ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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2014年1月29日 (水)

禍福はあざなえる縄のごとし

 「禍福はあざなえる縄のごとし」とは、よく言ったものだと思います。

 人生長く生きていると、つらかった事もあれば、良かった事やうれしかった事もあります。

 例えば、昨年の話で言えば、妻の怪我がそうです。アキレス腱を断裂するなんて大怪我をし、未だに治っていません。怪我をしたのが10月ですから、もうなんだかんだと言って、三ヶ月以上も療養生活をしているわけですが、未だに怪我人状態のままです。おそらく、まだしばらくの間は装具をつけている事になるでしょうし、まともに歩けるようになるには、まだ数ヶ月の時間が必要となるでしょう。

 それでも、車椅子生活からは脱却し、松葉杖生活を経由して、今では装具生活になったわけです。車椅子生活と装具生活では雲泥の差があります。実に人間らしい生活を送れるようになりました。

 妻が足を怪我した事で、世間の怪我人を見つめる目であるとか、バリアフリー問題であるとか、そういう事を知ることができました。

 また、昨年から仕事が忙しくなり、趣味に時間を割く事ができなくなりました。趣味生活的には残念な事ですが、私の人生的には、良かった事なんだろうと思ってます。いい年したオッサンだからね。出世する事も必要なんだと思うし、社会に対して責任を負っていく事も、大人としての当然の在り方だものね。

 また私同様に、いやそれ以上に仕事に忙殺されるオジサンたちたちの趣味への気持ちも、よく分かるようになりました。私の場合、たまたま仕事がユルかった時期に音楽趣味を再開したわけで、仕事がユルくて時間があれば、趣味も楽しめますが、仕事がキツくて時間も体力も無い中での趣味は…ほんと、大変(汗)。だけど、人生にとって趣味ってヤツは、本当に必要なモンだなって思います。オジサンたちの趣味への情念のようなものが分かるようになっただけでも、私は一歩、大人の階段を昇ったわけです(笑)。

 趣味への情念が分かるようになった分、他人に優しくなれるんじゃないかな…な~んてね。

 趣味生活的には、ヴァイオリンを辞めてしまった事は、返す返すも残念でしたが、短期間でもヴァイオリンをマジメに学んでみて、歌やフルートだけでは分からなかった音楽の深さも感じられるようになりました。

 東日本大震災があって、福島の原発事故があって、当時のフルートの先生であった笛先生が被爆を恐れて、いきなり湘南地方から消えてしまったのは、すごいショックでした。あの頃、色々な事があって、ゴタゴタしている最中に、いきなりフルートのレッスンが無くなってしまって、正直「なんなんだよ~」と思ったものでした。

 ちょうどアルテが15課に入り、ガリボルディのミニヨン・エチュードに取りかかったところで、先生がいなくなったしまったわけです。

 あの頃は、日本全体がそうであったし、それに同調するかのように私個人も、大きな喪失感と先の見えない不安感を感じたものです。それに加えて、フルートの先生の失踪ですからね…いやあ、ショックでした。

 笛先生とお別れして、まもなく、今のフルートの先生であるH先生と出会う事ができました。たぶん、それで良かったのだと思います。笛先生はジャズフルートの人で、私にジャズでもクラシックでも通じる基礎基本と、音楽の楽しみを教えてくださいましたが、いよいよ教則本も難しくなり、私自身がクラシック志向な生徒ですからね。アルテ15課に入ったところで、ガチガチのクラシックのH先生に代わったのは、タイミング的に良かったのだと思います。

 その笛先生は、今は沖縄でジャズフルートのみならず、ジャズサックスの先生もしているそうです。うーむ、やっぱりフルーティストはサックスも吹けなきゃいけないんだな…。ちなみに、笛先生との関係は現在も良好でして、今でも普通に電子メールやリアルメールのやり取りをしていますし、こちらで演奏会をやることがあれば出かけております。

 そうそう、先生を代えたと言えば、声楽もそうです。

 以前習っていたキング先生のところでは、正直、レッスンに閉塞感を感じていました。レッスンは毎週あったし、月に1度の歌劇団の練習はあって、歌うチャンスは今よりもうんとあったし、それぞれに一生懸命取り組んでいたにも関わらず、正直、あの頃はちっとも自分が上達している感じがなく、先生の手のひらの上で、ただ遊んでいるだけって感じでした。

 いや、今思えば、個人レッスンに切り換えて1年ぐらいしたところで、私の上達は止まってしまい、後は、歌の力量は横ばい状態、無理な発声が祟って、ノドは壊れ始めていったところです。

 私は今でもそうですが、上昇志向といいますが上達志向が強い人間です。日々成長したい人ですし「昨日の自分に今日は勝つ!」と常に心に決めて生きている人間なんです。

 でもキング先生の元では「出来ない事は出来ないのだから、いいかげん、諦めよう」という気持ちになっていました。レッスンを受け続けても、全然上達を感じられないし、先生からも「すとんさんにはオペラアリアは無理。テノールも無理。これ以上、上達する事は無いです。歌を続けたいなら、バリトンになって、オペラアリアではなく、歌曲とか愛唱歌とかを、自分に無理のない範囲で歌っていればいいじゃないの?」って宣告されるし…。

 つまり、上達する事はあきらめて、現状の力量の中で遊んでいればいいじゃない? って事を言われたわけです。

 確かにあの門下の中には、そんなスタンスの人も大勢いるわけだし、若者ならともかく、こんな年になってまで、上を目指している自分って変なのかな? これって“年寄りの冷や水”って奴なのかな? …そんな事を考えるようになって、ここら辺が自分の限界で、これ以上は無理なのかもなあ…と半ば諦めてしまっていました。

 そんな中、先生と一悶着あって、門下から放りだされた形になって、一度は声楽を辞めました。

 あの頃は、捨てられた恨みと、行く先の見えなさで、グチグチしていた私だけれど、キング先生に捨てられたおかげで、今のY先生と出会えたわけだし、Y先生の元で、確実に私の歌も上達しているのだから、人生、何が幸いするか分かりません。

 今では、キング先生に(皮肉ではなく本音で)「あの時は、放り出してくれてありがとうございます」と言いたい気持ちです。…ですが、言いたい気持ちはありますが、言えません。まだ、門下を放り出された前後のトラウマが残っていて、彼の声を聞いたり、姿を見たりするだけで、呼吸が浅くなり、心臓が脈打つのが早くなってしまうんですよ。つまり、まだ感情とかカラダがキング先生を拒否しているんですね、なにしろ、ブログにはほとんど書かなかったけれど、ほんと、ひどい仕打ちを受けたもんなあ…。

 つらい経験や別れの経験は、その時はすごく心を傷つけるけれど、それがなければ、次の展開もないし、出会えない人もいるわけで、その新しい出会いが、新しい自分を作るキッカケになる事だって、しばしばあるわけだから、人生まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」とは、よく言ったものだと思います。

 昔の人の言葉は、ほんと、心にしみますね。

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コメント

はじめまして、ネコウサギと申します。
いつもすとん様の素敵な記事で楽しませて頂いております。
「禍福はあざなえる縄のごとし」…まさしくその通りだと思います。
私は今フルートを習っていますが、私の場合きっかけが東日本大震災でした。
フルートなんて贅沢だし、もっと年をとってからでも…とずっと思っていました。でもこれから先、何があってもおかしくない。何かやりたい事やらなきゃ!と、街の音楽教室に飛び込みました。
それから今日まで続けてきて、ようやく最初の簡単な教本が終わっていよいよアルテに入ることになりました。
これでようやくすとん様のお話についていけます(笑)
…と、思った矢先に今度は先生がご退職されてしまうそうで…。本当に何がどうなるかわかりませんね。

いきなり長々と書き込んでしまい申し訳ありませんでした。またお邪魔させていただきます。

ネコウサギさん、いらっしゃいませ。

 東日本大震災が人生の転機になったという人は、日本中に大勢います。あの災害は、日本中の人々に「明日がどうなるかなんて、誰も保障してくれない」という事を教えてくれたわけですから。

 それまでの私たち(特に私は)、今日と変わらない明日が、これからも永遠にやってくると思ってましたもの。それが実はただの妄想であって、ほんのちょっとした事で、この平和な日常って奴が簡単に壊れてしまうって事が分かったわけです。

 とりわけ被災した方々にとっては、本当に大変な事だったと思います。お見舞い申し上げます。

 直接被災したわけでない私ですが、それでもあれこれ人生は変わったし、人生の見方も変わりました。

>でもこれから先、何があってもおかしくない。何かやりたい事やらなきゃ

 そうですね、いつでも、今日という日を悔いなく暮らしていかなきゃダメですね。明日がどうなるかなんて、誰も保障してくれませんから。だから、仕事にも趣味にも、常に全力投球しないと…私の人生は私以外の誰のものでもないし、それもたった一度きりのやり直しのきかない人生ですからね。常に前向き、積極的に進みたいです。

>…と、思った矢先に今度は先生がご退職されてしまうそうで…。

 あちゃー、でも大丈夫ですよ。きっと、次の先生とのご縁が生まれますからね。ネコウサギさんがフルートを辞めない限り、フルートの神様はネコウサギさんの必要を満たしてくれますよ、ガンバ。

禍福あざなえる縄のごとし、ですが・・・。
私の考え方や感じ方が未熟者のせい、あるいは、脳の経年劣化のおかげだと思いますが、やっぱり、禍いだったことがのちの福につながったことや、その逆は、あったようななかったような・・もう因果関係すら忘れちゃっているのかもしれません。
たぶん、たまにはあったのでしょうね。家計簿も日記も、生活記録というものをつける習慣がまったくない(夏休みの日記が大の苦手でした・・)ので一ヶ月ほど以前のことは重要事項をのぞいてほとんど忘却の霧のかなたです。
公私ともにあまり大きな変化のない平凡な生活を送ってきたのだと思います。そんな中、二年ほど前の夫の病気入院と手術が一番ショックな未体験な禍福の禍、なできごとでした。病気は無事回復しまして、以来、無愛想で常に上から目線な(私に対してです)夫くんが、すこ~し私にやさしくなって反応も謙虚になったかな?。この変化は、私にとっては、福、としてもよいことですよね。
すとんさんの奥様、順調に回復されていらっしゃるようでよかったですね。

だりあさん

 私は人生における幸と不幸は足してゼロになると信じたい人です。もちろん、世の中、そんなに甘っちょろいわけないのかもしれませんし、不幸の連続の人だっているかもしれませんが、それでも私は幸と不幸の総量は同じって思っていきます。

 あるいは“転んでも、ただでは起き上がらない性分”なだけかもしれませんが(笑)。

>すとんさんの奥様、順調に回復されていらっしゃるようでよかったですね。

 はい、ありがとうございます。現在のところ、怪我は無事に回復をし、今ではさほどの不自由なく、あちこち歩き回っています。ところが、今よりもっと回復すると、いよいよ装具をハズす事になりますが、そうなると、また『ほとんど歩けない』生活に逆戻りとなります。そこからリハビリをして、普通に歩けるようにするんだそうです。いつになったら健常に戻れるのでしょうか? 先はまだまだ遠いようです。

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