ひとこと

  •  いよいよお盆休みもお終い。なんか残念。あの楽しかった夏の日は、もう終わり。また日常生活が始まるわけだけれど…ううむ、発表会とクラシックコンサートの準備が…。生活はいつもの日常生活に戻るけれど、その中で、着々と発表会とクラシックコンサートの準備に備えていかねば…。がんばろーっと。

お知らせ

  • ●F門下&Y門下合同発表会は、2017年9月9日(土)に行われます。●13時開場、13時30分開演です。●場所は、神奈川県の鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールです。JR京浜東北線鶴見駅、あるいは京急鶴見駅のすぐそばのホールです。●私は、後半(第2部)の2番目に二重唱「私は貞淑な人妻」を歌い、9番目で「おお祖国よ(ダニロ登場の歌)」[マキシムの歌です]を歌って、11番目に二重唱「愛のワルツ」[メリー・ウィドウ・ワルツです]を歌う予定です。●私自身は発表会の後半~終盤にかけて歌いますが、今回のホールは小さい(100席程度)のため、ゆっくり来られると、立ち見、あるいは入場制限がかかる怖れがあります。一応、入場には整理券が必要という建前になっていますが、出演者の知り合いなら、整理券がなくても入場できますので「メリーウィドウの人を応援に来ました」と言えば、よっぽど混雑していない限り入場できるはずです。●なお、リアルに私の知り合いの方は、おっしゃっていただければ、入場整理券を差し上げますので、ご連絡ください。●どなた様も応援よろしくお願いします。
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2017年8月の記事

2017年8月23日 (水)

大好きな作曲家について語ってみよう その9 シューベルト

 シューベルトと言えば“歌曲王”です。実に有名な歌曲を数多く作曲しています。それゆえに歌曲王と呼ばれていますし、実際、歌曲(ドイツ歌曲、つまり“リート”)という音楽ジャンルは、シューベルトがその代表格の作曲家であるわけで、彼のことを“歌曲王”と呼ぶことに異存のある人は、たぶん、いないと思います。

 でも、意外な事に、私が子どもだった頃のシューベルトのイメージは、歌曲王ではなく、交響曲の作曲家だったのです。まあ、これは私が子どもで勉強不足だった事もあるのだろうけれど、でも世間のオトナたちも似たような感じで、テレビのクイズ番組でも、シューベルトと言えば…未完成交響曲、というイメージでした。

 その原因は…おそらく、この映画のせいでしょう。

 この映画、戦前の日本で大ヒットしたんだそうです。私も子どもの頃にテレビで見て(まだ当時は、普通に戦前の白黒映画もテレビ放送されていました)感動した覚えがあります。ちなみに、本国ドイツでは不評だったそうですが(笑)。どうやら、この映画の影響もあって、シューベルトと言えば“未完成交響曲”というイメージがついたようです。

 実は私が生まれて初めて、お小遣いで購入したクラシック音楽が「未完成交響曲」でした。

 もっともお目当ては、A面のベートーヴェンの「運命」でした。こっちが欲しくてレコードを買いました。で、そのレコードのB面にシューベルトの「未完成」が収録されていたわけです。

 A面B面って分かる? 今のように音楽がネットで配信されるようになる前、音楽はCDという形態で発売されていたのだけれど、そのCDの前の形態が、いわゆるレコードでした。

 レコードと言うのは、直径30cmほどの黒いプラスチック板で、その表面には溝が刻み込まれていて、このレコードを回転盤の上に乗せて、溝を針でトレースし、その針で拾った信号を、物理的/電気的に増幅して、音として再生し、それを聞いていたんです。原始的でしょ? でも、20世紀はほとんどの時代、音楽はこのレコードで聞いていたんだよ。それくらい、レコードの音楽メディアとしての歴史は長かったのね。

 それに技術的な進歩もしていたしね。それがレコードの長寿を支えていたわけだけれど、最初はせいぜい5分程度しか音楽が収録できなかったのに、やがて回転数を落としても高音質で再生可能になると、収録時間も増えて、30分前後も収録できるようになったし、溝の内側と外側にそれぞれ違う信号を刻むことが可能になると、それでステレオ再生できるようにもなったし…。一時期は、溝の上と下でも別の信号を刻めるようになると、4ch再生ができるようになったけれど…これはさすがに時代的にやりすぎだったようで、やがて廃れてしまったけれど、今の5.1サラウンドとして、再び復活しているようですがね。

 針の材質も最初は竹だったのが、やがて鉄に変わり、次にサファイヤとかダイヤモンドになり、最終的にはレーザー光線にまで進化したんだよね。すごいよね。で、針がレーザーなると、溝には音声信号だけでなく画像信号も入れられるようになり、レコードではなく、レーザーディスクと呼ばれるようになったのだけれど…ね。

 ま、そんなレコードたちも、歴史の役目を終え、今じゃ博物館や古本屋の片隅でしか見かけられないようになったわけさ。

 ちなみにレコードは板と言うか、円板だったので、当然、表と裏があるわけで、その両面に溝を刻むのが普通だったわけです。で、メインの面をA面と呼び、おまけの方をB面って呼んでいたわけです。

 で、当然、私の子どもの頃は、レコード全盛期だったわけですよ。

 たぶん、当時、一番多く発売されていたクラシック音楽のレコードが、指揮者や演奏団体は変わっても、この2曲の組み合わせのレコードだったんじゃないかしら?

 私が購入した「運命/未完成」のレコードは、ワルター指揮コロンビア交響楽団のステレオ録音のモノでした。

 最初のレコードだったし、本当に何度も何度も繰り返して聞きました。当時はまだ小学生で…ほんと、マセガキですわな(笑)。

 ワルターとコロンビア響の組み合わせの良い音源が見つからなかったけれど、ワルターとニューヨークフィルの良い音源が見つかったので、そちらをアップします。

 昔の日本では…と言うか、昔の日本のインテリさんたちには、シューベルトと言うと、まずはこの曲だったんですね。シューベルトの未完成交響曲って、良い曲だと思うのだけれど、実は彼にはまだまだ世に知られていない作品がたくさんあるそうです。実際、彼の作品全集はまだ完成していないそうだし(作品数が多い上に、悪筆なので校訂が難しいのだそうです)

 実際、彼はかなり謎の多い人物なんだそうです。と言うのも、彼は若くして職業音楽家として自立していたのだけれど、決して成功していた音楽家ではなかった代わりに、熱心な固定ファンがいて、彼らがシューベルトの生活をかろうじて支えてくれたため、シューベルトは作曲に邁進できたのだそうです。だから、未発表の曲がわんさかとあって、未だに研究者たちが作品の整理をし続けているほどなのです。

 それって、ある意味、一番恵まれた音楽生活なのかもしれないなあって思います。音楽家は、めっちゃめちゃ売れれば、仕事に忙殺されます。売れなければ音楽家を廃業しなければいけません。しかし、生活できる程度に売れていれば、自分の好きな音楽を好きなだけ書き続ける事ができます。シューベルトって、ちょうど、そのあたりの音楽家…だったんじゃないかなって思います。

 歌曲が多いのも、彼があまり売れなかったからだろうと思います。と言うのも、売れっ子の作曲家なら、歌曲なんて書かている時間がないもの。売れている歌系の作曲家なら、当然、オペラを書いて、劇場で一発当てるでしょ? でもオペラは、一曲が大きいですから、書くのにエネルギーを必要だし、リスクも高い。何よりオペラを書いている間は無収入ですから、作曲家に経済的な余力がないと、オペラ作曲に集中できないわけです。当然、オペラを作曲するなら、用意周到に作曲に臨まないといけません。

 しかし歌曲なら、良い詩とインスピレーションがあれば、それだけで書けます。ただし、オペラと違って、たいしたお金にはなりません。でも歌曲が好きで、最初っから売れない事か前提なら、バンバン歌曲も書けるわけです。

 シューベルトも何曲かオペラを書いていますが、現在上演される事はまずありません。シューベルトが書いているのですから、音楽的に悪いはずはありませんが、何かが足りないのでしょうね。ちなみに、シューベルトのオペラは、当時オペラはイタリア語で書かれるのがデフォルトであった時代にドイツ語でしか書かれなかったそうなのです。ちょうどシューベルトがドイツ語でオペラを頑張って書いていた時期に、ドイツ語オペラの鏑矢とされている、ウェーバー作曲の「魔弾の射手」が上演されています。皮肉なことに、音楽の神様は、ドイツ語オペラの作曲家として、シューベルトではなくウェーバーを選んだわけです。

 まあ、オペラの分野では成功できなかったシューベルトですが、歌曲王と呼ばれるほどの作曲家になったわけだから、それで良いのではないでしょうか?

 考えてみれば、歌曲とオペラの両方のジャンルで活躍した作曲家って…いないよね。おそらく、オペラ作曲家に必要な資質と、歌曲の作曲家に必要な資質って、全然違うのかもしれません。

 さて、シューベルトの歌曲と言うと、名曲がたくさんありますが、私はやはり「魔王」が大好きです。

 シューベルトの歌曲は、歌曲だから、男女問わず、声の高い低いも関係なく、誰もが自分の声に合わせて歌って構わないのだけれど、日本ではシューベルトの歌曲と言うと、バリトンの歌というイメージが強いですね。実際、バリトン歌手の皆さんは、よくシューベルトを歌われます(今回の音源はテノール歌手のボストリッジです、念のため)。

 それはそれで良いのですが、実はバリトンの皆さんが歌っているシューベルトって、低く移調された楽譜を使っているのです。実際にシューベルトが作曲した調はかなり高い調であって、いわゆる高声用の楽譜が原調だったりします。つまり、シューベルトは、作曲をするにあたって、歌い手としてソプラノまたはテノールを念頭に置いていたわけです。
 歌曲…とりわけドイツ歌曲は、音楽も大切ですが詩も大切です。そういう意味では外国語のまま聞くのは、間違いなのかもしれません。我々日本人は日本語で聞かないといけないのかもしれません…というわけで、日本語歌唱の「魔王」です。

 予想外に良いですね。歌唱も良ければ、訳詞も良い。これ、なかなかですよね。歌っている歌手が誰だか分からないし、映像の方がふざけているし、この動画を作った人には、音楽に対しても、作曲家や歌手や演奏家に対しても、リスペクトが感じられないけれど、歌唱はほんとうに良いですね。

 さて、次回で、今年の夏の連載はお終いです。最後は誰になるかな? お楽しみに。

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2017年8月22日 (火)

大好きな作曲家について語ってみよう その8 ヘンデル(とバッハ)

 小学校の音楽室には、偉大な作曲家の肖像画が貼られている事、多いでしょ? 私が卒業した小学校にも、作曲家の肖像画が貼られていました。ウチの学校の場合、スタートになる一番最初の肖像画がバッハで、そこに「音楽の父」と書かれていました。

 バッハの次がヘンデルで、そこには「音楽の母」と書かれていました。

 でも、母って、女の人じゃん、ヘンデルって女性なの?…って、そんなわけないです、肖像画を見れば、確かに長髪(後にカツラと知りました)だけれど、どう見ても普通にオッサンです。オッサンなのに“母”って変でしょ? 実はこれ、私が子供の頃から思っていた疑問でした。一体、誰がヘンデルの事を「音楽の母」と呼び始めたのでしょうね、実に不思議です。今でも不思議です。

 まあ、バッハを「音楽の父」と呼ぶならば、同時代に活躍したヘンデルを“母”と呼んじゃえって話なんでしょうね。それなら、分からないでもありません。でも、ヘンデルって、バッハと並べていい作曲家なのかな? 私は以前から、そう思ってました。ちなみにヘンデルを“音楽の母”と呼ぶのは、日本だけらしいですし…。

 まあ、日本にはバッハのファンってたくさんいます。バッハの音楽大好きな人もたくさんいます(フルートのH先生もその一人)、バッハの演奏だけに集中している音楽家や音楽ファンの方もたくさんいます。それくらいに、多くのファンを持っているバッハです。

 一方、それに匹敵するほどヘンデルのファンって…日本にいるのかな? どうにも、バッハのファンと比べると、ヘンデルのファンって、少ないのではないかな? なんて、私、思うのですよ。

 バッハって、ドイツから出たことはなく、当時的には作曲家と言うよりも、オルガニストであり、バッハ自身よりも、彼らの息子たちの方が実は当時は有名で、つまりはバッハは、今でこそバッハであり“大バッハ”と呼ばれる人だけれど、当時はむしろ“バッハ・パパ”だったわけです。

 そんなバッハが敬愛してやまないのが、当時の大作曲家であったヘンデルであり、バッハはヘンデルに会いたくて会いたくて仕方なかったのだけれど、当時の売れっ子作曲家であるヘンデルにとって、地方でくすぶっているオルガニストとわざわざ会うメリットもなくて、終始バッハとの面会は断り続けていたそうなのです。

 つまり、本来、ヘンデルはバッハと並び称してはいけないほどの“格上の音楽家”だったわけです。ヘンデルはイギリス王室御用達の音楽家であり、その曲は世界中で演奏されていたほどの重要人物であったけれど、バッハはドイツのローカルな音楽家であり、その死後、彼の作品は忘れられてしまったほどなのですから。それくらいに大きな格差があった二人なのです。

 バッハにとってのキーパーソンは、メンデルスゾーンでした。秀才であるメンデルスゾーンが音楽の勉強をしている時に、図書館の書架で見つけたのがバッハの楽譜だったのです。「これほどの作曲家の作品が埋もれたままなんて…もったいない」ってわけで、メンデルゾーン主催で、バッハの「マタイ受難曲」を復活上演したところ、これが大成功して、今に至り、あげくの果てに、ヘンデルとの音楽家としての立場すら入れ替わってしまった…と言うわけです。

 なんかなー。

 ヘンデルは、当時から国際的に活躍していた音楽家であり、その後も、その作品のいくつかはクラシック音楽のスタンダード曲として残り、いつも世界のどこかでその作品が演奏され続けているほどの大作曲家にも関わらず…ちょっとその扱い、軽くない? なんて私は思ったりするわけです。バッハがあれほど持ち上げられるのなら、ヘンデルはもっと重々しく扱われてもいいんじゃないの?ってね。

 ヘンデルの伝記を読んでみると、まさにその人生は成功者の人生であり、確かに日本人的には共感しづらいのは事実です。また、その代表曲が「メサイア」であり、日本では長らく「メサイア」を翻訳されたドイツ語で歌うのが普通だった昔は、ヘンデルもそれなりの人気があったそうですが、20世紀の終盤頃から「メサイア」を原語である英語で歌うのが普通になってきたあたりから、日本でのヘンデル人気って、陰りを見せるようになってきたと感じるのは私だけでしょうか?

 実際、今でもそうだけれど、クラシック音楽ファンって、ドイツ至上主義であると、私は何度も書いてますが、同時に、英語や英国およびアメリカを嫌いますよね。イギリス音楽とかアメリカ音楽を、ちょっと下に見る傾向がありますよね。「メサイア」もドイツ語で歌えばドイツ音楽だけれど、英語で歌うとイギリス音楽扱いをされて、それで人気が落ちてきた…と思うのは、私の偏見でしょうか?

 まあ、英語とかイギリスとかアメリカとかって…クラシック音楽って言うよりも、ポピュラー音楽ってイメージの方が強いものね。ミュージカルにせよ、ロックンロールにせよ、英語だもんね。私も、トスティの英語の歌曲を歌ったら「ミュージカルの曲みたい」と言われた事あります。それくらいに言語の違いによるイメージの違いって大きいんだなあって思います。

 そういう意味では、ヘンデルって「メサイア」のおかげでイメージダウンしているかな…なって思う事あります。ちょっと残念。

 ヘンデルは、もちろん、数多くのオペラを作曲していますが、それだけではありません。実際「メサイア」はオペラではなく、オラトリオだし、器楽曲にも有名な作品はたくさんあります。例えば…これね。

 「アラ・ホーンバイプ」です。「水上の音楽」の第2組曲の第2曲です。ネアカだよね、いかにも祝祭音楽だよね。私はこういう音楽が大好きだけれど、真面目な日本では受けが悪いのかもね。もっと真面目で、もっとネクラじゃないと、日本では受けないのかも。確かに、バッハの音楽って真面目だしネクラ(ゴメン)だものね。

 ちなみにバッハと言えば、これ。「マタイ受難曲」です。

 ヘンデルとの音楽性の違いは…すぐに分かるほどに違いますね。私も「マタイ受難曲」は大好きだし、これは日本人受けするってのも、よく分かります。でも、ネクラと言えばネクラだね。

 ロッシーニよりベートーヴェンが好きな日本人は、ヘンデルよりもバッハが好きなわけです。享楽的で祝祭的な音楽よりも、禁欲的で自己批判的な音楽の方を好むわけで。それが国民性なんだからと言っちゃえば仕方ないのかもしれないけれど、クラシック音楽ってヤツは、我々の音楽ではなく、ヨーロッパの民族音楽なんだから、まずは現地での評価ってヤツは大切に尊重しないと、なんかいけないんじゃないかって思う私でありました。…だからと言って、バッハやベートーヴェンがダメって事じゃないです。もっと、ロッシーニやヘンデルも評価しましょうって話です。

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2017年8月21日 (月)

大好きな作曲家について語ってみよう その7 レオンカヴァッロ

 いやあ、出しちゃいました、マイナー作曲家“レオンカヴァッロ”(笑)。

 思わず(笑)マークを付けちゃいましたが…。実際、レオンカヴァッロは、キラ星のごとく並ぶ大作曲家の群れの中に入れるには…ちょっと無名な作曲家である事は、私も重々承知をしています。でも、大好きな作曲家だし、ある意味、私の人生を大きく変えた作曲家であるので、無茶を承知で、ここに入れてみました(爆)。

 レオンカヴァッロという作曲家は、世間的には無名作曲家されても仕方ないのです。だって、代表曲は「道化師」ただ1曲。それもデビュー作なんですよ。つまりレオンカヴァッロという作曲家は、音楽界の“一発屋”なんです。そう言われても仕方ない存在が、レオンカヴァッロなのです。

 でも、その“一発”が、とても素敵なのです。

 私が今のようにオペラにハマるきっかけとなったのが、このレオンカヴァッロの「道化師」だったのです。

 この世にオペラというものが存在する事を知った時、その頃の私の音楽の師匠ともいうべき職場の先輩が「オペラを聞くなら、マリア・カラスとマリオ・デル・モナコを聞かないとダメ!」と言うので、さっそくこの二人の歌手の代表作を入手して、聞きました。

 で、何を聞いたのか言えば、カラスは「椿姫」を、モナコは「道化師」を聞きました。

 当時は、レコードからCDへの移行期で、もちろんネットなどあってない時代でした。多くの有名な演奏が(レコードだったので)廃盤となり、順にCD化されていた時代です。私が入手したカラスの「椿姫」は、モノラルのライブ音源で、実に音質が悪かったです。ほぼ、海賊盤のような音質で(今の私なら平気なのですが)当時の私には、その音質の悪さは耐え難いもので、どんなにカラスの歌唱が素晴らしいと言われていても、二度と聞きたくないと思ってしまったものです。

 ちなみに、マリア・カラスの音源は、現存するモノは、どれもこれも音質的には誉められたものではありません。現在の音源を聞き慣れている耳には、耐え難いほどの低音質の録音ばかりですが…お好きな方にはこの低音質もまた味になっているようです。ある意味、フルトヴェングラーのライブ録音の第九もまた、音質的には最低最悪、海賊盤以下と言ってよほどの劣悪な音質なのですが、それでもオールドなクラシックファンに愛聴されています。おそらく、それと通じたモノがあるのだろうと思います。

 カラスは素晴らしい歌手ですし、そのカリスマ性は他の歌手の追随を許さないことは私も同意しますが、その演技力や歌唱力に関して言えば、最近の歌手たちのレベルも上がり、決してカラスがトップであるとは言いづらい状況になってきたと思います。現在の世界トップのソプラノたちは、カラス並か、それ以上の演技力と歌唱力を持っていると思うので、オペラの勉強のためなら、何も無理して悪い音源(で映像があまり残っていない)カラスを聞く必要はなく、最近のハイビジョン収録のオペラで勉強した方が良いと思います。

 マリア・カラスは、あの時代では、ずば抜けて素晴らしいソプラノだったのだと思いますが、後の続く世代の歌手たちは、みなカラスを目指し、カラスから学び、やがてカラスを乗り越えていったわけです。だって、カラスの全盛期って、もう半世紀も昔の話だよ。むしろカラスを乗り越えられなきゃ、ダメでしょってくらいの時間は経ってますって。

 まあ、世代交代論的に言えば、モナコだってカラスと似たり寄ったりの状況でしょう。

 しかし、カラスは聞けなかった私が、モナコは愛聴したのです。カラスがソプラノで、モナコがテノールだった…というのも一つの理由ですが、カラスの音源の低音質と比べると、モナコの録音は、なかなか優秀であり、現在の我々の鑑賞にも耐えうるレベルのものであった事も大きな要因だろうと思います。実際、モナコ関係の録音の多くは、スタジオ録音だしステレオ録音だし、なかなか良いんですよ。もちろん、カラスのEMIと、モナコのデッカといった、レコード会社の技術力の差もあったとは思います。

 ちなみに、モナコのライブ録音(最近は結構出回ってますよね)は、実はあまり薦められません。音質がカラス並に悪いのはもちろんとして、歌唱としても、表現を優先するあまり、あっちこっちに歌唱的な破綻はあって、コレクター商品としての入手ならともかく、オペラの勉強には向きません。そういう事を考えていくと、ライブ録音がたくさんレコード化されたカラスって、本当に歌が上手いんだなあと改めて思うわけです。

 閑話休題。そんなわけで、モナコが歌う「道化師」を、私はオペラを学び始めの頃、浴びるほど聞きました。そして、ある意味モナコが歌う「道化師」が、私にとって、すべてのオペラの評価基準の物差しにすらなりました。それくらい、私の血肉となったのが、この録音だったのです。

 ちなみに、この録音は、さすがに現在では廃盤になっています。まあ、中古屋に行けば、高価な値段で取引されていますが、オペラの勉強のなら、そこまでのお金を支払ってまで入手する必要はないでしょう。現在安く流通しているDVDの方が良いと思います。

 さて、このモナコの「道化師」にハマったのは、もちろん主役を歌うモナコの素晴らしさがあったとは思うけれど、やはり作品の素晴らしさがあった事は事実です。どんなに歌集が素晴らしくても、つまらない作品だったら、こんなにハマるわけないですもの。

 実際、その後も、色々なテノール歌手が歌う「道化師」を買い求め聴き漁りました。歌手によって、表現の違いもあり、深い感銘を受けた演奏もあれば、残念なモノもありましたが、それであっても、オペラ「道化師」がイヤになる事はありませんでした。それどころか、ますます大好きになって…。私にとって「道化師」というオペラは、それくらい大切な作品になってしまったわけです。

 たぶん「道化師」にどっぷりハマってしまった人は私一人だけではないと思います。この作品にハマっている人は、世界中にたくさんいるんだと思います。だから、今でも世界中の歌劇場で上演されるわけです。

 でも残念な事に、作曲家であるレオンカヴァッロにとっては、これが最初で最後の成功作だったのです。

 どんな気分だったのでしょうね。彼は「道化師」以降も多くのオペラを書いていますが、どれも現在上演される事はありません。当時的には、失敗作の連続であったと聞きます。

 あと、彼は歌曲も多く書いていますが…現在でも普通に演奏される曲は「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」くらいでしょう。良い曲ですが、この曲は、曲の良さで残ったのではなく、当時の大スター、エンリコ・カルーソのために作曲され、彼が歌って録音してヒットしたおかげで残っている曲なのです。彼が書いた多くの歌曲は「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」クラスの歌曲は他にもたくさんあります。輸入盤を漁ると、レオンカヴァッロの歌曲集もありますし、歌曲の楽譜も割と簡単に入手できますが…なかなか実際の演奏会では聞けませんよね。

 実際に、レオンカヴァッロは、普通に良い曲はたくさん書いてます。ただ、歴史の流れの中では、いずれ消えてしまう程度の作品ばかりなのは否めないでしょうね。そういう意味で、やはり彼は“一発屋”なのです。

 最後に面白い作品を紹介します。この曲も、やがて歴史の中に消え去ってしまう事は必定なのですが…。テノールと管弦楽のための交響詩です。珍しいジャンルの曲ですよね。タイトルは「5月の夜」です。歌詞はフランス語です。この曲は、詩人と音楽の女神の会話を交響詩にした作品です。詩人の歌唱をテノールが、音楽の女神の部分はオーケストラが演奏するという意欲作で、決して悪い作品ではないのですが…それでも残らないというのが、いやはやなんともです。

 この曲がフランス語ではなく、イタリア語かラテン語で書かれていたら、もう少し演奏のチャンスも残っていたろうになあ…なんて思ったりします。

 演奏時間は、小一時間です。お時間のある方は、どうぞ。

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2017年8月20日 (日)

手術の付き添いをしました

 今回は、わざわざ夏の連載を中断してぶっ込んだ話題なのですが…って、実は先日…妻が手術をする事になり、その付き添いをしました。

 手術は朝一番で、妻は朝8時までに、付き添いの私は朝9時までに病院に行かないといけないというので、妻も私も、それぞれの時間に病院に行きました。一緒に行けばいいじゃん…と思われるかもしれないけれど、まあ、近所の病院だし、病院カラ一緒に来る事は求められていないし、妻と一緒に早く行っても、付き添いの私には何の役割もないし、役割の無い人間がウロウロしているのも迷惑だろうし…って事で、それぞれ病院から指定された時間に行くことにしたわけです。

 私が約束の9時少し前に病院に着いた時、すでに妻は処置室で点滴を打って手術準備をして備えていました。手術室に入るのは、9時15分だそうで、私は妻の着替えと荷物を預かり、妻の手術中に、あれこれ書類を書いたり、万が一の事あった時の判断をするために、私は妻の病室(一応、個室)で待機する事になっていました。

 妻は時間通りに手術室に入り、私は病室に向かいました。

 10時頃、そろそろ手術が始まりますと連絡が入りました。手術室に入ったのはだいぶ前のはずなのに…って、手術室に入ったからと言って、すぐに手術が始まるわけではなく、麻酔を含め、あれこれ準備があったようです。まあ、麻酔が効くのに、それなりの時間もかかるだろうし…ね。

 10時半少し前に、妻がベッドで運ばれてきました。どうやら手術は簡単なもので、あっという間に、無事に済んだようでした。万が一に備えて控えていた私の役目は特に無かったようです。たくさん書いた書類も、ほぼ不必要になったようです。実際、手術はうまく行ったようで、当初予定された術式ではなく、もっと簡便で傷の小さな術式に変更になったそうで、手術創も抜糸の必要のない糸で縫われ、絆創膏が貼られ、万が一、浸出液が漏れ出した時のために分厚いガーゼを貼られていました。

 妻は、手術後にも関わらず元気でした。麻酔は部分麻酔だったようで、よく喋ります。手術中、肉の焼ける美味しそうな匂いがしてお腹がすいたと言ってました。まあ、私も手術の経験があるから分かるけれど、手術室って、本当に美味しそうな匂いがするんだよね。もっとも、そこで焼けている肉は自分の肉で、それが焼ける匂いなんだけれどね(笑)。つまり、人間の肉って、美味しい匂いがするって話だし、匂いが美味しいんだから、きっと食べると美味しいんだろうなあって思ったりします(食べないけれどね)。

 手術の結果も良好だし、術後の様子も安定しているので、麻酔が切れたら退院と言われましたが、麻酔が切れて歩けるようになるのは夕方頃なので、それまでは病室で休憩をしていてくれと言われてしました。ですから、妻の昼食は病院で用意してくれますが…付き添いの私の分はありません。もう付添人は不必要なので、一度家に帰って、退院の頃に迎えに来てくれればいいと病院に言われましたが、それでもやっぱり妻が、ほんのちょっとだけ心配だったので、帰宅はせずに、近所のラーメン屋で食べてくる事にしました。

 さっさとラーメンを食べて病室に戻ると、妻が食事をしていました。普通に病院食でしたが、味は普通で美味しかったんだそうです。確かに、ここの病院の食事って、普通に美味しいんだよね(笑)。ただ、私には量が少ないので、入院していた時は、ガッツリ体重が落ちてしまったのだけれど、妻には食事の量がちょうどよかったらしてくて、とても満足していました。

 病院には無料Wi-Fiがあって、ネットはやり放題なので、ネットをしたり、居眠りをしたりしているうちに、夕方になりました。妻の麻酔もようやく切れて、普通に歩けることが確認されたので、退院となりました。

 帰りは、歩いて帰ってもよかったのだけれど、帰宅する頃は天気も悪く、土砂降りだったので、無理せずにタクシーを呼んで帰宅しました。

 結局、私は何もしなかったのだけれど、病室のソファに半日、ずっと座っているだけで、なんか疲労困憊になってしまったので、帰宅して、まもなく昼寝(夕寝?)をしてしまいました。気疲れ…でしょうね。

 その後も経過もよく、妻は手術の翌日は仕事を休みましたが、その次の日には、もう会社に行きましたし、普通の暮らしに戻ってしまいました。結構大きく切ったはずなのに、元気な妻です。まあ、それだけ医学も進歩して、患者のカラダへの負担の少ない手術が可能になった…って事なのでしょうね。私がその病院で手術した時は、昔々の話だったけれど、ほんのちょっと切っただけなのに、1週間も入院していたのを考えると、ほんと、医学の進歩って、すごいんだなって思いました。

 いや、そうじゃなく、単純に、私が痛みに弱くて、妻が痛みに強い…って事なのかもしれないけれど…。

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2017年8月19日 (土)

大好きな作曲家について語ってみよう その6 ワーグナー

 ワーグナー…ドイツナチスのテーマ音楽として使われた事もあって、サヨクの方々に鬼のように嫌われている作曲家です。いや、サヨクだけでなく、良識ある人々には未だに眉をひそめられているフシが無いわけじゃないです。実際、ユダヤ系の人々は今でもワーグナーを嫌っていますし、なにかとナチスとペアで語られる作曲家ですが、それって、ワーグナー本人にすれば「なにそれ、迷惑(プンスカ!)」って話でしょうね。

 実際、ワーグナーの生前には当然ですが、ナチスなんて無くて、彼の死後、残された音楽があまりに素晴らしいから、劇場型政治の創始者であるナチス(ってかヒトラー)が、ワーグナーの音楽を利用したわけで、ワーグナーとナチスの紐付けはナチスが勝手にやった事で、ワーグナー本人やその音楽と、ナチスや戦争やユダヤ人虐殺は、無関係なんだけれど…あまりに紐付けられたイメージが強くて、そんな甘いことは言ってられませんわな。

 という訳で、未だに一部の人たちからはタブー視されるワーグナーですが、私は、純粋に音楽として、大好きですよ。もちろん、戦争を賛美するつもりは毛頭ありませんし、ユダヤ人虐殺だって肯定しませんよ。そういうナチス関係の諸事とは切り離して、音楽としてのワーグナー作品を愛していますし、その作者であるワーグナーを尊敬します。

 もっとも、ワーグナー自身は、筋金入りのヒトタラシで、やり手で、天才なんだけれど同時に職人タイプの音楽家でもあったわけで、ほんと、スケールのデカイ人なんだと思います。まあ、見方によっちゃあ、クズだったんだけれどね(笑)。とにかく、個性、強すぎな人です。たぶん、彼の本質は、中二病のオヤジなんだけれど、音楽の才能に満ち溢れすぎていて、中二病の悪夢を音楽で表現できちゃったわけで、そういう意味では、現代の日本的に言っちゃえば、円谷英二とか、手塚治虫とか、宮﨑駿とか、庵野秀明とか、富野 由悠季とか…まあ、そういう人たちと同じ種類の人で、単なる音楽家と言うよりも、妄想を表現する天才だったんだろうと思うわけです。

 つまり彼は、音楽家である以前に、表現者であったわけです。だから「自分が作るモノは歌劇じゃない、楽劇だ!」と言い出さざるを得なかったんだろうと思います。

 つまりのところ、19世紀ヨーロッパに登場したオタクキングがワーグナーではなかろうかと思うわけです。たぶん、今の時代に生きていたら、作曲家ではなく、アニメや特撮をバンバン製作しているんじゃないかしら…なって思ったりする私なのでした。

 それはさておき、音楽史的には、すっごい作曲家であった事は確かで、モーツァルトがタネをまいたドイツオペラを、ベートーヴェンやウェーバーを経由して、本格的に花を咲かせたのがワーグナーだものね。ちなみに幕引きをしたのが、リヒャルト・シュトラウスね。

 とにかく、ワーグナーの功績は、クラシック音楽的に見ても、オペラ的に見ても、ドイツ音楽的に見ても、どの方面から見ても、無視できないことに大きいわけです。ワーグナーがいなかったら、ドイツオペラなんて無視しちゃってもいい程度のジャンルで終わっていただろうし、“ワーグナーこそがドイツオペラである”って言っちゃってもいいと思うし、それくらいワーグナーって、天才的なわけで、素晴らしいわけで、だからナチスが使っちゃったのも納得しちゃうわけです。

 とにかく、ワーグナーの作品って、すごいよね。

 私も今までたくさんの音楽を聞いてきたし、感動もいっぱいしてきたけれど、音楽を聞いて、腰が抜けて立てなかったという経験は、ワーグナーでしか、した事はないよ。

 かつて、横浜で上演された二期会の「神々のたそがれ」…日本人キャストによる日本初演だったそうです…を生で聞いて、本当に腰が抜けて、オペラが終わっても、感動のあまり、しばらく立てなかったもの(マジです)。

 それくらい、毒々しい音楽を書いたのがワーグナーなんです。

 ワーグナーって、マルチな才能を豊かに持っていた人なんだと思います。友人…と言うよりも、師匠として学びたいタイプの人です。もっとも、実際にそばにいたとしても、きっと彼は自分の仕事の手伝いはさせても、弟子に手取り足取り何か教えてくれるってタイプではなさそうだけれどね。天才から何かを学ぶっては…そりゃあ無理だわな。

 という訳で、私が好きなワーグナーと言えば「神々のたそがれ」のフィナーレ…いわゆる“ブルュンヒルデの自己犠牲”と呼ばれている曲です。本当に感動的な音楽なのですが…劇場で生演奏を見るのと、YouTubeでチャチャと見るのとでは、感動も全然違うだろうけれど、こういう毒々しい音楽もあるんだなあと思ってください。

 それにしても、並のソプラノじゃ歌いきれない重量級の歌だよね…。ワーグナーって、作品第一主義の作曲家で、歌い手の事は…たぶん、何も考えてないと思います。まあ、オタクって妄想に生きている人間だからね、しょーがないね。

 私にとってワーグナーという作曲家は、ナチス御用達の作曲家ではなく、オタクで中二病をこじらせた作家…なんだな。私に同意する人がどれくらいいるかは分からないけれど、私はそういうふうに彼の事を考えています。

 明日は連載をお休みして、違う系の記事をぶっ込みます。

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2017年8月18日 (金)

大好きな作曲家について語ってみよう その5 ベートーヴェン

 初っ端のモーツァルトはともかく、その後、ヴェルディ、プッチーニ、トスティと、私は大好きだけれど、世間的にはマイナー作曲家が続いてしまったので、ここらでメジャーな作家を出しとかないと、バランス悪いなあと感じた私が、今回取り上げるのが、ベートーヴェンです。大メジャーです(笑)、パフパフパフ~…!。

 私、自分でも意外なのですが、ベートーヴェンって作曲家、実は好きなんですね。とは言っても“聴力を失っても音楽家を辞めなかった不屈の精神”とか“苦難から喜びへ”とか“運命はこのように開かれる”とか“楽聖”とか“9つの交響曲”とか“ピアノの新約聖書”とか“三大B”とか、そういう多くの人々がベートーヴェンに惹かれるワードには、特に魅力を感じていません。

 私がベートーヴェンに感じる魅力ってのは“不器用な人間が一生懸命に頑張っている姿…”かな? ベートーヴェンって、楽聖とか言われ、音楽の神様のような扱いを一部の方々にされていますが、私が見るに、彼って、そんなに才能豊かでもないし(ごめんなさい)、そんなに偉い作曲家でもない(ごめんなさい)って思うんですよ。

 もちろん、音楽家としては一流だし、才能だって他の作曲家と比べれば豊かに持っている事に間違いは無いわけだろうけれど、ちょっと過大評価されすぎ…って思うわけです。一流だけれど、超一流って感じじゃないし、同時代的にも一番手ではなく、二番手扱いの作曲家だったわけで、それなのによくぞ、後世(つまり現在)の評価が、こんなに高くなったのかな? ベートーヴェン君、頑張ったもんね…って感じなんですよ。

 才能が超一流でなくても、努力と根性とタレント性で超一流の評価を得て、結果として“世界一の作曲家”の地位を固めた、不器用で愚直な音楽家。それが私にとってのベートーヴェンなのです。

 日本の学校における音楽教育って、ドイツ視点なんですよ。はっきり言っちゃえば、ドイツに偏った見方をしています。

 クラシック音楽が全盛期だった時代、世界の中心は、ドイツではなく、今は小国となってしまったオーストリアであり、その都のウィーンであり、ウィーンを取り巻くように、フランスのパリとか、イギリスのロンドンとかが、一大音楽消費地として存在していたわけです。

 だから、モーツァルトもウィーンを目指したし、ベートーヴェンもウィーンに出てきたのです。ウィーンじゃイマイチだったヘンデルはロンドンを目指したわけだし、パリに落ち着いたショパンだって、最初はパリではなくウィーンでの成功を目指していたわけです。

 で、ベートーヴェンの時代、ベートーヴェンもウィーン子に愛されていたけれど、決してナンバーワンではありませんでした。

 勘違いしちゃいけないんだけれど、ベートーヴェンの時代、ダントツ一番人気の作曲家は、ロッシーニです。ベートーヴェンではありません。それどころ、ロッシーニは、ウィーンのみならず、パリでもロンドンでも大人気で、当時の世界ナンバーワン作曲家だったわけです。今でも、日本以外じゃあ、きちんと人気作曲家として扱われています。ただ、日本はドイツ視点でクラシック音楽を見ているので、ロッシーニの評価は低いんです。だってロッシーニを評価しちゃうと、相対的にベートーヴェンの評価を下げざるを得ないけれど、ドイツ視点的には、それは有り得ない話だからね。だから、ロッシーニは空気のようにいない事にされちゃうわけだ。

 当時のベートーヴェンは、あくまでもロッシーニの陰に隠れた、二番手、三番手の作曲家であり、現在のような高名な天才音楽家という扱いではなかったのです。

 ってか、ベートーヴェンの音楽って、同時代的には、かなり無視されていたんだよね。彼の生前、一番有名な曲で、彼の名刺代わりとなった曲って…当時は“戦争交響曲”と呼ばれた“ウェリントンの勝利”という曲です。で、この曲は、後に改訂されてオーケストラで演奏されるようになり、現代の私たちはそれで聞きますから、それでも立派で、いかにもベートーヴェン的な交響曲として聞きますが、この曲、実は、作曲された当時は“パンハルモニコン”と呼ばれる自動演奏オルガンのために作曲された、自動演奏オルガンの販売促進用のデモ曲だったんです。つまり、今風に言うならCMソングです。

 意外ですか? でも、当時のベートーヴェンの評価と、彼の立ち位置なんて、そんなモンだったんですよ。ロッシーニが大人気作曲家で、売れに売れて、お金を稼ぎすぎちゃって、このままではせっかく稼いだカネが使えないって心配になって、40歳になる前に、作曲家を辞めて、残りの人生(彼は76歳まで生きてました)を消費と浪費と美食に費やしたけれど、それでも財産を使い切れなかったそうなんだよね。すごいね。

 そこへ行くと、ベートーヴェンは、いつもお金の心配をし、日々倹約の毎日を送り、貯金に励んでいたわけで、貧乏ではなかったけれど、けっして豊かとも言い切れない人生を過ごしたわけで、彼は彼なりに頑張っていたわけです。

 私は、そんな、天才とは程遠い、業界では二番手三番手で、日々、営業努力をし、売れない音楽を書き続けて、一生懸命に働き続けた、ベートーヴェンが好きなんです。フリーランスの鏡じゃないですか!

 そんな彼が、ロッシーニに追いつき追い越せと頑張って、何度も書き直して、根性で仕上げたのが、歌劇『フィデリオ』です。ベートーヴェンが書き残した、たった1曲しかないオペラ、それも正直な話、ベートーヴェンというブランドがあるから残っているだけで、もしもこの作品が優良な作品の多いロッシーニの筆によるものだったら、きっと駄作扱いをされてしまって、消えてしまった程度の出来でしかなくても、私は、この『フィデリオ』が好きなんです。

 だって、実に、暗いんだもん(笑)。でも、音楽はいいですよ。陰キャラ満開の根暗ベートーヴェンの本領発揮って感じの音楽なんです。特に私が好きなのは、第二幕冒頭のテノールアリア「Gott! Welch Dunkel hier!/神よ、ここは暗い」です。

 ね、暗いでしょ? おまけに長いでしょ? イントロが長くて長くて、いつになったら歌が始まるんだい…って感じです。実際、この曲、イントロだけで4分あります。ロッシーニなら、アリア1曲分です(笑)。いかにもベートーヴェンが書きそうな、根暗な音楽でしょ? でも、これも彼の計略なんだと思うのです。根明でお気楽なロッシーニの音楽に対して、正面切って戦うには、こういう暗さが必要だったんだと思うんです。さすがはベートーヴェン、目のつけどころが違います。ただ、こういう暗い曲は、当時のウィーンでは、いや、当時のヨーロッパでは、受けなかった…ただそれだけなんです。

 ちなみに、参考音源で歌っているのは、ヨナス・カウフマンです。ドイツオペラのトップテナーは、現在、間違いなく彼だものね。彼の歌唱で聞くのが吉です。

 さて、こんな挑戦者然として、あれこれ格闘しているのが、私の好きなベートーヴェンなのです。交響曲やピアノソナタ、弦楽四重奏で楽聖として君臨している大作曲家ではなく、当時の人気者、ロッシーニに追いつき追い越せで、持っている才能のすべてを注ぎ込み、奮闘努力を重ねたベートーヴェンが好きなのです。

 その努力が、彼の死後、報われて、今は楽聖と呼ばれるほどの偉大な音楽家扱いを受けるようになったのだから、彼の努力も無駄ではなかった…と言えると思います。

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2017年8月17日 (木)

大好きな作曲家について語ってみよう その4 トスティ

 はい、今回取り上げる作曲家は、イタリアの作曲家、トスティです。ここのブログを読み続けている方は「あ、出た出た」と思ってくださるでしょうが、一般の音楽ファンの方々だと「誰、それ?」的な作曲家さんでございます。

 いやあ、私、トスティ大好きですよ。私が今までレッスン等で学んだ曲は、のべで108曲になりますが、そのうちの15曲がトスティの作品です。これは、作曲家別で学んだ曲数で言うと第1位になります。それだけ私は積極的にトスティを学び、歌ってきたって事です。

 ちなみに、第2位はプッチーニの13曲になります。ただし、プッチーニの場合、その大半は去年集中的に学んだ「ラ・ボエーム」なんですがね(笑)。トスティはコンスタントにコツコツと学んで、この曲数なんです。

 トスティは、声楽の作曲家です。それも歌曲の作曲家で、オペラは一曲も書いてません。さらに、彼の作品のほとんどである歌曲は、テノールを対象に書かれているものがほとんどです。つまり、トスティはテノール歌手のための作曲家であると言っても過言ではありません。それは、ショパンがピアニストのための作曲家であるのと同様なのです。

 だから、テノールである私が、トスティの事を好きにならずにはいられないってわけなのです。

 トスティについては、好きすぎて、すでに記事にして書いていますので、もしよかったら、それらの記事も御覧ください。

トスティって、本当はヴァイオリニストだったの?

トスティはイギリス人だったって知ってましたか?

トスティは三流の作曲家なのか?

 トスティは、いわゆるメロディーメイカーです。美しいメロディーをいっぱい書いてくれました。世の多くの作曲家たちは、彼らが生み出した最上のメロディを、大抵の場合、ソプラノに与えます。まあ、作曲家のほとんどはスケベ親父ですから、下心込みで、ソプラノにいい顔をしたいというのは、私も男ですから分からないでもないです。ですから、オペラのアリアであれ、歌曲であれ、美しいメロディーは、たいていソプラノのものであり、他の声種は、ソプラノのために書かれたメロディを移調して歌うことが多いのです。

 しかしテノールにはトスティがいます。トスティは、彼の生み出した美しいメロディをソプラノのためではなく、テノールのために書きました。これは彼が男に下心があったから…では決して無く(彼は、音楽家には珍しく、同性愛者ではありません:笑)、実は彼自身が優秀なテノール歌手であったので、自分のために曲を書くことが多かったし、美しいメロディーは自分のために使ったので、結果としてテノール歌手のための良曲がたくさん残ったわけです。

 ああ、うれしい。

 ちなみに、テノール歌手のために書かれた曲というのは、オペラのテノールアリアと、トスティの歌曲以外だと、ナポリ民謡ぐらいしかありません。ナポリ民謡は、良い歌が多いのだけれど、所詮民謡であって、芸術家曲ではありません。テノールアリアは、主役級のアリアしか無いので、激烈に難しく、歌う人を選びます。その点においても、トスティの歌曲がテノールのために書かれた幸せを私は喜びます。

 もっとも、トスティの歌曲はメロディが美しすぎるため「こんなのは芸術歌曲じゃない、イタリア民謡だ!」と言ってはばからない人がいるのも事実です。最近はそうでもないらしいのですが、ちょっと前までは、トスティの作品は鬼っ子扱いで、音大などでは学ばなかったそうです。まあ、いいけれど。

 トスティについては、今までも何度も書いてきていますので、何を語っても“屋上屋を架す ”となってしまうのですが、それほど私がトスティとその作品が大好きなことは分かってください。

 さて、大好きな一曲を選ぶとなると…本当に困ります。トスティに関しては、どれもこれも大好きですからね。あえて選ぶとすると…有名な曲ではありませんが「Love Me!/私を愛してください!」かな? 本当に美しい曲なんですよ。

 歌っているのは、テノールのホセ・カレーラスです。動画じゃないのが残念だけれど、この歌、本当に歌っている人が少なくて、当然、YouTubeに上げられている動画も少ないのです。その中では、この音源がやっぱり良くて、これにしました。実は私自身が歌った音源をここに貼っちゃうかと一瞬思って、聞き直して見たら、わざわざ貼り付ける価値もない歌唱であった事を思い知りました。

 当たり前の話だけれど、私の歌は、まだまだ下手っぴだね。上手くなる日は来るのかしら?

 どうしても私の歌を聞きたいという人(そんな人なんているのかしら?)は、ここをクリックしてください。どうなっても知らないよ(爆)。

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2017年8月16日 (水)

大好きな作曲家について語ってみよう その3 プッチーニ

 ヴェルディを取り上げたからには、当然、次はプッチーニの登場となるわけです(笑)。

 プッチーニもヴェルディ同様、声楽中心の作曲家であり、多くの偉大なオペラ作品を書き上げています。世代的にもヴェルディの次世代の音楽家で、ヴェルディの最後の作品である「ファルスタッフ」とプッチーニの出世作である「マノン・レスコー」は同年の発表となります。

 彼が活躍したのは19世紀末から20世紀初頭で、事実上最後のオペラ作曲家の一人であり、最後のクラシック作曲家の一人であります。また、彼の全盛期は、オペレッタの全盛期と重なり、彼の活躍が終わるやいなや、ミュージカルの時代が到来し、今に至ります。色々な意味で、クラシック音楽の幕引きを行った作曲家がプッチーニなのです。

 彼はヴェルディと較べると寡作な作家ですが、それでも生涯12のオペラを書いています。初期の2作品(「妖精ヴィッリ」と「エドガール」)と後期の作品(「つばめ」「外套」「修道女アンジェリカ」「つばめ」)は名前は有名ですが、めったに上演されません。名作曲家とは言え、興行的な失敗作もあるわけです。しかし、これらの作品を除外した残りの6作品は、プッチーニの代表作であり、オペラ劇場の大スタンダードであると言えるでしょう。

 その6作品とは「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「西部の娘」「トゥーランドット」です。特に「ラ・ボエーム」「トスカ」「トゥーランドット」の3作品は、世界中の歌劇場で上演されていない日は無いのではないのだろうかと思われるほどに、超有名な作品で、上演頻度も素晴らしく高いです。

 それに日本人的には「蝶々夫人」のアリア「Un bel dì, vedremo/ある晴れた日に 」と「トゥーランドット」のアリア「Nessun dorma/誰も寝てはならぬ」はテレビ等でよく耳にし、誰もが知っていると思われます。

 私もプッチーニは大好きですよ。ヴェルディが男臭い作曲家ならば、プッチーニは女好きな作曲家で、ソプラノのために良い旋律をたくさん書いてますし、その作品の中でヒロインを殺しちゃう作曲家でもあります。マノンもミミもトスカも蝶々さんもリュウもみんな、劇中で死んじゃってますからね。

 ソプラノのための音楽をいっぱい書いている…と言うことは、その恋のお相手であるテノールにも良い曲をたくさん書いているわけで、テノールにとってもプッチーニは有り難い作曲家なわけです。

 私的には、昨年、発表会で「ラ・ボエーム」に挑んだ事もあり、プッチーニは特別な意味を持つ作曲家となりました。第1幕は冒頭から男声四重唱までと、ミミの登場から第1幕の最後までを歌い、ほぼ第1幕は歌いきった感を持っています。第四幕も冒頭部以外は歌いました。ですから、後は第三幕を歌えると“ボエーム、クリア”になるかな? どこかでボエームの第三幕を歌うチャンスがあるといいのになあ…なんて思ってます

 個人的に好きなプッチーニの曲と言うと…やはり「ラ・ボエーム」でしょうね。それも第一幕のフィナーレで歌われる「O soave fanciulla/ああ、麗しの乙女よ」ですね。いいですよ、この曲。

 この音源で歌っているのは、現代のトップの二人。ソプラノがオポライスで、テノールがカウフマン。この音源では、最後の最後で、テノールは慣例で歌うHi-Cとか、そこまでいかなくても高い音で歌うのが普通だけれど、カウフマンは楽譜通りの音で歌ってます。彼のような一流の歌手がやると「ああ、楽譜を尊重しているんだな」と思われて、うらやましいです。私のような下手くそが楽譜通りに歌うと「高い音が出せないんだな(図星です)」と思われるだけです。

 それにしても、ロマンチックな曲でしょう? いかにもプッチーニって感じだよね。

 さて、プッチーニと言うと、「ドーリア・マンフレーディ事件」との関わりが言及される事が多いです。

 ドーリア・マンフレーディ嬢は、プッチーニ家で働く若くて美しいメイドであったのだけれど、プッチーニの妻エルヴィーラに、主人との不倫を疑われ、四ヶ月以上に渡り、公私に渡ってイジメを受け、そのイジメの激しさに耐えかねて自殺してしまったという事件。死後、マンフレーディ嬢の身の潔白が証明され、エルヴィーラは有罪となったのだけれど、示談に持ち込んで、事件をうやむやにしてしまったという事件で、イタリアでは、すごく有名なスキャンダルなわけです。

 プッチーニは当時「西部の娘」の作曲中であり、なんとか完成させるも、精神的に疲弊し、スランプに陥ってしまい、以降は死後に評価された「トゥーランドット」を除けば、興行的に成功する事もなく、ある意味、プッチーニの才能を、妻であるエルビィーラが殺してしまったようなもので…もしも「ドーリア・マンフレーディ事件」が無ければ、プッチーニはその後も歴史に残るようなオペラを次々と作曲していた可能性だってあったわけで…ほんと、女の嫉妬って、こわいし、厄介だね。

 音楽史的には、エルヴィーラ・プッチーニという人は、クサンチッペ以上の鬼嫁って事になるわけな。

 ちなみに、この「ドーリア・マンフレーディ事件」は映画化されています。

 2006年に日本でも劇場公開されたようですが…私のアンテナにひっかからなかったので、劇場では見ていません…と言うか、今でも未聴のままですが、見るべきかどうか、実は悩んでいたりします(てへっ)。

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2017年8月15日 (火)

“ピカチュウ、大量発生チュウ!”に行ってきた

 別企画その2です。本日が最終日なので、ここにぶちこまざるをえなかった“ピカチュウ、大量発生チュウ!”の話をします。

 私、行ってきました。“ピカチュウ、大量発生チュウ!”に! いやあ、すごくすごく楽しかったですよ。これは家族連れで楽しめる、本格的な街イベントです。あえて言っちゃえば、ディズニーランドにも匹敵するほどの楽しさです。

 場所は、神奈川県横浜市のみなとみらい地区。電車的に言えば、JRなら桜木町からランドマークタワー方面。みなとみらい線なら、みなとみらい駅から赤レンガ倉庫方面の地区です。とにかく、あのあたりで行われています。

 公式ページはこちらね。このページを見るだけでも、その楽しさは想像できるというモノです。

 とにかく何がスゴイのかと言っちゃうと、みなとみならい地区という一つの街全体が、ピカチュウの街になってしまうってのがスゴイのです。街中、どこを見ても、ピカチュウなのです。あっちの壁、こっちの壁に、ピカチュウのイラストが貼ってあり、のぼりやフラッグ、あっちこっちに展示されているオブジェもほぼピカチュウなのです(たまに、メタモンとミミッキュが混じってますが:笑)。とにかく、どこもかしこもピカチュウピカチュウなのです。さらに、ちょっとした広場や公園にはステージが設けられ、一日に何度もピカチュウのショーが行われ、空を見上げれば、ピカチュウの飛行船が飛んでいるし、海を見れば、たくさんのピカチュウが乗り込んだ船が走っていて、ピカチュウたちが手を振っているし、ピカチュウのラッピングがされた水陸両方のバスが走っていたり…。コスモワールドの観覧車のイルミネーションもピカチュウだし、ほんと、あっちこっちでピカチュウなのです。

 まあ、だから“ピカチュウ、大量発生チュウ!”なんだけれどね。

 私もショーは、二つばかり見てきました。一つは、日本丸パークで行われた『海のカーニバル』と赤レンガ倉庫で行われた『水のカーニバル』です。

 『海のカーニバル』は、ストンプショーで、三体のピカチュウがダンサーさんたちと一緒に踊りまくるというショーなのです。このピカチュウたちが、とてもかわいくて、さらにダンスがキレッキレッでスゴイんですよ。なんかねー、ピカチュウたちがかわいすぎて、見ているこちらがとろけちゃいそうです。

 『水のカーニバル』は、いわゆる“すぶぬれスプラッシュショー”で、特に私は、ずぶぬれエリアで楽しみましたから、本当にずぶ濡れになりました。とにかく、大げさでなく、大量の水が会場のあっちこっちから放水されまくり、私、上から下までビッチョッビッチョッでした(笑)。とにかく、頭の先からつま先まで、まるでゲリラ雷雨を喰らったかよのうように濡れました。なにしろ、パンツまでびっしょりでした。実は、放水から逃げ回っていたので、肝心のピカチュウのショーは…半分ぐらいしか見てなかったけれど、なんとも非日常な体験で、すっげー楽しかったです。

 ポケモンGO的にも楽しかったよ。もちろん、ゲームの中でもピカチュウが大量発生していましたが、それ以上に、普段はなかなか野良では見かけない、アンノーンやラッキー、ヨーギラス、ワンリキーなども大量発生していて、もうモンスターボールが足りなくなっちゃうほどでした。おまけに、普段は日本国内には出没しない、バリヤードが、カップヌードルミュージアムパークに大量発生していて、そりゃあもうスゴかったです。

 ポケストップがバーチャルだけでなく、リアルに街なかに出没していて、それもなかなか愉快でした。レイドバトルも人が多すぎる(笑)ので、強いボス相手でもあっという間に決着ついちゃうし…。

 また、当日のみなとみらいでゲットしたポケモンのタマゴたちは、ほぼ2Kmなんだけれど、この2Kmのタマゴから、普段は10Kmからしか出てこないポケモンたちがわんさか誕生していました。おかげで、当日はみなとみらい中を歩きに歩き回りましたよ。おかげで、自覚なしに疲労困憊しておりまして、帰りの電車の中では、泣きたくなるくらいに疲れちゃいました。

 翌日は…体中が筋肉痛で痛かったし、疲労が回復しきれずに気持ち悪くなるし…、それくらい我を忘れて、楽しんできたわけです。

 ほんと“ピカチュウ、大量発生チュウ!”、楽しすぎ。オトナも子どもも、日本人も外国人も老若男女関係なく楽しめるなんて、ピカチュウのコンテンツとしての人気の高さに、改めて驚いた私です。

 ディズニーランドのミッキーマウスの人気もすごいけれど、大量発生(今年は1500匹のピカチュウが用意されたそうです)できるピカチュウの魅力は、また格別だよね。群舞にしてもパレードにしても、そりゃあすごいもの。

 あまりに参加者が多かったので、不足していたのは、トイレの数とポケモンGOの電波&サーバーのキャパぐらいだね。次年度以降は(特に電波とサーバーのキャパは)何とかしてもらいたいものです。トイレの数は…公園地帯は仮設トイレで対処できるとして、街なかはちょっと難しいよね。でも、トイレは大切だから、関係者の皆さんには、良い知恵をしぼっていただきたいと思います。、

蛇足 大量発生終了後のピカチュウたちは…と言うと、どうやら、日本国内の映画館に行き、上映中のポケモン映画の宣伝をするようです。1500匹のピカチュウがいれば、日本中の映画館に挨拶にいけるというものです。

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2017年8月14日 (月)

老犬ブログが、11年目に突入しました

 さてさてさて、連載を中断してまでぶち込んだ企画とは…そう、本日8月14日は、老犬ブログのお誕生日なのでした。老犬ブログの開始は、2007年の8月14日ですから、丸10年を越えて、11年目に突入したわけです。

  ★★★ 祝! 老犬ブログ、11年目、突入~! ★★★

 ふと見ると、カウンターは400万を越えてます…ね? あれ、去年の記事を見ると「カウンターは30万を越えた」とあるから、今年だけで、370万アクセスもあったのかな? それとも去年はカウンターを読み間違えた…のかな? 今年一年で爆発的なアクセスがあった…とは、とても思えないんだよね。むしろ、今年は春先にたっぷり一ヶ月休んだし、そのタイミングで多くの愛読者の皆さんが離れてしまったので、今年は例年よりもだいぶアクセス数が少ない…と思っていますし、だからと言って、カウンターにミスは無いだろうから…やっぱり去年、カウンターを見間違えていたのかもしれません。

 まあ、少ない方に間違えていたのだから、罪は小さいよね(汗)。

 正直、カウンターの数字は、年に一回、ブログの誕生日前後で気をつける程度で、普段はすっかり頭の中に無いので、こんな感じになっちゃいます。めんご。

 それにしても、丸10年、やり切っちゃいましたよ。すごいあ…継続は力なりって言うけれど、これ自画自賛しても良いよね。

 ブログを始めた10年前とは、私の生活もだいぶ変わりました。当時小学生で、まだまだ手がかかった息子君も、もう大学生です。親の手もだいぶ離れ、毎日好き勝手に暮らしています。私自身、生業での勤務先や立場も変わり、ブログを始めた頃は、ほぼ個人営業のフリーランスに近い形で働いていた(のでブログを始められたわけです)のですが、今じゃ組織の中で多くの人を動かす立場になりました。私自身の仕事も、私の都合ではなく、周囲の都合で動くようになり、自由に使える時間がだいぶ減っちゃいました。正直、ブログの継続はもちろん、声楽やフルートを習っている事も時間&体力的に厳しさを感じるようになりました。ただ、一度始めた事を辞めるには勇気が必要なので、それでズルズル続けてしまっているという側面も無いわけじゃないです。

 ってか、この忙しい日々をなんとかやり過ごしているというのが、現状かな? まあ、それもアリだと思ってます。

 ブログ的に言えば、この10年で、声楽の先生もフルートの先生も変わりました。良い方向に変わったと、個人的に思ってます。ヴァイオリンと社交ダンスは中断したままです。特に社交ダンスは、再開するのに、そんなに大きな障害などないはずなので、残念に思ってます。ヴァイオリンは…中断したままでも仕方ないかな?

 ひとまず、本日までブログを続けてこられた事は、読者の皆様のおかげです。感謝しています。特に今年に入ってから、すでに2回も長期に渡ってブログを休んでいますが、それでも見捨てずに読み続けてくださる皆様の存在が、大きな励みになっています。感謝、感謝です。

 さて、そういうわけで、例年やってますが、この一年間の月間トップ3の記事を発表します。老犬ブログでは、こんな記事に皆さんの注目が集まっていたんですね。それではスタートします。

2016年 8月

1位 帝国劇場で「モーツァルト!」を見てきました

2位 なぜ先生について学ばないの?

3位 プロを上手だとおだてる人

2016年 9月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 フルート合宿 その8「アンサンブルの発表会でした」

3位 上手いはずなのに、上手く聞こえないのは、なぜ?

2016年 10月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 クラシック音楽の本質とは何か?

3位 ヤマハフルートがインドネシアで生産されるらしい…

2016年 11月

1位 ピアノやフルートは、どこまで演奏できればOKなの?

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 男の楽器、女の楽器

2016年 12月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 決して心を折らない事

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

2017年 1月

1位 残念だけれど、仕事が無いんだから仕方ないのです

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

2017年 2月

1位 音楽教室にも著作権料?

2位 フルートは素材で音が変わるのか?

3位 奇跡の一声が出ちゃいました

2017年 3月

1位 ブログを無期限停止とします

2位 ピアノはなるべく早めに辞めさせた方が良い

3位 フルートの音色を良くするために必要な事

2017年 4月

1位 ブログを無期限停止とします

2位 それではブログを再開します

3位 久しぶりに音源をアップします

2017年 5月

1位 合唱人が声楽を学んで得られる5つの利点

2位 LFJ その4 マスタークラスもそろそろ潮時かな…

3位 合唱人が声楽を学んで失う6つの事

2017年 6月

1位 最初の先生選びは大切なんだけれど…

2位 2017年6月現在の私が考える、高音発声のポイントについて

3位 なぜ、優勝と聴衆賞は異なるのか?

2017年 7月

1位 楽譜が手に入らない(涙)

2位 楽器を忘れてレッスンに行きました

3位 クラシック音楽は、やっぱり王侯貴族の趣味なんだな

 ヌーボのプラスチックフルートの記事は強いのですが、その強さも昨年一杯まで…って感じですかね。今年に変わってからは、相変わらず人気トップ10には入っていますが、さすがにトップ3からは外れるようになりました。それにしても、皆さん、ヌーボのプラスチックフルートに興味があるんですね。

 ちなみに、私は、アゲハ(アルタスフルート)を吹いている時間とヌーボを吹いている時間は、あまり変わらなくなりました。つまり、それくらいたくさんヌーボを吹いているってわけです。だって、ヌーボって、メンテフリーでしょ? いつでも部屋のフルートスタンドに立てかけてあって、気が向けば、手にとって吹いてます。ちょっとしたスキマ時間にフルートの練習をする時などは、まよわずヌーボですよ。

 そう言えば、ヌーボのプラスチックフルートには、名前を付けていなかったなあ…。これだけたくさん吹いていて、すでに私の愛笛である事には間違いないし、セカンドフルートの地位を確立したんだから、名前ぐらいあっても良いよね。何かいい名前を考えないとなあ。

 ちなみに、ヌーボのフルートは、プラスチックですが、金属製のフルート較べても、遜色ないって感じです。少なくとも私は、そう感じてます。ただ、値段的にお安いので初心者向きと思われがちですが、実はポイントが狭くて、吹くのが難しいし、パワーも必要かなって感じるようになりました。そういう意味では、実は初心者向けの楽器ではないかもしれません。でも、コーチとしては優秀で、こいつを吹いた後にアゲハを吹くと…何もかも楽で(笑)たまりません。

 さて、今年になってからの人気記事は、月替りとなり、実に健全な感じです。特に目立つ記事もなく…実はアクセス数も着実に減ってきています。ブログというメディアがオワコン化しているのかもしれません。なにしろ、世の中のネットメディアと言えば、YouTubeとかツイッターとかインスタグラムとかスナップショットとかの方が主流ですからね。一世を風靡したフェイスブックですから「最近、どうなの?」って感じになってますし、その前に流行ったミクシィなんて…止めときましょう(汗)。とにかく、それらよりもだいぶ前からあったブログの人気が無くなっても、まあ仕方ないです。

 若い世代は、文章の読み書きよりも、写真の共有の方が好きですからね。ブログをやっている限り、若い世代の参入はまず無いわけだし、そういう意味では読者が増える事も、もはや期待できないわけです。だからと言って、他所のメディアに移動するつもりは、今のところは無い私です。と言うのも、ブログは長文をアップするのに適したメディアだからです。

 やっぱり自分の意見とか、日々の生活の記録をするとなると、ある程度の長文が楽にアップできる環境じゃないと難しいよね。少なくとも、写真をアップするよりも、文章をチャチャっと書いてアップできる方が、私には楽だし(笑)。

 と言うわけで、ブログの世界自体は縮小しているようですが、私は、もうしばらくはブログで頑張っていきたいと思ってます。もし、老犬ブログが終わりを迎えるとしても、それはブログがオワコン化してダメになるより先に、私の生活が忙しくなりすぎて、ブログを継続できなくなる事の方が可能性としては、とても高いと思ってます。

 それはともかく(笑)、11年目に突入した老犬ブログですが、今後もぼちぼちと頑張っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

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2017年8月13日 (日)

大好きな作曲家について語ってみよう その2 ヴェルディ

 ヴェルディ…と言っても、サッカーチームではありません。イタリアの作曲家です。オペラの分野では、大作曲家ですが、オペラ以外にも「レクイエム」は有名で、特に「レクイエム」の中の「ディエス・イレ(怒りの日)」は、曲名は知らずとも、誰もが一度は耳にした事があるだろう超有名曲です。もちろん、オペラ作品のメロディは、我々の生活の中にあふれていて、CMなどでもよく使われています。特に「乾杯の歌」は、誰もが知っている超有名メロディです。

 つまり、多くの日本人にとってヴェルディとは“知られざる大作曲家”なんですね。

 それにしてもヴェルディって、オペラ分野では圧倒的な名作の数々を作曲しています。とりわけ有名なのは「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」「椿姫」「仮面舞踏会」「ドン・カルロ」「アイーダ」「オテロ」の7作品で、これらの作品は、どこの歌劇場でもレパートリーに入っているほどの名作です。まあ、ヴェルディの“神セブン”って感じでしょうね。また「ファルスタッフ」「運命の力」「シモン・ボッカネグラ」「ルイザ・ミラー」「ナブッコ」「マクベス」などの作品は、神セブンほどではないにせよ、いつでも世界のどこかの歌劇場で、常に上演されている作品です。その他にも、他のオペラ作曲家の作品程度の頻度で上演される作品がまだまだあるんですよ。例えば「二人のフォスカリ」とか「シチリア島の夕べの祈り」とかね。ほんと、素晴らしいオペラ作品を多数作曲した人なんです。

 おそらく、ヴェルディ(とワーグナー)がいなければ、オペラという音楽ジャンルは、バロックから古典派にかけて盛り上がった波が、ロマン派初期のロッシーニでピークを迎え、ロッシーニの壁を誰も乗り越えられず(ベートーヴェンやシューベルトですら乗り越えられなかったのです)、そのオマージュと模倣で行き詰まり、やがてオワコン化し「そういえば、昔はそんな音楽もあったよね」と言われて、消え去っていたんじゃないかなって個人的には思います。それくらい、ヴェルディって、オペラ復興の力となった作曲家だと思いますし、ヴェルディがいたから、プッチーニが出てきたわけだし、ヴェルディの諸作品が劇場を力づけたから、諸外国でオペラの花が開き、その中からオペレッタが生まれてきたわけだし、オペレッタが海を渡って、アメリカでミュージカルとして発展してきたのだから、世界中にある歌劇場関係者は、ヴェルディに感謝をしてもしきれないわけです。

 ヴェルディの作品の音楽は実に素晴らしいのだけれど、残念なのは、言葉の壁だよね。彼はオペラを始めとして、実に多くの声楽作品を作曲しています。つまりは、歌の作曲家なんですね。歌だから、当然、歌詞があるわけです。当時はヨーロッパが文化の中心だった時代ですから、オペラを始めとする声楽作品は、ローマの言葉…つまり、イタリア語で書かれています。我々日本人って、そもそも外国語が苦手だし、それでも英語ならば学校でも教わっているので馴染みもあるけれど、声楽曲で使われるイタリア語やフランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語などは馴染みが薄いし、食わず嫌いもたくさんいるわけです。歌って、器楽曲ほどには、簡単に国境を越えないからなあ…。ヴェルディって、音楽史的には、とても大切な作曲家なだけれど、歌の作曲家だから、日本じゃ無名なんだよなあ…。

 実は、ヴェルディはイタリアでは「国民の父」とも呼ばれるほどの偉人です。大作曲家である事はもちろん、「ナブッコ」の中のコーラス曲である「行け、我が思いよ、金色の翼に乗って」はイタリア第2の国家と称されている(我々にとっての「ふるさと」や「さくらさくら」みたいなものでしょう)を作曲し、ユーロ以前のリラ時代にはお札の肖像にもなっていたし、晩年の彼は国会議員にもなり、福祉活動をメインに働いていたそうで、実に立派な人物だったようです。長生きだったし…ほんと、モーツァルトとはかなり違った人生を歩んだ音楽家です。

 日本は、もっとヴェルディを知るべきである! そう、私は強く主張したいです。

 さて、私が好きな彼の曲と言うと…それこそ、何十何百と実に多くの作品を作曲しているのですが、その中から一曲を選ぶとするなら…いろいろと悩んで、やっぱりこの曲かな?

 それはこの曲。歌劇「ドン・カルロ」の中のテノールとバリトンの二重唱で「Dio che nell'alma infondere/我らの胸に友情を」です。本当はこの曲、この音源の2倍ぐらいの長さがある曲で、後半がバッチリとカットされちゃってますが、それでもこの曲の本質は伝わるんじゃないかな? ヴェルディという人は、男声をすごく上手に書く作曲家で、とりわけ、テノールとバリトンの掛け合い(つまり二重唱)は、なかなか男臭くて良いんですよね。

 決して派手ではないけれど良いでしょう? 歌っているのは、テノールがヨナス・カウフマンで、バリトンがトーマス・ハンプトンです。

 でね。ヴェルディの音楽って、こんな感じで実に硬派で骨太で男臭いんですよ。イタリア人なのに、チャラくもなければ、軟派でもなのです。でもやっぱりイタリア人だから、どこか華があるわけで、そういう部分が世界中に受け入れられる要因だったんでしょうね。

 ヴェルディ、大好きです。

P.S. 明日は連載をお休みして、別企画をぶち込みます。よろしく。

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2017年8月12日 (土)

大好きな作曲家について語ってみよう その1 モーツァルト

 今年の夏の連載は、作曲家について語ってみたいと思います。今まで、曲については多くを語ってきた私ですが、それらの作り手に関して書いた事がない事に、ふと気づきました。別に作曲家に興味がないわけではないので、なぜ今まで書かなかったのか、不思議に思う次第です。

 別に取り上げる順番は、私の好きな作曲家ランキング…ってわけじゃないですが、それでもやはり、最初に取り上げるのは、大好きで大好きでたまらない、モーツァルトからです。

 私、モーツァルト、本当に大好きなんですよ。皆さんも好きでしょ?

 現在残っているクラシック音楽作品の中で、モーツァルトの曲って、ほんと、どれを聞いても「ああ、モーツァルトの曲だな」と分かるほどに特徴的なのが魅力です。彼の時代、まだ音楽家、とりわけ作曲家なんて、芸術家ではなく、料理人とか執事や家政婦などと同じ扱いの、いわゆる“使用人”と言われる範疇の職業だったわけです。仕事だって、その多くは、パーティーなどでのBGM演奏だったわけで、つまり、没個性で上等だったわけです。実際、モーツァルトの音楽だって、クチの悪い人たちによれば、同時代の他の作曲家とどっこいどっこいだと言いますし、モーツァルトも十分没個性的な音楽家でしかなかったと言う人もいます。実際、彼の初期~中期にかけての、子ども時代とか、ザルツブルグ在住時代の音楽は、そう言われても仕方ないと思います。

 当時、必要とされていた音楽は、耳障りの良い無個性な音楽であって、思わず耳をそばだててしまうような魅力的な曲は、会話の邪魔ですから、曲に個性なんて必要なかった時代です。そんな時代に生きていたモーツァルトですから、時代の影響を受けないわけにはいきません。

 でもやはり、同時代の多くの作曲家の作品が消えてしまったにも関わらず、なぜモーツァルトの作品ばかりが現代まで残ったのかと言えば、それは彼の作品に彼の個性が現れているから…だろうと思います。とりわけ、晩年(と言っても十分若いんだけれどね)の作品の魅力と言ったら…もう、筆舌には尽くしがたいほどです。

 モーツァルトだって、若い時代は、金持ち貴族の家に仕えたり、教会のオルガニストだったりしたわけです。でも、それに安住せず、枠に収まることを良しとせず、故郷のザルツブルグを出奔し、都会(ウィーン)に出て、彼は(おそらく最初の)フリーの作曲家となりました。やっと、自分の個性を前面に出して仕事ができる環境を得たわけです。そこからのモーツァルトが、私は好きなのてす。

 まあだいたい、彼のように作家性の強い作品を書く人間が、自分の名前を出せない、単なる使用人で収まっていられるわけがないのです。いずれは田舎を出奔するのも、当然と言っちゃあ当然ですね。

 もっとも、音楽家としての独立を勝ち取ったモーツァルトは、その後、生活に苦労するわけです。何しろ当時は音楽事務所も無かった時代ですからね。フリーランスにありがちですが、モーツァルトも経済的な苦労をし、借金にまみれて、挙句の果てに若死にしてしまうわけです。まあフリーランスになって経済的に苦労した事だけが、彼の若死の理由ではなかったとは思いますが、もしも彼が現代の作曲家だったら…と考えないわけでもありません。

 例えば、彼に優秀なマネージャーとかプロモーターとかが付いていたら、彼の生活だってしっかり管理されていただろうから、健康を害することだってなかったろうし、若死にする事もなかったでしょう。著作権というモノが当時から守られていたなら、経済的にも潤っていただろうし、仕事の管理だってやってもらえば、作曲に演奏に、晩年までバンバン働けただろうし、名曲だってたくさん書き飛ばしていただろうし…って考えると、音楽家におけるマネージメント活動の大切さと、著作権の保護って大切なんだなって思います。

 あと、彼の下品な人間性も、私、大好きです。モーツァルトって、下ネタ大好きで、博打狂いで、金遣いが荒くて、酒飲みで…。それって彼が正直で、他人に見栄を張らない性格だったから、そう言われているんだろうし、彼の仕事や人生におけるプレッシャーとかストレスとかが莫大だったからだろうと、私は思います。つまり、彼が人間として下品に振る舞うことで、ストレスの発散をし、あの天国的な音楽たちを生み出してきたわけだから、あの下品な下ネタたちが、天国のような音楽を作成していく代償だったんだろうと思うわけです。

 とにかく、作品も作家も大好きなんです、モーツァルトって。ただし、実際に私のすぐそばに実在していたら、友人になっていたかと問われると…ううむ、おそらくモーツァルトって、他人を振り回すタイプの人だと思うんだよね。それに、性格も人生もハデハデだし、ちょっと私の友人としては、手に負えないかも…。彼は、私にとっては、アイドルなんだと思います。アイドルなんて、手の届くところにいちゃダメだよね。遠くから憧れて見つめているのが吉ですよ。

 さて、モーツァルトの作品で、一番好きな作品と言うと…ううむ、1曲に絞るのは難しいです。「フィガロの結婚」を始めとオペラたちも捨てがたいし、おそらくは彼自身がソリストを務めるために作曲した、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲も良いですが、やはり1番好きな曲と言うと…交響曲40番ですね。

 やっぱり、小林秀雄の影響は隠しきれないのです。40番、サイコーです。という訳で音源です。

 指揮は往年の名指揮者、カール・ベームです。ベームのMozartって、全然今風ではなくて、時代遅れなロマンチックな演奏だけれど、私は好きだよ。オケは…よく分からないけれど、雰囲気的にはウィーンフィルっぽいよねえ…どこだろ?

 40番はそのまま聞いても最高だけれど、小林秀雄の「モオツァルト」を読んでから聞く40番は、また格別だと思うよ。

 ああ、やっぱりモーツァルトは最高だよ。

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2017年8月11日 (金)

だから、合宿前日の夜更かしは厳禁です

 えーと、フルートのレッスンに行ってきました。実は今回のレッスンは、フルート合宿の前日の夜だったりします。そう、合宿の前日の夜、翌朝は早いというのにレッスンはあるんです。まあ、合宿に行かない人もいるので、そりゃあH先生は当地にやってくるわけだし、そうなりゃ、合宿に行く生徒、行かない生徒、関係ないわな。ってわけで、合宿の前日にも関わらず、私もレッスンに行ってまいりました。

 合宿用のスーツケースの荷造りは終えているものの、手荷物の方は、普段使っているレッスンバックにするつもりだから、このレッスンが終わらないと最終的な荷造りが終わらないんだよね(ブツブツ…)。

 さて、合宿前最後のレッスンとなりました。私は淡い期待を持ってレッスンに臨みました。実は、今やっているプチエチュードの17番、随分長いこと吹いているし、だいたい出来ているし、甘々で合格にしてくれないかな…なんて思っていたのですが、合格にしてくださいませんでした。いやあ、先生の甘さを期待ちゃダメだよね。先生には「合宿に行って、たっぷり練習してください」って言われちゃいました。ああ、その手があったね(涙)。

 エルステユーブンゲンの20番と21番は、当然不合格。だって暗譜していないもの。先生には「合宿が終わったら、暗譜します」と言っちゃったので、合宿後が…怖いかも。

 そうそう、全然順序が逆ですが、お教室に入ったら、珍しく姉様のレッスンの最後に当たりましたので、久しぶりに3人でロングトーン練習をしました。最近、先生と二人だとバッチリな私でしたが、姉様込みの3人でも…バッチリでした。ん? って事は、今まで3人でロングトーン練習をすると、いつもなんかあったのは…すべて私のせい? ああ、そうだったのね。悲しくなると同時に、私もここまで上達したんだなあと、ちょっぴりうれしくなりました。

 で、レッスン後の雑談は…当然無しです。だって、さっさと帰宅して、明日のレッスンに備えないとね。ちなみに、先生は、レッスンが終わって、すぐに帰宅して、酒飲みながらテレビ見ていたら、思わず夜更かししてしまって、ロクに寝ないまま、翌朝になってしまったのだそうです。

 そもそもが山男な先生ですから、どんなに寝不足でも、朝はしっかり起きるわけだし、ましてや、今回は、数名の生徒さんを連れて現地に向かう事にしていたので、それはしっかりと、朝から活動的に行動していそうですが、やはりそれでも怖いのが寝不足による睡魔ってヤツで、生徒に運転させればいいのに…なんて私は思うのだけれど、先生的には自分が運転しないと安心しない上に、もしも睡魔が襲ってきたらヤバイなあ…と思ったそうで、××キロ(とてもブログには書けません)で、車をかっ飛ばして来たんだそうです。「さすがに、××キロで走れば、寝ている余裕なんてないもんね」とは先生の弁ですが…、その話を聞いて、やっぱり、前日はきっちりと寝て、翌日の運転に備えましょうよ…と思わず忠告してしまった私でした。

 という訳で、通常の更新は、ここで一区切り。次回からは、恒例の夏の連載を始めます。フルート合宿の思い出は、夏の連載終了後に順次アップしていきますね。

 というわけで、よろしく。

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2017年8月10日 (木)

かゆいんです…

 さて、ブログ再開です。

 フルートのレッスンに行ってきました。いやあ、ここんところ、自宅で練習できているかどうかは別として、レッスンにはきちんと通えていて、エライエライ。

 ロングトーンはいつもの調子で良しです。

 エルステユーブンゲンは20番と21番ですが、自宅では全く練習してないので、最初に「暗譜してません!」と宣言しちゃいました。心はちょっぴり痛みますが、時間短縮だね(笑)。

 プチエチュードは…やっぱりテンボが今ひとつダメだね。自分で足を踏みながら演奏するってのが、難しいのです。そこで、メトロノームの登場です。1拍を45程度(すごく遅いんですよ。だから、リズムが分からなくなっちゃうんです)にして、きっちりメトロノームに合わせて吹いてみました。

 いやあ、自分で足を踏みながら吹くよりも、だいぶ楽。こりゃあいいや。うん、いいね。今度から、メトロノームとお友達になって、練習してきましょう。

 ラルゴは…まあまあ良しです。後はピアノとの合わせだね。

 アンサンブルの、ワルツィング・キャットの練習は自宅でやっていますが、どうしても吹けない箇所があって、それを先生に相談してみたところ、リズムの取り方を教えてもらいました。一人で悩むよりも、先生に質問した方が解決は早いですね。

 さて、雑談は…かゆみの話。先生、カラダがかゆいんだそうな。ただ、どこがかゆいのか分からないのだそです。だから、かゆそうなところに、とりあえず“きんかん”塗るのだけれど、だからと言って、かゆみが収まるわけじゃないけれど、かゆみとは別の刺激があると、かゆみを少しの間は忘れられるから、きんかんは手放せないのだそうです。

 虫刺されならきんかんだけれど、アレルギーでかゆいのなら、きんかんじゃダメだよね。また、皮膚が乾燥してかゆいのなら、やっぱりきんかんじゃダメ。本来なら医者に行くのが良いのだけれど、それも忙しくて、なかなか医者に行けないのなら、同じ売薬のかゆみ止めでも、飲み薬の方がいいんじゃないんですかとアドヴァイスしました。まあ、飲み薬がアレルギーとか、皮膚の乾燥に効くかは分からないけれど、あてもなく、きんかん塗るよりは効果があるんじゃないかなって思うわけです。

 私、基本的に、虫刺され以外でかゆくなることって、まず無いもんなあ…って、あったよ、一つだけ。それは“傷の治りかけ”ってやつ。傷って治りかけで、だいぶ良くなると、無性にかゆくならない? 私はかゆくなるんです。で、ついついかきむしって、せっかく治りかけた傷が悪化して、元の木阿弥…って事をたびたびやります。それを防ぐには、傷口を隠しちゃう事ですね。バンドエイドでも包帯ぐるぐるでもいいので、傷口を隠して、完全に治るまで隠しきれればOKです。ただ、バンドエイドの張替えとかの時に、ついうっかり掻いてしまうと…ダメなんだよね。ああ、いかんいかん。

 オッサンのやる事じゃあ、ないよな。

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2017年8月 5日 (土)

ちょっとブログをお休みします

 私事にわたり、色々と忙しくなり、ちょっと時間が工面できなくなったので、標題のとおり、しばらくブログをお休みします。再開予定は、来週の半ばぐらいかな? ちょっと早めの夏休み…って解釈してください。

 休んでいる間も、ブログはチェックしていますが、記事はもちろん、たぶん、コメントもアップはできないと思うので、コメントのお返事などは、しばらく先になってしまうけれど、勘弁してください。

 それでは、ちょっとお休みモードに入ります。よろしく。

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2017年8月 4日 (金)

そういえば、最近はきちんとレッスンに通えています…ね

 今回もフルートのレッスンに行けました。いやあ、なんか真面目にレッスンに通えて、良々って感じです。実はやっと、先生から合宿の要項をいただきました。で、要項をいただくのが待ちきれずに、先日買ってしまった新幹線のチケットとさっそく照らし合わせです。だって、新幹線のチケットが無駄になったら、イヤじゃない?

 行きのチケットは、もともと善光寺観光を予定していたので、時間に余裕を持って購入しているので、当然、大丈夫でした…とは言え、ちょっと早すぎたかな? だって長野で3時間も余裕があるんだよ。善光寺行って、お昼を食べても…たぶんまだ時間が余る。余るくらいだったら、出発の時刻をもう少し遅くしたかったのだけれど…そこは諦めましょう。すこし早起きすればいいわけだし、早起きと言っても、普段仕事に行くよりも遅いんだから文句は言わない事にしましょう。たぶん、電車の中は朝のラッシュで混み混みだろうけれど、そこはグリーン車に乗ることでラッシュは回避しましょう。むしろ問題は帰りのチケットですが…私が思っていたよりも、宿からの出発が遅かったけれど、まあ、それでも、長野出発の時刻まで、お土産屋さんを冷やかして、お茶するくらいの余裕がありました。良かった~。

 さて、レッスンです。ロングトーン練習は、まあまあ良しです。でも、なぜかミだけ、どのオクターブでも、先生とちょっと合いませんでした。ミの音程だけ悪い私なのでした。不思議だね。

 エルステユーブンゲンは、20番と21番ですが、合格なんてするはずないんです。だって、全く練習してないもん。家じゃあ楽譜すら見てません。

 練習してないんだから、暗譜なんてできるわけないよね。不足気味な練習時間は、目下のところ、合宿での発表会曲の練習に費やしているので、とてもとてもエルステユーブンゲンまで手が回らないのでございました。先生からは、もう指は出来上がっているから、後は暗譜さえすれば合格…と言われていますが、その暗譜をできるほどの練習量の確保ってのが、高い壁なんだよね。

 じゃあ、プチエチュードも同様に練習をしていないのかと言えば…こっちはちゃっかり練習していたりするんです。だって、プチエチュードの方が曲として面白いから、ついつい練習しちゃうんだよね。ずっと17番を吹いてますが、やっぱり難しいですね。最近、ようやく、この曲の全体のリズムが分かってきたような気がします。うむ、いい感じです。先生からは、きちんと足で拍子を取りながら吹けるといいですね…と言われていますが、フルート吹くのに夢中になってしまうと、足が止まってしまう私なのでした。

 それにリズムが分かっても、まだまだ指が完璧ではないので、ミスブローがたくさんあるのが残念です。

 ラルゴは…まあ、いい感じです。今回は、先生と一緒に吹いてみました。一箇所、リズムが違う箇所と、音が違う箇所がありました。先生と一緒に吹いていると、間違えると、すぐに分かるから良いよね。

 ワルツィング・キャットは…H先生のレッスンでは取り上げません。合宿までに自分のパートを完璧にさらっておいて、後は合宿に入ってから、合奏メンバーとの練習で作っていくのです。その時に指導をしてくださる先生が必要なら、アシスタントの先生方にお願いして、レッスンをしていただく…という段取りのようです。とにかく、自分のパートを目をつぶってでも吹けるぐらいにしておかないといけませんね。

 で、簡単な楽譜だなあとナメてかかっていたら、結構転調も多くて、思わぬ音が出てきて、練習不足だと間違えてしまいそうです。やはり練習はきちんとして、ある程度指になじませておかないといけません。それにコーダ部分は…ネコがビックリして逃げ出すシーンなのですが、やっぱり難しいね。

 ほんと、もう間もなく合宿なんですが、こんな感じで大丈夫なのかな? 別に不安はないけれど、かと言って、安心しているわけでもないのです。まあ、どうせフルートと酒の日々になるんだろうし…ね。

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2017年8月 3日 (木)

『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』を見てきました

 やっと、やっと見てこられました。舞台中継版(つまり“ライブビューイング”って呼ばれる舞台中継を映画化したヤツね)の『ミス・サイゴン』! 見たかったんだよ、これ。でも、なかなかスケジュールが合わなくて(だって、どこの劇場でも1週間程度しか上映してくれないんだもの)、DVDになってから見るか…と半ばあきらめていたところ、東劇で上映してくれるという情報を得たので見てきました。

 とは言え、この上映は、明日(2017年8月4日)で終了予定です。だって、8月5日からは、メトのアンコール上映が始まるからね。だから、見たい人は急いでね。

 公式ホームページを貼っておきます。東劇以外では、まだやっている映画館もごく少数ですがありますので、チェックよろしく、です。

 まあ、そもそも、この『ミス・サイゴン』、東宝配給なんですよ。だから、今年の春に、全国の東宝系の映画館で上映されていました。その時には、忙しくて、うっかり見逃した私です。ああ、残念。

 こんなに時期をズラして上映する東劇は…実は松竹系ですから、いわば2番館扱いでの上映だったのかもしれません。ほら、東宝の映画を松竹で上映するってわけだしね。でも、どこであれ、大きなスクリーンで見ることができて感謝だし、今は昔と違って、映画もフィルムではなくデータでしょ? 昔の映画だと、フィルムって上演する度に劣化するから、きれいな絵で見たかったら、なるべく早く、ロードショーのうちに見に行くのが吉で、二番館上映ってなると、さんざん劣化したフィルムで上映するわけで、ちょっぴり残念になるわけです。私は地方在住者ですから、子どもから青年期にかけて、映画は常に、二番館、三番館で見てました。地元で映画を見るって、そういう事でしたから、そういう事には慣れていたのだけれど…ね。それにしても、映画がデータ化されて、地方と都会の格差が無くなった時は、ちょっぴり嬉しかったものです。

 ちなみ『ミス・サイゴン』、DVD等は10月に発売予定になってます。

 『ミス・サイゴン』ってミュージカル、名前ばかり有名だけれど、これまでは日本では、実はなかなか見ることが難しいミュージカルでした。と言うのも、舞台での上演は、東宝製作で、帝劇を中心に、全国興行もしているとは言え、そんなに頻繁に舞台が上演されるわけでもなく、なかなか実際の舞台を見に行くチャンスと言うのは多くなく、実際に見るのは、お好きな方でないと難しかったのです。

 ま、それはその他のミュージカルでも同じ事です。

 多くの日本人にとって、ミュージカルってのは、やっぱり映画なんですよ。ミュージカルって、映画化されて、始めて日本中で気軽に映画館で見ることができるし、テレビ等でも放送してもらえる…って感じでしょ?

 まあ、海外の有名ミュージカルは、たいていハリウッドあたりが映画化してくれるので、それでも問題はないのですが、実はこの作品、有名なだけれど、これまで映画化されていませんでした。まあ、作品のテーマ(ベトナム戦と現地妻とブイドイだもの)的に、アメリカでの映画化は難しいのかもしれませんね。だってこのミュージカル、見る人が見れば、人種差別だとか女性差別だとか、なにしろアメリカ人が嫌う事柄が、てんこ盛りの作品だから、そういう事にシビアなハリウッドでは、恐ろしくて手が出せなかったというのもあるでしょう。

 とにかく、映画化されなきゃ、日本の一般市民が気軽に『ミス・サイゴン』を見るってわけには行きませんよね。

 で、今回(アメリカのハリウッドではなく、イギリス製作だけれど)舞台中継版だけれど映画化され、日本の歌芝居ファンの方々にも、気軽に見ることができるようになったわけで、ほんと、めでたい事です。この舞台中継版が世界に受け入れられたら、いよいよ本格的な映画化がされるんじゃないでしょうか?(単なる私の憶測です)

 今回の映像化は、ここのところ、キャメロン・マッキントッシュ(イギリスの有名プロデューサー)が手がけている、有名ミュージカル25周年記念公演の流れの一環として製作されています。

 最初に映像化されたのが『レ・ミゼラブル』の25周年記念公演で、次は『オペラ座の怪人』の25周年記念公演でした。今作はそれらの次の“25周年記念公演”になるわけです。…とは言え、日本では、レミゼやファントムとは異なり、実は『ミス・サイゴン』の映画は、当初、お蔵に入っていたんだそうな。海外で製作されて、間もなく日本で封切られたのではなく、製作当時は上映を見送られたそうです。まあ、ミュージカル作品としては『ミス・サイゴン』ってのは、トップクラスの人気作品ってわけじゃないからね。とは言え、人気ミュージカルである事には間違いないので、日本での上演25周年の今年に合わせて、蔵出し上映が決まったのだそうです。良かった、良かった。

 25周年ライブとしては、第三作目にあたるので、『ミス・サイゴン』では、それなりの製作ノウハウが溜まってきたようで、前2作と比べると、映像作品の完成度としては、なかなかのモノがあります。そこが単なるライブビューイング作品とは違うわけです。

 もちろん、劇場での舞台中継がメインですが、そこに後日、別撮りした映像を加えて編集したため、ミュージカル全体がスピーディーに進行するし、客席からでは見られないアングルにカメラが置かれたり、実になかなか良い感じです。

 今回の『ミス・サイゴン』は、なんと言っても良いのが、それぞれの役柄が、きちんと正しい人種の役者にキャスティングされているって事です。

 『ミス・サイゴン』は、オペラ『蝶々夫人』のミュージカル・リブートなわけで、現地妻の悲劇がテーマの一つなわけです。そうなると、そこにはどうしても人種問題が絡んできます。ましてや『ミス・サイゴン』は、そこにベトナム戦争まで絡んできますから、役者の人種って大切なんですね。

 東宝製作の日本版だと…当たり前だけれど、すべての役を日本人俳優が演じてしまうため、人種対立が分かりづらいのですが、この映画では、ベトナム人やタイ人などのアジア系の役は、ちゃんとアジア系の役者が演じているし、アメリカ人は、いかにもアメリカ人的な白人や黒人たちが演じているわけです。これ、とっても大切です。これができているから、物語の悲劇性がより深まるわけだし、これをやっちゃうと…アメリカ人的には、実に居心地悪い感じになるんだろうなあ…って思います(ファンタジー性が薄れ、リアルっぽくなってしまうからね。だからハリウッドでの映画化が避けられてきたんだろうと思います)。

 という訳で、今回のこの映画は、なかなかよろしいですし、歌芝居がお好きな方は、ぜひ一度はご覧になると良いと思います。ほんと、歌も芝居も良いです。もちろん、上演の質は、25周年だから悪いはずはありません。

蛇足 で、思ったのは、人種の違いがうまく表現できていない日本版の『ミス・サイゴン』(当然、帝劇版を前提に考えてます)は、その点に関しては残念なんだけれど、それ以外は、結構頑張っていたんだなあ…って、改めて思いました。翻訳ミュージカルって、どうしてもオリジナルと日本版を見比べちゃうと、日本版ってあれこれ残念だったりする事が多いのだけれど、ミス・サイゴンに関しては、東宝も頑張っていたなあと思うし、このミュージカルって、日本人俳優には演じやすい演目なのかなとも思いました。なにしろ、物語の舞台はベトナム&タイだからね、モロにアジアが舞台だし、登場人物の大半もアジア人だからかもしれないし、主人公のキムが、蝶々さんに重なるからかもしれないけれど、日本版も良いので、チャンスがあったら、ぜひ帝劇版もご覧になると良いと思いました。

 私個人的には、DVDが発売されたら、即購入で永久保存盤になると思ってます。

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2017年8月 2日 (水)

やっぱり二重唱は難しい

 声楽のレッスンの続きです。まずは「Maxim's/マキシムの歌」からです。

 とにかく、色気が必要です。なにしろ、キャバレーでウキウキのワクワクで歌うという設定なのですから、オトナの色気が必要です。

 で、色気を声で表現するためには、歌いながら、声の色を変えていくのだそうです。それも一つの音符の中で色を変えていくのです。そうすると、色気の無い人でも色っぽく歌えるようになるそうで、さっそくチャレンジをしてみました。

 もちろん、すぐには出来ません。特に既定のテンポでは速くて難しいです。速くて出来ないのなら…ゆっくりやれば良いのです。この曲は、かなりテンポが速いのですが、もしも色気を出すために、テンポが速くできないのなら、色気優先で、テンポを遅くして歌っちゃえばいいんだそうです。とにかく、色気色気色気って事で、色気優先に歌うのです。

 あと、高いGは、きちんとクチを開けて、一番良い声で歌わないといけません。高音は出せればいいのではなく、良い声で出さないといけないのです。高音は聞かせどころですから、汚い声で高音を出しては、興ざめなわけです。そのためには、しっかりとクチの奥は開かないといけないし、クチの奥を開けば、さらに強く声を支えて吐かないといけないわけで、そのためには腹筋を激しく動かさないといけないのです。ああ、難しい。

 高音に関しては、歌い手的には「出せると、うれしい」わけですから、たとえどんな声であっても(特にテノール的には)出すことを優先しがちですし、うまく出せなかったり、ひっくり返ってしまうのは負けなんですが、それは歌い手側の事情の話です。観客的に…と言うか、演奏の完成度具合から言えば、高い声を汚い声で出されるくらいなら(あらかじめ設定されている)低い代替音や、作曲家が本来書いた音(歌曲やアリアの高い音って、実は慣習的に歌われているだけで、実は楽譜には書かれていない音って事も結構あります)でキレイに歌って欲しいでしょう。それが正解なのですが…テノール的には正解であっても、負けは負けなので、悩ましいところです。

 さて、次は「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱です。

 キャラの性格を考えて、キャラ優先で歌う事です。テンポは柔軟に考えて、自分で決めて歌うこと。テンポの指示は、もちろん楽譜に書いてあるけれど、キャラの心の動きに合わせて、もっと小刻みに変化させて良しとの事です。それがオペレッタというヤツなんだそうです。

 特に「メリー・ウィドウ」というオペレッタは、ウィーンの音楽で書かれていますので、テンポは音の厚さと関係があります。ピアノの伴奏を見て、厚めの和音で書かれている箇所は、和音の響きを味わいながら、ゆったりとしたテンポで歌います。和音が薄い箇所は、速めのテンポでパキパキ歌います。ピアノが休んでいる箇所のテンポは歌手に任されているので、芝居や台詞回しに合わせて、自由なテンポで歌うのです。それがウィーン風なんだそうですが…よく分かりません(汗)。とにかく、伴奏の音の厚みでテンポも変わっていくのです、ああ、厄介厄介。

 二重唱を歌っていくと、ところどころ私の音程が甘いところがあって、その度に注意受けます。まあ、音程はシビアな方が良いに決まってますが、一人でソロで歌っているなら、多少音程が甘くても目をつぶれますが、二人で歌っていると、つねにハモリの問題があるわけですから、音程はソロの時よりもシビアさが求められます。それにしても、音階外の音って、音程を外しやすいですね(涙)。今更、音階のありがたみを感じています。まあ、音階外の音であっても、気合を入れて集中して歌えば、そんなに大きく外さないのですが、ついつい流されて歌っていると、音程が甘くなるんですなあ…ああ未熟です。

 歌の掛け合いの部分は、互いに相手をよく聞いて、結局は、男が女に合わせて歌います。歌の世界は、西洋文化なので、レディーファーストなんですよ。

 前回注意された箇所は、なんとか頑張って克服してきました。で、前回できなかったところができるようになると、今度は新しい注文が来ます。ああ、なかなか完成って感じにはなりません。それにオペレッタですから、カチっと歌えれば良いのではなく、歌がそこそこ歌えるようになったら、今度は芝居が求められます。どんな芝居を歌につけていくか…それをそろそろ考えないといけません。

 「I love you so/メリー・ウィドウ・ワルツ」は時間切れでやれませんでしたが…そろそろワルツの練習(音楽ではなくダンスの方ね)をしないといけません。すっかり踊り方を忘れてしまったよ。ああ、まずはビデオでも見て復習しておかないとね。

 秋のクラシックコンサートの楽譜を先生に渡しました。発表会の準備をしつつも、これらの曲の練習も始めないといけないのですから…ああ、忙しい、忙しい。でも、楽しい。

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2017年8月 1日 (火)

これ以上の上達を望むなら、声は薄くて軽くするべきなのです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発表会のプログラムの校正原稿のチェックからです。特に間違いは無いようなのでOKしましたが、私の出番は…全2部構成の第2部の2曲目に「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌い、大トリの前のトリ(つまり、最後から2番目の出演者)として「Maxim's/マキシムの歌」を歌い、引き続き妻が「A Dutiful Wife/従順な妻」を歌って、最後にふたりで「I love you so/メリー・ウィドウ・ワルツ」をデュエットするという段取りとなりました。で、我々の後にトリの姉様が助演のテノールさんとデュエットを歌います。

 それにしても最初の出番がすでに後半の第2部だし、夫婦でトリを歌うのって、どうなの?って思いましたが、先生の話を聞いてみると、あくまでも助演のテノールさんの都合で、我々がどうこうというわけではなさそうです。実際、歌の実力って事で考えれば、我々は門下の中でも、かなり下手っぴな方になるわけですから、そんな順番で歌っちゃダメなんですが…とにかく今回の発表会は二重唱が多く、ソプラノの皆さん、ほぼ全員(?)助演のテノールさんと二重唱を歌うので、テノールさんが連続して歌い続ける事を避けるようにプログラムを組んでいくと、まあ、こんな感じになるそうです。なので、天狗になっちゃあイケません(笑)。

 あと、3曲連続で歌うのは我々くらいですし、3曲連続で歌えば、それなりの大曲って感じにもなるので、終わりの方がふさわしいとも言われました。ま、そうだよね。

 ちなみに、発表会ですが、9月9日(土)に、横浜鶴見にあるサルビアホールの音楽ホールで行います。13時半会場、14時開演予定です。入場無料だし、お時間のある方はぜひご覧に来てください。面白いですよ。

 さて、レッスンです。

 ハミング練習は、新しいパターンの“大波小波”でやりました(って、何のことだか分からないよね)。

 発声練習は、例によって、腹筋の筋トレメニューです。大きくゆっくり動かすのは、まだまだ不十分とは言え、なんとか動くようになりましたが、問題は、小刻みに速く動かすヤツです。これが全くと言って良いほど、出来ません。速さに全く追いつけないのです。ううむ、ダメダメじゃん。

 それにしても、たかが発声ですが、難しいですね。腹筋に意識を集中して、なんとか腹筋を動かすと、クチの奥の開きがおろそかになります。で、今度はクチの奥をしっかり開こうとすると、腹筋の動きが停止します。同時に二つの事が出来なきゃダメなのに、一つに集中すると、もう一つがなおざりになるとは…シングルタスクな人間である事の証明です。残念だなあ。

 レッスンでの発声練習では、高いA♭は、なんとか出せる感じになってきたそうです。Aはちょっと無理っぽいし、無理を承知で出させるとノドを壊すので、そこにはチャレンジしないんだそうですが…とにかく、A♭までは出せるようになったみたいです。良いですね、進歩ですね。Aを確実に出すためには、さらに声をもっと薄くして歌わないとダメなんだそうです。テノールなんだから、声はなるべく薄くて軽い方がいいのです。

 難しいね。

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