ひとこと

  •  今時、インターネットエクスプローラーを使っているヤツが悪いんだろうけれど、今日のインターネットエクスプローラーは動きが遅いし、挙動が不審だ。でも、インターネットエクスプローラーじゃないと困る事だってあるんだよね。最新ブラウザのエッジがすべての面で、旧式のインターネットエクスプローラーよりも優れているわけじゃないしね。ああ、困った困った。
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2015年7月の記事

2015年7月31日 (金)

本人不在でも“予約投稿システム”ってのは便利だね[2015年7月の落ち穂拾い]

 えー、只今、私、不在でございます。やむない事情で“旅の人”となっています。今回の記事もそうですが、ブログの記事は事前にココログにアップしておいて、投稿日時を指定しておくと、ココログが勝手に記事をネットにアップしてくれるので、私が不在でも、このようにブログ記事は毎日インターネット上にアップされるわけです。ああ、便利便利。

 ちなみに、私、不在と言っても、iPadを持って出かけてますので、ネットを覗く事はできるんです。でも、iPadで長文を入力するのは至難の業なので、コメント等は、帰宅してから行いますので、色々と待っていてください。お願いします。

軍楽隊の歌姫

 音楽をやっている人たちには様々な人だちがいます。それはプロであれ、アマチュアであれ、同様です。

 先月、2008年7月の記事『カッパのアンブシュア』にコメントをつけてくださった“希望を捨てない女”さんがご紹介してくださった『Flute Fundamentals』というYouTubeの動画が、なかなか興味深くてタメになります。

 『Flute Fundamentals』…『フルートの基礎基本』って感じでしょうか? とても良い動画なので、ここに貼っておきますが、約90分ほどある長編だし、見るならば、お時間のある時にどうぞ…です。全編英語ですが、英語が分からずとも、インサートされる画像がうまく出来ているので、それなりに楽しめるし学べると思いますよ。英語ができれば、なお良いですが…。

 で、今回、ここで取り上げた理由は、この方々の演奏ではなく、この方々の服装に着目したからです。希望を捨てない女さんは、この方々の服装を、何かの民族衣装だと思ったようですが…これ、軍服だから。そう、彼らは軍人さんなんですね。

 実は、音楽の演奏って、軍人さんの仕事の一つなんですよ。いわゆる吹奏楽ってヤツを演奏するのも、軍人さんのお仕事なんです。日本では吹奏楽は学生の音楽ですが、日本以外では(いわゆる部活なんてありませんから、吹奏楽は専ら)軍隊の音楽です。軍人さんたちの演奏する音楽の事を゛日本語では“軍楽”と言いますが、これ、吹奏楽の事ですからね。もちろん、彼らは軍人であると同時に、プロの音楽家でもあって、銃でなく、楽器で国を守っている人たちですから、その演奏も、半端無く上手だったりするわけです。

 ちなみに、YouTubeにアップされた動画は、アメリカ陸軍の軍楽隊の皆さんによる広報ビデオ…と言うか、教育ビデオですね。別に軍隊と言っても(日本でもそうだけれど)戦争する事だけが、彼らの仕事ではなく、このように演奏活動するのも立派な軍事活動ですし、このビデオのように教育ビデオを作るのも、立派な軍事活動なんです。

 彼らは軍事イベントの時に演奏するだけでなく、国家行事とか、大きなスポーツイベントや音楽フェスなどで、ファンファーレとかマーチとかを演奏するので、私たちも知らず知らずのうちに彼らの演奏を聞いているはずなんです。そりゃあ上手いはずですよ、彼らは銃ではなく、楽器で軍事活動を展開している人たちですから。

 日本にも“音楽隊”と呼ばれる、自衛隊の軍楽隊さんがいます。最近では、海上自衛隊の三宅由佳莉さんが“自衛隊の歌姫”と呼ばれて、ヒットを飛ばしてますね。ちなみに三宅由佳莉さんの階級は三等海曹だそうで、昔で言うところの軍曹さんの事です。今の自衛隊には、こんなに可愛い軍曹さんがいるんですね。

 人生色々、音楽家も色々って事です。

ま~め~み~も~む~~~

 標題は何の呪文かと言うと、発声練習の呪文です…ってか、発声練習でよく使う音列ですね。マ行であるのは、mの子音で声を鼻に入れて響きを高くし、そこから母音の練習をするからです。母音が、アエイオウの順で並んでいるのは、この順番でクチの中(と言っても、主に口先部分)が狭まってくるからです。つまり、この順番で母音として発音するのが(一般的には)難しくなってくるからです。

 ですから、私もこの順番でよく発声練習をさせてもらってます。この順番は、歌だけでなく、演劇の人なんかも、使ってますね。

 なぜこんな発声練習をしないといけないのでしょうか? 言葉なんて、毎日、日常的に話しているのにね(笑)。

 実は『毎日、日常的に話している』のが曲者なんですよ。

 声楽の発声は、話し言葉の発声とは色々と違うんです。例えば、日常の発音では、クチをガーっと開くことって、あまり無いじゃないですか。普段の生活では省エネこそ美徳です。でも歌ではクチをガーっと大きく開かないといけません。「ま」も「む」も同じくらいクチをガーっと開けないといけないのです。つまり、歌と話し言葉では、クチの開け方が全く違うってわけです。だから練習をする必要があるんです。

 なぜ、そんな事をするのかと言うと、滑舌よくする事もありますが、それ以上に、日本語がクチビルと下アゴで母音を作る言語に対して、声楽で使われるヨーロッパ系の言葉は舌と上アゴで母音を作る言語という違いがあるから、練習が必要…ってわけなんです。

 ですから、発声練習とか歌では、日本語の発音は横において、ヨーロッパ系の発音で歌わないといけないのです。そこが実は難しいんです。

歌うための筋肉

 私は若い時に格闘技をやっていたので、筋トレのたぐいは大好物です。ですから、筋肉を鍛えるのは大好きです。腕立てでも腹筋でも、はまればいつまでもやっていたいタイプの人です。ですから「歌うために筋肉を鍛えないといけません」と言われるとワクワクするタイプの人間です。

 しかし、これは私の私感ですが、筋肉を鍛えると言っても声楽の場合は、スポーツとは違って、パワーをつける方向の筋トレではなく、俊敏な動きを可能にするための筋トレを行うべきでは無いかって思ってます。筋肉は鍛えるとチカラを増しますが、一方で重くなります。ですから、必要な筋肉は鍛え、不必要な筋肉や拮抗する動きの筋肉はなるべく鍛えないという事が必要かなって思ってます。

 声楽家は格闘家ではありませんからね。

 おそらく、歌うための筋肉は、歌うことで鍛えるのが一番良いのだと思ってます。問題は、歌うための筋肉を鍛えるためには、正しく歌えるって事が前提となる事かな(笑)。

今月のお気に入り キクタニ 譜面台 MTS-1

 これ、いいですよ。私、愛用しています。これは何かと言うと『脚の無い譜面台』です。“脚が無い”と言っても、全く無いわけではなく、これ、机とか台とかの水平面に置い使うタイプの譜面台なんです。私は、書斎にあるパソコンデスクの一番てっぺんのプリンターを置くスペースの、プリンタの手前に置いて使ってます。ちょうど立った時の目線の高さで使いやすいんですね。

 実は私、背が高いせいもあって、自分の目線の高さの譜面台ってのがなくて、市販の譜面台だとどうしても下を向いて演奏しないといけなくて、歌であれ、フルートであれ、ノドが締まってしまうので困ってました。こいつを使うようになって、目線を水平にする事ができ、とても重宝しておりますよ。お薦めですよ、マジです。

今月の金魚

2015年7月10日 ミーナ、星になる
2015年7月19日 123匹のタニシが、やってくる

今月のひとこと

 デノミで貯金通帳の金額が、どんどん切り捨てられるって悲しくないのだろうか? 自国の通貨が廃止されるって、どんな気分なんだろ? 他所の国のお金で生活するなんて、苛立たないのだろうか? …ジンバブエ。(2015年6月29~7月2日)

 ああ、指がちょびっと痛い。少し酷使するだけで、指が痛くなるなんて…基本的には腕のチカラに対して、指のチカラが負けているからなんだろうと思うし、パソコンの使いすぎなんだろうとも思うし…。指の筋肉を鍛えることができるなら、たぶん問題解決なんだけれど、指の筋力って、どうやって鍛えるんだろうか…以前に鍛えることは可能なのだろうか? とりあえず、指用のサポーターでも買うか(ネットで見つけた)。(2015年7月2~7日)

 妻がギックリ腰になりました。ギックリ腰になった妻もかわいそうですが、生活のすべての面倒を妻に見てもらっている私も、なかなかかわいそうです。(2015年7月7~10日)

 中国のバブルがはじけて、景気が急落しているそうですね。一刻も早く、安全保障法制を確立しないとヤバいことになるよ。中国は国内政情不安から革命が起こる事を、何よりも恐れているわけで、人々の不平不満が共産党に向かう前に外敵を作って、そこに攻め込んで人々の不平不満をそらすのが常套手段でしょ? その攻めこむ先が、例えば尖閣諸島だったら、どーする? 法整備が不十分なまま、中国に攻めこまれたら、日本にいる反日スパイ野郎たちが日本国内から応答して、外から内から攻められて、日本という国が根幹からグラグラにされてしまう恐れがあります。そのためにも、まずは中国に攻め込まれないように、きちんと安保法制を確立し、中国の今回の外敵を日本以外の国にしていただく必要があります。そりゃあ、中国だって、攻めやすいところを攻めたいでしょ? チベットしかり、ウイグルしかり、スプラトリー諸島しかり。次の標的を日本にしないためにも、安全保障法制をきちんとしないと…ね。まもなく、国難がやってくる…かもしれないのだから。(2015年7月10~15日)

 “反日行為”というものがある。これはある意味、真実をオブラートに包んだ、ごまかした表現なんだと思う。近隣特定アジアの国々が行っている“反日行為”は単なる“敵対行為”なんだと思うし、国内の左翼の人たちやマスコミや政治家さんたちがやっている“反日行為”は“スパイ行動”であり“敵との内通行為”であり“売国”であり“裏切り”であると思う。今現在も大切だけれど、この豊かな日本という国を、私たちの子や孫たちに譲り渡す事が一番大切だと思う。そのために、この国が壊されてしまうことは避けなければいけないし、盗まれる事も許してはいけない…と私は思うわけだ。たぶん、ミサイルの一発でも打ち込まれて、日本人が何万人も殺されないと、そんな当たり前の事に気づく事はできないほどのお人好しなのが、我々日本人なんだなって思うわけです。(2015年7月15~16日)

 民主党って見苦しい。反対するにもやり方ってモンがあるだろうに。プラカードを掲げて、劇場型のパフォーマンス(散々、小泉政権の時代に難癖つけてた“劇場型”ですね)をやって、その後はプラカードを床に放り出したまま、ご帰宅。ガキか! おまけに、自分たちが政権を握っていた時には、集団的自衛権の行使を主張していたのに、野党になった途端に反対にまわるとは…節操もなければ見識もない政党だな。反対のための反対をやっているようじゃあ、旧社会党と変わらないじゃん。ほんと、民主党って見苦しい。(2015年7月16~25日)

 TBS系で放送されている『表参道高校合唱部!』というテレビドラマを見ています。目指しているのは(ってか、パクろうとしているのは)米ドラマの『Glee』だというのは、よく分かるんだけれど、だったらもっとドラマ部分を減らして歌って欲しいと思います。『表参道高校合唱部!』は1時間のドラマの中で、主人公たちが歌うのは、たった1曲だけだよ。本家の『Glee』は1時間のドラマの中で、平均5曲は歌うよ。本家並とは言わないまでも、せめて1時間のドラマの中で3曲は歌った欲しいと思うよ。とにかく、ドラマ部分は要りません、だってそんなに面白く無い(ってか、脚本が趣味に合わなくて…見ていて不快になります)けど、歌は絶品なんです。歌だけ歌ってくれればいいのに…。なんか、残念です。(2015年7月25~29日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2015年7月30日 (木)

フルートの音色に材質が与える影響について考えてみた

 まず最初に業務連絡です。私、本日よりしばらく旅に出ます(笑)。ブログ記事は毎日アップされますし、皆さん方からのコメントもチェックをします(ので、オイタをしたら、即、削除しちゃうよ:笑)が、旅先なのでレスは付けられません。と言うわけで、「すとんさん、コメントの返事が遅いなあ…」と思われるでしょうが、必ずお返事はいたしますので、コメントよろしく&コメントのお返事はしばらく待っていてくださいな。

 では、本日の記事に入ります。

 フルートは管内の空気が振動して発音する楽器です。つまり、鳴っているのは管内の空気であって、管体は特に関係ありませんし、管体の素材なんて、なんだって良いはずなんです。理屈の上ではね。

 でも、フルート吹きなら誰でも感じるように、フルートって、素材ごとに音の違いがあるわけです。でも、悲しいかな、その違いは、演奏者には感じられても、観客には全く感じられない程度の違いなんです。

 これはどうした事でしょうか?

 答えは、やはり原理原則の通り、フルートは管内の空気が振動し発音する楽器であるため、管体の違いが音に与える影響はごく少しであって、その影響力は、奏者には感じられるけれど、観客には感じられない程度の違い…って事で、こんな答えじゃ何の解決にもなりませんね(笑)。

 つまり、管体の違いは“無視できるほどの小さな違い”しかないって事なんです。でも、その“無視できるほどのちいさな違い”にこだわるのが演奏者ってモノなんですよ。

 では“無視できるほどに小さな違いなのに、演奏者がついついこだわってしまう違い”って、なんでしょうね?

 その小さな違いを生み出すモノことが、フルートの管体の違いにあると、私は思います。それも素材の違いって奴です。

 フルートって、金属管と木管では、音が微妙に違うでしょ? また同じ金属管でも金属チューブから作ったフルートと、巻き管では、さらに微妙な違いがあります。あれってなぜでしょうね。

 おそらく、管壁の滑らかさの違いじゃないかなって思います。管壁が滑らかなほど、管内で乱気流の発生が抑えられるわけですから。

 いくら丁寧に削って磨いても、木管の管壁は金属管と比べれば、それほど滑らかにはなりません。また、機械で金属を伸ばして作った金属チューブの管壁と、金属板を手作業で丸めて管にした巻き管でも、やはり管壁の滑らかさが違ってくると思います。この微妙な管壁の滑らかさの違いが、管内での乱気流の発生する程度や頻度に影響を与えて、管内の空気を振動に微妙な影響を与えて、フルートの音色に微細な違いを与えるんだろうと思います。

 これは総銀フルートが錆びて、硫化銀が発生して、管内が黒くなると「音か変わった」という印象が生じるのと、おそらく同じ仕組みであって、硫化銀が管壁にコーティングされる事で、管壁の滑らかさが変わるからだと思います。

 でも管壁の滑らかさの違いなんて、ほんと、微々たる違いだよね。そんなに、演奏者にしか分からない、つーの(笑)。

 もう一つ、フルートの素材がフルートの音色に微妙な影響を与える原因があります。それは材質の比重です。

 フルートはカタチが決まっています。ですから、比重の重い材質で作られたフルートは、総重量が重くなります。楽器自体の重さって、実はとても大切な要素なんですね。

 これはオーディオの世界ではよく言われるのですが、発音体(オーディオならスピーカー、フルートなら楽器自身)の重量が重ければ重いほど、自分自身が振動しずらくなり、その結果として、発音した音がより良い音で遠くまで飛んで行く…って言うんです。ですから、オーディオの世界では、スピーカーは重ければ重いほど良いわけだし、軽いスピーカーを使用するなら、スピーカーの振動を抑えるために、スピーカーの上に重石を載せたり、スピーカーが振動しないように、周囲から押さえつけちゃったりするわけです。

 つまり、比重の違い(ってか質量の違いか?)で、伝達できる音のエネルギー量が違ってくるので、比重の重い材質で作ったフルートの方が、良い音色で遠くまで音が飛ばせるって事になります。身近な例で例えて言えば、フニャフニャの床と硬い床では硬い床の方が高く跳ねることができるし、その硬い床も、単純に硬い床と、バネのようにしなりながら硬い床では、しなりながら硬い床の方がより高く跳ねることができますって具合です。

 音は振動ですから、フルートの材質がその振動のエネルギーに負けてしまうと、音に影響してしまうと思います。軽い材質と重い材質では、やはり振動のエネルギーにどれだけ耐えられるか…の違いがあるんだと思います。

 同じ事は、比重だけの問題ではなく、同じ材質でも、厚管薄管の違いにも通じると思います。

 楽器素材の材質の比重/質量の違いは、色々な場所で色々な楽器を吹いてきた演奏なら、その違いも分かるのだろうけれど、特定の機会に特定の場所で特定の奏者の演奏を聞いている観客にとっては、その違いなんて、演奏者の個性の一部でしかないんだよね。つまり、そういう事。

 と言うわけで、フルートでも、材質の違いが(観客には分からない程度に)音に微妙な影響を与えているわけで、ですから、頭部管と管体でバランスの取れた音が欲しいなら、同一素材がいいだろうし、管体をきっちり鳴らしたいなら、頭部管の方が強くてもいいんだと思います。でも、あまりに頭部管と管体が違いすぎると、うまくいかないのかなって思います。

 でもね、やっぱりね、フルートの音色に影響を与える要素として、管体の素材の違いを考えるよりも、頭部管のカットの違いに着目した方が良いかなって、実は思ってます。だって、フルートって、頭部管のカットの違いで、面白いように音が変わるし、だから頭部管だけをコレクションする人がいるわけだしね。

 フルートの材質にこだわるよりも、頭部管のカットにこだわった方が、フルートの音色により効果が表れやすいと思います。それでも、その違いが観客に分かるかと言うと…やっぱり微妙かも。

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2015年7月29日 (水)

インナーマッスルを鍛えましょう

 さて、声楽のレッスンの続きです

 まず最初は、ローザ作曲「Star vicino/側にいること」です。この曲は、普通に“歌”ではなく、発声練習用のエチュードとして歌ってます。ですから、表現はまず横において、ゆっくりしたテンポで、確実に腹筋を使いながら歌ってみました。私の腹筋の弱さが目立ってしまいます(ってか、そんなに腹筋弱かったけ?)。

 先生、うーんと唸って、色々と考えます。で、私に両腕を高く上げさせて、かかとはしっかりと地面につけさせて、カラダのアウターマッスルを色々と伸ばした状態で歌わせました。

 実は筋肉には大きく二種類あって、カラダを動かすために使われるアウターマッスルと、カラダを保持するために使われるインナーマッスルとがあります。いわゆる筋トレで主に鍛えられるのは、アウターマッスルです。このアウターマッスルというのは、カラダの外側にある筋肉です。一方、カラダの深い所にあって、見える場所には無いのがインナーマッスルです。カラダの保持のために使われる筋肉で、一見、筋肉など無さそうなダンサーやバレリーナが超人的な動きができるのは、インナーマッスルが発達しているからです。発声で主に使うのはインナーマッスルですから、歌手は、ダンサーやバレリーナ同様、インナーマッスルで運動するタイプの人と言えます。

 いやあ、それにしてもカラダを伸ばしたまま歌うのって、難しい…と言うか、きちんと歌えません。その状態で、腹筋を入れて歌おうとしても、腹筋、動きません。

 結論。私はインナーマッスルを使わずに、アウターマッスルを使って歌っていた事が判明。つまり『腹筋で声を支える』という動作一つとっても、先生はインナーマッスルとしての腹筋を想定してレッスンをしていたにも関わらず、私はアウターマッスルとしての腹筋を駆使して歌っていたわけです。

 私は若い時に熱心に柔道を学び、格闘家として徹底的にカラダを鍛えたので、常人の数倍の強いアウターマッスルを持っています(orいました?)。でも、アウターマッスルが強い分、インナーマッスルはサボっているみたいで、色々と弱いんです。

 検証の結果、私はアウターマッスルが伸びきっている状態(アウターマッスルが使えない状態)では、歌も満足に歌えないって事が分かりました。いやはや、なんとも。

 とにかく、インナーマッスルで歌いましょう。そのためには、インナーマッスルを鍛えましょう…という事になりました。

 インナーマッスルを鍛える…キング先生にも散々言われました。で、キング先生からも腹筋を鍛えるために腹筋運動をしなさいと言われて、今でも細々とやっているのです。で、それをY先生に伝えた所、教わったそのやり方ではダメだと言われました。キング先生のやり方では、アウターマッスルばかりが鍛えられて、ちっともインナーマッスルが鍛えられないのだそうです(だから私はアウターマッスルを伸ばしちゃうと歌えなくなるんだな、納得))。と言うわけで、改めてインナーマッスルを鍛えるトレーニング方法を妻と二人で習いました。

 と言っても、実にやり方は簡単で、息を吸ったら、両腕を水平に持ち上げて、秒針を見ながら、声に出して、一秒ずつカウントしていくだけです。これだけ。これだけで、歌に必要なインナーマッスルが鍛えられます。結局、歌…と言うか、呼吸に必要な筋肉は、呼吸で鍛えるしかないんですね。

 最初は、どこまでカウントできるか試しました。かなり頑張りましたが、25秒でダウンしました。一緒にやってくださった先生は50秒まで行きました。今は25秒だけれど、やっているうちに秒数はどんど増えていくそうです。これを毎日5セットずつやりましょうって言われました。

 なので、今までやっていた、キング先生に教えていただいた腹筋運動は止めて、これからは、こっちの練習をする事にしましょう。とにかく、インナーマッスルを鍛えないとね。

 それと、すべてppで歌う…という練習もやってみました。これもインナーマッスルを鍛えるには、良い方法なんです。だって、勢いとかパワーとか、アウターマッスルを使って行う事が禁じ手になるわけで、すべてをppで歌うなんて…えらく難しい事でした。

 さて、次の曲です。ベッリーニ作曲の「Vanne, o rosa fortunata/お行き、幸せなバラよ」です。この曲は音域も広くて、なかなか難しいです。

 この曲に限らないのだけれど、高い音は低い音の音色で、低い音は高い音の音色で、すべての音が中央に集まって音色的に均質な声に聞こえるように歌わないといけません。それを高い音を高く、低い音は低い音色で歌ってしまうと、歌うのは楽だけれど、歌にまとまりがなくなると同時に、ノドに多大な負担がかかる事になるし、音域的にも狭くなってしまうのだそうです。そのために、高い音ではノドをグッと広げ、低い音では息をしっかりと口蓋に這わせて歌うわけです。文字で書けば大したことなく思えますが、実際にやってみると、実に難しいです。

 イメージとしては、五線上の音符の動きと対照的に意識を持っていくと良いみたいです。音符が上に上がっていくなら、気持ちは下に下げて、音が下がってくれば、上へ上へという気持ちで歌うわけです。

 私は、低い音を高い意識で歌うのは、比較的楽にできますので、高い音を低い意識で歌う事に励みましょう。高い音をなるべく太い声で歌うわけですが…これってかなりの勇気が必要なんですよ。

 次回から、クラシックコンサートの準備に入るわけですが、今やっている2曲は、どちらも仕上がりませんでした。いや、「Star vicino/側にいること」はエチュードとして歌っているので、仕上がる仕上がらないはないのですが、「Vanne, o rosa fortunata/お行き、幸せなバラよ」が仕上がらなかったのが残念です。すべて私の力不足なんですが、次回以降も継続して歌うわけで、次回からは、トスティの英語詩2曲と二重唱も入ってくるわけで…ほんと、忙しいレッスンになりそうです。

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2015年7月28日 (火)

発声練習では…やる事が多くて、グエーとなってしまいます

 声楽のレッスンに行ってきました。

 お教室…と言うか、先生のお宅に着いて、玄関のベルを押したのだけれど、いつものような先生の返事がありませんでした。「あれ?」と思って、もう一度押してみたけれど、反応なし。仮に先生が不在だとしても、家の人が出てくるはずだけれど、それも無し。その後も数回ベルを押したけれど、反応なし。(いつもと違う曜日だったので)レッスン日を間違えてしまったかも…と思って、先生に直接電話をかけたけれど反応なし。

 不安…です。ダメもとで、もう一度ベルを鳴らして、それで反応がなければ帰宅しようと思って、最後のベルを鳴らしたら…やっと先生の反応がありました。なんでも、インターフォンを持ち歩かずに家の奥で別仕事に集中していたので、我々の来訪に気付かなかったそうです。

 …まあ、いいか。

 さて、レッスンです。まずは秋のクラシックコンサートの準備報告から。前回のレッスンで曲決めをしたわけだけれど、それらの曲の伴奏をピアニストさん(昨年と同じ人)に依頼し快諾してもらいました。エントリーをコンサートの事務局に申し込んで手続き完了。後はリハーサルの日時の申し込み&確認を後日して、本番を迎えるだけ。そろそろクラシックコンサートが視界に入ってきました。さあ、頑張るぞ。

 いつものように発声練習からレッスンは始まります。今回も前回同様、腹筋で音程を作って歌う練習がメインでした。とにかく、ノドで音程は作らないようにします。そのためにも、ノドは常に開きっぱなしです。ノドを開いたまま歌うわけですから、発声の際に、ノドの助けは期待できませんから、その分、かなりの腹圧が必要となります。結構、ツライです。

 さらに(レッスンですから、ことさらに)音程が上がる時に、腹筋がグイと入る音を(わざわざ)させて歌います。極端なやり方ですが、極端にできない人間には、控えめにもできないので、頑張るわけです。

 先生がおっしゃるには「ノドではなく腹筋で歌う方が絶対に楽だし、音域も広がります」 やり方がマズイせいか、腹筋で歌う方がツライし、音域も狭くなりがちです。まあ、それだけ私の発声が、まだまだノド声って事ですね。

 ノドを開きっぱなしにしていると、ノドに力が入らないのでノド声にはなりません。逆に言うなら、ノドに力が入ってくると、ノドがドンドン閉じていくわけです。理想は、高音に行くに従って、ノドがより大きく開いていくのが良いのだそうです。でも、私の現状は、音が高くなるに従って、ノドがどんどん狭まっていき、ノド声になっていくわけです。ノドが狭まっていけば、声が浅くなってくるので、まずは声が浅くならないように気をつけて歌うことが肝心です。

 ですから、大切なのは、声に深みを与える事と、そのためにノドを開く事です。ノドを開く、一番お手軽な方法は、舌根を下げる事です。

 で、舌根を下げて、ノドを開いて歌えば、確かに声に深みは出ますが、その際に息をどう通すかも大切になります。比較的低い位置で(舌に沿って)声を出すと、それはバリトンの声になります。テノールは、比較的高い位置で(鼻腔に息を入れて)声を出さないといけません。でも、舌根を下げることばかりに意識が行っていると、どうしても息は低い位置を通りがちになってしまいます。それはバリトンならOKですが、テノールではアウトなわけです。ああ、苦労しています。

 と言うわけで、鼻に息を入れる練習をしました。でも、この練習って、なんとなく罪悪感を感じるんですよね。と言うのも、キング先生のところでは、散々“鼻に息を入れない”練習をしたんですよ。鼻に息をいれない事、これがキング先生のところでは『基本の基』だったんですよ。その『基本の基』を自ら破るわけです。先生が変わったんだから当然と言えば当然なんだけれど、かつての禁忌を犯すというのは、ほんと、心が痛いです。気持ち悪いんです。

 今回も発声練習で高音にチャレンジをしましたが、先生の観察では、私は高いGまでは問題なく使えているそうだけれど、G#になると、途端にノドが狭くなってしまうのだそうです。つまり、G#の発声にはノドの力をかなり使っている…って事です。ですから、ノド声を止めるためは、G#になってもノドを閉じないようにする事が大切なんだそうだけれど、別に楽譜を見て歌っているわけじゃないので、いつG#になったかは、歌っている私には分からず、いわば無意識でカラダが反応している状態なんです。あたかも“G#の壁”でもあるかのように…。頑張らないといけませんね。

 今回はさらに、クチビルの練習もしました。母音の“ア”と“オ”の切り替えをクチビルだけで行う練習です。“ア”と“オ”の切り替えをひととおりやったところで、次は“ア”と“エ”の切り替えも行いました。その他の母音については、まだ後日です。母音に関して言えば、ノドを下げたまま、すべての母音が発音できるようになる事が大切ですが、これも後日の課題ですね。

 たかが発声練習ですが、ほんと、課題が多くて、グエーってなっちゃいます。

 今回の雑談。私はトスティの英語詩による歌曲で、クラシックコンサートに参加するわけなんだけれど、どうしてイタリア人であるトスティが英語詩なんかに曲を付けたのか…という話になりました。

 結論はとても簡単で、トスティってイタリア人なんだけれど、実は人生のほぼ半分をイギリスで過ごしているんだよね。特に、働き盛りの頃は、イギリスに住んでいて、今、我々が知っている歌曲も、その大半は彼がイギリスにいた時に、出版社(イタリアのリコルディ社)との契約で書かれたものなんだよね。

 トスティは、現在は作曲家として有名だけれど、彼は元々は売れないテノール歌手であり、当時の彼の本業は、むしろ声楽教師なんだよね。教師としての腕前はなかなかだったようで、彼は30歳頃にイタリア王室付きの声楽教師になり、30代半ばでイギリスに渡ってイギリス王室付きの声楽教師になってます。で、60歳でイギリス国民(イタリア系イギリス人って奴だね)となり、3年後に準男爵となっております。つまり、最後の最後で、イギリス貴族の末席に加わったわけです。

 もちろん、当時のヨーロッパ人の常として、一箇所に定住せず、ヨーロッパ中をあっちこっち移動しては仕事をしていたようだけれど、イギリスが彼の本拠地の一つであった事は間違いがなく、そりゃあ英語詩による歌曲も、相当数あって、不思議じゃないわけです。

 なので、トスティをイタリアの代表的な作曲家として扱うのは、どうかなって私は思ってます。むしろヘンデルのような“移民系イギリス作曲家”として扱うべきなんじゃないかなって思ってます。

 まあ、トスティは、クラシック音楽の世界では、小さな作曲家ですから、まだまだ彼に関する研究も不十分だし、色々と誤解や理解不足があっても仕方ないと思います。一般的なクラヲタにトスティの事を尋ねても「トスティ? なに? それ? 美味しいの?」状態ですからね。

 でも、私はトスティ、大好きだよ。

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2015年7月27日 (月)

Blu-rayって本当に必要なの?

 まず、Blu-rayとDVDを含めた、映像ディスクと呼ばれるモノの市場が年々縮小化しているという前提があります。つまり、いわゆるネット配信であるとか、多チャンネル化の激しいテレビとか、YouTubeなどの無料映像配信サービス(への違法アップロード)とかに喰われているという事になります。まあ、時代の流れとして「映像を入手するのに、今更ディスク購入でもないでしょ?」ってことになるのかもしれませんが、それでもディスク全廃にはなかなかならないと思います。いくら音楽のネット配信が盛んになってきたからと言って、そう簡単にCDがなくならないように…ね。もっとも、握手券をつけなきゃ売れなくなるほど、今のCDは商売的には厳しいし、実際に映像ディスクの方だって、ファン感謝イベント券などをつけて販売しているわけだから、同じようなものか!

 問題は、音源はCDという一つのメディアしかないのに、映像の方はBlu-rayとDVDの2つのメディアがあるって事です。まるでビデオ黎明期のVHSとBetaみたいな感じです。メーカーの生産コストを考えると、2方式のまま併売するのではなく、一つの方式にまとめるべきだろうなあって思うわけです。

 「だったら、古い規格であるDVDを止めて、新しい規格のBlu-rayに統一すればいいじゃん」

 話はそんなに簡単じゃないんですよ。と言うのも、Blu-rayって、あんまり売れてないんだそうです。

 確かに世の中の流れとして、少しずつDVDの売れ行きが下がり、Blu-rayの売れ行きが上がっているのは事実です。ですが、やがてはBlu-rayの売れ行きがDVDの売れ行きを越え、Blu-rayに統一されるのは時間の問題…とは、簡単には言えないのです。と言うのは、Blu-rayの売れ行きの上がり方よりも、DVDの売れ行きの下がり方の方が圧倒的に大きくて、映像ディスク全体としては、売れ行きがダダ下がりなんです。

 つまり、Blu-rayがDVDを凌駕する前に、Blu-rayとDVDを含めた映像ディスクそのものが売れなくなる…という未来予想図が、もうすぐそこまでやってきているって、わけです。

 それぐらいに切羽詰まった状況なのに、いまだにBlu-rayとDVDの2方式併売を続けているなんて、映像ディスク商売の寿命を自ら縮めているだけじゃないの?って話になってくると思うんです。

 実際、Blu-rayは売れていないそうです。映像ディスクの販売量全体の1/3がBlu-rayで、残りの2/3がDVDだそうです。

 「Blu-rayって、全体の1/3も売れているんだ。だったら、もう少し我慢すれば…」

 問題は売れているジャンルの問題かもしれません。実はBlu-rayが売れているのは、アニメだけなんです。アニメBlu-rayは、DVDの倍近い売上があります。でも、その他のジャンルは、もう圧倒的にDVDなんですよ。アニメの次にBlu-rayを売っているのが洋画なんだけれど、その洋画だって、DVDの方がBlu-rayの倍程度売れているわけです。ちなみに、Blu-rayの売上の半分程度はアニメなんだそうです。だったら、

 アニメはBlu-ray、その他はDVD……でいいんじゃないの?

 だってね、同じ作品を購入するのに、DVDではなく、わざわざBlu-rayを購入する理由ってのは、私には分からないもの。

 Blu-rayって、DVDと較べて、高いんだよ。だいたい、同じ内容なのに、Blu-rayの方が2000円か、もう少し高価なんだよね。「Blu-rayの方が画質が良いんだよ」という人もいるけれど、少なくとも私には、Blu-rayとDVDの画質の違いなんて、全然分からないし、それ以前に、画質の違いに全然こだわり無いし(笑)。

 「すとんさん、Blu-rayを持っていないから、そんな事を言うんだよ」

 いえいえ、一応Blu-ray持ってます。実は映画版の「オペラ座の怪人」のBlu-rayを持っています。元々DVDで持っていたんだけれど、DVDは日本語吹き替えなしで、Blu-rayは、以前テレビ放送の際に使用した、劇団四季の台本による同劇団歌手たちによる日本語吹き替えが新しく挿入されたので、その吹き替えを目当てに改めて購入したわけです。なので「オペラ座の怪人」に関しては、DVDとBlu-rayの両方を持っているわけです。

 日本語の吹き替えは面白かったですよ。だいたい、私は、映画は字幕ではなく吹き替えで見るタイプの人なので、たとえミュージカルであっても、吹き替え版がある方がうれしい人なんです(アナ雪だって、字幕じゃなくて吹き替えで楽しむ人だもん)。それに「オペラ座の怪人」の字幕って、間違いが多くて、とても読めたものじゃないしね。だったら、劇団四季の台本で上演してくれた方が、何倍もマシってもんです。

 でもね、オペラ座の怪人のBlu-rayを見て、つくづく思ったんです。「Blu-rayの方が画質がキレイって言うけど…実のところ、ほとんど同じレベルで、違いがよく分かんない」「再生中に、プレイヤーが止まってしまうので、鑑賞する時間に気をつけないといけない」

 そうなんですよ、我が家では視聴途中でBlu-rayが見れなくなってしまう事があるんです。

 実はウチは、ケーブルテレビの契約をしていて、テレビにせよ、ディスクにせよ、HD録画にせよ、ケーブルテレビ会社から借り受けたセットボックスという機械を使用しているんです。このセットボックスはケーブルテレビ会社からのレンタルなので、自分で自由に機械を選べるわけじゃないんです。で、我が家にあるセットボックスでは、DVDを再生しながら、HD録画は可能なんですが、Blu-rayを再生しながらのHD録画はできない仕様なんです。ですから、HDの予約録画を入れていると、録画が始まった途端に、Blu-rayの再生が打ち切られてしまうのです。つまり「Blu-ray、使えねー」なんです。

 ですから、DVDと内容が同じで、画質や音質もほぼ同じで、高価で、視聴時間に制限のあるBlu-rayを、わざわざ購入するなんて、よっぽどの事が無い限り、私には出来ないのです。

 でもね、世の中には、DVDでしか販売されていないソフトもあれば、Blu-rayでしか販売されていないソフトもあるんです。DVD派の私にとっては、Blu-rayでしか販売されていないソフトが購入できない悔しさがあったりするわけなんですね。悔しさはあるけれど、でもそこで頑張ってBlu-rayの購入は…しないんです。だってBlu-rayって不便なんだもん。もしも、その画像がDVDで販売されたら、購入していたかもしれないけれど、Blu-rayで販売されているので購入しないで諦めちゃうわけです。

 これってメーカーさん的には、良くない事じゃないの? おそらく生産コストを考慮して、DVDとBlu-rayの両方での生産を諦めて、片方だけに絞ったんだろうけれど、その結果、お客を逃しているんじゃダメだよね。

 もう、こうなったら、業界的に『アニメはBlu-ray、その他はDVD』って棲み分けを始めちゃったらいかがかしら? 先細り必死の業界なんですか、稼げる今のうち、徹底的に稼いで、次の商売の軍資金を貯めなきゃだめなんだから、無駄な生産コストをかけたり、ビジネスチャンスを逃していちゃだめでしょ?

 アニメ以外で、Blu-rayって本当に必要なの?

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2015年7月26日 (日)

「2015年上半期 赤ちゃん名づけトレンド」が発表されました

 “赤ちゃん名づけ”というサイトで、「2015年上半期 赤ちゃん名づけトレンド」が発表されました。今年上半期で流行った今どきの赤ちゃんの名前はどんなものでしょうか!

 …と言うわけで、チェックしたらビックリっす。ほぼ、読めない(涙)。ちなみに1位から10位までは、こんな感じ。

1位:心桜
2位:陽翔
3位:心愛凜
4位:碧
5位:杏柚
6位:惺梛
7位:蒼音
8位:葵
9位:大翔
10位:湊斗

 皆さん、読めますか? 私はほとんど読めません。読めません…と諦めてはいけないので、試しに頑張って読んでみました。

 心桜ちゃんは“さくら”ちゃん?
 陽翔くんは“ひなと”くん?
 心愛凜ちゃんは“こあり”ちゃん?
 碧ちゃんは“みどり”ちゃんかな?
 杏柚は“あゆちゃん”でいいのかな?」
 惺梛くんは“せいな”くん?
 蒼音くんは“そうと”くん…ですか!」
 葵ちゃんは“あおい”ちゃん?
 大翔くんは“だいと”くん?
 湊斗くんは“みなと”くんでしょうか?

 さっそく、答え合わせです。

 心桜…こころ・こはる・ここあ・ここな・ここみ・さくら・しお・しおり・しおん・みくら・みさ・みさき・みゆ・みら・りお・みお

 陽翔…はると・ひなた・ひかる・ひなと・ひゅうが・ひろと・ゆうと

 心愛凜…しえり

 碧…あおい・ああす・しおん・ひかる・みどり・あくあまりん・あずる・まりん・るい

 杏柚…あゆ

 惺梛…せな

 蒼音…あおと・あおね・あおい

 葵…あおい・そら・あかね・ひまり・ひまわり・めろん

 大翔…だいと・ひろと・やまと・はると・おおか・おおが・かける・しょう・そら・たいが・だいき・たいせい・つばさ・とわ・ぱける

 湊斗…みなと・あると

 ううむ、7勝3敗というか、1勝3敗6分というべきか? いくら読めたと言っても、心桜ちゃんを「“さくら”ちゃんですか?」と読んでも「いいえ、この子の名前は“こころ”ちゃんです」って言われたらハズレだもんなあ。人名、難しい。

 しかし、こんな難読ネームが今年上半期の流行りだったんだ。大人になって、絶対に苦労しそうだなあ。10位以内の名前で、私がOKだと思うのは、8位の葵ちゃんだね。でも、この名前も、できればかな書きの方が望ましいと思うよ。あと、4位の碧ちゃんはぎりぎりセーフって感じ。でも、碧ちゃんは、名前で苦労しそうだな。その他のお名前は…はっきり言って、色々と厳しいと思うよ。まず、読めないもの。

 名前って、社会生活を送る上で、その人と他人とを区別して識別するための記号なんだよ。記号だから、読みやすくて、書きやすくて、分かりやすくて、他の個体と容易に区別がつく事が大切なんだよ。難読ネームは、他の個体との区別のつきやすさは抜群だけれど、全然読みやすくもなければ、書きやすくもないし、分かりやすくも全く無い。記号としては、かなりダメなんだよね。

 「うちの子の名前は、記号じゃありません!」

 そう、記号じゃないから、意味を考えたり、願いを込めたりするわけだ。それについては、そのとおり。全くの正論だと思うし、確かに、名前は単なる記号じゃないです。でも名前って、社会に出れば、個体識別のための記号として使われるのも事実です。そこんところもまで配慮してあげるのが、親の愛ってもんじゃないかって、おじさんは思うわけです。

 ちなみに、11位以下はこんな感じです。

11位 颯
12位 結愛
13位 陽菜
14位 椛
15位 春陽
16位 蒼大
17位 楓
18位 栞菜
19位 颯太
20位 悠

 10位以内のお名前と比べると、だいぶ読める名前が増えてきましたが、それでも難読ネームにはかわりがありません。やはり今は、難読ネームが流行りなんでしょうね。

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2015年7月25日 (土)

タニシが123匹(笑)

 先日の話ですが、昨年同様に、我が家の水槽のタニシがほぼ全滅いたしました。正確に言えば、あれだけたくさんいたタニシですが、金魚たちに食べつくされて、今や残り3匹となってしまいました。残り3匹ですから、一週間と経たずに完全に全滅してしまうでしょう。タニシは、金魚たちの生き餌として水槽にいれてあるので、食べてしまうのは、別にいいのです。水槽の中とは言え、弱肉強食は世の常ですからね。問題は、タニシが全滅して、石巻貝(金魚はタニシは食べますが、石巻貝は食べません)だけになってしまうと、水槽内のお掃除係としは、かなりの手不足になってしまい、実際、藻の活動が目立ってしまうのです。

 と言うわけで、今年も知り合いの農家さんの田んぼからタニシをいただいてきました。“いただく”と言っても「タニシ、欲しいんですけれど…」「いいよ、持ってきな」と言われるだけで、私みずからが田んぼに入って、タニシを採取してくるわけです。

 ですので、今年も泥まみれになってタニシをいただいてきたわけです。

 知り合いの田んぼには、この時期になると、毎年、たくさんタニシがいるのですが、今年は目立って少なかったのです。いやあ、ほんと、少ない。今年も昨年同様、タニシ120匹を目標にしていたのですが、昨年の倍以上も時間がかかってしまいました。それくらい、タニシの生存密度が低かったんですよ。

 たぶん、暑いからじゃないかって思いました。水温がタニシの成育にはあまり適さないので、数が増えていないんじゃないかって思いました。いや、実際、田んぼの水温が例年よりも若干高かったですよ。

 で、タニシは少なかったのですが、代わりにたくさんいたのが、カエル。いわゆる“アマガエル”って奴でしょうか? 親指の爪ほどの大きさの、小さくて緑色のカエルがやたらとたくさんいました。このカエルたちがやたらと私に取り付いて、私、もう少しでカエル男になってしまうほどでした。それくらいにカエルたちに愛されちゃいました。

 もちろん、それだけカエルがたくさんいるわけですから、おたまじゃくしもたくさんいました。そりゃあもう、ウジャウジャ。今年の夏は、タニシよりもおたまじゃくしに適しているようです。

 あと、おたまじゃくし以外にもたくさんの生き物がいました。ドジョウとメダカもたくさんいました。こいつらは行動する速度が速いので、なかなか肉眼では捉えられないのですが、確実にいました。肉眼で見つけると、ちょっぴりビビるのがヤゴですね。あいつらの外見はエイリアンのようで、ちょっぴり不気味です。数はそんなに多くないですが、各種ヌマエビもいました。あと、小さなショウリョウバッタもいましたよ。

 いつもは、タニシだけをささっと採取して、サクっと帰っちゃうので、他の生物には気もとめなかったのですが、今年はタニシがなかなか見つからなかったこともあって、じっくり田んぼを観察しちゃったわけです。

 田んぼって、案外、たくさんの生き物がいるんですね。

 とりあえず、今年は123匹のタニシを我が家に迎えました。おそらく、いつものペースなら、これで1年はもつはずです(笑)。

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2015年7月24日 (金)

別荘が欲しい…

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今回は、わりと練習をしたかな?って感じでレッスンに臨みました。

 最初のロングトーン練習はバッチリ。しびれるほどに疲労困憊でしたが、前回注意されたこともあって、きちんと「今、どこを吹いているか」に集中して吹きました。音に注意して吹くと、音程も自然とバッチリになります。ただ、音色の方はどうだったかな? 音を一つ一つ置いていく感じで吹いてしまったので、たぶん音色的には大したことはなかったかなって思います。…それじゃあダメじゃん(笑)。本来、ロングトーン練習って、音色をを磨くためにやる練習なのにね、反省。

 エルステ・ユーブンゲンの10番はバッチリのはずだったのに、いやあ、ちょびっとちょびっと間違えちゃいました…ってか、落ちました。演奏している最中に集中力が途切れた途端に「ここはどこ? 私は誰?」状態になって落ちます。いやあ、疲れていると集中力が途切れますね…ってか、睡魔との戦いは厳しいね。

 「もう少しだね」と言われて、不合格でした。で、10番を終えたところで、楽譜を閉じて、フルートを片付けて(なぜか)帰り支度を始めた私です。先生、慌てて「次の曲でしょ?」と言われて、我にかえる私。一体、何故あの時、帰り支度をしていたのが、全く分かりません。

 慌てて、楽譜を広げて、フルートを組み立て直す私。エルステ・ユーブンゲンの11番をがっつり楽譜をガン見しながら吹きました。スタッカートをもっときちんとやりなさいと注意を受けました。うむ、タンギングが下手だな、私。

 プチ・エチュードは11番の私でした。ええ、こちらも結構たっぷりと練習してきましたよ。ザザっと吹いて、先生から「リズムが良くなりましたね。ただ…音の間違いはどうにかならないかね」 そうなんです。一生懸命練習してきましたから、前回グダグダだったリズムは、きっちりと帳尻合わせをしてきましたが…いやあ、眠くて眠くて、フルート吹きながら寝落ちしてしまいそうで…そりゃあ、音も間違えるって。

 ああ、悔しいなあ。元気いっぱいだったら、エルステ・ユーブンゲンだって、プチ・エチュードだって、間違えることなく、ビビンと合格していたはずなのに…。サラリーマンはつらいのです。仕事帰りにレッスン行ってますので、そりゃあヘトヘトのグダグダです。

 必ず、レッスンの最後には、先生とデュエットをするんですが、その時、先生の演奏速度が容赦なくて、ちょっとつらいです。ほんと、ジェットコースターに無理やり乗せられたような気分で、ブンブン吹くんですもの。もう、私、涙目よ。

 先生から「この曲はブリチアルディキーを使って吹くんですよ」と注意されました。でもね、先生。楽譜にはしっかりと「ブリチアルディキーは使わずに、正規の運指で演奏する事」ってフランス語で書かれているじゃん。私、フランス語はほとんど分からないけれど、でも、それくらいの事は、さすがに分かるよ。

 先生曰く「だから~、楽譜を校閲したメリって人は、ただの学者であって、フルートは素人なんだから、楽譜の注意書きなんて無視しなきゃダメでしょ」と来たもんだ。まあ、先生、メリさんの校閲はかなり気に入らないことが多くて、ブレスの位置も、スラーの場所も、バシバシ変えてしまいますからね。でも、この曲、BとHが両方共たくさん使われているので、ブリチアルディキーを使っても吹きづらく、正規の運指でも面倒くさくて、困っちゃうタイプのエチュードなんですよ。で、楽譜には「ブリチアルディーは使うなよ」と書かれていれば「そうか、正規運指の練習をするエチュードなんだな」って思うじゃないです。

 まあ、いいです。せっかく、正規運指で曲全体の指を覚えたところですが、またブリチアルディキーを使った指で覚え直してきます(涙)。

 今回の雑談は「別荘買うなら、どこを買う」って話をしました。もちろん、二人ともファーストチョイスは熱海なんだけれど(熱海ラブです)、今回はセカンドチョイスの話です。先生は、野尻湖か山中湖なんだそうです。私は…那須高原かな? 先生は海とか湖とか、とにかく水辺に別荘が欲しいんだそうです。私は…温泉かな? とにかく温泉地に別荘が欲しいです。

 別荘が欲しい…と口先だけで言っているなら、ほんと、楽しいです。でも、マジでどこ買うかという事になると、色々と悩ましいです。と言うのも、今、日本全国、たいていの別荘地は値段がダダ下がりなので、日本中、どこでも頑張れば買えない事はないのです。特にリゾートマンションなんて、ほんと、調べてみると、驚くほどのお値段で売りに出ているのですか…問題は、購入費とか家賃とかではなく、管理費って奴がバカにならないわけですよ。でも、常住しているわけでなければ、やはり管理をどなたかにお願いしないといけないわけで、それをケチるならと、自分自身で管理をする…って事は、やはり別荘ではなく、定住を考えてしまうわけだけれど、そんな地方でどうやって暮らすのかと考えると、色々と考えてしまうわけです。

 「別荘地なんて、たいてい商店街が近所にないだろ? コンビニだって車でいかないといけないし、生活用品や日々の食材はどこで手に入れるだい?」 たしかにヨソモンには、日々の生活に色々と困難が生じるようです。悩み始めるとキリがありません。

 結局、費用やら手間やらを考えると、別荘を買うよりも、ホテルに止まった方が安いって話になりました。「一回2~3万を出して月1ペースで行ったとして、年に30万だろ? 10年通っても300万円。別荘はさすがに300万では買えないよなあ。だから、お金のことだけを考えるなら、別荘よりホテルだよ。食事も付くしね」 うん、確かにそうだなあ。

 「でもさあ、ホテルだとグランドピアノは持ち込めないし、大きなオーディオセットだって無理だよな」 どうやら、先生は別荘にも、グランドピアノとオーディオセットは欲しいようです。「だから、別荘は部屋の数なんて少なくてもいいんだよ。六畳とか八畳とか、そんな部屋はいらないんだよ。せめて二十畳程度のリビングが一つあれば、ピアノとオーディオが置けるから、それでいいんだよ」という事です。別荘先でも、音楽とは離れられないわけです。

 そこへ行くと、私だったら、別荘に行ったら、ずっと寝てる(笑)。たまに起きたら、温泉に入って本を読む。近所を散歩する。テレビを見る。…私のようなスタイルなら、別荘にこだわらずに、ホテルでもいいかもしれませんなあ。

 でも、出不精なオタクとしては、別荘は自宅の延長だから楽しく過ごせるけれど、ホテルは所詮、ヨソんちだから、心が休まらないのが、玉に瑕だよね。

 結局、ホテルだ別荘だと言っているけれど、自宅の書斎が一番居心地が良いので、どこにも出かけずに、家にいるのが楽しい私でした。

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2015年7月23日 (木)

シネマ歌舞伎「春興鏡獅子」を見てきました

 …と言っても、別にいつものように「春興鏡獅子」のお話をしたいわけじゃありません(ちょっとはしますが:笑)。

 実は、先の三連休の最終日に、隣町の映画館に「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」を見に行こうと計画をたてたわけです。歌舞伎なんて(映画であれ実演であれ)なかなかに行けないし、ましてや有名な演目を狙っていくというのは難しいわけですし、先日シネマ歌舞伎で見た「京鹿子娘二人道成寺」が良かった事もあって、それで三連休のお楽しみとして「春興鏡獅子」に辿り着いたわけです。

 「春興鏡獅子」とは、いわゆる「鏡獅子」と呼ばれる、割りと有名な歌舞伎の演目です。

 で、その「春興鏡獅子」は、映画館で朝一発目に上映されるんです。一日一上演で、一週間限定なんです。まあ、そのあたりは、メトのライブビューイングの上演なんかと一緒ね。配給会社も松竹だから、そういうシステムはほぼ同じなわけで「まあ、そんなもんだよね」と思いながら、映画館に行ったと思って下さい。

 まずはその旅程(笑)から失敗がありました。実は、隣町の映画館、我が家からバスで一本なんですね。家のすぐそばにあるバス停からバスに乗って、10分少々で映画館に着きます。バス停すぐ近くだから、バスが来る直前まで家で涼んで、バスが来る頃を見計らってバス停にいけば、すぐにバスに乗れるし、バスはたいていスカスカで涼しくて目的地まで座っていけるわけです。なのに…うっかり駅まで行っちゃいました。駅まで徒歩約10分。真夏の炎天下を10分も歩くんですよ。普段はなんでもない道のりでも、この季節では汗が吹き出します。で、駅に着いて10分程度電車を待って、電車に乗れば、隣町だからすぐだけれど、まず座れることはなくて…なんかしんどい思いをして、時間を余計にかけて、映画館に行ったわけです。まあ、運賃がバスより電車のほうが若干安い事は救いですが…。

 で、全身から汗が吹き出ている状態で、映画館に着きました。映画の上演まで30分ほど余裕をもって到着しました。それなのに…すでに満席でチケットが買えないって、どーゆーこと?

 終了! なにしろ、1日に1回しか上演しないんだから、アウトですよ。なんかもう、呆れちゃいました。そこで慌ててググったところ、そこから東京に行けば、「春興鏡獅子」が見られることが分かりました。チケットも事前にネットで購入すれば確実に入手できるけれど、これから、わざわざ東京まで時間とお金をかけて、シネマ歌舞伎を見に行く? 最初っから東京で見るつもりだったら、全然平気だけれど、隣町で見るつもりだったから、余計にかかるお金と時間を、シネマ歌舞伎を見たいというモチベーションとを天秤にかけた結果…ウチに帰って、オペラのDVDを見るという結論に達しました。いやあ、連休の最終日なのに、半日つぶしてお出かけするのを避けたかったわけです。それやっちゃったら、今週のお仕事に差支えが出るって思ったわけです。

 で、ウチに帰って、1991年にコヴェント・ガーデン王立歌劇場で上演されたドホナーニ指揮による、ベートーヴェンの『フィデーリオ』を、うっかり見たわけです。いやあ、楽聖ベートーヴェンが作曲した唯一のオペラ、クソつまんねー(笑)。やっぱ、ベートーヴェンはシンフォニーに限るよな(涙)。

 で、なんか色々とむしゃくしゃした私は、翌日仕事に行って、あれこれ調整して、平日に休みを取って、リベンジを決行したわけです。

 と言うわけで、平日に映画を見に行く事にしました。ちょっとやっている事がダメ人間っぽくて、うしろめたい気持ちもありますが「有給は労働者の正当な権利だ!」と心の中で何度も唱えて出かけたわけです。

 今度はちゃんとバスに乗りましたよ。チケットも事前にネットで購入しました。上演30分前に映画館に着きましたよ。チケット売り場で「ええ~、もうチケット、売り切れなんですかー!」とビックリしているオバちゃんたちのグループに、ちょっぴり同情しながら、劇場の中に入りました。

 売り切れだけあって、空席無し。歌舞伎、すげー。メトのライブビューイングなら、どんなに混んでいても、空席はありますし、それ以外の普通の映画だって、滅多なことじゃあ、売り切れ&満席にはならないものです。それなのに空席無し。当然、私の隣にも人が座ります。シネマ歌舞伎、なめたらアカンぜよ。

 まあ、左隣りは妻だから良し。問題は右隣の赤の他人のオジイサン。すっごく体温が高い。まるでヒーターのように発熱しているんです。この人、なんでこんなに発熱しているの? 劇場内は強めの冷房が入っていて寒いくらいなのに、私、カラダの右半分だけ、汗が止まりませんでした。

 でも、満席なんだから、文句は言いません。シネマ歌舞伎見れるだけでラッキーです。

 肝心の「春興鏡獅子」ですが…十八世中村勘三郎の最後の「春興鏡獅子」とあって、悪いはずがありません。胡蝶の精を踊った、片岡千之助と中村玉太郎の二人の子役もなかなか良かったです。とにかく、途中、衣装替え(と化粧替え)のために、子役の二人の演舞を挟んで、約1時間、勘三郎が踊りまくるだけの「春興鏡獅子」。いやあ、すごかった。ネットで予告編を見つけたので貼っておきます。これこれ、私が見たのは、これなんですよ。

 「京鹿子娘二人道成寺」「春興鏡獅子」と、シネマ歌舞伎は連続して舞踊ものも見たので、次はもう少しストーリーのあるお芝居モノを見たいなあって思ってます。でも、その前に、そろそろメトのライブビューイングのアンコール上演が始まるんだよね。そっちはそっちで、楽しみ楽しみ。

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2015年7月22日 (水)

見知らぬ人の発表会に行ったら、知人が歌ってました

 私の趣味は『見知らぬ人の発表会を見に行くこと』です。別にいちいちブログに書いてませんが、実は結構頻繁に出かけてます。プロの演奏会も良いのですが、素人の発表会は、プロとは違った魅力にあふれているので、私大好きなんです。

 で、先日、いつものように“見知らぬ人の発表会”を見に出かけたと思って下さい。会場に入ると、入り口でいきなり知り合いと出会ってしまいました。最初は、私同様に、発表会を見に来ているのかと思いましたが、どうも話の辻褄が合いません。そうなんです、実は彼女は、本日の出演者だったわけです。私、ビックリして、言葉が出ませんでしたので、その場は妻に任せてしまいました。いやあ、ほんと、ビックリしたなあ。

 その知人とは、こちらのブログにも時折登場されるBEEさんでした。実はBEEさん、最近は色々とあって、今回の発表会の出演を誰にも教えなかったんだそうです。で、教えなかったはずの発表会を私が見に来たので、ビックリしちゃったわけなんだそうです。

 ほんと、単なる偶然なんですが、たぶん音楽の神様のお引き合わせなんだろうと思いました。

 発表会そのものは楽しかったです。アマチュアの方々ですから、それぞれに色々とあるわけですが、それもまた楽しです。

 肝心のBEEさんは、トリで登場されました。本人的には色々と納得のいかない事が起こったようでしたが、聞いている我々には、そんな事は微塵も感じさせない立派な歌唱でした。そうなんですよ、立派なんですよ、スゴイんですよ。

 BEEさんとは親しくさせていただいてますが、歌手としては、全然彼女の方が上。もう、それは比較にならないくらい、雲泥の違いがあるわけです。だから私から見れば、BEEさんは“上手すぎるアマチュア歌手”なんです。そんな彼女の歌を、最近は聴くチャンスがありませんでした。で、今回、たまたま久しぶりに聞いてみたら、驚いたのなんのって! 歌の上手さは以前からですが、今回の歌唱には凄みがありました。歌に+αが載っているんです。スゲーな~。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とは言いますが、女子だって同様なんですね、ほんと、スゲーです。

 なんか「ちゃんと楽譜通りに歌えるかな?」とか「高音は外さずに歌えるだろうか?」とか「歌詞、間違えないようにしないとなあ…」とか、いつもいつも本番前に悩んでいる私が、小さく思えてしまうわけです。別に勝負なんてしていないし、比較対象にすらならないのに、なんか“負けたよう感じ”に勝手になって、ちょっぴり凹んでしまいました。

 ああ、頑張んないとなあ。私は私のレベルで頑張らないとなあ。歌をきちんと歌えるようになるのは当然として、歌に+αを付け加えられる歌手になりたいものだなあ…と思いました。

 こうやって、上達へのモチベーションが与えられるのも、素人の発表会ならではですね。プロの演奏会を聞きに行っても、そんな気持ちにはならないものなあ。

 ビバ! アマチュアの発表会!

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2015年7月21日 (火)

デアゴの3号が届きました

 …ってタイトルでは、なんだか分かりませんね(笑)。ええと「デアゴスティーニから発売されている“DVD 世界のオペラ・ハウス名演コレクション”の第3号が、自宅に届きました」という内容を短く表現してみました。それも、発売日は2015年7月21日…つまり本日のはずなのに、日曜日の19日には届きました。発売日よりも早く届くとは、ちょっぴり嬉しかったです。さっそく三連休を利用してDVDを見たので、その感想も含めて、色々と報告したいと思います。

 というわけで、この記事は、こちらの記事「今、DeAGOSTINIに注目!」の続きとなります。

 まずは今回のデアゴスティーニの“DVD 世界のオペラ・ハウス名演コレクション”の件ですが、オペラ対訳プロジェク広報室さんの調べによりますと、今回のシリーズは静岡県限定の発売なんだそうです。ですから、静岡県だけでしか流通していないので、静岡県以外のリアル書店さんをいくら探しても、ブツを見つける事はできないようです。残念ですね。ネットによる直販申し込みも、一応、静岡県限定なんだそうです。あらあら。

 詳しい調査結果は、こちらの“オペラ対訳プロジェク広報室”さんの記事をご覧ください。

 確かに私が創刊号と第2号を買ったのは、熱海の石垣書店さんでした。静岡県の書店で購入したわけで、今回のデアゴスティーニの新オペラシリーズが静岡限定だというのも、なるほどです。

 とは言え、私は、皆さんご存知の通り、湘南地方在住の神奈川県民でございまして、神奈川県の自宅の住所で定期購読をネットで申し込んだところ、きちんと第3号が届きました。私は静岡県民ではありませんが、私の定期購読は許可されたようです。これはおそらく、私の親族が静岡県に住んでいますので、名誉県民として定期購読が認められたに違いありません(なわけないか:笑)。

 とりあえず、公式コメント的には静岡県民限定商品のようですし、リアル書店での購入は静岡県内の書店に限るようですが、ネットによる定期購読に関しては、静岡県内に限っているわけでは…どうもなさそうです。まあ、デアゴスティーニ的には、一応静岡県内のみ…と銘打っていても、他県の人が「欲しいです」と来れば、やはり商売ですから販売を拒否するわけにはいかない…のかなって思います。

 と言うわけで、直販サイトへのリンクを再度ここに貼っておきますので、個人の責任で是非是非お申込みくださいませ。もっとも“個人の責任”と言っても、単に、普通に申し込むだけですけれど(笑)。定期購読は途中解約も可能ですから、まずはお試し的に定期購読しちゃっても大丈夫だと思うよ。

 さて、すでに手元にある創刊号から3号までのDVDの感想を述べます。

 創刊号はゲオルギュー主演の『椿姫』です。いわゆるスター歌手が主役を勤めた公演なわけですが、一般的な視点で見ると、さすがはスカラ座です。大変立派で良い公演だと思います。ただし、オペラは好き嫌いでみるエンタメでもあるわけで、その点で言うと、私的にはNOなんですね。理由は、主演がゲオルギューだから(笑)。私、アンジェラ・ゲオルギューとアンナ・ネトレプコとレナータ・スコットの演じるヴィオレッタは、ありえないと思っているからです。全く、好き嫌いだけで書いているわけですが、この三人の演じる『椿姫』はキライなんです、ごめんなさい。

 ちなみに、私が大好きなヴィオレッタは、マリア・カラスとイレアナ・コトルバスとナタリー・デセイの三人が演じるヴィオレッタです。今回のデアゴスティーニのオペラ新シリーズでは『椿姫』は、既発売の創刊号の『椿姫』はゲオルギュー主演ですが、今後の販売予定ラインナップの中に、ナタリー・デセイによる『椿姫』が入っていますので、私はそちらを心待ちにしている次第なんです。

 でも、ゲオルギューがキライでなければ、なかなか楽しめるDVDです。だって、ゲオルギューは美人だもん。

 2号の『フィガロの結婚』や3号の『カルメン』には、一人のスター歌手もいませんし、指揮者も有名な方ではありません。でもね、いいんですよ。実に良いんですよ。

 『フィガロの結婚』は、以前は一流歌劇場と言われたロイヤル・オペラハウス(旧コヴェントガーデン)の上演です。今はちょっと落ち目な歌劇場なので、生きの良い一流どころのスター歌手は使えませんが、かえってそれが良かったのかもしれません。というのも、歌手の皆さんのバランスが実に良いのです。ネームバリューではなく、実力でキャスティングが組まれたのだろうと思われます。なにしろ、出てくる歌手の皆さん、みんながみんな(当然だけれど)歌が半端無く上手だし、演技も一流だし、容姿にも説得力があります。20世紀のオペラビデオにありがちな「デブな男女が棒立ちでオペラを歌う」なんて、ありえません。「まるでミュージカルを見ているよう…」と言っちゃうと、さすがに言い過ぎですが、21世紀のオペラ上演は、明らかにエンタメとして進化している最中なんだと言う事がよく分かる公演です。私も『フィガロの結婚』はビデオにしろ、生の公演にしろ、少なからずの数の公演を見ていますが、今回のデアゴスティーニの奴が、私の中では、No.1かもしれません。それぐらいに、良い公演です。

 『カルメン』の方は、評価がちょっと難しいかもしれません。と言うのも、ヴェローナ音楽祭での上演なんです。会場も通常の歌劇場ではなく、ヴェローナ闘技場なんですね。いわゆる野外会場なんですよ、それも観客数1万5千人なんだそうです。イメージとしては、ちょっとした野球場でオペラをやっているようなモンなんですね。つまり、オペラには全く向かない場所でオペラをやっているんです。会場のハンデがあるんですよ。

 まず、舞台が広くてデカイんです。通常の歌劇場のステージの何倍もあるんです。そんな広い会場ですから、合唱さんはもちろん、歌のないモブさんたちも大勢出演しています。そこに歌手たちが出てきて歌うわけです。音楽を合わせるのが、実に大変そうです。ですから、オーケストラだけの曲とか、小さな編成の重唱や独唱曲は良いのですが、合唱が絡む曲になると、テンポが途端に遅くなり、劇の進行がダラ~としちゃうんですね。一方で、舞台に人が大勢いますので、マンパワーがすごくって、演出的にはかなりの迫力があります。

 それに夏の音楽祭ですから、オペラ公演の中にも、祝祭的な雰囲気があって、それはそれで楽しいのですが、オペラ上演としての質を考えると…難しいところです。だからと言って、ダメというわけではないのですが、手放しで他人に薦められるかと言うと…『カルメン』は良い公演も他にたくさんあるだけに、難しいですね。100点満点で言えば70点ぐらいの出来かなって、私は思います。ちなみに、私の中では、昔々メトで上演されたアグネス・バルツァとホセ・カレーラスのモノ(1987年収録です。古いですね。すでに廃盤で入手困難です)が今でもNo.1なんです(笑)。

 4号はモーツァルトの『魔笛』で、チューリヒ歌劇場で2000年に収録されたモノだそうです。タミーノをピヨートル・ベチャワがやっているそうなので、私的には、ちょっぴり楽しみです。魔笛はなかなか演出が難しくて、これと言った決定盤には出会っていない私です。今度のモノが私の決定盤になってくれるといいなあと思ってます。

 デアゴスティーニの新オペラシリーズは、5号が『ラ・ボエーム』、6号が『ドン・ジョヴァンニ』、7号が『トゥーランドット』と続くわけで、今後とも、デアゴスティーニの“DVD 世界のオペラ・ハウス名演コレクション”に期待をしている私でした。皆さんも、ぜひ、このシリーズをご購入されて、全80巻の予定を全うしてもらえるようにしましょうよ、お願いします。

 定期購読者が少なくて、途中でシリーズ打ち切りとかになったら、悲しすぎるもの。

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2015年7月20日 (月)

母の四十九日が終わり、忌明けとなりました

 母が、2015年5月28日に亡くなりました。午前8時過ぎだったそうです。

 病院に見舞いに行った父から連絡が入ったのが、午前9時過ぎでした。それを妻が受けて、職場の私に連絡が入ったのが、9時半頃。すぐに事情を話して、帰宅。その日、たまたま遅出だった息子君(定期試験だったのですが、3校時目からの登校予定だったので、この段階では自宅にいました)は、急遽欠席にしました。

 帰宅して、汗まみれの衣装を着替えて、自宅を出たのは10時半。すぐに父の待つ病院に向かいました。

 病院に到着したのが11時半。すでに次弟が到着していたので、一緒に霊安室に行きました。母は穏やかな顔をしていました。1年ほどの入院生活で徐々に弱っていき、消えるように亡くなったんだそうです。

 末弟がやってくるのを待って、母を病院から送り出したのが午後2時半でした。母を自宅の自室のベッドに寝かせて、これからの事を葬儀社と打ち合わせをして、この日は終了となりました。本来ならば、そのまま実家に泊まりこむべきだろうけれど、私が実家に泊まる事を父は喜ばないので、ひとまず帰宅しました。

 翌日の5月29日は、通夜告別式を執り行うお寺さんや、その他諸々の面倒をみてもらう葬儀社の方と綿密な打ち合わせを行いました。

 田舎ですから、地元の寺以外で通夜告別式を執り行う事などありえず、葬儀社も実家の裏(笑)にあって、隣組のメンバーでもあるので、そこに頼むしか方法は無く、その他にも、土地の習慣やら因習やらもあるわけだし、隣組のメンバーの顔を立てなきゃならない事も多く(そうしないと暮らせないのが田舎ってわけだ)、色々と面倒。

 父は若い時に田舎を離れて、東京に出て、母と湘南暮らしを始めて、私は湘南で育って、今も湘南に住んでいるわけだけれど、父は年老いたら湘南を捨てて、本来の自分の故郷に母と一緒に戻って生活していたので、実家と言えども、私からすると、全く見知らぬ田舎だし「隣組、なにそれ、美味しいの」状態だったけれど、まあ、仕方ない。半分以上、ボケている父の顔を立てて、弟たちとあれこれ葬儀を取り仕切りました。夜遅くなったけれど、実家に泊まるのは父が嫌がるので、疲れたカラダを引きずって、自分の家に戻りました。

 通夜の日(5月30日)は、朝から実家に戻って、末弟と一緒にあれこれ準備をしました。次弟はかなり遅れて到着。なんでも、今夜はこっちに宿を取って泊まるんだそうな。それで宿にチェックインしてからやってきたわけです。私よりも近くに住んでいるのに、泊まりこむのか…。で、兄弟三人で顔を合わせて軽く打ち合わせをして、次弟が宿に戻って休憩している時に葬儀社がやってきたので、母を寺に運ぶことになりました。仕方ないので、次弟抜きで寺まで運んで、父と末弟と三人で葬儀の準備をしました…とは言え、父はフリーダムなので、実際は私と末弟の二人で準備をしたような感じです。

 私は兄弟の中では、一人だけ早めに独立して家を出たので、年老いた父の扱いに関しては、次弟や末弟の方が上手なので、父の面倒は末弟に任せ、私は葬儀社や寺の方を担当しました。それにしても、葬儀に関する風習が、世間一般とはだいぶ違うなあ…。私が田舎のやり方にめまいを起こしている最中、父は坊さんと派手にケンカをしてました。なぜ仏さんの前なのにご住職とケンカしているのか…知りたくもないので放置しておきました(こっちは、それに付き合う心の余裕はありません)。

 そうこうしているうちに、隣組の手伝いの人がやってきたり、ご近所の方々がやってきたり、遠縁の見知らぬ親戚さんたちもやってきました。あれこれと準備が整ったところで、次弟が家族とともに登場。まあ、いいか。

 あれこれたくさんの人(と言っても、大半がご近所の老人クラブの方々ね)が[遺族でもないのに]遺族の控室に集まってきてワイワイ始めました。部屋が手狭になったので、私たち子どもたちの家族は、その場をその人たちに明け渡して、別の部屋で控えることにしました。だって、その方が気楽だし、田舎の人たちの田舎でローカルな話題にはついていけませんから。その代わり、私は、私たち同様にその集団に入れずにポツンとしていた、遠路はるばるやって来られた母の湘南時代の友人たちのお話相手をする事にしました。みんな、オバアチャンですが、子供の頃に可愛がっていただいた方たちなんですね。なんか懐かしい話をたくさんさせていただきました。

 やがて通夜の時間となりました。こちらの通夜は、ほぼ告別式と同じ流れで、ちっとも通夜っぽくないんです。「お前たちの勤め先には絶対に知らせるなよ」と父から厳命されていました(父は自分が知らない人が葬儀に来るのを、とても嫌がっていたんです)が、そういうわけに行かないので、私は「家族葬です」と、末弟は「密葬です」と、それぞれの職場に伝えたので、私と末弟の勤め先からはきちんと花輪も届き、職場の人も代表者だけが通夜にやってきてくれました。感謝です。しかし次弟は父の言葉を忠実に守って、職場には本当の事を言わずに、ただの年休を取って葬儀にやってきたので、会社の人も次弟が葬儀で休んでいるとは知らないそうなんだけれど…社会人として、それで大丈夫か?

 通夜の最中でも、父は(悪気はないのですが、ボケちゃっているので)あれこれとトラブルをメイクしていましたが、きっとそれも、後で思い出せば良い思い出になるんでしょうね。しかし、人間、ボケちゃうと何でもアリだな。

 弔問客を最後まで見送って、母はお寺さんで見てもらうことにして、その日は帰宅しました。

 翌日は告別式です。朝から寺に乗り込みます。やっている事にしろ、集まった人にしろ、昨夜の通夜の再放送のような感じでした。父は反宗教的な人間だし、ド左翼だし、反体制的と言うか、世の中の決まり事には一つ一つ文句を言いたい人だし、地球は自分を中心に回っていると信じて疑わない人なので、またお寺さんにあれこれ難癖つけていたようですが、父のトラブルは末弟と葬儀社さんたちに任せて、私はクビを突っ込まないことにしました。たぶん、私がクビを突っ込むと、問題がさらに複雑化して厄介になるだろうなあって思うからです。ああ、それにしても、聖職者って大変ですね。

 葬儀が終わったら、焼き場に直行です。母を霊柩車に乗せて、最後の家族旅行です。とは言え、母の生前、父は別の女性と家庭を作ってましたから、この家族で旅行なんてした事ないので“最後の家族旅行”と言うか“最初の家族旅行”と言うか、なんとも複雑な気分になりました。

 ここでも父はフリーダムな行動を取ってましたし、言動も支離滅裂で、息子くんを始めとする孫たちは、それを真に受けて、父に振り回されていました。まあ、それも人生勉強だなって思って見てましたが、若い人間たちは、猫の目のようにクルクル変わる父の言動に、やや我慢ならなかったようです。若い人って、心が狭いよね。

 火葬場という施設は、実に無味乾燥です。何の洒落っ気もなく、何の飾りもなく、ただただ機能的な場所でした。炉に母を入れて、ガーッと焼いて、二時間もすると終了です。その間、手持ち無沙汰なので、昼食を取ります。私はそれどころではないのですが、遠縁の親戚のジイサンたちは酒も入って、それなりに盛り上がってました。おそらく、父をなぐさめているんだろうと思いました。まあ、しんみりしているよりはいいと思いました。

 焼き上がった母は、ほとんど灰になり、骨はほんの少ししかありませんでした。火力が強すぎたのか、母の骨がスカスカだったのかは分かりませんが、おかげさまで、お骨を拾うのが短時間で済みました。骨壷がスカスカなのは、なんか寂しいです。ひとまず母の骨は、自宅に臨時の祭壇を作って飾りました。父が自分で祭壇を作りたかったようですが、文句ばかりで、ちっともカラダが動かないので、私がチャチャっと作ってあげました。だって、その方がきっと母も喜ぶだろうからね。

 その後、初七日、四十九日と、法事を淡々と済ませました。そのたび、いつも父は色々とやらかしてくれましたし、言ってる事も支離滅裂で、あれこれと振り回されちゃいましたが、それも愛嬌です。ふう。

 それにしても、通夜告別式の時は上着を着ることができましたが、四十九日の時は、上着を着ていると、暑くて暑くてたまりません。いつの間にか季節が進んだようです。

 ちなみに、母の骨は、まだ実家にあります。本来ならば、とっくに納骨を済ませないといけないのですが、父がそれを嫌がっているからです。まあ、父が亡くなったら、その時に一緒に墓に入れてやればいいやと考えることにしました。

 母は一年病んで亡くなりました。その一年間で、残された家族は色々と覚悟や準備をする事ができました。死を迎える準備期間としては、一年という時間はちょうどよかったのかなって思いました。何事も周囲への心配りを忘れなかった母らしいです。

 私は母と別れて暮らすようになって、もう30年ぐらい経ちます。最近は、盆暮れにちょっと顔を出して、一緒に食事をするくらいの関係になっていました。私が子供の頃は、家に父が居着いていたことはほぼ無く、お金も入れてくれなかったので、まるで母子家庭のような状況で息子たちを育て上げた立派な母でした。ある年に、家を出ていた父は大病をして、相手の女性に捨てられてしまったので、やむなく母の元に帰ってきたのでした。まあ、誰かが看病しないといけなかったわけです。父が戻ってきて、すでに青年になっていた私は家を出たわけです。だって、家に男は二人いらないからね。

 母は私に会えば必ず、父が戻ってきた事を愚痴ってました。そして湘南から離れてしまい、友人たちと会えなくなった事をボヤいていました。都会生まれで都会育ちの母には、湘南暮らしならともかく、父の田舎は、本当に暮らしづらかったようです。結局、田舎には気の合う友達なんて出来なかったようだしね。服もセンスの良いものがない…と言っては、こっちに出てきて服を買い、そのついでに我が家に遊びに来ていました。

 最近では、それに加えて、父がボケてしまった事も嘆いていました。もしも死んでも父とは同じ墓に入りたくないと何度も何度も言ってましたが…父の手元から母のお骨を取り上げるわけにはいかないでしょうね。

 たぶん母は男運の悪い女なんだと思います。

 母が亡くなっても、私には、不思議と悲しいという感情は生まれませんでした。すでに母とは別世帯で生活していますから、母が亡くなったからと言って、私の生活が変わるわけでもなく、母が亡くなったという実感も特にありません。今も田舎に行けば母の手料理が食べられたり、病院に見舞いに行けば、そこにいるような気がします。だから、母の死を実感できません。ただ、母が死んだという事実だけが、ここにあるわけです。

 母が亡くなっても悲しくはない私ですが、それでもやはり意味なく気分は凹みます。なぜでしょう?

 おそらく、こう見えても、私は平凡な日本男子ですから、デフォルトでマイルドなマザコンが入っているのかもしれません。母の存在がなくなった事よりも、盆暮れに母の愚痴を聞くことが無くなってしまったという事実の方が悲しいです。

 忌も明けたので、ブログ記事として書いてみました。

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2015年7月19日 (日)

すっかり元に戻ってしまいました[2015年7月第3週・通算13週]

体重:111.0kg[+3.8kg:-3.8kg]
体脂肪率:31.2%[+0.9%:-2.2%]
BMI:35.0[+1.4:-1.2]
体脂肪質量:34.6kg[+2.1kg:-3.8kg]
腹囲:107.0cm[+2.0cm:+1.0cm]
     [前回との差:2015年当初との差]

 いやあ、ダイエットをしていたはずなのに、すっかり元に戻ってしまいました。ダメだな。

 敗因は…人生色々あったから。実際、ここんところ、色々あったんです。それと、逆ラマダン・ダイエットをしているわけなんだけれど、ここんとこ、日がのびて、日暮れ時の爆食タイムが延長しているので、毎日毎日大量に食べているからなんです。

 人間、食べれば、太るよね(当たり前)。

 要は人間、食べきゃやせるんだけれど、食べないための理由とモチベーションが必要ってわけだ。「日が沈んだら食べない」という逆ラマダン・ダイエットは、日の短い冬場は効果的だけれど、夏には向かないダイエット方法だという事が、身をもって、分かりました。

 いやあ、それにしても「あまちゃん」の再放送は面白いなあ(現実逃避)。

 ほんの数年前までは、夏はやせて冬は太る、というパターンを繰り返していた私ですが、今年はその逆になりそうです…って、夏は夏でダイエットを頑張らないといけないんですがね。

 ちょっと反省。

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2015年7月18日 (土)

夏ですね、水槽の照明を買い替えました

 水槽の照明を買い替えました。今までは水槽用の蛍光灯を使っていました。水槽用ですから“水草がよく育つ”とか“金魚が美しく見える”とかの効用がありました。水草がよく育ったかどうかは分かりませんが、金魚が美しく見えたの事実です。普通の家庭用の蛍光灯ではなく、水槽用の蛍光灯を使うと、金魚が本当に美しく見えるんですよ。

 しかし、蛍光灯は熱を出します。結構、出します。熱くて直接持てないほどに熱を出します。冬はヒーター代わりになるので良いのですが、夏は…暑いですよね。ただでさえ室温が上昇して暑くなるのに、そのすぐそばで蛍光灯をつけて熱を加えて、どーすんの? ただでさえ暑さに弱い金魚たちがヘタってしまうよ。

 と言うわけで、ついに重い腰を上げて、LEDの照明を買いました。ブツは『ジェックス クリアLED POWERIII 600』という奴です。一応、水槽用の照明です。

 使った感じは…蛍光灯よりも明るい! ネットの評判では「暗くてダメ」という事だけれど、今まで使っていた水槽用の蛍光灯よりも断然明るいよ(笑)。

 明るいのは良いけれど、色味が「昼光色」という感じで、普通の家庭用蛍光灯と同じ感じなのが残念。この色だと、あまり金魚が美しく見えないのが残念です。特に赤系の金魚の色が浅く見えちゃうんだよね…。その代わり、今まで地味だったオタキサンが急に光り輝いて見えるようになりました。そういう意味では、オタキサン(フナ色金魚)向けの照明なのかもしれません。

 ジェックス クリアLED POWERIII 600は、照明としては、3系統の照明があって、白と赤と青の照明が付いてます。それぞれが別のスイッチでオン・オフ出来るので、昼間は3つ同時に点灯し、夜は赤と青だけ、または青だけとか赤だけとかで、つけてます。今までは昼間は蛍光灯をつけて、夜は消していたのですが、LEDは電気代がほとんどかからないそうだから、つけっぱなしにしてもいいか~と思ってます。ちなみに、白の照明を消してしまうと、いかにも“夜の水族館”っぽい照明になります(笑)。

 あと、LEDは期待通りに、熱がほとんど出ません。蛍光灯よりも明るくて、熱くないのはいいですね。おまけに電気代も安いんだそうです。ただし本体価格は、蛍光灯の方が断然安いです。まあ、一長一短ですね。これからは、夏はLED、冬は蛍光灯でいこうかなって思いました。

 なにしろ、今年は酷暑が予想されるからね。金魚の夏バテを少しでも食い止めるために、飼い主である私も、財布を痛めて頑張っているわけだ(エヘン)。

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2015年7月17日 (金)

“青春18切符”は、とっても疲れる切符なんだそうです

フルートのレッスンに行ってきました。

 私が教室に、ちょびっと遅刻して到着した時に、珍しいことに姉様がいらっしゃいました。ちょうど、レッスンを終えて、フルートを磨いて、片付けているところでした…が、ちょうど私がやってきたので、急いでフルートを組み立てなおして、ロングトーン練習に付き合ってくれました。有難いことです。

 この日も暑くて…ボーとしながらフルートを吹いていました。一応、音程だけは気をつけていたのですが、気をつけていたのが音程だけだったので、時折、自分が何の音を吹いているのかが頭から抜けてしまい。たかがロングトーン練習なのに、あっちこっちでミスブローをしてしまいました。先生からは「ロングトーン練習の時に、気を抜かない事。いつも、自分が何の音を吹いているのか、気をつけなさい」と注意されちゃいまじた。いやあ、まったく図星です。

 エルステユーブンゲンは10番です。暗譜は最後の12小節だけがあやふやで、他はこの一週間ですっきりとカラダに入りました。でも、最後の12小節があやふやなので、不合格です。先生からは「最後以外はきちんとできていたのに、残念だね」と言われてしまいました。なんか最後の12小節だけ、和音の動きが見えないんだよねえ…。

 結局、メロディを階名とかの暗唱で暗記しているんじゃなくて、和音の流れを感じて、和音単位で暗譜している私なので、和音が見えないと、全く手も足も出ないんです。暗譜に時間がかかるのは、和音が見えづらい曲で、和音が簡単に見える曲はすぐに暗譜できます。12番は、中間部までは和音進行も単純なので良いのですが、最後の最後は、ちょっと面倒です。

 …なんて書くと、なんかカッコイイね(笑)。

 11番は、リズムが変わった途端にコケました。どうも私の弱点は、基本リズムの変更に対応できないと言ったところのようです。つまり、タイム感が頑固なんだな。年寄りだもんなあ…。

 と言うわけで、プチエチュードは11番です。部分部分は、それなりに吹けるようになったと思います。タンギングだって、結構気を使ってみました。でもね、基本リズムが変更した途端に、演奏がつまずいて、先生に思いっきり怒鳴られます。いやあ、難しい難しい。先生からは「しっかり足踏みをしながら吹きなさい」と言われましたが、足踏みをすると、指が止まるんだよね。ほら、同時に2つの事ができない私なんですから…。

 メトロノームを活用して練習するか(って、今までしてなかっの?)。

 さて、今回の雑談は…旅。先生が青春18切符を利用して、刈谷まで行った時の話をしてくれました。刈谷って…愛知県ね。JR東海の駅で、東海道本線の駅の一つです。新幹線の駅で言えば、名古屋と三河安城の間にあります…って、こういう説明で分かりますかね?

 で、先生がある日、鉄道マニアのお弟子さんから、青春18切符をもらったので、刈谷に仕事に行く時に「せっかくだから」という理由で使ってみたんだそうです。

 横浜を早朝に出発して、刈谷に着いたのは、ほぼ深夜だったそうです。ほら、青春18切符って、普通列車しか利用できないから(笑)。先生、横浜~刈谷間を、普通列車を乗継乗継、行ったようです。

 感想は「ありゃあ、鉄道マニアじゃなきゃ、使えないね。疲れたよ」「一人で普通列車の乗継は、精神的に来るね。道連れが必要だよ」との事でした。

 そりゃあ、そうでしょ? 時刻表で事前に確認して、大変だなあと覚悟はしていたそうですが、覚悟以上に疲れてしまって、帰りも青春18切符で買えるつもりだったそうですが、迷わずに新幹線をチョイスしたそうです(笑)。

 でも、私が思うに、時間と体力と道連れがいれば、青春18切符のような、安旅も楽しいんじゃないかな? 列車なら青春18切符だろうけれど、バスなら深夜バスだねえ。私は、青春18切符で列車に乗るくらいなら、深夜バスで目的地までビューと行っちゃった方が楽しめるかも。最近は飛行機でもLCCとか言う、安い飛行機もあるそうですね。それを利用すると、かなり遠くまでビューンと行けそうで、楽しそうですね。

 まあ、私はオタクなので、口先だけで言うだけ言って、きっとどこにも出かけないような気がします(笑)。

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2015年7月16日 (木)

とにかくノドが力んだら負けです

 また、声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずは、ローザ作曲の「Star vicino/側にいること」からです。この曲に関しては、もはや、歌える歌えないの話ではなく、筋トレ用のエチュードとして使用されます。発声練習で体幹を鍛えているわけだけれど、その体幹を具体的にどう使って使って使いまくって歌うのかというレッスンとなっております。

 歌う際に、腹筋を入れるわけです。で、一度入れた腹筋は、音程の上昇に伴って、より深く入れるのだけれど、一度入れた腹筋は、例えメロディーの音程が下がっても緩めないのです。音程がさらに上昇すれば、さらにさらに腹筋を入れていきます。フレーズが終わり、ブレスをする時になって、ようやく腹筋を緩める事が許されます。ただし、その時でも、腹筋は緩めても、クチは開きっぱなしにするのが良いそうです。一度緩めた腹筋は、もちろん緩めっぱなしではいけません。すぐさまグイと入れるわけです。そして、腹筋を入れるには物理的に時間が必要ですから、緩めたと思ったらすぐに入れないと間に合わないってわけです。

 とにかく、腹筋を入れる。そのために腹筋を鍛える。これが現在の最大の目標なわけです。

 と言うのも、先生曰く、今の私の状態は『ベンツのボディに軽自動車のエンジンを積んで走っているようなもの』なのだそうです。つまり、ボディとエンジンのバランスが悪すぎるって話なんです。これは、持っている声の鳴りの大きさと、その声を鳴らしきるために必要な筋力の話なんです。だから、筋肉を鍛えて、声の鳴りの大きさに合わせられるようになるのが理想なので、何度も「腹筋腹筋腹筋」と言われてしまうわけです。

 筋肉を鍛えていく一方で、筋肉は簡単には成長してくれませんから、筋力不足の現状に対して、今はどう対応していくか…その方法が2つあるわけです。一つは、ボディをベンツから軽自動車に変更してしまう事。もう一つはベンツのボディのまま軽自動車で走り続ける事です。

 最初の“ボディをベンツから軽自動車に変更してしまう事”と言うのは、声を一切鳴らさない歌い方に変更するって事です。もちろんそれをすると、音量も減ってしまうし、声の輝きも失ってしまいます。つまり声の魅力が半減してしまうわけなので、それはあまり望ましい方向の変更ではないわけです。

 次の“ベンツのボディのまま軽自動車で走り続ける事”とは、ギアをローギアに入れて、初動を遅くしながら、途中もゆっくりゆっくりと決して焦らずに、ただただ車を走らせることだけを考えて運転していくやり方です。なにしろ、無理してエンジンふかすと、あっという間にエンストを起こしてしまいますからね。このやり方だと、声の魅力は保たれるけれど、声のコントロールは難しいわけです。

 取るべき方法は、難しいけれど後者のやり方ですね。と言うのも、エンジンがボディにふさわしく成長したところで、声のコントロールが難しい事には変わりないので、だったらエンジンが非力なうちから、声のコントロールを学んでいきましょうって事です。と言うのも、軽く360km/h出せる車に乗っているからと言って、公道で360km/h出して走っていたら、すぐに事故るわけです。たとえ360km/h出せるパワーを持っていて、公道では60km/hにセーブして走らないといけないので、パワーを正しくコントロールできるようにする必要があるのです。「最初から60km/hしか出せない車なら、なにもそんなに難しいコントロールのやり方なんて学ぶ必要はないのです。でも360km/h出せる車のオーナーなら、必ず学ばないといけないのです」との事なんです。ふう、大変だな。

 次は、ベッリーニ作曲の「Vanne, o rosa fortunata/お行き、幸せなバラよ」です。この曲は、高いAの部分以外は、とりあえずOKです。現状、レッスンでは高いAは撃沈しちゃいます。で、一度撃沈すると、その後、多少撃沈の影響で音程が乱れてしまいます(が、すぐに正しく戻しますが)。とにかく高いAを意識しすぎなんです。高いAを「エイヤー」と出すのではなく、しっかり腹筋は支えるものの、ポンと余力で出すのです。素早く力強い声で出すのではなく、ゆっくりと軽い声でフワッと出す。ここが難しい。どうにも、出づらいなあと思ったら、無意識で力んでしまうわけだけれど、そこで力んでも、どうにかなるわけではないのです。いやむしろ、力むと失敗するのです。それに高いAで力むと、そこで余力が無くなって、その後がグダグダになるわけです。

 まず、曲の前半部をもっと楽に歌って、体力の温存を図る。ただし“楽に歌う”と言って、腹筋を弱めてはいけません。腹筋はしっかり動かしながら、ノドを楽にして歌うのです。そして高いAになっても、決してノドに力は入れずに軽く歌うのです。分かっちゃいても出来ないのです。ですから、今しばらくは、この曲と戦わないといけません。

 ああ、高いAが軽くポンと出るようになりたいです。

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2015年7月15日 (水)

細かい音形を素早く歌う練習をしました

 声楽のレッスンの続きです。まずは発声練習から始めました。今回の発声練習は、細かい音形を素早く歌う練習をメインに行いました。

 細かい音形を素早く歌うためには、ノドで音程を作っていたのでは間に合いません。じゃあ、どうするのか? 腹圧で音程を作っていくのです。腹圧で音程を作れば、音と音がレガートにつながっていくので、一石二鳥だったりします。いや、この練習は腹筋の鍛錬にもつながりますので、私的には一石三鳥かもしれません。この練習に習熟すれば、やがてはメリスマなども得意になるでしょうから、一石四鳥かも(笑)。

 とりあえずやってみましたが、もちろんダメが出されました。とにかく「腹筋、腹筋、腹筋」と考えて、腹筋に気持ちを集中して行いましたが、腹筋だけでは足りないのです。音程が高くなるにつれて、腹圧を高めるのはもちろんだけれど、同時にクチもより大きく開けないといけないのです。クチの開き方は変わらないのに、腹圧だけ変えても…それじゃあ残念なわけです。腹圧の変化に伴いつつ、クチの開きも変えていくわけです。

 クチもただ開けばいいのでなく、やはり母音に応じたクチのカタチがあります。ア・オ・ウは、まあいいとして、問題はエ・イなどの、日本語ではクチビルを横に引っ張っていく母音の類は要注意です。日本語ではクチビルを引っ張るからと言って、声楽発声の時にも同様にクチビルを引っ張ってはいけません。クラシック声楽の時は、基本的にイタリア語の母音を使いますので、エ・イだからと言って、クチビルは横には引っ張りません。ア・オ・ウがクチビルを丸くして発声するなら、エ・イはクチビルを縦長の長方形にして発声するようです。もちろん、その際は舌もうまく使わないと母音を作れませんガネ。

 さらに、腹圧を高める時に、腹筋だけを使うのではなく、同時に背筋もたんまりと使わないといけません。私は背筋がうまく使えていないのでダメが出ました。そこも難しいですね。腹筋を上に押し上げつつ、背筋は下に引っ張っていくのです。とにかく、体幹が弱い私ですから、何をやるにも大変なんです。

 私が体幹が弱いのは、ノドが強くて、今までずっとノド声で歌っていたという歴史があるからです。ノドでそこそこ歌えちゃうので、体幹を使う必要がなくて、それで体幹がサボりにサボりまくっていたのです。

 ノド声は、日本伝統の発声方法で、邦楽をやるには習得が必要な技法なんですが、クラシック声楽では嫌われる発声方法なんですね。詩吟とか浪曲とか新内とかを歌うならノド声もありですが、イタリア歌曲を歌うにはNGなんです。そういう意味では、ノド声で歌っていた私は、純粋な日本文化を担っていた日本人だったというわけだ(笑)。

 それはともかく、現在の私は、ノド声を減らして、どんどん正統的なクラシック声楽の発声方法に移行している最中わけです。

 でも、ノド声の要素って、クラシック声楽においても、一つの表現技巧として、ある程度は必要だと思います。

 ノド声歌唱って、不快でしょ? なぜ不快なのかと言うと『苦しそう』に聞こえるからです。だって、クビを締めながら歌っているんだもの。これ以上に“苦しそう”な声はないよね。逆に言えば、歌を苦しそうに聞かせたいなら、ノド声は“Good!”なわけです。歌の主人公が、苦しんでいたり、悲しんでいたり、嘆いていたり…そんな時の感情を表現するなら、ノド声歌唱も必要でしょう。

 ただし、ノド声歌唱をすると、ノドを痛めるし、声域も狭まるし、体力も激減します。また、あまりに世俗っぽい声になってしまうので、宗教曲の歌唱には、絶対に向きません。あくまでも、劇場用の音楽でしか使えない技法です。

 まあ、私の場合は、デフォルトがノド声ですから、自分の歌唱スタイルにノド声を加えることなく“敬して遠ざけていきたい”と思ってます。なるべく、ノドを鳴らさずに歌えるようになりたいです。

 体幹の弱さにめげずに、頑張って“細かい音形を素早く歌う練習”をしている私です。先生の見本を聞いて、その見本どおりにやってみようと頑張りますが、それではやはりダメなんですね。見本を見せてくれた先生よりも「もっと素早く」できないといけないのです。「テノールはバリトンよりも速く動けないとダメです」 そうなんですね(汗)。結構厳しいです。

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2015年7月14日 (火)

曲決めをしました

 声楽のレッスンに行ってきました。で、さっそく先生と、秋のクラシックコンサートに向けての選曲作業を開始しました。

 まず二重唱は、計画どおり、ドニゼッティ作曲の「Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬」となりました。歌劇「愛の妙薬」の中の曲です。一応、慣習的なカットを行った、普通にオペラ劇場で歌っているサイズで歌う事を確認しました。と言うのも、この曲は、先日行われた門下の発表会に続いて2度目の披露になるのですが、発表会では曲の前半部だけ歌って、後半部をカットしたので、今回は後半部も加えた普通のサイズにして歌いましょうって事にしたわけです。すでに前半部は発表会用にたっぷり練習をしてますし、カットした後半部もそれなりに練習していますので、仕上げには時間がかからないだろうし、発表会の時よりも高いレベルの歌唱ができるように頑張ります。

 さて、問題はソロ曲です、歌曲です。

 先生から「どうしますか?」と尋ねられたので「実はトスティを歌いたいんです」と言いながら、楽譜を取り出しました。日本の出版社の“トスティ歌曲集”ではなく、イタリアのリコルディ社から出ているトスティ全集からの一冊です。

 この巻には、トスティのロマンツァではなくソングが集められています。ロマンツァとはイタリア語による芸術歌曲の事ね。ちなみに世俗の歌はカンツォーネと言います。一方、ソングとは英語(イギリス語)による歌曲の事で、芸術歌曲はアートソング、世俗曲はポピュラーソングと言いますが、トスティのソングは、一応、アートソングの範疇に入ると思います。

 楽譜を先生に手渡した瞬間「見たこともない曲を、ありがとう!」って言われちゃいました(笑)。まあ、そもそもバリトンさんはトスティをあまり歌わないし、歌ってもロマンツァばかりで、ソングを歌う事は…“Addio(Good-byeをイタリア語に翻訳した曲)”ぐらいだしね…馴染みがなくても仕方ないです。それに私には前科もあるわけで…昨年はダウランド作曲の『Come again/来たれ、今いちど』という、バリトンどころか、古楽専門の方でなければ歌わないような曲を持ち込んだわけですから、二年連続でマニアックな曲を候補にしちゃったわけです。

 でもね、確かに日本のテノールさんは、あまりトスティのソングは歌わないようですが、海外のテノールさんには、ソングを歌う人もぼちぼちいます(数は少ないようですが…)。それに、ソングも普通にトスティの作品だし、別にロマンツァと較べて劣る部分があるわけでもないので、ソングをレパートリーに入れておくと、色々な場面で、他の人とカブらずに済むので、便利なんですよね。

 「私が今回一番歌いたいのは、この曲なんです」と言って『Starlight/星の明かり』のページを開いて渡しました。先生はピアノでちょろちょろと弾きながら「さすがはトスティだなあ…20世紀になっても、こんなチャラい曲を書いてる」とボソッと言ってました。まあ、確かにチャラいですよね。実にロマンチックでメロディアスでアンニュイなんですから、この曲。

 で、この曲ですが、難点は、最後の最後で高いBが出ることかな? でもその音符は、何もBではなくGで歌ってもOKなんですね。トスティ自身が、当該の箇所にBとGの両方の音符を書いていますから。海外の音源を聞いていくと、オペラ系のテノールはBでキラキラに歌い上げますが、歌曲系のテノールさんはGで柔らかく歌い上げます。私は…Bで歌い上げたい人ですが、音楽としてはGの方が美しいと思いますし、Bだと撃沈する恐れもあるので…たぶんGでいくかな、どうかな、って感じです。

 難所についてはBでもGでも良いという事を確認し、それ以外に特に難しい箇所もないので、先生からはOKが出ました。ああ、良かった。ちなみに『Starlight/星の明かり』はこんな感じの曲です。この音源では、最後の音はBですね。

 さて『Starlight/星の明かり』は歌い上げ系の曲なので、クラシックコンサートでは2曲目に歌いたい曲です。では、この曲の前に歌う歌は…「これでどうですか?」と、先ほどの曲集で『Starlight/星の明かり』の2曲前の曲を先生に見せてみました。『Love Me!/私を愛してください!』という曲です。

 先生、これまたピアノでチョロチョロと弾いて、特に難しい事もないのでOKと言ってくださいました。ちなみに『Love Me!/私を愛してください!』って、こんな感じの曲です。

 先生から「今回は冒険をしないのですね」と言われちゃいました。あれ? そんなにこれらの曲って、お手軽なのかな? 私としては、かなりのチャレンジのつもりで選曲したんだけれど…。まあ、お手軽に歌える曲なら、ミスのないように完璧を目指して歌えばいいわけだし、やっぱり難しいとなれば、高い壁を登ればいいだけの話なので、秋のクラシックコンサートを目指して頑張って行きたいと思います。

 今回は2曲とも英語の歌になりました。英語での歌唱だからと言って、イタリア語の歌唱と何ら変わるところはないのですが、一般的に、英語で歌を歌う人は、母音を短めにし、子音にたっぷりと時間をかけて歌う傾向があるそうですが…ポピュラーソングならともかく、アートソングの場合は、やはり母音命なので、母音にしっかりと時間をかけて歌うように気をつけて練習してきてください、と先生に言われました。

 ちなみに、妻の選曲は…本人は全くそのつもりはないようですが、先生曰く「かなりのチャレンジ」なんだそうです。つまり見た目よりも難しいって事なんでしょうね、頑張れ。

 長くなってしまったので、今回は選曲の話題だけにしておきます。

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2015年7月13日 (月)

今、DeAGOSTINIに注目!

 まず最初に、私はDeAGOSTINIの関係者ではなく、何の利益供与も受けていなければ、宣伝費や広告費の類もいただいていない、何の関わりもない一般市民であることを、宣言しておきます。

 DeAGOSTINIとは“デアゴスティーニ”の事で、何の会社なのかと言えば、付録付きのムックをバンバン出版している出版社です。そこの出版物は、本屋の棚に並んでいる事はあまりなく、たいていはレジ側に「創刊号999円!」とかのポップ付きで平積みされていたり、たまにテレビCMで(やっぱり)「創刊号999円!」って言われていたりします。そしてそれも、最初の数号だけは本屋で見かけるけれど、いつの間にか本屋から消えていたりするので、我々一般ピープルとは馴染みがあるようでない出版社さんですね。

 まあ“付録付き”のムックを販売している…と書きましたが、実態は付録の方が中心で、その付録に申し訳程度の解説書をつけて、付録本来の販売ルートではなく、書籍ルートにして本屋で自社製品を売っているというわけです。おまけのフィギュアがメインだけれど、それにチョコをつけて、お菓子としてコンビニやスーパーで売っている“食玩”の、本屋バージョンですね。

 DeAGOSTINI(以下、デアゴスティーニと略。読みづらいし書きづらい社名だね)とは、元々がイタリアの会社で、分冊百科を扱っている会社さんです。分冊百科とは、百科事典の販売形式の一つです。

 そもそも百科事典って、一度にドーンと買い揃えるのって、経済的な負担がかかるじゃないですか? そこで、通常は全巻購入予約をして、一冊ずつ届けてもらって、一冊ずつ代金を支払っていくというカタチが普通でした。私が子供の頃に愛読した百科事典も、そんなやり方で親に買ってもらってました(この百科事典が私の知識ベースになっております)。

 それでも百科事典一冊ずつの購入となれば、そこそこお高いいんですね。そこで、百科事典を一冊ではなく、さらに細かくわけて、一折り(16ページ)ずつとかにして売れば、うーんと安く売れるわけです。もちろん、適当なところで表紙なども購入してもらって、自分で製本してもらう(ヨーロッパでは、本の製本は自分でするのが当たり前です)事で一冊が完成し、それを続けてもらって、やがて百科事典全巻を揃えてもらう…これが分冊百科の販売方法です。

 この販売方法を考えて、世界で最初に行ったのが、イタリアのデアゴスティーニだったわけです。で、このデアゴスティーニが世界進出をして、1988年に日本進出し、1997年に日本子会社を設立して、今に至るわけです。

 ちなみに、デアゴスティーニは、イタリアのメーカーさんなので、スペル(DeAGOSTINI)はイタリア語読みするので“デアゴスティーニ”であって“ディアゴスティーニ”という英語読みにはしないんだそうです。これ、マメね。

 日本におけるデアゴスティーニは、百科事典の分冊販売と言うよりも(百科事典なんて今どき売れないよね)“付録付きムック”のシリーズ販売がメインのようです(もちろん、付録の付かない純粋な書籍の分冊販売もそれなりにありますが…)。付録の種類は多種多様(CDとか模型パーツとかフィギュアとかグッズとか)に渡りますが、最近はDVDを付録にしたものが多いようです。

 で、ここから本題(笑)。

 そのデアゴスティーニが、今年(2015年)の6月23日に『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』というシリーズを発売開始したんですね。隔週発売で、創刊号は999円(笑)、2号以降は一冊1998円で、毎号オペラのDVDが付いてくるという趣向です。全80号の予定なんです。

 実はデアゴスティーニは、2009年に『DVD オペラ・コレクション』というオペラDVDシリーズを発売しております。こちらはすでに完結・販売終了(2009年9月~2012年2月)となっていますが、全65巻で65作品のオペラ(つまり、作品のダブリ無し)を紹介したシリーズになっていたわけです。前シリーズは、往年の名歌手・名舞台・名演奏を中心に揃えられたシリーズで、デアゴスティーニ初のオペラシリーズとあって、お好きな方々には大いに受けたそうですが、名歌手の名舞台を優先してセレクトしたせいか、収録年代の古い作品も多く含まれ、多くがビデオ画質で、音質もあまり芳しくないDVDも多く含まれていたそうです。おそらく製作者側の「このオペラなら、この歌手で聞いてほしい」という気持ちが優先されたチョイスだったんだろうなあと思うラインナップでした。

 実は私、前シリーズが欲しかった人なんです。でも、うっかり屋さんだから、前シリーズの存在に気づいたのは、販売終了後だったりします。うっかりにも程があるよね(笑)。なので、前シリーズのオーナーさんたちが、うらやましくてうらやましく…。で、次に刊行されるオペラシリーズを一日千秋の思いで待っていたわけですが…これまた実は、発売されていた事に、全然気づいていなかったんです。

 だって私、リアルな本屋に行かないし、テレビCMとかも見ないので、このシリーズが発売になっていた事なんて、全然知らなかったんです。

 たまたま旅先で土産物屋さんを冷やかしていた時、その土産物屋に並んで営業していたローカルな小さな本屋さんの店頭に、デデンと平積みしていたのが目に入り、慌てて創刊号と2号を購入したわけです。

 うわー、危なかったなあ。この手の分冊百科モノって、刊行当初から素早く入手しないと色々厳しいでしょ? しばらくたってからだと、バックナンバーを揃えるにしても、まとめ買いになってしまって、そこそこの金額になってしまうし、売り切れてしまってバックナンバーが手に入らなくなってしまったりする事だってあるわけで、最初っから順番に刊行されるのを順番に購入していくのが、一番良いでしょ? なので、2冊遅れの段階で気づいて、ほんと、良かったなあ…。

 さて、今シリーズの『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』の特徴は、前シリーズと較べて、付録DVDの画質・音質の向上が図られているって事でしょうね。

 今回のほとんどのDVDが、現役歌手たちによる比較的新しい公演(2000年以降のモノばかり)が中心で、大半が高画質収録(元はハイヴィジョン)&ドルビーステレオ5.1chのようです。まあ、今どき、いくら名演だからと言って、ビデオ画質じゃあ、さすがに厳しいよねえ…。

 最近の公演が中心なため、どうしても歌手たちが、往年の名歌手ほどネームバリューのある人達ばかりとはいかないけれど、そこは大した問題ではありません。だって、今どきの若い歌手さんたちって、実は往年の名歌手よりも、歌が上手かったり、演技力があって、スタイルも良い人たちばかりだったりするんだよね。つまり、今の歌手の方が平均値がグンと高くなっているので、DVDに収録されるレベルの歌手さんなら、何の問題も無いってわけです。で、それらが良い画質で楽しめるんだから、これからオペラに親しもうという人にとっては、今シリーズの方が良いと思います。

 なお、現在のところ、他メーカーの既発売のDVDの再発売品が付録の中心なので、人によっては、手持ちのDVDとカブる可能性が無いわけではないけれど(私の場合は、発表されている31冊のうち、グラインドボーンの『ジューリオ・チェーザレ』とレアル劇場の『カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師』の2つが手持ちのDVDとカブリます)、そこは安価だし、シリーズものとして揃えるんだから、それも良しと思うしかないかな? まあ、一部DVDのカブりがあるにしても、今回のシリーズの中には、日本未発売のものや、DVD初出のモノも、そこそこあるようだかから、それに期待していきましょう。それに手元のDVDとカブるという事は、DVD単体でも十分に商売になるモノをラインナップしてくれた…というわけですから、DVDの中身も自ずと保証されるってモンです。

 また今回のラインナップは、1オペラ作品1冊ではなく、同じオペラ作品でも上演された歌劇場が違えば、それもまた収録するという、演目のカブリを恐れないシリーズ構成となっているようです。つまり、良いものは両方入れちゃいましょうって事です。少なくとも、現段階で、ヴェルディの『椿姫』はゲオルギュー版とデセイ版の両方がラインナップされています。ゲオルギュー版は既発売ですが、デセイ版は日本未発売(映画「椿姫が出来るまで」のオペラ版です)だから、楽しみ楽しみ。なにしろオペラって奴は、演目が同じでも、歌手が違って演出が違うと、ほぼ別物になりますので、演目のダブリはむしろ歓迎です。

 ちなみに、今シリーズは前シリーズのオーナーさんにも面白いかも…。と言うのは、今シリーズと前シリーズでは、演目のダブリは(当然)ありますが、公演そのもののダブリはないようです。例えば、今シリーズでも前シリーズでも、ヴェルディの『椿姫』はゲオルギュー版ですが、前作がショルティ指揮コヴェントガーデン王立歌劇場のゲオルギューだったのが、今回はマゼール指揮ミラノ・スカラ座のゲオルギューという違いはあるので、それはそれで楽しめるようになっているからです。

 すでに発売予告されているのは、既発売も含めて、以下の通りです。あくまでも予告なので変更もあるでしょうから、ザッと書くだけにしておきます。

 椿姫(スカラ座)
 フィガロの結婚(ロイヤル・オペラハウス)
 カルメン(ヴェローナ音楽祭)
 魔笛(チューリヒ歌劇場)
 ラ・ボエーム(バレンシア州立歌劇場)
 ドン・ジョヴァンニ(ウィーン国立歌劇場)
 トゥーランドット(ヴェローナ音楽祭)
 カプリッチョ(パリ・オペラ座)
 リゴレット(パルマ王立歌劇場)
 ローエングリン(バーデンバーデン祝祭歌劇場)
 メリー・ウィドウ(ザクセン州立歌劇場)
 椿姫(エクサン・プロヴァンス音楽祭)
 ラインの黄金(コロン歌劇場)
 こうもり(ウィーン国立歌劇場)
 ばらの騎士(ザルツブルク音楽祭)
 蝶々夫人(マチェラータ音楽祭)
 ノルマ(ベッリニー大劇場)
 ニュルンベルクのマイスタージンガー(ウィーン国立歌劇場)
 カヴァレリア・リスティカーナ/道化師(レアル劇場)
 マクベス(ロイヤル・オペラハウス)
 カルメン会修道女の対話(ハンブルク国立歌劇場)
 コジ・ファン・トゥッテ(アン・デア・ウィーン劇場)
 ファルスタッフ(ヴェルディ劇場)
 シモン・ボッカネグラ(パルマ王立歌劇場)
 アイーダ(ヴェローナ音楽祭)
 オルフェオ(リセウ大劇場)
 オテロ(フェニーチェ歌劇場)
 ドン・カルロ(トリノ王立歌劇場)
 ジューリオ・チェーザレ(グラインドボーン音楽祭)
 後宮からの逃走(フィレンツェ歌劇場)
 二人のフォスカリ(サンカルロ歌劇場)

 …って具合です。ああ、楽しみ。

 さて、今回、なぜ私が、こんなにもデアゴスティーニの『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』を推しているのかと言うと…すでに私が全巻購入予約をしたから(笑)。私、このシリーズを集めようと思っているんです。

 でね、デアゴスティーニという会社は、購入者が少ないと、まれにシリーズの刊行を途中でやめちゃったりするらしいんです。逆に購入者が多いと、内容の充実はもちろん、シリーズの刊行予定が延長されたりもするんです。つまり、多くの人が購入してくれるほど、シリーズが良くなっていくという事らしいのです。

 ですから、私は自分のブログ記事を使って、このシリーズをプッシュしているわけです(笑)。だって、私、今回のシリーズをきちんとコレクトしたいと思っているんだもの。途中で中止はイヤだし、むしろ全80号が「ご好評につき全120号に延長します」ぐらいの事があったらいいなあと思っているわけです。

 とにかく、リアルな書店では、まだ創刊号と2号は発売中なので、興味がある方はぜひ手にとって、試してもらいたいです。創刊号の『椿姫』は999円です。同じモノをBlu-rayで購入すると3480円なんですよ(DVDはとっくの昔に廃盤になってます)。安いでしょ? 2号の『フィガロの結婚』は1998円。同じモノをDVDで購入すると、3672円(税抜き)です。アマゾンだと安売りしているので2845円(税抜き)です。安売りしているアマゾンと較べても、まだ安いでしょ?

 でも、問題が一つあります。実はデアゴスティーニの書籍って、アマゾンでは全部が全部取り扱っているわけではないみたいなんです(なぜでしょ?)。少なくともアマゾンでは『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』は買えません。またリアルな書店でも刊行当初しか現物を置きませんから、買い続けるためには、リアルな書店で定期購読の申し込みをするか、ネット書店を探して定期購読を受け付けてくれる書店にお願いするか、インターネット、フリーダイヤル、フリーファックス、申し込みハガキ等を使って、デアゴスティーニから直接定期購読をするかの方法しかないんです。販売チャンネルが狭いんだね。

 このブログを読んでいる方は、ネットが得意でしょうから、ここにデアゴスティーニの『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』のページを貼っておきますので、よろしく(笑)。

 ああ、大勢の人がこのシリーズを購入してくれて「ご好評につき、全80号の予定でしたが、全120号に延長します」って事にならないかな? マジで期待しています。

蛇足 ちなみにデアゴスティーニのトップページに行っても『DVD 世界のオペラハウス名演コレクション』の情報は全くありません。忘れているのかな? しかし、会社から全くプッシュされない企画って、何なんでしょうね? 担当者の首が飛ばないか…心配です。

追記 この記事の続きをこちらに書きました。

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2015年7月12日 (日)

中国の字幕組さんたちって、どうなんすか?

 中国のネット世界には“字幕組”と呼ばれるアマチュア集団がいるんだそうです。彼らのやっている事は、外国のアニメやドラマや映画(以下、まとめて“海外アニメ”と表記)を入手し、それに中国語の字幕を付けてネットに流して、中国人なら誰でもタダで海外アニメを見られるようにし、中国の一般の方々が気軽にこれらの作品に触れられるようにしています。一種の文化的なゲリラ活動であるという位置づけのようです。

 と言うのも、中国では検閲が厳しくて、良質な海外アニメであっても、地上波テレビ放送などで一般民衆の目に触れる事はありません。また中国人には外国語が苦手な人が多く、彼らがネットの世界に飛び出して直接これらの作品に触れることも容易ではないのです。ですから、中国語の字幕を付けて、中国国内のネットに流さないと、一般の人たちは、海外アニメを楽しむ事はできません。

 字幕組の皆さんは、自分たちが海外アニメに中国語の字幕をつける事で、中国の人たちが良質な海外アニメを楽しめるようにし、海外アニメを通して外国文化を中国に紹介しているのだと胸を張っています。また、見ている人たちも、良質な海外アニメが無料で見られることが嬉しく、そのために頑張っている字幕組を礼賛しているようです。

 …と言うような話をネットで見かけました。おそらく、ここで言う“海外アニメ”ってのは、もちろん日本のアニメだけの話ではなく、日本のテレビドラマや音楽、それとハリウッド映画なんかも含めた話と思って間違いないと思って間違いないです。

 この話って、一見、美談風だけれど……盗人猛々しいにも、程があるんじゃねーのー?

 まず、日本のアニメはもちろん、テレビドラマにせよ、音楽にせよ、映画にせよ、それらが製作されるまでに、どれだけの人々の才能と知恵と努力と時間とエネルギーが注がれているのか、知ってるの? それこそ、莫大な量の才能と知恵と努力と時間とエネルギーが注がれて、これらの作品が製作されているわけで、我々はその製作に対する対価(として十分かどうかは別)として、金銭を(直接間接の違いあるにせよ)支払って視聴させてもらっているわけだ。つまり金銭のやりとりを行う事で、製作者たちの仕事と才能に対してリスペクトしているわけで、、彼らはそれを以って、自分たちの生活を安定させ、次回作の製作資金を集める事が可能になるわけです。

 それを中国の連中は、正当な対価も支払わずに視聴しているわけでしょ? いくら中国国内のエンタメ状況がヒドいとしても、いくら中国元が弱くて海外アニメの正当な買い付けが出来ないとしても、いくら中国が政治的に偏向していて情報統制が厳しくても、それは海外アニメの製作者たちにとっては、全く関係ないことであり、あずかり知らぬ事です。

 中国で情報統制が厳しくて、良質な海外ドラマの視聴ができないと嘆き、現状を変えよとしているならば、字幕組がアンダーグラウンドで活躍するのではなく、心ある人々が中国政府に働きかけて、情報統制とやらを緩めてもらえばいいじゃないの? おとなしく言っても聞かないなら、デモでも暴動でも起こせばいいじゃないの? なんなら革命を起こしたっていいんだよ。暴力を使っての交渉術なら十八番じゃない? まあ、そんな事をすると、千万人単位で人々が死んじゃうだろうけれどね。でも、自由を得るためには、多大な犠牲が必要なのは歴史が証明しているわけだから、海外アニメ視聴に限らず、彼らが我々同様の自由を得るためには、いつかどこかで犠牲を支払う必要があるわけだし、それが今でも遅すぎるくらいだと、私は思うわけだ。

 情報統制が厳しくて、海外アニメが見られないから、海外アニメを不法に入手して、それに字幕を付けて、ネットで流して、何億人の人たちに楽しんでもらっちゃえーって、それってダメでしょ。何億の人が海外アニメを視聴しても、製作者には1円のお金だって入らないんだよ。逆に、海外アニメの視聴サイトには広告バナーが貼ってあるそうだから、本来、日本の製作者たちに入るべき金銭が、字幕組のトップの人たちの懐に、しこたま入り込むわけだ。結局「情報統制が厳しく…」なんてのは言い訳で、実態は盗品ビジネスをしているだけじゃない?

 日本やアメリカの良質なコンテンツを盗んで、自分たち用に加工して、稼いでいるわけです。元が盗品だし、実際に翻訳している(下っ端の)人たちは“良いこと”をしているんだと信じて、金銭を受け取っていないそうだから、親玉、大儲けだよね。ああ、いい商売しているね。

 それにしても、盗人猛々しいというか、自分たちに都合の良いように屁理屈をこねてズルをする人って、嫌いだし、民度が低いなあって思います。中国は、日本を抜いて、経済力は世界第2位なんだそうだけれど、こんなズルして2位なのだとしたら、ただの茶番じゃん。たとえお金を持っていても、良識もマナーも知らずルールも守らず、心は貧困なんじゃんって思うわけです。いくらお金儲けが得意になっても、物事の良し悪しとか善悪が分からないようじゃあ、文明人とは言えないね。

 こういう良識のない人達相手に、我々の常識を押し付ける方が、実は間違っているんじゃないのか…と最近は思います。つまり「我々と彼らは、違う存在なんだ」と思うことが必要なのかもしれません。で、私が今、一番懸念している事が、彼の国の軍隊が暴発して、いきなり我が国に攻めてくる事です。尖閣諸島に上陸してきたら、どうする? いや、いきなり九州は博多のあたりに上陸してきて、武装した兵士が町を占拠しても、我々には打つ手はないから、ただただ博多の人たちは殺されて略奪されて犯されるだけだよ。

 これが全く無いとは言えないから怖いんだよ。中国はバブルがはじけて、これから国力が大幅にダウンするわけだけれど、過去に中国が国力がダウンしてきた時に行ってきた事を歴史から学べば、ほんと、何をしでかすか、わからないわけだ。

 だいたい、字幕組なんて存在が、我々の常識の想像の斜め上の存在なんだから、あの国では、何が起こっても、全く不思議じゃないんだよ。

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2015年7月11日 (土)

ミーナが星になりました

 標題の通りです。素赤琉金(とは言え、白も混じっている)ミーナが星になってしまいました。原因は…分かりません。急に暑くなったから、暑さに負けたのかもしれません。私が帰宅した時、すでにヤバそうな雰囲気でした。こりゃあ、マズいな…と思いつつ、フルートのレッスンに行って、帰ってきたら、星になってました。

 ミーナはマルコと一緒に我が家にやってきた子です。我が家に到着して、マルコが5日で、ミーナが20日で星になったわけです。ちょっと、いくらなんでも、早過ぎない? なんかなー。

 いくら総合ペットショップの金魚ちゃんとは言え、ちょっと弱すぎ。それとも、私の金魚の飼い主としてのスキルが、いきなり下手くそになったのかな? あれこれあれこれと考えてしまいます。

 ミーナが星になって、悲しいは悲しいのだけれど、呆気にとられているのも事実。マルコの死は、そういう事もあるよなあ…と受け入れられたけれど、同日に購入してきたミーナも早死だと、ほんと、色々と凹みます。

 今年の夏はかなり暑そうだから…金魚たちもだいぶコタエルんだろうなあ。今年の夏は、あれこれ覚悟しておかないといけないのかもしれません。

 だからと言って、めげていては、他の子に失礼だ。飼い主として、前向きにならないと、他の金魚たちに失礼だな、うん、そうだ。

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2015年7月10日 (金)

私って、金属アレルギーなんだよなあ(意味深)

 フルートのレッスンに行ってきました。

 お教室に入ったら、先生がなにやら奇妙な音楽をピアノで弾いてました。なんでも、今度、お弟子さんのステージに、伴奏ピアニストとして舞台に上がるので、ちょっくらピアノを弾いてみた…んだそうです。20世紀のフランスの作曲家の作品なんだそうですが、伴奏ピアノだけを聞いていると「これって音楽なの?」って感じでした。和音も複雑になると、雑音と紙一重だよなあ。先生も「いかにも現代曲って感じの曲だよなあ。こんな曲、頼まれなきゃ、絶対にやらない!」って断言してました(笑)。まあ、現代曲の美しさってのは、なかなか分かりづらいよなあ。

 さて、先生のピアノ練習が一段落して、いつものようにロングートーン練習をやりましたが、なんかもう緊張感もへったくれもなく、ビシっと音程が合っちゃいます。うむ、上達したね。でもね、緊張感はないし、部屋はなんか暑いし、なんか意識がボーっとしちゃって、倒れてしまうかと思いました。まあ、倒れる以前、時折、自分が何をしているのか忘れてしまったりする事にビックリしました。いやあ、フルート吹きながら「今、何やっているんだっけ?」ってマジで考え込んじゃわけです(「フルート吹いてるんだよ」と耳打ちしてやりたくなります:涙)。

 疲れてんなあ…。

 エルステ・ユーブンゲンの9番、ようやく合格っす。いやあ、長かった。次は10番と11番。11番は先生さっそく「こんなところでブレスはありえない」と言いながら、結構ブレスの位置を変えてくれました。いやあ、それ、難しいっすよ。

 プチ・エチュードは11番です。かなり頑張って練習してきたつもりだけれど、まだ、リズムがちょっと甘くて、フレージングがめちゃくちゃいい加減で、おまけにあっちこっちでオクターブ音を間違えちゃうし、まだまだって感じです。とにかく、練習が必要だな。

 そう言えば、今回のレッスンもそうだけれど、最近、レッスン中に先生に怒鳴られるようになりました。いやあ、うれしい(るんっ!)。真剣に叱りながら教えてくれるってのは、学ぶ身としては、先生の本気が感じられて、実に嬉しい事です。まあ、本音で言えば、怒鳴られるよりは怒鳴られない方が数倍いいのですが、他の生徒さんには怒鳴りまくって、私の時は敬語で対応されていた時は「生徒としては、まだまだ心を開いてもらっていないなあ…」と思っていたので、今のように、遠慮なく「コラーッ!」ってやられると“よし!”って感じになります。

 あ、私は決してマゾでもなければ、ホモでもないよ。ただ、教える人の本気には、割りと敏感に分かるだけです。

 ええと、雑談だけれど、今回は共通の知人が亡くなったばかりだったので、その人の思い出話をしました。しかし、そんな話はここに書くわけにはいかないわなー。

 知人の話の流れで「好きな楽器はなんですか?」とムチャブリに近い質問をしたら、H先生、やっぱり一番好きなのはフルートだそうですが(当たり前か)、次はピアノなんだそうです。H先生、結構ピアノが得意なんだそうな。確かに、先程も訳の分からない現代曲を弾いていたくらいだから、少なくとも初見力はかなりあるんだと思います。

 そう言えば、先生の奥様、現役のピアニストさんだったわ。そりゃあ、ピアノ、好きだよな。

 後、弦楽器一般は好きだし、歌も好きなんだそうです。「こう見えても、留学してた時はオペラハウスに通っていたんだぜい!」だそうです。…だもんだから、日本人のオペラは「ちょっと聴けない」んだそうです。贅沢だね。

 逆に苦手な楽器は、フルート以外の木管楽器だそうです。特にリード楽器は聞いてる分にはいいけれど、吹くのはちょっとパスなんだそうです。なんでも、クチビルがブルブルするのはイヤなんだそうです。

 で、苦手と言うよりも、心理的に受け付けないのが金管楽器だそうです。お、私と同じ! なので、H先生と一緒にたっぷり金管楽器をディスりました(さすがに、その内容はここには書けない:笑)。おそらく、金管ラブの人が聞いたら、怒り狂うような話をガンガンしちゃいました。

 まあ、好き嫌いとかなんて、趣味趣向の話なんで、勘弁してください。それにして、スッキリしたよ。どうして他人(他楽器)の悪口って、楽しいんでょう、ああ、腹黒い腹黒い(笑)。

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2015年7月 9日 (木)

選曲に悩んでいます

 いやあ、実は、そろそろ、秋のクラシックコンサートに向けての選曲を始めないといけないんです。

 秋のクラシックコンサート。いつも選曲に悩んでいます。このコンサートは、Y先生とは直接の関係はなく、地元の音楽協会の主催で行う、地元のアマチュア音楽家たちの合同発表会のようなコンサートなんです。市の広報で演奏者を公募するので、それに応募すれば、誰でも出演できるという、実に敷居の低いコンサートなんですね。オーディションすら無いんです、うらやましいでしょ(笑)。

 まあ、オーディションが無いからと言って、レベルはそんなに低くないです。時々「そんな演奏で人前に出ていいの」という人もいないわけじゃないですし、私なんかは、客観的にみれば「人前に出ていいの」レベルかもしれないので、他人の事は批判しない事にしておきます。まあ、私のようなレベルの低い演奏者も若干いますが、大半は演奏が楽しめるレベルのアマチュア音楽家の皆さんの発表会となっております。

 とにかく、このコンサート、コンサートとしてはアウェーなんですよ。共演者さんは、基本的に見知らぬ人たちですし、自分の出番の時だけ楽屋に来て、さっさと準備をし、舞台に行って本番をこなして、すぐに帰宅…という感じで、出演者同士の交流も特に何もないし、お客さんも、私たちをを聞きに来たわけでもないわけです。もちろん、Y先生もいらっしゃいません。純粋に私が個人の楽しみとして、コンサートに参加して歌うわけです。まあ、妻も一緒に出演しますし、ピアニストさんは自前で、気心しれているわけで、チームすとんとしては、まあいい感じなんですけれどね。

 でも、そんな感じなので、選曲に悩んじゃわけです。

 これが門下の発表会だったら、話は簡単なんです。先生と話し合って、今、自分に必要な課題を持つ曲を選曲し、長めのレッスン期間を用意して、徹底的に練習して、その結果を披露すればいいんです。共演者も観客も身内みたいな感じで、お気楽な気分で演奏すればいいんです。何かあっても、伴奏ピアニストさんは一流のプロピアニストさんだし、こちらはピアノに身を委ねて歌えばいいし、結果として、ミスろうが何をしようが、終われば打ち上げで、パーとしちゃえばいいんです。

 でも、クラシックコンサートは違うんです。コンサート自体がアウェーである事もそうですが、ピアニストさんも、最近お願いしている方はアマチュアの方で、一緒に勉強して舞台を作っていく感じの方なので、あまりピアニストさんに演奏の負担をかけるわけにもいきません。コンサート自体はY先生とは無関係ですが、先生も地元の音楽家の一人ですから、そこの生徒である私たちが、あまりに無様なマネをさらすと、先生に恥をかかせてしまうので、あんまりみっともない事もできないんです。

 ですから、あまりに攻めの姿勢で選曲して舞台で撃沈をするのも避けたいですが、だからと言って、あまりに安牌な曲を選択するものイヤなんです。できれば、そこそこの難曲を、きちんと歌いあげたいんです。難しいオファーですね。

 とにかく、多くの方と共演し、色々な方々が観客として聞いているので、あまりにベタの曲は選曲がダブる事が多いし、ミスった時に目立つので、避けたいんです。かと言って、あまりに無名な曲は、歌うのもつまらないし、聞いていてもつまらないだろうし…。ああ、悩む悩む。

 ちなみに今まではどんな曲を歌ってきたのかと言うと…

2012年
トスティ作曲『セレナータ/La Serenata』
ベッリーニ作曲『優雅な月よ/Vaga luna, che inargenti』

2013年
チマーラ作曲『Nostalgia/郷愁』
デ・クルティス作曲『Non ti scordar di me/忘れな草』

2014年
ダウランド作曲の『Come again/来たれ、今いちど』
トスティ作曲の『Ideale/理想』
ヴェルディ作曲『Parigi, o cara, noi lasceremo/パリを離れて』

 まあ、こんな感じです。毎年色々とやらかしております。それはさておき、歌っている曲は、基本的に歌曲です。自分的に安牌な曲とチャレンジな曲の組み合わせにしていますし、そんなに有名ではない曲(知る人は知っているけれど…レベル)を選択しています。去年からは、歌曲に加えて、妻との二重唱も入れてます。たまに有名な曲も歌いますが、『優雅な月よ』も『理想』もやっぱり他の方とカブリました。で、カブる時は、なぜか私が前に同じ曲を歌った方の直後に歌うことも多くて、やっぱり歌のカブリは嫌だなあって思います。

 なので、今年は(も?)、やはり曲のカブリを防ぐために、有名な曲は止めて、知る人は知っているけれど…レベルの曲で揃えようと思ってます。

 とりあえず、去年から始めた二重唱は今年も継続します。今年は、ドニゼッティ作曲「Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬」で行こうと思ってます。これは以前からY先生にも話しているので、たぶんOKでしょう。

 実はこの曲、一度、門下の発表会で歌ったのだけれど、その時は、時間の関係で、前半分だけしか歌っていないので、今回は後半部も加えたカタチ、つまり、オペラ劇場などで普通に歌われるカタチにして歌ってみようかなって思ってます。つまり完全版ではないけれど、広く世間で流布しているカタチ(慣習版)って奴で、歌ってみようと思ってます。

 問題は私が一人で歌う歌曲の方だな。制限時間が7分(声楽が7分、ピアノが10分なんです。ちょっと納得いかないです:笑)なので、小さめの曲と中規模の曲を一曲ずつ歌えればいいかなって思ってます。Y先生からは「まずは、ご自分が歌いたい歌を歌いたい順番に並べて用意しておいてください」と言われています。

 第1候補の曲は、私の中で一年以上も前から「是非歌ってみたい」と温めている曲なんです。トスティの歌曲で、すごく良い曲なんだけれど、ステージでは滅多に聞けない曲です。日本国内でこの曲をレパートリーにしているテノールの人って、どれくらいいるのかな? って感じの無名曲。決して簡単な曲ではないので、先生のダメが出るかもしれないから、今はここに書かないけれど、ぜひ歌ってみたいんだよね。

 第2候補の曲も、同じくトスティの曲で、これまた舞台では滅多に聞けない曲です。第1候補の曲よりは、歌うのは優しそうです。その分、ちょっと地味目の曲です。地味だけれど美しいタイプの曲ね。

 第3候補の曲は、レオンカヴァッロのあまり有名でない歌曲です。もしも、この曲を歌うことになったら、もう一曲はトスティを止めて、レオンカヴァッロの有名な歌曲(って言うとアレしかないね:笑)と組み合わせてみようかなって思ってます。

 第4候補の曲は、以前、何気に「この曲、歌ってみたいです」と先生に言ってみたら「歌詞の訛りが強いので、お薦めしません」とダメをいただいているので、望み薄だよなあ…。一応、ナポリ民謡なんだけれどね。

 第5候補の曲は…って、ここまでダメが続いたら、もう音楽之友社の“イタリア近代歌曲集”の中から先生と一緒にあれこれと選びたいと思います。この歌集の中の曲なら、どれも外れがないからね。

 それにしても、選曲作業って、楽しいよね。私、大好きです。

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2015年7月 8日 (水)

正しい演奏と止まらない演奏

 世の中には、完璧な演奏と言うべき演奏があります。それは“ひとつのミスもなく音楽が流れ続け、私達の心に感動を与えてくれる”…そんな演奏の事を言うのでしょう。でもこれは、CDのように録音された音源ならともかく、生演奏であるならば、プロであっても、なかなか難しい事のようです。たいていの演奏には傷があるわけだけれど、その演奏の傷があっても、観客に感動を与えられるのがプロの演奏なんだろうと思います。

 ですから、生演奏であれば、ミスして傷のある演奏は、ある意味当たり前なんです。でも、そんなミスして傷のある演奏を当然としてはいけません。少なくとも学習者ならば、完璧な演奏を目指して練習をしていかないといけません。

 それを求めていく過程で、経由していく道として『正しい演奏』と『止まらない演奏』ってのがあると思います。

 『正しい演奏』とは、ちょっとでも間違えたり、不適切な音を出してしまったら、即座に止まり、すぐに戻って弾き直しをしてから進んでいく演奏の事です。音色にもフィンガリングにも最大の注意を払い、必ず正しい音を正しいリズムで演奏をしていくわけです。H先生に習っているのは、このスタイルです。常に正しくないといけないのです。

 『止まらない演奏』とは、ミスタッチやミスブローなどの間違いがあっても、そのまま突き進んでいく演奏の事です。音楽は時間芸術であり、楽音とは刹那な存在であって、正しくても間違っていても、その場で雲散霧消してしまうのだから、間違いを恐れずに、止まったり落ちたりすることを警戒しながら、常に前進しつづけていく演奏の事です。笛先生に習ったのは、このスタイルです。とにかく、間違ってもいいから、音楽を止まってはいけないのです。

 もちろん、理想は『正しくて止まらない演奏』であって、そこからより完璧に近いものを目指すのが、学習者の態度としては正しいわけだけれど、悲しいかな“二兎を追う者は一兎も得ず”ではないけれど、この2つを同時に求めていくのが難しいなら、まず、どちらの習得を優先すべきでしょうか?

 難しいね。

 H先生は元音大の教授です。教え子の中には世界で活躍しているフルーティストさんもたくさんいます。生徒たちをかなり高いレベルまで教え導いていく役割を担っている先生なわけです。だから、生徒のミスは許しません。ミスをミスらなくなるまでしごいていくスタイルです。最初は、すぐにストップがかかって、何度も何度もやり直しをさせられるだろうけれど、やがて生徒が上達してくれば、ストップがかかる頻度も下がり、先生の元で数十年間研鑽を積めば、いつしか腕扱きのフルーティストが出来上がるというわけです。

 一方、笛先生は、現役のジャズ・ミュージシャンです。毎日ステージで、バンドとセッションをしています。リハーサル時間なんて、ほとんどなく、大抵が本番一発だったり、楽譜をもらってすぐに演奏をしなきゃいけなかったりという状況の中でフルートを吹いているわけです。許されないのは、音楽を止める事と吹き直しをする事です。バンドで演奏している時は、たとえ何があろうとも音楽は常に前進しているわけですから、たとえ自分が間違えても、バンドに合わせて進まないといけないし、自分が演奏から落ちてしまってもジャジャ~ンと言った感じで演奏に再突入しないといけません。でないと、ステージに大穴を開けてしまいますからね。

 どっちが正しいかではなく、どちらも必要な能力なんだろうと思います。おそらく、上達するためなら、ミスをミスのまま放置せずに、ひとつひとつきちんと訂正して、正しく演奏できる癖を身につけるべきだと思いますが、だからと言って、いつもいつも弾き直しをしていては、人前で演奏なんてできるようにはなりません。人前での演奏…つまり、本番では、ミスをしようが何をしようが、知らん顔をして、音楽を前に進めていく必要があります。

 ですから『練習の時はミスの無いように正しい演奏を心がけ、本番では音楽を止めないように止まらない演奏を心がける』のが正しいやり方なんだろうと思います。

 なので、たとえ発表会のような、緩めの本番であっても、一度舞台で演奏を始めたら、弾き直しは無しだよね。

 以前、歌の伴奏を頼んだピアニストさんが、ミスると弾き直しをする癖がある人でした。どうもミスをすると、無意識で弾き直しをしてしまうようで、この人に伴奏を頼むのは、とてもイヤでした。だって、こっちの歌は前に進んでいるのに、ピアノはミスると戻るんだよ。で、その後、歌に追いつくかと言えば、追いつくことはなく、きちんと自分のペースで演奏を続けるわけで、歌っている私の方がピアノに合わせないといけないという、本末転倒な事をやっていました。なんか変な感じでした。

 クレームをつけると「歌はピアノに合わせるものです!」と言い切って、はばかりませんでした。“あなたは伴奏、私が主役”って私は思っていたのでムカムカきましたが、おそらくあちらは“私が伴奏をして差し上げているんだから、文句を言わずに着いてきなさい”ぐらいにしか思っていなかったようです。

 たぶん、このピアニストさんは、ソリストさんだったんだよね、うん、きっとそうだ。そうに違いない!

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2015年7月 7日 (火)

私が持っている“音感”について(笑)

 まず最初に書きますが、私には“絶対音感”なるモノはございません。ですから、ピアノをポンとたたいて音を鳴らして「さて、これは何の音?」と尋ねられても答えられないのは当然として、ドとソぐらい離れていれば「どっちが高い?」と尋ねられても答えられますが、これがドとレとか、ドとシとかの近い音程だと「どっちが高い?」と尋ねられても、よく分からず、正答率がグンと下がります。なんとも、だらしない音感です。よくこれで歌が歌えるものだと、我ながら心配になります。

 さらに言うと、相対音感もないので、ハ長調の“ドレミ~”とニ長調の“ドレミ~”が同じメロディーには思えないという、やっかいな性分も持ちあわしています。面白いでしょ?

 どうも、私の場合、音程という感覚が、極めてアバウトみたいなんです。ですから、音が少々ぶら下がったり、上ずったりしていても、よく分かってません。鈍感なんですね。ですから、いくら歌を練習しても、伴奏が無いと、歌っているうちに音と音との前後の音程の誤差(ぶら下がりとか上ずり)が積もり積もって、歌が終わる頃には、とんでもないところに逝ってしまうという事もしばしばあります。厄介です。おまけに、自分がとんでもないところに逝ってしまったという自覚だけは持っているので、さらに厄介なんです。

 まあ、伴奏があれば、音がどこか別のところに行くことはありません。伴奏さえあれば、その和音の中にしっかりはめて歌えます。問題は、和音にはめるのは得意ですが、どこにはめるかは得意ではないので、合唱などでは、しばしば他所のパートのメロディを歌ってしまったり、全然違う音(でも和音的には正解)を歌ってしまったりします。ああ、厄介だ厄介だ。

 まあ、広い意味での音痴なんでしょうね。例えば、ピアノでドをたたいて「同じ音で歌ってみて」と言われて、ドを出すのは(最近はやや正答率が上がりました)が、実は苦手です。よくよく考えないとできません。うっかり即答してしまうと、ドに対してはラとかラbとかを出しちゃう事もよくあります。変でしょ?

 そんな私ですから、移調された曲には、強い違和感を感じます。

 特に違和感を感じるのは、よく知っている曲が、移調されて演奏されている場合です。そういうケースでは、ピアノの伴奏の最初の数音を聞いただけで「これは違う!」とか思ったりします。

 最近、よく違和感を感じるのが、バリトンさんが歌うトスティです。トスティをバリトンさんが歌う場合、テノールと同じ原調で歌う時もありますが、結構な割合で低めに移調された楽譜(中声用?)を使って歌ってくださる事があります。そんな時は、よく知っている曲なのに、何だかよく分からずに「どこかで聞いたことがあるような気がする…」って思ってしまいます。どうも、私の中では、調が違う事で、別の曲として感じているみたいです。ですから、プログラムなどが用意されていて、事前に曲名が分かっている場合などは、ピアノのイントロを聞くだけで「違う違う違う、これは私が知っている○○という曲ではない!」とか思ったりします。

 厄介です。

 絶対音感がないから、単音だと音の高低なんて全然分からないのに、フレーズになると、フレーズ全体の音の高低とか、調性の違いとかに、やたらと敏感になる私です。

 ちなみに、まったく同じ調性であっても、使用言語が違うと(例えば、イタリア語と英語とか)、これまた別の曲だと思ってしまいます。なにしろ、トスティの“Good-bye”と“Addio”なんて、未だに耳で聞くと、同じ曲(歌詞が違うだけで同じ曲)には聞こえないんだから、またまた厄介です。

 しかし、ソプラノさんやメゾさんがトスティを歌っていても、性別が違うので、最初から「これは別物」とか思うらしく、違和感ではなく、別物感を感じて、気持ち悪くはならないのです。また、通常はピアノ伴奏で歌われるトスティの歌曲がオーケストラ伴奏で歌われていても、案外違和感を感じず、別物とも思わずに、うっとり聞いていたりします。それなのに、どうもバリトンさんが歌うトスティは、移調されている事もあって、違和感バリバリで、なんか落ち着かなかったりします。

 だいたい、自分でも、イタリア古典歌曲など、同じ曲を中声用と高声用の2つの楽譜を使って勉強する事がありますが、移調されているだけで、同じ曲のはずなんですが、歌っていて同じ曲に思えないから不思議なんですよ。よく似ているのだけれど、どっか違う…とか思うわけです。で、似ているがゆえに、その二曲がごっちゃになって、中声用と高声用をブレンドした自作のメロディを歌ってしまったりします(笑)。変でしょ? たとえ伴奏が鳴っていても、ときたまメロディが、どこかに逝っちゃうんですよ。特に中声用の楽譜を歌っている時に、その傾向は強いです。ヤバいなあ。

 その代わりと言っちゃあ何だけれど、歌っていて、よんどころない事情で音を外しても、次のフレーズの頭には平気で元の正しい音に戻ってくるという特技(?)があります。相対音感の方だと、結構難しいそうですが、私は無意識に戻っていたりするのが面白いそうです。

 まあ、こんなデタラメな音感の持ち主なので、ヒドい歌しか歌えませんが、それでも楽しく歌わせてもらってます。これがアマチュアの楽しみだね。もっとも、人前で歌う時は、聞いている人に不快感を与えないように、結構気を使っています、はい。

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2015年7月 6日 (月)

私宛に、詐欺メールが来たよ(笑)

 先日、私の携帯電話の『メッセージ』(いわゆるSMS)に、こんなメールが届きました。

・お知らせ・
net line と申します。
管理番号:***** [*****には五桁の数字が入ってます]

御客様のメール受信設定による御連絡の不着防止の為、弊社社用携帯端末からEメールによる通達を予め御了承下さい。

弊社はこの度、お客様の携帯端末よりご登録中のサイト運営会社様から依頼があり、ご連絡をさせて頂きました。

先方会社は、再三にわたる電子文書による通知状況を踏まえ、請求金額の徴収を困難とし、簡易裁判所に於ける法的解決を求められる段階で、弊社に身辺調査の依頼申請を提出されている段階です。

身辺調査依頼の受託前に状況の再確認に御協力頂きたく御連絡させて頂きましたが、以下の点に関して再度御確認をお願いします。

・機種変更前に退会をしていなかった

・サイト会社からの通達を受信(確認)は出来ていたか

などのご相談・退会手続き等をご希望でしたら、管理番号をご確認の上、本日営業時間内に至急ご連絡下さい。

民事訴訟規則において、訴状提出を控えた現状に於いても、先方企業の御理解の上で、簡潔な解決手段は御座いますが、状況によって事案の対処、解決の方法は大きく異なって参ります。

御自身の状況の確認や、御相談の際は、冒頭の管理番号を把握して頂いた上、弊社まで御連絡下さい。

net line co.ltd
TEL **-4523-8577[**は当然“03”です]
営業時間
平日:10:00〜19:00
祝日:10:00〜18:00

 ええと、差出人の名前は“net line co.ltd”。メールアドレスは“mailer-info.***docomo.ne.jp[**には二桁の数字と@が入ります]”です。一応、うっかりクリックしちゃわないように、危なっかしいところは *** を入れておきました。

 「こんなメールが届くなんて、すとんさん、何かやったの?」

 いえいえ、何もやってませんって。私、これでも品行方正な真人間なんです。そんな清く正しく毎日を真っ直ぐに生きている私のところにも、たまに、この手のメールって届きます。この手のモノが届くと、いつも、愉快に思って、一瞬ホッコリして、その次の瞬間には綺麗さっぱり忘れてしまう私ですが、今回は、こういう悪い人も世の中にいるので、だまされないようにしましょうって事を、皆さんにお知らせするために、ちょっとブログでサラしてみる事にしました。

 これ、いわゆる“詐欺メール”です。

 何が欲しいのかと言うと、こっちの個人情報って奴と金銭です。

 個人情報とは、この場合は電話番号です。なにしろ『メッセージ』(いわゆるSMS)って奴は、電話番号でメールが届けられますからね。

 おそらく相手は自動生成された電話番号を使って、この手の詐欺メールを無作為に多量には無闇矢鱈と送りつけているわけです。なにしろ電子メールの送信なんて、限りなく無料で出来る行為ですからね。で、まずは、どの電話番号が生きていて(利用している人間がいて)、死んでるか(誰も使っていない…何の有用性もない)を判別しているんです。で、うっかり返事をしちゃったら、今度は、こちらの名前とか住所とかその他諸々を聞き出すつもりでしょうね。電話番号と、電話で聞き出した名前とか住所とかその他の情報をまとめて、個人情報のセット作って、それを一覧にまとめて、別の詐欺業者に叩き売るんでしょうね。で、そのアドレス帳は、一種のネタ帳となり、各種詐欺団体さんが利用して、また別の詐欺にかけるわけです。情報というのは、それ一つでは何の役にもたちませんが、複数の情報の関連性が分かると、途端にあれこれ使い道が生まれてくるわけです。

 金銭は分かりやすいですね。架空請求って奴です。債権回収業者を装って、とりあえず、送信した相手をビビらせて金をむしり取ろうってわけですね。

 まず、ちゃんとした会社は、電子メールで使用料金の請求なんてするわけないじゃないですか? 滞納しちゃったら、ちゃんと内容証明郵便でお知らせくださるって(笑)。メールで請求している所が、まず100%アヤシイ。だいたい、請求者の会社代表者の個人名も、担当者の名前も、会社の所在地も書いてないって、変でしょ?

 メールの内容もアヤシイです。

>御客様のメール受信設定による御連絡の不着防止の為

 なんですか? これ。確実に連絡するために、世間には内容証明郵便ってのがあるわけでしょ? それを使えない理由は何なんでしょうね? それにあなたのメールが、現にこうして届いているんだから、メールが不着なわけないじゃん(笑)。

>弊社社用携帯端末からEメールによる通達を予め御了承下さい。

 仕事上の大切な要件を“弊社社用携帯端末”から“Eメール”で送るって…ママゴトですか? 少なくとも、日本の商習慣にはないやり方ですね。

>お客様の携帯端末よりご登録中のサイト運営会社様から依頼があり

 その“サイト運営会社様”から、なぜ私宛に直接請求が来ないのでしょうか? それに、こっちの了解無しに、その“サイト運営会社様”は、当方の個人情報を貴社に横流ししたって事かい? 日本の会社にはありえない所業じゃないかい?

 それ以前に、私、携帯電話からは、どこのサイトとも、取引も登録もしていないのですけれど(大笑)。

>再三にわたる電子文書による通知状況を踏まえ、請求金額の徴収を困難とし

 大切な大切な料金の請求を、電子文書(つまり電子メールですか?)だけで済ます会社って、日本にあるんですか? それに“請求金額の徴収”が必要なら、振込用紙ぐらい郵送しなさいって。

>簡易裁判所に於ける法的解決を求められる段階で、

 いいんじゃないですか? でも、簡易裁判所に訴え出るためには、こちらの住所を知らないとできないんですよ。もしかしたら「裁判所に訴えちゃうよ」と脅しながら、実はこっちの住所を知らなくて、訴えられくて、こんな周りくどい事してるとか?(笑)。

 それにいくら訴えた所で、こちらはすぐさま異議申立てをしちゃうし、友人の弁護士さんが、その辣腕を発揮して、きっちりカタをつけてくれるし(笑)。

>弊社に身辺調査の依頼申請を提出されている段階です。

 調べられてビビるような身辺はありませんので、ご自由に。それに、身辺調査って、結構費用がかかるわけ(探偵さんって、時給2万円/人なんですよ)で、よっぽど巨額の借金でも踏み倒さない限り、身辺調査の調査料はペイできないよ。

>身辺調査依頼の受託前に状況の再確認に御協力頂きたく御連絡させて頂きましたが

 身辺調査をする予定なのに、その前に調査先とコンタクトを取るなんて、軽く依頼人を裏切ってますね。本気で身辺調査をするつもりなら、黙ってやるでしょ、プロなら。

>機種変更前に退会をしていなかった

 バカですか? 機種変更したって、携帯会社とは契約が継続しているんだから、そんな事でユーザーを見失う会社なんて、ありえませんよ。

>サイト会社からの通達を受信(確認)は出来ていたか

 いよいよとなったら、郵便でお願いしまーす(笑)。

>本日営業時間内に至急ご連絡下さい。

 日本人って限定品に弱いからね。“限定10食のアンパン”って聞くと、無性に食べたくなるでしょ? その心理を利用して“本日営業時間内”って言ってるわけだね。いやあ、日本人の心理に詳しいね。研究しているね。

>民事訴訟規則において、訴状提出を控えた現状に於いても、先方企業の御理解の上で、簡潔な解決手段は御座いますが、状況によって事案の対処、解決の方法は大きく異なって参ります。

 これを分かりやすい日本語に訳すと「訴えられたくなかったら、さっさとカネ出せよ。そうしないと、どうなるか、分からねーぞ」って事ですね。いやあ、慇懃無礼な脅しですね。

>御自身の状況の確認や、御相談の際は、冒頭の管理番号を把握して頂いた上、弊社まで御連絡下さい。

 これも訳すと「お前がどこの誰か、こっちは知っているんだから、さっさと電話してこいや!」っつう事ですね。本当にこっちの事を知ってたら、こんな言い方はしないよね。

 確かに世の中には、債権回収業者という人たちはいますが、そういう業者さんが営業するためには、法務大臣の許認可が必要です。ですから、その手の会社の文書には、必ず会社名と許可番号が明記されています。

 ちなみに、法務省が許認可している債権回収業者さんの一覧は、こちらにあります。当然の事ですが“net line co.ltd”のお名前は、ここにはありません。つまり“net line co.ltd”さんは、モグリの業者か、詐欺業者さんって事です。

 こういう詐欺業者はたくさんいるんでしょうね。法務省はわざわざ『債権回収会社と類似の名前をかたった業者による架空の債権の請求に御注意ください』というページを作って、注意喚起をしてくれてます(が、お役所仕事なので、ちょっとばかり読みづらい…)。

 ま、こんな感じで、私のところにも詐欺メールがやってきました。文章の内容もオカシイけれど、それ以前に、文章そのものが変。実にこなれていなくて、ちゃんとした教育を受けた日本人の書いた文章とは思えません。この文章を書いた人、日本語、苦手でしょ? おそらくこの詐欺グループは、外国人が中心となっているグループ(在日の方々もいるかもね)だと思います。実際、最近、外国人たちによる詐欺が横行しているそうですしね。

 こういう人って、もちろん詐欺や盗みが悪い事だと分かっているけれど、相手が日本人なら“愛国無罪”って事で、詐欺も盗みも英雄行為になっちゃうんだよね。だから、良心を痛めることなく、犯罪に手を染める…ってか、そもそも日本の法律に従う気持ちがないからね。

 こういう人たちがいるんだから、きちんと憲法を改正して、移民に関する法律を作らないとダメなんだよ。

 日々、まじめに暮らしている私のところに詐欺メールがやってくるわけですから、もしかしたら、皆さんのところにも詐欺メールがやってくるかもしれません。でもね、そんなの相手にしちゃダメよ。時間の無駄無駄。軽くスルーするのが一番です。

 詐欺はもちろん、だます奴が悪いし犯罪者ですが、ダマされる方もうかつなんです。なにしろ相手は、日本人をだます事で善行を積んでいると勘違いしているような連中なんですから。だから、しっかりとダマされないように、しましょうね。

 というわけで、今回は音楽とは関係のない記事でごめんなさいね。でも、面白かったでしょ?

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2015年7月 5日 (日)

ジンバブエが大変だ!

 『韓国が大変!』、『ギリシャが大変!』とニュースで言ってますが、いやいや、ジンバブエだって結構大変そうです。でも、あんまり報道されないんですよね。かわいそうに。

 ジンバブエって、アフリカ大陸にある国です。アフリカ大陸と言っても、かなり南側。当然、南半球にあります。海には面してません、陸だけの国です。国土面積は日本とほぼ同じ。世界国土の広さランキングでは、ジンバブエが61位、日本が62位ですからね。

 人口は約1400万人(日本の1/10強)。住んでいる人は、当然、ほとんどがアフリカ系の黒人です。98%が黒人、白人&アジア系の人は、残りの2%程度だそうです。人口の2%と言うと、日本に住んでいる在留外国人のパーセンテージとほぼ同じです。

 公用語は英語で、人々はキリスト教を信仰しています。

 元々は、19世紀後半に、イギリスの政治家であるセシル・ローズによって設立された“イギリス南アフリカ会社”によって開発・発展してきた地域の南半分がジンバブエなんだそうです(北半分はザンビアね)。その開発も、最初は鉱山開発で、やがて大規模農園(いわゆるプランテーション農業)経営へと舵を切り、経済的に豊かな地方として発展しました。当時は『アフリカの穀物庫』と呼ばれるほどの豊富な作物を誇る大農業地域だったそうです。

 元々何もなかった所に、白人たちが入植し、鉱山開発と大規模農園経営(典型的な植民地経営っすね)によって経済的に発展し、力を蓄え、やがて南ローデシア自治政府が白人たちによって作られ、イギリスの直轄植民地となりました。ちなみに、ローデシアという名前は、イギリス南アフリカ会社の社長さんのセシル・ローズのローズから取ったそうです(なんすか? それ)。

 南ローデシアは白人が優位を保っていた地域でして、アパルトヘイト政策を行っていました。第二次世界大戦後の脱植民地化の流れにのって、ローデシア共和国として独立。当然、白人による国家でした。

 国家として独立はしたものの、少数の白人が大多数の黒人を支配するという構造(日本で言えば、在日朝鮮/韓国人が日本人を隷属させ日本を支配していると想像すると、分かりやすいかも)だったため、白人と黒人の対立が生まれ、国内は内乱とゲリラ活動が勃発し、ローデシア紛争と呼ばれる戦争状態を経て、1980年に今度は、黒人国家のジンバブエ共和国として独立します。

 最初のうちこそ、白人宥和政策を取っていたジンバブエ政府だけれど、やがて政策は反米・反白人政策に変わり、2000年に白人所有の大農場の強制収容を行い、白人の財産を黒人農民に再分配する“ファスト・トラック”という政策を実施しました(農地改革の一種だね)。この政策のため、国の経済基盤である農園経営の主体が、白人たちから黒人たちに移り、結果として、白人たちが持っていた農業技術・経営手法が失われ、あっという間に飢饉が発生し、食料危機を迎え、ハイパーインフレが発生してしまいました。

 つまり、それまでの豊かなジンバブエを支えていたのは、実は白人たちであり、彼らを追い出してしまったため、農地はあっても生産できず、収穫しても販売できず…という事態を迎えてしまったわけです。大切なのは、大規模農園というハードウェアではなく、大規模農園の経営ノウハウというソフトウェアだったわけです。

 国力はみるみる衰え、経済は悪化し、治安が悪くなり、大統領による独裁政治が強化され、コレラが発生し、言論統制が行われ、疫病は発生し、とにかく国内はグッチャグッチャになりました。国民の不満は募る一方で、失政だらけの国内政治から国民の目をそらすために、反白人政策をバシバシやったので(どっかの国も、国民の不満を国内政治からそらすために、反日政策やってますよね)、白人国家からは総スカンをくらい、国際社会の中では見捨てられた存在となり(だから窮状がロクに報道もされない)、仲良くしてくれるのは、中国とロシアぐらい(!)というテイタラクとなっています。

 ジンバブエの通貨は“ジンバブエドル”です。1980年にローデシアから独立したばかりの頃は、0.68ジンバブエドルが1米ドルでした。つまり、ジンバブエドルの方が米ドルよりも高価で強かったわけです。それくらい、ローデシアが豊かで経済力があったという事です。

 独立直後はともかく、2000年に行ったファスト・トラック以降、そこから坂道を転がるように、ジンバブエドルは弱くなり、2006年にデノミを行い、ジンバブエドルは3桁切り捨て(旧1000ジンバブエドルが新1ジンバブエドルになったわけです)を行ったそうです。これによって、新250ジンバブエドルが1米ドルとなりました。つまり、この16年間で、ジンバブエドルの価値が1/36万に減少したって事です。なんかもう、目が眩みます。

 2008年に二度目のデノミを行い、今回は10桁(!)の切り捨てを行ったそうです[つまり、旧10,000,000,000(100億)ジンバブエドルが新1ジンバブエドルになったわけです]。さらにこの年よりジンバブエは、固定相場から変動相場に移行し、おおよそ、新256,000,000(2億56千万)ジンバブエドルが1米ドルになったそうです。

 ここまでお金の価値が安くなると、ジンバブエの紙幣よりも、印刷する前の紙幣の用紙の方が、絶対に高価だって事ですよ。つまり、ジンバブエの紙幣として印刷された途端に、その紙幣の価値が暴落するって感じです。

 翌年の2009年には三度目のデノミを行い、今度は12桁の切り捨てを行ったそうです(つまり、旧1,000,000,000,000(1兆)ジンバブエドルが新1ジンバブエドルになったわけです)。それでも、こんなにデノミを行っても、新359,000(35万9千)ジンバブエドルが1米ドルだったそうです。もう、ほんま、えらいこっちゃで!

 で、その後、ジンバブエ政府は…あきらめちゃったんでしょうね。ジンバブエドルの無期限発行停止を発表(印刷すればするほど赤字になってたはずです)し、年末には、公務員のお給料をジンバブエドルではなく、米ドルで支払う事にしたそうです。そりゃあそうでしょう、こんなインフレでは、日用品を買うにしても、お札を山のようにリヤカーにでも積み上げて買いに行かないと、何も買えませんからね。

 そして今年2015年6月、ついに政府は公式にジンバブエドルの廃止を宣言し、国内に残っているジンバブエドルはすべて米ドルに交換される事になりました。

 交換レート(?)は、銀行の預金残高が175,000,000,000,000,000(17.5京)ジンバブエドル(ちなみに“京”と言うのは“兆”の上の単位です。ま、普通に生きていれば、見ることのない大きな数字の単位です)までの人は、一律5米ドル(日本円にすると約620円)と交換。17.5京を超える預金残高に対しては、3.5京ジンバブエドルごとに1米ドルで交換されるそうです。

 で、ちょろっと換算すると、つまり300,000,000,000(3000億)ジンバブエドルで、やっと1円ぐらいの価値になるみたいです。つまり、ジンバブエで億万長者になっても、日本じゃ生きられないってわけです。

 反米政策を強く押し出しているくせに、通貨としては米ドルを使用する、つまり経済的にはアメリカの影響下…ってか、支配下に入ることになったわけです。政治的にはともかく、経済的には、アメリカの一地域になり下がってしまったわけで、ジンバブエという国は(経済的には)無くなってしまったわけです。

 それにしても、ひどい状況だな。全く想像が及びません。だって、インフレだからお給料はすごぶる高額なわけで、ガンガンガンガン貯金通帳の数字は増えていくわけです。で、数字が増えすぎて、貯金通帳に記載できなるなると、デノミが行われて、貯金通帳の額面がガクガクガク…と下がってゆくんだよ。変な気分だろうね。

 で、貯金通帳にはたんまりお金があっても、インフレですから、買い物に行くときには、現金は、お財布に入りきるわけもなく、リヤカーにでも山積みにして載せて出かけるわけです。そうなると、紙幣なんて、ティッシュペーパーよりも価値がないわけだ。

 だからと言って、デノミで貯金通帳の残高が減ってしまうのは(悲しいけれど)ともかく、自国の通貨が無くなるなんて…自分の国が経済的に死を迎えるなんて、一体どんな気分だろう…。

 ジンバブエの国民の1/3はHIVに感染しているそうです。平均寿命も、ファスト・トラックを行う前(つまりハイバーインフレが発生する前)は62歳だったけれど、インフレが発生した2006年で36歳と世界最短寿命となりました。もっとも、現在は58歳まで回復しています。それでも日本の83歳と比べると、だいぶ短いです。

 2013年にはジンバブエの国庫には、日本円にして2万円しかなかったそうです。貧しいにも、程があります。でも、そんなジンバブエにも、約1400万人の人間が暮らし、日本人も100人弱の人が住み、日本国内にも100人強のジンバブエ人がいるそうです。たとえ状況がどうであれ、人間が生活しているわけです。

 なんかなー、なんかなー。少なくとも、韓国やギリシャなんかよりも、はるかにハードな状況にあるんじゃないの? ジンバブエって。

蛇足 今回、桁数の大きい数字がバンバン出ました。一部で数えミスがあったら…勘弁してね。

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2015年7月 4日 (土)

エナと3本の緋ドジョウがやってきたでござる

 先日、キング門下の発表会、もとい、演奏会(ここの門下の発表会は、発表会ではなく演奏会と呼ばないといけないのです。念のため)があって、聞いてきました。まあ、皆さん、相変わらずで、よござんした。

 それはともかく、その帰り道の電車の乗り換え駅の近く(と言っても、徒歩20分ぐらいの場所)にアクア屋さんがある事を思い出して、とりあえず行ってみました。

 アクア屋さん…魚類&水草がメインのペットショップの事です。そこは、魚類の他にも、ちょっとずつ、蛇とか家守とか井守とか蜥蜴とかもいて、そのエサ用の虫とかハムシとかワームとかコックローチとかも売ってたりして、まあ、なかなかのお店なんです。あと、申し訳無さそうに、ワンコとニャンコとマウスとラットとラビットがいたりするけれど、圧倒的に、サカナサカナサカナなお店なんです。

 目的は、緋ドジョウです。とにかく、ここんところ市場では緋ドジョウが枯渇しているようで、ネットでもめったに見かけないし、リアルな店でもトンと見かけないんです。店の人と話しても「緋ドジョウは注文しても、いつ入ってくるか分からないんだよね」というわけで、だったら専門店に行ってみれば、さすがにいるんじゃないの? ってわけで、アクア屋さんに行ってみたんです。

 …いました、緋ドジョウ。さすがに専門店です。でも、たった5本しかしません。まあ、5本全部を購入しちゃうのは気が引けたので、とりあえず3本いただきました。一本598円でした。ちなみに、一番大きな子で、ごくごくミニサイズのほぼマッチ棒程度の大きさです。一番小さな子は…メダカよりも小さいかも! サイズ的には、SS、あるいは3Sってところかな? このサイズで598円とは、よほど緋ドジョウは、市場では品薄で、貴重な存在になっているわけですね。

 とりあえず、緋ドジョウが入手できて、よかったよかった。

 で、そのヒドジョウが入っている水槽には、一緒に金魚も入っていました。琉金と獅子頭と丹頂です。たいていの子が、人間に背を向けている中、一匹の丹頂だけが、やたらと自分をアピールしてきます。すごくアピールしてきます。“買って買って買って光線”をキラキラ出しています。

 その水槽に入っている丹頂は、1匹498円。その足元の(水槽ではなく)ビニール袋に入っている丹頂は、一袋で380円。その袋には、3匹の丹頂が入っていたりします。つまり、3匹で380円なんです。周辺の水槽には、1匹、4980円のサラサ琉金とか、7980円の素赤琉金(以前、ウチにいたサクラぐらいの大きさの金魚たちです)とかも売ってる一方、1匹50円の和金も売ってたりします。いやあ、専門店の値付けって、ピンきりでちっとも分かりませんわ。

 私、“買って買って買って光線”に負けました(笑)。

 丹頂は、つい先日、マルコを見送ったばかりです。長らく、我が家の水槽では『丹頂と言えばサクラ』でしたから、もしもサクラの怨念があるなら、この子もマルコ同様に、購入しても、すぐに星になってしまうかもしれないと思うと、気が乗らなかったし、どうせ買うなら、今我が家にいるのは安物金魚たちなので、足元にいる安い子たちでもいいかと思っていましたが、よくよく見ると、やっぱり専門店で498円の子は、同じ丹頂でも、マルコとは全然ちがって、色もカタチも実に良いのです。あえて言えば、顔つきがちょっとブス。金魚のくせして、まるでアジのような顔つきしているんです。まあ、顔つきは成長とともに変わるかもしれませんので、良しとする事にしました。

 名前は…あんまりアジみたいな顔つきをしているので、最初は“アジコ”と名づけたら、妻に「名は体を表すって言うじゃないの? そんな名前をつけたら、その子、ほんとうにブスになっちゃうよ」と言われたので、名前だけでもかわいいのにしてあげようという事になり“エナ”と名づけました。漢字表記だと“海名”。難読ネームだね(笑)。ちなみにミーナは“水名”。これまた難読文字。星になっちゃったけれど、マルコは“丸子”。こっちはあっけらかんとした名前でしょ。

 ちなみに、今いる他の子たちは、オタキサンは“お滝さん”(笑)。ヤヨイは“弥生”。ミドリは“翠”。ミカンは“蜜柑”。ま、こんな感じ(漢字)。

 と言うわけで、エナと3本の緋ドジョウをよろしくお願いします。

蛇足。そういえば、少し前、マルコとミーナと入れ替えで、オタキサンを入院させたんだっけ。オタキサンのカラダがあまりにボロボロだったので、その回復を図ったわけです。ほんの三日間の入院でしたが、それだけでオタキサンのカラダは見違えるように回復しました。オタキサン、すごい回復力だね。

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2015年7月 3日 (金)

実技無しでも入れる音大があるそうです(どこだろ?)

 フルートのレッスンを受けてきました。

 今日も今日とて、ちと遅刻して行った私でしたが、先生も心得たもので、私が遅刻してくるという前提で、近所の店に買い物に行ってました。で、ちょうど先生がお店から出てくるところと、私が教室に行くところが偶然に重なって、道端で「こんばんは~、よろしくお願いします」とか挨拶しちゃった、そんな今日このごろです。

 今週は声楽のレッスンで、散々腹筋を使い、今も少しずつだけれど腹筋の筋トレなんかやっている私ですが、そのせいでしょうか、フルートの音がいつもよりもきれいなんですわー。おまけに音程もバッチリです。やはり、フルートでも腹筋は大切なんですなあ。頑張ろう。

 さて、レッスンです。エルステ・ユーブンゲンは9番です。二週間も間が開いたんだから、さぞ練習しているだろうと思いきや、自分でもびっくりするぐらい練習していなかったので、前回は「あとちょっとで暗譜も完璧!」まで持っていったのに、今回は、あっちこっち霞がかかっちゃいました。いやあ、言い古された言葉だけれどけ『継続は力なり』って真理ですよね。9番がそんなテイタラクですから、10番なんて、ちっとも出来ちゃいないです。

 プチ・エチュードは11番。今回が初回のレッスンです。指は…そんなに難しくないです。ゆっくり吹けば何とかなりますので、練習を重ねることでスピードアップも可能だと思いますが、問題はリズム(涙)。最初は気持ちよく十六分音符の羅列を吹いていくのですが、途中で、これが八分音符の羅列に変わった途端に、何かにつまづくようにリズムが取れなくなる私です。イカンなあ…。先生にも散々「リズムがデタラメ」と言われちゃいました。ま、そうですね。

 あと「スラーがでたらめ」とも言われましたが、自分ではきちんと吹いているつもりなので、どこぞで無意識にでたらめな事をやっているのかもしれません。とにかく先にリズムをやっつけようと思います。リズムをができたら、先生にスラーの指摘をしてもらって、それからスピードアップをして仕上げようと思ってます。ああ、先は長いなあ。

 今回はH先生とは、とりとめもない話をしてしまい、とてもブログに載せられるような話題ではなかったので、先生との雑談は割愛。その代わりに、友人のオルガニストさん(某東京G大卒業)との雑談で知った事を書きます。

 私はよく「昨今の音大生は、ピアノも弾けない子がいて、どうしたんだい?」という話をしますし、ブログにも書きますが、例によって、そんな話を現役のオルガニストさんとしたと思って下さい。そしたらそのオルガニストさん「そりゃあしょうがないよ。だって、最近の音大って、実技無しでも入れるんだよ」と来たもんだ!

 ビックリだよね。音楽なのに実技なし? 学力試験を受けて作文書けば入れる大学もいっぱい(?)あるんだそうです。え、それでいいの?

 …いいんだそうです。と言うのも、音大に入るからと言って、今の時代は、みんながみんな、幼い時からピアノを習っているわけじゃないんだそうです。それこそ、吹部経由で音大を志望したり、軽音経由で音大を志望したり、ゲームオタクやアニオタが思い立って音大を志望したり…今って、そんな時代なんだそうです。で、そんな“にわか受験者(失礼)”たちは当然ピアノなんて弾けないわけだし、たとえピアノが弾けない受験者であっても、受け入れないと経営が厳しい学校がゴチャマンとあるんだそうです。

 うひょ~、だよね。H先生も似たような話をしてますが、先生はだいぶ前に教授を引退しておりますが、オルガニストさんは現役ですからね、持っている情報が実に生々しいんです。

 「そうか、作文書いたり、面接したりするだけで、入れる音大があるんだ。だったら、私でも入れる音大あるかも…」とか言ったら「生徒として入学? あなたなら、先生、できるんじゃないの?」って言われちゃました。まあ…実技系の授業は無理だけれど、座学系の授業なら、音大の先生、できるかもな(大笑)。一応、これでも心理学の学位持っているし(笑)。

 でもね、音大って、そもそも、教育現場に音楽の先生を供給するために存在する学校でしょ? 学校の音楽の先生に求められる事は、授業はもちろん、その他に『校歌の伴奏をする』『合唱コンクールの指導をする』『吹奏楽部/合唱部の顧問兼コーチをする』ってのがあるわけで、結局“ピアノが弾けて、歌が歌えて、指揮ができる”人材が必要なんだよね。

 それなのに、ピアノが弾けない、歌が歌えない、指揮ができない学生を卒業させているんじゃ、大学としての存在意味、無いじゃん。入学の段階で、ピアノが弾けなかったり、歌が歌えなかったりしても、それはそれでいいと思うよ。でもね、卒業するまでには、ガンガンピアノが弾けるように育て上げ、バリバリ歌えるようにし、汗だくになって指揮が出来るように、鍛え上げて欲しいものです。それでこその音大じゃないですか?

 ほんと、そう願います。

 そのうち“ピアノが弾けない、歌が歌えない、指揮ができない”どころか“楽譜が読めない”卒業生も出てきたりして…特にコンピューターを使ってポピュラー音楽を学んでいる学科の生徒さんあたりが、極めてヤバそうだけれど、それは私の杞憂でしょうか?

 音大でポピュラー音楽も学べる時代なんですよ、今って。

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2015年7月 2日 (木)

結局は、筋力不足…なのか!

 さて、声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 まずはローザ作曲の「Star vicino/側にいること」からです。

 この曲は、とにかく歌詞の“i”の部分が割と高音に来ることが多いのだけれど、そこでクチを狭くすると、音程が届かなくなるし、声も美しくないので、とにかく“i”になっても、クチは閉じずに縦開きのままでこらえて歌うのです。そのためにも、腹筋でしっかり声を支えないといけません。

 クチを縦開き…というのは、俗に言う“あくびのクチ”の事です。で、なぜ、単純に“クチを開く”ではなく“あくびのクチ”という言い方をするのかと言うと、大切なのは、上アゴを開くかどうかなんだそうです。私たちが単純に“クチを開く”と言うと、口先を大きく開き、結果としてクチの中はむしろ閉じてしまうのです。しかし“あくびのクチ”は、単純にクチを開くのと違って、クチの中や奥までも大きく開くのです。で、クチの中とか奥を開くとは、上アゴを開くことなんだそうです。“あくびのクチ”というイメージがなくても、しっかり上アゴを大きく開くことができるなら、問題はないのだけれど、上アゴは下アゴと違って、どう開いていいかイメージが湧きづらいでしょ? それで“あくびのクチ”なんです。

 肝心なのは上アゴを開くことなんだけれど、私が歌っている時、暗譜をしているわけではないので、譜面台に置いた楽譜をガン見しています。で、私が見ているレッスン室の譜面台がかなり低いんです。いや、正確に言えば、譜面台が低いのではなく、私がデカイだけなんですが(笑)。で、どうしても譜面台が低いので、目線が下になりがちです。それもかなり下になりがちです。こんなに下を向いていては、アゴが上にも下にも開かないわな。そう思って、楽譜を持ち上げて目の高さに持って行ったら、かなり歌いやすくなりました…でも、いつもいつもそんな事はしてられないよね。

 ちなみに、自宅練習では譜面は目の高さにセッティングしてある譜面台(パソコンデスクの屋根の部分に卓上用の譜面台を置いているんです)で歌っているので、こういう問題は生じません。なかなか難しいよね。

 次は、ベッリーニ作曲の「Vanne, o rosa fortunata/お行き、幸せなバラよ」です。この曲は今回が初めてのレッスンです。

 先ず最初に歌い始めたところ、私と先生のテンポが全然違っていました。この曲は、バリトンのレパートリーにはないようで、先生、この曲に馴染みがないようでした。ですから、先生、ゆっくりとピアノを弾きだしました。私は…と言うと、そのテンポに合わせるようにしながら合わせずに、どんどん速いテンポで歌って、私が考える標準テンポに持っていきました。この間のやりとりが、ちょっとばかり面白かったです。でもまあ、この曲を歌い終えるまでには、先生、この曲の事をしっかりと把握されたようです。

 で、自宅では、とりあえずなんとかカタチにして歌っている曲なんですが、レッスンにくると、最高音が届かなくて、かなり無様なカタチになってしまいました。なんか本日は、この曲を歌っていても、高いAが出る気がしないんですよ。

 先生は出ないAに関しては何もおっしゃいません。しかし、普通に出るGに関しては「もっと楽に。放り投げるようにポーンと出してください」とおっしゃいます。さらに腹筋の動きには「腹筋は絶対に固めないように。腹筋を入れて歌い終えたら、必ずリセットしてください。(腹筋を)入れる、リセット。入れる、リセット。この繰り返しです」とおっしゃって、何度かトライさせます。やるたびに「まだ足りない」「まだ足りない」「まだ足りない」の繰り返しで、もうこれ以上は出来ないというくらい、激しく腹筋を入れた時に、意図せず高いAが出ちゃいました。それも楽々、朗々と。よもやそんな声が出るとは思っていなかった私は、自分でビックリしちゃいました。

 「今は筋力が足りなくて、必死にやらないとAは出ないけれど、筋力が付けば、それくらいはたやすく出るようになるはずだから…筋トレ、頼みますよ」と言われました。はははは、つまり私に高音が欠如している理由は、やり方に熟知していないと言うこともあるけれど、それよりもなによりも筋力が足りないという事だね。

 私、格闘技をやってましたから、腕力とか脚力とかには自信がありますし、腹筋だって固めるだけなら得意ですが、体幹そのものは、どうも弱いんですね。体幹の強い人って、姿勢がいいですよね。バレエダンサーさんなんて、いつもピリッとしているわけです。私は猫背とまではいかなくても、いつもなんか姿勢がダラっとしているわけで…弱点は体幹にありって事です。体幹を鍛えないと…。

 その他に注意された事は、同じ音程の音が続く時は、どんどん響きを増してゆくと、音程が下がりづらいという事。後、歌の途中で、一度でもノドを鳴らしてしまうと、そこで声が終わってしまうので、決してノドを鳴らさないように気をつけて歌う事…かな!

 ああ、この曲、やっぱり難しいなあ。K先生は「パッサージョの連続で難しい」とおっしゃっていましたが、私の場合は、パッサージョも難しいけれど、それ以前の問題点にあっちこっちひっかかっております。

 ベッリーニって、モーツァルトほどではないけれど、難しいですね。考えてみれば、この二人、案外、活躍した時代が近いんだよね。ベッリーニって、モーツァルトの次の世代の人だし、音楽様式的には、ロココ派と初期ロマン派だものね。通じるものがあるんでしょうね。

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2015年7月 1日 (水)

肺を圧縮して、あくびのクチをして…

 声楽のレッスンを受けてきました。

 レッスンの前に軽く雑談をしました。どんな雑談かと言うと『テノールからバリトンに転向したドミンゴってどうなの?』という話題です。まずは比較してみましょう。題材は、ヴェルディ作曲の『椿姫』のデュエットです。

 最初はテノール時代の歌唱です。

 素晴らしいですね。まあ、リリックなテノールにしては、太くて割りと重い声ですが、こういうテノールもアリです。いやあ、むしろ、男性っぽい声でいいじゃないですか?

 さて、次はバリトン時代の歌唱です。同じオペラですが、役が変わって、息子役(テノール)から父親役(バリトン)に変わってます。

 まあ、バリトンだよね。渋みに欠けるけれど華やかな声です。バリトンにしては、キラキラした声だけど、まあ、こういうバリトンもアリっちゃあアリかな…? 

 と思ったところで、今度は両者を聴き比べてみてください。実は、使用している音域こそ違うけれど、ほぼ同じ声なんです(まあ、同じ人なんだから当たり前っちゃあ当たり前)。実はドミンゴって、デビュー前の本当に若かった頃はバリトンでした。で、デビュー前にテノールに転向して、テノールとして世界的に活躍して、年を取って普通なら引退してしかるべき年齢になった時に、今度はバリトンに転向したというわけです。いや、バリトンに戻ったというべきなのかな?

 つまり、彼は元々、テノール的であり、かつ、バリトン的な声の持ち主…と言えるわけで、だから彼がテノールを歌っても、バリトンを歌っても、何も変わらないってわけです。それが良いのかどうか…ここがお好きな方々には気になるところってわけです。

 私はドミンゴ自身が好きだし、彼の声が好きなので、同じ声でテノールもバリトンも歌ってくれるのは嬉しい、、彼の声で聞ける曲が増えて、とてもハッピーです。ですから、これはOKです。でも、Y先生はプロのバリトン歌手ですから、なんか気に入らないようです。ってか“元テノールがバリトンの畑を荒らしに来ている”って感じられているのかもしれないし、実際、ドミンゴはバリトンの畑を荒らしていると思います。それに低声歌手目線で見れば、ドミンゴの声には低声歌手としての旨味が足りないと感じるのも事実でしょうしね。

 まあ、色々と難しいね。

 「さて、今日は筋肉の使い方を学びましょう」と先生がおっしゃいました。筋肉の使い方と言うのは、肺を圧縮するための筋肉の動かし方です。肺を圧縮すると言っても、肺自身を圧縮するのではなく(そんな事をしたら障害者になってしまうでしょう)、肺の中の空気圧を高める事を“肺を圧縮する”という言い方をしているわけです。

 その目的は「高いAをスムーズに出すため」です。私、高いAを出す能力を持っているそうですが、うまく出せません。声がひっかかったり、音が届かなかったりと、まあ色々と、ご苦労な状態なので、それを高いG同様に、すらっと出せるようにしましょうと言うわけで、そのために肺の圧縮ができるようにしましょうという事です。

 まずは正しい肺の圧縮のやり方を確認します。

 1)背筋を伸ばして、スクっと立ちます。
 2)胸を張って、肩をやや後ろに引きます。
 3)腕はダラリとぶら下げ、腕の重さを感じます。
 4)腹筋を軽く後ろに引きます。
 5)腰を上に伸します。

 これでニュートラルの状態です。ここがスタート地点です。

 6)肩が上がらないようにします。気持ち的には肩を下げる気分です。
 7)腹筋を上に持ち上げます。

 以上です。つまり、肩と横隔膜で灰をグイグイと圧縮していく感覚です。うまく肺が圧縮できると、胸郭が広がり胸が前に膨れます。また腹筋を上に持ち上げる際に、背筋をかなり使うので、背筋が膨れ上がります。

 で、やってみましたが、私程度の圧縮では、全然不足なんだそうです。腹筋の動きも悪ければ、胸の動きも悪い。最初は腰がツッても不思議ないのに、全然その気配すらない。あまりに筋力がなさすぎて、お話にならない…というレベルのようです。ダメだな。先生から「筋トレ、よろしく」と言われました。しゃーない、やるか。

 で、肺が圧縮できても、それだけでは高音は出ません。その息をどこを通して外に出すかも大切なんです。具体的に言えば、クチの中を最大限に広げて、後ろを通して発声することだけれど、それを簡単に言うと“あくびのクチ”という結論になります。

 で、せっかく肺を圧縮して、あくびのクチにしても、ノドを鳴らして歌ってしまうと、全部ダメになってしまいます。と言うのも『“ノドを鳴らす”=“喉声”』だからです。喉声はいけませんよね。ではどうするか? 『響きで歌う』わけです。響きで歌えば、声は軽くて大きくなりますが、音程も音質も不安定にもなります。それを安定させるためには、しっかり息を支えないといけません。

 と言うわけで、結局、私が先日書いた『高音発声のコツ(テノール編)』とほぼ同じ結論になりました。つまり、私の場合「分かっていても、できていない」って事ですね。なんか、情けないです。

 なんかなー。

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