ひとこと

  •  選挙が終わり、今から数年間の日本の政治体制も決まりました。さて、今日からは非民主主義的な手法で、日本を揺さぶる方々が暗躍します…と言っても、その事自体は選挙前からずっとやってますけれどね。それにしても、なぜ選挙結果を受け入れず、日本をダメにする方向で活躍する人たちが、我が国には大勢いるんでしょうね? 「思想信条は個人の自由」とは言え、選挙結果に準じて任せるのが間接民主主義ってヤツでしょ! 憲法にも43条を始めとして、選挙で決めますよと書かれているわけで、民主主義とか憲法とかを大切にしている人ほど、次の選挙までは臥薪嘗胆となるはずなのですが…大騒ぎする人たちは、口先ばかりの人たちで、民主主義も憲法もご存知ないんだろうと思います。
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2014年9月の記事

2014年9月30日 (火)

今月からは老犬ブログのコメントも拾います[2014年9月の落ち穂拾い]

 さて、この『落穂拾い』の記事は、その月に私が他所のブログへコメントした中から、ちょっとリキの入ったヤツを再編集してアップしていましたが、ここんとこ私自身が忙しくて、他所のブログを読んでいますが、なかなかコメントまでは出来かねる状況が続き、この記事も寂しい状況が続いていました。そこで、今月から少し方針を変え、今までどおり、他所のブログに書いたコメントの再録はもちろんですが、これからは自分のブログに書いたコメントの中から、本編の記事とは直接関係ない事を書いたものを、改めて独立して読めるように編集して、ここにアップする事にしました。なので、「あれ、この記事は読んだ事があるかも…」と思われたなら、それはそういう事なのです(笑)。

クラシック声楽教室では、男性生徒さんは希少種扱いです

 昔々、私は女性の先生の教室でクラシック声楽を習っていた事がありますが(声楽教室の8割前後は、女性の先生の教室だからね)、そこの生徒さんは、ほとんどが女性で、男性は私一人だけでした。それも「基礎は見るけれど、少し上達したら、別の先生を紹介するから」と言った感じで、あまり積極的に面倒みてもらった記憶がありません。なんでも、私がテノールなので、女声と通じる部分があるから『基礎の部分に関しては面倒みてもよい』と思ったそうですが、もし私がバリトンだったら、最初から断ったと、当時の先生はおっしゃってました。なんでも、女声と男声(の低音)は、基礎から違うんだそうです。

 とにかく、教室の先生が女性だと、生徒もほとんどが女性です。しかし、男性の先生の教室だと、結構男性の生徒さんもいます。どこも3割くらいの生徒さんは男性じゃないかな!(つまり、先生が男性でも生徒の大半は女性ってわけです)。

 男性の先生の教室だと、男性生徒は、ほぼアンサンブル要員だったりします。初歩や初心の頃はともかく、ある程度歌えるようになってくると、バンバン女性生徒さんとアンサンブルをするところが多いですね。二重唱だったり三重唱だったり…。

 私も妻と歌う事が多いですが、前回の発表会は(妻が怪我した事もありますが)別の方とデュエットしましたし、前の門下では、かなり多くの女性とデュエットをしましたよ。練習時間の問題さえクリアできれば、どんどんデュエットをしたものです。

 では、なぜ男性生徒はアンサンブル要員になりがちなのかと言うと、数が少ないからです。特にテノールは本当に少ないです。

 例えば、これは合唱の話ですが、第九の合唱団員募集を見ても、女声の枠は、あっという間に埋まってしまいますが、男声は女声定員の半分にしても、なかなか集まらないものです。それでもバリトンはなんとか定員を満たす事が多いですが、テノールは当日まで欠員が生じたまま…なんて事も珍しくありません。つまり、元々、歌う男性の数そのものが少ない上に、高音歌手はさらに貴重だというわけです。

 それなのに、デュエット曲の大半は、ソプラノとテノールの曲なわけで、だからテノールは少々残念な人であっても、デュエット相手として、大人気って事になるわけです。

フルートの不幸とは…

 フルートの不幸とは、ロマン派の作曲家たちに愛されなかった事だと私は思います。

 フルートは、独奏楽器としては十分な能力を持った楽器にも関わらず、ピアノはもちろん、ヴァイオリンや声楽と較べて、あまりに不人気なのです。まあ、作曲家たちによる人気度は、チェロ程度の扱いかな…なんて個人的には思ってます。

 ショパンやリストやパガニーニのような、その楽器の事(もちろんフルートの事ね)を隅々まで知り尽くした有名作曲家が出現しなかった事は不幸ですが、交響曲を書くようなメジャー作曲家たちに、フルート曲を書いてもらえなかった事も、フルートの不幸であり、返す返すも残念な事だったと思います。

 そのレパートリーが、ドイツバロックとフランス近代曲、それに現代曲しかないと言うのは、実に寂しいものがあります。

日本語は歌には向かない?

 私は時折『日本語って歌には向かない言語じゃないかしら…』と悩む事があります。

 と言うのも、日本語を話す人(つまり普通の日本人)の声を聞いていると、たいてい、声が平たくて浅い上に、低音が響かないし、倍音が少なくて、キンキンしているんです。つまり、全体的に甲高くて、幼い印象があります。これが外国語、とりわけヨーロッパの言葉だと、実に深くて優しい音色の声で歌ったり話したりされるじゃないですか。

 もちろん、日本人と外国人では、骨格や声帯の違い、風土や環境の違いもありますが、同じ人でも、日本語と外国語の両方を話す人では、使用言語によって、声の響きが変わってしまう事って、よくあります。まあ、全部が全部そうとは限りませんが、日本語を話す時と、ヨーロッパ語を話す時で、声の音色が変わる人、少なくありません。

 私自身、あまり上手ではありませんが、日本語を話す時と、英語で話す時は、結構母音の響きが変わってきます。

 浅くて平たい声は、日本語の特徴なんでしょうね。

 よく、海外に留学して声楽を習ってきた方で、留学先ではいい声で歌えていたのに、日本に帰ってきたら、だんだん発声がダメになってきた…とぼやく人がいるらしいですね(伝聞でしか聞いたことがないので、都市伝説かもしれませんが…)。もしそれが本当なら、原因はやはり日本語でしょう。日常生活で日本語を使ってしまうから、だんだん発声が浅く平たくなる…のではないでしょうか?

 日本語はやはり、歌には向かない言語なのでしょうか?

今月のお気に入り ライトフレグランス

 どうも、私は臭いらしいのです(涙)。

 人間は生き物ですから、それぞれに固有の体臭があるのは当たり前です。ですから、匂いを完全に断つのは無理ですし、もしそれが出来たとしても、それは意味の無い事だと思っています。その人には、その人の香りがあって当然だと思います。

 だからと言って、他人に不快感を与えるは、良いことではありません。

 ですから、私は常に清潔を心がけ、少なくとも不潔を原因とするような不快な体臭にならないように気をつけていました。

 例えば、私は男性ですから“オスの匂い”ってヤツはするでしょうし、年齢も年齢ですから、いわゆる“加齢臭”の類はするでしょう。ですが、常に清潔さを保つようにこころがけていれば、それほどヒドいことにはならない…と思っていました。

 ところが、最近の話ですが、私、自分の体臭にムッとするようになりました。人間と言うのは、自分の体臭には無自覚なものですが、その本来無自覚な匂いに、自分自身でムッとするならば…それはかなりキツイ匂いではないか…そう思ったわけです。

 で、ある日、私は臭くないか、妻に尋ねました。返事は即答で「臭いよ~」でした(涙)。「でも、あなたの匂いだから、私は気にならないけれど、他の人にはキツイかもね…」と言われちゃいました。

 以前にも似たような事がありました。その時はワキガが原因だったわけで、あれ以来、ワキガ防止に心掛けていたわけですが、今回の匂いはワキガではありません。今回の匂いは…

 疲労臭

 …というモノのようです。疲れたり、ストレスが溜まっていたりすると、肝臓の働きが悪くなって、体内の乳酸とアンモニアの分解がうまくイカなくなって、それらが汗腺を経由して体外に放出されてしまうのが、疲労臭なんだそうです。…臭そうでしょ、実際、臭いんです。

 これは全身の汗腺から出てくる匂いなわけで、要は疲れなかったり、ストレスがそんなにたまらなかったり、肝臓が元気でいつもフルパワーを発揮できれば、予防できるのですが、それは今のところ、ちょっと無理かなって思ってます。

 少なくとも、ほんの数年前、研究職だった頃は匂わなかったもんなあ…。やっぱり、配置転換をして、仕事が変わって以来、匂うようになったので、もう一度配置転換をして、再び閑職(笑)に戻らないかぎり、きっと私は、臭いまんまなんだろうなあ…。

 そこで、匂いを断つ事ができないなら、匂いをごまかす…いやいや、匂いを不快なものにしない工夫をしないと。

 そこで思いついたのが…いわゆる“香水”の類です。実際、香水って、体臭を隠したり、体臭と混じる事で体臭を心地よい匂いに勘違いさせるものでしょう? つまり、自分に合うフレグランスを見つけて、それを愛用すれば、疲労臭もさほど不快なものでなくなる…とまあ、そう考えたわけです。

 そこでさっそく出かけて、色々と試してみました。自分では分からないので、ちょっとつけては、妻に確認してもらって、最終的に決めたのが、ライトフレグランス(香水の廉価版)で、フィッツ社の『ロードダイアモンド バイ ケイスケ ホンダ ライトコロン(グローリー)』でした。

 キャラクター商品という部分が、いい年した大人としては釈然としませんが、でもコイツが一番私に合うみたいです。

 オッサン用のコロンは、柑橘系の酸っぱい匂いのモノが多いのですが、どうもその手の酸っぱい系のヤツは、加齢臭には効きそうだけれど、疲労臭には合わなさそうです。今回私が購入したのは、にが甘い匂い(って表現はわかりづらいですね)なので、疲労臭には効きそうです…ってか、私の疲労臭にはよく効いてます。少なくとも、コイツをつけるようになってからは、自分の体臭にムッとする事はなくなりましたので、きちんと機能しているようです。

 ただ、体臭って、人によって様々だし、おそらく疲労臭そのものにしたって、人によって微妙に違うでしょうから、それらを隠す香水の類も、人それぞれで違うんだろうなあって思います。今回の私は、比較的安価な商品で間に合ったから良かったけれど、これが高価な香水でないと隠せなかったら…たまんなかったろうなあ。

今月の金魚

 9~10月って、金魚にとっては鬼門なのですが、今のところは、みんな元気です。

今月のひとこと

 今頃ようやく、脚の皮膚が剥け始めました。これ、2週間前に海水浴に行って日焼けした脚の皮膚剥けですよ。今頃になって皮膚が剥け始めるなんて…ほんと、ジジイのカラダって、何をやらせても反応が遅い、遅すぎます(涙)。(2014年8月30日~9月4日)

 集団的自衛権の論議の中で「日本が戦争できる国になった~」とか騒いでいる人がいるけれど、それはあまりに国際状況を見ていない、井の中の蛙的な、お花畑的思考でしかないと思う。日本は不景気だ不景気だと言っても、まだまだ世界の経済大国です。それよりも、バブル経済が弾ける直前の中国、もはや経済的にはどん底に落ちてしまった北朝鮮など、経済的な危機を迎えている隣国の存在を忘れてはいけません。戦争は、衰えた経済を一挙に回復させる特効薬のような働きがあります(だからアメリカは10年に一度ずつ戦争をするのです)。もしも彼らが、一発逆転を狙って戦争を起こそうとした時に、どこの国へ攻めていくのか? すぐそばに、お金は持っているけれど、軍備は持っていない腰抜け野郎ばかりの国があったら…私なら、真っ先にその国にミサイルを打ち込んで戦争をふっかけます。だって、戦争をするなら、勝てる国としたいし、賠償金が欲しいから、金持ちの国と戦争したいです。だから、うっかり隣国たちが、日本に攻め込ませないようにするためにも、日本と戦争をしても良い事は無いと、普段から示しておかないといけません。だからと言って、貧乏になるわけにはいかないのだから、せめて攻められたら追い払える程度の軍備と、そのための法整備は必要だろうと思います。そうしないと、我々の子孫たちが可哀そうじゃないですか! 戦争反対などと言っている人たちは、誰の利益を考えて言っているのか、疑問です。侵略戦争は論外ですが、国防のために戦う事は必要です。これは『自分は強盗にならないけれど、強盗が押し入ってきた時は、家族を守るために戦う』と同じ事です。ただ、戦争反対と叫び、軍備を放棄する事は、我々の子孫を無駄に危険にさらすだけであって、子孫たちのためにはならない事だけは確かです。(2014年9月4~7日)

 涼しくなりましたね。先日、映画を見に映画館に行ったら、館内が暑かった(涙)。空調がしっかりしているはずの映画館で暑さを感じるとは…よっぽと戸外が涼しくなったんだなって思いました。まだまだ日差しはキツイけれど、風はすっかり秋なんですね。(2014年9月7~11日)

 朝日新聞の社長さんが、いわゆる『吉田調書問題』の誤報(捏造?)を認めて謝罪をしたそうですね。で、事のついでに『慰安婦問題』の誤報(捏造?)の方にも、ちょろっとだけ触れたそうですね。『吉田調書問題』の非を認めて謝罪したのは良しとして、『慰安婦問題』の方は『吉田調書問題』の謝罪のついでのドサクサに紛れて…ってのは、ちょっとばかり解せないね。そんなんじゃ『慰安婦問題』の方は、国際的には誤報のままで「日本人は朝鮮人をレイプしまくった」との嘘を、放置する結果になっちゃうよ。『慰安婦問題』についても『吉田調書問題』と同様か、それ以上にきちんと謝罪して、国際社会に報道してもらわないといけないでしょ? そうでもしないと、国際社会における日本人の名誉が回復しません。まったく。(2014年9月11~18日)

 足を捻挫しました(涙)。出勤途中の舗装道路に穴が開いていて、それに気づかずに足を突っ込んでしまい、足首をひねって転びました。100Kg以上もあるカラダが転んだのですから、そりゃあ一大事です。怪我した直後は割と平気だったのですが、半日もすると、大きく腫れてしまい、翌朝には痛みで歩けなくなりました。皆さんも、怪我にはくれぐれもご注意ください。幸い、足の怪我なので、歌にも笛にもブログにも影響ありません。(2014年9月18~26日)

 たぶん、日本は国連の常任理事国にはなれない…と思う。だって、敗戦国だし、敵国条例だってあるし。でも、国連に献金しているお金はアメリカに次いで第2位なんだよ。つまり、アメリカを除く常任理事国のどこよりも、いっぱいお金を出しているわけで“便利なATM”というか、いい感じでつけこまれているような気がします。常任理事国でもないのに、常任理事国よりもたくさんのお金を国連に差し上げるのは、なんか間違っているような気がするし、常任理事国さんたちに失礼な気がします。たぶん、今回も常任理事国入りは否決されるだろうから、来年以降は、国連に支払う金額を常任理事国のどこよりも少なくしちゃえばいいんだよ。それでまた10年後に常任理事国入りをチャレンジする…それくらいやんなきゃ、なめられっぱなしだよ…って私は思います。(2014年9月26~28日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2014年9月29日 (月)

錦織健さんのリサイタルに行ってきました

 標題の通り、テノール歌手の錦織健さんのリサイタルに行ってきました。ついこの前も行ったような気がしていましたが、それはなんと5年前の話でした(ブログ記事はこちら)。

 プロの、それも一流の歌手の生歌を聴くことは、とても勉強になります。私自身の聴く耳もだいぶ肥えてきましたので、歌を聞くだけで、どうカラダを使っているのかが、以前よりも分かるようになりました。

 それにしても、ほんと、美しい歌声だよなあ。

 曲目は…5年前と一部同じで、一部前回と違っていましたが、傾向はほぼ一緒。ヘンデルに始まって、日本歌曲を歌って、オペラアリアを歌って、ポピュラーソングも歌って、最後はクイーンを歌ってお終いでした。

 しかし5年の歳月は、残酷でした。

 5年前の錦織さんは…

>それを見ていて思った事は、すごく楽な発声をしている人だなあと言うこと。

 …でしたが、今回は“楽”どころか、かなり頑張って歌ってくださっていました。彼の歌を聴きながら「歌って難しいんだな」「とても難しい歌を頑張って歌っているなあ…」とか思いました。前回の時だって、難しい歌をバンバン歌ってましたが、それを難しく聞かせませんでしたが、今回は難しい歌は難しげに、そうでもない歌はそれなりに聞こえました。

 決して、下手になったわけではないんだと思います。むしろ、歌唱的には前回よりもテクニカルに歌っていたと思うので、歌そのものは上手になった(あるいは、上手さを隠さなくなった)と言えますが、歌手としては…残念ながら…衰えたのだと思います。

 だってもう、彼だって50代半ばだよ。いくら若く見せていても、肉体は衰えるものです。2時間のリサイタルがキツくなっても、誰も彼を責められないと思います。

 前半に歌ったヘンデルとか日本歌曲では、まだ衰えを感じさせませんでしたが、おやおやと思ったのは、前半の終盤に歌ったポピュラーソングの時です。歌っている声が時折???となりました。5年前には見られなかった現象です。この時は「ん? 調子が悪いのかな」と思ったものですが…どうも、そういうわけでもなさそうです。

 休憩を挟んだ後半の一曲目の「誰も寝てはならぬ(プッチーニ作曲の歌劇「トゥーランドット」からの有名なアリア)」の高いHを出したところを境に、後は聴いている方もハラハラドキドキとなりました。「次は大丈夫?」と祈るような気持ちで、手に汗を握りながら聴いていました。

 ハラハラドキドキしながら聴くのは、ある意味、テノールリサイタルでは普通なんですが、少なくとも5年前のリサイタルでは、全然そういう事はなかったんです。ほんと、この5年で大きく変わったようです。

 アンコールで歌った「オ・ソレ・ミオ」だって、5年前は…

>「うわー、すげえー」と思ったのはアンコールの「オー・ソレ・ミオ」を、実にラクラクと歌ったこと。

 …でしたが、今回はラクラクどころか、実にヒヤヒヤでした。

 リサイタル最後の曲は、前回はクイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」を力強く歌っていましたが、今回はファルセットを多用した「ラブ・オブ・マイ・ライフ」でした。別にファルセットがダメとは思わないし、オリジナルを歌ったフレディだってファルセットで歌ってますから、これはこれでアリですが、私は錦織健の力強い「ボヘミアン・ラプソディー」を聞きたかったのですが…たぶん、この曲をライブで聴くことは、もう無いかも…と思いました。

 時とともに、人は成長し、全盛期を迎え、やがて少しずつ衰えていくわけです。それは当たり前の事だけど、残酷な事です。

 前回が5年前でしたから、次に彼が当地にやってくるのは5年後かもしれません。その頃の彼は還暦ですけれど、人気者だから、まだ引退せずに歌っているんじゃないかな? ジャンルは違うけれど、80歳近い加山雄三がまだコンサート活動していますからね。還暦を迎えたとしても、錦織健さんもまだ歌っているでしょうが、おそらく、その頃は、歌い方も、リサイタルの持ち方も、今と同じ形ではありえないかなって思います。

 私の希望としては、若いソプラノ歌手を帯同して、コンサートをして欲しいなあ。若い歌手を帯同する事で、彼女の売り出しに協力すると共に、コンサートの半分は彼女に任せ、休み休み歌って、自分は残りの半分に全力集中で歌えば、まだまだ10年は軽くイケると思うし、ソプラノがいれば、二重唱などもできるし、コンサートの幅も広がって良くなるんじゃないかな? 別にこれって、恥ずかしい事ではなく、次のステップに登ったと言うなんだと思うし、いいんじゃないかな?

 とにかく、錦織健さんには、まだまだ頑張って欲しいと(本気で)思っている私でした。いやあ、マジでファンなんだよね。

 と言うわけで、最後は錦織健さんの「ボヘミアン・ラプソディー」です。

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2014年9月28日 (日)

なぜ秋田の人は、学力が高いのに、大学に進学しないの?

 どうも連休などがあると、体重を計るのを忘れてしまう私です(汗)。いやあ、めんごめんご。

 さて、今週のエッセイですが、最初に書いておきますが、別に私は秋田や秋田の人をディスるつもりは毛頭ございません。単純に疑問に思っただけの話なので、悪意で受け取らないように、ひとつ、お願いします。

 さて、“全国学力テスト”と呼ばれる『全国学力・学習状況調査』が、2007年より、全国の小中学校を対象に実施されています。で、その結果が毎年のように発表されているのですが、ここ数年、毎年、第1位は秋田県なんですね。つまり秋田県の小中学生が、日本で一番学力が高いと言ってもいいんだと思います。

 この結果を見て「秋田県って教育県なんだろうなあ…」と思った私ですが、実はそうでもないみたいです。と言うのも、大学進学率は47都道府県中、37位です。はっきり言って低いです。全国学力テストの結果から考えても、ありえない数値だと思います。

 「秋田の人って、中学生まではすごく勉強するけれど、高校に入った途端に勉強を止めて遊びだしちゃうのかな?」「勉強に関しては、中学校までで燃え尽きて、大学入試には対応できないのかな?」

 これは『小中学校まで、どういう風に勉強に取り組ませるか』で変わるけれど、全国学力テストで、あれだけ好成績をキープしつづけているわけだから、学校での取り組みも、秋田じゃ、半端無い事は容易に想像できます。当然、日々の勉強も相当に頑張っていると思うけれど、それだけで燃え尽きちゃう? だとしたら、都会の塾通いの子たちなんて、大炎上しちゃうよね(笑)。それに高校に入った途端に勉強止めちゃう子なんて、秋田に限らず、日本中どこにでもいるだろうし…。それにそれに、中学校までしっかり勉強しておけば、基礎学力だってしっかり身につくし、絶対に大学受験には有利に働くはずなんだよね。だから、中学校まで、これだけの良い成績を取っていた人たちが、大学に進学しないとは、勉強や成績以外の要因を考えないといけません。

 「秋田には大学が無いのかな?」

 大学がなければ大学に進学できません。当然の事です。

 そこでググってみたところ、実は秋田には大学が14校あります。比較のために神奈川も調べてみたところ、神奈川には大学が71校ありました。これだけ見ると、秋田には大学が少ないと思われるかもしれませんが、秋田の人口が約100万人で、神奈川が900万人だから、人口比で考えて、人口100万人あたりの大学数が、秋田は(そのまま)14校だけれど、神奈川は換算すると約8校になります。なんと、神奈川の人口当たりの大学数の割合って、秋田の2/3にも満たないんですよ。それくらい、神奈川の方が大学が少ないのです。驚きです。

 さらに言えば、秋田には国際教養大学という国立大学があります。入試の難易度は東大並で、就職内定率は100%で、その過半数は有名一流企業だと言うのだから、都会の有名大学にも引けをとらないような立派な大学だってあるわけです。

 秋田の大学事情、決して悪くないんですよ。

 「周囲も高卒の人が多いので、それで安心して大学に行かないのかな?」

 秋田は代々大学進学率が低いと思われるので、当然、秋田の大人たちも大卒の方は、他の地域と比べると少ないでしょう。大学に行かなくても、きちんと生計が立てられる地域なんだと思います。その点では、周囲の大人たちの現状に引きづられて、若者たちの大学進学率が低い…とは考えられますが、小中学校であれだけ熱心に学習指導しているのですから、子どもたちの知的好奇心だってたくさん刺激されるでしょうから、大学進学を目指す子が、他地域よりも、むしろ多くても不思議ではありません。それが低いとなると…やはり不思議です。

 となると、秋田の人は、中学校までは教育熱心だけれど、高校になると、急に教育から熱が冷める…と考えざるを得ません。

 実は秋田は、大学進学率は全国37位で低いのですが、高校進学率は全国7位なんです。

 やっぱり「中学校までは教育熱心で高校進学率も高いけれど、高校では熱が冷め、大学進学率が低くなってしまう」というのが正解かもしれません。

 ではなぜ、高校で熱が冷めてしまうのか? 

 一つには『学習能力の伸びしろを、高校入学までにすべて使い切ってしまうから』かもしれません。つまり、小中学校の時に無理無理に勉強したので、高校に入学してからは学力が伸びなくなってしまうのかもしれません。

 これは都会で幼少時から塾などに通って熱心に勉強していた子にも通じる事なので、そうかもしれませんよ。一部の子を除き、小学生の頃に熱心に勉強させると、中学・高校あたりで学習能力が頂点に達してしまって、それ以降は学力が伸びるどころか、下がる一方になってしまいます。それが秋田では全県レベルで発生している?のかもしれません。

 また、それと関係するのかもしれませんが、秋田の人にとって『最終学歴は高卒』という意識が、デフォルトなのかもしれません。それゆえに大学進学率が低くなってしまい、高校で勉強に身が入らなくて熱が冷めてしまうのでは…と私は思います。それは都会の大学生が、入試までは熱心だけれど、入学しちゃうと勉強しなくなるのと似ている構造なのかもしれません。

 では、なぜ『最終学歴は高卒』がデフォルトなのか? 

 あれこれ、他の統計を見ていたら、ひとつ気づきました。それは、大学進学率の統計結果と、サラリーマン年収の統計が、とても似ているのです。

 考えてみれば、大学って、高校までと違って、学費がうんとかかります。

 小学校と中学校は、義務教育ですから、公立に通っていれば、学費は原則無料です。高校も授業料無償化ですから、学費がかなり安く上がりますが、大学は…初年度納入金だけを見ても、国公立大学で100万円弱、私立文系で約120万円、私立理系で約150万円、私立医歯系で500万円だそうです。初年度納入金だけで、これだけです。これが4~6年通うとなると…かなりかかってしまいます。

 学力的にも無理めだし、経済的にも無理めだし、周りの大人は高卒ばかりだし…となると、いくら学習意欲が高くても、子どもたちは大学受験を諦めてしまうのかもしれません。

 経済力、やはりこのあたりが大学進学率の低さの原因になるでしょうし、これは秋田だけの問題ではないなあって思います。そう思って、色々と統計を見ていると、やはり経済力と大学進学率は、ゆるやかであるにせよ、関係がありそうです。

 収入が少ないと、色々と生活に制限が加わります。大人の場合は、年収の多寡は、自己責任の部分も少なくありませんので仕方ありませんが、子どもの場合は、本人ではなく、親の責任なわけで、子どもは親を選んで生まれるわけにはいきませんから、親の年収が少ないために、色々と制限を受けざるを得ない子たちは、かわいそうだと思います。

 だからと言って、私に何ができるわけじゃないんですが。

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2014年9月27日 (土)

サクラの睡眠スタイルが変わったようです(笑)

 サクラ…我が家の古参金魚兼巨大金魚です。丹頂という種類の金魚で、私の握りこぶしよりも大きな図体をしていますが、至って元気で、巨大魚だけれど、さほど太っていなくて、まあいい感じの金魚さんです。

 ただ、図体はデカイのに、気の弱い女の子なので、歴代のオスたちに、あれこれとアタックされて、結構カラダはボロボロ、メンタル弱めなんですね。

 割りとつい最近まで、サクラが休息(つまり睡眠)を取る時は、金魚フィルタのポンプの管に下腹を密着させて、上向きになって寝ていました。おそらくポンプ管の影に隠れているつもり…だったんだろうと思います。魚の本性として、身を隠して休息をしたい…わけです。でも、ウチの水槽は、ドジョウが身をひそめる場所は用意していますし、小型魚が隠れる場所も用意してありますが、サクラのような巨大魚が隠れられるような場所は…さすがにありません(笑)。で、サクラなりに色々と考えて、ポンプ管の裏側に身を隠しているつもりになっていたのでしょう。

 実際には、全く隠れられていませんが、それしかないなら、それはそれで仕方のない事なんだと思います。とにかく、ポンプの管を発射台に見立てると、まるでこれから発射予定のロケットのようでした。

 それが最近は、ロケットのものまねは止めて、普通に水平状態で休むようになりました。ただ、普通に水中に漂っているのではなく、水面近く…と言うか、水上に背中を出して休むようになりました。

 やっと、ポンプ管の裏には隠れられない事を悟ったようです。ただ、水中に漂っていたり、水底に沈んで休んでいると、他の子たちとぶつかってしまう(ちょっかいを出されてしまう)ので、水面近くで漂っているんだろうと思われます。もっとも、尾ビレ、腹ビレが長くて、カラダは水面にあっても、ヒレは水底まで届いているので、邪魔は邪魔のようですが…。

 まあ、金魚的に、上向いたまま寝るのは疲れるでしょうから、たとえ水面近くで、背中が完全に水上に出ていたとしても、水平に近い姿勢で休める方がいいんじゃないかって思います。

 それにしても、今年の夏は暑かったですね。他の三匹はともかく、サクラはだいぶ体力を奪われたようで、毎日が色々とシンドそうです。

 頑張れ、サクラ。

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2014年9月26日 (金)

フルートの音色を磨きたければ、まずは腹筋を鍛えること

 フルートのレッスンに行ってきました。

 実は先週は仕事の都合で休んでしまったので、二週間ぶりのレッスンだったりします。今週も、姉様のレッスンと被ったので、たっぷり、姉様のレッスンを拝見させていただきました。いやあ、やっぱり上級者のレッスンって、ただ聞いているだけでも勉強になるわ、いいわ、いいわ。

 ロングトーンの練習の前に、ちょっとだけチューニングと言うか、音合せをします。やり方は実に簡単で、先生が中音のAを吹くので、私も中音のAを吹いて、音が合っている事を確認します。

 今回も先生のAの音に合わせて吹いたら、私のフルートの音が低かったのです。「あれ? いつもと同じように組み立てているのにな…」

 ここで「低い」からと言って、頭部管を押し込んだら負けです(笑)。では、私は何をしたのかと言うと、フルートの管内に思いっきり息を入れました。そうです、実はフルートを組み立てて、そのまま放置していたので、フルートの管内は、涼しい室温のまんまだったのです。そこで、私の息を入れて、管内の温度を人肌並にしたところ…音程バッチリとなりました。ふふふ、私、グッジョブ!

 さて、エルステ・ユーブンゲンですが、懸案の4番は…なんとか合格しました。この課題、まず最初に楽譜を見ながら一人で吹いて、次に楽譜を見ずに(つまり暗譜で)先生と一緒に吹くというやり方をしているのです。先生と一緒ですから、テンポや間の取り方は先生に縛られます。さらにちょっとでも間違えると、一発でバレるという、実にうれしいやり方なんです。今回も、数カ所、ミスブローモドキがありました。いやあ、フレーズの出だしの音を間違えて、一瞬で直すというのを何回かやっちゃったわけです。それは、あまり美しくないやり方なんですが「音を探しながら吹くのはOK」という約束なので、これは一応許容範囲と言うことで、合格をいただきました。うむ、頑張ったよ。

 で、次の課題の5番は楽譜を見ながら吹いたわけですが(次回はこいつを暗譜するんですね)、吹き終わると先生に「いやあ、実に音がキレイになりましたね。自分でも、そう思わない?」とか尋ねられましたが…自分で自分を褒めるのも、ちょっとアレなので「キレイと言うか、音が暴れなくなりました」とか答えました。いやあ、私も奥ゆかしい日本人だなあ(笑)。

 先生がおっしゃるには、フルートは、音がキレイなのが一番なんだそうです。指が動く事や、息が続くこともすごい事だけれど、誰でも練習すれば、指は動くようになるし、息だって続くようになる。でも、音だけは、きちんと考えながら練習しないと、いつまで経っても美しい音色にはならないし、いつまでもヒステリックな音でしか吹けないのだそうです。

 「どんなに指が達者に動いても、ピーピー癇に障る音で吹かれたら、聞きたくないでしょ? でも、少々、指がモタモタしていても、きれいな音色でフルートを吹いてくれたら、いつまでも聞いていたくなるでしょ。演奏って、そういうものなんですよ」と言われました。まあ、確かにそうなんだろうね。

 確かに私のフルートの音色、以前から「美しいなあ…」と自惚れていた(笑)けれど、最近はほんと、自分でうっとりするくらいに美しいんですね(爆笑)。なぜかな…と思ってみたんですが、使用しているフルートがアルタスだという事(アルタスのフルートは、鳴らすのは難しいのだけれど、音色は美しいんです)もあるけれど、やはり声楽のY先生に、しっかりと横隔膜の使い方を仕込まれて以来、元々美しかった音色が、さらに美しくなったような気がします。

 フルートの音色を磨きたければ、まずは腹筋を鍛えること。

 たぶん、そうなんだと思います。

 ブチ・エチュードは6番でしたが、今回も不合格となりました。やっぱり、まだ指が完璧ではなくて、ところどころで転ぶんですね。この程度の転び方なら、アルテだったら合格をいただけていたと思いますか、アルテを終えた今、同じ基準で合格はいただけないようです。今は、せめて転ばないように吹けないと合格にはなりません。

 あと、最初は音色が美しいのですが、吹き進んでいくうちに、だんだん音が荒れてくるのがダメだと言われました。特に、中間部の跳躍の箇所が終わった後は、すっかりクチビルに力の入った硬い音で吹いているそうなので、曲の後半になればなるほど、自分のフルートの音をよく聞いて、常に柔らかい音色でフルートを吹くようにしなさいと言われました。

 次回までに、指と音色を再確認して、修正してきますかね。

 さて、今週の雑談は…腰が痛くなると、鼠径部まで痛くならない?って話です。

 先生は、お年を召しておられますが、ガンガン山に登っちゃうほどの体力の持ち主で、今まで腰痛などになった事はなかったのだそうですが、先生曰く「寄る年波に勝てず…」 ついに、山から疲れて帰ってきて、休まず、アレコレ忙しく過ごしていたら、三日後に腰痛になってしまったのだそうです。

 それも最初は腰がグギグギって痛いだけだったのですが、その傷みが段々ひろがって来たんだそうです。まあ、それは先生も「腰痛がどんどんヒドくなってきたんだなあ」と理解していたのですか、傷みが腰から鼠径部にまで広がってきたので、これは腰痛ではなく、何か別の病気ではないのかと心配になったのだそうです。

 まあ、腰痛って、腰が痛い…と言うか、腰の周辺だけが痛い病気だと、普通は考えますよね。

 なので「あんまり、腰が痛すぎると、鼠径部まで痛くなりますよ」と腰痛の先輩である私から先生へ、きちんとご説明させていただきました。

 いや、ほんと、腰が痛すぎると、鼠径部と言うか、男性の弱点が痛むのよ。もう、ほんと、シクシク痛いんです。腰が痛いだけでもツライのに、鼠径部も痛くなると、もうほんと取り乱しちゃいます。いやあ、軽く未来に絶望しちゃいますね。それくらいに、メンタルに来ます。

 でも、それもこれも腰痛の症状なんだよね(笑)。だから、絶望する必要は、全くないです。腰の痛みが引けば、自然と鼠径部の傷みも引きます。もしも、腰の痛みがなくなっても、まだ鼠径部の痛みが残るようなら、そりゃあきっと睾丸の病気だから、きちんと病院に行ってみてもらわなければいけません。まあ、オジサンにとって、睾丸なんて、もはや不要な臓器だけれど、これがあるとないとでは、生きていく自信が違っていきます。人生の風景が変わってしまうとも言えるかも。とにかく、元気で丈夫が一番です。そういう事です。

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2014年9月25日 (木)

カラオケに行って困る人

 まあ、いわゆる“音痴”とか“赤面症”とか“あがり症”などの人は困るでしょうし、また“恥ずかしがり屋さん”とか“シャイな人”も困るでしょうが、私が言いたいのは、そういう人の事では、もちろんありません。

 クラシック声楽とか、合唱とかをやっている人の中に、カラオケに行って困る人、結構いるのでは? オペラアリアは上手に歌えるけれど、J-POPは無理ですって言う人、いるよねえ~。

 クラシック声楽とか合唱とかをやっている人って、本来的には歌は上手なはずです。少なくとも、J-POPを歌うには困らない程度の歌唱力を持っていると思われがちですし、実際問題、困らない程度の歌唱力(正しい音程で正しいリズムで歌える事、程度の意味です)を持っているものです。ですから、門外漢的には「合唱やってて、カラオケが歌えない? ありえないでしょう???」って思うのですが、それでも「カラオケは苦手~」って言う人はいます。

 なぜでしょう?

 クラシック声楽や合唱をやっているにも関わらず、カラオケは苦手だと言う人って、たいてい女性ですね。

 クラシック声楽をやっている男性で、カラオケが苦手だという人はあまり多くないと思います。たまに「カラオケは苦手だな」という人がいますが、そういう人はたいてい合唱をやっている人であって、それは歌唱力的な問題ではなく、多くの場合「人前で一人で歌うのは恥ずかしいからイヤだ」という理由が大半です。ほら、合唱って、決して一人で歌う事ないですからね。いつも仲間と一緒に歌っているわけで、それを一人きりで歌うと…“恥ずかしい”のと“心細い”のとが混ざってしまって「イヤだな」という気持ちにつながるようです。

 つまり、男性の場合は、心理的な障壁の問題から、カラオケに苦手意識を持っている人もいますが、女性の場合は、心理的な障壁以外にも問題があって「カラオケは苦手だな」という人がいるようです。

 だいたい、カラオケが苦手だという女性の多くはソプラノさんです。メゾとかアルトの人には、カラオケが苦手だという人は少ないように思います。

 ではなぜソプラノさんはカラオケが苦手で、メゾさんやアルトさんたちには、あまりカラオケが苦手だという声が上がらないのかと言うと…それはカラオケで使われるポピュラー発声と、ソプラノさんの発声は、かなり違うけれど、メゾさんやアルトさんは、そんなに違わないからです。

 すごく乱暴に言ってしまうと、カラオケで使うポピュラー発声と言うのは、地声で歌う発声方法の事で(本当は間違っているのだけれど)メゾさんやアルトさんたちも地声で歌う人が多いのですが、ソプラノさんは地声ではなく(厳密には違うのだけれど)裏声で歌います。日頃、裏声で歌っている人だと、地声で歌うことが苦手だったり、できなかったりするんですね。だから、ソプラノさんはカラオケが苦手だったりします。

 ちなみに男声は、テノールであれバスであれ、裏声で歌う事はありません。(厳密には違うけれど)男声は常に地声で歌いますので、カラオケに苦手意識はないのですね。

 だいたい、クラシック系の歌手で、ポピュラーソングのアルバムを出す人って、たいてテノールかメゾでしょ。やはり、このあたりの声種がポピュラーソングとの相性が良いのだと思います。

 相性が良いどころか、テノールに至っては、マリオ・ランツァ以来の伝統がありますからね、テノールにとって、ポピュラーソングは大切なレパートリーの一つだったりするわけです。

 とは言え、ソプラノにもサラ・ブライトマンのような人が現れてきました。クラシカルな発声でポピュラーソングを歌い始めているので、やがてはソプラノさんが裏声で堂々とカラオケを歌える日がやってくるかもしれませんが…それにはもう少し時間が必要かもしれません。でもそれは、あくまでもポピュラーソングであって、J-POPとは限らないんだな。

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2014年9月24日 (水)

昔々、吹奏楽部は男子の部活だった

 …ですよねえ。少なくとも私の学生時代は、そうでした。

 私は、自分が学生だった時は、吹奏楽部ではありませんでした。由緒正しい、運動部の部員でした。中学生の時はバスケットボール、高校生は柔道をやっていました。音楽は好きだったけれど、部活で音楽をやれるほど女々しくはない…なんて考えていました。当時の男子なんて、そんなモンでしょ。

 私の学校は吹奏楽部が弱小だったので、手が足りず、行事などの演奏では[エキス]トラとして吹奏楽部に混じって演奏していました。ちなみに、私の担当はパーカッションだったので、大抵、バスドラムを叩いてました(この楽器は簡単なので、特に練習が不要なので、トラさん向きなんですね)。

 なぜ私が吹奏楽部のトラさんをやっていたのかと言うと、親友たちが吹奏楽部に多くいた事と、担任の先生が吹奏楽部の顧問だったので、手が足りなくなると、気軽に駆りだされていたという事情なんです。

 で、たまに参加する吹奏楽部でしたが、当時から男女混合の部活でしたが、やはり男子の部活というイメージがありました。メンバー的にも男子の方が多かったですね。少なくとも、金管楽器と打楽器は男子の独占でした。女子は木管楽器に少々いるって感じでした。部長や副部長だって、男子でしたしね。

 当時は、金管楽器は肺が強くないと吹けないから女子には無理とか、打楽器は腕力が必要だから女子には無理とか、楽器の運搬も多いので女子には無理とか、そんな雰囲気がありました。

 当時の音楽女子は、ピアノなんだよね。で、指を傷めちゃいけないからとか言って、吹奏楽部には近寄らなかった(ような気がします)。あの頃は、男子は吹奏楽部、女子は合唱部って感じでした。

 とにかく、吹奏楽って、軍楽隊の進化形でしょ? 当時はまだまだ勇ましかったわけで、そりゃあ男子が入部するよね。

 あれから軽く四半世紀が過ぎました。いや、半世紀と言った方が事実に近いか? とにかく、今の吹奏楽部には、ほとんど男子はいません。金管楽器も打楽器も女子が吹いてます。楽器の運搬も女子がやってます。昔では考えられないくらいに女子が強くなったのかもしれません。

 なぜ、そうなったのか? 私には分かりません。でも、趣味の世界の常識で考えると…たいていの趣味や芸事って、男子が始めて、男仲間で楽しむという形態から発達し始めます。男子はルールや約束事を決めて、その趣味を整備していきます。そして、やがて誰でも楽しめるような形に仕上げます。

 その趣味がひと通り仕上がると、男子だけで楽しんでいるところに加わる女子が現れるわけです。男子の群れに少数の女子がいるのは、男子にとっても、女子にとっても、居心地が良いわけです。いわゆる“姫”状態です。

 その段階で留まっている趣味は、発展していきます。しかし、中には女子が増えすぎてしまう事があります。女子が増えすぎると、男子の足が遠のきます。女子が少数ならいいのですが、女子が多数になると、男子の居場所がなくなるからです。女子の群れに少数の男子がいるという状態は、男子にとっても女子にとっても、快適とは程遠い状態なんですね。

 だから、ある程度、規模が大きくなって女子も増えてくると、多くの場合は、そこで男子と女子で場を分けます。スポーツなんかが、そうですね。男女別になれば、それはそれで、それぞれに発展していきます。

 しかし、中には男子と女子を分けずに行くものもあります。男女を分けずにいると、やがて、その趣味の世界から、男子が消えて、女子だけが残るようになります。そして女子専用の趣味になってしまいます。( <- 吹奏楽は今この段階)

 しかし,女子だけの趣味になって、その趣味を楽しむ男子がいなくなってしまうと、女子って気の多い子が多いので、その趣味自体がだんだんと衰退していく…というのが、普通の流れです。

 そう考えると、吹奏楽部って、まずい流れの上にあるような気がします。でも、偶然でしょうが、そこは、よくしたもので、毎年毎年、卒業生が出ていき、新入生が入ってくるので、吹奏楽女子も他所に気を取られている暇がないみたいで、うまく新陳代謝が続いて、吹奏楽というものが存続できているようです。面白いですね。

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2014年9月23日 (火)

伴奏者さんを“ピアニストさん”と呼ばないと、失礼なんでしょうか?

 最近の風潮なのか、伴奏を担当するピアノニストさんを“伴奏者”と呼ぶと怒られるそうですね。伴奏をしてくださる方の事は、きちんと“ピアニスト”さんと呼ばないとダメなんだそうです。何がいけないかと言うと“伴奏”という言葉がいけないみたいです。

 “伴奏”…いかにも脇役っぽい呼び方なので、それが失礼にあたる…と考えるみたいです。

 世の中、芝居であれなんであれ、脇役があってこその主役であり、音楽だって、伴奏あってこその独奏なんじゃないの? そして、逆もまた真なり…と、私は思います。でも“独奏”という言葉は使ってもいいけれど“伴奏”という言葉は使ってはいけないそうです。なんか、言葉狩りだなあ…。

 独奏と伴奏。精神的には対等だし共演なんだけれど、音楽的と言うか、合奏的には主従の関係がある事は、否定出来ないと思います。

 何が言いたいかと言うと、我が物顔に振る舞って良いのは独奏者であって、伴奏者は好き勝手にやっちゃう独奏者に合わせていく役割を担っているわけで、独奏者と伴奏者が落としどころを探りながら演奏したり、独奏者が伴奏者に合わせて演奏するのは、個人的には、ちょっと違うような気がします。

 つまり、個性的にふるまってよい役割の人を独奏者と呼び、その独奏者のわがままに付き合って、きちんと音楽に仕上げてあげる人たちを伴奏者と呼ぶ…んじゃないかなって、私は思うわけです。

 だからこそ、伴奏はあくまで伴奏なのであって、徹底してサポートという仕事をプロフェッショナルに行うべきだと思います。そして独奏はあくまで独奏なんだから、独奏として立派に自己主張をしていくべきだと思うんです。そうやって音楽って生まれるんだと思います。それを、それぞれの役割を放棄したら“負け”だなあって思います。

 それゆえに、独奏者は主役然として「アタクシの演奏についてらっしゃい」くらいの気持ちでいかないといかんのですし、伴奏者は脇をキチンと固めるべく「後はオイラにまかせとけ!」ってな精神でいかんといけないと思うんです。

 つまり、伴奏って、腕の良いプロでないと、本来はできない仕事…なんだと思います。

 だから伴奏してくださる方を“伴奏者”と呼ぶことは失礼な事でもなんでもない、と私は思うんですが、それでも“伴奏”という言葉は使ってはいけない、失礼な言葉なのでしょうか? 伴奏をしてくださる方を“伴奏者”と呼んではいけなくて、必ず“ピアニスト”さんと呼ばないといけないのでしょうか?

 と言うのも、私、伴奏者さんを“ピアニスト”さんと呼ぶのに、ちょっとした心理的抵抗を感じるのですよ。まあ、私個人の偏見かもしれませんが、ピアニストさんと言うと、『一人で演奏する人』ってイメージが私にはあるんですね。つまり、主役っぽい感じがします。

 “船頭多くして船山に登る”というじゃないですか? 独奏者とピアニストの組み合わせだと、両方共主役なので、音楽という船は、目的の港ではなく、山に登ってしまう…ような気がするんですね。だから、独奏者の相方は、伴奏者の方がいい…なんて思うんです。いえいえ、百歩譲って“伴奏のピアニスト”さんと呼んじゃダメですか? それって変ですか?

 もちろん、ドイツ系のリートにみられるような「歌とピアノ、どっちが主役か分からない」ような音楽だってあるわけです。その場合は、歌もピアノも主役なので、独奏伴奏の関係ではなく、共演者になるわけだから、ピアノの人を“ピアニスト”さんと呼ぶのは、やぶさかではありません。

 それはともかくとして、実際問題として、ピアノパートを担当する方って“伴奏者”と呼ばれると、気を悪くされるんでしょうか? 本当に彼ら彼女らは“ピアニスト”と呼ばれたがっているのかしら? 一度、ピアノ担当の方々の意見も聞いてみたいものです。

 秋になり、演奏会のプログラムを見るたびに、そんな事を思う私でございます。

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2014年9月22日 (月)

iPod Classicがカタログから消えました!

 この秋、アップル社から、iPhone6とApple Watchが新発売される事になりました。めでたい事です。そして、来るモノがあれば去るモノもあるわけで、ひっそりと“iPod Classic”がアップル社のカタログから消えました。つまり、後継機種が販売されない限り、iPod Classic は店頭在庫がなくなり次第、販売停止となるわけです。

 つまり、iPod Classic が入手不可能となるわけです。ガビーンっ!

 皆さんは、携帯音楽プレイヤーとして、何をお使いですか? 私は iPod Classic を使っています。だって、手のひらサイズだし、大容量だし、何よりも私は音楽を自宅パソコンの iTunes で管理していますので、iPod Classic だと、色々と都合がいいわけです。

 私が iPod を使い始めたのは、iPod がUSBに対応し始めた第4世代からです。最初に買ったのは、当時最大容量を誇っていた40GBの白黒液晶タイプでした。次に60GBのカラー iPod に買い替え、次にビデオ再生可能な80GBの第5世代に乗り換え、次に160GBの第6世代、つまりiPod Classicに乗り換えました。最初に購入したiPod Classicはバッテリーがヘタってしまったので、現代使っているのは二台目の iPod Classic です。もう、iPod を使い始めてから、10年は経ったと思います。

 今では、iPod Classic の無い生活は、私にはちょっと考えられません。それなのに、この世から iPod Classic が消えてしまいます。私、ちょっとしたパニックになってしまいました。

 おそらく、Apple社的には、iPod の役割が終わった、製品寿命を終えた、と判断したのでしょうね。

 私が思うに、今の時代、携帯音楽プレイヤーとして、iPod Classic を使っている人って、おそらく、そんなにいないんでしょうね。

 iPod Classic って、iPhone とほぼ同じ大きさなんですよね。iPhone なら、電話もできるし、アプリも使えるし、音楽も聞けるのに、iPod Classic は音楽しか聞けないんです。

 一方、同じ iPod でも、生き残っている iPod shuffle や iPod nano は音楽しか聞けないけれど、iPhone や iPod Classic よりも小型軽量だし、iPod Touch は電話こそ出来ない Wi-Fi専用機(つまり回線業者との契約が不要)だけれど、後は iPhone とほぼ同じです。

 確かに、こんな状況じゃあ、iPod Classic は、存在価値が薄いよね。

 それでも今まで、なんとか iPod Classic が生き残っていたのは、容量にアドバンテージがあったからでしょう。だって、iPod Classic の記憶容量は、160GBなんだよ。一方、iPhone は、直近の iPhone5s でも最大容量は64GBで、容量的には全く勝負にならなかったわけだ。

 ところが、最新の iPhone6 で、iPhone の最大容量は128GBになりました。現行の iPod Classic は確かに160GBで、iPhone6 の128GBよりも大きいです。しかし、部品供給の都合もあったのかもしれないけれど、一時、iPod Classic の160GBタイプがカタログから消え、120GBタイプが最大容量だった時期もあるわけで、それを考えると、ついに iPhone の記憶容量が iPod Classic に追いついた…とも言えます。

 そうなると、iPhone に対して、最大容量でしかアドバンテージの無かった iPod Classic は、消え去るしかないのは…理屈ではよく分かります。

 でも、でも、寂しいです。

 私は、今使っている iPod Classic を、当分は使っていくでしょう。と言うのも、携帯電話は iPhone を使っている私ですが、人柱にはなりたくないので、まだ当分は iPhone5s を使っていくつもりだからです。しかし、いつまでも iPhone5s を使っていけるわけもありません。やがては iPhone6 PLUS あたりに乗り換えるかな? 乗り換えれば、当然128GBタイプのものにするだろうから、その段階で、iPod Classic とは、さようならって事になるんだろうなあ…って思ってます。

 iPod が無くなる。かつて、一世を風靡した[カセットテープ型の]ウォークマンが消えたように、iPod が消えていきます。そして、時代は確実に移り変わっていくのでした。

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2014年9月21日 (日)

学歴が低いと結婚できないの?

 今週は連休があったり、足を捻挫したりと、体重を測っている余裕がありませんでしたので、体重計測はパスです(笑)。

 さっそく、今週のエッセイに入ります。

 私に言わせれば「学歴が低いと結婚できない? そんな馬鹿な事、あるわけない!」と思ってますが、そういう趣旨の記事をネットで見つけたので、その記事を仔細に眺めてみたわけです。で、その記事というのが、これなんですけれどね(笑)。

 一応、きちんと調査をした記事みたいなので、数字そのものには嘘はないのだろうけれど、その数字の解釈がちょっとばかり甘いかな…って思いました。

 ちなみに、ここでいう“学歴”と言うのは、出身大学のことね。その学歴を大きく5つのクラスに分けて、それに『短大・専門学校卒業』と『高校卒業』を加えて、七段階で考察しているのです。で、大学の5つのクラスとは…。

国立・早慶上智クラス
MARCHクラス
成蹊・成城、明治学院クラス
日東駒専クラス
大東亜帝国クラス

 …の事です。お分かりになりますか? まあ、関東限定の話だし、関東在住でも、身近に受験生がいないと分からないかもしれないので、ちょっと解説しておきますね。

 『国立・早慶上智』とは、国公立大学と早稲田大学、慶応大学、上智大学です。いわゆる“インテリ”さんたちを多く排出している大学ですね。

 『MARCH(まーち)』とは、明治大学、青山大学、立教大学、中央大学、法政大学の事です(これは分かりづらいかも)。最近、何かと話題に上がるのが、このクラスの大学です。一応、東京の一流企業とやらに就職するためには、最低でも、このクラスの大学を卒業している必要があるみたいです。ですから、予備校業界あたりでは、このクラスへの進学実績を上げると“良い予備校”という評判が立つようです。

 『成蹊・成城、明治学院』はそのまま、成蹊大学、成城大学,明治学院大学の事です。私の勝手なイメージでは、いわゆる偏差値的なモノでは『日東駒専』とは、大きく違いませんが、イメージ的に育ちの良さを感じます。いわゆる“お金持ちのお坊っちゃまたちの通う大学”というイメージは…たぶん偏見なんだろうなあ。

 『日東駒専(にっとうこません)』とは、日本大学、東洋大学、駒沢大学、専修大学のことです。これも分かりづらいですね。また人によっては『日東専駒』って言う人もいますね。順番なんてどうでもいいじゃん…と考えるのは門外漢なわけで、当事者の方々は結構呼ばれる順番にこだわりがあるようです。これまた私の勝手な偏見で言うと『普通の人たちが通う普通の私立大学』ってイメージです。

 最後の『大東亜帝国(だいとうあていこく)』は、大東文化大学、亜細亜大学、帝京大学、国士舘大学大学の事です。私のイメージでは『箱根駅伝で見かける大学』かな? 元気でスポーツが得意な大学ってイメージです。

 これらの用語は、予備校業界で使われ始めて、なんとなく広まった、一種の隠語のようなものです。だから、知らなくても全然恥ずかしくないです(笑)。

 で、先の記事によると、女性から見て、男性の学歴がMARCHクラス以上だと結婚してもいいかなって思う…そうなんですね(ほんと?)。

 さらに言うと、20年ほど前までなら、学歴なんて、日東駒専以上で良かったけれど、今は結婚条件の高学歴化が進んだ…って事らしいです(ほんとにほんと?)。

 ふーん。

 さらにこの記事を読み進めていくと、途中で問題の焦点が、学歴から収入に変わっていきます。そして、学歴と収入の関係と、収入と結婚の話に考察が進みます。…高学歴で収入が高ければ結婚には問題ない。また、高学歴でない男性でも高収入なら問題なし。無論、高学歴でない上に低収入ではお話にならない。そして、高学歴だけれど低収入って人もダメダメ…って話に続いていきます。

 今どきの結婚に“愛”は必要ないのでしょうか?

 結局、この記事によりますと、結婚の成否を決めるのは“学歴”じゃなくて“収入”の多寡って事になります。つまり、学歴はあくまで間接的に収入の多寡を探る指標として用いられているわけで、学歴だけで問題解決できるわけじゃないって、結論となります。

 さて、話を“学歴”に戻します。先の記事の『図2』に“女性の学歴別、「理想の学歴」のボーダー”という調査が表にまとめられています。この表の結果から『男性の学歴としてMARCHクラス以上が許せる学歴』という結果が出てきたのですが、でもでも、もう少し目をこらして、この表を見て欲しいです。そうすると、別の結果が見えてきます。

 何が見えてくるかと言うと、女性の学歴と同じ学歴のクラスと、女性よりも低い学歴のクラスの間で“結婚してもいいかも”という数字がガックリ落ちているんですね。つまり裏返して言うと「女性は自分と同じか、それ以上の学歴の男性を求めている」って言えるんじゃないかな?

 なんか、ごく当たり前の結果が出ちゃいました。ちょっとガッカリ。

 一般的に言って、女性が、自分と同じか、それよりも上の学歴の男性を好むのは、当然だよね。もちろん、収入うんぬんもあるだろうけれど、女性は男性よりも一般的にEQが高い傾向があるから、男性は女性よりもIQが高いくらいで、ちょうど釣り合いが取れるわけだ。だから、女性が自分よりも、結果として、高い学歴の男性を好むのは、そうでなければ、話が合わないからだし、話が合わなければ、愛も生まれないからです。

 まあ、だからと言って、女性の方が高学歴だと二人の間に愛が生まれないかと言えば、必ずしもそうは言えないって事は、周囲を見渡せば、すぐに分かります。たとえ男性の側が、低学歴だとしても、それを補ってあまりある魅力があれば、それで良いんです。例えば、頑強な身体を持っているとか、極めて真面目で一途で優しい性格であるとか、家柄が良いとか、安定した職業に就いているとか…。

 男であれ、女であれ、完璧な人間なんていません。誰だって、何かしらの欠点とか弱点とかを持っているわけだし、強みとか得意技とか伝家の宝刀だって持っているものです。

 ちょっと違うかもしれないけれど、つまり「割れ鍋に綴じ蓋」って事でしょ? 男女の間に、似ている部分とか共通する点が無いと、コミュニケーションが取れないし、性別以外にも異なっている部分が無いと、コミュニケーションを取っても楽しくないし、愛も生まれない。

 だから、学歴が低いと言って「結婚できない…」と嘆く必要はないわけです。自分に見合う女性と出会えればいいわけだからね。むしろ、せっかく自分に見合う女性を見つけても、男性自身に経済力がなければ、結婚にまで辿り着かないから、男は頑張って働いて、しっかり稼げるようになる事が大切となります。

 適齢期の娘の父親の立場になれば、娘が連れてきた男が、いくら高学歴でも、いくらイケメンでも、いくら性格が優しくても、経済力がなければ、なかなか首を縦には振りづらいです。逆に、学歴に難があっても、容姿に難があっても、きちんと稼いでいる男なら、認めざるをえないです(性格が粗暴だと、私なら躊躇してしまうけれど)。

 結局、男にとって、結婚の決め手になるのは、経済力ってわけだ(笑)。

蛇足 女性の側にたくさんの収入がある場合、女が男を養ってしまうというパターンも当然あるけれど、こういうカップルって、経験上、なかなかうまくいかないんだよね。『小人閑居して不善をなす』じゃないけれど、女にどれだけの収入があろうと、男はしっかりと働いて稼がないと、人としてダメになってしまうケースが多いです。ヒモをやるにも才能が必要なので、誰でもできるというわけではなさそうです。

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2014年9月20日 (土)

ジョージ君の手術が成功しました

 …ジョージ君? 誰? それ?

 ジョージ君は、オーストラリアのメルボルンで飼われている赤い金魚(おそらく和金)です。そのジョージ君の腫瘍摘出手術が成功したとの外電(AFP電)が、今週世界を飛び回りました。

 手術を行ったのは、ロート・スミス動物病院に勤務するトリスタン・リッチ獣医師。ジョージ君は10歳で、頭部に巨大な腫瘍が発生し、そのためエサの喰いも悪くなり、それを心配した飼い主の女性が、動物病院にジョージ君を連れて行ったところ、このまま永眠させるか、手術をするかの選択を迫られ、手術を選択したのだそうです。

 手術時間は約30分間。普段ジョージ君が生活をしている池の水がバケツに用意され、その水に麻酔薬を混入し、それを手術台にあげたジョージ君のクチにチューブで送り込んで寝かせて、手術を行ったそうです。

 手術はかなり厄介な手術だったそうです。何しろ、輸血はできないわけだから、失血死を防ぐためにも5mmlまでしか失血が許されない状況下での手術だったそうです。手術の映像を見ていると、傷口を縫うわけにいかないので、アロンアルファを適宜使いながら出血を抑えながらの手術だったようです。

 ちなみに、手術費は、引用先とは別のサイトの情報では、約2万円だったそうです。また、オーストラリアでは、金魚(和金)は、せいぜい1匹約1000円程度なんだそうです。

 この記事を読んで、色々と考えさせられました。

 まず、オーストラリアの獣医さんは、金魚の手術をしてくれるんだなって事。実際、執刀医のリッチ先生は、この手の手術は始めてではなく、何度か金魚の手術の経験があるそうです。日本に、金魚の手術をしてくれる獣医師っているんだろうか? 手術どころか、病気を見てくれる先生すらいない…よねえ。日本の獣医は、あくまでも牛・馬・豚のための医師であり、都会の獣医師は、それでは生活が出来ないので、犬・猫の面倒も見るようになっただけで、今でも、爬虫類とか鳥類などの病気や怪我を見てくれる獣医師はなかなかいないし、ましてや魚類の面倒を見てくれる獣医なんて…皆無だもの。

 国が変われば、獣医も変わるんですね。

 それと治療費の問題。ペットには健康保険が使えないので、治療費は実費で支払うわけですが、犬猫は購入単価が高いので、ある程度の治療費がかかっても治療してあげたいというのは、経済的に分かりますが、金魚の場合、購入単価が実に安いでしょ? ジョージ君は素赤和金だと思いますが、オーストラリアでは1匹1000円でも、日本では1匹30円程度だよ。だって、素赤和金って、飼育用としての流通は少なくて、目立つところでは、金魚すくいの金魚だったり、熱帯魚屋さんで肉食熱帯魚のエサとして売られているくらいだもの。その程度の値段の金魚です。その30円の金魚に2万円の治療費をかけられるかって話だね。

 まあ、きっと私なら、2万円が10万円でも支払っちゃうと思います(でも、20万円ってなったら考えるかも…:笑)。

 それと、オーストラリアでは金魚を池で飼うんだね。こちらでは池をつくる土地の余裕が無い事と、池で買うのは鯉であって金魚じゃないよね。それに、池で金魚を買えば、あっという間に野鳥(当地にはサギ類が多数棲息しています)の餌食になってしまうので、池で金魚を飼うという発想がないんだけれど、金魚も狭い水槽で飼われるよりも、池で飼育されたほうがうれしいでしょうね。でも、池で飼育しちゃうと、水槽と違って、人と交流する時間が減るので、人と金魚の愛情も薄くならない?

 まあ、ジョージ君ほどではないけれど、ウチのホノカも左体側に大きなガンがあります。元気にしているので良いのですが、これも取ってあげた方がいいんだろうなあって思わないでもありませんが、日本では金魚のガンを切除するなんて、有り得ないので考えたこともありません。

 色々と、日本とオーストラリアでは、金魚を取り巻くアレコレが違うようですね。

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2014年9月19日 (金)

【お悩み相談】フルートのお手入れについて

 笛吹きの皆さん、フルートのお手入れって、どうしてますか?

 私はたぶん…丁寧にやっているクチじゃないかな? だって…

 練習(演奏)終了後は、必ず内部の水分を取り、外側を磨く

 …ってのをやってます。当たり前と言えば当たり前だと思う人もいるかもしれないけれど、案外そうじゃないよ(笑)。だってH先生は、レッスンが終わると、そのまま分解してケースに入れちゃうもん(笑)。以前習っていた笛先生は、これまた内部の水分を、100円ショップで売ってるバンダナで、ササっと拭き取ったら、すぐにケースにしまっちゃうもの。プロなんて、そんなモンなのかもしれないね。

 私ときたら、まずフルートを頭部管・胴部管・足部管に分けてから、それぞれをフルートスワブで内部を丁寧に拭き取ります。きちんと拭き取れたかどうか確認しながら拭きとってますよ(笑)。それで、内部をキレイにしたら、ウェットティッシュで歌口の周辺を水拭き(アルコール拭き?)をします。それから、白手袋をして、メガネ拭きでフルートの外面を丁寧に磨いています。で、おしまい。

 「え? タンポの水分取りは?」 確かに初心の頃は、フルートを吹き終わるとタンポがビショビショになっていたけれど、今はそんな事はないので、あまり気にしていません。もしも、タンポがビショビショになれば(これは吹いていれば分かるでしょ?)タンポの水分取りをするかもしれないけれど、最近は必要ありません。もし行うとしても、楽器店で売っている専用用紙は使いません。ティッシュで十分です(笑)。いや、ティッシュの方が水分をよく吸ってくれるので、そっちの方がいいかも。

 私はフルートスワブを使ってますが、これは扱いが簡単だから使用してます。スワブはプロの方も愛用している方、多いんですよね。アマチュアさんだと、スワブではなく、クリーニングロッドにインナークロスを巻きつけて使う方が多いと思います。クリーニングロッドは必須ですが、インナークロスも結構だけれど、それよりも安価なガーゼハンカチの方がいいですよ。水分をよく吸ってくれるし、何よりも気軽に洗濯できるし、安価だから頻繁に新品と交換できますからね。

 フルートの外側を磨くのも、最近はメガネ拭きを使ってます。東レのトレシーを使ってますが、トレシーにかぎらず最近のメガネ拭きはなかなかに優れているので、普段使いにはお勧めです。

 これが普段の扱いね。で、たまに気が向いた時、つまり数カ月ごとに…

 豚毛ブラシで細部のほこり取り&セーム革で外側を磨く

 …ってのをやってます。豚毛ブラシというのは、画材屋で買ってきた油絵用の細平筆です。これでフルートメカの間などの、指が入らない箇所のホコリ取りをすると同時に、磨きをかけています。つまり、普段はそんなに細かいところまでフルートを磨かないって事ね。吹奏楽部などの学生さんの中には、フルートメカの細かいところまで布と指で丁寧に磨く子がいるけれど、楽器を大切に扱う気持ちは大切だけれど、あんまりメカの細かいところに力をかけて吹くと、メカの調整が狂うんだよね。まあ、洋銀フルートは部材が硬いから多少は手荒に扱っても平気だけれど、総銀とかゴールドは部材が柔らかい金属だから注意しないといけません。だから、私は普段は指を置く部分ぐらいしか拭かない。それ以外のところは、たまに豚毛ブラシで力を入れないように気をつけながら磨いてます。

 オイルやグリスは使いません。これはフルートを購入した時に、フルート職人さんから「絶対に、自分ではオイルを差さないで下さい。グリスは塗らないで下さい」と言われたからです。オイルは調整に出した時に、必要に応じて、職人さんが指してくれますし、グリスを塗らなくもいいようにしてくれます。

 外側の磨きも普段はメンテ重視でメガネ拭きを使ってますが、たまにセーム革を使って磨きます。セーム革を使うと、結構フルートがピカピカになるので好きですが…セーム革には厚みがあるので、丁寧に拭くにはメガネ拭きの方が良いなあって思ってます。

 よくシルバー○○と言ったモノを使って、フルートの曇りやサビを取る人がいますが、知っていてやっている分にはご自由にどうぞですが、知らずにやっているなら、一度よく考えた方がいいですよ。あの手の薬剤には研磨剤が入ってますし、あの手のクロスときたら布状のヤスリですからね。曇りやサビを、楽器の表面ごと削って落としているわけです。まあ、無垢の楽器なら、特に問題にはなりませんが、メッキの楽器の場合は、曇やサビと一緒にメッキも削り落としているわけですからね、ご注意下さい。

 そして、半年に一度の割合で…

 フルート職人さんに分解調整をお願いする

 …ってのをやってます。やはり分解して細部まで掃除するのは、素人には無理だし、ましてやフルートの調整(これが結構細かい作業なんですね)はプロにお願いするしかないわけです。職人さんとあれこれ話をしながら、細かく調整してもらえると、すごく吹きやすくなるのがうれしいです。

 さらに5年ごとに…

 オーバーホールに出す

 ええと、5年ごとと言うのは目安で、実際には半年に一度の調整の時の職人さんと話をしながらオーバーホールに出す時期を決めますが、一般的には5年ごとにオーバーホールに出すのが普通のようです。

 オーバーホールと一言で言っても、内容的には何段階化かあります。一番お手軽なのは、分解調整をお願いするモノ。これは半年ごとのメンテと特に変わる事はありません。次は、分解調整+タンポの交換をするモノ。このパターンでお願いする人って、結構多いそうです。その次は、分解調整+タンポの交換+磨きと言うやつで、フルートを分解した上で、それぞれにバフ(電動の研磨機)をかけて、新品同様にピカピカにしちゃうって奴です。さらに、分解調整+タンポの交換+磨き+凹み修理というのがあります。私は、これで依頼しました。

 またオーバーホールも依頼先で内容や費用が変わります。そのお店に常駐している職人さんに頼むケースと、オーバーホールを専門に請け負う職人さんに依頼するケースと、製造元(つまりメーカー)でオーバーホールをしてもらうケースです。私は製造元にオーバーホールをしてもらいました。理由は「オーバーホールは、メーカーに出しなさいよ」とH先生に言われたからです。製造元にオーバーホールを依頼するのが一番いい…というのがH先生の考えなんですが…実は一番費用がかかるのが、この“メーカー依頼”だったりします。

 まあ、こんな感じかな。ただし、これはメインで使っている総銀フルートの場合ね。サブで使っているプラ管フルートでは、そんな事はしません。と言うのも、プラ管フルートはメンテフリーだから、普段からフルートスタンドに突っ込んだままで、吹きたくなったら吹いて、そのままスタンドに戻しているだけです。内部の水分取りすらしてません。もちろん、外部を磨いたり、オーバーホール? 何それ美味しいの?状態です。

 プラ管フルートは、そのメンテフリーがいいんですよ(笑)。

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2014年9月18日 (木)

クラシックコンサートに出演します

 告知を(うっかり)忘れていたので、改めてしたいと思います。すでに簡単な情報は、左欄にアップしてありますが、もう少し詳しくお知らせしたいと思います。

 以前より「秋の本番」と称して、準備をしていた「クラシックコンサート」に出演します。このコンサートは、市民文化祭の一部である市民音楽祭のプログラムの一つとして行われるモノで、前半は地元の子どもたちのピアノ発表会、後半は趣味の大人[個人の部]の発表会となってます。ちなみに、グループを組んでいる趣味人や合唱団などは、別の日に発表会があります。

 別にオーディションがあるわけでもなく、誰でもエントリーさえすれば出演できる、とっても間口の広いコンサートです。まあ、観客もほとんどいないので“気軽にホール演奏ができるチャンス”として活用されています(私もそのクチです)。

 前半は小1~高3までの子どものピアノ演奏の部です。後半は大人の趣味人の部ですが、出演者は、だいたいピアノと声楽です。ピアノが3時間、声楽が2時間、その他の楽器(今年はヴァイオリン1人とギターが1団体)が合間に合間にちょろっと入る程度です。声楽と言っても、たいていは、合唱団で活躍される方々の個人発表会的な感じで行われています。合唱をやっていない人は、私と妻と…後は数えるくらいです。なので、多くを期待しているとガッカリしちゃうかもしれません(所詮は、素人の発表会です)。

 日時をお知らせします。

2014年10月11日(土) 茅ヶ崎市民文化会館 小ホール
市民音楽祭『クラシック・コンサート』 16:20~17:15の部分に出演します。

曲目は
  ダウランド作曲「Come again/来たれ、今いちど」
  トスティ作曲「Ideale/理想」
  ヴェルディ作曲「椿姫」より「Parigi, o cara, noi lasceremo/パリを離れて」です。

 声楽は16:20~の部分と、18:10~の部分の2回ありますが、私は最初の部分で歌います。

 ちなみに、子どもの部は12:30~で、大人の部は、14:30~19:20です。

 私が出演する16:20~の部分は、まずお二人歌った後に、妻がソロ曲を歌ってから、私がソロ曲(ダウランドとトスティ)を歌います。その後、お一人歌った後に、声楽アンサンブルチームが1団体歌ってから、私と妻で二重唱(ヴェルディ)を歌って、その声楽の部分は終了となる予定です。

 私たちが歌い終わると、再びピアノの演奏になりますので、一応、歌い終わったら、伴奏をしていただいたピアニストさんにお礼を言ってから(忘れなかったら)一度ホワイエ(ロビー)に出るつもりです(忘れたらごめん)。

 そんな感じです。

 妻は昨年、このコンサートに出演する予定でしたが、直前にアキレス腱を切ってしまったので、久しぶりの出演です。そう言えば、昨年は私、自分が出演するのに、車椅子介護もしながらの出演だったんだよなあ(遠い目)。車椅子介護って、傍で見ているよりも大変なんだよね。

 ちなみに、私が歌う予定の「理想」はカブってます(笑)。私の前の前の方も歌います。そう言えば、一昨年も、ベッリーニの「優雅な月よ」で被りました。私が歌う曲は、よく他の人と被るのかもしれません(それくらい、ポピュラーな曲を歌っているわけです)。

 土曜日の夕方の湘南の片隅で行われている、素人の発表会です。別に来てくださいとは言いませんが、ぜひきちんと歌えるように、お祈りしてください。というのも、いつも(不本意ながら)傷だらけの歌を歌ってますからね。傷なし…というわけにはいかないでしょうが、できるだけ傷が浅く、傷少なく、歌ってみたいものですからね。皆さんの応援とお祈りが頼りですので、ひとつよろしくお願いします。

蛇足 もう本番まで一ヶ月を切ったというのに、まだまだ全然暗譜を終えてません。歌詞なんてボロボロです。この調子で本番に間に合うのでしょうか? …ってか、間に合わせないといけないんだよねえ。

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2014年9月17日 (水)

“やまぶきR”と“Google日本語入力”、おまけに“Baidu IME”と“Simeji”も

 皆さんはパソコンの日本語入力に何を使っていますか? え? 何の話が分からない? IMEの話ですよ、IME、Input Method Editorの事です。

 まあ、大半の方々は、何も考えずに、Windows標準装備のMS-IMEをご使用になっている事と思います。まあ、それはそれでいいんです。それで幸せなら、別にそれでいいと思いますよ。

 私は、以前から何度かブログで書いてますが、今や絶命危惧種となってしまった“親指シフト”入力者です。はい、日本語の入力に、ローマ字入力でもなく、ひらがな入力でもなく、親指シフト入力をしているんです。いや、正式にはNICOLA入力って言うべきなんでしょうが、私は“親指シフト”と呼び慣れているので、そう呼ばせてください。

 「親指シフトとは何ですか?」 …ええと、たぶん、知らない人は知らないままでいいと思います。「無理なく素早く自然な動作で快適に日本語入力ができる」事が売りの日本語入力方式で、富士通のワープロ専用機、OASYSの一部の機種で採用されていました(もちろん、過去形です)。

 私は元々が、OASYSで親指シフト入力をしていたので、2014年現在も、それを引きずったまま親指シフト入力をしているだけで、他人にこれを薦めるつもりはありません。だって、いずれ消え行く運命のモノだからね。ただ、私個人は、生涯、親指シフト入力をしていきたいと思ってます。だって、親指シフトって、明らかに、ローマ字入力よりも快適だからサ。

 実は私、若い時に、東芝のRupoを使ってローマ字入力をしていたんですよ。で、日々、大量の日本語を打っていたら、左小指周辺を痛めてしまいました。そりゃあそうだよね、ローマ字入力では左小指って負担が多いものね。

 こりゃあ仕事にならない、カラダが壊れてしまう…と悩んだ私が色々と調べた結果、親指シフトの事を知り、それに乗り換えたわけです。それ以来、実に快適に生活しているわけです。

 でもね、そんな私を置いてきぼりにして、技術って奴は、進歩していくんです。

 専用ワープロ機+親指シフトでホクホクしていた私でしたが、やがて世間ではパソコンを使わないと仕事にならないようになってきました。仕事にならないのでは仕方ないので、私も専用ワープロからパソコンに乗り換えましたよ。当然、親指シフトが入力できるパソコンを使いました。仕事場では16Baterで、家ではTOWNSを使いました。

 やがてパソコンではWindowsが標準となり、それに合わせて、マシンの方もDOS/Vを使用しなければいけなくなりました。親指シフトキーボード仕様のFM/Vを使いました。

 それから何台もパソコンを乗り換えました。最初のうちこそ、親指シフトキーボードを使っていましたが、やがて標準のJISキーボードを使うようになりました。そして、日本語IMEとして、JISキーボードでも親指シフト入力を可能にするOAKというIMEを使うようになりました。OAKは富士通のパソコンや、パソコン用OASYSを購入すると付属してくるバンドルソフトの一つでした。やがて、OAKはJapanistという名称に変更され、単体で発売されるようになりました。

 「Japanist? 何ですか、それ?」 はい、知らなくてもいいです。富士通が開発した、JISキーボードでも親指シフト入力を可能にする日本語入力ソフトです。2000年に最初のバージョンが発売されました。ちなみに、最新版はJapanist2003と言います。そうなんで、2003年以降、新しいバージョンは発売されていないんですね、開発中止って奴です。

 でも、Japanist以外で、親指シフト入力が出来るIMEは、この地球上には存在しないので、私は我慢して使い続けていました。

 やがて開発の止まったJapanistは、次第に時代の流れから取り残されるようになりました。目端の利く人は、さっさと親指シフトから別の入力方法に乗り換えました。あるいは、親指シフトのような動きをさせるエミュレーションソフトを併用して、もっと優秀なIMEを使用する人も増えました。頑固にJapanistを使い続けていた人って、どれくらいいたんでしょうね。

 Japanistは開発は止まったとは言え、アップデートはしてくれました。でも、そんなに熱心ではなかったですね。2006年にWindows Vistaが登場し、パソコンの64bit化が始まっても、Japanistはなかなか64bitに対応しませんでした。Japanistが正式に64bitに対応したのは、2013年で、Windowsはすでに8.0になっていました。

 Japanistが64bitに対応していなかった事もあって、私は長らくXPを使っていました。で、いよいよXPがダメになる頃、ようやくJapanistが64bitに対応したので、8に乗り換えたわけです。

 でもね、やはり所詮は10年前のソフトです、アップデートはしたとは言え、古い昔のソフトである事には間違いありません。Japanistが64bitに対応したとは言え、完全対応ではないので、色々と不便がありました。一番の不便は、IEの中では使えなかった事です。なので、私はメインのブラウザをIEからChromeに乗り換えた程です。

 それでもどうしても、IEを使わないといけない場面ってあるわけで、その度に、Japanistでは役に立たなくて、MS-IMEを起動してローマ字入力をしていたわけです。

 なんかね、もうそういう姑息な事をするのが、疲れちゃったんですよ。

 そして、当たり前の希望ですが、最初っからきちんとWindows8.1に対応したIMEを使いたいなあって思っちゃったんですよ。いくら好きでも、Japanistは古すぎるソフトなので、重い腰を持ち上げて、IMEを乗り換えることにしました。

 乗り換え先は…“Google日本語入力”にしました。

 理由ですか? “Google日本語入力”って、2009年に出来た比較的新しいソフトである事と、ネットでの評判が良い事です。ネットの評判って大切ですからね。それに、今まで古いソフトを使い続けていたので、今度は新しいソフトを使いたかったんですよ。

 “Google日本語入力”だけのままでは、親指シフト入力はできませんので、親指シフト・エミュレーションソフトとして“やまぶきR”を併用する事にしました。

 まあ“やまぶきR”+“Google日本語入力”の環境は、まずまずだと思います。一部、Japanistと動作の違う部分があるので、それでへマる事もあるし、やまぶきRそのものが、まだまだ未完成な部分があって、色々と困ることはありますが、いずれは慣れてしまう事でしょう。なにより、“やまぶきR”も“Google日本語入力”も、ネットからダウンロードするソフトですから、インストールが簡単だし、バージョンアップも楽だし、フリーソフトであるというのも、うれしい点です。

 私同様、“やまぶきR”+“Google日本語入力”を使いたいと思っている人へ。まあ“Google日本語入力”の導入には、なんの問題もないだろうと思います。“やまぶきR”の導入には、ちょっと注意が必要かも。詳しい事は「Windows 7を親指シフト化 (やまぶきR)」のサイトをご覧いただくと良いと思います。「Windows 7」となってますが、8でも同様です。

 ちなみに、“やまぶきR”と兄弟関係にある“やまぶき”というソフトがありますが、Google日本語入力と併用する場合は“やまぶきR”でないと、色々と支障が出るそうです。また、Google日本語入力の方の設定をローマ字入力にすることも忘れてはいけないそうです。

 また、やまぶきRは、レジストリを使用しない代わりに、自分で設定ファイルを持っていて、そのファイルに様々な設定を記憶するようになっていますので、最近のセキュリティの厳しいパソコンで、設定ファイルに情報を追記できない設定になっていると、色々と厄介かもしれません。少なくとも、やまぶきRがインストールされたフォルダは、フルコントロールできように設定しておくと良いと思います。

 ここからおまけ。

 IMEについて色々と調べていた時、“Baidu IME”について、注意しなければいけない事に気づいたので、皆さんと情報を共有しておきたいと思います。オリジナルソースの読売新聞さんのサーバーには、当該記事はすでに削除されていますので、ここに全文を転載しておきます。

中国の百度・Baidu、日本語変換をネット送信

 日本語変換ソフト「Baidu IME」とAndroid向けの「Simeji」が、変換した文字・文章やパソコン固有のIDを、利用者に無断で送信していたことが問題になっている。私たちユーザーは、ネットサービス利用にあたって「事業者が信頼できるかどうか」を自分で判断する必要がある。

 検索サービス大手・百度(Baidu・バイドゥ)の日本語変換ソフトが、変換した文字や文章、パソコンの固有IDなどをサーバーに送信していたことがわかった。百度が出している日本語変換ソフト「Baidu IME」と、Android向けの「Simeji」での問題だ。百度は中国語圏で最大の検索サービスで、無料の日本語変換ソフト「Baidu IME」は、日本国内で約200万人が利用している。

・変換した文字列(変換しない半角文字は送信されない)
・Windowsのセキュリティ識別子(パソコン固有のID)
・アプリケーション名(利用するソフトによってはWindowsのユーザー名が含まれる)

 つまり、入力した文字列・文章がそのまま送られ、さらにユーザーを固定できる情報も送られていたことになる。例えば、あなたが送ったメール、ワードで書いた文章も、再現できる情報である。

 同様にスマートフォンのAndroid向け日本語変換ソフト「Simeji」でも、変換した文字列、スマートフォンの識別IDなどが送信されていた。Simejiは日本のユーザーが開発した日本語変換ソフトだが、2011年に百度に買収されている。

 Baidu IMEについては、26日に内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)や文部科学省が、中央省庁や大学、研究機関など約140機関に使用停止を呼びかけている。すでにインストールしている人は、いったん削除することを勧めたい。

(2013年12月27日  読売新聞)

 怖いですね。私は“Baidu IME”は使った事はありませんが、検索サービスとしての百度は何度か利用した事があります。と言うのも、ここって、Googleでは引っかからないようなソフトを検索してくれるので、セカンド・オピニオン的に利用していたんですね。でも、使っているうちに、なんか違和感を感じるようになって、使用を止めたんですが、止めて良かったんだなって思います。

 Baidu(百度)という会社、ネットで調べると、色々と良くない噂がありますね。全部が全部、真実とは限りませんが「煙の無いところには…」ですからね。あと、Baidu以外にも評判の良くない海外メーカーってありますから、気をつけないといけないと思います。

 別に私には、知られて困るような情報はありませんが、私を経由して、他の方々の情報が盗まれでもしたら、目覚めが悪いし、国益を損なうような事になったら、死んでも死にきれませんからね。注意するに越したことはありません。

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2014年9月16日 (火)

なぜ、May J.は嫌われるか?(そしてなぜ、小林幸子は愛されるのか?)

 今年の日本のオペラ&ミュージカル系の一番の話題は、なんと言ってもディズニー映画の「アナと雪の女王」(以下“アナ雪”と略)のヒットでしょう(すとん周辺調べ:笑)。そして、このミュージカルのキラーソングが「Let It Go ~ありのままで~」(以下“レリゴー”と略)です。

 この曲を歌っているのは、英語版(つまりオリジナル)では、劇中でイディナ・メンゼルが歌い、主題歌としては(つまりエンドロールでは)デミ・ロヴァートが歌っています。日本語吹き替え版では、劇中歌唱が松たか子さんで、主題歌としてはMay J.さんが歌っています。

 ちなみに、曲そのものは、イディナ・メンゼルが歌う事を前提とし、彼女の声に合わせて作曲されたそうです(ミュージカルソングですからね、ある意味、当然と言えば当然)。

 まあ、オリジナルの英語版はさておき、日本では、ディズニー映画のアニメ映画として上映された事もあり、多くの劇場で日本語吹き替え版で上映されました。私も、こっちの吹き替え版でみたクチです。

 まあ、ミュージカルというモノは、作曲家が作曲した本来の言語(歌詞)ではなく、上演される現地の言語に合わせた訳詞で上演されるのが常識です。ですから、アナ雪を日本語吹き替えで見るのは、当たり前と言っちゃあ当たり前なんです。とは言え、大抵のミュージカルは、日本語に訳されると残念な感じがする場合が多く、音楽的にはついつい、ブロードウェイとかロンドンとかのオリジナル・キャスト盤で聞いた方が満足できるものですが、このアナ雪に関しては、英語版のオリジナル・サウンド・トラックでの歌唱よりも、日本の吹き替え版の歌唱の方が、どの曲も数段良いのだから驚きです。

 それもあって、レリゴーは日本でヒットしました。あっちこっちのランキングで1位を取りまくるほどです。

 さて、日本でもヒットしたアナ雪ですが、ヒットのおかげもあって、主人公のアナの吹き替えを担当した神田沙也加さんと、主題歌を担当したMay J.さんは、一時期テレビで見ない日はないほどの人気者となりました。しかし、事務所の方針なのか、契約の問題なのか、もうひとりの主人公であるエルザの吹き替えを担当した松たか子さんは、アナ雪関係でのテレビ出演はありませんでした。

 そのため、大ヒット曲であるレリゴーは、テレビでは専らMay J.さんが歌っていたわけです。そして、May J.さんがテレビでレリゴーを歌うたびに、ネットを中心にMay J.叩きが起こっていたわけです。つまり、レリゴーはヒットしたけれど、May J.さんは嫌われていたわけです。

 なぜそんな事になったのでしょうか?

 一つには(私も含め)皆さん、レリゴーは松たか子さんの歌で聞きたかったんだと思います。それなのに、松たか子さんではなく、May J.さんばかりがテレビで歌っていたので、いわば、八つ当たりに近い形で、May J.さんを叩いていた…という側面はあると思います。理由がこれだけなら、May J.さんは、いい迷惑だと言えます。

 もう一つの理由として、May J.さんの歌そのものに問題があったので叩かれた…という点を見逃してはいけないと思います。

 レリゴーはミュージカルソングです。松たか子さんは、この曲をミュージカルソングとして歌っています。しかし、May J.さんは、これをJ-POPとして歌っています。実はミュージカルとJ-POPでは音楽ジャンルが違いますし、歌唱法もかなり違います。ある意味、演歌とフォークソングほどに違います。演歌歌手による演歌が聞きたいのに、フォークシンガーの歌う演歌を聞かされたなら、そりゃあ文句も出ます。つまりはそういう事です。

 しかし、音楽ジャンルや歌唱法による違いは大きいのですが、それを乗り越えて、人々に受け入れられる事だってあります。例えば、最近ではラスボスとも呼ばれている小林幸子さんがそうです。

 小林幸子さんは演歌歌手ですが、最近は色々とあって、テレビなどの露出が控えられていますが、その代わり、ニコニコ動画で歌っています。それも得意の演歌ではなく、ボカロ曲を歌って人気を博しています。

 彼女は演歌歌手だし、彼女の歌い方は、演歌そのもので、ボカロ曲とは本来相容れないスタイルですが、それがどうして、彼女の歌うボカロ曲はなかなか素晴らしいんですね。曲によっては、本来のボカロ曲のスタイルで歌われたモノよりもずっと良かったりします。

 音楽ジャンルや歌唱法の違いを乗り越えて受け入れられる小林幸子さんと、嫌われるMay J.さん。この違いはどこにあるのかと言うと…彼女らの歌が聞き手の心に染みこむかどうか…じゃないかな? 小林幸子さんの歌は、ちょっと聞きだと違和感バリバリで変なんだけれど、じっくり聞くと、その歌がすーっと心に染みこんできます。これだけ歌が上手くて説得力があると、音楽ジャンルや歌唱法の違いなんて、どうでも良くなってしまうんですね。

 一方、May J.さんは、カラオケ系歌ウマとして有名な歌手さんらしいのですが、カラオケ採点機との相性は良いみたいですが、どうにもこの人の歌は、心に染みこんでこないような気がします(私だけ?)。

 May J.さんの場合は、歌が乾いているというか、歌の中に強い情念を感じないんだな。彼女なりに感情を込めて歌っているのかもしれないけれど、少なくともそこに込められた感情は、我々日本人が読み解けるような種類の感情ではない…のかもしれません。

 はっきり言っちゃえば、日本語が話せない外国人歌手が、耳コピーで上手に真似た日本の歌を歌っているように聞こえるんです。歌として間違っていはいないのだけれど、何か物足りないし、どこかズレているんです。特にレリゴーの場合、松たか子さんも歌っています。松さんの歌は、キャラクターが生きているし、キャラの思いがこもった歌い方をしています(ミュージカルソングなら当然の歌い方です)。そんな松さんの歌と、どうしても比較されて、その結果が欠点が余計に目立つんだなあ。

 May J.という芸名から、私は彼女は日本人ではないのかと思ってましたが、この方、日本生まれの日本育ちの日本人なんですね。ただし、いわゆるハーフの方で、学歴は中学校までは日本の学校で、高校はアメリカンスクールを出たようです。もしかしたら、原因はそこにあるのかもしれません。

 普通、アメリカンスクールを卒業したとしても、生まれ育ちが日本である以上、人間の中身はほぼ日本人に成長するわけですが、彼女は何らかの事情で、人間の中身の日本人成分が薄くなるように育ってしまったのかもしれません。それで、日本語や日本人としての感情表現が苦手なのかな? そんな気がします。

 いずれにせよ、彼女は日本語の歌い手としては、かなり未熟さを感じさせる歌い方をしています。そこが受け入れてもらえない点なのかな?

 あと、私などは雑誌記事などがネットにアップされたものを読むぐらいしか、彼女の人となりを知るすべはありませんが、そのアップされた雑誌記事を読む限り、この方、日本人っぽくない性格なのかな…なんて思います。我が強い人みたいです。言い訳も多い感じだし。アメリカあたりなら、それでもいいんでしょうが、日本では、言い訳をする鼻っ柱の強い女性って、愛されないんだよね。私のようなオッサンには、そういう性格も嫌われる原因かもしれませんね。

 レリゴーは今年を代表するヒット曲ですし、当然、紅白でも歌われる事でしょうね。やはり、これまでどおり紅白でも、May J.さんがレリゴーを歌われるのかしら? これだけ不人気なのに、紅白に出場してレリゴーを歌ったら、大晦日の晩に総スカンを喰らいかねません。お茶の間の子どもたちはキョトンとしてしまうかもしれません。一体どんな騒ぎになるんだろ? 今から心配しています。

 と言うわけで、最後は松たか子バージョンのレリゴーでした。やっぱ、レリゴーは、こっちだよね(笑)。

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2014年9月15日 (月)

そもそもフルートに名曲があるのか!

 なんか、いきなりケンカを売っているようなタイトルで申し訳ありませんが…まあ、そんな事を考えちゃったわけです。

 そもそもは、私自身、歌のレパートリーはそこそこあるけれど、フルートのレパートリーはほとんど無いという事実があり、そこがある意味、私のコンプレックスになっているわけです。

 まあ、フルートにレパートリーが無いのは、H先生から、いわゆる“フルート名曲”って奴を吹くことを課題として与えられず、ひたすらエチュードばかり吹いているので、エチュードは吹けるようになっても、フルート名曲が吹けるようにはならず、結果として“フルートのレパートリー皆無”という状況にあるからです。

 これもそれも、門下の合宿と仕事が常にぶつかっていて、門下の合宿に参加できないのが、一番大きな理由…なんだろうなあって思ってます。と言うのも、ウチの門下の場合、発表会って奴を合宿の中で行うので、合宿に参加できない事は、同時に発表会に参加できないって事なんですね。

 やはり、発表会って奴に参加しない限り、フルート名曲を練習する事はないんだろうなあ…。ああ、残念。

 …なんて思っていたわけですよ。で、フルート名曲と言えば、やはり『フルート名曲31選』だろうと思って、ひさしぶりに、この楽譜をバラバラとめくってみたんですよ。

 そうしたら、この楽譜集のタイトルは『フルート名曲31選』だけれど、あまりに“フルート名曲”が少ない事に気づき、ビックリしたわけです。と言うのも、私は私で一応“フルート名曲”の定義があって、その定義に合致する名曲が、この楽譜にはあまり収録されていなかったからです。

 私なりの“フルート名曲”の定義とは…

 1)他の楽器の名曲からのアレンジものではなく、フルートのために書かれたオリジナル曲である事。

 2)普通のクラオタ(フルート吹き始める前の私が基準)が知っている程度の知名度があるメジャーな曲である事。

 たったこれだけの簡単な条件なんですが、この簡単な条件をクリアできる曲のあまりに少ない事、いやあ、ビックリですよ。

 『フルート名曲31選』に入っている曲を、具体的に査定するなら…

シチリアーノ…× 名曲だけれど、これチェロの曲じゃん。

子守歌…× 名曲だけれど、これヴァイオリンの曲じゃん。

メヌエット~アルルの女より~…○ ただし、フルート独奏曲ではなく、オーケストラ曲だけれどね。

間奏曲~カルメンより~…○ ただし、フルート独奏曲ではなく、オーケストラ曲だけれどね。

春の歌…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

アンダンテ…△ とても良いフルートの曲だけれど、名曲と名乗れるほどメジャー作品じゃない。

歌の翼による幻想曲…× 名曲だけれど、これリートじゃん。

ナイチンゲール…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

パン!…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

メロディ…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

タイスの瞑想曲…× 名曲だけれど、これヴァイオリンの曲じゃん。

ガボット…◎ バロック名曲で楽器の指定が無いので、ぎりぎり◎です。

妖精の踊り…○ ただし、フルート独奏曲ではなく、オーケストラ曲だけれどね。

子守歌…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

春の海…× だいたい邦楽じゃん。

シチリアーノ…◎ バッハの曲ではないらしいですが、文句なく“フルート名曲”と言えるでしょう。

ポロネーズ…◎ “名曲”と名乗れる程有名な曲かどうかは意見が別れると思いますが…。

バディネリ…◎ “名曲”と名乗れる程有名な曲かどうかは意見が別れると思いますが…。

小舟にて…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

亜麻色の髪の乙女…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

小さな羊飼い…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

シューベルトのセレナーデ…× 名曲だけれど、これリートじゃん。

アベマリア…× 名曲だけれど、これフランス歌曲じゃん。

トロイメライ…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

ラルゴ…× 名曲だけれど、これイタリア歌曲じゃん。

白鳥…× 名曲だけれど、これチェロの曲じゃん。

金婚式…× 名曲だけれど、これオーケストラの曲じゃん。

ユモレスク…× 名曲だけれど、これピアノの曲じゃん。

インドの歌…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

熊蜂の飛行…△ オーケストラの曲だけれど、今やあらゆる楽器で演奏されて、元がオケ曲だと知らない人も多いので、むりやり「フルート名曲です」と言い張るなら…。

ハンガリー田園幻想曲…× 普通のクラオタは知りません。無名曲です。

 …でしょ? “フルート名曲集”なのに、フルート名曲と呼べる曲は、7/31ですよ。つまり、フルート名曲と呼べるような曲は、世間には10曲程度しかない?

 「いやいや、そんな事はないでしょう。31選に載っていない名曲だってありますよ」

 その通りだと思います。モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」とかチャイコフスキーの「葦笛の踊り」とかドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」などはそうでしょうし、その他にもまだまだあるかもしれません。

 でもね、シューベルトの「しぼめる花」ですら、普通のクラオタは知りません。正直、バッハやヘンデルのフルート・ソナタだって、普通のクラオタは知らないと言っていいでしょう。ましてや、プランクやプーランクやライネッケのフルート・ソナタなんて、そんな曲が存在する事すら夢にも思わないでしょう。

 「だからどうなんだ!」と言われると、返答に窮する私ですが、フルート名曲のあまりの少なさにビックリした私だったのでした。

 まあ、フルート名曲にこだわらずに、名曲のメロディをフルートで吹いて楽しむ分には、問題ないし、むしろ無名なフルート曲にこだわるくらいなら、メジャーな他楽器の名曲のメロディを吹いてる方が、幸せになれそうな気がするので「フルートには名曲がない」と騒ぎ立てる方がヤボなのかもしれませんね。

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2014年9月14日 (日)

老後の心配について心配してみた[2014年9月第2週・通算19週]

体重:112.6kg[-0.2kg:+1.4kg]
体脂肪率:32.1%[+0.8%:+0.9%]
BMI:35.5[-0.1:-0.6]
体脂肪質量:36.1kg[+0.8kg:+1.5kg]
腹囲:110.0cm[+2.0cm:+-0.0cm]
     [先週との差:2014年当初との差]

 先日、テレビで老人の生活について取り上げていたので、ちょっとばかり自分の老後の生活が心配になりました。で、そばにいた妻に「貯金って、どれくらいある?」と聞いたら「全く無い!」と実に清々しい答えでした。あちゃ~。

 まあ、私が現役で働いているうちは、日々の生活は給料でまかなえるし、特に多額のお金が必要な事もないだろうから、それに備えて貯金をしている必要もないのかもしれない。そんな貯金をする余裕があったら、バンバン使って日本経済を廻していく方が大切(完全にキリギリス的発想:笑)だし、もしも急に多額のお金が必要になったら、職場や銀行にでも相談して借金をすればいいわけだから、貯金については、そんなに心配しなくてもいいんだと思う。

 問題は、現役引退後だね。

 とりあえず、住む家はあるし、服もそれなりに持っているから、そんなに困ることはないでしょう。つまり“衣食住”のうち“衣”と“住”はOK。問題は“食”の部分ね。つまり、日々の“食”をまかなうだけの経済力の心配だな。

 まあ正直、日々の生活は年金でどうにかなると思う。確かに年金の支給額なんて、今の年収と比べると少ないけれど、それでも現役時代の半額程度はもらえるわけだし、妻も妻で年金をもらうから、二人合わせれば、それなりの収入になるわけで、それだけあれば生きていくのに支障はないはず。

 だって、借金は無いし、家も墓も持っているし、息子も当然独立しているわけだし、贅沢を言わなければ大丈夫。歌やフルートは今まで通りに習う事は金銭的に厳しくなるかもしれないけれど、まあそこはどうにかしよう。それに、どうしても習い事を続けたくなったら、チョコチョコ働いて、先生への謝礼分ぐらいは稼ぎましょう。それとも、どこぞの施設の顧問とか相談役とかになって、顧問料でもいただきましょうか(笑)。

 まあ、老後の貯金は無いけれど、退職金をいただけるだろうから、まとまった金としては、それを老後の貯金代わりに使えば良い。病気になっても、引退後の老人なら、各種福祉サービスがあるから、そんなに医療費もかからないだろうし、なるべく公的サービスを受けるようにすれば、それなりに生活できるだろうしね。

 問題は夫婦のどちらかが先に死んじゃった後の話だね。

 私が先に死んじゃっても、遺族年金というのがあるから、妻が受け取る私の分の年金が無くなってしまう事はないけれど、遺族年金って、生きてもらう分の3/4程度しかもらえないから、妻の年金収入は減ってしまう。まあ、私がいないから、支出も減るし気疲れもなくなって、生活は楽になるかもしれないけれど、収入が減ってしまうのは事実。それ以前に一人暮らしは寂しいだろうから、息子のところに転がり込むのが良いし、それが現実的な解決策だろうね。ま、私が死んだら、息子と仲良くやってほしいものだ。

 妻が先に死んじゃったら…私の場合、後妻を貰えばよい(笑)。いやあ、だって、金はそこそこあるよ。でも、身の回りのあれこれの世話をしてくれる人がいなくて困るわけだから、再婚すればいいだけの話でしょ。

 でも、しょぼくれたジジイの所に来てくれる女性がいなかったら、老人ホームに入るのもいいのかな? それに、老人ホームで彼女を作れば、後妻をもらわなくても、寂しくないものね。まあ、私の場合、息子よりも彼女だな(笑)。

 と言うわけで、ひと通り老後の心配をしてみたけれど、あんまり心配する必要はなさそうだと分かって安心しました。

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2014年9月13日 (土)

ホノカが威張ってます

 そうなんです、標題の通り、最近の我が家の水槽では、ホノカが威張っているんです。

 ホノカは素赤琉金です。我が家に来た頃はカラダが弱っていて、半分転覆しかかる事もあり「来て早々だけれど、星になってしまうのかな?」と心配していました。なにしろ、我が家では赤い子は長生きしないし、琉金はすぐに転覆してしまいますので、それがダブルで被っているのがホノカなので、カラダが弱くて、転覆しかかっていても「まあ、そうだよなあ」と思っていました。

 そのうえ、左半身に大きなコブ(ガンですね、これ)まで出来てしまって、これはもういよいよアウトだなあ…と思っていましたが、今年の春を過ぎて、夏に入る頃から、なんか体調が絶好調になってしまい、グイグイとカラダそのものも大きくなり、今では水槽の中を我が物顔で泳いでいます。

 ウチで一番の巨漢金魚はサクラですが、もはや彼女に負けてません。それくらいに大きくなりました。おそらく、我が家の歴代琉金の中では一番の巨大魚かもしれません。それくらい、大きくなっちゃいました。…まあ、今までの琉金の子たちは、ある程度大きくなると、たいてい転覆していたのですが、すでにホノカは転覆危険サイズを大きく超えているので、明日にでも転覆しても不思議ではないので、心配ですが、今のところ、転覆の兆しは見えていません。

 ホノカがブイブイ言わせている反動でしょうか、サクラの体調が悪くなってしまったようです。最近は、ホノカと他の2匹対サクラという構造になっていて、水槽の中にサクラの居場所がないみたいで、サクラが可哀想です。そのストレスで体調を崩し気味なんだと思います。サクラ、大丈夫かな?

 ホノカとサクラはオスメスなので、本当はカップルにでもなって、仲良くやってくれればいいのですが、ホノカは自分よりも年上のサクラには、全く興味がないみたいなんですね。残念。

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2014年9月12日 (金)

中華系アプリにご用心

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今回は久しぶりに姉様とレッスンがバッティングして、たっぷり姉様のレッスンを見させていただきました。いやあ、すげーすげー。タンギングのレッスンを受けていましたが、シングルとかダブルとかだけでなく、細かく違った色々なタンギングの使い分けのレッスンを受けてましたが…あれでよく舌がもつれないもんだなあと感心しました。

 先生との二重奏も実に見事なものでしたが、あんまり耳当たりがよかったので、つい寝込んでしまいました(笑)。いやあ、一瞬とは言え、かなり深く眠ってしまいましたよ。おかげさまで、曲が終わると同時に目覚めましたが、自分がどこにいて、何をしているのかも分からなくて、しばしの間、きょとんとしてしまったほどです。

 しかし、目覚めてすぐのフルートは、ちょっと厳しかったです。いやあ、フルートが重い重い。

 ロングトーンも久しぶりに三人でやりましたが、もはや、特に面白い事はありません。だって、ピタッと音が合ってしまうんだもの。それだけ私も上達したって事ですね。

 エルステ・ユーブンゲンは4番でしたが…暗譜しきれませんでした。目標としては、今回のレッスンまでにきちんと暗譜して合格しちゃうつもりだったのですが、結局、自宅でも最後まで間違えずに通せませんでした。

 「まあ、それでもやってごらん」と言われて、先生と一緒に楽譜を見ずに吹いてみたのですが、やはり2度ほど落ちました(汗)。次回までには、きっちりと暗譜しておきたいと思います。

 プチ・エチュードは6番です。今回は、少しスピードアップをして、なるべく、ぎこちなくないように吹いてみましたが…その結果、数カ所でミスブローをしてしまいました。

 「良い音で吹くねえ…、これで指の間違いがなければ、とっても良かったんだけれど…」と言われて、不合格になりました。音は良し、フレージングも良し、だけど指がちょっと不安定…ではダメなんですね。まあ、指の問題は、練習量の問題ですから、次回までには、頑張ってきますよ。

 今回の雑談です。

 「パソコンは何を使っている?」と尋ねられました。機種を聞いているのか、Windowsのバージョンの話をしているのか、一瞬迷いましたが、きっとWindowsの方だろうと思って「8.1を使ってます」と答えたら、「私は富士通なんだよね」と返答されました。ううむ、外したか(笑)。

 でも「私はフロンティア神代を使ってます」と答えても「え?」と言われてお終いだろうから、たとえ誤答であっても、この返答はこの返答で良かったのだと思います。

 で、何の話かと言うと、パソコンを使ってインターネットをしていると「○○をインストールしてもいいですか?」などというメッセージがよく出るので、バージョンアップか何かだろうと思って、ほいほいOKとやっているうちに、たくさんのアプリがインストールされてしまい、やがて、パソコンが起動しなくなってしまったのそうです。

 聞けば、中華系の有名なアプリばかりインストールしちゃってたみたいです。中華系のアプリって無料アプリが多いし、一つインストールすると、次から次へと仲間の無料アプリのインストールを薦めてくるわけで、そんなトラップ(?)に、どうやらひっかかってまったそうなんです。

 で、結局、パソコンに詳しいお弟子さんに、中華系アプリを全部アンインストールしてもらったんだそうですが、そのお弟子さんにしっかり「無闇に知らないアプリをインストールしないように!」と叱られてしまったそうです。まるで「無闇に知らない人についていってはいけないよ」と母親に叱られているワルガキのような感じですね(笑)。

 中華系無料アプリの全部がダメとは言いませんが、評判の良くないアプリが多いですね。色々と組み込んだり、送信したりと、バックグラウンドで熱心に作業するアプリも多いと聞きます。「火の無いところに煙はたたない」とも言いますので、用心するに越したことはないと思ってます。

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2014年9月11日 (木)

メトのライブビューイングで「コジ・ファン・トゥッテ」を見てきました

 もちろん、アンコール上映で見てきました。「コジ・ファン・トゥッテ」は、本上映で見たかった演目でしたが、確か、自分の発表会と日程がかぶってしまって見に行けなかったんですよ。メトのライブビューイングって、上映期間がわずか一週間しかないので、発表会など外せない用事と被ると、残念ですが、諦めるしかないんです。まあ、運が良ければ、今回のように、アンコール上映で見るチャンスもあるんですが…アンコール上映そのものも、これまたなかなか見るチャンスがなかったりします。

 先日「ラ・ボエーム」をライブビューイングで見て、その時に、ミミを歌っていたスザンナ・フィリップスが、とてもよかったので、彼女が主役のフィオルディリージを歌っている今公演のライブビューイングをぜひ見に行きたく思い、心勇んで見に行ったわけです。

 よかったですよ、スザンナ・フィリップスは! 若くて、声が良くて、歌が上手くて、美しいだけでなく、可愛いいんですよ。あちらの美人さんは、たいていクールビューティーな感じの人が多くて、可愛いタイプの人って、少ないのですが、スザンナ・フィリップスは、数少ないポッチャリした可愛い系の美人さんです。この人、日本男子には受けると思うんだよねえ。まあ、どれくらいの美人さんかは、画像検索でもしてください。もう、嫌になるくらい顔写真が出てきますからね。

 ただ、可哀想なのは、今回の妹役(ドラベッラ)を歌ったイザベル・レナードというメゾソプラノが細身の歌手であった事かな? 姉妹の役なので、どうしても一緒に歌う場面が多いので、比較したくなくても、ついつい比較しちゃいます。そうすると…フィリップスがぽっちゃりしている事がバレバレなので、可哀想でしたね。

 もう一人のガールズであるデスピーナを歌ったのが、クレオパトラ役で有名なダニエル・ドゥ・ニースでした。エジプトの女王から小間使いまで、実に演技の幅が広い方です。コメディーリリーフな役でしたが、ほんと、面白おかしく演じていました。

 ボーイズの方も、テノールのマシュー・ポレンザーニ、バリトンのロディオン・ポゴソフ、バスバリトンのマウリツィオ・ムラーロの三人とも良かったです。特にテノールのポレンザーニの輝かしい声は聴きモノでした。

 演出もいつものメトらしく、分かりやすくてよかったです。歌っていない時の歌手たちの小芝居がとても面白かったです。いやあ、オペラ歌手にも演技力って必要ですね。

 今回、男子二人はアラブの王様風に仮装していました。以前はペルシャ王様風の変装の演出も見たことがあります。外人の金持ちに見えれば何でもいいのだろうけれど、原作の設定ではアルバニア人に化けた事になっているのだから、アルバニア風の衣装でもいいのに…って思いました。ちなみに、アルバニアって、ギリシアのすぐ北にある東ヨーロッパの国なんですよ(知ってましたか?)。

 歌手も良かったのですが、なによりも良かったのは、指揮者レヴァインがお元気だった事。今年(この上演は、今年の4月に行われたものなんです)のレヴァインは、この「コジ・ファン・トゥッテ」と「ファルスタッフ」の2本しか振らなかったそうですが、来年は6本振る予定なんですって。そのうちの二つ(『フィガロの結婚』と『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)は、ライブビューイングでもやるそうですから、楽しみですね。

 それにしても「コジ・ファン・トゥッテ」って、お話がヒドいです(笑)。作曲直後から20世紀に入るまで、上演の機会に恵まれなかったというのも、理解できる程のヒドさです(笑)。

 老哲学者が若い男性二人に「女なんて、みんな浮気症だぞ」とふっかけるわけです。若い二人は「自分たちの婚約者たちに限って、そんな事はない」と反論するわけですが「だったら試してみようじゃないか」という口車に乗せられ、彼らの婚約者たちが本当に浮気症でないかどうかを試す事になってしまいます。

 若者二人は、さっそく婚約者たちのところに行って「僕らは急に戦争に行くことになってしまった、さようなら」と行って、戦地に向かう振りをします。嘆き悲しむ姉妹たち(彼らの婚約者は姉妹なんですね)、そこに変装をした若者たちが別人のふりをして現れ、彼女たちを誘惑します。あれこれと、あざとい手を使い、姉妹たちに仕える小間使いも仲間に引き入れて、それぞれの本来の婚約者とは別の方の姉妹を誘惑します。それもほぼ無理矢理な手法を使って…。

 最初に落ちたのが妹の方で、散々抵抗した姉の方も、結局、誘惑者の手に落ちます。婚約者の若者たちが帰って来た時に、自分たちが他の男に心変わりをしてしまった事がバレたらマズいというので、この姉妹たち、新しい恋人とサッサと結婚して、彼らの国に嫁入りして、この地を去ることを決意します。で、さっそく姉妹合同の結婚式を行うわけなんだけれど、その結婚式の最中に、戦地に行ってたはずの若者たちが(変装をといて)戻ってきます。結婚式の様子を見て、その状況を怪しんだ振りをして、あれこれ探って、ついに彼女たちが、自分たちとは別の男性との結婚証明書に署名している事を知り、彼女たちを責めます。つまり、浮気の動かぬ証拠を見つけた…って事です。

 万事休すと観念した姉妹たちは、自分たちの行いを告白し反省し「これからは一生あなたたちに従います」と誓ったところで、男性陣は、今まで自分たちが仮装をして、姉妹たちを誘惑していた事をバラして、ハッピーエンドで幕が降ります。

 …ってストーリーなんだけれど、どこもここも、ハッピーエンドじゃないじゃん!

 結局、姉妹たちが若者二人に、いいように試されて、たぶらかされただけだよね。この娘たちの浮気だって、浮気をしたくてしたんじゃなくて、そうせざるをえないように、周りが色々とプレッシャーをかけた挙句の話だしね。

 これじゃあ、この娘たち、男性不信になっちゃうよ。実にヒドい話です。これが喜劇として通用しちゃうんだから、18世紀という時代は、21世紀の我々とは価値感覚が全然違います。今なら、女性蔑視のストーリーってヤツで問題になりそう…。ライブビューイングでも、バックヤードのインタビューでは、このあたりに触れていましたが、男性歌手も女性歌手も、この点を克服するのに、それぞれに困難を感じていたようです。ま、そりゃあそうだよね。

 でも、そういう道徳観念を横に置いて、純粋にエンタメとして楽しむなら、ほんと、モーツァルトの音楽っていいよね。こういうオペラは、なまじストーリーなんて気にせず、ただただ音楽の美しさだけを味わって楽しむのが良いと思います。

 それにしても「コジ・ファン・トゥッテ」というオペラ、ストーリーがもう少しまともだったら、もっと上演の機会も増え、モーツァルトの晩年の傑作オペラとして、早くから認められていたでしょうね。そういう点では、色々ともったいないオペラです。

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2014年9月10日 (水)

劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」を見てきました

 先日、地元のホールに劇団四季がやってきて「ジーザス・クライスト=スーパースター」(以下“「ジーザス」”と略)の公演があったので、見てきました。徒歩十分の会場でミュージカルが見れるんだもん、行かないわけには参りません。

 劇団四季の「ジーザス」に関しては、以前から見たい見たいと願っていました。でも、なかなか上演してくれないし、してくれても日程が合わなかったり、チケットが入手できなかったりで、見に行くチャンスがなかったのですよ。今回の上演は、専用の四季劇場でなく、地元の汎用ホールでの上演なので、多少残念になってしまう部分はあるだろうけれど「まあいいか、大好きなミュージカルだもんなあ…」って感じで行ってきました。

 劇団四季の「ジーザス」、よかったですよ。さすが、現在の劇団四季の土台を作った演目だけあります、実に見事で楽しい舞台でした。演出も分かりやすかった(エルサレム版で見ました)し、アンサンブルの人たちのダンスの切れがすごかったし、照明が実に効果的に使われていて、シンプルな舞台なのに、目が離せませんでした。

 「ジーザス」というミュージカルは、現在、三種類のDVDで入手可能ですが、劇団四季のモノは、そのいずれとも違っているし、どれよりも躍動感のある舞台だったし、なによりも日本語上演だから分かりやすいし、実に良かったです。点数にすると…85点ぐらいかな? やっぱり、残念な部分もないわけじゃないんです。

 どこが残念だったのかと言うと…本拠地での公演ではないから仕方ないのだろうけれど、カラオケ上演だった事です。つまり、今回のツアーにオーケストラを帯同していないってことね。なぜそれが分かったのかと言うと、私が座った席が、本来ならオケピになる場所だったから。私がこの場所に座れるというのは、オケピを使っていないって事だから(笑)。

 「音楽の伴奏なんて、生でもカラオケでも変わらないじゃん」 いえいえ全然そうではありません。

 舞台と言うのは、役者と観客で作っていくものです。しかし舞台でカラオケを使ってしまうと、観客の動きに役者が反応する事が出来なくなってしまい、舞台が役者たちのヒトリヨガリになってしまうんです。

 例えば、役者さんがとても素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたとしましょう。観客は喜んで拍手します。普通なら、拍手が起こると、舞台は止まり、拍手の鳴り休むのを待ちます。そして、役者たちは観客に受け入れられた事に喜び、さらに熱を入れて舞台を続けます。しかし、カラオケ上演だと、拍手が鳴り始めたところで、もう次のシーンに入ってしまいます。結果として、拍手がバラバラと鳴り始めては、次のシーンの役者の歌にかぶさり、パラパラと尻つぼみ的に拍手が終わります。それって、実に舞台がしらけてしまうんですね。「だったら、最初から拍手なんかしないほうがいいや…」って気分になってしまいます。観客がそんな気分になったら、その気分が舞台の上の役者さんたちにも伝わるだろうし、観客だって舞台に反応できなければ、つまらないよね。

 それに、見ていて分かったのは、役者さんが歌や芝居にノレばノルほど、カラオケに合わせて歌うのが辛そうだった事です。そこはもっと伸ばしたいのだろうなあ、そこはもっとテンポよくやりたいのだろうなあ…なんて事が客席の私に伝わるんですよ。

 演劇の素晴らしさではなく、演じる事のチグハグさが観客に伝わるなんて、そりゃあダメでしょ。

 今回は、ミュージカルにおけるテンポの管理者である指揮者の役割の大きさを、実に感じたものです。

 やはり、カラオケ上演って、色々と無理があると思います。しかし、上演コストや移動の大変さを考えると、ツアーにオケを連れていけない事も分かります。そういう意味では(特に四季のように専用劇場のある劇団では)、その劇団のホームとする劇場での上演を見るべきであって、ツアー、つまり、引っ越し公演に多くを求めてはいけないって事ですね。これは、ミュージカルに限らず、オペラでもそうなんだろうなあって思います。

 と言うわけで、カラオケ上演だったので、15点引きましたが、それ以外の面では、好き嫌いによる不満は少々あっても、おおむね満足出来る、良い上演でした。

 それにしても劇団四季は頑張ったと思いますよ。と言うのも、元々「ジーザス」というミュージカルは、世界的には大ヒットミュージカルなんですが、日本人には内容が難しいミュージカルだと思います。なので、日本では、全然ヒットしなくても当然なのに、それをここまでのエンタメにしあげた劇団四季の手腕に脱帽です。

 と言うのも、日本人って、ミュージカルにストーリーを求めるでしょ? でも、ミュージカルって、ストーリー重視のモノもあるけれど、音楽重視だったり、ダンス重視だったりして、ストーリーが軽視されている作品もあります。その手の“ストーリー軽視型のミュージカル”って、日本ではほぼヒットしません。と言うのも、日本人は言霊の国の人なので、どんなモノであっても、そこに意味や物語を見出そうとするからです。ですから、ストーリー軽視のモノは、ミュージカルに限らず、日本人のウケが悪いのです。

 実は「ジーザス」というミュージカルにはストーリー軽視どころか、ストーリーがありません。と言うのも、ストーリーは観客の心の中にすでにある…という前提で劇が進むからです。この「ジーザス」を“ロック・オペラ”だと言って持ち上げる人がいますが、私はそうは思いません。ストーリーが観客の心の中にあるという前提での作劇なら、それは“オペラ”ではなく“オラトリオ”だからです。なので、この曲は“ロック・オラトリオ”、もう少し狭めて言えば“ロック・パッション(受難曲)”というのが「ジーザス」の本当の姿だと思うのです。

 そしてオラトリオや受難曲ほど、日本人にウケないジャンルの音楽って無いと思います。

 欧米の観客たちの心の中には「ジーザス」のストーリーはすでに入っています。そりゃあ、そうだよね。だって、このミュージカルは“キリストの最後の7日間”を描いた作品なんです。だから、狭いジャンルで言えば“受難曲”って事になります。そして“キリストの最後の7日間”を描いた作品は、他にもたくさんあるわけで、彼らにとっては、このテーマは常識中の常識なんです。隅から隅まで『知らなきゃ恥!』ってストーリーなんです。

 でも、多くの日本人にとって“キリストの最後の7日間”なんて「なにそれ? 美味しいの?」の状態でしょ? どんな話なのか知らないのも当然だし、登場人物たちの背景も思惑も何も知らないでしょ? もぢろん、ミュージカルの中でも、それらの説明は一切ありません。だって、観客がそれらについては熟知しているのが前提で上演されているんだから。だから、この手のモノは、観客が舞台で演じられる、それぞれのシーンを見ながら、自分たちの心の中にあるストーリーと照らしあわせて「ふむふむ」と思いながら見るタイプのミュージカルなんですよ、これって。

 そんな性質の、説明不足も極まりないミュージカルを、日本人に分かったような気にさせる演出をほどこした劇団四季は、すごいと思います。

 さて、実は私、前々から「ジーザス」というミュージカルが大好きなんですよ。

 このミュージカルは、ロイド・ウェーバーの作品なんですね。「キャッツ」や「オペラ座の怪人」「エビータ」と同じ作曲家の作品なんです。私の大好物な作曲家ですね。おまけに、セリフがほとんどない、オペラと同じように音楽だけで劇が進行していくタイプのミュージカルなんです(ロイド・ウェーバーの作品には、そういうタイプが多いですね)。おまけに、音楽がロックなんです。いわゆる、ロック・ミュージカルですが、そのハシリとなった作品です。

 この作品は、元々は舞台作品ではなかったんだそうです。最初は1970年発売のコンセプト・アルバムだったんです。私も最初に「ジーザス」を知ったのは、このアルバムでした。初めは何がなんだか分からなかったのですが、やがて聴きこんでいくうちに、音楽に惚れてしまいました。ですから、私にとっての「ジーザス」というのは、このコンセプト・アルバムだったんです。

 やがて「ジーザス」は舞台化され、映画化され、日本でも劇団四季による上演がはじまりました。劇団四季による録音(当時ですからCDもビデオもDVDもなく、レコードでしたが)も発売され、それも購入して聞いた私でしたが、なんか違和感を感じてましたし、映画(1973年版)も見ましたが、なんか“これじゃない感”がして、嫌いでした。何というか、私自身、音楽至上主義みたいな惚れ込み方をしていたのかもしれません。まあ、若かったのでしょうね(汗)。

 やがて時は経ち、今に至るわけです。

 今回の当地での上演を踏まえて、昔よく聞いたコンセプト・アルバム(レコードではなく、さすがにCDに買い替えましたが)を聞き直しましたが、やっぱりいいですね。

 映画(1973年版)も改めて見直しました。昔と同じ“これじゃない感”は、やはりありましたが、この映画の持つ素晴らしさも同時に分かるようになりました。だてに年は取ってないって事だね。映像が実に素晴らしいんです。で、これが時々音楽を喰っちゃうし、演出が奇抜で、これも音楽を喰っているんだね。つまり、音楽とその他の要素のバランスが良くないんです。さらに言うと、この映画も日本人の感覚で言えば、やっぱり色々と説明不足な部分があります。さらに、現在発売されているDVDだと、字幕が悪いのが残念です。何がダメなのかと言うと、ユダの持っているジーザスに対するリスペクトが全く字幕に反映されていないのです。きちんと英語(原語ね)ではリスペクトしながら話しているのに、この字幕ではリスペクトどころか、ユダは常にジーザスに苛ついているようなんですね。それって違うんじゃないかなって思います。

 21世紀になってから制作された映画も見ました。

 2000年版(映画)の方は、作曲家のロイド・ウェーバーが、その制作に全面的に関わっているそうなので、映像が音楽を喰ってしまうような事はありません。いや、それどころか、まず音楽ありきの映像作りです。つまり、音楽とその他のバランスがよく取れていて素晴らしかったです。おそらく、作曲家のロイド・ウェーバーが当初思い描いていた「ジーザス」ってこういう感じのミュージカルだったんでしょうね。このDVDは字幕も適切だし、安価ですから、気軽に「ジーザス」を楽しみたいなら、これが良いかもしれません。

 もちろん、最近発売された2012年版の映画も見ました。こちらは、映画と言っても、ロケでもなければ、映画セットで撮影したものでもなく、いわばライブ映像なんですね。それも劇場ではなく、何万人も収容可能なアリーナで上演されたものをライブ・ビューイングの手法で映画として制作したというものです。こちらにも作曲家のロイド・ウェーバーは関わっているようで、アリーナ公演向けに楽曲の一部を手直ししているそうです。なので、現在のところの「ジーザス」の決定版は、この公演のものなのかもしれません。少なくとも、演奏も歌唱も演技も演出も素晴らしいですよ。欠点があるとすると…字幕かな?

 アマゾンでも散々酷評されている通り、字幕が少しばかり簡素です。でも、困るほどではないので、アマゾンの酷評は少々厳しいかなって個人的には思います。少なくとも、ストーリーを追いかけるのに十分な字幕がついてます。

 このDVDに付いている字幕は、おそらく劇団四季で使っている上演用の訳詞を元にしているものと思われます。もしも、このDVDの字幕で不足しているなら、劇団四季の上演でも不足を感じるはずですが…決してそんな事はありませんよ。きちんと感動できますから、ご安心を。ただし、英語が分かる人が聞けば、アレコレ抜け落ちているのは分かると思いますが…字幕って本来そういうものでしょ? 限られた字数の中で最大公約数的な訳をつけるのが字幕です。完璧な訳文を字幕に期待する方がどうにかしていると、私は思いますよ。字幕に、そんなダラダラと長い訳文をつけたら、それを読むのに忙しくて、肝心の音楽や歌、役者の演技や演出の巧みさなどを見逃してしまうでしょ? だから字幕はストーリーを最低限追える程度あれば、後は字幕以外の情報から察すればいいわけです。それに納得できないなら、字幕に頼らずに原語で映画を楽しめばいいのです。幸いに「ジーザス」は英語のミュージカルだし、英語なら、学ぶのも容易でしょ!

 で、これら三種類のDVDのうち、どれが私の一番の好みかと言うと…2012年のアリーナ版かな? ただし、2000年の映画版も僅差で捨てがたいです。1973年の映画版は…個人的にはありえないかなって思います。やっぱり、1973年版は、何か違うような気がします。とは言え、これはあくまでも私の個人的な好みの問題です。ネットを見ていると、「1973年版が一番いい!」という人が圧倒的多数を占めているので、私は少数派かもしれません。

 どちらにせよ「ジーザス」は、とっても良いミュージカルだと思います。ただし、キリスト教に関する素養はたっぷりと必要としますが(笑)。

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2014年9月 9日 (火)

なかなかうまくハモらない(涙)

 声楽のレッスンの続きです。

 さて、次は、トスティ作曲の「Ideale/理想」です。この曲はリズムが難しい事もあって、そこに気をつけて歌っていた私ですが、リズムを気にするあまり、ガチガチに歌っていたようでした。そこで先生から「もっと滑らかに歌いなさい」と言われました。ダウランドは「もっとゴリゴリに…」で、トスティは「もっと滑らかに…」です。歌の様式って、時代によって本当に違うんでしょうね。

 それにしても、リズムが難しいよ、この曲(涙)。

 ピアノも難しいようで、ピアニストさんには先生からたくさんの注文が飛びましたが、私も「左手を強めに弾いてください」と注文しちゃいました。生意気かもしれないけれど、それも意思疎通ですからね。

 例によって、高音Aを使うバリエーションの箇所ですが、今回のレッスンは午前中という事もあって、高音Aを回避して歌いました。だって、テノールなんだもん、朝から高い声なんて出ないよ。で、高音Aを回避して歌っていたところ、先生から「そこでもっとノドを開けませんか?」と尋ねられました。やってやれない事はないので、やろうとしたら、どうも音程が上がってしまいます。でも、それでいいんだそうです。

 先生がおっしゃるに、その箇所に来て、ノドを思いっきり上げて、音程が十分に上がって高音Aに届きそうだったら、Aを歌えばいいし、うまく開かなくってAまで届きそうもなかったら、Aを回避すればいいでしょうと言われました。まさにその通りでしょうね。最初からAありきで歌うと、どうもメンタルの弱さ(高音への不安ですね)が出て失敗する傾向があるので『前提としてAは無し、行けそうなら行く』のスタンスの方が良さそうです。

 この曲はピアノと合わせるのが難しいタイプの曲なので、多少歌とピアノがズレても、合わせ直すために、何箇所かで合わせ直しの箇所を決め、そこでのブレスのタイミングの練習をしました。

 ここで妻と交代して、しばらく休んでから、最後の曲、ヴェルディ作曲の「椿姫」の「Parigi, o cara, noi lasceremo/パリを離れて」に取りかかりました。

 いやあ、ひどい(涙)。歌っている時から、こりゃあヤバイと思ってましたが、録音を聞いてみたら、本当にひどかった。結局、私の場合、音は、その前のフレーズから取っているわけで、いわば横の流れで音を取って歌っています。と言うのも、そっちの方が失敗が少ないから。その場の響きから音を取ってしまうと、どうしてもピアノとかソプラノとかに釣られしまうので、自分の音の流れの中から音を取って歌うようにしているのですが、どこか一箇所で音を間違えると、そこから先はガタガタ(涙)。いやあ、実に見事なくらいにガタガタです。

 「(絶対)音を覚えましょう」と先生に言われたけれど、それが出来たら苦労はないんですよね。でも確かに歌の場合、絶対音を覚えるという作業は…必要かもなあ。そして、その音を覚えるためにも、音取りをもっとしっかりと確実にやってこないといけません。

 しかし、ソロならそれなりに歌えても、ハモるところは確実に釣られる私って、一体なんなんでしょうね(涙)。

 それと、高いところを一生懸命に歌いすぎるとも注意されました。そんなに一生懸命に歌うと疲れるでしょう…とも言われましたが、なんか高音って、一生懸命に歌わないと歌えないような気がするんですよね。まあ、それは単なる錯覚だと知ってますが…。本当は、もっと楽に高音だって歌えるんだろうと思いますが、ついついカラダが頑張っちゃうだと思うし、頑張った結果がノド声なわけだし、頑張ってしまうから、余計高音が出づらくなるんだと思います。

 頭で分かっても、出来なきゃダメなんだよね。

 ひとまず、音程と言うか、ハモリの部分にはまだまだ不安はあるけれど、リズムの方はまずまずだと思います。これで本番では、音楽が美しいかどうかは別として、止まらずに崩壊せずに最後まで歌えそうです(一安心ってわけです)。

 なので、あとはどれだけ美しく歌えるか…だね。

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2014年9月 8日 (月)

私の好きなオペラ歌手は、マリオ・デル・モナコですが…

 声楽のレッスンに行ってきました。今回もピアニストさん同行レッスンです。

 まずは発声練習から。最初はハミングです。私は今までハミングが苦手だし、ちょっとイヤだなって思ってましたが、先日、松尾篤興氏(以前はよく老犬ブログにコメントをくださってましたが、お元気でいらっしゃいますでしょうか?)の『実用美声学』を読み直したところ、ハミングについて書かれている箇所(P.27 声の通る道)を読んで、ハッと思った事があったので、さっそくやってみたところ、なんかいい感じでハミングが出来ました。以下に今まで間違ったやり方でハミングをしていたのか、思い知らされました。

 ちょびっと、ハミングに開眼した私でした。

 発声練習で指摘されるのは、いつもと同じ「息をお腹で支える事」と「ノドを大きく開く事」の二つです。

 最初の「息をお腹で支える」ために、今回は無理めの長めのフレーズを歌っていく練習をしました。無理めの長めのフレーズを歌い、息が足りなくなってくると、否応なしに息をお腹で支えざるを得なくなるので、それを利用して、息をお腹で支える感覚を身につけようというわけです。まあ、なかなか難しいです。

 「ノドを大きく開く」練習は、母音を色々と使っての練習です。どうも私は「オ」の母音が一番良いようなので「オ」をベースに置いて、そこから色々な母音へ響きを変えないように注意しながら、色々な母音で歌った見ました。

 しかし、録音を聞くと…耳をふさぎたくなるほど、ひどい声だな。自己嫌悪に陥ってしまいそう(涙)。

 さて、曲の練習です。ダウランド作曲の「Come again/来たれ、今いちど」です。前回のレッスンでテンポを上げたので、今回はその早めのテンポで歌ってみました。

 この曲は、本来は古楽です。でも、古楽として歌うのは私には厳しいので、あくまでも現代的な視点で歌ってみる事にしてますが、それであっても、様式感と言うのは欲しいと言われました。つまり、ガチで古楽として歌うことはなくても、古楽っぽい雰囲気を残して歌わないと、音楽があまりに別物になってしまうので、その点は気をつけましょうってわけです。

 最初に直したのは、あまりレガートに歌わない事です。ポップスを歌うように、メロディーの音をブチブチと切って、きちんとアクセントを入れて、ゴリゴリのスタイルで歌うように直しました。また、音符の一つ一つにも表情を込めないようにしてみました。

 また“to hear”の“ hear”と“to kiss”の“kiss”は、同じ二分音符が当てられています。しかし、話し言葉だと当然“ hear”と“kiss”では母音の長さが違うのですが、これは歌なので、“ hear”と“kiss”の母音の長さを同じにして歌ってみました。こういうのを全部ひっくるめて様式感というヤツが出てくるそうなので、そこはそのようにしてみました。

 「本当は古楽って難しいんです。芸大でも古楽は、古楽声楽と言って、古楽だけを歌う専門家がいるくらいですから」との事でした。まあ、そうなんでしょうね。でも、私はアマチュアだから、専門にこだわらずに良い歌は歌っていきたいと思ってます。

 なので、様式感は大切なんだろうけれど、そこにこだわり過ぎるのもマズいような気がします。だって、古楽に寄れば寄るほど、現代から遠のくわけで、現代から遠いものって、たいてい現代人には受け入れられない(つまり『つまらない』って事ね)けれど、かと言って、全くべったりと現代感覚で歌っちゃうと、歌の個性ってヤツが消えちゃうからね。そこは上手な距離感ってのが求められるような気がします。

 ちなみに先生、ピアニストさんには、チェンバロを模して、チェンバロっぽくピアノを弾いてくださいとお願いしていました。また、この曲は前奏が極端に短い(たった1音だけです)ので、歌い出す前から、お互いに息を合わせて、準備万端にしてからアイコンタクトを取って歌い出すように言われました(し、そのようにするようにしました)。

 「ところで、すとんさんは、好きなオペラ歌手はいますか? いても、絶対にその人の真似はしないでくださいね」と言われました。いくら好きなオペラ歌手がいて、その歌手の真似をしたところで、絶対に同じように歌えるわけはないし、そんな事をすると、ノドを壊すだけなので、絶対にやっちゃダメと言われました。

 私にも好きなオペラ歌手は確かにいますが、今は、彼らの真似をしようとは思いません。と言うのも、私の好きなオペラ歌手って、東の横綱がマリオ・デル・モノコで、西の横綱がプラシド・ドミンゴだもん。真似なんて出来るわけないよね。

 そう言えば、以前、キング先生には「好きなオペラ歌手はいますか? いたら、その歌手になりきって歌ってみてください」とよく言われたものです。これは声の響きの浅い私が深い声で歌うためのひとつの方便だったんだと思います。

 しかし、先生によって、目的が違うとは言え、同じ質問をして、それを是とするか否とするか、真逆というのも面白いですね。

 私の好きな歌手は、マリオ・デル・モナコと言い、プラシド・ドミンゴと言い、重めのテノールが好きなわけですが、これはあくまでも“好きな歌手”であって、学習者としての自分がめざす先ではないと、今では自覚しています。私が目指すべきなのは軽めのテノールであって、昔なら、パヴァロッティとかニコライ・ゲッダとかタリアヴィーニでしょうし、今ならファン・ディエゴ・フローレスあたりでしょうね。とは言え、これもあくまでも目指す目標であって、私の行くべき先に輝く太陽のような存在で、彼らのコピーをしてもダメなんだろうと思います。私はあくまでも私でしかないのですから、私の声で私なりの高嶺を目指して歌っていくしかないのだろうと思います。

 つまり、モノマネと歌唱は、似て非なるものなんだって事ね。劣化コピーをするくらいなら、三流のオリジナルの方が全然マシって価値観だね。このあたりは人によって考え方が違うだろうけれど、今の私はY先生のおっしゃる事に全面的に賛成です。

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2014年9月 7日 (日)

なんかなあ…キムチ雑感[2014年9月第1週・通算18週]

体重:112.8kg[+1.4kg:+1.6kg]
体脂肪率:31.3%[-0.6%:+0.1%]
BMI:35.6[+0.4:+0.7]
体脂肪質量:35.3kg[-0.2kg:+0.7kg]
腹囲:108.0cm[+3.0cm:+2.0cm]
     [先週との差:2014年当初との差]

 久しぶりに体重測定をしてみました。実に一ヶ月半ぶり? 何しろ、ぎっくり腰やらヤケドやら、単純に夏太りをした事が怖くて(涙)体重計に乗れませんでした。でも、いつまでもそうは言ってられないので、先日、意を決して乗ってみたら、こんな感じでした。いやあ、いくら仕事中は椅子に座りっぱなし、仕事以外は寝て過ごしていたとは言え、ちょっとなあ…という結果です。ちょっと増えすぎだねえ…。いくら年を取ったとは言え、もう少しは減らさないといけないなあ、せめて3Kg(笑)と思った私でした。

 さて、今週のエッセイです。

 先日、ニュースサイトで「中国キムチに追いやられ世界一の座を奪われた韓国キムチが辛酸をなめている!」という記事を読みました。かいつまんで説明すると、こんな感じです。

 キムチと言えば、韓国の漬物ですが、その韓国で売れているキムチが、韓国産ではなく、中国産のキムチなんだそうです。これは主に値段が理由(韓国産が1Kg約300円、中国産が70円)のようだけれど、とにかく中国産キムチのおかげで、韓国内での自国産キムチの売れ行きがダウン。その一方で、韓国から中国へ輸出されているキムチはどんどん減り続けて、ついに昨年はほぼゼロになってしまったわけです。

 つまり、韓国的には“中国にキムチ及びキムチビジネスを乗っ取られた”という感じなんでしょうね。

 そこで韓国は、2005年(って約10年前じゃん)に中国産キムチから寄生虫の卵が発見された事を取り上げて、中国キムチに対して、寄生虫卵の残留検査などの対策を義務付けたわけだ。

 まあ、これは良しとしよう(笑)。

 これに対して中国は、中国へ輸入された韓国産キムチを検査したところ、こちらからも大腸菌や寄生虫卵が大量に検出されたそうで、怒った中国当局は『100g当たりの大腸菌数が30個以内』という衛生基準が厳格化し(って事は基準そのものは以前からあるわけだ)た結果、韓国側は中国へのキムチの輸出がほぼ不可能になったというのです(と言うか、中国が韓国キムチの輸入禁止処置を行ったわけで、今現在でも、韓国は中国へキムチを輸出する事はできません)。

 そして、中国は値段の安さもあって、今や世界一のキムチ生産国になったそうです。

 それに、両国の食品問題に詳しい中国人ジャーナリストによると、両国のキムチのそれぞれに、寄生虫の卵やら大腸菌やらが大量に発生している件については、問題ないそうなんです。

 と言うのも、キムチを生産する時には、材料となる野菜を洗浄しないのは当たり前だし、それを調理する際に調理人がゴム手袋を使用したり、きちんと手を消毒したりはしないのも当然なんだそうです。もしも、そんな事をしたら、キムチが美味しくなくなるからなんだそうです。

 それにキムチは、生産直後は大腸菌がウヨウヨいても、やがて乳酸菌が繁殖すると、乳酸菌が大腸菌を始めとする他の金を殺菌していくので、結果として安全になるんだそうです(って、寄生虫の卵は残ったままじゃん)。

 結論から言えば、キムチは、中国産であれ、韓国産であれ、過去においては不潔な食べ物であり、今現在においても、その製法から考えるに、不潔ではないとは言い切れない食品…って事になります。

 日本にも、キムチ同様に発酵を利用した食べ物に納豆があるけれど、納豆は加工前にきちんと大豆を茹でて熱消毒するし、加える菌だって納豆菌だけで、他の菌が混ざらないように製造工場は注意しているし、その工場で働いている人だって、帽子とマスクを着用し、ゴム手袋をして、きちんと衛生面に注意しているけれど、それでちゃんと美味しい納豆を生産しているわけだから、キムチだって、きちんと衛生的に製造することは可能だけれど、キムチの場合は、中国韓国ともに、単純にそれをしないだけ(あるいは、したくないのか、やりたくても出来ないのか)の話でしょう。

 納豆以外にも、酒、味噌、醤油、チーズ、ヨーグルトなど、発酵を利用して製造される食品は多々あるけれど、どれだって、どこだって、衛生面には気を使って製造しているわけです。それを考えると、中国韓国のキムチの製造方法は、ちょっとおかしいというか、あまりに大雑把すぎるし、衛生面に気をつけなければいけないだろうと思います。

 ちなみに、日本のキムチは、中国韓国とは全く製法が異なるんだそうです。中国韓国のキムチが発酵食品である一方、日本のキムチは浅漬の一種であり、塩水に各種調味料を加えた調味液に野菜を漬け込んで作るんだそうです。そう言った点では、同じキムチでも、日本と中韓では、全く別種の食品と言えます。

 ちなみに、日本での韓国キムチの輸入は2005年がピーク(ここでも2005年という数字が出てきました)で、その年以降、韓国からの輸入キムチは減り、中国同様に、ほぼ壊滅状態にまで陥り、一時期、国内で流通しているキムチの大半は国内産になったそうですが、2012年の民主党政権時に、当時の政府が韓国キムチに対して、輸入の際の衛生検査を免除(!)する事を決めたので、徐々に韓国キムチが日本国内で流通するようになったのだそうです。つまり、2005年以降、韓国キムチの輸入が減ったのは、衛生検査をパスできなかったからで、その衛生検査を免除したので、また韓国キムチの国内流通量が増えてきた…って事ですね。

 あの中国ですら、輸入禁止処置を取っている韓国キムチが、民主党政権下で決めた措置によって、国内での流通量が増えているのは、なんか解せません。やはり、短期間とは言え、民主党に政権を握らせたのは、間違いだったとしか言えません。“日本人の食の安全”よりも優先するべき事が民主党にはあったのでしょうね(ふん!)。

 さて。

 実は私、キムチ、大好きだったんですよ(笑)。

 若い時は全く見向きもしなかった(国産)キムチですが、ひょんな事から韓国キムチをクチにしたのが、10年とちょっと前の事でした。それ以来、韓国キムチの美味しさ(いや、実際、韓国キムチそのものは美味しい食品だと、今でも思ってますよ、私)に取り憑かれ、毎日のように韓国キムチを食べていたら、大腸に腫瘍が出来ました(涙)。手術でそれを取り除いても、相変わらず毎日キムチを食べ続けていたら、半年後に再発しました(涙々)。で、あまりに早い再発を危惧した当時の主治医に「何か変わったものを食べていないか」と問われ、あれこれ上げていった中に韓国キムチがあって、主治医が「きっと韓国キムチが原因だと思います。しばらく韓国キムチを食べないようにしてください」と指示されました。

 それきり大好きだった韓国キムチを封印したわけですが、それ以来、大腸の腫瘍は再発しなくなり、10年超を経過しました。やはり、主治医の見立てどおり、韓国キムチが発病のトリガーになっていたようです。今では普通に(あまり美味しいとは言えない)国産キムチはクチにしますが、韓国キムチは一切クチにしていません。

 舌の喜びよりも、命の方が大切ですからね。

 さてさて。

 2012年にキムチをユネスコの無形文化遺産に登録するという動きがある事が、日本でも散々マスコミが報道していましたが、その結果は熱心に報道されなかったので、ご存知ない方もいらっしゃると思うので書いておきますと、キムチがユネスコの無形文化遺産に登録される事は“無かった”のだそうです。ただし、キムジャン文化という、秋にキムチを漬け込む韓国の習慣が無形文化遺産に登録されたのだそうです。

 キムジャン文化が無形文化遺産に登録された事で「キムジャン文化とキムチは一緒」と解釈した韓国人たちが、一斉に「キムチ、世界無形文化遺産に登録」とうたい始めたので、ユネスコが「キムチを世界無形文化遺産に登録した覚えはない。今後、世界無形文化遺産を商業利用したら、キムジャン文化の登録を取り消す」と言ったそうです。なんだかな~。

 ちなみに翌2013年には、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されています。なお、今まで和食以外に、フランス料理、(スペイン・イタリア・ギリシャ・モロッコの料理をまとめて)地中海料理、メキシコ料理、トルコ料理が無形文化遺産に登録されているそうです。まあ、これら伝統料理の中に、たかが漬物の一種であるキムチを並べるのは、無理があるよなあ…。もしもキムチがOKなら、日本は梅干しとかタクアンとかキュウリの浅漬とかを世界無形文化遺産に登録申請すればいいと思います(笑)。

 さてさてさて。

 日本農林中央金庫が調査した“日本の小中学生が好きな学校給食メニューランキング”というのがあって、それによると、第1位は「カレー」、第2位が「揚げパン」で、なんと第3位が「キムチチャーハン」なんだそうです。

 このニュース、韓国の新聞社である中央日報の日本語版が“日本の小中学生「キムチチャーハンが好き」”と大きく報じています。

 ところが、このニュース、日本農林中央金庫が発表した元データ (PDFファイルです、念のため)を見ると、ちょっと違うような気がします。

 確かに好きな給食メニューの第3位が「キムチチャーハン」である事は間違いないけれど、でも件数は“17人”だよ。調査対象は400名だから、割合で言えば4.2%です。消費税以下の支持率(笑)。これって、クラスの中にキムチチャーハンが好きな子どもが1人いるかも…って程度の人気です。なのに“日本の小中学生「キムチチャーハンが好き」”と報じるのは間違っていると思うし、何か意図があって、ミスリードしているんだろうと勘ぐりたくなります。

 むしろ常識としては「幼少期に刺激物を与えるのは良くない」んじゃないかな? キムチチャーハンそのものを否定するつもりはないけれど、それを給食メニューとして出すのは、常識ハズレだと思うし、そんな刺激的な食材を使って調理している現場の調理師さんたちの苦労が忍ばれます。

 子供向けのカレーライスが甘口で、ちっとも辛くないわけだから、給食のキムチチャーハンも甘口で、ちっとも辛くない事を願ってますが…でも、たとえ辛くなくても、雑菌と寄生虫の卵にまみれた韓国キムチを使っちゃ、食の安全と子どもの健康を考えると、マズいと思いますよ。子どもたちには安全なものを食べて欲しいです。どうしてもキムチチャーハンを食べなければいけないのなら、少なくとも、国産キムチを使って欲しいなあ…。

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2014年9月 6日 (土)

サクラの調子が良くない(涙)

 厳しかった夏も終わり、この頃では、日中はかなり(真夏と比べて)涼しい日が続いています。秋風も吹き始め、少しずつ過ごしやすくなってきていると思われます。

 金魚は変温動物です。彼らには体温はありません。水温(気温と連動しています)が体温のようなものです。ですから、水温が適温なら問題ありませんが、低すぎると活動が鈍り、動けなくなったり、凍ったりしてしまいます。一方、高すぎると、活動が活発になって、心臓がバクバクしたり、血圧が上がったり、やたら無駄に体力を消耗したり、体内のタンパク質が変性してしまったりします。

 我が家の場合、水槽が室内にあるため、夜間はともかく、昼間は室内無人となり、エアコンが切れている事も多く、特に夏場の室温が高くなる傾向があります。室温が高くなると、当然、水温も高くなります。今年は、その対抗処置として、凍ったペットボトルを水槽に入れたりして、水温上昇をなるべく防いでみたのですが、万全だったとは言えません。やはり、体力のない子や体調の悪い子には、シンドい夏だった事には変わりなかったと思います。

 で、だいたい毎年、真夏から秋にかけての今頃の時期に、夏の暑さにやられた金魚たちが星になってしまうというのを、毎年繰り返していたわけです。

 今年の場合は、とりあえず若い子たち、ホノカ、アズニャン、オタキサンは元気です。でも今年は、今まで何度も夏を乗り越えてきたサクラの調子が悪そうなんですね。例えば、ボーとしている事が多いとか、水中で斜めになって漂っていることがたまにあるとか、この前などは、ポンプとガラスの間に挟まって身動き取れなくなっていました。今までなら、そんな所にはさまっても自力で(大抵は力づくだけど)脱出できたのに、人間の救助の手を必要とするとは、サクラらしくないのです。

 ただし、食欲は普通にあるのが幸いです。本当にダメだと食欲すらなくなりますからね。

 とにかく、サクラの調子が悪そうです。夏バテ?なのかもしれませんが、金魚なんて、夏バテでも星になってしまうような生き物ですから、夏バテも馬鹿にはできません。

 たぶん、10月までやり過ごせば大丈夫だと思いますが、ここ一ヶ月ぐらいが山場かもしれません。

 頑張れ、サクラ。

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2014年9月 5日 (金)

昔は私も、ポータブルCDプレイヤーを愛用していました

 フルートのレッスンに行ってきました。

 お決まりのロングトーン練習をサッサとして、さっそくエルステ・ユーブンゲンの4番です。

 「暗譜…出来てません!」 言い切っちゃいました(汗)。いやあ、頑張ったんですって。ただ、やはりこの年令では、一週間で30小節を暗譜するのは、無理でした。頑張って、頑張って、頑張れば、次回までには暗譜できているかもしれません。

 「暗譜しなくても、たくさん練習してくればいいからね」とおっしゃってくれますが、でも暗譜してないと合格はくれません(笑)。

 暗譜をしていないので、楽譜を見ながら、一度通してみました。もちろん、ノーミスですよ(へへん)。「だいぶ、音色がよくなってきたね」と褒めてもらいました。

 で、そのまま、5番も吹いてみました。こっちも、当然ノーミスです(ふふん)。

 さて、お次は、プチ・エチュードの6番です。そして、こいつもノーミスで最後まで吹き通しまた(やったね)! でも、不合格。なぜなら、おそろしく、ぎこちない演奏だったからです。ミスブローはしませんでしたが、難しい箇所は…たいていリタルダンドがかかっている事もあって、めったやたらにスピードを落として吹いたので、音楽的には間違っていないと豪語できますが「もっと、スラスラと吹いて欲しいなあ」と言われちゃいました。

 いやいや、スラスラ吹けるほどには、指がスラスラとは動かないのですよ(涙)。いや、難しいのは指だけでなく、実はブレスコントロールも難しいのですね。それらを間違えないために慎重に吹いていたら…ぎこちないわけです。

 「音も良くなってきたし、フレージングも良い。前回注意した箇所は全部直っているし、後は…」 はい、もっとスラスラと吹けるように練習してきます。

 さて、今回の雑談と言うと、ポータブルCDプレイヤー(いわゆる“ディスクマン”)が欲しい…という話です。

 先生は、移動の時は車が多いので、その時はカーステレオを使うのだけれど、車から降りた先で音楽を聞きたい事がよくあるのだそうです。それで、電気屋に行ってみたら、どこでも薦められるのが、デジタルオーディオプレイヤー(つまり“iPod”のようなモノ)なんだそうです。

 「あれ、CDよりも音が悪いんだろ?」

 「私は全く気になりませんが、たぶん先生に向きません」と答えました。なにしろ先生は『MDじゃ音楽はとても聞けたもんじゃない』と言い切っちゃうほどの耳の持ち主(一応、プロの音楽家だからね)だからね。もちろん、圧縮せずに、音質の劣化を防ぐやり方もあるとは言いましたが、デジタルオーディオプレイヤーでは、音質の良し悪し以前に、音楽CDからパソコン経由でプレイヤーに移さないといけないわけで、買ったCDを気軽にそのまま聞きたい人に向かないので、その点でもデジタルオーディオプレイヤーはH先生向きではありません。

 「やっぱり音楽はCDのまま、聞きたいよねえ。昔は携帯型のCDプレイヤーも使っていたんだけれど、見当たらなくて…。(レッスンの帰りに)イオンにでも行って買ってこようかと思うんだけれど…」と仰るので、「確かにイオンには、ポータブルCDプレイヤーは売ってますが、外国製品ですよ。おまけにお値段も驚くほど安いです。音楽を圧縮していないCDを直接再生できるとは言え、アンプやD/Aコンバータの設計も雑でしょうし、部品だって良質なモノを使っているとは思えません。おそらく、音質は今どきのデジタルオーディオプレイヤーよりも悪いと思いますよ」

 「日本の製品はもう、無いのかね」

 「どうでしょうね、ほぼ撤退しているんじゃないでしょうか? もしあったとしても、イオンでは売っている可能性はかなり低いです。やはり、注文しないと手に入らないでしょうね。あるいはネット通販か…」

 「ネット通販とかは、ちょっとイヤだねえ。直接手に取って確認して買いたいしねえ」

 まあ、先生の言い分も分かります。

 で、ちょっとググってみたら、やはり日本のメーカーは、ほぼ2005年にポータブルCDプレイヤーから撤退しているようです。もう、10年近く前の話なんだね。今では、国内メーカーとしては、ソニーがホソボソと製品の提供をしているみたいです。ただし、製品を提供しているってだけで、かつてのように力は入れていないようだし、外国製品と対向するためでしょうか、価格も抑え気味で、音質的な面では良い評判はありません。ま、この安さで良い音質を期待するほうがどうかしているような値段だから、仕方ないよね。

 私が昔使っていたヤツはどこに行ったかな? 見つかったら、先生に差し上げてもいいんだよね、どうせもう自分では使わないから。でも、探しものって、探している時は見つからないモノなんだよね。

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2014年9月 4日 (木)

にゅうおいらんずを見てきました

 皆さんは“にゅうおいらんず”というデキシーランドジャズのバンドをご存知でしょうか? 実は私、久しぶりに、にゅうおいらんずの演奏を聞きに行ったので、ブログの記事に書き残しておきたいと思います。

 で、どこに聞きに行ったのかと言うと…浅草演芸ホール。そう、落語の寄席です。演芸ホールの8月上席の大喜利(もうほとんど一ヶ月も前の古い話で申し訳ない。他の話題を記事にしているうちに話が古びてしまいました)に、にゅうおいらんずが出演したんですよ。

 落語の寄席? 浅草? 大喜利? はい、にゅうおいらんずと言うのは、元々は落語家さんたちが集まって結成されたジャズ・バンドなんです。まあ、結成当初は落語家さんばかりだったようですが、今ではそれ以外のメンバーも加わっており、落語家さんが中心メンバーのジャズバンドって感じになっています。

 ちなみに前回見たのが2008年夏ですから、6年ぶりなんですね。

 6年経つとメンバーも変わります。

 トランペットの三遊亭小遊三師匠と、トロンボーンの春風亭昇太師匠、キーボードの桂伸之介師匠のお三方はお元気でしたし、皆さん確実に上達していました。特に小遊三師匠のトランペットの音は、実に素晴らしいモノでしたし、昇太師匠のトロンボーンもレベルアップしていました(伸之介師匠は…よく分からなかったです)。

 また非落語家さんである、ベースのベン片岡氏と、二代目ドラムスの高橋徹氏も、お変りない感じでした…が、司会とバンジョーをやっていた三遊亭右紋師匠と、クラリネットの三遊亭円雀師匠の姿が見えません。

 当日、小遊三師匠からご報告がありましたが、右紋師匠は今年の1月に胃ガンでお亡くなりになったそうです。ご冥福をお祈りいたします。また、円雀師匠は病気療養中なんだそうです。一日も早いご回復をお祈りいたします。

 それにしても、落語家さんって、お元気に見えても、高齢の方が多いんですよね。お大事にしてください。

 右紋師匠の没後、新メンバーとして、ギターバンジョーの春風亭柳橋師匠が加わり、円雀師匠不在の穴をふさぐため、サポートメンバーとして、ソプラノサックスのミーカチントさんが加わりました。ミーカチントさんは若い女性で、東京芸大をご卒業されている(音楽家ではなく)画家の方なんだそうです。現在の本業は街の絵画教室の先生なんだそうですが、サックス・プレイヤーとしてもご活躍中なんだそうです。なんかまあ、にゅうおいらんずにふさわしい新メンバーですね。

 ギターバンジョーという楽器は、バンジョーはバンジョーなんだけれど、弦が4本ではなく6本あって、調弦もギターと同じ。つまり、ギターと同じ感覚で弾けるように工夫されたバンジョーなんですね。

 にゅうおいらんず、やっている事は、以前とほぼ同じですが、確実にバンドとしての力量は上がってますね。ただし、お笑いとしては、右紋師匠と小遊三師匠と昇太師匠の三人で廻していたのを、小遊三師匠と昇太師匠の二人で廻すので、若干のレベルダウンは仕方ないかな? いや、それだけ右紋師匠の存在が大きかったと言うべきなんでしょうね。

 それにしても、1996年結成ですから、もう結成18年になるんですね。すごいなあ。彼らの本業は、もちろん落語家さんであって、ジャズは趣味なんですよ。それも、小遊三師匠と昇太師匠は、バンドを組むと決めてから楽器を始めたわけで、いわば大人の趣味人として音楽をやっているわけですよ。そういう意味では、にゅうおいらんずって、私の憧れなんです。

 色々あるだろうけれど、今後も頑張って欲しいなあ。私、応援しますよ。

蛇足、以前のライブを見た時に購入した、小遊三師匠のサイン入りのにゅうおいらんずのDVDが見当たらない。あれ、おっかしいなあ…。

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2014年9月 3日 (水)

プロが歌っているのを聞くと簡単そうだけれど、実際に楽譜を見てみると、目の前がクラクラします(笑)

 さて、声楽のレッスンの続きです。

 次はトスティ作曲の「Ideale/理想」です。この曲もリズムというかテンポが厄介で合わせが難しい曲ですが、ダウランドとは難しさの方向が全然違います。ダウランドはポリリズムの難しさでしたが、こちらは伸縮するテンポが問題なんですね。で、どの音符をどの程度伸ばすかは歌手が決めます。だから歌う人には指揮者的な覚悟が必要な曲なんです。歌いながら、上手にピアノをリードしていくわけです。

 だからと言って、恣意的にテンポを揺らしてはいけないわけで、あくまでも音楽が求めているだけテンポを揺らすわけです…って、そこが難しいわけだ。でも、そこがロマン派の音楽とも言えます。

 この曲でも、ブレスの前は音を遠くに飛ばして、決して音楽を止めないように注意されました(汗)。

 で、ちょっと言い訳をしますと、今回のレッスンは休日の昼下がりに行ったのですが、レッスン直前の昼食で実に満腹になっていました。なので、ちょっとお腹に力を入れると、昼食に食べた納豆そばが、クチの中に…という状態でございました。

 いやあ、いけませんね。満腹で歌うのは無理です。まだ若ければ良いのかもしれませんが、年を取ると、下部食道括約筋が弱くなるためでしょうが、割りと簡単に胃の中のモノが口腔に戻りたがります。いわゆる“逆流性食道炎”って奴でしょうね。普通に生活している分には、決してそういう自体には陥らないのですが、満腹になって、腹部に圧力をかけたり、アルコールを摂取してカラダがユルユルになっていると、そういう状態になりがちな私です。気をつけないと。春先のなった“肺炎モドキ”も、元はと言えば、胃の内容物が逆流して、それが気管に入って炎症を起こした所に雑菌が付着して…ってわけだったものなあ。

 なので、満腹時の私は、無意識にお腹を使用しないように、腹部に圧力を加えないように行動してしまうのですが、そのために高音発声がどうにもうまくいきませんでした。

 はっきり言うと、高音Aがうまく当たらない…ってか、届かない(涙)。普段はバシバシ決めているのに、今回のレッスンでは全然当たらない。ついに先生から、最初のバリエーション(高音Aを使う)の凍結案が出されました。このバリエーションの部分では、歌は楽譜通りに歌うことになりました(ただし、ピアノはバリエーションの時の弾き方のままです)。楽譜通りに歌えるようになったところで、バリエーションの練習を始める事にしました。まあ、これは、当日、バリエーションの有り無しを土壇場で決められるようにするためでもありますが…ちょっと情けないですね。

 で、バリエーション無しバージョンで歌ってみたところ、一つの事に気づきました。それは…高音Aの出し方を間違っていた事です(笑)。いやあ、ついうっかり軟口蓋を引っ張る方向を間違えていました。それじゃあ、出るものも出ないわな。ついつい昔の癖で軟口蓋を上に引っ張ってしまいましたが、それではきちんと引っ張れないわけで、軟口蓋は上ではなく前に引っ張る方が、上に引っ張るよりも数倍もきちんと引っ張れて、余裕で高音に対応できるのですが…ついつい“高”音というイメージで、上へ上へと引っ張ってしまって、ドツボに陥るわけです。いかんですね。

 終わりのバリエーションの方は…リズムが違っていると指摘されました。直さないと…。こちらのピアノは、歌が何をしても気にせずに楽譜通りに演奏して、勝手に終了して良しという打ち合わせになりました。

 この後、妻のレッスンとなり、私はしばし休憩です。で、妻のレッスンが終わったところで、二重唱のレッスンとなりました。曲は、ヴェルディ作曲「椿姫」より「Parigi, o cara, noi lasceremo/パリを離れて」です。

 とにかくこの曲は、歌とピアノとの合わせが難しい曲です。いや、本当はソプラノとテノールの合わせだって、相当に難しい曲なんですが、そこは夫婦なので、なんとなく合ってしまいます(笑)。なので、ピアノだけが取り残されるような状態なので、ピアニストさん大慌てとなりました。

 とにかく、ブレスを見えるように取る事で、歌とピアノが合わせやすくなるそうです。まあ最悪、どうしても合わなければ、歌手がピアノの中に手を突っ込んで、コツコツピアノを叩いて合わせるという手段(ってか裏ワザ)もないわけじゃないそうです。ピアノの中をコツコツと叩くと、そのコツコツ音はピアニストさんだけに聞こえるんだそうですが…これをやられるとピアニストとしては、相当凹むので、あくまでも最終手段なんだそうです。

 特に合わせが難しいのは、最後から4小節目ですね。なにしろ、この曲は3/8拍子なんだけれど、この小節だけ37/8拍子だからね(笑)。楽譜上でも、この小節だけで、ほぼ1ページだから。そりゃあ、合わせるのは難しい難しい。なので、要所要所で合わせのポイントを確認していきます。それと同時に息を整えるポイントも決めます。そうやってきちんと打ち合わせをして歌うわけです。これだけ面倒くさい曲は、アドリブとか一発勝負とかでは合わせられません。まあ、本来、この手のモノはバリエーションで、伴奏はお休みして、ソリストたちが勝手に歌えばいいよ…という作りになるはずですが、それを歌手たちの勝手に任せずに、作曲家自身がきっちりとバリエーションに相当するものを書き下ろしたわけで、作家描きおろしのために、綿密に描かれていて、それゆえに合わせが難しいってわけです。

 プロが歌っているのを耳で聞いていると簡単そうに聞こえますが、楽譜を見ると、目の前がクラクラするというのは、よくある事ですが、この曲のこの部分も、そんな感じなんです。

 とにかくヴェルディも合わせてみましたが、実は私、まだまだ音取りの最中で、きちんと音が取れていなかったのですが、それも先生にバレバレでした(当然だね)。次回までには、きちんと音を取ってこないとなあ…。音が取れない歌ってのは、フルートで言えば“指が回らない”のと同じだもんなあ。

 しかしレッスン室は冷房をガンガンに入れているのですが、この曲をちょっと歌うと、じっとりと汗をかきます。他の2曲ではそんな事はないので、この曲特有の現象です。ほんと、ヴェルディを歌うのって、エネルギーが必要なんですね。

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2014年9月 2日 (火)

ポリリズムに挑戦?

お盆休み初の、声楽のレッスンに行ってきました。今回は、本番ピアニストさんと一緒にレッスンを受けました。

 まずは、発声練習でしたが、先生から「頭の後ろ半分が全く動いていない」と言われてしまいました。

 頭の後ろ半分?…頭の後ろ半分には関節などありませんから、動かないのは当然です…なんて言っちゃいけないんですよね。これは、ノドの奥、とりわけノドの上部の方の空間が狭いです…という事だろうと解釈しました。

 先生から「少なくとも、歌い始めは100満点で始めてください」と言われました。

 歌というのは、歌っているうちに、あれこれ失敗をしてしまうもので、一度失敗をすると、その失敗したその時点の状態が、次の瞬間からの満点になってしまうのだそうです。で、失敗を重ねていくうちに、どんどん満点の基準が下がってしまって、最後はどんなに失敗を取り返そうとしても、グチャグチャになってしまうのだそうです。

 ああ、そんな経験、たくさんしてきました(涙)。

 だから大切な事は、歌い出しは完璧に行う事。もちろん、途中のミスを減らすのは当然だけれど、歌い出しが完璧でなければ、その後の事は、火を見るよりも明らかなんだそうです。だからこそ、発声練習ではパーフェクトが期待されるわけだけれど…なかなかそうはいかない私です。

 ああ、厳しい。

 今回はピアニストさん同伴なので、さっそく曲の練習に入りました。曲は、ダウランド作曲「Come again/来たれ、今いちど」からです。

 実はピアニストさんと共演するのは、このレッスンが今回始めてでした。それまでもコンサートホールなどでは、顔を合わせることもあったのですが、レッスンの前に事前練習などはせずに、いきなり合わせてみました。これには別に意図はなく、単純にスケジュール調整の問題だったわけですが…。

 でも、これはこれで返って良かったのかもしれません。と言うのも、合わせがほぼゼロの状態から、先生の前で始めたので、先生も色々と意見や忠告が言いやすかったようです。

 歌への注意としては、まずは「音楽を止めてはいけない」と言われました。全くそんなつもりはないのだけれど、私の歌には音楽を推進する力を感じないのだそうです。それよりも、1フレーズ歌うたびに「よっこらしょいっ!」って感じで休んでいるように感じられるのだそうです。つまり、そこで音楽がせき止められるように感じさせるのだそうです。だから、フレーズが終わっても「まだまだ行くぜっ!」って感じに歌わないといけないのだけれど…これかなかなか難しい。

 結局、テンポを上げる事で解決する事にしました。なので、元々テンポの速い曲だけれど、それをマッハの速度で歌うことで、フレーズごとの一休み感を感じさせないようにします。

 あと、歌う所としゃべる所をきちんと分けた方が効果的と言われました。私は全編、馬鹿丁寧に歌っていましたが、別に全部をきちんと歌う必要はなくて、たとえ音符が割り振られていても(音程とリズムは守らないければいけないけれど)歌わないでしゃべってしまった方が楽だし、効果的な部分はあるわけだから、しゃべる所はきちんとしゃべりましょうって事です。具体的に言えば、サビ前半はしゃべった方が、サビ後半の歌う部分が引き立つわけです。

 この曲はルネサンスの頃の歌なので、いわゆる“古楽”なんですが、古楽として歌うのか、それとも現代の歌として歌うのかと、先生に尋ねられたので、迷うことなく“現代の歌”として歌いたいと宣言。なので、そっち方面の味付けをして歌うことにしました。

 ま、これはバッハをチェンバロで弾くか、ピアノで弾くかってのと通じる問題でしょうね。まあ、バッハに関しては、ピアノよりもチェンバロの方を好む私です(笑)が、歌は古楽っぽく歌うよりも、現代風味にした方が良いかなって思ってます。と言うのも、私が持っている“私の声”という楽器は、明らかに古楽にに不向きな現代的な声だと(個人的)に思っているからです。

 それにしても、この曲のリズムは難しいです。ただ『変拍子が多い』と言うよりも、時代的な背景を考えると、単純に“ポリリズム”なだけなのかもしれないと、最近思うようになりました。ポリリズム…なんか古楽って言うと古い音楽というイメージですが、一周して新しく感じますね。

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2014年9月 1日 (月)

メトのライブビューイングで「ラ・ボエーム」を見てきました

 先日、野暮用で東京に出かけました。時間があったので、その空き時間をどうやって潰そうかと思って、チャチャと調べたら、ちょうど良い時間に、東劇でメトの「ラ・ボエーム」のアンコール上映をやっていたので見てきました。「ラ・ボエーム」ぐらいの有名オペラになると、わざわざ見に行くなんて事がないので、ちょうど良かったです。

 私が見たのは、今年と言うか、ついこの前までやっていた昨シーズン(2013-2014シーズン)に上演した「ラ・ボエーム」でした。

 指揮は(とりわけ有名指揮者とは言えない)ランザーニ、演出は(定番の)ゼッフィレッリ、その他の歌手たちも取り立てて有名どころはいなく、ではなぜそんな上演がライブビューイングにかけられたのかと言うと、主役テノールが、今をときめく、ヴィットーリオ・グリゴーロだったから(笑)。つまり、今回の上演の正しい楽しみ方は、テノールを満喫すること…ってわけです。

 いやあ、グリゴーロは良かったよ!

 まず、容姿が普通にカッコ良かった! いわゆる、イケメンなんだろうと思う(私自身がオッサンなので、正直よく分からないけれど:笑)。少なくとも、オペラ歌手にしちゃ珍しいほどに、目鼻立ちが整ってた。身長もそこそこ大きくし、何よりも太っていないのがいいね。容姿は大切だからサ。

 どうも「ラ・ボエーム」のテノール役(ロドルフォ)と言えば、パヴァロッティのイメージが強くてね。つまり、巨漢デブのイメージね。あるいは名前はあげないけれど、チビハゲとかが演じていたりするわけよ。そこに、やせた背の高い若々しいテノール歌手が演じるわけだから、そりゃあカッコいいってもんだね。

 あ、もちろん、歌は良かったよ。普通に良かったので、特にコメントしません。もっとも“普通に良かった”という事自体が、すごく素晴らしい事なんだけれどね。だって、ロドルフォって役は、テノールにとっては、結構な難役だからね。この役をサラっと歌えるのって、実はプロでも、すごいことなんだよね。

 今までグリゴーロは音源でしか楽しんでいなかったのだけれど、動くグリゴーロも素敵だね。これからしばらくは、彼がオペラ界の一翼を担うスターテノールになるのは、間違いないなあ。

 ただ、問題は、彼はオペラ歌手専業ではなく、ポピュラーも歌っているって事。いわゆる“二足のわらじ”なんだけれど、ポピュラーの方でドカンと当てたら、オペラなんて歌ってられないだろうからなあ…オペラファンとしては、ちょっぴり心配な歌手です。

 もう一人の主役であるミミ役は、代役さんでした。本来は、アニータ・ハーティッグというソプラノがやる予定だったけれど、当日の朝7時半に「風邪ひいて歌えません。今日の昼の部の出演はキャンセルしま~す」という電話を劇場に入れたんだって。劇場側は大慌てだよね。その日の昼の公演を朝一番でキャンセルだもの。それも、その日の公演はライブビューイングで全世界配信が決まっていたわけだし…。劇場も色々な歌手に出場を打診したんだろうけれど、最終的には、クリスティーヌ・オポライスというソプラノさんが代役をしてくれることになりました。

 彼女、実は、その前日の夜公演で「蝶々夫人」の主役を歌ったばかりだったんです。で、舞台がハネて、しばらくは興奮状態が続き、朝の5時半になって、やっと就寝したところに、7時半に劇場から電話がかかってきたそうです。つまり、2時間しか寝てないわけだ。

 普通、オペラ歌手って、1度本番をやったら、その後(人によって違うけれど)2~3日は声を休めるわけです。特に「蝶々夫人」は声の消耗の激しい役だしね。何があったのか、どういう条件だったのか、それは分からないけれど、とにかく彼女はミミ役を引き受けたわけです。

 さすがに、長い歴史を持つメトでも、2日連続して同じソプラノが主役を張る事は無かったそうで、これは史上初の快挙(?)だったそうです。

 彼女はメトではミミを歌ったことは無かったけれど、今までウィーンとか他所の劇場では歌っていたので、歌のほうは大丈夫だったろうけれど、衣装もカツラもないし、演技の打ち合わせも必要なわけで、それらの案件を午前中に片付けて、昼の部に出演したわけです。

 さすがに、異例のことなので、オペラが開幕する前に観客(と映画館の客席)に向かって、劇場支配人であるピーター・ゲルブが直々に事情を説明していました。

 結果としては、よかったですよ。特に破綻はありませんでした。それにお客さんはテノールを見に来たのであって、ソプラノを見に来たのではないから、無難にこなせれば、代役であろうがなかろうが、どうでも良かったのかもしれません。

 実は、私的には、あまりミミは印象に残っていません。むしろ、ムゼッタが良かったなあって思いました。いやあ、ムゼッタを歌ったスザンナ・フィリップスというソプラノは、良かったですよ。私好みのソプラノさんですよ。声がキレイで明るくて美人で大柄(でもデブじゃあない)。良いです、良いです。ちなみに、彼女、このシーズンのライブビューイングでは、モーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」で主役のフィオルディリージを歌っているんだよね。これは、何としても見に行かないと…。

 それにしても、時代は変わったなあ…って思いました。グリゴーロは特にイケメンだけれど、彼以外の出演者たちも、割りと普通の体型だし、演技だってきちんとやってました。パヴァロッティがメトでブイブイ言わせてた頃は、出演者は男女ともにデブが当たり前だったし、芝居の方も、棒立ちの方々がたくさんいました。まあ、今でも声の威力が必要なオペラだと、メトでも棒立ちデブが主役を張っていたりしますが(笑)、「ラ・ボエーム」ほどの規模のオペラなら、普通体型できちんと演技のできる歌手を取り揃えられるんだなあって思ったわけです。

 オペラ歌手ならデブでも許される…という時代は、完全に終わったんだなあって思いました。ただ、オペラ歌手に容姿を要求される時代になると、日本人が世界で羽ばたくチャンスが無くなってしまうのが残念だなあ。だって、日本人だと、いくら歌がうまくても、外見は東洋人だし、体格的にも劣るからね。ソプラノ歌手なら、蝶々さんという役があるけれど、その他の声種の歌手は…厳しいよねえ。

 トゥーランドットのカラフって、東洋人なのかな?

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