ひとこと

  •  ああ、腰が痛い…。またまた、ぎっくり腰をやっちまいました。今回の原因は不明。先日、何となく腰が痛いなあ…と思って、整体に行ったら「ぎっくりですね」と言われちゃいました。ぎっくりと言われる前は何となく痛かった程度だったのに、ぎっくりと言われた途端にめっちゃ腰が痛くなりました。…言霊って、すごいなあ。
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2013年12月の記事

2013年12月31日 (火)

今年もお世話になりました[2013年を振り返って]

 大晦日です。無事に2013年を終えられそうです、皆さん、ありがとう。感謝です。

 今年の年始年末は、妻の足の調子が悪いので、割とおとなしくしています。超有名少年少女合唱団のクリスマスコンサートにも行かなかったし、第九を見送り、メサイアもパスしました。コンサートは楽しいのだけれど、なかなかバリアフリーってわけには行かないし、正直、車椅子を押すのにも飽きた(不謹慎でごめん)し、そんなわけで、家で溜まったビデオを見ている事の多い年の瀬を迎えております。

 まあ、そんな生活も、むしろお金がかからなくていいかなって思ってます。それでも映画は行ったし(映画館はバリアフリーのところが多いし、コンサートほど人出も多くないしね)、絵を見にも行った(絵はゆっくり移動しても逃げないからね)。後、年が明けたらバス旅行に行こうかなって思ってます。バス旅行なら移動の面倒がないでしょ?

 今年も、例年通り、私のこの1年を総括してみました。ちなみに昨年の総括記事は、こちらです。

1)妻のアキレス腱が切れました

 今年はなんと言っても、これがナンバーワンですね。私が直接怪我をしたわけではありませんが、やはり心配は心配だし、生活には支障が出るし、散々と言えば散々でした。

 でも、普段は体験できない事も体験できました。

 世間のバリアフリー設備について考えるようになりました。階段は天敵ですが、スロープは友人、エレベーターは味方です。またトイレも身障者用トイレ(最近では“みんなのトイレ”とも呼ぶらしいです)の有無についても考えるようになりました。

 JRはバリアフリーに関しては、かなり良い状況にあると思います。私鉄も割と頑張っていると思います。映画館もいい線いっていますが、コンサートホールとなると、古いところはかなり厳しいですね。レストランは、ファミレス系はまあまあですが、オシャレなお店はかなり厳しいです。普段の買い物だと、狭い店内にぎっちり商品を詰め込んでいるような店はアウトです。

 「昔なら御用聞きって人がいて…」と残念がっていたら、今の時代はネットスーパーというものがあって、ちょっとした買い物なら、注文して数時間後に最寄りのスーパーから品物を宅配してくれるサービスがあるんですね。これは便利です。数日後でもかまわなければ、普通にネットの通販を利用すれば問題ないしね。

 世の中、案外、なるようになるものですね。

2)歌が上達していることを実感しています

 8月の発表会、10月のクラシックコンサートを通して、私は自分の歌が上達している事を実感しています。まあ、こちらのブログでは、結構叩かれましたが、今となっては別に気にしていません。そりゃあまあ、どこに合格ラインを置くかで評価ってのは変わるわけだけれど「昨日の自分に今日は勝つ」というのが私の基本姿勢なので、そういう点では、あれだけ叩かれた私の音源だって、キング先生時代の音源と比べれば、どれだけマシな事か!「よくぞ、ここまで歌えるようになった…」と思っているくらいです。

 まあ、まだそれでも、世間的な評価では、まだまだだと言うことは知ってます。

 ちなみに私がアップしている音源は、取って出しの、ノーミックスの音源です。エコーすらかけてません。本当に生の録音データから、ただ単に切り出しただけのものです。

 教えていただいたのですが、昨今の音源ってのは、音程とかリズムとかに乱れがあったら、それらを修正してアップするのが、もはや当たり前なんだそうですね。だいたい、音程修正程度なら、市販のDAWソフトの標準プラグインで対応できるそうで…時代は進んでいるんです。道理で、最近のアイドル歌手たちが、昔の方々よりもお歌が上手になられたはずだし、ニコ動等の歌い手の皆さんが、頂点から底辺(失礼)まで揃いも揃って天才歌手揃いなのも納得です。

 しかし、あまり音程やらリズムやら直してしまうと、人間の歌声なのに、まるでボカロのような歌声に聞こえてしまうのは、なぜなのかしら?

 それはともかく、音程とかリズムとかを無修正のままアップしている私の音源など、ある人たちに言わせれば「信じられない~!」のだそうです。まあ、それが世間の常識ならば、私の音源なんて常識はずれもいいところで、そりゃあ文句の一つや二つあるでしょう。

 でもね、私は音源の完成度を上げるよりも、私自身の完成度を上げて行きたいと思っているんです。それにだいたい、ニコ動の歌い手の方々とは、歌のジャンルが違うわけだしね。ま、歌に関しては、時間をかけて、ゆっくりと上達していきたいと思ってます。だから、まだまだ当分の間、音程もリズムもズレッぱなしの音源をアップしていきますが、そういう事なので、皆さんも長い目でみてやってください(って、厚かましいね:笑)。

 でもね、ほんと、歌は上達しているんですよ。

 録音データーでは、なかなか分かりづらいでしょうし、音程とかリズムとかは、確かにマダマダだけれど、元々持っている声量に加え、最近の私は、声に深みが出るようになりました。これって大切な事でしょ? それに音程だって、以前よりは多少はマシになったでしょ? それに音域も広がっているし、何と言っても、結構楽に歌っているんです。以前は、歌うたびにノドも頭も激痛が走ってましたが、今は全くそういう事はありません。歌うことが楽しくてしょうがないんですよ。

 来年は、さらにさらに上達していきますよ。

3)また、新しいピアニストさんを見つけた

 昨年、ピアニストさんを見つけたと書きましたが、その方は、今は外国に行っちゃって日本にいません、残念です。そこで色々と手を尽くしたところ、また別のピアニストさんを見つけました。で、その方と10月のクラシックコンサートに臨んだわけです。

 元々のピアニストさんも、やがて帰国するでしょうし、伴奏を頼めるピアニストさんが二人もいるってのは、なんかうれしいですね。

4)アルテはこれだけ進んだ

 今年のアルテは、15課6章のAs-durから始め、15課10章のCis-durまで進みました。1年かけて、たったの8ページです。でも昨年は6ページしか進みませんでしたから、そういう意味では、今年は上出来です。とにかく、アルテ1巻は最終章に入ったわけだしね。残りは4ぺージ。しかし、この4ページが遠いのですよ(涙)。まあ、なんとかして今年中にアルテの1巻を終わらせたいです。

 ミニヨン・エチュードは18番から始めて、最後まで到達して、ミニヨン終了です。さっそくプチ・エチュードに移って、ただ今、2番と戦っている真っ最中なわけです。こちらのエチュードはさすがに来年中に終わるというのは…無理かな?

 とにかく、亀の歩みですが、フルートも順調に前進しております。

 問題は、エチュードは進んでも、実力の方はいかが?ってところでしょうか?

 その点に関しては、はなはだ心もとない気分です。なにしろ、フルートに関しては、実力を試す機会がほとんどないからなあ…、今の自分の実力はどれくらいなのか、わかんないんですよ。でも、アルテ1巻ってのは、早い人で1年かからずに終了するものらしいですからね。そいつにまだまだかかっているって事は、私のフルートの腕前は、相当にダメダメなんでしょうね。それはちょっと残念です。

 これだけ頑張っても、人前で吹けるレパートリーが今だ無い私です。ああ、そこも残念なところだな。

5)ヴァイオリンは辞めてしまいました

 ヴァイオリンに関しては、今年の2月に挫折宣言をしました。なので、もう、ヴァイオリンでエチュードを弾く事はありません。

 それでもまだ、ヴァイオリン自体は部屋に出しっぱなしなので、たまに担いでは、チョロチョロと遊び弾きをしています。声楽の曲のメロディをヴァイオリンで弾いて、譜読みをしていたりします。譜読みに使う楽器としては、キーボードが一番良いのですが、音程が微妙なところはヴァイオリンの方が分かりやすいですね。特に、音程を広めに取った方が良いか、狭めにとった方が良いかは、ヴァイオリンで弾いてみると一発で分かります。そんなふうにヴァイオリンを活用しています。

6)社交ダンスは残念なことになってます

 社交ダンスは、記事の方が3月で終わっています。つまり、それ以降、まるっきし踊っていないって事なわけです。

 確かに、4月以降の私は破格に忙しくなったし、なかなかダンスどころの騒ぎではなくなってしまいました。私とダンスが出来なくなって時間をもてあました妻は、バレーボールに夢中になって…アキレス腱切ってしまいました。

 なんかストレスフルな上に運動不足な私です。

 で、社交ダンスは諦めたわけじゃないけれど、踊るタイミングが見つけられません。とにかく、休日はひたすら休養を取るのに忙しいのです。でも、体重の事を考えると、やはり少しでもダンスを踊った方がいいのかなあと思うので、妻の足が治り次第、また社交ダンスを再開したいです。

 少し前まで火曜日の「ヒルナンデス」で社交ダンスのコーナーがあったでしょ? あれを毎週見ていました。なんか、また踊りたいという気持ちがムクムクと盛り上がってきました。

 しかし妻の足が完治するのは、おそらく来年の春以降だろうから、それまでこのモチベーションを維持することができるかな?

7)金魚たちの入れ代わり

 今年のお正月のメンバーは、サクラ、ハナジロ、ナゴン、キキョウでした。

 サクラは、今年も相変わらず元気ですよ。サクラは2010年の初夏に我が家に来ていますから、明日で4回目のお正月です。結構な古株になってますね。

 ハナジロは今年の7月に星になり、代わりになってきたのがホノカです。無論、ホノカは我が家での始めてのお正月を迎えるのです。

 ナゴンは、去年(2012年)の9月に我が家に来てますから、明日で2度目のお正月になりますが、どうやら転覆したまま越年しちゃいそうです。

 キキョウは、ナゴンの少しあと、2012年11月に我が家に来てますから、ナゴン同様に2度目のお正月を迎えるわけですが、こちらは元気マンマンで越年です。

 金魚界は以上ですが、緋ドジョウの方は、8月にシッポナが、10月にガリが星になり、残りはチビ(2007年以前からいます)とラズ(2012年7月)の2尾だけとなりました。年頭には4尾いた緋ドジョウが、今や2尾です。寂しくなりました。

 エビの方はずっとヤマトヌマエビが1尾です。この子は、いつから我が家の水槽にいるのでしょうか? エビは個体識別がつかないので、はっきりしないのですが、一番最近にヤマトヌマエビを水槽に導入したのが、2010年の夏ですから、今いる子は、この時の子か、あるいはもっと以前からいた子なのか…。つまりサクラと同期か、あるいはもっと古株の子って事になります。

 貝類は、タニシは…分かりませんねえ。まあほとんどが、今年の子ですが、昨年我が家に来た子もいれば、一昨年の生き残りもいるでしょうからね。ただ、同じ貝類でもイシマキガイたちは、このブログを始めて以降は導入していませんから、今いる子たちはこのブログ以前から我が家の水槽にいる子って事になります。緋ドジョウのチビと同じか、もっと以前から我が家の水槽にいるわけです。

 今年の金魚は、ハナジロ -> ホノカと変わっただけで、あとは昨年からの引き続きです。メンバーの入れ代わりが少なかったと言うのは、なんかうれしいです。これからも、なるべくメンバーを変えずにいきたいものです。

8)ダイエットのまとめ

 ダイエットは、最後にブログに載せたデータがこれです。

体重:108.6kg[-1.0kg:-3.6kg]
体脂肪率:31.1%[+0.2%:+0.1%]
BMI:34.3[-0.3:-1.1]
体脂肪質量:33.8kg[-1.1kg:-2.0kg]
腹囲:106.0cm[-2.0cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 結局、1年色々とあったものの、昨年の年末と比べると、若干巨大化しているものの、大きく変わってません。そういう意味では安定していました。これからお正月を迎え、きっとまた4Kg程度増えるんだ…なにしろ、お餅を始め、美味しいものばかり食べて、ゴロゴロ過ごすわけだからね。

 しっかし、毎年言っていると思うけれど、なんとか体重を100Kgにしたいものです、それも健康を維持したまま…ね。

9)様々なマシントラブルに遭いました

 一番の痛手は、真夏の暑い時期に書斎のエアコンが壊れた事。「冷房が無いのは、空気が無いのも一緒」といつも私は言ってましたが、ほんと、真夏の暑い時期に冷房が無いのは、空気がないのと同様、健康が危機に瀕するほどの出来事でした。

 Windows8に乗り換えたのも、ある意味、マシントラブルの一種かもしれません。とにかく、愛するWindowsXPが使用できなくなるのでは、Windows8に切り換えるのも仕方ないです。でもね、本音で言えば、私はあと20年くらい、WindowsXPのままでもよかったんですよ。だって、不自由していなかったもの。それどころか、Windows8にしてからの方が、色々と困ってます。だって、Windows8って、あんまり使いやすくないんだもの。

 それと、これはWindows8とは直接は関係ないかもしれないけれど、Windows8にして、しばらくしてから、パソコンのハードディスクの調子が一時的に悪くなりました。システムの入っている方はなんとかリカバリーできたけれど、データの入っている方が吹っ飛んでしまいました。まあ、吹っ飛んだとは言え、そこにあったデータは、今となってはほとんど使用しない“想い出深いファイル”ばかりだったから、実害はさほどないと言えばないのですが…ちょっぴりセンチメンタルな気分になった事は事実です。

10)今年も幸せな私でした

 2012年の私は、年の始めに、プロフィールの1行紹介で、以下のように書いてます。

 2013年の私は「平穏無事が一番」をモットーにしたいかなあ…って思います。いやあ、2012年は、色々ありすぎました。声楽の先生が代わったし、吹奏楽部の顧問なんて始めちゃったし、仕事の上でも新しいプロジェクトを二つも立ち上げちゃったし…。だから、年末は過労で倒れるんだい! 『私が倒れても、私の代わりはいくらでもいる』のは事実だけど、それは仕事や趣味の世界の話であって、私の家族にとっては、私の代わりはいないわけだから、妻や息子のためにも、もう少し我が身と我が心を大切にしたいかな…なんて思いました。新しい一歩を踏み出すよりも、今あるものを大切にし磨き育てる。そんな一年にしたいと思います。

 こんな文章を書いたにも関わらず、4月になると、仕事の方の状況が色々と変わり、吹奏楽部の顧問を辞め、自分が立ち上げたプロジェクトも次の人に引き渡し、私自身は自分が動くのではなく、物事を決定して人を動かす立場に変わりました。

 平穏無事どころか、忙しさで我を見失いそうな日々を過ごしてしまいました。その分、趣味もパワーダウンせざるをえませんでした。

 とにかく、今は「健康第一」です。マジメな話、私が倒れると、職場はストップしてしまいかねない状況になってます。私が健康でいる事は、今や私の仕事の一部とまで言えるでしょう。「健康第一、家内安全、無病息災」です。

 妻はアキレス腱を切るという大怪我をしましたが、命に別状はありませんでしたし、アキレス腱の方も少しずつ回復しています。息子君はただ今受験生です。まあ、過分な期待はしていないつもりです。彼の能力にふさわしい学校に進学できれば良いのではないかと思ってます。

 まあ、忙しすぎて、あまり楽しめなかった1年でしたが、それでも妻とは仲良く暮らしていますし、忙しい忙しいと言ってますが、それでもまだ仕事に殺されていません(笑)。

 総論で言えば、結局今年もやっぱり幸せだった…のではないでしょうか?

 なにしろ、この厳しい世の中で、明日のオマンマの心配をせずに毎日を暮らせたのですから、本当に恵まれていた私だと思います。

 あえて言えば、昨年のこの時期は、まだ裸眼でパソコンに向かっていたと思います。今は老眼鏡をかけないと、パソコンの画面がよく見えません。かなり大きなフォントを使って、画面とは約50cmほど離れているのですが、もはや50cmの距離では近すぎてピントが合わなくなっているのです。

 老化現象は不幸ではなく、不便と考えてます。まあ、これからは日々、色々と不便になってくるんだろうなあって思ってます。

 それはさておき、今年も一年間、老犬ブログをごひいきくださり、誠にありがとうございました。また、来年もよろしくお願いします。 

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2013年12月30日 (月)

今年[2013年]聞いたCD&DVD

 昨年もアップした「今年聞いたCD&DVD」を今年もアップしちゃいます。

 ここ数年、毎年のように「今年こそCDを買うのはセーブしよう」と思うものの、なかなか実行できなかった私ですが、ついに今年は購入枚数を減らす事に成功しました!

 なんと今年は、たったの41枚! 少ないでしょ!(笑)

 昨年が85枚、その前の年が70枚、その前がなんと120枚ですから…結構頑張って減らしたよ。なにしろ、CDの購入枚数を減らさないと、私、CDに埋もれて生活する事になってしまうし、そんな事になったら、人間として失格ですからね。頑張って減らしてみました。

 と言うわけで、今年も例年の形式に準じて購入したCDの記録をアップさせていただきます。ちなみに、昨年の記事はこちらです。

 では行きますよ。

【ポピュラー系】

01)ウイングス・オーヴァー・アメリカ(2枚組)
02)ポール・マッカートニー「NEW」
03)ビートルズ「オン・エア~ライブ・アット・ザ・BBC vol.2」(2枚組)

 なんと、今年はポピュラー系のCDは、ウイングスとポール・マッカートニーとビートルズだけ…って、全部、ポール・マッカートニーからみのCDじゃないっすか! いやあ、自分でもビックリしました。もうちょっと、他のアーチストも購入しているかなって思ってましたが、こんなモンなんですね。

 マドンナのボックスセットも、ビーチボーイズの新盤も昨年の話だったんだなあ。なんと、月日の経つのが早いことか!

【フルート系】

04)海老彰子・小泉浩「大江光の音楽」
05)ジェスロ・タル「アクアラング」
06)ジェスロ・タル「パッション・プレイ」
07)ジェスロ・タル「天井桟敷の吟遊詩人」
08)ジェスロ・タル「ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイト若すぎる」
09)ジェスロ・タル「神秘の森」

 フルート系のCDもこんな感じです。ジェスロ・タルは初期のアルバムセットを購入しました。なんだかんだ言っても、ジェスロ・タルと言うか、イアン・アンダーソンというフルーティストが大好きな私でした。

 で、フルート系はこれだけで、今年はヴァイオリン系もなければ、交響楽のような純粋クラシック系もありません。実は、今年買った残りのCDは……実はすべて声楽関係のCDなんです。いやあ、今年の私は声楽に燃えていたみたいです。それがよく分かる買い物リストだったりします。

【ミュージカル系】

10)メアリー・ポピンズ(オリジナル・サウンド・トラック)
11)マイ・フェア・レディ〈オリジナル・ブロードウェイ・キャスト 1956〉
12)レ・ミゼラブル 10周年記念コンサート
13)エニシング・ゴーズ(ニュー・ブロードウェイ・キャスト 2011)
14)エヴィータ(2006年 ロンドン・キャスト・レコーディング)

 まずはミュージカルですね。私はミュージカルを20世紀版のオペラだと思っています。つまり、19世紀に花開いたオペラが、20世紀初頭にオペレッタへと変容し、それがアメリカに渡ってミュージカルになった…という理解をしています。もちろん、ミュージカルとオペラでは全然違う音楽劇作品ですが、すぐれたミュージカル作品の中には、オペラ的なモノを色濃く残しているものもあるし、現代のオペラ歌手がレパートリーとして歌う作品だってあるわけですからね。

 実際、「レ・ミゼラブル」や「エヴィータ」「マイ・フェア・レディ」はぜひ歌ってみたいソングのあるミュージカルだし、改めてCDこそは購入しなかったけれど、「ウエスト・サイド・ストーリー」とか「ジーザス・クライスト・スーパースター」なども、ぜひ歌ってみたくて、楽譜を買い揃えてあったりします(笑)。

【楽譜系】

15)フェイヴァリット・フレンチ・アート・ソングズ ハイ・ヴォイス
16)フェイヴァリット・フレンチ・アート・ソングズ ハイ・ヴォイス ヴォリューム217)カントロペラ「トスティ・セレブリ・ロマンツェ ヴォリューム1」
18)カントロペラ「トスティ・セレブリ・ロマンツェ ヴォリューム2」
19)フランツ・シューベルト・フィフティーン・セレクテッド・ソングス ハイ・ヴォイス(2枚組)
20)28 イタリアン・ソングズ・アンド・アリアズ ハイ・ヴォイス(2枚組)

 この【楽譜系】と言うのは何かと言うと、楽譜付属のCDの事です。主役はそれぞれ15)と16)はフランス歌曲集、17)と18)がトスティの歌曲集、19)はシューベルトの歌曲集、20)はイタリア古典歌曲集に付属していたCDです。楽譜の付属のCDって何?って思われますが、簡単に言っちゃうと、カラオケCDです。カラオケだけでなく、ネイティブによる歌詞の朗読も入っていたりするし、トスティの奴は歌手(ステファン・セッコ)のお手本歌唱まで入っています。

 もちろん、中声用も販売されていますが、私は高声用を購入しています…ってか、あちらのカラオケ付き楽譜って、日本と違って、声種ごとにそれぞれ発売されているんですよ。なので、私は高声用を購入しているわけです。MIDIによる自作カラオケは細かい調整が出来て悪くないけれど、出来合いのピアノやオーケストラのカラオケで歌うのも、製作するのが楽だし、何と言っても気持ちいいものだからね。

 まあ、これらの洋モノカラオケ付き楽譜については、いずれ記事にしようと思ってます。

【歌曲系】

20)チェチリア・バルトリ「イタリア古典歌曲集」
21)スミ・ジョー「カロ・ミオ・ベン~イタリア古典歌曲集」
22)望月哲也「アマリッリ~イタリア古典歌曲集~」
23)ラモン・ヴァルガス「愛の喜びは~17-18世紀イタリアの旧い歌~」
24)錦織健「すみれ」
25)錦織健「songo/夢」
26)錦織健「テノール・リサイタル・ライブ」
27)川本愛子「チマーラ歌曲集」
28)豊田喜代美「木下牧子浪漫歌曲集」
29)藤牧正充「A te o cara~いとしい人よ、あなたに愛を~」
30)中島康晴「PRIMO!」

 私は元々、オペラ大好き人間なので、クラシカルな歌と言っても、歌曲が弱点だったりします。なので、昨年あたりから少しずつ歌曲にも親しもうと思うようになって、こうやって、色々と聞くようにしています。まあ、やはりイタリア古典歌曲が好きなので、どうしてもその手のモノが増えてしまいますが、よく見ると、そればかりでもないんですよ。

 邦人作曲家では木下牧子に注目している私です。私は彼女の作った「ロマンチストの豚」という曲が歌いたくて歌いたくて仕方ないんですよ。ほんと、キュートな曲なんです。

【オペラ系】

31)フランコ・コレッリ「パワー&ビューティー」(10枚組)
32)ベニャーミーノ・ジーリ「アイコン」(7枚組)
33)ニコライ・ゲッダ「パーフェクト・ヴォーカル・アート」(10枚組)
34)プラシド・ドミンゴ「ベスト・ドミンゴ 100」(6枚組)
35)ベスト・テナー・ヴォイセズ 100(6枚組)

 ここはボックスものばかりなので、枚数的にはどど~んとあります。なにしろ、ここだけもディスク枚数は、33枚ありますからね。でも、購入枚数的には、1つのボックスセットで1枚とカウントしているのですから、今年の購入枚数は41枚となってますが、バラで数えると、案外、たくさんあったりします(笑)。

 ちなみに、これらのオペラ系のCDボックスは、楽しみと言うよりも、ほぼ勉強のために購入しています。理想的なテノールの声って奴をカラダに染み込ませるために購入して、日夜聞き入っているものばかりです。

【クラシカル・クロスオーバー系】

36)アルフィー・ボー「ブリング・ヒム・ホーム」
37)ジャッキー・エヴェンコ「ドリーム・ウィズ・ミー」
38)イル・ディーヴォ「ミュージカル・アフェア」
39)イル・ディーヴォ「ライブ・イン・バルセロナ 2009」(DVD付き2枚組)
40)イル・ディーヴォ「ウィッキッド・ゲーム」
41)イル・デーヴ「デヴュー」

 クラシカル・クスロオーバーってのは、オペラアリアに対して歌曲というものがあるなら、ミュージカルソングに対して、これらの曲があると思ってくださって結構です。ザックリ言っちゃえば、ポピュラーソングでしかないのですが、それでも並のポピュラーソングとは一味も二味も違うわけです。もしかすると、今、私が一番好きなジャンルかもしれません。

 では、最後はDVDのリストです。

【DVD】

01)女子十二楽坊「奇跡/女子十二楽坊コンサート 完全版」
02)ウィングス「ロック・ショー」
03)グリー:ザ・コンサート・ムービー
04)映画「レ・ミゼラブル」
05)映画「ウィズ」
06)シコフ主演「オッフェンバック作曲:歌劇『ホフマン物語』」
07)ターフェル主演「ヴェルディ作曲:歌劇『ファルスタッフ』」
08)ドミンゴ主演「ポンキエリ作曲:歌劇『ラ・ジョコンダ』」
09)コロ主演「ワーグナー作曲:楽劇『トリスタンとイゾルデ』」
10)ドラヴォヴィッツ主演「チャイコフスキー作曲:歌劇『エフゲニー・オネーギン』」11)エリザベート:テアター・アン・デア・ウィーン公演[ライブ収録]
12)オズモンド主演「ロイドウェーバー作曲:ミュージカル『ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』」
13)宮本亜門演出「バーンスタイン作曲:歌劇『キャンディード』」

 01)は懐かしい女子十二楽坊のライブです。なぜか思い立ってポチしちゃいました。私は彼女たちのライブに行って、彼女らに握手してもらった事があるんですよ(ちょっと自慢)。

 06)~10)まではオペラのDVDです。これらは主にライブ・ビューイング等を見に行く前に妻との予習のために購入したものです。私はこれらの曲を知ってますが、妻はよく知らなかったりするので購入しました(もちろん、私も新しいDVDが欲しかったからという理由もあります:笑)。今の時代、オペラを予習するなら、CDではなく、DVDで予習かなって思ってます、…ってか、オペラのCDって、古い録音ばかりで新しい上演はDVDやBlu-rayでは発売されても、CDでは販売されなかったりするんですよ。時代は変わりました。私なんて、対訳本読みながら一生懸命CDで勉強したのに…。ま、私も正直、音でしか知らなかったオペラもあるので、DVDで改めて見ると、なかなか勉強になります。

 11)~13)はミュージカルのDVDです。実はオペラよりもミュージカルの方がDVDを入手しづらいって知ってましたか? ほんと、ミュージカルって、かなり有名な作品でもDVD化されていなかったり、されていても限定販売だったりして、なかなか入手困難なんですよ。

 さあ、来年の私は、どれくらいCDやDVDを購入するのだろうか? 部屋に入りきらないので、なるべく少なくしたいのですが、どこまで物欲を抑えられるか…自分でも分かりません(笑)。

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2013年12月29日 (日)

今年[2013年]見た映画

 ここ数年アップし続けている“今年見た映画”を今年もアップします。「つまらない映画ばかり見ているなあ…」と毒づいてくださって結構ですよ。私はこういう映画が好きなんです。ま、これも私にとっては、大切な一年間の記録って事で(笑)。

 昨年の記事はこちらです。昨年と比較したい方はどうぞ(爆)。念のために書いておきますと、ここに書かれた映画は、私が直接映画館まで出向いて見た映画です。DVDやテレビ放送で見た映画は含まれていません。DVDで購入して見たものは、また後日記事にしますが、レンタルDVDとかテレビ放送で見た映画は記録に残していません。なんか、そういうのって残念ですね。来年からは、レンタルDVDとかテレビで視聴した映画も記録に残してみようかなって思ってます。え? そこまではいらないって? まあ、そうかも(笑)。

 ちなみに去年は31本の映画を見ましたが、今年は30本です。たったの30本ですよ。う~む、去年の私に負けた今年の私でした(笑)。それにしても、我ながら、たくさんの映画を見に行っているんだなあ…。ちなみに、これ、全部、妻と二人で見てます。なので、リストの終わりの方の数本は、妻の車椅子を押しながら見に行ったものです。まあ、映画は車椅子でも楽しめる、お手軽な娯楽って事ですね。

01)劇場版「青の祓魔師(エクソシスト)」

 今年の最初の映画はいきなりアニメ映画だったとは(驚)。

 映画自体はテレビ放送本編とは特に関係のない外伝的な物語で、このアニメのキャラが好きな方ならお薦めです…程度の映画です。面白かったですが、なぜ、このアニメ映画を見に行ったのか…その理由が思い出せません(笑)。

02)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「仮面舞踏会」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

03)ダイハード/ラスト・デイ

 ブルース・ウィルス主演のダイハードシリーズの最新作でしたが、なんか今までのダイハードとは、ちょっとばかり雰囲気が違ってました。主役(ジョン・マクラーレン)が年を取り、息子と共闘するというのは良いのですが、なんかなあ…絶体絶命感が違うんだよなあ。孤独な戦いとか、チームを組んでいても、相方が頼りないとか、不安だとか、裏切るかもしれないって感じならともかく、実力も十分ある信頼できる息子が相方となると、見ていてどこか安心しちゃうんですよ。ハラハラドキドキ感がなくなると言うか、やっぱり信頼できるバディがいるだけで、安心でしょ?

 息子とタッグを組むんじゃなくて、娘(マクラーレン刑事には娘もいたはずです)とタッグを組んで、お互い足を引っ張ったり、グチをこぼしたりしながらの方が、見ていてワクワクします。息子とタッグだと…単なる最強のツーマンセルでしょ?

 ダイハードって、絶体絶命な局面をなんとかしていく楽しさがあるわけで、息子のタッグで、そういう楽しみがなくなって、何と言うか、別の映画を見ているような気がしたわけですよ。

 まあ、それでもアクション映画としては、まあまあ面白かったと思います。

04)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「リゴレット」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

05)クラウド・アトラス

 時代も場所も主人公もストーリーも全く異なる6つの物語が時間軸を無視して断片的に散りばめられて作られている、全くカオスな映画です。それぞれの物語に登場する俳優は、ほぼ共通しているのですが、それぞれの物語で演じる役には共通性が無く、はっきり言って、映画通のための映画だと思いました。面白いか面白くないかで言えば、私はかなり楽しめましたが、その面白さを他人に伝えるのが難しい映画だし、たぶんテレビで放送されると、多くの人を混乱に陥れかねない、癖のある映画です。まあ、他人にはお薦めしづらい映画であることには間違いないわな。

 ちなみに、ジャンルはSF映画…でしょうね。

06)ドラゴンボールZ 神と神

 アニメ映画で~す(笑)。以前、ハリウッドでドラゴンボールが実写化されて、散々な酷評だったわけだけれど、このアニメはおそらく、あのハリウッド版実写映画に対するアンチテーゼであり、日本チームによる「ドラゴンボールという物語は、こういう物語なんだよ」という模範解答なんじゃないでしょうか?

 おそらくまた数年すると、ハリウッドでドラゴンボールの再映画化の話が持ち上がるかもしれませんが、その時には、この映画を見習って、ドラゴンボールというお話の本質を見失わないでほしいなあと思います。

 ちなみに、この映画そのものは、実に良くできた娯楽作品です。誰が見ても楽しめるんじゃないかな? 実に良質なアニメ映画だと思います。次回作を待ち望む私でもあります。

07)シュガーラッシュ

 ディズニーアニメですが、なんか懐かしい感じのするアニメです。ゲームの世界を舞台としたアニメなんだけれど、どうもここに出てくるゲームたちの大半は日本製ゲームのパロディのようなので、既視感にあふれた映画に仕上がっているんだと思います。ちなみに、主役のラルフは、どうみても、ドンキーコングのゴリラだし、フェリックスはマリオじゃん(笑)。

 映画としては、ちゃんとしたカートゥーンです。つまり、よく出来た子ども向けアニメってわけね。実際、幼い子どもと見ると楽しめるんじゃないかな?

08)舟を編む

 辞書編纂がテーマの邦画です。辞書好きな私にはグイグイ来る映画でした。何だかんだと色々な賞を受賞している映画です。落ち着いた感じの良い邦画という印象の作品です。原作小説がなかなか良いとの評判ですが…老眼な老人の私にとっては、読書はつらい作業なので原作小説を読むのはパスさせていただいております。

09)カルテット! 人生のオペラハウス

 音楽映画かと期待して見に行ったら、老人映画でした。ま、老人ホームの存亡を元音楽家たちが救おうとする映画(すごく単純化して書きました)ですからね。でも、あっちこっちに音楽の断片はちりばめられていましたよん。私は音楽映画だと思って期待して見に行ったので、ちょっと肩すかしをくらった感じがしましたが、最初から老人映画だと思ってみれば、これはこれでアリかなって感じです。

10)アイアンマン3 3D

 言わずと知れたアイアンマンの第3作です。ここから次のアヴェンジャーズ2までのストーリーが始まります。とにかく、自律型コンピューターを組み込んだ、大量のアイアンマンが活躍します。実にヒーローがインフレな映画です。ヒーロー映画なんだけれど、どこかオバカ映画の雰囲気もあって、私は大好きですよ。

 しかし、アーマーと自宅兼研究所を失って、胸に組み込んでいたリアクターもハズしちゃったトニーは、二度とアイアンマンになれない訳だけれど、そんな彼がどうやってアベンジャーズにからんでくるのか、それは楽しみですな。

11)仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z

 仮面ライダー映画です。もちろん、この後も仮面ライダー映画は製作されていきますが、最寄りの映画館で上映された仮面ライダー映画としては、これが最後となりました。これ以降の仮面ライダー映画が最寄りの映画館で上映されないのはなぜ?

 まあ、仮面ライダー映画は、電王の頃は積極的に見に行ってたけれど、最近のモノは惰性で見ていたフシもあったので、最寄りの映画館でやってくれなきゃ見に行かないだけの話です。

 ちなみに、私は宇宙刑事シリーズは全くの未見なので、この映画に関しては、なんともな感じでした。

12)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「ジュリアス・シーザー」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

13)パリオペラ座ライブビューイング「ホフマン物語」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

14)パリオペラ座ライブビューイング「ファルスタッフ」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

15)終戦のエンペラー

 実に日本的なハリウッド映画でした。本来、こういうテーマの作品は日本人の手で作られるべき映画だと思うけれど、それってやっぱり無理なんだろうなあ。映画のテーマはずばり“天皇陛下の戦争責任”。ハリウッド映画だけに、食い足りなさも感じないわけではないけれど、日本人の手でこの手の映画が作れない以上、これもやむなしなんだと思いました。

16)パシフィック・リム 3D

 ハリウッドが作った怪獣映画です(笑)。怪獣映画としては、なかなかよく出来ていると思います。ハリウッドもようやく怪獣文化を理解しつつあるのかなって感じです。とにかく、1998年製作のハリウッドの『ゴジラ』はひどかった。あれから15年。ようやくハリウッドも怪獣のなんたるかを知り始めたというわけでしょう。これなら、来年上映予定の、ハリウッド新作のリブート版の『ゴジラ』にも期待できるってモンです。

 私は3D吹替え版で見ましたが、菊地凛子の吹き替えを本人ではなく、林原めぐみがやっていたのには、なんか違和感がありました。日本人俳優が出ている映画なら、本人に吹き替えをやらせればいいのに…って思いました。

 それにしても、芦田愛菜は、あの年齢でハリウッドデビューだよ、すごいなあ。

17)パリオペラ座ライブビューイング「ジョコンダ」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

18)マン・オブ・スティール 3D

 スーパーマンの21世紀リブート版です。ここから新しいスーパーマンの物語が始まるそうです。この映画、娯楽映画としては、とても良く出来ていたと思いますよ。私は楽しめました。しかし、スーパーマンの胸に書かれた、あの文字が“S”ではなかったなんてビックリしました(笑)。 

19)劇場版 ATARU‐THE FIRST LOVE & THE LAST KILL‐

 テレビの人気ドラマの映画化作品です、とは言え、私はこのドラマを見た事がなかったので、映画館に行く前に、頑張ってテレビドラマを全部見ました。ちょうどテレビで再放送をしていたので、それを見たわけです(頑張ったよ)。

 映画館でこの映画の予告を見て、興味を持ったので見に行ったわけですが、見終わった感想としては…別にこれ、映画にする必要もなかったんじゃないのかな?

 はっきり言っちゃえば、テレビ特番程度の内容でした。なので、映画館じゃなくてビデオで見ても全然OKな映画です。しかし、堀北真希のサバンの演技に終始疑問を感じていた私です。売れっ子女優を使って集客を計ったのだろうけれど、ならきちんと作品に向かい合ってくれる人にお願いすればよかったのに…。中居君の演技が秀逸なだけに残念な限りです。

20)ウルヴァリン: SAMURAI 3D

 間違った日本がてんこ盛りのハリウッド映画でした。でも、私はこういう間違った日本が大好きです。いかにもファンタジックな感じでいいんじゃないの? それにたぶん、外人さんが見た日本って、こんな感じに見えるんだろうなあって思うと、何となく愉快です。

 肩の力を抜いて楽しめる、良質なアクション映画だと私は思いました。

21)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「トリスタンとイゾルデ」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

22)25年目の弦楽四重奏

 『カルテット! 人生のオペラハウス』が老人映画だったので、こちらももしかすると…と思っていたのですが、そういうわけではありませんでした。いや、音楽家の老いはテーマの一つでしたが、そればかりがクローズアップされる映画ではなく、音楽映画ではなかったけれど、音楽家映画ではありました。なんか、色々と考えさせられる映画でした。

23)ローマでアモーレ!

 コメディ映画です。『クラウド・アトラス』同様に、別々の4つの物語が同時に進行し、切れ切れに語られていきますが、そんなに難解には感じさせませんでした。4つと6つでは、やはり大きな差があるんでしょうね。それとも監督の語り口調の違いかな?

 私は、その中の一つの物語『シャワーを浴びながらでないと歌えない、スーパーテノールのお話』が気に入りました。ちなみにそのスーパーテノール&葬儀屋のオヤジの役を演じたのは、マジなオペラ歌手のファビオ・アルミリアートでした(爆)。彼の歌をバンバン聞けるだけでも、十分楽しめる映画でした。しかし、シャワーを浴びながら、オペラ『道化師』を舞台で歌うなんて、想像できますか? そういう馬鹿馬鹿しい映画なんですよ、これって。

24)メトロポリタン歌劇場ライブビューイング「エフゲニー・オネーギン」

 この映画については、すでに記事を書いていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

25)劇場版 SPEC~結~ 漸ノ篇

 これも人気テレビドラマの映画化って奴です。ただし外伝ではなく、続編です。『漸ノ篇』とは前編って意味です。つまり、物語の前半分までって事ですが、実に消化不良な映画でした。しかし、製作者たちが狙って消化不良にしているんだろうなあって思いました。後編である『爻ノ篇』は、この三週間後に上映開始されるんだから、そりゃあそんな作り方にもなるよなあって感想です。

 しかし、これ前後編に分けて上映したのは正解かもしれません。これを一気に通して見たら、つらいよぉ~(笑)。

 結局、最後は神様との一騎討ちって事ですか…って感じっす。

 しかし、なんだかんだ言っても、私は堤幸彦監督作品が好きかもしれないっす。

26)清洲会議

 大泉洋、サイコーだね。そしてこんなに彼にバッチリはまる役を書いた、三谷幸喜監督もすげーなー。これを見ちゃうと、NHK大河あたりで、大泉を主役にした秀吉ものを見たくなりますよ。だって、大泉の秀吉がたった2時間なんて、足りないでしょ? 一年かけてばっちり見たいです。

 そうそう、今度『ルパン三世』が実写化されるそうだけれど、主役のルパンは小栗旬なんだってね~、なぜ大泉にオファーしなかったかな? ルパンなら、絶対に小栗旬よりも大泉洋の方がいいよね。

 大泉洋、サイコーだね。

27)かぐや姫の物語

 ジブリ映画ですね。『風立ちぬ』はパスした私でしたが、こっちのかぐや姫は見に行きました。案外、原作から外れていなかったです。もちろん、あんな短い原作を2時間にしているのだから、あれこれ付け足されてはいるけれど、どれもそんなに違和感なく感じました。

 この映画を見て分かった事は“月”って彼岸の事なんだなって事。だから、天女の羽衣を着た途端に、こちらの世界の事をすっかり忘れてしまうってのは、天女の羽衣って奴が死に神の大鎌のようなモノなんだなって事です。

 年老いてから手に入れた、かわいい娘を若くて亡くしてしまう老夫婦の悲しい話ってのは、かぐや姫の話の本質なんだなって思ったわけです。映画では述べられなかった不老不死の薬の話も、そう考えると合点がいきます。

 『ポニョ』も、あの嵐のシーン以降は、死後の世界の話になるわけで、なんか最近のジブリは、製作者がジジイだという事もあるけれど、死がテーマの一つに据えられているのが、なんとも落ち着き悪い感じがします。ファンタジーは夢と希望にあふれていて欲しいなあって思うわけですよ

28)劇場版 SPEC~結~ 爻ノ篇

 後編です(笑)。結局、世界系の物語として終結したわけです。まあ、元々オカルトな話だったので、どうするのかなって思っていたわけですが、世界がリセットしちゃうんですか、そうすか、そうなんですかって、感想です。新年に公開される「トリック」の劇場版が世界系の物語として終結したら、私、怒っちゃうかもしれません。

29)47RONIN 3D

 ハリウッドが作った忠臣蔵です。いやあ、あっちこっち、わざと間違えてますねえ。私、こういう映画、結構好きです。もちろん、全然忠臣蔵じゃないですよ、この映画。でもいいじゃないの、そんな小さな事。映画なんだもん、要は楽しめるか楽しめないかでしょ? 私は結構楽しみましたよ。そして、なんか忠臣蔵がマイブームになってしまい、この映画を見た後、忠臣蔵関係の本も買って、頑張って読んでいるし、ケーブルテレビで正統的な忠臣蔵の映画を見たりしています。

 ちなみに、知れば知るほど、吉良義央こと吉良上野介に同情しちゃうなあ。ま、吉良さんは私の遠い遠い遠~~~~~い親戚にあたるので、多少は身内びいきが入るんだけれど、それでもやっぱり、赤穂の方々は、ちょっとばかりひど過ぎやしませんかと言いたいですよ。

 そもそも、きちんと指南役のお師匠さんである吉良さんに謝礼を支払わなかった浅野の殿様がいけないんですよ。謝礼を支払わなきゃ、そりゃあ意地悪されるでしょ? 意地悪されたからと言って、それを恨みに思うのではなく、なぜ意地悪されるのか、そこを考えないといけなかったわけでしょ?

 空気を読む…というのかな? 世の中には建前と本音とか、慣習として行われている事とか、周りに合わせるとか、そういう事が必要でしょ? それが世の中の泳ぎ方って奴じゃないっすか? ま、そういう事が苦手な人ってのは、今でもいる(ネット用語ではアスペって言われる人たちね)けれど、もしも浅野の殿様がそういうタイプの人だったとしても、それをお諫めするのが江戸屋敷の家来たちの仕事でしょ? 

 それを、お詫びを入れて改めて謝礼をお支払いするどころか、いきなり切りかかるなんて、どう考えてもダメっしょ。だから当然、浅野の殿様が悪いって事になるわけだし、当時の幕府もそう考えたわけだし、それに納得いかなかったからといって、赤穂のご家来さんたちが集団で吉良さんちを襲っちゃ、やりすぎだと思いますよ。赤穂の皆さんが怒るべきなのは、吉良さんでもなければ、幕府でもなく、軽率な振る舞いをした殿様とそのブレインたちじゃないかな?

 それなのに、指南役の謝礼を踏み倒されたあげくに、逆恨みで襲われちゃうなんて、ほんと、吉良さんはいい迷惑だったと思います。

 ま、赤穂の人たちには赤穂の人たちなりの言い分もあるだろうけれど、一方的に悪者にされている吉良さんの立場ってモノも分かってやってほしいなあって思います。

30)ゼロ・グラビティ 3D

 登場人物は、サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニの二人だけ。そのジョージ・クルーニーも物語前半で消えちゃいますから、ほぼ全編サンドラ・ブロックの一人芝居と言っても過言じゃない映画です。

 この映画、すごいっすよ。何はともかく、まだ公開中ですから、すぐに劇場に行って3Dで見るべきです。この映画、家庭用テレビで見たら、魅力半減です。もっとも、半減した魅力ですら、そこらの映画よりもよっぽど魅力にあふれていますけれど。

 なんだろう…結局、映画のテーマは死と孤独なんだろうけれど、死と孤独を描きながら、生への執念と言うか、再生を描いているんだろうなあって思いました。

 ただのパニック映画じゃないです。なんか、すごい映画です。

 と言う訳で、今年見た30本の映画について語り終えました。ううむ、来年もまたたくさん映画を見るんだろうなあ、私。楽しい映画をたくさん見たいと思います。

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2013年12月28日 (土)

2冠を手放しました(涙)[2013年12月の落ち穂拾い]

 今月は少し早めですが、落ち穂拾い、参ります!

 今月の私の中での一番の出来事と言えば「ああ、ついに王座陥落かあ~。時代は変わるもんなあ。世代交代って奴かもな~」って事です。

 何が王座陥落なのかというと、ブログ村のランキングです。

 先月までは「声楽」「フルート」「大人の音楽活動」の3ジャンルとも第1位で『三冠王だぜ~、ウキウキ』状態でしたが、今月に入って、ついに王座陥落で「声楽」こそかろうじて第1位をキープしてますが「フルート」がほぼ2位、「大人の音楽活動」に至っては第3位が定位置になりつつあります。

 まあ、未来永劫、三冠王であり続けることはできるわけもなく、いつかはこの日がやってくるとは思ってましたが、いざ実際にやってくると、結構寂しいものがあります。特にフルートで第2位は…忸怩たる思いがありますね。実際、このブログでは、声楽記事よりもフルート記事の方が人気も高くアクセスも多いのですが、それでもブログ村では第2位です。第1位のブログさんとは決定的なポイント差があるわけで…フルートのランキングの世界は、よほど厳しいってわけです。

 まあ、順位が下がったからと言って、何かが変わるわけでもないのです。あえて言えば、私のモチベーションがちょっぴり下がったくらいかな? まあ、モチベーションがちょっと下がったくらいで、どうこうする程、人間が未熟なつもりはないので、これからもこれまでと同様に、ブログ活動は続けていくつもりです。

息のトルクが必要

 さて、フルート初心者さんの場合、低音域はなんとか鳴るけれど、中音域はタンギングをしないとうまく鳴らない。ましてや高音域なんて、息がスースーいうだけで、ちっとも音にならない、なんて事、ザラにあります。

 その理由は色々と考えられますが、一番大きな理由は、フルートを始めたばかりで、カラダがまだフルートを吹くカラダになっていないって事が言えるんじゃないかなって思います。

 低音を吹くよりも中音を吹く時の方が、息のトルクが必要ですし、高音になれば中音以上に息のトルクが必要です。

 息のトルクとは、正式な用語ではなく、私が勝手に使っている用語なんですが“息の力強さ”という意味合いで使ってます。ただし、この場合の“息の力強さ”は“息のスピード”や“息の初速”とは無関係です。「息を強くして吹いてください」と言うと、大概の人は息のスピードを上げますが、そうではなく、息のスピードそのものは変えずに、ただ息の力強さだけを強くします。これを私は「息のトルクを上げてください」という感じで表現しております、念のため。

 では、この息のトルクはどこで作られるのかと言うと、腹筋です、横隔膜です、背筋です。つまり“息の支え”によって生み出されます。なので“息のトルク”を増すためには、力強く息を支える事が必要になってきます。

 これには、うまいやり方なんてない代わりに、練習を重ねて、月日を積み上げていけば、自然と解決される問題なのです。だから、焦らずに日々の練習に励んでいれば、必ず中音が出せるようになるし、やがて高音も楽々と出せるようになるわけです。だから、初心者の皆さんは、焦ることなく、気長に取り組んでください。

 フルートは最初の壁が高い楽器なので、くじけずに頑張ってください。入門期を過ぎれば、楽しくなりますよ。それまでガンバガンバ。

老人になっても進歩することあるのか??

 そうであって欲しいし、そう思わないとやってられないです。

 少なくとも、筋肉は年齢と関係なく訓練次第でどうにでもなるそうです。問題は、神経の方です。神経伝達速度は老化とともにゆっくりになってしまうのだそうです。つまり、いくら年をとっても指はきちんと動くけれど、年をとると指が速く動かなくなる…って事らしいです。

 逆に言えば、若い時は神経伝達速度が速いのですから、いくらでもアクロバチックな演奏は可能って事になります。もっとも、いくらアクロバチックな演奏が出来ても、人生経験が浅いので、人を感動させられるような中身のある演奏が困難だったりするわけです。なので、若い時はむしろスローな曲の方が苦手だったりするわけです。

 まあ、音楽は徒競走ではないので、指が速く動けば良いと言うものではないので、スピード競争は若者にまかせ、若者が苦手とするスローな曲を、じっくりと聞かせる方向で演奏できるようになれば良いのでは…と自分に言い聞かせています。

 それでもどうしてもアクロバチックな曲に挑戦したいと思うなら…そこは清水の舞台から飛び下りるつもりで、果敢に取り組むしかないかなって思う次第でございます。

今月のお気に入り サージカルテープ

 サージカルテープと言うのは、本来、医療用のテープで、包帯やガーゼを固定するために使う、紙テープの類です。昔は片面が油紙加工をした紙テープがその役割を果たしていましたが、今は素材が紙だけでなく、不織布であったり、柔らかいプラスチックであったりと、さまざまな素材が使われていますが、まあそれでも、紙テープと思っていて良いと思います。

 このサージカルテープですが、特に25mm程度の幅広タイプは、楽譜の作成に便利に使ってます。楽譜の作成と言っても、レッスンなどで書き込みをしたいために、元の本をコピーして書き込み可能な自分だけの楽譜を作る程度の作成です。なにしろ、元の本に書き込みをしてしまうと、汚くなってしまうでしょ? 以前は、本に直接書き込んでいた私ですが、それではピアニストさんに伴奏をお願いするために、楽譜のコピーを渡すと…書き込みと一緒に手渡す事になるので、恥ずかしいので、元の楽譜はきれいなまま、自分のレッスン用にはコピー譜を作成し、ピアニストさんには、元の楽譜をそのまま渡すか、かさばるようならコピー譜にして渡すようにしています。

 で、サージカルテープですが、コピーした楽譜が見開き2ページで収まっている曲なら不要ですが、3ページ以上に渡る場合に、コピーしたシートをつなぎ合わせるのに使ってます。

 その手の作業ならセロテープでもよさそうですが、セロテープって案外固いので、紙との親和性があまり良くないし、数年経つとセロテープって汚くなってはがれてしまうんですね。そこへ行くとサージカルテープは柔らかいので紙との親和性が良いし、数年経ってもはがれる事はなさそうです。なので、結構愛用しています。

 便利ですよ。

 一応、アマゾンのリンクを貼っておきましたが、サージカルテープは薬局やドラッグストアに行けば、どこでも手に入る基本的なアイテムなので、そういう店で買うと手軽です。私は近所のイオンの薬局でトップバリューのサージカルテープを使ってます。

今月のお気に入り スプレーのり

 接着と言うと、サージカルテープも便利ですが、のり系の接着剤で言うと、スプレーのり、それも住友3Mの、このスプレーのりはとても便利です。

 シュシュと吹きかければ、それでOKだし「ちょっと斜めに貼っちゃったかな?」と思ったなら、すぐに剥がして貼り直す事が可能です。それって便利でしょ? 付箋紙ののりの部分をスプレーで作れます…みたいな感覚かな。なので、たかがノリと思っちゃいけません。これは結構便利ですよ。ただ、剥がそうと思えば剥がれるので、きちんと接着したい時には、こいつは向きません(笑)。きちんと接着したい時は、それぞれの素材専用の接着剤を使うことをお薦めします。

今月の金魚

 特に大きな変化はありません。ナゴンは相変わらず転覆してますし、その他の子たちは、それぞれにマイペースで生きてますから。

今月のひとこと

 そう言えば、最近はめっきり紙の辞書を手にとらなくなったなあ。辞書と言えば、専らiPhoneにインストールした奴か、ネットの辞典を使ってます。以前、高いお金で買ったパソコンにインストールするタイプの辞書も使ってません。やっぱり、iPhoneに辞書をインストールしちゃえば、それが一番使い勝手がいいので、そればかりを使ってます。iPhone用の辞書もまだまだ種類が限定されていますが、よく探せば、使える辞書あるものです。特に漢和辞典は紙の辞書よりも圧倒的に使いやすくていいですよ。(2013年11月30日~12月1日)

 今日はビックリ。色々あってブログを見てみたら、まだ本日分のブログ記事がアップされていなかった。昨夜のうちにきちんとブログアップの予約を入れておいたのに…。どうも、IE11にしてからブログ関係の挙動に不安を持っていた私でしたが、今回はそれが現実化してしまいました。原因は、私の入力(アップする予定時刻)をブラウザの段階で拒否されていた事(よくあるので、注意していたのですが…)と、その確認をついつい私が怠ってしまった事が原因でした。どうも、IE11と、私の使っているIME[Japanist]の相性に起因する問題のようなんですが…。つまりこれは「私に親指シフト入力を捨てろ」と言うのかと思うと、陰々滅々な気分になります。確認に関しては、もう心の余裕の問題としか言えませんねえ…。(2013年12月1~2日)

 自分でも感心するんだけれど、私って、やっぱり判断が速い人間なんだなって思いました。とにかく、迷わない。判断がつくものはサッサと決断くだし、判断がつかないものはチャッチャッと先送りにするなり、関連部署にたらい回しにします。ほんと、迷いのない人です。これって長所…なんだろうなあ。あ、もちろん、仕事の話です。(2013年12月2~4日)

 インフルエンザの予防接種をした腕が異様に熱を持っている。ウィルス対My Armが局地戦を繰り広げているようだ。頑張れ、我が腕!(2013年12月4~10日)

 ボーナスが出ました。このご時世に、それなりの額のボーナスがいただけた事は、感謝な事だと思ってます。(2013年12月10~15日)

 周囲の人々が風邪でバッタバッタと倒れています。そんな中、かろうじて健康を維持している自分がちょっと不安です。この年末年始の、忙しい時期の忙しい最中に倒れるんじゃないかと思うと、ヒヤヒヤな気分です。でもきっと私の事だから、忙しい時期は元気に過ごし、休みに入った途端に寝込み、元気になったと思ったら、お休み終了!なんて事になりかねないし、そうなったらイヤだなあって思ってます。やっぱり、お休みは遊びたいじゃない?(2013年12月15~22日)

 ああ、寒い。ついに外出時にはマフラーを着用するようになりました。しかしマフラーってスゴイね。こいつを着用するだけで、他は多少薄着でもなんとかなるんだもの、マフラー最高だね。(2013年12月22~24日)

 クリスマスですね。だからと言って、今年は特に何もありません。そう言えば、今年は第九も聞きにいかなかったし、メサイアも聞きにいかなかった。まあ、そういう残念な年もありますね。(2013年12月24~26日)

 クリスマスは終わりました。さあ次は正月だ。しかし私は年始年末の準備を何もやってないぞ! それでいいのか~!(2013年12月26~27日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年12月27日 (金)

本番の回数は多い方が良いのか?

 本番の回数はどのくらいが適正なのか? 多めの方が良いのか? 少なめの方が良いのか? それって悩みですよね。

 お教室に入門する際、本番(と言うか発表会)の回数とか有無とかを気にされる方も少なからずいらっしゃいます。「発表会に出たくないので、本番の無い教室がいい」とか、逆に「発表会の回数が多い方が励みになる」とか、人それぞれです。

 私が前の先生(キング先生)のところに入門して、一番ガッカリしたのは、あそこは本番が2年に1回しかなかった事です。それも私が入門する直前に発表会が終了していたので、私は習い始めて最初の2年は本番が無かった事が、すごくすごく残念でした。ほんと、これに関しては、当時、恨みにも近い感情を持っていました。

 やっぱり習えば試したくなりますよね。学べば力試しをしたくなるものです。でも、当時はそんな事を先生に言っても、聞く耳をもってもらえませんでしたから、歌を学びながらも、何かしらイライラしていました。

 あの頃の私は「本番なんて、毎月あっていいくらいですよ」なんて嘯いていたのですが、それってそんな事が理由だったのかもしれません。

 もっとも、そんな私は“怖いもの知らず”…だったんですよ。

 まあ、今でも本番大好きな私ですし、可能な範囲でできるだけたくさんの本番を経験したいと思っている事に嘘はありません。しかし、今は本番の回数が多いことの弊害も分かるようになりました。

 それを強く感じたのは、吹奏楽部の顧問をしていた時です。吹奏楽の曲って、結構難しいんですよ。それを吹くには、ある程度以上の力量が必要です。

 それらの曲を(とりあえず)吹ける程度の力量がある生徒にとっては、本番を数多く経験する事は大切なことです。何より舞台度胸が付くし、本番でないと学べない事も多いので、なるべく本番を経験させてあげたいと思いました。

 しかしその一方、初心者から始めて、吹奏楽の曲が吹けるほどの力量を、まだ持っていない生徒の場合は、話が別です。そういう子は、吹けないまま無理やりに合奏に加えるよりも、きちんと基礎練習を重ねて、まずは合奏をするのに必要なだけの力量を身につけることが優先です。

 なにしろ若者ですから、無理がまかり通ってしまうのです。力不足の状態で合奏に加えても、彼らは、無理やりなんとか合奏可能な状態に持ってきます。でも、それは無理やりですから、その曲に関してはなんとかなっても、他の曲だと結局、まだまだなんです。

 と言うのも、結局、合奏をいくらこなしても、小手先の、その場限りのチカラで、その曲だけは何とか出来るようになるかもしれないけれど、根本的なチカラにはならないから、実力の不足と言いますか、曲が変われば、またゼロから始めないといけないからです。それって、その曲は吹けるようになったかもしれないけれど、その楽器を吹けるようになったのかと言うと、実に疑問なんです。

 それに吹けると言っても、指がまわるだけで、音色も良くないし、本人も色々と余裕がないせいか、スポーツ的な楽しみは感じても、音楽的な喜びを味わうところまでにはなりません。

 ですから、パートメンバーが多い楽器なら、そういう新入生たちは、チカラが付くまでの間、別メニューで鍛えてあげる事が可能ですが、楽器によってメンバーが足らず、力不足の生徒ですら、本番の舞台に上げないといけない事もありますし、また生徒によっては、力不足にも関わらず本番舞台に乗りたがる者もいます。(またそういうクレームをつけてく親御さんもいたりします。)

 結局、たとえ力不足で未完成な生徒であっても、足りないパートを埋めてくれれば、部活としては有り難いし、何と言っても本番の舞台に乗ってもらえるわけです。なにしろ、吹奏楽部って、次から次へと本番がありますからね。それらをこなしているだけで、一年が終わってしまうくらいです。

 ですから、基礎練習無しのまま、本番から本番の連続となった場合、たとえ力不足であっても、刹那な満足は得られるだろうけれど、長い目で見た時は、決して本人のためにはならないだろうって思うのです。で、結局、三年間、ツライ思いをして頑張ってきたにも関わらず、さほど実力は身につかないわけで、そのまま燃え尽きてしまったり、卒業と同時に吹奏楽から足を洗ってしまうのではないかなって思います。

 まあ、部活って、吹奏楽に限らず、部員を三年間のローテーションで廻していくわけで、結果として(言葉は悪いけれど)使い捨てにしていく側面がある事は否定できません。極端な話、在学中は戦力になりさえすればいいのが、学校の部活なんです。

 私はそういう姿を見て、色々と考えてしまったわけです。

 つまり、何が言いたいのかと言うと、本番も大切だけれど、基礎基本を身につける事って、もっと大切じゃないのって事です。そこがきちんとなされていれば、次につながるけれど、そこがいいかげんだと、結局使い捨てになってしまう。これって学生の部活(吹奏楽)もそうだけれど、オトナの習い事にも同じ事が言えるんじゃないかな?…なんて思うわけです。

 本番とか、それに準じるような人前での演奏会って、楽しいし、良い学びになるけれど、そのための準備しか出来ないようでは、本当の実力と言うか、基礎基本に取り組んで学ぶ事は難しいよね。

 私の場合で言えば、10月のクラシックコンサートが終わった後、声楽のY先生は、私の次の本番の予定を確認し、当分本番が無い事を確認したら、今やっている基礎基本のレッスンをしてくれるようになりました。本番が近ければ本番向けの対策レッスンをやるしかないですからね。、で、本番が無いので、やっと基礎基本のレッスンをしてくれたわけです。

 それって、ある意味、当然の事ですね。

 であるなら、本番の回数が多いと、どうしても基礎基本の学びがおろそかになる…と私は思います。もちろん、私のように、未だに基礎基本の学びをやっているような人間にとっては、本番の連続は、かなり致命的な事だろうと思います。一方、すでに基礎基本のレベルは習得し終えている人なら、話は当然別かもしれません。

 なので、標題である「本番の回数は多い方が良いのか?」は、その人の実力レベル次第なんだろうと思います。今だ基礎基本レベルの学びをしているような人(例えば私)は、本番の回数は少なめの程々が良いだろうし、すでに基礎基本レベルを終えている人は、ガツガツ本番を経験していけば良いのではないでしょうか?

 私の場合、本番は年2回ですが、それらは時期が近いので、1年の半分を基礎練習、残りの半分を本番対策って感じでやってます。…が、これってやはり、基礎練習の比率が低いかな?

 しかし、私のフルートのように、ここ数年間、全く本番が無い…というのも、これはこれで問題なんだろうと思います。いくら基礎基本の段階だからと言って、全く本番が無いのは、やっぱりマズい事だろうと思ってます。

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2013年12月26日 (木)

フルートの素材について考えた

 フルートの素材の基本は“銀”です。高級化すれば金やプラチナ、庶民化すれば洋銀(+銀メッキ)になるでしょうし、先祖返りすれば木材、とりわけグラナディラ材が使われますし、最近ではプラスチックで作られたフルートもあります。実際、プラスティックは興味深い素材なわけで、プロの現場でもたまにプラ管フルートが使われているようです。

 銀・金・プラチナ・洋銀・グラナディラ・プラスチック…これら以外の材料でフルートを作ってみたら、一体どんな感じになるのでしょうか? 考えてみると、面白くないですか?
  
  

1)ガラス

 クリスタルフルートというモノがありますが、アレは我々が考える、いわゆる“フルート”とは別の楽器と考えた方が良いでしょう。ただ、クリスタルフルートが現存するわけですから、ガラスそのものは楽器の素材としての可能性がないわけではないと思います。

 今の時代はガラスの加工技術も高くなっていますから、ガラスでフルートを作る事は、おそらく可能だと思います。しかし、問題がないわけではありません。と言うのも、ガラスは素材的にもろいのが欠点です。そこを補うために管厚を厚めにすれば…重くなってしまいます。重くなれば現実的に演奏が難しくなってしまいます。つまり、ガラスって素材的には悪くないのかもしれませんが、硬度と軽度の両方をバランスよく満足させるのが、難しいので、ガラスのフルートって存在しないのかもしれません。
  
  

2)鉄

 鉄はすぐに錆びるのが欠点です。錆びた鉄は破傷風の原因となる菌の温床になりやすいですし、何より鉄は鉄臭いです。ただ、これらの欠点は、メッキや塗装をきちんとする事で克服できるなら、フルートの材料としての見込みはあるのだけれど、おそらく21世紀になる現在まで、鉄製のフルートが存在しない事には、きっと何か別の理由があるのでしょうね。鉄の音色はフルートには似つかわしくないとか…ね。あるいは鉄だと、極めて安価に出来上がってしまって、商売にならないというか、市場を破壊しかねないほどの低価格になってしまうとか…かもね。
  
  

3)ブラス等の銅合金

 昔々の日本のフルートはブラスで作られていたそうですし、今では、例えば、ヤマハでは、アルトフルートやバスフルートの一部にブラスが使われています。なので、ブラスでフルートを作る事自体は今でも可能でしょうし、緑青などの銅合金特有の錆びの問題はありますが、これもきちんと塗装をする事で回避する事は可能でしょう。

 透明塗料を使えば、ブラス製のフルートは、遠目ではゴールドっぽく見えますので、見栄っ張りさん用の楽器としてはあっても良いのかもしれません。実際、ブラスって“貧者の金”という別名があるくらいですから。

 そういうわけで、現存していても何の不思議のないブラス・フルートですが、実際問題として、現存していないのは何故でしょうか?
  
  

4)粘土

 …ってか焼き物? 格好良く言えばセラミック素材って奴です。粘土って、楽器の素材として、悪くないんじゃないでしょうか? それはオカリナの素朴な音色からも想像が付きます。もちろん、オカリナレベルの工作精度ではフルートは作れませんが、いわゆるセラミック素材を使って、専門工場で作れば、かなりの精度で工作が可能でしょ? だったら、セラミック・フルートがあっても不思議じゃないって思います。問題があるとすると、ガラス同様に、硬度と軽度のバランスかもね。セラミックだと、ガラスほどではないにせよ、やはり金属よりもモロいだろうからね。

  
  
5)紙

 強度と耐水性が確保されれば、案外面白い素材じゃないかって思います。逆に言えば、強度と耐水性に問題があるから、フルートの素材として採用されないんでしょうね。

6)石材

 技術的に可能でしょうが、たぶん重すぎて使えないのではないでしょうか? でも、玄武岩のフルートとかあったら、シブクねえ?

7)竹材

 竹でフルートを作ったら、おもしろいですが、フルートに適する竹を育てるのが難しそうですね。

  
  
8)コルク材

 プラスチックでフルートが作れるんだから、コルクでフルート作れるんじゃないかな? コルクだけでは素材として柔らかすぎるというのなら、透明樹脂を染み込ませて硬くしてあげても面白いでしょ? なんか、素材的にとても柔らかそうな音が出そうな予感がします。
  
  

 とまあ、フルート素材に関して、色々と妄想したわけだけれど、結局は、色々と試行錯誤した結果、たどりついたのが銀という素材だったんだろうから、なかなか別の素材でフルートを作るって事にはならないんでしょうね。なにしろ楽器の世界は保守的だから。プラ管フルートが生まれた事だけでも驚きだもの。実際には、この手の面白素材の楽器はこの世に出現することはないかもしれないけれど、でも想像すると楽しいでしょ? ワタシ的には、ガラスのフルートなんて、ちょっと興味深いですね。もっともガラスでフルートを作った時は、メカは…ガラス製ってわけにはいかないだろうから、そこはやっぱり洋銀+銀メッキになるのかな?

 妄想するって、楽しいね。

2013年12月25日 (水)

歌い出しは丁寧に[音源付き]

 声楽のレッスンの続きです。とにかく、自分に素直な声で歌うように言われた私でした。

 まずは、ガスパリーニ作曲「Caro laccio/いとしい絆よ」です。この曲は今回のレッスンでで終わりになったので、ブログの方には記念として、私がレッスンの冒頭に歌った音源をアップしておきましょう(笑)。

 なぜレッスン最後の仕上げの一曲ではなく、レッスン冒頭の「さあ、これからダメ出ししますよ~」の歌をアップするのかと言うと…全曲通して歌うのは最初だけだったからです。

 今回に限らず、通常のレッスンでは、まず最初に一曲通して歌って、色々とダメ出しをしたり課題を見つけたりしながら部分的に直しながら歌っていく…というレッスンスタイルなので、通して歌うのは最初だけなのです。まあ最後にもう一回通して歌っても良いのでしょうが、なにしろレッスン時間がもったいないので、最後にもう一回通す時間があったら、さっさと次の曲のレッスンに移りたい…ってところなんでしょうね。なので、アップするのは、ダメ出しをされる前の歌唱です、申し訳ない。

 なので、歌の出来としては色々とヒドイですが、そこは温かい目で見てやってください。

 ええと、今回から MP3TUBE というサービスを使って動画を作成してみました。これは、MP3音声ファイルがあれば、実に簡単にYouTubeにアップできる動画形式に変換してくれるウェブサービスでなかなかお手軽で便利です。まあ、動画部分が全くもって味気ないのですが、そこはご勘弁ください。

 それと、音源の最後がブチっと切れているのは、そこで先生が伴奏を止めて、ダメ出しに入ったからで、別に変換サービスのミスではありません(念のため)。

 聞けば分かりますが、この曲は私には低い曲なので、思いっきりポジションを下げて楽に歌っています。まずはそこがダメで、例え音域的に低い曲であっても、楽をせずに、しっかり響きを多めに、ポジションは高めに軽い声で歌う事が大切だと言われました。

 また、あっちこっちミスってますが、特にブレスをした後の第一声って奴が、ことごとくヘマっています。なので、この後、徹底的にブレス後のフレーズの歌いだしの練習をしました。

 私がブレス後の歌い出しにヘマる理由は…息の支えが弱いからです。息の支えが弱くて、ついつい息が出すぎてしまって、それがうまく声にならずに、乱暴に発音されてしまうのが原因なんです。だから、歌い出しは特に気をつけて丁寧に歌わないといけないのです。

 高音の発声もまだまだですが、ならば中低音はOKなのかと言えば、この曲で聞けるように、中低音もまだまだだったりします。高音の場合はカラダが出来上がっていない事とテクニック不足がまだまだの原因ですが、中低音に関して言えば、やるべき事をきちんとやっていないとか、集中力不足とか、そういう良くない事(ざっくり言えば、中低音をナメている?)が中低音の際には見られるわけで、手を抜いているわけではないけれど、結果として手を抜いた歌唱になってしまっています。上ばかりを見ていて、足元をすくわれているって事がよく分かります。ああ…。

 とにかく、この曲はこれでお終いとなりました。ご苦労さまでした。

 次は、グルック作曲「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」です。こちらではフレーズの出だしを丁寧にするのは当然、しっかりクチのカタチをオに決めてから歌い出すように言われました。

 しかし、私も上達したなあって思いました。と言うのも、この曲をレッスンしていただいてる時に、先生のピアノがなぜかドンドン転調してしまって、違う調で伴奏しているにも関わらず、私はしっかりと転調せずに、ピアノにつられずに歌っているものなあ…。以前なら、ピアノが転調したら、それにつられて転調して歌ってしまっただろうに、ピアノは聞いても聞かないで歌っているというのがよく分かります。ピアノはピアノ、歌は歌という事ができるようになってきたわけです。

 しかし、ピアノと歌が違う調だと、ほんと、歌っていても気持ち悪いですが、後で録音を聞いてみると、実に不思議な現代音楽っぽく聞こえます(笑)。

 この曲の中盤あたりの“le piu liete”の部分の、Fisの歌い方を注意されました。先生曰く「すとんさんは、確かに軽いテノールではないから、バリトンぽい歌い方もありだけれど、今はレッスンだから、なるべくテノールっぽい発声方法で歌ってください」と言われました。具体的に言えば「Fisでは声を曲げないでください」って事です。

 声は曲げた方が曲げないよりも迫力もあるし、聞いていて説得力があるのだそうです。その代わり、一度声を曲げてしまうと、その高さの音(厳密に言えば、もう1音上まで)が限界になってしまうのだそうです。Fisで声を曲げるのはバリトンの歌い方であって、テノールなら、この程度の音は声を曲げずに楽々とまっすぐなままでも十分歌えるのだから、今はこの箇所で声を曲げずに歌ってほしいとの事です。

 実は私、声を曲げるとか曲げないとか、全然気にしないで歌ってました。おそらく、この箇所がこの曲の最高音なので、格好つけて、無意識に曲げて歌っただけの話です。ですから、この次からは曲げずに歌ってみました。いやあ、実際、Fisなら声を曲げずに歌えますから。

 私の場合、Gisまでは声を曲げずに出せます。しかしAではかなり厳しいので、Aではしっかり声を曲げた方が良いのでしょうし、Gisまでは声を曲げずに歌えるようにした方が良いのですが…私の場合、Aで声を曲げる事ができません(涙)。だから、Aを失敗するんだよなあ…。

 Fisでは曲げない。Aでは曲げる。これができるようにしないとね。

 またこの曲に限らないけれど、音程が移動する時、特に跳躍する時に、私はどうも声のポジションを変えて、それに対応しているフシがあります。フシがあると言うか、なかば自覚症状があるのですが、ポジションを変える事で音程を変えて歌っているのです。このやり方だと、低音はより低音らしく、高音はより高音らしい声で歌えるのですが、こういう歌い方はクラシカルな発声法では×なので、そろそろ音程の取り方をクラシカルな取り方に変えていきましょうと言われました。

 ではクラシカルな音程の取り方とは…ポジションを変えずに、同一ポジションの中で出せる音の高低の幅を広げて音程を取って歌っていくやり方なんだそうです。

 具体的に言えば、ポジションとは声の音色とか響きとかそういう類のものです。つまり、同じ音色、同じ響きのままで、音程だけを変えて歌っていくのがクラシカルな歌い方なんです。

 実は歌い方としては、私がやってしまっているポジションを移動しながら、つまり音程ごとに声を変えて歌っていくやり方の方が簡単だし、ポピュラーソングなどではそういう歌い方も大いにアリなんだそうです。でも、クラシックの世界では、声のポジションを変えずに歌うのが常識なので、そのための訓練をしないといけないのです。それは難しい事なのですが、そろそろそういう事に取り組む段階になったという事らしいです。

 ポジションを変えずに歌うとは…言葉で書くと難しいのですが、上行音形ではドンドン上アゴを開いていき、下降音形ではドンドン舌根を下げていき、さらに一度上げたり下げたりしたら、そこから戻さずに歌い続けるような感じの歌い方です…と書くと、たぶん間違っているよなあ…。

 Y先生がおっしゃるには「音程的に幅の広い声で歌うようにしてください」って事です。

 とにかく「ああ私のやさしい熱情が」は、幅の広い声で歌うためには良い課題曲なので、もうしばらくはこの曲を歌っていきましょうということになりました。

 さて、いよいよ、プッチーニ作曲「トスカ」より 「Recondita armonia/妙なる調和」です。まずは歌ってみました。当然、高いBは撃沈しました(笑)。

 先生曰く「Bはまだ出し方を教えていないので、出なくて当然です。今はひとまず(本当はダメなやり方だけれど)Aを押して出してください」との事です。つまり、この曲におけるBはオマケのようなモノらしいです。それよりも『押せばBが出るA』を出す事が目的なんだそうです。どういう事かと言うと、Aが最高音の曲だとAを出すのに汲々として失敗しがちなので、そこはあえてBが最高音の曲を与え、Bが最高音なら、Aごときに気を使ってられないので、Aは自動的に無意識に出さざるを得ないので、そういう“高音を自動的に無意識的に出す”事を覚えてほしいのだそうです。つまりBはAを出すためのオトリのようなもので、今回のターゲットではないそうです。今回のターゲットはあくまでもAで、それも余裕のあるAを出すことが狙いなんだそうです。

 Aを出す事に不安のある私です。不安があるので、ついつい押してしまうのだけれど、押してしまうから撃沈する…そうです。いくら不安があっても、絶対に高音は押さない事。押さなければ、声って撃沈しないモノなんだそうです。 え? そうだったの? そんな事、習わなかったよ。

 不安なら、押さずに曲げる…のだそうです。押さないのも難しいですが、曲げるのも難しいです。なにしろ余裕が全くないですからね(汗)。

 この曲は冒頭、歌に入るタイミングが私には難しいので、そこを何度も練習しました。ピアノのテンポのユレを聞きながら入るのが、一番入りやすいかな。

 しかし「妙なる調和」は高いね。他の二曲とは、全然違います。さすがはテノールアリアです。おまけに難しいときたもんだ(笑)。しかし「高い高い」とか「難しい~(涙)」とか思っていると、カラダが緊張してうまく歌えなくなるので、高いとか難しいとかを意識せずに、気楽に歌えるようになれば、きっとうまく歌えるようになるはずです。

 「すとんさんは、別に出し方を考えなくても、発声練習ではBを出しているから、この曲はきっと歌えますよ」と先生は軽くおっしゃってますが、そうであって欲しいと思ってます。

 正月は「妙なる調和」とがっぷり四つだな。

蛇足 奇しくもクリスマスの日に音源付きの記事をアップしたけれど、別にクリスマスプレゼントのつもりなんか、ないんだからね(笑)。ってか、これがプレゼントだとしたら、かなりのイヤガラセだよなあ…。

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2013年12月24日 (火)

私はリリック・テノールを目指したレッスンを受けているようです

 声楽のレッスンに行ってきました。今回のレッスンが今年最後のレッスンでしたが、先生と私の予定がうまく合わず、なんと、私史上初の“おはようレッスン”になりました。

 “おはようレッスン”とは…お教室に入る時に「おはようございま~す」と挨拶しながら入るレッスンの事で、ザックリ言えば、出勤前の午前中の時間に行うレッスンの事です。いやあ、私も先生も、そこしか時間が取れなかったんだから仕方ないです(汗)。

 と言うわけで、朝日を浴びながら、先生のお宅にレッスンに向かった私でした。

 しかし、朝一発目ってのは、声出ませんね(笑)。先生も「朝は声が出づらいものですよ」となぐさめてくださいます。

 「しかし、朝の声の出づらい時間にレッスンを行う事で、朝から歌わなければいけない時の対処方法が学べるのだから、これもまた良いレッスンなんですよ」との事で、さっそく朝一発目から声を出して歌う方法を学びました。…なんて書くと、いかにも秘伝を教わったような書き方になってしまいますが、実際は秘伝でもなんでもなくて「声が出づらいのだから、日頃よりも一層、息の支えを注意深く行いましょう」って事です。

 特に声が起きていない状態では、どれだけの圧力で空気を声帯に当てるかを、しっかりと意識しながら歌わないといけませんと言われました。声帯に当てる息は、少なくても声にならないのでダメだけれど、多すぎると声がすぐに割れるし、声帯をキズつけてしまうので、本当にちょうどいいところに、やや強めに息を当てて歌っていく事を意識してがら歌うわけです。

 これが午後とか夜とかなら、十分に声帯もこなれているので、そこまで気を使う必要はないけれど、午前中とか朝とかに歌う場合は、準備体操無しで走るようなものだから、本当に気をつけないといけないのだそうです。

 声帯も筋肉ですからね、いきなり無理やり動かすと壊れてしまうのです。

 とにかく、そうやって、声帯に適切な圧力の息を丁寧に当てていくことで、声を目覚めさせるわけです。

 特に私の場合は、日頃から声帯に当てる息の圧力が強め(で、ノドを鳴らそうとか、声を押してしまうとか)をしがちなので、より一層の注意が必要なんです。

 とにかく「ノドは鳴らさない事」「必要以上に大きな声で歌わない事」「しかし声はしっかり支えて歌う事」「声よりも響きを優先して発声する事」を注意しないといけないのです。ううむ、Y先生のご指摘って、キング式発声法の真逆なんだよな…。

 一度身についた、前の先生の歌い方(キング式発声法)の癖を取り除き、Y先生の教えてくださる発声方法に色々とテクニックを置き換えている最中の私です。「真っ白な紙に絵を書くならともかく、すでに書かれている絵を消しながら、新しい絵を書くようなレッスンをさせて、ご面倒をおかけしています」と言えば「どんな人にも癖はあります。声楽レッスンなんて、その癖を取り除いて、素直な発声法を思い出させるのが、目的なんですよ。だから気にすること無いです」との事です。ああ、有り難いです。

 ちなみに先生の考える理想的な発声は、生まれたての赤ちゃんの発声なんだそうです。
 確かに、生まれたての赤ちゃんには、何の癖もなく、ただ本能のままに泣いている(発声している)わけで、あの小さなカラダの割には実に立派な声で泣くわけで、あれが理想と言われれば「ああ、そうなんだ」と納得せざるをえません。あそこから今日に至るまでの間に、色々と身についた悪癖を取り除くのが、声楽レッスンの目的なんです…って、なんかカッコいい物言いだなあって思いました。

 赤ちゃんの発声が理想…そりゃあ近いようで遠いゴールだなあ。つまり、自分の原点に戻れって事でもあるわけで、発声ってのは、誰かのマネをするわけでもなければ、何かの理想形に当てはめるのでもなく、とにかく、自分にとって素直な声で歌うのが一番って事になるわけです。うむ、深い。

 今回は、朝一発目の発声で注意する事以外にも、オでまとめた発声法の練習とか、上アゴを開けた発声法とかをやりました。特に上アゴを開けるには、げんこつを食べると良いというので、一生懸命にげんこつを食べてみました。

 げんこつを食べる…と言うのは、もちろん比喩であって、手軽に上アゴを開けるための導入動作の事で、げんこつを食べて、上アゴを開ける感覚を覚えましょうって事です。やり方としては、下アゴを動かさずに(ゲンコツを食べるために)クチを縦に開けていく事です。ちなみに、ゲンコツは横ではなく縦にします(笑)。とにかく、下アゴを固定したまま、クチをドンドン大きく開いていくと、自然と上アゴが開いていくって事なんです。そして上アゴを最大限に開くと、吐き気がします(笑)。でも、吐き気がして正解なんだそうです。クチを大きく開くと、嘔吐反応が起こるのが正常な人間なんだそうです。だから、吐き気がするくらいクチを開ければOKなんですが…だからと言って、吐いてはいけないのは当然の話です。

 そうそう。今回のレッスンの中で、私が発声していると、先生が「そういう発声方法は、すとんさんには無理だよ、そこまで声は軽くないからね…」と言われました。「あれ? 私の声は軽くないですか? 前の先生にはレッジェーロからリリコぐらいのテノールだって言われたんですよ」と答えたところ「レッジェーロからリリコとは、だいぶ広いですね」と苦笑されていました。

 Y先生がおっしゃるには、今は声種については考えない方が良いとの事です。と言うのも、私はまだ本格的な声楽のレッスンを受け始めて、わずか1年程度で、まだまだ日が浅いので、これからどんどん声が変わっていくわけだから、今の段階で声にレッテルを貼っても、やがて変わってしまうだろうから、まだ「自分の声は○○である」と考えなくても良いでしょうとの事です。

 ただ、そうは言っても、私がテノールである事は、間違いないわけだし、先生がおっしゃるにはHi-Cも出せるノドを持っているから、ドラマティコって事にはならないでしょう、との事です。と言うのも、将来ドラマティコになるテノールだったら、今の段階で、もっともっと高音に苦労しているはずだから…なんだそうです。

 ちなみにドラマティコの場合、きちんと声が完成しても、Hi-Cには苦労する方が多いのだそうです(つまり、テノールだけれど高音に苦労するんですね。もちろんドラマティコなのにHi-Cを平気で出しちゃう人もいますが…)。私のような未完成な声でも、すでにHi-Cの片鱗(?)を見せるような声(私の場合、かなりの高音適性があるそうで、Hi-Cはもちろん、もっと上まで出せますよ、と先生から太鼓判をいただいてます。しかし、ほんとにそんな高音を出せるようになるのかな?)では、ドラマティコのような重い声で歌うのは無理なんだそうです。

 もちろん、ドラマティコが無理なんだから、さらに重い声が要求されるバリトンなんて、無理も無理の絶対無理なんだそうです。ああ、バリトンに転向しなくてよかった(安心)。

 今の段階では、素直に発声を学んでいけば、やがてリリコか、もしかするとスピントになるでしょう…との話でした。

 「あれ? レッジェーロはどこに行きましたか」と尋ねたら、今の私なら、もちろん訓練次第ではレッジェーロにもなれるだろうけれど、レッジェーロになるなら、今のレッスンのやり方を根本から変えないといけないし、日本の(特にアマチュアの)テノールは、ほとんどレッジェーロなので、あえて競争の激しいところに行く必要もないだろうから、今は、テノールとしての王道であるリリコあたりになれるように、レッスンをしているのだそうです。と言うのも、リリコとレッジェーロではレッスンの組み立て方が全然違うそうですし、特に私の場合、レッジェーロ向けの発声を試みると、どうしても息の支えが不足しがちでヘロヘロな声になってしまうそうで、しっかりと息で声を支えさせるとリリコっぽい声、つまりテノールとして軽くもなければ、重くもない声になるんだそうです。

 と言うわけで、先生としても色々と悩みながら、とりあえず今の私にはリリコ向けのレッスンをしているのだそうです。

 ほお、するってえと、私はリリック・テノール向けのレッスンを受けているわけで、レッジェーロとはレッスン方法が違うので、私にはレッジェーロへの道は今は無い…って事になるわけです。

 自分では自分の事をレッジェーロだと思っていたので、ちょっとビックリです。しかしまあ、レッジェーロよりもリリコの方が歌える歌も多いし、オペラアリアやミュージカルソングを歌うなら、レッジェーロよりもリリコの方が何かと便利だよね。レッジェーロだと歌える曲が、宗教曲とか歌曲がメインになってしまうから、オペラ大好きな私にとっては、願ったり叶ったりって感じかな。

 とは言え、今はそのリリコですら考えずに、ただひたすらに自分に素直な声で歌う事だけを考えていけばいいのだそうです。とにかく前進するんです。前に進む事で自然と道は切り開かれるわけですからね。

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2013年12月23日 (月)

生徒を募集している先生、していない先生

 習い事の先生(それも主に音楽系)についての記事です。

 習い事の先生に大きく分けて、二種類の先生がいらっしゃいます。一つは『生徒を募集している先生』で、もう一つは『生徒募集をしていない先生』です。

 ザックリ言うと、生徒を募集している先生は、初心者向け、あるいは、入門向けの先生が多いように思われます。一方、生徒を募集していない先生は、中級者以上の生徒さんを相手にしている実力派の先生か、あるいは、知り合いから紹介された生徒さんだけを教えている“大師匠クラス”の先生のいずれかと考えて良いと思います。

 生徒を募集している先生は、概ねオープンマインドです。初心者歓迎、お子さまウェルカムな先生でしょう。ま“来るもの拒まず”の姿勢でないと生徒募集はかけられません。なにしろ、募集している以上、色々なタイプの生徒さんがやってきてしまうわけだし、やってきてしまう以上「どんな生徒でもドンと来い!」ぐらいの覚悟がないとやってられません。それくらいの柔軟性が先生には求められるわけです。だからこそ、初心者とか入門者にとっては、有り難くて貴重な存在の先生なんです。

 一方、生徒を募集していない先生の生徒になるのは、なかなか難しいモノがあります。なにしろ、生徒募集していないのですから(笑)。募集していないにも関わらずに、その先生の生徒の一人として如何にもぐり込むかというハードルがあるわけです。ある意味、生徒の側が色々と試されているとも言えるでしょうね。

 生徒を募集していない先生の生徒になるには……例えば、ツテとかコネとかが必要でしょうね。ツテ・コネで分かりづらければ、人脈と言い換えてもよいでしょう。とにかく、何らかのカタチで、その先生にアクセスできなければ、生徒になれないわけですから、どこかでその先生とつながっていないとダメなんです。いわば、そういう人脈を持っているかどうか、その世界に属する人間であるかどうかが、まずは試されているわけです。

 もちろん、自分が直接つながっていれば上出来だけれど、自分自身はつながっていなくても、ちゃんとした紹介者を知っているという事だって、立派なツテ・コネだと思います。

 先生側からすれば、ちゃんとした紹介者がいるとか、こっちの世界の人間であると、そういうケースなら、冷やかしや遊び半分ではない事は自明だし、学ぶにあたっての覚悟だって期待できるわけで、またある一定以上の技量とか、その世界特有の約束事とか、習い事に対する姿勢とか、そういうモノを持っている事は予想できるわけで、そういう意味では、先生としては、決してオープンマインドではないのだけれど、その分、やってきた生徒に関しては、きちんと責任を持って教えようという気持ちがあるんだと思います。

 例えば、音大受験のために特別につく先生なんかは、そのパターンでしょ? 音大を受験するって、誰でも彼でもできるわけじゃないです。音大の入試を突破するには、それなりにすぐれた音楽的な才能が必要だし、その才能がある程度は開花し、入試時期までに必要なだけの技量が兼ね備えられそうだという見込みが立たないとダメだし、何よりも音楽を学ぶには、その家庭にかなりの経済力が必要だし、音大出ても音楽で生活できるわけじゃないのだから、卒業後の生活にもある程度の目安がたてられるような家庭の子女じゃないとダメだし…。そう考えれば、誰でも彼でも、音大受験をしていいわけじゃないわけだから、先生の側だって、生徒を選ばざるを得ないわけです。

 例えば、演奏仕事がメインの先生とかは、本音で言えば「音楽を上達したいと願う人なら、誰でもウェルカム!」と思っていても、実際はご自分の仕事を優先せざるをえないわけだから、その演奏仕事の合間を縫ってレッスンをせざるをえないわけです。そうなると抱えられる生徒の数に、自ずと制限がかかってしまうのは当然だし、お忙しいわけだから、基礎の基本から教えないといけないような手間のかかる初心者さんの面倒は見れないわけです。となると、どうしてもある程度レッスン生として自立している中級者以上の人しか面倒しかみれないのも当然だし、演奏仕事がメインなら、それなりに顔も売れているわけだから、生徒募集などしたら、大変な事になるわけだから、公式には「生徒は募集していません」と言わざるをえないわけです。

 例えば、教える専業の先生であっても、すごく人気があって、常にお教室は定数いっぱいのパンパンな先生とかも募集をかけません。そういう先生は、特に募集をかけなくても、クチコミだけで十分集客力があるわけで、生徒の募集にはエネルギーを割かないものです。

 つまり、生徒募集をしない先生には、それなりの理由があって、ハードルが高めに設定されているわけなんです。

 ではオープンマインドな先生ではダメなのか?

 そんな事はないと思いますよ。

 世の中には、ツテもコネも無いけれど、学びたい/学んでみたいって人はゴマンといます。そういう人にとって“誰でもウェルカム”な先生の存在はうれしいものです。むしろ、そういう先生のところで学ぶしかないシロウトの初心者にはとって、そういう先生は、とても有り難い存在の先生だと言えます。

 楽器店に併設されている音楽教室の先生やカルチャーセンターの先生などの雇われの先生とか、自営だけれど生徒の回転が早い個人の先生などが、それに当たると思います。

 ただ、そう言った先生の中には、もちろん腕コキのベテラン先生もいらっしゃるでしょうが、その一方で、キャリアが浅くて未熟な先生もいれば、キャリアはあっても、単純に指導が下手で、なかなか一本立ち出来ない程度の力量の先生もいらっしゃるでしょう。

 もしもそういう類の、はっきり言って“ハズレの先生”(失礼)にぶつかってしまったら、文句を言うのではなく、その先生から学べる事に関しては真摯に学び「ああ、もうダメかも」と思うようになったなら、それまでお世話になった事に感謝をしつつ、次の先生に変われば良いだけの話です。

 それは、何も悪い先生に当たった時だけでなく、たとえ良い先生であっても、先生にも得手不得手があるわけで、初心者には良い先生だけれど、ある程度の生徒にとっては、ちょっぴり残念な先生ってのもいらっしゃるわけです。とにかく、先生の力量を越えてしまうとか、習い続けていく事に不足を感じたなら、そういう先生とはお別れをして、それこそ、その次は、生徒を募集していない先生に指導をお願いしてみても、面白いのではないかしらと思います。

 つまり、初心や入門の頃は、生徒を募集している先生から始めて、不足と感じるようになったら、生徒を募集していない先生にアタックしてみるのも良いのではないでしょうか?

 学校で勉強を教わっているわけではなく、あくまでも習い事の先生であるなら、生徒には先生を選ぶ権利があると思います。その権利は十分に発揮すべきですし、また同時に先生の側にも生徒を選ぶ権利はあると思います。なにしろ、あくまでも習い事であって、義務教育では全然ないわけですからね。

 とは言え、人間的なしがらみって奴を考えると、なかなか先生を変えるには勇気がいるんだよね。でも、先生を変えて後悔する人よりも、なぜもっと早く変えなかったんだと思う人の方が(どうやら)多いようですから、ちょっとでも不審に思ったら、すぐに行動を起こす準備ぐらいはしたほうが良いかもしれません。

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2013年12月22日 (日)

結局、無趣味な人が多いから、カルチャーセンターは老人たちであふれるわけだ[2013年12月第4週・通算33週]

体重:108.6kg[-1.0kg:-3.6kg]
体脂肪率:31.1%[+0.2%:+0.1%]
BMI:34.3[-0.3:-1.1]
体脂肪質量:33.8kg[-1.1kg:-2.0kg]
腹囲:106.0cm[-2.0cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 日本のオジサンって、基本的に無趣味な人が多いと思います。

 日本の学校には、部活という、ある意味、立派な趣味養成機関(しばしばマジになりすぎて、趣味の領域を越えてしまうという悪癖もあるが…)があるにも関わらず、多くの日本人は、学校を卒業すると部活で学んだ事を忘れ、やがて無趣味な人になってしまうのです。これは何もオジサンに限った話ではなく、オニーサンだって、オバサンだって、同様に無趣味な人が多いのです。辛うじて、オネーサンと呼ばれる人たちの中に“お稽古事大好き”という性癖の方が多少いる程度で、多くのオジサン、オニーサン、オバサンは無趣味であるというのが、日本の特徴なのではないでしょうか。

 では、そんな無趣味と思われる、オジサンやオニーサンたちに「あなたの趣味はなんですか」と質問すると「今は、仕事が趣味かな?」って返事が返ってくる事が多いです。それこそ、無趣味の極みのような返答です。

 ちょっと前までの日本のオジサンと言えば、モーレツサラリーマンタイプが大半で、せいぜい仕事帰りに赤提灯のお店で一杯ひっかけてくるとか、ウチに帰って来て、プロ野球中継を見ながら一杯やるってのが大半であって、仕事帰りに趣味を楽しんでくる…なんて人は、本当に少数だったわけです。

 「赤提灯はともかく、プロ野球観戦は、立派な趣味じゃないの?」 そうおっしゃる人もいらっしゃるだろうけれど、私はそれは違うと思いますよ。

 と言うのは、オジサンたちが毎日プロ野球中継を見ていたのは、野球が好きと言うよりも、野球を見るのが暇つぶしとして、ちょうど良いから見ていただけ…なんじゃないかなって思います。だって、野球中継って、仕事が終わって帰宅して、一息ついた頃に始まるでしょ? で、野球を見ながら晩酌をして、野球が終わったら、寝る。これぞ、理想のオヤジのナイトライフだったわけです。

 なにしろ野球ってのは、テレビで見ている限り、タダでお金がかかるわけでもないし、毎日見なくても状況が大きく変わることはないし、仮に大切な試合を見逃してたとしても、翌日の新聞を見れば、前日の結果が載っているわけだから、十分追いつけるわけです。野球中継ってのは、その日その日で刹那的に見ていても、十分暇つぶしの用が足せたわけです。

 だから、昨今の野球中継の視聴率激変も当然なんですよ。昔は野球中継しかオジサンが見れるテレビ番組が無かったけれど、今は同じテレビを見て暇つぶしをするにしても、野球以外の選択肢がたくさんありますからね。お気に入りのビデオをレンタルして見たっていいし、ネットをしてもいいし、YouTube画像を見てもいいし、テレビ番組だって録画しておいたものを見ればいいし、何もリアルタイムで野球中継を見る必要はないわけです。ま、本当に野球好きなら、野球中継を見るだろうけれど、暇つぶしのために野球を見ていた層は、今の時代、野球以外のコンテンツで暇つぶしているわけです。これこそ、野球中継が暇つぶしとして見られていた事の間接的な証明になるわけです。

 おまけに、オジさんたちの帰宅時間が昔よりも遅くなって、野球中継の時間に家にいない…と言うのも、野球にとっては不幸な出来事なんでしょうね。今は野球中継の代わりに、夜10時前後のニュース番組をオジさんたちは暇つぶしに見るようになったようです。ニュースも、野球同様、前後のストーリーもなく、その日その日で刹那に見ても楽しめるコンテンツだからね。

 これがドラマだと、連続してきちんと見ないと楽しめないので、刹那に楽しむわけにはいかないのです。

 もっとも、私のように、見たい番組を録画してみるオジサンも増えたようです。録画して番組を見る人なら、時間に制約を受けずにテレビを楽しめるわけで、そうなると、ますます暇つぶしで見ていた番組を見なくなるわけです。

 しかし、私を含め、テレビを見るのが習慣になっている人は、趣味人ではありえないと思います。なぜなら、テレビって、簡単に時間を浪費できる魔法の機材であって、そんなもので時間を浪費してしまったら、趣味に時間が使えなくなってしまうからです。ま、私のように、睡眠時間を削ってテレビを見るなら、また話は別ですが(涙)。

 つまり、趣味に生きる人はテレビを見ない。見ていても、時間的に短いはずです。なのに、日本の家庭へのテレビの普及率が相当に高いのは、それだけ無趣味な人が大勢いるって事になるんじゃないでしょうか?

 もっとも、日本のオジさんに無趣味な人が多いのは、テレビのせいばかりにはできません。むしろ、単純に自由になる時間がない事と、趣味に割ける体力の余裕がない事の方が、大きな要因と見られます。

 それに何より、オジサンがわずかに自由になる時間に、もしも趣味にかまけて、家族を放り出していたら、嫁さんと子ども達に叱られるのは必然でしょう。それを回避するために、家族サービスって奴が存在するわけで、家族サービスにかまけていたら、趣味の一つもやってられないのも事実です。

 だから、日本のオジさんが趣味に没頭できるようになるのは、やはり現役引退後になってしまうのです。

 もっともオバさんだって、オジサンと状況は似たようなものです。

 オバサンはオバサンで、実は忙しいのです。子育ての最中は、子ども優先の生活は当然の事で、趣味どころの話ではないでしょう。育児から手が離れ、時間にゆとりが生じても、まだまだ子どもにはお金がかかるわけで、よほど生活にゆとりがあるならともかく(いわゆる“有閑マダム”って奴ね)、そうでなければ、趣味どころか、余った時間にパートの一つや二つぐらいこなして、小金を稼いでこないと生活が廻らないのが現実でしょ? そうなると、子ども達が成人して独立した後でないと、なかなか時間や生活に余裕が生まれないわけで、趣味生活はそれからって事になります。運悪く、家に引きこもった息子や、嫁に行きそびれた娘がいたら、まだまだ趣味どころの騒ぎじゃないわけです。

 そんなわけで、オバサンも、オジサン同様(ある意味)現役引退しないと、趣味などできないのです。

 日本におけるオニーサンの立ち位置は“若いオジサン”という立ち位置だから、オジサン同様に趣味などに時間を裂ける余裕もなく、日本では、立派な成人のうち、嫁入り前のオネーサンという種族だけが、趣味生活を過ごせるような社会になっているわけです。

 なので、日本における趣味産業ってやつは、老人相手の産業にならざるをえないわけです。実際、カルチャーセンターに出入りする人を見ていると、子どもとオネーサンと、ジーサマ、バーサマばかりで、オジサンオバサンって、ほんと少ないよね。

 別にこの状況がダメな状況だと、私が思っているわけではありません。

 世の中には優先順序ってのがあるわけで、趣味よりも生活が大切だし、趣味よりも生業を優先するのは当然だし、無理に趣味に時間を割くよりも休息をとって健康維持に努める方が賢い生き方であると思います。

 でもね、趣味って老人になってから始めたのでは、ちょっと遅いと思うんですよ。老人になってから趣味を楽しむためには、現役時代から少しずつでもいいから、備えておかないと、老人時代を楽しめないんじゃないかなって思うわけです。

 でも、現役時代に趣味を持つ事は、なかなか大変です。私もある時、一念発起をして音楽趣味を始めたわけで、その一念発起がなければ、多くのオジサン同様、無趣味な生活をしていたと思います。

 できれば、世のオジサンオバサンたちが、一念発起せずとも、その生活を豊かにするために、軽い気持ちで趣味生活を遅れるようになったら素晴らしいなあって思います。それが本当に豊かな国の幸せな国民の生活…って思うんですけどね。なかなか厳しいですね。

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2013年12月21日 (土)

賢いナゴン

 ナゴンは相変わらず転覆です。

 金魚にとって転覆状態と言うのは、一体どんな感じなんでしょうね。つらい事なのでしょうか? 厳しい事なのでしょうか? 快ですか? 不快ですか? それとも無感情なモノなのでしょうか?

 今まで私が見てきた転覆金魚たちは、一度転覆したら、その状態で落ち着いていたので、転覆というのは、金魚にとって、無感情なモノ、または、諦観状態なモノって思ってました。

 しかし、ナゴンを見ていると、どうもそういうモノでは無いみたいです。

 ナゴンにとって、転覆状態は、どうやら落ち着かないモノらしいですし、快不快で言えば、どうやら不快に属する事象のようです。

 ただ、普通にしていると、どうしても転覆してしまいますが、泳ぐ時は、推進力が付くせいか、この時だけは、普通の状態になって泳いでます……が、すぐに疲れてしまって、泳ぎ終えると、またまた転覆状態に戻ってしまいます。

 ずっと泳ぎ続けられれば転覆もせずに済むのかもしれませんが、現実はそんなに甘くないのです。

 ところが、そこがナゴンの賢いところなんでしょうね。

 まっすぐな状態になって泳いだら、そのまっすぐな状態のまま、ポンプの脇に突入するんです。そこはポンプのモーター部とガラスの壁面の間が狭くなっていて、ちょうどナゴンのボディの幅ぐらいの隙間しかないところなんです。その狭いところにあえて正しいまっすぐな姿勢のまま突入して止まると……モーターとガラスの間で直立したまま休憩できるんですね。転覆しようにも、モーターとガラスにはさまれて転覆できないんですよ。

 すごいでしょ? 賢いでしょ? この姿勢のままで、ここにはさまっている時のナゴンは、心なしか、勝ち誇ったような顔をしています。

 でも、いつもいつも直立姿勢でここにはさまれるわけではなく、その場所に入る直前にスピードを落として入るわけですが、そのスピードを落としたところで、うっかり失速して転覆してしまうと、そのまま転覆の状態ではさまれてしまうわけです。

 時々、転覆状態でそこにはされまているナゴンを見かけることもあります。そんな時のナゴンの顔は心なしか悲しげです。

 なかなかうまくはいかないようです。

 しかし、自力で狭いところに入って、転覆を防いだ金魚はナゴンが始めてです。この子、案外、賢いのかもしれません。

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2013年12月20日 (金)

やっぱり、私は練習不足なんだよな

 フルートのレッスンに行ってきました。

 ええと、実は、約10分ほど遅刻しました。いや、家を出た時は、余裕で間に合う時刻だったのですが、出かけに財布を忘れて…んで、今回は先生への謝礼を支払う日だったので、財布を忘れたままではシャレにならないので、それを取りに家まで戻って…なんてドジをやらかしたら、遅刻しちゃいました。

 もーしわけ、ございません。

 一緒にロングトーンをやるために、姉様が待っていてくれたのですが、さすがに10分遅刻で待ちくたびれたらしくて、私の顔を見るなり「私、今、フルートを片づけているんですよ」と言われちゃいました。ふふふ(汗)、遠回しに言われると、結構グサってきますね…。

 と言うわけで、ロングトーンは先生と二人でやりました。うむ、ちょっと微妙に濁りました。ってか、アゲハの調子が本当に悪いです。素直に発音してくれないので、変なところに力が入ってしまって、それで音程がズレるんだろうなあって思ってます。ま、年内に調整してもらうつもりなので、もう少しの辛抱です。

 で、アルテ15課10章es-mollの8番の「es-mollのスケールとアルペジオ」ですが、先生の「もう、メトロノームに合わせられる?」に「挑戦します!」と答えた私でした。

 ええと、調子良かったですよ、中音域までなら(汗)。高音域に入った途端に、指がボロボロになり、何度も止まったり、変な音を出したり、そりゃあもう、大変な事になってしまいました。高音域の音に苦手意識があるわけではなく、単純に頭の中で、臨時記号付きの音を出すのが大変ってことだけです。つまり、楽譜と運指がダイレクトにつながっていなくて、そのために、ワヤクチャになってミスブローするという始末です。結論を言えば“単なる練習不足”でしかないです。

 先生にも「途中までは完璧だったのにね…」と言われました。当然、まだまだ合格ではありません。

 プチ・エチュードの2番は、アイスレバーを使って、バンバン吹きました。で、ところどころ、チョロチョロとミスをしながら演奏しました。どうも、そういう細かなミスブローを減らせない私です。この曲も、そこそこ出来上がっているのだけれど、細部がきちんと仕上がっていないんですね。

 先生がおっしゃるには「音はすごく良くなったよ。でも、明らかに練習不足だね」と言われました。そうなんです、私、練習不足なんです。

 なので「そうなんです、練習不足なんです、申し訳ないです」と謝ったら「いやいや、君が忙しいことはよく知っているから、攻めているわけじゃないですよ。ただ、この程度の曲、みっちり練習すれば、簡単に仕上がるのに、時間がなくて仕上げられないというのも、残念だよね」とのことです。

 そうなんです、私もこの曲、仕上げたいです。でも、ほんと、フルートの練習時間って少ない私です。

 これは元々、仕事が忙しくなったために、これまではそこそこ取れていた音楽の練習時間が劇的に減少し、その短くなった練習時間をさらに声楽と分け合わないといけないので、必然的にフルートの練習時間が短くなってしまうわけです。

 じゃあ、声楽を止めてフルートに専念すればいいじゃんって事でしょうが、それってさすがにナシですよ。私にとって、歌と笛は、音楽の表と裏なんです。この二つが私の中で色々とつながっているんですよ。なので、これからも、声楽とフルートの二つを同時に学んでいきたいと思ってます。

 まあ、趣味なんだし、ボチボチと行きますよ…って自分に言い聞かせています。

 今回の雑談は…先生のジム通いの話。先生は、あの滑落事故以来、老化を感じるそうなのです。自分で思っているほどに筋力がない事に悩まれています。結局、滑落したのも、自分の体重を支えられるほどの筋力が無かったから滑り落ちてしまった…という反省のもと、一念発起してジム通いを始めたのだそうです。で、ジムに通って分かったのは、本当に自分には筋肉が無いって事らしいのです。

 まあさあ~、フルート吹くのに、筋肉隆々である必要はないものね。

 私は言いました「ジムで筋トレしてカラダに筋肉を付けると、カラダが重くなって、却って登山向きではないカラダになってしまうのでは?」ってね。当然でしょ? 「登山に必要な筋肉は登山をする事で作っていくのがいいんじゃないですか?」ともね。

 滑落で地獄を見た先生にとっては「筋肉だよ、筋肉。とにかく、私に不足していのは筋肉だ、筋肉さえあれば滑落せずに済んだんだ」とおっしゃってますので、私の言葉はどうやら届かないようです。

 もっとも、お忙しいので、ジムには二週間に一度ぐらいしかいけないそうなので、筋肉隆々になる事は無いでしょうが(笑)。

 「先生、本当に筋肉を身につけたかったら、二日おきにジムに通わないとダメですよ」と言ったら「そんなに行ったら疲れちゃうでしょ?」って言われたけれど、疲れるほどに追い込まないと筋肉って付かないんだよね…。

 まあ、先生は体質的に筋肉が付きづらいんだと思います。だいたい、お年の割にはスラっとしていて、いかにも登山する人って体型なので、特に問題ないだろうって思うのですが…。

 「いやいや、ダメなんだよ。だって、カラダ年齢が40代なんだよ。やっぱり30代は維持したいじゃないの?」とわけの分からない事を言い始めました。ちなみに“カラダ年齢”ってのは、体重計が教えてくれる数値の一つです。ちなみに私のカラダ年齢は、これだけデブデブなのに、実年齢と同じなんですよ。

 私よりもうんと人生の先輩なのに、カラダは30代を目指しているなんて、ストイックすぎませんか?

 「内蔵脂肪が憎いんだよ…」って、老人のセリフじゃないですから。

 ちなみに、今回のレッスンが今年最後のレッスンでした。レッスンそのものは、まだ年内もあるのですが、私の仕事の都合で今年はこれでお終いです。次のレッスンは…なんとほぼ一カ月先(!)。うひゃー、そんなにレッスンの間隔が開いてしまったら、私゛どうなるんでしょうね(笑)。

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2013年12月19日 (木)

すとんさんは、カッコつけて歌いすぎです(笑)

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 曲は、いつものとおり、ガスパリーニ作曲「Caro laccio/いとしい絆よ」からです。この曲で注意されたのは「最初はいい声なんだけれど、歌っているうちに段々声がダメになっていくのだから、それに注意しましょう」って言われました。クチの奥が閉じていくのもそうだし、息が出なくなってくるのもそう。

 アレコレ気を使える人なら…クチの奥を開きながら、クチビルをメガホンにして、舌根を下げつつ、口先では明瞭に子音を発声しながら、舌本体で母音を形作り、歌の感情に合わせて、声の音色も操作して、しっかり腹筋使って息を送り出しながら、同時にノドも下げていく…なんて事が意識的に出来るのかもしれないけれど、私はムリですね。何か一つの事を気にかけたら、他のことすべてが意識から飛んで行ってしまいます。

 歌である以上、言葉をしゃべらないといけないし、言葉をしゃべった以上、そこに感情を乗せないといけないけれど、それをしてしまうと、発声テクニックのすべてが、私の意識から揮発してしまいます。

 結局アレコレやっているうちに、発声がおろそかになってしまうわけです。だから、発声練習でできていた事が、歌になると出来なくなるわけなんです。

 ああ、シングルタスクな私だ。

 「Caro laccio/いとしい絆よ」は、中声用の楽譜で歌っているという事もあって、ただ歌うだけなら簡単な曲です。でも、美しく情感を込めて歌うとなると、色々と難しいです。ほんと、中音域って、発声するだけなら簡単なんですが、歌として歌うのは難しいです。

 Y先生に師事するようになって感じるのは、中音域の難しさです。私自身テノールだし、以前の先生であるキング先生もテノールだから、レッスンでは、どうしても高音域にばかり目が行ってしまって、いかに高い音をすんなり出すかという事ばかりを考えて、中音域なんて、とりあえず歌えていればOKってノリだったのですが、Y先生の元では、それではダメなんです。

 Y先生曰く、たいていの歌は…それがたとえテノールアリアであっても…曲のほとんどは中音域で出来ているわけで、高音なんて、それこそ、最後の最後に一発あるだけ、なんて曲が大半なのだから、最後の一発にある高音がしっかり歌える事よりも、曲の大半を占める中音域の部分をしっかり歌えることの方が、よっぽど大切…ってお考えなんです。最後の高音の手前までちゃんと歌えていれば、最後の高音で撃沈していいじゃない…というのがY先生のお考えなんです。途中グダグダでも最後をピシっと決められればOKという、キング先生…というよりも世間の多くのテノールの考え方とは違うのです。

 無論、高音をピシっと決められないテノールなんて、存在意義がないわけだけれど、高音しか決められないテノールってのも困りモノなんです。高音を決めるには、テクニックも必要だけれど、カラダも作っていかないといけません。テクニックを身につけ、カラダを作っていくには、時間がかかるわけだから、それはそれとして、それまでの時間は、中音域を磨いていきましょうって、Y先生はお考えなわけです。

 つまり、今の私のテクニックとカラダでは、高音発声はまだ無理って事なんですね。だから、焦らずに中音域からしっかり固めていきましょうって事でもあります。

 それにしても真剣に取り組むと、中音域だって、相当に難しいです。ほんと、発声自体は簡単でも、それらを滑らかに美しく歌うとなると、ほんとのほんとに難しいです。

 クチが閉じてしまうのだって、息が出なくなってしまうのだって、カラダがまだテノールに成りきっていないからだからです。ああ、先は長いです。

 グルック作曲「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」では、息を十分に廻して歌う事と、しっかり準備をして歌う事、この2点をたっぷり指導されました。

 息を廻して歌う…私は歌う時に無意識にカラダを固め、息を一直線に出して歌う癖があります。これはどうやらオールド・スタイルな発声方法のようです。今の主流は、カラダをユルめ、自由にカラダを動かしながら、息を後ろから前に常に廻しながら楽に歌うのが良いのだそうです。つまり、これって“縦ノリ”で歌えって事のようです。

 厳密には縦ノリとは違うのだろうけれど、気分は縦ノリで行くと、うまく息が廻っていくようです。とにかく、息を廻して廻して廻して、その回転力と言うか遠心力と言うか、そういう息のチカラを使って、声を遠くに飛ばすのです。

 声を遠くに飛ばすとは、息の回転力で声を遠くにブン投げる…ようなイメージだと私は思いました。高い声も、息の回転力で声を上にブン投げて出す…みたいなイメージだと私は思いました。どちらにせよ、声のエネルギーは息の回転力によって生み出される、のかもしれないなあって、今回のレッスンで思ったわけです。

 とにかく、息を廻すのです。

 私の歌い方では、息が停滞しているのだそうです。だから、声が全然前に飛んで行かないのです。それは私が息をケチる歌い方をしているからです。息をケチって、その分、ノドをしっかり鳴らして歌う歌い方をしているので、その分、声が長く使える良さがある代わりに、息や声が停滞してしまうのだそうです。この歌い方は、キング先生の元でしっかり仕込まれた歌い方ですが、それを忘れないといけないようです。

 ああ、ずいぶんと頑張って、息をケチって歌うやり方を習得したのに、なんか残念な気分です。

 とにかく、息を廻すのです、そのために、息をふんだんに使うのです。息をたくさん使って声を飛ばすのです。

 ですから、カラダの使い方も自ずと違ってきます。キング先生のところでは背筋が重要視されました。背筋を後ろ斜め下に引っ張って息を支えたのです。Y先生にその事を話したところ「そういうやり方もあるけれど、それはやり方としてはかなり難しいテクニックなので、今は薦めません。それより、背筋よりも腹筋の方に注意をしてください」と言うわけで、腹筋、それもみぞおちの辺りを体内にねじ込むような動かし方をして息を支えるように言われました。レッスンの初期の頃に習った、モード2の支え方です。このモード2の支え方が多くのテノール歌手たちが普通に行っている息の支え方であって、この方が容易に高音にチャレンジできるので、今はこちらのやり方をメインにしましょうって事です。

 ちなみに、この腹筋で息を支えるやり方は、H先生がおっしゃる「フルートでの息の支え方」と同じです。同じテクニックを両方で共有できるのは、なんか得した気分でうれしいです。

 「声を飛ばさずに歌うのは、カッコつけているからですよ。カッコつけているので、自分の声に酔うために、声を自分のところで停滞させちゃうんです。多くのテノールにその傾向がありますが、本当にカッコいいのは、カッコつけずに歌うことなんですよ」って言われちゃいました。

 つまり、声を停滞させて歌うとクサいですから、声を飛ばしてサラっと歌った方が、客受けしますよ…って事なんだと思いました。まあ、やりすぎはかっこ悪いって事かな? 分かるような気がします。実際、私、歌う時、カッコつけてますから(笑)。でも、テノールって、声はイケメンじゃないといけないじゃないですか? イケメンってカッコつけるモンでしょ? だから、カッコつけて歌うと…声が停滞して逆効果になるって事なんですね。ああ、カッコ悪い。

 「イタリア(古典)歌曲はいいですね。音程が楽だから、発声に関する色々なことが学べます。これがテノールのアリアだと、音程そのものが大変だから、とても発声そのものについて学ぶ余裕がなくなりますね」と先生がおっしゃいました。確かにそうかも。私もテノールですから、高音がある曲だと、つい「高音を発声するには…」と考えて、頭の中も「あのAの音が…」とか常に考えているわけですが、それだけじゃダメなんだなって思うようになりました。

 今回のレッスンでは、イタリア古典歌曲2曲をたっぷりやってしまったので、トスカの方まで手が回りませんでした。なので、トスカは次のレッスンで、となりました。

 「家で練習していますが、どうしても最後のBが出るような気がしないんですよ」

 「でも、発声練習ではBは楽に出てますから、必ず出ますよ」

 「そう言われても、曲の中だと、それがうまくいかないんですよ。譜面を見ていると、ついつい身構えてしまって歌えなくなるんです」

 「ならば、楽譜を見ずに歌えばいいのだし、Bがそこにあるって事も忘れて歌うといいんです。最後に高いBがあると思うから失敗するんであって、高い音があるという意識が無くなれば、案外、簡単に歌えるものですよ」

 高音を意識する事で、カラダが萎縮してしまい、それで発声に失敗するのでしょうとの事です。

 発声練習でY先生は、今どの音を発声させているかは教えてくれませんし、意識させません。これは音程を意識させると発声がうまくいかなくなるからなんだそうです。でも、生徒さんによっては、非常に音程を気にされる方もいらっしゃって、発声練習をしながら、先生のピアノ伴奏の手を見て、音程を確認する方もいらっしゃるそうですが、そういう方ほど、音程に苦労するんだそうです。

 これもキング先生とは真逆で、キング先生は発声練習中も常に、自分は今、何の音を出しているか気をつけなさいと言われ、実際に発声練習の途中で「今の音、何?」とか質問されていました。なので、いつもいつも、音名を気にしながら発声練習をしていたものです。ああ、懐かしい。

 でも実際、Y先生方式で、音程の事は考えずに、自然に楽に歌うのが一番だし、そうしたスタイルで歌っていると、自分では出せないと思っていた高い音ですから、サラッと歌えてしまう事もある…ようなんです。

 「カラオケなどでは、自分でも驚くほど高い音を歌ってしまう事ってあるでしょ?」 うむ、確かにそれはあるかも(笑)。楽譜を意識しないで歌えば、高音にカラダが萎縮してしまう事もないわけで、それなら、ノドも開放されて、それなりにポテンシャルも発揮できて、高い音も歌えるってわけです。

 しかし、高音を意識せずに歌うのって、やっぱり難しいよね。

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2013年12月18日 (水)

どうも発声はアよりもオの方がまとめやすいみたいです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 お教室に着くなり、お願いしたのは、レッスンの振り替えです。

 先生とのレッスンは、私と先生の仕事のスケジュールを合わせて不定期に行っているのですが、実は、私の仕事が予想外に忙しくなってしまって、次回のレッスンに予定していた日がどうも難しくなってしまったので「ごめんなさい、次のレッスンはひとまずキャンセルで…」とお願いしたわけです。

 先生も働く男の事情は分かってくださってますので、その件は笑顔で受け入れていただきましたが、問題は「では、そのレッスンをいつに振り替えましょうか…」って事なんです。不定期レッスンってのは、積極的に予定を入れていかないと、どんどんレッスン間隔が開いてしまいますからね。

 いやあ、それにしてもY先生の年末年始は忙しいんです。大小のコンサートにディナーショーと、まさに“師走”状態。で「う~む」と唸っていただいて、ニューイヤーコンサートのリハのために、NHK入りするのが遅い日の午前中にレッスンを入れてもらいました。平日の昼間なので、私の仕事の調整をしないといけないのですが…そこしか予定のアキが無いので、なんとかしましょう。

 さて、レッスンです。ハミングの練習から入りましたが、高いポジションのまま、声を変えずに音程だけ変えて歌うハミングの練習をしました。と言うのも、私は低いポジションのままで、ついつい発声をしはじめる癖があるので、最初から高いポジションで発声する癖をつけましょうって事と、高いポジションで高い音程に行った時、ある高さから声の響きを副鼻腔のみに切り換えてしまう癖があるので、副鼻腔だけでなく、副鼻腔も含めた全身での響きのまま歌う、つまり声そのものは変えずに歌えるようにしましょうって事で、その道筋をつけるため、ハミングでそれらにトライしてみたわけです。

 難しいは難しいのですが、意識さえきちんとしていれば、できないわけではありません。問題は、いつでもそれを意識し続けて歌うって事なんです。

 私は歌い始めると、ついつい歌に夢中になってしまって発声がおろそかになってしまうので、発声に必要な事は、癖づけておかないとダメなんですね。そういう意味では、歌手としての私は、ちっとも知性派ではなく、タイプとしては憑依型なんですよ。憑依先がオペラ歌手ならともかく、そうでなければ、歌唱技術なんてすっかり横において、役に入り込んで歌っちゃうわけなんです。だから、役に入り込んでも、カラダに歌唱技術を残しておかないといけないわけです。だから、歌集技術は癖として身につけておかないといけないわけです。

 そういう点では、歌手として熟成するのに、時間が必要なタイプだし、遅々として上達しないタイプなんですよ。はあ~。

 クチを開いての発声練習では、クチの開き方の練習をたっぷりしました。縦開きですよ。以前よりもだいぶクチが縦に開くようになってきたとは言うものの、まだまだ高音になると、横にもクチが広がります。そうなると、クチの開き方の縦横比がおかしくなってしまい(発声ではなく)発音的におかしくなってしまいます。

 キング先生のところでは、発声と言えばアで行っていましたが、どうやら私の場合、アで発声するよりも、オで発声を整えた方が良いみたいです。無論、オだけでなく、アでも発声をまとめられないと、イやエはちゃんと発声できない…わけですが、まずは取っかかりとしてオで発声をまとめているのが良さそうだと言われました。つまり、発声の基本ベースはオでやってみる。やがては、色々な母音でちゃんと歌えるようにする。こんな感じじゃないとダメみたいですね。練習あるのみです。

 で、どんな発音でも、クチのカタチはオのままで、発音の仕分けは口の奥でやる…というスタイルが私向きのようです。つまり“クチをオのカタチに固定したままで行う腹話術”って想像すると分かりやすいかもしれません。それで歌うわけです(汗)。

 今回も高音チャレンジをしたのですが、かなり高いところまで出たそうですが、もっともっと高いところが出るみたいだと言われました。今現在の私は、下手くそでテクニックが無いので“高音が苦手なテノール”に甘んじていますが、どうもポテンシャル的には、高音を苦にしないタイプのテノールらしいんです。HI-Cどころか、もっと上まで行けそうだと先生はおっしゃいますが、問題は私の歌唱テクニックなんですね。ノドにそれだけの性能があっても、そのノドを制御するテクニックがボンクラなんですよ(涙)。なので、声の持ち腐れ状態なんだそうです。

 厳しいね。でも、せっかく持っている声なんだから、きちんと使えるようになりたいですよ。

 声と腹筋を直結する練習もやりました。腹筋の動きが声にダイレクトに反映するためには、その間に邪魔者を置かなければいいわけなんですが、それが難しいね。おまけに腹筋を使いづづけて歌うのも、体力的に厳しいです。

 雑談です(笑)。声楽家の留学先にも流行り廃りがあるそうです。昔々は、猫も杓子もウィーンに留学していたそうです。その頃の声楽家というのは、勉強するのにお金がかかるので、お金持ちの子女しかなれなかったそうです。その後、ドイツに留学するのが流行り(ウィーンよりもドイツの方が物価が安いので、色々と勉強しやすいらしいんです)、やがてイタリアに留学するのが主流になってきたそうです。H先生も奥様先生もイタリア留学組で、だからお二人ともイタリア語がペラペラなんです。

 歌手である以上、イタリア語がペラペラと言うのは、必要条件なんだそうですが、今の時代、イタリア語だけができてもダメで、他の言語(ドイツ語やらフランス語やら)もそれなりに出来ないと、歌の仕事って廻ってこないんだそうです。大変ですね。

 で、フランス語と言えばフランス歌曲ですよ。「私もいつか、フランス歌曲を歌いたいです。特にフォーレの歌曲を歌いたいです」って言ってみました。先生、ちょっと苦笑いをしてましたよ。なんでも、フォーレは私の声には合わないから、今は止めておいた方が良いだろうとの、先生の判断なんですね。今はまだ、パワフルでイケイケな歌を歌った方が良いのだそうですし、そういう声なんだから、積極的にそういう歌を歌っていくべきなんだそうですよ。やがて、年を取れば、いやでも声は変わっていきます。フォーレは声が変わってから取り組んだそうがいいでしょう…って話でした。

 なので、フォーレはしばらくペンディングです(残念)。でも、年を取ってからの楽しみって事にしておきますし、それまでにフランス語の勉強に励めばいいだけなので、チャンスを待つことにしました。ふふふ。

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2013年12月17日 (火)

フルートの唄口の話

 フルートには息を吹き込む穴があります。これを唄口(うたくち)と言います。この唄口の大きさやカタチや厚さ等が、フルートの音色や音量に関係するのだそうです。

 フルートで音を鳴らすには、唄口の、奏者側から見た向こう側の唄口の断面と言うか壁面と言うか、とにかく、その部分に息を当てて、そこで生じる気流がフルートの音の源になるわけです。つまり、唄口の断面に当たった息がどういった疎密波を作るかで、フルートの音は変わるって事でしょう。これに一番影響を与えるのが、唄口の断面の作り方であると思われます。

 この唄口の断面が、息が当たる方向に対して、どのような角度を取っているのか? 例えば、直線的な壁をとなっているのか? 曲線的な壁となっているのか? 曲線ならば、凹状なのか? 凸状なのか? はたまた凸凹状なのか? さらに断面の端の処理はどうなっているのか? おそらく、こういった細かな部分の細工でフルートの音がガラと変わってしまうのだと思うし、そのあたりを良い按配にするのが、フルート職人の腕の見せ所というわけなんだと思う。

 フルートの音は、唄口の断面のみならず、唄口の穴のカタチでも変わるそうです。

 丸に近いほど、素朴な音となり、楕円がきつくなるほど、今のフルートっぽい音になるそうです。また、音色とあいまって、その穴の面積は音量と関係していると言われています。穴の面積が小さければ音量が少なく、大きければ音量も大きくなるそうです。つまり、一般的に言えば、唄口のカタチが丸に近ければ、自然とその面積が小さくなるので、素朴で小さめな音となり、楕円や、楕円を通り越して四角い唄口になれば、現代的な音色で大きな音量の笛となるわけです。

 昨今のフルートには、やはり大きな音量が求められる一方、音色はむしろ昔ながらのひなびた音色のほうが好まれる傾向があるので、音量と音色は二律背反の関係にあると言えるでしょう。音量を求めれば音色で満足がいかず、音色を求めれば音量に不足を感じてしまう。

 そこがフルート製作者の悩みどころ…なのかもしれませんし、それゆえに頭部管だけを製作販売する専業メーカーの存在理由もあるわけです。

 唄口のカタチを変える以外の方法で、フルートの音量を増す事ができれば、問題は解決するかもしれません。例えば、フルートのボディの形状を変えるとか、トーンホールの見直しをするとか…いっそ、エレキギターならぬエレキフルートを作ってみるとか(笑)。
 やっぱり、高性能マイクとP.A.システムの使用というのが現実的な解決策だろうけれど、それではクラシック系の演奏会では使えないし…なかなか難しい問題ですね。

 まあ、もっとも、プロならいざ知らず、アマチュアが大ホールでリサイタルなんて開くはずもないのだから、あまり音量にこだわる必要もなく、好きな音色の笛を追い求めるのでも、良いのではないかと思います。ならば、音色と音量の二律背反な悩みにとらわれる必要もないものね。

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2013年12月16日 (月)

イル・デーヴというアーチストをご存じですか?

 皆さんは、イル・デーヴというアーチストをご存じですか?

 「ああ、外国のヴォーカルグループで、イケメンの四人組で、オペラの曲をすごく格好良く歌う人たちだよね~」って思った人、あなたは間違ってます(笑)。それ、イル・ディーヴォですから(爆)。

 私が今回取り上げたいのは、イル・デーヴです、イル・ディーヴォではありません。Il Divo ではなく、Il Devu の方です。イル・デーヴは、日本のヴォーカルグループで、フトメンの五人組で、オペラの曲をすごく格好よく歌う人たち、の事です。

 最近、私がインターネットをすると、やたらと画面のあっちこっちに広告として現れる謎のグループが、このイル・デーヴです。たぶん“デブ”という単語にひっかかるんでしょうね。私もブログの中で結構「デブ、デブ」と発言していますから(笑)。

 私は元々、イル・ディーヴォのユルいファンです。全部ではないけれど、アルバムもDVDもそこそこ持っています。

 昔から、コーラスグループというのはいたけれど、それらはハモリを重視したグループが大半で、声の威力を重視したグループは皆無でした…ってか、コーラスってハモリを楽しむものでしょ?

 その“コーラス=ハモリ”という概念をぶっ壊したのが、いわゆる“3大テノール世紀の競演”ってやつで、1990年7月にローマのカラカラ浴場で行われた例のコンサートです。日本では、当時テレ東で深夜に放送したヤツです。

 このコンサートでは、当時世界的に人気絶頂だった、パヴァロッティとドミンゴとカレーラスの三人のテノールが競演して、同じステージで歌ったわけです。もちろん、コンサートの大半は、それぞれのソロでしたが、コンサートの後半では、三人同時にステージにたち、最初はメドレーで、やがて、コーラスを取り出したのです。元々超人レベルの声を持っている人がコーラス(と言っても、声を合わせる斉唱程度でしたが)を始めると…そこには今まで聞いたことのないような超弩級の音楽が出現したわけです。

 これは大げさな話ではなく、人類が始めて耳にしたサウンド、かもしれません。

 世界はこの三人のコーラスにノックアウトされたのです。三大テノールは、サッカーのワールドカップのために行われた一夜限りのお遊びの余興的なイベントだったはずなのに、商業的に大成功してしまったため、その後もワールドカップのたびに、1994年はアメリカのロスで、1998年はパリで、2002年は横浜で、三大テノールコンサートを開催しています。

 その三大テノールコンサートのプロジェクトが終了してしばらくした2004年に、イル・ディーヴォがデビューしました。あたかも、三大テノールの再来のようなサウンドを引き下げて…。そりゃあ、素晴らしかったですね。おそらく、それまでも“三大テノール”的なモノで大儲けしてやろうと考えたプロデューサーはたくさんいたでしょうが、なかなかあれだけの声の歌手を揃えるのは難しいわけで、だからなかなかコピーグループも現れなかったわけです。

 だいたい、世界的な実力を持ったテナーなんて、数えるほどしかいないわけだし、彼らはすでに成功しているし、そんな連中を集めて三大テノールのコピーグループを作って、活動させる…ありえない話ですよ。

 ところが、オペラ(ナマ歌歌唱)から視点をずらして、クラシカル・クロスオーバー(マイク歌唱)に舞台を移して、当時実力はありながら今一つ成功しきれなかった歌手たちを集めてグループを作ってみたところ、うまくいったのが、イル・ディーヴォです。はっきり言えば、最初は、単なる企画モノグループだったわけだし、三大テノールのコピーグループでしかなかった彼らですが、プロデュースの上手さと、彼ら自身の歌唱力、若さ、容姿、ハングリー精神がプラスに働いて、成功したわけです。

 三大テノールコンサートを手本として、パワー系の男性ヴォーカルグループという新しいジャンルを切り開いたのが、彼らイル・ディーヴォってわけです。

 彼らの成功を見て、世界中で多くのイル・ディーヴォのコピーグループが作られました。ほんと、実にたくさんのグループが結成されましたが、世界的に成功しているのは、あまり無く、かろうじて、カナディアン・テナーズってグループが頑張っているくらいです。ここはテノールだけで作ったグループという点で、イル・ディーヴォよりも三大テノールを想起させたのが良かったのかもしれません。

 日本では、エスコルタ(妻がファンだったりします)が頑張ってます。

 そんな、イル・ディーヴォを頂点とした雨後の筍状態のパワー系男性ヴォーカルグループの世界に、今年さっそうとデビューしたのが、イル・デーブなわけです(笑)。

 もう、グループ名から「私たちはパクってます」という態度が、実にすがすがしい(笑)。決して、世界的な成功なんて、狙っていないでしょうし、それはもちろん最初から無理でしょう。

 だいたい、ピアニストを含めて、デブを五人集めた冗談みたいなグループですからね。でも、その歌唱力は、これまでのコピーグループを軽く凌駕しています、いやそれどころか、本家のイル・ディーヴォをも越え、オリジナルの三大テノールに匹敵するほどの歌唱力を発揮しています。だいたい、オリジナルのイル・ディーヴォの持ち歌でデビューするなんて、ほんと冗談にも程があるってもんですよ。

 いいなあ、イル・デーブ。しばらくはコンサート活動も頑張るそうですし、テレビやラジオにもちょくちょく出演するそうです。今のところ、継続的に活動するかどうかも不明なグループですが、こういうサウンド、私好きなので、せめてCDだけでも継続して出してほしいなあって思ってます。

 頑張れ、イル・デーヴ。

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2013年12月15日 (日)

寝溜めは出来ないけれど、寝補いはギリギリ可能(笑)[2013年12月第3週・通算32週]

体重:109.6kg[-1.4kg:-2.6kg]
体脂肪率:30.9%[-0.4%:-0.1%]
BMI:34.6[-0.4:-0.8]
体脂肪質量:33.9kg[-0.8kg:-0.9kg]
腹囲:108cm[-1.0cm:-1.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 とりあえず、体重減らしてみた(笑)。今まで「まあ、いいでしょ」って感じでクチに入れていた炭水化物系の食べ物を極力クチにしないというやり方で減らしてみました。まあ、減らした炭水化物系の代わりに肉を食べてますので、飢えているわけではないけれど、なんかココロは満たされない感じがします。やっぱり、米とか小麦って、美味いんだよなあ…。今はラーメンライスが食べたかったりします(涙)。

 さて、私はたいてい寝不足です。本当は毎日たっぷり眠りたいのだけれど、なかなかそういうわけには行きません。

 仕事が結構忙しいです。仕事が忙しいのは社会人として、うれしい事だし、職場で必要とされていると感じながら働く事は、精神衛生上も良い事です。けれど、体力的にはなかなか厳しいものがあります。

 私の仕事は、結構、時間的には融通がきいて、フレキシブルな時間で働くことも可能なんだけれど、私自身の性格上、あまりに自由度が高いと怠けてしまうので、あえてカタにはめて、早朝出勤&夜間帰宅をしています。結局、毎日12時間程度働いてます。

 なので、帰宅すると、結構良い時間です。それからブログをしたり、音楽の練習をしたり、本を読んだり、テレビを(録画で)見たりすれば、どうしても就寝は深夜になってしまいます。帰宅して、夕食と入浴だけして、すぐに寝てしまえば、たぶん健康的な人間としての生活が可能かもしれないけれど、私はブログもしたいし、音楽の練習もしたいし、本も読みたいし、テレビも見たいので、どうしても夜更かしをしちゃうわけです。ま、ゲームをしないだけ、健康的な生活を送れているじゃないかって思ってます。

 …これでゲームもしたら、廃人まっしぐらですな(爆)。

 普段の睡眠時間は、どうしても4時間前後になってしまいます。つまり、20時間活動して、4時間休むわけです。

 こんな生活が続けられるわけないです。でしょ? ですから、平日はこんな生活をしている私ですが、休日となると、寝る寝る寝る寝る寝る…ひたすら寝てます。だって、早朝起床は、あくまでも仕事のためですからね。仕事がなければ、無理して早朝に起きる必要はないので、ひたすら寝るのです。寝て寝て寝て、たまに短時間だけ起きて、また寝て寝て寝て…なんていう、生活をしています。

 とにかく、日頃の睡眠不足を解消するがごとく、寝まくる私です。とにかく、コンサートに行くとか、映画を見に行くとかの用事がない限り、休日は寝まくる私です。

 寝まくる事で、疲れたカラダを休める事はできます。つまり、不足していた睡眠の帳尻合わせは可能です。ってか、私の休日は、日頃の睡眠不足の帳尻合わせをしているだけなのかもしれません。

 寝不足に対する“寢補い”って感じなのかもしれません。

 一方、世間には“寝溜め”という言葉があります。これ、魅力的な言葉ですよね。私も何度か寝溜めにチャレンジした事ありますが、どうもうまく寝溜めって出来ません。

 「明日は寝不足になりそうだから、今日のうちに余計に寝ておこう」なんて出来ないんですよ。「今日まで散々寝不足だったから、明日はたっぷり寝てやろう」は簡単にできるのにね。

 でも、寝溜めができたら、人生かなり楽になるのにね。どなたか、上手に寝溜めをする方法をご存じの方、いらっしゃいますか?

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2013年12月14日 (土)

金魚の買い方、選び方

 今回は、ウチの水槽に特に目立った動きもないので、金魚うんちくと言うか、私が金魚を買っていて、学んだことを書きます。それはずばり「金魚の買い方、選び方」です。

 まず、初めて金魚を買う人は、金魚の前に、水槽や濾過装置や砂利など必要な装置や器具を購入して水を作っておきましょう。金魚と各種器具を同時に、下手すると、金魚が先で、その他のものは翌日に購入するというパターンもありますが、金魚の事を考えるなら、事前にその手のものは用意しておいて、きちんと金魚を迎え入れる準備が出来てから金魚を家に招くのが吉でしょう。

 さて、最初にするのは、水作りです。井戸水が使えるといいのですが、水道水の場合は、カルキ(塩素です)を抜く必要があります。浄水器を経由すればOKです。さもなければ、一日ほど汲み置いた水でもいいです。水を空気にさらすとカルキが抜けるそうです。ちなみに、カルキ抜きの薬剤もありますが…これ、案外、分量が難しいので、汲み置きの方をお薦めします。

 そうやって、カルキを抜いた水に金魚を迎え入れますが…どうしても、最初の子は、パイロットフィッシュになってしまいます。と言うのも、カルキを抜いただけの水は、清潔すぎて金魚には合わないからです。金魚が元気に育つためには、水中に適当なバクテリアが繁殖している必要があるのですが、バクテリアが育つためには、水に窒素やらタンパク質やらなんやらが必要なわけで、そのためには、水の中に、適度に金魚のフン等が溶け込んでいる事が必要なのです。バクテリアは、金魚を飼っていると、やがて自然に増えてくるそうです。なので、最初の水が金魚に合わなくても、仕方ないのです。なので、なるべくなら、金魚と言えども、体の強い、素赤和金などがいいかもしれません。素赤和金、金魚すくいの金魚ですね。

 理想は、すでに長年金魚を飼っている人から水をわけてもらう事かもしれません。わけてもらった水を種水として、そこから水作りを始めるのが、たぶん楽だし、確実だと思いますが…なかなかそういうわけにはいきませんよね。

 さて、金魚を買うのに、実は一番大切な要素は、お店選びかもしれません。もちろん、金魚すくいもアリです。でも、金魚すくいでは素赤和金ぐらいしか入手できません。金魚って、一冊の本になるくらい、実にたくさんのバリエーションがあるので、せっかく金魚を買うなら、そういうバリエーション豊かな金魚を楽しむのも一つの手だと思います。

 金魚の購入は…理想は金魚専門店がいいです。百歩譲って、熱帯魚屋さんで金魚も扱っているお店。そういうお店は、金魚飼育のプロなので、仕入れもしっかりしているし、健康な個体を揃えています。

 ホームセンターは…実にお店によって千差万別です。金魚の事をよく分かっている人が売り場の担当者なら、安くて良い個体が売られていますが、そうでもないところは、平気で怪我をした金魚、病気の金魚を売ってます。私は以前、水槽の中の金魚が全部白点病にかかっているのを見たことがあります。こういうお店は論外ですが、少なからずあります。ですから、ホームセンターで金魚を買う場合は、こちらがわでしっかり観察してからでないと金魚は買えません。下手に病気の子を購入してしまうと、我が家の金魚たちにその病気をうつしかねませんからね。

 具体的金魚選びですが…健康で元気な子を選ぶのが最低条件です。これは実に簡単です。活発に動き回っている子はたいてい健康で元気だからです。ただし、ジグザグに動いている子は別です。ジグザグに動く金魚はたいてい病気です。止まることなく、水槽の中をスイスイ泳いでいるような子は、まず大丈夫です。

 元気に泳ぎ回っている子に決めたら、次に怪我の有無を見ましょう。

 背びれや尾びれが折れている子って少なからずいます。折れたヒレは直りませんが、それでもかまわなければ購入しても良いでしょ。ウロコが1枚2枚剥がれている子がいるかもしれません。病気の可能性もありますが、若いメスの場合、オスの金魚の猛烈なラブコールで怪我をしてしまう場合もあるので、ウロコが剥がれている事だけで、病気と判断するのは早いです。むしろ、金魚から見た魅力的な金魚(つまり健康な金魚)である可能性もあります。

 魚体のバランスを見ましょう。案外、ヒレの長さが左右で違う子もいます。その子は、皮膚病の可能性がありますので、注意してください。

 目を見てください。元気な子は、澄んだ目をしていますし、目がよく動きます。

 もちろんですが、白点病や尾腐れ病とか寄生虫の有無とか、その手の目で見て分かる病気のチェックは当然です。

 後は…そう、たくさん飼わない事です。金魚を買うコツの一つに『人口密度(魚口密度?)を低くおさえる』と言うのがあります。金魚ってかわいいですから、ついついアレコレ買ってしまいたくなりますが、そこはググっと気持ちを抑えましょう。

 一般的な30cm水槽だと、私の体験上、小さな金魚がせいぜい5尾程度までです。これだと、なんか水槽が寂しくて、スカスカな感じがしますが、これくらいがちょうど良いのです。これ以上飼うと、金魚が早死にしますよ。

 その理由は、私にはよく分かりませんが、おそらく、酸素と窒素とストレスが原因じゃないかなって思ってます。

 酸素は、文字通り酸素不足ね。まあ、これは強力なエアポンプを入れればある程度は解決しますが、酸欠な環境は、金魚でなくてもツライですよね。

 窒素と言うのは、糞尿の事です。金魚は、ある意味、糞尿まみれの水で生活しています。しかし、多少の窒素は良いのです。窒素化合物はバクテリアのエサになりますし、水草の養分になりますからね。しかし、限度を越えれば、単なる汚水になってしまいます。金魚って飼ってみると分かりますが、実に良く排泄する生き物なんです。だから、ほんと、水を汚すスピードが早い早い。

 「だったらマメに水を取り替えるから問題ないです」と言うでしょうが、実は、これもまた問題なんです。水を頻繁に取り替えるのは、実は金魚には良くないのですよ。と言うのも、キレイな水って、金魚にはストレスなんですよ。

 金魚には適度に汚れている水が良いのです。バクテリアがたくさんいて、色々なモノが溶け込んでいるのが良いのです。「水清くして魚住まず」って言うでしょ? キレイな水は金魚にはストレスなんです。

 なので、頻繁に水を取り替えてしまうと、水中のバクテリア濃度が下がるし、金魚もストレスを感じるし、できれば“頻繁”は避けてほしいのです。もちろん、理想は、水替えをしない事なんですが、それは現実として無理だとしても、できるだけ水替えの頻度を下げて上げるの理想です。

 ちなみに、我が家は、週1で水槽の2/3ずつ取り替えてます。それも浄水器を通した水を汲み置いて室温にしたモノを使ってます。で、水を換えた直後に、塩やらなにやらを入れて、決して真水にしません。それも金魚のストレス対策です。人間もそうですが、金魚もストレスには弱い生き物ですからね。

 それと最後に、金魚はなるべく同じような種類で揃えた方が良いです。和モノなら和モノで統一し、丸モノなら丸もので揃えます。変わりモノは単品で揃えるべきです。例えば、出目金なら出目金だけで飼うとか、らんちゅうはらんちゅうだけにするとか…。と言うのも、金魚って、カタチが違うと、それだけで運動能力やらなんやらが違ってきますので、ついつい強い連中(和モノ系)が弱い連中(丸モノ系)やひ弱な連中(変わりモノ)をやっつけてしまうからです。なので、なるべく似たような種類の金魚で統一すると、金魚も安心できるみたいで、いいですよ。

蛇足  これは仕方のないことですが、できれば金魚はメスだけで飼う方がよいです。オスはいけません。だってオスって、獰猛だし、バカだし、短命です。おまけに、すぐに水を汚すしね。しかし、金魚の雌雄の区別って、簡単には分かりませんので、ほんと、こればかりは仕方のないことなんですけれどね、選べるなら、女の子だけが絶対にいいです。

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2013年12月13日 (金)

Aisレバーを使ってみようかな?

 フルートのレッスンに行ってきました。先週お休みしたので、二週間ぶりのレッスンだったのですが、その分たっぷり自宅で練習できたのか…と言えば、迷わずに“否!”です。いやあ、年末って忙しいんだよね。ほんと、二週間もあったのに、ほとんどフルートに触れないままレッスンの日を迎えてしまいました。

 実にひさしぶりにフルートに触ったので、なんかぎこちなかったです。やけにフルートが重たく感じましたし、実際、左腕は結構ダルくなりましたし、左脇腹がツリそうになりました。左腕に左脇腹でしょ? 私は左半身が弱いのかしら? なので、ロングトーンをやっている時は、腕がダルくて、お腹がキリキリして、途中でギブアップを宣言しようかと思ったくらいです。

 ちなみに、一緒にロングトーン練習をした姉様は、肩と背中がツライとこぼしていました。どうも○十肩のようで、フルート持つのが結構シンドイみたいなんですね。ちなみに先生は「楽譜がちゃんと見えないんだよねえ…」と視力の低下を嘆いていました。

 みんな、色々あるんだよね。

 さて、レッスンは、アルテ15課10章es-mollの8番の「es-mollのスケールとアルペジオ」です。先生は「もう、メトロノームと合わせられる?」と尋ねられましたが、メトロノームどころの騒ぎじゃないですって、練習不足でまだまだまともにできませんって。

 「指そのものは、もうすでにやっているんだから、これくらいスラスラできないといけないんだよ」と言われちゃいましたが、楽譜ではシなのに指がドとか、ミに臨時記号が付いていれば、普通はミbだろうに、なぜかファの指だったりとか、そういう目で見た情報と指の動きのズレというか、まあ老化現象で頭がすっかり固くなっていて融通が全くきかないとか、そういう難しさがあるので、いくら楽譜をガン見し、頭の中でドレミを数えていても、うっかり運指を間違えちゃうんだよね。

 とにかく、ゆっくりゆっくり、できるだけミスらないように(それでもミスブローはするんだけれど)頑張ってみました。この課題に関しては、慣れの問題が大きいと思うので、練習量を増やせば必ず攻略できるはずなので、頑張って練習してきたいと思います。

 「それと、ブリチアルディ・キーを使っていいんだよ。いや、もっと積極的に使いなさい」と言われました。今やっているes-mollは#系の調性なので、ブリチアルディ・キーの使用をなんとなくためらっていた私でしたが、たしかにおっしゃる通りにブリチアルディ・キーを使った方が指は楽だよね。先生がおっしゃるには、ブリチアルディ・キーは楽なだけでなく、正式運指よりも音色が良いから、これを使わないのはモッタイナイとおっしゃるのです。でも私には、ブリチアルディ・キーにはb系のイメージがあるし、第三オクターブになったら、ハズすだのなんだのというつまらない制限もあるので「むむむ」と唸っていたら「Aisレバーを使ってみたらどうだい?」と言われました。Aisレバーはブリチアルディ・キーと同じ事をやっているわけだけれど、名称がAisレバー、つまりA#レバーなので、イメージ的に#系のイメージなので、頭の固い私にもぴったりでしょ。なので、ちょっとAisレバーに挑戦してみようかなって思いました。

 「Aisレバーを使うなら、レバーは指先ではなく、指の腹で押えるように」と指導していただきました。うむ、ちょっと面白そうなので、Aisレバーを使ってみます。まあ、Aisレバーだと、ブリチアルディ・キーと比べて、演奏が楽になるわけではないのだけれど、音色的に良いなら、それはそれで面白いなあと思ったものなので…。

 さて、プチ・エチュードは相変わらずに2番です。今回は「君の演奏には拍子が感じられないんだよねえ~」と言われちゃいました。楽譜に書かれているように演奏しなさいって言われました。

 この場合の『楽譜に書かれているように』とは、音符が連桁で表現されている場合、その連桁の一塊は、音も一塊として感じながら演奏しなさいって言う事なんです。1小節の中に十六分音符が8個入っていて、それらが4つずつ連桁されていて、2つの塊として表記されていたら、音も2つの塊として感じながら演奏しなさいって事なんです。

 「なぜ楽譜がそう書かれているか? を考えながら吹きなさい」と言われました。

 指を操るのに忙しくて、ほぼ棒吹きになってしまった私は、ちょいと反省です。

 あと、最近はちょくちょくあるんですが、左小指の関節が演奏中に外れちゃいました。ダメですね。

 さて、今週の雑談は「高校入試について」でした。いやあ、実に生臭い話がバンバン出ましたが、ほぼローカルな話題で、ネットにふさわしくないような気もするので、今回の雑談は省略します。ううむ、ちょびっと残念。とりあえず「トンビはタカを生まない」という結論だった事だけ、ご報告いたします。

 あ、そうそう。“第36回日本フルートフェスティヴァル in 東京”のチラシをいただきました。フルートフェスって行った事ないんだよね。なんだかんだと言って、この時期、忙しいのですよ。でも、なんとか都合をつけて行ってみたい気がします。ちなみに、チラシの裏に載っている『乾杯の歌』はちょっと練習すれば、たぶん吹けるようになる…と思います。だってよく知っている曲だしね(笑)。でもこの曲、フルート吹くよりも歌った方が絶対“楽”だと思います。

 …ってか、歌いたい(爆)。

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2013年12月12日 (木)

リズムの取り方

 音痴には2種類いると私は思います。それは、音程の音痴と、リズムの音痴です。

 日本人は、音程には厳しいけれど、リズムには甘いという傾向があると私は考えます。最近の人はそうでもないけれど、少し前の人は、シロウトはもちろん、プロの流行歌手ですから、歌うとリズムが甘い人が多かったです。

 当時はカラオケなんてものがなく、歌手は生バンドに伴奏してもらっていました。当然、バンドにも善し悪しがあったわけですが、評判の良いバックバンドというのは、大概、歌手の歌に上手に合わせられるバンドの事を指してました。つまり、歌手が遅れたら、その遅れに合わせ、歌手が走ったら、一緒になって走り、いつも歌手の歌に寄り添って伴奏できるバンドが、上手なバンドだと言われていました。

 つまり、プロ歌手ですら、平気で遅れたり走ったりしていた時代だったんです。こんな調子だから、シロウトの世界では、なおさらの事です。のど自慢などでは、ほんと「こんな歌によくバンドは合わせられるようなあ…」と思ってしまうくらいに、実にフリーダムなリズムで歌う方がとても多かったです。

 もしかすると、昔の日本人にとって、リズムというものは、時間的に等間隔なものであるという認識がなかったのかもしれないなあと、最近の私は、そう思うようになりました。つまり、昔の日本人にとって、時間の流れる速度は一定ではなく、その心情に合わせて、常に伸縮していたと理解すれば、あのリズムの甘さ(リズムが甘くても、それなりに音楽として成り立っていたわけですし…)も納得できます。

 あるいは、別の言い方をすれば、日本では、時間ですらデフォルメしてとらえていたのではないか? とも言えます。ヨーロッパの近代絵画が写実的であったのに対して、同時代の日本の絵画には、デフォルメが多用されていたのと同様なのではないか? 計時的な時間よりも、心情的な時間の流れを優先していたのではないか?(ヨーロッパでもイタリアは、心情的な時間の流れを優先しているような気がします)

 最近の日本人のリズム感が良くなったのは、カラオケのおかげではないかと、私は思っています。なにしろカラオケの演奏は、歌手にはちっとも合わせてくれないですからね。むしろ歌手の方がカラオケに合わせて歌わないといけないわけで、カラオケに合わせて歌っているうちに、若い世代を中心に、計時的なリズムに、合わせられるようにななってきたのではないでしょうか?

 ならば、リズム音痴の克服は、この流れでいけば良いのです。

 つまり、カラオケに合わせて歌ってみる/演奏してみるのです。無論、最初のうちは、ちっともカラオケに合わないだろうけれど、歌う部分を短く区切り、パートごとにしっかりリズムをカラダに入れて、それを積み重ねる事で、曲全体の正しいリズムをカラダの中に入れるのです。こうして、リズム音痴を克服していくのが良いと思います。

 それに加えて、リズムの基礎練習をするのも良いでしょう。

 例えばメトロノームに合わせて手拍子をしてみる…とか? これって簡単なようで、リズム音痴の方には結構難しい作業だと思います。例えば、一分間ずっとメトロノームに合わせて手拍子を続けられるか? もしも簡単にできるなら、その人はリズム音痴ではありません。リズム音痴の方は、手拍子をしているうちに、なんかわけが分からなくなってしまって、やがて手拍子がズレてしまうようなんです。なので、一分なら一分、しっかりとリズムを自覚しながら手拍子をするのって、大切な基礎訓練だと思います。

 あと、音楽で使われるリズムって、たったの9種類しかないので、それを毎日練習するというのも良い方法かもしれません。9種類のリズムについては、以前の記事で書きましたので、そこを読んでいただいても面白いかもしれませんよ。

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2013年12月11日 (水)

フルートの演奏に性差はあるのか?

 演奏家の性差による演奏の違い…声楽ではもちろんあります。ってか、性が違えば楽器が違うわけだから、声楽の倍あ、性差どころの騒ぎではありません。

 どうやら、ピアノの演奏には性差があるらしいです。少なくとも、アマチュアレベルだと、男性の演奏と女性の演奏の違いは、かなり顕著です。まあ、これは男女の気質の違いもあるだろうし、備わっている筋肉量の違いもあって、男性の演奏はよく言えばダイナミックだし、女性の演奏は繊細なんでしょう。裏を返せば、男性の演奏はガサツで、女性の演奏はこじんまりとまとまっているとも言えます。もちろん、これはアマチュアの話です。

 ただし、プロでも「○○は女性にしては力強い演奏を…」なんて書かれている記事を見かけることも良くあるので、プロでもピアノの演奏には性差があるんだろうなあと思います。

 金管楽器には明らかに性差があると思います。音の初速が違うんですよ。これは吹奏楽部の顧問をやっている時に、男女ではトランペットの音色の傾向が全然違う事を感じましたので、金管には性差があると思います。打楽器も結構性差があると思います。無論、これらもピアノ同様、気質と筋肉量の違いから性差が生まれてくるのだと思います。

 では、木管楽器、とりわけフルートの演奏には、性差はあるのだろうか?

 実は私にはよく分かりません。

 プロの場合、それぞれにスタイルを確立しているから、演奏家によって音の違いはあるのだけれど、その違いが、男性だから、女性だからという、性による共通の傾向って事で括れないような気がするんです。

 まあ、アマチュアの同レベルの人たちの演奏を聞き比べれば、男女による傾向の違いも感じられるのかもしれないけれど、それ以前に、フルートを吹いている男性って、他の楽器と比べて、極端に少ないでしょ? ほぼ絶滅危惧種と言っても過言ではないでしょ?

 私が思うに、フルートをやっている男性の数って、テノールよりもうんと数が少ないのでは? 少なくとも私の身の回りでフルートを吹いている男性って、私と後輩君ぐらいだし(うむ、だからこその貴重なパートナーなんだよな)。ちなみに、テノールなら、何十人っているんだよね。

 なので、あまりに男性フルーティストの数が少なすぎるので、フルートの性差うんぬんを語れない私なのです。ああ、フルートの演奏に性差はあるのでしょうか?

 もしもフルートの演奏に性差があるとしたら、どんな感じなのか? 他の楽器では、気質と筋肉量の違いから、性差が生まれると私は考えますが、フルートの場合、その演奏に筋肉量は関係するのか? 具体的に言えば、男女のパワーの差は音に現れるのか? 指や腕のチカラは演奏に影響するのか? また気質の差はフルートの場合、どのように現れるのか? やはり男性が演奏するフルートはガサツなのか? 女性が演奏するフルートはこじんまりとしているのか?

 自分でフルートを吹いておきながら、その違いって奴がトンと分からない私でした。

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2013年12月10日 (火)

目標とする歌手を見つけました

 先日、Nさんという同門の方(声楽の姉弟子になります)に誘われて、コンサートに行ってきました。とても素晴らしいテノール歌手がいるので、ぜひ聞いてほしいってわけなんですよ。で、いそいそと行ってきましたよ。妻の車椅子を押しながら(笑)。

 見てきました。たしかにすごいテノール歌手でした。いや、すごいと言うよりも「この人だ!」と思ったわけです。

 そのテノールさんのお名前は、上原正敏氏と言います。二期会で頑張っているテノールさんです。東京はもちろんですが、湘南地方に隣接した県央部でも活躍してる方です。まあ、私から見れば、隣の地区の歌手さんってわけです。キング先生と活躍している地域が一緒ってわけですよ。ちなみにY先生のお友達でもあります。

 で、一声聞いた途端「うん、この人だ! この声だな!」と思いました。何が「この人」で何が「この声」なのかと言うと、私が目指すべき声です。私、こういうふうに歌うべきなんだなって思ったわけです。

 もちろん、人間が違うのですから、全く同じようには歌えるわけないですし、才能やらなんやらも違うのだけれど「この歌手は、私が目指すべき声の一つだ」と直感的に思ったわけです。

 もちろん、世界中には、素晴らしいテノール歌手はたくさんいます。でも、みんな違うんですよ。人種も違えば、体格も違うし、声の強さとか種類とか違います。そういう意味で言うと、テノールという楽器は、実に個性豊かで種類が多い楽器なんですね。

 で、それだけ個性豊かで種類が多いって事は、実はあんまり似たような楽器って、そんなに多くないって事なんですよ。例えば、かつての三大テノールのパヴァロッティとドミンゴとカレーラスの三人も、同じテノールとは言いながら、声の種類は全然違ったでしょ? テノールってそういうモンなんですよ。

 で、私が上原氏の歌を聞いて思ったのは「この人、私と持っている楽器が(たぶん)同じだ」って事です。もちろん、同じなのは、持っている楽器の種類だけだ、楽器の性能も、楽器の操作術も全然違うんだけれど、でも、持っている楽器の種類は、私と同じタイプの楽器だと思います。

 いわゆる…日本人で巨漢で軽いリリコ・レジェーロのテノール…の方なんですよ。このタイプって、なかなかいないんですよ。少なくとも、私が生で聞けるテノールで、このタイプの方は滅多にいません。

 生で聞ける…とても大切なポイントですね。と言うのも、世界の名テノール歌手の多くは、私の場合、音源とか映像とかでしか接する事ができません。音楽って、生で聞いてナンボでしょ? 生で聞かなければ分からない事って、たくさんあります。どんなに素晴らしい歌手でも、録音でしか聞けなければ、その歌手の本当のところって分からないでしょ。ま、これは歌手に限らず、どんな音楽家でもそうです。録音や映像を過信してはいけません。

 生で聞ける事。生で聞けて、その声から学べる事。もちろん、直接師事できれば最高ですが、それが必要ならば、音楽の神様がそのようなチャンスを作ってくれるはずです。今の私には、まだまだY先生から学ばなければいけない事がたくさんあります。先生の浮気なんてしている場合じゃないですよ(笑)。

 まあ、今は上原氏の歌を模範とするべく、機会があればこンサートなどに出かけて、その声を耳にしっかり刻み込んでくる事。これが私に必要な事かなって思いました。

 リリコ・レジェーロと言えば、キング先生もリリコ・レジェーロなテノールでした。お二人とも巨体なテノールで、声の音色の方向的には同じなんですが、人が違えば楽器が違うのが声楽の世界なので、やはり上原氏とキング先生とは色々と違います。

 一番違うのは高音の輝きです。とにかく上原氏は、Hi-Cでもなんでも、実にキレイに楽々と出しちゃいます。もちろん、本当は楽々に出しているはず無いのですが、実に楽々と出しているように聞こえるんです。これは才能もあるでしょうが、素晴らしいテクニックに裏打ちされた高音だと感じました。とにかく、発声のやり方が、実にテクニカルなので、色々と観客から見えるんですね。

 もちろん、高音だけでなく、普通に中音域の歌声だって美しいんですよ。生で聞くと、その声の響きの豊かさにビックリしちゃいます。

 いやあ、とにかくスゲーんですよ。

 ちなみに、キング先生の高音は、テクニックと言うよりも才能なんだと思います。あれをマネすると声をつぶすかもしれません。あの声は One & Only であって、なかなか学べるモノじゃないです。すごいと言えば、キング先生もすごいんだけれど、上原氏とは発声の組み立て方がかなり違うんですね。

 上原氏を教えてくれたNさんに感謝です。持つべきモノはやり手な姉弟子ですな(笑)。

 上原氏はCDやDVDは出していないようですが、YouTubeにはいくつか歌唱がアップされていますので、その一つをここに貼っておきます。

 それにしても、当たり前だけれど、私とは全然違う。ああ、目指す山頂は、本当に遠そうです。

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2013年12月 9日 (月)

私が欲しい電子楽譜とは

 本に埋もれて生活している私です。最近では楽譜も増えてきたので、楽譜にも埋もれて生活しています。もちろん、CDやらDVDやらにも埋もれまくっています。

 貧乏人ほど、つまらぬ小物で部屋を埋めつくす…ってわけですよ。ああ、すっきりとガランとした部屋で暮らしてみたい(涙)。どうにもモノを手放せない性格なので、それが災いして部屋がカオスと化しているようです。

 モノを増やさないためにも、少しずつ、データで済むものはデータで保管しようかなって思うようになってきました。例えば音楽とかも、データで買えるなら、なるべくデータで買おうと思ってます。もっとも、実際はデータで買うのと、現物で買うのとでは、まだまだ現物で買った方が安かったりする(私は輸入盤や中古品を買うことが多いんです)ので、なかなかデータ購入が進みません(笑)。

 それでもちょっとずつ、音楽はデータで買うようにしています。

 映像…映画とかは、なるべくレンタルにしています。レンタルできないモノ、例えばオペラ関係のDVDとかは仕方なしに購入していますが、なるべくレンタルできるものはレンタルで済まそうとしてます。これも、なるべくモノを増やさないための苦労です。

 最近ぼちぼちと、本もデータでどうだろうか?と思うようになってきました。最終的にはブックリーダーになるハードを購入しないと本格導入はできないとは思ってますので、今のところは、iPhoneでお試し状態です。

 私のiPhoneにキンドルと青空文庫リーダーを入れてみました。いわゆる、名作古典の類は青空文庫で、まだ著作権が残っているようなものはアマゾンで購入してキンドルで読む…ってパターンです。青空文庫なら基本無料ですし、キンドル版は案外安いのがうれしいです。ただ、iPhoneで読書する事自体に、まだ慣れないので色々と違和感はありますが、やがて慣れてしまって、案外平気になってしまうかもしれません。

 今はまだiPhoneですから、文庫本感覚で小説の類を読むのがせいぜいですが、いずれはタブレットを購入して漫画やイラスト本や画集、写真集の類を読むようになるのだろうなあ…。タブレットを使うようになれば、画面そのものが大きくなるので、楽譜なども使えるようになるだろうなあと思ってます。

 楽譜もデータ化して持っていたら、これ以上部屋を圧迫しなくなるので、うれしいかも?

 でもね、小説なら取り敢えず読めればいいだけだけれど、楽譜となると見れれば良い…というわけにもいかずに、色々と求めてしまいそうな私です。

 どうせ電子化された楽譜をタブレットで見るなら、次のような機能は欲しいかなって思う私です。

1)自動譜めくり機能

 歌ならともかく、楽器などは両手がふさがっているので、何らかの方法で譜めくりをせずに使うことができる機能が欲しいなあって思います。例えばセンサーが付いていて、こっちの演奏を聞きながらページを自動でめくってくれるとか…不可能ではないと思うんだよね。あとは、楽譜のある特定の場所(ページの最後から4つ目の小節)を見つめると、次のページに切り換えてくれるとか。そう言ったうまいやり方で、人間がわざわざ譜めくりしなくても、自動で譜めくりをしてくれる機能がついた電子楽譜、欲しいです。

2)模範演奏可能

 楽譜にMIDIデータが付加されていて、タッチ一つでMIDIによる模範演奏をしてくれる楽譜が欲しいです。いや、MIDIデータじゃなく、かつての名演奏家の演奏音源でもいいや、そういった音声データが楽譜に付いているとうれしいな。そりゃ、バリバリ楽譜が読める人なら要らないだろうけれど、私のようにたどたどしくしか楽譜が読めない人間には、そういった模範演奏って、読譜の良きアシスタントになってくれると思うんだよね。ダメかな?

3)マイナスワン演奏が可能

 上の模範演奏機能にプラスの機能だけれど、マイナスワン演奏、つまりカラオケも付いてくるとうれしいな。カラオケと合わせて練習するって、大切な練習だと思うんだよね。

4)歌詞の朗読付き

 これは声楽曲限定になってしまうけれど、歌詞の朗読データも欲しいです。きちんとしたネイティブによる朗読があれば、外国語の曲を歌う時の良き助けとなるんですよ。

5)鮮明な画面

 まあね…。楽譜って、紙の楽譜でも、どうかすると不鮮明な楽譜ってあるでしょ? 特に輸入物だとカスレの目立つ楽譜も多いじゃない? どうせ電子データ化するなら、そのあたりのカスレも修正して鮮明な楽譜でお願いします。あるいは、カスレたデータも補正をかけて、はっきりくっきりと見せる機能でもいいかな。

6)常に先が見えている

 紙の楽譜だと、どうしてもページでめくるので、ページをめくるまで次のページの部分が見えません(当たり前)。だけれど電子データーにはそもそもページの概念がないのですから、例えば、自分が演奏している箇所は常に画面の中央にあって、その前や後ろも常に見えるように、小刻みにページめくり…というかページ移動をしてくれると、うれしいな。

7)縦横、どちらでも表示OK

 ま、これは今でもできそうですね。

8)紙よりも安い価格

 出版しなくて済むわけだし、在庫を抱える必要もないのだから、電子データ化した楽譜は、ぜひ紙の楽譜よりも格安でのご提供をお願いします。

9)海外のデータも購入/使用可

 これは声を大にして言いたいです。どうかすると、日本って、すぐに独自仕様を始めて、ガラパゴス化しちゃうからね。できるだけ汎用なカタチでデータを普及してもらいたいですよ。メーカーやハードウェアに縛られるなんて、不便すぎるでしょ?

 ま、ほんと、私はぜいたくだね。でも、これくらいの希望は、やがてそのうちに実現されるんじゃないかって思ってますが、いかがでしょうか? 各ブックリーダーのメーカーの皆様方。

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2013年12月 8日 (日)

床屋で考えたこと[2013年12月第2週・通算31週]

体重:111.0kg[+0.4kg:-1.2kg]
体脂肪率:31.3%[+0.2%:+0.3%]
BMI:35.0[+0.1:-0.4]
体脂肪質量:34.7kg[+0.3kg:-0.1kg]
腹囲:109.0cm[+1.0cm:+-0.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 さすがにそろそろヤバイかな…って思うようになりました。やっぱり体重が110Kgを越えたらマズいっしょ! 少なくとも110Kgを越えないようにしないとね。

 ここまで肥えたのは、食事を今までの草食系日本食から、肉食系高タンパク食に切り換えたから。食事内容を変えたおかげで、激務な仕事にも耐えて、日々元気に暮らせるわけで、これを以前の日本食に戻したら、エネルギー不足で倒れるのは目に見えているわけで、仕事を乗り切るために必要なエネルギー確保と、太らないための低カロリー食のバランスがうまく行ってなかったってわけだな。しかし、肉食でカロリーを押えようとしたら、かなり小食にならないといけないし、小食になると、空腹でイライラするので、なかなかバランスが難しいです。

 さて先日、床屋に行って思いました。ああ、髪が薄くなったなあ…ってね。

 私も年寄りですから、ジジイですから、老化現象って奴に日々襲われるわけで、髪が薄くなっても、全く不思議ではないのですが、こうやって床屋の大きな鏡に自分を映し出して見つめていると「ああ、ジジイになったな」「ああ、髪が薄くなったな」って思います。

 私は若い頃、自分はハゲずにロマンスグレーの素敵なオジイサンになれると思ってました。ま、それは単なる妄想であって、現状はデブでハゲのジーサンにまっしぐらな私です。

 まあ、デブの事は置いといて(笑)。今回はハゲについて考えてみたいと思います。

 デブはダイエットをすれば(って、それが難しい事は誰もが承知してますが)やせる事ができます。ハゲは○○をすれば増毛できる…ってこと、あるんでしょうか? 太るもやせるも生活習慣がもたらした結果だから、生活習慣を改めれば、デブという状態も改まるかもしれません。でも、ハゲは生活習慣とは…たぶん…関係ないですね。

 おそらく、ハゲるかどうか、どんな種類のハゲになるのか、これって遺伝で決まっているんでしょうね。生まれた時から、すでにDNAに刻まれているんだと思いますよ、何歳になったら、どこらへんの毛が生えるのも止め始め、生えない範囲がどれくらいのペースで広がっていき、最終的に、何歳できれいにハゲるのかってね。

 私の場合は、河童ハゲでした。ザビエルハゲとも言いますね(笑)。頭のてっぺんからハゲるタイプのハゲでした。幸い、私はノッポですから、私の頭頂部がハゲたからと言って、これを目視できる人はほとんどいません。まあ、吹き抜けのビルの二階三階から私を見下ろせば話は別でしょうが、私の頭頂部のハゲを直接視覚で確認できる人なんて、ほとんどいませんし、私の場合、ハゲと言っても、まだ初級のハゲのようですから、カツラをかぶるなら、今のうちかもしれません。今からカツラをかぶってしまえば、私のハゲを世間から隠せるかもしれませんが…別に私がハゲていても、誰も困らないし、私も困らないし、カツラ屋さんをもうけさせたるだけなので、別にカツラをかぶらなくてもいいかなって思ってます。

 どうしてもハゲを隠さないといけない状況になったら、普通に帽子をかぶる事にします。

 だいたい、それ以前に、私は帽子が大好きで、普段から帽子着用の人だし、帽子は色々と持っているので、その日の気分に合わせて、帽子をかぶる人なので、帽子の方がカツラよりも、よっぽどしっくり来るかなって思ってます。まあ、そのあたりは、人それぞれかもしれませんが。

 で「私は河童ハゲ~♪」と思っていたら、ふと気づきました。私の額、広くなってない? つまり、髪の生え際が、後退していると言うか、上昇しているというか、やたらとオデコが広くなっているような気がします。で、そのオデコに深く刻まれたシワが横一本生えているじゃん。普段は髪をやや長めにして、前に垂らしているので、気がつかなかったけれど、髪の生え際だって、相当にヤバイじゃん(笑)。

 いやあ、頭のてっぺんからと、髪の生え際の両サイドから、着実にハゲが進行しております。ううむ、ツルッパゲになる日も、そう遠くないかも。

 確かに同年齢の同僚たちを見ても、みな結構、髪が薄くなっているよね。それと比べると私なんかはまだマシな方かもしれない。

 ハゲも大きな問題かもしれないけれど、髪の色も問題と言えば問題だね。実は私の髪って、この年になっても、黒々としていて、白髪がほとんどないんです。まあ、この年でも髪が黒々としている人が世間にはたくさんいるのは、我々の生活習慣の中で『白髪は染髪するもの』ってのが常識になっているので、珍しい事ではないけれど、毛染めもせずに髪が黒々ってのは、誰にも自慢はできないけれど、自分自身では「ちょっとしたモンダネ」って思ってます。

 と言うのも、髪の毛って、黒いのが白くなって、それからハゲるとばかり思っていたのに、髪が黒いのに、ハゲてきちゃったので、なんか中間部分を省略されたような気がして、ちょっとショックだったりします。ロマンスグレーのナイスなオジイサンは、もう絶望的ですよ(とほほ)。

 髪が無くなってハゲるのは平気だけれど、髪が無くなってイヤだなって思うのは…実は私、頭のカタチがあまり美しくないんですよ。リトル・ビット・オブ・ゼッペキなんですね。今は、そのゼッペキを頭髪で緩和しているのですが、これでハゲちゃって、ゼッペキがモロダシになったら…ああ、恥ずかしいかもしれない。

 もっとも、ゼッペキな頭なんて、自分からは見えないのだから、気にしなければいいという話もあります。私が気にするほど、世間は私の頭のカタチなんか気にしないからね。

 そういう意味では、私、たぶん、ハゲちゃっても大丈夫だと思います。もう年だしね、少しはハゲて、年配者らしく見えた方が良いかも。見かけが若いというのは、色々と不都合があるからね。私の場合、ハゲてちょうど良いのかもしれない。

 なんて事を、床屋で考えました。

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2013年12月 7日 (土)

チビも転覆(涙)、そしてナゴンは手を振るのです

 最近、転覆づいている我が家の水槽です。

 やはり、暑い夏が終わって涼しくなると、夏の余波が色々と水槽に現れるようです。

 夏の暑さも、もちろん、変温動物である金魚たちにはつらい事でしょうが、最近の秋の無い、夏から冬へとノンストップで変わる季節の変化も、金魚たちはつらいのではないかと思うようになりました。なにしろ、体温を外気温任せにしているわけですからね。暑ければ過剰に体力を消耗してしまうだろうけれど、外気温が大きく変化すれば、体温だってそれに伴って大きく変化するわけで、短期間で体温が5度も10度も変わる感覚って、我々には想像もできないけれど、さぞやツライのではないかしらと同情してしまいます。

 前回の記事でナゴンが転覆してしまった事を書きましたが、今回は、緋ドジョウのチビが転覆してしまいました。チビは転覆しただけでなく、体色がほぼ白くなってしまいました。ちょっと見は「水槽にロウソクが一本浮かんでいる」ような感じになってます。

 緋ドジョウは、体調の善し悪しが体色で分かりますので、チビは今、とても体調が悪いという事が分かります。なにしろ、体色が白くなって血の気が失せているだけでなく、カラダも硬直している事が多いし、何より肛門が開きっぱなしになっているので“具合が悪い”というよりも“ほぼ死んでいる”ようなものです。仮死状態?っていうのかな? 変温動物だし魚類だし、私たちの感覚で考えてはいけないのだけれど、相当体調が悪い事は事実でしょう。

 金魚の病気治療も難しいですが、ドジョウの病気治療はもっと難しいです。なにしろ、どこを見てもドジョウの病気治療なんて書いてませんもの。そこは、ペットである金魚と、食材であるドジョウの違いでしょうね。

 もっとも、ドジョウは病気になって具合が悪くなっても、実は治癒能力が高いんですよ。転覆病は、金魚にとっては致命傷ですが、ドジョウにとっては、ツライ病気である事は変わりないのですが、治る病気であります。転覆に限らず、ドジョウも生きている以上、色々な病気にかかるのですが、治療せずとも、自分の治癒力だけで、なんとかどうにかしてしまう事が多々あります。

 結構、タフな生き物なんですよ、ドジョウって。

 なので、心配は心配なのですが、ナゴンの転覆ほどには、チビの転覆については心配していない私です。チビはきっと良くなるはずですから。

 一方、ナゴンの方は、すっかり転覆が板についてしまいました。最近では、よく人間に向かって手を振っているンですよ。一見、かわいい動作に見えますが、これって実は、単に動こうとして胸ビレを動かしているのだけれど、悲しい事に転覆しているので、ヒレが水面から出てしまい、結果として“手を振っている”ように見えるだけの、無駄に体力を消耗するだけどの動作、だったりするんですね。

 人間が感じる“かわいらしさ”なんて、案外、そんな的外れの連続なのかもしれません。

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2013年12月 6日 (金)

脱力はフルートでも不可欠です

 ええと、仕事が忙しくって、ふと気づいたら、ほぼレッスンの時間になっていたので、仕方なくフルートのレッスンをお休みした私です。もちろん、先生に連絡は入れました。

 それにしても、遅刻したり、欠席したりと、どうにもダメな生徒だな、私は。

 それはさておき、そんなわけで、今週はフルートのレッスン報告ができないので、例によって、フルートエッセイでお茶を濁します(笑)。

 今回のテーマは「脱力はフルートでも不可欠です」です(Death?)

 もちろん「フルート“でも”」の“でも”とは「声楽では言うまでもなく必要なんだけれどさあ~」という前提条件があっての“でも”です。

 声楽では脱力は必須です。とりわけ、ノドとかアゴとかクチビルとか、そういう箇所にチカラが入って、カチンコチンだと良い声が出ないだけでなく、音域も狭くなるし、何より音色がひどい事になります…以前の私のように(涙)。息をしっかり腹筋背筋で支えれば、後はなるべく脱力をして、必要な箇所に必要なチカラを入れて最低限の支えを入れた後は、残りの部分は柔らかでヘナヘナが良いのです。それで美しい声で歌えるわけです。

 もしもチカラを入れたまま歌ってしまえば、本人が疲れるばかりではなく、声を壊して、つまり楽器を壊してしまいます。なので、脱力が大切なのです。

 フルートでも、声楽ほどではないにせよ、やはり脱力は必要です。

 フルートでは、声楽と違って、チカラの入った演奏をしたからと言って、楽器が壊れてしまう事はありません…まあ、調整の頻度は増えるかもしれませんが、それでも大きな問題ではないでしょう。そういう点では、声楽ほど脱力脱力と唱えなくてもいいのかもしれません。

 しかしやはり、フルートでチカラが入ってガチガチになったままで演奏すれば…どうしたって指を思うように動かす事などできなくなってしまうでしょう。また、クチビルが固くなってしまい、フルートの音も固くなってしまうでしょう。ノドが絞まれば、息も続かないだろうし、なによりフルートを吹くのがつらくなってくるはずです。肩にチカラが入っていれば、楽器を構えているのがつらくなってくるはずです。それに、余計なチカラが入るって事は、フルート演奏以外の事で酸素が消費されるって事だから、余計に酸欠になってしまうかもしれないし…とにかく、フルートでもやはり脱力が必要になってきます。

 フルートを吹いている時に、クチビルがケイレンを起こして困ってしまった事はありませんか? 私は、結構あるのですが、実はこれ、クチビルにチカラを入れすぎて、クチビルが疲れてしまって、それでケイレンしてしまうのだそうです。知ってましたか?

 ケイレンは不随意運動ですから、一度起こってしまったら、しばらくはどうにもできません。ケイレンするがままの状態でフルートを吹くしかありません。みっともないヴィブラートもどきのモノが音に付いてしまいますが、それは仕方のない事です。あんまり、自分の意志とは違った事が起こるので、そんな時、私、クチビルをケイレンさせながら、おまけに笑いながらフルートを吹いてしまった事があります。だってもう、笑うしかないじゃないですか?

 脱力をすると言っても、実は難しい事です。ヒトは「○○をしなさい」と言われれば、頑張ってそれを実現しようとしますが「○○は止めなさい」と言われても、それを実現するのは、なかなかに難しい事です。やらない事はやる事の数倍難しいんですよ。

 だから「脱力しなさい」ではなく「○○をしなさい。(そうすれは結果として脱力できます)」という線で物事を考えて実行しないといけないと思います。では、脱力をするための「○○をしなさい」に相当するものはなんでしょうか? 私はそれは「息をしっかりお腹で支えない」なのではないかと思います。

 もちろん、息をお腹で支える事自体、大切な事だと思うけれど、そこに意識を集中させる事で、カラダの他の部分へのリキみを減らせるのではないかと思います。また逆に、カラダの余計な部分にチカラが入っている時なんて、しっかりお腹で息を支えられていないような気すらします。

 私はそんなふうに考えます。

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2013年12月 5日 (木)

新曲をいただきました

 さらに声楽のレッスンの続きです。

 一通り、レッスンが終わったので、ちょっと気を抜いていたら、先生がやおら聞き慣れない(でも聞き覚えのある)曲をピアノで弾き始めて「最初の部分だけでも聞かせてください」とおっしゃいました。

 「えっ? えっ?」と思ったものの、まだ「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」のレッスンの続きかと思った私は『この曲は元々、AとかBとかのバージョン違いがあるし、レッスンでやっているのとは別バージョンの伴奏なのかな?』と思って歌いだそうとしましたが、どうにもうまく入れないし、そんな私を見て、先生もピアノを止めちゃうし…。

 で、改めて「どこを歌えばいいんですか?」と尋ねたら、先生が「あれ? まだやっていなかったっけ?」とおっしゃるので「どれですか?」と私がピアノ側に廻って、先生の楽譜をチラ見したら、全然別の曲の譜面が置かれているじゃないですか?

 「アリアは渡していなかったけ?」

 「今歌っているのは、イタリア古典歌曲の2曲だけです」

 「それで、この曲は、次からやりましょう。準備しておいてください」と言ってピアノを弾き始めます。

 「この曲、知ってますか?」

 「それ、トスカでしょ? トスカの一幕のテノールのアリアですね」

 「正解。楽譜はどれを使いますか? アリア集で行きますか、スコアで歌いますか?」

 「トスカはスコアを持っていないので、アリア集で行きます」

 「アリア集なら、ぜんぶあるので、どのアリア集で勉強してきてもいいですよ」

 という事になったので、次回から、プッチーニ作曲「トスカ」より 「Recondita armonia/妙なる調和」もレッスンしていただける事になりました。ちなみに、音楽之友社のアリア集で勉強してきます。

 新曲がもらえて、うれしいけれど、ちょっと複雑な気分です。だって、この曲、私には歌えない事が明々白々としているからね…。

 ちなみにこの曲の事を知らない人のために、YouTube画像を貼っておきます。

 歌っているのはドミンゴですが、この曲は、元々、ドミンゴのような重い声のテノールが歌う曲であって、私が歌うには曲が重すぎる…ような気がします。まあ、それはカヴァラドッシになりきって歌うならば…という条件付きならば、って事ですが…。

 おそらく先生は、単純に、この曲をエチュードか練習曲の代わりに、私に提示したのだと思います。決して歌劇「トスカ」の中のアリアとして歌うことは要求していない…のだろうと思われます。ですから、今回は役になりきって歌うのではなく、純粋に発声に注意をして、自分の声で自分なりに、この曲を歌えばいいんだろうなあと理解しています(でないと、とても歌えるとは思えないからです)。

 で『この曲はオペラアリアである』という事を忘れて歌うにしても、それでもまだ気は重いです。

 だって、この曲、高いんだもん(涙)。高いGやAなんて、普通に使っているもんな。つまり、GやらAやらをサラと歌わないとメロディが歌えないわけだし、最後のキメには高いBがあります。へへへっ、そんな音、今まで歌で出したこと無い…どころかトライした事すらありません。まあ、先生との発声練習では「Hにはまだ届かないね、Bまでかな」って言われているので、発声練習ならBも(無自覚に)出しているのでしょうが、意識的に曲の中で出すのは…無理ナンと違う?

 まあ、今回は発表会のように、人前で完成した姿で披露する前提もなく、単にレッスンの中だけで歌うのですから、歌えなかったら、それはそれで良しですし、案外、先生的には最後のBなど、どうでも良くて、途中のGやらAやらの方をレッスンしたいのかもしれないし、それで最後の最後でBが出せれば御の字と考えて、こういう冒険もアリって事になったのかもしれません。

 そこらへんは先生に確認してみないと分かりませんが、まあ、そんなところでしょう。

 それにしても、今まで歌ってきた曲の中でも、この曲は、明らかに最難曲だなあ…。テンポは例によって揺れまくっているし、コード進行も不協和音が連続している(実際、MIDIでカラオケを作ってみましたが、とても聞くに堪えない伴奏になりました)し…。ほんと、私に歌えるんだろうか?

 最初から弱気では、歌えるものも歌えなくなってしまうので、そういう不安は横において、一つ一つ音を取って、発声の事だけを考えて、自宅予習をしていきたいと思います。

 とりあえず、撃沈上等の気分で、前向きに取り組みたいと思います。頑張るよ。

蛇足 そう言えば、ピアノの上に、来年のNHKニューイヤーオペラコンサートの台本が無造作に置いてありました。先生、また新年も、仕事始めはNHKホールみたいですね。では私は昨年に引き続き、テレビを見ながら先生を探すという「ウォーリーを探せ!」みたいな遊びに興じますか(笑)。

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2013年12月 4日 (水)

スラーは書いてなくても、いつでも気分はスラーのままで

 声楽のレッスンの続きです。さて、曲の練習です。

 最初は、ガスパリーニ作曲「Caro laccio/いとしい絆よ」です。この曲は音程的には全然難しくない曲なので、ひたすら“息を流し続けること”と“しっかりクチの奥を開いて歌うこと”の二点に注意をしぼって歌いました。

 息を流し続けるには、しっかり息をお腹で支えることが必要です。と言うか、息をお腹で支えていなければ、息はすぐに止まってしまいます。息をお腹で支え続けているから、息を流し続けることができるわけです。休符になるまで、ずっとずっと息をお腹で支え続けて、息を流し続けなければいけません。

 つまり、フルートならばスラーで行う事を、声楽ではデフォルトでいつもやっていないといけない、って事なんだと理解しました。声楽の譜面では『スラーは書いてなくても、とりあえず、全部スラーで演奏する』と思えば、自然と息を流し続けられるって事なんですよ。

 知ってましたか? 奥さん(笑)。

 それにしても、今回のレッスンでは、後から思えば、ノドを鳴らしっぱなしで歌ってしまいました。クチの奥を強制的に開いて歌うと、どうも余計なところにチカラが入って、結果としてノドを絞め、ノドが鳴ってしまうようです。かと言って、ノドを緩めると、クチが閉じ気味になるわけです。なかなかうまく行きません。とにかく、今はクチの奥を開くことに集中したいので、ノドが鳴ってしまうのは…本当は良くないのですが…多少多めに見て歌ったわけですが、それにしてもノドが鳴りっぱなしだったなあ。

 クチの奥を開く感覚とか、開きっぱなしで歌う感覚とは、実はまだよく分かりません。歌っている途中で「あれ、クチの奥が閉じてないか?」と気づく瞬間はありますが、歌っている最中に、閉じているクチの奥を開く術など私にはございません。休符に来て(それも長めの休符に来て)ようやく体勢を立て直せる私でございます。

 ほぼ、なんとか「Caro laccio/いとしい絆よ」については、歌えるようになった私ですが、一カ所、最後の最後のフレーズである“e prigionier”の“e”の発音が美しくなくて、何度もやり直しをしました。前のフレーズからの続きで、“e”の直前に(v)があるわけなんです。ここはブレスを取ってもいいし、取らなくてもいいし、という箇所なんだけれど、私はここでブレスを取る事にしています。しかし、この箇所は八分音符と八分音符の間にあるブレスなので、かなり急いでブレスしないといけませんし、ブレス後にすぐに体勢を立て直さないといけない所なんですが、それがどうにもうまくできなくて、何度も試行錯誤をして、先生に何度もダメをいただきました。

 ようやく、一つの事に気づいてOKをいただいたのですが、それは“e”の出だしの息の量を減らして、丁寧に発音する…って事でした。いつもこの“e”の音色はダメだし、なんかバランスが悪いまま歌っていたのですが、要は私のブレスコントロールが雜で、そのために“e”を美しく歌えなかった…って事だったのです。

 「Caro laccio/いとしい絆よ」は今回でアガる予定だったのですが、この“e”の問題が残っているので、次回“e”をきちんと歌えたら終了することになりました。頑張るぞ。

 次は、グルック作曲「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」です。

 これは歌い始めてすぐに気づいたのですが「Caro laccio/いとしい絆よ」と違って、
割と響き多めに歌っている自分がそこにいました。やっている事は同じはずですが、曲によって響き多めに歌えなくて苦労していたり、逆にあまり気をつけなくても響き多めの声で歌えていたり、一向にテクニック的に不安定な私でした。どうも、テクニックが私の身についているのではなく、それぞれの曲の歌い方の中にテクニック的な事が内包されているような気がします。

 全くできないよりは良いのだけれど、決して望ましい事ではないなあ…。

 この曲の“Ovunque il guardo io giro”の“do”についた装飾音符をどう歌うかで、先生と考えてみました。

 元々は、私はこの箇所を、何となくワヤクチャに歌っていて、そのため、ピアノとの帳尻がうまく合っていなかったので、先生が止めたわけですが、さてでは、どう歌いましょうかというところで、ちょっと考えてしまったわけなんです。

 と言うのも、1)楽譜に記載されている通りに歌うのか 2)慣習的な歌い方を重んじて歌うのか 3)バロック様式を重んじて後打音的に処理をして歌うのか の三つの選択肢があり、どれでいくかで二人で悩んでしまったわけです。色々と検討した結果、どれが正しいとも言えないので、私の好きな歌い方を採用する事になりました。私的に大切な事は、ピアノのリズムにうまくはめてメロディを歌うことなので、面白みに欠けるかもしれないけれど、1)の楽譜に記載されている通りに(近いかたちで)歌う事にしました。…ってか、最初から私が楽譜通りに歌っていれば、何の問題もなかったわけで、それを細かいところを誤魔化してワヤクチャに歌っていたのが、一番イケない事だったわけですが(謝)。

 そうそう、この曲を歌っている時に、ふと、歌いながらクチの奥を開く事に感覚的に目覚めました。ちょっと前まで、そんな事は全然出来なかったのに、おもしろい事です。急に私の歌が良くなった事に先生もビックリして「ちょっと、今のところ、返してもいいですか?」と、それが偶然なのかそうでないのかを、確かめてしまったくらいです。でも、私の中では「こうやれば、クチの奥が歌っていても開けるんだな」と分かったので、何度やられても大丈夫でした。

 問題は、今後もコンスタントにこのテクニックが使えるかどうかです。実際、レッスンの終わり近くになると、歌いながらクチの奥を開こうとしても、全然ダメでした。おそらく、慣れない動きなので、クチの奥を開く筋肉が疲れちゃったんでしょうね。でも、クチの奥を開く感覚がちょっと分かったので、良し良しです。

 それともう一つ、今回のレッスンの中で、ノドを開いたままで、息の支えで高音(と言っても、この曲の事ですから、せいぜいFisですが…)を出す事も体感できました。今まで、高音を自覚的に出す時は、無自覚的にノドを絞めていた私ですが、ノドを絞めずに高音を出しちゃいました。後は、常にこのやり方で高音を出すのが癖になればシメたモノなんだけれど、うまくいくかしらねえ?

 と言うのも、ノドを開きっぱなしで高音を出す感覚って、モロに“嘔吐する感覚”なんだよね。歌いながら嘔吐すれば、吐瀉物ではなく、高音が出てくるっていう、何とも身も蓋もない感覚なんです。そしてこの感覚は、何かの書物でパヴァロッティが「高音を出すのは、クチから心臓を吐き出す思い」とか言ってたと思いますが、その感覚にも通じるモノでした。たぶん、この感覚が正解…だよね。それにしても、あんまり美しくない表現でごめんなさい。

 この曲は、まだまだあっちこっちが出来上がっていませんので、次回も歌います。

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2013年12月 3日 (火)

音程は上から取る!

 声楽のレッスンに行ってきました

 一度は四月に決まった発表会でしたが、諸般の事情で四月の発表会は中止となりました。で、翌月の五月は、会場予約の抽選に負けてしまったそうなので、発表会は今のところ、六月以降の予定です。まあ、六月も抽選で負けそうだよなあ(汗)。そうなると、昨年同様に、真夏のお盆の頃に発表会って事になるのかな? 個人的には、何とか六月に発表会をやっていただきたいけれど、Y先生は「ホールならどこでもいい!」とは絶対に考えない人だから、どうしても人気のあるホールばかりにチャレンジして負け戦をしているんだよね。

 頑張れ、先生。

 さて、レッスンはいつも通り、最初はハミングの練習からです。

 とにかく、クチを閉じていようが閉じていなかろうが関係なく「声を前に飛ばせ! 飛ばせ!」と言われました。もう、クチの中が振動でビリビリとして、かゆくてかゆくてたまりませんでした。

 さて発声練習ですが、とにかくアゴを開く練習をしました。私、アゴをきちんと開くのが下手で、どうしてもガクガクとなってしまうし、そんなに素早くアゴの開閉なんて出来ないのですが、それでは歌う人としてはダメなので、一生懸命にアゴを開く練習をしました。

 その後は、先生と一緒に高音発声にチャレンジしました。今回も前回同様「ううむ、Hにはまだ届かないね、Bまでかな」という結論になりましたが、同じことを先生の助け無しで一人で行うと「Asまでかな? Aには届いていないよね」という結論になります。

 同じ事をやっているつもりですが、結果が違うわけで、それはなぜ?と思ったところ、先生がおっしゃるには「すとんさんが一人で歌う時は、ノドが鳴るんですよ。ノドを鳴らして歌うと、声ってどうしても重くなるし、高いところにはいけなくなるんです。だから、ノドを鳴らしている限り、同じ事をやっているつもりでも、そんなに高いところまで歌えるようにはなりません」との事です。ノドを鳴らさずに歌うとは…響きだけで歌う事です。それは場合によっては「芯のない声で歌う事」とも同義ですが、今の私は、とにかくノドを鳴らしすぎなので、なるべくノドを鳴らさずに歌うことが大切なんだそうです。

 高い声…特にAまでは、大きな声やノドを鳴らした声で歌うと却って出づらいのだそうです。ただし、Aを越えた、もっと高い音は、むしろノドを鳴らさないと歌えないのだそうです。どうも、そのあたりにテクニック的に大きな断絶がありそうです。

 しかし、ノドを鳴らさずに歌うというのは、なんか物足りない感じがして、実に難しいですよ。

 そんな高音にチャレンジをしている時に先生に言われました。「すとんさんの声はアンダースローですね。でも声はオーバースローでないとダメですよ」との事です。先生が何をおっしゃっているのか、分かりますか? 発声する時、私は一度声を(音色的に? 音程的に?)下げてから、上へ向けて放っているのだそうです。これはダメなんだそうです。正しくは、声を一度上を通して、上から下に向かって投げる事が大切なんだそうです。そういう意味でオーバースローとは、よくたとえたものです。

 つまり、声を下から狙って発声するのか、上から見下して発声するかの違いなんですが、上から見下して発声するのが正しいし、それができないと高音発声はできないって言われました。そう言えば「音程は上から取る!」ってキング先生にもよく言われていました。…頑張らないとね。

 それにしても、口内の開きがまだまだ足りない私です。上も開かない、下も開かないのです。なので、真夏の犬のように舌を前にベロンと突き出したまま歌ってみたり(強制的に舌根を下げているわけですね)、クチをアッチョンブリケにしてみたり、色々とやってみましたが、なかなか口腔内を縦に大きく開くのは、私には難しい課題のようです。

 それにしても腹筋が弱い私だな。腹筋が弱いせいか、先生がおっしゃるには、私は声を肩から出しているのだそうです。肩で支えて、鎖骨で発声しているんだそうです(そんなのアリ?)。とにかく、しっかり腹筋で支えて、クチから発声しないとね。まだまだな私です。

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2013年12月 2日 (月)

なぜ日本の男は歌わないのか?

 もちろん、これは一般論。歌う男も少数ながら、いるにはいる。しかし、圧倒的多数の日本男子は歌わない。少なくとも、人前では歌わない。日本の女性が歌うのと比べるまでもなく、男は歌わない。

 どこで聞いたのかは忘れてしまったけれど、日本男子が歌わない事は、日本男子が踊らない事と同様に、世界的には不思議な性癖なんだそうです。

 しかし最近の日本男子は、案外踊るようになってきました。特に若い世代は、ストリート系のダンスを好んで踊るようになってきたけれど、それでも歌を歌う男は、相変わらず少数派のままのようです。

 日本の女性は、よく歌を歌います。古来より、よく歌ってきたようです。それは各地に残る、子守歌などからよく分かります。日本の女性は歌が好きだし、だから昔から歌ってきたと思われます。

 古来、男が歌うのは、女性にモテたいため…なんだそうです。今でも、女性にモテたいからギター始めました…なんて奴が後を絶たないけれど、音楽ってのは、洋の東西とや時代を問わずに、モテ道具の一つとして認識されてきたようです。

 セレナーデと言う音楽は、ナンパのための歌であって、窓辺にいる女性にセレナーデを捧げる事で、女性のハートを獲得するための歌であったわけです。まあ、ある意味、自分のチカラとか魅力とかを、歌として誇示するわけで、秋の虫たちや森の小鳥たちと同じことをしているわけです。

 しかし、わが国日本には、古来より、セレナーデの習慣などありませんでした。

 日本男子は、草食系うんぬんという言葉が流行り出す前から、女性にモテたいとは思わないものでした。女性に興味を持たず、女性に媚を売るようなマネをしない事がカッコいい事だとすら思われていた風潮があります。例えば、硬派、という言葉が指し示すように、女に興味をしめさない事が、男性としての格好良さにつながっていたわけです。

 しかし、いつまでも女性に興味がないままでは家庭は持てないし、家は滅び、国家も無くなってしまうわけだから、そのあたりは上手い具合にやらないといけません。それゆえに、見合いという習慣があったのだろうし、親が決めた結婚だとか『結婚とは家と家とを結びつけるもの』だかとか、とにかく、異性に興味を持たなくても、家庭を持てるシステムがあったわけです。

 つまり、日本では、ほんの少しまえまでは、結婚と恋愛がつながっておらず、硬派な男性が硬派なままでも、女性とカップルを作れたわけで、そういった感じの、結婚と恋愛がつながっていなかった時代の方が、我が国日本においては、ずっとずっと長かったのです。いや、それ以前に、日本男子にとって、恋愛という概念は、ついこの前まで、存在していなかった概念なのかもしれない。

 それゆえ、古来より日本男子は、女にモテたいなどと思わなかったから、セレナーデを歌うという事すら、思いつかなかったのでしょう。

 日本男子が歌ってきたのは、労働歌が大半だと思われます。今に残る民謡の大半が、労働歌と宗教歌である事から考えてみれば、そう大きく間違っていないと思います。宗教歌は宗教家たちが中心になって歌うための歌であるから、一般的な日本男子が歌うのは労働歌という事になります。

 労働歌は、たいていが斉唱です。ソロではありませんし、合唱でもありません。みんなで声を合わせて、同じタイミングを図りながら働くための歌です。いや、歌と言うよりも合図と呼んだ方が適切でしょう。とにかく、多数の人間が動くタイミングを図り合わせ、より効率的に働くために、合図としての歌を歌うのです。そこには、音楽の喜びよりも、よりよい仕事をするための喜びがあるのでしょう。楽しみのために歌うと言うよりも、仕事のために歌う。それが労働歌であり、だからある意味、労働歌を歌っていても、それは歌を歌っている事にはならないのかもしれないのです。

 では、日本男子は本当に歌がキライで、歌わないモノなのだろうか?

 「カラオケに行けば歌うよ」という男性は大勢います。つまり、仲間うちなら歌ってもいいわけだ。昔から日本男子は、宴会などで、酒を飲んで酔うと歌うわけだ。酔えば歌うけれど、シラフでは歌わない。仲間うちでは歌うけれど、見知らぬ人の前では歌わない。

 たぶん、そこには“恥”という概念が絡んでくるのだろう。仲間うちで、酔っての行いならともかく、シラフで公衆の面前での歌など、金輪際無理!って事なのだろう。

 己に厳しい…のが日本男子の良い気質であるが、これが歌にも波及し、ほんの少しのキズすら恥に感じてしまい、本当は歌が好きなのにも関わらず、音楽が好きなのにも関わらず、人前で歌えないのが、案外、日本男子の真の姿であったりするのではないか?

 思うに、日本のバントも、メンバーの大半は男性なのに、ヴォーカルだけは女の子ってバンド、たくさんあります。日本の男の子たちは、楽器には熱心だけれど、歌にはさほどの執着心がないのだろうか? 歌えるメンバーを探していたら、たまたま女の子になってしまった…というケースが多すぎるのか。それとも、日本女子はよほどの歌好きばかりが揃っているのか。私には分からないけれど、バンドの紅一点がヴォーカルというのは、本当に面白いと思います。

 学校の音楽の先生は、たいてい女性です。時代劇を見ると、長唄のオッショサンも、三味線のオッショサンも、たいてい女性です。子どものピアノの発表会に行っても、出てくるのは女の子ばかりです。歌に限らず、日本では、音楽というものは“女のたしなみ”であって、男性の出る幕ではないのだろうか?

 女子は音楽(を含む芸事)、男子は武芸。…まさかね。でも、武芸は言い過ぎであっても、スポーツをたしなむ男子は多いです。

 市民合唱団も、圧倒的に女声合唱が多いです。男声合唱団は実に数が少ないですし、混声合唱団も決して数が多いとは言えません。合唱の世界では、圧倒的に女性上位の世界です。

 男は忙しくて、女声はヒマ…なんて事はないし、最近では女性でも男性同様にフルタイムで働く人が増えています。ましてや、現役引退後は、男も女も、その忙しさに大きな違いはないはず。なのに、女性ばかりが歌い、なぜ男性は歌わないのか?

 いくら考えても私には分かりません。でも、言えることは、私は男性だけれど、歌う事が大好きです。たぶん、男性としては“変な奴”に属しているのでしょう。

 やっぱ、歌って、女々しい事、なのかな? 少なくとも、日本の社会においては、男らしい行動とは思われていないフシをヒシヒシと感じます。

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2013年12月 1日 (日)

そう言えば、ダイエットしているはずなのに、体重が増えている私です[2013年11月の落ち穂拾い]

 急に寒くなりましたね。私の周りでは、体調を崩して寝込む人続出ですが、私は毎日ヘロヘロになりながらも、なんとか健康で過ごせてます。とりあえず、ダイエットを忘れたわけではないけれど、健康を維持するために、積極的に食べているから…かな? なんて思っていたりしています。

 決してダイエットがうまくいかない言い訳をしているわけじゃないけれど、そう聞こえても仕方ないかなあ…。

 
 
欲しいモノが手に入らない…そんな時はどうする?

A. 似たもので我慢
B. (なんとしても)それを求める
C. 諦める

 例えば「スパゲッティを食べたいけれど、ウチにはスパゲッティが無い」 そんな時に、焼きそばを食べて我慢するか、スバゲッティをわざわざ買いに行ったり、出かけて外でスパゲッティを食べるか、いっそスパゲッティをあきらめてトーストを食べるか…まあ、そんな感じですね。

 でも、私の選択はちょっと違います。

 『スパゲッティ食べたい。でも、麺切れ。ならば、映画を見る』って感じです。

 まあ、一見「C.諦める」に似てますが、別に諦めるわけじゃないです。だって、スパゲッティに対する欲は全然ジャンルの違う欲望で満たす事で、とりあえず先のばしにしていただけで「諦める」わけではないのです。あえて言えば『他日を期する』わけですが、だからと言って「B.それを求める」とも違います。スパゲッティの欲望は映画で満たされたので、スパゲッティを食べなくても平気なのです。でも、スパゲッティを食べたくないわけでもないのです。

 例えば、猫を飼いたくなったとしたら、私の場合、迷わずに飼います。でも、猫が飼いたいけれど飼えないのなら、とりあえずオペラを見に行きます。それでも猫が飼いたいなら、旅行に行ったり、美味しいものを食べたりします。そうこうしているうちに、猫を飼いたいという気持ちが薄れてしまったら飼わないでしょうし、それでもまだ飼いたいなら、きっと猫の神様が、私にふさわしい猫ちゃんを私のところに送ってくるはずですから、それを信じて、決して焦らずに、オペラを見に行くのです。

 まあ、こんな感じかな?

睡眠不足の日々

 ああ、だるいなあ。疲れやすいなあ。と思っていたら、実は私、毎日毎日、寝不足でした。

 夜1時半ぐらいに寝て、翌日は5時半には起きて活動している。1日24時間ある中で、20時間活動して、4時間だけ寝て暮らしているわけだ。まるで受験生みたい。若者でも結構マズいライフスタイルだと思いますが、ジジイな私がそんな生活していちゃ、ダメだよね。でも、そんな毎日を過ごしている私が、ここにいます。

 そりゃあそんな生活なら、寝不足にもなるよね。疲れやすくもなるよね。

 体重が増える一方なのは、食生活よりも、睡眠時間が足りない事の方が問題なんじゃないの? なんて思い始めるようになった、今日この頃な私です。

やっぱり水晶は必需品

 と言うわけで、いつもドロドロに疲れている私ですが、ひと言『疲れ』と言っても、嫌悪感の伴う『疲れ』と、心地よくて苦にならない『疲れ』の二種類の『疲れ』があると思ってます。

 私の長い人生で『疲れ』とは、たいてい嫌悪感を伴うイヤ~な感覚でした。でも、ここしばらくの間は、そうでもなくて、カラダはたしかに疲れているのですが、気持ちはいつも元気元気な日々が続いて油断していました。でも、また最近、嫌な感じの疲れを感じるようになりました。

 はて、どうしたものだろうかと、色々と点検してみたら、最近、ちょっと思う事があって、水晶を身につけている時間を圧倒的に減らしたんですよ。どうも、水晶を身につけなくなってから、以前の、嫌な疲れを感じるようになったのです。

 ですので、またまた最近は、寝る時とお風呂に入る時以外は、なるべく水晶を身につけるようにしています。不思議なもので、水晶を身につけていると、疲れるは疲れるのですが、結構気持ちよく疲れるんですね。…で、ついつい20時間活動をしてしまうのです(涙)。

 まあ、睡眠時間の件は、これはこれで解決しないといけないのですが、やはり私の生活には水晶は必需品のようです。これをつけていると、私は元気でいられるんですからね。

 うむ、かなりオカルトな記事だな(笑)。

今月のお気に入り 折り畳みの杖

 アキレス腱を切った妻は、外出時の移動は、基本的に車椅子なんですが、多少は回復してきたので、狭い場所や混雑した場所などでは、車椅子を置いて、杖をついて歩きます。当初は病院から借りた松葉杖を使っていたのですが、松葉杖は案外荷物になります。そこで色々と検討した結果、最近の妻は、外出時は折り畳みの杖を使うようになりました。

 これって、結構便利ですね。もちろん、杖としては必要十分ですし、簡単に折り畳めるので、不要な時はカバンにしまえるので、ジャマになりません。たしかに今は、怪我が治ってしまえば、もう使わないアイテムかもしれませんが、私も妻も年を取っていきます。そう遠くない将来、自分の足だけでは安全に歩けなくなる日もやってきます。そんな時には、きっとこいつが役立つ事でしょう。

今月の金魚

 2013年11月下旬 ナゴンがついに転覆してしまいました。

今月のひとこと

 仕事から帰って来ると、疲れていて、正直、何もやる気がしない。ブログもしたくないし、音楽の練習だってやりたくない……けど、やる。なぜやるかと言うと『趣味だから』。これが仕事だったから、適度に休憩いれながら無理せずボチボチとやるんだけれど、趣味だから、思い切って無理をする。でも、趣味の無理は大変だけれど、楽しいから好き。(2013年10月30日~11月2日)

 山本太郎議員は明らかに狙って行ったのだと思います。それに関しては議論の余地も無く、彼の弁解の稚拙さばかりが目立つ結果となりました。おそらくは「目立てば良い」との、芸能人的なスタンドプレーであって、深い考えの上での行動とは到底思えません。この人は、感覚の人であって知性の人ではないのでしょう。それは芸能人としては必要なセンスだと思いますが、国のリーダーの一人としては、あまりに不適切な資質だと思います。こういう方が旗頭になっている限り、原発反対運動はすでに挫折したと言っても過言じゃないでしょうね(実に残念です)。まあ、あの方の処遇に関しては議員同士で決着してくれれば、それで良しなのですが、問題は、彼を擁護する方々の弁説。要は「天皇に手紙を渡すぐらい、いーじゃん。どこが問題なの?」って言いたいわけなのでしょう。確かにこんなつまらない事件、あなたの世界では、何の問題も無い事だし、あなたの明日の生活には、全く関係ない事なのは確かです。むしろ「天皇天皇って、ウザいんだよ!」ってところかな? 私が心配するのは、自分が生きる世界の事しか考えられない、視野の狭い人たちが、思いの外、たくさんいらっしゃるって事。視野の狭さは山本議員も同じ事なんだけれど、そういう視野の狭い人間が増え、世論を形成していく事が、実はファシズムにとって最もウマウマな事なんだよね。それこそ「軍靴が近づく」事なんです。そういう点で、私はこの国の未来を憂います。問題は、山本議員本人ではなく、彼の後ろに隠れている人なんです。この人物が日本国と日本人をどうしたいのか、何やら黒い意志を感じるんですよ。(2013年11月2~3日)

 最近、我が老犬ブログにスパムコメントが増えています。一応、スパムコメントはココログの方でフィルターをかけてもらってますが、それをかいくぐってくるモノが増えてきました。今までも、フィルターをかいくぐってきたスパムコメントはあったのですが、ここんとこ、その数が尋常ではありません。ま、色々な事情があるのだと思いますし、スパムを送る側だってバカじゃないから、なんとかしてブログ会社のフィルターをかいくぐろうと努力だってしてきたはずだしね。ま、そんなわけで、スパムコメントが増えてしまうのも、仕方ないと言えば仕方ないのです。ですから見つけ次第、それらのコメントをスパム登録してますが、数が多くなると、それも面倒なんです。面倒くさいので、スパムコメントを送るのは、ちょっと勘弁してほしいなあと思っていたりします。(2013年11月3~5日)

 食材表示問題が広がってますね。「エビの種類が違っていても、エビはエビだろう」と言ってしまえば、それまでですが。高級ホテルのレストランとかデパートってのは、信用で商売をしているわけでしょ? 「高いけれど、ここなら確実」ってみんなが思っているから、商売が成り立っているわけで、安い食材でボったりをするくらいなら、町中の信頼できる小さなレストランに行っちゃうだろうし、買い物だって大型スーパーで十分です。自分で自分の首を閉めるような事をなぜするのかな? どうして目先の利益だけを追い求めて、長年築き上げた信用と実績を汚してしまうのだろうか。私には分かりません。(2013年11月10日)

 最近Windowsを8.1にバージョンアップした私(64ビット版です)ですが、どうも8.1と愛用の日本語FEP(富士通製のJapanist)との相性が悪いみたいで、まともに日本語入力できない事もあり、ちょっとイライラしています。この前は日本語入力どころかWindows自体が挙動不審になって、再起動をしたら、そのままパソコンが起動しなくなりました。21世紀になって、親指シフト入力をしている私が悪いのでしょうが、この年になると、いまさらローマ字入力にも戻れないので、ちょっと真剣に焦ってます。マジでブログ継続に警鐘が鳴ってます。(2013年11月10~11日)

 ハードディスクが飛びました(涙)。私の自宅のパソコンにはハードディスクが二基入っているのですが、二基とも飛びました。それでもシステムの入っているディスクの方はなんとか、リカバリーをかけたりして生き返りましたが、データーが入っているディスクの方は、フォーマットするしかありませんでした。ううむ、20年以上に渡る、色々と溜め込んだデータたち(例えば、笛先生とのセッションの音声データとか)が消えてなくなってしまったのは残念無念です。今回、パソコンを変えた時に、バックアップを取れるシステムを作るのを、後回しにしていたツケだな。後悔先に立たずとはこのことだよ(涙)。(2013年11月11~12日)

 ようやくバックアップシステムを作りました。パソコンを新しくした時に、きちんと構築しておけば、それで済んだのにね。でも、あの頃は、私のお気に入りのバックアップソフトがまだWindows8に正式に対応していなかったのですから、仕方ないです。さっき確認したら、今は正式対応しているみたいなので、さっそく導入です。職場のパソコンのバックアップシステムを、使い慣れた奴に直しておこうっと。(2013年11月12~17日)

 なんか寒いです。この一週間で、湘南地方もすっかり寒くなっちゃいました。朝晩なんか、秋をスルーして、いきなり冬?って感じです。通勤時にはコート&手袋必携です。で、先日、仕事を早仕舞いして、昼下がりに帰宅したら…昼間ってまだまだ温かいんですね。朝晩にはちょうど良い通勤姿で、汗グダグダになっちゃいました。まだまだこの時期、寒暖の差が激しいですね。(2013年11月17~21日)

 気圧が低いと、カラダが重い…。気温が低いと、テンションが下がる。世界が暗いと、心が沈んでいく。(2013年11月21~23日)

 「かぐや姫の物語」を見てきました。とても良質な日本映画でした。私はこういう映画を昔から見たかったんだなって思いました。One & Only でした。(2013年11月23~24日)

 中国が尖閣諸島上空を中国の防空識別圏内であると発表しました。つまり、尖閣諸島上空を飛ぶ飛行機について、中国機以外は武力排除するよって宣言したわけだ。尖閣諸島上空は日本の領空にも関わらず、そこを飛行する日本機を“武力排除するぞ”と宣言したわけだ。図々しいにも程があるし、日本が専守防衛をうたっていても、こうやって戦闘を挑まれたら、戦うしかないじゃん。いよいよ、中国と戦争をする事になるのかな? アメリカは中国に対して、この件に関してはすでに警告を発しているから、日本&アメリカ連合軍対中国って事になるけれど、そんな事をしたら、中国は敗戦のみならず、国がつぶれてしまうと思うけれど、それで中国共産党はいいのかしら。(2013年11月24~27日)

 ふと気づけば、今年も残りあと約一カ月。ついこの前まで「暑い暑い…」と言ってたのに、もう年始年末だよ。紅白の出場歌手も発表になったし、テレビじゃあ年賀状やプリンタのCMが始まりました。ふと街を見れば、あっちこっちでクリスマスの飾りつけも…。一年過ぎるのも早いですね。(2013年11月27~30日)
 

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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