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2017年7月25日 (火)

言葉の壁って…あるよね

 器楽にはない、声楽特有の演奏上の問題として、言語の問題があります。

 言葉のない歌はないわけで、ではどんな言葉を使って歌うべきなのかというのが、声楽では常につきまとうわけです。

 その立場としては、大きく二つあると思います。一つは翻訳して歌うべきであるという立場であり、もう一つは翻訳せずに原語のまま歌うべきであるという立場です。

 話をクラシック系声楽曲に限ってしまうと、主流は後者の“翻訳せずに原語のまま歌うべきである”となります。イタリア語の歌はイタリア語のまま、ドイツ語の歌はドイツ語のまま、フランス語の歌はフランス語のまま、作曲者が音楽を付けた、そもそもの歌詞で歌うべきである…と考えているわけです。たとえ歌うのが、日本人の趣味のオジサンオバサンであっても…です。

 クラシック系の声楽曲は、芸術作品として扱われているわけで、それでちょっとお高く構えて、外国語の曲はそのまま外国語で歌わされている…事は、おそらく否定できないと思います。実際、外国語で歌うから、なんとなく高尚な感じがするわけで、クラシック系の声楽曲を日本語に翻訳して歌うと…なんか身近な感じになって、ちょっぴり残念な感じがするのは…私だけでしょうか? 

 それにだいたい、とりわけイタリア語系の歌に関して言えば、もしも日本語に訳して歌ったとしたら、その内容のしょーもなさに芸術っぽいイメージは払拭されかねませんし…ねえ(苦笑)。

 まあ、単純にプロの方々が外国語(原語)で歌うのは、留学して海外で歌を勉強しているからでしょうね。

 留学先では原語で勉強してきたわけだから、それをそのまま歌っているに過ぎない…と言えます。日本に帰ってきた/やってきたからと言って、原語で勉強してきた歌を、いちいち日本語に翻訳して歌うと、そのたびごとに歌詞を覚え直さないといけないし、だいたい、外国語と日本語では音韻のシステムが違うわけで、とりわけ母音が違えば、発声テクニックだって違うわけだし、そういう細々した問題をクリアするためにも「どこに行っても原語で歌う」にしておけば、楽で済むわけです。

 そうは言っても、オペラなどはお客さんに舞台で起こっている事が伝わらないといけません。ですから、少し前までは、日本でも海外でも、その土地の言葉に翻訳して上演することも多かったのですが、最近では、舞台でも字幕サービスやら音声サービスやらが普及してきたので、それに伴って、オペラも原語で歌うことが多くなりました。

 つまり、クラシック系声楽は、現在では、ほぼ原語で歌うのが普通のスタイルとなりました。

 まあ、聞く方はよく分からなくても、有難がって聞けばいいだけですから、原語で歌われても問題ありません。歌う方に関して言えば、まあ、趣味のオジサンオバサン的には、歌が好きでも外国語が苦手なら、そもそもクラシック系声楽に来ないだろうし、来たところで「こりゃダメだ」と思ったら、他のジャンルの歌に行けばいいのだから、問題なしです。

 …合唱だって、外国語の歌を歌う団体って少ないでしょ? 多くは邦人作曲家の作品を歌うわけだし…。 それに合唱の場合、ごく少数の団体で外国語で歌うと言っても、その大半は宗教曲だから、ラテン語がほとんどで、ラテン語はほぼローマ字読みOKだから、ローマ字読めれば問題ないし、今やラテン語が話せる人類なんて、ほぼ皆無だか、たどたどしくても無問題だしね。まあ、原語歌唱と言っても、なんとかなる範囲だろうと思います。

 最近は、ポピュラー音楽であっても、洋楽(ロックとかジャズ)は原語のまま歌う事が多くなりました。翻訳主義なのは、いまやミュージカルぐらいかもしれません。とは言え、ミュージカルも海外のキャストが日本の舞台で歌うことも増え、字幕サービスもちらほらと見受けるようになりました。そのうち、ミュージカルも原語上演が当たり前になる日が来るかも?(さすがに、それはないか:笑)

 芸能や芸術もグローバル化している現在、ローカル言語にいちいち翻訳するよりも、原語歌唱の方が世界的な広がり/活躍が可能となりますが、そうは言っても、観客の多くは、その地域に住んでいるローカルな生活をしているローカル人間であり、必ずしも外国語が得意なわけではありません。とりわけ日本人は…外国語苦手な人が多いよね。私も決して得意なわけじゃありません。

 そういう意味では、やはり言葉の壁って、あると思います。その壁を乗り越えられる人って、決して多数派ではないと思うし、そこがクラシック声楽が(とりわけ日本で)普及しない原因であり、クラシック音楽と言うと、多くの人が交響曲や協奏曲などの器楽を思い浮かべるのも、そういった言葉の壁があるからだろうと思います。

 「モーツァルトの代表曲は?」の問いに「交響曲40番」と答える人が、まだまだ多いのは、そういう理由だと思うし、声楽は器楽と較べると色々とハンデを背負っていると思います。

P.S. おそらく「モーツァルトの代表作は?」の問いに対する、一番正しい答えは「フィガロの結婚」と答える事なんだろうけれど、ワタシ的には、ぜひ「魔笛」と答えたいです。

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声楽のエッセイ」カテゴリの記事

コメント

>>>一番正しい答えは「フィガロの結婚」と答える事なんだろうけれど、
>>>ワタシ的には、ぜひ「魔笛」

ワタシ的には「ドン・ジョバンニ」です。

こんにちは。

>クラシック系の声楽曲を日本語に翻訳して歌うと…なんか身近な感じになって、
>ちょっぴり残念な感じがする

>もしも日本語に訳して歌ったとしたら、その内容のしょーもなさに
>芸術っぽいイメージは払拭されかねません

以上の内容非情に同感します。

私の場合日本語訳されると、まるで元の歌詞が丸裸にされて聞こえるような
何とも気恥ずかしささえ感じます。(^^;)
なんだか幼稚さも感じますし。
これはクラッシックに限らないんですけどね。
何なんですかねこの感覚。

私が思うにどうせ日本語に翻訳するなら
日本の現代語ではなくて古語でやって欲しいなと
思うしだいです。
どうでしょう?

>それにだいたい、とりわけイタリア語系の歌に関して言えば、もしも日本語に訳して歌ったとしたら、その内容のしょーもなさに芸術っぽいイメージは払拭されかねませんし…

>これはクラッシックに限らないんですけどね。
> 何なんですかねこの感覚。

直訳ロックを連想しました(笑)。
ロックも英語で歌うからかっこよいのであって、あれを翻訳して歌ったら内容のしょーも無さに爆笑です。

話は変わって。
器楽曲でも、ドイツ系、フランス系、イタリア系でみんなフレージングとか違いますよね。
あれも言語感覚から来てるんでしょうか。
シベリウスの交響曲なんか「タッカタッカ」という、小さいツのリズムが特徴ですが、フィンランド語には日本語の小さいツに相当する、はねる発音があるそうです。

フランス語はリエゾンがあってなんかモヤモヤしてるし、ドビュッシーのシランクスなんかそのまんまモヤモヤした音楽ですよね(笑)。

> おそらく「モーツァルトの代表作は?」の問いに対する、一番正しい答えは「フィガロの結婚」

正しいかどうかわかりまぜんが、ポネル演出の「フィガロの結婚」はサイコーです。

モーツァルトの楽曲一覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%81%AE%E6%A5%BD%E6%9B%B2%E4%B8%80%E8%A6%A7#1783.E5.B9.B4.2827.E6.AD.B3.29_.E3.82.A6.E3.82.A3.E3.83.BC.E3.83.B3.E3.80.81.E3.82.B6.E3.83.AB.E3.83.84.E3.83.96.E3.83.AB.E3.82.AF.E3.80.81.E3.83.AA.E3.83.B3.E3.83.84

今はyoutubeで全作品通して聴けるとおもいますが試したこともなく聴いたことのある曲を繰り返し聴いてしまいます。
眺めるとハイドンセットとかK.449からのピアノ協奏曲から「フィガロの結婚」に至るまでの曲は繰り返し聴いています。(他にもたくさんありますが)
何が幸せかとてもコメントできませんが「フィガロの結婚」を含めて1784年から1786年あたりの作品が大好きです。

失礼しました。

operazanokaijinnokaijinさん

 実は私、「魔笛」と書こうか、「ドン・ジョバンニ」と書こうかと迷いました。で、「魔笛」と書いたわけなのですが…。

 結局、「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「魔笛」のいずれかに落ち着くんだろうと思います。

名無さん

 現代語ではなく古語で訳す…と言うのは、ありかもしれません。とにかく、普段の生活で使っている言葉で訳されると、なんとも気恥ずかしいのは、私も同意します。

 あんまり身近な表現だと、パーソナルエリアを犯されるような気がするのかもしれません。少なくとも、私はそんな感じです。

Hiro.MTBさん

 直訳ロック…なるほど、そうかも。

 ほんとにかっこいい曲だと思っていたのに、歌詞の内容が分かってゲンナリなんて…ロックの世界じゃよくある事です(代表例は…Queenの楽曲でしょう)。おそらく、世界の人たちは、日本人ほど歌詞の内容に深さを求めていないのかもしれません。だから、内容なんてなんでも良いと言えば良いのかもしれません。歌詞の内容よりも、韻を踏んでいるとか、リズムが気持ちいいとか、そういう部分が求められている…ような気がします。

>器楽曲でも、ドイツ系、フランス系、イタリア系でみんなフレージングとか違いますよね。あれも言語感覚から来てるんでしょうか。

 その話、聞いたことあります。メロディーは、その作曲家の母語の響きに似てしまうのだそうです。やはり、メロディーを作曲するって、鼻歌でも歌いながら作っているのかしらね?

tetsuさん

 ポネルの演出の「フィガロの結婚」、持ってます。いわゆる“オペラ映画”でして、ちゃんと日本語字幕も付いてます。

 昔は、オペラ映画がたくさん作られたそうですが、最近は全然オペラ映画が作られません。まあ、客が入んないんだろうね。仕方ないってす。

 YouTubeには貴重なライブ映像もたくさんアップされていますし、オペラ映画もたくさんアップされていますが、日本語字幕の付いたものがほとんど無いのが残念です。まあ、仕方ないなあとは思ってますが…。

私的にはコジ ファン トゥッテ としときます。
話は一先ずおいておいて(笑)、各キャラクターの各アリアの旋律が好きだからです、笑笑
まさか、モーツァルトさんも代表はコジではないぞ、と怒るかもしれませんが(笑)
歌う人的な限定的な感覚で選びましたから〜

アデーレさん

 コジは一時期、お蔵入りしていた作品ですからね。無い事になっていた作品です。

 コジの場合、音楽はともかく、ストーリーが女性蔑視でマッチョって事で、アチラでは、今でも上演する時にアレコレ言われるし、出演する歌手はいちいち言い訳をしないといけないという、いわくつきの作品です。まあ、時代背景とか舞台とか役者の性別を変えて、女性蔑視をやわらげて上演しようと努力もしていますが、そもそもが女性を小馬鹿にしている作品ですからね。どうにもならんでしょ。

 言葉の不自由な日本では、そのあたりはストレートに感じませんし、音大の卒業オペラとして割とよく見かけますが、本来的には、かなりの問題作らしいです、コジは。

 コジがありなら「後宮からの逃走」もいいですよ。テノールの出番がたくさんあるし(笑)。

> YouTubeには貴重なライブ映像もたくさんアップされていますし、オペラ映画もたくさんアップされていますが、日本語字幕の付いたものがほとんど無いのが残念です。

オペラ対訳プロジェクトみたいなサイトもありますが、対訳見ながらyoutube追っかけたことありません。
https://www31.atwiki.jp/oper/

先日の神戸国際フルートコンクールは会場へはとても行けずライヴストリームか後からyoutubeで聴いていました。
https://www.youtube.com/channel/UCZ0a6lEg1mkpnD6rC64FmHQ

フルートみたいな管楽器でもいかにしゃべるかに尽きてしまうような感じです。

> 言葉の壁って…あるよね

Far eastにずっと生活しているこちらにとって西洋音楽って何だろうということを気にしたこともありました。
今はどうにもならないとおもってしまい指揮者とかにいろいろと言われればそうかなというあたりで流されています。

失礼しました。

tetsuさん

 対訳見ながらオペラを聞くなら、音だけでいいわけで、わざわざ映像で見る意味無いし、映像で見るなら、対訳見ながらは無理があると思います。

 そこへ行くと、器楽は言葉の壁が無いので、YouTubeやライブストリームでもいけますね。

>フルートみたいな管楽器でもいかにしゃべるかに尽きてしまうような感じです。

 結局、そうなるのかもしれません。

>Far eastにずっと生活しているこちらにとって西洋音楽って何だろうということを気にしたこともありました。

 私もたまに考えます。ブログの記事のテーマにしようと思って考えた事もありますが、かなり根深い問題で、今ひとつ、これだなって結論に至っていないので、まだ記事にできてません。

 なんで、わざわざ西洋音楽なんていう、よそ者の音楽が好きなんでしょうね。たかが、西ヨーロッパの民族音楽でしかないのに…ねえ。

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