ひとこと

  •  ああ、腰が痛い…。またまた、ぎっくり腰をやっちまいました。今回の原因は不明。先日、何となく腰が痛いなあ…と思って、整体に行ったら「ぎっくりですね」と言われちゃいました。ぎっくりと言われる前は何となく痛かった程度だったのに、ぎっくりと言われた途端にめっちゃ腰が痛くなりました。…言霊って、すごいなあ。
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2013年9月の記事

2013年9月30日 (月)

すとんのスマホ教室[2013年9月の落ち穂拾い]

 なんかいきなりランキングの話をするのも下品ですが『音楽ブログランキング』の第1位の方は、三週間ばかり続きましたが、やがて“いつもの定位置”に戻りました。まあ、良い夢を見させていただけたと感謝しています。

 最近は、めっきりと『社交ダンス』をしなくなりました(諦めたわけじゃなく、忙しいので後回しになっているんです)ので『にほんブログ村』のランキング登録も『社交ダンス』を外して、代わりに『大人の音楽活動』に登録してみました。この方が、現在のブログの実態に近いですからね。

 で、その『大人の音楽活動』も登録した直後こそ第1位でいい感じでしたが、だんだん順位が下がり、おそらく現在は5位前後といったところをウロウロしております。ううむ“新規顧客開拓~!”と思って登録先を変えたのですが、世の中、そううまくはいかないみたいです。

 
 
声楽の先生の見つけ方

 レッスン室が散らかっている先生って…いないわけじゃないですね。

 歌手…と言うか、声楽教師に片づけ能力は必要かって話ですが、教室の規模とか生徒のレベルとかによるんじゃないでしょうか? 片づけ能力の低い人は、基本的に、資料の整理や活用は、苦手…と言うか、まず出来ないと思っていいでしょう。ですから、自分の脳内能力(ザックリ言えば“記憶力の範囲内”)に見合った数やレベルの生徒しか面倒みれないでしょう。なにしろ、外部資料の有効利用が出来ないのですから。

 小規模の教室で、初級程度の素人歌手が歌を習うなら、片づけ能力は不要だけれど、音大受験レベルの生徒は指導できないでしょうし、そもそも事務能力に大きく欠けるわけだから、大規模教室にまで経営拡大なんて無理でしょうし…ね。

 私なら…片づけの出来ないタイプの先生には師事しないと思います。私はすでに初級レベルではないので『声楽教師なら誰でもいい』ってわけにはいかないからです。少なくとも、音大受験生や若手プロなどにもレッスンしているような方でないと、色々と厳しいかなって思ってます。

 そうそう、私、以前、声楽の先生を探す記事を書いてますので、もしよろしかったらご覧ください。

すとんのスマホ教室

 先日、H先生相手にエラそうに“スマホ教室”を開講した私です。ここでは、その時の先生の質問に対する答えの簡略バージョンを載せる事にしますので、もしよろしければ、参考にしてください。

iPhoneとスマートフォンの違い

 iPhoneとは、アップル社が作っているスマートフォン(以下“スマホ”と略)の事で、世間一般で言っているスマホとは、iPhone以外のスマホの事を指します。

 ですから、厳密に言えば、iPhoneだってスマホなんです。なので、スマホと言った時には、その中に、iPhoneが含まれる場合もあれば、iPhone以外のモノだけを指している場合もありますので、文脈によく注意する必要があります。

 これは、アップル社のマックだってパソコンですが、世間では通常、パソコンと言えばWindowsパソコンの事を指し、マックをパソコンの仲間に入れたり入れなかったりするのと同じ事です。つまり、アップル社の製品って、常に扱われ方が微妙って事なんです。

 「iPhoneとスマホの違い」と言った場合の“スマホ”には明らかにiPhoneは含まれませんので、この問いは「アップル社のスマホと、それ以外の別の会社のスマホの違いって何ですか」という意味なんです。

 その違いは、スマホを動かしている基本ソフトであるOSの違いです。

 グーグル社のアンドロイドOSで動いているのがスマホで、アップルのiOSで動いているのがiPhoneです。それは、Microsoft社のWindowsで動いているのがWindowsパソコンで、アップル社のマックOSで動いているのがマックである…と言うのと同じ事です。

 つまり、アップル社の製品って、いつも扱われ方が特別で、アップル社とそれ以外の会社の製品、と言うような分け方をされてしまいがちって事なんですね。

なぜ今、世間ではスマホの話題で持ちきりなのか?

 最近、iPhoneの新製品が発売されたばかりなので、それで話題になっているだけです。日本人は新し物好きですから、新製品発売となると目がないのです。

 また、今回のiPhoneの新製品から、iPhoneのドコモでの取り扱いが始まりました。実は今まで、ドコモではiPhoneの取り扱いがなく、ドコモユーザーはiPhoneに憧れていても使用することが出来なかったのですが、今回の新製品からドコモでもiPhoneが使えるようになったので、その件もあって、話題になっているのです。

 ちなみに、スマホの方は、ドコモでもauでもソフトバンクでも、どこの会社でも使用できます。

スマホの魅力とは?

 少し前なら、持っている人も少なかったので、所持している優越感と言うモノを味わえましたが、今はスマホなんて、誰でも持っているので、別に自慢にもなりません。

 スマホに出来てガラケー(従来型の携帯電話を最近はこう呼びます)に出来ない事は確かにありますが、逆に、ガラケーにできてスマホに出来ない事もありますので、どちらを使用するかなんて、全く個人の趣味や好みの問題です。

 ただ、スマホはパソコンライクな製品ですから、パソコンユーザーには色々と取り扱いやすいと思われますし、ガラケーは家電ですから、難しいことは特にありません。

 ちなみに私は、スマホ(私の場合はiPhoneですが)は割と使いこなせますが、ガラケーは通話ぐらいしかできません。メールとか写メとか、なんかうまくできません。そうなんです、私は家電って奴が大の苦手なんです。ですから、パソコンはうまく使えても、ファックスとかビデオデッキとか電子レンジとかは、ロクに使えません。そんなもんです。人間には得手不得手というのがあるんです。

 パソコンは苦手だけれど、家電ならなんとか使えるって人は、私とは逆に、ガラケーは使いこなせるけれど「スマホは何か分からん!」って状態になりがちだと聞いてます。

ガラケーって本当にダメなのか?

 そういう根も葉もない噂を流して、ガラケーユーザーをスマホに乗り換えさせようとしているのだと思います。別にガラケーのままでも、困る事は当面無いと思われます。ただ、今の世の中の流れでは、いずれガラケーは淘汰してしまい、電話はすべてスマホになってしまうと思われます。

 まあ、そうなったら、そうなった時に、改めて考えれば済むことなので、今はガラケーを使いたければ使い続ければいいし、良い機会だと思われたら、スマホに乗り換えてもいいと思います。

ガラケーで取った写真をパソコンで印刷するには、どうしたらよいのか?

 大抵のガラケーには、SDカードが差し込まれています。写真の保存先を内部メモリではなく、外部メモリ/SDカードにすれば、写真がSDカードに保存されるので、そのカードを引っこ抜いて、パソコンに差し込めばOKです。最近のパソコンにはSDカードの差込み口がありますので、そこに差し込めばOKですし、もし見当たらないようなら、パソコン屋に行って“カードリーダー”という機材を購入してくればOKです。最近のカードリーダーは1000円前後で良いものがありますよ。

メモリカードとクラウドの違いとは?

 写真データの保存先としての違いです。ガラケーもスマホも、基本的に写真データは内部メモリに保存しますが、それだけでは色々と不便なので、内部メモリ以外の場所にも保存できるようにしています。ガラケーではSDカードのような、取り外し可能なメモリカードに保存しますが、スマホではクラウドと呼ばれる、ネット上のある特定の場所に保存します。

 SDカードは手にとって見ることができますが、クラウドは手に触れる事ができないし、見る事もできないので、なにやら難しいモノのように思われるかもしれませんが、やっている事は全く同じ事です。データの保存先を、カードにするか、クラウドにするかの違いだけです。

 カードに保存したデータは、パソコンにそのカードを差し込む事で、データの共有ができます。クラウドに保存したデータは、パソコンでそのクラウドにアクセスすれば、データの共有ができます。ほら、やっぱり同じ事でしょ?

 
 
今月のひとこと

 日頃は閑静な我が街に、突然人口が20倍に増えたと感じるほどに、厳しい人込みが登場し、ちょっと近所のスーパーに行くにも、難義しています。「一体、なんなんじゃー、これ!」と叫んでみて気がつきました。ああそうか、今日からサザンのライブが始まるんだ。なんか、街全体が熱気だっています。商店街の人たちはお客が急に増えてウハウハですが、会場は住宅地のド真ん中にあるので、近所の人たちは、今日から大変な思いをしながら生活するわけです、御愁傷様です。我が家は会場から、ちょっと離れたところにあるので、直接の被害はありませんが、ちょっと他人事とは思えません。(2013年8月31日~9月1日)

 さあ、九月だ。海の家も営業を終えたし、学校も始まるし、サザンのライブも終わったし、気持ちを切り換えて、今日から平常運転だ!(2013年9月1~8日)

 2020年のオリンピックが東京に決まったそうで、うれしいです。直前にマスコミやら知識人やらという人が、日本が不利になるような発言や報道を世界に向かって発信していて、何やらムカついておりましたが、終わりよければすべて良しって事で、そういう売国反日放送局やら知識人やらの事をつべこべ言うのは止める事にしました。しかし、北京の時も、ソウルの時も、日本は応援こそすれ邪魔はしなかったはずだけど、どうしてマスコミなどに工作員まで送り込んで、日本でのオリンピック開催を阻止しようとするのか、分からないというか、妬みの心って、激しいなあって思います。(2013年9月8~14日)

 台風が近づいているそうですね。なんか、イヤんな気分です。被害少ないといいですね。(2013年9月14~17日)

 芸術の秋って奴は、実に忙しい。毎休日ごとに演奏会やら発表会やらがある。みんな頑張っているんだなって思うと、私も頑張らなきゃって思うわけで、励みと良い勉強になる、今年の秋です。(2013年9月17~23日)

 そろそろ、仕事が繁忙期に入る。ついこの前まで夏休みだったなんて、つい先日まで三連休が二連チャンであったなんて、嘘のようだ。私は無事にこの繁忙期を乗り切れるだろうか…。(2013年9月23~29日)

 今月は以上です。いつもの月よりも短いですが、忙しさのために、ネットを利用している時間が極端に短くなっているためです。申し訳ないです。

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2013年9月29日 (日)

うどんとソーセージと、常識の殻の話

 ええと、今週も忙しくて、食生活が乱れっぱなしだったので、体重計れなくて、ごめんなさいです。ああ、きっと増えているような気がする。仕事が忙しいと、ストレスがたまり、ストレスがたまると、ついつい色々と食べちゃう私なんだよね。体重計に乗るのが、ちょっと怖い私です。

 さて、今週のエッセイです。

 今まで夢にも思わなかった事にチャレンジしてみる。人生には、そんな局面が何度か訪れるものです。

 …と言っても、別に大きな話ではなく、生活の中のちっちゃい話なんですけれどね(笑)。でも、人生の中には、今まで夢にも思わなかった事にチャレンジしてみて、その結果、新しい世界が広がるって事…あるでしょ?

 例えば…うどんを食べてみる。

 「へ?」って思うかもしれないけれど、私、若い頃は、うどんって、わざわざ食べてみるほどのモノじゃないと思っていました。実際、こちらでは、うどんを食べたければ、そば屋に行くしかなく、そば屋に行けば、当然、うどんではなく、そばを食べるわけです。“うどん”と“そば”の二つの中から一つを選ぶなら、一瞬の躊躇なく“そば”チョイスだったのです。

 これには理由があって、関東って、元々“そば”文化の地方で、そば屋はあっても、うどん屋なんてなかった地域なんです。うどんそばなら、まずは“そば”ありきの文化で私が育ったというのがあります。

 まあ、もっとも湘南地方は、うどんそばよりも、ラーメンの方が盛んな地域でしたから、めん類と言うと、第1位ラーメン、第2位そば、って感じで、うどんとかスパゲッティとかは、その他雑魚扱いでした。

 さらに、私の場合、家庭料理の“うどん”が極めて不味かったんです。母には申し訳ないのだけれど、ほんと、母の作る“うどん”は不味かった。同じように、母が“そば”を作ると、こちらは普通に美味しかったのだから、母もなんだかんだ言って“そば”文化の人だったのだと思います。

 そんなわけで、うどんは、まともな料理のうちに入れていなかった私です。

 それが、数年前の“うどん”ブームの少し前、当地にもポツリポツリとうどん屋を見かけるようになりました。当然「うどんの専門店なんて作って、やっていけるの?」とか思ってました。そば屋ならともかく、うどん屋なんて、すぐにつぶれてしまうだろうと思ってました。

 それがなかなかつぶれず、やがて妻や息子がうどん専門店でうどんを食べてくるようになり、私にうどんの美味しさを報告しても、私「そんな事、あるはずない」と言って、全然信じていなかったくらいですから(笑)。

 それが百聞は一見にしかず? いやいや、食べれば分かる、ですね。ある日、妻に薦められて、全く気が乗らないまま、うどん専門店で“うどん”を食べてみました。

 …美味かったなあ…。なんか、私が今まで食べていた“うどん”とは全く違いました。うどん屋の“うどん”は、そば屋の“うどん”とは全く違いました。いや“うどん”がこんなに美味いなんて、夢にも思わなかったのです。

 それ以来、うどんを食するようになった私です。

 常識ってのは、疑ってかかった方がいいですね。あれだけ強固だった「うどん、不味い」という常識は、たった一回の食事でコロッと変わってしまうのですからね。

 で、実は最近、それに近い経験をしたので書いてみます。

 私、いい年したオッサンなんですが、今まで、ソーセージを生食した事、ありませんでした。ソーセージは常に焼くか煮るかして食べてました。つまり、加熱調理して食べていたわけです。その理由は「ソーセージって加熱調理しないと食べられないでしょ」って勝手に思い込んでいただけなんです。その偏見(ってか、間違った知識)が私の常識でした。

 で、ある日の事です。「ハムは生食するし、ベーコンも生食する。なのになぜ、ソーセージは生食しないのだろう?」と思ったわけです。考えてみれば、スジが通りませんよね。同じ加熱済食品なのに、ハムとベーコンはOKで、ソーセージはNGなわけないよね…と思って、ある時、勇気を出してソーセージを生食してみました。

 美味かった。結構、イケます。ソーセージはアツアツでもいけますが、室温でも十分美味しいじゃないですか?

 まあ、雑菌うんぬんの話はあるだろうけれど、袋から取り出した直後なら、そんなに雑菌に気を使わなくてもいいんじゃないかな。

 最近の私は、すっかり肉食人間になってしまって、肉ばかり食べているのですが、肉って、パンやおにぎりと違って、そんなに気軽に食べれないじゃないですか? でも、ソーセージが生食できると知ったので、これからは、気軽にソーセージを食べてみようかなって思いました。

 と、最近、また一つ、常識の殻を破りましたって話です。

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2013年9月28日 (土)

自分から相手が見えなければ、相手からも自分は見えない?

 『頭隠して尻隠さず』という言葉がありますが、あれって頭を隠していれば、自分から相手の姿が見えず、うまく隠れられたような気になっているけれど、自分の身体イメージと実際の身体が一致していないため、どうにもうまく隠れきれていなくて、ついついお尻とか尻尾とかが隠しきれなくて、簡単に見つかっちゃうって話で、幼児とかイヌネコだとありがちな話です。

 で、どうやら金魚…と言うか、サクラが、今、そんな状態みたいなんです。

 サクラは今、実にモテモテで、毎日、毎時間、毎分、毎瞬間ごとに、ホノカとかキキョウとかに追いかけ回されて、お尻を(ってか総合排泄器)をつっつかれまくって、逃げ回っています。人間で言うと…セクハラされ放題なので逃げ回っているようなモノです。いや、セクハラと言うよりも“セクハラ+ストーカー被害”って感じかも。まあ、見ていて、ちょっとかわいそうな感じがしないでもないくらいに、しつこく追いかけ回されています。

 ホノカは本当にサクラのあの部分が大好きみたいで…。

 それだけ追いかけ回されて、サクラもイヤなんでしょうね。でも水槽だから、逃げられるわけもなく、無駄な足掻きをするわけです。それでも小さな子なら、物陰に潜む事もできるし、ドジョウなら砂利の中にカラダを隠せるけれど、サクラは巨大魚だし、ドジョウでもないので、どこにも隠れられません。かわいそうな話です。

 そんなサクラさんですが、最近、ちょっと行動が変なのです。

 それは水槽の隅に行って、真上か真下を向いて、じっとしているんです。その水槽の隅と言うのは、人から見て水槽の後ろ側で、その部分は水槽のガラスにフィルムが貼ってあったりします。私たち人間から見ると、サクラの後ろ姿しか見えないわけです。そんな姿で直立不動なのです。

 まるで、東海林太郎氏を後ろから見ているような感じです(って、たとえが古くてゴメン)。

 最初の頃の私は、このサクラの行動の意味が分からずに「???」な感じでした。

 やがて、その体勢で、他の金魚とカラダが触れると(ってか、他の子がぶつかってくると)アワ喰って泳ぎだすので、はは~んときました。

 サクラの直立不動の体勢は…隠れているつもりなんですよ。

 確かに、あの姿勢だと、サクラからは誰も見えません。人間も見えなければ、他の金魚たちも見えません。サクラからは何も誰も見えないので、それで隠れたつもりになって、安心している…みたいなんです。そして、何かがカラダに触れると…それは“見つかった!”ってわけで、すぐにパニくって泳ぎだすわけです。

 いやあ、サクラさん、苦労してますね。ホノカが来るまでの、あの、のほほ~んとした日々は、もうサクラさんにはないのでしょうね。なんか、ホノカやキキョウに追いかけ回されるのが、すっかり心の傷になってしまったかのようです。

 そんなサクラを見ていると、ちょっぴり気の毒な反面「きちんと姿を隠す事もできないのかよ~!」と突っ込みを入れたくなります。だってね、自然界で敵から逃げて隠れないといけないのに「自分から見えなきゃ相手からも見えない」なんて甘い考え方だと、すぐに見つかってエサになっちゃうよ。サクラは、金魚は、所詮ペットだから、そのあたりが実になまぬるいわけなんだなって思いました。

 野生が足らんよ、野生がね。

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2013年9月27日 (金)

アーティキューション・ブレスに気をつけよう

 フルートのレッスンに行ってきました。

 例によって、少しだけ遅刻。ほんの少しだけです(汗)。う~うんと…10分くらいかな? もうすでに姉様はいらっしゃらず、先生がご自分の練習をして待ってくださってました。その練習で吹いてらっしゃる曲が…実に見事。いやあ、当たり前なんだけれど、実にバリバリ笛を鳴らします。ほんと、見習いたいです。

 で、教室に入って、さっそくフルートを組み立てて、先生とロングトーン練習です。チューニング代わりに先生のフルートの音に合わせたら、ちょっと低かったです。「フルートは少しだけ抜いて、楽器そのもののピッチは高めに設定して、息を軽く吹きかけて吹くんだよ」だそうです。うむ、気をつけよう。ちなみに、ロングトーン練習はバッチリでした。

 さて、アルテ。15課10章のGes-durです。1番の「音階準備練習」は、家ではバッチリだったので「今回で合格!」ってつもりで行ったら、見事にボロボロで不合格となりました。だってね、私がスケールを吹いていると、先生が何を考えたのか、やおらフルートを持ち出して、私と一緒にスケールを吹くじゃないですか? そんな事始めてだったし、先生、グイグイ引っ張るようにスケール吹くし、なんかドギマギしてアップアップになるし、なんかちょっと我を見失っちゃたみたいで、つまらないところでミスブローして落ちちゃうし、落ちたらアセアセしているうちに、先生に叱られるし…いやあ、ダメでした。ボロボロ。

 おまけに、私は92ページの楽譜を見ながら吹いていたのだけれど、Ges-durの場合、92ページ通りではなく、最高音を含んだフレーズの部分が増え、最低音の部分が減っているんだよね。それは元々の87ページには書いてあるけれど、私は92ページを見ながら吹いていたから、そこに気づかずにいて、注意されてしまったけれど、いきなりにはすぐに対応できない私なので、そこでもアタフタしてしまいました。いやあ、焦る焦る。

 プチ・エチュードは1番です。こちらも割と頑張って練習してきましたよ。さあ、吹こうと身構えたら「スケールとアルペジオ!」って言われました。そうそう、プチになったら、まず最初に、その曲の調のスケールとアルペジオを吹くんですよね、すっかり忘れてた(汗)。とにかく、やってみました。スケールは…ハ長調なのに、指が勝手に#やらbやらをつけちゃってワヤくちゃでした。この状態のまま、曲を吹いていたら、大変な事になってたかも。最初にスケールとアルペジオを吹くのは、大切かもね。

 しかしながら、それはさておき、家では結構吹けていたと思っていたプチの1番だったので、自信持って吹き始めたら、割と早い段階でダメが出ました。それは「きちんと、アーティキュレーション・ブレスをしなさい」って事でした。

 私はアーティキュレーション・ブレスを取るべきところをスルーして、その分、ブレス記号のところでたっぷりブレスをして吹いているのですが、それではいかにもな、初心者っぽい吹き方なので、止めるように言われました。

 ブレス記号は確かにブレスをする記号だから、そこでブレスをしてもいいのだけれど、だから言って、ブレス記号はブレスをする箇所を示しているだけの記号なので、そこで音楽を切っていいってわけでも無いし、休憩を取っていい箇所ってわけでもないのです。だから、たとえ楽譜にブレス記号が書かれていても、ブレス記号のない箇所と同じように演奏しないといけないってわけで…つまり、ブレスは素早く目立たせないようにしなさいって事です。

 でも、それだけでは息が足りなかったり、十分でなかったり、余裕がなかったりするわけで、それを避けるために、アーティキュレーション・ブレスを取りなさいって事なんです。

 アーティキュレーション・ブレスってのは、アーティキュレーション通りに演奏すると、黙っていても息が自然と入ってくるので、その入ってきた息をブレスとして活用するやり方なんです。具体的に書くと、スラーとスタッカートの間は、どうしても息が一瞬切れるので、そこはどうしたって息がカラダに入ってくるわけで、だからそこをブレスとして活用しないとマズイでしょって事です。

 確かに、スラーの後って、音が消えるように吹くから、口内は陰圧だし、スタッカートは発音前に一瞬息を溜めるから、時間的な余裕があるっちゃあ、あるわけで、陰圧で時間的な余裕があったら、自然と息が入ってきて…って事なんです。

 これを無意識で出来るようになるのが、上達した笛吹きって奴なんでしょうね。ガンバロ。

 それと、大方指は良いのですが、臨時記号のところは、ちょっといっぱいいっぱいで指が怪しいのが…先生にはバレバレでした。そのあたりをもう少し練習しておくように言われました。って、わけで、不合格でした。

 本日の雑談は…すとん先生による「スマートフォン講座」でした(笑)。だって、H先生ときたら、いきなり「なんか最近、世間が騒がしいのだけれど、スマホとiPhoneって、どう違うの?」とか聞いてくるわけですからね。

 ちなみに先生ご自身はガラケーな人だし、パソコンは使うけれど、設定などはお弟子さんに任せている人なので、こういう無駄知識系は、興味はあっても、ちっともご存じないんです。かと言って、周りの人に尋ねても、自分同様に知らない/分からないか、知っていても先生に分かるように説明できない人たちばかりなので、私に質問してきたようです。

 まあ、私、無駄知識なら豊富にあるし、人にモノを教えるの、得意だからね(笑)。

 なので『iPhoneとスマートフォンの違い』『なぜ今、世間ではスマホの話題で持ちきりなのか?』『スマホの魅力とは?』『ガラケーって本当にダメなのか?』『ガラケーで取った写真をパソコンで印刷するには、どうしたらよいのか?』『メモリカードとクラウドの違いとは?』などと、説明しやすい定番のネタから、結構込み入った手順の面倒くさい話まで、先生の質問に応じて解説してきました。

 解説大好きすとんさんでした。

 それにしても、私のレッスンって、レッスンしてもらっている時間よりも、明らかに、レッスン後の雑談の方が時間的に長いんだよねえ~(笑)。まあ、私が一番最後の生徒さんなので、後ろの時間に余裕があるとは言え…でも、楽しいから雑談は止められないね。

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2013年9月26日 (木)

歌舞伎を見てきたよ

 ある意味、音楽とか関係ない事だけれど、書きたいので書きます(笑)。

 実は、メトのライブビューイングのアンコールで『トリスタンとイゾルデ』を見た同じ日に、九月大歌舞伎を見てきました。

 場所は、新橋演舞場。メトのアンコールは東劇でやってるので、隣と言ってもいいくらいの、すぐご近所だったので、移動がとても楽でした。『トリスタンとイゾルデ』の終演後、1時間で歌舞伎が開演だったので、ほんと、時間的にはベストな感じでした。

 で、何を見たのかと言うと、松本幸四郎主演の『不知火検校』です。これが結構面白かったです。ストーリー的には…この物語は、勝新太郎主演で映画にもなっていますので、そっちを見るとよく分かると思います。

 簡単に言うと、生まれつきの盲人である主人公が、実は根っからの悪人であって、悪の限りを尽くして出世していく、アンチヒーロー物語だったりします。もっとも、お芝居の最後はハッピーエンドではなく、バッドエンドで終了し、主人公はきちんと身を滅ぼすわけですけれどね。

 歌舞伎を見る前に、事前に映画を見て、ストーリーを頭に入れていった私ですが、映画と歌舞伎は同じ物語を扱っているとは言え、そのメディア特性の違いから、色々と違っている(特にエンディングのシーンは全然違う)のだけれど、それはそれで、どちらも面白かったです。

 とにかく、私は松本幸四郎を見たかったんですよ。元気なうちに、その舞台姿を見たかったんですね。よかったよ、ほんと、よかったです。これで歌舞伎の幸四郎は見たので、次は、チャンスがあれば、ミュージカルの幸四郎を見たいです。

 それにしても、歌舞伎を見るのは久しぶり。その上、いつも歌舞伎座で見ていたので、新橋演舞場で歌舞伎を見るのは始めてだったので、とても新鮮でした。

 今回は前から五列目の席をゲットできたので、結構、芝居に入り込んで見ることができて、うれしかったです。いつもは後ろの席とか三階の席とか、とにかく舞台から遠くの席しか買えなかったのですが、今回は実にラッキーでした。やはり舞台から離れた席だと、セリフもロクに聞こえないし、所作動作も豆粒のようにしか見えないし、そんなこんなで気が散ってしまって、座席が遠いと歌舞伎を全く楽しめないんだよね。やはり、私の場合、芝居は前の方で見ないとダメだなって思いました。

 とにかく、幸四郎は素晴らしかったです。かっこよかったです。演技そのものについては言うまでもなく、もうすでに立派な老人のはずですが、背筋もピンとしているし、声も実に若々しくて、素晴らしいです。

 そうそう、歌舞伎の芝居って、リアルではないけれど、様式に則った芝居だから、これはこれで、結構楽しめちゃうんだよね。いわゆる、ストレートプレイと言われる普通の芝居よりも、約束事が分かると、定型な部分が多いので、余計に楽しめるような気がします。

 幸四郎はよかったし、橋之助はよかったし、左團次もよかったし、子役の玉太郎もよかった。でも、女形は…ちょっと厳しかったです。

 いや、厳しいと言っても、ダメって意味じゃないし、芝居や演技に難癖つけているのではなく、女形の存在感って奴が、私にとって厳しかったって事なんです。つまり、私にとっては、女形って奴は『男性の俳優が女性の役を演じている』のではなく『何やら得たいのしれないモノが舞台にいる』って感じで、せっかくお芝居に入り込んでいても、女形の役者さんがセリフを言ったり、シナを作ったりすると、すーーと気持ちが芝居から離れちゃうんだね。

 とは言え、テレビや映画などの映像で女形を見ている分は、全然平気なんだけれど、演劇として、直に女形を見ちゃうと、何と言うか女形って「これじゃない」感がするんですよ。で、気持ち悪くなっちゃうんです。

 ちなみに言っておくと、私、オカマさんには心が広いし、オカマタレントやオカマ役もOKですし、映画や演劇でもオカマさんに違和感はないです。いや、リアルな生活でも、オカマやオナベさんとは和気あいあいと仲良くやれる人間です。私って、そういう性倒錯的な人(失礼)でもOKな人なんです。また、これが歌舞伎でなく、普通の演劇で男性が女性役をやっているのなんかは、笑いながら楽しんじゃったりできるので“男が女を演じている”という部分に違和感を感じているわけではないんです。あくまでも、感じるのは違和感であって、歌舞伎の女形をリアルに見た時に、背中がゾゾゾ~ってするんです。

 たぶん『女形という様式』に違和感を感じるんですね、私。それじゃあ、歌舞伎を楽しめないじゃん、ダメじゃん>私。

 いやあ、ほんと、ダメな客ですよ、私は。テレビや映画ならOKなんですが、リアルに見る女形は違和感バリバリでした。女形の発するオーラがダメなんですね。

 ちなみに、宝塚の男役は、ある意味、歌舞伎の女形の裏返しだと思うのですが、男役だとファンタジーとして受け入れられる私なんです。男役はOKなのに、女形はアウトってのも、我ながら納得いかないです。納得いかなくても、そう感じてしまうのだから、これは仕方ないのです。

 女形は「違和感バリバリ」ですが、男役は「奇妙な生き物を見ているような」感じがします。

 今までは、たとえ舞台を見ていたとしても、遠い席から見ていたので、女形を見ても、さほど違和感を感じなかったのかもしれません。そういう意味では、テレビや映画で見る女形と扱いが同じだったのかもしれません。今回はなまじ、舞台に近い席だったので、色々と見たり感じたりしてしまって、女形に違和感と言うか、拒否反応が出たんだと思います。

 しっかし女形って…いびつな存在だよね。でも、そのいびつさが文化であり芸術なんだと言われれば、まさにその通りなんだよね。実に納得した私でした。

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2013年9月25日 (水)

メトのライブビューイングで「トリスタンとイゾルデ」を見てきました

 いわゆる、東劇で行われている“アンコール”って奴です。

 今年は、メトのライブビューイングのオフシーズンに、パリオペラ座のライブビューイングをやっていて、そっちに行ってましたので、メトのアンコールの方には、なかなか足が向かなかったのですが、ようやく行って参りました。…今年はこれが最初で最後です。

 今年はヴェルディ&ワーグナーイヤーって事で、東劇のアンコールの方も、ヴェルディとワーグナーのものを中心に再上映を組んでました。そこで私は、2008年に上演したのワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』を見てきたわけです。

 指揮は元気ハツラツだった頃のジェイムズ・レヴァインです。演出はディーター・ドルン(誰ですか?) 出演は、イゾルデがソプラノのデボラ・ヴォイト。トリスタンがテノールのロバート・ディーン・スミス。上映時間も長くて、2回の休憩を含んで、5時間15分もかかりました。さすがはワーグナー作品、超弩級だね(笑)。

 デボラ・ヴォイトは『リング』のブリュンヒルデで見たように、素晴らしいワーグナーソプラノだと思います。『トリスタンとイゾルデ』なんて、ほとんどイゾルデが出ずっぱりのオペラなのに、それをあれだけ見事な歌唱で歌いきるなんて…素晴らしいにもほどがあります。

 幕間のインタビューで「ワーグナーを歌うのに必要なのはなんですか? 生まれつきの才能ですか?」なんて尋ねられていたけれど、あれだけの声は努力だけでは手にできないよね。才能のある人が、努力を重ねた結果、手にできるものなんだと思う。

 ちなみに、ワーグナーを歌うのに必要なモノとして……しっかりした靴が必要だ…って答えてました(笑)。

 テノールも素晴らしかったです。トリスタン役は“難しい”と評判の役だけれど、その難しい役を歌いきる見事さもさることながら、いちいちビンビン響く、その金属的なアクートにしびれました。もちろん、録音上演なのだから、どういう設定で録音したかで、声の魅力って手心が加わるわけだから、映画館で聞こえた声を鵜呑みにしてはいけないけれど、それを差し引いてもビンビンと素晴らしく良く響く声でした。うらやましい。

 幕間のインタビューでメトのキャスティング担当のスタッフさんが言ってた「ワーグナーを歌える(テノール)歌手は、世界中に10人しかいないから、オーディションなんてしない(し、しても無駄だから、ヘッドハンティングをする)」と言ってたのを、ウンウンとうなづきながら聞いてました。あれだけの声を持っている人なんて、確かに世界に10人もいないだろうねえ。パワーと声の美しさが両立するなんて、まずないもの。

 歌手は素晴らしかったけれど、『トリスタンとイゾルデ』というオペラ作品については…難しいね。何が難しいのかと言うと、どうやって楽しんだらいいのかが、難しい作品だと思いました。「つまらない」と切って捨てるのは、ちょっと違うとは思います。でも「楽しい作品」とは言えませんね。音楽もストーリーも芝居も実にゆったりしているわけです。「書き込みの量が半端なく多い」って感じかな? とにかく“濃い”んですよ。おそらく同じネタでヴェルディが作曲したら、2時間前後の作品になっちゃうと思います。それがワーグナーにかかると、5時間超え(笑)。

 とにかく、オペラって楽しむには、ある程度、作品を解きほぐさないと楽しめないのだけれど、『トリスタンとイゾルデ』というオペラは、その解きほぐしが難しい難しい。とても一筋縄ではいかない感じです。そういう意味では、このオペラは、万人向けのオペラではないというか、玄人向けオペラって言えるんだろうと思います。

 そうそう、2008年製作のライブビューイング映像って事も関係しているんでしょうが、良い意味で過渡期の中継って感じがしました。

 このオペラの映像監督さんは音楽畑の人ではなく、ドキュメンタリー畑の人なんだそうですが、この人の映像づくりって、果たしてオペラ向けなの?って気がしました。と言うのも、実はこのオペラ、いわゆる“マルチスクリーン方式”って奴で映像が作られていました。想像つくかな?

 テレビドラマ『24』って知ってますか? あれって、同じ時間に行われている別の事柄を表現するために、画面を分割して、同時に流したりするでしょ? あんな感じの事が行われていました。

 つまり大きな映画館のスクリーンを、いくつにも分割して、舞台の全体像を映した画面と、それぞれの歌手のアップの画面を同時に見せてくれたわけで、確かに全体の動きも分かれば、歌手たち一人一人があれこれやっている事も分かって、便利と言えば便利だけれど、常に複数の視点が用意されているってのは、物語に入り込むには、エラい迷惑なんだよ。だって、常に画面を選択するんだよ、これじゃあ、物語に入り込めないし、なんか客観的な視点からついつい見ちゃうんだよね。

 オペラをドキュメンタリーを見るような客観的な視点で見ちゃダメだと、私は思います。だって、オペラなんて、客観的に見たら「歌の上手いデブの演劇大会」でしかないもの。

 客観的に見たら、美しいという設定のイゾルデがただのデブ女に、カッコイイ英雄のトリスタンがただの豚オヤジにしか見えなくなってしまうもの。いや、容姿を横に置いても、日常生活であんなに歌う人なんていないでしょ? あれは、オペラというファンタジーだから歌っていてOKなわけで、そこに客観性を持ち込まれたら、歌で芝居を進めるオペラなんて、大いに白けちゃうってもんです。

 なので、今回のメトのライブビューイングは、とても白けちゃって、残念でした。

 まあ、メト自身もそれは分かったんでしょうね、その後、このドキュメンタリー監督さんはメトに呼ばれず、マルチスクリーン方式でのライブビューイングは、少なくとも私が知っている範囲では行われなくなりました。

 やはり、物語にグッと入り込むためには、客観性なんていらないし、視点も複数はいらないんだよ。私はそう思いました。

 ああ、もうすぐ、秋だね。秋と言えば、オペラシーズンが始まるね。今年は、メトのライブビューイングの上演演目数が、例年よりも減ってしまったのが残念だけれど、それなりに面白い演目が並んでいるので、楽しみです。今年も忙しいけれど、暇を見つけては、いくつかは見に行きたいと思ってます。

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2013年9月24日 (火)

魔法の言葉を教えましょう

 それは…

 …今はまだ下手かもしれない。しかし、まだまだ“成長の余地”はある。諦めずに頑張っていけば、いつかきっと上手になれる。だから諦めるな!

 です。ちょっと、クドい? でも、いい言葉でしょ? 私は、この言葉を握りしめる事、多いですね。

 例えば、先日のフルートデュエットの本番の後とか、発表会で自分の出番が終わった時とか、まあ、ズブズブで失敗しちゃった時なんか「ああ~、ダメだあ~」とか落ち込む前に「今はまだ下手かもしれない~」って、自分に言い聞かせています。

 まあ、ネバーギブアップって事ってすね。

 でも、落ち込む前にこれを唱えると、不思議と落ち込まずに、気持ちが楽になるんだから不思議。さらに、しばらくは練習にも前向きになるというオマケ付き。ほんと、魔法の言葉でしょ、これ。

 まあ、いずれは本番後に、こんな魔法の言葉に頼らずに済むようになれれば、うれしいんだけれどね。本番終えて「よし、よくやった。ご苦労さま」って自分に言える自分に早く成りたいです。

 本日の記事は短いけれど、無理に引き延ばす必要もないので、これでお終い(笑)。

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2013年9月23日 (月)

実は平日の昼間にやっているコンサートって、たくさんあるんですよね

 そうなんですよ。実にそうなんです。

 私、アマチュア音楽家さんたちのコンサートを見に行くのが好きなので、結構マメに近所の市民会館とか公民館とかのホール日程って奴を調べてます。探せば、プロアマ問わず、結構たくさんの演奏会が開かれているものなんです。

 もっとも大半は、土日祝日か、平日でも夜の時間帯にやっています。そりゃあそうですよね。やってくるお客さんの事を考えれば、多くの人が働いている時間帯に演奏会をやっても、ロクに集客できないだろうって予測はつくし、むしろ昼間の時間帯でリハーサルをして、本番は夜の時間帯で…の方が、演者さんだって都合がいいでしょ。そんなこんなで、普通の演奏会は、土日祝日か、平日の夜にやるものって相場が決まっているんだと思います。

 で、話は最初に戻りますが、マメに市民会館とか公民館とかのホール日程を調べていると、平日の昼間の演奏会って奴が、実はそこそこたくさんある事に気づきます。それも、私が見たいような、声楽系の演奏会とか、合唱系の演奏会なんですね、これが。

 ピアノやフルートの器楽系の演奏会が平日の昼間に行われることは、まずないかな…って思ってます。いや、見つけられないって言うべきか。とにかく、器楽系の演奏会は、あれほどたくさんあるピアノの発表会ですら、平日の昼間には、まず、ありません。平日の昼間にあるのは、声楽や合唱などの演奏会です、それもおそらくはアマチュア系でしょうね。大半は、無料演奏会ですから。

 アマチュア音楽家、それも声楽系のアマチュア音楽家の演奏会を見るのが好きな私にとって、この事実は、結構痛いです。だって、私は、カタギの社会人ですから、平日の昼間はバリバリ働いてます。

 「仕事、休めばいいじゃん…」って、気軽に言ってくれちゃう人もいるかもしれないけれど、実際仕事を休むって大変な事だし、仕事休んでまで見に行きたい演奏会なのかと言われると、そこは違うような気がします。

 なので、平日昼間の演奏会を見つけると、行けない悔しさに歯ぎしりしながら諦めるわけです。

 それにしても、なぜ、カタギの社会人が行けないような時間帯に演奏会を組むんでしょうか? 時期にもよりますが、一つや二つではなく、結構な数の演奏会が組まれていたりします。って事は、平日昼間に演奏会を開いても十分集客できるのか、単純に、集客の事は全く度外視して組まれている演奏会なのか、そのどちらかって事でしょうね。

 平日昼間で集客できる…ってか、土日祝日とか平日の夜では来れないけれど、平日昼間なら出かけられるという客を集める…のなら、平日昼間の演奏会でもありですよね。

 で、そういう“土日祝日とか平日の夜では来れないけれど、平日昼間なら出かけられるという客”ってのを想像すると……専業主婦さん? ダンナさんやお子さんが、それぞれ職場や学校に行ってしまって、彼らが戻ってくるまでの時間なら、自分の時間を捻出できるという人にとって、平日昼間の演奏会って、出かけやすい演奏会ですよね。だって、こういう人にとって、家にダンナさんやお子さんがいたら、どんなに見に行きたい演奏会でも、見に行くのは憚られますからね。特にシバリの強いダンナさんをお持ちの奥様なら、そういうモンです。

 あとは、土日祝日は働いて、平日にお休みを取る職業の人たち…は結構いますね。そういう人をターゲットにしているかな?って一瞬思ったけれど、そういう人たちって、結構休みが分散しているから、ターゲットにはしづらいから、それはないかなって思いました(笑)。

 それと後は、現役引退した人たち? 毎日が休日な彼らにとって、演奏会がいつ行われても、そんな事は関係ないのですが、土日祝日よりも、むしろ平日昼間の方が人出が少なくて出かけやすいので、平日昼間の演奏会って、ちょっぴりうれしかったりするわけです。

 となると、平日昼間の声楽/合唱系のコンサートは、専業主婦と現役引退した人々をターゲットにしている…と考えられるし、そう考えると、なんか納得です。

 そうか、私の趣味は、カタギな社会人が楽しむもの…と言うよりも、専業主婦や現役引退した人々に需要がある趣味なんだなって思いました。

 私が専業主婦になる事はない(第一、性別の壁は越えられない)けれど、現役引退はいずれするわけだから、私は趣味においては、人生先取り状態だって言えるのかなって思いました。

 でも、ほんと、昼間に面白そうな演奏会が、結構あるので、残念ですよ。

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2013年9月22日 (日)

無駄な才能[2013年9月第4週・通算28週]

体重:109.4kg[+0.4kg:-2.8kg]
体脂肪率:30.9%[+0.2%:-0.1%]
BMI:34.5[+0.1:-0.9]
体脂肪質量:33.8kg[+0.4kg:-1.0kg]
腹囲:105.0cm[-1.0cm:-4.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 体重がかなり多くなってきてます。自分の体重がかなり多くなってきた事は、認めざるを得ないし、自分なりに危機感を感じないでもありません。

 でもまあ、その原因の大半が、食生活を従来までの草食タイプから、ほぼ肉しか食べない肉食タイプに変更した事にあるので、やむなしとも思ってます。だってね、毎日毎日、これでもかこれでもかばかりに、獣肉ばかり食べていたら、そりゃあ、カラダがボリュームアップするってモンだよ。体重だって増えるサ。

 だからと言って、体調が悪くなったかと言えば、むしろ逆で、毎日健康で元気一杯で生活している。少なくとも、日々ハードな毎日を乗り切れるスタミナがあるのは、食生活を肉食に変えたからだと思ってます。今まで私が食べていた、マクロビオティックっぽい食事では、今の体調は到底保てないだろうって本能的に予感していましたので、これはこれで仕方のない事だろうと思ってます。

 とは言え、今の体重はやはり多すぎると思います。今の仕事の厳しさを乗り切るには、これだけの食事と体重が必要なのかもしれないけれど、やがて仕事になれるし、配置転換だっていずれ来るわけで、そうしてたら、今のままではパワーが余ってしまうので、当然、ボディの軽量化も考えないといけないかな…って思ってます。

 つまり、今がちょっとばかり緊急時なんです。

 なので、今はダイエットよりもスタミナ重視の食生活は、タフな毎日を乗り切るために、苦渋の選択として受け入れてます。だからと言って、ダイエットを諦めたわけでもなければ、やせる事を放棄したわけではありません。でも今は、カラダをいじめて仕事に支障のでるダイエットは出来ないって思っているだけです。…でも、やせたいな。

 さて、今週のエッセイです。
 
 
 「無くて七癖」という言葉ある通り、人間って奴は、どんなに無個性無能力に見えても、何かしらの特技やら特性やら、つまり、個性とか能力とか才能って奴を、持っているわけで、それを本人が自覚していたりいなかったり、世の役に立ったり立たなかったりしているわけです。

 世の中の役に立つ才能を持っている人は良いですね。

 一方「自分はダメな奴なんだ」と卑下しているような人でも、才能は持ち合わせているわけです。ただし、その才能は自覚されていなかったり、自覚されていても、世の役には立たなかったりする才能だったりするので「自分はダメな奴なんだ」というセリフにつながるわけです。

 でもね、才能なんて、世の役に立たなくていいじゃん。自分が自分である事を形作っているモノなら、それでいいじゃん。私もこの年になって、そう思えるようになりました。

 私も若い頃は、自分には大した能力もないし、才能にも恵まれていないと思っていましたし、それは事実で正当な評価だったわけです。それで落ち込んだりもしていたわけです。でも年を取ると達観するというか、世間を公平に見れるようになるわけで、そうなると、別に私は世界を救うヒーローではないのだから、自分自身が自分らしく生きていられれば、それで十分なんだと気づきました。世の中の役には立たないかもしれないけれど、自分は全くの無能力者ってやけではなく、結構、豊かな才能があると気づくというか、認められるようになりました。もちろん、その豊かな才能って奴は、ほとんど、世の役に立たない才能なんですけれどね。でも、そんな世の役には立たない才能が、今の自分を形作っていると思えば、それはそれで、そういう才能がいとおしく感じられるようになったものです。

 ほんと、私って、世の役には立たない、無駄才能ばかり持っている奴なんです。でもこれが私なんだから、仕方ないし、これが無ければ、ある意味、私ではないわけです。

 では、私がどれほど、世の役に立たない才能を持っているか、列記してみましょうか?
 
 

1)紙の大きさが一目で分かる

 具体的に言うと、パッと見ただけで、その紙のサイズが、A4なのかB5なのか、はたまた規格外なのかが瞬時に分かる…と言った程度の才能です。ああ、つまらない能力だ! だから、全然威張れない(笑)。おまけに、この才能が役立つシーンが全然思いつかない(笑)。

 
 
2)雨が降りそうだと、匂いで分かる

 “雨の匂い”が分かるって事です。玄関から外に出た時に、雨の匂いがしていたら、傘を持って出かけるってだけの話です。雨の匂いがする時は、そんなに遠くないうちに、必ず雨が降ります。西の空をの雲の具合を見るよりも確実です。

 この才能は、一見、役に立ちそうな気もしますが、実は雨の匂いがしないのに雨が降る日の方が圧倒的に多いので、実はあまり役に立ちません。的中率、低いんです、へへへ。
 
 

3)なんとなく歩いていると、目的地に到着できる

 つまり私って“道に迷わない”人なんです。始めての場所でも、何となく、目的地が分かるんです。もちろん、大雑把な位置は、地図とかで確認していますが、細かい場所は地図では分からないでしょ? でも、そんなところでも、雰囲気とか、野生のカンって奴で、何となく分かっちゃうんです。

 これは若い時は結構重宝した才能だったんですよ(えっへん)。でもね、最近は携帯の地図がきちんとナビしてくれますから、この才能も無駄な才能に格下げになってしまいました。ああ、残念。

 
 
4)匂いでお茶葉の古さが分かる

 私は職場で毎日お茶を飲みます。まるでお茶を飲むのが仕事の一部であるかのように、毎日お茶を飲みます。それも、女の子たちに「お茶、入れて」などとは頼まずに、自分でお茶を入れて飲みます。

 フェミニスト? いえいえ、違います。私はお茶にうるさいだけです(笑)。なので、他人任せにせずに、自分で納得したモノが飲みたいだけなんです。

 とは言っても、そんなに厳密なわけじゃないんですよ。単純に「出涸らしのお茶を飲むと気分が悪くなる」って程度の話です。これは、いわゆる緑茶に限らず、烏龍茶にしても紅茶にしても、ジャスミンティーとか、ルイボスティーとかにしても、そう。自分の中に許容範囲って奴があって、別に一番茶にはこだわりませんが「これはまだ飲める程度の濃さのお茶が出せる茶葉か否か」と言うのを、匂いで判別できるんです。

 自分的には必須な能力であり、この能力がなければ、毎日の生活が成り立ちませんが、世間の役には一向に立たない、無駄能力の一つです。

 
 
5)ルーチンワークが得意

 これは才能というよりも個性かもしれない(笑)。

 私は結構“ルーチンワーク”って奴が好きです。四角四面な世の中で、規則に従って、決まりきった生活って奴を過ごすのが、案外快適に感じる人種なんです。

 「だからなんだ?」って話ですよね。 はい、つまらない奴なんですよ、私って。それだけです。

 でもね、ルーチンワークが得意だから、毎日ブログが書けるんだと思いますよ。学生時代、勉強が得意だったのは、ルーチンワークが得意だったからでしょう。ほら、勉強って奴は、試験前にまとめてやっても効果ないでしょ? 毎日毎日コツコツやって始めて実を結ぶわけで、そういうルーチンワークが好きな私なんですよ。

 今現在も、毎日が忙しいのに、声楽とフルートを続けていられるのも、この才能のおかげでしょう。私的には実に大切な才能なんですが、世の中的には、全く関係のない、無駄な才能って奴です、面目無い。

 
 
 と、このように、無駄才能を持ち合わせている私ですが、この無駄才能。私自身にとっては、決して無駄でもなんでもないわけで、大切な大切な私の個性の一部であったりするわけです。

 いや、個性なんて、このような無駄才能の固まりを称して言っているのかもしれません。ならば“個性的”なんて言葉、昨今もてはやされすぎている嫌いがありますが、実はそんなに良い意味の言葉ではないのかもしれません。なにしろ、無駄才能の固まりが個性ならば、個性的という言葉は“あまりにも無駄な力ばかりに満ちあふれている”って事でしょ。ほら、決して良い意味なんかじゃない。

 むしろ、個性的であるよりも、平凡な方が良いかもね。つまり突出した才能など持ち合わせず、しかし、しっかりと世の中に組み込まれ、世の中で居場所を見つけ、世の中を構成しながら生きる生き方を、平凡って言うのだから、個性的なんかよりも、よっぽど平凡の方が、有益な生き方なんだと、私は思います。

 まあ、私程度の才能など、いくら集まっても個性のうちに入らないだろうから、私はおそらく極めて“平凡”な人間なんだと思います。だから、ついつい、平凡人の味方をしちゃうんでしょうね。

 最後はそうやって自己肯定して、受け入れちゃう。これも私の才能の一つかな(笑)。

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2013年9月21日 (土)

木枯らしホノ次郎

 秋とは言え、まだまだ暑い日々が続いていますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか? たまに涼しい風が吹くことがあるとは言え、日差しはまだまだキツく、私は夏衣装のまま、汗ダラダラかいて生活してます。ああ、早く、名実ともに秋にならねーかなー。

 で、秋とは言え、まだまだ気温も室温も水温も高いので、金魚たちは食欲旺盛でございます。当然、与えるエサだけでは足りないので、勝手に、タニシやら水草やらを食べまくっているわけです。

 で、その水草なんですが、ウチにある水草は、いわゆる“金魚藻”と呼ばれる奴で、具体名で書けば“マツモグサ”って奴です。これは葉っぱが柔らかくて、金魚にとって、とても食べやすい水草のようで、色々と試行錯誤して落ち着いた水草なんです。

 で、通常、マツモグサって奴は葉っぱが美味しいので、金魚たちは、その葉っぱをむしり取るようにして食べ、茎だけが残るって寸法なんです。つまり、葉っぱは美味しいけれど、茎は硬くて食べれないよう…って事なんですね。

 だから、たいていの子たちは、水草の途中からかみついて、それをブンブン振り回して、ちぎって食べるわけです。まあ、手がないので、お行儀良くないのは仕方ないです。

 ところが、どうもホノカだけは、水草の食べ方が違うようなんです。

 こいつはどうやって水草を食べるのかというと、茎を根元からかじるんです。で、そこからモソモソと水草を食べるんです。当然、食べている最中はホノカのクチから水草が生えているような感じになります。

 口から水草を生やして、一体、何をやっているんでしょうね。ツマヨウジをくわえた木枯らし紋次郎ですか? まあ、カッコイイとまでは言いませんが、なかなか個性的な水草の食べ方をするホノカなのでした。

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2013年9月20日 (金)

[生徒・客の立場から見た]講師演奏について

 私の前の声楽の先生であるキング先生は、発表会などでの講師演奏を、本当にイヤがっていたが、でもそれが教室宣伝のために必要な事だと理解し、また発表会に集まってくれる先生のファンのためを考えて、毎回、最高の演奏をしてくれたものでした。

 一方、前のフルートの先生である笛先生は、発表会などでの講師演奏と言うのはしなかった…というか、そもそもそういう雰囲気の発表会ではなく、何となく始まって何となく終わる。そういうルーズな雰囲気の発表会だったから、講師演奏なんていう畏まった事なんて似合わなかったんだと思うし、笛先生自身、毎日のようにステージで演奏していたので、彼女の演奏を聞きたければ、彼女のライブステージに行けばいいだけの話だったので、講師演奏なんて想像だにしなかったのだと思う。

 また、今の声楽のY先生の場合、笛先生ほどの頻度ではないにせよ、彼も頻発に演奏会を開いているので、彼の歌唱を聞きたければ、彼の門下の発表会ではなく、彼自身が出演する演奏会に聞きに行くべきだろうし、今のフルートの先生であるH先生は、演奏の仕事自体を厳選しているくらいだから、講師演奏なんてありえない話である。

 このように、音楽教室の先生、たった四人であっても、講師演奏の是非なんてものに、決まりがない事がよく分かる。

 分かるけれど、やはり生徒であるとか、お客であるとか、そういう立場からすれば、発表会での講師演奏ってのは、刺身のツマのようなもので、無いからと言って文句は言わないけれど、できれば有った方がありがたいものである。

 だから、最後の最後に講師演奏が行なわれる発表会に出くわすと、ほんと、ホッとします。
 
 
 音楽教室の先生と言っても、千差万別なのは百も承知の上での話です。

 先生ご自身が現役の演奏家ならば、講師演奏にも期待が持てるが、別に演奏家でなくても音楽教室の講師はできるわけで、演奏家ではない先生に演奏を求めるのは、ちょっと求めすぎだろうとも思います。

 しかし、生徒の立場であれば、先生という存在の方に対して、尊敬の気持ちを持っていたいし、できれば憧れたいものです。だから、発表会の最後に、生徒の誰よりもかっこよい演奏で、バシっと決めてほしいのは本音であります。

 英会話の出来ない英語教室の先生なんて居ないでしょ? 同様に、演奏のできない音楽家なんているわけないんです…と生徒は信じてます。

 それに生徒からすれば「私は発表会なんて大嫌いで、それを先生に無理やり言われて、いやいや参加しているんですよぉ(涙)。私に無理強いをさせているんだから、言動一致です。生徒に出演をうながしているんだから、先生だって、まず“隗より始めよ”でしょ。当然、講師演奏、やるよね。「私についてこい~!」くらいのノリでやってくれますよね。

 …なんて事、結構マジメに思っているもんなんです、生徒って奴は。それを知ったら、先生たる者、そりゃあ後には引けませんよね。

 でもでも、先生と言えども、ヒトの子。日頃から演奏活動をしているわけでなければ、レパートリーなんて無いだろうし、そのためだけに演奏の準備をするなんて、そりゃあ準備が大変すぎます。それに、なんであれ音楽のプロであるならば、タダで演奏を聞かせるべきじゃないとも言えます。それも生徒の発表会のツイデに自分の演奏を聞かせる? そこまで安売りして良いわけがない…とも言えます。プロなら自分を安売りするな、です。

 でも、ある意味、講師演奏は、最大のコマーシャルであるとも言えます。発表会に来た人たちの中から「あんな素敵な演奏をする先生に習ってみたい/ウチの子を習わせたい」と思う人がいないとは限りません(いや、結構いると思います)。

 だからこそ、バッチリした演奏ができるならともかく、演奏に自信がないなら、そんな無様な姿を見せない方がいいとも言えます。

 でもね、そうなると、客って奴は、勘繰るわけです。

 「なぜ、ここの先生は演奏しないの?」

 忘れがちな事だけれど、実は、発表会に来てくれる客と、コンサートの客って、客層が全然違います。特に子ども相手の音楽教室の場合は、顕著に違います。

 発表会の客ってのは、我が子だけにしか興味ない親と、義理でやってきた客が大半。演奏の善し悪しなど、実はよく分からないし、先生の演奏を、生徒と比べるから、たいていの演奏は神業にしか聞こえない。だから、講師自身が「あちゃー、やっちゃったよ(涙)」と思っていても、心の底から「あの先生、素晴らしい!」なんて思っていたりもします。

 まあ、発表会では、先生は先生の役割を果たしていれば、それでいいんだとも言えます。…で、発表会における先生の役割って、何?

 ステージマネージャー? ステージマネージャーだったら、ベテランの生徒さんや、事務職員に任せてもOKでしょ?

 音楽監督? それは事前の仕事だね。

 舞台袖でヤキモキするのが先生の仕事? んなわけないよね。

 じゃあ、発表会における先生の役割って、なんでしょうね?
 
 
 私なりの結論、発表会運営はビジネスです。講師演奏は良い宣伝です。宣伝チャンスをどう生かすかは、その教室の運営方針で決めるべきです。

P.S. 観客の立場からすれば、最後の最後にラスボスが登場してくれない事には、なんともカタルシスが解消されないものであります。そういう意味では、講師演奏が最後にないのは、なんとも始末に負えないものなんですよ。

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2013年9月19日 (木)

そうか、そういう手もあったのか!

 昨今“芸術の秋”って奴で、あちらこちらの市民会館やら文化センターやらで、アマチュア音楽家たちの発表会やら演奏会やらが開かれております。アマチュアさんの発表会は基本“無料公演”なので、私自身の勉強を兼ねて、割と気軽に拝見させてもらってます。昨日はあちらの公民館へ、今日は向こうのホールへ、明日はこちらのセンターへ…ってな具合で、ヒョイヒョイとお出かけ仕っておりやんす。

 ちなみに「すとんさんは、アマチュア音楽家たちの発表会を、どうしてそんなに知っているんですか?」と尋ねられる事がありますが、その理由は簡単ですよ。近所の市民会館やら文化センターやら公民館やらの行事予定をチェックするんですよ。で、これっていう発表会を見つけたら、そこにうかがうだけです。そんだけです。それでも、実にたくさんの発表会が毎週のように開催されているんですって。まあ、その大半は、ピアノか声楽で、たまにフルートやヴァイオリンの発表会がある…くらいかな?

 もちろん、音楽仲間のクチコミ・タレコミも大切な情報源ですけど、ふふ。

 で、先日も、そんなこんなで、アマチュア音楽家たちによる、ピアノ&声楽発表会らしきものを見つけた…と思ってください。で、そこに行った…と思ってください。

 会場に入る時に、しっかりと確認しました。いかにもありそうな名前の団体さんによる、ピアノと声楽の演奏会でした。まあ普通、こういう団体名ならば、十中八九、個人営業の音楽教室です。で、その教室では、ピアノと声楽の両方を教えていて、今回は、そこの生徒さんたちによる発表会…なんだと思いました。が…なのに、今回はちょっと勝手が違いました。

 例えば、プログラム。会場入りする時に、いわゆるプログラムって奴をいただくじゃないですか? で、それを見ると、なんか、ちょっと違う感じがしたんです。

 …ってか、出演者は、どう見ても、たったの二人なんですよ。ソプラノさんとピアノさんだけ。演奏曲目を見ると…大半は声楽曲。つまり、これってタイトルに偽りあり…ってか、誤解されやすいタイトルがついてますが、実はソプラノさんのソロリサイタルって奴に来ちゃったみたいなんです。

 あのいかにもな団体名は、一体、なんだったのでしょうか?

 無料公演で、しかも出演者個人名ではなく、いかにも音楽教室っぽい団体名で主宰された、ソプラノさんのソロリサイタル……なんか、変でしょ? どう考えても、不思議でしょ?

 ま、それはともかく。演奏時間は約2時間。もちろん、間に休憩は入るけれど、10分だけ。まあ、休憩後にピアノのソロ曲(20分程度の曲が1曲)が入るから、合わせると30分は休めるんだけれど。それにしても、なかなかのリサイタルです。

 演奏曲目にしても、盛りだくさんで、最初のコーナーが日本歌曲のコーナー。その次が合唱曲のコーナー(って、ソプラノ1人でどうやって歌うんでしょうね?)。次が外国曲…というか、ピアノ曲に日本語の訳詩を乗っけた歌を歌うコーナー。最後がオペラアリアのコーナー(結構重い曲ばかりです)。ううむ、これでもか~ってくらいの充実した…と言うか「ほんとにこれだけ歌えるの?」ってノリの選曲なんですよ。

 一体、これから何が行われるのか~って感じですよ、マジでね。これだけバラエティに富んだ曲が歌えるなんて、なかなか凄腕のソプラノさんのリサイタルに来ちゃったわけ? ええ、これは拾い物かもしれない…。

 で、ワクワクしながら、本番を待っていたわけです。

 時間になって、本番が始まりました。

 地味な服装のオバアチャン(失礼)と派手に着飾った若いピアニストさん(でも無表情)が出てきました。で、出てくるなり、オバアチャンの方が、おもむろに諸注意を始めました。普通なら、本番開始前に陰アナが話すような事です。曰く「携帯電話の電源はお切りください」とか「ホール内は飲食禁止です」とかね。

 で、諸注意が終わると、オバチャン、引っ込まずに「本日は、お足元の悪い中、ようこそいらっしゃいました」程度の短い挨拶をすると、そのまますぐに歌い始めました。ええ? あのオバチャンが、本日の主役のソプラノさんなの??

 だってサア、着ている衣装は、とてもステージ衣装とは思えないよ。さすがに普段着とは言わないけれど、いわゆる“訪問着?”レベルの衣装なんだよ。なので、私はてっきり、スタッフさんかと思ってました。だいたい、ピアニストさんの純白のドレスの方が全然派手と言うか、当然ソプラノさんはピアニストさんよりもド派手な衣装を来て、後から登場するものと思ってましたが……ピアニストさんに衣装で負けているソリストって何? って感じです。

 そして歌い始めた歌声は…実に合唱声(涙)でした。私、前から5列目ぐらいに座ったのですが、そこでなんとか聞ける程度の音量で、会場はさほど広くないホールだけれど、後ろまで絶対に声が届いていないだろうなあって感じの声でした。平べったいし、響きもないし、でも声量もないから、合唱では楽しくやれそうな声だけれど…ソロ歌手としては、あまりに足りなさ過ぎます。

 ちなみに、リズムも音程も、結構マイペースだったりします。そして、最初の曲から全身全霊の全力で歌い始めました。

 曲間に休憩やら曲紹介やらおしゃべりやらが入るのかと思えば、前の曲が終わると、間髪入れずに、すぐに次の曲のイントロをピアノが弾き始めると言う、ノンストップな演奏が繰り広げられました。

 なんなんですか? この演奏会は? 果たして、このペースで最後まで歌えるのでしょうか? だって、最後の方は、1曲歌うだけで、かなり消耗しそうなオペラアリアが群れを成しているんですって。一体、この人は何?

 すこし落ち着いて演奏者を観察しました。たぶん…ですよ? たぶんね。たぶん、今歌っているソプラノさんは…アマチュアさんでしょうね。まあ、プロ歌手が無料でリサイタルなんてするわけないのですから、そこから考えても、無料リサイタルを開催している段階で、歌い手はアマチュアだろうと推定できますが、歌の技量的に見ても、おそらくアマチュアさん、それも専門教育などは受けた事のない、ピュアなアマチュアさん…なんだろうと思います。声楽の個人レッスンも…おそらく受けた事、ないんじゃないかな?

 たぶん、正体は、どこぞの合唱団(それもおそらく女声合唱団)でブイブイ言わせている程度の人…じゃないかな? と言うのも、演奏曲が、いかにも女声合唱団でよく取り上げるタイプの曲ばかりなんです。で、それらの曲を合唱団ではなく、ソロで歌ってみましたって感じなんですよ。

 さらに言うと、発声は、そこの団の発声練習で学んだんじゃないかな? ソリストの発声とは色々と違うんですね。

 ピアニストさんは…おそらくソプラノさんの孫娘さんなんじゃないかな? それもまだ学生さん…なんだろうと思います。こちらは専門教育をきちんと受けていると思われますが、歌の伴奏は実に実に不慣れな感じです。歌い手さんの事を、ちっとも考えずに、ガンガンピアノ弾いている感じです。いや「ちっとも考えず~」には言い過ぎですね。歌手の歌うテンポには合わせようと苦心している様子は分かります。まあ、歌手の方は、実にフリーダムなテンポで歌ってますからね。でも、テンポを合わせようとはするけれど、息には合わせようとしない…と言うか、息を合わせるという発想がないんじゃないかって感じるピアノ伴奏でした。

 単純にピアニストとしての経験が不足しているだろうと思っただけです。

 会場をぐるりと見回してみると、お客さんの大半は、ソプラノさんと同年配の、いかにも“合唱をやっています”オーラ全開のお姉様方ばかりで…おそらくソプラノさんと同じ団の方々なんだろうなあって思いました。で、ウンと若い人たちも数人来ていて、そちらはおそらく、ピアニストさんのお友達関係なんだろうなあって思いました。

 まあ、身内や友人ばかりを集めて行った、オバアチャンのリサイタル…ってところだったのでしょうね。だったら、無料コンサートにせずに、関係者のみ観覧可能のクローズドなリサイタルにしておけばいいのに…(ぶつぶつ)。

 私、この日は睡眠たっぷりで元気はつらつだったにも関わらず、3曲目あたりから睡魔に襲われて、4曲目からは記憶がございません。で、記憶がないままに、前半のプログラムが終了してしまいました。

 いやあ、興味の持てない演奏会だと、熟睡してしまうのが私なんですよ。いやあ、上手とは言えない日本歌曲と、女声合唱団で歌うような合唱曲のメロディーだけを歌われちゃうと、私、寝るしかないじゃないですか? カラダって正直なんですよ。

 で、休憩になって、音が途切れたので、目をさましてみると、隣にいる妻が怒り心頭なんですよ。で、開口一発「帰ろう!」って言うじゃないですか?

 いやいやいやいや、君は何を言い出すんだい? 私は今の今まで気持ちよく寝ていたわけで、後半こそはバッチリと起きて、しっかり歌を聴くつもりでいるんだよ。なにしろ、後半にはオペラアリアが、これでもか~と言うくらい並んでいるわけだしさあ…。

 すると妻がアレコレ言い始めました。要約すると「これは無料であっても聞いてはいけない演奏会だ」って事らしいです。私はテノールなので、全然平気なんだけれど、ソプラノである妻にとっては、調子が崩れる…と言うか、ソプラノという楽器の調整が狂わされるような演奏…って言いたいみたいなんです。

 まあ、私も上手なテノールさんの歌を聴くと、その後、しばらくは発声の調子が良くなったり、今まで歌えなかった曲が歌えるようになり、逆に下手くそなテノールさんの歌を聞くと、しばらく歌はもちろん、発声すらできなくなったりするのですが、それと同じ事が妻の身の上にも起きているのだと察しました。

 なので、後半が聞けない残念さは残ったものの、妻の調子を守るために、前半でコンサートを切り上げて帰る事にしました。ああ、残念。私は、あのソプラノさんの夢遊病の女の長大なアリアを聞いてみたかったんだけれどなあ…。

 まあ、今回、我々は、そんな身内向けのコンサートに紛れてしまうという、とんだ失態を演じてしまったわけなんだけれど、それと知って聞くなら、これはこれで微笑ましくてアリかなって思いました。

 ソロリサイタルって、アマチュアはもちろん、プロ歌手だって、なかなか実現できませんよね。でも、一度はやってみたいでしょ? たとえアマチュア歌手であっても。でもね、プロでも実現が難しいのに、アマチュア歌手ならば、それは夢のまた夢であって、アマチュアにとっては、門下の発表会がせいぜい…って思いがちじゃないですか? いや、私もそう考えてました。

 でも、やれば、アマチュアだって、自分のリサイタルを開催できるんだなって思いました。

 確かに公共施設の小ホール程度なら、無料公演にすれば、安く借りられます。ジイチャンバアチャンになっていれば、身内もたくさんいますし、友人もそれなりにいます。会場がガラガラのスカスカって事にはならないでしょう。その年になれば、ピアノをたしなむ友人ぐらいいるでしょうし、孫の中にだって1人ぐらいはピアノが得意な子がいるでしょう。そういう人に伴奏は頼めるでしょうし、受付やら舞台裏のアレコレは、気の利く男の子(もちろん孫)にでも頼めばOKでしょう。いや、無料コンサートなんだから、受付なんていらないかもね。

 そう考えると、このソプラノさんのように、自分のリサイタルをやっちゃうってのは、アリかもしれません。人間なんだから、死ぬ前に、一度ぐらい、自分で自分の花道を作っちゃうっても、悪くない話だと思います。

 私も、年を取って、終わりが見え始めたら、ソロコンサートを開いちゃおうかな? いや、ウチの場合は、妻と一緒にデュオコンサートだな。無料公演なら、開催するにしても、大した金額もいらないし…。まあ、悪い発想ではないかな? ただし、見知らぬ人が紛れ込んでガッカリさせないような工夫は、何かしら必要だろうなあって思いますが。

 今回のリサイタルは、歌には全然感心しなかったけれど(ごめんなさい)、その手口には、すっかり心を奪われた私でございます。

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2013年9月18日 (水)

フルートよりもギターの方が、まだマシだった

 実はフルートデュエットの前日、ステージマネージャー氏がやってきた話は書きましたが、これは私たちの練習風景を彼が見て、本番当日のマイクやライトの設定をどうするかなどの相談するための来訪だったわけです。まあ、その件は横に置いといて…。

 我々の後に、ステージマネージャー氏が見に行ったのが、パンク系?バンドでして、ここでも練習を見ながら、我々フルートデュエット同様に、マイクやらライトやらの設定の相談をしようとしたわけなんです。

 でも、そのバンド、本番前日だと言うのに、メンバーが揃っていなくて、練習というか、打ち合わせが出来なかったのです。

 そのバンドは、ギターとドラムスとベースとヴォーカルという編成だったのですが、ギター氏がいない。なんでも、フラっと飲みに行ってしまって(おい!)、前日練習欠席なんだそうです。で、さすがに、この編成でギターがいないのでは、練習にならない。だけれど、前日なので、やらないわけにもいかないし、やらなきゃマイクやらライトやらのセッティングも出来ない。困ってました。

 そこに何気に…と言うか、他の演奏者のリハーサルを見るのが大好きな私が、そのバンドの練習を見にやってきた…というわけです。

 すかさず「すとんさん、ギター弾いてくれませんか?」とあっちのバンマス(ドラム氏)に頼まれました。

 ええと…いきなりですか? 私、たぶん、ここ数年、ギターにも触っていないんですけれど…。

 でもね、困っている人を見て、助けないのは漢じゃないですからね。頭も下げられたら、やるしかないじゃないですか? やりましたよ、私。

 曲は数曲あり、楽譜が渡されました。まあ、パンク系の音楽ですから、コード進行的には全然難しくないです。ギターの音は、思い切り歪ませてますから、多少のミスタッチも気になりません。まあ、なんとかなるかなって思いました。

 実際の演奏は…彼らは楽譜どおりに演奏しない(笑)んですね。まあ、分かっちゃいましたが、楽譜は単なる目安であって、基本的には耳で聞きながら、アドリブかましながらの演奏となりました。ま、はっきり言っちゃえば、試行錯誤しながらの演奏って…あんまり格好良くないですね。

 いくら楽譜どおりには演奏しないとは言え、1~2回も通せば、だいたい何をやりたいのかは分かりますので、3回目くらいには、息もバッチリに演奏できました。

 いやあ、楽しい。久しぶりだったので、左手が痛い…と言うか、弦が明らかに指に食い込んでますが、その痛みを忘れるほどに楽しかったです。バッキングはもちろん、要所要所では、チョロッとリフなんかも入れてみて、ううむ、充実のバンド演奏となりました。

 バンドの皆には感謝されました。バンマス氏には、本来のギタリストを追い出すから、私にバンドに入ってくれないとも言われました。ま、今回の私はフルートデュエットでいっぱいいっぱいだし、若者たちの集団に混ざるほどの場をわきまえないオジサンではないし、パンク系の音楽はガラではないので、断りました。

 しかし、こんな錆び付いた腕前ですが、まだまだ需要があるみたいです。必要とされているって感じることは、とてもうれしいことです。

 ギターを演奏して思いました。私、ギターなら、そこそこ弾けるんだな。アマチュアバンドなら、なんとかやれる程度の腕前があるんだな…ってね。さすがは“昔取った杵柄”って奴だな。

 実は私、ギターなんて、きちんと習った事ないんですよ。中学2~3年(すっげ~昔の話で申し訳ない)の時かな? 実質約1年ほど、当時のクラスメートたちとバンドを組んだので、そこでちょっと真剣にギターを弾いたくらいで、それ以来、まともにギターなんてやっていない程度の経歴なのに、ここ6年間、真面目に毎日のように練習しているフルートよりも上手って、どういうこと?

 いや、書き方を間違えましたね。ここ6年ほど真面目にやっているのに、どうしてフルートは、若い時、ちょっとだけ遊び半分でやったギターほど、上達しないのでしょうか?

 若い時の1年は、年取ってからの6年よりも、密度が高くて、時間としての価値がある…って事なんだろうと思いました。今の年齢の6年間の価値なんて、若い時に1年にも満たないって事で、若さって、それだけで才能なんだなって思いました。

 若者はみな天才である…って思いますよ。でも、若者自身にはその自覚がなく、若さを浪費してしまい、年をとって、その才能を失って始めて、若さの価値を知るんだと思います。

 人生、そんなモンだよな。

 遊び半分のギターの腕前に追いつき追い越すためには、私はフルートを何年真剣に学ばなければならないのでしょうか…なんて考えると、ちょっぴり焦りますし、無為に過ぎ去った若き日々って奴を恨みますよ。

 まあ、恨んだからと言って、何も解決なんてしないんですけれどね。

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2013年9月17日 (火)

で、フルートデュエットは本番を迎えたわけです

 本番を迎えました…と言っても、本来の予定では、前日にやるはずだったのですが、主催者側の都合で日をズラして出演することになりました。この出演日がズレたと言うのは、何気に痛手でした。

 本番当日も、ギリギリまで忙しく働いておりましたので、後輩君と顔を合わせたのは、本当に本番の数分前って感じでした。顔を合わせて、すぐに楽器を組み立てて、チューニングと簡単な合わせをやりました

 直前の合わせは、場所も無かったので、屋外でやりました。屋外での演奏って…解放感があって、いいですね。一通り合わせて、会場入りしました。主催者に挨拶をして、楽屋代わりのスペースに案内され「次の次に出演だから…」と言われました。つまり、本番ギリギリの会場入りって奴です(汗)。

 会場は、いわゆる体育館です。すべての窓を塞いで真っ暗にしてあります。当然、換気も良くないので、中はムンムンです。この日の外気温が約30度でしたから、室内は…考えたくもないですね。

 楽屋代わりのスペースとは言え、別に特別なスペースはなく、舞台のすぐそばに衝立で仕切られているだけの場所。当然、真っ暗です。舞台の明かり(それも結構暗いです。イメージとしては…ライブハウスみたいな感じ)しか照明が無いって感じの、実に実にクラシック音楽とは異質な会場です。

 昨日だったら、演奏会場はホールだったし、生音演奏だったし、他の出演者もジャズやクラシック系だったので、本当はそっちでやりたかったのですが、なぜかこっちに回されてしまいました。すっごい、場違いな感じを受けました。でも、ここでやれってわけですから、仕方ないです。

 やがて、我々の出演順になりました。

 いやあ、ライトは下からしか、あててもらえないだね。上からの光が無いため、舞台の上はほんと真っ暗です。楽譜と譜面台を持ち込んだものの、何も見えません(涙)。観客はギャーギャー騒いで、すごく興奮状態で、とても賑やかです。フルートの音も、もちろん、生ではなくマイクを通しての演奏となります。

 始めろ、という合図が来たので、自己紹介をしつつ、軽いギャグ(寒いギャグ?)をちょっと言ってから演奏に入りました。最初は「メリー・ウィドウ・ワルツ」でした。

 案の定、舞台では、それまでパンクロックだったり、デスメタルなどをやっていたわけで、そこにフルートでクラシックですから…案の定、客席から失笑されました。「つまんねー」とか大きな声で言ってくれる人もいます。…凹みますね。そんなに大きなミスはしなかったつもりだけれど、観客のウケは極めて悪かったです、そりゃあそうだよね。

 間にMCを入れて、二曲目の「恋するフォーチュン・クッキー」をやりました。ちなみに、MCは私がやりました。まあ、亀の甲より年の功って奴です。

 さすがに、AKBはクラシックなんかよりも、ずっとずっとウケが良かったです。私のフルートに合わせて、手拍子、足拍子が生まれ、歌ってくれる人たちもいましたが、当然、一方では「つまんねーぞー」という正直な感想を大きな声でわざわざ叫んでくれる客もいました。…凹むなあ。

 なんかもう、頭の中がグルグルするは、明らかに会場から浮いていることを感じるし、歓迎されていないのは歴然としているし…本当は2コーラスやる予定だったけれど、1コーラスで止めちゃったよ。はい、演奏中に心が折れたわけです。

 演奏を終えて、満面の笑みを浮かべて「ここまで聞いてくれて、ありがとう~」と叫んで、舞台から降りました。

 「…絶対に、来年はリベンジだ! 倍返しだ!…」 そう、後輩君と誓いました。後輩君は「彼らを見返すために、来年は難曲に挑みましょう」と言ってたけれど「いやいや、難曲よりも、簡単な曲を完璧に仕上げる方向で頑張ろうよ」と言っておきました。どっちにしても、来年の話だけれどね。

 ああ、悔しい。

 それにしても、あれが本当の“アウェー”って奴だね。ライブハウスでワルツを演奏したら、そりゃあ浮くよねえ…。

 来年もまた体育館でのライブハウス状態の中での演奏かもしれないけれど、こうなったら、ライブハウスでのクラシックって事で、こっちも意地を張ってやる…なんてね。

 ああ、悔しい。やはり、クラシック系の音楽は、落ち着いた客前でのホール演奏がいいですよ。ライブハウスのような、汗にまみれて興奮状態の場では、似合わないって。

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2013年9月16日 (月)

本番直前(だった)フルートデュエット!

 リアルな話、懸案だったフルートデュエットは、すでに本番を終えました。色々と反省すべき点はありますが、それらについて、いよいよ順序立ててブログに書いていこうと思いますので、まずは、当日を迎えるまでの練習の日々だったあたりから、書き始めてみたいと思います。

 本番一週間ぐらい前から「いよいよ、本番も間近に迫ってきた!」と言うので「せめて最後の一週間くらいは、毎日練習をしようか?」と、何となく二人の意見もまとまってきたので、毎日、チマチマと時間を見つけて練習をする事にしました。

 とは言え、お互い、忙しい身なのです。勤務の休憩時間中に練習できればいいのですが、なかなかそういうわけにもいかず、退勤時間後でも忙しくて、絶賛サービス残業中なので、夜になっても、二人とも職場でウロウロしているわけなんですが、そんなウロウロの状態で顔を合わせた時に「今から練習できる?」と互いに尋ね合い、たまたま時間が合っていたら、そこから小部屋に移動して、20分前後合わせる。そんな毎日をチマチマと過ごしました。

 使用フルートは…後輩君は一本フルートを持っていないので、それで決まりですが、私は複数持っているので、どの子を使用しようかと色々と悩みました。やはり慣れとか吹きやすさを考えると、普段遣いの総銀フルートのアゲハが一番いいに決まってます。でもね、演奏場所が別にホールとかじゃないし、当日、ゴッチャグッチャの中での演奏って事を考えると、楽器を落としたりぶつけたりと言った事も当然あるわけで、そういう危険がある事を考慮すると、総銀フルートはおっかないって事になりました。

 で、次に考えたのが、中国一万円フルートであるチャイナ娘。これなら「別に壊れても平気だから…」と思って、練習で使ってみたら、吹きづらくはないものの、やっぱり音程が結構音痴なので、悩みました。やはり、この子は、楽器と言うよりも、楽器のカタチをしたオモチャなんだと思います。特に今回は、デュオだから、私、低音域を吹く事が多いけれど、チャイナ娘だと、低音はちっとも音にならないので、その点も悩みな点です。

 で、その次に考えたのが、プラ管フルートのプラ子さん。これも「別に壊れても平気だから…」なフルートだし、軽いし(意外な事に)音程も良いし、音色もなかなかだし、見かけがチャッチイ事さえ除けば、実用の範囲の楽器なので、色々と悩んだ結果、今回のフルートデュオはプラ子で演奏する事にしました。

 後輩君は…キャリア半年とは思えないほどに頑張ってます。だから、息が浅くて、メロディーがぶつ切りなのも許します。スラー丸無視も許します。吹いているうちにドンドンピッチがうわずっていくのも許します。フルートを始めて間もないのに、人前で演奏するという、その度胸に免じて(褒めてます)、なんでもかんでも許してあげる気になっている私でした。

 だいたい、キャリア半年だった頃、私には彼ほどの技量もなかったと思うし、舞台度胸も無かったと思います。それを考えれば、実に後輩君は、素晴らしい奴です。

 まあ、なんでもかんでも許していましたが、でもそれは現状のままでいいと言う意味では、もちろん、ないので、練習の時には、ちょっとした事を、ひと言ふた言アドヴァイスまがいの事はしたけれど…ね。

 それにしても、チューニングしてピアノ的な音程を合わせても、実際に二人の響きが良くなるまでは、多少時間がかかりました。理屈で言えば、基音の音程が合っていても、倍音が違っていると、きれいにハモらない…わけだけれど、まあ、そういうよりも練習を重ねるごとに、二人の音色が近づいてきて、よりキレイになってきた…と言った方が良いかな? そういう意味では、練習って奴は、した方がいいね。

 本番に際し、当初予定では2曲演奏するつもりだったので、申請した演奏時間は約10分です。しかし、実際に練習を始めて「ロンドンデリーの歌」を辞め、「メリー・ウィドウ・ワルツ」1曲だけにしたわけですが、それでは、とても演奏時間的には足りないのです。かと言って「ロンドンデリーの歌」に代えて、もう一曲別のフルートデュオを増やすわけには(後輩君の力量的に)無理があるので、どうしようかと悩みました。その結果、先輩である私が責任をとる事にし、私のソロフルートで乗り切ろうという事にしました。彼にはマラカスなどのパーカッションを担当してもらえば、選曲の幅もグっと広がるわけです。そうだ、そうしよう! と言うわけで、本番約一週間前で、選曲に取りかかりました。

 どうせやるなら、客に媚びた曲の方がいいし、最新の流行り歌ならなおいいでしょうと言う事で、選んだのが「恋するフォーチュン・クッキー」という曲。AKBの割と最近のシングル曲。あんまり最近すぎて、この曲にしようと決めた時には、まだピースも販売されていなかったくらい新しい曲でした。譜面が掲載されているピアノ雑誌を見つけたので、そこからメロディーを書き写して、練習しました。

 歌の曲だから、基本的にはそんなに難しくないのだけれど、ニ長調で、メロディーの作り方がクラシックとは全然違うので、ミ-ファ#のトリルとか、レ-ド#のトリルとかが、結構多用されていて、吹いていて、なんか面倒でした。そういうのって、ピアノや歌だと簡単だけれど、フルートだと嫌なトリルなんですよね。結局、アルテ1巻程度の腕前では、とても正規運指では対応できず、どちらのトリルも替え指で対応しました(ちょっと残念)。

 そんなこんなで数回の練習を経た、ある日の事、急に音楽が遅れだすようになりました。「むむ?」と思った私は後輩君に「もしかすると、こっち(私)の音を聞いてる?」と尋ねたら「はい、デュエットだから、なるべく相手の音を聞いて合わせようと思って…」と答えました。なるほどね、だから遅れるわけだ。

 初心者の頃って「相手の音を聞いて~」と言われると、本当に音を聞いちゃうんだよね。で、リアルに相手の音を耳で聞いて、その音に自分の音を合わせて演奏するわけだから、当然、相手の演奏に対してコンマ何秒か遅れるわけで、それが重なっていくと、ドンドン音楽が遅れてくるわけです。「相手の音を聞く…」というのは、本当はそういう意味じゃなくて、息を合わせるとか、聞いた音から推測して、先回りして正しいタイミングで演奏するとか…そういう意味なんだけれど…それを初心者である今の彼に言っても無理なので、私が彼の音を聞いて、テンポや音程や音色を合わせていくので、彼はこちらを気にせずに、自分なりに自由に吹きなさいと言ってみました。それをしてもらうと、良い感じで音楽が流れるようになりました。

 そんな感じで、ちょっと詰めて練習して、本番前日になりました。前日は、ステージマネージャーさんと本番の打ち合わせをしました。

 で、マネージャーさんの前で本番通り演奏してみたんだけれど…そうしたら「それで人前に出るつもり?」と言われちゃいました。厳しいねえ~。

 「上手いに越した事はないし、余興なんだから、下手なら下手で結構なんだけれど、中途半端に下手って言うのは、聞いていて痛いんだよね」との事。

 …中途半端に下手…。まあ、これは初心者である後輩君ではなく(彼はリアルに下手なので、問題ないんです)、私の事だね。

 「中途半端に下手な演奏は、聞いていて“痛い”んですよ」とも言われました。まあ、言葉の真意は分かるけれど、じゃあ一体どうすればいいんだい?って話になります。

 「“痛い”演奏は舞台に出せないという方針なら、今回は、降りるよ」と言ってやりました。マネージャー氏は、別にそういう意味ではなく、今すぐ上手くなれないかという意味で言ったらしいのですが、別に手を抜いていたり、気を抜いていたりしているわけじゃないし、いますぐ上手くなれるものなら、すぐに上手になってみせるわけで、それが出来たら、別に苦労など何もないんですよ、それができないから苦労しているわけだけれど………、そんな泣き言はステージマネージャー氏的には、何の関係もありません。

 結局、MCを多めに入れる事と、バックダンサーを用意して演奏の痛さをカバーしましょうって事になりました。まあ、それはそれで良いか。もっとも、バックダンサーうんぬんの件は、反故にされちゃいましたけれど(爆)。

 で、本番を迎えたわけです。本番の話は、また明日。

P.S. 今回は音源ありません。念のため。

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2013年9月15日 (日)

ああ、カセットテープ

 今週は忙しくて、ついうっかり体重を測定し忘れてしまったので、ダイエット記録は無しです。さっそく、今週のエッセイに入ります。
 
 
 「…カセットテープの、再生環境って、まだあったかな?」

 先日、部屋の片づけをしていた時に、あふれるカセットテープを見て、そんな事を考えました。で、探したところ、現在、稼働するかどうかは不明だけれど、古いソニーのダブルデッキを見つけたので、ちょっぴり安心しました。これで一応、テープを再生できる…かもしれない、って思いました。

 まあ、本当に再生できるかどうかは、テープをデッキに入れて試してみれば良いのだろうけれど、そこまで積極的になれなかったんで、放置です(笑)。

 私のおニューなパソコンにはFDDは付いてません。今となっては「それでいいや」って思ってます。

 実は私、昔のメールやパソコン通信(古い!)のログを3.5インチのFDで保存しておいたのですが、それって、たとえFDDがあっても、もう使えないんだよね…なぜなら、FDの磁気自体が飛んでしまって、情報が雲散霧消してしまったから(涙)。

 一応、昔、試した事があるんですよ。

 なのに、まだ未練がましくFDそのものは、持っています。人間って不思議ですね。情報が蒸発してしまったFDなんて、ただのプラスチックの板でしかなく、そこに記録されていたはずの情報は、もうそこに無いにも関わらず、かつてそこに入っていた情報に対する愛着だけが残っていて、その情報の脱け殻であるFDを捨てきれずにいるんです。

 カセットテープもきっと磁気が飛んでしまって、同じような状態なんじゃないかな…って思うと、実際に音が出るのかどうか、試すのが怖いです。とにかく、昔からの色々な音声記録が録音されている大切なカセットテープもあるわけですから…。

 だって、たとえカセットテープの磁気が飛んでしまって、そこにあった音声記録そのものがなくなったとしても、そのテープに張られたラベルと共に、かつてそこに入っていた情報に対する愛着は無くならないのですから。

 まあ、もっとも、カセットテープの磁気が飛んでいようと飛んでいなかろうと、それらをわざわざ再生して楽しむ時間的な余裕が今の私にはないのですがら、そこにこだわるだけ無駄なのかもしれません(笑)。言えることは、磁気による記録媒体って、実に不安定で、経年劣化しやすいって事を、私は、身を以て知っているって事です。

 FDは磁気媒体だから、情報の経年劣化が激しいと、ついつい嘆いてしまうけれど、磁気を使っていないCDなども、音楽CDはともかく(これはまだまだ利用できます)、パソコン関係のCDはもうダメだなあって思ってます。

 私の部屋にたくさん転がっている、Windows98用の古いアプリのインストールディスクなんて、もはや何の役にも立たないですよ。いや、Windows8時代になった現在、ついこの前まで使っていたWindowsXP用アプリのCDだって、すでに存在意味がなくなっています。

 記録媒体も不安定だけれど、情報そのものが古くなってしまう速度も、無視できないほどに速いんです。

 写真のデータなんかは、MOディスクに山ほど保存してあるけれど、あれって大丈夫かな? 光磁気ってやつだけれど、磁気はやがて飛んでしまうし、光の部分だって、どんどん変色してしまうでしょ…って、それ以前にもはやドライブがダメか(笑)。私が持っているMOのドライブって、SCSIだもんな(爆)。一応、SCSI-USB変換ケーブルも持っているけれど、こいつのドライバはWindows8に対応していないから、もはやSCSIの機器は利用できないわけだ。へへへ(涙)。

 アナログの…って言うのかな? 昔のビニール製の30cmのLPレコードってまだ持ってます。同じ音源はすでにCD化されたものを所有していますから、プレイヤを利用する機会もなく、すでに納戸にしまって10年以上経ってます。まだ、使えるかな? レコードそのものも場所をふさぐし、そろそろ廃棄かな。

 数枚持っているMDはそもそもプレイヤーを持ってませんから、これも持っていても意味ないのです(でも、今年もきっと、クラシックコンサートの公式音源はMDで配布なんだろうなあ…。今どき、MDをメインで使っている人なんて、いるのかしら?)。

 レコード以上に場所をふさいでいるVHSのビデオテープは、どうしましょうね。実は私、昔、エアチェックしたオペラのビデオテープをたくさん持っています。なかなか販売されないレアなオペラも録画してあるんです。昔は、NHK-BS2(今はもう無い放送局ですね)で放送されたオペラをエアチェックして、毎週のように見ていたんです。その頃に取りだめたビデオなんですが、実際に私が目を通したのは、その中の半分にも足りません。オペラって、見るのに時間がかかるんですよね。だから、放送されたビデオを録画する速度に比べ、視聴が追いつかなかったわけだけれど、いつかやがて見れるだろうと信じて、当時はせっせとビデオテープを買ってきては、録画し、ラベル貼りをしていたわけですが、今となっては、ビデオデッキそのものを、納戸にしまっちゃいました。今は、オペラ鑑賞はDVDを見るか、生のステージを見るか、映画館でのライブビューイングで見てますので、昔のビデオに録画されたオペラを見る余裕がありません。

 それにだいだい、これらのビデオテープ、ビデオデッキで再生したところで、今のテレビと接続できるのかな? いや、仮に接続できて再生できたとしても、今の地デジやDVDを見慣れた目で見て、鑑賞にたえる事ができるかな? DVDであっても、1980年代に製作されたものは、見るのに辛抱が必要な画質だったりするじゃない。それを考えると、いくら貴重な公演記録とは言え、ビデオテープは、廃棄しちゃった方がいいのかしら?

 そうそう、フィルムはダメだね。昔の写真のフィルムとか、8mmフィルム(動画だよ)ってやつは、十数年ぶりに缶から取り出したら、溶けてたり、ベチョベチョになっていたり、カビが生えてたりして、大半が使い物になりませんでした。もちろん、紙焼きした写真も、カラー写真なんかは、とっくの昔に色褪せてしまって、ほぼセピアな白黒写真になっちゃってます。

 んな事をつらつらと考えると、紙の本って最強だね。

 30年前に買った本だって、当時のまま、今でも読める。親が若い時に買った本(60年以上前だ!)も、全然読める。古書店で購入した古い古い本だって読めるよね。まあ、物理的に本が壊れてしまえば、話は別だけれど、本棚に入れておけば、そうヘマな事はないわけで、そういう意味では紙の本って、情報の保存性が高いね。

 なにしろ、私が昔書いた論文などの類も、紙媒体で保存してあるものは、今でも参照できるけれど、デジタル化した情報は、その記録媒体が5インチディスクと言うこともあるけれど、とっくの昔の参照できなくなっています。

 紙、つえー。デジタル、よえー。

 とりあえず、紙、最強って事でいいよね。

 蛇足。今のところ、安定しているように見える、CDやDVDなどの光記録媒体って、どれくらい持つんでしょうね。工場などでプレスされた商業用のCDやDVDはそれなりに持ちそうだけれど、いわゆるCD-Rなどの記録可能媒体に保存された情報って、どれくらい持つんだろうか? FDほどの脆弱性は無いとしても、情報を安易に書き込めるって事は、安易に消去されちゃうって事だからね。安心なんてできません。

 てなわけで、文字情報は本として記録する事が出来るけれど、音声データとか画像データとかって、有効な保存方法が無いって考えてもよさそうだね。つまり、大切な思い出は、人の心の中にしか保存できない…って事かな?

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2013年9月14日 (土)

なぜみんな、巨大化するのか?

 なぜなんでしょうね? ほんと、不思議です。

 余所の家の金魚ちゃんたちは、実に小柄でかわいらしいです。いや「かわいらしい」という言葉の意味の何割かは「小柄である」というニュアンスが含まれていると思います。

 ウチの子たちだって、お店からやってきた当初は、みんな小柄でかわいいんですよ。

 なのに、ウチに来て、数カ月も経つと、ドデーンと大きくなっちゃいます。

 「ペットは飼い主に似るものだ」と言われれば、その通りでしょう。私は確かに、大きくて、大柄で、デブです。そんな私が飼っているのだから、金魚もデブになる?

 実は、エサをあげるなどの日常の世話をしているのは、私ではなく妻です。私は、金魚の水替えとか、水草のトリートメントとか、金魚たちの健康管理(ってか、病気になった時の治療)とかをやっているだけで、普段の面倒は妻が見ているので、飼い主度というのがあったら、私よりも妻の方が、よっぽど飼い主っぽいです。

 ちなみに、私の妻は小柄でちっちゃいタイプの人です。だから、ペットが飼い主に似るのだとしたら、ウチの金魚たちは、小柄で小さいままなはずなんですよ。

 それなのに、どうして、巨大化するのか?

 色々と考えてみました。で、一つの解答にたどり着きました。それは「金魚界では、カラダが大きいほど、水槽内カーストが上」って事なんじゃないかな。

 ただ、金魚という魚はやたらと巨大化する生き物ではないし、居住空間に制限のある水槽で生活しているわけだから、巨大化する事は、ある意味、生きづらくなるはずなんです。ですから、そのあたりのバランスをとって、その水槽の中にいる金魚として、一番大きなカラダを目指す…というのがあるんじゃないかなって思います。

 と言うのも、金魚の飼育を再開した当初は、どの金魚も小さくて、その小ささで結構安定していました。金魚たちは、無駄に大きくなろうとはしませんでした。

 やがてその中にも大小の差が出てきます。まあ、その差なんて、今思えば小さいものですし、当時「大きいなあ…」と思った金魚も、今の観点で見れば、全くのチビ金魚だったりします。

 とにかく金魚は、その水槽で一番大きくなる事を目指します。

 金魚も数年飼っていると、魚たちの入れ代わりがあります。新しい子が入ってくれば、当然水槽には先輩金魚がいるわけで、新しい子たちは、その先輩金魚よりも大きくなろうと頑張ります。先輩金魚よりも大きくなる前に星になってしまう子もいますが、その一方で、先輩金魚よりも大きくなってブイブイ言わせる子も出てきます。それを何代に渡って繰り返していくと、やがて“水槽の中で一番大きな金魚”のサイズがドンドン大きくなってしまったのでしょう。

 そして、今日にいたるわけです。

 サクラ、デカイですよ。ナゴンもキキョウもホノカだって巨大ですよ。なにしろ、45cm水槽なのに、この4匹がいるだけで狭く感じますもの。昔は30cm水槽に金魚を6匹いれても、スカスカに感じていたのにねえ…。

 たぶん我が家も、一度に全部の金魚たちを入れ換えたら、また小さくてかわいい子たちの水槽に戻れるとは思うけれど、今の子たちは、巨大魚だけれど、それはそれでかわいいから、一斉に水槽の中身を交換するってわけにはいきませんね。

 でも、金魚が人の拳よりも大きくなると、なんか“金魚”って感じがしなくなるんだよねえ…。

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2013年9月13日 (金)

夢は「自分のホールでの演奏を、生で客席から聞くこと」

 フルートのレッスンに行ってきました。今週も遅刻…と書くだけ野暮ですね。ほんと、最近はレッスンを遅刻する事が多くなってきたので、全然姉様と会えません。会うのが楽しみ…ってわけではない(失礼)のですが、でも会えないのは、ちょっと寂しいです。

 で、私が遅刻して教室に入ると、先生は読書中でした。先生が読書している時は、自分のフルートの練習を終え、コーヒーも飲み終えて、いよいよ時間が余りました…って時に本をお読みになるので、読書している先生を見かけたら…かなり待たせてしまった事になります。も、申し訳ない(汗)。

 私が入室して、フルートを組み立てている間ももどかしいようで、さっさと基準音を吹いて、ロングトーンの練習です。今日は“だいたい合っているけれど、紙一枚分の違和感がある”って感じのハモリになりました。許容範囲と言えばそうかもしれないけれど、ビシっと合う時は合うので、なんかちょっと残念でした。

 宿題になっていた、アルテ15課9章dis-mollの8番「dis-mollのスケールとアルペジオ」は合格です。しかし、ダブルシャープっての? ドなのに指はレってのは、やっぱり慣れないね。全くもぉ~。

 次回までの宿題は、いよいよ最後の章、10章になります。ふふ、終わりが見えてきたぜぃ! 15課10章はGes-durから始まります。「Ges-durのロングトーン」と1番「音階準備練習」です。Ges-durは9章でやったFis-durと指は全く同じです。だから、目をつぶってやれば出来なくはないのですが、ここで肝心なのは、しっかり楽譜を見つめながら吹く事なんだそうです。ソbの時に、頭はしっかり“ソ”と認識しつつも、指はしっかり“Fis”を吹く…という練習をするわけです。ううむ、なんかややこしいです。出来るかな?

 さて、ガリボルディは、今回から、プチ・エチュードです。

 「何番ですか?」

 「1番です」

 「何調ですか?」

 「ハ長調です」

 「では、スケールとアルベジオを吹きなさい」と突然言われました? え? “スケールとアルベジオ”?

 「アルテでやっている奴と同じリズムでどうぞ」と言われて合点です。ああ、例のやつね。

 まあ、ハ長調ですから、何の迷いもなくやれました(良かった!)。どうやら、プチ・エチュードの時は、これから毎回、スケールとアルベジオを儀式的にやるようになるのかな?

 とにかく、プチ・エチュードの1番です。さっそく吹き始めて、色々とダメ出しがありました。

 まず「スラーの最後の音はディミニュエンドにして、消えるように音を抜いて吹く」を注意されました。ああ、以前からよく注意されているアレですね(涙)。

 二番目に「中音のレ-ド#-レというフレーズの時は、ド#は正規運指ではなく、替え指を使いなさい」と言われました。で、どういう替え指かと言うと“中音レの運指から、右手はそのままに、左手だけを全解放する”という替え指。

 なぜ、この替え指を使うのかと言うと、1)正規の運指よりも楽器が安定して吹きやすい。2)音色的にこちらの替え指の方が、この場合は良い。…の二つの理由からなんだそうです。

 とくに2)の理由が大切なんだそうです。ド#と言うのは、フルートのホールを全解放して出す音で、いわば、弦楽器の解放弦みたいなもので、音色的に虚ろで薄っぺらいわけです。おまけに音程的にややうわずる傾向がある音なので、替え指を使うことで、音色に実が入る事と、音程的にやや低くなるので、バカっぽい音になりづらいという理由があるそうです。

 ただし、この替え指は、あくまでも“レ-ド#-レ”の時だけの使用に留めないといけないそうです。

 三番目に「強拍と弱拍を吹き分けなさい」とも言われました。つまり“ビートを感じて吹け!”って事ですね。裏拍の音は、それがたとえ高音であっても、やさしく吹かないといけないのです。

 四番目に「息はまっすぐに吹くこと。息の強弱で音のアクセントをつけてはいけない。音のアクセントは、あくまでもタンギングでつける事」と言われました。そして「タンギングは美しく。乱暴なタンギングなんてダメです」とも言われました(グサっ!)

 五番目に「スタッカートは、もっと弾むように吹くこと」とも言われました。滑らかなスラーに対して、弾むスタッカートなんだそうです。

 ああ、難しい。プチになってから、注文が急に増えたような気がする…。でも頑張るよ、私。

 さて、雑談。先生には夢と言うか、ぜひやってみたい事があるんだそうです。それは「自分のホールでの演奏を、生で客席から聞くこと」なんだそうです。

 つまり、録音などではなく、自分の生演奏を聞いてみたいんだそうです。それもホールで演奏しているのを、客席にいながら聞きたいんだそうです。

 …無理ですね(笑)。でも、気持ちは分かります。録音じゃ不満足なんでしょうね。

 「録音なんてしたら、誰の音でもみんな一緒になっちゃうでしょ? おまけに最近の録音はエンジニアが演奏の傷やクセを修正するから、録音だけ聞いていると、誰の演奏だか分からなくなっているでしょ」なんだそうです。

 確かに録音で慣れ親しんだ奏者のライブを聞きに行くと、ライブの音はCDの音とはまるっきり違うなんて…日常茶飯事ですね。私のようなアマチュアですら、ライブとCDの音の違いが分かるんですから、プロ音楽家の先生の耳なら、丸分かりなわけなんです。だから、先生はあまり録音というものを信用していないのだそうです。

 「若い時は、たくさん録音したけれど、どれもこれも録音されちゃうと、自分じゃないようなするんだよね。自分らしさがちっとも録音されないんだ。それはきっと、音楽ってやつが“一過性の芸術”だからなんだろうと思う。一過性のモノをむりやり保存しようとしても、それは無理というものなんだろうね」と深い話をされてました。だから、今では頼まれても録音はしたくないのだそうです。

 演奏者と観客の…一期一会…を大切にしたいんだそうです。

 だから、先生の夢は「自分のホールでの演奏を、生で客席から聞くこと」なんです。見果てぬ夢ですが、それを望む先生のお気持ち、なんか分かるような気がします。

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2013年9月12日 (木)

次の本番のご案内です

 先日、またまた、見知らぬ人の声楽発表会に行ってきました。どうも、夏~秋は音楽関係の発表会の季節らしく、あっちこっちで声楽の発表会が行われますので、私のスケジュールさえ合えば、勉強になりますので、それらの発表会を、なるべく見に行くように心がけています。

 というわけで、またまた、見知らぬ人の声楽発表会に行ったわけです。

 今回の出演者さんたちは、オトナの女性ばかりでしたが、なんか皆さん、すごいんです。歌うのは大曲ばかりだし、技術的にも、声的にも立派なんですよ。なんか、無料で聞いては申し訳ない感じがしました。

 で、そんな“クチ、ポカーン”の状態になって、その発表会は終わったのですが、その発表会で、珍しい人と出会いました。その人とは、クラシックコンサートで私たちの伴奏をお願いしたピアニストさんです。

 なぜ、声楽発表会の客席にピアニストさんが…?

 ちなみに、今回のピアニストさんは、昨年のクラシックコンサートで伴奏してくれたピアニストさんとは違う方です。昨年の方にお願いできれば良かったのですが、昨年の方は、現在、海外に行っちゃってるので、頼めなかったのです。で、今回は、そんなピンチの時に、よく助けてくれるピアニストさんに頼みました。ちなみに、彼女、アマチュアさんなんですが、そこらのプロよりもピアノが弾けるという希有な腕前のピアニストさんなんです。

 歌の発表会でピアニストさんと出会うというのも、不思議な話なので、なぜこの発表会に来ているのかと尋ねたら、実はピアニストさん、最近、歌を習い始めたのだそうです。で、彼女が習っている先生が、今回の発表会に出演しているので、その応援に来たのだそうです。

 それどころか、この発表会、いわゆる、大先生の教室の発表会であって、出演者は皆、音大卒業生で、現在音楽関係の仕事をしている人たち(つまりオールプロ?)ってわけなんです。…って事は、観客席にいるたくさんの人たちは、出演者の方々の生徒さんたちばかり? そりゃあ、上手なはずだよね。

 世の中には、実に色々な発表会って奴があるもんです。

 せっかくピアニストさんと会えたので、クラシックコンサートについて、色々と打ち合わせてみました。彼女はアマチュアながら、色々な声楽家の伴奏や合唱の練習ピアニストなどをやってきた人で、歌には結構詳しい人なのですが、それでも、チマーラは始めての曲なのだそうで、楽譜を見ても、全然ピンと来ないそうなんですね。だから、ソロソロと曲の雰囲気を伝えてみました。

 「忘れな草」はよく知っている曲ですが、知っているからこその悩みと言いますが、この曲は歌手によって、本当に歌い方が千差万別な曲なので、私が一体どういう歌い方をするのかを事前に知りたかったようですが…私は、あまり歌い崩さない人なので、そんなに悩む事はないよと伝えました。

 とにかく、本番までに2~3回は合わせの練習をするつもりですから、それでなんとかなるんじゃないでしょうか?

 てな事を話して、ピアニストさんと別れました。

 さて、そんなクラシックコンサートも、あと約一カ月ほどになりましたので、そろそろ告知をしたいと思います。

 日程:10月12日(土)
 時間:開場 12:30 第1部開演 13:00 第2部開演 15:10
 場所:茅ヶ崎市民文化会館小ホール

 第1部、第2部と分かれていますが、これはいわば、子どもの部とオトナの部と思ってください。第1部は小学校1年生から高校3年生までの方が出演します。それも全員、ピアノです。子どものピアノがお好きな方は、第1部も楽しいでしょう。

 15:10から始まる第2部はオトナの部で、こちらの出演者は全員成人男女(笑)で、楽器も、ソロピアノ,2台ピアノ,声楽(独唱),声楽(アンサンブル),フルート,ヴァイオリン,ギターとなっております。

 第2部は15:10から始まりますが、なにぶん出演者が多く、私は28番目に登場する事になってます。時間的には19:20の予定です。遅いですね。おまけに、このクラシックコンサートは出演者たちも自分の出番に合わせて会場入りし、自分の出番が終わったら帰って良しというコンサートなので、舞台以外で私を捕まえるのは、ちょっと難しいかもしれません。それにだいたい演奏時間も遅いですし、本当の本当に興味感心がないと、なかなか見に来れないコンサートだと思います。

 と言うわけで、とりあえず告知はしましたし、大勢の方に見てもらいたいと思うもので、ちょっと見に来るのは難しいだろうなあって思ってます。やはり、夜の演奏会って、なかなか見に来づらいですよね。

 私にとっては、門下の発表会が身内ばかりのホームの演奏会だとしたら、このクラシックコンサートは、見知らぬ人ばかりに囲まれたアウェーの演奏会になります。主催者の方がY先生のお知り合いの方なので「私の生徒だと名乗る以上、恥はかかせないでください」としっかり釘を刺された上での出演となります(汗)。なので、8月の発表会以上に気合をいれて臨みます。

 たぶん、8月よりも、ちゃんと歌えるはず(?)だと思いますよ。

 ちなみに、声楽で出演される方は結構いますが、男声は私一人です。フルートで出られる方は…お二人(17:00頃の出演の方と、18:30頃に出演の方)です。

 しかし、本番まで約一カ月だと言うのに、未だに曲の暗譜が全然できない(涙)。歌詞が入らない。いや、それ以前に、全然練習時間が取れない…でも、頑張るよ。

 てへぺろっ!

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2013年9月11日 (水)

オペラ合唱団に誘われました

 約一カ月ほど前のお盆の頃の話です。ちょっと古い話になりますが、記録の意味合いも兼ねて、書いておきます。

 その頃、主にメールでやりとりして、互いの発表会を見にいっている方(仮にAさんとしておきましょう)から「オペラ合唱団に入りませんか?」とお誘いを受けました。

 私は今、独唱を中心に声楽の勉強をしています。でも合唱(それも宗教曲系)も好きなので、チャンスを見つけて、市民系の合唱団に入団しては、アレコレとトラブって、今のところ、合唱できずにいます。

 まあ、私の声が、その手の市民系合唱団向けの声でない事とか、市民系合唱団の平均年齢よりもだいぶ若いとか、ガタイも私だけ二まわりも三周りも巨大で異質であるとか、デブとかブタとかカバとか焼き豚とか、まあ色々と合わない部分があるわけだけれど、何よりも、日本独自に発展した、いわゆる“合唱文化”と言うか、民俗習慣的なモノになじめないコトもあって、合唱好きだけれど、始められないという事態に陥っております。

 ただ、アマチュアの合唱ってのは、色々な形態があって、いわゆる市民系合唱団しか無い訳でなく、様々な形態で様々な音楽ジャンルで合唱を楽しんでいる方が大勢いらっしゃいます。ただ、そういうのって、多くの場合、私の趣味じゃないだけです(ぜいたく!)。

 とにかく、オケ伴奏で宗教曲を歌いたい人なんです、私は。

 需要と供給の不一致と申しますか、望んでも必要とされないと言いますが、とにかく現状、合唱を半ば諦めている私でございます。

 そこに、Aさんが、自分が歌っているオペラ合唱団に入りませんか?と誘ってくれたわけです。

 我が地元には、アマチュア歌劇団と言うのが、いくつかあります。なにしろ、かつては私自身もアマチュア歌劇団を主宰していましたしね(笑)。

 自分たちで何から何までも全部するタイプの歌劇団もあれば、プロ歌手をソリストとして招いて自主公演をする団体もあるし、いわゆる市民オペラに出演するのを目的として活動している団もあります。日本語オペラをやるところもあれば、原語上演にこだわるところもあります。小規模なところもあれば、かなり大規模なところもあります。まあ、様々です。

 Aさんの誘ってくださった団体は、地元の団体ですから、私もよく知ってますし、何度か公演も見ています。指導してくださる先生は、Y先生のご友人の、私も何度か舞台を拝見させていただいた事のある地元のオペラ歌手さんです。また、オペラ合唱団と名乗ってますが、合唱のみならず、主役以外の出演者は自分たちでまかなう団ですし、上演演目が「椿姫」とか「カルメン」とかのメジャーどころをやる団体さんなんで、結構、私好みなんです。

 それに以前、そこの団体が団員を公募していた時に、Y先生に「オペラ合唱団に入ってもかまいませんか?」相談して、薦められたほどの団体さんなんです。

 まさに「渡りに舟」的な状況です。以前の歌劇団を辞めて、そろそろ1年ですし、オペラの虫がムクムクと頭をもたげているのも確かです。

 ああ、オペラの合唱団かあ…悪くないなあ。

 …と思いつつも、断っちゃいました(てへっ!)。理由は…多忙だからです。「合唱をやる時間があったら、少しでも寝ていたい」と言うのが、その理由です。

 つまり、今年の第九に参加しない理由と同じ理由で、せっかく誘っていただいたオペラ合唱団でしたが、断っちゃいました。

 もったいないことをした…かもしれません。私の声質を考えれば、宗教曲系の市民合唱団よりも、オペラ合唱団の方が向いているでしょうし、私という人間の気質的にも、宗教曲を歌うよりも、オペラを歌っている方がさまになるでしょう。そんな事はよく分かってます。

 でも、忙しいんだから仕方ない。(残念だけれど)生業優先ですよ。

 いずれ時間に余裕を感じるようになったら、Aさんのいるオペラ合唱団に入るのも、悪くないかなって思ってます。それまでは、Y先生のところで、個人的な歌の技量を高めることに邁進いたしましょう。

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2013年9月10日 (火)

聞かせ所は中音域にだってある!

 さて、声楽のレッスンの続きです。曲の練習に入りました。

 最初は、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」です。

 とにかく、優しく丁寧に歌うように言われました。ポイントは、声を棒のようにまっすぐに出して歌うこと。強い声では決して歌わない事。中音域の音を、丁寧に美しく歌うように心がけるのです。一音一音、ノドの奥を開き直して歌うくらいのつもりで歌うのが大切です。

 歌と言うのは“楽譜に書かれたリズムと音程で正しく歌えれば良い”わけではありません。もちろん、正しく歌えるのは最低条件であって、その上で、歌の心を表現しないといけないのです。それが難しいんだよね。

 集中的に練習したのは、最高音Gを含む“e piangi tanto”のフレーズ。ここの“e piangi”の部分は、ド-ソ-ファという音程なんですが、ソを歌うために、ドの時に、ノドの奥をソの広さに広げて(音程が高いほど、ノドの奥はより大きく開くものなんです)そこに息を流し込んで次に来るソの音を歌うように言われ、まずはその練習をしました。でも、私はノドの開きが遅くなりがちで“e pia(-ngi)”をド-ソ-ソと歌わないといけないのに、ついつい、ド-ド-ソと歌ってしまいます。ううむ、反応は早くしないといけませんな。それを防ぐためには、むしろドソ-ソ-ソと歌った方が良いのです。え、記述が分かりづらい? そうですね、もう少し第三者に分かりやすく書きます。

 “e piangi tanto”の“e pian”の部分には母音が三つあります。それぞれをド-ソ-ソと歌うのが正しいのですが、私はこれをド-ド-ソと歌ってしまいます。これはダメなんです。そこで、最初の母音である“e”を二分割して、最初をドで、そこからスラーで上がって、後半をソで歌うようにしましょうって事です。だからドソ-ソ-ソと歌うわけです。これなら、お分かり?

 で、こうやって最高音Gを攻略するわけですが、でも音楽的には、最高音が最高に盛り上がるわけではないのです。むしろ、盛り上がりは“e piangi tanto”の“tanto”の“tan”の部分にあるし、実際、この音にはアクセント記号が付いてます。ですから、歌的には、ド-ソ-ソ-ファ-ファ-レと歌います(最後のファ-レがtantoの部分)ので、後ろのファが一番盛り上がるように歌わないといけないので、いくら最高音Gとは言え、この音はあくまでも経過音としてサラっと歌わないといけないのです。

 高い音を頑張るのではなく抑えて歌うなんて、なんか、高音命なテノールにとって、そりゃあ殺生な歌い方になりますわな。

 さて、次は、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。

 この曲は、イタリア歌曲ではなく、イタリア民謡です。はっきり言えば、ポピュラーソングです。ポピュラーソングだからと言って、乱暴に歌い飛ばすの御法度で、丁寧にしっかりと歌うように言われました。「聞かせ所は高音にしかない曲ではありません。中音域の長い音符をしっかりと歌うことが、この曲の魅力を高めることにつながります」って事のようです。

 まずは“中音域の白玉音符を美しい声で歌って聞かせてよ~”って話なんです。

 色々とトライ&エラーを繰り返して感じた事。それは、一生懸命に歌うことが必ずしも良い結果を生む訳ではないという事。特に“声の美しさ”と“一生懸命に歌う”は、相反するモノを持っているようです。

 『進撃の巨人』ではないけれど、自分のうなじにミニサイズの自分がいて、その小さな自分が、このカラダをコントロールして歌っている…ような、ちょっと覚めたカラダの使い方の方が、良い声を出しやすいような気がします。

 等身大の自分が、満身の思いを込めて歌うのは、良い結果につながらないみたいですね。今まで、全身全霊で歌ってきたのですが、どうやら、それじゃあダメみたいです。

 また実際に発声する時も、気合を入れて発声するのはダメで、むしろ、昔の香港映画(具体的にはジャッキー・チェンのアクション映画だね)のワイヤーアクションのように、声を出すと同時に、思い切り後ろに飛ばされるような感じで発声する方が良いみたいです。

 とにかく、この曲も、中音域を美しく歌うのです。

 高い音(この曲も最高音はGです)を、浅はかな声や、馬鹿っぽい声で歌わないように注意されました。声は出せば良い、音程が正しければそれで良い…ってわけでなく、いくら正しい音程で歌えても、浅はかな声や、馬鹿っぽい声で歌っては、曲が台無しになります。きちんと、知的で深みのある声で歌うこと。そのためには、思いっきりノドの奥を開けて、そこに息を流し込んで歌わないといけません。

 それなのに、私は高い音の直前に、息が切れる癖があります。自覚がないので、どうやら無意識な行動のようなのですが、とにかく、高音の直前でグッと息が切れるんだそうです。たぶん、無意識で“溜める”んでしょうね。でも、それはダメなんです。だから、そこを自覚して、高い音になっても息の流れを切らないように、注意して歌うことが必要なのだそうです。そして、そうやって息の流れに載った声の方が知的な感じがするそうです。

 テノールだからと言って、馬鹿っぽくないといけないという義務はないのです。

 うむ、頑張っていきましょう。

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2013年9月 9日 (月)

歌声が美しくなった…そうです

 声楽のレッスンに行ってきました。

 前回から、さほど時間を置かずにレッスンに行った理由は…クラシックコンサートが間近に迫っているから…ではなく、単純に、先生がお忙しいからです。

 秋は芸術の秋。ってわけで、プロ歌手であるY先生には、日本中からお座敷のお呼ばれがあって、秋は日本中を飛び回って、連日連夜、歌いまくるのだそうです。で、たまにスケジュールに穴が開いていると、飛んで帰って来て、我々のレッスンをしてくださる…と言う訳で、先生のスケジュール優先でレッスン日程が組まれているので、こんな短い間隔でのレッスンとなりました。ちなみに次回のレッスンは、だいぶ先です(笑)。

 毎週、決まった曜日の決まった時間に、きちんきちんとレッスンを受けられていた頃が、懐かしいです(はぁ~)。

 発声練習の前に、息の練習をしました。とにかく、息を一定の量ずつ、吐き続ける練習です。それをしてから、歌詞のリズム読みをしました。読んだのは、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」です。とにかく、歌詞をお経のように(ただし、声のテンションは高めにと指示)読みました。息をなるべく切らずに延々と読みます。それも丁寧に、決して乱暴に歌詞を読んではいけないのです。

 特に気をつけないといけないのは、pやtなどの破裂音です。私の破裂音は、破裂が強すぎて、そこで息は止まるし、聞いていて美しくないのだそうです。そう言われれば、フルートでもH先生から「君はタンギングが強すぎて、美しくない」とよく言われます。タンギングが強すぎるのと、破裂音が強すぎるのは、何かつながっているのかもしれません。なにしろ、私のやる事ですからね。

 それらの息と読みの練習後、ようやく発声練習を始めました。

 発声では、横隔膜を上に上げる支え(モード1)で歌う練習をしました。これが結構キツいです。

 “Milano - Torino - Bolonga”と、なぜかイタリアの都市名を三つ連続で、同じ音程でゆっくりと発音させられました。その時のポイントは「すべての母音を、同じ音色で同じ場所に落とすように歌う」というわけで、そんなふうに発声しながら、先生はピアノで、歌い出しのミラノの“ミ”と、歌い終わりのボローニャの“ニャ”の私の音程が同じ高さである事を確認すると、次の音(半音高くなる)に移りました。

 で、これを延々とやって、先生がおっしゃいました。

 「安心して使える音はFまでですね。そこまでは、音程も音色も狂いがないので、Fまでの曲なら、安心して歌えるはずです。Fisになると母音による音色の差が出てきます。Gになると、息の支えが高くなり、ほぼ胸で声を支える状態になります。そうなると、発声も確実性が無くなります。テノールはそのあたりにチェンジがあるのだけれど、チェンジの越え方があまり上手くないですね。テノールの曲は、メロディの大半がGまでの音で出来ているのから、出来れば、Gまでは安心して使えるようになって欲しいです。Gよりも高い音は、勝負の音になるので、今の段階では、多少発声に乱れがあっても仕方がありません。とにかく、今は、Gまでを安心して使えるようにしましょう」との事です。

 とにかくFを越えて、チェンジの領域に入ると、そのあたりの発声が下手な私なんですが、その理由は、息の支えが下手だからなんだそうです。息の支えが少しずつ上の方になってきたなと自覚したら、下向きにも息を支えないといけないのだそうです。つまり、モード2の支えが必要になります。腹筋は体内で上向きに、背筋は体表で下向きに動いて、声を支えるわけです。その際、ノドは脱力。これでAまでの発声をする…ってわけです。

 チェンジを越えるためには、モード2の発声で対処しないといけないのか…。五年も歌っていて、そんな事も知らなかった私って、情けないなあと思いました。だから、テノールなのに、高音が苦手だったんだね。ふう。

 でも、理屈を知っても、それを活用できなけりゃ意味がないです。なんとか、うまくチェンジを越えられるようになりたいです。で、Gまでの音を、安心して使えるようになりたいです。そのためには、練習練習ですね、そして、筋力アップです。歌う筋肉は歌うことでしか鍛えられませんからね。正しいフォームで歌って歌って歌いまくらないと、うまく出来るようにはなりません。

 「それでも声そのものは、とても良くなっていますよ。美しいです」と褒めていただきました。ここ数週間で、私の声質がガラっと変わったのだそうです。「響きで歌うことが、少しずつ分かってきたみたいで、それが声に現れている」んだそうです。そうかな?

 確かに、発表会の直前あたりから、私の声質の変化について、自分でも気づいていました。でも、自分的には、それはあまり良い傾向とは思えず、むしろ“ちょっとダメな方向”に変化しているんじゃないかと思ってました。だって、私の声が“太くて冴えない”感じになってきたんです。私はテノールだからねえ。太い声よりは細くて軽やかな声、冴えない声よりも金管楽器のようなハリのある声を目指さなきゃダメでしょ。

 だから自分的には、自分の声の変化は歓迎できない感じだったんです。とは言え、あくまでも途中経過だし、最終的に美しい声になるために、ある時期、野暮ったい声になってしまうのは仕方ないし、何よりも、ダメなまま固定化されてしまうよりも、何はともあれ、変化の兆しが見えてきた事を喜んでいた私です。

 声って、自分に聞こえる声と、他人が聞く声は違うわけで、私にとって「太くて冴えない声」は、あくまで自分に聞こえている声であって、他人にとって、その声は決して「太くて冴えない声」ってわけではないそうです。

 先生にしても、妻にしても、私の「太くて冴えない声」を褒めてくれます。おそらく、そういう変化は、私の声にとって、正しい変わり方なんだろうなあって、今は思ってます。そんな「太くて冴えない声」に感じられる声が、私の本来の声なんでしょう。そして、恵まれた事に、本来の声が、割と美しく聞こえるのでしょうね。とにかく、今はそう思うことにします(笑)。

 実際の話、その声が良い声なのか悪い声なのかは、横においとくとしても、自分の歌声がガラっと変わった事には、ほんと、自分でもビックリしています。キング先生に習った五年間よりも、Y先生の元で習った一年間の方が、私自身の変化が大きいです。よほど、Y先生の指導が、今の私に合っているんだと思います。

 先生変えて、良かった。

 その音色の変化は、ノドの奥が開き始めた事と関係があるみたいです。以前は、クチを大きく開き、口腔も大きく開いても、ノドの奥の方までは開いていなかったのだそうです。それがノドの奥の方も開き始めて、声に響きが載るようになって、始めて音色が変化してくるようになった…って事です。

 ただ、残念なのは、今はノドが開き始めたとは言え、舌根を下げて、ノドの奥を下の方に開く傾向が強いのだそうです。それも必要な事とは言え、口蓋垂を上げて、ノドの奥を上に開くと、響きが声よりも高いところに付くようになり、より輝かしい音色になるそうです。なので、口蓋垂を上げる事を目指すべきなのですが、問題は、舌根を下げるよりも、口蓋垂を上げる方が、私には難易度が高いと言う事です。

 で、音色そのものは良い方向に変わっているとは言え、相変わらず、支えは下手くそなままです。

 今の私の支えは、先生の観察によると、歌う前にガッと支えが入り(以前は、そのガッと入る支えすら無かったそうです)、そのまま腹筋を固めて、徐々にその支えが緩んでいくような支えなんだそうです。

 支えが入らないと、ノドを開けて歌えないので、最初にガッと支えが入るのは正しい事なんだそうです。問題は、そこで腹筋が固まってしまう事。これがいけないのだそうです。支えを入れた後も、腹筋を固めずに、そのまま、さらにさらに体内に向かって支えていかないといけないのです。それがまだ出来ていない私です。なので、モード2の下に支える支えどころか、モード1の上に支える支えすら、まだまだ不十分な私でした。

 まだまだ上達する余地がたっぷりある私なんです。この年で伸び代があるってのは、うれしい事です。

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2013年9月 8日 (日)

最近、食生活を変えたみたんだけれど、それってダイエットにつながっていないなあ…[2013年9月第2週・通算27週]

体重:109.0kg[+1.2kg:-3.2kg]
体脂肪率:30.7%[-0.1%:-0.3%]
BMI:34.4[+0.4:-1.0]
体脂肪質量:33.5kg[+0.2kg:-1.4kg]
腹囲:106.0cm[+-0.0cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 医者の勧めもあり、私自身の食の趣味の変化(老化に伴う変化と考えています)もあって、以前のような、菜食主義っぽい食事を止めて、現在はほぼ肉食を行ってます。

 以前は、ほんと、たまにしか肉を食べなかったんですよ。タンパク質の摂取は、主に豆と魚でしていました(魚は以前からよく食べてた)。でも、鶏・豚・牛・羊・馬などの獣肉は、ほとんど食べなかった私なんです。なんか肉って、ご不浄な感じがしてイヤだったんですね。その分、米や小麦などの、いわゆる“主食”って奴をたらふく食べ、副食としては野菜系の料理を食べていました。ま、いわゆる典型的な古いタイプの日本人の食生活って奴だったんですよ。

 まあ、それでも太っていた事は事実なんだけれどね。

 それが最近では、遅ればせながらの“食の欧米化”とでも言うのでしょうか? 米とか小麦とかの炭水化物をあまり食べなくなり(全然食べないという意味ではありません)、その代わり、肉ばかり食べています。丸一日、肉しか食べなかったという日もあるくらい、日々、肉肉肉豆肉…の生活をしています。

 いやあ、この年になって、肉の美味さに目覚めたって感じです。おそらくカラダが肉的なものを欲しているんでしょうね。

 でもね、その代償が、この体重なんだよな。

 まあ、今年の夏は、シックハウスから喘息をおこして、寝たきりをやっていたり、それ以外は真面目に仕事(デスクワークなんですな)をしていたので、体重が増えても不思議ないわな。

 ほんの数年前までは、夏と言えば、ガッツリ仕事を休んで、暑い日中に毎日20Km前後の道をウォーキングして、冬の間にためた体脂肪を燃焼させていたのに、今じゃ、体脂肪を燃焼どころか溜め込んでいる始末です。

 人生、なかなかうまくいきません。

 体重が増えている事は、決して良い事ではないけれど、菜食して増えたのと、肉食して増えたのでは、やっぱり意味が違うような気がします。どっちが良いのかは私には分からないけれど、なんかイメージとして、肉食をしている限り、体重って減らないような気がしますが…それって私の偏見?

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2013年9月 7日 (土)

厚みを増したキキョウさん

 我が家にいるキキョウさんは金魚ではなく、鉄魚です。鉄魚と言うのは…金魚っぽいフナと言うか、ヒレの長いフナと言うか、どっちにしても、金魚よりもフナに近い感じの魚です。

 実際、我が家のキキョウさんも、我が家に来たばかりの頃は、ヒレの長いフナでございました。

 それが成長するにつけ、ボディの厚みがドンドン増し、一方、カラダの長さやヒレの長さはあまり成長せず、なんか段々体型が琉金っぽくなってきました。最近では、スッとしていたお腹がデップリしてきて、ますます琉金っぽくなってきました。

 よく見れば、本物の琉金とは、顔だちも違うし、微妙にカラダのバランスがフナっぽいし、でもフナと比べれば、明らかにヒレは長いし…なので、キキョウはやはり鉄魚なんだろうなあって思いますが、かなり金魚に近い鉄魚に成長してきました。

 とにかく、正面からみると、分厚いんです。鉄魚って、一般的にはスマートな印象があるんですが、ウチのキキョウ君は、明らかにデップリして分厚いんです。分厚いところは、フナと言うよりも金魚なんですよね。

 我が家にいる金魚は、みんなみんな、太く肥えてしまうんだよなあ…。

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2013年9月 6日 (金)

おめでとう! ミニヨン・エチュード終了しました!

 フルートのレッスンに行ってきました。今回も遅刻(なんか、毎回遅刻ばかりしていて、遅刻が普通の状態になりつつある、ダメな生徒な私です)をしましたので、姉様とのロングトーン練習は無し。今回も先生と二人っきりでロングトーンです。

 吹き初めは音程バッチリだったのですが、吹いているうちに、私の音程が下がってしまいました。音を曲げて対応しましたが、ロングトーンが終わったら、頭部管を少し外側に向けて対応しました。そんな日もあるんです。疲れているのかな?

 さて、アルテの15課は、9章のFis-durの4番「Fis-durのスケールとアルペジオ」からです。何しろ前回のレッスンで「集中力が足りない」と言われた私です。もう真剣に楽譜を食い入るように見つめて、その楽譜も、実際に吹いている音よりも少し前の部分に注視し、おさおさ怠りの無いように気を使って吹きました。二小節も吹けば、そんな自分に酔いしれて、頭の中が「お、うまくいけてるんじゃねえ?」とか「この調子、この調子」などと雑念がポツポツ生まれ、あっと言う間に集中力減退。そうなると「あ、やべっ! 気が散っている」とか「おおおお~、集中しようとすればするほど、ドツボにはまっていく~」とか焦っちゃいます。一度焦り始めると、坂を転がるがごとくに、ドンドンと雑念だらけになって…結局、合格をいただきました。

 雑念で頭がいっぱいになると、返って何も考えることが出来なくなって、楽譜と自分のフルートに集中しちゃうみたいです。逆説の真実? ま、結果オーライです。

 引き続き、dis-mollの6番と7番ですが…これらは合格。まあ、集中した私にとっては、難しいモノはないですからね(爆)。で、8番の「dis-mollのスケールとアルペジオ」は…ごめんなさいしました。いやあ、実はこの課題を練習している暇がなかったのですね。で「今週は7番までです」と正直に白状しました。

 ですから、次回への宿題は、やり残したdis-mollの8番「dis-mollのスケールとアルペジオ」が宿題となりました。

 で、ミニヨン・エチュードです。これも、じっくりと集中を高めて臨みましたが、集中すると、確かに意図せぬケアレスミスは減りますが、指が動かない事には変わりなく、中音「レミレ」の装飾音符のような箇所は、やっぱりうまく出来ません。でも、それ以外はOKという事で、やっと合格をいただきました。

 うお~、これでミニヨン・エチュード全20曲終了! おめでとうございます。

 考えてみれば、笛先生とはアルテの14課まで習い、15課とミニヨン・エチュードはH先生のところに移動してから始めたモノです。つまり、ミニヨン・エチュードはH先生と一緒に仕上げてきたモノで、それがやっと終わって、なんかうれしいし、充実感で心が満たされます。

 頑張ったもんな、私。

 まだアルテ本編は、あとちょっと(か?)残っていますが、こちらも終わりが見えつつあります(アルテ15課は10章で終了だから、あと一つだね)。こっちも頑張らないと。

 と言うわけで、ミニヨン・エチュードが終わったので、次回のレッスンからは、同じくガリボルディの「フルートのための20の小練習曲」、通称「プチ・エチュード」になります。つまり、ミニヨンからプチに進級したわけです、メデタイなあ(笑)。

 ちなみに私が使う譜面は、Merry改訂Leduc社の楽譜です。輸入譜(フランス版)って奴ですね。なんか、輸入譜でレッスンを受けるなんて、自分が上達したような錯覚を受けますね(笑)。

 さっそく先生にお手本を吹いてもらいました。見事な演奏でしたが、本人的には納得いっていないようです。「今日はクチビルの調子が今ひとつなんだよね」とおっしゃいます。

 どうしたのかと理由を尋ねると…この日はとても暑い猛暑日だったのですが、これだけ暑いのなら、お昼はいっそ“鍋焼きうどん”を食して、思いっきり汗をかいて、暑さを吹き飛ばそう…と先生はお考えになり、お昼に鍋焼きうどんを作って、アッツアッツのうどんを食べて…クチヒルをヤケドしたんだそうです。…何をやっているんでしょうね。この先生、時々ムチャをしますが、今回もムチャをやっちゃったみたいです。

 日常生活をスリリングに生きるのが、先生のご趣味のようなのです。

 今回の雑談は…例のフルートデュオの事を先生に報告しました。先生「ホッホ~」とおっしゃり「次のレッスンの時に譜面持ってきなさい。合わせてあげますよ」おっしゃってくれました。ありがたいけれど…どうしようかな(悩)。

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2013年9月 5日 (木)

フルートデュエットの合わせをしてきた

 ぼちぼち本番(九月中旬)なので、重い腰をあげて、合わせをしました。

 別に音楽とかフルートとかナメているわけじゃないけれど、ほんと、デュエットの練習している暇、ないっす(涙)。パパっと譜面見たところ、少なくとも、アルテ15課とか、ミニヨン・エチュードよりは、かな~り簡単そうなので、今までずっと後回しにしていましたが、さすがに、そろそろ、そういうわけにもいかないので、合わせを約束した前日に、焦って譜読みをしました。ああ、ダメじゃん。

 とりあえず、譜読みして、軽くサラって、それで合わせの当日を迎えました。合わせと言っても、ちょっと静かな部屋をキープして、ほんの30分ほど、二人で練習しましょうって感じです。

 練習部屋に入って、フルートを組み立てようとしたら、後輩君、いきなり、頭部管練習を始めちゃいました。ははは(汗)。金管のマッピ練習なら、それなりに意味もあるのかもしれないけれど、フルートなら、頭部管練習するよりも、さっさと楽器を組み立てて音出しした方が時間の無駄が省けるのに…。

 ひとまず、彼が頭部管練習を終え、その後楽器を組み立てて、一通りスケール練習をして、音出しを終えるのを待ちました。

 「お前さんは、音出ししないのか?」って? はは、しないしない(笑)。それどころか、チューニングすらしないしない(爆)。ガガって楽器を組み立てたら、いきなりピーチャラ吹いてます。私、人間、いい加減っすから(笑)。

 彼の音出しが、ひととおり終わったようなので、ガガっと楽器を組み立てて「さあ、始めようか」と言ったら、とっても不安な顔をします。「どうした?」と聞いてみると「…あの~、チューニングは?」 やっぱ、私がチューニングしないと不安なんだ。「君のフルートは、さっき散々チューナーと格闘して、だいたい音が合っているんだから、私はその君のフルートに合わせればいいんじゃない?」と言って、さっさと合わせを始めました。

 だってね、フルートデュエットなんて、ハモってりゃあ、いいんじゃないの?

 …なんて、軽く考えて吹き始めたら、いきなり不協和音! おいおい後輩君、今の今まで音出ししてたピッチと、曲に入ってからのピッチ、全然違うじゃん(涙)。それじゃあチューニング、意味無いじゃん。それに、そこまで高いと、いくら音を曲げても曲げきらんよ。

 とりあえずストップを入れて、私のフルートの頭部管の入れ具合とか、角度とかを調整して、やや高めにしてから、もう一度合わせてみました。

 ううむ、低い音はより低く、高い音はより高く…って感じで吹いてくれるので、私は私でいい勉強になります。はあ~、私もフルート始めたばかりの頃は、こんな感じだったんだろうなあ…。

 さて、演奏する曲は「ロンドンデリーの歌」と「メリー・ウィドウ・ワルツ」の2曲です。曲集(アルソ出版「やさしいフルートデュエット VOL.1」)的には「ロンドンデリーの歌」の方が、だいぶ前の方に載っているので、こっちの方が簡単かなって思ってましたが、いざ合わせてみたら、メロディを担当しているフルート1はともかく、伴奏の2の方は、なんか吹きづらいし、素直じゃない感じ。それになんか美しくない。そこに行くと「メリー・ウィドウ~」の方が原曲に近いイメージで吹きやすかったです。

 これには後輩君も同意見で…っと言うか、彼には「ロンドンデリーの歌」は、メロディ・伴奏ともに難しすぎたらしく、全く歯が立たないようでした……ので、この曲はボツにしました。だって、吹けない曲では人前には出られませんもの。

 なので、曲的は「メリー・ウィドウ・ワルツ」1曲となりました。ううむ、舞台の持ち時間は10分なんだよな、これ1曲っで10分ってわけにはいかないよね、さてさて、どうしましょうか?

 とりあえずは「メリー・ウィドウ~」を合わせてみました…と言っても、やはり彼にフルート2は現状では無理なので、私が伴奏のフルート2、彼がメロディのフルート1を吹きましたが…私がずっと伴奏だったので、後輩的には申し訳ないと感じたのか「次までにはフルート2を吹けるように練習してきます」と言ってきました。

 フルート演奏的には、1より2の方が断然簡単なのに、1が吹けて2が吹けないと言うのは、単純に譜読みがちゃんと出来ていないだけなので「じゃあ、次までにしっかり練習してきなさい」と言っておきました。譜読みさえちゃんとすれば2は簡単だし、二人で交互にメロディを吹くのも悪くはないので、そこは次回までの宿題としました。

 ま、とりあえず、合わせたわけだ。

 彼のメロディに私の伴奏が寄り添うって感じで、まあまあ、とりあえず、なんとか通りました。さすがに、メロディが落ちてしまうと(おそらく無意識で)その直前に戻って、吹き直しをしてしまうので、彼が落ちた瞬間に、こっちはアドリブで間をもたせますが…やはり、それでは聞いていて変なので「メロディ落ちても吹き直さない事。君が落ちている間は私がメロディ吹いてごまかしているから、適当なところで入って来て。とりあえず、音楽は止めないで。メロディを消さないで。私も頑張るからサ」と言いました。

 …でも、音楽を止めないっで演奏を続けるって言っても、やっぱりフルート始めて三カ月かそこらの初心者には難しいよね。私も、とりあえずは言ってみたけれど、現実はそうもいかないから、私がフォローしないとダメだね。

 それでもまあ、なんとかヨレヨレでも最後まで通りました。最後まで通れば、きっとどうにかなるでしょう。

 なので、今度はメロディをきちんと吹けるように、私と一緒にメロディを吹いて練習してもらいました。と言うのも、リズムのリズムが甘いところが何カ所かあって、それをクチで指摘するよりも一緒に合わせて吹いた方が彼も分かるかなって思ったからですが…一緒に合わせてみると、ほんと、彼のテンポって一定していな事がよく分かります。私も以前はこうだったんだろうなあ…。

 さすがにテンポの乱れは、彼自身も気がついたみたいで「メトロノームを入れて練習したい」と言うので、それもアリかなって思って、メトロノームを入れて吹いてみたら…やっぱりメトロノームに合わせるのは、難しいですね。あっと言う間にボロボロ。そりゃあ、そうだよね。なので、すぐにメトロノームは諦めて、今回は、彼のリズムテンポに私が合わせる形で、最後まで演奏しきる事にしました。

 音楽なんて、メトロノームどおりの一定テンポで演奏しても、面白くも可笑しくもないので、彼のリズムで吹いた方が、絶対に出来が良いと思うんですよね。

 何度もメロディーを繰り返して合わせたところで、私が伴奏に回って合わせてみると、最初の時よりは、だいぶ楽に合わせられるようになりました。若い人は、すぐに色々と飲み込むので、うらやましいです。

 30分ほど練習したところで、私が飽きた(笑)ので、今回の合わせは終了。次回の合わせの練習日を決めて解散しました。彼は次回までに「ロンドンデリー~」のフルート2の練習をしてくると気合いれてます。それはそれでいいと思いますよ。私は…たぶん、次の練習日まで譜面開かないと思います。いや、音楽やフルートをなめているわけじゃなく、単純に忙しいのね。なので、練習は勘弁なのよ。

 そうそう、余った持ち時間の件だけれど、彼にマラカスでも持たせて、私が流行りの曲でも吹いちゃおうかなって思ってます。うん、それが良いね、それなら悪くない。では、何にしようかな? 誰もが知っていて、吹きやすくて、派手めの曲がいいですね。私一人で吹くなら、曲の難易度なんて気にしなくていいから、なんでも選べるよね…ってか、自分の吹けない曲は、最初から候補に入れないから、安心だね(笑)。

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2013年9月 4日 (水)

ノドは上に開けましょう

 声楽のレッスンの続きです。曲の練習です。今回からは、クラシックコンサートの曲を練習します。曲は、チマーラ作曲「Nostalgia/郷愁」と、デ・クルティス作曲「Non ti scordar di me/忘れな草」です。

 「イタリア語、大丈夫?」と先生に聞かれたので「一応、分かる範囲で調べてきましたが、勘違いしている部分はあると思います」と答えたので、歌詞を正しく発音できるかどうかの確認から始めました。やり方は…リズム読みね。で、やっぱり、2~3箇所、間違ってました(てへっ!)。

 あと、間違いじゃないけれど、イタリア語っぽく聞こえない箇所、例えば不用意に母音っぽい音が入っている所とか、注意されました。いくら日本語とイタリア語が似ているからと言っても、やっぱり違う言語だし、母音の響きとかは違うわけだから、そういう母音の響きにまで注意しないといけないと言われました。

 先生、イタリア語が話せるから、私があんまりアバウトなイタリア語モドキで歌うのは、ちょっと堪えられないようなんです、ごめんなさい。

 歌詞の確認が終わったところで、最初に歌ったのは「忘れな草」の方です。

 歌い始めたら、さっそくストップがかかりました…声が前に出ているそうです。きちんと後ろに回して歌いなさいと言われて、声を後ろに回して歌い始めたら、またストップがかかりました。今度はノドが下に開きすぎていると言われました。

 声を後ろに回すには、テクニック的には、ノドの奥を縦開きにする必要がありますが、縦開きにする時に、主に下(舌根)を下げて縦開きにするやり方と、上(口蓋垂)を上げて縦開きにするやり方があります。もちろん、両方を併用するのが正しいやり方なのですが、どちらに重きを置くかで、声が変わるそうです。私はテノールなので、上に開けるやり方が正しいのですが、どうやら下に開けてしまったようです。注意しないと…。

 とりあえず、ノドの奥を上に開けて歌ってみました。

 でも、歌っているうちに、せっかく開いたノドが閉じてしまいます。これは慣れないうちはよくある事なので、フレーズの変わり目などで、意識してノドを開き直す必要があるそうです。

 また、上昇音形の時は音程の高なりに合わせて、どんどんノドの奥を開いていく必要がありますが、下降音形の時は、音程の下がり具合に合わせて、喉を閉じていく…のではなく、高いところで開いた喉を、音程が下がってもキープし続ける事が必要なんだそうです。ま、キープし続けるという意識があっても、やはり閉じてしまうのですが、なるべく閉じないようにキープし続けるのです。

 また、ノドを開くにしても、その音になって開くのではなく、その音の前で開くわけで、ノドの開きと実際の発声は、タイミング的には一致しないのです。常にノドの開きは、実際の発声よりも先に先に行わないといけないので、歌っている側的には、リズムを倍速に感じて歌っているようなモンです。ああ、忙しい。

 また、フレーズの固まりを意識して、変なところでフレーズを切らないように(ブレスを入れないように)する事も大切です。私はイタリア語が分からないので、音楽的な流れを尊重したり、単に自分のブレスの都合のためとかで、適宜ブレスを入れて歌ってしまうけれど、イタリア人が聞いて、イタリア語的に変なところでブレスを入れるのはナシなんです。特に、普通に、歌詞と音楽が一致しているところは問題ないのですが、意図的にズレているところは、そのズレを意識的に表現しなければいけないのに、どこがどう意図的なのかは、私に分かるわけもないので、結局、一つ一つ、先生に確認とってます(汗)。

 「郷愁」の方は、「忘れな草」の件もあって、最初から『声を後ろに回そう、後ろに回そう…』と意識して歌い始めたら、ストップがかかりました。なんでも、今度は声を後ろに回しすぎなんだそうです。

 なんでもノドは開けばいい、声は後ろに回せばいい、と言うわけでは無いようです。音程に合わせて、ノドは開かないといけないし、声も後ろに回さないといけないのです。ザックリ言えば、高い音ほどノドを開き、後ろに回す必要があるけれど、中音(自分にとって楽に歌える箇所)あたりは、あまりノドを開くと不自然に聞こえるし、後ろに回しすぎても、声がこもって良くないのだそうです。

 じゃあ、どれくらいやればいいのか? は自分の耳で確認しながら、経験的に学ぶしかないそうです。ま、これが無意識に出来ないうちは、マダマダって事ですね。

 「郷愁」は、本当はかなり難しい歌ですが、なんかその難しい箇所は、無意識のうちに克服しているようです。なので、歌える歌えないでは“歌える”みたいなので「歌うことに意識を集中しないで、表現する事に意識を置いて、歌ってみてください」って言われました…が、本人的には歌うだけで精一杯なので、なかなか表現にまでは手が及びません。申し訳ないです。もう少し歌い込まないと、表現という名の岩に、指がかかりません(涙)。

 「郷愁」のポイントは、絶対にお客に「ああ、歌って大変だな」って感じさせちゃいけない事なんだそうです。歌自体は、楽にサラっと歌い、お客さんには歌の難しさではなく、歌の世界観、つまり“切なさ”って奴を感じてもらうように歌うわけです。

 切なく歌う…ねえ、難しいねえ。

 一通り歌ったので、今回のレッスンは終了です。

 最後はまた発表会の感想と言うか、発表会後の打ち上げの感想になりました。

 今度の門下では、私は、男性陣の中では、年下ではないんですよ。若い人たちがいるので、私はちょうど真ん中ぐらいなんですが、それがうれしいですって伝えました。だいたい、どこの門下に行っても、男性は年配者ばかりで、私程度では若輩も若輩なんですが、ここはリアルに若者がいるんでうれしいです。

 でも先生がおっしゃるには、若い人は、なかなか歌を続けてくれないのが悩みなんだそうです。学生時代は一生懸命に歌っても、社会に出て、会社勤めを始めると、自然と音楽から離れてしまうんだそうです。だから、働きながらでも歌ってくれる、この若い人たちは、とても貴重な存在なんだそうです。まあ、そうだよね。私自身、就職したての頃は、趣味なんてやっている暇なかった…わけでもないか(笑)。私はT先生の元で歌ってたか(爆)。でもまあ、学校を卒業すると同時に、学生時代の趣味とも卒業しちゃう人って多いよね。吹奏楽部で一生懸命やっていた子が、卒業と同時にすっぱり音楽の世界から足を洗っちゃうなんて、普通だもんね。先生のグチも分からないではありません。

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2013年9月 3日 (火)

すでに若くないのだから、テクニックで発声しましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。

 発表会後、始めてのレッスンだったので、本番の写真をいただき、公式音源をいただき、まずは発表会の反省会をしました。

 先生曰く「見させていただきました」だそうです。何を見たのかと言うと、私の舞台姿です。私は、舞台に上がると、普段とは別人格になってしまうタイプの人なのですが、その豹変ぶりを「見させていただきました」という事です。

 先生がおっしゃるには「あれだけ人間が変わってしまうと、レッスンの意味がありません」って言われちゃいました(汗)。と言うのは、レッスンでは、レッスンの時の私が、より上手に歌えるようになるために、色々とアドヴァイスをしているわけです。それなのに、本番の私ときたら、レッスンとはまるで別の人間になってしまうので、あれではレッスンの意味が無いんだそうです。

 「普段のレッスンから、舞台の上と同じテンションでいてくれれば、より効果的なアドヴァイスができるんですが…」と言われましたが、レッスン室は舞台じゃないから、それはちょっと無理ですね。

 ちなみに舞台の上の私は、レッスンの時よりも、すべての点において良いのだそうです。ま、火事場の馬鹿力? でも、それでも色々と足りない部分はあるわけで、あの状態の私に必要なアドヴァイスって奴は、普段の私に対するアドヴァイスとは全然違うんだそうです。それが先生ご自身の反省事項のようです。

 妻は私とは逆で、レッスンで習った事をきちんと舞台の上でやっていたそうで、そういう意味では、先生の想定の範囲内の出来だそうですが、それだけに予定調和的で面白くないんだそうです。

 舞台って魔法がかかっている場所ですから、普段どおりではダメで、やはりハジけないとダメなんですが、だからと言って、私のように、別人格になってしまっては、変わりすぎなんだそうです。ううむ、なかなか難しいですね。

 発表会は終わりましたが、すぐに地元のクラシックコンサートが始まりますので、その準備に取りかからねば!

 さっそくレッスンに入りました。まずは発声練習からです。

 注意される事は、毎回一緒です。なにしろレッスンと言うのは、先生と生徒の根比べ的な部分はありますからね。でも、毎回毎回同じ事を注意されていても、それが半年一年と経つと、生徒が変わっているんだから、不思議です。私もY先生に師事し始めて、約一年ですが、ほんと、この一年で私の発声は、私も知らないうちに、大きく変わったと思いますよ。だから、毎回同じ指摘であっても、毎回同じように真摯な態度で従わないといけないのです。

 「クチビルをきちんと使いましょう」と言われました。クチビルはY門下に来てから意識するようになりました。アはともかく、ウとオはクチビルの突き出しが全然足りないそうですし、イとエは横に引っ張り過ぎなんだそうです。つまり、まだまだってわけです。

 「声は必ず一度、後ろにまわして出す事」、私の現在の発声方法は『しっかりノドを鳴らして、声を前に出していく』発声法なんだそうです。この発声法自体は間違いではないのだそうですが「これは初心者や声の無い人に教える発声法であって、すでにすとんさんは、その段階をとっくに過ぎているので、いつまでもそういう発声法をしていると、壁にぶつかるし、ノドも壊しますので、早急に発声法を変えましょう」と言われました。

 『しっかりノドを鳴らして、声を前に出していく』発声法は、元々は歌うためではなく、声帯を鍛えるための発声法なんだそうです。とにかく初心者は歌った経験が少なく、声帯周りが未訓練状態なので、まずはそのあたりを鍛える必要があるので、そういう発声をさせる場合もあるそうですし、これを行うと、声量が増やせるし、歌はお客さんに聞こえてナンボですから、ノドをしっかり鳴らして声量増大を狙う事は、必要と言えば必要な事だけれど、最初から声を持っていて、声量増大など考えなくてもいい人が、これをやってしまうと、良くないのだそうです。

 具体的に言うと、声域が狭くなるんだそうです。とりわけ、高い音はまず出なくなります。また、ノドを鳴らしすぎて、ノドを壊して、声をつぶしてしまうのだそうです。

 一年前の私は、確かに、そんな状態だったなあ…。

 とにかく、今の私が覚えなきゃいけない事は『ノドを鳴らさずに、響きで歌う事』、そのための具体的な方法が『声を後ろに回して発声する事』なんだそうです。これをやると、一時的に声量が減ってしまうし、楽に歌えてしまうので物足りなさを感じてしまうけれど、そこはグッと我慢なんだそうです。声量が減るのは一時的な問題で、慣れてくると、声を直接前に出すよりも、響きを使った発声の方が、より遠くまで届くので、音量が増したように感じられるし、楽に歌えるので、長い時間歌う事もできるようになるし(キング先生のところにいた時は、せいぜい3分歌うのがやっとでした)、何よりも良いのは、声に力みが取れて、美しい音色の声になる事です。さらに、高い音も低い音も歌えるようになる事なんだそうです。ううむ、こりゃあ素晴らしいね。

 とにかく今は、この『ノドを鳴らさずに、響きで歌う』発声法を身につける事が急務で、この発声法で高いA(ラ)まで、ストレス無く歌える事を目指すべきなんだそうです。

 若いうちは、力付くでAまで、あるいはそれ以上も歌っちゃうテノールはたくさんいるそうです。それは若さの力で、無理を無理やり乗り越えているだけなんです。だから40代に入ってしばらくすると、声をドンドン失って、やがて高い音が歌えなくなるテノールが大勢いるんだそうです[キング先生もテノールは50歳まで、って言ってましたな]。なぜなら、そういうテノールは若さだけで歌っていた人なので、若さが無くなった時に、ちゃんと声が出ず、歌えなくなって、大変な目にあうわけなんです。

 私はすでに若さの無い人間ですから、力付くで歌うのは、最初から無理なわけで、だからこそ、きちんとテクニックを学んで、合理的に歌わないと、歌は最初から歌えないのだそうです。

 ちなみに『ノドを鳴らさずに、響きで歌う』発声法で行ける高音はAまでだそうです。それよりも高い音は、このやり方では無理なんだそうです。だから、Bより上の音は、また別のテクニックが必要なんだそうですが、それはAまでをストレスなく歌えるようになってからの話…って事です。

 まあ、Aまで歌えれば、クラシカル・クロスオーバーの曲は大抵歌えるし、合唱のテノールパートならお釣りが来るくらいだから、まずは私もAまできちんと手中に修めたいです。でも、オペラアリアを歌うなら、Aまででは足りないので、当然、その先も学びたいですけれど…ねえ。

 夢を見るのはタダだからね(爆)。

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2013年9月 2日 (月)

サザンのパブリックビューイングに行ってきた

 標題の通り、2013年9月1日実施のサザンオールスターズのパブリックビューイングに行ってきました。念のため、書いておくと、私が行ったのは、ライブビューイングではなく、パブリックピューイングの方です。

 ライブビューイングは、日本全国120館の映画館で行われている生中継で、有料公演って奴です。画像音声ともにパッケージ販売レベルに仕上がっています。

 一方、パブリックビューイングってのは、コンサート会場近くに用意された別会場(今回は、市役所の駐車場:笑)で、本来はコンサートにやってきたけれど、入りきれなかった人たちのために行われるモニター中継の事。まあ、チケットを持たずにコンサート会場にやってきて、ダフ屋さんからチケットを買うつもりだったけれど、そんなダフ屋さんからもチケットを買えずに、モンモンとした気分の方々の慰めになれば…という理由で始めたヤツだと聞いた事があります。なので、パブリックビューイングは、基本、無料公演となります。

 13年前の時は、浜でパブリックビューイングと言うか、、当時のWOWWOWの放送を海の家が大画面放送をやって、会場に入れなかった人たちが、それを見ながら、浜でノリノリになったそうです。ちなみに、その浜でノリノリになった人たちは、当時の警察発表では6000人だったそうです。多いねえ。

 で、今回は、13年前の事も踏まえて、市と地元の観光協会や商工会議所がタイアップを組んで、パブリックビューイング実行委員会って奴を立ち上げて、公的な行事として、パブリックビューイングを実施することになったそうです。

 だからでしょうか? 当地は地元なのに、映画館でのライブビューイングは無しなんですよ。私はパブリックビューイングよりも、ライブビューイングの方が好き(だって、涼しいし、座れるし:笑)ですが、ライブビューイングしかないじゃ仕方ないです。ライブビューイングに行く事にしました。

 と言うのも、ここ数日、街中はどこもかしこも、サザンのライブがあるっというので、お祭騒ぎだし、ライブを無視しようとしても、我が家にいても外からコンサートの音が結構聞こえる(野外ライブだし、静かな街なので、コンサートの演奏音は、かなり遠くまで聞こえるんですよ)し、なんかそんな生殺し状態で祭りに強制参加しているような感じなので、だったら、受け身ではなく積極的に祭りを楽しんじゃえ~!って判断を下したわけです。

 ちなみに、私、サザンのファンではありません。なので、地元開催なのにコンサートのチケットを購入しようとは、カケラも思いませんでした(だってチケット争奪戦って、大変でしょ)。シングルヒットなら数曲カラオケで歌えるけれど、画面に歌詞が出ないと歌えないレベルです。桑田さんと原坊は個体識別できるけれど、誰が毛ガニさんか分からないレベル…って書くと、だいたい私のサザンレベルがどれくらいか分かるかな?

 まあ、それでも、サザンオールスターズと加山雄三氏は、地元の人間にとっては、基礎教養ですから、全然知らないわけじゃないんです。

 そんな私がパブリックビューイングを見に行く事にしたのです。

 まず、私がパブリックビューイングの開催を知ったのは、約一週間前。それも街中にある、市の掲示板に、地味なチラシで告知されているのを見つけて知りました。近所を散歩してなかったら、パブリックビューイングに気づかなかったかもしれません(笑)。どうも今回のパブリックビューイングは、そんなに積極的に宣伝をしていないようなんですね……って宣伝しちゃうと、全国からあふれるばかりの人がやってきて、大変な事になるから、最低限の告知しかしなかったみたいです。

 とにかく、その告知情報によると、ライブビューイングは『市役所の駐車場でやる』『開場は10時・開演は17時』『無料』『定員5000人』『近所迷惑だから、早く来て待つのは禁止』『車で来るな。自転車は隣の公園に止めろ』って感じかな?

 この日は開場時刻である10時に、そのすぐ近くにある市民体育館で第九の練習があって、妻がその練習に参加する(私は今年は第九に参加しません)ので、二人で出かけて、第九の練習前にライブビューイング会場の様子を見て、その日の行動を考えましょうって事にしました。

 ライブビューイング会場の様子を見るわけだから、その時間も考慮して、家を9時過ぎに出かけ、テクテクと歩いて会場に行きました。会場近くに来ると、急に人口密度が高まり、なにやら異様なオーラがあたりを包んでいました。開場まで、まだ小一時間もあるはずなのに、一体これは何?と思っていたら、どうやら整理券を配布しているようです。そして、整理券をもらって会場入りして、祭り本番モードになっている人と、整理券をもらえるかどうかとジリジリした思いの人とが渾然一体になって、異様なオーラを醸し出していたわけです。

 とりあえず、私たちも整理券の列に並びました。列の案内をするスタッフの人が「今から並んでも、整理券がもらえないかもしれませんが、それでも良いという人は並んでください」と何やら、不安を煽り立てるような案内(ヘタですね)をして、交通整理をしていました。

 近所ではスタッフさんに食いかかっている人もいました。「10時開場なのに、なぜ、もう開場して、整理券を配っているのか!」とか「昨日、市に問い合わせたら、早く来るなと言われたので、今来た(それでも小一時間も前ですよ)のに、これで会場に入れなかったら、どうするのか!」とか「整理券を配布するなら、事前に告知しろ!」とか、なんかもう必死です。

 後で聞いた話ですが、三時半ぐらいから並び始めたグループがいて(たぶん、余所の人。ま、ある意味、当然の行動ですね)、開場時間のだいぶ前から人が集まりすぎて混乱が生じそうだったので、警察が出動して主催者に掛け合って、開場時刻(整理券配布時刻)を早めたんだそうです。ま「早く来るな」と市の掲示板に出した程度じゃ、市民にしか情報が伝わらないって。無料公演だからねえ…余所の人たちは、いつものノリで深夜にやってきちゃうよね。そういうところ、お役人って詰めが甘いんだよね。で、そんな詰めの甘いお役人の言葉を真に受ける方が負けでしょ? ちなみに、結果的には、整理券は13時まで配布していたので、9時過ぎの段階でブツブツ言うのは、文句の言い損みたいだったようです。

 閑話休題。しかし、並んでいる列の中にも、サザングッズのTシャツを着込んだ人がたくさんいたり、サザングッズのバッグに荷物をたっぷり入れていたりして、なんかもう、皆さん、気合が入ってます。私の列の隣にいた人は、名古屋から新幹線の始発に乗って、やってきたんだそうです。どうせ中継なんだから、地元の映画館でライブビューイングでも見ればいいのにと言ったら「ここには、ぜひ来たかったんです」と答えてました。ま、当地は一応サザンファンにとって“聖地”ですからね。イスラム教徒のメッカみたいな場所なんでしょう。実際、サザン神社からは神輿が出て、近所を練り歩いたそうだし…。

 名古屋からの人の話を聞いていた、すぐそばにいたオッチャン(地元のオッチャンです)が「だったら近所を案内してあげようか」と言ってました。なんでも、そのオッチャン、桑田さんのお姉様のお知り合いの方(サザンの知り合いと称する人なら、地元には掃いて捨てるほどいます:笑)だそうで、余所の人の知らないサザン名所を案内してあげましょうって申し出たわけです。

 サザンがつなぐ、人の輪って奴ですね。

 列の中にいても、耳をすませば、あっちからやってきたとか、こっちからやってきたとか、そんなご挨拶が、列のあちらからもこちらからも聞こえてきます。なんか日本全国から当地のパブリックビューイングのために、わざわざやってきた人がたくさんいるみたい。聖地巡礼…ですか? お遍路の旅…ですか? 一体、どこから情報を入手したんでしょうね。蛇の道は蛇です。なんか、熱心なファンでもないし、近所から散歩気分で様子を見に来て、そのついでに並んでいる私なんて、なんか申し訳ないです。

 列に並びながら『たしかに整理券がもらえないかもなあ…』って思いました。だって、私がすでに会場に来た時には、整理券が配られていて、相当の枚数がはけてしまった後だし、私の前には約2000人ほどの人が列待ちしているし(私はパッと見るだけで、だいたいそこに何人いるか分かります。だってガッコのセンセだもん)、整理券の枚数は定員分の5000枚だろうから、確かに厳しいなあって思うし、列を並ばせているスタッフは「整理券はもう手に入らないかもしれませんが…」を連呼しているし、実際にそのコメントを聞いて、諦めて帰っている人もいるし、だから、どうしてもパブリックビューイングを見たい人々がヒートアップしているのも分かります。

 でも、文句を言っても仕方ないし、所詮みんな、お行儀のよい日本人ですから、そんな事はあっても、混乱もなく、整然と列を作って、整理券をもらう順番を待ちました。で、30分ほど列に並んだところで、私の番がやってきて、整理券をゲットできました。やったね。

 整理券は腕に巻くタイプの奴。ダフ屋対策でしょうか、係の人に取り付けてもらったら、破らない限り外れないようになってました(上手く出来てます)また、チケットは12色用意されていて、その色で会場のどこに立つ(全席立ち見ですから)かが決まります。私は12色中10番目の色で、会場の場所的には一番後ろのブロックになります。画面からは遠いですが、真正面の位置だし、なにより、露店のすぐそばなので、買い出しが楽なので、結構いい場所だなって思いました。

 そうなんです。会場内には露店が数店出店しているんです。皆、地元の飲食店やグッズ屋で、サザングッズの販売はありませんが、地元のグッズやB級グルメがたくさん販売されていました。なので、食べ物、飲み物の心配はいりません。

 天気は快晴。気温は30度を軽く越してますし、日差しはキツくて日陰は無いし、風も吹いてないし、何よりも地面の照り返しがキツくて、まるでグリルの中にいるみたい。会場をぐるりと一回りして、様子を確認して、妻は第九の練習に、私は家に帰って涼む事にしました。

 整理券をもらったら、私のようにテクテクと帰る人もいましたが、そういう人は地元の人なんだと思います。でも、そういう人ばかりとは限らず、かなりの人数の人が、そのまま会場内に折り畳み椅子とかレジャーシートとか新聞紙とかダンボール(どこから持ってきた?)を出して、ひなたの中、座り込みを始めました。…ライブが始まるまでひたすら会場で待つんでしょうね。まあ、場所取りも兼ねているんでしょうが…それにしても、まだ開演まで7時間以上あるよ。この強い日差しの中で、7時間も待ってたら、カラダ壊しちゃうよ…と思いましたが、おそらく、そういう人は、余所の人で、知り合いもいなくて、土地勘もないので、ひたすら会場で待つしかないんでしょうね。それにしても、ちょっと心配。

 一応、主催者さんは、すぐそばにある市役所の6階(広いホールがあって、よく社交ダンスの競技場として使われています)をパブリックビューイングの人のための休憩所に用意してあるんだけれど、なんかそれがうまく会場の人たちに伝わっていないみたいなんです。で、暑さに堪えかねた人たちは、そばにある市民体育館のロビーに逃げ込んで、ロビーは芋洗い状態になったとかならなかったとか? 体育館の入り口でも、休憩所の案内とか立てておけば、ロビーがメチャクチャ混む事もなかったのに…まあ、役人のやる事には、手抜かりって奴がつきものなのは仕方ないのですが…。

 それに、体育館や市民会館の陰になって見えないけれど、その裏にはイオンがあるから、そこに行けばお茶だって飲めるし、食事も出来るし、イオンでなくても、近所にはいくらでも、喫茶店やファミレスがあるわけで、涼しい日陰で休めるんだけれど、土地勘がない人だと、なかなかそれらに気づかないのかもしれません。

 それにシートや椅子で場所取りをしていても、ライブが始まれば、主催者さんに撤去させられてしまうので、場所取りの意味ないし、画面は十分大きいし、PAもかなり巨大でハイパワーなモノが用意されているので、会場内なら、どこにいても、そんなに大きな違いはないので、場所取りの意味もあまり無いし…ああ、残念って思いました。

 とにかく私は一度自宅に戻って、カラダを冷やして、昼御飯を食べて、テレビを見て、本を読んで、オヤツを食べて、夕方から始まるライブビューイングに備えました。

 ライブは17時半開始なので、私は16時半まで家でゆっくりして、それからのんびりと出かけました。持ち物は、タオルとウエストポーチと水筒だけ。ウエストポーチには、財布とちょっとしたオヤツだけを入れました。いやあ、どうせ立ち見なんだから、軽装の方がいいでしょ?

 会場に到着したら、会場は宴会場となってました。あっちこっちにレジャーシートが敷いてあって、酒盛りジャンジャンです。ああ、そうか。この人たちは場所取りをしていたのではなく、コンサートにかこつけて、昼間から宴会をしていただけなんですね。桜を見ない花見客と同じです。しかし、コンサート前なのに、こんなに飲んじゃって大丈夫なのかな?

 私が到着した頃はまだ、会場はスカスカだったので、私は自分たちのブロックの前の方に行けました。全体的に見ると、会場のほぼど真ん中正面。ある意味、一番良い席かもしれません。

 時刻が17時を過ぎたあたりから、主催者からレジャーシートの撤去命令が出ました。素直に片づける人が大半ですが、中にはシートを敷いたまま行方不明になっていて、誰も片づけないシートがあったり、酔っぱらって動きが固まったオッチャンが座っているシート(当然、片づけられない)もあったりして、なかなかフリーダムだなあって思いました。無料コンサートですから、サザンが第一目的ではない人も大勢いらっしゃるわけです(って、私もその一人か:笑)から、仕方ないです。

 開演前のほんの少しの時間に、会場諸注意があったり、市長の挨拶があったり、みんなで市歌を歌ったり、ウェーブの練習したりしているうちに、中継がつながり、15分遅れでコンサートが始まりました。

 どうやら、今回のパブリックビューイングの映像は、全国の映画館で上映しているライブビューイングのモノと同じだったようです。同じモノをお金を支払って見ている人もいるのに、我々は無料で見せてもらえて、なんか申し訳ない気分に、ちょっとだけ、なりました。

 コンサートそのものは、いつものサザンのコンサートです。まあ、面白いけれど、子どもには見せたくないコンサートだよなあ(笑)。まあ、コンサートの感想は、きっと、あっちこっちのブログで書かれるだろうから、私は書かない。ま、最後のミュージカル仕立ての曲は意外性に富んでいて面白かったとだけコメントしておきます。

 それよりも、色々と気づいた事を書きましょう。

 まず、パブリックビューイングは野外だったし、大勢、人もいたし、ノリはいいし、まるでコンサート会場にいるような気分になれました。ま、あくまでも気分だけだけどね(笑)。なにしろ、実際に本会場にいないのだから、気分だけですよ。でも、本会場でも、ステージ近くの席なら、メンバーを肉眼で直接見れるし、ホースで水もかけてもらえるからいいけれど、外野席とかグラウンドでも後ろの方だと、本人たちの姿なんて米粒程度にしか見えないから、結局、モニターを見ているわけだし、音声は、すべてPAなんだから、どこにいても同じだしね。最後の花火も、実はパブリックビューイングの会場からも見えました。案外、本会場とパブリックビューイングの会場は近くだったんです。なので、パブリックビューイングにいたのだけれど、まるで本会場でコンサートに参加しているような気分になりました。それに、桑田さんも、よく「駐車場のみんな~!」とか呼びかけてイジってくれたしね。

 一部の人を除いて、会場にいる人たちは、みんなお行儀が良かったです。自分のパーソナル・スペースを守って、いくら音楽にノリノリになっても、狭い空間で収まる程度のノリで、外国だとライブと言うと、踊りだす人たちもいるけれど、こちらでは腰から下は微動だにせず、ただ腕だけでノリノリになる人が多かったです。さすがはパラパラの国というか、盆踊りの国と言うか、省スペースで楽しむすべを知っています。

 …ま、それにも関わらず、私はフニフニとずっと踊ってましたが(笑)。だって、拍手をしたり、ウエーブをしたり、腕を動かすのって疲れません? 私は腕を動かすくらいなら、腰を振ってたり、ステップを踏んでいる方が楽だよ(爆)。

 ライブ中に露店で買い物をしよう…なんて企んでいましたが、ライブは休憩も無しでノンストップだったので、露店に行けませんでした…ってか、露店は会場から開演までの7時間の酒盛りのためにあったみたいでした。いっぱい売れたみたいで、会場はカクテルと唐揚げの匂いが充満していたほどですからね。

 写真撮影は禁止なんだけれど、それをシカトする人が多くて、ちょっと目に余りました。だいたいそう言う事をするのは、団塊の世代のオッチャンたちと若い娘さんたちですね。遵法精神(ってかマナー意識か?)が希薄になる年齢なんでしょうか? だいたい、パブリックビューイングの画面なんて、携帯のカメラで取れるはずも無いのに…ねえ。

 コンサート帰りは混雑するかと思っていたら、道はさほど混まず、スーパーのお惣菜コーナーがメッチャクチャ混みました。ああ、やはり、地元の人が大勢来ていたみたいです。私も夕飯のお弁当を買って帰りましたとも。

 なんだかんだと言って、13年ぶりの“祭り”だった…と思います。地元の商店街はホクホクだったでしょうし、地元住民は迷惑だったかもしれないけれど、悪い事ばかりでもなかったわけだし、10年おきぐらいの間隔で開催するなら、また次があってもいいかもね。でも、10年後ぐらいにコンサートをやるとして、私は何歳かな? いや、それよりもサザンのメンバーは何歳なんだろ? それを考えると、今回が実は最後のコンサートだったのかもしれないね。まあ、いいか。

 疲れたけれど、楽しかったよ。

P.S. 市長さんが挨拶の中で「サザンオールスターズの演奏会」と言って失笑されてました。まあ、ロックコンサートを「演奏会」とは、なかなか言わないよね。当地の市長さんは、市民合唱団で活躍していた、いわば“クラシック系音楽”の人なので、ついつい「演奏会」って言っちゃったんでしょうね。私はそれを微笑ましく見てました。「頑張れ、市長!」って、心の中で応援していたりしてました。

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2013年9月 1日 (日)

うれしいけれど、ヒヤヒヤ[2013年8月の落ち穂拾い]

 “ひとこと”からの続きになりますが、2013年8月31日現在、Borderless Musicの『音楽ブログランキング』で第1位を継続しています。ありがとうございます。

 “ひとこと”で書いたように、2003年8月27日(火)に一度、2位に落ちてしまい「やっぱりなあ…」と思ってましたが、翌28日(水)には、またも第1位に返り咲きです。ほんと、うれしいです。クリックして下さった皆様、本当に感謝です。

 同じように第1位を継続している日本ブログ村は、クリック数を過去一週間の総計で計算しているので、順位の上がり下がりも穏やかで継続性がありますが、Borderless Musicの『音楽ブログランキング』は、クリック数を火曜日の早朝にチャラ(つまり0点にリセット)して、そこからの累計で毎週毎週新たに順位を決めています。ですから、ここの順位は激しくするんですね。月曜日に5位前後にいたのに、翌火曜日は150位にいきなり順位が下がるなんて、よくあります。

 ですから、今週はこのまま第1位をキープ出来たとしても、来週は100位あたりを低迷している事もありえます。それくらい、ここのランキングはヒヤヒヤなんです。第1位になれて、とてもうれしいけれど、これも次の火曜日までと思うと…ほんとヒヤヒヤなんです。

 ああ、心臓に悪い。

 でもでも、クリックしてくださった、皆様。本当に感謝です。応援サンキューです。

息をお腹で支える

 「息をお腹で支える」の感覚が分からない方は、息をお腹で支えた経験が無いから分からないのです。でもね。普通に生活している方にとって、息をお腹で支える必要なんて、これっぽっちもありませんから、そんな経験が無くて、当然です。だから、しっかり意識して練習しないと「息をお腹で支える」感覚って奴は、身につきません。

 とりあえず、お辞儀をしているような感じで前屈姿勢をとって、口を大きく縦開きにして、夏場のワンコのように舌をベロンと出してください。その状態のまま、息を吸って、吐かないで堪えてください。その堪えている状態が「おなかで支える」に一番近い状態です。

 とは言え、最初はこれすら出来ないかもしれませんが、そうであっても大丈夫。こんな事、日常生活の中には無い動きですから、それようの筋肉がちゃんと機能していないだけです。この程度なら、少し練習すれば、すぐに出来る様になりますから、ご安心を。

ポピュラーソングは歌本で

 “フルートで流行りの歌を吹きたい”なんて時、皆さんはどうしてますか? 楽器店に楽譜を探しに行く…というのは、まあ良いでしょう。そこで、まっすぐに管楽器の楽譜のコーナーに行って、フルート譜で目的の曲の探しませんか? 運良く目的の曲の、フルートようの楽譜が見つかったところで、その楽譜では、演奏するのがなかなか難しくって「ううむ、どうしよう…」と悩んじゃった経験のある方、大勢いらっしゃるのでは?

 腕に覚えがある方ならともかく、“流行りの歌をフルートで吹きたい”と思う人は、たいてい、まだまだ初心者に毛の生えた程度の腕前だったり…するでしょ? かく言う私も、そんな程度です。

 せっかく吹きたい曲の楽譜が見つかったのに、なんか難しそうで、ちょっと手が出ない…なんて、悲しいですよね。

 私に言わせれば、管楽器コーナーのフルート譜の中から探すから、難しい楽譜とぶつかっちゃうだよ。

 別にメロディを吹くだけなら、ヴォーカル譜でいいじゃない? あるいは、ピアノの弾き語り(弾き歌い)用の譜面でいいじゃない。つまり、歌本でいいんじゃないの?

 だいたい、ピアノ伴奏の歌本なら、歌であろうとフルートであろうと、似たようなものです。いやいやむしろ、同じ曲なら、断然歌本の方がメロディー簡単(笑)です。歌詞も付いているから、知っている曲なら譜読みも楽だし(爆)。

 ただし、歌本は、時折、難しい調整で楽譜が書かれているケースも多いです。だって、歌には運指が無いので、どんなに複雑な調性でも全然OKなんです。また伴奏をピアノまたはギターで行う前提の場合、調性はフルートが得意なb系ではなく、#系の場合も多いです。その点だけ注意かな? まあ、移調すれば問題ないけれどね。

 なので、私はポピュラーソングを吹く時は、ほぼ歌本を使ってます。と言うのも「ポピュラーソングを吹く時は、歌本を使いなさい」って、前のフルートの先生に教えてもらったからです。

今月のお気に入り HDDケース

 この玄人志向の3.5インチのHDDを2台詰め込めるケースは、RAIDが使えて、なかなか良いですよ。SATAのハードディスクが余っているのなら、お薦めです。USB3.0なので、外部HDDとしても、なかなかの高速ですし、普段使わない時は、接続しなけりゃいいので、機械も痛まないし、内蔵HDDではないので、持ち運びも楽々。

 まあ、最近はクラウドも大容量化してきたので、そちらを使うという手もありますが、手元にリアルにデータをバックアップしたい人には、こういう選択もあります。

 私も、パソコンを新しくして、余ったHDDを、こいつに突っ込んでみました。160GB×2台で320GBの外付けHDDとなりました。「今どき320GB?」と鼻で笑っちゃうのは分かります。私のパソコンだって、内蔵ハードディスクは、Cが2TB、Dが1TBですからね。320GBなっても、大した事ないです。

 「1TBのUSBメモリも、もうすぐって時代に、320GBB?」

 それは私が手元の余ったHDDを再利用したからです。2TBのHDDを2台使えば4TBになるし、もっと大容量のHDDを使えば、それなりの大容量HDDになります。ね、そんなに捨てたものじゃないでしょ?

 もちろん、ストライピングだけでなく、ミラーリングも可能ですから、バックアップに特化させたいなら、そういう使い道もあるし、2台のHDDを別々のドライブとして認識させるのもOKです。

 ね、そう考えると、ちょっと面白そうでしょ?

今月のお気に入り ピークフローメーター

 喘息持ちの皆さん。私、こいつを買いました。こいつは吐気の強さを計る簡易な計測器で、つまりは、息をする力が分かります。喘息の発作を起こすと、面白いぐらいに吐気が弱くなるので「ちょっとヤバイかな」と思ったら、こいつで確認して、病院に連絡するかどうかの指針となります。

 私のように、ついつい頑張っちゃう人には、良きアドヴァイザーになってくれます。医療機器なのに、そんなに高くないし、喘息の方にはお薦めです。ちなみに、ピークフローメーターの数値の設定は、私は、こちらのサイトを参考にしてます。

今月の金魚

2013年8月27日 タニシを100匹をゲット。

今月のひとこと

 ノドとムネが焼けるように痛いです。おそらく、シックハウス症候群の類に罹患したようです。現在、職場の建物の内装工事をしていて、そこで仕方なしに働いているわけですが、窓締め切り(窓は開けちゃいけないそうです)の中、接着剤と有機塗料の匂いがプンプンする場所で一日過ごしています。平気な人は全然平気なのですが、私はノドとムネが焼けるように痛く、頭痛もするし、微熱も出てきました。マジ、やばいです。早めに夏休みを取らないと死んでしまうかもしれない(マジで)。(2013年7月30日~8月1日)

 ついにシックハウス症候群モドキで、寝込んじゃいました。一足早く、夏休みを取る事にしました。いくら仕事をしなきゃならなくても、肝心の職場にいると具合が悪くなるんじゃあ、自宅に避難しているしかないものね。シックハウスのおかげで、喘息まで誘発されてしまって、もう散々です。シックハウスの毒気は抜けても、喘息はまだ抜けませんし、ついでに夏風邪もひいちゃったようで、もう、オジサン、散々です(涙)。(2013年8月1~3日)

 日本人は、意識するいないに関わらず、天皇を基盤とした透明な国体の中で生きている…と私は思います。一方、韓国という国では、反日思想がどうやら国是のようですが、それは反日思想がないと、人々が国家としてまとまらない、と言うか、人々を韓国という国家に結びつける接着材的な思想が反日思想なんだろうと思います。反日とは、日本的な精神を拒否する事、日本の透明な国体を拒否する事であり、それによって、我が身の立ち位置を確定する事。つまり、日本の透明な国体を過度に意識し、あえて逆らうのが、反日思想の本質なんだと思います。まあ、反日思想とは日本の国体あっての思想であり、その日本の国体の中で生きるか、日本の国体を羨んで生きるかという、距離の取り方が違うだけで、実は日本人も韓国人も同じ透明な日本の国体の中で生きているとも言えます。それは学校という場で、学校が決めた枠の中で素直に生きる生徒(いわゆる優等生)もいれば、あえて枠に逆らいながら枠から決して飛び出さずに生きる生徒(不良と呼ばれる生徒)もいる…ような感じなのかもしれません。(2013年8月3~6日)

 今朝(2013年8月6日)の記事が、日本ブログ村では、昨日の記事として登録されています。送信したのは間違いなく今朝なんだけれどなあ…? ちょっとバグっているのかしら? まあ、無料で利用させてもらっているのだから、文句を言うべき筋合いではないけれど、あそこ的には、本日の私は、記事をアップしていない事になるわけで…あそこからウチにやってくる人にとっては「あれ? 今日はすとんさんの記事は?」とか思われたら…ってか、それ以前に今日の記事に気がついてくれない人も大勢いるかと思うと、ちょっと残念すぎる気がします。(2013年8月6~7日)

 やっぱりと言うか、何と言うか…。昨日(2013年8月6日)の記事は、日本ブログ村的にはアップされていない事になりましたが、そのせいでしょうか? 昨日の日本ブログ村の得点の低いこと低いこと、そりゃあ目を覆うばかりでした。やはり毎日記事をアップする事(アップ自体はしたんだけど…)って大切だなって思いました。まあ、ブログ村の順位のためにブログをやっているわけじゃないけれど、そうは言っても、順位が下がるのは、正直嬉しいものではないです。なんか「ぐぬぬぬぬぬぬ…」って感じかな。特に今回の件は事故みたいなものだしね。ほんと「ぐぬぬぬぬぬ…」って気分です。(2013年8月7~9日)

 これは書いておかないと…。次の日曜日に発表会を迎える私ですが、すべての演奏が終わったところで、皆さんをお見送りするために、私はロビーに出ていく予定です。もしも、私に声をかけたいと言う方は、そこでお声がけをよろしくお願いします。自分が逆の立場の時って、楽屋に尋ねて良いものか、それとも出待ちをした方が良いか、よく悩むのですが、皆様には、そんな心配はさせませんよ(笑)。(2013年8月9~11日)

 さて、本日は声楽の発表会でございます。頑張ってきますので、応援やらお祈りやらを、ひとつ、お願いします。あと、発表会後は、ロビーでお見送りをするつもりですから、私にお声掛けをしたいという方は、そこでお願いします。(2013年8月11日)

 とりあえず、一山越しました。お越しいただきました皆様、感謝です。応援&お祈りくださった方々、感謝です。さて、来月はフルートアンサンブルの本番、再来月は再び声楽でクラシック・コンサートが待っています。ううむ、秋は芸術の秋だから、忙しい忙しい…。(2013年8月11~13日)

 いわゆる、お盆休みですね。今年の私のお盆休みは…ひたすら、おニューなパソコンの環境づくりって奴かな? とにかく、パソコン環境を整備しないと、音楽の練習を含めて、何もできないものね。で、これが結構時間かかるんだよなあ…。でも、楽しいから、許す。(2013年8月13~15日)

 ええと、新記録が出たので、ご報告します。2013年8月14日(水)の訪問者数が1205人でした。それ以前の最高記録が1081人(2012年5月28日)でしたので、一気に100人以上もの記録を更新したわけです。まあ、最近は常に1000人前後の訪問者がいたので、いつかは新記録が出るだろうなあ…とは思っていたもの、その新記録の日が、私が撃沈した音源をアップした日だったとは…心中複雑極まり過ぎちゃって困ってます(笑)。まあ「他人の不幸は蜜の味」ですからね。これで私も、全世界に恥をさらした甲斐があったというものです。ご来場いただきました方々には、あつく御礼を申し上げます。ほんと、感謝です。ありがとう。(2013年8月15~18日))

 ああ、お盆休みが終わる。私の夏休みが終わる。久しぶりの職場だけれど、有機溶剤の気化ガスは残っていないかしら? ああ、アレルギーを起こさずに済むが…ちょっと心配です。(2013年8月18~21日)

 先程、エアコンの取り付け工事が完了しました。取り付け時間は…約2時間半。まあ、オペラ1本を休憩無しでDVDで見ると、これくらいの時間となるかな? そう考えると、エアコンの取り付けって、結構時間がかかりますね。ちなみに私は、このためだけに、お仕事をお休みして、取付工事につきあいました。いやあ、新品なエアコンは快適ですね。以前のモノとは冷気の質が違う感じで、新品さんの方がまろやかな冷気を出しているような感じがします。まあ、20年も経てば、エアコンも進化するって事ですね。とりあえず、これで、この夏の熱中症の危険性が大いに下がったというわけです。ああ、良かった。(2013年8月21~22日)

 最近流行っている“LINE”って、韓国資本の韓国企業だったんだね。そんな企業に、登録のために、電話番号とかアドレス帳とかの情報を渡しちゃった人、大丈夫? まさか、本名で登録した人はいないよね。一度流失した情報は消せないからね、御愁傷様。登録した情報は、確実に韓国に流されているでしょう、悪用されないといいですね。でも、知らずに使っていた人は、ほんと、エラい迷惑だし、かわいそうだと思います。(2013年8月22~27日)

 やっぱり続かなかったか(笑)。何が続かなかったかと言えば、Borderless Musicの『音楽ブログランキング』の第1位。2003年8月25日(日)に第1位になった事に気づきました。まぐれもあるし、ここのランキングは毎週火曜日に一度チャラになるので、一週間ぐらいは1位を独走してから喜ぼうと思ってました。で、翌26日(月)も第1位。その翌日のランキングがチャラになる火曜日も、午後までは第1位でした。「ほほぉ~、これなら喜んでも大丈夫かな?」と思っていたら、その日の夜には、いつも1位を取っているブログさんが1位になって、私は2位になってました。まあ、そんなモンだよね。ほんの3日間だけだったけれど、第1位が取れてうれしかったです。それにまあ、日本ブログ村の方は『フルート人気ランキング』と『声楽人気ランキング』が1年以上に渡って第1位なんだから、あまり贅沢な事を言ってたら、バチが当たりますからね。これくらいで、ちょうどいい。これくらいが、ちょうどいい…です。いや、ちょうどいい、どころか、身に余る光栄なんだよね。それを忘れちゃイケません。(2013年8月27~30日)

 近所の知り合いの家の22年使い込んだクーラーが壊れたそうです。で、その日のうちに電器店に行って、豊富な在庫の中から新品を選んで購入。その翌日には取付工事完了だったそうです。ああ~、私とはエラい違いじゃない? ほんと、私の場合は、タイミングが最悪だったんだろうなあ(涙)。(2013年8月30~31日)

 ちょっとした軽い交通事故にあって、右膝を痛めてしまったみたいです。事故直後~半日程度は全然平気でしたし、普通に生活している分には平気なのですが、膝を床に突くとジワ~と強めで継続的な痛みを感じます。石の舗道に強打した程度なのに、カラダが負けるとか…情けないやら、呆れるやら、ああ、年は取りたくないものだね。(2013年8月31日)
 
 

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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