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2017年9月25日 (月)

メトのライブビューイングで「タンホイザー」を見ました

 標題どおり、先日、メトのライブビューイングで、ワーグナー作曲の「タンホイザー」を見てきました。2015-16年シーズンですから、前々回のシーズンでの上演です。上映時間は、約4時間半、さすがにワーグナー作品は長いです。

 基本データは以下のとおりです。

  ジェイムズ・レヴァイン指揮
  オットー・シェンク演出

  タンホイザー ヨハン・ボータ(テノール)
  女神ヴェーヌス ミシェル・デ・ヤング(メゾ)
  エリザベート エヴェ・マリア・ヴェストブルック(ソプラノ)
  ヴェルフラム ペーター・マッティ(バリトン)
  領主ヘルマン ギュンター・グロイスベック(バス)

 「タンホイザー」はワーグナー作品の中では、比較的よく見る作品(私の場合)ですが、見るたびに印象が異なる作品です。今回はオットー・シェンクの演出バージョンで、割と原作に忠実な演出となっている(はず)です。

 オリジナルのストーリーは知っているという前提で、以下を書きます。

 今回の演出では…なんともタンホイザー君が可哀想というか、何もそこまでイジメなくてもいいじゃないかと思いました。まあ、これは当時のドイツ民衆と、現代の日本人である私の貞操観念の違いってヤツなんでしょうが、いやあ、本人反省しているんだし、水に流してやれよう…と、私なんかは思っちゃうんですよね。当事者のエリザベートちゃんだって許しているんだし…。いや、本当はエリザベートちゃんが一番怒りたいだろうけれど、彼女よりも先に周りが怒り狂っちゃったから、彼女としては彼を守らざるをえないわけで、許したくなくても許さざるをえないわけで、そんな彼女の苦しい立場だって、見ていてつらいです。そういう意味じゃあ、エリザベートちゃんも可哀想。

 タンホイザー君に関しては、自業自得だし、やっぱり罪は罪だし、許される罪と許されない罪ってのがあるんだろうけれど、そこが今ひとつピンと来ないのが、私が現代人だからでしょうね。

 お前ら、信仰があるなら、7の7倍、許したれよ…なんて、私は思うわけですよ。許されない罪なんて無いよ…って思うわけです。

 今回の上演では、演出を原作通りにした事で、そういう理不尽さ…と言うか、文化の違いを強く感じてしまったわけです。

 まあ、タンホイザー君自身、確かにヴェーヌス姉のところに入り浸っちゃった事は褒められない所業だろうし、バカだし、何もバカ真面目な村人たちの前で、ヴェーヌス賛歌なんて歌う必要ないのに…とまあ、オジサン的には「タンホイザー君って、バカモノだな…」としか思えないのですが、それが彼の若さなんですよね。

 オペラの演出を現代的にしてしまう事は、最近、よくあるし、ワーグナー作品って、そういう現代的にされてしまう事が多いわけだけれど、現代化の過程で色々な問題がウヤムヤに処理されてしまいがちだけれど、こういう原作に忠実な演出だからこそ、伝わるモノってのがあるんだなあと思いました。

 さて、ストーリーとか演出とかの話は、これで終わりにして、この上演での楽しみは何かと言うと…テノールのヨハン・ボータの声の悦楽…でしょうね。とにかく、ボータの声が美しいのです。

 このオペラ、主役であるタンホイザーが一番歌う箇所が多く、彼を中心にストーリーも回っていきますから、タンホイザーを歌う歌手に魅力が無いと、この役は勤まりませんし、オペラとしての魅力も半減です。

 そこへ行くと、ヨハン・ボータは…良いです。ほんとに美声です。聞き惚れてしまいます。

 でも…残念な事に、容姿はダメダメです。デブだし、チビだし、醜男だし…。20世紀の、まだ音声だけで勝負していた時代だったら、彼は大テノールになれたと思います。でも、今は21世紀で、ビジュアルが良くないとダメな時代です。だいたい、あんな醜男が、エリザベートやヴェーヌスらの(設定上は)美女たちに褒められるわけがないわな。ほんと、説得力が無い。

 そんなビジュアル的には全く説得力のないボータですが、それでもメトなどという一流劇場で主役を歌っているわけで、それが実に素晴らしいと私は思うわけです。ビジュアル上のハンデを吹き飛ばすほどの美声が素晴らしいってわけです。ほんと、彼の歌声は、素晴らしいです。

 このメトの「タンホイザー」は、ひたすらボータ声を味わう上演です…と言い切っちゃっていいんじゃないかなって思います。もちろん、他の役を歌う歌手たちも素晴らしいのだけれど、ボータの素晴らしさは、また格別。私はそう思いました。

 ま、メトの支配人であるゲルブによれば、この世界には、ワーグナーの主役テノールを歌える歌手は、わずか10人程度しかいないそうな。で、その10人のスケジュールを世界中の歌劇場が奪い合っているわけで、その10人にボータは入るわけで…こんなビジュアルに難のある人でも一流の歌劇場で歌うのだから、ほんと、ワーグナーのテノールって、神に選ばれた人しか歌えないと同時に、こんなボータも音楽の神様に選ばれた、天才テノールの一人なんだよね…としみじみ思うわけです。

 蛇足 それにしても、ワーグナー作品って、出て来る歌手がみんなみんなデカくてデブなんだよね。ワーグナーって、オーケストラが巨大で、それに対抗するために、歌手の声が強くて音量も大きい事が求められるわけで、そうなると自然と、歌手たちはみんな、デカくてデブばかりになってしまうわけだけれど、作者であるワーグナー的には、こんなデブ歌手ばかりを起用せざるを得ない現状をどう思っていただろうねえ…。ワーグナーの頭の中では、登場人物たちはみな、スラッとした細身の美女やイケメンたちなんじゃないかな? そう思うと、ワーグナーが作りたかったのは、オペラじゃなくて、映画だったんじゃないかな?なんて、思う私であります。それも、特撮ファンタジー映画を撮りたかったんじゃないかしら? どうにも、生まれる時代と場所を大きく間違えちゃった人だったんだろうなあって思います。

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