ひとこと

  •  中国共産党の理論誌『求是』で「中国こそが世界最大の民主国家だ」というタイトルの文章が掲載されているそうです。中国って民主国家だったんだ…。そう言えば北朝鮮も“朝鮮民主主義人民共和国”と名乗っている民主主義の国だったんだよなあ。うっかり忘れていました。たぶん、彼らの言う“民主国家”や“民主主義”って、我々が知っているモノとは違うんだろうね。でなきゃ、辻褄合わないし…ね。ちなみに我が国日本は、議院内閣制の立憲君主国であり天皇陛下を擁している事から、国の種類(?)としては『帝国』または『皇国』というべきなんだけど、そうは名乗っていないって事、知ってた?
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2016年5月19日 (木)

もしかして、一生、合唱とは縁がないのかも…

 先日、例によって、見知らぬ人たちの声楽発表会を見てきて、そんな事を思ってしまった私だったのでした。

 その発表会の出演者の皆様の年齢層が幅広く、上の方はほとんど90歳なんですよ。90歳になっても、まだまだお元気で立派に独唱なされているわけなんです。

 つまり、元気で健康ならば、人間は90歳になっても、独唱が楽しめるという実例を見ちゃったわけです。

 私は、ついこの前まで、こんなふうに考えていました。

 今はまだ声が出るので、イタリアモノのオペラアリアや歌曲で声を育て、一通り声が出来上がったら、ドイツモノに手を伸ばしていこう。やがて声も衰えてきて、パワーよりも表現重視になってきたら、いよいよ日本モノに手を出してみよう。やがて独唱出来るほどの声も無くなってしまうだろうから、そうなったら合唱に混ぜてもらって、古今東西の合唱曲を歌っていくことにしよう…とね。

 確かに年を取っていければ、筋力は、いくら鍛えていても、若い時よりは衰えてきます。声は筋肉で発声するものですから、加齢とともに少しずつ失なっていくでしょう。ですから、いつまでもパワー主体のイタリアモノは歌えないでしょう。ならば、その時その時の体力とか声とかに合わせて、テクニカルなドイツモノや、表現重視の日本モノに主戦場を移していくのもアリでしょうし、やがては合唱にも復帰できると思ってました。

 で、先日見た、その90歳の方々は、さすがにイタリアモノは歌っていませんでしたが、ドイツモノや日本モノを歌っていて、それが十分に歌えているのです。つまり、90歳でも、まだまだ独唱できるんですね。

 ああ、すごいなあ。ほんと、すげーなー。

 で、私ですが、たぶん、私はそんなに健康ではないし、カラダも強くないので、おそらく90歳までお元気って事はないと思うのです。たぶんその頃だと、お墓に入っているだろうと思うのです。ならば、私、死ぬまで独唱できちゃうんじゃないの? なんて思ってしまったわけです。合唱なんて、これから先、一生縁がないんじゃないの? って思ってしまったのです。

 いや、だってね。今のように、声がガンガン出ちゃううちは、私、合唱、出来ないでしょ? この声のまま合唱に行ったら迷惑だって(笑)。だけど、年を取って声を失って…人並みの声しか出なくなって始めて、他人に迷惑をかけずに合唱できるようになれる…と思って、期待していたのに、声って案外、年をとっても、私が思っていたほどには衰えないみたいなんだなあ…って思ってしまったのです。

 一生独唱できるのなら、それはそれでうれしいのですが、同時に、もう私の人生で、合唱とは縁がなくなってしまったと思うと、なんか無闇に寂しいんですよ。

 だって私、本当は合唱だって好きなんだよ。ただ、声が出過ぎるので、合唱をやっている人に嫌われて、仲間に入れないだけなんです。仲間にさえ入れてくれるなら、今だって合唱をやりたいくらいなんですよ。

 ああ、合唱、やりてーなー。

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声楽のエッセイ」カテゴリの記事

コメント

先ず、バッハの曲をきちんと歌えたら、合唱はできます。
合唱では、音を外して歌うのはダメですよ。ソロでは許されますけどね。
ヴェルディのレクイエムで、ソリストがアカペラで重唱する部分がありますが、
ソリスト全員、オンチかなあと思う位下手な時がありますね。
後ろの合唱団員は、うわぁぁと思いながら聞いてます。はい。

おぷーさん

 オーディションがあるようなマジな(アマチュア)合唱団は、オーディション以前に、年齢制限とか、学歴制限があるので、私のような人間だとチャンスすらありません。私が入れるのは、誰もが入れる市民合唱団の類ですが、そういう団体に入ると、必ずイジメられますので、なかなか合唱ができないのです。

 それはともかく、バッハをきちんと歌えるたら気持ちいいでしょうね。そもそも、バッハの曲を歌うチャンスがなかなかないのですが。合唱の腕を磨くには、合唱をしない事には話にはならないのですが、そもそも合唱するチャンスがないので、なかなか腕も磨けないという状態にいるわけです。なんともしがたいです。

合唱歴が長い私ですが、
私は本当に指導者に恵まれているのか、
歌っていて、自分が疑問に思うと、すぐに先生がそれに合った指導をしてくれます。
それだけ私の声が目立つということなんでしょうけど、改善できると先生はとてもうれしそうにしてらっしゃいます。
本番を聞きに行くと、うまい人の声だけが聴こえてしまうのも事実なんですが、この団はそれを苦にはしていません。

「非日常に連れていくのが芸術であり、その一端に合唱がある」と、
先日の本番に足を運んでくださった方からの感想で感じました。

やってみるといいと思いますけれど。

最近、ますます合唱は苦手になってます。聞くのも歌うのも。なぜかしら、、。やっぱり独唱とは喉の歌う場所のポジションが違いますよね?なんか合唱は響きが低くて調子が狂います。で、合唱で独唱の響きで歌うと浮いてしまいますが、その絹糸のような声が好きなんですよね、私は。丁度、味噌汁の真ん中から下の声が合唱で、上の上澄み部分が独唱の響きのような、ってイメージなんだけど、、これ、伝わるかしら。。。深くて軽い独唱の声ね。合唱は深いと多分、いけませんよね、ソプラノだと。けど、うまい合唱はアルト、メゾも、まるで高音はソプラノのような響きを持っているところの合唱はうまいとこね。アルトさん、宝塚みたいに胸に落として歌うのはペケであります。要はメゾかなー。メゾが粒が揃うとかなり全体のレベルが上がりますね。ソプラノはどこもそこそこうまいですもん!メゾさん、がんばれ!しかし、やっぱり合唱はもういいや。お腹一杯です(笑)

ともさん

>本番を聞きに行くと、うまい人の声だけが聴こえてしまうのも事実なんですが、この団はそれを苦にはしていません。

 いいですね。私の知っているところだと、特定個人の声だけが聞こえると、団員はもとより、指導者からもイヤミを言われるところが多いなあ…。土地柄かしら?

 実は声楽の指導をしてくださっているY先生の率いる合唱団がありまして、そこは決して声を抑えないで、のびのびと歌わせるという方針で、なんとも私向きの合唱団なのですが、いかんせん、練習場所は半端無く遠いのです。そこに限らず、ちょっと遠方まで足を伸ばすと、のびのび歌わせてくれる合唱団もないわけではないのですが…まだ私は遠方まで出かけて合唱を楽しむ余裕がないのが、残念なのです。

 現役なので、これでも毎日忙しいのですよ(笑)。

>「非日常に連れていくのが芸術であり、その一端に合唱がある」と、

 そうですね、私もそう思ってます。

アデーレさん

 本来は、独唱にせよ合唱にせよ、その発声に関しては違いはないはずです…が、日本の合唱の発声に関しては、アデーレさんのおっしゃるとおり、独唱とはあれこれ違うのかもしれません。

>丁度、味噌汁の真ん中から下の声が合唱で、上の上澄み部分が独唱の響きのような、ってイメージなんだけど、、これ、伝わるかしら。。

 伝わりますよ、それにしても面白い例えですね。

 私が思うに、日本の合唱で求められている声は、未訓練の素人の声なんだと思います。そこが標準と言うか、基準になっているのだと思います。ですから多くの合唱団では、訓練された声を嫌うのだと思います。

 ではなぜ合唱団が未訓練の素人の声を求めるのかと言えば…単純な話で、創立当時の人間がまだ少なかった頃、そういう人間ならば数多く集められたからです。

 今の市民合唱団(とりわけ混声合唱団)の多くは“歌声喫茶”から始まった“うたごえ運動”の延長線上にある団体が主流だと思います。ま、共産党の若者向け政治活動の一端であって、今のSealsみたいなものかもしれません。

 ですから、私が若い時に参加した合唱団(今もメンバーをあまり変えずに活動しています)の夏合宿では、労働歌とかロシア民謡とかの歌声喫茶系の曲ばかりを夜通し歌わされた覚えがあります。創立メンバーたちは、音楽人よりも革命家や活動家たちが多かったわけで、彼らを中心に据えた音楽活動では、どうしたって“未訓練の素人の声”を基本にハーモニーを作らざるを得なかったのだと思いますし、それが伝統になって、今に至っているのだと思います。

 そういう背景があるので、日本の合唱って、海外の教会音楽中心に発達した合唱とは、全く違ったモノになったのだと思います。

 人に歴史あり、合唱にも歴史あり…です。

私は声の大きなソプラノです。
今声楽を習っています。
私も合唱は日本では歌えません。
もう一人ソプラノで同じ現象が起きた方がいらっしゃいます。
今回声楽の先生の指揮で門下生でロ短調ミサを歌うイベントに参加します。
参加を先生が許可してくれました。

宣伝させてください。

上杉清仁門下生 特別演奏会
J.S.バッハ ミサ曲 ロ短調 BWV 232
2016年6月19日(日)
14:00 開演(13:30 開場)
上野学園 石橋メモリアルホール

指揮:上杉清仁

先生はスイスで合唱の録音に参加したことがあります。
スイスでは合唱も一人一人がちゃんと歌っているそうです。

アルトがカウンターテナーが多いのも特徴です。
オケは古楽器です。

病気で息もたえだえにしかうたえなくなったら、マイクを使うシャンソンを歌う予定です。


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