かすしかないわけです。

 さて、発声練習です。息を通すルートを変えないようにと言われました。これは前々から自覚があるのですが、私は歌い出しの1音目と、それに続く2音目以降で、息のルートがしばしば無意識に変わってしまいます。変わってしまうのは無意識だけれど、変わったなあ…とは意識しています。むしろ、無意識に歌うと、2音目で息のルートが変わるのが私だとも言えます。

 で、先生曰く、最初の1音目は良いルートを通って歌われているのに、2音目以降は、違うルートに息が入ってしまうのが残念。2音目以降も1音目と同じルートで息を通して歌ってください…ってわけです。

 無意識だと変わってしまうので、意識的に変わらないようにしました。何をしたのかと言えば…ノドやクチのカタチを力を入れて固めたわけです。このやり方が良いかどうかは自信ありませんが、固めないと音程が上がるたびに、ノドやクチのカタチが(高音を発声しやすいように)変わってしまい、その結果、息のルートが変わってしまうからです。

 力を入れるのは、カタチが変わることを防ぐためであって、発声のための力みは禁物です。

 つまり、目指すは声の音色の統一、ですね。高音も低音も同じ音色で歌いましょうって事です。これはキング先生時代からも散々言われていた私の大きな欠点の1つです。

 とにかく、クチの中は広く、大きく、です。そして、高音になるに従って、上へ上へ広げていきます。逆に言えば、いくらクチの中は広く大きくと言っても、歌い出しの低中音の時にはクチを全開にしてはいけないわけです。最初に全開にしてしまうと、それ以上広がる事はありませんから。そこは余裕を持って、広く大きくして歌うわけです。

 今回のレッスンでは、腹筋の動かし方にも修正が入りました。今までは、腹筋全体を上下動しているようなイメージで動かしていましたが、それでは動きが大げさすぎるし、大変だし、何より動きが鈍くなるので、これからは、机に広げたハンカチの中心をつまんで持ち上げるように、腹筋を全面ではなく、一点が動かすようにしましょうと言われました。イメージするのは、なかなか難しいのですが、確かにこのやり方なら、さほど大変でもないし、多少は機敏に腹筋も動きそうです。

 歌う時に大切なのは、ノドであれ、腹筋であれ、楽である事。十分である事。…なんだそうです。無駄な力は力みに通じるし、機敏に欠けるわけだし、なによりスタミナを削ります。よくキング先生に「すとんさんは、歌のスタミナが足りない」と言われていましたが、スタミナは確かに足りないのでしょうが、それよりも今ある力を有効に使う事ができず、無駄な事ばかりをし、無駄にエネルギーを消耗していたんだろうと思います。自分の体力に応じた、それなりの歌を楽に歌う事。それが大切であって、自分の器以上の事をしようとすれば、あっちこっちに無理が生じ、ひいては楽器が壊れてしまうのです。くわばら、くわばら…です。

 そうそう、キング先生には、よく音程の注意も受けましたが、それも力みが原因なんですよね。無駄な力が加わると、音程ってフラットするんです。ぶら下がるんです。それをぶら下がらないように意識しても、根本原因である力みが取れなきゃ、何をやっても、無駄なんです。かように、歌う際の無駄な力は、障害にこそ成れ、有益な方向に行きません。

 何よりも、力んだ声は、怒鳴り声にも通じるわけだし、そんな声で歌われても、聞いていて不快でしかないわけです。ノドなんて、鳴らさずに歌えるなら、それに越したことはないのですが…ついつい、ノドを鳴らして歌ってしまう私が、ここにいるんです。

 ああ、厄介だな。

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2018年1月29日 (月)

金管楽器と歌手の生歌、大音量なのは、どっち?

 …と尋ねると、圧倒的大多数の人は「それはさすがに金管楽器でしょ」と答えると思います。でもね、昔々のヨーロッパの大道芸では、トランペット対オペラ歌手という対決があって、どっちの方が、音量が大きいか、どちらが細かく動けるか、どちらの方がきらびやかな音色が出せるかなどの対決が行われていたそうですから、歌手の生歌だって、そんなに捨てたものじゃないかもしれません。

 実際、素晴らしいテノール歌手の声は、しばしばトランペットに例えられますし…ね。
 そこで、データーで調べてみました。参考にしたのは、このページです。

 参考ページによれば、金管楽器の音量は、110デシベルです。

 歌手の生歌ですが、ポピュラーのヴォーカリストなら、アマチュアで90デシベル、プロで100デシベルだそうです。ポピュラーのヴォーカリストさんたちは、普段の歌唱はマイク使用が前提となりますが、マイクが無くても、それなりの音量で歌っている事が分かります。ちなみに、アマチュアのヴォーカルの90デシベルと言うのは、フルートやヴァイオンリの音量とほぼ同じです。

 声のデカさが売りの、クラシック声楽(オペラ歌手)となると、アマチュアで110デシベル、プロになると120デシベルになるそうです。つまり、金管楽器って、アマのオペラ歌手程度って事になり、プロのオペラ歌手の方が10デシベルほど大音量となるそうです。

 「たった10デシベルでしょ? オペラ歌手の大声にはビックリしたけれど、金管楽器と大差ないじゃん」

 そうおもうでしょ? でもね、デシベルという単位が曲者なのです。

 詳しくは、こちらのページを読んでいただければ良いのですが、10デシベル違うと、音量としては、約3倍ほど違います。

 約3倍違えば、かなり違います…ってか、大違いです。

 ちなみに、ポピュラーのプロ歌手とオペラ歌手では20デシベルの音量差がありますから、比率に直せば、10倍も違います。いやあ、オペラ歌手って、本当に大声なんだなあ。

 オペラ歌手並の騒音として“ジェット機(200m)・新幹線鉄橋・F1コース〔50m〕”
とあります。並大抵の音量じゃないなあ…。

 と言う訳で「金管楽器と歌手の生歌、大音量なのは、どっち?」の答えとして、歌手がプロのオペラ歌手なら、歌手の圧勝。アマのオペラ歌手なら引き分け。ポピュラー歌手なら、余裕で金管楽器の勝ち…となります。

 意外だね。意外だったでしょ?

 ちなみに、こちらのページの情報によると、人間の声の大きさの限界値は、120デシベルなんだそうです。プロのオペラ歌手って、ほぼ限界ギリギリの大声を日常的に出しているってわけですね。ちなみに、普通の人の大声って、80~100デシベル程度なので、ポピュラー歌手って、プロアマともに、普通の人って事になります。なんか、納得。

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2018年1月28日 (日)

昔の映画館じゃ立ち見は当たり前でした

 今の映画館って、全席指定入替制というところがほとんどで、立ち見ってのはまず無いですね。

 全席指定入替制というのは、確実に座席に座って、映画の最初から見ることができるわけで、今じゃ当たり前だけれど、昔を知っている身としては、感激もののうれしい事です。

 何しろ、昔の映画館じゃあ、映画なんて立ち見が当たり前だし、映画って途中から見るのが当たり前で、物語の最初から見るなんて、まずありえない事でした。

 昔々は、街々にはちょっとした劇場があって、そこで旅芸人やらが芝居をしていたという文化がありました。やがて映画が発明されると、そういう劇場で映画を上映するようになり、やがて旅芸人たちの文化が廃れていったわけです。

 ですから、昔の映画館って、そういう地方劇場の文化を色濃く引き継いでいたわけです。

 経営しているのは、だいたい、土地の有力者さんだったり親分さんだったりして、座席指定なんてのは、もちろん無くて、客は入れられるだけ入ってもらう…というシステムだったわけです。その代わり、客の方も、好きな時に入って、気に入ればずっと中で見ていけばいいし、気に入らなきゃ出ていくわけです。

 今と違って、マナーにうるさい事もなく、子どもは平気で館内を走り回っていたし、オトナたちも声高におしゃべりしながら映画を見ていました。もちろん、飲食は普通にしていたし、お弁当持参の人もたくさんいましたし、酒盛りをやっているオジサンも大勢いたなあ…。ほんと、庶民の娯楽だったんですね、映画って。

 昔の映画館は、基本的に今よりも大きかったです。なにしろ、昔は映画って大人気だったし、テレビが出来るまで、みんな映画を楽しみにして、欠かさず見に行っていたそうなんです。だから、映画館って大きかったんです。

 ハコは大きくても、人をギュウギュウに入れるためでしょうか? 座席は小さくて窮屈でした。たいてい、トイレの臭いが館内にも入り込んでしまうようなところも多く、臭かったり、逆に消毒液のニオイがプンプンしていたりしました。

 座席はあっても、入場者は座席数よりも圧倒的に多かったので、客の大半は立ち見でした。文字通り、立って見ている人もいたけれど、床に座り込んで見ている人も大勢いました。

 なにしろ、昔の映画館は、今と違って、2本立て、3本立てが普通でした。つまり、入場料さえ支払ってしまえば、映画を2~3本見る事でできた…って事です。映画1本90分だとしても、3本見れば270分。4時間半も映画館にいるわけだから、ずっと立っているのは体力的に無理なんですね。

 おまけに、たいてい、映画の途中から見るので、入場した時にやっていた映画は、冒頭部を見ていないので、その日の演目が一周して、見ていなかった映画の冒頭部まで見ないといけないわけです。

 子どもの頃は、よく母と映画を見に行きましたが、途中から映画を見始めて、その次の映画も見て、最初の映画に戻って、やがて入場した時にやっていたシーンになると「あ、ここ見た!」とか言って、母はさっさと映画館から出ていってしまうのです。映画を途中から見るのがイヤだった私ですが、途中で止めて出ていってしまうのもイヤな私は、そういう母の行動が嫌いでした。

 せめて、映画が始まる時間になってから、館内に入ろうよう~と、何度も懇願したものでしたが…全く受け入れてもらえませんでした。

 私の友人の中には、朝一番に映画館に入って、夜遅くまでずって映画館で過ごすという休日の過ごし方をする人もいました。同じ映画を何度も見て飽きないのかな?と思うのですが、いい映画は何度見ても良いのだそうですし、映画って何時間みても料金が同じだったので、そういう過ごし方もありだったんですよ。

 そう言えば、昔の映画館は週末になるとオールナイト上映とか言って、真夜中でも上映しているところも多かったです。私も学生時代は、友達と誘い合って、夕方頃映画館に入って、そのまま朝まで映画を見ていた事があります。もちろん、映画も見ましたが、興味のない映画の時は熟睡しておりました。オールナイト上映って、簡易宿泊所の役割もはたしていたのかもしれません。とにかく、宿泊施設として考えると、映画館って安価だからね。

 昔の映画館って、入り口に白黒のスチールが飾ってあるところが多かったなあ。スチールと言うのは、いわゆる昔のネガ焼きの写真です。上映中の映画の名場面を白黒写真で展示して客引きをしていたわけです。

 映画館の看板は、たいてい地元のペンキ職人さんによる絵で、ポスターを見て描いているのだろうけれど、なんか微妙な感じのものが多かったなあ。

 映画のポスターは、街のあっちこっちに掲示板があって、そこには貼られていました。そのポスターを見て「今、映画館で、こんな映画がやっているんだー」とか思ったものです。

 やっている映画も今と違って、湘南地方は田舎という事もあって、あまり旬ではありませんでした。テレビで宣伝しているような映画は、大抵、三ヶ月遅れで上映していました。それも東京でヒットした映画ばかりですから、流行に遅れまくっている以外は、特に不満なかったかな? 東京と同じ時期にやってくれた映画は、寅さん映画ぐらいでした。子供向けの怪獣映画も、東京は長期休みに上映していたのに、こっちでは新学期になってからの上映だったのが、なんか悔しかったです。まあ、東京で上映し終えてから、そのフィルムが廻ってきて上映していたので、どうしても上映時期が遅くなるし、フィルムも劣化しているので、最初から画面に雨が降っていたりもしていました。

 そう言えば、昔は映画の始めは、必ずニュース映画でした。ニュースを映画でやるのも、今の感覚では信じられませんが、当時はのんびりしていたんでしょうね。ニュースをやっていたんですよ。

 映画を見るという行為は、今も昔も楽しいのですが、今と昔とでは、その内容や風俗習慣はだいぶ違いますね。

 昔はライブビューイングとか舞台中継とかなかったもの。オペラが映画館で見れるなんて、夢にも思わなかったんだよ。

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2018年1月27日 (土)

シズカが、ほんの少しだけ白くなりました

 年末のあたりからから「あれ?」と思うようになったのは、シズカの左体側の上部と、尾びれの一部が、ほんのりと白くなってきた事です。

 点々があるわけでもなく、雲状のモノが付着しているわけでもないので、おそらくは白カビが生えたのだと思います。

 カビなんてモノは常に水槽内にいます。一種の常在菌と言って良いと思います。ではなぜ、シズカにはカビが生え、他の子には生えていないのかと言えば、単純にシズカの体力が落ちているからでしょう。

 治療法はいくつかあります。

 1)まずは綿棒等で物理的にカビを削ぎ落とす。
 2)塩水につける。一週間ほど隔離。
 3)カビによく効く抗生物質を水に溶かす。一週間ほど隔離。

 ざっと考えるだけで3つのやり方がありますが、いずれもシズカにとっては、メガトン級のストレスになります。病気よりも病気治療の方で具合が悪くなりそう…。

 それにカビは水槽内に常在しているので、治療で体力を落としてしまうと、再罹患するので、よっぽどひどい状態にならない限りは、自然治癒に期待するのが一番かなって考えました。

 と言う訳で、しばらく様子を見ることにしました。ほんのりと白いのが、はっきりと白くなってきて、自然治癒の望みが無くなったら、やむを得ないので、まずは隔離し、いずれかの方法で人工的に治療をすることにしました。

 なので、シズカには「このまま白いと、入院させるよ」と言い聞かせて、年を越しました。

 で、現在のシズカの状況ですが、だいぶ白いのが薄くなりました。完治はしていませんが、良い方向に向かっていると思います。早期に治療して、ストレスを与えて、体力を落とす事を避けたのが良い方向に向かったのだと思います。

 もちろん、シズカ自身も頑張ったと思います。「入院させるよ」と言った言葉が通じたかどうかは分かりませんが、あの日以来、シズカは好きではない水草を食べるようになりました。シズカは肉食で、肉系のエサとタニシばかりを食べ、植物性のエサや水草はクチにしない(金魚のくせに)偏食な子だったのですが、あの日以来、意地になったかのように水草をガシガシ食べるようになりました。

 水草をガシガシ食べて、真緑色のフンをプリプリとしています。それに伴って、ほんのり白くなったカラダが、以前の赤色を取り戻しつつあります。

 偏食はイカンね。肉ばかり食べてちゃダメだね。きちんと野菜も食べなきゃダメなんだな。日頃から水草を中心に食べている、草食系のヤヨイなんて、カラダは大きいけれど、決して太っていないからね。そこへ行くと、肉食系のシズカは、パンパンに太っているわけです。

 今の時期、例年なら、金魚たちの食も細くなり、水草なんて一向に減らなくなるのですが、今年はシズカがガシガシ水草を食べているので、真夏と同じペースで水草が減っているのです。

 まあ、シズカが食べているガボンバという水草は、安価な水草なので、いくら食べても財布が痛むことはないので、たくさん食べてくれても全然平気なんです。それで病気が治るなら、こんなに良いことはありません。

 偏食はいけません。

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2018年1月26日 (金)

フルートって、楽器の中では高い方? それとも安い方?

 気になりますよね。特に「音楽を始めたーい!」なんて声を上げているお子さんのいらっしゃる家庭だと、楽器ってむやみに高いんじゃないかって思うわけじゃないですか? まあ、確かに安いモノではありませんし、高級楽器は車や別荘ぐらいの値段のするモノもありますが、初心者が手にするような楽器だと、そんなにバカ高くはないんです。

 だって、そんなにバカ高かったら、誰も楽器を買わないし、それじゃあ楽器メーカーも商売できないわけだしね。庶民でも頑張れば手が届く範囲の価格に設定していないと、商売が成り立たないわけです。

 と言うわけで、主な楽器の初心者クラス(安いけれど十分使える楽器)の値段を列記して、フルートが高い楽器なのかどうかを考えてみたいと思います。

 まず、基準と言うべきか…フルートの初心者用楽器としては、激安なモノも当然あるのだけれど、ヤマハの洋銀フルートの価格、8万円というのをフルートの値段として考えて良いと思います。

 さて、フルートが8万円という事で、その他の楽器の値段を見てみましょう。

 まずは“楽器”と思うと、一般人の方々は学校で使う楽器たちを思い浮かべると思います。

 ソプラノリコーダー 1千円
 アルトリコーダー 2千円
 鍵盤ハーモニカ 4千円
 ミニキーボード 5千円

 学校で使うという事は、毎年毎年、何万台もの楽器が売れていくわけで、大量生産大量消費が可能ですから、こんなお値段になるんですね。さすがにこれらと較べると、フルートの8万円と言うのは、激高かもしれません。

 でもね、でもね。フルートと同じ、他の木管楽器と較べると、話は変わります。

 オーボエ 40万円
 クラリネット 8万円
 アルトサックス 13万円

 実はフルートって、木管楽器の中では、初心者用楽器が安い楽器であると言えるかもしれません。リコーダーや鍵盤ハーモニカが安すぎるだけで、フルートって決して高い楽器ではないという事が分かります。それにしても、オーボエって…高っ!

 さらに金管楽器と較べると、次のとおりです。

 トランペット 8万円
 トロンボーン 10万円
 ユーフォニアム 20万円
 ホルン 45万円

 トランペットとフルートが、実は同じお値段なんです。トランペットは金管楽器の中では、人気楽器で演奏人口も多い楽器です。ユーフォニアムなどの演奏人口が少ない低音楽器ほど高くなるのかもしれません。ホルンが高価なのは…ホルンって難しい事で有名ですから、実は初心者が手を出しづらい楽器なので、安くないのかもしれません。

 一般的に高価であるいうイメージの強い弦楽器の相場と言うと、次のとおりです。

 ヴァイオリン 6万円
 チェロ 15万円

 実はヴァイオリンの初心者モデルって、安いんですよ。フルートよりも安い。もちろん、高価な楽器は、ゴールドフルートが束になってもかなわないほどのお値段になりますが、初心者用は、実はそんなに高くないんですね。演奏人口が多いと、楽器って安くなるんですよ。

 同じ弦楽器でも、ポピュラー系になると以下のとおりです。

 アコースティックギター 3万円
 エレキギター 4万円
 エレキベース 4万円
 ドラムス 6万円

 ポピュラー系の楽器は、演奏者が多いこともあって、安いですね。リコーダーよりもお高いけれど、フルートと比べれば、かなりお安いです。

 で、楽器の王者ピアノを見てみると…

 電子ピアノ 6万円
 アップライトピアノ 60万円
 グランドピアノ 120万円

 ピアノって高いですね。考えてみると、ピアノには初心者用の楽器って無いものね。素人もプロも同じピアノという楽器を演奏するわけだから、そんなに安くはならないのかも。でも、どの家庭でも、子どものために高価なピアノを買ってあげたりするわけだから、フルートを買ってあげるなんて、造作もない事のはずだけれど、ピアノに何十万も支払えても、フルートに10万円出すのは…勇気がいるんだよなあ。

 結論。フルートは楽器の中では、比較的安い楽器であると言えます。ただし、楽器というモノ自体が、我々の生活感覚の中では、決して安いモノではないとも言えます。

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2018年1月25日 (木)

声は賜物、ならば平凡な声しか持たない者は歌うべきではないのか?

 時折、そんな事で悩んでいる方をネットで見かけます。私も以前は同様の悩みを持っていたものです。

 この悩みは器楽の人には分からないんだよね。だって、器楽の人なら、今の自分の楽器に不満や不足を感じたら、楽器を買い替えちゃえばいいわけです。だから、深くは悩まない。悩むとしたら、良い楽器を購入するためには財力が必要で、その部分で悩む人は…まあ、いるでしょうね。でも、声楽の人たちの悩みとは根本的に異なります。

 声は…ねえ。取り替えられないのよ。更に言えば、加齢によって劣化するのよ。更に言うと、アマの歌手の皆さんは、歌を始めるのが、割りと人生の晩年に近づいてからだったりするわけで、そうすると最初っから劣化済みの声で歌を始めないといけなかったりするわけです。

 年を取って財力をつけて、良い楽器を購入できる器楽の方々と比べ、年を取って声が劣化して、平凡な声でしか歌えない…と感じる声楽の方々は、本当に切ないね。

 実際、年を取ってしまうと、若者と較べて、筋力は衰えているし、ホルモン分泌もよろしくないし、カラダも乾き気味だし、何をどうやったって、若者のようなツヤツヤした声で歌えるわけもないし、大きな声や細かくよく動く声で歌えないのも当然です。

 ましてや、歌を始めたばかりで、テクニック的にも不足していると「私なんかが歌っていて良いのかしら」とか弱気になったりするわけです。かつての私がそうでした。

 「なに、のぼせあがっているんだい! 一体、自分を何様だと思っているんだよ」 今の私なら、かつての私に、そう言っちゃいます。

 だって、私は、素人様の趣味のオジサマだよ。そんな人に、自分は何を期待しているんだい…って話です。

 平凡な声しか持っていないから歌っちゃいけない? あんたはプロ歌手かって!

 そもそも、自分が歌いたいから歌を始めたわけで、誰かに聞かせるとかそういうのは、二の次三の次でしょ? 歌いたいから歌を始めたのなら、歌っていればいいじゃない。声がどうのこうのは問題じゃないよ。どんな声であれ、歌いたいなら歌えばいい。

 歌いたい事と、聞かせる事は別問題。そこを直結させちゃうから、問題はややこしくなるわけです。

 誰かに自分の歌を聞かせたいと思うなら、そりゃあ色々なハードルを越えていかないといけないけれど、単に歌うだけなら、遠慮は無用。自分の平凡な声で堂々と歌っていけばいいわけです。

 問題は、聞かせる事を前提にしちゃった場合だけれど…多くの人は、人前で歌うと言っても、大半は合唱でしょ? なら問題ないじゃない。合唱は、周囲の人たちと声を合わせて歌うわけで、歌っている人の一人ひとりの声が聞こえちゃダメなわけで、そんな中で歌うなら、声なんて、むしろ平凡な方が合わせやすいんじゃないの? むしろ良い声を持っている人の方が、合唱では苦労しがちだしね。

 合唱ではなく、独唱で歌う人だって、あなたは一体どこで歌うんですか?って話です。門下の発表会やおさらい会程度で歌うなら、別に気にすることないでしょ? だって、聞く方だって“その程度”って分かって聞いてくれるわけだもの。

 まあ、ボランティア活動で歌うのであったり、有料のコンサートを開くとかであったりすると、話は別で、そうなると、プロ的な歌唱水準を求められるわけで、声だって平凡なままではアウトかもしれません。その時は改めて悩めばいいわけで、歌を始めたばかりなのに、いきなりそんなコンサートを開ける人なんて、天才でないかぎりいませんから、別に今の段階で悩む必要はないわけです。

 ってわけで、自分の声の良し悪しで悩む前に、楽しく歌って、人生をほがらかに過ごしましょうって事です。

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2018年1月24日 (水)

キング先生に習っていた期間よりも、今のY先生に習っている期間の方が長くなりました

 ふと気がつくと、そんな事になっていました。

 キング先生 グループレッスン  2007年1月~2009年1月  2年1ヶ月
 キング先生 個人レッスン  2009年2月~2012年6月  3年5ヶ月
  -> キング先生に習っていた期間 5年6ヶ月

 Y先生 個人レッスン  2012年7月~現在(2018年1月) 5年7ヶ月

 レッスン期間はほぼ同じとは言え、ついにY先生に習っている期間の方が長くなりました。正直、感慨深いものがあります。

 もう少し言うと、レッスン期間はほぼ同じと言えども、レッスン時間そのものは…すでにY先生に習った時間の方が多いと思います。

 なにしろ、両先生とも、レッスンは原則、隔週 or 月2回だけれど、キング先生の場合、グループレッスンの時は、個人的に見てもらえるは、一回のレッスンではせいぜい5分程度だったし、個人レッスンになっても、レッスンの半分は休憩時間(&雑談時間)だったので、表面上の時間よりも実際にレッスンで学んでいる時間は少なかったです。だから、ブログでは、一回のレッスンの内容は、一回の記事で書き切れたわけです。

 そこへ行くと、Y先生はレッスン中に休憩時間を入れませんし、雑談もしません。レッスンは常にビッチリやりますので、正味のレッスン時間では、すでに倍以上の差が付いていると思います。ブログの記事も、かなり内容は端折っていますが、Y先生の場合、1回のレッスン内容は、記事にすると、どうしても2~3回になってしまいます。

 私自身の歌い方にしたって、キング先生時代に習った事は、だいぶ抜け、まだ悪い癖は完全に取り除けたとは言えませんが、かなりY先生が教えてくださる、オーソドックスな発声法に馴染んできたと思います。なにしろ、キング先生の教えてくださった発声法って、かなり個性的で画期的で革新的だったからなあ…。

 今はキング先生がダメと言った事を積極的に行い、キング先生が指摘されなかった事を重点的に意識して歌うようになりました。

 まあ、富士山登頂にしたって、色々な登山路があるように、おそらく、キング式発声法であれ、Y先生が教えてくださるオーソドックスな発声法であれ、山頂に到達すれば、それはそれで良いわけで、だから個性的なキング式発声法がダメだとは思わないのだけれど、私的には、誰もが登る、オーソドックスな登山路の方が性に合っているような気がします。

 習っていた期間だけでなく、習った曲数も、すでに違います。

 キング先生 グループレッスン  7曲
 キング先生 個人レッスン  29曲
  -> キング先生に習った曲  36曲

 Y先生 個人レッスン(現在まで) 71曲

 すでに倍近く違います。これは期間は同じでも、レッスン内容やレッスンの濃度の差で、これほどの違いが出たんだと思います。それにしても、思っていたよりも、大きな差だったので、私自身がびっくりしてしまいました。

 キング先生時代は、レッスンや発表会で歌う曲はすべて先生が決めていましたが、Y先生になってからは、私が曲を提案したり、Y先生が曲を推薦したりして、常に相談しながら決めているので、曲数も多いですが、内容も、それなりに幅広いです。自分セレクトの曲を歌うので、歌っていて楽しいですよ。

 あのままキング先生に習い続けていたら、絶対に歌わなかっただろう歌も、今は歌っています。いや、それ以前に、キング先生は私にはテノールは無理だから、バリトンに転向しろと散々言ってましたので、今頃は、半分腐りながらバリトンをやっていたかもしれません…私の声は明らかに軽いテノールなんですが(笑)。それを思うと、Y先生の指導の元、少しずつだけれど、テノール歌手として成長させてもらっているのは、感謝です。

 幼稚園を終えたら、小学校に進学するように、キング先生からY先生へ、師事する先生を変えた事は、偶然だったのですが、結果的に良いことだったと思います。幼稚園では学べない事も、小学校では学べますからね。実際、キング先生ご自身が、声楽の学習は複数の先生を渡り歩いて学ぶものだと教えてくださっていたし…ね。

 次の問題は、いつ小学校を卒業して中学校に進学するか…ですが、その時期はY先生と相談する事になっています(次の先生はY先生がご紹介してくださる事になってます)が、それはまだまだ先の話になりそうです。

 私的には、今しばらくはY先生の元でじっくり学んでいきたいと思ってます。

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2018年1月23日 (火)

カラオケのいわゆる“デンモク”について思うこと

 今回の記事は、単なる愚痴です。

 実は先日、カラオケに行きました。本当に久しぶりでした。

 昔はよくカラオケに行ってたんです。あの頃のカラオケは、エイトトラックと呼ばれるカセットテープで…と言うのは、昔すぎる話ですね。

 あの頃のカラオケって、レーザーディスクと呼ばれる直径が30cmもある大きなCDのようなディスクを入れ替えして…も、だいぶ古い話ですね。

 通信カラオケが流行りだした頃は、電話帳のような分厚い書物がたいてい常備されていて、その書物の中に歌える歌が、歌手別だったり、曲名順だったりして掲載されていたので、それで自分の歌いたい歌を探して、その曲のコード番号をリモコンで入力して歌う…という話をしても、今の若い人たちは付いてこれないかな?

 とにかく、今はそんな分厚い書物なんて、カラオケルームには置いて無くて、その代わりに、いわゆる“デンモク”が置いてあります。

 まあ、本来ならば“カラオケリモコン”って呼ぶべきなんだろうけれど、もはやデンモクは一般名詞扱いでも良いんじゃないかって事で、あの機械の事を、ひとまず“デンモク”と呼びます。本当は、デンモク以外にもキョクナビというカラオケリモコンがあるようですが、カップ麺の事をカップヌードルと呼んでみたり、ステープルの事をホッチキスと呼んでみたり、セロハンテープの事をセロテープと呼んでみたりってのと同様で、一番普及している商品名がその類似商品も含めての一般名詞として使われちゃうって事で、カラオケリモコンの事をデンモクって呼んでおきます。

 で、デンモクの話です。

 いやあ、便利になりました。あの、分厚くて、ちょっぴり小汚い本をひっくり返さなくても、自分が歌いたい歌を瞬時に検索かけて、簡単に予約できるわけで、スゴイですね。まあ、21世紀だからね、それくらい出来て当然なのかもしれない。

 でも、オジサンは一言言いたい。

 なぜ、日本語入力をする時に、五十音表から入力しないといけないの? それも左右が反転した、とっても使いづらい五十音表から入力しないといけないわけ?

 五十音表って、縦書きでしょ? 日本語では縦書きってのは、右から始まって、改行ごとに左にズレていくんだよ。つまり「あいうえお」は、右端に縦に並んでいないといけない。その左隣りが「かきくけこ」なんだよね。

 でも、デンモクだと、左右反転しているので、一番左端に「あいうえお」があって、そこから右へ右へと改行していくわけです。

 このシステムを開発した人は、日本の縦書き文化について、知らない外国人なんじゃないの? ほんと、使いづらいです。まあ、横書きにしなかった分だけ、マシとも言えますが。

 もっとも、それ以前に、五十音表から日本語を入力するのって、面倒じゃない? 今の人たちは、20世紀の人と違って、ネット環境には慣れているんだから、普通にソフトキーボードからローマ字入力できれば、もっと便利でしょ? と思って、アルファベット入力画面に切り替えたら…なんと、ABC順の横書きで、アルファベットが羅列されていました。それを見ながらアルファベットを入力していくんだよ。

 一体、どこのボンクラが、こんなシステムを設計したんだい! オジサン、びっくりだよ。

 五十音表から日本語を入力するのも、面倒だけれど、単にABC順に並んだアルファベットから入力するのは、もっともっと、さらにさらに面倒です。

 なんかなー。

 日本語のかな入力は、左右さえしっかりしていれば、五十音表からの入力もアリだとは思うものの、アルファベットを入力するなら、キーボードの順に並んでいて欲しいものです。日本語に縦書き文化があるように、アルファベットの文化圏にはタイプライターの文化があるわけだから、そういう既存の文化を無視したシステム作りってのは、ほんと、不勉強としか言えないよなあ。

 カラオケは楽しいものの、ほんと、デンモクは使いづらいです。でもまあ、曲名とか歌手名ぐらいしか入れないし、ある程度入れると、予測変換じゃないけれど、候補が出てくるので、たいていは2~3文字も入力すれば、後は候補から選ぶだけだから、文字入力がアホでも、そんなに使用に困るわけじゃないのだけれど。

 だから、愚痴なんだけれど、やっぱり、おかしいものはおかしいと言いたいのが、オジサンなんです。

 しかし、デンモクのシステム設計者は、日本語の縦書き文化も理解しなけれど、ヨーロッパ語圏のタイプライター文化も理解しないわけで、いったいどこの国の連中がシステム開発に携わったのかって話です。ぷんぷん。

蛇足 それにしてもデンモクって、デカくてゴツいですね。これで頭をぶん殴られたら…頭が割れて死んでしまうかもしれません。お相撲さんだから、死なずに済んだんだろうなあ…って思いました。

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2018年1月22日 (月)

二重唱なら二部合唱の楽譜が使える?

 これは盲点だったのですが、上手に選べば、二重唱を歌うチャンスの時に、二部合唱の楽譜が使えるなあ…と思ったわけです。

 実際、Y先生がご自分のコンサートの時に、ソプラノさんとの二重唱で、二部合唱の譜面を使って歌われたのです。二部合唱の上のパートをソプラノさんが、下のパートをY先生が歌いました。その合唱曲は、二部合唱とは言え、ハモリ中心ではなく、掛け合い中心にアレンジされた曲で、二重唱として歌っても、なかなか聴き応えがあるアレンジになっていました。

 いやあ、二重唱の楽譜って、適当なのを探すのって、案外大変なんだよね。

 今まで二重唱を歌う時、オペラとかオペレッタやミュージカルの二重唱曲を選んで歌っていましたが、それが門下の発表会ならまあ良しとして、クラシックコンサートのようなアウェーの場で歌う時は、そういう曲よりも、歌曲や、もっと言っちゃえば童謡や唱歌の二重唱の方が良いかな…と思わないでもなかったのですが…そういう曲で二重唱の楽譜って、無いわけじゃないけれど、そんなに豊富じゃないし、我々で歌えるほど簡単な曲でもなくて、どうしようかな…と悩むことも多かったのです。

 二部合唱の曲も二重唱で歌えるとなると、曲を探す範囲が広がるので嬉しいです。

 高声と低声の組み合わせなら、通常の二部合唱曲が使えます(Y先生のケースがそれね)。高声同士の組み合わせ(ソプラノとテノールの組み合わせとか)なら、同声二部の合唱曲…つまり、ソプラノとソプラノの二重唱曲(結構たくさんあります)が歌えるわけです。

 やったね。

 実際に歌うかどうかは別として、日本では合唱曲って豊富にありますからね。楽譜屋にいけば、本当にたくさんの二部合唱の楽譜があります。特に日本語の歌があるのが、うれしいです。

 日本語の曲は歌うのは難しいけれど、意味がダイレクトに分かって表現しやすいのが良いですね。

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2018年1月21日 (日)

タクシーアプリって、スグレモノ

 私は割りとタクシーを利用する人なのかもしれません。

 声楽のレッスンに行く時は、原則的にタクシーを利用していますし、そうでなくても、何かかにやと言い訳をしてタクシーに乗っています。

 私のタクシーの使い方は、都会で多く見られる“流しのタクシーを拾う”という使い方ではなく、タクシー会社に連絡をして、自分が今いる場所に配車してもらって利用する…というやり方です。ま、電話一本で車をまわしてもらっているわけです。と言うのも、都会とは違って、こちらではタクシーって駅前から乗るのが普通で、町中を走っているタクシーって、ほぼフリーではなく、お客さんを乗せて走っている車ばかりなので、町中でタクシーを拾うのは、なかなかに試練なのです。ですから、チャチャッとタクシーを使いたければ、タクシー会社に電話して配車してもらう方が全然合理的なのです。

 タクシー会社に電話をする…となると、当然、ご贔屓の会社が生まれ、いつも同じ会社に連絡するようになります。で、一つの会社をずっと利用していると、色々な営業努力をしている事に気づきます。

 以前、気になったのは、ご贔屓のお客さんに磁気カードを渡して、よく行く場所を登録しておくというサービスです。3箇所まで登録できるので、自宅と会社ともう1箇所を登録される方が多いと聞きました。これは結構便利でした。と言うのも、タクシーに乗った時に、道案内をしなくてもいいからです。有名な場所(例えば駅とか寺社仏閣とか)なら道案内は不要でしょうが、自宅に帰るとなると、まず普通のタクシーの運転手さんは私の自宅を知らないので、いちいち毎回道案内をしないといけないのですが、このカードを使うと「自宅をお願いします」と言えば、寝てても自宅まで送り届けてくれます。ほんと、便利です。近所の温泉から帰る時によく便利に使ったものです。

 タクシーを電話で呼ぶのは、普段は割りとスムーズなのですが、悪天候の時などは、なかなか電話が繋がらなかったり、繋がっても「今、車がすべて出払っていて、30分ほどお待ちください」と言われる事もあります。いや、30分ならまだマシで、1時間待てとか、今日は無理と言われて断られてしまう事もありました。そういう事をある時、タクシーの運転手さんにグチったら、優先番号と言うのを教えてもらった事があります。お得意さん専用回線とでも言う番号で、その番号から来た配車依頼は優先するというヤツで、この番号による配車で、だいぶ助かったものです。

 またタクシー会社に電話をすると電話料金がかかるわけですが(当たり前)、お得意さん用のフリーダイヤルってのもあって、そちらからかけると電話代はタクシー会社持ちになりました。

 ちなみに、優先番号とフリーダイヤルとでは、どちらの配車を優先するのかと尋ねた事があります。その時の答えは…フリーダイヤルの方でした。つまり“フリーダイヤル>優先番号>一般回線”という順番だったようです。

 とは言え、電話を使ったこれらのサービスも、今は昔で、どの会社も経費削減のために、電話オペレーターの数を減らしたり、電話回線を減らしたりしているようで、私が贔屓にしていた会社も、だいぶ前に優先番号を止め、フリーダイヤルも昨年で止めてしまいました。(磁気カードのサービスは、かなり前に止めてました)

 じゃあ今はどんなサービスをやっているのかと言うと、タクシーアプリによるサービスです。つまり、スマホでタクシーを呼んでね!というサービスなんです。

 これ、結構便利なんですよ。

 まず、何が便利かと言うと、タクシーを呼ぶ時に、自分の居場所とか、ここにタクシーを呼んでほしいなどの場所の説明をしなくていいんです。アプリを立ち上げると、まず現在地の地図が表示されるので、そこで良ければ、その場所をタッチする事でタクシーを呼ぶことができます。現在地でない場所にタクシーを呼びたければ、地図で場所を指定してタッチすればOKです。電話で場所を説明するよりも、スムーズで簡単です。

 ワンタッチで配車をお願いすると、タクシーが来るまでの所要時間が表示されますし、予約したタクシーが今どこにいるのかも地図に表示されるので「まだまだ時間がかかりそうだな」とか「あの道の角に見える頃だな」と分かって、タクシー待ちでイライラする事もありません。

 私は使っていませんが、他にも色々な便利な機能があるようです。

 例えば、タクシーを呼ぶ場所の登録ができるので、いつも同じ場所からタクシーを利用するなら、その場所を登録しておくと簡単に配車予約ができるです。また、タクシーを呼んだ時に、行き先も指定すると、タクシーの乗車時間と料金も分かります。また、行き先も登録できますから、いつもの場所に行く時は、道案内をしなくても、その場所まで連れて行ってくれるようです。その上、事前予約も可能ですから、この日のこの時間にタクシーに乗る!と決めてあるなら、数日前から配車予約をして、予約時間ビッタリにその場所まで車で迎えに来てくれるんだそうです。

 いやあ、便利ですね。

 まあ、タクシーというのは、地域密着型の交通機関ですから、そういうサービスをやっている地域や会社がある一方で、まだまだ旧来型のビジネス展開をしているところもあって、タクシーアプリのない会社もあると思いますが、ほんと、タクシーアプリって便利なんですよ。タクシーをよく利用するなら、一度、タクシーアプリの有無を調べてみるといいですよ。

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2018年1月20日 (土)

ルデンがお供を連れてやってきました…が

 ヨッチャンが星になり、クロが行方不明になってしまったので、現在の我が家の水槽のドジョウは、ラズとマッチの緋ドジョウ2匹だけとなってしまいました。そこで、新しい緋ドジョウを水槽に迎えましょう…という話になり、遠路はるばる金魚専門店に出向きました。

 ところが残念な事に緋ドジョウは店にいなく(緋ドジョウは珍しい魚なので、専門店でも欠品になってしまう事は多々あります)かと言って、いつ店に入るかどうか分からない子を待っているわけにもいかない(水槽の衛生管理上、やはり早急にドジョウの増員が必要とされます)ので、緋ドジョウの代わりに真ドジョウを迎え入れることにしました。

 ちなみに、その店では、真ドジョウは“エサ用ドジョウ”という名称で売られています。1匹80円、10匹で400円、100匹で2000円という激安。ま“エサ用”だからね。だからと言って、100匹はおろか、10匹だって不要なので、2匹に絞ってドジョウを迎え入れることにしました。エサ用なので、選別はできません。店の人が適当に2匹選んで渡してくれました。まあ、元気な子たちです。たとえエサ用として売られていても、我が家ではペットとして飼われる事になります。

 で、目的のドジョウを仕入れたところで、ふと見ると“エサ用メダカ”が売られていました。100匹で1000円。ウチの金魚たちって、メダカが好物だったなあ…と思い出して、お正月だし、金魚たちにお年玉代わりに買っていってやる事にしました。

 さらに店内を歩いていくと、ガボンバも売っていましたので、それも購入(ヤヨイが喜びます)。さらに歩いて、金魚のコーナーに行くと、さすがに専門店ですから、数千円クラスの金魚たちがドドーンといます。どの子もこの子も立派な子たちばかりです。

 「まあ、うちの水槽は金魚の定数が5匹で、今現在5匹いるわけだから、もう金魚は増やせないしなあ…」とつぶやきながら歩いていたら“MIX金魚”と書かれたプラケース(水槽ではなく、衣装用のプラケース…ですね)の中に、ひときわ私の目を引く子がいました。

 なんと、本物の“金”魚です。何を書いているのか言えば、体色が本当に“金色”をした金魚が、ピカピカに光り輝きながら、そこにいたのです。

 最初は目を疑いました。だって、リアルに金色だよ。14Kのフルートみたいな色をしています。たまに、素赤琉金の色が薄くなって、朱色っぽい黄色になって、まあまあ金色っぽい感じの子はいますが、今私の目の前にいる子は、見事にゴールドで黄金色をしているのです。

 おそらく、客観的に見れば、かなり光沢の強いフナ色の金魚なのです。フナ色はフナ色でも、マブナのフナ色ではなく、キンブナのフナ色です。いやあ、驚きました。こんな子もいるんですね。始めて見ました。

 MIX金魚と言うのは、雑種の金魚であって、一言で言えば“ハネモン金魚”であり“C級金魚”です。実際に、その子も、体色は立派ですが、体型は…よく分かりません。何という種類の金魚なのか、ちょっと判別は難しいです。

 基本的な体型は…らんちゅうっぽいんです。でも背びれはあるし、肉瘤は無いし、明らかにらんちゅうではありません。でも、全体のフォルムはらんちゅうっぽいのです。その背びれも、縦には長くて立派なのですが、横(ってか前後)には短くて、ちょっと不細工です。

 尾ビレは、立派な蝶尾だし、その他のヒレも皆長めです。なので、一応、分類的には、オランダ獅子頭って事になるんでしょうが、それにしても、かなり不細工で不出来なオランダ獅子頭です。

 ま、やっぱり、雑種の金魚と言いますか、交配失敗の金魚なんでしょうね。商品としての価値は、ほぼ無し。だから、総合ペットショップにもホームセンターにも降ろされず、金魚専門店でMIX金魚して売られたんでしょうね。「商品としての価値はないけれど、そういうハネモン好きなマニアの方向けに、どうぞ」って感じたったんだと思います。

 実際、体型は???ですが、体色は美しいのです。本当に、キラキラしています。

 それにまだまだ稚魚ですから、成長してくれば、多少なりとも体型も変わってくる事でしょう。まあ、どういうふうに育ったとしても、一つの命としてかわいがってゆきたいと思います。

 それはともかく、その黄金色に輝く体色に、心を奪われた私は、即座にこの子を家に連れて帰ることに決めました。

 もちろん、そのまま水槽に入れたら、水槽の定員オーバーは分かってますので、一工夫する事にしました。それは…補助ポンプをもう一台追加する事にし、水槽の酸欠を防ぐという方法です。

 我が家の水槽は、ろ過装置付きのメインとして使っているポンプの他に、空気を供給するだけの、いわゆる“ブクブク”用のポンプを補助ポンプとして一台導入していますが、その補助ポンプを更に追加して、無理やり金魚の定員を増やしてみようという作戦に出たわけです。

 まあ、それくらい、金色に輝く金魚を連れて帰りたかったってわけです。

 ちなみに、この子は、ルデンと命名しました。ゴールデンのルデンです。お値段は、たったの382円でした(笑)。大きさは…ウルシよりも一回り小さな、まだまだ小さな雑魚です。

蛇足 ルデンと一緒にやってきた真ドジョウたちの名前は…判別が難しいので、まだ付けられません。それぞれが見て区別できるようになったら、名前をつけてあげるつもりです。今のところは、真ドジョウ1号、2号って感じでしょうか。

蛇足2 で、ルデン達がやってきてから、約10日後、真ドジョウ1号、2号のうちの一匹が星になってしまいました。ああ、なんてこったい! 我が家にやってきた時から、若干、調子が悪そうな素振りでしたが、基本的にドジョウはタフなので心配していなかったら、いきなり星になってしまいました。まいったなあ。なので、判別できるので、残った子は、カジャと命名しました。これで、存在が確認されているドジョウは、ラズ、マッチ、カジャの3匹となりました。

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2018年1月19日 (金)

ヤマハのヴェノーヴァに触ってきました

 先日、たまたまですが、一部で話題のヤマハのヴェノーヴァに触ってきました。

 ヴェノーヴァとは何か? ヤマハは“カジュアル管楽器”という位置づけにしていますが、私が見た感じでは“サックスの音が出るリコーダー”ってところでしょうか? 公式HPはこちらです。

 本当は試奏をしてみたかったのですが、試奏するにはマウスピース等が必要なんですよね。もちろん、購入すれば、ヴェノーヴァ自身にマウスピースは付属していますが、サックス等の楽器と同じ扱いですから、試奏したけりゃ自分のマウスピースを持っておいで…って感じになるので、実際に吹いてみる事はできませんでした。

 もっとも音が聞いてみたければ、YouTubeを漁ると、いくらでも出てきますから、そちらをどうぞ。

 それに、仮に展示品にマウスピースが付いていて、吹ける状態だったとしても、リード楽器未経験な私にヴェノーヴァが吹けるかどうか分からないし、ましてや音の良し悪しやらなんやら言えるはずもないので、試奏できてもできなくても大勢に影響はありませんね。

 どうやら、ヴェノーヴァは、プラ製ソプラノサックスって感じの楽器になると思います。ただし、ソプラノサックスがB♭管なのに対して、ヴェノーヴァはC管になります。移調楽器ではなく実音楽器になるわけで、そういう点では、サックスと言うよりもリコーダーなんだろうなあって思います。メカも無く、運指もほぼリコーダー準拠で、大きさもソプラノリコーダー並ですから、ほんと、サックスの音が出るリコーダーなんだと思います。(追記:大きさ的にはソプラノリコーダー程度なヴェノーヴァですが、音域的にはソプラノよりも、むしろテナーに近いんだそうです。意外!)

 軽い気分で…と書くと言葉が悪いですが、遊び心で手軽に音楽を演奏するには、良い楽器かもしれません。プラ製ですから、扱いが乱暴でも全然平気だし、特別なメンテも不要ですし、カバンに入れて、いつでもどこでもって感じなんだと思います。

 管楽器、とりわけ木管楽器ってのは、どの楽器も、繊細で、取扱いが厄介で、そんなにカジュアルな楽器じゃないから、こういう気軽な楽器があってもいいよなあと思いました。

 でもね、でもね。そうなると、ザフーンとの棲み分けとかどうなるんだろ?とも思ったわけです。

 ザフーンは…俗称はポケットサックスとも言われる楽器で、こちらも小型でラフに扱っても平気なプラ製(本来は竹製らしいのですが)の楽器です。ヴェノーヴァは見た目が玩具っぽいのに対し、こちらは見た目もしっかり楽器なので、人前で吹くなら…私ならザフーンだなあ。ただし、半音階の扱いや運指などは、たぶん、ヴェノーヴァの方が楽だと思うよ。だって、ザフーンは半音は少々複雑な運指が要求されるけれど、ヴェノーヴァの運指は、ほぼリコーダーだからね。そりゃあ楽だよ。だけど、そんなに難しい調の音楽なんて吹かなきゃいいんだから、ザフーンで足りそうな気がします。

 でもね、でもね、私のような笛吹き野郎は、ヴェノーヴァとかザフーンではなく、カジュアルに吹きたかったら、まずはファイフだよね。

 ファイフは、まさに横笛。音色は、ほぼリコーダーなんだけれど、運指はフルートと同じでOK。音域は、フルートと言うよりもピッコロ。メカは無いけれど、笛吹きさんなら、低音のドから高音のソぐらいは、普通に吹けます。もちろん、公称音域はリコーダー程度の10度程度だし、笛吹き野郎じゃなきゃ、その程度の音域しか扱えないだろうけれど、普通にフルートを吹く人なら、腹圧も強いので、軽々と2オクターブ半の音域が吹けます。2オクターブ半も音域があれば、大抵の曲はどうにかなります。むしろ、ヴェノーヴァやザフーンよりも音域広いかも…。

 もっとも、ヴェノーヴァやザフーンも、サックス演奏者が吹けば、もっと広い音域で吹けるかもしれませんが…。

 ファイフだけでなく、ヴェノーヴァにしてもザフーンにしても、楽器が小さいんだよね。子どもとか女性なら、この大きさでも良いし、携帯性を考えれば、この程度の大きさがベストなんだけれど、私のような手の大きな成人男性だと、楽器が小さくて扱いに困る時もあります。まあ、慣れてしまえば、どうって事はないのだろうけれど、慣れるほど真剣に練習したくないしなあ…という人は、いっそ、プラ管フルートはいかが? これなら、普通にフルートを吹く感覚で、カジュアルに音楽の演奏が出来ます。

 ヴェノーヴァに心が揺れるサックス奏者の方なら、いっそ、プラ製のサックスだっていいんじゃないの?

 管楽器って、プラスチックで作られているというだけで、だいぶ取扱いが楽になります。フルートやサックスなどは、空気が管内で振動増幅されて音が作られるので、楽器が銀やブラスで作られていようと、プラスチックで作られていようと、音色的には大きな違いはありません。問題があるとすると、操作性かな? プラスチックは、金属よりも柔らかくて遊びがありますから、その分、操作性がゆるくなるかなって気はします。

 だから、カジュアル楽器なのかな?

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2018年1月18日 (木)

童謡や唱歌などを歌う会がありますが…

 …実に楽しそうですね。

 と言うのも、先日(と言ってもだいぶ前)、Y先生の関係で、童謡や唱歌の会の人たちと親睦の時間を持ちました。

 参加された方々は、私の母親よりもずっとご年配の元気なお姉さま方で、私などは、終始タジタジだったのですが、それでもやはり面白かったです。

 色々と知らない世界を教わりました。

 素人が歌を楽しむにも、色々なやり方があるわけで、私などはすぐに“素人の歌=合唱!”と思いがちですが、童謡や唱歌などを斉唱で歌って楽しむ団体も、それぞれの地域にポツポツとあるわけです。

 基本は斉唱ですから、歌うにしても、合唱ほどハードルが高いわけではありません。事前の練習など要りません。知らない曲を歌う事になったとしても、楽譜をちゃんと読めなくても、耳で曲を覚えればいいわけですから、音楽の専門教育を受けている必要もありません。ただただ楽しく歌えばいいのです。音楽的なレベルはカラオケと大差ないでしょう。ただ、カラオケが少人数で個室に籠もってワイワイ歌っていくのに対して、この手の団体はある程度の人数が集まってワイワイと交友しながら歌っていくわけで、友達作りとしても健全に機能できそうだなあって思いました。

 そういう間口の広さはいいですね。Y先生がご指導されている団体などは、数千人単位の規模の団体なので、活動場所も毎回大ホールを借りてやってらっしゃるようで、ある意味、合唱よりも人口が多いんじゃないの?って思ったりもします。

 (実際、日本の合唱人口と、童謡や唱歌を歌う団体さんの人口と、どっちが多いんでしょうね)

 どうやら、童謡や唱歌を歌う、この手の団体って、分かりやすく言えば、毎回シングインをやっているようなものです。

 参加する度に、新曲をいただいて、その場で簡単なレッスンを受けたら、すぐにみんなで歌う。難しい歌だと、数回連続して取り上げて、自分たちのレパートリーにもするけれど、大抵の曲は、さほど難しくないし、難しい事もしないので、その日に歌ったら、それでお終い。毎回毎回新鮮な気持ちで歌っていくわけです。

 物足りないなあ…と思ったら、周囲の人たちに声をかけて、下部団体を作ってみても良いわけで、実際、Y先生のところは、下部団体として合唱団を作っていましたよ。もっとも、合唱団と言っても、童謡や唱歌の団体から生まれているわけだから、緻密にギチっと合唱をやっていくのではなく、楽しく歌ってハモれば良しって感じの合唱団のようです。

 団体として、忘年会や新年会もあるし、夏の音楽合宿もあり、それらのイベントに参加しても参加しなくてもいいし、マイペースで団体とかかわっていけるのも、なんか自由で良さそうです。

 こういう団体に参加するのって、楽しさ優先なんですね。歌う楽しさ、声を出す喜びを求めていくわけで、案外、私好みかもしれない。

 私の場合、今すぐにこの手の団体に入るつもりはないけれど、年を取って、声も出なくなり、目もしょぼしょぼして楽譜もロクに読めなくなって…それでも元気で歌いたい衝動が無くならなければ、そういう童謡や唱歌を歌う団体に入って、歌い続けていく晩年も…案外楽しそうだなって思いました。

 若い時ならともかく、年を取ったら、合唱団に入って小難しい曲を歌うよりも、そういう斉唱の団体で気軽に歌える方が楽しめそうだよね。

 そういう世界もあるんだなあ…って話です。

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2018年1月17日 (水)

やたらと歌うのが、テクニック的に難しい曲(涙)

 声楽のレッスンの続きです。

 武満の「小さな部屋で」です。なんと申し上げましょうか…とにかく、難しい曲です。何が難しいのかと言うと、まずリズムが難しいのです。

 基本的には4ビートの音楽なのですが、1ビートを2分割していくリズムと3分割していくリズムが混在している上に、3分割の方は、いわゆる三連符で表記されているわけだけれど、じゃあ本当に三連符なのかと言うと、ガチガチの三連符ではなく、むしろ2分割されるはずのモノが、単にスウィングしているだけなんじゃないかって、私は思いました。さらに、アウフタクトは多用されていて、まるでジャズのメロディーみたいなんです。そのジャズっぽいメロディーの中に、時折、ガチガチのクラシックっぽいフレーズが入ってくるわけで、そこが難しいと言うか、実に楽譜どおりだと歌いづらいって感じがします。

 おまけにテンポチェンジも細かく指定してあって、その指定通りにバカ正直に歌おうとすると…何かドツボにはまってしまって、抜けられなくなってしまいます。

 実際、プロの方々の音源を聞いても、楽譜通りのリズムやテンポで歌っている人は…少ないよなあ。

 難しいのはリズムやテンポだけでなく、メロディに臨時記号が多用されています。これは細かく細かく何度も何度もメロディーが転調しているわけで、調性感がややもすると不安定で、気を抜くと、和音が分からなくなって、歌っているメロディーがすっ飛んでしまいます。

 メロディーが現代音楽の上に、リズム&和音的に難しく、簡単に手に負えないのに、先生は「この曲は、声の色の変化が大切なので、歌詞に合わせて、声の色を意識的に変えて歌いましょう」などど注文してくるわけです。

 ううむ、テクニック的にかなり難しい曲です。正直、今の私には、難しくて、手に余っています。まあ、それだけ学ぶモノが多い曲であるとも言えます。いやあ、ほんとに大変なんですって。

 で「声の色を変えるには、軟口蓋をうまく操作すると効果的だよ…」なんて言われると、ああ、ここでも軟口蓋か…って思うわけだったりします。色々、難しいなあ。

 さて、次はドナウディ作曲「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。

 とにかく、スーパーレガートに歌わないといけません。この曲には、何箇所かフェルマーターがあって、その都度、そのフェルマーターの箇所をどう歌うかを決めてきたわけですが、その中の数カ所のフェルマーターの箇所の歌い方を(今更だけれど)変えることにしました。なので、この曲は、今回で終わりになる予定でしたが、修正した歌い方を練習してきて、次回もう一回って話になりました。ま、より良く歌えるなら、それに越したことはないです。

 「小さな部屋で」は声の色を使い分けるために、軟口蓋は上げたり下げたり忙しいのですが、「私の愛の日々」は、原則的に軟口蓋は上げっぱなしで歌います。考える事は、ずっと上げっぱなしだと疲れてしまうので、どこで軟口蓋を下げて休めるか…って事を考えて歌うことです。だから軟口蓋を上げる事を意識するのではなく、どこなら軟口蓋を休める事ができるかを考えて歌う歌なのです。

 さて「私の愛の日々」はまだ次回も歌いますが、次の歌を決めてしまおうという事になりました。私的には、もう少しドナウディを歌いたい気分だし、有名な曲は学んでおきたいという気持ちもあったので「Vaghissima sembiata/かぎりなく美しい絵姿」はどうですか?と提案したら、それはいいですね、あっさり承認されてしまいました。

 なんでも、ドナウディは発声に良いのだそうです。じゃあ、決まりだね。

 例によって、この曲を知らない人のために音源を貼っておきます。

 良い歌でしょ? 歌っているのは…ヴァレリー・ミラノフというテノールさんなんだけれど…よく知らないや。歌っている人が誰であれ、良い歌は良い歌なんだけれど、この歌をYouTubeでググると、プロ・アマ問わず、韓国人歌手ばっかり出てきて、ビックリ! 韓国じゃ、この曲、大流行なの? それとも彼らの心の琴線に触れる曲なの? なぜなぜなーぜ? 画面がハングルだらけになって、なんか居心地悪いです…。

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2018年1月16日 (火)

たかが発声、されど発声

 声楽のレッスンに行きました。今年最初のレッスンです。

 まずはハミング練習から。腹筋を使って歌うのはもちろん、軟口蓋を今より更に5mmでも1cmでも上げて歌うように言われました。もし、それで限界まで上げているつもりなら、明らかな筋力不足だし『まだ上げられますよ』と答えるなら、限界まで上げてハミングをしてみてくださいって言われました。もちろん私の場合は、限界ではなく、まだ上げられるのだけれど、上げ慣れていないので、かなり意識しないと上がらないという事情があります。

 改めて、軟口蓋を上げるように意識してみました。昨年は、腹筋を使うことを念頭に置いて練習をしましたが、今年の目標は「軟口蓋を上げて歌う」事なんだそうです、と言う訳で、軟口蓋を上げていきましょう。

 さて発声練習です。歌の場合、音程を作るには3つの要素があります。

 1)息の力で音程を作る(腹筋を使用する)
 2)軟口蓋の高さで音程を作る
 3)ノドに力を入れて音程を作る(いわゆる、ノド声)

 3)はもちろんダメな音程の作り方なわけです。昨年は1)を散々やりました。まだ習得したとは言えませんが、今年は2)も加えて音程を作っていきましょうって事なのです。

 と言うのも、現在の私は高いGまでは1)で安定して発声できるのですが、そこから上がうまくいかないのです。でも、軟口蓋を高く上げていけば、そこから全音あるいはもう少し上までの音が安定して発声できるようになるようで「テノールだから、少なくとも高いAまでは安定して発声できるようにしたいですね」というわけです。

 そのためにも、高音だけでなく、中低音であっても、軟口蓋の上下によって音程を作れるようになる事が大切で、3度の跳躍、5度の跳躍、8度の跳躍を、軟口蓋の上下によって発声すると言った課題をたっぷりやりました。軟口蓋のコントロールを手中に収め、中低音はもちろん、高音でも軟口蓋で音程が作れるようになったなら、さらに高音を楽に発声できるようになる…ってわけです。頑張るぞ。

 腹筋の動かし方も再確認をしました。

 そもそもは入門した時に、真っ先に習った(んだけれど、その後忘れてしまったのですが)腹筋を動かし方を、もう一度やってみました。

 通常「腹筋を使う」と言うと、いわゆる下っ腹を背部に向かって引いていく動きをします。それはそれで正しいのですが、それだけでは腹筋の動かし方としては物足りません。実は同時並行的に、上っ腹を更に上に向かって引いていく動きが必要となります。感覚的には、胃袋を使って下から押し上げて、中身をひっくり返していくような動かし方です。

 これらをあくまでも同時並行的…と言うか、後ろに引きつつ、上にも引く…みたいな感覚で行くわけです。特に上っ腹の動きは高音発声には大切な動きなんだそうです。しかし、だからと言って、上っ腹ばかり動かして声を出してしまうと、声が固くなってしまうので、下っ腹も動かしながら上っ腹を動かす事が大切なわけです。

 たかが発声、されど発声って感じです。

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2018年1月15日 (月)

第九の合唱はプロがいい? それともやっぱりアマチュア?

 皆さんは、今回の(2017年年末)のN響の第九は見ましたでしょうか? 私はテレビで録画して見ました。今年の指揮者は、クリストフ・エッシェンバッハでしたね。

 それはさておき、今年の第九、最初に舞台を大写しにした時に、ふとした違和感を感じました。それは「あれ! 合唱の人数が少ないぞ…」です。

 やがてこの違和感は解決しました。実は合唱団が、例年の国立音大の学生合唱団ではなく、プロ合唱団である東京オペラシンガーズだったのです。N響の第九と言えば、国立音大が担当…というのが、例年の通例だったのに、どうしたことだろうか…とネットでググって見れば、実は昨年のヘルベルト・ブロムシュテットから、合唱団が東京オペラシンガーズに交代していたそうなのです。

 …すっかり忘れていました。ボンクラだなあ…。

 なぜ、昨年から合唱団が、長年のパートナーであった国立音大から東京オペラシンガーズに変わったのか…理由はググってもはっきりとした理由は分かりませんでした。まあ、あれこれ色々とあるのでしょう。

 推測すれば、理由は色々と思い浮かびます。

 1)指揮者(特に去年のプロムシュテット)が(音大生の集団とは言え)アマチュア合唱団の歌唱を嫌った…とか。

 2)音大の女子大化が進んだ結果、国立音大の男子学生がごく少数しかいなくなり、第九合唱に必要なだけの男子学生を学内で集める事ができずに、やむなく降板した…とか。

 3)N響の第九演奏の制作費に余裕が出て、プロの合唱団にオファーを出せるようになった…とか。

 4)東京オペラシンガーズの営業が功を奏した…とか。

 5)N響と国立音大が急に疎遠になった…とか。

 邪推なら、まだまだ広がりますが、しょせん邪推は邪推ですから、この辺にしておきます。

 さて、N響の第九の合唱団が、アマからプロに変更になった事から、第九の合唱はプロがいいのか、それともやっぱりアマチュアでやるべきなのか…という疑問が私の中に生まれてきました。

 テクニック的な事を考えれば、そりゃあアマよりもプロの方が良いに決まっています。? でも、そうなの?って思わないでもないのです。

 と言うのも、我が国日本って、第九を世界で一番多く演奏している国なんだけれど、その演奏の大半は、アマチュア合唱団の演奏だし、例年テレビで“一万人の第九”なんてのをやっちゃうわけで、第九の演奏ってアマチュア合唱団でいいんじゃないの?という思い込みがありますし、第九はアマチュア合唱団の歌唱でも、十分に感動は得られるのも事実です。

 それにベートーヴェン自身による初演でも、合唱はアマチュア合唱団が担当したという説もあるし、ベルリン・フィルに就任前のサイモン・ラトルがウィーンフィルと組んで第九を録音した時(これ、実にすごい演奏ですよ)も、合唱団はわざわざアマチュア合唱団を起用していたわけだし、そう考えると、アマチュア合唱団による第九だって、捨てたモンじゃないんじゃないかって思うわけです。

 実際、今回のN響の第九だって、国立であろうがオペラシンガーズであろうが、合唱がどうであれ、例年どおりのN響の第九になっていたわけだしね。

 以前から、私は「年末の第九は、N響よりも読響の方が好きだし、良いと思う。なぜなら、N響はアマチュア合唱団だけれど、読響はプロ合唱団(新国立歌劇場合唱団)を起用しているから」と言ってきましたが、N響がプロの合唱団を使っても、私はやっぱり読響の方が好きだし、すごいと思うし、その違いは、合唱団の違いと言うよりも、オーケストラのカラーの違いにあるんだなあと、改めて思ったくらいですから。

 読響の第九は、今回もやっぱり素敵で素晴らしかったです。

 となると…第九は合唱付きとは言え、声楽曲や合唱曲ではなく、やはり交響曲であって、オーケストラの違いが音楽の違いに大きな影響を与えるってわけで、そりゃあ合唱団は下手くそ(別に国立が下手くそって言っているわけじゃないよ、念のため)よりも上手い方が良いに決まっているけれど、下手だから感動的な演奏は難しいってわけでもなく、そこは指揮者のコントロールとオーケストラの頑張り次第って事になるかな…なんて思いました。

 そう言えば、たしかに第九って、合唱団がアマチュアでも聞けるけれど、オーケストラがアマチュアだと、聞いていてもちょっと厳しいもんなあ。

 やっぱり、第九は、なんだかんだと言っても、交響曲なのでした。

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2018年1月14日 (日)

プリンタが使えなくなりました

 実は、このブログがお正月休みをいただいた遠因の一つ…年末に年賀状を仕上げるのに苦労した理由なんですが、実は年末の土壇場でプリンタが使えなくなり、そのために色々と戦ってしまい、そこで無駄に時間を浪費してしまった…というのがあります。

 いやあ、ほんと、いきなり、パソコンとプリンタ間の通信がおかしくなって、プリンタが使えなくなってしまいました。

 つい、先日までは、何の問題もなく、普通にプリンタが使えたのに、年賀状の季節になって、いきなりのトラブルです。ほんと、参りました。

 まずは、お決まりのケーブルチェックをしました。問題ありません。

 パソコン側の設定ミスが無いか調べました。別にありません。

 プリンタドライバに問題がある事も無きにしもあらずなので、一度プリンタドライバを削除してみました。再起動時に、新しいドライバは新規インストールされたようですが…それでも使えないことには変わりはありません。

 ここで始めて(遅い!)プリンターのメーカーサイトをチェックしてみたら、驚愕の事実を発見。私が使用しているプリンターは、Windows10に対応していなかったのです。それどころか、Windows7までにしか対応していなくって、Windows8や、Windows8.1や、先日までWindows10で動いていたのは“たまたま”だったようなのです。

 そう言えば、秋頃、Windows10が勝手に“Windows 10 Fall Creators Update”ってヤツにアップグレードをしたよなあ…あれが原因か…! そもそも私のプリンターはWindows10非対応な機種だし、OSがアップグレードしてプリンタ使えなくなっても…文句は言えないよなあ…。でも、諦めきれない。何とか、Windows10C用のドライバは無いかしら…と、日本語サイトは諦め、海外サイトもチェックしたけれど、Windows10C用のドライバは見つからず、諦めの悪い私が諦めるまでに、費やした時間は約一週間ほどでした。

 だってさあ、簡単に諦めきれないじゃん。つい、先日、購入したばかりの、まだピカピカのプリンターだよ…と、ずっと思っていたのですが、そもそもWindows7までにしか対応していなかった事をふと思い出して、いつ発売されたプリンタなのか調べてみたら…なんと、2002年10月に発売された機種でした。

 私は新品で購入してますから、2002年の年賀状シーズンに購入しているわけで、私は「つい先日購入したばかり」と思ってましたが、実は15年も昔の話だったわけです。

 15年前のプリンタか、それじゃあ印刷できなくなっても、文句言えないなあ。

 ようやく諦められた私は、無線でつながっている、主に妻が使用しているプリンターで、チャッチャッと年賀状印刷を始め、なんとか年内に年賀状を投函することに成功したわけです。

 さっさと諦めるか、あるいはトラブルシューティングに固執する事無く、さっさと妻のプリンタを借りて利用すれば、一週間近い時間を無駄に過ごさずに済んだのに…こういう時に、粘着質な私の性格が災いするのです。残念。

 ちなみに、私のプリンタは、キャノンの“PIXUS 805i”でした。

 チャンチャン。

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2018年1月13日 (土)

ヨッチャンが星になりました

 お正月の間に、緋ドジョウのヨッチャンが星になりました。2018年1月2日の事です。

 1月1日の元日は元気(?)にしていました。いつもボロボロなヨッチャンでしたが、いつにもましてボロボロで、普段は体表がかじられてボコボコになるぐらいでしたが、年明け早々に、全身から激しく出血して、緋ドジョウなのに、ほぼ真っ赤になっていました。

 どうやら、水槽の面々におせち料理として、食されてしまったようです。

 それでも元日は、まだ生きていました。

 翌2日も午前中は元気(?)でした。午後になって、水底で腹を上にして沈んでいました。腹を上にしている事自体は、金魚ならアウトですが、ドジョウたちは具合が悪くなると、そんな事もよくありますし、そこから回復する事も多々あるので、大丈夫かなと心配はしながらも、様子を見ていました。

 本当にアウトになれば、水底に沈んではいられず、やがて水中に漂い始めますので、そこまで行っていないので、回復するかもしれない…と願ったわけです。

 しばらくして、再び水槽を見ると、タニシが二匹、ヨッチャンの上に乗っていました。つまり、ヨッチャンを食べ始めたわけです。貝は生きている魚を食べることはありません…ので、確認してみたら、ヨッチャンはすでに星になっていました。

 そのまま、エサになって食べられてしまうのは、自然の摂理とは言え、生きたまま食べられてきたのに、死んでもなお食べられてしまうのも不憫だなと思い、水槽から取り出して埋葬しました。

 ヨッチャンの晩年は…ちょっとつらかったかな? 弱肉強食とは言え、生きたまま食べられてしまうのは、ちょっと切ないよね。でも、それももうお終い。後は、安らかに眠ってください。

 バイバイ、ヨッチャン。さようなら。

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2018年1月12日 (金)

水蒸気関係と私

 フルートのレッスンに行ってきました。この記事の話は、まだ昨年末の事です。

 姉様と先生と私で、ロングトーン練習をしました。まあ、バッチリっちゃあバッチリなんですが、時折、音を曲げないと、私だけ低めな音が出ちゃいます。まあ、なるべく頭部管を深めに入れているつもりなんですが、まだまだ入れ具合が浅いみたいです。もっと深く、奥まで入れないといけませんね。

 で、エルステユーブンゲンは23番です。実は23番、一度きっちり暗譜したんです。でも、仕事が忙しくて、ちょっとレッスンの間隔が空いてしまい、自宅練習もサボリ気味になった途端に、忘れてしまいました。ああ、残念。当然、次もまた23番です。23番が暗譜できていないのですから、当然、24番も不可です。

 プチエチュードは19番ですが…いやあ、まだまだ吹けません。難しいです。先生は「ゆっくりでいいから確実にきちんと吹けるようにしなさい」とおっしゃるので、ほんと、ゆっくりゆっくりと吹いています。とにかく、練習有るのみって感じです。

 40リトルピーセズは、前回、ちょっとだけやった8番のシューマンの「兵士のマーチ」からです。まあ、これは簡単なので、これで終了です。次の9番は、ベートーヴェンの「スコットランドのダンス」です。これ、簡単そうに見えて…先生曰く「見たとおりに簡単な曲だよ」との事ですが、スラーと、タンギングせずに音を切る箇所と、普通にタンギングして音を切る箇所と、スタッカートの箇所の4つをきちんと区別して吹きなさいと言われました。

 私は、そういう細かいところが結構いい加減なヤツなんですよ。でも、そういういい加減な感じじゃダメで、しっかりこれら4つを意識的に区別して吹かないと合格にはしてもらえないので、今回は不合格です。まあ、仕方ない。次回は、このベートーヴェンに加えて、次の10番のシューマンの「見知らぬ国と人々について」をやります。「子供の情景」の中の一曲です。頑張らないとね。

 今回の雑談は「どうして転校生って学力的に不足している子が多いのだろう?」という先生の疑問から始まりましたが…なかなかそれを一般化して話すのは難しいかなって思うので、今回の雑談話はパスです。

 それよりも私、レッスン終わりに事務室に寄って、年末感謝大抽選会でくじを引いたら、特賞(実質的な第1位)を引いちゃいました。

 この抽選会、毎年やっていて、いつもは、ミニティッシュとか、飴玉一つとか、入浴剤の小袋の詰め合わせとか、板チョコ一枚とか、まあそんな感じの賞品をいただいていました。まあ、別に何かを期待しているわけでもないし、ティッシュ一つでもいただけるのなら、それはそれでうれしいものです。

 なのに、今回は、特賞を引いちゃいました。賞品は…豪華ハワイ旅行!…ではなく(笑)、スチームトースターが当たりました。まあ、ウチのトースターもかなりの年季物だし、妻も喜ぶかな…と思って、るんるん気分で持ち帰りました。

 ちょうどトースターを買い換えようと思っていた矢先だったので、最初は妻も喜んでいましたが、スチームトースターって、パンしか焼けないそうですね。我が家では、トースターでパンを焼くという習慣がなく(パンは、パン屋から買ってきたままで食べます。フランスパンばかり食べ、トーストはめったに食べません)、専ら、トースターで肉とか肉とか肉とか焼いています。つまり、トースターと言っても、オーブントースターを使っているわけで、そのオーブントースターのオーブンの部分ばかりを使っているわけです。

 なので、せっかいいただいた特賞景品であるスチームトースターは、使うアテが無いので、単なる粗大ごみになってしまいました。もったいない。

 「使うつもりがないなら、ヤフオクで売っちゃえば…」

 「今時は、ヤフオクじゃなくて、メルカリでしょ?」という訳で、近日中にメルカリで販売しちゃうつもりのようです。

 そう言えば、この数日前の、職場の忘年会のビンゴ大会では、いつもはティッシュとか石けんとかハンドタオルとかをいただいてくる私ですが、今年はなぜか加湿器をいただきました。

 スチームトースターといい、加湿器といい、水蒸気関係に縁でもあったのかしら?

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2018年1月11日 (木)

演歌っぽく跳んではいけません

 さらに声楽のレッスンの続きです。

 今回で、武満徹作曲「死んだ男の残したものは」は終わりって事にしました。で、次は何を歌うか?…ですが、次は武満の「小さな部屋で」にしました。

 どんな歌か?って思うでしょうから、音源を貼っておきます。

 歌っているのは、ソプラノの岩下晶子さんです。「小さな部屋で」は武満のソングの中でも、地味なんでしょうね。YouTubeを見ても、なかなか良い音源は見つかりません。岩下さんも悪くないのだけれど、実は私の趣味とはちょっと違うんだよね。でも、他の音源は、私の趣味とはだいぶ違うわけで“だいぶ違う”のと“ちょっと違う”では“ちょっと違う”のをチョイスせざるをえないわけです。

 この曲は、モロに現代音楽なので、和音もメロディもかなり変です(笑)。音取りが大変そう…。頑張ろっと。

 次は、ドナウディ作曲の「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。この曲の最高音は高いGで、歌詞は“Sguar-do”の“Sguar”です。ここだけは閉じた声で魅力的に歌います。難しいね。先生から「開いた声」とか「閉じた声」とか言われても、私自身何となくの感覚でやっちゃっているのが、ダメなんだろうな。もっと理知的に理解し、能動的に自分のカラダをコントロールして歌わないといけないのだろうけれど…まだまだ、何となくしか分かっていないようです。

 とにかく、歌は基本的に開いた声で歌い、決めの箇所だけ、閉じた声で歌うってのは、どうやら基本のようです…と、書いているけれど、現時点ではよく分かっていない私です。

 出だしの“Amorosi”の“A-mo”の1オクターブの跳躍を、演歌っぽく跳ばないようにと、何度も注意されました(が、何度も演歌っぽく跳んでしまいました)。

 演歌っぽく跳ぶ…と言うのは、跳躍する際に微妙にコブシが廻ってタメが生じてしまう事です。クラシックぽく跳ぶためには、タメずにスパンと跳ばないといけません。例えて言うならば、仮面ライダーのような、トランポリンアクションで跳ぶのではなく、スパイダーマンのように、ワイヤーアクションで跳ぶのが理想なのです。つまり、高く跳ぶために反動をつけて一度身を屈めるのはダメで、高く飛びたければ、高いところにフックをかけてそこから引っ張り上げるのが吉なわけです。

 具体的に言えば、低い音から始めて、高い音に移る時にノドを下に引っ張って高音を出すのではなく、直前の低い音を高いポジションで(頑張って歌って)次の高い音を本来のポジションで歌う…というやり方が良いわけです。うむ、難しい。

 とりあえず、これで「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」を終わり…にしてもよかったのですが、次回ももう一度歌う事になりました。と言うのも、武満の方を新曲にするので、二曲同時に新曲…というのは厳しいだろうと言うことで、次回は武満だけを新曲にして、ドナウディは継続して、次回、新曲に替える事にしました。

 さて、「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」の次は、誰のどんな歌曲を歌いましょうか?

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2018年1月10日 (水)

やっぱり“ん”の発音は難しい

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」です。

 先生から「歌いづらいところはありますか?」と尋ねられたので“ん”が歌いづらいですと答えました。“ん”は誰でも歌いづらい音…なのですが、それでもそれなりの対処法はあるそうです。

 “ん”は純粋な鼻音です。声を鼻だけに通して出す音で、通常は子音扱いとなりますが、用例によっては母音を伴わずに発せられる事もある(例えば「ん?」って場合ね)という特殊な音です。専門用語では撥音(はつおん)と言い、外国人が日本語を習得する時の難所の一つでもあります。

 とにかく鼻音なんです。鼻に響かせるため、どうしても音色が暗くこもりがちになります。なので、直前の母音をなるべく開いた明るい声で発音し、その流れで“ん”を発音すると、割りと“ん”が発音しやすくなります。ただし、その流れのままで“ん”の次の音を発音してしまうと、今度は次の音が開きすぎた声になってしまうので“ん”の次の音は、意識的に閉じ気味の声で発音しないと、音色的なバランスが悪くなってしまいます。

 どういうやり方にせよ“ん”は発音しづらいってわけです。

 特にこの曲は“ん”が発音しづらいです。冒頭の「死んだ」だって、「死ん」で1音符ならば、たぶん、そんなに歌いづらくないです。でも「死」「ん」「だ」のそれぞれに音符が振られ、特に「ん」の音符はちょっと長いわけで、つまりは「しっかりと“ん”を発音してくれよ」という作曲家のメッセージが込められているわけで、たとえ発音しづらくても、しっかりと発音していかないとイカンわけです。

 フレーズの最初の音と最後の音が厄介です…とも言いました。“厄介”と言うのは“個人的に歌いづらい”って意味です。

 原因は支えが抜けているからであって、最初の音が歌いづらいのは、支えが間に合っていないからであり、最後の音が歌いづらいのは、きちんと最後まで支えていないからです。

 最初の音は、支えが間に合っていないために、響きが低くなりがちなので、クチを縦に開いて歌うことで、強制的に支えを入れられる事と、響きが低くなるのが防げるので、一石二鳥な解決方法なんだそうです。

 最後の音は、気が抜けてしまう事だけが原因なので、気持ちをしっかり持って、最後の最後まで気を抜かずに歌っていく事が肝心なのです。しっかり支えて歌えば、響きも下がらずに済みますし、フレーズの最後の音の響きが高めならば、次のフレーズも響き高めで歌い出せるというモノです。

 二番に「しおれたはな」という歌詞があります。ここは上行音型であり、同時に母音が「イオエアアア」という、クチが少しずつ開いていく並びになっています。音が高くなるほど、息をたくさん使い、クチを開いた母音ほど、息がたくさん出てしまいます。つまりこの「しおれたはな」という部分は、息を大量消費してしまう箇所であり、ここは上手に歌わないと、息が不足気味になってしまう箇所でもあります。

 では、どうやって息を節約するか? 上行音型である以上、音程に伴って息が出てしまうのはやむをえません(これをケチると、ノド声になります)。そこで母音を工夫します。最初の「イ」のクチで、そこからクチを広げずに、続く「オエアアア」を歌うわけです。つまり、母音の変化を、アゴを動かして作るのではなく、腹話術のように、舌を動かして作っていくわけです。それによって、口腔内の体積を変えずに(って事は、使用する息の量も変化せず)母音を発音しわけるというわけです。難しいね。

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2018年1月 9日 (火)

いつも言われている事が出来ません

 さて、ブログを再開します。今年もよろしくお願いします。

 声楽のレッスンに行ってきました。これからアップする記事は、年末のレッスンの様子です。

 実は、ブログもすでに休止し、年末も年末、かなり押し迫った時期にレッスンに行ってきました…と言うのも、12月の後半は、先生のコンサートがあり、先生ご自身が自分のコンサートの準備に忙しくて、ちょっとレッスンが入らなくて、そんな時期になってしまったからです。

 ま、現役の歌手の方に習っている以上、それはやむをえない事です。

 ハミングの練習から始めました。今回、注意されたのは、細かくギアチェンジをしていきましょうという事です。大きく、ガチャンガチャンとギアチェンジをして発音していくと、声が大きく変わってしまうので、声が大きく変わらないように、細かくギアを入れ替えながら、上手に声をシフトしながら発声していくというやり方です。

 分かっちゃいるけれど、ついつい細かくギアチェンジをしていくのは面倒だから、そこをサボってしまうと、駄目なんだな。

 発声練習です。ひたすら、腹筋&腹圧の運動です。とにかく、腹筋運動を止めない。常に腹部は動かし続けます。腹部の動きを止めて固めてしまうと、声から柔軟性が失われてしまうので、発声している間は、常に腹部は動き続けていられるようにコントロールをしていきます。

 また、毎度の事ですが、ノドは鳴らさないで歌いましょうと言われましたし、音量も今の半分ぐらいで十分だから、響きをマシマシで歌うようにしましょうと言われました。中低音は、響きマシマシで行けるのですが、高音になるに従って、響きが少なくなり、ノドが鳴ってしまうようで、先生曰く「高音になればなるほど、響きを増やさないと行けないのに、やっている事は逆なんだよなあ…」と呆れられています。残念です。

 なぜそうなってしまうのかと言えば…いつもの事だけれど、腹筋が弱いからです。高音を出すには、息の圧力が必要になります。本来は、その圧も腹筋で作らないといけないのですが、私の腹筋ではそれに必要なだけの圧を作りきれず、無意識にノドも協力して、圧力を作ってしまい、それでノドが鳴ってしまうのだそうです。

 大切な事は、ノドで圧を作らない事。そのためには、しっかりノドを開いたままにしておく事、そして、維持するためにも、腹圧が必要なのです。“開いたノド+腹圧”で、楽に高音発声できるようになるって寸法なのです。そしてそれは、ノド声からの開放も意味します。

 結局、言われる事はいつも同じで、出来ないこともいつも同じなわけです。実に残念です。

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2018年1月 6日 (土)

お正月休み中ですが…

 ブログの再開日を、1月10日(水)ではなく、1月9日(火)に変更します。つまり、三連休が明けたら、ブログを再開しますよって事です。

 理由ですか? まあ、何となくです。あんまり休んでばかりいると、罪悪感を感じちゃって…(関東地方の)学校も1月9日が始業式のところが多いので、そこに合わせて、ここのブログも1月9日始業って感じで行きたいと思った…って事かな?

 と言う訳で、1月9日をお待ちください。

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2018年1月 2日 (火)

お正月休みをいただきます

 えー、例年、1月2日からは、10日間ほど特別連載を毎年やっていた私ですが、今年は思い切って、連載を止め、お休みをいただく事に決めました。

 理由ですか? いやあ、実に簡単な話で、年末に時間が作れなくて、ちっとも連載記事を書けなかったからです。ただ、そんだけ。

 ブログネタなら、いくらでもあるんだけれど、それらを文字起こしして記事にするってのは、いくら私のタイピングが速くても、やっぱりそれなりの時間が必要なわけで、そんな時間を捻出できずに、年越しちゃったので、今年はいっそ、お休みすることにしました。

 …いやだって、年賀状だって、ほんと年末のどん詰まりまで書き上げられなかったし…さ(涙)。

 そんなわけで、今年のお正月はお休みをいただく事にしました。期間は…一週間ほど、いただきます。まあ、例年の特別連載をしている事を考えると、平常運転に戻るのが例年通りって感じになります。まあ、お休みするなら、そんな感じだよね。

 という訳で、明日1月3日(水)~9日(火)までお休みいたします。

 再開は、1月10日(水)としますので、よろしくお願いします。

 皆さん、よいお正月をお過ごしください。

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2018年1月 1日 (月)

さて、今年[2018年]の抱負でございます

 あけましておめでとうございます。今年も、私ならびに、この「老犬ブログ」をよろしくお願いいたします。

 ちなみに昨年の抱負はこんな感じでした。

1)フルートのレッスンになるべく行きたい

2)ガリボルディのプチエチュードを今年こそは卒業したい

3)高音Aを常用音域にしたい

4)手段はなんであれ、100Kgを切りたい

5)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

6)ブログを続けていきたい

7)発信するばかりでなく、受信もしたいし、皆さんと交わりたい

8)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 結果としては、○は1)と6)と8)、×は2)と3)と4)と5)と7)です。つまり、3勝5敗で、抱負としては負け越しです。年頭の抱負が欲張り過ぎなのかな? とりあえず、昨年の抱負を踏まえた上で、今年も「新年の抱負」から老犬ブログをスタートさせましょう。

1)エルステユーブンゲンをさくさく進めたい

 まずはフルート関係の抱負から。

 フルートのレッスンには、なるべく行きたいですし、行くようにしていますが、別に行かない理由はサボっているからではなく、仕事の都合で忙しくて行けない事がほとんどなので、仕事の都合さえつけば必ずレッスンに行っているわけだし、基本的には(お金もかかっているわけだし)皆勤でレッスンに行きたい私なので「レッスンになるべく行きたい」は、実は目標でもなんでもないわけです。

 それよりも、きちんと準備をして、中身の濃い、実のあるレッスンを受けたいわけで、その指標となるのが、たぶんエルステユーブンゲンの進行状態だと思うわけです。だってこれ、しっかり自宅練習をして暗譜して臨まないと、全然進まないもの。

 だからこれを指標とすると分かりやすいのかなって思ったわけです。

 昨年の年頭の段階では18番まで合格しています。レッスンでは19番から始めて、現在のところ、22番まで合格し、23番に取り組んでいる状況です。つまり、1年で18番 -> 22番の4曲しか進んでいないってわけです。エルステユーブンゲンって、全部で58曲あるんだぞ。このペースで行ったら、ほんと、何年かかるんだろう…って感じです。ううむ、ほんと、さくさく進めたいです。

 少なくとも、今年は、昨年の4曲よりも多く仕上げたいです。

2)ガリボルディのプチエチュードを今年こそは卒業したい

 プチエチュードに取り組み始めたのは、2013年の9月です。で、この年は1番を仕上げるのがやっとで、2番と戦いながら年を越しました。

 2014年は、2番から7番までの6曲を仕上げました。

 2015年は、8番から12番までの5曲を仕上げました。

 2016年は、13番と14番の2曲を仕上げました。

 2017年は、15番から18番までの4曲を仕上げました。

 プチエチュードは全部で20曲あり、現在は19番と戦っているので、普通に考えると、今年中にプチエチュードは終了するはずです。ああ、頑張りましょう。なんとか、今年中にプチエチュードを仕上げましょう。そして、次のエチュードに取り組みましょう。

 でも、次のエチュードって何でしょう? アルテ1巻が終了した私は、本来的にはアルテ2巻に進むはずですが、H先生の方針では、アルテ1巻と2巻の間にエチュードを2~3冊挟むと言ってました。プチエチュード、最初の1冊目ですから、まだまだ他のエチュードを終えてからアルテ2巻って話になるわけです。

 アルテ2巻。遠いなあ。それにしても、次はなんだろう…の前に、プチエチュードをきちんと終えないとね。

3)高音Aを常用音域にしたい

 さて次は声楽関係の抱負です。昨年と同じ抱負で申し訳ないです。

 去年の私は、こんなふうに書きました。

>とりあえず、高音Aは出せないわけじゃないのです。ただ、常用音域とは呼べないのです。まだまだ上手く出せなかったり、出してもすぐにぶら下がってしまったりと、マトモには出せないのです。でも頑張って、なんとか高音Aを常用音域に入れたい私です。

 全く状況は変わっていません。つまり、この一年間、声楽に関して言うと、目に見える進歩は見られなかった…と言えます。階段で言えば、踊り場にいるような感じ?

 でも私の中の感覚としては、高音Aが常用音域とは言えないまでも、常用音域にできそうな光は見えているのです。そこが昨年とは違います。そして、高音Aを常用音域にできたら、その先は、トントン拍子で常用音域にできそうな気がしています。つまり、高音Aと言うのは、私にとって“そそり立つ高い壁”なわけです。

 頭の中では、割と色々な事がクリアになっています。あと必要なのは、腹筋を始めとする筋力と、ちょっとしたコツです。これさえ出来れば、高音Aを常用音域にできそうなんだけれど…考える事と実行する事は、全然次元が違うんだよなあ。

 とにかく、頑張っていかないと…ね。

4)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 毎年、同じ抱負をあげていますが、ほんと、いつもいつも願っている事です。とにかく、夏の暑さが鬼門なんです。昨年は、ミドリを星にし、クロを行方不明にしてしまいました。今年こそ、誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせてやりたいと願っています。

5)ブログを続けていきたい

 とにかく続けていきたいですね。もう『毎日書き続けたい』は諦めました。今の生活や仕事をしている限り、毎日ブログをアップするのは無理だな。でも、なるべく毎日記事を上げていきたいと思ってますが、やはり年始年末や年度替わりの時、真夏のお盆の数日は、どうしてもブログを書き上げる時間が厳しくなるので、今年はそこでのブログ休載を念頭に置いた上で、プログを続けていきたいと思っています。

6)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 ま、いつものことですが、当然の抱負ですね。

 さて、昨年まであって、ダイエット関係の抱負は、今年は取りやめました。ヤセたくないわけではないけれど、私は今の自分の体重すら知りません。まずはモチベーションの復活をしない事には、抱負も何もないわけです。

 だいたいダイエットって、精神的に、片手間ではできない事なんですよ。真剣に取り組み、エネルギーをかなり継続的に注いでいかないとできないわけで、そうでなければ、ひもじさや体調不良とは戦えません。でも今の私には、そんなエネルギーはありません。とにかく健康が最優先なのです。体調不良を堪え、ひもじさを乗り越えていかないと、ダイエットってなかなかできないと言う事は、経験から分かっています。それゆえ今は、なんとなくダイエットが立ち消え状態になっているんだろうと思います。

 つまり、健康優先のために、あれこれ生活がヌルくなっているのが現実で、とてもとてもダイエットなんて、おこがましいという生活をしています。

 ダイエット関係の抱負は、私の心と生活に余裕ができたら、また復活してくると思います。誤解の無いように書いておくと、別にダイエットしたくないわけじゃないんです。ダイエットをして体調不良になるのを恐れているわけです。

 ダイエットをする前に、睡眠時間を確保しろよ…って話も無いわけじゃないです。

 と言うのが、今年の抱負です。

 そんなわけで、老犬ブログ、今年もよろしくお願いします。

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