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  •  お相撲さんは格闘家であり、その素手は強力な武器であるわけだから、土俵以外の場所では、たとえ素手であったとしても他人を殴ってはいけないわけだし、ましてやその手に器物を掴んで凶器を使用してしまったら、言い訳はできないし、そもそもやり過ぎだし、卑怯ですらあると、私は思う。今回の件は、日馬富士にも同情すべき点は多々あると思うし、魔が差したのかもしれないが、鉄拳制裁はアウトだと思う。武道や格闘技は、暴力とは違うわけだが、角界の範たる横綱が暴力を行使しちゃあ言い訳できないよなあ。
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2015年6月 3日 (水)

ヨナス・カウフマンの『冬の旅』を聞いてきた

 先日、ミューザ川崎で行われた、ヨナス・カウフマンのリサイタルを聞いてきました。演目は、休憩なしのテノール70分一本勝負となる、シューベルト作曲の『冬の旅』でした。ちなみに、ピアニストは、御大ヘルムート・ドイチェでした。

 演奏会そのものは、字幕無し、曲間のMCもなし、休憩もなければ、アンコールすら無しと言う、ピアニストと一緒に現れたカウフマンが『冬の旅』1曲だけを歌うコンサートでした。これで、お一人様2万6000円です。知らない人が聞けば「なにこれ、メッチャ高いじゃん。ボッタクリちゃうの?」と思うかもしれませんが…全然ボッタクリじゃなかったです。

 “女房を質に入れても見るべきコンサート”かもしれません(断言)。もっとも、私は女房を質に入れるどころか、女房と一緒にコンサートを見ましたが(笑)。

 なんでしょうね…よく「見ると聞くとでは大違い」という言葉がありますが、カウフマンは「CDやDVDと、生歌じゃ大違い」というタイプの歌手でした。

 とは言え、別に「写真で見るよりもチビじゃん」とか言いたいわけではありません。いや、確かにチビでした(笑)。でも、テノールってのは、基本的に“チビでデブ”と“大柄なデブ”と“イケメンだけどチビ”の三種類しかいないわけですから、カウフマンが“イケメンだけれどチビ”なのは仕方ないのです(ちなみに私は“大柄なデブ”タイプのテノールです)。

 私が言いたいのは、彼の声の魅力…と言うか、発声の完璧さは、録音では気づきづらいのだけれど、そこが実に見事であり、素晴らしいという事です。そして、それこそが、聞くべきポイントだという事です。

 ミューザ川崎という、おおよそ声楽関係のコンサートには向かないであろう会場で、ピアニッシモからフォルテッシモまでキレイに決めてきたのは、本当に神業だなあと思いました。

 カウフマンはテノールと言えども、私とは違う種類のテノールで、いわゆる、スピント系の声、いやむしろ、リリコ・ドラマティコと言ってもいいくらいに、どっしりとした太めの声です。系統的にはドミンゴのような「バリトンでも十分やれるけれど、高音が出ちゃうので、テノールやりま~す」というタイプの歌手なんだろうと思います。だから、もともと中低音が充実しているので歌曲にも十分対応できる声を持っているわけです。

 『冬の旅』という歌曲には、極端な高音や低音は出てきませんので、イタリア・オペラ的な声の楽しみ方は出来ないのですが、それ無しでもカウフマンの歌は十分に楽しめました。とにかく、すごかったのは、デュナーミクの広さと幅です。ほんと、舌を巻くほどに見事でした。

 どうやれば、あんなに繊細で、会場の隅々にまで届くような声でピアニッシモが歌えるのだろうか? どうすれば、あれだけの迫力のあるフォルテッシモを怒鳴らずに歌えるのか? 聞いていても、全く分かりません。カラダの使い方に秘密でもあるんじゃないかしらと、双眼鏡でバッチリアップで見ていても、全然分かりません。終始カラダもノドもリラックスしているようでした。

 そうなんです、終始リラックスしているんです。70分という長丁場を休憩なしで一挙に歌い上げてしまうのですから、声のスタミナの事も考慮しているとは言え、本当に楽にリラックスした声で歌っているのです。リラックスしているだけれど、きっちりと充実した声で歌うわけです。ああ、どうすれば、こんな声で歌えるんだろ? 全く分かりません。

 で、時折、スイッチが入ったように力強いフォルテッシモや針のように細いピアニッシモで歌うんです。私も、色々と世界の一流と言われるプロの歌手の生歌唱を聞いてきたつもりですが、これほどまでに発声の巧みな歌手は、なかなかいません(当社比です、もちろん!)。

 テノールと言うのは、多かれ少なかれバカで、元々持っている楽器が良くて、その楽器に助けられている部分が多々あるのが普通なんですが、カウフマンは、どうやら、そういうバカテノールとはちょっと違うみたいです。なんか、モノを考えて歌っているみたいなんです。そういう点では、バリトン歌手みたい(笑)。歌を、才能とか勢いとかではなく、テクニックを知的に組み合わせて歌っている…そんな印象を受けるんですよ。

 たぶん、この人、真面目な努力家で、ストイックなインテリさんなんだろうなあ。ああ、そんな人がテノールにいるなんて、信じられない! 声同様に、どこかバリトンっぽいところがある人なんだろうなあ。

 私とは声の質が全然違うので、この人を目指しちゃいけないんだけれど、この人のテクニックは真似できるものなら、ぜひ真似したいと思いました。特に、あのピアニッシモ。どうやって出すんだろ? カウフマンのマスタークラスがあったら、見てみたいものです。

 ここからは戯言。

 会場のミューザ川崎って、変なホールでした。どこもかしこも床が斜め(笑)。舞台を客席が螺旋状に取り囲んでいるわけで、床も斜めなら、もちろん座席配置も隣と高さが少しずつ違うわけです。たぶん、舞台から客席を見ると、すご~く気持ち悪いだろうなあ。だって、会場のどこにも、水平というラインがないんだよ。あ、それはさすがに言いすぎだな。一応、舞台は水平でした。でも客席には水平な箇所なんて、たぶんないです。だから、舞台から客席を見ていると、平衡感覚がグチャグチャになるだろうね。おまけに奥行きが、さほどないのに、高さがあるから、舞台からみると客席がそそり立つ壁のようだろうしね。舞台と客席の段差が少ない上に、舞台の後ろにもたくさん客席があって、歌手の命綱とも言うべき反射板が存在しない会場なんです。そんな会場の時は、歌手はピアノに寄り添って、ピアノの反射板を利用して歌うのが、裏テクなんだけれど、カウフマンはそれもせずに、舞台の真ん中でポツンと立って歌っていました。つまり、彼、かなりの大音量の持ち主ってわけです。そんな大音量をリラックスした声で歌っているわけだから、それがすごいんです。

 客層が、普段の高額クラシックコンサートのそれとはだいぶ違っていました。これだけの高額クラシックコンサートだと、皆さん、それなりの恰好をしてくるのが普通です。男性ならジャケット+タイ、女性もきちんとオシャレをしてきます。和服率も高くなるのか普通なんですが、今回のコンサートでは、もちろんそういう方も少なからずいましたが、Gパン+ポロシャツなんていう、ラフな恰好の人も極めて多かったので、ビックリしちゃいました。ドレスコードなんて言葉は、死語なんでしょうかね?

 あと、スマホで写真をパシャパシャ取る人がたくさんいましたよ。それこそ20とか30とかではなく、もっともっとたくさんいました。コンサート会場で写真取っちゃダメという事すら知らない人も、今回の客にはたくさんいたんだなあって思いました。

 今回の客…と言えば、会場は、実にスカスカでした。たぶん、半分もお客さんは入っていませんよ。客は中央部に集まって座っていましたので、正面を見ると、そこそこ客が入っているように見えますが、横や後ろや上の方は、見事なくらいに誰も座っていなかったし、正面だって、4~5人毎に空席を挟んで座っている状態だもの。主催者的には、チケットが売れなくて、頭をかかえる状態だったんじゃないかな?

 プログラムも定価4000円を割り引いて、一部3000円で売ってましたが、あの金額設定じゃあ、あんまり売れないでしょう。実際、プログラム売り場の前には、人だかりはほとんどなく、CD売り場の方にはたくさん人が群がっていました。だって普通、3000円出すなら、プログラムじゃなくてCDを購入するでしょうね。私ですか? 私はカウフマンの容姿には興味ありませんし『冬の旅』の内容は頭に入っているし、3000円出すならCDを買いたい人だけれど、CDならアマゾン経由で輸入盤を購入しちゃうタイプの人なので、グッズ売り場は素通りしちゃいました。いやあ、チケットに大枚はたいているんだから、会場にお金を落とす理由もないわな。

 カウフマンは、東京のサントリーホールでは『詩人の恋』を歌ったそうです。そちらは結構チケットが売れていたようです。そうなると、これだけ客席がガラガラなのは、川崎という地が悪いのか、『冬の旅』という演目が悪いのか、たぶんどちらかなんでしょうね。

 『冬の旅』は、日本ではバリトンやバスが歌うというイメージが強いのですが、作曲家であるシューベルトはテノール向けに作曲しているので、テノールで聴くのが本来の形なんだろうし、カウフマンのように中低音が充実しているテノールの歌唱が理想な形なんだろうけれど、それって日本じゃ受け入れられないスタイルなのかな?

 かく言う私だって『冬の旅』も良いけれど『詩人の恋』も聞きたかったです。二者択一なら『詩人の恋』かな? でも気づいた時には、東京のチケットは入手困難で、川崎しかチケットが買えなかったんだから『冬の旅』でも仕方ないです。

 …ってか、やっぱり、今となっては『冬の旅』も『詩人の恋』も両方聞きたいです…ってか、チャンスがあれば、もう一度、生で聞きたいです。それくらいに、私、感動しちゃいました。

 カウフマン、すっげーぞ。あ、大阪でのリサイタルは、これからだね。ちなみに、大阪も、70分テノール一本勝負の『冬の旅』だよ、よろしくね。

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コメント

すとん様

はじめまして。お邪魔致します。

以前より貴ブログの1読者として、拝読しておりました。コメントを書かせて頂くのは、本日が初となります。

今晩、じっくり「ヨナスカウフマン氏の冬の旅」を読ませて頂き、これまで気が付かなかったことが幾つも明確になりました。仰る通り、フォルティッシモで怒鳴ることなく、デュナーミクの広さと幅に関しましても、余りに自然で驚かされました。

今年の4月7日に、ヴィットリオ・グリゴーロ氏の特別公開レッスンを聴講してきましたが、カウフマン氏も是非スペシャルな映像(海外で行われるマスタークラス等)を発信して頂きたいと、私も願います。

全く存じませんでしたが、ミューザ川崎の大ホールには反射板が存在しないのですね・・・信じられません。その条件にも拘わらず、ピアノの反射板に頼らず「冬の旅」を紡いでいたとは・・・感動で御座います。

今回の聴衆マナーは、普段の演奏会と余りに異なる為、気にしないようにしていましたが圧倒されました。しかし、最後の最後、余韻に浸る間もなく拍手が突如バチバチはじまり、カウフマン氏も僅かに動揺している様子が伺えました。

「冬の旅」と言うより、ワーグナーを幼少から敬愛する彼の「ヴェーゼンドンク歌曲集」の方が良かったかなとも思いますが、もし10年後~15年後の「冬の旅」を将来聴けると仮定すると、若き彼の価値ある演奏会は貴重かもしれません。

声楽をはじめ、楽器をも演奏なさる、すとん様の貴重なご高察を拝読でき勉強になりました。ありがとうございます。

michelangeloさん、いらっしゃいませ。

 サントリーホールで行ったBプログラムを私は『詩人の恋』とひと言で言っちゃいましたが、Bプログラムは『詩人の恋』だけでなく、michelangeloさんのおっしゃるワーグナーの『ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲』もあれば、リストの『ペトラルカの3つのソネット』、そして『詩人の恋』と同じ作者であるシューマンの『ケルナーの12の詩』もあって、たぶん、プログラム的には、川崎で行った『冬の旅』しかないAプログラムよりも充実していたと思います(し、私も行きたかったです)。

 カウフマンがやりたいプログラムがBプロで、プロモーターが(日本人の観客向けに)お願いしたのがAプロ…だったりして(笑)。なんか、そんな気がします。

 カウフマンの声量の件ですが、michelangeloさんはかなりご不満の様子でしたが、私は逆に、あのホールであれだけの音量で歌える事にビックリしました。あのホールで、あれだけ脱力して歌ったら、普通は客席まで声届きませんって。それがきちんと軽いながらも充実した声で聞こえているんだから、あれはやっぱりスゴイと思いましたし、ああいう発声は、一つの理想型だなあって思いました。

>最後の最後、余韻に浸る間もなく拍手が突如バチバチはじまり

 そうそう、私も、あんまり拍手が早いんで、ビックリしちゃいましたよ。

こんにちは
『冬の旅』といえば、30年以上前、昭和女子大の人見記念講堂でフィッシャーディスカウを聞いたことを思い出しました。運よくチケットを手に入れ(いくらだったか忘れてしまいましたが)2階席の下手側の席だったと記憶しています。柔らかい響きの美声に酔いしれました。
この曲って、バリトン・バス向けでなくテノール向けに作曲された曲なんですね。知りませんでした。

私は、混声合唱団2団体および片方の混声の男声で構成される男声合唱団1団体に所属しているのですが、片方の先生が、ずっとテノールでやってきた私に「バリトンだと思う」言ってきました。(男声合唱団では人数とバランスの関係でバリトンを歌っていたこともあります。)
それで、バリトンに移ろうかともう一つの混声合唱団の指導者に相談すると「高い声の出ないテノール、低い声の出ないバス、たくさんいます。声質から判断すると君はテノール」と言われました。

合唱団では、男声はどこでも少数派で、市単位の合唱祭などでは、「話したことはないけど見たことある人」がたくさん。本当に合唱団に関して、世の中狭いと思います。テノールを歌うかバスを歌うかは、団の状況やバランスなどを考えると難しいこともあるのですが、もって生まれた声を取り換えることができないのも事実。

声楽家出身の先生(私のことテノールと言って人)は、私のことを「ヘルデンテノール」と言っていたので、区分けとしてはバリトンに近いかもです。
個人的には、声区の違いのほかに、合唱の声・ソリスト(オペラ)の声と分けずに、自分に合った勉強をしてみたいと思うこの頃です。

genkinogenさん

 声種分けの悩みは、自分の発声が完成されるまではつきまとうものです。特に、ソロと合唱では、それぞれに事情が違いますので(男女ともに)人によっては、色々とアドヴァイスされて悩むものです。

 私はテノールですし、合唱でもテノールですが、以前「君はテノールの声なんだけれど、しばらくバリトンでやってみないか?」と言われて、悩みに悩んでお断りした事がありましたっけ。妻もソロではソプラノですが、合唱に行くとアルトを割り振られる事が多いです。

>「高い声の出ないテノール、低い声の出ないバス、たくさんいます。

 そうなんですよね。一般的に、ソロでは声質で、合唱では声域で、声種を判断される事があります。それぞれの事情があって、そうなるんだろうなあ…と理解していますが、当事者にとっては、なんとも悩ましい事です。

>バリトン・バス向けでなくテノール向けに作曲された曲なんですね

 詩の内容を考えると、女の子にフラれた若い男性がグチグチグチグチ、愚痴っているわけですから、あんまり立派なオトナの男性を主人公にしてしまうと「ちょっとなあ…」となってしまいます。やはり、若者っぽい声で歌うべき歌でしょうから、テノールか、声の若いバリトンが歌うのは本来的には良いのでしょうが、この曲は歌曲ですから、歌手自身は語り部であって、歌の主人公ではないので、声種性別を問わずに、どなたが歌っても良いので、別に低声歌手が歌っても問題なしです。ただ、シューベルトが書いた“原調”は、高声男性歌手向けに書かれているのも事実です。

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