ひとこと

  •  ああ、腰が痛い…。またまた、ぎっくり腰をやっちまいました。今回の原因は不明。先日、何となく腰が痛いなあ…と思って、整体に行ったら「ぎっくりですね」と言われちゃいました。ぎっくりと言われる前は何となく痛かった程度だったのに、ぎっくりと言われた途端にめっちゃ腰が痛くなりました。…言霊って、すごいなあ。
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2016年8月の記事

2016年8月31日 (水)

フルート合宿 その7「ソロ曲の発表会でした」

 さて、三日目でございます。朝のロングトーン練習の終わりに先生がやってきて「さあ、今晩は発表会だよ」と宣言をしました。

 へ? 発表会は最終日じゃないの? …とAさんに確認すると、ソロの発表は今日(三日目)の夜、最終日はアンサンブルの発表をするんだよ…と教えてくれました。

 ありゃありゃ、発表会が(私の)予定よりも半日早まりました。ん? 発表会、今日じゃん、大丈夫かな?

 と心配しても仕方ないので、ロングトーン練習後は、ちょっとだけ気合を入れて個人練習をした私です。

 自室にいると、まもなく、マネージャーさんから声が掛かったので、H先生のレッスンに行きました。

 ひとまず、テンポ良し、指も良し、後は吹きすぎないようにと、注意されました。まあ、私の場合、ある程度曲もできているので、私のレッスンは他の人と比べると、いつも短めで、部屋に戻ると「もう帰ってきたのかい?」と、同室の二人にビックリされるくらいですが…最後のレッスンも、またまた短めのレッスンでした。

 で、レッスンの最後に「アンサンブルのレッスンはしないから、誰かにしてもらっておいてくださいよ」と言われました。つまり最終日のアンサンブルの発表会に向けてのレッスンについて、H先生は特にレッスンはしないから、アシスタントの先生方にお願いして、レッスンしてもらって、完成形で発表に臨みなさいよ…って事なわけです。

 で、そのことを、部屋に戻ってAさんに伝えたところ「じゃあ、C先生とD先生と、どっちにする?」と私に尋ねてきました。C先生のレッスンは、前回受けたので、今回はD先生のレッスンにしましょう…と答えたところ、すぐにAさんが動いてくれて、さっそくD先生のレッスンを受ける事になりました。

 D先生のレッスンは、なかなか的確で良いです。間違いを正すレッスンではなく、より良く演奏をするためのレッスンとなりました。まあ、間違いは各自で勝手に直しておいてくださいよ…というスタンスだったんだと思いますが。いくつか演奏の指針をいただいたので、後は本番に向けて、音楽的なアンサンブルができるように心がけるだけです。

 で、昼食を食べました。この日の昼食は…タイ式のグリーンカレーでした。いやあ、野尻湖に来てタイ料理を食べるなんて…ちょっとビックリでした。タイのカレーは、普段我々が思うカレーとは、だいぶ違ってました。ココナッツミルクの風味がちょっと苦手だけれど、この料理はこんなモノと思って食べると、なかなか美味しくいただけるものです。ただ、量が少なかったのが残念でした。前日の(日本の)カレーライスはおかわり自由だったので、たらふく食べられましたが、この日のタイ式グリーンカレーは、お一人さま1皿限定だったんです。

 なので、午後の休憩では、外で“お昼ごはんパート2”を食べるつもりで出かけたのですが、なんとも気軽に入れる感じの店もなく、例によって、ポケストップをグルグル回って、雑貨店でバナナを買って、湖畔で湖を見ながらバナナを食べて帰ってきました。しかし、地方は輸送に時間がかかるせいか、バナナに関しては、どれもこれもスイートスポットがたくさん出ていて、実に美味しそう…ってか、美味しかったですよん。

 宿に戻って、夕方の練習をしていると、マネージャーさんから声が掛かって、手が足りないので、発表会の会場設営をしてきました。で、それが終わると、夕食。夕食後は、少しの休憩を入れたら、別館に集合して、いよいよソロ曲の発表会となります。

 発表会のプログラムは、発表会の直前に配られたわけですが…私の出番は…トップバッターでございます。いやあ、最初にミッションを終えることができるとは、ラッキーですね。だって他の人の演奏が、楽な気分で聞けるんだもの(喜)。

 で、私がどんな演奏をしたのかと言うと…こんな感じです。

 ううむ、それにしても、やっぱり装飾音符の処理が下手くそだなあと…痛感しました。装飾音符が装飾音符に聴こえず、メロディに余計な音が入っているように聴こえたり、ミスっているように聴こえたり、あるいは逆に装飾音符として吹いたつもりなのに、全然音になっていなかったり。スカったり…。いやあ、装飾音符難しい(涙)。

 でもまあ、これが私の実力なんだから、仕方がない。

 で、早々に自分の出番を終えたところで、他の方々の発表を聞きました。まあ、上手い人は上手いし、そうでない人はそれなりでした。まあ、そんなもんだよね。オトナの趣味だもの。ただ、普段あまりフルートの演奏を聞かない身としては、それはそれで勉強になりました。

 本当は、日頃から、声楽の素人発表会を聞くように、フルートの素人発表会も聞ければいいのだけれど、フルートの発表会って、なかなか第三者の他人が聞けるような感じのモノって少ないような気がします。飲食店とか会議室とか喫茶店などやるケースも多いし、私のところだって、合宿の最中にやるものだから、第三者の他人が聞くことはできないしね。そういう点では、よい“耳の勉強”になりました。

 発表会が終わっての宴会は、最後の宴会という事もあって、みんな盛り上がりました。楽しい話から、世知辛い話まで、色々うかがいました。H先生が本当にお弟子さん達の生活や仕事まで心配して、色々と面倒を見ている事がよく分かりました。プロって厳しいなあ…。そして、結局のところは、生きるも死ぬも、人脈の深さとコミニケーション能力なんだなって思いました。

 最後に発表会の記念に…というわけで、先生からお土産として、フルート音楽のCDを、みなさんもらいました。それぞれ違うCDをいただいたわけですが、私がいただいたのは、ハイジ・ピントナーのフルートによる、マイケル・カールストロムのフルート音楽全集。ま、現代音楽ですね。いただいただけで、まだ聴いてませんが(笑)。

 だって収録曲が…

“It had to be for Flute, Oboe, and Piano”とか…

“4 dreams and the Shore for Flute, Bass voice, and Mixed Percussion”とか…

“Bright names, Burning lights for Flute and Piano”や…

“Souls and Sounds for Flute, Bass voice, and Piano”だったりするんだよ。

 題名読むだけで、なんか内容が想像できちゃって、聴く気分になれません。

 食わず嫌いはいけないよねえ…。でも、現代音楽、苦手っ!

 さあ、明日はアンサンブルの発表会だ。

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2016年8月30日 (火)

フルート合宿 その6「アゲハは重いフルートです」

 フルートの練習を再開したところで、男部屋では、互いの楽器の話が始まり、私はAさんとBさんのフルートを吹かせてもらいました。

 Aさんのフルートは、サンキョウの木管です。木管金管問わず、私はサンキョウの楽器との相性が良くなくて、吹くのに苦労するのが普通なのですが、Aさんの木管フルートは、実に吹きやすくて良い楽器でした。音色も木管っぽい感じで、良い楽器だなあと思いました。手に持っているだけで、楽器から木の香りがして、なんか気分も良くなります。もっとも、Aさん自身は、この楽器を吹いているとアレルギーが起こってクチビルが腫れてしまうんだそうで、普段はこの木管フルートにゴールドの頭部管を差して使用しています。で、このゴールド頭部管の状態でも吹かせてもらいましたが、これもなかなか良い感じです。良い良いと褒めていたら「150万円で譲ってあげるよ」と言われたので、速攻でお断りをしました(笑)。だって150万円あったら、パウエルの木管フルートを買いますって…え、ちょっと足りない? だったら、アルタスのPSとかALを買うよ。

 Bさんのフルートは、ヤマハです。たぶん、スクールモデルでしょう。Bさんは、多趣味な人で、フルート一辺倒ってわけじゃないので、あまり楽器にこだわってはいないようです。なんでも、20年ほど前に購入したフルートだそうです。で、このフルートが、実に拍子抜けするほどに吹きやすくて、音が出しやすくて、吹いているうちに笑顔になってしまうほどの楽器でした。これも良い楽器です。

 一方、私のフルート(アゲハと命名しております)をお二人に吹いてもらった感想は「重い!」のひと言でした。Bさんなんて、あからさまにイヤな顔してたもんなあ(笑)。

 “重い”と言っても、もちろん楽器の重量の話ではなくて、吹きづらさの話です。つまり吹奏感ね。

 とにかく、私のアゲハは吹きづらいんだそうです。息を入れても鳴らない…と言うか、音の出づらい楽器で、とても引き上げの総銀楽器とは思えないほどの、重量感なんだそうです。まあ、私も以前から、アゲハは吹きづらい楽器だなあと思っていたけれど、他人から改めて言われると、やっぱりそうなんだと感慨もひとしおです。

 ちなみに、このフルート吹き比べの話が夜の宴会で話題となり、私が次に購入するべき楽器の話に発展しました。D先生(この日のお昼ごろに到着しました)は「アルタスの1307の次なら、ソルダードのSRがいいんじゃないの」とご意見をくださいました。この先生はムラマツ派のようです。H先生は「今アルタスを吹いているのだから、メーカーを変える必要はないですよ。だから次は、アルタスの巻き管じゃないかな」と言ってました。どっちにしても、私の場合、次のフルートは、ドローンではなく、ソルダードの方が良いというのが、両先生の一致した答えです。ソルダードのフルートって、ドローンのものと比べると、後付のトーンホール(の煙突)+ハンダ付けの分だけ、楽器の重量が増えて、その分吹奏感が重くなるわけです。とりわけ、巻管フルートは、簡単そのものがソルダードみたいなものだから、より吹奏感は重くなるわけで、つまり私の次のフルートは、どちらにせよ、今のものよりも、もっと重くて吹きづらいフルートの方が良い…という結論になりました。

 そんなモンっすかねえ…?

 さても閑話休題です。頭痛薬を飲んですっきりした私は、このあたりになると、覚悟もようやく決まり、15分程度で休憩を取っていたのを、30分程度練習してから休憩を取るようになりました。まあ、他の二人が休憩取らずにフルートを吹いているのから見れば、全然まだまだなんですが、私としては、練習量がいきなり二倍に増えたわけですから、大変な進歩です。

 私だって、やる時はやるのよ。

 このあたりから、合宿のソロ曲の練習ばかりではなく、持ってきていたプチエチュードの練習を始めました。だって、次のレッスンで吹く15番なんて、この段階では、譜読みすらしていなかったわけで、譜読みから始めて、じっくりと取り組み始めました。

 で、夕食がやってきて、入浴の許可もおりたので、さっそくお風呂に入ると、バンバンバンバンと轟音が鳴り響きました。やや、花火の音です。それもかなり近いみたい…。

 後で聞くと、この時、野尻湖では花火大会があったようで、我々の宿のすぐ近くで花火を打ち上げたそうです。だから、宿側からすれば、大迫力だったそうです。見ていた人の話を聞くと「火の粉が真上から降ってきて…ちょっと怖かった」というくらいの迫力だったそうです。

 でも、私は、その時、ちょうど入浴していたのです。まあ、花火なんて、そこそこの時間打ち上げているものだから…のんびりはしていませんでしたが、だからと言って焦ることもせず、マイペースでいたら、やがて花火の轟音が聞こえなくなってしまいました。

 どうやら当地の花火大会は、時間にすると、割りと短時間で終わってしまうもの…のようでした。ですので、まったく焦らなかった私は、花火を見逃してしまったわけです。残念。

 実は花火と言うと、私の地元の花火大会が、このフルート合宿と重なってしまい、毎年見ていた花火が今年は見れないわけで、花火好きな私としては、ちょっぴり残念だったわけですが、それがここ野尻湖で見れるかも…と思ったのに、結局見れなかったので、私の花火高揚感が上がったり下がったりで、ちょっとだけ、ダメージとなりました。

 実は、翌日も私の入浴中に、今度は湖の対岸側で花火が打ち上がったんだそうです。この時は、音に気づかずに、ゆっくりと入浴していて、花火に気づきませんでした。とことん、花火とは縁のない私なのでした。

 入浴後も、まじめにフルートの練習をして、夜の10時からは宴会で、あれこれあれこれ皆さんとおしゃべりをしていたら、この日の宴会終了時刻は…なんと2時近くになっていました。さすがにこれ以上はダメって事で、明日に備えて、みんなで部屋に戻って、寝ました。ちなみに、この日の先生の布団を敷いたのは、私でございます(笑)。

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2016年8月29日 (月)

フルート合宿 その5「フルート合宿でポケモンGO!」

 昼食を食べ終わった午後は、さすがに全員、休憩です。やっと自由時間!なのです。私は解き放たれたのです!

 私は、さっそく湖の反対側まで散歩に行きました…と言うか、ポケモンGOをしに行きました(笑)。

 実は宿のそばには、ポケモンGOのジムはなく、ポケストップは…湖の中の無人島にある神社に一箇所だけあるばかりです。私は水の上は歩けませんので、実質的にこの宿のそばにはポケストップは無い…と言い切って良いと思います。

 「ポケストップって…何?」 まあ、ここに行かないとポケモンGOというゲームが出来ないと言うか、ゲーム中における“補給基地”のようなものです。

 で、見渡す限り、どこにもポケストップがないのに、ポケモンそのものは容赦なく現れます。宿の周辺はもちろん、部屋の中にも現れます(!)。ですから、ポケストップに行って、モンスターボールを補給をしないと、ポケモンを捕獲するのに必要なボールが無くなってしまいますが、だからと言って、近隣唯一の補給ポイントである、ポケストップがある無人島までは歩いていけるはずもなく、その他のポケストップは…と思って、地図を思いっきり拡大して見ても、何もありません。やばいじゃん。

 こうなると、一縷の望みを託して、ここよりは賑わいのある、湖の反対側まで行こうという気持ちになるわけです。

 実は、宿のある近辺は、野尻湖の中でも、比較的閑散としている地区でして、やはりこのあたりの生活の中心も、観光の中心も、湖の対岸側なのです。ですから、その中心街に行けば、人もそれなりにいるので、ポケストップの1つや2つはきっとあるだろうと思って、出かけることにしたわけです。

 さて、希望を胸に抱いて、私は対岸へ向かって、歩き始めました。

 一応、私の散歩の表向きの理由は、ゲームをするためではなく、湖の対岸のさらに奥にあるコンビニまで行って、宴会の差し入れと頭痛薬を購入する(地方では、よく雑貨店とかコンビニで薬を販売しているんですよね)ために出かけた…という事にしておきました。いやあ、別に誰に宣言したわけでもないのだけれど、そういう事にしておきました。だって、いい年したジイさんがスマホゲームのために散歩に行きました…じゃあ、さすがにかっこわるすぎるじゃない?

 それにまあ、実際のところ、宿を出発した段階では、コンビニに行こうと真剣に思っていたのですよ。ポケモンGOは、あくまでも買い物のついでのつもりだったのです…が、結局、宿を出て歩き始めたところで、参っちゃいました。と言うのも、高原だけれど盆地という事もあって、気温は下界並に高いし、炎天下の中、どこにも日陰なんて無くて、おまけに風も無い! そんな湖畔を30分も歩いたら、ヘトヘトになってしまいました。湖の対岸まで来たところで、一軒の雑貨屋さんを見つけて、そこに入ったら、本当に雑貨屋さんで何でも売っていて、そこで、なんと、頭痛薬が買えちゃったんです。

 これでコンビニに行く理由の一つがなくなりました。

 頭痛薬は絶対に必要で欲しいと思っていたけれど、差し入れはついでの買い物で、お菓子ならこの店でも買えるし、よく見れば、周囲に酒屋もあるし、別にコンビニに行かなくても、用が足りそうだな…と思った瞬間、心が折れてしまいました。

 だって、湖の対岸までやってきたけれど、ここって、まだコンビニまでの道のりの半分にも満たなかった上に、ここからは上り坂を、少なくともあと30分は歩かないとコンビニに着かないようなんです。となると、帰り道は、徒歩1時間でしょ…。心が折れてしまった私を責めないでください。

 さて、必要な物を購入し、折れた心で周囲を探索すると…ありました、ありました。ポケストップがありました。それも二箇所(笑)。雑貨屋のそばの郵便局と博物館にありました。ついでにジムもありました。こちらは廃校になった小学校の跡地でした。

 ううむ、湘南の自宅付近でも、徒歩1分以内に三箇所のポケストップがあるというのに、ここは宿から徒歩30分で、やっとポケストップが二箇所だ(涙)。ネットでよく、ポケモンGOは地方在住者に優しくない…という記述を見ますが…ほんと、ポケモンGOは地方に行けば行くほど、厳しいゲームかもしれません。

 でも、ゲームと現実がリンクするって…こういう事なのかもしれないなあって思いました。だって、都会に行くと、すごいところは10歩歩くごとにポケストップに出会っちゃうところもあるわけだし、ポケモンだって続々出現しちゃうわけで、その時はポケモン大量ゲットしちゃいましたよ。それくらいに、都会と地方では、ポケモンGOの楽しみ方が変わるわけです。ふーむ。

 閑話休題。まあ、そんなわけで、折れた心で、ウキウキとポケモン三昧をしてしまったわけだったりします。

 しかし、徒歩1時間(それも上り坂)も行かないとコンビニに着かないなんて…ちっともコンビニエンスじゃないじゃん。日頃、コンビニは自宅から徒歩1分で到着の生活をしている私にとっては、信じられないほどの距離ですよ。

 そうそう、頭痛の原因は…不協和音ですね。皆さん、丸一日、フルートを吹いているわけで、それもあっちこっちで勝手にフルートを吹いているわけで、もう宿の中には言葉では語り尽くせないほどの不協和音がずっとずっとずっとずっと鳴っていて、目はつぶれば外界をシャットアウトできますが、耳は手で塞いだからと言って、完全に外界をシャットアウトできるわけでもなく、その場にいるだけで、不協和音にさらされ続けるわけで…普通の耳を持っていれば、そりゃあ、気分も悪くなるし、頭痛もしますって。

 吹いている自分たちは、練習に夢中になっていて、他人の音なんて聞いちゃいないので、平気なんでしょうが、私は無理。練習をしていない時はもちろんだけれど、練習している時だって、私は耳が開いているタイプの人なので、周りの物音はよく聞こえるタチだから、もう、不協和音の中でフルートの練習をしていると…だんだんだんだんアタマが痛くなってくるわけです。いやあ、つらいですよ。

 寄せ来る激流に逆らって、ひたすら歩み続ける冒険者のような気分になります。

 でもね、そんなカッコいいことを言えるほどの余裕は、この時の私にはありませんでした。もう我慢の限界に達して、不快な気分が、やがてリアルな頭痛になってしまったのです。そこで、頭痛薬を購入にきたわけです。私は普段は頭痛とは縁のない人なので、まさかフルート合宿に来て頭痛になるとは思わなかたもの。で、頭痛薬なんて持ってきていなかったので、あわてて購入に踏み切ったわけです。

 まあ、徒歩30分で心が折れた遠因の一つには、暑さや道のりの遠さだけでなく、頭痛もあったわけです。本当に頭痛って…つらいですよ。

 で、頭痛薬を購入して、二箇所しかないポケストップをグルグル回ってポケモンGOをして、部屋に戻ると、皆さん昼寝をしていました。そこで私も、頭痛薬を飲んで、すぐに昼寝です。少しでも、カラダと精神を休めないとね。

 汗まみれのまま、冷房の効いた部屋で、ほぼ倒れこむように意識を失って昼寝をしたのに、よく風邪をひかなかったものです>自分。

 で、4時頃に目覚めました。アスピリンは良く効きます。皆さん方も、そのくらいに休憩を終え(男性は昼寝をしていましたが、ご婦人方は、湖で先生とボート三昧をしていたようです。女の人ってタフだよね)あっちこっちからフルートの音が響き始めました。

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2016年8月28日 (日)

フルート合宿 その4「アンサンブルは簡単じゃない」

 合宿二日目の朝となりました。朝食は8時だけれど、私は6時に目を覚まして、朝風呂です。ここ野尻湖には温泉は無いけれど、鉱泉(つまり温度の低い温泉。そのままでは水風呂なので加熱するわけだ)を沸かしているので、朝風呂三昧をしちゃうわけです。

 だいたい、目の前が湖だから、地下水豊富なわけだし、周囲は温泉地帯ばかりだから、ちょっと掘れば、鉱泉が出てくるのは当たり前だよね。

 朝風呂、気持ちいいよ。で、風呂を出て、湖まわりをちょっと散歩すると、あっという間に朝食タイムです。

 がっつり朝食を食べると、先生から全員に向けて、別館に集合してロングトーンの練習をしなさいと指示が出ます。この全員でのロングトーンの練習が、その日のフルートタイム開始の合図になるわけで、朝のロングトーン練習後から宴会開始までの時間、皆さん、各自で湯気が出るほどに熱心に個人練習をするわけです。

 時が来たので仕方がない(笑)。私もロングトーン練習に参加し、軽く湖畔を散歩してから、部屋に戻って覚悟を決めて、フルートの練習を…したりしていなかったりしていると(笑)、やがてマネージャーさんに呼ばれて、別館でH先生のレッスンとなりました。

 前日の指示通り、テンポアップした成果を示すと、今度は「吹きすぎ」と言われました。まあ、テンポアップをして、勢い良くフルートを吹いていたら、今度はフルートに息が入り過ぎの、フルートの鳴らしすぎになってしまいました。

 ハイドンの曲なんだから、もっと軽く吹きなさいと言われて、多少テンポを緩めても良いので、とにかく軽く軽く吹いてくるように言われました。ああ、難しいね。

 ちなみに、私が取り組んでいる、ハイドンの「セレナーデ」ですが、昨年は合宿初参加のBさんのソロ曲だったそうです。だから、私が部屋でセレナーデを練習すると、Bさんが懐かしがっていました。どうやら、この「セレナーデ」って、合宿初参加の人が取り組む曲の定番らしいです。でも、Bさんの楽譜を見せてもらったら、あれこれだいぶ違いました。Bさんの譜面は私のと違って、装飾音符がほとんどない上に、アーティキュレーションの指示も、割りと大雑把です。それになんか曲そのものがカットされていて、ちょっと短め?じゃないのかな。うん、この楽譜なら、私でも簡単に吹けるかも…。

 ちなみに宴会の時に、BさんがH先生に「すとんさんの曲は去年の私の曲ですよね」と言ったら、H先生は「全然違いますよ。あなたに渡した楽譜は、一番簡単な楽譜。すとんさんに渡したのは、一番難しい楽譜です。曲は同じでも、中身は全然違いますよ」って言ってました。まあ、確かに私の楽譜って、真っ黒でゴチャゴチャしていて、まだアルテを学んでいる最中の人には厳しい楽譜かもしれないなあ…。

 まあ、フルートに限った話ではないのかもしれないけれど、器楽曲の場合、いわゆる編曲モノを演奏する際に、どの曲を演奏するかという曲選びも大切だけれど、同じ曲でも編曲による違いがあるので、次にどの楽譜選び(編曲選び)をするかという話になってくるのだなあ…と思いました。

 フルートでも、最初っからフルート曲として作曲されたモノは、編曲による違いっては、あまり無いのでしょうが、そもそも最初っからフルート曲として作曲されたモノが(とりわけ初学者向けの曲に関しては)少ないという事情がフルート界にはあるのだから、曲選びと同じくらいに、楽譜選びが大切って事に気付かされました。声楽だと、調性の違い(キーの違い、高声用とか中声用とかね)はあるけれど、基本的に、プロもアマも同じ譜面で歌うので、編曲による違いなんて考えないので、なんか新鮮な気分になりました。

 それにしても、私のレッスンって…時間、短い! たぶん、15分からせいぜい20分くらいです。30分以上もレッスンやっている人もぞろぞろいるのに、本当に私のレッスンは時間が短いです。せっかく、一日たった一回のレッスンなんだから、もっとたっぷりやって欲しいと思う反面、先生に絞られる時間は短い方が(本音では)うれしかったりと、ちょっと複雑な気分でした。

 まあ、部屋での練習も熱心とは言えない私だから、レッスン時間の長短に文句を言うのは筋違いかもしれません。レッスンをたっぷり受けたければ、練習もたっぷりしなさい…って、音楽の神様に叱られそうです(汗)。

 さて、H先生のレッスンも終了し、部屋で練習したり休んだりを交互にしていると、C先生が部屋にやってきました。なんでも、H先生から、男組のアンサンブルの進捗状態を見るように言われたのだそうです。ちょうどその時、セカンドフルートのBさんが、H先生のレッスンを受けていて不在だったのです(Bさんのレッスンは小一時間もかかるんですよ。なんかちょっぴりうらやましいです)が、アンサンブルは、音楽としては、ファーストとサードがいれば成り立つので、まずはAさんと私の二人のアンサンブルをC先生に聞いてもらいました。

 アンサンブル曲(「ベートーヴェンのト長調のメヌエット」です)を合わせたのは、この時が始めてだったのですが、特に問題なくすんなり演奏できちゃいました。私としては「ああ、こんな感じでメロディーと組み合わさるのね」と言った感じで、安心しました。

 あと、私、合わせモノが得意かもしれない(笑)。そんな気がしてきました。根拠のない自信…ってやつです(大笑)。

 問題は、二人で演奏出来ても、三人になると、そんなに簡単じゃないって事です。

 やがて、Bさんが戻ってきたので、今度は三人で合わせてみると、案の定、途端に音楽が通らなくなりました。いやあ、やっぱりアンサンブルって、難しいね。

 我々のフルートアンサンブルは、三部編成で、ファーストがメロディ、セカンドがファーストのハーモニーで、サードはベースとかオブリガードとか、そんな感じです。一番目立つのは、メロディーのファーストだけれど、一番難しい…と言うか、ややこしいのがサードフルートのようです。いやあ「サードなんて、一番簡単じゃん」と思っていた私ですが、必ずしもそうではなかったようです。まあ、サードはサードで、音楽的には面白い立ち位置だなって思いました。

 とにかく、C先生からたくさんの課題を言い残されて、レッスン終了。残った時間で、私以外の方々は、各自でそれぞれの課題克服に取り組んだわけです。…私? 私ですか? そりゃあもう、レッスン後は休憩に突入ですよ(笑)。

 やがて昼食です。この日の昼食は、普通にカレーライスだったので、がっつり食べました。食べなきゃ、この暑さにやられてしまう…ってくらいの勢いで、ガンガン食べました。へへへ。

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2016年8月27日 (土)

サカサドジョウが星になりました

 フルート合宿の連載をしていますが、今回は、それを中断して、金魚の記事とします。

 サカサドジョウは、去年(2015年)の6月下旬に、他の二匹の緋ドジョウと、丹頂のエナと一緒に我が家にやってきました。一緒にやってきたエナは、先月、星になっていますので、二ヶ月連続で星になる子が出てしまいました。

 夏は鬼門だね。

 一緒に我が家にやってきた緋ドジョウは、一匹だけが小さかったので、この子はすぐにマッチという名前を付けてもらえましたが、他の二匹の個体識別が難しくて、なかなか名前が付かなかったのです。結局、このサカサドジョウが病気になって弱ってきて、元気な子との個体識別が可能になってきたので、病気の子をサカサドジョウ、元気な子をヨッチャンと呼び分けるようになったわけです。

 で、そのサカサドジョウが星になってしまったわけです。ドジョウは、具合が悪くなっても、結構長生きするので、当然、サカサドジョウも、もっともっと生きてくれるものと思っていましたが、真夏の水温にやられてしまったようです。

 実際、この時期の水槽の水って、暖かいからね…。金魚やドジョウたちは、暖かいよりは、むしろ冷たいくらいの水温の方が良いわけだから、色々と厳しいよね。

 ひとまず、これで現在のドジョウは、マドジョウが一匹(クロ)と三匹の緋ドジョウたち(ラズとマッチとヨッチャン)となりました。

 バイバイ、サカサドジョウ、あっちに行ったら、正面向いてまっすぐに泳ぐんだよ。

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2016年8月26日 (金)

フルート合宿 その3「合宿にはどんな人たちが参加しているのかと言うと…」

 夕飯終了後、先生から「すとんさんはお風呂に入って良し」という許可をいただきました(笑)。なんでも、H先生とのレッスンを終えた人から入浴許可がもらえるのだそうです。まあ、私は午前中にレッスン、終わっているから(笑)。

 入浴して、夜の宴会の時間まで…またまた各自フルート練習です。私としては、テレビを見て、ゆっくりもしたかったのですが(なにしろ、オリンピック真っ盛りの時期ですからね)、周りがみんなフルートの練習をするので、私も付き合って(?)フルートの練習をする事にしました。例によって、私は練習と休憩を交互に取りながらやりましたが、皆さんはずっとずっとずっとずっとフルートを吹いていましたよ。ああ、本当にずっとフルートを吹いているのです。

 それは私の同室の二人だけが特別ではなく、どの部屋でも似たような感じなのです。本当に皆さん、フルートが大好きで、一日中フルートを吹いていても、飽きないんですね。

 私はフルート大好き人間のつもりでしたが、ここに来て、よく分かりました。私、たぶん、そんなにフルートが好きじゃないです(断言)。少なくとも、ここのメンバーさんのフルート愛には、とてもかないません。だって、私は、フルートも好きだけれど、オリンピックの結果も気になるし、なにしろ始めてやってきた土地だもの、観光もしたいし、目の前にある野尻湖の風にも吹かれたいのです。

 あと、何より、歌いたい。だって、全然歌ってないもん。

 でも、皆さん、部屋に閉じ困って、フルート三昧。これが楽しいというのだから、それでいいんだと思います。だって、フルート合宿だもの…ね。

 私はフルートの練習もするけれど、適当にあれこれ気を散らしながら休憩をはさんで、精神のバランスを保つわけです。iPadでネットサーフィンしたり、電子書籍を読んだり…ああ、私って、普通の人なんだなあ。

 やがて夜も更けてきて、先生が「宴会始めるよ~」と(なぜか私に)声を掛けました。なので、私は各部屋を回って「はい、皆さん、宴会ですよ~」と告げて回りました。もしかすると、この伝令の仕事って、新入りの仕事なのかな? しかし、各部屋回って分かった事は、皆さん、アタマから湯気が出ているんじゃないかってくらい、前のめりにフルートを吹いているんですよ。いや、実際、アタマから湯気が出ていた人が数人いたような気もします。

 ほんと、みんなフルート三昧なんですから。

 宴会は、夜の10時開始です。まあ、宴会は宴会です。宴会は気分をリラックスさせるために行うのだそうです。みんな、一日中フルートの練習をしてきたので、そのままの状態では、興奮状態のままなので、夜も眠れないくらいに精神が高揚しているわけで、宴会でリラックスをして、興奮をおさめてから寝る…んだそうです。

 まあ、それは正解かもしれません。

 それまで各部屋で個人練習に没頭し、ほぼ没交渉だった他の皆さん方とも、宴会では、色々と話しをして親交のようなものを深めました。そして、この場にいる人たちを観察してみると…いやあ、この合宿には、色々な人がいるものだなあ…と改めて思ったわけです。

 この合宿に参加した人たちを種類別に分けてみると、こんな感じなのです。

A)H先生

 まあ、そうだよね。H先生の門下の合宿だもの、先生がいなければ始まりません。

B)H先生の生徒さんたち

 私がここに入りますが、先生がいて、生徒がいて、それで合宿が成り立つわけです。まあ、当然だわな。ちなみに、H先生の生徒さんって、マダムな生徒さんが多くて、皆様、ゴールドフルートな方々でした(汗)。なんか、私、場違い感バリバリでした(汗)。

C)ピアニストさん

 本番と言うか、合宿の最後に行われる発表会でのピアノ伴奏を引き受けてくださる方です。発表会込みの合宿ですから、ピアニストさんの合宿参加も分かります。

D)アシスタントの先生方

 初日はC先生だけでしたが、翌日からは遅れて参加のD先生も加わりました。つまり、H先生のアシスタントとして、二人のフルートの先生が合宿に加わっているわけです。このお二人は、元々はH先生のお弟子さんで、プロになって、近所でフルート教室を開いています。今回の合宿には、H先生のアシスタントとして呼ばれたわけです。特にD先生は、本当にウチの近所でフルート教室を開いているので、もしもH先生に何かあった時は、私のレッスンはD先生が代講をする事になっているんじゃないかしらと…勝手に想像してしまいました。

E)アシスタントの先生方の生徒さん

 アシスタントの先生方は、ご自分のフルート教室をやってられるわけで、もちろん、発表会もそれぞれ独自に行っているわけです。で、だから本来は、このフルート合宿とは無縁なはずなのですが、アシスタントの先生たちは、ご自分のフルート教室の生徒さんのうちのセレクトメンバーさんに「私の先生のところで合宿があるんだけれど、来ませんか?」と誘うんだそうです。そうして選ばれた数名の生徒さんが“先生の先生にフルートを習うため”に、この合宿に参加しています。この人たちが、みんな、目が覚めるほどにフルートが上手な方たちで、ほんと、ピカピカの生徒さん集団だったりします。そりゃあ、先生の先生に直接フルートをご指導いただけるわけですから、ピカピカなのも当然と言えば当然か。

F)H先生のファンの人

 実は同室のAさんもそうなんですが、別にH先生のお弟子さんとか生徒さんではなくて、フルーティストとしては独立しているのだけれど(Aさんは某アマオケのメンバーさんです)H先生のファンで、ある意味、合宿の手伝いとして、ここに参加している人がいるわけです。そんなAさんのような、セミプロの人も幾人が合宿に参加しています。

G)H先生のスタッフの皆さん

 マネージャーさんとかスタッフさんとか、H先生の身の回りの面倒を公私共に見ている人たちです。当然、音楽はしません。本当に裏方さんで、あれこれ合宿を仕切っています。

 なんかこの合宿、私が思っていたよりも、規模が大きいと言うか、そんな感じのフルート合宿だという事が宴会ではしゃいでいるうちに、うすうすと気づいた私だったりします。

 ちなみに、宴会に出てきた酒は、H先生から「安酒はダメよ」とお達しがあったせいか、マダムたちや飲兵衛オジサンたちが、家庭に転がっているご贈答品酒を持ち込んでくださったので、私などが見たこと無いようなお酒が並んでおりました。どれくらいのお酒が並んでいたのか言うと…誰もジョニ黒には手を出さなかった…というレベルのお酒が並んだというふうに理解してください。まあ、お中元でもらえるお酒だもの、そんなに安酒じゃないよね。

 つまみも、マダムたちのセレクトですから…なんとも美味しい珍味が勢揃いしました。国産ブランドのおつまみたち…と言うか、日本橋とか京橋あたりに本店があるような、そんなお店の珍味が並びました。ああ、これらもご贈答品なんだそうです。もらえる人はもらえるんですね。

 でも私は、それらに混ざって出てきた、オレオとか、おっとっととかの方がクチにあったりして(笑)。

 夜は1時過ぎまで、みんなで騒いで、後はじっくりと熟睡し、明日に備えたわけです。

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2016年8月25日 (木)

フルート合宿 その2「合宿開始!」

 さて、北しなの鉄道に乗った私は、黒姫駅を目指しました。

 黒姫駅は…駅前に、だだっぴろい広場がひろがる、みごとに閑散とした駅でした。駅舎とか色々な施設のあっちこっちに蜘蛛の巣があって、ほんと、人の手の入っていない駅なんだな…って思いました。もちろん、自動改札ではなく、駅員さん自らが切符を集めてました。いやあ、オールドスタイルな駅だ。

 駅を出ると、宿からの迎えのバスが来ていたので、さっそくそれに乗りました。乗るのは私だけのはずではなく、同じH門下の皆さんが乗るはずなのに、一向にやってきません。次の電車は…2時間後ですから、絶対私と同じ電車に乗ったはずなのに…不思議だなあと思っていたら、それらしき団体がやってきて、バスに乗り込んできました。

 身軽な一人旅と、団体での旅行は、色々とスピードが違うわけです。

 この時点で、私以外はみなさんお仲間で、私だけがよそ者って感じだったので、私はバスの一番後ろの一番隅におとなしく座っておりました。ほぼ透明人間となって、バスに乗っていました。まあ、それも良しです。一人だけ部外者だし、皆さん楽しそうだしね。

 それに私は軽装ですが、皆さん、あれこれと重装備だし、何かと話題に富んでいるみたいだし、車窓風景も珍しくて、私は外を眺めているだけでも、十分楽しいですし…ってところでしょうか? なんでも当地は小林一茶の地元だそうで…小林一茶にも興味わきそう…。

 やがて、バスは宿に着きました。H先生が出迎えてくれました。

 バスで来る連中が一番最後の到着だったようで、さっそく、今回のメンバー全員が(先生の)部屋に集合して、オリエンテーションです。ここで、新入りの挨拶があって、私もようやく皆さんの仲間入りを果たしました。ちょっとした注意事項があった後、各自の部屋に荷物を置いたら、すぐにピアノが置いてある別館でロングトーン練習をする事になりました。

 特に時程表とか予定表とか日程表とかはなく、朝昼晩の三食の時間は必ず食堂に集合して食事をし、先生に呼ばれたらレッスンに行き、一日の終わりに先生の部屋に集合して宴会に参加する。それ以外は基本的に自由行動なんだそうです。

 宅急便で送った荷物をフロントで受け取り、それを部屋に置きました。私の部屋は、いわゆる“男部屋”で、3人部屋でした。メンバーは…仮にAさんBさんとしておきますと、Aさんはベテランさんで、この部屋の班長さん的な役割の方です。Bさんもオジサンで、昨年からのメンバーで今年は2年目の人。それに今年初参加の私が加わったと言った感じです。ちなみに、この3人でアンサンブルを演奏します。

 荷物を部屋に置いて、さっそく別館に移動してロングトーンの練習ですが…H先生はやって来ず、アシスタントの若いC先生がやってきました。で、C先生の指導の元で、ロングトーンをし、そのロングトーン練習が終わったあたりでH先生とピアニストさんが登場しました。そこで、先生が指名した人を除いて、解散となりました。ちなみに、先生に指名された人は、そのまま別館に残って、H先生のレッスンを受ける事になります。

 解散した私達は…と言うと、さっそく部屋に戻りました。私は、移動疲れもあって、クタっとしていましたが、残りの二人は、すごい勢いで何やらフルートを吹き出しました。何をしているかと尋ねると「フルートの練習」と答えました(見たまんまじゃん:笑)。

 どうやら、このフルート合宿。自由時間に、各自の部屋で、各自がそれぞれ勝手に、フルートの練習を、たっぷりするのが目的のようで、この二人はさっそくフルートの練習を始めました。ふと周りを見ても、どの部屋からも、どの部屋からも、フルートの音が聞こえます。いやあ、みなさん、熱心熱心。まさにフルート三昧なわけです。

 Aさん曰く、普段の日常生活の中ではフルートの練習って、なかなか出来ないじゃない? だから、合宿に来たらフルートを吹くんです。年に一度のこの合宿があるから、私はフルートの腕前を落とさずに済んでいる…という趣旨の事を話していました。そういうものなのかな? まあ、普段フルートの練習が出来ない…という点では私も一緒ですから、二人に負けないように私もフルートを吹き始めましたが、そんなにフルートなんて吹き続けていられるわけないです。

 15分も練習すれば、もう飽きちゃいます。だって、フルートの練習以外にする事ないから、半ば強制的な練習にも感じられて、強制的だな…って感じちゃうと、なんとなく嫌気も差して、そうなると、すぐに飽きちゃうんだよね。

 だいたい周囲には、私以外のフルートの音もあふれていて、あっちでもこっちでも、好き勝手にフルートを吹いているわけで、それらの音がなんとも現代音楽的と言うか、はっきり言って不協和音の渦の中にいるわけで…なんか耳が変になりそう…。15分練習すると飽きてしまい、30分休憩(と言っても、布団の中にアタマをツッコんでボーとしているだけ)して、15分練習して、30分休憩してを繰り返しているうちに(ちなみに、同室の二人は休憩も取らずに、ずっとフルートの練習をしています)、アシスタントのC先生に呼ばれ、先生の部屋に行きました。なんでも、H先生のレッスンを受ける前に、C先生のレッスンを受けて、進捗状況を確認した上で、H先生のレッスンを受けるかどうかをC先生が決めるんだそうです。

 中には何度もC先生とのレッスンを重ねてからH先生のレッスンを受ける人もいるそうですが、私は一発合格というか、合宿に来る前に、ソロ曲に関しては、さんざんH先生に見てもらっていたし「合宿に行ったら、すぐにピアノ合わせだからね」と言われいた通り、すぐにC先生からOKをいただきました。なので、C先生のレッスン後、一度自室に戻ってクタっとしていたら(注意事項をすぐに復習しない怠け者です)マネージャーさんが部屋にやってきて「すとんさん、H先生のレッスンだよ」と呼ばれたので、のこのこと別館に行った私でした。

 H先生とのレッスンは、本番のソロ曲のレッスンです。主にピアノ合わせがメインの練習です。一応、先生の前だし、ピアノと合わせながらフルートをしっかりと丁寧に吹いたわけで、H先生からは「いいんじゃないの?」と言われました。まあ、歌がフルートになっただけで、ピアノと合わせるのは、苦手じゃないですから。

 いいんだけれど、テンポが遅すぎると言われました。まあ、丁寧にミスの無いように気をつけて吹いたからね。そこで、テンポをぐっとアップする事にしました。気分的にはほぼ倍速です。そこまで速度を上げると、今度は指がついて来れません。そこで、部屋に戻って、倍のテンポでの演奏ができるように練習してくるように言われるわけです。

 なかなか、忙しいですね。

 ちなみに、この日は、東京の某有名合唱団と同宿だったのですが、彼らの物音なんて、何も聴こえませんでした。彼らも同じ宿で練習しているはずなのですが…合唱なんて、フルートと比べると、物静かなのですね。

 そうこうしているうちに、夕飯となりました。

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2016年8月24日 (水)

フルート合宿 その1「善光寺に行ったよ」

 フルートのレッスンの翌日が、フルート合宿の初日でした。合宿地までは各自で行くことになっていたので、頑張って早起きして出かけました。

 東京駅までは湘南電車で、東京駅から長野駅までは北陸新幹線に乗りました。目的地は野尻湖ですが、長野駅で、新幹線から私鉄の北しなの鉄道に乗り換えます。

 いやあ、それにしても新幹線って快適ですわ。座席もゆったりしているし、飛行機よりも快適…って、飛行機はエコノミーしか乗った事ないけれどね。飛行機もビジネスクラスに乗ると違うのかな?

 実は私、長野に行った事がなかったので、長野駅で乗り換えるついでに、長野観光をしてから野尻湖に向かおうと思っていました。それで長野観光と言えば…とググっていたところ、やはり長野と言えば善光寺と言うわけで、以前から善光寺詣りをしましょうと計画していました。

 そのため、合宿の荷物は事前に宅急便で送ってしまい、なるべく軽装になって出かけました。

 新幹線で長野駅に着いたのは午前10時頃。午後1時の電車に乗ればOKなので、2時間少しの時間を観光に充てられます。

 長野駅から善光寺までは距離的にも近く、案内板もしっかりしているので、歩いてお参りできます…というネット情報を信用して、長野駅から歩いて善光寺を目指しました。途中、ポケモン狩りをしていた事もありますが、長野駅から善光寺まで一直線なのに、徒歩で約1時間ほどかかってしまいました。いやあ、暑かったし、暑かったし、暑かったし、おまけにずっと微妙な登り坂だったし…。

 考えてみれば、長野電鉄という私鉄(地下鉄?)で行けば、長野駅から4駅先が善光寺下という駅で、そこまで私鉄に乗って行くか、長野駅からお寺までバスで行くのが、実は正解だったみたいです。私、行きに1時間も使ってしまったので、帰りも徒歩にして、お寺をお詣りしてしまうと、電車の時間に間に合わない可能性も出てきました。そこで、長野駅への帰り道はバスにして、時刻表でバスの時刻を確認した上で、お詣りをする事にしました。ちなみにバスだと駅まで約10分です。

 徒歩なら、善光寺の大門を見たら、すぐに長野駅に戻らないと間に合わないけれど、帰りをバスに変更したので、お寺をゆっくりとお詣りした上で、昼食を食べて、おみやげを冷やかしても、時間に余裕があるわけですから、なんか得した気分です。

 さっそく、ゆっくりと門前町を冷やかします。おやきをそば茶でいただきました。美味しかったよ。おやきは…まんじゅうの一種で、中の具が餡ではなく漬物(野沢菜漬け)なのですが、これが実に美味しいのですよ。私、一口食べて気に入りました。このおやき、おそらくは信州以外では食べられない…んでしょうね。ああ、残念。

 あんまり残念なので、今さっき、長野県のアンテナショップをググってみたら、銀座にアンテナショップがあるみたいだけれど…ちょっと引っ込んだ所らしくて、そこには行った事がありませんでした。いやあ、今度銀座に行ったら、のぞいてみようっと。

 さて、善光寺さんは、立派なお寺でした。人はたくさんいましたが、それでも厳かな雰囲気を保ったお寺で、精神的に圧倒されました。一通りお詣りさせてもらい、帰りに門前町の、行きにおやきをいただいたお店で、そばをいただきました。うむ、善光寺をお参りして、おやきを食べて、信州の地粉を使ったそばを食べたので、とりあえずミッション・コンプリートです。

 長野、とりわけ善光寺周辺は、良い感じですね。

 私が長野に向かった日は、町に人があふれていて「いやあ、この混雑ぶりは横浜並じゃん。長野市、なめちゃいけないねー」と思ったものですが、後で知ったのですが、この日は、長野びんずる祭りという、すごい大きなお祭りが開催されていたので、地元の人が大勢、長野市に集まっていたんだんだそうです。

 おまけにこの日は、嵐のコンサートも長野市で行われていたので、全国の嵐ファンも長野に大勢押しかけていたので、この日の長野市の人口は普段の数倍増しだったそうです。なので、行きの長野は、エラい混雑していましたが、合宿帰りの長野は、嵐も帰り、びんずる祭りも終わっていたので、町が大きい分、ちょっと人の密度が薄く感じましたもの。やはり、合宿初日の長野市の混雑ぶりは、異例だったんだと思います。

 善光寺を満喫した私は、そこから北しなの鉄道に乗って、野尻湖を目指したわけです。

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2016年8月23日 (火)

合宿前日の話(笑)

 フルートのレッスンの話です。

 さてさて、話はお盆前に戻ります…が、今月の初旬あたりに「山に隠る」と言ってた私ですが、実は、何の事はありません。フルート合宿に行っていたわけです。で、お盆休みをはさんだ今、ぼちぼちちまちまとフルート合宿の話をアップしていこうと考えていますが、話の順番もあって、合宿話の前に、実は合宿の前日にフルートのレッスンがあったので、まずはそちらの話を先にアップします。

 今回の妹殿は…何を習ったのか知りません。いやあ、ポケモン狩りながらレッスンに向かったら、お教室に着いた時は、もう時間ギリギリで、すでに妹殿のレッスンは終了していたようです。残念。

 私のレッスンは、いつもの通り、ロングトーン練習から始まり、エルステユーブンゲンとなりました。18番と19番ですが、18番の暗記がまだ不完全なので、これは合宿に持ち越して、向こうで練習することにしました。

 いつもなら、プチエチュードをやりますが、今回は無しです。すぐに合宿用の、ハイドンのセレナーデに移りました。まあ、だいだい吹けます。ただ、集中力が切れるとミスります。要は精神力の問題だな。ちなみに、合宿前に課題曲を完成させる人は少ないそうで、たいていの人は、合宿に行って、ヒーヒー言いながら現地で練習するんだそうです。そういう意味じゃあ、私は優秀? いや、課題曲が簡単なだけなんだと思います。なので、私は現地に入ったら、さっそくピアノ合わせになるんだそうです。

 ピアノ合わせと言っても、私がいただいた譜は、パート譜なので、ピアノがどう動くのかって、全然分からないんだよなあ。ちょっと不安。

 ちなみに、懸案のフルートアンサンブル、ってかフルート三重奏で演奏する『ト長調のメヌエット(ベートーヴェン作曲)』は、先生曰く「練習しといてね」という事です。なんでも、同室三人組で演奏するので、現地入りしたら他の二人とよく相談して練習して仕上げておいてね…って事です。まあ、私は三番フルートなので、すごぶる簡単な譜なので、まあ間違えることはないと思うけれど、これが音楽の中でどう動くのかが全く分からないので、結構不安です。きちんと音楽にはめて吹けるかな? 伴奏されるのは得意だけれど、伴奏するのは苦手な私です。いやあ、大変かも。

 今回の雑談は…合宿について。私があれこれ質問したわけですが、それらの話については、また合宿の時にまとめて書きたいと思います。

 さあ、明日から合宿だ!

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2016年8月22日 (月)

老犬ブログが、うっかりしているうちに、10年目に突入していました!

 いやあ、うっかりしてました…と言うか、気づいていたけれど、忙しくて連載を中断できなかったんですが、8月14日は、老犬ブログのお誕生日でした。そして、2007年の8月14日に開始した老犬ブログにとって、丸9年を越えて、ついについに、10年目に突入したわけです。

  ★★★ 祝! 老犬ブログ、10年目、突入~! ★★★

 そう言えば、いつのまにかカウンターも30万を越えて、そろそろ40万か? 10万越えの時は気にしていたけれど、うっかりしているうちに、20万と30万はやり過ごしてしまった。うう、うかつだった…。

 日々が忙しすぎて、カウンターに気づけず、10年目突入の日もやり過ごしてしまいました。ほんと、忙しすぎ。だいたい10年前は、こんなに忙しくなる予定なんてなかったもんなあ。

 元々、このブログは声楽を始めたことがきっかけで始めたわけだから、私の今日につながっていく声楽学習歴も10年になったというわけです。この10年で、私はどれだけ歌が上達したのかしら。フルートも歌を始めてまもなく開始したわけだから、こちらもそろそろ10年ですが、こちらもどれだけ上達したのやら。まあ、いずれは立ち止まって、検証&反省をしないといけないでしょうね。

 それにしてもこの9年間、ほんと、色々な事がありましたが、ブログを今日まで続けてこられたのは、やはり読者の皆さんのおかげです。アクセス数が増えたり、コメントをつけてもらったり、ブログランキングの上位で入られる事は、すごい励みになってます。今後とも、よろしくね、そして、ありがとう。

 と言うわけで、例年やってますが、この一年間の月間トップ3の記事を発表します。老犬ブログでは、こんな記事に皆さんの注目が集まっていたんですね。それではスタートします。

2015年 8月

1位 金魚すくいの金魚をうまく飼う秘訣 エサやり編

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

 
 
2015年 9月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 ポール・ポッツについて思うこと

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編
 
 
2015年 10月

1位 ヴァイオリンを学ぶって、つくづく“金持ちの道楽”だと思う

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編
 
 
2015年 11月

1位 一体、プロって何なんだろうね?

2位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

3位 他人がクチをつけて吹いたフルートなんて、吹きたくもない!

 
 
2015年 12月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 先生から与えられる課題曲の難易度と、生徒の上達について考えてみた

3位 フルートがいつまで経ってもピカピカのままなんです(涙)

 
 
2016年 1月

1位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた

2位 正直に告白します

3位 ヴァイオリンを学ぶって、つくづく“金持ちの道楽”だと思う
 
 
2016年 2月

1位 ポール・ポッツについて思うこと

2位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

3位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた
 
 
2016年 3月

1位 ポール・ポッツについて思うこと

2位 やっぱりブログを辞める事に…なるかも?

3位 ブログを辞めてしまおうかと思う事もある

 
 
2016年 4月

1位 ショパンを弾けるようになるのは無理でも…

2位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編

3位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた
 
 
2016年 5月

1位 あなたにとって、フルートの魅力って何?

2位 ヴァイオリンを学ぶって、つくづく“金持ちの道楽”だと思う

3位 フルートメーカーについて語る(笑)その7 サンキョウ・アルタス編
 
 
2016年 6月

1位 やりたいけれど出来ない合唱について考えてみた その2

2位 音大コンプレックスについて考えてみた

3位 声は天賦のモノ

 
 
2016年 7月

1位 帝国劇場で「モーツァルト!」を見てきました

2位 そこから始めるんですか!

3位 ヌーボ社のプラスチック製フルートを、衝動買いしてみた
 
 
 それにしても、ヌーボのプラスチックフルートの記事は強いなあ。毎月毎月上位に来ています。この記事は2012年8月の記事ですから、かれこれ4年も前の記事で、それがずっとランキング上位にいるわけで…よほど、ヌーボのプラスチックフルートの情報って少ないんだなあ…って思います。でなきゃ、わざわざ、老犬ブログの過去記事なんて誰も見ないよなあ…。

 あと目立つ記事と言えば、ポッツとアルタスの記事だね。ポッツも…ネットに情報がないのかなあ? アルタスは…ってか、アルタスに限らず、最近はフルートネタの記事ってあまり書いていないんだよね。はっきり言って、ネタ不足と言うか、ネタかぶりなんですよ。何か、フルート関係でネタを思いついても「あ、それ、以前に似たようなネタで書いたわ」って思ってしまい、ネタに困っております。

 レッスンにさえ、きちんと行ければ、何も困らないのにね(汗)。

 そんなわけで、昨年も書きましたが、今年もフルート記事は、書く方は低調で申し訳ありません。昨年までは「それでもフルート記事は人気があって…」と書きましたが、さすがに今年はそんな事もなく、順調にこのブログにおけるフルート人気も下がっております。元々、声楽の方は読んでいる人が少ないので、フルート人気の下降に伴って、このブログの全体的な人気も凋落しておりますが…まあ、これが本来の姿なのだと思って、気にしないようにしています。

 まあ、ブログの記事をフルートネタにシフトしてガンガン、フルートネタでブログを書けば、あっという間に人気回復するだろうとは思いますが、フルートネタに事欠いている現在、それもできないわけで…まあ、しゃーないのです。

 逆に、最近はブログを書こうと思うと、声楽ネタばかりが思い浮かんでしまうのですが、あまり声楽ネタばかりになって、話題が偏っても良くないかなと思い、なるべく、音楽全般的なネタを入れたりして、一応は工夫をしているつもりなのですが…やはり、振り返ってみると、声楽ネタばかりになっていますね。

 社交ダンスも中断し、ヴァイオリンも辞めてしまった現在、フルートネタを頑張んないといけないのになあ…と反省しきりな私です。

 さあ、老犬ブログ、10年目の今年も、例年並(笑)に頑張っていきたいと思いますので、応援、よろしくね。

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2016年8月21日 (日)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その11「ハバネラ」

 今年のお盆の連載は、今回が最終回です。最後にふさわしい曲をチョイスしてみました。

 今回のアリアは、ビゼー作曲の『カルメン』の「恋は野の鳥(ハバネラ)/L'amour est un oiseau rebelle」です。

 『カルメン』というオペラは、日本では大人気オペラで、誰もが知っていると言っても過言ではないほどの人気作だし、どの曲もシングルカットしたら大ヒット間違いなしという、ハズレ曲のないオペラとしても有名ですが、素人さんの発表会では、驚くほど歌われません。何故か…と言えば、やはり歌詞がフランス語だからでしょうね。歌う人って、イタリア語やドイツ語は得意でも、フランス語はちょっと苦手いう人が多いですからね。

 もっとも、昨今のアリア集では、フランス語だとカタカナでルビの振ってあるものも珍しくないので、その手の楽譜を使えば、カルメンの曲でも歌えないわけではないのです。

 と言うわけでしょうか、案外「ハバネラ」は歌われています。もっとも、この曲、ハバネラと呼ばれる事が多いのですが、正しい曲名は「恋は野の鳥」だったりします。

 こんな感じの曲です。

 歌っているのは、エレーナ・ガランチャです。私の中では、現在最高のカルメン歌いとなっている人です。ちなみに、ちょっと前なら、アグスネ・バルツァだったんですが…ね。さすがのバルツァもガランチャの魅力には、かないませんって。この人、この曲では歌っているばかりですが、実はダンスもかなり上手で、カルメンの第二幕で披露するフラメンコは、本職はだしの素晴らしいダンスだったりします。美人で、歌もダンスも良しなんて、まるでミュージカル歌手みたい(笑)。いや、もちろん、歌唱力は、ミュージカルの人とは全然比較できないほどに卓越しているのですが…。

 今回の歌詞と訳詞は、こちらから転載しました。感謝です。

L'amour est un oiseau rebelle
恋はいうことを聞かない小鳥

Que nul ne peut apprivoiser,
飼いならすことなんか誰にもできない

Et c'est bien en vain qu'on l'appelle,
いくら呼んでも無駄

S'il lui convient de refuser!
来たくなければ来やしない
 
 
Rien n'y fait, menace ou prière,
おどしてもすかしても なんにもならない

L'un parle bien, l'autre se tait;
ひとりがしゃべって ひとりが黙る

Et c'est l'autre que je préfère,
あたしはあとのひとりが好き

Il n'a rien dit; mais il me plaît.
なんにもいわなかったけど そこが好きなの
 
 
L'amour, l'amour...
恋、恋…
 
 
L'amour est enfant de Bohême,
恋はジプシーの生まれ

Il n'a jamais, jamais connu de loi;
おきてなんか知ったことじゃない

Si tu ne m'aimes pas, je t'aime,
好いてくれなくてもあたしから好いてやる

Si je t'aime, prends garde à toi!
あたしに好かれたら あぶないよ!
 
 
L'oiseau que tu croyais surprendre
まんまとつかまえたと思ったら

Battit de l'aile et s'envola;
鳥は羽ばたき 逃げてゆく

L'amour est loin, tu peux l'attendre,
恋が遠くにいるときは 待つほかないが

Tu ne l'attends plus, il set là.
待つ気もなくなったころ そこにいる
 
 
Tout autour de toi, vite, vite,
あたりをすばやく飛びまわり

Il vient, s'en va, puis il revient,
行ったり来たり また戻ったり

Tu crois le tenir, il t'évite,
捕らえたと思うと するりと逃げて

Tu crois l'éviter, il te tient!
逃がしたと思うと 捕らえてる
 
 
L'amour, l'amour...
恋、恋…
 
 
L'amour est enfant de Bohême,
恋はジプシーの生まれ

Il n'a jamais, jamais connu de loi;
おきてなんか知ったことじゃない

Si tu ne m'aimes pas, je t'aime,
好いてくれなくてもあたしから好いてやる

Si je t'aime, prends garde à toi!
あたしに好かれたら あぶないよ!

 この曲は、本来はメゾソプラノ用に書かれたアリアですが、役柄が役柄ですから、昔から少し声が重いソプラノさんたちにも、よく歌われていましたし、また、それが良いのですね。

 作曲家的には、女の色香を表現するために、カルメンをメゾソプラノに設定したのでしょうが、カルメンは色気ムンムンの女であると同時に、まだ若い、現役バリバリの女でもあるわけで、そうなると、あまりオバサンっぽい声で歌われるとオペラ的には困るわけです。

 本来的には、メゾソプラノではなく、スピントなソプラノあたりが歌うべき役柄ではなかったかな? とか思うし、実際、スピントなソプラノさんがよく歌う役でもあります。

 まあ、問題はフランス人の好みかな? って思うわけです。と言うのも、フランス人って、イタリア人と違って、好みが少しばかり低音に傾いているんじゃないかなって思います。テノールで言えば、イタリアならスピントなテノールとして活躍できそうな声の人が、フランスだとバリトンとして活躍する傾向があります。まあ、どっちでもいい話なのかもしれませんが、どっちでも良い時ほど、趣味趣向が表れるわけで、そんなどっちでも良い時に低音に針が触れるのが、フランスなのかなって思うわけです。

 で、カルメンはメゾ・ソプラノになった…と思うわけだったりします。

 まあ、それはともかく、素人的には、メゾとして書かれたおかげで、カルメンには高音が無くなり、その分、高音に難のあるソプラノさんでもチャレンジできる役になった…と言えるでしょう。まさに“ビバ・カルメン”って感じでしょうね。

 それにしても結局このシリーズ、とりあげたアリアは、すべて女声のアリアとなりました。心情的にはテノールのアリアなども取り上げたかったのですが…素人さんの発表会に行くと、歌っている人って、ほとんど女性だから、どうしても“よく耳にするアリア”となると、女声のアリアにならざるをえないんだよね。

 まあ、この女声偏重という傾向は、素人さんの発表会ばかりでなく、プロを目指す人たちの音楽コンクールに行ってもそう。やっぱり同じ傾向です。海外の事はよく分からないけれど、少なくとも日本では“歌は女のモノ”なんだな。それじゃあ、もったいないと私は思うわけだけれど…まあ、仕方ないやな。

 さて、これで夏の連載も終了です。次回からは、平常運転に戻りますので、よろしく。

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2016年8月20日 (土)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その10「さよなら、ふるさとの家よ」

 さて、今回もコンサート・アリア…と言っても良い曲です。カタラーニが作曲した『ワリー』というオペラの中で歌われるソプラノのアリア「さよなら、ふるさとの家よ/Ebben? Ne andrò lontana」です。

 「カタラーニって誰?」
 「ワリーってオペラって何?」

 大丈夫、私も知りません(笑)。そう言った周辺情報は全く知りませんが、「さよなら、ふるさとの家よ/Ebben? Ne andrò lontana」は、本当によく、しばしば素人さんの発表会で聞きます。ほんと、不思議なくらいに。

 こんな感じの曲です。

 歌っているのは、アンナ・ネトレプコです。現在のメトロポリタン歌劇場のディーヴァですね。彼女の声には、好き嫌いがあるようですが、美貌と歌の巧さにかけては、誰にも文句は言わせません。もっとも、最近は結婚もして、体型もだいぶプヨプヨにくずれてしまいましたが(笑)。そろそろメトもディーヴァの代替わりの時期に差し掛かっているのかもしれません。

 今回の歌詞と訳詞は、こちらのサイトのモノを転載しました。感謝です。

Ebben…?
それなら…?

Ne andrò lontana,
私はここから遠いところに行きましょう
come va l'echo della pia campagna,
聖なる鐘のこだまがあの白い雪の間に

là, fra la neve Bianca,
あの黄金色の雲の間に

là, fra le nubi d'or,
流れていくように。

laddove la speranza,
そこでは、希望も

è rimpianto, è dolor!
嘆きとも苦しみともなるでしょう!
 
 
O della madre mia casa gioconda,
楽しかった母の家よ、

la Wally ne anrdà da te lontana assai,
ワリーはお前から離れて遠くに行くでしょう

e forse a te non farà,
そしてきっと、二度とお前のもとに

mai più ritorno,
帰ってくることはないでしょう。

ne più la rivedrai
お前も二度と私の姿を見ることはないでしょう

Mai più, mai più!
決してないでしょう、決してないでしょう!
 
 
Ne andrò sola e lontana,
私はたった一人で、ここから遠いところに行きましょう

come l'eco della pia campagna...
聖なる鐘のこだまが

là, fra la neve bianca;
あの白い雪の間に流れていくように

Ne andrò solae lontana,
ここから遠いところに、たった一人で行きましょう

E fra le nubi d'or…!
あの黄金色の雲の間に…!

 カタラーニという作曲家は、プッチーニと同時代の作曲家で、日本では全くと言っていいほどの無名な作曲家ですが、海外では彼の作品『ワリー』はもちろん『ローレライ』なども、たまに上演されるそうです。決して、海外では無名な作曲家とは言えないようですが…やっぱり日本じゃあ無名だよね。

 と言うわけで、この曲に関して、特に語るモノを持たない私ですが、なぜ、この曲が発表会でよく歌われるのか…なぜなんだろう? おそらくは声質に関係するのかなって思います。比較的、声の軽い人だと、脇役ソプラノのアリアを始めとして、歌いやすいアリアが揃っていますが、声が成熟している人で初学者だと(大人には多いタイプですね)だと、なかなか選曲が難しいのかもしれません。と言うのも、声が成熟していると、当然、声楽技巧も成熟しているとみなされて、主役ソプラノアリアばかりになって、難しいアリアばかりになってしまいがちです(そこんところは、テノールと同じ状況でしょう)。その中で、比較的、手を出しやすいのが、この曲…ではないかと、私は推測します。

 ま、ハズレているかもしれませんが(笑)。とにかく、発表会でよく聞きますよ、このアリアは。

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2016年8月19日 (金)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その9「ドレッタの夢」

 オペラのアリアには、オペラそのものがよく上演されているものと、オペラそのものは、ほとんど上演されず、その中の一部のアリアだけがコンサートなどでよく歌われるという性格のものの、2つがあります。

 通常、後者のタイプを“コンサート・アリア”と呼んだりします。コンサート会場だけで歌われるアリアって意味ね。

 私が先の発表会で歌った、チレア作曲の「E'la solita storia/ありふれた話(フェデリコの嘆き)」も、いわばコンサート・アリアの一つで、元のオペラである『アルルの女』なんて、まず上演される事ありませんから。

 プッチーニは大オペラ作曲家で『マノン・レスコー』『ラ・ボエーム』『トスカ』『トゥーランドッド』などの有名オペラを書いています。また上演地域に偏りがあるとは言え『蝶々夫人』や『西部の娘』も有名オペラの数に入れても良いと思います。

 しかし、そんなプッチーニにも、ハズレ作品と言うか、無名な作品、滅多に劇場で上演してもらえない作品があります。その中に今回取り上げる「ドレッタの夢/Chi Il Bel Sogno Di Doretta」が含まれる『つばめ』というオペラがあります。

 プッチーニの人気って、デビュー3作目である『マノン・レスコー』で火が付いたのですね。そこから『ラ・ボエーム』でさらに人気が加速して『トスカ』で頂点を迎えます。続く『蝶々夫人』がケチの付け始めで、ここから人気が下がり始め『西部の娘』で、ついに観客から三行半をつきつけられてしまうわけです。

 人気がどん底に落ちたプッチーニが起死回生を目指して発表したのが『つばめ』ですが、これも失敗し、その次に発表したのが、昨日ご紹介した『三部作』となり、これが生前最後のオペラ作品になるわけです。『トゥーランドット』は、プッチーニの死後、弟子たちの補作も加えて完成し、上演されたものなんですね。

 しかしプッチーニはプッチーニなわけで、人気的にどん底の時に作曲した『つばめ』でも、そのキラーソングは、やはり素敵な曲なわけです。今回ご紹介する「ドレッタの夢/Chi il bel sogno di Doretta」は、今やコンサートアリアになってしまった、プッチーニの美しいアリアの一つなのです。

 こんな感じの曲です。

 歌っているのは、アンジェラ・ゲオルギューです。このアリアは、コンサートでよく歌われるので、今回はコンサートの音源から選んでみました。良い歌だと思うし、歌手の声の美しさを思う存分に堪能できる名曲だと思います。素人さんでも、持ち声の美しい人ならば、ぜひ歌ってみたいと思うのでしょうね。その気持ち、よく分かります。

 今回の歌詞と訳詞は、こちらのサイトのものを転載させていただきました。感謝です&、お元気していますか?

Chi il bel sogno di Doretta
誰かドレッタの夢がどんなものか

potè indovinar ?
お分かりになって?

Il suo mister come mai fini ?
彼女の不思議は一体どうして消えたのでしょう。

Ahimè ! Un giorno uno studente
ああ、なんと、ある日ひとりの学生が

in bocca la baciò
彼女の唇に口づけし

e fu quel bacio rivelazione:
その口づけがまさに目覚め

fu la passione !
そして熱情だったのです。

Folle amore ! Folle ebbrezza !
狂おしい恋!狂おしい陶酔!

Chi la sottile carezza
誰にこんなに熱い口づけの

d'un bacio così ardente
ほのかな触れ心地を

mai ridir portà ?
言い表すことができましょう。

Ah ! mio sogno ! Ah !mia vita !
ああ、私の夢、わたしの人生!

Che importa la ricchezza
富にどれほどの意味があるでしょう、

se ai fin è rifiorita la felicià !
幸福がついにまた花開いたなら!

O sogno d'or poter amar così !
こんな風に愛せるのが、すてきな夢!

 このアリアがオペラの中のどのような場面で歌われるのか…実は私、知りません。だって『つばめ』ってオペラ、見たことないもの。でも、音楽はよく聞きます。素人さんの発表会はもちろん、たまにテレビの中からCMソングとして聞くこともあります。ほんと、この曲のサビ部分は、有名なメロディですね。

 さすがはプッチーニ。人気どん底でもプッチーニ…なんだな(笑)。

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2016年8月18日 (木)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その8「私のお父さん」

 今回もプッチーニです。今回のアリアも、実によ~~~~っく、素人さんの発表会で聞くアリアです。

 今回取り上げるのは、歌劇『ジャンニ・スキッキ』の「私のお父さん/O mio babbino caro」です。発表会ではよく聞くくせして、オペラ自身の上演は、なかなか聞けなかったりするのです。とは言え、まったくやらないわけではなく、たまに町のポスターで『ジャンニ・スキッキ』の公演ポスターは見ます…見ますが、私が行ける所でやってくれないだけ…とも言えます。とにかく日本では、上演頻度の極めて低いオペラのアリアなのです。

 さて、どんな曲かと言えば…こんな曲です。

 この曲の音源をYouTubeで探すのに…ちょっと苦労ました。と言うのも、大半の音源がコンサート形式での歌唱で、オペラの中で歌っているっのて、ほんと少ないんですよ。ちなみに、歌っているのは、エカテリーナ・シュリーナです。

 歌詞と訳詞は、こちらのサイトから転載しました。感謝です。

O mio babbino caro
ああ、私の大好きなお父さん

mi piace, bello, bello;
彼が好きなの、素敵で素敵なの

vo’ andare in Porta Rossa
ポルタ・ロッサ通りへ行きたいの

a comperar l’anello!
(結婚)指輪を買う為に!

Si’, si’,
そう、そうなの

ci voglio andare!
私は行きたいのよ!

e se l’amassi indarno,
もし、私の恋がかなわないなら

andrei sul Ponte Vecchio
ヴェッキオ橋へ行くわ

ma per buttarmi in Arno!
アルノ河へ身を投げる為にね!

Mi struggo e mi tormento!

私はもだえ苦しんでいるの!
O Dio,
ああ、神様

Vorrei morir!
私を死なせてください!

Babbo pieta’, pieta’!
お父さん、お願い、お願いよ!

 このオペラは、通常は“プッチーニの三部作”と言われる作品で、DVDなどでは、このアリアが歌われている『ジャンニ・スキッキ』と、『外套』『修道女アンジェリカ』と3作品まとめて映像化されていたりします。元々、プッチーニがこの3つのオペラ作品を連続して上演するように企画し作曲したわけですから、まあ、そうするのが妥当と言えば妥当です。ちなみに上演順番は『外套』『修道女アンジェリカ』『ジャンニ・スキッキ』であり、その『ジャンニ・スキッキ』の中でのキラーソングが、この「私のお父さん」だったりするわけですが…三部作のキラーソングとしては、ちょっと音楽的に軽くないかい…と思ったりします。

 三部作として作曲されたにも関わらず、最近では『ジャンニ・スキッキ』の単独公演とか、『カヴァレリア・ルスティカーナ』や『道化師』などと『ジャンニ・スキッキ』が組み合わされて公演される事も多いです。と言うのも、『ジャンニ・スキッキ』って上演時間が1時間程度の短いオペラだし、喜劇で軽い内容なので、『カヴァレリア・ルスティカーナ』や『道化師』などの、上演時間が短くて、内容が重苦しい作品と組み合わせるのも、なかなか良いからです。

 …と言うよりも、プッチーニ作品とは言え、『外套』や『修道女アンジェリカ』って、そんなに人気ないんですよ。だから『ジャンニ・スキッキ』だけ取り出して上演するスタイルになりつつあるのかもしれません。

 ちなみに、歌詞の中にある“ポルタ・ロッサ通り”とは、当時のフィレンツェの繁華街で、そこにある宝飾品店に行って、結婚指輪を買いたいのよと言っているわけです。つまり、この歌は、娘が「この人と結婚したいの。お父さん、指輪を買ってよ。買ってくれなきゃ、アルノ河に身投げして自殺しちゃうんだから!」という脅迫だかおねだりだかをしている歌なのです。

 ああー、面倒くせー。しかし、メロディーが美しいので、まさか、こんな面倒くさい歌詞がついているとは…お釈迦様でも思いつくめえ(笑)。

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2016年8月17日 (水)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その7「ムゼッタのワルツ」

 さて、今回からは、いわゆる“イタオペ”の登場となります(喜)。私個人的には、このあたりのアリアが大好きなのですが、そういうオペラって、なかなかアマチュアの発表会では耳にしづらいのですよね。皆さん、よっぽどモーツァルトが好きみたいなので…。

 まあ、前回取り上げたロッシーニもイタリア・オペラなのですが、いわゆるベルカントオペラと呼ばれる時代のもので、いわば“ビフォー・ヴェルディ(ヴェルディ以前の作曲家の作品)”なんですが、今回からは“アフター・ヴェルディ(ヴェルディ以降の作曲家の作品)”で行きますよん。

 とは言え、分水嶺となるヴェルディの作品って、思ったほどはアマチュアの発表会では歌われません。たまに聞くのが、『椿姫』の第一幕の大アリアである「そはかの人か~花から花へ」ですが、これだって、本当にたまにしか聞きませんし、聞いても、歌っている人がゲスト歌手や先生だったりする事も多いので、今回は取り上げない事にすると…後は、ほら、無いでしょ? ヴェルディのアリアって、皆さんレッスンでは歌っているみたいですが、発表会ではなかなか歌ってくれないのですよ。

 そこで、ヴェルディを飛ばして、いきなりプッチーニに参ります。プッチーニのアリアと言えば…まずは『ラ・ボエーム』の「私が街を歩くと/Quando me'n vo」ですね。通常は「ムゼッタのワルツ」と呼ばれるアリアです。

 実はこのアリア、いわゆるアリアアリアした曲ではありません。ムゼッタがこの曲を歌っている時、実は他の歌手たちも全く違うメロディをあれこれ挟み込んできます。いわば、雑踏の中で歌われるアリア…と言いましょうか(劇中では)誰も真剣に聞いていない独白…と言いましょうか、とにかく「ああ、20世紀の音楽なんだな」って感じがします。

 アリア集に乗っている、このアリアの楽譜だけで勉強している方がいたら、実はオリジナルはこんな感じの曲であったわけで、ちょっとビックリしたかもしれませんね。良いメロディーなのですが、劇中では、案外、扱いの軽いアリアなんですよ…と言うのも、このアリアを歌っているムゼッタは、主役ではなく、脇役なのですよ。つまり、このアリアは、典型的な脇役アリアなのです。このオペラでは、いわゆるディーヴァ(主役ソプラノ)は、ムゼッタではなくミミを歌います。で、ミミのアリアは…発表会じゃあ、なかなか聞けません。

 さて、ムゼッタのワルツって、どんな曲なのかと言うと…オリジナルではこんな感じになります。

 この音源は、割りと有名なもので、カラヤン指揮スカラ座オーケストラで、ムゼッタを歌っているのは、アドリアーナ・マルチーノです。まあ、むしろ“フレーニとライモンディがカラヤンの指揮で歌っているボエーム”と言った方が通りが良い音源です。

 今回の歌詞と訳詞はこちらのものを、通常歌われる箇所まで転載いたします。まあ、オネラではもっともっと続くのですが…。転載、感謝です。

MUSETTA/ムゼッタ
Quando men vo soletta per la via,
私が一人で街を行く時、

la gente sosta e mira
人々は立ち止まって見つめるの

e la bellezza mia tutta ricerca in me
そしてみんな、私の美しさを私の中に探すの

da capo a pie'...
頭のてっぺんから足の先までね・・・。

MARCELLO/マルチェッロ
Legatemi alla seggiola!
オレを椅子に縛り付けてくれ!

ALCINDORO/アルチンドーロ
Quella gente che dirà?
人がなんと言うか?

MUSETTA/ムゼッタ
... ed assaporo allor la bramosia
そして、ゆっくり味わうの

sottil, che da gli occhi traspira
すると、鋭い熱望が目に表れるのよ。

e dai palesi vezzi intender sa
そしてあからさまなその仕種で分かるの

alle occulte beltà.
隠された美しさが。

Così l'effluvio del desìo tutta m'aggira,
こうして欲望の香気は私をかき乱すの、

felice mi fa!
私を幸せにしてくれるのよ!

ALCINDORO/アルチンドーロ
Quel canto scurrile mi muove la bile!
あの卑猥な歌はワシを頭に来させる!

MUSETTA/ムゼッタ
E tu che sai, che memori e ti struggi
で、あなたは分かってるんでしょ、思い出しては苦しんでいるのね

da me tanto rifuggi?
私の元へ逃げてきたいんでしょ?

So ben: le angoscie tue non le vuoi dir,
私、よく分かってんのよ、あなたが言いたくない不安を

ma ti senti morir!
あなたが死にそうだってこともね!

 このアリア、脇役ソプラノ用のアリアとは言え、情熱的でコケティッシュで、実に良い曲だと思います。元々、デビューしたての若いソプラノが歌うことが想定されているアリアなので、素人歌手でもなんとか手を出せる曲に仕上がっているのだと思います。

 しかし、こういう脇役ソプラノ用の名曲を聞く度に、ソプラノって羨ましいです。だってね、テノールには基本的に脇役テノールっていないし、たまにいても、アリアを歌う事ないもの。テノールは常に主役のアリアしかないんです。でも、今回のムゼッタがそうだけれど、フィガロで言えばケルビーノだって脇役ソプラノの曲だし、ほんと、ソプラノは脇役にも恵まれているなあ…と思うわけです。やはり、脇役の美しいアリアを歌ってから、主役の難しいアリアに挑戦できるソプラノが、本当にうらやましいです。

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2016年8月16日 (火)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その6「今の歌声は」

 次に紹介する、ロッシーニの『セヴィリアの理髪師』のロジーナのアリア「今の歌声は/Una voce poco fa」ですが、このアリアはかなり難しいアリアのはずですが…よく素人さんがチャレンジするので、私もよく耳にするわけです。

 こんな曲です。

 白黒映像ですが…マリア・カラスが歌っています。このアリア、元々はメゾソプラノ用のアリアですから、当然、メゾさんが歌っているものが多いのですが、私はやはり、ソプラノさんが歌っているモノが好きだし、素人の発表会でもソプラノさんが歌う事が多いので、今回はマリア・カラスの音源でアップしてみたわけです。

 歌詞と訳詞は、こちらのモノを転載しました。感謝です。

Una voce poco fà
今の歌声は

qui nel cor mi risuonò
心の中に響きわたり

Il mio cor ferito è già
私の心は

e Lindor fu che il piagò.
リンドーロに射抜かれた

Si, Lindoro mio sarà,
そうよ リンドーロはわたしのもの

Lo giurai,la vincerò.
必ず手に入れてみせる

Il tutto ricuserà,io l'ingegno aguzzerò
バルトロが許さないけど

Alla fin s'accheterà e contenta io resterò...
知恵を絞ってうまくやってみせる

Si, Lindoro mio sarà
そうよ リンドーロはわたしのもの

lo giurai, la vincerò
必ず手に入れてみせる

Io sono docile, son rispettosa.
私は素直で礼儀正しい

sono ubbediente, dolce, amorosa,
従順で優しい 愛情も深い

mi lascio reggere, mi fo guidar.
言われるがままに尽くしてみせる

Ma se mi toccano dov'è il mio debole,
けどもし弱みに付け込まれたら

Sarò una vipera,
私は毒蛇になって 敵が降参するまで

e cento trappole prima di cedere farò giocar
たくさんの罠で懲らしめてやるわ

 このアリアを歌っているロジーナというのは、後の伯爵夫人で、リンドーロとは若き日の伯爵が名乗っていた偽名です。え? 伯爵夫人とか伯爵とか…何? 実はこのロッシーニのオペラは、モーツァルトの『フィガロの結婚』の前日譚にあたるお話をロッシーニがオペラ化したものなのです。つまり『フィガロの結婚』では冷め切った夫婦である、伯爵と伯爵夫人の若き日の大恋愛物語をオペラ化したものなのです。ですから、作曲家は違いますし、もちろん台本作者も違うわけですが、原作者は同じなので、キャラも共通しているわけだし、世界観も共通しているわけです。

 『セヴィリアの理髪師』って、なかなか面白いですよ。我々はロッシーニ作曲のもので見る事が多いのですが、海外ではパイジェッロ作曲の『セヴィリアの理髪師』もなかなか有名で、そちらが上演されることもよくあるそうです。

 まあ『セヴィリアの理髪師』なんて、所詮『フィガロの結婚』のスピンアウトなわけですが、そのスピンアウト作品が大人気という事は…元の『フィガロの結婚』がどれだけの大人気オペラなのかって事ですね。

 ちなみに『フィガロの結婚』のスピンアウトとしては、後日談となる、ミヨーの『罪ある母』と、メルカダンテの『二人のフィガロ』、マスネの『ケルビーノ』があります。その中でも、ミヨーのモノは、原作が『フィガロ』や『セヴィリア』と同じボールマシェですから、ある意味正当な続編と言えるでしょうね。かつて『罪ある母』はDVDが、『二人のフィガロ』と『ケルビーノ』はCDが発売されていましたが…今でも入手可能かしら?

 それはともかく「今の歌声は」というアリアは、かなり技巧的なアリアなのですが、元々がソプラノ用のアリアという事もあり、音域が高くないので、初学者の皆さんも歌いやすいのでしょうね。

 ちなみに、ロッシーニは奥さんがメゾソプラノだったので、メゾのアリアをたくさん書いているんですよね、これ、豆知識です。

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2016年8月15日 (月)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その5「ぶってよ、マゼット」

 ようやく、モーツァルトの『フィガロの結婚』からのアリアを紹介し終えた私です。次はどのオペラのアリアかと言えば…やはりモーツァルトなわけです。それくらい、素人の発表会ではモーツァルトって大人気なわけです。難しいのにね…。

 おそらくは、平均的な日本人って、モーツァルトが好きなんでしょうね。で、オペラと言えば、モーツァルトのオペラが好きで、その中でも特に『フィガロの結婚』が好きだったりするわけですが、じゃあ『フィガロの結婚』の次に好きなオペラと言うと…『ドン・ジョヴァンニ』なんでしょうね。まあ『コジ・ファン・トゥッテ』を見ていると腹が立つという女子も多いし、『魔笛』なんて分けわかんなくて嫌いと曰う人もたくさんいるし、その他のオペラとなると、さすがにモーツァルト作品と言えども、ほぼ無名作品になってしまうし…。

 『ドン・ジョヴァンニ』なんざあ、イケメンなバリトンがタイトルロールをやる事も多いから、人気が出るのも分からないでもないけれどサア(ブツブツブツブツ…)。

 と言うわけで、今回はモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』からツェルリーナのアリア「ぶってよ、マゼット/Batti, batti, o bel Masetto」です。私は『ドン・ジョヴァンニ』と言えば、ドンナ・アンナのアリア「Oh Dei! Quegli è il carnefice Del padre mio/私の誇りを奪い、父をも奪った悪者よ」が大好きなのですが、こちらのアリアを素人の発表会で聞いたことはありません。たぶん…この曲を歌うのは大変なんだと思います、すごくパワフルなアリアだからなあ…

 さて「ぶってよ、マゼット」ですが、こんな曲です。

 ツェルリーナを歌っているのは、キャスリーン・バトルです。黒人歌手が中世ドイツの村娘役を歌うなんて、演劇的にはありえないのですが、バトルの歌唱の素晴らしさ故に気にしない事にしましょう(笑)。

 歌詞と訳詞は、こちらのモノを転載いたします。感謝します。

Batti, batti, o bel Masetto,
ぶって ぶってよ ねえ 大好きなマゼット

La tua povera Zerlina;
あんたの哀れなツェルリーナを

Starò qui come agnellina
あたしはこうして 子ヒツジみたいに

Le tue botte ad aspettar.
あんたにぶたれるのを待っているわ

Lascerò straziarmi il crine,
かまわないわ 髪をむしられても

Lascerò cavarmi gli occhi,
かまわないわ 目をえぐられても

E le care tue manine
それでも 大好きなあんたの手に

Lieta poi saprò baciar.
あとで喜んでキスできるんだから

Ah, lo vedo, non hai core!
ああ 分かった そんなつもりないんでしょ!

Pace, pace, o vita mia,
なら仲直りよ 仲直りしましょ いとしい人

In contento ed allegria
幸せと喜び一杯に

Notte e dì vogliam passar,
夜も昼も あたしと過ごしましょ

Sì, notte e dì vogliam passar.
そうよ 夜も昼も あたしと過ごしましょ

 お話は、村娘ツェルリーナと農夫マゼットとの結婚式に通りかかったドン・ジョヴァンニがツェルリーナを見初めて、二人とその客を自分の屋敷に招待し、結婚の祝いをしてあげると…という口実で、マゼットを脅して、ツェルリーナと二人きりになって、やっちまおうとしたところに邪魔が入って、ツェルリーナは解放され、マゼットの元に戻るも、マゼットはオカンムリでへそを曲げったままだったので、そんなマゼットのご機嫌を取ろうと、ツェルリーナが歌うのがこのアリアです。

 ちなみに、その後、再度チャンスがあって、ドン・ジョヴァンニはツェルリーナをうまく別室に連れ込んで、事を成就させたり未遂で終わらせたり(このあたりは演出で変わります)した後、それがバレて、銃を持ったマゼットに追われる…という展開になるわけですが…。

 このツェルリーナのアリアは、よく初学者のソプラノが歌います。おそらくは、声が軽くても良い事と、音域がさほど広くない上に、高い音がないのが、人気なのではないかと思われます。まあ『ドン・ジョヴァンニ』に登場する、他の二人のソプラノ(ドンナ・アンナとドンナ・エルヴィラ)のアリアは、強くて高い声でないと歌えませんので、滅多に素人の発表会では聞くことがありません。

 さて、これでようやく、モーツァルトのオペラからのアリアはお終い。ほんと、素人の皆さんはモーツァルトが大好きなんですね。でもモーツァルトって、簡単に見えて、歌ってみると難しい曲が多くて、その上、そんなに聞き映えするわけじゃないのに…皆さん、よく歌うよなあ…と私は思います。

 余計なお世話だね、失礼しました。

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2016年8月14日 (日)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その4「手紙の二重唱」

 さて、その4も、モーツァルトの『フィガロの結婚』からのアリア…と言うか、デュエット曲を取り上げます。この曲、通常は「手紙の二重唱」と呼ばれていますが、もっとちゃんとしたタイトルでは「そよ風によせて(手紙の二重唱)/Sull'aria...che soave zeffiretto)」と言います。

 ほんと、アマチュアの発表会では、よく聞く曲です。こんな感じですね。

 音源はオペラの舞台ではなく、コンサートからのものにしました。たまには良いでしょう(笑)。この音源では、カリーヌ・デエが伯爵夫人を、ナタリー・デセーがスザンナを歌っています。

 今回の歌詞と訳詞は、こちらのサイトのものを転載いたしました。感謝です。

SUSANNA: sull'aria...
スザンナ: “そよ風に寄せる…”

LA CONTESSA: Che soave zeffiretto
伯爵夫人: “やさしい西風が…”

SUSANNA: zeffiretto...
スザンナ: “西風が…”

LA CONTESSA: Questa sera spirera,
伯爵夫人: “吹き寄せる今宵…”

SUSANNA: Questa sera spirera...
スザンナ: “吹き寄せる今宵…”

LA CONTESSA: Sotto i pini del boschetto,
伯爵夫人: “お庭の松の木の下で”

SUSANNA: Sotto i pini...
スザンナ: 松の木の?

LA CONTESSA: Sotto i pini del boschetto,
伯爵夫人: “お庭の松の木の下で”

SUSANNA: Sotto i pini...del boschetto...
スザンナ: “お庭の…松の木の…下で”

LA CONTESSA: Ei gi il resto capira.
伯爵夫人: これで充分、わかることでしょう

SUSANNA: Certo certo il capira.
スザンナ: きっとこれで、おわかりになるでしょう

 まあ、この曲がアマチュアの発表会でよく歌われる理由は…もちろん名曲だからというのもありますが、発表会がソロ曲ばかりではつまらない。やはりアンサンブルもしたい。二重唱がしたい…しかし、ウチの教室の生徒さんはソプラノばかりだ…となると、ソプラノ同士の二重唱で手頃な曲はないかしら…って事になり、それでこの曲がよく歌われるのだと思います。

 いや、実際、ありそうで無いのが、ソプラノ同士のデュエット曲なんです。

 実は、世の中のほとんどの二重奏曲って、ソプラノとテノールのためのデュエット曲であり、その次となると、ソプラノとバリトンの組み合わせが少々あるくらいで、その他の組み合わせの曲って、ほとんど無いって言ってもいいくらいなのです。つまり、デュエット曲は、基本的に男女の組み合わせで歌うのが大半なのです。

 でも、ウチの声楽教室にはソプラノしかいない…なんてところは掃いて捨てるほどあるし、男性がいてもデュエットできるほど上手じゃなければ、やっぱり同じことだしね。ゲスト歌手を呼んで、デュエットの相手になってもらうという事もできるけれど、やはりゲストにお願いするとなると、練習回数に制限が出てしまうわけで、やはり門下生同士…って事は、ソプラノ同士で歌える歌をなるべく歌いたい…なるわけです。

 それでこの曲が頻繁に歌われるわけです。

 と言うのも、この曲以外で、ソプラノ同士で歌えて、おまけに、ある程度、歌いやすい歌ってなると、後はロッシーニの「ネコの二重唱」ぐらいしかないんですね。でも、ロッシーニの方は、全編「ミャウ、ミャウ~」と言っているだけなので、ちょっと、こっ恥ずかしいかもしれないしね。

 と言うわけで、ほんと、この二重唱はよく聞きますよ。

 これで一応『フィガロの結婚』からの曲はお終いです。さあ、次回はどのオペラからのアリアでしょうか?(笑)

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2016年8月13日 (土)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その3「楽しい日々はどこへ」

 さて、その3です。これもその2同様、モーツァルト『フィガロの結婚』の伯爵夫人のアリアで「楽しい日々はどこへ/Dove sono i bei momenti」です。その2で取り上げた「愛の神よ、安らぎを与えたまえ/Porgi amor qualche ristro」は2幕の冒頭で歌われるアリアであるのに対して、こちらの「楽しい日々はどこへ/Dove sono i bei momenti」は3幕で歌われます。幕は違い、伯爵夫人の周囲は大きく動いてますが、伯爵夫人が置かれている状況はさほど大きくは動いていません。ただ、2幕では悲しみ嘆くだけだった彼女も、3幕では周囲の巻き込まれながら、夫へ仕返し(ちょっとした憂さ晴らし?)をしてやろうかしら…と気持ちが芽生え、ほんのちょっぴりだけ前向きになった事が2幕との違いかな?

 とりあえず、こんな感じのアリアです。

 今回の伯爵夫人は、メトロポリタン歌劇場の現役ディーヴァであるルネ・フレミングの歌唱です。肝心の「楽しい日々はどこへ」は開始後2分ほどしたところから始まっていますので、一刻も早くアリアが聞きたいという方は、最初の2分を飛ばしてくださいな。

 今回の歌詞と訳詞は、こちらのサイトから転載しました。感謝です。

Dove sono i bei momenti
どこにあるのかしら、あの美しい日々、

di dolcezza, e di piacer,
甘く楽しかった日々は?

dove andaro i giuramenti
どこにいってしまったのかしら、

di quel labbro menzogner?
あの嘘つきの唇から出た誓いの言葉は?
 
 
Perchè mai, se in pianti e in pene
涙と苦しみの中で、私にとって

per me tutto si cangiò;
全てが変わってしまったのに、

La memoria di quel bene
なぜあの幸せな思い出は

dal mio sen son trapassò?
私の胸から去らないのでしょう?
 
 
Ah! se almen la mia costanza
ああ、苦しみの中にあっても

nel languire amando ognor
常に愛する私の一途さが、

mi portasse una speranza
せめて、あの情知らずの心を

di cangiar l'ingrato cor.
変えてはくれないものかしら。

 それにしても、アマチュアの発表会に行くと、ほんと、モーツァルトを歌う人が多いです。特に、今回、3曲連続で取り上げた『フィガロの結婚』は頻出です。日本人って、モーツァルトが、フィガロの結婚が、大好きなんでしょうね。…難しいのに。私などは、勉強のためにモーツァルトは歌いますが、舞台では決して歌いたいとは思わないのだけれど…。

 ちなみに、明日もモーツァルト、それも『フィガロの結婚』から、またまた取り上げます。さて、明日はどの曲を取り上げるか(笑)、お楽しみにしていてください。

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2016年8月12日 (金)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その2「愛の神よ、安らぎを与えたまえ」

 さて“その2”として取り上げるアリアは“その1”同様、モーツァルトの『フィガロの結婚』からのアリアで、伯爵夫人のアリア「愛の神よ、安らぎを与えたまえ/Porgi amor qualche ristro」です。

 どんな曲かと言えば、こんな感じです。

 音源的には、ちょっと古めですが、モンセラート・カバリエの歌唱です。カバリエと言えば、当時はカラスの再来とか言われた大物ソプラノで、若い頃のカレーラスは彼女によってキャリアを作ってもらった…と言われるほどのソプラノです。

 こういう大物感バリバリの人が歌うのに、実によく似合ったアリアだと思います。

 歌詞と訳詞は以下の通りです。今回は、こちらのサイトのモノを転載させていただきました。感謝です。

Porgi, amor, qualche ristoro
お与えください 愛の神よ 慰めを

al mio duolo, a' miei sospir.
私の悲しみに 私のため息に

O mi rendi il mio tesoro,
おお 私に愛する人を返してください

o mi lascia almen morir.
さもなくば私を死なせてください

 アリアのシチュエーションとしては、伯爵夫人が夫である伯爵の気の多さを嘆いているアリアです。熱烈な恋愛を経て結婚した二人だが、やがて夫婦仲も冷え、伯爵は妻である伯爵夫人を無視しているわけではないのだけれど、あれこれと他の女性にもちょっかいを出しているわけです。今回も、伯爵夫人の小間使いであり友人でもあるスザンナにちょっかいを出しているわけで、それが悲しくて恨めしくて、でも誰にもその事が言えない伯爵夫人の心中を吐露しているアリアなわけです。

 実に美しいアリアです。歌詞が少ないが故に、音楽で多くを語っているアリア…だと思います。この曲は、ある程度、声が成熟したソプラノ向けのアリアです。曲自体がきちんと仕上がっているので、落ち着いて歌えば、それなりにステージ映えのする素敵な曲なので、人気も高いのでしょうね。

 あと、役柄の設定的には伯爵夫人もまだ若い娘なのですが、声的にはさほど若さを求められていない役でもあるので、年配者が歌っても違和感がないのも人気を集める理由かもしれません。実際、音源ではオバサンオバサンしたカバリエが歌っていますしね。アリアの場合、やはり役と声が合っていないと、良くないで、その点でも、人生のお姉さま方が歌いたがるのかもしれません。

 あと、歌詞が圧倒的に短いのも、アマチュア向けなのかもしれません。何しろ、声楽の発表会って、基本暗譜ですからね。歌詞の分量が多いと、それだけで負担が増えてしまうわけで…歌詞の少ない曲は、歓迎だったりします。

 それにしても、ほんと、よく聞きます、この曲。

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2016年8月11日 (木)

素人の発表会でよく耳にするオペラアリア その1「恋とはどんなものかしら?」

 さて、お盆です。今年も連載を始めます。

 今年の夏の連載は『素人の発表会でよく耳にするオペラアリア』です。今年のお正月に『素人の発表会でよく耳にする歌曲』と言うのをやりましたので、ある意味、その続きです。

 私、だてに素人さんの発表会に足繁く参加しているわけじゃありません。

 あっちこっちの発表会に行くと、定番とも言える曲が存在している事に気づきます。今回は、そんな定番曲のご紹介をしたいと思います。

 まず、その1として、モーツァルト作曲『フィガロの結婚』から、ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら?/Voi che sapete che cosa e amor」です。いわゆる「ボイケサペーテ」でございます。

 どんな曲かと言えば、こんな感じです。

 歌っているのは、マリア・ユーイングです。音域の広い人で、ソプラノとメゾの両方の役をレパートリーにしていました。今回のケルビーノのような男の子の役から、超セクシーなサロメのような役まで、演技の幅も実に広い歌手でした(ちなみにこの人、サロメを歌う時は全裸で歌うんだそうです:凄いね)。ほんと、何でも出来るタイプの歌手だったようです。ちなみに、伯爵夫人がキリ・テ・カナワ、スザンナがミレッラ・フレーニだと思います。名歌手揃いだね。

 音源中に英語の訳詞は付いてますが…一応、オリジナルの歌詞と日本語訳詞を貼っておきます。転載元は、こちらのページです。感謝します。

Voi che sapete Che cosa è amor,
恋とはどんなものか 知っておられるあなた様方
Donne, vedete S'io l'ho nel cor.
ぼくが胸に恋を抱いているかどうか 見てください
 
Quello ch'io provo Vi ridirò,
ぼくが感じていることを あなたがたに申しましょう
È per me nuovo Capir nol so.
こんなことはぼくには初めてで よく理解することができないのです
 
Sento un affetto Pien di desir,
ぼくは何かが欲しくて仕方ないような 思いを感じています
Ch'ora è diletto, Ch'ora è martir.
それは ある時は喜びであり ある時は苦しみなのです
 
Gelo e poi sento L'alma avvampar,
凍る思いをするかと思えば やがて魂は燃え上がり
E in un momento Torno a gelar.
そして一瞬のうちに また凍ってしまいます
 
Ricerco un bene Fuori di me,
ぼくは何か幸せがどこかにあるのではないかと 捜し求めていますが
Non so chi'l tiene, Non so cos'è.
誰がそれを持っているのか それがなんなのかわかりません
 
Sospiro e gem Senza voler,
おのずと ため息をつき 嘆き
Palpito e tremo Senza saper.
知らず知らずのうちに 胸が高鳴り 震えます
 
Non trovo pace Notte né dì,
昼も夜も 心は落ち着きませんが
Ma pur mi piace Languir così.
それでも こんなふうに 思い悩むのが楽しいのです
 
Voi che sapete Che cosa è amor,
恋とはどんなものか 知っておられるあなた様方
Donne vedete S'io l'ho nel cor.
ぼくが胸に恋を抱いているかどうか 見てください

 
 この曲はご覧の通り、女性歌手が少年役として歌う、いわゆるズボン役の歌です。少年の役ですから、本来ならば少年が演じればいいのでしょうが、このケルビーノという少年役は、歌唱的にも演劇的にも難しく子役がこなせる役ではないので、成人女性が男装…と言うか、少年の服装を来て、少年として演じ歌うわけです。

 アリアのシチュエーションとしては、ケルビーノ少年が、憧れ慕う伯爵夫人に、自作のカンツォーネを歌って聞かせているというほのぼのとしたシーンで歌われます。まあ、ケルビーノは思春期で、まだ恋に恋する少年というわけで、ちょっぴり青い歌詞となっているわけです。

 少年役なので、成人女性にしては、音域も低めの狭めで、しかも細めの声で歌うことが求められますので、主に若いメゾが歌うことが多いアリアですが、高音が少ないため、歌を始めたばかりのソプラノにも取り組みやすい曲として有名で、ですから、アマチュアの発表会でもたびたび取り上げられるわけです。

 少年とは言え、男性役ですから、発表会などではキラキラのドレスなど似合わないはずの曲なのですが、皆さん、あまりそこは気になさらずに、キラキラドレスで、このアリアを歌っていたりします。

 ま、別にそれはそれで良いのですがね。

 こんな感じで連載を始めます。

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2016年8月10日 (水)

なぜ先生について学ばないの?

 音楽をオトナの趣味でやっている人には、先生について学び、発表会等でその学習成果を披露する人と、趣味の団体に属して、その団体のコンサートで演奏を披露する人の、2つのタイプの人がいると思います。

 この2つのタイプの人は、似ている部分もありますが、決定的に違う部分もあります。実は私自身、以前は後者のタイプで、今は前者のタイプにあたる人なんです。

 まず、人数的には圧倒的に後者、つまり趣味の団体に属して、そこで活躍して、音楽を楽しんでいる人が多いと思います。だって、その方が楽しいでしょ? 音楽を楽しむ事と、仲間づくりの両方が一度に得られるわけですから…。これはおそらく、学生時代の部活動の延長の感覚で音楽を楽しんでいるのだろうと思います。

 たぶん、これが普通の人の感覚じゃないかな?

 実は私もそうでして、オトナになって音楽を趣味にしようと思った時、真っ先に「歌を歌いたい」と思ったものの、先生について習うという選択肢を思いつくことができませんでした。

 「歌なら、合唱部。学生だったら合唱部に入ればいいけれど、もうオトナだから…市民合唱団に入ろう!」と考えて、団員募集をしている団を探して、市民合唱団に入りました。私が入った団体は、学校の部活のように「初心者歓迎、誰でも参加してください」と公言していた団体です。ま、実際は違ったわけですが(汗)。

 この手の市民音楽団体は、部活の延長線上にあるわけで、基本的なメンバーも学生時代に活動していた人たちと、彼らに匹敵するだけの力量を持っている人と、彼らにつながる人たちで構成されている所が多いです。

 学校の部活の延長線上にはあるのの、学校の部活とは違うのは、新入会者(学校で言えば、新入部員)を育成するシステムはない…って事でしょう。なにしろ学校じゃないですからね。人を育てる必要はないのです。学校だと、3年経てば先輩たちが引退してしまうため、新入部員たちにも早く一人前になってもらわなければいけないわけで、必然的に新人の育成に力を入れざるを得ない部活と、創立メンバーが10年経っても20年経っても、その団にいるオトナの団体とは違います。オトナの団体だと、先輩たちは辞めないので、新入生たちが急いで一人前になる必要はないし、それゆえに新人育成システムのような面倒な仕事を行う必要もないのです。

 さらに学校の部活同様、きちんとした指導者がいるわけでもないし、イヤなら辞めてもらえばいいわけだし…。とにかく、自分たちの邪魔をせず、団費をきちんと支払ってくれれば良い…という考えになっても、誰も文句は言えません。だから、本当の初心者さんや素人さんたちは、その手の団体に入っても居心地良いわけはありません…が、それはまた別の話です。

 市民音楽団体で音楽を楽しんでいる人たちは、それなりの力量はあるし、自分たちのスタイルや音楽の楽しみ方も固まっているので、いまさら改めて先生に師事するつもりないし、それよりも自由に楽しくやりたいのです。まあ、当然と言えば当然の話です。

 一方、先生に師事をして発表会などで腕前を披露するタイプの人々もいるわけです。こういう人たちは、必ずしも、仲間を作るのが嫌いとか、団体が苦手とかいうわけではありません。そこには様々なタイプの人がいると思います。

 単純に、自分の力量不足を感じていて、上達することを目指している人がいるでしょう。私がそのタイプで、市民音楽団体では、新人育成システムがないため、そこにいるだけでは、上達せず、むしろ足を引っ張ってしまう事を心苦しく思い、個人レッスンを受けて、腕を磨いて、いつか、その音楽団体に戻ろうと思っている人ですね。

 まあ、私の場合は、合唱団に戻るつもりで声楽レッスンを始めたのだけれど、今となっては、合唱よりも声楽の方が面白くなってしまったので、まだ当分は声楽オンリーでやって、合唱はそのうちに戻ればいいか…というふうに心変わりしてしまいましたけれど…。

 あるいは、部活ではなく、習い事の感覚(水泳とか、英会話とか、ピアノとか…ね)で音楽を始める人は、趣味の団体ではなく、先生を探して指導していただくという道を選ぶ傾向があるようです。

 プロ志向とか、上達志向が強い人は、最初から先生について、しっかりと学ぶようです。

 先生の個人指導を受けて学んでいる人は、趣味の団体にいるよりも上達の速度は早そうですが、常に先生とマンツーマンですから、仲間づくりには不向きです。また、先生によっては「趣味の人なんだから、このくらいでよかろう」と考えて、ヌルヌルの指導しかしてくれない事もあります…そうなると、上達の速度も趣味の団体にいるのとどっこいどっこいになるかもしれません。

 あと、市民音楽団体に入りたいけれど、自分の力量では不足があるから、団体に入る前に、先生に個人指導を受けて基礎力を身に付けてから、団体に入りましょうと考える人もいます。ある意味、謙虚な方なのです。また、同じような理由で、今は先生に習うには力量が不足だから、ひとまず独学で頑張って、ある程度力量が身についたら、先生に習おうと考える人もいるようです。ああ、謙虚だな。

 もちろん、音楽団体に属しながら、先生の元で個人レッスンにも励んでいる人もいます。ある意味、こういうタイプの人が最強なのかもしれません。

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2016年8月 9日 (火)

イタリア古典歌曲を、もっと学びたい!

 最近は、歌曲と言えば、専らトスティを。それ以外にもオペラアリアをガシガシ歌っている私です。イタリア古典歌曲の楽譜を、とんと開かなくなりました。

 私、イタリア古典歌曲って、好きなんだよね。

 声楽を学ぶ順番として、イタリア古典歌曲って、割と初歩の段階で集中的に学びます。別にこれらの音楽が音楽的に簡単であるとか、初心者用であるとかではなく、単純に(移調しているので)音域が歌い手の音域に合わせやすい事と、古い時代の音楽なので、和声やリズムが混みいっていない事などがあり、学習者が声に意識を集中して学べるので、初歩の段階で学ぶだけです。

 別に、イタリア古典歌曲を中・上級者が学んではいけないという理屈はないし、音楽的にも優れた曲が多くて、プロのコンサートなどでも、割と歌われることも多いしね。

 私、イタリア古典歌曲をもっともっと学びたいのです。私のレパートリーの中にイタリア古典歌曲が占める割合は低いです。私、歌えるイタリア古典歌曲って、そんなに多くないのですよ。

 私が今までに学習してきた曲は「私が習ってきた歌」というウェブページにまとめてありますが、2016年夏の段階で、わずか20曲です。「なんだ、20曲も歌えるんじゃん」 いやい、たったの20曲なんですって。

 イタリア古典歌曲って、全音版で楽譜4冊なのです。どの曲も美しくて、捨て曲なんてありえない。もちろん、いくら美しくても声に合わない曲もあるでしょう。それらを除外しても、私が歌える曲なんて、山のようにあるわけです。なにしろ、音域に関しては、移調譜がたくさんあるわけだから、考慮する必要はなく、声に合っている調性で歌えばいいわけでしょ?

 ああ、歌いたい歌いたい歌いたい、イタリア古典歌曲を歌いたい。

 返す返すも残念なのは、先ほどのウェブページを見ても分かるとおり、本来、イタリア古典歌曲をがっちり学ぶ初心者の時期に、これらの曲をきちんと学んでこなかった事が悔やまれます。

 初心者の頃は、レッスンの回数はそれなりに多かったけれど、一曲をじっくり学ぶスタイルだったために、学んだ曲数が少なかったし、歌曲もイタリア古典歌曲をちょっとやったら、すぐにトスティやその他の作曲家の作品に取り組んじゃって、イタリア古典歌曲をじっくり学ぶチャンスがなかったんだよなあ。

 「グチグチ言ったって、時間は戻らないし、だったら、今からでもイタリア古典歌曲を学べばいいじゃん!」

 まさに正解。その通りなのですが…時間は有限だし、残り人生をカウントダウンしている最中なので、優先順位を常に考えていかないといけないのです。

 イタリア古典歌曲は歌いたいし学びたい。でも、他の歌曲だって歌いたいし、アリアだって取り組みたい。イタリア古典歌曲以外の歌に取り組めるほどの余裕が無かった頃ならともかく、今はイタリア古典歌曲以外の歌も手を伸ばして学んでいく時期なんだと思うと…いくら好きでも、イタリア古典歌曲を選んで学ぶ機会が少なくならざるを得ません。

 たぶん、今の私は、トスティの歌曲を中心に学んでいく段階だと思うのです。歌曲を歌うなら、優先順位的には、イタリア古典歌曲よりもトスティでしょ? そうやって、後回しになってしまうと、なかなかイタリア古典歌曲を学んでいる時間がないのです。

 自宅練習の時に、時間が余ったら、少しずつ個人的にイタリア古典歌曲に取り組んでいこうと、だいぶ前から思っているのですが、自宅練習の時間が余る事なんて、ちっともないのです。

 イタリア古典歌曲以外にも、歌いたい歌なんて、たっぷり山のようにあるもの。

 それでもやっぱり、イタリア古典歌曲を歌いたいし、学びたいのです。ああ、時間が欲しい、若さが欲しい。人生の残り時間をうんと伸ばして欲しい。

 結局、私がイタリア古典歌曲を学びたくても学ぶチャンスがなかなか無いのは、時間がないから…って事ですね。ああ、時間が欲しい。たっぷり欲しい。

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2016年8月 8日 (月)

なぜ合唱団は、やたらと人を入れたがるのか?

 もちろん、メンバー増やして、会費収入が欲しい!…という現実的な話はあるだろうけれど、それはちょっと横に置いておきます。

 一部の団体では、入団規定が合ったり入団試験があったりして、誰でも彼でもが入団できるのではなく、一定水準以上の人しか入れない団体もありますが、多くの市民合唱団たんでは、入り口は広くして、基本的に…と言うか、表向きは“誰でもウェルカム”な団が多くあります。

 日本の市民合唱ってやつは、その根っこと言うか、スタート段階で、新左翼のオルグ活動があったわけで、その系譜に連なる団体もまだまだたくさん活動しているわけだし、また、新左翼とは団体としての直接的なつながりはなくても、なんだかんだ言って、人間同士のつながりは案外まだまだあるわけで、あの頃の気質や精神やノウハウを受け継いだ合唱団なんて、ゴロゴロしているわけです。なにしろ「歌ってマルクス、踊ってレーニン」って時代の方々が団の中心にいるんですからね。

 私が昔々属した合唱団も、普段の活動はノンポリっぽかったけれど、夏合宿で宴会になった時は、みんな酔っ払ってロシア民謡(ってか革命歌だな)をガンガン歌い飛ばしていたものなあ。ああ、この人たちって赤い人なんだなあ…って思いました。だからと言って、私に共産主義とかを吹き込んだりとかはしなかったけれどね。

 と言うわけで、むしろ、最近の若者だけで結成されたような合唱団でもない限り、純粋に音楽なつながりだけで成り立っている合唱団なんて、少ないような気がします。

 元々が共産党のオルグ活動から、うたごえ運動を経由して、日本の合唱が始まったわけです。オルグである以上、誰でも入団可能で、団体としては大きければ大きいほど良いわけだし、エリート否定、みんな平等、努力の差はあっても能力の差は無い。自由平等! 優秀な指導者の元、一丸となって目標に向かって邁進していく…わけです。

 当時の共産党は、合唱活動を通して、日本の共産主義化を画策していたわけですが…それが成功したかと言えば…どうなんでしょうね? おそらくは、この計画の立案者が思っていたほどは成功しなかったと言えるんじゃないでしょうか? なにしろ、日本男子は歌わないからね(笑)。もう、呆れるほどに歌わないのが日本男子だから、音楽を通しての共産主義化は失敗だよね。

 でも、オルグ活動を通して、広く日本に合唱のタネをまいたという功績は大きいと思います。

 まあ、たとえルーツが共産主義運動であったとしても、現在の日本の市民合唱団に対して、共産主義うんぬんと言うのは、もはや野暮というものでしょうね。赤い老人はたくさんいるでしょうし、選挙のたびに大きな声を出していますが、今更日本を共産主義化するには、日本は豊かすぎます。もっと、貧しくならないと共産主義を受け入れる事はないでしょうね。それゆえに、現在の共産主義関係の方々は、日本の国力を削ぐ方向の活動をしている人たちが大勢いるわけですが、それはまた別の問題です。

 元々が、合唱団を通して、革命の組織づくりのための人集めだったわけだから、誰でもウェルカムだし、入団してくれたら、自分たちに染まって欲しい、自分たちの組織の一部になってほしいと願うわけだし、そんな感情は、共産主義うんぬんを抜きにしても、日本の合唱団にはあるような気がします。

 ここまでくると、共産主義がどうのこうのと言うよりも、日本人自身が持っている、全体主義的な傾向の方が影響力あるかも。むしろ、共産主義的…と言うよりも、日本古来からある村社会的…と言うべき状況なのかもしれません。

 その村社会的な秩序と、当時の共産主義思想が共鳴したわけで、それが当時の貧しい世相を背景に若者たちの心を捕らえたのだと思います。今は、村社会も共産主義も廃れちゃいましたから、それと合わせて合唱も廃れちゃったのかもしれません。

 海外の合唱音楽が、神様中心の教会音楽と、恋愛ドロドロの劇場音楽の2つで成り立っているように、日本の合唱音楽は、みんな仲良く和気あいあいのサークル系音楽で成り立っているのかな?って思うわけです。考えてみれば、うたごえ運動なんて“みんな仲良く和気あいあい”だものね。

 別に日本の合唱をディスっているわけじゃないからね、誤解しないでね。

 だいたい、思想信条を問わず、自分たちの属する仲良しグループが大きくなるのは、単純に、誰でもうれしいものね。

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2016年8月 7日 (日)

Windows10がシャットダウンできなくなりました(焦)

 Windows10は、案外快適なOSでございます。もちろん比較はWindows8.1なんだけれど、操作体系がカラダに染みこんだ、以前のWindowsに戻った感じだし、あれこれのソフトの安定性を良いような感じがしていました。

 まずは、自宅にある趣味パソコンのOSをWindows10にして、その快適さと安定性を味わった後、職場のインターネットに接続しているパソコンをWindows10にして、仕事でも使える事を確認した上で、社内LANの管理者のパソコンをWindows10にして、運用具合を確認させました。

 仕事で使うパソコンですから、OSの変更にだって、慎重にならざるを得ません。

 それらを経ても、特に不具合はないようなので、いよいよ職場のパソコンたちをWindows10にアップグレードする事にしました。そこで、出入りのシステム管理業者に依頼して、職場の社内LANに接続している(私のパソコンを含めて)全パソコンをWindows10にアップデートしてみました。

 アップグレードした直後は、よい感じでした。当初は、幾つかのパソコンでは、うまくインストールできなかったようですが、それらのパソコンは、元々、あれこれ不具合のあった奴だっり、スペック不足だったパソコンだったので、不具合のあるものは不具合を直してインストールし、スペック不足のものは…可能な範囲で力技を用いながら、ひとまず、職場のすべてのパソコンのアップグレードを完了しました。

 よしよし。

 このままでもいいのだけれど、業者のシステムエンジニアさんの言うには、この際だから、各パソコンのデータベースも新しいものにすると快適になりますよ…というので、さっそくそれも依頼しました。

 他の人のパソコンは、データベースの更新後、より快適な動作をするようになりました。で、私の使用しているパソコンは…と言うと、いつまでたってもデータベースの更新が終了しない。データベースの更新が終了しなくても、平行して仕事はできる…というので、気にせず、チマチマと仕事をしていた(私の仕事の大半はパソコン仕事です)わけですが、その日の仕事も一段落着き、里心がついたので帰宅するつもりになって、パソコンをシャットダウンしようとする、不思議と何度繰り返しても再起動してしまうという現象が起こりました。

 まあ、英文のエラーメッセージが出ましたから、これはエラーだな…とすぐに分かったわけで、その英文のエラーメッセージを即座に覚えて、まだ社内をウロウロしていた(失礼)業者のシステムエンジニアさんに「○○というエラーメッセージが出て、パソコンをシャットダウンできないんだよ」と伝えました。

 システムエンジニアさんは、すぐに飛んできて、私のパソコンをあれこれチェックしだしましたが、すぐには原因が分からなかったようです。

 私が今現在メインで使っているパソコンは、元々私が他所の部署にいた時に使っていたパソコンを持ってきたため、他の人たちのパソコンとはメーカーもモデルもスペックも全然違うパソコンなので、細かい部分では、他のパソコンとは違う動きをするようなのです。

 小一時間頑張っていましたが、にっちもさっちもいかないようです。私もしばらくはそばにいて、あれこれ質問を受けたり、使用状況を説明していましたが、やがてそばにいる事がプレッシャーになるかな?とか思い始めたし、そろそろマジで帰宅したくなってきた事もあって、エンジニアさんに「明日、私が出勤するまでに直しといてくれればいいよ」と言って、帰りました。

 翌日、私のパソコンは普通に使えるようになっていました。

 Windows10がシャットダウン出来なかった理由は…どうやら、グラフィックドライバが最新版でないために、それがデータベース更新の際に不具合を引き起こしていたようで、ドライバを最新のモノに入れ替えて、データベースの更新を貫徹した所、問題解決となったようでした。

 まあ、そういう事もあるよね。で、問題のパソコンは普段、インターネットに接続していないから、グラフィックドライバの更新だって、当然、滞るわけだな。

 とにかく、グラフィックドライバが古くなったために、パソコンがシャットダウンできなくなる…という事もあるんだよ、という話でした。

 おしまい。

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2016年8月 6日 (土)

アセビです、よろしくお願いします

 エナが星になって、すぐに次の子を迎え入れることにしました。本来なら、喪に服すべきかもしれませんが、そんな事をしていたら、あっという間に、残りの子たちが巨大魚になってしまいます。ほんと、一匹分の席があいたら、みんなして、すぐに埋めようとするんですよ、金魚って奴は。だから常に、すぐに金魚の補充はしないといけません。

 今は、我が家の近所には金魚はありません。そこでバスに乗って、ヤヨイやミドリ、ミカンたちを購入した総合ペットショップで購入してきました。お値段は680円です。安いなあ。

 新しい子は、アセビと名づけました。漢字で書くと“馬酔木”です。良い名前でしょ。

 アセビは更紗流金(さらさりゅうきん)です。いわゆる紅白金魚ですね。赤色の入り方が個性的で、基本の体色は白なのですが、顔と腹の一部と、背ビレの付け根と尻ビレが赤くなっています。なんか、特徴的な赤の入り方なんです。特に背ビレの付け根だけが赤いのが、やけに目立つので『背ビレの付け根だけが赤い』 -> 『付け根だけが赤い背ビレ』 -> 『赤い背びれ』 -> 『あかいせびれ』 -> 『あせび』 -> 『アセビ(馬酔木)』と命名した次第なのです。

 だから、漢字表記は、あくまでも後付なのです。

 それにしても、白い魚体に入る赤色が、実に変わっていると言うか、個性的と言うか、あんまり金魚では見ないような色の配置になっていて、おもしろいなあ…どこかで見たような色の配置だなあ…と思っていたら、思い出しました。この色の配置って、ウルトラマンじゃないの? 白(銀色)の体に対して、これくらいの割合での赤って、まさにウルトラマンだね。つまり、アセビはウルトラフィッシュだという事です。なんか愉快だね。

 あと、全体的な雰囲気で言うと、トサキントかな? まあ、そういうウルトラマンとかポケモンとかの、いかにもキャラクターになりそうな雰囲気を持っている子なのです。

 アセビはまだ新入りで、当然、大きさはかなり小さくて、ミカンの2/3ぐらいかな? とにかく元気な豆タンクです。きっと、すぐにミカンよりも大きくなってしまいそうな勢いです。

 と言うわけで、アセビをよろしく。

追伸 本日からしばらくの間、ネットとは隔絶された生活を過ごしますので、しばらくブログを留守にしますが、その間、ここを荒らしちゃイヤだよ。記事の方は予約投稿をしていますので、いつもどおりにアップされますが、コメント返しはしばらく先になりますので、よろしくね。

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2016年8月 5日 (金)

アタマで考えちゃ、いけないのですよ

 今週もフルートのレッスンに行ってきました。こんなに連続してレッスンに通えるなんて、何が起こったんだ!というくらいに、珍しい事です。

 で、今回は、ポケモンを狩りながらレッスンに向かったので、お教室には、思わず、時間ギリギリの到着になってしまいました。いやあ、ポケモンって時間を食うなあ…。

 さて、今回の妹殿ですが、ちゃんとレッスンを見ていない事もありますが、ポイント的には前回から、さほど進んではいないようでした。まだ、メインは息の練習で、ただ息を吐くだけの練習と、頭部管練習をしていました。まだ、フルートを組み立てて音を出すレベルではないようです。

 とにかく、今の課題は…どうやら脱力のようです。妹殿は、息を吐く時に、胸やらノドやらクチビルやら、とにかく、ここもかしこも力をギュッと入れて吹くのです。先生は、それを辞めさせたいようなのですね。でも、一度身についた癖はなかなか取れないものです。

 頑張れ、妹殿&先生。

 先生が妹殿に、フルートの練習で1番大切な事は、吹くことではなく、良い音を聞くことだと言ってました。CDを聞くのもいいし、プロの演奏会を聞くのもいいし。とにかく、良い音をたくさん聞いて『これがフルートのきれいな音なんだ』というイメージを持つ事が大切。それがないと、いくら練習しても、音なんて、ちっとも良くならないのだよ…という趣旨の事を言ってました。確かに、そうなんだろうなあ。

 で、そんな事を言ってから、私のレッスンでした。妹殿に「他人のレッスンを聞くのも、大切なレッスンなんですよ」なんて言うものだから、私もビビっちゃうじゃないの?

 ロングトーンの練習でしたが、妹殿が真剣に見ているもんだから、結構気合を入れて、一発目からバッチリ決めましたよ。先生からは「Excellent!」という、訳の分からない褒め言葉をいただきました(あたしゃ、ポケモンかい!)。

 例によって、最初は二人で、途中から私一人でロングトーンを吹いて、先生は妹殿に解説レッスンを始めます。

 オトナの人は、すぐに頭で考えてしまうから、なかなかフルートが上達しないんですよ。頭で考えてもダメ。大切なのは、考えずにできること。この人(私の事)なんて、何も考えずに、サッとフルートを持って、パッと吹き始めたでしょ? これが大切。難しい事なんて、何もいらないんだよ。フルートは、手に持って、クチに当てて、息を吹き込めば、それで音が出るようになっているんです。それを余計なことを考えてしまい、余計な事をするから、吹けなくなるんです。

 …私、何も考えずに吹いているわけじゃなくて、一応、音程とか音色とか考えながら吹いているんだけどなあ…。結構、細かく音を曲げて微調整しながら吹いているんだけれどなあ…。何も考えていないわけじゃないのだけれど、何も考えていないように見えるんだろうなあ…、これでも小さな頭をフル回転させながら、フルート吹いているんだけれどなあ…なんて、心で思っても、決してクチには出さない私でした。

 オトナだね(笑)。

 ここで妹殿はお帰りになりました。

 さて、エルステユーブンゲンは18番と19番でした。なかなか暗譜はできません。とにかく、今はやらなきゃいけない曲が多すぎて、手がまわっていないのが実情です。

 それでもプチエチュードの14番は、ようやく合格。次は15番ですが…これは次回のレッスンのために練習してこなくていいと言われました。次回は、合宿でやるハイドンをメインに練習してくる事で、プチエチュードの15番は、合宿に行ったら、野尻湖で練習しなさい…って言われました。

 まあ、合宿って、三泊四日も缶詰になって、ただただフルート吹くだけだからね。それもありって事ですな。

 ハイドンのセレナーデは…セレナーデらしく吹きなさいと言われました。「セレナーデと言うのは、愛の歌なんだから、もっと情感豊かに吹かなきゃダメだよ」との事です。歌ならともかく、フルートで情感を込める事は、まだ私には無理ゲーのような気がします。

 感情はタンギングで表現するんだよ…そうっすか? タンギング、苦手です。

 今回の雑談は、東山魁夷という画家が、いかに素晴らしい作品をたくさん残しているのかという話。先生、東山魁夷が大好きみたいで、熱弁を振るってました。私は、絵画には造形が深くないし、ましてや日本画は、本当に知らないので、先生のおっしゃっている事の半分も分かりませんでした。いやあ、無知って、幸が薄いね。

 その東山魁夷の美術館が長野にあるので、ぜひ合宿の時は、立ち寄り給え…という事ですが、私、善光寺に行って、おそばを食べるつもりなんだよね。あと、長野の街を散策する予定で…美術館に行っているヒマあるかな? 美術館って、意外と時間を食うんだよね。で、夢中になって電車に乗り遅れたら…地方じゃ洒落にならないからなあ。興味はあるけれど、ちょっと心配。

 これが東山魁夷ではなく、伊藤若冲だったら、善光寺を放り出して見に行くけれどね(笑)。

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2016年8月 4日 (木)

たぶん、日本の合唱のレベルは、かなり高いんじゃないかしら?

 あくまでも私の印象なのですが、プロはちょっと横に置いて、日本のアマチュア合唱団って、かなりレベルが高いんじゃないかしら?って思います。

 レベルが高い…と言っても、何か比較対象があるわけではなく、絶対評価? 庶民の余暇時間の有効利用にしては、レベルがやたらと高いよね…という話です。

 もちろん、日本のアマチュア合唱団と言ってもピンキリなのは、よく分かっているし、アマチュア団体に向かって優劣を語るのはおこがましいことなのかもしれないけれど、それでも日本のアマチュア合唱団って、かなりレベルが高いんじゃないかなって思います。

 そう思わせる理由がいくつかあります。

1)日本人の集団大好きな気質

 合唱には、大きく分けて、宗教曲のような心と声を合わせて歌うモノと、オペラ合唱のように個人の集合として歌うモノがあります。日本人が得意なのは“心と声を合わせて歌う”タイプの合唱曲です。これ、得意、大得意です。本当に上手な団体だと、大勢いるのに、たったひとりで歌っているかのように声を合わせて歌っていますからね。ほんと、凄いです。ただ、その代わり、オペラ合唱のような、歌い手一人ひとりの個性を前面に出して歌う、個人の集合としての合唱は…苦手かもしれません…が、苦手な事はやらなきゃいいわけだし、実際やらないし…ね。とにかく日本人は、心と声を合わせて歌うのが、本当に上手だと思いますよ。

2)邦楽合唱曲というジャンル

 現代に生きる作曲家たちが、毎年毎年、日本語による合唱曲を今でもたくさん作り続けています。当然のように、名曲と呼ばれるモノも作られていますし、それらの曲を歌っていくことで、合唱団の歌唱レベルも上がっていきます。

 新作が作られ続けていくというのは、そのジャンルに勢いとか力がある証拠です。邦楽合唱曲が今でも作曲され続けているのは、日本の合唱界に勢いと力があるからでしょう。

 もっとも、日本のクラシック系の作曲家さんは、合唱曲を始め、吹奏楽の曲やゲームの曲、テレビの劇伴などを作曲していく事で生活の糧を得ている人が多い…という事情もあり、それで合唱曲が量産されているという、作曲家側の都合もあります。

 まあ、つまりは、ウィン・ウィンの関係が、合唱を盛んにし、盛んだから実力も高まるわけです。

3)合唱人口の多さ

 日本で合唱を楽しむ人は、決して少なくはありません。日本の場合、男性が歌わないだけで、女性は結構、歌や合唱を楽しんでいます。それは、お母さん合唱の隆盛を見ても分かります。それに、うたごえ運動から合唱に入った人とか、学校の合唱部(かつてはどこの学校にもあったものです)から合唱に入った人など、まだまだ健在ですからね。

 嗜む人が多いほど、トップのレベルは高くなるのが普通ですから、多くの人々に支えられている日本の合唱のレベルが低いとは思えません。

 もっとも、キリスト教信仰をベースにしているヨーロッパの人々は、物心付く前から教会で歌っていますから、実際に合唱団として活動している人たちだけでなく、予備軍まで含めると、やっぱり彼らには敵いません。

 とにかく、日本の合唱界の弱点は、男性が歌わないって事だと思います。日本の合唱の黎明期は、むしろ男声合唱の方が盛んだったと聞いていますが…なぜ日本の男は歌わなくなってしまったのでしょうか? 日本の女性は、結構歌っているのに…ね。結局、当初の男声合唱の方々は、音楽ではないモノに惹かれて集まっていた…から、現在、その音楽以外のモノにシフトしてしまい、いなくなってしまった…とも言えます。その音楽以外のモノって…女? それとも思想? あるいは運動?

4)プロ団体の少なさ

 日本ではクラシック音楽で食べていくのは困難です。特に合唱で食べていくのは、かなり難しいと思います。教会も歌劇場も少ないですからね…。海外ならば、プロの合唱歌手として活躍できる人も、日本ではアマチュアに甘んじなければいけません。それもあって、日本のアマチュア市民合唱団には、プロ並の腕前の(ってか、チャンスがあればプロになっていた)人も多くいますので、そういう人たちが合唱団の歌唱の水準を上げてると思われます。

 まあ、これは合唱団に限らず、アマオケなどでも見られる事で、ほぼ全員、音大卒業生で占められているアマオケってのも珍しくないですからね。一体、どこが“アマチュア”だー!と言いたくなるけれど、それは別の話。それに合唱だと、アマオケほど、極端な事にはなっていないようです。

結論) こんなわけで、私は日本のアマチュア合唱団の歌のレベルは(ピンキリである事は承知ですが)、おしなべて言えば、レベルが高いんじゃないかなって思ってます。

 「じゃあ、プロの合唱団はどうなの?」って話になると思いますが、日本のプロ合唱団は、海外と比べると、色々と恵まれていないと思います。座付きではないので、収入も安定せず、本番の回数も限られています。どうしても合唱活動以外で収入を得ないと生活できません。その点、海外のプロ合唱団だと、毎日歌って定期収入を確保できる団もありますから、そういう団で働けば、歌のことだけを考えればいいわけで、日本とは条件が違い過ぎます。

 貧すれば鈍する。日本のプロ合唱界は、厳しい言い方ですが、こう言わざるを得ません。海外の団体と比べるのは…ちょっと酷かもしれません。私はそう思います。

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2016年8月 3日 (水)

プロの基準とは?

 昨日の記事のコメント欄でドロシーさんからいただいた質問

>質問ですが、プロとアマの区別って、どこでするのでしょう?

 僭越ながら、私の無い知恵をしぼって、あれこれ考えてみました。

 まず、解答の前に、なぜこのような質問が出てくるのかと言うと…我が国では、音楽家の資格というのが無いからです。そのために、あれこれ混乱が生じているのだと思います。

 分かりやすい話、医者とか弁護士には資格があります。どれだけ医療や法律に関する知識があっても、有資格者でなければなりません。いわば、有資格者がプロであり、無資格者はアマチュアであり、愛好家なのです。だから、ブラックジャックは“もぐりの医者”と言われますが、いわば、彼は“アマチュアの医者”であり、ニセ医者であるわけです。

 国によっては、音楽家の資格のある国もあります。例えばドイツ。ドイツでは、音楽家は国家資格であり、その資格を持っていないと、ドイツ人であれ、外国人であれ、ドイツ国内では音楽でお金を稼いではいけないのです。つまり、無資格者はプロ活動はしちゃいけないわけね。実に分かりやすいです。

 でも日本には音楽家の国家資格はありません。誰でも音楽の仕事で稼ぐことができますし、自分はプロの音楽家であると誰でも名乗れます。だから、プロとアマの境界線を引きづらいのだと思います。

 さて、そんな中、私の身の回りを見渡すと、プロとアマの境界線にも、いくつか違う線がある事に気付かされます。

1)音大卒か否か?

 地域によって多少の違いはあるでしょうが、だいたい地方自治体単位で、プロの音楽家たちの寄り合いである“音楽家協会”と言うのがありますが、ここへの入会資格が『音大卒であること』だったりします。いくら凄腕であっても、普通大学卒の方は入れません。教育大学の音楽科卒とか、音楽専門学校卒とかの場合はどうなるのかは、浅学のため知りません。音楽家協会に限らず、音大卒を音楽家としての資格のように取り扱う人々はかなり多く存在すると思います。

2)演奏に際しギャラが発生するかどうか?

 単純な話で、お金をいただいて演奏するのがプロで、お金を支払って演奏するのがアマです。逆に言えば、お金をいただかない限り演奏しないのがプロであり、お金を支払ってまで演奏したがるのがアマなのです。

 もちろん、演奏のギャラだけで生活できる人もいれば、副業で生活を支えなければ生きていてない人もいて、この方々の分け方も難しいです。演奏のギャラだけで生活できる人がプロであり、それ以外をプロとは認めないという人もいれば、金額はいかほどであれ、演奏が有償であるなら、それでプロであると言う人もいます。

3)事務所(エージェント)の存在

 きちんと音楽事務所に所属していたり、エージェントを雇っていたりする人はプロであり、そうでない人はアマである…という考え方もあります。実際、仕事を依頼する際、音楽家さんに直接頼む仕事(いわゆる“ショクナイ”)もありますが、やはり多くは、音楽事務所経由で仕事の依頼をするわけですから、音楽事務所に所属している事がプロとしての現実的な条件になるのではないでしょうか?

 実際、大手事務所に所属していない人でも、個人事務所を立ち上げて仕事をしているケースが多いです。主に税金関係でそうするみたいですが、逆に言えば、事務所無しで困っていない人は、それなりの仕事しかやれていない…とも言えます。そういう人をプロと呼んで良いのか…という問題が生じてくるわけです。

4)自称しちゃえばプロ?

 案外「私はプロです」と宣言公言し、プロ活動をしている人もいます。私が思うに、これでいいんじゃないかと、個人的には思ってます。「私はプロです」と自称し、周りの人やお客さんが「確かにあの人はプロですね(だから、お金を支払っても良い)」となれば、それでプロでいいと思います。

 自称プロでも、周りが認めてくれなければ、やがて自称もできなくなるわけですし…ね。

5)実績があればプロ

 4)と似てますが、すでに現実的にプロとしてお仕事をしていれば、自称他称問わず、プロと呼んで良いのではないかと思います。

6)その他

 いわゆるレッスンプロの方々(教える事が専らで演奏活動をしていない人々:例えば街のピアノの先生たち)をプロとして認めるか否かとか、大手楽器店の講師資格を持っている人をプロと認めるか否かとか、学校の音楽の先生をプロとして認めるか否か、などという問題もあります。他にもきっと、あれこれ、プロとアマの間の線引きには色々とあるんだと思います。

 細かく考えだすと、あれこれキリがありませんが、当事者的には、生活とかプライドとかメンツとかがかかっていて、大問題ですし、微妙な問題なんだろうと思います。

 なので、自己申告制でいいんじゃないの?って、思う私であるわけです。

蛇足 ではアマの基準って何でしょうね? 単純に「プロでない者はアマチュアである」と言っちゃっていいのか? プロとアマの中間的な存在(セミプロとかハイアマとか)の人々をどう認めるか…ほんと、この手の問題は、考えだすとキリがありません。

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2016年8月 2日 (火)

プロを上手だとおだてる人

 プロの演奏家に向かって「お上手ですね」とおだてる人って、いますよね。まあ、言っている本人はおだてているつもりはなくて、単純に褒めているのかもしれませんが、そうであっても、変な話です。

 だって、プロなんて、上手で当たり前じゃないですか? 彼らは元々豊かな才能の持ち主なわけだし、その才能を幼少の頃から磨きに磨きをかけて今に至っているわけなのです。我々一般人が遊んだり怠けたりしている時に、一心不乱に音楽の練習に打ち込み、高い学費を支払って専門教育を受け、様々なコンクールや数々の修羅場をくぐってプロとして活躍されているわけで、そんな方々に向かって、ズブの素人のアマチュアである我々が「お上手ですね」と誉める(?)のは、なんか違う…と言うか、実に失礼な行為ではないかと思うわけです。

 プロとアマ、そもそも住んでいる世界が違うのです。

 それにしても、プロに向かって「お上手ですね」という素人は、音楽を演奏しない、聞くことを専らとしてる観客タイプの人ではなく、たいていは自分も演奏をたしなむアマチュア音楽家だったりします。

 観客ならば、演奏家であるプロ奏者に向かって「お上手ですね」とは言いません。観客は演奏者の技量に関してはモノを言いません。だって彼らの興味はそこには無いからです。彼らが気にするのは、自分たちの支払ったチケット代に見合う感動が得られたかどうかです。だから、たとえ上手であっても、無感動な演奏には文句を言うわけだし、演奏そのものが大したものでなくても、感動や喜びを与えてくれたなら、うれしくなっちゃうわけです。

 一方、アマチュア演奏家の一部の方には、矜持が高くて、プロをプロとは思わず、自分たちと地続きの世界に住んでいる、ちょっとだけ前を歩いている人間…程度にしか思っていない人たちがいます。「努力をして、プロ並みの演奏ができるようになる」とか、それどころか「プロよりも良い演奏をしてやる」とか言って、息巻いている方々です。

 プロ奏者というのは、アマチュアにとって憧れの人たちですから、彼らを目標に頑張るのは大いに結構ですが、彼を本気で越えられると考えているアマチュアさんって、私には分かりません。

 もちろん、世の中には、専門教育など受けず、たいした訓練もせずに、ただただ才能だけで、そこらのプロ奏者よりも、素晴らしい演奏をなさる方もいますが…そういう人って、天才なんですよ。で、そんな天才は、そこらのプロ奏者なんて目標にしないでしょうし、「お上手ですね」などと歯の浮くようなセリフは吐きません。まあだいたい天才なんて、少数例外的な存在なので、そういう人を一般化して語るのは間違っていると思うしね。

 閑話休題。アマチュアは所詮、アマチュア。プロの人たちとは、背負っているモノも、通ってきた道も、全然違うんですって。表面的に似ていても、中身は全然違うんですって。

 だから、プロに向かって「お上手ですね」なんて言葉がけはありえないし、ましてや、単なる声がけのセリフだとしたら、失礼千万な話だと思いますよ。

 プロに向かって言うならば「お上手ですね」ではなく「素晴らしかったです」とか「感動しました」とかじゃないかな? 私はそう思うよ。

 天は人の上に人を作るんだよ、少なくとも芸事の世界じゃ、そうなんだ。努力だけじゃトップには立てないんだよ。ただし、より多くを与えられた人は、より多くを求められるから、それにふさわしい生き方をしないといけないし、人並みの生活を犠牲にしないといけない部分もあるわけなのさ。

 だから、才能なんてものは、あれば幸せってモンじゃないし、人はそれぞれに与えられた分の中で生きていくしかないし、他人をうらやむ必要もなければ、自分を卑下する事も不要ってわけなのさ。

 私は音楽が大好きだけれど、音楽の才能が大して与えられなかった事に感謝してますよ。だって、もしも音楽の才能が豊かに与えられていたら…きっとプロの音楽家になっちゃっただろうし、そうであれば、今のような暢気な日常生活なんて過ごせなかっただろうからね。個人事業主は厳しいのです。私は給与生活者である事を幸せだと感じているし、平凡な日常生活を過ごす喜びを知っているから、音楽の才能なんて、いらないのです。

 下手の横好きで、何が悪い。

蛇足 そういう意味では、才能も無い(たいていの人には才能なんて無いんだよ)のに、努力だけで音大に入学しちゃって専門教育を受けて、でも才能が無いからプロ演奏家として大成できず、覚悟も無いから職業音楽家にもなれずに、セミプロとかハイアマチュアとして音楽に携わっている人って…よしとこう。私があれこれ言うべき筋合いの話じゃないね。

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2016年8月 1日 (月)

アマチュアをヘタだと罵る人

 …いるよね。ネットにも、リアルな世界にも。

 私は、そんなふうにアマチュアさんを罵っている人自身の演奏力は、いかほどなのだろうかと思います。

 まあ、本当に上手な人たちは、真剣に学んでいる最中の人々を励ます事はあっても、努力する事の尊さを知っていますので、けなしたり罵ったりはしないので、アマチュアさんたちを罵っている人たちの演奏力については、推して知るべしでしょうなあ(笑)。

 リアルな喫煙室で話している分には罪はないけれど、それをネットにあげちゃあ、ダメでしょ。良識って奴を持たないと…ね。

 世間には、自分の幸せがうれしいタイプの人と、他人の不幸がうれしいタイプの人がいまして、アマチュアさんを罵る人って、おそらく後者なのだと思います。他人の不幸や失敗を指摘して、自分は悦に入って喜んでいるわけです。

 私自身は、典型的な“自分が幸せだとうれしいタイプ”の人なので、そういう人たちの溜飲の下げ方が、肌感覚では分かりません。他人が不幸になると、うれしくなるって、どんな心理的メカニズムなんだろ? 別に他人が不幸になったからと言って、自分が得することなんて一つもないのにね。むしろ、他人が幸せになって笑顔になるのは、見ていて微笑ましいし、こちらもうれしい気分になりますので、私は他所の人が得したり幸せになったりするのは、大好きだよ。

 それはさておき、この世には、アマチュアさんを罵る人が、一定数、いるわけです。このブログのコメント欄にも、よく現れます。

 私はこの手の人たちの言動を見聞きして、ある種の矛盾と言うか、奇妙な点が心にひっかかって仕方なりません。

 そういう人って、アマチュアさんを捕まえて「○○ができない」とか「☓☓が不安定だ」とか「△△がダメだ」とか言ってくるわけだし(まあ、その指摘そのものは正しかったりはします)、あげくの果てには「下手くそ」とか「恥を知れ」とか「ネットにアップするな」とかクレーム(?)を付けてくるわけです。

 アマチュアさんを罵る人って、アマチュアさんの事を、どれくらい知っているのかな?

 まず第一に、アマチュアさん、とりわけ学習者さんは、たいてい下手です。だって、今現在、学んでいる最中なんですよ。出来無い事なんて、たくさんあって当然だし、下手くそで当たり前じゃないですか? それらを克服するために、日々懸命に学習しているのです。今はまだ、その最中なのです。

 それなのに、そういうアマチュアさんに向かって「○○ができない」とか「☓☓が不安定だ」とか「△△がダメだ」とか「下手くそ」とか、上から目線で言う人って、アタマがオカシイんじゃないかな?って思います。こういう人って、誰でも音楽を学び始めた瞬間から、一流のプロ奏者のように、極めて巧みに感動的に音楽が演奏できるとでも思っているのかしら? そして、自分たちは、一体、どうだったんでしょうね!

 どんな一流のプロだって、最初はみんな学習者であって、初心者であって、みんな下手くそからスタートしているのです。できる人は、その事を忘れていません。だから学習者を応援するのです。

 なのに、他人が一生懸命に学び、努力している姿をけなす人って、どこが楽しいんだろうなあ?

 ましてや「恥を知れ」とか「ネットにアップするな」なんて、言語道断ですね。「恥を知れ」なんて言うのは、絶対にオカシイですよ。だって、アマチュアさんが失敗する事は、ちっとも恥じゃないと思います。人は失敗しながら成長していくのですから。

 でも、自分の手は汚さずに、アマチュアさんを罵倒する事は、恥だと思います。どれだけ上から目線なんだい、って言いたいですね。

 「ネットにアップするな」とか言うなんて、インターネットはあなたの私物ですか?って話です。気に入らなきゃ、アップされたものを聞かなきゃ良いだけの話じゃないですか! うっかり聞いて気分を害しても、それは運が悪かっただけの話です。それをアップするななんて、言論封鎖ですか? あなたは中国共産党の幹部さんでしょうか…って話ですよ。

 ほんと、おかしな話です。

 ところで私は、よくアマチュアさんたちの発表会に行きます。彼らのほとんどは、たいてい、下手くそです。技術的に難点ばかりだったりします。まあ、時折は耳を塞ぎたくなるほど凄い人もいます。でも、私が飽きずに出かけるのは、彼らの心が熱いからです。

 アマチュアさんは、たいてい下手です。でも、皆さん、ハートは熱いのです。そのハートの熱さが私を感動させるのです。だから、私はアマチュアの演奏を好んで聞くのです。上手な演奏を求めるなら、わざわざアマチュアの演奏を聞く必要はなく、素直にプロの演奏を聞けばいいだけです。

 私は音楽を、感動できるかできないかで聞いています。だから、アマチュアさんの演奏でも十分楽しめます。しかしアマチュアさんを罵る人は、おそらく音楽を上手いか下手かでしか聞けないのでしょうね。いわゆる、コンクール脳の持ち主なんだと思います。悲しいですね、同情します。音楽に、優劣を付けて、勝ち負けでしか判断できないなんて、本当に悲しいと思います。

 そして、コンクール脳しか持っていないのなら、なおさらアマチュアさんの演奏なんて聞いちゃダメだと思いますよ。アマチュアさんなんて、勝ち負けで言ったら、負けっぱなしなんですからね。

 でも、負けっぱなしに思える演奏の中に見える、キラリとひかる情熱って奴が素晴らしいのですが…コンクール脳の人には、絶対に分からないんだろうなあって思います。

蛇足 だからと言って、アマチュアの人がいつまでたっても下手くそのままで良いとは思いません。やっぱり上達を目指して、コンクール脳の人たちが「むぐぐぐぐ…」となるほどに、上達しないといけません。それに上達しないと、楽しめない事だってたくさんあるしね。

 頑張れ、アマチュア。私も頑張る。

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