ひとこと

  •  もうすぐ選挙ですね。選挙は、それぞれがご自分の思想信条に従って投票すれば良いことですが、その際に、枝葉の小さな問題に捕らわれて、大切な事を見失わないようにしないといけません。選挙は人気投票でもなければ、誰かを懲らしめるための手段でもありません。我々の子どもたちに、日本という国を安心安全に譲り渡すために、今何をしなければいけないのか、そしてそれを目指しているのは誰なのか、そこらへんを見極めていくことが大切なのです。問題は今ではなく、未来なのです。
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2013年5月の記事

2013年5月31日 (金)

カラダが弱ると、ココロも弱ります[2013年5月の落ち穂拾い]

 カラダが疲れていると、心が弱まるし、ささくれだちますし、ちょっとした事にもイラってきます。カラダの健康って大切だし、疲れをためないって事も、大切なんだなあ…と、いい年して感じています。いや、いい年しているから感じているのかな? 若い時だと、とりあえず体力だけはあるから、その体力って奴で、何事も乗り越えられたのかもしれないけれど、今となっては、体力と若さは常時品不足ですから、それで色々と感じるんでしょうね。

 定年まで、あと数年という私ですが、定年までカラダが持つかしら?
 
 
新人の時の気持ちを忘れない

そう、世間の人って「お年寄りに親切」なんです。

 ある日を境に、急にその事を自覚するんです。それはおそらく、人はある時を境に、グンと成長することがあるように、グンと成長して“お年寄り”の範疇に入るからだろうと思います。

 なので、お年寄りの範疇に入ったばかりの頃は、それにとまどい、他人からの親切にドキドキしたりします。…やがて慣れてしまうのでしょうが、私はその時のドキドキを忘れずに、いつまでも『親切にしてもらえる事に感謝する気持ち』を忘れずにいたいなあと思ってます。

 新老人の誓いです。
 
 
ブログに書いていい事、悪い事

 時折「そんな事をブログに書いて良いと思っているか!」とクレームをつけて、記事の削除を求めてくる人がいます。…あなたは中国共産党の言論統制部ですか?…とか思ってしまい、ちょっと心がささくれ立ちますが、私もオトナなので、無駄な言い争いをしても仕方ない(ってか面倒くさい)ので、一応、内容を精査して削除に応じる方向に動きます。

 動きますが…それでもやっぱり「そんな事をブログに書いて良いと思っているか!」と言われると「良いと思ってますが、それが何か?」と言いたくなります。

 なぜなら、ここは私のブログであり、私の私的な電脳空間だからです。もちろん、私的な電脳空間であっても、全世界に公開されている事は自覚しています。

 自分の私的なブログに、何を書こうが、原則、私の自由です。つまり“表現の自由”、これ、ネットの世界の常識ね。もちろん、何を書こうと自由ですが、何を書いても良いわけではありません。でも、何を書いて、何を書かないかの選別基準は、全く個人の自由なわけです。これもネットの常識ね。

 私の考える、書くべきではない事。それは…『嘘』『誹謗中傷』『悪意をもって他人を貶めるような文』かな。あと、書いちゃいけないとまでは言いませんが『社交辞令』や『オベンチャラ』も、リアルな世界ではそれなりのコミニュケーションツールとして役立つでしょうが、ネットの世界では不要だし、むしろ御法度でしょうね。

 ま、だいたい、クレームをつける人って『自分のことは棚に上げている人』か『ネットとリアルをゴッチャにしている人』か『他人を常に自分の支配下に入れておかないと不安でしょうがない人』か『心が脆弱な方』…のいずれかですね。前三者については、呆れるしかないのですが、最後の『心が脆弱な方』には同情するし、そういう人を無闇に不安にするつもりは私にはありませんから、最低限の配慮って奴は、これからもしていくつもりではあります。
 
 
脅しに屈しない

 前のコメントと関係しますが(笑)。

 ブログをやっていると、時折、脅迫されます(笑)。メールで脅してくる人は、まだケンカのやり方を心得ている人で、中にはコメント等の公の発言で脅してくる人もいます。これって、道端で因縁ふっかけてくるようなモノです。脅迫された側よりも、脅迫した側の方が、失うものが多いでしょうに…。

 だいたい脅迫してくるのは、オジサンですね。オバサンは脅迫しません。オバサンとか若者ってのは、黙って立ち去ります。ブログ筆者にとって、怖いのはどちらかと言われると、脅迫される事よりも、黙って立ち去られる事なんですけれどね。

 脅迫の内容っては、どれもこれも判で押したように同じで『オマエの事を○○さんにチクってやる』ってタイプね。で、だいたい「あなたのおっしゃる○○さんって、一体どなたの事? それって美味しいの?」って事が大半です。つまり、当てずっぽうで脅しにかかっているわけです。これって、いわゆる“恫喝”って奴で、リアルな場面では、オジサンって声大きいし、社会的なポジションもそれなりにあるから、この手のブラフでも十分戦術としては役に立つのですが、ネットでは、よっぽどの小心者でない限り、この手の恫喝に屈する人はいません。それどころか「あのオヤジ、痛い…」と他の読者さんに認定されてお終いなんです。

 それよりも、他人のブログにクレームをつけるなんて、よっぽど暇なんだろうなあって思います。まあ、そこまで気にかけていただけるというのは“愛情の裏返し”表現なんだろうと思いますので、それはそれで丁寧に対応させてもらうようにしています。 
 
 
今月のお気に入り マイクロソフト ワイヤレス キーボード+マウス Wireless Desktop 3000

 これ、いいですね。ワイヤレスのマウスは以前から使ってましたが、キーボードもワイヤレスにすると、パソコンデスクが広く使えていいです。とにかく、ワイヤレスだと、ちょっと退かしたり、片づけたりするのが、本当に楽です。日本語には『ヒモ付き』という言葉がありますが、やはり『ヒモ付き』は不便ですって。

 キーボードって個人の好みが激しいのですが、このキーボードは、割と私の好みに合ってます。キータッチ、いいですよ。キーの大きさや配列も私好みだし、パームレストがいい感じでgoodです。オマケキーも結構便利だし、ほんと、私好みです。

 マウスの方も、大きさが私の手にシックリくるし、クリック感がしっかりしていて、本当にgoodです。

 あえて欠点をいうと…今のところ、欠点なんて、見つからないや(笑)。

 ただし、これほど私のお気に入りのキーボードなんですが、現行製品のくせに、大手パソコン屋ではほとんど見かけませんね。人気無いのかな? それとも近々現行ラインナップから外れる予定なのかな? なんか、残念です。

今月の金魚

2013年4月27日(土) ハナジロが転覆。すぐに入院させる。その後、マツカサ病を併発する。かなり、心配です。

今月のひとこと

 今年のゴールデンウィークは、カレンダーどおりだと、三日休んで、三日働いて、四日働いて、四日働いて…という感じですね。『大型連休』とは言えませんが『飛び石連休』とも言えません。あえて言うなら「“連休”が週の前半と後半にある五月の第一週」って感じでしょうか? ちょっとくどいですね(笑)。間に挟まった三日を休めるなら、十日間の大型連休になるんでしょうが、いくらアベノミクス効果とは言え、世の中、まだまだ不景気ですから、十日も休める人はなかなかいないでしょう。もっとも、私は祝日も出勤だったりするので、あまり景気よく休めないのが残念です。ああ、世間の人が休みの日に働くと、なんか余計に疲れちゃうような気がします。(2013年4月29日~5月4日)

 ゴールデンウィーク後半に突入しました。例年のごとく、ラ・フォル・ジュルネに出かけております。楽しいは楽しいのですが、なんか、今年のラ・フォル・ジュルネは祝祭感に欠けるような気がします。それはなぜ? 私が飽きたから? それとも、あまりに人出が少ないから? それとも展示ホールがスカスカだから?(2013年5月4~6日)

 おや、2013年5月5日の老犬ブログへのアクセス数が、過去最高の2422ページとなっておりました。記事中に「毎年、ラ・フォル・ジュルネの連載を始めると、ブログへのアクセスが減り…」と書いたばかりだったのですが、ごめんなさい、私、読者の皆様をみくびっておりました。ラ・フォル・ジュルネの記事で過去最高を更新するなんて、ほんと、驚きです。ああ、感謝です。ありがとうございました。(2013年5月6~7日)

 すごいなあ…。つい先日、過去最高アクセス数を更新したと思った、その翌日である2013年5月6日(月)のアクセス数が、またまた記録更新。今度は2435ページです。すんごいですよ、一日でこれだけの数のアクセス数があるなんて…。なんか、良くないイタズラでも仕掛けられているんじゃないかと、調べてみたけれど、特にそういう形跡はありませんでした。ああ、この数字はマジなんだ。ありがたや、ありがたや。皆さん、本当に、感謝です、感謝です。(2013年5月7~8日)

 三日連続、記録更新だー! 2013年5月7日(火)のアクセス数が2533ページでした。一体、何があったのか? どうも、イタズラではなさそうだし…、もしも2チャンネルあたりにさらされていたとするなら…それはそれで嬉しい! とにかく、日々、老犬ブログへのアクセスが増えているのは、本当に嬉しいです。ありがとうございます。励みになっております。感謝感謝でございます。(2013年5月8日)

 事情があって、シンナーを自室のあっちこっちに振りまいていたら、うっかり、パソコンのキーボードに降りかかってしまいました。はい、溶けました(笑)。プラスチックはシンナーに弱いんだねえ…。まあ、使えないわけじゃないけれど、ちょっと、使い心地が悪いです。替え時かな…。(2013年5月8~12日)

 あー、溶けたキーボードはさすがにイヤなので、買替えました。今度はワイヤレス。マイクロソフトの3000という、キーボードとマウスのセット。本当はIBMのプリファードにワイヤレス版があれば欲しかったのだけれど、無い物は仕方がない。でも、マイクロソフトのキーボードもなかなか良いです。今度のは、色々な事がキーボードからできる、なんかスグレモノです。ニコニコ。(2013年5月12~15日)

 私のフルートの前の先生である笛先生が、現在、ブラジルにショーロの勉強に行っております。やっぱり、本場の空気を吸ってこないと、学べない事ってあるもんなあ…。そんな向学心あふれる方にフルートを習っていた事を誇らしく思います。(2013年5月15~18日)

 ひいきのアーチストさんの作品の買いつけ(笑)にデザフェスに行ってきた。ご本人から直接購入できたので、真筆間違いなし(爆)。(2013年5月18~20日)

 山の頂上まで来たら、いずれは下山しないといけません。それは何事も同じこと。1年以上、ブログ村の声楽ランキングで第1位を続けてきましたが、ついにそれを譲り渡さないといけない日がやってきたようです。まあ、最近、忙しくて、コメントのお返事とかも遅くなってしまっていたからなあ…仕方ないかもなあ。ちょっと寂しいけれど、少し楽な気分になりました。(2013年5月20~24日))

 老いてますます、肉が喰いたくなりました。生活スタイルは、相変わらず、あっさり草食系なんですが、食事だけは肉食系になりつつあります。なんか、炭水化物を食べるのはモッタイナイ、なるべく肉・肉・肉の食生活をしたいと、ココロとカラダから願っています。ああ、タンパク質だけで空腹を満たしたいものです。(2013年5月24~30日)
 
 
 今月は以上です。よろしくお願いします。

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2013年5月30日 (木)

ひがんでいるわけじゃないけれど、成り金さんって、うらやましくないんです

フルートのレッスンに行ってきました。

 今回も職場で「何事も起こりませんように…ちゃんとレッスンに行けるように…」と祈りながら一日を過ごしました。夕方になり「…ああ、無事に今日も終わりそうだ…」と安心した途端に、大抵、事件って起こるものですね。

 無事を祈れば祈るほど有事が発生する…なんて事って、マーフィーの法則にでも書いてあったかな?

 とにかく色々と事後処理をして、それから慌てて行ったので、今回は、ちょっと遅刻気味程度で済みました(ほっ…)。で、少し遅れて教室に入ったところ、まだ姉様がレッスンをしていました。「やれやれ、先生にご迷惑をかけずに済んだ」と思ったものの、なんか、いつもと雰囲気が違います。どうやら、姉様も遅刻していて(それも大幅遅刻)、今レッスンを始めたばかりのようなんです。なので先生から「ちょっと待ってて!」と言われて、ほぼ最初から姉様のレッスン見学をしてしまいました。

 ちょっとラッキーかな?

 当たり前ですが、姉様のレッスンは、私がやっている練習曲なんかよりも、ずっとずっとインクの量が多い楽譜でレッスン受けてました。聞いているだけで「ああ、きっとこの曲、すごく難しいんだろうなあ」って分かるほどの難曲を吹いてました。フルートって、こんな難しい練習曲もあるんだなあ…。

 それにしても、姉様と先生のデュエットは…なかなかのモノです。こんな見事な演奏を無料で聞いてしまって良いのかしらねえ?

 さて、姉様のレッスンも終わり、いつものロングトーン練習です。レンタちゃんほどではありませんが、なんとか実用範囲で、姉様と音程でバッチリ合わせられました。アゲハでは、ムラマツフルートと音程合わせてハーモニーを作るのは難しいのですが、頑張りましたよ。私も少しずつアゲハの吹き方を思い出しているみたいです。アゲハは…吹くのにコツがいるフルートだからね。

 アルテの15課8章の『Des-durのロングトーン』をパパっとやったら、本日の宿題の披露です。まずは2番『アルペジオ基本練習』ですが、なんとかこなせました。まあ、アルペジオの中には、ミbとソbが出て来ないからなあ(爆)。とりあえず合格。

 続く3番のトリルも合格。しかし、4番『Des-durのスケールとアルペジオ』と5番の『Des-durのクロマティック』は不合格、次週もう一度チャレンジです。いやあ、明らかな練習不足ですね(才能不足は…言いっこ無しでお願いします:笑)。

 ミニオン・エチュードの20番は、合格とは違いますが、次回までに装飾音符を付け加えて練習してくるように言われました。うむ、一歩前進したね。

 なので、今回は装飾音符の吹き方を教わりました。肝心なのは“さりげなく目立たぬようにアッサリ吹く事”なんですね。あくまでも“装飾音符”であって、オマケであって、ツマであって、決してメインディッシュじゃないんですね。だから、自己主張を感じさせる吹き方はNGなわけで、そういう地味系の作業が大の苦手である私は、ちょっとばかり苦労しました。

 何事も、目立たねば気が済まない私です(汗)。
 
 
 さて、本日の雑談は……音大の給与事情について、先生から赤裸々に教えていただきました。あまりに赤裸々だったので、その内容をネットに書くのは遠慮しておきますね。

 ただ、音大の先生として、きちんとやっていこうと思ったら、卒業しても学校から離れずに、学校の仕事優先でやっていかないと、勝ち組にはなれないのだそうです。演奏の現場で売れたから(H先生はこのパターン)とか、他の学校の方がサラリーがいいからとか、そんな理由で母校を離れてしまうと、二度と母校には戻れないわけで…なんて話を聞くと、音大に限らず、一般社会だって、結局、転職転職の人生よりも、冴えない会社でも新卒から定年まで勤めあげる方が、結果的には勝ち組っぽい人生を送れるのと一緒じゃんって思いました。

 あ、ここで私が言う“勝ち組”ってのは、アリとキリギリスさんのアリさんのような生き方の事を言ってます。つまり『ゼイタクできなくても、安心して安定した生活を過ごせる』のが“勝ち組の人生”って定義ですね。決して“一発千金でウハウハ成り金ライフ”を“勝ち組”とはしていません。ま、だから“勝ち組”と言っても、私の定義では、実にささやかな勝ちでしかないのだけれどね。

 成り金さんって、経済的にプラスだけれど、元々金持ちではなくて、成り上がった人なんだから、経済的にプラスになった分だけ、別の要素が絶対にマイナスになっているはずなんだよね。失ったものが、無価値で無意味なモノなら良いのだけれど、たぶん、本当は大切なモノを失って、その代わりに経済的にプラスになったから“成り金”さんになれたわけで、私的には、それなら経済的にプラスにならなくても、トントンでいければ、十分OKじゃんって思ったりするので、成り金さんって、勝ち組には思えないんですよ。

 つまり、身の丈にあった、小さな幸せをつかんで離さないでいられる事が、人生にとって大切な事なんじゃないかな。そう思います。でも、そんな「小さな幸せを握りしめたままでは、音楽家人生としては、どうなんでしょうね?…」と、他人事なので、ちょびっと煽ってみたりします(爆)。

 ああ、アゲハがピカピカして、まぶしい、まぶしい。

 そう言えば、エコール・マルセイエーズ・トリオのコンサートが近々あるそうですね、なぜかH先生がチケットをたくさん持ってます(笑)。まあ、同門のよしみだし、イロイロとあるんだろうなあ。私も見に行きたいのですが、平日の夜じゃ、行けませんぜ。

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2013年5月29日 (水)

後輩君がフルートを習い始めました

 後輩と言うのは、職場の後輩と言うか、私の後任の方です。

 私が昨年、某学校で吹奏楽部の顧問をやっていた話は散々書きましたが、今年になって研究部門から管理部門へと配置転換があり、それに伴って私の仕事内容が変わり、吹奏楽部の顧問を辞する事になった話は、以前書いたと思います。

 で、私の後釜として、私から見れば息子娘世代にあたる若い方(以下“後輩君”と呼びます)が、新しく吹奏楽部の顧問になりました。

 まあ、私の後任者なので、私の前任者とともに、後輩君を囲んで、楽しい楽しい会を開いたと想像してください。そして、そこで二人がかりで、後輩君に優しく優しくアドヴァイスをした…とまあ想像してください。決して、飲み会で新人にからんだわけじゃナイっすよ(笑)。

 とにかく、吹奏楽部の顧問になったからには、管楽器の一つや二つは出来なきゃダメ。ダメだ、ダメだ、絶対にダメだー。今すぐ、何か楽器を習いなさいーと、二人して、懇切丁寧にアドヴァイスをしたわけなんです。

 そんな事があってから数日して、後輩君がフルートバッグを持って、私の目の前を通りすぎたわけです。

 当然、呼び止めますわな(笑)。

 聞けば、数日前からフルートを始めたとの事。そして、部活の時間に、生徒と一緒になってフルートの練習を始めたとの事です。「普通のオトナと違って、毎日毎日、部活の時間に練習できるので、そこが恵まれていると思ってます。今は、放課後の練習以外に、朝練にも参加して、フルートの練習をしているんですよ」との事。うむうむ、よきかな、よきかな。

 新品のフルートを買ったと言うので、見せてもらったら、ヤマハの211でした。楽器のチョイスとしては悪くないですね。何でも初月給で購入したとか。初月給でフルートを購入なんて、なかなかカッコいいじゃないの。ちなみに私が初月給で買ったのはハンドメイドの万年筆だったけどね。

 「独学かい?」と尋ねたところ、部活の高二の生徒に習っているとの事。顔が浮かびました…はは~、あの生徒に習っているわけだね。まあ、今年はフルートに(生徒の)新人さんは加わっていないので、後輩君が新入部員代わりに鍛えられているって寸法だね。

 部に溶け込むために、新米顧問が部員から楽器を習うというのは、悪い手法ではありません。

 しかし、フルート初めて、やっと二年目の人間から楽器を習うと言うのは、部活としては常態だけれど、冷静に考えると、ちょっとヒヤヒヤですよね。

 『運指は必ず教則本で確認する事』
 『なるべく早い段階で、しっかりしたプロの指導者の個人レッスンを受ける事』

 これらを言いつけました。なにせ、彼はこれから吹奏楽部の指導をしていく人間になっていくわけですからね。部活の事は部活をしながら学べばいいけれど、楽器の事は、ちゃんとした指導者からしっかり学んでおく必要があると思うのです。変な癖がついてからでは遅い…と思うわけなんです。

 とにかく、若い人間がやる気をもって、前向きに動き出したのは、見ていて、気持ちいいですね。応援したくなります。私のような、オッサンがおっとり顧問をやるよりも、一緒に苦労してくれる若い人が顧問をやってくれた方が、何倍の生徒たちのためになるというものです。

 よかった、よかった。

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2013年5月28日 (火)

地元で椿姫のハイライト公演を見てきたよ

 日々、疲労困憊なので、今年度はコンサートに行くのを、かなりセーブしている私ですが、さすがに地元でオペラとなると、行かないわけにはいきませんし、知り合いがオケのメンツにいますから、疲れたカラダにムチ打って頑張って行ってきました。

 もっとも、オペラ公演と言っても、オペラ団体が主催しているのではなく、地元のアマオケさんの記念公演でございました。普段はオケ曲しかやらない団体なので、記念公演では、普段やらない曲をやりましょうって事でオペラに取り組んだようです(ってな事を、以前、団長さんのクチから直接聞いたので、たぶんそうなんでしょう)。

 演目は、ヴェルディ作曲の「椿姫」。オーケストラと合唱は、地元のアマチュア団体。ソリストはプロ(とプロの卵)。大道具は無し。衣装と小道具だけの、演奏会形式によるハイライト公演。場面がぶつ切りになってストーリーが分からなくなるので、それを解説する語りの方(プロのアナウンサーさん)が用意されていました。

 会場はほぼ満席の大入り状態でした。すごいすごい。

 肝心の演奏ですが……オケと合唱は、実に頑張っていましたよ。オケにせよ、合唱にせよ、普段演奏している曲よりも、オペラって難しい曲です(し、馴染みもないでしょう)からね。それなのに、あれだけ出来れば、もう立派なモノです。

 例えばオーケストラ。ソロの部分でコケようが、やたらとたくさん出てくる不協和音をキレイに響かせられなかったからと言っても、そりゃあ仕方ないってもんです。私はそれよりも、長時間演奏しつづけなければいけないオペラで、最後までしっかりと演奏しつづけられた事を評価したいです。よくやった、と思いますよ。少なくとも、歌手さんたちの足をひっぱるようなマネはしていなかったんですから、オペラ演奏始めての団体としては、もう上出来ですよ。ブラボーってなもんです。

 合唱もそう。乾杯の歌の合唱部分を、かなりの数のソプラノさんが、1オクターブほど低い音域で歌っていましたが、それは歌っている人々の年齢を考えれば、やむをえない事でしょう。なにしろ、歌っている方々は、下手すると、私の母よりも上の年代の方々ですからね。高音域は若さで出す部分がありますから、立派なご老人の方々が歌うには、あの音域は無理があります。だいたいオペラの合唱って、邦人作曲家の合唱曲なんかよりも、どのパートもずっとずっと高い音を使いますからね。年齢を召している方だと、本当に厳しいだろうと思います(私ですら厳しいですもの)。そこで、ムリヤリ高音域にチャレンジして音楽的に破綻するよりも、響き的にはかなり地味になりますが、1オクターブ下で歌った方が、音楽的には破綻が少ないというものです。

 そんな事よりも、イタリア語の歌詞の曲なんて、おそらく始めて歌ったであろう方々が、しっかりとイタリア語で歌いきっていた事に、私は拍手します。カタカナではなく、ちゃんとイタリア語に聞こえましたもの。きっと、たくさんたくさん練習したんでしょうね。

 それにしても、ハイライト形式による演奏会って、ソリストさんたちには酷だね…。私はそう思いましたよ。だって、全曲演奏なら、アリアを一曲歌っても、次のアリアまで、レチタティーヴォもあるし、他の役の人の歌や合唱があったりして、ノドを休める時間がきちんと作曲家によって用意されていますが、ハイライト形式だし、アリアを歌ったら、休む間もなく、次のアリアを歌わなきゃいけないわけです。聞いている方は、ある意味、ヒット曲のオンパレードで、ワクワクしっぱなしかもしれませんが、歌う側にすれば、息つく暇もないわけで、本当に大変だと思いました。

 特に、第1幕を、乾杯の歌から始めて、ヴィオレッタとアルフレードの二重唱、「そはかの人か」、「花から花へ」と、休むまもなく歌い続ければ、そりゃあソプラノさんはヘトヘトになるでしょ。ただでさえ、最後のアリアの二連発は厳しいのに、その前にお休みが全然ないんだもの。最後のアリアの途中で、ソプラノさんの顔色が曇ってきても仕方ないです。最後のEsを回避しても、私は許します。ありゃあ、仕方ないです。それに、そこを回避した以外は、しっかりした魅力的な声で歌いきったけですし、ほんと、ハイライト形式は、歌手泣かせの演奏形式だと思いますよ。

 それにしても、テノールさんは…美声でした。それにテクニック的にも十分でした。正直言って、こういう地方オペラでアルフレードを歌う人って、テクニック的に不足を感じさせる人もいます(ってか多い?)。それはアルフレードという役が、若くて経験の少ないテノールが歌う役だから、若さ故に仕方ない側面もあります。私は今まで、そんなアルフレードばかり聞いてきたので、正直「椿姫? テノールには期待できないね」と思っていたわけですが、今回のテノールさんは、実によかったです。あんなキレイな若い声できちんと歌われたアルフレードなんて、ほんと、素晴らしいです。あれを聞いて、私も(すでにジジイ声だけれど)アルフレードの曲を歌いたくなりましたよ(止めときますが:笑)。

 ハイライトなので、曲のあっちこっちがカットされているので、なんか聞いていて新鮮でした。しかし、第二幕第二場をバッサリ丸ごとカットしたのは、残念だったなあ。あそこは、合唱の聞かせ所がたっぷりあるじゃない? せっかく合唱団に参加してもらっていたのだから、合唱をたっぷりと聞きたかったですよ。

 それにしても、久し振りに生演奏で音楽を聞きました。…ラ・フォル・ジュルネ以来かな? なんか、気分がほっこりしました。生演奏は、CD演奏と違って(特にアマチュアの場合は)演奏に傷があるものですが、その傷も含めて、生演奏は感動しますねえ。それくらい、生って、人の心を動かしますよね。

 毎日毎日仕事で忙しくて、カラダは常にグロッキー状態だけれど、もう少し頑張って、少しはコンサートに出かける事にしようかな? カラダの疲れは、寝てればいいけれど、心の疲れは、寝てても回復しないからね。やっぱり、それなりの間隔で定期的に音楽を聞きにいかないと、心が壊れちゃうかもなあ…って思いました。

 私の場合、きちんと人生を生きていくために、音楽って必要なのかもしれません。

 とにかく、始めてのオペラ演奏に頑張った、オーケストラの皆さんと合唱の皆さんに、拍手です!

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2013年5月27日 (月)

いつまで歌えるのか、どこまで歌えるのか

 これでも私は老人(笑)なので、時折、自分の人生の終わりを見つめちゃったりするわけです。

 私はやがて死にます。すぐには死なないまでも、体力は衰えるでしょうし、色々と不器用になっていきます。記憶力だって低下してくるでしょうし、もしかするとボケてしまうかもしれません。

 もちろん、いつまでも若々しく暮らしたいですし、健康であり続けたいです。でも、いつまでも健康で若々しくて、衰え知らずの不老不死の人なんて…いるわけないじゃないですか? 遺伝子治療とやらで、将来、そういう人間が誕生するかもしれないけれど、少なくとも私の世代では、それは無理。私は確実に、やがて衰えていきますし、そして死にます。これ、自然の摂理でございます。

 そういう事を前提に考えると、いつまで歌えるのか、どこまで歌えるのかって、悩むわけなんですね。

 いつまで歌えるのか…これは単純に老化との戦いです。まあ、老いても筋肉だけは鍛え続けられますが、肝心なのは神経の老化ですね。

 歌って、時間芸術ですから、神経の反応が鈍くなってくると、歌えなくなります。テンポの速い曲、早口の曲は、かなり早い段階で難しくなってくるでしょうね。

 また、記憶力が低下してきて、暗譜が出来なくなると、歌えない曲が出てきます。と言うのも、暗譜で歌えないと…オペラ系の曲は演技を伴いますので…諦めざるを得なくなるからです。楽譜を見ながら演技して歌うってのは…ナシですよね(笑)。特にレチタティーヴォを含んだ曲は、演技もそうだけれど、結構膨大な量の歌詞がありますから、これを暗譜できないと歌えません。

 まあ、筋肉さえ鍛えてあれば、楽譜ガン見でアリアだけを演技無しで歌う…という事は可能でしょうが、それでは、ちょっぴり寂しいですね。

 たしかに、老いても筋肉は鍛えつづけられますが、粘膜は老化していきます。加齢に伴って粘膜が老化していけば、声質が老人のそれになってしまいます。私が低声歌手なら、元々オッサン役が多いので、加齢による声質の変化も大した問題ではないのかもしれません。でも私はテノールなんです。テノールって、若者の役が多いんです。必然的に、オペラアリアでは(若々しい声でなく)若者の声が求められるわけです。

 この『若者の声』って条件は、実は今でもすでにちょっとキツイ状況です。未成年の役のアリアを歌うのは、すでに「どうなのかな?」と思わないわけではありません。今でもすでに歌うのに躊躇してしまう曲があるわけですし、これからの人生の中では、今が一番若い時ですし、それを考えると、年齢の若い役の歌は、早め早めに歌っておきたいです。
 
 
 老いの問題もそうですが、テクニック的な問題もあります。

 このまま健康で、声楽を学び続けられたとしても、いつまでテクニック的に上達できるか…不安です。若者ならば学び続けている限り、今よりも、五年後、十年後の方が、確実にテクニック的に上達しているし、今歌えない曲も、やがて歌えるようになります。

 でも、私のような老人の場合は、そうはなりません。

 かつての師、キング先生は、私に向かって度々「声楽は50歳までです。しかし、テノールは厳しくて、40歳までです。40歳を過ぎたら高音域を拡張するのは難しくなります。だから、30代のうちに声域は広げておかないといけません。それでも、それをキープできるのは50歳までです。50歳を過ぎると、ドンドン声域は狭まり、歌えなくなります。だから、今、一生懸命頑張っていきましょう」って、よく50歳越えの私に力説していました(苦笑)。

 きっと私の事をアラフォーの兄ちゃんかなんかと勘違いしていたんでしょうね。私はしばしば一回りほど若くみられるんで(人間が軽薄なんでしょうね)、こういう事がたまにあります。女性は若く見られて、若者のように扱われると、うれしいようですが、オッサンの場合は、若者扱いされても、一つもうれしい事なんて無くて、むしろキツくて損する事ばかりなので、年齢相当に見られたいものだと、いつもいつも思ってます。

 仕事でも、若く見られて、軽んじられるんだよねえ…いい年したジイサンなんだけれどなあ…。

 閑話休題。所詮、キング先生は若者ですから、本当の老いの姿なんて分からないんです。たしかに彼の指導する歌い方では、40歳すぎたらテノールの高音域が広がらないし、50歳を過ぎたら歌えなくなるのかもしれません。そういう意味では、キング先生が嘘を言ってたわけじゃないのだろうと思います。

 その一方で、現在、Y先生の指導の元、50歳を越えた私の音域が高い方にも低い方にも広がっているのは事実です。一年前なら歌えなかった曲も、今はかなり楽に歌えるようになりました(だから、老人の声楽仲間の皆さん、諦めちゃダメですよ。諦めたら、そこで終わりです)。老いても成長しつづけられるメソッドと言うのも、あるんです。

 でも、どんなメソッドであっても、未来永劫、音域が拡張しつづけられるわけでもなく、やがては衰えを感じるようになるでしょうし、年をとれば、やがて、歌えなくなっていくのは、生物として、自明の理です。

 本格的な老人になってしまえば、毎日練習していても、テクニックは上達どころか、維持するので精一杯。やがては、維持していく事すら難しくなってきます。

 つまり、今ならギリギリ歌える曲も、来年は歌えなくなる可能性があるんです。老いるって、そういう事なんです。今なら、持てる力を最大限に活用すれば、なんとか攻略可能なアリアも、来年になれば、高嶺の花になってしまう事が十分あるわけなんです。

 そんな事を考えると、今歌いたい曲で、歌えそうな曲は、どんどん歌っていきたい。たとえ無理めであっても、少しの可能性があるなら、チャレンジしていきたい…そう思うわけです。今は少しの可能性しかなくても、来年は全く可能性が無くなってしまう事だってあるわけですからね。
 
 
 また、別の心配もあります。

 仮に、いつまでも現在の力量を維持できたとしても、後、何回、本番で歌えるでしょうか? 私は鉄人ではありませんからね、もしも後20年歌えたとしても、発表会が(キング先生のところのように)二年に一度なら、10回しか発表会では歌えません。

 たった10回ですよ。それに1回の発表会で歌える曲は、原則的に1曲なんですから、そうなると、後10曲しか歌えない…わけです。それこそ、歌いたい曲は、山のようにあるわけですから、後10曲って考えると、心が暗くなるし、落ち込みます。軽く絶望しちゃいます。だって、残り生涯で気合いれて歌える曲が、たったの10曲ですよ。

 それを思うと、先生の事なんて横において、ドンドン自分で歌える場に進出して、バンバン歌っていきたいって思うわけですよ。あせっちゃうわけですよ。

 とにかく、いつまでも元気で力量維持に成功していても、あと、数えるられるぐらいの曲数しか歌えないのです、もうあせるあせる。でも現実は厳しいんです。いつまでも元気で健康でいたくても、実際問題として、それはなかなか難しいわけです。となると、後10曲がいきなり御破算になる事だってあるわけですよ。ああ、人生は厳しい。
 
 
 さらに、私個人が元気で健康でも、周囲の状況が変われば、歌どころではなくなります。

 例えば仕事。今年の私がそれで、実はかろうじてレッスンに通えてますが、日々の練習は、かなり難しくなっています。あっちこっちで本番を設定してドンドン歌っていきたいのですが、とてもそんな余裕もなく、現在のところ、限られた回数しか準備できません。特に今年は、発表会に出演するので精一杯かな?

 家庭状況は…今のところ大丈夫ですが、実際問題として、どうなるか分かりません。家族の状況が変わって、趣味どころでは無くなることだってあります。だって、オトナだもん、自分の事ばかりを優先していくわけにはいかないじゃない?

 経済状況は…私の場合は、しばらくは大丈夫でしょうが、一般論的に言えば、今のこの時代ですから、いつ解雇され、いつ給料カットの憂き目に合うか、分からない時代です。オッサンだからと言って、無職になったり、やむをえず低賃金で働かざるを得ない人なんて、掃いて捨てるほどいるわけで、生活が厳しくなれば、呑気に歌なんて歌っている場合ではありません。

 そんな事やあんな事、こんな事を考えてしまうと、ほんと、いつまで歌えるのだろうか、どこまで歌えるのだろうかと、慮ってしまうわけなんです。

 それに、すべての問題がクリアになっても、やはり声は消耗品なんです。何もなくても、歌い続けていくだけで、声って、すり減っていきます。そしてやがては、声が使えなくなります、出なくなります。

 声がすり減ってしまえば、オペラアリアは歌えなくなるでしょう。アリアと比べれば、歌曲の場合は、声が出なければ出ないなりに歌えばいいのですから、長く楽しめるでしょうが、それだってソロ歌唱である限りは、いつまでもってわけには行きません。やがて、ソロで歌うこと自体が厳しくなってくるでしょうね。

 そうなると…合唱かな。合唱なら、声が出なくなっても歌が楽しめます。

 まあ、声が出すぎて合唱には不向きな私ですから、老いて声が出なくなってからの方が、合唱に参加するには良いのかもしれません。それに、元々合唱志向な私ですから、合唱に鞍替えしても、それはそれで楽しめるかもしれませんが…やっぱり、可能な限りは、ソロで歌い続けたいです。

 老人の繰り言と言えば、それっきりですが、でも結構、深刻な問題なんですよ。

 いつまで、どこまで、歌い続けられるのか…ああ、悩んでいても仕方ないのですが、ついつい悩んでしまうのです。

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2013年5月26日 (日)

今回の記事は…つまり、言い訳って奴です

 あー、今週はイロイロあって、体重を一度も計れませんでした。なので、今回は体重の記録は無し! なんか申し訳ないです。

 体重って、いつも同じ条件で計測しないといけないじゃないですか? なので、普段の私はこうしています。

 私は徒歩通勤なので、仕事から帰って来てくると、真冬を除いて、たいてい汗だくになっています。すぐにさっぱりしたいので、帰宅したら、まずは入浴をします。で、風呂上がりで、さっぱりしたところで体重計に乗る…って寸法なんですよ。もちろん、昼食後、食事やオヤツは食べていないという条件付きなんですが…。だって、食事やオヤツを食べてしまうと、食べ物の重量が加算されちゃうでしょ? まあ、本来は水分だって遠慮しておくべきだろうけれど、そこまで条件に入れちゃうと干からびちゃうので、水分摂取の多寡による体重のバラツキは勘弁してもらう事にしています。

 なので、体重が計れない…と言うのは、帰宅してすぐに入浴できなかった日…声楽とかフルートとかのレッスンがある日は、体重計測は無理です。と言うのも、空腹でヘロヘロのままレッスンに行っては、力が発揮できないので、レッスンの時は、その前に軽食をとって、元気回復をしてから行くことにしているからです。

 あと休日は…変則的な日程で動いているので、そういう日も体重計測は無理。なので、規則正しく生活している、レッスンに行かない平日が体重計測の日になっているわけなんです。まあ、これで大概、問題はないはずなんですが…。

 風呂上がりに体重計測を忘れて、オヤツを食べちゃう…ってのが、最近増えてしまってねえ…。オヤツと言っても、豆とか肉とか豆とか肉とか豆とか…なんだけれどね。なんかもう、日々、タンパク質を摂取したくてしたくてタマラナイのですよ。とにかく、帰宅した段階で、アタマが真っ白になっていて、気がつくと、オヤツを頬張っていて、そこそこ食べてから「あれ? 体重計るの、忘れた!」って事になってます。

 原因は…ストレスだな。

 仕事のストレスで、我を忘れて、帰宅してほっとすると、ついつい食べる方を優先してしまいがちなんですよ。いかんですね…、こういう生活は(溜息)。

 それでも気をしっかり持って、体重計測していたわけですが、今週は宴会(仕事がらみ…)もあったりして、うっかりしちゃったんですよ。ああ、申し訳ない。

 別にダイエットを辞めたわけじゃないですし、ダイエットうんぬんを横に置いても、体重管理は、オトナとして、大切な事ですから、これからも続けていきますが…一週間、ただの一度も体重計に乗れないって日もあるんです…って事で、、、、、ほんと、ごめんなさい。

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2013年5月25日 (土)

4度目の夏に挑戦!

 ひとまず、ハナジロの近況を書くと、良くなっているのかどうかは分かりませんが、今まで腹を上にして浮かんでいたのが、横腹を上にして浮かぶようになりました。つまり、水面に対して、斜めに転覆するようになりました。

 これは転覆から正常への過渡期の姿勢ならば良いのですが、そうではなく、症状が悪化した結果、きちんと転覆できなくなって斜めになって浮いているのだとしたら、悲しいですね。

 水面に浮かんでいる姿勢が変わりましたが、松かさ病は特に良くなっていません。全体的には、あまり良くなっているという印象はありません(はぁ~)。
 
 
 そう言えば、夏がやってきましたね。ウチの水槽の金魚にとって、鬼門となる“夏”がやってきました。夏は、金魚たちが夏バテしちゃうんですよね。なかなか夏を越えられる子っていないんだよね。みんな、夏のうちにバテて、星になっちゃうか、秋になって、夏の疲れで星になっちゃうかの、どっちかです。

 まあ、サクラだけは例外だけどね(笑)。

 この子は、2010年6月に我が家に来ていますので、2010年夏、2011年夏、2012年夏と、3回も夏を越しているんですよ。で、今年2013年夏で4度目の夏越えに挑戦するんです。なかなかの鉄人っぷりです。

 ちなみに他の子たちは、ハナジロが2012年6月にやってきて、ナゴンが2012年9月、キキョウが2012年11月ですから、ハナジロが2度目の夏にチャレンジ(厳しいかも…)、ナゴンとキキョウが初めての夏越えなんですよ。それを考えると、すでに3回も夏を越して4度目の夏にチャレンジするサクラってすごいでしょ?

 サクラには、4度と言わず、5度、6度…10度と、夏越えにチャレンジしてほしいなあと思います。

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2013年5月24日 (金)

本来のフルートの居場所について考えようとしたら、カリフォルニア・ロールの話になってしまいました(涙)

 フルートの本来の居場所とは、一体どこなんでしょうか?

 “本来の居場所”という言い方が文学的すぎるならば、“フルートのレゾンデートル”と言うか“フルートの本職”とか言う表現でもいいや……って、表現の位相があんまり変わってないか(笑)。

 つまり、フルートって何のために存在するの? って事ですわ。

 フルートは楽器です。音楽を演奏するための楽器です。楽器と言うのは道具だから、その道具を使う人の目的に合っていれば、それでいいんです、十分なんです。

 例えば、メガネは視力を矯正するための道具だから、視力が矯正できれば、それで十分なんです。でも、世の中にはダテメガネと言って、視力の矯正に使われずに、専らファッションアイテムとして使われるためのメガネもあります。

 それはそれでOKです。例え視力の矯正ができなくても、ダテメガネもメガネなんです。

 でもやはり、メガネって、第一義的には視力矯正のためにあるわけで、ダテメガネの存在を容認しつつも、『メガネは視力矯正のための道具』ですって言いたいわけなんです。なぜなら、そこにメガネのレゾンデートルを感じるからです。

 と言うのと同じで、フルートで音楽を奏でるなら、どんな音楽だって別にいいのだけれど、それでも本職と言うか、本来用いるべき音楽ジャンルって奴があって、それがフルートの居場所であり、そこで演奏される事がフルートのレゾンデートルならば、どの音楽ジャンルがフルートの居場所なのかって事です。

 ちょっとばかり、ややこしくてゴメン。

 たぶん、日本で一番、フルートの需要があるのは、吹奏楽じゃないかな? 吹奏楽の現場で活躍しているフルートさんが、たぶん日本のフルーティストさんたちの最大多数派だと思います。だから『(日本での)フルートの居場所は吹奏楽です』と言っても、たぶん間違いじゃないと思います。

 だけど、それじゃあ、あまりにローカルな話でしょ。だって、フルートさんの大多数が吹奏楽をやっている国や地域って、たぶん日本ぐらいじゃないかな(不勉強なので、間違っていたら、優しく教えてくださいネ)。

 これって「お寿司と言えば…カリフォルニア・ロールでしょ!」と言われるのと、同じ事だと私は思います。

 つまり、代表的なお寿司としてカリフォルニア・ロールを挙げられたなら、平均的な寿司好き日本人としては「ちょっと違うでしょ!」と突っ込みたくなるのと同じ事なんですよ。

 やっぱ、平均的で平凡な日本人として考えると、寿司と言えば、いろいろと地方地方にローカルな寿司がある事は知っているけれど、それでもやはり、江戸前風の握り寿司を寿司の代表にあげるのが順当なところでしょ? で、江戸前風握り寿司と言えば、やっぱりマグロ(トロ)が代表選手でしょ? 「お寿司と言えば…マグロの握りだよね」って言いたくなるんです。いや、マグロがサーモンやイクラやイカやタコやコハダやエビやカニや納豆やデンブやキューリでもいいんです。ただ、カリフォルニア・ロールという江戸前風にぎり寿司の選択肢にない物を、寿司の代表としてあげられるのは、違和感バリバリって事なんです。

 でも最近寿司人気が高まったと言うか、定着しつつあるアメリカを始めとするヨーロッパ系の国では、寿司と言うと、握り寿司ではなく巻き寿司が一般的だし、その巻き鮨だって、日本風の海苔でシャリとネタを巻いた巻き寿司ではなく、ライスで具材と海苔を巻いたロールが一般的で、その一般的なロールの代表(?)がカリフォルニア・ロールとその亜流のロール系の寿司であって、アメリカンでヨーロピアンでウエスタンな世界では、ロールこそが寿司なわけです。

 たしかに、あちらじゃあ、寿司と言うと、カリフォルニア・ロールに代表される、ライスで具材を巻いたロールがポピュラーなんだし、それも知っているけれど、でも、一般的で平均的で平凡な日本人である私にとって『シャリでネタを巻く? なに、それ、美味しいの?』の世界です(カリフォルニア・ロールって美味しいんですよ:念のため)。

 「吹奏楽がフルートの居場所です」というのは、あまりに日本的で、ローカルな話すぎるのではないかと、私は思うわけで、それは「寿司と言えば、カリフォルニア・ロールでしょ」と言うのと同じで、実に地域限定で正解な話なんだと思います。

 なので、フルートの居場所が吹奏楽であると、私も半分そう思ってますが、ここはあえて、そっちの話にはフタをしてしまおうと思います(ごめんね)。

 さて、今回の話題の中から、吹奏楽は(申し訳ないけれど)横に置いた場合、フルートの居場所ってどこでしょうか? ピアノとコンビを組んでのソロ演奏? 孤高にソロ演奏? ボサノヴァとかショーロ、あるいはジャズ? いやいや、フルートアンサンブルでしょ?

 …ごめんなさい、わざと遠回りしました。やっぱり、フルートの居場所と言えば…オーケストラですよね。そう、フルートはオーケストラの楽器であって、オーケストラのハーモニーを形作る要素の一つ…と言うのが、フルートの本来的な役割であり、レゾンデートルであって、オーケストラこそがフルートの本来の居場所、なんだと思います。

 でも、オーケストラには、フルーティストって、せいぜい一人いれば十分だし、多くても三人いれば間に合うわけでしょ? アマオケも含めて考えても、日本にはオーケストラなんて、数えられる程度しかないわけで、そうなると、日本で必要とされているフルートさんの人数も、数えられる程度でしかなく、そんな少ない議席は、プロを始めとした専門教育を受けて育った方々で満席と言うか、それでも足りないくらいなんだから、私のような、ロートル初心者フルーティストさんの出る幕じゃないわけです。

 オーケストラのフルートさん…憧れだな。まるで夜空で見上げるプレアデスのような存在だよ。ま、夜空の星には手が届かないなら、届くところで自分なりの楽しみを見つける…のがオジサンの趣味ってモンですね。オーケストラがフルートの居場所なら、私にとってのオーケストラを探すだけの話です。

 それにしても、今回の記事は、脱線9割、本論1割程度の文章ですみません。いやあ、この先、もっと話を膨らますつもりだったんだけれど…書いてて疲れました。今日は、この辺で勘弁勘弁。いずれまた、このネタの続きを書くかもしれませんので、どうかそれまでご容赦ください。

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2013年5月23日 (木)

声楽は…人気がない?

 カルチャーセンターのような趣味系専修学校の音楽のコースは、人気コースなので、どこの学校も結構賑わっております。

 ピアノ教室がないカルチャーセンターなんて、まずありません。ヴァイオリンやフルートも人気教室で、たいていの学校で講座が開講されています。他にも器楽系の講座はなかなか盛んで、ギターとかウクレレはもちろん、場所によっては、サックスや三味線や胡弓等の講座も結構みかけます。

 歌系の講座としては“うたごえ”系の講座はたいていあります。昔々、歌声喫茶に通っていた人たちが、今ではその手の趣味系専修学校で、声を合わせて歌っているのかもしれません。その他、カラオケ系の講座とか、コーラス系の講座も人気です。ジャズやシャンソンの講座も、たいてい開講されています。

 でもね、クラシック声楽の講座って、なかなか見かけないんですね。じゃあ、その手の学校には、クラシック声楽の講座は無いのかって言うと、全くそんな事はありません。むしろ、事実は逆で、どこの学校でも、一つや二つぐらい、クラシック声楽の講座が開かれているんです。

 ま、そりゃあそうだよ。日本中で、毎年、実に大勢の方が音大の声楽科をご卒業なされているわけで、それらの方々の大半が、演奏家として生きていける程、演奏の仕事の需要があるわけではないので、専門教育を受けたにも関わらず、やむをえず演奏家以外の仕事に従事せざるをえない現実があります。

 その中には、すっぱり音楽を辞めて、音楽以外の業種で生きていく人もいますが、やはり、それまでの人生、音楽に打ち込んで生きてきたわけですから、音大卒業後も演奏家として活動していくことは難しいかもしれないけれど、なんとか音楽関係の仕事をしていきたいと考えるのは自然な事です。

 それら大勢の方々の受け皿として、学校の音楽の先生だったり、音楽事務所やレコード会社に勤務するとか、楽器店などの音楽関係の会社に就職する等の道があります。カルチャースクール等の音楽系専修学校の先生をやるのも、そういう選択肢の一つであります。

 なので、カルチャーセンターに声楽の講座がないって事は、まず無いんです。だって、教える人を見つけるのは、そんなに大変な事じゃないでしょ? 生徒集めは、カルチャーセンターにノウハウがあるわけだから、ど~にだって、なるわけです。なのに、実際にカルチャーセンターを尋ねたり、そのホームページを見たりしても、声楽の講座を見つけるのは、そんなに簡単な事ではないんです。

 それって不思議ですよね。そこにカルチャーセンターのノウハウって奴が生かされているわけなんですね。

 実は、多くの声楽系の講座は“声楽”とは名乗らずに“ヴォーカル・レッスン”とか“ヴォイス・トレーニング”と名乗っています。

 皆さんは“ヴォーカル・レッスン”とか“ヴォイス・トレーニング”と聞いて、何を想像されますか? 

 私は“ヴォーカル・レッスン”と聞くと、ポピュラー系の歌を習うんじゃないかって思います。ロックとかポップスとか歌うためのレッスンって思います。だって、あの手の音楽では歌手の事を“ヴォーカリスト”って呼びますからね。でも、クラシック声楽だって、ウォーカルと言えばヴォーカルなわけで、そこに嘘はないんだけどね。

 とりあえず『歌を上達したい』と思っていたら、ヴォーカル・レッスンに興味を持つでしょうね。

 一方、“ヴォイス・トレーニング”と聞くと……私は合唱経験者ですから“ヴォイス・トレーニング”つまり“ヴォイトレ”が何なのかは知っています。発声練習の事ですね。か弱い歌声をしっかりした声にしたり、音域を広げる訓練であるとか…そういう事をやるトレーニングである事を知っています。

 でも、もしも私が合唱未経験者で、音楽の世界に疎かったら“ヴォイス・トレーニング”と聞いて、どんな事を想像するか、脳内でシュミレートしてみました。

 おそらく合唱未経験な私なら、“ヴォイストレーニング”と聞くと、文字通り、声の訓練。つまり発声の訓練かなって思います。

 そこで想像する発声というのは、歌の発声もそうだけれど、舞台演劇などの発声訓練をまず最初に思い浮かべます。なにしろ、学生の頃、よく演劇部の連中が「アメンボ、アカイナ、アイウエオ~」とかやっていたのを聞いていますので、あんな感じのモノを思い浮かべます。だから、歌にも演劇に通じるような、基本的なヴォイス・トレーニングをしてもらえるのかな? って思います。

 そこでヴォイス・トレーニングに興味を持ったら、カルチャーセンターに問い合わせてみる事でしょう。ここで開講されているヴォイストレーニングが、音楽系のものなのか、演劇系のものなのか、まずそこを問い合わせるでしょうね。

 で、音楽系のヴォイトレだと耳にしたら、そのヴォイトレを受けたら、カラオケで上手く歌えるようになれるのかと尋ねるでしょう。だって、一般人にとって「歌」=「カラオケ」でしょ? カルチャーの返事は、もちろん「カラオケはバッチリです」という答えでしょうから、カラオケを上達したいと思っている私なら、受講してみようかなって思うでしょうね。

 そこが、カルチャーセンターの思うツボって事なんですよ。まずは、知ってもらい、足を運んでもらうのです。

 “ヴォーカル・レッスン”とか“ヴォイス・トレーニング”と名乗ることで、クラシック声楽に興味も関心もない人を呼び寄せるわけです。つまり、新規顧客の需要を呼び起こすって事です。ほんのちょっとでも興味を持ってもらって、問い合わせでもしてくれたら、こっちのモンです。後は磨き抜かれた接客の技で巧みにお客の興味関心を呼び起こして、その気にさせて「まずは体験してみてください」ってところに持っていっちゃうわけですね。人の良い日本人は(って、たいていの日本人は人が良いんです)、そこまで言われると断りきれずに『まあ、体験ぐらいなら、いいかな?』とか思って、体験レッスンを受けちゃうわけです。

 で、体験しちゃうと『習ってみませんか? まずは三カ月、いかがですか? 気に入らなければ、辞めるのも自由ですが、まずは三カ月、いかがですか?」とか来るわけです。人が良い日本人は断れなくて(笑)。

 三カ月もいれば、講座の先生とも人間関係ができてしまうので、もう辞められません。ま、こんなところですって。 

 これって“声楽”という看板では集められない客を“ヴォーカル・レッスン”とか“ヴォイス・トレーニング”とかいう看板で呼び寄せるわけです。で、一度網にかかった獲物は…磨かれたプロの技で籠絡されちゃうわけで、つまり、最終的にはクラシック声楽の魅力にハマルようになるのかもしれないけれど、少なくとも、入り口の段階では、半ば騙されるようにして習い始めるわけです。実際、そういう人、多いよ。キング門下なんて、そういう人たちばかりだったからね。

 私? 私ですか? 私も騙されたクチよ(笑)。私は、元々、合唱がやりたくて、そのために個人的にヴォイス・トレーニングをしてもらうために、キング先生の門を叩いたわけで、最初っからクラシック声楽をやりたかったわけじゃないです。

 そんなわけで、クラシック声楽、つまり“声楽”って看板では、客は集まらないみたいです。ずばり言っちゃえば、声楽って人気がないし、需要もない…って事なのかもしれません。

 でも、それって、本当は食わず嫌いなんだよね。私もそうだったけれど、ちゃんとやると、結構、楽しいのよ。こんなに面白い趣味もないだろうに…と思うけれど、でも一般人は、その楽しみを知らないわけで、だから人気がないんです。

 なんか、もったいない話だよね。それって、海のほとりに住んでいるのに、マリンスポーツの一つもやらない、デブったオヤジみたいじゃん(って、それって私の事か:笑)。

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2013年5月22日 (水)

ちょっとだけ前に進めた…

 フルートのレッスンに行ってきました。

 ええと、レッスンに行こうとしたら、職場で事件勃発。当然、管理責任のある私は足止めです。時間が刻々と進むのに、事態は一向にはかどらず、ああこのままでは、今週もレッスン中止か? あるいはタクシーで行くことになるのかとハラハラドキドキしましたが、なんとか、ギリギリレッスンの時間に間に合いそうな時刻に事件集結…ひとまずホッとし、ササッとレッスンに向かいました。

 なんか、綱渡りな趣味生活だなあ(しみじみ…)。

 お教室に入ったら(時刻が遅かったので)いないはずの姉様がいらっしゃいました。「今日はたくさんレッスンしてもらった(ので、この時間までいた)のですか?」と尋ねると、今日はレッスンに来たのが遅かったんだそうです。ふうむ、私がいつも通りに来ていたら、時間的にバッティングしていたんだな。バッティングして、レッスン後回しにされたら、結局、私のレッスンはこの時間になるわけで…仕事で遅くなってもならなくても、結局私はこの時間にレッスンをするというのが、今週の運命だったわけで…なんとなく、ホッとしました。

 で、私が楽器の準備をしている間に、姉様はお帰りになったので、先生と二人でロングトーンの練習です。今週の私は(発表会も間近だと言うのに)声楽の練習をお休みしてもフルートを吹いておりました。だって、オーバーホール以来、きちんとアゲハに向かい合っていなかったなあ…って思ったからです。なので、今週はじっくりとアゲハを吹いてきました。

 そのせいでしょうか? アゲハの音は、単なる生っぽい銀管の音から、多少は私らしい音の片鱗を見せ始めたような気がします、頑張れ、me and my tube.

 なので、ロングトーンをやっても、前回ほど音程のズレは感じませんでした。ま、レンタちゃんのように『ピタっと合う』と言うのは無理ですが、気持ち悪くなるほどのズレはありませんでした。ああ、頑張ったね、私。

 アルテの15課8章の『Des-durのロングトーン』は、指はほぼ完璧。ミbもソbも、なんとなくやり過ごせました。ただ、指は完璧でも、息は完璧ではありません。ちょっと吹きすぎたり、少々吹き足らなかったり、必ずしもいい感じでいられるわけではありません。フルートって、音程によって、必要な息の量が違うんだよね。まだ、そこんとこの感覚がしっかりつかみきれていない私です。この感覚が肌感覚になると、いつでもどこでも美しい音色でフルートが吹けるんだろうね。特に音の出足というか立ち上がりの部分をキレイに吹きたいです。

 15課8章Des-durの1番『音階準備練習』は三ヶ所ほど止まっちゃいましたが、合格をいただきました。あんまり合格しない私をふびんに思ってくれたのかもしれません。

 なので、教則本はちょびっと進みます。次回までの宿題は…15課8章のDes-durの2番『アルペジオ基本練習』、3番『トリル』、4番『Des-durのスケールとアルペジオ』、5番『Des-durのクロマティック』まで。頑張るよ。

 ミニオン・エチュードの20番は…やっぱりマダマダ練習不足なのかな? どうも、つまらないところで止まっちゃいます。不合格でした。

 そうそう「スタッカートは意味を考えて吹け」とも言われました。と言うもの、このスタッカートは「音を短く切る音」なのか、それとも「音を粒立ててはっきり聞かせる音」なのか、それとも「ピッと短く叫ぶ音」なのか、それをよくよく考えて吹きなさいと言われました。

 色々考えても、よく分からないので「この音を短く切る…のかな?」と答えたらバツで正解は「粒立てをしっかり考えて、はっきり聞かせる音」なんだそうです。だから、強い音もいらないし、短く切る必要もありません。

 それと、またまた、左の人指し指が上がらないまま高音のレを吹く…という悪い癖が再発してしまいました。ああ、一度は「もう大丈夫と思ったのに…」 そして、私の親指が上がっていない事は、先生の耳ではすべてお見通しです。

 「私だけでなく、客席の観客だって気づくよ、注意しないと…」と言われちゃいました。その通りですね
 
 
 今回の雑談はブレスレットです。

 私はoffの時は、自作のネックレスやブレスレットを身に付けています。レッスンの時も、いつもの、トルマリンのブレスレットと、煙水晶と磁気ヘマタイトのブレスレットの二つを左腕につけていますが、先生は、それがどうやら気になったようです。

 「最近、よく、そういうのをつけている人がいるけれど、それはなんだい?」

 「石のブレスレットですよ。多くの人が付けているのは、ファッション感覚でオシャレのためです。私は、健康のために付けてます。これを付けていると、調子がいいんですよ」
 「肩こり用の磁気ネックレスみたいなもの?」

 「そう、思ってくださっても、大きく間違っていません。ただ、いわゆる磁石ではなく、トルマリンという電気を発生する石と、ヘマタイトという磁石のような石、それと定番の水晶石のブレスレットです。いわゆる磁気ブレスレットよりも、私的には良い感じなんですよ」

 「私は磁気ネックレスってダメなんだよね」

 「私も体調次第ってところはあります。このブレスレットを付けていると、概ね調子がいいのですが、長い時間着用していたり、カラダが弱っている時に付けていると、磁気に石の力に酔ってしまって気持ち悪くなるんですよ。副作用が出るって事は、それなりの効果があるって事で、うれしいと言えばうれしいのですが、大変と言えば大変です」

 「きっと私には合わないだろうな」

 「そう思われるなら、止めておいた方がいいですよ。天然石のブレスレットをつけて、体調を崩してしまったらシャレにならないですからね」

 私の場合、普段はトルマリンとかヘマタイトとかのパワーのある石のブレスレットを身に付けていますが、カラダが弱っている時には、それらの石は避け、代わりにオール水晶のネックレスを身に付けています。オール水晶のものは、カラダに溜まった邪気(疲れ)を吸い取ってくれるような気がします。たぶん、水晶が気の流れを調整してくれているのでしょうね。そういう意味では、水晶って、トランジスタのような働きがあるのかもしれない…てっ書くと、まるっきりオカルトだね。
 
 
 フルートは銀管なので、パワーストーン的には意味があります。なにしろ、銀って、殺菌&消臭効果が抜群ですから、毎日フルート吹いていると、パワーストーンの恩恵があるわけです…が、先生はゴールドフルートを吹いているんだった(笑)。ゴールドって…安定しているからなあ。安定しているってことは、外部に影響を及ぼさないってことで、パワーストーン的には非力な石ってことになります。

 ちなみに、占い的には、ゴールドは金運を司るそうだけれど、それってゴールドを持っていると金運が良くなるのではなく、金運が良い人がゴールドフルートを所有しているだけなんじゃないかなって思います。

 みなさんは、どう思いますか?

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2013年5月21日 (火)

カストラートに一番近い声って…本当にカウンターテナーなのかな?

 昨日の記事で書いた『ジュリアス・シーザー』を聞いて思ったのは、当時はブイブイ言わせていた、カストラートという声種の事。と言うのも、少年であるセストや宦官であるニレーノの声が甲高いのは、まあ良いでしょう。しかし、成人男性であるチェーザレとトロメオの声が甲高いのは、21世紀の感覚ではちょっとおかしいです。

 まあ、それでもトロメオは悪役だし、コミカルな役回りでもあるわけだから、異形のモノとして、あえて甲高い声を振り分けるという演出方法がないわけじゃないです。特に、メトでトロメオを歌ったクリストフ・デュモーは、発声方法として、ファルセットだけでなく、テノール的な発声も混ぜて歌っていましたので、トロメオという人が甲高い声の男性なんだなって設定が分からなくもないです。

 しかし、すべての声をファルセットで歌い通したディヴィッド・ダニエルズは…正直、キツかったです。この人、インタビューの声を聞いてみると、地声がかなり甲高い人なので、トロメオ役のデュモーのような発声方法でもよかったのに…と思わなくもないのですが…。とにかく、チェーザレの声が、アリアでもレチタティーヴォでも、やたらと甲高いんですね。それもただ甲高いだけでなく、もう、目が眩むほど甲高い。

 まあ、作品に忠実に演じようとすると、それもある意味、仕方のないことなんだろうなあって思います。

 と言うのも、ヘンデルの時代には、今は絶滅したカストラートという声種の歌手がいて、彼らがオペラの主役をやるのが当たり前だったわけです。だから、チェーザレとトロメオ(とニレーノ)の役をカストラートが歌っていたわけです。

 21世紀の現代、カストラートと言う声種の歌手は存在しません。そこで、バロックオペラを演奏する際は、カウンターテナーやメゾソプラノの歌手が、カストラートの役を代行するのは、仕方ないと言えば仕方ないことです。

 そしてバロックオペラでは、主役のほとんどが、ソプラノ~アルトの音域なので、どのアリアも高音ばかりで、アタマがクラクラします。たぶん、音域的には、女声しかいない宝塚のミュージカルよりも、バロックオペラの方が、高音偏在が激しいと思われます。

 おそらく『ジュリアス・シーザー』がオペラ全盛期である19世紀に作曲されたならば、おそらく、チェーザレはテノールが、トロメオはバリトンが、そしてバリトンがやっているアキッラはバスが歌う事でしょう。ニレーノは…やっぱりカウンターテナーかな? でも、バロックの時代の作品なので、アキッラ以外は全員カストラートなんですね。
 
 
 さて、カストラートの声なんて、今生きている人間は誰も聞いた事がないわけです。かろうじて『カストラートの録音』として残っているアレッサンドロ・モレスキが歌ったCDは、私も持っているけれど、彼の声で英雄が歌えるとは、私には到底思えません。

 それにだいたい、モレスキは教会系のカストラートであって、劇場系のカストラートではなかったわけです。今の歌手だって、宗教曲を歌う歌手と、オペラを歌う歌手は、案外きちんと棲み分けされていたりします。もちろん、両方歌いますって歌手もいるけれど、多くの歌手は、宗教曲専門だったり、オペラ専門だったりするわけです。と言うのも、この両者では、発声法も、必要とされる声楽テクニックも、ちょっと違ったりするわけなんです。

 そういう意味では、モレスキの声を聞いた所で、チェーザレやトロメオがどんな声で歌われる事を前提としていたかなんて、現代人である我々には、皆目見当もつかないわけで、どんな声が劇場系のカストラートに必要とされていたかなんて、誰も分からないわけで、だから21世紀の今日、カウンターテナーやメゾソプラノがカストラート役を歌ってもOKなんだと思います。だって、カストラートって、音域的にはアルトと同じだから、カウンターテナーやメゾソプラノの声で、十分歌えるんだよね。

 でもね、確かにカウンターテナーやメゾソプラノでも、歌えると言えば歌えるんだけれど、カウンターテナーやメゾソプラノの声では、英雄や神々を歌うのって…やっぱり変じゃない? 少なくとも、英雄の力強さとか神々の神々しさを歌声で表現するには、カウンターテナーやメゾソプラノの声では、パワー不足だと私は個人的に思います。

 私が思うに、おそらく劇場系のカストラートの声に一番近い歌声は…全盛期のマッテウッツィのような声なんじゃないかなって思います。どこまでも高く、限りなく力強くて軽やかな声。たぶん、そんな声がカストラートの声じゃないかと私は思います。もっともマッテウィツィはベルカント系のテノールであって、バロックは全く歌っていないわけなんだけれどね(笑)。

 ひとまず、マッテウィツィを知らない人のために、YouTUBE画像を張っておきますね。

 マッテウィツィは、レパートリー的にテノールと言う事になっているけれど、彼の声って、どう聞いても、テノールじゃないよね。テノールよりも、一段階、高音域な声だと思います。でも、メールアルトとかの宗教曲的な声ではなく、やっぱり劇場系の声だと思うんです。この声が、我々が耳にできる声の中で、一番カストラートに近い声なんじゃないかって思うんですよ。

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2013年5月20日 (月)

メトのライブビューイングで『ジュリアス・シーザー』を見た

 最近は、仕事が忙しくて、いつも半病人状態なので、休日は専ら休息に充てています。休息と言っても、ひたすら寝ているだけの、巣籠もり状態なんですけれどね(笑)。とにかく、たとえ近所でも出かけると疲れるので(笑)、なるべく外出は控え気味している私です。おかげで、コンサートにも行かない行かない(涙)。それでも、この世に生きているわけで、最低限の社交はしないといけないので、どうしても顔を出さないといけない場所があったりします。どうせ出かけるなら…と、本来の用事の前に、景気づけにライブビューイングを見てきました。

 しかし、景気づけの前座のライブビューイングに5時間も使って、本来の用事は1時間もかかってないなんて、それってどうよ(爆)。

 とにかく『ジュリアス・シーザー』こと『エジプトのジュリオ・チェーザレ』を見てきました。

 指揮 ハリー・ビケット
 演出 ディヴィッド・マクヴィカー

 ジュリオ・チェーザレ:ディヴィッド・ダニエルズ(カウンターテナー)
 クレオパトラ:ナタリー・デセイ(ソプラノ)
 トロメオ:クリストフ・デュモー(カウンターテナー)
 セスト:アリス・クート(メゾソプラノ)
 コルネリア:パトリシア・バードン(メゾソプラノ)
 アキッラ:グイド・ロコンソロ(バリトン)
 ニレーノ:ラシード・ベン・アブデスラーム(カウンターテナー)

 ヘンデル作曲のオペラなので、いわゆる“バロック・オペラ”って奴です。でも、オケはいつものメトのオケでした。現代オケで古楽をやる時って、やっぱりピッチは…現代ピッチなんだろうか?

 さて、今回のライブビューイング。メトの新演出と銘打っているけれど、実は2005年のグラインドボーン音楽祭で上演したモノと、演出家が同じで、当然、演出もほぼ同じ。出演者も幾人かは重複していて、主なところでは、コルネリアのパトリシア・バードンと、トロメオのクリストフ・デュモーと、ニレーノのラシード・ベン・アブデスラームの三人が同じ。大きな役では、この三人だけれど、黙役などは、まだまだ他にも同じ人が同じ役を演じている可能性は大ですね。

 グラインドボーンの方はDVDとして発売されているので、どうしたって、そちらとの比較をせざるをえません。

 まず配役だけれど、主な役のうち、主役クラスの三人は変更、準主役クラスは続投と言うのが、まず面白いです。準主役の歌手たちを変更していないのは、もしかすると“変更出来ないから”かもしれません。だって、そもそもバロックオペラを歌えるオペラ歌手なんて、少ないし、ましてや、この演出はミュージカル並に踊らないといけないわけで、歌って踊れるオペラ歌手も少ないからね。どうしても、少ない人材の中から出演者を選ぼうと思うと…ダブるのも仕方ないです。ちなみに続投組の方々は、今回がメトデビューらしいです。

 グラインドボーンが2005年で、メトが2013年で、その間に8年もあるわけで、それだけあると、歌手の力もだいぶ変わるわけで、続投組はみな、グラインドボーンの時よりも、ずっと良くなっていました。特に、トロメオ役のクリストフ・デュモーは、歌も演技も、見違えるばかりに良くなっていました。

 変更された主役三人に関して言うと、まず、タイトルロールであるチェーザレだけれど、グラインドボーンのチェーザレは、メゾソプラノのサラ・コノリーでした。

 女性であるコノリーがチェーザレ、つまり50過ぎのオッサンを演じていたわけで、いくら音楽的に適任であると言っても、オペラは見かけもある程度は大切なわけです。たしかにコノリーは女性としては容姿に難アリの人で、衣装を着てメイクをすると男性にしか見えないのは立派だけれど、やはり女性は女性であって、どこかに宝塚的な“男装の麗人”っぽさが残るわけで、女性が中性的な少年を演じるならともかく、いかついオッサンを演じるのは、色々と厳しいわけです。

 その点、メトのチェーザレは男性であるディヴィッド・ダニエルズ(リアルなオッサン)が演じるわけで、その方が見ていて安心できます。ただ…純粋に歌手として考えた場合は、ダニエルズよりもコノリーの方が数枚上手で、安定感があって良いんですよ。つまり、歌を取るか、外見を取るか…なんですね。まあ、グラインドボーンのような目の肥えた観客を相手にした公演なら、歌を取るべきだろうけれど、庶民の方々もオペラを楽しむメトの場合は、外見を重要視しないといけないからね、コノリーを使うわけには行かなかったんでしょう。

 ヒロインのクレオパトラについては…メトのナタリー・デセイは、すごく良く頑張っていたと思います。最高のクレオパトラを歌い演じていたと言えます。実に素晴らしい。

 でもね、クレオパトラって“若くてセクシーな女性”という設定なんです。いくらデセイが素晴らしくても、アラフィフである彼女をハイヴィジョン撮影して、アップのシーンを映画館の大画面で見れば…どう見たって“若い女性”には見えません。補正下着の着用はバレバレだし、顔に刻まれたシワは隠せないし、腹部に波うつ脂肪の段々だって隠せない。ああ、ハイヴィジョンって、ほんと、残酷だなあ…。

 本来、オペラって舞台のモノだし、舞台なら遠目ですから、デセイの演技力で“若い女性”を演じる事は可能ですが、映画化のために、ハイヴィジョンで大画面でアップだと、演技だけでは隠しきれないものが写ってしまいます。

 一方、グラインドボーンでクレオパトラを演じたダニエル・ドゥ・ニースは当時25歳。リアルに若い女性だし、美人だし、スタイルいいし、実にセクシーだし、歌唱力だって演技力だって踊りだって標準以上なわけで…いくらデセイびいきの私でも、クレオパトラに関しては、ドゥ・ニースを、捨てるわけにはいきません。

 しかし、二幕のクレオパトラとチェーザレのベッドシーンでのお芝居は、ドゥ・ニースとコノリーの時は「???」だったけれど、デセイとダニエルズでは、実にすんなりと納得でき、それどころか数ヶ所でクスリと笑ったものです。ドゥ・ニースの演技力は標準以上だけれど、デセイの演技力はトップレベルだからね…比較してしまうとドゥ・ニースは厳しいわけで…、若さと美貌のドゥ・ニースか、演技力とカリスマ性のデセイかってところでしょうね。

 ああ、どっちのクレオパトラが良いのか…なかなか軍配を上げられません。

 ストーリー上の実質的な主役であるセストは“青年になりかけの少年”なので、この役は、ズボン役が確かに相応しいと思います。で、メトのアリス・クートと、グラインドボーンのアンゲリカ・キリヒシュラーガーですが、歌や演技力では、はっきり言ってドッコイドッコイですが、外見的には圧倒的にグラインドボーンのキリヒシュラーガーに軍配を上げます。と言うのも、キリヒシュラーガーのセストは、オトナになりかけているハングリーな少年なんですが、クートのセストは、肥満体のお坊っちゃまなんですよ。あんな、デブでユルイ男の子が敵討ち? そりゃあムリでしょ?って感じです。

 でも、クートはメトのズボン役ではレギュラー的な存在の歌手なので、彼女を使うというのは劇場の判断なのかもしれません。と言うのも、メトには、彼女の固定ファンがいるはずだし、彼女の固定ファンは、同時に劇場の固定ファンでもあるわけだから、そういう歌手を起用することで、おなじみさんを劇場に呼ぶ…ということも必要なんでしょうね。

 あと、黙役と言われる、歌わずに演技だけする出演者が、このオペラにはたくさん出てきますが、その人たちの演技は…メトの方がずっと良いです。いやあ、ほんと、小芝居が多くてね、あっちこっちでクスっとしてしまいました。

 小芝居と言えば、歌手たちの小芝居もメトの方がたくさんありましたね。特に、デセイの小芝居はすごかったですよ。他の歌手が歌っているそばで小芝居をかましているんですが、その小芝居がすごく上手なので、ついつい歌っている歌手じゃなくて、デセイの小芝居の方も見ちゃうんですよ(カメラも歌っている本人ではなく、デセイを写していますしね:笑)。デセイの演技って、歌やセリフがなくても、十分に人を惹きつける魅力があるんですよ。

 それにしても、面白いオペラでした。音楽的には、どの曲もヘンデルで、ある意味、ワンパターン(爆)。でも、どの曲も大曲だし、魅力的。規模的には『メサイア』と同じくらいの大曲になりますが、一曲一曲が『メサイア』よりもずっと良いので、音楽的な楽しみは、こちらの方が上です。おまけに、この演出では、どの曲もダンスが付き物だし、それをレチタティーヴォでつないでいくわけだから…そういう意味で、実にミュージカルっぽいオペラでした。

 主役のチェーザレの声種がカストラートではなく、テノールだったら、現代の普通の音楽ファンにも薦められる、良作オペラだと思いました。と言うのも、やっぱりカストラートの役って、現代人にはハードル高いですね。私も最後までチェーザレの声の甲高さには違和感を感じたままで、脳内で低く変換してました。だって、チェーザレって英雄なんですよ。その英雄がオネエじゃあねえ…。文化の差とは言え、なかなか受け入れられないってもんです。

 終曲は(死んだ人も含めて)登場人物が全員出てきて、大合唱をするわけだけれど、このオペラのキャストって、アキッラがバリトン、クレオパトラがソプラノだけど、その他は全員、音域的にはアルトなんだよね。うわー、合唱的には、すごくバランスの悪い合唱だこと(笑)。

 しかし、ヘンデル作曲の『ジュリアス・シーザー』ってオペラ、ワーグナーのオペラ並に長いオペラだけど、その長さなんて、ちっとも感じないくらいに面白いオペラでした。特に今回の場合、演出の素晴らしさもあって、本当に楽しかったです。

 …ところで、このオペラって、喜劇なんだよね?

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2013年5月19日 (日)

ついに近所にCD屋が無くなった[2013年5月第2週・通算16週]

体重:107.4kg[+0.9kg:-4.8kg]
体脂肪率:30.0%[+0.1%:-1.0%]
BMI:33.9[+0.3:-1.5]
体脂肪質量:32.2kg[+0.4kg:-2.6kg]
腹囲:103.0cm[+0.7cm:-5.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 つい先日、私の地元からCD屋が無くなりました。

 考えてみれば、私自身、若い時は近所のCD屋に毎週のように行っては、何枚も何枚もCDを購入していたものです。店舗にあれば、それを買い、なければ注文をして購入したものです。当時の私は、自宅に分厚いCDカタログを持っていまして、それを見て、次に購入するCDを検討していたものです。若い社会人の頃は、本当に、オトナ買いしてましたよ(笑)。

 やがてネット通販を知ると、わざわざお店にCDを注文して購入するよりも、ネット通販を利用した方が安価で早く購入できる事に気づき、店舗にあるCDはともかく、無いものはお店に注文するよりも、自分でネット通販を利用して購入するようになりました。

 また、私は元々輸入盤が大好きで、よく購入していましたが、昔は、輸入盤なんてモノは都会の専門店に行かないと、なかなか購入するチャンスがなかったわけですが、ネット通販だと自宅にいながら、輸入盤が購入できるので、便利に使うようになりました。やがて働き盛りの年齢に達すると、仕事が忙しくなってきて、なかなか買い物に出づらくなりました。休日だって仕事は平気で入ってくるし、休みともなれば、まずは休息が第一だし、やり残している仕事だって片づけなきゃいけないし、家族とのコミュニケーションも大切だから、自分勝手に買い物に出かけるわけにもいかないし…そうなると、自宅にいたままCDが購入できるネット通販は便利なわけで、店に行けば、手に入るはずのCDですら、ネット通販で買うようになりました。

 そんなこんなで、おそらく、現在の私が購入するCDのほとんどは、ネット通販で購入したモノです。

 ここでポイントなのは『ほとんど』であって『すべて』ではない点です。

 実は私、数は減ったけれど、リアルなCD屋でCDを購入することがあります。と言うのも、プラ~と店に入って、ザザ~と商品棚を見回して「あれ?」と思ったモノを衝動買いするという癖があるからです。最近で言えば『ファイヴァリット・フレンチ・アート・ソングズ』とか『カントロペラ』のようなカラオケ付きの輸入楽譜集とか、錦織健のライブ盤とか、五十嵐喜芳のベスト盤とか、自分からネットで検索をかけてまで購入するほどではないけれど、お店で見かけたら「これも運命の出会いだ!」とばかりに、即購入してしまうようなモノです。リアルなCD屋が無くなってしまうと、そういう偶然の出会いで購入するケースがグンと減ってしまうのが残念です。

 でも、私のように、売れ線アイドル歌謡以外の音楽を趣味とする人間にとって、ネット通販って便利なんだよね。だって、お店にCD注文すると、到着するまで2週間前後かかるけれど、ネット通販だと2~3日で届くでしょ。圧倒的なそのスピード感の違いに、どうしてもネットを利用したくなるし、輸入盤なんて、地方に住んでいたら、なかなか入手困難じゃない。

 ネット通販って、買い物に関しては、ある意味、都会と地方の垣根を取っ払ってくれた、大切なアイテムなんだけれど、同時にリアルにあった、購買力リソースって奴の幾分かがネットに移行してしまうため、リアルな市場では、その分だけ購買力が落ちるわけで、それが都会だと大したことないのかもしれないけれど、地方だと、その落ち方が半端なくて、地元商店にとっては大打撃って事になるのかもしれない。

 元々、店すらない、本当の地方なら、ネット通販がどれだけ盛んになろうとも、何の問題もないんだろうけれど、なまじ商圏があるような地方だと、そんなに多くない客をネットに取られると、結構キツイんだろうなあ。

 ま、地元からCD屋が無くなってしまった原因の一つには、私(だけじゃないけれど)が地元のCD屋で買い物をしなくなって、お金をお店に落とさなくなったって事があります。悲しいけれど、ある意味(私にとって)自業自得なんだから、文句を言っちゃいけないのかもしれない。

 本当に必要なお店なら、日頃から、その店で買い物をして、お金を落としてあげる事が大切なんだよね。

 そう言えば、おもちゃ屋が無くなって、久しいなあ…。本屋はまだ数店舗あるけれど、だいぶ数が減ったなあ。コンビニですら、数が減っているよ。我が家から一番近い、冷蔵庫代わりに使っているコンビニが無くなってしまうと、とても困ってしまうので、なるべく、近所のコンビニで買い物してあげなくっちゃな。これからは、意識的に買い物をするように心がけていきましょう。

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2013年5月18日 (土)

水槽が赤いのです

 ハナジロの近況ですが…あまり良くないですね。入院させて、しばらくすると、マツカサ病を併発しました。あちゃー、ですね。一尾で隔離したのが裏目に出たのかな? それとも早期入院でマツカサの発症前に隔離できたというべきか。病気の段階が、一段、深刻になってしまいました。

 それでも先日までは、なんとか元気にやっていたのですが、ついさっき、吐血?しました。と言うのも、カラダには大きな傷はない(ケロイド体質なので小さな傷はたくさんある)のに、大量に出血して、入院水槽の水が濃赤になってしまったからです。たぶん、エラからの出血だろうねえ…。

 普段は入院水槽に覆いをかけ、メイン水槽から見えないようにしています。なにしろ、金魚ってのは目がいいですからね、見えちゃうと、入院している方の金魚が騒いじゃって療養にならないのです。ですから、お互いに見えなくしちゃいます。

 そうは言っても、入院水槽のメンテ…主に水替えですが…の時は、覆いを外しますから、メイン水槽から見えてしまうのです。今回も水替えの瞬間、入院水槽の水がメイン水槽から見えたのだと思います。

 入院水槽のメンテが落ち着いても、メイン水槽の三尾は、なにやら落ち込んでいます。水槽の下の方に、沈むでもなく、泳ぐでもなく、ただ漂って、ココロここにあらず…みたいな感じでした。サクラなんて、名前を呼んでも反応しないところか、夕方のエサの時刻はとっくに過ぎて、普段なら「エサくれ、エサくれ」と実に騒がしい子たちなのに、この日は、実に静かでした。

 私は金魚って薄情な生き物だと思ってますし、他の魚には、基本的に興味のない種族なんだなっと思ってましたが、それでも多少は相手のことを思う気持ちがあるみたいですね。と言うのも、真っ赤な出血水槽をみて、サクラたち、何かを感じたのでしょうね。魂が抜けたような状態になっていました。

 あんまり、おとなしくて心配なので、エサの袋を見せたりして、食事アピールをして、エサをやったところ、食べるには食べましたが…いつもよりだいぶおとなしく食べていました。むしろ、横からドジョウたちが大騒ぎで入ってきて、金魚たちよりも活発なくらいでした。

 金魚でも、物思うんだね。あと、金魚も、血は苦手なんだね。

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2013年5月17日 (金)

アゲハは何かと抵抗してきます(涙)

 実に久し振りのレッスンです。前回はゴールデン・ウィークでお休みで、その前は仕事が忙しくてレッスンに行けなかったので、三週間ぶりのレッスンです。その間に、アゲハが帰って来たので、今回がアゲハと行った最初のレッスンとなります。

 いつものロングトーン練習を、最初は姉様と、途中から先生と三人でやったのですが、ロングトーン練習の最中に、何度も姉様が自分のフルートを確認していました。…そうですよ、この前まで、ばっちり合っていたのに、今日はなんともハーモニーが汚いですものね。でも、そのハーモニーが汚いのは姉様のせいではなく、我がアゲハのせいだし、違うスケール設計のフルートを吹いている私のせいなんです…なんか申し訳ないです。

 とにかくロングトーン練習をしましたが、少し気持ち悪かったです。先生も姉様もムラマツなのに、私だけアルタスでしょ。なるべく音程を合わせていこうと、音を曲げていくのだけれど、なんかどこか、音程やら音色やらが微妙に違っていて、微妙に気持ち悪いんです。ミヤザワのレンタちゃんを吹いていた時の楽園気分は、もう二度と戻ってこないんだろうなあ(涙)。

 三週間ぶりのレッスンなら、さぞ練習もたっぷりできて、今度こそOKですよね…ってわけにはいかないのが、つらいところです。三週間あっても、毎日仕事が忙しくて練習はほとんど出来てないし、休日は基本的に全力で休息しているし、ゴールデンウィークは、前半は仕事で、後半はラ・フォル・ジュルネに行って風邪を拾ってくるし…。さすがに少しは練習したけれど、少ししかしていないので、ほんと、申し訳ないです。

 最近恒例のアルテの15課8章の『Des-durのロングトーン』をメトロノームに合わせて吹きました。バッチリ…と言いたいんだけれど、本音では大変でした。いやあ、アゲハは吹きづらいですよ。

 何が吹きづらいのかと言うと“抵抗感”です。アゲハはレンタちゃんと比べると、息にある程度の強めの圧力がないと、音が鳴らないのです。圧力が必要だからと言って、ノドやホオやクチビルの力で息を吹き出しても、音は汚いし、だからと言って、空気の量を多めにして吹くと「吹きすぎ!」って言われるし…。結局、しっかりカラダで息を支えて吹かないと、ロクにマトモな音では鳴らないのが、アゲハなんです。口先だけじゃ吹けないのよ(涙)。なので、結構、シンドイんですよ。

 なので、気を抜いて吹くと、すぐに音が出なくなったり、引っくり返ったり、吹きすぎたりと…大変でした。

 そんなアゲハの音を聞いて先生は「うーん、生っぽい音になっちゃったね。それ、吹きづらいでしょ?」とサラッとコメント。はい、吹きづらいです。「音がリセットされちゃって、新品の音に戻っちゃっているよ。せっかく良い音で鳴っていたのに、わざわざダメにする事なかったのにね。まあ、次からは絶対に“磨き”なんてしちゃダメだよ。フルートを磨くのは、手放す時だけ。中古に出す時は、ピカピカの方が売れるからね」との事です。

 「磨くと音がダメになるのは…楽器の表面を削り落とすから。フルートは吹いていく事で、楽器の表面の分子構造が変わるって言う人がいます。まあ、本当かどうかは分からないけれど、確かにフルートは吹き込んでくると、吹いている人のフルートになっていくんだよ。確かに、この前まで、あなたのフルートは、あなたの音がしていたけれど、磨いて、表面を削ってしまったために、せっかく作った良い癖がなくなってしまって、ただの新品のつまらない笛に戻ってしまったんだねえ…」との事です。

 もう、二度と磨かないぜぉ(涙)。

 15課8章Des-durの1番『音階準備練習』は、練習不足もあって、本人納得の不合格です。

 続くミニオン・エチュードの20番も、本人納得の不合格です。とにかく、あっちこっちダメなのサ。ア・テンポになった後半から出てくる、十六分音符が続く箇所のリズムが、やっぱりイマイチよく分かりません。私ってリズム音痴だったっけ? そういうつもりはなかったけれど、やっぱり、こういう細かいリズムは苦手かも。もっともっと練習しないと、いつまでもこの箇所で足踏みしてしまいます。どうにか練習しないとね。
 
 
 今回の雑談は、フルートには、紙で調整するフルートと、調整ネジで調整するフルートの二つがあって、一般的には紙で調整するフルートの方が高級フルートと思われているけれど、実はネジで調整するフルートの方が、バッチリ調整できるので、フルートはネジで調整するタイプのものの方が、本当は優れているんだそうです。

 紙での調整だと、紙の厚さよりも小さな微妙な調整はできないし、調整そのものも難しいので、時間と費用が余計にかかり、だから一部の高級フルートで採用されているのだけれど、これは本当にナンセンスなんだそうです。

 アゲハは…紙調整だな(笑)。確かに調整作業を見ていると、本当に難しそうだし、大変そうだね。ネジでお気楽に正確にできるなら、確かにそっちの方がいいかも。でも、職人さん的には、紙調整の方がやりがいがあったりして(笑)。

 もう一つの話題は、オーバーホールのお値段の話。結論から言えば、オーバーホールであれ、調整であれ、お店を経由せずに、直接メーカーに持ち込みましょうってことになりました。まあ、先生クラスのフルーティストになれば、持ち込むどころか、メーカーの職人さんがご自宅までやってきてくれて、その場でなんでもやってくれるそうですが、私のようなオジサン素人笛吹きだと、そうもいかずに、どうしてもお店の世話にならざるをえません。

 「今度、私のフルートを調整する時に、ついでにやってもらうかい?」 いえいえ、そんなに甘えちゃいけないような気がするので、ご遠慮申し上げておきますです、はい。

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2013年5月16日 (木)

さて、曲目変更でございます

 声楽のレッスンの続きです。

 発声練習が終わると、次は曲の練習です。発表会に向けて頑張るぞぉ~。

 まずは、プッチーニ作曲の歌劇『トスカ』の『E lucevan le stelle/星は光りぬ』です。実は、この曲、音程が高いのはともかく、歌そのものは良く知っているし、簡単じゃないかと思っていて、つい最近まで手を出さなかったのですが、今回のレッスンに備えて、自宅で音取りをしてみたら、いやあ、難しい難しい。なんじゃ、この曲は。この曲、譜面通りに歌うの、難しすぎませんか? それと、どうしてプロは誰も、譜面通りに歌わずに自分勝手に歌っているの? それじゃあ、作曲家のプッチーニがかわいそうじゃん。

 とにかく、歌ってみました、全然、ピアノと合いませんでした。いやあ、これ、結構、合わせが難しい曲だよ。

 結局、手をたたきながら、インテンポで歌う練習をしました。しかし、インテンポで歌うと、この曲、私がよく知っている“あの曲”とは、全く別の曲じゃん(笑)。

 しかし、この曲をインテンポで歌うのは難しく(先生のお墨付き)、レッスン時間内では十分にできなかったので、宿題になりました。

 とにかく、最初は三拍子、途中で部分的に四拍子になるわけだし、お手本はありませんし、メトロノームをカチカチ鳴らして歌の練習をせざるをえません。いやあ、ほんと、難しいです。まさか、この曲、譜面通りに歌うのが難しいから、プロたちも自己流で歌っているとか?(まさか、まさか!) とにかく、この曲、一筋縄ではいきません。

 「プッチーニの曲って、簡単そうに見えますが、どの曲も、歌ってみると、難しいんですよ」だそうです。「この曲、レッスンでは絶対に取り上げないし、発表会用に持ってきても、普段なら絶対に辞めさせますね」とおっしゃってました。え? そんなに難しい曲を私は歌うの?

 実はこの曲、「私は年寄りで、老い先だってそんなに長くなく、カラダもドンドン衰えていきます。あと何年歌えるか分からないのだから、多少ムチャでも、有名な曲を歌わせてください」と言って、決めちゃった曲なんです。だから、どんなに難しくても、少しの光が見えるなら、頑張っていきたいです。

 とにかく、楽譜通りに、少なくとも、ビートを感じられるような歌い方ができるように練習してきてください、と言われました。まずはインテンポで歌えないと、ピアニストさんが歌と合わせることができないんだそうです。インテンポでピアニストと合わせられるようになったら、そこから自己流に緩急を加えても良いのだそうです。

 いやあ、合わせって本当に難しいなあ。

 自己流ながら、曲の前半部、ほとんどお経のようなフレーズが続くところのレッスンを受けました。とにかく、音をカラダから離す様に歌いなさいと言われました。
 
 
 次は『Non t'amo piu!/君なんかもう』です。一通り、通して歌ってみました。だいたい、良いそうです。でも、さらに良くするために、細かいところにも注意して歌ってみましょうと言われました。

 私は“m”の発音が下手なんだそうです。歌詞に“m”があっても、その“m”がよく聞こえないし“m”のところで決まって音が下がるんだそうです。と言うわけで、ちょっと集中して“m”の発音練習(笑)をしました。

 また、高音を硬い声でなく柔らかく歌う練習もしました。私の声は、全体的に硬めの声なんですが、特に高音では、その傾向が強いのだそうです。硬い声だと、高い音程が不安になりやすいのだそうです。そのために、声をもう少し柔らかめにした方が良いのだそうです。硬い声を柔らかくするに、声を支える場所を変えるのが良いのだそうです。で、柔らかい声が出る箇所が分かったら、その場所をカラダに覚えさせる事が大切なんだそうです。あと、声の支えるタイミングも大切で、その音になって、いきなり支えると声が硬くなってしまうのだそうです。だから、その前からしっかり支えておくと、声が柔らかいまま歌えるのだそうです。必要な場所に来る前に、いつも事前にカラダで支えられる様な癖をつける事が大切なんだそうです。

 あと、イタリア語(笑)。イタリア語が下手すぎます。しっかり喋らないといけないところは、しっかりしゃべる事

 ppで声を消す前に、しっかりと支えて張りのある声にしてから、ppにしていくのが良い。

 ああ、声楽って、ほんと、難しいわ。

 で『星は光りぬ』と『君なんかもう』をやって、レッスンはお終い。二重唱のレッスンはありませんでした。アッレ~~~? 一番時間的にヤバイのは二重唱じゃないの? 二重唱をやっておかないと、発表会までに間に合わないよ?

 そこで「二重唱の練習は…?」と先生に言ったところ「曲目変えませんか?」と即答です(笑)。

 なんでも「“愛の妙薬”の二重唱って、あまりにも長すぎて、さすがにこれだけ長いと、持ち時間オーバーって事が、他の人にバレルてしまいますので、それはさすがにマズイし、かと言って、どこかカットするとしても、それで時間内に収めるのは難しそうだし…」って事だそうです。

 だから、最初から「この曲、長くありませんか?」って私は心配していたんですよ。その時は、先生は、この曲がこんなに長い(カットしても7分、カット無しなら10分)とは思ってなかったそうです。なんでも「名曲は短く感じるもの」なんだそうです。

 「持ち時間オーバーも1分程度なら、バレませんが、さすがにこの曲歌っちゃうとバレますね…」と言われました。そりゃあ、一人の持ち時間は10分ずつと言うのが、今回の発表会の持ち時間です。それで、、私も妻も、それぞれのソロ曲が、すでに8分ずつ(私の場合『星は光りぬ』が約3分で『君なんかもう』が約5分ですからね)ですから、二重唱に使える曲は、二人合わせて最大でも4分ってわけですが、そこにカットしても7分の曲を突っ込めば、よっぽどの馬鹿でもなければ、時間オーバーに気がつくってわけです。

 カットしても7分の曲ですが、先生的には良い曲なので、なるべくカットしたくないようなので、どうしましょうか?って事で「曲目変更はどうですか?」となったわけです。

 まあ、私としては、愛の妙薬の二重唱を歌いたくないわけじゃないけれど、確かに、曲としては長すぎて、ソロ二曲と長い二重唱では、私の手に余っているのは確か。この二重唱曲は「また今度」という事にしてもらって、今回は、もっと短い曲にしてもらえると、私としても、少し嬉しいかな? なにしろ、忙しくて、練習もロクにできていない現象ですからね。

 と言う事で、二重唱の曲目変更となりました。まあ、譜読みは一通りしたので、お蔵に入れるのはちょっぴり残念ですが、仕方ないです。

 では何にしましょうか?って事ですが、今年はヴェルディ・イヤーなのに、ヴェルディの曲を歌わないと言うのは寂しいので…と言うことで『椿姫』の『Libiamo,  ne'lieti calici/友よ、さあ飲みあかそう(乾杯の歌)』にしました。

 この曲は、以前、キング門下だった時に、当時の歌劇団で団員の皆さんたちと部分的に歌った曲です。当時は男声が二人しかいなかったので、私は半分ほど歌えましたが、女声はたくさんいたので、妻はほんの少ししか歌っていなく、この曲をきちんと歌ってみたいのだそうです。まあ、その気持ちは私も一緒なので、分からないでもないです。

 と言うわけで、今度はきちんと二重唱として『乾杯の歌』にチャレンジしてみます。

 ちなみに、この曲を知らない人のために、YouTUBEにアラーニャとゲオルギューの(元)夫婦が歌っている画像があったので、それを貼り付けておきます。ま、私たちが歌う時は、オーケストラ使えないのでピアノ伴奏に、合唱団も使えないので、そこはピアノ演奏にしてもらって歌うつもりです。この曲は、約3分程度の短い歌なので、持ち時間内に収まるので、今度は大丈夫でしょう(笑)。

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2013年5月15日 (水)

タクシーに目の前で通り過ぎられると…悲しいです

 本日から平常運転に戻りますので、よろしくお願いします(ペコリ)。
 
 
 ラ・フォル・ジュルネも終わり、日常生活が戻ってきました。さあて、声楽のレッスンだ。ああ、ノドが痛い、練習もたいしてしていない。譜読みもまだまだだあ~。でも『レッスンには行かない』という選択肢は私にはありませんので、なんとか帳尻合わせ的に、ババババ~と譜読みをして、音取って、レッスン準備をしました。

 レッスン当日は、当然仕事です。仕事は毎日、私を追いかけてきます。やっつけても、やっつけても、書類の山の高さが減りません。どうしましょう(涙)。なので、もう、レッスンに自力で行くことを、すっかり諦めてしまった私です。仕事をむりやり終わせると、当然のように、タクシーを呼びつけて、そいつで先生のお宅まで乗り付けるようになってしまいました。『時間なんて、お金で買えるものなのサ!』…なんてエラそうな! でも、人間って、一度ゼイタクをすると、止められなくなるものだね…。

 で、今日も今日とて、タクシーを呼んだところ「10分ほどで参ります」って返事をいただきました。で、ちょうど10分たった頃、私の目の前を、私が頼んだタクシー会社のタクシーが『迎車』の表示を出して、スーーーーーっと通りすぎました。

 おいおいおい…(汗)。

 たいぶ離れたところ(たぶん200mくらい離れた場所:まっすぐな一本道なんですよ)で、どうやら停車したようです。ちなみに私が立っている道は、タクシーなんて滅多に通らないような道です。あれあれあれ? と思ったので、思わずタクシー会社に電話を入れましたよ。…約束の時間に、貴社の車が私の目の前を素通りして、今、全然違う場所に停車しているけれど、一体あれはなんなの?…って内容の事を丁寧な言葉づかいで(オトナですから)申しつけたところ、そのタクシーが踵を返すように私のところにやってきて、ドアを開けました。

 さては、運チャン、待ち合わせ場所を間違えたな…。

 時間にすれば、大した事ではないのですが、なんかシカトされたような気分がして、仏頂面でタクシーに乗りました。お喋りな私が無口でタクシーに乗るなんて、ほんと、珍しいですよ。

 先生のお宅は、田園地帯にあります。ちょっと気をゆるめると、田んぼに脱輪しちゃいそうな道を通っていきます。そんな狭くてヒヤヒヤな一本道なのに、道の向こう側から対向車がやってきました。相手はライトバンです。にらみ合ったまま、両者一歩も引かずだったのですが、やがて運チャンが舌打ちをしながら、バックを始めました。

 「こっちがタクシーだと思って、譲らないんですよ。特に、看板背負っているタクシーには強気で来る奴が居るんですが…そういう奴なんでしょうね」と悔しそうでした。別に道を譲るくらい、いいやん。

 さて、先生のお宅にたどり着きました。妻がすでにレッスンをしていました。しばらく待っていると、私の番になりました。

 ハミングをして、発声練習なんですが…発声練習を始めると、ちょっとノドが痛いんです。

 ……そういえば、ノド風邪ひいていたっけ? 忘れてた(笑)。

 ちょっとノドがヒリヒリして、痰がからみやすいです。でも、それは最初だけ。先生に、発声を見てもらっているうちに、ノドのヒリヒリは消え、痰も出なくなりました。まあ、重傷ならともかく、軽度のノド風邪くらいなら、正しい発声をしていれば、ノドには支障が無いみたいです。

 ただ、ノドが腫れている分、ノドの奥が開きづらくなっているのは確かですが、ノドが腫れている分、力が入らずに脱力せざるをえないのは、むしろ良いことです。

 とにかく、ノドが痛いので、ノドで声を支えることでできず、自然とカラダで声を支えちゃいます。そのせいでしょうか、今日の私は、自分でも感心しちゃうくらい、なかなか良いお声でした。これなら、いつもノドが痛い方が良いかもしれません(爆)。

 とにかく、ノドの奥を開けること。しっかり腹筋で声を支えること。これらを重点的に指導してもらいました。

 「調子が悪い時は、調子が悪い時の歌い方が勉強できるチャンスなんですよ」 まあ、プロともなれば、ちょっと調子が悪いからと言って、仕事をキャンセルしていたら、次の仕事が来なくなってしまいますからね。調子が悪い時の歌い方って奴も、カラダに染み込ませておかないといけないわけで…まあ、私はアマチュアなので、そこまで頑張る必要はないのですが、Y先生は、何気にスパルタだったりするので(優しい顔して、とんでもない事、時々要求してきます)風邪引き程度では手加減してくれません。

 ノドの奥を開けての発声は…なかなか難しいですね。一音一音なら、なんとかノドの奥を開けて歌えても、それを連続して行なうのができません。音が変わったり、母音や子音が変わったり、とにかくクチのカタチがちょっとでも変わると、すぐに響きがなくなります。ああ、ダメな私です。

 「すとんさんは、しゃべるのが商売だから、どうしても普段から省エネでしゃべるんですね」と言われました。まあ、そりゃあそうかも。だって、数時間も連続してしゃべりっぱなしなんて、ザラだもんね。どうしても省エネ発声になるよね。

 「省エネでしゃべる人は、歌う時も省エネになるんですよ」 ここで言う“省エネ”と言うのは『クチを動かさず、顔の筋肉も使わず、腹筋も背筋も使わず、おまけに息すら十分に使わずに、しゃべっちゃう癖』のことなんです。実に楽に、うまい具合に脱力してしゃべるわけなんです。いや、脱力しすぎたまま、しゃべっちゃうんですよ。

 「すとんさんは、歌う時も、しゃべる時の癖が抜けずに、顔の筋肉を使わずに歌っちゃうんですね。それでは、深くて響きのある声は出ません。それはある程度、仕方ないです。と言うのも、歌っている時よりもしゃべっている時の方が、うんと長いのですから、歌う時に、しゃべりの時の癖が出てしまうのは仕方ないのですが、できるだけ、歌う時は、カラダのあっちこっちを使って歌うようにしてください」と言われました。

 つまり、私の場合、しゃべりがあまりに楽な感じでしゃべってしまうので、そのしゃべりのスタイルのままでは、さすがに歌にならないので、歌の時は、かなりあっちこっちに力を込めて歌っていた…のが、キング先生のところにいた時の私で、そこからあれこれ直して、力を込める癖を取った時に、残ったのが、しゃべる時の癖ってわけです。

 そうか、楽して歌えないから、なんとか歌声にしようとして、結局、それが原因で、今のようなノド声になってしまったわけか…。

 「すとんさんが、正しい発声を身に付ければ、ソぐらいまでは、楽に歌えるはずです。ソまでは楽に行ければ、そのままの発声でラまでは行けます。実際、そういう歌い方をするテノールはたくさんいます。だから、今のやり方でラまでは行けます。ラより上の音は、一つ一つの音のマスターが階段状態になっていますから、その一段一段を丁寧に昇っていかないといけません。それで、シやドが楽に出るようになると、お金をいただけるような声になれます」と言われました…が、まあ“お金をいただけるような声”になる前に、私の人生が終わっちゃう事は間違いないので、そんな心配とか期待とかなんて、する必要もないんですけれどね(へへっ)。

 でも、せめて、ラは楽に歌える歌手になりたいです。

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2013年5月14日 (火)

フレンチなデキシー・ランド・ジャズも悪くない[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その10]

 なんか疲労困憊でフラフラになっていく私でした。風邪もひいているし、つかれているし、すでに時刻は夜になっているし…それでも貧乏性な私は、頑張って展示ホールに行きました。展示ホールでの最終演奏を聞くためです。展示ホールに向かう途中で、帝国ホテルの出店でソフトクリームを食べて、ちょっとだけ元気を出しました。で、さっさと展示ホールの座席を確保して、ボーとして、次の演奏を待ちました。

 
 
デキシーランド・ジャズ(The Cherry Boys)

  フィジティ・フィート
  ダークタウン・スラッターズ・ボール
  マスクラット・ランブル
  プチ・フルール
  ハイ・ソサエティ
  麗しのジョージア・ブラウン

 最後はノリノリのジャズバンドです。ラ・フォル・ジュルネでジャズって珍しいかも。

 ジャズと言うと、アメリカ音楽ってイメージが強いのですが、実はアメリカではジャズって、当の昔に廃れていて、今やクラシック音楽と同じような扱いなんですね。つまり『年寄りたちが好む、知的な音楽』ってわけで『貧乏な黒人の子が、トランペットを欲しがって…』という世界では既に無いようなのです。少なくとも、若い世代はジャズを好みませんからね。アメリカの若者たちにとっての、現代進行形の音楽は、ヒップホップであり、ロックもすでに“オッサンたちの音楽”なわけで、ジャズなんて、大昔に流行った音楽ってわけです。

 じゃあ、ジャズという音楽がダメになってしまったのかと言うと、さにあらず、アメリカでロックが台頭し、ジャズが廃れ始めると、そのジャズ系ミュージシャンたちがヨーロッパに移動して、ヨーロピアン・ジャズというのを生み出して…なんて歴史があるそうですが、まあ、私はその辺は門外漢ですので、このあたりで止めておきます。とにかく、フランス系のジャズバンドってのも、アリアリってわけです。

 しかし、フランス人バンドなのに、デキシーランド・ジャズってのは、確かに違和感を感じないわけじゃないです。

 でも、演奏が始まったら、あまり関係なかったです。良い演奏は良いんですよ。考えてみたら、フランス人がジャズをやるのは、日本人がジャズをやるのと、大差ないわけで、日本人のジャズがOKなら、フランス人のジャズもOKじゃん。

 このバントは、ソプラノサックス、テナーサックス、トランペット、トロンボーンの四名がフロントマンで、それをピアノ、ドラムス、ウッドベース、バンジョーで支えます。ちなみに、バンドリーダーは、ソプラノ・サックスのようです。

 演奏自体はノリノリで格好良かったです。でも、選曲はどうなんですか? これってデキシーランド・ジャズ的には普通なの? なんか、選曲にもお国柄が出ているような(笑)。

 そんなわけで、最後の最後は、大いに盛り上がって、今年のラ・フォル・ジュルネも終了です。来年のラ・フォル・ジュルネは、本場のナントはアメリカ音楽なんだそうです。たぶん、日本でも金沢とかびわ湖はアメリカ音楽で行くのかな? 東京は、ラ・フォル・ジュルネ10周年という事で、特別プログラムで行くそうです。ベートーヴェンやモーツァルトやバッハを始め、過去に取り上げた作曲家たちが、再び東京に集結するというモチーフで行なうそうですよ。そこに、アメリカ音楽代表として、ガーシュウィンが混ざるとか…。まあ、とにかく、来年も東京ではラ・フォル・ジュルネは存続するという方向のようです。

 日本でのラ・フォル・ジュルネは、当初から10年計画だという噂を聞いた事があります。まあ、来年が最後の花火にならないと良いのですが…。確かに、最近の来場者は、のだめブームの頃の100万人には遠く及びませんが、それでも東日本大震災の時に最低記録(約20万人)を作り、そこから少しずつ盛り返しているのも事実。今年は約50万人でしょ? まだまだ震災前のレベルには追いつかないけれど、アベノミクスで景気が良くなれば、きっとまた復活するし、企業献金も増えてくるはずだから、もう少し頑張ってほしいなあと、個人的には思ってます。
 
 
 で、夕食はカラダが疲れ切っていたので、何かカラダにやさしいモノが食べたかったのだけれど、妻の強い希望で、カレーにしました。帝国劇場の地下に、インド大使館のすぐそばにあったインド式カレー屋さんの支店がお店を出していて、そこでどうしても夕食が食べたかったんだって。つかれていたし、ノドも腫れていたけれど、カレーにつきあいました。体調が良くなかったので、カレーとナンだけしか頼まなかったんだけれど、美味しかったよ。カレーもさることながら、ナンが美味しかったです。次に行った時には、ぜひコースで注文して、一通り楽しむ事にしようと思います。

 で、帰宅して、翌日も休みだったので、一日中寝てました。一日寝ていたので、体調もだいぶ回復し、その翌日からは、またまた平凡な毎日を繰り返す生活に戻ったわけです。

 これで、今年のラ・フォル・ジュルネのお話は、お終いです。また、来年を楽しみにしてください。

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2013年5月13日 (月)

また居眠りしちゃいました、ダメだなあ…[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その9]

 三菱一号館裏でのソプラノコンサートを見終え、実に満足した私は、その足で、新丸ビル三階のアトリウムに行きました。ここはまだ行った事のない場所でしたが、三菱系のビルなので、あまり期待せずに、時間潰し的な感覚で行ってみました。

 行ってみたところ、やはり三菱系のビルですから、周囲はうるさく、あまり音楽を聴く環境とは言えませんでした。ただ、ここは、他よりは多少は騒音が少ないんでしょうね。演奏は生音で行い、しゃべりだけP.A.という形式で行ないました。やはりクラシック系は、生音演奏がいいよね。
 
 
ソプラノ(ソプラノ:笠原みか、ピアノ:大井美佳)

  サティ作曲『ジムノペディⅠ』(ピアノ)
  ドビュッシー作曲『ロマンティックなワルツ』(ピアノ)
  フォーレ作曲『夢のあとに』(歌)
  フォーレ作曲『月の光』(歌)
  ドビュッシー作曲『月の光』(ピアノ)
  ドビュッシー作曲『レントより遅く』(ピアノ)
  デュパルク作曲『旅へのいざない』(歌)

 このコンサートは、歌手も参加していますが、どうやら主役はピアニストさんのようです。でも、この会場でマイク無しでピアノってのは、少々厳しいようですね。聞こえない事はないけれど、とてもピアノの音を愛でられるほどには聞こえません。ま、サティのピアノ音楽は、家具の音楽ですから、聞こえるか聞こえないかで良いのでしょうね。こうやって人を集めて「さあ、ピアノを弾きます!」なんて感じで演奏しちゃいけない曲なんだろうと思います。なので、よく聞こえないのは、それでもアリなんでしょう。

 でも、次のドビュッシーは、それではいけません。ドビュッシーの音楽は、耳を傾けて、その微細な音色の移り変わりを心ゆくまでに味わう音楽ですから、こんなところで演奏しちゃいけない音楽なんだと思います。…選曲的に失敗かな?

 選曲的に失敗と言えば、このドビュッシーのワルツに限らず、その後に続く曲、すべての曲に関して言えると思います。フランスのピアノ曲とか声楽曲って、広い場所とか、騒がしい場所で聴く音楽ではないと思います。基本的にサロン音楽であり、静かで狭い場所で、限られた人数で楽しむ音楽なんじゃないかな? そういう意味では、フランス音楽で“人集めイベント”をしちゃいけない…と思いました。

 なんて文句タラタラ書いてますが、演者さんたちはすごく真剣でした。演奏音はロクに聞こえませんでしたが、一生懸命に音楽に向き合って演奏している事は伝わりました。ああ、もっと静かな環境で聞きたかったなあ。とにかく、演奏音よりも、フロアのご案内の声の方が大きく聞こえるんだもの、そりゃあ音楽向きの場所じゃないです。

 人でギュウギュウ詰めの中、小一時間立っていたわけで、なんか疲れちゃいました。普段なら、一時間ぐらいの立ちん坊でも何ともない私なんですが、やはり体調が悪いのかな、かなりお疲れさまになりました。

 さあ、次は東京国際フォーラムに戻って、マスタークラスを聞かないと。
 
 
マスタークラス(ヴィオラ・ダ・ガンバ:フィリップ・ピエルロ)

  マレ作曲『ヴィオール曲集 第4曲より』

 本日二度目のマスタークラスは、午前中の有料プログラムで聞いた、リチェルカール・コンソートの主宰であり、指揮とビオラ・ダ・ガンバを担当する、フィリップ・ピエルロさんでした。

 会場入りをしたのが、遅くなって、かなり後の座席になってしまいました。ヴィオラ・ダ・ガンバって、チェロのように座って演奏するので、前の方に座らないと、演奏者の姿なんて何も見えないのですよ。「こんな後の席になって、失敗したかな?」と思いましたが、仕方ない事なので、諦める事にしました。

 マスタークラスが始まっても、先生も生徒さんの姿も見えず、ただ楽器の音と、先生と通訳さんの声しか聞こえませんでした。まるでラジオ放送みたい(笑)。

 先生は何度も生徒さんの弓の持ち方や弾き方を直していました。どうやらこの生徒さんは、ピエルロ師匠とは別系統の流派の方のようです。楽器の演奏って、流派が違うと全然違うわけで、そういう流派違いの先生に習う事って生徒さんにとっては新しい刺激になって良いのですが、しかし弓の持ち方から直されちゃうんじゃあ、ちょっとやってられないでしょうね。

 生徒さん、楽譜通り弾きすぎるという注意を受けていました。八分音符が四つ並んでいても、それらを均等に同じように弾いてはいけないと言われてしました。八分音符が四つ並んでいたら、それぞれの強さも長さもみな変えて演奏するのが、古楽なんだそうです。音を常に不揃いにして演奏していく事が大切なんだそうです。なんか、いわゆる“クラシック音楽”とは価値観が違っていて面白いですね。むしろクラシック音楽なら、全く逆に、なるべく均等になだらかに演奏する事を求めるわけで、こういう違いって、おもしろいなあって思いました。そういうところでは、古楽はジャズっぽいのかもしれません(ジャズも八分音符が四つ並んでいたら、それぞれを変えて演奏しますね、だってそうじゃないとおもしろくないでしょ?)。

 音符はしっかり演奏し、休符はしっかり休む…と注意されていました。そういえば、私も休符はいいかげんにしがちです。反省です。

 和音は弓の先の方で常に弾く…なんてあたりから先は、記憶がありません。また、寝ちゃったみたいです。体調悪い時に、椅子に座ってじっとしていたら、眠気が襲ってきても仕方ないですね。

 次に目覚めた時は、もうマスタークラスが終わる頃でした。レッスンの最後あたりに、まとめとして先生がおっしゃっていた事が記憶に残っています。「音楽は、楽譜に書いてある通りに演奏するのではなく、そこに演奏する人のキャラクターをプラスして演奏していくものだ」との事。演奏する人のキャラクター…確かにそうかもね。そうでなければ、音楽はMIDIによるコンピューター演奏で十分だもの、人が演奏しないとおもしろくないのは、人の持っているキャラクターが音楽の中で表現されているからでしょうね。ああ、だから、プロの音楽家って、人間としてキャラクターの濃い人ばかりなんだな、なんか納得です。

 ああ、疲れた。居眠りをすると疲労回復するどころか、カラダの中で隠れていた疲れがお目覚めになって、ますます疲労困憊になっていくみたい。ああ、シンドイ。

 マスタークラスが終わって、そのまましばらく、じっとしていたかった私ですが、力を振り絞って次の会場に向かいました。

 続きはまた明日です。

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2013年5月12日 (日)

逆風に負けない歌唱[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その8]

 目覚めは結構ぼぉ~としている私です。でも、ラ・フォル・ジュルネは忙しいのです。眠いからと言って、惰眠をむさぼっている暇は無いのです。

 次の演奏会場は、三菱一号館の裏のオープンスペースです。目覚ましにはちょうど良い距離です。東京国際フォーラムから、テクテク歩いて会場に向かいました。
 
 
ソプラノ(ソプラノ:吉田友子,ヴァイオリン:佐藤奈美,小島愛弓,ヴィオラ:小渕早佐保子,チェロ:寺島志織)

  サティ作曲『あなたが欲しい』
  プーランク作曲『愛の小径』
  マスネ作曲『タイスの瞑想曲』(インスト)
  シャンソン『おぉ、シャンゼリゼ』
  シャンソン『愛の讃歌』
  ビゼー作曲『間奏曲』~『カルメン』より(インスト)
  グノー作曲『私は夢に生きたい』~『ロミオとジュリエット』より
  プッチーニ作曲『私が町を歩けば』~『ラ・ボエーム』より

 私が着いた時には、すでに人だかりで、ギューギュー詰め状態でした。この会場は、オープンスペース(戸外)と言う事もあり、座席がなく、すべて立ち見の会場なんです。どうしても座りたい人は、そこらにある噴水の縁石にでも座るという約束になっている場所なんです。私も当然、立ち見のつもりでしたが、私のすぐ側の噴水の縁石に座ってた人が突然お帰りになってしまったので、座る事ができました。ラッキー。正直、風邪でかなりフラフラ状態だったので、ちょっとの時間でも座れると有り難いんですよ。

 この会場は音楽を聞くには割と良い環境のはずでしたが、今回はそうとも言えませんでした。と言うのも、ちょっと風が強かったかな? で、その風が客席側から舞台側に吹いていたので、音的にはちょっと厳しそうだったかな? おまけに、その風が少し冷たくて、客はもちろん、演奏者さんたちにも、肌寒い感じでした。あと、この会場には噴水があるのだけれど、その噴水が演奏中も止まず、水音が結構していました。

 それらがなければ、鳥のさえずりと共に、いい感じで音楽が響きあって、演奏が楽しめる良い場所なんですがねえ…。

 本番前にリハーサルで弦楽器たちが演奏していましたが、私、舞台のすぐ側に居たけれど、楽器の音はロクに聞こえませんでした。楽器から出た音が強風でみんな、奏者の後(つまり私たちのいる側とは反対側)に流れて行ってしまっているようでした。こりゃあ今回は、厳しそうだな…という感じだったんです。

 本番が始まり、ソプラノさんが登場しました。ここの会場での演奏は生音演奏なんですね。弦楽四重奏ですらロクに聞こえない状況なのに、ソプラノさんの歌では、どれだけ聞こえるのだろうかと不安でヤキモキしながら待っていました。

 『あなたが欲しい』の第一声で、その不安はかき消されました。実に見事な声で朗々と歌い始めたからです。

 元々、ちゃんとした歌手の歌声は、弦楽器などよりも、ずっとボリュームがあるものですが、楽器のようにカタチが決まっているモノと違い、歌手の場合、様々な状況に応じて、響きの質を変える事ができますから、その場その場に応じた歌い方ができるわけです。こういう向かい風の中で歌う時と、無風状態のホールの中で歌う時では、歌い方は変わるわけで、今回、このソプラノさんは、かなり直進性の強い声で歌っていました。

 それこそ客席に向かって、機銃掃射をするように、ズワワワ~って感じで声を飛ばしてきます。声が私の方に向かって飛んでくる時は、実に豊かな声で聞こえます。余所に向かって歌っている時は…少々物足りなく聞こえます。でも、これは仕方ないのです、会場の状況が悪く、声を全面展開できない状態なら、声の方向性を強めて、扇風機の首振りよろしく、声を届けていくしかないからです。

 一曲歌い終わって、しゃべる時はマイクを使うのですが、マイクを使った途端に、言葉の明瞭性が失われ、何を言っているのか全然分からなくなりました。こんな反響の多い場所で、P.A.使ったちゃダメだろ? それに、P.A.で拡声した声の方が、生歌声よりも音量が小さいって、どういう事?(笑)

 二曲目の『愛の小径』は歌で聞きましたが、この曲を歌として聞いたのは…もしかすると、今回が始めてかもしれません。この曲、フルートではよく聞くんだよね…。歌は歌詞が付いている分、メロディーがカラフルになります。フルートで聞いても、きれいなメロディーだなあと思ってましたが、歌で聞くと、フルートで聞くメロディよりも、数倍輝きあふれるメロディに聞こえました。やはり、楽器と声では、音色の幅が違いすぎて、比較対象にすらなりません。数種類の母音が使える声は、旋律楽器としては、楽器よりも圧倒的に有利だな、と感じると同時に、この曲(フルートで吹きたいとは思わないけれど)フランス語で歌ってみたいなあと思いました。

 ソプラノが二曲歌うと、次はお休みで、ヴァイオリン主役のインスト曲になりますが、せっかく一生懸命に演奏しているのですが、向かい風のために、ロクに聞こえません。音楽は聞こえないと話にならないので、ちょっとかわいそうでした。ちなみに『タイスの瞑想曲』はヴァイオリン曲でして、私がよく聞くフルート版の方がアレンジものなのですが、フルート版で聞き慣れているせいか、正直、オリジナルのヴァイオリン版には違和感を感じました。これって、インスタントラーメンばかり食べている人が、店に入ってラーメンを食べた時の違和感に通じるものがあるんでしょうね。

 シャンソンは、ゴダイゴ形式で歌ってましたよ。つまり、1番は原語(この場合はフランス語)で、2番以降は日本語。このやり方だと、原語のオリジナルな響きが楽しめた上、歌の世界もよく分かるので、良いやり方だと思います。

 で、次のインスト曲は…なんと、カルメンの『間奏曲』でした。これはいただけないですね。だって、この曲はフルート曲であって、ヴァイオリン曲ではないです。ヴァイオリンのための曲は、この世に掃いて捨てるほどたくさんの名曲があるのに、わざわざ他楽器のための曲を取り上げて、ヴァイオリンの長所を捨てなくてもいいのに…。フルートのように、オリジナル名曲が数少ないのなら仕方ないですが、ヴァイオリンがこんな事をやっちゃダメですよ。実際、ヴァイオリンよりもフルートの方が、この曲は良いと思いますよ。

 で、最後は『ロミジュリ』と『ボエーム』からアリアを一曲ずつです。とてもよかったですよ。今までが慣らし運転で、ここでアクセスをグっと踏み込んだ事が分かりました。歌はやっぱり、こうでないと(笑)。

 いやあ、歌を聞く条件としては、良くなかったですが、それをモノともしなかった演奏に感謝感謝です。

 すっかり眠気がふっとんだ私でした。

 続きはまた明日。

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2013年5月11日 (土)

すいません、ついうっかり居眠りしちゃいました[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その7]

 さて、コンサートを一つしか聞いていないにも関わらず、出足が遅かったせいで、すでにお昼になってしまいました。さあ、どこでお昼ごはんをいただきましょうか?

 ラ・フォル・ジュルネに通い始めた頃の私は、会場内で食事を済ませようとしていました。なるべく、ラ・フォル・ジュルネとその関係団体にお金を落とそうと思ったからなんです。でもね、やっぱり、高級レストランで食事をするのは無理だし、エスニック料理もクチに合わない…。そこで次は、丸の内周辺で食事をする事を考えました。

 私は、東京国際フォーラムには東京駅から出かけます。ですから、東京駅~東京国際フォーム間で飲食店を探した事があります。また、ラ・フォル・ジュルネの最中に銀座の楽器に行くこともありましたから、東京国際フォーラム~銀座間で飲食店を探した事もあります。また、帝国ホテルでのコンサートにも行ってましたので、東京国際フォーラム~帝国ホテルでも探しました。当然、東京国際フォーラムの最寄り駅は有楽町ですから、有楽町界隈の飲食店も押さえてあります。

 まあ、手頃な食事処はだいたいチェックしたつもりでしたが、実は忘れていたところがありました。それは、東京国際フォーラムから皇居に向かった方向です。こっちの方向は手薄でした。今回は、行きの電車の中でその事に気づき「東京国際フォーラムから皇居の方向には何かあるだろうか…」と考え始めました。そこで思い出したのが、帝国劇場です。そう、帝国劇場の地下には、大きなレストラン街があるんですよ。帝国劇場にミュージカルに行くたびに、地下のレストランで食事をしたいなあ…と思いつつ、なかなかそのチャンスに恵まれなかった事を思い出しました。

 そこで、東京国際フォーラムから帝国劇場に向かってみたら…なんと、東京国際フォーラムと帝国劇場って、間にビルを2つしか挟んでなくて、実にすぐ近くでした(驚)。帝国劇場の地下レストラン街なんて、東京国際フォーラムのすぐ目と鼻の先じゃない!

 なので、今回は、帝国劇場の地下レストランに行って、うどんを食べてきました(笑)。いやあ、私、うどん好きだし、やっぱり昼食なら、うどんでしょ? ってか、カレーとうどんと、どっちにしようかと悩んで、うどんにしました(爆)。釜上げうどんって奴を始めて食べました。モチモチで美味しかったよ。

 昼食後、時間がまだあったので、国際フォーラムの隣にあるビックカメラに寄って、デジカメを物色してきました。ああ、久し振りに物欲がフツフツと湧いてきました。今使っているカメラ、もう10年近く前のヤツなんだよね。そろそろ買替えてもいい頃だよねえ…なんて思っちゃいました。

 ビックカメラで時間をつぶして、次のコンサートに向かった私でした。
 
 
オーケストラ(The Pink BAcCHus!)

  ディカス作曲『“ラ・ベリ”の前奏曲用ファンファーレ』
  ビゼー作曲『アルルの女』より『パストラール』『アダージェット』『カリヨン』『メヌエット』『ファランドール』

 ラ・フォル・ジュルネではレギュラー的存在となってきた、アマオケさんたちです。私も毎年のように、この団体の演奏を聞いてますね(笑)。しかし、アマオケと言っても、みなさん、手にしている楽器は、かなり高価そうですし、持っている演奏力もたいしたものです。こういう方々を見ると「アマオケと言っても、本当のアマチュアなんていなくて、みんな音大出身なんだよ」という都市伝説も嘘じゃないんだろうなあって思っちゃいます。ま、この方々が全員、音大出身かどうかは別としても、私風情の人間では、残りの人生のすべてを音楽に捧げたとしても、とてもこの中でやっているだけの技量は習得できないだろうなあって思っちゃいました。アマオケと言えども、オケはオケ。やはり、選ばれた人間だけしか参加できないんだなあって思っちゃいました。

 ううむ、すごく悔しい。そして、羨ましい。

 例え、どれほど努力しても、死ぬまでアマオケには入れなかったとしても、せめて、オケ伴奏でフルートソロを吹いてみたいと思いました。

 さて、The Pink BAcCHus!さんの演奏は…もちろん、良かったです。ちょっと音楽がよれていたところが数ヶ所ありましたけど、ライブならでの“味”って言い切っちゃいましょう!

 それにしても驚いたのは、第一曲目の始まり方。普通、オケって「演奏始まります」とアナウンスが入ると、横から指揮者が入ってきて、おもむろに礼をしてから、タクトを振り下ろして演奏が始まりますが、今回のThe Pink BAcCHus!は、そういうやり方ではなく「始まります」のアナウンスが入ったと思ったら、木管ブロックの人が、いきなり立ち上がって、指揮をし始めて、勢いよく演奏が始まりました。実は、指揮者さんが最初から木管ブロックの人の中にまぎれて座っていたんですね。いやあ、ビックリしました。こういう遊び心って必要ですよね。

 いい意味で驚かされて、ドキドキしました。そんなドキドキのまま、演奏が終わりました。いやあ、驚いた、そして満足満足。
 
 
マスタークラス(ピアノ:ジャン=フランソワ・エッセール)

 ラヴェル作曲『鏡』より『道化師』
 ラヴェル作曲『夜のガスパール』より『スカルボ』

 展示ホールでの演奏会が終わったら、そのままガラス棟に行って、マスタークラスです。で、会場に入って、マスタークラスが始まったら…うっかり寝ちゃいました。申し訳ない。疲れていたし、風邪ひいていたし、風邪薬も飲んでいたし…。でも、一番の理由は…ピアノ曲のマスタークラスだった事かな? 私、ピアノ得意じゃないし、よく知らないしね。

 マスタークラスそのものは、なんか普通のピアノのレッスンみたいでした。まず、生徒さんがピアノを弾いたら、先生がダメ出しをして、アドヴァイスをして、弾かせ直して、良ければ次に進み、ダメならもう一回…って感じのクラスでした。ね、普通のピアノレッスンみたいでしょ? 一応、我々、客が入っていただけれど、先生はあまり客を気にせず、生徒さんだけに集中してレッスンしていました。それが当たり前と言っちゃあ、当たり前なんだけれど、見ている方は、それだと結構退屈なんです。おまけに、生徒さんは、なかなか先生の望む通りにはできず、結構苦労していたので、なんか同じような事を何度も繰り返しているような気がしました。

 言葉で指導して上手くできず、例えで話しても上手くできず、見本を見せても上手くできず、先生鉛筆を取り出して、生徒さんの譜面に色々と書き込んでも、なかなかできず…ラヴェルって難しいんですね。私がウトウトする前に弾いていた個所を、目覚めてもまだ演奏していたくらいですからね。苦労するところは、苦労していたようです。

 生徒さん、二曲用意していたみたいだけれど、結局『スカルボ』一曲、それも途中までやったところで、クラスが終わっちゃいました。

 一曲の約束なのに、三曲レッスンされちゃうのも、大変ですが、二曲の約束で一曲しかレッスンされないと言うのも、なんか寂しいですね。

 ああ、それにしても、だんだん風邪がひどくなってきたような気がします…。

 それでは続きはまた明日。

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2013年5月10日 (金)

曲目変更? そりゃあ、聞いてないよ~![2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その6]

 翌日の、ラ・フォル・ジュルネ二日目は、私は、おとなしくして地元におりました。いやあ、休息ですよ、休息。オッサンだから、連続出撃は無理なんですね。ですから、二日目の5月4日は、全面的に休息です。

 目が覚めるまで寝て、目を覚ましたら、もう午後でした。やったね。一日の半分を睡眠で使っちゃったよ(テヘッ!)

 この日は、休息が目的だったので、昼起きて、朝昼兼用食を食べたら、近所に映画を見に行きました。だって、映画館まで徒歩五分だし、映画って、ただ座って見ていたらいいわけだし、楽っちゃあ、楽でしょ。おまけに見た映画は『仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z』という、アタマをカケラも使わない、超娯楽大作(爆)。いやあ、ギャバン、カッコいいッス。

 んで、その後、メガネ屋行って老眼鏡を新調して、パソコン屋に行ってワクワク時間を無駄遣いして、夕食食べたら、もう夜になっちゃったので、さっさと寝ました。

 で、翌、5月5日(日&祝)に、再び、ラ・フォル・ジュルネに参戦しました。もう、やる気マンマンよぉ~……と言いたかったのですが、なんか、朝から調子が変。寝汗たっぷり、ノドがイガイガするし、ちょっとカラダもダルい。どうやら、風邪みたいです。二日前に、疲労困憊状態で、ラ・フォル・ジュルネに行ったからなあ…。私は都会に長居をすると、決まって病気をもらってきちゃうんだよねえ…。まあ、東京でもらった風邪だから、そのまま東京に行っても問題ないでしょ、という身勝手な判断で東京に向かいしました。

 ま、一応、ノドは痛むし、カラダもダルいけれど、熱はないし、咳も出ないから、OKOKって事にしました。実際、平日にこの程度の風邪をひいても、仕事休まないしね。

 それでも、一応は考えて、大量のビタミンBとCを投与し、東京駅の駅ナカの薬屋さんで、葛根湯ドリンクと薬用のど飴を購入しておきました。
 
 
バロック(リチェルカール・コンソート、フィリップ・ピエルロ指揮)

  クープラン作曲『諸国の人々、第1組曲“フランス人”』より『ソナード』
  マレ作曲『サンド・ジュヌヴィエヴ・デュ・モン教会の鐘』
  クープラン作曲『諸国の人々、第2組曲“スペイン人”』より『ロンド』と『パッサーユ』
  マレ作曲『フォリアのクプレ』
  ラモー作曲『コンセール用クラヴサン曲集』から第3コンセールより『内気』と『タンブラン』
  コレット作曲『ゴシック協奏曲第25番 未開人』

 実はこの日、朝9時には到着して、毎年懸案となっている、好田タクト氏の指揮者モノマネを最初からきちんと見ようと計画してましたが、風邪に負けました。で、朝からグダグダしてしまったので、有料コンサートである、リチェルカール・コンソートのコンサートの直前に、なんとか会場入りしました。ちなみに、三日目のこの日は、初日よりも、人出が多かったですね。そう言えば、ここ数年そんな感じです。これはおそらく、二日目にNHKでやるラジオのおかげなんでしょうね。ここ最近、NHKラジオで二日目のラ・フォル・ジュルネを生で取り上げるんですね。おそらく、それを聞いて出かけてくる人が多いのでしょう。なので、三日目は、結構混み合うわけです。

 ラ・フォル・ジュルネは祭りなんだから、やっぱり人出でごった返していないとダメだよね。

 で、そんな感じで、割と時間ギリギリに演奏会場に入った私ですが、演奏開始直前に、主催者である、ルネ・マルタン氏が現れました。「??」と思っていたら、どうやら彼はお詫びのために現れたようで、その内容は「ソプラノ歌手が、日本に来る直前に、いきなり熱出して倒れちゃって、あんまり急だから、こっちも慌てちゃったんだけれど、代わりの歌手は見つからないし、そこでピエルロに相談したら『心配ご無用だぜ、ブラザー』って返事をもらったので、このコンサートは、声楽コンサートのつもりだったけれど、演奏曲目を変更して、オール・インスト曲のコンサートにしちゃったから、勘弁勘弁なあ~」って事でした。

 ちょえ~、こっちは、そのソプラノさんが聞きたくてチケット買ったのに、そりゃあ無いっしょ。オール・インスト曲だったら、寝ちまうぞ!

 実際、ウツラウツラと夢見心地になっちゃいました(笑)。いやあ、歌が無い古楽演奏会は、やっぱ退屈だね。

 ちなみに、リチェルカール・コンソートというバンドは、チェンバロ1、バロック・ヴァイオリン2、フラウト・トラベルソ2、ビオラ・ダ・ガンバ1という構成のバンドです。指揮のフィリッピ・ピエルロは、最後まで全く指揮をせずに、ひたすらビオラ・ダ・ガンバを弾いてました。

 一応、起きていられる時は、頑張って、バロック・ヴァイオリンやフラウト・トラベルソを観察していました。どっちも興味シンシンな楽器だしね。

 それにしても、バロック音楽で使われている古楽器って、音量小さいなあ…。だから、音量を大きくする方向で楽器って発展してきたって事が、よく分かります。私は会場の、それでも前の中央部にいたのだけれど、私のところで、やっとやっとって感じでした。ま、東京国際フォーラムって、どのホールも響きはイマイチだからね。後の方や隅の方まで、きちんと聞こえていたのかしら?

 しっかし、フラウト・トラベルソの小音量っぷりは、半端ないね。ひなびた音で、まろやかで、聞き疲れはしないけれど、思わず眠気が誘われます。

 バロック・ヴァイオリンとフラウト・トラベルトは癒し系の音色だけれど、チェンバロはビオラ・ダ・ガンバは、なかなかに刺激的な音色の楽器です。この二種類の音の組み合わせがバロックのバロックっぽいところなんだろうなあって思いました。この二つの音質をつなぐ音質の楽器が無いんですね(笑)。

 とりわけ、ヴィオラ・ダ・ガンバは見かけはチェロに似ているし、抱えるとギターにも似ている楽器なのに、音色はそれらとは違って、結構、尖ってます。でも、尖った低音って、なかなかカッコいいよね。ヴィオラ・ダ・ガンバ、演奏できるようになりたい楽器のリストに加わりました(笑)。

 そうそう、バロック・ヴァイオリンの弓って、ちょっと変でした。普通のヴァイオリンって、弓の中央部が凹んだカタチですが、バロック・ヴァイオリンの弓は中央部が膨らんだカタチになってました。弓と呼ぶからには、バロック・ヴァイオリンの弓の方が、よっぽど弓っぽいなあって思いました。

 それにしても、普段は咳き込みたくもなんともないのに、演奏中だけ、妙に咳き込みたくなるのはなぜ?(一応、我慢したけれど)。

 続きはまた明日。

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2013年5月 9日 (木)

音がカタカナで聞こえるのは不幸な事だと思います[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その5]

 工藤氏の素敵なコンサートの後は、再び展示ホールに戻ってきました。『出演者は当日、発表します』ってコンサートに行ったわけです。そういうハプニング系のコンサートって、楽しみでしょ?
 
 
ピアノ(ピアノ:酒井茜)

  ドビュッシー作曲『12のエチュード』より
     『第1番』、『第2番』
  ラヴェル作曲『ラ・ヴァルス』

 ええと、私はピアノ奏者には詳しくないので、サプライズ・コンサートがサプライズにならず「この人、誰」状態になってしまいました。ああ、ごめんなさい&申し訳ないです。

 でもね、私はこのコンサートで、おそらく、一生に一度しかないであろう、貴重な体験をしました。それは実にミステリアスな体験でした。

 よく“絶対音感を持っている人は、すべての音が音名に聞こえる”と言います。サイレンが「ファ~ド~ファ~ド~」と聞こえたり、窓をたたく雨音が「エス、エス、エス、エス…」って聞こえたりするそうです。もちろん、私は絶対音感など持っていないので、その言葉の信頼性を確かめる事はできないのですが、もしそうならば「音楽なんて楽しめないんだろうなあ、かわいそうだなあ…」と思ってましたし、絶対音感なんて持っていなくて良かったなあと思ったものです。

 そんな私なのに、酒井氏のピアノ演奏で、いきなり、ピアノの音が音名(それもカタカナ:笑)になって聞こえちゃったのです。もう、ビックリですよ。

 まあ、曲が『12のエチュードの第1番』ですから、誰でもピアノの音が音名で聞こえるのかもしれませんが、私は今まで、そんな感じの分かりやすい曲であっても、絶対に音が音名で聞こえるって事はなかったんです。それが今回、生まれて始めて、音が音名で聞こえたんですよ。

 いや、驚きました。この時は私は、かなり疲れていて、半ばボケ~っとした状態で音楽を聞いていたのに、いきなり音名で聞こえちゃったので、ほんと、あわてちゃいました。

 そして、一度音名で聞こえちゃうと、しばらくは、ずっと音名で聞こえたままになってしまいます。

 結論『音楽は、音名で聞こえちゃうと、楽しみが半減どころか、1/10程度に削がれてしまいます』

 いやあ、音名で音楽なんて、聞くものじゃないですよ。絶対にダメ。それは、不幸の始まりです。だって、音楽が、とてもウザく感じるんですよ。ピアノが突然喋りだすんですよ。もう、信じられない! どんなに美しいフレーズも、頭の中でカタカナ変換されたら、台無しでしょ?

 だから、音が音名で聞こえて、しばらくして「これはアカン」と思って、必死になって、頭からカタカナを追い出しました。そりゃあ、大変でした。ドビュッシーの曲の間に、必死になって、なんとか音名を追い出して、ラヴェルの時には、安心してピアノの音で聞いていたら、あれあれ、ラヴェルの曲も、途中から、ピアノのメロディーが音名で聞こえちゃって(涙)。

 あかん、音楽の神様、私から音楽を聞く喜びを奪わないでください!

 結局、このコンサートは、最後まで、ピアノが喋りっぱなしでした…

 でも、音を音名で感じたのは、この時が始めてで、おそらく最後です。だって、ウチに帰って、iTunesで、この時の曲を聞いても、全然音名で聞こえないもの。どう聞いても、美しいピアノの音がメロディーを奏でているようにしか聞こえないんです。なぜ、あの時だけ、ピアノの音が音名で聞こえたのか、私には全く分かりませんが、もう二度と、そういう目には遭いたくないものです。

 なので、酒井氏の演奏うんぬんの感想は無しです。だって、頭の中からカタカナを追い出すのに忙しかったんだもの。

 ちょっとパニクってしまいました。そして、かなり疲れているんだなって思いました。当初の予定では、あと一つコンサートを聞いたら帰宅するつもりでしたが、予定変更をして、これで終わりにしました。
 
 
 夜ももう遅いので、どこかで夕食を食べて帰ろうと思い、そう言えば、最近はJRの駅も、駅ナカが充実してきたし、東京駅もたくさんレストランがあったから、東京駅の構内のレストランで食事をして帰りましょう…って思ったら、駅ナカのレストラン、どこも大混雑。うわー、こりゃあダメだ。仕方がないので、イート・イン? 地下の商店街でお弁当を買って、フリーのベンチ&テーブルで食事を済ませました。一応、夕食だから、加賀料理の店の、高級二段弁当って奴を奮発して購入したのだけれど、なんかココロが、さもしくなりました。食べたお弁当は、本当に美味しかったけれど、やっぱり駅のイート・イン・コーナーで食事なんてするもんじゃないね。まあ、ホームのベンチで食べるよりはマシだけれど、なんか、音楽を聞いて豊かになったココロには、全く釣り合わない夕食になってしまいました。

 駅ナカにこだわらずに、構内のレストランがダメと分かった段階で、サッサと駅から出て、丸の内でも八重洲でもいいから、普通のレストランで食事をするべきだったと後悔しましたが、後悔って奴は、常に後から悔やむものなんですね。「ああ、次からは、駅ナカレストランには頼らないぞ!」と堅く決心した私でした。

 これで、私のラ・フォル・ジュルネ、第1日目は終了です。

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2013年5月 8日 (水)

どの瞬間の音色も美しい…[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その4]

 なかなか良かったパソナでのコンサートから、テクテク歩いて、東京国際フォーラムまで戻ってきました。のんびり歩いていたら、徒歩約30分。いや~、結構ありました。

 東京国際フォーラムに戻ってきて、展示ホールに入って、座席をゲットしました。展示ホールでのコンサートは無料コンサートの上、座席も全席自由だし、立ってみているのも段々しんどくなってきたお年頃なので、まずは座席ゲットですよ。ちなみに、このコンサート、事前には『声楽アンサンブル』をやると聞いてましたが、具体的な演目は何も知らなかったのですが、直前に演目発表があり、やるのは…なんと『カルメン(抜粋)』です。うほー、そりゃあ楽しみだね。
 
 
オペラ『カルメン(抜粋)』(丸の内フェスティバルシンガーズ)

 序曲~ハバネラ~闘牛士の歌~花の歌~フィナーレ

 まさか、抜粋とは言え、オペラが聞けるとは思わなかったので、思わぬ拾い物をしたような気分でした。

 出演者は…ソリストは三人、メゾ(カルメン)、テノール(ホセ)、バス(エスカミーリョ)で、ソプラノ(ミカエラ)は無し。ま、カルメンを30分にまとめるなら、ミカエラはカットだね。さすがにあの広い、半ばオープンスペースである展示ホールで生声で歌い上げるのは無理なんでしょうね、ミュージカルマイクをセットしての歌唱となりましたが、東京国際フォーラムのP.A.は、素晴らしいね。実に歌声をクリアに拡声してくれます。これなら、P.A.が入っていても文句ありません。

 私はP.A.反対派ではないんですよ。生音には音量の限界がありますから、広い会場なら、音声を拡声する必要ってあると思うんです。でもね、音声は自然な響きのまま拡声して欲しいのです。音量アップのために、音色や音質が影響受けるなんてダメだと思うし、余計なエコーなどかけてほしくないんですよ。そのためには、アンプもマイクもスピーカーもそれなりのクオリティーで揃えてほしいのです。そこへいくと、東京国際フォーラムのP.A.は合格点です。エリアコンサートでも、このくらいのP.A.を使ってもらえるなら、私も文句はないのですが…。

 演奏は…たぶんアマオケさんですね。でも、なかなかお上手でした。歌手さんたちの変幻自在な歌によく付いてこれました。オペラの伴奏って、アマオケには難しいんだよね。だって、歌手さんって、絶対にリハーサル通りに歌わないからね(爆)。

 合唱もアマチュアでしょう。[以下95文字削除:2013年5月23日]

 ソリストとオケは良かったのですが、合唱が[以下203文字削除:2013年5月23日]…って思いました。

 それと、[以下8文字削除:2013年5月23日]って思ったのは、歌もそうだけれど、合唱の人たちの[以下55文字削除:2013年5月23日]。歌をさらうのに一生懸命で、演技の方まで気を配っている余裕がなかったって事なんだろうけれど、オペラって、歌芝居だからね。[以下43文字削除:2013年5月23日]

 いくら無料コンサートだからと言って、ラ・フォル・ジュルネ[以下39文字削除:2013年5月23日]、なまじ衣装など着ずに、きちんと整列をして、演奏会形式でオペラを演奏すれば、それでいいんじゃないの?

 この合唱団、名称からしても、常設の団ではなく、ラ・フォル・ジュルネのためにメンバーを集めた団体なんでしょうから、このステージのための団体のはずなのに、[以下27文字削除:2013年5月23日]、ソリストとオケだけでやってもよかったんじゃないの? 心底、そう思いました。ソリストとオケが良かっただけに、[以下29文字削除:2013年5月23日]

 あと、関係者なのかな? 事前アナウンスで「写真やビデオはおことわりです」と何度もアナウンスがあったにも関わらず、客席の客が複数ですが、演奏中に何度も立ち上がっては写真を取ってました。はっきり言って、すごい迷惑。その人たちのおかげで、私の視界が何度も塞がれました。「写真はご遠慮ください」とアナウンスがあっても、関係者なら写真を取りたくなるのかもしれないけれど、だったら客席に座らずに、客席の外側から、望遠レンズを使って撮影してほしいです。

 なぜ人は、カメラを持った瞬間に、傍若無人になれるんでしょうか? カメラマンなら、黒子に徹してほしいです。少なくとも、自分たちの思い出のために、他の客に不快な思いをさせるなよ。
 
 
 いつまでもプンプンしていても仕方ないので、おやつを食べました。おやつは、神戸屋の喫茶に入って、サンドウィッチやパンをつまみました。神戸屋に限らず、ここ数年で東京国際フォーラムに入っている業者が、すっかり様変わりしてしまいました。以前は、高級でお高い店ばかりだったのに、そういうお店はいなくなって、代わりに入ったのが、どこも、庶民的…とまでは言わないけれど、そんなセレブっぽくないというか、庶民が背伸びして入れそうなお店ばかりになりました。まあ、私的にはうれしいのですが、それだけ日本の経済がなだらかに悪くなっていたって事ですよね。やっぱ、都会のちゃんとしたところのレストランは、ビビるほどの高級店であって欲しいものです。それが先進国ってモンでしょ?

 で、おやつを食べて、お腹とココロが落ち着いたところで、夜のコンサートに出かけました。
 
 
フルート(フルート:工藤重典,ピアノ:長崎麻里香)

  ルーセル作曲『笛吹きたち』
  フォーレ作曲『幻想曲』
  サン=サーンス作曲『ロマンス』
  ドビュッシー作曲『亜麻色の髪の乙女』
  ドビュッシー作曲『小さな羊飼い』
  ドビュッシー作曲『シランクス』
  プーランク作曲『フルート・ソナタ』

 本日、最初の有料コンサートです。…ってか、今年は有料コンサートを1枚/日でしか購入しませんでした。例年は2~3枚/日にしていましたし、今年もそうしようと思ったのですが、どうにもこうにも、見たいと思える有料コンサートが無くって…。

 私なら、フルートや声楽のコンサートがあれば、ぜひ見たいと思うものですが、フルートや声楽のコンサートが、以前と比べて、激減しているんですよ。残念ですよ。やっている有料コンサートは、オーケストラものか、ピアノもの、あとヴァイオリンものが少々って感じです。オケには興味がないし、ピアノやヴァイオリンなら演奏者次第では、見たいのですが、私がヒイキにしてるピアニストもヴァイオリニストも、最近、来日してくれないんじゃ、有料コンサートのチケットなんぞ買えないってモンですよ。

 どうも、東日本大震災…ってか、フクシマの原発事故以来、実力派ミュージシャンたちの来日が減りましたね。主催者さんは、それでも頑張って出演者を揃えてくれるんだけれど、そうすると、どうしても、ミュージシャンの小粒化と偏りはまぬがれないもので…ああ、管直人元総理を心の底から恨みますよ(プンプン)。

 ってなわけで、本日の最初(で最後)の有料コンサートは、工藤重典氏のコンサートでした。考えてみると、私、フルートを始めてから、毎年必ず一回は工藤氏のコンサートを見ています。今年はたまたまラ・フォル・ジュルネだったわけですね。来年は、どこでやるコンサートで工藤氏を見るのでしょうか?

 工藤氏の演奏は、いつものごとく、素晴らしかったです。何がスゴイのかというと“太い低音”と“消え入るようなpp”が実に素晴らしかったです。あれは、なかなかできるものじゃないです。それと、プーランクのソナタに時々出てくる、高音の「ピッ!」という感じのフレーズなんですが、この高音がまたキレイなんですね。

 一流奏者の条件は『指がまわる』じゃないんだなって思いました。指がまわる…のは当たり前で、大切なのは『どの瞬間の音も、実に美しい』って事なんじゃないかなって思いました。音楽なんて、美しい音で奏でないと、やっぱダメだよね。

 そうそう、工藤氏って、すっごく極端な内吹きでしたよ(笑)。

 続きはまた明日。

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2013年5月 7日 (火)

パソナはなかなか良かった[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その3]

 JPタワーKITTEでのコンサートに不平不満タラタラになった私は、その足で、次のコンサート会場に行きました。次も…始めての場所。今度は大丈夫かな?と一抹の不安を抱えながらの移動です。

 次の場所は…人材派遣会社のパソナの本社。丸の内ではなく、日本橋にあるビルです。東京駅の日本橋口から出れば、すぐ目の前とは言え、JPタワーKITTEとは、東京駅をはさんで真反対の位置にあります。東京駅って、すごく大きい駅なんだよね、それをグルっと廻って、一番遠いところに行かなきゃいけないわけで…ちょっと気が滅入りました。今回はKITTEからだから、それでもマシ。ほとんど有楽町の駅前にある東京国際フォーラムからパソナ本社に移動って考えたら、ゲンナリしちゃうほどの遠距離です。まあ、それでも私は歩き慣れているので、時間をかけてでも移動しちゃうだろうけれど、普通の人なら、十分タクシーを呼ぶ距離だよ、これはもはや。

 というわけで、パソナ本社ビルに行きました。パソナそのものは、そんなに古い会社ではありませんが、ビルはかなり古めでした。入り口から中に入って、すぐ右の部屋が会場だったのですが、そこはなかなか変わった部屋でした。“水上ステージ”と呼ぶ部屋でしたが、部屋そのものは、小さめの体育館程度の広さでバスケットコートを1面、楽々取れそうな感じの部屋でした。天井も高めで、音楽をやるのにも良さ気な部屋だったのですが、部屋の基本構造が実におもしろかったです。というのも、この部屋、ほぼ全面が“池”なんです。で、その池の中心に木製の床が張ってあって、そこがステージになり、池の周囲をぐるりと通路が囲っているのですが、その通路にイスを置いて客席としているのです。つまり、部屋の9割方がステージであって、客席は奥から詰めて座っていくという感じになってます。で、会場の広さの割に、客の収容人数は少ない…とまあ、こんな感じです。

 池はビオトープ風であり、錦鯉がたくさんいました。金魚好きにはたまらない空間です。
 
 
フルート[フルート:青山季里子,ピアノ:植野愛]

  シャミナード作曲『フルートとピアノのためのコンチェルティーノ』
  ゴーベール作曲『マドリガル』
  デュティユ作曲『フルートとピアノのためのソナチネ』
  ショパン作曲『序奏とポロネーズ』

 会場には、例によって、安っぽいP.A.が設置してあって「ここもP.A.を使うのか!」と思ったけれど、このP.A.は、しゃべり用であって、音楽は生音でした(よかった)。会場の天井は吸音タイプだし、池は常に水が流れていてせせらぎの音(これが結構大きい…)だし、壁は二方にしかなく…という、フルートの演奏するには、少々きびしい感じがした会場でしたが、それでもまあ、なんとかなりました。バッチリとは言えませんが、楽しめる程度にはフルートも聞こえました。ピアノも似たような感じだったので、音楽演奏するなら、簡易の反射板を用意するとかすると、なお良いかなって感じがします。

 演奏は…とりたててスゴイという感じはしなかったけれど、とても品のある演奏で、私は楽しめました。少なくとも、直前のフルートコンサートの条件が悪かっただけに、ここでの演奏で、ほっと一息ついた…というのが本音かな? 曲目は、少々趣味に走っているけれど、まあまあよかったです。最後のショパンの曲は、本来はチェロ曲で、それをフルート用にアレンジしたレアな曲目です。使用フルートは、総銀でした。かなり黒ずんだいい感じのフルートでした。ピアノはヤマハのグランド。それこそ、絵に描いたようなヤマハの音がして、すっごく安心しちゃいました。私はヤマハピアノの音に慣れ親しんでいるので、ヤマハピアノを聞くと安心するんですよ(笑)。
 
 
ソプラノ[ソプラノ:岩下晶子,ピアノ:宮崎真利子]

  サティ作曲『あなたが欲しい』
  ラヴェル作曲『3つのシャンソン』より
     『第1曲:ニコレット』
     『第2曲:楽園の3羽の美しい鳥』
     『第3曲:ロンド』
  プーランク作曲『ルイーズ・ド・ヴィルモランの3つの詩』より
     『第1曲:リエージュの少年』
     『第2曲:極楽だ』
     『第3曲:白衣の天使様』
  フォーレ作曲『ネル』

 フルートコンサートの後は、そのまま会場を移らずに、パソナ水上ステージで、ソプラノのコンサートを聞きました。フルートの時は「よく聞こえないなあ…、音響、良くないなあ…」と思った水上ステージでしたが、ソプラノの歌声はよく聞こえる(笑)。結局、ちゃんとした発声法なら、歌声って、かなりの大音量になるって事ですね。少なくとも、フルートやピアノでは勝負にならないほどの大音量を無理なく使えるのが声楽ってわけで、この水上ステージでも、なんの不足もなくコンサートをしてくれました。

 美しい歌声、幅広いデュナーミクス、表情豊かな演技。歌って、いいなあ…。満足、満足。ああ、フランス歌曲も歌ってみたいなあ…。
 
 
ピアノ[ピアノ:武内里和,植野愛]

  フォーレ作曲『ドリー組曲』より
     『子守歌』
     『ミ・ア・ウ』
     『ドリーの庭』
     『キティー・ヴァルス』
     『優しさ』
     『スペインの踊り』
  ガーシュイン作曲『パリのアメリカ人』

 ソプラノコンサートの後も、まだ居残り続けて、そのままピアノの連弾コンサートを聞きました。ピアノの連弾と言っても、いわゆる4手ピアノってやつで、一台のピアノに二人並んで座って、高音部と低音部をそれぞれ弾くというパターンの奴。

 演奏は悪くなかったのだけれど、客席に小さな女の子たちがいて、この子たちが結構大きな声でしゃべったり叫んだりしてました。周りのお客さんたちも、あからさまにイヤな顔をしてしまうくらい、女の子たちが傍若無人だったわけです。どうやら、この子たち、三姉妹だったみたいで、それを若い両親が連れてきたようなんですが、両親は、あまりこういうのには慣れていないみたいで、女の子たちが騒ぐたびに「シーッ!」とかやるんですが、それをやると、逆に女の子たちが喜んで騒ぐって感じで、私も『なだめるのは無理! サッサと子ども連れて会場を出ないと、大変な事になるかも…』とハラハラしてしまいました。だって、私の隣の年配女性が舌打ちを始めて、足が震え始めていて、我慢の限界に来ているようでしたもの。

 無料コンサートだし、入場には年齢制限はないし、小さな子どもだからと言って、全部が全部騒ぐわけではないし、だから一律「未就学児のご入場はご遠慮ください」とやる必要はないけれど、この子たちは、明らかに無理。音楽とは遠い世界にいる子たちです。見れば、この三姉妹、おそらく一番上の姉さん(小学校低学年?)がピアノを習っていて、両親はその子にプロの演奏を聞かせたくて、ここに連れてきたようなんだけれど…だったら、ここじゃなくて、ホールAの“赤ちゃんでもOK”のコンサートに連れて行くべきじゃないかな? あそこなら、どんなに子どもが騒いでもOKっていうコンセプトのコンサートなんだから。

 確かに、無料コンサートってのは、誰でも入場可能なんだけれど、だから、何をしてもいいってもんじゃないでしょ。

 やがて、パソナの人に何か言われて、一番上のお姉ちゃんを残して、両親と下の妹たちが退室して、ようやく落ち着きました…が、残ったお姉ちゃんが目をキラキラして演奏を聞いていたかというと、それは違って、明らかに「ああ、退屈だな~」って感じで、まるで死んだ魚のような目で演奏を見ていたのは、かわいそうでした。きっと、この子、根はいい子なんだろうと思います。でも、好きでもないのに両親にピアノやらされて、楽しくないのに演奏会を聞かされているんだろうなあって思いました。

 そうやって、この三姉妹は、音楽嫌いに育っていくんだと思います。ああ、残念。

 そうそう、このパソナの演奏会ですが、出てきた音楽家の方々、全員がそうとは限りませんが、少なくともピアノの方は(自分たちで言っていたの、そうなんでしょう)パソナのミュージックメイトの方なんだそうです。

 ミュージックメイトってなんだろうと思いましたが、パソナの若い音楽家向けの人材派遣業務のようです。詳しくは、こちらを見ていただければOKなんですが、ああ、こういうやり方もあるんだなあと思いました。いわゆる芸能事務所のように、音楽関係の仕事も探してくれるけれど、芸能事務所とは違って、音楽の仕事がない時は、一般の仕事も斡旋してくれるわけで、まあ、こういう生き方も選択肢としてはアリなんだなって思いました。世の中には、色々な生き方があるものだなあ…って思いました。

 パソナ本社でのコンサート三連チャンは、あっと言う間に終わりました。なかなかよかったです。東京国際フォーラムからは遠くて、不便と言えば不便だけれど、結構、穴場かもしれません。

 そろそろ夕方にもなってきたので、長い道のりをテクテクと歩いて東京国際フォーラムまで戻った私でした。

 続きはまた明日。

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2013年5月 6日 (月)

いきなりハズレくじをひきました(涙)[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その2]

 なんとも不思議な感想のまま、マスタークラスを見終えた私は、昼時と言う事もあって、昼食に出かけました。以前なら「国際フォーラムはレストランが高いし、地上広場のエスニックな屋台は口に合わないし、ほんと、ここじゃ食べるものがない」とかほざいていたのですが、今はサクっと国際フォーラムから離れて、余所で食事を取る事にしています。考えてみれば、国際フォーラムは東京のど真ん中。すぐそばに、いくらでも飲食店があるじゃないですか。

 …と言うわけで、テクテク歩いて、京橋まで行って、うどん食べてきました。安上がりな話です(笑)。そのまま、国際フォーラムには戻らず、新しく出来たJPタワーKITTEというビルに行きました。ここでフルートのコンサートを聞くんです。
 
 
フルート[フルート:長谷見誠,ピアノ:高山美佳]

  ムーケ作曲『パンの笛』
  サン=サーンス作曲『ロマンス』
  ドンジョン作曲『ナイチンゲール』
  ドビュッシー作曲『月の光』
  プーランク作曲『愛の小径』
  マスネ作曲『タイスの瞑想曲』(アンコール)

 この会場は、今年新しくできたばかりの建物で、それもまだオープンしてから、さほど日が経っていないような感じでした。場所は、東京駅のすぐそばで、以前は、東京中央郵便局があった場所です。まあ、どんな会場なのか、分からないので、試しにこの場所でのコンサートを予定に入れてみました。

 コンサート会場は一階アトリウムでして、その場所に入った最初の印象は「マルキューブに似ている…」ってところかな? とにかく、周囲を高いビルに囲まれた中庭で、5~6階あたりにガラス張りの屋根があって、とにかく、周囲がうるさくて、その騒音が中でグワングワンに響きあって、とてもとてもうるさくて、音楽を演奏できるような環境ではありません。とにかく、音の逃げ道がないので、どんな音も反響して増幅し合って、中にいるだけで、耳を塞ぎたくなるような劣悪な音環境なんですよ。

 商店街的には『騒音=活気』なんでしょうがねえ…。

 当然、そのままでは演奏しても、フルートの生音など全く聞こえませんから、P.A.(簡単に説明すると、マイクとスピーカーのシステムの事)が入っているのですが、この装置が、実に簡便なタイプのもので、高校の文化祭レベルの装置なんですよ。ほんと『アチャー!』って感じで「地雷を踏んじゃったなあ…」と思いました。

 ほんと、ラ・フォル・ジュルネの本質ってのが、休日に丸ノ内に人を呼ぶためのイベントなんだなあって事が、実に分かりやすいカタチで教えてくれた会場なんですよ。音楽なんて、二の次三の次で『…この場に人さえ集めて商売できれば、それでいい。クラシック音楽のコンサートであれ、ストリップダンスであれ、なんでも良いから、大型連休に人を集めてくれれば万々歳』というのが、透けて見えました。

 こんな会場で演奏するミュージシャンさんが気の毒でした。

 さて、グチはここまでにして、コンサートの話に入ります。

 長谷見さんは、いわゆるイケメン・フルーティストさんですね。持っているフルートは、総銀フルート(ただし、リッププレートのみゴールド)で、スピーカー越しに聞こえる音色は、太くて丸くてボヤっとした、地味でつまらない音でした。軽やかさとか、きらびやかさとは、全く無縁な音で、吹奏楽部の新入生でも、もう少しきれいな音でフルート吹けるぞと思ってしまいました。

 もちろん、これはP.A.を通して聞こえた音であって、長谷見さんの生音を聞いての感想でない事は強調しておきますが、でも、私たち客はP.A.越しの音しか聞いていないのですがら、この日の長谷見さんの音は“太くて丸くてボヤっとした、地味でつまらない音”としか言えません。ほんと、P.A.って怖い装置だね。

 さらに、このP.A.は、調整がちょっと変で、長谷見さんの演奏音はさほどビビッドに拡声しないくせに、彼のブレス音は、実に見事にリアルに拡声するので、それが実に耳障りで耳障りで…。おまけに、周囲の物音がすごいので、演奏者も無駄に大きな音を出そうとしているのでしょうか? やたらと何度もコマメにブレスを入れるので、気になって気になって…。いやあ、ほんと、ハズレのコンサートでした。

 演奏自体は可もなく不可もなくといった感じかな? コンサートの最初の頃は、明らかに不機嫌そうにやっつけな感じで演奏していて、ちょっと感じ悪かったのですが(でも、こんな会場じゃあ、そりゃあ、無理ないよな)、やがて自分の演奏に集中してくると、なかなか良い表情で演奏するようになりました…でも、P.A.越しの音は相変わらずひどかったのですが…。

 ちなみに、フルートの音もひどかったけれど、ピアノの音はもっとひどかったなあ。変なエコーがかかっていて、ピアノだかなんだかわけの分からない音になってました。ピアノは、グランドピアノをマイクで集音するのではなく、いっそ、エレピをラインで直にアンプにつないだ方が絶対にいい音になると思うよ。

 演奏曲目は、なまじよかったので、ちゃんとした会場で、ちゃんと演奏してもらったら、きっと大満足なコンサートになったはずだと思います。

 ラ・フォル・ジュルネの周辺エリアコンサートって、こんな感じの「本当に、ここで音楽の演奏をするの?」って場所でのコンサートが多いので、ほんと残念なんですね。せっかく、いい演奏家が来ていて、ぜひ聞きたいと思っても、場所がひどいと聞く気分になれません。

 良いコンサートだと「よかった!」のひと言で終わりですが、余り良くないと、ついグチが出て、記事も長くなってしまいます。まだ記事は初日の昼下がりですが、今日の記事も長くなってきたので、続きはまた明日にします。

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2013年5月 5日 (日)

実にお見事な生徒さんが登場しました[2013年ラ・フォル・ジュルネに行ってきた:その1]

 例年のように、東京の丸ノ内の東京国際フォーラムで開催されている、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに行ってきました。まずは初日(2013年5月3日)の事から書き始めましょう。

 ラ・フォル・ジュルネ。もちろん、いつものように、楽しみにしていたのですが、今年は私がお仕事の配置転換をくらったため、オールウェイズ、お疲れ気味なせいか、期日が迫ってきても、なんか気分が高揚しません。だって、毎日毎日、仕事に追われていて、ココロとカラダに余裕がないんですもの。

 当日の朝、目覚めても「ああ、疲れた。もう少し寝ていたい…。せっかくチケットは買ってあるけれど、このまま寝過ごしてしまおうか」とまどろみながら、悩んでしまったくらいに、朝、起きるのがつらかったです。

 でもまあ、行くと決めたら、行くんです。疲れたカラダにムチ打って、電車に乗って会場入りしました。

 会場入りをしたのは、9時30分。予定では9時に入るつもりだったので、30分の遅刻です。なぜ、9時に会場入りをするつもりだったのかと言うと…10時半開始のマスタークラスの整理券をゲットするため。マスタークラスは、開演90分前に整理券を配るからで、例年、配り始めると『あっ!』と言う間に整理券がなくなってしまうため、配布時間に間に合うように行きたかったのです…が、お疲れでグズグズしているうちに30分遅れてしまったわけで…まあ、マスタークラスの整理券が入手できなかったら、諦めて、他の無料プログラムを見ればいいかという気持ちで行ってみたら、まだまだ整理券がありました。それもたくさん(笑)。『あれ~?』という気分でした。

 整理券をもらって、時間まで展示ホールでも冷やかそうと思ったら、展示ホール、やってませんでした(涙)。展示ホールがやっていないと言うことは……売店もやっていないわけで…やっていたのは、チケット売り場だけ。グッズも買えないじゃん!

 それどころか、会場にいる人の数が、例年に比べて少なく感じます。あれ、今年は色々と出足が遅いなあ…と思いました。

 とにかく、やる事もないので、仕方なしに、コンビニで缶コーヒーを買って、ベンチで休憩。朝から、ベンチで缶コーヒー片手に読書三昧ですよ。なんか、クラシック音楽を聴く、って気分じゃないね。これなら、もう1時間は、余計に寝れたなあ…(涙)。

 ああ、そうか、だからなんだ。実は、マスタークラスの整理券をもらった時、すでにマスタークラスの会場前には、行列が出来ていて「整理券もらったなら、行列なんて作る必要がないのに…。どうしても前の方でかぶりつきで見たいという人たちなのかな?」なんて思っていたけれど、ほんと、この時間、どこもかしこも始まっていないので、やる事がないんですよ。で、仕方なしに行列を作っちゃったってわけなんですね。なんか分かるような気がします。
 
 
マスタークラス[ヴァイオリン:デボラ・ネムタヌ]

 フランク作曲:ヴァイオリンソナタ第1楽章

 小一時間ほど、ベンチでボーっと本を読みながら待って、マスタークラスの会場に入った私です。遅れて到着した私の整理券の番号も早かったけれど、行ってみたら、実は会場は、満席には程遠い状況でした。例年は、会場は立ち見も含めて、ギッチリお客を入れるほどの人気なのですが、今年は6割程度の入場状況でした。なんかなあ…。

 やがて時間となり、先生と生徒さん、それにピアニストさんと通訳さんが出てきて、マスタークラスが始まりました。先生のデボラ・ネムタヌさんは、まだ若い女性ですが、パリ室内管弦楽団のコンサート・ミストレスと言うわけで、なかなかの凄腕奏者さんのようです。生徒さんは、芸大の1年生と言うわけで、朝から若くて美しい女性たちを見れて、ちょっとうれしい気分になりました。

 生徒さんが、おもむろに本日の課題曲である、フランクの『ヴァイオリンソナタ第1楽章』を弾き始めました。なんか、すごくいいんです。あっと言う間に演奏終了。会場は拍手拍手。先生も「これだけ見事な演奏をされては、言う事ありません」との事で、予定されていたマスタークラス、終了(笑)。

 おいおい…と思ったら、先生「では、2楽章をどうぞ」と言うので、生徒さん、すぐに2楽章を弾き始めました。2楽章は予定に無かったでしょ? 以前にも、予定された曲のマスタークラスが終わってしまったのに、時間があまってしまった…というケースがありましたが、その時は、残り時間は先生のソロコンサートになりましたが、今回は、生徒さんにムチャぶりですか? ああ、可哀相に…と思ったら、第1楽章ほどではないけれど、2楽章もなかなかに聞き応えのある演奏をしてくれました。

 2楽章が終了したところで「1楽章はフランス的に演奏するのだけれど、2楽章はブラームス的な楽章なので、もっと激しく、もっと感情的に演奏した方がいいです」とアドヴァイス。すると、生徒さん、すぐに対応して、2楽章を感情激しく演奏し始めました。この生徒さん、まだ音大の1年生なのに、凄腕だし、先生の要求にもすぐに反応して答えるなんて、ここまでの腕前がないと、芸大のヴァイオリンには入れないのか…って思いました。

 指導は主に曲想的な事を中心にアドヴァイスしていましたが、おそらく、テクニック的な事は、生徒さんにスキがないんでしょうね。また、先生ご自身がまだ若くて売り出し中のようだし、生徒さんが実に上手なので、先生、なんか指導に手こずっているようでした。おそらく、先生ご自身は天才タイプの奏者なんでしょうね。指導の引き出しがあまり無いような感じでしたし、生徒さんも、かなりの腕前ですから、テクニック的な指導はなくなれば、後は音楽解釈って事になりますが、生徒さんの演奏は、それほど的外れな解釈というわけでも無さそうだし、解釈は…人それぞれだから、あまり強くは言えないし…って感じでした。

 おそらく、生徒さん、このクラスの前に、別の先生にきちんと指導を受けて、仕上げてきた上で、ここに臨んだんじゃないかな? そんな気がします。

 それにはっきり言っちゃうと…先生よりも、生徒さんの方が、ヴァイオリンを鳴らす事に関しては、上手かも。少なくとも、私は模範演奏をする先生よりも、それに答えて演奏する生徒さんの演奏の方に、より心惹かれましたもの。

 ああ、フランクのヴァイオリンソナタって、いい曲だなあ。

 先生のデボラ・ネムタヌは、実はなかなかの演奏家で、決して先生がダメなのではなく、生徒さんがそれだけ優秀だったと言う事なんでしょうね。

 予定外の2楽章の指導を終えても、まだ時間が余っていたので「残り時間があるので、3楽章か、4楽章を弾いてください」と先生がおっしゃったので、生徒さんは「では4楽章を…」と言って、4楽章を弾き始めました。これも、なかなか良い演奏で、終わると、会場は、演奏にのまれてシーンとしてしまいました。思わず先生が「この演奏は、拍手モノですよ」と言ったので、あわてて客席が拍手をし始めると言った感じになりました。

 4楽章の指導も、音楽の解釈に関しての指導が中心でしたが、生徒さんは先生のおっしゃる事にすぐに反応してしまうので、サクサク指導が進んでしまいます。

 今回のマスタークラスは、先生の指導を通じて曲を深く知る…という、いつものマスタークラスのようではありませんでしたが、たっぷりと曲が聞けたので、良しです。

 先生がベテランでもっと老獪な人だったら、違ったでしょうし、生徒さんも、もう少し不完全な部分がある人でも違ったでしょうね。マスタークラスは、先生も生徒も、もう少し考えて人選しないと、マスタークラスとして成立しづらいですね。そんな感じのマスタークラスでした。

 ここまでが、初日の午前中の話です。続きはまた明日。

蛇足  毎年、ラ・フォル・ジュルネの連載を始めると、ブログへのアクセスが減り、ランキングへの投票も減ってしまいます。つまり、読者の皆さんからすれば「ラ・フォル・ジュルネの記事は…つまらない」って事なんだろうけれど、いいんです。この、ラ・フォル・ジュルネ関係の連載は、私のための記録記事なんだから、たとえ不人気でも、例年通り、完徹させるぞ! おー!

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2013年5月 4日 (土)

ハナジロが入院しました

 実は、前回の金魚記事をアップした2013年4月25日の事、仕事から帰って来て、水槽を見たら、ハナジロが腹を上にして、水槽の下に沈んでいるではありませんか? 心なしか、息も荒いようです。

 どうやら、転覆病の初期状態のようです。今は水槽の下に沈んでいますが、やがて浮かんできて、浮島のように常に腹を水上に出したまま、エサも食えず、段々とやせ衰えていくわけです。

 転覆病って、一度なると、なかなか治らないというか、まず治らないというか、金魚にとっては、死病の一つなんですよね。ただ、転覆病になったからと言って、今日明日死んでしまうわけではなく、苦しい状態のまま、数週間から数カ月を過ごすわけです。ああ、たまんないなあ…。

 転覆病の原因は諸説様々ありますが、私の見立てでは、過食&肥満が原因だと思います。なので、急に大きくなった子は、たいてい転覆します。そういう意味では、ハナジロは前々から危ないなあ…って思ってました。

 でもね、ハナジロはオランダ系金魚です。オランダ系金魚は、琉金系金魚よりも転覆しづらいのは確かなので、ハナジロは確かに肥満魚でちょっとヤバかったのですが、それでも、たぶん平気、と私は心の中で思ってました。

 むしろ、ヤバイのは、ナゴンの方だな…ってね。

 それが、ナゴンではなく、ハナジロがいきなり転覆しちゃったわけです。

 そのまま水槽に置いておいて良いのかもしれないけれど、ハナジロは転覆以外に、ケロイド体質という特徴もあり、常にカラダに生傷があって、いつも何かがドロドロと出ている子です。それもあって、いきなりハナジロを入院させました。

 転覆&ケロイドのために、隔離…って感じかな。可哀相な気がしますが、しかたないです。

 あれから約一週間しましたが、ハナジロは転覆以外は元気です。一応、絶食してます。金魚は、食べなくても一カ月程度は平気なので…いやむしろ、体調の悪い時にエサを与えると、余計に体調を悪くするので…絶食&塩水浴治療をしていますが、一週間では、これと言った変化はありません。

 早く治って欲しいのですが、なかなか難しそうです。

 それにしても、金魚は…と言うか、サクラは薄情です。ハナジロを入院させて以来、とりあえず、ナゴンとキキョウは、ハナジロの入院水槽の方を見ている事が多くなりました。何を考えているのかは分かりませんが、人間の目からは、仲間を心配しているように見えます。

 そこへ行くと、サクラはマイペースです。ハナジロがいなくなっても、いた時と全く同じ行動パターンで、常に天真爛漫に暮らしています。こういう鈍いところ、薄情なところ、他の魚に興味がないところが、サクラが毎日元気で過ごせる理由なのかもしれません。

 サクラって、いつでもどこでもマイペースな子なんです。たぶん、自分以外には興味なんて無いんだろうなあ…。

 ちなみに、これがドジョウなら、たぶん、水槽がパニックになってます。と言うもの、ドジョウって、本当に、仲間を大切にする魚なので、一匹が入院しただけで大騒ぎだし、星になった日には阿鼻叫喚になってしまいます。

 できれば、転覆から回復して欲しいです。

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2013年5月 3日 (金)

フルートの、楽器としての難しさとは

 結局、今回は仕事が忙しくて、フルートのレッスンに行けませんでした。あ~あ。連休もあって、レッスンが無くなってしまうので、レッスンがある日は、ぜひレッスンに行きたかったのですが…。

 それで終わってしまっては、ブログとしてはなんなので、今回もフルート関連の事を書いて、お茶を濁したいと思います(笑)。
 
 
 フルートの試奏を繰り返していると「この楽器は難しい」とか「これは比較的簡単」という表現をしがちですが、ここで言う『難しさ』とは何かと、考えてみました。

 色々なフルートを試奏して「これは難しい…」と感じるのは…音の出しやすさ(出しづらさ?)かな? ごく普通に軽く息を入れただけで音が鳴る楽器もあれば、そんな軽い息では反応すらしない楽器もあります。

 そういう難しい楽器に共通する点として、決まったポイントに、細くて速いスピードの息で吹かないと楽器が鳴らないという事実があります。

 それも単に、細くて速いスピードの息であれば良いというのではなく、その息が、演奏者によって、しっかりと腹圧をかけてた息でないと、ちっとも鳴らないと言う難しさもあります。つまり、口先だけの息ではちっとも鳴ってくれない楽器ってわけです。

 それ以外にも、アンブシュアの問題もあるかもしれません。緊張感のないクチビルから出る息では鳴りませんし、力の入りすぎたカチンコチンなクチビルでも鳴らせません。適度に緊張しつつも柔らかいクチビルから絹糸のように紡ぎだされる息でないと鳴らないのです。

 そして、その息がライザーの特定の箇所に、どのような角度で当たるかで、鳴ったり鳴らなかったりもするわけです。

 そりゃあ、難しいよね。

 一般的には、楽器の難しさは、その材質と関係すると言います。そして、材質はその楽器の値段と関係しますから、ざっくり言っちゃえば『安いフルートは簡単で、高いフルートは難しい』と言えます。確かに、高いフルートには難しい楽器が多いと思います。だから「初心者のうちは、安価な洋銀フルートから始めて、上達するにつれ、フルートを買替えると良いですよ」というアドヴァイスが有効だったりするわけです。

 でも、本当に材質が、その楽器の難しさを決めるのかな?

 確かに、高級な材質ほど、比重が重くなるのは事実なので、比重が重い材質で作られたフルートは難しくなる…のかもしれませんが、それなら、同じ材質で作られたフルートは、みな、同じような難しさになるはずだけれど、現実には、例えば同じ総銀フルートであっても、比較的鳴らしやすいフルートもあれば、演奏者を選ぶタイプのフルートもあるところを見ると、材質だけが、そのフルートの難しさを決めるわけではないと思います。

 材質は、難しさの大きな要因かもしれないけれど、それ以外の要因、例えば、リッププレートの形状や、ライザーの角度。歌口の大きさやカタチ。そんな事も関係するのかもしれない。

 もし、そうなら『難しいフルート』と言うよりも『難しい頭部管のフルート』と言うべきなのかもしれません。そして『自分に合うフルート』『合わないフルート』と言いますが、実は『自分に合う(頭部管の)フルート』『合わない(頭部管のフルート)』と言うべきなのかもしれません。

 結局、フルートの難しさ(吹きやすさ?)を決めるのは、“材質も含めた頭部管の作り”って事になりますが、たぶん、そうなんだろうね。

 だから“頭部管コレクター”というべきフルーティストさんがいるわけなんだと思います。

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2013年5月 2日 (木)

スピントな、あまりにもスピントな

 声楽のレッスンの続きです。

 歌のレッスンに入りました。曲はいつもの『Non t'amo piu!/君なんかもう』です。先生的には、今回のレッスンから『愛の妙薬』の二重唱である『Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬』のレッスンに入りたかったようですが、私、忙しくて、全然譜読みができていないので、しかたなく、トスティの練習です。

 「一度に全部の譜読みをしてこなくてもいいから。読めるところまでいいから、とにかく譜読みをしてきてください」と先生に懇願されちゃいました。なんとか、頑張っておきたいと思います。

 発表会は8月でしょ。もう三カ月ぐらいしかないし、レッスンの回数的には、あと5~6回しかないんだから、そんなにのんびりしていちゃいけないんですね。

 『Non t'amo piu!/君なんかもう』は、だいたい良さそうです。ほぼ、仕上がりました。後は、私が暗譜をすれば良しです。それでも、細かいところを見ていけば、色々と残念なんです。

 とりわけ残念なのは、発声練習をしている時は、発声に気をつけているので、なんとかなっていても、歌となると、発声にまで気が回らなくなって、発声がダメになっている箇所が数ヶ所ある事です。特に、声が硬く直線的になる箇所があって、そこが残念なんだそうです。

 で、結果、歌を歌っている声が、ものすごくスピントになって聞こえるんだそうです。それも本来のスピント系の歌手よりもずっとスピントに聞こえるんだそうです。もちろん、私の場合は、偽スピント、ダメスピントなんですけれどね。

 ちなみにスピントと言うのは、声の種類の事で、テノールの場合、通常は、レッジェーロ、リリコ、スピント、ドラマティコの四種類に分かれます。それぞれの特徴は、レッジェーロは軽い声、リリコは甘い声、スピントは力強い声、ドラマティコは重い声ってところでしょうか? もちろん、私の本来の声はレッジェーロとリリコの中間ぐらいなわけでして、どう考えても、スピントにはなりようもない声なんです。

 それなのに、私の声がスピントに聞こえる理由は…軟口蓋が上がっていないから。単純にそれだけ。軟口蓋が上がっていないので、声に響きが足りずに声が直線的になって、偽スピントに聞こえるのだそうです。ダメだね。
 
 
 そうそう、Y先生のレッスンには休憩というものがほとんどありません。最初の頃は、それがつらかったのですが、今では私もそれに慣れ、平気になってしまいました。キング先生に教わっていた時には、すぐにへばったのにね。

 妻にも「以前は、1番を歌うと声を使い切って、2番が歌えなかったのに、今は2番もちゃんと歌えるようになったね」と言われました。歌っている本人的には、2番はおろか、10番までも歌える気分です。

 つまり、それくらい楽に発声しているって事なんです。余計な力が抜けて、歌えているので、疲れづらいんですよ。あれほど、脱力に苦労していた私ですが、それがこの一年足らずのレッスンで、ここまで変わるとは…Y先生のご指導ってスゴイなあ。

 でも、妻の耳には、まだまだ私の声は、楽な発声には聞こえないんだそうです。なんか以前と変わらず、パワフルな歌い方をしていて、聞いていて疲れてしまうのだそうです。まあ、妻の感想はおそらく正解なんでしょう。自分的にはだいぶ楽な発声になったと思っていても、第三者的には「まだまだ脱力が足りません」という状態なんでしょうね。

 つまり、あくまでも、以前と比べて“楽”な発声になっただけで、世間相場からすれば、まだまだ私の声は、ノド声なんだと思います。

 ああ、ノド声は簡単に直りません。でも、少しずつ、ノド声の呪縛から離れている事は事実ですから、そのうちに、楽に聞こえる発声になっている…事を期待します。
 
 
 「イタリア語をイタリア語として意識して歌いましょう」と言われました。ancoraとかd'amoreとかsangueとか、単語の切れ目とフレーズの切れ目が素直じゃない箇所がところどころありますが、そういうところでも、きちんとイタリア語を意識して歌いましょう。それに、意識して歌えば、意識したとおりにそう聞こえるはずなんだそうです。
 
 
 曲の集結部は、猪突猛進で、小細工抜きで、歌いきった方が結果が良いので、突き進むべし。
 
 
 音程が低くなって、響きは低くしない事。低い音が歌いづらいのは、息を使い過ぎるから。ただし、少ない息で歌うためには、支えが必要。支えをしっかりして、息を使いすぎないように、クチの開口部を狭くするのも、一つの手です。

 それとクチの中は縦に広げるもので、決して横には広げない事。横に広げてしまうと、声の響きが散漫になるので、注意しましょう。
 
 
 次回のレッスンからは『Non t'amo piu!/君なんかもう』ではなく『ホシピカ』こと『トスカ』の『E lucevan le stelle/星は光りぬ』と『愛の妙薬』の『Caro Elisir! Sei Mio!/素晴らしい妙薬』をやるので、譜読みをしてきて欲しいと言われました。あれ?『E lucevan le stelle/星は光りぬ』は勝手に練習してはいけないんじゃなかったの?…と言ったところ「せめて、歌詞と音だけは確認しておいてください」との事でした。まあ、この曲は有名な曲ですから、私、すでに歌詞も音も頭に入っているんです。あとは実地のレッスンだけって状態なのですが…

 あと、次回のレッスンまでに、発表会での出番の希望や歌う曲の順番などを考えておいてほしいと言われました。一度の出番で全曲歌ってもいいし、一曲ずつ三回出てもいいし、ソロとデュエットの二回に分けてもいいのだそうです。アリアと歌曲をまとめる場合は、どっちを先にするかも考えておくわけで…そんなに生徒の希望ばかり聞いていると、プログラムを考えるの、大変じゃないですか? 先生??

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2013年5月 1日 (水)

軟口蓋を上げて歌いましょう

 声楽のレッスンに行ってきました。それも今回も、タクシーでレッスン通い(うふふ)。まるでお大尽にでもなったような気分です。

 私はタクシーに乗る時は、流しのタクシーを捕まえるのではなく、電話して、職場までタクシーに来てもらって、そこから乗り込むようにしています。

 さて、移動中の車中で運転手さんと、こんな会話をしました。

 「電話で呼び出されて、指定場所でお客さんを待っているのに、いつまでたっても客が来ない事ってありますか?」

 「週に2~3回程度(驚)あります」

 「いつまで待っていても、お客さんが来ない時はどうしますか?」

 「ひとまずセンター(タクシーの運行を統括している部署)に連絡を入れてみます。キャンセルになっている事があるし『遅くなります』という連絡が入っている事もあります。また、キャンセルではないし、連絡も無いまま、お客さんがお見えにならない時は、センターからお客さんに確認の電話を入れてもらう事にしています(タクシーを電話で頼めば、センターに依頼主の電話番号が表示されるので、それを記録しているわけですね)。けれど(センターへの)電話を非通知でかけて来るような人だと連絡が取れないです」

 「連絡が取れない場合はどうしますか?」

 「私の場合は、十分ほど待って、それでもお見えにならなければ、キャンセルとみなして、次の現場に向かいます」 まあ、タクシーも時間で働いているようなものですから、それも仕方のない話ですね。

「迎車の際に、間違えて違うお客さんを乗せてしまった事はありますか」

「一応、乗せる前に、予約されたお客様のお名前を確認をしますが、お客様の方で嘘をつかれてしまうと、こちらはお客様の顔を知っているわけでないので、簡単に騙されてしまい、そのまま乗せてしまう事もあります」 実際、そうやって、他人が呼んだタクシーにずうずうしく乗り込んでしまう客って、少なからずいるんだそうです。

 「それをされると、トラブルになる事もあるので、本当に困っているんですよ」 そりゃあ、そうだね。だって、本来乗せるはずの客をおいてけぼりにしてしまうわけだから、そりゃあトラブルになるよね。客の立場になって考えれば、自分の頼んだタクシーがいつまで経っても来ない時は、別のずうずうしい客に自分のタクシーを取られちゃったって事も、考え合わせないといけないわけだ。

 ちなみに、どのタクシー会社も、予約のための電話を入れると、その番号のお客が、一見の客さんなのか、お得意さんなのか、以前トラブルをおこした客なのかが、瞬時に分かるんだそうです(ある意味、当たり前)。で、それらの条件に応じて、優先的に車を回してもらえたり、慎重な扱いを受けたりなど、それなりの対応がなされるんだそうです。ま、客商売なら、当たり前ですね。
 
 
 さて、本日の声楽のレッスンは、タクシーを使った事もあって、定刻通りに始まりました。

 まずは発声練習からです。「日本語は、クチの中で発音し、英語はクチビルで発音し、イタリア語はクチの前で発音します」だそうです。なので、声楽では(イタリア語で歌うので)、とにかく声を息に乗せて、クチの前で発音します。しかし、声の響きはしっかりと後にキープしながら歌うのです。難しいね。

 声の響きを後にキープする…具体的には、軟口蓋を上にガッと持ち上げるのだそうです。軟口蓋を上に持ち上げる事で、クチの中に新しい空間を作り、その空間に声を響かせて、声を和らげるのだそうです。つまり『声の響きを後にキープする』と言うのは『クチの奥を開ける』という行動と、ほぼ同義です。

 私は軟口蓋をほとんど上げず(上げられずに?)に歌っているので、しっかり軟口蓋をあげて歌えるように癖をつけましょうって事です。そのための練習をアレコレと指導していただきました。

 まあ、ほんの少し前まで、私はお腹を使わずに歌っていたくらいですから、軟口蓋を使わずに歌っていても、そりゃあそうだよねと納得しております。でも、Y先生のご指導のおかげで、まだまだ不十分とは言え、腹筋を使って声を支えることが、少しずつ無意識にできるように癖が付いてきましたから、軟口蓋だって、やがてはきちんと使えるようになるでしょう。素直に指導に従って、頑張っていきましょう。

 軟口蓋をより顕著に上げるのは、高い音の時ですが、実際には、高い音にいく前に(まだ前の音を発声している最中に)軟口蓋を上げておくのが大切なポイントです。でも、これが私には難しい。実はお腹の支えだって、必要な音になってからするのではなく、その前の音の時にやらないといけません。お腹の支えも、声を後に持っていく事も、結局は、同じことなんだと思います。

 私は常に準備不足、その場その場の行き当たりばったりで歌っているわけです。でも、それはダメなんです。初見で歌っているならともかく、きちんと練習をして歌っているんですから、練習の段階で、早め早めにカラダを準備するようにならないといけないんです。

 いや、たとえ初見であっても、楽譜の先読みをしながら歌っていれば、カラダの準備だって出来るはずなんです。それなのに、いつもカラダの準備が遅い私は…要するに、歌に対する気構えが足りないって事になる…んでしょうね。

 私はすぐに声の響きを、顔の前の方で歌おうとするらしいです。これはもちろんダメなんですが、実は下手なテノールって、たいてい顔の前に響きを作って歌うものらしいです。その方が、当人にとっては『高音を歌った~』って感じがするからなんだそうですが、響きを前にしていると、音程が甘くなりがちだし、声のコントロールそのものが難しくなるし、音域も広がっていかないのだそうです。何より、声が硬くなって聞きづらいんだそうです。だから、ポニーテールを引っ張られるように感覚で、軟口蓋を上に上げて、響きを後に持ってこないとダメなんです。

 とにかく柔らかい声で歌うように、気をつけていきましょう。

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