ひとこと

  •  急に寒くなりましたね。気候の変化に体調が追いつかず、風邪をひいてしまいました。ああ、ノドが痛い(涙)。
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2017年12月の記事

2017年12月31日 (日)

今年もお世話になりました[2017年を振り返って]

 大晦日でございます。例によって例のごとく、今年一年を私なりに総括していきたいと思います。

1)ブログを無期限休止と宣言し、実際は約一ヶ月ほどブログを休んだ

 老犬ブログ的には、これが一番大きな出来事だったかな?

 3月23日から4月21日までの約一ヶ月間、ブログを休みました。単純に仕事が忙しくなって、ブログを書いている時間的な余裕がなかったからです。いやあ、年度末~年度始めは本当に忙しいのです。

 でも、これは良い前例になったかな…って思います。この時期は一ヶ月ほどブログを休めば乗り切れる事が分かったので、来年以降は、もう休むことを前提にしていきたいと思ってます。

 しかし、あそこで一ヶ月休んだら、読者数が激変したよ(汗)。そのうち復帰するだろうと思っていたけれど、結局、ちょっとしか戻ってこなくて、今も減ったままなんです。

 まあ、ブログは自分のために書いているわけだから、読者の数の増減でオタオタしてはいけないのだけれど、ブログの読者のためには、毎日かかさずブログを書き続けるというのは大切な事なんだなっと、改めて実感した次第です。

 でも、毎日ブログを書き続けるって、まあ、楽じゃないよ。

2)肉離れになって、約2ヶ月間、不自由だった

 なんかなあ…。一年の総括を考えたら、これはやはり外せない事件(?)なのです。つまり、私の今年一年って、こんな事が頭に浮かんでしまうほど、実に地味な一年だったって事なのかもしれない。

 肉離れになったのは、左のふくらはぎ。9月の初旬のある日、道を歩いていたら、いきなり筋肉が切れちゃいました。幸い、骨には異常がなかったので、怪我した左足を包帯等で固定して、自前の杖にして、びっこを引き引き、右足をメインに歩くという生活を二ヶ月ほどしました。年末の今日、左足はほぼ治りましたが、それでも以前ほどの歩行速度が出ない事と、やはり長距離歩くと左足が痛むので、まだまだ完全復活には程遠いと思われます。ちなみに、怪我をして以来、まだ走ってません。走るのが怖くてね…。なんか、全力疾走とかしたら、また筋肉をブチッってやっちゃいそうな予感がするんですよ。怖いんです。

3)妻の手術に付き合った

 なんか、病気ネタの二連発でゴメンなさい。つまり、私の2017年なって、そんなモンだったんです。

 詳しくは、こちらの記事を読んで下さい。

4)原因不明だけれどアゴが痛くなった

 なんか、病気ネタ三連発でゴメンなさい。でも、これ、私の中では大きな出来事だったのです。

 今年の春先の頃、急にアゴが痛くなって、きちんとクチが開かなくなってしまったのです。とりあえず、痛み止めを飲んで様子を見ていたら、治った(?)ので、大事には至りませんでしたが、クチが開かなくなると、歌も歌えないし、フルートも吹けなくなるわけで、ほんと、趣味生活の見直しをしなければいけないわけで、ほんとにゾッとしたものです。

 年を取ると、どこにどんな不調が出てくるか分かりません。こわいですね。

5)“ピカチュウ、大量発生チュウ!”に行ってきた

 いやあ、楽しかった。ほんと、楽しかった。来年もやってくれるなら、ぜひ行きたいです。

 詳しくは、こちらの記事を読んで下さい。

6)金魚の入れ替わりについて

 今年の金魚の入れ替わりと言えば、念頭にいたのが、次の五匹でした。

 ヤヨイ、ミドリ、シズカ、アセビ、ベル

 11月にミドリが星になって、ウルシがやってきたので、次のような体勢になりました。
 ヤヨイ、シズカ、アセビ、ベル、ウルシ

 それぞれの子たちは、年末で紹介したので、そちらをご覧ください。

 むしろ気になっているのは、マドジョウのクロです。クロは年頭には確かにいました。たまにその姿を見せてくれていましたが、今は水槽にいないのです。どこに行ってしまったのでしょう? かなり魚体も大きいので、もし星になれば、すぐに分かるし、水槽の水底の砂利の中に隠れていたとしても、砂利掃除の時に存在確認ぐらいはできるはずなのですが、それがいつしか見えなくなってしまったのです。

 水槽から飛び出た? これが一番現実的な失踪原因ですが、小魚ならともかく、あれだけの大きなドジョウが飛び出す隙間は我が家の水槽にありませんし、もし飛び出したとしたら、すぐに分かります。

 それなのに、クロはいないのです。一体、どこに行ってしまったのでしょうか!

7)今年も幸せな私でした

 とまあ、私の2017年って、こんな感じでした。ここまで取り上げた項目見ると、そんなに楽しい一年ではなかったような気がします。

 しかし、特別な項目には立てなかったけれど、春は日光に、秋は山梨に旅行に行ったし、声楽もフルートもきちんと学び続けられたし、ホットワインも飲んでみたし、そうそうフルート合宿にだって参加したんだよね。大きな楽しい出来事はなかったけれど、ぼちぼちと楽しい事だってなかったわけじゃありません。病気もしたし、怪我もあったけれど、それでも趣味三昧の一年が過ごせたのだから、やっぱり私は幸せものなんだと思います。

 そうそう、息子君が、今年、晴れて大学生になったんだよね。やっぱ、私は幸せモンじゃん。

 後は、仕事だな。ほんと、忙しいんです。いただいている給料と割が合わないほどに忙しいなあと思ってます。年寄りをあんまりこき使っちゃダメだよね(笑)。

 さて、来年はどんな年になるのかな? 来年の大晦日も、こんな感じで愚痴りながら、総括の記事をアップできるといいなあ。

 そんなわけで、来年もよろしくお願いします。

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2017年12月30日 (土)

今年[2017年]映画館で見た映画 その3

 さて、昨日の続きです。

21)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『タンホイザー』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

22)茅ヶ崎物語

 茅ヶ崎の人と、湘南好きな人と、サザンオールスターズの大ファンの方には、超絶お薦めな映画です。それ以外の人には、おそらく「…だから、何?」って感じになってしまうと思います。

 それくらい、見る人を選ぶ映画です。ちなみに、ドキュメンタリー半分、ファンタジー半分、ライブ演奏が少々という構成になっています。

 ちなみに、茅ヶ崎のイオンシネマでは、9月の上映開始に先立ち、随分前から先行上映をしてから、本来の上映を始めたのですが、実はそれでもまだ上映し続けています。まだまだ終わる気配がありません。きっとこのままお正月を越してしまいそうです。それくらい、地元茅ヶ崎では大人気映画…のようです。

23)NEWシネマ歌舞伎 四谷怪談

 基本的なストーリーは『東海道四谷怪談』に即しています。演出はところどころに現代的な要素が入っているけれど、それは味付け程度で、肝心のストーリーはきちんと分かりやすく演出されています。やっぱり、古典は面白いや。

 私は十分楽しみましたし、他人にも薦めたいくらいに楽しかったです。あえて難を言えば、お岩さんって、若奥様の設定のはずなんだけれど、どう見てもお祖母ちゃんにしか見えないのが、視覚的に厳しかったなあ…。演技力とか化粧だけでは、どうにもならないモノがあるわけで、舞台なら、遠目だし、それはそれでアリかもしれないけれど、映画にする時は、アップも多いし、それが巨大スクリーンに投影されるわけだし…映画にすると決めた段階で、キャストを再考しても良かったんではないかと思いました。

24)亜人

 最近、映画の世界では、マンガやアニメの実写化が流行っているようだし、実写映画の場合、メディアの違いもあって、大抵はマンガやアニメよりも数段落ちるモノに成り下がってしまう事が多いようですし、実際、私が見た、原作がマンガやアニメの映画は(事前にきちんと検討してから見に行っているものの)やはり、クソ映画が多くで残念な事が多いです。

 この、映画版の亜人は、少なくとも、アニメよりもずっと良いです。そういう意味では、数少ない、実写化成功例ですね。主演は佐藤健ですが、以前、佐藤健が主演した『るろうに剣心』も実写化が成功した映画でしたね。たまたまの偶然かもしれませんが、佐藤健って、アニメの主人公ができる貴重な役者さんなのかもしれません。そう言えば、彼って、デビューは仮面ライダーでしたよね。

25)マイティ・ソー/バトルロイヤル

 マーベル映画、大好きで、欠かさず見ている私です。

 この映画で、ソーは青年からオトナに成長した…と私は解釈しました。ううむ、ソーって永遠の青年だと思っていたんだけれどなあ。ここに至ってのキャラ変は、おそらく次のアベンジャーズに向けての布石なんだと思うけれど、吉と出るか凶と出るか、楽しみです。

 それとハルクが久しぶりに、たっぷり映画に登場しています。

26)ブレードランナー 2049

 どうなんだろ? SFとしては面白いと思うし、映画としては上質な部類に入ると思うのだけれど、洋画にしばしば見られる“ディストピア世界”ってのが、どうにも胡散臭く感じる私です。で、大抵のディストピア世界って、東洋っぽいと言うか、中国っぽいんだよね。つまり、彼ら白人たちは、自分たちがいずれ東洋あるいは中国に飲み込まれてしまうのではないかという潜在的な恐怖感を持っているんだろうと思う…のだけれど、それって東洋人である私には、何の恐怖でもないんだよね。まあ、中国に飲み込まれるのはイヤだけれど、彼らにそんな力がない事は、我々はよく知っているし、だから、全体が東洋風(中国風?)であっても、単なるジョークにしか感じられないのだけれど、おそらく彼ら白人たちは、結構マジで恐怖を感じているんだろうなあって思います。

 そう言えば昔、黄禍論ってあったわな。たぶん、根っこはソレと一緒なんだと思います。

 だから、映画の登場人物たちの持つ、絶望感とか憂うつ感などには、嘘っぽく感じるし、大げさに思うし、ちょっとも共感できなくてね。はっきり言うと、シラケちゃうわけです。で、そんな観客をシラケさせちゃう映画って、どうなの?って映画を見ながら考えちゃうわけなんですよ。

 たぶん、すごい映画なんだと思うんだけれど…なあ。なんか、違うんだよなあ…。

 別に人造人間が人間並みになったって、いいじゃん…ってのが、たぶん平均的な日本人の感覚(だって、アトムの国の人たちだもの)だから、この映画の中で、人々が人造人間たちを恐れる気持ちが、まあーーーーーったく、分からないのよ。

27)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『ノルマ』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

28)ジャスティス・リーグ

 DCコミック版のアベンジャーズです。出て来るヒーローは、スーパーマン、バッドマン、ワンダーウーマン、アクアマン、フラッシュ、サイボーグです。『バットマン vs スーパーマン』の時に、すでに本作は予感させられていたわけで、ようやく出揃ったなあという感じですが…どうもに、アベンジャーズの二番煎じ臭はプンプンとします。

 アベンジャーズにおけるアイアンマンの役割が、ジャスティスリーグではバットマンなんだと思うし、キャプテン・アメリカに相当するのがスーパーマンなんだと思う。そういう基本的な構造が似ているために、ジャスティスリーグはアベンジャーズの劣化コピーモノって雰囲気が出ちゃうんだと思います。

 実際は、アベンジャーズとジャスティリーグとでは、だいぶ違うんだけれどね。

 ジャスティスリーグの一番の特徴は、圧倒的なスーパーマンの強さ…なんだと思う。そもそもバッドマンは、スーパーマンの穴を埋めるべく、その他のメンバーに声をかけてチームを作ったわけだけれど、そんなチーム全員よりも、たぶんスーパーマン一人の方が強いんだと思うわけで…そういう意味では、極めてチームバランスが悪いのがジャスティスリーグの特徴で、そこがアベンジャーズには無い特徴なんだと思います。

 やっぱ、スーパーマンはスーパーなんだな。

29)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『魔笛』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

30)DESTINY 鎌倉ものがたり

 現在の邦画界の全力が、この映画なんだと思います。悪くないです。じゃあ、手放しで絶賛できるかと言えば…どうだろ? ファンタジーなんだけれど、なんか突き抜けた感じがしないと言うか、どこかヌルいと言うか…。どこまで行っても、やっぱり邦画なんだよね。

 邦画って芝居なんだよね。映画と言えども、舞台演芸の延長なんだよね。だから常に閉塞感があり、その中でこじんまりとまとまろうとしてしまうわけで、そこがどうにも、物足りなさを感じてしまうのです。よく出来た映画なんだけれど…ね。

 アニメや特撮になると、そういう閉塞感がないので、日本人の特性…とも言い難いんです。こういう閉塞感って、日本の映画人の特性…なのかな?って思ったりします。この手のファンタジー系の映画は、実写のスタッフではなく、アニメのスタッフでやった方が、たぶん良いものができるんだろうなあって思います。

 面白いんだけれど、同時に日本映画の限界みたいなモノを感じてしまいます。日本映画の未来って、実写ではなく、アニメにあるんだろうなあって思う私です。それはメディアの違いではなく、スタッフの違いが大きいんだと思います。つまり、アニメのスタッフが実写映画を作ったら、もっとすごいものが出来るんじゃないかなって思ったりします。

 シン・ゴジラのように…ね。

31)スター・ウォーズ/最後のジェダイ

 色々言う人はいるでしょうが、私は楽しかったです。少なくとも、前作の『フォースの覚醒』よりも好きです。前作は…眠たかったもんなあ。少なくとも、今作は映画の終わりまで、ワクワクしながら見続けられました。

 たぶん、次のエピソード9で、スター・ウォーズのスカイウォーカー家がらみの物語は終わるんだろうと思います。それを十分に感じさせる、いい感じの映画だなって思いました。

 それにしても、次の映画はレイア姫をストーリーの中心に据えて展開するのではと予想した直後、レイア姫の中の人は死んじゃったんだよなあ…とも思いました。エピソード9は、どんなお話になるのでしょうか? レイア姫が出てこないとなると…ハン・ソロもルークも出てこないわけだし…どうやってスカイウォーカー家のお話を終えるのでしょうか? こうなったら、ハン・ソロは死んでなかった!…とかやるしかないかな?なんて妄想したりします。 でも、ハン・ソロは傍系だからなあ…。やっぱ、レイア姫じゃなきゃ、ストーリーは閉められないと思うんだよなあ…でしょ?

 さて、明日は大晦日。一年のまとめをします。

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2017年12月29日 (金)

今年[2017年]映画館で見た映画 その2

 さて、昨日の続きです。

10)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『イドメネオ』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

11)蜷川幸雄シアター「ジュリアス・シーザー」

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

12)ロイヤル・オペラ ライブ・シネマ・シーズン『蝶々夫人』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

13)シネマ歌舞伎「東海道中膝栗毛〈やじきた〉」

 やじきた…って、名前ばかりが有名で、では、どんなお話だったの? と聞かれても、弥次さんと喜多さんが旅に出て、あれこれ騒動を巻き起こす…ぐらいしか知らないよね。

 本来は、江戸時代に書かれた滑稽本の一つで、今で言うラノベみたいなものです。一応、元々のストーリーだってあるんだけれど、それよりも、弥次さん喜多さんのキャラクターばかりが独り歩きして、今に至っているようです。

 この歌舞伎も、そんなやじきたの一つです。弥次さん喜多さんのキャラクターが使われているだけで、別にオリジナルに忠実ってわけじゃありません。なにしろ、この歌舞伎では、弥次さん喜多さんは、ラスベガスに行っちゃいますから。だから、本来の「東海道中膝栗毛」とは明らかに別物。もっとも、この世にある、映画や芝居のやじきたは、たいていオリジナルとは別物だから、そこに文句を言っても仕方ないです。

 で、この歌舞伎のやじきたはアリかと言えば…どうだろ? 今までにも、あれこれぶっ飛んだやじきたを見てきた私としては、ちょっと刺激が弱いかな…って感じもします。でもまあ、マイルドなやじきた(?)が好みという人には、これはこれで良いのかもしれません。

14)劇場版ポケットモンスター キミにきめた!

 これはお薦め! ジュブナイル映画として、かなり良質な映画だと思います。

 TV版の「ポケットモンスター」の第一話をベースに映画化されたモノで、サトシとピカチュウの出会いと馴れ初めが描かれています。

 TV版とはキャラデザが違うので、サトシ君はよりかっこよく、ピカチュウはより可愛く描写されています。ちなみに、カスミとタケシは登場しません…ってか、彼らと出会う直前までのストーリーが映画化されているわけです。

 ポケモン大好きな子どもたちと、元子どもたち全員にお薦めできる映画です。

15)ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

16)カーズ/クロスロード

 老いる事、老いを受け入れる事、若者を育て夢をつないでいく事。これらがテーマのアニメ映画です。

 アニメ映画って、子どもや大きなお友だちが視聴対象ですから、普通は、老いに関する事なんてテーマにはなりません。でも、時代は変わった…って事なのでしょうね。このアニメは、かつて大きなお友達だった人たちに向けて作られているような気がします。つまり、私のようなオッサン対象です。

 このアニメ、いくらアニメだからと言って、年端もいかない子どもが見ても、たぶん楽しめないと思います。いや、彼らは、その場その場のギャグに反応して、それなりに楽しむかも…でも、このアニメに流れる“老い”というテーマは、決して理解しないでしょう。

 “老い”がテーマのアニメなんて…時代も変わったものです。そりゃあ、アニメも文化として成熟するわけだわ…。

17)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『シモン・ボッカネグラ』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

18)スパイダーマン:ホームカミング

 アベンジャーズシリーズの中のスパイダーマンです。今までのスパイダーマンとは違います。リブートされています。

 アベンジャーズのリーダーは、今のところはアイアンマンですが、コミックでは、アイアンマンの引退後、スパイダーマンがアベンジャーズのリーダーになるんですよね。

 でも、今はまだ、そんな片鱗さえ感じさせないほど、ティーンエイジャーなスパイダーマンです。

 ちなみに、この映画でのスパイダースーツは、過去のスパイダーマンたちとは違ってピーターの手作りではなくて、トニー・スタークからの寄贈品で、当然サポートAI(カレン)が組み込まれています。そういう意味で、ちょっぴりアイアンマン風味も感じさせるスパイダーマンです。

 今までのスパイダーマンと違うのは、スパイダーマンことピーターの育ての親であるメイおばさんが若くて美しい事! だいたい、今までのスパイダーマンでは、メイおばさんは、いかにも老人で、肝っ玉母さん的なキャラでしたが、今回のメイおばさんは若くて美人。ほぼ美魔女。今まで、色々なスパイダーマンの映画を見てきた人には、びっくり仰天ですってばよ。

19)トランスフォーマー 最後の騎士王

 なぜか見ちゃうトランスフォーマーです。ストーリー的には、前作の「ロストエイジ」の続きです。

 ストーリー的には別に語るほどの映画ではありません。ただただ、巨大ロボットの戦闘シーンを目で見て楽しむ映画です。頭カラッボにして楽しむ映画であって、それ以上でないし、それ以下でもないです。

 私はこういう、バカ系の映画、大好きです。

20)ザ・マミー 呪われた砂漠の王女

 昔々大ヒットした「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」のリメイクです。もっとも、その「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」そのものが、もっと昔々のヒット映画「ミイラの幽霊」のリメイクだそうだから、リメイクのリメイクって事になりそうです。

 なんでも、この映画から“ダーク・ユニバース”というシリーズが始まるんだそうです…が、ホラーなヒーローのアベンジャーズかな? でも、トム・クルーズもいい年じゃん。これからヒーローものの主役を張るのは…どうなの?

 続きはまた明日。

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2017年12月28日 (木)

今年[2017年]映画館で見た映画 その1

 さて、恒例の“今年見た映画”です。今回からタイトルに“映画館で”と入れてみました。つまり、テレビ放送とかDVDとかで見た映画はここには入ってませんよという意味ですね。純粋に、映画館まで出かけていって、あの大きなスクリーンで見た映画ばかりを集めた記事です。

 例によって今年もたくさんの映画を見ました…とは言え、昨年は41本の映画を見た私ですが、今年は31本で、ちょっと数が減りました。別に映画に関して言えば、意識して減らそうというつもりはなかったので、今年は見たい映画と思った映画が、例年よりも少なっ方…って事になるかもしれません。ちょっぴり残念ですね。

 さて、それでは例年通り、簡単なコメントを加えながら、私が今年映画館で見た映画を紹介していきます。

01)傷物語〈Ⅲ冷血篇〉

 大好きな、西尾維新原作による“物語シリーズ”の本来ならば第二作にあたる『傷物語』をTVシリーズではなく、映画で、それも三部作として上演された、最終話がこれです。本来の上演は、2012年公開予定だったものが、2016年から始まり、2017年でようやく完結したわけです。2012年って5年間もあったんだね(意味不明)。

 他の物語がTVシリーズで放送されたのに、この『傷物語』だけは最初っから映画での上映とされていた理由は…見れば分かります。三部作通して、グロいね。実にグロい。あんまりグロすぎて、失笑してしまうほどにグロいです。

 気になる方は、12月30日24時05分から、日テレプラス(CS放送です)で三部作を一気に放送するそうですから、見てしまえばいいと思うよ。もちろん、私も見ます。

 でも、たとえアニメと言えども、流血シーンが苦手な人はパスした方がいいよ。とにかく、何リットルもの血液がジャバジャバ流れる映画だからね。

02)沈黙 ~サイレンス~

 遠藤周作の代表作『沈黙』の映画化です。監督はマーティン・スコセッシ。日本が舞台の映画ですから、当然、日本人俳優もたくさん出ていますが、映画自体はアメリカ映画となりますし、ロケ地も日本ではなく台湾なんだそうです。

 重い映画です。信仰とは何か、神は存在するのか、存在するならば、なぜ沈黙し続けるのか、魂の救済はどこにあるのか…実に深い深いテーマの映画です。日本を舞台にしながらも、日本人には制作し得なかった理由が何となく分かる映画です。

 心の問題って、本来は邦画が得意とするジャンルなんだけれど、これに神様が絡むと、とたんに日本人ってダメになるよね。日本人には信仰心が無い…なんて事は言わないけれど、日本人は神様と真剣に向き合うってのが苦手なんだと思う。だから八百万の神様が良いんだよね。こっちがダメならあっちでしましょ…。そこが一神教ほどシビアでなくてもいられる原因なんだろうと思うわけです。

 この映画は、神様とシビアに向き合った一人の宣教師の物語です。ほんと、シビアでヘビーです。

03)ドクター・ストレンジ

 いわゆるアベンジャーズものです。いやあ、魔法って無敵だね。今回はドクター単体での映画出演でしたが、この人、アベンジャーズに加入するのかな? だって、魔法使いなんて、チートもチート、最強じゃん。こいつさえ入れば、他のメンバーなんていらないんじゃないの?ってぐらいにチートでしょ。

 ちなみに、映画そのものは、視覚的に贅沢でございます。ぜひ大きな画面で見ることをオススメします。

04)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『ナブッコ』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

05)この世界の片隅に

 反戦を訴えない戦争ものアニメです。戦時の日常系アニメって言うべきかな? 銃後で生活する人々の姿を淡々と描いています。感動ポルノではありません。サヨクやパヨクな人々が喜びそうなストーリーでは全然ありません。

 しかし、平和って有り難いなあ…という気持ちになります。今の平和な日本で暮らせる幸せをしみじみと感じ入ってしまいます。アニメだから描けた世界だ…とも言えます。能年玲奈こと“のん”が良い仕事しています。

 こういう“のほほんとした映画”だからこそ、見ていて心がより深くえぐられるような気がします。ある意味、とても上品な反戦映画…なのかもしれないなあって思いました。ぜひ、多くの人に見て欲しいなあって思います。

06)メトロポリタン歌劇場ライヴビューイング『ロミオとジュリエット』

 こちらに記事を書きましたので、よろしく。

07)ラ・ラ・ランド

 この映画については、以前、たくさん書いたような気がするんだけれど…見つけられない。ああ、どこに書いたのだろうか?

 今時のミュージカルって、こんな感じ…って作品です。ストーリーと音楽の距離が近いような気がします。この作品に関しては「まだ見ていないのなら、とにかく、見てご覧」って感じかな。楽しめる人には楽しめるだろうし、ダメな人は徹底的にダメだと思う。そういう意味では、かなり人を選ぶ映画…って言えるかも。

 楽しめる人は…ミュージカルうんぬん以前に、映画好きな人だと思う。逆にダメなのは、テレビドラマやバラエティが好きな人。と言うのも『ラ・ラ・ランド』って、いかにも映画映画した映画だから。

 ま、お試しあれって感じです。

08)シング

 これもミュージカル映画なんだけれど、ある意味『ラ・ラ・ランド』とは真逆な作品かもしれません。だいたい、アニメだし、コメディだし…。歌とドラマがきちんと分けられているので、ミュージカルに慣れていない人でも楽しめると思います。

 実は私、『ラ・ラ・ランド』と『シング』とどっちが好き?と尋ねられたら、うっかり「シングの方が好きかも…」と答えてしまいそうです。

 音楽的には『ラ・ラ・ランド』は、今っぽいミュージカルソングで出来てますが、『シング』はポピュラー音楽…ってか、普通に流行ったポップスを劇中で歌ってます。そういう意味でも『シング』の方が、普通の人にはハードル低いと思います。

09)ゴースト・イン・ザ・シェル 3D IMAX

 まあ、映画としてはアリだと思いますが、日本の「攻殻機動隊」とは全くの別物と考えた方が良いです。なにしろ、タチコマちゃんが出てこないっすから(多脚戦車そのものは登場します)。タチコマ(またはフチコマ)の出てこない攻殻機動隊なんて、ありえないっしょ。

 あと、現地アメリカでも問題になったけれど、ホワイト・ウォッシンク? とにかく、有色人種の役を白人の俳優が演じるってのは…どうなんだろうね。少佐は、草薙素子という日本人であって、ミラ・キリアンとかいう白人じゃないからね。

 もっとも、邦画じゃ、コテコテの日本人が白人役をやっていたりするわけだから、どっちもどっちだよね。『のだめカンタービレ』みたいに、付け鼻つけて、コメディーとして白人を演じているならともかく、ガチのコスプレ大会をやっていたりする邦画は、ホワイト・ウォッシングを笑えないし、非難もできないわな。

 続きはまた明日。

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2017年12月27日 (水)

今年[2017年]見たDVD

 昨日は、今年購入したCDについて記事を書きましたが、今日はDVDです。CDは27枚から16枚へと購入枚数を減らせました。DVDは…昨年の37枚から36枚と、ほぼ横ばいです。音に対する物欲は薄くなっているみたいだけれど、映像に関しては、まだまだ物欲まみれな私でした。

 で、今年のDVDですが…例によって、その大半がオペラDVDでした(笑)。で、残りはガメラ(爆)。

 ま、オペラが大半なのは…やっぱり私、オペラ大好きなモノで…。それに昨今のオペラは、CDではリリースされず、いきなりDVDで発売される事もあり、新しいオペラの音源を探すと、どうしてもDVDになってしまうというのもあります。

 ま、そんなこんなで、今年のDVDの購入ラインナップは、こんな感じになりました。

【ヴェルディのオペラ】

01)ジョヴァンニ・バッティスタ・パロディ「ヴェルディ作曲:歌劇『オベルト』」

02)アレッサンドラ・マリアネッリ「ヴェルディ作曲:歌劇『一日だけの王様』」

03)ロベルト・デ・ビアシオ「ヴェルディ作曲:歌劇『第一回十字軍のロンバルディ人』」

04)マルコ・ベルチ「ヴェルディ作曲:歌劇『エルナーニ』」

05)スヴェトラ・ヴァッシーバ「ヴェルディ作曲:歌劇『ジョヴァンナ・ダルコ』」

06)フランチェスコ・ファチーニ「ヴェルディ作曲:歌劇『アルツィーラ』」

07)ジョヴァンニ・バッティスタ・パロディ「ヴェルディ作曲:歌劇『アッティラ』」

08)ジャコモ・プレスティア「ヴェルディ作曲:『群盗』」

09)ブルーノ・リベイロ「ヴェルディ作曲:歌劇『海賊』」

10)エンリコ・ジョゼッペ・イオーリ「ヴェルディ作曲:歌劇『レニャーノの戦い』」

11)ロベルト・アロニカ「ヴェルディ作曲:歌劇『スティッフェーリオ』」

12)レオ・ヌッチ「ヴェルディ作曲:歌劇『シチリア島の夕べの祈り』」

13)レオ・ヌッチ「ヴェルディ作曲:歌劇『シモン・ボッカネグラ』」

 ふと思い立って、歌劇王ヴェルディの全作品を集めてみようと思い、つい実行してしまいました。持っていない作品を集中的に購入したわけですが、結果的には中期~後期の作品はすでに持っていたので、前期の作品ばかりを購入する事になりました。

 ちなみにこれで全曲揃ったわけではなく『アロルド』だけは入手できなかったのです。ちなみに『アロルド』には有名なテノールアリア「シリアの燃える太陽の下」があるんだよねえ…。曲そのものは、テノールアリア集の中に入っていたりするし、楽譜も持っていたりするんだけれど、やっぱりアリアはオペラの中で聞きたいものです。どこかに、日本語字幕が付いていて、安価な『アロルド』はないかしら?

【その他のオペラ】

14)ポーラ・ラスマッセン「ヘンデル作曲:歌劇『セルセ』」

15)レオ・ゲーク「モーツァルト作曲:歌劇『イドメネオ』」

16)ミヒャエル・シャーデ「モーツァルト作曲:歌劇『皇帝ティートの慈悲』」

17)ジョセフ・カイザー「モーツァルト作曲:歌劇『魔笛(英語・映画版)』」

18)エヴァ・メイ「ベッリーニ作曲:歌劇『夢遊病の娘』」

19)シンシア・フォルテ「ロッシーニ作曲:歌劇『新聞』」

20)イルダール・アブドラザコフ「ロッシーニ作曲:歌劇『モーゼとファラオ』

21)ニール・シコフ「アレヴィ作曲:歌劇『ユダヤの女』」

 14)は、有名な「オンブラ・マイ・フ」が歌われているオペラです。「オンブラ・マイ・フ」は超有名曲ですが、その大元の『セルセ』は本当にマイナーオペラで、日本語字幕が無いものでよければ、そこそこありますが、日本語字幕付きとなると…ほんと、限られているんですよ。

 15)の『イドメネオ』は古い上演で、伝統版によった演奏です。例によって、今では女性が歌う事が多いイダマンテ役を男性のテノールが歌っている版です。こいつも今となっては珍しいですね。

 17)は2007年に上演された映画版の『魔笛』です。もう10年も前になるんですね。当時、新宿に出来たばかりのアイマックス劇場で見ました…もう今はありませんが。ああ、何もかもが懐かしい。

【ガメラ】

22)大怪獣ガメラ

23)大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン

24)大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス

25)ガメラ対宇宙怪獣バイラス

26)ガメラ対大悪獣ギロン

27)ガメラ対大魔獣ジャイガー

28)ガメラ対深海怪獣ジグラ

29)宇宙怪獣ガメラ

30)ガメラ 大怪獣空中決戦

31)ガメラ2 レギオン襲来

32)ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒

33)小さき勇者たち ~ガメラ~

 いわゆる“ガメラ映画”を揃えちゃいました。

 日本の怪獣映画と言うと、圧倒的にゴジラだと思います。しかし私は、ゴジラも好きだけれど、ガメラもなかなか好きなのです。でも、ゴジラは昭和ゴジラの後も、断続的に今にいたるまで新作が作り続けられているけれど、ガメラは昭和ガメラ[大映製作:22)~29)]の後、平成三部作[徳間書店製作:30)~32)]が作られた後、「小さな勇者たち~ガメラ~」[角川ヘラルド製作:33)]が作られて…後は今に至るわけです。ここ10年ほど、ガメラの新作はありません。寂しいなあ…。

 昭和ガメラって…チープなんだよね。特撮映画だけれど、クオリティがウルトラマンとかウルトラセブンなどのテレビ特撮レベルなんですよ。製作会社の大映には、腕の良い特撮監督がいなかったとか、すでに経営的に傾いていて製作予算がなかったとか、そもそも大映ってチープな作風が売りだったとか…まあ色々言う人もいますが、昭和ガメラに漂う、そこはかとないチープ感が、昭和の特撮っぽくていいんですよ。好きだな。

 昭和ガメラと言えば、一般的には『ガメラ対ギャオス』なんだと思います。ガメラとギャオスは…良い組み合わせであり、良きライバルなんだし、ガメラ怪獣と言えば、ガメラとギャオスと…その他モロモロって感じで仕方ないのだけれど、私はそこであえて『ガメラ対ジャイガー』を推します。面白いよ『対ジャイガー』。ガメラはジャイガーに卵を産み付けられて、子ジャイガーがガメラに寄生して、ガメラは仮死状態になってしまうのだけれど、それを当時映画館で見た私は、本当の本当に絶望したもの。死にかけて、血の気がひいて、半分透明になってしまったガメラの姿は、トラウマになって、今でも私の心に深く刻まれています。それくらい、ショッキングで、映画的にも面白かったんですよ。

 もちろん、今では、映像のチープさを楽しみつつも、子供時代とはまた違った意味で楽しんでいます。ガメラ、いいよ。ガメラ。はっきり言っちゃえば、B級映画なんだけれど、そんなチープな昭和ガメラも捨てられません。

 対して、平成三部作は、スーパーリッチな特撮映画です(と言え、やはりゴジラほどの制作費はかかっていないそうです)。はっきり言って、平成ガメラは、オトナ向けのガメラです。いや、特撮がすごいすごい。火球を吐き出すガメラには…しびれます。ガメラ大活躍だけれど、ギャオスも活躍しています。30)の敵役はギャオスだし、32)の敵役のイリスってのは、ギャオスの変異体だからね。やっぱり、ガメラと言えば、ギャオスなんだな。

 33)は、いわば“21世紀版ガメラ”で、本当ならばここから新しいガメラシリーズが作られるはずでした。平成三部作のオトナ向けガメラも良いけれど、昭和ガメラのテーマでもあった“ガメラは子どもの味方”ってのを強く打ち出した、子供向け怪獣映画として製作されたのだけれど、商業的にコケてしまったので、21世紀版ガメラは、ここで打ち切りとなってしまった悲しい作品です。今時、子ども向け映画じゃあ、ダメなのかもなあ…。子どもの数、少ないからなあ。

 ちなみに敵役はジーダスという怪獣ですが、ギャオスも冒頭部にちゃっかり出演しています。

 好き好き、ガメラ。

【その他】

30)glee/グリー シーズン6

31)ザ・ビートルズ「EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years(DVD スペシャル・エディション)」

32)ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン

 30)は、あの「グリー」の最終シーズンです。第5シーズンの開始直後に、主人公フィンを演じていた役者さん(コリー・モンティス)が急死してしまったため、あれだけの人気ドラマシリーズだったけれど、すぐにグダグダになって、結局立ち直れないまま、第6シーズンで終了となってしまいました。

 当初予定では、第3シーズンまで主役だったフィン(生徒)が、第4~5シーズンで大学で教師の資格を取って、第6シーズンからは教師になって母校に復帰し、グリーの顧問になって、シリーズは未来永劫続いていくはずだったそうです。でも、それはかなわぬ夢だったわけです。それにしても、私、グリーというドラマが大好きだったし、こんなカタチで終わってしまったのは、残念残念です。

 31)はビートルズのドキュメンタリーですね。オタクには楽しいだろうけれど…まあ、一般向けの映画じゃないです。

 32)は、ミュージカル『ミス・サイゴン』の初映像化のDVDです。このミュージカルは、有名だけれど、映像化するためには色々とクリアしなければいけない問題が多かったらしく、なかなか映像化されなかったのですが、ようやく映像化されて、私、うれしいです。帝劇の日本人キャストによる『ミス・サイゴン』では、人種の違いによる軋轢が表現できない(だって役者は全員日本人だもん)ので、それぞれの役がそれぞれの人種の役者で演じられているこのDVDは、そういう意味でも、とても良いですよ。

 と言う訳で、来年は、今年よりも少なめのDVDにしたいなあと思ってます。

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2017年12月26日 (火)

今年[2017年]聞いたCD

 毎年アップしているこの記事。今年もアップしちゃいます。

 さて、きちんと記録を取り始めた2010年からの購入CD枚数を上げてみると…

2010年が120枚。
2011年が70枚。
2012年が85枚。
2013年が41枚。
2014年が66枚。
2015年が26枚。
2016年が27枚。

 昨年までは、こんな感じでした。で、今年は何枚かと言うと…なんと、たったの16枚。いや、実際は、オペラのCDなどは、たいてい2~3枚組なので、リアルな枚数で言えば、25枚になるので、正確には16組と言うべきなんだろうけれど、まあ16枚と呼ばせてください。、

 いやあ、減りましたねえ…。まあ、最近は音楽を漁るにしても、以前のように必ずCDを購入して…ではなく、ひとまずはYouTubeを漁ってみて、気に入ればiTunesからダウンロードをして購入しちゃうので、実際のCDを購入しなくなってしまったわけです。実際、ダウンロードをしている曲は、それなりの数をダウンロードしていますが、それでも、全面的にダウンロードに移行せず、未だにモツモツとCDを買っているのは…私が昭和なオジサンだからです。やっぱり、昭和な人間はリアルなブツが欲しいんだよね。

 書籍の方は、ほぼ完全に紙の本から電子書籍に移行したのに、音楽の方は未だにブツにこだわりが残っている私なのです。

【オペラ全曲】

01)マリエッラ・デヴィア「ドニゼッティ作曲:歌劇『シャモニーのリンダ』」

02)ミッシェル・ピクマル指揮「オネゲル作曲:交響的詩篇『ダヴィデ王』」

03)ジョン・プリチャード指揮「モーツァルト作曲:歌劇『イドメネオ』」

04)ニコラス・アーノンクール指揮「モーツァルト作曲:歌劇『イドメネオ』」

 モーツァルトのオペラ『イドメネオ』が二種類ありますが、これは中身がちょっと違います。04)のアーノンクールのモノは、最近の録音で、使用された楽譜も学術的にきちんと校訂されたものだし、まあ今時の普通の(しかも上質な)演奏です。一方、03)のプリチャードのモノは、いわゆる旧盤と呼ばれるモノラル録音のヤツで、これは今ではほとんど演奏されなくなった伝統的な楽譜を使用して演奏されています。

 04)は03)と較べると、演奏される曲数が少なくなっていて、その分、ストーリーがスッキリしていて見やすいです。モーツァルトの頃はまだ存在していたカストラートという、男声アルトが歌う役(具体的に言えば、イダマンテ)をテノール(若き日のパヴァロッティです)が歌っています。個人的には、04)の学術的に正しいバージョンよりも、03)の伝統的なバージョンの方が私は好きですが…もう、こっちのバージョンで演奏される事はないでしょうから、今となっては貴重な録音だと思います。

【オペラアリア集】

05)ロックウェル・ブレイク「ロッシーニ・テナー」

06)グレゴリー・クンデ「イン・ラブ・アンド・ウォー ~テノールによるロッシーニ~」

07)村上敏明「Spirto gentil 優しい魂よ」

 05)と06)はロッシーニのテノール用オペラアリア集です。今年の前半は、なんか妙にロッシーニにこだわっていて、ちょっと自学自習をしていたので、それで購入しました。ロッシーニのオペラアリアは、有名な曲は少ないのですが、良い曲はたくさんあるんですよ。

【歌曲集】

08)トスティ歌曲全集第1巻(5枚組)

09)エマヌエーレ・ダグアンノ「ベッリーニ,ドニゼッティ&ロッシーニ歌曲集」

10)上原正敏「赤い靴~『大人のための童謡曲集』より」

11)プラシド・ドミンゴ「レオンカヴァッロ作曲:テノールと管弦楽のための交響詩『5月の夜』」

12)石丸幹二「武満徹のうた」

13)林美智子「地球はマルイぜ 武満徹:SONGS」

14)保多由子「見えないこども」

 08)は、トスティの歌曲を発表順に並べた全曲集の第一巻です。若き日のトスティの作品が収められています。これが最新盤であって、まだ続きは出ていません。これが発売されてから1年ほど経ちますので、そろそろ第二巻が発売されても良い頃なのですが…首を長くして待っています。

 10)はいわゆる童謡集ですが、おしゃれで夜っぽいアレンジがしてあって、良いですよ。この中の数曲は、私も歌ってみたいです。そのためには、まずは、楽譜を入手しないといけませんね。

 11)は交響詩と銘打っていますが、実態はオーケストラ付きの歌曲です。滅多に聞くことができない珍品です。

 12)~14)は、いずれも武満徹のソングを歌ったCDです。いずれも素晴らしいですよ。特に13)は全曲集ですから、何か一枚…と思うなら、これがベストだなって思います。

【その他】

15)ポール・マッカートニー「Flowers In The Dirt (2CD)」

16)村上敏明「情熱のカンツォーネ」

 15)も16)もポピュラーアルバムです。15)は旧盤をリマスターして再発売したものです。リマスターには興味ありませんが“おまけ音源”がたっぷり付いてきたので買っちゃいました。私“おまけ”に弱いんです。16)の村上氏は、歌い飛ばし系のテノールさんで、実にかっこいい声&歌い方の歌手さんです。まあ、テノールと言えども、色々なスタイルがあって、ちょっと前までの私なら、こういうかっこいい系のテノールさんが大好きでしたが、最近の私はテノールの趣味も変わったみたいで、かっこいいだけでは何か不足を感じるようになりました。贅沢ですね。別に村上氏の歌はサイコーなのに、それに不満を感じる私は、ちょっとこじらせているのかもしれません。

 さて最近は、CDの収納場所にも困るようになったので、購入枚数が減ってきた事は、私的にはとてもうれしい事です。それに音楽を聞くだけなら、もうすでに持っているCDもたくさんあるから、残りの人生は、それらを繰り返し聞くだけでも十分なんだよな…なんて事も考えてしまう昨日今日の私でした。来年も、ちょっとしかCDを買わないように心がけていきましょう。

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2017年12月25日 (月)

今年も早めだけれど、落ち穂拾いをしちゃいます[2017年12月の落ち穂拾い]

 例年の事ですが、本日からこのブログも、年末年始の特別プログラムを行います。…ってわけで、まずは今月の“落ち穂拾い”からです。

ヘインズフルートの復活?

 ヘインズフルートと言うと、ランパルが使用したフルートという事で、オールドファンには馴染み深いフルートメーカーですが、正直、ランパル以降は、全然パッとしないメーカーになりました。何しろ、プロのフルーティストさんたちがヘインズを使用しないのです。だからと言って、高級フルートメーカーとしての矜持はあるようで、アマチュア向けの安価なモデルで商売をしようという気もないみたいで、会社としてはジリジリと貧するようになり、ついには中国資本を受け入れるようになったわけです。

 ヘインズ、落ちぶれたなあ…って感じでした。

 ところが最近(ここ数年)、何かが変わったようです。具体的に言えば、一流のプロたちがヘインズを使用し始めた事です。その筆頭が、パユのヘインズ使用でしょう。

 パユと言えば、ブランネンブラザーズのイメージが強いですし、今でもオーケストラの中で吹く時は、ブランネンを使用しているそうですが、ソロ奏者として演奏する時は、ヘインズを使っているんだそうです。

 私的に驚いたのは、長くアルタスの広告塔をやっていたエミリー・バイノンが、アルタスからヘインズに転向したことです。

 アルタスは、他の多くの楽器メーカーとは違って、プロユーザーの方々に特別なサービスをしないんだそうです。どんなに有名な方でも、楽器をプレゼントする事はないそうだし、何かトラブルがあった時に、リペアマンが飛んで駆けつけるとかいう事もないそうです。今時、それもどうかと思うけれど、そんなわけで、アルタスフルートのプロフルーティストさんたちへの姿勢は「来る者は拒まず、去る者は追わず」だと聞いたことがあります。

 ならば、広告塔になっいたエミリー・バイノンがアルタスから他メーカーに移っても仕方ないようなあ…。ううむ、残念。

 他にもまだまだたくさんいそうです。日本では、上野星矢氏がヘインズを使用していると聞いています。きっと、調べると、まだまだ多くのプロフルーティストさんが、ヘインズを使用しているんだろうなあって思います。

30人力の声?

 30人力の声…これは最近ついた私の二つ名です。ある高名な合唱指揮者の方に命名され、最近では名前よりも、こちらの二つ名の方で呼ばれる事が多くて、閉口しています。
 ちなみに、その合唱指揮者の方とは、良好な関係を作れていますし、案外便利に使われている部分もあるし、言っている本人は悪口のつもりは全くみたいなので、私はその言葉をニュートラルに受け入れています。

 一応“30人力の声”であって“30倍の声”とかではありません。合唱的には、私を“1人”として数えるのではなく“30人”として数えるってわけで、「一騎当千」という言葉がありますが、それにならえば「一声当三十」って事でしょうね。ああ、座りの悪い言葉だこと。

 でも、なんか、私的にはスッキリした感じがします。私の声は、30人力なのか…! そりゃあ、ソプラノ20、アルト20、テノール10、バス10程度の、全員で60名程度の合唱団(市民合唱団としては、割りとよくある規模だよね)じゃあ、私の声ははみ出るよね。だって声的には、ソプラノ20、アルト20、テノール40、バス10になるわけで、それじゃあ、バランス悪すぎるものね。そう考えると、1パートの人数が100名程度いるような大合唱団じゃないと、私は合唱できないのも、仕方ないか。

 で、先日、その本番が終わって、件の合唱指揮者さんから大変感謝されました。私のような30人力の声でも、必要とされるところでは、必要とされるんだな…と、ちょっぴりうれしくなりました。

ぎっくり腰の話

 例のぎっくり腰の件ですが、今まで整体でマッサージを受けて、やり過ごしていた私ですが、ついに痛みに耐えかねて、ついに先日、重い腰(痛い腰!)をあげて、整形外科に行ってきました。対処療法ではなく、根本的な治療が必要かなって思ったわけなんです。

 で、整形外科に行けば、当然レントゲン撮影されて、骨に異常があるかないかを見られ(当然、骨に異常はありませんでした)、筋肉やら神経やらの異常の有無を調べられるわけです。で、当然、ぎっくり腰ですから、筋肉の部分断裂を予想していたのですが、実は私の腰の筋肉は…健康でした。全然、断裂していなかったようです。

 というわけで、じゃあ、神経に異常がある…つまり「神経痛」の類が予想されたわけだけれど、どうも神経痛でもないようです。つまり、医学的には“異常無し”という結論になりました。

 異常が無いのに激痛があるというのは、これいかに? って感じだけれど、私の腰のレントゲンを見てみると、どうも椎間板が年齢相当に薄くなっているので、それが原因ではないのか…というのが、医者の見立てです。つまり、椎間板が薄くなっているために背骨と背骨の間から出ている神経(小難しい名称を教えてもらったけれど…忘れた。なんでも足を動かすための太い神経があるそうです)が、ある特定の姿勢…今回の私の場合は、前屈姿勢…を取るたびに、刺激されて(具体的には背骨と背骨に挟まれて)それで激痛が走るんじゃないか…って事です。

 あくまでも医者の見立てであり、推論であり、ちょっと説明的に厳しい気もするけれど、今の医学じゃ、この程度しか分からないのでは、仕方ないです。

 椎間板関係の治療ってのは、原則“保存療法”なんだそうで、つまり、湿布と痛み止めをもらって、しばらく様子を見る…という事になりました。

 で、痛み止め飲んだら…実に効果てきめんで、あの激痛は何?って感じになりました。いやあ、快適快適。すごいなあ。

 ひとまず、一週間程度の痛み止めをもらったので、それを飲んでいるうちに、痛みが去ればうれしいです。症状が改善されなきゃ…しばらくヤク漬けになるのかな?

今月のお気に入り 武満徹:SONGS

 ここんとこ、武満の歌曲ばかり歌っていますので、使用しています。いわゆる、楽譜集なのですが、楽譜集にしては、お値段がちょっとばかり張ります。高いですね。なぜ高いかと言うと、画集でもあるからです。楽譜と楽譜の間に、大竹伸朗氏の絵がカラーで掲載されているのです。パッと見、楽譜集なのか画集なのか迷うほどです。楽譜だけにしてくれれば、もう少し安くていいのになあ…と愚痴りたくなります。

 実際、今回、レッスンで取り上げることにしなければ、良い曲がたくさん収録されている事は知ってましたが、たぶん今でも購入しなかったと思います。そういう意味では、購入のハードルが高めなんです。

 あと、コピーがしづらいです。私は楽譜に直接あれこれ書き込むのがイヤな人なので、一度コピーをとってから、それに書き込みをするようにしています。なので、手元にある楽譜をコピーしてから使うわけですが、この武満の楽譜、大きさが中途半端で、見開くとA3版より若干大きいのです。ですから、そのままコピーすると、楽譜の一部が欠けます。まあ、一種のコピー対策ですね。世の中には、楽譜を購入せずにコピーして済ませてしまう人々が多数いますからね。権利者の方は、それに対抗せざるをえないわけで…仕方ないですね。

 そういうグチはともかく、武満のソングは素晴らしいですね。音源はあまりありませんし、YouTubeにアップされているモノは、ポピュラー系にアレンジされたものが大半で、数少ないクラシック系音楽としてアップされているモノも、その出来を見ると、私的には首を傾げざるモノばかりです。つまり、クラシック系音楽としては、なかなか手強くて難しいってわけです。私的には、石丸幹二氏の音源が良いと思ってます。

 全曲集ではないので、たくさんの良い曲が漏れてしまっていますが、入門編としては、とても良いアルバムだと思いますよ。

今月の金魚

 ヨッチャン以外は、みんな元気です。ヨッチャンも、なんとか生きてます。

今月のひとこと

 日馬富士が引退だそうです。暴力振るっちゃった事が明るみに出た以上、仕方のない事だと思います。でも、横綱が暴力沙汰で引退ってのは残念だし、あっちゃならない事だと思います。暴力と格闘技は違うし、相撲は単なる格闘技ではなく神事であり、国技でもあるわけだから、そこはしっかりしてくれないといけません。(2017年11月29日~12月6日)

 最近の報道では、モンゴルの方々の間で“星の回し合い”というのがあったとかなかったとか…が話題になっています。本当かな? だとしたら、貴乃花の引退以来、14年間も日本人横綱の不在…っうか、モンゴル人の横綱占拠も分からないでもないけれど…なあ。ちなみに、外国人横綱というと、モンゴル以前にハワイ勢の曙と武蔵丸がいたけれど、彼らは二人とも日本人に帰化しているけれど、モンゴルの横綱は現在まで4人いるけれど、誰一人日本人に帰化していないんだよね。ほんと、モンゴル人って、愛国心が豊かで、仲間思いで友情にあつい人々なんだろうね。(2017年12月6~11日)

 もしも私が北の首領様で、日本や韓国やアメリカに喧嘩を本気で売るなら…韓国には風向きの良い日に風船爆弾のようなもので化学兵器(サリンとかああいうヤツ)をぶっこんで、日本には漁民に装わせた兵士(伝染病に罹患済み)を送り込んでバイオテロを引き起こし、アメリカには…サイバー攻撃だな。銀行とか株式市場とか経済方面の施設を一斉に襲うとか、いっそ原発を遠隔コントロールして大惨事を引き起こすとか…そういう手立てを考えます。そんなわけで、別に北の国が核爆弾とかミサイルとか持つ必要なんてないじゃん。むしろ、そんなモノを持っていると「北のくせに生意気だ!」って言われて、ジャイアンにボコボコにされちゃうよ…ってわけで、ジャイアンはいつコブシを振り上げるのでしょうか? 産経新聞は…12月18日が開戦日かも…って言っているけれど、だとしたら、もう来週じゃん。(2017年12月11~13日)

 ああ、腰が痛い…。またまた、ぎっくり腰をやっちまいました。今回の原因は不明。先日、何となく腰が痛いなあ…と思って、整体に行ったら「ぎっくりですね」と言われちゃいました。ぎっくりと言われる前は何となく痛かった程度だったのに、ぎっくりと言われた途端にめっちゃ腰が痛くなりました。…言霊って、すごいなあ。(2017年12月13~19日)

 神社はすごぶる後継者不足で、神主さんのいない神社なんて、掃いて捨てるほどありますが、それでも女性は神主(宮司)さんになってはいけないのだそうです。別にそういう規則はないのだけれど、そういう慣習なんだそうです。知りませんでした。で、跡継ぎのいない神社、あるいは女性の神職者(巫女さんだね)が運営している神社は、経営状態が良ければ、神社本庁という、神社の親分のような組織から宮司さんが天下りしてくるわけだし、経営状態が悪いと、そのまま神主不在で放置状態になってしまうんだそうです。仏教は女性の住職さんがいるし、キリスト教もプロテスタントならば女性牧師がいます。一方、同じキリスト教でもカトリックだと、女性は司祭(いわゆる、神父さん)にはなれません。宗教によって、女性聖職者の扱いって変わるんだね。まあ、そこは信仰がからんでくるので、部外者は何も言えませんが、今時じゃないって言えば、そうなのかもしれませんね。(2017年12月19~24日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2017年12月24日 (日)

皆さん、喫茶店には行かれますか?

 私はたまに行きます。行く目的は…時間つぶしか、休憩か、そのいずれかです。

 時間つぶしと言うのは、外出先で、たとえば映画を見ようと思ったけれど、映画の時間まで、まだ1時間ぐらいあるよ、どうしよう…って時に、喫茶店に入って時間をつぶします。こういう時は、目的が時間つぶしなので、喫茶店ではなくても、全然かまわないわけで、昔なら、本屋に入って時間を潰したものですが、今は体力も無くなり、できれば座りたいので、喫茶店をチョイスするわけです。

 休憩はずばり休憩であって、外出先で疲れた時に、座ってお茶を飲むために喫茶店に入ります。

 で、実際に入る喫茶店は…スターバックスやドトールなどの今風のチェーン店のコーヒー屋が多いです…ってか、町中で目立つ喫茶店って、たいていこの2店なんだよね。また、喫茶店の代わりに、ファミレスにも行きます。だって、ファミレスって、喫茶店の上位互換でしょ?

 若い時は、休憩とかお茶を飲むよりも、友人たちとの時間を楽しむために喫茶店に行きました。例えば、滝沢とか、ルノアールなどの、お茶を出した後は気兼ねなく放置してくれる、ゆったり系の喫茶店によく行きました。コーヒー代は安くなかったけれど、場所代だと思えば、気になりませんでした。気の置けない男友達たちと話す時は、たいていこれらの店を使いました。

 そう言えば、デートでもよく喫茶店は使ったな。ちなみにお茶はルノアールで、食事をする時は、たいていブラスパロット(不二家のレストランのハイブランド、おしゃれな感じがしてました。今はもう無くなっちゃいましたけど…)に行きました。で、食後のデザートはコージーコーナーに行ったモンです。これが学生時代のデートの定番メニューでした。

 若い時は、町中でよく見かけた純喫茶(ビルが一つ、まるまる喫茶店なんて店もよくありました)も、最近はとんと見かけなくなりました。以前、よく通った横浜の純喫茶に久しぶりに出かけてみたら、パチンコ屋になっていて、びっくりしました。純喫茶に限らず、今は町中で見つける喫茶店の数自体が減ったんじゃないかって思います。で、たまにみかける喫茶店も、たいていチェーン店でしょ? 昔はどこにでもあった、個人経営の趣味の良い喫茶店が、ほんとに無くなりました。

 若い時は、友人たちとしゃべったり遊んだりするために喫茶店に行きました。だって、いい年した若いものが道端で話し込むわけにはいかないし、公園とかじゃ、夏は暑くて冬は寒くて我慢ならないものね。

 今の若い子たちは、友人たちとおしゃべりをする時は、どこに行くのかと尋ねたら、マックやミスドなどの、軽食系のチェーン店が多いみたいです。ああ、なるほどね。あの手の店って、我々の頃は、今ほど普及していなかったからなあ…。あと、お茶じゃなくて軽食系なのも…今のスタバやドドールって、おしゃべりをするって雰囲気じゃないものね。

 時代が変われば、色々と変わります。

 昔はあった名曲喫茶も…懐かしいなあ。今はクラシック音楽も手軽に聞ける時代になりましたが、昔はクラシックは高価なステレオじゃなきゃダメって雰囲気があって、でも、高価なステレオ装置なんて、なかなか個人じゃ買えないから、名曲喫茶で音楽を聞く…というスタイルがあったそうです。私もたまに行ったけれど、私は音質にはさほどこだわらない音楽ファンだったので、そのありがたさがよく分からなかったよ。でも、クラヲタの友達と名曲喫茶で過ごした時は、至福の時間だったなあ。

 私は甘いものが好きなので、昔は喫茶店に行くと(今ならファミレスに行くと)パフェとかアイスとか頼んでしまうのですが、連れの女性がコーヒーとか頼むと、たいてい店員は、パフェを彼女の前に、コーヒーを私の前に置くんだよね。男は甘いものを食べないってイメージがあるんでしょうね。

 パフェと言えば、昔、横浜にパフェを大きな器で提供する喫茶店があって、それを我々は「金魚鉢パフェ」と呼んでいました。いや、ほんと、金魚鉢のような器にアイスがたっぷり入っていたんだよ。私はたまにその店に行ってパフェを食べたんだけれど、さすがにその店は女の子だらけだったので、男一人(あるいは男の集団)では入れず、よく女の子たちに頼んで、同伴してもらって、パフェを食べに行ったものです。

 子どもの頃、母と一緒に入った喫茶店で、ソーダ水を頼むと、真っ青なソーダ水が出てきたものです。真っ青だよ(笑)。当然、食品添加物の合成着色料ってヤツをふんだんに使っているわけだし、今じゃ見ることも出来ないだろうけれど、なんか懐かしいなあ。

 喫茶店の話をし始めると、なんかとめどもなくなってしまって、まとまりのない話になっしまったけれど、ごめんね。

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2017年12月23日 (土)

年末なので、金魚たちの紹介をします

 ふと考えてみると、金魚たちの紹介と言うのは、水槽に来た時と、星になった時ぐらいしかしていないなあ…と思いました。まあ、それも悪くないけれど、節目節目で、現メンバーの紹介ぐらいあっても良いかなと思ったので、ひとまず2017年末の我が家の水槽のメンバーたちを紹介します。

 まずは金魚たち。

 ヤヨイ。一応、三色琉金として売られていましたが、厳密にはウロコが透明ウロコなので、キャリコ琉金と呼ぶべきでしょう。ちなみに、三色琉金とキャリコ琉金の違いは、ウロコが非透明か透明かの違いと、お値段の違いですかね。三色琉金は普通の琉金と同じ価格帯で販売される事が多いのですが、キャリコ琉金として売られると、若干高価になるようです。

 ヤヨイは、ウチの一番の年長金魚で、2015年3月からいますので、もう2年9ヶ月もいる事になります。カラダは…やっぱり大きいです。かつて我が家にたくさんいた巨大魚たちほどではありませんが、それでも金魚としてはかなり大きいです。頭の先から尾の末端までの長さは20cmを軽く越えます。でも、体型は良い感じで、大きな金魚ですが、決してデブではありません。好物は水草…それも安い水草であるガボンバが大好きで、暇さえあればガボンバを食べていますので、水槽のカボンバがすぐに無くなってしまいます。ですから、毎月毎月水槽がいっぱいになるくらいたくさんガボンバを買うのです(安いからたくさん買えるんです)が、一ヶ月でほぼ食べきります。本当にガボンバばかり食べる子なのです。

 性格は穏和なのですが、遊びに夢中になると、我を忘れる傾向があります。ちなみに、ヤヨイが大好きな遊びは、他の金魚のお尻を追いかける事です。追いかけて追いかけて追いかけて…何が楽しいのか分かりませんが、一度始めると、結構キリなく、ずっとやっています。とにかく、元気で健康的な子です。ちなみに、黒目がちで、かわいい顔つきをしています。

 次はシズカです。ウチの水槽のツートップの片割れです。素赤琉金です。2015年9月から我が家にいます。2年3ヶ月ですね。

 右側の尾びれの下半分がありません。いつから無いのか分かりません。我が家に来てから失ったのか、あるいは来る前から無かったのか…少なくともお店で見た時には気が付かなかったのです。

 若い時は、散々ヤヨイに弄ばれからかわれていました。ヤヨイの追いかけっこの一番の被害者がシズカでした。一時期は、あんまり激しく追いかけ回すので、ヤヨイにいびり殺されてしまうのではないかと心配しましたが、そんな事もなく、なんだかんだと元気にしています。

 この子も大きく育ちました。ヤヨイと違うのは、ちょっと体型バランスが悪く、実におデブな金魚になってしまった事です。横から見るとすっとした美形なのですが、正面から見ると、実に分厚くて、ほぼティアドロップ型をしています。魚なのに、ティアドロップ型のボディ? とにかく、ボテっとしています。ボテボテっとしています。

 見た目はヤヨイとほぼ同じくらいの大きさですが、カラダが厚い分、ヤヨイよりも重いかもしれません。

 性格は勝ち気で、気が強いです。人間に飼われているという自覚はなく、人間が自分に仕えているぐらいに思っているのかもしれません。とにかく、人間に対して、上から目線な金魚です。

 ヤヨイと違って、水草には目もくれず、ひたすら水槽にいるタニシを食べています。この子のおかげで、毎日毎日タニシが順調に減っていくのです。ちなみに、食べ終わったタニシのカラは水槽の中の特定の場所に集めておいてくれるので、水槽掃除は楽です(笑)。

 顔つきは、目が大きくて、ロリ風味ですが、クチが常にへの字に曲がっていて、いつも何か不満を抱えているような顔をしています。

 さて、アセビです。アセビは更紗琉金(さらさりゅうきん)です。白と赤の二色の琉金ですね。白地に赤い模様が入っていますが、その模様の入り方が、まるでウルトラマンのようでかっこいいですよ。

 2016年8月から我が家にいますから、1年ちょっとですね。サイズ的には、世間の人が思う、大きめな金魚って感じです。いつもヤヨイのそばにいる、ヤヨイの一番の子分…になりたい子です。ヤヨイの取り巻きの一人って感じの子です。顔つきは、いかにも魚って感じの顔をしています。顔の印象は…ほぼサバです(笑)。まあ、金魚にしてはシャープな顔つきといえるかもしれません。あと、チキンハートで人間がとても怖いようです。

 ベルです。2016年9月に我が家に来ています。アセビのすぐ後にやってきた事になり、アセビとは同級生になるようです。

 ベルはタンチョウという種類の金魚です。タンチョウは、体型的にはオランダ獅子頭です。真っ白なオランダ獅子頭で、ただし頭の瘤のところだけが真っ赤なんです。ですから、別名“日の丸金魚”とも呼ばれています。

 この子は、小魚の時は、すごく愛らしい顔をしていたのです。だから、ベルと名付けたのですが…育つにつれ、顔つきのバランスが崩れてしまいました。今では、つぶれたカエルのような顔をしています。残念です。

 この子は、とても目が良い子だと思います。人間に興味があって、人間の生活をじっと見ている事が多いです。目がクリクリと動いて、何か意思めいたものを感じる時もあります。いつでも楽しそうな雰囲気の子です。クチがきけたら、絶対におしゃべりなタイプだと思います。

 アセビ同様、ヤヨイの子分の一人です。ただ、アセビよりも、圧倒的にヤヨイとは仲が良さそうです。

 最後はウルシです。黒出目金です。2017年11月、つまり先月我が家にやってきたばかりの子です。

 小さいですよ、可愛いですよ。本当に小魚ですよ。まだ小魚すぎて、個性的なモノも観察できません。とにかく、可愛いんです。見ているだけで、とろけてしまいそうなくらい、可愛いです。小さな出目金の可愛らしさは、ほとんど凶器です。

 この可愛らしいおチビなウルシは、ヤヨイの一番下っ端の子分で、いつも大きなヤヨイのそばにいて、その後をヘラヘラと追いかけています。ヤヨイもそばに寄ってくるウルシを邪険にはしません。最近は、ヤヨイとシズカとウルシの三匹でよく固まっていますので、大きな子にいつも挟まれているような感じなので、余計に小さくて可愛く感じられます。

 さて、次はドジョウたちです。我が家には、三匹の緋ドジョウがいます。大きい順に、ラズ、ヨッチャン、マッチです。

 ラズとマッチは元気ですが、ヨッチャンは常に満身創痍です。時々、シズカに食べられているようで、体表がデコボコしていますし、仮死状態になっている事も多々ありますが、ドジョウってタフなんですね、それでも星にならずに、今日も元気に生きてます。

 貝類は…タニシと石巻貝がたくさんいます。タニシはほぼシズカの生きたエサです。石巻貝は、不味いんでしょうね。誰も食べません。ただ、ひっそりと今日も生きています。

 我が家の水槽って、こんな感じです。

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2017年12月22日 (金)

フルートは…落としてはいけない!

 分かりきった話だけれど、フルートは落としてはいけません。フルートを落とすと…たいてい壊れます(涙)。

 以前、自宅練習を終えて、フルートを片付けていた時、うっかり置いた机から頭部管を床に落としてしまった事があります。はい、頭部管は見事に凹みました。高さ的には1mあるかないかぐらいの高さだし、床は自宅の書斎の木の床で、そんなに堅いわけでもないけれど、フルートは銀製で柔らかい(特に私のフルートは柔らかい銀を使ってます)ので、落としただけで、凹みました(涙)。そりゃあ見事なモンです。もちろん、オーバーホールの時に修理をしてもらったけれど、一箇所に付き、万単位の修理費がかかりました。

 それ以降、総銀フルートの扱いには慎重の上にも慎重を重ねて取り扱うようになりました。

 で、先日は、プラスチック製のフルートを、思わずゴロンと落としてしまいました。これは持っていた手から、なぜか落ちてしまったのです。どうも最近、手元が不案内で…。

 プラスチック製のフルートだしね。銀とは違って、そんなに柔い材料じゃないし、フルートが落ちている最中は、軽い気持ちでいました。プラスチックだもの、別に落ちたからと言って、どうにかなるわけないじゃん…って感じです。

 でもね、そのプラフルートが床に落ちたショックで、バラけてしまって、メカがバラバラになってしまった時は、血の気が引きました。いやあ、見事に分解バラバラになりました。

 幸い、部品が外れて飛び散っただけで、部品そのものが破損したわけではなかったので、すべての部品を拾い集めて、組み立て直したので、大事には至らなかったのです。

 外れた部品を組み立てている時は、フルートを修理しているというよりも、プラモデルかなにかを組み立てているような気分になりました。私は子どもの頃、プラモデルが大好きで、プラモデルを散々組み立てていたので、たとえ相手がフルートであっても、プラ部品を手にすると、まざまざと昔々のプラモの記憶が蘇るわけです。

 おそらく、そんな経験がなかったら、分解バラバラになったプラフルートを抱えて、途方にくれてしまった事でしょう。人生、役に立たない経験は無いって事です。

 今の子たちはプラモを組み立てるのかしら? 少なくとも、ウチの息子は…プラモなんて、一つも組み立てた事ないと思うんだよね。

 私が小さな子どもだった時は、ゴジラとかガメラの怪獣のプラモを、小学生ぐらいになんてませてくると、タミヤの1/35ミリタリーシリーズで、ドイツ戦車とかをたくさん組み立てて、ジオラマして遊んだものです。中学生になると、1/700のウォーターラインシリーズで日本帝国艦隊を作り、文化祭等に出品したものです。高校生になると、楽器とかバイクとかの緻密な部品をたくさん使うプラモを作ったものです。

 今は昔と違って、いわゆる模型屋が激減してしまったし、玩具屋でもプラモ売り場は縮小してしまったし、売ってるプラモもガンダムを始めとするアニメ系のロボットモノばかりだし…私の子ども時代とは、何もかもが違います。

 ガンプラを組み立てたことないけれど、一時期、エヴァンゲリオンのプラモをたくさん作った事がありますが…ああいうファンタジーのモノって(当たり前だけれど)リアル感がなくて、作っていても、何かしっくり来ないんだよね。模型って言うよりも、人形って感じがして…人形は別に好きじゃないしね。

 やっぱ、模型がいいよね、模型が…さあ。

 閑話休題。銀製フルートを床に落としてはいけないのは当然として、プラ製フルートだって床に落ちたら大惨事になるんです。

 フルートは絶対に床に落としてはいけません。絶対に…ダメです。

蛇足 先日、キーメカの調子が悪いと書いたプラ製フルートのプラ子ですが、あれから数日たって、空気が乾燥してきたせいでしょうか? 全然、調子が良くなってしまいました。今では、普通に使えるようになってしまいました。ううむ、プラ製楽器ってタフなのかもしれません。

蛇足2 ここ数年、一番たくさん吹いているのは、プラ製フルートのプラ子かもしれない。総銀フルートのアゲハは、レッスンの時しか吹かない…なんて状況になってきました。つまり、私にはプラ管フルートがお似合いって事なのかな?

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2017年12月21日 (木)

口呼吸と鼻呼吸

 フルートにせよ、声楽にせよ、息を使って演奏します。音楽演奏時は、息はもちろんクチから吐きますが、息を吸うのは…クチから吸いますか? 鼻から吸いますか? と問いかけるのは、よく初心者の方が悩むポイントだし、また指導者によってはこだわりのあるポイントだったりするからです。

 つまり、口呼吸と鼻呼吸のどちらが音楽演奏上、望ましい呼吸法なのか…って事です。

 まあ、確かに、口呼吸にせよ鼻呼吸にせよ、メリット・デメリットが無いわけじゃありません。と言うわけで、口呼吸と鼻呼吸を比較して、それぞれ秀でている点、劣っている点を考えてみましょう。

口呼吸の方が秀でている点

1)短時間で多量の息を一気に吸い込む事ができる

 鼻呼吸では、鼻の穴はクチよりも遥かに小さな穴なので、そこを通して息を吸うならば、どうしても時間がかかってしまうし、あまり多くの息を吸い込む事は難しいです。しかしクチからの呼吸ならば、一気に多量の息を吸い込む事ができます。

2)鼻の病気を持っていても演奏できる

 これは利点と言えないかもしれませんが、鼻に疾患を持っている人って、少なからずいるでしょ? 慢性的な病気の方もいれば、風邪をひいたり、アレルギーだったりと、一時的に鼻が不調になってしまう事もあります。そんな時でも、口呼吸をメインにすれば、演奏できます。

3)声のポジションを下げずに済む

 これは声楽のみの利点ですが、口呼吸をするならば、クチをずっと開けっ放しにする事もできますので、呼吸のたびにポジションを仕切り直す事もせず、ポジションを高めに維持したまま歌えますから、口呼吸の方が楽に歌える…という人もいます。鼻呼吸の人は、どうしても鼻から息を吸う時にクチを閉じてしまいがちですからね。一度クチを閉じてしまうと、声のポジションもリセットされ、再びクチを開けた時に、改めてポジションを高めに設定し直さないといけません。これを回避するために、クチを開けたまま鼻呼吸をすると…不可能ではありませんが、クチで吐いていた息を鼻で吸い込む時の切り替えに一瞬の時間のロスが生じるんです。その一瞬が案外音楽では致命的な時間だったりします。声の事を考えると、口呼吸の方に一理あったりします。

4)鼻を鳴らさずに息ができる

 鼻呼吸では大量の息を一度に吸うことができません。でも、音楽の演奏では、しばしば短い時間にたくさんの息を吸わないといけない事があります。そんな時、鼻呼吸を強行すると…たまに鼻が鳴ったりします。恥ずかしいですね。少なくとも、私は結構な高頻度で鼻が鳴ります。グギグギグギ…と言うか、ズグズグズグ…と言うか。クチで息をすれば無音になるか…と言えば、風切音はせざるをえないので、必ずしも無音というわけにはいかないけれど、クチからの呼吸音は、たとえうるさくても、鼻を鳴らすよりはずっとマシですよね。

鼻呼吸の方が秀でている点

1)クチが乾かない

 口呼吸をしていると、どうしてもクチが乾きます。ノドが乾きます。クチが動きづらくなったり、場合によってむせてしまう事だってあります。鼻はそもそも息を吸い込むための器官ですから、鼻呼吸ならば、そういう不都合は特にありません。

2)ゴミをホコリを吸い込みにくい

 口呼吸は、大きなクチを開けて、一度に息を吸い込むわけで、息以外のモノもついつい吸い込みがちです。ゴミやホコリを吸い込みやすく、そんなモノを吸い込めば、当然演奏にも支障が生じます。NHKの紅白などでは、雪に見立てた紙をザザーと降らせて、それを吸い込みながら歌う演歌歌手が毎年のようにしますが、あれは口呼吸だからであって、鼻呼吸なら、よほどのことが無い限り、紙を吸い込む事はない…と思いますよ。

3)呼吸音が静か

 鼻呼吸は口呼吸ほど、一度に多くの息は吸えません。吸えない代わりに、呼吸音も(よほどの事がないかぎり)小さいです。観客で、演者の呼吸音が気になるという人は少なからずいますので、呼吸音は静かな方が良いに決まってます。特にフルートの場合、口呼吸で息を吸うと…結構響きますよね。

4)循環呼吸は鼻呼吸

 これはフルートのみの利点ですが、フルートで使われるテクニックの一つに、循環呼吸がありますが、この循環呼吸は、鼻呼吸の人じゃないと使えません。

 まあ、こんな感じでしょうか? 口呼吸と鼻呼吸、どちらが良いのかと言えば「そんなのは、個人の好みで好きにすればいいじゃん」って私は思ってます。それぞれのメリット・デメリットを熟知した上で、自分のやりやすい呼吸をしていけばいいと思います。まあ、多くの人は、口呼吸も鼻呼吸も両方やっていると思いますが…。

 呼吸で大切な事は、実はクチから吸うのか、鼻から吸うのかではなく、きちんと腹筋を使って腹式呼吸ができているか否かなんだと思います。腹式呼吸ができていれば、息をクチから吸っても、鼻から吸っても、大きな違いではないと、私は思うわけです。それは、フルートであっても、声楽であっても…です。

 でしょ?

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2017年12月20日 (水)

下手くそな音源でもアップする理由

 世の中には、完璧な演奏の音源しかアップしてはいけないという、頑なな考え方の人がいます。そういう人に言わせれば、不出来な演奏や、下手くそな演奏の音源など、アップしてはいけないし、アップすること自体が恥であり、わざわざ恥をかくためにアップする人の気が知れないんだそうです。

 つまり子どものピアノ発表会の音源とか、アマチュア音楽家の演奏とか、まだまだ修行中のプロの卵の演奏などは、決してアップしちゃいけないのです。ネットに演奏をアップしてよいのは、完璧な演奏のみ。まあ、プロ中のプロの方の感動的な録音で、ミスした箇所を切り貼りしたり、編集したりして、そうやってミスを取り除いた完璧な音源だけがアップされるべきって事なんでしょう。

 つまり、CDなどで販売される音源と同レベルのモノだけしかアップが許されない…って考えているから、先の暴言を平気で言えちゃうんだと思います。

 ふーん、世の中には色々な考え方の人もいるし、そういう人が暴言を吐けるのが、自由主義社会だし、言論の自由ってヤツだから、その発言自体は良くも悪くもないのだけれど、世の中には、そういう考えなしの大声によって、無意味に萎縮しちゃうメンタル弱々の人もいるんだから、その手の暴言は、あまり感心できません。

 だいたい、完璧なモノしか発表するべきでないなんて、発想が昭和的なんだよね。今時の発想じゃないよね。

 そもそも、YouTubeが開発された動機は、友人たちにパーティーで撮ったホームビデオを配布するために考えられたシステムなんだよね。最初っから、ユルユルの画像を、仲間内で和気あいあいと楽しむために作られたシステムなわけです。

 素人レベルの画像をみんなで共有して楽しむために作られたもので、完璧で商業レベルのモノをアップするためのシステムではなかったわけです。

 そういう意味で考えれば、そもそもアップされる画像や音源なんて、玉石混交が大前提であり、完璧な演奏もあれば、微笑ましい演奏もある…そういう混沌とした状況を受け入れて楽しむのが、21世紀の発想なんだよね。

 みんな違って、みんな良い。誰もに輝く瞬間があり、誰もが自分の人生の主役! つまりそういう事。発想が昭和な人は、そういう事が分からなくて『世間に発表する』って事が『限られたエリートの方々だけに許された特権的な行為』になっちゃっているわけよ。だから「お前ら、シロートのくせして、生意気なんだよ!」って、勝手に義憤を感じちゃっているわけです。厄介だね。

 ちなみに私は昭和生まれだけれど、そんなにガチガチのジジイじゃないので、声楽であれ、フルートであれ、チャンスがあれば、自分の演奏音源をアップしちゃう人です。

 でも頑固で昭和なジイさんたちは、次のような事を言ってきます。

 「下手くそな演奏なんてアップして恥ずかしくないのか!」

 うーん、別に恥ずかしくはないです。だって、やるだけやって、これが精一杯の今の私の実力なんだから、未熟だな、下手だなとは思うけれど、恥ずかしくはないですよ。“自分は完璧な演奏ができるはずだ”などという傲慢な気持ちがあったら、恥ずかしいかもしれないけれど、これでも結構、謙虚な人柄だし、分を知っていますので「まあ、こんなもんだよね」って思っているわけです。

 「下手な演奏をアップするなんて、失礼にも程がある」

 誰に対して、どんな失礼があるのかな? もちろん、期せずして偶然私の下手くそな演奏を聞いてしまった不幸な人はいらっしゃるかもしれないけれど、それはあくまでも不幸であり不運ではあるけれど、失礼とは違うでしょう? それにだいたい、音源ファイルをクリックした段階で、自己責任ってヤツが生じると私は思うんだよね。今から聞く演奏は、天下の名演奏かもしれないけれど、ジャイアンの遠吠えかもしれないわけで、そのあたりの覚悟を決めてクリックをしているわけだから、たとえ聞こえてきたのがシズカちゃんのヴァイオリンだったとしても、それは不幸な出来事であって、失礼なんかじゃないです。

 「下手な演奏をアップするなんて、失うものが多すぎるでしょ?」

 別に私、何も失わないです。少なくとも、アマチュア音楽家の方で、自分の演奏をアップする事で、多くのモノを手にする人はいても、何かを失う人なんて、いないんじゃないかな? 下手な演奏をアップして何かを失う可能性があるのは、プロの人だけでしょ?

 だから、プロの人は、滅多なことじゃ音源なんてアップしないし、アップする時は、自信のある演奏か、ミスを修正した演奏に限っているよね。だいたい、そのレベルの演奏だったら、ネットに無料であげるよりも、きちんと販売した方が良いしね。

 実際、ネットにあがっているプロの演奏なんて、本人とかマネージャーとかが宣伝のためにアップしたモノなんて、ほんの少数であって、大半は権利関係がうやむやのまま黙ってアップされちゃったモノばかり。限りなく盗品に近いモノと私は認識しています。下手くそな音源がアップされる事よりも、むしろ、そっちの方が問題あるんじゃないのって、私は思いますよ。

 でもまあ、思いもかけずに下手くそな演奏に当たった時は、まさに事故にあったようなものだよね。その驚きとか、不運さとか、不快感は、理解できないわけじゃありません。誰だって、素晴らしい演奏と出会いたいものね。

 だから、音源をアップする側にも、ある程度の気遣いは必要かなって…時々考えます。少なくとも、音源を聞く前にタイトルは誰でも見るわけだから、そのタイトルに「アマチュアによる演奏」である事を推測される文言とか入れるのは良いかもしれません。

 ちなみに私の場合は『限定公開』にしているので、YouTube内でも、グーグルでも、私の音源を直接検索できないようにして、事故は未然に防いでいるつもりです。で、基本的には演奏ファイルはブログの記事に貼り付けちゃうので、私のブログからでないと聞けないようにしています。これで少なくとも私の演奏を聞く人は、演奏者が私である事が前提になるわけだし、ある程度の覚悟を持って聞いていただく事にしています。

 それでも(だいぶ最近は減ったけれど)私の演奏が下手だ糞だ耳が腐るだ恥ずかしくはないのかだとか親の顔が見たいだとか早く音楽やめちまえだとかの罵詈雑言をいただく事があったりなかったりするわけですが、それは文句を言う方が間違っていると私は思いますよ。

 あなたは私の音楽レベルを承知した上で音源をクリックしたわけでしょ? それで文句を言うなんて、ちょっとずるいよなあ…って思います。それとも私の事を、一流のプロの名音楽家であると、誤解されているのかしらね。

 私が自分の音源をアップするのは、自分の演奏力向上のためです。つまり、勉強のためにアップしています。だって、自分の拙い演奏をアップするという前提があるから、音源の収録の時は、キリキリの本気の全力の演奏をするわけだし、それをアップして、皆さんからコメントをいただく事で、多くの事を学びます。それは本当に有り難くって、日常生活だけでは得難い事です。

 なので私は、アマチュアの音楽家の皆さんは、ガンガン自分の演奏をアップしていって、互いに励まし合い学び合ってゆけばいいと思います。

 昭和なジイさんたちの暴言なんかに負けないぞーぉと(笑)。

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2017年12月19日 (火)

音楽演奏力にも段位認定があってもいいよね

 これはある意味、アマチュア向けの発想なのかもしれません。

 私は学生時代に柔道などを嗜み、黒帯を取得しております。学生向けの柔道には、初心者向けには級位があり、そこを越えると段位という格付けがあり、これらは帯の色で分けられます。

 まず始めは、誰でも白帯です。で、稽古を重ねて昇級試験を受けます。ここをクリアすると級位がもらえます。級位と言うのは、三級、二級、一級ってヤツで、いわゆる“茶帯”ってヤツです。小学生なんかだと、もっと下の級があり、色々な色の帯があるようですが、私は高校生から柔道を始めたので、そのあたりは不案内です。

 茶帯と言うのは、普通は通過点ですから、実際に茶帯を購入する事って、あまりないと思いますが、まれに柔道に適性がないのに頑張っている人(つまり、これ以上の昇級昇段が難しい人)は、諦めちゃったのか、茶帯を購入して使用しちゃいますね。私がいた柔道部の先輩にも数人いました(そういう先輩は、結局、段位は取得できませんでした)。

 私は茶帯を購入しませんでした。一級になっても白帯を締めてました。ま、これが普通です。

 で、昇段試験です。私は初段は簡単に取得できました。柔道始めて一年もせずに初段を取りましたが、そこから先は挑戦しませんでした。と言うのも、その当時の私は、試合で他の選手と対戦すると、初段の選手相手には勝ったり負けたりできましたが、二段相手には全く歯が立たなかったんですよ。二段相手に対等に戦えないと二段になれません。だから、自分は二段になれる器じゃないって、当時思っていたんだと思います。

 だから、私は柔道初段止まりなんですわ。でもまあ、一応、黒帯なので、満足はしています。

 で、音楽の話。それもクラシック音楽の話。

 柔道の黒帯に相当する資格と言うのは、クラシック音楽の場合は、音楽大学卒業という資格なのだろうと思います。地方の音楽家協会などの団体に入会する際の条件の一つに「音楽大学卒業」ってのがありますからね。音大卒業は、音楽をやる上でプロとアマを分けるための資格…という扱いなんだろうと思います。

 逆に言うと、演奏家としての実績がなくても、音楽大学を卒業しているというだけで、プロの音楽家扱いを受けるというわけで、音楽大学の卒業証書を持っているか持っていないかって、クラシック音楽の世界では、大きな違いなわけです。

 と言う訳で、アマチュアの世界の話です。ですから、我々アマチュア音楽家の多くは、音楽大学の卒業証書なんて持っていません。実はアマチュアの中には、音大の卒業証書を持っていて、でも黙っている人もいますが…そういう人は例外扱いにします。と言うのも、逆差別…じゃないけれど、特に合唱団だとか吹奏楽団だとかの団体競技系のグループにいる人などは、自分が音大卒だと知れると、アレコレあるようで、居心地の悪さを感じるようなので、自分が音大卒である事を黙っていたりするわけです。まあ、黙ってたらバレない程度の実力ってのも、アレかなって思いますが…。

 ともかく、アマチュア音楽家の世界では、原則的に、みんな無資格で音楽をやっているわけです。

 私、クラシック音楽の演奏を普及させたいのなら、武道の段位認定のようなシステムがあったら、少しは違うかなって思うのですよ。つまり、アマチュア音楽の世界を無資格の世界ではなく、民間認定資格の世界にしたらいいと思うのです。

 と言うのも、日本人って、資格大好きでしょ? 資格が取れると思うと、急に張り切る人っているじゃない? アマチュア音楽にああいったものを導入すると、客層が広がると思うんだよね。

 「今、合唱8級だから、来年の試験では7級目指すぞ」とかね。「ウチの団では、初段以上の資格がないとパートリーダーになれないので、まずは初段取得を目指して頑張るぞー」とかね。

 ま、私は、たとえあったとしても、音楽の昇段試験なんて受けないけれどね(笑)。と言うのも、私は資格認定とか検定試験とかが嫌いだし、ああ言った面倒なモノは苦手なんです。試験なんて受けるよりも受けさせる方が好きだし(笑)。なので、個人的には魅力を感じない、音楽の昇段試験ですが、アマチュア音楽業界に導入できたら面白いなあって思います。

 と、ここまで書いて思い出したのは、ヤマハカワイで行っているグレードってヤツです。

 カワイはピアノと電子オルガンだけのグレードみたいですが、ヤマハはピアノと電子オルガンの他に、管楽器(フルート・サックス・トランペット・クラリネット)、クラシックギター、ドラムス、指導(ソルフェや楽典、聴音のグレード)など、各種のグレード試験があります。これってまさに、音楽の昇段試験ですね。

 フルートのグレード試験ってやっていたんだ! 知らなかったなあ…。今度、フルートのグレード試験…受けてみようかな(笑:冗談です、たぶん受けません)。

 まあ、オトナの音楽演奏と言うと、一番多いのがピアノですが、その次に多いのが、たぶん、ギターやドラムスやキーボードだと思います。つまり、バンドをやりたい人が学ぶ楽器ですね。この手の人たちは、たぶん試験というモノ自体が嫌いな人たちだと思うので、グレード試験があっても、たぶん受けない(笑)でしょう。

 となると、その次は管楽器って事になるわけで、だからヤマハは管楽器のグレード試験があるんだろうと思います。

 そこで、歌関係のグレード試験って無いのかしらね? 歌は声楽でも、合唱でもいいけれど、これらの音楽をやる人の中には、検定試験が好きって人もいるだろうから、それはそれで面白いと思うんですよ。あと、カラオケ好きな人も検定試験好きかも。ただ、いわゆるポピュラーヴォーカルをガチにやっている人は、バンドの人たち同様に、試験嫌いかも(笑)。

 歌、特に合唱の人は、真面目な人も多く、検定試験が好きなタイプの人が多いから、合唱検定なんてあったら面白いかもね。そう思いませんか?

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2017年12月18日 (月)

旅行に行って新たに学んだこと

 先日、山梨にバス旅行に行ってきました。いつもなら、楽しく旅の報告をする私ですが、今回は違います。

 今回のバス旅行は、ケーブルテレビ会社の番組表に入っていた、抽選申し込みによる激安ツアーで、もちろん申し込んだ当初は知らなかったのですが、ネットでは悪評の高いツアーでした。評判に違わず、私も、あれこれ不愉快な目に遭いました…とは言え、悪いのは旅行会社であって、地元山梨の方々ではないし、山梨をディスるつもりは毛頭ないし…。だけど旅行会社には一言も二言も言ってやりたい(し、実際、添乗員にはガンガン文句言ってやった)し、いっそ、業者名をネットでさらしてやろうかとも思ったけれど、ここのブログの知名度を考えると、そこまでの制裁を加えるのは…やりすぎかな…とも思ったので、業者名はさらさない事にしましたが、気になる方は、適当な検索ワードを入れてググってみると、あれこれ出てくるので、そういうツアーには(参加するな…とは言いませんが)覚悟を決めて参加すると良いと思います。

 と言う訳で、今回は旅行の詳細は省いて、このツアーで私が学んだ事をメモ代わりに列記していきたいと思います。

1)干しぶどうをバーモントに漬け込むと、美味しくて健康に良い

 私は山梨に行くと、干しぶどうとワインを買います。だって、山梨って言うと“ぶどう”でしょ! なら、やっぱりぶどうを買わなきゃね…。

 …って思ってました。だってね、ワインはともかく、干しぶどうって、バスツアーに行くと、結構プッシュされたりするし…やっぱ土地の名産は買わないとねえ…なんて思ってたわけです。

 で、今回も干しぶどうをたくさん買ったんだけれど、生産地って山梨じゃないんだね(涙)。よく見たら、トルコとか南アフリカのぶどうじゃん。別にだまされたわけじゃなくて、勝手に思い込んでいただけなんだけれど、なんか、がっかり…。

 それはともかく、今回、売店のおばちゃんに教わった、干しぶどうの美味しい食べ方が、干しぶどうをバーモントで戻してから食べるってやり方。

 干しぶどうはぶどうを干したモノだから、水に漬ければ、元のぶどうに戻るわけだけれど、そこで水ではなく、バーモントに浸けることで、より美味しく召し上がれるってわけです。

 バーモントってのは、リンゴ酢とはちみつを混ぜたドリンクです。アメリカのバーモント州ではポピュラーなドリンクってわけで、そういう名称が付いているんだけれど、日本だとやっばり「りんごとはちみつ、とろーり溶けてる」“バーモント”カレーの方が有名かな?”

 さっそく、作ってみました。

 ううむ、山梨で食べたヤツよりもすっぱくて、ちょっとつらいです。妻が言うには「まだ漬け込み期間が短くて、味が尖っているんだよ」との事だけれど…たぶん、はちみつをケチって、リンゴ酢をたっぷり入れたから、単純に酸っぱくなっただけなんじゃないかなって思います。で、酸っぱくなったからと言って、後からはちみつを足しても、もう時期を外しちゃっているからダメなんだと思う。ちょっと残念だね。

2)ダイアモンドのレーザーホール加工は、なかなかすごい

 ダイアモンドに限らず、宝飾品ってのは、宝石を台座にしっかり固定して、指輪なりペンダントなりを作るわけなんだけれど、あの硬いダイヤモンドに穴をあけて、台座に固定する代わりに、リングを開けて、リングなりチェーンなりで吊せるようにしたのが、レーザーホール加工なんです。

 私、宝飾品には興味ないですけれど、このレーザーホール加工はすごいなあって思いました。これ、最近の技術のようなんです。

 まず、ダイヤを台座に固定しちゃうと、台座で石の半分ぐらいは覆われてしまうわけだけれど、リングでぶら下げられちゃうと石の全面から光が入るわけで、それだけでダイヤの輝きが増すわけだし、さらにリングでぶら下げられると、固定されていないため、ダイヤが動き続けるわけで、その動きに合わせて、ダイヤの輝きもキラキラするわけで、それだけでスゴイなあって思いました。

 たぶん、一番大変なのは、ダイヤに穴を開けること…じゃないかな? そもそもダイヤって硬いから、簡単には穴が開かないし、下手に開けようとすると、ダイヤが割れちゃうでしょ? そういう技術的部分をクリアした事がすごいなあって思いました。

3)発酵前赤ワインの原液(つまり、葡萄液)は、かなり美味い

 ほんと、実に美味いのです。

 「発酵前のワインの原液…って、それってぶどうジュースでしょ?」

 まあ、確かにそうなんだけれど、でも我々が普通にスーパーから購入しているぶどうジュースとは、明らかに次元が違う旨さなのです。

 スーパー等で売っているぶどうジュースって、ぶどう液100%ってわけじゃなくて、あれこれ調整して飲みやすくなった(とメーカーが考えるモノ)が売られているわけです。でも、発酵前のワインの原液って…何にも入っていない、ただの100%のぶどう液なんです。味、濃いです。めっちゃ甘いです。確かにジュースとして飲むには濃くてクドいかもしれないですし、何より、これだけ濃いと5倍10倍に薄めても、十分、ブドウジュースとして通用しそうだし、大量生産って事を考えるならば、メーカー的には薄めちゃうでしょう。

 でも、ワインを作るなら、この濃いままがいいんでしょうね。この濃い風味がそのままワインの風味になるんだろうし、この甘味がアルコールに醸されていくんだと思います。つまり、混じりっけなしの濃い濃い100%ぶどう原液が、発酵前のワインの原液なのです。

 私が飲んだのは赤ワインの原液でしたが、本当に美味いんですよ。これって、なかなか県外では飲めないシロモノだよねえ。

4)ワインには“県民サイズ”というのがある

 普通ワインって、ボトルで売っているじゃないですか? で、ワインボトルって、だいたい、720mlか、750mlぐらいなんだよ。なんで2種類も規格があるのかと言うと…まあ、色々と理由があるみたいなんだけれど、それは横において、ひとまず、ワインって、基本、ボトル売りじゃない。まあ、最近は、紙パック入れもないわけじゃないけれど、やっぱりワインはボトル売りでしょ!

 だけど、山梨県内だけで流通している徳用サイズがあって、それを“県民サイズ”って呼ぶんだそうです。で、この県民サイズのボトルなんだけれど…一升瓶なんですよ。そう、一升瓶にワインが入っているんです。つまり、1.8リットル入りなんですね。つまり、通常ボトルが4合入りならば、県民サイズは1升入りなんです。

 この県民サイズのワイン、量が多いだけでなく、お値段もお安くなっていて、おまけに県外には流通していないんだそうです。確かに地元の人たち向けのワインだなって思うわけです。なので、山梨のお土産として、酒飲みには、ちっともオシャレじゃないけれど、この県民サイズのワインを贈ると喜ばれるかもしれませんね。

5)ブルーベリーには、食用と薬用の二種類がある

 ブルーベリーって目に良いって言われるじゃないですか? その理由は、アントシアニンという色素が豊富だから…って事らしいですが、実はブルーベリーには、このアントシアニンが豊富に含まれているモノと、さほどでもないモノがあるんです。で、我々が通常生食としてだったり、お菓子やケーキに入れて食べているブルーベリーは食用のブルーベリーで、これは甘くて美味しくて粒が大きい代わりに、さほどアントシアニンが入っていなんだそうです。サプリなどで使われているブルーベリーは粒が小さくて、あまり美味しくないんだそうですが、その代わり、アントシアニンが豊富に入っているそうです。なので、目の健康のためにブルーベリーを食べるなら、美味しい食用ブルーベリーではなく、美味しくない薬用ブルーベリー(ビルベリーとも呼ばれています)が良いわけで、そうなると、ブルーベリーはサプリなどで摂取するのが理想って事になるんだろうなあ…って思います。

 もっと言えば、アントシアニンって、別にブルーベリーにしか入っていないわけじゃなくて、果実や野菜の赤~紫~黒の色素なんだそうで、他のモノにも結構含まれています。。だから、アントシアニンの摂取が目的なら、ブルーベリーにこだわる必要はないのです。

 例えば、ぶどうは豊富にアントシアニンを含んでいます。黒豆とか黒ゴマもアントシアニンが豊富です。他にも紫芋、赤シソ、紫玉ねぎ、紫キャベツなどにも多く含まれています。意外な事に、ナスもアントシアニンが豊富なんだそうです。

 なーんだって感じですね。頑張って、ブルーベリー入りのヨーグルトを食べなくても、赤ワインを飲んでりゃあ、それで十分な気がするし、ワインを飲まなくても、ゴマ塩ご飯(黒ゴマだよね)に胡麻和えでも食べてりゃあ十分な気がします。黒豆の煮豆でもいいよね。とにかく、濃い色の野菜をや果実を食べていると、アントシアニンが取れるので、目に良いのかもしれません。

 …かもしれませんね…と書いたのは、本当にアントシアニンが目に良いのかどうかは…アントシアニンが医薬品の成分としては認可されていない事から、察してください。

6)ステビアは人工甘味料ではない

 私、不勉強だったのだけれど、ステビアって人工甘味料だと思ってました。だって、これって、日本とその周辺国以外では、発がん性の恐れがあるとかで、食品添加物としての使用が禁止されているんですよね。なので、かなりヤバイ甘味料だと思ってました。

 でも、ステビアって、普通に植物なんですよ。南アフリカ原産のキク科の植物で、砂糖の数倍も甘みの強い、植物性の天然の甘味なんです。

 で、これを実用化したのが日本なんです。

 ステビアは砂糖よりも甘みが強くて、カロリーが低いので、糖尿病患者などには良いんだそうです。で、そんな良いモノが世界で普及してしまうと、現在の砂糖業界は大打撃を受けるわけで、そんなこんなで世界中でロビー活動が行われて、ステビアを砂糖市場から追い出してしまった…というのが、事の顛末のようなのです。

 どうやら、ステビアがヤバイ物質だから禁止されているのではなく、ステビアが普及すると、砂糖の消費が減ってしまうから、世界中で禁止されている…ようです。まあ、アメリカで鉄道網が整備されていない理由は、鉄道が便利に使えるようになると、自動車が売れなくなるから…ってのと、同じ構造のようです。

 もっとも、ステビアって、良いことばかりではありません。ステビアは、カラダにあまり吸収されないからカロリーが低いのだけれど、そんな吸収されないモノを大量に摂取すると、お腹が下ってしまうのが欠点とも言えます。実際、私、ステビア入りの飲料飲むと、ちょっと体調が不安定になるもの。ステビアも砂糖同様に、大量摂取には向かないモノなのです。

 まあ、長所もあれば短所もあるステビアなんです。用量用法を守れば、とても良い甘味料なんだろうと思う次第であります。

7)ポインセチアにはぬるま湯が良い

 ポインセチア、別名クリスマスフラワーとも言いますが、ぼちぼち花屋の店先を賑わしている、あの赤と緑の鉢植えです。

 で、鉢植えだから、定期的に水をやるわけなんだけれど、だからと言って、水道水をそのままあげてしまうと、ポインセチアは枯れてしまうんだそうです。

 と言うのも、ポインセチアという植物は、寒さに強い半面、温度変化には弱い植物なんだそうです。だから、常に温度が一定の場所に置いてあげるのが吉なんだそうです。で、盲点なのが、ポインセチアにあげる水です。水道水は、今の時期、室温と比べて、冷たすぎるのです。それこそ、水を上げると、土の温度が劇的に変わっちゃうわけで、それはポインセチアには良くない事なのです。

 ポインセチアにあげる水は、ぬるま湯がいいんです。いわゆる常温、室温程度のぬるいお湯がいいんだそうです。そうすると、ポインセチアは元気になるんだそうです。

 知らなかったよね。

 なんて事々を、今回の旅行で学んだ私でした。

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2017年12月17日 (日)

意外に知らなかった…

 お店の資本関係とブランドの関係と言うのは、分かりづらく、また分かりづらくする事で、企業はうまく立ち回って商売をしているわけです。

 フルート業界で言うと、アルタスとアズミとジュピターの関係みたいなモンです。

 で、最近知って、びっくりしたのが、中華東秀の話です。中華東秀というのは、中華料理のチェーン店です。東京や神奈川県などの限られた地域でローカルに展開しているので、知らない人の方が圧倒的に多いのでしょうが、ここは安くて美味しくて、メニューも豊富で、ほんと、大衆中華料理店の見本のような店で、私、大好きな店なのです。

 で、この中華東秀と、オリジン弁当が同系列の会社だったって知りませんでした。正確に言うと、中華東秀が弁当事業を始めて、それがオリジン弁当になったわけです。

 今や、本家の中華東秀よりもオリジン弁当の方が有名になっちゃったわけね。

 で、その中華東秀やオリジン弁当は、元々は日本の会社だったんだけれど、今は買収されて、イオンの子会社になっちゃったんだそうです。オリジン弁当がイオンに吸収されたという話は知ってましたが、中華東秀もイオンだったなんて…レジでワオンが使えるのは、なんか不思議な感じがしていたのですが、そういう理由だったそうです。

 また、近所のスーパーが地元スーパーからマックスバリュに変わりました。マックスバリュはイオン系だという事は知っていましたが、実はイオンに買収される前は、ヤオハンだったんですよね。ヤオハンが経営破綻をしてイオンに買われてマックスバリュになっちゃったわけです。

 ヤオハンと言えば、熱海発の、一時は世界進出も果たした大スーパーマーケットなわけで、熱海にシンパシーを感じている私にとっては、全く見知らぬ会社ってわけじゃありません。なんか、昔、お世話になったお姉さんが、知らない間にお嫁に行って名前を変えて、オバサンになって、そんなオバサンと久しぶりに会って「ああ、オバサンは、あの時のお姉さんだったんだね」って感じがしています。

 それにしても、毎日の食材を買っているスーパーの、旧マイカルは、今やイオンスタイルになってしまったし、我が家の最寄りの映画館はシオンシネマだし…知らぬ間に、私の人生はイオンに取り込まれているじゃん。もしもイオンに何か起こったら、私の人生、一気に混乱してしまうじゃないか!

蛇足 と言う訳で、我が家の買い物はイオンで済ます事が多いのだけれど、個人的にはイトーヨーカドーの方が好きです。なんか、並んでいるモノが私好みなんだよね。コンビニもセブンイレブンが好きだな…近所にないけれど。

蛇足2 イオンスタイルもマックスバリュも同じイオン系だけれど、品揃えが微妙に違っていて、イオンスタイルはなんでもかんでも豊富に揃っているけれど、マックスバリュは私の心を惹き付けるモノばかりがセレクトされて売られているような気がします。だから、マックスバリュに行くと、なんか心がザワザワします。さすがは、元ヤオハン!

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2017年12月16日 (土)

金魚に先輩後輩ってあるのかしら?

 ウチの金魚には世代交代と言いますか、金魚の入れ替えがあります。まあ、誰かが星になってしまうと、その代わりに新しい子が入ってくるというシステムなのですけれど…。

 で、現在の5匹たちも、先住者が星になったのでやってきた子であって、それぞれ先代が星になった時期が違うため、我が家にやってきた時期が違います。

 今いる子たちが、我が家にやってきたのは、次の時期です。

ヤヨイ 2015年3月
シズカ 2015年9月
アセビ 2016年8月
ベル  2016年9月
ウルシ 2017年11月

 ヤヨイとシズカが半年違い。シズカとアセビ&ベルが1年違い。アセビ&ベルとウルシが1年違いなんです。

 実は先月までいたミドリはヤヨイと一週間違いだったんですよね(ヤヨイの方が一週間早かったんです)。

 同じ時期にやってきた子は…たぶん、同じ年齢なんだと思います。金魚って多産系の魚だし、コントロールされた環境で飼育されている事もあって、繁殖回数は原則年2回(春と秋)なんだそうです。つまり、ウチの子で言うと、ヤヨイと故ミドリ、アセビとベルは同世代と言うか、同級生になります。

 この同級生の関係って、どうにも金魚的には微妙みたいなんです。

 金魚って、世代が違うと、素直に上下関係が守られるみたいで、特にトラブルもないのですが、同世代の子が複数いると、分派したり、ハブられたり、一つの群れとしてのまとまりに欠ける傾向があります。

 最近で言うと、ヤヨイとミドリがそうだったんです。この二匹の場合、我が家にやってきたのは一週間違いですが、そもそも購入店が同じで、その購入店では同じ水槽で飼われていた子なので、そもそもが幼馴染と言うか、よく知った二匹だったんです。

 この二匹、仲が良い時もありましたが、我が家では、むしろ二大巨頭的な存在でした。水槽の中が、ヤヨイグループとミドリグループに分かれていた時があります。ヤヨイグループは、ヤヨイとアセビとベルの3匹。ミドリグループがミドリとシズカだったんですよ。やがて、シズカがミドリグループからヤヨイグループに移動して、晩年はミドリの単独行動が目立っていました。

 そのミドリが星になって、代わりにウルシがやってきて、ウチの5匹の金魚がすべてヤヨイグループの子になったようで、いつもヤヨイを中心に5匹がまとまって生活しています。ようやく、群れが一つにまとまったという感じです。

 今、心配しているのは、アセビとベルの関係です。この2匹は同級生なのです(ただし、購入店は違います。アセビは総合ペットショップですが、ベルは金魚専門店です)が、この2匹、我が家に来てからは、ずっとヤヨイグループにいて、ずっとお仲間なんですが、群れが一つにまとまってきたあたりから、なんとなくベルの単独行動が目立つような感じなのです。

 考えてみると、ヤヨイもシズカもアセビも琉金系ですが、ベルはオランダ系で、体型が違うんですよ(ウルシは出目金なので、これも体型が違いますが、チビすぎて勘定してもらえていないんだと思います)体型の違いで、仲間をハブるのか、ハブらないのか…ちょっと観察を続けてみたいと思います。

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2017年12月15日 (金)

ドイツの白ワインは甘口なんです

 フルートのレッスンに行ってきました。姉様もいらっしゃって三人でロングトーン練習をしました。今回は意識的に、フルートの頭部管を深めに刺してみました。深く刺して軽く吹く…これがどうやら良いみたいです。

 ちなみに、姉様は次回のレッスンから無伴奏モノに取り組むそうで、ひとまずドビュッシーの「シリンクス」にチャレンジするそうです。そうか、シリンクスって、姉様ほどの上級者がレッスンで取り上げるような、難しい難しい曲なんだな。確かに、楽譜は真っ黒だし、容易には吹けそうもないけれど、姉様クラスの方が取り組む曲だったんだ。

 以前、遊び吹きでシリンクスが吹けるようにならないものかと思った事もあったけれど、そんなレベルの曲ではなかったと…ああ、手を出さなくてよかった。下手に手を出して、でも攻略できず、苦手意識だけを残しても仕方ないものね。

 さて、エルステユーブンゲンは23番です。暗譜はおろか、まだミスなく吹く事すらできません。練習、足りないなあ…。当然、次の24番なんて、ミスブローの連続で、自分が情けなくなりました。

 プチエチュードは19番なんだけれど…難しいなあ、この曲。もちろん、自宅では結構、根を詰めて練習したけれど、ほんのちょっとしか上達しなかったよ。まだまだミスブローは多いし、音楽も止まりがちです。ああ、情けない。先生曰く「とにかく、ゆっくりでいいから、音程とリズムとアーティキュレーションを間違えないように吹いてくる事。本当にゆっくりでいいから、きちんと吹けるようになってから、テンポを上げていけばいいから、今はまだゆっくりと丁寧に正しく吹くことだけを考えて練習してくる事」 まあ、それが遠回りのようで、一番の近道なんだと思います。

 40リトルピーセズは、7番のバッハの「メヌエット」だけれど、こいつは合格です。ふふ。で、先生に「8番(のシューマンの「兵士のマーチ」)はやった?」と尋ねられたので「一応、譜読みはしましたが、どうにもイメージがつかめません」と答えたところ「じゃあ、合わせてみよう(合わせて、イメージをつかんでみよう)」と言うので、チャチャと合わせてみました。一応、次回が本番の予定です。あと、9番のベートーヴェンの「スコットランドの踊り」もやってくるように言われました。頑張りますよ。

 さて、雑談…と言っても、今回の雑談は、そんなに深い内容の話ではありません。

 ワインはぶどうの産地で味が変わるので、ワインと言っても、国によって味のイメージは全然違うって話です。

 白ワインは、一般的に辛口ってイメージがあるけれど、これはフランスワインの特徴であって、先生が留学していたドイツでは、白ワインと言うのは、むしろ甘口が多いんだそうです。

 なんて言う話を、あれこれしていたのですが、まあ私はお酒には詳しくないので、先生からの貴重な情報の大半が、耳をすり抜けてしまったのは、実に残念な事でした。

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2017年12月14日 (木)

カタカナで歌っているように聞こえる

 さらに声楽のレッスンは続きます。

 出来ないわけじゃないのだけれど、違和感とか苦手意識があるのが“っ”です。いわゆく『促音』ってヤツです。この音は、一種の休符のようなもので“っ”ってのは、無音を発音していくわけです。

 これがなんとも違和感ばりばりなんですよね。歌い方としては“っ”の部分だけ息を止めればいいだけなんだけれど、どれくらい息を止めるべきなのか、息を止める速さ(ブレーキを踏み込む速さ)はどうするべきなのか、また“っ”の後の、息を吹き返す部分の速さ(アクセルを踏み込む速さ)はどうするべきなのか…なんか、あれこれあれこれ考えてしまうんです。

 この歌のケースではないのだけれど、特に困るのが“っ”に対して音符が割り振られているケースです。ほら、日本の歌って、音符一個にかなを一つずつ振っていくわけで、そうすると当然“っ”にも音符が一つ与えられるわけです。音符というのは、音程と長さを示すわけで、まあ長さとともかく、無音である“っ”に対して、どう音程を表現するべきか、本当に悩む私なんです。

 とにかく、子音や母音の発音にこだわっていたら「死んだ男の残したものは」は終わりにはなりませんでした。次回のレッスンまで、たっぷりと歌い込んできて、歌いづらい母音の連なりをチェックしておくように言われました。次回のレッスンでは、歌いづらい箇所を中心にレッスンする事になりました。

 で、次回も「死んだ男の残したものは」を歌うわけですが、その次の曲として「ワルツ」を提案しましたが、先生に却下されました。いい曲なんだけれど、教材としては学ぶような箇所がないので、リハーサル準備のためのレッスンならともかく、テクニック習得のためのレッスンの課題曲としてはふさわしくないという理由で、却下なのです。

 ちょっぴり残念です。

 ちなみに「ワルツ」ってこんな感じの曲です。

 歌っているのはソプラノの八木香那永氏です。この「ワルツ」という曲は、武満のソングの中では、なかなか取り上げられない曲なんです…が、いい曲だと思うのです。まあ、歌詞の内容は、とてもとても重いけれど…ね。妻に先立たれた夫の歌…なんだよね。八木氏は、キリスト教会でのコンサートを中心に活躍している歌手さんで、こういう曲を歌わせたら、なかなか良いですね。私もきちんと勉強してみたかった曲です。

 で、最後はドナウディ作曲の「Amorosi miei giorni/私の愛の日々」です。

 まず全体に“甘さ”が足りないそうです。“甘さ”とは、音をつなげていく事です。息をつなげるだけでなく、音程もつないでいきます。スーパーレガート+ポルタメントが“甘さ”になっていきます。甘さを表現する手段の一つとして、クチをあまり動かさずに歌っていくやり方があります。もちろん、音程が跳躍していく箇所では甘さの出しようがありませんが、音程がなだらかに動いていく箇所や、コブシをまわしていく箇所では、思いっきり甘く歌うのが吉なのです。

 ところが私ときたら、常にハキハキと歌っていて、甘さのかけらもない…のだそうです。悪い表現をすると…

「イタリア語ではなくカタカナで歌っているように聞こえる」

 ガーン! 確かに私はイタリア語は話せないけれど、カタカナでは歌っていないつもりだったのですが…いやあ、カタカナ歌唱に聞こえていたんですね。すごーいショックです。

 カタカナに聞こえないようにするためにも、甘く甘く歌うべきなのです。

 “che un suo sguardo”の箇所の“sguardo”の“sguar-”と“-do”の間にある十六分音符をしっかり歌う事。ついつい、ここをいい加減に歌ってしまうので、後々、リズムがずれて、ビートを外してしまうのです。地味だけれど、大切なポイントです。

 “il mio tesoro”の部分は、どう歌いたいのか。自分の意思を固めておかないと…。実はこの箇所、前回のレッスンでは、あまりにルーズに歌いすぎるので、もっと楽譜に忠実に歌いましょうと言われて、しっかり練習してきたので、割りと楽譜通りに歌えるようにしてきたのですが、今度は「ここだけ楽譜通りで、なんかオカシイ」と言われました。

 おそらくは、全体のバランスの問題なんでしょうが、自分の感性に任せて歌うと「崩しすぎ」と言われ、楽譜通りに歌うと「なんかオカシイ」と言われます。要は、先生がなんとおっしゃろうと、自分の歌い方を通していく事が大切なのかもしれません。自分が無いのがダメなんだろうと思います。

 もっとも、本音で言えば、私はこの箇所、もっともっと崩して歌いたい人なんだけれど、現実問題として、息が足りなくて、思いっきり崩しきれていないのです。そういう中途半端な崩し方が良くないのかな…って思ってます。まあ、息と感情のせめぎあい…なんですね。しっかり歌い込んでいかないといけないだろうなあ…。

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2017年12月13日 (水)

出ない音は出ないのだから、無理はしない

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、武満徹の「死んだ男の残したものは」です。

 譜読みをして、音程を取っていく時に、もっと丁寧に音を取ってきましょうって言われました。特に上行音型の時の、跳んだ先の音程が実にいい加減で無造作だと言われました。

 Y先生曰く「最近のすとんさんは、高い音が楽に出るようになったから、高音の出し方が、実に無造作で乱暴なんです。いくら楽に出せるようになったからと言って、高音を無造作に出していてはいけません。ちゃんとやるべき手順をしっかりやって、しっかりテクニカルに歌うこと。楽にできるところで、それをきちんとやっていかないと、楽に出せない音にぶつかった時に、何もできなくなってしまいます。どんなに自分にとって楽でも、丁寧に音を取り、しっかりと手順通りに歌ってください」だってサ。

 それに大切なのは、跳んだ先の音程のイメージ。それを持たずに跳んでしまうから、跳んだ先で音を探して、右往左往してしまうわけで、そこは私の弱点なわけです。

 歌は常に、スーパーレガートに歌っていかないといけません。具体的に言えば、母音と母音は常につなげて歌っていくのです。子音は、母音と母音のつながりをなるべく邪魔しないように挟み込んでいかなければいけません。ましてや、母音と母音が直接つながっている時は、しっかり母音をつなげて歌っていきましょう。

 母音が変わると、自ずと発声が変わってきます。

 私の場合は、母音が“オ”になると、決まって音程がフラットするそうです。おそらく、クチを下に開きすぎるんだと思います。ただでさえ平べったい声なのに、“イ”や“エ”は、より平べったいのが顕著になりますし、うっかりすると、響きがゼロになってしまいます。つまり、苦手なんだなあ。

 母音では無いけれど“ン”も苦手。“ン”は完全に鼻音なんだけれど、昨日も書いたように、私の声はクチ100%だから、鼻音の“ン”が苦手で、“ン”になった途端に、声色がガラッと変わってしまい、ほとんど聞こえなくなります。歌っている私にとっては、そこだけ鼻に息が入って、むず痒くなるし、やっぱり“ン”は苦手です。

 先生からのアドヴァイスとして、“ン”の前の音の時に、すでに鼻音をたくさん入れておけば“ン”になったからと言って、声色が急に変わる事は無いので、そうしましょう。ただし“ン”の前の音に鼻音を入れておくとは言っても、本物の鼻声に聞こえてしまうほど、鼻に声を入れてはいけません。そこがポイントです。

 「他には何も残さなかった」のフレーズは、ここだけ他のフレーズと異なり、高めのポジションで歌い続ける必要があります。でもまあ、それは私にとっては、かえって楽なので良いのですが(むしろ、他のフレーズがちょっとばかり低くて、歌いやすくないのが難点だったりします)。

 各フレーズの出だしの音が…低いです(涙)。私的には(低くて)出しづらい音で始まる事が多いです。出しづらい音だから、一生懸命に出そうとします。結果として、押し付けたような声になりがちだし、不必要にポジションが下った声になってしまいます。ダメだね。たとえ低くて出しづらい音であっても、声のポジションは不用意に下げてはいけません。原則的には「出ない音は出ないのだから、無理しない」「出しづらい音を無理やり出すと、その後の音に良い影響がないから、出しづらい音は無理にならない程度に軽く出す」というわけで、そもそも誰もテノールに低音なんて期待していないのだから、よくキング先生がおっしゃっていたけれど「低い音なんて捨ててしまえ」は正しい教えだったんだなって思います。まあ、捨てるのがイヤなら、喋ってしまうというのも、一つの手かもしれません。

 とにかく、低い音は頑張らない事です。でもね、真面目で努力家な私(笑)にとって、頑張らないってのは、ほんと、難しいんだよね。へへへ。

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2017年12月12日 (火)

発声練習じゃあ、やることだらけだね

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずはハミング練習からです。いつものように、腹圧を高めにして、声をしっかり鼻に入れて、響きを高くキープするように注意されました。決して、息をノドで支えない事。息をノドて支えると、響きのポイントが下ってしまうからです。

 発声練習です。声は、鼻半分クチ半分で出すように言われました。ちなみに私の声は、基本的にクチ100%です。これはそもそも、キング先生にそのように矯正されたからです。

 キング先生に習い始めた頃、私の声は、鼻声要素が強く、キング先生がおっしゃるには「鼻声の要素があってはダメ」という事で、息を鼻に入れずに、しっかり声を出していきましょうという指導を受けました。古い書き込みを読むと、私がいかにして鼻に声を入れずに歌うために、苦労してきたかが書かれています。ほんと、苦労したんです。

 Y先生は鼻声を否定しません。だからと言って鼻声を推奨もしません。必要があれば鼻声で歌えばいいし、必要がなければ、鼻声の要素を減らして歌えばいいのです。でも、鼻声の要素をゼロにして、クチだけで歌ってはいけません。割合で言えば、鼻半分、クチ半分が理想のようです。

 そのチェック方法ですが、歌っている時に鼻をつまんでみると良いのです。鼻をつまんで声が出なくなったら、それは鼻声です。以前の私は、鼻をつまむと声が出ない…って程はなかったけれど、かなりボリュームダウンしてしまいましたし、声の色がガラと変わりました。かなり多くの声が鼻に入っていたようでした。

 鼻をつまんでも、声が全然変わらなければ、それはクチからしか声が出ていません。今の私がそうですが、これは残念な声なのです。キング先生には「よくできました」と誉められましたが、これは実に残念なのです。理想的には、鼻をつまむと、声色が変わるけれど、別に歌えないわけじゃない…程度が良いみたいです。

 と言う訳で、今後はガンガン、鼻に声を入れていくのが吉です。ただし、何でもやり過ぎは良くないわけで、鼻に声を入れすぎて、鼻声になってはいけません。鼻に声は入れても、鼻声には聞こえない程度に抑えておく…というわけです。

 とにかく、キング先生の教えとは異なりますが、ガンガン鼻に声を入れて歌った方が良さそうです。

 高い音ほど、ノドは楽にして、腹圧を強めて歌うのが理想です。現在の私は、腹筋が弱くて、腹圧がなかなか高まらず、そのために安定して出せるのがGまでです。まあ、気をつけていればA♭もなんとかなりますが、Aになるとなかなか難しいです。ほぼ博打の世界ですね。特に疲れていると失敗しがちです。なので、そこから上は、あまり試さないのですが、今の私はそんな感じです。目下の急務は腹筋を鍛えることで、腹圧さえ高くなれば、もっともっと高音が楽に出せるようになりそうです。

 音程の話。音程はイメージなんだそうです。自分が出す音程のイメージがきちんとしていれば、人は正しい音程の音が出せるはずなんだそうです。音程が甘い人は、音程のイメージが悪いのか、力んだ声で歌って声がフラットしてしまっているかの、どちらかなのです。

 私の場合、声から力みはだいぶ取れましたが、それでも音程は甘々です。それは音のイメージがきちんとしていないからです。

 まあ、確かにそうかもね。私は自分の中に確固たる音程のイメージを持って歌うというよりも、声を出してみて、周囲の音と濁らない声で歌えるように、声を調整するというか、音程を探していく…という歌い方を、ずっと昔から無意識にやってました。今でも、その傾向は強いので、合唱等でハモるのが苦手なんです。他人の声を聞いてしまうと、それに対してハモる前に、その声と同じ音で歌ってしまうからです。これは、音程に関しては、自分のイメージよりも、他力本願で周囲の音から拾いながら歌っていたからなんです。

 音を探しながら歌っていると、音を見つけるまでに時間がかかります。場合によっては、うまく見つけられない事もあります。そういう事がつもりつもって、音程甘々な歌になってしまうわけです。

 大切な事は、周囲の音を聞かない事。周囲の音を聞く前に、しっかり自分の中に音程のイメージをもって、そのイメージ通りに歌っていく事。

 言うは易し…です。周囲から音を拾って歌ってきた私には、音程のイメージをしっかり持ちなさいと言うのは、なかなかにハードルが高い作業です。でも、それができないと、今後の上達が厳しいのなら、やっぱり頑張ってみないといけません。音のイメージか…要は記憶力の問題だよね。最近、すっかり物覚え…どころか物忘れが激しくなっている私だから、音程のイメージを持つのも大変なんだよね。

 クチの開け方の話。クチは(イメージとしては)上アゴを上へ上へ開けていくものです。もちろん、厳密には上アゴというのは頭蓋そのものだから、上へ開けるのは不可能なんだけれど、イメージとしては上にガンガン開けていきます。おそらく、現象的には、上アゴではなく、口蓋垂を引っ張り上げる動きなのだと思いますが、とにかく上アゴをガンガン上げていきます。下アゴはなるべく開かない、押し下げない。息は頭蓋を貫く感じのレーザービームで出していきます。

 クチを開ける時は、抵抗を感じるほどの腹圧を伴った息で出す事。懸垂をするようなイメージとか、糠味噌の中に手を突っ込んでいくようなイメージとかの抵抗が正しい抵抗なんだそうです。糠味噌は…さすがに私には分かりづらいです。懸垂なら分かりますけれど。とにかく、下っ腹(丹田?)に力を入れて、声を出せって事です。

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2017年12月11日 (月)

メトのライブビューイングで「魔笛」を見てきた

 今度のメトの「魔笛」は、かなりお薦めです。

 実はメトのライブビューイングでの「魔笛」って、今回が2度目なんです。最初のヤツは…よくアンコール上映で取り上げられていましたが…短縮&英語版だったのです。なので、ちょっと敬遠して、見てこなかったんですが、あれから約10年。ようやく、フルバージョンでの上演(&ドイツ語上演)がライブビューイングに登場したので、見てきたわけです。

 いやあ、美術と演出が良い仕事をしています。

 私は実演&映像で数多くの「魔笛」を見てきました(皆さんもそうでしょ?)。「魔笛」って、どんな美術や演出で見ても、音楽そのものが素晴らしいから満足できるのに、ストーリーがファンタジーって事もあって、実に様々なアプローチの演出ですら、受け入れてしまう懐の深さのあるオペラなんです。実際、名演出も多いオペラです。

 で、今回の「魔笛」の演出は、メトの主席演出家ニースの手によるものですが、元々のオリジナルの演出は「ライオンキング」の演出家でもある、ジュリー・テイモアによるものです。で、これが、なかなかスゴイんだわ。

 美術の基本的なコンセプトは…おそらく京劇なんだと思う。まあ、主役のタミーノって、あまり知られていないけれど、実は日本人という設定(台本や楽譜にそう書かれている)なんだよね。まあ、アメリカ人から見れば、日本人も中国人も一緒一緒(笑)って事で、京劇風の美術が取り入れられたんだと思うわけです。まあ、日本人である私的には、ぜひタミーノには、台本通りに狩衣を着て欲しいと常々思っているのだけれど…まあ、いいや。そういう私の個人的な願望を横に置くと、なかなかタミーノのキャラ設定も良いですよ。

 この京劇風の美術に、エジプト風味を加えて、全体を前衛芸術風味でまとめ上げたのが、今回の「魔笛」の基本美術路線なんだと思います。まあ、エジプト風味は、メトでは、この演出版以前に使われていたモスタート演出版(美術はホックニーだよ)を引き継いでいるんだと思います。まあ、歌詞を見ても、ザラストロの国はエジプトっぽいんだけれどね。

 この東洋趣味にオリエンタル趣味(ヨーロッパから見ると、エジプトもオリエンタルなんだよね)をミックスして、パペットを多用した演出は…まさに“どこでもない国”感がして、実にファンタスティックで良いです。まさに“おとぎの国”です。

 音楽面では、指揮がレヴァインですから、悪いわけがありません…とは言え、昔のレヴァインと比べちゃうと、音楽の隅々まで神経が行き届いている…ってわけにはいかないかな? 指揮としては、時折、音楽がバラけちゃう時があるんだけれど、そんな事を気にしていたら、オペラ楽しめないから、気にしない事にします。

 例えば、序曲が終わったところで、観客たちが大きな拍手を送っていたけれど、拍手を送るほど、良い出来の演奏だった…とは私は思わないんだよね。むしろ、ところどころ“???”が出ちゃうような演奏だったと、個人的には思ってます。でも、そんなのはオペラ上演としては、気にするようなキズじゃないからね。気にしない、気にしない。

 とは言え、夜の女王の2幕の、あの超有名なアリアで、オケがバラけちゃったのは残念かな。やっぱり、聞かせどころだけでも、ビシっと決めて欲しいものです。ま、歌手の歌い方にも、ちょっとばかり癖があった事は事実だけれど、そういうところもすべて飲みこんでオケを統率して音楽をまとめていくのが指揮者の仕事なんだよなあ…。

 歌手の皆さんは…皆さん、歌も芝居も達者で、とても良かったのですが、正直、ビッグネームなスター歌手は…ザラストロを歌ったルネ・パーペぐらいかな? そのルネ・パーペも今回のライブビューイングのために、特別ゲスト的に出演していたそうだから、普段は、スター歌手抜きで上演しているんだと思います。

 メトのオペラって、スター主義が売りなんだけれど、今回に限らず、最近はあまりスターを使わない傾向があるんだよね。スターを使わない…必然的に、ピチピチの若手歌手とか、地元にいる渋い脇役歌手とか、自分ところで育成した歌手たちを使っていくわけだけれど、私はこれはこれでアリだと思ってます。(ギャラを含めた制作費が抑えられるという劇場側の事情もあるんだろうけれど…)

 スター主義のオペラ上演は、ある種の“座長公演”なわけで、そのスターを見るための上演なんだけれど、スターがいなければ“一座公演”になるわけで、一座のチーム力と作品の素晴らしさが上演を引っ張っていくわけです(代表的なのが、劇団四季のやり方だね)。

 まあ、今回の「魔笛」は、レヴァインとパーペがいるわけで、二人もスターがいるんだから、従来のメトっぽくっていいじゃんとも言えますが、見た感じは、スターうんぬんと言うよりも、一座の力、作品の力を感じました。

 それにまあ、この演出。スターを呼べない演出だよなあ…とも思います。と言うのは、出て来る歌手は、誰も彼も派手な化粧が施されていて、歌手の素顔はほぼ分かりません。美しく化粧されているのは、パミーナぐらいで、後は、京劇風のペイントによる仮面をかぶっているような化粧なのです。かろうじて、パパゲーノやザラストロは…(このオペラとしては)化粧が薄めで、歌手の素顔が想像できなくもないけれど、タミーノとか夜の女王とかは、完全に素顔からかけ離れた顔になっているし、三人の侍女たちに至っては…黒塗りだよ。モノスタトスは黒人ではなくて、蝙蝠男なんだよね(でも、バットマンほどカッコよくはない:笑)。

 あれだけ濃い化粧が要求される上演だと、普通のスター歌手は出演を嫌がるよね。だって、俺様の美しい顔が化粧で隠されちゃうんだよ。顔と名前を大切にするスターの皆さん的には、パスパスパスって感じになっちゃうんだと思います。

 モノスタトスの蝙蝠男は、良い演出だと思いますよ。オペラの中で、モノスタトスとパパゲーノが最初に鉢合わせした時に、お互いの異形にビビり合うという芝居があって、パパゲーノは鳥人(ああ、笑い飯のコントネタを思い出す…)なのでモノスタトスがビビるのは分かるけれど、モノスタトスが黒人で、その姿を見てパパゲーノがビビったら…21世紀のアメリカでは、マズイよね。黒人は異形の者じゃないからね。それにだいたい、今回の上演では、お姫様役のパミーナを歌っているのが黒人歌手だから、黒人役がモンスター扱いってわけにはいかないわけで、じゃあどうするかと考えて、モノスタトスを蝙蝠男にしてしまったんだと思うわけです。鳥人と蝙蝠男…そりゃあ、互いにビビるよね。

 それに、モノスタトスって、最初はザラストス側だけれど、途中で夜の女王側に裏切るキャラだから、蝙蝠男ってのも、なかなかに良い設定なんだと思う。

 そうそう、三人の童子(ただし、白髪で長い長いアゴヒゲを蓄えていたので、キャラ設定的には、老人なのかもしれない)を、本物のボーイソプラノたちが演じていたのは、とても好感が持てます。いいよね、ボーイソプラノ。日本で魔笛上演を見ると、三人の童子って、たいてい小柄な女性歌手が演じる事が多いんだけれど、なんかそれじゃあねえ…。特に、女女女した人が童子を演じると、妙な違和感があって、私は苦手です。

 まあ、色々あるんだけれど、ほんと、この上演は、おすすめですよ。色々と魔笛は見ました…という人でも、退屈せずに見ていられる上演だと思います。

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2017年12月10日 (日)

コンビニが無くなると…不便じゃないですか?

 …じゃないですか? でしょ?

 ウチの近所の、徒歩1分の、我が家の冷蔵庫代わりにしていたコンビニが先月閉店してしまいました(涙)。もっとも、廃業したわけではなく、跡地に別コンビニが開店する予定になっているものの、開店時期は来年の1月中旬なわけで、二ヶ月近くもコンビニが無いんです。年始年末のコンビニがとっても重宝する時期に、コンビニが無いのです。

 ああ、悲しい。

 近所のコンビニが無くなると、本当の本当に困りますし、困っています。

 で、次に近いコンビニ…徒歩約10分くらいの場所にコンビニがあって、そこをやむなく使っていたのですが、その店も、みるみる棚から品物が消えてしまいました。あれあれ、なんか変だなと思っていたら…その店は…なんと、今週で閉店なんだそうです。おっと!

 次に近いコンビニ…って言うと、どこも徒歩30分前後はかかります。ああ、遠い(涙)。

 コンビニってのは、気軽にフラッと寄れる店であって、いずれも徒歩圏にあるのも…という前提が私の中にあるので、近所のコンビニが2軒とも閉店と言うのは、キツすぎます。

 まあ、ウチの近所に限った話ではなく、近隣のコンビニが次々と改装による閉店、または廃業していってます。改装による閉店であっても、1~2ヶ月は閉店していて不便だし、廃業されちゃうと、それこそ不便不便です。

 それにしても、コンビニ、減ったなあ…。以前は、それこそ、100mおきにコンビニが林立していた(ような感じ)だったのに、今はほんと、コンビニ減りました。実はほんの数年前までは、徒歩10分圏内には、あと3軒のコンビニがあったのに、それらは少し前に廃業してしまっていました。

 コンビニが無いと、コピーが出来ないし、小腹がすいても何も買えないし、雑誌も買えないし、お茶も買えない。まあ、食料品程度なら、コンビニが無くても、近所のスーパーに行けば間に合うとは言え、なんかスーパーって、コンビニと比べると、あまりお手軽感が無いんだよね。主婦ならともかく、オジサンには、コンビニの方が精神的に入りやすいんです。

 コンビニって、日常生活のオアシスだよね…。いやあ、ほんと、コンビニ無くなって、アレコレ困ってます。

 もう、コンビニの無い生活なんて、想像できません。こんなライフスタイルの私は、到底田舎じゃ生きていけません…って。

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2017年12月 9日 (土)

たぶん、まぶしいんだと思う

 よく水槽で金魚たちがまとまっています。その姿は、まるで冬の日のメジロたちのようです。メジロは寒いので、お互いのカラダを温めるために、いわゆる“メジロ押し”をしているわけですが、金魚たちも寒いので“金魚押し”をしているのでしょうか?

 金魚は変温動物ですから、体温がありません。体温が無いという事は、寒くないという事です。気温や水温が低くなると、我々のような寒さを感じて不快になるのではなく、単純に血行が悪くなって、活動が不活発になるだけです。それで不快を感じているかどうかは、金魚と神様しか分からない事です。

 そもそも変温動物で体温が無いのですから、いくら押しても、メジロと違って暖かくなることはありません。ですから、寒さが原因でまとまっているわけではありません。

 では、何のために、金魚たちは水槽の片隅に集まって、まるで寒さに耐えるメジロのように押しているのでしょう?

 よくよく観察してみると、ある種の規則というか決まりごとがある事に気づきました。

 まず金魚は、人間側の壁面か、ポンプの近くにしか集まりません。また、集まる時は、必ず顔面は壁面に向けています。小さな金魚は大きな金魚の下に潜り込みたがります、逆はありません。金魚が集まっているところには、たいてい金魚の直上には水草があります。

 これらを合わせて考えてみると…たぶん、まぶしいんだと思います。

 金魚にはまぶたがありません。ですから、寝る時も目は開けたままで寝ます。当然、まぶしいと眠りづらいですよね。自然界であれば、岩陰や木陰などの物陰に隠れることができますが、ウチの水槽には残念ながら、岩陰も木陰もありません。ちょっとしたオブジェはあって、ドジョウたちはそれらの物陰に入りますが…金魚たちは大きすぎて、誰も物陰に入ることができません。

 そこで、水草の下が選ばれるのだと思います。金魚が入ることのできる大きな物陰って、ウチの水槽だと水草くらいしかないですからね。金魚たちがポンプの下に集まるのも、水草ほどではないけれど、ポンプも電灯の陰になるからだと思います。

 水槽の電灯は、水槽のほぼ中央部直上にあります。光の方向に背を向けると…自然と金魚は壁面を向くことになります。人間側の壁面ばかりに顔を向けて、奥の方の壁面で外部の方向に顔を向けないのは…実は、奥の壁面にはフィルムが貼ってあって、一種の鏡のような感じになっているので、そちらの壁面は金魚にとってまぶしいので、そっちは向かないのだと思います。

 また、小さな金魚たちが大きな金魚の下に入りたがるのも同じで、大きな金魚たちの物陰に隠れて、日陰に入りたいのだと思います。

 ちなみに、金魚たちが集まるのは、人間が起きている時間だけです。人間が寝る時間になると、水槽の電灯は暗くされてしまう(最近は電灯を消すことはしません)ので、金魚たちは集まらずに、それぞれ思い思いのところで寝ます。つまり、水槽の中が暗くなれば、金魚は集まらない…ってわけで、やはり金魚が集まっているのは、まぶしいからだと思います。

 というわけで、今日も今日とて、まぶたのない金魚たちは、昼寝をするために、水槽の電灯に背を向けて、水草の陰で、うつらうつらしているのでありました。

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2017年12月 8日 (金)

アンブシュアについて悩む人が多いのだけれど…

 一般的に、フルートは簡単な楽器だと言われています。何を以て簡単だと言ってよいかという部分については、議論の余地はあると思います。しかし、単旋律用の楽器である事。ト音記号の世界の楽器である事。移調楽器ではない事。メカシステムの完成度が高く、奇妙な運指がない事。軽量であり持ち運びに便利である上に、音量も小さいので、どこでも練習できる事、などから考えても、比較的演奏が簡単な楽器と言われても仕方ありません。

 しかし、いくら簡単だと言われても、あくまでも“比較的”簡単なだけで、リコーダーやハーモニカやオカリナのような教育楽器ほどは簡単ではありません。

 フルートの場合、あえてどこが難しいのか言えば“音を出す”と言った、基礎の基礎の部分が難しいです。つまり、一番最初が一番難しかったりします。逆に言っちゃえば、ここを乗り越えちゃうと、後はさほど難しくないとも言えます。また、音出しに苦労しない人だと、どこも難しい事がない楽器だったりするんです。

 さて、フルートの音が出ない理由には、実は様々な要因が絡んできます。呼気圧や腹圧の問題、楽器の構え方の問題、そしてクチビルのカタチの問題…つまり、アンブシュアの問題があります。

 初心者の頃って、音が出ない人は本当に出ません。いくら頑張っても出ません、出ないものは出ません。私の知り合いのピアニストさんは、学生の時、副科でフルートを学んだのだそうですが、親にねだってムラマツを購入してもらったところまでは良かったのだけれど、全然音が出なくて、毎日毎日フルートの練習をするのだけれど、全然出なくて、友人や教授にも散々教わったのだけれど、本当に出なくて、それでようやく「ピヤ~」って鳴り始めたのが夏休みを終えて、すでに授業が後期に入った頃だったそうです。音さえ出てくれるようになれば、後は楽なもので、あっという間にフルートを普通に吹けるようになったのだそうだけれど、音大生ですら、フルートの音が出せない人はいるわけだし、音が出せなきゃ、何もできないわけです。

 だから、趣味のオジサンオバサンがフルートを始めて、最初の音出しの段階で、さんざん苦労するのは、まあ、当たり前と言っちゃあ当たり前なのです。当然と言っちゃあ当然なのです。逆に言えば、たいていの人は、音出しで苦労すると思って、間違いないのです。

 で、そんな音出しに苦労する初心者の皆さんが、その原因として、最初に着手するのが、アンブシュアの問題なのです。クチビルをどんなふうにしてフルートにあてるのか…そんな事に悩むわけです。で、その結果、ネットのフルート情報のページには、アンブシュアに関する記事があちらこちらにあるわけです。

 でもね、そんなにアンブシュアって大切なのかな? プロのフルート奏者の口元を見ると、皆さん、それぞれだし、決まりきったやり方なんて無さそうじゃない? 中には、斜めにフルートを構えていたり、クチを尖らせて吹いていたり、ほんと、色々です。ちなみに、私はインコのクチをしてフルートを吹いてます(笑)。

 でも、ネットに書かれているアンブシュアのページを見てみると、理想的なアンブシュアは…クチビルを閉じて、軽く横に引っ張り、息を吹き出す勢いでクチビルを開ける。その息が通る大きさは細めのストロー程度が良い…なんて書いてあったりなかったりするわけです。

 でも、そんな事、誰がやっている? 案外、みんな、思い思いのスタイルでフルートを吹いているわけで、そんな理想なアンブシュアなんてしてないよ。少なくとも私はやっていないし、H門下の人もやってません。みんな、フルートを手に持って、無造作にクチビルに当てて、息を吹き込んで吹いてます。何か特別な事はしていません。

 それでも吹けちゃうのがフルート…なんだと思います。

 まあ、アンブシュアは大切だけれど、音出しに関しては、一番大切とは言えないのだろうと、私は思います。

 では、音出しに一番大切なのは…おそらく腹圧だろうと思います。

 初心者の頃は、とにかく腹圧が弱いのです。腹圧が弱いので、呼気圧が弱くなり、呼気圧が弱いので、クチビルであれこれしようとしてしまい、結果、アンブシュアにこだわるわけです。

 いわば、腹圧の弱さをクチビルでカバーしようとしているだけで、やっている事は邪道も良いところなのです。

 と言う訳で、音出しで一番大切なのは腹圧です。言葉を変えて言えば、腹筋です。だから、腹筋がある程度強くなり、腹圧が強くなれば、アンブシュアを気にせずとも、自然とフルートの音が楽に出るようになるわけです。

 では、腹圧を強くし、腹筋を鍛えるには、どうしたら良いのか?

 少なくとも、体育会系の人がよくやっている腹筋運動は、あまり効果が無いと思います。と言うのも、腹筋を動かすと言っても、ちょっと動かす方向が違うからです。

 フルートを吹くための筋肉を鍛えるために一番の近道は、フルートを吹くことです。フルートを吹いて吹いて吹きまくって、カラダをフルートを吹く人のカラダに作り変える事です。

 そうすると、簡単にフルートの音出しができるようになります。

 なので、フルートの音が出なくて悩んでいる人は、アンブシュアをあれこれいじるよりも、ひたすらフルートを吹いて、早く自分のカラダをフルーティストのカラダにしてしまう方が現実的だと、私は思うわけです。

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2017年12月 7日 (木)

なぜテノールは高音を目指すのか!

 それは楽譜に高音が書いてあるから…なんだけれどね(笑)。

 でも、世間のテノール様たちは、楽譜に高音が書いて無くても、スキあらばメロディーラインを変えてでも、高音を出してしまいがちです。作曲家が色々と考えて、一番高い音をファとかソとかに留めておいても、テノール様はそれを勝手に、ラとかシとか、時にはド(つまりHi-C)とか、人によっては「ボクちゃんはもっと高い音が出せちゃうもんね」と言わんばかりに、レとかミとか変更して歌っちゃいます。

 ほんと、始末に負えないんですよ、テノールという人種は。

 なぜテノールは、そんな事をしちゃうのか…という点について考えてみました。

1)目立つから

 歌手というのは、基本的に自己顕示欲の塊であると以前書きました。音楽的に目立つためには、色々なやり方がありますが、その中の一つの方法として“高音で叫ぶように歌う”というのがあります。

 叫び声ってのは、耳目を集めるからね。

 テノールの高音ってのは、叫び…それも雄叫びと言うのでしょうか、聞いていてそういう印象を私は受けます。雄叫びは…カッコイイよね。なんか、勇ましいよね。大切なところで、そんな声で一発叫べば、そりゃあヒロイックだし、憧れちゃうよね。客にしてみれば、耳が奪われるわけだ。

 同じ高音でも、ソプラノの高音は、同じ叫び声であっても、雄叫びというよりも悲鳴に聞こえかねないわけで、悲鳴は…使い方が難しいよね。効果的に使えば、すごくハマるけれど、ヘマると不快でしかない。だからソプラノの高音歌手は、叫ぶよりも転がすんだろうなあって思うわけです。転がして歌うのは、非日常的で耳目を集めるからね。

2)スカッとするから

 運動するとスカっとする…というのと同じレベルの話です。汗をかくのは気持ちがいい…というのと同じレベルの話です。単純に、大きくて高い声をバーーッと出すのは、生理的に気持ちいい…という話です。

3)達成感があるから

 高音発声って、とにかく難しいのですよ。誰でも彼でもできるわけじゃない。生来の声帯がテノールであったとしても、いきなり最初っから高音を出せるのは、いわゆる天然歌手の類の人であって、大半のテノールは、努力と忍耐と練達と修練によって高音発声を獲得するわけです。だって、普通に発声すればファルセットになっちゃう声を裏返さずに、そのまま高音域を歌うわけで、普通に考えれば、かなりの無理をしているわけだし、それだけ高音発声というのは、テクニック的に難しいのです。

 そんな難しい事をやり遂げる達成感というのは…それまでの苦労が大きければ大きいほど感じるわけだし、テノールの高音発声ってのは、そんなに安定しているわけじゃなく、うまく出せない日だってあるわけで、そんな中、無事に高い声で歌えれば「やったー!」って気持ちになるわけなのです。

 まあ、簡単に言っちゃえば「こんな難しい事をやりとげたオレって、すげーだろ」って感じかな?

4)チヤホヤされるから

 「すごいねー、そんな高い声が出せるんだー」と、心の底からの賞賛であったり、棒読み状態で言われたとしても、あるいは社交辞令であったり、嫉妬の毒が混じっていたとしても、やはり他人から褒められるのって、うれしいものです。

 テノールって希少種です。歌う人の中では、少数派の人種です。その中でも、高音をバンバン歌える人って、希少種の中でも稀少な存在でしょ? 当然、他の人達とは扱いが違うわけです。あるいは、周囲はそんなにチヤホヤしなくても、なんか「オレって特別だろ」と自分で自分を持ち上げちゃう人だっています。

 他人に持ち上げられ、チヤホヤされるのが嫌いな人って…いないでしょ?

5)商売上必要だから

 これはプロ限定だけれど、プロのテノールなんて、高音を決めてナンボって部分があります。そこはアマチュアさんとは違う、シビアな世界でシノギを削っているわけだから、仕方ない。それが売りなんだから、しょうがない。

 むしろ、高音が出せなくなったら、テノール商売を辞めなきゃいけないのが、プロテノールの世界だったりするわけですから。

 とまあ、こんな感じで、テノール様は高音を目指して今日も街のあちこちで叫んでいるわけなんですね。

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2017年12月 6日 (水)

演奏する前に食べていいもの、悪いもの

 気にしない人は全く気にしませんが、気にする人は気にするのは、演奏前の食事です。食べる人、食べない人。食べる人でも、食べて良いものといけないものを気にする人、全く気にしない人。実に様々です。

 気にしない人の話は横に置いて、気にする人や、多少なりとも気にする人たちの話をします。

 まずは、笛吹きさんたちの話。

 演奏前に食事をした方がいいのか、しない方がいいのか…ですが、だいたい男性は「演奏前は基本的に食べない」という印象かな? 食べると眠くなるし、お腹も動きづらくなるので、演奏前は基本的に食べないようにし、その代わり、演奏が終わったら、目一杯、食べて飲んで楽しむ…という人が多いかな?

 一方、女性奏者は「軽く食べておく」という人が多いですね。演奏前に何か食べておかないと力が入らない…とか、空腹のままで演奏すると気持ち悪くなる…とか、空腹だと集中できない…とかで、何か少し食べるんだそうです。ここでポイントは、やはり満腹にはしないって事です。演奏前に満腹にするのは良くないようです。まあ、食事をするという感じよりも、おやつをつまむって感じなのかもしれません。

 あと、食べるにしても、ニオイがキツイようなモノは、楽器が臭くなる(ような気がする)ので極力パスするそうですし、食後は丁寧に歯磨きするんだそうです(当たり前か)。

 一方、歌手の皆さんは、もう少し細かいです。

 基本的な方向性は笛吹きの皆さんと同じですが、歌手の皆さんは笛吹きさんよりもあれこれ細かいようです。

 例えば…ステージの前に軽く一杯引っ掛ける…なんて人がいるそうです。緊張をほぐすという意味があったり、より良い声を出すためであったりするそうです。まあ、だいたい、バリトンとかバスなどの男性低音歌手の皆さん方のようです。でもほんとに一杯引っ掛けると、声って良くなるのかな?

 演奏前は肉料理ではなくパスタ料理を食べ、休憩時間にはバナナを始めとするフルーツを食べるという人たちもいます(主にオペラ歌手)。休憩時間に昼寝をするって人もいるそうです(寝たら、声出なくなるんじゃないの!)。オペラはコンサートと違って、長丁場ですから、あれこれ工夫をされるようです。

 演奏会が近づくと、熱を通した食事しかしないという人もいます。生物生水厳禁ってわけです。

 アマチュア歌手ですと、のど飴を携帯していて、暇さえあれば飴を舐めているって人も見かけますね。薬用のど飴を愛用している人もいます。飴だけでなく、プロポリス系のスプレーを携帯しているという人の話も聞きます。また、食べ物ではありませんが、常時マスクを身に着けて乾燥を防いでいる人もいます。

 飲み物にこだわる人もいます。一般的にはちみつや生姜汁は好まれるようです。オリジナルドリンクを作って用意する人もいます。常温のコーラが良いと言う人(テノールに多いようです)もいます。一方で、お茶はダメという人もいます。お茶を飲むなら麦茶のみOKとか、水しか飲まないとかいう人もいます。何を飲んでもいいけれど、冷たいものは、ノドを冷やすからダメという人もいます。

 人それぞれだね。

 ちなみに、私は全然気にしません。本番前でも食事の時間になれば食事をするし、そうでなければ食べないし、食べるものもその日の気分だから、サンドイッチ食べたり、カツ丼食べたり、カレーライス食べたりと、やりたい放題です。飲み物は、冷たくした濃いお茶が好きです。妻から「カフェインの取りすぎ」と言われますが、好きなんだから仕方ないです。舞台袖で、冷たいお茶をガブガブ飲んで、舞台に出ちゃう時もあります。

 だから、私は下手くそなのかもしれません(大笑)。でも、たかが食べ物で結果が変わるような、ヤワなカラダじゃないからね。へへっ。

蛇足 でもさすがに冬の乾燥の時期は、ノドの乾燥に悩まされます。クチビルにリップクリームを塗る要領で、ノドに油を塗る感覚で「油、飲みたいー!」って、時々思います(でもやった事はありません)。

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2017年12月 5日 (火)

声づくりとモノマネ

 声づくりって…聞きなれない言葉かもしれません。まあ、普通はヴォイストレーニングと言うかな? “声づくり”という言葉は、学校合唱界の用語のようですが、でも今回は、あえてこの“声づくり”という言葉を使ってみたいと思います。と言うのも、フルートには“音作り”がありますが、まあ、それの声楽版とイメージすると分かりやすいかもしれないと思ったからです。

 まず最初に、フルートにおける音作りについて。ロングトーン練習の目的の一つでもありますが、ざっくり言えば「美しい音色」にたどり着くための練習です。

 フルートは楽器ですから、普通に吹いても良い音が出るように作られていますが、それをより良い音で鳴らすために、ロングトーンを吹きながら、自分が鳴らす音に神経を尖らせ、一番美しい音を見つけ、見つけたならば、その音を安定して吹けるように楽器をコントロールして、その反復練習を日々行い、いつでも美しい音でフルートが吹けるように、自分自身に叩き込む練習、それがフルートにおける音作りです。フルートの基礎練習の一つです。

 フルートのロングトーン練習と言うと「今日は○秒鳴らせた!」と言って、吹いている時間の長さを気にする人もいますが、そんな事よりも、音色の美しさや音程の正しさをセンシティブにコントロールしていく事を学ぶ練習なんです。時間の長さは二の次三の次ですね。ロングトーンなんて、きちんと腹筋使って吹けば、誰でもある程度は(普通の演奏で支障がない程度には)できるものだし、それよりも長い音が必要なら、循環呼吸を学べば済むだけの話なんです。だから、ロングトーン練習で「○秒鳴らせた!」と言って喜んでいるのは、あまり意味がない事だし、練習の本質を見失っているんです。

 閑話休題。さて、声楽や合唱における声づくりとは、フルートの音作り同様、美しい歌声を作っていく事にあります。

 フルートの美しい音が、元々その楽器が持っている音を元に、そこに奏者の色を載せて、個性的で美しい音を作っているのと同様に、声楽や合唱における声づくりも、その歌い手が元々持っている自分の声を美しい歌声に磨き上げていく事であって、そのベースにあるのは、フルート同様、自分の楽器である自分の声です。

 だから、いくら“声づくり”とは言え、ゼロから作り上げるわけではないし、自分の声とは全く違う声にはならないのです。具体的に言えば、性別を越えて声を作る事はできないし(もしやりたいなら、ホルモン治療と特別な訓練が必要でしょうね)、低音歌手の声帯を持っている人が高音歌手になるとか、またはその逆とかは、無理ではないでしょうが、効果的であるとは言えません。また同様に、軽い声の歌手が声を重くしたり、重い声の歌手が声を軽くするのも、出来ないわけではないでしょうが、茨の道です。

 一番楽で、一番自然で、一番効果的なのは、自分の声の性質を活かして声を磨いていくことです。つまり、自分の声を受け入れて、自分の声を磨いていく事です。

 これが簡単なようで、実は難しいのです。と言うのも、声づくり以前の状態では、自分を含めて、誰もその人の美しい声(つまり完成形)を知らないからです。

 私の声は、特徴がはっきりした声なので、比較的初歩の段階からテノール、それも普通のテノールと言われ続けていました。私自身は重いテノールが好きだし、今でも可能なら重いテノールになりたいと思い、初歩の頃は、若干反発する気持ちもなかったわけではありませんが、最初っから最後まで私の声を指導してくださった先生方は「すとんさんはテノール」で一致していました。

 初歩の頃の私は、高音が苦手だった(すべてのテノールさんは、初歩においては、だいたい高音が苦手なものです)私に向かって「君にはテノールは無理だから、バリトンに転向しなさい」と言ったのは、キング先生だけで、その他の先生方は、私が高音が苦手であっても「どう聞いても、その声はテノールなんだよなあ…」とグチりながら、高音指導をしてくれたものです。

 こんな感じで、声がはっきりしている人は良いのですが、人の声には個性があって、そう簡単には判別できない事だってあります。

 ウチの妻なんて、その最たるもので、初歩の頃は、低音がよく出ていたので、自分でも「私はアルト歌手」と信じていましたし、合唱などでもアルトパートを歌っていましたし、キング先生のところにいるときも、メゾ~アルトとして声楽を学んでいました。しかし、Y門下に移って、声楽を学び続けていくうちに、ドンドン高音が軽やかに出るようになり、やがて「コロラトゥーラの勉強を始めないといけない」と先生が言い出し、本格的にコロラトゥーラの勉強を始めたら、声がヒャラヒャラ出ちゃって…結局、ウチの妻の声は“低音もよく出るコロラトゥーラ”という事で落ち着きました。しかし、アルトからコロラトゥーラ・ソプラノへの転向だよ(笑)。ありえねーなー(爆)。でも、声の判別って難しくて、そういう事も起こるわけです。

 このように、結果が見えないのが声づくりであり、ここが声づくりの難しいところなのだと思います。

 そこで表題に戻るわけですが、声づくりでは、結果が見えないため、努力の目標を立てるのが難しく、そこでしばしば行われるのが、モノマネです。もちろん、モノマネと言っても、声楽の場合は、当然、プロの声楽家の(声のみですが)モノマネが導入されがちです。

 「あなたの目標とする歌手の歌声を真似して歌いなさい」という指導ですね。私もキング先生に言われて、一時期やっていました。

 この指導法は、実は危険なんですね。一歩間違えると、声を壊し、ノドを潰しかねません。

 声づくりでは、自分の声のまま、自分の声の特徴を活かして、楽な方向に発声を伸ばしていくのなら、問題ありません。ですから、たとえモノマネを取り入れたとして、そのモノマネの対象が、自分の声と似た声の人であるなら、学習の助けになるかもしれませんが、モノマネの対象が自分の声と大きくかけ離れていた場合、これはマズイですし、だいたいの場合、自分の声とモノマネ相手の声は、かけ離れているものです。と言うのも、自分の声に似た歌手をセレクトできる人は、その段階で、すでに声づくりがかなり進んでいる人であって、本当の初歩の人は、自分の声の事など分からないのが当然ですから、自分の声と似た感じのプロ歌手など選べるわけがないからです。

 実際、私がモノマネの対象に選んだのは、テノールとは言え、かなり重量級であり、ほとんどバリトンじゃないの?とも言える、マリオ・デル・モナコでした。私の声はやや軽めの中量級って感じですから、モナコの声とは全然違うわけで、モナコのような歌い方をしていると、ノドに負担がかかりすぎて、ノドが壊れて当然なのですから(実際、壊れかけました)。

 声づくりにモノマネを取り入れるとするなら、それは慎重に行わないといけません。

 またありがちですが、自分と同じ声種の先生の指導を受けていると、無意識のうちに、先生の発声をマネしがちです。ある意味、先生の声のモノマネをするわけですが、これも良いようでマズイ部分があります。

 だって、先生とあなたは別人でしょ? たまたま声が近ければ問題ありませんが、近く思えても、実は遠いって事だってあるわけで、そうなると、不自然で大変で聞き苦しい発声になってしまいます。それは悲しい事です。

 やはり、声づくりはその人の個性を大切にし、一番楽で、一番自然に歌える声、つまり自分の本来の声の性質を活かして声を磨いていくことが、王道だなって思います。

 モノマネは分かりやすい学習方法だけれど、諸刃の剣だったりするので、よくよく考えて導入しないとマズイですね。

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2017年12月 4日 (月)

声楽と器楽の違いとは?

 もちろん、声楽と器楽の一番の違いは、演奏の際に、自分の声を使うか、楽器を使うかの違いが一番大きいでしょう。

 器楽であれば、どんな楽器にするか、自由に選べますし、一度選んで「なんか違うなあ…」と思えば、楽器を変える事も可能ですし、余裕があれば、二つ三つの楽器を同時に学んでも良しです。ガチにヴァイオリンを学んでいる人は、まずピアノを器楽の基本として学びながら、並行してヴァイオリンを学ぶ人は多いです。またオトナだと、フルートを学びながらサックスも嗜む人は多いです。いやいや、それどころか、管楽器プレイヤーにはマルチプレイヤーと言って、フルートとサックスのみならず、クラリネットもオーボエもリコーダーも嗜む人も少なからずいます。すごいよね。

 しかし、自分の声を使うとなると、持って生まれた声で歌うしかなく、これは選択の余地がありません。自分の声が好きであろうと嫌いであろうと、自分の声でしか歌えないのです。声は取り替える事ができないのです。男性が女声では歌えませんし、女性が男声では歌えません。また同じ男声女声であっても、それぞれに声色があって、高い音域が得意な声を持っている人、低い音域が得意な人、声が強くて張りのある人、ソフトな声で包み込むように歌うのが得意な人…声には様々な種類があり、鍛錬していく事で、声の幅や強さをある程度は広げていくことは可能であっても、別物になる事はまず無理です。

 声楽と器楽の違いと言えば、ソロ前提か、アンサンブル前提かという違いもあります。

 歌の場合、独唱と合唱の両立はもちろん可能だけれど(特に日本の趣味の音楽の世界では)普通はあまりしません。独唱の人は独唱を専らとし、合唱の人は合唱を専らとします。器楽の場合は、ピアノ以外は、アンサンブルが大前提にあります。まずはアンサンブルありきが器楽の世界です。器楽を、アンサンブル無しで、ずっとソロでやっている人って…いないわけではないけれど、多くはやむをえなくソロをやっているという人が大半で、そういう人だって、チャンスさえあれば、アンサンブル団体に加わりたいと願うものです。

 声楽と器楽の違いと言えば…言葉を介在させるか、させないかと言った違いもあります。歌には歌詞があります。歌詞はさまざまな言語で書かれています。日本語の歌しか歌わないと心に決めた人は別として、普通の人は声楽を学ぶと、必然的に外国語も学ぶ必要があります。少なくとも、イタリア語とラテン語とドイツ語ぐらいは、読めて、簡単な意味ぐらいは分からないと、とても声楽はやれません。

 そこへ行くと、器楽には言葉が伴いませんから、言葉の壁を簡単に超え、言葉の違いをものともせずに、音楽を共有できます。しかし器楽では音楽でしか表現ができないので、人の持つ様々な感情を象徴的にしか表現できません。

 しかし声楽は言葉を伴うが故に、人々の感情を具体的にダイレクトに音楽に載せて表現する事ができます。感情表現という点について見れば、器楽よりも声楽の方が様々な点で有利であると言えるでしょう。

 器楽の場合、アンサンブルをする事が多く、音楽のイニシアチブを握るのは指揮者である場合が多く、指揮者がいなくても、コンサートマスター等、自分ではない誰かが音楽のイニシアチブを握る事は少なくありません。

 声楽は、基本的に歌手が絶対君主です。歌手が音楽のイニシアチブを握っています。難しいのは、オペラ等で歌手と指揮者が並び立っている時ですが、オペラ全盛期の19世紀はともかく、現代では指揮者が歌手をリードするカタチが多いようですが…それでも両者の力関係によっては、歌手が絶対君主として君臨することもあるようです。

 あと、つまらない事ですが、器楽演奏は基本的に楽譜を見ながら演奏する事が多いですが、声楽は暗譜が大前提です。と言うのも、椅子に座って楽器演奏に専念できる器楽と違って、声楽の場合、多くは歌唱に演技が伴うことが多いからです。演技をしながら歌うなら、楽譜なんて持っていられませんからね、自然と暗譜になるわけです。

 ざっと思いついただけでも、これぐらい、器楽と声楽では違いがありました…という話です。 

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2017年12月 3日 (日)

読解力が無い…じゃ済まされない話

 皆さんは、次の1)の文章と、2)の文章、同じ内容だと思いますか、思いませんか?

1)幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。

2)1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

 また、次の文章を読んで、オセアニアに広がっている宗教は何だか分かりますでしょうか?

3)仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

 
 
 
 
 
 
 答えです。1)と2)はもちろん、同じ内容ではありません…ってか、2)は内容的に間違っているよね。3)は、もちろんオセアニアに広がっている宗教は、キリスト教です。

 実はこの調査、国立情報学研究所による調査だそうです。これは、中高生を中心とした約2万5千人を対象にした調査結果なんだそうです。で、1)2)の問題を間違えた人(つまり、二つの文章は同じ内容だと理解した人)は、中学生は約43%、高校生でも約28%もいたそうです。3)の問題を間違えた人(オセアニアの宗教はイスラム教だと回答しています)は、中学生は約38%、高校生では約28%となったそうです。

元ネタはこちらです。

 この調査が示すものは何かと言えば、中学生では4割の子が、高校生でも3割の子が、文章をきちんと読んで理解する事ができない…って事なのです。

 中学生の4割、高校生の3割…すごく高い割合だと思いませんか? 我々の身の回りを見回した時、そんなに高確率で文章が読めない中高生がいる…とは、とても思えません。もちろん、世の中には低学力の子も大勢いますが、さすがにこの程度の平易な文章が読めないほどの子が、そんなにたくさんいるとは思えません。

 この調査結果を信用するならば、実はこれらの読めない子は、読めないことが悟られていないだけ…で、実はこの調査結果のように、多くの文章の読めない子が存在する…って事なんじゃないでしょうか?

 つまり、本当は文章なんて、ちゃんと読めないけれど、読解力以外の能力を駆使して判断をしていて、傍目からはきちんと文章を読んで理解しているように振る舞っているだけなのではないか…と、私は思うわけです。だって、本当に文章を正しく読み取って行動しているかなんて、傍目から見ているだけじゃ分からないよね。理解した上で行動しているのか、誤解して動いているのか、何かも考えずに直感で動いているのかなんて…他人の日常生活なんて、そんなに興味深く観察しないしね。

 では読解力に大いに欠ける人たちが、読解力以外の、どんな能力を使って、文章を判断して行動しているのかと言えば…ずばり『ヤマカン』でしょう(笑)。つまり、知的作業ではなく、直感的作業で、文章内容を判断して、日々の暮らしを営んでいるわけです。だって、そうとしか思えないじゃない?

 「ヤマカンって…。すとんさん、いくらなんでも、乱暴…」

 確かに乱暴かもしれません。ならば、ヤマカンという言葉を『キーワード選択』と呼び変えましょう。つまり、文章を(読むのではなく)ザーっと見て、目立ついくつかの単語(キーワード)をピックアップして、そこから自分の都合の良いように組み合わせて、判断する…のです。ほら、ヤマカンとやっている事、一緒でしょ?

 問題に戻ります。1)と2)は、キーワードが全く同じなので、同じ内容の文章だと判断して間違え、3)は『オセアニア』は文章内で『イスラム教』のすぐそばにあるので、“オセアニア=イスラム教”と判断して間違えるわけです。

 こんなレベルのストラテジーしか持ち合わていなくても、日常生活を送るには、大きな支障はないでしょうね。だから、こういう意地悪な(ごめんなさい)調査でもしない限りは、読解力の無さなんて、明るみに出ないわけです。

 そして読解力というのは、我々が思っている以上に、高度な知的作業だと言うことなのです。

 実はこの『キーワード選択』は、人工知能(ってか人工無能というか、単純な演繹だけで物事を判断する装置)が文章を判断する時の基本ルーチンなのです。つまり、読解力のない人は(高度な知的作業を放棄して)人工知能と同じ手続きで文章判断をしているって事になります。

 ちなみに、この基本ルーチンには(当然)限界があって、この基本ルーチンでは判断できない文というのは、山のようにあります。だから人工知能の研究者たちは「人工知能は、文章を判断できても、読み解くことはできない」と嘆いているわけです。だから、上にあるような設問だと、読解力の無い人同様、人工知能は、コロッとひっかかって間違えてしまうんだそうてす。

 人工知能と同じ事をやっていたら、人工知能の方が計算が速いし、扱えるテータベースも大きいのだから、いずれ人工知能に抜かれてしまいます。つまり、読解力のない人間は、いずれ人工知能にとって代わられ、ホワイトカラーの仕事ができなくなってしまうって話なのです。ほら、パソコンって事務仕事得意だからね…。

 逆に言えば、人間が人工知能に優っているのが読解力だから、文章を正しく書き、正しく読める人間、つまり文章作成&処理能力の高い人は、簡単に人工知能に仕事が奪われない…とも言えます。もちろんこれは、人工知能の文章判断ルーチンの発展にブレイクスルーが無ければ…という話ですが。

 それにしても、読解力の無い子って、こんなにたくさんいたんですね。子どもがこれなら、オトナだって推して知るべしです。おそらく、オトナも高校生と大きく変わらない割合で読解力の無い人がいるんでしょうね。

 日本国民の少なからぬ人数の人たちが、読解力が不足しているために、矛盾していたり、大声で叫ぶだけで中身のない発言とか、耳に心地よいだけの言葉、刺激の強い言葉などに惑わされて、その発言者の発言内容を吟味したり、その矛盾を見抜いたり、実現可能性や発言の妥当性などを、きちんと理解して評価できる読解力がないのだとしたら…あああ、なんと恐ろしい事だろう。

 “馬鹿の壁”ではないけれど、いくら正論を述べても、きちんと理解してもらえず、筋道立てて説明しても理解してもらえず、専ら刺激的で耳に心地よい言葉ばかりに反応するだけの人たちが、こんなにたくさんいるなら…民主主義も考えものかもしれません。

 たぶん、マスコミの人たちは、こういう事を、ずっと昔から経験的に知っていたんだと思います。

 なんか、とってもヤバイ箱を開いてしまったような気がします。

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2017年12月 2日 (土)

上がれば下がり、下がれば上がる

 緋ドジョウのヨッチャンの話です。一時期は、もうダメなんじゃないかと思っていましたが、最近、また持ち直したようで、基本的にはまだまだダメなんですが、それでも以前よりはだいぶ良くなりました。

 なぜそこが分かるのかと言えば、最近は、水底に沈んでいる事が多いからです。

 ドジョウは体調が良いと水底に沈むんです。で、体調が悪くなると水中に漂い、体調が劇的に悪くなると水面に浮かんじゃうんです。ちなみに元気が有り余っている時は、水底の砂利の中に潜ってます(笑)。

 面白いでしょ? 体調とカラダの浮き沈みが、まさに反比例なんですよ。だから、水底に沈んでじっとしているヨッチャンを見ていると「まあまあ元気なんだな」と思うわけなんですね。

 そういう話です。

 それにしてもドジョウってタフだな。金魚だったら、もうとっくの昔に星になってしまっているだろうに…。ほんと、ドジョウってタフ!

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2017年12月 1日 (金)

H先生がパソコンを買い替えた

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は姉様はお休みみたいで、少し早めにお教室に入りましたが、先生がお一人で待っていました。

 さっそく、ロングトーンの練習ですが、今回は、頭部管を深く深く刺したので、音程バッチリでございました。やっぱり、頭部管は深めに刺さなきゃダメだな。

 エルステユーブンゲンの22番は…合格っす。ふふ、やったね。発表会なども終わったので、フルートの練習にも時間が割けるようになれば…なんとか暗譜もできるわけだ。この調子で頑張るぞ。

 プチエチュードは19番だけれど、こちらは全然ダメ。ほんとダメ。どうにも♭系の音楽って私は苦手なんですよね。おまけに、Bも出ればHも頻繁に出てくるので、なんか色々と迷います。先生からは「とにかく、ゆっくりでいいから、音とリズムを間違えないで吹いてくるようにしなさい」と「どこでプリチアルディキーを使って、どこで親指を外すかを、きちんと考えて、楽譜に書き込んでおきなさい」って言われております。ううむ、色々とやらねばならぬ事が山盛りです。とにかく、難しいんだよ、この曲。

 40リトルピーセズは、6番のシューマンの「メロディ」はなんとか合格。7番のバッハの「メヌエット(あの有名な「ト短調のメヌエット」です)」は…ううむ、まだまだ。今回は次の8番をやってこいとは言われなかったので、次も7番のバッハに集中して練習してこいって事のようです。頑張るぞ。

 さて、今回の雑談は…先生、パソコンを買い替えたそうなのです。

 結局、パソコンが壊れたままでは仕事にならないので、高いだの安いだの言っている場合ではないという事で、パソコンを買い換える事にしたそうです。

 で、パソコンの買い替えを、ご自宅の近所の電気店(前のパソコンはここで購入されたそうです)で相談していたのだけれど、どうにもラチがあかなかった先生は、お教室のそばにある別の電気店に相談したところ、納得が行ったので、そこで購入したんだそうです。

 結局、某国産メーカー品を止めて、某アメリカ~ンなパソコンにしたんだそうです。何しろ、国産パソコンって、あれこれゴテゴテと使わない機能やらソフトやら満載で、それで高くなっちゃっているって事に先生は納得いかなかったわけです。

 「使わない機能には、お金払いたくないよねー」との事です。同感ですよ。

 で、すごくシンプルな某アメリカ~ンなパソコンにしたわけです。なにしろ、WindowsとOfficeとBlu-rayの再生ソフトぐらいしか入っていないのです。TVチューナー(最近の国産大型画面のパソコンには大抵付いてます)すら無いのが、先生のお気に召したそうなのてす。

 「だって、テレビはテレビで見るからサ」 そりゃそうだ。

 当初は30万円近い出費を覚悟していたそうだけれど、結局は、10万円ちょっとで済んだそうです。

 「いやあ、安かったよ。いい買い物をしたよ」

 先生がご満足なら、私も(何かしたわけじゃないですが)嬉しいです。

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