ひとこと

  •  ああ、腰が痛い…。またまた、ぎっくり腰をやっちまいました。今回の原因は不明。先日、何となく腰が痛いなあ…と思って、整体に行ったら「ぎっくりですね」と言われちゃいました。ぎっくりと言われる前は何となく痛かった程度だったのに、ぎっくりと言われた途端にめっちゃ腰が痛くなりました。…言霊って、すごいなあ。
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2015年3月26日 (木)

音痴は克服できるのか?

 ここで言う音痴とは、音程がうまく取れない人の事です。

 実は私の身近な方で、人前で歌うことが多いのに、音程がうまく取れない人がいて、その人から「音痴を治す良い方法はないのか?」と尋ねられた事がありました。

 その時は“ありません”とは言えなかったので「練習をすれば、きっと良くなりますよ」という無責任な返答をしてお茶を濁してしまいました。

 でも本音で言えば、その人に限っては、治す方法は…たぶん無いです。と言うのも、その人、もう30年以上も人前で歌う生活をしていて、自分が音程がうまく取れないという自覚もあるのに、全く改善されていないという実績があるからです。つまり、音痴という個性が、その人の中にしっかりと組み込まれているからなんです。もはや、音痴はその人の一部なんです。

 とは言え、何か病気や障害があって音痴というわけでなく、長年の音痴生活(?)が今の音痴状態を固定化させているので、今更素人がアレコレアドヴァイスをしたところで、その音痴を克服する事は無理だろうからです。

 おそらく、きちんとしたヴォイストレーナーなり、歌の先生になりについて、数年間、熱心に真面目に歌の基礎練習からコツコツとやれば、音痴も克服できるでしょうが、それ以外の方法は、私には思いつかないのです。

 音痴克服…つまり、正しい音程で歌えるか否かってのは、絶対音感なんていう洒落たものの持ち主以外では、正しい音階で歌えるかどうかって事なんだと思います。端的に言えば、音痴の人って、間違った音階の感覚を持っているか、あるいは、全く音階の感覚を持っていないかのどちらかなんです。

 つまり、音痴って、感覚の問題なんですよ。

 感覚は、理性や知性ではコントロールできません。感覚は体験を通してカラダに覚えさせるしかないのです。音階の感覚が間違っているのなら、正しい感覚に修正しないといけませんし、感覚がないのなら、まず音階の存在に気づかせ、正しい感覚を持てるように訓練しないといけません。

 感覚の修正とか、新たな感覚の獲得なんて、不可能じゃないけれど、すごく時間がかかる事です。

 それに他人の感覚なんて、外からじゃ分からないし…。だから、その人にとって、音楽がどう聞こえているのか、それすら分からないのに、どうアドヴァイスをしろって言う事なんです。だから、そこは専門家による正しい指導が必要なんだと思うわけです。

 音痴は克服できるのか? 簡単には行きませんが、専門家の援助と音痴を克服するのだという強い意志があれば、克服は可能ですが、そうでないなら、まず無理です。

 私は、そう考えます。

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コメント

私は自他ともに認める方向音痴なんです。幼少期にはよく迷子になってたそうですが、未だに初めての土地では迷子になります。でもおとなになってからはかなり改善はされてきましたね。すこしは慣れて、私の方向感覚脳が進歩したのかなと思います。

脳は訓練とかするとどこまで成長できるのでしょうね。やはり、その人の特性ってのがあるのではないかなあと思いますが。

あと、思うのは、訓練とか練習の限界ってのは、「そこが限界と決めたところが限界」、とよく言われるけれど、不得手に挑戦しつづけるのも、さっさとあきらめるのも、どちらも素晴らしいと思います。人間、きっと不得手があれば得手もあるはずですし・・・・。チャレンジも方向転換も、その人の決断ならば立派だと思います。

だりあさん

>そこが限界と決めたところが限界

 その言葉、正解でしょうね。人間、諦めずに努力し続ければ、大なり小なり上達していくのです。問題は才能とか適性って奴がそこにからんでくるわけで、適性のある人間なら、努力し続けることで大きな成果を得られますが、適性のない人間だと多少の上達はあっても、その努力に見合うほどの成果を得ることはできません。まあ、コスパ的には非常に効率が悪いわけです。

 労力に対して極めて小さな成果しか上げれられないのなら、その労力を別の方面に振り分けるべきだ…というのが、理性的な判断だろうと思います。なにしろ、人生は有限ですからね。ただ、趣味なんてものは、元々、生産性を度外視している部分があるので、コスパ的に悪くても、その過程が楽しければ、それでいいんです。私はそう思ってます。

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