ひとこと

  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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2016年1月21日 (木)

次に歌う曲を決めました

 声楽のレッスンの、さらに続きです。

 ドナウディ作曲「O del mio amato ben/ああ愛する人の」が終わったので、次は何にしようかという話になりました。私は以前からあたためていた、レオンカヴァッロの「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」はいかがでしょうかと提案してみました。

 先生は少し悩まれました。と言うのも、この曲は、音域が広いので、どうだろうかと心配されたわけです。と言うのも、この曲は、下は五線下のBから、上は五線上のGまで使うわけです。上も厳しいけれど、下がかなり低いところまで使うのが、心配だったようですが、私が「テノールと言えども、下はAぐらいまで歌えないと、色々困るので…」と言ったところ、OKとなりました。

 実際、低音に関して言えば、クラシック曲だけなら、テノールは五線下のCまでしか使わないけれど、ミュージカルやクラシッククロスオーバー系の曲はAまで使うのが普通なので、Bで文句を言ってはいけません。

 それにだいたい、この曲は、作曲家のレオンカヴァッロが、当時の大テノール歌手であった、エンリコ・カルーソーのために作曲した曲なんだそうです。ならば、テノール歌手のために作った曲なんだから、テノールに歌えない事もないだろう…とも言えます。

 さて、この曲をよく知らない人のために、例によってYouTube画像を貼っておきます。歌っているのは、ローレンス・ブラウンリーと言う、黒人のテノール歌手です。黒人のテノール歌手と言うのも、なかなか珍しいので、これを貼ってみました。

 しかし、この曲、テノール歌手用の曲だけあって、誰も楽譜どおりには歌いません。たぶん、楽譜通りに歌うのは、オリジナルのカルーソーぐらいかもしれません。とにかく、歌手が違うと、間奏の位置や長さが変わったり、最後のフレーズのメロディーも当然変わるし、調性すら変わります。つまり、慣習で色々な歌い方のバリエーションがある曲なのです。ですから、自分が歌うなら、どんな歌い方にするか考えておかないといけません。

 一番面倒がないのは、カルーソーのように、楽譜通りにそのまま歌うやり方ですが、そう歌う歌手は今やいませんし、実はカルーソーの歌い方では、間奏がないので、それでは私には大変過ぎるかもしれません。そこはやはり、現在のスタンダードとも言える、パヴァロッティの歌い方をコピーしてみたいと思ってます。今のテノール歌手の大半は、パヴァロッティと同じ歌い方をするわけですし…。このやり方なら、最後近くに4小節ばかり間奏が入って、少し休めるし、一番最後のメロディーにある低音を回避して中音で歌ってしまうので『少し歌うのが楽かな』って思ったりもします。

 まあ、とにかく、まだ譜読みもきちんとしたわけではありませんが、頑張ってみたいと思います。

 ちなみに、この曲のタイトルである『マッティナータ』ですが、何かと思って調べてみたところ『セレナータ』に対して『マッティナータ』なんだそうです。つまり、恋人の窓辺に行って、夕刻に歌う恋の歌が『セレナータ』なのに対して、朝方に歌うのが『マッティナータ』なんだそうです。

 まあ、どちらにせよ、ロマンチックな歌である事には間違いないわな。

 蛇足だけれど、Y先生との曲決めの際、私、割りと自由に、アレコレと歌いたい曲を提案していますが、なぜそんな事が出来るのか言うと、楽譜を用意するのが私だからです。ですから、私が自分の手元にある楽譜の中から「これが歌いたいです」と提案できるので、私の希望が言えるシステムになっています。あくまでもレッスンでは、私のファーストオーダーが検討されるわけで、仮に先生がその曲について知らなかったとしても、特に問題無し…という事になっています。

 キング先生の時は、次に歌う曲はキング先生が決めて、楽譜もキング先生が用意してくださっていました。あくまでも先生主導型で選曲をしていました。それはそれで楽で良いですし、私の知らない曲を学ぶ事で見聞を広める事もでき、決して悪いやり方ではなかったのですが、やはり人生は短いし、私はアマチュア歌手なので、やはり歌いたい歌を優先的に学びたいというのが本音です。

 と言うのも、今回「O del mio amato ben/ああ愛する人の」を学び終えたところで、Y先生から、この曲に関する感想を聞かれた時、正直に「歌っていても、何の喜びも感じられない曲でした」と答えちゃったくらいですからね。

 だいたい、なぜ「O del mio amato ben/ああ愛する人の」を学ぶ事になったのかと言えば、キング先生時代に学んだ曲を、先生を変えてもう一度学び直してみましょうという事になり、妻が「だったら、この曲がいいです」と提案して決まったからなのです。

 だいたいキング先生時代に学んだ曲である…と言う事は、私の趣味ではなく、あくまでもキング先生の趣味で選んだ曲なわけで、ほんと、全くと言っていいくらい、私の趣味ではない曲であり、今回、改めて学んで、ますます「私はこの曲が好きじゃあないなあ…」と思った次第です。好きじゃない曲を学ぶのって、ほんと、気がのらないんですよ。

 次の「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」は、私が歌いたくて選曲したので、モチベーションが全く違います。なんか、気持ちが晴れ晴れとし、前向きになれるのを感じます。自分で選曲するのって、大切なんだなあと思った次第です。

 それに自分で選んだのだから、必ずきちんと歌えるようになろうという、責任感のような強い学習意欲すら湧いてきます。さあさあ、頑張っていきたいと思います。

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