ひとこと

  •  ああ、ゴールデンウィークに突入いたしました。今年のGWは、レッスンと温泉とラ・フォルジュルネとオペラで過ごそうかと思ってます。あ、溜まったDVDも見ないとなあ。ああ、とりあえず忙しいGWになりそうだなっとね。それはそれと、今年のラフォルジュルネは、パソナが不参加なんすよ。ああ、残念残念残念。私はパソナのコンサートが大好きだったのに…、もう生きる希望が無くなったよ(ちょっと大げさ)。とにかく、パソナが不参加で悲しい私でした。
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2016年9月の記事

2016年9月30日 (金)

フルートの調整は、依頼主によって違う?

 フルートのレッスンに行ってきました。久しぶりに教室の入り口で姉様と出会いました。いやあ、なんか懐かしいです。以前は、私と姉様のレッスンが連続していたので、よく一緒にロングトーン練習をしていただいたものですが、今はその間に妹殿のレッスンが入ってしまったので、姉様と会う事が無くなってしまったのでした。ちょっと、残念…で、懐かしかったです。

 で、なんでそんな時間に姉様とすれ違ったのかと言うと…どうやら、妹殿がレッスンに遅刻してきたからなのでした。つまり、妹殿が来るまで、姉様のレッスンをやっていたわけで、いつまで経っても妹殿がやってこなかったので、つい少し前まで姉様のレッスンがあったので、私とすれ違ってしまったわけなのでした。

 で、その妹殿ですが、アルテの1課で、先生とデュエットをしておりました。ああ、やっぱり1課から学び直しているわけですね。

 で、1課の後は、前回先生が選曲したディズニーの曲を吹いてました。エチュードと曲を学んでいるんだ~、いいなあ。私なんか、エチュードしかやってないよ(ちょっぴり、ジェラシー!)。

 曲の運指は簡単で、そこの部分には問題なさそうだけれど、時々、無音になってしまう箇所があります。どうやら、ノドに力が入ると、息が止まってしまって、それでフルートが無音になってしまうようです。無音になるたびに、先生に「力抜いて!」とか「楽に吹いて!」と言われてしました。ああ、大変だ。

 やがて、私のレッスンになりました。レッスンの最初に、夏合宿の公式音源をいただきました。ちなみに、録音&製作はD先生です。私がプライベートに録音した音源と比べちゃいけないくらいに、普通に良い音源に仕上がっておりました。さすが、プロの音楽家が整音しただけの事はあります。

 妹殿は、夏合宿に興味津々でした。来年は…参加するのかな?

 さて、私ですが、この日の私は、疲労困憊でフラフラの状態でした。で、こんなふうにフラフラしていると、いい感じで脱力しちゃうので、ロングトーン練習が、すごぶる快適というか、ほぼ完璧な仕上がりで、先生とピタっと合わせた音で吹けちゃいました。いやあ、すごいすごい。

 でも、こんなにフラフラしていると、ほとんどアタマは動いてませんので、せっかく暗譜してきたエルステユーブンゲンの19番なんぞ、グッチャグッチャのボロボロでした。まあ、仕方ないよね。ちなみに、次の20番は、今回が始めてなのですが、いやあ、ほとんど吹けませんでした。こんなに簡単な曲なのに、今までほぼ初見で吹けたのに、この曲は自分が何をやっているのか、すぐに分からなくなり、あっという間に迷子になってしまいます。とても難曲…ではなく、単に私の状態が悪いんでしょうね。いやあ、だいたいフルート吹くために、立っているのが大変だもの。ああ、体調悪いわあ。

 プチエチュードの15番も、フラフラの状態でしたが、こちらはある程度練習をして、カラダがあれこれ覚えているので、意識が跳んでも、指は勝手に動いてくれるし、いい感じで脱力しているので、なんか結果オーライな感じとなりました。もちろん、まだまだ合格には、程遠い状況なんだけれど「前回より、だいぶ良いね」と言って、今回は先生が一緒にフルートを吹いてくれました。

 さて、今回の雑談ですが、フルートの調整の話をしました。実は先生、今回のレッスンでは、いつもの14K厚管ではなく、18K薄管を持ってきました。道理で、いつもとちょっと感じが違うなあ…って思ったわけです。で、なぜ今日は18Kなんですか?と尋ねると、14Kの方は、調整に出しちゃったから…というわけです。調整と言っても、タンポ交換なんですがね。

 で、先生の愚痴が炸裂したわけです。先生の14Kのフルートって、生徒さんやお弟子さん達のフルートのタンポの交換費用と比べると、約2倍もするのですが、それがちょっぴり気に入らないようなのです。

 「なぜ、先生のフルートは、他のフルートの2倍の価格設定なのですか? プロが相手だと、ボッタクリでもやっているんですか?」とか失礼な質問をしました。

 実際のところ、フルートの調整は、アマチュア向けとプロ向けでは、調整の追い込み方がだいぶ違うわけで、H先生のフルートは、かなり追い込んでギリギリまで調整しているので、技術料はアマチュアさんのモノよりも高めになってしまうし、それは仕方ないと言ってました。

 問題は、フルートの構造にあるんだそうです。今時のフルートの調整って、たいていネジで行う…ってか、フルートのメカがネジ式なんだそうです。これは昔、ゴールウェイがムラマツの技術陣に向かって「今時、ネジで調整できないフルートなんてありえない!」とか言って、カミナリを落としたのが、その鏑矢だとか…。

 そんなわけで、今時のフルートのメカは、たいていネジ式なのですが、先生のフルートは年季物で、ネジ式が普及する以前のモノなので、紙を挟み込んで調整するタイプのフルートで、このタイプのものは、技術者の腕が良くないと上手に調整できず、それで技術料がかさむんだそうです。

 で、そんな話をしながら、私のフルートを見た先生「これ、紙式じゃないかい? 調整費、掛かっているだろ?」と尋ねられました。私の場合、無料調整に持って行っているし、調整してくれる職人さんは、アゲハの製作者さんなので、安心して任せているわけです…、そうでないなら、やっぱり、そこそこの金額になってしまうのだそうです。ああ、無料調整会に感謝ですわん。

 わんわん。

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2016年9月29日 (木)

正攻法もダメ、逃げもダメ、さあ、どうしよう(悩)

 声楽のレッスンの続きです。曲のレッスンに入りました。

 まずは、最初の二重唱部分「Grazie, Buona sera/ありがとう、おやすみなさい」ですが、妻がきちんと練習してくれたおかげで、ソプラノとテノールのやりとりは、比較的スムーズになりました…ってか、妻が練習して、ちゃんと歌えるようになった分、私のアラが目立つようになりました。なんか、残念。この曲は、歌よりも演技がメインになる曲なので、細かなタイミングなど、後日、演技練習をしながら決めていきます。つまり、声を聞かせる曲ではないので、そんなにしっかりガッツリ歌わなくても良いわけで、それよりも軽い声で、なるべくエネルギーを消費しないように歌わないといけないわけです。あと、演技に集中しすぎて、歌うのをヘマらないようにしないといけません。

 ソロ曲は後回しにして、そのまま最後の二重唱「O soave fanciulla/ああ、うるわしの乙女よ」のレッスンに突入しました。

 この曲も“歌いすぎ”に注意をするように言われました。メロディーを歌っているのではなく、お念仏を唱えるような気分で、淡々と歌っていく事が大切なわけです。とにかく、母音を横に横につなぎながら歌っていくのが、声の消耗を抑える歌い方ってわけです。全体的に頭声中心の軽い声で歌い、時々出てくる高音のあるフレーズだけ実声に切り替えて、がっつり歌うのがポイントってわけです。

 素人考えだと、曲の全体を実声で迫力満点に歌い、高音のある箇所は、実声で歌うのは難しいので頭声中心の声で歌う…と考えがちだし、実際にそんな感じで歌う人も多いのだけれど、それではオペラアリアというジャンルの歌は歌いきれないし、聴き応えもないのかもしれません。でも、基本は頭声で、ポイントポイントを実声で歌うって、かなり難しいよね。

 もちろん、実声と言ったって、軽めの声じゃなきゃダメだし、単に軽いだけじゃダメで、しっかりノドは上だけでなく下にも引っ張らないといけないし、かと言って、絶対に声をノドに落としてはいけないわけで…ああ、難しい難しい。

 声を合わせる箇所は、互いに相手をよく聞いて歌う(当たり前だけど、案外難しい)のはもちろんだけれど、それぞれの歌うフレーズが違う場合、目的の音に到達する時間が違う(音程の跳躍の幅が広いほど時間がかかります)ので、早く到達する方(跳躍の幅の狭い方)は、時間の掛かる方をしっかりと待ってあげて、音の出だしを揃える必要があります…って、具体的に言えば、曲の最後の“amor”の跳躍は、テノールの方が楽なんだから、ソプラノに合わせろって事ね。

 で、二重唱をひととおりやったところで、ソロ曲のレッスンに移ります。どちらが先にやるかと尋ねられました。妻はすぐでもOKと言ってましたが、私は声が冷える前に歌っちゃった方がいいかな…と思って「私が先にやります」と一度は宣言したけれど、やっぱり休憩して、後にしてもらいました。

 二重唱を二曲連続で歌って、だいぶ疲れちゃったし、声も消耗しているのに、冷静さを失って、その自覚がないって怖いなあ。それにしても、ソプラノと較べて、テノールの消耗の激しさは…やっぱり発声の違いにあるのかな?

 で、妻のレッスンの後に「Che gelida mania/冷たい手」を歌いました。とりあえず、通して歌ってみたけれど、やっぱり大変な曲です。

 この曲には、大きな難所と呼ばれる箇所が2つありますが、その一つのHi-Cの部分は、本来のオリジナルメロディーを歌うことで回避するので、無問題です。残った難所は、D♭から高いBへの跳躍箇所です。ただでさえ高いBなんて難しいのに、D♭からの跳躍だよ。6度の上行跳躍なわけで、そりゃあ、かなりの難所なわけです。でも回避策は無いわけで、真正面からぶつかるしか無いわけです。

 で、この箇所の特訓が始まりました。

 ノドを引っ張って歌う正攻法では、メンタルの弱さが露呈し、ついついノドが閉じてしまうので、上手く行きません。もちろん、力技で歌えるような箇所ではありません。ファルセットで逃げる方法もある(実際、そう歌うテノールさんも大勢いる)もあるけれど、私はファルセットが苦手(汗)なのです。芯のある硬めのファルセットで歌えるなら良いのだけれど、私のファルセットはフワッとした感じの声なので、これは歌には使えません。だって、いかにも「声がひっくり返りました!」って感じになるんだもの。こりゃあダメなんです。

 どの方法で歌うか…やっぱり正攻法で行くしか無いのかな? どの方法を取るにせよ、腹圧は必要なわけで、そのためにもしっかりお腹を使って歌う事を癖にしないといけません。とにかく、ここでは、大きな声、立派な声で歌うよりも、しっかり音程に届かせて歌う事が、何より大切なわけです。頑張りましょう。

 そして、このアリアは、命というか、スタミナというか、HPと言うか、とにかくその手のモノをガリガリと大量に削りながら歌っていくわけで、なるべく楽に歌っていかないと、最後までたどり着くことができません。そのためには、声をノドに落とさず、口内を広く保ち、響きを大切に歌うようにしないといけません。

 …でも、それができないんだよなあ。分かっちゃいるけど出来ない…のが悲しいね。

 さあ、次のレッスン(本番直前です)の前には、演技の練習入れないとね。ただ、歌えるだけじゃオペラアリアってダメだし、二重唱は、きちんと打ち合わせをして、実際に歌いながら合わせをしないと、てんでダメだしね。頑張ろうっと。

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2016年9月28日 (水)

私の選曲は偏っているのかもしれない?

 声楽のレッスンに行ってきました。

 実はまもなくクラシックコンサートの本番です。本番前のレッスンは、今回を含めて、後2回。次回のレッスンの時には、クラシックコンサート後に取り組むレッスンの課題曲を決めておかないといけません。そこで「次回のレッスンで、本番後の次の曲を決めないといけないですね」と予告をしたところ、先生から「変な曲を持ってこないでね(笑)」と釘を刺されました。どうも、私、変な曲ばかり持ち込んでくる変な奴、と思われているようで、選曲に関しては、全然信用が無いみたいです(爆)。

 変な曲…と言うか、滅多に他所では聞かないような珍しい曲を、あえて意図的に持ってくるって事でしょうが、そんな事をするのは、秋のクラシックコンサートの選曲ぐらいですよ。あれは、アウェーのコンサートですから、ミスをしても分からないような珍曲を持っていくだけなのです。それ以外では、極めて常識的な選曲をしている…と自分では思っているのですが…ねえ。まあ、今年のクラシックコンサートの選曲は「ボエーム」で、有名な難曲ですから、例年とは選曲の傾向が違いますが、それはクラシックコンサートが今年限りとなる可能性があるから、特別な選曲をしただけの話です。つまり「最後なら、花火を一発、打ち上げてやるか!」って事なんです。

 とにかく、レッスン用には、歌曲はトスティを持っていくつもりだし、アリアの方は、そろそろモーツァルトをやった方がいいかなって思ってます。

 トスティの歌曲は山のようにあるし、良い曲は有名曲以外にもたくさんあるし、そういう無名な曲で歌いたい曲が無いわけではありませんが、レッスンには、全音のトスティ歌曲集第1巻の中から選ぼうと思っていますし、モーツァルトのアリアなら…次は「魔笛」のタミーノのアリアか、「ドン・ジョヴァンニ」のドン・オッターヴィオの「Il mio tesoro intanto/私の恋人を慰めてあげてください」あたりかなって思います…と答えました。

 ですので、レッスン当日にいきなり曲を持っていくのでなく、私の方で選曲の候補が決まったら「ピアノの都合もあるから…(曲目を)事前に教えてください」と言われました。当然の話ですね。

 歌曲はトスティで決まり…として、アリアの方は「モーツァルトでなくても、ロッシーニやドニゼッティでもいいですよ」と言われたので、即座に「では、ロッシーニの“Danza/踊り”では、いかがでしょうか」と言って(これまた)即座に却下されました。ま、そりゃあそうだよね。ピアノが難しすぎて、レッスン曲としては不適当なのは、私も分かります。とりあえず言ってみただけ…なんだけれど、こういう事を言うから「変な曲を持ってこないでね」って言われちゃうのかもしれません(反省)。

 「ドニゼッティなら“ロベルト・デヴェリュー”とかでもいいですよ」とおっしゃってくれましたが、あのアリア、私に歌えるかな? 基本的にドニゼッティって「愛の妙薬」以外は、メチャメチャ難しいのですよね。よく楽譜を検討しないと答えられません。

 ではロッシーニなら…となると、私、ドニゼッティとかベッリーニのテノールアリア集は持っているけれど、ロッシーニのテノールアリア集って、まだ持っていないんだよね。だから、ロッシーニを歌うなら、これからアリア集を(通販で)購入して選曲しないといけないのですよねえ…とぶつぶつ言ってたら、先生が「“フェドーラ”のアリアでもいいですよ」とおっしゃいました。「フェドーラ」って、ジョルダーノが作曲したオペラだから、プッチーニと同じヴェリズムだよね。同じ時代の(って事は、音楽的な傾向が似てる)曲が続くのは、ちょっとどうかとも思うけれど、よくよく楽譜を検討して考える事にしました。

 そんな事を話しているうちにピアニストさんが到着したので、さっそくレッスンに入りました。

 まずは発声練習ですが、今回は“軽い声”で歌う事を重点的に指導されました。とにかく、軽い声で歌わないと、声の消耗が激しいし、高い音も出ないので、声種に限らず、歌はなるべく軽い声で歌う必要があるそうです。

 私は、そんなに自覚はないのですが、とてもとても重い声で歌っているそうです。先生曰く「すとんさんはテノールなのに、バリトンの私よりも重い声で歌ってます」って言われるほどです。ははは、じゃあ私は、ドラマティコですか!…って、そんなわけないよね。単純に、声をノドに落として歌っている(つまり、ノド声)なので、声が不必要に重くなっているだけなんだと思います。

 軽く歌うのって、ちょっと大変なんだよね。あっちこっち引っ張らないといけないわけで、それが癖になっていれば、何ということもないのだろうけれど、私の場合、まだまだ癖になっていない(と言うか、むしろノド声が癖になっている)ので、自覚的に声を軽くして歌わないといけないのです。

 私の本来の持ち声は、かなり軽い声(おそらくはレッジェーロ)ですから、今のように重い声で歌うこと自体が不自然なんだけれど、この不自然が癖として身についているのだからダメなのです。しかし、身についてから時間が経ってしまった癖は、それを取り除くのにも大変です。頑張んないとねえ。

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2016年9月27日 (火)

吹奏楽部ってのは、ブラック部活なのか?

 少し前にネットで話題になりました“吹奏楽部ブラック部活問題について、私も当時あれこれ考えてみました。ようやく考えがまとまったので、ちょっと書いてみますね。

 まずは、ブラック部活の定義をしないといけません。ブラック部活ってのは…通常の部活動よりも、活動時間が長く、休日がなく、学業に支障が出かねないほどに活動が熱心過ぎる部活で、辞めたいと言っても、なかなか辞めさせてくれない部活…の事じゃないのかな?…って思います。

 まあ、吹奏楽部の活動時間は確かに長いです。おそらく、文化部の中でもダントツに長いでしょうね。熱心な運動部並ですね。休日も…確かに少ないです。土曜日に活動があるのは当然だし、日曜日も活動している部は多いです。

 学業に支障が出るかどうかは…なんとも言えません。支障が出る学校/部活/個人もいるでしょうし、全く支障なんて出ないかもしれません。そこらへんも熱心な運動部と同じで、限られた時間を上手に活用できるならば、部活と学業の両立は可能だし、うまく活用できないとか、そもそも活用できるほどの時間的/体力的な余裕がなければ無理です。

 「辞めたい」と言えば吹奏楽部って辞められるのか…? そりゃあ、辞められるでしょ? 辞められないってあるの?

 辞める辞めない以前に、部活に嫌気が差して辞めたくなったら、まずその子は吹奏楽部と距離を置き始めるだろうし、練習だって休みがちになるだろうし、練習を休んでいるような子を部活に置いておく理由はないわけだし、辞めたいという気持ちを抱えながら部活に参加している子だって、演奏に身が入らないわけで、そんな上の空の子は、やっぱり部活としては使えませんから、辞めてもらった方が顧問的にはありがたいわけで…そう考えると、吹奏楽部だから辞められないって事は無いんじゃないかな?

 あるとすると、ある楽器をたった一人で担当していて、その楽器が無いと、演奏が成り立たないので、辞めてもらいたくないと、顧問からプレッシャーが来ている場合とか、「吹奏楽部を辞めるなんて許さない!」などど上級生から理不尽なプレッシャーが来ている場合とか…それくらいでしょう。まあ実際、そういうケースは少ないだろうけれど、あるかもしれません。でも、それは吹奏楽部特有と言うよりも、前者は明らかな顧問の人事的なミスが原因だし、後者は集団における人間関係の軋轢って奴で、別に吹奏楽部に限った話じゃないです。

 私はよく「吹奏楽部は文化系の野球部だ」と言います。実際、吹奏楽部って、どこの学校でも、だいたい野球部と同じくらいの活動時間&休日じゃないでしょうか?

 ですから“吹奏楽部はブラック部活か?”という問題は“野球部はブラック部活か?”という命題と全く同じモノだと、私は思います。で、“野球部はブラック部活か?”なんて事、おそらく誰も問題にしません。問題にしないどころか、クチにもしないと思います。だって、誰だって、野球部の活動が大変だ(活動時間が長いとか、休日が無いとか)という事は知っているわけで、知っていて、覚悟を決めて入部しているのだから、文句を言うのはおかしいわけです。つまり、野球部が大変なのは、そもそも問題にすらならないのです。

 では、野球部では問題にならないのに、なぜ吹奏楽部では問題になるのか? 野球部と吹奏楽部では、どこが違うのか…あたりを考えないといけないのかもしれません。

 野球部と吹奏楽部の違いは、当然、色々あります。

1)プロを目指すか目指さないか?

 高校野球のテッペンには、甲子園があり、その先にはプロ野球があります。だから、野球部の子たちは、甲子園出場を目指し、プロ入りを夢見て、野球に励みます。吹奏楽部にも普門館があります…ってかありました。その普門館出場を目指して…でも、そこで終わりです。普門館の先にはプロ吹奏楽はありません。もちろん、吹奏楽出身の音楽家もいますが、吹奏楽未経験の音楽家もたくさんいるわけで、吹奏楽=プロ音楽家ではないし、第一、職業音楽家というのは、プロ野球人ほど華やかでもなければ、高収入でもないし、はっきり言って魅力的ではありません(ごめんなさい)。

 もっとも、野球であっても、甲子園とかプロ入りとか、それは多くの子にとっては夢であって、大半の子たちは、それが単なる夢物語でしかない事は知っているわけで、そうならば、別にプロがあろうがなかろうが、実は野球も吹奏楽も大きな違いはないのかもしれません。でも、夢として目指す先の有無は、頑張っていこうと思う気持ちに、大きく影響を与えるかもしれません…し、与えないかもしれません(歯切れが悪くてゴメン)。

2)開始年齢/経験の違い

 高校で野球部に入るような子は、遅くとも中学生から、熱心な子は小学校時代のリトルリーグから野球を始めています。一方、高校で吹奏楽部に入るような事は、熱心な子で中学時代から、案外、初心者として高校から始める子も大勢います。小学生時代から吹奏楽をやっていた…なんて子は、あまり聞かないです。

 あと、中学時代に熱心に吹奏楽をやっていた子が、高校に入ると吹奏楽をやるかと言うと、実はそうでもないのです。中学時代に熱心に野球をやっていた子は、ほぼ全員高校でも野球部に入るのとは、大違いです。

 開始年齢の違いによる、集団における平均的な経験の違いっては、確かに野球と吹奏楽では大きく違うでしょう。野球は、幼い時から野球をコツコツやってきた子が部活でも頑張っていますが、吹奏楽は、初心者も多くいるわけです。コツコツやってきた子と、初心者じゃあ、そりゃあ覚悟などは違うだろうから、野球じゃあ問題にならない事が、吹奏楽では大問題になるかもしれないなあって思います。

3)性別の違い

 野球部は男子の部活です。一方、吹奏楽部って、女子の部活なんですよね。

 男の子の部活であるか、女の子の部活であるかは、大きな違いでしょう。それはひとまず、男子集団の違いと女子集団の違いとも言えます。たとえ状況が同じであっても、男子は文句も言わずに無口で淡々と事にあたるでしょうが、女子はあれこれコミュニケーションを取りながら事にあたるわけで、当然そこでは、グチも不満も妬みも悪口も出るでしょうね。そんなクチから出ちゃった言葉が、場の空気を悪くし、人間関係を面倒な事にしてしまう事は大いにありえます。

 もしも、吹奏楽部がブラック部活なのだとしたら、吹奏楽部が女子の部活であり、女子特有の人間関係の複雑化が居心地の悪さへとつながり、それが“ブラック”的な印象で語られているのかな?

 つまり、吹奏楽の大変さをきちんと理解していない子が大勢いる女の子の集団だから、吹奏楽部はブラック部活と言われるのであって、実は大変なのは吹奏楽部だけじゃない…文句は言わないけれど、野球部だって同様に大変なのだ…と、オジサンである私は思ったりするわけです。

結論 吹奏楽部は大変な部活です。ただし、それを“ブラック”と言うべきかどうかは、当事者たちの覚悟次第じゃないでしょうか?

結論2 吹奏楽部がブラック部活だと思うのならば、覚悟を決めて頑張っている生徒も大勢いるのだから、文句を言わずに黙って立ち去ればいいのではないでしょうか? ブラックな部活に、イヤイヤ身を置くなんてバカな事です。人生をもっと有意義だと思えることに費やしましょう。

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2016年9月26日 (月)

メトのライブビューイングで「ウェルテル」を見てきました

 毎年、お盆の辺りからシルバーウィークぐらいまで、東京築地にある東劇という映画館で、メトのライブビューイングのアンコール上映が行われています。つまり、今まで上映した中からのセレクション・リバイバル上映って奴です。

 今年も例年のように行われました。最近アップした「マリア・ストゥアルダ」とか「連隊の娘」も、そのアンコール上映で見たわけです。で、そのアンコール上映の最後の最後の方に上映された「ウェルテル」を、今回見てきましたという話なのです。

 「ウェルテル」は、フランスオペラです。マスネという作曲家の作品です。ワーグナー以降の作曲家ですから、アリアとレチタティーヴォの区別がなく、演劇性もかなり高いオペラなのです。原作は、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」でございます。この物語をフランス語に翻訳した上で戯曲化して音楽を付けたわけです。そりゃあまあ、つまらないはずはないですよね。

 ストーリーはごく簡単で…、

 若者ウェルテルが始めて恋した女性(シャルロット)には婚約者がいました。やがてシャルロットは結婚し、ウェルテルは失恋…のはずだけれど、諦めきれずに旦那のいない時にシャルロットを口説き続けます。抗し難くなったシャルロットは「じゃあクリスマスに会いましょう(それまでは会いません)」と言って、遠回しに拒絶します。ウェルテルは、その彼女の言葉を真に受けて、クリスマスまでの間、シャルロットには会わず、だけど手紙をバンバン書いてシャルロットに迫ります。送られた手紙を読んでいるうちに、あれだけウェルテルを拒絶していたシャルロットが、少しずつウェルテルに心ひかれていきます。やがてクリスマスとなり、ウェルテルがシャルロットの元にやってきました。ひかれあう二人、しかしシャルロットには最後の一線を越える勇気はなく、最後の最後でウェルテルを拒絶します。悲しみ、立ち去るウェルテル。自室でピストル自殺をします。虫の息となったウェルテルの元にシャルロットが現れ、最後の言葉を交わし、ウェルテルは死に、シャルロットはウェルテルの命を断ったピストルで後追いをします。

 ストーリーだけを語ると「なんじゃ、これ」って思うかもしれませんが、原作は18世紀の大ベストセラー恋愛小説だし、それにマスネの美しい音楽が載っているので、ウェルテルというキャラさえ受け入れることができたら、実に素晴らしい恋愛ものオペラなのです。まあ、問題は、主役であるウェルテルのキャラ設定だね。演じているカウフマン自身が「彼は、きっと何かの(精神的な)病気なのだろうけれど、それを客に感じ取られて、引かれたらダメだよね」みたいな事を言ってますが、実際、ウェルテルはかなり変わった人物です。その点さえ乗り越えられれば、ほんと良いオペラですよ。

 このオペラ、フランスオペラだけれど、原作はドイツもので、音楽はまるでイタリアのヴェリズモのような激しさがあります。それでいて、やはりフランスモノ特有なアンニュイで美しい音楽だったりします。色々な点で、よく出来たオペラだと思います。

 やはり主役であるウェルテルを演じるテノール歌手次第で、このオペラの出来は相当に変わりますが、今回のテノールは、泣く子も黙る、ヨナス・カウフマン。当代随一の渋めのイケメンテノールです。ウェルテルを歌うには不足はありません。『春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか』という超有名アリアも、完璧に歌います(この曲は、めっちゃ難しい曲なんです)。まさにはまり役です。

 ヒロインのシャルロットは、ソプラノではなく、メゾソプラノなのが面白いです。若い女性だけれど、人妻だから、作曲家はメゾにしたのかもしれません。ここではソフィー・コッシュが歌っています。やはり、美人が歌うと説得力があります。

 私、今までオペラはイタリアものを中心に見ていました。で、ドイツオペラを少々、その他のオペラは超有名作品だけを嗜む程度にしか見ていなかったわけです。まあ、その基準は「自分がそのオペラの曲を歌うことはあるかな?」という基準だったわけです。フランス語のオペラを私が歌うことは、まずないので、今まではあまり見なかったのですが、たとえ自分が歌わなくても、やっぱり評判の高い素晴らしいという評価のオペラは見た方が楽しいという結論に今回達しました。いや、実際楽しいし。

 マスネは良い作曲家ですね。他にも「マノン」とか「タイス」などの有名作がありますので、いずれは見たいと思うようになりました。

 そうそう、幕間に次回作の予告をしていたのだけれど、当時「ウェルテル」の次の演目は「ボエーム」だったようです。この「ボエーム」は、すでに私見ています

 この「ボエーム」でミミを歌うことになっていた、アニタ・ハーディングの「私の名はミミ」が聞けました。なかなか清楚な歌いクチで、良いですね。この人、本当はこの舞台がメトのデビューだったんだそうです。でも、実際は、当日の朝に発熱して、急遽舞台を降板しちゃったわけで、代わりを歌ったのがオポライスだったわけで、ハーディングさんは、その後、きちんとメトでデビューできたのかしら…とちょっぴり不安になった私でした。

 それにしても、カウフマンってかっこいいわ。声が良くて、身長もあって、痩せていて、イケメンで、演技力もあって…、彼以上のテノール歌手なんて、もういないよと断言できるほど、素晴らしい歌手だよねえ。男の私が見ても、ほれぼれしちゃう歌手ですって。

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2016年9月25日 (日)

「勝つか負けるか」の人間ではなく、私も「勝つか逃げるか」の人間になりたい

 「勝つか逃げるか」という言葉は“欽ちゃん”こと萩本欽一氏の言葉です。

 欽ちゃんは現在、駒沢大学で学ぶ大学2年生です。74歳で大学に合格したそうです。すごいね、全くすごい。今は、熱心に大学で学んでいるそうですが、1年の時に、いくつかの単位を落としてしまったのだそうです。

 「年を取っているのだから、仕方ないよね」

 まあ、確かに仕方ない部分はありますが、でも、学力不足で単位を落としたのではなく、試験を欠席したために単位を落としたのだそうです。

 「仕事が忙してくて試験が受けられなかったんだね、仕方ないね」

 どうやら、試験の欠席と仕事は関係ないようなのです。試験の欠席は、欽ちゃん自らの意思で欠席をして、わざと単位を落とし、2年生の今年、再履修をしているのだそうです。

 「???」

 欽ちゃんが言うには、自分は卒業したり資格を得るために大学で学んでいるわけではなく、あくまでも大学で学びたいから学んでいるんだそうです。だから、授業は単位を取ればOKなのではなく、きちんと理解して身に付けることが大切なのだそうです。だから、試験は満点を取れる自信がある科目だけ受験し、満点を取れる自信がないものは欠席したのだそうです。

 この事を欽ちゃんは「あたしの人生は、勝つか負けるかじゃなくて、勝つか逃げるかだからね」とテレビで言っていました。

 私、この話を聞いた時に、目からウロコがボロボロ落ちたんですよ。さすがに、時代を作った人の言葉は、すごいなあ…って単純に思いました。

 「勝つか負けるか」という考え方だと、つまり“負けることもありうる”と考えているわけです。最初から負ける事を織り込んで勝負に挑むんでいるわけだし、実際、負けてしまうこともあるわけです。

 しかし「勝つか逃げるか」という考えだと、絶対に負ける事はないのです。負けるくらいなら逃げてしまうわけで、勝つ事しか考えていない…と言うか、絶対に勝てる自信や保証がない限り、戦わないという事なのです。つまり、戦う前から勝ちが見えない限り戦わない…のです。

 これが欽ちゃんが成功した理由なのだな…と思いました。だって、絶対に負けないのだもの。連戦連勝なのだもの。

 もちろん“必ず勝てる”状態まで自分を高めていくのは、とても大変な事です。一か八か、勝つか負けるかで勝負に挑んだほうが、どれだけ楽ちんなのか! 「勝つか逃げるか」は“勝てそうもなければ逃げちゃえばいいんだから楽だよね”ではなく“いざ勝負となったら、絶対に負けられないのだから、万全の準備をし尽くしてもし足りない”って事なんだと思います。

 本来、勝負というモノは、欽ちゃんの言うように「勝つか逃げるか」でなければいけません。「勝つか負けるか」と言ったリスキーの行動は取るべきではないのです。

 それに加えて、欽ちゃんのすごいのは、自分の目的を見失っていない事です。

 単位を取るために勉強しているのではなく、勉強をしたいからしているのです…それって、学びの本質を突いていると思います。

 我々が凡人が趣味であれこれやっているのは、単位とか資格とか、そういうモノを取るためではなく、純粋にそれが好きだから学んでいるわけです。

 私で言えば、歌を歌ったり、フルートを吹いたりしてますが、別にこれでプロになろうとか、商売を始めようとか、世界を征服しよう(笑)とか思っているわけではなく、ただただ、単純に「歌が好きだから」「笛が好きだから」やっているわけで、教則本をどれだけ進んだとか、どれだけの数の曲を学んできたとか、オペラアリアを歌っているとか、イタリア語がフランス語がドイツ語が…なんて、本当は、どうでもいいことなんだと思います。

 音楽が好きだから音楽を学んでいるわけで、自分が納得できるところまで、きちんとできるようになりたい…ただ、それだけなんです。そういう、純真な気持ちを忘れちゃいけない…って思ったわけです。

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2016年9月24日 (土)

カボンバ投入

 実は話はフルート合宿の頃に戻ります。

 フルート合宿に出かけた時には、水槽の中には、マツモグサという水草が、まだありました。マツモグサは、金魚用の水草の中では、少しばかり高価で市場に出回ることの少ない高級水草で、金魚専門店以外では、なかなか売っているのを見かけることも少ないですし、見つけてもそこそこのお値段がする水草です。でも、金魚たちには大人気の水草なので、多少無理をしても、今まではマツモグサを購入していたのです。だって、今までの子たちは、マツモグサじゃないと食べなかったんだもの、しょうがないじゃない!

 以前は、我が家の近くにも金魚専門店があったので、そこでマツモグサを購入することができたのですが、その店も廃業し、今では、遠方まで出かけないと金魚専門店には行けなくなったし、インターネットで購入すると、バカバカしいくらいの値段になってしまうので、うまくマツモグサの補充ができませんでした。最近では、何かの都合で、金魚専門店のある町まで出掛けた時に、店に寄って購入するくらいです。

 ですので、確かに水槽の中の水草は、かなり寂しい状況になっていました。

 フルート合宿に出かける時にも「そろそろ水草を買ってやらないといけないなあ」とは思っていました。

 しかし、合宿の最終日、妻から、金魚の水草が全く無くなってしまったという連絡を受けました。全く…です、全く…ね。つまり、すべて無くなったというわけです。

 金魚は水草の葉を食べます。それも新芽や若い葉を好んで食べます。古い葉や茎などはまず食べません。マツモグサが好まれるのも、他の水草よりも葉が柔らかいからだろうと思います。ですから、金魚はマツモグサの葉を食べますが、マツモグサも繁殖力の強い水草ですから、頑張って新芽を出し続けていくわけです。それで拮抗した戦いを行います。夏場は金魚の勝ちで、水草が厳しくなりますが、冬などは逆に水草の勝ちで、水槽の中を水草が繁茂して金魚の居場所がなくなるくらいです。

 ですから、夏は水草にとっては厳しいのです。それは知っています。それで葉っぱが全部食べられてしまったのかと思ったのですが、妻曰く、茎も含めてすべて無くなってしまったというわけです。

 そりゃあ、一大事だ。

 水草は金魚にとって、大切な食料です。おそらく、我々が野菜を食して健康を維持しているように、金魚は水草を食して健康を維持しているのだろうと思います。特に我が家では、金魚の餌は(植物性成分で作られたエサではなく)動物性蛋白質たっぷりのエサを与えていますので、水草は必須です。そのために、良質なマツモグサをたやさずに与えていたのです。

 でも、水草が全く無いとなると、話は別です。かと言って、マツモグサを売っているような金魚専門店には行くチャンスがありません。インターネット通信は使うと、日にちが経ってしまいます。

 そこでやむなく、合宿帰りに、ウチの近所のスーパーにあるペットショップ(ここはイヌ中心の店です)に寄って、そこで売っていた、1房384円(ガボンバにしちゃあ高い…!)のガボンバを3房購入して、帰宅しました。

 とりあえず、マツモグサを購入するまでは、金魚たちに辛抱してもらおうと思ったわけです。

 私はマツモグサを購入する時は、たいてい3~5房程度購入します。それでも、全然足りないのですが、金額も金額なので、それで我慢してもらっています。その感覚で、カボンバを3房購入したのですが…カボンバ3房は多すぎました。量的には、カボンバは1房、せいぜい2房で十分でした(失敗失敗)。

 で、大量のガボンバを水槽に投入して、しばらく様子を見ていました。

 まず、最初に喜んでいたのは、エビたちでした。次はメダカたちです。これら小動物たちは、大量の水草の中に入り込んでいました。身を隠せるところが欲しかったのかもしれません。

 意外な事ですが、金魚たちがガボンバを食べました。マツモグサ同様に、別に特別な事もなく、普通にガボンバを食べました。以前、飼っていた金魚たちは、マツモグサは食べても、ガボンバは食べませんでした。それが今の子たちは、普通にガボンバを食べるのです。

 以前の子たちは、みな、専門店で購入してきた高級金魚たちばかりだったけれど、今いる子たちは、総合ペットショップにいた、安売りB級ハネモノ金魚たち(ただし、シズカは除く。シズカは専門店で飼ってきた子です…ただし、キズモノですが:だから安かったのかも)ですから、たくましいのかもしれません。お姫様ぶって、高級食材じゃないと食べない…とかは言わないようです。ガボンバは、おそらく金魚的には、庶民の味なんだろうと思います。なにしろ、安いですし、葉も茎もマツモグサとは比較にならないくらいに硬いんです。でも、ボリボリ食べるんです。

 なので、今の子たちは、マツモグサでなくても、カボンバでも全然平気そうなので、マツモグサを買うのを取りやめ、しばらくはガボンバでいいやって事にしました。

 だって、ガボンバの方が安いし、どこでも売っているからね。こちらで間に合うなら、その方が便利だしね。

 ちなみに、購入する時、店員さんにカボンバの飼育について尋ねたら「この水草は水槽では成長しませんよ。古くなってくると水に溶けて、バラバラになって、フィルタを詰まらせますので、注意してください」と言われて、そんなもんなのかなって思っていました。

 水に溶けるかどうかは分かりませんが、確かに葉はバラバラになって、結構、フィルターを詰まらせます。また繁殖力はほとんどありません。新芽は出ますが、マツモグサのようにみるみる成長するわけではありません。なので、最初は大量に繁茂していても、一ヶ月もすると、ほぼ金魚たちに食べつくされてしまいます。マツモグサがこれくらい大量にあったら、食べるそばから繁茂していきますから、たぶん数ヶ月は保つだろうなあって考えると、ガボンバはほぼ消耗品扱いになりそうです。でも、安いし、入手も簡単だから、まあいいかって思ってます。

 ガボンバなら、金魚に食べつくされても、近所のスーパーでお惣菜と一緒に買ってくればいいんだから、全然平気です。

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2016年9月23日 (金)

師弟でカッパなのです

 フルートのレッスンに行ってきました。

 私がお教室に入った時には、なぜか先生のコンサートが開かれていました(笑)。どうやら、妹殿と選曲をしていたようです。

 なんでも、妹殿は、今年の秋のどこかで、人前でフルートを吹かなければいけないようなのです。それで、そこでどんな曲を演奏するべきか、H先生と相談していたわけです。

 例によって、妹殿は山のようにフルートの楽譜を持ってきました。すごいねえ。私なんて、フルートの楽譜、たぶん、片手の指で足りるくらいしか持っていないのに…。

 とにかく、たくさんある楽譜の中から、CD伴奏のついている楽譜をいくつか選んで、その中から先生が簡単そうな曲を見つけては、その伴奏CDに合わせて模範演奏をしていたのです。

 ですから、演奏している曲は、初心者向きのとっても簡単なアレンジの曲ばかりなのですが、先生が演奏すると、そんな簡単なアレンジとは思えず、ちゃんとしたアンコール・ピースになっているわけです。

 結局、演奏って、曲の難易度で聴かせるんじゃないんだな。簡単な曲でも、演奏者の腕次第では立派な音楽になるわけです。すごいすごい。

 いいものを聞かせてもらいました。

 とにかく、先生が2曲選び(いずれもディズニー系の曲です)、それを次のレッスンまでに練習しておくことになったようです。ただし、伴奏のCDは使わずに、無伴奏で練習してくるのが条件のようです。それと合わせて、頭部管練習もしてくるように言われていました。

 さて、私のレッスンです。最初はロングトーン練習ですが、今回は、なんかもうヘトヘトで、いい調子で脱力できていたようで、前回のような吹きすぎ状態になりませんでしたが…ちょっと音程がぶら下がっていたかもしれません。やっぱり、音楽は演奏者の状態がダイレクトに音になっちゃうんだよね。

 さて、エルステユーブンゲンの18番は、ようやく合格です。ふう。とにかく、エルステユーブンゲンの曲は、初見でも吹ける程度の難易度の曲なので、要は暗譜できれば合格なのです。次回は19番と20番が課題です。

 プチエチュードは、15番です…が、いやあ、まだまだ難しいです。どうにか、リズム的には正しく吹けるようになりましたが、まだまだミスブローは多いし、テンポが全然遅いのです。先生曰く「まだまだ、お話にならないね」との事で、合格不合格どころの話ではないようです。どうも、まだスタートラインにも立っていないようです。

 いやあ、それくらい15番って、難しいってわけよ。

 今回特に注意されたのは、短めのフレーズが連続している箇所の吹き方です。私は、フレーズを明確にするために、フレーズが終わるごとに「フレーズが終わりましたよ」感のある演奏をしているのですが、ここは、いくつものフレーズが連続して、一つの大きなフレーズを作っている(つまり、アーティキュレーションをどう感じるかって話ね)のだから、フレーズが終わっても、息はまっすぐ前に吹いて、タンギングのみで、フレーズを切っていくようにしなさいって言われました。

 タンギングのみ…って奴が案外難しいんだよね。私、たぶん、タンギングが下手なんだと思う。だから、無意識にタンギングを回避して、腹筋で息を切って演奏している…みたいです。でも、それじゃあ、いくらなんでも大げさな演奏なわけで、タンギングのみでフレーズを切っていく演奏にしましょうって事なのです。

 さあ、練習してくるか。

 今回の雑談は「馬蹄形型の音楽ホールは、なんか嫌い」という話です。馬蹄形型の音楽ホールって、日本にはあまりありません。日本のホールは、基本的にシューボックス型か、ぶどう畑型なんですよ。と言うのも、馬蹄形型の音楽ホールって、歌劇場のスタイルなんです。日本には歌劇場スタイルのホールって…ごくごく少数だからね。

 でも、少数とは言え、確実にいくつかの音楽ホールは馬蹄形型をしているのです。

 H先生は、そんな馬蹄形型のホールがイヤなんだそうです。

 その話を最初に聞いた時は、馬蹄形型のホールって天井が無闇に高くて、音がよく響くので、その過剰な反響が嫌いなのかと思ったのですが、実はそうではなく、馬蹄形型のホールって、客席の大半がステージよりも高い位置にあって、客は演奏者を上から見下ろすカタチになるわけなんだけれど、先生的にはそれがイヤなんだそうです。

 お客さんから見下されるのがイヤ?

 「それは、なぜですか? 別にお客が上にいようが下にいようが関係ないじゃないですか!」と尋ねたら、上から見下されると、頭頂部が見られるわけで、それがイヤなんだそうです。

 つまり、H先生も私同様に、カッパさんだって話なのです。

 ああ、その気持ちは、よく分かる私でした。

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2016年9月22日 (木)

上手いはずなのに、上手く聞こえないのは、なぜ?

 先日、知らない人たちの声楽発表会に行きました。

 その門下の人たちは、みな、いわゆる難曲と言われる歌曲やアリアに挑戦していました。また、その歌唱も特に破綻もなく、高音はきちんと発声し、コロラトゥーラも軽々と転がして歌い、難しいリズムも乱れることなく歌いきっていた人たちがほとんどでした。

 技術的には、アマチュアとしては、実になかなかのモノだったと思います。私なんか、到底、足元にも及ばないくらい見事な人たちばかりでした。

 でもね、それなのに、誰ひとりとして、客席で聞いていると「上手だなあ…」とは思えなかったのです。はっきり言っちゃえば「なんか…物足りない」って感じてしまいました。妙に小さくまとまっていて、アマチュアの熱い魂も抜けちゃったような歌唱だったんですよ。

 それこそ…上手いはずなのに上手く聞こえないのは、なぜ?…って感じだったのです。

 聞きながら、私もあれこれ考えました。

 会場は、音響の良さでは有名なホールでした。以前も、別の団体のアマチュアさんの発表会を聞きましたが、その時は皆さん、ホール全体に響くような声で歌っていました。でも今回は、聞こえないわけじゃないけれど、ホールに声が響いていなかったような気がします。つまり、音量不足かな? でも、それだけじゃないんですよ。

 妻が言うには「私がY先生のところで“やっちゃダメ”と言われている事を全部やっているような感じがする…」と言ってました。確かにそうかもしれません。声が、ほぼ“近鳴り”だったかもしれません。過剰に感情を入れすぎて、声がノドに来ている人も多かったです。声が散らかった印象もありました。

 つまり、楽譜通りには歌えているけれど、楽譜には書かれていない部分では音楽的…とは言えない歌唱だったのかもしれません。

 まあ、まずは楽譜通りに歌えることって、大変な事ですし、これってスタートですよね。私なんて、まずは楽譜通りに歌うことを目指して練習しますし、楽譜通りには歌えないまま、本番を迎えることだってあるわけです。だから、楽譜通りに歌えることって大切です。

 問題は、+αの部分ですね。つまりは、声。音色の問題です。声が美しくなかった。だから、いくら楽譜通りに歌っても、上手に聴こえなかったわけです。

 ちなみに、その発表会、最後に先生と言われる人が出てきて歌いましたが…上手だけれど、感動しなかったなあ…。

 結局、生徒って先生に似るものなんだなあって思った次第です。

 一番良いのは、技量的にも高い水準にあり、人々を感動させられる歌唱なのですが、技量と感動と、どちらかしか得られないとしたら、私は技術的に不足があっても、人々を感動させられる歌を歌えるようになりたいです。だってアマチュアだもの。上手い歌ならプロの歌を聞けばいいんだからサ。

 ある意味、今回の発表会は、私の思いとは真逆の教室方針の発表会だったわけです。ま、声楽教室にも、色々あるよね。

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2016年9月21日 (水)

みんな! 発表会に出ようよ!!

 今年の夏。

 私は、本当に久しぶりにフルートの発表会に参加しました。前回が2010年の冬ですから、約6年ぶりです。前回の発表会は笛先生の門下にいましたから、現在のH先生の門下に加わってから、始めての発表会でした。

 いやあ、発表会はいいですね。H先生のところは、夏合宿と発表会が一体化していて、ちょっと変則的ですが、それでも良いです、発表会って奴は。

 元々、人前で演奏するのが大好きな私ですから、発表会は大好きなのですが、大好きという気持ちを横に置いても、発表会に出ると良い事がたくさんあるものです。

 たとえば、発表会に出るとなると、自分もそうですが、先生もレッスンに対する心づもりがだいぶ違ってきました。合格点が上がると言うか、普通のレッスンなら仕上がったので終了になるところでも、発表会ともなると、普通の仕上がりよりも、より高みまで仕上げていくし、 もっと細かいところまで仕上がっていきます。

 だいたい、自宅での練習だって、普段よりも、熱心に徹底的にやるでしょ? そうやって、仕上げのレベルを上げて、集中して一曲に取り組む事で、一段階、腕前が向上するわけです。これは大きいですよ。ほんと、一度発表会を経験すると、自分でもビックリするほどに上達するんです。

 さらに言うと、発表会に出るとなると、オシャレが楽しめます。器楽の場合は、声楽ほど派手(男性は黒服、女性はドレス)ではないでしょうが、それでも、普段よりもパリッとした衣装を着ることになります。これって、女性にとっては、かなりのお楽しみになるのではないでしょうか?

 発表会と言うと、打ち上げが付き物です。で、この打ち上げが、めっちゃ楽しいのです。だいたい、舞台が跳ねた後ですから、みんなハイなんですよ。そんなハイな人たちが集まったら…楽しくなるしかないじゃないですか!

 で、しばらく経って冷静になって、本番の演奏を自分なりに振り返ることで、今後の課題も見えてくるわけだし、次も頑張ろうって気持ちになるわけです。

 これだけの利点があるのだから、積極的に発表会に出るしかないじゃないですか?

 「私はあがり症なので…発表会はちょっと…」

 緊張は誰でもします。私だって緊張はしますよ。でも、あがりません。それは人前に出ることに慣れているからです。まあ、場数を踏んでいるからです。

 「私は人前に出ることはないから、あがっちゃうんです」

 だったら、発表会が良いチャンスだから、人前に出ればいいのです。最初はメチャメチャ恥ずかしいかもしれませんが、やがて慣れます。それを難しく言うと“脱感作”と言いますが、あがり症の克服には脱感作療法が一番なのです。つまり“人前であがってしまうのなら、それを克服するために、人前で出ることが一番”って事です。

 まあ、無理強いはしませんが、あがり症を克服するために、発表会を利用するのはアリですよ。

 「経済的に苦しくて…発表会は無理です」

 まあ、無い袖は振れないよね。確かに発表会は、何かと物要りです。発表会の参加費、衣装代、打ち上げ代、その他諸雑費と考えると、確かにそれなりの出費は覚悟しないといけません。

 と言うわけで、経済的に厳しい…わけでない限り、発表会には参加した方が良いし、ぜひ参加しましょう。経済的に厳しい人は…ちょっとずつ貯金をして、毎年は無理でも、隔年とかで発表会に参加すると良いですよ。ほんと、発表会で得られる事って、お金には変えられないほどなのですから。

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2016年9月20日 (火)

やっぱり、ボエームは色々と難しいです

 声楽のレッスンの続きです。私の歌う「Che gelida mania/冷たい手」ですが、歌い出しを何度もやりました。

 前曲の二重唱の最後で、ロドルフォがミミの手を握るわけですが、そこから約10拍の無言の後にアリアを歌い出すわけです。この無限の間、ピアノはAの音を一回叩いて、それをペダルで伸ばしているだけなのです。だから、ついついすぐに歌い出してしまうわけなのだけれど、それではダメなので、何度かやり直しをしました。ここは、この無言の緊張感が必要なのです。なにしろ、“Boy meets Girl”のシーンなのですから、いわば一瞬、時が止まり、すべては止め絵になってしまうのです。その緊張感に耐えなければいけないのです。いやあ、頑張りましたよ。

 もちろん、手は歌い始めても、しばらくは握り続けないといけません。どこまで握りっぱなしにするかは、演技の都合なので、これはこれで考えないといけないのですが、今回は、ひとまず、8小節間、握ってみました(笑)。

 この後は、ひたすらテンポの操作を練習しました。とにかく、この曲をインテンポで歌う人はプロでもいないわけです。そんな事をしたら、歌が破綻し、歌手が死んでしまうからです。だから、あるところはゆったりと歌い、あるところは端折って歌うわけで、それを一つ一つ決めながら歌ってみました。

 本来は、そんな事は、指揮者が考えて、リードすれば良い話なのですが、我々の舞台には指揮者はいませんので、事前に歌手とピアニストとで、どんなテンポの変化で歌うのかを、合わせておかなければいけないのです。ううむ、厄介です。当日の気分でテンポの変化を変えちゃうのは、ちょっと危険かもしれません。

 途中、4拍子が3拍子になるところがあるのですが、そこはテンポもググっと変わる所でして、私、上手く歌えませんでした。テンポもリズムも変わるのに、ピアニストに分かるように、歌手は上手くリズムを取って歌わないといけないのですが…それはなかなか難しく、ピアノも当然合いませんでした。反省です。次回まではに、テンポは変化しながらも、三拍子のリズムをきちんと取って歌えるようにしないとね。ちなみに、この箇所、プロの皆さんは、テンポ指示は指揮者に任せてしまい、自分はたいてい歌い崩してしまい、三拍子の跡形もない歌唱が多いので、プロの歌唱はあまり参考になりません。

 “l'anima ho milionaria”の箇所が上手く歌えません。リズムに歌詞がうまくはまらなくて…しくしく(涙)。ちなみに、この箇所もプロの皆さんは、たいてい歌い崩しているので、全然参考になりません。この箇所といい、3/4の箇所といい、難しくて他人の歌唱を参考にしたい箇所に限って、プロの皆さんは歌い崩しをしているので、ほんと、参考になりません。素人さんの歌唱音源があれば、それが参考になりますよ…と先生からアドヴァイスをいただきました…が、このアリア、素人が歌えるようなアリアじゃないんだよね。一応、YouTubeを漁ってはみたものの、なかなか水準に達している歌唱はないんだよね。

 やっぱり自分なりに歌うしかないか…。

 とにかく、インテンポでは歌わない事。メロディーのスキマがあれば、そこでは必ずたっぷり休むこと。急がない事。声を出し過ぎない事等々を注意されて、ひとまずこのアリアのレッスンは終了です。

 次は妻の「私の名はミミ」でしたので、立ったまま休憩となりました。

 で、妻のアリアが終わったところで、最後の二重唱「O soave fanciulla/ああ、うるわしの乙女よ」となりました。

 音符が詰まっていて楽譜が黒くなっているところは、決して乱暴に歌わない事。一つ一つの音符をしっかり踏みしめながら、テンポを上げて歌う事が肝心なのです。

 バンバン歌っていく曲なので、ブレスの位置を決めていきます。特に、この曲での最高音を含んだフレーズである“Fremon gia neli'anima”は、前のフレーズがノンブレスで突入して歌うことにしました(その方が緊張感が高まって、カッコいいからです)。

 キスシーンの直前のフレーズは、ピアノが止まって、ミミとロドルフォだけが歌っているので、ここはあえてインテンポでは歌わずに、遊び心を持って、大胆にテンポを揺らして歌って下さいと言われました。で、大胆にテンポを揺らして…キス…するわけですな(笑)。まあ、実際の舞台では、キスの真似っこをするだけだし、キスの直後にロドルフォはミミに拒絶されちゃうんだけれどね(残念)。

 拒絶されながも、しっとりしたシーンが続くので、歌もピアノも、それに合わせて、しっとり歌わないといけません。これが実に難しい。

 で、ミミの腕を取って、舞台からハケて、最後にハモってお終いなんだけれど、例によって、このハモリが難しい。油断していた事もあったのだけれど、私、音をはずしてしまったよ。で、一度外してしまうと、なんかうまくいかないのだよね。ああ、意識してなきゃ、別にハモリの箇所もなんとかなるのだけれど、一度意識しちゃうと…ハモリは苦手です。

 とにかく、最後のハモリのシーンは、私、自宅で要特訓だそうです。頑張んないとなあ…。

 と言うわけで、最初から最後まで、止めながら合わせていったら、それで時間一杯となりました。先生にお礼を言って、レッスンはお終いです。

 帰りに、ピアニストさんも一緒に、横浜で天ぷら食べました。いやあ、やっぱり天ぷらは店で食べるのに限りますね。ネタがいいのはもちろん、あんなにキレイに、コロモも薄く、カラッとあげる事なんて、家庭じゃ無理だよね。適温にした大量の油がないと、こんなふうにはあげられないわけで、ほんと、美味しい天ぷらは、自宅じゃ食べれませんよ。

 それに天ぷらは、量が少なくても腹持ちが良いので、私、大好きです。

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2016年9月19日 (月)

横浜でレッスンをしたので、ついでにブラブラして、疲れてしまいました

 声楽のレッスンに行ってきました。今回は、先生の都合で、横浜のお教室でレッスンとなりましたので、ピアニストさんと待ち合わせて、一緒に横浜まで出かけてきました。

 まず最初に、発表会の公式音源をいただきました。まあ、音質はかなり良いのですが、私の歌唱は、こちらにアップした簡易録音版と大差ありませんでした(当然か!)。

 レッスンを始める前に、本番当日の声出し状況を尋ねられましたので、自宅でみっちり発声練習をしてから、3時間前に会場入りをし、他の人たちの歌唱を聞きながら自分たちの順番を待ち、本番1時間ほど前に20分ほどの当日の発声練習時間があるので、そこで最終の合わせをして、本番です…と伝えた所、声の出せない場所での発声練習のやり方を三通り教えてもらいました。つまり、当日はこれをやりなさいって…わけですね。

 たぶん、ここに書いてもうまく伝わらないと思うけれど…まず最初は、無声音でティトゥティトゥティトゥティトゥ…と言い続ける練習。試しにやってみましたが、実は私、クチがうまく回らずにすぐに噛んでしまいます…が、これを延々とやると良いのだそうです。ただし、延々とやってクチが疲れたらアウト、腹筋が疲れるのが正しい発声練習なのだそうです。

 次は、誰もがよくやっているリップローリング。いわゆる「ブルブルブルブル…」って奴です。これも短時間で「ブルブル…」が終わってしまうのは、腹筋の支えが無いのでダメで、そこそこの時間「ブルブル…」できないといけないのだそうです。はい、私、あっという間に終わっちゃいます(ダメじゃん)。

 最後はタンローリングってやつで、イタリア語のrの発音を延々とするやつで「rrrrr…」って奴です。フランス語のrでやっちゃダメなのよん。先生曰く「これが一番簡単」なんだそうだけれど…私、やっぱりあっという間に終わっちゃいます(しくしく)。

 私の場合、どれもこれも腹筋の支えが足りないため、ダメなのです。逆に言うと、腹筋を鍛えるためには、これら3つのうちのどれかを日常生活でのトレーニングに加えればいいってわけですが…一番簡単なタンロールングでも、毎日やりましょうか…って思いました。

 さて、レッスンです。レッスンの時間はたっぷりあっても、やるべき曲が長いので、とにかくアタマから潰していきます。

 さすがに今回のレッスンに向けて、妻も練習してきたので、今度は二人で歌って合わせます。ウチの妻は練習さえすれば、ちゃんとデキる子なのです、うむ。

 最初はイントロ代わりに歌う「Grazie, Buona sera/ありがとう、おやすみなさい」です。

 フレーズの歌い出しは、とにかく子音を先行させる事。いきなりガツンとは歌わない事です。それと、フレーズの歌い終わりは、相手に手渡すように、長めでフワッと終える事です。次のフレーズも、あたかも自分が歌うつもりで、メロディーを渡すのが、二重唱の基本なのですが…それがなかなか出来ないのが、素人なのです。へへへ。

 この二重唱は会話シーンなので、歌も会話のように繋いでいかないといけません。またテンポも決して一定ではない…と言うか、おおげさに言えば、1小節ごとに違うので、そのテンポの切り替えをピアニストさんが分かるように歌わないといけません。さらに言うと、今はまだ音楽稽古だけれど、このシーンは歌よりも演技の方がメインになる箇所なので、演技の動き次第では、まだまだテンポが揺れるわけで…色々と難しいです。

 ちなみに、このシーンでは小道具が必要となります。ミミが落としてしまう鍵は、普通に購入するのは難しいだろうと思い、最初から通販で入手する事を考えて、これにしました。

 如何にも昔の洋館の鍵…って感じでしょ。これで200円なんだから、小道具としては安いものです。

 鍵の他に、実はロウソクが、ミミの分とロドルフォの分と2つ必要なのですが、本番の舞台では、ホンモノの火は使えませんし、御佛前の電子式の灯明ももちろん使えません。昔のパリっぽい(ってどんな感じ?)LEDのロウソクを用意しないといけません。おまけに舞台上で簡単に灯を消せないといけません。

 実は、この日のレッスンは休日の午前中だったので、昼過ぎから妻と二人で横浜の雑貨屋さん巡りをしたのですが、結局、半日、横浜中を、ポケモンを狩りながら(笑)LEDのロウソクを探しまわったのですが、良い物がなくて、結局、ヘトヘトになっただけでした。案外、ちょうど良いものが無かったのです。で、結局、ロウソクも通販を利用してしまいました。

 これです。

 これは、振ったり、息を吹きかけたりすると、灯が消えるタイプのLEDロウソクです。メカ部分が、すりガラスのタンブラーの中に入っているので、客からは電子部品が見えないので、なかなか良いです。それと、LEDの光が案外明るい上に、赤い光でおまけにユラユラしますので、舞台映えがしそうです。明るい舞台でも、灯がよく見え、灯が消えてしまうのが分かると思います。もちろん、袖の人に頼んで、多少は舞台を暗くしてもらえるように頼むつもりです。LEDロウソクが思ったよりも良いモノだったので、ちょっと安心しました。

 さあ、後はちゃんと歌えるかどうか…だな(笑)。

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2016年9月18日 (日)

ハンバーガー、主役はパンなのか! それとも肉なのか!

 ハンバーガーという料理(?)があります。パンの間に具材としてハンバーグを挟み込んだ、サンドウィッチの一種です。また、そこから派生したと思われる、チーズバーガー(ハンバーガーのハンバークにチーズをトッピングしたもの)とか、テリヤキバーガー(ハンバーグを照り焼き[ソースを塗りながら焼く]にして使用)とか、チキンバーガー(ハンバーグの代わりにチキンソテーを使用したもの)とか、その他にもたくさんの亜流がある、なかなか存在感のある料理です。“挟むモノ+バーガー”で、なんでもありって感じです。

 さて、ハンバーガーとは、肉料理でしょうか? それともパン料理でしょうか? 
言葉を変えて言うなら、ハンバーガーでは、肉とパン、どちらが主役でしょうか?

 ハンバーガーって、“hamburger”であって、“hamburg + er”であって、“hamburg”とは、ドイツのハンブルグという都市の名前であって、接尾辞としての“er”は「~に由来するもの」とか「~出身のモノ」という意味があり、“hamburger”とは、実はハンブルグ・ステーキ(我々がイメージする料理としてのハンバーグがこれです)の事を指します。

 ですから、ハンバーガーと言うのは、本来はハンブルグ・ステーキをパンではさんだもの…つまり、ハンブルグ・サンドウィッチの事であり、名称の後半にある「サンドウィッチ」が省略されて、その上、ハンブルグを英語読みのハンバーガーへと変えられて、いつしかハンブルグ・サンドウィッチの事を、ハンバーガーと呼ぶようになったわけです。それでハンバーガーという言葉は、本来の肉料理であるハンブルグ・ステーキのことであったのだけれど、時を経るに従って、ハンブルグ・サンドウィッチの略称から正式名称へと昇格して、今に親しまれているわけです。

 そういう出自を考えると、ハンバーガーの主役はあくまでも肉であって、パンは単なる添え物、あるいは手を汚さないための食器のようなものだと考えられます。

 でも、ハンバーガーを肉料理であると思っている人って…どれだけいるのでしょうか?

 たとえば、丼もの。天丼とか親子丼とか牛丼とか…この手の料理の事を我々は「ごはんもの」と言う言い方をします。つまり主役は丼の下に隠れている飯であり、天丼の天ぷらとか、親子丼や牛丼の具は、あくまでもトッピング扱いであり、ゲストなのです。

 もしかすると、ハンバーガーも主役はパンで、中の肉はゲスト扱い…なのかな? と言うのも、ハンバーガーって、我が国では、肉屋でコロッケと並んで販売されているわけではなく、パン屋でアンパンやカレーパンと並んで販売されているでしょ?

 ハンバーガーの主役が、肉なのか、パンなのか、考えれば考えるほど、分からなくなります。

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2016年9月17日 (土)

タニシ、162匹投入!

 話そのものは、だいぶ前の、8月も上旬ぐらいの話になります。

 私も7月下旬から8月上旬にかけて、夏の一番忙しい時期を終え、多少の時間の余裕が出てきた頃だったので、知り合いの農家さんに頼んで、年に一回行っている地元のタニシの採集に行きました。

 なに、採集と言っても、田んぼに行って、タニシを拾ってくるだけです。

 でも、今年は昨年とはだいぶ様子が違いました。1つには、周囲の農家さんで廃業してしまった所が増え、昨年までは青々とした田んぼだったところが、宅地になっていた事です。仕方のない事とは言え、何となく寂しくなりました。

 それでも、私が懇意にしている農家さんは(まだ)農業をやっていて、田んぼもあります。で、そちらの田んぼに伺ったわけですが、行ってビックリ、実は大半の田んぼが干上がっていました。

 「もう、田んぼの水を抜いてしまったのですか!」と尋ねたところ、実はそうではなく、単純に水不足で、田んぼに水が溜まらないのだそうです。

 とりあえず、タニシの採集を始めました。当初予定では、100匹ほど採集しようと思ったものの、水の入っている田んぼで元気にしていたタニシを頑張って採集しても、やっと60匹でした。それで終わりにしてもよかったのですが、金魚たちの食欲旺盛な事を考えると、もう少しいた方が良いので、別の田んぼを探したのですが、他はどこも田んぼそのものが干上がっているわけです。

 他に水があるところを探していくと、用水路がありました。用水路には、水が例年の1/10ぐらいしか流れていませんでした。ああ、本当に水不足なんだなって思いました。

 用水路にもタニシがいましたので、そこからも少し採集して、やっと80匹です。

 ちなみに、用水路は水が少ないために、とても浅くなっていて、水底がよく見えていました。で、用水路の水底を見ると…そこにはびっちりとドジョウがいるのが分かりました。手づかみで採取できるかなと思って、手を入れてみましたら、ドジョウがびっくりして大騒ぎで、結局、一匹もつかめませんでした(そりゃあそうだよね)。

 とにかく、水が不足していて、ドジョウなどは、本来は広々とした田んぼで暮らしているのだろうけれど、水が無くなってしまったので、水がある場所(つまり用水路だね)に集まってしまったのだろうと思います。

 ドジョウは動作が機敏ですから、そういう事ができます。貝類は動作が緩慢ですから、そういった事もできず、干上がった田んぼには、目を覆わんばかりに乾燥したタニシが蒔かれたように転がっていました。ほんと、たくさんのタニシが干上がった田んぼで干からびていたのですよ。

 そこで、あまり期待せずに、干上がった田んぼから干からびたタニシを100匹ほど拾ってきました。もしかすると干からびたタニシだけれど、中でまだ生きているのかもしれない…そんな期待をして、約100匹ほど拾ってきました。

 これで田んぼから180匹ほどのタニシを拾ってきたわけです。

 これを家に帰ってから、水につけてもどしてみる(笑)と、162匹のタニシが元気に動き出したわけです。残りの20匹程度のタニシは…すでにカラの貝でした。カラの貝にドロがつまっていて、それで中身が入っていると勘違いしてしまっていたわけです。

 とにかく、たとえ外側が干からびたタニシであっても、きちんフタをして中身の入っていた貝は、みんな元気だったわけです。ああ、よかった。

 で、それらの検疫をして、外側も内側もきれいにしてから水槽に入れたところ、さっそく金魚の餌食になっていました。いやあ、早い…。たくさんいるので、数えるのも難しいのですが、おそらく一月ほど経ちましたが、現在、水槽の中のタニシは100匹程度かなって感じです。つまり、あっという間に60匹ほどを食べてしまったわけです。ほんと、金魚はタニシが好物なんですね。来年の夏までタニシ、保つかな?(やっぱり無理かも…)。

蛇足  ちなみに金魚たちは食べ終わったタニシの貝を一箇所に集めます。まるで貝塚を作っているようですが、飼い主的には水槽の掃除の時に、そこに集まった貝殻を拾って捨てればいいので、だいぶ楽をさせてもらっていまし、何個食べたのか分かるので管理もし易いです。

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2016年9月16日 (金)

ある意味、フルートのダウングレードを命じられたわけで…

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今日は、ポケモンを狩りながら来たので、レッスン時間ぎりぎりになってしまい、妹殿のレッスンは見ていません。私がお教室に入った時は、妹殿は、ちょうど先生に、今後はそっちのフルートを吹くように…と言われていたところです。

 そっちのフルート…とは、妹殿は、フルートを三本持っているのですが、そのうちの一本だろうと思います。前回のレッスンまで吹いていたのは、総銀フルートで、おそらく今回も総銀フルートでレッスンを受けていたのだと思いますが、それと合わせて手持ちのフルート(彼女は常にフルートを三本持ち歩いているのです)でも、先生の前でフルートを吹かされていて、前述の先生の言葉になったようです。

 先生がそっちのフルートと言ったフルートは、全体的に古びていて、黒くなっているフルートでした。おそらく、彼女が長いこと吹いていた、以前のメインのフルートではないでしょうか? あの黒さは黒サビの黒さでしょうし、メカの部分の鈍い銀色はメッキが薄くなってしまった色だろうと思いますので、あのフルートは…おそらく管体銀?かなって思います。それにしても、めっちゃ吹きこまれている楽器です。

 先生は、無理して総銀フルートを吹くのではなく、身の丈にあった管体銀のフルートで練習しなさいって言っているわけです。それに対して、妹殿は激しい反応ってか、反発ををしていました。よほど、総銀フルートを吹きたいのだと思います。今更、以前使っていた管体銀のフルートに戻るのはイヤなんだろうと思います。

 調整をしてくるので、こっちのフルート(総銀)で吹かせて下さいと、何度も何度もお願いしてましたが、先生は、そのフルートは調整する必要はない。それよりも、そっちのフルート(管体銀)を吹きなさい…ってわけで、平行線となってました。

 そこに私がやってきたので、話が途中で終了したわけです。先生は管体銀のフルートの頭部管にマニキュアで印をつけてくださいました。それが乾くまで、フルートを片付けるのは待っていなさい…ってわけで、すぐに私のレッスンになりました。

 いやあ、お教室に入ってきて、息も整わないうちに、レッスンです。ちょっと焦りました。

 急いでフルートを組み立てて、ぴゃーと吹けば、先生から「エクセレント!」と誉められました。音程がバッチリだったようです。その後のロングトーン練習も、前回同様に、バッチリでした。やっぱり、フルート合宿に行って、私も一皮むけたようです。

 でも先生から「ちょっと吹きすぎだね。もっと響きを気にしてください」と言われちゃいました。いやあ、息も整わないうちのレッスンである事と、なんかその場の、和んでいない雰囲気と、妹殿の視線などなどを感じて、無意識のうちに吹きすぎてしまったようです。いかんいかん。

 でもね、先生がレッスンできつい言葉を使っている時は、真剣な証拠なんです。先生、真剣でないと、きつい言葉を使いませんからね。よほど、妹殿の事を心配しているんですよ。だって、先生、妹殿をこんなにしてしまった前の先生の名前を聞き出そうとしていましたが…さすがに妹殿は前の先生をかばって、絶対にその名前をクチにしませんでした。だって、H先生って、この界隈の顔役だし、先生にらまれたら、この地でフルート教師やれないもんなあ…。

 ちょっと自分が吹けるというだけで、他人にフルートを教えると、こういう生徒しか出てこないのです…とか、今回は、H先生、結構辛辣に吠えていたし…。二人とも、ちょっと血圧上がっているんじゃないですか?

 私のロングトーン練習が終わっても、まだ冷戦っぽかったので、私が質問をしました。

 実は合宿の時に、皆さんが先生から「スケールを吹きなさい」と言われて、スケールとアルペジオをササッと吹いたのですが、私はそういう練習を日常的にやっていないので、ちょっと付いて行かれなかったので、具体的にどんな音形で吹いているのかと尋ねたわけです。

 音形的には、アルテ15課1章のe mollの8番のスケールとアルペジオの音形を使っていたそうです。うむ、ではたまに時間がある時(ってあるのかな?)に練習しておこう。

 さて、エルステユーブンゲンの18番です。練習はしてありますが、まだまだだいぶ危なっかしい感じでレッスンに臨んだのですが、レッスンでは、最初の3小節目でこけたら、そこからこけっぱなしで、ついに戻れませんでした。実に無様です。私はたいてい無様ですが、ここまで無様だった事は、始めてかもしれません。いやあ、ダメじゃん。ダメじゃん。ダメダメじゃん。なんか、今日は場の空気が悪いんじゃないですか?

 結局、18番と19番は不合格となりました。

 次のプチエチュードは、途中でリズムが分からなくなってしまいました。指もいくつか間違えていたし…。吹き込みが足りない以前の問題です。特にリズムがうまく取れなかった所は、先生から激しい指導を受けちゃいましたが…まあ、自分が出来ないのだから仕方ないし、先生だって、健康とは言えない体なのに、そこまで気合を入れた指導だったので、なんか申し訳なく感じてしまいました。

 とにかく、次回のレッスンに向けて、しっかりリズムと指の確認をしないとね。

 さて、今週の雑談は…吹奏楽コンクールにまつわるお金の話…なので、ここには書けません(残念)。H先生は、以前はあっちこっちで審査員としてモテモテだった(今はその手の仕事はお弟子さんに譲ったそうです)し、その頃の話が中心だったんだけれど…まあ、音楽もビジネス、その中でも、吹奏楽はかなり成功したビジネスなんだと思います。先生も「演奏しているよりも、審査員をしている方が儲かるって、なんか違うような気がするんだね」と言ってました。まあ、演奏家のプライドが、そう言わせているんだろうと思いますが…審査員のお仕事だって、立派な音楽のお仕事ですって。

 吹奏楽は人気があるから、関わる人が増え、組織も大きくなり、大きな組織はスケールメリットが生まれてくるので、色々と大金を生み出すわけで、それで吹奏楽の世界が潤い、次世代の育成に使われていくのなら、何の問題も(たぶん)無いと思うわけです。

 いいじゃん、吹奏楽で儲けたって…サ。私は、そう思うよ。

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2016年9月15日 (木)

某国際音楽コンクールに関する、素朴な疑問

 先日…と言うか、先月の話になります。私、某国際音楽コンクールの声楽部門の予選を見てきました。日頃、素人さんの発表会ばかり聞いている私からすると、技術的に完璧な演奏ばかりで、十分お腹いっぱいになったわけで、たまには、こういうプロを真剣に目指している人たちの演奏も聞かないといけないなあ…と思ったわけです。

 で、このコンクールでのパフォーマンスについては、何の問題も無い私ですが、それ以外の部分で、色々と不思議に思った事があったので、それを何となく書き上げてみたいと思いました。

 まず、このコンクールは、声楽部門以外にも、各種楽器ごとに部門が分かれています。その中に、アマチュア部門(?)というのがあり、ここはすべての楽器が“演奏者がアマチュアである”という括りでまとめられている部門のようでした。今回、私は時間の都合もあって、アマチュア部門を見なかったのですが、アマチュア部門にも歌手の方々が何人かエントリーしていました。つまり、アマチュア(専門教育を受けていない人)たちのためのコンクールがアマチュア部門だなあ…と了解したわけです。

 しかし、アマチュアである事だけが共通項で、楽器も違えば、年齢も経歴も全然違う人たちを集めてコンクールなんて、出来るのかしら?

 次の疑問。声楽部門の方ですが、こちらも、下位が部ごとに分かれていまして、中学生の部、高校生の部、大学生の部、一般Aの部、一般Bの部と分かれています。まあ、中学生と高校生は音大を目指している方々、大学生とは現役音大生の事でプロを目指している方々であろうと思われます。一般Aと一般Bは年齢で分けられます。Aの方が35歳まで、Bが年齢制限無しというわけで、共に音大卒業生が出演されていたようです。

 …ようです、と言うのは、コンクールなので、出演者の経歴はおろか氏名や国籍など、すべて伏せられていたので、よく分からないのです。

 それはともかく、学生の部は…まあ分かります。一般Aは音大卒業生でプロをめざしている方々…というのも分かります。でも分からないのが、一般Bという部門です。これって何だろうと思いました。

 コンクールですから、プロを目指す方が出場されているわけで、プロの方は出場されていないはずです。35歳過ぎてプロを目指す…?って、普通はないわけでしょ? 他のコンクールでも、声楽はかなり高齢になるまでコンクールの出場が可能なモノが多いですが、それでもだいたいは30歳、せいぜいが35歳までです。コンクールで優勝して、プロとしてデビューをして、活動を始めて…って考えると、このあたりが上限ギリギリでしょうね。と言うのも、声楽は引退も早くて、50歳前後で一線を引きますから、デビューが遅すぎると、デビュー即引退となるわけで、それじゃあシャレになりません。

 ところが、一般Bの部門には、かなりの年配者も出場されていました。ですから、これからプロを目指す方々が出場しているわけは無いわけで、じゃあ、このB部門は何のために用意されているか、私には全く分かりませんでした。B部門の人たちは、プロではないわけだし、プロを目指しているわけでもないのなら、間違いなくアマチュア歌手さんなんだから、アマチュア部門に出場するのがスジなんじゃないのかな…なんて思うわけです。

 次の疑問。事前審査と言うのは、無かったのかな? と言うのも、クラシック系のコンクールなのに、ポピュラーソングをアカペラで歌っていた人がいたもの。これは上手い下手の問題ではなく、場違いでしょう? 少なくとも、音源審査をやっていれば、こういう場違いな方の出場は避けられたと思いますよ。

 次の疑問。予選出場者の大半は、本選に出場できるのですが、これだけ多くの人が本選に行けるなら、予選なしでもいいんじゃないのか?って話はなりませんか?

 次の疑問。予選と本選で、別の曲を歌う人も若干いますが、全く同じ曲を歌う人が過半数なわけで、私は予選が面白かったので、本選も見に行こうかなっと思ったけれど、本選の曲目を見て、やめた次第です。だって、予選と本選で、曲も同じ、争うメンバーも同じでは、本選としての面白さなんて無いものね。

 次の疑問。どうして、客席はガラガラなの? これじゃあ、素人の発表会の方が、よっぽどお客さんを動員しているよ? 仮にも“国際音楽コンクール”なのに、どうしてお客が少ないのだろう? そしてお客が少ないのだから、仕方ないとは言え、プログラムぐらい主催者が用意してくださいよ。当日プログラムが無いものだから、私は壁に貼られたプログラム(壁には貼ってくれるんだよね)を写真で写してそれを見ていました。だって、歌っている曲目ぐらい知りたいじゃない。

 次の疑問。一人ひとりの時間制限があるのは当然として、それなのに、平気で時間オーバーをする曲目を選ぶ人がいるのはなぜ。それも一人じゃないんだよ。演奏中に、ベルが鳴るのって、イヤじゃないのかしら? 音楽なんて、演奏前から、だいたいの演奏時間って分かるわけで、制限がある以上、そこに引っかからないように選曲してくるものじゃないの?

 次の疑問。いや、疑問ですから無いなあ…。演奏者の7割はソプラノさんでした。聞いても聞いても、ソプラノばかりが続き、ああ、日本の歌手のほとんどはソプラノさんだなって思ったわけです。残りの3割のうち、2割はバリトンさんでした。つまり、日本の声楽界はソプラノとバリトンで成り立っているわけです。残りの1割がメゾとカウンターテナーだったわけです。

 そう言えば、テノールって、今回のコンクールにかぎらず、他のコンクールでも滅多にお目にかかれません。テノールって、そもそもの人数が少ない上に、コンクールに頼らなくても生きていける種族なんだなあ…とつくづく思った次第です。

 次の疑問。これも今回のコンクールに限りませんが、バリトンさんって人数少ないのに、みんなコンクールだと同じアリアばかり歌いますね。バリトンって、どうして曲を被せてくるのかな? あれって、互いに相談して、曲目を合わせて来ているのかしら?

 次の疑問。基本的に伴奏ピアニストさんは、歌手が持ち込むようでしたが、幾人かの歌手さんが同じ方にピアノを弾いてもらっていました。あれはなぜ? 同じ門下の歌手さんが揃っていて、それで同じピアニストさんに頼んだのか? 実は売れっ子伴奏ピアニストさんなので、仕事が重なっただけなのか? ああ、よく分からないけれど、歌手は変われど、ピアニストさんが同じで「また、出た!」と、心の中で叫んじゃった私です。

 まあ、この他にも、あれこれあれこれ疑問を感じた私でしたが…それでも演奏自体中々面白かったです。

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2016年9月14日 (水)

メトのライブビューイングで「連隊の娘」を見てきました

 例によって、東劇でメトのライブビューイングのアンコール上映を見てきました。今回はドニゼッティの「連隊の娘」です。

 「連隊の娘」と言うと、テノールがHi-Cを連発するオペラとして有名だし、実際、多くの歌劇場での上演や発売されているDVDなどでは、テノールにスター歌手を配し、Hi-Cの見事さを売りにしているわけです。

 正直、テノールさえ良ければ、後は“どーでもいー”という扱いになりがちのオペラですし、そうであっても仕方のないオペラかなって、私も考えます。

 でも、2008年に収録された、このメト版「連隊の娘」は違います。もちろん、テノールのファン・ディエゴ・フローレスは、素晴らしいです。Hi-Cの9連発だって、見事なものです。でも、この上演に関しては、彼は二番手です。それは本人だって分かっている事でしょう。

 「連隊の娘」というオペラでは、テノールのHi-C連発が最大の売りですから、このアリアを歌い終わった後に、客はアンコールを求めるわけですし、テノール歌手だって、自分の体調を鑑みて、なるべくアンコールに応えるのが、普通なのですが…今回のフローレスは(ライブビューイングであったと言う事情もあるでしょうが)客の求めには応えずに、アンコールを見送ったくらいです。

 でも、それでよかったんだと思います。

 と言うのも、この上演は、テノールのためのモノではなく、明らかにソプラノのための上演なのですから、テノールのアンコールは無くてもいいのです(もちろん、観客的にあった方がうれしいのですけれどもね)。

 そう、この2008年のメトの「連隊の娘」はソプラノのための上演であり、ソプラノ歌手を楽しむための上演なのです。

 そのソプラノとは、すでに引退し、今となっては過去の映像でしか見ることのできない、ナタリー・デセイです。

 今回のオペラは、不世出のソプラノ、ナタリー・デセイを徹底的に味わい楽しむためのオペラなのです。

 とにかく、徹頭徹尾首尾一貫として、ソプラノのためのオペラであり、そして、デセイのすごさを感じるオペラなのです。

 この「連隊の娘」というオペラは、通常のオペラとは違って、いわゆるレチタティーヴォがありません。アリアとアリアは、ストレートな芝居でつないでいきます。そう言った点では、ミュージカルっぽいオペラとも言えます。

 で、アリアとアリアをセリフでつないでいくタイプのオペラでは、しばしばセリフの部分が演出家の手によって書き換えられることがあります。今回の「連隊の娘」のセリフ部分は、完全にデセイが演じるという前提で書き直されているんだそうです。つまりデセイ有りきのアテ書き台本ってわけです。そのせいもあって、実にオペラが小気味良くて楽しいのです。

 とにかく、デセイというオペラ歌手は、歌手である前に女優である人なのです。だから、舞台では役に入り込み、完全に女優として振舞っているわけで、そんな彼女を活かすために台本を書き直しているのだから、素晴らしくないわけはないし、おそらくこの台本では、デセイ以外のソプラノが演じるのは…たぶん無理です。だって、この台本では、デセイ演じるマリーは、15歳の少女ということもあるけれど、常に動き回り、走り回り、飛び回り、何しろ一瞬たりとも止まらない、若いエネルギーにみちあふれた少女なのです。

 そんな若々しい役を、普通のオペラ歌手が演じるのは…まあ無理ってもんです。だって、オペラ歌手って皆さん、ああ見えて、カラダが重いんですね。デブに見えない人だって、かなりの重量級です。その点、デセイは普通体…と言うか、一般人に混じっても小柄な体型で、とてもオペラ歌手の体型ではありません。ああいう小柄な体型だから、飛んだり跳ねたりができるわけです。

 まあ、実際彼女は、オペラ歌手になる前は、ちゃんとした演劇学校で演技を学んだ女優さんで、女優さんなのに歌が上手いので、女優デビュー後に音楽学校に入り直してオペラ歌手になったという経歴の人なので、歌以前に演劇有りというスタイルは、彼女にとって、ごくごく当たり前なんでしょうし、元々が女優さんですから、体型だって、普通の女性サイズなのも、当たり前。

 そういう意味では、オペラ歌手としては異質で、規格外のソプラノと言えます。

 だから、15歳のマリーという役を(カメラのアップシーン以外では)本当の15歳に見えるように演じる事ができるわけです。

 あれだけの演技を魅せつけられたら、Hi-Cを9連発しても、注目されるのはその当座だけで、テノール歌手がかすむのは、当然と言えます。フローレスという稀代の名歌手であっても、デセイとの共演では食われっぱなしってわけです。

 まさにディーヴァです。

 デセイのオペラDVDはたくさん発売されていますが、契約の問題があるのでしょうね。日本語字幕の付いたモノは、ほとんどありません。そのため、日本ではデセイは評価されにくい歌手なのですが、本当に素晴らしい歌手です。今回のメトでの上演のような日本語字幕がついたモノは少ないので、こういうチャンスがあったら、なるべく見るのが良いと思います。

 それにしても、デセイのオペラDVDに日本語字幕をつけて販売してくれる業者さんはいないのかしらね。ほんと、残念だわ。

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2016年9月13日 (火)

今年もトリを歌います

 声楽のレッスンの続きです。

 テノールのソロアリア「Che gelida mania/冷たい手」からです。

 このアリア、分かっていたことだけれど、簡単じゃあないですねえ…。曲の最初に出てくる、高いBですが、なかなかうまく歌えません。成功率は“1.5/4”って感じかな? つまり、4回中、ちゃんとBが歌えたのは、たったの1回だけで、「ぎりぎり歌えたかも?」が1回(これを0.5回としてカウント)、後の2回は、明らかな失敗って奴です。うむ、これでは本番では使えませんね。

 一応、高いBは私にとってギリギリ出せる音なのですが、あくまでもギリギリであって、色々と条件が揃わないと、うまく歌えない音でもあります。テクニックと言うよりも、メンタルの問題が大きいかな? 音程が高い事に加えて、大きな跳躍なので(気持ち的には全然平気なつもりなんだけれど)カラダが緊張して、固まったり、力んだりしてしまうんだよね。そうなってしまうと、出せる音も出せなくなるわけです。困ったもんだ。

 おそらく、ノドを脱力しさえすれば、ピヤ~っと歌えるはずですが、それがなかなか上手くいきませんね。

 この曲では、ピアノ伴奏も苦労していました。別に楽譜通りに弾けない…とか、歌に合わせて弾けない…とか、そういうレベルの話ではなく、楽譜に忠実であるけれど、歌手の歌にも合わせて弾けるのだけれど、でもそこから離れて、自ら歌いながらピアノを弾かないと、結果として音楽にならない…というわけで、ほんと、ピアノも難しそうです。

 またピアノの方も、楽譜通りにピアノを弾いてくれているのだけれど、気分的には、オーケストラを弾いているつもりじゃないと、音楽が軽くなりすぎてしまう…との事です。つまり、目の前にあるのは、ピアノじゃなくて、ピアノなのだけれどもオーケストラのつもりで演奏するのだそうですが、オーケストラって、ピアノとは当然鳴り方が違うわけで、そのあたりを意識して演奏しないといけないって事なんだろうと思いました。

 歌手の歌に合わせて弾くのも、実は良し悪しで、一定のテンポで流れていくような音楽ならともかく、この曲のように、テンポ・ルバートが基本な曲では、歌手の歌を聞いてピアノを弾いていくと、少しずつ音楽が重くなってしまい、結果的に歌手の足を引っ張ってしまうので、歌を聞くのではなく、自分で歌を歌って合わせていくのが良いし、場合によっては、歌の前々で合わせていく事も必要で…そうなってくると、ピアノを弾きながら、オーケストラの指揮をしているようなモンですわな。ああ、ほんと、ピアノも難しいですわ。申し訳ない。

 今回のレッスンは、Hi-Cを回避したフレーズで歌ってみました。

 気分的には、Hi-Cで歌いたいのですが、Hi-Cはあまりにリスクが高いです。今現在では、気力体力が充実していないと、ほぼHi-Cは歌えません。今の状態では、かなり厳しいし、本番とて分かりません。いつでもHi-Cを回避できるように、Hi-C回避メロディーも、たっぷり練習しておかないといけないので、今回は回避バージョンで臨んでみました。

 Hi-Cを回避すると、メロディーだけでなく、歌詞も変更になるし、何よりも耳慣れたメロディーではなくなるので、正しく歌っても、失敗した感じがしてしまうのが残念です。本当は、こちらが正規のメロディーなんですがね。

 Hi-Cは私にとって、かなり難しい音なので、おそらく本番もHi-C回避バージョンになるかな…と思ってます。それにしても、本番までに奇跡が起こって、Hi-Cを楽々と歌えるようにならないかしら?

 とにかく、歌もピアノも難しいアリアでした。さすがに先生がお薦めしないだけはある(笑)。

 次は妻のアリアなので、少し休憩をして、最後の二重唱「O soave fanciulla/ああ、うるわしの乙女よ」となりました。

 とにかく、出だしから歌とピアノが合わない(涙)。数回やってみたけれど、なんともうまくいかない。後で思い当たったのだけれど、出だしの“O soave fanciulla”は三連符を基本にしたリズムで“O-so-ave”は等間隔で、3つで1拍になっていて、ピアノはそのように弾こうとして、私の“O”を聞いて、瞬時に全体のテンポを設定して弾き始めるのだけれど、私はこの“O”を長めに歌っているため(だって“O”は間投詞でしょ! 他の言葉よりも力も入れば、発音に時間がかかるわけです)、この“O”に合わせてしまうと、音楽が遅くなってしまうのだけれど、私はもっと早く歌いたいわけで、そこで意見の齟齬が生じてしまうわけです。

 まあ、ダメなのは私なんだけれど、そこをうまくピアニストさんに伝えないとダメだよね。

 それにしても、妻が全然歌えない。本当に大丈夫かしら。

 そうそう、私と妻と先生とピアノが同時に音を出してしまうと、私の録音機では録音できない事が判明しました。入力過多になってしまうようで、録音されたモノを聞き返してみると、4人で歌うと、突然、ハウリングを起こしたような音として録音されてしまいます。録音機の音量調整は自動になっているのですが、自動も追いつかないほどの声で歌っているってわけです。

 今使っているのは、サンヨー(ああ、懐かしい)の普及型のPCM録音機なので、もう少しグレードの高い録音機に買い換えないと…そろそろダメかな?

 さて、この二重唱でも、テノールにはHi-Cがあります。今回は、ここも回避して、本来のメロディーを歌いました。ここは、プロでもHi-Cを出す人と、出さない人に分かれます。演劇的には、おそらく、Hi-Cを出さないほうが正しいと思います。でも、テノールってバカだから、可能な限り、高音を出したいもので、私だってやっぱり、可能ならHi-Cで歌いたいのです。

 でもここは、単にHi-Cなだけでなく、ロングロングトーンであるので、「Che gelida mania/冷たい手」のHi-Cよりも難しかったりします。そりゃあ、チャレンジもできないわな。ああ、難しい。

 以上で、レッスンは終了。

 さて先日、主催者から当日のプログラムが送られてきました。私たちは、昨年に引き続き、今回もトリを取ります(大トリはギターアンサンブルさんです)。出演予定時刻は、19時20分頃? ああ、遅い。たぶん、昨年同様、客のほとんどが帰ってしまった、寂しいホールで歌うことになりそうです。ちなみに、このコンサート、当初は器楽ばかりのコンサートでしたが、少しずつ声楽が増えて、ついに今年は、全体の半分を声楽が占めるようになりました。その声楽の最後が私たちですからね、気合入れて歌っていきますよ。

 と言うわけで、最後に告知しておきますね。

10月8日(土)
茅ヶ崎市民文化会館小ホール(JR東海道線・茅ヶ崎駅北口より徒歩10分)

19:20頃出演予定
歌劇「ラ・ボエーム」より「冷たい手」「私の名はミミ」「ああ、うるわしの乙女よ」を歌います。応援よろしく。

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2016年9月12日 (月)

いよいよピアノと合わせながらのレッスンに突入です

 声楽のレッスンに行きました。

 今回の発声練習は、ppの練習をしました。一曲の中で、楽譜に記載されているかどうかに関わらず、必ずppの声で歌う箇所を作って、そこでは必ずppの声で歌う習慣を身につけるように言われました。何故か…?と言えば、それは私が“最初っから最後までクライマックス!”的な歌い方をしているからです。常に全力で歌っていたら、声帯が疲れちゃうし、声も保たないわけで、そこはやはり、声の使い方にメリハリをつけなきゃいけないわけで、そのために、まずはppで声の使い方を学びましょうって事です。

 それに“美しいppは、テノールの武器の一つ”でもあるしね。

 いつも言われている事だけれど、奥を開けて歌うことも注意されました。“奥を開けて”と言っても、最初から開いていてはダメで、フレーズの出だしでは、そんなに開いていなくてもいいのです。歌いながら、高音に向かいつつ、少しずつ奥を開いていくのです。もちろん、開くのは、実際の発音よりも先行しないといけないわけですし、開く箇所も、なるべくクチの奥が良いのです。クチの奥の開閉で音色が変わるくらいで、ちょうど良いのです。

 腹筋での支えも毎度のように注意されました。高い音はもちろん、低い音になっても、声をノドに落とさないために、しっかりと腹筋で声を支えないといけないのです。

 あと、上昇フレーズは、階段を踏みしめながら上がるように歌わずに、坂道を駆け上がるように一気に滑らかに歌えると良いとの事です。

 まあ、毎度の事ですが、たくさん学ぶ事はあります。

 さて、曲の練習ですが、今回から本番ピアニストを伴ってのレッスンとなりました。まだ一度も歌とピアノを合わせたことがないので、今回のレッスンは、ピアノとの合わせがメインのレッスンとなりました。

 とにかく、最初からつぶしていきましょうって事で、バンバン歌っていきました。

 最初は、イントロ代わりに歌う二重唱「Grazie, Buona sera/ありがとう、おやすみなさい」です。二重唱なので、妻と二人で歌うわけですが…ほんと、妻が歌えないのです。明らかに練習不足です。

 私の妻は、基本的に練習熱心ではありません…と言うか、あまり練習が好きではないようです。特に音楽練習はあまりしません。本番前でも歌詞の暗記をチャチャとやる程度です。と言うのも、歌詞さえ暗記しちゃえば、後はどうにでもなる…と考えているようだし、実際、今まではどうにかしてきた人です。

 まあ、楽譜は読めるし、音感もあるし、元々歌える人だから、私のようにみっちり練習しなくても、全然間に合っていた人なんだけれど、今回のボエームは、さすがにそんなわけにはいかないようです。やっぱり、ボエームは難しいです。ボエームは、初見で歌えるほど、音楽は甘くないです。それ以前に、歌詞、全然覚えてないし、クチまわってないし…。おまけに、発表会の時と比べると、かなり分量も増えているし…。

 それでも、きっとどうにかするでしょうし、本番には間に合わせてくれると…私は信じていますが…さあ、どうなるでしょうか?

 なので、レッスンでは、結局、妻のパートを先生がほとんど歌って、ピアノとの合わせをしちゃいました。いいのか、それで!?

 例によって、レッスン自体は、リズムの確認と歌詞の修正を中心に進みました。この二重唱では、テノールはソプラノに対して、心情的に負けているので、歌も自分を前に押し出すのではなく、ソプラノに仕えるように、ソプラノが歌いやすいように、歌ってあげる事が必要です。“歌いやすい”とは“歌い出しやすい”と同義で、フレーズのバトンを優しく、ふわっと手渡してあげる事です。これが案外、難しい(汗)。

 それにしても、ピアニストさんが、バリバリ弾いていくので、改めて感心し、驚いてしまいました。

 ボエームの楽譜を見ると分かりますが、ピアノ譜でありながら、ほぼオーケストラ譜の移植で、全然ピアノ曲っぽくない音の並びである上に、楽譜は真っ黒だし、テンポは歌手が揺れながら適当に歌われちゃうし…伴奏ピアノとして、かなりの難度の曲だと思うのですが、それを堂々とバリバリ弾いていきます。

 あまりに難しかったら、音を省いて弾いていいですよ…と言ってあげるつもりだったのですが、それは杞憂のようでした。

 私たちのピアニストさんは、プロではありません。もちろん、音大も卒業していません。ただただピアノが好きで、趣味でピアノを弾いている人なのです。だけど、ピアノが上手で、趣味が高じて、我々のピアノ伴奏をしてくれたり、あっちこっちの市民合唱団の練習ピアニストさんをやっているような人なので、ある程度は弾けるのですが、でも、ここまで弾いてくれるとは思ってませんでした。

 私、この人よりもピアノを苦手としている、音大出のプロのピアニストさんを数人知ってますよ。ピアノが苦手なのに、ピアニストを職業としていて、それで縁があって仕事を依頼した事がありますが、そういう時の謝礼って、すごく高く感じるんですよね。

 私たちのピアニストさんは、謙遜な方で、全然偉ぶらずに、我々に寄り添って伴奏して、一緒に音楽を作ってくれるし、歌のレッスンにも快く付き合ってくれるので、プロのピアニストさんの知り合いもいないわけではないのですが、ついついこの方に自分たちの伴奏を依頼しちゃうんですよね。つまり、それだけ信頼しているわけです。

 信頼できるピアニストさんがいるってのは、たぶん幸せなんだろうなあって思います。

 と言うわけで、次はいよいよ「Che gelida mania/冷たい手」です。

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2016年9月11日 (日)

私はハゲなんだけれども…

 私はハゲです。頭頂部が薄いです…ってか、カッパです。いわゆる、カッパハゲです。

 でも、タッパもあるので、まじまじと他人からハゲ部分を見られることはありません。なにしろ私のハゲを確認するには、ほぼ真上から見下さないと無理だからです。

 私は、別にハゲを恥じてはいませんが、ハゲている事に関して、気を使われると、ちょっと複雑な気分になります。

 私は正面から見ると、ほぼハゲが分かりません。ですから、私がハゲている事を目視しちゃうと、たいていの人がビックリするみたいです。でも、ビックリしても、ハゲを話題にしずらいわけですから、何となく無かったことにするようなのですが、でも心の中では葛藤があるわけです。

 「え! この人、ハゲなんだ!」 だいぶショックがあるみたいです。

 まさかハゲだと思っていなかった人が、実はハゲだったんですよ。おそらく、そのショックたるや、カツラ愛好者のカツラが取れちゃうほど…ではないでしょうが、でも、そのショックにかなり近いかも。それほどに、驚愕の事実なんだと思います。

 ですから、私、ハゲは恥じませんが、ハゲを知られることで相手に気遣われるのは、とてもイヤなのです。むしろ、私のハゲを知っても、それが当然のように思い、その後は、何も無かったのように、ふるまってもらえたら嬉しいのだけれど…なかなか難しいわなあ…。

 というわけで、私は自分のハゲを隠しませんが、だからと言って、自分のハゲを積極的に他人の目の前にさらしたくはないのです。

 なので、アタマを下げる時も、あまり深々とはアタマを下げません。だって、ハゲが見えちゃうもの。しゃがんだり、かがんだりと言った低い姿勢も、あまり取りません。それらの姿勢が腰に悪い姿勢だと言う事もありますが…やっぱり低くなると、ハゲが見えちゃうからね。泳ぐ時は、スイミングキャップをカブリます。まあ、たいていのプールはそういうルールだから、ルールを遵守しているだけですが…やっぱりハゲが見えちゃうからね。外出する時は、ほぼ帽子をかぶります。帽子大好きってのもあるし、熱射病は怖いですが…やっぱり何かの拍子でハゲが見えたらイヤだものね。

 「そんなにハゲが気になるなら、カツラでもかぶればいいじゃん」

 だから、ハゲを恥じてもいないし、隠すつもりもないのです。ですから、カツラとか増毛とか、そういうモノに手を伸ばそうとは、夢にも思っていないのです。ただ、ハゲが原因で他人に気を使われるのがイヤなのです。

 ですから、私的に一番うれしいのは、私のハゲを見ても、ノーリアクションでいてくれる事です。世界人類…という大げさな話をしなくても、私の身近にいる人たちが、ハゲに対してノーリアクションでいれば、私はハゲたアタマをむき出しにして、世界を闊歩できるのですが…やっぱりハゲってインパクトがあるのか、世間はハゲを放置してくれません。

 ハゲなんて、たかが老化現象じゃん。年とれば、誰だって頭髪ぐらい、ハゲるか白くなるものなんだよ。だから、私ぐらいの年齢の人間が、ハゲていたって、びっくりする事なんてないんだよ。

 でもね、私は、まさか自分がハゲるとは思っていなかったよ。若い時から、なぜか自分はハゲずに白髪になる…と信じていたものです。それがハゲるとはね(笑)。でも、ハゲたけれど、白髪はほとんどありません。

 まあ、結論から言えば男性と言うものは、ハゲるのが先か、白くなるのが先かってだけの問題で、ハゲて私のアタマに残った黒髪だって、いずれは白くなるし、ロマンスグレーの老紳士だって、いずれは薄毛になるわけだからね。だから、ハゲになるか白髪になるかなんて、単純に老化の順番の問題なのかもしれない。

 同じハゲでも、カッパハゲではなく、おでこが広がる、サカヤキハゲだったら、前から見てもハゲ、上からみてもハゲで、横とか後ろから見てもハゲという、ハゲのフルオープンなので、他人に無用な気を使わせずに済むのになあ…と思ってますが、これはこれで、サカヤキハゲの方からすれば「そんな事はない」と全面否定されそうな気がします。

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2016年9月10日 (土)

ベルちゃんがメダカ10匹と一緒にやってきました…が…

 以前からよく書いてますが、金魚水槽には定員があります。いや、正確には定員と言うよりも、重量制限かな? とにかく、総量が決まっていて、それを越すと、弱い子から落ちてしまうという現象があります。

 我が家の金魚に関して言うと、水槽内の金魚定数は、今の大きさなら、だいたい5匹です。で、これが大型金魚ばかりになってしまうと、5匹は無理で4匹、あるいは3匹になってしまいます。つまり、金魚の大きさによって、金魚の定数が決まってしまうわけです。

 で、先日、ミカンが急死し、我が家の水槽の金魚は、現在4匹なわけです。ですから、急いで次の子を入れて5匹にしないといけません。と言うのも、このまま4匹状態が続くと、今いる子たちが大きくなってしまい、金魚定数が5 -> 4になってしまうからです。
 「別に金魚の定数が減っても、一匹一匹が大きく立派になるなら、それはそれで良いじゃないの?」

 それが良くないのです。

 以前、我が家の水槽は、巨大魚ばかりがいました。確かに巨大魚は見栄えは素晴らしいのですが、やはり色々と無理があるようで、健康を害する子も多く、病気がちになります。まあ、実は健康的な巨大魚と、不健康な巨大魚と言うのがあるわけですが、本当はそこは区別しないといけないのですが…。とにかく、我が家の水槽は、そんなに大きくはないので、金魚の運動面から言っても、ある程度、金魚の大きさは抑えた方が良いのです。

 で、去年の春~夏にかけて、金魚水槽を(結果的に)リブートした時に「次に来る子たちは、小さくて元気な子に育てよう!」と決意し、今に至るまでは、ひとまず巨大化を抑えて育ててきました。

 それでも、ちょっと油断がならないのです。

 誰が…と言うと、シズカが、です。

 シズカは、我が家にやってきた時は、本当に小さかったのです。どれくらい小さかったのかと言うと、尾ビレの一部がちぎれていてなくなっている事にも気づけなかった程に小さかったわけで、本当の本当に小さかったのです。

 それが毎日毎日、あれこれ精力的にエサを食べているうちに、むくむくと大きくなり、今じゃ、水槽一番の大食漢で、大きさ的にも、ヤヨイと並ぶほどに大きくなりました。

 ヤヨイは大きくても良いのです。この子は自然と無理なく大きくなった子で、スリムなまま大きくなった子だからです。でもシズカは違います。かなり無理やりに大きくなった子で、かなり不健康な巨大化をしています。ですから、この子の巨大化を阻止しないといけません。

 人間ならば、太ったらダイエットしてやせれば良いのですが、金魚は巨大化したら、小さくなれません。大きくなったカラダを維持できなければ、死ぬだけなのです。大きくなったカラダを維持するには、エサも必要ですが、心臓やエラの成長も必要なのです。でも、どうやら、内蔵はカラダほどは素早く大きくはなれないみたいで、不健康な巨大化をした子は、たいてい心臓関係やエラ関係がダメになってしまうものなのです。

 なので、シズカが巨大化する前に、次の子を入れないといけません。実際、この一週間、シズカのエサを食べる量が急に増えたし…ほんと、危険です。

 そこで、新しい子を迎え入れました。今度の子は、丹頂(白いオランダ獅子頭で、頭頂部の肉瘤だけが赤くなる種類です。別名:日の丸金魚)で、名前はベルと名づけました。Bel です。まあ、文法的には Bella と名付けるべきでしょうが、何となく“ベラ”じゃなくて“ベル”の方が良いかなって思った次第です。もちろん、Bell にも掛けています。そういうわけで、ベルちゃんです。私はベルタソと呼んでますが(笑)。

 640円の安い子です。実は、お店には3600円の高級丹頂もいて、最初はそっちの子にしようと思ったのですが、妻がその子を気に入らず(気が強そうだったのです)、安い子たちばかりがいる水槽の中で、キラキラお目々で我々をずっと見ていたベルちゃんにしたわけです。

 3600円と640円では、値段にだいぶ差がありますが、命の価値は値段じゃないしね。

 新入り金魚が安く買えた事もあって、メダカを10匹帯同していく事にしました。1匹50円で、10匹で450円という価格です。金魚とメダカ10匹で、約1100円。ほんと、安いなあ。高級金魚の1/3です。

 現在の我が家の水槽に、メダカは大小合わせて2匹います。ですから、新入りたちと合わせるとメダカは12匹になります。まあ、何匹かは金魚に食べられて減ってしまいますが、それでも何匹かは生き残るでしょう。最終的に5匹ぐらい残ればいいかなって思ってました。

 が…翌日、水槽の中のメダカを数えたら、大小2匹しかいませんでした。あれ? 昨日入れた新入りのメダカたちは、どこに行ったの?

 どうやら一晩で、すべてエサになってしまったようです。ううむ、もう水槽にメダカを新しく入れることは出来ない…ってわけですね。残念だ。

 まあ、とりあえず、ベルちゃんをよろしく。

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2016年9月 9日 (金)

熱中症はあぶないよ

 さて、フルート合宿が終わり、しばらくレッスンがお休みになりましたが、やっと通常のレッスンが再開されましたので、フルートのレッスンに行ってきました。

 今回、ポケモンゲットしながら、お教室に行ったところ、まだ妹殿のレッスンの最中でございました。やっていたのは…おそらく、アルテの1課。それも最初の最初の部分。まだ、先生との合わせにすら入っていないような段階だと思います。とにかく、ハ長調の音階をひたすら吹いていました。

 妹殿の問題は…指は動くのです。そりゃあ、10年近くもフルートを習っていたのだから、指が動かないわけがない。問題は、クチビルの脱力が全く出来ないって事だろうと思います。とにかく、吹きすぎているのですが…私もしばしば吹きすぎを先生に注意されるわけだけれど、きっと私の音も程度の差こそあれ、あんな感じなのかな…としばし反省です。

 他人のふりみて、我がふり直せ…ですな。

 とにかく、問題はアンブシュアにあるわけです。妹殿は、アンブシュアを意識して作りすぎるのです。それでドツボにはまり、クチビルがガチガチになってしまうようです。先生がおっしゃるのは、とにかく楽に吹け。力を抜け。クチビルの形を気にするな。もっとクチを開け。クチビルの真ん中から息を出せ。これらの事を言葉を変えて、何度も何度も説明して、練習させていました。

 大切な事は、フルートを吹くんだ…という意識を捨てる事。妹殿は、フルートを構えた瞬間に、クチビルを始めとして、全身に力が入ってしまい、音がガチガチになってしまうのです。とにかく、今は脱力が必要。そのためには、もっと楽な気分でフルートを吹けるようにしないといけないのです。

 という訳で、宿題は「とにかく楽器に触らない事(笑)」「仕事の合間でもいいから、ヒマがあれば、息を吐く練習をする事」 まずはこれだそうです。ううむ、先生、大変だあ。

 で、私のレッスンの番になりました。私、合宿を経験して、すごく上達したみたいです。と言うのも、ロングトーンの練習で、3オクターブ目のHの音が、先生とぴったり合って、実に気持ちよかったのです。

 今まで、3オクターブ目のAまでは、気持よく吹けたのですが、最後のHだけは、どうにも先生や姉様とは合わず、なんとも濁った嫌な響きになっていたのですが、今回、始めて、Hの音がビシッと揃ったわけです。うむうむ、私も一皮むけたのかな? いい傾向でございます。

 エルストユーブンゲンの18番は、まだまだ練習不足ですな。なんとか練習量を増やして、はやく暗譜しないとね。19番は、当然まだ手付かずでございます。

 プチエチュードは15番。いやあ、これ、難しいわ。合宿の時に散々譜読みをして指の練習をしたのだけれど、全然ダメだわ。先生に「ほぼデタラメ」と言われちゃいました。いやあ、ほんと、あっちこっち指を間違えすぎて、これじゃあデタラメと言われても仕方ないです。とにかく、まだまだ指が迷っている状況です。ほんと、練習をして、同じ間違えるにしても、指が迷って間違えるというのは避けないとね。

 さて、今回の雑談は…合宿の記事では書かなかったのだけれど、先生の熱中症の話。実は先生、合宿の二日目の午前中、熱中症にかかってしまって、もう少しで倒れてしまうところだったのですよ。

 あの日の野尻湖は、ほんと、暑かったのですよ。下界と変わらないくらいに暑くって、何のために高原に来たのか分からないと、参加者一同からブーブー文句を言われるほどに暑かったのです。

 先生がレッスンをしている別館は、ほぼサンルーム状態で、いくらクーラーを入れても室温が下がらず、ほぼサウナ状態でしたが、先生はその中で、合宿初日のレッスンを頑張ってしていたのです。で、宴会では、先生は水割りを濃い目にしてガブガブ飲んでいらっしゃいました(これが先生のお好み)。たぶん、その段階で、相当、水分が不足していたんだと思います。翌朝になって、レッスンを始めたところ、別館の暑さにも関わらず、汗をほとんどかかなかったので、先生、こりゃいいやと思ってしまったのです。いや、汗をかかなかったので、暑くなくて良いとすら思ってしまったようなのです。(二日目の別館もかなりの暑さだったんですよ)。で、昼休憩になって先生を見ると、もう青い顔をしてフラフラの状態でした。

 汗もかかない、トイレにも行きたくない、気分は快適だ(と本人は思っている)し、かと言って、水も飲みたくない…って状態となっていました。周りの我々は皆、汗まみれになっているのに、先生だけがいかにも「乾燥していまーす」的な感じだったので、マダムたちが慌てて、先生にポカリスエットを飲ませたところ、一気に先生のカラダから汗が吹き出して、みるみる血色が良くなって、先生、お元気になられました。

 ああ、やっぱり熱中症だったんだ…と、みんなして、心配と安心をしました。

 で、先生自身は、全く熱中症の自覚がなくて、でもなんか疲れて、フラフラして、心地よくて…って感じだったわけで、その話をしました。

 結論は“酒は水分だけれど、水じゃない”、水割り飲むなら、水を多めにして、薄口で飲みましょう…って事です。いやあ、熱中症に脱水症。ほんと怖いです。

 合宿から帰って、先生がテレビを見ていたら、酒の飲み過ぎで熱中症&脱水症になって死んだオジサンのニュースがあったんだそうです。、ゾーっとしたそうです。先生も一歩間違ったら、野尻湖で倒れていたわけで…ほんと、熱中症をなめちゃいけません。

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2016年9月 8日 (木)

メトのライブビューイングで「マリア・ストゥアルダ」を見てきました

 ただ今、東劇でメトのライブビューイングのアンコール上映をやっていますが、私、先日「マリア・ストゥアルダ」を見てきました。

 「マリア・ストゥアルダ」…ご存知ないですよ。いわゆるマイナーで無名なオペラでございます。

 作曲家はドニゼッティ。いわゆる彼の“チューダー朝三部作”と呼ばれるものの一つです。

 マリア・ストゥアルダとは、当然イタリア語読みであって、原語(英語)読みをすれば“メアリー・スチュアート”なわけです。いわゆる、メアリー1世であって、ほぼ最後のスコットランド王であり、彼女の息子のジェームス1世から現在のイギリス王家が始まるわけで、歴史上の偉人ってか、大人物なわけで、その彼女の人生を多少のフィクションも交えてオペラにしたのが、この作品です。

 ちなみに原作者はシラーさんだそうです。まあ、ヨーロッパ人にとっては、基礎教養的なお話のようです。

 それはともかく、なぜ私がこのオペラを見たのかと言うと…以前「ロベルト・デヴェリュー」を見て感動したから。「ロベルト・デヴェリュー」もドニゼッティの作品であって、やはりチューダー朝三部作の一つ(主役は、処女王ことエリザベス一世)です。「ロベルト・デヴェリュー」があれだけ面白かったのだから、他の2つのオペラも、きっと面白いに違いない…と思って見たのですが…やっぱり面白かったよ。

 実に、歌にあふれた、いかにもオペラオペラしたオペラでした。ドニゼッティーと言うと「愛の妙薬」のイメージが強くて、ああいうチャラけた喜劇を書く人って思いがちです。あるいは「ランメルモールのルチア」のような、声楽テクニックを見せびらかすような派手派手しい歌謡ショウのようなオペラを書く人とも思われがちです。もちろん、ドニゼッティーは商売でオペラを書いているわけだから、受けるモノなら何でも書くのだろうけれど、彼の本質は「愛の妙薬」のような喜劇とか、「ランメルモールのルチア」のようなアクロバティックなオペラではなく、シリアスな歴史劇オペラにあった…と専門家たちは評価しています。

 ただ、彼が得意として歴史劇オペラは、様々な理由があって、現在ではなかなか上演されないので、ドニゼッティと言えば「愛の妙薬」とか「ランメルモールのルチア」になってしまうわけです。

 それに、歴史劇オペラは、前提となる歴史が分からないと楽しめません。我々が、大河ドラマの「真田丸」が楽しめるのは、戦国時代のあれこれの歴史的事実を知っているからであって、その前提がない外国人とか、日本人でも歴史に全く興味のない人だと、あんなに面白い「真田丸」であっても、ほとんど楽しめないでしょう。歴史劇には、そういったドラマの受容に関する根本的欠点を持っています。なので、我々現代日本人が、ドニゼッティの歴史劇(中世ヨーロッパの歴史)に興味が持てないのも仕方ないのです。

 さらに言うと、「ランメルモールのルチア」に限らず、ドニゼッティの時代のオペラ歌手たちは、どうやら現代の歌手たちよりも、歌唱技巧的に高かったようで、ドニゼッティの諸作品を上演するには、現在なら声楽技巧的にトップレベルの歌手たちを集めて、何ヶ月ものリハーサルが必要になるようで、まずはそれだけの人材を集めてキープできるだけの歌劇場なんて、なかなか無いって事です。

 今回の「マリア・ストゥアルダ」だって、なんとメト初演なんだそうです。あれだけ毎日毎日オペラ上演をしているメトですら、未だに手を付けたことのないオペラだったんだそうです。なんとも凄い話です。

 出演者等は以下の通りです。

 指揮:マウリツィオ・ベニーニ
 演出:デイヴィッド・マクヴィカー

 マリア・ストゥアルダ:ジョイス・ディドナート(メゾ・ソプラノ)
 エリザベス1世:エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー(ソプラノ)
 レスター伯爵:マシュー・ポレンザーニ(テノール)
 タルボット卿:マシュー・ローズ(バス)
 セシル卿:ジョシュア・ホプキンス(バリトン)

 主役のマリアを歌うディドナートが素晴らしいのは、簡単に想像つきますが、エリザベス1世を歌うヒーヴァーが、ケツアゴなのが残念なんだけれど、なんとも凄いソプラノさんなのです。この人、メトデビューの新人さんなんだそうですが、いやはやなんとも、凄いっすよ。なので、この二人が丁々発止で歌いまくる第二幕なんて、恐ろしいほどの迫力です。ここだけ見るだけでも、十分料金分の価値ありって感じです。

 とにかく、このオペラは、マリアかエリザベスのどちらが常に歌っているオペラです。つまり、二人のディーヴァ対決を楽しむオペラなわけで、声が好きな人にはたまらないオペラとなっています。私はこの上演が初見なのですが、この上演では主役のマリアをメゾが、脇役のエリザベスをソプラノが歌っていますが、通常はマリアをソプラノが、エリザベスをメゾが歌うことが多いので、このオペラを見慣れた人(なんているのかな?)でも、あれこれ面白い上演になっていると思います。

 ちなみに、我らがテノールであるポレンザーニは…たくさん歌ってますが、このオペラに関しては、確実に女優二人に食われています。ああ、残念。

 こうなると、チューダー朝三部作の残りである「アンナ・ボレーナ」も見たいものですが、なんとも予定が合いません。ああ、来年、上演してくれないかな? DVDで購入するという手もあるし、実際「アンナ・ボレーナ」のDVDは持っているけれど、やはり映画館の大画面で見るのと家庭用のテレビで見るんじゃ、あれこれ違うからね。やっぱり、映画館で見たいじゃないですか。

 来年のアンコールでも「アンナ・ボレーナ」が登場する事を期待して待ちます。

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2016年9月 7日 (水)

名歌手の歌い崩しはマネしちゃいけません

 声楽のレッスンの続きです

 さてレッスンは「Che gelida mania/冷たい手」となりました。

 問題は、この曲には定番のイントロがありません。いきなり歌い出す人もいれば、この曲の数小節前の部分をイントロ代わりにして始める人もいるわけです。で、私の場合はどうしましょうか…という事になりましたが、色々と考えて「Che gelida mania/冷たい手」の前の二重唱を、全部ではなく(全部をすると、歌の負担も増えるし、何よりも制限時間をオーバーしてしまうので)、一部を歌うことにしました。で、どこから…という話だけれど、キリの良い所は…ってなると、やっぱりミミが鍵をなくした!と言って、飛び込んでくるあたり…でしょうね。でも、今後のレッスンの進行具合とか、暗譜の都合とか、色々と考えあわせると、もっと短いイントロを採用してしまうかも。最悪「冷たい手」の3小節前から始めるという手だってあるわけだしね。

 とりあえず、今回はミミが飛び込んでくる箇所から歌う事にしてレッスンを始めました。…始めましたと言っても、ミミである妻は、まだその部分を全くと言っていいほど譜読みも何もしていないので、私一人で(ミミの部分は先生が歌って)レッスンをしました。

 この部分、テノールパートは、いきなり高音(高いEとかGとか)から始まる事が多いので、それらの高音をガツン!とは歌わずに、子音先行で歌って、なるべくノドを傷めないように、疲れないようにして、注意深く歌うように言われました。つまり、子音だけで、目的の音程に持って行って、後から母音が歌われるような歌い方にしましょうって事です。そうですね、気をつけていきたいと思います。

 「冷たい手」本体のレッスンとなりました。

 とにかく、歌い過ぎないこと。出だしの「Che gelida mania」から私は歌いすぎちゃうわけだけれど、音程の動きもないわけだし、お念仏を唱えるような感じで、極力抑え気味にして、声の消耗を避けることを第一に、語るように歌っていきます。

 その他にも、歌わずに、語るだけで済む箇所が何箇所かあるので、歌わずに済む箇所は、極力歌わないで歌っていくようにしてきます。

 また、プッチーニの常ですが、この曲も、リズムと和音が、やたらめったらと難しいので、とりわけリズムに関しては、きちんと譜面に忠実に歌ってみるをやってみるようにしましょう…です。と言うのも、この曲は有名曲だし、私も色々な歌手の色々な歌を、これまで聞きまくってきたわけで、それらの名歌手の歌い崩しがすでに血肉になっているわけですが、それらを一端忘れて、譜面に忠実に行きましょうって事です。

 と言うのも、名歌手の歌い崩しには理由があって、そう崩すことで、高音を歌いこなしていく準備をしているわけですが、この準備というのが、万人共通ではなく、それぞれ歌手によって違うわけです。だから、名歌手の歌い崩しをマネしたからと言って、私が高音を上手に歌えるようになるわけでもなく、むしろそのマネが原因で高音が歌いづらくなる可能性もあるわけだから、まずは基本に立ち返って楽譜通りに歌いましょうってわけです。もっともな話です。

 確かに、譜面に書かれているリズムは難しく、きちんとリズムを取って譜読みをするよりも、耳コピで歌っちゃった方が楽なんだけれど、耳コピの元となっている歌唱が、先生の仰るとおり、驚くほど、譜面通りじゃあないんだな…ってか、譜面通りの歌唱で歌える人がいるのかな?と、素人ながら思うほどに、スキマのない、ミチッとした楽譜だよね。自分なりの“間”が取れるようにならないと、確かに色々と厳しいかもしれません。

 この曲には、二箇所の難関があります。

 最初の難関は、曲の開始後すぐに出てくる、Dから高いBへの跳躍。もちろん、高いBは白玉音符なので、Bを鳴り響かせないといけません。高いBそのものが難しいのに、Dから6度も跳躍して出せ、そして鳴り響かせろと言うのは“お前死ね!”というのと同じくらいに難しい箇所だったりします(少々オーバーです)。

 次の難関が、曲の最後の方に出てくる、Hi-Cです。これは出し方の問題ではなくHi-Cそのものが超難関な音程であり、これが最後の最後の体力ヘロヘロになったと時に出てくるわけです。実は、プロでも歌えない人が続出する難関な箇所なわけだし、だからこそコンクール曲に選ばれて、この箇所でトラブってコンクールの予選落ちをしちゃう禍々しい箇所だったりするんです。

 まあ、最初の難関は、いかに破綻なく歌うかって事ですね。私の場合、高いBは出ないわけじゃないのです。ただ、Dからの跳躍だと、かなり厳しいんです。だから、そこで破綻しないように、これから練習しないとね。

 Hi-Cに関しては…最後の最後は、作曲家が予め書いてくれたHi-Cを回避しちゃうフレーズがある…と言うか、そっちの方が本来のメロディー(Hi-C付きのメロディーは、実はオプション)なので、それを歌うという手もあるので、そこまで心配していません。Hi-Cを回避しちゃうフレーズで歌うプロは…まずいないけれど、私はプロじゃないし、コンクールに出場しているわけでもないので、いざとなれば、そういう選択肢もあるけれど…ひとまずレッスンは練習だから、暫くの間は、果敢にHi-Cにチャレンジして、玉砕しちゃう事にします(汗)。

 とにかく、この曲を歌いながら、我ながら確認できた事は、高いA♭までは、ほぼ常用音域になってきたなあって事です。つまり、このアリアは難関アリアですが、私が歌えない音符は、高いBとHi-Cのたった2つの音符だけで、後は何とか歌えそうだと言う事です。

 逆に言えば、歌えない2つの音符を捨てて、それ以外の部分をきちんと歌えるようにしちゃう事も一つの手です。つまり、歌えない音符をむりやり歌って、失敗して、その後をグダグダにしてしまうよりも、歌えない音符で失敗しても、その後は何事もなく平静さを保って歌い続けれられるようにしましょうって事ですし、それができなきゃ、このアリアにチャレンジしちゃダメッて話です。

 さらに言うと、高音と言うのは、高音に意識を集中して気合でのり切ろうとすると、たいてい失敗します。高音ではなく、高音のひとつ前の音符に神経を集中して、この前の音符をいかに楽にロングトーンで出せるかといった点に苦心をするべきだという話です。

 一つ前の音符を楽にロングトーンで出せちゃえば、そこから高音は、クイッとする事で出せるわけだし、よしんば出なければ、上がらないままで歌っちゃえば(ホントはちょっとも良くないけれど)良しなんです。そういう手もあるって話です。

 で、問題はクイってする事で、そのためには、今までとはちょっと違った腹筋の使い方が必要になってくる…かもしれないって話です。

 さすがに高いBとかHi-Cとかになると、クチの奥を開くだけでは足りません。その前にしっかりアゴを落としたり、ノドを予め下にも引っ張っておく必要があります。下にも引っ張った上で、上に引っ張る事で、これらの高音に声が届くのです。これらの準備を自然に無意識にできるようにカラダを慣らしておくのが練習なわけです。

 当然、ノド声では歌えません。しっかり、ノドは脱力しつつ、腹筋の力で歌うわけです。ああ、難しい。でも、頑張らないといけませんね。こんな難曲を先生の反対を押し切って歌うことに決めたのは、私自身なんだから、私が頑張らないといけないのです。

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2016年9月 6日 (火)

チャンスの女神には前髪しかない

 発表会後、しばらくレッスンはお休みだったので、今回のレッスンが、発表会後始めての声楽のレッスンになりました。

 もう、かなり前の話になりますが(笑)発表会の感想を先生からいただきました。

 ソロの「E'la solita storia/ありふれた話(フェデリコの嘆き)」は良かったのだけれど、本番よりもリハーサルの方が良かったのが残念との事。まあ、本番よりもリハの方が良いと言うのは、テノールではよくある事なんだけれど、それではやはりダメで、本番が常に一番良い状態で歌わないとダメとの事です。

 そのためには、リハでは上手に手を抜いて歌う事を覚えないとダメかもって事です。まあ「手を抜く」と言っても、サボったり怠けたりするのではなく“高音の出し惜しみ”をしなさいって事のようです。

 高音は、一日に何度も出るものではないので、本番で確実に出せるように、リハでは出さないように気を使う必要があるって事です。もちろん、リハは、当日のリハもそうだけれど、前日あたりから気を使って出し惜しみをする必要があるようです。

 ボエームの方は、評判が良くて、先生としても安心したそうです。まあ、だからこそ、来年はどうしましょうかと、今から悩んでいるそうです。

 さて、レッスンです。最初は発声練習からですが、今回は、奥を開くことを重点的に行いました。奥を開くと、ノドの力では歌えなくなるので、しっかりと腹筋で声を支えるわけです。とりわけ、高音時の腹筋の支えを意識して歌うようにレッスンしました。

 と言うのも、低音の時は、腹筋で歌えても、音が高くなるにつれて、段々腹筋から力が抜けてしまい、ノド声になってしまうのが私の癖なのだそうです。特に高音時には、私の場合、ノドが平常時よりも一回り太くなり、ノドの筋肉が大活躍しているのが、見て取れるほどにノド声になっているそうなのです。

 まあ、そういう点では、私、ノド声エリートかもしれません(涙)。

 ノド声になっている時は、当然ですが、クチの奥は閉じてしまっているので、高音が出なくなります。そういう点でも、私が高音を出すためには、ノド声の駆逐が最優先って事になります。

 さて、今回からは、秋のクラシックコンサートに向けての準備のためのレッスンとなります。私が歌うのは、ボエームの「Che gelida mania/冷たい手」と「O soave fanciulla/ああ、うるわしの乙女よ」です。とりわけ「冷たい手」は難曲中の難曲で、よく音楽コンクールで若いテノールが課題曲として歌う曲です(そして、失敗して予選落ちする曲でもあります)。どれくらい難しいかと言うと…先生も今までこの曲のレッスンはした事がないそうで、だから、この曲がどれほど難しいかは、きちんとは分かっていないのだそうです。と言うのも、今まで色々な人のレッスンをしてきたけれど、誰もこの曲を歌える人がいなかったそうで、それくらいの難曲なんだそうです。つまり、私にとっては、確実に実力不足の曲ってわけです。

 まあ、それは最初から分かっているし、私も真正面からこの曲を撃破するつもりはないし…ただ、今じゃないと、この曲を歌うチャンスは二度とやってこないような気がするので、歌っちゃえ!って感じなのです。

 なにしろ今が一番若いんですからね。今しかないんですよ。若い人なら、来年になれば、今年よりも上達していて、歌える可能性が増えるかもしれないけれど、私らのような年配者になると、加齢とか老化とか体力減とかもあって、来年が今年よりも歌えるようになっているとは限らないし、生活環境だって激変するかもしれないわけで、来年はもう歌を辞めている可能性だってあるし、実際に、クラシックコンサートだって今年は開催するけれど、来年以降の予定は未定だし、今年は前半でボエームの勉強を徹底的にやったわけだし、そういうあれこれの流れを鑑みるに、今年の秋が「冷たい手」を歌う、人生ラストチャンスかもしれない…って思ったわけですよ。

 チャンスの女神には前髪しかない…のです。彼女には後ろ髪がありませんから、目の前を通り過ぎたら、もう二度とつかめません。ならば、彼女がこちらに向かっている今、それを全身で受け止めて、チャンスをモノにするしかないじゃないですか?

 と言うわけで、今年の私は「Che gelida mania/冷たい手」にチャレンジすることにしたのでした。

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2016年9月 5日 (月)

「ウェストサイド物語」を見てきました

 もうお盆の頃の話になるので、だいぶ前の話です。本来なら、ボツネタにしても良いのだけれど、ボツにするにはもったいない話題なので、時期外れと承知の上で記事をアップします。

 お盆の頃に、地元の文化会館に劇団四季がやってきて「ウェストサイド物語」を上演しました。劇団四季は、昨年の「コーラス・ライン」以来です。

 「ウェストサイド物語」は、バーンスタイン作曲の不朽のミュージカルで、一般的にはナタリー・ウッド主演の映画版によって知られていると思うし、私も映画版で親しんでいるミュージカルです。

 最近ではオペラとして上演される事も多く、2000年にはミラノ・スカラ座で上演されています。当然、録音も映画のサウンドトラック盤が一番有名でしょうが、他にミュージカル歌手たちによるオリジナル盤があったり、オペラ歌手たちの歌唱によるモノも多数あります。中でも、作曲家であるバーンスタイン自身が、クラシックのオーケストラとオペラ歌手を使って録音した、いわば決定盤的なモノすら存在します。

 イメージ的には、ミュージカルとオペラの中間点に位置する音楽作品…って感じかな?

 実際、音楽的には、主役のトニーはミュージカル歌手が歌うにはキイが高すぎるし、脇役だけれどアニタには声に力が必要な役だし、トゥナイトのアンサンブルバージョン(五重唱)は、ミュージカルにしては込み入った音楽の作りになっています。一方で、ダンスやストレートのシーンも多く、特にダンスはバレエを基調に振り付けられているので、当然オペラ歌手では対応できません。

 つまり、上演するには難しいミュージカルってわけです。ですから、有名な作品の割には、なかなか舞台を見るチャンスが無いってわけだ。私も、舞台版を見るのは始めてでした。

 私が見た劇団四季による「ウェストサイド物語」は、2000年のミラノ・スカラ座で演出と振付を行い、2009年のプロードウェイ・リバイバル上演でも演出と振付を行ったジョーイ・マクリーニのもので、そう言った点では、劇団四季版は最新版なのでしょうね。

 ちなみに「ウェストサイド物語」は、現在、スピルバーグが映画化の権利を持っているそうで、場合によっては、スピルバーグによるリメイク版が作成されるかもしれないそうです。それはそれで楽しみです。

 あまりに有名な作品ですから、ストーリーや音楽の説明はしません。

 舞台を見た感想は…ダンスがすごいです。とにかくダンスダンスダンスなんです。歌は…まあ、私の場合、日頃からオペラ歌手達の録音盤を散々聞いているので、そりゃあ比較しちゃいけませんが、それだって劇団四季の皆さんの歌唱は水準以上の歌唱です。どの曲も難しいのに、皆さんきちんと歌いこなしているものなあ。歌に破綻はありません。

 オケはどうやらカラオケのようで、音量のダイナミックスに不足はあるのが残念です。まあ、地方公演にオケの帯同は無理だからね。仕方ないです。

 とにかく、ダンスが凄いのです。例えば、ケンカのシーンもダンスなのです。ダンスだから様式性を感じて美しいのですが、でもケンカのシーンだから、ダンスの迫力も満点です。暴力を美しく見せるためのダンス…なのかもしれません。

 美しい音楽とダンスでコーティングされていますが「ウェストサイド物語」の物語自体は…とても暴力的で暗くて救いのない悲劇です。常に頭の悪い不良少年たちが闊歩していて、それらをリアルに演じると不快に感じるかもしれないほどに、どうしようもない人間たちによる人間劇なのです。

 テーマは…人種差別でしょう。

 映画版では、トニーとマリアの恋愛が物語の中心に据えられていたし、舞台版だって、トニーとマリアは恋に落ちるわけだけれど、それ以上に、ジェット団やシェーク団の間にある憎しみが物語を貫いていきます。

 実は「ウェストサイド物語」って、男臭いミュージカルなんですよ。男臭さとは、ある種の馬鹿っぽさであり、暴力性であるわけです。人種差別に、馬鹿と暴力が加わったら…そりゃあ見られたものではありません。でも、それが一流の芸術作品に仕上がっているのは、音楽とダンスの力…なんだと思います。

 映画版は歴史に残る名画だけれど、舞台版は映画版に負けず劣らずの仕上がりです。

 あと、劇団四季の舞台ですから、役者たちはみな日本語で歌い、日本語で演じているのですが、やはり日本語で演じられると、より心に刺さります。痛いです。ラスト直前まで、音楽とダンスでコーティングされていた物語が、トニーの死を境に、ストレートプレイに変わります。もう、音楽は鳴りません。誰も踊りません。どうしようもない物語が、ラストに来て、むき出しにされます。

 バーンスタインは生前、「ウェストサイド物語」のラストシーンを音楽で書けなかった事を悔やんでいたそうです。あのラストシーンを音楽で書ければ、「ウェストサイド物語」はミュージカルではなく、オペラとして仕上がった…という趣旨の事を言ってたそうですが(バーンスタイには申し訳ないけれど)あのラストシーンには、音楽は不要なんだと思います。ダンスも不要なんだと思います。必要なのは、役者のクチから吐き出される言葉…なんだと思います。

 最後の銃声で、マリアはもちろん、客席にいる我々も、夢から醒めるのです。そして、物語を通して、世の中の不条理に涙するわけです。

 劇団四季による「ウェストサイド物語」を見ることができて、とても良かったと思ってます。

 ちなみに、映画版のラストシーンでは、きちんと音楽が流れるし、トニーもマリアもフィナーレとして二重唱を歌います。そこが万人向けを狙った映画版と舞台版の違いです。まあ、舞台版の構成&演出のまま映画化されたとしたら、かなり後味の悪い作品になっていたと思うし、それでは(当時の)ハリウッドは受け入れられなかったんだろうなあと推測します。なので、ラストシーンの改変は仕方のない事だったのかもしれません。

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2016年9月 4日 (日)

今年の夏はポケモンGOばかりしていました[2016年8月の落ち穂拾い]

 いやほんと、今年の夏は“ポケモンGO”ばかりしていました。

 私は本来、ゲームには興味がない人で、ほとんどやらない人です。なにしろ、一番最近にエンディングまでやったゲームは“プリンセス・メーカー2”だもの。それも、富士通Towns(当時の私のサブパソコンです)でやりました。それ以降、ぱったりゲームとは縁がありません。だから、ドラゴンクエストも、ファイナルファンタジーも、モンスターハンティングも、パズドラも、話題になった事は知ってましたが、やった事はありません。
 今回のポケモンGOも話題としては知っていましたし、当初はやる気もしませんでした。でもね、妻がポケモンGOを始めて、これが結構楽しそうだったので、ついうっかり私も始めてしまったのです。妻のを見て始めたので、世間の人たちよりも、4日ほど出遅れて始めた私です。

 この記事を書いている段階で、プレーヤーのレベルは24です。まあまあ頑張っているでしょ?

合唱の声

 本来は、独唱にせよ合唱にせよ、クラシック音楽という枠組みで考えるならば、その発声に関しては違いはないはずです…が、日本の合唱の発声に関しては、独唱の発声とは、あれこれ違う部分があるのかもしれません。

 私が思うに、日本の合唱で求められている声は、未訓練の素人の声なんだと思います。そこが標準と言うか、基準になっているのだと思います。ですから多くの市民合唱団では、訓練された声を“他の団員とは違う声”として嫌うのだと思います。

 ではなぜ合唱団が未訓練の素人の声を求めるのかと言えば…単純な話で、日本の合唱の黎明期において、各地で合唱団が立ち上げられた際に、合唱ってのは、とにかく人数が必要ですから「とにかく合唱がしたい」「声を合わせて歌いたい」という気持ちが先走り、、歌える人だけを集めるとか、集まった人を訓練するとかはせず、まずはとにかく人数を多く集め、集まった人員で音楽を作り、すぐに本番。本番が終われば、すぐに次の本番の準備に入る…という形でスタートダッシュしてしまった事が、そもそもの原因だろうと思います。

 つまり合唱黎明期に、人集め→すぐに本番という形を取ったがため、十分な発声練習をせずに、素人の声で音楽を作ってしまい、それがある種のテンプレートとなり、それをひきづって、今でも未訓練の素人の声で音楽を作る習慣が残ってしまったのだと思います。

 まあ、黎明期の話をすれば、すぐに本番をしたかったという気持ちの他に、きちんと声づくりを指導できる指導者が不足していたという現実的も問題もあったろうと思います。

 とにかく、未訓練の素人さんを集めて始めたのが、日本の市民合唱の始まりで、未だにその部分を少なからずも引ずっているからではないでしょうか?

 事実、今の市民合唱団(とりわけ混声合唱団)の多くは“歌声喫茶”から始まった“うたごえ運動”の延長線上にある団体がまだまだ主流だと思います。ま、うたごえ運動そのものは、共産党の若者向け政治的プロパガンダのひとつであって、今のSealsみたいなものかもしれません。であれば、音楽活動よりも人集め、運動のためのメンバー集めが当初の目的にあった事は自明の理です。ですから、メンバーは音楽的には素人で良かったし、往々にして指導者自身も音楽的には素人だったわけで、メンバーの指導などは、難しかったのかもしれません。

 ある意味、学校の部活の延長のような活動…から始まったとも言えます。

 ですから、私が若い時に参加した合唱団(今もメンバーをあまり変えずに活動しています)の夏合宿では、労働歌とかロシア民謡とかの歌声喫茶系の曲ばかりを夜通し歌わされた覚えがあります。創立メンバーたちは、音楽人と言うよりも、心情サヨクな方々が多く、革命家や活動家たちの方にシンパシーを感じている方々が多かったわけで、彼らを中心に据えた音楽活動では、どうしたって“未訓練の素人の声”を基本にハーモニーを作らざるを得なかったのだと思いますし、それが伝統になって、今に至っているのだと思います。

 そういう背景があるので、日本の合唱って、海外の教会音楽中心に発達した合唱とは、全く違ったモノになったのだと思います。

 人に歴史あり、合唱にも歴史あり…です。

やっぱり東京のコンサートには行きづらい

 東京のコンサートは、地方在住者には、やっぱり行きづらいんです。

 なにしろ、東京は眠らない街ですから。面白そうなコンサートの多くは、皆、平日の夕方に行われます。おそらく、仕事帰りの人たちをターゲットにしているんでしょう。で、仕事帰りにコンサートを楽しんでもらって、それから夜遊びの1つや2つしてから、お帰りいただく…という事なのだと思います。

 でもね、こちとら仕事が終わってから東京に向かったとしても、もう夜も更けてしまい、東京に到着した頃には、たいていのコンサートは終わっている時間になってしまいます。ですから、平日のコンサートは、行くだけ無駄なのです。

 どうしても行きたいコンサートを見つけた時は、なんとかスケジュール調整をして、半休を取って行くようにしてますが、仕事の調整だって、そんなに簡単には行かず、これはこれで、なかなか出かけられません。

 それに、モノによってはコンサート終了時間が終電近くになるものもあり、コンサートって大抵時間延長しますから、帰宅の心配をしないといけないのも、なんかイヤだし、そんな遅い時間までコンサートを見ていても、翌日は早朝から仕事だったりすると、睡眠時間も心配になるしね。都内在住なら、電車だって遅くまで走っているし、自家用車とかタクシーを利用するなら、時間に制限はないですからね。

 やっぱり東京のコンサートは、地方在住の者には、行きづらいのです。

音名の呼び方

 音名の呼び方には、様々な種類があります。日本の音楽の世界では、いわゆる「ドレミ」と言われるイタリア式、「ハニホ」の日本式、「ツェー,デー,エー」と呼ぶドイツ式、「シー,ディー,イー」の英語式あたりが有名どころでしょうか?

 最初(もう20年以上前)にならった声楽の先生は、階名唱の先生だったので、レッスンで用いる音名は“移動ド”でした。例えば「ハ長調のド」とか「ヘ長調のミ」とかいう言い方をしたので、曲が変わると、調性が変わり、そうなると同じ音でも呼び方が変わったので、大変苦労しました。

 いくつか渡り歩いた市民合唱団では、大抵、イタリア式でドレミでした。ただし“固定ド”でしたので、調性なんて気にせず、AもAisもAsもラと呼んでいました。まあ、譜面を読むのは楽でした。

 ジャズを教えてくださった笛先生は、英語式でした。私は元々はギターを弾いていたので、英語式はなじみがあってよかったのですが、音名と和音名(コードネーム)が、ときたまごっちゃになるのが不便だったかな?

 声楽のキング先生は、やはり“固定ド”によるイタリア式のドレミで、やっぱりAもAisもAsもラと呼んでいました。

 今の先生方は、フルートのH先生も、声楽のY先生もドイツ式です。なので、ブログでも音名は、ドイツ式で書くことが多くなりました。

 そこで、私の乏しい経験から考えるに、音名の呼び方は、基本的には、クラシック音楽ではドイツ式、ポピュラー音楽では英語式なんだと思います。

 ただ、生徒の年齢層が高いとか、クラシックとかポピュラーとかの既存の音楽になじみがないとか、大勢の人間に同時に教える時などは、イタリア式のドレミなんだと思います。なにしろ、ドレミは学校で教えるけれど、ドイツ式もアメリカ式も学校じゃ教えませんからね。

今月のお気に入り ポケモンGO

 今年の夏は、どっぷりとポケモンGOをやっていた私です。面白いですよ、このゲーム。

 このゲームのどこが面白いのかと言うと、ゲームをダシにして、散歩ができる事。これがほんと、楽しいのです。

 このゲームを始めたおかげで、いつもの散歩コース以外の道を歩くようになりました。知らない道を歩くのって、怖いですよね。迷子になる事だってあるし…。でも、ポケモンGOって、地図ソフトと連動していますので、今歩いている道が、どこかに通じている道なのか、あるいは袋小路になっているのか分かるし、ポケモンGOにおける目的地(ポケストップ)はリアルな世界と連動しているので、ポケストップに行く度に「ほほぉ~、この道はここにつながっていたのか」と新しい発見もあったりします。

 知らない道を歩き、知らない街角を通りすぎるって、すごくワクワクします。

 ポケストップって、だいたい、郵便局や寺社仏閣教会だったりする事が多いので、ポケストップ巡りをしていると、今まで気にもとめていなかった、辻にあるお地蔵さんとか、祠(ほこら)とか、お稲荷さんとかに気づき、なかなかおもしろいですよ。

 それにしても、私が住んでいる地域って、ほんと、大小のお寺や神社にキリスト教会が多数点在していて、ほんと、スピリチュアルな地域なんだなあ…って思いました。

 とにかく、ポケモンGOって、歩く歩く歩く…歩くゲームなんです。

 考えてみると、任天堂って以前“ポケットピカチュー”ってゲームを出していました(今でも我が家にあるよ:笑)。これも歩きが基本のゲームで、とにかく歩いて歩いて歩いてポイントを貯めて、そのポイントでピカチューをお世話するってゲームでした。

 そういう点から考えると、任天堂って、変わってないですね(笑)。

 だから、このゲームは、いわゆる“ゲーマー”さんには向いていないゲームだと思います。だって、ゲーマーさんたちって、歩くの大嫌いだし、足だって強くないし、主な活動時間は夜~深夜でしょ。ポケモンGOってゲームは、基本的に歩くゲームなわけだし、街を歩く以上、当然、昼間にプレイするものだよね。深夜に見知らぬ人が近所をウロウロされたら、イヤでしょ? それに深夜の公園や街角に人が大勢集まっているのも、奇妙だし、怪しいし、不審な行動だよね。治安上問題だってあるわけだし、常識ハズレな行動だと思うよ。

 私は、平日は通勤の行き帰りでゲームを行い(私は徒歩通勤です)、休日はお出かけや買い物ついでに行い、夜になると、その日に捕獲したポケモンの整理をしています。だいたい、こんな感じ。こんな感じでやっていますが、ほんと、楽しいです。

 問題は、通勤時間にゲームをしているので、通勤時間が倍増した事かな? とにかく、なるべく歩きスマホはしないように心がけているので、何かあるたびに、道の端に立ち止まってゲームをしていますので、ほんと、通勤に時間がかかるようになりました。そこが、このゲームの欠点かな(笑)。かと言って、歩きながらゲームをするのは…本当に怖いですよ。

 ちなみに、ポケモンGOは、iPhoneユーザーなら“App Store”から、Androidユーザーなら“Google Play”からダウンロードできます…ってか、ここ以外のサイトからダウンロードしちゃダメよ。世の中には悪い人がたくさんいて、バチモンソフトも山のようにあるようですからね。きちんとしたところから、きちんとダウンロードしてください。ちなみに、ゲームそのものは無料だし、基本的には無料でプレイできます。私も、一銭も使わずにゲームを楽しんでいますよ。

今月の金魚

2016年8月14日(日) サカサドジョウが星になりました
2016年8月29日(月) ミカンが星になりました

今月のひとこと

 ポケモンGOを始めて分かった事。私以外にも、たくさんの人たちがポケモンをやっていること。おそらく、私が道ですれ違う人たちの過半数は絶対にポケモンをやっている。いや、過半数ではないな、もっと大勢の人がポケモンをやっている…と思われる。おそらくは一過性のブームで終わるだろうけれど、それにしてもすごいな、ポケモン。日本の宝だな。(2016年7月30日~8月4日)

 寄席に行ってきました。たぶん、毎年、この時期の浅草を楽しみ、そのついでに寄席にいくわけですが…やっぱり、落語は生がいいね。音楽だって演劇だってそうだけれど、やっぱり生はいいです。テレビとかDVDとかは便利で良いけれど、生でないと楽しめない部分もあるし、絶対に画像化されないモノだってあるわけだしね。それにしても、浅草演芸場、座席が小さくて、エコノミー症候群で死ぬかと思った!(2016年8月4~5日)

 しばらく山に隠ります。捜さないでください(笑)。(2016年8月5~9日)

 ひとまず帰ってきました。ヘトヘトです。(2016年8月9~12日)

 山から降りてきたら、外界はオリンピック祭りでした。それにしても、日本の選手たちは頑張るなあ。すごいなあ。(2016年8月12~19日)

 私のお盆休みは、ポケモンGOに始まり、終始ポケモンGOでした。そろそろ俗世間に戻るリハビリを開始しないと…。(2016年8月19~23日)

 困った。夏の連載の後、今度はフルート合宿の連載に突入してしまった。お盆休みの間にあった、あんな事やこんな事の多くがボツネタになってしまう…。ううむ、複雑。(2016年8月23~25日)

 「モン・サン・ミシェルはフランスの江ノ島だ!」と知人が言っておりましたが、そうなの?(2016年8月25~28日)

 結局、この夏は色々とあったわけだけれど、浅草に“にゅうおいらいず”を見に行った件と、東京音楽コンクールを見に行った件と、スカイツリーで遊んだ件は、ボツネタにする事にしました。まあ、これらの話題は以前も書いているし、思ったよりもフルート合宿の連載が長引きそうだし…。(2016年8月28~9月2日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2016年9月 3日 (土)

ミカンが星になりました

 素赤オランダのミカンが星になってしまいました。

 つい先日まで、元気良く可愛げを振りまいていたのですが、ある時、急に泳がなくなりました。よく観察してみると、尾ビレの端が真っ黒になっていました。これは尾ビレの血行が悪くなって腐り始めたようです。

 翌日には、ほとんど動かなくなり、水底に沈んでいます。エサも食べなくなりました。

 今までも食欲不振で水底に沈んだままの子っていました。今いる子では、ミドリがそうでした。でも、しばらく水底にじっと沈んでいるうちに、やがて元気になるので、私はそんなに心配していなかったのですが、その翌日には星になってしまいました。

 早い! 早すぎる!

 おそらく、調子が悪くなったのが冬とは春とかだったら、まだ良かったのでしょう。真夏だもの、水温高いもの。変温動物である金魚には、水温の高さとは体温の高さであり、それはダイレクトに体力の消耗につながるわけで…それであっという間に逝っちゃったんだと思います。

 死因は、やはり…夏バテ? 夏は金魚には鬼門ですからね。

 ちなみにミカンが我が家にやってきたのは、昨年(2015年)の春ですから、夏は二度目の体験だったんですね。二度目の夏は…厳しかったみたいです。

 ミカンの同期と言えば…ミドリです。黒出目金のミドリです。ミドリは…一時期の不調を感じさせないほどに、今は元気です。

 残った金魚は、三色琉金のヤヨイ、黒出目金のミドリ、素赤琉金のシズカ、更紗流金のアセビです。こうしてみると、ミカンって、実はベテラン組だったんですね。

 それにしても、本当に可愛い子だったのですよ、ミカンは。愛嬌の振りまき方が、金魚っぽくないんです。だって、視線でラブラブ光線を発射しちゃう子だったもの。金魚にしちゃ、珍しいタイプの子でした。あっちの世界でも可愛げを振りまいておくれよ、ミカン。

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2016年9月 2日 (金)

フルート合宿 その9「おまけの話」

 アンサンブルの発表会後は…少し時間が余ったので、レジャータイムです。

 みんなで小型のモーターボートに乗って、湖をグルっと一周しました…が、いやあ、うっかりしてしまた。モーターボードって、怖いじゃん(笑)。特に小型のモーターボートってバイクみたいなモンじゃん。いや、バイクと違って、上下左右に飛び跳ねながら進んでいくわけで、ほぼロデオじゃん。私、こういうロデオ系の乗り物って、生命の危機を感じるタイプなんだよね。なにしろ自重があるから、遠心力が他の人よりも、うんとうんと強くなるんだよね(冗談抜きです)。おまけに風も強いし、我が身が振り落とされる危険も感じながら、それと同時にメガネが吹っ飛んで行っちゃう怖さも感じて、ダブルで怖かったです。メガネは途中でポケットにしまっちゃったので、途中からは、我が身が振り飛ばされる危険だけを感じたわけだけれど…怖かったのは、最初のうちだけで、やがて慣れちゃったので、怖くもなくなっちゃったんだけれどね(笑)。

 人間なんて、そんなモンなんですね(大笑)。

 で、昼食を食べて(この日もタイ式チキンサラダというメニューだったんだけれど、昨日のグリーンサラダの物足りなさを思い出し、タイ料理をキャンセルして、普通にラーメンを食べました。いやあ、ラーメン大正解! 久しぶりに食べるラーメンの、なんと美味しいことよ。具も豪勢で、満腹よ。ちなみに、タイ式チキンサラダは…やっぱりサラダ料理だからなあ…私が食べたら、やっぱりひもじい事になっていたかも。)、いよいよお別れの時となりました。乗用車でお帰りになる方々は、昼食後に出発です。我々電車組は…黒姫駅出発の電車の都合で、ゆったりぐったりと残りの時間を宿で過ごしました。いやあ、本が読める読める(笑)。

 おやつ時になってきたので、ようやく出発です。駅までは宿の車に乗って行きました。駅までとても歩ける距離じゃないし、路線バスも無いし…。

 駅に着いたら、たった一台しか無い券売機が使用中止になっていました。なんでも、機械が今までに売った切符の整理をしているとか…いわゆるセルフメンテというか、再構成中というか、そんなわけで、駅員さんに「どうしたらいいですか」と尋ねたら、この作業は10分もすれば終わるし、それまで次の電車は来ないから、待ってて下さいと言われて、券売機が使用可能になるまで待っていました。ううむ、なんとものんびりした話だね。

 で、ようやく券売機が使用可能になったので、切符を買って、ホームで電車が来るのを待っていたら、気が付きました。駅のホームには、たいてい、そのホームにやってくる電車の行き先が書いてあるわけだけれど、私達が電車を待っていたホームには次のように書いてありました。

 長野・高崎・東京・名古屋・大阪 方面

 うぉぉ、何なんだ! この行き先案内は! ここから乗る電車の終点は長野だから、長野が行き先案内に乗っているのは分かる。確かに、このホームには長野行の電車がやってきます。で、そこでこの会社の線路は終わりのはず…。まあ、百歩譲って、長野駅で新幹線に乗り換える人のための親切だとしても、北陸新幹線は、建前上は、高崎が始発だから、行き先に高崎が入るのは分かるし、実際に運行しているかがやき号は、東京が始発だから、東京も入っているのは理解できる。だけど、そこから名古屋とか大阪ってのは…東京で東海道新幹線に乗り換えるから? いやいや、それは親切すぎるでしょう。だったら、いっそ、東北新幹線に乗り換えて仙台や盛岡に行っちゃえよ。いやいや、どうせ一本で行けるんだから、新函館北斗も入れちゃえ! 西に向かえば、大阪で止めずに、岡山とか博多だって行けちゃうんだから書いちゃえ!って感じです。

 えれえもん、見ちまったよ。何人かの観光客が、この案内板を撮影してました。そりゃあ、そうだよね。

 で、電車に乗って、長野に到着。長野駅での待ち時間は、1時間以上あったので、ゆっくりと読書するつもりだったけれど、結局ポケモンやっちゃいました。駅周辺で結構、ポケモンゲットできましたし、補給もできました。とにかく、都会じゃありえないほどに、乗り継ぎに時間をつかっております。おそらく、乗用車組はもう自宅にたどり着いたかもしれません。

 で、新幹線に乗る直前に、おみやげを駅ビルで購入して、新幹線に乗りました…が、帰りは乗り込む車両を間違えて、ちょっとドタバタしちゃいました。正しい席に着いた所、「隣はいないので、広々使えますよ」と言われて購入した切符でしたが、しっかりお隣さんがいました。まあ、そんなもんだよね。

 北陸新幹線は、大宮でお客の大半が降りちゃいます。東京に向かうにしても、新幹線に乗っている距離を減らす方が全体の運賃を安く上げることができるから、大宮下車もアリだね。私も、大宮で下りて、そこから在来線に乗っても、大宮~湘南間は、電車一本で乗り換えなしだから、そんなに大変ではないのです。ただ、在来線に乗っている時間が増えるので、疲れるだけです。だから大宮で降りなくても「まあいいや」という気分になれましたが、さすがに新幹線が上野に止まった時は「失敗した!」と思いました。だって、最近の私は、電車は東京ではなく、上野から乗る事にしているのです。それなのに、新幹線の切符は東京まで買っちゃいましたよ。

 上野で降りればよかったのに、グズグズしているうちに東京に到着しちゃいました。ええ、仕方がないので、上野に戻って、帰りの在来線に乗りました。ああ、失敗したなあ。

 自宅に着いたら、もう日が暮れて、どっぷり夜となっていました。ああ、スーツケースは宅急便にして正解。手荷物しか持っていなくても、これだけの長旅はしんどいや。

 疲れた疲れた疲れた。でも、楽しかった。当初は「フルート合宿なんて何するの?」と思ってたし、行ってみても、皆さんフルートの練習ばっかりして、とてもついて行けなかったけれど、合宿終わって戻ってみると、もう少し気合を入れて練習に励めばよかったなあ…と今更ながらの反省をしたりしています。

 来年も行けるかな? まあ、こればかりは仕事の都合もあるから、なんとも言えないのだけれど、もしも来年もフルート合宿に参加できたら、今度は最初っから、ガンガン練習しようと思ってます。もちろん、アスピリンを大量に持参してね(笑)。

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2016年9月 1日 (木)

フルート合宿 その8「アンサンブルの発表会でした」

 思えば、アンサンブルの練習って、ほとんどしていない事に気づきました。

 まず、自室の個人練習では…個人それぞれの練習ですから、アンサンブルの練習はしませんでした。それは私だけの話ではなく、他の二人も同様です。まあ、私に関して言うならば、個人練習をしなきゃいけないほど、アンサンブルの譜面って難しくないんですよ。ほぼ、初見でも吹けますよ…と言ったレベルの譜面です。だから、自分のパートに関して、個人練習の必要を感じないのです。おそらく、ファーストを吹くAさんも同様なのでしょう。セカンドを吹くBさんは…必要を感じているのかどうか分かりませんが、彼は彼で自分の別の個人曲の練習をするのに忙しいのです。

 だから、アンサンブルの練習は、誰か先生のレッスンを受けましょう!…って声が上がった時だけやりました。

 でも、さすがにそのままで本番を迎えるのはマズイよね…って事になり、最終4日目の今朝、朝食終了から別館集合(当然、アンサンブル発表のためだね)の間の、ほんの短い時間に、集中して三人で合わせをしました。

 これを世間では“付け刃”と言います。

 朝一番で気分がノリノリなのか、ファーストのAさんは、あっちこっちでテンポ・ルバートをかけて演奏します。もちろん、私はそれに付いていけますが(声楽じゃあ、テンポはルパートなんです、常に)、セカンドのBさんはテンポの変化や休符のタイミングについてこれません。一応、Bさんの演奏力(Bさんは現在アルテの12課を学んでいる最中です)を踏まえて、テンポは遅めで一定で…と決めましたが、それじゃあ音楽にはならないわけで、やっているうちに、テンポは速くなっちゃうし、テンポも揺れちゃうわけです。まあ、ファーストとサードがガチッと固めて演奏しているので、音楽が崩壊することはないのだけれど、やっぱり音楽そのものは、縦の線が揃わず、あまり美しくないです。

 合わせを繰り返しながら、どこまでテンポを落とせるか、どこまでテンポを揺らして良いのかを、Aさんは探っていたようです。

 そんなこんなを繰り返しているうちに、本番となりました。

 アンサンブルの発表では我々はトップバッターではなく、セカンドバッターでした。

 最初のグループが演奏している時に、気が付きました。いやあ、うっかりして、録音機を部屋に置いてきちゃったよぉ(涙)。今から取りに戻ったら、自分たちの演奏に間に合わない…仕方ないので、iPhoneで録音する事にしました。なので、アンサンブルの録音の音質は…かなり悪いです。特にサードフルートは聞き苦しいかもしれませんが…ごめんね。

 演奏は…まあ、破綻なく最後まで通りました。これもAさんが、Bさんが吹けるギリギリのところまで、テンポを落としてくれたからだと思います。まあ、ところどころフルート三重奏が二重奏になっている部分はありますが…それも愛嬌という奴だね。ファーストとサードさえしっかりしていれば、フルート三重奏というものは、音楽的に成り立つわけだしね。

 あとは…音程だなあ。事前にチューニングをして、きちんと確かめたつもりだけれど、そんなにきれいにハモれていない。私自身は、耳を開いて演奏していたつもりだけれど、全体的には、ちょっと違っているもんなあ…。そういうところは即席ユニットの悲しさ…かな。もっと、合わせの練習を重ねておけば、それぞれの癖もつかんで、もう少しハモる音で吹けたんじゃないかなって思います。

 そこがピアノと合わせるのとは違った難しさ…かもね。なにしろ、ピアノは音程に関しては融通が効かないけれど、その融通の効かない音に合わせていけばいいんだけれど、フルートは融通が効きっぱなしだし、毎回違うし、相手も人間だし、こちらも人間だから、ばっちり音を合わせていくためには、駆け引きが必要だしね。三泊四日寝食をともにした程度じゃ、足りない足りない。

 まあ、とりあえず、これでフルート合宿はお終い。ごくろうさまでした。

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