ひとこと

  •  仕事が忙しすぎて、カラダがバテバテです。メトのライブビューイングで「ルサルカ」を見に行こうと思っていたのに、カラダが言うことを聞かずに、出かけられませんでした。ああ、ちょっぴり残念。今はオペラ鑑賞よりも休息を第一としましょう。
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2017年1月の記事

2017年1月31日 (火)

まずはチェーンソーの購入から始めてみるか[2017年1月の落ち穂拾い]

 このブログは、私の人生の記録…と言うと大げさですね(笑)。私の音楽の習い事の記録として、自分自身のために書いているものを、ブログとして公開しているわけで、だから、誰が読んでくれようと読んでくれなかろうと関係ないし、人気の有無も全然関係ないのだけれど、さすがに人気が落ち始めてくると、私も人の子なので、気にならないわけではありません。

 ってか、気にしないようにしていても、気になるものです。いやあ、チキンだね。

 何の話をしているかと言えば、ブログランキングの話です。

 昨年の年末ぐらいまでは、ランキングの順位もまあまあな感じだったのですが、お正月休みを挟み…まあ、お正月休みは毎年順位が下がるので気にしてませんでした…が、お正月休みが終わっても、全然順位が上がらず、現在のところ、まるでお正月休みが継続しているかのような感じになっています。

 飽きられたね、こりゃ完全に。新年を迎えて、皆さんが読んでいるブログを整理する際に、リストラされちゃったようだね。

 栄枯盛衰、驕れる者は久しからず…まあ、かつてほどの人気をいつまでも維持なんて出来るわけないし、上がったものは必ず下がるわけだから、このブログにもそういう時期がやってきただけ…なんだろうけれど、結構、動揺している私がここにいます。

 自分のためにブログを書いてます…なんて公言していたくせに、現実問題としてブログランキングが下がると、あたふたしちゃうなんて、自分で思っていたよりも私って小物なんだなって思い知らされました。

 まあ「人気が下がった、人気が下がった」と言っても、客観的に言えば、まだまだ上位グループに属しているのだから、贅沢は言いっこなしなんだけれど「何かテコ入れせねば…」などど考え始めている私がここにいたりします。

 テコ入れったって、所詮は日記ブログだからね。私の音楽人生で何か事件が起こりでもしない限り、このブログは平々凡々なままなのだけれどなあ…。

 いっそ、事件でも起こしてみますか? チェーンソー持って宅配業者を襲ってみると…って、それじゃあ二番煎じだしダメだな。チェーンソー持って楽器店でも襲ってみるか…って、そんな事をしたら、楽器店から出禁を食らっちゃうよ。なにか、チェーンソーで穏便に出来る事ってないかな?

 あ、それ以前に私、チェーンソーを持っていなかったよ。妻が庭木を切るのに、小型でパワーのあるチェーンソーが欲しいと言っていたので、まずはチェーンソー選びから始めてみるか(笑)。

 ん? 何か間違っているような気がしま…す?

これからクラシック音楽は廃れていく?

 私はポップスと言うか、流行歌の業界は廃れないと思います。もちろん、個人で見れば、浮き草稼業ですし、安定性なんて、これっぽっちもありませんが、それでも常に世間からのニーズは一定してあるわけだし、世の中が好況になろうが不況になろうが、平和であろうが戦時であろうが、流行歌は無くなりませんし、その業界は生き続けるでしょう。

 一方、クラシック音楽の業界は…そもそもクラシック音楽が、同時代のものでもなければ、我々日本人のものでもありません。今は受け入れられすぎている…と言えなくもありません。

 従来は「舶来品はすべて素晴らしい」と信じていた世代(主に戦前の世代)と「日本のモノはすべて駄目だ」と思い込んでいる世代(団塊の世代)がクラシック音楽を持ち上げてきたわけですが、だんだんと世代は進み、今の人たちは「外国のモノよりも国産品の方が好き」という考え方の人も増えてきました。クラシック音楽が早晩無くなるとは思いませんが、段々とニッチな音楽になっていくだろうと思います。

 学校教育が我々とクラシック音楽を結び止める縁であったわけで、それはこれからも変わりませんが、その学校教育の中で、クラシック離れ…と言うが、日本回帰が進んでいますので、これから先、相対的にクラシック音楽の人気が廃れていく事は予想できます。

 と言う訳で、これからクラシック音楽は徐々に廃れていく…と個人的に思っています。

なぜプロ歌手の歌マネをしてはいけないのか

 まず、これから書く事は、声楽学習者さんを対象にしています。別に純粋に楽しみとして歌っている方は、歌マネでもモノマネでも何でもして、音楽を楽しめば良いと思います。それどころか、その歌手のファンであるならば、その歌手のモノマネして歌う事こそが正義なんだと思います。

 と、前置きをしてからお答えします。

 プロ歌手の歌マネをして生じる弊害について考えて見るならば…

1)声を壊す可能性があります。

 学習者がマネをするプロ歌手と同じ声質の方であったり、もう少し重い声の方ならば、問題が無いわけではありませんが、ひとまず良しです。でも、歌マネをする対象のプロ歌手よりも軽い声質がわざわざ重い声で歌ったり、本来バリトンの声の人が頑張って歌マネをするなら、それはかなり無理をして歌っている事になりますので、声に良いことはありません。

 プロ歌手の多くは、簡単そうに歌っていても、実は各種のテクニックを駆使して歌っているものです。マネする側がプロのテクニックを理解せずに表面的な歌いぶりだけをマネると、これまた無理をして歌うことになるので、声に良くありません。

2)プロ歌手の多くの歌唱は、楽譜に忠実とは言えなかったりします。

 プロの歌手の多くは、自分なりの歌い方をします。その歌手特有の歌いまわしって奴です。人によっては、作曲者が聞いたら、どう思うかなと疑われるほどに原曲をあれこれ変えて歌います。

 特に有名な歌手ほど、その傾向が強いと見受けられます。音を加えたり、音程を変更して歌っている箇所すらあります。声楽学習者であるならば、楽譜をよく検討分析し、作曲家の意図を汲み取った上で、自分なりの個性を込めて歌うべきであって、有名歌手の耳コピ(つまり歌マネ)をするべきではありません。それでは勉強になりません。

 どうせ耳コピをするのならば、数多くの歌手たちの歌唱を聞いて、その最大公約数的なところを取り入れてた上で、楽譜に立ち返って歌うのが良いと思います。

 まあ、あくまでも声楽学習であるならば…という前提の話です。楽しみのために歌われるなら、どう歌おうと、楽しんだものの勝ちです。

プロの定義

 職業音楽家(つまり、プロ)の資格ですが…ドイツには国家演奏家資格というのがあって、有資格者のみが音楽家の職が得られます。しかし我が国日本には、そのような国家資格はなく、あえて言えば“音大卒業”が職業音楽家の資格要件であるような感じになっています。

 もっとも、どんな資格であっても、資格云々だけでは生活の保証はされません。いわば資格は、その職業のスタートラインに立てるだけで、そこからどう走っていくのかは、その人にかかっているからです。資格を持っているだけで食えるほど、世の中、甘くないのです。

 しかし、資格を持っているというのは、技量や品質の保証なので、顧客の立場からは安心して仕事の依頼ができるので、全くの無意味ではありません。でも、商売繁盛うんぬんは、自由市場経済である以上、難しくて楽しいところです。

 要は、資格を持った上で、どれだけやれるか。それが出来て、始めてプロなんだと思います。

 となると、プロの定義が問題になります。私は個人的には、どんな分野であれ、プロとは専業家であって、それだけで生活の糧が得られる人だと思ってます。単に有資格者というだけでは実務経験のない人は、プロでは無いと思います。さらに実務経験があったとしても、誰かに経済的に養ってもらったり、副業のある人は「どうかな?」と思ってますが、それを言い出したら、賞金の少ないマイナースポーツの方々はプロと呼べなくなってしまうし、過去の有名音楽家たちはたいていパトロンが付いてましたが、そうなると彼らはプロじゃないの?という事になりかねません。

 なので、最近は「“プロ”と名乗っている人はみんなプロ」というふうにも考えるようになりました。食えようが食えなかろうが、有資格者だろうが無資格者だろうが、プロと名乗ったモン勝ちって考えてます。

 ちょっと乱暴かな?

今月のお気に入り レトルトカレー

 今回はレトルトカレーなんだけれど、これは正確に言うと“お気に入り”ではなく“お気に入り候補”って感じです。

 私の中では、レトルトカレーと言うと、長いこと、ボンカレーとククレカレーでした。とりわけ、ククレカレーは買い置きの食品として、我が家ではサッポロ一番塩ラーメン(袋ラーメン)と二大巨頭でした。ラーメンの方は大好きでしたが、カレーの方は私の好みとはちょっと違っていました。それは別にククレカレーだけの問題ではなく、ボンカレーも似たり寄ったりだったので、レトルトカレーはさほど好きではありませんでした。

 長じてからも何度か別のレトルトカレーを食べる機会がありましたが、スーパーの安売りレトルトばかり食べていた事もあって、私のお気に入りにはなりませんでした。

 ある時から私は、レトルトカレーに期待しなくなりました。

 ところが最近、レトルトカレーって多種多様化したんですよね。ある日、スーパーのカレーの棚を見てビックリしました。いわゆる“カレールー”よりもレトルトカレーの方が種類が多いんじゃないかと思うほどです。

 食べず嫌いはいけないので、ほんのいくつか試したところ、私の認識はだいぶ古くなっていたと言わざるをえない状況となっていました。いやあ、レトルトカレーがだいぶ美味しくなっているねえ。

 「これが私のお気に入り!」と言い切れるレトルトカレーにはまだ出会っていませんが、これなら普段から食べてもいいなあと思えるレトルトカレーがありましたので、ご紹介します。

 最初は、江崎グリコ社の『LEE ブラックカレー辛さ×5倍』です。

 これはなかなか美味しいですよ。ただ、ゴマ風味が強いので、私の感想としては「カレーによく似た美味しいかけ汁」って感じかな? なかなかゴマ風味をカレーとして受け入れる事ができない私なのでした。ちなみに、このブラックカレーはフルートのH先生の大好物なのです(豆知識)。

 私の持っている美味しいカレーのイメージに、今のところ一番近いのが、S&B社の『ゴールデンカレーレトルト 辛口』です。とりあえず、暫定一位ってところでしょうか?

 このレトルトカレーが、割りといい感じです。私はこういうカレーが好きなのです。でも、まだまだ違うんだよね。これ以上辛くなくてもいいのだけれど、もっとスパイシーであって欲しいし、こんなに油脂ギッタギッタでなくてもいい。もっともっとおダシを効かせて欲しいし、もう少し硬くてもいいんです。

 このレトルトカレーも美味しいんだけれど、これならば、まだココイチのカレーの方が好きだし、何と言っても、妻が作ってくれるカレーの方がずっと上手いです。

 でも、昨今のレトルトカレーがだいぶ美味しくなった事は理解できました。本来ならば、どんどんレトルトカレーを食べ比べて、自分の好みのレトルトカレーを見つけるべきなのでしょうが、実はなかなかレトルトカレーを食べるチャンスが無くてね…。まあ、時間をかけて、ゆっくりと自分好みのレトルトカレーを見つけてみたいと思います。

今月の金魚

 みんな元気ですよ。

今月のひとこと

 江ノ島、楽しい。楽しすぎる。(2016年12月25~30日)

 昨年(2015年12月28日)日韓外相会談で結ばれた、慰安婦問題日韓合意で、日本が韓国に10億円支払う代わりに、韓国は元慰安婦像を撤去し、今後慰安婦問題を蒸し返さないという約束がされたわけです。日本はすでに10億円を支払い終えたにも関わらず、韓国は相変わらず慰安婦問題で騒いでいるし、元慰安婦像の撤去どころか、本日(2016年12月30日)には、日本総領事館前に新たな元慰安婦像を設置したそうです。約束一つ守れないのが、韓国と韓国人なんだな。出来ない約束なら最初からしなきゃいいのに、カネさえ貰えるなら何でもOKなんだろうね。こういう人たちがすぐ近くにいるのが、我々の不幸せなんだな。恥を知れ。恥を。(2016年12月30日~2017年1月1日)

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。(2017年1月1~5日)

 日本老年学会とかいう、お医者さん関係の寄り合い団体さんが、現在、65歳以上とされている高齢者の定義を、75歳以上に引き上げるべきだと言っているそうです。まずは牽制球だろうね。こういう情報を流して、世間がどう反応するを見ようという魂胆でしょうね。つまり「75歳まで年金出したくないし、福祉サービスとかやってられないから、働けよ」って事にしたいと考えている人がいる…って事だよね。まあ、確かに団塊の世代の人たちが、現在70歳あたりでしょ? 彼らが老人になって、あれこれ大変だと分かったから、「老人の定義、引き上げして、色々とリセットしよ」って事なのかもしれないけれど、どうなんでしょうね。言っちゃあ何だけれど、60歳過ぎると、個人差は大きいとは言え、カラダはまだまだ元気でも、あれこれ神経系は衰え、物忘れは激しくなるし、頑固になるし、判断ミスは増えるし…老害を撒き散らしているのに、それを75歳まで現役? なんとも恐ろしい時代になるですね。ああ、クワバラクラバラ…。(2017年1月5~11日)

 人件費はボランティア活動について回る問題だけれど、それにしても、ちょっとひどいなあと思うのが、NPO法人「エコキャップ推進協会」の件。ポリオ撲滅を旗頭に、ペットボトルのエコキャップを全国から集めて、それを彼らがリサイクル業者に売っぱらって、その利益を発展途上国の子どもたちのワクチン代としてNPO法人「世界のこどもにワクチンを日本委員会」という別NPO法人に寄付してきました。ここまで聞くと「立派な団体だなあ…」と思います。でもね「エコキャップ推進協会」はここ数年「世界のこどもにワクチンを日本委員会」への寄付をしていなかったんだそうです。ワクチン団体に寄付するからとエコキャップを集めておきながら、ここではなくヨソ(障害者支援事業団体だそうです:アバウトだね)に寄付をしていたんだそうです。ワクチンのための寄付を集めておきながら、別団体に寄付を贈るなんて、それはダメ。詐欺と言われても仕方ないです。ちなみに(昨年か一昨年は)9000万円近い収入があって、そのうちの1900万円をその障害者支援事業に寄付したそうな。じゃあ、残りの7100万円は…と言うと、自分たちの給料と事務所の家賃なんだそうな。集めた金額の約20%を寄付に回し、約80%を自分たちのために使ったわけだ。エコキャップを集めた側としてはゲンナリする金額だよね。もっとも本来の寄付先である「世界のこどもにワクチンを日本委員会」は…と言うと、集めた寄付金でワクチンを買うわけではなく、集めた寄付金を日本ユニセフに寄付していたんだそうな。もちろん、100%寄付したわけじゃないだろうし、どれくらいを自分たちのために使ったかは、この団体は公表していません。さらに言えば、日本ユニセフってのは、いわゆる“アグネスの方のユニセフ”であって、国連のユニセフ(いわゆる“黒柳徹子の方のユニセフ”)とは別団体だからね。「世界のこどもにワクチンを日本委員会」からの寄付金でワクチンを買ったかどうかなんて(もちろん)公表してません。なんか、あっちこっち胡散臭くて、嫌になるよ。(2017年1月11~12日)

 我が家のすぐ前の道路に、火のついたままのタバコが投げ捨ててあった。ふざけんじゃないぞ。こんなに乾燥しまくっている、風の強い日に、火のついたままのタバコが建物と接触したら、たちまち火事になって、町ごと大災害じゃないか! シャレにもならんよ。さっそく火をもみ消したけれど、ほんとマナーが悪いというか、タバコ吸う奴、絶滅しろ! プンスカプン!(2017年1月12~21日)

 息子君が「もう何年も焼肉を食べさせてもらっていない。もう焼肉がどんな味だったのか忘れた!」とか文句を言いだしたので、数年ぶりに焼肉を食べに連れて行った。私が息子君の年齢の時は、忘れた以前に、焼肉なんて食べたことなかったなあ…。私が焼肉なんて料理を食べるようになったのは、ガッポガッポ稼いでいた大学生の時からで、親に焼肉に連れて行ってもらった事なんて一度もなかったよ。私の頃は、外食と言えば、デパートの大衆食堂が相場だったからなあ…今で言えばファミレスだな。子どもが親に堂々と「焼肉に連れて行け!」だとか、今の子たちは、ほんと、豊かな社会の中で暮らしていると思うわけでありますよ。(2017年1月21~24日)

 韓国の国会第1党(ただし野党。日本とは政治システムが違うので、与党が必ずしも第1党とは限らないのが韓国)である「共に民主党」に所属し、現在城南市長である、李在明(イ・ジェミョン)氏が、正式に次期大統領選に出馬宣言をしたそうだが、その際「日本は隣国ではあるが、敵性国家と思う」と公式に発言したそうだ。ま、彼に限らず、これが韓国人の本音であり常識なんだろうね。ちなみに多くの日本人が勘違いしていますが、日本と韓国は同盟国ではありません。日本とアメリカは同盟を結んでいます。また、韓国とアメリカも同盟を結んでいますので、いわば同じ陣営に所属しているだけで、日本と韓国は(基本的に)無関係なのです。まあ、日本的には、日本と韓国はアメリカを介して関係を持っているわけだから準同盟国って思っているわけですが、韓国はそうは思っていないってわけです。たまたま同じ陣地にいるだけの敵国としか思っていないわけです。だから、平気で反日もするわけだ。(2017年1月24~27日)

 中国が、西アフリカのブルキナファッソ(ガーナの北にあります)に対して「500億ドル(5兆6600億円)やるから、台湾と縁を切って、俺と友達になろうぜ」と言ったんだそうです。ブルキナファッソは台湾と数少ない正式に外交関係にある国です。ちなみに、台湾と正式に外交関係を結んでいる国は現在21カ国だそうです。なぜこんなに少ないのかと言えば、中国が「俺と仲良くやりたきゃ、台湾とは手を切れ」と言っているからです。もちろん、日本も台湾とは正式な外交関係にはありません(残念)。ブルキナファッソは中国の申し出に対して「俺たちは台湾とはマブダチだから、カネにつられて友達を裏切ったりしないぜ!」と言ったそうです。カッコイイなあ。なお、去年に12月に、ナイジェリアの南の海に浮かぶ、サントメ・プリンシペというアフリカの島国がブルキナファソ同様のラブコールを中国から受けて、台湾と縁切りをしたんだそうです。なんとも残念な話です。しかし「カネをやるから、アイツと縁を切って俺と友達になれ」なんて、中国、かっこ悪すぎ(クスクス)。(2017年1月27~30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2017年1月30日 (月)

結局、ソリストさえしっかりしていればOK?

 昨年末は、例によって、第九とかメサイアとかの合唱曲を多く聞きました。年末にオーケストラ付きの合唱曲が多く演奏されるのは、音楽家のボーナス捻出のためという裏事情があるものの、今やすっかり日本クラシック音楽界の冬の恒例行事になった…とも言えます。

 とにかく、私も昨年末、恒例行事として第九とかメサイアとかを聞いたわけです。それも、だいたい毎年同じ団体の演奏を聞いていたりするわけです。

 で、毎年毎年同じ団体の同じ演奏を聞くわけですから、当然前回と較べて、良かった悪かったと勝手な評価を下すわけです。で、その感想を、演奏会終了後に仲間内で共有して楽しむわけです。

 で、私は思ったのでした。結局、今回の演奏会が良かった悪かったと判断する、その基準の一番大きな要素は、合唱団の出来でもなければ、オーケストラの出来でもなく、ソリストたちの出来如何にかかっているって事です。

 これは私がソリスト大好き人間だから…と言うだけでなく、他の人たちの意見を聞いても、だいたいソリストの出来が、そのコンサートの出来に直結しているようなのです。

 まあ、考えてみると分からないでもないです。オーケストラというのは、プロであれ、アマであれ、1年間で大きく変わるものではありません。もちろん、アマオケの場合は、コンサート中のアクシデントが皆無というわけではありません。例えば、曲が進むにつれて疲れてきた弦楽がうねり始めるとか、肝心なところでホルンがひっくり返るとか、トランペットが飛び出すとか…色々あったりしますが、そういう団体は、だいたい昨年も似たような事をやっているし、昨年盤石な演奏を聞かせてくれたところは、たいたい今回も盤石だったりするんです。

 一方、合唱団は…と言うと、大抵はアマチュア団体なのですが、オーケストラ以上に安定しているところが多いです。上手な団体は毎年上手だし、それなりの団体は安定してそれなりだったりします。

 でも、ソリストは違います。ソリストはたいていプロ歌手ですが、同じ演奏会であっても、昨年と今年でメンバーが異なる事の方が多いです。人が変われば、当然、あれもこれも違うわけです。また、同じ人が昨年からの引き続きで歌うこともありますが、ソリストって、面白いぐらいに安定しないんですよね。たぶん体調とかの都合もあるのでしょうが、すごぶる良い歌を歌ってくれるともあれば、なんとも精彩に欠ける時もありますし、大きなミスをする事すらあります。

 そういう意味で、毎年年末に行われる、オーケストラ付き合唱曲の演奏で、一番の不確定要素がソリストだったりするわけで、それゆえに、その年のソリストの出来が、その年の演奏の良し悪しを決める、一番大切な要素となるわけです。

 合唱曲なのに、ソリストで評価が決まるってのも、考えてみれば面白い事です。

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2017年1月29日 (日)

私は相撲に詳しくないですが、それでもやっぱりうれしいです

 私は相撲に詳しくないです。いや、相撲どころか、スポーツ全般に関して詳しくないです。と言うのも、スポーツは専ら“自ら行うモノ”であるという認識であって“見て楽しむモノ”とは思っていません。つまり私の中では、スポーツとは“運動”であって“エンタメ”ではないのです。

 なので、大相撲の優勝争いも、プロ野球のペナント戦の行方も、さらにはオリンピックにも、興味ありません。だって見ててツマラナイんだもの。

 昔は盛んに作られた『オリンピック記録映画』(前回の東京オリンピックは映画になってますよね)のように、エンタメとして楽しめるように台本が作られて編集されて演出されたモノなら、素材がスポーツであっても面白いのだけれど、どんな競技であれ、どんなビッグタイトルであっても、試合そのものをそのまま中継で放送されたんじゃ、どこに焦点を合わせて愉しめばいいのか分からないので、楽しめません。

 スポーツ観戦音痴って奴ですね。でも、私のような人って、決して少数派じゃないと思いますよ。

 私は、柔道は黒帯の腕前を持っていますし、柔道ならルールも分かれば、試合のカンツボも分かりますが、それでも柔道の試合のテレビ中継は見ていて退屈です。柔道の試合よりも、台本もあって演出もされているプロレスの方が、見ていて何十倍も楽しめます。だってプロレスはエンタメだもの(笑)。

 というわけで、私がいかに観戦するスポーツには無関心かと述べたわけですが、そんな私であっても、今回の稀勢の里関の横綱就任(って言うのかな?)は、とてもうれしいし、ビッグなニュースです。

 なんでも、稀勢の里関は、日本出身力士としては19年ぶりの横綱なんだそうです。この19年の間、ずっとハワイやモンゴルなどの海外出身者が横綱を張っていたわけです。

 まあ、大相撲って今や国際的な競技でしょ? 野球で言えば、メジャーリーグに相当するのが、日本の大相撲じゃないですか? 国際的な競技であれば、日本人ばかりでなく、当然、外国出身力士も参加するわけだし、その中から横綱になる者が出てきても、全く不思議じゃないし、いやむしろそれは健全な事であって、日本出身力士が長い期間、横綱になれなくても仕方ないのですが、それでもやっぱり日本出身力士が横綱になるというのは、単純にうれしいものです。

 おめでとうございます。稀勢の里関。

 ちなみに、稀勢の里関は、横綱昇進伝達式では、恒例の四字熟語を使わなかったそうです。その代わりに「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」と答えたそうです。いいなあ、おそらく力士本人もよく分かっていない四字熟語を、カッコ付けのために無理して使うのではなく、稀勢の里関が、自分の言葉で答えた事に誠意を感じるし、そこに好感を感じるわけです。

 ちなみに、恒例と言われている四字熟語ですが、実は始まったのは新しくて、横綱貴乃花関こと貴乃花親方が横綱になった時に、初めて難しい四字熟語(不惜身命)を使ったのが始まりなんだそうです。1994年の事だから、そんなに昔じゃありません。

 稀勢の里関は日本出身力士としては19年ぶりの横綱ですが、日本人力士としては18年ぶりです。つまり、日本人だけれど日本出身者じゃない横綱が、この間に一人いるわけです。その人は、横綱武蔵丸関です。彼はハワイ出身のアメリカ人でしたが、日本に帰化して、日本人として横綱になっています。…ってわけで、彼以降の横綱は、今回の稀勢の里関以外は、みな外国人…とりわけモンゴル出身者なのですが、彼らはみなモンゴル人のままで横綱になっています。帰化していませんし、たぶんこの先も帰化しないでしょう。白鵬関以外は嫁さんがモンゴル人ですから、最初から帰化して日本人になるつもりがないのだと思います(だって、モンゴル人の奥様に相撲部屋の女将さんはできないでしょう)。白鵬関は嫁さんが日本人で、本人的には帰化して親方になりたいのかもしれませんが、彼はモンゴル相撲の名家の出らしく、父親(モンゴル相撲の横綱で、モンゴルの英雄の一人なんだそうな)が息子の帰化に大反対しているそうだから…無理だろうね。

 と言うわけで、稀勢の里関は、日本出身力士としても、日本人力士としても、ほんと、久しぶりなんですよ。だから、私は、スポーツに興味がないのだけれど、日本人の活躍が素直にうれしいのです。

 横綱としては遅咲きな稀勢の里席ですが、ぜひ大横綱になってほしいと思います。

P.S. ちなみに、私にとってアニメとかマンガとかは“見て楽しむもの”であって“創作するもの”ではありません…ってか、あれはアマチュアが安易に手を出して良いものだとは思ってませんので、素直に鑑賞サイドに回っています(実は学生の頃は漫画研究会に所属して原稿を書いていた事もあります:汗)。音楽は鑑賞と演奏の両方が好きですが、鑑賞は専ら演奏の勉強のためという側面があります。そういった意味では、音楽はスポーツに近い感じで捉えているのかもしれません。

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2017年1月28日 (土)

何のために、目は2つあるのか?

 モノを見るためだけなら、目は一つあれば十分です。事実、障害などで片目にしか視力のない人でも、日常生活を(多少の不便は当然あるわけだけれど)普通に過ごせるわけです。

 多少の不便とは、目が2つないと立体視が出来ない事です。片目しか視力がないと、モノは見えても、見えているモノへ距離が分からないのです。これは、片目をつぶったり、眼帯を装着して生活する事で簡単に体験できますので、興味がある人はやってみると、どれだけ不便か分かります。

 もっとも、実際に片目しか視力の無い人に話を聞くと、生活の上で、じっとしている事って先ず無く、人って絶えず動いているわけで、動きながらモノを見ていると、モノへの距離ってのも、なんとなく分かるので、大きく困ることはないと言ってました。

 ただ、片目しかないと、3D映画は全然体感できないとも言ってました(そりゃあそうだな)。

 で、両目を立体視のために使っている生き物って、実はそんなに多くないのです。ちなみに、そういう立体視をしている生物では、2つの目が顔の正面に付き、視神経が部分的に非交叉になっているのが特徴なんだそうです。具体的に言えば、ヒト、サル以外だと、トカゲやヘビ、カエル、ピラニアや一部のサメぐらいしか立体視ができないのだそうです。ちなみに、これらの生物の共通点は…捕食者って事ですね。やはりハンターは獲物との距離感が大切ってわけです。

 つまり、多くの生物にとって、目が2つあるのは、立体視以外の必要のために2つあるわけで、その理由は単純に“一つでは足りないから”です。何が足りないのか? それは“視野”です。

 極端な例では、馬がそうです。馬の目は、顔のほぼ側面に付いています。、そのため、右目は右側を、左目は左側しか見えません。その代わり前方だけでなく上も後もよく見えます。競馬でブリンカーと言う目を覆うカバーをかけて走る馬がいますが、あれはブリンカーを付けることで馬の視界をさえぎり、前方にだけ神経を集中させるために使用します。それほど馬の視界というのは広いのだそうです。馬が見えないのは、真後ろと(意外な事に)真正面ぐらいだそうです。ですから、馬に近づく時は、正面からではなく、横から近づくのが基本なのです。と言うのも、馬は正面が見えないので、ヒトが表面から近づいても気が付かない事があり、気が付かれないまま近くまで寄ってしまうと、馬からすれば、いきなりヒトが現れたように感じるようで、かなりビックリしてしまうからです。馬って、図体がデカイくせして、ハートは小さいので、ビックリさせるとパニックになってしまい、暴れたり、心臓がバクバク言ったりするので、注意が必要なのです。

 で、魚類の多くは、馬ほど極端ではありませんが、やはり立体視はできません。目はほぼ体側に付いてますので、真後ろ以外はよく見えます。視界はとても広いのです。ちなみに、これらの生物の共通点は…被食者って事です。いつ襲われるのか、いつ食べられるのか、常に警戒しているので、そのために広い視界が必要なんでしょう。

 金魚も魚類ですから、目は体側側についていて、視界がとても広いのですが…金魚は成長するに従って、視界が狭まってくる子もいます。具体的に言えば、成長に従って、顔のカタチが変わってくるのです。小魚の時は、上から見れば、尖った二等辺三角形のようなカタチをしたアタマですが、成長し、太ってくる(笑)と、背の低い二等辺三角形のようなカタチに変化します。当然、目の位置が変わってくるわけで、小魚の時は、目が横に付いているため後ろも見えていたはずですが、成長するにつれ、目が前に移動し、後ろが見えなくなるわけです。ウチで言えば、ヤヨイやシズカが、まさにそんな感じです。

 それって、生き物として、どうなんでしょうね(笑)。

 さらに言えば、肉瘤や水疱が目の周囲にある子は、成長するにつれ、それらが目を覆い、ほぼ視界がなくなってしまう子すらいます。昔いたブヨがそんな感じで、目が肉瘤に覆われて、真横しか見えなくなっていました。まあ、目が見えなくても、狭くて天敵のいない水槽の中なら、そんなに困ってはいませんでした。

 ちなみに私は、太っているので、足元がよく見えません。なので、階段を降りるのは、結構ビクビクものだったりします(笑)。

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2017年1月27日 (金)

半年ぶりにようやく合格しました

 フルートのレッスンに行ってきました。

 実は「次週からしばらく仕事が忙しくなるので、レッスンに来れません」と言ったら「じゃあ、今日はたっぷりやりましょう」って事になりました。

 まずはロングトーンから。冬なので、最初はフルートが冷え冷えで気持ちよかったなあ。アイスフルートも乙なものです。ちなみに、今回のロングトーンは、実にバッチリチリチリでございました。

 次はエルステユーブンゲンの19番ですが…ようやく合格しました。やっと、暗譜が完了したんだよぉ~。ああ、長かった(涙)。次の20番は…暗譜の前にミス無く吹けるようにしないと…。実は19番までは簡単なんだけれど、20番はちょっと難しいのてす。で、その次の21番は…まずはテンポを落として練習しなさいと言われました。21番は…かなり難しいと脅されちゃいました。大丈夫かな…。

 で、プチエチュードの15番は…これまた合格しました。やったね。半年ぶりの合格だ。いやあ、長かった。

 とにかく、指は間違えずに、演奏を止めずに吹けました。…ただし、スラーは完璧とは程遠かったです。と言うのも、一つのフレーズが長くて長くて、私、途中で一度ならず二度三度とブレスしないとフレーズを吹ききれなかったのですが…そこは勘弁してもらいました。

 とにかく、目にも留まらぬ高速でミス無く吹いたのでOKって事にしてもらいました。

 いやあ、実は今回、ちょっと根性入れて自宅で真面目に練習したんだよね。やっぱり、練習すると身になるなあ…。吹けない曲が吹けるようになるもんだね。いやあ、もっと練習しないと、やっばりダメだな。

 結論…練習は嘘つかない…以上。

 さて、今回の雑談は、国立大学無用論だったのだけれど…ごめん、うまく書けない! 何度も文章化にトライしたけれど、こりゃあ難しいわ。どうにも上手に表現できません。力不足でごめんです。要は「国立大学ってコストパフォーマンス悪いね。国立大学に投入する税金を私立大学に回した方が効果的じゃないの?」って話なんだけれど…いやあ、これだけじゃあ、かなり乱暴だなあ。

 それにしても、昨今の国立大学の学費って…高いねえ。私立大学とそんなに変わりません。

 昔は国立大学の学費なんてタダみたいなモノだったから『お金持ちの子は私立へ、貧乏人の子は国立へ』という流れがあったけれど、昨今は私立も国立も、金持ちの子じゃないと厳しくなりました。その代わり、貧乏人の子は奨学金という名の借金をして学校に行くようになりました。しかし、未成年者に借金を背負わすなんてアコギだねえ…。大学を卒業して、無事に就職できたなら、借金返済だってなんとかなるだろうけれど、今の時代、なかなか就職もうまく行かず、やむなく派遣社員やバイトで働く子も増えましたが、派遣社員だとかバイトだとかだと、収入も少なくて、奨学金という名の借金の返済がなかなか厳しいようだし、借金返済がうまくいかずに人生がダメになっちゃう子もいるそうです。

 昔のように国立大学の学費を格安にして、優秀でありさえすれば、借金なんてしなくても大学でちゃんとした教育を受けられるようにできないものかね? 少なくとも、優秀な人材は国の宝なんだから、借金漬けにせず、大切に育てていければいいなあと思うわけです。

 国の予算が足りなくて学費を格安に出来ないと言うのなら、国立大学の数を減らすことで対応できないかな? 大学の数を減らして、一つ一つの大学に投入する税金(補助金になるわけですね)を手厚くし、その分、生徒からの学費を格安にする。優秀な生徒のために格安にするのだから、大学の数を減らす事は、問題ないでしょう。また大学の数が減れば、当然、教職員の数も減るわけです。教員に関しては、優秀な先生方はすぐに転職先が見つかるから問題ないです。職員の方は、公務員として正規採用しているのなら、部署替えで乗り切ってください(笑)。

 とにかく、優秀な若者を、国を挙げて大切に育てる事をしないと! 優秀な若い人材は、国の宝なんだからね。

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2017年1月26日 (木)

歌における音程の取り方について

 楽器ならば、きちんと調律し、チューニングさえされていれば、決められた行為を行う事で、間違いなく正しい音程で演奏できるものです。決められた行為とは、任意のキーを押さえたり、弦の任意の場所を押さえて弾いたり、任意のトーンホールやレバー、ピストンを押さえて吹く事です。とにかく、ある種の決め事どおりの事を行えば、正しい音が出るのです。それが楽器です。

 だって、そういうふうに作られたんだからね。

 そこへ行くと、歌はそんなわけには行きません。なにしろ人間のカラダは歌うために作られたわけではなく、本来は単純に(動物、とりわけ他の哺乳類を見れば分かるとおりに)音声信号(いわゆる“鳴く”行為です)を出すために作られた発声器官を、言葉を話すために転用し、さらに歌うために再転用しているので、ある意味、人間にとって、歌うという行為は、かなり不自然で無理のある行為なのかもしれません。

 それゆえに、見事に正しい音程で歌える人もいれば、なんとも微妙な歌しか歌えない人もいます。人間は、先天的に歌えるようには出来ていないので、それも無理のない事なのかもしれません。

 実は楽器演奏者の中には(アマチュアでは特に)微妙な音程でしか歌えないけれど音楽大好きって人が多くいます。彼らに言わせれば「楽器は、正しい音程で演奏するのが簡単だけれど、歌だと難しいよ。どうやって正しい音で歌えばいいんだい」という悩みを持っていたりします。

 確かに歌と楽器では違います。ドの音を出したいとします。ピアノならドのキーを叩けばいいけれど、人間にはドのキーはありません。フルートなら全部のトーンホールを塞いで吹けばドになりますが、人間にはトーンホールはありません。ヴィオラやチェロなら、一番太い弦の開放弦を弾けばドになります。でも人間には開放弦はありません。

 まったく困ったものです。

 歌は声で成り立ち、声はノドで作られて出てきます。我々はノドの中にある声帯を振動させて発声するのですが、ノドも声帯も見ることも触ることもできません。はっきり言って、どんなふうに動いているか、本人にすら分かりません。そんなブラックボックスなのが声なのです。

 おそらく、音程バッチリで歌っている人だって、自分のノドがどう動いて正しい音程を出しているかなんて、分かっていないと思います。つまり、歌に関しては、楽器のようにメカニカルなモノを考えていては埒が明かないのではないかと思うわけです。

 歌と比べるのならば、楽器ではなく、ダンスではないかな…と私は思います。

 ダンスも、最初からかなり上手に踊れる人もいますが、多くの人は、他人が見てカタチになるようなダンスを踊るのは、かなり難しいのではないかと思います。

 私、以前、あるテレビ番組の企画で、ある歌手のバックダンサーをやった事があります。もちろん、バックダンサーと言っても、素人参加企画であって、いわばモブで、画面の片隅に小さく映った程度の、とても他人に自慢できるような事ではありません。

 で、その歌手さんは、今時のグループアイドルだったので、バックの振り付けと言えども、かなりちゃんとしたダンスであり、教えてくれたのは、その曲のオリジナルの振付師さん(当然、プロもプロ、本格的な振付師さん)だったわけです。かなり懇切丁寧に動作の一つ一つを噛み砕きながら教えてもらいました。5分ほどの曲ですが、我々モブがテレビにうつるのはサビの部分だけなので、そこだけを集中的に1時間ぐらい教えてもらったところで、歌手の皆さんが入ってきて、本番の収録となりました。

 私ですか? 当然、全然ダメでした。たかが一時間の練習で、アイドル歌手のバックダンスなんて出来るわけないです。まあ、モブですし、そういうあたふたしている人がいても良い企画らしいので、それはそれで良かったのですが、もちろん中にはバッチリ踊れていた人もたくさんいました。

 結局、ステップがどうとか、手の動きがどうとか、どこでターンして、どこでジャンプするとか、そんな事を一つ一つ考えていたら、踊れないのですよ。音楽が鳴り始めてカラダが動き出したら、与えられたダンスのイメージに合わせて、カラダが自動的に動き出せなければダンスなんて踊れないのです。多くのことを一度に処理しなければいけないし、そのためには無意識でカラダの各所が動かなければいけない事も多いし、それらを脊髄反射レベルで調整していかなければいけないのです。そうしないと、正しく踊れません。

 「ああ、歌と同じだな」と思ったのです。

 歌も音程正しく歌うためには、正しいメロディーのイメージに合わせて、カラダが自動的に動き出さなければいけないのです。多くのことを一度に行わなければいけないし、そのためには無意識でやらないといけない事も多いし、それらを脊髄反射レベルで調整していく事も必要なのです。そういう同時並行作業の結果が『正しい音程で歌う』事になるわけです。

 なので、音程正しく歌うために、まず最初に必要なのは“正しいメロディーのイメージ”なんだと思います。頭の中で、しっかりと音楽を鳴らせられる事です。案外、音痴な方の頭の中では、音楽が曖昧にしか流れていない事が多いんじゃないかな? 寸分の間違いもなく、きちんとメロディーをイメージできる事。これがまず必要です。

 次は歌うために必要な事を、無意識で行えるように、徹底的にカラダに染み込ませる事。特に発声テクニックは大切です。声を出す事に気を使っているようでは、音程なんて二の次三の次です。ノドの脱力、口腔を広げる事、鼻腔に響かせる事、腹式呼吸で深く呼吸する事。しっかり腹筋で声を支える事…フィジカル面は徹底的に無意識レベルにまで落とし込まないといけません。

 その上で、音を正しく聞き分け、自分の声と外部の音(伴奏だね)を調和させる事。ここまでできて、やっと『音程正しく歌える』のではないかと思います。

 ここまでは、音程正しく歌うための話であって、歌として上手いか下手かは、また別の話になります。

 で、そんなに多くの事を同時にやらなければ、音程正しく歌えないのか…とガックリする必要はありません。それぞれの技量(とりわけフィジカル的なテクニック)は個々に身につければいいし、能力的に足りなければ、足りないなりになんとかなります。

 と言うのも、そこが人間の不思議でして、人間の脳の能力の高さなんだと思います。無意識に行う…とは、無意識に脳がカラダの各所をコントロールしていく事であり、それゆえに、歌う本人は気にする必要がないのです。多くの事を同時に行うのは、脳の無意識のレベルの話であって、歌う本人は、ただただ、メロディーのイメージを正しく持って、そのイメージと自分の歌が違っていないかを、常に聞いて気をつけていれば良いだけなのです。

 要するに、音程正しく歌うためには、自分の歌をしっかりと聞いていればいい…という、身も蓋もない結論になるわけです。

 「自分の歌をしっかり聞いているけれど、どうにもちゃんとは歌えないんだ…」

 それは脳がいくら頑張って最善の結果を出したところで、そこに限界はあります。まずはフィジカルな面での能力不足を疑うべきだろうし、音楽的な知覚能力(要は“耳の良さ”です)を磨かないといけないのです。いくら「足りなければ足りないなりになんとかなる」とは言え、最低限の力量は必要となります。

 ダンスだって、一部の天才を除けば、ズブの素人が、多少の練習でプロ並みに踊れるようになるわけないでしょ? 日頃の努力と鍛錬を少しずつ積み重ねていき、ある程度の力量を兼ね備える事ができたところで、ようやく“ダンサーとしての人生”が始まるわけです。まずはスタートラインに立つ事。そこから上達していき、上手なり名人なりプロなりになっていくわけです。

 まあ、歌にせよ、ダンスにせよ、最低限の力量って奴は、その人のハードルの設定次第とは言え、そんなに高いモノではない…と私は個人的に思ってます。

 まあ、どのみち、まだまだスタートラインに立っていないと思うなら、スタートラインに立てるように精進していくしかないでしょう。スタートラインに立てたと感じたなら、さらに前に進むために、努力や修練をしていくべきです。そうでなければ、歌であれダンスであれ、上達の道を歩めません。そのためには、基本的な練習をきちんきちんと積み上げていかないとダメなのてす。

 学問に王道がないように、歌やダンスにも王道はありません。楽器だって毎日毎日の練習の積み重ねが必要でしょ? 歌だって同じです。「楽器は難しいけれど、歌は簡単」なんて事はありません。楽器同様に、歌だって難しいのですよ。楽器を習得するように、歌も習得していかないと、楽器演奏並に歌う事はできません。

 ま、練習は嘘をつかないので、日々、自分にできる努力を積み重ねていくしかないのです。そうすれば、病的な原因による音痴以外は、必ず音程正しく歌えるようになれるのです。

本日のまとめ

 歌における音程の取り方についてのチェックポイント

 1)メロディーの正しいイメージを持とう。
 2)自分の声をよく聞いてみよう
 3)うまくいかない部分があるなら、自分に欠けているモノを考えてみよう
 4)ゆっくり時間をかけて、努力と鍛錬で不足分を補ってみよう

 実にザックリした結論となってしまいましたが、これが音程正しく歌うための道のりだと思います。

 失礼しました。

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2017年1月25日 (水)

トスティは三流の作曲家なのか?

 さて、ここのところトスティという作曲家について取り上げている私ですが、なぜトスティを取り上げているのかと言うと、

 1)トスティが好きだから
 2)トスティに関する評伝を読んで興味が増したから

 …という理由があります。ちなみに私が読んだのは、以下の本です。

 資料の乏しいトスティに関する書籍であり、大切な資料本なのですが、書籍としては分厚い事と、お世辞にも読みやすいとは言えない本文構成なので、読み通すにはかなりの覚悟と体力が必要かもしれません。ちなみに、私は一度挫折して、しばらく放置していました(笑)。

 さて、本題に入ります。

 私はトスティが好きです。もちろん人物が好きなのではなく、彼の作曲した音楽作品がが好きなのです。でも、トスティは一般常識的に言えば、無名な作曲家になるんだろうなあ…と思います。学校の音楽の授業でトスティという作曲家について学ぶこともなければ、その作品に触れる事もないでしょう。なにしろ、日本の学校の音楽の授業で取り上げる作曲家は、基本的にドイツ系かつ器楽系かつバロック~ロマン派の作曲家ばかりですからね。

 トスティは、イタリア系で声楽系で近代音楽の作曲家です。

 学校の音楽の授業では、イタリア系の作曲家で取り上げられるのは、ヴィヴァルディぐらいかな? いわゆる“バッハ以前”の時代なので、まだドイツ系の作曲家に有名な人がいないので授業で取り上げてもらえるのかな…なんて思ってます。

 学校の音楽の授業では、声楽系の作曲家で取り上げられるのは、モーツァルトやシューベルトなど、そこそこいますが、皆、ドイツ系だし、器楽作品もふんだんに作曲しているような人ばかりです。授業では、声楽作品ではなく器楽作品で彼らを学ぶ事が多くて「声楽作品も作曲する器楽の作曲家」みたいな位置づけのようです。

 ま、声楽は言葉の壁があるなら、仕方ないよね。

 近代音楽の作曲家は、本当に学校では学ばないもので、リヒャルト・シュトラウスとストラヴィンスキーぐらいしか学ばないんじゃないかな? マーラーですら学校じゃ取り上げないからね。

 とにかく、日本の音楽教育では、イタリア系や声楽系、近代音楽の作曲家は冷遇されていると思います。

 なので、一般人がトスティの事を知らなくても不思議はないし、一般的なクラシックヲタクもドイツ器楽系を中心に楽しむ人が大半だから、トスティを知らなくても仕方ないです。トスティを知っている人と言うのは…声楽ファンで、イタリア歌曲大好きな人たちぐらいです。実に少数派、実にニッチな位置づけです。

 そういう、イタリア歌曲好きな人たちの間でのみ有名なのが、トスティという作曲家なのです。

 で、さらに言うと、そんなイタリア歌曲好きな人たちの間でも、評価が低いのがトスティだったりします。

 曰く「流行歌だからね」「芸術的な深みは無いからね」「技巧的にも簡単だし」…まあ、ハズレではないと思います。

 実際、トスティの歌曲は、20世紀の初頭の流行歌でした。特に英語の歌曲は、その楽譜は飛ぶように売れたのだそうです。商業的に成功した曲を“流行歌”と呼ぶなら、トスティの歌曲は流行歌だと思います。

 私のような愛好家には判断つきませんが、トスティの作品には芸術的な深みが無い…と感じる人が大勢いらっしゃるなら、たぶんそうなのでしょう。でも、芸術的な深みうんぬんの評価は、時代によって変わってくるかもしれないし、少なくともトスティの場合は変わってきたと思います。

 現在の感覚では、トスティの英語の歌曲は流行歌であって、せいぜいミュージカルナンバー程度の作品であって芸術的な深みはないけれど、イタリア歌曲やフランス歌曲は、プロのクラシック系歌手たちも頻繁に取り上げる、普通のクラシック声楽曲という扱いになっていると(私は)思います。でも実は、100年ほど前(つまりトスティの晩年)からしばらくの間は、英語だけでなくイタリア語やフランス語の歌曲も“流行歌”扱いであって“芸術的な深み”など無いと言われていたそうです。それが100年かけて、イタリア歌曲とフランス歌曲は認められるようになったわけですから、これから100年後経てば、トスティの評価も大きく変わるかもしれません。

 技巧的にも簡単…他の作曲家の作品が小難しすぎるだけだと思うし、技術的に難易度の高い事と、音楽作品としての価値は、特に関係ないと思います。ただ、技術的に難易度が高くないと、試験やコンクールでの演奏には向きませんし、試験やコンクールなどで頻繁に取り上げられる作品が、音楽的に必ずしも優れているとも思いません。

 まあ、それもこれも含めて、トスティの21世紀前半における扱われ方は、無名作曲家であり、必ずしも一流作曲家として数えられる事はありません。よくて二流? 無名な事も考え合わせれば、三流扱いされちゃう事もあります。まあ、何をもって、一流二流三流の区別をつけるのかは、書いている私自身もよく分かっていませんが(笑)。

 とにかく、トスティという作曲家は、無名で評価の低い作曲家である事だけは確かです。でも、無名で評価の低い割には、イタリア声楽曲という狭い世界に限って言えば、頻繁に新作CDが作成されるし、コンサートでもよく取り上げられます。おそらく、楽譜の販売だって、昨年新版が出たことからも分かるように、結構売れていると思います。

 多くの歌曲作曲家が、ソプラノのために曲を書いている事が多いのだけれど、トスティは男声、特にテノールに向けて曲を書いている事が多いので、私たち(アマチュアと言えども)テノール歌手にとっては、大切なレパートリーであるのです。

 世間の人たちは、もっとトスティの事を知り、もっと愛して欲しいと思います。

 最後にトスティと言えば…「Ideale/理想」ですよね。

 歌っているのは、ユアン・ディエゴ・フローレスです。ある意味、現役テノールの中では、もっともテノールっぽい声をしている人だと思います。今のスターテノールさんたちは、みんな声が重くて、テノールなのにバリトンっぽい声の人が多いですからね。こういう声は貴重なんだと思います。

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2017年1月24日 (火)

トスティはイギリス人だったって知ってましたか?

 さて、今回もトスティの話です。

 日本で歌われるトスティの歌曲のほとんどがイタリア語の歌詞に曲をつけた、いわゆるイタリア歌曲であるために、トスティはイタリア人だと思われがちですが、実は彼はイギリス人だったという事、ご存知でしょうか?

 無論、トスティはイタリア生まれで、その両親ともにイタリア人であり、血筋的には生粋のイタリア人である事には間違いないし、彼の母国語もイタリア語でしょうし、前回の記事で書いた、彼の前半生を見る限り、彼は間違いなくイタリア人なのですが、21世紀の我々の視点から見た場合、彼はどこの国の人なのかと言えば、イギリス人であると答えるのが正解と言えるでしょう。

 つまり国籍の問題です。トスティの国籍は、実はイタリアではなくイギリスなのです。だから、彼はイギリス人…って事になります。

 トスティはイタリアで生まれ、イタリアで教育を受け、若い時分はイタリアで活動していましたが、これまた何があったのかは分かりませんが、30代も半ばの時、あれだけの人気者であり、ブイブイ言わせながら活動をしていたローマを捨てて、トスティはイギリスのロンドンに移住します。

 その後、死の3年前まで、イギリスに住んで働いて、その地でたくさん作曲して(我々が知っている彼のイタリア歌曲も、その多くがイギリスで書かれています)、結婚をし、子どもを産んで家庭を作ります。彼の、いわゆる現役時代の生活の拠点は完全にイギリスにあったわけで、友人たちの多くもイギリス人で、イギリスでもローマ同様に、王家とのつながりを作り、イギリス王室の声楽教師(具体的にはヴィクトリア女王の声楽教師)として働いていたわけです。

 なぜ彼はローマを捨ててイギリスに渡ったのか? これまた本人しか分からない事情があるでしょう。でも私が邪推するに、いくつかの原因があります。

 一つは…何か大きなトラブルを起こしてローマにいられなくなった? イタリア王家がらみで恋愛沙汰を起こしたという説があります。まあ、当時のトスティは、若くてモテモテの独身男性ですからね。全くない話でもないでしょう。

 あるいは…彼のイギリス移住の少し前から、トスティが作曲した楽譜が売れ始めるようになりました。当時は今と違って、録音技術がなかったし、著作権関係も整備されていませんでした。作曲家の収入は、自作曲をコンサートで演奏して、そのギャラをもらうか、楽譜を出版して、その印税をもらうかの2つがあったわけで、だから彼もサロンで自作曲を歌って、演奏収入を得ていたわけだし、彼のファンのご婦人方が楽譜を買ってくれて、それも収入にしていたわけです。

 ところが楽譜は作者のいない地域でも販売されています。

 トスティの楽譜は、彼のイギリス移住の少し前から、イタリア語の下に英語の歌詞を付けて印刷されるようになり、それがイギリスで販売されるようになったのだそうです。イギリスは当時“日の沈まない国”と言われる大英帝国として世界有数の強国だった時代です。そこで、トスティの楽譜が販売されるようになり、これがまたバカスカ売れたんだそうです。つまり、イギリスでもトスティは大人気になったわけです。

 そんなこんなの色々な理由があったのかなかったのかは、私には分かりませんが、とにかくトスティは、えいやー!とばかりに、慣れ親しんだローマを離れて、イギリスに渡りました。

 イギリスに渡ったトスティは、すぐにイギリスの上流階級に食い込み、お金持ち相手の声楽教師を始めます。イギリス王家にも食い込みます。イギリスのロイヤル音楽アカデミーの教授にもなったんだそうです。すごいね。雇われ外国人教師としては、すごい出世だよね。

 そんな先生業の傍ら、彼はガンガン作曲を始めます。今、私達が知っているトスティの歌曲の大半は、彼のイギリス時代に書かれた作品です。

 当初は、イタリア語の作品に英語の訳詞をつけて販売されていた彼の作品ですが、やがて直接英語に音楽をつけるようにもなりました。トスティの英語の歌曲ですね。これがまた、当時はバンバン売れたんだそうです。あまりに売れすぎて、ほぼ流行歌です。

 なにしろトスティの英語の歌曲は、上流階級のみならず、イギリスやアメリカの中産階級のご婦人方にも大受けだったそうで、それゆえに楽譜がガンガン売れたんだそうです。
 実際、彼の英語の歌曲は、中産階級の人々にも愛されて、売れすぎてしまったために、当時から玄人筋には評判が悪かったのです。その一方で、イタリア語やフランス語(上流階級のご婦人はフランス語が大好き)の歌曲は、英語の歌曲ほどは売れなかった(…って事は、中産階級にそっぽを向かれていた可能性があります)そうです。意外ですね。我々が知っているイタリア歌曲も、当時は英語で歌わわれていたものがたくさんある…そうです。

 まあ時代はすでに20世紀ですからね。イギリスやらアメリカやらが、ブイブイ言わせている時代ですからね。そこへいくとイタリアなんて、小さな小さな国だからね。

 イギリスに渡ったトスティは、その地で大成功を収めるわけです。

 そんなトスティがト60歳の時に、その時点ですでに30年以上イギリスで暮らしていたそうだけれど、その年にイタリア国籍を捨てて、イギリス国籍を取得し、それから程なくして、準男爵の称号をもらっています。

 だから、トスティの国籍はイギリスであり、彼はイギリス人なのです。

 彼を呼ぶ時は、イタリア名の“フランチェスコ・パオロ・トスティ”ではなく、本当ならば、アタマに“サー”をつけて、サー・フランシスコ・ポール・トスティ、またはサー・フランシスコと呼ぶのが正しいのです。なお、同じ“サー”を付けなきゃいけないのだけれど、ポール・マッカートニーは騎士(ナイト)であって、トスティは準男爵(バロネス)なので、トスティの方が上位になります。

 なぜ彼はイギリス人になったのか? それはトスティ本人しか分からない事だけれど、長くイギリスで暮らし、働き、成功して、生活の拠点もイギリスにあったわけだし、イギリス王室の方々とも親密な関係にあったわけで、私がトスティなら、30年どころか、10年ぐらいでイギリスに帰化しちゃっただろうね。だって、その方が自然だし、便利じゃん。

 ちなみに、ヘンデルもトスティと似たような人生を送ってます。ヘンデルもドイツ生まれのドイツ人(正確に言えば、当時はドイツなんて国はなくて、神聖ローマ帝国ね)として生まれたわけだけれど、トスティ同様に若い時にイギリスに渡り、そこで働き、そこに住み、その地でたくさん作曲して、生活の拠点が完全にイギリスにあり、友人たちの多くもイギリス人で、イギリスに帰化しています。トスティは帰化までに30年かかったけれど、ヘンデルは15年で帰化しています。

 ちなみにヘンデルは生涯独身で結婚していなくて、子どももいなくて身軽だったので、すぐに帰化しちゃったのかもしれませんが…。

 話をトスティに戻します。トスティはイギリスに帰化したけれど、生涯イタリアを愛して、英語なんか一言もしゃべらなかったという説もありますが、生涯イタリアを愛していた事は事実だろうけれど(なにしろ、晩年はイタリアに戻って死んでますからね)、英語を話さなかったというのは、おそらく間違いです。たぶん、トスティは英語ペラペラだったと思うよ。

 もちろん、イギリスに30年も暮らし、多くのイギリス人の生徒を抱えた先生だったわけだから、英語が話せないわけがないじゃん。

 彼の約300曲に及ぶ歌曲のうち、その半分はイタリア語の詩に曲をつけたもの(イタリア歌曲)だけれど、実は作品の約1/4は、英語の詩に曲をつけたものですし、それがまた自然に詩と音楽が寄り添うように作曲されているわけで、こういう作曲ができる人が英語を話せなかったわけないじゃん。

 ちなみに、残りの1/4の歌曲はフランス歌曲ね。つまり、トスティはイタリア語、英語、フランス語の歌曲を書いているわけで、彼はむしろ語学が得意なタイプだったんじゃないかしらね?

 とにかく、トスティはイギリス人である…って事なんです。なんか意外だよね。

 トスティの英語の歌曲に良い曲はたくさんありますが、その中でも当時バカ売れした曲をアップしておきます

 「That Day!/あの日!」です。良い曲ですよね。私もいずれ歌ってみたいと思っている曲です。ここで歌っているのは、キングオブハイFの、ウィリアム・マッテウッツィです。

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2017年1月23日 (月)

トスティって、本当はヴァイオリニストだったの?

 トスティとは、作曲家のフランチェスコ・パオロ・トスティの事で、その作品は、多くの声楽ファンに親しまれています。彼の作品の大半は歌曲です。歌曲以外の作品も若干作曲しているようですが、ほぼ歌曲専科の作曲家であると断言しても構わないでしょう。なので、歌曲ファン以外にはあまり知られていない、ある意味マイナーな存在なのですが、それでもとにかく(トスティを知っている数少ない)現在の我々は、トスティを“作曲家”として認識しているわけです。

 ではトスティは、キャリアの最初っから作曲家であったのかと言えば違います。意外な事に、彼は学生時代、ヴァイオリンを専攻していたのですよ。つまり、ヴァイオリニストを目指していた音大生だった時代があり、もしかしたら、そのままヴァイオリニストになっていた可能性もある人だったのです。

 でも、ヴァイオリニストとしてのトスティは、学校を卒業するや否やいなくなります。彼のヴァイオリニストとしてのキャリアは、学校卒業とともに終わりを迎える…ってか、彼は方向転換をします。

 一体、何があったのでしょうね? ここは推測するしかなのですが、地元では「俺って、なかなかヴァイオリンじゃあ、イケてるじゃん!」とか思っていたのかもしれません。なにしろ地元では“ヴァイオリンの神童”ともてはやされていたという説もあるくらいですから、田舎のヴァイオリニストとしては、なかなかの腕前だったのかもしれません。でも都会の学校(彼はナポリ音楽院の卒業生です:この学校は現在もあります)に行ったら、自分ぐらい弾ける人なんてウジャウジャいたりするわけで…そんなこんなで、色々と考えるようになったのではないか…と勘ぐる私です。

 とにかく、学校卒業とともにヴァイオリンを辞めてしまったトスティは、最初は田舎に戻って、当時の音大卒業生の定番職業である、地元の教会のオルガン演奏とその教官助手を始めます。

 教会でオルガニストとして働きながら、(彼はピアノやオルガンの腕前もなかなかだったそうです)コツコツと歌曲の作曲を始めたそうです。ここが彼の人生のターニングポイントです。

 数年、オルガニストとして働いたあと、彼は大都会であるローマに出ていきます。オルガニスト時代に作曲した歌曲たちを携えての上京です。ローマに上京してからは、サロンや小さなホールなどで歌う歌手としてキャリアを始めます。声種はテノールです。

 当時はサロン文化がまだまだ健在で、そこで自作のサロン向けの歌曲を歌っていたそうです。また、その時代の流行歌(当然他人の作曲)も歌ったようですが、自分でもドンドン作曲をして、その曲を持って、小規模なツアーなども行っていたようです。結構な人気歌手になったそうです。今で言う、シンガーソングライターのハシリのような人だったのかもしれません。なにしろ、自分でピアノを弾きながら歌っていたそうですよ。つまり、弾き語りをしていたわけです。トスティはかなりの美声であったという説があります。声も良ければ、歌う自作の曲も良かったわけだし、若くて(写真を見る限り)かっこいい青年だったわけで、そりゃあ人気者になるよね。

 人気者になればファンがつきます。彼はサロンを中心に活躍していたので、彼のファンと言えば…上流階級のご婦人方ですね。トスティは、それらの上流階級のご婦人方に歌を教え始めます。やがて上流階級も上流階級である王家(サヴォイア王家)にも出入りするようになり、王家との人脈も得て、ローマの声楽教師として、大繁盛するようになったのだそうです。

 つまり、21世紀の我々はトスティを作曲家であると認識していますが、生前の彼は、もちろん作曲家であったのだけれど、それと同時に学校でヴァイオリンを学んだ、ヴァイオリニストのタマゴであったし、田舎の教会のオルガニストでもあったし、ローマで上流階級のご婦人方から愛されるテノール歌手であり、声楽教師でもあったわけです。

 トスティはヴァイオリニストとして音楽家のキャリアを始めようとした人だったけれど、アレコレ色々な事に手を染めて、最終的には作曲家として後世の人に評価される人になったわけです。

 そんな彼の初期の歌曲を一つアップしておきます。

 「お祝い/L'augurio」という曲です。作品番号1番で、彼が16歳の時の作曲です。音楽院の作曲の授業の課題として作曲されたそうです。ちなみに、当時の指導教官はミケランジェロ・カントーネ先生だそうです。歌っているのは、ウォルター・オマッジョというテノールさんです。

 うーん、曲の出来はまだまだ…かもしれないけれど、あっちこっちトスティっぽいです。、やっぱりトスティはトスティだよね。

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2017年1月22日 (日)

マスコミに関わる人たちのメンタリティがイヤなんです

 神奈川県小田原市の生活保護担当の市職員64人が「不正受給はクズだ」と背面に英語でプリントされたジャンパーを、2007年より勤務中に着ていた事が、新聞やテレビなど、マスコミで取り上げられ、問題となっています。

 テレビやネットを見た限りでは「なんかなあ…」という感想です。まるで鬼の首でも取ったかのように、コメンテーターの方々は「許せない」「恥を知れ」「公務員としてのプライドは無いのか」「これは脅迫罪に相当する」とか言って盛り上がっていました。

 これって、そこまで騒ぐ事なの?

 私の正直な感想は「小田原市もワキが甘いなあ…」です。

 正直、公務員って叩かれやすい存在でしょ? よく「我々の税金で…」と言う決まり文句がありますが、あたかも自分たちが彼らを雇用している感覚で、彼らに対して上から目線で文句を言っても良い…と言うのが、マスコミが取り上げる“市民の声”って奴でしょ? 公務員が、ちょっとでも間違った事をしたら、盛大にディスって叩く…というのが、最近の風潮じゃないですか?

 これは「溺れたイヌは棒で叩け」の精神ですね。ちなみに「溺れたイヌは棒で叩け」とは、朝鮮のことわざです。日本人のメンタリティとは、だいぶ違いますね。マスコミのメンタリティが日本のそれではなく、朝鮮のメンタリティである事の、悲しい証しだと思います。知らぬうちに、朝鮮的なモノが日本人の精神とか文化を侵食しているわけで、個人的には見過ごせない事だと思ってますが、それはまた別問題です。

 日本人なら「人のフリ見て我がフリ直せ」だし「他山の石以て玉を攻むべし」だろうと思います。まあいいや。

 さらに言えば、公務員って、立場上、絶対にやりかえしませんよね。それを見越しての物言いなわけで、マスコミの手口は、反撃できない相手だと知った上で、安心してフルボッコにしているわけで、一種の弱い者いじめだし、卑怯だよな。これも日本人のメンタリティとは異なります。なにしろ日本人ってやつは゛卑怯な行いを極端に嫌いますからね。

 で、問題は『小田原市の行為は、マスコミに口汚く罵られるほどの悪であるのか』という事です。

 まず“生活保護の不正受給”は悪です。その悪を見逃さない事は正しい事であり、公務員としては、当然の行いです。その点では、むしろ小田原市の姿勢は誉めるべきですらあります。生活保護の不正受給はダメです。今後もバシバシ正していくべきです。

 つまり、やっている事は間違ってはいないのです。

 問題は、彼らか着用していたジャンパーでしょうね。これは公金で支給されたものではなく、自分たちの私金で製作したもの(1着4400円だそうです)であり、希望する職員がそれぞれ自費で購入したものなんだそうです。

 仲間内でジャンパーを製作して着用するなんて「大学のサークル活動と勘違いしているんじゃないか。公務員としてのプライドはないのか」と文句を言っている人がいますが、別に仲間内でユニフォームを製作して着用する…のは、仲間内の連帯感を高める上で有効な手段だし、ましてや、それが自分たちの自費で行っているのなら、他人がどうこう言うべき話ではありません。大学のサークル活動っぽくっても、それで円滑に仕事がまわっていくのなら、良いじゃないですか?

 そもそもは、生活保護の受給資格を失った男が市役所で暴れて刃傷沙汰(職員二名がカッターナイフで切られたそうです)を起こし、意気消沈する部下たちを見た当時の担当係長の発案で、彼らを鼓舞するつもりで、お揃いのジャンパーを製作したそうです。

 だからジャンパーの背面には「不正受給して市民を欺くのであれば、あえて言う。そのような人はクズだ」って書かれているのだって、彼らの意気込みであって、そのメッセージが日本語でなく、英語で書かれているのも、他人に対して訴えているのではなく自分たちの肝に命じるためだろうと思うわけです。他人に対して主張するメッセージなら、もっと分かりやすくしないといけません。小さな文字で英語で書くなんて、読んでもらいたいわけじゃないって…デザインの常識があれば分かることです。つまり、あれは自分たちに向けての応援メッセージであって、他者に対しては単なるデザインの模様なのです。

 でも、そこが彼らの甘さ…なんだな。

 ジャンパーに書かれている文言について、私は間違った事は書かれていないし、言葉遣いがラフである事も、あくまでも仲間うちに向けたモノとして考えれば、OKだと思います。英語やローマ字で書かれているのだって、それがカッコイイからであって、エンブレムがどこかのサッカーチームのそれに酷似しているそうだけれど、それもカッコイイからであって、内々のジョークなら、どれもこれも特に目くじら立てる事はないと思います。

 ではどこに問題があるのか?

 彼らの視点が内向きであって、いわば楽屋オチの発想であって、世間がどう考えるかという想像力に欠けていた事です。

 まず、今回のマスコミに代表されるように、一部の人たちは公務員が失敗することを待ち望んでいます。ほんの些細なことであって、おおげさに取り上げて「日本はダメだ」とやるのが、彼の常套手段です。そんなわけでマスコミの皆さんは、鵜の目鷹の目で公務員が何かしでかしやしないかと日々探し回っているわけですが、そこに恰好のエサを与えてしまったわけです。まったく、ワキが甘いです。

 仲間内なら許される表現でも、悪意を持った人が読んだら、どう思うか…そういう想像力が欠けています。表現内容が正しくても、表現方法は適切か? ミスリードされる可能性はないのか、揚げ足を取られる恐れはないか…そういう事に思いが至らなかった事が残念です。

 さらに言えば、この内向きな気分でデザインされたジャンパー。果たして職務中に着用するのが適切だったのか…そういう点に考えが及ばなかった事が、返す返す残念だし、今回のマスコミの取り上げ方だって、このジャンパーを職務中に着用していた事を問題視しているわけでしょ?

 私もこの点に関してはマスコミと同意見です。こんなスキだらけのジャンパーを世間の目に触れるような場所で着用しちゃダメでしょ! ましてや、一部の職員はこれを着て受給者の家庭を訪問していたと聞きます。

 最初のうちは世間の誰も気にしないかもしれませんが、繰り返して、同じジャンパーの人が同じ家に出入りしていたら「彼らは誰だ!」となるわけです。やがては、あのジャンパーを着ている人は“生活保護”関係の役人だと分かるようになれば、それは本当にマズいことだと思います。

 日本人の多くは「生活保護を受ける事は恥である」と感じるそうです。だから必要があって生活保護を受けていたとしても、受給している事実を周囲には知られたくないと思うそうです。そこは貰えるものなら何でも貰っておけ…と考える大陸系の人たちとは違うメンタリティなのですが、そんな人や地域の中に生活保護関係の役人が、それと分かる格好で出入りするなんて、ほんと、デリカシーに欠けると思います。

 この点は責められてしかるべきだと思います。配慮が足りないし、プロ意識が欠落している言わざるを得ません。

 日々の仕事はきちんとやっていても、ジャンパーに関してワキが甘かったがために、マスコミに非難され、心無い人から蔑まれて馬鹿にされるわけです。自分たちの任務に忠実であっても、衣装に不備があったので叩かれているわけです。なんだかなあ…。

 彼らは、善か悪かと言えば善なる人々だろうけれど、是か非かと言えば、今回は非です。

 非であるのだから、非難されるわけだけれど……………、それにしてもマスコミは叩きすぎだと思います。あそこまで叩く必要はないし、小田原市はすぐさまに「市民の誤解を招きかねないうえ品位を欠いた表現で不適切だった」と言って謝罪し、監督責任のある上司たち7人を厳重注意にしているわけです。世の中には謝っても許されない事って無いわけじゃないけれど、今回の件は、謝ったんだから許してやっても良いんじゃないの? ちゃんと処分を受けたわけだしね。

 それを「溺れたイヌは棒で叩け」ってわけで、公共の電波を使って、言葉による暴力を彼らに浴びせかけるのは、ほんと、見ていて不快です。

 この件を契機に、各地で不正受給者たちが図に乗って、横暴な振る舞いを役人たちにしでかさないと誰が断言できるでしょうか? そこまで考えた上で、言葉の暴力を奮っているのでしょうか? 不正受給者を取り締まる人々の揚げ足を取り、萎縮させることで、不正受給者が増える事につながらないでしょうか?

 公務員って…公僕でしょ? 公僕と言うのは、公に仕える人たちの事で、いわば“非営利業務”担当者の事でしょ? 公務員の仕事なんて、どれもこれも利益を生みません。利益を生む仕事なら、それは私企業にやらせればいいのであって、利益が出ずに、私企業にやらせられない事だけれど、必要な事柄だから、お役所がやるわけです。利益が出ない仕事だけど誰かがやらないといけない事だから、我々が少しずつお金を出し合って、彼らに我々がするべき事を代行してもらっているわけです。そのための費用が税金であるわけです。

 だから、税金で彼らを雇っていると考えるのは間違っているわけで、税金で彼らに面倒事を委託しているわけです。市民が公務員を養っているわけではなく、市民がやりたがらない(お金にならない)面倒事を公務員にやってもらっているわけです。だから彼らを下に見て蔑視するのは間違いです。むしろ彼らに感謝すべきなのです。

 でも大陸系の人は、基本的に拝金主義だから、お金を出している人間がエライという考えるわけで、そういう人には、我々の考え方は理解できないんでしょうね。

 だから「溺れるイヌを棒で叩く」わけです。なんだかなー。

 公務員は公僕だけれど、下僕じゃないんだよ。

 生活保護の不正受給を撲滅する仕事は大切な仕事だし、その仕事にプライドを持っている事も素晴らしい事です。そんな彼らが胸を張って働けるようにするべきです。でも、正当に生活保護を受けている人の肩身を狭くするような行動はダメですよ。せっかく正しい事をしていても、身につけているジャンパーのために、それらを台無しにしてしまうなんて、ほんと、ワキが甘いとしか言えませんよ。

 ああ残念だ、残念だ。

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2017年1月21日 (土)

実はみんなアタマが悪い…みたいです

 金魚って、みんな同じように見えて、実はかなり個性があります。その個性は性格の違いはもちろん、興味関心の違いもありますし、ぶっちゃけてしまえば、アタマの良し悪しもあります。

 そう、金魚によって、アタマの良し悪しがあるんです。

 ウチで飼っていた子では、2007年の夏から2010年の夏までの3年の間、我が家にいた、チョコレートオランダのカエデ君が、ダントツに賢かったです。多少の人語も解していたようだし、時間や空間の概念がしっかりしていました。エサの時間はきっちりと把握していて、時間前は決してねだらないのだけれど、時間が過ぎてもエサが入らないと、水音をたてて人間にエサをねだります。結構賢いのでした。

 まあ、カエデのように時間まで把握している子は、なかなかいませんが、それでもたいていの子たちは、エサの投入口は把握していましたよ。

 なのに今の子たちときたら…なんという事か、誰もエサの時間を把握していないだけでなく、エサの投入口すら把握していません。人を見れば、必ずエサをねだります。時間は関係ありません。人が移動すると、その後を追いかけて、エサくれ行動をします。そこからはエサが入らないのに…。まるで川に住んでいる野生の鯉のようです。

 さらに水替えの時に、水替えの透明ポンプに突入してきます。これには説明が必要かもしれませんね。

 水替えの時に、水底の砂利にポンプの透明なクチ(管)を入れて、砂利の中の色々なモノをゴミとして吸い上げているのですが、その吸い上げているクチが透明で、色々なものが下から上に上がっているのが見えるのです。今までの子は、それが透明な管であると理解し、遠巻きにしているぐらいでしたが、今の子たちは、それが分からないようで、何度も透明管に突入して来ては、中のモノを食べようとします。どうも、透明な管がそこにあると理解できないようで、何度もトライする子もいるくらいです。

 食い意地が張っていると言えば、それまでだけれど、今までの子だって食い意地は張っていたのよ。だって金魚だもん。でもね、透明な何かがあるくらいは理解していましたが…今の子たちは、それが分からないようです。見えるのに、そこに行けないのが納得できないようなのです。

 どうやら、今の子たちはみんな、アタマが悪いみたいです。でも、お馬鹿な子ほど可愛いと言いますし、事実、可愛いですよ。

 どうも、金魚の購入先を変更したあたりから、金魚の性質が変わってきたようです。以前の子たちは金魚専門店の子たちでしたが、今の子たちは、総合ペットショップの子たちです。もちろん、値段も全然違いますし、魚体のバランスや色艶もかなり違います。でもね、アタマの出来までも違うとは…さすがにそこまでは思っていませんでした。

 食の好みもだいぶ違います。だって今の子たちは、以前の子たちが見向きもしなかったガボンバ(水草)を喜んで食べてますからね。以前の子たちは、高級なマツモグサしか食べなかったからなあ…カボンバなんて誰も食べなかったよ。舌が安くて助かってます。

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2017年1月20日 (金)

残念だけれど、仕事が無いんだから仕方ないのです

 フルートのレッスンに行ってきました。今年始めてのレッスンでございます。

 まあ、レッスンの内容は、例によって例のごとしで、先生と姉様と三人でロングトーン練習をやりました。姉様のフルートが低音がうまく出ないという事で、先生がフルートを見たところ、要調整というわけで、姉様は正月早々の出費が決定しました。

 さて私は…と言うと、お正月はちびっと練習しましたが、なかなか根を詰めて練習をするというところまでは至らず、なんとも中途半端な状態でレッスンに臨んでしまいました。

 エルステ・ユーブンゲン19番の出来は8割程度かな。暗譜もほぼ出来ていますが、ところどころ抜けてしまうのてす。なので、抜けた所にくると、一瞬止まってしまって考えてしまうので、まだまだ全部を通せません。不合格です。ちなみに20番は、楽譜さえ見ることができれば、普通に吹けています。

 プチエチュードは不合格だったのだけれど、前回よりもだいぶミスが減ってきました。それでも、全体で3~4回ほど演奏が止まってしまったので、合格にはまだまだです。あとは、止まらずに演奏できるようになる事と、スラーをもっと厳密に演奏する事(そのためには、息の保持が大切なのですが…息切れがして途中で2度もブレスをしてしまいます。それがダメなんですね…)。それでやっと合格だそうです。頑張ろう。

 で、レッスンはほどほどに、後は箱根駅伝の話をしましたが、それはカット。

 駅伝の話から、国家試験の話に飛びました(なぜ?)。先生の持論として、プロというモノは自分で勝手に名乗って良いものではなく、一定の力量を持った者だけが名乗る事が許される存在であり、そのために音楽家に“プロ資格”というのモノを是非作るべきであり、作るなら国家資格にするべきだ…と言うのです。

 先生の念頭にあるのは、ドイツの『国家演奏家資格』なんだろうと思います。それを日本にも導入しろ…と、簡単に言っちゃえば、そういう事なんです。

 先生に聞いた所、ドイツでは、音楽家という職業に就くためには、この『国家演奏家資格』が必要であり、それがないと“アマチュアに毛の生えた人”という扱いになり、プロ扱いはされない、あるいは自称プロであるなら“二流のプロ扱い”なんだそうです。

 ちなみにドイツの場合『国家演奏家資格』を得るには、ドイツの音楽学校の大学院を修了するか、そのための資格試験に合格しないとダメなんだそうです。どちらにしても、かなり難易度の高い試験のようで、音大卒程度では到底無理難題な試験で、そう簡単には取れないみたいです。(ちなみにH先生はドイツの大学院を修了しているので、この『国家演奏者資格』を持っているんだそうです)

 つまり「音大出た程度でプロと名乗るなんて、おかしいでしょ!」って言いたいみたいなんです。

 と言うのも、フルート業界は、フルートで音大を卒業した人が多くて多くて、仕事の数よりも人間の数の方が多いんだそうです。

 ある程度の地位と名声をすでに得ている人は問題ないのですが、問題は、これからキャリアを積んで名前を売っていかないといけない、夢も将来もある新人たちなんだそうです。

 海外に留学をして、高い演奏力を身につけた人であっても、日本でフルートの仕事を得るのは、なかなか難しいのだそうです。と言うのも、日本で音楽の仕事を得るには、演奏力以外の能力(察してください)が、かなり必要で、留学経験があるとか、演奏が上手いとか言う程度では仕事を得ることができず、むしろ演奏力に難のある人であっても、あれこれ条件が揃えば音楽関係の職に就いてしまい、結果として、有能で優秀な若い演奏家たちが仕事からあぶれてしまう…という現実があるのだそうです。

 日本では“音大卒業”が一種のプロ免許みたいな役割を果たしていますが…音大卒業程度じゃまだまだ足りない。もっと高度な演奏力を備えている事を証明する資格が必要だ。そして、その資格を持っていないと音楽の仕事にありつけないようにすれば、業界全体のレベルも向上する…と、先生は考えていらっしゃるようなのです。

 なにしろ音大もピンキリだし、卒業生のレベルもピンキリなのです。音大のピアノ科を卒業しながら、ロクにピアノの弾けないプロのピアノ奏者を私は数名知ってます。低技術のためギャラが格安で、仕事内容によっては、それでも十分なので、発注する事もあります。おそらくフルート業界も似たような感じなのでしょうね、それが現実です。

 実際に、H先生のお弟子さんの中には、素晴らしい学歴と留学歴に加えて卓越した演奏力を兼ね備えている若手の演奏家さんたちがウジャウジャいますが、彼女たちの仕事の状況と言うのは…確かに厳しいです。私などが傍から見ていても可哀想に思ってしまうくらいに厳しい状況にある事が分かりますので、先生のおっしゃることも理解はできますが…。

 …でもね、悪貨は良貨を駆逐するって言うじゃない。同じ“音大卒”なら、安く使える子を雇いたいよね。なまじ留学してたり、なんとかコンクールのなんとか賞を持っているような子だと、あんまり安く雇えないからなあ…。それよりは、必要な演奏技量をクリアしていれば、親がかりの子だったり、亭主持ちだったり、別の本業を持っていたりして、安い謝礼で働いてくれる子を優先しちゃうよね。

 先生のお弟子さんたちを思う気持ちは分かるけれど、一人の社会人として“人を雇う”という観点から見ると、技術的な最低条件さえクリアしていれば、後はなるべく安く使える人材の方がいいのです。正直「安かろう悪かろう」であっても、それで間に合えば、それで良いのです。オーバースペックの予算オーバーでは困るのです。

 そういう意味では、モノホンの演奏家志望は、音楽事務所に入って、高度な演奏力を必要とする演奏の仕事をする以外使いようがないと思うのです。そんな人が、たとえそれが音楽周辺事業であったり、先生業であったりしても、演奏力が直接必要とされない仕事ならば、そりゃあ人気ないよなあ…と言いたくなります。かと言って、音楽事務所に入るには、それなりの仕事の実績がないと難しいので、全くの新人だと、ほんと厳しいと思います。

 だから先生のおっしゃる「演奏家に国家資格を!」と言うのは、理想としては分かります。そういう資格があったら、音楽事務所側も安心して若い音楽家に仕事の発注ができますからね。ただ、音楽の仕事全般に、そんな国家資格が必要となったら、それは困ります。人を雇う側からすると、有資格者は人件費が高いわけだし、そんな有資格者しか雇えないとなると、経費が増えるわけで、商売をする上で、それは避けたいのが本音です。

 だから先生のおっしゃるような、演奏家の国家資格と言うのは、我が国では作られないでしょうね。現状、音大卒という資格で十分なのです。

 優秀な人が食えない業界と言うのは、どうかと思うけれど、所詮、我が国では、音楽で食えるのは、ほんの一握りの恵まれた人たちばかりなのです。残念だけれど、仕事が無いんだから仕方ないのです。

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2017年1月19日 (木)

響きの載った声はすごいすごい

 先日、近隣で行われている市民オペラに関する企画の一つとして、笛田博明氏(テノール)と与那城敬氏(バリトン)両名の合同のコンサートがあり、そこに行ってきました。

 いやあ、良かったですよ。どれくらい良かったのかと言えば、普段、クラシック系のコンサートに行ったくらいじゃあ、ブログネタにしない私が、わざわざ取り上げてブログネタにしてしまうくらいに良かったのです。

 何が良かったのか言えば、笛田博明氏の声です。今や、藤原歌劇団のトップテナーの一人ですから、そりゃあ素晴らしいに決まっていますが、それでもやはり、ブログに書かざるをえないほどに素晴らしかったのです。

 もちろん、与那城敬氏も良かったのですが、私はテノールを偏愛する人間なので、どうしても笛田氏中心に聞いて、笛田氏中心に感動してきたわけです。困った性分ですね(笑)。

 で、その笛田氏の声のどんな点が良かったのかと言えば、その響きです。

 少し前にレッスンで声の響きについて学んだところだった事もあり、笛田氏の声に乗っている響きに感激してしまったのです。いやあ、ほんと、ビンビンに響きが載った声だったのですよ。

 笛田氏は、歌劇「道化師」を得意とする、スピント系のテノールなのです。そういう重くて太い声だと、ばっちり鳴りで歌っていると思いがちですが、いやいやどうして、ばっちり響きで歌っているのですよ。すげー、すげー。

 「百聞は一見にしかず」と申しますが、「響きってなんだろ?」と頭でアレコレ考えるよりも、こうしてトップ歌手の生の声を聞いた方が、分かるというものです。

 ほんと、良い勉強になりました。いやあ、私、響きってモノが、どういうものなのか、よく分かりました。後は実践あるのみです。

 響きの載った声は…飛ぶねえ。埋もれないねえ。カツーンと来るね。おまけに、全然力づくの発声には聞こえず、楽々歌っているように聞こえます(実際、楽々歌っているんだろうしね)。

 私は声楽系のコンサートは勉強のために、なるべくたくさん聞くようにしていますし、身近なアマチュアのモノは、やはり勉強になるので聞くようにしていますが、このように、たまにはトッププロのコンサートに行くのも、良い勉強になるものだと、改めて感じ入ったわけでございます。

 要するに、トップ歌手の歌を聞いて、びっくりして感動した…という話です。

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2017年1月18日 (水)

レチタティーヴォは難しい

 声楽のレッスンの続きです。

 曲の練習に入りました。今回から新しい歌に取り組みます。

 まずは、トスティ作曲の「Penso!/僕は思っている」からです。

 この曲、実はすごくテンポの速い曲です。なにしろメトロノーム的に言えば“152”が基本テンポです。約2秒に5拍の速さです。三拍子の曲ですから、1小節が約1秒で演奏されるわけで、これはかなりの速さです。で、それがどれくらいとんでもない速さなのかと言えば…“プロ歌手であっても、この速度で歌う人はほぼいない”ぐらいの速さです。

 プロの方々も、ほぼ“120”ぐらいまでテンポを落として歌われる事が多いです。もろん、理想的には、楽譜に書かれているとおり“152”で歌うのが望ましいのです。それにかなりの速いテンポで歌われる事が想定されて作曲されていますので、テンポを落とすと、実は却って歌いづらくなります。それでも皆さんテンポを落として歌うには理由があって、それはこのテンポで歌うのが、単純に難しいからです。

 速くてクチが回らない? はい、私はそうですが、プロの方々は違います。プロの方々がテンポを落として歌う理由は、実は、テンポが速すぎて、あれこれ発声が間に合わないために、やむなくテンポをおとして歌うのだそうです。

 実は“声”という楽器は、比較的反応が遅い楽器なのです。反応が遅いとは、息を吹き込んでから、実際の音が鳴り始めるまでにかかる時間が長い…っ事です。もちろん、音域によっても反応速度は違いますから、男声と女声を比べれば、女声の方が反応が速いですし、女声の中でもソプラノが、ソプラノの中でもコロラトゥーラが、反応が速いです。だからコロラトゥーラの方々は、あんな真っ黒な楽譜の曲を歌えるのです。

 でもトスティを歌うのは、主に男性歌手、とりわけテノール歌手が多いですが、テノールって、そんなに反応が速い楽器じゃないのです。もちろん、あれこれ犠牲にして歌えば、速いテンポでも歌えるのかもしれませんが、声の美しさを優先して歌うならば、テンポは、ある程度抑えないと歌えないのです。

 とりわけ、私のような未熟者の場合は、テンポに振り回されて、あれこれぶち壊してしまうこともあるわけで、私もテンポは“120”ぐらいに落として練習をする事にしました。もちろん、可能ならば、最終的には“152”のテンポに上げて歌いたいと思ってます(きっと無理だけれど…)。

 と言う訳で、さっそく通して歌ってみたところ、声に滑らかさがなく、全くレガートとは縁遠い歌い方をしてしまいました。明らかに曲のテンポに振り回されているわけです。おまけに、滑舌が悪すぎて、歌詞を噛みすぎています。反省です。

 それと、基本テンポを“120”に決めた事は良いのだけれど、この曲は、結構めまぐるしくテンポチェンジをする曲なので、部分部分をどれくらいの速度で歌うを決めておく必要があります。無論、プロの中にはほぼテンポチェンジをしないで歌いきってしまう人もいますが、私は(勉強のためにも)なるべく大きくテンポチェンジをして歌いたいと思います。

 この曲の最高音はG♯です。この音を出す時は、勢いで乱暴に出すのではなく、フレーズの流れの中で、ごく自然に「出ちゃいました」という感じで、楽に地味に出す事が大切です。絶対に、狙いを定めて出してはいけないのです。だって歌曲だもん。高音発声が目的ではないのですからね。気をつけないと。

 次は、ヴェルディ作曲の歌劇「椿姫」の中で歌われている、テノールの代表的なアリアである「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」です。

 この曲は、プロ歌手はまず楽譜通りには歌いません。リズムもメロディーもテンポも、皆さん、それぞれの歌いまわしがあるわけです。ですから、まず大切なのは、今まで聞いてきた歌手の皆さんの歌は、一度忘れて、拍子を取りながら、楽譜に忠実に歌うことです。とりわけ、レチタティーヴォの部分は、楽譜が細かくて真っ黒ですが、それにめげずに、まずは楽譜通りに歌えるようにします。自分なりの歌いまわしを加えたいとしても、まずは楽譜通りに歌えるようになってからの話です。

 しかしそれにしても、レチタティーヴォは難しいです。昨年の「ラ・ボエーム」でレチに関しては、かなり練習を重ねましたが、それでもやっぱり難しいです。

 私が思うに、プロ歌手とアマチュア歌手の力の差が一番出るのが、このレチタティーヴォの歌唱部分でしょうね。ほんと、プロの方々のレチタティーヴォは(全然楽譜通りではないけれど)見事です。それこそ名人芸ですよ。一方、アマチュアは楽譜通りに歌う事に苦労するわけです。自分の個性の表現なんて、まだまだずっと先の話です。

 まあ、これには仕方のない部分もあって、アマチュア歌手は、オペラを歌うことはまずないし、歌ってもアリアだけってケースがほとんどです。一方、ちゃんとしたプロはオペラを丸々歌うわけだから、そりゃあレチタティーヴォ能力に大きな差があって当然と言えば当然です。

 まあ、言い訳はそれくらいにして、私はレチタティーヴォに苦労しました。とにかく、細かい音符の一つ一つにまで神経を行き届かせて歌う事が大切です。

 一方、アリア部分は、息の流れを大切にして歌うように注意されました。また、全編を歌うのでなく、しっかり歌う部分と、語ってノドを休める部分を明確に分けて、ノドを休ませながら歌うことを注意されました。オペラは長丁場です。声にもメリハリをつけて歌っていかないと、とても持ちません。全力歌唱なんて、もってのほかです。

 私は常に全力で歌ってしまうからね。反省です。

 この曲の最高音はA♭です。実は「Penso!/僕は思っている」と同じ音程なのですが、アリアでは「Penso!/僕は思っている」よりも頻繁にA♭が登場するし、そうでなくても高音安定の曲なので、「Penso!/僕は思っている」よりも高音に苦労してしまいます。

 このように高音安定の曲の場合、最高音であっても、声は常に開けっ放しで歌う方が歌いやすいのだそうです。近視眼的に見るならば、高音は声を閉じて歌った方が楽なのですが、一度声を閉じてしまうと、次はもうその音程では歌えなくなってしまうからです。高い声で歌い続けるためには、声を開きっぱなしにする必要があるのです。でも、声を開きっぱなしにして高音を出すのは、ほんと難しいです。難しいので、ついついガツンと出してしまいがちですが、それをすると、ノドには悪いし、音程もぶら下がりがちになるので、極力避ける必要があります。高音は、楽に下からひょいと軽く持ち上げる感じで出すのです。…難しいのだけれどね。

 カデンツァの部分は、楽譜はあっても自由に歌うことが大切です。楽譜に縛られちゃダメなんですね。たとえ休符が書かれていなくても、休むべき所はしっかり休む事が必要です。ああ、それにしてもカデンツァは難しいです。今回はヴェルディ自身が書き込んだカデンツァで歌う私ですが、ああ、難しい難しい。楽譜で見る以上に難しくて、イヤになってしまうかも(でも、たぶんならないでしょうね)

 とにかく、両曲とも、もっと歌い込まないと…ね。

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2017年1月17日 (火)

シックスパックはいらないけれど…

 声楽のレッスンに行ってきました。

 先ず、先生から「今年はコンサートを開かないのですか?」と尋ねられました。

 コンサート? そう、コンサートです。どこかの会場を借りて、ピアニストを用意してリハーサルをし、チラシを作って宣伝して行う、いわゆる“コンサート”をしないのですか?という主旨の投げ掛けが、いきなり来ました。

 寝耳に水…ですね。そんな事、考えてもいませんでした。

 でも、確かに今年は歌うチャンスが少なさそうなんですね。まず、新春の勉強会は…なんとなく流れてしまいそうだし、秋のクラシックコンサートはやるかどうか不明だし、となると、発表会だけ? 確かに寂しいと言えば寂しいです。どこかで歌うチャンスがあればいいのだけれど…ね。

 で、他人の馬に乗る事ばかり考えずに、歌う場が欲しければ、自分たちでやっちゃえばいいじゃんって話なのですね。

 うーん、コンサートか? 色々ハードルが高いよね。

 まあ会場は、オシャレで小さなホールが駅前にいくつかあるから、それらの一つを押さえれば、なんとかなるだろうし、ピアニストもアテがないわけじゃない。

 問題は、歌い手の実力と集客力だよね。つまり私自身の問題があります。

 私だって、アマチュアさんのコンサートに行って、あまりの稚拙さに途中で退席した事あるし、同じような思いを自分たちのお客にさせたくないと切実に考えます。もっとも、それ以前に、お客さんが来るかどうか…大問題だよね。ゼロならゼロで良いのだけれど、ほんのちょっとだけ来ちゃった場合は大問題だと思います。そういうごくごく少数のコンサートって、お客に無用のプレッシャーを与えちゃうからね。お客さんが「来ているって、私だけ?」とか思ってしまうと、それは本当に心苦しいです。

 まあ、歌える歌だけでコンサートを構成すれば、内容的には、さほど酷いことにはならないだろうけれど、集客力の無さは如何ともしがたいですわな。そこが問題だよ。

 …と言う訳で、コンサートの件はペンディングにして、さっそくレッスンに入りました。

 最初に行ったハミング練習では、声に響きを載せる練習を中心に行いました。声を出す際に、まず声を鼻腔に入れて、それからクチの奥を縦に拡げるという練習を繰り返したわけです。声を鼻腔に入れないと、声が太くなりすぎるし、倍音が乗りにくくなります。クチの奥を広げずに声を鼻腔に入れてしまうと、不快な鼻声になってしまいます。さらに、声を軽く細く出すように意識付けもします。ほんと、あれもこれも…という感じで色々と大変です。

 とにかく、声を細く軽く出す事は大切です。私は無意識に、声を重く太く出す傾向があります。そういう癖の持ち主だから、ノドが鍛えられて強靭になったのだろうけれど、声を重く太く出すのは(それがその人の自然な声なら問題ないのだけれど、そうでないなら)ノドを痛めつけることになるわけです。私が無意識に出す声が、どれほど太くて重いのか言えば、バリトンのY先生よりも太いわけです。

 テノールなのにバリトンよりも太い声で歌う…ドラマティコとかヘルデンとかいう種類のテノールなら問題ありませんが、私の声はレッジェーロからリリコにかけての軽い声なのです。軽い声の持ち主が、重い声で歌う…ならば、いくらノドが強靭だからと言っても、やがてノドの健康を害するのは必至です。なので、重い声で歌うのは、早急に回避したいわけです。そのためにも、まずは声を鼻腔に入れて、頬骨よりも高い位置でキープしながら歌う癖を付けたいわけで、そのための練習をしました。

 発声練習です。軽く細い声でレガートに声を出す練習です。レガートに歌うためには、声を息に乗せて、息を送り続けて歌うわけです。で、息を送り続けるには、強い腹筋が必要なのです。

 もちろん、ここで言う腹筋とは、腹筋運動をして鍛えられる、いわゆる“シックスパック”ではなく、インナーマッスルとしての腹筋です。だからお腹が割れている必要は無いのですが、強い腹筋は必要なのです。

 前回のレッスンでは、息を出さずにする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を圧縮するために必要な動きを鍛えるためです。今回は声を出しながらする腹筋運動の宿題が出ました。これは息を出し続けるための筋肉を鍛えるためです。とにかく、今の私に一番欠けているのは、音感でもなければ、声楽テクニックでもなく、単純に筋力。それもいわゆるインナーマッスルが弱いのです(ちなみに、アウターマッスルは…柔道をたしなみますので、そこそこ強いです)なので、集中的にインナーマッスル攻略が行われているわけです。ああ、シンドイ。

 とにかく、腹筋を鍛えないと。インナーマッスルを鍛えないと。

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2017年1月16日 (月)

コンサート会場にも色々ある

 コンサート会場にも色々あります。クラシック音楽の関係者が主に利用するのは、響きの良い会場です。“響きが良い”とは“残響音が残る”会場です。天井の高いキリスト教会の礼拝堂とか、内装が木製品ばかりで作られている音楽ホールなどが良い会場とされています。一般的には、残響音が多くなるので、広めの会場が好まれます。

 でもコンサートって、別にクラシック音楽だけが行うわけじゃない…ってか、数だけ言ったらポピュラー音楽の方が多いでしょうし、日本のホールは、コンサート以外の目的にも使うことの多い“多目的ホール”ばかりだから、必ずしもクラシック音楽に適しているモノばかりではありません。

 実は、いわゆる“市民会館”のような多くのホールでは、基本的に、響きの悪いデッドな作りになっているようです。床は絨毯敷きで、壁には吸音材が入っている…なんてザラだものね。と言うのも、P.A.(マイクシステム)を使う前提ならば、デッドな方がハウリングなどのトラブルを避けられるので、好都合なのです。P.A.使用ならば、響きなどは電気的に処理すれば、いくらでも付け加える事ができますしね。

 そうやって、クラシック音楽に不向きなホールが多い中、クラシック関係者は、なるべくクラシック音楽に向いた会場を選んでコンサートをするわけで、会場選びにはあれこれ苦労があるわけです。

 先日、聞きに行ったコンサートは、声楽系のクラシック音楽のコンサートだったのですが、演奏会場が、以前は映画館だったというライブハウスでした。ライブハウスは大半がデッドな作りになっている事が多い(ロックに残響音の多い会場ならば…そりゃあ大変なことになるわけです)のですが、元が映画館って事で、その会場はライブハウスの中でも、かなり強烈なデッドな空間になっていたと思います。おそらく、反響はほぼゼロでしょう。

 分かりやすく言うなら、カラの映画館にたった一人で入ったと想像してみてください。映画館って、遮音が凄いですし、吸音も凄いんですよ。すごく静かに感じるはずです。おそらく、鼓膜のそばを流れる血管の血流の音が聞こえるかもしれないほどに、映画館って無響にして無音な構造になっているのです。

 とにかく(元)映画館はクラシック音楽のコンサートには向きません。

 なので、今回のコンサートでは、クラシックの演奏会にも関わらず、しっかりP.A.が入っていました。入っていると言っても、マイクを手に持って…というのではなく、エアモニが入っていました。エアモニと言うのは、会場の雑音を拾うマイクとそれに付随するシステムの総称です。主な使用方法は、会場の雑音を拾って、それに電気的にエコーを付け加えて会場に流すという奴で、人工的な響きを作り出すシステムです。デッドで響きのない会場でクラシック音楽の演奏をするのだから、人工的に響きをつけてあげましょう…って事です。

 観客的には、これもアリかなって思いました。デッドな音を聞かされるよりも、人工的とは言え、響きのついた音の方が耳に優しいからね。ただ、演奏家的にはどうだったのかな? 特に今回は、モニターを使っていなかったようだから、響きのついた音は客席には聞こえても、舞台には聞こえていなかったわけです。

 演奏者によっては、反響音の少なさを気にする素振りを見せない方もいれば、かなり歌いづらそうにしていた方もいました。プロなんだから、どんな会場にも対応して当たり前…とも言えますが、得手不得手などもあるし、本来的には厳しい会場なので、そこまで求めるのは可哀想かなと思わないでもなかったのです。

 こういう無響無音な場所でコンサートを開くなら、たとえクラシック音楽でも、マイクを使用するのもアリかなって思います。ハンドマイク…では興ざめでしょうが、スタンドマイクの使用ぐらいはアリだと思います。あと、モニタースピーカーも必要だと思いますよ。

 とにかく、映画館でクラシック音楽という、珍しい体験ができました…という話です。

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2017年1月15日 (日)

なぜ今時の若者は車を買わないのか? そしてなぜ私は車を買わなかったのか?

 たまに見かける命題に「なぜ今時の若者は車を買わないのか?」というのがあり、しばしば雑誌や新聞、ネットで取り上げられています。そこには、いかにもな理由が上げられていますし、中には私も納得する理由があります。

 例えば『今の若者は貧乏だから』『今の若者には車以外の楽しみがたくさんあるから』『環境問題への意識が高いから』とかね。まあ、そうかもしれない。

 今の若者は生まれた時からずっと、デフレスパイラルの中で生きているわけで、企業も人件費を低い水準で抑えざるを得なくて、働いても働いても、なかなか昇給しないわけで、それを“貧乏”と呼べば呼べるでしょう。一方で車の価格は上昇しているわけで、若い人の給料では、手の届かないモノになっている事は事実です。

 でも21世紀の日本は案外豊かで、だからこそ多種多様な娯楽があるわけで、娯楽としての車の地位は相対的に低くなったことも事実です。高価で楽しくないものが飛びように売れる事なんて…そりゃあないよね。

 今の若者たちは学校で「エコエコ…」と、その後に“アザラク…”が付きそうな勢いで、環境問題に関する教育を叩き込まれています。特に地球温暖化だとかCO2問題だとかは、世間が騒ぐ前から学校現場では取り上げられているわけで、そういう教育を受けてきた子たちにとっては、車は「排気ガスを垂れ流し、大気汚染の原因となり、公害病の元となる疫病神」という認識だったりします。「エコのためには、車をやめて自転車で移動しよう」とか学んでいたりするわけで、無意識に車の購入を回避するようになっていても不思議ありません。、

 そんなこんなの理由はあるにせよ、私はそれ以前の話として、そもそも「なぜ若者は車を買わないのか?」という命題そのものに、大いなる疑問があるのです。

 と言うのも、この命題の前提条件が「若者は車を買うものだ」だからです。可怪しくない? なぜ車を買わないといけないの? 私は、むしろ、車を購入すること自体に疑問を感じます。

 私は今時の若者ではありませんが、車を買いませんでした。だから、今でも車を持っていないし、免許もありません。まあ、運転免許は簡易な身分証明証になりますので、免許を持っていないのは、たまに不便を感じますが、でも車を持っていない事自体で、大きな不便を感じた事はありません。

 車を所有する事にはメリットとデメリットがあると思います。

 私は車のメリットを否定しません。自家用車があれば、短~中距離の移動が楽になるし、時間も節約できます。悪天候でも濡れずに移動できます。重い荷物も持たずに移動できるし、電車バス等公共交通機関の無い不便で辺鄙な場所でも行動できます。

 でもね、デメリットもあるでしょ? まあ、ここでは、車をディスるつもりは無いので、デメリットは列挙しない事にしておきます。でも、メリットとデメリットを天秤にかければ…必ずしもメリットの方に軍配があがるとは…限らないじゃない?

 私が車を持っていない理由は、そもそも車に興味関心がなかったからです。だって、私の生活には、車は邪魔モノでしかないもの。

 私が暮らす世界では、徒歩10分圏内に生活に必要なほぼすべての施設があるし、職場にだって30分も歩けば到着します(ちなみにバスに乗ると40分かかります。バスは遠回りするからね。自転車なら10分程度です)。遠出をしたければ、電車やバスに乗ればいいし、バス停は家のすぐそばにあるし、電車の駅だって徒歩10分程度で到着します。どうしても車に乗りたければ、タクシーを呼べばいいじゃない? 私はタクシーをよく利用しますが、今の時代、携帯でタクシーを呼べば、10分かからずにやってきます。「タクシーは高い」と言って敬遠する人がいますが、車の維持費と比べれば、格段に安くて経済的です。駐車場問題とも無縁になれるし、あれこれ結構便利ですよ。また、重い荷物の買い物は、タクシー利用ばかりでなく、通販を頼むか、近所の店の配送サービスを使うという手もあります。

 人間の基本がヲタクなので、アウトドアライフには興味は無いし、ドライブで遠出をするよりも、部屋にこもっている方が楽しいし、遊びに行く先も都会が多いので、車ではなく電車バスでの移動の方が便利だし、なによりも歩くの大好きだし(笑)。

 若い時なら、ナンパの道具として車を活用する…というのもあるかもしれないけれど、私、そもそもナンパをした事が無いので、ナンパの道具はいらないのです。ちなみに、合コンもした事ないし、婚活パーティーにも参加した事ないです。もちろん、モテモテのイケメン男子には程遠かったけれど、そこそこにリア充な生活をしてたので、いわゆるガールハント的な経験がないのです。今思うと、ちょっと残念だったかもな。

 あと、私の伯父がお金持ちのお抱え運転手をやっていたのだけれど、その伯父が、私が幼い時から「車を運転する側に人間になるな、車を運転してもらう側の人間になれ」と口を酸っぱくして言い続けて刷り込んでくれたので、無意識に免許取得を回避していたという部分はあるかもしれません。

 で、そんな私なので、車の必要性を感じなくて、免許取得をしなかったのです。

 実は私、大学に入学した頃、ちょっとした計算をしたのです。今から免許を取って、駐車場を用意して、中古車を買って、保険に入って…なんて事をしていたら、30歳になるまでに、いくら費用がかかるのかと計算したら、びっくりしちゃいました。だって、すごい大金だったんだもの。そんなお金があったら、家が買えるって事が分かったから、本当にびっくりしました。

 で、思いました。「だったら、車買わないで、家を買おう」ってね。で、実際、30歳になる前に、湘南に土地を買って、今の家を建てました。もちろん、注文建築だし、基本設計は私自身でやりました。今の家は、青年~中年期に暮らす前提で建てた家なので、あと数年頑張って、現役を引退して退職金をもらったら、老人として暮らすための家に建て替えるつもりです。うふふ。これもそれも、車を持っていないからできる事です。

 だってね、車って、すごく高額な買い物なんだよ。車そのものも高価だけれど、それを維持したり、メンテをするためにもお金がかかります。ほんと、車って、金食い虫だよね。それでも生活のために必要ならば、私もケチケチしないで、車買うよ。でも、湘南地方で生きていくなら、車は無くても全然平気なんだよ。

 湘南で暮らすなら、車よりも自転車でしょ。だって、どこまでも真っ平らな土地だもの。自転車移動が便利だし、自転車利用が似合う街です。以前は私も自転車に乗っていました(数万円もする、ちょっと立派な自転車で“漢号(おとこごう)”と呼んでいました)が、今では自転車にも乗らずに、徒歩生活をしてます。自転車が嫌になったわけではてく、運動不足解消のため…というのが主な理由です。

 今の若者と言っても、人それぞれだし、車を持たない理由も様々だと思うけれど、そもそも「若者は車を買うものだ」という考え方が間違っていると思います。

 車は、必要な人が買うものであって、必要を感じない人は買わない方が賢い生き方だと思います。だって車ってやたらと高いじゃん。限られた収入は有効に使わないと…ね。

 21世紀の日本ならば、都市生活者には車は不要でしょう。都市生活者で車を購入する人は、単純に、車が好きな人と、車が趣味な人だけです。それはそれでいいじゃない? だいたい車ってエコじゃないし、地球にも優しくないし(笑)。

 若者が車を買わなくなると、自動車メーカーは内需が期待できなくて厳しいだろうけれど、その分、輸出で頑張ってください。そもそも、自動車メーカーなんて、グローバル企業なんだから、内需に期待しちゃダメだしね。

 むしろ「そもそも若者は車を買わないものだ」という前提で物事を考えた方が、商売関係の方々は、良い結果が導き出せると思うのだけれど…どうでしょ?

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2017年1月14日 (土)

どうも、本当にヨッチャンの具合が悪いらしい…

 緋ドジョウのヨッチャンの具合が悪いみたいです。少し前から、姿をちょくちょく現すようになり、水草の茂みの中にいたり、ろ過装置の隅の方に縦になって休んでいたりと、いかにも体調の悪いドジョウの生態となっておりましたが、最近では、そんなヨッチャンに、マドジョウのクロが寄り添うようになりました。

 ドジョウって、仲間思いの生き物なのですよ。

 現在、ウチの水槽にドジョウが4匹いるんですが、その4匹は2匹ずつ、ラズとマッチ、ヨッチャンとクロという組み合わせで、よくつるんでいます。まあ、夫婦とかカップルとかではなく、単なる仲良しなんだろうと思います。と言うのも、ドジョウって、大半がメスなんですよ。だから、女の子同士で仲良くつるんでいるんだと思います。ま、アンとダイアナみたいなもんだな。

 とにかく、ドジョウって生き物は、互いを尊重しあい、友情のようなものを育む、愛情深い生き物なのです。魚類なのに、友情やら愛情やらがあるんですよ、意外ですね。

 ですから、ヨッチャンの様子が具合の悪そうであっても、それが一匹だけで、具合悪そうにしている分には、そんなに心配する事はないのです。今回のように他のドジョウがそばに張り付いているようだと、かなり体調が悪いはずなのです。

 別にそばにいるだけで、看病とかしているわけではないのですが、具合が悪い子がいると、そこに集まってくるのがドジョウなのです。

 今はクロだけが付き添っていますが、これがラズやマッチまで寄り添うようになると、ヨッチャンもだいぶ怪しい状態になってきたというわけなのです。実際、仲間が死にそうだと、連中はみんな集まって団子になるんですよ。それくらい、仲間思いなのです。

 今はともかく、クロだけが寄り添っているわけなんだけれど…心配だな、ヨッチャン。

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2017年1月13日 (金)

ああ、残念だ残念だ

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、トスティの「Malia/魅惑」から。この曲は、歌そのものは、すでに歌えるので、特に注意することもないそうです。でも歌うからには…と言うことで、この曲を題材として、支えの勉強をする事になりました。どういう事を学んだのかと言えば、フレーズの中で音の動きに合わせて、支えの拮抗点を動かしていく練習です。

 支えは、基本的には低い音程の時は低い場所で拮抗させ、高い音程の時は高い場所で拮抗させ、上行音型ならば徐々に拮抗点を上げていき、下降音型ならば拮抗点を下げずに頑張るか、ゆっくりと下げていくのです。いきなり高い音程から始まるフレーズならば、休符のうちに拮抗点をいきなり高いところに持っていき、歌いながら徐々に下げていく事も必要となります。ロングトーンを歌うのなら、拮抗点は無意識のうちに下がってしまうのだけれど、そこは頑張ってキープするべきだし、当然、フレーズの途中で拮抗点の方向が変わることだってありうるわけです。それらを理屈ではなく、実際に行いながらやってみたわけです。

 いやあ、しんどい。ちゃんと歌が歌える人たちは、こんな事を意識的/無意識のうちにやっているんだなあ…。ああ、しんどい。自分がいかにちゃんと歌えていなかったか、そして歌うって、実に大変な身体運動なんだなと、改めて感じ入ったわけです。

 次は、ジョルダーノ作曲の「フェドーラ」のテノールアリアの「Amor ti vieta/愛さずにいられないこの思い」です。

 この曲も、危なっかしいところがないわけじゃないけれど、高音Aの部分以外はまあまあ歌えているというのわけで…今回は、高音Aに集中してレッスンを受けました。

 結論から言えば、私は、高音Aを発声できる声帯を持っているし、それに必要な発声テクニックもマスターしています。なのに、高音Aがうまく発声できないのは…単純に筋力不足だからです。支えの拮抗点を、高音Aにふさわしいだけ高い場所に設定する力が足りない(つまり、下からの支えが決定的に弱い)のです。

 先生の指導の元、支えをしっかりと高いところに設定して歌えば、高音Aは当たるのです。問題は、高音Aは当たるだけで、筋力が無いために持続性に欠けるわけで、すぐにぶら下がってしまう事なのです。これは、先生も、レッスンを聞いている妻もガックリなんだそうです。せっかく高音Aが出せているのだから、それをもうちょっとの時間だけキープできればOKなのに…って事らしいです。

 ああ、残念。私も残念に思います。

 その他にも、ロングトーンは、ただ伸ばしっぱなしにするのではなく、声の中に必ず躍動するエネルギーを入れて歌うことを注意されました。また、フレーズの終わりは必ず、次のフレーズの始まりの音を予感させるように、支えを入れて終えるようにする事。また、声は常に支え、途中で息を抜かない事。休符は休みではなく、次の音の準備をする時間であると心得る事。特に高い音程の音を発声する時は、十分に準備に時間をかける事。時と場合によっては、伴奏者を待たせても必要な時間をたっぷりとかけるのです。

 支えは最初っからMAX状態にしないで、必要に応じて、その軽重を使い分ける事。息はデジタルのように階段状にボンボンと上げ下げするのではなく、アナログ的に滑らかにグリッサンド状態で、すべての音を経由しながら上げ下げしていくのです。この息のグリッサンドがテノール発声の要諦であり、要は「高音は腹筋の力で出す」って事なんだそうです。

 だからと言って、力任せはダメなんだけれどね。

 さて、知らない人(っているかな?)のために、次回から取り組む、ヴェルディ作曲「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」の音源を貼っておきます。

 歌っているのは、ジュゼッペ・フィリアノーティです。この人、前世紀末では、ロランド・ビリャソンやヨセフ・カレイヤと共に、次代を担うテノール三羽ガラスと言われたそうですが、他の二人と比べると、現在のところ、ちょっとばかり地味な感じです。でも、さすがに三羽ガラスと言われただけあって、すばらしい歌唱ですが…どこもかしこも楽譜通りに歌おうとしていて、通常はもっと高い音で歌うところも低い音で遠慮して(?)歌っています。まあ、その方が教材としてはGOODなのですが、オペラの舞台的にはどうなんでしょうね。

 この音源では一曲丸々歌ってますが(当然)、途中でアンニーナ(女性)が出てきますが、その直前までを、今回私を歌います。残りの後半は、そのうちまたチャンスがあったら…って事になりました。

 頑張ろ。

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2017年1月12日 (木)

支えは上下の力をどこで拮抗させるか…って話なのですよ

 昨年末の話になりますが、声楽のレッスンに行ってきました。

 まず最初に行ったのは、次回のレッスンからの課題曲決めでした。今やっている、トスティの「Malia/魅惑」と、ジョルダーノ作曲の「フェドーラ」のテノールアリアの「Amor ti vieta/愛さずにいられないこの思い」は今回で終了とし、来年(つまり今年)からは新曲に臨みましょうって事になりました。

 で、歌曲は…と言うと、Y先生、おもむろにトスティの楽譜を眺めて「Penso!/僕は思っている」を指定しました。私、実はよく知らない曲だったのだけれど、異存はないので了解しました。だってまあ、テノールが歌う“トスティ歌曲集”には滅多に入っていない曲ですからね。でも、聞いてみたら、なかなか良い曲だし、男性っぽい曲なので気に入りました。

 アリアの方は、私の提案で、ヴェルディ作曲の「椿姫」のテノールアリア「De'miei Bollenti spiriti/燃える心を」にしました。第二幕の冒頭に歌われるアリアですね。一度はチャレンジしてみたかった曲なのです。レチタティーヴォとアリアの両方を歌うことにしました。

 さあ、頑張るぞ。

 レッスンはハミング練習からです。とりあえず「丁寧に発声してください」と言われました。つまり、ガツン!と歌うのではなく、ppからffへ滑らかに歌うわけで、そのためにも、まずは息を滑らかに通すように気をつけて下さいって事なのです。で、息を滑らかに通すためには、ひとまず支えが必要って事なのです。

 今回、先生から支えについて詳細なレクチャーを受けました。それを短い言葉で表現するのは難しいのですが…要は支えとは、上から支える力と下から支える力の両方があって、その上下の力が拮抗している事が大切であり、その拮抗している場所がどこであるかが更に大切なわけです。だから、支えは力任せにする必要はないし、かと言ってフニャフニャでもいけないのです。

 で、その拮抗点は音程によって違うわけで、低い音程ならば低い位置での拮抗点で良いし、高い音程ならば高い位置での拮抗点でなければ、うまく発声できないのです。だから、支えは、もちろん支える力も大切なのだけれど、その拮抗点をどこに設定するか(つまりは上下のバランス)というイメージも大切なわけです。で、出すべき音程のイメージと、そのための拮抗点をどこに設定するかというイメージがあれば、後はカラダが自動的に反応して、声が出るのだそうです。

 つまり、私がうまく高音を発声できないのは、音程のイメージが悪い事と、その音程に必要な支えの拮抗点のイメージが無い事と、その拮抗点に支えを持っていける筋力が足りない事の三重苦なんだそうです。

 …結構図星だったので、グサグサ来ました(涙)。

 大切な事はイメージなのです。そのイメージ無しで、いくら音階練習やろうが、いくらエチュードを歌おうが、いくら筋トレをしようが、それでは効果が薄いのです。大切な事はイメージをきちんと持ちながら歌うことなのです。

 ちなみに声の軽重は上からの支えの軽重と関係があり、上からの支えと拮抗させるために下からの支えの強さも当然関係します。先生曰く、私は必要以上に重い声で歌おうとする傾向があるそうで(つまり、上から下への方向の力が強い)、そんなに重い声で歌いたいなら、それにふさわしいだけの、下から上への力を身につけるか、あるいは自分の現在の(下から上への)支えの力にふさわしい軽い声(上から下への力を弱くする)で歌うか…を選ばないといけないわけで、そういう事にも私は無頓着だと言うわけです。

 ああ、だからキャリアを積んでいくと、筋肉が発達して、上下ともに支えの力も増してきて、声が重くなっていくのかな? 違うかな?

 という訳で、今回の発声練習では、徹底的に腹筋をイジメました。そして、自宅練習でも腹筋練習をしてくるように厳命されました。いやあ、今度こそは頑張って腹筋運動をしようと思いました…三日坊主にならないように頑張りたいと思ってます。

 さて、では知らない人のために、今年のレッスンから歌い始める、トスティの「Penso!/僕は思っている」の音源をアップしておきます。

 歌っているのは、テノール、作曲家、音楽プロデューサーのホアキン・ピクサーンです。つまり、音楽の“何でも屋さん”だね。でも(と言うのもおかしな話ですが)歌は素晴らしいですよ。

 ああ、こんな声でこんな風に歌えたら最高だろうなあ…。

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2017年1月11日 (水)

すとん前史 その8

 声楽の先生から破門を言い渡され、ショックで音楽ができなくなってしまった私でした。

 そこから約15年ほどの月日が経ちました。自分では演奏活動などは全くせず、音楽は専ら聞くばかりになっていた私です。それもクラシック関係の音楽ではなく、専ら昔のロックを中心に聴いていました。たまにカラオケなどに行っても、当時の新曲を追いかける気持ちもなく、80年代のロックばかり歌っていましたね。例えば、こんな曲です。

 アーハーの「テイク・オン・ミー」ですね。

 バンド活動もせず、楽器の演奏もせず、歌うと言ってもカラオケぐらいしか歌わなくなっていた私でした。この時期、何をしていたのかと言えば…専ら仕事仕事仕事でした。仕事人間に成り切って生きていた時期でした。30~40代は仕事だよね。

 そんな私が、ある時、仕事の関係で地元の音楽協会に出入りせざるを得なくなりました。

 で、数回目の音楽協会での会合を終えた時に、懐かしい人から声を掛けてもらいました。その人は、私が若い時にお世話になった合唱団の人で、当時も今も合唱団の幹部の方でした。で、その方から、今、新曲に取り組んでいて、新団員を募集しているから、もし良かったら参加してみないかと…と誘われたのでした。

 T先生に破門されて、心の傷を負っていた私でしたが、さすがに15年もすれば傷も癒えるわけで、誘われた事をきっかけに、私はさっそく合唱団への復帰を目論見ましたが…それは失敗に終わりました。

 その合唱団は、昔は誰でもウェルカムだったのですが、私が復帰を考えた頃は、すでにそれなりの実績も積み、団員たちも上達していたので、そこへポンとトーシローが混ざれるような団ではなくなっていたのでした。

 再入団に当っては、簡単なオーディションがあって、私はそれに落ちてしまいました。

 理由は「声が目立つ」ので、ダメって事です。私が歌うと合唱団が私の声だらけになってしまうので、それでは困るってわけです。おまけに、T先生のところを中途半端な状態で辞めた上に15年のブランクがあったので、声のコントロールなんて全然できず、音程も全然ダメになっていました。

 そりゃあ私が指導する立場でも、断るでしょうね。それくらい当時はひどかったと思います。

 まあ、指導者の方々も知らない間柄ではないので、しばらくトレーニングをして勘を取り戻したら、考え直さないでもないとは言ってくれました。

 そこで合唱団復帰のために、ヴォイストレーニングの個人レッスンをしてくれる先生を探す事にしました。と言うのも、本来ならT先生を頼るべきなんでしょうが、ほら、私、破門されているから(笑)。合唱団の方々が良い先生を紹介してくださるとは言ってくれましたが、それは私の方で断りました。

 だって、先生をご紹介されたら、どんなに遠くの先生であっても、どれだけ謝礼が高価な先生であっても、断れないじゃない? 当時の私は、合唱に復帰するのが第一であって、正直な話、ヴォイストレーニングのために、時間やお金をかける気になれなかったのです。

 だから、ヴォイストレーニングはさっさと修了して、すぐにも合唱に戻ろう…そのためには、必要なことだけ習ったら、いつでも辞められるような、縁の薄い先生を探すことにしました…今思うと、当時の私は、声楽やら合唱やらをなめていましたね、まことに申し訳ないです。

 とにかくヴォイストレーニングの先生を探しました。あれこれ情報を収集して見つけたのが、キング先生だったわけです。安かったし、近かったし、当時の私の条件にはピッタリの先生でした。

 今でこそ、あれこれ批判がましいことも書かざるをえないキング先生ですが、当時の先生は、実に親切で真摯で熱血な声楽教師でした。で、キング先生の元でヴォイストレーニングを受けながら、何度か合唱団のオーディションを受けましたが、ことごとく落ちました。いやあ、それは実に見事なものでした。

 落ちた理由は、色々ありますが、声が悪くて悪目立ちする上に、音程が甘かったのですね、それに尽きます。

 T先生のところで、音程が取れなくなってしまった私は、キング先生の元であれこれ頑張ってみたものの、ますます声は出るようになり、ますます音程問題は改善せず、さらに悪い事にノドで歌うことを覚えて、声の音色まで汚くなってしまったのです。

 声の改善どこか、改悪ですな。そりゃあ合唱団から断られるわけです。

 なにしろキング先生が教える発声方法は独特すぎるんですよ。キング先生に習って、ビックリした事は、それまで合唱団の指導者の方々や先輩から教えてもらった事や、T先生から学んだ事が、ことごとく否定され、ぜんぜん違うアプローチでの発声方法を学んだ事です。まあ、それで私はノドを壊しかけたんだけれどね。合唱に復帰するどころか、あやうく歌えないカラダになるところでした。

 まあ、キング先生のご指導は、熱心だったけれど、とても個性的なメソッドで教えられる方で、常識的な発声指導とは違っていたし、それでも適性があって、効果が出ればともかく、私に限っては効果も見られず、結論的には、私には合わない発声方法であり、指導方法だったわけです。

 ちなみに、今のY先生は、合唱団やT先生から学んだ事の延長線上にある、いわば常識的な発声方法を教えてくださいますので、カラダにも楽だし、安心して学べますし、私自身グングン上達しているしね。私のような凡人は、常識的なやり方が一番合うみたいです。

 とにかく、今はキング先生に良しと言われた事を避け、ダメと言われた事を積極的に行うようにしています。そうするとY先生から「良いですね」と誉められるのです。それもなんか変な話だけれど…。

 さて閑話休題。結局、音程やら音色なんて発声なんですよ。無理のない自然な発声をすれば、音程は自然と正しくなります。ノド声で無駄な力を込めて歌っていては、音程はフラットして当然ですよ。楽に正しい方法で歌えば、そんなに音程なんて外さないものです。音色も同様です。無理のない楽な発声が一番美しい発声なのです。

 発声方法が劇的に変化したT先生時代には、その変化の大きさに声のコントロールがおぼつかず、結果的に力任せな歌い方にならざるをえなくなったので、音痴になっても仕方なかったし、ちゃんと音程が取れるようになるまで学ばなかったのだから、音痴が固定してしまっても仕方なかったのです。キング先生のところでは、大声の出し方は習いましたが、楽で自然な発声に関しては学べず、いつまでたってもノド声で歌っていたし、ノド声歌唱が奨励されていたのだから、いつまで経っても正しい音程やら美しい声やらで歌えるようにはならなかったのでした。

 結局、私の音程問題は、現在のY先生のところで、徹底的に発声方法の見直しをしてもらって、ようやく人並みになったわけです。それでも昔の癖が出て、うっかりノド声になってしまうと、すぐさま音色が悪くなり、音程もぶら下がってしまうわけなのですが…。

 とにかく、キング先生の元で懸命にヴォイストレーニングに励み、合わせて合唱団のオーディションもチャンスがあるたびに受け続けましたが、受ければ落ちて、受ければ落ちてが連続すれば、自然と覚悟も決まります。

 更に、キング先生は合唱が嫌いな人だったし、私の合唱復帰にも反対していた人だったし、事あるごとに私に「合唱なんて辞めて、独唱にしなさい」とクチ酸っぱく言ってた事もあって、ある時、私は合唱で歌う事をやめて、現在のように独唱中心に歌う事に決めたわけです。

 そんなわけで、合唱を諦めた私は、キング先生の元で声楽を学ぶ事を決心したわけです。

 キング先生からは、独唱の素晴らしさと楽しさを教えてもらいました。とりわけ、それまで私は、独唱と言えばオペラアリアしか知らなかったのですが、歌曲の素晴らしさを教えてくれたのが、キング先生でした。その辺は大変感謝しております。

 これ以降の事は、このブログに書かれていますので『すとん前史』は、これでお終いです。ここまで読んでくれて、ありがとうさんね。

 蛇足だけれど、先日、妻に尋ねてみました。今の歌唱力なら合唱団への復帰は可能かな?…と。

 妻の答えは「まず無理なんじゃないの?」でした。理由は「声が全然合唱向きじゃないからね。もっと軽く、Y先生がおっしゃるような、本当に響きだけでも歌えるようになったら合唱もイケるかもしれないけれど、今は全然無理」との事でした。

 そうか、まだ合唱は無理か…。音程もだいぶ改善したし、細かなリズムにも対応できるようになったし、楽譜もそこそこ読めるようになったけれど、声がまだまだダメか。ならば、仕方ない。今しばらくは、やっぱり、独唱に励みますか(笑)。やがて上達して、軽く響きだけで歌えるようになれば、独唱も合唱も両方いけるようになる…んだろうなあ。それを楽しみに頑張って練習に励みましょう。

 という訳で、次回から通常運転に戻ります。

P.S. フルートの事が書かれていないではないか…とお嘆きなあなたへ。フルートはブログを書くようになってから始めたので、左欄の『フルートのレッスン&活動記録』とか『フルート購入顛末記』などをご覧いただけると幸いです。ヴァイオリンに関しても『ヴァイオリンの学習記録』や『ヴァイオンリの購入(&製作)顛末記』にあります。社交ダンスも『社交ダンスのレッスン』にありますので、よろしく。

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2017年1月10日 (火)

すとん前史 その7

 合唱を辞めて、個人レッスンを受けようと思ったのは、もちろん力不足を感じてというのが一番の理由だったけれど、団の指導者さんから「君の声は合唱じゃなくてオペラ向き」と言われた事も理由の一つです。まあ、当時は「オペラ向きうんぬんって言うけれど、実は体よく追い出されただけなんじゃないの?」と思わないでもありませんでしたが、今思えばそれは私の“下衆の勘繰り”で、当時はまだまだ貧弱な声の私だったけれど、その中に光るものを見つけてくれて言ってくれたんだと思います。

 実際のところ、私の声は合唱ではなくオペラ向きなんだよなあ(笑)。つまり基本的な声の声質が“溶け合う声”ではなく“突き抜ける声”って事ね。実際、歌声でなく、話し声であっても、音量を抑えたヒソヒソ声であっても、結構遠くまで届いちゃうし、人混みの中でも声が飛んで行くから、たいして大きな声を出さなくても、人を呼び止めるくらいはお茶の子さいさいだったりして…まあ、便利と言えば便利な声だよね…内緒話はできないけれど(溜息)。

 それにしても、プロの声を見抜く力は凄いね。

 さて、合唱団を辞めて、声楽の先生を探しましょうとなった時に、私の身近にいたペラキチの彼女に「どこかに良い先生はいませんか~?」と相談をしたところ「じゃあ自分が習っている先生を紹介してあげる」と言われて紹介していただきました。

 それがT先生でした。

 T先生はメゾソプラノの方で、まだ若い先生でした。もっとも“若い”と言っても、私よりは、だいぶ年上でしたけれどね(笑)。

 T先生、今思うに、本音で言えば、私を引き受けたくなかったのかもしれません。初レッスンの時に「私は基礎は教えるけれど、基礎をマスターしたら、すぐに男性の先生とチェンジしますよ」と言われたらくらいです。おそらく男性…と言うか男声の生徒を教える自信がなかったのかもしれません。だって、女声と男声って、発声方法が全然違うからね。今の私なら、そこんところも分かりますが、当時はそんな事も分からなかったので「この先生、何を言っているだろ?」って思っていたくらいでした。

 T先生のところには毎週レッスンに通いました。やったのは、コンコーネ50番とイタリア古典歌曲と言う、典型的な初心者学習セットのような組み合わせです。

 それまで合唱団の練習前のヴォイストレーニングってのが発声を良くする訓練だと思っていた私でしたが、いやあ、個人レッスンは全然違いました。合唱団のヴォイトレなんて、ただの準備運動だよね。声をきちんと育てようと思ったら、やっぱり個人レッスンは必須だな。

 T先生の元で、熱心にレッスンに励みました。そうしていくうちに、どんどん声が出るようになりました。そして声が出るようになるとともに、どんどん歌えなくなってしまいました。どういう事かと言うと…声は出るんですよ。大きな声も力強い声も高い声も低い声も良い方向にドンドン声が出るようになりました。でも、その一方で、音程をガンガン外すようになりました。

 それ以前も、そんなに精密な音程で歌える人ではなかったのですが、それでもバンドで下手くそなヴォーカルをやれる程度には歌えた私でしたが、T先生に習い始めてからは、全然正しい音程で歌えなくなりました。だって当時の私は、実際に声を出してみるまで、どんな声が自分から出てくるのか、見当もつかなくなっていたからです。

 急速に私の声が変化をし、私の感覚がそれに追いつかなくて、急性音痴になってしまったわけです。ざっくり言えば“自分の声をもてあますようになった”わけです。

 でもまあ、それでもレッスンを続けていれば、急成長した自分の声のコントロールの仕方も体得して、やがて急性音痴も治る…はずだったのですが、その急性音痴が治る前に、T先生に放り出されてしまいました。

 実は、破門されちゃったのです(驚)。

 破門の原因は…当時、全然分かりませんでした。とにかく破門されちゃったのでした。レッスンの終了時に「あなた、破門だから! 次回からレッスンには来ないで!」と、言葉を投げつけられて終了でした。つい直前までレッスンしていたのに…。私はすぐには状況が飲み込めませんでした。それくらい唐突な出来事だったわけです。

 これは一大事件であり、門下に激震がハシリました。もちろん、私を紹介してくれたお姉さまも驚いていました。「あんた、先生に何をしたの!」って、怖い顔して責められたもの…。でも、私、何にもしてないのよ。これはほんと、嘘偽りなしで何もしてません。

 破門とはおおごとなので、お姉さま以外にも、同門の方々から散々心配されてしまいました。なにしろ私、門下では黒一点でしたから、門下のお姉さまたちに可愛がられていたんですよ。それが破門ですよ。そりゃあ、みんなビックリしますよね。で、大騒ぎになったわけです。それくらいの出来事だったのですが…私が破門されて、一ヶ月もしないうちに、門下生全員が次々と破門されちゃいました(笑)。私を責めていたお姉さまも自分が破門されるとは思っていなかったらしく、自分が破門されてから、私に「あの時はごめんね」と謝ってきましたからね。

 で、T先生。生徒を全員破門して、どうしたのかと言うと、海外に行っちゃいました。要するに、自分の活動拠点を海外に移すために生活や仕事をリセットして、当時教えていた生徒たちを全員切ったわけです。

 …だったら破門にせずに、理由を話して、円満解決をすれば良かったのに…なぜかそれをしなかったT先生でした。なぜでしょ?

 T先生は、多少癖のある人だったけれど、概ね常識のある人だと思っていましたが、きっと何か生徒には言えないような事情があったんでしょうね。でも一切何も話さないままで消えてしまったので、たくさんいた女性の生徒さんたちはブーブー言ってましたし、結構口汚く先生を罵っていました。女の人の口撃って凄いよね…。

 私は、人生最初の破門を喰らい、真面目に落ち込んだのでした。あれだけ音楽が好きだったのに、憑き物が落ちたように、そこでぷっつりと音楽を辞めちゃいました。

 これ以降、約15年ほど、音楽とは無縁な生活をしたわけです。

P.S. T先生時代に、一回だけ発表会に出演しました。そこで歌ったのが、スカルラッティ作曲の「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。当時は歌曲のなんたるかも分からずに、ただ与えられたから歌っただけでした。

 こちらは、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。いい曲ですよね。でも、当時の私はこの曲の素晴らしさが分からず、ただただ「上手く歌いたい」と願っていただけなんです。上っ面だけで気持ちの入っていない歌い方しか出来なくて…なんかモッタイナイ話だよね。

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2017年1月 9日 (月)

すとん前史 その6

 私が入団した合唱団は、当時は出来たばかりで、誰でもウェルカムな状態でした。なので、クラシック系の歌など歌ったことの無い私でも入れてもらえたのだと思います。ちなみにその合唱団は現在もありますが、現在ではそんなトーシローは入れてもらえないくらいに精力的に、結構ガチに活動しております。

 その合唱団には…約1年半ほどいました。ちょうど新曲のために新規団員を募集している所で入団し、その曲の演奏会まで在籍していたわけです。つまり1シーズン在団したって事になります。

 その団は、オーケストラ付きのクラシック系の合唱曲を演奏するという、クラシック音楽専門の合唱団でした。で、私が入団した当時に取り組んでいたのが、この曲です。私もこの曲でステージに上がったんですよ。

 モーツァルトの『大ミサ曲ハ短調』です。全部聞くと小一時間ぐらいしますので、注意してください。ポピュラー音楽しかやっていなくて、楽譜もロクに読めないような青年には荷が重い曲でしょ? だから私は、真面目に練習に参加し、一生懸命に勉強しました。

 当時は、クラシック系合唱曲の事なんか全然分からなかったし、楽譜もロクに読めなかった(バンドはやっていたけれど、ポピュラー音楽なんて楽譜読めなくても出来ちゃうからね)し、クラシック系の発声がなんなのかも分かっていませんでした。

 団から支給された音取りテープを暗記するまで聴き込んで耳コピで歌っていましたが、それでも大勢の人たちの中で歌うというのは、私には難事業でした。ほら、バンドじゃソロであれコーラスであれ、少人数で自分のパートを歌うわけで他人と合わせる必要はないし、自分の歌うパートは自分流に歌えば良いわけで、音楽として成り立っていれば、オリジナルと異なっていても、それは個性として認められるわけで、全然OKなわけだけれど、クラシック音楽は、そんなモンじゃないわけです。とにかく楽譜通りに歌わないといけないわけで、それがユルユルのポピュラー音楽上がりの青年には厳しかったのでした。

 私はいつも(勉強のために率先して)指揮者のすぐそばで歌っていましたので、結構、手厳しく指導されました。懐かしい思い出だし、今でも感謝です。

 まあ、今思うと、当時の私は、とんでもなくでたらめな歌を歌っていたと思いますが、当時の私の発声なんて蚊の鳴くような声だったし、マイク前提の歌しか歌えなかったわけだから、たかが知れているわけで、大勢の中で歌えば、客席に聞こえることは無かったわけで、私が何をしようと、迷惑もさほどはかけていなかったと思います。ですから当時の私は“向学心溢れる(けれど下手っぴな)団費納入者”って立場だったと思います。とにかく『今は下手でも若いから…』という事で見逃してもらえたのだと思います。

 それに今では高齢者となってしまった団の幹部の方々も、当時はまだ中年~初老ぐらいの年齢で、血気盛んでしたし、新人育成にも力が入っていた…というのもあります。

 私は、この団で真剣に合唱を学びました。合唱団での活動と平行して、第九の合唱をやったり、某プロ歌手(ってか、チェリッシュ)のバックコーラス(市民の皆さんと歌いましょうって企画でした)をやったり、市役所のロビーコンサートに参加して歌ったり…と、かなり充実した合唱ライフを過ごしていました。

 と言う訳で、私がチェリッシュのステージの後ろの方の隅っこで歌わせてもらったのは、昭和の大ヒット曲でした。

 「てんとう虫のサンバ」ってすごくヒットしたんだよ。最近はこの曲を耳にする事はほとんど無いので、若い人には想像つかないでしょうが、ホントのホントに大ヒット曲でした。この曲って、当時の老若男女のほぼ全員が知っていたし、口ずさんでいた曲なんですよ。

 さて閑話休題。真面目にやればやるほど、自分の下手くそさと基礎力の無さを実感した私でした。考えてみれば、他の団員さんたちは…若い人はたいてい中学高校大学の合唱部上がりだったり、中年以上の人は音楽喫茶から流れてきた人たちばかりで、私のような基礎のない、遊びでバンドをやっていたような素人は珍しかったわけです。

 だから私、たくさんの事を真剣に学びましたし、多くの指導者の方々、団員の方々にお世話になりました。今でもその時の感謝を忘れていません。

 この合唱団で1シーズン歌ってみて、更に自分自身を鍛える必要を感じて、もっともっと学ばなければならないと考えたわけです。

 でまあ、このままこの団にいて良いものかと考えたわけです。毎週の練習にはきっちり参加して、真面目に取り組んではいたものの、それで上達できるのか? それで周りの人たちと同じレベルまで歌唱力が向上するだろうか? あるいは歌唱力が向上するにしても、長い時間かかってしまうのではないか?…などと考えたわけです。

 そこで、合唱団を一度辞めて、自分なりに次のステップに行く事にしたのです。それは、個人レッスンです。合唱団の中で自分を鍛えていくのも悪くはないけれど、それよりも個人レッスンを受けて、自分の欠点を集中してみっちりと治そう。そして個人としての歌唱力を上げていこう。自分に投資していこう…と考えたわけです。

 ほら、いつもの前向きな私でしょ?

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2017年1月 8日 (日)

すとん前史 その5

 Y君の英才教育によって、いっぱしのクラヲタに成長した私でしたが、実はまだオペラは全く知らなかったのでした。

 Y君とは彼が大学を卒業するまで、濃厚にお付き合いをしました。私は良い生徒だったと思います。やがて彼は卒業して就職し、私は研究者を目指して大学院に進学して、別れ別れになりました。

 大学院時代は、研究一筋で頑張ったよ(笑)。で、院を終えて「さあ、次はどうしようか?」と考えているうちに、今の職場の偉い人から一本釣りをされてちゃいました。研究を続けていくのもいいけれど、現場で実践を積み重ねて、若い人たちを育てる方が世間様のお役に立てるんじゃないかな…なんて説得されたわけです。…ってか、まだまだ私自身若かったしキャリア不足だったので、いきなり大学や研究機関への就職は現実的ではなかったので、実績を積むために現在の職場に就職するのも悪くないかな…なんていう打算もあったわけですが…踏み台のつもりで就職したら、あまりの居心地の良さに、いつの間にか抜け出せなくなって…今に至ってしまったわけなんだけどね。へへ、人はぬるま湯に漬かると抜け出せなくなるんだな(若い人への警告だよ)。

 さて就職すると、キャリアバリバリの仕事がすっごーく出来るお姉さまが私の教育係になりました。で、このお姉さまが、実はペラキチ(熱狂的なオペラファン)だったのですよ(笑)。いやあ、音楽の神様も洒落た事をなさるものです。

 最初は単なる“指導者&徒弟”という関係だったのですが、あれこれ話しているうちに、私がクラヲタである事が分かり、ならば…というので、お姉さまがペラキチである事をカミングアウトして、仕事を教えてくれながら、オペラを教えてくれたのです…ってか、仕事3割、オペラ7割くらいの勢いでした…が(笑)。

 彼女は、マリア・カラスの大ファンであり、プラシド・ドミンゴの現役ファンでした。なので、私は当然ですが、カラスとドミンゴを中心にしたオペラの楽しみを教えていただいたわけです。休日ごとに彼女のご家庭にお邪魔しては、彼女のコレクションであるドミンゴのLDを見せてもらいました。この時に、オペラの基本的なレパートリーの鑑賞を終えた私でした(ほぼテノールものに偏っていましたが:笑)。

 生のコンサートやオペラにも連れて行ってもらえたし、本当にあれこれ良くしていただきました。ほんと、彼女には感謝の言葉しかありません。合掌。

 カラスとドミンゴを中心にオペラの世界を学ぶと、やがてカラスの時代におけるドミンゴのようなスターテノールの存在にぶち当たるわけです。それがマリオ・デル・モナコだったのです。

 私が最初に買ったオペラの全曲盤が、実はモナコの「道化師」だったのです。

 実は、モナコを始めて聞いた時に思った事は、不遜ながら「同じだ!」って事です。不遜と言うよりも、不謹慎と言うべきか、身の程知らずと言うべきかも(笑)。とにかく“同じ”だと思ったのですよ。

 何が同じなのかと言うと“声”が私と同じだと思ったのです。もちろん、モナコと私では、声そのものは“月とスッポン”ほどの違いはあるけれど、声の方向と言うか、ジャンルが一緒だと、一瞬でピーンと理解したのです。

 私が若い時って、日本の流行歌って、特に男性の歌って、キーが低かったんですよ。歌っている歌手もバリトン~バスぐらいの声域の人が多かったと思います。だから、私には当時の流行歌って、歌いづらくてね…。当時の流行歌には、私の気を引くような歌もあまりなかった事もありますが、洋楽の方が男性歌手のキーが高くて(洋楽の男性歌手は、たいていテノール音域です)無意識に親しみを感じていたのかもしれません。

 そんな素地があったので、モナコを聞いてピーンと来て「ああ、私はテノールという人種だったのか(納得)」となったわけです。

 で「テノールなら歌える!」と根拠もなく思い立って、まだ若かった事もあって、それをさっそく実行にうつし、新設されたばかりの某市民合唱団の扉を叩いたわけです。

 「なぜモナコを聞いて合唱を?」と思うかもしれませんが、私の音楽趣味の入り口はカーペンターズでありアバであったわけで、当時はまだ、オペラの朗々とした独唱よりも、美しいハーモニーの方が好物だったからです。それに習い事を、学生時代の部活の延長のようなものと思っていたからと言うのもあります。ですから、合唱部に入部するような感覚で、市民合唱団に入団したわけです。

 ちなみに、今でもハーモニーは大好きですよ。自分がハーモニー向きの声で無いだけで、ハーモニーは大好物です。合唱は、特に上手な合唱は大好きなんですよ。

 というわけで、オペラに目覚めて、なぜか合唱を始めてしまった、若き日の私でございました。

P.S. この頃、職場の若い連中でバンド活動みたいな事をやりました。私はギターを…と言いたい所だけれど、ギターは先輩たちに取られてしまったので、エレキベースを弾きました。おかげさまで簡単なベースプレイなら出来るようになりました。感謝ですね。

 で、当時どんな曲をやったのかと言うと…これです。

 ハウンドドッグの「フォルテッシモ」ですね。ちなみにこの曲は、ヴォーカルの方の趣味で選曲されました…ってか、私はまだ職場でもバンドでもペーペーだったので、与えられた曲をただただ演奏していただけです。私の趣味なら…まず選ばない(笑)。だって私、こういう不良っぽい感じって苦手なんだよ。でも、さんざん練習で、ヴォーカルがいない時は代理で歌っていたので、今でも歌えたりします(笑)。もっとも私が歌うと、もっと端正な歌になるけれどね。

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2017年1月 7日 (土)

すとん前史 その4

 さて、ここまでクラシック音楽の話が出てこないじゃん! と思っていた皆さん。いよいよですよ(笑)。

 大学に進学した私は、今までの貧乏学生から突然のリッチマンになりました。

 私の親は学費を支払ってくれない人だったし、高校無償化なんて夢のまた夢って時代でした。ウチの親は「中学までが義務教育だから中卒で就職が当たり前。高校なんて贅沢」という考えの人でした。

 私の場合は、中学の担任が私の親を説得してくれたので、高校へ進学することができました。なにしろ、私、学年でもトップクラスの成績だったからね。高校へ行かないなんて、当時はすでに親の考えと世間の常識は違っていて、中学卒業したら゛ほぼ高校全入時代でしたから、私のような優等生か中卒で就職なんて、ありえない話だったわけです。

 中学からの申し送りがあったのでしょうか? 高校時代は、当時の担任の先生のお気遣いで、3つほどの奨学金を手にしていたので、学費&修学旅行費&大学初年度納入金などは、奨学金でなんとかなりました。それはとても感謝しています。

 高校時代も常に成績優秀者だったので、大学進学の際は、もう親は文句を言わなくなりました。で、文句は言わなかったけれど、例によって、カネは出さなかったわけです。

 奨学金で高校を卒業した私は、大学生になって、再び奨学金を手にする事を躊躇したわけです。だって、ほら、奨学金って返済しないといけないでしょ? 奨学金って、名前はカッコいいけれど、要は借金なわけで、若い時分で借金を背負うなんてイヤじゃない?

 幸い、高校時代の奨学金は、2つは返済不要の奨学金だったし、もう一つは返済免除になったので返さずに済んだけれど、大学生になって改めて奨学金を貰って、これを返済するのは「…ああああああ~嫌だあ~」と思ったわけです。カネに苦労していましたので、借金なんてイヤでイヤでたまらなかったのです。

 そこで大学時代は、奨学金に頼らずに、一生懸命アルバイトをしてカネを稼ぐ事にしたのでした。

 頑張ったよ、アルバイト。やったのは、ライター(もちろん無署名での執筆または代筆:守秘義務有り)と家庭教師と塾講師ね。毎月の手取りは30~40万円ほどで、当時の新卒サラリーマンよりも良い収入でした。おまけに学費の方はほぼ免除になった(ウチの大学は各期ごとに成績優秀者を学費免除にしてくれるシステムがあったのですよん)ので、突然私はリッチマンになっちゃったわけです。

 バンドは…なんとなく組まなかったのです。大学のサークルは、手話サークルとボランティアサークルに入り、バイトも忙しかったし、大学院の先輩の助手のような事も始めたし、大学のゼミにも1年生の後期から入って真面目に勉強していたので、ほんと、バンド活動どころではなかったのです。

 バンドはしなかったけれど、小遣いに困らなくなった私は、洋楽に本格的にハマり、カーペンターズやアバやビートルズ以外の洋楽も聞くようになり、気に入ればバンバンLPレコード(笑)を購入していました。例えば、ビリー・ジョエルとか、プリンスとか、マイケル・ジャクソンとか。あまり通っぽいバンドではなく、王道な人気者に行っちゃうのが私らしいんだけれど…ね。

 高校まではギターしか弾けなかった私だけれど、大学に入って、ピアノの授業を選択したので、バイエルをやりました。キーボードに親しめるようになると音楽の幅が広がります。

 で、そんな時に出会ったのがY君でした。彼は他校の学生でしたが、ボランティサークルの大学連合みたいなところで出会いました。二人ともその連合の幹部だったので、あれこれ顔を合わせて話をしているうちに、気が合う事が分かり、友情を深めていくうちに、私は彼に感化されるようになりました。

 何に感化されたのか? そりゃあクラシック音楽ですよ。なにしろ、彼はガチガチのクラヲタだったからです。

 私、ここまでクラシック音楽に関して興味がなかったわけではありませんでした。中学生~高校生時代だって、なけなしの小遣いをはたいて、廉価版のクラシックレコードを数枚買ってました。例えば、ワルター指揮の運命とか、ヘブラーが弾いているモーツァルトのピアノソナタとかね。でも、導き手がいなくて、漫然と聞き流すだけでは、クラシック音楽を楽しむポイントも分からず、当時は「クラシックをもっと楽しみたいのになあ…」という気持ちだけが空回りをしていたのです。

 そこへY君の登場でした。彼は良いクラシック音楽の伝道者だったと思います。我々は他校の学生同士と言うこともあって、会うのはせいぜい月に1回あれば良いくらいの関係でしたが、彼はその度に私に対して、クラシック音楽に関するレクチャーをし、宿題を出してくれました。私は実に良い生徒だったと思います。私のクラシック音楽に関する基礎教養は、この時にY君という師匠によって身に付けたものでした。

 もっとも、Y君自身はクラヲタと言っても、いわゆる“交響曲馬鹿”でした。私にも交響曲の素晴らしさをあれこれ教えてくれたし、宿題もたくさん出してくれました。最初の頃は「ベートーヴェンの交響曲を全部聴いてこい」ぐらいだったのですが、やがて「モーツァルトの後期6大交響曲を全部聴いて感想を言え」とか「ブルックナーの交響曲(馬鹿みたいに長いのが9曲もあるんだよ)を全部聴いてブルックナーの素晴らしさを言え」とかの難題に変わりました。まあモーツァルトの交響曲は“リズムも軽快で素晴らしい作品だなあ”と思いましたが、ブルックナーは“ワンパターンだし退屈で仕方なかったよ”と答えた覚えがあります。ちなみに、未だにブルックナーは退屈さを感じる私です(へへへ)。

 Y君に導かれて知った曲の中で、感動してしまったのが、これです。

 いわゆる「パッヘルベルのカノン」という、通俗名曲ですが、この曲の、ミュンヒンガーによる弦楽合奏版の演奏です。たぶん、この演奏に感動したから、私、クラシック音楽に深くハマってしまったんだと思います。で、演奏があまりに気に入ってしまい、他の団体による演奏(だいたい原典版)では物足りなくなってしまいました。「ああ、クラシック音楽って、演奏家によって、こんなにも違うんだ」と肌で感じたのでした。

 あと、Y君に教えてもらった演奏家で感動したのが、ピアニストのサムソン・フランソワでした。このピアニストは、かなり恣意的な演奏をし、演奏もどこか危なげという事で、ピアノを本格的にやっている人たちからは評価の分かれる演奏家なのだそうですが、Y君に「これ、いいよ。絶対に感動するよ」と言われて聴いたわけですが、ほんと、私のハートに直撃でしたね。

 彼よりも上手くて正確なピアニストって、たぶん掃いて捨てるほどいるだろうし、それにだいたい彼は昔の演奏家なので、残っている録音も音が悪いのだけれど、それでも私は好きなんですよ。

 こうして、Y君の英才教育によって、ポピュラー音楽一辺倒だった私も、いっぱしのクラヲタに育ちました…が、残念な事にY君の教育には偏りがあったのでした。実は彼自身が、器楽偏愛主義者であって、交響楽至高主義者だったので、声楽やオペラは全くの守備範囲外だったのです。

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2017年1月 6日 (金)

すとん前史 その3

 高校に入学しました。実は私、音楽関係の部活に入りたかったのですよ。

 私が進学した学校には、吹奏楽部や合唱部があるのは当然で、さらに軽音楽部もあれば、アメリカ民謡部(簡単な話、カントリー&ウエスタンを歌う部活)もあり、中学時代にフォークをやっていた事もあって、アメ民に入りたかった私ですが、親の命令で運動部以外に入れなかったので、私は柔道部に入りました。高校にはバスケットボール部も当然ありましたし、私はバスケなら経験者だったけれど、靴がなければ試合には出れませんからね(残念!)。そこへいくと、柔道部は柔道着があればOKだし、柔道着は学校に入学した時に全員が買わないといけない事になっていた(ウチの学校は柔道が必修だったのです)ので、さすがに我が親も私に柔道着を購入してくれたので、必需品問題は解決でした。

 あと柔道をやって腕っぷしをあげれば、親父に殴られないで済むかな…という打算もありました。なにしろ、私、毎日のように親父に殴られながら生活していたわけで、さすがに高校生にもてって、親に殴られながら生きていくのも、もう懲り懲りだと思うようになっていたからです。

 実際、私が柔道を始めても、しばらくは殴ってきましたが、私が柔道の試合で勝つようになって、賞状やらトロフィーやらを持って帰ってくるようになると、自然と親父は私には手を出さなくなりました。私の思惑通りだったわけで、柔道を始めてよかったなあと思いました。

 結局、武力なんだよね。私はいくら殴られても、親に対して暴力的な事はせず、専守防衛(笑)に徹していたわけだけれど、専守防衛だけでは我が身を守りきれないわけです。小さな怪我はしょっちゅうだったし、たまには大きな怪我だってしていたわけで、武力を保持する事で、やっと暴力行為とか威嚇行為から無縁の生活にたどり着けたわけです。

 現憲法、とりわけ9条はダメだよね。専守防衛だけでは国は守りきれないと思うよ。やはりきちんと武装して、行使するのは論外だけれど、いつでもイケるぜという姿勢を見せなければ、我々日本人が安心して暮らせる日々はやってこない…と、私は経験上思うわけです。現実はキレイゴトじゃ済まないからね。あと、スパイ防止法も作んなきゃだめだし、売国禁止法も必要だよね。北朝鮮に拉致された人々がお元気なうちに、さっさとやらないとダメだと思うんだよね。

 さて閑話休題。高校の友人たちも、やっぱり音楽が好きな連中ばかりでした。高校に入ると、クラスメイトのT君の影響で(遅ればせながら)ビートルズを知り、あっという間にビートルズに夢中になりました。T君の影響で、フォークギターは投げ捨てて、エレキギターを始めました。安物のおもちゃみたいな奴だったけれど、頑張ってエレキギターを買いました。アンプは余裕が無くて買えなかったので、T君の使っていないアンプを借りました(ちなみに、このアンプはまだ我が家にあります。返したいのだけれど…T君と連絡取れません:涙)。エフェクターは…当然ですが、お金がないので買えませんでした。なので、ギターとアンプを直結して弾いていました。

 T君は音楽好きでギターも弾くけれど、バンド志向ではなかったので、バンドは別の友人たちと組みました。最初に組んだバンドはビートルズを演奏するバンドで、コピーバンド…と言いたいところだけれど、それは違っていて、ビートルズの曲を自分たちの精一杯の演奏力で演奏する…というタイプの、コピーをやりたいバンドって感じでした。だから、誰が誰の役をやる…とかいう決まりはなくて、私はサイドギター&コーラスを担当していました。そのバンドは、ヴォーカル、リードギター、サイドギター&コーラス(これが私)、キーボード&コーラス、ドラムスという5人編成でした。例によって、ベースギターはいなかったんだな(ビートルズやっているのにね:笑)。ベース音はキーボードが左手で演奏してました。

 で、そのバンドは一年くらいで何となく解散して、私はキーボードのM君(もちろん中学時代のギターのM君とは別人)と二人で、他校の音楽好きな連中と組んで、今度はゴスペルバンドをやりました。私はそこでもギター&コーラス。で、たまにヴォーカルをやるって感じでした。他のメンバーはキーボード(二人)、ヴォーカル&ドラムスで、このバンドにもベースはいませんでした。なので、M君の左手がベース音を担当していました。

 で、ゴスペル…と言うと、大迫力で歌う音楽を連想しがちだけれど、私たちがやっていたのは、ゴスペルはゴスペルでも、ゴスペルフォークというジャンルの音楽で…つまり、ざっくり言っちゃえば、今風の讃美歌で、こんな感じの音楽でした。

 こんな感じの音楽をやっていた(とは言え、この音源よりも、もっとロック寄りのアレンジで演奏してました)ので、当然、練習場には困りませんでしたし、演奏場所にも困りませんでした。ゴスペルをやっているという事で、練習は近所のキリスト教会でさせてもらえたし、近隣を含めてキリスト教会からのオファーがちょくちょくあったので、あっちこっち出かけては演奏させてもらいました。この時期にライブをうんと経験できた事は人生の宝となりました。

 楽しかったな…。このバンドはメンバーが大学に進学するまで続きました。と言うのも、それぞれ進学した大学が違っていて、進学先で新しい友人たちと新しいバンドを組み始めたからです。

P.S. この頃は、ビートルズにもハマりましたが、アバにも夢中になりました。おそらく、カーペンターズの延長線上にアバを感じたのだと思います。女性ヴォーカルさえなんとかなれば、アバのような音楽をやりたかった…のかなあ? まあ、そんな事は当時、考えもしなかったのでした。なにしろ、男子だけで遊んでいるのが楽しい時代でしたからね。

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2017年1月 5日 (木)

すとん前史 その2

 やがて私も中学校に入学し、いわゆる思春期に突入しました。私を取り囲む友人たちも、単純に近所に住んでいるだけの子どもたちから、趣味が共通していたり、気が合ったりするような、今でも付き合いのある、本来の意味での友人たちへと変わっていきました。

 中学に入り、私自身は(親が運動部へ強制的に入部させたので実は仕方なく)バスケットボールを始めましたが、その頃の友人たちは、たいてい吹奏楽部の子たちでした。たぶん、私は吹奏楽をやりたかったんですよ。私が通っていた学校の吹奏楽部は、学校備品の楽器がほとんどなくて、基本的に楽器は自前だったので、貧しい家の子である私は、どっちみち吹奏楽部への入部は無理だったのだけれど…ね。なにしろ、バスケットボール部に入ったいいけれど、部で指定されたバスケットシューズを「高い!」のひと言で買ってもらえなかった私は、バスケット部員ながら、試合には出させてもらえなかったくらいだからね。なので、私は三年間、いつもベンチでスコアラーをやってました。ああ、今思い出して悔しいねえ…。

 吹奏楽部のS君とは、本当に気が合って、よく一緒につるみました。彼の影響で、ギターを始めたし、彼の影響でガロをはじめとする当時のフォークソングを聞いて、彼の影響で洋楽であるカーペンターズを聞きました。

 ギターと言っても、当時の話だからフォークギターです。別に先生について学んだのではなく、レコード屋の壁に吊るしで売られていたおもちゃのようなギターと教則本を購入して(このあたりの話は、以前書いたような気がするので今回は割愛します)、一生懸命に練習しました。

 最初に普通に弾けるようになった曲は、たぶんこれです。

 井上陽水の「夢の中へ」です。この曲は今となっては、多くの歌手たちがカバーする名曲ですが、これが原曲オリジナルですね。まあ、フォークギター1本で弾くなら、いい感じだよね。でも、この曲を練習して家で弾いていると、よく親父にゲンコツで殴られました。当時の私は、ギターは下手くそ、歌もたぶんひどかったんだと思います。ひどい歌を聞かされて不機嫌になって殴っていたんだと思います。

 誰でも最初は初心者なんだがな。

 最初のバンドも、S君と組みました。S君はドラムスで、私はギター。もう一人M君というのがいて、彼もギターでした。、つまりギターバンドね。で、ベースとヴォーカル(笑)がいなくて、募集をしていたけれど、集まらなくて…中学生のバンドなんて、そんなモンだな。で、ギターとドラムスだけ、でヴォーカル無しのままでよく練習していました。

 当時よく練習していたのが…この曲。

 ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」ですね。アップした音源は曲の途中で終わっているのが残念です。女性デュオの歌だったけれど、ヴォーカルがいなかったので、練習では、私がメロディーを、M君がハモリパートを歌ってました。でも、M君はギターが得意ではなかったので、彼はストローク奏法で、私が歌いながらアルペジオ奏法で弾きました。

 なんで、わざわざ女性デュオの曲を中学生男子バンドがやっていたのかと言うと…私とS君がカーペンターズが好きだったから(笑)。本当はカーペンターズのような音楽がやりたかったんだけれど、フォークギターとドラムスしかないバンドで、カーペンターズはちょっと無理だったから…ですね(カーペンターズをやるなら、キーボードと木管楽器は最低必要)。

 で、このバンドは、それぞれが高校に進学すると解散しました。と言うのも、三人とも違う高校に進学し、それぞれ新しい友人たちとバンドを組むようになったからです。

P.S. 中学校の修学旅行で、京都の街をリコーダー吹き鳴らしたという話を私はしますが、そのメンバーが、この時のバンドメンバーでした。私とS君がソプラノリコーダーを、M君がアルトリコーダーを吹いて、京都の街を練り歩いたのでした。ほんと、迷惑な話だな。

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2017年1月 4日 (水)

すとん前史 その1

 さて、2017年最初の連載を開始します。今回は趣向を変えて、私の昔話を連載したいと思います。

 私は昭和のごく普通の貧しい家に生まれ育ちました。当時世間には、すでにテレビはありましたし、歌番組も全盛だったし、子供向けの教育番組も豊富な時代で、街には音楽があふれていた明るい時代でしたから、自宅にはテレビもラジオをなかったけれど、童謡唱歌流行歌を問わず、多くの楽曲を耳にしていたと思います。

 思い起こしてみると、私が音楽に触れた最初の思い出は…いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」だったかもしれません。もちろん、他にもたくさんの曲を聞いていました。自宅にテレビは無くとも、たくさんの流行歌を何となく耳にしていたはずです。学校でも音楽の授業はありましたし、多くの曲を習ったはずなのに、それらはさっぱり記憶になく、私の中で一番古い思い出の音楽と言うと、やっぱり「ブルー・ライト・ヨコハマ」だったりします。

 どんな曲かと言うと、こんな感じの曲です。音源の音量がちょっと小さいのと、曲が途中で切られているのが残念です。

 当時の大ヒット曲ですね。それにしても、若い頃のいしだあゆみは、ほんと美人だな。

 たぶん、小学校の中学年ぐらいの時かな? 小遣い貯めて、中古のラジオ付きレコードプレイヤーをタダみたいな値段で購入してからは、よくラジオを聞き、気に入った曲は頑張ってドーナツ盤を購入しました。

 ドーナツ盤って分かりますか? 分からない人は…適当に画像検索でもかけてググって下さい(笑)。

 その頃、ドーナツ盤を購入したのは、ジュリーこと沢田研二とアグネス・チャン。フィンガー5も流行ったね。沢田研二とアグネス・チャンは、いまやすっかりサヨクの人になってしまい、残念です。フィンガー5は、芸能界を引退して、今は不動産屋さんとか建築会社とかに勤務しているんじゃなかったっけ? というわけで、フィンガー5の「学園天国」です。この後に色々な歌手がカバーしているけれど、これが原曲でありオリジナルなんだな。

 サビの晃君のボーイソプラノは、今でもかっこいいよなあ…。

 そんな流行歌にどっぷりつかっていたのが、私の子ども時代だったのです。

 ちなみに楽器演奏の方は…と言うと、この頃の私には、そんなに特筆するような事はないでしたね。小学校1年の時に、学校で単音ハーモニカを習い、2年生の時に複音ハーモニカを買ってもらえず、単音ハーモニカで♯♭を無視して演奏し、3年生にリコーダーを習い、4年生にアルトリコーダーを買ってもらえず、ソプラノリコーダーでアルトリコーダーのパートを吹くという出たらめな事をやってました。あと、3年生から5年生まで鼓笛隊でスネアドラム叩いてました。それくらいだな、楽器経験って呼べるのは。

P.S. そう言えば、ほとんど童謡唱歌の類には無関心だった私でしたが、この曲だけはなんだか無性に好きでした。

 『サッちゃん』です。なんか、子ども心にモノ寂しい感じが刺さったんでしょうね。

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2017年1月 3日 (火)

昨年[2016年]見たDVD

 昨日は、昨年購入したCDについて記事を書きましたが、今日はDVDでございます。CDは27枚と購入枚数を減らせました。DVDも昨年の44枚から37枚と、若干枚数を減らしました。良いことです。

 で、今年のDVDですが…こんな感じです。ほとんどがオペラDVDでした(笑)。

 これにはわけがあって、一昨年、ディアゴスティーニのオペラシリーズが頓挫し、それが悔しくて「ならば自分で毎月2枚ずつ新しいDVDを購入してやろう」と心に決め、それを実行したら、こうなりました(笑)。いわゆるマイナーオペラばかりですが、私の基準としては「たとえ無名でも素敵なテノールアリアがあるオペラ」または「世間的にはマイナーでも、オペラファンの間では有名な作品」という線でチョイスしたものばかりです。

 作品的にはマイナーなモノを中心に購入したので、輸入盤が多いですよ。なにしろ、マイナーな作品は、日本のメーカーさんは発売してくれませんからね。それに最近は、輸入盤であっても、日本語字幕がついているのものが増えたので、うれしいです。

 輸入盤なら大抵、英語の字幕は付いているし、別に英語ぐらいはできますので、たとえ輸入盤であっても、問題ないと言えば無いのですが、やはり日本語字幕が付いているに越したことはないですからね。日本語字幕付きの輸入盤サイコー、とにかく安いんだよぉー! 輸入盤を買い始めると日本製なんて高くて高くて、ほんと購入するのに躊躇してしまうのだよ。

 というわけで、昨年のラインナップです。

【オペラ[モーツァルト]】

01)モーツァルト作曲:歌劇『イドメネオ』
02)モーツァルト作曲:歌劇『魔笛』(ラトル&ベルリン・フィルのやつ)

 まずはモーツァルトモノです。モーツァルト作品は近年買い漁っていたので、昨年はこんな感じです。モーツァルトのオペラは、ドイツ語のモノも多いので、なかなか手が出ないのですが、素敵な作品も多いので、ドイツものにも頑張って手を出してみようと思っているところなんです。

【オペラ[ベルカント]】

03)ロッシーニ作曲:歌劇『アルジェのイタリア女』
04)ロッシーニ作曲:歌劇『ランスへの旅』
05)ロッシーニ作曲:歌劇『セミラーミデ』
06)ベッリーニ作曲:歌劇『ノルマ』
07)ドニゼッティ作曲:歌劇『アンナ・ボレーナ』
08)ドニゼッティ作曲:歌劇『マリア・ストゥアルダ』
09)ドニゼッティ作曲:歌劇『ロベルト・デヴリュー』(グルべローヴァ主演)
10)ドニゼッティ作曲:歌劇『連隊の娘』(フローレス主演)
11)ドニゼッティ作曲:歌劇『シャモニーのリンダ』(グルベローヴァ主演)
12)ドニゼッティ作曲:歌劇『ラ・ファブォリータ』

 なんか昨年は、やたらとロッシーニとかドニゼッティとかが聞きたかったんです。そういう気分だったのです。特にドニゼッティは…いいよね。世間的には、ドニゼッティと言えば『愛の妙薬』ですが、ドニゼッティって実はかなり芸風の幅が広い作曲家なんですよね。コメディもいけますが、シリアスものも、悲劇もいけます。特に私は、歴史モノである『ロベルト・デヴリュー』が気に入りました。Y先生からも、レッスンに持ってきてもいいよと言われていて、あれこれ悩んでいたりします。ほんと、ベルカントオペラには、良いアリアが満載なんですよね。

【オペラ[ヴェルディ]】

13)ヴェルディ作曲:歌劇『運命の力』(テオドッシュー主演)
14)ヴェルディ作曲:歌劇『ナブッコ』(ヌッチ主演)
15)ヴェルディ作曲:歌劇『二人のフォスカリ』(ヌッチ主演)
16)ヴェルディ作曲:歌劇『ルイザ・ミラー』(ヌッチ主演)

 ヴェルディはレオ・ヌッチ主演のモノばかりになってしまいましたが、それはたまたまの偶然です(笑)

【オペラ[ヴェリズモ]】

17)チレア作曲:歌劇『アルルの女』
18)ジョルダーノ作曲:歌劇『フェドーラ』(ドミンゴ主演)

 両方とも勉強のために購入したわけですが、良いオペラでしたよ。

【オペラ[ドイツ]】

19)ワーグナー作曲:楽劇『タンホイザー』(コロ主演)
20)R・シュトラウス作曲:歌劇『エレクトラ』

 楽曲的にはワーグナーとか好きなんですが…やはりドイツモノは、言葉の問題もあって、なかなか手が出ません。これでも頑張っているのです。

【オペラ[フランス]】

21)グノー作曲:歌劇『ロミオとジュリエット』(アラーニャ主演)
22)グノー作曲:歌劇『ファウスト』
23)ビゼー作曲:歌劇『真珠採り』
24)マスネ作曲:歌劇『ヴェルテル』(ガランチャ主演)
25)マスネ作曲:歌劇『マノン』(フレミング主演)

 フランスモノもドイツモノ同様に、今まで手が出ずにいたジャンルです。でも、フランスものって、メロディーがすごくいいんですよ。で、今年は少し頑張ってみました。歌ってみたいアリアもたくさんあります。でもフランス語がネックだし、Y先生はフランスモノは教えませんって言っているのが、私の小さな悩みです。

【音楽映画】

26)キャサリン・ヘップパーン「愛の調べ」
27)フェルナン・グラヴェ「クレート・ワルツ」
28)ジェームズ・スチュワート「グレン・ミラー物語」
29)ロバート・アルダ「アメリカ交響曲」
30)マリオ・ランツァ「歌劇王カルーソー」
31)ウィリアム・パウエル「巨星ジーグフェルド」
32)トミー・ドーシー&ジミー・ドーシー「トミー&ジミー・ドーシー物語」
33)ジェームズ・キャグニー「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」
34)コーネル・ワイルド「楽聖ショパン」
35)アリ・ポール「楽聖ベートーヴェン」

 これらはすべて10枚組の廉価版DVDセットに入っていたものです。今となって、単品で購入するのが難しい映画ばかりです。とりわけ『歌劇王カルーソー』は、テノール必見の映画ですが、入手が難しい映画だったので、手に入れた時は、嬉しかったです。

【ミュージカル・その他】

36)屋根の上のバイオリン弾き
37)グリー シーズン5

 ミュージカルもなるべく購入するようにしています。昨年は『屋根の上の~』だけでしたが、今年もなるべく購入したいと思ってます。『グリー』はテレビ番組ですが、これも一種のミュージカルです。シーズン6で完結しますので、今年購入したら完了です。

 DVDもCD同様に購入枚数が減ってきてうれしいです。別に私はコレクターではないし、モノってたまると置き場所に困る…しね。そうは言っても、今年もまだオペラDVDの購入は続けていこうと思ってますので、まだしばらくはDVDは増え続けていくのだと思います。

 さて、部屋のどこに置きましょうか?

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2017年1月 2日 (月)

昨年[2016年]聞いたCD

 例年『今年聞いたCD』というタイトル記事を書いています。今回は、いつも2回に分けてアップしている映画の記事を急遽4回に分けたため、このCDの記事とDVDの記事が飛んでしまいました。で、飛んでしまったモノを、今更アップするわけです。

 今年の年末は今回の失敗を踏まえて、もう少しちゃんと計画的に記事をアップしたいと思ってますので勘弁勘弁。

 さて、きちんと記録を取り始めた2010年からの購入CD枚数を上げてみると…

2010年が120枚。
2011年が70枚。
2012年が85枚。
2013年が41枚。
2014年が66枚。
2015年が26枚。

 うむ、順調に減ってますね。で、昨年の2016年は…と言うと、27枚です。いいねいいね、少ない枚数に押さえています。このまま、毎年のCDの購入枚数を30枚以下に抑え続けられたら、お財布に優しくて嬉しいなあ…なんて思ってます。

 という訳で、今回も例年の形式に準じて、購入したCDの記録をアップさせていただきます。ちなみに、前回の記事はこちらです。

【オペラ全曲】

01)ルチアーノ・パヴァロッティ「プッチーニ作曲:歌劇『ラ・ボエーム』」
02)ジ・ミン・パーク「プッチーニ作曲:歌劇『ラ・ボエーム』」
03)ロベルト・アラーニャ「プッチーニ作曲:歌劇『ラ・ボエーム』」
04)プラシド・ドミンゴ「プッチーニ作曲:歌劇『ラ・ボエーム』」
05)ディミトラ・テオドッシュ「ドニゼッティ作曲:歌劇『ロベルト・デヴェリュー』

 『ラ・ボエーム』ばかりなのは、勉強のために購入したからです。ちなみに、一番勉強になったのは、02)です。有名な歌手は一人も歌っていないのだけれど、それもあってか、演奏の癖が一番少なくて、とても参考になりました。04)のドミンゴも教材として良質でした。ちなみに01)は、ある意味、この曲の定番音源なんですが、楽譜と照らし合わせてみると、演奏者の癖が強くて…あまり参考にはなりませんでしたが…表現とは何かと考えさせられる音源でもありました。03)のアラーニャ盤も癖強いですよ。

 オペラって、やっぱり芸能なんだよね。

 05)は、無名な曲だけれど、とてもいいオペラなんだよ。

【オペラアリア集】

06)トピ・レーティプー「ヴィヴァルディ:テノール・アリア集」
07)アウレリアーノ・ペルティレ「ベスト 第1巻」
08)ロベルト・アラーニャ「ベルカント・オペラ・アリア集」

 06)は珍しい、ヴィヴェルディ作曲のテノールアリア集です。もちろん、勉強のために購入し、いつかは歌ってみようと思ってますが…なかなか手ごわいですよね。07)のペルティレは知る人ぞ知る名歌手です。08)のアラーニャのアリア集は、勉強のため…と言うよりも、私の楽しみのために購入しました。いやあ、アラーニャ大好きなんです。

【ミュージカル&オペレッタ】

09)オペレッタのレジェンド[フリッツ・ウンダーリヒ編]
10)オペレッタのレジェンド[アンネリーゼ・ローテンベルガー編]
11)オペレッタのレジェンド[ルドルフ・ショック編]
12)オペレッタのレジェンド[エリカ・ケート編]
13)オペレッタのレジェンド[エリザーベト・シュヴァルツコップ編]
14)オリジナル・ブロードウェイ・キャスト「ライオン・キング」
15)タケカワユキヒデ「The Magic Monkey」

 09)~13)は『オペレッタのレジェンド』というシリーズモノです。往年の名歌手たちがオペレッタのアリアを歌っているものです。オペレッタはドイツ語だけれど、歌いやすい曲も多くて、私、チャレンジしてみたいと狙っていたりします。

 14)は劇団四季でロングランをし続けているミュージカルのオリジナル盤です。15)は、テレビドラマ『西遊記』のためにサウンドトラックを作ったゴダイゴの曲をベースにミュージカルに仕上げ直したものです。もちろん内容は西遊記です。いわゆる、ロック・ミューカルって奴ですね。

【いわゆるクラシック曲】

16)カラヤン指揮「ハイドン作曲:天地創造」
17)ハイド・ピントナー「カールストローム フルート室内楽全集」

 今回購入した器楽曲は、これだけです。

【楽譜付きCD】

18)スタンダード・ヴォーカル・リテラチュア(テノール)[楽譜付き]
19)ドニゼッティ・アリアズ・フォー・テノール[楽譜付き]

 輸入楽譜には、伴奏音源とか、模範歌唱とか、歌詞の朗読などが付いているものがあります。ここに上げたのは、そういうタイプの楽譜です。18)はテノール用の芸術歌曲集で、19)はドニゼッティのテノールアリア集です。便利ですよ。日本の楽譜出版社からもこういう楽譜が出ればうれしいのですが…日本じゃあ売れないんだろうね。

【ポピュラー音楽】

20)ボール・マッカートニー「ピュア・マッカートニー[デラックス版]」
21)ビートルズ「ザ・ロスト・デッカ・テープ」
22)ビートルズ「ザ・ロスト・スタジオ・セッション」
23)ビートルズ「オン・ザ・TV」
24)ビートルズ「エド・サリヴァン・ショー&ハリウッドボール・アウトテイクス」
25)ビートルズ「ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」

 期せず、ビートルズ関係ばかりとなりました。20)は、4枚組のベストアルバムです。21)~24)は、かつては海賊盤として出されたものばかりです。著作権が切れて、こうやって堂々と発売できるようになったわけです。まあ、ですから元は海賊盤音質なんでしょうが、コンピューターなどを使って、音質向上を図っていますので、まあまあ聞ける感じになってます。25)は正規盤です。レコード時代に発売されたモノを、今の時代に合わせて音質向上をして再発売されたものです。ほぼ、昔のままです。

【その他】

26)歌物語
27)プラシド・ドミンゴ&イツァーク・パールマン「ダニー・ボーイ」

 26)はアニソンです。アニソンを買うなんて、珍しいでしょ? いわゆる『物語シリーズ』の歴代主題歌を集めたもので、なかなか良いですよ。27)はドミンゴによる、アンコールピースですね。

 昨年はこんな感じでした。今年もCDは購入していきますが、なるべく少なめに抑えたいと思ってます。

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2017年1月 1日 (日)

さてさて、今年[2017年]の抱負でございます

 あけましておめでとうございます。今年も、私ならびに、この「老犬ブログ」をよろしくお願いいたします。

 さて、今年も「新年の抱負」からブログを始めましょう。では例年どおりに、昨年の抱負を検証するところから始めましょうか。ちなみに昨年の元記事はこちらです。

去年の抱負 1)高いB♭までを常用音域にし、Hi-Cにも挑戦したい

 ×です。何をスットコドッコイな事をぬかしておるんじゃいって気分ですね。いやあ、高いB♭どころか、その半音下のAで苦労しております。ああ、何はともあれ、筋トレだな。

去年の抱負 2)ガリボルディのプチ・エチュードを終了させたい

 ×です。昨年の今頃は13番に着手したわけですが、今現在は…と言うと、15番と格闘中! なんと1年かけて、たった2曲しか合格できなかったわけです。…ってか、夏合宿の前に14番が合格してますから、15番一曲だけで、半年近くも格闘しているわけです。

 ダメじゃん、私。

 別に15番が特別に難しいというわけではなく、私の上達速度…ってか、練習密度がグンと下がっているだけなのかもしれませんが…(涙)。

去年の抱負 3)何か運動を始めたい

 ×です。ポケモンGOが運動の範疇に入るなら、○なんですけれど…ねえ。

去年の抱負 4)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 ×です。昨日のまとめに書きましたが、ちょっと無理でした。

去年の抱負 5)まずは100kgを切りたい

 ×で…しょうね。実は、ブログを書いている今現在、体重計に乗っていないので、正確な現在の体重を知らないのです。でも、まあ、たぶん、おそらく、100Kg以上あるよなあ…。

去年の抱負 6)ブログを続けていきたい

 ○です、○。ようやく○がつきました。これだけはなんとか続いてます。

去年の抱負 7)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 うーん、○かな。平々凡々に暮らせたからね。

 昨年の抱負は2勝4敗で、結局昨年も負け越しでございました。ちょっと残念です。これらを踏まえて、今年の抱負を発表します。

1)フルートのレッスンになるべく行きたい

 何と言っても、昨年の最大の後悔がこれです。もっともっとフルートのレッスンに行かないと。もちろん、自宅練習の時間も増やさないと。声楽の練習もだいぶ減っているけれど、それでもレッスンには行けているから最低限はキープ出来ていると思うけれど、フルートの場合、その最低限すらキープできていないと思うわけです。

 すべては仕事次第なんだけれど…あきらめたらすべてが終わってしまうからね。今年こそは頑張ってフルートのレッスンに行きたいです。

2)ガリボルディのプチエチュードを今年こそは卒業したい

 今取り組んでいるのが15番で、最後が20番だから、あと6曲合格すればOKなわけです。6曲くらい、きちんと練習をして、ちゃんとレッスンに通えれば1年でクリアできる数なんだけれどなあ。そこが難しい難しい。

3)高音Aを常用音域にしたい

 今度は声楽の話です。とりあえず、高音Aは出せないわけじゃないのです。ただ、常温音域とは呼べないのです。まだまだ上手く出せなかったり、出してもすぐにぶら下がってしまったりと、マトモには出せないのです。

 でも頑張って、なんとか高音Aを常用音域に入れたい私です。

4)手段はなんであれ、100Kgを切りたい

 ダイエットは…いつのまにか意識の外に飛んでいってしまいましたが、決して太ったままでいいとは思ってません。なので、手段はなんであれ、ひとまず100Kgは切りたいと思ってます。

 方法的には、音楽を止めて運動を始めれば、たぶんすぐに痩せると思う。だけど、今はまだ音楽を止めたくないのです。なので…ポケモンGOをしてやせないかな…って思ってます。ダメかな?

5)金魚たちの誰もが死ぬことなく、元気な毎日を過ごさせたい

 毎年上げている抱負ですが、今年もあげます。ほんと、一年間水槽のメンバーの入れ替えなしをやってみたいものです。

6)ブログを続けていきたい

 このブログも、現在10年目なんだよね。結構続いています。今年の8月には満10年を経て、いよいよ11年目に突入するわけです。よくやっていると自分でも思います。こうなれば、出来る限り、続けていくべきだよね。心が折れるまで(笑)。

7)発信するばかりでなく、受信もしたいし、皆さんと交わりたい

 ここ数年、忙しい事もあって、このブログを書き続けいてく事だけで精一杯って、ほんと、他のプログを読んでいるヒマがなくなってしまいました。読むことすらままならないわけですから、コメントを残していくことなんて無理になってしまいました。寂しいなあ。以前のように、他の方々のブログを訪問して、そちらでもコメントのやりとりをしていきたいなあ…なんて願ってます。

8)家内安全、家族が健康で安心して暮らしていく

 毎年書いてますが、やはり最後はこれですね。何と言っても家内安全ですよ。

 という訳で、今年もよろしくお願いします。

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