ひとこと

  •  毎日毎日暑いですね。3年後の今頃は、東京でオリンピックをやっているわけなんだけれど、こんなに暑い中でオリンピックなんてやってい良いのかな? 特に野外でやる種目は、選手はもちろん、観客の健康だって心配です。マラソン…死人は出ないか? マジで心配です。日本の夏の昼間に野外スポーツなんて、そんなクレイジーな事は高校野球だけで十分でしょ? アメリカのテレビ局の都合(番組改編期にオリンピックの中継をやりたいだけなんです)でオリンピックの開催時期が決まるんだけれど、日本の東京でオリンピックをやるなら、本当は5~6月あたりの、花粉症が終わったあたりの春が気候的には良いよね。夏は暑すぎるし、秋は台風とかゲリラ豪雨とかがあるし、冬は寒すぎるからね。まあ、日本の都合とか、選手や観客の健康なんて、アメリカのテレビ局には関係ないから、やっぱり真夏の東京でオリンピックをやるんだろうね。
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2015年3月 4日 (水)

あまりに難しすぎて、心が折れてしまいそうです

 声楽のレッスンの続きです。

 さて、発声練習も終わり、いよいよ曲の練習に入りました。最初は、モーツァルト作曲の「コジ・ファン・トゥッテ」のテノール・アリアである「Un'aura amorosa/恋のそよ風」からです。

 実は、レッスンの開始時刻少し前に、先生から妻にメールが入りました。その内容は「旅先から直接レッスンに行くので、手元に楽譜が何も無いので、楽譜を用意して欲しい」でした。その連絡を受けた妻は、さっそく私の書棚を漁って「Un'aura amorosa/恋のそよ風」の譜面を探したそうですが、彼女が見つけたのが、リコルディ社から出ている「モーツァルト・テノール・アリア集」だったわけです。しかし、私が普段使っているのは、音楽之友社の「テノール・アリア集」だったので、同じ曲でも、楽譜がちょっと違ってました。まあ、ちょっとしか違っていないのだけれど「○○ページの○小節目」という指定ができなくなったので、レッスンでは少々混乱が生じました。やはり、同じ曲であっても、同じ楽譜を使った方が、レッスンははかどりますね。

 さて、この曲。歌うには、体力が必要と言うか、声の消耗が激しすぎます。家で練習していて、最初から最後まで歌うと、最初こそ元気よく歌いますが、最後は青息吐息になってしまうので、最近では、歌い出しから声をセーブして歌うのが癖になっていました(そうやって、最後まで声を持たせようとしていたわけです)。当然、先生からは「もっとしっかり歌うように!」と注意されます(ま、当然ですね)。

 で、しっかり歌い始めるとダメが出ます。その理由は“声が開きすぎてます”という事です。開いた声…テノールには結構いるんですが…まあ簡単に言うと“馬鹿っぽい声”の事を“開いた声”と言います。で、私の声は、いかにも開いていて馬鹿っぽい声なんだそうです。この開いた声のままでは、声の消耗は激しいのだそうです。声の消耗を防ぐためには、声をしっかり閉じて歌うことが大切です。

 しかし“閉じた声”で歌う事と、ノドを閉じる事とは関係ありません。開いた声が横開きならば、閉じた声は縦開きなんです。つまり「縦開きの声で歌いなさい」って意味なんですね。で、なぜ縦開きの声が良いのかと言うと、音色が深くなって良いのは、もちろんだけれど、高音に行った時に、声を被せやすくなるので、より高音発声が楽になるんだそうです。ただし、注意しないといけないのは、中音域では、声を被せるのはもちろん、声を閉じるのも、あまり良くないのだそうです。もちろん、開いた声が厳禁なのは当然として、中音域であまり声を閉じてしまうと、テノールらしさが無くなってしまうので気をつけるように、と言われました。

 「あまり、私の発声を真似しないように」と先生から言われました。先生はバリトンなので、テノールの私よりも、低い音域で声を閉じて被せてしまうのだけれど、これはバリトンとテノールの声種の違いによるものだから、たとえ先生がお手本で歌ってくれた時であっても、先生の発声方法自体は真似しちゃいけないんとの事です。まあ、それはそうかもしれません。先生は先生、私は私なんですから。私は私の流儀で歌わないといけないのです。

 実際、Y先生は「Un'aura amorosa/恋のそよ風」をお手本として歌う時でも、1オクターブ低い音域で歌うからね。真似をしたら、大変なことになるわけだ(笑)。

 とにかく、声は閉ざし、ノドは開けたままで歌うのです。

 さらに声の消耗を防ぐためには、息は常にまっすぐに出し続けることも大切なんだそうです。音程の上下移動に合わせて、息も上下に移動して歌うのは、確かに楽な歌い方なんだけれど、それをやってしまうと、声があっという間に消耗してしまうのだそうです。だから、音程が上がろうが下がろうが、息は常に真っすぐに前に出し続けて歌うと、声の消耗を抑えられるのだそうです。

 また休んじゃいけない箇所で休んでしまうと、声があっという間に消耗してしまうとも言われました。とにかく、キツイ箇所ほど、休まずに歌い続ける事が大切なんですが…これは実際に行うと、めっちゃ厳しいです。辛い箇所だから、つい休みたくなるわけだけれど、そこで休んでしまっては自滅への第一歩だから踏ん張れ…と言われても、それが出来れば、最初っから休まないわけで…ああ、モーツァルトはイケズだなあ…。もちろん、休んでも良い箇所は、率先して、たっぷりと休む事も大切なんですね。ああ、難しい。

 で、ヘロヘロになったので、少し休憩を入れて、次は二重唱の練習です。ドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」より二重唱「Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬」です。

 とにかく、この曲は初めてだったので、最初からドンドン歌わされました。いやあ、難しい。この曲は3つの曲で構成されているのですが、今回見てもらったのは、最初と2番目の曲だけ。最後の曲は…譜読みが間に合っていなかったので、パスさせてもらいました。いやいや、正直な話をすると、2番目の曲だって、レッスンの前日にようやく目を通すことが出来たくらいで、音取りすら満足ではなかった状況だったのです。

 なぜ、そんな状況でレッスンに臨んだのかって? そりゃあ簡単な話で、1曲目がとても難しくて、そこに集中して取り組んでいたので、2曲目3曲目にまで手が回らなかったからです。

 1曲目と言うのは、ネモリーノのレチタティーヴォなんです。楽譜にすれば3ページです。モーツァルトのアリアである「Un'aura amorosa/恋のそよ風」が楽譜で4ページですから、このレチタティーヴォ、結構な長さなんですよ。で、私、レチタティーヴォ、実は初体験なんですね。いやあ、レチタティーヴォって、ほんと、難しいですね。アリアとは全然別な感じで、なんかもう大変です。

 とにかく歌うよりもしゃべるって感じだし、でも、やっぱり歌だから歌うんです。リズムは細かくて難しいし、一見しゃべっているだけに聞こえても、実はしっかり旋律は決められているので、その音程に当てはめてしゃべらないといけないし、なんと言っても、速い(涙)。いやあ、ほんと、手に負えてません。だからと言って「出来ません」じゃ済まないので、あれこれ一生懸命に練習をしてレッスンに臨んだので、他の曲がおろそかになってしまったわけです。

 と書くと、1曲目のレチタティーヴォが完璧に仕上がったかのように読めるかもしれませんが、実際は、全然ダメ。とりあえず「止まらずに歌える…かな?」レベルです。いやあ、このレベルにまで持っていくのが、やっとだったんですよ。

 私のあまりに拙いレチタティーヴォを聞いた先生が、見本を見せてくれましたが…とても真似できるレベルじゃないです。いやあ、難しい。先生はイタリア語がペラペラなので、レチタティーヴォも、立て板に水状態で、スラスラと感情を込めて歌えますが、こちとらイタリア語はペラペラどころの騒ぎじゃないわけで、ほんと青息吐息ですよ。とにかく、練習に練習を重ねないと、こりゃをダメだなって感じです。

 で、続く2曲目からは、ソプラノも入って、本格的にデュエットをするわけですが、前日に簡単に音を取った程度なので、ハモリが難しいです。救いは、この曲でのハモリは、常にテノールの方がソプラノよりも音が高いので、私的に歌いやすいのがうれしいです。と言うのも、ソプラノの方が音が高いと、私もつられてついつい高いメロディを歌いたくなってしまうからです。『馬鹿と煙とテノールは、高いところに登りたがる』という習性があるから仕方ないのだけれども…。

 とにかく、音取りも満足ではないので、インテンポでリズムを合わせるのも甘々なのはもちろんとして、自由なテンポで歌う箇所なんて、歯車が噛み合わない噛み合わない。もう、笑うしかない状態となりました。

 これでKさんのように、二重唱なのに、ピアノ合わせと本番しか、相方と歌が合わせらない環境なら、私、絶対に二重唱は歌えないな。

 ともかく、自由なテンポで歌う箇所を何度も合わせました。特に、最後のカデンツァの部分は、テンポのみならず、音も難しいので、とても悲惨な事になりました。ふう。まあ、これも練習あるのみですね。

 二重唱の練習(それも全体の2/3)に時間が取られすぎて、妻のオペラ・アリアのレッスンが出来ませんでした。次回は二重唱も大切だけれど、妻のアリアのレッスンを優先的にしないといけないでしょうね。

 はあ、アリアにしてもデュエットにしても、難しすぎて、心が折れてしまいそうだ…。でも、発表会なんだから、そんな難しい曲にチャレンジしないとね。頑張りましょう。

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コメント

こんにちは。

Un'aura amorosa/恋のそよ風、今、自分も独習してます。

はじめから終わりまで、音符が五線譜のほぼ上半分以上にあって、Aがポンポンでてきて、いかにもテノールの歌って感じですね。
他の歌を歌う前に歌っておくと、ポジションの確認にいいです。(笑)

声楽では先輩のすとんさんに、えらそうなクチをきいてしまいますが、以前のすとんさんの歌唱録音音源をいくつか聴かせていただきましたが、確かに今は、高いところが苦しそうですが、時折、「おっ、出てる、響いてる!」という声が出ていますね。

やり方はわからずともポンッと出た良い声は、練習によって必ず自分のものにできるそうです。
音域も高いほうの可能性を聴いていて感じるので、Y先生についていけば、きっとこの曲も軽々歌えるようになると思います。
課題はおなかのささえ、横隔膜をどう使うか、のような気がします。

えらそうにすみません。
自分もがんばります。

テノールとかコロラチュラのソプラノとか、私のあこがれですが、聴くだけモードです。
私はフルートですが、曲が難しくて心が折れそうなときは、傷ついて折れないうちにばんそうこうとつっかいぼうをします。自分の大好きな、きれいな、ラクな曲をガンガン吹きます。と、なぜかまた難しい曲に戻る元気が出てくるんです。

のんきなとうさん

 テノールと言っても、色々な声種のテノールがいるもんです。

 私はY先生に言わせると「すとんさんは、モーツァルト歌いじゃないんだよ。モーツァルトは、本当に声の軽い人が歌う作曲家なんだから、レパートリーに入れる必要はないんだよ」なんだそうです。これは以前、モーツァルトの歌曲が歌いたいとダダをこねた時に言われた言葉です。

 ちなみに「ドニゼッティには“ドニゼッティ歌い”という専門家がいるんだから(すとんさんには)無理ですよ」と言われた事あります。なのに、今度の発表会は、モーツァルトとドニゼッティなんだから、鬼が笑っちゃうね。

 まあ、私的には、モーツァルトもドニゼッティもレパートリーに入れるような作曲家ではないそうです。でも、なぜ歌うのか? それはあくまでも“エチュード”として、取り組んでいるからです。まあ、発表会は身内の会だから、難しいエチュードに取り組んで撃沈してもいいわけだしね。

 だから、私にとって、モーツァルトは死ぬほど難しくても、当然と言えば当然なんだな。

 じゃあ、私の声に合う作曲家って何?と問われると…なんでしょうね。よく分かりません。

だりあさん

 確かに、別の曲を歌うと、よい気晴らしになりそうですね。私も時間があったら、ぜひ別の曲を歌いたいのですが、なにぶん、毎日が忙しくて、課題曲の練習をするので精一杯だったりします。

 モーツァルトは死ぬほど難しいですが、ドニゼッティはシャレにならないくらいに難しいです。つまり、どっちも難しいです。ああ、今回は欲張らずに2曲にしておいてよかった。これで発表会で3曲歌うことにしていたら、3曲目がどんなに簡単な曲であっても、私、オカシクなっていた事だろうと思います。

「生みの苦しみ」中のすとんさんですね。
選曲から仕方ないでしょう。
赤ちゃんが生まれたら、歓喜が訪れるでしょう!?
期待しながら、レッスンして頑張って下さい。

このレシタチーボは知りませんが、アリア程複雑なのは少ない様なので、
慣れの部分が大きいと思います。
私も当初は端折ってましが、先輩から諭されました。

ワーグナーにはワグナー歌い手、古典には古典歌い手と言われる人達、
プロがいますが、アマの私は敢えて「ギリギリの範囲」なら挑戦します。
勉強中の身ですから。
多分すとんさんも同じでは?

本音は大きな舞台では「楽で上手に聞こえる」のをしたい心境ですけどね(笑)
師匠曰く、「モーツアルトは大変なのにベルディ程の拍手は貰らえない」と。
アマの本番には通の観客はひと握りですしね。。

wasabinさん

 レチタティーヴォは慣れ。まさにそう思います。あと、やっぱりしゃべりなんだと思います。その言葉が(意味は分からずとも)しゃべれる事が大切なんだと思います。

>多分すとんさんも同じでは?

 今の自分の苦手を克服するために、あえて苦手な曲に挑戦する…これがレッスンの基本だと思います。もちろん、先生の指導の元に…が条件ですが。だから、モーツァルトは、私には死ぬほど難しいですが、おそらく、この曲と数曲、真剣に向き合えば、得るものも大きい…と思ってます。発表会で歌うなんて、本当に真剣に曲と向き合わざるを得ませんからね。頑張らないと…ね。真正面からぶち当たっていくしかありません。

 ファイト。

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