ひとこと

  •  最近、読みたいなあと思ったビジネス書とか実用書は、たいてい紙だけでしか出版されていない(涙)。なので、買えないし、読めない。それにあれだけ読んでみたいと切望していたのに、一週間もすれば、私の興味が次に移っているので、その本の事など、どーでもいい気分になっていたりします。以前は、週末ごとに書店に行って、ごっそり本を買っていたのに、昨今はそんな感じで読みたい本が電子書籍化されていないので、読めず、買えずで、読書量が落ちている私です。紙の本を買えばいいじゃんと思われるかもしれないけれど、一度電子書籍に親しんでしまうと、もう紙の本には戻れないんだよ。紙の本を販売しちゃいけないとは言わない。ただ、電子書籍版も同時に発売してくれよ~と声を大にして言いたいだけなのです。
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2015年11月17日 (火)

メトのライブビューイングで「オテロ」を見てきたよ

 この上演は、今回からの新演出なんだけれど、これがまたお薦めなんだな。実に良かったですよ。私、今まで色々なオペラを見てきたつもりですが、その中でもかなり上位となるほどの素晴らしい上演でした。未見の方は、ぜひご覧あれ。

 ただし、この「オテロ」、邪道な「オテロ」ですから、そこはきちんと知った上で見るべきだと思います。

 なにしろ、今回の新演出では、オテロがムーア人ではありませんから(笑)。オテロは、普通に白人でイタリア人って設定なんですよ。イタリア人のオテロ? ありえないですね。それに時代が19世紀に移ってます。これも気になる人には気になるでしょう。

 以前(20世紀)は、メトのオペラと言えば、分かりやすくて、正統的で、オペラ初心者にも薦めやすいモノばかりでしたが、最近のメトの公演、とりわけ新演出に切り替えたものは、奇をてらいすぎるキライがあって、せっかくのオペラの世界をぶち壊しにしている事も、ままあったわけです。今回の「オテロ」も新演出で邪道なんですが、その邪道さを差し引いても、良い上演だったと思います。

 何が良かったのかと言うと、オペラがきちんとした心理劇に仕上がっていた事。オテロとデズデーモナとカッシオの三人がイアーゴの手玉に取られて、それぞれがあやつられていく様が、見る人にとって、実に分かりやすく演じられていました。

 伝統的な「オテロ」の上演だと、主役テノールの声の素晴らしさを堪能するためのオペラ公演となりがちなんだけれど、ここではきちんと「オテロ」という歌劇を堪能できるように演出されていたわけです。もう、それだけで、お薦めですよ。

 とにかく、主役の3人(オテロ、デズデーモナ、イヤーゴ)の歌唱と芝居が素晴らしかったんです。演技のバランスが良かったんです。そして何より、ドラマがオテロ中心ではなかった事が良かったんですよ。

 「オテロ中心ではなかった? 一体、何を言っているんだい」

 普通、「オテロ」というオペラは、テノールの声を楽しむためのオペラであると言っても過言ではありません。それくらいに「オテロ」では、歌唱もストーリーもオテロ中心に演出されます。まあ、オテロって役は主役ですからね、普通に考えれば当然です。

 しかし、オテロ中心にストーリーが進んでいくと、デズデーモナは哀れな被害者だし、カッシオは頭の軽い青年将校となり、オペラ全体が“嫉妬に狂ったオテロ”対“狡猾なイヤーゴ”という図式になってしまいます。

 でも、今回の演出でこのオペラを見ると、そういう対決オペラではなくなるのです。

 今回の「オテロ」では、イヤーゴの手のひらで、オテロとカッシオとデズデーモナが転がされて落ちていくのです。オテロ1人がイヤーゴに翻弄されるのではなく、デズデーモナもカッシオも翻弄されていくわけです。そう、主役はオテロではなくイヤーゴなんです。狡猾なイヤーゴが、策略を用いて世界を変えようとしていくドラマとなっているわけです。とは言え、イヤーゴが大悪役なのかと言うと、そうではなく、妙にリアルな悪役と言うか、絶妙な小物感漂う悪役なんです。

 なので、誰もイヤーゴと対決しません。ただただ、イヤーゴの手のひらで踊るだけなんです。オテロもデズデーモナもカッシオも踊るだけです。その結果、オテロとデズデーモナは死んでしまうわけです。カッシオも殺されてしまうはずでしたが、彼はイヤーゴが放った刺客を返り討ちにするという番狂わせを起こして、それがイヤーゴの計略を壊すきっかけになるわけですが…。つまり、最後の最後で、イヤーゴに勝ったのはカッシオって事になります。カッシオにやられちゃうイヤーゴなんて、ほんと、小物ですよね。

 このカッシオという人物。普通は取るに足らない脇役テノールの役なのですが、この演出では、イヤーゴとは別の意味で、オテロと対峙するキャラクターであり、なかなかに重要なキャラクターです。イヤーゴの右手で踊らされているのがオテロなら、左手で踊っているのがカッシオなんです。何しろ、イヤーゴはキプロス総督のオテロだけでなく、その副官であるカッシオも失脚させて、自分がキプロスの総督に収まろうと画策しているわけですからね。オテロだけを失脚させても、カッシオが残ってしまっては、イヤーゴ的にはダメ(だってイヤーゴよりもカッシオの方が上役なんですからね)なんですが、今までの演出では、あまりにカッシオの扱いが軽かったんだと思います。

 イヤーゴはナンバー3の男なんです。彼がトップに行くためには、ナンバー1と2の両方を失脚させないとダメなんです。今回の演出は、そこを上手に分かるようにしてくれました。カッシオはナンバー2の男なんです。青年将校ではなく、オテロの仕事上のパートナーである、力のある立派な将軍なんですよ。だから、オテロはカッシオに嫉妬するんです。いつでも自分に取って代われる実力を持った将軍がカッシオなんです。そんな演出の「オテロ」、私は初めて見ました。

 いいすよ、いいすよ。

 さて、歌唱面の感想を言うと、やっぱりオテロを歌っているアレクサンドルス・アントネンコは素晴らしいテノールだと思います。良い楽器を持っているなあ。あの声は努力だけでは勝ち取れない声だと思いました。そういう点では、彼は天才テノールなのかもしれません。良い楽器は持っているし、演技も上手なんだけれど、歴代オテロ歌いたちと比べると、スターとしてのオーラは、かなり欠けます。オテロなのに、貫禄があまりありません。でも、今回の演出では、そこが良いのです。存在感の薄いオテロだから、今回の演出が生きた…と言えます。

 デズデーモナを歌ったソニア・ヨンチェーヴァの第4幕のアリアは絶品でした。おまけに美人(やや太めなのはご愛嬌)だしね。歌だけで言えば、主役はデズデーモナだったのかもしれません。イヤーゴを歌ったジェリコ・ルチッチは、歌を聞かせると言うよりも、イヤーゴという役の独白と言った感じのドラマ性を重視した歌い方をしていた…と私は思いました。あと、アリアは一つもなかったけれど、カッシオを歌ったディミトリー・ピタスがよかったです。これからも貴重な脇役テノールとして頑張って欲しいぞぉと思いました。

 今回のライブビューイングは「オテロ」本編も良かったのですが、幕間に上演された「舞台からスクリーンへ」というドキュメンタリーが面白かったです。舞台中継を作っているスタッフたちの物語でしたが、これ、単独の番組としてテレビ放送できるほどによく出来たドキュメンタリーでした。いやあ、これを見るだけでも、面白いよ。

 最後に、舞台セットの“ガラスの宮殿”は素晴らしかったと思うし、第3幕で、そのガラスの宮殿の中を徘徊しながら、イヤーゴがカッシオとオテロを彼の術中にはめていく様は、まさに演出の勝利…って感じの出来でした。

 いやあ、本当に、今回の新演出の「オテロ」はよかったです。ぜひ「オテロ」の定番の演出として定着してく事を願うくらいです。

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コメント

初めまして。明日観に行く予定です。オペラも初心者(過去12回くらい)ですし、オテロも初めてです。筋書きは予習いたしましたけれどまさかこんな風になっているとは(・.・;)前もって読ませていただき本当に良かったです。ありがとうございました。
ブログは時々拝見させていただいています。フルートも共通しておりますので。今後共どうぞよろしくお願いいたします。

福さん、いらっしゃいませ。

 明日観劇予定ですか! いいですよ、この上演は。記事本編にも書きましたが、歌劇として実に見応えがある良い上演だと思います。オテロという歌劇は、元々面白い歌劇なのですが、この上演は、面白さがマシマシですからね。期待していいと思いますよ。

 たっぷり楽しんできてください。

なるほどと頷きながら堪能して見ることができました。デルモナコとは一味も二味も違いましたね(YOU TUBEでしか見ていません)幕間の場面で指揮者が熱心にでもとても楽しそうに指導されていて少し驚きました。幕間の時間なのに?٩(♡ε♡ )۶あまりにも熱心。この指揮者の方も素晴らしかったです。ありがとうございました。

福さん

 楽しまれてきたようで、何よりです。それにしても、普通、幕間では出演者たちは休息を取るものだし、あのオペラはテノールにしてもバリトンにしてもハードな役なので、絶対に休むべきだと思いますが、なんでなんで、あの人達は休憩時間にもバリバリ歌って練習なんてしているんでしょうね。それもあの日は、千秋楽だったんですよ。ああ、わけわかんない。

>この指揮者の方も素晴らしかった

 指揮台にいる時は大きく見えましたが、歌手たちと同じフロアに立つと…すごいチビでしたね(笑)。チビなのに演奏中は大きく見えるなんて、すごい指揮者なんだなって思いましたよ。たぶん、身長の足りない分は、オーラとか気迫とかで補っているんでしょうね。

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