ひとこと

  •  もしも私が北の首領様で、日本や韓国やアメリカに喧嘩を本気で売るなら…韓国には風向きの良い日に風船爆弾のようなもので化学兵器(サリンとかああいうヤツ)をぶっこんで、日本には漁民に装わせた兵士(伝染病に罹患済み)を送り込んでバイオテロを引き起こし、アメリカには…サイバー攻撃だな。銀行とか株式市場とか経済方面の施設を一斉に襲うとか、いっそ原発を遠隔コントロールして大惨事を引き起こすとか…そういう手立てを考えます。そんなわけで、別に北の国が核爆弾とかミサイルとか持つ必要なんてないじゃん。むしろ、そんなモノを持っていると「北のくせに生意気だ!」って言われて、ジャイアンにボコボコにされちゃうよ…ってわけで、ジャイアンはいつコブシを振り上げるのでしょうか? 産経新聞は…12月18日が開戦日かも…って言っているけれど、だとしたら、もう来週じゃん。
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2017年11月26日 (日)

図書館の存在は実に悩ましい?

 先日行われた全国図書館大会で、文藝春秋社の社長さんが、図書館で文庫本の貸出を止めてもらえないかという主旨の発言をしたんだそうです。理由は、文庫本を図書館で貸し出されると、文庫本が売れなくなるかもしれないし、文庫本が売れなくなると、会社が傾いてしまうから…なんだそうです。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。

 この文藝春秋社の社長さん以前にも、新潮社の社長さんが、同じ全国図書館大会で、図書館での新刊の貸出を1年間ほど待って欲しいという発言をされています。これは、図書館で新刊を貸し出してしまうと、新刊が売れなくなってしまい、新刊が売れないと、会社としては困るから…という事なんだそうです。

 まあ本当の問題は、図書館うんぬんではなく、深刻な出版不況が原因なんだよ。景気が良ければ、出版社の社長さんもこんな事は言わないはずです。

 まあ、不況です。出版不況です。これはアベノミクスがどうのこうのではなく、我々の生活スタイルが変わってきた事が一番の原因でしょう。図書館およびそのサービスが近年充実の方向にある事や、インターネットの普及のため、コンテンツの無料化が常識となってきた事、電子書籍の普及、ネット通販の普及によるリアルな書店の衰退、携帯スマホの普及で通信費が家計を圧迫し、教養娯楽費が減ってきている事…本当に様々な原因が出版不況の原因となるでしょう。

 なにはともかく、確かに出版界は不況でしょう。でも出版不況だからと言って、人々は本を読まなくなったわけではなく、本屋で本を買わなくなったたけなのです。で、人々は本屋で本を買わずに、読みたい本は、図書館に行って、無料で借りてきて読むというスタイルに移行する人たちが増えてきたわけです。だから、年々、本は売れなくなってきたけれど、図書館での本の貸出冊数は年々増加傾向にあるんだそうです。

 そもそも図書館、それもいわゆる公共図書館というシステムには、最初っから、色々なジレンマが存在するわけです。

 図書館って、教育機関であって、誰に対しても、知識や情報に平等に接することができる場を与えている施設であって、市民教育の一環を担っている大切な施設なわけです。だから、図書館に納められている本は、知識や情報のデータベースという立ち位置になります。

 また、本と言うのは、常に本屋で売っているわけではなく、世間のごく狭いところにしか流通しない本(専門書の類がそう)もあれば、昔々に出版され、現在では絶版になってしまった本もあります。つまり、本屋に行けば、いつでも必ず目的の本が入手できるってわけじゃないのです。また読みたい/調べたいのだけれど、個人で購入するには高価過ぎる本もあるわけです。それらの本を買い取って収蔵するという役割も、図書館にはあるわけです。

 さらに出版社の中には、一般の人々には売れないだろうけれど、世の中に出さなければならないと判断して出版する本もあります。大手なら赤字覚悟で出版するだろうけれど、中小な出版社だと、これらの書籍を出版する時は、全国の図書館が購入する前提でコスト計算をして出版したりします。もしも図書館がこの世になければ、多くの“売れないけれど世の中に出す必要のある本”が出版されない事になってしまいます。そういう意味でも、図書館の存在は世の中の役に立っているわけです。

 しかし、その一方で、文藝春秋社や新潮社の社長さんたちが言う事にも一理はあるわけです。特にエンタメ系の本だと、その手の影響も強く見られるのでしょう。実際、読みたい本は買わずに、図書館で借りてきて、それで済ます…という人も大勢いるわけですからね。

 「エンタメ系の書籍なんて、図書館で揃える必要なんてないじゃないか?」

 そうは簡単に割り切れないと思います。まずは、どこで誰がエンタメ系かそうではないかの判断をするかが問題だろうし、たとえエンタメ系の書籍であっても、10年20年50年100年経った時の資料的価値も無視できません。出版された当時は、夏目漱石だって芥川龍之介だって、エンタメだったんだよ。ある意味、書籍の価値を決めるのは、今の人ではなく後世の人なのかもしれません。ならば、今の人は今のモノを後世に伝えることが大切なのです。

 私が思うに、図書館で本を貸し出す際に、出版社や著作権者に何のバックも無い事に問題があるんだと思うのです。図書館で本を貸し出すごとに、一定の費用が、出版社や著作権者の手に渡れば、おそらく問題は解決するんだと思うわけです。レンタルビデオを始めとする、各種レンタル品はそのような手続きが踏まれていますし、書籍だって、貸本屋(最近はだいぶ減りましたが、絶滅したわけではありません)で借りれば、レンタル料が発生します。

 唯一、図書館だけは、書籍の貸し借りにレンタル料が介在しないのです。

 ではなぜ図書館ではレンタル料が発生しないのか? 一つには、図書館が、万民に広く開かれた教育機関であるから。もう一つとして、図書館というシステムは、レンタル料うんぬんという概念が生まれる前にできて運営されてきたシステムだから、図書館システムにはレンタル料という考え方がそもそも無いからです。

 図書館は本を買い取る事で、その本の所有権を入手します。つまり買った本は図書館のモノとなります。で、図書館は買い取った本を、教育目的あるいは福祉行為として(つまり商売気抜きで)我々に無料で貸し出しているからです。図書館が本を購入することで、その本は公共の財産となるわけで、その公共の財産を公共の一部である市民らが利用するわけだから、特段のレンタル料などは発生しないのです。

 図書館で買い取られた本が、無料で貸し出されているから、その本が10人に読まれようと、100人に読まれようと、100万人に読まれようと、それは出版社や著作権者には何の関係もないわけです。「ああ、図書館ではたくさん借りられているな…」と思うだけです。

 つまり、人々が本を読む事で、得られる知識なり情報なり、あるいは享楽なりの代償を、本来は本を購入する事で、出版社や著作権者の手元に対価として渡るのですが、それが購入ではなく図書館での貸出となった瞬間に、図書館で購入された分の対価だけしか入らず、その後、人々がその本を読むことで得られる知識なり情報なり享楽なりの代償が、タダ乗りされているのが問題なんだと思います。

 タダ乗りを防止するには…やっぱり、図書館で本を貸し出す際にはレンタル料って必要なのかも…。

 だからと言って(レンタルショップのように)図書館利用者が、図書館から本を借り出す度に料金が発生するとなると、また話は別になるわけです。もしも、図書館の利用に費用がかかるようになれば、誰もが知識や情報に平等に接する事が担保されなくなります。つまり、経済的に余裕がある人しか図書館を利用できなくなり、経済的な余裕のない人は、知識や情報に接するチャンスが大いに減ってしまうのです。これは図書館の教育機関としての存在意義にも関わる由々しき問題と言えましょう。

 では図書館利用者から料金を徴収できないのなら、税金で支払えばいいじゃんと言う人もいるかもしれないけれど、それも違う話です。市民の大半が図書館で本を借りているのなら、それも税金の使いみちとしてはありでしょうが、現実問題として、図書館って、利用する人は利用するけれど、利用しない人は全くと言っていいほど利用しません。

 図書館での貸出者数は、のべで年間1億8千万人ほどという数字があります。これだけを見ると、日本の人口よりも多いのですが、リピーター率というか、一人の人が年間で図書館から本を借りる回数は、平均で年6回だそうだから、ざっくり計算すると、図書館を利用する人は、年間3000万人ほどになるわけです。なんか多いね。この3000万人という数字は、日本人の4人に1人に相当するわけです。つまり日本人の1/4は図書館を日常的に利用していると言えるわけです。

 逆に言えば、日本人の3/4の人たちは図書館を利用しないわけで、税金の使いみちとしては、1/4の人たちしか利用しないサービスに税金を投入するってのは、なかなか大変です。議会が承認するかしらねえ? 税金だって限られているわけだし、優先順位が高い事ってたくさんあるからねえ。

 つまり、図書館で買い取った本の利用に関して、誰もお金を支払わないので、結果として、出版社や著作権者が泣きを見ている…と言うか、出版社や著作権者の好意の元で、図書館運営が成り立っているわけです。

 そりゃあ、出版社とすれば、グチのひとつも言いたくなるわな。

 でも、この問題は簡単に解決できないね。このまま、出版社と著作権者の好意に甘え続けていけば、やがて出版社も潰れてしまい、本が出せなくなるし、出版社から本が出せなくなると、作家の皆さんたちは、いくら作品を書いても、それを発表する手立てとしての出版社を失えば、収入を得るチャンスを失うわけで、日本の出版業界や文学界にとっても、危機的状況になると思うのだけれど、ほんと、どうしたらいいんでしょうね。

 私個人は、図書館をほとんど利用しない人なので、欲しい本は自分で買っちゃう人なんだけれど、だからと言って「図書館なんて無くなればいい」とは思ってません。私は使わないけれど、使う人はいるでしょ? 特に子どもや学生さんたちには、大いに図書館を使って欲しいと思うし、図書館の本で大いに知識を吸収して欲しいと思ってます。

 だって、知識は力だもの。知恵は勇気だもの。図書館がそれらを若い世代の人たちに与えているのなら、それだけで図書館の存在価値が十分にあるってもんです。

 でも、出版業界の不況も見過ごしにはできないわけで、そういうモロモロの事を踏まえて、文庫本は貸さないで…とか、新刊の貸出は1年待って…とか、出版社の社長さんたちがグチるわけです。

 現状、図書館から貸し出した本に関して、出版社と著作権者に利用に関する費用が支払われない以上、図書館およびその利用者である我々も、何らかの譲歩をしないといけない時期にやってきたのかもしれません。出版社が潰れて、作家業が経済的に成り立たなくなったら、元も子もないものね。

 とは言え、最初に言ったとおり、出版不況は図書館だけの責任じゃないから、社会全体を見通した抜本的解決策ってヤツを考えないと、次々と出版社が廃業していくしかなくなるんだろうなあって思います。

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