ひとこと

  •  もしも私が北の首領様で、日本や韓国やアメリカに喧嘩を本気で売るなら…韓国には風向きの良い日に風船爆弾のようなもので化学兵器(サリンとかああいうヤツ)をぶっこんで、日本には漁民に装わせた兵士(伝染病に罹患済み)を送り込んでバイオテロを引き起こし、アメリカには…サイバー攻撃だな。銀行とか株式市場とか経済方面の施設を一斉に襲うとか、いっそ原発を遠隔コントロールして大惨事を引き起こすとか…そういう手立てを考えます。そんなわけで、別に北の国が核爆弾とかミサイルとか持つ必要なんてないじゃん。むしろ、そんなモノを持っていると「北のくせに生意気だ!」って言われて、ジャイアンにボコボコにされちゃうよ…ってわけで、ジャイアンはいつコブシを振り上げるのでしょうか? 産経新聞は…12月18日が開戦日かも…って言っているけれど、だとしたら、もう来週じゃん。
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

コメントについて

  • コメントは、どの記事に対して付けてくださっても結構です。歓迎します。ただし、以前書いた記事については、現在では多少考え方が変わってしまったものもあります。また、コメントをくださる場合は必ず“名前”の欄にハンドルネームをご記入ください。ココログ的には、コメントの際の名前の記入は任意となっていますが、このブログでは必須としますので、ご了解ください。また、その時に使用されるハンドルネームは、お一人様一つで統一してくださいますようにお願いします。複数ハンドルの同時使用、及び別人への成りすまし発言、捨てハンドルのご使用等は固くご遠慮願います。迷惑コメントやアラシ発言に関しては放置でお願いします。記事とは無関係のものや、プライバシーに触れたコメント、スパムコメント、エロ系コメント、商用コメント及びにネットマナーを無視したコメントに関しては、予告なしに削除する事もあることを御承知置きください。また、度重なる迷惑コメントに関しては、ニフティに「迷惑コメント」として通知し処理してもらうことにしました。

カテゴリー

メールについて

  • 記事の訂正および削除の依頼と、部外者に見られることなく、私(すとん)と連絡を取りたい方は、メールリンク(この下にある「メール送信」)をクリックしてメールでご連絡ください。その際、どの記事でもかまいませんから、コメントに「メールを送りました」と一報いただけると幸いです。私、メールを見る習慣がないので、黙っているといつまでもメールを放置してしまいますので、よろしくお願いします。メールを送ったことをお知らせいただいたコメントは、メール確認後、すみやかに削除させていただきますので、ご安心ください。

« 2017年11月 | トップページ

2017年12月の記事

2017年12月11日 (月)

メトのライブビューイングで「魔笛」を見てきた

 今度のメトの「魔笛」は、かなりお薦めです。

 実はメトのライブビューイングでの「魔笛」って、今回が2度目なんです。最初のヤツは…よくアンコール上映で取り上げられていましたが…短縮&英語版だったのです。なので、ちょっと敬遠して、見てこなかったんですが、あれから約10年。ようやく、フルバージョンでの上演(&ドイツ語上演)がライブビューイングに登場したので、見てきたわけです。

 いやあ、美術と演出が良い仕事をしています。

 私は実演&映像で数多くの「魔笛」を見てきました(皆さんもそうでしょ?)。「魔笛」って、どんな美術や演出で見ても、音楽そのものが素晴らしいから満足できるのに、ストーリーがファンタジーって事もあって、実に様々なアプローチの演出ですら、受け入れてしまう懐の深さのあるオペラなんです。実際、名演出も多いオペラです。

 で、今回の「魔笛」の演出は、メトの主席演出家ニースの手によるものですが、元々のオリジナルの演出は「ライオンキング」の演出家でもある、ジュリー・テイモアによるものです。で、これが、なかなかスゴイんだわ。

 美術の基本的なコンセプトは…おそらく京劇なんだと思う。まあ、主役のタミーノって、あまり知られていないけれど、実は日本人という設定(台本や楽譜にそう書かれている)なんだよね。まあ、アメリカ人から見れば、日本人も中国人も一緒一緒(笑)って事で、京劇風の美術が取り入れられたんだと思うわけです。まあ、日本人である私的には、ぜひタミーノには、台本通りに狩衣を着て欲しいと常々思っているのだけれど…まあ、いいや。そういう私の個人的な願望を横に置くと、なかなかタミーノのキャラ設定も良いですよ。

 この京劇風の美術に、エジプト風味を加えて、全体を前衛芸術風味でまとめ上げたのが、今回の「魔笛」の基本美術路線なんだと思います。まあ、エジプト風味は、メトでは、この演出版以前に使われていたモスタート演出版(美術はホックニーだよ)を引き継いでいるんだと思います。まあ、歌詞を見ても、ザラストロの国はエジプトっぽいんだけれどね。

 この東洋趣味にオリエンタル趣味(ヨーロッパから見ると、エジプトもオリエンタルなんだよね)をミックスして、パペットを多用した演出は…まさに“どこでもない国”感がして、実にファンタスティックで良いです。まさに“おとぎの国”です。

 音楽面では、指揮がレヴァインですから、悪いわけがありません…とは言え、昔のレヴァインと比べちゃうと、音楽の隅々まで神経が行き届いている…ってわけにはいかないかな? 指揮としては、時折、音楽がバラけちゃう時があるんだけれど、そんな事を気にしていたら、オペラ楽しめないから、気にしない事にします。

 例えば、序曲が終わったところで、観客たちが大きな拍手を送っていたけれど、拍手を送るほど、良い出来の演奏だった…とは私は思わないんだよね。むしろ、ところどころ“???”が出ちゃうような演奏だったと、個人的には思ってます。でも、そんなのはオペラ上演としては、気にするようなキズじゃないからね。気にしない、気にしない。

 とは言え、夜の女王の2幕の、あの超有名なアリアで、オケがバラけちゃったのは残念かな。やっぱり、聞かせどころだけでも、ビシっと決めて欲しいものです。ま、歌手の歌い方にも、ちょっとばかり癖があった事は事実だけれど、そういうところもすべて飲みこんでオケを統率して音楽をまとめていくのが指揮者の仕事なんだよなあ…。

 歌手の皆さんは…皆さん、歌も芝居も達者で、とても良かったのですが、正直、ビッグネームなスター歌手は…ザラストロを歌ったルネ・パーペぐらいかな? そのルネ・パーペも今回のライブビューイングのために、特別ゲスト的に出演していたそうだから、普段は、スター歌手抜きで上演しているんだと思います。

 メトのオペラって、スター主義が売りなんだけれど、今回に限らず、最近はあまりスターを使わない傾向があるんだよね。スターを使わない…必然的に、ピチピチの若手歌手とか、地元にいる渋い脇役歌手とか、自分ところで育成した歌手たちを使っていくわけだけれど、私はこれはこれでアリだと思ってます。(ギャラを含めた制作費が抑えられるという劇場側の事情もあるんだろうけれど…)

 スター主義のオペラ上演は、ある種の“座長公演”なわけで、そのスターを見るための上演なんだけれど、スターがいなければ“一座公演”になるわけで、一座のチーム力と作品の素晴らしさが上演を引っ張っていくわけです(代表的なのが、劇団四季のやり方だね)。

 まあ、今回の「魔笛」は、レヴァインとパーペがいるわけで、二人もスターがいるんだから、従来のメトっぽくっていいじゃんとも言えますが、見た感じは、スターうんぬんと言うよりも、一座の力、作品の力を感じました。

 それにまあ、この演出。スターを呼べない演出だよなあ…とも思います。と言うのは、出て来る歌手は、誰も彼も派手な化粧が施されていて、歌手の素顔はほぼ分かりません。美しく化粧されているのは、パミーナぐらいで、後は、京劇風のペイントによる仮面をかぶっているような化粧なのです。かろうじて、パパゲーノやザラストロは…(このオペラとしては)化粧が薄めで、歌手の素顔が想像できなくもないけれど、タミーノとか夜の女王とかは、完全に素顔からかけ離れた顔になっているし、三人の侍女たちに至っては…黒塗りだよ。モノスタトスは黒人ではなくて、蝙蝠男なんだよね(でも、バットマンほどカッコよくはない:笑)。

 あれだけ濃い化粧が要求される上演だと、普通のスター歌手は出演を嫌がるよね。だって、俺様の美しい顔が化粧で隠されちゃうんだよ。顔と名前を大切にするスターの皆さん的には、パスパスパスって感じになっちゃうんだと思います。

 モノスタトスの蝙蝠男は、良い演出だと思いますよ。オペラの中で、モノスタトスとパパゲーノが最初に鉢合わせした時に、お互いの異形にビビり合うという芝居があって、パパゲーノは鳥人(ああ、笑い飯のコントネタを思い出す…)なのでモノスタトスがビビるのは分かるけれど、モノスタトスが黒人で、その姿を見てパパゲーノがビビったら…21世紀のアメリカでは、マズイよね。黒人は異形の者じゃないからね。それにだいたい、今回の上演では、お姫様役のパミーナを歌っているのが黒人歌手だから、黒人役がモンスター扱いってわけにはいかないわけで、じゃあどうするかと考えて、モノスタトスを蝙蝠男にしてしまったんだと思うわけです。鳥人と蝙蝠男…そりゃあ、互いにビビるよね。

 それに、モノスタトスって、最初はザラストス側だけれど、途中で夜の女王側に裏切るキャラだから、蝙蝠男ってのも、なかなかに良い設定なんだと思う。

 そうそう、三人の童子(ただし、白髪で長い長いアゴヒゲを蓄えていたので、キャラ設定的には、老人なのかもしれない)を、本物のボーイソプラノたちが演じていたのは、とても好感が持てます。いいよね、ボーイソプラノ。日本で魔笛上演を見ると、三人の童子って、たいてい小柄な女性歌手が演じる事が多いんだけれど、なんかそれじゃあねえ…。特に、女女女した人が童子を演じると、妙な違和感があって、私は苦手です。

 まあ、色々あるんだけれど、ほんと、この上演は、おすすめですよ。色々と魔笛は見ました…という人でも、退屈せずに見ていられる上演だと思います。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2017年12月10日 (日)

コンビニが無くなると…不便じゃないですか?

 …じゃないですか? でしょ?

 ウチの近所の、徒歩1分の、我が家の冷蔵庫代わりにしていたコンビニが先月閉店してしまいました(涙)。もっとも、廃業したわけではなく、跡地に別コンビニが開店する予定になっているものの、開店時期は来年の1月中旬なわけで、二ヶ月近くもコンビニが無いんです。年始年末のコンビニがとっても重宝する時期に、コンビニが無いのです。

 ああ、悲しい。

 近所のコンビニが無くなると、本当の本当に困りますし、困っています。

 で、次に近いコンビニ…徒歩約10分くらいの場所にコンビニがあって、そこをやむなく使っていたのですが、その店も、みるみる棚から品物が消えてしまいました。あれあれ、なんか変だなと思っていたら…その店は…なんと、今週で閉店なんだそうです。おっと!

 次に近いコンビニ…って言うと、どこも徒歩30分前後はかかります。ああ、遠い(涙)。

 コンビニってのは、気軽にフラッと寄れる店であって、いずれも徒歩圏にあるのも…という前提が私の中にあるので、近所のコンビニが2軒とも閉店と言うのは、キツすぎます。

 まあ、ウチの近所に限った話ではなく、近隣のコンビニが次々と改装による閉店、または廃業していってます。改装による閉店であっても、1~2ヶ月は閉店していて不便だし、廃業されちゃうと、それこそ不便不便です。

 それにしても、コンビニ、減ったなあ…。以前は、それこそ、100mおきにコンビニが林立していた(ような感じ)だったのに、今はほんと、コンビニ減りました。実はほんの数年前までは、徒歩10分圏内には、あと3軒のコンビニがあったのに、それらは少し前に廃業してしまっていました。

 コンビニが無いと、コピーが出来ないし、小腹がすいても何も買えないし、雑誌も買えないし、お茶も買えない。まあ、食料品程度なら、コンビニが無くても、近所のスーパーに行けば間に合うとは言え、なんかスーパーって、コンビニと比べると、あまりお手軽感が無いんだよね。主婦ならともかく、オジサンには、コンビニの方が精神的に入りやすいんです。

 コンビニって、日常生活のオアシスだよね…。いやあ、ほんと、コンビニ無くなって、アレコレ困ってます。

 もう、コンビニの無い生活なんて、想像できません。こんなライフスタイルの私は、到底田舎じゃ生きていけません…って。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2017年12月 9日 (土)

たぶん、まぶしいんだと思う

 よく水槽で金魚たちがまとまっています。その姿は、まるで冬の日のメジロたちのようです。メジロは寒いので、お互いのカラダを温めるために、いわゆる“メジロ押し”をしているわけですが、金魚たちも寒いので“金魚押し”をしているのでしょうか?

 金魚は変温動物ですから、体温がありません。体温が無いという事は、寒くないという事です。気温や水温が低くなると、我々のような寒さを感じて不快になるのではなく、単純に血行が悪くなって、活動が不活発になるだけです。それで不快を感じているかどうかは、金魚と神様しか分からない事です。

 そもそも変温動物で体温が無いのですから、いくら押しても、メジロと違って暖かくなることはありません。ですから、寒さが原因でまとまっているわけではありません。

 では、何のために、金魚たちは水槽の片隅に集まって、まるで寒さに耐えるメジロのように押しているのでしょう?

 よくよく観察してみると、ある種の規則というか決まりごとがある事に気づきました。

 まず金魚は、人間側の壁面か、ポンプの近くにしか集まりません。また、集まる時は、必ず顔面は壁面に向けています。小さな金魚は大きな金魚の下に潜り込みたがります、逆はありません。金魚が集まっているところには、たいてい金魚の直上には水草があります。

 これらを合わせて考えてみると…たぶん、まぶしいんだと思います。

 金魚にはまぶたがありません。ですから、寝る時も目は開けたままで寝ます。当然、まぶしいと眠りづらいですよね。自然界であれば、岩陰や木陰などの物陰に隠れることができますが、ウチの水槽には残念ながら、岩陰も木陰もありません。ちょっとしたオブジェはあって、ドジョウたちはそれらの物陰に入りますが…金魚たちは大きすぎて、誰も物陰に入ることができません。

 そこで、水草の下が選ばれるのだと思います。金魚が入ることのできる大きな物陰って、ウチの水槽だと水草くらいしかないですからね。金魚たちがポンプの下に集まるのも、水草ほどではないけれど、ポンプも電灯の陰になるからだと思います。

 水槽の電灯は、水槽のほぼ中央部直上にあります。光の方向に背を向けると…自然と金魚は壁面を向くことになります。人間側の壁面ばかりに顔を向けて、奥の方の壁面で外部の方向に顔を向けないのは…実は、奥の壁面にはフィルムが貼ってあって、一種の鏡のような感じになっているので、そちらの壁面は金魚にとってまぶしいので、そっちは向かないのだと思います。

 また、小さな金魚たちが大きな金魚の下に入りたがるのも同じで、大きな金魚たちの物陰に隠れて、日陰に入りたいのだと思います。

 ちなみに、金魚たちが集まるのは、人間が起きている時間だけです。人間が寝る時間になると、水槽の電灯は暗くされてしまう(最近は電灯を消すことはしません)ので、金魚たちは集まらずに、それぞれ思い思いのところで寝ます。つまり、水槽の中が暗くなれば、金魚は集まらない…ってわけで、やはり金魚が集まっているのは、まぶしいからだと思います。

 というわけで、今日も今日とて、まぶたのない金魚たちは、昼寝をするために、水槽の電灯に背を向けて、水草の陰で、うつらうつらしているのでありました。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2017年12月 8日 (金)

アンブシュアについて悩む人が多いのだけれど…

 一般的に、フルートは簡単な楽器だと言われています。何を以て簡単だと言ってよいかという部分については、議論の余地はあると思います。しかし、単旋律用の楽器である事。ト音記号の世界の楽器である事。移調楽器ではない事。メカシステムの完成度が高く、奇妙な運指がない事。軽量であり持ち運びに便利である上に、音量も小さいので、どこでも練習できる事、などから考えても、比較的演奏が簡単な楽器と言われても仕方ありません。

 しかし、いくら簡単だと言われても、あくまでも“比較的”簡単なだけで、リコーダーやハーモニカやオカリナのような教育楽器ほどは簡単ではありません。

 フルートの場合、あえてどこが難しいのか言えば“音を出す”と言った、基礎の基礎の部分が難しいです。つまり、一番最初が一番難しかったりします。逆に言っちゃえば、ここを乗り越えちゃうと、後はさほど難しくないとも言えます。また、音出しに苦労しない人だと、どこも難しい事がない楽器だったりするんです。

 さて、フルートの音が出ない理由には、実は様々な要因が絡んできます。呼気圧や腹圧の問題、楽器の構え方の問題、そしてクチビルのカタチの問題…つまり、アンブシュアの問題があります。

 初心者の頃って、音が出ない人は本当に出ません。いくら頑張っても出ません、出ないものは出ません。私の知り合いのピアニストさんは、学生の時、副科でフルートを学んだのだそうですが、親にねだってムラマツを購入してもらったところまでは良かったのだけれど、全然音が出なくて、毎日毎日フルートの練習をするのだけれど、全然出なくて、友人や教授にも散々教わったのだけれど、本当に出なくて、それでようやく「ピヤ~」って鳴り始めたのが夏休みを終えて、すでに授業が後期に入った頃だったそうです。音さえ出てくれるようになれば、後は楽なもので、あっという間にフルートを普通に吹けるようになったのだそうだけれど、音大生ですら、フルートの音が出せない人はいるわけだし、音が出せなきゃ、何もできないわけです。

 だから、趣味のオジサンオバサンがフルートを始めて、最初の音出しの段階で、さんざん苦労するのは、まあ、当たり前と言っちゃあ当たり前なのです。当然と言っちゃあ当然なのです。逆に言えば、たいていの人は、音出しで苦労すると思って、間違いないのです。

 で、そんな音出しに苦労する初心者の皆さんが、その原因として、最初に着手するのが、アンブシュアの問題なのです。クチビルをどんなふうにしてフルートにあてるのか…そんな事に悩むわけです。で、その結果、ネットのフルート情報のページには、アンブシュアに関する記事があちらこちらにあるわけです。

 でもね、そんなにアンブシュアって大切なのかな? プロのフルート奏者の口元を見ると、皆さん、それぞれだし、決まりきったやり方なんて無さそうじゃない? 中には、斜めにフルートを構えていたり、クチを尖らせて吹いていたり、ほんと、色々です。ちなみに、私はインコのクチをしてフルートを吹いてます(笑)。

 でも、ネットに書かれているアンブシュアのページを見てみると、理想的なアンブシュアは…クチビルを閉じて、軽く横に引っ張り、息を吹き出す勢いでクチビルを開ける。その息が通る大きさは細めのストロー程度が良い…なんて書いてあったりなかったりするわけです。

 でも、そんな事、誰がやっている? 案外、みんな、思い思いのスタイルでフルートを吹いているわけで、そんな理想なアンブシュアなんてしてないよ。少なくとも私はやっていないし、H門下の人もやってません。みんな、フルートを手に持って、無造作にクチビルに当てて、息を吹き込んで吹いてます。何か特別な事はしていません。

 それでも吹けちゃうのがフルート…なんだと思います。

 まあ、アンブシュアは大切だけれど、音出しに関しては、一番大切とは言えないのだろうと、私は思います。

 では、音出しに一番大切なのは…おそらく腹圧だろうと思います。

 初心者の頃は、とにかく腹圧が弱いのです。腹圧が弱いので、呼気圧が弱くなり、呼気圧が弱いので、クチビルであれこれしようとしてしまい、結果、アンブシュアにこだわるわけです。

 いわば、腹圧の弱さをクチビルでカバーしようとしているだけで、やっている事は邪道も良いところなのです。

 と言う訳で、音出しで一番大切なのは腹圧です。言葉を変えて言えば、腹筋です。だから、腹筋がある程度強くなり、腹圧が強くなれば、アンブシュアを気にせずとも、自然とフルートの音が楽に出るようになるわけです。

 では、腹圧を強くし、腹筋を鍛えるには、どうしたら良いのか?

 少なくとも、体育会系の人がよくやっている腹筋運動は、あまり効果が無いと思います。と言うのも、腹筋を動かすと言っても、ちょっと動かす方向が違うからです。

 フルートを吹くための筋肉を鍛えるために一番の近道は、フルートを吹くことです。フルートを吹いて吹いて吹きまくって、カラダをフルートを吹く人のカラダに作り変える事です。

 そうすると、簡単にフルートの音出しができるようになります。

 なので、フルートの音が出なくて悩んでいる人は、アンブシュアをあれこれいじるよりも、ひたすらフルートを吹いて、早く自分のカラダをフルーティストのカラダにしてしまう方が現実的だと、私は思うわけです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

2017年12月 7日 (木)

なぜテノールは高音を目指すのか!

 それは楽譜に高音が書いてあるから…なんだけれどね(笑)。

 でも、世間のテノール様たちは、楽譜に高音が書いて無くても、スキあらばメロディーラインを変えてでも、高音を出してしまいがちです。作曲家が色々と考えて、一番高い音をファとかソとかに留めておいても、テノール様はそれを勝手に、ラとかシとか、時にはド(つまりHi-C)とか、人によっては「ボクちゃんはもっと高い音が出せちゃうもんね」と言わんばかりに、レとかミとか変更して歌っちゃいます。

 ほんと、始末に負えないんですよ、テノールという人種は。

 なぜテノールは、そんな事をしちゃうのか…という点について考えてみました。

1)目立つから

 歌手というのは、基本的に自己顕示欲の塊であると以前書きました。音楽的に目立つためには、色々なやり方がありますが、その中の一つの方法として“高音で叫ぶように歌う”というのがあります。

 叫び声ってのは、耳目を集めるからね。

 テノールの高音ってのは、叫び…それも雄叫びと言うのでしょうか、聞いていてそういう印象を私は受けます。雄叫びは…カッコイイよね。なんか、勇ましいよね。大切なところで、そんな声で一発叫べば、そりゃあヒロイックだし、憧れちゃうよね。客にしてみれば、耳が奪われるわけだ。

 同じ高音でも、ソプラノの高音は、同じ叫び声であっても、雄叫びというよりも悲鳴に聞こえかねないわけで、悲鳴は…使い方が難しいよね。効果的に使えば、すごくハマるけれど、ヘマると不快でしかない。だからソプラノの高音歌手は、叫ぶよりも転がすんだろうなあって思うわけです。転がして歌うのは、非日常的で耳目を集めるからね。

2)スカッとするから

 運動するとスカっとする…というのと同じレベルの話です。汗をかくのは気持ちがいい…というのと同じレベルの話です。単純に、大きくて高い声をバーーッと出すのは、生理的に気持ちいい…という話です。

3)達成感があるから

 高音発声って、とにかく難しいのですよ。誰でも彼でもできるわけじゃない。生来の声帯がテノールであったとしても、いきなり最初っから高音を出せるのは、いわゆる天然歌手の類の人であって、大半のテノールは、努力と忍耐と練達と修練によって高音発声を獲得するわけです。だって、普通に発声すればファルセットになっちゃう声を裏返さずに、そのまま高音域を歌うわけで、普通に考えれば、かなりの無理をしているわけだし、それだけ高音発声というのは、テクニック的に難しいのです。

 そんな難しい事をやり遂げる達成感というのは…それまでの苦労が大きければ大きいほど感じるわけだし、テノールの高音発声ってのは、そんなに安定しているわけじゃなく、うまく出せない日だってあるわけで、そんな中、無事に高い声で歌えれば「やったー!」って気持ちになるわけなのです。

 まあ、簡単に言っちゃえば「こんな難しい事をやりとげたオレって、すげーだろ」って感じかな?

4)チヤホヤされるから

 「すごいねー、そんな高い声が出せるんだー」と、心の底からの賞賛であったり、棒読み状態で言われたとしても、あるいは社交辞令であったり、嫉妬の毒が混じっていたとしても、やはり他人から褒められるのって、うれしいものです。

 テノールって希少種です。歌う人の中では、少数派の人種です。その中でも、高音をバンバン歌える人って、希少種の中でも稀少な存在でしょ? 当然、他の人達とは扱いが違うわけです。あるいは、周囲はそんなにチヤホヤしなくても、なんか「オレって特別だろ」と自分で自分を持ち上げちゃう人だっています。

 他人に持ち上げられ、チヤホヤされるのが嫌いな人って…いないでしょ?

5)商売上必要だから

 これはプロ限定だけれど、プロのテノールなんて、高音を決めてナンボって部分があります。そこはアマチュアさんとは違う、シビアな世界でシノギを削っているわけだから、仕方ない。それが売りなんだから、しょうがない。

 むしろ、高音が出せなくなったら、テノール商売を辞めなきゃいけないのが、プロテノールの世界だったりするわけですから。

 とまあ、こんな感じで、テノール様は高音を目指して今日も街のあちこちで叫んでいるわけなんですね。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2017年12月 6日 (水)

演奏する前に食べていいもの、悪いもの

 気にしない人は全く気にしませんが、気にする人は気にするのは、演奏前の食事です。食べる人、食べない人。食べる人でも、食べて良いものといけないものを気にする人、全く気にしない人。実に様々です。

 気にしない人の話は横に置いて、気にする人や、多少なりとも気にする人たちの話をします。

 まずは、笛吹きさんたちの話。

 演奏前に食事をした方がいいのか、しない方がいいのか…ですが、だいたい男性は「演奏前は基本的に食べない」という印象かな? 食べると眠くなるし、お腹も動きづらくなるので、演奏前は基本的に食べないようにし、その代わり、演奏が終わったら、目一杯、食べて飲んで楽しむ…という人が多いかな?

 一方、女性奏者は「軽く食べておく」という人が多いですね。演奏前に何か食べておかないと力が入らない…とか、空腹のままで演奏すると気持ち悪くなる…とか、空腹だと集中できない…とかで、何か少し食べるんだそうです。ここでポイントは、やはり満腹にはしないって事です。演奏前に満腹にするのは良くないようです。まあ、食事をするという感じよりも、おやつをつまむって感じなのかもしれません。

 あと、食べるにしても、ニオイがキツイようなモノは、楽器が臭くなる(ような気がする)ので極力パスするそうですし、食後は丁寧に歯磨きするんだそうです(当たり前か)。

 一方、歌手の皆さんは、もう少し細かいです。

 基本的な方向性は笛吹きの皆さんと同じですが、歌手の皆さんは笛吹きさんよりもあれこれ細かいようです。

 例えば…ステージの前に軽く一杯引っ掛ける…なんて人がいるそうです。緊張をほぐすという意味があったり、より良い声を出すためであったりするそうです。まあ、だいたい、バリトンとかバスなどの男性低音歌手の皆さん方のようです。でもほんとに一杯引っ掛けると、声って良くなるのかな?

 演奏前は肉料理ではなくパスタ料理を食べ、休憩時間にはバナナを始めとするフルーツを食べるという人たちもいます(主にオペラ歌手)。休憩時間に昼寝をするって人もいるそうです(寝たら、声出なくなるんじゃないの!)。オペラはコンサートと違って、長丁場ですから、あれこれ工夫をされるようです。

 演奏会が近づくと、熱を通した食事しかしないという人もいます。生物生水厳禁ってわけです。

 アマチュア歌手ですと、のど飴を携帯していて、暇さえあれば飴を舐めているって人も見かけますね。薬用のど飴を愛用している人もいます。飴だけでなく、プロポリス系のスプレーを携帯しているという人の話も聞きます。また、食べ物ではありませんが、常時マスクを身に着けて乾燥を防いでいる人もいます。

 飲み物にこだわる人もいます。一般的にはちみつや生姜汁は好まれるようです。オリジナルドリンクを作って用意する人もいます。常温のコーラが良いと言う人(テノールに多いようです)もいます。一方で、お茶はダメという人もいます。お茶を飲むなら麦茶のみOKとか、水しか飲まないとかいう人もいます。何を飲んでもいいけれど、冷たいものは、ノドを冷やすからダメという人もいます。

 人それぞれだね。

 ちなみに、私は全然気にしません。本番前でも食事の時間になれば食事をするし、そうでなければ食べないし、食べるものもその日の気分だから、サンドイッチ食べたり、カツ丼食べたり、カレーライス食べたりと、やりたい放題です。飲み物は、冷たくした濃いお茶が好きです。妻から「カフェインの取りすぎ」と言われますが、好きなんだから仕方ないです。舞台袖で、冷たいお茶をガブガブ飲んで、舞台に出ちゃう時もあります。

 だから、私は下手くそなのかもしれません(大笑)。でも、たかが食べ物で結果が変わるような、ヤワなカラダじゃないからね。へへっ。

蛇足 でもさすがに冬の乾燥の時期は、ノドの乾燥に悩まされます。クチビルにリップクリームを塗る要領で、ノドに油を塗る感覚で「油、飲みたいー!」って、時々思います(でもやった事はありません)。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 音楽ブログ 大人の音楽活動へ
にほんブログ村

2017年12月 5日 (火)

声づくりとモノマネ

 声づくりって…聞きなれない言葉かもしれません。まあ、普通はヴォイストレーニングと言うかな? “声づくり”という言葉は、学校合唱界の用語のようですが、でも今回は、あえてこの“声づくり”という言葉を使ってみたいと思います。と言うのも、フルートには“音作り”がありますが、まあ、それの声楽版とイメージすると分かりやすいかもしれないと思ったからです。

 まず最初に、フルートにおける音作りについて。ロングトーン練習の目的の一つでもありますが、ざっくり言えば「美しい音色」にたどり着くための練習です。

 フルートは楽器ですから、普通に吹いても良い音が出るように作られていますが、それをより良い音で鳴らすために、ロングトーンを吹きながら、自分が鳴らす音に神経を尖らせ、一番美しい音を見つけ、見つけたならば、その音を安定して吹けるように楽器をコントロールして、その反復練習を日々行い、いつでも美しい音でフルートが吹けるように、自分自身に叩き込む練習、それがフルートにおける音作りです。フルートの基礎練習の一つです。

 フルートのロングトーン練習と言うと「今日は○秒鳴らせた!」と言って、吹いている時間の長さを気にする人もいますが、そんな事よりも、音色の美しさや音程の正しさをセンシティブにコントロールしていく事を学ぶ練習なんです。時間の長さは二の次三の次ですね。ロングトーンなんて、きちんと腹筋使って吹けば、誰でもある程度は(普通の演奏で支障がない程度には)できるものだし、それよりも長い音が必要なら、循環呼吸を学べば済むだけの話なんです。だから、ロングトーン練習で「○秒鳴らせた!」と言って喜んでいるのは、あまり意味がない事だし、練習の本質を見失っているんです。

 閑話休題。さて、声楽や合唱における声づくりとは、フルートの音作り同様、美しい歌声を作っていく事にあります。

 フルートの美しい音が、元々その楽器が持っている音を元に、そこに奏者の色を載せて、個性的で美しい音を作っているのと同様に、声楽や合唱における声づくりも、その歌い手が元々持っている自分の声を美しい歌声に磨き上げていく事であって、そのベースにあるのは、フルート同様、自分の楽器である自分の声です。

 だから、いくら“声づくり”とは言え、ゼロから作り上げるわけではないし、自分の声とは全く違う声にはならないのです。具体的に言えば、性別を越えて声を作る事はできないし(もしやりたいなら、ホルモン治療と特別な訓練が必要でしょうね)、低音歌手の声帯を持っている人が高音歌手になるとか、またはその逆とかは、無理ではないでしょうが、効果的であるとは言えません。また同様に、軽い声の歌手が声を重くしたり、重い声の歌手が声を軽くするのも、出来ないわけではないでしょうが、茨の道です。

 一番楽で、一番自然で、一番効果的なのは、自分の声の性質を活かして声を磨いていくことです。つまり、自分の声を受け入れて、自分の声を磨いていく事です。

 これが簡単なようで、実は難しいのです。と言うのも、声づくり以前の状態では、自分を含めて、誰もその人の美しい声(つまり完成形)を知らないからです。

 私の声は、特徴がはっきりした声なので、比較的初歩の段階からテノール、それも普通のテノールと言われ続けていました。私自身は重いテノールが好きだし、今でも可能なら重いテノールになりたいと思い、初歩の頃は、若干反発する気持ちもなかったわけではありませんが、最初っから最後まで私の声を指導してくださった先生方は「すとんさんはテノール」で一致していました。

 初歩の頃の私は、高音が苦手だった(すべてのテノールさんは、初歩においては、だいたい高音が苦手なものです)私に向かって「君にはテノールは無理だから、バリトンに転向しなさい」と言ったのは、キング先生だけで、その他の先生方は、私が高音が苦手であっても「どう聞いても、その声はテノールなんだよなあ…」とグチりながら、高音指導をしてくれたものです。

 こんな感じで、声がはっきりしている人は良いのですが、人の声には個性があって、そう簡単には判別できない事だってあります。

 ウチの妻なんて、その最たるもので、初歩の頃は、低音がよく出ていたので、自分でも「私はアルト歌手」と信じていましたし、合唱などでもアルトパートを歌っていましたし、キング先生のところにいるときも、メゾ~アルトとして声楽を学んでいました。しかし、Y門下に移って、声楽を学び続けていくうちに、ドンドン高音が軽やかに出るようになり、やがて「コロラトゥーラの勉強を始めないといけない」と先生が言い出し、本格的にコロラトゥーラの勉強を始めたら、声がヒャラヒャラ出ちゃって…結局、ウチの妻の声は“低音もよく出るコロラトゥーラ”という事で落ち着きました。しかし、アルトからコロラトゥーラ・ソプラノへの転向だよ(笑)。ありえねーなー(爆)。でも、声の判別って難しくて、そういう事も起こるわけです。

 このように、結果が見えないのが声づくりであり、ここが声づくりの難しいところなのだと思います。

 そこで表題に戻るわけですが、声づくりでは、結果が見えないため、努力の目標を立てるのが難しく、そこでしばしば行われるのが、モノマネです。もちろん、モノマネと言っても、声楽の場合は、当然、プロの声楽家の(声のみですが)モノマネが導入されがちです。

 「あなたの目標とする歌手の歌声を真似して歌いなさい」という指導ですね。私もキング先生に言われて、一時期やっていました。

 この指導法は、実は危険なんですね。一歩間違えると、声を壊し、ノドを潰しかねません。

 声づくりでは、自分の声のまま、自分の声の特徴を活かして、楽な方向に発声を伸ばしていくのなら、問題ありません。ですから、たとえモノマネを取り入れたとして、そのモノマネの対象が、自分の声と似た声の人であるなら、学習の助けになるかもしれませんが、モノマネの対象が自分の声と大きくかけ離れていた場合、これはマズイですし、だいたいの場合、自分の声とモノマネ相手の声は、かけ離れているものです。と言うのも、自分の声に似た歌手をセレクトできる人は、その段階で、すでに声づくりがかなり進んでいる人であって、本当の初歩の人は、自分の声の事など分からないのが当然ですから、自分の声と似た感じのプロ歌手など選べるわけがないからです。

 実際、私がモノマネの対象に選んだのは、テノールとは言え、かなり重量級であり、ほとんどバリトンじゃないの?とも言える、マリオ・デル・モナコでした。私の声はやや軽めの中量級って感じですから、モナコの声とは全然違うわけで、モナコのような歌い方をしていると、ノドに負担がかかりすぎて、ノドが壊れて当然なのですから(実際、壊れかけました)。

 声づくりにモノマネを取り入れるとするなら、それは慎重に行わないといけません。

 またありがちですが、自分と同じ声種の先生の指導を受けていると、無意識のうちに、先生の発声をマネしがちです。ある意味、先生の声のモノマネをするわけですが、これも良いようでマズイ部分があります。

 だって、先生とあなたは別人でしょ? たまたま声が近ければ問題ありませんが、近く思えても、実は遠いって事だってあるわけで、そうなると、不自然で大変で聞き苦しい発声になってしまいます。それは悲しい事です。

 やはり、声づくりはその人の個性を大切にし、一番楽で、一番自然に歌える声、つまり自分の本来の声の性質を活かして声を磨いていくことが、王道だなって思います。

 モノマネは分かりやすい学習方法だけれど、諸刃の剣だったりするので、よくよく考えて導入しないとマズイですね。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

2017年12月 4日 (月)

声楽と器楽の違いとは?

 もちろん、声楽と器楽の一番の違いは、演奏の際に、自分の声を使うか、楽器を使うかの違いが一番大きいでしょう。

 器楽であれば、どんな楽器にするか、自由に選べますし、一度選んで「なんか違うなあ…」と思えば、楽器を変える事も可能ですし、余裕があれば、二つ三つの楽器を同時に学んでも良しです。ガチにヴァイオリンを学んでいる人は、まずピアノを器楽の基本として学びながら、並行してヴァイオリンを学ぶ人は多いです。またオトナだと、フルートを学びながらサックスも嗜む人は多いです。いやいや、それどころか、管楽器プレイヤーにはマルチプレイヤーと言って、フルートとサックスのみならず、クラリネットもオーボエもリコーダーも嗜む人も少なからずいます。すごいよね。

 しかし、自分の声を使うとなると、持って生まれた声で歌うしかなく、これは選択の余地がありません。自分の声が好きであろうと嫌いであろうと、自分の声でしか歌えないのです。声は取り替える事ができないのです。男性が女声では歌えませんし、女性が男声では歌えません。また同じ男声女声であっても、それぞれに声色があって、高い音域が得意な声を持っている人、低い音域が得意な人、声が強くて張りのある人、ソフトな声で包み込むように歌うのが得意な人…声には様々な種類があり、鍛錬していく事で、声の幅や強さをある程度は広げていくことは可能であっても、別物になる事はまず無理です。

 声楽と器楽の違いと言えば、ソロ前提か、アンサンブル前提かという違いもあります。

 歌の場合、独唱と合唱の両立はもちろん可能だけれど(特に日本の趣味の音楽の世界では)普通はあまりしません。独唱の人は独唱を専らとし、合唱の人は合唱を専らとします。器楽の場合は、ピアノ以外は、アンサンブルが大前提にあります。まずはアンサンブルありきが器楽の世界です。器楽を、アンサンブル無しで、ずっとソロでやっている人って…いないわけではないけれど、多くはやむをえなくソロをやっているという人が大半で、そういう人だって、チャンスさえあれば、アンサンブル団体に加わりたいと願うものです。

 声楽と器楽の違いと言えば…言葉を介在させるか、させないかと言った違いもあります。歌には歌詞があります。歌詞はさまざまな言語で書かれています。日本語の歌しか歌わないと心に決めた人は別として、普通の人は声楽を学ぶと、必然的に外国語も学ぶ必要があります。少なくとも、イタリア語とラテン語とドイツ語ぐらいは、読めて、簡単な意味ぐらいは分からないと、とても声楽はやれません。

 そこへ行くと、器楽には言葉が伴いませんから、言葉の壁を簡単に超え、言葉の違いをものともせずに、音楽を共有できます。しかし器楽では音楽でしか表現ができないので、人の持つ様々な感情を象徴的にしか表現できません。

 しかし声楽は言葉を伴うが故に、人々の感情を具体的にダイレクトに音楽に載せて表現する事ができます。感情表現という点について見れば、器楽よりも声楽の方が様々な点で有利であると言えるでしょう。

 器楽の場合、アンサンブルをする事が多く、音楽のイニシアチブを握るのは指揮者である場合が多く、指揮者がいなくても、コンサートマスター等、自分ではない誰かが音楽のイニシアチブを握る事は少なくありません。

 声楽は、基本的に歌手が絶対君主です。歌手が音楽のイニシアチブを握っています。難しいのは、オペラ等で歌手と指揮者が並び立っている時ですが、オペラ全盛期の19世紀はともかく、現代では指揮者が歌手をリードするカタチが多いようですが…それでも両者の力関係によっては、歌手が絶対君主として君臨することもあるようです。

 あと、つまらない事ですが、器楽演奏は基本的に楽譜を見ながら演奏する事が多いですが、声楽は暗譜が大前提です。と言うのも、椅子に座って楽器演奏に専念できる器楽と違って、声楽の場合、多くは歌唱に演技が伴うことが多いからです。演技をしながら歌うなら、楽譜なんて持っていられませんからね、自然と暗譜になるわけです。

 ざっと思いついただけでも、これぐらい、器楽と声楽では違いがありました…という話です。 

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 音楽ブログ 大人の音楽活動へ
にほんブログ村

2017年12月 3日 (日)

読解力が無い…じゃ済まされない話

 皆さんは、次の1)の文章と、2)の文章、同じ内容だと思いますか、思いませんか?

1)幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。

2)1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

 また、次の文章を読んで、オセアニアに広がっている宗教は何だか分かりますでしょうか?

3)仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

 
 
 
 
 
 
 答えです。1)と2)はもちろん、同じ内容ではありません…ってか、2)は内容的に間違っているよね。3)は、もちろんオセアニアに広がっている宗教は、キリスト教です。

 実はこの調査、国立情報学研究所による調査だそうです。これは、中高生を中心とした約2万5千人を対象にした調査結果なんだそうです。で、1)2)の問題を間違えた人(つまり、二つの文章は同じ内容だと理解した人)は、中学生は約43%、高校生でも約28%もいたそうです。3)の問題を間違えた人(オセアニアの宗教はイスラム教だと回答しています)は、中学生は約38%、高校生では約28%となったそうです。

元ネタはこちらです。

 この調査が示すものは何かと言えば、中学生では4割の子が、高校生でも3割の子が、文章をきちんと読んで理解する事ができない…って事なのです。

 中学生の4割、高校生の3割…すごく高い割合だと思いませんか? 我々の身の回りを見回した時、そんなに高確率で文章が読めない中高生がいる…とは、とても思えません。もちろん、世の中には低学力の子も大勢いますが、さすがにこの程度の平易な文章が読めないほどの子が、そんなにたくさんいるとは思えません。

 この調査結果を信用するならば、実はこれらの読めない子は、読めないことが悟られていないだけ…で、実はこの調査結果のように、多くの文章の読めない子が存在する…って事なんじゃないでしょうか?

 つまり、本当は文章なんて、ちゃんと読めないけれど、読解力以外の能力を駆使して判断をしていて、傍目からはきちんと文章を読んで理解しているように振る舞っているだけなのではないか…と、私は思うわけです。だって、本当に文章を正しく読み取って行動しているかなんて、傍目から見ているだけじゃ分からないよね。理解した上で行動しているのか、誤解して動いているのか、何かも考えずに直感で動いているのかなんて…他人の日常生活なんて、そんなに興味深く観察しないしね。

 では読解力に大いに欠ける人たちが、読解力以外の、どんな能力を使って、文章を判断して行動しているのかと言えば…ずばり『ヤマカン』でしょう(笑)。つまり、知的作業ではなく、直感的作業で、文章内容を判断して、日々の暮らしを営んでいるわけです。だって、そうとしか思えないじゃない?

 「ヤマカンって…。すとんさん、いくらなんでも、乱暴…」

 確かに乱暴かもしれません。ならば、ヤマカンという言葉を『キーワード選択』と呼び変えましょう。つまり、文章を(読むのではなく)ザーっと見て、目立ついくつかの単語(キーワード)をピックアップして、そこから自分の都合の良いように組み合わせて、判断する…のです。ほら、ヤマカンとやっている事、一緒でしょ?

 問題に戻ります。1)と2)は、キーワードが全く同じなので、同じ内容の文章だと判断して間違え、3)は『オセアニア』は文章内で『イスラム教』のすぐそばにあるので、“オセアニア=イスラム教”と判断して間違えるわけです。

 こんなレベルのストラテジーしか持ち合わていなくても、日常生活を送るには、大きな支障はないでしょうね。だから、こういう意地悪な(ごめんなさい)調査でもしない限りは、読解力の無さなんて、明るみに出ないわけです。

 そして読解力というのは、我々が思っている以上に、高度な知的作業だと言うことなのです。

 実はこの『キーワード選択』は、人工知能(ってか人工無能というか、単純な演繹だけで物事を判断する装置)が文章を判断する時の基本ルーチンなのです。つまり、読解力のない人は(高度な知的作業を放棄して)人工知能と同じ手続きで文章判断をしているって事になります。

 ちなみに、この基本ルーチンには(当然)限界があって、この基本ルーチンでは判断できない文というのは、山のようにあります。だから人工知能の研究者たちは「人工知能は、文章を判断できても、読み解くことはできない」と嘆いているわけです。だから、上にあるような設問だと、読解力の無い人同様、人工知能は、コロッとひっかかって間違えてしまうんだそうてす。

 人工知能と同じ事をやっていたら、人工知能の方が計算が速いし、扱えるテータベースも大きいのだから、いずれ人工知能に抜かれてしまいます。つまり、読解力のない人間は、いずれ人工知能にとって代わられ、ホワイトカラーの仕事ができなくなってしまうって話なのです。ほら、パソコンって事務仕事得意だからね…。

 逆に言えば、人間が人工知能に優っているのが読解力だから、文章を正しく書き、正しく読める人間、つまり文章作成&処理能力の高い人は、簡単に人工知能に仕事が奪われない…とも言えます。もちろんこれは、人工知能の文章判断ルーチンの発展にブレイクスルーが無ければ…という話ですが。

 それにしても、読解力の無い子って、こんなにたくさんいたんですね。子どもがこれなら、オトナだって推して知るべしです。おそらく、オトナも高校生と大きく変わらない割合で読解力の無い人がいるんでしょうね。

 日本国民の少なからぬ人数の人たちが、読解力が不足しているために、矛盾していたり、大声で叫ぶだけで中身のない発言とか、耳に心地よいだけの言葉、刺激の強い言葉などに惑わされて、その発言者の発言内容を吟味したり、その矛盾を見抜いたり、実現可能性や発言の妥当性などを、きちんと理解して評価できる読解力がないのだとしたら…あああ、なんと恐ろしい事だろう。

 “馬鹿の壁”ではないけれど、いくら正論を述べても、きちんと理解してもらえず、筋道立てて説明しても理解してもらえず、専ら刺激的で耳に心地よい言葉ばかりに反応するだけの人たちが、こんなにたくさんいるなら…民主主義も考えものかもしれません。

 たぶん、マスコミの人たちは、こういう事を、ずっと昔から経験的に知っていたんだと思います。

 なんか、とってもヤバイ箱を開いてしまったような気がします。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2017年12月 2日 (土)

上がれば下がり、下がれば上がる

 緋ドジョウのヨッチャンの話です。一時期は、もうダメなんじゃないかと思っていましたが、最近、また持ち直したようで、基本的にはまだまだダメなんですが、それでも以前よりはだいぶ良くなりました。

 なぜそこが分かるのかと言えば、最近は、水底に沈んでいる事が多いからです。

 ドジョウは体調が良いと水底に沈むんです。で、体調が悪くなると水中に漂い、体調が劇的に悪くなると水面に浮かんじゃうんです。ちなみに元気が有り余っている時は、水底の砂利の中に潜ってます(笑)。

 面白いでしょ? 体調とカラダの浮き沈みが、まさに反比例なんですよ。だから、水底に沈んでじっとしているヨッチャンを見ていると「まあまあ元気なんだな」と思うわけなんですね。

 そういう話です。

 それにしてもドジョウってタフだな。金魚だったら、もうとっくの昔に星になってしまっているだろうに…。ほんと、ドジョウってタフ!

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2017年12月 1日 (金)

H先生がパソコンを買い替えた

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は姉様はお休みみたいで、少し早めにお教室に入りましたが、先生がお一人で待っていました。

 さっそく、ロングトーンの練習ですが、今回は、頭部管を深く深く刺したので、音程バッチリでございました。やっぱり、頭部管は深めに刺さなきゃダメだな。

 エルステユーブンゲンの22番は…合格っす。ふふ、やったね。発表会なども終わったので、フルートの練習にも時間が割けるようになれば…なんとか暗譜もできるわけだ。この調子で頑張るぞ。

 プチエチュードは19番だけれど、こちらは全然ダメ。ほんとダメ。どうにも♭系の音楽って私は苦手なんですよね。おまけに、Bも出ればHも頻繁に出てくるので、なんか色々と迷います。先生からは「とにかく、ゆっくりでいいから、音とリズムを間違えないで吹いてくるようにしなさい」と「どこでプリチアルディキーを使って、どこで親指を外すかを、きちんと考えて、楽譜に書き込んでおきなさい」って言われております。ううむ、色々とやらねばならぬ事が山盛りです。とにかく、難しいんだよ、この曲。

 40リトルピーセズは、6番のシューマンの「メロディ」はなんとか合格。7番のバッハの「メヌエット(あの有名な「ト短調のメヌエット」です)」は…ううむ、まだまだ。今回は次の8番をやってこいとは言われなかったので、次も7番のバッハに集中して練習してこいって事のようです。頑張るぞ。

 さて、今回の雑談は…先生、パソコンを買い替えたそうなのです。

 結局、パソコンが壊れたままでは仕事にならないので、高いだの安いだの言っている場合ではないという事で、パソコンを買い換える事にしたそうです。

 で、パソコンの買い替えを、ご自宅の近所の電気店(前のパソコンはここで購入されたそうです)で相談していたのだけれど、どうにもラチがあかなかった先生は、お教室のそばにある別の電気店に相談したところ、納得が行ったので、そこで購入したんだそうです。

 結局、某国産メーカー品を止めて、某アメリカ~ンなパソコンにしたんだそうです。何しろ、国産パソコンって、あれこれゴテゴテと使わない機能やらソフトやら満載で、それで高くなっちゃっているって事に先生は納得いかなかったわけです。

 「使わない機能には、お金払いたくないよねー」との事です。同感ですよ。

 で、すごくシンプルな某アメリカ~ンなパソコンにしたわけです。なにしろ、WindowsとOfficeとBlu-rayの再生ソフトぐらいしか入っていないのです。TVチューナー(最近の国産大型画面のパソコンには大抵付いてます)すら無いのが、先生のお気に召したそうなのてす。

 「だって、テレビはテレビで見るからサ」 そりゃそうだ。

 当初は30万円近い出費を覚悟していたそうだけれど、結局は、10万円ちょっとで済んだそうです。

 「いやあ、安かったよ。いい買い物をしたよ」

 先生がご満足なら、私も(何かしたわけじゃないですが)嬉しいです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

« 2017年11月 | トップページ

フォト

↓参加しています

アマゾンでどうぞ

アマゾンで検索

トラックバックについて

  • 2011年12月1日以降の記事において、トラックバックの受付を止める事にしました。それ以前の記事に関しましては、トラックバックの受付自体は継続いたしますが、承認公開制にさせていただく事にしました。また今までトップページに表示していました「最近のトラックバック」という項目の表示も止めました。よろしくお願いいたします。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

このブログは2007年8月14日から始めました

  • Copyright(C) 2007-2017 すとん