ひとこと

  •  なんかねー、最近、あれこれツイてないんです。あまりに小ネタ過ぎてブログに書くほどでもないのだけれど、なんかプチ不幸な日々が続いてます。なんかなー。

お知らせ

  • ●クラシックコンサートのお知らせをします。●10月8日(日)、茅ヶ崎市青少年会館ホールで行われます。今年のコンサートは、第1部ジュニア、第2部器楽、第3部声楽と、3部に分けて行われます。第3部の開演は15時20分となっています。●私は、第3部の10番として、トスティ作曲「Tristezza/悲しみ」とレオンカヴァッロ作曲「Mattinata/マッティナータ(朝の歌)」を歌い、次の11番目で、妻と一緒にレハール作曲「メリー・ウィドウ」より「A Dutiful Wife/従順な妻」の二重唱を歌います。私の登場時刻は、およそ16時30分前後になる予定ですが、あくまでも予定であって、これより早くなることもあるし、遅くなることもあります。●入場料は無料の千客万来系のコンサートです。ただし、例年までは市民文化会館で行われていましたが、今年は工事中となって、古い公民館系のホールで行われます。●会場的には、古くて小さい上に設備的にも??がつくような会場で「ここで歌うのはヤだな」という理由で、多くの方々が参加を取りやめたというほどの会場です。私も、練習で使用するならともかく、ここに人を招待して…となると、躊躇せざるをえません。なので、会場までお越しいただく事は望んでいませんが、もしよかったと、どこか遠くの空から、無事に歌えることを祈っていただくと感謝です。
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コメントについて

  • コメントは、どの記事に対して付けてくださっても結構です。歓迎します。ただし、以前書いた記事については、現在では多少考え方が変わってしまったものもあります。また、コメントをくださる場合は必ず“名前”の欄にハンドルネームをご記入ください。ココログ的には、コメントの際の名前の記入は任意となっていますが、このブログでは必須としますので、ご了解ください。また、その時に使用されるハンドルネームは、お一人様一つで統一してくださいますようにお願いします。複数ハンドルの同時使用、及び別人への成りすまし発言、捨てハンドルのご使用等は固くご遠慮願います。迷惑コメントやアラシ発言に関しては放置でお願いします。記事とは無関係のものや、プライバシーに触れたコメント、スパムコメント、エロ系コメント、商用コメント及びにネットマナーを無視したコメントに関しては、予告なしに削除する事もあることを御承知置きください。また、度重なる迷惑コメントに関しては、ニフティに「迷惑コメント」として通知し処理してもらうことにしました。

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2013年10月の記事

2013年10月31日 (木)

今月は小ネタだよ[2013年10月の落ち穂拾い]

 ん~と、実にリアルな生活が忙しいです(汗)。リアルが忙しいと、どうしてもネットにかまけていられなくなります。実際、私も自分のブログに毎日記事をアップするだけで、アップアップで、なかなか他の人のブログにコメントを残す余裕がありません(それでも読みに行くことだけはしています…がそれも周回遅れの感は否めませんのでコメント出来ないんですね、とほほ)。

 元々、この落ち穂拾いは、余所のブログに書いたコメントのうち、内容がきちんとあって、そのまま余所のコメント欄に埋まったままではモッタイナイものを、内容の一部を書き換えて、ここに再録していたのですが、これだけ忙しいと、再録も何も、元々のコメントが無いのですから、拾いようがないってモンです。

 はは、マズイですね。

 なので、今回は落ち穂ではなく、普段の記事では書けないような小ネタを書いて、お茶を濁します。

 
 
とりあえず三冠王です

 日本ブログ村のランキングの話です。日本ブログ村というのは、ランキングサイトでして、そこにブログ主たちは自分たちのブログを登録する事ができます。

 現在、我が老犬ブログは『声楽』と『フルート』と『大人の音楽活動』というジャンルに登録しています。その三つのジャンル、それぞれでブログランキングの第1位を続けさせていただいてます。これも愛読者の皆様のおかげです。感謝しています。

 もっとも、以上の三つは小項目って奴で、その上の中項目…『声楽』と『フルート』は『クラシック』が、『大人の音楽活動』では『音楽』が中項目になり、その上位に『総合』があるわけで、私が「三冠王でございます」なんて言っていられるのは、小項目の世界だけであって、その上位の中項目である『クラシック』や『音楽』では、それほどでもなく、『総合』に至っては「どこにいるの?」状態ですから、あまり威張れた内容ではないのですが、それでも、うれしいはうれしいのです。なんか、胸のうちがホクホクしちゃいます。

 ありがと。

 
 
私は巻き爪です

 私は軽度の巻き爪です。まあ、手指の方はさほどではないのですが、足指の方はなかなかのもので、とりわけ親指は結構巻いております。巻いているだけでなく、ちょいとばかり嵌入しているので、爪切りの時に痛みを感じる事と、爪を伸ばしていると、伸ばした爪が指に食い込むので、それだけで痛みがあったりします。

 切っても痛い、伸ばしたままでも痛い。なかなかに、刺激的な人生を送っている私でした。

 
 
で、自分が臭い

 もちろん、毎日、きちんと入浴し、柿エキス入りの石鹸(加齢臭防止効果があるそうです)で毎日カラダを洗っていますが、そんな私が臭いのです。特に夕方になると、本当に臭いのです。自分自身で「臭いなあ~」って感じているのですから、他人から見た(嗅いだ)私は、さぞ臭い事だろうと思います。

 ごめんなさい、リアル世界における、私の周囲の皆々様。

 私はデブで、汗かきなので、汗のニオイで臭いのだと思っておりました。だから、秋になって涼しくなって、汗をかかなくなれば、やがて臭さも抑えられるだろうなんて思っていたら、汗の分泌が経ると同時に、臭さが増してくるように感じられます。つまり、私の臭みは汗ではないモノが原因となって匂っている?って事になります。

 まあ、なんであれかんであれ、存在が悪臭になっては、円滑な社会生活が営めません。これ以上、臭い人にならないように気をつけていきたいと思ってます。

 
 
今月のお気に入り「愛の喜びは~17-18世紀イタリアの旧い歌(古典歌曲)」

 今月はCDをアップします。原題は「In My Heart: 17th & 18th Century Italian Songs」で、いわゆる「イタリア古典歌曲」のCDです。歌っているのは、ラモン・ヴァルガス/Ramon Vargasというテノール歌手です。

 日本盤はあったようですが、すでに廃盤になってしまったようなので、輸入盤のリンクを貼っておきます。

 そう言えば、最近の日本盤CDって、クラシック系に限った話かもしれないけれど、すぐに廃盤になってしまいますね。もともと、クラシック系のCDはあまり数が売れないのでしょうが、それが声楽系なら、なおさらでしょうし、昨今の不況を考えれば、あっと言うまに日本盤が廃盤になっても仕方がないのかもしれません。

 ちょっと前までなら、日本盤が無くなってしまったら、私のようなライトなクラヲタではもう入手困難盤になってしまいましたが、今はネット通販で輸入盤も日本盤と同じくらい手軽に購入できるので、日本盤が廃盤になったからと言って、慌てなくても良くなりました。ほんと、いい時代になりました。

 で、このCDの話です。「イタリア古典歌曲」を歌ったモノですが、ユメユメ、このCDをお手本にして勉強しようなんて考えない方がいいです。このCDは聞いて楽しむモノであって、教材としては、少なくとも初学者にとっては、百害あって一理無しでございます。

 と言うのも、ヴァルガスと言うのは、現在の代表的なテノール歌手の一人であって、その歌い方は、典型的な現在のオペラ歌手のそれであって、決して古楽とかバロックとかのノリではないし、決して楽譜に忠実な歌い方ではなく、かなり自由に変奏を加えながらの歌唱なんです。

 つまり、現在のオペラ歌手による現代的にショーアップされた“イタリア古典歌曲”って奴です。もっとも“現代的にショーアップ”と言っても、ポピュラー的な方向にハデハデな演奏と言うわけではなく、音楽的な作りはあくまでもクラシカルな方向であって、しかしその音楽的手法が21世紀のそれである…って事です。まあ『百聞は一見にしかず』ってやつです。良ければ聞いてみてください。全編、こんな感じで歌っております。ね、いいでしょ?

 
 
今月の金魚

2013年10月2日(水) 緋ドジョウのガリが星になりました。

 
 
今月のひとこと

 3連休は休めたけれど、もうこれからは、基本的に土日祝日のない社畜ライフが年末まで続きます。まあ、それでも合間合間を縫って休みを確保していこうと思ってます。とは言え、せっかく確保した休日も一日中寝ているだけなので、すっかり遊びに行けなくなりました。ああ、これから芸術の秋も深まっていくというのに、あれもこれも諦めないといけないとは…残念無念ですが、生活のため、健康のためには、仕方ないのです。そんなわけで、ブログの方も、ややパワーダウンというか、省エネモードに入りますが、そんなわけなので、ご勘弁くださいませませ。(2013年9月29日~10月5日)

 今日は妻の病院の送迎やらなんやらで、何度も駅前を通ったけれど、なにやら見かけぬ騒がしい集団と出会いました。妻曰く「あれって、現代版のちんどん屋さん?」…確かに、あれは現代版のちんどん屋さんかもしれません。その正体は、新しく駅前に開校した音楽学校の宣伝で、おそらくは、そこの先生たちが街頭に出てきて、にぎやかにチンドンしていたわけです。音楽学校の先生だからと言って、澄まし顔ではいられないのが、21世紀なんでしょうね。まあ、楽しい路上パフォーマンスでしたよ。(2013年10月5~12日)

 クラシックコンサート、とりあえず終了。「練習で出来ない事は本番では出来ない」は有名な言葉ですが「練習でいつも出来る事が本番で出来ない」のは、メンタルが弱いって事でしょうね。それでも、その日最高の出来で歌えたのだから、まあ、良しって感じでしょうね。記事にしてアップしますが、ちょっと待っててください。(2013年10月12~15日)

 台風来てますね。でもオトナだから、台風が来ていても、仕事にいかないといけません。一体、誰得?とか思うけれど、それが社会を構成するって事だから、仕方なかとです。(2013年10月15~16日)

 和食党の私です。とりわけ、朝は和食じゃないとイヤな私です。しかし、和食は準備が何かと面倒くさいので、妻が寝込んで以来、朝はずっと、ロールパンとバナナと野菜ジュースにしていました。なにしろ面倒かからないからね。先日、久しぶりに朝の時間に余裕があったので、ご飯と味噌汁とアジの開きにしたら、めっちゃ、ウマかった。涙がチョチョ切れるほどにウマかった。やっぱり和食はDNAに染みるなあ…。(2013年10月16~20日)

 あれ? 寒い…。ついこの前まで「熱くて暑くてアツくて死ぬゥ~。一体、いつになったら夏はが終わるんじゃい!」と叫んでいたのに、なに、この急な寒さは? 一体、誰得? これが(今更だけど)季節の変わり目って奴ですか? なんか、急に寒くなって、カラダが対応しきれないよ~。こういう時に油断すると風邪って奴をひくんだろうなあ…。(2013年10月20~27日)

 なんか最近、疲れが取れないなあ…って感じてます。まあ、老化って奴で、疲労回復ってのが若い頃よりも時間がかかり、前日の疲労が回復しないうちに今日の疲労を重ねていって…なんて事をやっているから、疲れが取れないと感じているのでしょうね。それとも、最近連発している台風に代表されるように、ここんとこ気圧が低い日が続くので、体調を乱しっぱなしって事が原因かな? まあ、やっとやってきた“季節の変わり目”って奴ですからね。体調管理をきちんとしないと、あっと言う間に風邪ひいちゃうから注意しないとね。(2013年10月27~30日)
 

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年10月30日 (水)

アゲアゲ気分でレッスンを受けなきゃ!

 声楽レッスンの続きです。

 曲練習に(休憩無しで)入りました。しかし、キング先生に習っていた時は、レッスンの最中に、よく休憩が入っていました。どうかすると、歌っている時間よりも休憩している時間の方が長かったくらいですが、Y先生は全く休憩を入れません。最初の頃は、それがツラかったのですが、一年も経つと、人って慣れるものですね。今は休憩無しでも、気持ちは平気になりました…でもカラダはやっぱり疲れているみたいです。

 ちょっと歌って疲れるなんて、発声が悪い証拠なんですけれどね(汗)。

 さて最初にやったのは、グルック作曲「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」の方です。

 今回は、正しく譜読みが出来ているかの確認と、自宅で練習するための目安をつけましょうって感じでした。とにかく、譜読みの方はバッチリでした(まあね)。歌い方としては、軟口蓋の使い方に気をつけて歌うように言われました。

 私、だいぶ、ノドの奥が開くようになったそうです(うれしい!)。でも、開いているのは下側ばかりで上側がちっともなんだそうです。具体的に言えば、舌根は下がっているけれど、軟口蓋は上がっていないって事です。「テノールなのに、まるでバリトンの先生に発声を習っているような歌い方ですね」って言われちゃいました。いや、実際、私、今現在、バリトンの先生に発声習っているんですけれど(?)。

 とにもかくにも、軟口蓋をもっと意識的に使って歌いましょうって言われました。

 なので、フレーズの歌いだしは、軟口蓋をしっかり上げて、待ち構えてから歌うとか…上に上がる音形の時は、その前の音符の時に音色が変わるほどしっかりと軟口蓋を上げて準備をしておく事とか…低い音程になっても、軟口蓋を高い位置でキープしたまま歌うとか…軟口蓋軟口蓋軟口蓋…そういう事に気をつけて歌うと、もうそれだけで結構大変で、ヘトヘトになります。

 まだまだ軟口蓋の使い方は下手くそですが、それでも「軟口蓋!」って注意されると、ビクと軟口蓋が動くようになったのは、進歩だなって思います。一年前の私では、軟口蓋は本当にビクともしなかったもんね。

 ガスパリーニ作曲「Caro laccio/いとしい絆よ」の方は、ほんと、大変でした。こちらでは、息を流したまま歌うことを見てもらいました。とにかく、息を流しっぱなしで歌います。そのためには、腹筋が自由自在に動き続けなければいけないのですが、ファルセット練習の時につっちゃって、痛くて痛くてたまらない腹筋君には、結構つらい仕打ちでした。

 とにかく、腹筋使って、息を流して歌い続ける。さっきの曲でやった、軟口蓋への注意も忘れずにです。こっちの曲は、なまじテンポが遅いので、却ってカラダにはキますね。

 「このくらいの曲なら、すとんさんのように、声のある人は、何もしなくても歌えてしまうのだけれど、それでは何の勉強にもなりません。きちんと腹筋を使う事。息を流す事。声を支える事。アゴをしっかり動かす事。声を前に出していく事。それぞれをきちんとやりましょう」って言われました。

 特に声に響きをつけようとすると、どうしても声が奥に引っ込みがちになります。そこで声を奥に引っ込めないようにするには、しっかり息を流す事が声が前に出て、引っ込まなくなるんだそうです。

 響きをつけようとクチの奥を大きく開けるのは弓のような感じで、美しい声を出すためにしっかり息を流すのは矢のような感じなんだと、先生はおっしゃってました。つまり、クチの奥を大きく開く事としっかり息を流す事は、同時に出来て、始めて一人前って事なんだと思います。確かに、その二つを同時にやるのは、今の私には難しいですね。

 「大きな(音程の)跳躍は難しいけれど、それと同じくらいに難しいのは半音程度の跳躍」だと先生は言います。その差は半音なんだから、小さなものだけれど、歌うときは、そこにしっかり差があることを示すように歌わないといけないので、そこが難しいのだと言われました。確かに、半音の差をノンベンダラリと歌ったら、つまらないよね。

 クラシック声楽とカラオケの発声の違いは、色々あるけれど、その大きな違いとして、音程をどこで作るかが、全く違うと先生はおっしゃいます。

 音程をノドで取るのがカラオケ的な歌い方。一方、クラシック声楽では、おおよその音程は腹筋の力(=息の流れ)で音程を取るものであって、微調整は軟口蓋の位置で調整するんだそうです。そういう歌い方を普通の人はしないから、クラシック的な歌唱法は難しいのだと言ってました。

 今回のレッスンの私は、腹筋がダメダメ君でした。「すとんさんって、お仕事でつかれていらっしゃる時は、本当に腹筋が動きませんね…」と言われちゃいましたが、たぶん私が疲れているのは、仕事のせいだけじゃないと思います(ってか、絶対にそうだよね)。腹筋がダメダメ君の時は、音程もかなり甘くなります。でも逆に、腹筋がダメだから音程が甘くなると言うのは、ノドで歌っていない事の証なので、方向性としては良いのだそうです。うむ、それはちょっとだけうれしいです。

 私の場合、まだまだノドで音程を取った方が精度が高いそうですが、いつまでもそんな歌い方ではダメなので、ノドで音程を取るのを止めて、息の流れで音程が取れるようになったら…いいなあ(笑)。

 息の流れで音程が取れるようになるには、腹筋の力も大切だけれど、軟口蓋や舌根を開き続けなければいけないわけで、そういうちょっとした事の一つ一つがまだまだ大変な私でした。そういう意味では、まだ歌手のカラダになりきっていないんだよなあ。

 とにかく、今回のレッスンでは、発声に関して、たくさん習ったような気がします。

 蛇足 でもやっぱり、今回の私は元気がなかったかもしれない。声にハリがなかったりするのもそうなんだけれど、気持ちがアゲアゲでなかったのが原因としては大きいような気がします。妻が一緒にいると、なんか気持ちがアゲアゲになるのだけれど、私一人だと(こう見えても、私の正体は“落ち着いたシニア”なので)何事も落ち着いた感じになって、ノッペリになってしまうのですね。これでいけません。一人でレッスンに行っても、アゲアゲな気分でいかないとね。

 頑張るぞ。

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2013年10月29日 (火)

ファルセットも練習しましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 声楽のレッスンに行こうと、いつものようにタクシーを呼び出そうとしたら…なんと、iPhoneのバッテリー切れ(涙)。…電話かけられない(涙)。仕方がないので、他の電話でタクシー会社に電話をかけようと思ったけれど、タクシー会社の番号が分からない。タクシー会社の電話番号はiPhoneの中だもん、バッテリーが切れてたら、番号も調べられない(涙)。

 仕方ないので、しぶしぶ電源コードをつないで、有線で使用することにしました。しかし、いくら電源コードがつながっていても、iPhoneはバッテリー残量が5%に回復するまでは起動しませんでした。5%まで充電が完了すると、iPhoneは起動するけれど、アプリの起動はできません。電話もアプリの一つだからね。電話がかけられない状態なんです。充電が7%になって、ようやく電話が起動するようになりました。

 電話して、いつものようにタクシー呼んだら、なんとやってきた車は、ハイブリッド車のプリウスでした。私、プリウスに乗るの、始めて! いやあ、従来のガソリン車と比べると、ほんと、静かですよ。静かで静かで、タクシーの運転手さんと何もしゃべらずにいるのは、なんかとっても気づまりに感じられるほどに、静かな車内でした。

 で、今回は妻はアキレス腱断裂のため、お休み。なので私一人でレッスンに行きました。先生のお宅に私が一人で行くのは、今回が始めてです。なんか、照れちゃうね。

 レッスン室に入ると、先生が「いかがでしたか?」と尋ねます。当然、クラシック・コンサートの件ですね。レッスンでは、かなりちゃんと歌えていた私だったのに、本番では、すでにご存じの通りだったわけで、先生としては『まあ、やっちゃったんだね~』って感じだったようです。

 先生がおっしゃるに、私のように、普段からガンガン声が出ている人は、別に当日、声出しの必要って、あまりないそうです。だから「声出しができなかったので、うまく歌えなかった」と言うのは、たぶん関係ないそうです。そういう肉体的な問題より、メンタルとか集中力とかの方が問題だったんじゃないかってのが、先生の見解です。メンタルによる失敗は…無いような気がしますが、気ぜわしかったの事実だし、あと、肉体的に疲れていたのも事実です。

 「失敗を積み重ねていくうちに、上手になるんです。最初から上手な人はいません」と先生がなくさめてくれました。なので、あまり落ち込まない事にします。

 レッスンの最初は…ファルセットから。ファルセットを巧みに使えるようにしましょうって事です。特に、軽くて薄いファルセットを限界ギリギリの低い音域で使える事は、テノールの基本的なテクニックの一つなんだそうです(ほんと?)。なので「私、ファルセットは苦手です」というのは、テノールにあるまじき発言のよう…らしいです。

 最初は五線の中のドをファルセットで出しましょう…って事でしたが、そんな低い音をファルセットで出せる私じゃないです。そこより1オクターブ上(いわゆるHI-C)ならファルセットで出せるんだけれど、そこじゃないそうです。

 ひとまず「あまり良くないのだけれど」と言いつつ、ラ(もちろん、五線より上のラ)から一つずつ丁寧に降りていきます。目標はドなんだけれど、当然、そこに行く前に声がひっくり返って地声になっちゃいます。「支えがないと、声がひっくり返るだよ」との事で、ファルセットで低い音域になっても、声がひっくり返らないようにしていたら…腹筋が同時多発的につりました(涙)。いやあ、痛いの痛くないの、そりゃあ、たまらんこってす。

 とりあえず今回は、ファあたりで勘弁してもらって、その音程で、ファルセットから少しずつ実声に変えて、最終的にはffで発声すると言うのをやりました。低い方は割と簡単にいけますが、ある程度高くなってくると、声が途中でギアチェンジしてしまいますが、それは声の支えが弱い事と、しっかりノドを開けていない事の二つが原因なんだそうです。「もっともっと支えて!」「さらに奥まで開いて!」 もう、壊れちゃうかと思いましたよ。

 散々、ファルセットで痛めつけられたら、次は徹底的にハミングです。最初は通常のハミング、次はクチを開いたままのハミング(実声じゃなく、あくまでは鼻声で歌うンです)。

 自宅練習用に、ファルセット練習のやり方を習いました。とにかく、次のレッスンまで、徹底的にファルセット練習をしてくるように言われました。宿題ですね、ラジャーっす。

 で、ファルセット、ハミングと来たら、次はアゴの訓練です。私、アゴが硬いんですね。Y門下に入った頃は、ほんとガチガチでした。今では、その頃と比べれば、かなりマシですが、まだまだカチンコチンなわけで、アゴがスムーズに動くような音形を、これでもかと歌わされました。ふう、キツい。

 アゴの訓練が終わったら、母音の発声練習やクチビルの練習など様々な事をやりました。そうそう、犬のように舌を突き出したまま、唾液ダラダラ状態での発声練習は、何気につらかったです。結構、スパルタで発声練習をみっちりやました。ふう。

 曲練習の様子は、次回です。

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2013年10月28日 (月)

なぜフルートは、アンティーク楽器が、もてはやされるの?

 世のことわざの一つに『女房と畳は新しい方が良い』と言うのがあります。モノは劣化する、劣化しているモノよりも劣化していないモノの方が良い…って事ですね。

 音楽の世界で言うと、金管楽器にそれが言えると思います。と言うのも、金管楽器って奴は、経年劣化をするからです。その原因の一つは、金属疲労って奴ですね。そう、金属って疲労し、老化し、劣化するんです。これは避けられない事実です。だから、金管楽器は、常に新品がベストであって、アンティーク楽器を尊ぶ風潮はありません。

 一方、世の中には『女とワインは古い方が良い』ということわざもあります。年を重ね、年齢を経て、熟成したモノには、若いモノにはない素晴らしさがある…って事ですね。

 音楽の世界で言うと、木管楽器や弦楽器に言えると思います。つまり、木製楽器ですね。木製楽器の材料である木材って奴は、経年変化をするわけです。その原因の一つは、セルロール結晶化現象って奴です。つまり、木材は年を経るごとに、細胞の中に含まれている不純物が腐敗して蒸発し、セルロースだけが残っていき、やがてセルロースの結晶の固まりに変化する…って事です。その結果、重量は軽くなり、強度は強くなるわけで、それが楽器の音色に変化を与えないわけはなく、その影響は我々の耳にとって心地よい変化と感じられるわけです。だから、木製楽器の世界では、新品楽器は「まだ若い」と言われ、古い楽器の方により大きな価値が与えられるわけで、アンティーク楽器が高額で取引される原因になるわけです。

 つまり、楽器を作っている素材の違いによって、新品が好まれるか、アンティークが尊ばれるかという違いが、楽器界にはあるわけです。

 となると、私の頭には、一つの疑問が生じます。

 フルートは木管楽器であるけれど、木製楽器ではなく、金属製楽器です。金属製である以上、金属疲労は避けられません。ならば、フルートは木管楽器であるけれど、他の木管楽器とは条件が違い、素材的には金管楽器同様って扱いで良いのだろうと思われます。

 ならば、他の金管楽器同様に、アンティークは軽視され、新品が重宝されるはずですが…実際のフルート界では、新品楽器が軽視される…という事はないにせよ、アンティーク楽器が尊ばれる風潮があります。

 劣化した素材で作られた楽器が、新品楽器と同様か、それ以上の価値を認められているのはなぜ?

 考え出すと分からなくなります。

 私は実際のアンティーク楽器を所有した事もなければ、満足いくまでに吹いた事もないので、ここから先は憶測でしかないので、間違っているかもしれませんが、恐れずに書きすすめます。

金管楽器はブラスでできているけれど、フルートは銀や金などの貴金属で作られているから

 私は金属の専門家ではないので分からないのだけれど、もしかするとブラスって素材は、金属劣化しやすい素材であって、一方、貴金属である銀や金は金属劣化しにくい素材とか? ならば、アンティークフルートは、新品楽器と比べても、問題になるほどの金属劣化をしていない…と言えます。

優秀な楽器しかアンティークにならないから

 金属劣化とは全く関係なく、粗雑な作りの楽器は、さほど使用しないうちに、壊れたり、実用不可になったりして、長く使い続けることができません。一方、丁寧に作られた優秀な楽器は簡単に壊れない上、音色が美しいなどと言った良い特性を兼ね備えていたら、演奏者たちに愛され続けて、長い間楽器として存在することが許されます。

 なので、フルートの場合、アンティーク楽器は、その古さに価値があるのではなく、その古さという欠点を覆い隠すほどに、良い作りであったり、良い音色をの楽器であるがゆえに、高い価値を認められている…と言えます。

そもそもモダン楽器とアンティーク楽器は、目指す方向が違うので、それぞれに存在価値が見いだされている

 今の楽器は、ピッチの正しさと、音量の大きさが求められています。なにしろ、現代人はピッチにうるさい人が多いし、フルートも広い広いコンサートホールでの演奏を強いられています。ですから、ピッチが正しい事と音量の大きさが優先されて、楽器設計がなされています。

 一方、アンティーク楽器の場合、それらが製作された時代の観客は、今の我々とは違うわけです。名演奏家による古い演奏を聞くと、昔は今ほど、音程に関してはうるさく言わなかったのだろうと推測されます。これは別にフルートに限った話ではなく、昔の音源で聞ける名演奏って、今の耳で聞くと、音程が怪しいものがたくさんあるからです。ならば、フルート製作者も、今のように正しい音程って奴を絶対視しなくても良かったはずです。

 また、演奏場所も今ほど広くもなければ、大きくもなかったはずですし、オーケストラそのものだって小規模だったわけですから、フルートの音量だって、現在ほどは求められていなかったわけです。

 音程の正しさと音量の大きさを目指さない分、別の部分を強調してフルートを設計し、製作されたと考えても良いでしょう。例えば、音色の美しさを追求してみた…とか?

 良い悪いというのは、こと音楽に関する限り、絶対的な尺度ではありません。言葉を変えて言えば、良いフルートとは“その時代時代の美意識に沿った音づくりがされたフルート”とも言えます。ちなみに、音程の正しさと音量の大きさが重視される音づくりは、現代の美意識に沿った音づくりだと言えます。

 つまり、アンティーク楽器とは、古き良き時代の美意識で作られた楽器であると言えるでしょう。ならば、それを吹く人が、現代的な美意識を是とせず、古き良き時代の美意識を尊重するなら、アンティーク楽器が愛されるのも納得のいく事です。

 まあ、私が思いつく事って、そのくらいかな。

 本当のところは私には分かりません。でも、フルートのアンティーク楽器がこの世にあって、それらを愛する人がいる以上、アンティーク楽器には良い部分があり、愛される楽器なんだという事は、私にも分かります。

 ま、私個人は、モダンとかアンティークとかでなく、自分の楽器を愛するだけなんですけれどね。

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2013年10月27日 (日)

私と少女マンガ(アニメ)

 今回はリアルライフが色々と忙しくてテンテコマイなので、体重測定もなければ、エッセイも書き飛ばしだけれど、勘弁してください。

 と言うわけで、さっそく今週のエッセイでございます。

 私が子どもの頃は、手塚治虫も石ノ森章太郎も赤塚不二夫も現役で、マンガが元気だった時代でした。私はいわゆる“マンガ世代”の人間です。毎日のようにマンガを読んで生きてました。ま、当時は、毎日毎日、良質なマンガがたくさん書かれていた時代でしたからね。

 紙に印刷されたマンガも読んでいましたが、アニメもたくさん見ていました。まだアニメが毎日のように、ゴールデンタイムに放送されていた時代でした。

 私は男の子でしたから、当然、マンガ(アニメ含む)と言えば、少年マンガを指します。「巨人の星」「あしたのジョー」「いなかっぺ大将」「天才バカボン」「ゲゲゲの鬼太郎」「マジンガーZ」「科学忍者隊ガッチャマン」などなど…、ああ、懐かしい。

 もちろん世の中には、女の子が読む少女マンガというモノがある事は知っていましたが、そこには手を出しませんでした。だってね、少女マンガって、私が子どもの頃は、マイナーな存在と言うか、まだまだ少年マンガの亜流だったんだろうと思います。

 あの頃の代表的な少女マンガ(アニメ)と言えば「リボンの騎士」とか「魔法使いサリー」とか「ひみつのアッコちゃん」だけれど、これらの作者は男性だよ。男性作家が、数ある仕事の一つとして書いていたのが少女マンガでした。「リボンの騎士」は手塚治虫だし、サリーちゃんは横山光輝で、アッコちゃんは赤塚不二夫でしょ? まだまだ正直、少年マンガの亜流って時代だよね。

 アニメではなく、雑誌の方に連載されている少女マンガって言えば、顔中が目だからけの、無駄にキラキラした絵ばかりで、話なんて『誰と誰がくっついて、離れて、大ゲンカになったか』ってばかりのマンガでした。なんか、くだらないとか、めめしいとか思って、馬鹿にしてました。ってか、雑誌を開いて、あのキラキラを見ると、それだけで「うわっ!」とか思って、拒否してました。まあ、当時の男の子ってそんなモンです。

 とは言え、当時の少女マンガは純愛ものが中心で、昨今の少女マンガのようなセクシャルな表現は皆無でしたから、健全と言えば全然健全だったと思いますが…それでもまあ、男の子って奴は、女の子っぽいものを敬遠するんですね。私もそうでした。

 で、そんな少女マンガを馬鹿にしていた私ですが、もちろん今はそうではありません。そのターニングポイントは…『キャンディキャンディ』だったと思います。

 私も当初は『キャンディキャンディ』を馬鹿にして相手にしていませんでした。それが何となく、偶然、テレビアニメを見てしまったのですね。あの頃はアニメをゴールデンタイムにやっていた時代だったので、偶然見かけるチャンスがあったわけです。で、何となく見ちゃったアニメが結構面白かったわけです。少女マンガなんて、昔は純愛モノか、継子いじめモノか、魔女ッ子モノばかりでした。

 サリーちゃんやアッコちゃんは、いわゆる魔女ッ子モノね。まあ、テレビで、それもゴールデンタイムに、純愛モノをやれるほどサバサバした時代じゃなかったし、継子いじめモノは論外だしね。そうなると、コメディタッチの魔女ッ子モノがテレビ的にふさわし内容だったのでしょうね。ともかく、サリーちゃん・アッコちゃん以降は、少女アニメは、サリーちゃんやアッコちゃんの焼き直しモノばかりでつまんないなあ~って思っていたのに、そこにキャンディですよ。全然違うじゃん。主人公は女の子だけれど、少年マンガ同様に、いや、少年マンガ以上にきちんとしたストーリーがありました。知らず知らずのうちに、物語に引き込まれましたねえ。

 で、アニメに引っかかった私は、勇気を出して、単行本でキャンディを改めて最初から読んでみたら、これがもう面白くて面白くて…。なんかもう、少女マンガに対する偏見が一発で吹き飛んでしまいました。最終回が、雑誌連載とアニメ放送がほぼ同時でしたが、アニメと雑誌でそれぞれに最終回に向かって盛り上がっていったのを、リアルタイムで体験した人なんです、私は。

 『キャンディ・キャンディ』で少女マンガを受け入れてから、一気に『ガラスの仮面』『ベルサイユのばら』『パタリロ』『ポーの一族』『エースをねらえ』とか読んじゃいました。

 まあ、それでもやはり、大半の少女マンガはくだらないと思ってましたが、その中に、たまに光る作品もあるんだなあって思ったものです。それは…今でも同じかな? 時々、すごく面白いマンガがあるんだよね。

 最近の作品なら『神様はじめました』とか『海月姫』とか『うさぎドロップ』とかがいいですね。

 深くはないし、案外、皆が知っているような作品を読み落としていたりするんだけれど、昔は偏見を持っていた少女マンガって奴に、老人になってから親しみを覚えているオジサンの話でした(笑)。

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2013年10月26日 (土)

ヒレの役割

 毎日のように金魚を眺めている私です。

 金魚のヒレって、いったい何のためについているんでしょうね?

 尾ビレは…もちろん推進力を生み出すメインエンジンです。

 胸ビレは…方向指示でしょう。いわばハンドルや舵のようなもので、胸ビレを巧みに動かして、右へ左へ、上へ下へと泳いでいくわけだし、金魚の中には器用な奴がいて、胸ビレを動かして、後ろに泳ぐ奴すらいるくらいです。

 背ビレは…姿勢制御でしょう。ヘリコプターの補助ローターみたいなものです。背ビレをピンとする事でカラダをまっすぐに保ったまま泳げるのだと思います。また、背ビレは感情を表現する部分でもあります。金魚の感情って、結構、背ビレに表れるんですよね。
 腹ビレは…背ビレ同様に姿勢制御でしょう。ただし、背ビレと違って、動かすことで上への推進力も生まれそうですし、胸ビレ同様に方向転換にも使っているみたいです。イメージ的には、推進力のある舵? はっきり言うと、実はよく分かりません(笑)。

 で、よく分からないと言えば、尻ビレです。少し前に我が家でブイブイ言わせてたブニョは奇形な子で、尻ビレがほとんどありませんでしたが、尻ビレが無くても、生きていく上での不自由は、特になさそうでした。だいたい金魚の場合、尻ビレは尾ビレの中に入ってしまっているため、ほとんど尾ビレと同化して動いているので、尻ビレとしての独立した働きって、分かりづらいです。

 おそらく、総合排泄口(ま、肛門のようなモンです)のそばにあるので、排泄関係、あるいは生殖関係で使うヒレなんでしょうね。でも、分かりません。

 ま、全部が全部分かったら、楽しくないので、一つや二つ、用途不明なヒレがあってもいいかなって思ってます。

 へへへ。

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2013年10月25日 (金)

ヴィブラートは教えません

 フルートのレッスンに行ってきました。

 今回も遅刻をしました(涙)。なんかもう、遅刻が当たり前になってしまって申し訳ないです。

 今回は先生とはお教室に向かう道でバッタリと会い、二人肩並べて、教室入りをしました。先生は何をしていらっしゃったのかと言うと、買い物。ただし「欲しいモノがなかったので、何も買えなかったよ」との事です。

 「早い時間なら自分の練習をするけれど、練習ばかりしていても、いい加減疲れてしまうし。本も長いこと読んでいると疲れてしまうからね。そういう時は買い物に限るよ。買い物に行くと、いくらでも時間がつぶせるからね」

 いやあ、今回は、本当の本当に先生を待たせてしまったみたいです。申し訳ない。

 まずはロングトーンの練習からです。最近はなかなか良い感じだったのですが、今回は久しぶりにダメな感じでした。なんか、どの音も今一つ、ピシっと合わないのです。そろそろ、フルートの調整が必要かな? でも、今は仕事に家事に大忙しなので、あまり遠出したくないのです。休みの日は、家事の合間はボケ~と過ごしていたいんです。はあ。

 とにかく、久しぶりに音を曲げっぱなしでのロングトーン練習でした。いい日ばかりが続くわけじゃない…って事ですね。

 さて、アルテ15課10章のGes-durです。前回不合格だった2番「アルペジオ練習」は…不合格でした。まあ、自宅での練習でもちゃんと出来なかったモノが先生の前で合格もらえるわけないですね。

 この課題、おそらく目をつぶってやれば、スラスラと出来ると思います。でも アルテ15課10章は指の勉強ではなく、目の勉強なので、しっかり楽譜を見て音符を読みながら吹かなければ意味がありません。で、音符を読んでいると…高音部は、本当に分からなくなります。まあ、慣れていないだけなのかもしれませんが、せいぜい、ドまでは分かりますが、そこから先はイチイチ数えないと分かりません(情けない)。それじゃあ、合格もおぼつかないってもんです。

 一方、4番の「Ges-durのスケールとアルペジオ」は合格。こっちはいくら楽譜をしっかり見て…と言っても、音は順番に上がって下がっていくだけですからね、さすがにこちらは、どーにでもなるものです。

 5番の「Ges-durのクロマティック」はもう一声って感じかな? やはり目をつぶって行えば簡単に出来る課題ですが、イチイチ楽譜を見て音符を読むとなると…難しいです。特にこの課題からbb(ダブルフラット)が出てきます。まあ、表記よりも全音低い音なんですが、半音移動するだけでも、頭の中が混乱しているのに、そこに混じって全音低いなんて…もう、私にはムリポですよ(涙)。でも、頑張ります。

 プチ・エチュードは2番です。まあまあの感じで吹けました。前回、注意されたブレスの位置も修正してきました。先生からは「よくやってきました」とお誉めの言葉をいただきました。しかし、まだまだ合格ではなりません。「今度は、テンポアップして吹いてみよう」と言われました。はは、うまく吹けても、テンポが遅すぎて、合格とは言えないって事なのです。

 「でも、速いテンポで、あっちこっち間違えるよりも、ゆっくりでいいから、ノーミスで吹くことの方が、よっぽど大事な事です」と先生がおっしゃってくれました。

 「では、一緒に吹きましょう」と言われて、先生と一緒に2番を吹いてみました。

 う、…速い。なんかもう、テンポがメッチャ速いので、ついていくのに必死です。ときたま、指が転がってもつれます。そうすると、もつれたところから、先生一緒にやり直しです。そんな事を数回繰り返したあげく、どうにかこうにか吹ききりました。

 「次までには、これくらいのテンポで吹けるようにしておいてね」

 「こんなに速く吹くんですか?」

 「これでもまだ、本来のテンポから見れば、まだまだゆっくりなんですよ」

 ゲハ~っ! 厳しいー。H先生は、今までテンポに関しては、あまりうるさいことは言いませんでしたが、プチ・エチュードに入ったせいでしょうか、テンポに関しても、きちんと求めてくるようになったみたいです。

 まあ、速い速いと言っても、練習さえしておけば、最終的にはどうにかなるはずです。これは、テンポをとても大切にし、初歩の頃から「落ちてもいいから、テンポキープ!」と言われて、笛先生の元での学びの経験が生きてきそうです。まあ、H先生の場合、落ちたらアウトでしょうが(笑)。

 今回の雑談。

 「ネットを見ていると、だいたい、アルテの8課あたりから、ヴィブラートの練習を始めるフルート教室が多いようですが、私は前の先生にも、H先生ご自身からも、ヴィブラートを習うどころか、ヴィブラートに関する事は、一切何も注意されていないのですが、このままずっと、ヴィブラートに関しては、気にせずにいていいのでしょうか?」と尋ねてみました。

 先生曰く「ヴィブラート? あれは学ぶモノじゃないよ。自然に身につくものだから、気にする必要はありません。私は、多くの弟子を育てましたし、プロになった弟子もたくさんいるけれど、その誰にも、ヴィブラートを教えた事はありません。ヴィブラートは、きちんとフルートが吹けるようになり、息のスピードがしっかりと上がり、感情表現が出来るようになると、自然に出来るようになります」なんだそうです。だから、教えるつもりはないのだそうです。

 「実際、あなたも時々ヴィブラートを使っているじゃないですか?」

 へ? 私、ヴィブラートを使っている? そんな自覚はないのですが?

 「ヴィブラートを自覚して使っていたら、気持ち悪いですよ。あれは、感情の高まりに伴って自然につくものですよ。それはフルートに限らず、音楽全般に言える事なんですよ」との事。ううむ、そうなのか~、そうなのか!

 「ヴィブラートなんかに気をつけるよりも、まっすぐな息でしっかりフルートを吹けるようになる事の方が、ずっと大切ですよ。だから、あなたは今の吹き方のままで、全然問題ないですよ」と言われました。

 なんか、何となくヴィブラートをやんなきゃいけないのかなあ…と思っていたところ、先生からの回答はこんな感じだったので、なんか拍子抜けです。でも、ヴィブラートはやっていれば、そのうちつくって…声楽にも通じる部分がありますね。

 「あと、ヴィブラートは、腹筋でつけると思っている人がいるけれど、実際は声帯で付けるものだよ」との事です。あれ?

 「以前、大学の研究で、そのあたりを実証した実験に付き合った事があるんだよ。世界中のフルート奏者たちに頼んで、ファイバースコープのカメラを飲み込んでもらって、フルートを演奏してもらうって実験だね。それに私も協力したのだけれど、どの奏者も、ヴィブラートを使っている時は、声帯がまるで歌っているようにキレイに振動するんだそうだよ。だから、ヴィブラートって、お腹でなく、ノドでかけるものなんだけれど、だからと言って、意図的にノドでかけようとするとダメなんだよ。自然に声帯が震えて、ヴィブラートがかかるようでなくてもは、ダメなんだね」との事です。

 その話を聞いて「声帯が震えても、声って出ないのかしら」と思った私でしたが、すぐにその場でその質問が出来なかった私です(なんとなく、だけれど)。

 ちなみに、ヴィブラートはノドでかける…と言うのは、業界の常識なんだそうです(って、どこの業界だろ?)が、なぜかその事が、そんなに知られていないのは不思議なんだそうです。

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2013年10月24日 (木)

帝国劇場で「エニシング・ゴーズ」を見てきました その3

 さて今回は、いよいよミュージカル本編の感想に入ります。

 いやあ、実に良かったですよ。私は今まで、正直な話、帝劇ミュージカルをナメていました。東宝製作のミュージカルなんて、今一つなモンだと言う偏見を持っていた事を白状します。

 今回の「エニシング・ゴーズ」は最高! 実に素晴らしい! 私は手放しで称賛しますよ。

 音楽良し、歌良し、演技よし、ダンスよし、脚本・翻訳よし、大道具・小道具よし、今回は本当にけなすところがありません。あえて言うと、いわゆるスター役者が、リノ役の瀬奈じゅんと、ムーンファイス役の鹿賀丈史、ビリー役の田代万里生ぐらいしかいなく、この三人ともスターだけれど実力派であって、名前だけ有名な客寄せパンダ的な役者がいない点が、あえて言えば欠点って言えるかな? つまり、客寄せパンダがいないので、客をひきよせる力がちょっと足りない…って事が欠点。

 実際、これだけ素晴らしい上演なのに、劇場は、満席にはほど遠く、妻さえ元気なら、もっと前の良い席に移動しちゃおうかな(笑)って思っちゃうくらい、座席に余裕があったんですもの(実際、私の右隣にいた人は、二幕になったら、ずっと前のずっと真ん中よりの席に移動してました:笑)。でも、欠点っぽい事って、それくらいかな? その他は特に問題ないし、私はスターで見る人ではないので、実力派で固めてもらった方がうれしいくらいです。

 それにしても、主役のリナを演じた瀬奈じゅんは、なかなかのミュージカル女優です。背が高くて舞台映えするし、声も良いし、歌も上手いし、演技も抜群で、ダンスも光るモノがあって「ああ、日本のミュージカル女優も、このレベルまで来たんだな」って思いました。劇場内のポスターを見ても、近作の主役を軒並みに演じるみたいだし、東宝一押しの女優さんなのかもしれません。瀬奈さんの経歴を見ると、この方、元々は宝塚のトップスター(つまり男役)だったようですね。ううむ、道理ですごいはずだ。元宝塚と言っても、娘役上がりだとパッとしない感じ(ごめんなさい)の人が多いのですが、男役からやってきた人には、目を見張る人がいますが、瀬奈じゅんもそういった感じのスターなんでしょうね。この人には、今後注目ですよ。

 ムーンファイスを演じた鹿賀丈史は大スターですね。“生”鹿賀丈史が見れただけでも、私、感激ですよ。今年は、夏に松本幸四郎を見て、秋に鹿賀丈史を見れたわけです。ああ、私は恵まれているなあ…。この人は、何をやっても、何をしゃべっても、何を歌っても、すべて絵になるわけで、スターってすごいなあ…って思いました。

 ビリー役の田代万里生は、妻が大好きな歌手なんです。エスコルタのメンバーだしね。ま、この方はキング先生の弟弟子にあたる方なので、私とも(勝手に)浅からぬ芸縁にある方だと思っています。彼がミュージカルの狂言回しをやっていたわけなんですが、ほんと、芝居が上手になりましたね。以前、彼の舞台を拝見した時は、歌は見事だけれど、ダンスと芝居はまだまだだなって思いましたが、今回の彼の芝居を見て、ほんと、芝居がうまくなったと思います。彼が踊るシーンは見ることができませんでしたが(鹿賀丈史と田代万里生の二人にはダンスシーンが無いんです)、きっとダンスも上達している事でしょうね。

 劇団四季でトップだった保坂知寿が何気に脇を固めていたり、今回、振付師も兼ねている大澄賢也や、知る人ぞ知る玉置成実やすみれなど、ほんと実力派揃いで、良い舞台でした。

 それにコール・ポーターの音楽の素晴らしさと言ったら、もう筆舌に尽くしがたいです。今回は、オーケストラというよりもビッグバンドと言うべき楽団が入っていた(指揮者なんか、指揮をするというよりも、踊るといった方が良い感じです)のですが、そんなジャズテイストな音楽が、実に芝居にふさわしいんです。

 それと、随所で見せてくれる、タップダンス。特に1幕のフィナーレで歌われる「吹けよ、ガブリエル」での全員でのタップダンスは、ほんと、実に見事。これを見るだけでも、このミュージカルを見る価値があるというものです。

 「歌って、踊って、演技して…それができるのがミュージカル俳優」って言いますが、確かにこのミュージカルでは、俳優女優陣は、高いレベルで、歌えないといけないし、踊れないといけないし、演技できなきゃいけないわけで…ほんと、ザ・ミュージカルって感じの上演でした。

 このミュージカル、残念な事に、今月末(28日)までしか上演していないのですよ。客席の状態を見るに、おそらく、再演はないでしょうね。こんなに素晴らしい公演なのに、もうすぐ終わりとは、実に残念です。でも、仕方がないです。帝国劇場は、来月からは「レ・ミゼラブル」が始まるからです。レミゼがやるんじゃ、終わるしかないよね。

 ちなみに、私、レミゼ、行きます! 行ったら、また感想書きますから、よろしくね。
 さて、車椅子レポート(笑)ですが、約束通り、幕間に職員の方が車椅子を持ってきてくれて、トイレまで先導してくれました。ちなみに、トイレは地下一階の食堂街のトイレでした(笑)。この日、車椅子の方は、妻を含めて三人いたようで、三人で仲良く順番にトイレを使用しました。

 きっと、この劇場には、毎日のように、車椅子の方が観劇に来ていて、だから職員さんたちも、車椅子の対応に慣れてらっしゃるんだろうなあって思いました。そういうところは、さすが東京の一流劇場だなって思いました。

 帰り道のレポートは…割愛します。夕食をインド料理店で食べました。帝国劇場の入っているビルでなく、隣のビルのレストランでした。、こちらは多少階段がありましたが、食欲に負けて、妻は階段をケンケンで昇りました(笑)。食欲はすべての欲に勝る…ってわけです。帰りのJRは、行き同様に駅員さんたちがナイスでした。車椅子だからと言って、お出かけに億劫になる必要は、少なくともJRに関しては不要かなって思いました。ほんと、JRは、徹底的に車椅子の方に優しいですよ。

 今はギプスの妻です。そのうち、装具に変わるでしょう。たとえ装具に変わっても、しゃきしゃき歩けるわけじゃありません。まだまだしばらくは車椅子生活が続きそうですが、車椅子だから言って、お出かけを控える必要はあまり必要ないって事が、今回の事で分かりました。ならば、家にいて、寝てばかりいて、暇をもてあましている妻をもてなすためにも、可能な範囲でお出かけをしてあげるのも、目先が変わっていいのかなって思いました。

 これでも私、妻には優しいんですよ(笑)。

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2013年10月23日 (水)

帝国劇場で「エニシング・ゴーズ」を見てきました その2

 帝国劇場を目指して、車椅子で有楽町の駅を降りたところまで話をしました。

 降りた改札口は、有楽町駅の中央改札口です。回りを見回して、丸の内方面に向かって車椅子を押して行ったら、なんと駅の出口が階段になっているじゃないですか? たった2~3段とは言え、立派な階段。これでは車椅子のままでは、降りれないではないですか? さて、どうしましょう? って思っていると妻が「改札のところに、丸の内方面は階段になっているから、車椅子の人は反対側に一度出て、そこから自由通路を通って丸の内方面に出るように書いてあったよ」と言います。そうか、そんな案内板が改札付近になったのだね。

 妻が言うように、一度反対側から駅を出ると、そのすぐそばに自由通路があって、そこを使えば、確かにすぐに丸の内側に出られました。…掲示板はちゃんと見ないといけません。

 で、ビックカメラの横から帝国劇場に向かいました。丸の内はオフィス街であるせいか、道がいいですね。車道も歩道も広くて、キレイに整備されています。なんか、道に高級感があります。車椅子も実に走らせやすいです。いい感じです。やっぱり、この道も三菱が作っているのかしら?

 帝国劇場には、開演1時間前に着きました。さすがにまだ開場していません。小腹もすいたし、時間的にもちょうど良い感じなので、軽食でも食べよう…という事になりました。

 とは言え、車椅子が入れるレストラン…ってなかなか無いよね。だいたいは、入り口が階段になっていたり、店内の通路が狭かったり、人がゴミゴミしていたり、予約が必要だったり…、そんな感じなので、まあダメもとで数店のレストランに当たってみましょうと言うことになり、まずは近場の帝国劇場地下の飲食店街に行ってみました。ここは、帝国劇場だけでなく、出光美術館も入っているビルの地下で、入り口も帝国劇場の並びにあって、段差もなくスムーズにエレベーターホールまで行けるし、なかなか良しです。

 で、エレベーターで飲食店街のある地下1階に降りてみたところ、以前、徒歩で来た時は全然感じなかったけれど、この地下街は、案外、通路が広いことに気づきました。また、ここに入っているテナントも、見たところ、内部はゆったりと作られているところが多いようです。

 例えばコンビニ。コンビニって限られた空間にたくさんの商品を並べる都合上、普通、店内の通路は決して広いとは言えないところが多いのですが、ここのコンビニは車椅子でも楽々通れるほどに広めだし、商品棚も背が低くて、なんか広々とした感じがします。そこで缶コーヒーとスイーツを買いました。幕間につまむんだ(笑)。

 さらにぐるりと回って「軽食だから…」という理由で、うどん屋に入る事にしました。ま、私、うどん、好きだから(笑)。

 そのうどん店はチェーン店で、他の場所にある店よりも色々と空間がぜいたくになっています。やはり、帝国劇場の地下街には、なにやら取り決めでもあるのかもしれません。とにかく、お店に入る前に「車椅子ですが、大丈夫ですか?」とお店の人に声をかけ、良い返事がいただけたので、店に入りました。店内はどこも車椅子で楽々に通れるようになっています。

 妻はとろ玉うどん、私はぶっかけうどんに天ぷら、という組み合わせにしました。そこでゆっくりと食事をして、開場の時間まで待ちました。

 やがて時間になったので、店を出て、トイレに寄る事にしました。同じフロアに車椅子用のトイレ発見。なかなか便利です。

 トイレを済ませて、同じフロアからエレベーターで直接帝国劇場に入ることも可能なのですが、我々は一度外に出て、外から帝国劇場に入る事にしました。と言うのも、事前に妻が帝国劇場側と電話で打ち合わせをした時に、外から入る約束をしていたからです。

 なので、一度外に出て、外から劇場に入ろうとしたら……劇場入り口に、階段があるじゃないですか? たった2~3段程度とは言え階段です。このままでは劇場に入れません。そこでとりあえず、妻を階段下に置いて、私が劇場内に入って、劇場の人に声を掛ける事にしました。

 入り口付近の分かりやすいところに受付がありましたので、そこに「電話でお話をしました車椅子の者ですが…」と言ったところ、すぐに話が通じ、若い男性職員が現れました。後で分かりましたが、この方が、本日の妻担当の職員さんだったわけです。

 「今はどちらにいらっしゃいますか?」

 「入り口の階段の下あたりです」

 「では、そのすぐそばの入り口から入れるようにしましょう」と言って動き出したので、私はそそくさと妻の元に戻りました。

 妻のすぐそばにある、黒い壁と思っていたところが、開きました。実はそこは、壁でなく、劇場入り口だったわけです。普段は鍵がかかっている扉だし、そこから出入りする人も見かけた事がないので、私、見落としていました。

 そこから入ると、中は狭いながらもホワイエになっています。さっそくチケットをモギってくれました。

 「お化粧室などのご利用はどうしますか?」

 「トイレは済ませました」

 「では、すぐにお席にご案内しても良いでしょうか?」

 「お願いします」と言うわけで、職員の方が先導してくれます。劇場内は嫌になるほど人がたくさんいるし、ロビーなどはすごい混雑なんですが、職員の方が「お足元にご注意ください」と呼びかけながら、実に見事に人込みをかき分け、車椅子が通れるようなスペースを作ってくれますので、実に安心に、実にストレスなく、劇場内を移動できました。

 私たちの席は、一階平土間の真ん中あたりです。座席的には、なかなか良い座席です。その座席の列のところまで案内してくれました。劇場内の通路も車椅子で移動するのに不便がないほどに広く、階段などはなく、どこもゆるやかなスロープとなっていました。

 座席の列の端まで来たところで、妻は車椅子から降りて、ケンケンで自分の座席まで移動しました。

 車椅子は、さすがに客席に置いたままではジャマなので、職員の方に預かっていただく事になりました。

 「休憩になりましたら、私が車椅子をお持ちいたしますので、それまで座席でお待ちください」とにっこり微笑みながら言いました。マニュアル通りなのかもしれないけれど、ホスピタリティーに満ちています。

 座席にたどりついて、一息ついて(私はその間にパンフレットを購入してきました)いると、やがてミュージカルの幕が開きました。

 続きは、また明日(笑)。

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2013年10月22日 (火)

帝国劇場で「エニシング・ゴーズ」を見てきました その1

 先日、帝国劇場に行って、コール・ポーター作曲のミュージカル「エニシング・ゴーズ」を見てきました。まあ、今回の記事は、その前座話です(ミュージカルそのもの話は、いずれします:笑)。

 あるツテからミュージカルのペアチケットをいただいた私です。演目はコール・ポーター作曲の「エニシング・ゴーズ」。場所は帝国劇場。電車に乗って出かけないといけないので、普段なら妻を誘う私ですが、ただ今絶賛アキレス腱断裂中。仕方がないので、今回は息子君と二人で行くかと覚悟を決めていたところ、その、ただ今絶賛アキレス腱断裂中の妻が「あなたがミュージカルを見に行くなら、私も一緒に連れていって」と言い出しました。長い道中を考えて「いやあ、それは…」と言い渋っていたら、妻があれこれ調べて、手をまわして「車椅子のまま行っても、大丈夫」と言い張ります。

 まあ、その熱意に負けて、先日、妻と二人で帝国劇場に行ってきた私です。

 オヤジと二人きりだけれど、生のミュージカルを見に行けると、楽しみにしていた息子君は、ちょっぴり残念な思いをしたようですが、泣く子と怪我人には勝てません。息子君には、自分で稼げるようになったら、好きなだけミュージカルに行ってもらう事にしましょう。

 車椅子の人と二人でミュージカルを見に…と言うので、手荷物は少なめにしました。私はすべてを小さなリュックにまとめ、妻は肩掛けポーチにしました。普段なら、カバンを持ち歩くのですが、ただでさえ大きな荷物(車椅子とアキレス腱断裂患者)がいるので、その他の手荷物はなるべくコンパクトにした私です。もちろん、足は歩き慣れたゴム靴にしてあります。

 ゴロゴロと車椅子を押して、駅のエレベーターに乗って、JRの有人改札口に行き、そこでスイカのチェックを受けながら「電車に乗りたいのです」と言うと、何のアポもないのに、駅員さんがササッと動き出します。

 「どちらまで行かれますか?」

 「帝国劇場に行きたいので、有楽町かな?」

 「有楽町となると、乗り換えが必要になりますが、新橋駅での乗り換えでよろしいでしょうか?」

 「いや、新橋駅って、構造が複雑だったと思うし、車椅子を押して移動するのは、ちょっと勘弁って気がするので、東京駅で乗り換えることにします」

 「では、東京乗り換えで有楽町まで行かれる、という事でよろしいでしょうか?」

 「お願いします」

 と言うと、コンコースからホームまでのエレベーターを案内し、ホームに出たら出たで乗り込み口を指示してくれます。そこで、電車がやってくるまで一緒に待ってくれて、電車がやってくると、三つ折りになった見慣れぬ板を広げて、それを電車の入り口にひっかけます。すると、あっと言うまに、ホームと電車がゆるやかなスロープでつながれたではありませんか?

 「さあ、どうぞ」と駅員さんに促されるままに、車内に乗り込みました。案内してくれた乗車口は、シルバーシートのすぐ側。車椅子って、何気に座り心地が良くないので、さっそく妻をシルバーシートに移して、私自身もその隣に座って、車椅子を畳みました。車椅子って畳むと、ちょうど人間二人分の幅なんだね。よく出来ています。

 ちなみにシルバーシートは三人掛けなんだけれど、そこに黄色いゴム(?)で加工された棒がジャマ臭く生えているんだけれど、あれ、以前は「ジャマだなあ~」ぐらいにしか思っていなかった(私はこれまでシルバーシートに座った事ないよ:念のため)のですが、あれにつかまりながら立ったり座ったりできるわけで、あの黄色い棒は、何気に便利な棒なんですね。今回、妻も座席に座る際、あの棒を活用させていただきました。

 JRの客車、何気に優しい心遣いがあるわけです。いやあ、元気な時は、気づきませんでした。

 とにかく、電車なんてモノは乗っていれば、目的地につくモノです。

 私たちを乗せた電車は、やがて東京駅に着きました。東京駅に着いたら、私たちのすぐそばの乗車口付近に、東京駅の駅員さんが待っていてくれて、ドアが開くやいなや、すぐさま、さっきもみかけた、不思議な三つ折りの板でスロープを作ってくれました。

 そのスロープを使って電車を降りた私たちですが、そこから先も駅員さんが先導してくれました。最初に案内してくれたのは、ホームからコンコースに降りるエレベーターでしたが、そこがとても混雑していました。その多くは老人たちなんですが、年を取るとエスカレーターで下に降りるのもシンドイって事なんでしょうね。その有り様を見た駅員さんは「こちらは混んでいるようなので、別の道を案内します」と行って、ズンズンホームの端まで案内してくれました。??と思っていると、ホームの端にある金属柵を開けて、普段立ち入り禁止の区域に入れてくれました。どうも、そっちにもエレベーターがあるようなんです。

 そちらのエレベーターはかなり大きなエレベーターでした。おそらく業務用なんでしょうね。そのエレベーターで地下に降りると…なにやら不思議な光景が広がっています。

 その空間は壁も天井もすべてレンガで作られた空間です。行き交う人も、JRの職員さんばかり…どうやら、いわゆるバックヤードにやってきたようです。それにしても、全般的に暗く、レトロな雰囲気だし、電車も通っていないのに、線路があったり…もしかすると、ここは昔々の東京駅のホームだったところかしら? そして現在の東京駅は、その上に作られた駅なのかしら?

 なんて事を考えながら、そんなレトロな空間を移動する私たちです。まるでハリー・ポッターに出てくる魔法の駅のような中、再び業務用のエレベーターに乗って出てきたのは、山手線のホームの端でした。またもや、立ち入り禁止区域です。そこから、電車に乗り込む場所まで先導されて…やがて山手線がやってきたら、不思議な魔法の板を使って、山手線に乗り込ませてくれました。

 山の手線で有楽町の駅まで着いたら、当然のように、乗車口には有楽町の駅員さんが待ち構えていて、魔法の板を差し出して、電車からホームまで下ろしくれます。で、そのままエレベーターを経由して、有楽町の有人改札口まで案内してくれました。

 いやあ、JRさん。車椅子の扱いに慣れ過ぎ。実にスマートに、てきばきと、かゆいところに手が届くようなサービスをしてくれました。それにしても、行く先々で駅員さんが待機してくれるなんて、妻をそんなお姫様待遇しちゃダメでしょ。つけあがるよ(笑)。

 今回はここまで、続きはまた次回。

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2013年10月21日 (月)

息子君はバリトンっぽいです

 声変わりって奴が進行している息子君です。今のところ、まだソプラノで歌っていますが、それもやがては無理となる事でしょう。彼の地声を聞き、成長したカラダを見ていると…どうやら彼は、親に似ずに、バリトンになりそうです。それもやや低めのバリトンに落ち着きそうです。

 これは私の個人的な見解であって、間違っている部分もあると思いますが、大雑把な目安としての、テノールとバリトンの身体的違いってのがあるって私は思ってます。

 例えば、ノドボトケの有無。成熟した男性にはノドボトケがある…と保健体育の時間に習うわけですが、実際のところ、ノドボトケの存在を外見からは確認できない人…と言うか、歌手がおりますが、その大半はテノールです。逆にバス歌手などは、実に巨大なノドボトケを持っているものです。

 また体型的に、パッと見、横のサイズよりも縦のサイズの方が気になる歌手は、たいていバスです。縦のサイズよりも横のサイズの方が気になる歌手は、たいていテノールです。

 また首が長く見えたり細く見える人はバスで、短く見えたり、太く見える人はテノールです。

 ああ、乱暴だな。でも、私はそう思います。もちろん、例外も多々いらっしゃるでしょうが、概ね、こんな感じでしょ?

 それを思うと、息子君は実にバスっぽいんですね。おまけにリアルな声も、かなり低い響きがあるし…でも、オヤジはテノールなので、中間とって、どうやらバリトンになりそうなんですよ。

 まあ、息子君が優秀な人間なら、どのような声種であっても問題ないのです。声はなんであれ、彼は彼にとって一番良い人生を選択していけばいいのですから。

 しかし、彼は歌ぐらいしか取り柄がない人間なんです。まあ、逆に言うなら(親の欲目もありますが)歌なら、かなりイケるんですね。ただし、勉強はほぼダメ。だからと言って、音楽の道へ…と思っても、ピアノがほぼダメ。いやあ、参りました。

 親的には、勉強を頑張ってほしいと思いますよ。その方が彼の人生における選択肢が増えますからね。だから私は彼が音楽の道に進むのは、基本的に大反対。大大大反対。でも、彼は本当に音楽が好きだし、オペラや声楽が好きなので、そっちの道に行きたいと気持ちも分からないではないのです(それでも親としては、全力で阻止するつもりですが:笑)。

 まあ、色々あって、彼が音楽の道に進むとなった時、彼がバリトンであると言うことは、かなり厳しい事になるんですよね。

 これは、とある音楽大学のセンセから聞いた話なので、多少の誇張はあるにせよ、間違いではないと思うのですが…。

 そのとある音楽大学ですが、声楽科の募集定員が、ソプラノ・アルト・テノール・バス、それぞれが各10名ずつだったと想像してください。

 ソプラノは定員10名のところに400名受験して10名合格するんだそうです。うわあ、なんと狭き門なんでしょう。アルトは定員10名のところに200人受験して10名合格します。ソプラノほどではないにせよ、やはりこちらもかなりの狭き門です。バリトンは定員10名のところ、50名受験して10名合格です。ソプラノやアルトから見れば、とても低い倍率のように感じられますが、それでも5倍もあるんですよ。今日び、それってなかなかの高倍率じゃないでしょうか?

 一方テノールは定員10名のところ9名しか応募がなかったので、全員合格しました…なんてオチがつくんです。

 ならば、男子として生まれた以上、歌で音大に行くなら、バリトンよりもテノールで受験した方が音大に合格しやすいって言えるのではないでしょうか? 特に息子君のように、勉強もダメ、ピアノもダメなら、尚更の事です。

 なので、息子君の声がバリトンに落ち着きそうだなって分かった瞬間「こいつの音大進学は、これで無くなったな」と思いました。ピアノもロクに弾けないような奴に、5倍の倍率を勝ち抜く力はないよなあ…。

 蛇足。音大におけるテノールの入学倍率が低いからと言って、テノール歌手がダメって事にならない事は確認しておきます。結局、いくら大学に入るための競争が低いから言っても、その後、修行を積んで一人前のプロになるためには、越えなければならない障害が山のようにあって、それらを乗り越えて始めてプロ歌手になれるわけで、そういう意味では、どんな声種であれ、音大を卒業し、専門教育をきちんと受けて、実績を作ってプロとして活躍している歌手は、みんな素晴らしい歌手だと思います。念のため。

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2013年10月20日 (日)

ナゴンとサクラ

 まずは写真をご覧ください。

2013102001kingyo
 この写真、なんだかお分かりでしょうか? 最近の我が家ではよく見かける光景なんですよ。

 これ……実は、二尾の金魚が立ち往生している画像なんです。

 奥にいる三色金魚であるナゴンは、ガラスの壁とポンプの狭い間を通り抜けようとして通り抜けられずに挟まって、身動き取れずに困っている風景です。ま、隙間とカラダの太さを比べれば、どう考えても通り抜けられるはずがないんですが…。

 最近のナゴンはやたらと狭いところを泳ぐのがマイブームのようで、よくガラスの壁とコードの間とか、水草と水草の隙間とか、そういうところを泳いで遊んでいます(で、時々水草がカラダにからまって、大慌てをしています)。なので、その趣味の延長で、ポンプとガラスの壁の間を通ろうとしたのでしょうが、悲しいことに、ナゴンが持っているボディイメージはリアルなサイズとは大分違うみたいなんですね。どうも、ナゴンは自分がとっても小さくてカワイイ金魚だと認識しているようなんです…実際は、デブデブの三角おにぎりのような体格のドテってとした金魚なんですがね。…だから、挟まるんです。で、一度挟まる、なかなか抜け出せないのです。

 なかなか抜け出せないだけで、絶対に抜け出せないわけではありません。覚悟を決めて、フルパワーで泳ぎだすと、パイプを含めたフィルター装置が動きますので、それで抜け出せます…が、それってすごいパワーなんですよ。いやあ、ナゴン、すごいです。

 手前の紅白金魚はサクラなんですが、この子はボケ~としているうちに、ポンプの吸われて、へばりついているんです。よく死にかけた子が、こんな感じでポンプに吸われている事がありますが、サクラの場合、死にかけているのではなく、熟睡しているようなんです。金魚って、目を開けたまま寝るので、寝ているのか起きているのかは瞬時に判断できませんが、どうやら、ポンプに吸われている時のサクラは熟睡中なんです。

 なぜなら、人一倍、欠食児童で、常にエサをねだりまくり、エサの独り占めが生きがいなサクラなんですが、ポンプに吸われている時にエサを入れると、エサを入れられた事に気づかずに、エサを食べ損なってしまう事があるくらいに、熟睡しているんです。エサを入れてから、だいぶして目覚めて、自分のエサがない事に気づいて、プンプンに怒っている姿もたまに見ます。ちなみに、怒りの矛先は、なぜか人間様に向かっているのが、面白いです。「私が寝ている時に、エサ、入れないでよね~」って言っているみたいです。

 ああ、バカだなあ~。でも、バカな子ほど、カワイイんだよなあ。

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2013年10月19日 (土)

飲むなら乗るな、乗るなら飲むな

 フルートのレッスンに行ってきました。

 本来ならば、今日は“金魚ネタ”の日ですが、音楽関係の記事がはみ出してしまったので、金魚の話は明日に持ち越しにします。ごめんね。

 さて、この日は仕事で出張していて、本当に時間的にかなりレッスンに行くのは厳しかったのですが、前回のレッスンをお休みしていますからね。なんとしてもレッスンに行きたかった私は、それこそ電光石火の早業で色々と準備をして、いつもよりも小一時間ほど遅れてしまいましたが、なんとか頑張って、レッスンに向かいました。

 普段なら、こういう日程になった時は、お休みしちゃうんですけれど…。だって、お教室の営業時間終了時刻よりも遅くに教室に駆け込む事になっちゃうわけですからね。きちんと連絡を入れたとは言うものの、あっちこっちに迷惑をおかけしました。ごめんなさい。

 で、大幅に遅刻してお教室に飛び込んだところ、先生がいない? あれ? 待ちくたびれて、すでにお帰りになられた? と一瞬焦ったものの、よく見ると、先生のゴールドフルートがお教室にチョコンと置いてあったので、単に外出しているだけと判明。先生がいらっしゃるまで、練習不足を補うべく、さっそく練習を開始した私です。

 いやあ、なにしろ、妻がアキレス腱断裂して、いやでも家事労働と介護に時間を割かなきゃならなかった私だし、音楽の練習の時間があっても、優先すべきは本番の近かった声楽の方であって、どうしてもフルートは後回しにせざるをえなくて(H先生、ごめんなさい)、ほんと、フルートの練習が、全然足りていなかったのですよ。ですから、その分を今更、付け刃で練習です。

 そうこうしているうちに、先生が大きな買い物袋を引き下げて登場。おぉ、たくさん買ってきましたね。

 で、レッスン開始です。最初はロングトーンからですが、なんか、ますますピタっといい按配でのロングトーンが出来るようになってきました。もしかしたら、私、上達している? うれしい、うれしいです。

 アルテ15課10章はGes-durです。今回は2番の「アルペジオ基本練習」と3番のトリル練習、4番の「Ges-durのスケールとアルペジオ」を披露しました。合格したのは3番だけ。この手のトリルは割と得意なんだよね。

 3番は合格こそしましたが、実はダメが出されています。それは課題の途中で、FとGesのトリルがあって、そこには注意書きとして「右親指を用いる」と書かれているので、その通りにやったら、ひどく叱られました。「素人が書いた事を真に受けない事!」だって。きちんと正規運指でやるべきだし、替え指を使う理由などないのだから、右親指なんて使っちゃダメだって言われちゃいました。

 2番のアルペジオは全然ダメ。譜面を読んでしっかりやろうと心がけていますが、譜面がちゃんと読めず、次に吹く音がなんだか分からなくなって止まってしまいます。ううむ、練習不足も甚だしいな。4番のスケールとアルペジオも、スケールはともかく、アルペジオがダメダメすぎてダメなんです。ふう、こちらも練習不足だよね。

 宿題は特に言われていませんが、不合格課題2つに、5番の「Ges-durのクロマティック」を加えて練習しようと思ってます。頑張ろう。

 プチ・エチュードは2番です。最初にヘ長調のスケールとアルペジオを吹いてから曲に取りかかるのですが、今回はなんかうまくヘ長調が吹けませんでした。ついつい、いらない音を足したり引いたりしちゃいます。柔軟性がなくて、ダメだな。

 2番はかなり早い曲ですが、Andantinoとあるので、勝手に十六分音符を基準に解釈して、遅くして吹いてます。たぶん本当は四分音符が基準だから(だって2/4だもん)かなり速い曲なんだと思うけれど、そんな速さじゃ吹けないので、ゆっくりゆっくり吹いてます。

 ゆっくりゆっくり吹いている事もあって、大きな破綻もなく吹けました。練習段階で苦労した三連符の箇所もスムーズに行けたし、スタッカートとスラーの吹きわけや、スラーの最後の音を抜くところとかにも気を使って吹きました。先生も「そうそう」と相槌をうちながら聞いてくれました。

 ただ、それでも、何気ない箇所で、先生がストップをかけます。私、そこ、間違えていないと思うのですが…実はストップの理由は…ブレスの位置に注意しなさいって事らしいです。ちなみに私は楽譜に書いてある通りにブレスをしているのですが、先生がおっしゃるには「楽譜に書かれているブレスの位置、違うから。間違っているから。その程度の間違いぐらい、吹いていて分からないとダメだよ」だそうです。で、相当数のブレス記号に×を上書きして、改めて別の箇所にブレス記号を書き加えました。

 ブレスの位置が変わると、途端に吹けなくなります。ああ、ダメだな。とにかく、正しいブレス位置できちんと吹けるように練習してきなさいと言われました。頑張ります。

 さて、今回の雑談は、妻のアキレス腱断裂話から始まって、朝食に何を食べている?とか、昼食はどうよ?とか、夕食はしっかり食べたいよねとか、まあ、そんな話。

 先生は、仕事での移動は、最近は専ら車なんだそうです。以前は大きな荷物を持って、電車で移動することが多かったそうですが、今は大きな荷物を持ち運ぶ気力と体力が無くなってしまったそうで、それで車移動が主になってしまったのだそうです。

 先生は仕事には一人で行くのだそうです。だから、車の運転もご自分で行うそうです。まあ、車の運転は趣味だし、大好きなので、運転そのものは苦にならないのだそうです。

 で、仕事の時の昼食は移動中に取る事が多いので、割とカレーパンを食べる事が多いのだそうです。カレーパンなら、車を運転しながら、信号などの隙間の時間にチョイチョイ食べることができるからです。それに、どこで買っても、カレーパンなら、ハズレがなくて、それなりに美味しいからなんだそうです。

 もちろん、時間があれば、パーキングエリアの食堂で食べるんだそうですが、パーキングエリアの食堂もピンキリだそうで、美味しいところと、あまり美味しくないところがあるんだそうです。お気に入りをいくつか教えていただきましたが、私は車に乗らない人なので、パーキングエリアで食事をする事はないので、せっかく教えていただいたのに、無駄知識だな(笑)。

 「仕事が終わった後の、打ち上げは楽しみでしょ?」と尋ねると「若い時はね…。今は打ち上げなんて、要らないから、その分、ギャラでくれよ~って思うよ」とブッチャケ話をしてくれました。

 まあ、先生が打ち上げを好まない理由は、車で仕事に来ているからなんだそうです。昔は電車移動だったので、打ち上げでは派手にやっていたそうだけれど、今は帰りの運転の事を考えると、全然飲めないので(先生はお酒好きなんですよ)それなら打ち上げはいいや、って気分なんだそうです。

 そういう話をすると、主催者の方で「ではホテルを取りますから、ゆっくりしていってください」とか言われるそうです。でも、泊まっちゃうと、翌日の半日は移動になってしまって、それも時間がもったいない話なので、どんなに仕事の終わりが遅くなっても、飲まずに、その日のうちに、ご自分で車を運転して帰るんだそうです。

 「飲むなら乗るな、乗るなら飲むな」をきちんと実践しているH先生なのでした。

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2013年10月18日 (金)

プラハ国立歌劇場の「魔笛」を見てきました その2

 肝心のオペラの話はここからです(笑)。

 プラハ国立歌劇場の「魔笛」公演を見てきました。

 実はこの公演、目玉は、エリカ・ミクローシャが夜の女王を演じる事だったのですが、当然の事ながら、ミクローシャは当地に来てくれませんでした。当地の前日のオーチャードホールと、翌日の東京文化会館では歌うので、ちょうど当地での上演日はオフの日だったんでしょうね。ま、それはそれでいいです。スター歌手の歌も素晴らしいけれど、座付きの歌手さんたちの手慣れたアンサンブルを聞くのもなかなか良いものです…なんて思っていたのですが…。

 当日の出演者たちはこんな感じでした。

 タミーノ:マルティン・シュレイマ(レギュラー)
 パミーナ:レンカ・マーチコヴァー(ゲスト)
 パパゲーノ:ダニエル・チャプコヴィチ(ゲスト)
 パパゲーナ:ユキコ・シュレイモヴァー・キンジョウ(ゲスト)
 ザラストロ:ズデネック・プレフ(レギュラー)
 夜の女王:ヤナ・シベラ(レギュラー)
 モノスタトス:イジー・フルシュカ(レギュラー)

 レギュラーと書いたのは、この歌劇場専属歌手の皆さん、つまり座付きの歌手の皆さん。ゲストと書いたのは、余所の歌劇場の歌手で、今回のツアーにサポートとして加わってくれた皆さん。もちろん、当地に来てくれなかったエリカ・ミクローシャもゲストですね。

 こうやって見ると、海外からの引っ越し公演って、スター歌手以外は、その歌劇場専属歌手の皆さん方ばかりで上演しているのかと思っていましたが、案外、私たちの知らないゲストソリストも多くいるんですね。

 じゃあ、ソリストじゃなければ…と思って、三人の侍女を調べてみました。

 三人の侍女1:アンナ・トドロヴァー(レギュラー)
 三人の侍女2:シルヴァ・チムクロヴァー(レギュラー)
 三人の侍女3:カダア・イブラギモヴァー・クラード(レギュラー)

 ああ、よかった。さすがにアンサンブルしか歌わない三人の侍女たちは、座付きの方でした。

 クレジットがないのですが、三人の童は…まだ女学生さんのようですから、おそらくこの歌劇場の研究生じゃないかな? 合唱団は自前のようです。やはり、小さな役(失礼)とか合唱は、歌劇場専属の歌手の皆さんがメインなんですが、大きな役は、余所の歌劇場のソリストさんも使うんですね。ま、やせても枯れてもソリストですからね。

 ちなみに、子役とバレエダンサーは自前ではなく、当地のバレエスクールの方々が演じてました。

 そうそう、パパゲーナを演じたキンジョウは、日本の方のようです。琉球大学を卒業して、国費留学生としてイタリア留学をしていたそうです(で、向こうの方とご結婚されて、あっちを本拠地にして頑張っているんでしょうね。ちなみに、チェコ国立歌劇場の専属歌手さんです)。魔笛のようなバタ臭いオペラに、いかにもお醤油な顔の方々がいらっしゃると、見ていて、なんか違和感を感じてしまうのは、私が偏見にまみれた人間だからなんでしょうね。

 それにしても、よかったですよ。大道具は実に簡素でしたが、これはおそらくツアー用の大道具なんでしょうね。でも、衣装はなかなか素晴らしかったですよ。最近のオペラは、日本国内のモノはもちろん、下手をすると、ライブビューイングで見る、メトやオペラ座だって、衣装がしょぽいケースが増えてきましたが、プラハの衣装は実にゴージャスでした(その代わり、ちょびっと古びてましたが…)。やはり、オペラってファンタジーだから、豪華なイメージが必要ですよね。だから、衣装がハデハデなのは、いいですね。

 派手と言えば、モノスタトスは、衣装やメイクが実に派手と言うか、奇抜でした。だって、まるでトランプのジョーカーのような風体でしたからネ。モノスタトスはムーア人(つまり黒人)という設定なんだけれど、今回のモノスタトスは黒人というよりも魔人って感じでした。

 で、そのモノスタトス(テノール)の衣装はすごかったし、演技も上手だったけれど、肝心の声は…ちょっと残念でした。ダメという意味ではなく、私の趣味ではない…というか、手本にはならない発声でした。プロにしてはナマっぽい発声で、こんな声でもプロのオペラ歌手にになれるんだ~という感じでした。

 私的には、タミーノ(テノール)の発声が素晴らしかったです。パワー的に不足を感じますが、実に響きが豊かで軽い歌声でした。だからと言って地声はそんなに軽い声ではなく(魔笛はレチタティーヴォがなくて、歌と歌をセリフでつなぐので、普段の話し声も聞けるんです)、普通の男性の声なのに、歌声になると、軽くて響き豊かな声になるんです。「こういうふうに発声できたら、いい感じなんだなあ~」と憧れちゃいました。今の私が目指す方向は、とりあえず、こっちの方向かなって思わせる歌声でした。

 まあ、そこを目指しても、そこには到着しない可能性は、大なんですが(笑)。

 さきほどは顔つきで違和感があるって書いちゃいましたが、パパゲーナは、歌も演技も、なかなか良かったです。日本人が異国である本場のヨーロッパで、オペラ歌手として頑張っているのを見ると、なんかうれしくなりますね。それもその他大勢ではなく、ちゃんとした役をいただいているわけで、金城さん、すごいなあ…って思いました。

 夜の女王は、実に危なげなく歌ってましたよ。あのアリアを手に汗握らせずに聞かせると言うのも、なかなかの芸達者だと思います。まあ本当は、手に汗握らせるような、ハラハラドキドキさせるような歌の方がエンタメとしては上等なんでしょうが、演奏家としては危なげなく歌えた方が良いに決まってます。

 プラハ国立歌劇場は10月末まで、日本各地で公演するようですから、近くで見かけたら、ぜひご覧くださるといいですよ。なかなか立派なオペラをやってます。

 そうそう、幕間の休憩の事です。時間も少ないし、妻はチャレンジャーなので、車椅子に乗って障害者用トイレに行くのではなく(それでは時間がかかってしょうがなく、休憩時間中に席に戻れる自信がなかったんですね)、松葉杖をついてトイレに行くことにしたのですが、やはりホールでの松葉杖移動はつらいですね。

 何がつらいって、やはり階段がつらいんですよ。

 階段を登る時、松葉杖でカラダを支えて、その状態から、ジャンプして健康な足で「エイっ!」って前の段に跳ね登ります。その際、着地時にヒザを少し曲げておくと、多少楽みたいです。もっとも、一応、体重は松葉杖に預けているとは言え、ジャンプして片足で階段を登るわけです。結構大変ですね。で、足が前の段にしっかり着地したら、体重を前に移動し、曲げた膝を伸ばすことで、松葉杖を再び、自分の体側に引き寄せます。で、そこからまた、ジャンプして健康な足を前の段にかけるわけです。

 つまり、ケンケンで階段を上るに等しいわけで、多少は松葉杖に体重を預けられるとは言え、これはかなりつらいです。

 で、階段を登る時は、この動作を、階段の段数分だけ、すっとやりつづけるわけです。すごく疲労します。妻はホールの後ろに行く前に、よろけてしまったくらいです。

 本当は松葉杖移動ではなく、私が妻を抱き抱えて移動できれば良かったのですが、それは私のヒザのコンディション的に無理な相談でした。

 ちなみに、階段を降りるときも大変ですが、登りよりは楽そうでした。下りは、先に杖を前について、そこに健康な足でピッコンと飛び下りれば良いのです。ま、登りより楽だし、よろけることはありませんでしたが、途中で何度か休憩が必要なくらい、大変でした。

 会場のどこへでも車椅子で行けると、本当はいいのにねえ。今回の件で、私は日本中の音楽ホールがバリアフリーになるといいなあって思いました。いや、ほんと、車椅子での外出って大変だし、松葉杖の移動もなかなか大変だって。

 「魔笛」は、とても良かったのですが、私、実は、ところどころ記憶がありません。やはり疲れた状態でオペラを見ていると、せっかくの素晴らしいステージなのに、ついつい睡魔に負けてしまいます。

 オペラは体調万全で見たいものです。

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2013年10月17日 (木)

プラハ国立歌劇場の「魔笛」を見てきました その1

 当地で年に1~2回行われる、海外の歌劇場の引っ越し公演に行ってきました。今回やってきた歌劇場は、プラハ国立歌劇場でございます。一応、誰もが知っている一流の歌劇場ですね。おまけに、モーツァルトとプラハという都市は関係深いのに、そのプラハの歌劇場でモーツァルトのオペラを上演してくれるとは、これまた楽しみが倍増でございます。

 上演演目は、私の大好きな「魔笛」。そりゃあ楽しみでしかないですな。

 なのに、妻がアキレス腱断裂なんて事をしてくださいました。なので、一時はチケット代がもったいないけれど「魔笛」を見るのをやめようかとも思いましたが、いつもムチャばかりする妻は「アキレス腱が断裂していても、見に行く!」と宣言したので、とりあえずオペラを見に行くことにしました。

 私の出演したクラシックコンサートの翌々日の話でございます。

 まあ、クラシックコンサートの方は、無料コンサートだし、客も少なくて、どこもここも空いているし、会場のスタッフの人の心にも余裕はあるし、時間もルーズだし…というわけで、たとえ車椅子でもなんとかなる…という判断で行って、あれだけ苦労したのです。ちなみに、そちらは小ホールだったんですけれどね。

 さすがにオペラとなる、今度は大ホールでの上演。有料公演だし、客はたくさん(ほぼ満席)だし、あっちにもこっちにも人がたくさんいて、普通に歩くのも大変なのに、車椅子での移動なんて、互いに迷惑でしかないし、会場のスタッフの人も大忙しだし、時間は待ってくれないし…おまけに、席は指定席で、それも真ん前真ん中真っ正面という、見るには一番よく、車椅子での進入が一番困難な奥まった席なんです。

 さすがに今度は、私一人では介護できません。ってか、私自身が怪我人なので、妻の面倒を見てやれないので、今回は息子君を助っ人に頼みました。

 ちなみに、私の怪我とは…仕事と家事で、あまりに疲労が重なって、疲れでフラフラになってしまった仕事の帰り、駅の階段を降りていたら、突然意識を失って、膝から崩れるように倒れて、階段の踊り場(石畳です)にニードロップをかまして負傷した程度の軽傷です(笑)。

 ま、意識を失った…と言っても、あんまり疲れていて、マブタが重くて重くて…つい歩きながら睡魔に襲われただけだし、睡魔に襲われた瞬間にカラダがガクッって脱力して、バランスを崩して階段から落ちただけの話。落ちたと言っても、おそらくたったの一段程度、落ちたぐらいです。

 でもね、右ヒザから落ちたんだよ。痛いの痛くないのって、年甲斐もなく、絶叫してしまいました。しかし残念な事に、周囲には誰もいなかったので、同情されることも介抱される事もなく、ただただ落ちてしまった階段の踊り場で、見苦しくのたうち回り、のたうち回ったあげくに、さらに下へと階段落ちをやってしまったくらいです。全身痛かったはずですが、ヒザが痛すぎるので、全然平気でした(ピース)。

 しかし、階段から落ちたついでに車道まで転がり出たのに、よく車にひかれなかったものだと、我ながら感心しちゃいます。

 痛むヒザを抱えて、ウ~ウ~うなりながら、しばらく道端にうずくまっていたら、やがて痛みが引いてきたので「よし!」と気合を入れて、立ち上がって帰りました。別に出血しているわけでもなければ、腫れているわけでもないし、触れば激痛だけれど、触らなければ全然問題ないので、何も無かった事にしました(うっかりヒザ立ちすると、声が出ちゃうほどに痛みますが)。まあ、普通に歩く程度なら支障はないのですが、車椅子を押すとちょっとヒザが痛みます…そんな程度の怪我人です。

 「病院行かないの?」と妻に言われましたが、これ以上の医療費負担はごめんだし、だいたい病院に行ってもレントゲンを取って湿布をもらってお終いだったら、行く意味ないし…という事で、保存療法にする事にしました。

 まあ、柔道をやっていた頃は、これくらいの怪我なら、ツバつけて治していたから、大丈夫でしょう(笑)。

 あと、いつもヒザに痛みがあると、それが覚醒剤(笑)の役割を果たすので、都合いいんです。とにかく、最近は、疲れ切っていて、いつでも眠い人なのですが、ヒザが痛いと、ちょっぴり眠気も遠ざかりますので、痛みもなかなか便利なものです。

 と言うわけで、私自身も怪我人なので、今回、車椅子の介護は、メインは息子君が、息子君では難しいところだけ、私が車椅子を押すという事に行きました。

 今回も会場には事前に連絡を入れておきました。で、会場入りすると、偶然、スタッフの方と遭遇したので、さっそく話してみたところ、すぐに担当の人(実は知り合いだったりします)がやってきてくれて、打ち合わせ通り、秘密の入り口から会場入りしました。秘密の入り口…と書くと、なんかすごそうですが、実は、ここのホールはバリアフリーではないので、障害者や怪我人さんの動線が確保されていないので、あれこれ色々と考えて、通常使わないような通路や扉を使って、なるべく安全に出入りをしているだけなんです。

 まあ、最初からバリアフリーで作られていれば、そんな秘密の通路なんて要らないのですがね。

 ちなみに、今回はオペラなので、普段は作業着のスタッフの方々も、みなブラックスーツだったりします。あのブラックスーツはユニフォーム扱いなのかな?

 妻を座席に座らせたら、車椅子を片づけて、通常の入り口に行って、本来、入場の時にもらえるチラシの類をいただいて(係の人に怪訝な顔をされました)、パンフレットを購入して、開演を待ちました。

 周囲を見渡すと…お年寄りが多いですね。杖をついている方々がたくさんいますし、中には酸素ボンベを引きづっている方も少なからずいらっしゃいます。こういう方々にとって、バリアフリーではない音楽ホール(ってか多目的ホールなんだけど)って、使いづらいだろうね。

 普段元気な時は、階段も苦にせずに利用してますが、自分が怪我をしたり、車椅子の介護をしてみたりすると、世の中の建物ってのは、実に階段ばかりがあって、スロープって奴がなかったり、あっても急すぎたりする事か分かります。

 いや、何よりも、普通の道路自体がデコボコすぎるし、斜めすぎるし、歩道が無さ過ぎです。車椅子での外出って、結構怖いですよ。

 ん? 肝心のオペラの話に入る前に記事が長くなってしまった(笑)。では、オペラの話は、次回いたしましょう(爆)。

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2013年10月16日 (水)

クラシックコンサートに出演してきました その2

 さて、クラシックコンサートの話の続きです。

 私が練習室に5分前に到着したら、すでにピアニストさんはいらっしゃいました。…また、待たせてしまったみたいです(申し訳ない)。挨拶をして、まだ済ませていなかった、ステージの入りと出の打ち合わせをしました。そうこうしているうちに、私たちの声出しの時間になりました。

 声出しは、一人10分ずつ与えられていますが、私の場合、妻の分も含めて20分あります。当然、妻は声出しをしないので、一人で20分使えます。まあ、20分もあれば、なんとかなる…とこの時まで思っていました。

 軽く発声練習をした時に、始めて違和感と言いますか、本日の不調に気づきました。声がほとんど出ません(涙)。下はガラガラ、上はすぐに詰まります。特にFより上に音程が昇りません。今日はGまで使うのに、これはヤバイ!

 原因はいろいろと考えられますが、一番の原因は…まだ声が起きていない…んでしょうね。寝すぎたわけです(涙)。なにしろ、本日の目覚めは昼過ぎだったし、この段階でまだ起きてから4~5時間しかたってません。いわば、まだカラダ的には、通常の状況の午前中のコンディションなわけで、テノールってのは、声が目覚めるのに時間がかかる声種であって、夕方にならないと(つまり起きてから10時間ぐらいしないと)声が出ないと…とよく言われるくらい、声の目覚めが遅い声種なのです(都市伝説かもしれませんが)。

 まあ、きちんと声が起きていなければ、家を出る前に、しっかり起こしてくればよかったのですが、うっかり自宅での発声練習をやらずに来てしまった事に、激しく後悔をしました。自分の迂闊さを呪いました。

 でも、仕方ないです、時間は戻りません。出ない声はむりやりにでも出すしかないです。

 もうすぐ本番なので、ひとまずピアノと合わせてみました。…みごとに撃沈しました。ピアニストさんにも「大変そうですね…」と同情されました。うう、最近の私にとって、普段なら、Gぐらい、鼻唄で歌える程度の高さなのに、それが撃沈!…なんか、自分が情けなくなりました。「郷愁」がまともに歌えなかった事もあり、二曲目の「忘れな草」は余計に力任せに歌ってしまったので、全然音程が届きません。悪循環です。

 おそらく、この場に妻がいれば、私の声のコンディションを理解し、適切なアドヴァイスが貰えたはずですが、妻は客席だし、私は自分に何が起こっているか、この段階では全然分かっていなかったし、ピアニストさんは声の事は分からないし…、焦りばかりが募っていきました。

 とにかく、冷静さを保ったフリをして(ピアニストさんの前で取り乱すわけにはいかないじゃない?)、もう一度、高音を発声練習し(今度は、脱力と響きと腹筋を心がけて行いました)、最後にもう一度合わせてみました。一度目ほどは、ひどくはなかったのですが、まだまだ普段の練習の時のようには歌えません。Fはどうにかなりましたが、Gはどうにもなりません。

 でも、そろそろ時間です。次の人にこの部屋を明け渡さないといけませんし、今更あがいて傷口を広げても良くないので、ココロを切り換えて「今日は(も)撃沈するか~」と諦めました。「撃沈する」と覚悟を決めたら、それはそれで清々しい気分になるものです。

 ピアニストさんは「聞かないといけない人がいるんです~」と言って、練習室から慌てて出て行きました。私はゆっくりとホワイエに向かいました。ホワイエは広いので、ホワイエに行って、本番前に少し歩いて、血行をよくしようと思った事と、お客さんが少なければ、ちょっとした体操などもできるかなって思いました。

 ホワイエに行ったら、知り合いの方(音楽協会の方。この方もアマチュア歌手です)と会いました。「今日の調子はどう?」と尋ねられたので「練習では楽勝だった事が、今日になって出来なくなりました。私のガラではありませんが、本番を目前としてアガッているのかもしれません」なんて白々しく答えました。「すとんさんがアガル事ってあるの(笑)」と一蹴されました。私の事、よく分かってらっしゃる(爆)。

 「練習で出来ない事は、本番では絶対に出来ないけれど、練習でできた事が本番では出来なくなるのが、本番の怖さですね。落ち着いて、普段やっている通りにやるべき事をやれば、きっと出来るはずですよ」というありがたいアドヴァイスをいただきました。実にその通りです。

 「すとんさんは楽器がいいんだから、無理さえしなければ、良い歌が歌えるんだから、無理はしないようにね。調子が悪い時ほど無理は禁物だよ」とこれまた心に染みるアドヴァイスをいただきました(結局このアドヴァイスどおりには出来なかった未熟な私なんですがね)。

 でも、良いアドヴァイスをいただいて、なんかちょっぴり気持ちに余裕が生まれました。

 やがて自分の出番が近づいてきたので、ステージ裏に移動しました。私の前後の出演者の方々と軽口を叩いて(「女性はいいですね、ドレスで着飾れますから。男の私なんて、いつでもどこでも、黒づくめですよ」…とかね)舞台袖に入りました。

 舞台袖に入って、ステージマネージャの方と簡単な打ち合わせをしたら、後は本番に向けて気持ちを集中させるだけです。

 やがて順番となり、ウグイス嬢の方が私を紹介してくれました。いよいよ出番です。

 ステージに出ました。客席は…結構な人がいます。ちょっとファイトが沸きます。舞台中央まで歩き、礼をして、後ろを向いて気を溜めて、ピアニストさんに合図を送って、歌いだそうとして正面を向いたら……ま、まぶしい。ライトが目に入って、まぶしくて視界が真っ白になりました。ううむ、実にナイスなライティングだ!

 1曲目のチマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」はイントロが短い曲です。まぶしさに目がくらんでいる中、ピアノが聞こえてきたので、すぐに歌いだしました。歌いだしてすぐに「声の返りがほとんどない(涙)」と思いました。客が大勢いたので、声が客のカラダに吸われてしまって、返って来ないのですよ。

 普段は、自宅であるとか、先生のレッスン室であるとか、とにかく声がよく反響する場所で歌っているし、ホール練習の時は、ガラガラのホールだったので、声もよく返ってきたのですが、さすが本番になって客がたくさん入ると、本当に声が返ってきません。ちょっとビックリして、ノドに力が入ってしまいましたが、やがて「いかん、いかん、脱力脱力」と思って響きを増やす方向に戻しましたが、どうやら私が思ったほどに、軌道修正はうまくいかなかったみたいです。

 このように、心の中では色々と焦っていましたが、歌の方は…完璧とはほど遠いし、傷もかなり目立ちますが、それでもお聞きの通りの出来となりました。やはり、調子が悪いと、どうしても無理やりな発声になってしまいます。本当はGぐらいなら、無理に出さなくても出るはずなのに…どうもダメですね。

 「ああ、やっぱりGはうまくいかないな~」と思いながら「郷愁」を歌い終えました。次は、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。こちらの方が色々と難しい曲です。「撃沈するならしてしまえ!」と覚悟を決めて歌いだしました。

 歌い終えた時は、最後の最後で「やっぱり撃沈してしまった、残念!」と思いましたが、後から録音を聞いてみたところ、途中の数カ所で、歌っている時には気づかないままにハズしてしまっている箇所があって、凹んでみたり、最後の最後はヒドイのは確かだけれど、撃沈と言うほどの失敗では無かった(でもやっぱり届いていなかったね)ので、ちょっとだけ凹んでみたり、やっぱり歌っている本人には歌の出来は分からないなあって思いました。

 後で妻からもらった感想では「普段の練習と比べると、全然声に響きが足りなかったけれど、それでもよかったんじゃないの? 去年よりもだいぶ上達していると思うよ。去年までの歌い方なら、1曲目を歌い終えたところで声を使い切ってしまって、2曲目は歌にならなかったけれど、今年はしっかり2曲目も歌えたわけだし、途中で何回か失敗があったけれど、以前なら、その失敗を引きづって、立ち直れなかったけれど、今年は失敗しても、すぐにリカバーして、次につなげて歌えていたし、やはり、先生が変わって一年。とても上達したと思います。先生を替えてよかったね」との事です。そんなモンかな?

 ピアニストさんには「お疲れさま。とにかく無事に終わりました」と言われました。ううむ、これって無事なのかな?

 とりあえず、今年のクラシックコンサートはこれで終了です。泣いても笑っても終わりは終わり。来年はこれ以上の歌が歌えるように頑張るつもりです。

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2013年10月15日 (火)

クラシックコンサートに出演してきました その1

 クラシックコンサート当日になりました。前日まで忙しく働いていた私は、この日は無理を言って休みをいただき、実に昼過ぎまで寝てました。いやあ、昼過ぎまで寝ていたと言うよりも、目が覚めたら昼過ぎだったというわけです。目覚ましさえ鳴らなければ、それくらいまで寝れちゃうものなんですね。なにしろ、普段は4時間程度しか寝てないから、寝る寝る寝る(笑)。いやあ、ほんと、たっぷり寝ました。

 少し寝過ぎかもしれません。

 目覚めたら、自分と妻の分の食事を作って、洗濯して洗濯物を干して、ブログもちょっとして…なんてしていたら、そろそろ出かけてもいいくらいの時間になりました。いや、本当は時間的な余裕がまだ十分あったのだけれど、なにしろ車椅子の妻同伴での本番入りなので、本日の私は出演者であると同時に介護者でもあるわけで、色々と気が急いていました。

 とにかく車椅子だと移動に時間がかかる…ってわけで、取るものもとりあえず出発しました。荷物も今回は両手を空けるためにリュックです。タキシードもステージシューズもリュックに詰め込んでの会場入りです。見てくれよりも実用性ですよ。

 …本当は、そんなに慌てて出かけずに、自宅で発声練習をたっぷりし、歌の直前確認をしないといけなかったのに、それを怠ってしまいました。さらに言うと、持っていく荷物の中に、自分の楽譜を入れ忘れるという失態までしでかしました。あああ~。

 言いたかないけれど、この時の私は、アマチュア音楽家である前に、妻の介護者であったわけです。

 とりあえず、車椅子を押して出発です。会場まで、ずっと車椅子を押しました。途中、車椅子だと通りづらい場所が数カ所あるので、それらを避けるため、結構遠回りをしながら会場入りです。やはり、時間がかかります。通常の倍近い時間がかかりました。

 で、会場入りして、楽屋に入る前に、まずは妻を客席に入れなければいけません。しかし、ホールはバリアフリーではないので、車椅子で入るには、あれこれ大変なのです。とりあえず、ホールの事務室に行きました。もちろん、事前に電話連絡をしておいたのですが、その場にいたスタッフの方とは、なかなかうまく話が通じません。どうも、スタッフの横の連絡があまりうまくいっていないようです。

 「車椅子で客席に入りたいのですよ」と言っても、スタッフさん「うーん」とうなり出したので、こちらから「あそこの扉(普段は施錠されています)を開けて入ると、客席のすぐ横の扉にいけます」とアドヴァイス。私の方が会場の作りに詳しいってのも変な話です。

 とりあえず、こちらの提案通りに話が進みました(それが一番簡単で楽な方法だからです)。それで客席まで車椅子で進み、妻を無事に運び終えました。で、私は、やっとゆるゆると楽屋入りをし、リュックの中からシワクチャになったタキシードを取り出して、ハンガーにかけて、ロッカーにしまいました。服装や荷物のチェックもし、忘れ物がないかを確認し…この時、楽譜とiPodと、自宅での発声練習を、忘れてしまった事に気づきました。iPodには私の発声練習で使っているような曲の伴奏とかが入っているので、iPodを忘れてしまったのは、何気に深手でした。

 まあ、忘れ物でクヨクヨしても仕方がないし、自分の出番までまだ余裕があるし、私も車椅子を押して疲れてしまったので、客席に戻り、妻の隣でステージを楽しみながら、少し休憩をする事にしました。

 なにしろクラシックコンサートそのものは、午前中(まだ私は寝てました)から始まっています。とにかく、出演者たちは、自分の出番に間に合えば良いし、自分の出番が終われば帰宅OKという、割とフリーダムな感じのコンサートなので、私は自分の出番の3時間前に入ったわけです。

 私が客席に戻った時、演目的には、フルート~声楽でした。うむ、なかなかのグッドタイミングです。

 フルートの出演者さんは、フォーレの「シチリアーノ」を吹いてました。うむ、この曲は、私もレパートリーの一つにしている曲で、以前、フルートの発表会で披露した曲です。そう言えば、笛先生に習っていた時は、なんだかんだ言って、人前でフルートを吹くチャンスがたくさんありました。H先生になってからは、逆に全く人前でフルートを吹くチャンスがなくなりました。それどころか、アルテとガリボルディしか練習していないので、いわゆるレパートリーというものが一向に増えません。ま、これはH先生の指導方針なので、仕方ないのですが、今のままでは、もしもクラシックコンサートでフルートで出演する事になっても、吹く曲が無いので辞退するしかないかなあ…って思うと、ちょっぴり寂しいです。

 声楽の方は、実にピンキリでした。ま、アマチュア音楽家の祭典ですから、そんなピンキリでも楽しめますのでかまいませんが(笑)。総じて若い女性の出演者は、プロ歌手並に上手な方が多いです。おそらく、音大卒業されたけれど職業音楽家にならなかった方々なんでしょうね。そういう人はアタマ二つぐらい抜けていますので、客席が沸きますね。

 一方、私のようなズブの素人から登ってきた方々は、色々とキズのある演奏をしますが、それがまた微笑ましくて私は好きです。割と共通して言える事は、演奏者の年齢が高くなるに従って、リズムが乱れがちになる傾向がありますね。これは世代的な特徴なのかなって思います。若い世代(と言っても私よりもご年配者)になると、リズムは正確になりますが、声が未熟で、いかにも「普段はコーラスをやってます」って雰囲気になります。ソロで歌うなら、声の魅力って奴は大切ですよね。

 声楽の方々が一通り歌い終わったあたりで、私は楽屋に戻る事にしました。そろそろ自分の準備に取りかかろうというわけです。

 でもその前に、妻の介護をしないと…ね。彼女をトイレに連れて行こうとして車椅子を走らせたら…入る時に開けてもらった扉が閉まっている! 確かにこの扉は普段は施錠しておく事になっている扉とは言え、今回は妻の出入りで使用するので、終日開けっ放しにしてもらえるようにお願いし、承諾も得たのですが、やっぱりスタッフ間の連絡がうまくいってなかったみたいで、警備の方が閉めちゃったらしいのです。前門の閉まった扉、後門の階段ってわけで、どうやら妻は閉じ込められてしまったみたいです。

 扉を開けてもらわないといけません。事務所に行かないと行けませんが、事務所に行くには一度、舞台裏に行って、そこから下に降りて外に出て、ぐるっと建物を半周ほど行って、階段あがって正面入り口に行き、そこから事務所に行きます。妻が閉じ込められた箇所は事務所のすぐ近くの扉ですから、私はあの大きな建物を一周しちゃったわけです。本番近くなのに、全力で走って(この時点で、案外、時間的な余裕がなかったんですよ)息を切らせながら事務所に飛び込みました。

 今度は顔見知りのスタッフの方がいらっしゃったので、話はすぐに通じました。警備の方が飛んできて、すぐに扉を開いてくれて、無事、妻を救出(笑)できました。

 トイレを経由して、再び妻を客席に戻し、息の乱れを戻し、流れる汗をぬぐって、再び楽屋に入りました。着替えるためです。

 粗相をしてはいけませんから、ゆっくりと慎重に着替えます。着替えながら、気持ちを本番モードというか、アマチュア歌手モードにしていきます。

 心を音楽家にしたところで、ピアニストさんとの待ち合わせ場所である練習室に向かいました。そこは主催者さんが用意してくれた、声出し会場だったのです。

 と言うわけで、本日の記事はここまでです。

 本番では二曲歌いましたので、今回は最初に歌った、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」の音源を貼っておきます。この歌に関する顛末は明日の記事に書くことにして、今日は何の予備知識も無しで、この音源をお楽しみください(自虐的で申し訳ないです)。

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2013年10月14日 (月)

アマチュア音楽家で良かった

 クラシックコンサートはなんとか終了しました。ただ今、記事を書いている最中なので、もうしばらくお待ちください。今日は、違うネタでお茶を濁すことにします。

 私は下手くそな歌を人前で披露しちゃう、アマチュア音楽家でございます。まあ、下手くそのままで良いとは思っていません。今現在の最善を尽くしているわけですが、結果として下手くそだったりします。下手は下手なんですが、音楽の情熱に関しては、熱いモノを持っていると自負しています。ま、そこんとこを、かってもらえると、うれしいかなって思ってます。

 それにしても、アマチュア音楽家である事は、私にとっては、とても良い事なんです。なにしろ、自分の好きな音楽だけを突き詰めて学び、チャンスがあれば、それを人前で披露する事ができるからです。

 その点、プロは…自分の意見よりも、まず第一に客に望まれ喜ばれる事をしないといけません。だって、プロにとって演奏行為とは、客商売ですからね。客に喜んでもらってナンボという部分があります。だから、プロの演奏家は、決して、自分の好きな音楽だけを突き詰めて演奏する事は…できません。いや、楽屋でやる分には何の問題もないけれど、それをステージでやっちゃあ、ダメだよね。プロとは、お客の要求という目には見えない糸でがんじがらめに縛られている存在だと思います。そういう点では、ポピュリズムに支配されざるをえないのです。つまり案外、プロってのは、不自由な存在なのかもしれません。

 まあ、どんな職業であれ、プロってのは『自分を殺し、顧客のために奉仕するモノ』だよね。それは音楽家だからと言って、例外なはずありません。

 その点、アマチュアは自分の好き勝手にやればいいし、結果責任も取らなくていい(もちろんだけれど、最善は常に尽くすべきで、無責任が容認されるわけではありません)。なので、お気楽極楽です。その代わりに、自分が納得いかないものはやるべきじゃないでしょ? 自分がつらかったり、苦しかったりしてまでやる事はないでしょ?

 アマチュアなのに、プロもどきを目指す人には、私はあまり良い印象を持ちません。と言うのも、アマチュアって“下手くそなプロ”ではないのです。アマチュアとはどこまで言ってもアマチュアであって、アマチュア精神って奴を忘れちゃいけないのです。

 アマチュア精神ってのは、私が思うに“熱いココロと、絶えざる成長と、一期一会のプレイにかける集中力”って奴だと思います。

 だから、プロもどきを目指すくらいなら、いっそプロになってしまえばいいのに…って思います。アマチュアの延長線上にプロがいるわけではない…私はそう思います。

 私はプロもどきよりも、至高のアマチュアを目指したいです。

 プロもどき…ってのは、例えば『技術向上ばかりを目指す』とかね。技術向上ってのは、プロなら最低条件だけれど、アマチュアにとっては、そうとは限らないと思います。もちろん、技術向上も大切だけれど、アマチュアの場合は、技術以外の要素があるからね、技術も大切だけど、技術以外も無視しちゃダメだよ。

 プロもどき…とは違うけれど、アマチュアなのに対価を求める…というのも、あまり潔しとは思いません。対価を求めるならば、プロと同じように、演奏の責任を取らないといけないと思います。だから、演奏の責任を取れるなら、アマチュアであっても演奏に対価を求めてもいいと思います。しかし「自分たちはアマチュアだから」と言う理由で、演奏に対する責任は放棄しつつも、その演奏に対価を求めるのって…一種の詐欺じゃないのかなって思います。

 よく「私たちはアマチュアだけれど、プロのソリスト/オーケストラを使ってますから、私たちの演奏会は有料です」って言う人がいます。

 でもね、プロの演奏家をお願いするのは、そっち側の都合であって、客はそのプロを聞きたいのではなく、あなたたちのコンサートだから見に行くわけで、プロと共演するから有料ってのは、全くのスジ違いだと思います。だって、プロの演奏家がいるから(プロの演奏家の演奏が聞けるから)有料ならば、いっそアマチュアのあなたたち無しで聞きたいですよ。そりゃあ当然でしょ? 普通にプロの演奏家のコンサートに行って、その合間にアマチュアの方が出てきたら、どう思いますか?って話です。

 エキストラのギャラが払いきれないから、その分を客に転嫁するのは、どうなんでしょうね? アマチュアの演奏会なんて、演奏そのものを楽しみにしている人よりも、義理人情ってやむなく来る人の方が、正直、多いでしょ? その義理人情に踏み込んで、金をふんだくる(表現が汚くてゴメンなさい)のは、良くないと思います。

 だから、プロと共演しようがしなかろうが、有料コンサートを行うなら、少なくともチケット代程度の満足は、主役である自分たちの演奏で、客に提供してほしいです。それならば、お客だって満足ですよ。

 有料コンサートである以上「私たちはアマチュアですから…」という言い訳は通用しないと思います。対価を求めた時点で、プロと同じ土俵にあがったです。だから、そういう気構えと覚悟で演奏して欲しいと思います。

 なので、私は無料のアマチュアコンサートには優しいですが、有料になったら、プロの音楽家たちの演奏と比べます。例え町のアマチュア音楽家であっても、世界一流のミュージシャンたちと比べます。そして、アマチュアだからこそ、プロの技術とアマの熱意の両方を求めます。そういう意味では、アマチュアの有料コンサートに対する態度は、アマチュアの無料コンサートや、プロの有料コンサートよりも、厳しい目で見る事になります。

 アマチュアならば、本来はホール代もオーケストラ代もなんやかんやも、すべて自分たちで引っ被ってコンサートをするべきだろうと思うよ。それをしないで、客に負担を強いるなら、負担を強いている分、プロ並の演奏をして客の負担に答えて、客に満足を与えるべきだ思います。

 実際、それができているアマチュア団体もいるわけだから、決して不可能ではないと思います。

 でもアマチュアも、有料コンサートが定期になっちゃうと、すでに純粋なアマチュアではなく、プロもどきって奴に限りなく近い存在だよね。

 逆に、たまにアマチュアもどきのプロもいますね。仕事に対する厳しさのないプロ。プロ意識の薄いプロの音楽家。ま、そういう人は、地方でくすぶってお終いだから、私がつべこべ言うことはないかなって思ってます。まあ、どんなプロであれ、プロの看板を掲げている以上、ファンはいるものだから、そのファンたちに甘えて仕事をすればいいんじゃないのって、言い捨てておきます。

 で、結論。

 自分の好きな音楽を全身全霊でやれるアマチュア音楽家って、うれしい存在です。まだまだお客に満足いただける演奏はできないかもしれないけれど、常に全力を尽くしておりますので、長い目で見ていただけると感謝ですし、長い目で見ていただきながら、その成長を見守っていただけると、アマチュア冥利につきるというものです。

 かしこ。

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2013年10月13日 (日)

妻が救急車で運ばれました その3

 妻が救急車で運ばれてから、何だかんだ言って、もう十日程になります。最初は、色々とパニックてしまい、ドタバタしていましたが、今は多少落ち着き、妻が寝込んでいるのが当たり前の生活になってきました。

 まあ、何と言っても、家事労働の中心だった妻が故障したため、今までやっていた妻の家事仕事を息子君と分担しているのですが、これが結構大変です。今更ながら、妻のすごさと有り難みをヒシヒシと感じております。

 とりあえず、洗濯は毎日、私がやっております。ま、洗濯自体は洗濯機がやってますが、洗濯物を干したり畳んだりは私の仕事。大変ではありませんが、気が滅入ります。

 掃除はさぼり気味です。まあ、たまにモップをかけたりはしますが、人は埃じゃ死にませんから。

 でも、食事はそうはいきません。さすがに食べないわけにはいきませんよ。

 朝御飯は…以前の私は和食党でしたが、今はパン食に切り換えました。だって、朝の忙しい時間の中で、ご飯を炊いて、魚を焼いて、味噌汁作って…なんてやってられません。専ら最近の私の朝食は、ロールパン+バナナ+野菜ジュースの三点セットです。このメニューなら、パパっと食べて、すぐに家を出られますからね。ほんと、朝はトーストを焼いている時間すら勿体ないくらいですから。

 昼御飯は…以前は愛妻弁当ってやつでしたが、今は仕出屋の弁当を食べてます。仕出屋の弁当って…美味しいんだろうけれど、なんかクチに合わないんだよね。それと私の嫌いもモノも平気で入っているし、なんかイマイチなんだよね。妻が作る弁当って、私の好物だけを、私好みの味で用意してくれていたんだなあって思います。なんだかんだ言って、妻の弁当が食べたいですよ。

 夕食は…スーパーのお惣菜とかサラダとか、なんか適当に食べてます。ちゃんとした食事ではないけれど、まあ仕方ないです。

 一方、息子君は頑張ってますよ。簡単な料理(野菜炒めとかカレーライスとか肉じゃがとかね)を自分と妻用に作って食べてます。本当は息子君の料理も食べてみたい私ですが、生活の時間帯が合わないので…仕方ないですよ。

 怪我をした当初は、本当に寝たきりだった妻ですが、さすがに怪我も落ち着いてきたようで(まだ痛みはあるものの)怪我した部位以外は元気な怪我人ですから、少しずつ色々な活動を始めました。

 最初は10mも歩けなかった松葉杖歩行ですが、今はもう少し長く歩けるようになりました。また、市から車椅子を借りることができましたので、ちょっとした遠出の時は、車椅子で移動できるようになりました。もちろん、押すのは私の役割です。でも、車椅子のおかげで出歩けるようになり、妻もだいぶ気持ちが晴れる様になってきました。それにタクシー代も節約できます(笑)。

 怪我した当初は入浴できなかった妻ですが、シールタイトという、入浴用のギブスカバーを使うようになってからは、シャワーを浴びることができるようになりました。このシールタイトって奴はなかなかのすぐれもので、まあ簡単に言っちゃえば、ギプスをビニールでカバーしちゃうだけのものなんですが、まるでソックスを掃く様に簡単に着脱でき、おまけに完璧に防水使用なので、ギプスが全く濡れないんですよ。これ、すごいです。

 あと、浴槽の椅子を介護用のシャワーチェアーに買い換えました。このシャワーチェアーって、高さがあって、足を怪我した妻にも、お腹が出っ張って色々とジャマな私にも、便利な椅子です。これを使い始めると、一般的な浴槽用のイスにも戻れませんね。良いですよ。

 椅子と言えば、ピアノ椅子です。最近の我が家の電子ピアノは、ほとんどスイッチが入らない状態なのです。なにしろ、息子君はついに“練習無しでレッスンに行く”から“レッスンに行かない”へアップグレードしたので、今や電子ピアノは単なる邪魔者に成り下がりました。まあ、成り下がったからと言って、すぐには捨てられないので、有効活用を考えないといけないわけで、ひとまず、ピアノ椅子を台所に運んでみました。

 ピアノ椅子(背もたれのないタイプ)って幅も広くて、高さも調整できて、なかなか良いんですよね。で、このピアノ椅子を台所に移動して“台所椅子”にジョブチェンジしてみました。これで、妻はこの椅子に座ったまま、簡単な料理と食器洗いができるようになりました。冷蔵庫は漁れますが、食器棚を片づけたり、ゴミを片づけたり、ご飯を炊いたりなどはできない(炊飯器はちょっと別の場所にあるため)けれど、多少なりとも家事労働ができるようになりました。これは、我々男性陣にとっては、実に朗報だったりするし、妻もやることがなくて退屈なので、余った時間でゆっくりゆっくりと家事をやって気を紛らわせていたりします。

 そんな妻のアキレス腱断裂ライフでした。

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2013年10月12日 (土)

ガリが星になりました

 それは、10月2日水曜日の事でした。実は妻がアキレス腱をブッちぎった、その日でした。その日の夕方、ふと水槽を見ると、ガリがすでに星になっていました。

 何の前兆もありませんでした。ただ、体調は以前からあまり良くなかったと思います。チビはもちろん、同時期に我が家にやってきたラズとも、だいぶ体格差がついてしまいました。

 それでも、エサをあげると、小さいカラダで金魚に混じって精力的にエサを食べに来てました(チビやラズは、金魚に混じってエサを食べることは、あまりありません)。なので、星になった原因は、病気とか栄養不足とかではなく、おそらく突然死だったんでしょうね。いきなり心臓が止まった…ってパターンです。ドジョウって、あれで結構神経が繊細だし、ちょっとした物音にもビクビクしている奴ですからね。何か、ビックリする事が起こって、それで心臓が止まった…んじゃないかって思ってます。

 今年こそは全員揃って夏を越せたかな…と思ってましたが、ガリは夏を無事に越せなかった…ようです。

 ちなみに、ガリとラズは、ハナジロと一緒に我が家にやってきました。ハナジロがやってきたのが、2012年の6月ですから、ガリは約1年と4カ月ばかり我が家にいたわけです。長くいたような気がしていましたが、さほど長くはなかったみたいです。どうも、ドジョウと言うと、長生きするイメージがありますが、ガリはさほどの長命でもなかったようです。

 ちなみに、チビは今、我が家の水槽での長老さんです。2008年に我が家にやってきているので、すでに6年いる事になってます。金魚の古株が2010年のサクラですから、サクラよりも2年も年長さんなんですね。そんなサクラも夏を4回越えているわけで……元気だなあ。

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2013年10月11日 (金)

なぜ笛吹きは、笛を何本も持ちたがるのか?

 今回は、フルートのレッスンを休みました。まあ、妻のアキレス腱ぶっ千切り騒動でお休み…したわけでなく、単純に仕事が忙しくてレッスンに行けなかっただけです。まあ、仕事が忙しくなくても、心が参っているので、レッスンに行っても不甲斐ない事になってしまったかもしれません。

 とりあえず、今週はレッスンネタがないので、フルートエッセイで、お茶を濁しておきます(笑)。

 お題はずばり「なぜ笛吹きは、笛を何本も持ちたがるのか?」です。

 厳密に言えば「何本も持ちたがる」と言うよりも「何度も買いたくなる」とか「すぐに買い換えたくなる」とか言う方が正しいのかもしれないけれど、結果的に何本ものフルートを所有してしまう事になるので、お題はそうさせてもらいました。

 で、なぜ笛吹きは、笛を何本も持ちたがるのでしょうか? 不思議に思いませんか? だってクチは一つしかないんですよ。同時に何本ものフルートを吹けるわけじゃないんだから、楽器なんて一つあれば十分。万が一の予備としても、もう一本あればいいんじゃないの? それなのに、なんで三本も四本も持っているの?って話です。

 ちなみに、私自身はフルートを三本持ってますよ。ですから、他人の事をとやかく言えない身分ですが、それでもそんな自分を棚上げしても疑問に思います。なぜ笛吹きは、笛を何本も持ちたがるのか?

 まず、私の話から始めましょう。私が持っているフルートは、メインで使用している総銀フルートのアゲハと、サブで使用しているプラ管フルートのブラ子(最近は結構気に入ってます)と、職場に置きっぱなしでフルートデュエットの練習の時にちょっとだけ使った中国製フルートのチャイナ娘です。

 もちろん、楽器としてちゃんとしているのはアゲハだけです。この子は、最低音から最高音までムラなくキレイに鳴りますし、音の反応も音色も音量も実に素晴らしいフルートです。だから、私的には、この子だけ持っていれば、実は十分なのかもしれません。

 しかし、アゲハは総銀フルートなので、あまり手荒には扱えません。手荒に扱うと、壊れたり調子を崩したりします。そういう意味では、取り扱いに注意が必要な子なんです。

 そこでブラ子の登場です。ブラ子は実に頑丈な子です。落とそうか蹴っ飛ばそうが酒をぶっかけようが、全然平気です。まあ、ブラ子でチャンバラするなどの、あまりに粗雑すぎる扱いをすれば壊れてしまうかもしれませんが、壊れたら買い直せばいいんです。なにしろ、アゲハの修理代よりも安い値段で、新品のブラ子に買い換える事ができるんですからね。

 安くて丈夫なのがブラ子なんです。

 なので、手荒に扱わざるを得ない場面とか、ライブとか戸外とかのラフな場面やタフな状況での演奏には、ブラ子がバッチリなんですよ。これはこれでかなり重宝に使ってます。

 チャイナ娘は…ほとんど出番ありません。だって、音痴だし、低音も高音もちゃんと出ないからね。でも、私が最初に使ったフルートだし、この子でフルート界に入ったわけだし、なんか捨てられなくて、今でも手元に置いているわけです。

 そんな理由で三本のフルートを所有している私です。たぶん、オトナの笛吹きとしては、持ち笛数の少ない人なんじゃないかなって思ってますがいかがでしょうか?

 私は「クチは一つしかないから」と自分に言い聞かせているので、フルートの買い換えや買い増しを極力避けていますが、それでもフルートを買い換える人の気持ちは分からないでもありません。だって、私だって時々フルートを買い換えたくなりますもの。

 決してアゲハが気に入らないんじゃないです。でもね、アゲハも良いけれど、パウエルの木管フルート、それもメカが14Kのフルートは絶品だと思います。パウエルの木管フルート、欲しいです。また、ブランネン・クーパーの銀管もいいです。あれは本当にいいです。パウエル木管にしても、ブランネン・クーパーの銀管にしても、もしも財布に余裕があって、うっかり魔が差したら、私の事だから、きっと衝動買いしちゃったかもしれません。ですから、フルートを複数持っている人の気持ち、分からないでもないんです。

 分からないでもないんですが、やっぱり分からないんです。だって、結局、私はチキンだから、パウエルもブランネン・クーパーも買ってません。おそらく、私にはコレクター気質というのもが、決定的に不足しているんだと思います。

 世の中には、フルートを始めて、最初は頭部管銀のフルートあたりから始めて、やがて総銀フルートに買い換えて、やがてゴールドフルートに買い換えて、さらにメーカー違いのフルートを買い揃えて…って人、少なからずいらっしゃるでしょ? たとえお財布に余裕があったとしても、これだけのフルートを買い揃える気持ちは、やっぱり私には分かりません。だって、お金はフルート購入以外にも使えるからね。

 私はたぶん、アゲハを一生の伴侶として添い遂げるでしょう。外に連れ出すときはブラ子、あるいはブラ子の後継笛を使うでしょう。でも、たぶんそれで私は終わり。ゴールドフルートが欲しくないわけじゃないけれど、でも、たぶん買わない。宝くじで3億当たれば、300万円程度のゴールドフルートをポンと買っちゃうかもしれないけれど、そうでなければ、アゲハとラブラブで終わるでしょうね。

 ほんと、なぜぜ笛吹きは、笛を何本も持ちたがるのか? クチは一つしかないのに…。

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2013年10月10日 (木)

声楽ってのは、歌手とピアニストさんとのアンサンブルなんです

 声楽のレッスンの続きです。

 さて、お次は、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。「郷愁」の方は割とすんなり行きましたが、こっちはなかなかに難しかったです。

 まず最初に先生は「すとんさんは、この曲は普通に歌えます。ただ、歌と言うものは普通に歌っても、つまらないので、その先を求めます」とおっしゃいました。つまり、歌える歌えないではなく、より良く歌いなさいって事なんですね。

 で、歌い始めたら、いきなりストップがかかりました。まだ二小節しか歌っていないんです。

 で、止めた理由は…楽譜が見える歌い方はダメって事です。音が楽譜と同じで、上下に動いているのがダメなんだそうです。楽譜は上下でも、声は前後に動くつもりで歌うのが良いみたいです。とにかく、音の響きをすべて同一線上に持ってくる事なんです。

 で、歌ってみたら、またストップです。今度は、リズムが等分しすぎだって言われました。つまり「いかにもクラシックの曲です」という歌い方になっているので、それがダメって事なんです。

 とにかく、ピアノとは合わせないように合わせるんだそうです。これって、どこもかしこも歌とピアノがぴったりと寄り添っていたのではダメで、ところどころでビシっと合っていたら、あとは緩くズレていた方がいいんだそうです。…うむ、それってビート音楽のように歌えって事かな?

 さらに歌っていたら、またストップです。で、先生がおもむろに歌い始めました。「うまく説明するのが大変なので、こんな感じに崩して歌ってほしい」って言われました。それを聞いた私が思い浮かべたのは、笛先生とのセッションでよく行った、ジャズバーでよく歌っていたSさんの歌唱。もちろん、Sさんはプロのジャズシンガーなんだけれど、あの人の歌い方を思い出しました。元歌を微妙に崩すけれど、決して原曲の味は崩さない、割と端正でオシャレな歌い方をする人でした。あんな感じに歌えるといいのかなって思って、自分がレッスン教室にいるのではなく、ジャズバーにいるつもりで歌ってみました。なかなか良いと褒められたので、この線で本番も行くかな(笑)。

 とにかく、楽譜通りには歌わないこと。ちょっとだけジャズシンガーになったつもりで歌わないといけません。うっかり、クラシック歌手にありがちな“楽譜通りに歌う”とか“見事な発声方法”とかは、脇に置かないといけません。

 この曲もアレコレとアドヴァイスをいただきました。とにかく、歌い崩すこと、声を飛ばすこと。この二つが大切なんですよ。

 また、歌っているうちに、ドンドン熱くなっていく私なんですが、それは厳しくとがめられました。「そこではまだ熱くなっていけません。そこで熱くなると、最後までノドが持ちません」と散々言われました。とにかく、クールにクールに歌わないとダメなんですよ。特に間奏前は、穏やかに歌うんです。

 ピアノの方は…もっとハデに演奏してくださいって言われてました。とにかく、歌え! とにかく派手に! …って感じですね。もっともっと、ダイナミックに、奔放にピアノを弾いてくださいって感じです。で、実際に先生が、ガシャガシャガシャ~とピアノを弾くと、ピアニストさん、目を丸く剥いてました。たぶん、こういう表現を求められる事って、滅多にないんだろうなあ。

 しかし、なんだかんだ言って、先生は私だけでなく、ピアニストさんにも遠慮なく突っ込みを入れまくります。そんなにアレコレ突っ込みいれられたら、ピアニストさん的には、大変なんじゃないかな…って思ったら、それはだいぶ違うようなんですね。

 彼女はよく合唱団の伴奏なども頼まれてやるんだそうですが、合唱の伴奏って寂しいんだそうです。孤独なんだそうです。音楽を作っているのは、あくまでも指揮者であって、その指揮者と合唱団員が一つになって音楽を演奏しているのを、ジャマしないように支えるのが伴奏者としてのピアニストなんだけれど、ソロ歌手と組むと、イチから歌手と一緒に音楽を作っていくわけで、それがとても楽しいんだそうです。だから、私と一緒にY先生のレッスンを受けているのは、彼女にとっては、なかなか充実した楽しい一時のようなんです。

 ま、声楽って、歌手とピアニストのアンサンブルだもんな。二人で一つの音楽を作っていくんだもんね。

 こんな感じでレッスンは終了しました。

 本番当日、会場入りしたら、あちらのスタッフさんに「ピアノのフタはどうしましょうか?」と必ず聞かれるけれど、なんて答えたらいいでしょうかと相談してみました。

 先生曰く「ピアニストさんが大変でなければ、全開」と即答でした。その理由は「ピアノは全開の時が一番音が美しいから」です。もちろん、全開したピアノは音がよく出ますので、その音で歌手の声を隠さないように気を使ってピアノを弾かないといけないのだそうです。もちろん、絶対的な音量が不足している人の伴奏をする時は、それでも追いつかないこともあるので、そういう時に始めて、フタの開け方を少なめにしたり、閉めたまま演奏するのだそうです。まあ、私の場合は、声量に不安はないので、全開にすることに決まりました。きっと、会場入りしたら、スタッフさんに呆れられるだろうなあ。

 ふう、次にピアニストさんと会うのは本番の日だな、よろしくお願いします。

蛇足。ちなみに妻はこれからしばらく声楽のレッスンを休むことにしました。少なくとも年内は無理ですね。なので、その間は、私が一人で、ちょっと長めにレッスンを受けることになりました。歌うって全身作業なので、アキレス腱が切れたままだとロクに歌えないんですよ。

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2013年10月 9日 (水)

ピアニストさんと一緒にレッスンに行きました

 声楽のレッスンに行ってきました。

 声楽のレッスンに行ってきました。本番も近づいてきたので、今回はピアニストさんと一緒にレッスンを受けます。妻はアキレス腱を切ってしまって、ロクに歌えないのでレッスン自体はお休みですが、レッスンにはついてきました。と言うのも、私とY先生しかいないところにピアニストさんをたった一人で放り込むのはかわいそうって思ったからなんです。実はピアニストさん、男性が苦手なタイプの方なので、妻が気を使ったわけです。

 とにかく、今回のピアニストさんは、凄腕なのにロハで伴奏を引き受けてくれたので、ビジネスとして割り切ることができなく、色々と気を使っちゃうわけなんです。

 とにかく、タクシーに乗って、途中でピアニストさんをピックアップしてレッスンに向かいました。

 レッスンに行ったら…前の方(テノールさん)がレッスンしてました。なんでも、今月のある日、某所でピアノとリコーダーとヴォーカルだけの小さな音楽会を開催し、そこでテノールとして参加されるんだそうで、その追い込み練習をしていました。彼は「Non t'amo piu!/君なんかもう」とか「Una furtiva lagrima/人知れぬ涙」などを歌うそうです。ううむ、頑張ってほしいぞぉ。私も予定が合えば、見に行きたいです。

 さて、私のレッスンとなりました。最初は発声からです。

 とにかく言われた事は「声を前に出していこう」って事です。声を響かせようとするあまり、ついつい声が奥にひっこみがちなんだそうです。なので、声を前に出す事を意識してみました。もちろん、同時にノドの奥をもっともっと開く練習もやりました。まだまだノドの奥の開きも足りない私ですからね。

 ここんところの目標は「ノドの奥を思いっきり開く」なんです。ノドの奥を開くのは、なんとなく、分かりかけてきた私ですが、まだ分かりかけてきただけで、自分のモノになっていないので、色々と大変です。あと、腹筋の使い方がまだまだ足りない事も付け足されちゃいました(笑)。

 実は今回のピアニストさん、私と組むのは、これが始めてではなく、キング先生時代にも、一度、練習ピアニストさんとして組んでもらった事があります。ですから、ピアニストさんは、キング先生時代の私、Y先生時代の私の両方を知っているわけで、その彼女曰く「全然、声が違いますね。先生が違うと、声って本当に変わるんですね」との事です。もちろん、今の方がいいという意味ですよ(念のため)。

 久しぶりに組んだので、その違いを強く感じられたのだそうです。うむうむ“良い”と褒められるのは、うれしい事です。

 ピアニストさんもいらっしゃるというので、発声練習はそこそこにして、さっそく、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」から始めました。

 ひとまず歌い始めました。先生曰く「今までとは、全然、違うじゃない? いいですよ」との事です。まあ、ピアニストさんは凄腕で安心できるし、そのピアニストさんに歌わせてもらっている部分もあるし、なにより歌いやすいので、今までのレッスンの時の歌とは違っていても不思議ではないです。

 とにかく、ピアニストさんと一緒のレッスンなので、先生は歌とピアノと両方にアドヴァイスをしてくれます。これはとても助かります。

 歌は…時折私の声が奥に引っ込んだり、抜けてしまう箇所があるので、しっかりと声を前に出し続けて歌うように注意されたり、ついつい先を急いで歌う癖があるので、休むべきところは、しっかりたっぷりと休むように言われたり、声を飛ばすところは思い切って飛ばしように言われました。

 それにしても、今回のレッスン部屋はだいぶ乾燥していて、つらかったです。

 ピアノは…とにかく歌い上げるように言われていました。もちろん、歌の伴奏をしている時は伴奏なんですが、歌が切れたら、ピアノが歌うのです。歌が歌ったらピアノが歌い、また歌が歌ったらピアノが歌い、これを数回繰り返して、最後は方とピアノと一緒に歌い上げる…そんな気持ちで伴奏をするように言ってました。

 また、ピアニストさんには分かりづらい、歌う立場からお願いしたい事も私の代わりに伝えてくれていました。また、声楽の世界の話をピアノ用語に置き換えて説明していたりと、先生なかなかやるなって感じです。例えば、ブレスのタイミングとその長さに呼応したピアノの弾き方。テンポの揺れ方なども、歌の人は雰囲気でやっちゃうのですが、それを理路整然と説明していたのは、さすがはプロだなって思ったし、ああいう言い方をすれば、ピアノの人にも分かりやすいよなあってと納得しました。

 やはり音楽家は言葉が上手じゃないとダメだな。

 レッスンで作った通りの歌が本番で歌えたら、ほぼ完璧になりますよ。それくらい、きっちりと仕上げました。問題は、本番のステージには魔物がいるって事ですね。

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2013年10月 8日 (火)

衣装のサイズ直しをしました

 衣装と言うのは、クラシックコンサートで着る予定のタキシードの事です。

 実は、夏の門下の発表会で着た時に、だいぶキツかった(笑)んですよ。どれくらいキツかったのかと言うと、自分では靴の紐が結べない…と言うか、結んだからぜったいにズボンが破れちゃうレベルのキツさ。

 嫌な思い出なんですが、昨年のクラシックコンサートでは、タキシードではなく、普通のブラックスーツを着て歌ったのだけれど、そのブラックスーツがキツくて、靴ヒモを結ぼうとしたら、ズボンが破れて(笑)、仕方がないので、ズボンが破れたままの状態で、ステージで歌っちゃったという経験があります。まあ、ズボンが破れた事は、客席にはバレていないと信じていますが…。

 まあ、ああいう経験は一度で十分なので、最近、タキシードがサイズ的にヤバそうなので、決定的にヤバくなる前に手を打ちましょうっ事になりました。

 本来なら、やせれば済む話なんですが、人生後半戦に突入し、中年どころか老年になってしまった私が短期間でヤセルのはちょっと無理な話です(若い時は体重の10Kgや20Kgぐらいは割と簡単にどうにでもなったんですがねえ…)。

 我が身のスリム化に時間がかかるなら、服の方を新調するのが順当なやり方なんでしょうが、タキシードって高いんですよ。この夏は、クーラー買い換えたし、パソコン買い換えたし、息子君は受験生なので、あっちこっちで模試を受けまくっているし、もう10年以上使っているデジカメを買い換えたいし…なんて考えたら、タキシードの新調は来年以降にして、今回は手持ちのものをどうにかしようという結論になりました。

 ちなみに、結果的にデジカメの買い換えも後回しになりました。だって、妻がアキレス腱をぶっ千切っちゃうんだもん。でも、タキシードを買い換えなくて、ほんと、良かった。

 さて、問題のタキシードですが、買い換えないとしたらどうするかと言うと…サイズ直しをしました。もちろんサイズ直しも職人さんにお願いするわけですが、それでも新調するよりはずっと安価で済みますので、今回はサイズ直しをしてもらいました。

 今回、サイズ直しをするのは、ズボンだけ。上着の方は、まだまだ問題ないのですが、ズボンは尻周辺がキビしくて、立っているだけなら何の問題もないのだけれど、座るとヤバくて、靴の紐を結ぼうものから、破れてしまいそうで怖いくらいです。

 とにかく、尻とかモモとかが太ってしまったみたいです。いい年したオッサンなのに、太り方が女性っぽいのが、ちょっと恥ずかしいです。それだけ男性ホルモンの分泌が減っているのでしょうね(涙)。女性なら更年期の年代ですから、性ホルモンの減少も仕方のない事です。まあ、体型的には、ほぼ“ジャバ・ザ・ハット”ですな。ああ、情けない。

 とりあえず、ズボンを持って店に行きました。まず最初は、股の部分を広げてみたらいいんじゃないかと言われました。で、仮縫いをしてもらって試着してみたら、確かに股は楽になったけれど、座った時のヤバさとか、靴の紐は結べるかと言うと、まだまだ不安。そこで、マタに加えて、両サイドを広げてみる事にしました。

 再び仮縫いをしてもらって試着です。悪くないけれど、なんかカタチが変になってしまい、今度は職人さんが納得できなくなりました。それで、マタも両サイドも元に戻して、お尻の部分を広げる事にしました。

 三たび仮縫いをしてもらって試着です。今度はいい感じですが、もう少し余裕があると、なおいい感じなので、さらにお尻を広げてもらうことにして、本縫いをしてもらう事にしました。

 “お尻がキツい -> お尻を広げる”ってのは、素人的に真っ先に取り組むべき事じゃないかと思うのですが、職人さん的には、お尻を広げるというのは、実は最終手段なんだそうです。…と言うのも、お尻を広げるのって、かっこ悪いんだそうです。

 私のタキシードのズボンは、最初に作った店(今回の店とは別の店)で寸法間違いがあって、最初に作ったものを、サイズ直しをさせたので、あまり臀部の布に余裕がなく、そこを広げるとなると、別の布を持ってきて広げることになるのだけれど、その際の縫い目などがかっこ悪いので、職人さん的には、そこは回避したかったようなのです。

 でもね、このタキシードはステージ衣装なんだよね。ステージ衣装だから、原則的に背面(と言うが尻面?)を他人に見せる事はないし、だいたい上着も脱がないので、尻なんて上着で隠れて誰にも見えないんだよね…と説明して、ようやくお尻を広げるという方法に着手してくれたんです。

 出来上がりは上々です。

 今回は、妻は客席で応援で、楽屋に来てもらえないので、靴の紐は自分で結ぶしかないので、これだけズボンが楽だとうれしいです。

 本当は、今回のクラシックコンサートのために、妻はドレスを新調したのですが、それが着れなくなって、残念です。

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2013年10月 7日 (月)

ホール練習は…楽しかったです

 クラシックコンサートに向けて、ホール練習&ピアノ合わせをしてきました…と言っても、時間は少し逆上って、これは妻がアキレス腱をぶっ千切る前日の話です。まあ、救急車の話を先にアップしたかったので、順序が逆になっちゃったけれど、まあ勘弁。なので、この記事中の妻は、まだまだ元気ハツラツだったりします。

 で、ホール練習&ピアノ合わせの話なんだけれど、本来ならば、事前にしっかりピアノ合わせをし、それからホールに行って、音の響きとか、出入りの練習とかをするべきなんでしょうが、なにしろ私が忙しい! ほんと、時間がないもので、本番前のホール練習を最初のピアノ合わせに設定しました。

 まあ、ピアニストさんは折り紙付きの凄腕だって事は知っているので、いきなり合わせても大丈夫だろうと踏んで、こんな予定を立てたわけです。

 とにかく、自分たちの練習時間の30分前にピアニストさんが現地に到着。私たちは、その時はまだ路上だったので、10分ほど待たせてしまいました。で、練習前の20分を使って、事前に色々と確認しました。妻とピアニストさんの打ち合わせ結構ちゃんとしていて、ふたりともマジメなんだなあ~って思いました。ほんと、細かく細かく打ち合わせしているんですよ。

 私は「…う~ん、とにかく歌ってみるから、それで感じてみて(にこっ!)」と言ったものだから、妻に叱られました。「それじゃあ、ピアニストさんが困るでしょ?」ってね。でもねえ、いつも無自覚に、興の乗るままに歌っているものだから、どこがどうなっているのか、自分でもよく分からないんだよね。ただ言える事は、あんまりインテンポでは歌っていないって事かな? 結構、あっちこっち、ユルユルと歌っていて、それを冷静に伝えれば、妻以上に細かな打ち合わせが必要なんだろうけれど、なにしろ無自覚に歌っているので、それを上手に伝えられないのです。

 だって、馬鹿なテノールなんだもん、仕方ないじゃん(笑)。

 私たちの時間になりました。でも、前の団体が終わりません…終わらないどころか、すでに私たちの持ち時間なのに、新曲の合わせに入りやがった! 前の団体は合唱団なんですが『おいおい、このまま、あと5分以上、歌うつもりかい!』と思ったので、私、ヅカヅカと舞台に入って、彼らが歌っている、その隣で準備を始めました。譜面台を立てて、鞄を開けて楽譜を取り出して、彼らが歌っている、すぐその隣でスタンバイです。だって、もう私たちの時間だもの。

 このホール練習では、実は主催者も役員も誰もいません。ただ、ホールが開放されているだけなので、それぞれ出演者たちが、事前に決められた時刻にやってきて、勝手にホール練習をしていくという、なんともオトナな練習システムなんですが、止める人がいない事を幸いに、時間をルーズに使う人もいるわけですよ。

 まあ、だいだい、時間にルーズなのは、歌の人ですね。ピアノの人やフルートの人(つまり器楽の人だね)は、割と時間に正確なんですが、歌の人は、始めるのが遅く、終わるのも遅い…ってパターンが多いですね。私の前の合唱団が時間通りに始められたかどうかは、私、知りません。「前の団体がおしたんだから、ちょっとくらい時間を延ばしてもいいだろ?」って思っているのかもしれませんが、私からすれば「私の練習時間を盗まないでくれますか?」って気分ですよ。

 指揮者がオバアチャン先生でした。私が仏頂面で舞台に乗り込んできて準備を始めたので「こりゃあ、まずいわぁ~」と思ったのかどうか知りませんが、曲の途中でユルユルと指揮を止めて「時間なので、今日はこれで終わりです」と団の皆さん方に言って、合唱団を解散させてくれましたが…すでに3分ぐらい時間食い込んでます。1団体20分の持ち時間なんだから、15%も練習時間を盗まれてしまいました。15%と言えば、消費税の二倍の数値だよ。いい加減にして欲しいなあ。

 おまけに、オジイチャン団員さん(約3名ほど)には、しっかりガンをつけられました。「人が練習しているところに、ヅカヅカと乗り込んできやがって…!」って感じで、にらみつけてきたので、にっこり微笑んでやりました。なんか言ってきたら「音楽って時間芸術ですよね。練習時間も守れないようでは、なんのために音楽をやっているんだか、分からないですね」というつもりでいましたが、実際は舌打ちをされる程度で済みました。で、荒々しく(本来は出てはいけない事になっている)出入り口から退場していかれました。ほんと、オジイチャンってフリーダムだなあ。

 で、肝心のホール練習ですが、発声練習もせず、いきなり歌いだしました。いや、元々練習時間が少なめとは分かっていたので、家で発声練習は済ませておいたんです。歌い始めた時は、まだオジイチャンたちがいて、私の周りをウロウロしていましたが、そんなの気にしていたら時間が勿体ないです。

 だいたい、歌う人間って…私も含めて…図々しいんですよ。でなければ、人前でオオグチ開けて大声で恥をさらすなんて事、できるわけないものね。

 まず、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」です。ひとまず通して歌ってみて、ピアニストさんが「そんなに速いテンボで歌うんだ!」とビックリしていました。どうも、楽譜から見た印象や、他のプロの方々の歌唱などを聞いて、当然、かなりゆっくりゆったりと歌うものと思っていたみたいですが、私は、そんなにゆっくりとは歌わないのですよ。

 確かに「郷愁」というタイトルからは、昔を懐かしんでほのぼのとする…というイメージがあるかもしれないけれど、私はこの歌を「報われずに終わった彼女との思い出を、まだ痛む心を抱えたまま、涙をこらえて思い出さざるをえない」という解釈で歌っているので、割と淡々と歌っちゃいます。淡々と歌わないと…涙こらえられないでしょ? 立ち止まったら、涙がこぼれちゃうでしょ? 本当に悲しいので、盛り上がると、自分が壊れてしまうので、自分を一生懸命に堪えている…で、最後の最後で壊れて泣き崩れる…なんて思って歌っているんです。

 それにしても、ホールって広いから、ついつい歌いすぎちゃいますね。もっと小音量でノドをいたわって歌えばいいのに、ついつい歌いすぎてしまいます。気をつけないとなあ。

 色々と微調整をして、まあまあの感じに仕上がりました。歌を作っていく時、先生相手だと教わる立場になりますが、ピアニストさん相手だと二人で曲を仕上げていくって感じになるので、楽しいです。

 次は、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。こっちの方が合わせは難しいですね。

 この曲はポピュラーソングなので、私は楽譜に忠実に歌わないように心がけています。それでもまだ先生に言わせれば「楽譜が見える」って言われるくらいに、楽譜から自由になれません。でも、ピアニストさん的には、だいぶ楽譜に不忠実な歌い方なので「え? 何を歌っているの? どこを歌っているの?」って感じになったそうです。なので、一度通した後、楽譜チェックが始まりました。

 楽譜よりも音符を増やして歌っている箇所を確認し、あっちこっちにブレイクが入るのでそれも確認し、rit.があっても無視している箇所を確認し、何も書いてないのに勝手にRubatoしている箇所を確認し、跳ねないリズムなのに勝手に跳ねているところを確認し…。確かに、それだけ確認箇所があれば、目を白黒させちゃうよね。

 「基本的に、短い音符はより短く、長い音符はより長く、あっちこっちでコブシを回しますので、ひとつよろしく!」って感じです。

 ピアニストさんは、事前にたっぷりと練習して、しっかり音楽を作り上げて、このピアノ合わせに臨んでいるわけなので、それを悪気は無いとはいえ、ちゃぶ台返しのような真似をしている私なので「なんか、悪いなあ…」とは思いました。

 それでも、3回も通せば、だいたい要領が分かってきたみたいで、だいたい合ってきました。まあ、これだけ合えば、許容範囲内でしょう。許容範囲とは言え、ピアニストさん的には、まだまだ全然合っていないという印象のようです。なので、ひとまずステージを妻に譲りましたが、妻とピアニストさんの合わせが終わって、まだ時間があれば、もう一回合わせるという事になりました。

 で、妻の合わせが終わって、残り四分ぐらいになったので、もう一度最初から合わせる事にしました。一人の持ち時間は7分ですが、私のプログラムは5分ぐらいなので、時間ギリギリはみ出る(笑)ので、次の人が来るまで歌いましょうって事で始めました。

 「郷愁」を合わせ「忘れな草」をワンコーラス歌ったところで、ちょうど時間となったので終了しました。その時すでに、次の人は舞台袖でスタンバってました。

 次の人はピアノ女子でしたが、控えめな方でした。「まだ片づけをしていますが、ドンドン弾いちゃってください」とお願いしましたが「いえいえ、ごゆっくりとどうぞ」とか言って、ピアノの前で待ち構えて、こちらの退却を待っているようなので、いそいでステージから退却すると、私が立ち去るや否や、ピアノを弾き始めました。

 たぶん、ステージに他の人がいるのがイヤだったんでしょうね。申し訳ない事をしてしまいました。器楽の人は、歌の人と比べると、繊細な人が多いからねえ…。

 練習が終わって、ピアニストさんと二言三言打ち合わせをして、その日のホール練習を終えました。

 うむ、なかなかいい感じでした。いつもはカラオケで歌ってますが、やっぱり人間の伴奏は歌っていて気持ちいいし、こちらのムチャな要求に答えてくれるので、本当に歌いやすかったです。これだから、やみつきになるんだよね。

 ああ、楽しかったです。本番もこれくらい楽しいといいのですが…さてさて。

蛇足 妻はせっかくホール練習までしましたが、アキレス腱断裂のために、本番回避が決定しました。本番に出演するのは私とピアニストさんだけになりました。まあ、クラシックコンサートは来年もあるので、妻には、今年の借りはぜひ来年返して欲しいものです。

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2013年10月 6日 (日)

妻が救急車で運ばれました その2

 とりあえず二日目がやってきました。私は、妻の病院につきあう事にして、仕事は休みました。もちろん、支障がないわけではないので、朝っぱらから職場に電話をかけて、色々な人を電話口まで呼び出して、アレコレと指示を出しまくりました。ああ、自分でやれば簡単なのに、他人に頼むと、仕事って面倒くさくなるんですね。

 ちなみに、一番最初に電話をとった人(新人君です)は、私の欠勤の連絡を受けて、ちょっと戸惑ってました。と言うのも、ウチの職場の場合、当日欠勤の知らせを承るのは私の仕事なんですね。私が毎朝、同僚たちの欠勤連絡を受けて、様々な手配をしているわけなんですが、その欠勤の連絡を回すべき私が欠勤なんだから、軽くパニクってました…なんか悪いことしちゃったような気になりました。

 とりあえず、欠勤の電話連絡を終えて、妻の病院行きの時間が来るまで(と言っても、小一時間程度ですが)二度寝する事にしました。朝食よりも二度寝ですよ。それだけ疲れていたわけです。

 で、二度寝をして(ちなみにひどい悪夢を見てうなされてました:汗)妻の病院行きの時間がやってきたので、起き出して、活動開始です。

 昨日の市立病院は、先生たちがあまりに頼りなさげな上に、医療費が破格に高額なので、妻と相談して、別の病院に行くことにしました。で、どこがいいかと考えた末、妻の会社が入っているビルに整形外科があるので、そこにしましょうって事になりました。その病院はなかなか評判も良いし、そこなら通院したついでに妻も会社に顔を出せるので便利ってのが主な理由です。

 松葉杖をついてますが、妻はほとんど歩けません。痛みもあるし、松葉杖での歩行に慣れていないという事もあります。まあ、それを考えて、やはり自宅からタクシーで病院まで直行する事にしました。

 病院は…混んでましたねえ。たっぷり待って、ようやく診察です。診察は問診から始まり、前の病院でアキレス腱断裂という診断を受けたという話をして、ギプスをハズして、患部を触診しました。こちらの先生も、触るだけでアキレス腱が切れていると分かったようです。そう言えば、昨夜の専門の先生も触るだけで妻のアキレス腱が切れていることがわかりました(最初の先生は分からなかったようです)。触るだけで、皮下の筋肉の状態が分かるなんて、まるで魔法を見ているようです。

 アキレス腱の断裂が分かったので、骨に異常がないかはレントゲンで診断となりますので、再びレントゲン撮影です。たぶん、昨日も撮影しているはずなんだよね。二日連続してレントゲン撮影って、本当はイケないんだろうと思うけれど、前の病院に「レントゲン写真をください」って言いに行くのも面倒なので、仕方ないです。

 で、次は処置室ってところに案内されて、色々と説明を受けました。まずは手術をするかしないか? そこからです。

 先生がおっしゃるには、ちょっと前まで「アキレス腱を切った」と言うと、すぐに手術をしていたけれど、最近は保存療法とでも言うのでしょうか? 切らずに直す方法もあり、実はアキレス腱断裂に関して言えば、最近は段々保存療法が増えてきたのだそうです。

 と言うのも、手術をしても保存療法にしても、実は治療に要する時間はほぼ同じなんだそうです。ただし、手術をした方が強く直る(?)ので、スポーツなどをバリバリやる人は手術を薦めるそうですが、特にスポーツをやらない人なら、手術をしない方を薦めるのだそうです。と言うのも、手術すれば癒着の可能性もあるし、傷も残るし、女性の場合は手術跡がサンダルのヒモにぶつかって良くない。しかし、保存療法なら入院しなくて済む(手術をすれば最低でも一週間は入院です)し、余計な感染症の心配もないし、費用的にも財布に優しいので、妻も保存療法の方を薦められました。

 どれくらいで治るのかと尋ねたところ、ギプスが取れて、普通に歩けるようになるまで、おそらく六カ月かかるだろうと言われました。長いね。六カ月もギプス生活を強いられるわけだし、ギプスを使っている間は、まともな生活は無理だし、その後はリハビリも必要になるんだそうです。ああ、大変。

 もっとも、経済的な余裕がある場合、ギプスは二カ月程度で止めて、アキレス腱保護用の装具があるので、それをギプスの代わりに装着する事もできるそうです。装具だとギプスとは異なるので、入浴も可能になるし、歩行はもちろん、階段などの昇り降りも可能になり、日常生活への影響もだいぶ少なくなるんだそうです。またリハビリも特に必要なくなるそうで、ギプスよりも装具の方が全然いいのだそうだけれど、問題は、その装具のお値段。「約10万円かかるから、無理には薦めないよ」とは先生の弁です。確かに10万円は大きいよね。でも、装具を使えば、あれこれ便利になって、色々いいよね。妻は自転車に乗れる事に心が惹かれていたようです。とにかく、価値はあるよね。ううむ、これは思案のしどころだね。

 まあ、10万円は財布に痛いけれど、きっと、無理しても装具を買っちゃうんだろうなあ…。

 とりあえず、今はまだ急性期ですから、装具の話は後回しで、有無を言わせずにギプスです。

 ギプスというと、患部を包帯でグルグル巻きにして、その上から石膏を塗って、ガチガチに固めるという印象がありますが、最近のギプスは石膏を使わないようです。ただ、包帯(これが特殊な包帯なんだと思うけれど…見かけは普通の包帯です)で患部をグルグルに巻いて、しばらく置くと、包帯がガチガチになってしまうのです。ううむ、これは確かに便利だね。

 今度のギプスはカカトがついてます。市立病院のギプス(これも石膏使ってなかったね)はカカトがないので、いつでも怪我した方の足を自力で浮かせながら歩かないといけないのですが、今度のギプスはカカトがあるので、足を地面につけてもOKなんだそうです。ただし「体重はかけちゃダメだよ」って事です。でも、足を地面に下ろせるか下ろせないかは、妻に言わせると、だいぶ違うのだそうです。体重をかけられなくても(だいたい、痛くて体重なんてかけられないそうです)、足を地面に置くだけでも、楽だし歩きやすいんだそうです。

 診察代もレントゲン取ってもらったり、ギプスを巻いたりと、表面的には、市立病院とほぼ同じような事しかしてもらっていないけれど、費用は半額以下。どうも、医療費の仕組みってのは、素人には分かりづらくなっているようです。

 納得できる説明を丁寧に受けたし、きちんと手当てをしてもらったし、医療費も安かったので、まあまあの気分で、病院の近所で外食してからタクシーに乗って帰りました。帰ってしばらくしたら、昨日の市立病院から電話があって、医療費を取りすぎたので、返したいから、すぐに取りに来いって連絡が入りました。

 あ、やっぱり取りすぎていたのか? 道理で破格に高かったわけだ。つまり間違えたわけだね。まあ、そのままバッくれても、こちらには分からないのだから、それをわざわざ連絡して返却してくれると言うのは、うれしいけれど、平日の昼間に取りに来いは…ちょっと大変でしょ? なにしろ本人は足の怪我で動けないわけだしね。まあ、たまたま私が欠勤してウチにいるからいいようなものの…ってわけで、さっそく市立病院まで返金してもらいに行きました。

 返金は…すんなりとは行きませんでした。あれこれ書類は書かせられるは、あっちこっちに回されるか、何かの罰ゲームですかって感じでした。おまけに「次回の診察の予定を入れてくれれば、その時に返します」とか言い始めたから「ここは医療費が高いから、二度と来るつもりはないし、昨日の怪我も別の病院にお世話になる事にしたから、診察予約をいれるつもりもないので、今すぐに返金してください」と言っちゃいました。こっちだって疲れているところ、わざわざ来たのに、お役所仕事に突き合わされてのたらい回しで、ちょっとムカッとしていたので、厳しいことを言っちゃいました。

 『だいたい、最初にきちんと計算をして、ミスなく、診察代を請求してくれれば、こんな事にはならなかったはずだろうが!』…と腹の中でグチグチ言い続けておりました。

 結局、最初の額から見て、半額にちょっと足りないくらい返金してもらいました。たくさん返してもらったので、ちょっぴりうれしくなりましたが、それでもかかった費用は、今朝方行った病院よりもずっと高額でした。やっぱ、市立病院は高いなあ。

 で、家に帰って、洗濯して干して、たまった食器を洗ったら、もう夕方だよ。なんだか疲れたので、遅めの昼寝をしたら、また悪夢を見てうなされました。現実がしんどいんだから、せめて夢の世界ぐらいは安息が欲しいのに、現実でしんどくって、夢では恐ろしくって、なんか踏んだり蹴ったりだな。

 とりあえず、妻とは今後の事を話し、息子君は受験生だけれど、出来る範囲での家事手伝いはしてもらう事にして、しばらく、この危機的状況を乗り切る事にしました。

 買い物は、ネットスーバーをメインに置いて、足りないものは元気な人間がスーパーなりコンビニなりに買いに行く事にしました。掃除は、さぼり気味で可とする。調理はそれぞれが自分の分を作る事とし、妻の食事は彼女が空腹の時に台所に立っていた人間が作る事にする。洗濯は洗濯機がやるからいいとして、干す作業は私がやる。洗濯物を取り込むのは、必要に応じて各自で行う。その他の細々としたところは私がやる。まあ、そんな感じかな。

 で、ようやく二日目も終了。仕事は二日も休めないので、三日目からは、私は普通に出勤して、身動きとれない妻を一人で家に置き去りにする事にしました。もっとも、身動きとれない…と言いつつも、松葉杖で室内移動ぐらいはできるので、最低限の身の回りの世話は自分でなんとかしてもらう事にしました。なにしろ、怪我人であって、病人ではないので、無理のない範囲で積極的にカラダは動かすべきなんです。私が帰宅するまでは、息子君が妻の世話を見て、私が帰ったら私が妻の世話をするという事にしました。

 とにかく、互いに無理の無い様にしないとね。怪我人はもちろんだけれど、家族も元気でいないと、これからの長い療養生活は乗り切れませんからね。

 ま、一日も早い回復を願っています。

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2013年10月 5日 (土)

妻が救急車で運ばれました その1

 それはつい先日の話でした。

 私は仕事を終えて帰宅し、一息ついて、そろそろ音楽の練習を始めようと思った時に、家の玄関がピンポ~ンと鳴りました。妻はママさんバレーの練習で留守だったので、仕方なく、私が玄関を開けたところ、見知らぬ男の子がそこにいました。

 「??」と思って「何の御用ですか?」と尋ねたところ「ここの家のお母さんが、救急車で病院に運ばれました…」と言うじゃないですか? 「?」と思って「君は誰だい?」と尋ねると、どうやら妻のチームメイトの息子さんのようです。で、病院とは近所の、いわゆる市立病院らしいのですが、詳しいことは全然分からない(だって、子どもの使いだもの)。けれど、どうやら我が妻が救急車で運ばれた事だけは確からしい。とりあえず、連絡をしてくれた子に厚くお礼を言って、さっそく病院に出かける事にしました。

 ちなみに、その時の私は、入浴後だったので、ほぼ全裸だったのですが(って、裸で玄関に出んなよ>自分)出かけると決めたので、やむなく服を着る事にしました。念のために書いておきますと、私は、風呂上がりはいつまでも全裸で家中をウロウロするタイプのオヤジなんです(笑)。

 で、服のありかは妻しか知らないので、まず服を探し出すところから始めたので、病院に出かけるのに手間取っちゃいました(笑)。

 ひとまず服を着て、市立病院に徒歩で向かいました。まあ、近所って事もあるし、場合によって、タクシーを呼ぶ事もあるだろうし、何かあった時、身軽な方が何かと都合がいいと判断して、とにかく歩いて病院に向かいました。

 病院までの道途中、色々と考えました。なにしろ情報が少なすぎます。妻が一体どんな状況なのかも分かりません。そういう時は…私は常に、最悪の事を考えて行動するようにしていますので、まずは最悪の事を想定しながら病院に向かいました。

 誰に連絡をしないといけないのか。連絡先をどうやって調べるのか。家の事は妻に任せっきりだったので、お金の在り処も各種書類の在り処もパンツの在り処も知らないので、それらをどうやって探していくかを考えました。

 私たちには息子がいますので、彼の明日からの学校をどうしましょうか? 当然、私の仕事についても考えます。忌引は一週間程度は取れるだろうけれど、そんなに取っても大丈夫だろうか? 現実問題として、最大何日までなら仕事を休んでも大丈夫だろうか、その際、今かかえている案件は誰に代わりにやってもらうべきか…。

 妻の状態が最悪の一歩手前なら、またまた私の対処が変わります。病院に泊まるとなったら、どういう段取りが必要か。すでに虫の息ならどうするか? 瀕死の重傷なら何ができるか? 瀕死とまでいかなくても、身動きとれないまま長期入院となったら、どうするべきか? 自分が救急車で運ばれた時や、緊急手術を受けた時の事なども思い出しながら、色々とあれこれと考えながら病院に向かいました。こういう時に徒歩移動っていいんですよ。歩きながら考えると、頭が冴えますし、良いアイデア、適切の対応方法などが思いつくんですね。

 とりあえず、歩きながら色々と考えましたので、病院に到着した頃には、すっかり腹は定まっていました。夜間入り口から守衛さんに声をかけて、病院内部に入り、夜間受付で名乗ると、中央観察室にいるから、そこに行ってくれと言われました。

 観察室ね、安置室じゃないんだ。とりあえず、今はまだ生きているようです。

 病院は無駄に広くて大きくて、構造が不親切な上に、案内などが全然充実していないので、受付から観察室に行くまで、三つほど違う部屋の扉を開けちゃいました(爆)。公立病院って、建物自体はすごく立派だけれど、利用者の目線がないから、ほんと、利用しづらいんだよね。

 とりあえず、なんとか中央観察室とやらにたどり着きました。さほど広くない部屋に緊急で運ばれたと見える人々が数名いました。観察室と呼ぶだけあって、処置室のようなものは見当たりません。私の行きつけの病院のERは、いつも野戦病院のような感じでしたが、ここはそれと比べると、全くの平穏な感じです。まあ、この病院にはERがないので、こんな感じなんでしょうね。

 私が見たところ、喘息で運ばれたと見える人が一人いて吸入治療を受けていた他は、ほとんどが“ゴネる老人”たちでした。どうも、具合が悪くなって運ばれてきたのに、病院の対応に納得がいかないようで、あっちでもこっちでも老人たちが医者や看護婦を捕まえて文句を言ってました。私は「文句が言えるくらいなら、まあ大丈夫じゃないの」と眺めながら、妻を探しました。

 狭い部屋なので、妻はすぐに見つかりました。妻はカーテンの中で、ニコニコしていました。どうやら、瀕死の重傷ってわけではなさそうです。

 どうしたのかと尋ねると「さっき、先生に見てもらったら、肉離れだったようで、大した事はないって言われた」と言ってました。ほう、肉離れですか? それも大した事ではない…そりゃあ不幸中の幸いだね。大した事なくて本当に良かった。それなら、痛み止め打って、しばらく安静にしていればOKじゃない? 私は安心しました。

 妻の友人たちが、ずっと付き添っていてくれたようで、彼女たちにお礼を言い、あとは引き受けました。家で待っている息子にも、心配不要だと伝えました。

 とにかく、救急車で運ばれたと聞いたので、どれだけの大怪我かと心配していたけれど、大した事のない肉離れだったとは…ほんと良かったねって、夫婦で笑いました。

 「なら、すぐに帰れるね」なんて話をしているうちに、担当のお医者さん(彼が肉離れの診断を下したそうです)がやってきて、一応念のため、ドクターに見てもらってからにしましょう…って言いました。ん? …って事は、君はお医者さんじゃないわけ? 白衣を着た男性だからといって医者とは限らないわけか? なるほど。看護士さんかなんなのかな? でも、あなたが観察して、妻が肉離れだと診断したんじゃないの?

 あれあれと思っているうちに、別の若い男性がやってきて、さっき先生に向かって色々と指示を出して、妻を改めて診察をしはじめました。で「これ、明らかにアキレス腱が切れてますね。手術が必要ですが、手術をせずに治療する事もできます。どちらにせよ、今は専門の先生がいないので、明日以降、改めて病院に来て診察を受けてください」って言いました。あれあれあれ? 君も専門の医者じゃないの?

 どうも、この病院の先生方のシフトはよく分かりません。分かったのは、妻はさきほどまでは“大した事のない肉離れ”という診断だったけれど、今は“アキレス腱断絶で手術が必要”という診断に変わった事。手術が必要であっても、今は何も治療ができないので、一度家に帰って、後日改めて病院に診察に来てほしい事。また、アキレス腱断裂は、通常は手術が必要だけれど、最近は手術をしない治療法もある事…などを伝えてくれました。「明日の診察は、ウチの病院でもいいし、どこか別の病院に行ってもいいですよ」という、親切なアドヴァイスも頂きました…親切なアドヴァイスだけれど、それって病院経営的にはどうなの?

 結構長い時間、病院にいました。治療はできない…と言いながらも、一応、妻の足にギプスをはめてくれました。痛み止めの薬もくれました。あと、松葉杖も貸してくれました。まあ、最低限の面倒は見てもらったわけで、この病院は市立病院だけれど、ERのない病院なので、ちゃんとした怪我人の場合は応急処置(って言えるのかな? これ)しかできないので、まあこんなものなのかな?って思いました。

 今は余所に移転してしまった私のかかりつけの病院なら、ERがあるので、妻は運ばれるやいなや、必要な治療を受けているだろう事を考えると、痛み止めを貰っての帰宅って、なんか納得できませんね。

 病院を出る時に会計を済ませたのですが、それがむやみに高額だったので、翌日の通院は別の病院に行こうと、妻と心を決めました。

 とにかく、アキレス腱の切れた妻をタクシーで運んで、帰宅しました。

 妻はまだ痛みが激しいし、ギプスもはめているので、家の中ではロクに移動ができない、とりわけ階段の昇り降りは無理だし、トイレは一階にしかないので、一階の居間に妻の布団を敷きました。私は二階の寝室で寝起きをしますので、しばらくは家庭内別居です。

 第1日目の夜が過ぎました。

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2013年10月 4日 (金)

私のフルートがサビています

 フルートのレッスンに行ってきました。今回は遅刻を…ちょっとだけしました(笑)。…ちょっとだけね。先生が、コーヒー1杯飲むくらいの時間程度、遅れました。でも、久しぶりに姉様と会えました。まあまあじゃないですか?

 ロングトーン練習は、例によって先生と二人きり。前回「フルートはピッチを高めにして、優しく吹くんです」と習ったので、頭部管をほとんど抜かずに吹いてみたら、さっそく先生から「うーん、こころもち、低いかな…」と言われたので、さらに頭部管を深めに差し込んでみました。

 うむ、いい感じ。最近、ロングトーン練習で、先生とピッチがぴったり合って、気持ちいいです。一体どうして? 自分の中で何が起こっているのか分かりませんが、いい感じです。

 さて、アルテ。15課10章Ges-durの1番「音階準備練習」ですが、合格いたしました。まあ、指だけなら、すでにOKなんだけれど、楽譜見ながら吹いていると、結構難しいですね。頭の中で「ドレミ~」とか唱えながら吹けば、そんなに間違えないのだけれど、楽譜をガン見で吹くと、今さらだけどミスを連発します。ううむ、楽譜に弱い私です。

 1番が合格したので、次はどこまで…と思ったら「次は…出来る所までやってきて~」というアバウトな宿題の出され方をしてしまった(汗)。その「出来る所まで」と言うのが、自分でも分からんのですよ。

 さて、プチ・エチュードですが、1番でございます。バッチリ練習してきたつもりですが、先生の前では、思わぬところで指がからむからむ…相変わらず、ダメだな。でも「いつまでも、こんな曲に時間を使っちゃいけない!」という事で、合格となりました。「家でしっかり練習しておくんだよ」とひと言言われました。「特に、中音レはしっかりと…ね」と釘を刺されました。

 と言うのも、うっかりしていると、ついつい中音レの時に、左人指し指を上げずに吹いてしまうのです。先生が、左人指し指を上げた時と上げなかった時の両方で吹いてくれて「ほら、指を上げる上げないで、こんなに音が違うんだよ」と言ってくれましたが、私からすれば「それは微妙な違い…じゃないですか?」って感じ。先生にとっては、大きな違いだけれど、私にすれば、些細な違い。う~む、耳の性能差だよなあ。あるいは、音感の違い? 先生がすごいのは当然として、私がダメすぎる…のかな。ちょっと凹みます。

 で閑話休題。次回からは2番に進みます。「アーティキュレーションが下品だけれど、楽譜に書かれている通りに練習してきて」と言われました。そうか、この曲、下品な曲なんだ。先生が模範演奏をしてくれましたが、結構速いです。私の指で吹けるだろうか? ちなみに、今までは強弱記号は無視して練習してきましたが、次回からは強弱にも気を配って練習してくるように言われました。ガンバロ。

 今回の雑談は、フルートのサビ、金属のサビの話です。

 いやあ、私のフルートであるアゲハの頭部管の差込み口付近に、光らない銀色があるんですよ。最初はゴミかなって思ったのですが、どうも、取れない。眼鏡拭きで拭いても取れない。一体なんなんだろ?と思って、先生に見せたら「これはサビですね。銀管はすぐにサビますからね、これはサビですよ」って言われちゃいました。

 「歯磨き粉をちょっと付けて、軽くこすれば、それで取れます」って言われました。へえー、シルバー・ポリッシュとか使わなくてもいいんだ。

 「フルートのサビは大切ですよ」と言われました。「フルートはサビを落とすと音がダメになりますからね。磨いちゃダメですよ」とも言われました。まあ、それに関しては、身を切って学んでいますので、大丈夫です。

 私の場合、フルートの外側ではなく、内側が黒くサビる傾向があります。オーバーホールに出す前のアゲハなんて、中は真っ黒、外は白くなってましたが、それを先生に話すと「それは珍しい」と言われました。普通、フルートって、中よりも外がサビるんだそうです。外は真っ黒でも、中はピカピカというフルートなんて、たくさんあるんだそうです。

 オーバーホールに出して磨きをかけると、外側はパフをかけて磨くんだそうです。まあ、柔らかいヤスリで研磨するって事です。中側は磨けないので、薬品を使ってサビ落としなんだそうです。だから、サビ落としって、汚れを取るのはわけが違って、楽器本体の表面を薄く薄く削り取ることで磨いているんだそうです。

 プロは絶対に楽器を磨かないけれど、アマチュアはたまに磨くのも悪くないんだそうです。だって、ピカピカの楽器で演奏すると気持ちいいでしょ? 私もアゲハを磨いてもらって、音は確かに悲しくなったけれど、ピカピカのフルート自体はうれしかったです。

 ちなみに、アゲハは、すでにピカピカではありません。もう、白く曇ってます。カムバ~ク、ピカピカ。やっぱ、ピカピカが懐かしいです。まあ、サビで真っ黒になったフルートはカッコいいけれど、サビずにピカピカのフルートもいいもんです。

 PTGっていいかもなあ…。

 ある時、小さな会場での仕事を依頼されて「小さなところだから、ゴールドよりもシルバーの方がいいだろう」と判断して、しばらく吹いていなかった銀管を仕事場に持っていったのだそうです。で、その銀管フルートと言うのが、実に見事に真っ黒…というが、キーは銀色、ボディーは海老茶色になっていたそうです。そんなフルートで演奏会で吹いていたら、お客さんから「木管フルートはいい音がしますね」と褒められたのだそうです。いくら、真っ黒(ってか真茶色だったそうだけれど)だからと言って、銀管と木管は、比較するまでもなく、全然違う音色の楽器なのに…ねえ。よっぽど、フルートが黒かったって事と、素人ではフルートの音色の違いなんて、あって無きがごとくなんでしょうね。

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2013年10月 3日 (木)

ピアノに惑わされずに歌う(笑)

 声楽のレッスンの続きです。

 まずは、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」からです。

 最初に通して歌ってみました。先生は「今の発声方法で、Gまでは安定して歌えますね。(この曲はGまでしか使わないので、それでいいのだけれど)もっと上(の音)まで歌えるようになりましょう」と言われました。望むところです。

 全体的に私の声は“厚い”のだそうです。この曲は、曲想から考えて、もっと薄い声で歌わないといけないので、なるべく“薄い”声で歌うように気をつける事が必要なんだそうです。特にフレーズの開始が比較的高い音から始まる時は、本当に薄い声で上から音程を捕まえて歌わないといけません。そのためには、高いポジションで、軽い声で、pでドルチェな声を使うのですが、その時でもしっかりと息は支えていないといけません。難しいですね。

 また、私の歌い方は、まだまだ一本調子なんだそうです。もっと、しゃべる事が必要だし、もっともっと感情的に歌う事が必要なんです。

 そう言えば、ここんとこ、喘息の薬を服用しているせいか、ノドが妙に厚ぼったくて、声に違和感を感じます。なんか、うまく声を鳴らせません。喘息の薬って、多かれ少なかれ声を嗄らす副作用があるモノなんですが、私にもその症状が出てきたようです。もっとも、私の場合は、声が少々嗄れる程度ですが、人によっては、全く声が出なくなってしまう事もあるそうです。…怖いなあ。今は病気治療が優先なので、少々の声嗄れはあきらめてますが、本番近くになったら、薬を抜いて、しっかり声帯が鳴る様にしないといけないなあ。薬を抜くタイミングが難しいです。

 さて、次は、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。

 この曲のピアノ伴奏は難しいらしく、先生は以前から「伴奏が難しいのですよ」とこぼしていましたが、今回の伴奏は、もう面白いぐらいに調子っぱずれでした。リズムはしっかりキープしてましたが、ミスタッチが多いというのでしょうが、全く違う和音でバンバン弾いてくださいました。

 そんな先生の伴奏に、私も慣れたものです。思えば、前の声楽の先生であるキング先生もよく伴奏のミスタッチをしていました。「声楽の先生のピアノは、リズムと和音を外さない事で、細かいところは違っていてもいいのです」とおっしゃってましたが、リズムはともかく、和音はよくハズしていました。まだ習いたての頃は、先生が和音をハズすたびに、私の歌うメロディーが右往左往していましたが、やがて先生のピアノの和音がハズれても、私の方はそんな事を気にせずに、自分のメロディーラインをしっかり歌えるようになりました。これもそれもキング先生のおかげなんですが、そういう経験があるので、Y先生が違う和音を多発しながら伴奏してくださっても、心の中で苦笑しながら、歌っちゃいました。

 私も、それなりに歌が上達したって事ですね。

 しかし、同じ和音をハズすでも、高い音をハズされるよりも、低い音、とりわけベース音をハズされると、歌いづらいですね(笑)。

 この「忘れな草」という曲は、私は『声を見せびらかす曲』だと思ってます。なので、ここぞとばかりに、あっちでもこっちでも声を見せびらかせて歌っておりましたら、先生から「高い音を一生懸命に出しすぎてます。もっと気楽にサラっと歌ってください」と言われました。事実上の「声の見せびらかし禁止令(涙)」です。

 高い音でも、ノドを鳴らさずにサラっと歌う…のは、実は声を見せびらかして歌うよりも楽だし、簡単なんです。でも、それはやりたくないんです…ってか、テノールの血が「そんなに簡単に高音を発声しちゃダメだろ」ってささやくんです。はい、テノールってバカなんです(笑)。でも先生は知的なバリトンなので、楽できるところは楽して歌えばいいじゃないですか?って方針なんですね。で、声の見せびらかしは、最後の最後に取っておいて、そこで思いっきり見せびらかせばいいじゃないですかって、おっしゃるわけです。

 いつでもどこでも何度でも、声を見せびらかせたいのがテノールなんですよ。そこは先生と言えども、ご理解いただけないようで…残念です。

 なので、ここは先生の意見に折れて、高音のいくつかはサラっと歌うことにしました。声の見せびらかしは、間奏以降に持ち越しにします。その代わり、間奏以降は、見せびらかしますよぉ~。

 で、声の見せびらかし方なんですが、声を見せびらかす時は、かなり前から支えをガツンと入れておかないと、見せびらかしが不発に終わります。なので、声の見せびらかしには、気合と根性と体力が必要です。だから先生は最後の最後まで、見せびらかしはとっておけ…とおっしゃるわけなんですね。納得。

 とにかく、この曲は、20世紀生まれのイタリア民謡。はっきり言っちゃえばポピュラーソングなので、私のような、楽譜が見えるような歌い方ではダメなんだそうです。もっといい加減に、細かい箇所ほどチャンポランに崩して歌わないと、アジってものが出てこないそうです。

 生真面目に歌ってはぶち壊し…なんだそうです。まあ、それは薄々感じております。だから、声を見せびらかそうと企んでいるわけなんですが…。

 さてさて、次回のレッスンは、ピアニスト同伴レッスンとなります。きっと色々と忙しいレッスンになるはずです。で、その次は、クラシックコンサート後の初レッスンとなり、新曲に取り組む事になります。…って事は、今のうちに、そのコンサート後のレッスンのための新曲をいただいておかないと…いけない?よね。

 って事で、先生から次の課題曲をいただきました。次は…ガスパリーニ作曲「Caro laccio/いとしい絆よ」と、グルック作曲「O del mio dolce ardor/ああ私のやさしい熱情が」となりました。2曲とも、いわゆる「イタリア古典歌曲」の曲です。先生曰く「発表会を終えたら、皆さん、基礎に戻っていただきます」って事で、イタリア古典歌曲となりました。それも、日頃使っている高声用ではなく、中声用で歌うそうです。私的には「なんで高声用ではないのですか?」という気持ちがないわけではないのですが、Y先生はイタリア古典歌曲は、どんな声種の人であれ中声用で歌ってもらうというポリシーの方なので、文句を言っても始まらないので、黙って従うことにします。

 「でも、私はその曲、Y先生に高声用でレッスンしてもらった!」と妻が言いました。おいおい、それじゃあY先生、ブレブレじゃん(笑)。

 まあつまり、私の場合、高音を封じて、学ばせたい事がある…って事なんでしょうね。ちなみに妻は、クラシックコンサート後も、しっかりオペラアリアを課題曲としていただいてます。妻と比較してもしょうがないのですが、私の方が、まだまだ初歩に近い位置にいるって事ですね。

 ありのままを受け入れて、頑張りますよ。とにかく、昨日よりも今日、今日よりも明日が輝くように、前に進んでいくだけです。

 おう~!

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2013年10月 2日 (水)

ノドは開かずに開ける

 声楽のレッスンに行ってきました。

 私はレッスンを始める時に、必ず“裸”になります。まあ、裸と言っても、全裸という意味では当然なく、上半身をピチピチのTシャツ一枚になって(醜い)ボディラインを先生にさらすという意味で“裸”になります。こうして、私のカラダの使い方を先生に直接見せるわけです。ですから、今回もレッスンの前に着ているモノを脱いで、Tシャツ一枚になってレッスンに臨みました。

 今回は、声を吐き切る練習をしました。これは同時に、声を前に出す練習でもあります。声を吐き切るために、ため息をつきながら発声練習をしました。ため息をつくと同時に、体内に残っていた息を全部吐き出してしまうわけですが…これが難しい。だって、私、日常生活ではため息をつかない人なので、先生に「ため息をついて下さい」と言われても、うまくため息をつけませんでした。日頃やってない事は、とっさには出来ないものですね。

 特に私の場合、息が足りなくなってくると、ついつい(キング先生に習った)省エネ発声をしてしまいがちなのですが、そこで省エネ発声をするのではなく、そのまま息をすべて使い切って歌うことが大切なんです。と言うのも、省エネ発声では、声が後ろに引っ込んでしまうからです。せっかく最初は良い声で歌っていても、段々声自体が後ろに引っ込んでは、元も子もないからね。声が後ろに引っ込むのを防ぐためには、息を出し切って歌うことが大切なんです。

 …息を出し切って歌って、息が足りなくなったら、どうするの?

 そん時は諦める(笑)。まあ、人間「息が足りない!」と思ってからも、もう一絞りすれば、まだ息が残っていて歌もまだ歌えるものですから、普通はなんとかなるし、なんともならなかったら、諦めてブレスをするか、そこで歌い終えてしまえばいいだけです。それでも、声が後ろに引っ込むよりは、ずいぶんとマシな行動なんです。

 なので、意識的に息を吐き続けて歌う練習を散々しました。

 また、ノドの奥を開ける練習もしました。特に音程が高くなるに従って、強い意識を持ってノドの奥を開いていくわけです。

 ノドの奥を開く…と言いますが、具体的に書けば、口蓋垂を上に持ち上げるのです。舌根を下に下げてもノドの奥は開きますが、それをやると音色が暗くなるので、舌根を下げるよりも、口蓋垂を上げる方向で頑張って、ノドの奥を開くようにします。

 …難しいです。でも、ほんの少し前までは「ノドの奥を開く」と言われても、具体的なカラダの動かし方が分からなくて、実感が持てなかったわけですから、そこから「口蓋垂をたくさん上げて、舌根を少しだけ下げて、ノド全体を縦開きにするんだな」と自分の中で理解し、それに感覚も少しずつ伴うようになってきたので、大きな進歩だなって思います。

 で、次の問題は、母音ごとに、同じ音程なら、同じようにノドを開いていくのです。これが難しい。今は同じ音程なら、エが他の母音よりもノドの開きが狭いです。ドンマイ、練習しないとね。

 「ノドは開かずに開ける」のです。「(横に)開[ひら]かずに(縦に)開[あ]ける」のです。言葉で書くと簡単ですが、やってみると難しいのです。

 開かないためには…クチビルに注意しないといけません。クチビルをラッパ状にして使えれば、そうそうノドが開くことはありません。また口蓋垂に注意していれば、自ずとノドは縦に開くものです。

 昔々、キング先生のレッスンのたびに「声を奥に!」と怒鳴られていました。あの頃の私は、先生の言葉の意味が分からず、先生も具体的な指示はしなかったので、いつも注意だけされて、ちっとも出来なかったわけですが、あの時の先生の「声を奥に!」と言うのは、おそらくY先生のおっしゃる「ノドの奥を開ける」と言うのと同じ事だったのだと思います。同じ現象ですが、先生によって、使う言葉が違うので、生徒への伝わり具合が違うわけです。私にはY先生の言葉は伝わりやすいのですが、今思えば、キング先生の言葉は、私には伝わりづらく誤解しやすかったなあ…と思います。

 で、誤解して、違うことをやってしまって、また叱られて、直されて、それをまた誤解して…の繰り返しだったような気がします。だから、長い時間習っていたけれど、ちっとも上達しなかったんだと思います。

 先生との相性って、大切だなって思いました。

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2013年10月 1日 (火)

成人男子には教えません

 時折、こう公言されていらっしゃる、習い事の先生がいらっしゃいます。本人には悪意は無いつもりでしょうが、これを読んだ男性の1人としては、なんか悲しい気持ちになります。

 だいたい“成人男子”って何? 成人男子って“大人の男の子”って意味ですが、言葉の内部に矛盾がありますでしょ…なんて、絡みたくなるくらいに悲しくなります。

 まあ、習い事の先生という職業に従事する方の多くが若い女性だったりするので“成人男子”と言うか、成人男性って奴は、危険人物だと判断されているんでしょうね。

 習い事と言っても、グループ対象に教えるものは、その限りではないのですが、音楽などの個人レッスン主体のものは、確かに密室で先生と生徒が二人きりになる場面が多発するわけです。だから、若い女性的には、男性と密室で二人きりになるのを避けるために「成人男子には教えません」って事になるんだろと、常識的にはそう思います。

 つまり、先生が女性だから、成人男性を生徒にはしないって事?

 そんな事を公言する先生自身、異性の先生に師事した経験はないのかしら? 「自分は女性なので、どんなに素晴らしい先生でも男性である以上、師事できません」というスタイルで生きてきたなら、まあ理解できますが、自分自身は異性の先生に師事してきたのに、いざ自分が先生になった時には、異性の生徒は教えないのって、ちょっと違うような気がします。

 男って奴は、女性を見たら、誰でも彼でも襲うと思ったら、大間違いだよ。女性が男性を選ぶように、男性だって女性を選んでいるわけだし、一般論で言えば、女性よりも男性の方がマジメで一途だから、浮ついた気持ちを教室には持ち込まないし、先生はあくまで先生であって、女性のうちには入れないものだけれどね。ま、一種のインセスト・タブーが発生するわけです。

 それに、きちんとした成人女性なら、男性に対して一線を引いた態度で接してスキを与えないことだってできるし、逆に誘惑することだってできるでしょ? つまり、そういう事です。

 先生は先生なんだから、性別とか年齢とか、特に関係ないでしょ。ただし、先生の側でそれを意識している(つまり、人間がチイチャイ)なら話は別。あるいは「私は常に男性に好奇の目でしか見られない」という自意識過剰な人でも話は別だね。

 男性にとって、女性のすべてが恋愛対象、いや直截的に言って、レイプの対象になるわけじゃないって事は、明白な事です。ですから「成人男子には教えません」という言葉の裏側には、男とか女とか、その手の問題があるわけでないでしょ? それに、習い事に通う“男子”のほとんどは、年金生活者とかその予備軍のオジサンであって、若い女性の先生を見ても、欲情する以前に、自分の娘や孫娘を見るような感じになってしまうと思います。危険な事なんて…まず無いんです。たぶんそれは発言された当人も分かっているはずです。

 「成人男子には教えません」には、別の理由があるのでしょ。

 おそらく“成人男子”は面倒くさいって思っているだけでしょう。男性相手だと、子ども相手のように、頭ごなしにはいかないし、女性同士のようなフレンドリーな感じにはなりません。男性相手だと、どうしてもビジネスライクに接するわけだけれど、そういうビジネス的なおつきあいの苦手な(あえて書くけど)女子っているからね。そういう女子にとって“成人男子”ってのは、扱いづらい存在なんでしょうね。

 まあ「成人男子には教えません」という先生は、教師としてはプロフェッショナルとは、到底思えないので『こちらからお断り』というのが正直なところだけれど、それを差っ引いても、あまり愉快な気分にはなれません。

 人間的に自分とは相性の良くない人を教えたくない…という気持ちは理解するし同意します。でも成人男性すべてを拒否するのは、ちょっと止めてほしいなあと思います。なので「成人男子には教えません」という看板は下げて、面接なり何なりをした上で、ケース・バイ・ケースで教えるか教えないかを判断してほしいものだなあって、オジサンとしては思います。

 オジサンにもチャンスをください。

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