ひとこと

  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

コメントについて

  • コメントは、どの記事に対して付けてくださっても結構です。歓迎します。ただし、以前書いた記事については、現在では多少考え方が変わってしまったものもあります。また、コメントをくださる場合は必ず“名前”の欄にハンドルネームをご記入ください。ココログ的には、コメントの際の名前の記入は任意となっていますが、このブログでは必須としますので、ご了解ください。また、その時に使用されるハンドルネームは、お一人様一つで統一してくださいますようにお願いします。複数ハンドルの同時使用、及び別人への成りすまし発言、捨てハンドルのご使用等は固くご遠慮願います。迷惑コメントやアラシ発言に関しては放置でお願いします。記事とは無関係のものや、プライバシーに触れたコメント、スパムコメント、エロ系コメント、商用コメント及びにネットマナーを無視したコメントに関しては、予告なしに削除する事もあることを御承知置きください。また、度重なる迷惑コメントに関しては、ニフティに「迷惑コメント」として通知し処理してもらうことにしました。

カテゴリー

メールについて

  • 記事の訂正および削除の依頼と、部外者に見られることなく、私(すとん)と連絡を取りたい方は、メールリンク(この下にある「メール送信」)をクリックしてメールでご連絡ください。その際、どの記事でもかまいませんから、コメントに「メールを送りました」と一報いただけると幸いです。私、メールを見る習慣がないので、黙っているといつまでもメールを放置してしまいますので、よろしくお願いします。メールを送ったことをお知らせいただいたコメントは、メール確認後、すみやかに削除させていただきますので、ご安心ください。

« 声楽と外国語 | トップページ | 発表会について、私が思うこと »

2016年4月26日 (火)

音楽は気が強くないとできない?

 私は時々、そう思うのです。もちろん、この場合は『音楽を演奏する』事を念頭においています。

 だってね、音楽の人前での演奏なんて、少なくとも、内気であったり、引っ込み思案であったり、シャイな人だったりすると、極めて困難を感じるでしょうからね。

 人前で演奏すると言うのは表現活動の一つであり、表現するという事は、ある意味、自分を他人にガンガン押し付けていく作業であり、その時に、遠慮があったり、日和ったりしたら、良い演奏にはならないわけです。

 そう考えると、演奏家ってのは、極めてエゴイストなわけで、よく都市伝説で「音楽家には変人が多い」と言いますが、これだけエゴが強烈な人たちであるならば、そりゃあ変人もかなりの確率で存在すると思います。都市伝説も、まんざらのデタラメではないわけです。

 まあ、エゴイストという言葉の響きが強いと感じるなら「メンタルがタフな人」と言い換えてもいいと思いますが…どちらにせよ、目立ちたがり屋…と言うか、スポットライトを浴びる事に快感を感じるタイプの人間でないと、演奏家は勤まらないかもしれません。

 しかし、音楽好きな人って、特に我々のような趣味で音楽を演奏する人の中には、かなりの確率で、内気な人たちがいると思います。…って言うか、活発なタイプの人は、音楽を趣味にせずに、スポーツだったり、アウトドアだったりを趣味にするわけで、元々音楽愛好家と言うのは、インドア派で物静かなタイプの人が多いわけです。私だって、インドア派だし、物静かな人なんですよ(笑)。

 ですから、音楽は好きだし、演奏するのも大好き。だけれど、人前での演奏はちょっと勘弁かな…というタイプの人、それなりにいると思うんですよね。そういう人は、可能であるならば、演奏はしても、誰にも聞かれずに、ひっそりと演奏したい…って願うわけです。極端な話、先生の前で演奏することにストレスを感じていたり、あがってしまったりする人だっているわけです。

 そういう人は、発表会などにも滅多に参加しません。

 日本の古典には、しばしば、誰もいない場所で月に向かって琴や笛を演奏する…という場面が登場しますが、演奏する人が、自分のために演奏しているのなら、確かに観客は月でもいいわけですし、本来アマチュアというモノは、自分のために演奏しているのだから、こういう姿は極めて正しく、プリミティブであります。

 となると「人前での演奏はイヤだ」というのは、一般市民でしか無いアマチュアとしては、普通の感覚なのかもしれません。

 オトナのアマチュアが楽しむ音楽演奏と言うと…クラシック系に限るならば、最大派閥は“合唱”になるでしょう。その他、数的にはかなり減りますが、吹奏楽を楽しむ人もいます。アマオケとなると…もっと少ないでしょうし、オトナのピアノもおそらくは似たような状況でしょう。それ以外となると…ホント少ないです。独唱を楽しんでいる人なんて、ほぼ皆無でしょうし、オペラを歌っている人なんて探すのに骨が折れる事でしょう(笑)。

 考えてみると、合唱にしても、吹奏楽にしても、音楽の演奏団体でありながら、その参加者たちは匿名的な存在です。演奏団体にスポットが当たっても、そこに属する個人にスポットが当たることはない演奏形態です。これならば、内気であったり、引っ込み思案な人であっても、人前での演奏は可能ですね。なにしろ、一人じゃないんだから。仲間と一緒なんだから。皆に支えられて励まされながら演奏できるんだから。

 チームっていいですよね。

 日本人って、集団になると強いのですが、一人ひとりになると脆い…と言われます。これは、日本人の基本的な性格がシャイだからという事も関係していると思います。

 そういった点では、合唱にせよ吹奏楽にせよ、日本人に向いている演奏形態なんだろうと思うし、だから、日本で特異的に普及しているんだろうと思います。

 その点、私がやっている声楽とかって、ほんと、気が強くて恥を知らない人間じゃないとできないかも。だって、見知らぬ人たちの前でオオグチ開けて奇声を発して悦に入っているんだよ。奥ゆかしい人には、想像もつかない事だよね(笑)。フルート独奏だって、自己顕示欲が強いと言った点に於いては、似たような感じだしね。

 まあ、私の場合は、気が強い…と言うよりも(実際、私は気が弱いですよ、チキンです)、恥知らずと言うか、厚顔無恥であったりするわけなんだけれどね。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 音楽ブログ 大人の音楽活動へ
にほんブログ村

« 声楽と外国語 | トップページ | 発表会について、私が思うこと »

音楽一般」カテゴリの記事

コメント

ですね(笑)舞台度胸がないとね、まずは。歌ならばそれがない方は私は合唱でいいです、って感じになりますよね。ま、独唱ならば、どう?私の声!きいて!って、くらい自己主張できる感じの人でないと本番でバーンと歌えないかも。それは自信あるとかないとかではなくて、腹が据わってる人ね!歌は気が強くてオーラがあれば多少、下手でもオッケーかもよ。要は惹きつける物があるかないかですかね。で、オーラって点では気が強いくらいの方がよくないですかね??本番で上がらない、これ大事!それには気が強くないとむずかしいですもんね。本番ってなにが起こるかわかりませんから、やっぱり上がらないで何かあっても対処できるようでいたいですね。したがって音楽人はメンタルが鍛えられるメリットがありますね。終わりがよろしいようで(笑)

アデーレさん

 そうそう、メンタルは鍛えられますね。だって、本番って、一種の修羅場ですからね。この修羅場を何度もくぐっていれば、メンタル、強くなります。

 私の場合は、メンタルが強いと言うよりも、舞台に上がるとスイッチが入って、普段の私とは別人格になるので、強いとか弱いとかではなく、別物になるんだろうなあって思います。特にオペラのように、設定が決まっている人物だと、すっとその人物になれます。まあ、そういうのを“舞台度胸”って言うのかもしれません。

お久しぶりでございます。
いつも楽しく拝見させていただきます。 趣味での声楽(独唱)はやはりマイノリティー
なんでしょうかねぇ。 趣味でもおkという先生を探すのに10年ほどかかってしまいました。

しかし、発表となると最初はものすごくドキドキいたしました。
・・・・が、とにかく人前に出て歌う機会があれば、どんどん出て、場数を踏むよう
そして、その緊張を糧にすべし。とのお達しが。

その緊張が良いスイッチになるとかで・・・・。

で、歌の先生がおっしゃるには「音楽大学生」は変わり者が多く、
楽しかったそうです。

が、世間では、それを隠して「普通に」見えるよう振舞うのに苦労されるとか。
そんな小話を聞いたことがあります。

そんなワタクシも、十分変わり者だと思っておりまする。

あ、ワタクシついに総銀ハンドメイドフルート買ってしまいました。

ただし、40年以上前のヤマハのフルート。(YFL63)しかし、素直ないい音がします。
もっと素直な音が出せるように精進したいところです。

みかんさん、お久しぶりです。

>趣味でもおkという先生を探すのに10年ほどかかってしまいました。

 それはまた時間が大変でしたね。声楽の先生は、おっしゃるとおり、音大進学のために教える先生と、趣味のオトナたちを教える先生の2タイプの先生がいらっしゃいます。ウチの近所にも、この2タイプの先生がいて、音大進学専用の先生の発表会に行くと、生徒さん達は小学生~高校生で、実に若いです。たまにOGさんがゲスト出演していますが、それでも20代ですから、趣味のオジサンオバサンの世界とは、全く違います。

 一方、趣味の声楽の先生の発表会となると、女性はアラサーぐらいからボチボチ見かけますが、やはりボリュームゾーンは還暦過ぎかな? 男性も現役引退した方々ばかりです。おそらく、子育てが一段落ついて、余暇が出来て、合唱を始めて、歌の楽しさに目覚めて、そこから声楽へジョブチェンジして…って感じなので、そのくらいの年齢になってしまうのだろうと思います。

>で、歌の先生がおっしゃるには「音楽大学生」は変わり者が多く、楽しかったそうです。

 毎日毎日、飽きることなく、音楽の練習ばかり、数時間もやり続けてきた方ばかりですからね。人生の大半を音楽の練習に費やしてきたわけで、世間から見れば、それだけで十分“変わり者”だと思います。私は趣味ですから、音大生並など到底足元にも及びませんが、それでも毎日毎日、数分~小一時間程度は音楽の練習をしています。これを数年に渡って継続しているわけで、普通のオジサンから見たら、やはり“変わり者”なんだと思います。

 でも、私に言わせれば、世間のオジサンがナイターを見て、ビールを飲んでいる時間に音楽の練習をしているんだから、そんなに変でもないかな…と思ってます。

>ワタクシついに総銀ハンドメイドフルート買ってしまいました。

 総銀フルートは“一生もの”と言われます。メンテナンスさえ、きちんとすれば、ずっと演奏できる楽器ですから、昔の楽器だからと言っても立派なものだと思います。それに、最近の楽器は、音量増大に傾いた楽器も多く、そのためか音色の美しさがちょっと犠牲になんているフシもあります。昔の楽器はその点、音量はちょっと寂しいかもしれませんが、美しい音色に設計されていますので、私なんかだと、音量よりも音色を重視するので、昔の楽器に憧れたりします。

こんばんは。

> 音楽は気が強くないとできない?
> 『音楽を演奏する』事を念頭においています。

西洋音楽とは別世界の世阿弥曰く「型より入りて、型より出でよ」。
型にも入らない限界を感じています。
気の強さとはあまり繋がりません。

失礼しました。

tetsuさん

 世阿弥はプロの舞台人だからねえ。『風姿花伝』は古典として面白いけれど、あれは能の理論書で、読者もプロの舞台人たちを想定して書かれているから、プロの音楽家の皆さんならともかく、我々アマチュアには色々当てはまらない…かなって思います。生兵法怪我のもと…って私は考えます。

 プロの皆さんは、気が強い弱い以前に、舞台根性って奴が身に備わっているわけですからね。舞台根性なんて、かけらもない我々は、そこを気の強さでカバーしている…ようなきがするんです。

 まあ、tetsuさんも例にあげていらっしゃいますが「型にも入れない」のがアマチュアだと私は思ってます。まずは、型に入れる事ですが、そのための修練をするための時間がないのが、アマチュアの現実です。まあ、型に入れるようになる前に死んじゃうような気がするんですね。

 芸事は真剣に追い求めると、たぶん厳しいです。でも趣味として学ぶぐらいなら、とても楽しいです。私は、それでいいと思ってます。プロはプロ、アマはアマです。

丁寧なお返事うれしかったので、またカキコさせてくださいませ。

音楽はやはり、披露するのが一つのスキルになるようで、
「発表会」なるものがやってきますが、

特にだれに発表せずとも、一人で歌ったり演奏するだけでおk
という音楽愛好家の方も知っています。

ワタクシの場合は、歌に関しては「自己満足」で完結する予定だったのですが、

オルガニートの弾き語りを始めたら
「オルガニートと歌、聴いてほしぃーー」となってしまいましたが、

ワタクシの気が強い、というよりかは、「場数踏んで慣れた」的な感じでしょうかねぇー

最初は、心臓バクバク、ドキドキしておりましたが、
人前に出る機会が増えてくると、

緊張ももちろんしますが、楽しくなってしまいました。
(歌に関しては・・・)

しかし、フルートの演奏(独奏)は、場数踏んでないので、緊張しどうしです。
これも、場数踏めば、楽しめるのでしょうかね。

ちなみに6月は浜松フルートクラブの定期演奏会があるんですけれど
(フルートマスターズの関係者も複数いらっしゃいます)

フルートの合奏バックに、独唱できるという、「棚からぼたもち」頂きまして
ウレシイのですが、

こういう形のソロは、初めてで、ドンだけ緊張するかは、未知数です・・・。

どきどき・・・。数をこなすことで、気が強くなる(舞台度胸にかぎり)なんでしょうかねぇ。

みかんさん

 場数を踏む…と言うのは、とても大切だと思います。場数を踏むことで経験値がアップし、舞台度胸もアップするかもしれません(しない人もいますが…)。

 私の場合、歌はなんだかんだと本番をやっていますので、人前で歌うことは平気なのですが、いかんせ、フルートは、ここ数年本番をやっていませんので、人前で演奏するチャンスがあっても、及び腰になっている事は事実です。「フルートではなく、歌じゃダメですか!」とか言って逃げちゃうわけだ。

 フルートも以前は、毎月のようにライブに出演していたので、その頃は全然平気だったのに、今は、本番の勘のようなモノが無くなっている事を自覚しているので、フルートで人前に出るのが億劫になっている部分もあります。

 まあ、私、基本的にシャイで弱気な人間ですからね。そんな人間が、なぜ歌だと人前で平気で歌えるのか…考えてみれば、不思議な話です。歌だって、どっちかと言えば、下手くそなんだけどね(笑)。

>フルートの合奏バックに、独唱できるという、「棚からぼたもち」頂きましてウレシイのですが、

 それ、実にうらやましいです。

すとんさんがおっしゃる「音楽の人前での演奏なんて、少なくとも、内気であったり、引っ込み思案であったり、シャイな人だったりすると、極めて困難を感じるでしょうからね。」、まさに私がそのタイプで自分でも困っています。
 声楽の個人レッスンを始めて三年以上経つのに先生の前でも緊張するときがあります。友人に「人前で披露するのが嫌なら何のためにレッスン受けたり合唱したりするんだよ!」と言われます。そりゃそうですね。やはり自分の本心は堂々と人前で歌いたいのだけれどどうにも自分をコントロールして表現することができないのです。ほんとに気が小さいのは困りものです。それでも練習は好きですから頑張ってます。
 

kenさん

 分かります。ストレスに対する感受性は人それぞれで、繊細な人もいれば、鈍感な人もいるわけです。結局は乗り越えていくしかないと思います。

 以前習っていたキング先生のところの発表会は、全員参加が義務でした。ですから、参加したくない人たちが苦しんでいたのを私はたくさん見てきました。色々と言い訳(結局ウソなんですが)をしてごまかして逃げようとする人、説得されて参加したものの、本当に辛そうだった人、発表会がイヤで辞めてしまう人たち…。ダメなものはダメなんだなと思った次第です。

 今のY門下は、発表会は自由参加ですから…ほんと、発表会の参加者が毎回少ないです。その代わり、打ち上げの参加者は多いんですよ。なにしろ、発表会は参加せずに客席から見て、その後打ち上げに参加する人がいますから。でも、それでいいんです。だって、今はもうY先生に習っていない、かつての生徒さんが、発表会に参加するためだけにやってきたりもしていますので、なんか、バランスが取れていますし、発表会も和気あいあいとしてますしね。

 それを見ると、自分のペースで音楽を楽しむのがいいんだなあって思ってます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 声楽と外国語 | トップページ | 発表会について、私が思うこと »

フォト

↓参加しています

アマゾンでどうぞ

アマゾンで検索

トラックバックについて

  • 2011年12月1日以降の記事において、トラックバックの受付を止める事にしました。それ以前の記事に関しましては、トラックバックの受付自体は継続いたしますが、承認公開制にさせていただく事にしました。また今までトップページに表示していました「最近のトラックバック」という項目の表示も止めました。よろしくお願いいたします。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

このブログは2007年8月14日から始めました

  • Copyright(C) 2007-2017 すとん