ひとこと

  •  理解できない事。昨今の中国では「脚臭塩」と呼ばれる、足の臭いのする食塩が蔓延しているそうだ。分析してみると、亜硝酸塩という毒物さえ混入しているそうだ。また逆に健康に良いとされている短鎖脂肪酸が入っているケースもあったそうだ。どちらにせよ、食塩というものは、ほぼ純粋な“NaCl”じゃないの? 国際食品規格委員会で定められた食塩の品質に照らし合わせても、亜硝酸塩とか短鎖脂肪酸などが入り込む余地は無いんだけれどなあ。食塩というのは、人間が生きていく上で必要不可欠なものなのに、その食塩の品質すら危ういなんて、ああ理解できない。ちなみに、足の臭いのする食塩とか言うけれど、足の臭いって…どんなんだろ? 足って、そんなに臭いか?
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2015年6月 8日 (月)

先生を変える事は悲しい事ではない(声楽編)

 さて、今回の記事の前編にあたる“フルート編”では、先生を変える理由と、変えるための方便の話をしました。今回の声楽編では、先生を変える事で、失う事と得られる事を比較してみたいと思います。

 私がなぜ声楽の先生を変えるに至ったかという内容の記事を期待していた方には…ごめんなさい。私、声楽の先生を変えるにあたっては、当時の先生から、ひどい仕打ちを受けて、それがPTSDのように心理的外傷となって残っているので、今でもあの頃の事を思い出すと、体調不良になるので、あまり書きたくないんです。

 なんて書くと、まるで私がひどい不義理をしたように思われるかもしれませんが、事実は逆で、私は誠心誠意キング先生に仕えていたわけですが、その年は、私がターゲットになってしまって、門下から追い出されただけなんです。

 実は、キング先生は、トラブルメーカーさんで、毎年のように生徒さんたちやピアニストさんや仕事関係者さんたちとケンカ別れをしていました。私は歌劇団の代表をしていた事もあり、追い出される生徒さんを慰めたり、仲介をしようとしていた事もあって、そういう先生の気質については、熟知していたつもりだし、先生のそういう性格も含めて愛らしく思っていたわけですが、その攻撃の矛先が、まさか自分に向かうとは思っていなかったし、慰めていた生徒さんの言い分は、大げさだなあと思っていたわけですが、実は控えめにしか語っていなかった事にも気づいたわけです。

 まあ、いいや。これ以上書いて体調不良になっても、誰も得しないから、止めておきます。閑話休題です。

 先生を変える事は、100%良い事とは限りません。もちろん、先生を変える事で得られる事もありますが、失う事だって少なからずあります。私のように、先生から嫌がらせを受けて辞める…のような、緊急の場合はともかくとして、普通のケースでは、先生を変えようという決断をする前に、考える時間があると思いますので、その時点で、得るもの失うものを、よくよく天秤にかける事をお薦めします。

 では、私の事例を元に、得るものと失うものの比較してみましょう。

 まずは、先生を変えて失うものです。

1)先生を介した仲間や知り合い、友達

 キング門下は門下生の仲が良く、仲間意識が強いのが特徴の門下でした。特に歌劇団(私が立ち上げ、運営も私と妻で行っていました)の団員は、互いが特別な関係にあったと言えます。当然、門下を追い出された時、歌劇団も追い出されて、私の知らないうちに歌劇団の団長も私から別の人に変わっていて、すべて事後承諾でした。ヒドい話ですが、あの先生ならやりかねない事でしたから、驚きはしませんでしたが、同じ門下の人たちとの縁が一度に断ち切られてしまったのは、当時、とてもつらかったです。今では、キング先生と内緒でつながりを回復した方もいるけれど(その人に迷惑がかかるので、ここでは書きません)、皆さん、先生の性格を考えると、私とつきあいがあるなんて、誰も言えないわけです。困った話です。

 私のところは極端な話ですが、でも先生を変えると、先生を介した人間関係が無くなってしまうのは事実です。ですから、先生を変える時には、その先生を介してつながった人間関係をどうするべきか。その先生を抜きにしても、つながれる関係にある人はいるのか、そんな辺りも、先生を変える際には考慮に入れてしかるべきだと思いますよ。

2)金銭的余裕

 先生が変われば、謝礼や習い事にかかる費用は、当然、変わります。

 キング先生は、とても安い先生でした。一方、現在の声楽の先生であるY先生のところの謝礼は、まあ、業界の標準的価格です。ですから、キング先生のところは毎週レッスンがあって、月一回歌劇団の練習があって、それらにかかる費用の約一ヶ月分が、Y先生のところの一回分の謝礼に相当する…わけです。ですから、Y先生ところは、月二回ほどレッスンに通ってますので、一ヶ月の謝礼関係費は、単純計算で言うとキング先生時代の2倍+αなんですね。

 費用は倍増ですが、時間は激減しております(笑)。コスパは確実に悪くなってますが、レッスン内容は充実しているし、私もめきめきと上達していますので、費用が倍増するのも仕方なしと思ってます。発表会などの参加費も倍額では済ませんから、金銭的に厳しくなったのは事実です。

 でも、安いのは正義ですからね。先生を変えると、大抵の場合、謝礼関係は増えるのが普通のようですから、そこらへんについては、よくよく覚悟を決めておく必要はあります。

 私の場合、先生を変えて失ったものは、これくらいかな? でも“人と金”ですから、大きな損失ですよね。

 次に先生を変えて得られた事を書きます。

1)健康と希望

 キング先生のところで学ぶと、私の頃は、ノドを壊す人が少なからずいました。私の妻は、キング先生に習い始めて、あっという間にノドを壊して発声障害を起こしてしまい、声楽専門のお医者さんのところ駆け込みました。まだ決定的に壊れる前だったので、そのお医者さんに医学的に治療してもらい、(キング式とは全く異なるメソッドの)ノドを壊さない発声方法も教わり、なんとか歌の世界に復帰できたわけですが、みんながみんなそういうわけにはいきませんから、注意をしないといけません。

 かく言う私も、辞める直前は、かなりノドがイカれていました。私は、誰にでも感心されるほどに、ノドが強い人で、滅多にノドを痛める事などなかったくらいに、強いノドを持っている人なんですが、その私が、なにしろ、歌い始めるとノドから血のニオイが上がってくるほどでしたからね。それは可怪しい事なので、それを回避しようとすると、先生からダメ出しがあって、一番つらい状態で歌わないとOKが出なくなり、レッスンでノドを傷めて、休んで回復して、またレッスンでノドを傷めて…が続きました。

 おそらく、あのまま、キング先生の元で歌い続けていたら、ノドを壊して声を失ってしまい、歌をあきらめなければいけなかったろうと思います。

 キング先生のところを辞めた時に、妻がお世話になった声楽専門のお医者さんのところに通うつもりでいたくらいでしたが、タイミング的に、お医者さんのところに行くよりも先に、Y先生のところに行くことになり、当然、ノドの痛みと血のニオイについて相談をしたところ、すぐにそれを解決してくれたので、お医者さんに通わずに済みました。

 やはり、ノドの痛みと血のニオイの原因は、私に合わない発声方法にあったわけです。キング先生が理想とする発声方法や声は、結果として、私や妻には合わず、それが原因でノドが壊れて声を失いかけていたわけなんです。

 Y先生のところに移り、ごく一般的な発声方法を学ぶ事で、私は健康を手に入れ、以前よりも声がよく出るようになり、アマチュア歌手としての将来への希望を手に入れました。先生を変えた事で、健康と希望を手にしたわけで、これが私が先生を変えて得た事のナンバーワンと言えるでしょう。

2)積極性と出会い

 キング先生の門下は、みんな仲良しなんです。それはとても良い事だけれど、反面、仲が良すぎるために、人脈が外に広がっていかないというキライがありました。

 Y門下は、皆さんクールで、つるみません。仲は悪くないのですが、そもそも顔を合わせる機会があまりありません。ですから、仲間がいない分、その分の楽しみを外に求めていかないといけない状況にあります。Y門下の方々は、それぞれ個人で音楽的な広がりを持っています。アマチュア歌劇団にいる人、プロのオーケストラ付属の合唱団にいる人、プロの歌劇団に合唱メンバーとして参加している人、声楽アンサンブルを結成して活動している人、自分で演奏会を企画して(ついでに自分も出演して)いる人、ほんと、様々な人がいるのです。

 私も自分で活動の場を広げていかないといけないと感じました。そう思った時に、めぐり合わせがあるんでしょうが、複数のピアニストさんと知り合いになるチャンスに恵まれ、キング門下時代では考えられなかった、地元のクラシックコンサートに出演するチャンスに恵まれるようになりました。環境の変化によって、否応なしに積極的に動かざるを得なくなって、それでピアニストさんと巡り会い、定期的に(アウェーな)演奏会に出演できるようになって、うれしいです。これも先生を変えたから得られた事の一つだと思ってます。

 やがてもっと上達したら、ボランティア演奏会などにも、ピアニストさん持参で出演しちゃおうかしら…なんて事だって考えているんですよん。

3)テノール歌手としてのプライド

 キング先生の元では、散々にけなされていた私でした。私は、キング先生以前の先生方によって、テノールとして見出され、テノールとして頑張ってきた人です。いわば、テノールである事は私の一部となっていました。

 でも、キング先生のところでは、そのテノールの自信というか、アイデンティティーが事ある毎に傷つけられ、壊されてきました。キング先生に習う前には軽々と出ていた高音が、キング先生の指導を受けるようになってからは出なくなり、あげくの果てに「君にはテノールは無理だから、バリトンに転向しなさい」と宣言される始末。ほんと悩みました。自分のアイデンティティーの一部を、こうも簡単に否定されてしまったわけですからね。私にとっては、人格を否定されたのも一緒です。

 今、Y先生の事で、再びテノールとして学んでいます。Y先生がおっしゃるには「すとんさんがバリトン? ありえないでしょ。すとんさんはテノールですよ」と軽く答えてくださいますし、失った高音も少しずつ戻りつつあります。とても良い感じです。アマチュアテノール歌手としてのプライドが修復され、精神的に癒やされている事を感じます。

4)妻の笑顔

 キング門下にいた頃、私はキング先生が大好きで、彼に仕える事も喜びだったわけですが、妻は違いました。妻は、入門早々にノドを壊された事もあって、キング先生には最初から不信感しか持っていなかったし、私がキング先生に仕えるので、仕方なしに私のために、キング先生の仕事の下請けをやっていたわけです。

 ですから、妻はキング先生の事が大キライだったし、何かと批判的でした。レッスンが終わる度に、キング先生の指導の間違った点やおかしな点をあげつらい、それが夫婦げんかの火種になっていました。

 Y先生の指導には妻も満足していますので、今では声楽のレッスンの帰り道は、和気あいあいとしています。、妻も、以前と違ってレッスンを楽しみにしていますので、家庭も円満です。声楽を一緒に習うことで、妻が喜んでくれるようになってくれたのは、とてもうれしいです。

5)声楽の技術と上達の確信

 私は歌が好きです。ですから、キング先生のところで声楽を習っていた時も、それなりに満足していました。とにかく、レッスンは毎週あるので、毎週歌えたわけですし、キング先生は生徒を遊ばせるのが上手なので、私も先生の手のひらの上で遊んでいて、それはそれは楽しかったです。

 歌そのものは、あまり上達していない…というか、むしろ下手になっている事は、薄々分かっていました(ブログでたまにその点を指摘されると、胸が痛かったです)。上達を望んでいなかったわけではないけれど、毎日毎日が、それなりに楽しかったので、それで良かったんですよ。まあ、最後の方では、ノドが壊れてしまい、歌うことそのものが楽しくなくなってしまい、その上、自分の歌が下手になっている事実と直面しなければいけなくなった時は、本当につらかったです。

 今のY先生のところに移動してから、発声法にせよ、歌唱法にせよ、基礎の基礎の根本から見直しをして、練習していますので、私の実力がメキメキと上達しているのを感じます。それでも、あそこの門下の中では底辺をウロウロしているのは事実ですから、もっともっと頑張って、上達しなきゃいけないって気になります。向上心が刺激されるわけです。

6)時間的余裕

 キング先生のところはレッスンが毎週あったし、毎月アマチュア歌劇団の練習がありました。もちろん、それらの準備にも時間が必要でしたから、ほんと、毎日が忙しかったです。あの頃は、仕事に時間的な余裕があったので、それでもなんとかなりました。

 キング先生の所を離れてから、しばらくして、某所から声がかかって、私は転職をしました。今の職場は、以前とは違って、大変忙しい職場です。部下もたくさんいます。私自身の仕事量も増えました。生業が忙しくなって、趣味に時間が割けなくなりました。

 ですから、キング先生に追い出されなくても、キング門下で学ぶのは難しくなっていたと思うし、早晩、キング門下をやめざるを得なくなっていただろうと思います。

 Y先生のところは、レッスン回数が少ないです。おまけにキング先生とは違って、定期的にレッスンをするのではなく、私と先生の空きスケジュールを調整してレッスン日を決めるシステムになっていましたので、毎日が忙しい私には、無理の無い日程でレッスンが組めます。これはうれしい事です。おまけにレッスンの回数そのものは少なくても、一回のレッスンの内容が濃い(ブログでもだいたい二回に分けて記事をアップするほどに、内容がもりだくさんなんです)ので、忙しい社会人である私にはピッタリです。

 まあ、こんな感じでしょうか? 私の場合、失った事もあるけれど、得られた事もあるし、得られた事の方が多いので、先生を変えて正解だったと言えると思います。

 もっとも、オトナの習い事の場合、上達よりも、“楽しさ”とか“仲間とのふれあい”を優先する考え方だってあります。そういう人の視点で見ると、私の選択は、もしかすると、間違いなのかもしれません。「いくら上達しても、楽しくもなく、仲間もいないんじゃダメ」と言われたら、返す言葉がありません。

 キング先生は、生徒さんを喜ばせ楽しませる事は上手でした。そういう点では良い先生だと思うし、良い先生だから、彼を慕う生徒さんはたくさんいるわけだし、門下も年々拡大し、門下生も増えているわけです。生徒さんの数だけで言えば、Y先生の10倍以上もの大勢の生徒さんを抱えているわけです。声楽教師としては、Y先生などよりも、圧倒的に成功していると言えるでしょう。

 私だって、キング先生の事が好きだったし、とても慕っていたわけですからね。先生としての魅力があるわけです。私の場合は、先生から嫌われてしまい、門下を追い出されたので、やむなく、今は別の先生に習っているだけです。きっと、先生に追い出されることがなければ、今でもキング先生のところで学んでいると思います。

 しかし今は、キング門下を辞めたわけだし、辞めた事は正解だと思っています。キング門下を辞めた事は、おそらく音楽の神様の計らいだったのだと、今では思ってます。人間の知恵を越えた大きな意思の力によって、私の人生が動かされている事を実感しています。だから、これでよかったんだと思ってます。

 ですから、先生を変える事は、悲しい事ではないのです。変えた当座は、悲しくてつらい事かもしれませんが、やがて冷静になって当時を考えれば、あの時の判断に感謝する自分がいる…かもしれませんよ。だから、先生との関係に違和感を感じているなら、勇気を出して、先生を変えるのも、アリですよ。

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声楽の先生はなかなか難しいですよね!評判良くても自分にあうかは習ってみないとわからない。また、発声も百人いたら百通り?あるのかも。また、発表会、全くない先生もいるのです!それは生徒にとっては励みがなく、長く習うには厳しいです!人間的にも尊敬できる先生に今は習えて、なんの不満もありません。なかなか、難しいですね!

アデーレさん

 声楽は結果オーライな部分があるので、教え方に正しいとか間違っているとかって、無いのかもしれません。あるのは、自分に合っているかどうか…だけかもしれません。

 キング先生は、人間的に大好きだったけれど、技術的には私にも妻にも合わなかったと、今だから言えます。習っている時も、薄々感じていたんだけれど、その気持ちを打ち消していたんだよね。だって、キング先生の事、好きだったから。ずっと、お世話をして、お世話になっていたかったんだよな。

 でも音楽の神様に「そろそろ、別の先生について学んで、上達しなさい」って言われたような気がしています。で、今のY先生のところで、メキメキと上達しているサ。

 ま、人生なんて、そんなもんだよね。それこそ、結果オーライ(笑)。

大人のおけいこ事の世界では、お弟子さんたちから「先生先生」と呼ばれているうちになにか錯覚してしまわれるお方もいらっしゃるようです。世の中・・・ほんとうにいろんな人がいますからね。

中高年オトナの習い事での先生と生徒の関係の基本には、やっぱり両者共通の社会良識が必要だと思うんです、うっかりかたっぽの人がそれが足りないタイプの人ですと、もうかたっぽの人はほんとにほんとに、しなくてもいい苦労する羽目になるんではないかと思います。

特に「先生」のほうがアレレ?なときは生徒はどうしていいのか翻弄されて困惑しますよね。お疲れ様でしたね。でもま、それもこれも、広い意味では次へのステップであり、学びのうち、と思いたいですよね。私もいろいろ経験しましたよ。今思えば、忘れてしまいたいようなできごとも、私のその後の生き方の肥やしになってるのは確かです。
ところで話がびょーんと飛びますが、たくさんのビワの実、おいしそうですねえheart04

だりあさん

 私は人間関係においては、片方だけが一方的に悪いという事はないと信じています。たいていの場合は、双方にそれぞれの落ち度があると思ってます。

 …が、両者の立場が違っていたり(パワハラは悪です)、イジメがあったり(イジメも悪です)、一方が心を病んでいるのに、もう一方が平気の平左というのは、納得行きません(だって、そういうケースって、明らかに加害者被害者の関係になるじゃない?)。

 とは言え、後ろを向いていては、前に進めませんし、心も癒えることありません。嫌な過去は置き去りにして、学ぶべきことだけを手に持ったら、前に進まないと…私の人生は私のためにあるわけですからね。

 ビワは…とてもとても美味しいんですよ。木に実ったまま完熟させて収穫しますので、お店に並んでいる高級ビワよりも、ずっとずっとみずみずしくて甘くて柔らかいんですよ。ほんと、毎年6月の私は、ビワ食べ放題なので、幸せいっぱいなんです。

こんにちは。
私には、職業的には転勤が多いこと、勤務が定時には終わらないため平日の動きがとりづらいという逃れられない条件を抱えています。
5月に異動したのですが、これは12回目の異動。転居は11回を数えます。合唱団もボイトレも、移動にはかなりの時間と費用をかけています。男声には、移動距離が半端ない人も多いと聞いています。
声楽レッスンは、合唱団の指導者に相談しても、「全体が良ければよく、個人の出来に関しては関係ない」といわれ、また、平日に異動に往復3時間近くかかる合唱団の指導者にも出席率の良くない私は「まず練習に出てきてね」と言われています。
そんなわけで、土曜日曜限定であれば時間が取れるため、その条件で受け入れてくださる声楽家の先生につきたいと思って探していました。
すとんさんのブログに触れて、その情熱にも感化され、声楽家の先生に教えていただきたいという気持ちを大事に頑張ってみたいと思うようになりました。
今からとても楽しみです。

genkinogenさん

 先日、Y先生と話しました。時間に関しては、かなり融通が利く先生ですから、我々のような現役世代で忙しい人には、良い先生だと思います。先生はgenkinogenさんが遠方の方であることを心配されていました。「新幹線でいらっしゃるのかしら」と本気で心配されてましたよ(笑)。

 先生の情熱に関しては保証します。後は相性でしょうか? 円満な性格の方ですから、人間付き合いは問題無いですが、教授スタイルは好みが分かれるかな? 理論派ですし丹念なレッスンをしますので、レッスンそのものは楽しくないですが、実に真面目なレッスンをしていただけると思います。スポ根的なモノを求めていらっしゃるなら、F先生の方が良いかもしれませんが(笑)。

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