ひとこと

  •  理解できない事。昨今の中国では「脚臭塩」と呼ばれる、足の臭いのする食塩が蔓延しているそうだ。分析してみると、亜硝酸塩という毒物さえ混入しているそうだ。また逆に健康に良いとされている短鎖脂肪酸が入っているケースもあったそうだ。どちらにせよ、食塩というものは、ほぼ純粋な“NaCl”じゃないの? 国際食品規格委員会で定められた食塩の品質に照らし合わせても、亜硝酸塩とか短鎖脂肪酸などが入り込む余地は無いんだけれどなあ。食塩というのは、人間が生きていく上で必要不可欠なものなのに、その食塩の品質すら危ういなんて、ああ理解できない。ちなみに、足の臭いのする食塩とか言うけれど、足の臭いって…どんなんだろ? 足って、そんなに臭いか?
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2014年1月24日 (金)

プロとして生き残るのは、きびしい

 フルートのレッスンに行ってきました。はい、もちろん、五分遅刻しました(涙)。今週こそは、時間通りに行こうと頑張ったのですが…なかなか難しいです。今回は、五分遅刻で部屋に入ったところ、すでに姉様のレッスンは終了し、フルートも片づけ終わり、先生との楽しいおしゃべりタイムに入っていました。なので、私は急いでフルートを組み立てて、管に息を吹き込んで準備をしました。

 ICレコーダーのスイッチを入れても、すぐに切れちゃう…。あれ、まだ電池が十分なはずなのに…寒いからかな? ちゃんと電源が入らないので、今回のレッスンは録音無しです。

 とりあえず、ロングトーンは先生と二人きりでおこないました。うん、だいぶ良いよ。ただ、どの高さでもミの音が先生とは合わないな。どうも私はミが苦手みたいです。

 さて、本日の宿題は「できるところまで…」だったので、アルテ15課10章Cis-durの2番の「アルペジオ基本練習」からです。さすがにこの課題は、それなりにきちんと練習したので、一発合格でした。やったね。続く3番のトリルの課題も難なく合格。

 問題は4番の「Cis-durのスケールとアルペジオ」です。とにかく、息が続かない(笑)。ダメじゃん。これは次回に持ち越しとなりました。その次の5番の「Cis-durのクロマチック」は、楽譜を見ずにやれば、簡単にできます。だって、いつも自宅練習でやっているもの。問題は、これを楽譜を見ながらできるかって事ね。どうも楽譜を見た途端に、アタマに「???」が沸いて出てきて失敗します。ううむ、ダメだな。これも次回に持ち越しとなりました。

 で、ガリボルディのプチエチュードの3番です。今回が初回だったのですが、家ではそれなりに出来上がっているつもりで持っていったのですが、例によって、ボロボロでした。ま、それは良くあることなので、気にしませんが…。

 数カ所、臨時記号で間違っていた事と、装飾音符の吹き方が間違っていた事と、中音のレとかミbとかの左人指し指の件とか、色々とまあ注意されました。

 とにかく「演奏が速いです」と言われました。たしかに完成形は速い曲だけれど、吹けもいないうちから、完成速度で吹いちゃダメだと言われました。

 「練習の時にミスをしてはいけません」はH先生の持論です。とにかく、練習ではノーミスでないといけません。練習でミスをしてしまうと、ミスを練習する事になって、いつまでたっても吹けるようにはならないからです。

 だから、大切なことは、ミスなく吹ける速度でしっかりと練習してくる事。そのためには、しっかりと音符を読んで、次に何をするのか、考えながら吹ける速度で練習しないと、意味がないんだそうです。

 速い速度の演奏では、何も考えずに、指で覚えた記憶で笛を吹くことになるけれど「指で覚えたものは演奏とは言わない」というのもH先生の持論なんです。とにかく、指で覚えるのはダメ、何となく吹くのもだめ、きちんと楽譜を読んで、意識的に吹かないとダメなんです。

 なので、自分で楽譜を読める速度内でしかフルートを吹いてはいけないわけで…そうすると、私の場合、すごーくすごーく遅くなるけれど…それでもミスのある演奏をするよりも、ずっといいし、早く上達するんだそうです。

 とにかく、次回まで、本当にゆっくりした速度で練習してくるように心がけてきます。

 今回の雑談は“プロ奏者とは何か”って話です。

 話のきっかけは「最近、若いフルーティストがたくさん出てきたねえ…」でした。

 最近の若いフルーティストさんの特徴は、他人と合わせるのが苦手…だと先生は感じているそうです。「他人と合わせられないんじゃなくて、他人の演奏を聞いていないし、指揮も見てない。自分一人でフルートを吹いているんだよ。テクニックもあるし、上手なのかもしれないけれど、それだけじゃあ、いずれ消えちゃうね」との事です。

 実際、毎年、音楽大学を卒業して、プロの演奏家として活躍を始める人たちはたくさんいるそうですが、その人たちのほとんどは、5年後はいなくなるのが、プロの世界なんだそうです。

 先生曰く「プロになるんじゃないだよ。プロとして生き残るんだよ」なんだって。深いね。だから、プロとしての演奏が出来なくなったら、それでお終い、なんだそうです。

 「だから、我々の世界には定年はないんだよ。年をとって下手くそになったら、仕事が来なくなって、仕事を辞めるしかないんだよ。だからフルートを吹けるうちは吹き続けるんだよ。これも生き残りだね」なんだそうです。

 先生も山で滑落事故を起こして、死にかけたけれど、根性出して復活したのは「仕事が来なくなったら、仕事を辞めるしかない」プロの世界に生きているからなんだろうなあって思いました。

 しかし、先生はダメっぽい言い方をしたけれど、たとえ5年を待たずに消えたとしても、その人は、一度はプロとしてスタートを切ったわけだから、すごいよね。専門教育を受けたって、スタートを切れずに、最初から別業種で生きていかなければならない人の方がうんとうんと多いんだからね。その中から、ごく少数の選ばれたエリートたちだけが、プロとしてスタートを切れるわけなんだよ。

 そうしてスタートを切ったエリートさんたちも、その大半が5年で消えてしまうとは…ほんと、プロの世界って厳しいね。もちろん、H先生のおっしゃる“プロ”と言うのは、レッスンプロでなく、演奏で主たる生業をたてる人の事なんだろうけれど、それでもやっぱり厳しい世界なんだな…と思いました。

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フルートのレッスン&活動記録」カテゴリの記事

コメント

人生は、努力、才能、親、運。
素晴らしい才能の持ち主で、親御さんも割と裕福で、よい楽器を買ってもらえ、
努力して、努力して、プロの音楽家になれたとして、
しかし、音楽業界の需要と供給、師匠さんのコネ人脈、オーケストラの空きポジション、
などなどの運によって、プロとして稼ぎ続けられるか、プロを続けられるか、
なんとも言えない世界。

日本のプロオーケストラで、金管楽器を吹いていたけど、給料が安く、
教えることで多くを稼げる楽器でもなかったので、お子さんの教育を考えて、
全く畑違いの外食産業の現場労働に転じました、という記事を読んだ記憶が。

むしろ、才能が少し乏しかった方が、最初からプロを諦めて、
会社員になって、会社生活を送りつつ、
趣味で音楽をやっていた方がよかったかも、
と彼は思っているかも?

今や、日本の代表的フルーティストになった某氏も、
なかなか、音楽家としての定職につけず、
世界的大家である師匠さんも心配していたけど、
その師匠さんが定職を提供できるわけでもなく、
ご本人(某氏)も、予定の全く入っていない手帳を眺めて、
ああ、私は、どうなっちゃうんだろう、と不安に駆られていた、
という記事を読んだ記憶も。

そんな、ちょっと、暗いことを考えてしまった、本日のエッセイでした。
暗くて、すみません、すとん様。

最終的には需要と供給のバランスなのですが、演奏家は需要が少なさそうですね。
私の勤務先では音大卒の方を心理面のケアのため採用していますが、たぶん全国的にも珍しい例だと思います。
他の多くの学科卒の方が一見直接関係のない分野に就職して能力を発揮していると思います。
なぜ音楽科卒が音楽関係産業のみにこだわるのか?という疑問も生じます。
もっとも授業の単位の問題がありますが、視野を広げる努力も必要でしょう。
日本の大学制度の根本的な問題に絡む、むつかしい話題です。

operazanokaijinnokaijinさん

 うむ、実際、音楽の道ほど、専門教育を受けた人数と、専門家として活躍している人数に大きなギャップがあるものは珍しくないでしょうね。おそらく、音楽家以外で、同じくらいに不遇なのは、美大卒の画家ぐらいでしょうね。体育大学卒のスポーツマンですら、もう少し何とかなると思うし、医者や弁護士や教師などは、専門家にならない方が珍しいでしょうからね。

 たぶん、私が思うに、音楽大学の数が多すぎるんだと思いますよ。日本全国では、毎年、約1万2千人ほどの学生が音大や音楽関係の学校を卒業するんだそうです。その中から、音楽家として残れる人は何人でしょうか? 1200人って事はないですね。120人? ま、音楽周辺産業も入れれば、それくらいかもしれません。純粋に演奏家として考えると、12人くらいかもしれませんね。つまり、職業的なニーズを考えれば、今の1/100~1/1000ぐらいの定員があれば、それで十分って事になるかな? つまり、音楽の専門教育を受ける人が多すぎるって事だね。

 それにしても、音楽大学のの就職斡旋でどうなっているんでしょうね? 自分の学校で専門教育を受けて卒業した生徒の半分以上が専門職につけないとしたら…学校としていかがなモンなのかな? 医学とか法律とかの学校だったら、つぶれているんじゃないの?

河童さん

>なぜ音楽科卒が音楽関係産業のみにこだわるのか?という疑問も生じます。

 いやいや、音楽関係の産業に就職したくて、できれば演奏家になりたくて、それで音大を受験するわけだから、そりゃあこだわるってモンですよ。そのあたりにこだわらない人は、最初から音大なんて受験しませんよ。それこそ、音楽は音楽として勝手にお稽古しながら、一般大学に行くでしょう?

>日本の大学制度の根本的な問題に絡む、むつかしい話題です。

 フランスには通称コンセルバトワールと呼ばれる、パリ国立高等音楽学校があります。有名な学校ですし、世界でもトップクラスの音楽学校ですが、ここって実は大学じゃなくて、専門学校なんですよね。

 明治期の日本はドイツやイギリスをお手本にして、音楽学校を大学にしちゃったわけなんだけれど、もしかすると、フランスやイタリア(こっちの方が音楽的には本場って感じがしますよね)にならって、専門学校にしておいた方がよかったんじゃないかなって思ったりします。ま、門外漢だから、好き勝手なことを言えるんだけれどさあ。

こんばんは。

笛吹きではありませんが、年が明けてから日経新聞の「私の履歴書」で小澤征爾が連載されています。

ピアノを勉強していたが、隠れて遊んでいたラグビーで両手の人差し指を折ってしまった。傷だらけのかっこで先生のところへ行ったら、「音楽やめるのか」「指揮者というのがある」。そのとき初めて指揮者、という言葉を知った。
フランス給費留学生の試験では伝説の笛吹きの加藤恕彦がフランスへ先に行ってしまい、お金がなくて行けないと友人に話したら援助してもらって、フランスへ行った。
ブザンソンで指揮者コンクールというものがある、というので受けようとしたら私費留学でどこのだれかわからず日本大使館に強制送還されそうになった。別ルートで頼み込んで、なんとかコンクールを受けた。

とか今では考えられないような話が続いていてメチャ面白いです。才能は確かにあるのでしょうが、強運の持ち主です。
今まで本に書かれているかわかりませんが、この連載が終わったあと、たぶんこの記事をまとめて出版されそうな気がします。

プロ音楽家は才能と運、というだけではあまりにも話が簡単になってしまいますが、1アマチュアとして身近な環境で楽しむ、というのもいいことかな、とおもってしまいます。

>自分で楽譜を読める速度内でしかフルートを吹いてはいけない
>ミスのある演奏をするよりも、ずっといいし、早く上達するんだそうです。

すとんさんは、たしか以前にも同様のことをブログに書いていらっしゃいましたよね。私、そのとき、なにか目の前がパーッと開いたように思えて、「間違える練習だけはしてはいけない」と心に誓って、ゆっくりゆっくり、絶対に間違えない練習、をしてきました。そしたら、すごいです。ちゃんと間違えないまま、スピードが上がっていくんですよ。
すとんさんとY先生に大感謝しています。

音大生の未来、将来、・・・・なかなか難しい問題ですね。

tetsuさん

>プロ音楽家は才能と運、というだけではあまりにも話が簡単になってしまいます

 でも、真理って案外簡単な事なんだと思います。才能にせよ、運にせよ、努力じゃどうにもならないって所がつらいね。結局『神に愛されているかどうか』って結論になっちゃいます。要は、神様がその人を音楽家にしようと計画されているのでなければ、誰一人として音楽家になれない…って事になってしまいます。

 でもまあ、それはそれでアリかなって思う私でした。人間って、すべからく、この世における役割って奴があるわけで、与えられた役割をきちんと果たすというのも、秩序ある社会を構成するためには必要だからね。

 肝心な事は、その役割って奴は、自分が選び取るものであるのは確かだけれど、そもそも自分の意志で目指せるものなのかは不明ですね。そこはそれ、神の召命って奴なのかなって思います。“召命+自分の努力=自分の天職”なんでしょうね。

だりあさん

>すとんさんとY先生に大感謝しています。

 ええと、一応フルートの記事だから、Y先生ではなくH先生じゃないかな? どちらもアルファベット1文字の表記ですので、分かりづらく、区別しづらくてごめんなさい。

 実はY先生もH先生も、ミスをする練習を嫌います。それぞれ表現は違いますが、いかに練習でミスをしないようにするかを強調されます。

 フルートのH先生は「ミスをしてはいけない。ミスをするとミスした演奏でしか吹くことができなくなる」といいますし、Y先生は「出来ない事は無理してやらない。無理して失敗しつづけると、本番でも無理して失敗するものです」といいます。

 プロの方は、演奏力がすごいのですが、実は練習力も素晴らしいんだなあって思う事があります。まあ、当たり前って言えば当たり前なんですが。独学でも技術は学べますが、この練習力に関して学ぶ事ができないので、先生に師事して学ぶというのは、大切な事なのかもしれません。

こんばんは。

> 毎年、音楽大学を卒業して、

芸大受験の問い合わせがYahoo知恵袋にありました。真偽不明ですが、

--
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1061882385
すでにあなたと同じ年(注:高1)でイベールやジョリヴェの協奏曲をバリバリ吹ける連中がゾロゾロいますが、その人たちも、受験に向けて1日5、6時間以上、あるいはもっとの猛練習を必死に毎日続けています。
--

こんな環境での競争と音楽そのものとは関係なさそうにみえますが。

> でも、真理って案外簡単な事なんだと思います。

バーンスタインが、
「私のところに、『私は音楽家になれるでしょうか』と聞きにくる人がいます。答えはいつでも『駄目』。考えているようじゃ駄目なんです」
(オリジナルがわからなくて、http://okwave.jp/qa/q6900415.html からの引用)
というような話をしたことを思い出しました。

こちらは、父親(普通のサラリーマン)の影響かもしれませんが、「下部構造が上部構造を決定する」というのは自分の考え方のベースにあります。
なので今の生活について肯定も特にないのですが、否定しようともおもいません。

> 独学でも技術は学べますが、この練習力に関して学ぶ事ができないので、

横レスですみません。元師匠は、レッスン通っていた当時、モイーズの480(GAMMES ET ARPEGES,480 EXERCICES)の5回目の練習をさらっている、とのことでした。最初の1回目はかなり時間がかかったけれど、だんだん通す時間が短くなった、とか。
こちらはそれから何年たったかわかりませんがまだ1回も通していません。480一通りさらっておけば、ド現代の曲でない限り初見でつまることはない、ようです。おっしゃる通りです。

tetsuさん

 そのバーンスタインの言葉は、書籍ではなく、テレビインタビューでの言葉です。最晩年の頃、NHKのインタビューでのセリフです。私はそのインタビューの放送を見ていて、バーンスタインの言葉に非常に感銘を受け、目からウロコが何枚もはがれたものです。

 その言葉には続きがあって、…考えているだけではダメで、行動をおこさなれば、絶対に音楽家にはなれない。一回や二回のチャレンジではダメかもしれないが、諦めずにチャレンジを続けていけば音楽家になれるかもしれないし、音楽家になる前に寿命がつきてしまい、なれないかもしれない。大切な事は諦めないことだ…という趣旨の言葉が続きました。また、音楽家にはなるものではなく、なってしまうものだという趣旨の事も言ってましたね。

 音楽家という言葉を、その他のプロフェッショナルな職業に置き換えても、十分に通用するなあと思いつつ、聞いたのを覚えています。

レッスン、大変ですよね?
自分も30分のレッスン(自分の場合は所属してるフルートオケの
レベルが高すぎて、補習塾感覚で通ってます)が終わると
緊張から解放されてヘロヘロです。

自分も左手の人差し指、中音のレとミ、
意識しないと押さえたまま気味でした。
タファネル=ゴーベールの「17のメカニズム日課大練習」で
いつも注意されていました(T_T)
最近は無意識のうちに人差し指が上がるようになり
(あれ?上がってた?)と思うことも。

意識して指を練習を上げる練習あるのみですよ。
お互い精進致しましょう。

まーさくさん

 私も楽譜の中音レに丸をつけるなどして、かなり意識した練習をし、一時はこの癖も克服できたと思ってましたが、ここんとこダメなようです。意識すれば出来るけれど、意識しないと元に戻ってしまうのでは、練習が足りないのですねえ…。意識せずともきちんと出来る、というレベルにまで持ってきて、始めて「出来た」と言えるんだそうです。

 へへへ、今度こそ、きちんとできるまでガンバンナイとなあ…。

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