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2014年1月20日 (月)

鼻声と鼻腔の響きのある声の出し方は、実は紙一重の違いです

 今年始めての声楽のレッスンに行ってきました。

 いつもの事ですが、簡単な挨拶をすると、すぐにレッスンです。時は金なり…って事で、Y先生とのレッスンでは、世間話も無駄話も一切なく、すぐにピアノの前に立って、ハミングから発声練習が始まります。

 今回は最初から、声がとてもいい場所から出ていたようです。ノドが絞まることなく、楽に良い響きのところで出ていたようです。なので先生から「年始年末は、ほとんど歌わなかったでしょ?」と聞かれました。ええ、色々と忙しくって、普段のようには練習できませんでしたと白状したところ「歌わなかった事が良い方向に出ましたね」と言われました。『ノドに力を入れて、無理やりノドを鳴らして歌う』という悪い癖が、すっかり抜けているそうです。

 練習を重ねると言うのは、諸刃の剣でして、良い行いを、練習を重ねる事で定着させる事もできますが、うっかりすると、悪い行いや癖なども、練習を繰り返す事で定着しちゃうわけです。練習さえしなければ、人間は忘却の生き物ですから、アレコレと忘れてしまうのですが、そこで熱心に練習してしまう事で、いつまでも悪い癖から逃れられない…ってわけです。今回の私は、年始年末、練習をさぼっていたおかけで、それが良い方向に転がって、悪い癖のいくつかカラダから抜けたようです。

 せっかく抜けた悪い癖ですから、それを再び思い出さないようにしないとね(笑)。

 その先生から褒められた、良い場所で歌い続けていると…やがて、ノドに違和感を感じて歌えなくなってしまいました。ノドに違和感? あまり良くない兆候だなって思ったので、先生に「ノドに違和感を感じます」と告げたら「それでいいんです」という返事をいただきました。と言うのも、その違和感と言うのは“今まで間違った声帯の使い方をしていたのに、急に正しい声帯の使い方をしたので、まだ正しい使い方に声帯が慣れなくて、違和感を感じているんでしょう”との事です。

 「そのノドの違和感ってのは、痛いとか苦しいとかではないでしょ? むしろ“かゆい”って感じじゃないですか?」 そうです、ビンゴです。ノドの中がかゆいんです。かゆくって歌えなくなるんです。「今まで使っていなかった声帯の部分がよく振動しているので、かゆさを感じるんです。慣れれば、平気になりますから、無理をしない程度に頑張っていきましょう」との事です。つまり、かゆい方向でノドを使っていけば良いのだそうです。

 で、年始年末のお休みのおかげで“ノドの使い方”は良くなったそうですが、その一方で“お腹の使い方”はむしろダメになったそうです。昨年は少しずつ時間をかけて、お腹が使えるようになってきたのに、年始年末のお休みをはさんで、お腹がまたまた動かなくなってしまったようです。

 練習をしなければ、悪い癖は抜けますが、せっかく身につけかかった良い行為は、スタートに戻ってしまう…って事です(涙)。

 で、また先生に「お腹!」とか叱咤激励を受けながらの発声練習となりました。で、一通り注意を受けながら発声していたから「すとんさんのお腹の使い方は、場所的に、だいぶ上ですねえ…」と言われました。確かに今の感覚では“胃袋をひっくり返す”ような感覚でお腹を動かしています。これは声の支えの“モード2”を意識しているからなんですが、どうも私のやり方では、ちょっと場所が上過ぎるようです。今はみぞおちのあたりをメインに動かしているけれど、それをもっと下にして、おへそ周辺とかもっと下のあたりから動かしていくのが良いそうです。

 つまり下っ腹と言うか、丹田のあたりから息を支えなさいって事でしょうね。丹田か…そんなところ、動かしたことないから、動かないよ(涙)。とりあえずは、できないからと言って諦めるのではなく、できなくても気にせず、やり続ける事かな? 今はできなくても、やっているうちにできるようになるかもしれないからね。

 とにかく、せっかく声がノドのいいところで出せるようになったのだから、今度はその声をしっかり出すためにも、お腹がきちんと使えないといけませんねって事です。

 その先生に褒められた声の出し方ですが、覚書として書いておくと、実は今まで怖くて当てられなかった場所に息を当てて出しています。その“怖くて当てられなかった場所”とは、鼻です。

 私の声は元々が鼻声がかった声だったようです。ですから、キング先生のところで歌を習い始めて、真っ先に注意されたのが、鼻声でして、声は鼻に入れないようにするのが、私の声楽修行の始めだったわけです。それ以降も「声を鼻に入れない」という事を常に気をつけながら歌っていたわけです。

 それでも発声にアレコレ苦労して試行錯誤すると、うっかり声が鼻に入ってしまう事もありました。特に高音に苦労していていた時は、声を鼻に入れた方が高音を出しやすいので、ついつい声を鼻に入れていたわけですが、その都度、キング先生からダメを出されて直されていたわけです。

 それを今回のレッスンでは、その事をすっかり忘れて、ついつい声を鼻に入れて、昔の鼻声がかった声と同じような気分で歌ってしまったわけです。しかしそれが正解だったので「あれれ?」という感じになり、ちょっと複雑な気分です。

 前の先生ではダメなのに、今の先生ではむしろグッド。そんな事は、先生が代われば良くある事とは聞きますが、そういう事が多すぎるのが声楽みたいです。

 とは言え、その責任を先生ばかりには押しつけられません。と言うのも、キング先生に習っていたころの私と、今の私では、色々とだいぶ違うわけです。違うから、同じことをやっても、結果が違う、そんな事だってあるわけです。

 キング先生に習っていた頃の私だと、声を鼻に入れてしまうと、確かに鼻声になっていました。だから先生にダメをもらっていたわけですが、今の私の場合、声を鼻に入れても、全然鼻声にはなりません。そこが違うんです。だから、この違いは、先生うんぬんの違いではなく、私自身の成長度合いの違いによる違いなんじゃないかなって思います。

 つまり、今の私なら、声を鼻に入れても、鼻声にはなりません。むしろ、鼻や副鼻腔などの鼻とその周辺の共鳴が活用できて、良い感じになるんです。もちろん、これはY先生の指導のおかげなんですけれどね。

 同じ場所に声を入れても、鼻声になったりならなかったりの違いはどこにあるのかと言うと…ノドの奥の開き具合で、その違いが生じます。その違いは、ほんのちょっとの違いなんです。

 ノドの奥が十分開いていて、息が鼻にもクチにも通じている状態で声を鼻に入れても、声は決して鼻声になりません。しかし、ノドの奥が狭くなっていて、息が鼻ばかりに通じている時に、声を鼻に入れてしまうと、しっかり鼻声になります。だから、声を鼻に入れたから鼻声になるわけではなく、たとえ声を鼻に入れても、しっかりクチの奥が開いていれば、鼻声にならなかったわけです。

 ノドの奥を開くという指導はされなかったキング先生に習っていた時の私は、鼻声を防止するために、声をあてる場所を鼻ではなく、鼻から遠ざけてノドからの発声にしていたわけです。もちろん、しっかりノドを鳴らすという、キング先生のやり方とも合致していたやり方だったわけですから、それはそれで良かったわけです。ただ、元々、声を鼻に入れる人だった私の場合、今から思えば、声の当てる場所を変えるのではなく、むしろ声をあてる場所は元々の鼻のままでも良くて、ただしクチの奥をきちんと開いて、鼻声ではない声で歌うように、指導されるべきだった…と思います。

 まあ、すべては“あとの祭り”って事です。キング先生のご指導で結果を出されている門下生もいますから、キング先生のやり方がダメとは思いませんが、私の場合は、あのやり方が合わなかったと言うか、あのやり方ではダメとされていたやり方から発展させていった方が、たぶん正解だったのです。

 それが分かっただけでも、先生を変えた意味はあったかなって思います。

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コメント

>練習をしなければ、悪い癖は抜けますが、せっかく身につけかかった良い行為は、スタートに戻ってしまう…って事です(涙)。

そういうことなんですね・・・。私も涙です。
フルート・・・・、アルテの一巻と管末のガリボルディを終えるのにほぼ六年かかりましたが、行きつ、戻りつ、また行きつ・・・、を繰り返してました。三歩くらい進んだかな、と思ったところで五歩ほど後退していた時期もあったことの理由が腑に落ちました。これだったんだ・・。せっかく覚えたよいことも、三日、一週間、サボった間に忘れてたんですね。

だりあさん

>アルテの一巻と管末のガリボルディを終えるのにほぼ六年かかりましたが、

 私はすでに五年半やってますが、まだ終えていません。六年で終われば、うれしいなあって感じです。かかる人はかかるんですよね(溜息)。

 人間は忘却の生き物ですからね。忘れちゃうんですよ。積み上げた努力という積み木も、さぼっているうちに、ガラガラと崩れちゃうんですよ。だから、崩れる前に次の積み木を積み上げないと上達しないんですね。

 とは言え、練習時間をひねり出すのか難しいんですよね(溜息)。

そうそう、喉くすぐったくまりますよ。
それもね、しばらくの間数回あるかなぁ?
わたしはそうでした。
そうそう、どんどん、どんどん声変わりますね。
中低音域が鳴り出さないと、高い声に色がつきません。
なので下が響きだしたのはいいいことだと思います。
頑張れ~♪
それしてもつくづくY先生すばらしい。

ミルテさん

 そうなんです、ノドがかゆいんです。かゆいのは不快なので、ついつい避けたくなりますが、そうですか、まだしばらく続くのですか…早くこの感覚になれないといけませんね。

>中低音域が鳴り出さないと、高い声に色がつきません。

 そうかもしれません。大切なのは、いかに中低音をしっかりと鳴らせるか…って事なんだろうと思います。Y先生に習い始めて、イヤというほど気づかされたのは、いかに自分の声が貧弱だったのかという事。いかに聞き苦しい声で歌っていたのかという事。今更気づくなんて遅いと言われそうですが、今まで“貧弱”とか“聞き苦しい”とかという自覚がなかったのですから、仕方ないです。

 自覚したからと言って、すぐには変わりませんが、自覚しなければ、いつまで経っても良くならないのですから、自分の欠点に気づけた事は良い事だと思います。なので、もちろん、高音を諦めたわけではありませんが、今はとにかく、美しい中低音を獲得したいと願っています(ほんとですよ)。

>それしてもつくづくY先生すばらしい。

 でしょ? 少なくとも、今の私のニーズにはぴったりの先生だと思ってます。今は、レッスンに行くたびに、自分の上達を感じています。やっぱり、上達していると感じられると、学ぶ事が楽しくなるんですよ。最近、ブログの記事が声楽寄りになっているなあと自覚してますが、それもこれも、今は声楽を学ぶのが楽しくて仕方ないからなんです(もちろん、フルートも楽しんで学んでますけれど…、今は声楽が楽しくて仕方ないんです)。

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